北条加蓮「モノクロに差す、薄明の光彩」 (61)



「――うあー、疲れたぁ~……」


ファミレスに入るなり、李衣菜は4人掛けの席にどっかり座ってため息を吐いた。

隣に色んなブランド服の紙袋を置いて、腕を振ったり指をにぎにぎさせてる。


「ふふっ、荷物持ちお疲れ~。いやー助かっちゃったなー」

「はぁ、買い物付き合ってってこういうことだったの……? 自分の分くらい持ちなよぉ」


ほっぺを膨らませてアタシを睨んでくるけど、そんなの全然怖くない。むしろもっとイジメたくなっちゃったり。


「んー、どれ食べよっかな~♪」

「ちょっとー、聞いてるの~? んもー……」


ジト目の向こう側には、しょうがないなぁって呆れと優しさが滲んで見える。

その優しさに、アタシは甘えてるのかも。なんて。

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「いつもこんなに服買ってるの? よくお小遣いもつね……」

「ううん、普段はこんな買わないよ。今日は便利なのがいるし、調子に乗っちゃった」

「便利って……」


ひどいなぁ、なんて言いながら、運ばれてきたポテトを摘む李衣菜。

ほんと怒んないよね。

……もっと怒ってくれたらいいのに。


こんなのを相手してるくらいなら、もっと他の子と遊べばいいじゃん。

買い物付き合ってって言ったらふたつ返事で付いてきてさ。

何度もキツいこと言ってるのに、いつも忘れたみたいにへらへらしちゃって。


「? 私の顔なんか付いてる?」

「李衣菜って童顔だなーと思って」

「ええー、なにそれー」


口をとんがらせて、でもそれだけ。

……ほんと甘い。甘すぎるよ。


「――んーでもさ、今日は私も楽しかったよ。加蓮ちゃんのセンス、見習わないとなぁ」


ずごご、とジュースを飲み干して、アンタはまたそういうことを言う。

絶対人のことを貶さない。少なくともアタシをバカにしてきたことはない。

陰で言ってるかもだけど。


「加蓮ちゃん、ありがとね! 勉強になったよっ」


……撤回。陰どころか、心の中でも毛ほどもバカにしてないんだろうな。

その笑顔、誰にでも向けてるんでしょ? 知ってるんだから。


「はぁ」

「んぇ? どしたの、ため息なんか吐いて」

「んーん、なんでも。ちょっとはしゃぎすぎたかなーって」

「あー、結構歩き回ったもんね。大丈夫?」

「んー」


テーブルに顎を乗っけて、気の抜けた返事を返す。別に疲れてるわけじゃないけど。

荷物を持ってくれて、アタシに振り回された李衣菜の方がよっぽど疲れてるはずなのに。

顔を覗き込んできてまで心配してくれる。


……なんだか自分が惨めになってきた。

同じ人間で、同じ事務所のアイドルで、同じ女子高生なのに。

どうしてこうも違うんだろ。

李衣菜が羨ましい。


「…………」

「…………」


腕を枕にして窓の外をぼんやりと眺める。

李衣菜はといえば……決して狭くないテーブルの向かい側から、精いっぱい腕を伸ばして。


「……アタシ、子どもじゃないんだけど?」

「まぁまぁ」


……何故か、アタシの頭を撫でてくる。


「やめてよ」

「元気無さそうだし。髪の毛もよく手入れしてるね……すごいなぁ」


アタシの心中を察してるのか。

それとも考えなしか。

アタシのよりちっちゃいその手は、ほんの少しあったかかった。


「……ね、この前の話なんだけどさ」


しばらくそのままでいたら、不意に話を振られた。頭だけ動かして続きを促す。

この前? なんかやったっけ。



「加蓮ちゃんのライブの前……、私のこと、昔から変わらないって言ってたよね」



――ドキリとした。


「……そんなこと言った? アタシいつもてきとーだから、いちいち覚えてないんだよねー」

「うん。正確には『昔っからそう』って言った」

「……言ってないっての。聞き間違いじゃない?」

「言ったよ。私は耳が良いって加蓮ちゃんも知ってるでしょ?」

「…………」


昔も昔。体が弱くて、病気を抱えて。

まるで牢屋みたいな病室に閉じ込められてた頃……モノクロの中の、唯一の淡い思い出。

つい口にしてしまった、あのこと。


「ずっと引っかかってたんだ。一緒にお仕事し始めたのも最近だし、そもそもアイドルになって初めて会ったんだし」

「そ。李衣菜の言うとおり。アタシら、あれが初対面だったでしょ」


