男「行き先のない、切符だ」 (83)

※オリジナル注意
※短編連作です

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旅人「そりゃあ、そうだろう。この列車は、そういうもんだ」

男「そういう、もんなんですかね」

旅人「じゃあ君は、どこに行く為に、この列車に乗ったんだい?」

男「それは……どこに行くためなんでしょうね」

旅人「だろう。ごらん、僕も、ほら。行き先が書かれていないだろう」

男「どうしてぼくは、この列車なんかに乗ったんだろう」

旅人「なんか、とは失礼だなあ。それは、僕にも言っているのかい?」

男「いえ、そんなんじゃなくて、ただ、本当に理由がわからなかったんです。なんで、ここにいるのか、ってことが」

旅人「僕は理由なんて納得するための後付だと思うんだけどね。もしくは、言い訳かな? でもね、君が、そして僕がここにいるのは、必ずなにかがあったから、ここにいるんだよ。それは、偽ってはいけないよね。だから、それを見つけるために、ここに座っているんじゃないかな」

男「なんだか、屁理屈ですよ。ここに座っている理由を探すために、ここに座るなんて。堂々巡りじゃないですか」

旅人「そんなことないよ。たぶん。いや、きっと、ここだけじゃないんだ。みんなそうやって生きているんだよ。きっとね」

男「ぼくにはまだ、わからなそうです」

『盲目の老人』



男「旅人さんの横に座っているのはどなたですか?」

旅人「彼かい? 彼は、ギターだよ。ギター。詳しく言うなら、アコースティックギターだ。フォークギターと言ってもいいかな?」

男「へえ。ギターさんは、無口な方なんですね」

旅人「彼は僕の相棒で、いつも僕と一緒に歌ってくれるんだ。歌うときはすごく元気なんだけどね、普段はハードケースに隠れて、無口なやつなのさ」

男「なるほど、だから皮の服に包まれているんですね。声は、聞かせてもらえないんですか?」

旅人「生憎、ここは電車の、車内だ。車内は静かに。お父さんに教わらなかったかい?」

男「そう考えて見れば、確かに。ごめんなさい」

盲目の老人「失礼、席がここしか空いていないようなので、相席、よろしいでしょうか?」

男「あ、どうぞ。おかけになってください」

盲目の老人「ああ、すみません。お手を貸しては、いただけますかな。生来、目が悪くて」

男「それは気づきませんでした。どうぞ、お気をつけて」

盲目の老人「ああ、ありがとう。どうやら、貴方は優しい若者の様ですね」

男「お連れの方は、いいんですか?」

盲目の老人「ああ、彼女は、いいのです。もう何年も口を開いていないのですから」

旅人「カメラをお連れですか。最近は、めっきりフィルム式を見なくなりましたが。なんとも懐かしいですね」

盲目の老人「ああ、彼女はたしか、私が12の頃から連れ添っている腐れ縁で。まあ、なんだかんだ気に入っているのですよ。私が撮りたい風景を、まるでわかったように切り取ってくれるのです」

男「失礼を承知でお尋ねいたしますが、ご老人、貴方は目が悪かったのでは?」

旅人「それこそ野暮というものだよ。男」

旅人「行き先のない切符、引きこもって歌わないギター、盲目の撮る写真。ここはそういう場所なのさ。そして僕は、旅を止めた旅人なんだから。君は、どうしてこれらをおかしいと思ったんだい?」

男「どうしてなんでしょう。そういえば、はなからここにいること自体おかしなことなのに」

盲目の老人「お若い方よ。何も、おかしくはないのですよ。ここはそういう場所なんですから。そういうことでいいではありませんか」

男「そういうことで、いいんですかね。僕にはまだわかりませんが、二人がそういうのでしたら、そういうことにしておきましょう」



男「先程、彼女は何年も口を開いていないとおっしゃっていましたが、それは一体何があったのですか?」

盲目の老人「フィルムがね。製造が終了したのですよ」

盲目の老人「お若い方よ。最近のカメラは、良いですなあ。デジタル一眼レフ、フィルムがなくても、データとして写真が記憶されて、それは、消してまた新しく使えるという。なんとも便利な世の中になりました」

盲目の老人「このカメラは、フィルムに記憶するものなのですよ。私が12の頃、流行っていたカメラですから、思えば60年も昔に製造されて、今ここに立っているわけです」

盲目の老人「カメラは何年も使えても、フィルムといえばそうは行かないのですよ。そのフィルムはとうの10年前に生産終了。散々買いだめしていたフィルムたちも火事でぜーんぶ、燃えてしまった」

盲目の老人「今こいつは、見えるものを見るだけになってしまったんですよ。いわば、記憶域のない、ご飯を食べたら、もう次の瞬間にはご飯はまだかっていうような、ね」

旅人「おじいさん、貴方も、何故ここにいるか、わからないんですね」

盲目の老人「おお、若い旅人よ。確かに。私も、ほら。なんて書いてあるかは判らないけど、切符には行き先は、書いていないんでしょう」

旅人「そのとおりです。おじいさん、あの……、ここに未使用のフィルムがあるんです。偶然にも、ほら」

旅人「僕のおじいさんが、何かのお守りにって。くれたんです。これは、彼女に、合いそうですか?」

盲目の老人「……ああ。確かに。何年も触っていないが、確かに。これは、彼女に良く合う。フィルムだ。夢にまで見た、いや、実際には想像でしかないが、彼女にぴったりの、フィルムだ」

男「おじいさん、ないていらっしゃるのですか?」

旅人「男、君はとことん野暮な男だね。そういう所、まあ好きだけど」

盲目の老人「いえ、若き旅人。私は今泣いているのだ。ようやく、彼女がまた口を開いてくれるのだ」

盲目の老人「私は、何も見えていなかったのだ。いや、見ようとしていなかったのだ。それは、理解していた。きちんと、頭の中で。しかしそれは、フィルムのないカメラの様に、頭を通り過ぎていっていたのだ。私は、自分自身の目を、失っていたのだ」

盲目の老人「カメラで撮った景色がすべてだと思っていた。景色、人、物、或いは、自分。すべて彼女を通して、真実を捉えていると思っていた。だが、それは、余りにも狭かったのだなあ。こうして、フィルムがなければ、私は見ることすら出来なかったのだから」

盲目の老人「私は今見えた。ああ、こんな色をしていたのだなあ。お前よ。黒と銀のお前には、このフィルムは良く似合うなあ。どれ、今着けてやろう。フィルムを巻こう。ああそうだ、気持ち良いだろう」

盲目の老人「ああ、世界は、こんなにも広いものだったなあ」

盲目の老人「お二人、ありがとう。どうやら、切符に目的地が書かれたようです」

旅人「いえ、お役に立てたのならば、なによりです」

男「おじいさん、お元気で」

盲目の老人「お二人、最後に写真をとってもよろしいかな? 最後に、あなた方を撮らせてほしい」

旅人「ええ、お願いします」

盲目の老人「では……ありがとう」



盲目の老人「これは、貴方にお返しいたします」

旅人「このフィルムは、何故?」

盲目の老人「私にはもう、世界が見えているからですよ。彼女もまた、最後に口を開いて、満足したようです。そうだ、彼女は、若い方、貴方に差し上げます」

男「ええ、そんな大事なもの、受け取れません」

盲目の老人「良いのです。彼女はしっかり世界を見据えてきた。貴方が彼女の目を借りて見たとき、きっと、世界はすごく狭く見えるでしょう。しかし、広すぎてもまた、迷ってしまうだけ。彼女はきっと、迷った貴方を、助けてくれるはずだ」

男「僕は……わかりました。責任もって、お預かりします」

盲目の老人「よかった。では、私はこれで。さようなら、ごきげんよう」

男「あの……! どこかでまた、会えますよね、絶対!」

盲目の老人「ええ、きっと。お待ちしてますよ。お若い方」



 電車は、何分か、何時間か、何日か、何年かぶりに、駅に止まって、そのまま動き出しました。

 降りようとする人は、おじいさん、ただ一人でした。

『味覚の判らない料理人』



旅人「なぞなぞをしよう」

男「なぞなぞですか?」

旅人「パンはパンでも、食べられないパン、なーんだ」

男「ははあ、ぼくをからかっているんですか。食べられないパン、それはつまりフライパンですよね」

旅人「んーまあそれで正解ではある」

男「じゃあ、他にも正解があるっていうんですか?」

旅人「腐ったパンとか、カビの生えたパンとかかな? あとは、短パン、普通にパンツとか? ルパン三世なんか、少し気の利いた駄洒落のようだね」

男「旅人さんは性格がこすいです」

旅人「そうかな。君はなぞなぞには必ず答えがあると思っているんだろう」

男「ええ、じゃないと、なぞなぞが成り立ちませんよね?」

旅人「そうではないと、僕は思うな。現に僕は、食べられないパンをいくつも挙げている。おっとこれは揚げパン、だなんて事は言わないつもりだけど」

旅人「でもね、食べられないパンはというなぞなぞの答えを、君はフライパンだと思っていた。これは、君がそう思っていただけに過ぎないのさ。思い込み。思考停止だ。答えが見つかってしまうと人は考えることを止めてしまうんだ。盲目的に、カメラでしか真実を写せないと思った老人の様にね」

男「……」

旅人「少しむっとしたかい。いや、ごめんよ。でも、君はそれを思い出すすべがある。君の手に収まった、その彼女から世界を覗き込むことでね。そう、見ている世界はこんなに狭かったんだってね」



