魔王「俺の体臭がやばい」 (79)

側近「遂に魔王様が復活されるぞ……!!」


500年前、大賢者により封印された魔王。
その魔王の封印が今、解かれようとしていた。


北のドラゴン「500年――長いようで短かった」

西の悪魔「ウケケ。伝説となった大賢者とはいえ、所詮は人間。魔王様復活まで寿命はもたなかったなァ」

東の妖姫「ふふ…500年前の魔王様の武勇、心強いと同時に身震いがしますわ」

南の地蔵「細身ながら、数々の勇者を葬ってきた猛者じゃからのう」

側近「思い出話はそこまでです。見なさい、封印の力がどんどん弱まっている……」

ゴゴゴ…

側近(さぁ目覚めて下さい魔王様…そして、人間達に恐怖と絶望を!!)

北のドラゴン「なぁ…何か、空気がおかしくないか?」

西の悪魔「そう言われてみや…全身の感覚器官がゾワゾワするっつーか……」

東の妖姫「魔力……にしては、少々妙ですわね」

南の地蔵「見るのじゃ! 魔王様の封印が!!」

側近「!!?」


カッ――



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魔王「ふぅ……」


彼こそが魔王。
まだ少年であった頃、魔王であった父に謀反を起こし、その座を奪ったという猛者である。


魔王「クク、血が騒ぐぞ…。500年、戦いを封じられたこの体が! 暴れたいと疼いている!!」


彼の欲求は世界の支配でも、魔物の繁栄でもない。

強い者と戦いたい――ただ、それだけである。


魔王「長らく待たせたな、側近、四天王よ! この俺が復活したからには! この大地に安らぎの時など与えぬぞおおぉぉ!!」


恐怖と絶望の時代が、今――


側近「……」プルプル

魔王「……? 側近、どうした?」

側近「……っせ」

魔王「せ?」

側近「くせえええぇぇぇ!!」

魔王「え?」

側近「くせぇ、くせええぇぇ!!」ゴロゴロゴロゴロ

魔王「き、貴様! この俺に何たる暴言を……」

北のドラゴン「ま、魔王ひゃま……」プルプル

魔王「何だ……ってどうした、鼻に詰め物なんかして」

西の悪魔「詰め物しても……駄目だオゲエエェッ!!」ゲロゲロ

東の妖姫「イヤ! 匂いがうつる!!」ダッ

南の地蔵「わしゃもう駄目じゃ……」パタリ

魔王「………え?」

>それで


魔王「配下が皆城を去って、はや一週間……」

魔王「500年分の垢が溜まったのかと思って体を擦り切れる程洗ったが、体臭は改善されていないらしい」

魔王「たまに、俺の復活を聞きつけた襲撃者は来るが……」


勇者「な、何だこの悪臭は……!!」

魔法使い「勇者…私、これ以上進めない!!」

僧侶「大変です! 戦士さんが気絶しました!」

勇者「撤退だ撤退ィ!!」


魔王「……と、俺の所にたどり着いた者はいない」

魔王「仕方ないので人間の大都市を襲いに行ってみたが……」


兵士A「オエエエェェッ!!」

兵士B「くっせ、くっせええぇぇ!!」

兵士C「何だよ、この悪臭!! 毒ガスだってもうちょっと鼻に優しいぞ!!」

王「魔王よ、降伏しよう。だからもうここには…オゲップ」

魔王「……」

魔王「帰る…」トボトボ

魔王「戦う前に降伏されては、気持ちも萎えるというもの」

魔王「それに会う奴会う奴に臭いと言われて、流石に俺も傷つく」ズーン

魔王「悪臭のせいで味方も敵ももういない」

魔王「……むなしい」



こうして、1年が経過した。




少女「はぁ、はぁ……」

<どこだー!! 出てこい!!

少女「うぅ、足が痛いよぅ…」グスッ

<こっちに足跡が!
<よし、こっちだ!!

少女「このままじゃ捕まっちゃう…どこか、隠れる場所は……」

少女「……あっ!」

少女「あれは……お城?」

今日はここまで。
完結は1週間以内、100レス未満の話になる予定です。
くさいssは得意です。

>城内


少女「ふぅ、ふぅ……」

少女(廃城…なのかな? 誰もいないけど…)

少女(ホコリっぽい…でも、私がいた場所よりは綺麗かも)

<ガタッ

少女「っ!」ビクッ

少女(あの扉からだ…住んでる人、いるんだ……。って私、勝手に入ってきちゃった! どうしよう!!)

少女(と、とりあえず…挨拶しないと)

少女「すみません、お邪魔しまー……」ギー

「ふぅっ…ふぅっ……」

少女「っ!?」

魔王「28、29…30! フゥ…次回からウェイトを上げてもいいかもしれんな」

魔王「この1年、誰とも顔を合わさず、外にも出ず、やることがなくて延々と筋トレしていたが…」

魔王「あの細身が、大分サマ変わりしたものだな。フフフ……」ムキッ

魔王「この逞しい上腕二頭筋!  鋼鉄のような大胸筋! 6パックに割れた腹筋! 大黒柱のような安定感を誇る大腿四頭筋!」

魔王「フハハハ!! 美しき筋肉に俺自身が魅了されるッ!!」ビリビリビリ


少女「き、筋肉でシャツを破った!?」

魔王「!!!!」ビクウウウゥゥッ

少女「あっ」

魔王「ひ、ひ、ひ、人おおぉぉ!?」ガバッ

魔王「だ、だだだだ誰だ貴様はぁ!!」ガタガタ

少女「す、すみません! 勝手に入り込んじゃって、その、私……」

魔王「えぇい近寄るな! 貴様も言葉の刃で俺を傷つけるつもりだろう!!」ガタガタ

少女「えと…言葉の刃? ……はっ」

少女(この無人の城、『1年誰とも会ってない』という言葉。まさか……)

