薬剤師「縁の下のお仕事」 (27)



カラン


バイト「いらっしゃいませー! なんでも薬局にようこそ!」

女「あの、お薬を受け取りに来ました……これ処方箋です」 ピラ

バイト「ほわっ! 久しぶりの院外処方ですよお姉様ー! 今月に入って2件目ですねっ!」

薬剤師「お客の前で不景気なことを言わない。 申し訳ありません女様、ただいまお薬の方を用意致します」

女「は、はい。 よろしくお願いします」


薬剤師(処方がアンピシリンにアセトアミノフェン、検査値は赤沈が高いけれどSTSが陽性か)

薬剤師(なるほど、典型的な梅毒ね)

女「うぅ。 その、私……」

薬剤師「安心してください。 あなたの病気はお薬を飲めばきれいに治るものですよ」

薬剤師「咳でうつることはありませんが、性交渉はお控えくださいね」

女「や、薬剤師さん。 実は……!」

薬剤師「はい、なんでしょう?」

女「私、そういったことをシた経験が……し、処女なんですっ! 信じてください!」

薬剤師(えっ)


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女「私、小さいころからすごく奥手で……だからプライベートでも、男の人とあまりお会いする機会がなくて……!」

女「だから梅毒だなんて、何かの間違いなんじゃないかって思うんです!」 グスッ

薬剤師「……一旦落ち着きましょう。 女様、梅毒はごくまれに性交渉以外でも感染しうる病気です」

女「そ、そうなんですか?」

薬剤師「キスや銭湯のタオルなどで感染が認められた例もあります。 ともかく、今はお薬を飲んで様子を見ましょう」

女「はぁ、わかりました……けほっ」


バイト「またのご来店をお待ちしておりまーす!」

薬局長「うーん、バイトちゃん。 それはちょっと不謹慎じゃないかな……」

バイト「あ、店長! お疲れ様ですっ!」

薬剤師「所長、今日は処方箋が1枚ありましたよ」

薬局長「うちの薬局が月に2枚以上も処方箋を応需するだなんて、珍しいこともあるなぁ」

薬剤師「さすが、病院も何もない商店街のど真ん中に保険薬局を置いた人は言うことが違いますね」

バイト「ところでさっきのお客さん、すっごくスタイル抜群な方でしたね! 胸なんてあたしとお姉様と店長を足してもまだ足りませんよ!」

薬局長「男のボクを戦力に加えるのはどうなのかな」

薬剤師「痩せましょう所長」


薬局長「それじゃあ今日のお仕事はおしまい。 薬剤師さんもバイトちゃんもお疲れさまだね」

バイト「はーい! お姉様、あたし今日もお薬のお話し聞きたいです!」

薬剤師「あなたも良く飽きないわね」

バイト「お姉様のようなお薬の先生になるのが夢ですからっ!」 フンス

薬剤師「ふ……そうね、それじゃあ今日は『ペニシリン』の話でもしましょうか」


バイト「ペニシリン! あたし知ってますよそれ、テレビで見ました!」

バイト「フレミングって言うお茶目なおじさんが、汚いシャーレにカビを生やしちゃったんですよね?」

薬剤師「そうね、青カビのまわりに菌は生存できない……この青カビが『ペニシリン』を産生しているからよ。 知っていたのは意外ね」

バイト「ふふーん。 私はバカでもただのバカじゃありませんよ! すごい方のバカなんです!」

薬剤師(略してすごいバカ……)


