由暉子「獅子原ハーレムを解体します」 爽「え、なんだって?」 (108)


・ほとんど壊れ気味なユキと爽が話してるだけ
・百合百合しい



由暉子「はぁ……そうやってすぐ聞こえなくなるんですから。
    普段は情報通を気取っているくせに、都合の良い地獄耳ですね」

爽「いや聞こえてはいるよ。言葉の意味がわかんなくて聞いただけだよ。
  獅子原……ハーレムって言った?」

由暉子「はい。獅子原ハーレムです」

爽「そこからしてわけわかんないんだけど。それを、なに、解体?」

由暉子「解体です」

爽「解散の解に体育の体?」

由暉子「そうです。といっても解体新書のような解剖の意味ではありませんよ。
    いくら私が少し、ほんの少しイタい嗜好があるとしても猟奇趣味はありません」

爽「そこまでの懸念はないんだけど。うん、正直に聞こう。
  獅子原ハーレムって……なに?」

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由暉子「……まあ自覚があるとは微塵も期待してませんでしたが。
    読んで字のごとく、爽先輩が築き上げたハーレムです」

爽「ハーレムってあれだろ。1人の男に女がいっぱい群がってる状態のことだろ」

由暉子「はい。さすがにそれは知ってるんですね」

爽「一応話としてはな。でも私女だよ。女側が1人のときは逆ハーレムっていうんじゃないの?
  いや、男を侍らせてるつもりもないけどさ」

由暉子「いえ、合ってますよ。なぜなら獅子原ハーレムは、イケメンの爽先輩が
    女子を次々と引き入れた結果ですから」

爽「え……相手は女の子なの?」

由暉子「はい」

爽「私女だよ?」

由暉子「知ってます」

爽「いやいや、女同士だったらハーレムって言わないだろ。そこは友達だろ」

由暉子「先輩の脳髄は縄文製ですか?
    同性が恋愛対象というのを奇異な目で見られてたのは遙か昔の話ですよ」

爽「そうだっけ」

由暉子「常識です」


爽「そっか、まあそこはいいや。でもイケメンってなんだよ。
  私そんなに男らしいか? 背も低い方だしさ、宝塚で男役やれるとは思えないんだけど」

由暉子「先輩、イケメンというのは姿形だけではありませんよ。性格や立ち居振る舞い、
    言葉遣いなどが複雑に絡み合って醸し出されるフェロモンなんです」

爽「お前、大丈夫? 誰かに毒されたか? 影響受けやすいもんな」

由暉子「いえ、これは私自身の考えです。
    だいたいなんですか、事件や事故に巻き込まれてもいつも無事って。
    かっこよすぎるじゃないですか!」

爽「え、いや、それは……」

由暉子「行動力があってリーダーシップが抜群でムードメーカーで。
    おバカで下品かと思えば聖書引用したり参謀的なこともやったり」

爽「……」

由暉子「麻雀もフルパワー出せれば最強格っておいしいポジションで。
    絵は下手ってお愛想も忘れない。どれだけ主人公要素敷き詰めてるんですか!
    うらやましい……!」

爽「なんかごめん」


由暉子「私なんていつも試合前に、熱に反応するペンで手に文字を書いておくのが精一杯……」

爽「あれ仕込みだったの!?」

由暉子「わかりますか? 私がいくらヒーローポーズを取ってもカワイイとしか言われないのに、
    先輩が少し笑いかけただけで“素敵!”“抱いて!”となるんです」

爽「話盛りすぎだろ」

由暉子「世の中にはそういう体質の人がいるんですよ。大抵自覚はないんですけどね」

爽「わかったわかった。で、なんでいきなりそんなこと言い出したわけ?」

由暉子「……そうですね、そこらへんから説明した方が先輩に危機感を持ってもらえそうですね」

爽「危機なの!?」

由暉子「そうですよ。何のために私がこの日をチョイスしたと思ってるんですか」

爽「この日って」

由暉子「2年生の修学旅行の日じゃないですか。
    誓子先輩も受験勉強が本格化して忙しくしてますから、すぐに帰宅してるでしょう。
    能天気な爽先輩は忙しくないだろうから、部室でじっくり話せると思ったんです」

爽「そのとおりだから何も言い返せない」


由暉子「では私が危機感を持ったきっかけですが……
    私、最近原村さんと時々連絡取り合ってるんですよ。清澄高校の」

爽「らしいな」

由暉子「夏も少し話したんですけど、秋の大会でも話す機会があって、アドレス交換して。
    それで、話してるうちに清澄の部長さんの話を聞いてしまって」

爽「部長? 中堅の竹井さんだっけ。揺杏と対戦した」

由暉子「そうです。その竹井さんなんですが、爽先輩と同じくジゴロ体質のようで。
    竹井ハーレムを築いているらしいんです」

爽「……確かにあのツモは私よりずっと男らしいな」

由暉子「原村さんの話によると、竹井さんは内部にはあまり手をつけず、
    外部に触手を伸ばすタイプのようです」

爽「内部とか外部って」

由暉子「この場合は学校内外です。竹井さんは大会に出る度に対戦相手を落として、
    今や全国に信者が散らばっていると」


爽「はあ!? まあ清澄は決勝まで行ってるもんな。地区予選から数えれば結構な数になるか」

由暉子「うちも5位決定戦を入れれば変わりませんけどね」

爽「え、じゃあ揺杏もそうなの?」

由暉子「揺杏先輩は無事ですよ。そこはまた後で説明することになりますけど。
    とにかく、受験が近づいた今、徐々にそのプレッシャーが顕在化しているようです」

爽「プレッシャーって?」

由暉子「つまり、同級生なら地元なり上京なりで一緒に住もうとか。
    下級生なら自分の地元方面に進学できないかとか」

爽「ひゃあ……」

由暉子「竹井さんも煮え切らずにいるようで、原村さんの予想だとそろそろ誰かが
    爆発するんじゃないかと」

爽「ドラマとかでよくある“はっきりしてよ!”ってやつ?」

由暉子「そうです。そこまできてしまったら最後、誰を選ぶにしろ待っているのは
    ドロドロの修羅場。行く末は――」

爽「……どうなるの?」

由暉子「刺されます」


爽「えー、そこまではいかないでしょさすがに」

由暉子「メンヘラ女子高生を甘く見てはいけません」

爽「そうなのか……でもさー、なんでそんな曖昧にするのかね。
  気を持たせるようなことしないで、はっきりケリつければいいのに」

由暉子「……鎮まれ……まだ機は熟していない……
    鎮まれ私のジャッジメント・フォース……!」

爽「なに言ってんの左手押さえて」

由暉子「いえ、あまりの理不尽さに我を失うところでした。
    これも神の思し召しだと堪え忍ぶことにしましょう」

爽「なんかトゲを感じるけど。でもそうじゃない?
  そういうのって誰にでもいい顔するからこじれるわけじゃん」

由暉子「言ってることは正論だと思いますよ、ええ。
    では先輩が口だけの評論家様じゃないところを見せてもらいましょう」

爽「ん?」

由暉子「確かに先輩の場合は竹井さんほどは深刻化していません。
    ですがそうなるのも時間の問題。なので先手を打ちましょう」

爽「え、何すんの?」

由暉子「ハーレム要員の皆さんに“お前とはつきあえない”と言って回るんです」


爽「待て」

由暉子「なんですか、やっぱり口だけ野郎なんですか。
    コードネームはビッグマウス獅子原ですか。それともダブルタン獅子原ですか」

爽「そうじゃなくて! いや、べつに誰にも告られてないんだけど。
  お前が誰を指してハーレム要員って言ってんのか知らないけど」

由暉子「それが何か」

爽「おかしいだろ。“つきあって”って言われてもいないやつに“つきあえない”なんて」

由暉子「ですから、そう言われる頃にはもう手遅れなんです。
    先輩の勘違い引き起こしスキンシップが臨界点を越えたということですから」

爽「そんなに変なことしてんのか、私は」

由暉子「“だったら思わせぶりなことしないでよ”と泣きつかれるのがオチです。
    場合によっては責任取ってと迫られます。それか刺されるか襲われるか」

爽「マジか……あ、じゃあ“いい友達でいよう”とかは?」

由暉子「友達アピール作戦ですか、愚策ですね。それは恋心のストッパーにはなりません。
    そう言われても好きになるものはなるんです。
    友情と恋心の境界線なんてあやふやなものですからね」

爽「なんかすげーな。ユキは大人だな!」

由暉子「先輩がそういうことに鈍すぎるんですよ」


爽「んー、ふだんそういう話しねーからなー。ガールズトークってやつ?」

由暉子「そんな先輩にもう1つ例を挙げましょう。これは姉帯さんから聞いた話です」

爽「あねたい?」

由暉子「宮守女子の人です」

爽「あ、あの大っきい人か。交流あったっけ?」

由暉子「はい。コクマでお会いしてサインを求められまして」

爽「お、マジで! そっか、アイドル戦略の効果が出てきたな」

由暉子「いえ、その場にいた全員からもらってました」

爽「なんだ」

由暉子「そのときに思い切って聞いてみたんです。小瀬川さんと臼沢さんがどういう関係なのか」

爽「ちょっと待って、ウィーマ……確か7月ぐらいのやつに選手一覧載ってたはず……
  あった! えーっと、先鋒の小瀬川さんに副将の臼沢さんね」

由暉子「はい。その2人もコクマに来てたんですけど、独特の空気を感じまして」


爽「ふーん……あ、この小瀬川さんって足組んで打ってた人だ」

由暉子「清澄と姫松の研究するとき動画で見ましたね」

爽「アンニュイな感じがなんか画になってたし、けっこう身長もあったな。
  私なんかよりよっぽどイケメンじゃん。こりゃ女泣かせの顔だ。悪いやつだ」

由暉子「向こうも先輩に言われたくないでしょうが、おおむね当たりです。
    小瀬川さんは竹井さんとはまた違ったタイプのジゴロ気質なんです」

爽「タイプってそんなにあるのかよ」

由暉子「竹井さんが外に獲物を狩りに行く動の人だとすれば、
    小瀬川さんは内で獲物を待つ静の人ですね」

爽「内って、学校内ってことだっけ」

由暉子「そうです。その人気は部内にとどまらず、学校中に広がっているとのことで」

爽「……まあ全国出場して、エースの集まる先鋒で神代を抑えてトップとなればな」

由暉子「それが違うんです。まだ部員が3人しかいなかった頃から
    王子様扱いされていたようなんですよ」


爽「あんな気怠そうなのに?」

由暉子「やるときはやるタイプなんだとか。体育祭のリレーとか文化祭の演劇とか、
    なにか爆発するきっかけがあったのかもしれませんね」

爽「くっそー。不良が子犬を拾うといい人に見える理論だな」

由暉子「でもそれよりなにより、気遣いの人だって話です。
    何も言わずとも苦しいときに手を差し伸べてくれる……女子としては憧れますね」

爽「……んで、その臼沢さんがお姫様なわけ?」

由暉子「それが、姉帯さんの見立てだとお互い惹かれ合ってるようなんですが……
    きっとこのまま何もなく卒業して離ればなれになるだろうって」

爽「あれ、なんだもったいない。好き合ってんならつきあっちゃえばいいのに」

由暉子「誰もが先輩のように猪突猛進ばかりの単細胞生物じゃないんですよ」

爽「おい!」

由暉子「いいですか、人間関係というのは複雑怪奇なものなんです。
    特に恋愛がらみとなると、それはもう秘密結社の通信ルートのごとく――
    例えば18世紀のフリーメイ」

爽「わかった。はい次進もう」


由暉子「……つまりですね、臼沢さんより先に小瀬川さんにアプローチした人に
    気を遣ってるんですよ、2人とも」

爽「は? そんなの気にする必要ないじゃん」

由暉子「そうもいきません。その人は同じ麻雀部で苦楽を共にした仲間。
    しかも留学したてでひとりぼっちだったところを小瀬川さんが誘ったといいます。
    故郷を離れた日本の生活での心の拠り所なんですよ」

爽「うーん……」

由暉子「だから無下に断るわけにもいかず、友達以上恋人未満みたいな関係を続けていると」

爽「まあ二股よりはいいのか」

由暉子「少なくとも留学期間が終わるまではそうするつもりだろうって」

爽「じゃあその子が帰国したら晴れて2人はくっつくわけだ」

由暉子「ふう……障害はそこだけじゃないんですよ」

爽「今度はなんだよ」

由暉子「小瀬川さんと臼沢さんは小学校からずっと一緒の幼馴染だそうです。
    ところがですね、もう1人いるんですよ、幼馴染が」


爽「おい、まさか」

由暉子「そのもう1人の幼馴染も、密かに小瀬川さんに想いを寄せている」

爽「うはー! 泥沼じゃん」

由暉子「みんながみんなお互いに遠慮してもう一歩踏み出せず、
    地元を離れバラバラの進路に……それが彼女たちの悲しい結末です」

爽「やるせねーなぁ。ハーレム関係ないような気もするけど」

由暉子「大ありですよ。小瀬川さんが誰彼構わず手を差し伸べてファンを増やすから、
    自分なんかがこの人気者を独り占めする自信がない……って尻込みしちゃうんですよ」

爽「ああそういうこと」

由暉子「わかりましたか? 大事な幼馴染と気まずい別れ方をして
    交流が途絶えるなんてイヤですよね?」

爽「それは困るな……ん、おい、ちょっと待て。まさかお前が言ってるハーレム要員って、
  揺杏とチカのことを指してんのか!?」

由暉子「今頃気づいたんですか。ハーレム解体の最重要ポイントですよ、その2人は」


爽「いや、ないない。絶対にないって、それは」

由暉子「ないって、なにがですか」

爽「確かに私だってあいつらのことはほんと大事な友達だと思ってるし、
  向こうも私のことをそう思ってくれてるんじゃないかと思うよ。
  でもそれ以上の感情はあり得ないって、マジで」