少女「……可哀想に」ホロリ

魔王「え?」

少女「貴方は人の悪意に触れて、傷つけられて、閉じこもってしまったのですね…。でも大丈夫、私は貴方を傷つけは……」

魔王「うわあああぁぁ、寄るな! 近寄……あれ?」

少女「どうしました?」

魔王「お前…俺の匂いが平気なのか?」

少女(匂い…? 筋トレしてたから汗の匂いが気になるのかな……?)

少女「匂いませんよ、大丈夫です」

魔王「そうか!!」ダッ

少女「わっ!?」

ダダダダ…

魔王(理由はわからんが、この1年で体臭が消えたようだ! ということは……)

魔王(ようやく外に出れる!!)



追っ手A「あの女はどこに行った。…気づけば、魔王城の前まで来てしまった」

追っ手B「なぁ…まさか、この城の中に逃げ込んだんじゃ……」

追っ手C「まさか。人を寄せ付けない、毒霧の城って話だぜ」

追っ手D「だよなー」ハハハ

ダダダ……

追っ手's「ん?」


魔王「外に出れるぞおおぉぉ――っ!!」

追っ手's「」

魔王「ん?」


追っ手A「ぐせえええぇぇぇ!! 何だこの、毒と汗が混ざったような悪臭は!!」

追っ手B「うぇろうぇろうぇろ」

追っ手C「目にきた…前が見えない!!」

追っ手D「もう、駄目……だ」パタッ

<キョエエエエェェェェ、ぎゃーぎゃー


魔王「」

魔王「ううぅ」グスッ

少女「あのぅ…そんなに気落ちしないで下さい」

魔王「黙れ! 変に期待を持たせやがって!!」

少女「ひいぃ! すみません!!」

魔王「俺の体臭が平気だなんて、お前肥溜めで生まれ育ったんじゃねぇの!? 名前はうん子だろ、ミスうん子!」

少女「流石にひどいですううぅぅ!!」

魔王「ハァ…俺はこのままここで、筋トレをして一生を終えるのか……」

少女「別に筋トレに固執する必要は…。でも、匂いが原因でこんな人里離れた場所で暮らしていらっしゃるんですか?」

魔王「ん? …お前、ここがどこだかわかっているか?」

少女「いえ…世間に疎いもので」

魔王「流石、肥溜めで育った奴は教養がないな」

少女「違いますぅ! 肥溜め出身じゃないですうぅ! びえええぇん!!」

魔王「肥溜めじゃなけりゃ、生ゴミ処理場か、ヘドロ沼か、運動部の更衣室か!? とにかく帰れ帰れ!」

少女「……うぅ」グスッ

魔王「何だ」

少女「帰る場所が、ないんです……」グスグス

魔王「え?」

少女「私…今追われてて、ここに逃げてきたんです……」グスグス

魔王「あ? 何だお前、犯罪者か?」

少女「ち、違います! 犯罪者なんかじゃ……」

魔王「しかし人間社会から弾かれた存在であるのは確かだな?」

少女「……ぐすっ」

魔王「同情はせんぞ。俺だって体臭が原因で弾かれた身だ。弾かれたなら弾かれたなりの生き方というものがある」

少女(さっきは泣いてたのに……)

魔王「弾かれた理由を見つめ直し、今後どうして生きていくかをだな……」

少女「ふえええぇぇぇん」グスグス

魔王「うわ、凄く面倒くさい」

少女「ぐすっ、悪かったですね、ぐすぐす」

魔王「…あー、わかったわかった。なら、この城を好きに使え」

少女「……え?」

魔王「俺1人で、この大きな城を持て余していたのだ。俺の体臭が原因で、追っ手も入って来れないだろう」

少女「い、いいんですか……?」

魔王「勝手にしろ。ただし、体臭が伝染ったとか文句を言うなよ」

少女「あ……行っちゃった」

>翌日


魔王「今日は有酸素運動の日だ。余分な脂肪を落として更に筋肉を……」

モヤモヤモヤ……

魔王「ん? 何だ、この焦げ臭い匂いは。厨房か?」



少女「~♪」

魔王「な、何だ、この充満した煙は!」

少女「あ、おはようございます。台所の食材、勝手に使わせて頂きました」

魔王「それより、何だその鍋の物体Xは! お前は魔女か、毒薬でも生成しているのか!?」

少女「いえ、朝ごはんです」

魔王「食えるようには見えないのだが……」

少女「食べられますよ」パクパク

魔王「……味は?」

少女「とてもマズイです」

魔王「何故平然と食う」

少女「お腹を満たしてくれる食べ物への礼儀です。ふぅ、ご馳走様」

魔王「うむ、食材を無駄にしないのは良い心がけだ」

少女「ところで、このお城を掃除したいので、掃除用具の場所教えて頂けますか?」

魔王「わかった」

少女「ふぅ~」

少女(このお城は広くて、1日じゃ手が回らないなぁ。毎日掃除する必要がありそう)

