【モバマスSS】一日花嫁【リテイク】 (90)

こんばんわ。オリPです。
夏のSS交流会の結果発表にドキドキしております。
ノミネートには残れてなさそうですが、それでも発表ですね。

今回のお話は前回作った一日花嫁をリテイクしてみました。
交流会に出すために全速力で書き上げたものだったので、色々と足りない部分などがありましたので…。

色々とご意見いただければ幸いです。
それでは次スレからスタートいたします。長時間のお付き合いよろしくお願い致します。

【注意】

この作品は、鬱要素およびモバマスのキャラが亡くなる展開があります。

苦手な方はバックして頂ければと思います。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1468925086

「今日もありがとう。プロデューサー」


 二人の男女が楽しそうに繁華街を歩いている。一人は十代半ばの少女。男性はプロデューサーと呼ばれ、二十代ほどの見目に黒のスーツを着ている。背は男性の方が高く、頭一つ分高い。


 少女はやや赤みがかった肩甲骨まで伸びる茶髪に、白いワンピースドレスのようなフリルのある服。黒のパンプスを履いている。


 少女の名前は北条加蓮アイドルをしている。渋谷凛、神谷奈緒の三人でトライアドプリムスを組んで、CDも出ているほどの人気アイドルだ。


 アイドルとプロデューサーの関係で、恋愛関係になるなど御法度だった。だが、二人の猛烈なアプローチで事務所が折れて、晴れて恋人同士になった。

 加蓮と出会ったのは四年前。スカウトで繁華街に出たときに彼女と出会った。偶然といえば偶然だったが、今では必然だったのだろう。


 繁華街に出たは良いが、そこは行ったことのない場所でどこにどんな人がいるのかまったくわからなかった。


「こんなんだったら、地図を持ってくれば良かったよ……」


 後悔をしても仕方がないので、とにかく人がいそうな場所をしらみつぶしで探していくことにする。


 日が傾き始めたが、成果はまったくなし。声をかけても無視されれば良い方。悪いときは形態を出されて電話をするそぶりをされてしまう。名刺を出しても信じてもらえなかった。


 何とか一人でも可能性がある子を探していると、ファストフード店で一人で食事している少女を見つける。アンニュイな表情で右手でフライドポテトをつまみ、左手で携帯を操作している。赤みがかった茶髪をツインテールにして毛先を縦にロールにしている。


 学校の制服だろうか。ピンクのブラウスのボタンを大きく開けて、緩くリボンを結び、白のカーディガンを着ているスカートは薄黄色をベースに、縦の白いラインと横には赤を挟んだ白いラインが入っている。


 店に入ってコーヒーを頼み、目をつけた少女の隣に座った。


 少女は一度こちらを見て、露骨にいやな顔をする。それを無視してコーヒーにスティックシュガーを半分ほど入れて混ぜて口に含んだ。

「あの……。私、こういうものですが、アイドルに興味ありませんか?」


 プロデューサーは名刺を出して少女に話しかける。彼女はかなり驚いた表情を浮かべたが、すぐにまた元に戻った。


「嬉しいけど、あたしは無理なの。だから他を当たってよ」


 出した名刺を戻されてしまった。


「無理ってどういうことですか?」


「何だって良いじゃん。じゃね」


 トレイをもって席を立ち、食べかけのハンバーガー類をすべてゴミ箱に捨てて少女は店を出て行ってしまった。


「どうだった?首尾のほうは?」


 帰社して上司である社長にスカウトの報告をする。


「ほう。一人、良いのがいたか」


「はい。彼女は何か自分に対して大きなコンプレックスがあるように見えました」


「にべもなく断られたか」


 社長はなぜか笑みを浮かべていた。


「今後としてはその子にアプローチをかけていくのか?」


「そうですね。しばらくは重点的に当たって、彼女が入ってもらえるようにします」

 それから毎日、少女がいたエリアを重点的に当たる。当然、少女とも顔を何回も合わせる。そこで分かってきたこともあった。


 少女の名前は北条加蓮。今は十六歳の高校一年生だ。話をするとどうも斜に構えた感じがしていた。


「またあんた?しつこいわよ」


「あなたにはトップアイドルになれる素質があります」


「その素質って何なの?悪いけど、あたしは努力とかそういうものには最も縁がないのよ」


 少女の言葉にプロデューサーは首をかしげる。


「あたしはね。子供のころに病院で入院していたの。そのせいで学校にも自由に登校できない。友達だって少なかった……。だから――」


「これから真剣に取り組んだって良いんじゃないかな?」


「え?」


「入院していたということは体力的にできなかったということだろ?であれば、それ以外のことなら出来るんじゃないか。たとえば歌を歌うこと。雑誌のモデルになること。このなら今の君にだって出来る。それに」


「それに?」


「全力で取り組んできたことも、取り組みたいこともないなら、ぜひアイドルを。ご検討していただければと思います」


 この言葉に加蓮は少し考えて、詳しく話を聞かせてください。と話した。


 それから北条加蓮は、アイドル北条加蓮となり徐々にスターダムの階段を上っていくことになった。

「今から食事でもどうだ?少し予定よりも早く終わったし」


 男性の提案に加蓮は指を顎に当てて思案する。


「うん。いいよ。でも、プロデューサーが提案するということは、ハンバーガーショップとかじゃないよね?」


 北条加蓮はアイドルの大敵であるファストフードやスナック菓子などのジャンクフードが好物。量はそれほど食べないが、時折食べたくなるらしく、凛や奈緒と一緒に食べに行くらしい。


「まあな。実は少しいいところを教えてもらってな。加蓮の悪食を直そうと思っている」


 プロデューサーはにやりと口元を上げた。


「えー。あたしの趣味を奪うつもりなのー。生憎たった一回じゃ直らないと思うな」


「そうか。行ってみて腰を抜かすなよ」


 プロデューサーは軽口を叩きながら左ポケットに手を入れて何かあるのを確認してすぐに手を下ろした。


「すごーい……」


 加蓮は口を開けながら店を見上げていた。


 まるで城のような外観は一瞬、飲食店とは思えない。


「さ、お姫様どうぞ」


 プロデューサーは玄関を開けて恭しく礼をする。


「あ、あたしが入っても、分からないからプロデューサーが先入ってよ」


「分かったよ」

 中に入ると、外見に違わず内装も豪華だった。床一面に絨毯が敷かれ、木が使われたシックな内装。そして余計な音がない静かな店内。十代が入るには場違いな雰囲気だ。


 二人が入ると、近くにいた店員がこちらにやってくる。身だしなみを整えた男性店員だ。


「予約をしていた者です」


「様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 店員の先導で二人は席に通される。


 加蓮は目ざとくならないように目だけを動かして利用している客層を見る。目の前を歩く男よりも遥かにお金を持っていそうな人たちばかりだ。さらに乗っている料理も小さく、半分は白い皿だ。


