西住みほ「お姉ちゃんのウィークポイント」 (59)

大洗学園艦 コンビニ

みほ「新商品が出てる」

優花里「見てください! 戦車の模型がおまけでついていますよ!!」

華「それも買いましょう」

麻子「五十鈴さん、もうカゴがいっぱいだが、保存食か?」

華「いえ、夜10時のおやつに頂こうと思っています」

優花里「夜の10時におやつですか……」

みほ「午前10時のおやつじゃないんだ」

沙織「むぅ……」

麻子「沙織、何を見ている?」

優花里「おぉ!! 月刊戦車道!! 武部殿も購読されているのですか!? うれしいですぅ!!」

沙織「うん。今月号こそ私の写真が載ってると思ったんだけどぉ。あーあ、私も特集されたーい」

華「優花里さんとは目的が違うみたい」

優花里「残念です……」

麻子「今月は黒森峰特集……弱点皆無の西住隊長に迫る……か」

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みほ「お姉ちゃん……」

優花里「やはりまほさんはすごいですね。何度も特集を組まれていますし、インタビューなんて年に数回は受けていますよ」

沙織「実質、高校戦車道選手ではイチバンだもんね」

華「わたくしはみほさんのほうが良いと思うのですが」

みほ「そんな! お姉ちゃんと比べられても困るよぉ」

沙織「みぽりんだって何度も特集されていいのにね」

麻子「世間の評価と身内の評価には差が出て当然だ」

沙織「そっかぁ。みぽりんが特集されたら、必然的に通信手の私もグラビアデビューしちゃうのになぁ」

優花里「本当の目的はそれですか」

華「弱点皆無……ですか……」ペラッ

優花里「まほさんほど選手として欠点のない人はいないですよね」

沙織「そう? ケイさんとかも弱点なんてなさそうだけど?」

麻子「ケイさんの弱点を強いて挙げるならフェアプレイを好むところじゃないのか」

優花里「むぅ。隊長として選手としては褒められる点なのに、チームとしてみれば弱点ということですか」

麻子「勝てる戦術を捨ててまでそうしたプレイスタイルに拘るのはマイナスだ。ただ、そうした人だからこそ人望が厚いんだろう」

沙織「それじゃあ、まほさんの弱点を強いて挙げるなら?」

麻子「私では思いつかない。弱小校が相手でも持ち得る全ての戦力と戦術を投入して潰しにかかっていくからな」

華「容赦なんてありませんよね」

麻子「ケイさんとは真逆だな。どちらも正々堂々としてはいるが」

優花里「記事にも『やはり弱点は見つからなかった』で締められていますね」

沙織「ねえねえ、みぽりん。お姉さんに弱点ってあるの?」

みほ「え……うーん……弱点……。あれって弱点になるのかな……?」

華「何かあるのですか?」

みほ「あ、ううん。やっぱり弱点じゃなかったかも」

沙織「えー? そこまで言ってやめないでよぉ」

華「気になります」

みほ「で、でも……戦車道とは関係ないし……」

沙織「いいじゃない。誰にも言わないってぇ」

みほ「まぁ……もう前の話だし……いいのかな……」

みほ「えっと、あれは去年、黒森峰で強化合宿をしていたときのことなんだけど――」

一年前 合宿地 宿舎内

みほ(あと二日か……。この合宿で色んな人とお話ししたかったけど……。個室だと練習が終わったあとに部屋には行きづらいし……)

みほ(せめて逸見さんともう少しお話ししてみたい……でも……入学してから殆ど喋ったことないし……)

みほ(同じクラスなのに……)

みほ「はぁ……」

まほ「何をしている?」

みほ「あ、お姉ちゃ……。いえ、すみません、隊長」

まほ「しっかりと体を休めておくように。明日も早朝から練習がある」

みほ「はい」

まほ「ではな」

みほ「……」

みほ(もう寝ようかな……)

