【モバマス短編集】「貴方との時間」 (42)

地の文注意。
凛と卯月の二本立てです。

ラブデス5000と2000逃して悔しかったので立てました。

前スレ
【モバマス短編集】「貴方がくれたもの」


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【渋谷凛】

思い返せば、アレは春のことだったかな。

難なく受験を終えて、特にしたいこともなく高校生になったあの頃。

不思議と入学式にもワクワクしなかったあの頃。

『アイドルとか、興味ありませんか?』だなんて話しかけられたっけ。

散りかけた桜の樹の下で、あの人が私に声をかけた。

その時は特に何も思ってなかったんだけど、うん、人の心は変わるものだ。

出会ったことも、そこから先のことも、何一つ後悔していない。

でも。

私は今、確かに苦しんでいる。

「お疲れ様です」

今日は特に仕事はない。ただレッスンのために事務所に寄っただけだ。

レッスンは楽しい。自分が成長している感じがするから。

身体の操作とは裏腹に、私の心は幼稚なままだ。

『凛ちゃんは凄いです!』、卯月はそう言ってくれるけど、言われる度に胸がチクリと痛む。

「……本当に凄いなら、こんなに苦しまないのにな」

「んー? どした。調子でも悪いか?」

……聞かれてた。むしろ、聞いて欲しかった?