少女(でも、自分のお仕事があるっていいなぁ♪ お城が綺麗になっていくのも、気持ちがいいし)

魔王「随分熱心だな」

少女「あ、魔王さん! 集中してたら、時間がたつのも忘れて……」

魔王「しかし詰めが甘いな。お前、あまり掃除したことないだろ」

少女「う゛」

魔王「まぁ俺は綺麗好きというわけでもない。無理のない程度にやれ」

少女「はい…あ、魔王さん、どこに行かれるんですか?」

魔王「食料を採りにな。中庭の畑で野菜を育てていて、あと食う為の家畜を育てている」

少女「ええぇ! 魔王ともあろう方が、そこまでやっているんですか!?」

魔王「配下が去ってしまった以上、そうも言っていられん。奴隷なりを働かせることも考えたが、体臭が原因で倒れるのは目に見えているしな」

少女「素直に感心します…。本当に、ちゃんと1人で生きていけるように適応したんですね」

魔王「現状を受け入れねば前に進めん。それにきちんと食わないと良質な筋肉は作れんからな!」

少女「強い方なんですね、魔王さんは……」

魔王(全く、この卑屈なネガティヴ女は……待てよ)

魔王「そうだ、お前も筋トレをやれ!」

少女「はい!?」


魔王「筋トレはいいことだらけだぞ。アドレナリンが脳に回れば、ネガティヴな気持ちも吹っ飛ぶ」

少女「た、確かに運動はいいと聞きますが……」

魔王「それに運動した後の飯は美味いし、夜もぐっすり眠れる!!」

少女「それは確かにいいですねぇ」

魔王「そして! 筋肉がつけば自信もつく! お前は貧相な体しているから心も貧相なのだ!」

少女「うぐ。でも、私は運動音痴だし……」

魔王「筋トレに運動神経は必要ないぞ。貧相ならば軽いウェイトから始めればいいのだからな」

少女「そうなんですか? けど、とても気の長い話です……」

魔王「大丈夫だ。基本通りにやっていけば、3ヶ月で効果が現れてくる」

少女「そんなにすぐに!?」

魔王「どうだ。筋肉…欲しくなってこないか?」

少女「……欲しいです!」

魔王「よし! ならば筋トレ用具の説明からしよう! 来い!!」ハハハ

少女「はい!!」


こうして2人の筋トレ生活が始まった。

魔王「馬鹿者、いきなり重いウェイトでやるな! 10回の運動で限界がくる程度のウェイトでやれ!」

少女「は、はい!」


魔王「筋トレ後はストレッチをすることにより、後の疲れが軽減されるぞ!」

少女「はい…っ! イタタタ」


魔王「運動後は30分以内にプロテイン摂取だ。だがプロテインはあくまで栄養補助、飯でもしっかりタンパク質を摂れ!」

少女「はい……」グビグビ


魔王「筋肉は休んでいる間に作られる。筋トレ後は最低2日間は筋トレを休め。筋肉痛や疲労が残っている状態でトレーニングしたら、効率が悪いぞ!」

少女「はい!」


魔王「そして睡眠は……」

少女「8時間程度ですね!」

魔王「その通りだ! 今日はもう寝ろ!」

少女「はい! お休みなさい!!」

今日はここまで。
体臭ssから筋トレssへ。

実際は休みは一日でいいんじゃなかったっけ

>>22
マジ?(゚Д゚)
部位ごとに回復期間が違うというのは聞いたことあるのですが、諸説あるので、自分が調べた中で最もメジャーだった理論を書きました。

俺の周りのムキムキは2日に一回筋トレしてるよ
で、ムキムキの一人は月額の会員制ジムに通ってる。そいつヤバイ

>>25
ムキムキは憧れですね。
自分は魔王が言ってる方法でやって2ヶ月目で腹筋が割れたので、やり方間違ってないと思ってましたわ~。
メニュー組み直してみます、ありがとうございます。

>そんなこんなで3ヶ月後


少女「これが…私……?」

魔王「うむ。まだまだムキムキとは言えんが、まぁ貧弱さは抜けたな」

少女「凄い、本当に効果が現れるなんて! 私じゃないみたい!!」

魔王「どうだ、筋肉という鎧を纏った気分は?」

少女「最高です! 何か、自分は最強なんじゃないかって思えてくるくらいに!!」

魔王「はっはっは、馬鹿を言うな。お前以上の筋肉を纏った者は、この世に腐る程いるのだぞ」

少女「はい師匠! けど…自分がトレーニングをしてみると……」チラ

魔王「?」

少女「師匠の筋肉がいかに素晴らしいか、とてもよくわかります」ポッ

魔王「そうだろう、そうだろう! これぞ俺の筋トレの成果だっ!!」ムキッ

少女(無駄のない筋肉。真剣に取り組んだ証だわ……素敵)ドキドキ

魔王「夕飯の親子丼だ! 鶏肉と卵で、タンパク質を摂取だ!」

少女「卵がとろとろで美味しいです~。師匠は何でもできますね」

魔王「本を読みながら勉強したからな。一人暮らしの賜物というものだ!」

少女「ご立派ですねぇ。私なんか煮物くらいしか作れなくて…」

魔王「そうだなぁ…。筋トレのコツも覚えたようだし、今度は飯作りでも教えてやろう」

少女「本当ですか!」

魔王「お前の作る物体Xは筋肉に良くない! この機会に、筋トレに活かせる栄養学も教えてやる!」

少女「お願いします、師匠!」

>夜


少女「では師匠、お休みなさい」

魔王「あぁ、明日も頑張るぞ」


魔王(ここのところ、毎日が楽しい)