……思い出してほしいわけじゃなかった。あのときはちょっと褒められて、動揺してただけ。


「うん、そう思ってたんだけど……本当は初対面じゃなかった。そうだよね?」


幼い頃の出来事なんて、普通は覚えてないのが当たり前だ。


「ちょっと気になってさ。なんとか昔のこと思い出そうと思って……お母さんに聞いたりしてね」


アタシのことなんか……アンタをバカにするようなやつのことなんか、ほっといてよ。


「それで……私が今住んでるとこに引っ越す前、よく行ってた公園でさ」


いつもと同じ、なんにも考えてないようなへらっとしてればいいのに。



「――2人で一緒に、あの場所で……たった一度だけ遊んだんだ」



…………。

アタシは李衣菜をナメてた。なんにも考えてないようで、しっかり考えてた。


「加蓮ちゃんはあのときのこと……覚えてたんだね。私もやっと思い出したよ」


ほんと、アンタは大バカで……底なしに優しいんだ――。



―――


小学……何年だったかな。それは覚えてない。けど、あの出会いは……今もまだ、胸の奥に残ってる。


病院へ行く途中の公園。

そこで同い年くらいの子が元気に遊んでたのを、自動車の中から横目で見ていた。

羨ましかった。一緒に遊んでみたかった。

でも、小さくて弱かったアタシの体は……そんなこと許してくれなかった。

長い長い入院生活。たまに帰宅許可が出ても、すぐに逆戻り。

その繰り返しで、幼心にうんざりしていたんだと思う。そんな鬱憤が爆発するのは当然だった。


ある日、担当のナースさんにわがままを言って、その公園に連れて行ってもらったことがある。

柔らかい日差しにあっためられたベンチに座って、仲良く遊んでる同年代の子たちを眺めて。

正直うずうずしてたけど、しっかりナースさんに手を握られて動けなかった。

自分の体の弱さも知ってたし。

そんな、歯がゆい気持ちを抱えていたら。


「――ねーねー! いっしょにあそぼ!」


元気な女の子が、目の前に立っていた。


「あ……え、と。あの、わたし……」

「わたし、いまきたとこなの! みんなはほかの子とあそんでるし、ねっ」


ぴょこぴょこ跳ねながら手を伸ばしてくる。まん丸で大きな目がアタシを見ている。


「わた、し……からだ、よわくて。びょうきだから……」

「そうなの? でもへーきだよ、あそんでたらびょうきもふっとんじゃうよ!」

「で、でも……」


ナースさんは……やっぱり首を振ってる。無理を言って連れてきてもらった以上、さらにわがままを重ねるわけにはいかなかった。


「おねーさん、もしかしてナースさん? この子とあそんでいいですかっ?」


おねがいしますっ。

そう言って、ぺこりと頭を下げる知らない子。

強引なのか、丁寧なのか……よく分からない。

ただ……、アタシと遊びたいんだって気持ちだけは伝わってきた。


「――よーし、いっぱいあそぼーっ!」

「あうっ、ま、まって……!」


その熱意に負けたナースさんが手を放してくれて、その代わりにアタシの手を取ったこの子と。

2人で公園中を駆け回った。


シーソー。ブランコ。ジャングルジム。

体が弱いと言ったアタシを思ってくれたのか、優しく手を引いてくれた。

遊具にすら不慣れなアタシに、たくさん遊び方を教えてくれた。


「えへへっ、たのしーね!」

「うん、……うんっ!」


さんさんと注ぐ陽光と同じくらい、きらきらしたこの子の笑顔が眩しくて。

アタシもいつしか……笑顔になっていた。


――楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。


「うー、いっぱいあそんだー♪ ね、たのしかった?」

「うんっ、すっごくたのしかった♪」

「へへー♪」


手を繋いだまま、足をぷらぷらと遊ばせて。

ベンチに座って夕焼けを一緒に眺める。


「またいっしょにあそぼうね! ねっ!」


沈む夕日の薄明かりを反射して煌めく、まん丸お目々。

綺麗で、嬉しくて、楽しくて。

だからアタシは、何度も首を縦に振った。


「……あっ。おなまえ!」

「え?」

「まだおなまえきいてなかったっ。わたし、りーなっていうの!」


遊ぶのに夢中で、お互いまだ自己紹介すらしてなかった。


「りー、な……ちゃん?」

「うん、りーな!」


それが、この子の名前。


「えと、えっと……」


まごつくアタシを急かすでもなく、ただ見つめて待ってくれた。