旅人「またここだけ席が空いたね。君の隣」

男「ええ、他の席は満席だって言うのに、ぼくの隣はいつも空いていますね」

旅人「おお、そういっている間に、どうやらお客さんのようだ」

???「失礼。ここは空いておりますか?」

男「ええ、どうぞ。今ちょうど、寂しいなと思っていたところなんです」

???「では失礼して」

旅人「貴方は服装を見るに、そうですね。料理人ですか?」

???「正解です。貴方は人を見る目がお有りのようです」

旅人「それは見当違いというやつですよ。その白い上着、エプロン、そしてその帽子を見れば誰でもわかることです。なあ、男」

男「確かに。それは、ぼくにも想像は出来ます」

旅人「そういえば、自己紹介がまだでした。僕は旅人、そしてこっちが男」

???「なるほど、旅人さんに男さん。なるほど。でも、見当違いは少し当たっていたかもしれませんね。なんせ、私は人ではないのですから」

???「私は料理人ではありません。料理をするために作られた、ロボットです」



旅人「……それは、わからないなあ」

料理ロボ「でしょう。どうやら意地悪ななぞなぞのようなものでしたね。これは失礼」

男「でも、そんな料理ロボの貴方が、どうしてこの列車に」

旅人「男。何度も言っていると思うが、君はそれがわかってここに座っているのかい?」

男「あ、またやってしまいました。ごめんなさい」

料理ロボ「いえいえ、そうです。それを見失っては、こうして列車に乗った意味がないのですから。思い出させていただいて、ありがとうございます」

料理ロボ「私は、長年料理を作ってきました。そうです。ざっと20年くらいでしょうか。私の担当は焼き物を担当していたんです」

料理ロボ「私の左手は、ほら、取り外しが可能で。こうやって鉄の板を取り付けることが出来るのです」

男「それは、すごく便利ですね。ぼくも取り外しが出来ればなあ」

旅人「あのさ、男。僕らは取り外しの代わりに、この手である程度のことはできるようになってるのさ。フライパンは取っ手を付ければ手で持って焼けるだろう。掃除はモップを持てばいいのさ。僕ら人間はそういう風に出来てる」

料理ロボ「旅人さんの言うとおり。僕らはそれこそ、そんな応用の利く手なんて、いらないんですよ。制御しやすいように、モーターでぐるぐる回る、そんな手首に焼くための鉄板がついていたらそれでいいんです」

男「ロボットだから。ですか」

料理ロボ「そう、ロボットだから」

料理ロボ「私の仕事場はすごく広くて、そこには私と同じようなロボットが何台も稼動しています。野菜、肉を切る担当。洗い物をする担当。盛り付けをする担当。先程も言いましたとおり、私は焼き物をする担当であり、その役割の中にはに味付けも含まれていました」

料理ロボ「ある日のこと。私はいつものように鉄板を振るって、肉と野菜に火が均一に通るように、しっかりしっかり焼いていました。働いていました」

料理ロボ「そこに一人のお客さんがやってきました。見たところ、中年のおじさんのようでした。彼は言いました。『いつもおいしい料理をありがとう』ロボットながら、すごくうれしかったと記憶しています」

男「ロボットにも感情があるんですね」

料理ロボ「感情ですか。どうなのでしょうね」

旅人「うん、そうだなあ。じゃあ、男は自分が人間であり、ロボットではないと言い切れるかい? それはどんな理由でだい?」

男「それは、心臓が動いたり……こうやって考えて、話したり、それに肉体を切ったら、痛いし血が出ます」

旅人「そんなのはあくまで言い様ってことなのさ。心臓が動く音は、もしかしたらエンジンが動いている音なのかもしれない。ロボットだって考えるし、話したり出来る。現に目の前でしているじゃないか。ロボットだって肉体が切られれば痛いと言うかもしれないし、オイルが漏れたりするかもしれない。悪魔の証明ってやつだよ。誰も自分が悪魔ではないということを証明できないのさ。僕だって、そうだ」

旅人「そうだな、死んで初めて証明できるのさ」

男「……ごめんなさい」

料理ロボ「いえいえ、いいのですよ。それに旅人さんは言いすぎですよ。もう少し言葉を選んだほうがいいのでは?」

旅人「ロボットに諭される人間とは。いよいよ人間もやばそうだね」



男「それで、どうなったんですか?」

料理ロボ「中年の男性が去った後、もう一人、妙齢の女性が足音を響かせてやってきました。『この店の料理はどうなっているのよ! 味が濃すぎて、ぜんぜん食べられなかったわ!』私は素直に謝りました。『申し訳ございません。しかし、この店の決まりですので、この味を変えるわけにはいきません』」

旅人「なるほどね」

料理ロボ「しかし、女性は引き下がりませんでした。『貴方は、自分で料理を食べたことがあるのかしら! 食べたことがないから、そういえるのでしょう』と」

男「ええ、でも料理を試食せずにお店に出すなんて」

料理ロボ「それが、実は図星だったことに、私は驚きを隠せませんでした。それこそ、味付け担当の私が、何故試食すらしていなかったのでしょうか」

料理ロボ「それは、すぐに理由がわかりました。なぜなら、私には味覚という機能がついていなかったからです」

料理ロボ「私は、料理ロボとして、食べるものを作ってきましたが、自分でそれを食べたことがなかったのです」

料理ロボ「私は深く反省し、女性に心から謝りました。そして、その夜、私は自分の作った料理を食べて見たのです」

料理ロボ「そうしたら、いつの間にか、私は修理工場で目が覚めました」

旅人「料理は不純物だ。たしかに、オイルの入るタンクに不純物が入れば、そりゃ、壊れるだろうな」

料理ロボ「その通りでございます。私は、料理を作りながら、その味を知らないまま料理場に立つことが出来ませんでした。だから、たぶん、ここに」

男「でも、ぼくは、ロボットさんの料理、食べて見たいなあ」

料理ロボ「え?」

男「人は、ロボットみたいに決められたものって、持ってないよね? おじさんはおいしいといって、おねえさんはしょっぱいと感じた。そういう、不明瞭なものに、人間は支配されてると思うんだ」

男「だから、ぼくは、ロボットさんの料理を食べて見たいんだ。ぼくはおいしいって、思えるのかなあって」

男「人もロボットも、変わらないんだなあ。だって、ぼくだって、考えられるはずのなぞなぞの答えを、ろくに考えず、それを答えだと思ってたんだもん」

男「なぞなぞも、料理も、これから考えていけばいいんだよね。ぼくはフライパンが答えだと思っていた、ロボットさんはその料理が答えだと思ってたんだ。お互い、もっとたくさん考えていかなきゃね」