まほ「……みほ」

みほ「え? なに?」

まほ「今からレクリエーションを行うが、来るか?」

みほ「レクリエーション?」

まほ「毎年恒例の合宿では全員個室だ。選手間での競争意識を高めるものだというが、戦車は一人では動かせない」

みほ「うん……」

まほ「競争意識がないのは困るが、チームワークがないのは競争以前の問題だ。強力な戦車も宝の持ち腐れとなる」

みほ「けど、黒森峰はチームよりも一人の選手を大事にしてるような」

まほ「大会前のこの時期に限れば、個よりもチームだと私は考えている。それ故のレクリエーションだ」

みほ「そうなんだ……ふふっ……」

まほ「なにかおかしいか」

みほ「ううん。お姉ちゃんもそういう考えを持ってるんだって、思って……」

まほ「お前ほどではない」

みほ「え? 今……」

まほ「何でもない。着いたぞ」

みほ「ここは……お姉ちゃんの部屋……?」

まほ「参加者は既に募集しているから、参加希望者は中にいるはずだ」

みほ「ホントに?」

まほ「少なくとも一人はいるだろう」

みほ「……」

まほ「さ、入れ――」ガチャ

みほ「……」

まほ「……まだ約束の時間まで5分ほどの猶予がある」

みほ「お姉ちゃん……」

まほ「待とう。何か飲むか?」

みほ「あ、それじゃあ、お茶……」

まほ「分かった。待っていろ」

みほ(誰もいない……。お姉ちゃんが考案したレクリエーション……。参加者を募っても一年生は遠慮しちゃうだろうし、同じ二年生もお姉ちゃんに対して近寄りがたそうにしてるし……)

みほ(三年生の先輩たちは……。そもそも個を大事にしてきた黒森峰でこういったイベントに寛容な先輩っているのかな……?)

まほ「持ってきた」

みほ「ありがとう」

まほ「しかし、誰も来ないな。このままでは私とみほだけのレクリエーションになってしまう」

みほ「そ、そうだね。えっと、何をするつもりなの?」

まほ「いや。参加者で話し合い、何をするか決めるつもりだった」

みほ「え……。あの、どうやって呼びかけて参加者を募ったの?」

まほ「私の部屋でレクリエーションを行うから、参加する覚悟のある者はこい。そう声をかけた」

みほ「どこで?」

まほ「大々的に呼びかけはしていない。廊下ですれ違ったときが多かった」

みほ(単に怖がられただけじゃ……)

まほ「時間か。ではレクリエーションを――」

コンコン……

まほ「誰だ!?」

『あ、あの……い、一年、逸見エリカです……』

みほ「逸見さん……!?」

まほ「入れ」

エリカ「お、おじゃまし、します……。って、どうして貴方までいるのよ」

みほ「逸見さん、参加するの?」

エリカ「隊長がレクリエーションをするって言ったんだから、参加するに決まってるでしょ」

みほ「よかったぁ……」

エリカ「ちっ……。まぁ、いいわ。あれ? 貴方と私だけなの?」

みほ「う、うん」

まほ「三人か。悪くない。逸見エリカ、何か飲むか」

エリカ「い、いえ!! お気遣いなく!!」

まほ「水でいいか?」

エリカ「な、なんでも構いません!! いえ、自分で淹れます!!」

まほ「座っていろ」

エリカ「はい!!」

みほ「あの、逸見さん、他の子は……?」

エリカ「みんな、行きたい気持ちはあったみたいだけど、怖がってたわね。何をするのか想像できないからって」

みほ「あぁ、やっぱり……」

エリカ「それに、隊長の部屋なんて半端な覚悟じゃノックすらできないわ」

みほ「逸見さんはノックできたのに」

エリカ「私は別よ。他と一緒にしないでくれる?」

エリカ「いい? 私は貴方よりも先に副隊長になるんだから」

みほ「はい?」

エリカ「来年、いえ、今年の全国大会では私が副隊長になって貴方にも命令してあげるわ」

みほ「……」

エリカ「分かってるの?」

みほ「あの、逸見さんって私のことをどう見ていたの?」

エリカ「越えるべき相手に決まってるでしょ。妹だからって隊長の傍にいられるとは思わないことね」

みほ「それって……」

まほ「待たせたな」

エリカ「いえ!! ありがとうございます!!」

まほ「それでは、レクリエーションを始めるか」

エリカ「はい!!」

まほ「……」

みほ「……」

エリカ「……」

まほ「……」ズズッ

みほ(あ、私もお茶飲もう)ズズッ

エリカ「あ、あの、隊長?」

まほ「なんだ」

エリカ「レクリエーションは……」

まほ「既に始まっている」

エリカ「え……?」

まほ「各自、何かしろ」

エリカ「な……!?」

みほ「な、何かしろって言われても……」

まほ「このレクリエーションはチームワークを高めるためのものだ。楽しいことをすれば自然とチーム力も上がる」

まほ「だから、各自何かしろ」

エリカ「流石、隊長です。なんて思慮深い」

みほ「お姉ちゃんはこういうの慣れてないだけなんだけど……」

まほ「何かないのか?」

みほ「な、なにかあるかな?」

エリカ「楽しませること……楽しませる……。あの、私の趣味はネットサーフィンなのですが」

まほ「……」ズズッ

エリカ「ネットでは最近、激おこぷんぷん丸という表現が度々使われているのです」

まほ「……」

みほ「……」ズズッ

エリカ「6段活用される言葉で、『おこ』、『激おこ』、『激おこぷんぷん丸』と続き、そのあとは『ムカ着火ファイヤー』、『カム着火インフェルノ』となり」

エリカ「最後には『激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム』となります。これはかなり怒っているときに用いられます」