「わたし……わたしは、かれん……っていうの」

「かれんちゃん! いいおなまえだねっ、とってもかわいいっ」

「え、えへへ……ありがと、りーなちゃん」


病院ではもう顔なじみが多くて、名前を褒められるなんてそうそうない。

てれてるー、とからかってくるこの子に、アタシはさらに顔を赤くするしかなかった。


――夕闇に溶ける影が長く伸びて、お別れの時間が迫ってくるのを感じる。

見守っていてくれたナースさんが歩み寄ってきて、「そろそろ……」と声を掛けてきた。


「りーなちゃん……また、会える?」

「ふえっ? うん、さっきやくそくしたもん。それに、もうお友だちでしょ?」

「……!」

「だから、また会えるよっ。つぎもいっぱいあそぼ? ねっ、かれんちゃん!」

「……っ、うんっ……!」


思わず抱きついて……少しだけ泣いた。

たった1日遊んだだけなのに。

りーなちゃん……李衣菜は、アタシを友だちだと言ってくれた。

優しい李衣菜は、泣いてるアタシの頭を戸惑いながらも撫でてくれて。

別れの際まで、その屈託のない笑顔を絶やさなかった。


また会おう、って。指切りして。


「「それじゃ……またねっ」」




薄明の空に、光彩を放つかのようなその女の子の姿は今も。

鮮明に、鮮烈に覚えている。


.



――結論から言えば、その後約束が守られることはなかった。


遊びすぎた反動か、その夜に高熱を出して。

ナースさんは怒られ、アタシは何週間も外出禁止令が出された。

まぁ当然と言えば当然。ちびっ子時代、あれだけ遊んだのは後にも先にもあの日だけだったし。

外出許可が下りて、ようやくあの公園に行けたときには。


もう、李衣菜はいなかった。


公園で遊んでいた見知らぬ子になんとか話しかけ、あの子はどこだと聞き出した。


――りーなちゃんはひっこしちゃったよ。


……ウソだ。

ウソだ、ウソだ。

ウソだウソだウソだ!


探すあてもないのにすぐさま公園を飛び出したけど、お母さんに止められた。

しょうがないでしょうって。

しょうがなくなんかない。


アタシが……アタシが悪いのに!


何日も何日も、後悔と申し訳なさでたくさん泣いた。


「わたしがわるいんだ」

「りーなちゃんをずっとずっとまたせちゃったから」

「だからりーなちゃんは、おこってとおくに行っちゃったんだ」

「お友だちになってくれたのに。なのに、なのにっ……!」


繋いでくれた手の温もりも、抱き返してくれた胸の鼓動も。

アタシは……その全部を裏切ってしまった。


それから、代わり映えのない日々。


相変わらずの真っ白で薬品臭い牢獄暮らし。


いつの間にか小学校を卒業してて。


体は良くなったものの、周りからの疎外感を勝手に感じてひねくれて。


無気力で、外面だけ整えて適当に生きてきた。



誰そ彼時。その言葉通り、記憶の彼方のあの子は、徐々に薄れて消えていった。

ちくちくと痛む、あの日の思い出から……消えていく。



――そして。

.



プロデューサーに手を引かれ、やってきたアイドルプロダクション。


広いような狭いような、そんな部屋を見渡して……近くの壁に寄りかかってる子に話しかけることにした。

気だるげにヘッドホンを耳に当てて、音楽を聴いている。


「――ああ、ごめん……音楽に夢中で。もしかして一緒にアイドルになる子? よろしくね」

「ん、よろしく。アタシ加蓮ね。……って、まだ本気でアイドルやれるとは思ってないけど」

「へー。まぁ私も、アイドルっていうかアーティスト目指してるんだけど……あ、私は多田李衣菜」

「……! りい、な」


名を聞いた瞬間、ビクリと体が震えた。

懐かしい、名前……どこかで聞いた、ような……?


「……? どうかしたの?」

「う、ううん……気にしないで」

「ふーん……そう? ま、これからよろしく」


握手。

そう言って差し出された手を、恐る恐る握って……そこで初めて、李衣菜と名乗った女の子の目を見た。


「――――!!」



そこには、


あの日と同じ、


爛々と煌めく大きな瞳があった。


はっきりと思い出した。

あの日、あの公園で遊んだ記憶。

かれんちゃん、と呼んでくれた声。

繋いだ手の感触。その笑顔も。

李衣菜、なんて名前、そうそういるわけがない。

なにより、あの日アタシを誘ってくれた、優しい目。誰かと見間違うはずがない!


