凛「店番しててもアイドルはやってくる」 (33)

※凛「店番と、アイドルと」の続編です。
よろしくお願いします。

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夏休みが明けたばかりだが、それでも照りつける太陽の強さは少しずつ弱まってきてるように感じる。
これから日が落ちるのも早くなり気温も下がって、そうしてあっという間に夏が終わるんだろうな。
ところで花というものは、贈り物として買う人も多い。その場合は見た目の他に花言葉を考慮することがほとんどだ。
恥ずかしくて面と向かって言えない気持ちを、花に託して贈る。
今日も、そんなプレゼント選びの相談者がひとり。そんなある残暑厳しい日のこと。

まゆ「こんにちは、凛ちゃん。まだまだ暑いですねぇ」

凛「いらっしゃい。うん、暑いからとりあえず奥入りなよ」

まゆ「はい、お邪魔します」

凛「それで、今日はどうしたの?」

まゆ「実は凛ちゃんに相談したいことがあって……」

凛「私に?えっと、それは構わないけどいま店番中だから、終わってから喫茶店とかでいいかな?」

まゆ「いえ、いま聞いてほしいんです。いまじゃないと駄目なんです」

凛「そ、そんなに緊急なの!?」

まゆ「あ、そういう意味ではなく……凛ちゃんにお花を選んでほしくて」

凛「あぁ、そういうことか無駄に驚いちゃった……うん、もちろんいいよ」

まゆ「本当ですか、よかったぁ……」

凛「それで、どんな花を探してるの?自分用か、それともプレゼント?」

まゆ「はい。もうすぐまゆの誕生日なので、プロデューサーさんにプレゼントしようかなぁって」

凛「……ん?」

まゆ「どうしましたぁ?」

凛「ごめんまゆ。よくわからなかったから、もう一回言ってもらっていい?」

まゆ「ふふふ、いいですよぉ。もうすぐまゆの誕生日なので、プレデューサーさんにプレゼントを――」

凛「ごめんまゆ!よく聞こえたけどやっぱりわかんない!」

まゆ「?」

凛「いや、そんなキョトンとされても……」

凛「えっと、自分の誕生日にプレゼントを渡すの?」

まゆ「はい。プロデューサーさんは、みなさんの誕生日には欠かさずプレゼントを用意しますよね」

凛「アイドルの人数が人数だから、シュシュとかちょっとしたお菓子とかだけどね。それでも凄いけど」

まゆ「それって、まゆの誕生日にも間違いなくプレゼントがありますよね?」

凛「うん、ここまではわかるよ」

まゆ「つまり、まゆからプロデューサーさんへプレゼントを用意したら、プレゼント交換ができちゃうんです!ふふふ……」

凛「まゆはプレゼント交換がしたいってこと?」

まゆ「いえ、交換ではなくて、まゆがプレゼントを渡せるだけでもいいんですけど」

凛「それならプロデューサーの誕生日とか、もっと言えば別にいつでも渡せばいいんじゃないの?」

まゆ「プロデューサーの誕生日やバレンタインデーはみなさんも渡しますし……何でもない日に贈り物するって、なんだか恥ずかしいじゃないですかぁ……」

凛「普段の態度なら全然渡せそうなのに……そういう所は妙に乙女というか」

まゆ「うふふ、まゆはあの日から運命を信じる乙女ですよぉ」

凛「まぁ理由はこの際いいや。ようはプロデューサーに贈る花を選べばいいんだね」

まゆ「はい。うふふ、よろしくお願いしますね」

凛「ベタな所でバラとか?真っ赤なやつ」

まゆ「バラは素敵ですけど、去年のプロデューサーの誕生日に、桃華ちゃんがこーんなに大きなバラの花束を渡してたんですぅ……なのでバラは避けようかなって思います」