バイト「ところで、どうやってペニシリンはバイ菌をやっつけちゃうんですか?」

薬剤師「良い質問ね。 それは、ペニシリンが細菌の『細胞壁』を作れなくしてしまうからよ」

バイト「さいぼーへき、お野菜とかキノコとかにもありますね!」

薬剤師「似て非なるものだけれど遠くはないわ。 植物や真菌とは違って、細菌の細胞壁は毛糸を編んだ構造をしているのよ」

薬剤師「糖とアミノ酸でできたこの糸の名前は『ペプチドグリカン』と言うわね」

バイト「あたし編み物得意です! ヒモのグミでマフラー編んだことありますよ!」 ドヤ

薬剤師「食べ物で遊ばない……ともかく、縦糸を紡ぐ部分、横糸を紡ぐ部分、ほつれを切る部分」

薬剤師「それらを組み合わせた機械を『ペニシリン結合タンパク質』と呼ぶの」

バイト「わぁ、ネーミングがド直球ですね。 あたしにも分かりやすいです!」

薬剤師「ペニシリンがこの"機織り機"を止めて細胞壁を作れなくなると、細菌は圧力に負けて内側から破裂するわ」

バイト「店長みたいにですか?」

薬剤師「いずれそうなるかもしれないわね」


薬局長『へぶしっ』 ズズッ


バイト「すごーい! これならどんなバイ菌でも怖くありませんねっ!」

薬剤師「いえ……実際は効きの良い菌と悪い菌がいて、すべての細菌に効くわけじゃないのよ」

バイト「ええーっ!?」 ガーン

薬剤師「細菌の種類は大きく2つに分けられるわ。 色素で紫色に染め直されるものがグラム陽性、赤色に染まったままのものがグラム陰性ね」

バイト「紫がよーせーで、赤がいんせーですねっ。 でもそれって何が違うんです?」

薬剤師「グラム陽性の細菌は分厚いペプチドグリカンで作られているの。 対してグラム陰性の方はペラペラの薄紙ね」


バイト「うーんと……それじゃあいんせーのバイ菌には、ペニシリンは効きにくいってことですか?」

薬剤師「ご名答。 ペニシリンはグラム陽性の細菌にはよく効くけれど、グラム陰性菌には効きづらいわ」

バイト「じゃあ、もしいんせーのバイ菌にかかっちゃったらすごく大変ですね……」

薬剤師「心配しないで。 このペニシリンを改良した薬は、グラム陰性菌にも効き目があるのよ」

薬剤師「『アモキシシリン』『アンピシリン』『バカンピシリン』これらは一部のグラム陰性菌にも有効ね」

バイト「うわーん! お姉様があたしのことバカって言ったー!」

薬剤師「まだ心の中でしか言ってないわよ」


バイト「あっ! でもあたし『アモキシシリン』って見たことあります! お兄ちゃんがピロリ菌を除菌するんだーって飲んでました!」

薬剤師「そうね、ピロリ菌の除菌には別の抗菌薬と制酸剤、そしてこのアモキシシリンが使われているの」

薬剤師「ピロリ菌はグラム陰性菌だから、効果的に胃から取り除くことができるわね」

バイト「へえー、ペニシリンにもいろいろな種類があるんですねっ!」


バイト「わ、もうこんな時間! お姉様、また明日ねー!」

薬剤師「薬のこともいいけれど、あなたはちゃんと学校の勉強も頑張るのよ」

バイト「ゔっ……分かってますってばー!」

薬剤師(……そういえば、今日の患者に処方されていたのもアンピシリンだったわね)

薬剤師(梅毒の原因菌、梅毒スピロヘータはグラム陰性菌。 でもこの細菌は死滅すると発熱性の毒素を放出する)

薬剤師(いわゆるヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応ね。 彼女に薬を渡した後も、経過の観察が必要だわ)