「ううん。何でもない。プロデューサーこそ大丈夫?」

椅子の背もたれに身体を預けて私のほうを見てくれるけど、私はぷいっと目をそらす。

恥ずかしいんだ。プロデューサーが嫌いってわけじゃない。

「もち。アイドルに気遣ってもらうなんて、俺もまだまだだなー」

優しげに笑う彼に悪意はない。だからこそ、私の胸はまたチクリと痛む。

「そっか。じゃあ、レッスン行ってくる」

「おうよ。がんばー」

汗を流せば気分も晴れるだろう。

そんなことあるはずもないのに、今日も私は自分に嘘をつく。

レッスン室までの廊下を歩いて行くと、あの日のことを思い出す。

私が初めてここに来た日。社長に挨拶をして、契約をしたあの日だ。

『キミはこれからアイドルになる。ファンに夢を売るんだ。決して悪夢なんか売ってはならないよ』

社長に言われたあの言葉。その言葉がうるさいくらいに頭のなかでリピートされる。

アイドル。

アイドルってなんだろう。

私はファンのみんなに夢を売れているのかな。

人気も知名度も順調に上がってる。

どれだけ知らんぷりをしていても、数字は明確に現実を教えてくれる。

私にも一定数のファンがいるんだ。

私はアイドル。もう、渋谷凛ではいられない。

アイドルをしなくてはいけない。渋谷凛に戻ってはいけないんだ。

プロデューサーの顔が思い浮かぶ。

またチクリと、胸が痛んだ。

「よし、終了! 渋谷はあがっていいぞ!」

「ありがとうございました。失礼します」

ふぅと小さく息を吐く。

うん。身体の調子はいい。相変わらずモヤモヤとした気持ちは晴れないけど。

「み、みくは……」

「お前はまだだ前川ァ! シャキッとしろッ!」

「そんにゃ……」

竹刀を持ったベテトレさんにしごかれるみくを後目に、レッスン室を後にする。

……汗臭い。

シャワーで汗を洗い流す。大丈夫かな。臭ってないかな。

着替えは一応持ってきたし……うん、大丈夫。

またふぅっと息を吐く。さっきとは違う、別なため息。

きっと今日も何もないんだろう。でも、期待している自分がいる。

「よし」

逸る気持ちを抑えて、事務所に向かう。

ふと、ライブの歓声が鮮明に再生される。

楽しそうなファンのみんなの顔。

私の成長に涙してくれるファンの顔。

ダメだね、私は。

やっぱりアイドル失格だ。

窓から夕焼けが差し込む。ほんのり朱色に染まった廊下が綺麗に見えた。

「お、お疲れ凛。忘れ物か? 鍵締めちゃったよ」

扉の前でばったりプロデューサーと会った。

夕映えプレゼント。ちょっぴりイイコトあったよ、なんてね。

「もう帰るの? 早いね」

「この後用事があってな。ちひろさんも居ないし、早上がりってやつだ」

「そっか」

「大事なアイドルに心配されちゃったしな」

「……もう」

そう言って楽しげに彼は笑う。からかわれてもあまり嫌な気はしない。

「で、どうしたんだ?」

「別に。誰か居るかなって思っただけ。忘れ物もないよ」

「おう。今日は送っていけないから、気をつけて帰れよ」

「飲み会?」

「そんなとこ。川島さんとか早苗さんの目が痛くて……。最近付き合ってなかったからなぁ」

私も行きたい。声が出かかったけど抑えた。

未成年のアイドルが居酒屋なんかに出入りしてたら、それこそアイドル失格だ。

酒タバコ男。アイドルにとっての三禁。

平静を装って会話を続ける。

「そっか。あんまり飲み過ぎないでね」

「俺じゃなくて二人に言ってくれ。凛、明日は撮影だからな。夕方迎えに行くか?」

その申し出の意味を考えてしまう。

私を迎えに来てくれるの?

それとも、アイドルを迎えに来るだけ?