「こちらになります」


 男性は二人分の椅子を引いて加蓮たちが座りやすくする。


「今、お飲物をお持ちいたします」


 一例をして店員は立ち去った。


「プロデューサー。本当にこの店で良かったの?」


「何がだ?」


「だって、高そう。いや、高くない?」


「加蓮が心配することないよ。コース料理でもう料金も払ってるから」


 それを聞いて加蓮は呆れた。


「最初からあたしを連れてくる気満々だったのね……」


「まあね。実を言えば、スケジュールもわざと一時間伸ばしていた。早く終わったわけじゃないんだよ」


 さらなるネタばらしをされて、加蓮はため息をついた。

「呆れた……」


「ゴメンな。最近加蓮とこうして二人きりになるなんてなかったし」


「ま、許してあげる」


 加蓮に許してもらった後、飲み物。その後に料理とコース料理が運ばれてくる。どの料理も絶品で一口食べるたびに美味しいと加蓮は漏らす。


 全ての料理を食べ終えるとプロデューサーは咳を一つして姿勢を正した。


「加蓮」


「ど、どうしたの改まっちゃって……」


 プロデューサーの態度に加蓮も背筋を伸ばして構える。


「…これを」


 そう言ってプロデューサーは左ポケットからあるものを取り出す。男性の拳ほどの大きさの箱だ。


「これってもしかして……」


 加蓮の言葉を待たずして箱が開けられる。中に入っているのは指輪だ。宝石が照明できらりと光った。


「俺と結婚して頂けませんか?」


 結婚指輪とプロポーズの言葉だった。


「え?え?」


 加蓮は驚いて目を白黒させる。二度深呼吸をして、


「わ、あたしでいいの?」


「『あたしで』じゃない。『加蓮が』良いんだ。受けてくれるか?」


「はい。こんなあたしだけど、よろしくお願いします」

 加蓮を自宅に帰した後、プロデューサーは一人の自室で電話をかける。電話の相手は母親だ。この時間ならまだ起きているかもしれない。


『もしもし。ずいぶん遅い時間に電話だけど、どうしたの?』


 予想通り、母親は起きていた。


「えっと……。俺結婚することになった」


『本当かい!ちょっとお父さん!』


 母はかなり興奮しているらしく、父を無理やり呼ぶ。


『結婚するんだって!――本当かね。代わりなさい』


 一方の父は冷静だ。隣で興奮する人がいれば、いくらか冷静になれるのだろう。


『もしもし』


「ああ、親父。へんな時間にごめん」


『結婚するというのは本当か?』


「ああ。大切な人と結婚する。今日、プロポーズも受けてもらえたよ」


『そうか。今まではお前だけだったが、今度はその人のことも守ってあげなければならない。覚悟はできているな?』


「うん。付き合い始めたときから、そのつもりだったよ」


『なら、頑張れ。休みになったら挨拶に来てくれ』


「そうだな。なかなか休み取れないけど、うまく見つけて連れて行くよ」


『ああ。楽しみにしているぞ』


 父親から今度は母親に代わり、相手は誰なのか、歳はいくつなのか、アイドルであると聞くと、本当に自分でいいのか、騙されていないのかと矢継ぎ早に質問されてしまう。


「大丈夫だよ。俺は加蓮を信頼しているし、彼女だって俺を信頼している。アイドルとプロデューサーという関係だけど、それを乗り越えて夫婦になるよ」


『そうね……。絶対に顔を合わせなさいよ』


「わかってるって。それじゃ、明日も仕事だから」


『おやすみ』


 電話を切って、大きく息を吐いた。そのときのプロデューサーの表情は満面の笑みだった。

 二人は翌日、事務所の社長と面会し結婚したい旨を伝える。社長も不承不承だったが、結婚を承諾し、互いの良心と合う日取りを決めてそこに休暇を取った。


「結婚のことはまだ明かせん。加蓮さんはまだ十代。イメージ的にももう少し隠してもらいたい。同棲と婚約の発表はご両親との話の後だ」


「分かりました……」


 社長室を出て二人は大きなため息をついた。


「良かった……。まだ生きているよな……」


「そんな大げさだよ。社長は良い人じゃん」


「加蓮は知らないだろうが、あの人が切れるとマジで手が付けられないんだぞ。俺一人だったらマジで首落とされてたわ……」


 ハンカチで汗を拭って、


「さて、これで一段落。早速仕事に行くぞ」


「うん!」


 加蓮の仕事は多岐に分かれているが、今日はファッションモデルの仕事だ。


 現場には予定時刻よりも三十分前に入り、今日の着用する衣服の打ち合わせを行う。


「うーん。あたし的には、このトップスはこっちの方が良いと思うな」


 着るものはあらかじめ決まっているが、このように加蓮の一言で変わる。これで正真正銘の加蓮のチョイスとなる。


「では、それで行きましょう」


 その後も今日着用する服装をすべて決めた後、着替えに入る。


「…遅いなあ。見た感じそこまで時間がかかる服じゃなかったような……」


 着替えに入って十分以上が経った。異様に遅い加蓮を心配したプロデューサーは女性のスタッフに様子を見てもらうようお願いする。


 その直後、加蓮がいる試着室から悲鳴が聞こえた。

「あ……」


 加蓮が目を開けると、プロデューサーと事務所の事務員を務める千川ちひろがいた。茶色の髪を三つ編みにして前に流す髪型と、蛍光グリーン色のジャケットが特徴的な女性だ。


「加蓮ちゃん!」


 二人が加蓮の目覚めに喜びの表情を浮かべる。ちひろに至っては目に涙を浮かべていた。


「あたしどうしたの?試着中に意識が無くなって……」


「びっくりしたよ。いつまでも来ないからスタッフの人に様子を見てもらいに行ったら、倒れていたんだ。スタッフ全員血相を変えてすっ飛んできたんだぞ」


「そうだったんだ……」


 加蓮は起き上がって周りを見る。どこかの病院の病室。個室で他の患者はいない。


 そして自分はいつの間にか白一色の入院用の服に着替えられて、点滴のチューブが伸びて左腕に刺さっている。


「あたしまたこっちに逆戻りかな?」


「そんなことないぞ!一過性の貧血だろう。最近、色々と大変だったしな」


 プロデューサーの言葉にちひろが彼の方を見た。


「ま、まあ、せっかくの機会だ。不自由だが、精一杯休もうな」


「うん……」


 三人で話をしていると、ノックされ白衣を着た中年の男性がやってきた。


「北条さんの担当医を行います福良です」


 福良の会釈に三人も頭を下げる。


「北条さんの御両親でしょうか?」


「い、いえ!私どもはこういうものでして」


 プロデューサーとちひろはお互いに名刺を福良に渡す。

「アイドルプロダクションでしたか……。今回のことでお話が……」


「私でよろしいのでしょうか?」


「ご両親が来られましたら、もう一度私の方からご説明いたします」


 プロデューサーはちひろの方を一度見たが、彼女は首を横に振った。


「分かりました」


「では、私の部屋まで」


 そう言ってプロデューサーは福良と一緒に病室を後にした。


「……私の病気のことだよね?」


 不安そうに体を小さくさせた加蓮をちひろが手を握った。


「大丈夫ですよ。お医者さんはプロデューサーさんにも伝えることで、共有してもらうのが目的ですから。今後同じようなことが起きた時の為にね」


「うん……。ありがとうちひろさん」

「なんですって!」


 福良の部屋に入ったプロデューサーは大きな声を上げた。


「……残念ながら事実です。加蓮さんの身体には進行性のガンに侵されています。全身に転移の兆候が見られております」


「助かるん、ですよね?加蓮は?」


「…この一年間の生存率が二割。二年後は保障できかねます」


 その言葉にプロデューサーは呆然となり、椅子から転げ落ちて泣き始めた。


 プロデューサーが戻ってきたのはそれから二十分後。そこにはちひろだけではなく、加蓮の良心と同じトライアドプリムスのメンバーである渋谷凛と神谷奈緒がいた。


「プロデューサー。どこ行ってたの?」


「お前たち、来ていたのか?」


「当たり前だろ。事務所に言ったら、ちひろさんが留美さんに伝言されて、そう言われて飛んできたよ」


「そうか……。済まなかった。俺が連絡しなくちゃいけなかったのに」


「それであたしの倒れた原因は何だったの?」


 加蓮の言葉にプロデューサーはどうしたら良いのか分からなかった。


「そうだ。ご両親が来られたので、お医者さんがお話あるそうです」


「プロデューサー。あたしの病気は」


 加蓮の言葉でプロデューサーは凛と奈緒の方を見る。


「…凛と奈緒。君たちも――」


「帰らねえよ」


「うん。加蓮は大切な仲間だから。あたしたちだって聞く権利があると思う」

「……そうか。じゃあ、いていいぞ。ちひろさんはどうします?」


「私は戻ります。いつまでも事務所を留守にするわけにもいきませんし、ご両親が来られたので、お役目は終わりですし」


「分かりました。ありがとうございました。戻り次第、社長にも報告します」


「お願いします」


 ちひろはそういって病室を後にした。


「…あたしの病気、そこまで酷いの?」


 加蓮の問いにプロデューサーは一切答えなかった。


 そして加蓮の両親が戻ってきた。その後ろには担当医の福良が。母親の方はハンカチで顔を隠して泣きじゃくり、父親は顔を下げたままだった。


「加蓮さん。あなたの今回の病気ですが――」


 加蓮たちにも今回の病気のことを話す。それを聞いた加蓮はもちろん、凛も奈緒も声を上げて泣いていた。


「今後のことは、社長と決めて明日の朝一までに決める……。俺は延命をしてほしいと思う。プロデューサーとしてでなく、夫として……」


「今は、一人にさせて……。ゴメン……」


 加蓮は枕に顔をうずめながら話した。全員が病室を後にした。


「本当に加蓮にプロポーズしたの?」


 凛と奈緒がプロデューサーの方を見る。


「先日。加蓮に婚約の申し込みを行いました。加蓮さんも承諾していただきました。本来であれば、もう三日後にご両親の所にご挨拶に伺う予定でしたが……」


「そうだったんだ……」


 二人は再び涙を流す。

「戻ろう。車で事務所まで送るよ。――お二人はまだここに?」


 父親が首肯したので、三人は一礼をして病室を後にした。


 事務所に戻ったプロデューサーはそのまま社長とちひろに加蓮の病気の報告を行う。ちひろは涙を流し、さすがの社長も顔面蒼白になって背もたれにもたれてしまう。


「何ということだ……。幸せの絶頂を迎えるはずが……」


「どういたしましょうか?治療に専念させるのは当然として」


「加蓮さんのこれからは彼女に。それはお前も一緒だ。なるべく加蓮さんの意向通りやろう。婚約のことも、これからのことも……」


 加蓮のアイドル活動は全て休止。明日の午後一で会見を行うことが決定。トライアドプリムスとしての活動も白紙。動揺しているであろう凛と奈緒も一週間の休養とすることにした。


「まだ面会時間が許されているのなら、私も一緒に行こう。君にばかり負担をかけるわけにはいかん」


「ありがとうございます」


 凛と奈緒に今回の決定を話し、友人として加蓮を支えることを確認して、社長とともに病院へ戻る。


 加蓮は布団を被って顔を見せない。両親も表情は暗かった。


「この度は……」


 社長も何と言えばいいのか分からず、あいさつの言葉を濁した。そして今回の決定事項を伝える。


「ですが、これはあくまでも私どもの決定です。加蓮さんの御意向を第一にさせたいと思います」


「そうですか……。ありがとうございます」


「プロデューサー」


 布団を被ったまま加恋が話かける。


「あたし、どうしてもやりたいことがある」


「なんだ?言ってみろ」


「花嫁になりたい。プロデューサーの花嫁になりたい」


「それって結婚式をやりたいってことか?」


 そんな無茶な。と言おうとしたが、すぐにそれを飲み込んだ。

「うん。女の子にとって最高の夢。あたしも叶えてみたい」


「お願いします。差し出がましいお願いですが……」


「分かった。全社を挙げてやらせていただきます」


 返事をしたのはプロデューサーではなく社長だった。


「社長!……いいのですか?」


「御意向に沿うと言った。それに、お前と加蓮さんは婚約するのだろう。なら、門出を祝う式は必要だ」


「ありがとうございます……」


 両親とプロデューサーは社長に頭を下げた。


「そうと決まれば、二人で決めていきなさい。どんな式にしたいのか。…絶対に後悔をしないように」


 面会時間いっぱいまでプロデューサーと加蓮は結婚式でどんなことをしたいのかをまず聞いていく。出来るだけ希望をかなえてやりたいという思いもあり、メモ帳に些細なことでもメモしていく。


「…よし、明日は会見を行うため動けるのは夕方からだが、まずは結納からゆっくりしていこう」


 次の日は朝から会見で行う資料の作成。もちろん社長も出席するので、目を通してもらう。すぐにOKをもらい、読み合わせを軽く行った後、会見を行う。

 会見には多数の報道陣が詰め寄せた。注目度の大きさはやはり加蓮が人気アイドルであるという証拠だ。


 次々出る質問にプロデューサーと時折社長が答えていく。とにかく、加蓮のことは見守っていてほしいということを終始伝え、結婚式のことは何も話さなかった。


 時間で会見を終了させ、影武者で報道陣を巻いた後は病院へ向かい加蓮の両親と顔を合わせる。


「プロデューサーさん。お疲れ様です。会見見せていただきました。あの子のためにありがとうございます……」


「いえ。私としても事務所としても、加蓮さんの命を優先させていただきました。それで式と結納の話なのですが……」


 プロデューサーと加蓮、そして彼女の両親は、まず結納の時期と場所の打ち合わせを行う。時期と行う場所をまず決める。


「結納は花嫁の家で行うことが通例ですが……」


「あたしの家でできるかしら?」


「……外出の手続き取れますかね?」


 加蓮の家族からの質問にプロデューサーは頭を抱える。


「ここで出来ませんかね?」


「病室で、ですか?」


 大人たちが福良の部屋を訪れ、病室で結納をしても良いかの許可を伺いに来た。


「お願いします。加蓮の結婚式のために行いたいのです」


 プロデューサーが頭を下げる。それに続いて加蓮の両親も頭を下げた。

「……どこまでの規模で行う予定なんですか?」


「規模としては、両家だけが集まるほど。結納のやり取りも最低限に抑えた結納を行いたいのです」


 福良は少し考えて、


「それくらいであれば構いません。ただ院内ではきちんとした場所は取れません。会議室程度であれば可能ですがいかがでしょうか?」


 福良の提案に三人は顔を見合わせ、


「会議室でも十分です。ありがとうございます」


「では、日取りはいつにしましょうか?――これが直近の会議室の使用状況になりますので、これを参照していただければと思います」


 福良から会議室の利用状況の紙をもらい、病室に戻る。


「どうだった?」


 病室に戻ると加蓮が三人に聞く。


「結納は病院の会議室でやろうということになった。それであれば外出の許可も要らないし、何より静かにできる」


 静かにできるのはマスコミや外部の音を拾わないからだ。アイドルである加蓮の状況というのを気にしている記者も多く、外に出ればそれで加蓮の気力体力を奪われるかもしれないからだ。


「さすがプロデューサーだね」


「後は日取りだな。当然大安であればいいが……」


 プロデューサーは手帳を取って、大安があるかどうかを探す。


「友引も良いですね。儀式には大安の次に良い日取りです」


 加蓮の父からの助け舟をもらい、大安の日が開いていた。それは来月だ。

「結納返しも同じ日に行いましょう」


 日取りを福良に伝え、彼がその日に家族との面談という名目で会議室を使うとジムに連絡し、予約をすることができた。そのことを加蓮にも伝える。


「お疲れ様。予定を抑えるのは得意だもんね」


「まあな。でも、結納はオッケーだが、式の予約もしなくちゃいけないな」


「そうだね。というより、そっちのほうが優先じゃないの?」


 加蓮の追求にプロデューサーは黙ってしまった。それを見た両親が彼女に注意する。


「まあ、あれこれ準備してくれるのはプロデューサーだしね。ごめんね」


「いや、俺も結納を行うことで頭がいっぱいだった。明日にでも近くの式場を調べてみるよ」


 面会終了時間になったので加蓮と別れ、プロデューサーは事務所に戻り、社長に結納を行うことを伝えた。


「来月ね。それで結納返しも同日に行うんだな。で、式場はもう日取り決めたのか?」


 それについて何も答えないプロデューサーを見て、社長はため息をついた。

「おいおい……。式を抑えるほうが、結納よりも先に決めなきゃいけないんだぞ」


「すいません。それは加蓮にも言われました……」


 かなり答えているプロデューサーの表情を見て、社長もばつが悪い表情を浮かべる。


「まあ、明日会場、抑えるんだろ?」


「そのつもりです。明日、プランナーさんと会って予約と演出などの件を話す予定です」


「…分かった。じゃあ、明日の午前中にそれを決めるってことで良いな?」


 プロデューサーはうなづいた。


「では、そう手はずをつけよう。ここに行くと良い」


 社長が手渡したのは一枚の名詞。ウエディングプランナーの小林という女性の名詞だった。


「社長はこれをどうやって……」


「まあ、腕は確かなんだ。この人を頼れば間違いないから」


「ありがとうございます」


「今日はもう帰って良いぞ。いろいろ大変になるだろう。加蓮さんよりも先に倒れるなよ」

 次の日。


 プロデューサーは名詞の情報を頼りに小林という女性の元を訪ねる。


 名刺の住所は、繁華街の駅に近い場所のビルの一室。『小林ウエディングコンサルタント』と書かれたテナントがあった。


「ここだよな……」


 ノックするのに少し躊躇ったが、意を決してドアをノックする。


「はーい。少しお待ちくださいね」


 ドアの向こうから女性の声がした。そして程なく女性がドアを開けた。女性は四十代ほどの小柄。茶色の髪をウェーブさせ、黒のスーツをしっかり着こなしたやり手キャリアウーマンを思わせる外見だ。


「もしかして、プロデューサーさんかしら?」


 なぜか自分の名前を知っていた。理由を聞くと、どうやら社長が自分が来ることを話していたらしい。


「社長さん元気してるかしら?」


「ええ。今も現場に立って指示をしています」


「まったくあの人らしいわね」


 まるで自分のことのように笑う女性にプロデューサーは違和感しか覚えなかった。


「えっと、うちの社長とどういったご関係で?昨日も、式場予約のときに小林さんの名刺を渡されて、ここへ行けと言われたんですが……」

「社長さんには昔、結婚式のプロデュースをしたのよ。まだあなたのように若いプロデューサーでね。それでも一生懸命にやっていたのよ。あれは駄目か。これは大丈夫かってね」


「あの人にもそんな時があったんですね」


「そりゃあ、あの人だって人間よ。――さてと、今はあなたの相談ね。式場がまだ決まっていないっていう話だったけど、希望とかはあるかしら?」


 プロデューサーは行いたい時期と、会場の大きさを伝えた後は、加蓮の要望を一つずつ可能か不可能か聞いていく。


「そうねえ。このクラスの式場だと、希望できる演出は半分くらいね」


 小林は資料を見せながら、できるものには丸。できないものにバツをつけた。


「それに、時間の都合もあって、入れても三つまでね」


 次に会場のテーブルに添える花をどうするか。一般的な物から少し値の張るものまでのサンプルを順に紹介される。一枚一枚写真に収めていく。
その次は、招待状とその内容になる。特にこれは早い段階で決めておかないと、列席者にも影響が出てしまう。


「これはもう今回決めてしまいましょう。早くしないとそれだけ相手への負担になってしまいますから」


 招待状の文面はプロデューサーが決めて、デザインはサンプルを写真に撮って加蓮にメールする。その中で気に入ったデザインを加蓮に選ばせる。

 数分後に加蓮からメールが返ってきた。どうやら花柄の多い可愛らしいものが良いとのことだった。


「分かりました。では、文面はこれで行きましょう」


 一通り直近で決めておきたいものは全て終わった。後は資料を持ち帰り、加蓮と決めて次回打ち合わせとなる。


「あの、今回の結婚式ですが――」


「聞いているわよ」


 プロデューサーの言葉を遮って小林が話す。


「花嫁さんがかなり病気で来ることが難しい。そう社長からは聞いているわ。出来る限りあなたたちに意向を組んでほしいともね」


「ありがとうございます!」


 プロデューサーは頭を下げる。


「この先、花嫁さんはかなり厳しい状況になるわ。それでもあなたを頼りに頑張ってくれる。ここからが正念場よ。あなたと花嫁さんの未来は今なのよ」


 小林の真面目な言葉にプロデューサーは背筋を伸ばし、表情を引き締めた。

「花嫁さんが病気の場合は、必ず主治医の許可が必要です。それと看護師の同席が必要になってくるわ。これは絶対条件でしょう」


 プロデューサーは小林の言葉をメモしていく。


「後は負担を減らすために車いすでの移動と考えてください。――なにか分からないことがありませんか?」


「招待状はいつまでに出せばいいでしょうか?」


「大方は式の二か月前までですが、これは早めに越したことは無いわ。特に遠方から来る方や、住所がわからない人には早目に出すなどして、来て頂けるようにする配慮も必要だわ」


