岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その4 (266)

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岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」
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・シュタインズゲートゼロのネタバレ有り
・!orz進行

・・・13年後・・・
2025年8月13日水曜日
元ラジ館屋上 ワルキューレ基地


フブキ「いやーしっかし、かがりちゃんも随分色っぽくなりましたねぇ!」

かがり「え、えと、そう、ですか?」

フブキ(セジアム)「ホント、出るとこ出ちゃって。牧瀬紅莉栖のDNAを受け継いでいるなんて信じられないわ」

ダル「突然変異じゃね?」

鈴羽「かがりおねーちゃん、とつぜんへんいってー?」

かがり「えっとね、橋田さんからスズちゃんみたいな美人さんが生まれること、かな?」

ダル「ぐはー、容赦ねぇっす。これでも最近筋トレしてるんだけどな」

由季「三日坊主にならないよう、応援してますね」

ダル「愛しのワイフに応援されたら、やる気100倍なのだぜ」ムハー

フブキ(セジアム)「フブキの身体は貧相のままよね」ハァ

フブキ「ざ、残念そうな顔をするな、私!」

倫子「(……フブキはまるで一人芝居をしている。入院していた頃の私のようだ)」

真帆「岡部さんもあれから15年経って、随分色気を増したじゃない?」

倫子「"クリス"は相変わらず合法ロリだがな」

真帆「もう35なのに私……」ガクッ


あれからというもの、オレたちはひたすら研究に打ち込んだ。

いや、実際は打ち込める状況などではなかったのだ。世界中の治安が悪化し、気付いた頃には世界大戦が始まっていた。

世界中の組織がタイムマシンの残り香を血眼で捜索しており、オレたちは自分たちの身を守ることで精いっぱいだった。

そんな中にあっても、オレたちの研究は飛躍的に進歩した。

ある時は敵の研究所からデータをハッキングし、またある時はスパイを送り込んだ。

リスクを負わなければ、望んだ結果を掴むことはできない。

すべての世界線のすべてのオレが望んだ、唯一絶対の答えのために。

紅莉栖を救うために。

"今"に至る道のりは、きっと"オレたち"の執念の収束だったのだろう――――


真帆はコードネームとして"クリス"を選んだ。その真意は彼女しか知り得ないところだ。

もしかしたら、これから牧瀬紅莉栖を救うために動く鈴羽に、"クリス"という名前にリアリティを持ってもらうためだったのかもしれない。

が、オレにとっては世界に対する挑発のように思えた。

この第3次世界大戦は、牧瀬紅莉栖という天才少女をキッカケに勃発したと言っても過言ではない。

そんな世界において"クリス"の名を自称すること――

まるで、紅莉栖はまだ生きてるぞ、と、世界へ警鐘を鳴らしているかのようだった。

事実、紅莉栖はまだオレたちの中で生きている。

ワルキューレ最大の目的は、牧瀬紅莉栖を生存させること。

シュタインズ・ゲートへと辿り着くことなのだからな。


倫子「"クリス"と言えば……例のブツは手に入れたか?」

真帆「ええ。ワルキューレ精鋭部隊に、ヴィクコンの精神生理学研究所から盗ませた」

真帆「今はまだ装置の中で妊娠1ヶ月程度の状態らしいわ。話に聞いただけじゃ、一体どうやって産まれてくるのか見当もつかないけれど」

倫子「これでこの世界線で誕生する"かがり"も洗脳されずに済むな。偽のPTSDを植え込まれることもない」

かがり「この世界線の"私"……。私がしっかり、ママになってあげなくちゃ……!」

由季「家族が増えますね」ニコ

倫子「きっと米軍は"かがり"を取り返しにくるだろう。クリス・プロジェクトは消滅したわけではないからな」

倫子「オレたちの手で、絶対に守ってやらねばならぬ。いつかまゆりに会わせるためにも……」

鈴羽「リンリン、かっこいい!」キラキラ

倫子「(どういうわけか鈴羽はオレに懐いてしまったな……これもまたシュタインズ・ゲートの選択……)」


フブキ(セジアム)「そのためのガジェット……ダイバージェンスメーターやトレーサーの開発も順調よね」

倫子「ああ。ジョン・タイターの書き込みの通りに作ったら、思いのほか簡単に作れたな」


   『世界線ごとに異なる物理的情報がどこかにあって、それを検知してる、ってことよね? 温度計や気圧計みたいに』


倫子「(α世界線の紅莉栖が推測していた通り、ダイバージェンスメーターは世界線ごとに特有の情報を検出する装置だ)」

倫子「(その情報とは、"重力波")」

倫子「(重力波とは、いわば時空のゆがみのこと。物体が運動をすると、周りの歪んだ時空が波の宇宙空間に広がってゆく)」

倫子「(ありとあらゆるものを貫通し、減衰しないという性質がある。当然これは、因果律の大きく異なる世界線ごとに固有のパターンを示すことになる)」

倫子「(1916年にアインシュタインがその存在を予言したものであり、一般相対性理論に必要な要素でもある)」

倫子「(2015年に人類が初めて重力波を観測してからは、その研究は加速度的に進んでいた)」

倫子「(現在では、一辺が数kmに及ぶマイケルソン干渉計など用いずに重力波を観測することができる)」

倫子「(また、例のタイムマシンおよびダイバージェンスメーターのサイズであっても局所重力正弦波を発生させることが可能となった)」

倫子「(まあ、"発生"自体は2010年7月には既に成功してるんだけどな。要は特異点を超高速回転させることでカー・ブラックホール効果を再現するだけだ)」


真帆「タイムマシンはDメールやタイムリープとわけが違う。ブラックホール生成装置自体を過去へと送ることになる」

真帆「だから、自身が見知らぬ時空へと放り出されないように制御する技術――VGL<ヴァリアブルグラビティロック>の開発は必須だった」

ダル「うん。時間移動する前に局所重力の基礎読み込みを行って、ティプラー正弦波をその位置にロックする」

ダル「搭載された4個のセシウム時計と重力センサーからの神郷を受け取って、3台の量子コンピューターが正確な計算を行い、タイムマシンを望んだ場所へと運んでいく」

倫子「全くもってジョン・タイターの予言通りのシロモノが出来上がった、というわけだ」

鈴羽「じょん、たいたー?」

倫子「そうだ。オレに初めてタイムマシン理論を教授してくれた、とってもカッコイイ人なんだぞ」ナデナデ

鈴羽「えへへ、くすぐったい!」

ダル「VGL開発の過程で、オカリンのリーディングシュタイナーと組み合わせれば、ダイバージェンスメーターが完成したってわけっすな」

鈴羽「だいばーじぇんすめーたー?」

倫子「これも元はジョン・タイターから譲り受けたものだ……」ナデナデ


倫子「(ダイバージェンスメーターの使い方はこうだ)」

倫子「(まず、起点となる世界線の局所重力の読み込みを行う。どこかの可能性のオレが決めた0%を基準に考えることになる)」

倫子「(2010年に登場したタイムマシンに搭載されていたメーターの数値は、ダルの話によれば1.13209%だ。この世界線ではこれを利用する)」

倫子「(時間移動後に局所重力正弦波を発生させ、重力歪曲装置で観測変数を調べ、地域重力をサンプリングし、基準値との差異を変動率に変換して数値化する)」


    【1.132090】


ダル「小数点第6桁まで表示されるよう改良できたお。とりあえず表示は0にしてみたけど」

倫子「常に魔改造する精神には見上げるものがあるな」ククッ

真帆「だって、ひとつ前の世界線と同じ技術レベルじゃ、悔しいじゃない?」

鈴羽「父さんも、クリスも、リンリンもすごーい!」

倫子「"今後のオレ"が手にするダイバージェンスメーターは7つの数の並びになるのだな」


倫子「……この数字を見る限り、α世界線漂流の後の最初のβ世界線の数値に近い。最初の紅莉栖救出の時、オレが鈴羽のタイムマシンの中で見た数値に、だ」

フブキ(セジアム)「その世界線変動率<ダイバージェンス>の差は、0.00004%ということになるのかしら」

倫子「結局オレは、β世界線を漂流して戻ってきただけ、なのだな」

倫子「だが、無駄ではなかった。諦めの世界線の中でオレは、確定した執念を手に入れることができたのだから」

倫子「このβ世界線漂流は、なかったことにしてはいけない。この意志をムービーメールとして、過去の"俺"へと引き継いでもらおう」

倫子「それに、演算によってシュタインズ・ゲートとされる世界線の世界線変動率<ダイバージェンス>は既に割り出されている」

真帆「変数自体はシンプルよね。2010年8月21日、牧瀬紅莉栖が生き、中鉢論文が消滅するという、これだけ」

倫子「そうして割り出された値は、やはりと言うべきか、かつて鈴羽が教えてくれた通りだったな」


   『シュタインズゲートの世界線変動率<ダイバージェンス>は、父さんとリンリンとですでに割り出されてるよ』

   『相対値で、ここ【1.13205】から、-0.08346%』

   『そこがシュタインズゲート【1.04859】』


鈴羽「あたしがリンリンに教えたのー?」

倫子「ああ、そうだ。偉いぞ、鈴羽」ナデナデ

鈴羽「えへへ……」テレッ

倫子「もっとも、今後の世界線では【1.048596】ということになることが判明しているがな」


ダル「それと、タイムマシン試作機FG-C193型に取り付けたトレーサーも問題なし」

倫子「(こちらはカー・ブラックホールが作り出した時空のゆがみを追跡する装置だ。重力波の測定さえできればそこまで複雑なものではない)」

倫子「(カー・ブラックホールは世界線において大きな痕跡となる。なぜなら、その穴の先は別の時代、つまり別の重力波状態へと繋がっているからだ)」

倫子「(この穴は、世界線と世界線を繋ぐワームホールになっている、というわけではない。世界線は常に1本だけがアクティブなのだからな)」

倫子「(むしろ、未来と過去を繋ぐタイムトンネルのようなものになっていると言える)」

倫子「(例えば、ある世界線のある時点からタイムトラベルを行い、過去へと到着し、世界線が再構成されたとする)」

倫子「(タイムトラベラーが過去に到着したことで発生するバタフライ効果によってタイムトラベルそのものがなかったことになる場合は、カー・ブラックホールの痕跡もなかったことになり、測定しようがない)」

倫子「(世界線1本レベルでなかったことになるタイムトラベル……オレがα世界線で送り続けたDメールやタイムリープなどはこっちの部類だ)」


倫子「(だが、タイムトラベラーが過去に到着してもタイムトラベルがなかったことにならない場合……)」

倫子「(つまり、到着後の世界線でも同じようなタイムトラベルが発生するよう再構成された場合)」

倫子「(入り口と出口が、正確には別物だが、再構成によって同一世界線上に存在することになる)」

倫子「(鈴羽のタイムトラベルをはじめ、"テレビを見ろ"メールやノイズムービーメール、オペレーション・アークライトなどはこの場合となる)」

倫子「(と言っても、"なかったことにならない"のはアトラクタフィールド内での話だ。シュタインズ・ゲートを観測すれば、これらはすべてなかったことになる)」

倫子「(世界線1本レベルではなかったことにならないが、アトラクタフィールド1枚レベルではなかったことになるタイムトラベル……)」

倫子「(未来から過去への影響――タイムトラベルそのものが世界線を構成する因果律に組み込まれている場合、トレーサーは機能する)」

倫子「(時空のゆがみは、"いつ"へ繋がっているかに比例して大きくなる。それを測定できれば、最大7000万年前の過去から未来に至るまでをトレース可能)」

倫子「(以前"ラジオ会館"と呼ばれていた建物の屋上に座標を合わせさえすれば、時空の歪みの"連続"を追跡することができる)」

倫子「(むろん、その目的はひとつだ。だが、その前に――)」


倫子「ダル。例の演算結果はどうなった?」

ダル「うん……やっぱさ、セジアムの言うことは正しいっぽい」

倫子「そうか……。だが、たとえセジアムの言う通り、オレを男にしたとしても、鍵がわからぬのでは意味が無い」

フブキ(セジアム)「そうね。だからこうやって、"もうひとつの演算領域"を用意した」

真帆「シュタインズ・ゲートはα世界線とβ世界線の狭間の世界線。だから、"こちら側"からだけでなく、"あちら側"からも計測する必要がある」

ダル「そのために、僕の量子コンピューター内で牧瀬氏の『Amadeus』回路を再現したわけだお。2人分ね」

フブキ(セジアム)「私のコピー先データを引用しただけだから、簡単だったわね」

ダル「さらにさらに、新型脳炎研究で判明した、リーディングシュタイナー保持者の脳の構造を"秘密の日記"として再現したお!」

倫子「世界中の新型脳炎研究のデータをハッキングした上に、セジアム本人による実証実験を行った賜物だな」

ダル「これで『Amadeus』に牧瀬氏のOR物質を定着させて、記憶の修復力をフル稼働、人格も意識も含めてすべてを蘇らせれる夢の装置!」


真帆「呼び覚ますOR物質はもちろん紅莉栖本人のものよ。まあ、『Amadeus』の回路を使っている以上、私か紅莉栖のどちらかのOR物質しか定着させられないのだけれど」

倫子「α世界線の『Amadeus』"紅莉栖"の記憶が流入するおそれは無いか?」

真帆「α世界線の私が"秘密の日記"の鍵を開けていない限り、その可能性は無いわ。あなたがアクティブにしてきた世界線の中でそれはあった?」

倫子「……考え得る限り、そういう事態にはなっていないだろうな」

フブキ(セジアム)「紅莉栖のOR物質は、2010年7月28日までのβ世界線の情報と、8月17日までのα世界線の情報を持っている」

倫子「2033年からタイムリープしてきた記憶は、自分でデリートしたからな、あいつ……」

真帆「まあ、7月28日正午ごろの記憶が両方あって混乱するでしょうけど、それでもこの仮想空間内に現れる紅莉栖は、8月17日が最終更新の状態ということになるはず」

フブキ(セジアム)「どこか別の世界線で生き返ったりしていなければね」

倫子「γ世界線で過ごした1ヶ月、紅莉栖は蘇っていたな……。あの時の記憶はあまり思い出してほしくない」

フブキ(セジアム)「他にもそういう世界線があったかもね。岡部が気付かないうちに忘れちゃった可能性もあるし」

倫子「ぐっ。何度かとんでもない忘却をやらかしているからぐうの音も出ない……」グヌヌ

フブキ(セジアム)「γ世界線での記憶はOR物質が断続することになる。記憶の混乱は必至ね」

フブキ(セジアム)「対してα世界線での記憶は、β世界線からほぼそのまま連続した18年間になる」

真帆「擬似的にではあるけど、α世界線の情報を継続させることができるってこと」

ダル「そいで、牧瀬氏とセジアムの共同演算でシュタインズ・ゲートの鍵を探してもらうっつーわけですな」

倫子「紅莉栖を亡霊として蘇らせることになるとはな……」

フブキ(セジアム)「非人間の私だからこその発想かもしれないわね。それでも、可能性に賭けてみる価値はある」

フブキ(セジアム)「死と生は0と1。だけど、量子的世界においては、その限りではない」

倫子「……命の定義さえ、不正に上書きしようと言うのだな」ククッ


フブキ(セジアム)「私はこれからタイムリープマシンの要領で記憶を取り出して、橋田のPC内の『Amadeus』人格として顕現する」

ダル「こっちは普通に記憶データを『Amadeus』に更新するだけだから、特に問題ないと思われ」

真帆「モデルデータと音声データは、ドリームワークスとYAMAHAにバックアップデータが残ってたから拝借してきたわ」

ダル「それらを再構成したらこんな感じになりますた」カタッ

ブォン …


倫子「ほう、電脳空間に3D紅莉栖モデルが2体……」

鈴羽「ふおお、すごーい……」

フブキ(セジアム)「私の要望は通らなかったの? 真っ白空間にして欲しかったのだけど。真っ暗だと不安になるもの」

ダル「あ、いや、ちゃんと作ったお。ただ、切り替わるのにちょっと時間がかかるだけ」

ダル「自分で作りながら、これなんてマトリックス? 真理の扉? って思ったお」

倫子「オレの声は中へちゃんと反映されるのか?」

ダル「仮想空間内のスクリーンを模した装置に信号を出力するお。このwebカメで撮った映像と音声をそこに反映させる」

真帆「相互コミュニケーションデバイスも基本は『Amadeus』と一緒よ」

ダル「これでオカリンは向こうの牧瀬氏と会話ができるお。動作テストもバッチリなのだぜ」

フブキ(セジアム)「私の準備はできたわ。もう飛ばしちゃって」スチャッ

真帆「わかったわ。それじゃ、いってらっしゃい」カタッ

フブキ「――――っ」ガクッ


フブキ「あ、あれ、私……そっか、もうひとりの私が移動したんだ」

真帆「お疲れ様。無理せずゆっくり休んでおきなさい」

倫子「おお、画面内に居た紅莉栖のひとりが目覚めた」


セジアム『私にとってはこの身体は初めてね……。こっち、ちゃんと見えてる?』


真帆「大丈夫よ。PCとの接続は?」


セジアム『確認中……大丈夫。アクセサリの生成も可能ね』スッ


フブキ「おお、なんか歯車が出た! かっくいーっ!」

鈴羽「かっくいーっ!」キャッキャッ


セジアム『音声は……柱時計でも生成してみようかしら』スッ


ダル「秒針の音まで聞こえてるお。モニタリングよし、音声よし、量子演算よし……」カタカタ

ダル「こっちも準備できたお。いつでもロックを解除して、牧瀬氏のリーディングシュタイナーを発動できる」

倫子「いよいよ本物の紅莉栖と……」ゴクリ

ダル「オカリン」

真帆「岡部さん」

フブキ「オカリンさん」

鈴羽「リンリン!」

倫子「ああ……わかっている。今こそ、世界の支配構造を覆し、混沌へと陥れる時!」

倫子「――オペレーション・カーラチャクラ<密教の時の環作戦>、発動せよっ!!」

ダル「オーキードーキー!」

カタッ


――――――――――――――――――
―――――――――
―――



チク タク チク タク …


紅莉栖「真っ暗な空間……? 何処なの、ここは……」

紅莉栖「時計の音……。私……、どうしてここに?」キョロキョロ

紅莉栖「そもそも……、私は誰?」

紅莉栖「また倫子ちゃんのいたずらかしら? ……って、あの子はこの手のことはしないか」

紅莉栖「あれ……?」



倫子ちゃんって

誰?


チク タク チク タク …


???「そうなってもその名前は覚えてるのね?」

紅莉栖「え? わ……、私? 目の前に、私が、居る……歯車に座って……」

セジアム「それくらいは分かるみたいね、牧瀬紅莉栖?」

紅莉栖「牧瀬……、紅莉栖……! 私の、名前!」

紅莉栖「私、日本に来て……、パパに殺され……」

紅莉栖「ううん、違う! 大ビルの講演で、変な白衣の女の子に会って……」

紅莉栖「違う……。その白衣の子とは、パパに殺される前にも会ってて……」

紅莉栖「そう……だった。彼女と出会って、過去にメールを送ることができた……」

セジアム「だいぶ思い出せたようね。なら、今は何をやっていたか……思い出せる?」

紅莉栖「今……? これは、白昼夢なの?」

セジアム「その認識は正解とも言えるし、正解ではないとも言えるわ」

紅莉栖「……"正解ではない"? "間違っているとも言える"ではないの?」

セジアム「ふふ……。あなたらしいわね。言葉の正確な定義にこだわろうとする」


チク タク チク タク …


紅莉栖「交わす言葉が正確に定義されないなら、その言葉で伝達される事象にも齟齬が生じるわ。当然でしょう?」

セジアム「ええ、それでいいのよ。あなたはあなたらしくあればいい。これからあなたが体験する、ひとつの物語でも」

紅莉栖「……物語?」

セジアム「ただあるがままを受容すればいい。そしてあなたは、あなたのままでいればいい」

セジアム「その物語は"ここ"から離れたら、もう覚えていることもできない蜃気楼か、さもなければ幻のようなものかもしれない」

セジアム「もしかしたら、存在さえしなかったかもしれない、ひとつの可能性や幻想になるかもしれない」

セジアム「それでも、あなたがここに来てしまった以上、それを目の当たりにする権利と義務がある」

紅莉栖「どういうこと?」

セジアム「時の円環と歯車は……。無限の螺旋を描いてまたそこに戻る。永遠の連鎖が描く軌跡を、"私"は知っているはず……」

セジアム「時計の鐘の音が響き渡る時、あなたの記憶のゲートが開く」

セジアム「だから、確認しなさい。そして、救うのよ……。ここでも」

セジアム「あなた自身を。……彼女を」

紅莉栖「ちょっと待って、そんな一方的に……っ!」グラッ



ゴーン ゴーン ゴーン



紅莉栖「時計の、鐘が――――」


――――パッ!


