【モバマスss】「今ならこの眼も、好きになれる気がするんです」 (28)

===

 そう言って微笑んだ、この時の彼女の姿はとても魅力的なものだった。
 
 ……あぁ、いや、待った。
 
 もちろん、普段の彼女だってある意味で魅力に溢れた女性ではあるのだが、
 この時はそれに輪をかけて……と、いう意味だ。

 
 いつものように、仕事を終えた夜。
 
 以前から約束していた飲み屋での一杯の最中に、ふと彼女が口にした台詞。
 
 何を思って突然に、そんな話を振って来たのかとは思ったが、
 
「それはまた、どうして?」

 一応、尋ねてはみる。

「実はですね。最近になるまで私、自分のこの眼が嫌いだったんです。それこそ、子供の頃からずっと」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1468150916



 片手にグラスを持った彼女は、空いている方の手で自分の瞳を指さすと、
 
「本当に小さな頃は、そんなに気にしてはいなかったんですけどね。むしろ、周りからは羨ましがられるくらいで」

 そこには、左右で色の異なる眼……まぁ、一般的にはとても珍しい瞳が並んでいて。

 
「なのに、嫌いだったわけですか」

「はい、嫌い……だったんです」

 ……しかしそこで、会話は途切れた。
 
 お互いに何も言わず、テーブルを挟んで向き合ったまま、ちびちびと手元のグラスに口をつける時間。
 
 とはいえこんな唐突な沈黙は、彼女との会話において別段珍しいことではない。

 
 彼女には、彼女の会話のペースというものがあるのだ。
 
 私は皿に盛られた焼き鳥の串を一本手に取ると、大人しく相手の出方を見守ることにした。
 
 するとこちらの動きに合わせるように、彼女もグラスを置いてから、テーブルの上の料理に箸を伸ばす。
 
 ……再び、沈黙。
 
 串に残った最後の肉を引き抜きながら、そろそろ話の続きを聞くために、彼女に会話を促すか否か……。
 
 どうしたものかと目をやると、そこでようやく彼女は口を開いた。

 
「あ、あの……プロデューサー?」

 それは、まるで「喋ってもいいですか?」と問いかけるようであったから、
 
「はい。なんでしょう楓さん」

 私は手に持った串を置きながら、優しい声音で返事をして。


「その、さっきの話の、続きなんですけど……あっ!?」

 言いかけた彼女の顔が、突然の驚きに包まれた。
 
 それを見た私も、一体何が起きたのかと焦りながら、「ど、どうしました!?」と慌てて彼女に聞き返す。
 
 すると彼女は口元を手で隠しつつ、ライブの前でも見せたことが無いようなとても張りつめた表情になってから、

 
「――――この煮つけ、凄く美味しい」


 感嘆のため息と、なんとも満足気な顔をする眼前の美人の姿に、
 私は思わず「いや、そうじゃあないでしょうっ!?」とツッコミを入れてしまったのだった。
 
 それもベタに、右手を天高くあげながら。

 
「そりゃあ確かにココのお店の煮つけは美味しいですよ! えぇ、美味しいですとも! 
 でもね、さっき楓さんが話そうとしてたのは、そんなことじゃあ無かったですよねっ!?」