「ありがとうございました。大体、こんなところかと思います」


「それじゃあ、今日はここまでにしましょう。何かわからないことがあったら、名刺の番号に」


 次回の打ち合わせは結納を行った翌週。一ヵ月半後に行われることになった。


 最後にプロデューサーは自分の名刺も小林に渡して後にした。

 一回目の打ち合わせの内容を加蓮にメールをする。写真が必要なものに関しては明日、病室に行く時に一緒に話そうという旨のメールを送った。


 直後、加蓮から着信が入る。


『もしもし。メール見たよ。ありがとう』


「容体はどうだ?」


『うん。こっちは今のところ問題ない。――正直、あたし怖いよ。明日、いや、今死んじゃうじゃないかって……。怖いよ……』


 加蓮は涙ぐみながら話す。それについては返す言葉がない。死が目前に迫っている恐怖はプロデューサーでも今までかつてなかった。


「俺は今できることだけをやるよ。だから加蓮も頑張ろう。な?」


『うん……。頑張るね』


 それから加蓮の時間が許す限り、他愛のないことを話す。


『それじゃ、おやすみ』


「うん。おやすみ」


 締めの挨拶をしたが、お互いに電話を切らない。


「愛してる」


『うん。あたしもだよ』


 そう言って改めて電話を切った。

 次の日。


 面会開始時間と同時に加蓮の病室に入る。彼女はすでに起きており身体を起こして窓の外を見ていた。


「加蓮」


 プロデューサーが声をかけると、加蓮はこちらを向き笑みを浮かべてくれた。


「あ、おはよ。プロデューサー」


「おはよう。しっかり眠れたか?」


「うん。今は大丈夫。こうしてここにいるのが不思議なくらい」


「そうか……」


 会話に困ったプロデューサーはカバンから昨日の打ち合わせ資料を取り出す。そして昨日の内容を加蓮に伝える。


「そうか。演出は出せても三つか……」


「それと、式は体力をかなり使うらしい。車いすでの移動になりそうだ」


「それじゃあ、バージンロードは自分の足では歩けないんだ……」


「そうなってしまうな。――当然だが、担当医の許可と許可を得た看護師の付き添いが必要だそうだ」


「まあ、そうだよね。式の途中に容体が悪化したら対処する人が必要だもんね。看護師は柳さんにやってもらえないかな?」


 柳さん――柳清良はうちの所属アイドルであると同時に元看護士。医療の心得を持っている。加蓮のこともよく知っているし、彼女が色々と適役だろう。


「そうだな。その点も含めて福良さんとも相談しなきゃな」


 加蓮との話し合いは面会時間の許す限り行われた。絞りに絞った演出と、会場に置く花の選定を行う。

「北条さん。具合はどうですか?」


 福良が病室にやってきて現状を聞く。


「今のところ、問題ありません。元気すぎて持て余していますよ」


「それならいいことです。ですが、いつまた体調が悪くなるかわかりません。細心の注意をしてください」


 福良はその後、結婚式を行いたいという旨を伝える。時期も半年後であると考えて、


「……分かりました。治療も頑張っていきましょう」


 二回目の打ち合わせの前に、今日決まったことをプランナーに話す。次回の打ち合わせは前後になってしまったが、式で着る衣装の確定を行うことに決まった。


 それを加蓮にメールで伝える。


 すぐに返信が返ってくる。やはり衣装決めは参加したいとのことだった。早速、社長に打ち合わせの日を空けてもらえるように話を進める。これはすぐに許可が降りた。


 次の日に、福良の許可をもらうと同時に、元看護師の柳を同席させて有事の際の加蓮の初動対応を話し合ってもらう。同時に式の打ち合わせでも彼女に同席をお願いする。


「この件は社長からも聞いております。微力ながら支援させていただきます」


 これで第二回の打ち合わせの準備は整った。後は、結納と打ち合わせまで加蓮の体調に大きな変化がないことを祈るだけだ。


 次の日。


 プロデューサーは両親に電話をかける。すぐに母親が出て、加蓮のこと、病気のこと、本当に大丈夫なのか。とやはり矢継ぎ早に質問が飛んでくる。その語気は上ずっており、今にもなきそうなのが電話越しでも伝わっていた。


「それでな。やっぱり俺たち、結婚することにした。」

 そして結納当日――


 プロデューサーは前日に、両親をこの近くに呼び寄せておいて、両家の顔合わせと結納を兼ねて行うことになっていた。


「親父。おふくろ」


 病院のロビーで顔を左右に動かしていた二人の妙齢の男女にプロデューサーが話しかける。二人はプロデューサーの両親であり、服装も黒のスーツと訪問着というフォーマルな服装でやってきた。


「ああ。結構大きい病院だったからどこに行けばいいか分からなかったよ」


「あんたの部屋に泊めてくれれば一緒に行けて時間も節約できたって言うのに……」


「俺の部屋は一部屋にキッチンだけだから、大人三人はいくらなんでも無理だから……」


「良いじゃないか。久しぶりに都会に出て、ホテルにも泊まれたんだ。旅行と思えばいいさ」


 父親のフォローにも母親は止まらず、


「今日結納なのよ。しかも相手は――」


「大事になるから、続きは病室でな」


 プロデューサーは母親の口を手で抑えながら、加蓮のいる病室に向かう。


 病室の前には柳が立っていた。病院ではあるが念のため彼女にも待機してもらっていた。もちろん彼女も黒のスーツにパンツスーツ姿で決めている。

「おはようございます。プロデューサーさん」


「おはよう。清良さん。加蓮は?」


 プロデューサーが人差し指を病室に指す。それに柳は頷いた。


「今は準備中なので少し待っていてくださいとのことでした」


「そうか。じゃあ、俺たちも待つか」


「ちょっと。あんた紹介しなさいよ」


 母親が耳打ちで話しかける。


「この人は柳清良さん。うちの所属アイドルの一人。元看護士だから、色々とお世話になっている」


「柳清良と申します。いつもプロデューサーさんにお世話になっています」


 深々と頭を下げる柳に、両親も深々と返礼する。


「若い人だけかと思ったけど、美人さんもいるんだな……」


「下は九歳に、上は三十一歳までいるから豊富だよな」


「二百人弱いますからね」


 息子の仕事ぶりの一端を垣間見た両親はポカンとしている。


「そんな大きな事務所にいるのに、なんで住んでいる家は1Kなのよ……」


「事務所に近いのがそこしかないから、しょうがないじゃないか……」


 両親とのやり取りを見ていた柳がクスリと笑う。

「今の姿のプロデューサーさん、すごく新鮮です」


「そ、そうか?」


「ええ。とても。――どうやら向こうも準備が終わったようですね。入りましょう」


 病室に入ると、加蓮もベッドから出て正装に着替えていた。白の訪問着姿で、いつもの毛先を緩く巻いた髪型ではなくまっすぐに下ろした綺麗なストレートヘアだった。


「準備は出来たようだね」


「うん。後は本番を望むだけだよ」


「そうだな」


 七人が加蓮の病室で待機していると、福良が部屋にやってきた。


「準備、出来ました。会議室はこちらになります」


 七人は福良の後を付いていく。その道すがら、通りがかる人たちが物珍しそうに加蓮たちを見ていた。


「何だか、違和感ありまくりだね」


「仕方がないよ。全員正装で病院だぜ。何事かと思っちまうよな」


「これが部屋になります。使用時間は午前中いっぱい取ってありますので」


 部屋の入り口までで福良は踵を返して廊下を歩いて行った。


 中に入ると、真ん中に長テーブルが縦に三脚、横に二脚並べられ、両側には椅子が並べられていた。


「準備万端だね……」


 先程まで笑みを浮かべていた加蓮の表情も緊張に変わっていた。

「俺達しかいないんだ。いくら失敗しても問題ないさ」


「そう、だね……」


 プロデューサーの言葉を聞いても、加蓮の表情は晴れなかった。


「大丈夫だよ加蓮。父さんの方が緊張しているから」


 正面から見て左側に加蓮たち新婦。反対側にプロデューサーたち新郎が席に着く。そして柳は会議室の入り口の脇に立つ。


 そして両家の両親は結納と結納返しをそれぞれに置く。今回は目録のみですぐに終わった。


「では、始めましょうか……」


 プロデューサーの父親がひとつ咳払いをして、


「この度は加蓮様と素晴らしいご縁を頂戴いたしまして、まことにありがとうございます。本日はお日柄もよろしいので、結納の儀を取り交わさせていただきます。本来ならば仲人様をお投資するのが正式ではありますが、本日は略式にて進めさせていただきます」


 はじめの挨拶を滞りなく終えると、父親は大きく安堵のため息をついた。おそらくこの日のために暗記をしてきたのだろう。


 次は結納を新婦側に送る。母親が席を立って、結納の目録を加蓮に手渡す。


「こちらは私どもからの結納でございます。いくひさしくお納めください」


「ありがとうございます。…いくひさしくお受けいたします」


 加蓮は母親が出した目録を受け取って頭を下げた。受け取った目録を加蓮の家族が確認する。


 その後、目録を確認した後は、加蓮の母親が結納品の目録を新婦側の飾り台に持っていった後は、受書を加蓮が持ってプロデューサーに手渡す。

「ありがとうございます」


 受け取った受書を席に戻った後で確認する。


 次は結納返しとなり、加蓮の母親が飾り台より結納品の目録を持ってプロデューサーの前に持っていく。


「加蓮からの結納品でございます。いくひさしくお納めください」


「ありがとうございます。いくひさしくお受けいたします」


 プロデューサーは会釈をして目録を持って席に着き、家族で目録を確認する。それが終わると、母親が目録を新郎の飾り台に置く。


 次に婚約記念品のお披露目があるのだが、ここではそれを省略し、結びの挨拶を行う。


「本日は真にありがとうございました。無事に結納を納めることができました。今後ともよろしくお願いいたします」


 新郎側が深く頭を下げると、新婦側もそれに習って頭を深く下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 結納の儀は二十分そこらで終わり、残りの時間は主に両親同士の話で盛り上がった。


「アイドルとプロデューサーの結婚なんて、ドラマみたいだわ」


「本当ですわ。しかもこんなに可愛いお嫁さんをもらうなんて……」


「こちらだって、誠実そうな男性で私どもにはもったいないくらいですわ」


 というように、主に母親同士で盛り上がっており、父親は父親同士、プロデューサーと加蓮は次の結婚式の打ち合わせについて、柳を交えて話していた。

「私どもとしましては、結婚だって驚きでしたのに、結婚式まで挙げていただけるなんて、本当に嬉しい限りです」


 プロデューサーの両親も加蓮の事情は話だけで聞いていた。それを彼女の母親の言葉で思い出してしまう。


「それで加蓮さんの様子は?」


 質問したのはプロデューサーの父親だった。


「そうですね。今のところ経過は順調です。加蓮も元気が有り余っている状態です」


「本当よね。これだけ元気なんだからもう少し自由にしても罰は当たらないと思うわ」


「加蓮。調子に乗りすぎだ」


「はーい。ごめんなさい」


 その後は柳も含めた全員で和気藹々と歓談をして会議室の使用時間を過ごしていった。


「そろそろ。お時間ですよ」


 柳がそれに気づき、結納の席はこれでお開きとなった。


 病室に戻ってきた加蓮は、入院着に着替え名残惜しそうに着替えた服を見ていた。


「こんな服着れるの、次はいつぐらいになるかな?」


「早ければ二週間後だ。式の第二回目の打ち合わせがあってな。次はドレスを決めなくちゃいけないんだ」


「そう言えば、そうだった。あたし体形変わっていたらどうしよう……」


「まあ、そこは上手くやっていってくれ。プランナーさんもすごくベテランの人だ。社長の結婚式もプロデュースした人だからな」


「あら、そうだったんですか。それは頼もしい人ですね」


「式場の手配も、招待状の手配も済ませてある。あとは式中の演出とか、料理などの決定とか細かいやつだな」


「ドレスは細かくないわよ」


「ええ。女性にとっては一番の関心事ですね」


「すいません……」


 女性陣からのツッコミをもらってプロデューサーは小さくなるしかなかった。

 そして二週間後。


「経過は問題なさそうです。外出の許可をいたします」


 福良はデスクの上においてある外出許可書にサインをして最後に判を押した。


「ありがとうございます」


 プロデューサーと加蓮。そして柳の三人が福良に礼をする。


「急な変化があったら打ち合わせ中でもすぐに救急車を呼んでください。柳さん向こうではよろしくお願いします」


「はい。責任を持って担当させていただきます」


「俺からもお願いします」


「お願いします」


プロデューサーと加蓮も柳に頭を下げる。


 福良のお墨付きをもらって、外出許可を得た加蓮と有事の際に対応できるよう柳も入れて結婚式の第二回打ち合わせに入る。


 場所は実際に式を挙げる式場で、小林はすでに待っていた。


「あなたが加蓮さんですね。小林といいます」


「北条加蓮です。今回はよろしくお願いします」


「そしてあなたは?」


 小林は柳を見た。

「柳清良と申します。元看護師で福良医師からの推薦で、同席させていただきます」


「看護師の方でしたか。私はお二人の式のプランナーをします、小林と申します」


 小林が名刺を渡して、柳も名詞を渡す。それに小林は少し驚いた。


「あなたもアイドルだったんですか」


「はい。看護師からアイドル……。まったく違う向きですが、社長とプロデューサーさんのお力のおかげです。それに花嫁の加蓮ちゃんも同じアイドルなんですよ」


「あら、そうなの。なんだか、本当に社長のときの婚約話のようになってきたわね」


 昔を懐かしむ小林の表情に、若い三人は何のことかわからずポカンとしてしまっていた。


「あら、ごめんなさい。私だけの話に夢中になってしまって……」


 小林がひとつ咳払いをして、


「花嫁衣装なんだけど、まずは車椅子での移動を考えてトレーンが短いものをそろえてみました」


 小林が左手を上げて、係員に合図を送る。すぐにハンガーにかかったドレスたちが運ばれてきた。


 トレーンはドレスの後ろの部分の裾のようなものをさすらしい。式本番では、屋外やバージンロードに出るときに子供がトレーンを持ち上げて引きずらないようにする部分である。