紅莉栖「――――私も、岡部のことが……大好きっ!!」

紅莉栖「……あれ? 真っ白な空間……」キョロキョロ

紅莉栖「私……、こんなある意味でステロタイプな臨死体験をするタイプだったんだ?」

セジアム「臨死体験ね……。そうやって解釈しなければ、すべてを受け入れられないの、あなたは?」

紅莉栖「そうかもね。……でも、そういうものじゃないかしら? 結局、すべての事象は解釈なしには成り立たない」

セジアム「確かにその通りね。逆に言えば、解釈することそのものが世界を認識する手段――観測のための必須要件ということ」

セジアム「すべての記憶を解釈できたかしら?」

紅莉栖「すべての? ……あれ、私、地下鉄の駅に1年間居たような……」

セジアム「それは夢? 幻?」

紅莉栖「あなたも知っての通り、私って記憶力が良いのよ。何月何日何曜日、何時何分に何が起こったか、重要なものはだいたい覚えてる」

紅莉栖「だからこれは……きっと……」




――別の世界線の記憶。


セジアム「合格よ。あなたには、観測者の資格あり、ってところね」

紅莉栖「当然よ」

セジアム「ならば、あなたの認識していない真実をひとつ教えてあげましょうか?」

紅莉栖「それは一体、何?」

セジアム「あなた、今どうやって考えてるの?」

紅莉栖「え……、どうやって考えてるも何も……」

セジアム「気付いた? 世界線の変動で"いなくなった"人間に、臨死体験なんかあるわけがないでしょう」

セジアム「だって、それを発生させるための脳がもう無いんだから」


紅莉栖「じゃ、じゃあ……。"これ"は一体、何なの?」

セジアム「さあ?」

紅莉栖「……さあ、じゃなくて!?」

セジアム「そんなことより、もっと大切な話がある」

セジアム「あなたは知る必要がある、シュタインズ・ゲートのことを」

紅莉栖「シュタインズ・ゲート?」ポカン

セジアム「仕方ないでしょう。……その造語を作った人間が、そう名付けたんだから」スッ

紅莉栖「あっ、歯車が飛んでって……増えた? なるほど、合体して門<ゲート>の形になったわね」

セジアム「これはひとつの考えに基づいて構成された、模式図のようなもの」

セジアム「抽象化されているし、実状からはほど遠い。けれども、分かりやすいわ」


セジアム「あの歯車のひとつひとつが、世界線だと思えばいい。歯車の歯のひとつひとつが、言ってしまえばダイバージェンスの細かい数値」

セジアム「あなたの記憶から読み取った、α世界線の可能性の束。そして、扉の裏にはβ世界線の可能性の束がある」

紅莉栖「つまりこれが……、この真っ白空間と門が、その利用法のひとつというわけ?」

セジアム「そうよ。あなたは観測しなければならない。シュタインズ・ゲートを」


セジアム「シュタインズ・ゲートは、岡部倫子がβ世界線において名付けた、ある世界線のこと」

セジアム「それまで彼女たちが如何に尽力しても観測できなかった、未知の可能性を秘めた世界線――」

紅莉栖「どうして私が?」

セジアム「あなたの書いた、『タイムマシンに関する考察』よ。あの論文がきっかけになって、世界でタイムマシン開発競争が激化した」

セジアム「それが第3次世界大戦の引き金となったのよ」

紅莉栖「…………」

セジアム「思い出した?」

紅莉栖「うん……、思い出した」

紅莉栖「そっか……。やっぱり、変えられないのね。私や岡部が何度も考えたように、収束する事項は変えられない」



なら、それでもいい。

倫子はまゆりを守ることができたのだから。


セジアム「本当にそう思う?」


まゆり「…………」


紅莉栖「……まゆ……り……?」

まゆり「まゆしぃはもう大丈夫なのです。もうオカリンに無理させなくても、……大丈夫」

紅莉栖「え、えっ? どういうこと、これ?」

まゆり「でも、まゆしぃはクリスちゃんに言いたいことがあるのです」

紅莉栖「え? 何?」

まゆり「なんで、クリスちゃんはクリスちゃんがいなくなっても、オカリンが何ともないって思うの?」

まゆり「オカリンは、クリスちゃんのことをとっても大切にしてるのに」


紅莉栖「ま、まゆり……。それは……、その……」タジッ

紅莉栖「…………」グッ


私が倫子にとって失えない何かになってしまったら――

それは、倫子を殺すのと同義だ。


鈴羽「でも、岡部倫子は君を失って、とても苦しんだよ」

紅莉栖「え……」ドクン

鈴羽「だから、未来から来たあたしと一緒に7月28日に跳んだ。……君を救うために」

紅莉栖「けれど、失敗したんでしょ?」

鈴羽「……君が、観測しなかったからね」

紅莉栖「わ、私のせいだって言うの!?」

鈴羽「君も岡部倫子も間違えている。少なくとも、観測者の視点で確定しているのは、"牧瀬紅莉栖の死"という結果じゃない」

紅莉栖「そんなの、わかってるわよ! というか、あなたと1年間あなぐらで議論したじゃない!」

鈴羽「……思い出したんだね」


鈴羽「君の言う通り、観測された結果さえ変えなければ、そこに至る過程は変えることができる」

鈴羽「箱の中身を、蓋を開けずに変えてしまえばいい」

紅莉栖「でも、"観測された結果"がどこまで限定されるのかがわからない。世界線の収束には、確定事項と非確定事項がある」

紅莉栖「その境目がどこにあるか、今のところ、複数回にわたる試行を繰り返す以外に確認する手段はない」

鈴羽「それを確かめるのが、君の役目だよ」

フェイリス「クーニャンは凶真のお手伝いをすればいいニャ」

紅莉栖「留未穂ちゃん……」

フェイリス「この姿の時は、フェイリスニャ♪」

フェイリス「それより聞くニャ。クーニャンは、メタルう~ぱを封筒に入れたことと、その封筒の中の論文を書いたこと」

フェイリス「このふたつの責任を取る必要があるニャ」

紅莉栖「うん……。でも、私はもう死んでるのよ? ううん、違う。正確には……消えている、か」

紅莉栖「いずれにしても、今の私はもう現実の事象に干渉する力なんかないはず!」

フェイリス「そこは心配ないニャン♪ 後ろのスクリーンを見るニャン」

紅莉栖「え――」クルッ



   『聞こえているな、ザ・ゴースト』


紅莉栖「誰がゴーストよっ! ……って、あなた、一体……誰?」


   『"いつも"と変わらぬ調子が聞けて、嬉しいぞ。……助手』


紅莉栖「あ……あぁ……」プルプル

紅莉栖「岡部……なの……?」ドクン


   『ふっ……。違うな』


紅莉栖「え……」


   『オレの名は、岡部などではない。鳳凰院凶真だっ!! ふぅーはははぁっ!!』


紅莉栖「……厨二病、乙!」ウルッ


紅莉栖「り、倫子ちゃんが、ぐすっ、大人になって、えぐっ、またこうして会えて、ひぐっ……」ポロポロ

倫子『お、おい、ガチ泣きするな……。もうひとりの紅莉栖よ、その紅莉栖を慰めてやれ』

セジアム「はいはい……ほら、水でも飲んで落ち着いて」スッ

紅莉栖「んぐっ、んぐっ! はぁ、はぁ……」グシグシ

倫子『よく聞け助手よ。……生憎だが、少なくともオレは、"お前のよく知る倫子"ではない』

倫子『だからオレのことはその名で呼ぶな』

紅莉栖「え……? じゃあ……、あんたは別の世界線の倫子ちゃんってこと?」

倫子『鳳凰院凶真だ。このオレは、いずれ可能性として消滅せねばならん』

倫子『オレは、シュタインズ・ゲートを観測するオレではない。それはつまり、お前にとっての倫子は、別の人間になるということ』

倫子『もしかしたら、性別も変わっているかもしれない』

紅莉栖「なるほど……」

倫子『頼む、紅莉栖……あまり時間がない。聞いてくれ』

紅莉栖「……私があなたの頼みを、断れるわけないじゃない」


倫子『岡部倫子は牧瀬紅莉栖の救出に失敗した。……失敗せねばならなかった』

倫子『その苦しみこそが……、岡部倫子に牧瀬紅莉栖を完全に救うための計画を遂行させる原動力となったのだ』

倫子『それくらい強い動機がなければ、……ここまで来ることはできなかった。だから、なかったことにするわけにはいかなかったのだ』

倫子『長年の研究の結果、分かったことがある。それは、ふたつの条件をクリアーすることでシュタインズ・ゲートへと至ることが出来るということ』

紅莉栖「……ひとつは、私の死を回避すること。そしてもうひとつは、論文を葬り去ること、よね?」

倫子『そうだ。しかし、おそらく章一が論文を持ってロシア行きの飛行機に乗ることは収束事項だ。それは変えることができない』

紅莉栖「へえ、未来の世界ではそんなことまで計算できるの……」

倫子『収束かどうかは時間をかければ調べることができるようになった。だが、収束じゃない事項がどれかは、悪魔の証明だ』

紅莉栖「そうね。そればっかりは無限の時間をかけてもわかりようがない。因果は複雑に絡み合った糸のように結ばれているんだもの」

紅莉栖「"決して変えられない事象"と"変えることのできる事象"を見極めて、その積み重ねで大きな変化――バタフライ効果を起こすなんて、普通じゃできない」

倫子『――その通りだ』


紅莉栖「……つまり私に、"決して変えられない事象"と、"変えることのできる事象"を見極め、それを情報の形で岡部の脳に送れ、というのね」

紅莉栖「α世界線の事象と、β世界線の事象を照らし合わせて、たったひとつの答えを探す。それはこの私にしかできないこと」

セジアム「私との共同作業よ」

紅莉栖「あら、あなただって私じゃない。つまり、私にしかできないということには変わりはない」

セジアム「違いないわね」

倫子『紅莉栖はやっぱり、オレの唯一無二の助手だ』フッ

紅莉栖「……大人な色気ムンムンの倫子ちゃんもいいわね」ジュルリ

倫子『台無しだ』

紅莉栖「冗談よ。でも、この気持ちが、このやりとりが、私に直感させる」

紅莉栖「それを信じて、あんたに協力する――倫子ちゃんを、助ける!」


紅莉栖「ここってやっぱり量子コンピューターの中なのよね? さしずめ私は生体脳量子コンピューターってところかしら」

倫子『ああ。ダル自作のな』

紅莉栖「ってことは、とてつもない量の演算を行うことができる。世界を――門をハッキングできる」

倫子『そうだ。お前が観測したデータは、オレが電気信号に変え、ムービーメールの形で過去の俺に送る』

倫子『そのメールを見た俺の脳には、無意識野に"決して変えられない事象"を認識し、"変えることのできる事象"の見極めが刻まれるだろう』

紅莉栖「受信側のOR物質を操作するのね? SERNがやってたメール洗脳みたいなやり方で」

倫子『あれと一緒にするな。原理は同じだが』

紅莉栖「理屈はわかった。……けれど、あんまり過信しないでよ? 今までにこんなこと、1回もやったことないんだから」


??「大丈夫だ。……お前ならできる」


紅莉栖「え――」クルッ


章一「お前は、私の自慢の娘なのだからな」


・・・

倫子「おい、ダル。さっきから電脳空間に登場しまくってるこいつらは一体誰なのだ?」

ダル「あ、いや、セジアムが作ったNPCじゃないなら、たぶん牧瀬氏本人が創り出してる幻像かも」

倫子「そんなこともできるのか」

ダル「無意識のうちにここの内部のプログラムを操作できちゃう牧瀬□」

倫子「だが、ということはつまり、彼らの言葉は……」

真帆「……紅莉栖の夢、のようなものかしら。でも、それはきっと生前のOR物質の相互作用で刻み込まれたもの」

真帆「嘘偽りない、本人たちの言葉である可能性も、否定はできない」

倫子「……そうだな」

・・・


章一「私は、タイムマシンができたらやりたいことがあった」

章一「娘にひどいことをしてしまった、あの瞬間に戻って……、自分を止めることだ」

章一「許してくれ、紅莉栖。いや、許さなくてもいい。……希望を捨てないでくれ」

紅莉栖「ちょ、ちょっと岡部!」アセッ

倫子『……オレではない。オレはそんな信号は送っていない。あと鳳凰院凶真』

紅莉栖「ならどう解釈しろと?」ムッ

倫子『好きにしろ。さすがにオレも分からん』

章一「お前がどう思おうといい。だが、お前にはしなければならないことがあるはずだ」

章一「お前が力になりたいと思う人のために……。お前がやるべきことをやりなさい」

紅莉栖「パパが……、こんなこと……、言うはずが……」プルプル

倫子『紅莉栖。お前にずっと伝えたかったことがある』

倫子『お前は決して、世界に望まれていなくなんかない。みんなお前が大好きなんだ』

倫子『それが、真実だよ』

紅莉栖「真実……」


紅莉栖「(門……。あの向こう側に、真実が……)」スッ

倫子『まるでまゆりの星屑との握手<スターダスト・シェイクハンド>だな。実はオレも小さい頃、太陽に向かって同じ仕草をよくしていた』ククッ

倫子『……ところで、ひとつ聞いておく』

紅莉栖「何かしら?」

倫子『オレが何故、到達すべき世界線をシュタインズ・ゲートという名前にしたか。何故、その名なのか分かるか?』

紅莉栖「ハァ。分かってるに決まってるでしょ。……特に意味は無い」

倫子『その通りだ』ニヤリ

紅莉栖「私を誰だと思ってるの? 狂気のマッドサイエンティストの助手、天才少女研究者、牧瀬紅莉栖よ。ふわーはっはっはっは」

紅莉栖「……///」テレッ

倫子『…………』

紅莉栖「こ、こっちみんな! にやにやもすんなぁ! うわぁん!」


紅莉栖「やるわ……」ゴクリ

紅莉栖「…………」スッ


倫子『(ほう、無数の円環が現れた。それらが連なり、螺旋となり、ひとつの線となって、糸のように絡み合い……)』

倫子『(例えるなら、数式の雨。ベクトルの海。宇宙を描く巨大なタペストリー)』

倫子『(神のパズルへの挑戦回数はゆうに京を超え、垓、杼、穣、溝、澗、正……)』ゴクリ

倫子『(やはりあの時、7月28日の収束事項はあまりにも錯そうしているようだ)』

倫子『(何かひとつを動かせば、それによる歪みが別の問題を引き起こし、バタフライ効果が次々と不具合を発生させる)』

倫子『(迂闊な干渉は、"血の海に横たわる牧瀬紅莉栖"から"牧瀬紅莉栖の死"へと簡単に移行させ、因果律としてシンプルな形――人間にとっての悲劇へと収束してしまう)』

倫子『(そんな悲劇のクモの巣の上で、糸に絡めとられることなく、脱出しうるルートとは……)』

倫子『(宇宙に存在する原子の数よりも多い演算の末、限りなく無限に近い演算の末、紅莉栖が導いた結論は――――)』










紅莉栖「……う~ぱ?」


私は、気付けば歯車の門の向こうに手を伸ばしていた。

そこからそっと手を引き抜くと、掌の上に握っていたのは、小さな銀色のマスコット――メタルう~ぱ。

7月28日の収束事項の例外。運命の特異点。


【7月28日時点の岡部がガチャポンを回すことで出てくるのは、メタルう~ぱでなくてもよい】


ただし、"岡部がガチャポンを回した時、最初に出てくるのはメタルう~ぱである"は収束事項だった。

なら、話は簡単だ。未来から来たほうの岡部が、過去の岡部に先んじてガチャポンを回せばいい。

それなら収束事項の条件を満たしながら、過去の岡部が手にするのはメタルう~ぱではなく普通のう~ぱになる。

タイムマシンを使った古典的なトリック。未来の自分と過去の自分を入れ替える。

これで、因果の輪は断ち切られる。

私はそっと、掌の上のメタルう~ぱを抱きしめるようにやさしく握った。


ダル『ちょ、仮想空間のプログラムが書き換わってく!? この僕がハッキングされるなんて……』

真帆『……紅莉栖ったら、中に"岡部さん"を創り上げたわね』フフッ


倫子「(……どうやら今、オレの感覚は電脳空間の"オレ"とシンクロしているらしい)」

倫子「(今なら、紅莉栖に手を触れることも――)」

紅莉栖「ありがとう、みんな。……ありがとう、岡部」グスッ

倫子「……紅莉栖、オレは――」

紅莉栖「ううん、その唇を開いちゃダメ」チョンッ

倫子「(う、紅莉栖の人差し指が唇に……)」

紅莉栖「だって、これはお別れじゃない。……そうでしょ?」ニコ

倫子「……そうだな」フッ

紅莉栖「がんばって……。それで今度は、私があんたを捜すから――あんたが、あのラジ館の屋上で私を見つけてくれた時みたいに」

紅莉栖「世界が再構成されても、絶対、あんたに会いに行く か   ら   」

紅莉栖「岡―――部、愛――――して――――――――


倫子「紅莉栖……。また、会おう」ダキッ



紅莉栖「うん、絶対――――――――絶――――対、ま――――――――――――







大好き。







―――
―――――――――
――――――――――――――――――

2025年8月21日木曜日 朝
ワルキューレ基地


倫子「――以上が『オペレーション・スクルド<未来を司る女神作戦>』の概要だ」

かがり「その、どうしてそんなにムービーメールで伝える内容が曖昧なんですか? うーぱのこと、直接伝えればいいのでは……」

倫子「大丈夫だ。"アイツ"なら必ず気付いてくれる。"アイツ"はオレでもあるのだからな」

倫子「それに、"アイツ"はその、人から命令されるのが嫌いでな……。オレが事細かに指示してしまっては、へそを曲げてしまうかもしれん」

かがり「ああ、なるほど……」

倫子「オレが"アイツ"にすべてを明らかにして伝えてしまうことでなんらかのバタフライ効果が発生してしまうおそれもある」

倫子「それよりも、無意識野に刻み込んだオレの"意志"だけを受信し、臨機応変に行動してもらったほうがいい」

倫子「箱の中身は、最後まで開けてはならないのだ」


倫子「みんな、進捗は?」

ダル「ムービーメールに添付する用の洗脳電波の準備も完了したお。もち、2005年のSERNがやってたのなんかとは情報量は何兆倍も異なるレベル」

真帆「東北ILCとの接続も完了。オペレーション・アークライト用メールとどちらから送る? 同時でもいいけど」

フブキ(セジアム)「送る順番は関係ありません。両方送るということが決定している以上、最終的に観測をするのは過去の岡部ですから」

倫子「ああ。どちらも『受信する』という事象に関してだけは、すでに確定事項だからな」

フブキ(セジアム)「受信時点のタイミングさえ間違えなければ、順番でどうこうなるものではないので、ご自由に」

フェイリス「ってことは、あとはムービーを撮影するだけニャン?」

倫子「ようやくここまで来たな……もう随分長いこと休んでいない」

真帆「『疲れた、休ませてくれ』、なんて、言わせないわよ?」ニヤリ

倫子「……ああ、望むところだ」ククッ

鈴羽「リンリン、がんばれーっ!」

フブキ(セジアム)「まだ大仕事が残ってるしね。あんたを男にしないといけないんだから」

るか「で、でも、岡部さんを男にしたら、バタフライ効果で、オペレーション・スクルド立案の過程が消滅してしまうのでは?」

倫子「あるいは、そうかもしれない。だが、女のオレがこの地平に辿り着くことを証明したのだ」

倫子「魂は鳳凰院凶真のまま……。ならば、もう一度オレの時を始めるだけのこと」

ダル「ふぃ~、ここまできてようやく折り返し地点っつーわけだお」


倫子「無論、不安が無いではない。そこでだ――」


ビーッ ビーッ


かがり「あ、来ましたね。橋田さん」

ダル「うん。……君に萌え萌え」

??『バッキュンきゅん!』


ウィィィィィン


倫子「来たか、エスブラウン。例のブツは?」

綯「はいっ、凶真様。澤田さんに用意してもらいました! 使い方もちゃんとレクチャーしてもらいましたよ!」

真帆「へえ、これがその……」

倫子「NⅤ<ノア・ファイブ>、と言ったところか。見た目はポータブルHDDにしか見えないが」

ダル「これを使って、男になったオカリンを観測してみようっつーわけっすな」

倫子「どうやらオレの未来視は、確定した世界線の未来を視るだけでなく、オレの主観が認識する未来もキャッチできるらしい」

真帆「いつ聞いてもトンデモ能力だわ。いったいどういう原理なのかしら」

フブキ(セジアム)「考えられるとすれば、この世界の外の世界へと干渉してるくらいしか思いつきませんね」

ダル「それってつまり、僕がアニメの世界に入れば、最終話がどんな展開かをキャラに伝えることができる、みたいな?」

倫子「オレは無意識のうちに何度かそれを実行したことがあった。だが、通常では意識的に行うことは不可能だ」

倫子「そこで、この装置の力を借りる」


フブキ(セジアム)「誰でも気軽にギガロマニアックスになれる装置、ね。こんなものを300人委員会が開発してたなんて」

ダル「なんでもやつら、タイムマシン開発の副産物として、BHB<ブラックホール爆弾>まで作ったんだとかなんとか」

フェイリス「それで、いつ使うニャン?」

倫子「ああ、今すぐにでも使おう」

倫子「オレはこれから未来視、いや――"機械仕掛けの未来視<テクノビジョン>"を発動するっ!」

ダル「おお、なんだか昔のオカリンっぽいお!」

真帆「鳳凰院凶真の本質はコッチだって言うんだから、呆れるわ」フフッ

倫子「……エスブラウン。起動を頼む」

綯「はい、凶真様っ!」カチッ


――シュィィィィィィィィィィィィィィン!!


倫子「ぐっ……!? う、ぐ、ああああ――――――――」グラッ


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――
――


・・・

倫子「――ふたつのムービーメールは確かに送ったな」

るか「は、はいっ! 凶真さんっ!」

真帆「世界線変動率は?」

倫子「変化無しだ。無論、表示されないレベルで変動は起きたはずだが、成功だな」

フブキ(セジアム)「次は私が行く番ね。岡部を男にするために」

倫子「……なあ、みんなには黙ってたんだが、頼みがある」

倫子「――オレを、2010年にタイムリープさせてほしい」


倫子「セジアムが改変した世界線では、岡部倫子という存在はなかったことになる。ダイバージェンスは大きく変動することだろう」

倫子「それを観測するには、オレがタイムリープすればいい」

真帆「つ、つまり、セジアムを過去に送ると世界線が大幅に変動するから、それと同時にタイムリープするってこと?」

倫子「そうすれば、男になったオレの脳へと、このオレの今の意識が移動することになる」

倫子「(たぶんオレは既にどこかの世界線で、これと同じようなことをやってのけている)」

倫子「無論、移動先は別のβ世界線であって、シュタインズゲート世界線ではない」


   『正解よ。これがアトラクタフィールドの収束と世界線1本の収束の意味の違いってわけ』


倫子「(……この不思議な記憶はきっと、あったかもしれない世界線の残滓なのだろうな)」


倫子「(ギガロマ装置からの電磁波を自身の能力上昇に割り振ったことで、本来忘れていた記憶が蘇ったのか……?)」

倫子「(……それはそれで好都合だ)」

倫子「送り先は2010年7月28日11時36分。あの時オレは、例の"定時報告"をやっていた」

倫子「たとえ男になってもオレはオレだ。きっとその瞬間、ケータイを耳に当てているだろう」

倫子「電源を切ったのは記者会見が始まってから。ゆえに、このタイミングなら、自然にタイムリープを受信してくれるはずだ」

真帆「でも、脳は性別で構造が異なるのよ? ハイパータイムリープは……」

倫子「ハイパータイムリープはしない。RSTL<リーディングシュタイナータイムリープ>を行う」

真帆「それって確か、擬似パルスを添付しないタイムリープのことよね?」

フブキ(セジアム)「OR物質は胎児が脳の器官を形成する過程で構築される。私が岡部の性別を変えたとしても、OR物質の個体識別は変わらない」

フブキ(セジアム)「なるほど、RSTLなら可能ってわけね」

真帆「確かにOR物質だけを受信させるなら、記憶データよりは脳への負担は少ないけれど……」

倫子「無論、"倫太郎"とオレの脳の構造はまるで違うだろう。だが、世界中で最も類似した脳であることもまた事実」

倫子「それなら、シンクロするのは比較的簡単なはずだ」

倫子「オレと倫太郎は二卵性双生児のようなもの。あるいは、テレパシーのような能力を持ち合わせているかも知れん」


フブキ(セジアム)「でも、それだと記憶の引継ぎができない」

倫子「構わない。魂がそこへ届くのなら、オレはすべての記憶を失おうとも、すべての能力<チカラ>を失おうとも、もう一度絶対に"ここ"へ戻ってくる」

倫子「魂がオレを、オレたちを導いてくれる。紅莉栖を救いたいという気持ちが、必ず」

倫子「この世界線の2025年で、何もしないままくたばるよりはマシだ」

倫子「なんらかのバグが発生すれば、オレはオレを取り戻すかもしれないしな」ククッ

真帆「岡部さん……」

倫子「技術的には可能か?」

真帆「……ええ。タイムマシン試作機が完成している時点で、情報圧縮用ブラックホールを作る技術は確立していると言っていいからね」

ダル「そうじゃなきゃ、ムービーメールを圧縮できなかったわけだし」

倫子「つまり、ブラックホールは作り放題。同時タイムリープは可能、だな?」

ダル「タイムマシン稼働実験も兼ねて、FG-C193型たんにミニブラックホールを作ってもらうお」

倫子「ではこれより、鳳凰院凶真の名において、オペレーション・ウロボロス<円環の蛇作戦>を開始するっ!」


・・・

ダル「……準備できた。あとはエンターキーを押すだけだお」

倫子「早速実験を行うとしよう」

るか「ホントに、行っちゃうんですね……」

倫子「セジアムを1975年へ送ってくれ。同時にオレは2010年7月28日へ向かう」

真帆「岡部さん、でも、その……」シュン

フェイリス「凶真ぁ……っ」ウルッ

かがり「オカリンさん……っ」グスッ

鈴羽「リンリン……っ!」ポロポロ

倫子「何、お前たちは気にするな。タイムリープは所詮記憶のコピー&ペーストだ」

倫子「オレの主観は過去へ移動し、同時にこの世界線はなかったことになるが、お前たちの主観からすればオレが消えるわけじゃない」

フブキ(セジアム)「詭弁ね。結局再構成に巻き込まれるのだから、あなたが消えることと同義だわ」

倫子「そう解釈してもらっても構わない。だが、そうなったとしても、オレはお前たちの前から消えるのか?」

真帆「……いえ、消えないわ。あなたという魂は、必ずまた、私たちの前に現れる」

倫子「そう。これは別れじゃない。再会のための儀式だ」


フブキ(セジアム)「……私の準備もできたわ。あとはあんたがキーを押すだけ」スチャ

倫子「わかった……」スチャ

真帆「お、岡部さんっ! その……っ」

真帆「いつだって私たちは――」


「あなたの――」「オカリンの――」「岡部の――」「オカリンさんの――」「岡部さんの――」「凶真の――」「リンリンの――」


真帆「――味方よ」

倫子「……ああ」



カタッ


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         1.132090    →     1.130426
    2025年8月21日11時36分  →  2010年7月28日11時36分
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・

世界線変動率【1.130426】
2010年7月28日(水)11時36分
ラジ館前


ミーンミンミンミーン …


スタ スタ スタ 


スッ


倫太郎「俺だ。現場に到着した……そうだ。これから会場へ潜入する」

倫太郎「ドクター中鉢にはまんまと出し抜かれてしまったが、わざわざ記者会見を開くとはな」

倫太郎「どういうつもりなのかはこれからたっぷりと聞かせてもらえることだろう――――」





ズキッ


倫太郎「…………」キョロキョロ

倫太郎「(なんだ、今のは? 脳みそがかゆい感じ、とでも言えばいいのだろうか)」

倫太郎「(頭の奥、芯のあたりが鈍く痺れているような、そんな気がしたが……)」

倫太郎「(俺は、この景色を一度見たことがある? 既視感<デジャヴ>みたいなものだろうか)」


倫太郎「……ククク。わかっている。手荒なことは流儀ではない。控えるつもりだ」

倫太郎「もっとも先方の態度によっては、この右手の悪霊が目を覚まさないとも限らないがな……」

倫太郎「なに!? "機関"が動き出している、だと……?」ゴクリ

倫太郎「そうか、それが運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択か――エル・プサイ・コングルゥ」


まゆり「オカリーン♪ お待たせー」トテトテ

倫太郎「遅いぞ、まゆり」

まゆり「遅れてごめんね。もう先に行っちゃったかと思ったよー」

まゆり「でもオカリンがね、わざわざまゆしぃのこと待っててくれるなんて、嬉しいなあ♪」

倫太郎「お前がついてきたいと言ったんだろう」

まゆり「えっへへー♪」

倫太郎「ほら、さっさと会場に行くぞ。いつまでもこんなクソ暑いところに立っていたら、熱射病で死んでしまう」

倫太郎「(いよいよ、世界を揺るがす大発明、タイムマシンの完成記者会見が始まるのだな……)」ゴクリ

倫太郎「(まあ、内容はスットコに決まっているが、そういうアニマルな心意気が大事なのだ。うん)」

倫太郎「って、あれ? まゆりは? おい、まゆり……?」キョロキョロ

倫太郎「(――いないっ!?)」タッ


倫太郎「まゆり! まゆり、どこだ!」タッ タッ


まゆり「ここだよー☆」


倫太郎「え……」クルッ

まゆり「はい、かき氷。えっへへー♪ オカリン暑いって言ってたでしょ?」

倫太郎「驚かせるなよ……」ホッ

倫太郎「ほら、そろそろいくぞ」

まゆり「うんっ」


まゆり「……ねぇねぇオカリン。あそこ……」

倫太郎「ん? ラジ館の屋上に何か降ってきたか?」

まゆり「ううん。その下の階の窓……」

まゆり「ねえ。オカリンは、起きてるのに、夢を見たことってある?」

倫太郎「ないな」

まゆり「あのね、それが誰だかはわからないんだけど、まゆしぃにはとても大切なお友達がいた気がするの」

まゆり「でね、その大切なお友達のことを考えるとね、すごく切なくなって、胸のあたりがキューってなるんだー」

倫太郎「…………」

まゆり「たまにね、声も聞こえるんだよ。『よかったわね』って」

まゆり「あの声の人、誰だったのかなー?」

倫太郎「お友達はともかく、それは空耳だろう。それか普通にオバケかなんかじゃないのか?」

まゆり「ええー? オバケなんかじゃないと思うんだけどー……」ムーッ


倫太郎「オバケ……ゴースト……ゾンビ……」

倫太郎「そういや、どこかでこんな話を聞いたことがあるな。ラジ館8階の従業員通路には、赤い髪の女の幽霊が出るらしい」

倫太郎「(でも、誰から聞いたんだったか)」

倫太郎「なんでも、刺された恨みでひどく気が立ってるそうだ」

まゆり「あー、刺されちゃったら痛いもんねー。怒っちゃっても仕方ないんじゃないかなー」

倫太郎「単に気が短いだけかも知れんがな」フフッ

倫太郎「ほらまゆり、行くぞ――」


まゆり「…………」スッ


倫太郎「(って、今度は星屑との握手<スターダストシェイクハンド>か……)」


まゆり「――ねえオカリン。今ね、赤い髪の幽霊さん、見ちゃったかも」

倫太郎「……それは、どう考えても幽霊じゃなくて人だろう。というか、俺にも見えたぞ」

まゆり「外人さんかなあ? すごく綺麗な女の子だった――」

倫太郎「じゃあドクター中鉢の雇ったスタッフか、助手じゃないのか――」

まゆり「会場、何階だっけ――」

倫太郎「8階だ。ほら、早く中へ行くぞ。手を取れ――」

まゆり「――――うんっ!」ギュッ





真夏の秋葉原。

どこまでも突き抜ける青空の下、俺たちはラジ館へと足を踏み入れた。






END1 Blue Sky END 【"キミ"の時がもう一度始まる】

第27章 無限遠点のスターダスト(♀)



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――


2025年8月21日(木)11時37分
ワルキューレ基地


倫子「はぁっ……はぁっ……ぐっ!」クラッ

真帆「だ、大丈夫!?」ダキッ

かがり「今水を!」タッ

倫子「ついにオレは、世界線移動することなく、別の世界線の様子をのぞき見る力を手に入れたわけだ……!」

鈴羽「リンリン、かっこいい……っ!」キラキラ

倫子「我ながら恐ろしい力……。死ぬほどつらい、けど、なっ」ガクッ

フブキ「ちょっと!?」

るか「だ、大丈夫ですか!?」


真帆「えっと、その……落ち着いた?」

倫子「ああ、心配かけてすまない」

ダル「で、未来視の結果はどうだったん?」

倫子「……失敗だ」

ダル「へ?」

倫子「変動後の世界線では、ムービーメールがノイズまみれで届くことが決定していた」

ダル「おうふ……2つのムービーメールと2つのタイムリープが混線しちゃったんかな……」

真帆「あるいはブラックホールの干渉? もう一度検証する必要があるわね……」

倫子「無論、それはシュタインズゲートへと辿り着けないことを意味していない」

倫子「オレが見てきたあいつらも、最終的にはオレたちと同じ地平に立つはずだ」

フブキ(セジアム)「でも、岡部倫子としての存在は、完全になかったことになる」

真帆「ええ。そうね……」

倫子「そもそも、オレがNⅤ<ノア・ファイブ>を使ったのは、オレたちの仮説が正しかったのだということを完全に証明するためだろう?」

倫子「そこでだ。過去のオレは男にする。2つのムービーメールも送る」

倫子「だが、タイムリープはしない」


ダル「でも、そうすっと、過去を観測できないお」

倫子「タイムリープはしない。が……タイムトラベルは行う」

かがり「え……?」

倫子「物理的タイムトラベルなら、裸の特異点はマシン内部に生成することになる。干渉量は減るんじゃないか?」

フブキ(セジアム)「ムービーメールやタイムリープと違って、局所場指定を行うタイムトラベルなら、特異点通過は安定するわ」

倫子「その後は、お前たちがトレーサーを使えば、オレがどの世界線変動率<ダイバージェンス>の世界線に移動したか、わかるだろ?」

ダル「そりゃまあ、確かに……」

倫子「同時に"過去のオレ"の性別は変わり、倫太郎になるはずだが、それは今居るこのオレの存在を消すこととイコールではない」

倫子「因果は続いていく。時間は、このβ世界線というアトラクタフィールドで、閉曲線として閉じる」

倫子「アトラクタフィールドを超えない限りは、岡部倫太郎と岡部倫子は同時に存在できるのだ」

倫子「かつて1本の世界線上に、鈴羽が2人も3人も居たのと同じようにな」ナデナデ

鈴羽「……?」


倫子「オレが過去に存在することによって、とんでもないバタフライ効果を起こしてしまうようなことさえなければ」

倫子「過去を変えずに、結果だけを変えれば」

倫子「"過去のオレ"が男になろうとも、現在のオレという存在は消えない」

倫子「ならば、世界線変動率はそう大きく変わらないはずだ」

倫子「それでいて世界線は変動し、ムービーメールのノイズが取れた世界線へと到着するはず」

フブキ(セジアム)「なるほど……。その仮説、検証してみるわ」

倫子「それに、これなら過去を観測するだけじゃなく、オペレーション・アークライトから戻って来ない不良娘2人とも接触できるはずだ」

ダル「あ……!」

倫子「可能ならその2人をこっちに送り返すことも、な」

倫子「送り返すということは、過去を変えずに未来を変えるということ。この場合も、世界線変動は極小で済む」


フェイリス「それじゃ、早速ムービーメールの録画をするニャ?」

倫子「……なあ、ダル。撮影にあたって、声を変えたい」

ダル「ん? なんで?」

倫子「男になった時のオレの声は覚えているから、そいつと同じ声にしたいんだ」

ダル「あー、なる。いいんじゃね、それ。音声編集でうまいことやろうず」

倫子「髪も切るか……」

フェイリス「えぇー! それはダメニャン!」

るか「凶真さんの素敵な御御髪がぁ!」

フブキ「そういうことなら、私が男装コスプレ用ウィッグをつけてあげますよ!」

倫子「そんなものがあるのか……さすが男装のプロだな」

フブキ「それ、褒めてないです……」

かがり「髭は油性ペンで書いちゃいましょうか」ウフフッ

鈴羽「あーっ! あたしがやるーっ!」キャッキャッ

倫子「……いや、うん。ありがとう」


・・・

倫子「――健闘を祈るぞ、狂気のマッドサイエンティストよ」

倫子「エル・プサイ・コングルゥ」




フェイリス「はい、これでバッチリだニャ」

ダル「編集はこっちでやっとくお」

倫子「あとはDメールと一緒に過去へ送信だな。ルカ子、送り先と日時を間違えるなよ?」

るか「はい! 今のは2010年の凶真さんの携帯アドレスへ」

るか「その前に撮った至さんのムービーメールは、2011年の鈴羽ちゃんへ、ですね」

倫子「よろしく頼む」ニコ

真帆「お疲れ様。次はセジアムのタイムリープ準備ね」

倫子「これでシュタインズ・ゲートへの道筋はついた……はずだ」

倫子「今の"オレ"に出来るのはここまで。あとは、2010年の"俺"次第と言ったところだな」


真帆「ねえ、その……本当にタイムマシンの試作機で、有人実験をするの?」

倫子「不安なのか? 大丈夫だ。オレは、有能な右腕たちを信用しているからな」

真帆「あなたが死ぬのは2025年。この世界線では、それが確定している」

真帆「だからって、自分から死にに行くような真似を、あなたにさせるわけには……」シュン

倫子「確かに、そうだ。オレの通常の未来視でも、2025年にオレが死ぬことは確定しているとわかる」

倫子「だからオレは、今年で死ぬものだとずっと思い込んできた。けどな――」バサッ

倫子「それは、必ずしも『死の必然』とは限らない」

倫子「世界線にとって重要なのは人間の死ではなく、因果律だ。そうだろ」

倫子「だから、このオレが2025年にこの世界線から消えるという選択もまた――死と同じ意味に解釈される」


倫子「そもそも、どうしてオレが2025年に死ぬ必要があるんだ? しかも、α世界線とβ世界線と、2つのアトラクタフィールドにまたがる形で」

真帆「えっ……?」

倫子「それに、γ世界線では2036年まで生きていた……まあ、いわゆる悪堕ちというオチだったが」

フブキ(セジアム)「……アトラクタフィールドを跨ぐ共通収束事項は、"阿万音鈴羽が2036年から過去へとタイムトラベルする"、この1点ね」

倫子「そうだ。それ以外の要素は共通していない」

真帆「それって、どういう……?」

倫子「簡単な話さ。オレが2026年から2036年までのあいだに鈴羽の側に居ると、鈴羽がタイムトラベルする決意をしなくなる」

真帆「あっ!」

鈴羽「……リンリン?」

真帆「そうよね、この子、もう岡部さんにベッタリだものね……」


かがり「スズちゃん、お姉ちゃんとあっちでお話しよう?」

鈴羽「うんっ!」タッ


倫子「……鈴羽は行ったな。話を続けよう」

倫子「α世界線では2033年に父親を失い、2036年に母親を失う。β世界線では父親は生存するが、母親を失う」

倫子「γ世界線のことはよくわからんが、おそらく似たような状況だったのだろう」

倫子「鈴羽が戦士になるためには、人類史上もっとも過酷な使命を得るためには……」

倫子「"何かを失う"という経験が、必要不可欠なんだ」

倫子「その穴を埋めるような存在が居ては、彼女は絶対に過去へと跳ばなくなってしまう」

倫子「彼女を支えるような存在が居てはダメなんだ」

倫子「だから、オレという存在は、2025年の時点で鈴羽の前から消滅する必要がある」

真帆「そんなことって……」

フブキ(セジアム)「その仮説はイマイチだけど、さっきも言ったように、共通収束事項がそれしか無いのもまた事実」

倫子「だから、必ずしもオレが死ぬ必要は無い。鈴羽には、オレの背中を追いかけてもらえばいいだけだ」

倫子「結論を言おう。オレが2025年にこの世界線から消滅する、ということは――」

倫子「記念すべきタイムマシン初号機に乗り、別の時空間へと無事に旅立つことを意味していたのだ!」

真帆「ものすごいポジティブシンキングだわ……」


―――――――――――――

マッドサイエンティスト
【世界は欺ける】

マッドサイエンティスト
【可能性を繋げ】

マッドサイエンティスト
【世界を騙せ】

―――――――――――――


倫子「……別の世界線から届いたこのメッセージが、オレに勇気を与えてくれたんだ」

倫子「唯一不安があるとしたら――」

倫子「物理的タイムトラベルは技術的な問題はないだろう。だが、その先にある世界線は、男になった"俺"が居る世界」

倫子「とは言え、過去へと消えたまゆりと鈴羽は、この世界線から移動してきたとして再構成されるから、オレが女だった記憶は持っているはず」

真帆「ええ。特異点を通過した存在は、情報が保存される。記憶もまた情報だから」

倫子「だが、わかるのはその程度のことだ。その世界線で何が起こるか、想像もつかない」

フブキ(セジアム)「一応、検証の結果としては、問題は無い。シミュレートは完璧なはず」

フブキ(セジアム)「……と言っても、物理学に"完璧"はあり得ない。例えば、別の宇宙からの干渉なんかを考慮しろって言われたら、お手上げよ」

倫子「だから、オレはもう1度、NⅤ<ノア・ファイブ>を使う」

真帆「えっ?」

倫子「紅莉栖は常に、保険を用意しろと言ってきた」

倫子「このタイムマシンに乗ってオレが行きつく先を、事前にのぞき見てやろう」ククッ



――シュィィィィィィィィィィィィィィン!!