「え、ええ! そうです、そうでした……! す、すみません。本当に美味しかったものですから」

 早口でそう捲し立てた私の余りの迫力に驚いたのか、
 両手を可愛らしく胸の前にやった楓さんが、そう言ってぺこりと頭を下げる。

 
 途端、こちらもはたと我に返り。言い過ぎてしまった罰の悪さから、
 
「あっ、い、いや! い、いいですよ……こんなことで、いちいち謝らなくたって」

「いえ、でも……本当にごめんなさい」

 そしてまた、沈黙。
 
 しょんぼりとうつむいてしまった彼女の姿も、それはそれでこう……得も言われぬ、
 守ってあげたくなるような庇護欲をそそる雰囲気があるのだが。

 
「そ、それで……さっきの話の続きでしたっけ? 楓さんは、何を言おうとしてたんですか」

 このままではそんな彼女に見惚れてしまい、いつまでたっても話が先へ進まない。

 
 私が場の雰囲気を変えようと明るい調子でそう尋ねると、彼女はちらり、こちらに上目遣いの視線を向けて、
 
「……怒って、ません?」

 額を押さえ、今度はこちらがにやけ顔を見られないように顔を伏せる番だった。

 
 それは子供が叱られた後、バレバレのさり気なさで親の機嫌を窺うような仕草そのもので。
 
 ……この人はあれか? 私をその魅力で悶え殺そうとでもしてるのか?
 
「えぇ、大丈夫……怒ってませんよ」

「そ、そうですか? それなら……」

 そうして「良かった」と心底安心した様子で、ほぅっと大きくため息をつく。

 
「昔から、その、気になっちゃうんです。他人が自分のことを、一体どんな風に見てるんだろうってことが」

「……それが、さっきの話の続きですかね? えっと、その眼があまり、好きじゃなかったとかって言う」


「そうなんです。他人とは違うということで、ちょっとした優越感に浸ってた時期もあったりはしましたけど。
 ……大きくなるにつれて、だんだんと」

 そこで彼女は少し、迷ったように言葉をつぐみ、
 
「……息苦しく、なっていくんですよね。色んな人との出会いが増えるにつれて、少しずつ、少しずつ。
 この眼がまるで、枷になっていくようで」

 彼女が顔を横に向け、こちらから視線を逸らす。
 
 その綺麗に整った横顔に、憂いの色が僅かだが影を落としているように見え、
 しかしそれがまた彼女の持つ雰囲気に、ピタリと見事にはまっていて。
 
 今度こそ私は数秒ほど、我を忘れてその横顔に見とれてしまったのである。

 
「ん……もぅ、なんですか? そんな顔でこっちを見て。私、これでも真剣な話をしてるんですよ?」

 そんな邪な視線に気づいた彼女が、少しだけむっとした顔になって私を睨んだ。
 
 だがしかし、その頬は酔いのせいか少々の赤みがさしており、そこはかとない色気を放っているのだから困りもの。
 
 ……まったく、この人にはいつも驚かされる。
 普段は無邪気な子供のようでいて、なのに大人の女性の顔もちゃんと持っていて。


「あ、あぁ! いえ、すみません……それでその、枷というのは一体……?」

 見つめられたことによる気恥ずかしさを、慌てた調子で誤魔化して。
 
 すると彼女は、「枷と、いうのはですね」と、
 
「どうしても、周囲の目を引いてしまうんですよ。違う言い方をすれば……そう、周りと浮いてしまうと言いますか」


 テーブルの上で組んだ手に顎を乗せ、どこか遠い目をする彼女を見ながら思うのは、
 それはきっと瞳のせいだけじゃあ無いのではないかという思い。
 
 今でこそアイドルとして活動している彼女だが、元々はモデルとして活躍してたのだ。
 
 ハッキリと言って、その容姿が秘める魅力は中々のもの。
 
 道を歩けばすれ違う世の男性の殆どが――場合によっては、例えそれが女性であっても――
 思わず振り返って見てしまうぐらいには、何もせずとも彼女は「目立つ」存在なのだ。