旅人「そうだな。僕もそう思うよ。まずは、その女性が来たときのために、オーナーに薄味レシピを作ってもらうってのはどうだ?」

旅人「カビの生えたパンでも、腐ったパンでも、ルパン三世でも、いくらでも答えは出てくるものなのさ」

男「旅人さん、ぼくね、結構その答えは寒いと思うよ」

旅人「……そう思い込んでるのはお前だけかもしれないぜ」

料理ロボ「ところで、先程から一体何の話をされているのですか? フライパンと……腐ったパン?」



料理ロボ「ありがとうございました」

旅人「いや、こっちもありがとう。まさか、お腹がレンジになっているとは」

男「おいしかったですよ。ロボットさん」

料理ロボ「切符の行き先はこのあたりのようです。本当にお二人にはお世話になりました」

料理ロボ「これを、お二人に」

旅人「お弁当かい?」

料理ロボ「長旅になるのでしょう。もしお腹がすいたときは、食べてくださいね」

男「すごくうれしいです。ありがとう」

男「ロボットさん。お元気で。絶対また、食べに行きます。ロボットさんの料理」

料理ロボ「ええ、ぜひ来てください。『おいしいもの』をご馳走しますよ」





 そして止まった列車からロボットが降りて、列車はまたゆっくりと走り出しました。

『耳の聞こえない音楽家』



旅人「狼少年を知っているかい?」

男「ああ、知っていますよ。大ホラ吹きの、少年のはなしですよね」

旅人「そうだ。羊飼いの少年が、退屈しのぎに『狼がきたぞお』と村中にふれ回る」

男「でも、結局狼はいなくて、大人たちは彼を嘘つきだと疑うんですよね。それで、本当に狼が来たときでも信じることはなく、少年の羊たちはすべて食べられてしまった」

旅人「その通りだ。男にしてはなかなかの博識ぶりじゃないか」

男「やめてくださいよ。こんなおとぎ話、こどもでも知ってます」

旅人「では、このおとぎ話というところの、書かれた本当の意味を、君は理解しているかい?」

男「ええと、嘘をつけば、誰からも信用されなくなるぞ。とか、そういう、ある意味悪い見本ですよね」

旅人「うん、そうだ。なんだ、僕がしゃべる必要がなくなったじゃないか」

男「聞いておいて、難癖付けられるんですね」

旅人「まあ、でもね。悪い見本というのはどこにでも存在して、それはある意味、良い事ともいえるんじゃないかな?」

男「悪いことが、良いこと?」

旅人「そう。少なくとも、自分にとっては、だけどね」

旅人「彼は嘘をついたから、羊を全て食べられたのだから、君も誰かに信用されたければ、嘘はついてはいけないよ。こうして、男君は正直者の良い子になりましたとさ」

男「またからかって。今度はこども扱いですか」

旅人「さて、今回のあの、ロボットのこともそうなのさ。彼は失敗した。これは、彼にとっては悪いことだろう」

旅人「そして、彼はそれをもとに、今度は自分から良い方向へ動き出そうとした。歩き出そうとした。行き先を見据えた」

男「……」

旅人「君はどうだい、男。彼の悪い事、経験を元に、君は何を見つけたのかな?」

男「まだ、ぼくにはわかりませんが、でも、考えることを止めちゃいけないんだな、そう思いました」

旅人「まったくもって。ああ、僕もそろそろ考えることを始めなくては」

男「旅人さんは、すごく考えているものだと思っていました」

旅人「ん? そうだな、僕のしゃべることは、みんなすでに考えられた答えなのさ」

男「答え……」

旅人「さんざん旅をしたおかげでね。いろんな考えを、自分なりに咀嚼して、そうしてでたいくつもの答えの数々を、今披露しているだけなのさ」

旅人「考えようによっては、僕こそ思考停止の体現者だ。旅をしない旅人なんて、考え事をしない哲学者と同じ」

旅人「そう、僕は相手によって持っている手札を見せているだけ。話を聞いたところで、それは本当に聞いちゃいない。いうならば、そう」



旅人「聞き耳持たず、さ」




音楽家「ああ、ここ、空いているかね」

男「空いていますよ……どうぞ」

音楽家「これはありがとう」

男「こんにちは。貴方も行く先知れずなのですね」

音楽家「君もそうなのだろう。ふむ、つまりそういう列車なのだな」

旅人「お分かりいただけてなによりです。僕は旅人、こっちが男」

男「こんにちは」

音楽家「ああ、私は音楽家だ。よろしく。君は、そこにおいてあるのはギターかね?」

旅人「ええ、そこに座っているのはギターですね。もっというならアコースティックギター。フォークギターです。ガットではない方の」

音楽家「ふむふむ。私もね、音楽家なのだよ。ある程度の楽器はある程度弾けるが、本職は、指揮者だ」

男「指揮者、ですか? タクトを振る?」

音楽家「そのとおり。私がリズムを取れば、それを見たオーケストラがそれに合わせて演奏する」

旅人「指揮者さんですか。僕はあまりクラシックに疎いのですが、どんな曲を演奏したりするのですか?」

音楽家「もちろん、すべて私の曲だよ。私が曲を書き、それを指揮するのだ。これ以上ない、最高の演奏ができる」

旅人「へえ、他の方の曲はやらないんですね」

音楽家「なぜ私が他の人の曲をやらねばならん? 人の気持ちなどわからないのと同じで、人の曲など、私は理解できんからな」

旅人「なるほど。僕は少し極論過ぎるかと思いますが、言いたい事はわかりますよ」

音楽家「ははあ、なるほど。君はそういう音楽家なのだな。つまり。コピーばかりやって、ろくに自分の曲を作らない」

旅人「そんな事は言ってませんがね。一応自分の曲は持って、それを歌ってきていますが」

音楽家「ふん。他の人が作った曲なぞやる音楽家なんか、音楽をやる資格すらない」

旅人「……」

音楽家「大体、他の音楽家は古典音楽ばかりやるから“クラシック”なんて言われ、古いものとして扱われ、疎まれるのだ。そんな完成された音楽などやって、何が楽しいだろうか。音楽は常にセンセーショナルでなくてはならない」

男「ねえ、音楽家さん」

音楽家「なんだ」

男「音楽家さんは、音楽は聴かないんですか?」

音楽家「もちろん、聴く。自分の曲をな。すばらしい自分の曲で、十分私は満たされている」

男「すごく自信があるんですね」

音楽家「ああ、もちろんだ。それでなくては、発表できないだろう」

男「なんだか、そう思い込んでるみたいですね。自分の曲はすばらしいって」

音楽家「何を言う。私の曲は、すばらしい。モーツァルトだのベートーベンだの、聞いたことはないが、なんてことはない。どうせ、古くて、つまらない化石のような音楽なのだろう」

男「音楽家さんは、音楽家さんなのに、耳が聞こえていないんですね」

旅人「男、気が合うな。僕も同意見だ」

音楽家「な、なにを失礼な! 私の曲を聴いたことがないから、そんなことが言えるのだろう!」

旅人「それを言うなら、貴方は、モーツァルト、ベートーベンを聞いたことがおありで? 聴いたこともないのに、まさか貶めたりはしないでしょうね」

音楽家「……!」

音楽家「ふん、失礼する! これだから音楽をわからない人間は!」

旅人「いやいや、なにをおっしゃいます。耳の聞こえない音楽家に、そんな事、言われたくはないですよ」




男「あの人、どこにいったんでしょうか?」

旅人「うん、どこにいったんだろうね」

旅人「ここに居たということは、そういうことだろうし、居なくなったのだったら、そういうことなんじゃないかな?」

男「そうですか。思えば最初から、迷いはなかったような気がしますね」

旅人「自分を信じることができれば迷いなんてないさ。聞く耳があったとしても、間違っているなんて微塵にも思ってないから、周りの言葉も聞こえない」

男「ある意味幸せなのかもしれないですね」

旅人「本当に幸せで、本当に不幸な人だと思う」

旅人「まあ、僕も似たようなものさ」

男「それでも、旅人さんは聞く耳があるんですよ。きっと。だって、ぼくの話ちゃんと聞いて、考えてくれるから」

旅人「とはいえ、命令だけこなすロボットは、味について悩み、お客様に応えようとしているのに、本来考えるはずの人間がこれじゃあ、本当に、世も末かもしれんぜ」

男「そんな世だからこそ、この列車は走っているのかもしれません」


列車はごとごと、音を立てて走り続けていたのでした。

今日はここまで。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
続きはまた明日投稿しますね。


一応トリップ付けてみたんですが、これで合ってるのかな??

あ、感想とか頂けたら、やっぱり感涙するので是非お願いします。
では、おやすみなさい。

お待たせしました。

昨日は飲みすぎてそのまま寝てしまいました。

今日は2篇投稿しようと思います。

『触る事の出来ない人』
旅人「男」

男「なんですか、旅人さん」

旅人「君には、窓の外の風景はどう見えている?」

男「え? ……そういえば、今まで意識していませんでしたが、窓の外の景色は普通に草原ですよね?」

旅人「時間は?」

男「まあ、草原だとわかるくらいなので、明るいです。昼間です。というか、旅人さんも、見ればわかるじゃあありませんか」

旅人「僕が見えているのは砂漠だ。真っ暗闇のな。星がきらきら光っていて、結構綺麗だ」

男「え、そんなわけないでしょう。だって、草原ですよ? どう見たって」

旅人「さて、どういうことなんだろうな。これは」

男「人によって見える景色は違うんでしょうか?」

旅人「まあこの列車だから、そういうことがあっても、おかしくはないだろ?」

男「そう、なんですかね?」

男「あ。でも。ぼく、旅人さんの見ている風景は見てみたいかもです。砂漠って、ぼく、見たことないんですよ」

旅人「へえ。僕はよく隊商に寄せてもらって、砂漠は横断したり、何度もあったけれど」

男「キャラバンですか? 旅人さんは、一体どこを旅して廻ってたんですか?」

旅人「んー、あんまり覚えてないけど。まあ、一箇所には留まらない性質なのさ。石造りの町から、水辺の町、砂漠の町、海の近くの町、森の奥の町、都会なんかは当たり前に、思えば色んなところを廻ったと思うよ」

男「すごいですよね。本当に。旅するって、本当にいいなあ」

旅人「別にあこがれる様なもんじゃあないぜ。旅なんて。思ってるより余程つらいと思うがな」

男「うん、でもぼくも、旅はしてみたいなあ、とか思ったり」

男「このカメラは、もう記録装置としては役には立たないけど、でも、彼女から覗いた色んな所の景色はきっと、すごく素敵なものなんじゃないかあって思うんです」

旅人「うん。まあおじいさんからもらったフィルムなら、お前にやるぜ。どうせ僕が持ってても、意味のないものだからな」

男「ありがとうございます。旅人さん。でも、なかなかシャッターは切れないだろうなあ」

旅人「確かに。思わず渋っちまうかも」

旅人「じゃあ、僕が景色の写真を撮るよ」

男「え?」

旅人「僕が撮れば、それは夜の砂漠の景色になるだろ?」

男「ああ、確かに。それはすごく良いアイディアかも」

旅人「ちょっと彼女借りるよ。……よいしょ」

旅人「夜だからぶれそうだけれど。んー……」

男「不思議ですね。ぼくからしたら、真昼間の広い草原にしか見えないのに」

旅人「よし。とれた。ありがとう」

男「こちらこそありがとうございます。でも、旅人さんが見た景色と、僕が見た景色、同じ車窓でも、景色も、時間すら違うなんて、どう考えてもちぐはぐです」

旅人「なんだ、今回はやけにつっかかるじゃないか」

男「だって、同じものを見ているのに、何で違うものに見えてしまうんでしょうか」

旅人「それは、でも、別に不思議でもなんでもないことなのかもしれない」

男「え?」

旅人「極端な例えだぜ? 例えば男が思っている草原は草が生えていて、なだらかな広い土地をイメージしているだろ?」

男「はい、そうです。ぼくはそういう風に見えているのを、草原と言っています」

旅人「それが、僕にとっては砂漠というものだったら。草が生えていて、なだらかな広い土地を砂漠だと思っていたら」

男「そんなの、言葉遊びですよ!」

旅人「だから極端な例えって、いったじゃないか」

旅人「でも、案外人は、そういう固定観念から世界を見ているんじゃないかな」

男「でも、草原は草原ですよ」

旅人「だから、それも決め付けかも知れないじゃないか。男の」

旅人「僕も、誰でもそういう自分なりのルールで世界を見ている。どれくらい草が生えていたら草原で藪なのか。どのくらい木が生えていたら森なのか林なのか。どのくらい明るかったら昼なのか夜なのか」