魔王(封印されていた間の500年は野望に燃えていたが…この1年間は、空虚を筋トレで埋めるだけの1年間だった)

魔王(しかし、あいつが来て変わった。あいつは俺を臭がらず、俺の教えを素直に吸収してくれる)

魔王(俺は戦いの中でしか生きられぬ者だと思っていたが――)

魔王(こういう日々も、悪くないものだな)

>一方、某国の城


魔術師「陛下、あの娘の所在が掴めました」

皇帝「ほう。あの娘は今、どこに?」

魔術師「はい。魔王城…今は"毒霧の城"と呼ばれている、あの場所です」

皇帝「それはまた厄介な。あそこは侵入すら許さぬ、異臭がする猛毒が流れているという場所…大人数で攻めても無意味」

魔術師「しかも、その毒霧の正体は掴めておりません。鉄仮面等の装備も突破し、体を蝕むとか…」

皇帝「流石は魔王。自身は毒霧の中に身を置き、襲撃に対して完璧な備え。一筋縄ではいかない男よ」

魔術師「その城にあの娘が入れたということは…やはり、血筋でしょうか」

皇帝「あぁ、あの娘はやはり危険だ。もしあの娘が覚醒し、魔王と手を組んだら……」

魔術師「絶望的な話ですね」

皇帝「暗い顔をするな。既に対策は練ってある」

魔術師「対策…ですか?」

皇帝「先日、城より逃げ帰った勇者に、特別な改造を施している所だ――」

魔術師「特別な改造……?」

>研究所


勇者「ぐああああぁぁぁ……」


魔術師「こ、これは……!!」

皇帝「クク…ガラス越しではわからないだろう。この勇者を閉じ込めている密閉した部屋、実は壁中に人糞を塗りたくっている」

魔術師「……」

皇帝「室内の気温と湿度を調整し、空気は梅雨時期に合わせた。悪臭の上、生ぬるく湿った空気というのはさぞ不快であろう……」

皇帝「部屋に出入りし給仕しているのは、先日捕えたオークだ。体を洗っていないから、汗と精液の匂いが染み付いているぞ」

皇帝「勇者に出す食事には微量の毒を混ぜている…。まぁ死に至る程ではない、せいぜい腹を下す程度だ」

皇帝「と言っても、同じ室内に設置してある汲み取り式のトイレは、さぞかし匂うだろうなぁ……!!」


勇者「ぐおおおぉぉぉぉぉぉ」


皇帝「どうだ、完璧なる勇者改造計画だ! ハハハハ、ハーッハッハッハッハ!!」

魔術師(皇帝陛下…恐ろしいお方だ)ブルブル

>魔王城


少女「へぇ、包丁での皮むきってそうやるんですねぇ!! 器用ですね師匠!」

魔王「いや、お前この程度もできなかったのか……。ってことは物体Xには、皮付きの野菜を入れてたわけか?」

少女「ここに来る前は、皮ばかり食べてましたから」

魔王「だから貧相な体をしていたのか。まぁいい、練習してみろ」

少女「はい!」

魔王(詮索するのは好きでないから、こいつの素性は知らんが…それにしても、謎が多すぎる)

魔王(物の知らなさや、生活習慣、そして悪臭への耐性を見る感じ、下の階級の者だと想像はつくが)

魔王(しかし貧困層なら、馬車馬のように働いていたはず。にも関わらず、こいつは料理も掃除も不慣れな様子が見て取れる)

魔王(何一つできることがない、というのは生きていくのも一苦労だろうが……)

少女「師匠! 皮むきしました!」

魔王「不器用だな、皮が分厚いじゃないか」

少女「ごめんなさい…責任持って、その皮を食べますから」

魔王「いや、いい。豚の餌にするから無駄にはならん」

魔王(何だかんだで素直な奴だ。社会的には駄目な奴かもしれんが、側に置くにはこういう奴がいい)