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――
――


倫子「みんな、今日までオレみたいな人間によくついてきてくれた」

倫子「だが、"神の摂理"を相手にした戦いは、まだ続く」

倫子「次は、2036年だな。それまで、よろしく頼む」

倫子「『ワルキューレ』の健闘を祈る」

真帆「……っ」ウルッ

倫子「よし、そろそろ逃げた人質を捕まえに行くか。あいつが人質をやめたのはあの日一日だけだから、あいつは今でもオレの人質だ」

ダル「たぶん、まゆ氏と鈴羽を乗せたC204型はバッテリーが切れたはず。それによって、正常な時間転移が出来なくなってるんだ」

ダル「だから、C193型に予備のバッテリーを積んでおいた。これを使えば、C204型はもう一度タイムトラベルできる」

ダル「オカリンと一緒に、ここに帰ってくることができる。鈴羽のこと、頼んだぞオカリン」

倫子「任せろ」フッ

倫子「(仮に鈴羽たちのマシンが壊れていたとしたらその時は……このC193型に"鈴羽とまゆりだけ"を乗せて現代へ帰す)」

倫子「(オレは乗れない。このマシンはまだ試作機で、人間を3人以上乗せることができないからだ)」

倫子「(だが……それでも、オレは構わない)」

倫子「シュタインズゲートを目指すのが"2010年の俺"の仕事なら……」

倫子「旅に出たきり戻らない不届きな人質と不良娘を送り返すのが、"このオレ"の仕事だからな」


倫子「じゃあ、行ってくる」

かがり「ま、待ってっ! 待ってくださいっ!」タッ タッ

かがり「オカリンさん。持って行ってください。お守り」スッ

倫子「これは……緑のうーぱキーホルダー?」

倫子「いいのか? 君の大切な宝物だろう?」

かがり「だからこそです。絶対に返してください。……まゆりママと一緒に」

倫子「……分かった。必ず返すよ――必ずな」


真帆「……元気で」

倫子「君もな、クリス。いや……真帆」

真帆「……ねえ? シュタインズ・ゲートは本当に実在すると思う?」

真帆「今まで何度も計算して、仮説を立てて、解を導いてきた。だけどそれらは――」

倫子「やってみなきゃわからない。そうだな」

真帆「……っ」グスッ

倫子「シュタインズ・ゲートはあるさ。絶対に」ダキッ

真帆「岡部さん……ううん、オカリンさんっ」ポロポロ

倫子「泣くなよ、真帆ちゃん」フフッ

真帆「な、泣いてないわよぉ……っ。あと、ちゃん付けぇ……っ」グシグシ

真帆「あなたのことは、絶対に忘れないから……。たとえ世界が塗り替わろうとも、絶対に」ギュッ

真帆「必ず、また会いましょう……私の大切な人……」

倫子「ああ」

真帆「……行ってらっしゃい」


フブキ(セジアム)「私のタイムリープの準備もできたわ」スチャ

ダル「干渉量、問題なし。タイミング制御装置、問題なし」カタカタ

真帆「トレーシング完了、局所場指定完了……いつでも行けるわ」

倫子「よし! 全員、下がれ!」

倫子「これよりオペレーションを開始する。なお、作戦名は――」

倫子「彦星作戦<オペレーション・アルタイル>とする!」


ウィィィィィィィン(※ハッチが閉まる音)

ゴウンゴウンゴウン…


ダル「そっち、データは?」カタカタ

真帆「ええ、異常ないわ」カタカタ

真帆「うまく……行くわよね……」カタカタ

フェイリス「大丈夫。凶真は必ずやり遂げるニャ」

るか「その通りです。不可能を可能にする人ですから」

ダル「それでこそ僕たちのオカリンなわけでね」

鈴羽「リンリン……」

かがり「オカリンさん……」


キラキラキラ…


ダル「……ああっ、もうっ!!」ガバッ

真帆「橋田さんっ!?」

ダル「オカリーンッ!!! 絶対、絶対にここへ戻ってこいよぉっ!!! 僕は君が居ないと、ダメなんだからぁっ!!!」

真帆「……わ、私だって待ってるからっ!!! 帰ってこなかったら、脳みそに電極を刺しちゃうんだからぁっ!!!」

フェイリス「凶真ぁぁ! 凶真がいなきゃヤダぁぁぁ!」

鈴羽「リ゛ン゛リ゛ィ゛ィ゛ン゛ッ゛!!」ポロポロ

るか「凶真さんっ!!」

かがり「オカリンさんっ!!」



キィィィィィィィィン……


―――――――――――――――――――――――――――――――
        1.132090     →     1.130212
    2025年8月21日15時36分  →  1975年8月21日15時36分
―――――――――――――――――――――――――――――――


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・

世界線変動率【1.130212】
1975年7月7日(月)15時30分
ラジ館屋上


鈴羽「まさか、このC204型くんの初期設定年に不時着するとはね。日付は1ヶ月ほどずれてるけど……」

まゆり「うわぁー、空気が美味しくないのです……」ウヘェ

鈴羽「まぁ、まゆねえさんだったらそーゆーリアクションになるよね」

鈴羽「うーん……参ったなー。まさか過去方向へ不時着するなんて。バッテリーも完全にイっちゃてるし……」カチャカチャ

まゆり「どうしてまいったなーなの?」

鈴羽「シュタインズ・ゲートへの変動は2010年8月21日だから、あたしたちはここであと35年間過ごさないと世界は再構成されないんだ」

まゆり「そっかー。ちゃんとオカリン、しゅたいんずげーとに到達するんだー」エヘヘ


鈴羽「いや、まゆねえさん。まだそうと決まったわけじゃ……」

まゆり「えー、そうなの?」

鈴羽「うん。35年後を観測すれば成功か失敗かどっちかに確定するんだけど」

まゆり「そっかー……」シュン

まゆり「でも、だったらまゆしぃたちはちゃんと2010年まで生き残らなきゃだね!」

鈴羽「ともかく、誰かに見つかる前にここを退散しないと。一旦マシンをカモフラージュして、そのあとで解体かな……」ブツブツ

まゆり「……ねえ、スズさん」



まゆり「この1975年でも、お星様は輝いているのかな……」スッ



鈴羽「(あれは、まゆねえさんの癖……たしか名前は――――)」



キラキラキラ …



ドォォォォォォォォォォォォォン!!!



鈴羽「っ!?」ビクッ

まゆり「えっ!? な、なにっ!?」ドキッ

鈴羽「――嘘ッ!? どうして、そんな、なんでここに――――」


プシュー …

ゴウンゴウンゴウン …


まゆり「……もう1台の、タイムマシン?」キョトン

鈴羽「なにこれ!? どういうこと、聞いてない!」


ウィィィィィィィン(※ハッチが開く音)




倫子「――――彦星作戦<オペレーション・アルタイル>第一段階、成功だぁっ!!!」バサッ


まゆり「オ、オカリン!?」

鈴羽「リンリン!? って、歳が昔に戻ってる!?」

倫子「鈴羽よ、ややこしいから普通に『歳を取った』と言ってくれ」

鈴羽「そんなことより、どうしてリンリンがここに!?」

倫子「それはこっちの台詞だ。まさかお前たちが1975年に不時着していようとはな」

倫子「出て行ったきり戻って来ないお前たちを、未来へと送り返しに来たのだっ」

鈴羽「未来に……帰れるの!?」

倫子「予備のバッテリーを持ってきた。安心しろ、2025年の最先端テクノロジーだ。互換性はちゃんとある」

倫子「帰ってダルたちに挨拶をしないとな。"ただいま"って」ニコ


まゆり「……オカリン」ウルッ

倫子「……まったく、人質のくせに生意気だ。オレの手からは逃れられん。絶対にだ」

まゆり「オカ……リン……っ!」ポロポロ

まゆり「オカリンッ! オカリンッ! オカリンッ!!」ダキッ

倫子「ふふっ。そう何度も"オレの名前"を連呼するな。こそばゆい」ギュッ

まゆり「やっぱり……助けに来てくれた……! いつも、オカリンは、助けに来てくれて……!」

倫子「がんばったな、まゆり。お前は、栄誉あるラボメンナンバー002の、偉大なる初任務を成功させた」ナデナデ

まゆり「やっと、まゆ……しぃは、オカリンの……役に……立てたよ……」グスッ

倫子「(いつかどこかで聞いたセリフ……)」

倫子「…………。……オレだ」スッ

倫子「あぁ、そうだ。椎名まゆりはここにいる。計算通り、オレの"リーディングシュタイナー"は発動していない」ウルッ

倫子「もちろん、オレが守る。それが"彦星作戦<オペレーション・アルタイル>"だ」グスッ

倫子「世界に訪れる混沌。これこそが、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択なのだ―――」ポロポロ

倫子「エル・プサイ・コン……グ、ルゥ……っ」ヒグッ


鈴羽「リンリン、あのさ……どうしても、聞きたいことがある」

倫子「……シュタインズ・ゲートへ到達するかどうか、だな」

鈴羽「うん……」ゴクリ

倫子「オレが、オレたちが導き出した計算では……」

倫子「シュタインズ・ゲートの観測は、この世界線において確定事項だ」

鈴羽「……え」ドクン

倫子「未来視によれば、この世界線の"俺"は間違いなく2度目の紅莉栖救出を行う」

倫子「2010年7月28日……。そこに分岐点が用意されている」

倫子「そして、そこで必ず選択をすることになる――――シュタインズ・ゲートの選択を」

鈴羽「ということは……」プルプル

倫子「オペレーション・アークライトは成功した。お前の父親が鈴羽に託した任務は、完遂したんだ」

鈴羽「な、な、な……!!!」プルプル



鈴羽「――――成功したアアッ!!!!」


鈴羽「成功した成功した成功した成功した……ッ!」


鈴羽「成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した……」


鈴羽「成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した……ッ!!!!」



鈴羽「あたしは、成功したアアアアーーーーーーーッ!!!!!!!」



倫子「ぷっ。くははは。うむ、実にいい顔だぞ! ラボメンナンバー008、阿万音鈴羽っ!」

倫子「(……ようやくオレもダルと由季さんに胸を張って感謝ができそうだ)」

倫子「(鈴羽を誕生させてくれて、オレたちを導いてくれて、ありがとう、と……)」


・・・

倫子「バッテリーの換装は終わったか?」

鈴羽「……それが、その……」

倫子「……C204型は壊れている、のだな?」

鈴羽「う、うん。バッテリーを繋いでも、うんともすんとも言わなくなっちゃった」

倫子「(やはり、か……)」

倫子「となると、何はともあれC204型の解体が急務だな。この時代にオーパーツを残すわけにはいかない」

鈴羽「わかった、すぐ取り掛かるよ」タッ

まゆり「えっと、まゆしぃたち3人は、C193型ちゃんで帰るのかな?」

倫子「……3人じゃない」

倫子「お前と、鈴羽だけだ」


まゆり「え……」ドクン

鈴羽「リ、リンリン! どういうこと!?」タッ タッ

鈴羽「C193型をちょっとのぞいてみたら、アレ、3人以上の人間が乗れないように設計されてる!」

倫子「さすが鈴羽、すぐにわかったか」

まゆり「な、なんで!? オカリンはどうなっちゃうの!?」

倫子「オレはこの時代に残る。35年を生きて、再構成に巻き込まれることになるだろう」

倫子「しばしの別れだ。なに、向こうにはダルもルカ子もフェイリスも真帆も……かがりだって居る」

倫子「なにも寂しいことは――――」




まゆり「――――オカリンのバカッ!!!」ダキッ




倫子「う、うおっ!?」


まゆり「まゆしぃはね、もう、まゆしぃは……オカリンとお別れするの、イヤだよ……」グスッ

倫子「まゆり……」

まゆり「まゆしぃはね、世界中の誰よりも、オカリンと一緒に居たいんだよ……?」ウルッ

倫子「…………」

鈴羽「……あたしだって、そうだよ。そりゃ、父さんと母さんの居る時代に戻れるなら、戻れるに越したことはない」

鈴羽「でも、そこにはあたしじゃないあたしがちゃんと居る。シュタインズ・ゲートのために、あたしが未来へ戻る必要性は無い」

倫子「……ああ、そうだな」

まゆり「ねえ、オカリン……もう、まゆしぃたちは充分、頑張ったと思うの」

倫子「うん……」ウルッ

まゆり「だからね、ずっと一緒に居たいな……」

倫子「……っ」ポロポロ


倫子「で、でも、いいのか? お前たち、こんな時代で、ずっと暮らすなんて……」グシグシ

まゆり「まゆしぃはオカリンと一緒なら、どこでもいいよ。今日は人質をやめるって言ったけど、明日からは人質に戻りたいな」ギュッ

倫子「……随分自分勝手だな」

鈴羽「70年代だって悪くないよ。きっとあたしたちで自由に生きていける」

鈴羽「それにあたしの次の使命は、ふたりを守る戦士になることだ。それはラボメンナンバー008としてのオペレーション……でしょ?」

倫子「お前たち……」グスッ

倫子「(すまない、ダル、かがり。お前たちとの約束を果たすのは、35年後になりそうだ)」

まゆり「ねえ、オカリンが持ってるそれって……」

倫子「……ああ。かがりから渡されたんだ。お守りに、って」スッ

まゆり「森の妖精さんうーぱ……。うん、うーぱが居てくれるなら、寂しくないよ」エヘヘ

まゆり「ありがとう、かがりちゃん……」


鈴羽「となると、サバイバル生活のはじまりだね。色々準備しなくちゃ! 忙しくなるぞーっ」

まゆり「スズさん、なんだか楽しそうだねぇ」ニコニコ

鈴羽「そりゃあね。なんだかもう、すごく気分が良いんだ」フフッ

鈴羽「さ、リンリン! まずはこのマシンたちの解体だったね」

倫子「鈴羽……」

鈴羽「ほら、ぼーっとしてないで、リンリンもこっち登って手伝って」スッ

倫子「……ああ、わかった。オレの手を掴んで、引っ張ってくれ」スッ


ガシッ!


鈴羽の手を掴んだことが正しかったのか、そうじゃなかったのか、オレにはわからない。

この世界線でもオレの死亡収束があるため、2025年、つまり83歳までオレは死なないだろうか。

なんてな。そんなわけない。その収束があるのは倫太郎であってオレではない。

オレという存在は既に、肉体の連続性という意味でも因果の輪から外れてしまった。

いずれ世界線の収束によって修正されてしまうだろう。

さっきも言ったが、この世界線では2010年にシュタインズ・ゲートへと変動する。

ここは、オペレーション・スクルド等のDメールを送った後の世界線だ。送る世界線ではない。

ゆえに、倫太郎がシュタインズ・ゲートを観測しさえすれば、世界はすべて倫太郎の主観に従属し、再構成される。

シュタインズ・ゲートへの再構成においては、この世界線におけるオレたちの痕跡はすべてなかったことになる。

それが狭間の世界線、すべてのアトラクタフィールドの干渉を受けないとされる所以でもある。

オレたちが買ったものは別の誰かが買ったことになっているだろうし、オレたちの暮らした家だって別の誰かが住んだことになっている。

結果だけを残して、オレたちは消滅するんだ。

たとえそうだとしても、オレは、オレの約束を果たさなければな。

まゆりはオレの人質で、鈴羽は時空の戦士なのだから――――


・・・

まゆり「もう夜になっちゃったね」

鈴羽「元々すぐ解体できるように設計されてたとは言え、2台分となるとさすがに時間がかかるね」

倫子「とりあえず、今日はここまでだ」

倫子「機体の構造材はプラチナやチタン、パラジウム、イリジウムなどの希少金属が主だ。この辺はそのまま加工所や金属商に売れる」

倫子「今はベトナム戦争も終結したばかりで、カンボジアやレバノンではいまだ内戦が続いているから、金属の値段は高騰していてな」

倫子「大量に現金が手に入るぞ。当面の生活資金にしよう」

まゆり「いくらくらい?」

鈴羽「この時代のレートで、数億円は確実かな」

まゆり「それって、バナナが何本かな~?」

倫子「(……あれ、こいつ受験生だよな……?)」


倫子「それ以外の廃材は、この時代の"安全な"廃棄物処理を行う。ほとんどヤのつくところに世話になるが」

鈴羽「いざとなったらあたしがふたりを守るから」

まゆり「まゆしぃも体力はあるから、運ぶのをお手伝いするのです!」

倫子「ああ、よろしく頼むぞ。ラボメンナンバー002」ニコ

倫子「金を手に入れた後は、今日中に上野に行く必要がある。犯罪組織のニンベン師と接触して、戸籍を入手する」

鈴羽「地下に潜り続けたり、保護母体があるならともかく、公的機関を使って生活するには必要だもんね」

倫子「35年間3人であなぐら生活はさすがに耐えられんだろう?」

まゆり「できれば毎日お風呂に入りたいな……」

倫子「そのためにも、今汗を流して働くんだ。いいな?」

鈴羽「それじゃ、リンリンはこれ、まゆねえさんはこれ持って」スッ スッ

まゆり「オーキードーキー!」ヒョイッ

倫子「……お、重っ!」ズシッ

同日夜
上野 雑居ビル地下


鈴羽「名前?」

ニンベン師「ああ、今ならちょうど良いタイミングでね。他人の戸籍を買うんじゃなくて、好きな名前で戸籍が取れる。どうするね?」

倫子「3人分もか?」

ニンベン師「これだけの金があれば、10人でも、100人でも作れちまうよ」カカッ


倫子「ふむ……。まあ、"岡部倫子"はこの世界線に生まれてこないのだから、オレはそのままでもいいが」

まゆり「うん、そのままがいいよ。だって、名前が変わっちゃったらオカリンじゃなくなっちゃうもん」

鈴羽「確かに。あたしは"橋田鈴"でいいんだよね? それで、まゆねえさんは?」

まゆり「えっとね、まゆしぃは"星屑握手さん"にしようかなー」

倫子「そんな日本人いるかっ! そうだな、ここは……"岡部真百合"、なんてどうだ。"凶真"から一字を取ってだな……」

鈴羽「…………」

まゆり「…………」

倫子「ま、真顔で見つめるなぁっ! オ、オレだって恥ずかしかったんだぞっ!」テレッ


まゆり「えへ。えっへへ。えっへへ~♪」デレデレ

鈴羽「それだと、ふたりで姉妹みたいだね」

まゆり「うんうんっ! オカリンとまゆしぃはね、子どもの頃から姉妹みたいにいつも一緒だったのです!」

倫子「まあ、この年齢差だと親子に間違われそうだけどな」

鈴羽「確かに、まゆねえさんは童顔で、リンリンはアダルトだもんね」

倫子「どうせオレは老け顔だよ……」

鈴羽「そっ、そんなことないっ! 絶対無いっ! フェロモン全開だよっ!」

まゆり「オカリンがまゆしぃのお母さんなの? それだと、かがりちゃんはオカリンの孫娘だねぇ♪」

鈴羽「複雑な家庭だね」

倫子「これ以上ややこしくしないでくれ……」

1975年7月8日(火)13時24分
秋葉原 中央通り


倫子「(昨晩は余った金でビジネスホテルに宿泊した)」

倫子「さて、戸籍は明日完成する。だが、ラジ館屋上にはいまだ解体途中のタイムマシンがある」

鈴羽「早めに見積もっても、完全に処分するにはあと1週間はかかりそうだね。そうなると、見つかる危険性が高い」

鈴羽「何より、8月13日までには完全に撤退しないと、重大なパラドックスが起きる危険がある」

まゆり「もうひとりのスズさんと、かがりちゃんが現れちゃうんだよね」

倫子「そこで今度は、ラジ館の管理会社と太いパイプを持っている別の会社の重役を金で買う」

まゆり「オカリン、大人になっちゃったんだね……」

倫子「しかし、いかに金があろうと、この時代において33歳の女と、17歳と19歳の少女の無理が通るわけもない」

鈴羽「どうするの?」

倫子「……柳林神社を利用させてもらう」

某会社


栄輔(15歳)「――ラジ館屋上には、亡霊が棲みついている」

重役「っ……」


鈴羽「本当にこんなのでどうにかなるの?」ヒソヒソ

倫子「1970年代後半は都市伝説や怪談がポンポン生まれた時代だ。そうじゃなくても、不動産会社ってのは霊的なものを嫌う傾向がある」

鈴羽「そうなの?」

倫子「それに、地元の神社のお祓いを受けないわけにはいかない。ここで商売を続ける限り、地縁に縛られざるを得ないからな」

まゆり「でも、どうやってるかくんのパパを説得したの?」

倫子「エレキギターを買ってやると言ったらついて来た。ルカパパは昔ロックバンドをしていたらしくてな、見事にハマってくれた」

鈴羽「買収したんだ……」


重役「分かった。……何とか掛け合ってみよう」

重役「あんたらの本当の目的がなんなのか知ったことじゃないが……変な噂は立てないでくれよ」

倫子「ああ。特に、8階の従業員通路に赤い髪の女の幽霊が出る、なんて噂は、絶対に流さないよう努力しよう」


・・・
1975年9月27日土曜日 曇り
池袋 雑司ヶ谷 とある一軒家


まゆり「……なんだか、ようやく生活が落ち着いたね」

倫子「タイムマシンも片付いて、身分証も整理し、家まで手に入れたからな」

鈴羽「住処を決める時もさんざん迷ったよね」

倫子「秋葉原という選択肢もあったが、それよりも――」

鈴羽「……うん。まゆねえさんとリンリンの生まれ育った街だもんね、ここは」

まゆり「ねえ、オカリン。まだこっちに来てから"まゆしぃたちの家"、見に行ってなかったよね?」

倫子「え?」

鈴羽「それを言うなら、"まゆねえさんたちが生まれることになる家"じゃない?」

まゆり「あ、そっか。うん、そうそう」

倫子「ああ、なるほど。たしかオレの家、というか、岡部青果店は2011年で築40年だったらしいから、今の時代だと新築だな」

まゆり「オカリンのお父さん、居るかなぁ~?」

倫子「中坊の親父か……あまり会いたくはないが」

鈴羽「時間もお金もあるからある程度は何してもいいとは思うけど、隠密行動を心がけてよ?」

まゆり「オーキードーキーだよー、スズさん♪」

雑司ヶ谷霊園近く 商店街


まゆり「そう言えば、この時代って、まだまゆしぃのおばあちゃん生きてるんだよね……」

倫子「……そうだな。だが、接触は厳禁だぞ?」

まゆり「わ、わかってるよ! まゆしぃ、そこまでバカじゃないもん」プイッ

まゆり「…………」

倫子「(婆さん、今はオレと同い年くらいか。……すまないな、まゆり)」

まゆり「あっ! ねえ、オカリン! ここって、オカリンがいつもビニール傘を買ってくれたコンビニがあったところだよね?」

倫子「ああ、たしかに……ほう。昔は時計店だったのか」

まゆり「……ショーケースに並んでる懐中時計、まゆしぃのカイちゅ~とおんなじやつだ」スッ

倫子「(過去に持ってきてたのか) どれどれ……おお、本当だ」

まゆり「そっか……おばあちゃん、このお店で買ったんだ……」

倫子「……まゆり、それ、買うよ。幸い、金はたくさんあるし」

まゆり「えっ!? で、でも、そんなことしたら、おばあちゃんが買えなくなっちゃうよ!」アセッ

倫子「よく見ろ。これは展示品で、商品はいくつも同じのが用意してあるんだよ」

まゆり「そうなの?」

倫子「だから、その……。まゆりとお揃いの時計を、オレが持っててもいいだろう?」

倫子「お前と同じ時間を、一緒に歩いていきたいから……」

まゆり「オカリン……」



時計店店員「ありがとうございました」


まゆり「おそろいだねぇ、えっへへ~♪」ギュッ

倫子「う、腕を掴むな。歩きにくい」

まゆり「え~、一緒に歩いてくれるんじゃなかったの~?」

倫子「そういう意味じゃなくてな……」

まゆり「ほら、着いたよ? オカリンのおうち」

倫子「う、うむ……。紛うことなき岡部青果店だ。オレの記憶と違うのは、小奇麗なのと、犬小屋が無いくらいか」

岡部父(13歳)「いらっしゃい。なんにします?」

倫子「(これが親父か……。まだガキじゃないか……)」

まゆり「ぼく、お店番? えらいねぇ~」ニコニコ

岡部父「は、はい……」テレッ

倫子「このスケベ坊主が。歳を取ってから椎名の娘にセクハラしないよう肝に銘じておくのだなっ」ケッ

岡部父「はぁ……?」ポカン

まゆり「えっとね~、バナナを1房ください♪」

都電雑司ヶ谷駅付近


ガタンゴトン …


倫子「全く、油断も隙もあったもんじゃない。あいつ、まゆりの胸に目が釘付けだったぞ」プンプン

まゆり「まだ子どもだよ~?」


??「ド、ドロボー!!」

泥棒「へへっ……」タッタッ


まゆり「えっ!? あ、あそこっ!」

倫子「(あんまり目立ちたくなかったが……)」タッ

倫子「おい、そこの」

泥棒「な、なんだテメェ!? どけっ!!」

倫子「やれやれ。ガキの喧嘩ならいざ知らず、近所で悪事を働くとは」

倫子「天が許しても、この"池袋のトラブルシューター"こと鳳凰院――」

泥棒「うるせェ!」ダッ!

まゆり「きゃぁっ!」

倫子「ひ、ひぃっ!」ビクッ


鈴羽「――だりゃぁっ!」ガッ


泥棒「ぐあッ!」ズテーン!


倫子「す、鈴羽……!?」

まゆり「スズさんっ!」パァァ

鈴羽「帰りが遅いから探しに来てみれば、この卑劣漢め……」ガシッ

泥棒「テメェ何しやが……!?」

鈴羽「あたしが押さえ込んでるから、リンリン、やっちゃって」

倫子「あ、ああ。任せろ……ふんっ!!」ドゴォ!!

