北条加蓮「藍子と」高森藍子「虹を見に行きましょう!」 (68)

――北条加蓮の家――

<ピンポーン

北条加蓮「はいはいー?」ガチャ

高森藍子「こんにちは、加蓮ちゃんっ♪」

加蓮「藍子? こんにちは……どしたの?」

藍子「今、空いてますか?」

加蓮「うん。オフだし、別に予定もなかったからごろごろしながらスマフォいじってただけだけど」

藍子「よかった。じゃあ、加蓮ちゃん――」


藍子「虹を見に行きましょう!」

加蓮「……はい?」

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――まえがき――

レンアイカフェテラスシリーズ第26話です。今回はお散歩編。
以下の作品の続編です。こちらを読んでいただけると、さらに楽しんでいただける……筈です。

・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」

~中略~

・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「久しぶりに晴れた日のカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「甚雨のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「小雨のカフェで」

※6月の物語ってことにさせてください。ホントは6月30日にここまで投下したかったのです……。ご勘弁をご勘弁を
※あとイベント「Love∞Destiny」よりも前のお話ってことにさせてください。ご勘弁をご勘弁を

――外――

藍子「よかったっ。雨、完全に止んでますね。スマートフォンで天気予報もチェックしました。さっきのは通り雨みたいですよ」

加蓮「ええと、藍子?」

藍子「はいっ」

加蓮「なんだかその……まるで今からどこかに出かけようって感じ――」

藍子「そうですよ。今からお出かけです」

加蓮「でもさ。虹を見に行く……んだよね? 虹なら、ほら」クルッ

加蓮「そこに見えてるよ。ちょっと霞んでるけど」

藍子「ですね。綺麗……雨上がりに見られると、幸せな気持ちになりますよね」

加蓮「分かる分かる。私は久しぶりに見るなぁ。東京でもしっかり見れるんだね。前に地方ロケに行った時にはもっとしっかり見えたけど……やっぱり都会じゃ難しっか。ビルばっかりだもん。しょうがないよね」