「ウエディングの撮影のときも思ったけど、色々な種類があるよな。どれがどう違うのかも、正直分からん」


 何着もあるウエディングドレス。しかもほぼ同じ白。それを見ながら、プロデューサーは首をひねる。


「これは女の子にしか分からないよ。どのドレスにもきちんとこだわりがあるんだもの。ね。清良さん」


 振られた柳も首肯した。

「そうか。あまり重くないものがいいんじゃないか?」


「そうですね。式の間はずっとそれを着ていることになるから」


 加蓮が揃えてあるドレスを一着一着食い入るように見ていく。


「いいですね。加蓮ちゃんの表情」


 一緒に来ている柳が漏らした。


「私もそういうときが来たら、加蓮ちゃんのように真剣に悩むんでしょうね」


「清良さんほどの女性でしたら、言い寄ってくる男性は後を絶たないと思いますよ」


「……そうなってくれると良いですね」


 柳はなぜかため息混じりに話していた。


「うーん。もう少し装飾があるドレス無いですか?」


 加蓮のお眼鏡に叶うドレスが小林の持ってきてくれたドレスには無かったようだ。


「分かりました。では、ドレスの試着室へご案内しましょう。お部屋移動しますので貴重品はお持ちください」


 係員がついて部屋を移動してドレスが多数保管されている部屋に入る。


「わあ……」


 一面にかかっているドレスの数に加蓮と柳は感嘆の声を上げる。


「ここの式場に保管してあるドレスになります。予約してあるものもあるので完全に全部ではありませんが、ほぼ全てになります」


 照明の光で装飾が反射して光り輝くドレスもあり、もちろん加蓮の目に止まる。


「これが大体五キロ。一番重いドレスになります」


「五キロ……」


「持ってみますか?」


 プランナーがドレスを加蓮に持たせる。予想外の重さに、体が重みで沈んでしまった。

「お、重い……」


 重いドレスはそれだけで新婦の体力を使う。それを二、三時間着用していなければならないため、この先、重いドレスは弱っていく加蓮には厳しい。


「こういうのが良いんじゃないか?」


 プロデューサーが取り出したのはロングスカートタイプのワンピース。ドレスのようにトレーンがない代わりにガラスの装飾がついている。


「良いですね。ドレスの雰囲気を崩さず、それでいて身軽な見た目ですね」


 隣に立っている柳も同調するようにうなづく。


「これって試着しても良いですか?」


「はい。ではこちらへどうぞ」


 加蓮は係員を連れて試着室へ入っていった。プロデューサーは緊張した面持ちで加蓮の登場を待つ。


「緊張されてますね」


「そりゃあな。愛する人のウエディング姿だぞ。それを緊張しない人なんているのかよ」


「ふふふ。そうですね」


 しばらくすると、二人が戻ってきた。


「どう、かな?似合う?」


 髪型は普段の下ろしたままだが、ワンピースドレスを着た加蓮にプロデューサーは息を飲んだ。


「綺麗だよ。加蓮」


 それを聞いた加蓮は一瞬驚き、


「恥ずかしいよ。でも、ありがと」


 加蓮も顔を赤らめて話す。


「…じゃなくて、このドレス。似合ってる?」


 加蓮は一回転して全体を見せる。ゆっくり回った風でスカートが少し舞い上がった。

「うん。綺麗だ。似合ってるよ。加蓮はどうだ?気に入ったか?」


「あたし、このドレス着たい。これでバージンロードを歩きたい」


「加蓮が着たいならこれにしよう」


「かしこまりました」


 衣装が決まった後は、挙式と披露宴の流れの説明と、演出の打ち合わせ。花嫁のメイクと決めることが多いが、許可されている外出時間も越えてしまいそうなので、残ったものは二人が病室で決めることになった。


 両手にいっぱいの紙袋の中には未決分の打ち合わせ資料。紙袋ごとに何を決めるかが書かれている。


「次回は三週間後にお待ちしております。加蓮さんもがんばってくださいね」


「はい!」


 式場を後にして柳を事務所に送り届けた後、病院へと戻っていった。


 病室に戻り、社長に今日の打ち合わせの進捗報告を電話で済ませ、そのまま直帰してもいいことになった。


「ねえ。プロデューサー。次に決めなきゃいけないもの、見せてよ」


 加蓮が持ち帰ってきた資料を見せるように促す。


「大丈夫か?着替えとかで結構体力使っただろう?今日はもう――」


「私、いつ体調悪くなるかわからないんだよ。できるうちに決めないと……」


 プロデューサーは紙袋の一つを持ち上げて、加蓮に資料を見せる。


「えーっと、まずテーブルコーディネート。それにアイテム。後は加蓮のメイクだな。結局これも決まっていなかったし」


「じゃあ、メイクかな」


 プロデューサーはメイクの紙袋を持って加蓮に一冊ずつ見せる。

「うわー。綺麗」


 モデルの花嫁姿を見て加蓮は笑顔になる。


「あたしもこんなにきれいになれるかな?」


「なれるよ。だってアイドルだったんだぞ?自信もって」


「ううん。アイドルの北条加蓮と、花嫁の北条加蓮は違うよ」


「そっか、加蓮が言うなら、花嫁姿の加蓮もきっと最高の花嫁になるよ」


「うふふ。ありがと」


 加蓮が資料を真剣な表情で読み進めていく。その間、プロデューサーはじっと彼女の表情を見つめていた。


 しばらく経って加蓮の口が開いた。


「…本当によかったの?あたしの先はもうほとんどない。アイドルにだってもう戻れないかもしれない。そんなあたしを――」


 加蓮の言葉を遮るようにプロデューサーは彼女を優しく包んだ。


「もし、そうだったとしても、俺は加蓮のことを愛していたと思う。アイドルじゃなくても、病弱なままでも、ずっと加蓮のこと好きでいられたと思う。小馬鹿にされて、憎まれ口たたかれても。だから、そんなこと言うな……」


「プロデューサー。ありがとう……」


 加蓮もプロデューサーの腕をギュッと掴んでしばらくそのままでいた。


 看護師に面会終了の時間を告げられ、プロデューサーは片づけを行う。


「明日は、凛と奈緒の仕事を見てから来るよ。――多分、二人を連れてくるよ」

「二人とも元気かな?」


「加蓮がいないから少し元気がないけど、仕事に私情は挟まない。きちんとやってるよ」


「なら安心した。また明日ね」


 プロデューサーと別れて一人きりになる。リクライニングしていたベッドを倒して天井を見上げる。見慣れた真っ白な天井だった。


 ――あたし。やっぱりアイドル出来ないのかな?


 その不安だけが胸を締め付けていた。


 次の日。


 午前中に凛と奈緒の仕事ぶりをチェックする。最近は加蓮のことでろくに担当アイドルの仕事ぶりを見れていなかった。打ち合わせは全て行っていたので、後はそれに沿って行うだけだが、それでもきちんとできているか。トラブルが起きていないか心配になってしまう。


「はい!オッケーでーす!」


「お疲れ様でした!」


 今日の仕事はCM撮影。今年の夏に向けての新商品を紹介するものだ。本来は加蓮もここに入って撮影を行う予定だった。


「お疲れ様。無事に仕事出来ているようで安心したよ」


 全ての撮影を終えた二人が戻ってくる。夏ということでTシャツにハーフパンツ姿だが、季節はまだ冬と春の境目。すぐにスタッフが上着を肩に羽織らせてくれた。


「当然でしょ。きちんと仕事してないと、加蓮を心配させちゃうしね」


「トライアドプリムスという居場所を守る。それが出来なきゃ加蓮にバカにされ続けちゃうよ」


 二人なりに加蓮のことを心配にしていて、そのことでさらに奮起しているようだ。頼もしいアイドルになった。


「そうだ。プロデューサー。あたしたちで結婚式の余興したいんだけど、何がいいかな?」


 凛が余興のことで質問してきた。披露宴では友人たちによる余興もほぼ入っているが、加蓮の体力の都合上、その部分を入れるかどうか悩んでいた。

「あー。それもそうだな……。ってか、それを俺に相談していいのか?一応、新婦だけど」


「どこまでがオッケーで、どこまでが駄目かの線引きは一番大事でしょ。せっかく考えて準備しても、それはダメですって言われたら意味無いでしょ」


「まあ、それもそうだ。――個人的には、思い出に残るものが一番だろう」


「思い出に残るものねえ……。どんなのがいいかな?」


 奈緒が腕を組む。


「例えば、両親の言葉や親戚の言葉なんてあれは、友人側から見ても胸に来るものがあるな。学校の友人とか、そういうのは鉄板だな」


 凛はおもむろに携帯を出して操作する。


「なるほどね。歌とかダンスよりも心に響きそうだね」


「しかもアイドルだろ。歌やダンスでは響きにくいだろう。いつも一番近いところでやってたし見てきたし」


「ありがとう。一応、参考にするね」


 携帯をしまって、今度は奈緒が話しかけてくる。


「この後のプロデューサーの予定は?」


「二人を事務所に送って、加蓮と式の話し合いだ。昨日の打ち合わせで半分も決まらなかったから、次回までに決めなくちゃいけないことが山積みでな」


「加蓮のことだから、あれもこれもで決まらなさそう」


 凛の言葉に、奈緒も同意する。


「そこはきちんとプロデューサーが引っ張ってやれよな。せっかくの式だからって加蓮のワガママ通してると、決まるもんも決まらないからな」


「…肝に銘じておきます」

 出先から電話で仕事の報告を行って、そのまま凛と奈緒を連れて病室に入ると、加蓮は眠っていた。整った寝息を立てて熟睡している。


「おーい。かれーん」


 プロデューサーが加蓮の肩を揺すって起こそうとしたが、凛と奈緒が止めに入る。


「見てよプロデューサー」


 凛の視線にプロデューサーも合わせる。


 そこには昨日持ち帰ってきた資料すべてに付箋が貼られてあった。


「あいつ、俺は一冊しか出してなかったのに……」


「多分、昨日の夜も朝もずっと見てたんじゃない?ナースコールで呼び出して全部そこに置いてって頼んで」


「やりそうだな。ワガママだけど、変に責任感は強いもんな」


 プロデューサーが資料を持って付箋の張られたページを適当に開いていく。そこにはペンで感想や第一候補と書かれてあった。気になった部分には色つきのペンでラインもつけてある。


「頑張ってるね」


「あたしたちも頑張らなくちゃな」


 その後、二人の時間が許す限り病室で加蓮の寝顔を見ていたが、ついに起きることなく書置きだけ残して、二人を自分たちの家へ送っていった。

 もう一度病室に入ると、今度は加蓮が起きていた。


「凛たち来てたの?」


「ああ。時間いっぱいまで待ってたけど、加蓮の寝顔を見て満足してったよ」


「起こしてくれたらよかったのに……」


 久しぶりの親友の顔を見たかったのか、加蓮はふくれっ面になった。


「ぐっすり眠ってたし、二人とも起こすなって。それに書置きしてある」


 プロデューサーは資料の一番上を指差す。


「うん。見たよ。『頑張りすぎちゃだめだよ』『自分だけじゃなく、プロデューサーも頼れよ』だって」


 二人の言葉に加蓮は苦笑する。


「そう言えば、最近二人と連絡取り合ってたか?メールでもチャットでも」


「あー取ってなかったかも?携帯、あんま見なくなったな」


「だったら今夜はやってやれ。声でも文章でもいいから。心配していたぞ」


 夜。


 通話アプリで凛と奈緒にメッセージを入れる。すぐに彼女たちから返信が来た。新心配しているのかと思いきや、加蓮の寝顔が可愛いという話題になった。普段はいじられる側の奈緒も、今回ばかりは凛と一緒になっていじってくる。


 いじられ慣れていない加蓮は途中で怒ってしまうが、すぐに微笑む。


 ――これが今まであった『あたりまえの日常』なんだなあ……。


 普段何気なく思っていた日常が脳裏のフラッシュバックする。あの時の一瞬一瞬を大事にしたいと思える。


 ――ありがとう。凛、奈緒。あたし、頑張るよ……。


 加蓮は二人が眠くなるまで通話アプリを使い続けた。

 春の足音が大きくなっていくにつれて、加蓮が好調を維持できる日が少なくなってきた。体調が思わしくない時が多くなってきて、面会が出来ない日も出てきた。


 加蓮の両親もプロデューサーも毎日病院に通い詰めて福良と話し合っている。


「今日も加蓮さんの調子が良くありません。申し訳ありません」


 治療優先で部屋の外からでしか加蓮の様子が見れないことも多くなってきた。点滴の数も量も多くなり、もちろん携帯電話も使えずやりとりも取れない。


 そうなってくると、式の打ち合わせにもしわ寄せが出てくる。次が最終の打ち合わせとなり、その日まで五日を切ったが、外出許可が下りるかどうかの結論がまだでない。


 不安になったプロデューサーは小林に連絡を取って現状を確認する。式の日取りが確定している以上、もうこれ以上猶予している状況ではなかった。


『となれば、私が病室に向かうということでも大丈夫です。だた、加蓮さんが面会謝絶となると、御主人とお二人で。となりますね』


 打ち合わせの日時は変えず、当日の加蓮の体調次第で場所を決めるというやり方に決まった。


「数分だけなら大丈夫だそうですよ」


 電話を終えて病室に戻ると、加蓮の母親が待っていてくれた。すぐに病室に入り、加蓮と話をする。


「プロデューサー……。外出許可難しいって……」


「そうか。俺もその件で小林さんと話をしていた。当日、面会が出来そうならここでやろうと」


「大丈夫なの?」


「先方さんは問題ないそうだ。だから、しっかり体調を整えなきゃな」

 プロデューサーの言葉に加蓮は答えなかった。


「今ね。自信ないんだ……。あたしの身体、もうあたしのものじゃないみたい。まるで別の他人の、全く違う身体のような感じがするんだ……。だから、自信
ない……」


 天井を見上げたまま、そのまま加蓮が続ける。


「昨日も、一昨日も急に悪くなったと思ったら、今までになかった苦しみがこみ上げてきた……。そのまま死んじゃったほうが楽なのかもって思った。でも、お父さんもお母さんもいる。凛、奈緒、そしてプロデューサーがいるって思ったら、そんな気持ちになったのが恥ずかしくなった……。負けてられないと気持ちになる。だから、頑張るよ……」