 
 そんなことを考えていると、不覚にも彼女のその瞳と目が合った。
 
 その瞬間に、ある生き物と彼女のイメージが、私の中でダブって見える。
 
 ――あぁ、そうか。
 彼女はまるで猫なのだ。
 
 それも上品で気品の溢れる、白毛のふんわりした猫だ。

 
 きっと彼女のふわふわとしたあの髪も、猫と同じように気持ちの良い撫で心地なのかもしれないな
 ……などとくだらない妄想に浸っていた私の気持ちは、
 
「……ところで、プロデューサーは誰かに告白されたことはありますか?」

 この唐突に投げかけられた突拍子もない彼女の質問によって、凄い速さで現実へと引き戻された。
 
「こっ、告白ですかっ!?」

 聞き返しながら、思わずむせる。口に何も含んでいなかったのは幸いだ。

 
「そうです、告白です。……普段から女性を相手にしているお仕事ですし、
 これまでも一人や二人、もしかしたらそういった経験もおありなんじゃないかな……って」

「か、からかわないでくださいよ。今までにそんな経験は……ありません。
 だ、第一ですね、女性を相手にしてると言ったって、基本的にはアイドルとプロデューサーの関係なんですから――」

 ――恋愛なんて、ご法度です!
 
 ハッキリとそう言い切らず、語尾を濁した自分の女々しさを、見透かされやしなかったかと少々焦る。

 
 けれど彼女は、なんとも意外そうな顔をして、
 
「そうだったんですか? 私はてっきり……ふふっ、ごめんなさい」

 ……何がそんなに、可笑しいというのか。
 
 無邪気な顔で笑われてしまい、少しばかり意地悪な気持ちになった私は、
 
「だ、だったら……そういう貴女はどうなんです? 告白、されたことはあるんですか?」
 
 言ってから、しまったと思う私は阿呆だ。

 
 こんなにも美人な彼女のこと、冴えない私なんかと違い、異性からの告白の一つや二つ……
 いや、それ以上に自分が知らないだけで――そもそも他人のプライベートの話なので、
 私が知らなくったって当然なのだが――恋愛経験の一度や二度だって、無いハズがないじゃあないか!
 
 なんて馬鹿なことを聞いたんだと、不安げに彼女の顔をちらりと見れば案の定、彼女は纏った憂いの雰囲気を益々濃くして、

 
「私は……あります。告白されたこと」

 返事を聞いて「やっぱりな」なんて思う私は、まさに愚か者以外の何者でもなかった。
 
 勝手に自分で話を振って、思った通りの返事が返って来たことに、
 これまた勝手に傷を負っている。……阿呆だ、どうしようもなく。

 
 そうして本日何度目かの沈黙が二人の間に訪れたのだが、今回はそれまでと違ってとてつもなく重い、息苦しい沈黙だった。
 
 口をつけた酒の味が分からない。かといって料理に手をだす雰囲気でもない。
 
 気づけば殆ど空になったグラスを持って、串にささった鶏肉の数を数えだす始末。

 しかし意外にも、その重たい沈黙を破ったのは彼女の方で、

「でも全部、断っちゃった。……だから、ちゃんとした恋愛なんかもしたことはないし……プロデューサーとおんなじ、ですね」

 そう言って、微笑む女神。
 
「こ、断っちゃったんですか?」

 言いながら、心の中で私はほっと胸を撫で下ろし……って、待て待て待て。お前は何を安心してるんだ?


「そうなんです。あの、良ければ参考までに教えてもらえると嬉しいのですけれど」

 相手はアイドル、私はプロデューサー。
 
 立場をちゃんとわきまえんかと私が心の中で不純な気持ちに活を入れていると、彼女はお願いをするように両手を合わせて、

 
「もしもプロデューサーが、女の人を好きになるとして……例えば、そう……私に告白、したとするじゃないですか? 
 だったらプロデューサーは、私のどこを、好きになったって言ってくれますか?」



 見つめて来る彼女の顔は、なんだか少し、期待を持つ乙女の顔で。
 
 そしてそれは「あれ? これってもしかして、私たち結構良い感じの雰囲気になってるの?」などと、
 男女の駆け引きにはからっきしの私が勘違いするには、十分すぎる程の状況であったのだ。

 
『こりゃああれだぜ? もしかして彼女、お前に満更でもないかもよ?』

 耳元で、私の中の下心が囁きかける。
 
『ここでバシッと決められたらさぁ、ひょっとしてひょっとすると、
 彼女本気でお前にオッケー出しちゃったりしちゃう展開じゃねぇのか、これ!』

(あぁ、そんな展開は見たことがあるぞ。甘酸っぱい恋愛ドラマなんかでよくある奴だ!)