こんな偶然、あっていいの……!?


一瞬、もやもやとした今までの鬱屈した感情が晴れたように思えた。


「ぁ、ね、ねぇ……――ッ!」


……でも。


「へ? なに……えっと、加蓮ちゃん、でいいかな?」

「…………うん。それで、いいよ。李衣菜」

「それで、なにか言いかけた?」

「なんでも、ない。……なんでも……」


あのとき約束を守れなかったという心の棘が……また、胸をじくじくと刺し始めて。

言い出せなかった。


言えるわけ、ない。



――それからずっと。


レッスンを受けて、特訓して、アイドルとしてデビューして。

みんなと一緒に頑張ってるうちに、今の李衣菜が見えてきた。

ロックだなんだとかっこつけてスカしていても、中身はあのときとなにも変わっていない。

明るい笑顔も、きらきらの目も、なにもかも。

なんにも変わってなかった。

ぐちゃぐちゃに押し潰されたような今のアタシと、真っ直ぐそのままに生きてる今の李衣菜。

アタシと真逆だ。


……だから、アタシは自然と距離を置くことにした。


李衣菜が覚えていなくて良かった。

もし思い出して、あのとき約束を破ったことを責められたら……。

あの日の思い出は……きっと、粉々に砕け散ってしまう。

そんなことになるくらいなら、こっちから離れるまでだ。

仮面を被って、悟られないように。

少しでも李衣菜が思い出さないように。


お願い。

お願いだから。

アタシを嫌いになって。


キツい言葉を投げかけて。

あからさまに雑に扱って。

遠ざようとして。

とにかく切り離そうとして。


……それでも。

アンタは優しいから。


なにをしてもへらへら、へらへら。怒りもしない、文句でさえまともに返さない。

いつも笑顔で、アタシに向き合ってくる。心の距離を詰めてくる。


アタシのこと、風の噂で聞いてるでしょ?

「苦労したんだね」とか。

「頑張ったんだね」とかさ。

アタシが嫌いな言葉、並べてみてよ。


どうして。

なんで言わないの。

言ってよ。


アタシが嫌いになるから、アンタも嫌いになれ。




……ウソ。

そんなのはウソだ。



嫌いにならないで。

その優しさでアタシを甘やかして。

昔、アタシと一緒に遊んだことを――!



「――アンタ昔っからそーなんだから――」



……ついに、仮面の隙間から、心の声が漏れてしまった。

それを李衣菜は、自慢の耳で聞き逃さなかった。




アタシの、負けだ。


.



―――


「――ごめんね。すぐ思い出せなくて」


腕で顔を覆ってうつ伏せるアタシに、優しく声を掛けてくる。やめてよ。謝らないで。なんでアンタが。


「……思い出してほしくなかった。約束、破ったから。アタシ」

「……『また遊ぼう』って?」

「……ッ」

「……加蓮ちゃん、私が怒ってると思ってる?」


体がふるふると震える。耐えきれない。


「怒ってないよ。大丈夫だから」


優しい声。でもウソだ。

ウソに決まってる。ほんとは怒ってる。

李衣菜だって仮面を被ってるんだ。


「というか、ね。私の方こそ怒られなきゃいけないんだよ」


……なにを言い出すの。


「本当はね。あのとき、もう引っ越すのは決まってたんだ」


え。


「それが嫌でさ……新しい友だちできたからまだここにいるんだー、ってわがまま言ったんだって。お母さんが話してくれた」


思わず、顔を上げた。


「……その、友だち……って……」

「うん。……加蓮ちゃんだよ。『新しい友だちができた』って言葉で、ようやく思い出せたってわけ」


ウソ、だ。


「あ、でも急場しのぎで誰でもいいから友だち作ろう、ってわけじゃなかったんだよ……多分。そこまで覚えてないけど」


……ウソだ。全部アタシが悪いんだ。


「たしか、ベンチに見覚えのない女の子がいて……お、なんかだんだん思い出してきたかも」


李衣菜は悪くない。アタシが病弱で、体も……、心も弱いせいなんだから。


「なんだか……そうだなー、遊びたくてうずうずしてた? うーん、どうだったかな?」


だから、だから……!