まほ「……」ズズッ

みほ「そうなんだぁ」

エリカ「……」

まほ「……」

エリカ「すみません。こういうのではないですよね……」

まほ「終わりか? かなり面白い話だったぞ。最後のは思わず笑ってしまいそうになった」

みほ「そうなの!?」

まほ「丁度、お茶を口に含んでいたから危険だった」

エリカ「た、楽しんでいただけたのなら光栄です!」

まほ「他には?」

みほ「あ、それじゃあ私が。えっと、私の趣味はぬいぐるみ集めなんだけど」

まほ「……」

エリカ「ふぅん。普通ね」

みほ「あ、ごめんなさい。集めてるのはボコられグマのボコシリーズで……」

まほ「……」ズズッ

エリカ「なにそれ?」

みほ「し、しらないの!?」

エリカ「隊長は知っていますか?」

まほ「ああ。みほの部屋には多くのボコが並んでいる」

エリカ「そうですか」

みほ「あのね、逸見さん! ボコはね、何もしていないのにやられたり、喧嘩っ早く、喧嘩を自ら売りに行ってはボコボコにされちゃうの。でも、それでも立ち上がり、どんな相手にも果敢に立ち向かっていく勇気があってね、いつか勝てると信じて頑張る姿がとにかくかわいいの!!」

エリカ「ちょ……!? 迫ってこないで!! 顔が近いし!! 早口で何言ってるのか分からないわよ!!」

みほ「あ、ごめんなさい……」

エリカ「驚かせないでよ……」

まほ「……」ズズッ

みほ「……」

エリカ「終わり?」

みほ「うん……逸見さんも興味なさそうだから……」

エリカ「いや、驚いただけで興味がないとは言ってないでしょ」

まほ「次だ」

エリカ「わ、私ですか?」

まほ「ああ」

エリカ「そ、そうですね。ええと、美味しいハンバーグの作り方、なんてどうでしょうか」

まほ「……」

みほ「……」

エリカ「いえ、なんでもありません……」

まほ(やめるのか。メモ帳を用意したのに)

まほ「……」ズズッ

みほ(お茶、飲もう)

エリカ(私も飲もう……。飲まないと間が持たないわ)

