モバP「雪美食堂」 (31)

デレマスSSです。

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神田川を下って行き、住宅街の方に入るとぽつりと暖簾を出してない定食屋がある。

小さな古びた店は周りの家に隠れていて知る人ぞ知る隠れ家と言っても良いだろう。

探し方というと店の前にある看板が目印としか言えない。

つまりとても見つけにくい場所にある。

それでも常連は何人かいるようで栄えている。

と言ってもすぐ近くの大通りが食事するには最適な繁華街なので良くて二、三人の先客がいるばかり。

そこの店は魚料理が美味しい。

煮付けやフライどの料理も新鮮に感じる。

私はなにかと肉中心の食生活で油が段々きつくなっているのだ。

この店で千切りのキャベツがたまに切れてなくてもご愛嬌。

なんと言っても店の雰囲気がよく、日々の疲れや時間から切り離された気分になる。

まだ通い初めで道に慣れてないせいかよくたどり着けないこともしばしばだ。

たどり着けない日は諦めて大通りの店に行く。

しかしやはりこの食堂のことを考えてしまう。

言い忘れていたが運が良ければ住宅街に入った時に黒猫に出会う。

その人懐っこい黒猫が案内してくれるかもしれない。

その猫はその店の飼い猫でペロという。

……気ままな黒猫を探すのはやはり難しいが。


今日はどうやらたどり着くことができたようだ。

雪美「……いらっしゃい……」


入ると可愛い店員が挨拶をしてくれた。

まだ子供だがこれでもしっかりお手伝いとして活躍している。

喋るのが苦手で言葉はマイペースだ。
 
長く黒い髪と真っ直ぐに切り揃えられた前髪。

目が少しジト目だが相手をいぶかしんでいるのではなく、いつものようだ。

口は大きく開くことがなく声が小さいが店が静かなのでしっかり聞き取れる。

……これで笑うと中々可愛い。

小さな体で食事を運ぶのに大変そうだが、そのお陰で見て癒されることもある。

小さな割烹着も板についていた。

雪美ちゃんはトテトテと寄ってきて私の袖を引っ張る。

もう慣れているので気にすることもないが初めて来た時はびっくりした。

そんな私を見て雪美は首を傾げて当然とばかりにこっちを見てきた。


雪美『……?』

『…………』

雪美『…………?』

『……もしかして普通のことなの?』

こくりと彼女は頷いた。


やはり一見さんには厳しい対応だ。

こんな可愛い子に袖を引かれると慣れてない人は心臓麻痺を起こすだろうから。

この店を探すのはやめた方がいいかもしれない。

今日は奥の方の四人席。

と言っても四人席が二つしかなく後はカウンターだからやはりこの店は広くない。


雪美「……フライ……」

「うん?」


まあ、ピッチャーフライがどうのこうのいう子じゃないのは分かっている。

しかし老婆心からしっかりこの子が言う必要があると思った。

雪美「…………」

「…………」

雪美「…………?」

「…………」

雪美「…………ひがわり」

「そうか。今日の日替り定食はフライか……」


厨房の奥にいる雪美ちゃんを一回り大きくした美人がキッと睨んできたのは分かった。

が、無視しておく。千秋さんという名前らしい。

ここの店主で料理を主にしている。

雪美ちゃんと同じ割烹着を着ているとそっくりだ。

言われなくても分かるだろうが姉妹らしい。

雪美ちゃんがいないと千秋さんが食事を運んでくる。

雪美「…………」


席に座っても雪美ちゃんはまだ側にいてじっとこっちを見ている。

注文が決まるまで側にいるので中々決まらない。

困ったな。

……千秋さんが結構睨み始めた。

一応接客業だから睨まない方がいいと思うけれど。

「じゃあ、海鮮丼で」

雪美「…………」


雪美ちゃんがこくりと頷いた。

大きなポケットから雪美ちゃんには大きい手書きの伝票を出す。

そして雪美ちゃんの手には大きいボールペンを持って書こうとして、手が止まる。


雪美「…………」

「…………?」

雪美「…………?」

「…………?」


厨房の千秋さんはもう作り始めている。

雪美「……書け……ない……書いて……」


ボールペンと伝票を差し出されて仕方なく海鮮丼と書いておいた。

返すと雪美ちゃんは嬉しそうな顔になる。

そしてトテトテと千秋さんのいる方に行った。


千秋「書けなかったらカタカナでいいわ」


厨房の奥で千秋さんの声がした。

雪美ちゃんは見えなかったが、こくりと頷く彼女の様子が目に浮かぶ。

さて、雪美ちゃんが海鮮丼を運んでくるまで少し時間が出来た。