カラン


バイト「あっ、昨日のお客さん! またいらしてくれたんですねーっ!」

女「あの、今日はどうもありがとうございました。 私、花屋を経営しておりまして……」 スッ

バイト「わわっ、可愛いお花! なんて名前なんですか?」

女「ふふっ、これはカミツレって言うんです。 実はお医者様へこれを送ろうとしたんですが……」

女「衛生に良くないからという理由で、お断りされてしまったんです。 せめて薬剤師さんへお気持ちを伝えたくて」

薬剤師「……申し訳ありませんが

バイト「貰っちゃってもいいんですかー!? うわーい嬉しいっ!」

薬剤師「…………」

女「受け取ってくれてありがとうございます。 ハーブティーにしてもいい香りなんですよ?」

女「カミツレには気分を落ち着かせる効果があって、私も頭痛があるときはよくカミツレのハーブティーを飲んでいるんです」

バイト「いいですねー! お姉様、今度あたしが淹れてあげましょうか?」

薬剤師「はぁ……好きになさい。 女様、お薬を飲んだあとに熱などはありませんでしたか?」

女「ええ、大丈夫みたいです。 最近足が少しむくみますが、熱も下がりましたしそれ以外は何ともありません」

女「きっとお薬が体に合っていたんだと思います……けほっ」

薬剤師(……?)