凛「あー、あったねそんなこと……」

まゆ「バラ以外で何かありますかぁ?」

凛「ピンクカーネーションはどう?花言葉は“無垢で深い愛”」

まゆ「悪くないですけど、どうしても母の日ってイメージが……」

凛「そうだね、なら……キキョウ。これもベタに“永遠の愛”」

まゆ「花言葉はいいんですけど、紫色はあまりまゆのイメージじゃないかも……」

凛「じゃあ赤かピンクの花で絞ってみるね……あ、だったらこれとか――」

凛「うーん、どうしよう……」

まゆ「注文が多くてごめんなさい……凛ちゃんを困らせちゃってますね」

凛「花屋はただ売るんじゃなくて、お客さんの本当に欲しい花を見つけるのも仕事だから。気にせずどんどん意見出して」

まゆ「凛ちゃん……ありがとう」

凛「いまのまゆはウチのお客さんで、相談しにきた仲間だからね。私も頑張るから――あ!」

まゆ「どうしました?」

凛「桃華から貰った大量のバラの花束のことなんだけど、ひとつ思い出したことが」

まゆ「思い出した……何をですかぁ?」

凛「プロデューサー、誕生日の翌日に『ウチには花瓶がないから鍋から皿から洗面器まで花瓶代わりにしてるよ』って桃華に話してた気がする」

まゆ「そ、そんな……!」

凛「独身一人暮らしの男性だったら、花瓶持ってないのはまぁ普通だよ……ごめん、そのこと失念してた」

まゆ「そうですよねぇ……ごめんなさい、せっかくここまで考えてくれたのに……」

凛「いや、私こそ力になれなくてごめん……いや待って、だったら――」

まゆ「え、凛ちゃん、どこへ……?」

凛「まゆ、まだ諦めちゃ駄目。花瓶がないなら、鉢にすればいいの」

まゆ「あ、そっか……これ見たことあります。たしか、アイビーでしたか?ホームセンターとかでも売ってましたぁ」

凛「そう。丈夫で成長も早いから観葉植物初心者でも育てやすいよ」

凛「どんどん伸びて蔦が絡まっていくことからウェディングブーケとしても人気で、花言葉は“永遠の愛”“不滅”」

凛「赤い花は咲かせないけど、この蔦がリボンっぽいかな、とも思うし。まゆ、どうかな?」

まゆ「わぁ、素敵……これなら大丈夫……いえ、これがいいです!」

凛「お待たせしました、どうぞ……ラッピングは自分でやるんだよね?」

まゆ「はい、リボンを結ぶのは得意ですから♪」

凛「喜んでくれるといいね」

まゆ「うふふ、凛ちゃんのお墨付きなら間違いないですよ。相談して本当に良かったです。ありがとう、凛ちゃん」



まゆは満足そうな足取りで帰って行った。
ちょっと大変だったけど、彼女にとって本当に欲しい花を見つけることができて、花屋冥利に尽きる、なんてね。
あと、まゆには言わなかったけど、アイビーには“死んでも離れない”なんて花言葉もある。
教えたら、本人の口からプロデューサーに伝わってしまうかもしれない……ここまで重い意味を知ったら、貰う前にちょっと引いちゃうかも知れないし。
夕美にもしっかり釘刺しておかないと。智絵里の時の失敗はもうしないからね。

花屋の朝は早く、夜が明けきる前に始まることも少なくない。
早朝には花市場で仕入れの花を選んで、店舗に戻ったら準備をして……鮮度の良い生花を提供するためには、想像以上に手間と知識が必要になる。
両親が仕入れに出向いている間、私はまだ薄暗い店先で掃除をしていた。ごくたまに、こうして朝の準備も手伝っている。
東の空に太陽が昇り始めているが、今朝の冷え込みはずっと強い。鼻の頭が冷気でピリピリとしていた。
こんな早朝では店の前を通り過ぎる人もまばらで、せいぜい新聞配達の人くらい。
だけど今日はいつもと違った。そんなある冬の日のこと。