由暉子「ああ、勘違いしないでくださいね。ハーレム要員とは言いましたけど、
    全員がすでに爽先輩に恋愛感情を抱いてるという意味ではありませんから」

爽「え、だって」

由暉子「今現在好感度が高くて、これまでと同じようなつき合い方をしてると
    そのうちそうなる可能性大の人たちということです」

爽「……なんだ、そういうことか。本気でビビったぞ」

由暉子「まあ実はすでにという可能性も否定しませんが」

爽「ない」

由暉子「そう言ってられるのも今のうちですよ」

爽「ちなみにその要員って何人いるの?」

由暉子「揺杏先輩と誓子先輩を含めて6人ですね」


爽「はあ!?」

由暉子「これでも私の知る範囲でですから、私の知らないところで築いてる可能性もあるんですよ。
    まあ特に危険度が高い人は網羅してるとは思います」

爽「……わかったよ。こうなったら全部聞くよ。聞いた上で笑い飛ばしてやるからな」

由暉子「どうぞ、できるものなら。では最初は一番つき合いの長い揺杏先輩から」

爽「そこは完全な安牌だな。小っちゃい頃から気が合って一緒にいるから、
  もしかしたら言動が似通ってきてそう見えるのかもしれないけど、
  姉妹的なものだから。妹とか姉に恋愛感情抱かないだろ?」

由暉子「そういう例もありますよ」

爽「そうだとしても、私らは違うよ。第一小さい頃から態度変わらないもん。
  ちょっとでもそういう意識が入ったら普通は自然と態度変わるだろ?
  これだけ一緒にいて変わらなかったんだから、これからもないって」

由暉子「どうでしょうか。出会った頃にすでにそういう意識が入っていた可能性もありますよ」

爽「何歳だよ! マセすぎだろ!」

由暉子「幼稚園の先生が初恋なんてよくある話じゃないですか」

爽「それは……」


由暉子「それに揺杏先輩、コミュニケーション能力が計り知れないじゃないですか。
    ぼっちの私や奇人の爽先輩なんか比べものにならないぐらいに」

爽「……まあそれは認める」

由暉子「だから自分の感情を押し殺して接するぐらいお手の物なのかもしれませんね」

爽「いや、まさか……」

由暉子「ところで先輩、今でもよくお互いの家に遊びに行ってお泊まりするらしいですね」

爽「ああ、うん。お互い放任されてるから好き勝手やってるんだよ」

由暉子「私のリサーチによると一緒に寝てるらしいですね」

爽「うん。べつに普通だろ? 姉妹だったら毎日ひとつ屋根の下で寝てるんだし、
  共同部屋の家だってないわけじゃないだろうしな」

由暉子「そうですね、普通ですね。一緒の布団じゃなければ」

爽「え? 普通だろ?」

由暉子「普通じゃないです。姉妹でも、同じ部屋だとしても布団は別です。
    小学生ぐらいならわかりますが、高2とか高3になってそれはシスコンの域です」

爽「……マジで?」


由暉子「まあ類は友を呼ぶでちょっとズレた人しか寄ってこない先輩が知らなかったのも、
    無理もないことかもしれませんね」

爽「マジか……」

由暉子「気になるのは、広く交友関係を持っている揺杏先輩ならわかってるんじゃないかと思うんです。
    それでも今までそれを言わないで続けてたということは……」

爽「いや、昔からそうだったからそれが常識になってるんだよ。よそはよそ、うちはうち、みたいな」

由暉子「……まあそういうことにしておきましょう。
    ところで先輩、ファーストキスは何歳のときですか?」

爽「まさか揺杏としてるなんて疑ってんじゃないだろうな。
  自慢じゃないけどこの歳までそんな経験はない! ほんと自慢になんねーよ……」

由暉子「まあそうでしょうね。先輩にそんな甲斐性があったら今頃とっくに誰かとくっついてるか、
    逆に修羅場を経てハーレム解体してるでしょうから」

爽「いちいちトゲがあるな」

由暉子「でもマウストゥマウスじゃなければあるんじゃないですか?」

爽「ん? ああ、泊まるときのおやすみのキスぐらいならな」

由暉子「それですよ!」


爽「え、ユキだってやってるだろ?」

由暉子「やってません。ちなみにどこにするんですか?」

爽「いや、ほっぺに」

由暉子「お互いですか?」

爽「もちろん」

由暉子「はぁ……いいですか、確かに欧米ではそういう習慣もあるかもしれませんけど、
    日本生まれ日本育ちの日本人同士で、しかも友達同士でそんなことしてたら
    完全にデキてると見なされます」

爽「……ウソ。だって、私らが放任されてるからないだけで、
  一般家庭ではみんなやってるもんだと……」

由暉子「じゃあクラスで姉か妹のいる人に聞いてみてください。
    姉妹でおやすみのキスするよねって。鼻で笑われるのがオチですよ」

爽「……」

由暉子「わかりましたか? 自分では普通と思っているようですが、
    爽先輩と揺杏先輩はアブノーマルの泥沼ズブズブな関係なんですよ」

爽「そうだったのか……」


由暉子「揺杏先輩が気づいているのかどうかはわかりませんが、
    気づいているとしたらすでに特別な感情を持っていると考えていいでしょう」

爽「気づいてなかったら?」

由暉子「いずれ気づいたときに意識し出して、そのうち特別な感情を抱くでしょう」

爽「どっちにしろダメじゃん」

由暉子「はい。だから早急に手を打つ必要があるんです。
    どうですか、いかに自分が世間知らず無自覚タラシ野郎だかわかりましたか?」

爽「いや、それはわかんないけど。でもちょっと自信なくなったな。
  一番安牌だと思ってた揺杏との接し方が普通じゃなかったなんて……」

由暉子「それをわかってもらえればいいんです。揺杏先輩が竹井さんになびかなかったのも、
    すでにタラシ慣れしていたから。もしくは、すでに好きな人がいたからでしょうね」

爽「……」


由暉子「では誓子先輩の場合ですが」

爽「いや、チカなら大丈夫だ。チカとはそんなふうに泊まったりキスしたりしないし」

由暉子「インターハイのとき一緒に寝てたじゃないですか。裸で」

爽「だからあれはチカが自分のベッドに水こぼしちゃったからだって。
  暑くて寝間着がはだけてただけだし」

由暉子「……そういうことにしておきましょうか。
    まあ誓子先輩の場合は、爽先輩からどうこうというわけじゃないかもしれません」

爽「だろ?」

由暉子「ただシチュエーションとしてはすごくドラマチックなんです」

爽「シチュエーション?」

由暉子「誓子先輩とは幼馴染で、小学校からは離れたけど高校で再会したんですよね」

爽「そうだよ。あのときはびっくりしたな」

由暉子「すごく仲の良かった幼馴染と偶然の巡り合わせなんて、一見お姉さん風でその実
    中身は子供っぽい誓子先輩にはクリティカルヒットですよ」

爽「なんだそれ」

由暉子「女子供というのは運命とか胡散臭いものを信仰して自分をヒロインに仕立て上げるんです」


爽「……私が言うのもなんだけど、お前そんなこと言ってると敵が増えるぞ」

由暉子「いいんです。自分に嘘はつけませんから。
    それにこんなこと言えるのは爽先輩の前でだけです」

爽「同類だと思われてんのか……ちなみにチカのこと嫌いなの?」

由暉子「まさか! 誓子先輩のことは心の底から尊敬してます。ただこればかりは……
    その後1年間2人きりの部で毎日遊んでたっていうんですから、
    誓子先輩的には神の啓示と受け止めてるんじゃないですか?」

爽「いや、ほとんど2人だったけど、実際は先輩も来てたからね」

由暉子「それなんですけど、どのくらいの頻度で来てたんでしたっけ?」

爽「週1ペースだったな」

由暉子「ふむふむ。ところで、誓子先輩は1年生のとき時々機嫌が悪くなることがあったとか」

爽「そうなんだよなー。あいつ感情隠すのヘタだからすぐわかるんだよ」

由暉子「どのくらいの間隔でそうなるんでしたっけ?」

爽「んー、だいたい週に1回は見たかな、そういう状態」

由暉子「どうして! その! 2つを! つなげて! 考えられないんですか!」

爽「うっお……なに、チカが小納谷ちゃんのこと嫌いだったってこと?」

由暉子「どう考えても2人の時間を邪魔されたからに決まってるじゃないですか!」


爽「えー、ないわー。2人だけだとできるゲームが限られるとか同じ展開で飽きるとか、
  いっつもぼやいてたよ、あいつ。成香と揺杏が入ったときも、やっと部らしくなるって喜んでたし」

由暉子「言葉をそのまま受け取るとは、これだから恋愛音痴のトーシロは……」

爽「お前だって恋愛経験ないだろ」

由暉子「言ってませんでしたが、これでも中学のときは数々のロマンスに身を投じていました。
    すべて悲恋に終わってしまいましたけど」

爽「全部妄想だろ。組織の上司との禁断の恋とか」

由暉子「……」

爽「んで、玄人目線だとどう受け取れるわけ?」

由暉子「単純に愛情の裏返しですよ。負けず嫌いな誓子先輩ならそう言うでしょう。
    直球勝負の爽先輩なら“ずっと2人きりでも楽しいよ”とか言うんでしょうけど」

爽「なんだ、知ってんのか」

由暉子「誓子先輩に散々聞かされましたから。“まったくしょうがないわよね、あのバカは”とか、
    毎度毎度満更でもない顔でノロケられるこっちの身にもなってくださいよ!」

爽「おぉ……」


由暉子「爽先輩が“ずっと2人きり”なんて簡単に口にするから。
    そのセリフは聞きようによってはプロポーズですよ」

爽「飛躍しすぎだって! なんでそうなるんだよ」

由暉子「先輩は女の子同士に友情しか考えられない前時代的なカビ頭のままなんでしょうけど、
    みんなとっくに新時代を迎えてるんですよ。じゃあ逆で想像してみてください」

爽「逆?」

由暉子「中学時代でもなんでも、仲の良い男子の1人ぐらいいましたよね。
    その人と毎日2人きりで遊んでるんです」

爽「え、うん」

由暉子「爽先輩が“2人だと飽きるよなー”って言ったら、その人は
    “俺は爽と2人きりでもかまわない。むしろずっと2人でいたい”って。
    そんなの意識するに決まってるじゃないですか! 一発でやられますよ!」

爽「思いっきりセリフ盛ってんじゃねーか!」

由暉子「でも言ってることはそういうことですよ。少なくとも誓子先輩にはそう聞こえたはずです。
    どうですか、これでも意識しませんか? 100パーセント友情だと言えますか」

爽「いや、それは……意識するかもしれないけど……」


由暉子「わかりましたか。誓子先輩からしたら婚約状態にあるといってもいいかもしれません。
    それが募りに募ったところで“いや知らんし”なんて言ってしまったら惨劇は必至です」

爽「……チカ怒ると恐いんだよなぁ」

由暉子「さて、そこで質問です。揺杏先輩と誓子先輩に同時に告白されたらどっちを選びますか?」

爽「はあ!? 無理だって、選べないよそんなの。そもそもそんな状況あり得ないし」

由暉子「やっぱり口だけじゃないですか。もしもの話ですよ。むしろお2人の仲の良さからしたら、
    恨みっこなしで2人同時というのは可能性として捨て置けないと思いますよ」

爽「そりゃチカと揺杏は仲良いけどさあ……」

由暉子「さあ、今目の前に2人がいると思ってお返事を」

爽「…………う~~~~ダメだ! どっちかなんて選べない!
  2人が私をそう思ってくれるなら、私は2人とも愛してみせよう!
  これからは3人でやっていこう!」

由暉子「……」

爽「――とか。ダメ?」

由暉子「ふふ、さすがの器ですね。3[ピー]でコトを収めるとは」

爽「ぶっ、何言ってんだよ! いつもはお前の方が止めるくせに。“そこまで”って。
  汚れアイドル路線は長くは続かないぞ」

由暉子「爽先輩の前だけですよ。他ではちゃんとアイドルの御約束を守ります、安心してください」


爽「それならいいけど」

由暉子「まあわかりました、本当に大事な2人なんですね」

爽「まあな。どっちかを切り捨てるようなマネはできないよ」

由暉子「それなら尚更、はっきり線引きをしておいた方がいいと思いますよ」

爽「ん、検討する。とりあえず残りも聞いてからな。ほら、3人目いこうよ」

由暉子「3人目は私です」

爽「……は?」

由暉子「私、真屋由暉子が3人目です」

爽「え、あの、ちょっと待って…………ユキって私のこと好きなの?」

由暉子「先輩は鶏頭ですか?」

爽「今日はいつにも増して辛口だな!」

由暉子「ハーレム要員と言っても、全員が恋愛感情を抱いてるわけじゃないって言いましたよね」

爽「今現在そこまでじゃなくても、少なからずそれに近い感情があるってことだろ?」


由暉子「どうしてそうなるんですか」

爽「だって他の人ならホントのところはわかんないけど、自分のことだったらわかるわけじゃん。
  まったく興味なかったら、いずれそうなるかもなんて心配はしないだろ」

由暉子「……そうですね、要件を加えましょうか。
    ハーレム要員は、今現在先輩を好きかいずれ好きになると思われる人、
    もしくは執着されても言い訳できないぐらいの関わりをした相手です」

爽「ややこしくなってきたな。つまり私がユキにアプローチしたってこと?」

由暉子「そうです」

爽「そんな記憶はないね。私は常にお前を大事な後輩として、他のみんなと同じように
  接してきたつもりだぞ」

由暉子「揺杏先輩や誓子先輩と同じだったらアウトだという揚げ足は取らないであげましょう。
    でも私の立場で考えてください。私たちの出会いを憶えていますか?」

爽「もちろん。中学の前を通り掛かったときお前がすっ転んでゴミぶちまけてたから、
  みんなで拾うの手伝ったんだよな。ちょうど1年前か、懐かしいなー」

由暉子「そうです。それでどうして麻雀部にお邪魔するようになったんでしたっけ?」

爽「ん、どうだったっけ。私が誘ったんだっけ」

由暉子「そうです。そのときのセリフがこれです。
    “お前ヒマだったらうちの部活にいつでも遊びに来ていい……っていうか今から来い!”」


爽「そんなだったっけ」

由暉子「初対面で大胆なアプローチですね」

爽「待てよ。ただ遊びに誘っただけで変に曲解するなよ」

由暉子「先輩の何の気なしの軽い誘いが、時にそういう意味を持ってしまうんです。
    あのときの私の立場からしたら、万年ぼっちの地味系で、
    当時は自覚ありませんでしたけどイジメまがいなことをされていたわけです」

