鷹富士茄子「文香の怪奇帳・宙を結ぶ」 (90)

あらすじ
約束です。この青い空の下で、また会いましょう。


文香の怪奇帳・最終話+エピローグ
設定は全てドラマ内のものです。
グロ注意。

それでは、投下していきます。


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深夜

三船美優の自室

鷹富士茄子「死因は毒物ですか」

片桐早苗「ええ。毒物はおそらく、その小瓶の中」

茄子「オシャレな小瓶ですね」

早苗「死亡推定時刻は、夜の7時くらい」

茄子「発見が早いですねぇ」

早苗「異変に気付いたのは宅配業者よ。玄関の施錠がないのに、反応がなかったらしいわ」

茄子「宅配便の荷物はどこですか?」

早苗「そこに置いてあるわ」

茄子「送り主は……」

早苗「通販サイト。中身も確認済み」

茄子「アロマオイル、ですね」

早苗「ええ」

茄子「日時指定もしてありますね」

早苗「その通りよ」

茄子「……」

早苗「どう思うかしら」

茄子「遺書はありましたか?」

早苗「ないわ」

茄子「自殺でしょうか?」

早苗「私はそうは思わないわ」

茄子「なぜ、でしょう」

早苗「一つめは毒」

茄子「以前の事件との関係がないと言い切るのは難しいですね」

早苗「二つめは宅配便」

茄子「自身で頼んだものだから、ですね」

早苗「三つめは被害者の態度」

茄子「自殺するような様子ではありませんでした」

早苗「ざっと、こんなところかしら」

茄子「でも、否定するだけの根拠もありませんよ」

早苗「そうね」

茄子「たぶんですけど」

早苗「言ってみて」

茄子「今回も犯人の物証は出ません」

早苗「今の所……その通りだけど」

茄子「何か、動機になりそうなものはありますか?」

早苗「一応、これを」

茄子「日記ですか?」

早苗「日記というか……」

茄子「ふむ……治療日誌みたいですね」

早苗「カウンセリングを受けていたみたいなの。知ってたかしら?」

茄子「いいえ」

早苗「故人の秘密を公にする必要はないと思うわ、だから」

茄子「わかりました。秘密にしてます」

早苗「調査は続けるわ。茄子ちゃんは、そっちをお願い」

茄子「はい。カウンセラーの先生を訪ねてみますね」



古書店・Heron

柊志乃「……そう」

茄子「夜分遅くすみません。お知らせしようかと」

志乃「起きてきていたからいいわ……残念なことになったわね」

茄子「すみません。警察の力不足です」

志乃「あなたを責めてはいないわ……」

茄子「連絡が取れたので、関係者に話を聞いてきます」

志乃「カウンセラーかしら……?」

茄子「知っていたのですか」

志乃「偶然だけれど……」

茄子「ご内密に。亡くなったからといって、尊厳ごと葬ってはいけません」

志乃「わかってるわ……私もカウンセリングの内容までは知らないの」

茄子「明日には先生方のお話も聞こうかと」

志乃「決めたわ……」

茄子「どうしました?」

志乃「着いて行っていいかしら」

茄子「私は大丈夫ですけど……文香さんは」

志乃「寝てるわ……起こさないで行きましょう」

茄子「はい」



高峯ビル3階・ゾディアック

茄子「夜分遅く申し訳ありません」

高峯のあ「事情は聞いてるわ……」

志乃「私もお邪魔していいかしら……?」

のあ「……警察の調査に首を突っ込むのは感心しないわ」

茄子「この街の平和に協力してもらうのは、いけないことですか?」

のあ「その通りね……好きなところにお座りなさい……」

茄子「失礼します」

志乃「良いソファーね……」

のあ「紅茶でもいかがかしら……」

茄子「今日は遠慮します。お話を」

のあ「それで……聞きたいことは」

茄子「カウンセリングを担当していたのですか」

のあ「ええ……お望みとあらば、カルテも提出するわ」

志乃「……」

茄子「自殺の可能性があります」

のあ「そう……」

茄子「可能性は、ありますか」

のあ「自死の方法を知っているかしら……?」

茄子「方法を知っているか?」

のあ「知っているならば……選べるでしょう」

志乃「極論を話してないわ……選ぶかどうかよ、聞いているのは」

茄子「その通りです。大半の人間は明日死のうと思い立ったりしません」

のあ「それなら……一般的な患者よりは可能性が高いでしょう」

茄子「精神的に不安定だったのですか?」

のあ「先週のカウンセリングではそうは見えなかったわ……」

茄子「毎週カウンセリングを?」

のあ「ええ……三船さんは月曜日の夕方……」

志乃「ということは、今日だったのね」

のあ「つまり……わかるかしら?」

茄子「わかりません。何がですか?」

のあ「私は彼女に無力だったわ……カウンセラー失格ね」

志乃「そうと決まったわけでは、ないわ……」

茄子「はい。私は、自殺ではないと思っています」

のあ「自殺でないのなら……何かしら」

茄子「殺人です」

のあ「殺人……」

茄子「心当たりはありますか」

のあ「私生活のトラブルまでは聞いていないわ……私が知っているのは」

茄子「病気のこと、だけですか」

志乃「病気ね……」

のあ「認識を改めなさい……病気ではないわ」

茄子「そうでした」

のあ「あくまでも悩みのひとつ……多数派でないだけ……」

志乃「詳細を聞いていいのかしら……?」

のあ「どうなのかしら……?」

茄子「大々的に喧伝することではないと思います」

のあ「なら……私が詳らかに話すことはないわ」

志乃「……」

茄子「わかりました。今日は遅いので失礼します」

のあ「ええ……何かわかったら教えてちょうだい」

茄子「もちろんです。志乃さん、行きましょうか」

志乃「ええ……」

のあ「柊さん……」

志乃「なにかしら……」

のあ「明日、伺ってもいいかしら……?」

茄子「あら、約束でもしてるんですかー?」

志乃「日本酒はとってあるわ……」

のあ「楽しみにしてるわ……こんな時だけれど」

茄子「こんな時だから、ですよ」

志乃「そうかもしれないわね……」

のあ「……おやすみなさい」

茄子「お邪魔しましたー」



翌朝

古書店・Heron

鷺沢文香「三船先生が……」

志乃「文香さんは、何か悩みについて知ってるかしら……?」

文香「いいえ……でも、そんなはずは……」

結城晴「おはよ……どうした?深刻な顔して」

文香「晴ちゃん……」

晴「なんだよ、隠し事か?」

文香「それは……」

志乃「いずれわかることよ……ここで話してもいいわ」

晴「事件でもあったのか……?」

文香「……はい」

晴「また、毒殺か」

文香「……はい。でも、自殺かもしれません……」

晴「誰なんだ」

文香「……」

晴「……知ってる人か」

志乃「……三船先生よ」

晴「……は?」

文香「私も……先ほど聞いたばかりで……」

志乃「自室に争った形跡も、他人の痕跡も残ってないわ……自殺かもしれないと」

晴「本気で言ってんのか」

志乃「……」

晴「美優先生が、自殺するわけない」

文香「……」

志乃「晴ちゃん、何か知ってるの」

晴「知ってる。知ってるからこそ、違う」

文香「……」

志乃「警察が調べてくれてるわ……学校へ行きなさい」

文香「はい……行きましょう」

晴「ああ……」



休み時間

北苗小学校・図書室

晴「ねーちゃん」

文香「様子はどうですか……?」

晴「クラスには久美子先生が代わりに来てる」

文香「三船先生についてはなんと……」

晴「お休みだってさ」

文香「……そうですか」

晴「先生達はなんかそわそわしてる気がするな」

文香「お友達はどうですか……?」

晴「不思議がってるけど、何があったかはわかってないと思う」

文香「まだ秘密の方が良いですね……」

晴「ああ……そういえば、ねーちゃん」

文香「なんでしょう……」

晴「次の時間なんだけどさ」

文香「自習ですか……?」

晴「あれ、知ってんのか」

文香「呼ばれていますから……私にも説明があるかもしれません」

晴「わかった。調べてきてくれ」

文香「はい……」

晴「ねーちゃん、オレは三船先生の秘密を話した方がいいか」

文香「わかりません……」

晴「……そうだよな」

文香「今はまだ……伝える時ではないかと思います」

晴「わかった」

文香「真実がわかるまで……騒動にならなければいいのですが……」

晴「時間だ。オレは教室に戻るぞ」

文香「はい……お願いします」



北苗小学校・会議室

茄子「状況説明は以上です。昨日から進展はありません」

川島瑞樹「自殺……?」

茄子「その可能性もあるというだけです」

瑞樹「そうよね、悩みごとでも何でも美優ちゃんは話してくれるもの……」

文香「……」

茄子「警察としては何としても情報が欲しいです。ご協力ください」

瑞樹「もちろんよ。だって、美優ちゃんは大切な仲間だもの」

和久井留美「具体的には何を伝えれば良いのかしら?」

茄子「犯行は昨日の深夜です。週末の動向などを知りませんか?」

瑞樹「うーん……」

茄子「あるいは、トラブルとか」

留美「トラブルに巻き込まれるような先生じゃないわ」

文香「……」

茄子「でも、何があるかはわかりません」

瑞樹「本当に何もないわ」

茄子「皆の前では話にくいことでしょうから、個別にお話を伺いますね」

留美「私達を疑っているのかしら?」

茄子「違いますよ。何でもいいので、手掛かりが欲しいだけ、ですから」

瑞樹「わかったわ。皆も協力してちょうだい」



北苗小学校・6年2組の教室

橘ありす「晴さん」

晴「橘か。なんだ、宿題でわからないことでもあるのか?」

ありす「違います。何か知ってますか」

晴「何も知らない」

ありす「やっぱり知ってます。どうして、三船先生がいないんですか」

晴「まだ話せない」

ありす「話せないような、ことなんですか」

晴「時間が来たら話すから、信じてくれ」

ありす「協力できませんか」

晴「オレだって、やれるなら何でもする。けどよ」

ありす「……」

晴「出来ないことばっかりだ」

ありす「そんなの、わかってます」

留美「結城さん、ちょっといいかしら」

晴「留美先生?どうした?」

留美「結城さんをお借りするわ。いいかしら」

ありす「私は大丈夫ですけど……」

留美「ありがとう。話がしたいの、一緒に来て」



北苗小学校・会議室

文香「晴ちゃん……」

晴「ねーちゃんもいるのか。他の先生は?」

留美「いないわ」

文香「茄子さんとそれぞれお話中です……」

留美「結城さん、好きなところに座って」

晴「ああ。留美先生、話ってなんだ?」

留美「三船先生のことなのだけれど」

晴「……」

留美「亡くなったことは、知ってるわね?」

晴「ああ。クラスメイトには話してない」

留美「金曜日の放課後、何か話しをしたかしら」

文香「……」

晴「ちょっとオレの悩みを聞いてもらったんだよ」

留美「ねぇ、結城さん」

晴「なんだ?」

留美「あなた、三船先生の秘密を知ってるの?」

晴「……」

文香「晴ちゃん……」

晴「知ってる。オレのために、話してくれたから」

留美「カウンセリングを受けていたのと、関係はあるの?」

晴「ある」

留美「そう……」

文香「和久井先生は……何が知りたいのですか」

留美「三船先生と同い年だったの、赴任した年も同じね」

文香「……」

留美「愛想がない私と違って、羨ましかったわ。同僚として、友人として、上手くやれたかしら」

晴「上手くやるとか言うなよ。そんなこと、思ってない」

留美「ありがとう。だから、気になっていたの」

文香「気になった……ですか」

留美「結局、聞けなかったわ。聞いても良かったのかしら」

晴「……」

留美「こうなったら、後悔しか残らないわね。聞けば良かった」

文香「……」

留美「最初に気になったのは、視線かしら」

文香「視線……」

留美「自分では気づかないのかもしれないわ。自然と見てるの」

晴「わかってるんだな」

留美「わかるわよ」

文香「私には……わかりません」

留美「私は知りたいわ。結城さん、答えてくれるかしら」

晴「……ああ」

留美「恋の相手は……川島先生であってるかしら」

文香「恋……」

晴「あってる。だから、誰にも言わないでくれ」

文香「カウンセリングの理由は、それだったのですね……」

留美「カウンセラーじゃないとダメだったのかしら」

晴「一人で抱え込めるくらいに、強かったからだよ」

文香「……」