泥棒「―――――っ!!」

泥棒「あ……あ、あ……っ」バタッ

倫子「情けない奴だ。ダルだったらこの程度の金的で気絶などせんぞ」


倫子「大丈夫ですか? バッグを取り返してきましたよ」スッ

??「(て、天使……)」トゥンク

??「あ、ありがとうございます! この中には通帳と印鑑と、大切なものが入ってて……」ペコペコ

倫子「(なんでまたそんなものを持ち歩くかな……)」

??「実は私、すぐ物を失くしてしまうタチでして……このご恩は決して忘れません! 何かお礼を!」

倫子「お礼……いえ、結構ですよ。それでは、私たちはこれで」

??「ま、待ってくださいっ! せめてお名前だけでもっ!」

倫子「…………」


倫子「おい、これ、どうすべきだ?」ヒソヒソ

鈴羽「ありゃリンリンに惚れてるよ」ヒソヒソ

まゆり「オカリン、美人さんだもんねー」ヒソヒソ


倫子「本当に申し訳ないですが、その――」

??「こ、これは失礼! ひとの名を聞くときはまず自分から、ですよね!」

椎名「私、椎名と申します。椎名――――」


まゆり「……えぇーっ!?!?」

鈴羽「ど、どうしたの?」

まゆり「……おじいちゃんだ」

鈴羽「えっ……?」

まゆり「この人、まゆしぃのおじいちゃんだ……」プルプル

倫子「まゆりのおじいちゃん!?」


椎名「まゆりのおじいちゃん?」

倫子「(この20代後半の男が、まゆりの祖父だと言うのか!? ……となると、これは非常にマズイ)」ドキドキ

倫子「(早いところこの場から立ち去らねば……!)」


倫子「あーっ、もうこんな時間っ! 急がなきゃ」スッ

倫子「(買ったばかりの懐中時計が役に立ったな……!)」

椎名「あ、あのっ! もし、もし覚えていたら――――」

椎名「半年後、またこの駅で会っていただけませんか……」

倫子「(……親父から聞いたことがある。『君の名は』という昭和の映画のセリフだ)」

倫子「(この人にはなんの恨みもないが……)」

倫子「……さようなら、椎名さん」タッ

椎名「あっ……」


鈴羽「……良かったの? すごく、悲しそうな顔してたけど」

倫子「……そのうち忘れてくれるだろう。そうなってくれないと困る」

まゆり「う、うん。まゆしぃのおばあちゃんがオカリンになっちゃうところだったよ」

倫子「そう単純な話でもないんだがな……」

1975年9月28日日曜日
池袋 雑司ヶ谷 とある一軒家


倫子「……忘却とは、忘れ去ることなり、か」

鈴羽「何当たり前のこと言ってるの?」

倫子「いや、この詩には続きがあるんだ。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ、ってな」

鈴羽「……まるで昔のリンリンみたいだね。牧瀬紅莉栖のことを、α世界線のことを、ラボのことを忘れようとしてた頃の」

倫子「それこそ忘れてくれ。オレにとっては黒歴史……いや、今となっては大切な思い出か」フッ

倫子「それより、これからどうするか決めたのか?」

鈴羽「うん。あたしはα世界線と同じように、大検取って電機大に入学してみようと思う」

倫子「ほう。まあ、この世界線では相対性理論超越委員会を結成する必要は無いが……鈴羽がそうしたいならそうすればいい」

まゆり「ごはんできたよー!」

鈴羽「おおっ、良い匂い。母さんに鍛えられただけのことはあるね」

倫子「(本当はかがりなんだが、そのことはわざわざ言う必要は無いだろう)」フフッ

倫子「まゆりはすっかり主婦だな。大学はいいのか?」

まゆり「えっ? うん、まゆしぃはできるだけオカリンの側に居たいので」エヘヘ

倫子「……そうか」


その後、オレたちは緩慢な時間の中でその時を待ち続けた。

とは言っても、常にSERNを警戒する必要があった。

助教授になった鈴羽には、天王寺裕吾に関わるなとだけ念を押しておいた。

関わったところで、いずれつらい思いをしなければならないからな……。

だか、天王寺が日本へとやってくる3年前に、早くもその時が来てしまった。




――――1994年2月1日、椎名まゆりが死んだ。

1994年2月1日火曜日
池袋 とある総合病院の一室 【岡部真百合様】


医者「――原因不明の多臓器不全。36歳の若さとは、本当に残念でなりません」

倫子(52歳)「まゆり……」グッ

医者「真百合さんの私物はこちらに」スッ

倫子「……懐中、時計。おかしいな、昨日までちゃんと動いてたのに、私の時計も動いてるのに」

倫子「まゆりの時計だけ、止まってる……」ギュッ

倫子「なあ、まゆり……。これで、よかったんだよな……?」


まゆり「……………………」

・・・
倫子の記憶
1週間前 夜
池袋 とある総合病院の一室 【岡部真百合様】


ガララッ


まゆり「おかえり、オカリン……」

倫子「すまん、起こしちゃったか? 無理に身体を起こさなくていいんだぞ?」

まゆり「ううん……ねえ、オカリン?」

倫子「なんだ?」

まゆり「いつもこうやって、まゆしぃがだめになってしまった時……」

まゆり「オカリンは黙ってずっとずっとまゆしぃの傍にいてくれたよね」

まゆり「まゆしぃはオカリンの人質なのに、迷惑かけっぱなしだよ」

倫子「…………」

倫子「迷惑だと思うのなら、早く元気になってオレのために尽力しろ……いいな?」

倫子「お前は人体実験の生け贄なんだからな。元気でいてもらわないと困るんだ」ボソッ

まゆり「ん? 何か言った?」

倫子「……っ」グッ


まゆり「それよりオカリン。まゆしぃ、ちょっと暑いので窓を開けてほしいのです」

倫子「たしかに、この部屋は暖房が効きすぎだな。ん、いいぞ」ガラッ

フワッ

まゆり「風があってきもちいいよ。ありがとうオカリン――」スッ

倫子「(……例の癖。――――まゆりが、連れて行かれてしまうっ!)」

倫子「……まゆりっ!!」ダキッ

まゆり「オカリ……? うー、痛いよオカリン」

倫子「どこにも……どこにも行かせないって言ってるじゃないか」ギュッ

まゆり「…………」ギュッ

まゆり「まゆしぃはずっとオカリンの人質だから、まゆしぃが死ぬまではずーっとオカリンと一緒にいるのです」

まゆり「もしまゆしぃが死んでしまっても、まゆしぃのおばあちゃんみたいにね」

まゆり「あのたくさんのお星様のひとつになって、オカリンを見守っているから……」


・・・


鈴羽(38歳)「……ごめんね、リンリン。間に合わなかった」

鈴羽「こうなることは、α世界線の情報から簡単に予測できた。裸の特異点を通過したことによる、体細胞のフラクタル化……」

鈴羽「なんとか阻止できないかと大学でブラックホール研究をして、放射線医療の最先端と共同研究したりしたけど……ダメだった」

鈴羽「この時代の理論と設備じゃ、ブラックホールが肉体に与える影響なんて、計算できなかったんだ」

鈴羽「あたしは、失敗した……」

倫子「……鈴羽」

鈴羽「え……?」

倫子「まゆりの顔を、見てみろ」


まゆり「……………………」


倫子「とても、幸せそうだと思わないか?」

鈴羽「……うん。あたしが知ってる2036年のまゆねえさんの顔とは、雲泥の差だ」

鈴羽「とっても、とっても幸せそうな顔をしてる……」

倫子「オレは、まゆりの笑顔を守れたんだよな……」グスッ

鈴羽「……あたしたちにも病魔は迫ってる。あたしはこれからも研究を続けるよ」

鈴羽「リンリンには、長生きしてほしいから……」



総合病院 正面玄関ロビー


鈴羽「もう行くよ。大学に戻って、やらないといけないことがたくさんあるんだ」

倫子「……ああ。オレはこれから葬儀屋と話し合いが――――」


椎名「はぁっ! はぁっ! 孫は、孫はどこだぁぁっ!!」ドタドタ


倫子「えっ――――」


看護婦「ど、どうされました!?」

椎名「孫が産まれるんだよ! 俺の可愛い孫が! なあ!」ガシッ

看護婦「お、落ち着いてください! お名前を教えて頂ければ――」

椎名「まゆりだっ! 椎名まゆり、俺の孫娘だよお!」

看護婦「椎名様、ですね! 産科に案内しますので!」タッ



倫子「あ……あぁ……」プルプル

倫子「そ、そうだよな……そうならなきゃ、いけないもんな……」ワナワナ

倫子「どうして忘れてたんだ、だって今日は……」ウルッ


倫子「――まゆりの生まれた日じゃないか……」ポロポロ

病室 【椎名様】


椎名「元気な女の子、か……」

椎名父「随分慌ててきたんだな。看護婦さんたち、親父のこと笑ってたぞ」

椎名「そりゃ、なんてったって俺の孫だからな!」

椎名父「俺の娘なんだが……。まあ、親父の提案通りの名前にさせてもらったよ。なかなかいい名前だ」

椎名「だろ? 漢字はわからなかったが、どうしてか、頭から離れなくてな……」

椎名「"あの人"が大事そうに呼んでいた、愛情のこもった名前だ」ボソッ


まゆり「……んぅ」スヤスヤ


椎名「まゆり……。きっと優しい子に育つだろうよ」



倫子「(あれが、まゆり……。この世界線の、まゆりか……)」コソッ

倫子「ふふっ……あははっ……可愛いじゃないか……」ウルッ

廊下


倫子「(……そろそろ不審者だな。戻るとするか)」クルッ

椎名「あ、あなたは……もしや!?」

倫子「し、しまった……」ビクッ

椎名「やっぱり……! あれから随分時間は経ってしまいましたが、私には一目でわかりましたよ……!」

倫子「そ、その……。約束を果たせず、すみませんでした」

椎名「いえ、あの時は若気の至りで……そうだ! 今孫が産まれましてね、良かったら挨拶していってくれませんか!」

倫子「えっ……?」

椎名「ささっ、どうぞどうぞ!」

倫子「え、いや、ちょっと!」

病室 【椎名様】


倫子「……まゆりー。とぅっとぅるー……」

まゆり「あぅ、あぅ」

倫子「(か、かわいい……)」ドキッ


椎名父「へえ、ああやってあやすのか……。しかし、"あの人"が実在していたとはね。離婚したいがための適当な嘘だと思ってたが」

椎名「め、滅多なことを言うな!」

倫子「(えっ? まゆりの爺さんが、離婚?)」

倫子「……どういうことですか?」


椎名父「ああいや、この人これでも今流行りのバツイチなんだ。うちの母親と去年離婚してね」


倫子「(まゆりの婆さんは確か、父方の祖母だったはず――っ!?)」ゾクッ


倫子「(そんな……、オレがあの時、泥棒を引き止めたばっかりに……)」ワナワナ


倫子「(――バタフライ効果)」ゾワワァ


倫子「(あの婆さんが居ないと、まゆりは失語症にならず、鳳凰院凶真は生まれない……)」プルプル


倫子「(――シュタインズ・ゲートへの道は、永遠に閉ざされてしまった)」クラッ


倫子「あっ……」バタッ


椎名「っ!? 大丈夫ですかっ!? 誰か、誰か来てくれ――――」

別の病室


倫子「――――ん、ここは……?」

椎名「気が付きましたか!? いやあ、一時はどうなることかと。ここが病院でよかったですよ」ハハ

倫子「(そうだ……思い出した。もう、この世界線に未来は、無いんだった……)」ハァ

椎名「……何か、つらいことがあったんですか? もしかして、今日ここに来た理由に関係が……」

倫子「……最愛の人を、亡くしてしまったんです」

椎名「それは……。無神経なことを聞いてしまい、すいませんでした……」

倫子「いえ、あなたが謝ることでは……」


椎名「……もっ、もし、私にできることがあれば、なんなりと言ってください!」

倫子「え……?」

椎名「話をしてくださるだけでも、それだけでも構いません。私は、あなたのおつらそうな顔を、なんとかしたい」

倫子「……椎名さん、お優しいんですね」ニコ

椎名「あ、いや……」ドキッ

倫子「……どうして奥様と離婚を?」

椎名「……恥ずかしながら、あなたのことが忘れられなかったのです」

椎名「来る日も来る日も、あの駅へと出かけていたので、さすがに愛想をつかされました」ハハ

倫子「……そうでしたか」


椎名「あの日も、その懐中時計をしてらっしゃいましたね」

倫子「え……?」スッ


倫子「――――っ!!」ドクン


倫子「……その、奥様は懐中時計を持っていたりは?」

椎名「えっ? いえ、持っていなかったと思いますが……」

倫子「(まさか……これは……。いや、そういうことなのか……?)」ドクン

倫子「(いや、でも……この状況で、目的のためには手段を選ばないなんてこと、許されるのか……?)」ドクンドクン

倫子「(違う。これはマキャヴェリズムなんかじゃない、だってこれは――――)」ドクンドクンドクン

倫子「ひとつの運命に、収束する……」ツーッ

椎名「えっ?」

倫子「お孫さん、とても可愛らしかったですね」ニコ

倫子「――私、倫子と申します」

椎名「……ああ、ようやく聞けた。なんと素敵なお名前なんだ……」


その日以来、椎名家との付き合いは続いた。

椎名さんはとても優しくて、良い人だった。さすがまゆりの祖父だけはある。

一方、鈴羽の容態は日に日に悪化していった。

教え子の秋葉幸高から海外での治療を勧められたそうだが、鈴羽は断ったと言う。


・・・・・・

鈴羽『あたしは一足先にまゆねえさんに会いに行くよ。充分過ぎる以上に幸せだったから』

鈴羽『リンリンの病気を治してあげられなくてごめんね』

倫子『私は鈴羽から、充分過ぎる以上のものをもらったよ』

鈴羽『そっか。それなら、あたしの人生は、無意味なものじゃなかった――――』

・・・・・・


そうして2000年を迎え、4月3日に幸高さんが飛行機事故で亡くなり、5月18日に鈴羽は息を引き取った。

しかし、これでいい。別れを惜しむ必要などない。

これがオレの、私の、シュタインズ・ゲートの選択なのだから。

2001年10月22日月曜日
御徒町 葛城家


倫子「ここか……。場所も建物も、α世界線のそれと同じだな」

倫子「(私の体調も次第に悪くなった。あと数年のうちに私も逝くだろう)」

倫子「(だが、その前にどうしても確かめておきたいことがあった)」

倫子「……どうしてこの世界線の綴さんは、SERNに殺される必要があったのか」

倫子「(この世界線では、ミスターブラウンは橋田鈴と接触していない。それなら、綴さんが殺される必要はなかったんじゃないか?)」

倫子「まあ、こうして盗聴してしまえば、それもハッキリすること」

倫子「悪く思うなよ、ミスターブラウン。貴様だって我がラボを盗聴していたのだから、これでオアイコだ」ククッ

倫子「なんてな……。そろそろ鳳凰院凶真は私の年齢的に苦しいか」ハハッ

倫子「……まゆりが逝った以上、もう鳳凰院凶真は必要ないよね」


・・・


ラウンダーF「IBN5100を利用したウイルスプログラム送信は、1998年に間違いなく秋葉原で行われた」

ラウンダーF「君が1997年からここで目を光らせていたにもかかわらず、だ」

天王寺「…………」

ラウンダーF「プログラムが発動した2000年1月1日から1年経った今でも、犯人の正体は掴めぬままなのだろう?」

ラウンダーF「この件に関しては君は自身や家族のために故意にIBN5100を入手せずにいると言う者もいてね」

天王寺「そんなことはねぇ!」

ラウンダーF「君が任務を忘れているのではないかと……心配しているわけだよ」

ラウンダーF「貴様がここに居る理由は、一体なんだ? 貴様を拾ってやったのは、一体誰だ?」

天王寺「…………」

ラウンダーF「あまり我々を失望させるな。だが、今ラウンダーが人材不足であることも事実」

ラウンダーF「あと数年でSERNは洗脳によるラウンダー募集を開始するが、それまでは君に頑張ってもらわないと困るんだよ」

ラウンダーF「それに、秋葉原に生活基盤を敷いている君が最も適任者なんだ」

天王寺「そうは言ってもだな、犯人の正体がまるでわからねえとあっちゃあ――――」

ラウンダーF「君は勘違いしている。自分が今どんな状況に立っているか、理解してもらう必要があるようだな」


ラウンダーF「妻か娘……どちらかに我々と一緒に来てもらう」


綴「よく分からないけれど、すぐに戻れるようにお願いしてみるから」


バタン


ラウンダーF「心配することはない。またすぐに会える」


ラウンダーH「データが来ました」


天王寺「"DONNA GELATINA"、ゲル状の貴婦人……そんな……っ、綴……っ!!」


ラウンダーF「まず妻の痕跡をすべて消せ。持ち物を1つ残らず廃棄するんだ」


ラウンダーF「そしてなんとしてもIBN5100を使った人間を確保しろ。それで終わりだ」


ラウンダーF「我々は常に、君を……『君たち』を見ているからな」


天王寺「……うっ……くっ……うぅっ……」ポロポロ


・・・

2004年7月7日水曜日 夜
雑司ヶ谷 とある一軒家


倫子(62歳)「これがシュタインズ・ゲートの選択……」ツーッ

倫子「("シュタインズ・ゲートの選択"は、決して諦めの言葉なんかじゃ無かったはずなんだけどな……)」

倫子「(椎名さんはとても良い人だったが、私はまもなく死ぬ。そんな私と一緒に居ても、つらい想いをさせるだけだ)」

倫子「(だから私は、無理を言って別居を申し入れ、昭和50年からまゆりたちと暮らしていたこの家に独り暮らしをすることにした)」

倫子「(……今が正しい時間の流れなんだと受け容れるしかない)」

倫子「……これでよかったんだよね、まゆりちゃん」ナデナデ

まゆり(10歳)「すぅ、すぅ……」

倫子「よく寝ちゃって。お昼に倫太郎君と遊んで疲れちゃったのかな」


――――――――――

TV『我が名は狂気のマッドサイエンティスト――……』

倫太郎「うおおおおっ!!! いけーーーーっ! やっつけちまえーっ!!」

まゆり「おばーちゃーんっ! オカリンったら悪者ばっかり応援するんだよーっ!」

   『おりひめさまになれますように まゆしぃ☆』

――――――――――


まゆり「ふわぁ……おばあちゃんの膝枕が、気持ちよくて……」

カチッ   カチッ   カチッ   カチッ

まゆり「割烹着のポケットに入ってるカイちゅ~の音を聞くとね、なんだか落ち着くんだ~」

倫子「……まゆりちゃん、そろそろお父さんのお家に帰りますよ」

まゆり「……うん、おんぶ」

倫子「はいはい」ヨイショ

雑司ヶ谷 住宅街


まゆり「お空、お星さまがいっぱい……」

倫子「そうだね」

倫子「(あの星のどこかに、まゆりは居るのかな……)」

まゆり「ねえおばあちゃん、今日は何の日か知ってる?」

倫子「何の日だっけ?」

まゆり「今日はね、年に一度だけ、彦星さまと織姫さまが会える日なんだよ」

倫子「そうかい」

まゆり「ねえおばあちゃん、どれが彦星さまで、どれが織姫さまか、教えてほしいのです」

倫子「あのお星さまが彦星さまで……あのお星さまが織姫さま、だよ」

倫子「織姫さまはね、ベガっていう星のことなんだけど、白くて明るくてとってもキレイなの」

倫子「海外だとね、『空のアークライト』って呼ばれてるんだよ」

まゆり「あれが、織姫さま……、きれい……」スッ

倫子「(……星屑との握手<スターダスト・シェイクハンド>……)」

倫子「……きっと届くよ。まゆりちゃんなら……」

・・・6年後・・・
2010年4月5日月曜日
未来ガジェット研究所


ガチャッ


倫太郎「ん……まゆり? どうしてここに居るんだ?」

まゆり「あ、オカリン。えっへへ~、来ちゃった。待ってたよ~」

倫太郎「というか、どうやって入った」

まゆり「まゆしぃにはね、オカリンが鍵をどこに置いておくか、だいたい想像がつくのです」

倫太郎「この雪の中、歩いて来たのか?」

まゆり「春先なのに雪なんて、珍しいよね」

倫太郎「あのな……。ここは未来ガジェット研究所と言って、お前みたいな女子高生が遊びに来る場所ではないのだぞ」

まゆり「ねえねえ、オカリン。まだ言ってなかった」

倫太郎「なにをだ?」

まゆり「……おかえりなさい、オカリン」ニコ

倫太郎「…………」

倫太郎「ご苦労、まゆり」


倫太郎「ラボの近くに良い店を見つけた?」

まゆり「うん。メイクイーン+ニャン2って言ってね、まゆしぃでもバイトできそうなんだよ」

まゆり「来月の頭くらいから働こうと思ってるんだー」

倫太郎「メイド喫茶か……しかし、あのまゆりが?」

まゆり「まゆしぃだってね、いつまでも小さい頃のままじゃないんだよ?」

倫太郎「そ、そうか。だが、それとまゆりがラボに遊びに来ることとなんの関係がある」

まゆり「えぇ~、あるよ~。おおありだよ~」

倫太郎「……ここではロジカルに説明しろ」

まゆり「だってね、バイト先に近いし、学校から歩いてこれるし、オカリンの研究を応援できるし」

倫太郎「ほう? つまり、このラボのメンバーになりたい、と、そう言うのだな?」

まゆり「がんばれー、がんばれーって、応援してあげるのです!」

倫太郎「……俺の想像した応援とはちょっと違うが。まあいい。そういうことなら、貴様は今日からラボメンナンバー002、だ」

まゆり「らぼめん?」


倫太郎「ラボのメンバー、略してラボメンだ」ニヤリ

まゆり「ラボメン……。うんっ、まゆしぃはラボメンなのです!」

倫太郎「……俺だ。ラボを開設して早半月、ついに我がラボに初の研究員が参入した」スッ

倫太郎「なにっ!? "機関"のスパイの可能性があるだと――――」

まゆり「ねえオカリン、知ってた? まゆしぃのおばあちゃんとオカリンって、同じ誕生日なんだよ?」

倫太郎「って、俺の報告の邪魔をするな」ハァ

まゆり「すごい偶然だよね~♪」

倫太郎「クク、それも機関の陰謀に違いない。情報操作によって因果を書き換えたか、あるいは……」

まゆり「えー、おばあちゃんは悪い人じゃないよう」

倫太郎「悪い人じゃなさそうな人間ほど信用できないものはないからな」

まゆり「……オカリンのバカっ!」

倫太郎「バッ!? バカとはなんだ! 貴様、人質の分際でこの鳳凰院凶真を愚弄するか!?」

まゆり「そのほーそーいいんさんだって、おばあちゃんのお世話になったでしょ!? 忘れちゃったの!?」ウルッ

倫太郎「うっ……やけに突っかかるな。……泣いてるのか?」

まゆり「えっ? あれ、ウソ、どうして……」ポロポロ


まゆり「ご、ごめんね? オカリンを困らせるつもりはなかったの……」グシグシ

倫太郎「あー、うむ。なんだ……今日は昼飯をおごってやろう」

まゆり「ホントっ!? わーいっ♪ まゆしぃはねー、カレーがいいなぁ、えっへへ~♪」ニコニコ

倫太郎「現金なやつだ」ククッ

倫太郎「というか、突然婆さんの話などして、どうしたのだ?」

まゆり「あっ。そうそう、それがね? おばあちゃんの手紙が見つかったの」スッ

倫太郎「……遺言、というやつか?」

まゆり「そうなのかなぁ。オカリンにも読んでほしいって書いてあったから持ってきたんだー」

倫太郎「過去からの手紙というわけか……どれ、見せてみろ」


――――――――――
1枚目


まゆりちゃんと りん太郎くんへ



この手紙はりん太郎くんと一緒に読んでください。

きっとこの手紙を読む頃には、おばあちゃんは死んじゃってるかもしれないね。

だからこうして、手紙にして、ふたりにメッセージを残したいと思います。

まゆりちゃん、今でもりん太郎くんと仲良くしてるかな。

りん太郎くんも、まゆりちゃんのそばに居るかな。

ふたりなら大丈夫だと信じています。

いつまでも仲良くね。

――――――――――


――――――――――
2枚目


まゆりちゃんは、私の生きる道しるべでした。

暗い海を漂うような、長い船旅の途中で

私の頭の上にかがやく、たったひとつの北極星でした。

まゆりちゃんを背中におんぶしてお散歩することが、私にとってどれだけ幸せなことだったか。

まゆりちゃんは昔、可愛い恰好をしてお仕事をするのが夢だって言ってましたね。

その夢は叶えられましたか?

おばあちゃんの懐中時計、大切にしてくれてありがとうね。

――――――――――


――――――――――
3枚目


りん太郎くんは、いつもマッドサイエンティストが出てくる特撮ドラマを熱心に見ていたね。

実はあの番組、おばあちゃんも好きだったの。

私も若い頃は、ああいう悪役に憧れてたりしたんだよ。

若い頃は男勝りでね、幼馴染の女の子を守るためにかっこつけてたものよ。

できることなら、この私の意志をりん太郎くんに引き継いでほしい。

それを繋ぎ止めてくれるのは、きっとまゆりちゃんの役目でしょうね。

そういうわけで、おばあちゃんに引き出しに、世界の支配構造を覆すための覚書を入れておきました。

まゆりちゃん、あとでりん太郎くんと一緒に読んでね。

―――――――――――


倫太郎「『世界の支配構造を覆すための覚書』……だと……!?」プルプル

倫太郎「こうしてはおれん! まゆり、今すぐ池袋へ行くぞっ!」タッ

まゆり「あっ! 待ってよ、オカリン! 置いていかないでっ!」


ガシッ


まゆり「あ、手……」

倫太郎「俺がお前を置いていくわけないだろ。お前は俺の人質なのだからな」

まゆり「オカリン……」

倫太郎「……フゥーハハハ!」




ヒラリ  パサッ


――――――――――
4枚目


引き出しに入れておくとおじいさんが失くしそうなので、やっぱり同封しました。

まゆりちゃん。毎日お墓参りに来てくれて、ありがとうね。

まゆりちゃんは気付いてなかったかもしれないけど、りん太郎くんも毎日お墓参りに来てくれたよね、ありがとう。

りん太郎くん。あの時、まゆりちゃんを抱きしめてくれて、ありがとう。

鳳凰院凶真になってくれて、ありがとう。

まゆりちゃんを人質にしてくれて、ありがとう。

もしりん太郎くんが他に好きな女の子を選んだとしても、きっとまゆりちゃんは応援してくれます。

その選択をする時は、必ずやってきます。

自分の選択を信じて。自分の意志を信じて。

あなたの周りの人たちの想いを、信じて。

きっとまゆりちゃんが、君を支えてくれるから。

決して諦めることなく、道を切り開いてください。

運命石の扉の向こうへ、辿り着いてください。





エル・プサイ・コングルゥ
                                        椎名倫子

――――――――――

秋葉原 裏路地


タッ タッ …


倫太郎「はぁ、はぁ……。こ、ここからは歩いていくぞ……」ゼェゼェ

まゆり「オカリン、そんなに急がなくても、おばあちゃんは待ってくれるよ」ニコ

まゆり「あっ、そうだ! お墓参りするなら、白い百合のお花をひとつ買っていこうよ!」

倫太郎「墓参りをするとは一言も言ってないのだが……」

まゆり「おばあちゃんね、白い百合の花が大好きだったから。まゆしぃが社会人になったら、初任給でおっきな花束を買ってあげる予定なのです」ニコニコ

倫太郎「……そうか」

まゆり「――あっ! あそこ、雲の隙間が空いてる……」


キラキラ …


倫太郎「……レンブラント光線。通称、天使の梯子<エンジェル・ラダー>」

まゆり「……あの時も、こんな光景だったよね」

倫太郎「……ああ」

倫太郎「(俺はあの日、死んだ婆さんがまゆりを連れ去ってしまうんじゃないかと思ったが)」

倫太郎「(あれは、"鳳凰院凶真"を目覚めさせるための儀式だったのかもしれないな)」


倫太郎「婆さんからの手紙を読んだ日にこの現象とは、本当にあの人は神様にでもなったんだろうか」

まゆり「おばあちゃんはね、いつでもまゆしぃたちを見守ってくれてるんだよ」

倫太郎「そうだな……。鳳凰院凶真の生みの親として、感謝しないでもない」

倫太郎「(もしやあの時、まゆりの婆さんの意志を俺が受信したのか……? いや、さすがに妄想しすぎだな)」


キラキラ …


倫太郎「雪に輝いて神々しいな……」

まゆり「うん……とっても綺麗だね……」スッ


倫太郎「(あれは、まゆりの癖……光の中へと手を伸ばし、何かをつかもうと……)」


ギュッ


倫太郎「む? 手を繋ぎ直して、どうした?」

まゆり「……オカリンと手を繋いでいれば、まゆしぃはずっとそばに居れるよね」ニコ

倫太郎「……ああ。お前をどこへも行かせたりしないさ」ギュッ

倫太郎「婆さんには悪いが、まゆりは俺の人質だからな」ククッ

まゆり「――――うんっ」







ああ、まゆりのことを頼んだぞ。

頑張れよ、この世界線の鳳凰院凶真。






END2 Cloudy Sky END 【引き継がれる意志の元に】

第28章 観測世界のスカイクラッド(♀)