まほ「二人は楽しめていないようね」

エリカ「い、いえ!!」

みほ「そんなことないよ!!」

まほ「では、何故ここまで沈黙のほうが長い?」

みほ「それは……」

エリカ「うぅ……」

まほ「失敗か……」

エリカ「そ、そうです! 話すテーマを決めませんか?」

まほ「テーマか」

エリカ「あみだくじを作り、テーマ決めにも遊びの要素を加えてみてはいかがでしょう」

まほ「……」ズズッ

まほ「――採用する。まずはそのくじを作ろう」

みほ「テーマはいくつぐらいにする?」

エリカ「そうね……。5つぐらいでいいんじゃない?」

みほ「それなら、好きなボコシリーズは?っと」カキカキ

エリカ「不採用よ!!」

みほ「ど、どうして!?」

エリカ「貴方しか喋れないでしょ!!」

みほ「そ、そんな……」

まほ「将来の戦車道について、というのはどうだ?」

エリカ「いいと思います!! 実に中身のあるテーマです!!」

まほ「一つは決定だな」

みほ「二つめ……。ええと、好きなアニメ・ボコシリーズの回は?っと」カキカキ

エリカ「ボコは禁止よ!!」

みほ「えー!?」

まほ「好きな戦車でどうだ」

エリカ「それで行きましょう。戦車乗りとして好きな戦車を語り合うのは非常に有意義です」

みほ「好きな食べ物とか?」

まほ「尊敬できる歴史上の人物もいいかもしれない」

エリカ「これで4つ、最後はどうしましょうか」

まほ「お前が決めてくれても構わない」

エリカ「いいのですか?」

まほ「ああ。好きなテーマを書いてくれ」

エリカ「うーん……こういうので定番なのは……」カキカキ

エリカ「これでどうでしょうか」

まほ「……」ピクッ

みほ「怖い話?」

エリカ「夜、一人で眠れなくなるかもね」

みほ「それは嫌だけど、興味はあるかな」

エリカ「いい度胸じゃない。だったら、これで決定ね」

みほ「うん」

まほ「……」

まほ「では、あみだくじを開始する」

エリカ「何がきても盛り上がるはず」

みほ「そうだといいな」

まほ「……」カキカキ

みほ「あ……」

まほ「抽選の結果、怖い話をテーマに進めていく」

まほ「何かあるか? 無いなら、次へ――」

エリカ「では、私から」

まほ「……」

エリカ「私が中学生のときの話なんですけど」

まほ「あるのか」

エリカ「私はよく一人で最後まで戦車に乗り、練習をした。どんなに遅くなろうとも、誰よりも長い時間戦車と関わろうと思っていた」

みほ「逸見さんって努力家なんだね」

エリカ「うるさいわよ。黙ってきいてなさい。あの日の夜も、私は練習に夢中だった。気が付けば下校時間はとっくに過ぎていて、10時になろうとしていた」

まほ「……」

エリカ「帰り道、いつもの通学路を歩いていると電柱のところに人影が見えたの」

エリカ「けど、その電柱に近づくと誰もいなかった。見間違えかと思ったわ」

エリカ「すると、次の電柱にも人影が見えた。けれど近づけば何もない」

エリカ「流石に気味が悪くなった私は足早に寮に戻った」

エリカ「寮に着き、鍵をしっかりとかけた。そのあとすぐにお風呂にはいって、その日の復習をしている間に人影のことは忘れていたわ」

エリカ「そろそろ寝ようと思って部屋の電気を消すと、カーテンの向こうからぼんやりと街灯の灯りが透けて見える。丁度、窓が電柱の傍にあったのよ」

エリカ「ベッドに入って、何気なく窓のほうへ視線を向けると、そこには確かに人影があった。でも、街灯がすぐそばにあるほど高い位置にある窓に人影が映りこむわけがない」

まほ「……」

エリカ「泥棒かもしれないと思って、勇気を出してカーテンを開けたわ。すると……」

みほ「誰かいたの?」

エリカ「いいえ。誰もいないの。ただ街灯の光がそこにあるだけだった」

エリカ「きっと疲れていたのね、と自分に言い聞かせて振り返ると――」

エリカ「人影だけがそこにいた」

まほ「……」

みほ「鍵をかけたのに?」

エリカ「驚きのあまり声すら出せずに立ちすくんでいると、影がこちらに歩いてきたの」

エリカ「影は私の前まできて、こういったわ」

エリカ「――私を無視するなぁ!!!!」

エリカ「って」

みほ「それから警察には?」

エリカ「気が付いたら朝だったわ。事情を話して寮を変えたのよ」

みほ「危ないね」

エリカ「心霊とか信じたくないけど、ああいう体験をしてしまった以上、信じないわけにはいかないわね」

みほ「盗まれたものとかはなかったの?」

エリカ「被害はないわ。余計に怖いでしょ」

みほ「逸見さんにどうしても気づいてほしかったのかな」

エリカ「さぁ、どうでしょうね」

まほ「……少し席を外す」

みほ「お姉ちゃん?」

まほ「手洗いにいく」

まほ「大丈夫だった」

みほ「何が大丈夫だったの?」

エリカ「いかがでしたか?」

まほ「悪くない。だが、これからは控えたほうがいいだろう。その話を聞いて不眠症になる者も出てくるかもしれない」

エリカ「そ、そうですか。わかりました」

まほ「では、次のテーマを決めるか?」

みほ「あ、私も一つあるんだけど、いいかな?」

まほ「あるのか」

みほ「これはお母さんから聞いた話だからお姉ちゃんは知っているかもしれないけど……」

エリカ(西住家のことを聞けるチャンスね)

まほ(お母様がおばけの話などしないはずだが)

みほ「お母さんが高校生のときの話なんだけど。戦車道の練習試合で砲撃を受けたとき、旗は上がらなかったけど衝撃で操縦手の人が思い切り顔を打ったんだって」

みほ「そのとき前歯が5本ぐらい折れちゃったみたいで、顔中血まみれのまま試合したんだって。怖いよね」

エリカ「……」

まほ「怪我には気を付けようという話か」

エリカ「待ちなさい。確かに怖いと言えば怖いけど、そういう怖い話じゃないでしょ」

みほ「違うの?」

エリカ「さっき私がしたみたいな話をしなさいよ」

みほ「あ、だったら、私の実体験なんだけど、6歳ぐらいのときに夜一人で外に出かけたことがあったの」

エリカ「そういうのよ」

まほ(確かにあったな)

みほ「あのときはどうしても星が見たくて。流星群が見れるって聞いたからだったと思う」

みほ「周りは田んぼばっかりだし、夜は星空が綺麗に見えるはずだって考えて、私は夜一人で家を抜け出したの」

みほ「けど、その日は少し曇っていて結局、流れ星は見えなかった」

みほ「がっかりして家に戻ったら……」

エリカ「何かあったのね」

みほ「開けて出たはずの勝手口が閉まってたの」

エリカ「それで?」

みほ「おかしいと思って万が一を考えて開けておいたいくつかの窓も調べたけど、全部鍵がかけられていた」

エリカ(万が一を考えて開けておいた……?)