 その瞬間、私の中で何かが弾けた。
 要は良心を押さえて下心、不純な気持ちが心の主導権を握ったのである。

 
(か、楓さん! それは仮定の話とはいえ、私から貴女への想いを打ち明けて欲しいと、そういう誘いなわけなんですかっ!?)

 しかし、下心の足元で、踏みつけられたままの私の良心が声を張り上げる。
 
『馬鹿野郎落ち着けっ! 彼女はもしもの話をしてるだけだろーがっ!』
 
『けっ! 黙ってろおめーは! 恋愛にはな、大胆さと思い切りが必要なんだよ!』


『だからって向こうがこっちに好意を持ってるって、分かってるわけじゃないだろう? 
 どーすんだお前、これで本気の告白ぶちまけて、「えっ!? いや、ちょっと……」なんてドン引かれた日にゃ――!』

(そ、それは困る! 非常に困る! そんなことになったら今後一切、私は彼女の顔をマトモには見られない……!)


 ぐらり、再び良心に傾きかけた私の心の天秤を釣り合わそうと、必死の形相で悪魔が叫ぶ。

『お、おいおいおい! 何ひよってんだおめぇ!? バカっ! 
 獲物が腹見せて転がってるっていうのによぉ! 据え膳食わねばなんとやらだぜぇっ!?』

(分かってる、分かってはいる! 千載一遇のこのチャンス、
 男ならばこの握った箸を思い切り、出された膳に突き立てたい、突き立ててみたい――がっ!)


「武士は食わねど高楊枝っ! しでかしてしまった時のことを考えると、その時はあまりにも居たたまれないっ!」


 振り下ろされた拳が音をたて、テーブルの上の料理の皿が盛大に鳴る!
 