悠貴「あっ、おはようございますっ」

真尋「凛ちゃんおはよう!朝から手伝い?偉いねー!」

珠美「本当に凛さんはご立派ですね!珠美も見習わなくては!」

凛「あれ、みんなおはよう。こんな早くからランニング?」

悠貴「はいっ、寒い冬こそ体を温めてから行動しないと怪我の元ですからねっ」

真尋「私は最近寒くて布団から出られなくて、遅刻しそうになることが増えてきてさ……ちょっと気合い入れるために走ってるの」

珠美「たまたま早起きしたら寮を出る前のお二人を見つけたので、自主鍛練のために珠美もご一緒しました!」

凛「……この4人だと悠貴が一番年下なんだよね」

悠貴「え?そうですね、まだ中1ですし……あっ」

珠美「た、珠美のこと見て言いましたよね!ちっちゃくても年上ですよ!」

真尋「そっか。珠美ちゃん、凛ちゃんよりも上の学年だ!」

凛「あ……ごめん。私も見た目で怒ってるとか近寄りがたいって言われることあったからさ、外見や表情だけで印象持たれるの、嫌だよね」

真尋「凛ちゃんは第一印象で損しちゃうタイプだよねー」

悠貴「私も最初は大人っぽくてしっかりしてるイメージを持たれますっ、本当はそんなことないんですけど……」

珠美「悠貴さんは可愛い衣装も増えてきてますし、きっとファンのみなさんも悠貴さんの可愛さ、わかってますよ!でも珠美は……」

真尋「珠美ちゃん?」

珠美「珠美は見ての通り小さいし、中身も子供っぽいとよく言われます。自分では凛々しく大人っぽくを目指しているんですが……いまの自分は好きになれないですね……」

凛「ん……みんな、ちょっと待っててもらっていい?すぐ戻るから」

悠貴「それは大丈夫ですがっ……どうしたんだろう?」

凛「お待たせ。珠美、この鉢を見て」

珠美「え、草だけで何も咲いてませんが……」

真尋「何ていう名前なの?」

凛「名前はスーパーベル。本来は夏の花なんだけど、多年草だから上手に育てれば越冬して来年もまた花を咲かせるよ」

悠貴「スーパーベル、なんだか面白い名前ですねっ」

珠美「でも、なぜこれを珠美に?」

凛「スーパーベルの花言葉は“ありのままの自然な心で”。珠美が小さいことを気にして、かっこいい女性に憧れる気持ちもわかるよ。なりたい自分を持ち続けることっていいことだと思う」

凛「でも……だからって、いまの珠美に魅力がないってことはないよ。いまの珠美もかっこいい部分とか、もうたくさん持ってるんだから」

悠貴「うんっ!珠美さんは珠美さんですよっ!」

真尋「そうだね。だから、あんまり自分を嫌いにならなくてもいいんじゃない?」

凛「理想を追い続けることもかっこいいけど、ありのままの自分を認めることも、かっこいいんじゃないかな」

珠美「みなさん……はい、小さくても珠美は珠美ですよね。それに、これから身長も伸びるかも知れませんし……そう思えば、いまの自分ももう少し好きになれそうです」

凛「ランニング中に引き留めてごめんね。珠美には荷物まで持たせちゃったし」

珠美「いいですよ!大事に育てて、花を咲かせてみせます!」

真尋「咲くころには珠美ちゃんも少しくらい大きくなってるでしょー」

悠貴「真尋さん、いい話でまとまってるんだから茶化さないでくださいっ!」

凛「育て方でわからないことがあったら、いつでも聞いてね」

珠美「はい!ありがとうございました!」



来た時よりもゆったりとした歩調で、3人は走り出した。
こんな時間だからあんまり話できなかったし、またみんなで来てくれないかな。
品種改良や園芸技術の向上により、開花期間が長くなっていたり、通年で手に入ったりといったことが最近は多い。
それでも、自分で育てると成長している間も楽しめる。
なりたい自分という花はまだ咲いていないけど、いまはその小さなつぼみを好きになってくれたらいいな。
遠ざかる後姿を眺めながら少し微笑むと、吐いた息が白く舞い上がり、朝焼けに溶けていった。

春の大型連休後半の昼下がり。穏やかな風が吹いては、あちこちで鯉のぼりが泳いでいる。
連休だけあっていつもよりお客さんも多かったけど、いまは花を見るより食事をする人が多いだろう。いまは店内にお客さんの姿はない。
時間的に、そろそろお母さんが配達から帰ってくるかな。
なんて思ってたら、やってきたのは意外な2人組だった。そんなよく晴れた日のこと。