みほ「仕方なく玄関へ行くと、玄関だけは開いていて、それも灯りがついていた」

みほ「恐る恐る、中へ入ってみると……」

みほ「お母さんが腕を組んで立ってたの」

エリカ「……」

みほ「怖いよね」

まほ「怖いな。そのあとはどうなった?」

みほ「すごく怒られたよ。『何かあったらどうするの』って」

エリカ「私は万が一を想定していた貴方のほうが怖いわ。普通、6歳でそこまで考えないでしょ」

みほ「え? けど、勝手口は誰かが閉めちゃう可能性もあったから……」

エリカ「だから……。って、そういう話でもないわよ。ちょっとおかしいんじゃない?」

みほ「そうかな……?」

エリカ「分かったわ。もう一つ、話をしてあげる。……これは聞いた話なんですけど」

まほ「まだあるのか」

エリカ「ある夫婦が中古の物件を購入したそうです。値段も安いし周囲の環境もよく、日当たりも良好。中古とはいえ何もかも申し分のない家」

エリカ「ところがある日のこと、夫が廊下を歩いているとそこに一本の赤いクレヨンが落ちている。彼ら夫婦に子供はいない。だから、家の中にクレヨンなどあるはずがなかったわ」

エリカ「そのクレヨンは毎回同じ場所に落ちていて、何度捨ててもその場所に戻ってくる……」

エリカ「もしこのクレヨンを使いどこかに落書きしているなら大変だと夫婦は何か実害がないか調べた」

エリカ「けれど、どこにも落書きはなかった。そこで家の外を見ていた夫があることに気が付いた」

エリカ「この家にはもう一部屋あるんじゃないかって。確かに外観を見る限り、もう一部屋はありそうだった」

エリカ「そこで図面と照らし合わせてみると、壁になってはいるけどそこには部屋があり、しかもクレヨンが落ちている場所だった」

エリカ「夫婦は何かあると考え、その壁紙を剥がすとそこには釘で打ち付けられた戸があった」

エリカ「中はどうなっているのかと釘を外した」

まほ「何故、そのような真似を。愚策の極みだ」

みほ「もしかしたら歴史的に価値のあるものが保管されてるかも知れないから、かな?」

まほ「なるほど」

エリカ「閉ざされていた部屋へ足を踏み入れると、そこには何もなかった」

まほ「……」

エリカ「ただ、赤いクレヨンで壁にびっしりと殴り書きがされていたそうです……。 おかあさん、ごめんなさい。ここからだして。おかあさん、ごめんなさい。ここからだして……」