爽「あー、まあな」

由暉子「それが何の苦労もなしにこんな素敵な先輩方のお仲間に入らせてもらって、
    地味ダサメガネからアイドルに大変身って、どんなシンデレラストーリーですか!」

爽「いや、前のもあれはあれでかわいいって……」

由暉子「突然の出会いから瞬く間に憧れのスクールライフへ……
    そのきっかけを作ってくれた爽先輩――しかも出会って5分で有無を言わさず勧誘って、
    並の女子中学生ならベタ惚れですよ」

爽「お前がちょっとズレた子でセーフって感じなのか。
  あ、でも憧れだったの? べつにぼっちでも気にならないっていうか、
  なれ合いなんてごめんだねって感じかと思ってたけど」

由暉子「それは中学のときはそう思ってましたし、全然寂しいなんて思いませんでした。
    でも一度群れる楽しさを知ってしまったら、もう後戻りできないんです……」

爽「なるほど……」


由暉子「だから先輩には責任があるんですよ」

爽「なんのだよ」

由暉子「子犬がかわいそうだからって拾うだけ拾って、
    あとはエサもやらずに放置なんて無責任ですよね?」

爽「なんだそのたとえ。そりゃ犬耳狙った髪型にしたけどさあ」

由暉子「やるだけやって飽きたらポイっていうのも酷い話ですけど」

爽「なに言ってんの!?」

由暉子「エサの話ですけど?」

爽「……ああ、そっちね」

由暉子「とにかく、一生面倒見る気がないなら早目にリリースするなり貰い手を見つけるなり
    しておかないと。いくら離れても帰巣本能で先輩の下に舞い戻ることに……」

爽「それ人間だとストーカーじゃん。こえーよ。でもユキなら大丈夫だろ。
  インハイとかコクマで知名度急上昇したし、大分自信持てるようになったろ?
  あとは同い年の友達いっぱいできれば、私なんかお役御免で巣立ちの時だ」

由暉子「……それならまだまだ先ですね」

爽「そう後ろ向きに考えるなよ。かわいいって評判だし、話し掛けられることも増えたんだろ?
  ちょっとその尖った思考を内に秘めとけばプライベートでも人気者になれるって」

由暉子「そう単純な話じゃないんです。私には同い年の友達づきあいのハードルが高すぎるんです」


爽「なんでよ。私らとは普通に仲良くやれてんじゃん」

由暉子「先輩にはぼっちあるあるがわからないんですよ。ぼっち歴が長すぎて、
    話し掛けられると愛想よくしなきゃと意識しすぎて逆に表情が固まります」

爽「えぇ……」

由暉子「テレビ見たとか試合頑張ってとか言われて内心小躍りするほど嬉しいのに、
    からかわれてるんじゃないか、はしゃいだところを“必死すぎ”って
    笑い物にされるんじゃないかとか思っちゃうんです」

爽「被害妄想がすぎる」

由暉子「それでついすまし顔で“どうも”とか言っちゃって、夜になってベッドに
    頭を打ちつけるんです。“馬鹿由暉子!”“真屋不器子!”って」

爽「……いやまあ、知らない子から話し掛けられたら焦ってそうなることはあっても、
  クラスの子と話すことだってあるだろ。麻雀とか関係なく」

由暉子「休み時間におしゃべりする友達ぐらいはちらほらいますけど、
    いまいち仲を深められないというか……理由はわかってますけど」

爽「なにその理由って」

由暉子「敬語が抜けないんです」


爽「同い年だったら遠慮いらないだろ。私らは一応年上で気が引けるとしても」

由暉子「だって、今まで丁寧口調だったのがくだけて話すようになったら、
    調子に乗ってると思われるかもしれないじゃないですか。
    名前とかあだ名で呼ぶなんて怖すぎで、いまだに名字にさん付けです」

爽「それもぼっちあるあるか。こじらせてんなー」

由暉子「それすら勇気がいるんですよ。だから私みたいな臆病者は、
    なるべく名前を呼ばずに会話するテクニックを身に付けているんです。
    “あれ?”とか“そういえば”とかで注意を引きつけてから話すような」

爽「涙ぐましい……でも私らは名前で呼んでるじゃん」

由暉子「先輩に名前で呼べって言われたから勇気を振り絞ったんですよ。もう慣れましたけど。
    憶えてるかわかりませんが、最初の頃は名字すら一切呼んでませんでしたから」

爽「そういえばそうだったかも」

由暉子「会ったその日に前置きもなくユキと呼べる爽先輩とは対極のメンタルなんです。
    そのリア充精神を小指の先ほどでもいいから分けてもらいたいぐらいです」

爽「そうは言っても、私も友達数えるぐらいしかいないからね。
  話し掛けることは多くても、話し掛けられることはほとんどないっていう。
  まあ気味悪がられる理由もわかってるし、いいんだけど」

由暉子「先輩の場合、それもハーレム構築の要因の1つなんですよね」


爽「どういうこと?」

由暉子「竹井さんや小瀬川さんのように広くファンを増やすタイプじゃなくて、
    一部に熱狂的なファンがいるタイプです。狭く深く、ですね。
    だからファンクラブとかファン同士のコミュニティみたいなのは発生しません」

爽「できるわけねー。つーか今時ファンクラブとか親衛隊とかないだろ」

由暉子「わかりませんよ。SNSの発達した現代社会ですから、
    目につかないように同志だけで交流している可能性も」

爽「……アンチ獅子原グループならあるかもな」

由暉子「とにかく、一部のファンはこう思います――自分だけがこの人の魅力に気づいている。
    そしてますます深みにはまっていくというわけです」

爽「にわかには信じらんねーけどな」

由暉子「話が逸れましたね。とにかく、効果はどうあれ私に対して“私は君が欲しい!”
    と、公衆の面前で声高に叫んだも同然の過去があることをお忘れなく」

爽「はいはい。肝に銘じるよ」


由暉子「だから、他にアイドルの卵を見つけて同じようにスカウトしようものなら……
    面倒臭いヤンデレぼっちを生み出してしまうかもしれませんね」

爽「そんな脆いメンタルしてないだろお前は。まあ心配いらないか。
  うちの事務所は家族経営の弱小だからな、お抱えアイドルはエース1人で手一杯だよ」

由暉子「ふふ、それは安心ですね」

爽「あれ、アイドルといえば、原村和とは短期間で仲良くなったみたいじゃん」

由暉子「そこは例外です。私のようなオタク気質の人間が距離感を考えずに積極的に関わっていける、
    それがどんなときだかわかりますか? そうです、共通の趣味を持っていたときです」

爽「きっかけはエトペンって言ってたっけ」

由暉子「大抵の場合は1人で盛り上がって饒舌になったり批評を始めたりして引かれるんですが、
    原村さんは温かく受け入れてくれました……名前のとおりの和の人です。天使です」

爽「……よかったな、同い年の友達できて」

由暉子「っと、オマケの私にそんなに時間を割く必要もありませんね。
    次に行きましょう。現役の麻雀部員はここまでですね、次は――」

爽「あれ?」


由暉子「なにか?」

爽「あ、いや、成香じゃないんだなと思って」

由暉子「……思い当たることがあるんですか? 私の知らない間に手をつけてたんですか?」

爽「違う違う! ほら、部で1人だけ外れてるのも据わりが悪いだろ」

由暉子「そういうことですか。成香先輩とは最も先輩後輩としてフラットな関わり方だと思いますよ。
    それに成香先輩が爽先輩になびくわけがありませんよ。誓子先輩の狂信者ですから」

爽「狂……」

由暉子「いかにピンポイントタラシストの爽先輩といえど、小中丸々べったりだった
    お2人の空間を切り裂くことはできなかったようですね」

爽「まあいいや……あれ、さっき“現役の”麻雀部員って言った? もしかして4人目って」

由暉子「小納谷さんです。誓子先輩のとき話に出ましたね」

爽「はぁ……なんでそうなるんだか。そもそもお前顔も知らないだろ」

由暉子「そうですけど、話には聞いてますから。ただ詳しくは知らないので、ここは手短に済ませますね」

爽「そうしてくれ」


由暉子「爽先輩が1年生のときに3年生だった小納谷さんは、週1で顔を合わせて親交を深めます。
    徐々に惹かれていく小納谷さんは、それを良く思わない誓子先輩と険悪な関係に。
    そしてある日、決定的な何かが起こって部を引退……」

爽「何かってなんだよ」

由暉子「それはわかりません。これも私の憶測に過ぎませんから」

爽「受験で引退しただけだってのに……」

由暉子「その受験の苦労を今度は爽先輩が味わって――ませんね、まだ」

爽「スロースターターなんだよ」

由暉子「それで最近アドバイスをもらってる、と」

爽「たまにね。大学生活の楽しさをアピールしてくれるんだけど、
  重い腰が上がらないんだよなー。こんなにスリムなのに」

由暉子「同じ大学を受けるとなったら、さぞ喜ばれるでしょうね」

爽「それはないかな。小納谷ちゃんには悪いけど、私はもっと高みを見据えている!」

由暉子「それならとりあえず危機には至らなそうですね。
    後が怖いのであまり借りを作らない方がいいとは思いますよ」

爽「気をつけるよ」


由暉子「ようやく有珠山関係者は終わりですね。ここからは外部の人です」

爽「高校のやつだけじゃなかったのか」

由暉子「爽先輩は内と外のハイブリッド型ですから。高校生ではありますけどね。
    琴似栄の吉田さん――心当たりは?」

爽「なんだよ、よっしーまで含まれてんのかよ」

由暉子「ほらそうやってもうあだ名で呼んで!」

爽「そう言われてもなあ……インハイ応援してくれてけっこう仲良くなったし。
  でもあれは私個人じゃなくて南北海道代表・有珠山高校の応援だよ」

由暉子「応援メールはありがたいんですけど、そういうのって普通部長を通すんじゃないんですか」

爽「対局したのが私だったからだろ」

由暉子「牌を通じてわかり合うというやつですか。
    そうですよね、お互い惹かれ合ったような微笑みを浮かべてましたもんね」

爽「変にねじ曲げるなよ、健全なスポーツマンシップだからな」

由暉子「向こうはどう思ってるかわかりませんよ。なにせメディアも煽ってましたからね。
    ここはもう2人の世界――とか言って。吉田さんもあのダイジェストを見て、
    何かに目覚めてしまった可能性がありますね」

爽「ねーよ。終盤は点数的に優勝の目がうちと琴似栄しか残されてなかったから、
  2人の世界ってそういう意味だろ。そんな考え方するのお前ぐらいだよ」


由暉子「先輩は楽天的すぎますね。私がたまたま見てた地方ローカルのニュース番組で、
    インターハイ特集やってたんですよ。札幌での応援の模様も映ってました」

爽「ああ、よくあるよね。一般のファンとか高校生とかがどっかに集まって
  地元の代表校を応援するやつ」

由暉子「そこにいたんですよ、吉田さんが」

爽「べつにいいじゃん。いてもおかしくないだろ」

由暉子「それだけならいいんですけど、先輩が役満和了ったとき感激して泣いてましたよ」

爽「あれだけ絶望的な状況から2位まで浮上したんだから、地元好きな道民なら感激もするよ」

由暉子「いえ、あれは完全に恋する乙女の目をしてました。キラキラしてました」

爽「よっしーいつもそんな感じの目してるぞ。お前が色眼鏡で見すぎなんだよ」

由暉子「備えあれば憂いなし、ですよ」

爽「わかったわかった。どうせ受験で忙しくなるし、連絡することもなくなるよ。
  向こうから来ても気を持たせるようなこと言わなきゃいいんだろ?」

由暉子「はい。今ひとつ不安が残りますが、まあいいでしょう」

爽「じゃあ次行こう。6人目、これでラストだな。やたら疲れた……」

由暉子「最後の1人はネリー・ヴィルサラーゼです」


爽「……」

由暉子「おや、自覚があるようですね」

爽「あれは不幸な事故だったんだ……」

由暉子「いやはや驚きましたよ。私も完全にノーマークでした。
    向こうが歯牙にもかけない様子だったのに、試合後に突然悶え始めるんですから」

爽「やっぱ見てたんだ」

由暉子「何があったかはこの際どうでもいいんです。
    問題は、その後からなぜか文通を始めたということです」

爽「お前の情報網恐ろしいな」

由暉子「今時文通って……どうしてそんなことになったんですか?」

爽「頼まれたんだよ。このご時世、字を書くことって授業以外あんまりないだろ。
  それで喋るのに比べて書くのがまだ慣れないんだって。
  それで練習相手っていうか、添削係になれって」

由暉子「なんでただの敵校の爽先輩に頼むんですか」

爽「ほら、今もうみんなケータイとかに慣れてるから、面倒臭がられそうで友達には頼めないんだって。
  それに手紙って国内一律料金だろ? だから遠い方がお得感があっていいんだとよ」

由暉子「だからって初対面で……なんで断らなかったんですか」


爽「えっとね……その、モニターで見られてたと思うけど、ちょっとヒドいことをしちゃったわけ。
  事故っていうか向こうにも責任はあるんだけど、私にも責任がないとは言えなくて」