留美「そう……」

晴「留美先生が悪い訳じゃない」

留美「私には、人の生死を左右できる力はないわ。そんなにうぬぼれられない」

文香「……」

留美「悩んではいたのね」

晴「でも、自殺じゃない。見たかった未来も夢も幾らでもあった。オレの将来だって、見てくれるって」

留美「……」

晴「だから、犯人がいる」

文香「……」

留美「そう……やっぱり、敵わないわね」

晴「犯人、見つけるぞ」

文香「はい……必ず」

留美「……私は何も出来ないわね。事件が起こる前も後も」

晴「そんなことない」

留美「……そうね、私は先生だもの」

晴「先生として、頼む」

留美「事件は任せたわ……必ず、犯人を見つけてちょうだい」

文香「はい……必ず」

留美「私は職務を果たすわ。それ以外は出来ないけど、それは出来るもの」



北苗小学校・会議室

晴「そろそろ給食の時間だな……」

文香「ええ……茄子さんはどちらでしょう……?」

茄子「お待たせしましたー」

晴「茄子、どうだった」

茄子「うーん、特に有益な情報はありませんでした」

文香「そうですか……」

茄子「大体の足取りはつかめました。金曜の夜から日曜の夕方まで」

晴「怪しい奴はいなかったのか?」

茄子「特には目撃されてませんねー。金曜日の夜は川島先生と一緒、土曜日はスーパーなどで目撃されてますね。日曜日はお昼頃に美容室に行ってます」

文香「来客があるとは……言ってなかったのですか」

茄子「ありませんでした。スケジュール帳とかケータイも調べたんですけれど」

晴「ということは、なんだ?」

茄子「突然の来客か、あるいは」

文香「口頭での約束……ですか」

茄子「かもしれませんね」

晴「部屋に入っていくのを見たりしてないのか?」

茄子「目撃した人は今のところ見つかってません」

晴「参ったな」

茄子「私から、質問していいですか?」

文香「なんでしょう……」

茄子「晴ちゃんにです」

晴「オレか?」

茄子「金曜日、なにかありました?」

晴「話してなかったか?」

茄子「はい。三船先生と、向こう側に行ったんですか?」

晴「誰から聞いた?」

茄子「勘です」

晴「怖えよ。アタリだけどさ」

茄子「毒は持って帰りましたか?」

晴「そんなわけないだろ」

茄子「そうですよねー。他には何か」

晴「そういえば、侵入者がいた」

文香「キグルミの、ですか……」

茄子「キグルミですか?」

晴「キグルミを着た誰かに、向こうの世界に落とされた」

茄子「そのキグルミの中身が三船先生を狙っていたのでしょうか」

晴「それもなんか妙なんだよな。犯人は毒を持ってたんだろ?」

文香「実際に、こちらでも使っています……」

茄子「なら、何が目的だったのでしょう?」

晴「わからねぇ。ただ、何か起こりそうだったからとか」

文香「愉快犯、ですか……」

茄子「本当にわかりませんねー。文香さん、何か知りませんか?」

文香「何を、でしょう……」

茄子「犯人の狙いです。これまでを、おさらいしてみましょうか」

晴「最初は、ねーちゃんか?」

茄子「はい。文香さんを狙っていた、なんでしたっけ?」

文香「追うモノ……」

茄子「そうでした」

晴「ねーちゃんは無事だったけど」

茄子「被害者は、涼宮星花さん。次は」

晴「鏡のむこうだな」

茄子「被害者は速水奏さん。加害者の速水奏さんも鏡のむこうで殺害されてました」

文香「次は、獣……」

茄子「被害者は、星輝子さん、木場真奈美さん、大和亜季さん、それと」

文香「伊集院巡査です……」

晴「それと毒殺魔がいる」

茄子「被害者は二人。相原雪乃さんと」

文香「三船美優先生です……」

茄子「被害者は現在のところ9名です」

晴「……そんなにか」

茄子「共通点はありますか?」

晴「知り合いですらないもんな。共通点なんてないし」

文香「ええ……」

茄子「それでも、理由はあるのではないですか?」

文香「理由……?」

茄子「知りませんか、文香さん?」

文香「ごめんなさい……」

茄子「謝らなくていいんですよ」

キーンコーンカーンコーン……

茄子「あら、お昼の時間ですね!」

文香「戻りましょうか……」

茄子「はい。いつも通りにしていてください。捜査は私が」

晴「頼んだぞ、茄子」

茄子「任せてください!だって、私は」

文香「私は……?」

茄子「ラッキーですから!きっと解決します♪」

10

古書店・Heron

のあ「……」

志乃「いらっしゃい……待ってたわ」

のあ「お邪魔するわ……お店の方は……」

志乃「今日は店じまい……さぁ、入って」

のあ「ええ……」

志乃「場所は……リビングがいいかしら」

のあ「本に囲まれて飲むのも……いいじゃないかしら」

志乃「ふふ……わかったわ。レジ裏にテーブルとイスがあるわ」

のあ「お客に準備させるの……?」

志乃「ええ……日本酒代として働きなさい」

のあ「いいわ……それくらいならお安い御用よ」

志乃「お願いするわ……それに」

のあ「……」

志乃「聞きたいこともあるの」

のあ「存分に……私で良ければ聞くわ」

11

古書店・Heron

志乃「これが試作品よ……」

のあ「ラベルもないのね……」

志乃「一応識別のためにシールが貼ってあるくらいね……」

のあ「名前がついてるわ……篠日、しのひ……」

志乃「甘やかしすぎよね。いつも私の名前がついてるわ……」

のあ「そう……」

志乃「開けるわ……お猪口は」

のあ「持参したわ……自分のものだけは」

志乃「あら……用意がいいわね」

のあ「……」

志乃「あら……?」

のあ「どうしたの……?」

志乃「良い香りがするわ……いかがかしら」

のあ「いただくわ……良い香りね」

志乃「飲まないのかしら……?」

のあ「急かす必要はないでしょう……」

志乃「なら頂くわ……美味しい」

のあ「……」

志乃「聞きたいことがあるのだけれど……」

のあ「ええ……どうぞ」

志乃「今回の事件について、どう思うかしら」

のあ「曖昧ね……質問を変えて」

志乃「9人の殺人が起こってるわ……」

のあ「何件は自殺かも……と」

志乃「連続した事件を起こす心理はなに……?」

のあ「私は犯罪心理学者じゃないわ……ただのカウンセラー」

志乃「ただのではないでしょう……地主様で経営者」

のあ「そうかもしれないわね……」

志乃「今回の事件について、考えたことはある……?」

のあ「ないと言えば、嘘になるわね……不確実なことは言いたくないわ」

志乃「確実なことなら、いいのかしら……?」

のあ「誰でもいいわけではないわ。決められた通りに、星は結ばれている」

志乃「星、何の話かしら……被害者に星さんはいたけれど」

のあ「……あなたが願っていることは」

志乃「平穏な古書店の日々ね……文香さんの未来を見たいの」

のあ「そう……なら、知りたいことは」

志乃「犯人の正体と目的」

のあ「そう……私は答えを知ってるわ。これを」

志乃「ビン……」

のあ「なんだと思うかしら……」

志乃「毒……かしら」

のあ「ええ……体育館の向こう側から持って来たわ」

志乃「随分と正直な犯人さんね……どうして、教えてくれたの」

のあ「あなたが疑いを持っていたから。証拠はないけれど」

志乃「その通り……この街にいる以上、あなたからは逃れられない」

のあ「私の目が届く場所が多いだけよ……」

志乃「例えば」

のあ「空き地、空き家、雑居ビル、土地に囲まれた袋小路、それに」

志乃「人も、かしら……」

のあ「私の財産だもの……当然よ」

志乃「財産だから、消費してもいいと」

のあ「そんなことを言ってはいないわ……命は得難い財産よ」

志乃「矛盾してるわ……」

のあ「大丈夫……その死は無駄にならず、消えるわ」

志乃「最初の質問に……答えて」

のあ「今回の心理は……使命感よ。全てはこの世界のために」

志乃「それは……『本』かしら」

のあ「本ではなく、『帳』。結ばれない糸を結ぶため、人々が書き連ねてきたもの」

志乃「……何のために」

のあ「この世界を正すため……古書店のお嬢さんも知っているわ」

志乃「文香さんが……?」

のあ「ええ……最後のページを書いたのはあの子だもの。ここに生きているあの子かどうかはわからないけれど」

志乃「何が書いてあるの……?」

のあ「どうせわかるけれど……教えてあげるわ」

志乃「ええ……」

のあ「那由他の可能性が重なって、ひとつの線になるわ。でも、重なった線の中で私はいません。だから、許してください。このわがままを」

志乃「……違うわ」

のあ「柊志乃」

志乃「なにかしら、殺人犯さん」

のあ「毒の名前を知っているかしら」

志乃「あなたのビンに入った毒の名前」

のあ「教えてあげる」

志乃「飲んだ……?」

のあ「毒の名前は親愛よ。私のビンには入ってないわ」

志乃「どういうこと、かし……」

のあ「そろそろ、回ったかしら」

志乃「あなた……毒を、どこで」

のあ「どんな線でも、あなたは親愛の象徴よ」

志乃「まさか……」

のあ「人は縋るわ。絶対的な信頼に。あなたがあなたの家族に裏切られないと思い込めるくらいには」

志乃「私の……そんな……」

のあ「死への扉は……あなただけのもの」

志乃「嘘……」

のあ「心配しないで……この世界が間違っているだけよ」

志乃「あなただけは……」

のあ「反撃する元気があるなら……褒めてあげる」

志乃「くっ、ふ……」

のあ「褒めるのはなしね」

志乃「文香さんを……」

のあ「心配かしら……でも、無駄にはならないわ」

志乃「くっ……」

のあ「あなたの死が、彼女を変えるわ」

志乃「許さな……あ」

のあ「親愛というものは、人を強くするのね……特別よ、楽にしてあげる」

志乃「……ぁ」

のあ「細い首ね……折れそう、折れたわ」

志乃「……」

のあ「おやすみなさい……新しい世界で会いましょう」

2/12

12

北苗小学校・図書室

晴「ねーちゃん、いるか?」

古賀小春「こんにちは~」

晴「小春、そこで何してんだ?」

小春「お手伝いですぅ」

晴「ねーちゃんは?帰ったのか?」

小春「はい~。本屋さんのお仕事があるとかで帰りましたぁ」

晴「そっか」

小春「あ、貸し出しですかぁ~。はい、どうぞ~」

晴「邪魔したな、小春」

小春「ばいば~い。これなんかどうですかぁ?」

晴「バーゲンでもすんのかな、ねーちゃんの店。行ってみるか」

13

古書店・Heron

文香「どうして、店を閉めてるのでしょうか……」

文香「志乃さん、ただいま帰りました……」

文香「志乃さん、どこですか……?」

文香「……」

文香「志乃さ、ん……?」

文香「そこで、何をしてるのですか……?」

文香「ねぇ、起きてください……」

文香「どうして……約束したのに……」

文香「私、まだ、教えてもらいたいことが、いっぱいあって……」

文香「まだ、私、あなたが必要なのに……」

カチャン

文香「はっ……」

のあ「まるで子供のようね。いいえ、その年齢なら、子供でも悪くはないわ。自覚がある分だけ、いいわ……」

文香「あなたは……」

のあ「初めまして、かしら。私は高峯のあ、よ」

文香「志乃さんに、何を、したのですか」

のあ「見ればわかるでしょう。毒を飲ませて、首を絞めた、それだけよ」

文香「それだけなんかじゃありません……」

のあ「精神的に負荷がかかってるわ。視力はあるかしら?」

文香「銃……」

のあ「意識はあるようね……思ったよりも冷静かしら」

文香「……」

のあ「待ちなさい……どこかにつなげようとしたら、撃つわ」

文香「あなたが黒幕なのですか……」

のあ「黒幕、そう呼んでいるならそうだと思うわ……」

文香「なぜ……こんなことを」

のあ「わからないの……?」

文香「わかりたくなんてありません……」

のあ「誤解があるわ……理解ではなく、知識よ、私が聞きたいのは」

文香「志乃さん……」

のあ「縋っても、答えてくれはしないわ。なぜなら、それは死体だから」

文香「ち、近づかないでください……」

のあ「銃はしまうわ……これで、いいかしら」

文香「そんな問題では……」

のあ「鷺沢文香……」

文香「……」

のあ「ここは場所が悪いわ……移動して、ゆっくりお話ししましょう」

文香「あっ……」

のあ「少しだけ眠るだけ……死はその後で、その死すら無に帰すのは、更に後……」

14

古書店・Heron

晴「……なんで、閉まってんだ?」

茄子「晴ちゃん、どうしましたー?」