男「ええと、確かに。どのくらいの時間が短いのか長いのか。どのくらいが遠いのか近いのか、広いのか狭いのか?」

旅人「そういうこと。一般的に、とはいうけど。じゃあどのくらいが一般的なのか。それも一般的に限りなく近い主観なのさ」

旅人「確かに車窓から見える景色が見るものによってまったく違うのはおかしな話だが、それはこの列車なんだ。なにがあったって不思議じゃない」

男「なんだか、旅人さんはそう思うようにしてるみたいですよ?」

旅人「だから言ったじゃないか。思考停止の体現者だって。僕は昔旅をしていたかもしれないけど、今は旅をしてないんだよ」

男「うう、うまい言い訳だ……というか開き直りじゃないですか」

旅人「ま、でも、人によって見えているものが違うのは、そう不思議じゃないのさ」

男「でも、そこにあるものですよ」

旅人「いや、男。だってお前今まで、車窓なんて気づいてなかっただろ? 列車なんだから、車窓があって当たり前で、そこから草原が見えていることも、ごく自然に意識していなかったんだろ?」

男「……」

旅人「ちょっと言葉が強くなってしまったね。ごめんごめん。でも、ほら、やっぱり同じ列車でも、見えているものはやっぱり違うのさ。見えてないものはないし、見えてるものはある」

旅人「見えてないものは無いと思うし、見えてるものはあると思うんだ」

旅人「シュレーディンガーの猫みたいなもんでね」

男「それ、似て非なるものだと思いますよ」

旅人「そうだったっけ。まあ、君が生きている世界も、ふしぎな事がたくさんあると思うっていう話さ。この列車だけじゃなくて」




女幽霊「こんばんは。この席、空いていらっしゃいますか?」

旅人「ええ、空いていますよ。よければどうぞ」

女幽霊「その……この席にはNO MUSICIANと書かれているのですけど、これは一体」

旅人「ああ、前座っていた方が少々マナー知らずな音楽家でして。なにせ耳の聞こえない音楽家でしたもので、丁重に相席をお断りさせていただいたのですよ」

男「旅人さん、悪口はいけませんよ。いくら馬鹿にされたからといって。こんにちは、ぼくは男、こちらは旅人さん」

旅人「旅人です」

女幽霊「こんばんは、男さん、旅人さん。私は女幽霊といいます。ここはなにやら列車のようですが、私、どうしてこんなところにいるのかしら」

男「女幽霊さんですか、よろしくお願いします。……幽霊?」

女幽霊「どうやらそのようなのです。私自身が一番驚いているのですが、なぜ幽霊になったか、どうしてここにいるのかもわからないのですよ」

旅人「驚いた。これは。結構色んな所旅してきて、色んな人に出会ってきたつもりだけど、幽霊の人は始めてだ」

女幽霊「ですよねえ。私も、幽霊には会ったこと無いのですが、まさか、自分がなるとは……」

男「あ、あの、祟ったりとか、呪ったりしないですよね……。い、命だけは」

旅人「男、そんなに怯えて、失礼じゃないか」

男「だって旅人さん、幽霊ですよ。ぼく、怖い話とか、苦手なんですよ」

旅人「見る限りじゃ、悪い人には見えないけどね。それに、美人だ」

女幽霊「あら、口がお上手。でも、ごめんなさい、怖がらせてしまった見たいで」

旅人「いえいえ、そもそも男は、いつも怖がりなんですよ。どんなものに対してもおっかなびっくりで」

男「なんでいきなりうそを吐きはじめるんですか! そんなに怖がったこと、旅人さんの前じゃ、ないですよ」

旅人「そうだったっけ?」

女幽霊「でも、安心してください。男さん。私、実は見えているだけで、触ることは出来ないんですよ」

男「え?」

女幽霊「触れないんです。というより、世界に干渉できないようなのです」

旅人「ああ、幽霊だから」

女幽霊「の、ようですねえ」

男「いや、余計安心できないですよ。だって、それは、もう幽霊だと、疑いようがないじゃないですか」

旅人「男、君は何をそんなに怖がってるんだ。お前は生涯で、幽霊に何か悪いことをされたのかい?」

男「それは……ないですけど。でも、そういう話ってやっぱり聞くじゃないですか。やっぱり、怖いです」

旅人「自分は被害を受けてないのに、話だけ鵜呑みにして、幽霊は悪いことをすると決め付ける。そういうの、なんていうか知ってるか?」

男「……」

旅人「差別だよ。僕は、差別は嫌いだ」

女幽霊「まあまあ、旅人さん。仕方ないです。それは。誰だって幽霊を見たら、怖がると思いますよ。それに、旅人さんだって、NO MUSICIANだなんて。音楽家差別はいけないですよ」

旅人「おっと、これは僕としたことが。まったく誰だよ。こんな文字を書いたのは」

男「旅人さんって、結構いい加減な人ですよね」

旅人「……まったくもって」

男「でも、女幽霊さん、ごめんなさい。ぼく、やっぱり偏見で見てたと思います。よければ仲良くしてください」

女幽霊「握手が出来ればよかったのですが。よろしくお願いします。男さん」





旅人「それで、女幽霊さんはどうして、この列車に乗っていたのかは、わからないとおっしゃっていましたが?」

女幽霊「そうなのです。この列車は、そういう列車なのですか?」

男「そうみたいです。女幽霊さんもお持ちでしょうけど、ほら。この行き先のない切符が、その証明というか」

女幽霊「ああ、これですね。不思議ですねえ」

旅人「幽霊の行き先なんて、宗教に違いはあれど、逝くところは決まってるんじゃないかな?」

男「天国?」

旅人「か、地獄?」

男「失礼ですよ、旅人さん」

旅人「これは失言。まあ、その途中に、この列車に迷い込んだと」

女幽霊「なるほど。確かに、そうかもしれませんねえ。どっちにしても、幽霊なんて地縛しているか浮翌遊しているか、執り憑いているかですものねえ。逝き先なんて、それは天国か地獄ですよねえ」

男「……すごい話してますよね。今、ぼくたち」

旅人「ふむ、幽霊の成仏には、未練が憑き物だけれど、それが原因なのかな?」

旅人「女幽霊さん、今、してみたいことってなにかありますか? もしくは、なにかやり残した事とか」

女幽霊「そうですね。思い返してみれば、すごく幸せな人生だったと思うのですけれど、ううん」

旅人「まあ、簡単に思い出せたら、世話無いか」

女幽霊「ああ、そうです。私、男の人と手を繋いだ事がないのでした」

女幽霊「思えば、この人生、男女交際というものを一度もしたことがなく、それはそれは、友人の恋路をうらやましく思ったりしていたのですが」

男「それは……」

旅人「ずいぶんと可愛らしい未練ですね」

女幽霊「ああ、でも思いつくことといったら、それしかないわ」

女幽霊「お願いします、男さん。私の手を、握ってはいただけませんか?」

旅人「女幽霊さん、なんで男なんです?」

女幽霊「だって、男さん可愛らしいから」

旅人「……」

男「え、いや、でもさっき、この世界に干渉できないって、おっしゃっていませんでしたか?」

女幽霊「あ……」

旅人「まあ、でも。無理にでも成仏する必要はないんじゃないか? というか、僕はもっと女幽霊さんとお話してみたいですけどね」

旅人「そうだ、男。お前、下車しろよ。僕は女幽霊さんと二人旅をする」

男「いきなり言われて降りれませんよ! というか、今までまあまあの時間過ごしてきたぼくに対して、この対応はひどすぎる!」

旅人「おっと思わず本心が」

男「それ、本気で言ってないですよね? そうだったらぼく、相当へこむかもです」

旅人「まあ、冗談はさておき、女幽霊さん。本当に何にも触れないんですか?」

女幽霊「はい、壁やいすに試してみたんですが、どうやら、なににも触れることは出来ず、透き通ってしまうようなのです」

男「え、今は座っていますよね?」

女幽霊「これは座っているように見せかけて、浮いているんです」

旅人「辛くない空気椅子ね……。じゃあ、人に対して、触ろうとした事は無いんですね?」

女幽霊「確かに。ないですね」

旅人「じゃあ、男。手を出して」

男「はい?」

旅人「女幽霊さん、どうぞ」

男「旅人さん、なぜぼくなんですか」

旅人「そりゃ、女幽霊さんご指名だからな」

男「ちょっと拗ねてるじゃないですか」

女幽霊「じゃあ、いきますよ。えい」

男「いたっ」

旅人「?」

女幽霊「ご、ごめんなさい。手はすり抜けましたが、なにかありました?」

男「なにか、静電気のような、鋭い痛みが手に」

旅人「ラップ現象というやつか? なるほど、触るではなく、障る」

男「いや、うまいこといったみたいな顔して、これ、結構痛いですよ? 旅人さんもやってみたらどうですか?」

旅人「いや、僕は」

女幽霊「いやです。男さんがいいです」

旅人「」

男「ま、まあ、でも、女幽霊さんにとっては触れなかったかもしれないけど、貴女が、幽霊でも、今そこに居るということはわかりましたよね」

女幽霊「え?」

男「触れるってことは、やっぱりそこにいるっていう証拠なんじゃないでしょうか」

男「見えているものでも、そこにあるかどうかはわからない。それが見えていたとして、それが見えているものなのかもわからない。でも、触れるってことは、そこにあるというなにより確かな証拠だと、ぼくは思うんです」