 弱弱しいながらも加蓮はこちらを向いて笑みを浮かべる。加蓮の母親は声を抑えて涙を流し、父親も泣かないように我慢して頷いていた。


「俺も頑張るよ。だから……」


 プロデューサーは加蓮の手を取る。


「うん。頑張ろうね……」


 加蓮の白い手がプロデューサーの手を握り返した。

 そして最終打ち合わせ当日。


 朝一番で病院に向かい、まず福良に会いに行く。もうすでに加蓮の両親が来ており、すぐに柳、そしてプロデューサーの両親もが病院に姿を現した。


「みんな、加蓮ちゃんのことが不安なんです……」


「そうだよな。ありがとう……」


 プロデューサーと加蓮の両親は、三人に深く頭を下げた。


「おはようございます」


 少し経って福良が現れた。彼が頭を下げると、みんなも頭を下げた。


「こちらへ……」


 福良に促され、六人は彼の診察室へ通される。


「昨晩の体調は穏やかに経過していました。そして今朝の経過ですが、問題はなさそうだと思います。本日の面会を許可いたします」


 福良の話を聞いて六人はほっと安堵する。これで打ち合わせが行える。


「ただし、体調が悪いと感じたらすぐに呼んでください。披露宴の打ち合わせも大事ですが、加蓮さんの体調を第一に。お願いいたします」


 診察室を出ると、両親は加蓮に報告。プロデューサーは小林に病室での打ち合わせが可能であると伝える。


『分かりました。では先約が終わり次第向かいます。その時になりましたらご連絡いたします』


 打ち合わせが可能になったことで、プロデューサーも加蓮と打ち合わせの準備と確認を行う。


その様子を加蓮の両親が携帯電話の写真に収める。シャッター音に気づいて、加蓮が恥ずかしがる。

「ちょっと。この姿撮らないでよ。恥ずかしいよ」


「いいじゃない。今の加蓮、すごく可愛かったわ。嬉しそうな表情、久しぶりに見たもの」


 母親の言葉に加蓮は反論する気も失せてしまう。


「うー。ずるいよ。そういうの。お父さんも止めてよ」


「母さんの好きなようにさせなさい」


 途中で休憩を挟みながら今日やるであろう部分を確認する。途中、体調不良で決められなかった部分は詳しく説明した。それが終わるころにはもうお昼になろうとしていた。


「すみません。せっかくの貴重な時間を私だけ使ってしまって」


 プロデューサーは昼食をとっていた加蓮の両親に頭を下げる。


「良いんです。私たちはあの子の幸せが第一です。今のあの子はアイドルをしていた時のようです」


 父親は遠く昔を思い出すように話す。


 プロポーズから余命宣告、結納に式の計画。アイドルをしていた加蓮の姿は、本当に昔のことのように思えてしまった。


「私は、諦めていません。加蓮さんが病気を克服して、再びアイドルとして満員のステージに立つことを」


「そうですね。また、アイドルのあの子が見たいですね。そのためにも我々が諦めたらだめですよね……」


「加蓮さんは人一倍負けん気が強い子です。絶対に戻ってくるでしょう」


 お昼を少し過ぎたころに小林が今から向かうとの連絡が入った。

 病院内のコンビニでおにぎりを買って、全員で病室で昼食を摂る。


「あー。ポテトチップスが食べたいなあ……」


 食事を見ていた加蓮がそう漏らす。入院してからこちら、ジャンクフードと呼ばれる類はまったく口にしていない。


「病気が治るまで我慢だな」


「はーい……」


 昼食を摂り終えたころに、プランナーさんがやってきた。昼食はもう食べたとのことなのでそのまま打ち合わせに入る。両親はその間席をはずしてもらった。


 まずは加蓮がいないため決め切れなかった小物類をプランナーさんに伝えて確定させる。


 そして式当日のタイムスケジュールの確認と、進行の確認。そして披露宴の司会の確定をする。これでほぼ式で使うものの準備はそろった。後はリハーサルの有無と、式披露宴の出席者の確認、確定となった。


 以上を元に、最終見積もりの提出が式の三週間前に行われることになった。


 その間に、凛と奈緒が病院にやってきた。学校終わりで今日はアイドルの仕事もレッスンもない全休のため学校から直接病院にやってきた。


 病院のホールに入ると、奈緒が加蓮の両親を見つけすぐに彼らの元へ向かう。


「凜ちゃんと奈緒ちゃん。こんにちわ」


「こんにちわ。加蓮さんは今日も面会できないんですか?」


「今日は面会大丈夫です。今は結婚式の打ち合わせを行っているんです」


「そうだったんですか。となると、少し時間かかりそうですね」


「そうね。せっかく来たんだから、病室の外から加蓮の姿でも見ていってください」


 二人は両親に言うとおりに加蓮の姿を病室の外から見ることにした。

 病室では加蓮はベッドで体を起こしたまま、その横でプロデューサーとプランナーの小林が話し合っている。


「あの人がプランナーか。加蓮もなんか嬉しそうに話してるね」


「まあ、花嫁姿というか、結婚は夢だからな」


「ふーん。奈緒も憧れてるんだ」


「あたしだけじゃなくて、凜も憧れてるだろ?」


 奈緒の反論に凜も、まあね。と短く答えた。


「でも……」


「加蓮、一気に痩せたよな……」


「うん……」


 奈緒が表情を暗くする。それに凜も力なく同調した。


 最終打ち合わせが終わり、式に向けた打ち合わせはこれでほぼ終わった。後は当日の動きの再確認を行って、当日の本番に望むだけとなった。


「もうすぐだね」


「そうだな。三週間後に結婚式だなんてちょっと想像できないな」


「ふふふ。あたしもだよ」


「…絶対成功させような」


「うん」

 時が進み、式の二週間前。


 桜の便りも各地で聞こえるようになり春本番を迎えたころ、


 現場の確認をしていたプロデューサーの携帯に着信が入る。電話の相手は加蓮の入院している病院。


「もしもし……」


『福良の助手を務める西村と申します。加蓮さんの容態が急変しました。今から手術に入ります』


 ついにこの時が来てしまった。今まで加蓮の体力があったからか、体調がよくないときがあったが、こうして手術にまで行くという事態は初めてだった。


「よろしくお願いします。ご両親からは私から連絡します」


『ありがとうございます』


 プロデューサーはすぐに電話を切って加蓮の両親に、彼女の容態が悪化したことを伝え、現場からも抜けることを社長とちひろに連絡を入れて病院に急行する。


「すいません!北条加蓮はどこに?」


 受付に駆け込んで、今いる場所を聞く。彼の迫力に受付の女性も身を引かせてしまう。


「え、えっと……。北条加蓮さんは三階の手術室です」


「ありがとうございます!」


 すぐに言われた場所に向かうとそこには加蓮の両親が祈るように座っていた。その先は行き止まりで手術中を告げる赤いランプが灯っていた。


「プロデューサーさん……」


 父親のほうがプロデューサーに気づき声をかけてくれた。

「加蓮さんは……」


「私たちが来たときにはもう手術室に入っていました……」


「そうですか……」


 プロデューサーも空いている席に腰を下ろす。それからはずっと一点を見ながら、部屋の上にある赤いランプが消えるのを待つ。


「プロデューサー!」


 それからしばらく経った後、凜と奈緒、それに柳がやってきた。


「加蓮が大変なことになってるって、本当?」


 凜の言葉にプロデューサーはゆっくりと席を立って、三人を座らせる。


「今はまだ、あの部屋の向こうだ。一生懸命生きようとしてるんだ。俺たちはそれを、祈ろう」


「うん……」


 凜たちも入れた六人でじっと手術のランプが消えるのを待った。


 そして赤いランプが消えたのは、それから数時間たった。夕日の濃いオレンジが窓から差し込んでいた。


 福良が部屋から出てきた。身に着けている手術着の血の付着具合が、手術の困難さを物語っていた。


「先生!加蓮の様子は?」


 いの一番に聞いたのは加蓮の母親だった。


「手術のほうは成功しました。容態は安定しております。ただ、かなり体力や抵抗力が落ちてきています……」


「加蓮の結婚式はどうなるんですか?」

「このまま状態が安定していれば、まだ式には時間があります。ただ、」


「ただ?」


「これ以上、危うい状態になれば、許可は降ろせません」


「そんな!加蓮の最期の――」


 反論したのは凛と奈緒だけだった。


「プロデューサー!なんか言ってよ!」


「加蓮の命と式を天秤にはかけられない……。それで加蓮の命が永らえるのであれば、俺はそっちを選ぶ」


 プロデューサーの意見に加蓮の両親は何も言わなかった。


「とにかく。今は加蓮の無事になったと分かった。凛、奈緒送っていくよ。清良さんはどうしますか?」


「私はもう少しここに。少しだけ気持ちを落ち着けてから……」


「分かりました。――さ、行くぞ」


「加蓮の顔は見れないの?」


「今日はそのまま集中治療室へ運びます。その後の経過も見る必要があるので、面会は明後日以降でお願いします」


 福良の言葉に凛と奈緒は力なく頷いた。


 車に凛と奈緒を乗せて、それぞれの家に送っていく。

「プロデューサーは不安じゃないの?」


 運転中、凛が漏らした。しかし、プロデューサーは答えない。


「あたしは不安だよ。仲間が、親友が死んじゃうかもしれないって。そう考えたら、怖いよ……」


「あ、あたしも。加蓮がいないアイドル活動とか、事務所の風景とか考えれないよ……」


 二人が後部座席で弱弱しく話し続ける。


「いい加減にしろ!」


 プロデューサーの一喝で二人は大きく身をびくつかせる。


「今の姿を加蓮に見せたら、加蓮が悲しむぞ」


 そのまま続ける。


「良いか。俺たちが出来ることは加蓮が目を覚まして、今までと変わらない日常を見せることだ」


「で、でも――」


 凛の反論をプロデューサーは遮って、


「不安なのは俺だって、加蓮の両親だって同じだ。いや、あの二人は俺達以上に重いものを背負っている。自分の娘が、自分たちよりも早く亡くなるなんて……。そんな人たちの前でこっちが潰れるわけにはいかないんだ。――それと大声で怒鳴って済まなかった……」


 そのまま車内は沈黙が流れ、凛の実家の前に到着する。


「それじゃあお疲れさま……」


 凛は無言で小さく頷いて帰って行った。


 奈緒と二人きりになっても相変わらず沈黙が流れる。


「…ラジオ付けてもいいかな?」


「うん……」


 沈黙に耐えきれなくなったのか、プロデューサーはカーラジオを付ける。そこでは投稿者が過去の失敗談を面白おかしく紹介していた。

「俺、この番組好きでさ。隙を見つけては聞いていたんだ。でも、今週は全然頭に入らねえな……」


「そりゃあな。プロデューサーさんにとって最愛の人が危ない状態なんだ。無理ないよ。それに――」


「それに?」


「みんな、『あの人が辛いから、我慢しなきゃ。』って我慢し過ぎだよ……。加蓮の両親も、プロデューサーも凛もそうだよ。今のままじゃ絶対みんなおかしくなっちゃうよ。一人の時にはさ、感情爆発させてリセットさせた方が良いよ……」


 奈緒の言葉にプロデューサーは小さく頷いた。


「…トライアドプリムスがうまく行った理由がわかった気がする」


「ど、どういうことだよ?」


「凛と加蓮って頑固じゃないか?」


「あー。そうだな。意外なところで頑固なとこ見せるな。でもニュージェネのときだってそうだったんじゃないか?」


 ニュージェネとはニュージェネレーションの略で、渋谷凛、島村卯月、本田未央のトリオのアイドルグループである。


 プロデューサーの質問に奈緒は納得するように頷いた。

「ニュージェネの時は、三人はほぼ同じ時期に入っただろ?だからお互いのことってかなりわかっていたと思う。未央という調整役もいたから余計にスッと入っていた感じだ。だが、トライアドプリムス結成のときに奈緒と加蓮が入ってきた。だから先輩のような凛の意見に後輩のような加蓮が良くぶつかっていた感じがする」


「確かに。見ててヒヤヒヤした時もあったな」


「だけど、奈緒がそこで間に入ってお互いの落としどころを見つけてくれる。だから大きな衝突もなくやってこれたと思う。現に今だって、俺に提案してくれただろ?」


「あ、あれは……。男の人はみんなの前じゃ泣けないだろうなって思ったからだよ」


「そういうところがあるから、何かあったら奈緒をいじってくるんじゃないか。奈緒をからかうことで、二人の仲が強くなるんじゃないかと思った」


「そ、そうかな?」


「多分な。でも、なんか楽になった気がする。一人になったら泣いてくるわ」


「それは宣言するなよ……」


 そんな話をしていると、奈緒の家に到着する。


「プロデューサー。気を付けて帰れよ。一人になったからって泣くなよ。事故ったら、加蓮のやつ、悲しむぞ」


「家に帰ったら泣くから大丈夫だから」


 奈緒と別れて車を事務所に戻し、社長とちひろに次第を報告をして帰宅する。明日は休んで様子を見て来いとの指示もいただいた。


 家に戻ったプロデューサーは通話アプリで加蓮に、頑張ろうな。と入れてベッドに倒れ込んだ。


「この時だけは……。ゴメンな……」


 誰もいない部屋で一人、泣いていた。

 次の日。病院へ向かう。受付にはすでに加蓮の両親が来ており、挨拶をする。


「おはようございます。今日はお休みですか?」


「はい。休みを頂きまして経過を見に」


「ありがとうございます……」


 プロデューサーも両親の隣に腰を下ろし、しばらく三人は黙ったままだった。


「私ね。今の時期で良かったと思うんですよ」


 母親が呟くように話し始めた。


「これよりももっと先に今みたいな状況になったら、結婚式の開催は絶望的だったと思うんですよ」


 プロデューサーは昨日の福良の言葉を思い出す。


 ――このまま状態が安定していれば、まだ式には時間があります。ただ、これ以上、体力や抵抗力が危うい状態になれば、許可は降ろせません。


 まだ式に行ける許可を下ろしてもらえる余地があるということだ。無理であればまずそのことについて言及するはずだ。


「後はあの子の体力の回復を祈るだけですね」


 その日は福良と面談を行って、経過の報告を聞いた後、廊下から加蓮の姿を見る。


 加蓮はベッドで整った寝顔を見せて眠っている。今までに見たことのない機械が背後に備え付けられており、加蓮の身体には何本もの管が機械から通っている。


「今のところ容体は安定しております。麻酔はもう抜けているので後二、三時間程度で目が覚めると思います」


 それを聞いて三人はほっとして、そのまま加蓮の様子を見続けていた。

 加蓮が目を覚ますと、見知らぬ天井だった。


「あたし……。そうかまた……」


 ゆっくり身体を起こす。横には書き置きが残ってて、目が覚めたら押してくださいとナースコールのボタンが置いてあった。


 言うとおりにボタンを押すと、福良と担当の看護師がやってきた。


「福良さん。あたし、どうなったんですか?」


「病の進行が進んだんです。加蓮さんの体力、抵抗力を一時的に上回ったことで、容態が急変したんです」


「あたし、病気に負けたってことですか……」


「あくまでも一時的にです。今は体調が上回っている状態です。でも、徐々に病の勢力が加蓮さんの体を蝕んできているというのは事実です」


「リハビリってどんなことをするんですか?」


「一番は体力の低下を防ぐ運動のリハビリです。関節が硬くなってより転移が進んでしまいます。ストレッチや身体を動かすことを行っていきましょう。転移が鈍いうちに投薬で病原細胞を死滅させるというのが目的です」