魔王「少しずつ上達していけばいい」ポンッ

少女「!!」

魔王「俺も最初は下手くそだったからな。気持ちさえあれば、何とかなるものだ」

少女「…へへっ、師匠~」ニマー

魔王「声がたるんでいるぞ。そんな奴は、腹筋100回だ」

少女「申し訳ありません! 勘弁して下さい!」ピシッ

魔王「……フッ」

少女「ど、どうしました?」

魔王「いや……別に」ククク

少女「…? 変な師匠」

>夜


魔王「こうして俺は竜の一族の長を倒し、そいつを四天王に迎え、魔王軍を大きくしていった」

少女「へーぇ」キラキラ

魔王「続きはまた明日だ。これでもまだ序盤だぞ」

少女「師匠って本当に凄い方だったんですね!」

魔王「過去の栄光だがな。知っての通り、今では現役を退いて筋トレするだけの日々を送っている」

少女「もったいないですよね~」

魔王「おかしなことを言うな。お前も人間側、魔王の敵だろう?」

少女「うーん…前にもお話した通り、世間に疎いもので……」

魔王「そうか。今はどのような時代なのか、話を聞く前に配下に去られたので、俺も全くわからんな」

少女「その配下の方々、元気にやっていらっしゃるんですかねぇ」

魔王「四天王も側近も野望を持った者たちだ。新たな魔王として君臨していても何ら不思議ではない」

少女「何か、寂しいですね」

魔王「いや、そんな奴らだからこそ俺と気が合ったのだ。俺の下を去って栄光を掴むのなら、喜ばしいことだ」

少女「師匠…」

魔王「それより今はお前だ。『師匠の武勇伝聞かせて下さい』と言って、書物を渡すと『字があまり読めないんです』ときたものだ。こんなに手のかかる奴は初めてだ」

少女「ご、ごめんなさい。…でも」

魔王「何だ?」

少女「師匠の口から聞かせて頂く方が…師匠と過ごす時間が増えて、いいかなって」

魔王「……馬鹿かお前は」

少女「あ、あはは、馬鹿ですね~」

魔王「変な依存をしなくとも、互いに、他の者と会えぬ身だ。余裕を持て」

少女「そうですね~。…あ、そうだ!」

魔王「何だ?」

少女「師匠、字を教えて下さい! 自分で書物を読めるようにします!」

魔王「…話を聞かせてやるより、字を教える方が遥かに時間も労力もかかるな?」

少女「あ」

魔王「まぁ、良いだろう。お前ほどに不出来だと教え甲斐がある」

少女「むうぅ、反論できない~…」

魔王「お前が俺に反論しようなどと100年早い」

少女「100年経ったら死んじゃいますよ~」

魔王「そうか、お前にはわからん比喩だったか。『一生無理』ということだ」

少女「うわぁ~ん!」

魔王「クク、からかい甲斐のある奴だな、ククク」

少女「師匠の意地悪~っ!」

今日はここまで。
前回書き忘れていましたが、魔王はプロテインを原材料から作っています。




魔王「さて、今日も筋トレの日だな」

魔王(不肖の弟子は、俺の教えを吸収し成長している。それが楽しくて仕方ない)

魔王(こういう毎日を過ごしていると、嘘のように思えてくるな。以前は戦闘狂だった自分が……)

魔王(戦闘狂が戦闘を奪われ、一時期は自暴自棄になった。だが心というのは案外強いもので、それならそれなりの生き方に順応する)

魔王「全く……人生というものはわからないもので……」


キュピーン


魔王「……っ!! これは、魔力反応!?」

少女「師匠、おはようござ……」

魔王「伏せろ!!」

少女「え?」


ドカアアァァン

少女「ゲホ、ゲホッ」

魔王「大丈夫か?」

少女「は、はい…師匠、この爆発は……」

魔王「襲撃者、だな。城を破壊するなど……」


<ウォゲエエエェェェ


魔王「ん?」


魔法使いA「だから言ったじゃねぇか! 城に穴を空けたら、毒ガスが漏れ……オゲエェェッ」

魔法使いB「射程範囲ギリギリまで距離取って、追い風なのに……ウオエエェェッ」

魔法使いC「撤退だ撤退ィ!!」


魔王「」

少女(あわわ…師匠の心にダメージが……)

魔王「フッ、ゴミ虫共が」

少女「師匠!?」

魔王「今更、ゴミ虫ごときの暴言に傷つく俺ではない! 自ら肥溜めに突っ込んで文句を垂れるな、ゴミ虫共が!!」

少女(師匠、強くなったのね! でも自分を肥溜めなんて、ひどい自虐です!)


勇者「貴様が魔王か……」

魔王「ん?」

魔王「何だ、貴様は」

勇者「俺は勇者……お前を討つ者だ」

魔王「お前……まさか俺の体臭が平気なのか?」

勇者「いや、臭いは臭い。だが、毒物や臭いものには、ある程度の耐性がついた」

魔王「ほう、流石勇者を名乗るだけのことはある。お前のような者が現れるとは、人生とはわからんものだな」

少女「師匠……」

魔王「お前は下がっていろ」

少女「は、はい」


勇者「お前の実力は聞いているぞ、魔王。しかし俺も勇者として選ばれた身、お前に勝つ!」

<頑張れ勇者様 ウオオオォォォ

魔王「ほう、大層な人気ぶりだな」

勇者「勇者だからな」

<(ここで魔王を倒してくれないと…増員の為、俺らまであの悪臭実験室に放り込まれる!!)

魔王「そうか。ならば来い、勇――」


――ドゴッ


魔王「――っ!?」

少女「師匠っ!?」

勇者「どうしたァ、動きが鈍いぞ魔王ォ!!」シュッシュッ

魔王「がハァッ……」ドサッ


魔王(目で追えているのに、体が追いつかない……どういうことだ)

魔王「はっ!」

魔王(俺がこの1年で身につけた筋肉は戦闘ではなく、観賞用に特化している…つまり)

魔王(筋肉のせいで、俺の動きが鈍ったというのか!?)


勇者「どうしたァ、その筋肉は見掛け倒しかァ!」

魔王(全くもってその通りだ!!)