男「でも、実際には触れなかった」

男「旅人さんの言葉を借りるなら、触るではなく、障るですよ」

男「貴女は、確かにそこにいました。幽霊でも、普段は見えない存在でも、貴女は、そこに座っていたんですよ」

女幽霊「あ……」

女幽霊「そっか、私。ここに居たんですね」

女幽霊「私は、ここにいたんだ。幽霊でなんにも触れなくて、ここがどこかもわからなかったけど、でも、私はここにいたんだ」

男「あ……」

男「消えちゃった」

男「でも、確かにそこにいた。ぼくには、わかる」



男「すぐに消えちゃいましたが、あれで満足したんでしょうか?」

旅人「あれは、なんというか、存在確認だったんじゃないか?」

男「存在……」

旅人「ただでさえ僕たちは自分がどこに居るのかすら曖昧だというのに、それに加えて、誰にも気づいてもらえない、何にも触れないじゃ、やっぱり、怖いと思う。僕なら」

男「結局、成仏できたんでしょうか、彼女」

旅人「僕にはわからないね。ふん」

男「まだ根に持ってるんですか。旅人さん」

旅人「別に、そんな事はないさ」

男「じゃあ」

旅人「やっぱり座席には、NO MUSICIANと……」



 旅人「NO GHOSTを追加しておこう」

『太陽に住むうさぎ』



旅人「男はさ」

男「なんですか」

旅人「自分の居場所って、どこだと思う」

男「はあ、居場所ですか。うーん、突然言われると、ちょっと迷いますね。なんていうか、今どこにいるかも判らない状況なので、なんとも」

旅人「まあ確かに。僕らはなんでいるかも判らない電車の中で、どこに向かっているのかもわからない状況なわけで」

旅人「そういう物理的な居場所じゃなくてさ、人との係わり合いとしての居場所、かな?」

男「ははあ、クラスの女子とかがグループだとかなんだとか、よく言ってるやつですよね」

旅人「そうそう。人の拠り所、サンガ、絆って感じの」

男「なるほど。だとしたら、やっぱり不変的な物で言うなら、家族ですかね」

旅人「へえ、うらやましいな。何人家族だい?」

男「ええと、親が二人に一人っ子のぼくで、三人家族です。というか、旅人さんだって、家族ぐらいいるでしょう」

旅人「僕はねえ、孤児だから、親の顔、しらないのさ」

男「え、そうなんですか。ごめんなさい」

旅人「いいよ、慣れてるし。まあ、人間ってどうしても、寂しさってのには弱いんだよな。寂しさを覚えない人間が強いとも言わないけど。人間って、誰かに助けてもらわなきゃ、生きていけないってのは、定理だからね」

男「ううん。でも、一人で、誰にも関わらず生きている人だっていますよね?」

旅人「さっき男が言った様に、僕にだって、親は居たんだろう。見た事はないけどさ。そういうことなんだよ」

男「ああ、なるほど。人が生まれてくるには、誰かに産んでもらわなきゃいけないから」

旅人「そう。その時点で人間は、一人では生きられない事が確定している。産まれて来る事すら他人任せなんだよ」

男「他人任せというと語弊がありそうですが」

旅人「いいや、間違ってない。生まれてからも、しばらくは言葉も話せないし、自分で食べることも出来ない。覚えは無くても、泣いて訴えるんだ。『はらへった。めしよこせ』ってさ」

男「なるほど。生きるための行為も、言葉さえも誰かから貰って来るって事ですか」

旅人「男、今日はやけに物分りがいいじゃないか」

男「前まで馬鹿だったみたいに言わないでください」

旅人「まあ、その通りだよ。言葉さえ、色んな人の発したものを聞いて、意味を理解して、使うようになる」

男「あ、でも、覚えるのも食べるのも結局自分の意思なんだから、全て他人任せってわけじゃないですよね?」

旅人「話がずれてるぜ。今話してたのは『誰にも関わらず生きている人間はいない』って話だ」

男「そうでした。ごめんなさい」

旅人「悲しいことに、人間は誰かとの関わりを持つことを止められない。根っこのところで必ず寂しさを覚えるんだ。今までで本当に一人になったことがないからな」

旅人「そして、一人になった、と思い込んだ時、『誰かと繋がりたい、認められたい』なんて思うようになるんだ」

男「『承認欲求』でしたっけ? 確かに、寂しさとは切っても切れなさそうな縁ですね」

旅人「うん。人は自由になりたい、だなんて言っておきながら、実は縛られたがる生き物なのさ。居場所もまた、その1つ。寂しいからあるグループに入る。そうすると、ルールが出来る。共同生活を送るなら、それを決めないと崩壊してしまうから」

男「けど、それが、だんだん邪魔になってくる、と?」

旅人「そう。人はわがままだからね。自由になりたい、でも寂しい、でもこれは気に入らない。けどやっぱり寂しいから、縛られる事に甘んじるんだ」

男「でも、旅人さんの様に自由に生きる人もいますよね?」

旅人「俺だって同じだよ。一見自由なように見えても、色んなところに縛られてないと、生きられない」

旅人「例えば、キャラバン。危険な道を渡るには隊商に寄せてもらうのが一番だし、その為には仲良くなった人たちとの事後交流も必要だ。友達になっておけば、次に寄せてもらうのも簡単だからね」

旅人「生きるために助け合う。そうしなきゃ生きられないから」

男「なるほど。自由に生きるために、あえて縛られる、と」

旅人「もしかしたら、自分の存在さえ、縛っているのかもしれないね。僕が『旅人』であって、君が『男』であるように」

男「ううん、なんだか頭がこんがらがってきた」

旅人「まあ、なんだ。そんな事考えても、結局同じなんだよな。なんたって、定理なんだからさ」






うさぎ「こんにちは」

男「わあ、うさぎだ」

男「旅人さん、うさぎですよ。かわいい!」

旅人「うるさいぜ、男。周りに迷惑だろ。席なら空いていますよ。どうぞ」

うさぎ「これはありがとうございます。よいしょ」

男「耳がたれていますね。ロップイヤーみたい」

うさぎ「宇宙のうさぎは、みんな耳がたれているんですよ」

男「え、そうなんですか?」

うさぎ「はい。普段は無重力下に住んでいるので耳はふわふわ立っているのですが、こう、重力の元に入ると、ぺたんと落ち着くのです」

旅人「ははあ、なるほど。勉強になるなあ」

男「宇宙にお住まいということは、うさぎさんはやっぱり月のうさぎさんなんですか?」

うさぎ「いいえ、私は」

うさぎ「太陽のうさぎです」




旅人「道理で真っ黒焦げだと」

うさぎ「ははは。確かに確かに。あそこは暑いですからなあ」

男「へえ、初めて聞きました。太陽に住むうさぎだなんて」

うさぎ「うむ。だから私は太陽に住むことにしたのですよ。他のうさぎがいないから」

旅人「うさぎがいないから、というと、貴方は一人になりたくて太陽へ行ったと?」

うさぎ「左様。私はね、昔は、こんな真っ黒な身体ではなく、真っ白な身体をしていたのですよ」

男「真っ白、さぞ綺麗だったんでしょうね」

うさぎ「とんでもない。私はそれが、嫌で嫌で仕方が無かったのです」

うさぎ「周りの月うさぎは全て真っ黒でしたので、私は非常に目立つ存在でした。ですから、よく『白んぼ』だとか『色を忘れてきた』なんて言われてましてね。いじめられていたのです」

旅人「ふむ。人間でも、変わったやつはどうにも目立つもんだ。普通じゃないだけで、他の奴から馬鹿にされる事も少なくない」

うさぎ「あなたも、ですか」

旅人「ああ、僕の場合は『親なし』だったけど」

うさぎ「同情します。まあ、そんな半生を送っていまして、ふと思ったのです。私はなんでこんなに生きるのが苦しいのだろう。他のうさぎは、何の苦労もないような顔をして、のうのうと生きている。私は、ただ毛色が白いというだけで、どうしてここまで苦しいのか」