薬局長「今日は二人ともお疲れさま、ボクもこれが終わったらあがることにしようかな」

バイト「はーい。 そういえば、店長はいつも奥で何をしてるんですか?」

薬局長「薬局製剤の調合だよ? 院外処方箋にはさすがに及ばないけれど、利益率が高くてこのお店の主収入なんだ」

薬剤師「他にもOTC薬(一般薬)の販売や訪問服薬指導料がうちの収入を支えているわ」

薬剤師「保険薬局にあるまじき経営体制ね」 ジロ

薬局長「いやー、だからこそ競合相手の少ない商店街に薬局を置いたのであって……これも経営戦略の一つだよハハハ」

バイト「でもそんな所で働いてるお姉様って、ほんとーはイヤじゃないってことですよね?」

薬剤師「ぐっ……! どうしてあなたはたまに察しがいいのよ」 ボソ

バイト「はわっ! 怒らないでお姉様、ほらお花ですよ! リラックスリラックス~」

薬剤師「……奥に煎茶器があるから、それでお茶を淹れてもらえるかしら?」

バイト「カミツレティーですね? わっかりました!」


バイト「ところで、どうしてカミツレのお花ってリラックス効果があるんです?」 トポトポ

薬剤師「そうね。 それも踏まえて、今日は『高血圧』のお話しでもしましょうか」


薬剤師「血圧というのは、『末梢血管抵抗』×『心拍出量』で表されるわ」

バイト「自慢じゃありませんが、すでに頭がパンクしそうです!」 プシュー

薬剤師「……水の出ているホースを思い浮かべてみなさい。 より水を遠くに飛ばすにはどうすればいいかしら?」

バイト「えーっと……蛇口を捻ってもっと水をいっぱい出します!」

バイト「あとちょっと反則みたいですけれど、ホースの先を潰したらすっごく勢いがでるんですよ!」

薬剤師「そう。 人の体で表すと、ここでいうホースは血管、水は血液よ」

薬剤師「高血圧の人は、血管が細くなっているか心臓の汲み出す勢いが強い。 またはその両方で血液が激しく身体の中を巡っているの」


バイト「なるほどー……それじゃあホースや蛇口を緩めれば、水の勢いは弱くなりますね!」

薬剤師「正解よ。 血圧を下げる薬はいろいろあるけれど、代表的なものは次の四つ」

薬剤師「すなわち『アドレナリン受容体遮断薬』『カルシウム拮抗薬』『アンギオテンシンⅡ受容体遮断薬』『利尿薬』が良く使われるわね」

バイト「うぅ~、いっぺんにカタカナと漢字ばっかり言われても分かりにくいよぉ姉様……」

薬剤師「ごめんなさい、それじゃあ一つずつ整理していきましょう」


薬剤師「アドレナリンは聞いたことあるかしら?」

バイト「はい! 頑張ってるときにやる気がうぉーっ! ってなるホルモンですね?」

薬剤師「……まあ、そういう了見で構わないわ。 アドレナリンは、専用の"読み取りセンサー"に認識されることで血圧を上げるの」

バイト「あっ、だから怒りんぼの人は血圧が高いんですねっ。 でもなんで血圧が上がるんですか?」

薬剤師「アドレナリンを認識するセンサー、つまり『アドレナリン受容体』には色々な種類があるわ」

薬剤師「その中でも特に血圧へ関わるのが、血管にある『α1受容体』と心臓にある『β1受容体』よ」

バイト「あるふぁじゅよーたいにべーたじゅよーたい、なんかカッコいい名前ですね!」


薬剤師「血管のα1受容体はアドレナリンに出会うと、血管の壁を狭くするの」

薬剤師「これに対して、心臓にあるβ1受容体は心臓をより強く働かせるわ」

バイト「あたしがお姉様の顔を見ると心がキュンキュンするのはアドレナリンのせいなんですね!」

薬剤師「根本的な原因はあなたの脳ミソよ」

バイト「えへへー」 ニコニコ

薬剤師「褒めてない……とにかく、アドレナリン受容体遮断薬はこれをブロックすることでこれらの作用を抑えるの」

薬剤師「そうすることで、この薬は結果的に血圧を下げるのよ」


バイト「じゃあカルシウムきっこー薬ってなんです? 骨となにか関係があるんですか?」

薬剤師「いえ、これも血管と心臓に働く薬よ。 だけど高血圧に使われるのは血管に好んで働く薬ね」

バイト「お薬にも好き嫌いがあるんです?」

薬剤師「例えば『ベラパミル』は心臓に、『ニフェジピン』は血管に、『ジルチアゼム』は血管と心臓の両方に働く薬なの」

薬剤師「だから不整脈にはベラパミル、高血圧にはニフェジピンと用途によって使い分けがされているわ」

バイト「おんなじタイプなのに、それぞれ個性が豊かなんですね!」


薬剤師「血管がカルシウムを認識すると、その血管は収縮するの」

薬剤師「このカルシウムのセンサー、『L型カルシウム受容体』をブロックするのがカルシウム拮抗薬ね」