「……ううん。たまには一人で行くよ。現地で合流しよう」

くだらない意地が、そんなことを言わせた。

「そうか。遅刻だけは勘弁な。じゃあまた明日」

自分がバカみたい。

泣けちゃう気持ちは一緒だけど、心の中は真っ暗だった。

次の日。

撮影は滞り無く終わり、今はスタジオの前でプロデューサーを待ってる。

見渡す限りの人、人、人。

みんな揃って仏頂面をしてる。

きっと、この中に私のファンも居るんだろう。

私のライブでは、キラキラの笑顔になる人も居るんだろう。

そう思うと、頭が重くなる。

私はもう渋谷凛では居られなくなる。

ただの少女では居られなくなる。

年頃の女の子が当たり前にしている事でさえもできなくなるのだ。

引き返せない。

私は夢を売ってるんだ。

重い。

「りーん、早く乗れー」

気づいたら目の前に車が停まっていた。考え込んでいたらしい。

何となく助手席に乗れなくて、後ろの席に乗り込んだ。

「着いたぞ」

山奥を進んで頂上。東京から少し外れても、街の明かりは衰えた気がしない。

上から見下ろす夜景はキラキラで、本当に綺麗だった。

「うーん、疲れた。凛は疲れてないか? ほれ」

「ありがとう。ちょっとだけ眠いかな」

プロデューサーから冷たいお茶をもらう。

夜の山は涼しくて気持ちがいい。

「さて、と。凛」

真剣な眼差しのプロデューサーが向き直った。

「どうした?」

「……どうしたって? 私は別に……」

「話したくないってならいいんだが、正直、今の凛は見てられない」

「見てられないって……」

「何か悩んでるだろ?」

鈍感プロデューサーはこういう時だけ鋭い。

「……なんで?」

漏れでたのは疑問の言葉。

「なんでって、見てれば分かるさ」

「最近ずっと表情を作ってる。声もそうだ。凛が思ってる渋谷凛を必死に演技してる」

「自信満々だね」

「どんだけ一緒に居ると思ってるんだ」

そうだった。この人は私のプロデューサー。

プロデューサーなら担当アイドルのことをしっかり管理しなくちゃね。

アイドルのことを、管理しなくちゃ。

「プロデューサーは、ううん、モバPさんは優しい人なの?」

もう、いいや。

全部吐き出しちゃおう。

「さぁ? ただ親しい人が悩んでるのは放っておけないだけだ」

「じゃあさ、」

下顎が少し震えてる。心のなかの私は覚悟を決めたみたい。

「……私がアイドルじゃなくても、優しくしてくれたの?」

辛くて。

「プロ、デューサー、アイドルって何?」

アイドルが辛くて。

「私は、ちゃん、とできてる?」

苦しくて。

「……プ、ロデューサーと、いると、嬉しくて、」

その優しさが大好きで。

「でも、ファンのみ、んなのこと……、辛くて」

嬉しくなっちゃう自分が、ファンのみんなに申し訳なくて。

「……私、も、う」

恋してる自分が許せなくて、もうどうしようもなくて。

「……ぐすっ、うぐっ、ぐっ」

嗚咽が止まらない。

気づかなかった。

こんなことになるほど、私はプロデューサーのことが好きだったんだ。

私はアイドルが大好きだったんだ。

ぎゅっと、温かさを感じる。

私の好きな匂い。大好きな匂い。

「凛」

気持ちがいい。大きな手が私の頭を撫でる。

「頑張ったな。偉いぞ」

その言葉は鳥肌が立つほど嬉しくて。

もう、涙が抑えられなかった。

深夜の山奥。一面の夜景。

ドラマチックな風景は涙の味がした。

……最悪だ。

人前でベソかくのなんて生まれて初めてだった。

その相手がよりにもよって好きな人。

……はぁ。

「凛、機嫌直せよー。なんか食べにでも行くか?」

「……いらない」

帰りの車の中。私の片思いは嫌な気持ちと一緒に山奥へ置いてきた。

心の中を吐き出したからか、それとも大泣きしたからか。

みっともない姿を晒した割に、気分は悪くなかった。

「プロデューサー、恥ずかしい話してよ」

「そういうの、無茶ぶりっていうんだぞ」

「知らない」

頬杖をつきながら、流れる景色を眺める。

この景色と一緒に、さっきのことも早く流れていってしまえばいいのに。

「……そうだなぁ」

運転しながらプロデューサーが呟く。

「来るべき日のためにいろんな事考えてたのに、」

「セリフとか、場所とか、シチュエーションとか考えてたのに、」

「それが台無しにされちゃった話なら、ないこともないんだが」

驚いた顔をして振り向くと、意地悪な笑顔のプロデューサーと目が合った。

……もう。

「プロデューサー」

忘れ物しちゃったじゃん。

「私がさ、しっかりお仕事してさ、シンデレラガールになってさ、引退したらさ」

「またあの場所に連れてってくれる?」

言葉はない。大好きなあの優しい笑顔が応えてくれた。

いいんだ。今はいいんだ。

ファンのみんなのために、私はアイドルになろう。

アイドルで在り続けよう。

確かに今は苦しいけれど、でも苦しさには理由がある。

その理由を、ずっと抱きしめていたい。

プロデューサー、待っててね。

私はきっと、あの場所へ辿り着けるようにするから。



終わり

書き溜めはあるんですが、
上司に誘われたので外に行ってきます。

再開は朝方かお昼前かなと。

よろしくです。

お疲れちゃんです。
再開します。

卯月は凛よりもちょっと長いです。

【島村卯月】

「はーい、カット! 全行程終了です! お疲れ様でした!」

「お疲れ様でしたー!」

監督さんの一声に呼応して、スタッフの皆さんが大合唱します。

終わった。疲れたぁー。

「卯月、お疲れ。悪女の役、結構ハマってたぞ?」

「プロデューサーさん、お疲れ様です! それ、褒めてるんですか……?」

「褒めてる褒めてる。軽く卯月の笑顔を信じられなくなったくらいには」

「もう!」

ごめんごめんだなんて笑いながら言いますけど、最近のプロデューサーさんは意地悪です。

全く、私を何だと思ってるんでしょうか。

今回のお仕事は今放送している土曜9時の学園ドラマのお仕事でした。

私の役はヒロインの女の子をいじめる女の子役で、

一応やんわり断ったんですが、プロデューサーさんがお話を聞いてくれなくて……。

ファンの皆さんに嫌われたらどうしようとか思ってたんですけど、結局それは杞憂でした。

逆にファンが増えたみたいです……。

私、本当にどう思われてるんでしょうか……。

でも、高校生らしいことができたのは素直に嬉しかったです。

お仕事が大変であんまり学校には行けてなかったけど、



私はもう、卒業ですから。

「あおげば?」

帰りの車の中で、プロデューサーさんから謎の呪文を唱えられちゃいました。

「そ、仰げば。知らないのか?」

「何ですか、それ?」

「言っても、俺も歌ってないからなー。俺らの時は旅立ちの日にだったしな。無理もないか」

「それがどうしたんですか?」

「ん? ほら、卯月の卒業式の日に、ライブがあるだろ。卒業ライブ」

アイドルはまだまだ続けますが、高校卒業ということで記念ライブをすることになったんです。

そのお話でしょうか。

「はい。それでその、あおげば? を歌うんですか?」

「って思ってたんだけどな。まー、アイドルのライブには合わないな。やっぱやめだ」

そういって自己完結してしまいました。一体何だったんでしょう。

卒業……か。

プロデューサーさんが気を遣って頂いたみたいで、明日から一週間ずっとオフです。

今は3月の初め。

私って、ちゃんと高校生できてたんでしょうか。

「あ、卯月ちゃん! おはよう!」

明るく笑いかけてくれるクラスメイト。

この子とは一年生の頃からずっと仲良くしてもらっていて、ずっとお友達です。

「えへへ。おはようございまーす」

久しぶりの学校です。もう授業もほとんどなくて、午前中だけの登校です。

ちなみに私はこの春から大学生。受験勉強は大変でしたが、受かって良かったです。

「来週の卒業ライブでアイドルも引退しちゃうの?」

「あー、違うんです。卒業記念ってだけで……」

「良かった! 卯月ちゃんの歌って、なんかジーンとくるんだよね」

卒業ライブと聞いて、他の子達も集まってきました。

「わかる! なんか秘訣とかあるの?」

ひ、秘訣でしょうか。そんなこと言われても……。

「うーん……私は歌が苦手なので、歌詞の意味を考えて歌うようにしてるだけで……」

「えー!? 嘘でしょ!? 卯月ちゃん、歌苦手なの!?」

「あ、でも、ドラマ見たよ! 5話良かった~」

「私も見たー。あれってもう撮影とかは終わってるの?」

「はい。ちょうど昨日終わったところです!」

クラスのみんなにも、見ていただいているようです。

うう……変なイメージがつかないといいんですが……。

その後すぐ先生が来られて、ホームルームが始まりました。

後何回、ホームルームを受けられるんでしょうか。

なーんて、私らしくなかったですね。

湿っぽいのはナシナシです!

昔から卒業式ってちょっぴり苦手でした。

なんだか大事なものがなくなってしまうような、そんな気持ちになっちゃって。

懐かしいなぁ。

たのしかったーうんどーかい!

本当に楽しかったなぁ……。

高校の運動会は一年生の頃しか出られなくて、

二、三年生はお仕事で欠席でした。

結局修学旅行も出られませんでしたし。

『卯月ちゃんは撮影で色んな所行ってるんでしょ? いいな~』

クラスの子からそんなことを言われた時、ちょっぴり悲しくなっちゃいました。

確かにロケのお仕事も楽しいですけど、私だって、私だって。

……行きたかったなぁ。

「お疲れ様でーす」

学校が終わったので事務所に顔を出すことにしました。

今日はレッスンもお仕事もありませんが、なんとなく、です。

「卯月? 遊びに来たのか?」

カタカタとキーボードを叩きながら、プロデューサーさんが声をかけてくれました。

「はい! えへへ。迷惑でしたか?」

「とんでもない。心なしか空気が変わった気がする。俄然やる気出てきた」

なんだかむず痒いです。でも、受け入れてもらえるって嬉しいな。

やっぱり、私の居場所は事務所なんでしょうか。

そんなことを思っていると、プロデューサーさんの後ろに見慣れた人影が。

「正直、ちっひとずっと一緒だったし、あれでテンション上げろとか言われても……」

あ、ぷ、プロデューサーさん?

「ずっと黄緑色だよ? ちっひだよ? もう無理だよー。瑞々しさがないよー」

その辺にしておいたほうが……。

「まぁ、ゆっくりしてけよ。あ、コーヒー飲むか?」

「ええ。ちょっと胃がムカムカするのでミルクもお願いしますね」

「……なるほど」

私はしーらないっと。

「ごめんなさいね瑞々しくなくて。ごめんなさいね空気が悪くて」

「た、助けて卯月……」

ご、ごめんなさーい!


プロデューサーさんとちひろさんを残して事務所をお散歩です。

あ、薫ちゃんたちです。元気だなぁ。薫ちゃんたちも午前授業だったんでしょうか。

そんな時。

「お、しまむー発見!」

「未央ちゃん!」

「久しぶり! 今日は? 学校じゃないの?」

「えへへ。もう終わっちゃったので遊びに来ちゃいました!」

「ねぇねぇ、この後遊びに行かない? 私もレッスン終わったとこだしさ」

「いいですね! ご飯でも行きましょう!」

「そうと決まればしゅっぱーつ! しまむー隊員、遅れるなッ!」

明るくて、あったかくて、楽しい未央ちゃん。

やっぱり事務所は楽しいです。

「うーん、遊んだ遊んだ。疲れたね~」

未央ちゃんとショッピングに行って、そのままファミレスです!

久しぶりにこんなに遊びました!

「えへへっ」

「どうしたの、しまむー」

「なんだかこういうの懐かしくて。最近は未央ちゃんと遊び時間もなかったし……」

卒業記念ライブはNGのライブじゃなくて、私のソロライブ。

レッスンも必然的に一人が多いです。

そのちょっと前は受験勉強で私が忙しかったし……。

「だね。でも来年はこの未央ちゃんも忙しくなるのかー。もう卒業シーズンだもんね」

未央ちゃんはそういいながらムムっと難しい顔をしてます。

あれ、なんでしょう?

ちょっと胸がざらつきました。

「あ、そういえばさ、しまむーのドラマ見たよ! お主も中々の悪よのう」

「やめてくださいよ~」

「なんちって。でもさー、実際にあんないじめとかあるのかな? ウチの学校は割りと平和だし……」

そういって未央ちゃんは明後日の方向を見ます。

また少し胸がざらつきました。

なんでしょう。胸の奥がきゅーっとなります。

「どうでしょう? でも、撮影現場は楽しかったですよ! なんかみんなが本当のクラスメイトみたいで」

「分かる! なんか、こう、仲間意識みたいなのが生まれるっていうか」

「でもさ、」

私はこの時、どんな顔をしていたんでしょうか。

「学校に行くとさ、『ああ、やっぱこっちだなぁ』って思うんだよねー」

「卯月? なんかお前最近元気ないぞ?」

事務所でポーッとしてるとプロデューサーさんが話しかけてくれました。

そんなつもりはないんですが、うーん、どうでしょう。

「そうですか?」

「心配だなー。体調崩すなよ? あ、それと、俺卯月の卒業式行くから」

「わかりました」

わかりました?

「えー!?」

「びっくりした。なんだよいきなり」

「なんだよじゃないですよ! プロデューサーさん、来られるんですか?」

「おー。ライブの関係者から『せっかくですから出席されてはどうですか?』って言われてな」

「打ち合わせとかで忙しいんじゃ……」

「前倒して済ませてるから問題なし。あと、これ」

そういってCDを差し出されました。

なんでしょう。ライブ以外で、歌うお仕事はなかったはずですが……。

「これ、聞いときな。意外と……っていうと、失礼か。でもいい曲だぞ」

「あ、はい。わかりました……」

「明日は大事な日なんだから、今日はもう帰れ。俺ももう帰るしな」

「はい。お疲れ様でした」

「あい、お疲れー」

次の日です。

今日は卒業式。朝学校に行くと、教室がざわざわしてました。

みんな、落ち着かないんでしょうか。

「卯月ちゃんおはよー。今日頑張ってね!」

「おはようございます。頑張る?」

「とぼけちゃってー。あ、もう整列するみたいだよ? 行こっか」

おしゃべりはそこでおしまいです。

でも、少し引っかかることがあります。

頑張る。

私、何かするんでしょうか?

着々と式が進行していきます。

紅白幕が体育館を彩って、行事の重要性を強調されます。

昔からこの雰囲気が苦手でした。

少し冷えた体育館。

吐き出しようのない複雑な感情。

終わってしまいます。終わってしまうんです。

あんまり高校生活は満喫できなかったけど、色んな事がありました。

所属事務所が決まったこと。

プロデューサーさんに出会ったこと。

みんなに出会ったこと。

デビューが決まったこと。

初めてのCD。初めてのライブ。

どれもみんな、キラキラしてる大事な思い出。

でも、でも。

まだなんか足りない気がして。

「――をお祈りし、答辞と致します。卒業生代表」

送辞と答辞が終わって、校歌も歌って。

もう式も終盤で、あとは退場するだけ。

本当にあっけないんだなぁ。

「ここで346プロダクション様のご協力により、卒業生、島村卯月さんに『仰げば尊し』を独唱していただきます」

……はい?

「島村卯月さん、お願いします」

示し合わせたかのように、一斉の拍手が巻き起こりました。

えぇ~!? 聞いてないですよ!

わけもわからぬまま登壇している時に、プロデューサーさんと目が会いました。

例のように、意地悪く笑っています。

プロデューサーさん、恨みますよ!

ステージの中央に立つと、全校生徒が丸見えでした。

ライブは緊張しなくなってきたけど、それとこれとは話が別です。

あーっ、卒業式に来るっていうのはこういうことだったんですね……。

目の前にマイクスタンドが用意されて、歌詞カードを手にして心を落ち着けます。

ふぅっとため息。

一歩前に出てお辞儀をすると、また拍手に迎えられました。

ここまできたら、もういいです。

アイドルじゃなくて、島村卯月として。

しっかり歌い切ります!


「仰げば尊し 我が師の恩」


『よっし、よろしくな島村さん。目指せトップアイドル! え、卯月でいい? よろしく卯月!』


「教えの庭にも はや幾年」


『渋谷凛。り、凛ちゃん? ……嫌じゃないけど。 ……うん。よろしく……卯月』

『島村卯月……。うーん、しまむーでいい? えへへ。よろしく!』


「思えばいと疾し この年月」


『CDデビュー?』

『やったね、卯月! わわっ、くっつかないで!』

『初ライブ? ホントに!? 私達が!?』

『しまむー! 私達、キラキラしてたよね!?』

『頑張ったな卯月。上出来だ!』

『卯月』

『しまむー!』

『卯月ちゃん!』

『卯月!』

『アイドルって、楽しいね!』

「今 こそ……」

あれ、声が出ない。

ほっぺたが熱いです。前もぐしゃぐしゃで。

あれ、あれ?

涙が止まらなくて。

息ができなくて。

終わっちゃう。

私の高校生活が終わっちゃう。

何一つ高校生らしいことなんてできなかった。

ずっとずっと、アイドルだった。

アイドルは大好きだけど、でも、でも。

もっともっと、高校生したかった。

お友達とお喋りしたり、

放課後一緒に遊びに行ったり、

お休みの日には部活に行って、

テスト前には一緒に勉強して。

そんな生活を、もっともっとしたかった。

ここに私の居場所はあるの?

そう思うと、涙が止まらなくて。

こんな姿、みんなに見せられないです……。

ダメです。もう、歌えない……。

「卯月ちゃん!」

張り裂けそうな声を上げて、私の名前が呼ばれました。

顔を上げるとぼやけた視界にもはっきり見えます。

一年生の頃からずっとお友達だった、クラスメイトの子です。

「卯月ちゃん! 頑張って!」

一人、また一人と声をかけてくれます。

みんな泣いてました。

心のなかがポカポカしてきました。

……良かった。

ここにもちゃんと、私の居場所はあった。

私のお友達は、私のことをちゃんとお友達だと思ってくれていた。

ダメですね。頑張るのは私なのに。

泣いてなんかいられない。

涙を拭って、伴奏の先生に視線を送ります。

ひとつ前の節から、もう一度。

「今こそ 別れめ」

ここから先も、ずっと、ずぅっと。

私は頑張りますから。

いろんな場所からキラキラをみんなに届けますから。

だから。

ここできちんと、お別れしましょう。

「いざ さらば」

割れんばかりの拍手が頭のなかに響きます。

「ありがとうございました!」

プロデューサーさん、恨みますよ。

こんな素敵な式、忘れられないじゃないですか。

「もー! なんてことしてくれたんですか! プロデューサーさんのバカバカ!」

涙でぐちゃぐちゃになりながらも、無事に式は終わりました。

しっかりと卒業しました。もう高校生活に未練なんてありません。

穏やかな気持ちです。本当に久しぶりに。

「ごめんごめん」

口はそう言っても全く悪びれる様子がありません。

本当に! この人は!

「でも、ちゃんと分かっただろ?」

「何がですか!」

「卯月も立派に高校生できてたってことだ」

「……もう」

「まー、最後だ。ライブまで少し時間もあるし、みんなとお喋りしてこい。車は表に出しとくよ」

「あ、プロデューサーさん!」

行っちゃった。

酷いですよ。私に黙って歌わせるなんて。

はぁ、最近プロデューサーさんにいいように扱われてる気がします……。

「卯月ちゃん! 良かったよー!」

クラスメイトのお友達です。

「ごめんなさい。私、しっかり歌えなくて……」

「ううん。ううん!」

そういってぎゅっと抱きしめられました。

あったかい。心のなかがポカポカして、幸せな気分になります。

「あの、なんていうか、その、」

ちょっぴり照れくさいけど、言わなきゃいけない大事なコトバ。

「ありがとうございました」

視界が少し歪みます。

今日の私は泣き虫みたいです。

「わわっ、泣かないでよ!」

慌てる様子がおかしくて、思わず吹き出してしまいました。

それを見てその子も吹き出します。

二人揃って大笑い。

うん。やっぱりそうです。

私の居場所は、ここにもきちんとあったんです。

「私達、ずっと友達だよ」

「はい、……はい!」

最後に堅くハグをして、私はプロデューサーさんの車に乗り込みます。

心のなかでもう一度御礼の言葉。

ありがとう。

貴方のおかげで、私は高校生になれました。

私の高校生活。

素敵なことが、キラキラなことがたくさんあって、充実した時間でした。

もう迷うことなんかありません。

私はしっかり高校生でした。

きちんと卒業できたんです。

さぁ、あとは卒業ライブだけです。

大丈夫かなぁ。また泣いちゃわないかな。

でも、泣いちゃってもいいや。

今日は意地悪な魔法使いさんに魔法をかけられたから。

涙が止まらない魔法をかけられたから。

だから今日ぐらいは。

魔法使いさんのせいにしちゃっても、いいですよね?




終わり

お疲れちゃんです。

凛は真面目で、真っ直ぐで、抱え込んで、頑固な性格のイメージがあったので、
恋愛についても悩むのかなぁなんて思ってました。

卯月のはデレステのウワサに闇の深さを感じたので精一杯美化してみました。
嘘です。卯月に仰げばを歌わせたかっただけです。

また近いうちにやれたらいいなって思ってます。
なんかあったらどうぞ。

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