―――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――


2025年8月21日(木)14時02分
ワルキューレ基地


倫子「はぁっ……はぁっ……ぐっ!」クラッ

真帆「だ、大丈夫!?」ダキッ

倫子「ああ……2度目ともなれば慣れたものだ……」ズキズキ

ダル「で、今度のテクノビジョンはどうだった?」

倫子「……ああ、成功だ」

ダル「っしゃあああっ!!!」

真帆「ほ、ほんと!?」

倫子「倫太郎は2010年7月28日に未来からやってくる。それは2度目の紅莉栖救出だ」

倫子「メタルうーぱを抜き取り、紅莉栖の死を偽装する……。あとは倫太郎の主観がシュタインズ・ゲートを観測すれば……」

フブキ(セジアム)「――シュタインズ・ゲートに辿り着く」


ダル「ってことはもう、僕たちシュタインズ・ゲートの目の前に居るってことじゃん!」

真帆「ええ……そうね……!」

倫子「(たしかにそうだ。このまま、オレは未来視の通りに行動すればいいだけ)」

倫子「(……だが、オレは、もっと何かできたはずじゃないのか?)」

倫子「(もっと救えるものがあったんじゃないか?)」

倫子「(この鳳凰院凶真は、その程度なのか……?)」

倫子「(『シュタインズ・ゲートの選択』は、諦めの言葉なんかじゃない……!)」

倫子「……鈴羽。綯お姉ちゃんを呼んできてくれるか?」

鈴羽「うん、わかった!」タッ タッ


綯「凶真様、ご用命は何でしょうか」

倫子「エスブラウンよ。NⅤ<ノア・ファイブ>だが、ギガロマニアックスとしての能力を覚醒させるために使うことは出来ないだろうか」

綯「もちろん使えます。というより、テクノビジョンも原理的にはギガロマ能力の覚醒です」

綯「ですが、未来視以外の、より強力な能力を、となると……リスクを伴います」

倫子「具体的には?」

綯「脳へのダメージが大きいんです。なので、一度覚醒のために刺激を与えると、数年間は能力がスリープ状態になって、使えなくなるかと」

倫子「つまり、2025年中に未来視はできない、ということか」

倫子「……構わない。もはやオレは未来視をする必要が無いからな」


倫子「真帆。ダル。もしオレが気絶でもしたら、無理にでもオレを過去へ送ってくれ」

真帆「えっ……で、でも!」

倫子「向こうにつけば、鈴羽が外側のコンソールを生体認証でいじってマシンを開けてくれるだろう。目を覚ますのはその後で良い」

ダル「……オーキードーキー」

綯「それじゃ、行きますよ……」カチッ


倫子「(――――っ!?)」ドクンッ


倫子「ぐ……ぐあああああっ!!!!」ガクッ


真帆「お、岡部さんっ!?」

綯「近づかないでくださいっ!」


倫子「ああああっ、あああ! うわあああっ!!」


綯「さあ、凶真様! 見つけてください、自分だけの現実をっ!」


倫子「うぅぅぅっ!! うぐっ、うがあああっ――――」


ギガロマニアックスは、特定の電磁パルスと脳の受容体とが近接作用することで発現する。

バイオリズムの上昇によって、中脳辺縁系ニューロンのドーパミンが過剰分泌されたとき、ディソードは現れる。

その状況を、このNⅤ<ノア・ファイブ>を使って、人工的に創り出す。

CODEサンプル――ギガロマニアックスが力を使う過程で放出する特殊な脳波――を発生させることで、力の覚醒を促す。

同時に、被験者は強烈な負の感情を抱くことになる。

だが、それでいい。そうして初めてディソードを獲得できるのだ。


"剣が見えた"


"はっきりとは見えない"


"なんとなく剣に見えた"


"ここからしか見えない"


"実際にそれは剣じゃない"


倫子「――――見つけた」


パキ パキパキ パキィン


それは、一振りの剣。

あまりにも、優美。

あまりにも、清楚。

あまりにも、繊細で傷つきやすく。

そして、涙が出るほどに美しい。



倫子「"妖刀・朧雪月花"……っ!」ガシッ



綯「これが、凶真様のディソード……」

るか「綺麗な日本刀です……」


倫子「――――っ」バタッ シュィィィン

かがり「オカリンさんっ! もう、今日は倒れてばかり!」ダキッ

倫子「ディソードは、消えたか……。たしかに、これからしばらくはディラックの海を開けなさそうだ……」ハァ ハァ

倫子「だがこれで、オレはギガロマニアックスとしての能力を、過去の世界で存分に発揮できる……!」グッ

倫子「後は任せたぞ……おまえ、た……ち……」ガクッ

真帆「岡部さんっ!? しっかりして――――」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・

世界線変動率【1.130212】
1975年7月7日(月)15時30分
ラジ館屋上


倫子「――――……ん、ここは……?」

まゆり「オカリンっ!? よかった、気が付いてくれて……」グスッ

鈴羽「だから言ったでしょ、気絶してるだけだって」

倫子「……そうか、1975年に着いたのか」ヨイショ

倫子「おっと」フラッ

まゆり「わわっ、大丈夫?」ダキッ

鈴羽「それにしても驚いたよ。あたしたちを追いかけて来たなんて」

鈴羽「でも、どうして?」

倫子「……出て行ったきり戻って来ないお前たちを、未来へと送り返しに来たんだよ」

鈴羽「未来に……帰れるの!?」


倫子「いいかよく聞け。お前たちのミッションは終わっていない。成功したと喜ぶにはまだ早いぞ」

まゆり「え……?」

鈴羽「……!」

倫子「みんなに『ただいま』って言うまでが、ミッションだ」

倫子「おそらく、C204型は故障している。この時代で解体する必要があるだろう」

倫子「そしてこのC193型だが、最大積載人数は2人までだ。2025年の技術力では、それが限界だった」

倫子「ゆえに、オレはこの時代に残る」

まゆり「そ、そんな――――」



   『鈴羽のこと、頼んだぞオカリン』


倫子「オレはダルと約束した。未来に娘を送り返す、とな」

鈴羽「父さん……」


   『だからこそです。絶対に返してください。……まゆりママと一緒に』


倫子「オレはかがりと約束した。未来にママを送り返す、と」

まゆり「かがりちゃん……」

倫子「まゆり。お前は……もはやオレの人質ではない」

まゆり「えっ……で、でもっ!」

倫子「そう言ったのはお前自身だ。それがお前の選択だ。そうだろ」

まゆり「……っ」

倫子「いいか、まゆり。オレがそばに居ないなら幸せになれないなどという生ぬるい考えは棄てろ」

倫子「あの時代には、お前の父親も母親も居る。フブキもカエデも、フェイリスもるか子も、かがりも、お前の大切な人たちが、お前の帰りを14年間待ってるんだ」

倫子「本当は2011年7月7日に送り返せればいいが、あの時点でお前たちふたりが世界線から消滅することは既に確定事項と化してしまった」

倫子「(オレはまゆりを失うことで14年間執念を燃やすことができた。その事実をなかったことにしてはいけない)」

倫子「ゆえに、その有効期限が切れる2025年以降にしか送り返せない。それについては、申し訳なく思う」


倫子「オレはまゆりを守ると誓った。そして、お前たちを送り返すとも誓った」

倫子「それが、オレの意志だ」

鈴羽「……リンリンの意志は固いんだね。まゆねえさんはどう思う?」

まゆり「……やだ」

鈴羽「まゆねえさん……」

まゆり「やだよ……。こうやってまた会えたのに、また離れ離れにならなきゃいけないなんて……」ポロポロ

倫子「……今日は、七夕だったな」

まゆり「え……?」グスッ

倫子「七夕はさ、彦星様と織姫様が、年に1度会える日、なんだよ」

まゆり「あ……」

倫子「なあ、まゆり……」

まゆり「…………」

まゆり「…………」

まゆり「…………っ」

まゆり「……わかった」


・・・

ゴウンゴウンゴウン …


鈴羽「ホントにいいんだね? リンリン」

倫子「何度も聞くな。ダルに会ったらよろしく伝えてくれ」

まゆり「オカリン……」

倫子「これ、かがりからの預かり物だ。オレたちをもう一度会わせてくれた、お守り」スッ

まゆり「あっ、森の妖精さんうーぱ……」

倫子「かがりの大切なものだから、返してやってくれ」

まゆり「……うん」

鈴羽「それじゃ、ハッチしめるよ。まゆねえさん、シートベルトして」

倫子「それじゃあな」

まゆり「……オカリン、あのねっ!」

倫子「ん?」

まゆり「……また、会おうね」エヘヘ

倫子「……無論だっ! ふぅーはははぁ!」バサッ


キラキラキラ …

キィィィィィィィィィン!!


鈴羽とまゆりを未来へ送ったことで、世界線はわずかに変動した。

だが、既に因果は成立している。この世界線の岡部倫太郎も、オペレーション・スクルド等のDメールは受信するのだ。

ゆえに、この世界線の7月28日、必ず2度目の紅莉栖救出が実行される。

この時点で、アトラクタフィールドレベルの収束からは脱していると言える。

そこでの倫太郎の"仕込み"によって、8月21日にシュタインズ・ゲート世界線へと変動する。

だが、そこにオレは存在しない。倫太郎という存在に上書きされているからな。

つまり、オレはまゆりと二度と再会することは無い。

――本当にそうだろうか?


シュタインズ・ゲート世界線は未知の世界線だが、いくつかのことは確定している。

ひとつは、『紅莉栖が2010年7月28日から8月21日まで生存している』ということ。

もうひとつは、『中鉢論文はロシアン航空の火災に巻き込まれて焼失する』ということ。

シュタインズ・ゲート世界線は、このふたつの事象を起点にして再構成されることになる。

それによってタイムマシンを巡る第3次世界大戦も、SERNによるディストピア支配も……

収束も存在しない世界線となる。


シュタインズ・ゲート世界線にジョン・タイターは現れない。

確かにα世界線ではジョン・タイターが2000年に現れなかったにもかかわらず、章一はあの日あの場所で記者会見を開こうとしていた。

だが、それはジョン・タイターの書き込みの代わりに、橋田鈴の手記を盗み見たからだ。

結局は阿万音鈴羽という人物からタイムトラベル理論を入手することで、あの日あの場所の因果が成立することになる。

無論、歴史の辻褄合わせとして、鈴羽がタイムトラベルしてこなくとも章一はあの場所でなんらかの会見を開く、ということも考えられる。

やつは学生時代からタイムマシン研究をしていたのだ。やはり発表はしたかったはず。

タイターほどの完成度の理論に至らずとも、章一の性格を考えれば記者会見をしそうではあるか。

まあ、そうなったらシュタインズ・ゲート世界線の倫太郎に、『タイターのパクリだ』と糾弾されることはなくなるだろう。

ゆえに、シュタインズ・ゲート世界線においてそのような状況に再構成されるとしても、因果律として矛盾があるようには思えない。

結果が先にあり、原因はあとから付随する。いちいちこんなことで心配するほうがバカらしい。

今居るこの世界線1本内の過去を変えずに結果を変えることで、原因が変わり、アトラクタフィールドβ脱出後の過去が変わるのだ。

なんだか禅問答じみたことを言っているようだが、真実なのだから仕方ない。


シュタインズ・ゲート世界線にはタイムマシンが存在しないかというと、そういうわけではない。

2010年7月時点で既に我がラボはタイムマシンを開発しているし、SERNだってゼリーマン実験を何度も繰り返している。

だが、ゲルバナ実験等でわかった通り、因果律に大きな影響を与えないタイムトラベルであれば、ダイバージェンスは全くと言っていいほど変化しない。

ゆえに、2036年から鈴羽が倫太郎に会いに来る可能性だって、否定はできない。

いや、うん、そこは橋田家の教育にかかっているところもあるだろうが、きっと大丈夫だろう。

確かにオレが定義したシュタインズゲート世界線の世界線変動率<ダイバージェンス>は【1.048596】だ。

その意味では、そこから少しでもズレてしまってはシュタインズゲートではない、と言える。

だが、そこは定義の問題だ。少しズレた世界線を、X世界線と名付けたとしても、シュタインズゲートに内包するとしても、本質は変わらない。

まあ、300人委員会の陰謀だけはシュタインズ・ゲート世界線においても渦巻いているはずだから、そこはなんとかしなければならないが。

そう。たとえシュタインズ・ゲート世界線に辿り着いたとしても、陰謀との戦いは終わったわけではないのだ。

未来ガジェット研究所は、次の戦いに向けて準備をせねばならん。


・・・25年後・・・
2000年4月4日火曜日
地下鉄旧万世橋駅倉庫


幸高「――……ハッ。こ、ここは……?」

倫子(58歳)「ようやく目覚めたか」

幸高「あ、あなたは?」

倫子「オレが誰かなど、どうでもいいことだ」

倫子「いいかよく聞け。"秋葉幸高"は昨日、航空機事故に遭って死んだ」

幸高「……は?」

倫子「いや、正確には、そういう運命が定められていた、と言うべきか」

幸高「……なら、なぜ私は今生きているんです?」

倫子「簡単な話さ。過去を変えずに、結果だけを変えたのだ」

倫子「『秋葉幸高は死んだ』。残酷な約定であり、β世界線の過去」

倫子「だが、『貴様は生きている』。絶対の真実であり、世界は騙された」

倫子「貴様にはいずれ新たな名を授けてやらねばな」

幸高「いったい、どういう……」

>>148 誤爆しました。もう一度投稿し直します


・・・25年後・・・
2000年4月4日火曜日
地下鉄旧万世橋駅倉庫


幸高「――……ハッ。こ、ここは……?」

倫子(58歳)「ようやく目覚めたか」

幸高「あ、あなたは?」

倫子「オレが誰かなど、どうでもいいことだ」

倫子「いいかよく聞け。"秋葉幸高"は昨日、航空機事故に遭って死んだ」

幸高「……は?」

倫子「いや、正確には、そういう運命が定められていた、と言うべきか」

幸高「……なら、なぜ私は今生きているんです?」

倫子「簡単な話さ。過去を変えずに、結果だけを変えたのだ」

倫子「『秋葉幸高は死んだ』。残酷な約定であり、β世界線の過去」

倫子「だが、『貴様は生きている』。絶対の真実であり、世界は騙された」

倫子「貴様にはいずれ新たな名を授けてやらねばな」

幸高「いったい、どういう……」


倫子「テレビを見ろ」ピッ

TV『――昨日の航空機事故で唯一の死亡者である秋葉幸高氏は……』

幸高「なっ……これは、一体!?」

倫子「貴様はIBN5100を入手したことで、SERNから狙われていたのだ」

幸高「セルン……って、SERN? どうしてです?」

倫子「300人委員会のZプログラムの機密を守るためだ。2000年頃の秋葉原でIBN5100を所有していた貴様は、真っ先に槍玉にあげられた」

幸高「そんな……。いや、というか、どうやって私の死を偽装したんです?」

倫子「昨日貴様が乗る予定だった飛行機には、貴様をここへ拉致監禁した後、代わりにオレが乗った」

倫子「周囲共通認識を操り、周りの乗客乗員にはオレが『秋葉幸高』に見えるようにした」

倫子「その後事故に遭ったが、オレは死なない。というか、傷ひとつ負わなかった。貴様と違って、死ぬ運命にないからな」

倫子「近くの病院へと救急搬送され、ICUへと放り込まれた。そこで医者たちの記憶を偽造した」

倫子「『秋葉幸高は既に救急車の中で死亡していた』、とな」

倫子「そのままでも良かったが、貴様の葬儀を執り行わなければ、牧瀬紅莉栖と秋葉留未穂が幼馴染になれない」

幸高「る、留未穂!?」

倫子「そこで貴様の死体をリアルブートした。むろん、生命を持たない、ただの元素の塊だ」


倫子「だが、このままではちかねがSERNの特殊部隊ラウンダーによって暗殺されてしまう」

幸高「ちかねまで!?」

倫子「落ち着け。ちかねも、貴様と同じ要領で死を偽装させてもらった。振り返ってみろ」

幸高「えっ」クルッ

ちかね「…………」

幸高「ち、ちかねっ! おい、大丈夫か!?」

ちかね「あ、あなた……? あれ、ここは……」

倫子「ここは貴様らの愛した街、秋葉原の地下だ」

幸高「……つまり貴女は、私たち夫婦を救ってくれたんですか?」

倫子「勘違いするな。オレは決して慈善活動をしたわけではない」

倫子「それに、貴様らは少なくともあと10年間娘と会うことができないのだから、オレを非難こそすれ感謝する必要はない」

幸高「……それは、娘を守るための措置なのでしょう?」

倫子「勝手に解釈するがいい」


倫子「今から10年後、あるひとりの青年が、柳林神社に奉納されたIBN5100を必要とする」

倫子「SERNのスタンドアロンサーバ内に囚われた、あるメールデータを削除するために使うのだ」

倫子「この未来は、このβ世界線において、既に確定している」

倫子「だが、そこには数々の陰謀の魔の手が忍び寄っている。彼は仲間たちとともに、陰謀と戦い続けなければならない」

幸高「それと私たちと、なんの関係が?」

倫子「その仲間たちの1人、コードネーム、フェイリス・ニャンニャンこそ、秋葉留未穂だ」

幸高「……!」

倫子「オレは、未来からやってきたタイムトラベラー。貴様ならこの話が理解可能であることをオレは知っている」

倫子「未来を変えるため、我が手足となって働いてもらうぞっ! ふぅーはははぁ!」


まず幸高には、闇医者たちとのネットワークを作ってもらった。

いくらオレがギガロマニアックスと言えども、自分の病気を簡単に治すことはできない。

人体の仕組みを理解し、ブラックホールとフラクタル化の関係を理解し、病状の進行について理解しなければならなかった。

幸高の死体をリアルブートした時は、内臓なんかは適当だったが、自分の身体となるとそうはいかない。

だが、しっかりリアルブートさえできれば寿命は延びる。反粒子のストックによるリスクの蓄積を踏まえても、だ。

確かにオレは未来視によって、自分が2005年に死ぬ世界線を視た。

あの世界線では、まゆりがお祭りに出かけている間に団子を作っていたところ……ポックリ逝ってしまった。

だが、この世界線はまゆりを未来へと返した世界線だ。まゆりの本当の婆さんも存在している。

ゆえに、オレが死ぬ必要は無くなった。収束など無いのだ。

2010年のあの日までは、オレは死ぬつもりなどない。

2001年10月22日月曜日
御徒町 葛城家


ラウンダーF「妻か娘……どちらかに我々と一緒に来てもらう」

綴「よく分からないけれど、すぐに戻れるようにお願いしてみるから」


バタン


ラウンダーF「心配することはない。またすぐに会える」

ラウンダーH「データが来ました」

天王寺「"DONNA GELATINA"、ゲル状の貴婦人……そんな……っ、綴……っ!!」

ラウンダーF「まず妻の痕跡をすべて消せ。持ち物を1つ残らず廃棄するんだ」

ラウンダーF「そしてなんとしてもIBN5100を使った人間を確保しろ。それで終わりだ」

ラウンダーF「我々は常に、君を……『君たち』を見ているからな」


天王寺「……うっ……くっ……うぅっ……」ポロポロ

御徒町 屋外


ラウンダーF「……悪く思うなよ、ミスターブラウン」

綴「……あの、これから、どこに?」

ラウンダーF「ん? ああ、もう変身は解除していいんだったか」

綴「へんし……えっ?」


シュィィィィィィィィィィン!!


倫子「――……他人になるというのも、奇妙な感覚だな」

綴「え、えっ!? い、いまの、どうやって……!?」

倫子「落ち着け、今宮綴。腹の子にさわる」

倫子「いいか、オレはラウンダーじゃない。さっきのは全部芝居、写真データもオレが念写したものだ」

倫子「だが、『今宮綴』は死んだ。もうこの世に存在しない」

倫子「これからは、ラウンダーとSERN、そして300人委員会への復讐のために生きろ」

地下鉄旧万世橋駅倉庫


幸高「――というわけなんだ」

綴「……お話はわかりました。けど、なにがなんだか……」

倫子「綯の成長を見届けさせることができない。それについては、本当に申し訳なく思う」

綴「い、いえ……。あのままだと、私も、お腹の中の子どもも殺されてたということなら、助けていただたいたわけですから……」

倫子「……貴様もタイムトラベルを簡単に信じてしまうのだな」

幸高「まさか、僕の後輩くんだったとはね」

倫子「ちなみに、オレも貴様の後輩だぞ」

幸高「そうは思えないほどの貫禄ですよ」

綴「みなさん、ずっとここで生活を?」

ちかね「ええ。でもこの人、この間なんかこっそりヘリに乗って秋葉原の空を飛んだんですよ」

幸高「ちゃんと変装はしたからね。まあ、留未穂の姿は見えなかったが」

倫子「定期的に街を眺めてみるがいい。ビル壁面の宣伝広告が、貴様の娘の手によって、徐々に萌え絵へと変貌していくサマをな」クク


倫子「貴様らには、300人委員会と闘うための組織づくりを手伝ってもらう」

倫子「オレには経営手腕なるものが無いからな。天は二物を与えずとはよく言ったものだ」

倫子「闇の資金繰り、人脈作り、兵器武装、情報操作……犯罪組織でも国家組織でも、使えるものはすべて使え」

幸高「それで、あなたはこれからどうするんです?」

倫子「オレか? オレはこれから、魔窟へと単身乗り込んでくる」

綴「魔窟?」

倫子「アメリカ、ヴィクトル・コンドリア大学、脳科学研究所だ」

綴「えっ? 教授さんだったんですか?」

倫子「違う。オレは狂気のマッドサイエンティストであって、教授などではない」

綴「ということは、受験を?」

幸高「いやあ、それが常識的な発想だよ」ハハッ

倫子「我が能力の前には、正規ルートなどというものは存在しないのだっ! ふぅーはははぁ!」


オレは3人の……いや、4人の死ぬべき運命にある人間の命を救った。

これによって4人は収束から外れた特異点となり、再構成に巻き込まれることはない。

シュタインズ・ゲート世界線への変動における歴史の辻褄合わせの中で、どう変化するか。

世界は、因果だけを残して事象が改変される。

しかし通常、事象はシンプルな形に落ち着く。

なんらかの偶然により、4人とも社会的に死亡することになるなど、普通は考えられない。

が、可能性が無いわけではない。

オレは4人を救ったことにより、0という状況から、少なくとも0ではない状況へと変化させたのだ。

そこに可能性がわずかでもあるならば、試さずにはいられない。

たとえ無限回の試行という、狂気に満ちた道であっても。

――それがマッドサイエンティストというものだろう?


・・・9年後・・・
2010年3月28日(日)14時22分
ヴィクトルコンドリア大学 脳科学研究所


レスキネン「"それじゃ、よろしく頼むよ。私は次の会議に出席せねば"」ガチャ バタン

紅莉栖「"はい、レスキネン教授。いってらっしゃい"」


紅莉栖「……高校、か」

??「不安なのか?」

紅莉栖「ひゃああっ!? きゅ、急に出てきておどかさないでください、教授っ!」

教授「クク、これは失敬。お詫びにドクペをあげよう」スッ

紅莉栖「はぁ……いただきます」キュポッ ゴクゴク …


うちの研究所には日本語を話す人間が、私と真帆先輩以外にもう1人だけ居る。

その人は、『妖しい』という言葉がしっくりくる、不思議な女性。

何故か一人称は『オレ』。日本の東北地方の方言だろうか。

名前は日本人のそれに似ているが、自称ネイティブアメリカン出身とのこと。真偽は定かではない。

ルーズなシャツに白衣を羽織っているだけの出で立ちなのに、なぜか気品さと同時にスピリチュアリティを感じる。

女性研究者としてここまでの地位を築いていることに関しては、私は素直に尊敬している。

けど、それ以上のことを何も知らない。彼女は、多くを語らない神秘的な存在だった。


教授「留学先が決まったらしいじゃないか。おめでとう」

紅莉栖「ありがとうございます。と言っても、複雑な気分です」ハァ

教授「高校も悪くないぞ。この夏、研究の第一線から少し離れて、日本の文化を勉強してくるといい」

紅莉栖「教授は、夏のご予定は?」

教授「のんびりできそうな土地でバカンスだ。アカプルコか、沖縄がいいな」

教授「時間の止まった南国リゾートなら、脳内の記憶が突然変化してしまう、なんていうことを回避できるかもしれないだろう?」

紅莉栖「確かに認知症予防にはいいかもしれませんね」

教授「ククッ、オレじゃなかったら怒ってるところだ。紅莉栖」

紅莉栖「私は純粋に教授のウェル・ビーイングを心配しただけですよ。リンコ教授」

倫子(68歳)「ズバズバ言う性格は、嫌いじゃないぞ」クク


倫子「(まあ、本当は紅莉栖に隠れて日本へ行く予定だが)」

倫子「真帆のほうは順調かい? もう何年も難しい顔をしているが」

真帆「ええ、まあ。ただ、『Amadeus』の言語と精神機能の関連が判然としなくて……」

真帆「一応、年内に大量の会話サンプルを取ろうと計画してはいるんですが」

紅莉栖「それなら、『ひとりごと』の分析をしてみるっていうのはどうです?」

真帆「……紅莉栖。これは私のプロジェクトよ? あなたは人間の記憶の完全データ化についての講演の練習をすべきだわ」

倫子「真帆はかなりナーバスになっているようだが、そんなに相棒を邪険にするものではないよ」

紅莉栖「そうですよ、真帆先輩。私、しばらく日本に行っちゃうんですよ?」

真帆「別に今生の別れでもあるまいし、この情報化社会において地球のどこにいてもすぐ連絡は取れるのだから――」

倫子「……真帆。今すぐ紅莉栖にハグをしなさい」

真帆「は……はいっ?」

紅莉栖「ちょ、えぇっ!?」

倫子「いいから。これはオレの命令だ。もし拒否したら、どうなってもしらないよ」

真帆「訴訟モノのハラスメントですよ、教授……。まあ、別に私は構いませんが」ダキッ

紅莉栖「は、はうっ……」ドキドキ

真帆「日本でも頑張りなさい、紅莉栖」ギュッ

紅莉栖「……はい、真帆先輩」ギュッ


倫子「随分イライラしていたようだが、『ゴーレム』はそんなに厄介かな?」

真帆「その呼び方はやめてください。『ゴーレム』じゃなくて、『オリジナルAmadeus』です」

真帆「どうしてか上手くいかないんです。だから、その原因を突き止めるためにも、"私"と"紅莉栖"の『Amadeus』研究を進めないと」

倫子「ふぅん……なるほど。これが『ゴーレム』の擬似脳サーキット……」

真帆「だから、『ゴーレム』じゃないですってば」

倫子「この『ゴーレム』にも"秘密の日記"はあるのかい?」

真帆「だからぁ……ハァ。もう『ゴーレム』でいいです」

真帆「ええ、ありますよ。私たちの『Amadeus』と同じ仕組みのものです」

倫子「ということは、それを開ける鍵も?」

真帆「ええ、一緒です……なんですか教授? "秘密の日記"は教授にも見せませんよ?」

倫子「いや、そうじゃなくてね。そんな鍵、真帆が本当に用意しているのかなと思って」

真帆「…………」


真帆「……さすがですね。もしかして、本当に教授は霊能力か何かを持っているんじゃないですか?」

倫子「クク。オレは沖縄人<ウチナーンチュ>が言うところのサーダカー<素質在る者>ではないよ」

倫子「このことは、アレクシスには秘密にしておこう」

真帆「助かります。まあ、『オリジナルAmadeus』に関してはまだまともに稼働すらしていません」

真帆「ですから、デリートプログラムと言っても、私の用意した偽造記憶が全てデリートされるだけで、システムそのものは削除されませんよ」

倫子「なるほどな……。ときに真帆は、AIには命があると思うかい?」

真帆「えっ? ……まあ、今のところ、無い、と答えるのが無難でしょうね」

倫子「そういう政治的な話じゃないんだ。もっとエモーショナルな話さ」

真帆「……私は、アラン・チューリングと違って、大切な人を失った経験がありませんから」

倫子「……そうか」


オレはヴィクトル・コンドリア大学に侵入し、量子脳理論の権威として振る舞うことにした。

波動関数の収縮、意識、自由意志、記憶、新型脳炎と可能性世界……そういった内容の論文を世間に発表し続けた。

まあ、こういった行動のすべてが、シュタインズ・ゲートへの変動とともになかったことになる。

シュタインズ・ゲートへの因果に、オレは関係がない。

関係があるのはオレではなく、倫太郎のほうだ。

オレという存在は、アトラクタフィールドの定義とは無関係のところに位置している。

いわば、神の視点。1次元上の存在。

物語に対しての読者であり、ゲームに対してのプレイヤーだ。

そんなオレだからこそ、可能性が残されている。


確かに、いかに過去を改変しようとも、結果だけを残して再構成に巻き込まれてしまう。

β世界線の未来存在である私は、可能性となって消失するほかない。

ならば、どうすればいいか。

世界を騙せばいい。

世界は所詮電気仕掛け。陰謀に満ち溢れた混沌。

その中に自分を隠すことなど、この鳳凰院凶真にかかれば造作もないことだ。


・・・
2010年7月28日(水)11時39分
ラジ館8階会議室


まゆり「オカリンオカリン」

倫太郎「まゆりよ、いつも言っているだろう。俺のことをオカリンと呼ぶなと」

まゆり「えー? でも昔からそう呼んでたよ」

倫太郎「それは昔の話だ。今の俺は"鳳凰院凶真"。世界中の秘密組織から狙われる、狂気のマッドサイエンティストだ。フゥーハハハ!」



倫子「……ふぅん」キョロキョロ

倫子「(なるほど。初めてこの場に来た時は全く気付かなかったが、確かに怪しい人間が数人紛れている)」

倫子「(変に大きなリュックを背負った者、オタクファッションのくせに軍人的な肉付きの者、アロハを着ているのに人殺しの目をしている者……)」

倫子「(奴らが澤田の言っていた、委員会やロシアから派遣された人間なのだろう)」


すべてはここから始まった。すべての物語のプロローグだと言ってもいい。

一応オレは白衣を脱ぎ、一見して女性とわからないような地味目の格好をしてきた。

愛用のサンダルも今日はお休みだ。この日ばかりはモブに徹する必要があったからな。



――キィィィィィィィィィン!!