ズバッ


魔王「ぐっ……」

魔王「こうなれば……魔界への扉よ、今開け!」

勇者「!! まさか、魔法か!」

魔王「その通り! 魔界への扉を開き、邪神の力を借り、魔法を発動させる! 塵となるがいい、勇者よ!!」

勇者「くっ……」ガバッ

魔王「防御姿勢など無駄だァ! 喰らえ、"灼熱の業火"!!」


シーン……


魔王「……」

勇者「……」

魔王「おい、邪神……」


邪神「扉開けないで! 匂いがこっちに来る!」


魔王「待て、邪神なら匂いも何とかしてみせろ! おい!!」

勇者「オラァ!」ズバッ

魔王「カハァ!!」

ゴンッ

勇者「いでっ!!」

魔王「……っ!?」


少女「し、師匠を、傷つけないでっ!」

魔王「馬鹿お前…下がっていろと言ったろう!」

少女「見ていられません…! 師匠が、師匠が傷つけられるなんて!」

魔王「お前に何ができる! お前のような、か弱い小娘に!!」

<(その女が投げて勇者の頭にクリーンヒットしたの、ダンベルなんですが)


勇者「く…。小娘、やはり魔王と手を組んでいたのか」フラフラ

少女「きゃっ、起きた!」

魔王「…? 『やはり』とは……」

勇者「しかしまだ、"覚醒"はしていない様子だなァ!!」

少女「えっ……?」

魔王「覚醒…? 何のことだ?」

勇者「そうか、お前たちは知らないか……。だが教えてやる義理もない、俺は任務を全うするのみ!!」バッ

少女「ひっ」

魔王「こいつに手を出すな!」バッ

勇者「ならばお前から死ねえぇ――っ!!」バキィ

魔王「カハッ!!」

少女「し、師匠!!」

少女(このままじゃ、師匠が……!!)


?『困っているようですね、私の愛しき血族よ』


少女「……え?」

少女「だ、誰……? 声はするけど姿が……」キョロキョロ

?『私は、既に朽ちた身。しかし魂だけは、子孫である貴方の側におります』

少女「私のご先祖様……?」

?『はい――名は、大賢者と申します』

少女「大賢者……!? それって確か、師匠を封印したという……!!」

大賢者『はい、かつてあの魔王を封じた、大賢者です』

少女「私のご先祖様は大賢者……? でも、そしたらどうして私は……」

大賢者『説明している時間はありません』

少女「そ、そうだ、師匠!」


魔王「ぐっ……」

勇者「はん、頑丈だな。防御力だけは優秀な筋肉だな」


少女「きゃっ、師匠が殺されちゃう! またダンベルを……」ヒョイッ

大賢者『それはよしなさい』

大賢者『貴方には私の血が流れています。ですから、覚醒すれば魔王を助けることができます』

少女「覚醒…?」

大賢者『心を鎮めるのです。そうしたら、私が貴方の力を引き出しましょう』

少女「心を鎮めるって、どうやって……」

大賢者『何も余計なことを考えず、周囲の情報を遮断し……』

少女「そんな簡単に言われても……」

大賢者『貴方が最も心を静かにする時はいつですか?』

少女「心を静かに…あ、筋トレの3セット目です!」

大賢者『じゃあそれで』

少女「待って下さい、今急いでダンベルを上げ下げするので!」

大賢者『私の子孫に脳筋がいるとは予想外です』

今日はここまで。
ただ筋肉をつけるだけじゃ強くならないとは言いますが、筋肉は美しいのでそれだけで価値があると思うのです。

大賢者『……私はかつて魔王を封印する際、保険として魔王に呪いをかけました。貴方の力で、呪いから魔王を解放して下さい……』

少女「……あの、ご先祖様」

大賢者『何でしょう』

少女「どうして師匠と戦った貴方が、師匠を助けてくれるんですか?」

大賢者『そうですね……500年経ち、あの時とは状況が違ってきましたからね』

少女「?」

大賢者『今は心を鎮めなさい。そして魔王に纏っている呪いの気を、取り払うのです』

少女「は、はい!」


カアァ――ッ


魔王「!!」

勇者「なっ!?」

少女「これは――」

勇者「毒霧が……消えた!?」

少女(そうか…ご先祖様の呪いって、師匠の体臭のことだったんだ!)

魔王「……」

勇者「……」


勇者「ハーッハッハッハ! これで息を思い切り吸って戦えるぞおぉ!!」

<毒霧が晴れたぞー!
<我々も続けー!