晴「茄子か。なんか進展はあったか?」

茄子「いいえ。ここを調べてるだけでは限界みたいです」

晴「だから、ねーちゃんの所に来たのか」

茄子「その通りですけど、いないのでしょうか?」

晴「用事があるから帰ったのにな」

茄子「お店を閉めてるだけかもしれません。入ってみましょうか」

晴「そうだな。ねーちゃん、志乃、邪魔するぞー」

茄子「お邪魔しまーす」

晴「茄子、待て」

茄子「どうしましたか」

晴「なんか、空気が悪い。オレが様子を見てくる」

茄子「ダメです。私の職業を言ってください」

晴「警察官」

茄子「正解です。ちょっと待ってください」

晴「拳銃」

茄子「交番のお巡りさんは携帯を許可されてます。着いてきてください」

晴「……ああ」

茄子「こんにちは~。誰かいませんか~?」

晴「ねーちゃんのカバン、だ」

茄子「なんで、床にあるのでしょう」

晴「なんで、って……」

茄子「放り出さないといけない理由があったから」

晴「それ、って……」

茄子「晴ちゃん、ストップです」

晴「へ?」

茄子「そこから動かないでください。それと、誰か潜んでいないか見てください」

晴「茄子、なんて言った?」

茄子「……」

晴「周りには誰もいないぞ」

茄子「失礼します……」

晴「茄子、そこに誰かいるのか?」

茄子「死因は、首でしょうか。いえ……正面から、ですね」

晴「茄子!」

茄子「鷹富士です。死体が見つかりました、場所は古書店です。至急応援を」

晴「茄子、そこに、誰がいるんだ」

茄子「見る覚悟は、ありますか?」

晴「……ああ」

茄子「来てください」

晴「志乃……」

茄子「被害者は柊志乃さん、殺害方法は首を絞めたことか、あるいは」

晴「志乃が簡単に殺されるかよ、嘘だろ……」

茄子「机にビンが置いてあります。同じく毒殺でしょうか」

晴「……なんで、だ?」

茄子「状況から推察するに……困りました」

晴「ねーちゃんは、どこ行ったんだ……?」

茄子「晴ちゃん、首に手痕がついているのが見えますか?」

晴「あ、ああ……」

茄子「正面から絞められてます。犯人は親しい間柄かも」

晴「いや、ねーちゃんがそんなこと、志乃に出来るはずない」

茄子「うーん……」

晴「なぁ、茄子、おかしいぞ」

茄子「何がですか」

晴「犯人の手形がついてる」

茄子「はい」

晴「証拠を残さないようにしてる犯人だろ、おかしいぞ」

茄子「見つけて欲しいじゃありませんね」

晴「もう、残してもいいからだ」

茄子「犯人の目的が達成される、なら」

晴「なら、ねーちゃんは、今、誰とどこに居るんだよ!」

茄子「落ち着いて。晴ちゃん、良く聞いてください」

晴「落ち着いていられっか!結局、こうなんのかよ!」

茄子「命令します。ここで、刑事さん達を待っててください」

晴「でも……!」

茄子「何か出来ますか?犯人のところに乗り込んでいって」

晴「……」

茄子「今出来ることをやるしかないんですよ。晴ちゃんは、まだ12歳の子供でも出来ることを」

晴「……頼む、茄子」

茄子「お願いします。してもらいたいことは、二つです」

晴「ああ」

茄子「一つ、刑事さん達が来るまで誰にもここを触らせないでください。二つ、刑事さん達に状況を説明してあげてください」

晴「わかった。茄子、犯人のアテはあるのか」

茄子「ふふっ……」

晴「あるのか!?」

茄子「もちろん、ありませんよ?」

晴「……ないのか」

茄子「でも、大丈夫です。だって、私は鷹富士茄子ですから。きっと、上手く行きます」

晴「なら……大丈夫だな!」

茄子「強がりは疲れるだけですよ。行ってきます、晴ちゃん」

15

某所

文香「ん……」

のあ「お目覚めのようね……」

文香「ここは……プラネタリウム……」

のあ「違うわ……あなたの目の前にある、家庭用が映しているだけ……」

文香「……」

のあ「表情に見えるほど……私に不快感を示さないでくれるかしら……」

文香「自分がやったことを、わかってるの、ですか……」

のあ「わかっているわ。あなたは、一連の意味をわかっていないのかしら……?」

文香「意味、ですか……?」

のあ「机に『帳』があるわ……知っているでしょう」

文香「あなたが、持っていたのですね……」

のあ「ええ。だからこそ、あなたが知っていないとおかしい……」

文香「私は、知りません……」

のあ「なら、知るべきでしょう……手も足も縛っていないわ」

文香「どうして拘束していないのですか……」

のあ「逃げられないから……全ての真実が目の前に、この物語の顛末を無視して逃げるという選択を、あなたの好奇心と親愛ある人間を殺した怒りが逃さない」

文香「……」

のあ「まぁ、物理的に封じる手もあるのだけれど……銃が見えるかしら……?」

文香「見えます……」

のあ「私の命令とあなたが知りたいことは、一致してるわ……さぁ、手に取りなさい」

文香「はい……」

のあ「この世界のルールはもういいわね……なら、栞が閉じてあるページだけを見なさい」

文香「宙を結ぶ……」

のあ「いくつもの可能性が重なり合って……世界は一つに見えるわ。だけれど、ここだけは違う」

文香「何本も何本も……捨てられた世界の可能性が……近い世界……」

のあ「本来は結ばれる世界の糸は……ほどけた」

文香「……それを一つにするための、方法」

のあ「異常な偏りを、自覚したことはあるかしら……?」

文香「偏り……」

のあ「幾多の可能性を生かすために、この世界と近い世界たちは……どこでしわ寄せを受けている」

文香「破滅した世界……ですか」

のあ「本来は存在しないもの……運命のオーバーフローにこの宙は耐えられない……」

文香「……」

のあ「見たでしょう……いくつも」

文香「はい……」

のあ「そして、今も見ている……あなたは違う糸と繋がっているのだから……」

文香「……」

のあ「世界は正されるべき……そう思わないかしら?」

文香「私は……」

のあ「知っている……一番後ろ」

文香「え……」

のあ「読みなさい。少なくとも鷺沢文香が書いたものよ」

文香「……」

のあ「あなたは、この一本の細い糸でしか、生きていないようね……」

文香「……」

のあ「だから、知っているのに拒んだ……」

文香「……」

のあ「知っていたのでしょう……?」

文香「私は……」

のあ「宙を囲む線を人は黄道と呼んだわ……そこには12の星座がある」

文香「星座ですか……」

のあ「かつて、この異様な世界を作った人は……戻す方法も授けた」

文香「それが……殺人の理由だと、言うのですか」

のあ「牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座……」

文香「抜けています……」

のあ「気づくのは当然……なぜなら」

文香「私が、蠍座だから……」

のあ「人々は、高いハードルを設けた……12の犠牲が必要なの……」

文香「そんな、ことで……」

のあ「そんな、こと?」

文香「ひっ……」

のあ「そんなこと?何がわかるっていうのよ!」

文香「……」

のあ「わからないわ!わかんないわよ!心理学を学んでも、何にもわからない!」

文香「どうしたの、ですか……」

のあ「どうした?どうにもしてないわ!」

文香「……」

のあ「あなたには力があったわ。人の生死さえ、動かす力が」

文香「それは……」

のあ「なら……救われてもいいじゃない」

文香「……」

のあ「間違ってるわ……こんな世界、間違ってる……」

文香「あなたは……」

のあ「見てきたでしょう?」

文香「……」

のあ「可能性があることが、幸せになんかつながらないわ……」

文香「……」

のあ「怪獣のお姫様だって、戦う意味なんてないでしょう……」

文香「でも……力強く生きていました……」

のあ「あなたのせいよ」

文香「……」

のあ「あなたのワガママが引き起こしているのよ」

文香「違う……」

のあ「言い訳なんて、聞きたくないわ……」

文香「あなたは何を求めているの、ですか……」

のあ「正しい世界を」

文香「違います……あなたが求めているのは」

のあ「このままだと死んだ人間は戻らないわ。それでもいいのかしら」

文香「それは……」

のあ「どうして?」

文香「どうして……」

のあ「どうして、生きていられるの?」

文香「それは……」

のあ「生きたいから?それは大したエゴね」

文香「生きて欲しいと、願った人がいるから……」

のあ「ふっ……あはは……そうね……そうだわ」

文香「何が、おかしいのですか……」

のあ「それで愛されるのだから、あなたは幸せね」

文香「……」

のあ「あなたは変わらなくていい。あなたのままでいい。なんて、特権かしら」

文香「やはり、あなたが求めているのは……」

のあ「必死にもがく人達をあざ笑うのね、そうやって、いつも」

文香「愛情なのですか」

16

夜空の間

のあ「ふふっ……」

文香「そうなのですか……」

のあ「あなたは間抜けね。そんなこと、気づいてないわけがないでしょう……」

文香「……」

のあ「私のカウンセリング患者は本当は一人だけよ……私本人だけ」

文香「……」

のあ「この感情からは逃げられないわ……渇愛からは逃げられない」

文香「なら……」

のあ「人を愛せば、返してくれる?」

文香「……」

のあ「努力はしたわ……でも、根本的な解決策になっていないの」

文香「それでも……」

のあ「この世界であがくべきだった、とでも?冗談じゃないわ……」

文香「ここは愛もない地獄では……ないのですから」

のあ「あなたにとっては地獄でなくても、私にとっては違うわ……」

文香「そんなはず、ありません……」

のあ「そうやって、傷つけるの。私を傷つけるの、いつだって、どこだって、幸せな人達には私の気持ちなんて、わかんないのに!」

文香「……」

のあ「出てこないで、惨めでしょうがない……こんな私が惨めでしょうがない、消えて、消え去りたい、消え去ってしまいたい……」

文香「あ……」

のあ「動かないで。私のここまでを、無駄にしないで……」

文香「でも、このままでは、あなたも救われない……」

のあ「世界がちゃんと一つに結ばれれば、消えることよ」

文香「『今』のあなたは、それでいいのですか……そんなの、良くありません……」

のあ「そう思うなら。私の罪を消し去って。あなたなら、出来るわ」

文香「……」

のあ「私はあなたの大切な人を奪っているわ。わかってるかしら?」

文香「わかっています……」

のあ「だけど、自分の命には変えられない……新しい世界にあなたがいるとは限らないから」

文香「違います、私はただ……」

のあ「あなたが死んでくれるだけでいいの。あなたは宙を結ぶもっとも重要なピースだから」

文香「私は……私と結ばれているから」

のあ「その通り。銃口は見えるかしら」

文香「……」

のあ「特別よ……撃ち抜いてあげる」

文香「誰か……」

のあ「繋ぐには時間がないわよ、おやすみなさい。新しい世界で……会いましょう」

茄子「そこまでです♪」

のあ「はっ……なぜ、早すぎる」

茄子「銃を所持、発砲します。発砲は2発です」バン!バン!

のあ「なっ……!」

茄子「一つは拳銃に。もう一発は動きを封じ込めるために、足に」

のあ「がっ、はっ、あ……」

茄子「あっ、失敗しました。銃弾は、『偶然』、胸に行ってしまいました♪」

文香「茄子さん……?」

のあ「……」

茄子「文香さん、ご無事ですか?」

文香「え、ええ……」

茄子「よいしょ、っと。はい、高峯さん、お手をお借りしますねー」

バーン……

文香「茄子さん、何を……」

茄子「犯人が発砲したんです!そうじゃないと私の過剰防衛ですから!」

文香「何を言って……」

茄子「犯人は心配停止状態のようです。もう大丈夫ですよ、文香さん」

文香「どうして、ここに……?」

茄子「助けに来ました。だって、私は警察官ですから」

文香「違います……来るのが、早すぎます……まるで」

茄子「でも、遅かったら殺されてましたよ?ラッキーです!」

文香「違いま……」

ガコン!

文香「この音は……どこから……」

茄子「なるほど。文香さん、高峯さんの誕生日知っていますか?」

文香「いえ……知りません」

茄子「3月25日、星座は牡羊座。本当は小春ちゃんだったのですけど、とっても強い守護神がいたから諦めたんですよねー。なるほど、自分を最後に殺めるつもりだったんですね。合理的です」