まほ「……」

みほ「お父さんはどうしたんだろう?」

エリカ「そのあとどうなったのかは知らないわ」

みほ「改装したら書斎になりそう」

エリカ「……ねえ」

みほ「なに?」

エリカ「怖くなかった?」

みほ「怖いよ。一部屋あるだけで2LDKが3LDKになっちゃうかもしれないし」

エリカ「もういいわ」

まほ「……席を外す」

エリカ「どちらへ?」

まほ「手洗いよ」

みほ「体調でも悪いの?」

まほ「気にするな。ただの確認だ」

エリカ「確認ですか」

まほ「すぐに戻る」

みほ「……」

まほ「今度はダメかもしれないな……」

みほ「お姉ちゃん……」

エリカ「ねえ、隊長ってもしかしてこういうの苦手なの?」

みほ「こういうのって?」

エリカ「だから、怖い話とかよ」

みほ「でも、戦車道の試合で腕を複雑骨折した選手の話とか、何かにひっかけて爪がパカってなる話とかお母さんからよく聞いてたけど」

エリカ「ひぃ……。って、そういうのじゃないわよ!!! おばけとか!! ユーレイとか!! そうした話は苦手なのかって聞いてるの!!」

みほ「おばけ……? ううん、そんなの聞いたことないけど」

エリカ「そう……。だったら、いいのよ」

みほ「あ……」

エリカ「なに?」

みほ「新聞のテレビ番組表に心霊特集とか幽霊とか超常現象とか、そういうのにはペンでバツを書いてたような……」

エリカ「バツを?」

みほ「絶対に見るもんかって言いながら」

エリカ「くっ……!! 私はなんてことを……!!」

みほ「どうしたの?」

エリカ「それは隊長が苦手だって証拠でしょ」

みほ「そうなの? あんまりそうした話はしたことなかったけど……」

エリカ「苦手だから避けてたに決まってるじゃない。話題にすらさせないよう、テレビ番組表にバツを書き込んでまで」

みほ「お姉ちゃんは苦手なら苦手だって言うと思う」

エリカ「言うわけないでしょ。そんなの隊長のイメージとかけ離れてるし、妹の貴女になんて尚更いうわけないじゃない」

みほ「そんな……」

エリカ「どうしよう……。入学して間もないのに隊長に嫌われた……?」

みほ「心配ないと思うけどな」

エリカ「折角、念願の黒森峰に入学できても隊長に距離をおかれたら……!!」

みほ「逸見さん……」

まほ「待たせたな。使い物にならないものを捨ててきた」

みほ「なにを捨てたの?」

エリカ「隊長!! 申し訳ありませんでした!!」

まほ「何の話だ?」

エリカ「隊長はお嫌いなんですよね、この手の話は……」

まほ「……」

まほ「いや、構わない。続けてくれ」

エリカ「え……?」

まほ「お前の話は興味深い。時間の許す限り披露してくれてもいい」

エリカ「本当ですか!?」

まほ「ああ。西住流に逃げるという道はない」

エリカ「重ね重ね申し訳ありません。つまらない勘違いをしてしまって」

まほ「いや、途中で席を立ったのは私だ。誤解させてしまった要因は私にある」

エリカ「そんな」

みほ「それじゃあ、まだ怖い話で続けるの?」

まほ「勿論だ」

みほ「あ。だったら、次はお姉ちゃんが話すのはどうかな?」

まほ「私か……? そうだな……」

エリカ(隊長はどんな話を持っているのかしら……とても気になる……)

まほ「あれは私が7歳のときだった。夜中にふと目が覚めた」

まほ「私はその瞬間、自分がどのような状態なのかを察した」

エリカ(金縛りね)

まほ「一人では無理だと悟り、私は横を見た。隣には一緒に就寝したみほがいると思ったからだ」

まほ「しかし、隣にみほの姿がなかった」

エリカ「な……!?」

まほ「私は絶望した。だが、このまま寝ているわけにもいかないことは当時の私でも理解できていた」

まほ「なんとか体を起こし、部屋を出ようとした」

エリカ(金縛りじゃないのかしら?)

まほ「部屋の外も闇が広がっている。それだけならば私もその先へ行けたはずだった。だが、暗闇からすすり泣く声と怒号が聞こえてきた……」

まほ「私は怖気づき、ベッドの中へ戻り、体を震わせた」

まほ「ダメだ。もうダメだと呟きながら……」

エリカ「そ、それで……どうなったのですか……?」

まほ「10分ほどで終わった。何もかも。そして、そのまま朝を迎えた」

エリカ「……?」

まほ「生きた心地がしなかった」

エリカ「あの、どういうことでしょうか?」

まほ「あれほどの恐怖を味わったことはまだない」

みほ「それって私が流星群を見に外へ行った日かな?」

まほ「そうだな」

みほ「あ、そのすすり泣く声は私で、もう一つの声はお母さん?」

まほ「そういうことになるのだろう。あの日の私はその確認すらできなかったが」

みほ「そういえばあの日の翌朝、お姉ちゃんが泣きながらシーツを洗ってた気が……」

まほ「見ていたのか……」

みほ「うん。たまたま……。お姉ちゃんもお母さんに怒られたの?」

まほ「ああ……。酷い失態を晒したからな」

エリカ「……」

エリカ「隊長。やはり怖い話はここまでにしましょう」

まほ「構わないと言っただろう。続けてくれ」

エリカ「だ、だって、隊長……夜、眠れるんですか……?」

まほ「どういう意味だ?」

エリカ「いえ……その……」

まほ「お前は私が怖い話を聞いたぐらいで寝付けなくなり、夜に手洗いにも一人では行けないのではないかと疑っているのか」

エリカ「そ、そこまでは……」

まほ「私はこの黒森峰女学園隊長だ。そんなことはありえない」

エリカ「は、はい。わかっています」

まほ「なら、いい。では、続けてくれ」

エリカ「本当にいいんですか?」

まほ「続けて」

エリカ「は、はぁ……」

エリカ(無理しているようにしか見えないけど……。ネタ切れってことにして……ここは……)

みほ「それじゃあ、私が」

エリカ「ちょ……!」

エリカ(いや、この子の怖い話は幽霊とかじゃないもの。好きにさせておきましょう)