バイト「骨とは関係ないんだー……」

薬剤師「……ちなみに、カルシウムは身長とバストにもあまり関係ないわよ?」

バイト「そんなっ! お姉様みたいになりたくて毎日牛乳飲んでるのに!」 ガーン


薬剤師「それから『アンギオテンシンⅡ受容体遮断薬』というのも、今までの薬と同じように血管に作用する薬ね」

バイト「きっとアンギオテンシンⅡっていうのが、血管を狭くするんですねっ」

薬剤師「その通り。 ああ、それから似たような薬で『アンギオテンシン変換酵素阻害薬』というものもあるわ」

バイト「? それはどんなお薬なんですか?」

薬剤師「アンギオテンシンⅡは、アンギオテンシンⅠという材料を変換して作られるの」

薬剤師「肺にあるアンギオテンシン変換酵素という物質は、アンギオテンシンⅠをⅡに変換することができるのよ」

バイト「じゃあそれを邪魔しちゃえば、もうアンギオテンシンⅡっていうのは作られなくなってー……えーっと?」

薬剤師「血管は収縮しなくなって、血圧は下がるわ。 ただしこの薬には副作用があるの」

バイト「副作用?」

薬剤師「アンギオテンシン変換酵素は、咳の原因であるブラジキニンという物質も分解する性質があるわ」

薬剤師「だから、この薬を飲むとブラジキニンが分解されずに蓄積して、空咳を起こすことがあるから注意してね」


バイト「あとあと、高血圧で利尿薬って変じゃないですか? どうしてそんなのが高血圧に効くんです?」

薬剤師「難しく考えることはないわ。 単純に血液の成分は水がほとんどで、それを排出するから血液の量を間接的に減らしているだけよ」

薬剤師「それに利尿薬の一部にはナトリウムを外に出す働きもあって、塩分の摂り過ぎによる高血圧を改善することも知られているわ」

バイト「あ、そういえば高血圧ってお塩の摂り過ぎがダメなんでしたっけ」

薬剤師「ああ、実は高血圧がみんな食塩の制限で良くなるというわけじゃないのよ」

バイト「ふぇっ? そうなんですか?」


薬剤師「高血圧には、減塩によって血圧が下がる人達と減塩しても血圧が下がらない人達がいるわ」

バイト「お塩を食べなくても血圧が下がらないなんて、きっとすごくひどい高血圧なんでしょうねっ」

薬剤師「逆よ、食塩感受性の高血圧の方がむしろ死亡率は高いわ」

バイト「……?……? むー、さっぱりわかりません……お姉様、なんで?」

薬剤師「食塩感受性の高血圧は、塩分を排泄するために腎臓に高い圧力をかけなければ排出できないの」

薬剤師「だから夜中も血圧を高くして、塩分を排出し続ける必要があるわ」

バイト「深夜労働……ブラックですねー。 多分すぐ疲れちゃいそうです」

薬剤師「夜中に血圧が下がらない人を『ノンディッパー』むしろ起きている時より血圧が高い人を『インベーテッドディッパー』というの」

薬剤師「ノンディッパーやインベーテッドディッパーの人は、高血圧の合併症による死亡率が高くなるのよ」

バイト「ほえ~……高血圧にもいろんな種類があるんですねっ」


バイト「あ、カミツレティーができましたよお姉様! 一緒に飲みましょう!」

バイト「そういえば、結局カミツレティーはどんな働きでリラックスする効果があるんでしたっけ?」 クピ

薬剤師「リラックスというか、カミツレ……つまりカモミールにも血圧を下げる作用があるのよ」

バイト「ええーっ!? そうなんですか!? じゃあじゃあ、カミツレはさっきのどれにあたるんです?」

薬剤師「どれにもあてはまらないわ。 カモミールは『エンドセリン受容体』というものに拮抗して血圧を下げる効能が認められているの」

バイト「なんだかすごそうです!」

薬剤師「エンドセリン受容体もさっきまで説明していたものと同じ。 エンドセリンを認識して血管を収縮させることで、血圧を上げるのよ」

薬剤師「ただしエンドセリンA受容体は血管の収縮を、エンドセリンB受容体の一部は血管を拡張するから全体的にはほんの少しだけれど」


バイト「じゃあ、それってそんなに強くは効かないんですか?」

薬剤師「いいえ。 『肺動脈が詰まることで起こる高血圧』の場合は、血管を拡張する"内皮細胞側のエンドセリンB受容体"が減り……」

薬剤師「血管を収縮させる"平滑筋細胞側のエンドセリンB受容体"が増えて、エンドセリンは強く血管を収縮するようになるの」

バイト「うーんと……要するに、肺がダメになっちゃう高血圧のときにカミツレティーはすっごく良く効くんですねっ!」

薬剤師「そうね。 ちなみにこのカモミールの成分を元に作られたものが『ボセンタン』『アンブリセンタン』という薬よ」