文香「なぜ、知って……」

茄子「さっきの音は、準備が進んだ音ですね。うふふ……」

文香「茄子さん……」

茄子「やっぱり、私ってラッキーです♪」

文香「まさか……」

茄子「世界の命運を我が手に、なんてセリフを言ってみたかったんです♪」

17

夜空の間

文香「茄子さん、知っていたのですか……?」

茄子「文香さんは、どうしますか?」

文香「私の質問に……」

茄子「状況をよく考えてくださいねー。主導権はどちらにありますか?」

文香「……」

茄子「さすが高峯さんですねー。良い拳銃を持っています♪」

文香「……」

茄子「文香さんは、どうしますか?」

文香「質問の意図が、わかりません……」

茄子「物語を捻じ曲げる選択肢を持っています。悲しい現実を書き替えて、もっともっと良い物語に出来るかも。では、どうしますか?」

文香「……」

茄子「答えにくそうなので、質問を変えますね。そんな状況はワクワクしません?」

文香「……しません」

茄子「そうでした。文香さんは、持っていましたものね。そして、使っていない。贅沢ですねー」

文香「……」

茄子「もう一つ、質問です。ここはどこでしょう?」

文香「わかりません……」

茄子「高峯地所が所有している建物の一つです。はい、そこで倒れている犯人さんの持ち物です」

文香「……」

茄子「プラネタリウム、というか天体観測は彼女の趣味の一つです。お金と暇と、それに孤独は彼女にはいくらでもありましたから」

文香「あなたは、犯人を知っていたのですか」

茄子「もう一つ質問です。良いですか?」

文香「……はい」

茄子「私が、ここに来れた理由はなんでしょう?」

文香「犯人に目星がついていたから、ですか……」

茄子「間違いは二つです。目星がついていたから、ではありません」

文香「知っていた、ですか……」

茄子「はい♪彼女、志乃さんと今日会う約束もしてましたよ?」

文香「……」

茄子「彼女が自由に出来る場所はいくらでもありますから、それだけじゃありません」

文香「尾行していたのですか……?」

茄子「残念、ハズレです♪正解は、あそこです」

文香「監視カメラ……?」

茄子「私、ラッキーなんですよ?」

文香「どういうこと、でしょう?」

茄子「パスワードは一回で開けられるんですよー。開けたいと思えば、絶対に。今はもう停止して、データも消してありますよ。安心してください」

文香「……」

茄子「だから、簡単です。私はただ、犯人よりもこの街のことを知ってるのです。だって、私はお巡りさんですから♪」

文香「……」

茄子「喋り過ぎてしまいました。ごめんなさい。なので、質問にお答えしますー。どうぞ♪」

文香「最初に……」

茄子「ひとつじゃないんですか?欲張りですねー、許します♪」

文香「別の世界に行けるのですか……?」

茄子「ええ、もちろんです」

文香「なら……」

茄子「なら?」

文香「鏡のむこうの奏さんを殺したのは、あなたですか」

18

夜空の間

茄子「流石です。文香さんは、推理小説もお好きですか?」

文香「答えてください……」

茄子「推理小説だと、犯人にイエスと言わせるのは何が必要ですか?」

文香「推理の結果、ですか……」

茄子「ご明察。どうぞ♪」

文香「鏡のむこうの、奏さんを殺したのは……口封じのため」

茄子「普通は、そこに転がってる人だと思いません?」

文香「あの時に、鏡のむこうに行けたのですか……彼女が」

茄子「そうですね。白昼堂々学校に入り込むのは至難の業です」

文香「出入りを管理できたのは、あなただけ……」

茄子「その通りです。でも、それだけですか?」

文香「証拠は、ありません……私は警察官では、ありませんから……」

茄子「はい。でも、それだとイエスとは言えませんねー」

文香「動機があります、二つ……」

茄子「動機?」

文香「一つは、裁きを与えること、です。正解ですか……」

茄子「うーん、まだノーコメントです」

文香「二つ目は……」

茄子「ワクワク♪」

文香「この犯罪を、続けさせるため……」

茄子「ふーん」

文香「正解、でしょう……」

茄子「アタリです♪」

文香「認めるのですか……」

茄子「私が認める理由も言えますよね?」

文香「理由は、この世界の法で裁けないから……」

茄子「その通りです。言ったところで、文香さんは私を裁けません」

文香「話したところで、突き止めようがないこと……」

茄子「だから、私から証言を得るのは、奏さんの件しかありません」

文香「……ええ」

茄子「思考は回っていますね。殺されない確信がありますか?」

文香「……ありません。でも」

茄子「怯えるだけでは、何も解決しませんものね」

文香「質問に答えてください……」

茄子「お答えします。鏡のむこうの奏さんに、報いを与えたのは私です」

19

夜空の間

茄子「文香さんは、私に報いを与えますか?」

文香「……」

茄子「歓迎しますよ?」

文香「お断りします……」

茄子「わかりました。それなら、他の質問に答えてあげます♪」

文香「……」

茄子「どうしました?」

文香「いつから、彼女の犯行と知っていたのですか……」

茄子「えーっと、最初の殺人が起こる前からでしょうか?」

文香「それは、想定外です……」

茄子「彼女が言っていた通り、キーパーソンは文香さんでした。最初のターゲットも、文香さんでしたよね?」

文香「その通りです……」

茄子「彼女は臆病で孤独が故に慎重、ですから自分の支配が効く範囲で動きます」

文香「お巡りさんの職務を越えたレベルで、この街を見ているあなたなら……」

茄子「なんとなーく、わかっちゃいますから」

文香「共犯なの、ですか……?」

茄子「あの、好きなおかずは最初に食べますか、最後に食べますか?」

文香「え……?」

茄子「もっとも大切なことは、最初に書くべきですか?それとも最後?」

文香「何の話、ですか……?」

茄子「画竜点睛を欠くのは怖いですか?」

文香「……」

茄子「そこに倒れている人と、そんな話をしました。その後に、追うモノの被害者が出ました」

文香「心変わりをしたのですか……」

茄子「私のおかげです、感謝してくださいね。今、文香さんが生きているのは、順番を変えたから、ですよ?」

文香「……」

茄子「奏さんの話はしましたし、次に聞きたいのは怪獣の話ですか?」

文香「何かしましたか……?」

茄子「何かしたと思います?」

文香「いいえ……何もしなかった」

茄子「半分は正解です。警察と文香さん達には何も話しませんでした。幸運なことに、彼女を疑う人はこの段階ではいませんでした」

文香「彼女には、情報を伝えたのですか……?」

茄子「別に何も伝えていませんよ?大和亜季さんと伊集院惠さんという人が来たという世間話はしましたけど」

文香「十分な……情報です」

茄子「あら、何故でしょう?」

文香「この『帳』に書いてあります……」

茄子「何が書いてあるんですかー?」

文香「……この宙を結ぶための、星に値する人の名前が」

茄子「やっぱり、知ってたのですね。いつから気づいてました?」

文香「……」

茄子「答えてくださいね?あなたに黙秘の権利なんてないですよー?」

文香「晴ちゃんの代わりに、奏さんが殺されて……晴ちゃんがターゲットから完全に離れた時から、です……」

茄子「確信ではないけど、片隅にはあったんですねー」

文香「……」

茄子「でも、何も出来ない。信じさせる術がない。誰がターゲットかわからない」

文香「ええ……そうでないと、思いたかった……」

茄子「怪獣の事件は、女王様が解決してくれました。多分ですけど、私が何をしても、変わらなかったと思います」

文香「……」

茄子「毒殺の話は聞きますか?」

文香「いいえ……あなたにはわからない……」

茄子「アタリです。私、犯人はわかってるけど、何も知りません」

文香「聞きたいのは、別のこと……です」

茄子「なんですかー?」

文香「川島先生の目撃情報は、あなたの嘘ですか……?」

茄子「はい」

文香「嘘をつく理由が……わかりません」

茄子「難しく考えないでください。私は警察官ですから、街の人の悩みを解決してあげるのも、お仕事です♪」

文香「え……」

茄子「文香さん、晴ちゃん、三船先生にとって、必要な時間だったでしょう?」

文香「善意、なのですか……?」

茄子「もちろんです♪キグルミがぴったりの体形でラッキーでした」

文香「あなたという人は……」

茄子「たとえ向こうで死を迎えても、この事件に変化はありませんから。一か八かです、私、賭け事には強いんですよ?」

文香「……」

茄子「他の理由としては、毒殺は志乃さんまでにしておいて欲しかったからです」

文香「……」

茄子「そうでないと、宙を結ぶ、でしたっけ、されちゃいますから」

文香「あなたの目的は……」

茄子「クイズです。当てられますか?」

文香「彼女の目的が成就することでもなく、共犯の犯罪を隠すためでもなく、三船先生に至っては善意も含まれていた……」

茄子「ふふ」

文香「むこうの世界に絡む行動しか起こさず……直接、この世界で犯罪を犯さない……」

茄子「はい」

文香「そして、固執している事柄が、あります……」

茄子「それはなんでしょう?」

文香「警察官であること……」

茄子「つまり?」

文香「10件の殺人を犯した後に彼女を捕まえるのが、目的ですか……?」

20

夜空の間

茄子「鷺沢文香さんに、プラス20点です♪更にポイントアップチャンスですよー」

文香「……」

茄子「あら、クイズはお嫌いですか?」

文香「何故……放置したのか」

茄子「回答者の文香さん、お答えをどうぞ!」

文香「法で裁けないから……あなたは警察官ですから」

茄子「だいせいかーい♪更に20点ドン♪」