少女「ってええぇぇ、呪い解除したら逆効果じゃないのよおおぉぉ!!」


「魔王様……大変お待たせ致しました」


少女「……え?」

ブオッ

北のドラゴン「人間風情が、舐めた真似を」


バサッ

西の悪魔「ウケケ。頭数揃えてきたんだから、ちったぁ手応えあるんだろうなァ」


ヴァンッ

東の妖姫「数よりも質…。勇者を討った方の優勝、ということでよろしいかしら?」


ドンッ

南の地蔵「これこれ、張り合うでない。それよりも……」


スタッ

側近「魔王様を痛めつけたあの男に、いかに苦痛を与えるか……それが1番重要ですね」


魔王「側近、四天王!」

側近「この1年あまり、お側にいられず…申し訳ありません、魔王様」

魔王「それより、どうしてここに……」

側近「はい。我々、魔王様の体臭が届かぬ位置にて、ずっと魔王様を見守り続けておりました」

魔王「そ、そうだったのか……!!」


勇者「魔王の部下か……。蹴散らせえぇ!!」

魔法使い's「うおおおおぉぉぉ!!」


北のドラゴン「蹴散らされるのは貴様らだ、矮小なる人間どもが!!」ブォンッ

魔法使い's「ぎゃああぁぁ」

西の悪魔「所詮テメェら、モブだよなァ!!」ザシュッ

東の妖姫「この程度の魔力で私達を相手しようと? 笑えますわ」ゴオォ

南の地蔵「現代人は肉体が劣化したのぅ」ドスーン

<うわあああぁぁぁ
<ぐおおぉぉぉ

勇者「つ、強い……!!」

側近「おっと、他人事ではありませんよ」パキポキ

勇者「!!」

側近「よくも魔王様をおおぉぉ!! その身をもって償うが良い!!」

勇者「くっ、せめて魔王だけでも……」ダッ

魔王「!」

側近「しまった! おのれ、足払いっ!」バッ

勇者「おっと!」ピョン

側近「くっ、かわされた!」

勇者「喰らえ魔王――」

ガシッ

勇者「……え?」

側近「おぉ! 勇者をキャッチした!」

魔王「攻撃の軌道が読みやすい、上空から仕掛けてきたのが失敗だったな……おらあああぁぁ!!」ブォン

勇者「うわああぁ!?」

側近「勇者を持ち上げた!?」

少女「あれはショルダープレスの構え!」

魔王「そして必殺のォ……」ゴオオォォ

勇者「!!!」

魔王「牛殺し――ッ!!」ガンッ

勇者「カハッ……」

補足

ショルダープレスとは:ダンベルなど重いものを持ち上げて、肩を鍛えるトレーニング

牛殺しとは:相手を持ち上げて、片膝に当てるように落とす技
https://www.youtube.com/watch?v=9PUJW_qulU8


勇者「」ピクピク

北のドラゴン「やりましたな、魔王様」

西の悪魔「ちぇー。ピンチだったくせに、結局いいとこ持っていくんだから」

東の妖姫「良いではありませんの。それでこそ、私どもの王ですわ」

南の地蔵「無計画な筋肉の付け方をしたのは、少々頂けませんがな」

魔王「もう戦いに戻ることはないと思っていたからな、大目に見ろ。というか、お前……」

少女「は、はい」

魔王「俺の体臭を消したのはお前か。一体、どうやったんだ?」

少女「あのぅ……わ、私もさっき知ったんですけど……」

魔王「?」

少女「私、その…師匠を封印した、大賢者の子孫みたいで」

魔王「大賢者の……お前が?」

少女「さっき、ご先祖様の声が聞こえたんです! それで私の力を解放し、師匠にかけた体臭の呪いを解いて……」

西の悪魔「あの体臭は呪いだったのかよ。だよなァ、じゃねぇとあんな、ひっでぇ匂い……」

東の妖姫「シッ!!」

北のドラゴン「何でそんな呪いをかけたんだよ……」

南の地蔵「魔王様を孤立させる為じゃろ。事実、呪いは効果的じゃったしのう」

魔王「なるほど、子孫なら俺にかかっていた呪いを解いたのも合点がいく。……しかし、疑問が沸くな」

少女「はい……私もです」

魔王(魔王を封じた大賢者となれば、英雄として崇められていたはず。その大賢者の子孫が、あんな貧相な身なりで、しかも追われていたなど……)

側近「魔王様。大賢者の子孫の扱いは、魔王様が想像しているものと違うのですよ」

魔王「どういうことだ」

側近「権力者達は恐れたのですよ…大賢者の持つ力、そしてカリスマ性を」

魔王「恐れた、だと……?」

側近「そう。400年前ですかな――時の皇帝が、大賢者の子孫である一族を、まとめて牢獄に投じたのは」

魔王「!?」

少女「……」

少女「私は牢獄で生まれ、牢獄で育ちました……」

魔王「何だと……」

少女「私の両親も、またその両親も…同じく、牢獄で生まれ育ちました。その理由は、ご先祖様が罪を犯したからだと聞かされてきましたが……」

側近「その罪というのも、勿論濡れ衣ですが……」

魔王「馬鹿な! それに牢獄の中で子孫を繁栄させるなど……」

側近「何が大賢者の子孫の力を解放するきっかけになるかわかりませんからね。恐らく投獄するだけで精一杯で、なるべく刺激を与えぬようにしていたのかと……」

魔王「ふん。大それたことをする割に小心者だな」

魔王「お前、牢獄からどうやって脱したのだ?」

少女「同じく投獄されていた方々が、抜け穴を掘っていたんです。そして囚人の中で1番歳の若い私が逃げろ、と……」

魔王「ふむ…それで追われて、俺の城にやってきたというわけだな?」

北のドラゴン「呪いをかけられた魔王様の体臭が平気だったのは、血筋のお陰か」

南の地蔵「先祖のかけた呪いじゃからのぅ」

少女「うぅーん……」

魔王「何だ?」

少女「わからないですねー。牢獄の環境も悪かったので、鼻がすっかり悪臭に慣れていたのかも!」

魔王「お前まで悪臭とか言うな」

少女「わわっ、すみません!」

魔王「まぁ、結果としては良かったのだろう」

少女「え?」

魔王「もしかしたら俺とお前が会ったのは、大賢者の導きかもしれんな。奴は俺に、子孫を救って欲しかったのかもしれん」

少女「そうなのでしょうか……。だとしたら魔王様には多大な迷惑を……!!」

魔王「俺がお前を迷惑だと言ったか?」

少女「え……っ」

魔王「そりゃ確かにお前は教養はないし、品もないし、とにかく手のかかる奴だった」

少女「うぅ」

魔王「だからこそ、退屈せずに済んだ。俺はお前に感謝している」

少女「感謝……?」

魔王「そう。嫌な顔をせず俺の側にいてくれたこと。俺に充実した時間をくれたこと。そして――野蛮人だった俺に、穏やかな気持ちを教えてくれたこと」

少女「師匠……」

側近「ちょっ」

側近「ま、ま、魔王様、穏やかって……」

魔王「側近、四天王。約1年もの間、気苦労をかけたな」

側近「それは、また魔王様と暴れる日を望んで……」

魔王「だが俺はもう、昔のような野蛮人ではない。お前たちと離れている時間は、俺を変えた」

側近「なっ!?」

北のドラゴン(そりゃまぁ、悪臭から逃げた部下なんか愛想つかすよなー……)

西の悪魔(戦闘狂だったのが戦えなくなってたんだから、変わりもするよな)

東の妖姫(牙の抜けた魔王様……500年前じゃ考えられませんわ)

南の地蔵(魔王様は本格的に引退かのう)

側近(そんな、魔王様……)ブルブル

魔王「俺の脳みそは考える力を身につけた。そして、これからの指針は――」

側近(聞きたくない……!!)ギュッ

魔王「――世界征服だ」

側近「……っ!!?」

魔王「大賢者は、この俺を封じた有能なる者。その者に敬意も払えぬ人間の権力者などに、世界を牛耳る権利などない」

魔王「それに不肖の弟子が迫害される世の中というのも、俺は気に食わん」

少女「師匠……」

魔王「俺は人間の権力者どもを倒し、この世界を手に入れる」

側近(魔王様……!!)

魔王「久々の大暴れだ。俺に賛同する者は、ついてこい」

南の地蔵「……ふっ。魔王様はやはり魔王様じゃ」

北のドラゴン「そんなの、答えは決まっています」

東の妖姫「そういう貴方だからこそ、私達はお慕いしておりますのよ」

西の悪魔「ついていくに決まってんだろォ、魔王サマぁ!!」

魔王「期待しているぞ、四天王」

側近「私もです! 側にいさせて下さい、魔王様!」

魔王「頼もしいな、側近」

少女「し、師匠……わ、私も……」

魔王「ん?」

少女「さっき、大賢者の力に目覚めてから……体に力がみなぎってくるんです」

魔王(…確かに、今まで感じなかった魔力の波動を感じる)

少女「師匠、魔法の使い方を教えて下さい! そして私、師匠と共に戦いたいです!」

魔王「お前が……俺と?」

少女「はい。きっと理不尽な目に合っているのは私だけじゃない…私は、そういう人たちを助けたいんです」

魔王「……やれやれ。教えることが、また増えたな」

少女「え……じゃあ、師匠!!」

魔王「いいだろう、魔法の使い方を教えてやる。俺はお前の、師匠だからな」

少女「やったぁ! 私、頑張ります!!」


東の妖姫「大賢者の子孫ですもの。あの子きっと、強くなるでしょうねぇ」

西の悪魔「ケケッ、俺らなんて抜かしちまうかもしれないなァ!」

側近「ま、負けるものか……!」ゴゴゴ

北のドラゴン「何の対抗心だ、何の」

南の地蔵「ほっほっほ。若いのは羨ましいのう」

魔王「ではまず手始めに、勇者のいた国から制圧するか。さぁ、行くぞ!」

東の妖姫「いっ、今からですか!?」

魔王「当たり前だ。俺自ら、奴らに勇者の敗北を報せてやろう!!」

西の悪魔「作戦とか無いんスか」

魔王「ない!! 力押しで何とかしろ!!」

南の地蔵「おやおや、これまた強引な。魔王様、ご自分が弱体化していることをお忘れですか?」

魔王「勇者以下の者と戦うなら、レベルダウンした位の方が楽しめる。勘は戦いながら取り戻せば良い。背中に乗せろドラゴン!!」

北のドラゴン「はいはい。全く、どこが穏やかになったんだか」

側近(いや…ただ大暴れするだけだった魔王様が、暴れる理由と目的を手に入れた。理由と目的があれば、暴れる意思は更に強くなる!)


魔王「おい、お前も行くぞ」

少女「い、今の私が行って、足を引っ張りませんか!?」

魔王「心配か? なら思う存分に足を引っ張れ。逆境を覆すのも面白い」グイッ

少女「きゃっ…し、師匠……」ドキドキ

側近「聞こえますか、魔王様。各地に散り散りになっていた魔物達が、魔王様の臭気が消えたことを感知し、集まってきています」

魔王「懐かしい感覚だ。今日が俺の、魔王としての復活記念日だな」

少女「魔王としての……」

魔王「どうした、不安そうな顔をして」

少女「いえ。師匠が魔王として活躍するのは喜ばしいことですが…何だか、穏やかな日々がなくなってしまうのかと思って……」

魔王「心配するな。しばらくはドタバタするかもしれないが、すぐに手に入れてやる」

少女「手に入れる……何をですか?」

魔王「世界を征服した先に手に入れる――本当の意味で、お前が穏やかに過ごせる時間だ」

少女「師匠……はいっ!!」


魔王「行くぞ、者共! 欲しいものは全て、己の手で勝ち取るのだ!!」

ワアアァァ……


Fin

ご読了ありがとうございました。
決して打ち切りではなく、魔王の体臭が消えたので、ここでキリがいいかなと思いました。

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