バイト「お姉様、今日もすっごくべんきょーになりました! それじゃあまた明日ねーっ!」

薬剤師「ええ、また明日……ふぅ」

薬局長「お疲れのようだね?」

薬剤師「あの年頃の子は活力に溢れていますね……あの娘の前では顔には出すわけにはいきませんが、私の方がついていくのにやっとです」

薬局長「慕われていていいことだと思うよ? 僕だって一応は薬剤師の資格を持ってるけれど、いまだに懐かれなくてちょっとショックだ」

薬剤師「お兄様とか呼ばれたいんですか?」

薬局長「はは……まあ君も良くやってくれているし、自分の身体を労わるのも業務のうちだよ」 スッ

薬剤師「どうだか。 今ではあの子の方が私よりも仕事が多いんじゃないですか? どこかの誰かが後先を考えない経営をするから……」 グビッ


薬剤師「~~~※◆▽○♯★□!!?」 バタバタ

薬局長「あ、これは売れないな……ちょっと別の配合を試してみようかな゙っ」 ガシッ

薬剤師「…………」 ニコ

薬局長「ヒッ」



カラン


バイト「いらっしゃいま……ひぁっ! 女さん大丈夫ですか!?」

女「げほっ! ごほっ! は、……すみま、せ……ゲホッ!」 フラ

薬剤師「ど、どうか致しましたか!?」

女「っ……お仕事の、帰りに……ゲホッ、寄ろうとしたんです、が……」

女「5分くら、い前から、ゴホッ! 息が、苦し、いの……!」 グッ

薬局長「どうかいたし……こ、これは!?」

薬剤師「しょ、所長! この患者は二日前にアンピシリンとアセトアミノフェンを処方された患者です……!」

薬剤師「バイト、あなたはすぐにこの方の処方箋と血圧計、それからパルスオキシメーターを持ってきて!」

バイト「はっ、はいお姉様!」 ダッ


薬剤師「発熱、発汗、咳嗽! ですが発疹はありません! ショック症状じゃない……?」

女「ぐっ……ゲホッ! は、ぁ……!」

バイト「店長、処方箋ですっ! それから血圧はあたしが測定します!」 バッ

薬剤師「動脈血酸素飽和度93%! 血圧は収縮期が80mmHg、拡張期が55mmHg……低血圧です!」

薬局長「体温低下がないからペニシリン系のアレルギーじゃない、これは……敗血症によるウォームショックか!?」

薬局長「薬剤師さん、これはヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応だ! バイトちゃん、すぐにエピペンを持ってきて!」

バイト「エピペンってアレルギーとかに使う、血圧を上げるお薬ですよね!? すぐに取ってきます!」

薬剤師(梅毒のヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応!? 違う! それなら一昨日すでに起こしているはず……!)


バイト「店長! 救急車を呼びましたが、うちの薬局に着くまで15分はかかるそうです!」

薬局長「薬剤師さん! 早くエピペンを打つんだ!!」

女「ぅ……かふっ、ぁ……!」

薬剤師(何かが引っかかる……! 何でもいい、思い出せ私! 彼女は……!!)


―――――――――――――――


薬剤師『発熱、発汗、咳嗽! ですが発疹はありません! ショック症状じゃない……?』


薬剤師『女様、お薬を飲んだあとに熱などはありませんでしたか?』

女『ええ、大丈夫みたいです。 最近足が少しむくみますが、熱も下がりましたしそれ以外は何ともありません』


女『カミツレには気分を落ち着かせる効果があって、私も頭痛があるときはよくカミツレのハーブティーを飲んでいるんです』


女『私、そういったことをシた経験が……し、処女なんですっ! 信じてください!』


薬剤師(処方がアンピシリンにアセトアミノフェン、検査値は赤沈が高いけれどSTSが陽性か)


―――――――――――――――



薬剤師「―――――抗リン脂質抗体症候群?」

薬剤師「まさか……梅毒は、誤診だった……?」



薬局長「もういい、ボクがエピペンを……!」

薬剤師「所長! この患者は梅毒ではありません! 抗リン脂質抗体症候群という、血管のいたる所に血栓が生じる病気です!」

薬局長「そんなバカな! いや……ありうる、のか?」

薬局長(STSは梅毒トレポネーマに特有のリン脂質、それに対して作られる抗体を検出することで梅毒を迅速に診断する方法だ)

薬局長(けれど自分の身体に元からあるリン脂質に対して抗体が作られるこの自己免疫疾患では、梅毒でないにも関わらずSTSが陽性になる)