文香「しかし、この世界でも殺人は起きました、でも……逮捕に至っていません」

茄子「その理由は?」

文香「あなたが、隠蔽と改竄をしているから……」

茄子「正解です。そこの人は現場に一切の痕跡を残しませんから、状況証拠さえ消し去ればいいので簡単でした。もう20点どうぞー」

文香「でも、今は逮捕出来る状況が整った……」

茄子「現行犯ですね」

文香「この世界に未来がないと知ってる彼女は、もう隠す必要がない……」

茄子「志乃さんの遺体が証拠になりますから、お役立ちです」

文香「……」

茄子「不機嫌そうな顔しないでください。ね?」

文香「あなたは連続殺人犯を捕まえた……射殺という形ですが……」

茄子「ハズレ。その先を答えられませんか?」

文香「捕まえたことで得られる利点は……」

茄子「どうぞ?」

文香「……異動」

茄子「覚えててくれたんですね、20点どうぞ♪ちなみに、刑事課に異動したいんです」

文香「そんな目的なのですか……」

茄子「地位と名声、それとお金!誰だって、私だって欲しいですから」

文香「一つ……聞いていいですか」

茄子「うーん、もう少し時間はありますね。どうぞー」

文香「刑事さん……伊集院さんが亡くなったのは、偶然ですか……?」

茄子「リストに加えましたが、偶然ですよ?」

文香「作為はないと……」

茄子「ちなみにですけど、女性登用枠なので、欠員は女性で補充されるらしいですよ?」

文香「……あと、20点」

茄子「そうですねー」

文香「やはり……あなたは、宙を結ぶ気がありません」

茄子「10点です。だから、止めないといけなかった」

文香「でも……あなたのせいで、この世界は……」

茄子「この世界ではなく、あなたの世界ですよ?」

文香「私は……」

茄子「残念でしたー。100点はあげられません」

文香「……どうしたら」

茄子「止めなければいけないのは、文香さんですから」

文香「え……」

茄子「今の状況だと、選択権は私と文香さんの両方ですからねー。それを正しましょう。さ、高峯のあさん、死んでる場合じゃありませんよー」

文香「何を……」

茄子「まずは意識を回復させましょう!ばちーん☆」

文香「動いた……?」

茄子「心臓を撃ち抜いたわけじゃありませんからー。次は、心臓マッサージと人工呼吸です」

文香「……」

茄子「はー、ふー……」

文香「音が、しました……」

茄子「文香さん、もう命を絶っても何も起こりませんよ?」

文香「わかって、います……」

茄子「いち、にの、さん、し……」

のあ「がっ……ごほっ、ごほっ……」

茄子「気道まで血まみれですね。私の口も汚れてしまいました」

のあ「あっ……はぁ、はぁ」

茄子「暴れない方がいいですよ……肺が傷つくと、もっと大変です」

のあ「は……が、はぁ……」

茄子「呼吸はゆっくりですよ……被疑者死亡で終わりなんて、つまらないでしょう?」

文香「……」

茄子「文香さん、どうやってここに運ばれてきました?」

文香「え…………」

茄子「眠らされませんでした?こんな風に薬品で」

文香「あっ……」

茄子「おやすみなさい。一富士二鷹三茄子、良い夢をー」

21

診療所

文香「ん……」

晴「ねーちゃん、目が覚めたか!?」

文香「晴ちゃん……」

晴「怪我はないか?頭痛は?」

文香「ここはどこでしょう……?」

晴「診療所だ。念のため、安全な場所ってことでさ」

文香「……そうですか」

晴「茄子のおかげで助かったな」

文香「茄子さん……」

晴「どうした?」

文香「茄子さんは、どこにいますか」

晴「どこにって、まだ事件現場だよ。古本屋かねーちゃんが見つかった場所にいると思う」

文香「……そうですか」

晴「黒幕、捕まったぞ。誰か、わかるか」

文香「……知っています」

晴「ん、意識があったのか?」

文香「少しだけ……話をしました……」

晴「でも、また眠らされたのか?」

文香「……」

晴「ねーちゃん?」

文香「はい……その通りです」

晴「結局、何が目的だったんだ?」

文香「……」

早苗「あっ、起きた?体の様子はおかしくない?」

文香「大丈夫です……ありがとうございました」

早苗「犯人、捕まえたわ」

文香「……」

早苗「証拠も一杯出てるわ。怪獣とか証明できなさそうなのも一杯あるけど」

文香「……」

晴「撃たれたんだろ?話せるのか?」

早苗「しばらくは無理そうね。でも、事件はこれでおしまい」

晴「そうか」

文香「あの、お聞きしたいことが……」

早苗「なに?」

文香「私が倒れていた近くに、テーブルがありませんでした、か?」

早苗「あったわ」

文香「本のようなものが、ありませんでしたか?」

早苗「本?あそこに本なんてどこにもなかったけど」

文香「……そうですか」

早苗「今はゆっくり休んで。もう、大丈夫だから」

晴「ああ……そうしよう」

文香「志乃さんは……どこにいますか」

早苗「警察病院に運ばれてるわ」

文香「……会わせてくれますか」

早苗「連絡しておくわ」

文香「ありがとう……ございます」

晴「ねーちゃん、大丈夫か……?」

文香「大丈夫……では、ありません……志乃さんに会わせてください」

晴「……わかった」

早苗「送る?」

文香「お願いします……」

早苗「車持ってくるから、準備してて」

文香「はい……」

晴「志乃……残念だったな」

文香「晴ちゃん、聞いてください……」

晴「どうした?」

文香「真実を話しますから……その時までは」

晴「……なんか知ってんだな」

文香「……はい」

晴「今は考えない方がいいんじゃないか。志乃も、そう言うはずだ」

文香「……」

晴「むこうの志乃はむこうのねーちゃんが亡くなって、凄い年月が経ってたけど、まだ悲しんでた。今のねーちゃんにも、時間が必要だって」

文香「なければよかっただけ、です……」

晴「それは……わかってるけどさ」

文香「だから、行きましょう……」

晴「……わかったよ」

22

警察病院・待合室

文香「……」

晴「良くはないけどさ……見れる状態で良かったな」

文香「そうですね……」

晴「最後のお別れも出来ないんじゃ、ダメだよな」

文香「不思議な人でした……」

晴「志乃の、ことか?」

文香「綺麗で穏やかで、少しだけお酒好きな人……」

晴「酒に関しては少しじゃないだろ……」

文香「いつの間にか、そんな彼女は叔父の古書店に居ました」

晴「志乃、なんで古書店にいたんだ?」

文香「わかりません……私が下宿する時にはほぼ住み込みでした」

晴「叔父さんの恋人だったのか?」

文香「違うみたいです……ただの常連だったとか」

晴「ふーん」

文香「叔父が旅に出てから、二人で暮らしていました……」

晴「そうだな」

文香「なぜ、私と生活していたのでしょう……」

晴「わかんないけどよ、ねーちゃんはどうだったんだ?」

文香「私には、大切な人でした……」

晴「志乃にとっても、そうだったろ」

文香「なぜ、でしょうか……」

晴「何が、だ?」

文香「こんな私のために、どうして……」

晴「……」

文香「もっと、教えてもらいたいことがありました……」

晴「……」

文香「こういう時に、どうすればいいのか、私には、わからないのに……」

晴「ねーちゃん」

文香「私は、どうしたらいいのでしょう……」

晴「志乃は、自分がしたことは後悔してないはずだ」

文香「……わかっています、だけど」

晴「殺されたのを認めろとは、言わない」

文香「……」

晴「でも、これで終わりだ。ねーちゃんは前を向いて、歩かないと」

文香「……でも」

晴「ねーちゃん、何か言いにくいことでもあるのか?」

文香「……」

晴「もう隠し事はなしだ。言ってくれよ」

文香「あ……」

晴「どうした?刑事が何人か来たな」

文香「様子を見に行きましょう……高峯さんの居場所がわかるかも……」

晴「おい、待てって!」

23

警察病院・待合室

晴「場所はわかったけど……」

文香「入れてくれなさそうですね……」

晴「茄子あたりに入れてもらうか?」

文香「おそらく……期待できません」

晴「茄子なら、証言くらい教えてくれるだろ?」

文香「それでは、意味がない……」

晴「犯行の理由を聞きたいんじゃないのか?」

文香「違います……それは、知っていますから……」

晴「知ってる?」

文香「……」

晴「ねーちゃん、そこで黙るなよ」

文香「ここでは……話せません」

晴「なら……帰るか」

文香「はい……」

24

古書店・Heron

晴「事件の調査も終わって、綺麗さっぱり、だな」

文香「荒らされても、いませんでしたから……」

晴「叔父さん、帰ってくるのか?」

文香「明日にでも……戻れると」

晴「そっか」

文香「……」

晴「ねーちゃん、オレはさ」

文香「ごめんなさい……」

晴「どうして、謝るんだ?」

文香「ごめんなさい……私が、馬鹿でした」

晴「どうしたんだよ、まだ何も言ってないぞ?」

文香「この世界で、この場所で、未来を見ようと言ってくれたのに、私は……」

晴「ねーちゃん?」

文香「私は、やはり……宙を結ぶことは出来ない……」

晴「ねーちゃん!」

文香「ごめんなさい……晴ちゃん」

晴「謝れてもわかんねぇよ!」

文香「なら、信じますか……」

晴「なんだよ、そんな話か」

文香「え……?」

晴「オレは信じてきた。何があっても、信じるよ」

文香「……」

晴「だから、話してくれ」

文香「……」

晴「何があった?」

文香「犯人と話をしました……真実は全て、わかっています」

晴「高峯のあ、か」

文香「違います……」

晴「違う?黒幕だろ、ついでに毒殺魔」

文香「それだけではないと……信じますか……?」

晴「ああ……信じる」

文香「全ては……鷹富士茄子さんの掌の上、です」