由暉子「……」

爽「詳しくは言えないんだけど、それってあいつの生まれ故郷だとかなりの大事らしくて。
  本来なら責任取って婚約ぐらいしなきゃならないんだって」

由暉子「はい?」

爽「でもそれはできない、そもそも女同士だしって断ってたら、
  じゃあ代わりに日本語の勉強手伝うってことで手打ちにしてもらったってわけ」

由暉子「……手紙ってどんな内容なんですか?」

爽「普通の日常会話だよ。学校で何があったとか、何を食べておいしかったとか」

由暉子「先輩の方は添削したのを送り返すだけですか?」

爽「こっちもこっちでなんか書いてるよ。読みも練習したいって言うから。
  教科書的な文は読めても、俗語交じりのくだけた会話文はまだ苦手らしいんだ」

由暉子「はぁ……そんなの建前に決まってるじゃないですか。故郷のしきたりも嘘ですよ。
    ただ先輩と楽しくお手紙やり取りしたかったんでしょうね。
    さすがは酸いも甘いも噛み分けた世界ジュニア、なかなかしたたかですね」

爽「疑り深いな。そんなことないと思うけど」

由暉子「先輩はお人好しすぎます。だからつけ込まれるんですよ、まったく。
    基本的に厚顔無恥なのに、意外と外面は丁寧だったり優しかったりしますよね」


爽「よく言うだろ、信じて裏切られる方がいいって」

由暉子「それじゃあ私の言うことを信じて、皆さんにお断りを入れてもらえますね」

爽「いやそれは別。6人全部聞いたけどさ、やっぱ半信半疑だな。
  それでお前の言うとおりにして友達関係まで崩れたらたまんないよ。
  もっとなんかないの、本当でも誤解でも角が立たない良い方法」

由暉子「仕方ないですね。そんなワガママ三昧贅沢日和の先輩に、
    愛のミッショナリー真屋由暉子がとっておきの方法を伝授して差し上げます」

爽「よろしく宣教師様」

由暉子「恋人アピールをしておきましょう」

爽「んん?」

由暉子「話の中で恋人の存在をほのめかすんですよ。
    恋愛対象外の相手に打つ牽制としては最も初歩かつ効果的です」

爽「嘘つくってこと? でもそれだとなんでいきなりアピールしてくるんだってならない?」

由暉子「だからほのめかすんです。さりげなく話に織り交ぜるんです」

爽「難しいな。例えば?」


由暉子「そうですね……オススメのデートスポットなんかある?」

爽「あ、なるほど。それなら本人を誘ってるとは思われないよな。違う誰かを誘うんだと思うよな」

由暉子「もっとはっきり言うなら……1周年記念のプレゼントに悩んでるんだよね~」

爽「ははあ。それで何の記念かって聞かれたら、つきあって1周年ってさらりと伝えるわけだな」

由暉子「もっとはっちゃけるなら……いや~腰痛いわ~。
    昨日ミッショナリーポジションで突かれまくって疲れたわ~」

爽「はっちゃけすぎだ!」

由暉子「これなら確実ですよ。ただの友達だったら笑い話で済みますし」

爽「まあ適当に流れでやってみるよ。ボロが出なきゃいいけど」

由暉子「確かに架空の存在だと話しているうちに矛盾が出てくるかもしれませんね。
    身近な誰かを想定して話を作ればいいんです。名前ぐらいお貸ししますよ」

爽「ユキでイメージねえ……いや、だめだ。顔が割れてるからな。
  アイドル活動に支障を来さないように細心の注意を払わないと」

由暉子「……それもそうですね」

爽「なんとかやってみるよ。ありがとな。正直戸惑ったとこもあったけど、
  私のためにいろいろ考えてくれたんだろ」

由暉子「いえ、それはいいんですけど。なんかもう全部解決したみたいな口ぶりですね」


爽「解決策を伝授してもらったからな。ユキの言ってた危機に陥らないように、
  あとは自力で6人――ユキを除けば5人か。5人に牽制してみるよ。なんとかなるだろ」

由暉子「ふう、まったくもっておめでたい頭をしてますね。
    色恋における先輩のその愚直さには敬意を表しますよ」

爽「辛辣! なんで、なんかまずいこと言った?」

由暉子「その手が使えるのは遠方の3人だけです。ちょっと考えればわかりますよね。
    誓子先輩や揺杏先輩にそんなことを言えば根掘り葉掘り聞かれるでしょう。
    そしてすぐに嘘だとバレるでしょう。いつも近くにいるんですから」

爽「あ……」

由暉子「だから、お2人には結局のところ直接言うしかないんですよ」

爽「つきあえないって? でもなー、その2人にこそ言いづらいんだよなー。
  勘違いだったらこの先ずっと変なこと言った過去がついて回るんだから」

由暉子「他に言いようがありますか?」

爽「いっそ直球で聞いてみるか。“私のこと好きなの?”って」

由暉子「うわ……役満級の愚策ですね」

爽「だめ? こっちの方がまだ冗談にできると思うんだけど」

由暉子「もしイエスだったらどうするんですか。
    普通そう聞かれたら向こうも気があるものだと思いますよ。
    それで期待して正直に答えたら“ごめんなさい”って、トラウマものです」


爽「う、だめかぁ」

由暉子「友達としてもいられなくなりますね」

爽「でもなぁ……」

由暉子「……わかりました、最後の手段です。家族アピールでいきましょうか」

爽「ホワッツ?」

由暉子「友達アピールよりは効果的なはずです。完全ではありませんけど」

爽「もう家族みたいなもんだなって強調すればいいの?」

由暉子「そうです。重要なのは、親友とか恋人なんてレベルを超越した家族という存在だ――
    そう位置づけることです。爽先輩がその関係を望んでいて、
    しかも恋人よりも上にランクづけられるならそれで満足するんじゃないですか」

爽「おお~」

由暉子「それでもリスクは残りますからね」

爽「いいっていいって。これでいける気がする。ありがとな」

由暉子「礼には及びません。成功を祈ります」

とりあえずここまで 
考えてみたら誰かとくっついていちゃついたりはしないので百合百合詐欺になるかも
後半につづく


爽「それにしてもユキの意外な一面を見たな。
  てっきり“恋愛感情なんてヴィールスだ”とか言うと思ったのに」

由暉子「……私にどんなキャラをイメージしてるんですか。しかもウイルスじゃなくて
    ヴィールスなんですね。人並みに興味もありますよ」

爽「そりゃいいことだ。私のコンセプトは“恋を応援されちゃうアイドル”だからな」

由暉子「そこもはやりんをなぞるんですね」

爽「あれとは別だよ。あれは応援じゃなくて心配とか親心だろ。
  アラサーになってからじゃなくて、若いうちから恋人発覚しても温かく見守られるんだ」

由暉子「アイドルでそれは無理があるのでは?」

爽「その常識を覆すぐらい、この子なら今時中学生でも珍しいぐらいの清い交際だろうな、
  って思わせるんだよ。そのためにはまず敬虔なキリスト教信仰アピールだ」

由暉子「はあ」

爽「その上で早いうちに“将来結婚するまでエッチしません”って大胆発言しちゃうんだ。
  動画サイトに投稿されるように、メジャーなテレビ番組に出たときがチャンスだな」

由暉子「いろいろ考えますね」

爽「リアリティ出すために、キスぐらいはしたって言っていいかもな。
  とにかくウチの事務所に恋愛禁止令はないから安心しろ」

由暉子「それはまあ、ありがたいです」


爽「べつにやることやってもいいんだよ。スキャンダルさえ気をつけてくれれば。
  どんなに甘い言葉を囁かれてもキス写真とか撮らせるなよ。最中なんてもっての外だ」

由暉子「そんなことしませんよ……先輩なんか逆にノリノリで撮る側な気がしますけど」

爽「偏見に満ちてるなー。そんなアホなことしないよ」

由暉子「それなら安心です。それで、いつお2人に伝えますか? 早い方がいいと思いますよ」

爽「あー、うーん……」

由暉子「なんなら私もスタンバイして、もし予想外の反応が返ってきたらフォローに入りましょうか。
    爽先輩だとまた余計なこと言って誤解を生んでしまいそうですし」

爽「いいの?」

由暉子「乗りかかった船ですから」

爽「悪いな」

由暉子「揺杏先輩も週末には修学旅行から帰って来ますから、土曜の練習の後などは?」

爽「あ、ごめん土曜は厳しいな」


由暉子「少しでも時間取れませんか?」

爽「丸々札幌にいるからなあ」

由暉子「札幌ですか。受験戦争真っ只中のこの時期に遊び呆けてられるなんて、尊敬します」

爽「軽蔑の眼差しじゃねーか。遊ぶわけじゃなくて、オープンキャンパスに行くんだよ」

由暉子「なんと、これは驚きです。やっとエンジンが掛かったんですね。
    麻雀で言ったらもう南入してますけど、掛からないよりはずっとマシです」

爽「ま、受けるかはわかんないけど、とりあえず雰囲気だけでも味わっとこうと思って。
  こういう誘いでもないと重い腰が上がらないし」

由暉子「んん? 誘いって、自分で行こうと決めたんじゃないんですか?」

爽「それがさ、たまたま末原さんがこっちの大学も見に来るって言うから、
  一緒に参加することにしたんだ」

由暉子「え……末原さんって、あの姫松の末原さんですか?」

爽「そう。やっぱりしっかりしてるよな。全国の大学を視野に入れてるもんな」

由暉子「ちょっと待ってください。交流あったんですか?」

爽「準決と5位決定戦で当たったじゃん」

由暉子「そうじゃなくて、連絡を取り合うほどの仲だったのかって聞いてるんです」


爽「なんだよ、ちょっと目が怖いぞ。5決の後たまたま公園で遭遇してさ、最後の夏が終わったって
  泣いてたから慰めたんだよ。みんなの前じゃ強がってたんだろうな」

由暉子「慰めたって、体でですか?」

爽「お前はっちゃけすぎじゃない? そんなこと言う子だったっけ?
  普通に頑張りを労って、泣き止むまでぎゅっとしてただけだよ」

由暉子「抱いたんですね。大胆ですね」

爽「なんかニュアンス違くない?」

由暉子「それで連絡を取り合うようになったと」

爽「そう。進路のこととかよく話すようになってさ。私は聞き役だったけど。
  末原さん大学のこと詳しくてさ。私のレベルとか興味とかからオススメのところ
  割り出してくれたりして」

由暉子「完全に仕留めに来てるじゃないですか!」

爽「勘繰りすぎだよ。麻雀でもそういう立場だったみたいだし、分析とか助言が癖になってんだろ。
  こっちに来るのだっていろいろスカウト受けてるうちの1つで、見学行くのに交通費も出して
  くれるんだって。なんか姫松って監督が若いけどコネあるらしいよ」

由暉子「……まあ強豪姫松のナンバー2で、愛宕さんがプロ行きなら大学側としては実質最上位ですか」

爽「私なんか準決のあの乱高下じゃ完全に地雷だもんな。スカウトなんか1つも来やがらねー」

由暉子「末原さんにとっては千載一遇のチャンスでしょうね……」


爽「だよな。うまく推薦枠ゲットできるといいよな」

由暉子「そういう意味ではないんですけど……まあいいです。
    じゃあ2年生はお疲れのところですが、日曜にも少し練習時間作りますか?」

爽「あー、日曜もダメだ。札幌から戻るの夜になるから」

由暉子「まさか末原さんと相部屋でまったりどっぷり……」

爽「ちげーよ。向こうは土曜のうちに帰るらしいし」

由暉子「ずいぶんな強行軍ですね」

爽「飛行機で2時間程度らしいよ。まあ空港からがけっこう掛かるんだろうけど」

由暉子「そこまでして会いに来るとは、よっぽど先輩のお慰みが心地良かったんじゃないですか」

爽「目的は大学見学だからな。私はついでだっての」

由暉子「まあ、あれだけなおざりにしていた受験に向き合うようになったんですから、
    先輩にとっても悪い話ではないですね。2日がかりでオープンキャンパスなんて、
    その時歴史が動いたレベルですよ」

爽「あ、いや……」

由暉子「なんですか、ターニングポイントの方がよかったですか」

爽「そうじゃなくてさ。期待してくれてるところ悪いんだけど、日曜はそういうんじゃなくて
  ただ人と会うだけなんだ」


由暉子「なんと……油断も隙もないですね。小納谷さんですか? 吉田さんですか?」

爽「違う。話に出てきたような人じゃないよ」

由暉子「じゃあ誰ですか」

爽「宮永照」

由暉子「これは意外なところから攻めてきましたね。面識ありましたっけ?」

爽「いや、まったくない。元々は咲――宮永咲っていただろ、清澄高校の。
  そっちのツテで会うことになった」

由暉子「ますますわかりません。宮永さんだって準決で当たったぐらいで……」

爽「それがさ」

由暉子「まさか末原さんに続いて宮永さんまで抱いちゃったんですか。節操なさすぎませんか」

爽「話を聞け!」

由暉子「失礼しました」

爽「まあ、末原さんに続いて会ったってところは合ってる。
  末原さんと別れた後、会場近くで今度は咲が迷子になってるのに出くわしてさ。
  昼休みに気分転換で外に出たら帰れなくなったんだって」

由暉子「あんな大きな施設から、どうやったら迷える子羊になれるんですか」


爽「ある種の才能だよな。それで案内がてら話してたんだけど、
  “白糸台の大将を叩き潰してお姉ちゃんと仲直りする”とか物騒なこと言うんだよ」

由暉子「……意味がわかりません」

爽「うん、私も。ちらっと話聞いたら、姉――宮永照とは小さい頃から確執があったんだって。
  でもそれでうまくいくとは思わなかったから、適当にアドバイスっていうか
  思うこと言っといたんだ」