 ガシャンと鳴った大きな音で、ハッと我に返った時にはもう遅い。
 
 私たちの座る席には店内中の視線が向けられて、そんな中、唖然とした顔で私を見つめる楓さん。
 
 血の気が引くとはまさにこのこと。
 きっとその時の私の顔は、この世の何よりも青かったに違いない。


 ――結局、私はこの大きな賭けに負けることはなかったが勝つこともなく。
 
 それでも予想通りその場に居たたまれなくなった私たち二人は、そそくさと会計を済ませて夜の街へと飛び出した。

 
 冬はまだ先だと言うのに、夜の街はやはり少々肌寒い。
 
 ぽつりぽつりとしたまばらな人通りを私と彼女、二人並んで歩きながら、

「プロデューサーのせいで、今日はあまりお酒が飲めませんでした」

「はい。まことに申し訳ないでございます」

「焼き鳥も、煮つけも、それに他のお料理だって」

「えぇ、本当に面目ないしだいでございます」

「……プロデューサーさん? 真面目に聞いてます?」

「さようでございますか? いえいえ、わたくしプロデューサーでございますですよ」

「…………えいっ」

 意気消沈する余り、碌な返答も出来なくなっていた私の後頭部にこつんと軽く痛みが走る。

 
 見れば楓さんが、右手を上げた、チョップの構えで立っていて、
 
「手刀を喰らって、シュッとしなさい。……楓チョップです。気合、ちゃんと入ったでしょうか?」

 そうしていつものように、「ふふっ」と優しく微笑んだのだった。

===

「いや、本当にすいませんね。まさかああいうお願いをされるだなんて、思ってもいませんでしたから」

「いえ……私の方こそ、突然すぎましたよね。……反省してます」

 そう言って彼女が、本当に申し訳なさそうな顔をするので、
 
「だから、いちいち謝らなくったって構いませんってば! それよりもほら、笑顔笑顔! 笑っていてくれた方が良いですよ!」

 励ますように私は言うと、自分も無理やり、下手な笑顔を作って見せた。

 
 すると彼女が、ぷっと小さく吹き出して、
 
「もう、プロデューサーったら……それじゃあただの、変な顔じゃあないですか」

「いいですよ、それで楓さんが笑ってくれるなら。アイドルから素敵な笑顔を引き出すのも、プロデューサーの役目ですからね」


 とはいえそれは、単に私にとってのプロデューサーとしての心構えであり、
 この場に相応しそうだったので、少しでも恰好をつけようと言ってみただけのものだったのだが。

 
 私の言葉を聞いた楓さんは、急に真面目な顔になって口を開くと、
 
「……どうしてでしょうね? プロデューサーとは初めて出会った時からずっと、こんな風に気兼ねなくお喋りができるんです」


 少し寂し気な彼女の横顔に、車道を行く車のライトが色をつけては流れ、
 
「お店での話の続き……今、ここでお話してもいいでしょうか?」


 私の方を向いた彼女の瞳は、まっすぐで。
 その二色の虹彩が光に照らされ、妖しく光る。
 
 その奇妙な迫力と雰囲気にのまれてしまい、私は「どうぞ」と返すのが精一杯だった。

 
「ふふっ、ありがとうございます」

 けれども、彼女は嬉しそうにそう言うと、
 
「実はですね。私が告白を断った理由なんですけど……その原因も、やっぱりこの眼だったんです」

「あの、それはさっき言ってた、枷の話ですか?」

「そうです。枷の話です」


 通りを抜ける風に流され、隣を歩く彼女の髪がふわりと揺れる、
 
「私のことを好きだって言ってくれる人が、決まって言う台詞があって。
 それが『貴女の瞳に惹かれたんです』っていう台詞。……プロデューサーは、どう思います? 私の、この眼」

「それは、まぁ……綺麗だとは思いますよ? 気分を悪くされるかもしれませんけど、猫みたいで、可愛らしいです」

「ね、猫みたい……ですか?」


 少しだけ動揺する彼女の反応を見て、私は再びしまったと思ったが、
 
「猫、ネコですか……ふふっ、そうですね。
 確かに、こういう眼のことを考えたら、普通は最初に猫が出て来るかもしれません」

 満更でもなさそうに、くすくすと笑う。そして、
 
「でも、その人たちは違うんですよ? 私のこの眼のことを、宝石だなんだって。
 それで私が、『他にはどこに惹かれたんですか?』って尋ねると、しどろもどろになっちゃうんです」


 彼女の台詞に、私はちょっと想像してみる。
 
 いつもの何を考えてるのか分からない……もとい、人を疑うことを知らないような、
 あの真っすぐな表情とこの透き通るような瞳をもってして、「どこに惹かれたんですか?」と正面から聞かれたとしたら。

 
 ……うむ。きっと私のような人間でなくても、殆どの人は咄嗟に言葉が出てこないだろう。
 
 それほど彼女に見つめられるということが、人の心から平静を取り除く行為であると言えるワケでもあるのだが。


「で、でも、普通はそうなんじゃあないですかね? 
 その、褒めやすいなんて言うとアレですけど、告白の際の、わりとお決まりの台詞と言いますか」

「だったら、なおさらお断りです。そんな、決まり文句しか言えない人」


 そうして彼女が、まるで子供のように小さく頬を膨らます。

「それで、考えちゃうんですよね。一体私ってなんだろう? なんて。モデルをやってた時なんて特にそう。
 ほら、知ってます? ファッションモデルって、身に付けている服を見せなくちゃならないお仕事じゃないですか」