25

古書店・Heron

晴「目的は、わかった。何をしてたのか、もだ」

文香「私はきっと眠らされたままになっていますが……」

晴「ねーちゃんが話したことは全部、茄子にもみ消されてる」

文香「そもそも、私の話を信じるでしょうか……?」

晴「信じないだろうな」

文香「ええ……」

晴「さっき片桐っていう刑事から聞いたけど」

文香「茄子さんのこと、ですか」

晴「本当に異動するらしい。話は出てた。本人から希望は出てた。でも、茄子は知らない」

文香「……つまり」

晴「茄子は何もしなくても、4月には刑事になれた。言ってたじゃないか、茄子は生まれついての幸運なんだよ」

文香「なら、ムダだったのですか……」

晴「そうだよ……茄子の願いは、叶ってた」

文香「……」

晴「犯人に肩入れするわけじゃないけどよ……これじゃあ、誰も」

文香「報われない……」

晴「誰だって、殺されたくない」

文香「高峯のあが起こした儀式は叶わない……」

晴「茄子は手土産を作ったけど、やったことに意味はなかった」

文香「気分は良くなったかも……しれません」

晴「茄子をつくなら、そこか」

文香「ついても効果はないと……」

晴「警察官のプライドはある。意味のない被害者を増やしたのは、嫌なはずだ」

文香「法で裁けないなら、私刑を下す人です……」

晴「だけど」

文香「それに、彼女は法で裁けるようなことをしていません……」

晴「問題はまだある」

文香「おそらく茄子さんが、『帳』を持っています……」

晴「それで、別の何かが出来るかもしれない。というか、もっと簡単な方法があるじゃないか」

文香「儀式殺人の繰り返し……」

晴「ああ。誰かをたきつければいい……ねーちゃんみたいな力を持ってる誰かを」

文香「……ええ」

晴「異常な殺人鬼を捕まえて、茄子はのし上がってくぞ」

文香「幸運ですから……事件にも恵まれる……」

晴「それは嫌な展開だな」

文香「でも、本質をたどれば……」

晴「この世界、というかたくさんの世界があるからだ」

文香「はい……それによって、産まれた偏り」

晴「茄子の異常な幸運も価値観もそのせいかもしれない」

文香「時には世界が破滅し、怪獣がはこびっている……」

晴「美優先生もかもな、それにオレも」

文香「でも、本当は……」

晴「本当って、何だよ」

文香「可能性は重ね合わせられて、世界は一つになる……」

晴「誰が、言った?」

文香「『本』か『帳』に……」

晴「違うだろ。ねーちゃんが出来るのは、近くにある世界を動くだけだ」

文香「はっ……外から、見てると、言うことですか……」

晴「もしくは、ずっと昔はそうだったのかもしれねぇけどよ」

文香「わかりません……」

晴「そっか、わかった」

文香「何がですか……」

晴「さっき、ねーちゃんが謝った理由が、だ」

文香「……」

晴「オレは、普通の世界だったら、ここにいない」

文香「そうです……」

晴「オレもねーちゃんも、ここじゃないと存在できないんだ」

文香「それでも……」

晴「ねーちゃん」

文香「……」

晴「宙を結ぶか?」

文香「私には……答えられません」

晴「わかってるよ」

文香「それに……出来ない」

晴「茄子の言うことが本当なら、重要なのは牡羊座だ」

文香「『帳』がないから、誰が星に値するか……わからない」

晴「でも、茄子は知ってる」

文香「一人だけ……わかっています」

晴「誰だ?」

文香「小春さん、です……」

晴「小春か……しないよな?」

文香「女王様から連絡が……」

晴「あの、女王様からか?」

文香「え、そうなのですか……?」

晴「なんだって?」

文香「一匹置いて来ちゃった★冬眠中だけどねー……だそうです」

晴「プレゼントのつもりか?」

文香「ちなみに、100メートル級らしいです……」

晴「辞めよう……ジオラマみたいに壊れそうだ」

文香「もとより……そのつもりはありません」

晴「わかってる」

文香「責任は、彼女に取らせます……」

晴「ねーちゃん、ダメだ」

文香「なぜ、ですか……」

晴「それじゃ、ただの復讐だ。気持ちがわかりすぎるほど、わかる」

文香「……あ」

晴「落ち着け。それでも、ねーちゃんがそっちを選ぶなら、オレは止めない」

文香「……」

晴「ねーちゃん含めて、星は茄子に守られてるはずだ」

文香「簡単には、行かない……」

晴「ああ……」

文香「だから……」

晴「まだ決めるのは、早い」

文香「志乃さんなら、そう言ったでしょうか……」

晴「優しいからな」

文香「ええ……」

晴「どうする……?」

文香「時間が必要です……気持ちの整理に、手段を考えるのにも」

晴「わかった。じゃあ、ねーちゃん」

文香「なんでしょう……」

晴「明日は休もう。ズル休みだ」

文香「ええ……小春さんにお願いしてみます」

晴「おやすみ、ねーちゃん」

文香「おやすみなさい……晴ちゃん」

26

深夜

北苗商店街・派出所

茄子「せっかくお手柄なのに、夜勤ですかー。好きだから、いいんですけどねー」

コンコン

茄子「はいはーい。どうしましたー?」

太田優「こんばんは~」

茄子「あら、美容師さん。アッキーもこんばんは~」

優「アッキーも挨拶してぇ♪」

アッキー「くぅん」

優「はぁい、アッキーってばおりこうさん♪」

茄子「何か、お悩みですかー?」

優「ブライト・ブルー、って知ってる?」

茄子「うーん、わかりません。小説のタイトルですか?」

優「わからないのなら、いいんだー。それじゃあ、アッキーのお散歩に戻るねぇ」

茄子「ねぇ、美容師さん?」

優「なぁに?予約は昼間に電話してねぇ、出張カットもするよぉ」

茄子「誕生日はいつですか?」

優「1月28日だよぉ」

茄子「水瓶座、ですね」

優「茄子ちゃんは、1月1日生まれ。志乃さんと同じ星座だよねぇ」

茄子「どうして、志乃さんの話が出るんですか?」

優「クリスマスが誕生日だもん。商店街でとっても覚えやすいのは、茄子さんと志乃さん」

茄子「そうでしたかー」

優「だから、あたしは雪乃さんに謝らないと」

茄子「……美容師さん、何か知ってませんか?」

優「ううん。しらなーい」

茄子「本当に?」

優「嘘かも。知らないはずのことを知ってるかも」

茄子「へぇ……」

アッキー「くぅん……」

優「ごめんねぇ、アッキー、さっ、帰ろ?」

茄子「待ってください」

優「なぁに?」

茄子「あなたは、何が出来るのですか?」

優「美容師だからぁ、髪を切ることだけ」

茄子「ふーん」

優「あたしじゃなくてもいいけど、髪を切る必要があるからぁ」

茄子「誰を、です?」

優「前髪を切らないと、ブライト・ブルーが見えないでしょ?」

茄子「やっぱり、小説のタイトルですか?」

優「ヒミツ☆うふふっ、ばいばーい♪」

茄子「……」

茄子「困りましたねぇ。文香さん、止めないとですかねー。ふふふ……」

27

翌日

北苗小学校・職員室

茄子「お休み?」

瑞樹「そうよ……昨日の今日だし、気分が優れないみたい」

茄子「そうですかー」

瑞樹「茄子さん、お手柄ね」

茄子「どういたしまして。本当は、三船先生が亡くなる前に止めたかったです」

瑞樹「それでも、犯人を捕まえてくれてありがとう」

茄子「私は警察官ですから、当然です」

瑞樹「私達は、早く日常を取り戻すわ」

茄子「私は、新天地へ」

瑞樹「刑事になるんでしょ?おめでとう」

茄子「ありがとうございます。お騒がせしました」

瑞樹「またね、茄子さん」

茄子「ちょっと……文香さんを探すのは大変そうですねぇ。どこにいるのやら」

28

鏡のむこう・古書店跡

晴「悪いな、橘。突然、来ちまって」

ありす「問題ないです。それと。ありす、でいいです」

晴「ありがとう、ありす。お母さんの調子はどうだ?」

ありす「一進一退です。まだまだ先は長そうです」

文香「がんばってください……」

ありす「私は大丈夫です。そっちはどうですか?」

晴「こっちの橘のことか?」

ありす「むこうの私はがんばってるのを知ってます。見てますから」

文香「そうですか……」

ありす「だから、ここに来たあなた達のことです」

晴「簡単に言うと、犯人に追われてる」

ありす「犯人、ですか?」

晴「こっちの奏を射殺した犯人だ」

文香「私達の世界の、お巡りさん、鷹富士茄子さんです……」

ありす「鷹富士茄子さん?」

晴「知らないのか?商店街の交番で働いてる若い奴だ」

ありす「働いてません。若い警察官は握野さんという男性です」

晴「違う?」

文香「こっちの茄子さんは警察官ですらないみたいです……」

ありす「どうにしても、警察官が犯人だと大変ですね。でも、悪だくみがいるのですか?」

晴「あっ……えっと」

ありす「その様子だと、私に悪いことがあるのですか?」

晴「そうじゃない」

ありす「嘘が下手です。正直に言ってください」

晴「ねーちゃん」

文香「お話します……」

29

鏡のむこう・古書店跡

ありす「つまり、私はいなくなるんですか?」

晴「そういうことだよな」

文香「厳密には違います……一本の世界重なるだけで、消えたりはしません」

ありす「どこかの誰かが産み出した、わがままな世界は消えるのですね」

晴「酷い言いようだな」

ありす「むこうの私と一緒になれるなら、私は嬉しいです」

文香「お母さんの病気も、ないかもしれません……」

晴「でも、何が起こるかはわからない」

ありす「わかってます。でも、この世界が原因で起こった異常なことはなくなります」

文香「その通り、です……」

ありす「方法はあるのですか?」

文香「私は、繋ぐことができますから……」

ありす「相手もです。何が出来るか、わからないでしょう?」

晴「確かに、な」

ありす「そもそも」