由暉子「ちなみに何て?」

爽「よくわかんないけど、自分が全力で麻雀楽しんだ方がいいんじゃないかとか、
  素直に今でもお姉ちゃんが好きとか言っちゃえばいいんじゃねーのとか」

由暉子「はい出たー出ましたよーこの人の無責任ポジティブ発言」

爽「いや、だって……」

由暉子「それが人によっては効果抜群だから困るんですよね。宮永さんみたいに自己評価低めで
    内向的な人には、先輩の姿は後光が差して見えたんじゃないですか」

爽「なんで性格までわかるんだよ」

由暉子「原村さんからいろいろ聞いてますから」

爽「あ、そっか」

由暉子「それで、どうしてそこからお姉さんの方と会う約束をすることになるんですか」


爽「それが無事仲直りできたらしいんだけど、私のアドバイスのおかげだって、
  咲から大げさなぐらい感謝されちゃってな」

由暉子「そんなのはわかってるんですよ。先輩のいつもの手口ですから」

爽「手口って人聞きの悪い」

由暉子「連絡先を知ってるのも驚きはしません。
    おおかた表彰式の前の待ち時間にでも聞き回ったんでしょう」

爽「私は聞かれた側だからな。咲はあのときまだケータイ持ってなくて、帰ったら買うからって」

由暉子「なんということでしょう……すでにそこまでたらし込んでいたなんて」

爽「なんでそうなるんだよ」

由暉子「どう考えても先輩と遠距離通信したいから持つことにしたってことじゃないですか」

爽「どう考えても仲直りしたお姉さんとやり取りするためだろ」

由暉子「じゃあ先輩とはほとんど連絡取ってなかったんですか?」

爽「いやまあ、けっこうメールするけどさ」

由暉子「ですよね。いくら先輩でも相手校の選手をいきなり名前で呼ばないですもんね。
    ん、メールなんですか?」

爽「うん。文字打つのなかなか慣れないらしくて、リアルタイムだと待たせて悪いからって。
  そもそも機械操作の練習につき合ってるだけだからね」


由暉子「ん……? 嫌な予感がしますけど、練習ってどういうことですか」

爽「元々はお姉さんとばっかりやり取りしてたんだって。
  でも返信が遅くて呆れられないか不安だって言うから、習うより慣れろ、
  私もヒマなときはつき合うから好きにメールして来いって言ったんだよ」

由暉子「ああもう……それは誘い受けというやつです。まんまと網に掛かりましたね。
    ネリーさんのときと同じ状態に陥ってるじゃないですか」

爽「変な言い方するなよ。そんな計算働かせるやつじゃないって」

由暉子「女は誰もが女優だって教わらなかったんですか」

爽「知らねーよ」

由暉子「無理もないか、爽先輩の周りは例外的存在ばかりですもんね。
    大根役者の誓子先輩に、純粋培養の成香先輩。
    唯一女優魂を持つ揺杏先輩も、爽先輩にだけは等身大のおつき合いですし」

爽「……ユキは?」

由暉子「私は超演技派です。オスカー最有力候補ですよ。知りませんでしたか?」

爽「アイドルとしてはそっちの方がいいけど、ウソくせーな」

由暉子「先輩はまだ本当の私を知らないんです……って私のことはどうでもいいんですよ。
    “宮永さんと頻繁にメールをする”から“お姉さんが会いに来る”
    のつながりがまだ見えてこないんですけど」


爽「あ、うん。チャンピオンのプロ行きが決まっただろ。
  それでプロのコネで試合見に行くことがあるんだって。顔合わせみたいなもんかね。
  さすがは小鍛治プロの後継者かって期待を寄せられる次世代ルーキーだね」

由暉子「それでわざわざ北海道まで来るんですか」

爽「らしいよ。いろんなところに行けるらしいけど、たまたま今回はこっちなんだって」

由暉子「肝心の、面識ないのに会う理由が不明なんですが。焦らしプレイですか?」

爽「あ、それはなんか、ちゃんと礼がしたいんだって」

由暉子「お礼……ですか?」

爽「咲が私のことをどう伝えてんのか詳しくはわかんないけど、一応姉妹の仲直りに
  一役買ったやつって扱いになってるからな。一目会っておきたいって言われたんだよ」

由暉子「……先輩、それは恐らくただのお礼ではなく、お礼参り的な何かです」

爽「は?」

由暉子「聞くところによると、チャンピオンは病的なシスコンらしいんです。
    先輩の話を聞いた感じ、確執が解消された反動なんでしょう」

爽「シスコン……?」

由暉子「もしくは先輩にそそのかされた宮永さんが、馬鹿正直にアドバイスどおり
    “お姉ちゃん大好き”攻撃でノックアウトしたか」


爽「ん、まあ姉妹仲良しなのはいいことだよな」

由暉子「そんな悠長に構えてる場合ですか! ヘタを打つと修羅場まっしぐらですよ。
    本人でなく第三者が相手なのは不幸中の幸いか……」

爽「え、修羅場って。まさか咲までハーレム候補に数えちゃう感じ?」

由暉子「どこもまさかじゃないですよ。宮永さんも末原さんも候補どころかスタメンです。
    先輩が入れば野球チームができちゃうじゃないですか。
    先輩がピッチャーで、女房役を巡って血が流れる未来しか見えませんよ」

爽「落ち着け」

由暉子「これで準決勝面子なんかコンプリートしちゃったじゃないですか。三連刻ですか?
    準決を突破できなかった代わりに純潔を突破しちゃうつもりですか?」

爽「カワイイ顔でゲスいこと言ってんじゃねー! 卑猥なハンドサインもやめろ!」

由暉子「まったく、ピークがそこでよかったですよ。
    5位決定戦のパートナー持ちの人たちに手を出していたらと思うと……」

爽「……話戻すと、妹溺愛のチャンピオンが過保護のあまり、
  咲とよくメールしてる私が変なやつじゃないか直接確かめに来るってこと?」

由暉子「大まかに言えばそうですね。宮永さんの話しぶりによっては、
    無垢な妹を誑かす下劣な色欲魔と思われてるかもしれません」


爽「そんな思い込みまでするかぁ?」

由暉子「先に決勝行きを決めていた白糸台の人ならBブロックの準決も観戦していたでしょう。
    試合後、そこには恍惚の表情で悶えるネリーさんと、それを虫けらのように見下す爽先輩の姿が」

爽「……違うんだ……あれは違うんだ……」

由暉子「真実はどうあれ、危険人物と認識されていてもおかしくないですね」

爽「わかったよ。ヘタ打たないようにちゃんと話せばいいんだろ」

由暉子「どう話すべきかはわかってますか?」

爽「うん。とにかく咲を褒めればいいんだよ。シスコンだったら妹褒められりゃ警戒解けるだろ」

由暉子「あぁ……主よ、お許しください。この者はただ無知で愚鈍なだけなのです」

爽「やらしい愚弄だな!」

由暉子「それも方法の1つではありますけど、たぶん逆効果ですよ。和解したのが最近で
    離れて暮らしているなら、まだ完全には意思の疎通が図れない面もあるでしょう」

爽「ああ、咲もそんなこと言ってたな」

由暉子「そんな状況で自分と同じように連絡を取り合っている同い年、
    しかもなんだか信頼されている人に褒められても
    “私は咲のことお前より知ってるぜェ~?”って煽っていると取られますよ」


爽「すげえ悪い顔! なに、私そんな顔に見えてんの?」

由暉子「デフォルトのアホ面に姉馬鹿フィルターを掛けるとこう見えるんじゃないかと」

爽「妹愛を拳に乗せたお姉さんのコークスクリューは喰らいたくないなぁ」

由暉子「本人の前でお姉さん呼びはやめてくださいね。
    “お前にお義姉さんと呼ばれる筋合いはない!”の王道展開が待ってますから」

爽「ドラマの見すぎ。んで、結局どうすりゃいいわけ?」

由暉子「それはもちろん“妹さんは照さんのことが大好きなんですね”作戦です」

爽「あ、なるほど。“お姉ちゃんが~”って話も多いし嘘じゃないな」

由暉子「いつも姉の話ばかりしているとアピールして、気を良くしてもらいましょう。
メールも姉と仲を深めるための相談の一点突破です。
    そして手土産にお菓子を持って行けばミッション成功は間違いありません」

爽「なんで?」

由暉子「お礼という名目上、向こうも何か持参するでしょうからお返しです。
    そしてチャンピオンの弱点は妹と甘味というのが通説ですから」

爽「そうなんだ。よし、んじゃ揺杏に何か作ってもらうか」

由暉子「底無しに馬鹿ですか!」


爽「なんで。あいつの腕前知ってるだろ?」

由暉子「初対面で手作りの食べ物なんて、怖すぎてゴミ箱行き必至です。
    そもそも、修学旅行から帰ってきたばかりの揺杏先輩をこき使うつもりですか?」

爽「あ、それはだめだな。でも手作りってそんな警戒するもんか?
  私は気にしないで食べちゃうけどな」

由暉子「無神経王のご自分を基準に考えないでください。
    今後知り合って間もない子からの手作りは避けることをお勧めしますよ。
    何を混入させてるかわかったもんじゃありませんから」

爽「怖いこと言うな。何を入れるってんだよ」

由暉子「先輩はそういう話に興味がないから知らないんでしょうけど、
    女子の好きなおまじないにはなかなかに物騒なものもあるんですよ。
    特に意中の人の気を引く類のものは」

爽「例えばどんなの?」

由暉子「よくあるのは自分の体の一部をというやつですね。爪とか髪とか血とか……」


爽「うっげ、それアイドルとかに送るやつだろ。一般人が気にするもんでもないと思うけどな」

由暉子「人は目的のためなら先輩の想像よりも遙かにバカになれるものなんです。
    そういうわけで無難にご当地チョコとかの軽いものにしてください」

爽「了解。もうユキセンの言うとおりにするよ」

由暉子「先輩のセンパイになった覚えはありませんけど」

爽「いやー今日はユキにいろいろ教わったと思って」

由暉子「……そうですね。先輩はずる賢いのに恋愛方面となると意外なほど無垢ですよね」

爽「エロスの女王だぞ」

由暉子「小学生並みの下ネタばっかりじゃないですか」

爽「見くびってもらっちゃ困るな。私はその気になったら誰でも3秒で絶」

由暉子「そこまで」


爽「いいねいいね。やっとお前の方が諫める本来の立場に回帰したな。
  お前がこんなに喋るのも珍しいよな。いつも遠慮して聞き役に回ることが多いだろ?」

由暉子「それはまあ、先輩方はおしゃべりですから。
    それに私がこんなに口出しする必要があるのは爽先輩ぐらいのものです」

爽「問題児だって言いたいわけね。揺杏だって有珠山高校ブラックリスト載ってるぞ、たぶん」

由暉子「可哀想な揺杏先輩。奇想天外な幼馴染を持ってしまったばっかりに……」

爽「私が悪の道に引きずり込んだみたいな言い方すんなよ」

由暉子「ん、んん……何度も熱が入って大きな声出しちゃったから、さすがに喉が疲れました」

爽「かすれてんじゃん。アイドルなんだから喉をいたわれよ。ほら水分で潤して」

由暉子「紅茶……あ、もうない……」

爽「あ、ごめん、ポットの最後飲んじゃった」

由暉子「淹れ直しますね。先輩も飲みますか?」

爽「頼む。でもちょっと時間掛かるな……そうだ、ペットボトルの持ってた。
  紅茶できるまでちょっと飲んどきな。飲みかけで悪いけど」


由暉子「……じゃあ、ご厚意に甘えて。あれ、珍しく甘くないブレンド茶なんですね」

爽「なんかそんな気分で」

由暉子「自分の名前が入ってて目についたんですか?」

爽「たまたまだよ」

由暉子「爽健……はっ! さわすこ! まさか小鍛治プロを射止めたというメッセージですか!?」

爽「は?」

由暉子「なんとそんなところまで守備範囲とは……ひょっとして私のためですか?
    私のアイドル戦略に邪魔なはやりんに精神的ダメージを与えるために、
    同期の小鍛治プロに春をもたらそうと……体を張ってまで……」

爽「んなわけねーだろ! 1回そっちの思考から離れろよ」

由暉子「いや、先輩ならやりかねないと」

爽「ねーよ。頭冷やせよもう……帰りにアイスでもおごってやるから」

由暉子「それはごちそうさまです。もう冬になるというのに、先輩はアイス好きですね」

爽「まあね」

由暉子「やっぱり自分の名前が入ってるのがいいんじゃないですか」


爽「こればっかりはなー。同じ名前だーって小さい頃にあいつらとはしゃいでた記憶が。
  そのせいかなんか気に入ってんだよな」

由暉子「先輩もそんなセンチメンタリズムを持ち合わせてたんですね。いえ、いいことですけど。
    でもせっかく種類あるんですから、たまにはバニラの他も試してみては?」

爽「そうだな……果物の秋だし、いちごヨーグルトでもいってみるか」

由暉子「苺は夏の季語ですけどね」

爽「相変わらず理屈っぽいなー。苺嫌いだっけ?」

由暉子「いえ、好きですよ。爽いちご味……はっ! さわいち!
    まさか佐々野さんを射止めたというメッセージですか!?」

爽「おい」

由暉子「アイドル雀士として私のライバルになるのを見越して、恋愛スキャンダルで人気下落を
    狙ったんですね。そこまで考えが及ぶとは……さすが爽先輩、奸計となると頭が回りますね」

