恭介「夏と言えば?」理樹「海!」恭介「そう、ホラーだ」 (41)



理樹部屋

理樹(今日は恭介の号令のもと、珍しくバスターズのメンバー全員が僕の部屋に集合していた)

理樹「な、なに言ってるの恭介…?」

恭介「ホラーだよ。やっぱ夏の定番と言えばこれだな」

クド「わ、わふー!?ま、また”アレ”をやるんですか!?」

理樹(クドが青ざめながら叫んだ)

恭介「いや、アレはしない。第一、準備が面倒だからな」

葉留佳「ノリノリで『第1回』とか付けちゃったのに!?」

理樹(恭介達の言うアレとは『第1回ホラー・NO・RYO大会』という平たく言えば学校を使った肝試しだ)

真人「じゃあどうやってホラーするんだよ恭介?」

恭介「肝試し以外にも肝を冷やす手段はある。そう、例えば怪談話とかな」

謙吾「なるほど。だから全員ここに集めたのか」

理樹(どうやら恭介はここでその怪談を繰り広げるつもりのようだ)

鈴「あたしお腹いなくなってきた」

恭介「おっと鈴!1人で帰っていいのか?こんな夜中に1人で外を出歩いていると”出る”かもしれないぜ……?」

鈴「ヒクッ……!」

理樹(恭介が大人気なく先回りして釘を打った)

美魚「明かりを消しましょうか?」

恭介「そうだな。ここは携帯のライトだけでいいだろう」

理樹(西園さんが珍しくノリノリだ)

小毬「り、鈴ちゃん…一緒に帰……っ」

来ヶ谷「念のため私が扉の前に立っておこう」

理樹(来ヶ谷さんがここで初めて口を開いた。どうやら恭介の催しに賛成らしい)

小毬「ふ、ふぇぇ……」

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パチッ

理樹(各自思い思いの場所に座ると、西園さんによって部屋の明かりは消され、恭介の携帯のライトだけとなった。いよいよそれらしい雰囲気になってきた)

恭介「それじゃあ話すぜ。みんな準備はいいな?」

理樹(みんな空気を読んで無言で肯定した。誰かの唾を飲む音さえ聞こえるほど静かだった)




…………………………………………………


……………………………






恭介『いいか、これはとある友人から聞いた話だ』

恭介『朝、いつものように友人が教室に入ると、珍しくサボり癖のあるクラスメイトが既に席に座っていた。仮にそのクラスメイトをAとしよう。そのAはさっきも言ったようによく教室にいないんだが、とてもクールでクラスでも一目置かれた存在なんだ』

恭介『しかし、そのAが今日は様子がおかしい。いつもなら次の授業を待つ間に本でも読んでいるAが今日はイスに座ってずっと俯いているんだ。Aと仲の良かった友人は不審に思って話しかけに近付こうとするとある気付いた。Aは俯いたまま小さく独り言を呟いているんだ。友人はAに気付かれないよう静かに近寄って何を言っているのか聞き取ろうとした。するとこんな言葉を繰り返していたのが聞き取れた』

恭介『【そんなところで何をやっている?こっちへ来い】』

恭介『もちろんAは誰かと話しているって感じではなかった。ただ虚ろな目でどこかを見ているようだった。とにかく気味が悪くなった友人はそいつの肩を叩いて挨拶をする事にした。すると周りの友人たちが一斉にこちらを見て驚きと戸惑いの声を囁き始めたんだ』

恭介『近くにいたもう1人別のクラスメイトのBが慌てて友人を引き止めてこう言った』

恭介『【おい!そいつに関わるな!】』

恭介『もちろん友人は逆に困惑した。そこで何故だと聞き返すとそのクラスメイトBは、Aがいかに怪しげで不気味であるかをうんざりした口調で説明した。まるで友人自身も既に承知だったろうと言いたげにだ」