「そうそう、それで夕方まで遊び倒したんだっけ! あはは、結構無茶させちゃったかなー」


そんな、……そんな笑顔で……っ!



「バ、カ……っ。ぐすっ……話さ、ないでよぉっ……!!」


.


「えっちょっ、泣っ……えええ、待って待って、なんかごめん!?」

「ぅ、ぅぅ……ばか、ばかぁ……っ!」

「か、加蓮ちゃんっ、ここファミレス――あああ店員さんなんでもないです違うんですっ」

「ぇぐ、く、うぅぅ……っ、うぁぁぁああぁあぁぁ――ッ!!」


今まで何重にも重ねてきたアタシの仮面は、涙と一緒にあっさりボロボロと崩れ落ちてしまった。

みっともなく泣きじゃくるアタシを、李衣菜はやっぱり優しく慰めてくれる。

凛にも奈緒にもこんな情けない姿見せたことないのに、ガキんちょみたいに泣き腫らした。

その間、ずっと……手をぎゅってしてくれて。頭をぽふぽふしてくれて。


やっと、ようやく。刺さっていた棘が抜けたようで。

涙はどんどん溢れるのに、心は反対に晴れていくみたいだった。



――しばらくして。


「――ごめ、ちょっと泣きすぎた……うえ、吐きそ」

「や、やめてよ……。もう平気?」

「ん。……めっちゃ恥ずかしいとこ見られちゃった。セキニン取ってね♪」

「まだ空元気みたいだね。いいよ、無理しなくて」


う、見破られてる……。もう李衣菜には効かないかなぁ。

気付かなかったけど、いつの間にか隣に座ってる。わざわざ移動してきて慰めてくれたの?


「ひゅう、いっけめーん♪」

「……なんか分かりやすくなった? キレ悪いよ」

「そういう李衣菜はなんか容赦なくない?」


仮面なし、ノーガードの殴り合いか。よーし、かかってこい李衣菜。


「……ふふふ♪」

「なに笑ってるの?」

「べっつにー。そろそろ李衣菜にも、アタシの物語を紐解く権利をあげようかなぁって」

「それ長いやつ? もうだいぶ居座ってるし……」

「えー、聞いてよー。今を逃したらもうチャンスはないかもよ?」

「店員さーん、もう出まーす」

「無視は良くないでーす加蓮ちゃんまた泣きまーす」

「ほら、置いてくよー。って荷物多いなぁほんと……」


やばい。今までの仕返しかってくらいグイグイ来る。手の内どころか、心の内まで明かした弊害ってやつ?

でも。


……結構楽しいかも♪



―――


てくてく、夕暮れに染まる道を行く。

目の前に長い影が2つ伸びて、アタシたちの先を歩いてる。


「待ってよ李衣菜、アタシの口から話すなんて滅多にないんだよ? 特別なんだってばー」

「『過去のことなんてどうでもいい』って言ってたのに?」

「うぐぅ。李衣菜のいじわるぅ」

「あはは、また今度ね。……思い出の公園、行ってみる? 次のお休みにさ」


あの公園。……奏と行ったときは、ただの通り道だと思って――ううん、そう自分に言い聞かせてただけだけど。

李衣菜との、大切な思い出の場所。


……忘れるわけにはいかない。

過去と向き合うために。


「まだあそこ、ベンチ置いてあるの?」

「うん、たしかあったはず。遊具は少し減ったけど」

「あー……。時代だねぇ」

「昔とは違うから。街も人も」

「加蓮ちゃんも?」

「アタシ? アタシは……」


そう、アタシは――。


「これから、かな。李衣菜と一緒に、変わっていこうと思う!」


まずは笑顔から。李衣菜の前に出て、にかっとスマイル。どう、李衣菜っぽい感じでしょ♪


「お、真似っこ? へへ、負けないよー!」


あの日と同じ、薄明の空。

あなたも変わらない、光彩を放つようなきらきらの笑顔。

せめて、アタシもあなたに近づけるように。


分かれ道。


「李衣菜、それじゃ」

「うん、加蓮ちゃん」


「「――またねっ」」


同じ笑顔で手を振って、別れた。



「――よし!」



今度こそ。

これから新しい『私』になって、この約束を果たそう!



―――

――



.