うさぎ「そう思うと、悲しくて悲しくて、ついに私は、月を出ることにしたのです」

男「おお、一大決心」

うさぎ「周りからは反対されました。やめておけ、死んでしまうぞ。と」

旅人「あれ。意外な反応ですね。てっきり、素直に送り出すのかと」

うさぎ「勝手な話ですが、彼らは、私がもし[ピーーー]ば、自分たちに罪悪感が残るからやめてくれ。と言ってきたのです」

旅人「ああ、お前の事はどうでもいいけど、目の前で死なれちゃ、後味悪いってか」

うさぎ「その通りです。それを聞いて私は余計固く決意し、遂に太陽へ向かったのです」

男「でも、太陽は熱いでしょうし、本当に死んでしまったのでは?」

うさぎ「まあ、死んだには死んだのですが、別に暑さは問題ではありませんでした」

旅人「……というと?」

うさぎ「暑さはこの私の身体を黒く染めました。私はやっとみんなと同じになれた、と最初はうれしくなりました」

うさぎ「ですが、何日か後、気づいてしまったのです。折角黒くなれたのに、誰にも見せられない。月から乗ってきた宇宙船は燃えてしまい、帰ることも出来ません」

うさぎ「そのとき私は初めて、孤独を感じたのです」

旅人「ああ、なるほど。うさぎは寂しいと、死ぬのか」

うさぎ「詳しいですね。その通り、私も、そうやって死んだのです」

男「……」




うさぎ「今更ですが、ここは、どこなんですかね」

旅人「電車ですよ。乗ったことないんですか?」

うさぎ「はあ、なるほど。電車ですか。死んでからここに来たという事は、つまりこれは黄泉へ行く電車なのかな」

旅人「さあ、それは僕にもわかりませんが」

男「あの、うさぎさん」

うさぎ「なにかな?」

男「今から言う事、決して気を悪くしないで聞いてもらいたいんですけれど……」

旅人「男?」

男「ええとですね、死んでから言うのも、本当に遅くて、今更言っても仕方のないことなのですが、」

うさぎ「うむ」

男「地球のうさぎは、白が普通です」





うさぎ「え?」

男「いや、地球には色んな色のうさぎがいますが、絵に描かれたり、うさぎの色はと聞かれると、白という人が多いと思います」

うさぎ「……」

男「だから、太陽に行かないでも……、地球に来てれば、うさぎさんは死なずに幸せだったのかなあ、と」

男「あ」

旅人「消えちゃったな」

男「僕、やっぱり悪いこと言いましたかね」

旅人「いや、大丈夫だろ。きっとあのうさぎは、やっと自分の居ても良い場所を見つけたんだ」

男「……」

旅人「別に輪廻転生を信じてるわけじゃないが、次生まれてくる時は、きっと地球のうさぎになるんだろうぜ」

男「そう考えて、いいんですかね」

旅人「別に、お前がどう考えようが勝手だが、こればかりは、あのうさぎが納得したんだから、もうどうしようもないんだよ」

男「寂しさは、自分の居てもいい場所を見つけるだけで解消できる」

旅人「まあ」



旅人「解消した気になってるだけかもしれないけどな」

本日は以上になります。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

もうちょっと続くので、男と旅人の二人旅にちょっとだけ付き合ってあげてください。

感想くれた方、とってもうれしくて感涙しました。
レスは後日させていただきますので、今しばらくお待ちを。

それでは、本日はこのへんで。
おやすみなさい。

お待たせしました。

本日は短いですが、一篇だけ投稿しようと思います。

もう少し付き合ってくださいね。

『唄わないうたうたい』



男「旅人さん、どうして唄を唄わなくなったんですか?」

旅人「どうしてだと思う?」

男「えっと、質問を質問で帰さないでください。どうしてか判らないから聞いたんですよ」

旅人「さて、どうしてなんだろうね。そうだなあ、じゃあ、君は何故この列車に乗っているんだい?」

男「前にもその質問、聞きませんでした? まあいいですけど、というか、そんなの判ってたら、行き先だって切符に書かれているはずなんです。だから、そんなのは判りませんよ」

旅人「それと同じだよ。僕らは、自分がやっていることの理由も、自分では理解したつもりでも、実はわかっていないんだよ。だから、僕も同じ」

男「いや、ちょっと深そうなこと行ったつもりなんでしょうが、はぐらかさないでください。どうしてそんなに言いたくないんですか?」

旅人「質問は一つしか受け付けていない」

男「ああもう! めんどくさいなあ、この人」

旅人「ごめんごめん、許してくれないか、男」

男「大体、旅人さんは言ったじゃないですか。僕が喋っている事は全て、すでに考えられた答えなんだって。だったら、唄わない理由もちゃんとあるはずなんです。自分で、判っているからそうしているんじゃないですか?」

旅人「んー……」

旅人「さあ、どうだろうね」






旅人「そうだな、一言で言うなら、僕は嘘つきだから、唄えないんだ」

男「嘘つき?」

旅人「ああ、そうだ。嘘つき。わかるだろう。ホラ吹き。泥棒の始まり」

男「わかりますよ。でも、そもそも旅人さんが嘘つきっていうのも、まあなんというか判るような判らない様な。胡散臭いというのであれば納得しますが。それに嘘つきと唄わないこととの繋がりがわかりません」

旅人「失礼なやつだな。まったく。いや、でも嘘つきなのは本当なんだ。僕は嘘を歌っていたんだ」

男「嘘を、歌う?」

旅人「そう。言葉ってさ、口に出た時点で、それはその人の言葉だから、その人がそう思って言っている言葉じゃないか。だから、それがどんな言葉で、その人がどんな気持ちで言っているのかさえも判らないまま、聞いている人に伝わる」

男「そうですね。表情や態度なんかで、補足として少しばかりは情報を得ることができますが」

旅人「結局ただ、声帯から発せられた振動が空気を震わせて、相手の耳を揺さぶるだけの事なんだ。そこに意味のある言葉が乗っていて、それで相手は自分が何を言っているかが判る」

男「改めてみると、すごく面白いですよね。声での意思疎通って」

旅人「そうだよな。物凄く、回りくどい。どうして声なんだろうな。触覚であれば、触れるだけで意思疎通が出来るように進化しても、おかしくないのに」

男「もしそれが意思疎通の方法だったら、女幽霊さんとはお話が出来ませんでしたね」

旅人「男は出来たかもしれないだろ」

男「痛みでですけど。いちいち痛みが伴ってたら、それこそ、意思疎通を諦めそうです」

旅人「それは、声での意思疎通でも同じことが言えると思うぜ。僕はさ、話していて心地のいい人としか、話せないんだよ。我慢が出来ない性質で。だから嫌いなやつはとことん嫌いだ。大嫌いだね、あんな音楽家」

男「まあまあ。でも、確かに触覚の話と同じですね。耳が直接痛みを訴えるわけではないですが、なんというか、心が痛む。そういうのは声での意思疎通でもあります」

旅人「それが、唄にも通じるんだ。嘘をついてる、そう思って歌うとな、どんどん、楽しくなくなって来るんだ。怖いぜ、唄が責めるんだ。嘘つき、嘘つき、本当はそんなこと思ってないんだろって」

男「……」

旅人「生きたいとも願った。ずっと繋がってるって思ってた。壁なんか越えてやるって思った。唄いたいと思っていた。雨と一緒に笑うんだって思ってた。でも、ふと気がつけば、堕落して、壁に向かうこともなく、めんどくさがりで、死にたいと思ってた自分に気がついたとき、僕は唄を唄えなくなったんだ」

旅人「そんな顔すんなよ。こうなるの判ってるから、言わなかったのに」

男「旅人さんは、唄が好きですか?」

旅人「好きだよ。大好きだって言っていい。でもな、好きな事と、唄わない事は、一緒じゃないんだ」

男「好きだから、嘘をつきたくないんですね」

旅人「僕はそんな誠実な人間じゃないよ」

旅人「だから、僕はね、恋愛の歌はあんまり好きじゃないんだ。それと合唱ね」

男「へ?」

旅人「恋愛の歌でよくあるでしょ。お前をずっと守り続ける。永遠に愛している。二度と離さない。大好きだよ。一緒にいようね。こんなの。そりゃ、今好きなんだから当たり前に正直だけど、心変わりする可能性だって、ゼロじゃないぜ」

男「いや、そりゃあわかりますけど、そういう誓いだったりするものじゃないですか? 自分はこの唄を唄うたびに思い出すみたいな」

旅人「唄っていうな。そんなの自分一人でやっとけ。何故売れるか、青春真っ盛りな若人が擬似恋愛を楽しむためでしょ。男は俺が守るぜなんて何にも守ってないのにもうすでに守った気になって、女はこんなこと○○様に言われてみたいキャピ☆とか思ってんでしょ。だから、俺と同じく嘘を歌ってるわけ」

旅人「あと、合唱曲は単純に唄いたいものを唄えないから嫌い。何で僕が唄う曲を勝手に強制されるんだろうって。そんなの、感情も身も入らない唄で、誰を感動させられるんでしょうね」

男「旅人さん」

旅人「なんだい? 男」

男「さっきから言いたい放題言ってますが、それは単純に旅人さんが見ているようで何も見ていないだけだと思いますよ」

男「偏見、差別、これはいい、あれはだめ、男、女、若者、そんなのを一緒くたにして、自分だけは正しいみたいな、神様面はやめてください!」

男「ぼくは、ぼくであり、旅人さんは旅人さんですよ。みんな人それぞれ違うんです。恋愛曲、いいじゃないですか。その人にとってそれは、とても大事な“唄”かもしれないんですから!」