「やります。どんなメニューでもこなします」


 加蓮の目はまっすぐ福良を見つめていた。


「分かりました。では、明日からやっていきましょう。来るべき日のために」


「はい!」

 それから加蓮は式に出られるように懸命にリハビリと闘病生活を行う。


 ――結婚式だけじゃない。またアイドルになって、ステージに立つんだ……。


 リハビリは非常につらいものがあったが、両親、ともにステージに立ったことのある仲間からの激励。そして最愛の人の頑張りもあって、時折体調を悪くしながらもリハビリを行っていく。


 そして――


「――この様子で行けば、式の途中で容体が急変するということはないかと思います。明後日の外出を許可します」


 福良の言葉に加蓮はもちろん、彼女の両親、そしてプロデューサーも喜ぶ。


「良かったね。頑張った甲斐があったね!」


 加蓮の母親は嬉し涙を流し加蓮と抱き合う。


「良かったな。今まで頑張ってきた成果が出たな」


「うん!プロデューサー。頑張ろうね!」


 三人で喜ぶ中、プロデューサーは社長に、加蓮の外出許可が下りたことを電話で報告する。


『そうか。頑張ったんだな。まずは一安心だな』


「ありがとうございます」


『お前ものんびりするなよ。式が出来るんだ。加蓮さんならともかく、お前のミスは許さないからな』


「う……。今から練習しておきます」


 社長から思いもよらぬ攻撃を受けてプロデューサーもたじたじになる。


『明日は面会可能か?』


「はい。これから一般病棟に戻ります。明日は時間までなら面会可能です」


『分かった。では、明日向かうよ』

「私も一緒に行きます」


『そうだな。病室まで案内してもらうよ』


 電話を聞いて三人の輪の中に入る。


「今、社長に報告したよ。明日、面会に来るそうだ」


「あら、大変。変な服装できないわね。ちゃんとした服を……」


「母さん。加蓮は入院中なんだから……」


 昨日まで不安な表情しか出なかった加蓮の両親も、表情に余裕が出てきた。


「それじゃあ、私は事務所に戻ります。加蓮のこと聞きたい人がいっぱいいるので」


「ありがとうございました」


「プロデューサー。また明日ね」


 両親に頭を下げられ、加蓮に手を振られて見送られた。


 車に乗り込んで、発車する前にちひろに連絡してこれから事務所に戻る旨を伝えた。


「加蓮ちゃん、式に出れるようになったそうですね。良かったですね」


「ありがとうございます。式のスケジュールを今からしっかり確認しなくちゃいけませんね」


 冗談が出るほど今の状態は良い。溜まっている仕事を処理して、社長の同行時間も確認して事務所を後にする。

 次の日。式前日。


 この日からプロデューサーは休みをもらい、朝一で社長を迎えに行き、加蓮の病室に向かう。


「もう元気なのか?加蓮さんは?」


「はい。二週間前の急変からは体調が崩れることは無く、一生懸命にリハビリをこなしてきました」


「良かったな」


「はい」


 病室に向かうと、加蓮の両親のほかに凛と奈緒がすでに来ていた。


「社長。おはようございます」


 凛と奈緒が頭を下げて挨拶をする。


「おはよう。二人とも来ていたのか」


「はい。今日から面会できると加蓮から聞いていたので」


「そうか。――加蓮さんも良く頑張ったね」


「みんなのおかげです。明日の結婚式、今からドキドキしてます」


 結婚式という言葉でプロデューサーは思い出したように声を上げた。


「そうだ。明日の式のことで午後一に清良さんとここで打ち合わせがあるんだ」


「そうなの?それもっと早く言ってよ」


「いや。俺と清良さんだけでいいからな」


「柳さんはこちらに来るのか?」


「はい。彼女も今日からオフを取っております」


 社長がそうか。と頷いた。


「明日結婚式なんだよね。何だか実感ないな」


「おいおい。当事者が何言ってるんだよ」


 加蓮の言葉に奈緒が苦笑する。

「だってさ明日だってのにあたし、まだここにいるんだよ。緊張感も何も起きないよ」


 自虐のネタで病室の雰囲気が明るくなっていく。


「社長はいつお戻りになりますか?」


「柳さんと一緒に戻ろうと思う。その打ち合わせ、私も参加したい」


「分かりました」


 午後に入り、柳が加蓮の病室にやってきた。それを見てプロデューサーが出迎える。


「お疲れ様です」


「お疲れ様。オフなのにわざわざありがとう」


「いえ。私にしかできないことなので、嬉しく感じます。時間はもうすぐですか?」


「そうだなあと十分ほどで時間になる」


「そうですか。――加蓮ちゃん。調子はどうですか?」


「清良さん。それもう毎日聞かれてるよ。――うん。調子はいいよ。ここ最近は動きたくて仕方がないよ」


「ふふふ。なら安心ですね」


 福良もやってきて、明日のことで打ち合わせに入る。参加するのはプロデューサーに柳。そして社長。


 打ち合わせ内容は明日の式で有事の際が起きた場合の確認である。


 式中の移動は全て車椅子で行い、それを引くのは柳が行って欲しいということ。そして何か起きた場合はすぐにこの病院の福良に連絡すること。処置はこの通りに行って欲しいとの確認が行われた。


「これで以上になります。北条さんに何か異変を感じられたらすぐに式を中断してください」


 福良の言葉に三人は首を縦に振った。


「あ、もう終わったんだ」


 打ち合わせを終えて病室に戻ると、加蓮は両親と談笑していた。

「まあ、最後の確認だ。何があっても良いようにな」


「明日は私も付き添います。何かあったら話してくださいね」


「清良さんがいれば安心できるね。よろしくお願いします」


「さて、話も終わったことだ。私たちは帰るとするか」


「そうですね。ご家族で色々と積もる話もあると思いますし」


 社長と柳が帰るので、プロデューサーは彼らを送るために一緒に戻る。


 家族だけになった病室では、加蓮と北条家最後の日を過ごす。

 そして次の日の朝。


 加蓮の準備もあるので結婚式は午後からスタートする。朝一でプロデューサーは事務所で柳と合流して、そのまま病院に向かう。


「おはようございます」


 病室に入ると、すでに加蓮たちも準備万端だった。入院着以外の彼女を見るのは実に久しぶりだった。


「あ、おはよう。清良さんもおはようございます」


「おはようございます。加蓮ちゃん。もう準備万端ね」


「はい。両親が準備してくれたので。もう行くだけだよね?」


「そうだな。後は福良先生に挨拶だけして行こう」


 福良の部屋を訪れる。


「おはようございます」


「おはようございます。いよいよ今日ですか……。おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます……。先生のおかげでこの日を迎えることが出来ました」


「いえ。私はそのお助けだけです。加蓮さんの頑張りですよ」


「ありがとうございます」


「さ、主役が遅れてしまったら皆さんが困りますよ」


 福良が三人を早く外へ出るように促す。


「では行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 病院から外に出ようとすると、出入り口に加蓮がお世話になった看護師と医師が両側に立って加蓮たちを見ていた。

 そこを通り過ぎようとすると、


「加蓮さんおめでとうございます!」


「結婚式頑張ってきてください!」


「お幸せに!」


 看護師たちの言葉に加蓮は脚を止めて涙を浮かべる。


「ありがとうございます。幸せになってきます!」


 全員に一礼をして病院を後にする。


「全くズルいよ。みんな……」


 涙を手で拭って加蓮は車に乗り込む。


「清良さんは、ああいうのやった経験ありましたか?」


「残念ながら入院中に結婚式を控えていた人はいませんでしたね。ちょっとうらやましいですね」


「あんなに大勢に祝福されるのも、悪くないんじゃないか?」


「うん。ちょっと不謹慎かもしれないけど、入院してて良かったかなって思っちゃった」


「そうですね。あの経験をする人はそういませんね」


 和やかな雰囲気の中、車は式場に向けて走っていく。


 式場に着くと、小林を含めた担当者全員が加蓮たちの到着を待っていた。


「お待ちしておりました。車はこちらで駐車場に停めておきますので。鍵をお預かりします」


 担当者に鍵を渡して三人は式場の中に入る。もうすでに加蓮の両親は会場入りしているらしい。


「お疲れ様。そして本日は結婚おめでとう」


 小林がやってきて、本日の式の変更点などを確認する。


「出席者が一人減りました。これが当日使うブーケだけど、これで間違いないわよね?」


「はい。これで間違いありません」


「では、ご両親に挨拶に行きましょう。これからメイクとリハーサルと忙しくなるからね」

 小林に連れられて、控室にいる両親の元へ向かう。まずは加蓮の両親から挨拶に向かう。


「ああ、プロデューサーさん。加蓮。ご結婚おめでとうございます」


「ありがとうございます。お二人のおかげで本日を迎えることが出来ました」


「プロデューサーさん。加蓮がここまで幸せに過ごせたのは、あなたのおかげです。本当にありがとうございます」


「お父様。お母様。今日これで終わりではありません。私たちはこれからも幸せな家庭を築くつもりです」


「まずは病気を克服しないとね。大丈夫。みんながいるから」


 二人の決意を聞いて、加蓮の両親は涙を流していた。


「もう。ここで泣いてたら、先が思いやられるよ」


「分かってるわ……。分かってるけどね……」


 二人の涙が止まるまで二人はその姿を見ていた。


「まったく、大げさなんだから……」


「それだけ加蓮の元気な姿で結婚式が出来ることに、最高の喜びを覚えてるんだよ」


「まあ、そうだよね。死んでいたかもしれないあたしが、こうして元気で入れるんだもんね」


「さ、次は新郎の親族の部屋ですよ」


 プロデューサーの両親の部屋では、二人が来ると握手をして出迎えてくれた。


「加蓮ちゃん。ここまでよく頑張ったね。これからもその気持ちで頑張ってちょうだいね」


「はい。ありがとうございます」


「二人とも結婚おめでとう。今も十分辛い状態だけど、今日だけは世界で一番幸せな二人になってくれ」


「もちろん。そのつもりだよ」


「たった一度の結婚式だ。最高に幸せな二人になってくるよ」


 最後にもう一度だけ握手を交わして部屋を出た。

「それじゃあ、メイクに入りましょう。加蓮さんと柳さんはこちら、プロデューサーさんはこちらの部屋に入ってください」


 女性陣とプロデューサーで違うメイク室に入り、式本番の衣装に着替える。新郎は上方と服装を整えるだけで終わるが、新婦はヘアーメイクやネイルと細部にまで施す為かなり時間がかかる。


「新郎様。新婦様のメイクが終わりましたので教会へお進みください」


 結婚式の会場となる教会の前では、柳が弾く車椅子に乗った加蓮が待っていた。二人で選んだドレスに身を包み、白のヴェールに顔を隠して、プロデューサーを待っていた。メイクは普段アイドルのメイクを見慣れているが、花嫁姿のいつもよりも濃いめのメイクは新鮮だった。


「お待たせ。プロデューサー」


「いや。全然待ってないよ。むしろ楽しみにしてた」


「期待に応えられたかな?」


「ああ。最高に応えてくれたよ」


「ふふ。ありがと」


 二人で会話をしていると係の女性がやってきた。


「式のリハーサルはどうされますか?あまり複雑な動きや祝辞を述べるというのもないので、やらない方もおりますが?」


 二人は一度顔を見合わせて、


「いえ。やっておきます。最高の結婚式にしたいので」


 プロデューサーの意見に加蓮も首肯した。


「分かりました。――車椅子使いますか?」


 係員の申し出に加蓮は少し迷ったが、


「いえ。リハーサルだけでも歩かせてもらったらと」


 加蓮は柳の方を見る。


「そうですね。この服でなら問題ないと思います」


「やった」


 加蓮はガッツポーズをする。

 リハーサルでは新郎新婦が式中に実際にどう動くのかを教えてもらう。


 先に新郎が教会に入りバージンロードを進み祭壇の前に立つ。進行の合図で新婦が父親とともに入場。新郎の隣にまで共に行き、新郎が新婦の手を取ったのち、祭壇の前に立つ。


 その後、参列者も含めて賛美歌を斉唱し、神父が聖書を読む。それが終わると、神父が誓約を神父に問いかけてくるのでそれに新郎が答える。その後、新婦にも同じように問われるのでそれを答える。


 指輪を交換し、神父による結婚の成立を宣言される。結婚証書に互いの名前を署名し進行者が、結婚が成立したと報告し、新郎新婦がバージンロードを歩いて
退場する。という流れになる。


「以上のように動きます。本番の時に加蓮様は車椅子での移動となります」


「うーん。絶対緊張するな……」


 プロデューサーの感想に加蓮も同調し、柳も苦笑いを浮かべる。


「私は加蓮ちゃんを車椅子で運ばないといけないんですよね。責任重大ですね」


「歩くペースはお父様と同じくらいのペースで加蓮様とお父様が横一列になるくらいがちょうどいいと思います」


 小林の話に柳は少し考えて、


「すみませんお父様。一度練習させていただいてもよろしいでしょうか?」


「あ、ああ。構わないよ……」


 加蓮の父親は少し恥ずかしそうに頷いた。


「清良さんもアイドルだからね。一緒に歩く機会なんて貴重な機会だよ」


「バカ!親をからかうんじゃない!」


 加蓮のヤジに柳と父親、プロデューサーは笑ったが、彼女の母親の目はやや冷ややかだった。


 リハーサルが終わると親族は先に会場に入り、新郎新婦は別室で係員の声がかかるまで待機になる。

「新郎新婦様。お願いします」


 部屋に入ってきた係員の声でいよいよ式本番になる。


「さあて、頑張りますか!」


 プロデューサーの掛け声で全員が立ち上がる。


「ね。ライブの時みたいにあれやろうよ」


 加蓮が言うあれは、いつも袖から出てくる前に行う円陣のようなものだ。最初はアイドルたちの緊張をほぐすためにやっていたが、すっかり慣れた今でも儀式のように行っている。