薬剤師「大腿静脈で作られた深部静脈血栓が、肺動脈を塞栓して一次的な呼吸障害を起こしているんです!」

薬剤師「肺動脈性ショックを起こす前に、私たちが彼女に打つべきなのは血栓溶解薬のアルテプラーゼよ!」


薬局長「……そこまでだよ薬剤師さん。 君は医師じゃないから患者の勝手な診断はできない」

薬局長「そして救急とはいえ、君の"妄想"に基づいた勝手な治療は許されざるものなんだ」

薬剤師「所、長……?」

薬局長「もしこの患者がウォームショックだったら? 過去に脳血管疾患を患っていたなら? そもそもまったく別の疾患だったなら?」

薬局長「君はこの人を殺してしまう可能性だってあるんだ。 君がそんな責任を負う必要は……」


パァンッ


薬局長「―――っ」 ジン

薬剤師「信じていたのに……! あなたはそんな人じゃないって、思っていたのに!!」 ポロポロ


バイト「あ、あの! お姉様、アルテプラーゼ持ってきました!」

薬剤師「貸して!」 バッ

バイト「え……きゃっ!」


ガシッ


薬剤師「……その邪魔な手を離してください所長。 今は一刻を争っているんです、まだ何か?」

薬局長「君がその人の身体に薬液を流し込めば、君は薬剤師の免許を剥奪されるリスクだってあるんだ」

薬局長「それに薬剤師さんを人殺しにするなんて、そんなのボクは許さない」


薬剤師「救急車が到着するまで何もせず、みすみす見殺しにしろと? 私はそんなことをするために薬剤師になったんじゃないわ……!」

薬剤師「私だって医療従事者の端くれ!! 私の目の前で、患者を死なせてたまるものですか!!」


薬局長「……それはボクも同じだよ。 だからッ!!」 ドンッ

薬剤師「っ! 所長、何を―――!?」



薬局長「うぉぉぉぉ! さらばボクの明るい未来! こんにちは鉄格子! ボクだってやるときはやるんだぁぁぁぁ!!」 プシュッ



バイト「ええっ!?」

薬剤師「そ……そんな!?」

女「ぅ……、―――……」 スゥ

バイト「け、血圧……元に戻ってます!」

薬剤師「呼吸……安定、してるわ……」

薬局長「―――はぁぁぁぁ、良かったぁぁ……」 ガクッ



パチンッ


薬局長「あいたっ! まだ叩くの薬剤師さん!?」

薬剤師「何が『良かった』なのよ……! あなたはバカね、本当にバカよ……!」

薬剤師「自分だけ良い恰好しようとして、人の覚悟を横から掠め取って! あなたなんか、やっぱり嫌い……です……!」 ギュッ

薬局長「……そう抱き着かれると、いまだに身体が震えてるのがバレちゃうなあ」


バイト「ああー! 店長ずるーい! あたしもお姉様にギュッてするー!」 ムギュ

薬局長「ちょ、重い重い! 女の子とはいえ二人は苦しいかもね!?」

薬剤師「……ふふ」

バイト「あははは! お姉様、私たちやりましたねーっ!」

女「すぅ……すぅ……」



救命士「いったいこれはどういう状況なんだ」


――――――
―――


バイト「見て見てお姉様ー! ほらここ! 朝刊の隅っこに載ってますよーっ!」 ピラッ

バイト「『お手柄! 地元の薬剤師、みごと難病を見抜き応急処置』ですって!」

薬剤師「うぅ、恥ずかしいからやめなさい……! マスコミは誇大解釈しすぎなのよ」

薬剤師「それに注射を打ったのは所長でしょう? どうして私が……」

薬局長「失敗しても成功しても、ボクの目論み通りに話が転がる算段だったということさ」

薬剤師(くっ……してやられたわ)

バイト「まあまあ、結果オーライでよかったじゃないですか!」


薬局長「それにしても、普段仏頂面の君があんなに取り乱すなんて、なかなか貴重な一面が見れたよ」

薬剤師「なっ!? あ、あれは……!」 カァァ

バイト「クールな外見に熱いハート! あたしますますお姉様に惚れ直しちゃいました!」

薬剤師「ほ……ほら!もう時間だから、あなた達もさっさと仕事に戻りなさい!」

薬局長「なかなか素直にならないねえ」

バイト「そこがいいんですよっ! ―――あっ! 次のお客様が見えましたよ!」


カラン


バイト「いらっしゃいませー! なんでも薬局にようこそ!」



おわり

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