爽「そんなの考慮してねーよ!」

―――――――――
――――――
―――


由暉子『こんばんは。今大丈夫ですか?』

和『こんばんは。待ってましたよ。先輩とは話せましたか?』

由暉子『ばっちり』

和『それはよかった』

由暉子『あ、でもごめんなさい。先輩、そちらの宮永さんともかなり親密になってるみたいで……』

和『なんと……』

由暉子『でもクギさしときましたから』

和『助かります。真屋さんが協力してくれてよかった』

由暉子『私も原村さんがアドバイスしてくれて助かりました』

和『気の多い人を好きになってしまうと大変ですね。心中お察しします』

由暉子『気が多いわけではないんですけど、アクティブですぐに交友関係を広げるから
    不安になってしまって……』

和『わかります。咲さんはアクティブというわけではないんですけど、麻雀はあのとおりの
  腕前ですから、対局して惹かれる人は多いようで心配になります』


由暉子『お互い心労が尽きませんね。でもほんとによかったんですか、竹井さんの名前出しちゃって。
    アドバイスどおりかなり誇張して話しちゃいましたよ』

和『気にしないでください。まったくの事実無根というわけでもありませんから』

由暉子『小瀬川さんのことだって、冗談の噂話を姉帯さんが本気にしちゃった説が濃厚なのに』

和『いいんです。姉帯さんからそう聞いたのは事実なんですから。
  かなりオーバーに話してるだろうとは思いますけど』

由暉子『これで牽制になるでしょうか』

和『それはあわよくば、というぐらいの気持ちで。実際話を聞いてると、
  その先輩のまわりの人たちもそこまで警戒するほどのことはないと思いますし』

由暉子『私もそう思ってたんですけど、今日話してみたらやっぱり不安になって……
    仲良くなる早さが尋常じゃないんですよ』

和『それを言ったら真屋さん自身が一番の急接近だったと思いますよ』

由暉子『それはまあ。でも妹とかペットみたいな感覚じゃないかと』

和『だからこそ恋愛関係の話を2人きりでじっくりするという真の狙いがあったわけです。
  お話自体はじっくりできたんですよね?』

由暉子『はい。至福のひとときでした』

和『今後も度々そういう機会を作りましょう。そうすればだんだん意識するように』

由暉子『なってくれればいいんですけど』


和『先輩には本命はいないんですよね?』

由暉子『たぶんですけど』

和『なら大丈夫です。相談役というのは意識されやすい存在ですから』

由暉子『体験談ですか?』

和『恥ずかしながら』

由暉子『嫌じゃなければ聞きたいです』

和『あまりおもしろい話じゃありませんよ』

由暉子『参考になるかなと』

和『中学のときそれなりに仲の良い友達に好きな人がいて、仲介役みたいなことを頼まれまして。
  相手の男子もその子をちょっと気にしてるようだったんですが、相談に乗ってるうちに
  いつの間にか私の方に好意を持たれてしまって』

由暉子『わぁ』

和『おそらく交感神経が刺激されるときに常に近くにいたのが私だったから錯覚してしまったのでしょう。
  そのようなことが続いてしまって、一時期は多くの女子から嫌われてました』

由暉子『そんな』

和『私はただ友達の助けになってあげたかっただけなんですが、うまくいかないものです』

由暉子『人気者にも苦労があるんですね。ごめんなさい、思い出させてしまって』


和『いえ。つらいことだけでもありませんでしたから。いつも一緒の親友がいましたからね。
  あのことがあって、より親密になれたんだと思います。いつも気に掛けてくれて、
  時には守ってくれて……お調子者なのにいざというときは頼りになるんですよ』

由暉子『ベタ惚れですね』

和『そうですよ。もちろん友達としてですけど。
  その子と同じ高校に行くことを優先して進学校も麻雀の名門校も蹴るほどです』

由暉子『宮永さんのことじゃないんですよね?』

和『咲さんとは中学別ですから。思えばまだ知り合って半年少々です。
  真屋さんはもう1年になるんでしたか?』

由暉子『はい。ちょうど今ぐらいに偶然知り合ったんです。何の接点もなかったのに』

和『運命とは言いませんが、憧れますね』

由暉子『けど先のことを考えると私の方が残された時間は短いです。
    原村さんは同学年なのであと2年半ありますけど、私の場合先輩の卒業までの半年弱』

和『私もいつまた転校の話が出るか。それに、咲さんに恋人ができてしまったら……
  どうなるにせよ、お互いがんばりましょう』

由暉子『はい。できるだけのことはしましょう、お互いに』

和『それで、作戦はどのくらい実行できましたか?』

由暉子『原村さんが教えてくれたサイトの“あの人の気を引くテクニック”ですね。
    それが、我ながらうまくできたと思います』


和『さすがですね。どんな感じだったか具体的に聞いてもいいですか?』

由暉子『まずとにかく隙あらば罵倒してみました』

和『罵倒?』

由暉子『はい。ちょっとでも理解がズレてたりしたら即座に』

和『例えばどんな言葉を?』

由暉子『単細胞生物とか口だけ野郎とか鶏頭とか』

和『ふふ、突然笑わせないでください。本当にそんなこと言えたら勇者ですね』

由暉子『言いましたよ。他にも無知とか愚鈍とかアホ面とか、その他諸々』

和『え、本当の話ですか?』

由暉子『はい。なにかまずかったですか?』

和『その、あのサイトのテクニックのどの要素なのかと』

由暉子『“意地悪したりからかったりする小悪魔系”が効果的なんですよね?
    これで演出はばっちりです』

和『あの、ちょっと言葉がキツくないですか?』

由暉子『普段から幼馴染の方々にけっこうキツいこと言われてますから、
    これぐらい言わないと印象薄いと思って』


和『そうなんですか。いや、でも』

由暉子『え、おかしかったですか?』

和『正直言って意地悪の範疇をだいぶオーバーしてると思います。
  もっとこう「真剣な表情が凜々しくて見とれちゃいました」とか「先輩の唇って柔らかそう」
  みたいなドキッとさせるのを想定してるんじゃないかと。「バカ、からかうなよ」ってなるような』

由暉子『そういうやつなんですか』

和『ちゃんと中身も読みましたよね?』

由暉子『中身? あれ格言的なものじゃないんですか?』

和『なんと、見出しだけで自己流の理解をしてしまったんですね……』

由暉子『あ、でも“そんな一面もあるんだ――ギャップが新鮮”作戦と
    “相手の得意分野に寄り添うスタイル”作戦は大丈夫です』

和『どういう手でいきましたか?』

由暉子『先輩が普段けっこう下品なことを言うので、先輩でも滅多に言わないような
    下ネタを頻発してみました』

和『いやそれは』

由暉子『だめですか?』

和『いえ、お相手の感覚にもよりますけど、普通はあまり魅力とはならないんじゃないかと』

由暉子『え』


和『もうちょっと趣味的な話だと思いますよ。「大人しいけど実はダンスが得意です」とか、
  「先輩が薦めてくれた本がおもしろくて全巻買っちゃいました」とか』

由暉子『そうだったんですか……でもだめですね、リズム感ないですし。
    超科学好きももう知られてて、ちょっと呆れられてる感もありますし』

和『まあまあ。他にもありましたよね?』

由暉子『はい。今度こそ。“さりげなく独りは寂しいアピール”のために、私がいかに
    コミュニケーション能力に難があるかというぼっちネタを執拗に繰り出しました』

和『そういう寂しさになっちゃいましたか』

由暉子『違うんですか?』

和『そこで言ってるのは「友達に次々恋人ができて構ってくれなくなった」とか、
  「つきあうってどんな感じだろう」とかそういう感じです』

由暉子『また不発ですか……でも“あなたの前でだけ見せる等身大の私”作戦だけは完璧です』

和『聞くのが怖いですが、お願いします』

由暉子『運命の出会いとかにすがる夢見がちな女子供のおめでたさを皮肉ってやりました。
    普段は先輩たちの前でもそこまでは出してませんでしたから、特別感があったはずです』

和『台無しですよ!』

由暉子『ええ?』


和『先輩が運命論者だったら好感度下がっちゃいましたよ。そこはむしろ真屋さん自身が
  「運命なんて信じてなかったけど、先輩との出会いで考えが変わりそうです」と、
  先輩のおかげで世界が変わったアピールのチャンスだったのに……』
  
由暉子『でも信条に嘘をつくことに……原村さんなら曲げられますか?』

和『余裕で曲げられます。咲さんと良い雰囲気になって「私たちの出会いは運命だね」
  と言われたとして「そんなオカルトありえません」なんて言えませんよ』

由暉子『アイデンティティを捨ててまで』

和『そもそも麻雀以外では私も割と夢見がちなところありますから』

由暉子『私には難しいです』

和『他の人の分析はかなりそれらしいことを言ってたのに、自分のこととなると
  どこかネジが飛びますね』

由暉子『経験値が乏しいもので……これが恋愛感情だと認めるのにもかなり葛藤がありました。
    なにしろちょっと前まで恋愛感情なんてヴィールスだと思ってたんですから』

和『重症ですね……あれ、でもよく運命とか言ってませんでしたか?』

由暉子『そこらへんの安っぽい少女漫画と一緒にされては困りますね。
    私の言ってるのはもっと壮大な、宿命と書いてさだめと読むようなですね』

和『そうですか。それで、先輩とは結ばれる宿命にあるんですか?』

由暉子『ふふ……実はかなり期待できるんです。
    先輩の名前にそう暗示されていることに最近気づいたんですよ』


和『名前占いとは、真屋さんも充分乙女じゃないですか』

由暉子『占いとは違うんです。言うなればスティグマでしょうか。
    名前に刻まれた聖痕です』

和『宗教色を帯びてきましたね。私にはあまり理解できないところです』

由暉子『そうですか? でもこの考えだと、原村さんと宮永さんも結ばれる宿命にありますよ』

和『詳しく聞かせてもらいましょう』

由暉子『簡単なことです。左利きの原村さんを左に、宮永さんを右に配置すると
    “和咲”となりますね?』

和『利き腕というのはこじつけの感が否めませんが。それで?』

由暉子『2人の名前を近づけて重ねていくと……真ん中で口が重なります』

和『なんと』

由暉子『更に言うと、“咲”という字は元々笑うという意味から変化したようです。
    「鳥鳴き花笑ふ」という慣用句から来ているようで』

和『さすが咲さん、風流ですね』

由暉子『つまり2人の名前は、口づけを交わしてのどかに笑い合う姿が暗示されているんです。
    相性ぴったりですね』

和『そんなオカルト……アリですね』


由暉子『わかってもらえましたか』

和『はい。機会があったら咲さんにアピールするために使わせてもらいます。
  それで、真屋さんの場合はどのような?』

由暉子『先輩の名前の“爽”という字の成り立ちはですね、“大”の部分が人を表し、
    “メ”の部分は乳房に刺青のモチーフだという説があります』

和『それは初耳です』

由暉子『自分で言うのもなんですが、私は同学年の中でも胸が大きい方です。
    背が低いので人と話すとき見下ろされるけど、高確率で視線が顔を通り過ぎる気がします』

和『わかります』

由暉子『獅子原ハーレムの中でも乳房から連想され得るのは私ぐらいです。
    つまり“爽”の字は先輩が両手を広げて私を受け止めてくれている図に他なりません』

和『斬新な解釈ですね。でもそれだと胸の大きな人はみんな候補に挙がるのでは』

由暉子『それは』

和『前に瑞原プロに近づくためのダシに使われてるかもと心配してましたよね?』

由暉子『そこもクリアしました。“爽”には暗闇がさっぱり除かれる、夜明けの意味もあります』

和『よく調べてますね』

由暉子『私の名前の“暉”は太陽を象っていて、四方に光が広がる様を表しているのでぴったりです。
    生まれながらにして結ばれる宿命を背負った2人……どうでしょうか』


和『いいんじゃないですか。それなら今後も積極的に仕掛けて、卒業までに告白ですね』

由暉子『はい。でも受験の足枷になってしまうのもまずいので、進路が決まってからにしようかと』

和『そうですね。今日は自分もハーレムの1人として話したんですよね?
  それで少しは意識してるんじゃないですか』

由暉子『先輩のことだからないと思います。直球で聞かれたときはかなり焦りましたけど』

和『え、聞かれたって、好きなのかと?』

由暉子『そうです』

和『まずいですよ。否定してしまったらそういう対象から見切りをつけられることも』

由暉子『なんとかかわしました。“バカなんですか?”みたいなことは言いましたけど、
    好きじゃないとは一言も言ってません。
    その後で見捨てないでくださいアピールもしましたから』

和『それならまあ。しかしなんとも剛胆な人ですね。面と向かって聞くとは。
  もしかしたら向こうもすでに気になってるのかもしれませんよ』

由暉子『それはないです。他の人たちにも直接聞こうとしてましたから。止めましたけど』

和『すみません、想像以上に強敵でした』


由暉子『その裏表のないところが先輩の良さでもあるんですけど』

和『良く言えば爽やかな人なんですね』

由暉子『そして独特の感性で、つかみどころのない不思議な人なんです』

和『そういえば爽という文字も独特で、なんだか不思議な形ですね』

由暉子『そうなんです! かわいさとかっこよさを兼ね備えた完璧な文字ですよ。
    この頬の傷跡のようなメの部分がまた』

和『そういう発想はありませんでした。同じ形を4つも使うというのが珍しくていいですね』

由暉子『そうですね。ぱっと思いつくのは“傘”ぐらいでしょうか』

和『あ、確かに。人の字が4つ入ってますね。やっぱり人を表しているのでしょうか』

由暉子『いえ、あれはただ傘の形を表しているだけのようです』

和『そうなんですか。考えてみれば4人もいたら窮屈ですね』

由暉子『あ』

和『どうしました?』

由暉子『とんでもない思い違いをしていたかもしれません。気づいてしまいました』

和『何をですか?』


由暉子『平仮名や片仮名はそれぞれ元になった漢字があります。
    そして“メ”は“女”の右下の部分から来ているんです。
    ということは、“爽”は4人もの女性を侍らせるという暗示だったんです!』

和『考えすぎです。全国の爽がつく名前の人が怒りますよ。
  第一刺青がモチーフなら、メじゃなくて×なんじゃないですか?』

由暉子『はっ! ×……バツ4! そんな、じゃあ今つきあえても捨てられる可能性大!
    4回別れるまで待たなくてはならないんですか……』

和『悪化してるじゃないですか。そういう誰にでも言えるようなことじゃなくて、
  身近な人に照らし合わせて考えましょう。さっき真屋さんとは相性が良いことが
  わかったんですから、他の人とのつながりが見えなければ大丈夫ですよ』

由暉子『そうですよね、やっぱり私が一番のはず。あ』

和『まさか』

由暉子『……もうダメです。ハーレムの中にいるんです、×印の眼光を常に携えている人が。
    そして十字型の変わった形のまつげをした人も。目を開くと斜めになるからこっちも×印です』