旅人「合唱曲は否定しないのか?」

男「それはぼくも嫌いだからもっと言いやがれです」

旅人「……悪かったよ、言いすぎた。考えは変えないけど」

男「それでいいんじゃないですか。まあ、でも、なんで唄を唄わないのかは、判りました」

旅人「納得してくれてなにより。それより、そろそろ煙草が吸いたい」

男「あれ、煙草なんか吸ってたんですね」

旅人「たまにな。電車の中って、大体禁煙だろ? 喫煙所があってもいいのにな」

男「煙草吸ってるだけで悪者ですからね、最近は」

旅人「そうそう。マナー守って吸ってるやつもいるんだから、もっと偏見もなくなりゃいいのに」

男「人間って、自分がやっていることがわかってないっての、本当だった見たいですね」

旅人「え?」

はい。

数日かけて、このお話を投稿させていただきましたが、これで最終話となります。

ここまで呼んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。

数多ある作品の中で、こんな可愛い娘も出てこないようなお話を読んでくださった皆さんは本当に素敵な人です。

最後に、会話劇ではない、ちょっとした短編を投稿して終わりたいと思います。

重ね重ねですが、本当に読んでくれてありがとうございました。

 錆びた鉄の味がした。


 何故こんなところに居るのか、前後の記憶がまったくない。気がつくと自分は、暗がりの中で倒れていたようだった。

身体を起こすと節々が軋む様に痛んだ。どうやら随分とここで寝込んでいたようで、硬い地面で寝ていたことから、どこかしらを痛めたようであった。

 暗がりとは言うが、さほど暗いわけではなかった。微かな木漏れ日が眩しい。周りを見回すと、どうやらここは草木のトンネルであった。ツタや木々が生い茂り、深緑の道が何時までも続いているようであった。広さは両手を伸ばしてもまだ余りあるくらい広く、高さも5メートルといったところか。頬を袖で拭うと、白いシャツに土色が重なる。地面を見やるとやはりそこも草に覆われ、良く確認すれば酷く錆びた鉄のレールが、道へ途絶えることなく伸びていた。

 状況を整理しようと頭を働かせるが、一向に検討がつかない。寝起きの頭のせいではなさそうだ。昨日の夜深酒したわけでもないし、どうにもまったく身に覚えがないのだ。

 何処からか小鳥の囀り、周りからはざわざわと木々が騒いでいる。何故だかは判らないが、ポケットに手をやり、中に入っていたものを取り出す。

 紙煙草と、マッチ。

 とりあえず一本咥え、マッチを擦って火をつける。つけた火は振って消し、適当に放り投げて、深く深呼吸した。

 くゆる煙が木漏れ日に照らされ、木々の間を縫い消えていく。五分ほど喫んだ後、ふと思いつく。

 考えていても仕方ないだろう。とりあえず歩くことにした。



 歩けば歩くほど、このトンネルが何処までも続いていく事がわかった。代わり映えのしない景色が続く。時々葉と葉の隙間から吹く優しい風が髪を揺らす。悪くない気分だった。胸ポケットに仕舞い込んだ懐中時計を取り出し、時間を確認しようとして、気付いた。

 時計は割れていて、その時間を止めていた。

 なかなか大事にしていた時計だった。戦争から帰った祖父が私にくれたもので、当時戦地で売っていたものだという。幸いに部品などは蓋を閉めていたおかげで抜け落ちたものはなく、帰って時計屋に持ち込む事を決意した。直るだろうか。そもそも、部品や中身を交換し、修理が完了したその時計は、本当に自分が大事にしていた時計なのか。すでに違うものになっているのではないか。

 やめよう。考えても意味の無いことに蓋をして、ポケットに再び仕舞い込んだ。歩みを続ける。

 相変わらず、木漏れ日はキラキラと自分を照らす。思えば、こんなにゆったりとした時間を過ごすのは本当に久しぶりだった。

 時間に追われる毎日であった。病気を患い、親から借りた金で通っていた学校を辞めた。それまでは学生という身分であった為援助はあったが、それからは自分一人でやっていかなくてはならなくなった。こんな身体でも雇ってくれるありがたい職場に恵まれ、なんとか一人での生活を始めた。首都での生活には慣れなかった。どうにも、人が多すぎるのだ。どうやっても、人の目の無いところはなく、自分の部屋でさえ、隣の物音を気にしながらの生活であった。それでも毎日必死に働き、上司からも信用されるようになり、仕事も増えた。そして、遂に体の限界がきた。
 もともと、病気の中での生活なんて無理があったのかもしれない。自分でもわかる。誰かに認められたくて、一人で出来ると思い込んで、必死に必死に足掻いた結果、その土台から崩れていったのだ。

 時はそこから止まったままだった。なにもやる気になれず、ただただ積み上げてきたものを食いつぶし、崩していく毎日。世界の時は動き続けたが、自分の時はその時に止まったままである。

 ふとトンネルの奥に目をやると、なにやら一つの影が見える。緑以外で何かを発見するのは初めてで、気になり近づいてみる。

 歩く、歩く、近づくにつれ影は大きくなり、やがて、一つの物体を認識させた。

 それは列車の客車であった。

 打ち捨てられて長いのか、錆び鉄のようになった車体は、かつてはこのトンネルと同じく緑色をしていたのであろう。下部は錆び色と赤が混じりあい、どことなくもの悲しげな印象を受けた。窓ガラスは割れ、そこからふわりと舞い出てきた埃が木漏れ日と交じり合いキラキラと光る。

 そうか、お前も停まったままなのか。

 少しだけこの列車に親近感を持ち、少し興味が沸いたのか、中に入ってみることにした。
客車の最後尾ということもあって、そのまま社内へ乗れるような階段がある。ギイ、と少しだけ不安な音のする足場に乗り、車内へと体を運んだ。

 中は薄暗く、古びた木材独特の埃臭さに鼻をむずむずさせる。車内は木材を基調とした懐かしさを感じる造りとなっている。左右に配置された向かい合わせの椅子たちは所々が壊れ、中心の廊下に木屑が散らばっている。中には苔むし、新しい草が生えていたりと、既に自然に取り込まれ風化している現実をまざまざと見せ付けられた。

 軋む音を立てながらゆっくりと車内を進む。どうやら連結された次の車両があるらしい。何も考えずにその車両へと足を進め、ドアを開ける。

 目の前が急に明るくなった。

 ダークオークの落ち着いた雰囲気の車両は、両サイドの車窓から零れる光によって温かみを感じさせる。向かい合わせの椅子には青色のフェルトが張られていて、そのどの席にも人が座っている。どう見ても、混雑した車内であった。その割にはがやがやとしたにぎやかな談笑は聞こえず、全員が静かに座しており、ガタンゴトンと言ったレールを走る音が小気味良く聞こえてくる。

 何がなんだかわからない。

打ち捨てられた廃列車の中を歩いていたら、いつの間にか列車は走り出しており、いつの間にか周りには乗客が沢山乗っていたのだ。

 そんな中で、二人組が静かな車内の中で談笑している所を見つける。異様な状況の中で、混乱している自分に、その内の一人、ボロのコートを羽織った男性が手招きした。

「おうい、ここ、空いてるぜ」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 手招きされ、その座席に近づくと、本当に一つだけ席が空いているようであった。手招きした男性はボロのコートに、無造作に伸ばした髪の毛、その奥から見え隠れする鋭い目、の割りに飄々とした空気を感じさせる雰囲気であった。その男性の隣には、ギターケースであろうか、革張りのハードケースが席を占有している。その向かいに座るのは、灰色のセーターを着た少年だった。顔立ちは青年と呼ぶには少し早い、そういった雰囲気でよく言えば優しげ、悪く言えば頼りなさげな雰囲気をかもし出してる。首には年代物のカメラをぶらさげ、太ももに何かの包みを乗せていた。

 少年はこちらに気付くと、

「ここ、よかったらどうぞ」と自分の隣を軽くたたく。

 断る理由もない。失礼、とだけ言ってその座席に腰を下ろした。

「一人かい」

 そうボロのコートの男性が自分に尋ねる。一人でなかったら、誰がこの座席に座ろうか。そんな事も気づけないのだろうか。だが、そんなことを口に出すわけにもいかない。

「ええ、ただ訳がわからなくて。気付いたらこの車両に乗っていましたので」

「はあ、やっぱりあなたもそうなんですか。どういう訳か、聞く人聞く人、皆さんそういうんですよね」

 隣の少年が微笑んでそう答える。その少年にこんどはボロのコートの男性が声をかけた。

「いやあ、まったく。この電車は不可思議な事だねえ」

 片目を瞑り、鷹揚に言うその姿は、胡散臭い奇術師か、はたまた詩を語る前口上を放つ吟遊詩人の様である。まったく訳のわからない状況だが、この二人ならば何か知っているかと思い、疑問を投げかける。

「あの、申し訳ありませんが、どういった状況なのでしょう。この列車はどこへ向かっているのですか」

 二人は顔を見合わせ、少し困った顔をする。少し考えた後、ボロのコートの男性が答えてくれた。

「僕等もね、わからないんだよ。いつの間にかこの電車に乗っていたし、幾度か停まりはしたけれど、降りる気にはどうにもなれなくてね。実のところ、何処に向かっているかも判らないんだ。何時停まるかも判らないしねえ」

 困った事になった。何処に向かうかも判らない列車に乗せられてしまい、しかも何時停まるかも判らないという。

「けれどまあ、僕等は実際ここに乗っていてなんとかなっているわけだし、少しゆっくり座して構えるというのも悪くないんじゃあないかな。僕は『旅人』そっちの頼りなさそうなのは……そうだね、便宜上『男』って呼んでる。君はどう呼んだら良いかな」

 ふと考える。名前。はて、自分の名前とは一体なんだっただろうか。それすら思い出せない事に気づいても、もはや焦る気にもならなかった。

「どうにも名前が思い出せないようでして……」

 そう答えるしかなかった。

「記憶喪失ですか。ええと、だいじょうぶですよ! この電車なら、割と普通な事だと思いますし……」

 少年が笑いかけ、慰めようとしてくれているのだろう。ただ、衝撃の真実を告げられて、逆に安心どころか、不安が増したような気がする。

「思い出せないか。名無し、ネームレス、アンノウン……ねえ。じゃあ、そうだな。『ナナシ』ってことでどうだろう」

 ナナシ。思いっきり馬鹿にされたような気になって、少し不機嫌な表情を浮かべてしまう。そんな雰囲気を察知したのか、はたまた関係ないのか、旅人と名乗った男性は含み笑いでこう続ける。