「良いですね。アイドル事務所のアイドルとプロデューサーの結婚式ですからね」


 柳がまさかの援護射撃が入る。


「はあ。分かりました。――良いですか」


 いつもやっている円陣を行う。まず、円陣を組んでプロデューサーが何かを言うのでそれを大声で返事をする。それを繰り返して行くうちに返事が大きくなっていく。そして最後に行くぞ。と大きな声で円陣が解けて全員にハイタッチするというものだ。


「結婚式です!気合入れていきましょう!」


「はい!」


「一生に一回です。悔いの無いように行きましょう!」


「はい!」


「楽しく行きましょう!」


「はい!」


「思い出に残しましょう!」


「はい!」


「行くぞー!」


「おーー!」


 三人が一人ずつハイタッチをして完了する。


「ふふふ。行こうプロデューサー」


 すっかりライブモードになった加蓮は笑顔で車椅子に乗り込んだ。


 そして教会入口で全員が待機する。一緒にバージンロードを歩くため、加蓮の父親も待機していた。呼ばれればまずは新郎のプロデューサーが先に入場する。


「新郎様。お願いします」


 合図が来たので、入り口の前に立つ。そして入り口のドアが開かれる。一人、緊張した面持ちで入場する。

 入った瞬間、歓声とカメラのフラッシュが一斉に向かってきた。普段は撮る側、見る側なので見られる側は全く慣れていない。


 参列しているのは加蓮とプロデューサーの親族と、事務所のアイドルと先輩、重役たちだ。緊張した面持ちの中、祭壇の前に立ち加蓮を待つ。


「新婦の入場です」


 パイプオルガンが鳴り響く中、もう一度正面の入り口が開く。今度は加蓮と彼女の父親、そして彼女の車椅子を引く柳が入る。加蓮の入場でアイドルたちの歓声が響く。一斉にカメラのフラッシュがたかれる中、加蓮と柳は普段通りの中、父親は緊張しすぎて引きつった表情だ。


 プロデューサーの前まで来た加蓮は父親の手を離れ、プロデューサーの手を掴み、横に立つ。


 パイプオルガンが止まり、一瞬の沈黙の後、賛美歌と聖書の朗読が行われる。


「それでは、婚約の誓約に入ります。まずは新郎。あなたは健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、新婦加蓮を愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


 神父の問いに、プロデューサーは彼をまっすぐに見据えて、誓います。と短くはっきりと答えた。


「続きまして新婦。加蓮さん。あなたは健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、新郎を愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


 加蓮も神父をまっすぐ見据えて、誓いますとはっきりと聞こえる声で答えた。


「それでは指輪の交換を行います」


 プロデューサーが指輪を加蓮の左手の薬指に指輪をはめ、続いて加蓮がプロデューサーの指に指輪をはめる。立つことが出来ないため、プロデューサーはひざまづいて左手を出して薬指に指輪をはめる。

「それでは誓いのキスを……」


 二人は互いを見合って、目をつむって口づけを交わす。


「ここに一組の夫婦が誕生しました。皆様盛大な拍手で祝福をお願いいたします」


 進行の声で参列席からは割れんばかりの拍手がなされる。


「それでは結婚証書に署名を行ってください」


 出された証書にまずプロデューサーが自分の名前を書き、次に加蓮の名前を書く。書き終えると彼がそれを神父に手渡した。


「以上で式を閉式いたします。参列者の皆さま、本日はお忙しいところ本当にありがとうございました。最後に新郎新婦が退場いたします。皆様拍手でお送りください」


 プロデューサーが加蓮と手をつないでバージンロードを歩いて退場する。扉が閉じ切った瞬間に、三人は安堵のため息をこれ以上ないというほど大きくついた。


「あー。緊張した……」


「うん……。みんなに見られるのは慣れてるって思ったけど、全然違うプレッシャーみたいなのあったね……」


「私も関係ないはずなんですが、自分が式に出ているような感じがしました……」


 三人が思い思いの感想を言い合っていると、女性の係員がやってきた。


「お疲れ様でした。これからフラワーシャワーを行います。こちらへ移動お願いします」


 三人が通された場所でフラワーシャワーが行われるようだ。奥には鐘が吊るされている。


「ここで、皆さんからお花をお二人に向けて花を撒きます。これにより悪魔や災厄から二人をお守りするという言い伝えがあります。参列者様が到着して花を配り終わった時点で、お二人に鐘を鳴らしていただきます。それを合図にして皆さんが花を撒きます」


 説明が終わって二人が位置に着く。程なくして参列者がやってきて係員から花を受け取る。

 すでにフラワーシャワーが始まる前に二人の姿を写真に収めるアイドルたち。ポーズを求められて、二人はそれに応える。


「それでは新郎新婦が鐘を鳴らします。どうぞ!」


 進行の合図で鐘を鳴らすと、おめでとう。の祝福と花が一斉に撒かれる。それを二人は全身で浴びる。


「このフラワーシャワーで、新郎新婦は悪魔や災厄から守られるでしょう。皆様本当にありがとうございました。この後は披露宴に入りますので、ご参列の皆様は会場にご移動をお願いいたします」


 まず第一の結婚式が終わり、プロデューサーたちと親族が控室に戻ってくる。


「まずは一段落だね」


「ああ。緊張した……」


 プロデューサーはすぐに冷蔵庫からサービスドリンクをコップに注ぎ、まず加蓮。そして柳に渡す。


「お父様たちも飲まれますか?」


「いや。我々は披露宴で招いてもらう側。飲み物はそっちでも飲めるから今は良いよ」


 首を横に振ったので、最後に自分の飲み物を注いで、席に着いた。


「喉がからっからだよ……」


 プロデューサーは持ってきた飲み物を一気に飲み干した。


「それじゃあ、我々も披露宴の席に向かうよ」


 両親は一足先に控室を後にした。


「加蓮。体調は大丈夫か?」


「うん。今のところ問題ないよ。疲れもないし、このままの調子でいてほしいな」


 程なくして、係員に披露宴の準備が完了したとの連絡を受けて、三人は披露宴会場に向かう。


 披露宴は結婚式と違って座っている時間が多い。今回は加蓮の体力も考えてお色直しも行わない。立つのは入退場、ケーキ入刀。そして二人から両親へ送る手紙の時だけだ。

「さ、行こう!みんな待ってるよ」


 元気よく車椅子に座り、柳も準備する。


「そうだな。最高に幸せな姿、みんなに見せつけよう」


 披露宴会場には八人座れる円形のテーブルが十卓。すべて埋まっている。前方の方には二人の上司にあたる社長ら重役が座り、プロダクションのアイドルたちが今か今かと待っている。最後方に両家の親族が座っている。


「ドレス姿の加蓮綺麗だったね」


 新郎新婦が座るステージから見て一番前の右側に陣取る凛と奈緒。携帯で先ほどの式で撮った加蓮とプロデューサーを見ている。


「雑誌のグラビアの時の写真とは全然違ったね。こっちの方が綺麗」


「やっぱり、今から結婚するっていう雰囲気が大人にさせるんだろうな」


「羨ましいね」


「あたしたちも結婚式で加蓮が羨ましがるくらい綺麗になりたいね」


 二人で談笑していると、司会者が登壇する。


「大変長らくお待たせいたしました。ただ今よりご新郎ご新婦様の入場です」


 会場が暗くなって、スポットライトが入口に向けられる。扉が開いて二人が手をつないで入ってきた。式のように、加蓮は車椅子に座り後ろで柳がそれを引く。


 姿を見せたところで盛大な拍手が二人に向けられ、カメラのフラッシュも盛大にたかれる。


 二人は入場時に一度礼をして会場に入る。ゆっくり手が離れないように歩幅を合わせてステージに向かって歩く。

 ステージに到着して二人が着席して拍手も収まる。


「ただ今よりご両家の結婚披露宴を始めさせていただきます。まずは新郎新婦のご紹介をさせていただきます」


 司会者が新郎と新婦の略歴が紹介される。特にプロデューサーの略歴にアイドルたちから驚きの声が上がっていた。


「それでは来賓者祝辞をいただきます。お二人の所属するプロダクション社長様お願いいたします」


 ステージから一番近いテーブルから社長が立って、司会の隣に歩く。


「加蓮さんプロデューサー君。ご結婚本当におめでとう。二人がこうして結婚するというのは、ものすごく感慨深いものがあります。二人がお付き合いしているという言葉を聞いた時、私は衝撃を覚えました。ですが、この男は誠実さが売り。そして『本気で彼女を愛しているんです!ゆくゆくは結婚も考えたいんです!』と言われました」


 社長の裏話の暴露にプロデューサーは慌てて、加蓮は懐かしみ、そして会場にいるアイドルたちの一部は憧れ、また一部では冷たい視線が投げかけられた。


「二人の人生は山と谷ばかりだと思う。だが、ここにいるのは二人だけではない。何かあればいつでも相談してきてください。そしてより良い道を見つけていきましょう。このたびはご結婚おめでとうございます」


 社長式辞が終わり、拍手が起こる。


「それでは新郎新婦の前途を祝しまして、ご列席の皆さまに乾杯をしていただきたいと思います。ご発声は再び社長様にお願いいたします」
社長が全員グラスを持ったのを確認して、


「乾杯!」


 社長の掛け声でプロデューサーは加蓮と柳にクラスを重ね一口口に含んだ。その後拍手が沸いた。

「それではこれより祝宴に入らせていただきます。お祝いのお言葉は後程頂戴いたしたいとぞんじますので、ごゆっくりご歓談ください」


 司会のこの言葉を皮切りに、アイドルたちも社長も一斉に写真攻めに入る。カメラマンがすぐにやってきて、一組ずつ各々のカメラで撮影する。その間、柳は一歩下がった位置で加蓮のことを見ていた。


「柳さん」


 柳に話しかけてきたのは社長だった。手にグラスを持っていたので、彼女も自分のグラスを持って重ねた。


「今回は本当に御苦労様。柳さんにはアイドルの仕事も加蓮さんの同席といろいろ苦労かけてしまったね」


「いえ。久しぶりに看護の現場に入ったような気分で新鮮でした」


「そう言ってもらえると助かる。まだ今日は残っているが、この時だけは楽しんでな」


「そうさせて頂きます」


 一方の新郎新婦は写真撮影の対応に追われていた。


「加蓮。すごく綺麗だよ」


「羨ましいな。あたしも素敵なお嫁さんになれるよう頑張るよ」


 ようやく行列をさばききったところで凛と奈緒がやってきて四人で写真を撮る。


「うふふ、ありがと。今日はあたしが主役だからね」


 撮影が終わって少しの間、ゆっくりとした時間が流れる。加蓮はプロデューサーと柳と談笑しながら並べられた料理を少しだけ口に含む。


「それでは夫婦最初の共同作業となります。ケーキ入刀となります!本日のケーキは大原ベーカリーの御協力で特製のバウムクーヘンの入刀となります」

 バウムクーヘンの入刀はドイツの結婚式で行われるらしく、二人で力合わせて丸太をのこぎりで入刀するという習わしがあり、丸太をバウムクーヘンに見立てて入刀するのもあるらしい。


 二人でナイフを持って、バウムクーヘンに切り込みを入れて係員が一周回してバウムクーヘンが切り落とされた。


「本来はこれを新郎新婦に食べて頂きますが、幸せのおすそ分けということで皆様に分けてお渡しいたします。お二人の門出を祝って食べて頂ければと思います」


 進行の気の利かせた言葉でバウムクーヘンは撤収。程なくして細かく切り分けられたバウムクーヘンが出席者に配られる。


 加蓮の体力を考慮して、お色直しは無くそのまま余興に入る。


「それではここで加蓮様のご友人の渋谷様、神谷様お願いいたします」


 出てきたのは凛と奈緒。やはりであった。二人は少し緊張した面持ちでマイクの前に立ち、プロデューサーたちを見る。


「プロデューサー、加蓮。結婚おめでとう。少し羨ましいけど、今日は精一杯二人の結婚をお祝いするね」


「今日は事務所所属のアイドル全員で、お二人の結婚を祝いたかったけれど、どうしても出席できなかった人たちもいるんだ。そこで二人を祝福するビデオレターを見てください」

 凛と奈緒が顔を見合わせて、


「それではどうぞ!」


 二人の息の合った掛け声とともにプロジェクターから映像が流れる。最初に出てきたのは薄紫色のショートカットの少女。うちの事務所のアイドル輿水幸子。この二週間、高校生を対象としたクイズの全国大会でアメリカを転々としているらしい。今ごろは確かカンザス州のレバノンというところにいるはずだ。


『加蓮さん。プロデューサーさん!ご結婚おめでとうございます!世界一カワイイボクの姿を見れない二人は凄く残念でしたね!帰国したら精一杯かわいがってくれてもいいですよ!』


 相変わらずの口調で会場からも笑いの声が聞こえる。


『え?もういい?せっかくカワイイボクが出ているんですから、もう少し――』


 まだ話している途中で映像が終わってしまい、再び会場が笑いに包まれる。


 次に出てきたのは栗色の髪の毛を大きなピンクのリボンでまとめ、メイド服を着た少女。大きなウサ耳も付けているのは安部菜々。彼女も事務所所属のアイドルだ。

『加蓮さん。プロデューサーさん。ご結婚おめでとうございます。安部菜々です!本日はお二人の結婚式ということで行きたかったのですが、ウサミン星でのイベントの為、断腸の思いで欠席させていただきました。でも、こうしてビデオレターでお祝いの言葉をというので、精一杯お祝いしたいと思います!六月の花嫁っていいですよね。ナナも羨ましいです。ここで一曲テントウムシサンバ!』


 ここで画面の向こうで音楽が始まり、菜々も身体でリズムを取り始めた。彼女の生歌が披露されるが、彼女と同世代のアイドルは果たして彼女は何歳なのだろうか。と疑問が出てきたはずだ。十七歳でその歌を知っているのはおそらくいない。