晴「そもそも、何だよ」

ありす「どうするのか決めたのですか」

文香「……」

ありす「せめて、決めてください」

晴「でもよ、こういうのは時間が必要だ。な、ねーちゃん」

文香「どちらかは決めています……だけど」

ありす「踏み出す勇気がないですか」

文香「ええ……」

晴「仕方ねぇよ」

ありす「私は文香さんの選択を尊重します、だから焦らないでください」

文香「はい……」

ありす「私は学校に戻ります。存分に悩んでいてください」

30

夕方

古書店・Heron

晴「茄子は交番にいるってさ」

文香「そうですか……」

晴「まぁ、何かしてくるとは思えないけど」

文香「ええ、気をつけます……」

晴「ねーちゃん、またな」

文香「はい……」

晴「どうでもいいけどさ、ねーちゃん」

文香「なんでしょう……」

晴「やっぱり、前髪が長すぎる。志乃にも言われてたろ、切ったらどうだ?」

文香「……」

晴「見たくないのも見せたくないのもわかるけど、たまには助言も受け入れたらどうだ」

文香「そうですね……良いかもしれません」

晴「ああ。またな、明日また来るよ」

文香「……はい。晴ちゃん、さようなら」

31



警察病院・高峯のあの個室前

茄子「こんばんは」

早苗「茄子ちゃん」

茄子「様子はどうですか?」

早苗「命に別状はなし。簡単な会話くらいは出来そうよ」

茄子「何か話していましたか?」

早苗「何も。体もだけど、精神的にやられてるわね」

茄子「成功者のメンタリティですから、失敗に弱いんです」

早苗「だから、何か聞き出すのは難しいわ」

茄子「時間はあります」

早苗「ええ、こっちのものよ」

茄子「でも、共犯がいる可能性があります」

早苗「だから警戒は厳重よ。警備員も常時室内にいるし」

茄子「記者とか部外者も入れないように」

早苗「わかってるわ」

茄子「あの、片桐巡査部長」

早苗「なに?同僚になるから早苗でいいわよ」

茄子「では、早苗さん」

早苗「よろしい。それで、何が聞きたいの?」

茄子「ブライト・ブルーって知ってます?」

早苗「なにそれ?カクテルの名前?」

茄子「私も知らないんです。うーん、ネットで調べても出てこなくて」

早苗「それの何が気になるの?」

茄子「いいえ。小耳にはさんで気になっただけですから。お気になさらず」

32

古書店・Heron

優「こんばんはぁ」

文香「お待ちしてました……」

優「予約は明日だけど、早い方がいいでしょ?」

文香「今晩とは、思いませんでしたが……」

優「でも、タイミングは今しかないと思うよぉ」

文香「はて……」

優「明日はあるとは限らないもんねぇ」

文香「え……」

優「変な言い方だった?明日暇があるとは限らないもんねぇ」

文香「そうですか……」

優「それでぇ、今日はどのくらい切るのー?」

文香「見えるように……前がしっかり見渡せるように」

優「前髪を短くしていいのぉ?」

文香「はい……お願いします」

優「あんなに嫌がってたのにぃ?」

文香「……はい」

優「志乃さんが亡くなって、変わらないといけないとか考えたの?」

文香「そうかもしれません……」

優「気分を変えるのには、髪を切るのはいいかもねぇ。例えば、何からも目を逸らさないようにするために前髪を切るのとか、ね?」

文香「それで、変わるでしょうか……?」

優「変わるかもしれないよー?」

文香「やってみないと、わからないと?」

優「うん♪」

文香「そうかもしれません……」

優「やっちゃおうかー」

文香「お願いします……」

優「そういえばぁ、この前アッキーがねぇ……」

33

古書店・Heron

優「これぐらいでいいかなぁ?後ろは毛先だけだよぉ」

文香「我ながら思いきりました……」

優「うんうん。文香ちゃん、綺麗な目をしてるねぇ」

文香「そうでしょうか……」

優「皆に見せてもいいんだよぉ。そんなに綺麗なのに」

文香「私は、そうは思えませんでした……」

優「どうしてぇ?」

文香「まるで魔の物だと、そんな気持ちが抜けなくて……」

優「あはっ。文香ちゃんは魔女だったんだぁ」

文香「あながち、間違いではありません……」

優「魔法でも使う?髪の毛残しておく?」

文香「髪の毛はいりませんが……」

優「どんな魔法なの?」

文香「……」

優「教えて?」

文香「喜びも悲しみも分かち合って、全てを結ぶ、そんな……魔法」

優「へぇー」

文香「でも……失うものも多いかもしれない……気持ちも忘れてしまうかもしれない……」

優「何が怖いの?」

文香「復讐されることでは……ありませんね」

優「なら、なぁに?」

文香「ここまでを否定するのが怖いのかもしれません……それと」

優「うん」

文香「繋がりを捨てるのは、怖い……だって、私は」

優「……」

文香「臆病で、言葉足らずで……」

優「それでも、踏みだしたんでしょ?」

文香「この結ばれた絆を、捨てたくないから……不幸な人を、見殺しにしようとしてる……」

優「怖いよね」

文香「はい、怖いです……」

優「でも、大丈夫だよぉ」

文香「大丈夫、ですか……?」

優「色んな世界で色んなあたしがいるけど、関係は変えられないんだよぉ」

文香「……」

優「結ぶ糸が、きっと思い出させてくれる。その人が大切だったことも、あたしが誰であるかも」

文香「糸……」

優「あたしは、いつだって見つけられるもん。ずっとずっと、今度は絶対に先になんて行かないと約束したからぁ」

文香「……」

優「だから、信じてあげてね」

文香「信じる……」

優「どんな場所でも、あなたを見つけてくれる人がいるはずだよぉ」

文香「そう、でした……本当に怖いのは、私がいない、こと……」

優「その糸が結ばれているのなら、あなたは絶対にいる。その人達を信じてあげて、ね?」

文香「……はい」

優「うん」

文香「あの……」

優「なにー?」

文香「どうして、絆を信じられるのですか?」

優「信じてるから、あたしはあたしなんだ」

文香「……私も、私であることを信じます」

優「うん♪それじゃあ、シャンプーしよっか?」

文香「はい……その、相談なのですが」

優「なぁに?あたしで良いなら答えるよー?」

文香「上手く行くかわからないことに挑戦する時、どうしますか……?」

優「うーん。それなら最後は、神頼み☆」

文香「なるほど……」

優「あれ?そんなに納得のいく答えだった?」

文香「ありがとうございます……優さんも、見てください」

優「何の話ぃ?」

文香「きっと、見上げれば青い空……」

34

古書店・Heron

晴「ねーちゃん、抜け出してきた」

文香「夜遅くにすみません……」

晴「いいのか、ここで?」

文香「殊更に逃げることはありません……」

晴「で、どうするんだ?」

文香「晴ちゃん、お願いをしていいですか」

晴「なんだ?」

文香「私を、見つけてください……」

晴「宙を結んだ後で、か?」

文香「はい……私はいますから」

晴「オレもだ。どんな性格かわかんねぇし、覚えてないかもしれないけどよ」

文香「それでも……」

晴「わかった。約束だ」

文香「約束、です……」

晴「ねーちゃん、前髪切ったんだな」

文香「ええ……どうでしょうか……?」

晴「似合ってる。ねーちゃんの目を見れば、何があっても思い出せる……かもな」

文香「はい……」

晴「どうする。高峯のあは警察病院だ。護衛が付いてる、おそらく茄子もいる」

文香「お手伝いをお願いしました……そのうち、来るはずです」

晴「お手伝いか。誰だ?怪獣の女王様か?」

並木芽衣子「ぶっぶー、はっずれー」

晴「あ?コイツはダメだろ、絶対にダメだ」

芽衣子「せっかく呼ばれたのにー」

文香「お待ちしてました……」

芽衣子「こんばんは~。はい、これあげるね」

晴「なんだよ、これ。鳥の羽根か?それにしては大きいような」

芽衣子「天使の羽根だよ。ご加護があるかも?」

晴「天使かよ……ねーちゃん、欲しいか」

文香「その、本物みたいです……凄い力を感じます」

晴「やっぱり、コイツに頼るのは辞めないか?」

文香「いいえ……おそらく、この人しかいません」

晴「他に方法があるはずだ」

文香「ありません……知っていますよね」

芽衣子「もちろん。本当は重ね会うから同じ時間に帰ってこれるけど、この世界は帰ってこれない」

晴「前にも聞いたような気がする」

文香「別の行動をした私達を見たのですね……」

芽衣子「そうだよ。成功したのは、鷹富士さんに宙を結ばないと約束した時だけかな?」

晴「何もしなかった場合か」

芽衣子「なんか、宙を結ぶのをムリヤリ切ることも出来るんだって。それで平和になって、終わり」

文香「……」

芽衣子「鏡のむこうごとバラバラにされたり、怪獣の女王様が死んじゃったり、別の志乃さんが亡くなっちゃったり、そこの結城さんのお嬢さんが殺されたり、色々あったよ?」

晴「言わなくていい」

文香「でも、私があなたに協力を依頼したのは、今だけです」

芽衣子「たぶんね。何があったのか知らないけど、今のあなたは茄子さんの怖さを良く知ってる。そして」

文香「あなたの力も知っています……」

芽衣子「うふふ」

文香「あなたが楽しんでいる間は、あなたは倒されない」

芽衣子「あれ?倒せると思ってるの?」

文香「私は倒せません……でも、どこかで」

芽衣子「ふーん……うふふ、それも楽しいかも!」

晴「楽しいとは思えないんだけど」

芽衣子「それで、どうするの?私に何をお願いしたいの?」

文香「高峯のあさんを……」

芽衣子「殺すんだね!方法はなに?」

晴「……」

文香「拳銃です……彼女の」

芽衣子「なるほど!」

晴「……」

芽衣子「宙を結ぶのにはもうひとステップいるでしょ?」

晴「……聞くのか?」

