渋谷凛「七夕の話」 (16)


今日は織姫と彦星が年に一度だけ会うことが許される日。

そして、自分勝手な願い事を紙切れに書き散らして笹に括り付ける日。

別にそれが悪いことだとは思わないけどさ。

だって、誰でも自分の力じゃどうにもならないことはたくさんあるし。

だから神頼みって選択も時には必要なんだと思う。

でも、なんでもかんでも神様にお願いするのはちょっとずるくないかなぁ、って。

そういう経験が自分にもあるから、嫌なんだ。

自分の積み上げてきたものの結果を運とか巡り合わせとかそういうもののせいにするのは。


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さっき自分にも勝手な願い事を神様に頼んだ経験がある、って言ったよね。

うん、それはね。数年前の今日。七夕の日のことなんだ。

丁度、私が十五のときだったかな。

そう、アイドルになった歳。

何を願ったのか、って?

うーん。まぁ、いいか。もう過ぎたことだし。


『有名になれますように』って願ったんだ。

ふふっ、ばかみたいでしょ。

あのときの私はそれだけ必死だったのかもね。

ダンスも上手に踊れなくて、オーディションでも思ったように受け答えができなかったから。

うん。今から話すのはそんな七夕の話。


***



「......はぁ」

「......はぁ」

狭い事務所に時間差で溜息が二つ。

一つは私の、もう一つは私のプロデューサーのだ。

「いい身分だよね。私達」

私はソファに寝転がりながら自分のデスクで頭を抱えているプロデューサーに声を投げた。

「...んー」

味気ない返事。

「七夕だっていうのにアイドルが暇なんてさ」

そんな私の八つ当たりに近い言葉に対して彼はまたしても「んー」と適当な返事をするだけだった。


事務所にいてもやることはないし、

私はさっさと帰ればよかったんだけど午前から夕方までみっちりレッスンを詰め込まれ、

鬼のようなトレーナーに絞られた後であったので、ソファから立ち上がる気力をなくしていたのだ。

「ねぇ、次のお仕事っていつ?」

「再来週」

「じゃあ来週は何にもないんだ」

「この前のオーディションに受かってれば来週は忙しかったんだけどなー」

「そんなこと言ったらプロデューサーだって、営業ダメダメじゃん」

「......返す言葉もない」

なんて無気力な言い合いの後に、二人してまた溜息を吐き沈黙が訪れる。

この部屋の空気にもし色がついてたとしたらきっと暗い色なんだろうな。


それからしばらくして、私はまだ帰らずに雑誌をぱらぱらと読んでいると

プロデューサーは勢いよくノートパソコンを閉じ「よし!」と言った。

「何?」

「スイカを食おう」

「......は?」


どうやら、このまま七夕を終えるくらいなら何か一つでも七夕らしいことをしておこう。ということらしい。

少しでも気が紛れるように配慮してくれているのかなと思い、私はその提案に乗ることにした。

「で。スイカは?」

「今から買いに行く」

「準備が悪いなぁ」

「そう言うなって」

「まぁ、暇だからいいけどさ」

なんて悪態をつき、足で横着に扇風機のスイッチを押して電源を落とす。

「じゃあ行こうか」

プロデューサーは既に身支度は済んでいるようだった。

すたすた歩いていく彼の後ろに続いて、私も事務所を出た。


「車?」

「ああ、いつもの社用車じゃないけどな」

「ふーん。ってことはプロデューサーの車なんだ」

「そういうこと」


駐車場に着き、プロデューサーが「あれ」と指差した車はちょっとボロい軽自動車だった。

「かっこいい車じゃなくてがっかりした?」

「ううん、別に。売れないアイドルとそのプロデューサーにはお似合いでしょ」

言わなくてもいい皮肉を言う私。

すると、彼は急に怖い顔になって私を呼ぶ。

「渋谷。売れない、なんて言うなよな」

「......ごめん」

「渋谷が売れないのは俺の責任なんだから、渋谷は自分を悪く言うな」

いつもとは似ても似つかない様な真剣な口ぶりでそんなことを言われたもんだから

私は何も言い返せなくなっちゃって、黙って助手席に乗った。


それからの道中は、一言二言取り留めのない話をしただけで

特に何か起こるわけでもなく目的のスーパーに到着した。

スーパーは閉店1時間前ということで多くのお弁当やお惣菜、

それからカットされた果物がおつとめ品になっていて私達の目当てのスイカはというと残り2つだった。

「今日はじめてラッキーだったね」

「な。来てよかっただろ?」

「結果論でしょ?」

「まぁそうなんだけどさ」

ワンコインでお釣りがくる程度のラッキーだったけれど、それでもラッキーはラッキーだ。

なんとなくその重みを感じたかったので、プロデューサーからスイカの入った袋をひったくる。

「私が持つよ」

「落とすなよ?」

「落とさないって」


スーパーの駐車場に車をそのまま停めておき、私達は近場の公園でスイカを食べることになった。

公園のベンチにスイカを持ったスーツの男と女子高生。

なんともおかしな絵面だ。

「昔、ばあちゃんちでこうやってスイカ食ったんだよ」

「ふーん。こういうのもたまにはいいね」

「だろ?」

「うん。今日はありがと」

「どういたしまして。こんなことしかできないプロデューサーでごめんな」

「ううん。私ももっと頑張るよ」

「渋谷はもうちょっと楽にしててもいいと思うんだよな」

「どういう意味?」

「もっと適当でいいんだよ。難しく考えずにさ」

「......よく意味が」

「難しいことは俺がやるからさ。自分の思った方向に突き進んだらいいよ」

「そっか」

「ああ」


すっかり皮だけになったスイカをスーパーの袋に放り込み、袋の口を縛る。

「そういえば渋谷は短冊に願い事書いたのか? 事務所に笹、置いてあったろ」

「んー。書くには書いたんだけどね」

そう言ってポケットからくしゃくしゃになった短冊を出すと彼はくすくす笑って「見せて」と言った。

「......笑わないでよ」

短冊を手渡すとプロデューサーは丁寧にそれを開いて中の文字を読む。

『有名になれますように』

それを見たプロデューサーは、にこにこして

「叶う。渋谷ならきっと叶うよ」なんて言いながら短冊を綺麗に畳んで私に返す。

「だといいんだけど」

「絶対叶う。来年の今日は渋谷も俺もきっとスイカなんて食べる暇ないぞ」

「それはちょっと残念、かな」

なんて言った後に二人して声を出して笑った。

ひとしきり笑った後に、プロデューサーが「よし、じゃあ帰ろうか。渋谷は明日、学校あるだろ?」と言って立ち上がる。

「......凛でいいよ。苗字より短いし」

「ん。じゃあ、......凛」

「うん。帰ろうか」


***



これが数年前の、私の七夕の話。

あのとき一緒にスイカを食べたあの人の言葉通りになってしまった。

私は地方でテレビ番組の収録。

あの人は仕事。

どうやら今年も七夕は一緒にスイカを食べれそうにない。

でも、今はそれが心地いい。

一つ心残りがあるとしたら、あの願い事は短冊に書きたくなかったかな。

だって、神様のおかげにしちゃうのはちょっと癪でしょ

私を有名にしたのは私の力です。って胸を張りたいんだ。

だからあの願い事は無効って思うことにしてる。

自分でお願いしておいて無効だなんて勝手だよね。分かってる。

だけどこれは神様が相手だろうと譲ってやるつもりはない。

あ。一つだけ訂正。

私を有名にしたのは私と私のプロデューサーの力だからね。



おわり

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