「変な歌だね。まあ、雰囲気はあってると思うけどね。ダンスもしっかりしてるし」


 年齢が近い加蓮でさえ、この曲を知らない。知って手拍子を出しているのは年長組の一部と社長を含めた重役だけだった。


 次に出てきたのは、歳を取った男女二人。白髪が目立つ夫婦だ。それを見て加蓮が両手で口を塞いだ。

「おじいちゃん。おばあちゃん……」


 どうやら凛たちは加蓮の祖父母の所にまで行っていたらしい。中々憎い演出だ。


「加蓮。結婚おめでとう。加蓮が結婚すると聞いてじいちゃんも驚いてるよ」


「加蓮。結婚おめでとう。まさか本当にこんな日が来るとは思わなかったよ。残念ながら今日、そちらに行くことは叶わないけど、こうしてお友達がわざわざ来て加蓮にビデオレターをと言われてこうして話してるよ。お盆の時期になったらまた来なさい。今度は素敵な旦那さんも連れてね」


 最後におめでとう。と手を振ってくれた。それを見た加蓮は涙があふれて止まらなかった。


 すぐに柳がハンカチを加蓮に差し出してそれで涙を拭う。


「何年会ってなかったんだ?」


「もう五年になっちゃうね。病気がちで遠出も難しかったし、最近じゃアイドル始めて余計行けなくなったし、おじいちゃんち遠いんだ。だから次は必ず帰らなきゃね」


「そうだな……。絶対帰ろう……」


 プロデューサーはクロスの中で静かに拳を作った。

「次は新郎の先輩になります、山﨑様お願いします」


 先輩プロデューサーの余興はアイドルたちの持ち歌を振り付けもいれて一曲やって見せた。それには笑い声と拍手が飛び交っていた。


 余興が終わると、再び自由時間となり隙を見ては、加蓮の様子が変わらないかをプロデューサーと柳はチェックしていく。


「ここで新婦から新婦のご両親様へ、今日まで育てて頂いた感謝の気持ちを込めて花束の贈呈でございます。今日この日を迎えるにあたって、色々な思いを手紙に託してきました。それではお願いいたします」


 進行の言葉で加蓮が席を立って、車椅子に座りプロデューサーがそれを押す。彼女の両親のところまで行き、係員が準備してくれた花束を持って両親の元へ向かい、父親に花束を渡した。


 そして手紙を出す。すぐにマイクが加蓮の口元へ運ばれた

「本日は本当にありがとうございました。私からもお礼の言葉を申し上げたいと司会の方にお願いして、この時間を設けて頂きました。皆様からの温かい励ましとお祝いの言葉をいただいて、感激で胸がいっぱいでございます」


 病気が進行して多少ろれつが回っていない個所もあったが、それでも加蓮は懸命に手紙を読んでいく。


「皆様はご存じかもしれませんが、私は進行性の病を患っておりますが、こうして無事にこの結婚式が迎えることが出来ました。これも隣にいるプロデューサー、社長。清良さん。そして両親と病院、快気を祈ってくれた皆様の応援のおかげだと思います。この場を借りて御礼を申し上げます。まだまだ未熟ですが、これからもご指導、ご鞭撻のほどをよろしくお願い致します」


 手紙は二枚目に突入する。


「お父さん。お母さん。本当に二人の子供であたし、すごく幸せです。病気で何もできなかったことを恨んで、二人の子どもじゃなければ良かったと思っていた日々がありました。でも、そんな日々は終わりを告げて、新しい日々が迎えられたのはきっと、お父さん、お母さんのおかげだと思います。そして今日、私はプロデューサーとともに、新しい日々をこれから、これから……」


 加蓮が感極まって、読む手が止まってしまった。周りから頑張れ。と激励の言葉が飛んでくる。加蓮は何度か深呼吸をして、


「これから作り上げていきます。何かわからないことがあったら教えてください。悪いことがあったら叱ってください。私はプロデューサーと二人で最高の日々を作っていきます!本当に今までありがとう。そしてこれからもよろしくお願いします!どんなつらい時が来ても、この風景を一生忘れず、歩いていきます。本日はありがとうございました」

 上ずった声で文章を読み上げる。前にいた両親はもちろん感動し、横にいたプロデューサーも時折目頭を押さえる場面があった。


「ありがとうございました。私も胸にくる素晴らしいご挨拶でした。続きまして、御両家代表謝辞に入ります。御両家を代表いたしまして、新郎よりお礼の御挨拶がございます」


 プロデューサーが回れ右をして、一礼をする。


「皆様、本日はお忙しい中、私たち二人の為にお集まりいただきありがとうございました。今日この最高の日を迎えることが出来たのは、社長をはじめとする皆さまのお力です。我々はまだ未熟ではございますが、二人で楽しい時はもちろん、苦しい時も共に乗り越えて参りたいと思います。どうか末永くお引き立てのほどをよろしくお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました」


 プロデューサーの一礼で会場から拍手が起きる。


「本当に素晴らしい挨拶でございました。本当にありがとうございました。これを持ちまして両家の結婚披露宴を――」


 進行の喋っていたマイクを凛がひったくった。その行為に会場がざわつく。

「ねえ。最後にみんなで記念撮影良いですか?最高の笑顔で二人を祝いたいと思うんですけど……」


 自信なさそうな凛の声だったが会場の反応は、


「いいねえ!」


「最高の笑顔で送り出さなくちゃね!」


「さ、皆前に出るぞ!」


 凛の意見に同調する声が多く、あっという間に列席者たちが前にやってきた。すぐにカメラマンがやってきて、


「進行さんも早く!」


 凛に引っ張られて進行もその中に入る。


 中央にプロデューサーと加蓮、社長と柳が二人の両隣に入り、すぐ後ろに料簡両親が並ぶ。


「それではとりまーす!はいチーズ!」


 写真は三枚撮られて、それが終わると自然に拍手が沸き起こった。


「少し予定外のことが起きましたが、これで皆様と新郎新婦との間に固い絆が出来上がりましたね。これを持ちまして本当に結婚披露宴をめでたくお開きとさせていただきます。本日はおかげさまで楽しいご披露宴になりました」


 もう一度拍手が沸き起こり、無事に式の一切が終了した。

 控室に戻った二人はメイクを落とす為、一度別れる。


 先にメイクを落とし終わったプロデューサーは、誰もいなくなった披露宴会場に入る。ほんの一時間前まで盛り上がっていた場所は、大半が撤収されてだだっ広いホールになっていた。


「あ、プロデューサー。やっぱり来ていたんだ」


 背後から加蓮の声。柳が車椅子に引いてきたみたいだ。


「まあね。愛着がわいて少しな。ここでやってたんだなって」


「全くだね。そして何事もなくなるのは少し淋しいね」


「この部屋はもう終わってしまっても、私たちの心の中にはいつまでも消えませんよ」


 柳の言葉に二人は笑顔で頷いた。


「ねえ。ここで写真撮ろうよ。二人きりで今日撮ってないでしょ」


 手際よく加蓮は携帯を柳に渡して、車椅子から立ってプロデューサーの腕に抱きつく。


「お、おい。恥ずかしいだろ……」


「良いじゃん。今更写真の一枚ぐらい。ね」


 柳がもうカメラを構えていた。ポーズは迷ったがただ立つだけにした。


「撮りますよ」


 シャッター音が二回鳴って、カメラを持ち主に返す。そして良かった方をプロデューサーと柳に送信された。


「ね。やっぱ三人で撮ろうか。清良さんも入って!」


 加蓮は近くにいた係員にカメラを頼み、三人が会場をバックにした写真を撮った。


 そしてこの写真が二人で撮った最初で最後の写真となってしまった。

 式が終わると、再び加蓮は病院に戻り、今度はアイドル復帰に向けてのリハビリになる。プロデューサーも毎日というわけにはいかなかったが、それでも時間を見つけては一緒にリハビリに参加して加蓮に勇気を与えていた。


 それから一週間後。


 事務所で事務処理を行っていたプロデューサーに電話が入る。病院からだった。


「もしもし」


 嫌な予感がしたプロデューサーは慎重な口調で電話に出た。


『もしもし西村です!加蓮さんの容体が急変しました!かなり危険な状態です!』


 電話の西村の口調はかなり焦っている。それだけで状況がかなり切迫している状態である。


「わ、分かりました。すぐに向かいます!よろしくお願いします」


 電話を切ったプロデューサーはすぐに席を立って上着を羽織る。


「もしかして、加蓮ちゃん……」


「…すいません、後頼んでいいですか?」


 背中を向けたままちひろに話す。


「はい。すぐに行ってあげてください」


「すいません!社用車借ります!」


 社用車を飛ばして、病院の手術室に向かうと加蓮の両親は到着していた。二人はただ加蓮の無事を祈るかのように手を前で組んでいた。


「お義父さん、お義母さん。加蓮は……」


「今はあそこの部屋の向こうに……。部屋で突然血を吐いて、気を失ってしまいました……」


 父親が絞り出すように加蓮の倒れた状況を話してくれた。

「――加蓮、無事でいてくれ」


 そのまま二時間が過ぎて、手術中のランプが消えた。それに気づいたのは、その部屋のドアが開いた時だった。


「福良さん……」


 最初に気付いたのは、加蓮の父親だった。


「…お入りください」


 手術着のままでマスクも取り外さず、短くそれだけを言った。それを見て母親は堰を切って泣きはじめ、父親に抱えられてゆっくり立ち上がった。


 プロデューサーも大きく息を吐いて、その後を付いていくように立ち上がる。


 手術室に入ると、担当をしてくれた人たちが加蓮から距離を取って立っている。マスクを付けているため表情の細部までは読み取れないが、悲しみに包まれていた。


「お父さん……。お母さん……」


 中央で加蓮が弱弱しく言葉を発している。それを聞いて母親は更に声を上げて泣いてしまう。


「加蓮……」


 三人が加蓮の顔を覗き込む。血の気がない真っ青な顔で唇を震わせていた。目じりからこぼれる涙はとめどなく溢れ、ベッドの上に流れ落ちる。


「ここにいるよ……」


 父親も声を震わせながら加蓮を呼ぶ。

「お父さん……。ゴメンね。あたし……。ちょっときつくなっちゃった……」


「何言ってるんだ!お前はまだまだこれからだろう!」


「そうよ!あなたは元気になって、アイドルと奥さん頑張るって言っていたじゃない!」


 両親が大きな声で加蓮を励ます言葉を投げかける。それを聞いて加蓮は苦笑いを浮かべて、


「ちょっと無理、かな……。ゴメンね…約束破っちゃって」


「まだ決まったわけじゃないだろう!辛い時をたくさん乗り越えてきたじゃないか!」


「プロデューサーさんも来ているのよ!」


 両親の言葉でようやくプロデューサーも口を開く。


「加蓮……。まだ行けるだろ?どんなに辛い時だって、二人で、凛と奈緒たちと一緒になって乗り越えてきただろう……」


 プロデューサーは涙も拭かず、声を上ずらせながら話した。それを見て加蓮は顔を綻ばせた。


「プロデューサー。すっごくカッコ悪いよ……。そんな顔初めて見た……」


「当たり前だろう……。こんな姿、見せられるか……。まだ花嫁生活、スタートしてないじゃないか……」


「うん……。ゴメン」


 ここで加蓮が大きく呼吸をする。


「あ、瞼が重い……」


「加蓮!だめだ!瞼を閉じちゃだめだ!」


 何とか瞼を閉じまいとするが、徐々に下がっていき、


「あ、ありが――」


 ありがとう。それが加蓮の言いたかった最期の言葉だろう。それを言い切る前に彼女の瞼は下がりきってしまい上がることは無かった。

 心電図も反応がなく一定の音が鳴り続けるばかり。


「加蓮!加蓮!」


「嘘だ……。目を開けてくれ!加蓮―!」


「…残念ですがご臨終です……」


 福良の宣告にも、両親とプロデューサーの呼びかけにも、加蓮が息を吹き返すことは無かった。


『そうか……。加蓮さんは懸命に闘ったんだな』


「はい……。懸命に生きようとしていました……」


 社長に電話を行ったのは、亡くなって一時間後、それでもプロデューサーは時折声を裏返しながら、鼻をすすりながら話す。


『すぐ、そちらに向かう』


 それだけを話して電話は切れた。


 それから三十分ほどで社長は現れた。涙に暮れる手術室の前に息を切らせて。


「社長……」


 一番に気づいたのはプロデューサーだった。涙を流しながら立って一礼をした。加蓮の両親も社長の姿を見て一礼をして、社長も返礼する。


「凛と奈緒は?」


「千川さんとほかの子たちに止めてもらっている」


 それはそうだ。加蓮と一番親しかった二人がこの状況で動かないわけがなかった。


「お心遣い、ありがとうございます……」


「あの二人には、我々の目がない別の場所で会わせてあげたい……。可能だろうか?」


「…福良さんとご両親に伺いを立ててきます」

 加蓮は亡くなった――


 後日、凛と奈緒は時間が許す限り、三人だけの時間を与えた。


 その間、社長とプロデューサーは今後のことを話し合っていた。


 次の日、すぐに会見を開き、加蓮が病で亡くなったことを伝える。すぐにトップニュースとなるが、葬儀等は近親者のみで行うこと。後日、お別れ会を行うということを伝える。


 葬儀では先のライブで行われた写真を使い、しめやかに行われた。葬儀中、まだ若いのにと加蓮の早すぎる死を悔やむ人が多く、同時に彼女は多くの人から愛されていたことにプロデューサーは泣き続けていた。


 そして葬儀の一切が終了し後は荼毘に付すだけとなった。プロデューサーが一人葬儀会場にいた。


 棺の中で眠る最愛の人。二人の夫婦としての時間はあの時だけとなってしまったが、それでもあの時のことは、いつの日か年老いて終わりを感じるときでも、忘れることは無いだろう。


「いつまでも、いつまでも君を愛するよ……」


 最後の口づけはとても冷たかった。


「ありがとう加蓮……。でも、もう少しだけ待っていてくれ……」


 最後にもう一度加蓮の顔を見て、棺を閉じた。

以上となります。
長々とお付き合いありがとうございました。
もしよかったら、ご意見、ご感想をいただければと思います。

リテイク前の一日花嫁もこちらにございます。ぜひ見て行ってくださいね!
http://ch.nicovideo.jp/2_3/blomaga/ar1046198

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