―――


「――りーいーなー。お腹すーいーたー」

「あーもー、うるさいなぁ……べたべたくっついてこないでよー」


「キッチンあるんだからてきとーになんか作ってよ~♪」

「てきとーに作ったらまーた『これは気分じゃないー』とか文句言うでしょ? そういうのロックじゃないよ……」

「ロックとかどーでもいいー。私が今食べたいものを当てればいいだけじゃん、簡単でしょー?」

「んな無茶な!? もー、凛ちゃん奈緒ちゃん! コレどうにかしてよー!」


「ふふ。頑張って、李衣菜」

「あたしに矛先向かないならなんでもいいよ。ファイトだ李衣菜!」


「えええ、助ける気ゼロ!?」


「コレなんてひどいよ李衣菜~♪」

「加蓮ちゃんだってアレ呼ばわりしたくせに……。覚えてるんだからね?」

「過去のことなんてどうでもいい~。ふふふ♪」

「なんか都合の良い言葉になってる……はぁ~」

「なんでもいいから早くごはんーごはんー」

「だからまとわりつくのを……はいはい分かったよ、作るよ作ります! 作るから文句言わないでよっ?」

「やった! はーい文句言いませーん♪」

「っとに……。なんでこうなっちゃったのかなぁ……」


「……なんだか李衣菜、加蓮の保護者みたいだね」

「夏樹といるときは真逆なのになー。李衣菜って器用だよね」

「奈緒も李衣菜の器用さ、見習ったら?」

「凛にもそっくりそのまま返すよ」


「なに作るかな……ハンバーグでも――」

「りーなチャンのハンバーグ!?」

「なああびっくりしたぁ! み、みく、どこから出てきたの!?」

「りーなチャンのハンバーグあるところ、みくありにゃあ……じゅるり」

「ちょっとー、みく。李衣菜は私のた、め、に、ハンバーグ作ってくれるんだよ? 邪魔しないでよね」


「むむっ、加蓮チャン……よくもりーなチャンを誑かして! しょーぶにゃしょーぶ!」

「勝負ぅ? みくに勝ち目あると思ってるの? 私の圧、勝。に決まってるんだから」

「ぐぬぬぬ……! ……りーなチャン! どっちが大事なの! みくと加蓮チャン!」

「んー、料理の邪魔しない方かな。みく、加蓮ちゃん。2人分作るからあっち行ってて」

「にゃにゃーん了解にゃーん♪」

「……単純ネコ。あ、それと李衣菜」

「ん、なに?」

「みくは呼び捨てで、私はちゃん付けって。なんか不公平なんだけど?」


「……あー、それ」

「そう、それ」


「……みくちゃんにすれば解決?」

「むー」

「…………」

「むーむー」

「…………」

「むーむーむー!」


「…………加蓮、」

「わー♪」

「……ちゃん」

「ちょっとぉ」


「い、いいでしょ今さら呼び方変えなくても。大人しく待っててよ」

「えーやだー、呼び捨てで呼んでよー。もう、照れ屋さんなんだから李衣菜ってば♪」


「みくー、2人分合わせたビッグサイズにしてあげるー」

「うぇーほんとー!? りーなチャン大好きー!」

「えっちょ、私の分は!? ねぇ李衣菜!?」

「あれ? どちらさまでしたっけ……えっとたしか北条さん?」

「やめて李衣菜ー!」


「……完全に加蓮を手玉に取ってる」

「李衣菜、なにしたら加蓮をあんな……。あたしも教えてもらおうかな」


「――だりーのやつ、あの加蓮で遊んでるのか。ははっ、成長してるんだな」

「あ、夏樹。お疲れさま」

「ああ。お疲れ凛、奈緒」

「お疲れー。……いや、李衣菜のあれは成長でいいのか?」

「いいんじゃないか? だりー、楽しそうだしな♪」

「……加蓮の保護者である李衣菜の保護者である夏樹……」

「や、ややこしい……」


「李衣菜、李衣菜っ。お願いだから私にも~!」

「あぶなっ、火ぃ使うんだからやめてって。分かってるよ、ちゃんと作るから。待ってて、……加蓮」

「!!!」



「はぁ~んりーなぁ~♪」

「だから鬱陶しいってば、も~……♪」


――ジト目の向こう側には、しょうがないなぁって呆れと優しさが滲んで見える。



その優しさに、私は甘えてる♪



おわり

というお話だったのさ
ネタ収集に色々見て回ったけど、みんな似たような妄想をしてて一体感を感じた

(今回はだりやすかれんシリーズとは一切関係)ないです

http://i.imgur.com/joEfwx6.jpg
かれりーなはいいぞ

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