恭介『友人が昨日まではそうじゃなかっただろと弁解するとBは笑えない冗談を言うなと返してきた。そう、いつの間にかAは知らない間にみんなの中では不気味な存在と化していたんだ』

恭介『周りの変化に困惑しながらも友人は一旦Aと接触することはやめた。その日の夜だった。明日までに終わらせなければならないノートを取りに教室まで来た友人は、帰り際にドアの向こう側からボソボソと誰かが喋る声がした。Aの声だった』

恭介『【そんなところでなにをやっている?こっちへ来い】』

恭介『恐ろしくなった友人は鍵をかけることすら忘れて別の方の扉からあの言葉を喋っていた者の方向を見ず一目散に駆け出し、自分の寝床に着くと布団をかぶってさっさと眠ってしまった』

恭介『次の朝、Aは学校に来ていなかった。不安が拭えないのでBに昨日の話を言うとそいつはこう答えた』

恭介『【死んだ奴の事で茶化すな】』

恭介『以上だ』

理樹(恭介が喋り終わった後。みんなしばらく静かにしていた)

葉留佳『あーあー聞こえなーい!!』

真人『やべえ、誰か見てくれ。俺の筋肉が全部鳥肌になっちまってる!』

謙吾『恭介のことだから絶対ふざけてくるかと思ったら……』

恭介『悪いな。だが肝は充分冷えただろ?』

理樹『……………………』

理樹(恭介の話を聞いて僕は正直に言うと少し拍子抜けした。まったく怖くない訳ではないが、そこまで得意ということでもなかったんだろう)

小毬『う、うわぁぁぁん!美魚ちゃーん!お願いだから一緒に帰ってぇ~!』

美魚『ひゅーどろどろ……』

小毬『い、いやぁぁあ!!』

美魚『ごめんなさい。おふざけが過ぎました』

理樹(このメンバーだと充分通用するらしい)

来ヶ谷『さて…どうやら恭介氏の話だけで時間は潰れてしまったようだな。今日はこの辺で帰らせていただこう』

理樹(時間は8時半を回っていた)



食堂

恭介『つまりだ。俺が思うに伏線のないどんでん返しは3流ホラー映画と一緒だってことだ』

真人『ホラー映画?』

恭介『3流はとにかく唐突にビックリさせて観客を怖がらせるだろ?だが俺から言わせるとあんなもんホラーでもなんでもない。工夫なんかしなくてもただ不意打ちすれば誰にだってああいう類のインパクトは与えられる。だが本物のホラーは違う。本物ってのは周りからじわじわと追い詰めるように観客を魅了するような物を言うんだ。急にビックリ!って言うのはスパイス程度にしか使われない。ちゃんと話の流れで怖がらせられる』

葉留佳『えーと……それと伏線のないどんでん返しとどう繋がるんですカ?』

恭介『一緒だ。全くもって一緒だ。どんでん返しがある物語ってのは大抵サスペンス物だろ。サスペンスってことはクライマックスに起きることを視聴者に必ず納得させなければならない。推理小説でも読者が知らないような証拠を探偵が最後に持ってきて犯人を見つけ出しても興ざめだ!それと同じでどんでん返しにはその展開を納得させる伏線が必要なんだ。それが無いのに話の流れをコロコロ変えても俺は冷めた目で見るね』

鈴『恭介はいつも漫画しか読んでないだろ』

恭介『知らないな鈴?最近の漫画はどんどん面白く進化しているんだぞ』

理樹(みんな昨日の事なんか忘れたかのように食堂で談笑し合っていた)

理樹『おはようみんな』

恭介『おはよう』

謙吾『おはよう』

真人『おはよう』

鈴『おはよう』

小毬『おはよ~』

美魚『おはようございます』

クド『おはようございますです!』

理樹『そうだ。鈴や小毬さんは昨日ちゃんと部屋に戻れた?』

理樹(僕がそう冗談交じりに言うと2人は不思議そうな顔をした)

小毬『へぇ?あ、うん。帰りだよね?大丈~夫っですよ』

鈴『バカにするな!あたしは子供じゃないんだぞっ』

理樹『あ、あははっ。そうだよね…』

理樹(鈴からは予想以上に食いつかれた)

恭介『とりあえず早く食えよ理樹。もうみんな皿を片付けちまうぜ』

理樹『そうだね』







教室

理樹『……あれ…』

来ヶ谷『………………』

理樹(教室に着くと来ヶ谷さんが席に座っていた。そこでやっと今日、食堂に彼女がいなかったことに気付く)

真人『どうした理樹?』

理樹『いや……来ヶ谷さん今日はいなかったなって思ってさ』

真人『来ヶ谷ならそこにいるじゃねえか』

理樹『いや、そうじゃなくて……』

葉留佳『やはー!理樹君、真人君おはよー!』

真人『げっ、三枝!』

葉留佳『ぶー!なんだリアクションはァー!?女の子が話しかけて来た対応じゃないですヨ!』

真人『てめーが単体で現れるときはだいたい嫌なことしか起きねえんだよ!例えば風紀委員連れてくるとかイタズラしてくるとかなぁ!?』

葉留佳『ま、ま、そこは置いといて…』

真人『置いておけるかよ……』

葉留佳『実はちょっと真人君に見てもらいたい物があるのデス。なんか廊下に筋肉みたいな物が落ちてて筋肉鑑定士の資格を持つ井ノ原真人氏に意見を聞いていただきたいのですガ』

理樹(どう聞いても真人をおびき寄せたいようにしか感じられない。しかし筋肉が落ちてたってあまりにも雑な誘惑じゃ……)

真人『筋肉が落ちてた……か。へへっ、なら仕方がねえな』

理樹(グッバイ真人……)

理樹(真人が誘導される先に、よく見ると扉に黒板消しが挟まっていた。どうなるのか見ていたい気もするけどそれより来ヶ谷さんだ)

来ヶ谷『……………』

理樹(見たところ体調不良で食堂に来れなかったという感じではなかった。しかしいつもなら本でも読んで暇をつぶすような彼女が、今日はずっと姿勢は正しいままずっと俯いている。何かあったんだろうか?)

『ギャーー!!なんだこりゃぁ!?前が見えねえ!!』

理樹(横で断末魔をあげる友達を尻目に来ヶ谷さんに話しかける事にした)

来ヶ谷『…………ブツブツ…』

理樹『…………?』

理樹(少し近づくと新たな発見が出来た。来ヶ谷さんはただ俯いているんじゃない。何か言葉を呟いていたんだ)

理樹『……………』

理樹(来ヶ谷さんが独り言とは珍しい。そおっと近づいて何を言っているのか盗み聞きをした)

来ヶ谷『………ろ……を……い…』

理樹『……………』

来ヶ谷『そん……やって……い』

理樹『……………!!』

来ヶ谷『そんなところで何をやっている?こっちへ来い』

理樹『ひっ…………!』

理樹(心臓が飛び上がった。この言葉は…この状況は……!!)

『おい!』

ガシッ

理樹(その時、急に誰かから肩を掴まれた)

理樹『う、うわぁ!?』

謙吾『そいつに関わるな…!』

理樹(謙吾だった。彼は僕を来ヶ谷さんの席から引きずるように遠ざけると、彼女に話し声が聞こえないように僕へ言った)

謙吾『今何をするつもりだった?』

理樹『えっ…な、何って…挨拶をしようと……』

謙吾『馬鹿!今更そんなことをしてどうする!そいつに関わるな!』

理樹『な、なんで?』

謙吾『分からないか?あいつは……来ヶ谷は何をしでかすか分からんのだぞ。お前が不用意に近付いて暴れたりでもしたらどうするつもりだ!』

理樹『……な、何を言ってるのさ謙吾……』

謙吾『なんだと?』

理樹『そんな急に来ヶ谷さんを要注意人物みたいに言って……昨日だって一緒に僕の部屋で恭介の怪談を聞いたじゃないか!』

謙吾『お前こそ何を言っている?怪談?』

理樹『か、からかってるの?』

謙吾『いいや、至って通常通りだ。ああやって真人がまた三枝に翻弄されているのも、来ヶ谷がいつも通り教室の隅っこで変なことをブツブツ呟いているのもな。異常事態があるとすればあいつと同じくらい訳のわからん事を言っているお前くらいだ』

理樹『いつも通り……だって?』

謙吾『そうとも。あいつが入学してから1日でもまともだった日があったか?それほど毎日会っていないから知らないけどな』

理樹(謙吾はいかに来ヶ谷さんが怪しげで不気味であるかをうんざりした口調で話した)

理樹『ちょっと待ってよ!来ヶ谷さんがずっとああだったって?変なことを言わないでよ。昨日だって夜に会ったじゃないか!』

謙吾『だから何の話だ!?』

理樹(謙吾がイライラして僕に聞き返した。でもまるで自分の声に自身が驚いたかのように周りを見渡し、すぐに謝った)

謙吾『あ……いや、すまん』

理樹『大丈夫だよ。でも昨日のことを覚えていないの?恭介がリトルバスターズのメンバーを集めて僕の部屋で怪談話をしたでしょ?』

謙吾『……いや、知らんな。俺は夜は練習帰りですぐに寝てしまった。むしろそんなことを先に言っていたら俺だって行ったのに…』

理樹(もちろんあの場には謙吾もいた。しかしそんな事はなかったという。これはいったい…)




真人『来ヶ谷だと?』

理樹『ほら、この間だって食堂で真人が暴れすぎたからって来ヶ谷さんがあしらったでしょ?』

真人『理樹。俺は馬鹿だがな、入学してからこれまであそこにいる来ヶ谷と口を聞いた覚えは一度もない。これだけはハッキリ言えるぜ』

理樹『そんな……』

真人『なあ、また変な事に巻き込まれたのか?』

理樹(真人が心配そうに僕を見つめる)

理樹『いや、大丈夫。ただの思い違いだから…』

真人『そうか。また何かあったら言ってくれ。いつでも力になるぜ』

理樹『うん…』



理樹(僕は恭介の教室に足を運んだ。どうしても確かめなければならない事がある)

理樹『恭介』

恭介『なんだ、理樹か』

理樹『恭介……昨日の夜、なにしてた?』

恭介『昨日の夜?おいおい、もう忘れちまったのかよ』

恭介『ビンゴゲームだろ?結局鈴にすべて持ってかれたのは悔しかったなー!』

理樹(と、楽しそうに言った。頭がおかしくなりそうだった)

理樹『怪談話…したことなかったっけ?』

恭介『なに、怪談?』

理樹『うん。こんな話を知ってる?』




理樹(それから僕は恭介に、昨日彼自身が話た怪談話をほぼ同じ語り口で説明した)



理樹『……という話』

恭介『こ、怖えーー!!』

理樹『知らなかった?』

恭介『知ってたらこんなリアクションにならねえよ!』

理樹『そ、そっかー……』

理樹(恭介が言っていたはずの怪談話が、みんな聞いていないことになっていた。そして、来ヶ谷さんのあの様子の変化……考えたくはなかったが、この二つは実は繋がっている………今、この状況はその怪談話と瓜二つだ。そして恐らく、この変化に気付いているのは僕1人……つまり、僕が”友人”だ…!)

理樹『じゃあ昼ご飯を邪魔してごめんね。もう帰るよ』

恭介『おう、また夜な』

理樹『うん!また!』

理樹(嫌な予感がする)

放課後

理樹『さて……帰るか』

理樹(終わりのチャイムが鳴って、みんな色んなことを考えながら帰宅していく。来ヶ谷さんはいつの間にかもういなくなっていた)

理樹『来ヶ谷さん……』

真人『ふぁあわわ……今日の授業もなかなか強敵だったぜ。行こうぜ理樹』

理樹『うん』







男子寮前

理樹(男子寮に着くと、門の横で鳥が死んでいた)

理樹『うわっ、死んでるよ』

真人『汚ねえな……』

理樹(僕らは部屋に帰った)

理樹部屋

真人『さてと!これからどうする理樹?』

理樹『そうだなぁ…ご飯には少し早い気がするしそれまで何か時間を潰せるような物があればいいんだけど……』

理樹(その時、ドアから謙吾が飛び出してきた)

謙吾『入るぞお前たち!』

真人『おっ!カモがネギを背負ってきたぜ!?』

理樹(謙吾をよく見ると右手に野球盤やトランプなど色々な物を持っていた)

理樹『流石謙吾だね』

謙吾『フッ……よせ』

理樹(早速謙吾の用意してきたもので遊んだ)

……………………………………………………


………………………




理樹『ふぅ……遊んだね』

真人『ああ、そろそろ遊び疲れたぜ』

謙吾『うむ。そろそろいい時間だし飯でも食いに行くか』

理樹『うん』

理樹(時計を見るともう8時になっていた。そう言えば恭介や鈴は珍しく部屋に来なかったな。なにか用事でも殺してやるあったんだろうか?)




食堂

カチャカチャ……

クド『モグモグ……』

葉留佳『うまうま……』

理樹(結局食堂にも来ヶ谷さんは来なかった。むしろ今の状況で来ていたら僕が怖かったんだけど……)

理樹『……あっ!』

恭介『どうした理樹?』

理樹『…………教室に明日提出のノート忘れてきた……』

恭介『ノートなんて明日持っていけばいいじゃねえか』

理樹『そういう訳にもいかないんだよ。まだ課題を終わらせてないから今日の夜にやらないと…』

恭介『なるほどな』

真人『俺が一緒に行ってやろうか?』

理樹『いや、知らないな…今度先生にでも聞いてみなよ』

真人『でも1人で行けるのか?』

理樹『いやいやいや!絶対僕のサイズじゃ合わないって!』

小毬『り、理樹君勇気あるねぇ……夜の学校は怖いけど頑張ってください!』

理樹『それはまた今度ね』






……………………………………………………


…………………………




廊下

理樹(いつも見慣れた廊下は、夜になるとまるで敵に豹変したかのように信頼感がなくなっていた。たとえばここで物音の一つ……人の咳き込み一つでも起きたら僕はすぐさま来た道を引き返すかもしれない)

理樹『……………………』

理樹(出来るだけ馬鹿なことを頭に思い浮かべて渡って行った。しかし、前の方から急にラップ音が鳴った事でそんなものは付け焼き刃だったことに気付いた)

理樹『誰かについて行ってもらった方が良かったな…』

理樹(よく考えればあの肝試しの時も3人で行ったからこそ恐怖が和らいでいただけだったのだ。しかしもう教室の前にまで着いてしまった。ここは意を決するしかない)

ガララッ………

理樹(教室に着くとすぐに電気を点けた。1秒だって暗闇の教室には居たくない)

理樹『ハァ…ハァ……』

理樹(特に忙しい運動をした訳でもないのに呼吸が激しくなった。もう少し行くと過呼吸を起こしそうだ)

理樹『……フゥ……ノート………フゥ…あった…!』

理樹(引き出しを開けてノートを探り当てるとすぐにドアに向かった。もはやこの教室には用は……)

理樹『………!!』

理樹(僕はとても鈍感だった。どうして今まで怪談のことを忘れて来れたんだろう。どうして来ヶ谷さんの異変に気付きながらもここまで放置してしまったんだろう。残念ながらこの今の状況はぴったりあの怪談と一致していた。途端にドアに手をかけたくなくなった)

理樹『フゥーッ……フゥーッ……』

理樹(しかし、このまま帰らないわけにもいかない)

理樹『……………』

理樹(友達Aの様子の急変。必ず取りに行かないといけない教室のノート。ここまでお膳立てされてしまったら”出”ない道理はないだろう)

理樹『ッ!』

理樹(勢いよくドアを開けようとした。その手をかけた瞬間だった)


【そんなところで何をやっている?早くこっちへ来い】


理樹『う、うわぁぁあ!!』

理樹(分かっていた。こうなる事はなんとなく予想出来た。なのに叫ばずにはいられなかった)

ダッダッダッ

理樹(確かに来ヶ谷さんの声だった。しかし、その声に生命力は無いように感じられた。そんなことはどうでもよかった)

理樹『逃げろ!逃げろ!逃げろ!』

理樹(心の中で言い聞かすつもりが声に出てしまった。もはや心臓が血液を激しく送りすぎて手足の血管が太くなり、じんじんと痛ませた。今はそれだけが現実味を感じさせてくれる唯一の感覚だった)

理樹『走れ……っ!』

理樹(僕は別の扉から一目散に飛び出た。恭介の怪談通り、来ヶ谷さんの方は全く見ずに)

理樹『っつ……ふぐっ……!』

理樹(僕は走りながら泣いていた。情けないながらも泣きながら全力で男子寮に向かった。ついてくる音はまったくなかった。しかし、ここで走らない人間はいない)






男子寮

理樹『ハァ……ハァ……!』

理樹(男子寮の消灯時間はもう過ぎていた。非常階段から漏れる”かすか”な明かりとそれに反射する各部屋のドアノブだけを頼りに自分の部屋を目指した)

『ん……理樹か?』

理樹『あ、真人……?』

理樹(暗闇の先から真人の声がした。声量からしてかなり近いようだがまったく姿が掴めない)

『やけに遅いんで今から迎えに行こうとしたところだったぜ』

理樹(校舎に行くと決めた時から消灯時間までには少なくとも2時間ほどはあったはずだ。いくらなんでも経つのが早過ぎる)

理樹『ごめん、ありがとう。でも、もう大丈夫だと思う…』

『おいおい、どうしたよ。まるで幽霊にでも会ったかのような声だな。来ヶ谷1人にビビり過ぎだぜ』

理樹『状況が状況だったんだよ。真人に言っても分からないだろうけどね』

『ま、なんでもいいや。行こうぜ』

理樹『うん……』

理樹(自分の部屋に着くまでの廊下はとても長かった。普段は意識していないから、もしくは廊下以外に集中するようなものがないからだろうか?)

理樹『真人。鍵はある?』

『悪い、そう言えば開きっぱなしにしてた』

理樹『えぇ……』

理樹(呆れながらもドアノブに手をかけた。するとドアの向こうから唸り声が聞こえた)

真人『……ムニャ……もう食えねえ……』

理樹(それもまた真人の声だった。そして僕はその時やっとある事に気づき、後ろの真人に声をかけた)

理樹『真人、さっき話した内容覚えてる?』

『ああ。来ヶ谷がいた話だろ?あいつも忘れ物でもしたんじゃないか?』

理樹『来ヶ谷さんの話、真人からしたよね』

『…………………』

理樹(真人と思っていたものは沈黙した。すっかり後ろの気配が消えてしまった)

理樹『…………………』

理樹(その後、僕は着替えようともせずにそのまま布団を被ると、端末で音楽を聴きながら、上で寝ているのが本物であることを祈りながら寝た)



理樹(恭介の怪談の通りならば来ヶ谷さんは死んだ事になっている。もはや自分の周りでなにが起こっているのか分からない。だが、それを解明する気も起きない。恐怖に煽られ続けられた影響か頭はとびきり冷静でも気力は失せてしまっていた)

理樹『おはよう』

クド『おはよう』

鈴『おはよう』

真人『おはよう』

謙吾『おはよう』

西園『おはよう』

理樹(来ヶ谷さんの席に来ヶ谷さんがいないという事以外はいたって普通の朝だった)

理樹(ごめん来ヶ谷さん。今はもう何もしたくない。一ヶ月、いや、一週間経って僕の中の恐怖が薄れたら、その時はきちんと君を探すよ)

理樹『ねえ鈴』

鈴『なんだ理樹?』

理樹『来ヶ谷さんがいないね。どうしたの?』

理樹(一応聞いてみたけど鈴の少し怒った表情で次に出る台詞が予想通りである事を悟った)

理樹・鈴『『死んだ奴の事で茶化すな』』

理樹(そう言った瞬間、さっきまで朝だった外が夜になった。そして鈴達の顔も見えなくなってしまった)


『お前、最初から次にどうなるか分かっていたな?』


理樹『…………………………』

理樹(ジリジリと教室にいるクラスメイトかもしれないみんなが僕に近付いてきた。きっと逃げ切れない)

理樹『フッ……』

理樹(強い力が僕の手足を押さえ込み、その場で跪かせた。いつの間にか目の前に来ヶ谷さんがいた)

来ヶ谷【疲れたろう、こっちへ来い】

理樹『ああ……』

理樹(その言葉に僕は安堵した。支配される事が心地いいのだ。なにも考える事はない、ただその身を他の誰かに委ねればあとは勝手にやってくれる。たとえそれが僕という存在が消える事になっても構やしない。ようは学校の遠足と同じだ。ただ先生の指示にしたがって行動すれば間違いはない)

理樹『今行くよ………』

理樹(…………………。)

理樹(………。)

(______。)



……………

………………………………


恭介「………終わりだ」

理樹(恭介が怪談話を終えた頃にはみんな様子がおかしくなっていた)

葉留佳「ぐすっ……う、うえぇぇぇええん!!!」

理樹(まともに聴いていた葉留佳さんは泣いていた)

鈴「あーーあーー」

理樹(鈴はずっと耳を手のひらでカポカポしてそもそも聴かなかった)

小毬「」

クド「」

理樹(小毬さんとクドは固まったまま動いていない)

真人「うっ……み、見ろ理樹…俺の筋肉の毛穴という毛穴が閉じてやがる!!なんじゃこりゃあ!!」

理樹(それは鳥肌っていうんだよ真人)

謙吾「身内を登場人物に使う時点で油断していたんだがな……」

理樹(この様子を見るとあの謙吾も少しこたえたようだ)

来ヶ谷「恭介氏よ。私ではなく普段害がなさそうな人間をAにした方がギャップがあってより怖かったんじゃないか?」

理樹(来ヶ谷さんは配役に不満があったらしい)

西園「直枝さん……」

理樹「なに?」

西園「そんなところでなにをしているんですか?こちらに来てみてはいかがでしょうか?」

理樹「本当にやめてよ!!」

恭介「はっはっはっ!みんなどうやらちゃんと怖がってくれたようだな」

理樹「まったくだよ。お陰で耐性がない人が犠牲になってるし…」

理樹(恭介の、”恭介がみんなに怪談話をする”という所から始まる怪談話は、途中途中で不気味な仕掛けが散りばめられてとても怖かった。普段の子供っぷりからは想像もつかないほどに)

恭介「それじゃ、そろそろ解散といくか。………おい鈴、もう話はとっくに終わったぞ」

鈴「あーーあーー」

理樹「……………あっ」

理樹(その時、ふと思い出してしまった。思い出したくなかった)

真人「どうした理樹」

理樹「やってしまった……」

真人「だからなにを…」





理樹「明日提出のノート…終わってないのに教室に置いてきた……」



終わり

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