周子「やっほー、元気してる?」

歌鈴「こんにちは、お邪魔しましゅ……はうぅ、また噛んだ……」

凛「あら、いらっしゃい。何か珍しい組み合わせだね」

周子「寮のラウンジで暇そうに雑誌をめくる歌鈴ちゃんを発見したからさ、捕まえちゃった♪」

歌鈴「えへへ、つかまっちゃいました~」

周子「こないだ実家からお茶葉が届いてさー。でもティータイムには少し早いし、お茶請け買うついでにお散歩中ってわけ」

凛「そっか、もう新茶の時期だもんね。お茶請けはなに買うの?」

歌鈴「具体的にはまだ……ただ、せっかくの一番茶なので、やっぱり和菓子がいいかなって」

周子「でもシューコちゃん、和菓子にはちょっとうるさいよー?」

歌鈴「私の実家も和菓子の頂きものとか多かったので、結構食べてますよ!」

凛「いや、別に対抗しなくてもいいんじゃ……」

歌鈴「お花がいっぱいで癒されますね。四季の花は日本情緒があります!」

周子「お、流石は巫女さん。和風っぽいこと言うねー」

歌鈴「境内の掃き掃除をしてると、季節の移り変わりを感じますね」

凛「……それ、わかるな。私も店の花を見て、歌鈴と同じこと思ってた」

歌鈴「本当ですかっ!わわ、なんか嬉しいような、恥じゅかしいような……」

周子「ふふっ、歌鈴ちゃんってば落ち着いて」

凛「日本は八百万の神様がいるっていうけど、花にまつわる神様もいたりするの?」

歌鈴「そうですね、木花咲耶姫とかでしょうか?」

凛「コノハナサクヤビメ……どこかで聞いたことある、かな」

周子「あ、紗南ちゃんがやってたゲームにそんなのいたかも」

歌鈴「実際の神様の名前が出てくるゲームがあるんですか?」

周子「んーとね、確か神様とか悪魔を召喚して戦ってたよー、詳しくは知らないけど」

凛「スケールの大きいゲームなんだね……コノハナサクヤビメはどんな神様なの?」

歌鈴「日本神話の桜の女神です。炎の中で出産をした神話があるので、火の神や安産・子育ての神ともいわれています」

周子「桜かぁ、あたしはあんまりゆっくり桜を眺めたことないなー」

凛「周子さんの地元って京都でしょ?それこそ桜なんて見飽きてるくらいじゃない?」

周子「その時期って旅行者とか修学旅行生とか、もうぎょーさん来はるわけ。店の手伝いで大忙しだよ」

歌鈴「あぁ、なるほど。私も年末年始はずっとお手伝いなんで、わかります!」

凛「よく考えたら、この3人ってみんな実家の手伝いしてるんだね」

周子「あ、そういえばそうじゃん!意外な共通点発見だねー」

歌鈴「凛ちゃんなんて今まさにお手伝いしてますからね~」

凛「ふふっ、たしかにね。そろそろ親も戻ってくるから、今日はもうすぐ終わりだけど」

周子「そうなの?だったらこれからあたし達と一緒にお茶しようよ。ね、歌鈴ちゃん?」

歌鈴「いいですね!凛ちゃん、どうでしょうか!」

凛「え、私も一緒でいいの?」

周子「モチのロンだってばー。じゃあ凛ちゃんの親御さんが戻ってくるまでに、お茶請け決めちゃいますか」

歌鈴「和菓子なら羊羹、おはぎ、お団子、お煎餅……う~ん、迷いますねぇ」

凛「……あ、そうだ。歌鈴がいいよ」

歌鈴「凛ちゃん?わ、私を指差して、どうかしたんですかっ!?歌鈴がいいって?」

周子「あぁ、そういうことねー。うん、今の季節にもピッタリだし、シューコちゃんもさんせーい!」

歌鈴「ふぇ!?周子ちゃんまで……ななな、なんでしゅかっ!?」

凛「ちょっと考えたらわかるよ?――あ、帰ってきたみたい。じゃあ準備してくるね」

その後、3人で和菓子屋へ向かって目的のものを買ったあと、周子さんの部屋でお茶会が開かれた。
お茶請けの桜餅は、新茶とよく合ったし大正解。
和菓子屋的に桜葉は食べるものなのかとか、アイドルの起源は巫女さんであるとか、そんな他愛もない話に花を咲かせていたらすっかり遅くなっちゃった……え、泊まっていけば?
まぁ明日も休みだから大丈夫だけど……ちょっと電話してみる。



「もしもしお母さん?……うん、まだ寮なんだけど今日は……うん、わかってるよ、ありがと。じゃあ、明日のお昼には帰るね」



今夜は楽しい夜になりそうだ。

他、過去作

李衣菜「女子寮のお風呂が壊れた?」

ほたる「私が不幸だから」

飛鳥「プロデューサーがエナドリの飲みすぎで死んだ」



凛は冷めてるように見えて、誰にでも絡める素敵な子です。
ここまで読んでくださった方に花束を。

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