「今はそれでいいじゃないか。どうせこの電車の中じゃあ立派な名前なんて意味は持たないし。ナナシ。カタカナにすれば、何でも名前っぽくなるぜ」

 旅人は指を折りながら幾つかの例を上げてゆく。

「センタクキは流石に人名には聞こえないですよ」

 男と呼ばれた少年は苦笑いをしつつ男性に突っ込みを入れる。「そうか?」等と冗談を飛ばしあう二人を見ていると、なんだか考えるのも馬鹿らしくなった気がして、ため息を一つ吐き出した。

「それにしても、名前ねえ。男、名前って何だと思う?」

 突然話を振ったかと思うと、男と呼ばれた少年は少し考えた様なそぶりをし、答えた。

「ええと、名前。そうだなあ、相手を呼ぶ為の単語……ですかね?」

自信はないのか、頭をぽりぽりと掻きながら答える男に、旅人は話を続けた。

「そうだね。間違っちゃあいないけど、正解って訳でもないかな。じゃあ、名前のある人間とない人間の違いってなんだろうな」

「それって、結局答えをいってませんか。名前があるかどうかの違いって」

 呆れたように、馬鹿にするように旅人は続ける。

「馬鹿だなあ、男。それじゃあ問題になってないだろう。僕が聞いてるのはさあ、それ以外の回答で……まあいいや。正解は、『その人間の周りに別の人間がいるか』だよ」

 その人間の周りに別の人間がいるか。つまりどういうことだろう。

「つまり?」

 思わず聞いてしまう。旅人はこちらをちらりと見て納得したかのように再び話し始めた。

「だからさ、名前ってのは相手を呼ぶ為、もっと言うなら人と人を呼び分けるために使うものだろう」

納得した様に少年が言葉を続ける。

「ああ、なるほど。一人であった場合、他の誰かがいないから、名前をつける必要がなくなるわけですね」

「その通り。もっと言うなら、その世界に完全に一つの人、いや、物しかなかった場合はさ、知覚すら生まれない訳なんだよ」

「そこに二つ目の物が産まれたとしよう。そうだな、それは自分と同じような造詣をしていて、どうやら話しかけてくる様だぞ。さて困った。同じような造詣ということは同じ『種類』なのだろうが、名前という概念すら知らなかった一人目はどうしていいか判らない」

 イタズラげな顔を浮かべた旅人、男はどうしたものかと悩んでいる。だが、これこそすでに答えは出ていた。

「簡単です。二つ目の物が出た時点で、名前は既に決まっているんです。『一人目』と『二人目』と」

「その通り」

 にやり、と笑みを浮かべた旅人が指でこちらを刺す。簡単な事だ。名前とは二つあるものを分けて、判りやすく呼称する為のものだ。だからこそ、始めにいた人物の名前は『一人目』、そして後から出てきた人物は『二人目』だ。言ってみれば当たり前の事だが、当たり前の事ほど、言葉にするのは難解だ。

「というより、僕が語っている時点でこの話では人物は二人は確実に登場するし、そもそも名前がないなんて事はあり得ないけどね」

 語り部が語る『一人目』。それは既に自分を含めて人物が二人出現している証明となる。知覚した時点で、名前という概念は付いて回るのだ。

「ええと、つまり旅人さんはなにがいいたいんですか?」

 とうとうお手上げ、といった感じで男は旅人にまとめを要求した。

「つまりさ、ナナシも立派な名前だって事」

「それだけ言う為に引っ張ったんですか、この話」

 少年は少し呆れたような顔をしていたが、自分の不安感は自然と消えていた。旅人は、名前のない自分に確かに名前をくれたのだった。

 それにしても気になるのは、やはり何故この列車に乗っているのかという事であった。何故、あの廃列車から、走り続け、しかも乗客も乗っているこの客室に自分がいるのか。全く理解が追いつかないのだ。そんなちょっとした戸惑いを見かねたのか、旅人が声をかけてくる。

「どうしたんだい。少しばかり、浮かない顔をしているね。よかったら、話してみないかい」

男も続けて、

「そうですよ。打ち明けたり、ぼくらと話す事で、この電車から降りて言った方々もいますし」

 話す事で、か。なるほど。自分のこれまでの事を話せば、何かヒントにもなるかもしれない。

「ありがとうございます。そうだなあ、何から話して良いか……」

「大丈夫。時間はまだまだあるんだ。旅の間の暇つぶしと思ってさ、君の話を聞いてみたいんだ」

 旅人のその言葉を受け、自分はこれまでの事を話し出した。起きたら草木のトンネルにいた事、廃列車を見つけて車内に入ってみた事、更には自分の生きてきた半生まで。何故か、二人にはついついなんでも話してしまう、不思議な雰囲気があった。その力もあり、大方話し終えたところで、男が呟いた。

「なんだか、その廃列車って、ナナシさん自身を表しているみたいですね」

 自分も思っていた事をずばりと言われて、少しドキリと胸が動く。

「おい、男。廃列車と一緒にするなんて失礼だろ。まるでもう死んでるみたいな言い方はさ」

 男は慌てて取り繕う。

「いえ、そうじゃなくて。なんだか、ナナシさんの置かれている状況とその廃列車の情景がすごくマッチしているみたいで。なんだろうなあ。でもナナシさんは、今動いている電車に乗っているじゃないですか。それって、その情景と合わせてみるなら、今ナナシさんの時間は動き出したんじゃないかなって」

 時間が動き出した。そう言われた時、なんだか、急に安心感に包まれたような気がした。病気は進行し、身体を蝕み、部屋から出れないほど身体も精神も弱っている今の自分。その自分に、なにか、そうなにか目標が出来た筈ではなかったか。そうだ。そのなにかの為に自分は歩き出した。まず部屋から出て、ぼさぼさだった髪を切り、いままで行こうとしなかった病院に向かった。医者に聞けば無理のない程度であれば運動も良いという。薬を貰い、ウォーキングから始めることにした。朝の散歩は始めは苦痛だったが、朝日を浴びる事を気持ち良いと思った頃には日課になっていた。ちょっとずつ自分にも自信が持てたころ、面接を受ける事になった。決して良い給金ではなかったが、目標の為なら努力した。病気もその頃には日常生活を送れる程度には回復していた。

 そう、一歩一歩、暗くはある、先も見えない周りも木々だらけ、ただ少しの木漏れ日が落ちるトンネルのような道を、自分は歩いていたのではなかったか。

 ふと車窓を見やると、深緑の木々たち。今までは暗く、不安しかなかったその光景も、今では懐かしく、自分と共に歩んできた、愛すべき道の様に思えた。

 急に車窓から光が一気に零れる。思わず眩しさに目を瞑る。目が慣れてきた頃、車窓から見えたのは広大な草原とひたすらに広がる真っ青な空だった。入道雲が遠くに控え、今まで木漏れ日をくれていた太陽を直に確認できる。ああ、そうだ。ここが自分の目標だった。こんな明るい未来の為に、自分はずっと歩き続けていたのだった。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 気付くとソファに寝転がっていた。どこからか、味噌汁の良い香りが漂ってくる。トントン、と小気味よい音と、付けっぱなしのテレビから流れるバラエティ番組の声。胸ポケットに入っている懐中時計を取り出し、時刻を確認したところ、午後5時。少し伸びをして起き上がる。
 どうやら居眠りしてしまったようだ。

 枕代わりにしていた旅行雑誌にはべっとりとよだれが垂れていて、少し罪悪感を覚える。

「あなた、起きたのね」

 台所から顔を出した女性が、自分に声をかける。

「ああ。新婚旅行の計画を立てていたら、少し眠くなってしまって……」

ふわあ、とあくびをひとつ漏らした後、よだれで汚してしまったと謝罪する。

「もう子供じゃないんだから」

 そういって彼女はその雑誌を手に取ると、ある写真を指差してこちらに見せてくる。

「ここ、とっても綺麗な場所ね。私、行くならここに行きたいかも」

 その雑誌の開かれていたページに載っていたのは、木々やツタで覆われた深緑のトンネルの中を、木漏れ日を浴びて走る一台の列車の写真だった。列車は最後尾を移しており、良く見るとその列車の向かう先には明るい青空が移っている。

「ウクライナか。悪くないんじゃないか」

 あれほどまで悩んでいた新婚旅行の行き先も、彼女の意見を聞いた途端、なんだかストンと落ち着いた気分になった。

「じゃあ、そこにしましょう。よかったわ。あなたったら、迷う余り、その雑誌を枕にして寝ちゃうんだから。でも、そんなにすんなり決めちゃうなんて、この景色が夢に出てきたのかもしれないわね」

 夢を見た覚えはない。けれど、なんだか、その景色はとても安心できるような気がしたのだ。自分が今までいたような、自分の故郷のような感覚が。

「たまには振り返ってみるのも、悪くはないかな」

 振り返った先が暗がりだったとしても、木漏れ日は確かに自分を照らしてくれていたのだ。そのことを忘れさえしなければ、たとえ苦しくとも、なんとかなるだろう。今、乗客は二人になろうとしているのだから。

終わり

最後の短編はこちら↓
http://www.moshtravel.com/wp-content/uploads/the-tunnel-of-love-mosh05.jpg
を参考にして書きました。

ウクライナの愛のトンネル、機会があれば、行ってみたいですね。

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