みほ「これもお母さんから聞いたんだけど……」

みほ「お母さんが大学生のとき、一度だけ沖縄で合宿をしたんだって」

みほ「練習の会場になった場所はとてもひらけたところで、なぜかそこだけ草木が生えないらしいの」

みほ「戦車道の練習会場としては適しているからと、大学側はその年の合宿練習場をそこに決定したみたい」

みほ「合宿は一週間。一日目から三日目まではみんな普通に練習して、練習が終われば海で泳いだり、浜辺で遊んだり満喫してた」

みほ「四日目は紅白試合をすることになっていて、お母さんは紅組の隊長として隊を動かしていた」

みほ「森林地帯で白組の様子を伺っていると、砲手が敵車輌を発見したって言うの。けど、車長のお母さんはそんなのは見えない、気のせいだって伝えたんだって」

みほ「すると操縦手も確かにいる。近くに一輌いる。って言いだして、お母さんは困ったみたい。だって、キューポラから外を監視していた自分が見つけられていないから」

みほ「けど、あまりにも二人がいるっていうから、仕方なくお母さんはその方向へ向かうことを許可して、進んだの」

みほ「そのまま進んでいくと、森を抜けちゃって、そしてひらけた場所に出た」

みほ「やっぱり戦車の影なんてなくて、お母さんは二人をその場で怒った。砲手と操縦手の二人は納得せずに外に出て探したみたい」

みほ「それでもやっぱり何もいなくて、お母さんがもう一度二人を注意しようとしたとき、足元に何かが埋まってるのが見えた」

みほ「嫌な予感がしたから注意深く慎重に少しだけ土を掘ってみると、そこには地雷があったんだって……」

みほ「お母さんは急いで戦車に乗り込み、その場から離れようとした。そのときにね、誰も立てないはずの車長の後ろから声が聞こえて……」

みほ「あと一歩だったのに……」

エリカ・まほ「「……」」

みほ「あ、一応、その場所は地雷原ってわけじゃなかったみたいだけど、その日以来そこは立ち入り禁止になってるって」

みほ「だから、きっと合宿地に選ばれることもないから怖い目にあうことはないと思うよ。地雷とか不発弾があるところで練習はしたくないよね」

まほ「……」

エリカ「違うでしょ!! 地雷とか不発弾も怖いけど!! もっと怖いことが今、あったじゃない!!」

みほ「え? あ、確かに車長の言うことを無視して操縦手が好き勝手に動いたら怖いね」

エリカ「ちがうわよ!! 隊長からもなんとか言ってあげてください!!!」

まほ「あ、ああ……。みほ」

みほ「ん?」

まほ「今日は、もうここに泊まっていけ」

みほ「でも、部屋に戻らないと……」

まほ「もう消灯時間だ。今から外に出てしまえば規律違反で罰則が与えられてしまう」

みほ「消灯まであと1時間あるし、戻れると思うけど」

エリカ「あの、隊長。この部屋に三人は、窮屈でしょうか」

まほ「いや、問題ない。風呂も一緒に入ろう」

みほ「お風呂も?」

浴室

みほ「三人は狭いような……」

エリカ「仕方ないでしょ!!」

まほ「分かった」

みほ「なにが?」

まほ「髪を洗うときは背を壁につければいい」

エリカ「流石です!! 私もそれに倣います!!」

みほ「どうして? 洗いづらくない?」

エリカ「いいのよ! 敵に背を向けるなんてできないでしょ!!」

まほ「西住流は何があっても前へ進む流派。後ろはみない」

みほ「けど、上から来ることもあるよね」

エリカ「……!!」

まほ「ない」

エリカ「ですよね!!」

みほ「でも、高地からの砲撃にも気を付けないと……」

部屋

エリカ「電気は消しますか?」

まほ「そうだな……敵襲に備えて……点けたままでも……」

みほ「……」パチンッ

エリカ「きゃぁ!?」

みほ「どうしたの?」

エリカ「きゅ、急に消さないでよ!!」

みほ「でも、明るいと眠れないから……」

まほ「みほ、こちらへこい」

みほ「うん」

まほ「こっちだ」ギュッ

みほ「わわ。そんなに引っ張らないで」

エリカ「貴方が真ん中でいいわよ、この際」ギュッ

みほ「どうしたの?」

まほ「気にするな」

まほ「ここで確認するのも今更だが、レクリエーションはどうだった?」

みほ「私は、楽しかったけど」

エリカ「貴方はどういう神経してるのよ……」

まほ「逸見」

エリカ「はい」

まほ「今日は、お前がいてくれてよかった。本当に心からそう思う」

エリカ「光栄です。隊長にそういってもらえるなんて」

まほ「そしてみほもずっといてくれてありがとう」

みほ「私も……その……逸見さんと……お話しできたから……」

エリカ「……エリカ」

みほ「はい?」

エリカ「呼ぶときは名前でいいわ。クラスメイトなんだし」

みほ「そ、それって、友達……?」

エリカ「友達ですって? ふざけないで。貴方とは敵同士、ライバルよ。慣れ合うつもりはないから」ギュゥゥ

みほ(こんなに強く手を握ってくれてるのに……友達じゃないんだ……)