今は雪美ちゃんが千秋さんの後ろで海鮮丼が出来る様子を見ているだろう。

暇を持て余してじっくり待つ間は木造家屋を見ていることになる。

二階建ての古い民家改装した店の雰囲気はとてもいい。

店内は少し薄暗くなっていて空調が効いていて過ごしやすい。

店内の物はほとんど木製で床のタイル以外木目が並んでいる。

テーブルを見ていると雪美ちゃんが一生懸命拭いる様子が思い浮かんでとても愛くるしい。

大きな台拭きを持っていて……

雪美「……重い……」


お盆に海鮮丼と味噌汁を持って雪美ちゃんがこっちに来る。

雪美ちゃんはいつもよりゆっくり慎重に歩く姿が愛らしい。

厨房の千秋さんが心配そうに見ている。転んだら大変だ。

味噌汁の水面がフラフラ揺れるけれどなんとか縁に留まる。

雪美ちゃんの真面目さが出ていてとてもいい。


雪美「どうぞ……」


テーブルの上に海鮮丼と味噌汁を置いて雪美ちゃんの危なげな仕事は終わった。


「お疲れ様」

雪美「……」


雪美ちゃんは誇らしげだった。

最近ようやく雪美ちゃんの表情がわかるようになった。意外に表情が豊かだ。

海鮮丼はこの店のこだわりが出ているメニューだ。

中トロとイクラ、海老にご飯が合う。

雪美ちゃんはじっと見つめることなく奥に帰ってしまった。

名残惜しいがこれでゆっくり食事を楽しむことが出来る。

今日の味噌汁はアサリで白味噌と貝の匂いの湯気が食欲をそそった。

まず、海鮮丼のワサビを中トロにつけて食べる。

ワサビは辛いのが普通だが流石にこの店は擦りたてのものを使っているから甘味がある。

中トロの油は舌で蕩け、生醤油の香りを残して消える。

この店に来て良かったと思える瞬間の一つだ。

海鮮丼はランチメニューではないためそれ相応の価格だがやはりその分の価値はある。

酢飯のお米もいいものを使っているらしく酢に合っていてうまい。


千秋さんの話によると雪美ちゃんが団扇で扇ぐらしい。

なんでも千秋さんが仕込みをする姿を見てお手伝いをしたくなったらしい。

千秋さんが団扇を扇いでいる様子を見てこれなら出来ると思い扇ぐようになった。

千秋さんがシャリをかき混ぜて雪美ちゃんが扇ぐ。

見事なコンビネーションだ。流石姉妹である。

そんな酢飯が不味いはずないだろう。

事実うまい。

海老は新鮮でみずみずしい。

箸に取っただけでもその柔らかな感触が伝わってくる。

生の海老でみずみずしいとどうしてと水で薄めたような味になるのが普通だ。

しかしこの店の海老はしっかり身の締まった海老の味で千秋さんのこだわりが感じられる。

……仕入れの時に千秋さんが築地に行く様子を想像すると少し面白いけれど。

……と思っている間にガリの味やイクラの話をする前に食べ終わってしまった。

後は会計するだけだ。雪美ちゃんは既にレジにいる。

美味しかったよ、と声を掛けると嬉しそうに笑った。

雪美ちゃんはこの店の味を褒めると自分のことのように喜ぶのだ。

重い荷物を持ってゆっくりレジの方に向かった。

私が財布を開いて雪美ちゃんが値段を言うまで待つことにした。


雪美「…………」

「…………」

雪美「……2300万円……」


……桁がいくつか増えたようだ。

きっと近所の駄菓子屋で覚えたのだろう。

千円札を三枚だして待つ。


雪美「……おつり……700万円……です……」


500円玉と100円玉を二枚。

それを落とさないように握って渡してくる。

雪美ちゃんは微笑んでいた。


雪美「……また……来て……」

「もちろん」


こんなお店は中々見つからないのだから。

店を出ると店内から雪美ちゃんが小さく手を振っているのが見えた。

これで仕事を頑張れる。

また来よう。

私は神田川の街並みに飲まれて行く。

あの食堂は小さくなる。

時々振り返りながら道順を覚えようとしても、すぐに分からなくなった。

私は元いた自分の職場に帰っていく。

神田川を覗くと日の光を反射して輝いていた。

おしまい

おまけ


雪美「撮影……頑張った……」

千秋「そうね。佐城さんはよく頑張ったわ」

雪美「放送……いつ……?」

千秋「プロデューサーに聞かないと分からないから後で聞いてみましょうか?」

雪美「うん……一緒に……」

千秋「一緒に行くのね」

雪美「手を……」

千秋「はい、手を繋いでね」

短いですが終わりです。

千秋と雪美SS書きまくってるヤツいるけど同一人物?
正直量産速度より中身を何とかしろよってしか思わないんだが

>>24 別人ですよー

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