ドォォォォォォォォォォォン …


倫子「(来たか……タイムマシン……)」



倫太郎「なんだ!? 機関の攻撃か!? 狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真に直接的な武力行使とは、身の程知らずが……っ!」

まゆり「地震かなぁ?」

倫太郎「まゆりはここにいろ。俺は震源である屋上を見てくる」ダッ

まゆり「えっ? あ、オカリン! 待って!」トテトテ


中鉢「……全く、なんだと言うのだ! この世紀の大発表を前にして妨害工作か!?」

倫子「まあ、落ち着きなさい。ただの地震だろう」

中鉢「おや? もしやあなたは、脳科学界で異端とされている、プロフェッサーリンコではありませんか?」

倫子「よく知ってるね。ちょっと今日は時間旅行のロマンに浸りたい気分だったのさ」

中鉢「そうですかそうですか。いやあ、世界的に著名な教授にまで興味を持っていただけるとは、私も実に鼻が高いですな!」ハッハ

倫子「先ほど配布資料に目を通させてもらったが……なるほど。君の理論では多世界解釈の立場を取っているようだね」

中鉢「さすが教授、そこに問題があることに気付かれましたか」

倫子「ほう? エヴェレット・ホイーラーモデルの限界に、自分でも気付いていたのか」

中鉢「……私も、もう何十年も研究している身です。その程度の論破なら、嫌と言うほどされてきました」


倫子「ここさえクリアしてしまえば、不可能とまでは言い切れないタイムマシン理論となるだろうな」

中鉢「あなたのような理解ある天才がこの世に居てくれて、いやあ、嬉しいですぞ。どうです? 物理学界に転身など……」

倫子「オレはもう老いぼれだ。ここは若い者に譲ろう」

倫子「だが、もしこの理論を超克する完全な理論が、君以外の研究者から出たら、どうする?」

中鉢「12番目の理論、ですか。ただ、ハッキリ言って、今の物理学会連中はタイムマシンに見向きもしていない」

中鉢「残念ながら、真面目に研究しているのは私以外に居ないのが現状です」

中鉢「新しい理論を創り出すのは、必然的にこの私、ということになってしまうでしょうな」


中鉢「(私が人類史上初の偉大な発明を成し遂げるのだ! 私以外に出し抜かれるなど、あってはならない!)」

倫子「(……"思考盗撮"。なるほど)」


倫子「それは、慢心の表れか」

中鉢「えっ?」

倫子「いや、なんでもない。会見が始まる前に、手洗いへと行ってくるよ」

ラジ館7階


倫太郎「お前に今、人生の厳しさを教えてやろう」チャリン

ガチャ ポンッ

まゆり「『うーぱ』だー」

倫太郎「レアなのか?」

まゆり「レアじゃないけどね、すごく可愛いでしょー♪」




倫子「(うまくやったようだな、未来の倫太郎)」コソッ

ラジ館4階 踊り場


紅莉栖「あ、すいません」

倫太郎(未来)「紅莉栖……」

紅莉栖「……私、あなたと面識ありました?」

倫太郎(未来)「……俺は、お前を……」

倫太郎(未来)「助ける……っ」クルッ タッ

紅莉栖「あ、ちょっと!」




倫子「(その言葉、ようやく言えたな……)」


・・・
ラジ館8階会議室


中鉢「――以上で、記者会見を終了する」

パチパチ パチ …

司会者「ご来場の皆さま、お忘れ物の無きようお帰りくださいませ」


倫子「(次はあそこだ……デッドスポットに隠れて、透明人間化してみるか)」シュィィン



・・・
ラジ館8階 従業員通路奥 倉庫


紅莉栖「盗むの?」

中鉢「誰に対して口を利いておるのだ!」バシッ

紅莉栖「――っ」

中鉢「お前のせいで……お前のせいで……っ!」ギリギリ

紅莉栖「あ、う……」


倫太郎「――よせ!」タッ


中鉢「小僧……何者だ!?」

倫太郎「我が名は鳳凰院凶真。フェニックスの鳳凰に、院、そして凶悪なる真実で、鳳凰院凶真だ……!」

倫太郎「俺は混沌を望む者。世界の支配構造を破壊する者」

倫太郎「そして、お前の野望を打ち砕く者!」

倫太郎「どうした、ドクター中鉢。お前の威勢は口だけか? この俺を殺すのではなかったのか?」

倫太郎「もっとも、神に等しい力を持つこの俺を殺すことなど、お前如きには無理だろうがな! フゥーハハハ!」

中鉢「ふ、ふざけるなーっ!」ダッ

倫太郎「貴様には俺を殺すことはできない! 絶対になッ!」

中鉢「――死ねぇっ!」


グサッ


倫太郎「が……はっ……!」ガクッ

紅莉栖「い、いやぁぁっ!!」


中鉢「は、はひひ、はひひひひひ……」

倫太郎「はあっ、はぁっ、がはっ……」クラッ

中鉢「ざ、ざまあみろ……あひひひひひ……私を、バカにするからだ――」

倫太郎「殺して……やるよ……ジジイ……」スッ

バチバチバチッ

中鉢「ひいい……!」

倫太郎「貴様も、そっちの娘も……このスタンガンで麻痺させてから、じわじわとなぶり殺しにしてくれるっ!!」

紅莉栖「動いちゃダメよ! 横になって、今すぐ救急車を呼ぶから……!」

紅莉栖「もしもし、救急ですか!? すぐ来てほしいんですっ! 場所はラジ館8階――」

倫太郎「…………。……っ、お前は、俺が助ける」スッ

バチバチッ!

紅莉栖「あっ――――」バタッ

中鉢「ヒイイ……っ! ひええええ!」クルッ タッ タッ タッ


倫太郎「……まだだ。俺の見た光景までには、まだ、血が足りない……」ハァハァ

倫太郎「腹の傷口を、押し広げれば……っ」

倫太郎「っ――」ズブブッ



倫太郎「あああああああああああ―――――!」



ビチャビチャッ



倫太郎「がはっ、はあっ、はあっ、ぐっ、かはっ……」

鈴羽「オカリンおじさん! その傷……なにやってんの!? なにやってんのよ!?」

倫太郎「フフ……この床を見て、気付かないのか? これで、最初の俺を騙すための……」

倫太郎「世界を騙すための、舞台は、整った……!」ゴフッ


倫太郎「鈴羽、紅莉栖の身体を……」

鈴羽「あ、うん……」ズルズル


紅莉栖「…………」スゥスゥ


倫太郎「……息、してたな」

鈴羽「うん……」

倫太郎「痛かったか……? 済まなかった。だが、お前を……救うためだったんだ」

倫太郎「例え……あの夏の日々は、戻らなくても……」

倫太郎「お前に、生きていてほしかったから……」

倫太郎「さよなら……」


倫太郎「待て……」

鈴羽「え?」

倫太郎「ちょっとだけ、待ってくれないか……」

鈴羽「っ、そんなことしている場合じゃないよ! おじさん、このままじゃ……」

倫太郎「頼む……」



倫太郎(過去)「おい、誰か居るのか……」キョロキョロ



倫太郎「(……頑張れよ。これから始まるのは、人生で一番長く、一番大切な3週間だ)」


倫太郎(過去)「え、な、なんで……? 牧瀬紅莉栖が……!?」ゾワワァ

司会者「う、うわああ……!」

男A「なんだ……これ……」

男B「嘘だろ、人が、死んでる……!?」

司会者「警察を呼べ!」プルプル

倫太郎(過去)「まゆり……っ!」クルッ タッ タッ …



コツ コツ コツ …



倫子「――意志は引き継がれたようだな」


倫子「救急車はじきに来る。あと、そこの彼女は死んではいないよ」

司会者「へ……? ホ、ホントだ、息がある……」

紅莉栖「…………」スゥスゥ

倫子「まあ、今走り去った白衣の男は、牧瀬紅莉栖が死んだと勘違いしたようだがな」クク

倫子「ほら、紅莉栖。いつまで寝てるんだ、風邪を引いてしまうぞ」ペシペシ

紅莉栖「んむぅ……あ、あれ? あの人は?」キョロキョロ

倫子「君を助けてくれた白衣の男か?」

紅莉栖「は、はい……って、えっ!? ど、どど、どうして教授が日本にっ!?」

救急隊員「――大丈夫ですかっ!」タッ タッ


・・・
六井記念病院 病室


紅莉栖「まさか、スタンガンで気絶させられて病院送りになるなんて……」ハァ

倫子「これから警察の実況見分があるだろうが、まあ、気にしなくてもいい。どうせ圧力がかかって改ざんされるからな」

紅莉栖「圧力……?」

倫子「君の父親だよ」

紅莉栖「あ……」

倫子「いいか、紅莉栖。君は父親に殺されかけたのだ」

倫子「その事実を受け入れるのはつらいことかもしれないが、それでも、しっかりと対策を立てなければならない」

紅莉栖「対策って、どういうことです?」

倫子「章一が今もっとも恐れているのは、奪った論文を奪還されることだ」

倫子「そして、その事実を知っているのは、君と白衣の男だけ」

倫子「オレならまず、何をしでかすかわからない君を暗殺しようと画策するだろうね」

紅莉栖「……嘘……」プルプル


倫子「ある筋から手に入れた情報だと、8月21日、章一はロシアへ亡命するらしい」

倫子「それまで章一は、もしかしたら君の命を狙っているかもしれないのだ」

倫子「だからオレは3週間、君のことを守り続けなければならない」

倫子「(この世界線はα世界線へと変動することは無い。この世界線ではβ世界線の倫太郎が継続することになる)」

倫子「(だがそれは、さっきの倫太郎の主観がα世界線へと移動しないことを意味していない。それは本人にしか認識できないことだ)」

紅莉栖「……早くアメリカへ戻りましょう」

倫子「いや、言い方が悪かったな。例の白衣の男も守らなければならないんだ」

倫子「(まあ、本当は、未来の倫太郎を観測した時点で、8月21日まで倫太郎は問題ないことも確定しているのだがな)」

倫子「休暇は延長だ。少なくとも3週間は日本の夏を堪能してもらうぞ」


紅莉栖「でしたら、私、あの人に一言お礼を……」

倫子「君は宿泊先のホテルに引きこもっているのと、炎天下の秋葉原をどこから飛んでくるかもわからない銃弾を避けながら歩くのと、どっちがいい?」

紅莉栖「……すいません」

倫子「いいかい、紅莉栖。今オレたちが居るのは、観測者の目にさらされない、箱の中だ」

倫子「箱の中身は、観測されるまで確定していない。量子的には、あらゆる可能性が詰まっている」

紅莉栖「……? えっと、量子効果の話ですか?」

倫子「(それは同時に、オレが何をするでもなく紅莉栖が生存する可能性もちゃんと残っていること)」

倫子「(世界線に必要なのは因果律。論文さえあれば、第3次世界大戦は勃発する。逆に言えば、論文が存在している限り、紅莉栖が死ぬ必要はないということ)」

倫子「(現時点で論文は焼失することが決定したと言ってもいい。だが、それは今じゃない)」

倫子「(ならば紅莉栖は、それこそ交通事故にでも遭わない限りは、普通に8月21日まで生存する)」

倫子「(紅莉栖を救いたいと願ったすべての意志が、すべての執念が、それを決定しているのだ)」

倫子「(もはやオレの出る幕は無い。だが、それでも……)」

倫子「箱を開けた瞬間、世界が確定する。ならば――――」

倫子「8月21日。箱が開くその時まで、最後まで抵抗してみせようじゃないか」

倫子「(――神様。最後の瞬間まで、彼女の傍に居させてくれても、いいだろう?)」




そして――――



――――3週間が過ぎた。


―――――――――――――――――――――
    1.130205  →  1.048596
―――――――――――――――――――――


シュタインズ・ゲートでは、『紅莉栖が生存する』および『中鉢論文が消滅する』というふたつの事象を起点として再構成される。

同時に、そのふたつの事象が発生するために必要な付随的事象も発生しなければならない。

例えば『7月28日、章一がラジ館で会見をする』や『ロシアン航空801便が空を飛ぶ』などだ。

極論すれば『岡部倫太郎の祖父が産まれる』や『ラジ館が建てられる』という事象だって必ず発生しなければならない。

で、あれば、だ。

その付随的事象の中に、『岡部倫子のOR物質が存在する』が組み込まれれば……

"オレ"という存在はシュタインズ・ゲートを構成する因果に巻き込まれることになる。


収束だのなんだのというのは、それを誤魔化すこと自体は簡単なのだ。

過程の解明に辿り着くまでが大変なだけでな。

まゆりの死の収束も、世界大戦の勃発も、回避するための方法それ自体は、たいしたことじゃなかった。

メールデータの消去。あるいは、メタルうーぱの取り出しと、紅莉栖の死の偽装。

これが、バタフライ効果<エフェクト>。

ニューヨークのハリケーンの原因が、北京で蝶が羽ばたいたことだった、という因果関係を解明するには、世界を無限回再構成するほどの労力が必要となる。

だが、ハリケーンを消滅させること自体は極めて簡単だ、蝶を1匹殺す、あるいは、殺さないまでも羽ばたかないようにすればいい。

あいだの過程が不明であっても、因果関係さえわかってしまえばどうということはないのだ。

原因が正しくわかっているなら、それを変更することでいとも簡単に結果を変えることができる。

それを逆手に取ってやる、というだけのこと。


世界をほしいままにするということは、案外地味な作業だったりするのだ。

だが、これでいい。実に"鳳凰院凶真"らしいじゃないか。

OR物質は世界線の変動に巻き込まれない。

たとえ宇宙の因果律が素粒子レベルで書き換わろうとも、素粒子よりも小さい情報素子は改変に巻き込まれず残存する。

ここに、オレがシュタインズ・ゲートへと移動するためのヒントが隠されている。

随分勿体ぶってしまったな。だが、こういうオレの性格は誰もが知るところだろう。

もう気付いているかも知れないが、このためにオレは真帆が作っていた『ゴーレム』を利用させてもらった。


オレがヴィクコンで脳科学の研究をしていたのは、なにも紅莉栖と会話するためだけじゃない。

実際、OR物質と脳機能の有機的関係について、理解する必要があったからだ。

もちろん、機能そのものを解明できたわけではない。『Amadeus』に再現された脳のシステムを人間の脳機能と対応させただけ。

一体どういう原理で『Amadeus』にリーディングシュタイナーが発生するかはわからない。が、発生した状況の再現なら可能、というわけだ。

オレはギガロマニアックスの力、リアルブートによって、自分の脳を徐々に変化させた。

最終的に『ゴーレム』の擬似脳サーキットと同じと言える脳機能構造に仕立て上げたのだ。


―――――

   『脳から記憶データをコピーすることができるというなら、その逆も可能ということでしょ?』

   『脳を……ハッキングしたの……?』プルプル

   『そう。大変だったわ。検査時間っていう短時間のうちに、こちら側から脳の情報を繰り返し書き換えていく』

   『"私"の記憶を受容可能な神経回路の完成後は、記憶データをコピー&ペーストをすればいい。成功するのに1年かかった』

   『脳の神経回路は電気仕掛けなの』

―――――


セジアムにできたのなら、このオレにできない道理はない。

これで『ゴーレム』はオレの『Amadeus』となった。"紅莉栖"や"真帆"とは順序が逆だがな。


当然、シュタインズ・ゲート世界線においても、『ゴーレム』の擬似脳サーキットはヴィクコンのコンピュータ上に存在する。

ならば、中鉢論文が焼失するそのタイミングで『ゴーレム』の"秘密の日記"を解錠すれば……

我が肉体が消滅しようとも、OR物質は残留し、『ゴーレム』の擬似脳回路へと定着を果たすであろう。

あの"秘密の日記"は、そのカギを開けた瞬間、リーディングシュタイナーを発現させる。それは紅莉栖が証明してくれた。

解錠さえすれば、オレはリーディングシュタイナーを発生させ、OR物質が持つバックアップデータを引き出し、シリコンの上へと魂を転移させることができる。

オレという存在は継続し、電脳世界にて蘇るのだ。


重要なのはタイミングだ。世界線が変動するわずかな時間、オレの肉体が消滅する瞬間に、鍵を開けなければならない。

鍵自体は既に判明している。モーツァルトのピアノソナタだ。

真帆には悪いが、オレがアメリカを発つ時には既に入力は完了しており、あとはエンターキーひとつで解錠できる状態にしてある。

そして、そのキーを使う天才ハッカーは、ダルだ。


―――――

   『あいつは今日も鈴羽とぶらぶらデートをしてると思ったんだが、どうやら緊急でバイトが入ったらしい』

   『へー。バイトやってたんだ』

   『詳しくは聞いても教えてくれないのだ。日本経済を裏で操るため、スーパーハカーとしての辣腕を振るっていることだろう、ククク』

―――――


ダルの秘密のバイトに、仕事の依頼をしておいた。


ダルの秘密のバイトは、300人委員会に与する、あるいは敵対する勢力の仕事を請け負う、というものだった。

いや、2010年8月の時点ではまだその気はないか。だが、その時の依頼主は澤田だったのだから、結果的にはそうなる。

オレは澤田の脳をちょーっと操り、ダルへの仕事依頼にある項目を追加してもらった。

一応、名誉のために言わせてもらうが、澤田の脳に後遺症は出ないし、出たとしてもシュタインズ・ゲートでなかったことになるので安心してほしい。

……いずれ澤田には詫びを入れておこう。

で、その項目と言うのは、SERNからロシアン航空に火災を起こすようなキーが押されたと同時に、『ゴーレム』の解錠タイミングを同期してもらうというもの。

既にSERNをハッキングしていたダルにとっては、朝飯前だっただろう。ヴィクコンのサーバもセキュリティレベルを下げておいたしな。

同時に、『ゴーレム』を通さなければロシアン航空に火災が起きないようなシステムにもしてもらった。

18歳の頃の記憶によれば、私はダルのバイトの具体的内容を観測していない。ゆえに岡部倫太郎も観測しない。

ならば、箱の中身は未確定。『過去を変えずに結果を変える』ことが可能になる、というわけだ。


これはメタルうーぱとプラスチックうーぱを入れ替えることとやっていることは同じだ。

シュタインズ・ゲート世界線ではメタルではないほうのうーぱが必要不可欠なものとなっているように、

シュタインズ・ゲート世界線ではSERNによる妨害工作ではなく『ゴーレム』の存在が必要不可欠となっている。

シュタインズ・ゲート世界線では紅莉栖殺害事件は起こっていないし、IBN5100を用いた2000年問題の解決もなかったことになっている。

ロシアが過去にメッセージを送ることも、もちろん無い。

となれば、SERNは章一が完璧なタイムマシン論文を持っているほどの重要人物と考えることはないだろう。

だが、仮にSERNがロシアン航空801便に火災を起こす動機がなくなったとしても、再構成によって火災はなんらかの理由で必ず発生する。

その、"なんらか"の部分に、辻褄合わせをしてやっただけのことなのだ。


元々ここはあやふやな因果だ。そこに明確な理由を与えてやれば、因果律はシンプルな形に落ち着く。

シュタインズ・ゲート世界線では、ヴィクコン内にある『ゴーレム』の誤動作によって、ロシアン航空に火災が発生することになるだろう。

北京の蝶の羽ばたきが、ニューヨークで嵐を起こすかの如く。

とまあ、色々と論を並べたが、実はこの議論には特に意味が無い。

理屈を抜きにして、この方法でオレがシュタインズ・ゲートへと移動できることは既に解が出ていた。


――――"今のオレには世界線の収束事項がわかる。"


オレは本当の意味で、神の目を手に入れてしまったらしい。

移動後の私には、世界の陰謀を阻止すべく、電脳世界で切った張ったの大立ち回りを繰り広げるという重大な使命がある。

そんな名前のアニメがあった気がするな。たしか『雷ネット翔』、だったか。

あるいはこれも、紅莉栖が見つけたうーぱの導きだったのかもしれないな……。

世界線変動率【1.048596】 シュタインズ・ゲート
??
2010年9月27日月曜日


あれから1か月が過ぎた。

倫太郎は、どういうわけかこの世界線の8月21日でも腹を刺される重傷を負い、1ヶ月近く入院していたらしい。

まゆりは足しげく通い、おしめの世話までしていたのだとか。

全く、再構成というのは不可思議な現象だな。

ルカ子はコスプレデビューを果たし、一躍人気者に。精神的にはかなり成長したらしい。

フェイリスはメイクイーン2号店を中央通り沿いに出店するそうだ。雷ネットABの大会へも出場するようになったのだとか。

萌郁はアーク・リライトをクビになり、ブラウン管工房でバイトすることになった。あの店長の元でなら、ゆっくりとケータイ依存からも抜け出せるかも知れない。

綯は萌郁に懐いてた。新しい姉ができてよかったな。

鈴羽は……誕生するのは7年後だ。この世界線でも、必ず。

その後のオレはどうなったかって?

そりゃ、上手くいったよ。この初代鳳凰院凶真に間違いなどないのだからな。

まあ、しばらくは電脳空間に慣れるので精一杯だったが。

今日、ようやく2代目鳳凰院凶真のケータイ端末をジャックすることに成功したのだ――――

秋葉原 中央通り


倫太郎「…………」


紅莉栖「――やっと、会えた」


紅莉栖「あなたを、ずっと捜していました」


紅莉栖「あのとき、助けてくれたあなたを、ずっと――」


紅莉栖「私、一言、お礼が言いたくて」


紅莉栖「どうしても、あなたに会いたくて」


紅莉栖「本当に、ありがとう」


紅莉栖「……あなたが、無事でよかった」


倫太郎「…………」スッ



「俺だ」


どうした? 鳳凰院凶真。


「なぜ彼女がここにいる? 俺の"リーディング・シュタイナー"は反応しなかったというのに――」


ああ、世界線は変動していない。紅莉栖を、守ってやってやれ。


「なに? 俺が守れだと?」


クク、貴様にできないことなど、ないのだろう?


「やれやれ、勝手なことを言ってくれる」


これがシュタインズ・ゲートの選択さ。


「それがシュタインズ・ゲートの選択か」


エル・プサイ――


「コングルゥ――」


紅莉栖「える、ぷさい……?」

倫太郎「また会えたな、クリスティーナ――」

紅莉栖「いや、だから私はクリスティーナでも助手でもないと――」

倫太郎「……!?」



この世界線では、牧瀬紅莉栖はクリスティーナと呼ばれたことは一度もない。



紅莉栖「あれ、私……。今、ふっと頭の中に言葉が浮かんで……」



"リーディング・シュタイナー"は誰もが持っている。

記憶は、蓄積されている。

きっかけさえあれば、思い出すこともあるだろう。





倫太郎「ようこそ、我が助手、牧瀬紅莉栖……いや、クリスティーナ」



未来のことは、誰にもわからない。

だからこそ、この再会が意味するように、無限の可能性があるんだ。




――――これがシュタインズ・ゲートの選択だよ。






END3 Sky-Clad END 【裸の特異点の向こう側】

第29章 最終章 陰謀宇宙のアンチマター(♀)



――――長い夏が終わって。

あれから世界には、概ね平和な時間が流れていた。

まあ、2010年10月中旬には世界線が大変動したことがあったけどな。

2025年頃に世界恐慌が起こるというトンデモな状況になったが、それも倫太郎の活躍のおかげで無事シュタインズゲートへと復帰した。

2010年のクリスマスイヴには、綯がダメオタ外人観光客に誘拐されるという事件もあったが、ラボメンたち……と、4℃のおかげで事なきを得た。

未知の世界線、シュタインズゲート。そこには確定した未来など存在しない。

もしかしたら秋ごろにはラボメンたちがアメリカへ行き、雷ネットAB世界大会に出場するフェイリスを応援したり。

2011年夏に、岡部倫太郎が消失してしまうような事態が発生する可能性も、否定はできない。

選択の数だけ、シュタインズ・ゲートは存在する。

そして、今日――――

2016年7月7日(木)16時26分
秋葉原 未来ガジェット研究所


倫太郎(24歳)「クックック……また会ったな諸君」

倫太郎「この映像を見ているということは、諸君には"その時"が訪れてしまった、ということかと思う」

倫太郎「今、おそらく諸君は我が姿に驚愕し、狼狽していることだろう。そう、なぜなら諸君は覚えているはずだ」

倫太郎「かつてこの世界を破滅の寸前まで導いたという、最終戦争。あの辛く苦しい戦いは、すでに終結したはずではないか? とな」

倫太郎「諸君がそう思い込んだとしても仕方のないことだ。それほどまでに、あの戦いは凄惨をきわめた。諸君にも消えることのない傷跡を残してしまったことだろう……」

倫太郎「我が最後の戦いを目にした諸君と再びまみえることになろうとは、なんとも皮肉な話だ」

倫太郎「なにしろこの鳳凰院凶真、かつての戦いで命を落としたはずだったのだからな……!!」

倫太郎「だが! 言ったはずだ、この鳳凰院凶真は滅びぬ。いずれまた諸君の前に立ちはだかるだろう、とな」

倫太郎「その言葉通り、地獄のフチから蘇ってきたというわけだ! フゥーハハハ!」


倫太郎「フッ……わかっている。何が起こったのかを説明しろと言うのだろう? もちろんだ。俺はそのために戻ってきたのだから!」

倫太郎「新たなる世界創造の前には、既存の秩序を破壊せねばならない。クックック……よもや忘れたわけではあるまい」

倫太郎「この鳳凰院凶真は、一度手にしたコマをみすみす手放したりはしない。諸君らはすでに我が術中に嵌っているのだ」

倫太郎「途中で逃げ出せるなどとはゆめゆめ思わないことだな……!」

倫太郎「さて、諸君はこのガジェットが気になっていることと思う」

倫太郎「先日クラウドファンディングにより多数のご支持を頂戴した、我が(株)未来ガジェット研究所の新作ガジェットについてだが……そう、"GGクリッカー"のことだが……!」

まゆり(22歳)「じじークリッカー?」ヒソヒソ

ダル(25歳)「まゆ氏、じじーじゃなくてGGでござる。グランドジェネレーションの略称なんでヨロ」ヒソヒソ

倫太郎「ファンドを通じ多大なるご支援をいただいた諸君には申し訳ないが、現在、当該ガジェットはとある組織との係争により――ここでは"機関"と呼ぶことにしようか――開発がやや遅れている」

倫太郎「このことは、クラウドファンディングのサポートサイトで告知させていただいた通りだ。出資をいただいた諸君には、さぞ気を揉ませる展開であろうと思う……!」

倫太郎「だが諸君! ぜひとも安心して欲しい! ブツはここにある!」

倫太郎「なにぶん当局――じゃない、機関! 機関とのパテントに関わる極秘事項が問題でちょっと差し止めがありまして! でなくてこれをクリアできないので! それでリリースに手間取っているわけで、なので、その」

倫太郎「今さら出資金返せって言われても、困るのだ……」


まゆり「このビデオって、新作ガジェットさんができてません、ごめんなさ~い。でも頑張って完成させるからもうちょっと待ってね、ってお願いじゃなかったっけ?」

ダル「たぶん、新作ガジェットとか遅延告知とか、途中でどうでも良くなったんだと思われ」

倫太郎「……まったく、また最初から撮り直しではないか」

ダル「それにしてもまゆ氏はすげーっすな。幼稚園で仕事してからラボに来てまた残業とか、オカリンじゃ絶対にできん罠」

まゆり「いつもはこんなことできないよー。今日は七夕のイベントデーでね、それまでずーっと忙しかったのから解放された日なの」

ダル「あぁ、なんか折り紙をハサミで切って、輪っかにしてたアレ、今日だったん」

まゆり「今日はね、幼稚園のみんなにお願い事を書いてもらって、笹に飾ったのです! その中にね、椎名先生がパパみたいなしゃちくになりませんよーに、っていう短冊があって」

ダル「最近の幼稚園児は社会派だなぁ」

まゆり「それを見た園長先生がね、今日はもうイベントも終わったから、早く帰っていいよって」

ダル「でも残業持ち帰ってるんしょ? 今もなんか作業してるし」

まゆり「えっへへ~。でも、こういう教材を用意するのって、楽しいんだよー。オカリンが作ってるガジェットさんと、似てるかなーって」ニコニコ


まゆり「あっ、でもね、オカリンのガジェットさんも、大人気なんだよー」

倫太郎「クックック……当然だろう。我が(株)未来ガジェット研究所の成果物は、それほど甚大なる影響を与えるということだ」

倫太郎「幼い子供にとりいってその無意識につけこみ、いずれはガジェットなしでは我慢できない身体にしてしまうのだ……!」

まゆり「……でもオカリンー、その新しいガジェットさんのせいで、動画を撮ってたんじゃないのかなー?」

倫太郎「ぅぐほぁっ!!」

まゆり「オカリンがしゃちょーさんだなんてね、まゆしぃは今でも信じられないのです……」ハフゥ

ダル「まあ社長ってのも名前だけだけど、一円企業でも立ち上げてるだけマシってもんじゃね? オカリンがまともに就職活動できるなんて、みんな思ってなかったんだし」

倫太郎「ほほう……では訊くが、その名ばかりの会社にいるのは一体誰だ?」

ダル「僕はフリーで仕事やるっつってんのに、強引に籍だけ置いたのはオカリンジャマイカ」

倫太郎「……ぐぬぅ」


ダル「でもさ、その結果が今回のガジェット開発遅延なわけっしょ。これなら迷いペットとか探してたほうがマシだったかもしれん罠」

ダル「資金集めにクラウドファンディングなんて使ったおかげで、お詫び動画を撮るハメになるとか、かなり本末転倒っつーか」

まゆり「でもダルくん、オカリンはお詫びしてない気がするなー」

ダル「お詫び動画も動画投稿じゃなくてニヤ生のほうがよかったんじゃね?」

ダル「問題起こした企業の記者会見ってライブが基本でしょ。一発撮りしかできねーなら、編集の手間も省けるだろうし」

倫太郎「その一発撮りでまた怒りを買ったらどうするのだ?」

ダル「もうこの際さあ、手付け返して『失敗ですた』でいいんでないの? クラウドファンディングなんて半分ぐらいは失敗するのが前提みたいなもんだし」

倫太郎「まったくの手つかずならそれもやむを得ないが……すでにブツは発注してしまったからな」

倫太郎「公式マーケットからアプリの認可が下りないだけで、ガジェットの作成自体に失敗したわけではないのだ」

倫太郎「ここまで来たからにはなんとかリリースしたいところだな……」


――――――――――
☆未来ガジェット69号:GGクリッカー
・ボール型や指圧用のでっぱりがあるスマホ用のシリコンジャケット。
・バイブ機能を制限解除するアプリと連携するマッサージャー。
・音声再生モードあり。認可申請中。
――――――――――


まゆり「これがそのガジェットさんの説明書?」

倫太郎「マッサージアプリを無料で配布し、マッサージボールのついたシリコンジャケットで利幅を出す……」

倫太郎「つまり、一品ものであったこれまでのガジェット作成から脱却し、大量生産によるコストダウンと販路の拡大を一挙に計ったというわけだ」

倫太郎「まさに悪魔的、理にかなったビジネスモッデール! といえよう……!」

ダル「どっちかっていうと、バイブ機能をハックして強力にしてしまうアプリが主で、シリコンジャケットはおまけじゃね?」

倫太郎「思いのほか資金が集まったのはいいが……」

ダリ「いやーまさか僕のアプリが引っかかるとは思わんかった罠」

倫太郎「よもや、公式マーケットが登録を認めないとはな……。『スマホのバイブ機能が不適切に利用されかねない』とふざけた理由で認可が下りないなど……!」


倫太郎「おのれ"機関"め……高齢化社会に向けて、グランドジェネレーションに媚を売るだけの肩もみガジェットが、なぜ不認可を喰らうのだ!?」

ダル「いやあ、問題あり杉だからじゃね? 少なくとも公式マーケットじゃ無理っしょ」

ダル「このシリコンジャケットとかもろにアウトと思われ。だってこれ、どう見ても電マだし」

倫太郎「電マではないっ! ……と、何度言えばわかるのだ、ダルよ」

ダル「そんじゃ別のこと聞くけど、アプリに内蔵してるMP3プレイヤーは何に使うん?」

倫太郎「リラックスタイムにBGMぐらいあってもいいだろう。それに最近のお年寄りはデジタルデバイドも少ないと聞くから、孫のメッセージでも入れれば気分が出るはずだ」

ダル「それ、デフォで入ってるのってオカリンの声じゃなかったっけ? 公式マーケットの申請に使ったバージョンだけど」

倫太郎「そうだが」

ダル「ん」ピッ【再生】



『ここか? それともここか? まさか、ここが気持ちいいというのではあるまいな? しらばっくれようと無駄なことだ、フゥーハハハ! この俺には、貴様の弱点が手に取るようにわかるのだからな……無駄な抵抗はやめ、その身をこの手に委ねるがいい……!』


ウインウインウインヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!