芽衣子「出来ないなら、手伝ってあげようか?」

文香「心配は無用です……」

晴「……」

文香「私の命は……私が絶ちます」

芽衣子「安心した。逃げる時間がなかったら、大変だもん」

文香「お願いをしてよいですか……」

芽衣子「聞いてしんぜよーう」

文香「時空間を繋げる力を……貸してください」

35

警察病院・高峯のあの個室

芽衣子「よいしょ、っと♪」

晴「うおっ」

文香「ついた……」

芽衣子「時間を動くと危ないから、空間だけにしてる。あっ、警備員さんが室内にいるんだー。よしっ、今の時期は沖縄!ばいばーい!」

晴「迷惑な奴だな、ホントに」

芽衣子「ふふっ。拳銃見つけてくるから、ちょっと待ってて」

文香「わかりました……」

芽衣子「何かあったら、ケータイで呼んでー」

晴「消えた……」

文香「高峯さんは……」

晴「寝てるのか?」

のあ「……起きてるわ」

文香「……」

のあ「何しに来たのかは、わかってるわ……私の願いが叶えられるなら、好きにすればいい」

文香「どうして……変えようと思ったのですか」

のあ「わからない……きっと、もっと、幸せな世界があると思ったら……耐えきれない」

晴「それは、ワガママだろ。都合のいい世界なんて、ない」

のあ「でも……それでも、信じてるわ」

文香「殺人の理由には、あまりにも浅すぎる……」

晴「ああ、その通りだ」

文香「この世界を正します……」

のあ「……」

文香「誰か、見つけてくれる人は、いますか……?」

のあ「いないわ……いると、いいわね」

晴「……」

芽衣子「ただいまー。はい、どーぞ♪」

のあ「あなた、どこから……」

芽衣子「犯人さん、あなたの失敗は、この世界にも別の世界にもあなたより上の人間がいることを知らなかったことだよね」

のあ「私の銀の銃で、何をするつもりかしら……」

文香「撃ちます……あなたを」

のあ「そう……撃ち方はわかるかしら」

文香「どこかの私が教えてくれました……こうです」

のあ「正解……さ、やりなさい」

晴「ねーちゃん」

文香「見ない方が良いです……」

芽衣子「だって。私は見てるけど」

晴「……わかったよ」

のあ「新しい世界で……また、会いましょう」

文香「ええ……」

のあ「今度は……事件もなくて、皆、仲良しだといいわね……」

文香「さようなら……」

1/12

36

警察病院・高峯のあの個室

茄子「銃声、まさか!」

芽衣子「あっ、凄くはやい。さっすがー」

茄子「ラッキーですから」

芽衣子「超能力じみてるねー。それに、もう別のものに手をだしてるでしょ?」

茄子「あなた、どなたですか?」

芽衣子「もし、知らないのなら」

晴「ねーちゃん、大丈夫か」

文香「ええ……私も、この人達と同じです……」

芽衣子「運が悪かったね、困った刑事さん」

茄子「文香さん、止ってください」

晴「もう止まるなんて、無理だ」

茄子「なら、止めます」パン!

芽衣子「危ない。血の気が多いよ?」

茄子「なっ……!」

晴「どこかに銃弾が飛んでったな……」

芽衣子「あははっ!ついてないねー」

茄子「何を、誰、何者ですかっ!」

芽衣子「私は『トラベラー』。この物語の終わりまで一直線!」

文香「逃げましょう……」

晴「ああ……」

芽衣子「ばいばーい!」

茄子「待って、こんな幸運な自分じゃなくなるのは……」

茄子「……」

茄子「嫌なのに……」

37

北苗小学校・屋上

芽衣子「とうちゃーく」

晴「ここまでは、すぐには来ないよな?」

芽衣子「たぶん。それにしても、最後に本音が漏れてたねー」

晴「茄子、なんか言ってたか?」

芽衣子「幸運じゃなくなるのは怖いって。うんうん、気持ちはわかるよー」

文香「それが捻じ曲げられて得られたものならば……正さないといけない」

芽衣子「そうかなぁ?」

晴「お前にはわからない」

芽衣子「かもねー。ねえねえ、上見て!」

晴「上……?」

芽衣子「綺麗な星だねー」

文香「空は変わりません……どこでも同じ空を見ていられます」

芽衣子「明日は晴れるかな?」

文香「きっと、鮮やかな青空です……」

芽衣子「そう」

文香「きっと……そうです」

芽衣子「ここの世界には、友達と、旅行に行くのが好きな私がいるから、そっちはよろしくね?」

晴「ああ……あんたとは別人なら、大歓迎だ」

芽衣子「あはっ。それじゃあ、私へのお願いは叶った?」

文香「叶いました……」

芽衣子「面白かったから、貢物はいらないよ。感謝してね」

晴「これからと、その後を見ないのか?」

芽衣子「私の勘が言ってるんだけど、凄い普通で平和で偶には不幸も起きる世界になるよ」

文香「それが望みですから……」

芽衣子「そんな世界楽しくないしー。だから、バイバイ」

晴「つまり、お前が面白くない世界が一番だ」

芽衣子「価値観の相違ですねー。それを結論にしましょう、そうしよう」

文香「ありがとうございました……」

芽衣子「人殺しと自殺の手伝いで褒められるなんて、神様になんてなるもんじゃないね」

文香「その通りです……」

芽衣子「じゃあね。明日が良い天気でありますように!」

晴「消えた……な」

文香「晴ちゃん……ご迷惑をおかけしました」

晴「オレこそ、だ。ありがとな、ねーちゃん。それに」

文香「それに……?」

晴「いくらでも迷惑をかけてくれ。ねーちゃんは、誰かの助けが必要なタイプだ」

文香「ふふ……そうでした」

晴「悩んでたら、背中を押してやる」

文香「ありがとう……」

晴「よろしくな、絶対に見つけるからさ」

文香「約束です……」

晴「……」

文香「見ないでくれますか……」

晴「いや、見てる。もし……引けないなら、オレが引き金を、引く」

文香「……わかりました。でも、引き金は私が」

晴「ああ……」

文香「晴ちゃん」

晴「ねーちゃん」

文香「また、会いましょう……」

0/12

最終話 宙を結ぶ 了

エピローグ ブライト・ブルー

晴「熱いな……雲ひとつない」

志乃「ええ。それにしても、綺麗な青空ね……」

晴「涼しい顔して言うなよ。オレがおかしいのかと思うじゃねぇか」

志乃「あら……大人を疑うの?」

晴「志乃だから疑ってるというか。よっと」

志乃「あら、お触りはダメよ……」

晴「志乃、体温低いな……本当に涼しいんだな」

志乃「羨ましいかしら……?」

晴「そんなに。寝起き悪そうだし」

志乃「事実ね……夜じゃないと元気がでないもの」

晴「それは酒があるかないかじゃないのか?」

志乃「確かに、そうかもしれないわ……」

晴「あー、ムリだムリだ。どこかで涼んでいこうぜ」

志乃「そうね……プロデューサーとの約束の時間まではまだあるから、いいと思うわ」

晴「バニーの仕事なんて、オレは嫌だからな!優と、のあ、が何を言おうが、だ!」

志乃「私に言わないでちょうだい……」

晴「よし、そうと決めたら……」

志乃「どうしたのかしら……古書店が気になるの?」

晴「いや、たまたま目に入ったから……」

志乃「涼しそうね……偶にはいいでしょう」

晴「そうか?」

志乃「そうよ……お邪魔するわ」

晴「おじゃましまーす」

文香「いらっしゃいませ……」

晴「ん?」

志乃「あら……」

文香「どうか、されました……か?」

晴「ねーちゃん、どこかで会ったことあるか?」

文香「そんなことはないかと思いますが……」

晴「そうかぁ?」

志乃「プロデューサーから連絡が来たわ……場所を知ってるから、迎えに来てくれるそうよ」

晴「やった。ラッキーだぜ……ん、なんで場所知ってんだ?」

志乃「その子、スカウトしてるらしいわ……」

文香「お断りしたのですが……」

志乃「勿体ない……若くて美人なのに……」

文香「そんな、私は……」

晴「前髪を短くしたら、いいんだよ。ねーちゃん、目が凄く綺麗だ……ぜ?」

志乃「晴ちゃん、さっきからどうしたのかしら……?」

晴「気のせいだ!」

文香「は、はぁ……」

晴「オレは結城晴だ」

志乃「柊志乃よ……」

晴「なぁ、ねーちゃん」

文香「なんでしょう……」

晴「外は綺麗な青空だぜ。出ないと、損だ」

文香「誰かに言われたような、気がします……」

志乃「いいんじゃないかしら……付き合う人が変われば……人は変わるわ」

晴「オレも、こんなことするとは思ってなかったし」

文香「……私でいいのでしょうか」

志乃「それは、プロデューサーに聞いて……きっと話してくれるわ」

文香「ええ……」

晴「どうした?」

文香「なんだか、不思議な感じがして……」

志乃「何かしら……私はあなたを世話した方がいいというのを感じてるわ」

晴「お節介おばちゃんかよ」

志乃「せめて、お姉さんでしょう……それで、文香さんの感覚は、なにかしら」

文香「止まっていた世界が動き出したよう……もし、アイドルの道に一歩踏み出せば……時間は動き出すでしょうか……?」

晴「志乃、意味があんまりわからない」

志乃「私にもわからないわ」

文香「そう、ですか……」

晴「でも、確実なことは確かだ。オレと志乃はねーちゃんを応援するぞ」

文香「あっ……」

志乃「なにか気づいたのかしら……?」

文香「いえ……その、お名前を名乗っていなくて……」

晴「そうだったな。ねーちゃん、名前はなんていうんだ?」

文香「鷺沢文香、と申します……よろしく、お願いします……」

エピローグ ブライト・ブルー 了
文香の怪奇帳 完

あとがき

ほんのちょっとのことで、人は変わるのです。
人との出会いならなおさら。

のあの事件簿は続き書けないなら、書き直せばいいのか。
そう思い至ったので、次回は、
高峯のあ「高峯のあの事件簿・ユメの芸術」
です。

それでは。

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