まほ「では、私もエリカと呼ばせてくれ」

エリカ「えぇ!?」

まほ「ダメか?」

エリカ「い、いえ!! 隊長の好きなように読んでください!!」

まほ「よかった。エリカとは、良い関係を築けそうだ」

エリカ「た、たいちょぉ……」

まほ「みほもエリカには負けるな。ライバルであるならお互いを高め合え」

みほ「うんっ」

エリカ「ふんっ。絶対に貴方を駒で使ってあげるわ」

みほ「そのときは足を引っ張らないようにがんばるね、エリカさん」

エリカ「張り合いがないわね」

まほ「そろそろ寝よう」ギュゥ

みほ「うん。おやすみ」

まほ「おやすみ」

エリカ「酷い夜だったわ……ホント……」

深夜

まほ「……む」

まほ「……みほ」

みほ「すぅ……すぅ……」

まほ「みほ、起きて」

みほ「え……? おねえちゃん……?」

まほ「ついてこい」

みほ「どこに……?」

まほ「黙って私の後に続け」

みほ「うん……」

まほ「こっちだ」

みほ「トイレ……」

まほ「そこに、居てくれ」

みほ「うん……」

まほ「絶対にその場を動くな」

深夜

エリカ「……」

エリカ「くっ……う……」

エリカ「ねえ、ちょっと」

みほ「え……?」

エリカ「ついてきて」

みほ「どこに……?」

エリカ「いいから!」

みほ「うん……」

エリカ「ここに居て」

みほ「トイレ……? エリカさん、も……?」

エリカ「ここを動かないで」バタンッ

みほ「すぅ……すぅ……」

エリカ『ちゃんといるでしょうね!!!』

みほ「は、はい! います!! ここにいます!!」

翌朝

チュン……チュン……

まほ「ん……朝か……」

みほ「うぅん……おねえちゃん……」

まほ「おはよう、みほ。早く着替えろ」

みほ「うん」

エリカ「すぅ……すぅ……」

みほ「エリカさん、起きて」

エリカ「ん……なによ……もぅ……」

みほ「おはよう」

エリカ「あぁ……そういえば……一緒に寝たのよね……」

まほ「大きな借りを作ってしまったな」

みほ「え?」

まほ「お前は私にとって、最大の弱点になってしまったということだ」

みほ「……そうなんだ」

大洗学園艦 コンビニ

みほ「それ以来、お姉ちゃんの弱点は私ってことになってるみたいで」

沙織「……」

麻子「話していいのか」

みほ「え?」

沙織「それ話しちゃったら、もうお姉さんの弱点はなくなったような気が……」

優花里「わたしたちが聞かなかったことにすればいいのではないでしょうか?」

華「わたくしもそう思います」

みほ「でも、もう私とお姉ちゃんは別の学校だし、弱点でもなんでもないような」

沙織「いやいや!! そうじゃないって!! みぽりん!!」

みほ「え? え? 違うの? 私が選手として未熟だから、お姉ちゃんにとって、黒森峰にとっての弱点ってことじゃあ……」

優花里「ちがいますよぉ!!」

麻子「もしかしたら、西住さんのほうが弱点などないのかもしれないな」

華「ですね。やっぱりみほさんのほうがわたくし、隊長として優れていると思います!」

みほ「えぇぇ~!?」

黒森峰女学園

小梅「また隊長が雑誌で特集組まれていますね」

まほ「そうか」

エリカ「弱点皆無、ね」

まほ「ふっ……」

小梅「どうしたんですか?」

まほ「見る目がない記者だ」

エリカ「まぁ、話さなければ分からないこともありますから」

まほ「そうだな」

小梅「あの、弱点があるってことですか? 隊長にも……」

まほ「誰にも絶対に言えないがな」

小梅(き、きになる……!!)

まほ(みほはきっと墓まであの日をことを持って行ってくれるだろう……。あの日の出来事は最大の弱点だが、みほならば言いふらすこともない。安心だ)

まほ「さぁ、練習を始めるぞ。急げ」


おしまい。

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