「ええ、そうですね」


「私にとっては、この眼がその服と同じだったんです。出会う人の殆どが、まずこの眼っていう服の方に視線が行って。

 後は、外見ですか? 見た目から勝手に私はこうだってイメージができちゃって。
 中身である私のことまでは、誰も深くは見てくれないんですよね」


 ……寂しげな表情で語る彼女。
 けれども私は、ただ黙って彼女の話に耳を傾けることしかできなかった。。
 
 不甲斐ない話だが、自分の過去を告白する彼女にたいして、
 私はなんと声をかければいいのか――そもそも、声をかけても構わないのか――分からなかったからである。

 
「だから、枷。嫌いだったんです。この眼が私について回る限り、誰にも本当の私を理解してもらえない気がして」

===

 そんな風に二人で歩いていると、いつの間にか私たちは、いつもの分かれ道までやって来ていた。
 
「それじゃあ、今日もここでお別れですね」

 横断歩道の信号が青になるのを待ちながら、彼女が言う。

 
「えぇ、何もないとは思いますが、一応事務所を覗いて行きますから」

「お仕事はもう終わってるのに……いつも、お疲れ様です」

「いや、まぁ、これも仕事の内ですから。それに見回っておかないと、こんな時間なのに居座ってる人がいたりするんです」

「そうなんですか?」

「楓さんも、実際に遭遇したら驚きますよ? この前なんて――」


 別れ際の、他愛ないお喋り。
 
 明日になればまた事務所で顔を合わせることになるというのに、どうしてこうも名残惜しく感じるのか。
 
 信号が青に変わり、彼女が横断歩道を渡る姿を、私はその場にぽつねんと立って見送って。
 
 彼女が横断歩道を渡り切ると、タイミングを計っていたかのように信号が赤に変わった。

 
 すっかり小さくなった楓さんが、こちらに向かって小さく手を振る。
 
 私も、それに応えるように片手をあげると、
 
「――もしもし?」

『あの……一つだけ、言い忘れていたことがありました』


 着信音が聞こえ、反射的にとった携帯電話。
 聞こえてきたのは、彼女の声で、
 
『私、この眼のことを枷だって言いましたけど……今はちょっと、違ったんだなって思ってるんです』

 見れば、道路を挟んだ向こう側で、彼女も同じように携帯を耳に当てていて、

 
『本当はこの眼、選んでくれてたんじゃないかって、思うんです。私の居場所や、友人なんかを』

「選ぶ、ですか?」

『はい! ……昔と違ってアイドルになった私は、
 多少周りから浮いていても、それが個性として認められるようになりましたし』

「……そうですね。ウチの事務所は、貴女を含めて個性派揃いですから」


『それに、友人も。私の見た目だけじゃなくて、
 ちゃんと私を……『高垣楓』を見てくれる人たちに、沢山出会うことができました』

「それもまぁ、そうですね。ウチは見た目だけじゃあ分からない性格の人の集まりですから。
 みんな自然と、その人となりを大切にしますもの」


『後は……プロデューサー?』

「なんでしょう?」

 尋ねても、中々返事は返って来ない。
 だが焦る必要も、慌てる必要もない。


『プロデューサーから見たアイドル……高垣楓の一番の魅力って、何でしょうか?』

「……なんだ、そんなことですか」

 彼女には彼女のペース、そして私にも、私のペースがあるのだから。

 
「決まってるでしょう? 楓さんの一番の魅力は、その笑顔ですよ、笑顔!」

 自信をもって、そう告げる私の視線の先、ここからでもハッキリと分かる彼女の笑顔。
 
 電話越しに聞こえるのは、嬉し気な吐息と、そして――、



『――だから私、今ならこの眼も好きになれる気がするんです!』


 以上、おしまい。三度目の正直、やっぱシンプルなのが一番だ。
 
 少しでもこの楓さん可愛いな、なんて思って頂ければ幸いです。
 
 それではお読みいただき、ありがとうございました。
 
 そして最後に、雑談スレの340さんにも感謝を。
 本当に素敵な台詞を、ありがとうございました!

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom