にこ「アイは盲目」 (18)

にこ「ふんふふ~ん♪」

終業式を終え、大掃除を終え、いざ部室へ!
矢澤にこは夏休みの始まりに胸の高揚を抑えきれず、スキップ混じりに廊下を駆け抜けて行った。

にこ(夏休みよ! 夏休み! あー今年はどこに行こっかな♪ 夏祭りに花火大会でしょ? 川や海でバーベキューなんかもありだし、あーもう迷っちゃうなぁ!)

気分上々のまま部室の扉を思い切り開け放つ。

にこ「にっこにっこ……」

ぱぁんっ!!

にこ「にごぉっ!?」

「にこちゃんお誕生日おめでとー!!」

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にこ「え、え? ……あぁーー!! 誕生日! 夏休みのせいですっかり忘れてたわ!」

希「にこっちのことだしそんなことだろうってみんなで話しとったんよ」

絵里「花より団子。誕生日より夏休みってところかしら」

海未「絵里、その表現はなんだか少し違うような……」

穂乃果「にこちゃーん! 誕生日と夏休みが同時にやってくるなんて羨ましい!」

ことり「にこちゃんの好きそうな甘ーいお菓子がいっぱい乗ったケーキ作ったんだ~♪」

花陽「にこちゃん、私がスクールアイドルとして一番尊敬してるのはいつだってにこちゃんだよ!」

凛「にこちゃんいつも凛といっぱい遊んでくれてありがとね! これからももっともっと遊ぼうね!」

真姫「ハッピーバースデー。にこちゃんがもう18歳だなんてちょっと違和感。でも、こう見えて頼りにしてるのよ?」

にこ「み、みんな……」

凛「あーにこちゃんちょっと泣いてるにゃー!」

にこ「な、泣いてないっ!」

希「ふふ、今日くらい胸を貸してあげてもええんよ?」ナデナデ

にこ「だぁー! 頭を撫でるんじゃないわよ!」

絵里「何だか祝われているのかよくわかんないわね……」ヤレヤレ

穂乃果「でもそれこそがにこちゃんだよ!」

にこ「あーもう! にこってば本当に人気者にこね♪」

にこ「ふぅ……今日は楽しかったなぁ」

夜、妹たちを寝かしつけてから、昼間のことを思い出す。
たくさん写真を撮ったし、プレゼントも貰った。にこにとって今日は人生で最高の誕生日だった。

にこ(去年はこんなに祝ってもらえなかったもんなぁ)

絵里から貰った手作りのアクセサリーを弄びながら、目の前に広がるプレゼントの山を見つめた。

にこ(このぬいぐるみはことりから。ふふ、このヘンテコなお札は希でしょ。……この見るからに高そうなイヤリングは真姫よね。それから……ん?)

見覚えのない物がプレゼントの山に紛れ込んでいた。

にこ「なにこれ、アイマスク? こんなもの誰から貰ったっけ?」

プレゼントの数を何度数え直しても九つである。間違いはない。

にこ「あれ~? ……まあ、いっか! 折角だし今日は付けて寝てみましょ♪」

そうしてアイマスクを付けたにこは深い闇の中へと誘われていった。

にこ「んん……むにゃ……はっ!?」

いつも通りの平凡な朝だった。枕もとの目覚まし時計は六時五分前を指していた。

にこ「いつも鳴る前に目が覚めるのよね。ま、これも世界No.1アイドルの実力のうちね!」

簡単な身支度を済ませ、着替えるのはランニングウェア。いつものように早朝の秋葉原へと飛び出した。

にこ「ふっ……ふっ……」

UTXの周りをぐるりと一周してから神田方面に抜けるのが日課である。

「あら、にこ。今日も相変わらず早いのね」

にこ「まあね。でも、それはあなたもでしょ、ツバサ」

ツバサ「ふふ、あなたに追いつきたくて必死なの」

にこ「なら、もう三十分早く寮を出ることね」

ツバサ「アドバイスありがとう。明日から見てなさい! 今度は私があなたを待っててやるんだから!」

にこ「はいはい、楽しみにしてるわ」

ツバサを後ろへとグイグイと引き離し、颯爽とUTXの寮へと戻った。
シャワーを浴びて、朝食を食べて、身だしなみを完璧に整えて、余裕をもって登校。
何ともないいつもの光景。何ともないトップアイドルの日常。

「ワンツー! ワンツー! あんじゅ、遅れてるぞ! 英玲奈は動きがぎこちない!」

「見て! にこにーとA-RISEが一緒に練習してる!」

「A-RISEのダンスのキレも凄いけれど、にこにーは……」

にこ「にこっ♪」

「あんな激しい動きなのに笑顔を絶やしていない……さすがだねぇ」

「ワンツー! ワンツー! あんじゅ、遅れてるぞ! 英玲奈は動きがぎこちない!」

「見て! にこにーとA-RISEが一緒に練習してる!」

「A-RISEのダンスのキレも凄いけれど、にこにーは……」

にこ「にこっ♪」

「あんな激しい動きなのに笑顔を絶やしていない……さすがだねぇ」

あんじゅ「はぁ~もうだめ……」

英玲奈「お、おつかれ……」

ツバサ「はぁ……はぁ……」

にこ「おつかれにこ♪ はい、スポーツドリンク用意しといたわよ」

ツバサ「……ねぇ、にこ。私たちに足りないものって何? 毎日時間を惜しまずトレーニングはこなしているつもりよ。それでも埋まらない私たちとあなたの違いって一体……」

英玲奈「教えてくれ! 私たちはそのためなら何だってするぞ!」

にこ「……」

「あ、あの!」

あんじゅ「あら、普通科の……どうしたの?」

「あの、その……ずっと前からファンです! よ、よろしかったらサインを頂けないでしょうか?」

あんじゅ「ええっ私たちの?」

英玲奈「それは光栄だな」

ツバサ「もちろんいいわよ」

「あ、ありがとうございます!」

にこ「……悪いけど、プライベートですから」

英玲奈「なっ!?」

あんじゅ「ちょっと、にこちゃん! せっかくのファンの子なのに」

「い、いえ、いいんです……。こちらこそ図々しくてすいませんでした」タッ

英玲奈「あっちょっと!」

あんじゅ「言い過ぎなんじゃない?」

にこ「……別に。私たちはトップアイドルなのよ。私とあなたたちの差。それはプロとしての意識の差よ」クルッ

ツバサ「あ! にこ、待って!」

にこ「……何?」

ツバサ「この後一緒にお昼に行かない? 練習で疲れただろうし、たまには息抜きも……」

にこ「いい。私はお弁当持ってきたし、それにレッスンの続きをやりたいから」

ツバサ「……にこ」

にこ「ふっ……はっ……くぅ! ……まただ。今のステップをもう一回」

一人きりのレッスン室。夕日が差し込む時間までただの一度も音楽が鳴りやむことはなかった。

にこ「はぁ……はぁ……」

コンコン

「失礼するわよ」

にこ「先生……」

先生「またこんな時間までぶっ続けで練習して。休むこともアイドルの仕事のうちっていつも言ってるでしょ?」

にこ「でも、私は大丈夫なんで」

先生「はぁ……。確かにあなたが少し特別なのは認めるわ。でも、やっぱり心配なのよね」

にこ「お気遣いありがとうございます。今日はもうあがることにします。……それより、何か御用でしょうか?」

先生「あ、そうそう。ごほん。矢澤さん、お誕生日おめでとう」

にこ「え……」

先生「もう、忙しくって忘れてたの? 今日はあなたの誕生日でしょ。ほら、ファンの方からもこんなにいっぱいお祝いが届いているわ」

にこ「そう……ですか」

台車の中に山積みになったプレゼントと手紙。しかし、それを見てもにこの心が動くことはなかった。

にこ「全部私の部屋に送っておいてください」

先生「……いいの?」

にこ「……いつものことですから」

何故だか今すぐその場を離れたくなって、それだけ言い残すと、にこはレッスン室を後にした。

にこ(……たまには家に帰るか。チビ達にもしばらく会ってないし)

黄昏の秋葉原は帰宅途中の学生で賑わっていた。そのほとんどがグループを作る中、にこは一人で家路についた。

「あの角っこのやつを狙うにゃ」

「う、うん。あとちょっと……」

「いける! ……あぁぁ!?」

「も、もう一回!」

にこ(ふん、どいつもこいつも遊んでばっか……。そのくせ夢だのなんだの語る時ばっかり大きいこと言っちゃって)

オネガイシマース

ライブヤリマース

にこ(私はそういう奴らとは違う。やりたいことがあったから。叶えたい夢があったから)

「あの、お願いしまーす!」

にこ(そう、私の夢はトップアイドルになって……なって……



……なって、どうするの?)

「あの! 聞いてます?」

にこ「……っ! な、なに?」

「あ、よかった。今度、新しくスクールアイドルを始めたんです! よかったらライブに来てくれませんか?」

にこ「はぁ、スクールアイドルねぇ……」

「あ、もしかして知りませんか? スクールアイドル! 今すっごく人気があって、キラキラしてて……とにかく凄いんです!」

にこ(ふん、全く誰に対してスクールアイドル語っているんだか。こんなひよっこにスクールアイドルの何がわかるっていうの?)

にこ「ねぇ、スクールアイドルなんてやってどうするつもり?」

「どうするつもり?」

にこ「そう。何か目的があるんでしょ?」

「ああ、なるほど! もちろんありますよ。それは、廃校を阻止するためです!」

にこ「はぁ?」

「私たちがスクールアイドルになって人気が出たら、私たちの学校も人気になって入学希望者が増えるって思いませんか?」

「思いますよね! だって、私たちがアイドルになったら絶対楽しくないですか? こーんな普通の私が! あのキラキラの……アイドルに!」

にこ「……あんた何をふざけて――」

「それに! ……とぅ!」

少女は突然道の真ん中に飛び出ると、クルクル回って決めポーズを取って見せた。

「じゃーん! どう?」

「くすくす、何あれ?」

「元気な子だねー」ニコニコ

「もしかして、スクールアイドル?」キラキラ


「ほら、ね? みんなが笑顔になってくれた!」ニコッ

にこ「みんなが笑顔に……」

「音ノ木坂学院スクールアイドル! μ'sです! よろしくお願いしまーす!」

にこは差し出されたビラをふらふらした手で掴んだ。

にこ(こんなひよっこに……こんなひよっこに……!!)

ぐしゃりとビラを握りしめると、一目散にその場から駆け出した。

にこ(忘れてた……!! あんなひよっこでもわかっていることをこの私が!! 悔しい! 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!!)

――――――
――――
――

どれくらいの時間が経ったのだろう。悔しさを忘れるためだろうか。それとも自分への戒めのつもりだろうか。
家に着いたのは夜もすっかり深くなり、妹たちが寝静まった後だった。

ダイニングのテーブルの上。ポツンとたった一つのプレゼント箱が置かれていた。

「……帰ったのね」

にこ「ママ……」

にこ母「誕生日くらい早く帰ってきてもいいじゃない。せっかくあの子たちも楽しみにしていたのに」

にこ「……ごめんなさい」

にこ母「……おかえりなさい」ギュッ

にこ「ただいま」

にこ母「お誕生日おめでとう」

にこ「うん、ありがとう」

にこは母の胸の中でそっと静かに泣いた。アイドルに涙は厳禁なのだ。

にこ母「このプレゼントはね」

母親はにこが落ち着いたのを見計らって優しく語り掛ける。

にこ母「あなたの世界で一番のファンからの誕生日プレゼントよ」

にこ「……うん」

にこ母「開けてみなさい」

にこ「これって……」

にこ母「アイドルは休むのも仕事だって、前にあなたがあの子たちに言ったでしょ? それを聞いてあの子たちが選んだのよ」

それはどこか見覚えのあるアイマスクだった。
一緒に添えられた手紙にはこう書かれていた。

『めざせ! だいぎんがうちゅうなんばー1アイドル!』

心の底にじんわりと熱い何かが流れ込んできた気がした。
そのアイマスクを付けたら何が起こるのか、その時のにこにははっきりとわかっていた。
そして、もしこのまま何もしなければどうなるのかも。

にこ「私は―――」

ジリリリリリリリ―――

にこ「んんっ……むにゃ……はっ!?」

いつも通りの平凡な朝だった。けたたましく鳴り響く目覚まし時計は六時ちょうどを指していた。

にこ「ふぁぁ……だいぎんがうちゅうナンバーワンアイドルしゅつど~……」

簡単な身支度を済ませ、着替えるのはエプロン。いつものように家族分の朝食をつくる。
妹たちを起こして、朝食を食べて、身だしなみを完璧に整えて、少し余裕をもって登校。
何ともないいつもの光景。何ともないスクールアイドルの日常。

にこ「今日から夏休みね!」

何とか今日中に投下できた
にこにー誕生日おめでとう

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