和『なんとピンポイントな』

由暉子『十字まつげの人とシイタケ目の人で両手に花――
    それが“爽”の字が暗示する真の宿命だったんです!』

和『まあでもやっぱり言わせてください。そんなオカルトありえません』

―――――――――
――――――
―――


~~1年後~~



爽「よ、待った?」

由暉子「いえ、今来たところです」

爽「……その割にはだいぶくつろいでるな」

由暉子「さっきのカップルっぽいやり取りがしたくて実は1時間前にはスタンバイしてました」

爽「お前バカだろ! 暇だっただろ」

由暉子「そうでもありません。喫茶店なんてまず来ないので、
    憧れの“カフェで読書”を堪能してましたから」

爽「空想科学読本じゃねーか。せめてSF小説にしとけよ……」

由暉子「長旅お疲れさまです。お腹すいてませんか?」

爽「そうだな、ちょっと何か食べようかな。ユキは?」

由暉子「私はコーヒーだけで大丈夫です。おかわり自由なので」

爽「何杯目だよ。砂糖とミルクどばどば入れると糖尿になるぞ」

由暉子「くっ……いつかはブラックで飲めるように……」


爽「――それにしても久しぶりだな。元気してた?」

由暉子「はい。先輩もお変わりなさそうで」

爽「うん。東京の生活もすっかり慣れたよ。もう年の暮れだってのにまったく雪降らなくてさー。
  こっちじゃこの時期は百パー一面雪景色だもんな」

由暉子「こっちにはいつまでいるんですか?」

爽「年明けたらすぐ向こうに戻るよ。冬休みは短いしな」

由暉子「はぁ……私を置いて東京に行っちゃうなんて……」

爽「しょうがないだろ。前にも言ったけど田舎じゃ進路限られてるから、たまたま合うところが
  なけりゃ出るしかないんだよ。お前も来年受験生になったらわかるよ」

由暉子「誓子先輩とはよく会ってるんですよね?」

爽「まあね。住んでるとこそんなに離れてないし。電車で30分もかからないかな。
  向こうは電車が鬼のように走りまくってるしな」

由暉子「揺杏先輩も東京の大学志望だって言うし……やっぱり怪しいですね」

爽「なにがだよ。あの2人なんか特にこっちじゃ進学厳しいって。
  神学部も家政学部もニッチなジャンルだからね。みんなで東京出るのも必然ってもんだよ」

由暉子「浮気は許されません。主の教えに背く行為です」

爽「だからそういう関係じゃないっての。仮にそうだったとしても、
  そもそもお前とつきあってるわけじゃないんだから浮気って言わないだろ」


由暉子「え、つきあってない?」

爽「とぼけてんじゃねーよ。はぁ……すっかりおふざけキャラになっちゃって。
  最初の頃のお堅い真屋さんは幻だったのか……」

由暉子「すみません。慌てふためく先輩が可愛らしくて癖になっちゃいました。
    話すのも久しぶりなので浮かれちゃってるのかもしれません」

爽「まあそれで発散になるならいいけど。アイドル業もストレス溜まるだろ。
  事務所の人たちとはうまくやってるか?」

由暉子「はい。みなさん優しくて、良くしてもらってます」

爽「マジで芸能事務所入りしちゃうとはな。いや、それを目指してたんだけど、
  いざ手を離れると感慨深いな……そうだ、あれやってよ。決めポーズ」

由暉子「いいですよ……ま~やや~っ☆」

爽「かーわーいーいー!」

由暉子「昔先輩が考えたポーズとセリフですから、自画自賛だと思いますけど。
    それにしても名字から取るなんて最初は違和感ありましたけど、定着してきましたね」

爽「アイドル雀士は大会もあるからか基本本名だからな。それがちょうど“まふふ”と“はやや”の
  ハイブリッドになるんだから、利用しない手はないだろ。“ゆきき”は語呂悪いしな。
  これで次期牌のおねえさん候補になれるぞ」

由暉子「まだまだ無名のローカルアイドルですけどね」

爽「いやいや、全国規模の人気者だろー。この前のインハイでプチブレイクしたじゃん」


由暉子「そうでしたっけ?」

爽「忘れてんのかよ。スキャンダルだって、あの頃はワイドショーで取り上げられまくってただろ」

由暉子「ああ、そうでした。私が爽先輩と話してるところを撮られたんでしたね」

爽「話してるっていうか……」

由暉子「あれ、私なんて言ったんでしたっけ?」

爽「は?」

由暉子「ちょっとど忘れしちゃって……そのときのセリフを言ってみてもらえますか?」

爽「言わねーよ。絶対覚えてんだろ」

由暉子「……残念。じゃあ私が再現してみますね」

爽「いやいいよ」

由暉子「インターハイ個人戦、惜しくも敗退した私が対局室を後にしてホールに戻ると、
    そこには応援に駆けつけてくれた爽先輩の姿が」

爽「いいっての」

由暉子「昔と同じ軽い調子で労ってくれる先輩に、感極まった私は号泣し抱きつきます。
    そして一言――“私やっぱり爽先輩が好きです!”」

爽「やっぱ覚えてんじゃねーか……」

由暉子「周囲で記者のフラッシュが焚かれる中、先輩は冷静に答えます。
    “ありがと。でもごめんな”」


爽「……」

由暉子「ふぅ、なにもあの場ではっきり断らなくてもいいじゃないですか」

爽「いや、だって濁しちゃったら後でいろいろ邪推されて人気ヤバくなりそうじゃん。
  マスコミの目もあったし、そこできっぱり終わってくれないかなーって」

由暉子「まあ勢い余って公開告白しちゃった私が悪いんですが」

爽「でもまさかそれがきっかけで人気が急上昇するとは……」

由暉子「私もさすがに予想外でした。好きな人がいると発覚したら普通人気落ちますよね」

爽「わからないもんだよな」

由暉子「あのときは事務所の人にも怒られましたが、今じゃ完全にそっちの路線を
    売りにしてますからね。私の二つ名を知ってますか?」

爽「“片恋百合アイドル”だろ。テレビで紹介されてたの見たよ」

由暉子「先輩が理想にしてた“恋を応援されちゃうアイドル”になれましたよ」

爽「自分で言っといてなんだけど、応援するファンの心理ってどうなってるんだろうな」

由暉子「事務所の人が言うには、男の人相手だったらまず人気落ちてただろうけど、
    相手が女の人でしかもフラれちゃって片思いなのがよかったのではないかと」

爽「可哀想で応援したくなるのか。それにあれか、男除けの番犬みたいになって安心するのかな。
  ファン目線だとイケメン芸能人と熱愛発覚ってなる可能性が減ったってことだもんな」

由暉子「元から杞憂だとは思いますけど」


爽「そういや揺杏が言ってたな。カモフラージュで女の子が好きって言う人はいるけど、
  ユキの場合真剣な感じで見るからにガチなやつだってわかるって」

由暉子「あれからしばらくテレビでネタにされましたからね。出会いとか麻雀部時代のつき合いとか。
    運命的な出会いだとか、とにかく一途に思い続けてるんだとか、
    健気さを強調してもらえたのも功を奏しましたね」

爽「おかげでユキが私に抱きついてるあのカットをよく目にしたな。
  私の方は一般人だから顔にモザイク入ってたけど、知り合いならバレバレだろうな」

由暉子「あの……何か被害とかありませんか?」

爽「ん? いや、べつにないよ」

由暉子「フルネームも顔も大学も割れてるって聞きました」

爽「まあ去年のインハイにも出てるからな、しょうがないだろ。
  最初はユキのファンサイトとかに画像貼られたりしたけど、今はそういうのないね」

由暉子「チェックしてるんですか?」

爽「一応変なこと書かれてないか見とこうかと思ってね。
  過激なファンの殺害予告とかあったら怖いじゃん」

由暉子「すみません。お手を煩わせてしまって」

爽「いいって。でも意外とファンの人らもわきまえてるっていうか、一般人だから名前出すの
  まずいだろってことで、掲示板とかじゃ通称“パイセン”になってるよ」

由暉子「そうみたいですね。でももし嫌なことがあったら言ってくださいね。
    先輩に迷惑を掛けるぐらいならアイドルやめる覚悟はできてますから」


爽「そんな重く考えなくていいよ。むしろのし上がるためには何でも利用するぐらいに
  貪欲に行っていいぞ。私としてもユキが人気者になるのは嬉しいしな」

由暉子「……ありがとうございます。では更なる話題作りのためにもつきあってしまいましょう。
    片恋百合アイドルの長年の思いがついに成就なる。話題性抜群です」

爽「それはダメ。却下」

由暉子「ケチですね」

爽「ケチとかそういう問題じゃないっての。最初のときから言ってるけど、
  私ばっかり追いかけてないでもっと広く目を向けろよ」

由暉子「そうでしたね。先輩の高校卒業の直前、大学の合格祝いという形で部室に呼び出した私の
    人生初の、一世一代の告白をそうやって体よくあしらったんでしたね」

爽「言い方にトゲがあるな……」

由暉子「獅子原ハーレムも無事解体されて、あのときはいけると思ったんですけど」

爽「お前の口車に乗せられてえらい目に会ったなぁ……結局全員勘違いだったし」

由暉子「口車とはひどいですね。勘違いしてしまうほどに恋心が募っていたという
    証明になるとは思いませんか?」

爽「思わねーよ。ユキの思い込みの激しさを考慮するべきだったんだよな」

由暉子「そんな間抜け扱いしないでください」

爽「前にもネクタイ裏返しにつけてるのは虐待への抵抗を暗示してるとか言ってたじゃん。
  逆タイだから虐待って、んなわけねーだろ」


由暉子「暗号解読には常識に囚われないことが大事なんです」

爽「エージェント気取りかよ……他はともかく、チカと揺杏には一生ものの弱みを握られちゃったんだぞ」

由暉子「あれは爽先輩にも非があると思います。まさか2人同時に話を切り出すとは」

爽「だって家族アピールだって言うから、3人みんないた方がそれっぽいかと……」

由暉子「それで訝しがられて、結局直球で聞いちゃうんですから。
    “もしかして私のことを恋愛的な意味で好きなのか?”とか言って。
    あり得ないって大笑いされてましたけど」

爽「あぁーもう! あのときの自分を張り倒したい……
  もし超科学好きが高じてタイムマシン発明したら真っ先に私に使わせろよ」

由暉子「いいですよ。まあ私としては、誓子先輩も揺杏先輩もごまかしただけという
    可能性をまだ捨ててはいませんが」

爽「ないだろ。吐きそうとまで言われたんだぞ」

由暉子「……それだけ家族的な結びつきが強いということがわかってよかったですね」

爽「定期的にあれをネタにからかわれるしよー」

由暉子「まあそれはそうと、私も私で爽先輩の口車に乗せられたところはあるんですよ」

爽「私が? 何をそそのかしたって言うんだよ」


由暉子「“ユキに告られたら断れる奴なんかいないよ”ってよく言ってましたよね」

爽「……いや、それはさあ、衣装とかダンスとか可愛く仕立て上げられたテンションっていうか……」

由暉子「まんまと踊らされてしまいました。先輩を信じて勇気を出して告白したら
    見事な手の平返しを喰らいましたからね」

爽「もうちょいこう、普通の同級生男子を想定してたんだよなー。
  まさか自分に来るとは思わないじゃん。女だし」

由暉子「女同士というのに偏見はない方ですよね?」

爽「それはユキの教育というか洗脳の賜物だけどな」

由暉子「カワイイって褒めてくれたのもウソだったんですか?
    卑屈な私を更生させようとおだててその気にさせただけなんですか?」

爽「ウソなんか言ってないよ。ユキは私らが手塩に掛けて育てた自慢の逸材だからな」

由暉子「不満なところがあれば直します。先輩の理想になりたいんです」

爽「不満なんてないって。最初から言ってるように、私なんかに囚われてるのはもったいないってだけ。
  視野を広げてみればもっと良い奴がいっぱい見えてくるって」

由暉子「それがよくわからないんです。私、視野が狭いですか?」

爽「んー……ユキってさあ、私らのこと崇拝してるじゃん。私だけじゃなくてチカも揺杏も成香も。
  中学校でお前を連れ出した4人を、なんていうか絶対的存在っぽく思ってるっていうか」


由暉子「それはもちろん、私の世界を広げてくれた尊敬する先輩方ですから」

爽「もっと怒ってもいい場面でも、辛口にはなるけど毒は感じないし」

由暉子「辛口になるのは爽先輩と、たまに揺杏先輩に対してだけですけどね」

爽「お前は出さないようにしてたけど“先輩たちのために”ってのがありありと浮かんでてなぁ。
  私ら中心の世界っつーか。だからさ、まだまだ見えてる世界が狭いんだよ」

由暉子「……確かに昔は正直アイドルにも麻雀にもべつに興味はなくて、先輩たちが喜んで
    くれるから頑張ろうって、それが第一でした。でも今は違いますよ」

爽「違うの?」

由暉子「卒業前に爽先輩にフラれてから、じゃあ麻雀でもアイドルでも先輩を頼らず
    もっと有名になって、断らなければよかった~って後悔させてやろうと思いました。
    あわよくば“ユキ、私が間違ってた。私のパートナーはお前しかいない!”って」

爽「そんなセリフは吐かないけど……そっか。頑張ってるのは感じるよ。
  団体戦はしょうがないけど、個人戦じゃ2年連続全国行きだったしな」

由暉子「1年生のときは爽先輩が上位を狙い撃ちしてくれた繰り上げ出場みたいなものでしたね。
    それで自分は出場を逃しちゃうんですから……」

爽「いやーあれがベストだったろ。地区大会はともかくインハイは個人と団体で間が開かないから、
  私の場合どっちも力入れることできないし」

由暉子「アイドルの方もたまたま話が来たのもありますけど、先輩たちに言われるままじゃなくて
    自分でちゃんとやってみようと」

爽「よく決断したよな。そこは偉いもんだよ」


由暉子「まだまだ駆け出しですけど、いろんな人と関わってきましたよ。
    それでもまだ視野が狭いですか?」

爽「いや、それは……」

由暉子「そもそも高校生なんてほとんどが近場でくっつくじゃないですか。
    同じ高校とか同じ部とか同じクラスとか。せいぜいバイト先とか塾とかです。
    その狭い世界で人間関係を築いていくしかないんじゃないですか?」