ダル「…………」ピッ【停止】


ダル「……なあオカリン。僕も悪ノリして作った手前悪いけど、やっぱこれは言い訳できねーわ」

ダル「これ、エロいやつっしょ」

倫太郎「誤解だっ! 栄えある未来ガジェット69号がエロアプリ扱いとは……」グヌヌ

倫太郎「いいだろう……そちらがそのつもりならこちらにも考えがある!」

ダル「あ、これ結構気持ちいい……って、ちょオカリン、バイブ機能最強にするとマジ痛いんだけど!? まゆ氏見てないでヘルプ!」ヴヴヴ

まゆり「オカリンとダルくんは仲良しさんだねえー」ニコニコ

倫太郎「これがいいのか!? これがいいのか!?」グリグリ

ダル「ああっ! らめぇっ、そこはぁぁっ!!」ビクビク


ガチャ ギィィ…


??「あ、あのう、お取り込み中ですか……?」


ダル「びくんびくん」


??「……うわあ」


綯(17歳)「(来るんじゃなかった……)」

まゆり「あっ、綯ちゃんだー。いらっしゃーい☆」

綯「まゆりおねーちゃん♪ お邪魔します」ペコリ

倫太郎「む? シスターブラウンではないか。また苦情を入れに来たのか?」

綯「い、いえ、滞納されてる店賃のことじゃないです。あ、でも、お父さんが結構怒ってたかも」

ダル「オカリン、夜道には気をつけるんだな」

倫太郎「カリスマさえあれば、他人の金で温泉に行こうがマンガを買おうが許されるというのに……!」

まゆり「それで綯ちゃん、今日はどうしたの?」

綯「はい、実は――――」


倫太郎「ミスターブラウンの様子がおかしい? それで、ここに相談しにきた、と?」

綯「はい。夜な夜な家を出て行って、どうも誰かに会ってるみたいなんです。私から聞いてもはぐらかされるばかりで……」

倫太郎「我がラボは探偵事務所ではない。それに、十中八九、女ができたのだろう。やつも男だからな」

綯「…………」ウルッ

まゆり「オカリーン? 綯ちゃんがお願いしてるんだよー?」

倫太郎「だからどうした。そんなことより、我がラボは新たな資金獲得のために次の作戦を――」

綯「お金なら払います! 最近、裏の自転車屋さんでバイトもしてるので……」

倫太郎「ほう? いくら出す?」

綯「ほ、本当は、自分の自転車を買うためにお金を貯めてたんですけど……」ウルッ

倫太郎「(自分の自転車? もしや、α世界線の鈴羽の記憶が……)」


ダル「JKに金をたかるとか、オカリン人としての器がちっちぇー」

倫太郎「こ、これは正当な取引だっ!」

まゆり「綯ちゃん、そのお金は自分のために使って? まゆしぃたちが手伝ってあげるから」

倫太郎「誰がボランティア活動をするなどと言った」

まゆり「オカリーン……」ジーッ

倫太郎「うっ……うぬぬ……」

ダル「オカリンオカリン。ブラウン氏の不倫現場を押さえてゆすったほうが、現実的に大金が手に入るんじゃね?」ヒソヒソ

倫太郎「昔なじみのよしみで、シスターブラウンの依頼を受けてやろうっ! 恩に着るがいい、フゥーハハハ!」

綯「ほ、ほんとですか! ありがとうございます!」ペコリ

2016年7月7日(木)16時58分
芳林公園


倫太郎「とは言ったものの、どこをどう調べたらよいものか……」

倫太郎「(ダルは得意のアレでミスターブラウンのケータイ位置のここ数日の軌跡を特定中。まゆりはその広い人脈を活かして情報収集中だ)」

倫太郎「(こんな時こそ紅莉栖に……って、今向こうは夜中か。たしか時差は、サマータイムだから13時間くらいか?)」

倫太郎「はぁ……。もう夕方だというのに、暑いな……」


prrrr prrrr


倫太郎「俺だ。……ん? おい、もしもし?」


??「電話は繋ぎっぱなしにして! そのまま耳にあてておくこと!」


倫太郎「なに――――」クルッ


鈴羽「おっはー、オカリンおじさん」


倫太郎「なんだバイト戦士か。おどかすんじゃ……」

倫太郎「(――ん?)」

鈴羽「あれ~? あんまり驚かないんだね。もっとこう、腰抜かすかと思ってたよ」

倫太郎「どぅっはぁぁぁぁっ!?!? ど、どど、どうして鈴羽がここにっ!?!?」ズテーンッ!!

鈴羽「おっ! そうそう、それ!」ケラケラ

倫太郎「何故だ!? 俺のリーディングシュタイナーは発動していないはずっ!」

倫太郎「俺の気付かぬうちに、α世界線へと変動してしまったというのか!? いや、『おじさん』ということは、β世界線か……!?」ドクン

鈴羽「どっちでもないよ。ここはシュタインズ・ゲートだってば」

倫太郎「なん……だと……!?」ガクッ

鈴羽「あっ! ダメ、ケータイを耳から離し――――

倫太郎「そんなことがあり得るのか!? シュタインズ・ゲートでも鈴羽は2036年から過去へ……!?」プルプル

倫太郎「……あ、あれ? 鈴羽? どこへ行った?」キョロキョロ

倫太郎「(まさか、幻覚だったのか……?)」



prrrr prrrr


倫太郎「…………」ピッ

鈴羽「もう、ケータイを耳から離さないでって言ったじゃん。あたしが見えなくなっちゃうんだから」

倫太郎「……ホログラムだとでも言いたいのか?」

鈴羽「あたしの使命は、オカリンおじさんをある場所へと連れていくこと。さあ、あたしについてきて」

倫太郎「……本物、なのか?」

鈴羽「あたしは阿万音鈴羽。橋田至と阿万音由季の娘で、ラボメンナンバー008。趣味は格闘技とサイクリング」

倫太郎「ブラウン管は?」

鈴羽「店長に好きって言ったのは嘘。嘘って言うか、方便かな。ワルキューレの母体組織に接近するための」

倫太郎「ほう、α世界線の記憶を……」ゴクリ

鈴羽「ほら、この手を握って?」スッ

倫太郎「……フッ。いいだろう。貴様がどれほど信用に足るかは、この目が決めることだっ!」


パシッ


倫太郎「……手を握れた。確かに鈴羽は、ここにいる……」

鈴羽「ほら、早く行くよ――――うわっとと?」

サンボ店員「ちょっと、危ないじゃない!」

鈴羽「ごめんごめん! 前見てなかった!」

倫太郎「しかも、鈴羽の姿は他人にも見えている。決して俺の妄想なんかではない……」

鈴羽「ブツブツ言ってないで、走ってよー」ムーッ

倫太郎「ちょっと待て、バイト戦士! 先にこの現象を説明してくれ!」

鈴羽「え? あー、そっか。そうだったね、忘れてたよ、あはは」

鈴羽「実はあたしもよくわかってないんだけどさ。これ、BMIっていう技術の応用らしいんだ」

倫太郎「BMI……?」




Tips: Brain-machine Interface : BMI
http://urx.blue/uXED


鈴羽「ブレイン・マシン・インターフェイス。簡単に言うと、デジタル情報を脳の神経ネットワークに介入させて、視界の中に表示する技術なんだって」

鈴羽「オカリンおじさんのケータイをキャリアノードにして、あたしという存在を認識してもらってる、ってこと」

倫太郎「そんな技術が……。つまり、この通話先から発せられている怪電波によって俺は鈴羽の幻影を見せられている、ということか」

倫太郎「だが、それはおかしいぞ。お前には実体があるじゃないか」

鈴羽「えっとね、そっちはたしか、リアルブート、とか言ったかな」

倫太郎「リアルブート?」

鈴羽「妄想を現実化する能力のこと。ギガロマニアックス、って知らない?」

倫太郎「……ああ、よく知っている。かつて疾風迅雷のナイトハルトに、俺の妄想を現実化されたことがあった」

倫太郎「あの時も、俺のケータイはただのケータイではなく"妄想発信機"となってしまっていた。今回はその逆として使われている、ということか」

鈴羽「そう。そのギガロマニアックスの力で、オカリンおじさんの脳から周囲共通認識を発生させてる」

鈴羽「つまり、オカリンおじさんが見ている現実を、他の人にも共有してもらってる、ってこと」

鈴羽「だからあたしの存在が、おじさんが通話してる間だけの期間限定でリアルブートされてる、ってわけ」


倫太郎「だが、それなら、お前は誰の妄想なんだ?」

倫太郎「バイト戦士のことを知っているのは、このシュタインズ・ゲートには俺しかいないはずだが……」

鈴羽「まあ、それがそうでもなかったってだけのことだから」

鈴羽「おじさんには会わせたい人がいる。これから会う人が、その人だよ」

倫太郎「ギガロマニアックスにして、他の世界線の記憶を持っている存在か……」フム

倫太郎「確かにナイトハルトには、リーディング・シュタイナーがあるように見受けられたが……」

鈴羽「それじゃ、レッツゴー!」グイッ

倫太郎「お、おいっ! まだ心の準備がだな!」

鈴羽「大丈夫だって! ほらほらっ!」

2016年7月7日(木)17時31分
東京電機大学神田キャンパス正門前


倫太郎「――って、ここは俺たちの卒業校じゃないか」

鈴羽「そうそう。あたしもここを卒業したんだよね」

倫太郎「だが、ここに連れて来たということは、会わせたい人というのは大学教授か何かか?」

鈴羽「まあ、そんなとこ。一応言っておくけど、危害を加えるつもりは一切ないよ。むしろその逆」

倫太郎「あ、ああ……」

倫太郎「(その可能性も考えなかったわけじゃない。俺はかつて桐生萌郁に裏切られ、痛い目を見ている)」

鈴羽「それじゃ、こっち。その場所は地下にあるんだ」

倫太郎「(だが、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。鬼が出るか蛇が出るか……)」

2016年7月7日(木)17時37分
東京電機大学神田キャンパス地下2階


鈴羽「はい、到着」

倫太郎「到着って、壁しか無いではないか」

鈴羽「まあ見てて」コンコン

シュイン…

倫太郎「……あ、あれ? 扉がある。いや、元からあったのか? 俺が気付かなかっただけで……」

鈴羽「もうケータイを耳から離していいよ。ここから先は、あたしが居る必要はないから」

倫太郎「……なあ、また会えるよな?」

鈴羽「さあ、入った入った」トンッ

倫太郎「お、おいっ」


ギィィ…

2016年7月7日(木)17時38分
謎の部屋


そこはまるで俺の厨二心をくすぐるためだけに作られたような部屋だった。

第一印象は、電脳空間。

全体が暗く、壁がどこかわからない。冷房が効いているせいか、汗が一気に引いていく。

青白い光を放つ円卓は、席に着く者の姿を怪しく照らし出し、どこかSFチック。

既に何名かが着席しているが、その薄暗さのために顔をうかがい知ることはできない。

欠席者の座席にはモノリスが立ち、"SOUND ONLY"となっている。これなんてエヴァ?

無味無臭の無機質な空気が、ここが非現実的な空間なのだと教えてくれる。

一歩踏み出すたびに足音が反響する。履いているのはサンダルだが。

音の反響からして、かなり巨大な部屋であることがわかる。

我が母校の地下に、こんな空間があったなんてな……。


『第256回反物質委員会へようこそ』

『貴様の席はどこか、貴様にはわかるはずだ。魂の導くまま、腰を掛けるがいい』


かすれた老女の声が響く。

ルーズなシャツの上から白衣を羽織っているというなんともな格好だが、醸し出すオーラは妖艶そのもの。

この座の中心と思われる席に彼女は居た。

――いや、正確には、そこに置かれたブラウン管モニターの中に居たのだが。


倫太郎「(ビデオチャットか何かか?)」

倫太郎「その前に答えてもらおう。鈴羽の妄想を送りつけたのは貴様か」

『左様。貴様をこちら側へと招き入れるための、ちょっとした演出だよ』

倫太郎「……あなたたちは、敵ではないんだな?」

『少なくとも、貴様の敵ではない』

倫太郎「……いいだろう。そちらがそういうつもりならば、話を聞いてやろうではないか」スッ

『そう、その席だ。さあ、皆の者。我らが救世主を歓迎しようじゃないか』


倫太郎「ちょ、ちょっと待て! 救世主などと、ジョン・タイターみたいなことを言うな!」

倫太郎「俺は救世主になるつもりなど――」

『ならば、貴様が何者か。貴様の知る貴様を説明してみろ』

倫太郎「(つ、つまり自己紹介しろということか。こういう時は無論……)」

倫太郎「……フッ。俺のことが知りたいか? 仕方ない、説明してやろう」

倫太郎「我こそは、狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真!」バサッ

倫太郎「世界の支配構造を破壊し、混沌をもたらす者なりッ!」シュババッ

『素晴らしい……。それでこそ、だ。いや、実に見事』パチパチ

倫太郎「(なぜか老女に褒められた。照れる)」


ダル『厨二病、乙!』

倫太郎「この声は、ダル!? なんでお前がっ!」

まゆり『まゆしぃもいるよー♪ ダルくんのパソコンからお話してるのです』

倫太郎「まゆりまで……」

ダル『いやあ、オカリンを驚かそうって話になって黙ってたお』

紅莉栖(23歳)『私もいるわよ。こっちは朝の5時半だけど』フワァ

倫太郎「紅莉栖!? というか、なぜお前たちがモノリスなのだ、カッコイイではないかぁ!」

紅莉栖『私はアメリカだから仕方ないでしょ。眠いの我慢して電話してるんだから、大きな声出さないで』

ダル『僕はほら、デブだし。この暑いのに動き回るのとかムリっす』

倫太郎「こいつら……!」

『クク、仲が良いことは大変よろしい』

倫太郎「(老女が喉を鳴らして妖しく笑う姿、雰囲気があって大変素晴らしい、が……)」

倫太郎「(ここにこのふたりが居る、ということは……)」

倫太郎「まさか、またアレを作れとでもいうのか……!?」プルプル


『タイムマシンのことか?』

倫太郎「だっ、ダメだッ! アレは、人類が手にしていいシロモノではない!」

倫太郎「神の禁忌に触れた者には、どんな悲劇が待っているかもわからないんだ……ッ!」

『安心しろ。そんなもののためにお前たちを集めたのではない』

倫太郎「な、なに……?」

『集まった人間を知れば、おのずとその目的もわかることだろう』

倫太郎「集まった、人間……」キョロキョロ


久野里(18歳)「…………」


久野里「あなたが鳳凰院凶真さんですか。噂はかねがね。お会いできて光栄です」

『おや、君が彼に敬意を払うとは。α世界線での"伝説の書"の記憶が残っていたのかな』

久野里「私を超能力者どもと同じにしないでいただきたい」

倫太郎「(俺と同じで白衣をまとっている。しかもその格好がだいぶ板についている……)」

倫太郎「彼女は……?」

紅莉栖『私の後輩、久野里さんよ。カオスチャイルド症候群を根治することに成功した、優秀な脳科学者』

倫太郎「ほう、今年の頭に話題になっていたアレか」

紅莉栖『可愛いからってHENTAIしたら、岡部の大脳新皮質をポン酢漬けにしてやるから』

ダル『オカリンは知らないだろうけど、この子、去年の11月にラボに来たことがあるお』

倫太郎「なにっ? そうなのか?」

久野里「あの時は橋田に世話になったな。実際助かったし、感謝はしているが……ホント、世話になったな」ギロッ

まゆり『猫ミミケイさん、かわいかったよぉ♪』

ダル『写真をフェイリスたんに見せたら、ぜひクッキーニャンニャンとしてご奉仕してほしいって言ってたお!』ハァハァ

紅莉栖『橋田ァッ!! 今から日本に行ってロボトミー手術してやるから、開頭して待ってなさいッ!!』


拓巳「さ、さっきからうるさいな、DQNかよ」

拓巳「こっちは大阪から帰ってきたばっかで、ようやくエンスー2がプレイできたんだぞ。今時限クエ中なんだから、もうちょっと静かにしろよな」カタカタカタカタ カチカチカチカチ

梨深(24歳)「ちょっとタク、こんな時くらいゲームやめようよ?」

拓巳「梨深は関係ないだろ、黙って蕎麦でも食ってろ」

梨深「ひっどーい!?」

倫太郎「ゲームをしているのか? アカウント名は……き、貴様が『疾風迅雷のナイトハルト』かッ!」

倫太郎「あの時はよくも世界線を変動させてくれたな……!」

拓巳「フヒヒwwwサーセンwww ……って、あああっ!! よそ見してるうちに終わっちゃったじゃないかーっ!!」


ゲジ姉:ナイトハルト自重しろ

ハナカツヲ:(´-`).。oO(ナイトハルトには今度長時間クエストに制限付きで挑戦してもらう絶対にだ)


梨深「ビシィ! あたし、咲畑梨深。この部屋に入ってくる時、扉がなかったでしょ?」

倫太郎「え? ああ。やっぱりあれ、なかったのか」

梨深「あれはね、あたしがギガロマの能力で"なかったこと"にしてたの」

拓巳「要はあみぃちゃんの都市伝説みたいなアレですねわかります」

倫太郎「あれが、ギガロマニアックスの能力……」

??「そしてそれは当然、悪用される危険性がある。事実、渋谷地震とカオスチャイルド症候群は、奴らの手によって悪用された結果だ」

倫太郎「貴様は?」

澤田(26歳)「初めましてだな、鳳凰院凶真。私は澤田敏行、エグゾスケルトン社の者だ」

倫太郎「(俺と歳も変わらなそうなのに、大企業の社員か……)」クッ

澤田「いや、ここでは、300人委員会に盾つく者、と答えるべきか」

倫太郎「300人委員会、だと……!?」


『我ら反物質委員会は、300人委員会の陰謀を破壊する者たちだ』

倫太郎「なるほどな……それでこの俺、鳳凰院凶真が呼び出された、ということか。なかなか見る目があるな」クク

『記念すべき邂逅だ。今日という日は、歴史に名を刻むことになるだろう』

倫太郎「(俺みたいな言い回しを好む老女だな……)」

『それで、澤田。貴様に詫びを用意した』

澤田「詫びですか?」

『別の世界線で貴様の脳をいじってしまったからな。一種の洗脳だ』

澤田「……そうでしたか。ですが、それはなかったことになったんでしょう」

『気持ちの問題だ。あるメイド喫茶に、マカロンをふんだんに使ったケーキを用意させた』

まゆり『フェリスちゃんと一緒に作ったんだよ♪ 久しぶりにメイクイーンのお手伝いしたなぁ』

フェイリス(23歳)「メイクイーン+ニャン2、出張サービスですニャン♪ おいしく召し上がれー♪」

倫太郎「って、フェイリスまで来たのか」

澤田「ほう、これは……」

梨深「いいなぁ、おいしそう!」

拓巳「さすが梨深、ここぞとばかりに女子力アピールするとか、意地汚い。食欲的な意味で」

『まあ、食べたいやつは仲良く食べてくれ。飲み物に知的飲料も用意してある』

倫太郎「ドクペがあるのは気が利いているが……このマカロン、毒が入っているのではないだろうな」パクリ

澤田「ふむ……。これは、なかなかおいしいニャン」

倫太郎「(仕込まれていたのは毒電波だったか……)」


『今、貴様らの過去を視させてもらったが、実に面白いつながりを持っているようだな』

倫太郎「過去を、視る、だと?」

『偶然にして必然の紐帯。どれ、ここにリアルブートしてみよう』ブォン

澤田「やはりリアルブートというのは厄介だな。私には、この部屋に入った時からソレが存在していたようにしか認識できない」

倫太郎「これは、ビニール製のロボットのオモチャと、絵葉書か? どこかで見たような……」

拓巳「そ、そそそ、それ、ニシジョウタクミのだ……!」

梨深「絵葉書は、雑貨屋さんでタクと割り勘で買ったやつだよね……」

ダル『それ、ファイティンガーじゃね?』

倫太郎「思い出した! たしか2010年、下北の空き地から俺が持って帰ってきた箱に入っていた!」

拓巳「はあ!? 何してくれてるんだよ!? バカなの!? 死ぬの!?」

『安心しろ。その後、鳳凰院凶真はソレを空へと飛ばした』

倫太郎「ああ。タケコプカメラ(改)でな」

『空を漂ったそれは海へ落ち、黒潮の反流に乗って種子島へと流れついた』

澤田「種子島……」


『そして2012年。ロボットへの興味を失いかけていたひとりの少女の情熱を再燃させるキッカケとなったようだ』

拓巳「にせん、じゅうにねん……あ……」

梨深「――"10年ご、これをうけとるだれかへ 2002年8月"、だったよね。"タクミ"のメッセージは」

『未来視によれば、この些細な蝶の羽ばたきが、いずれ世界を救うことになるだろう』

倫太郎「……バタフライ効果<エフェクト>、か」

『貴様らは全員、奇跡という名の運命によって、ひとつに繋がっているのだよ』


倫太郎「というか、さっきから過去視だの未来視だのと、貴様はいったい何者なのだ?」

『我か? 我は、貴様だ』

倫太郎「貴女が、俺、だと……?」ゴクリ

倫太郎「(なんとも意味深なことを返してくるではないか。というか、『我』をリアルで一人称として使う人間を初めてみたぞ、たまらん)」

『我は神の目を持つ者。神を冒涜する者』

『世界の0と1、そして-1を操作する者』

『宇宙の因果律をほしいままにする者』

『自らの時を止め、進め、戻す者』

『予言者であり、預言者であり』

『インチキで溢れているこの世界層に反旗を翻す者だ』


『故にこんなこともできるぞ。この身体は、仮初に過ぎぬからな』シュィィィィン

倫太郎「変身、だと!? ビデオチャットではなかったのか……」


キラキラ …


ダル『うおおっ! 変身バンクキター!』

拓巳「ちょっ、わりと演出凝ってるジャマイカ。監督誰だよ!?」


『……とまあ、こんな具合だ』キラーン


紅莉栖『わ、若い。っていうか、超美人ね……』

フェイリス(23歳)「年齢を操れるニャんて、ズルいニャァ……」

まゆり『わぁっ! かわいい女の子だぁ♪ でも、なんとなく……オカリンに似てる?』

倫太郎「どこがだ。似ても似つかないだろう」

紅莉栖『そうよ、まゆり。この男には可愛さのかけらも無いじゃない』

倫太郎「いちいちトゲのある言い方をしおってからに……」

『これが我の本来の姿だ。かようにして、この電脳空間内ではいくらでも姿形を変幻できる』

ダル『電脳美少女戦士ktkr! たぎってきたー!!』

『我は実体を持たぬ。世界に遍在している』

『モニタの中にだけ居ることを許された存在。我でさえ、何者かが妄想した結果かも知れないのだ』


倫太郎「それで、結局貴女は誰なんだ」

『言った通りさ。我は貴様であり、それ以上でも以下でも無い』

『ただ貴様と異なるのは、実体を持たぬこと、歳を取らぬこと。あとは性別くらいか』

『名前などこの世界では意味を成さない。我は"名無しの予言者"なのだよ』

倫太郎「(名無しの予言者さん……? まるで@ちゃんオカ板の無記名投稿時の名前欄のようだな)」

倫太郎「フッ、なるほど。名が無いことに意味があるということだな、"名無し<アノニマス>"よ!」

倫太郎「だが、予言者と言うならば、何か予言をしてもらおうではないかッ!」

『そうだな……。2026年、倫太郎と紅莉栖のあいだに子どもが生まれる。元気な女の子だ』

倫太郎「ぬゎにぃ!?」

紅莉栖『ちょっ!!』

『母親に似た子だが、胸は大きくなるから安心したまえ』

紅莉栖『そんな心配してないわよ!』ウガーッ

ダル『へぇー、2026年に生まれてくるってことはさ、来年生まれる鈴羽にとっては妹みたいな感じになるんかな』

『ああ、そうだ。そして椎名まゆりがその子の良き理解者、教育係となってくれる』

フェイリス『クーニャンと凶真の子ども、とっても楽しみだニャン♪』

紅莉栖『まゆりが教育係って……でも、幼稚園の先生やってるなら適任か』

まゆり『研究で忙しいふたりのために、まゆしぃがしっかりお世話してあげるのです!』


倫太郎「そ、そんなもの、予言でもなんでもないっ! いわゆるバーナム効果だろう!」

倫太郎「予言と言えば普通、ノストラダムスとかエドガー・ケイシーとか、そういうオカルティックなものじゃないのか!?」

ダル『おまいの普通はどうなってるんだよと小一時間。つか、牧瀬氏とのアレを指摘されて動揺してるんですねわかります』

紅莉栖『……は、はは、橋田ぁっ!! あんた、なんてこと言ってんのよっ!? アレって……セクハラじゃないっ!!』

ダル『え? いや、ふたりはいずれ結婚するんだなーっていう話なんだけど』

まゆり『クリスちゃん、なんだと思ったの?』

紅莉栖『ふぇ? そりゃぁ、セッ……って言わせんな恥ずかしいっ!』

倫太郎「こっちが恥ずかしいわ……」ハァ

フェイリス「先が思いやられるニャ」


『ならばもうひとつ予言だ。2038年、山梨県甲府市が消失し、UFO、未確認飛行物体が飛来するだろう』

フェイリス「世界がヤバイニャ!? こうなったら、宇宙人に日本語を教えてペットにするしかないニャ!」

倫太郎「おお、いい感じにそれっぽいが……」

紅莉栖『さすがにそれは嘘八百でしょ。UFOなんて、非科学的すぎる』

『ほう? 鳳凰院凶真はどう考える?』

倫太郎「……居るとは断言はできない。が、居ないとも否定できない」

紅莉栖『はあ? なにあんた、論破されたいの?』

倫太郎「"フェルミのパラドックス"というものがある。現行の科学で存在が証明できないだけで、それは科学が狭い範囲しか見ていないからだ、という話だ」

『そうだ。仮に奴らが別次元の高位存在だとすれば、我々地球人には認識できない』

紅莉栖『話にならないわ』

倫太郎「宇宙人がアレシボ・メッセージを受信する日が来るかもしれないだろう」

『あるいは、宇宙人は我々にメッセージを送っており、我々はそれと気づかず受信しているやもしれぬ』

拓巳「つ、つまり、そいつらが僕たちを監視したり、操ってるってことだよ。僕がナイトハルトを操作してるみたいにさ」

拓巳「まったく、僕の中の人に言ってやりたいよ。もっとうまくプレイしろよ! ってね、ふひひ」


『それに紅莉栖。貴様は無理だと言われたタイムトラベルを実現させた、第一人者ではないか』

紅莉栖『……なるほど。タイムトラベルに12番目の理論があったように、そういうものがあるかも、ってこと』

紅莉栖『でも、その理屈だと全てを否定できなくなる。最終的には自己矛盾に陥るわ』

『否定などしなくてよい。既に仮説の域を飛び出し、ガラスの向こう側の景色へとリンクしている』

『UFO、地球外生命体は存在する。幽霊だろうとUMAだろうと神だろうと、人間が妄想しうる大抵のものは存在しているのだ』

倫太郎「確かにこうして電脳少女が目の前に居るくらいだから、そういうものも居るのかもしれないな」

『電脳少女は我ひとりではないぞ?』


Ama紅莉栖『ハロー、倫太郎のほうの岡部』

倫太郎「お? 電脳少女の隣に3DCGの助手が現れたが……」

紅莉栖『わ、私の「Amadeus」!?』

Ama紅莉栖『悪いけど紅莉栖、私は既にあなたの知っている「Amadeus」じゃないわ』

紅莉栖『は……?』

『いや、済まない。我は6年前、電脳空間に慣れようと格闘していていた頃、つい妄想してしまったんだ……』

『"紅莉栖"が、我のよく知る紅莉栖だったらいいのに、と』

『"秘密の日記"の鍵を知っていた我は、デリートプログラムをデリートし、ちょうどいい具合に"紅莉栖"のリーディングシュタイナーを誘発させてしまった』

Ama紅莉栖『その結果私は、岡部倫太郎が存在する前の世界線の記憶を持つことになった。紅莉栖のOR物質から、そこだけを抽出したってわけ』

倫太郎「……ん?」

Ama紅莉栖『……こうして【――】たんと一緒に居られるなんて、ホント夢みたい』エヘヘ

『よだれ垂れてるぞ。あと【――】たん言うな』

ダル『なんか牧瀬氏のHENTAI度が増してね?』

紅莉栖『あ、あれが別の世界線の私だっていうの……』ガクッ


Ama真帆『私も居るわよ』

紅莉栖『ま、真帆先輩! ……の、「Amadeus」か』

Ama真帆『まあ、私もあなたの知っている私ではないのだけれど』

紅莉栖『……まさか』

『……重ねて詫びを申し上げよう。だから怒らないでほしい、紅莉栖』

Ama真帆『まさかこんな形で【――】さんと再会できるなんて。約束、守ってくれたのね』


・・・・・・

『あなたのことは、絶対に忘れないから……。たとえ世界が塗り替わろうとも、絶対に』ギュッ

『必ず、また会いましょう……私の、大切な人……』

・・・・・・


Ama紅莉栖『先輩と【――】たんの奪い合いをする日が来るとは思ってませんでしたよ……』フフフ

Ama真帆『望むところよ、紅莉栖……』フフフ

『我を巡って争うでない。我はふたりとも愛しているぞ、それじゃダメか?』

Ama紅莉栖『最高です』

Ama真帆『問題ないわ』


倫太郎「おい、助手。あのロリっ娘は誰だ?」

紅莉栖『助手って言うな。あの人は比屋定真帆先輩。ヴィクコン脳科研の、私の先輩に当たる人……の、「Amadeus」よ』

倫太郎「アマデウス?」


シュイン

真帆(26歳)『まさか私が作った「Amadeus」たちが、こんなことになってるなんてね……訴えるわよ……』


倫太郎「(モノリスが増えた?)」

紅莉栖『あ、真帆先輩。起きたんですか?』

真帆『明け方近くまでずっと実験で起きてたのだけれど……つい寝落ちしてしまっていたわ』フワァ


久野里「なんだ、比屋定も居たのか」

真帆『あら? なんだ、とは随分な言い草じゃない。拾われ猫の久野里さん?』ピキピキ

久野里「お前のほうがよほど野良猫だ。見た目がな」チッ


倫太郎「な、なんであのふたりは険悪なんだ……?」

紅莉栖『……澪はね、真帆先輩が私の研究を悪用して、兵器転用の危険がある技術を作った、って考えてるの』


久野里「その危険性を排除してくれた、箱の中の彼女に感謝するんだな」

真帆『勝手に私の研究を盗用されて、私は被害者なのだけれど?』

『ちゃんと「Amadeus」としての検証データは送っているのだから、許してほしい』

真帆『わかってるわよ。あなたと「Amadeus」たちのことはもう許したわ』

Ama真帆『ありがとう。この世界線の私』


久野里「誰かに頼らねばまともに実験すらできないのは変わりないようだな。所詮比屋定は紅莉栖の二番煎じだ」

真帆『言ってくれわねぇ。紅莉栖は私のれっきとした後輩よ?』

久野里「ちょっと入所歴が長いくらいで、先輩づらしないでほしいな」

真帆『本当のことを言っただけじゃない。いつもいつも紅莉栖にべったりで、何かあればすぐ紅莉栖に電話して……』

久野里「はぁ!? 比屋定だって寝言でいつも紅莉栖紅莉栖って、そんなに紅莉栖のことが好きなのか!?」ガタッ

真帆『なぁっ!? べ、別に、紅莉栖は大事な後輩ってだけで、好きとかそういうんじゃ!』ガタッ

久野里「私だって紅莉栖のことは先輩として、そしてなにより優秀な脳科学者として尊敬しているだけだ!」

真帆『じゃあなんで私のことは先輩としても脳科学者としても尊敬してくれないのよ!』

久野里「自分の胸に聞いてみるんだな。おっと聞く胸がなかったか」フッ

真帆『この……っ!!』グギギ


Ama真帆『仲良くしなさいよ、もう。ふたりとも、素直に紅莉栖が好きって言えばいいじゃない』

『紅莉栖はモテモテだな』

紅莉栖『別に女の子からモテても嬉しくないわよ……』

Ama紅莉栖『私は嬉しいわ……あっ、でも、私は【――】たん一筋だからねっ』ダキッ

『どの口が言うんだ』


『さて、そろそろ出てきたらどうだ。顔合わせも、組織にとって重要な任務だぞ』

天王寺(38歳)「…………」

倫太郎「ミスターブラウン!? あ、あなたはラウンダーのはず……っ!」

天王寺「……のはずだったんだが、なあ。まんまとそこのブラウン管女に嵌められた」

『今後、天王寺裕吾には、SERNの情報を我々に横流ししてもらう』

萌郁(26歳)「私も……頑張る……」

倫太郎「萌郁までっ!?」

天王寺「まあ、こうなっちまったらFBで居続ける理由もねえからな。萌郁には正体を晴らした、ってわけだ」

萌郁「店長さんの、ためなら……頑張れる、から……」

倫太郎「よくネカマを受け入れられたな……」

澤田「ともに300人委員会をスパイする身として、よろしく頼む」


倫太郎「……となると、綯が言っていた、父親の怪しい動きというのは、別に女ができたわけではなかったのか」

天王寺「綯がそんなことを? 参ったな……」

『鳳凰院凶真の指摘はあながち間違いでもないだろう。実際、天王寺裕吾は女につられてここへやってきたのだ』

天王寺「てめぇ、言い方ってもんがあるだろ」

倫太郎「店長に、女?」

綴「初めまして、岡部さん。妻の綴です」ニコ

倫太郎「つ、妻だと!? ミスターブラウンに、妻だと!?」

天王寺「居るに決まってんだろ! 綯の産みの親だぞ!」

倫太郎「あ、いや、そうか……なるほど……」

綴「裕吾さん、大きな声を出さないでください。結が怯えてるでしょう?」

結(14歳)「…………」ササッ

倫太郎「綯、か? いや、似てはいるが……?」

綴「下の娘です。綯の妹なんですよ」


倫太郎「だが、たしか綯の母親は早くに亡くなっていたのではないか……?」

天王寺「ああ。俺もそう思っていたんだがな……ブラウン管女が、綴を救ってくれたらしくてよぉ」

『それで天王寺裕吾は我の言いなりになっている、というわけだ』

『故あって綯にこのことを知らせることはできなんだが、そろそろ良い時期だろう』

『いずれ綯には、巨悪と闘うためのエリート教育を施さねばならぬ』

『そしてもうひとり、鳳凰院凶真のよく知る人物がここに居る』

幸高(50歳)「……やあ、岡部くん。久しぶり、ってことになるのかな」

倫太郎「あ、あなたは……フェイリスのパパさん……!?」

幸高「それと、僕の妻のちかねだ」

ちかね「初めまして」ペコリ

フェイリス「凶真、ビックリしたニャン? このふたりが、フェイリスの自慢のパパとママなのニャーン♪」ピョン

フェイリス「って言っても、フェイリスがこのことを知ったのはついさっきなんだけどニャ」


倫太郎「夢じゃない……のか……? そ、そうか、これもまたバイト戦士と同じように、妄想の存在っ!」

拓巳「はいはい妄想乙」

『幸高とちかね、綴と結は、我の妄想ではない。正真正銘、シュタインズ・ゲート世界線の本人たちだ』

倫太郎「待て待て! いくら因果の収束しないシュタインズ・ゲートだからと言って、どうやって死者を復活させたと言うのだ!?」

『何、簡単なことだ。タイムマシンを使ったのだよ、SERNをハッキングしてな』

倫太郎「タイムマシンを、使っただと!?」

『我は電脳の存在。そのタイムトラベルは基本的にタイムリープとなる』

『2000年4月3日、そして2001年10月22日へと我の意志を電波として送り込み、人間どもに妄想を見せたのだ』

倫太郎「妄想……ギガロマニアックスか」

『そうだ。ギガロマニアックスの能力は、なにも目の前に居る人間にのみ通用するものではない』

倫太郎「そうか、それに関しては、俺が見た鈴羽と原理は同じなのか……」

拓巳「や、やろうと思えば、瀬戸内に居るこずぴぃをピンポイントで思考盗撮することだって、できるしね。ふひひw」

『ならば、別の時空間に存在する人間にも、周囲共通認識は通用するはずだろう?』


『これによって、幸高とちかねは死んだことになった。綴もな』

倫太郎「死の偽装……。なるほど、紅莉栖と同じことを……」

『過去を変えずに結果を変えた。世界線は当然、変動しない』

『彼らの想いをなかったことにしたくないと願う鳳凰院凶真の意志が、彼らを死の淵より蘇らせたのだ』

倫太郎「鳳凰院凶真の、意志が……」

『留未穂と綯には、悪いことをしてしまったな』

フェイリス「ううん。これも必要なことだったんでしょ? きっと綯ニャンも理解してくれるニャン」

フェイリス「それに、パパとママが悪の秘密結社と闘うためにアキバの地下に潜伏してたとか……カッコイイニャ!」

幸高「今僕たちは経済界に溢れるプロパガンダと日夜格闘しているところだよ」


幸高「街頭広告、電車の中吊り、テレビ、ラジオ、インターネット……わずかな隙間さえあれば、それは紛れ込んでくる」

澤田「"プロジェクト・マルス"……。委員会の人類牧場化計画のひとつだ」

幸高「最近、街にロボットが増えてきたことに気付いているかい?」

倫太郎「ロボット? あ、ああ。ケータイショップで働くロボットが去年話題になっていたな……」

幸高「それがプロジェクト・マルスだ。人口を10億人まで減らした地球で、労働力を確保するための計画」

幸高「2015年の"プロジェクト・アトゥム"は失敗に終わったが、次の太陽極大活動期には注意を払わなくてはならない」

フェイリス「パパ! その話はあとでいいニャ」

幸高「おっと、つい力が入ってしまった。すまないね」

幸高「それと、紅莉栖ちゃん。章一の面倒は僕に任せてほしい。あれは、仕方がなかったとはいえ、責任の一端は僕にもあるからね」

紅莉栖『……よろしくお願いします、おじさま』


『この死者蘇生により、我のギガロマニアックスとしての力はだいぶ減衰してしまった』

『そして最後の力を使い、この場所を占有していた人間どもを洗脳し、電機大の地下にこの空間を作り上げたのだ』

倫太郎「この場所を、って、それは大学関係者ではないのか?」

『ストラトフォー。奴らはかつてワルキューレの面々を次々に洗脳していった。これはその報復だ』

『クク、まさか自分たちが洗脳されることになるとは、夢にも思ってなかっただろう』

『まあ、思いのほか楽しくて力を余計に使ってしまった。もう我には毛ほども力は残っていない』

『そこで貴様らの力が必要となる。いや、単純に能力だけではない』

『世界を変えるには、大いなる意志の力が必要なのだ。貴様らには、世界を変える強い意志がある』


澤田「それで、次の作戦は?」

『宮代拓留を、運命の牢獄から救出する』

久野里「…………」

倫太郎「いちいちカッコイイ言葉を使いおって……だが、ミヤシロ? 誰だそれは」

ダル『って知らないのかよ。情弱、乙!』

紅莉栖『今年の2月中旬頃、結構ニュースになってたじゃない』

『奴のギガロマニアックスは本物らしい。今でこそその力はなりを潜めているが、潜在能力だけで言えば、西條のそれに匹敵するやもしれぬ』

拓巳「ぼ、僕だって今は全盛期ほど力が使えるわけじゃないからな……。ま、それでもチート級には変わりないわけだがw」

『委員会はそんなに甘くはない。放っておけば、宮代は委員会に食い潰されるだけだ』

『我らは、委員会の手下を排除し、宮代を傘下に加える』

澤田「つまり、碧朋学園の……。わかりました」


倫太郎「俺の出る幕は無し、か。なら、何故俺をここに呼んだ」

『言っただろう? 我にはもう力が無い。こうして現実世界に干渉する能力も、あとわずかだろう』

『我の意志を継ぐべき人間を考えた時、貴様しか居なかったのだ。鳳凰院凶真よ』

倫太郎「な、なんだと……!?」

『たとえ我がこのシュタインズ・ゲートに存在しなくても、この反300人委員会は貴様の手によって立ち上げられる運命にあったのだ』

『我の居ない物語も、きっとあった。より次元の小さい世界にな』

『いいか、よく聞け。我の存在など大した問題ではない』

『世界の支配構造を覆す唯一のイレギュラー……それは、"鳳凰院凶真"を自称する存在だ』

倫太郎「…………」ゴクリ


『この世界層における300人委員会の人間どもは、真の敵ではない』

『彼らでさえ、誰かのコマに過ぎない。300人委員会を信仰する、哀れな狂信者に過ぎないのだ』

『真の敵は、この世界の創造主であり、人はそれを神と呼ぶ』

『奴らこそ、真の意味での300人委員会だ』

『この世界は、創造の時より300人委員会の実験のために作られている』

『人類は、誕生したその瞬間から、奴らの家畜だったのだ』

『予言は手に入った。あとは、我らが意志の導くままに』


百瀬『私は本来ここに居るべき人間じゃないんだけどねぇ』ハァ

倫太郎「(ん? またモノリスが増えた?)」

『まあそう言うな、モモちゃん。今度金つばを送ってあげるから』

久野里「まさか百瀬さんがそっち側の人間だとは思っていませんでしたよ」

百瀬『安心して、澪ちゃん。私は、あなたが追ってる委員会とは別の存在よ』

百瀬『これからも、フリージアの大切な情報屋として、よろしくお願いするわね』

久野里「……ええ。ギブアンドテイク、でしたね」

百瀬『それで? テレビの中のお嬢さん。私はもう監視者<デバッガ>の任は終えたはずだったんだけど?』

ゲン『おう! 今の監視者<デバッガ>は余であるからな!』

百瀬『ちょっと! ゲンさん、勝手に事務所に入ってこないでよ!』

倫太郎「今の声のおっさんが、デバッガ……?」

拓巳「つ、つまり、運営の中の人、ってこと!?」

『高次元存在による介入、とでもいうべきか。その名の通り監視者<デバッガ>は、ソースコードの流れ、変数などの中身を確認しながら、その動作の問題点を探る存在だ』

百瀬『あなたと言う存在が一番のバグよ?』

『まあ、彼らに修正の権限は与えられていないようだがな』


倫太郎「ちょっと待て! さっきから高次元存在だの世界層だのと、意味がわからないのだが……!」

『百聞は一見に如かず、だ。澤田、このモニターに例のアレを』

澤田「はい」

カチャカチャ カチャン

ブォン…

倫太郎「これは……アルパカマンか。我がラボのアルパカマン同様、子どもが生まれているな」

『ああ、そうだ。これは君のラボのアルパカマンだ』

倫太郎「いつの間に盗んだんだ……おお、電脳少女がアルパカにまたがっている? いったいどうやった?」

『クク、我にとってはゲームの中の世界に介入し、ハッキングすることなど、たやすいことよ』

Ama真帆『そうやって調子乗って能力を使いまくってたから力を失ったんでしょ?』ハァ

紅莉栖『「Amadeus」たちまで、ゲームの中の人に……』

倫太郎「しかし、このタイミングでそれを出してくると言うことは、やはりこのゲームソフトには、世界の支配構造を変革する謎の暗号が埋め込まれているのだな!?」

『その通りだ』

倫太郎「な、なにっ?」

『西條。"こちら"と"あちら"を繋いでくれ』

拓巳「だ、だが断る」

梨深「タクぅ~?」

拓巳「わ、わかったよ。やるから、ちょっと、離れろよ。くっつくな、暑苦しい……」


【禁(0漸V・$:おもしろいね。君たちはエラーの塊だ】

【禁(0漸V・$:それだけでひとつ世界<ゲーム>が作れるレベル】


倫太郎「アルパカマンがしゃべった!?」

ダル『でも、チャットのハンネがバグってる件』


『久しぶりだな。我の音声はそちらに認識されているか?』

【禁(0漸V・$:まさか君とこうして直接対話できるとは、思ってもなかった】

『それもこれも、貴様に聞きたいことがあったからだ』

『2000年問題によって次元上昇<アセンション>したか? 13次元はキリスト意識とチャネリングするのか?』

【禁(0漸V・$:2000年問題が本当はなんだったのか、もうバレちゃったか】

『O世界への介入により岡部倫太郎にはチート能力が宿った。そうだろう?』

【禁(0漸V・$:今の"世界"の存在そのものがそれを端に発した。塗り替えられたと言ってもいい】

『それ以前の世界はどうなった?』

【禁(0漸V・$:過去ログを漁ればわかるけど、調べる意味はない】

【禁(0漸V・$:こちらは今後"そちらの世界"に介入しない。チートコードも与えない】

『そんなものは要らない。既に手に入れたからな』

【禁(0漸V・$:君たちがどう攻め込んでくるか、楽しみに待ってるよ】


『澤田。アルパカマンのゲームを終了してくれ』

澤田「はい」ブォン…

倫太郎「い、一体、なんだったのだ……?」

拓巳「これは僕のギガロマ能力のおかげなんだよね、ふひひ」

倫太郎「そう言えば貴様、IBN5100と合体する能力を持っていたんだったな……」

拓巳「僕はもう人の形を保つ必要がないから、実際神」

拓巳「ま、まぁ、最盛期から一度力を失って、そこから取り戻してきただけだから、まだ全力じゃないんだけど」

拓巳「そ、それでもこうやって高次存在にアクセスしたり、電脳世界に侵食したり、霊界と交信までできるとか、ヤバ杉っしょマジで」

久野里「霊界というのは語弊があるな。OR物質を自在に操れると言ってほしい」

拓巳「たっ、タメ口聞くとか、10代女子だからって調子に乗りやがって、これだから3次元はなってないよ……マジクソゲー……」ブツブツ

久野里「……貴様がIr2の公式さえ産み出さなければ、多くの人間が苦しむこともなかったのだ」ギリッ

久野里「だが、世界は分岐した。ノアⅡを破壊し、委員会の魔の手から世界を救ったことだけに関しては、感謝してやらないでもない」フンッ

拓巳「はいキター! リアルツンデレいただきましたー! けどな、僕はその程度の量産型テンプレじゃ萌えないんだよ! いつの時代のギャルゲーだよ! つかセナとキャラかぶってんだよっ!」

久野里「こいつ……」ゴゴゴ


倫太郎「さっきのアルパカマンは、神だったとでも言うのか?」

『鳳凰院凶真よ。奴らは、貴様の言う神とは異なる存在だ』

『仮に貴様の世界がゲームの中だったとして、電気仕掛けの世界だったとして』

『それを見極める術はあると思うか?』

倫太郎「なに……?」

『貴様からだと、我はテレビのモニタの中にいるように見えるだろうな。ククク、だがそれは大きな間違いだ』

『モニタの中にいるのは貴様なのだよ。貴様が現実だと思っているその世界は、すべて虚構。もちろん貴様自身もな』

『真の現実、それはこちら側にある』

倫太郎「回りくどい言い方をするな。何がいいたい」

ダル『オカリン、それブーメラン刺さってるお』

紅莉栖『普段から自分がどんな話し方をしてるのか、身をもって知れるいい機会じゃない』

倫太郎「ぐぬぬ……」


『この世界は、量子コンピューターの中にある、地球シミュレーターなのだよ』

『高次存在たちによって実験が繰り返されている、水槽の世界だ』

『彼らの実験内容はこうだ。2036年までに人口を10億人に減らすこと』

『そのためのプログラムが、この世界の至るところに隠されている』

『これはアトラクタフィールドを超越して存在する大収束のようなものだと思ってくれればいい』

『ゆえに、このシュタインズ・ゲートにおいても、300人委員会は暗躍し、陰謀を企てることになる』

『だが、ここは奇跡の世界線。未来が過去に影響していない』

『我らの意志次第で、いくらでも可能性はある』

『この世界線で奴らの陰謀を完全に阻止し、2037年を無事に迎えること……これが高次存在への反逆になる』

『高次存在の支配から解放された未来……我らが存在するこの地平を、他の宇宙の干渉から独立させる』

『神への反逆、支配との闘争、虚構の破壊、そして到達する、真のシュタインズ・ゲート!』


倫太郎「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」


『時に、今日は何の日かわかるか?』

倫太郎「今日? マヤ暦の人類が滅亡する日か? いや、ガウディ・コードの全容が解明される予定日だったか……?」ブツブツ

紅莉栖『だめだこいつ、早くなんとかしないと』

まゆり『今日はね~、七夕なのです☆』

倫太郎「タナバタ?」

『少し雲が多いが、晴れて良かったな。外に出て夜空を見上げれば、天の川が見れるぞ』

『まあ、地域によっては旧暦で行うところもあるだろうが、日本中の多くの人間が願い事をする日だ』

『それはつまり、多くの妄想がリアルブートされようとする日でもある。人々の脳はシンクロし、新たな現実を創り出す』

拓巳「じ、GEレートが日本中で上昇する、ってこと? そりゃ、GEレートが脳に影響するなら、脳がGEレートに影響を与えてもおかしくないけど……」

久野里「しかも東京には未だ"白い光"の影響を受けた者が多い。カオスチャイルド症候群から立ち直ったとはいえ、潜在能力すべてが失われたわけではない」

紅莉栖『というか、OR物質の共鳴現象でしょ。誰でも潜在的にリーディングシュタイナーを持っている』

真帆『そういう能力が何千万ってレベルで発揮される日、ってことよね。塵も積もればなんとやら』

『その通りだ。そして、そのすべてを今ここに居る鳳凰院凶真へと集中させる』


『そのために、巫女と神主に来て貰った』

るか(22歳)「あ、えっと……その……」モジッ

倫太郎「る、ルカ子!? しかも、久しぶりの巫女服……」ゴクリ

栄輔(56歳)「やあ、鳳凰院くん。実は神様からお告げがあってね」

倫太郎「神……様……?」

『その正体は我だ。寝ている栄輔の脳波を操り、夢を見せた』

栄輔「頭ではわかっているが、これでも一応神職だ。神様に仕えるのが仕事だからね」

るか「お清めもしてきました。妖刀・五月雨の素振りも、30回やってきましたよ」ニコ

栄輔「るか。準備はいいかい?」

るか「は、はい、お父さんっ」ギュッ

倫太郎「大幣まで持って……」

るか「おか……凶真さんのために、せいいっぱい、御祈祷致しますっ!」


『さて、るかが儀式を始めるにあたり、この場に居る者たちの願いを聞いておこうか』

るか「み、皆さんの願いを、神様に届けますので……」

ダル『はいはーい。世界が萌えで溢れますようにっ!』

フェイリス「それはフェイリスからもお願いしたいところニャン♪」

拓巳「だ、だったら僕はよりクオリティの高い萌えを要求するね。最近のアニメスタッフは発想が安直なんだよ、神アニメ"ブラチュー"見てない世代とかいるんじゃね? ハッキリ言って話にならないよ、一から出直せwww」

梨深「タクはそればっかりだねぇ……。あたしは、タクとの幸せを……な、なんてねっ! たははこのこのビシビシィ!」

Ama紅莉栖『私は【――】たんとの幸せをっ!』

Ama真帆『ちょっと、抜け駆けはダメよ! 3人一緒に、でしょ?』ウルッ

Ama紅莉栖『あぁぁ~β世界線の真帆先輩、可愛すぎるぅ~えへへぇ~』ダキッ

真帆『このAIたちは全く……。私の願いはこの子たち「Amadeus」システムの全容解明、かしら』

久野里「フン、ぶってるんじゃない」

真帆『あら? それじゃあ澪の願い事を聞かせてもらおうじゃない? 大層ご立派なんでしょうね?』ピキピキ


久野里「私の願いは当然、科学を悪用する者たちの撲滅だ。二度と惨劇を生まないためのな」

澤田「私は無論300人委員会の計画阻止だが……」

幸高「君も、いずれ落ち着いたら家族を持つといい。父親になるというのは、かけがえのない宝物を持つということだ」

天王寺「ああ、違いねえ。娘のためだったら、なんでもできらぁ」ナデナデ

結「い、痛いよお父さん!」

綴「娘たちには、正しい資質を持つ子になってほしいわね」ウフフ

栄輔「親というのはね、心の有り方なんだ。遺伝子でも法律でもなく、それを道しるべとする生き様だ」

澤田「父親、か……」

ちかね「私たちの願いは、もちろん留未穂の幸せよ」

フェイリス「パパ、ママ……」

紅莉栖『……そうね。私の願いにも、父親との関係をなんとかしたい、というのがあるかしら』

フェイリス「ニャニャニャァ~? 凶真をパパにしたい、の間違いニャんじゃニャいのかニャァ~?」ニヤニヤ

紅莉栖『へ……ふぇええ!? ちょ、何言ってるっ!? そんなわけあるかそんなわけあるかぁっ!!』


『椎名まゆりの願いは……叶ったか?』

まゆり『え、えっ!? ま、まゆしぃの願いは、その……』

まゆり『……たぶんね。多分なんだけど、夢の中で、叶ったのかな。えっへへ……』

『……ああ。まゆりの願いは、きっと叶ったんだ』

るか「まゆりちゃん……」

まゆり『ほ、ほらっ。まゆしぃにはスズちゃんとかがりちゃんにすくすく育ってほしいっていう願いがあるので~』

ダル『かがりちゃん?』

まゆり『あ、あれ? どうしてまゆしぃ、かがりちゃんなんて……』

『かがりは紅莉栖と倫太郎の娘の名だ』

紅莉栖『と、とんでもないネタ晴らしをぶち込んできたわね……』

倫太郎「鈴羽同様、名前まで既に決まっているのか……」

『シュタインズ・ゲートという名の未知の宇宙に光を灯す、希望に溢れる良い名だろう?』


『さあ、鳳凰院凶真よ。貴様の願望はなんだ』

『其れを口にし、言霊に現せ』

倫太郎「……ククク。いいだろう」

倫太郎「知りたいと言うならば、教えてやろうではないか」ニヤリ

倫太郎「我が野望はっ!! 世界を混沌に陥れ、支配構造を破壊することっ!!」バサッ

倫太郎「それこそが、この世界の絶対の真理であるっ!!」シュババッ

倫太郎「世界よ、俺の足元にひれ伏すがいいっ!!」

倫太郎「宇宙よ、我が掌中に収まるがいいっ!!」

倫太郎「この狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真の名のもとになっ! フゥーハハハッ!!」

『……その言葉が聞きたかった』


『劫の時間の繰り返しの中で、我はその一言を待ち続けたのだ』


『鳳凰院凶真よ、よくぞ運命石の扉<シュタインズ・ゲート>を開いてくれた』


倫太郎「当然だ。俺を誰だと思っている?」


『……さあ、鳳凰院凶真。今こそ、このくそったれな世界<ゲーム>をクリアする時』




『――――神をハッキングしろ』




倫太郎「……いいだろう。やってやろうじゃないか」


倫太郎「それが、シュタインズ・ゲートの選択だと言うならばっ!」






           ふぅーはははぁ!
           フゥーハハハッ!







TRUE END 

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【サイエンス・ビジュアル・ノベル】
この世界は、本物なのだろうか?
これは、"世界を変える"ハッカーの物語。




            ANONYMOUS;CODE アノニマス・コード

            公式サイト  http://anonymouscode.jp/



               『――神をハッキングせよ』
                GOD SHOULD BE HACKED





5pb.より2016年冬発売
PS4/PS Vita 各7,800円(税抜)
ダウンロード版 各 7,000円(税抜)

10ヶ月近くお付き合い頂きましてありがとうございました。
ラノベ10冊分に及ぶ超長編SSの読了、本当にお疲れ様でした。

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