爽「おぉ……ユキに人間関係で諭されるとは……でも、うーん……意地になってるんだって。
  1回なんかの間違いで私にそういう感情を持っちゃって、撤回できなくなっちゃったんだ。
  冷静に周りを見てみれば、もっとグッとくるクラスメートとかライバル雀士とか仕事仲間とか」

由暉子「先輩よりかっこいい人なんていません!」

爽「うおっ……」

由暉子「先輩の方こそ意地になってるんじゃないですか?
    1回断ったものだから、今更受け入れるわけにはいかないって」

爽「いやそういうわけじゃ……」

由暉子「そろそろ素直になっちゃったらどうですか?
    本当はどんどん魅力的になるアイドルゆきりんに惹かれてるんですよね。
    家では“ふと気づいたらあいつの顔が浮かんじまう……”って苦悩してるんですよね」

爽「お前の想像の中の私は少女漫画の住人なのかよ。ないよ、悪いけど。
  もちろんユキはカワイイし魅力的な女の子だと思ってるけどね」


由暉子「じゃあ家族的にしか見れないってことですか? 誓子先輩とか揺杏先輩みたいに」

爽「いや、さすがにそこまでは思ってないけど。あいつらほどつき合い長くないし」

由暉子「あ、私に内緒で実はもうつきあってる人いるんですか?」

爽「それはいないけど」

由暉子「……先輩も学習しませんね。前に教えたじゃないですか。
    ウソでも恋人の存在をほのめかす手を」

爽「あ、そういやそんな話もしたな。でもユキにウソつきたくないしなぁ……」

由暉子「優しいウソだってあるんですよ。私はもし先輩に恋人ができたら、
    “実は私も恋人ができたんです。お互い幸せになりましょう”ってウソで
    かっこよく去っていく心の準備をしてますよ」

爽「それ事前に言っちゃダメなやつじゃないの!?」

由暉子「後でそのウソに気づいた先輩は私という存在の大きさを失って初めて気づくんです。
    そして突然北海道に現れて“あいつとは別れてきた。やっぱり私にはお前しかいない!”」

爽「結局そっちに持ってくのかよ……強くなったな」

由暉子「まあそれは冗談として、さすがに略奪愛までいく気はありません。
    そのときは潔く身を引きます……気になってる人とかいないんですか?」

爽「今んとこいないなぁ」


由暉子「そうですか。やっぱり私のことが気になって合コンにも行けないというわけですね」

爽「……」

由暉子「……あれ? あの、無反応はさすがに切ないです。呆れた顔で否定してくれないと」

爽「んー、あながち間違ってもないからなぁ」

由暉子「え!? いや、あの、どうしよう……どうせダメだって思ってたから半分やけになって
    押せ押せでアピールしてたんですけど。まさか効果的だったとは……」

爽「あ、いや、気になるっていっても惚れてるって意味じゃないぞ」

由暉子「ぬか喜びですか」

爽「ほら、お前を高校に引き入れたのもアイドルに導いたのもきっかけは私なわけじゃん?
  そのお前から一応その……好かれてると思うと、やっぱ意識はするわけよ」

由暉子「まったく相手にされてないと思ってました。すぐ流そうとするし……
    あ、ほんとはちょっと気恥ずかしかったんですか?」

爽「それも否定はしないよ」

由暉子「ほんのちょっと報われた気がします」

爽「だからさ、合コンまではいかなくてもそういう集まりに誘われることはあるけど、
  いまいち気乗りしないっていうか……私に彼氏とかできたら泣くかなーとか考えちゃうし」

由暉子「三日三晩はむせび泣きます。神よ、わが神よ、何故に我を見捨て給うや!」


爽「そんな調子だから責任感じちゃうんだよなぁ……」

由暉子「もう先輩なしじゃ生きていけません。責任取ってください」

爽「だからってそれはダメだって。そもそもさぁ、責任感でOKされるのって嫌なもんなんじゃないの?」

由暉子「一般的にはあまり好まれないかもしれませんね。でもそれで“ひどい。同情はまっぴらだわ”
    とか言って破局するのは愚かしいことです」

爽「お得意のユキ理論か」

由暉子「実態がなんであれ、恋人という枠があるのは大きなアドバンテージですよ。
    遠慮がいらなくなりますし、既成事実も作りやすくなりますし」

爽「今までだって遠慮なんかしてなかっただろ」

由暉子「それに形だけでもそういう関係でいれば、先輩の気持ちも錯覚してくるかも
    しれないじゃないですか。仮初の愛がいつしか真実の姿に……」

爽「錯覚でいいのかよ……“片恋”が人気の秘訣なんだろ?
  維持できてるうちはそのキャラで毟れるだけ毟っとけよ。
  アイドル稼業に必要なのはファンの寒い懐すらも漁るハイエナ力だ!」

由暉子「ハイエナですか。“サバンナの掃除人”って通り名がかっこいいですよね。
    でも意外と自分で狩りもするんですよ」

爽「細かいな。狩りに行くのは人気落ちてからでいいんだよ。
  そのキャラが飽きられたら方向転換すりゃいい話でさ」

由暉子「え、それは人気落ちたら話題作りのためにつきあってくれるということですか!?」

爽「そういうことじゃねーよ」


由暉子「なんだ……」

爽「もっとこう、いろいろあるだろ。仕事一筋に生きますとか、新しい恋を探しますとか。
  あ、原村和とかは? 昔お前に入れ知恵したのってあいつなんだろ?
  アイドル雀士同士でユニット組んじゃうとか」

由暉子「和は大事な友達です。そういう対象じゃありません。
    それに今は私生活が充実してて、入り込む余地なんてありませんよ。
    まったく、二言目には“咲さんが~”ってノロケられるこっちの身にもなってくださいよ!」

爽「おお……大変だな。でも名前で呼べるようになったんだな。
  タメで気の許せる友達できてよかったなぁ」

由暉子「保護者目線はやめてください。もうあの頃の私ではありません。
    今なら先輩のことも呼び捨てできちゃいますよ」

爽「それ新鮮だな。いいよ、呼んでみてよ」

由暉子「え」

爽「あ、バランス悪いからついでに敬語取っ払ってさ」

由暉子「いや、それは……」

爽「ユキのタメ語って聞いたことあったかな。なあいいじゃん、聞かせてよ」

由暉子「……さわや」


爽「んー?」

由暉子「コーヒーおかわりするけど、さわやは飲む……先輩、やっぱりダメです、やめましょう」

爽「えーなんでよ」

由暉子「大恩ある先輩に慣れないタメ口をきくなんて畏れ多くて、礼儀知らずの自分を罵りたくなります」

爽「べつにいいのに」

由暉子「やっぱりこれまでどおりでお願いします。それが一番自然です」

爽「まあいいけど……そうだな、やっぱ先輩後輩の関係が一番しっくり来るよな。
  呼び捨てもタメ口も抵抗あるんじゃつきあうって感じしないもんな」

由暉子「……謀りましたね?」

爽「いやそんなつもりないけど」

由暉子「ここぞとばかりに断る口実に使うなんて意地が悪いですね。でもそれは通用しません。
    結婚しても敬語を貫く妻もいるようです。つまり私がそういう慎み深い女というだけで、
    つきあうのに何ら問題はありません」

爽「そう来るかぁ」

由暉子「先輩はそういうタイプはまったく受け付けませんか?」

爽「いやべつに……そういう古風なのも風情があっていいんじゃないの。
  “お慕い申し上げます”――とか言う感じ?」

由暉子「ふわぁ!」


爽「なんだよ」

由暉子「これは……なんという破壊力……! 先輩、もう1回言ってください。
    あ、ちょっと待ってください、録音します」

爽「……やだよ」

由暉子「何故」

爽「なんか変なことに使いそうだもん」

由暉子「変な目で見ないでください。ちょっと疲れたとき寝る前に聞いたり
    目覚ましに設定したりするぐらいです」

爽「やっぱだめだ!」

由暉子「残念……でも冗談でも他の人に言わないでくださいね。そんな切なげな表情で、
    哀愁漂う声でそんなセリフを吐いたら即ハーレム再構築されますから」

爽「こんなので興奮するのお前ぐらいだって」

由暉子「爽先輩」

爽「ん?」

由暉子「心よりお慕い申し上げます」


爽「……ありがと」

由暉子「グッときましたか?」

爽「さっきまでよりはな。でも」

由暉子「充分です。3連敗でも悔いはありません。“ごめんな”は言わなくていいです。
    わかってますから。わかってても先輩の口から聞いてしまうと胃に穴が空くほどの
    ダメージを受けてしまうので、どうかお慈悲を」

爽「そこまで重いのかよ! 胃大丈夫なの?」

由暉子「比喩ですよ」

爽「なんだ、よかった……」

由暉子「……あの、もしなんですけど」

爽「ん?」

由暉子「仮の話ですよ?」

爽「うん」

由暉子「狩りの話じゃないですよ?」

爽「わかったから」

由暉子「もし……ほんとに人気が落ちてアイドル人生の危機で、もう片思い成就ぐらいじゃないと
    起死回生の一手にならないという状況になったとしても……まったく可能性ありませんか?」


爽「…………ゼロではない、と思う」

由暉子「5パーセントぐらいはありますか?」

爽「わかんねーよそんなの、その状況になってみないと。責任感でもいいっていうんなら、
  お前から見て私が見捨てなそうな確率くらいはあるんじゃねーの」

由暉子「……それだと相当高いですよ」

爽「じゃあそうなんじゃないの」

由暉子「ふふ、ふふふふ……」

爽「気持ち悪いニヤケ面になってるぞ」

由暉子「嬉しくてつい。ありがとうございます。これでまた次に会えるときまで戦えます。
    次はいつ帰って来ますか?」

爽「どうかなー。春休みは長いけどバイトもしたいし……夏休みなら確実かな」

由暉子「少し間が開きますね。それでは今日が3回目だから……
    4回目の告白の心の準備をして気長に待つことにしますね」


爽「会う度に言うのは決まってんのかよ……
  その代わりあれだぞ、ある日突然彼氏ができたって連絡来ても恨むなよ」

由暉子「それは悲しいですけど恨んだりはしません。さっきも言いましたが潔く身を引きますよ。
    先輩の足枷になってしまうのは本意ではありませんから」

爽「それならまあ」

由暉子「1週間は寝込みますけど」

爽「悪化してんじゃねーか。私としてはお前がそこまで人気下がったり私に彼氏ができたりするより先に、
  お前が目ぇ覚めて違う誰かを好きになる可能性の方が高いと思ってるけどな」

由暉子「目が覚めるとはどういうことですか」

爽「ずっと考えてたっつーか今でも考えてるけどさ、お前ちょっと変わったモノ好きじゃん。
  一般的な女子高生の興味から外れたところにいるっていうか」

由暉子「UFOとか超科学のことですか?」

爽「それはまあマイナーな趣味としても、聖書とか神話の類がかっこいいとかな。
  それって若気の至りの病みたいなもんで。そのうちそれを卒業したら恋愛的な趣味も変わって、
  こいつべつに好きじゃないやって」

由暉子「なりません」

爽「――わかったよ。ま、わざと人気落とそうとするのはやめろよ」

由暉子「お仕事は真剣にやります。そんな禁じ手は使いません。先輩こそちゃんと彼氏ができる分には
    仕方ないですけど、カモフラージュで作るのはやめてくださいね。
    そういうことがないように、誓子先輩に逐一情報横流ししてもらいますから」


爽「げ……まあそんなことするつもりもないからいいか。そういやお前1時間前からいたんだよな。
  私が来てからもけっこう経ったし、それ飲んだら行くか」

由暉子「はい。今日はこれからどうするんですか?」

爽「とりあえず家帰ってちょっと寝る。さすがに移動で疲れた。
  あとは抱えてるレポート終わらせるかな。明日から気楽に休めるように」

由暉子「レポートですか。大学生らしいですね。何のレポートか聞いてもいいですか?」

爽「今やってんのは哲学のやつ」

由暉子「哲学……? 爽先輩ってそういう学部でしたっけ」

爽「違うけど、1年のうちは細かく専攻分かれないで幅広く基礎的なことをやるんだよ。
  うちの高校は倫理もあったし、思想哲学みたいなのに触れる機会は多かったみたいだな。
  周りよりは苦労しないで済んでるよ」

由暉子「なるほど……」

爽「そうだ、この本もう使わないからあげようと思って持ってきたんだ」

由暉子「マンガでわかるシリーズですか」

爽「そ。3年になったら倫理やるから、読んどくと理解しやすいぞ」


由暉子「もらっちゃっていいんですか?」

爽「うん。高校のときは私もそれでしのいだけど、さすがに大学のレポートで参考文献に
  するわけにはいかないし。私はもっとちゃんとした本手に入れたから」

由暉子「じゃあ、ありがとうございます。ちょっと興味あったところなので助かります。
    シュレーディンガーの猫とか出てきますか?」

爽「いや、それはなかったと思うけど……」

由暉子「そうですか……でもおもしろそうです。あ!」

爽「どした?」

由暉子「囚人のジレンマ! かっこいい!」

爽「……」

由暉子「アウフヘーベン! かっこいい!」

爽「……こりゃ当分卒業しねーな。私が折れる方が早いかも……腹くくるかなぁ」

由暉子「死に至る病! かっこいい!」



おしまい

我が出てきたユキちゃんはめんどくささ上位になるんじゃないかという妄想
チカセンは殿堂入り
ありがとうございました

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