加蓮「ってことで、虹を見るなら目標達成だと思うんだけど……これからどうするの? いつものカフェにでも行く? うちでゴロゴロする?」

藍子「違いますよ、加蓮ちゃん。虹を見に行くんです」

加蓮「…………??? いや、虹ならそこに見えてるじゃん」

藍子「もっと見える場所に行くんです。ううん、それを今から一緒に探すんです。もっと綺麗に虹を見られる場所を」

加蓮「ん? ……うん??」

藍子「ここから見る虹だって綺麗ですけれど、もっと綺麗に見える場所がある筈ですから! ほらほら、加蓮ちゃん。行きましょっ」グイ

加蓮「わっ」

藍子「あんまり考えすぎちゃったらお散歩は楽しめませんっ。歩くことが大切なんです。歩いて、いろんなものを見るのがお散歩なんです」

加蓮「ちょ、待、転――って散歩したいってなら最初からそう言えばいいじゃん虹が見たいとか紛らわしいことを言うんじゃなくて、」

藍子「お散歩をしながら、虹を見に行くんですっ」

加蓮「訳が分からないんだけどー!?」

――住宅街――

藍子「あっちの庭、紫陽花が咲いています。玄関には傘が広げておいてあって……梅雨の家、って感じですよね」

加蓮「う、うん」

藍子「あ! あっちの家は、2階の窓が開きっぱなしになっちゃってます。さっきのは通り雨だったから、開けたまま出かけちゃったのかな?」

加蓮「部屋の中が大変なことになってなければいいんだけどね……っていうかさ、藍子」

<にゃー

藍子「猫さんの声っ。あ、いたいた、黒猫さんっ。見てみてっ。加蓮ちゃん、この猫さん、私とお揃いです♪」

加蓮「なんにも説明しないまま人を振り回しまくるところが?」

藍子「ここ、ほらほらっ。指の先がちょこっとだけ濡れちゃってるんです。さっきの雨の時に雨宿りをしてて、でも隠れきれなかったのかな? なんてっ」

加蓮「そ、そう」

藍子「私も、加蓮ちゃんの家に行くまでにちょっとだけ濡れちゃいました」

加蓮「ものすごい雨だったもんね。すぐに止んでよかったよ」

藍子「急に降っちゃったら、猫さんも困っちゃいますよねー?」

<にゃー

藍子「うふふっ」

加蓮「……………………なんかもう……なんか馬鹿馬鹿しくなってきた……」

藍子「そうだっ。加蓮ちゃん、ちょっとお願いしてもいいですか?」

加蓮「ぁー、なにー?」

藍子「写真、撮ってください。私といっしょに。今日は、猫さんと一緒に映りたい気分なんです」

加蓮「はいはい。それなら前に買ってた自撮り棒でも使えばいいのに」ガサゴソ

藍子「忘れちゃったんですか? あれは加蓮ちゃんにプレゼントしたじゃないですか」

加蓮「……あ、そうだったっけ」

藍子「ってことは……もしかして、ぜんぜん使ってない――」

加蓮「あー、えー、いろいろと……ほら、タイミングがね? うん」

藍子「予定変更です! 私が加蓮ちゃんを撮ってあげますっ。加蓮ちゃん、こっちに来てください!」グイ

加蓮「わっ」

<にゃっ

<てててっ

藍子「あ」

加蓮「あ」

藍子「行っちゃった……」

加蓮「……猫は気まぐれだもんね」

藍子「……むー」プクー

加蓮「ふふっ。ドンマイドンマイ」

藍子「むー」プクー

加蓮「……え? 私のせい?」

――商店街・コンビニ――

藍子『猫さんとの写真の分ですっ』


<いらっしゃいませー

加蓮「はー……」

加蓮(ととっ、いけないいけない。アイドルが外で溜息ついてるなんてバレるとか格好悪いしっ)

加蓮(んー、菓子パンでいいかな? クリームパンとチョコパン……よし、クリームパンで)

加蓮(にしても今日の藍子はホント、強引って言うか振り回してくるって言うか)

<110円になりまーす

加蓮(藍子がああいう態度だってことは、何か企んでるのかなぁ。それか、そういう気分だってくらいか)

<ありがとうございましたー

加蓮(んー……んー……?)

加蓮(…………)


藍子『あんまり考えすぎちゃったらお散歩は楽しめませんっ。歩くことが大切なんです。歩いて、いろんなものを見るのがお散歩なんです』


加蓮(……しょーがない。藍子の目論見通りになってあげよっか)

<がー

加蓮(…………)

加蓮(……暑ぅ)

――商店街――

加蓮「ただい――」

<ざわざわ
<ざわざわ

加蓮「うん?」

<やっぱりあれって藍子ちゃんだよな?
<藍子ちゃんってあのゆるふわアイドルの?
<もしかして撮影中!? カメラ回ってる感じ!?
<こっち向いて~

藍子「あ、あの、ええとっ、今はお仕事中じゃなくて……あぅ~~~~」

藍子「……あっ!」ダダッ

藍子「加蓮ちゃんっ、助けてください!」ダキッ

加蓮「え……あっちょっと馬鹿この状況で名前出したら――!」

<加蓮ちゃん?
<おい、あれアイドルの北条加蓮!
<うっそぉ!?
<すげぇ、加蓮ちゃんのプライベートとか初めて見た……

加蓮「」

藍子「……あっ」

加蓮「…………」

藍子「…………」

加蓮「…………よし」ガサゴソ

加蓮「あー、ごほんっ」

加蓮「そこのコンビニ一番のクリームパン! 私も藍子も大好きなんだ! 今日はファンのみんなに感謝ってことで、お一人様だけプレゼント!」

<ざわざわ!?
<ざわざわ!!

加蓮「うーん、じゃあそこのあなたっ。最初に目が合ったよね? はい、加蓮ちゃんのクリームパン、あげる♪」ワタス

加蓮(…………さて)

<へっ? えっあっあっえっへっ!?
<貴様アアアアアアア!
<ころしてでも うばいとる
<な なにをする きさまらー!
<逃がさん!

加蓮「よし!」(藍子の手を取る)

藍子「え? え? え? ……わわわわ!?」(加蓮に手を取られる)

<だだだっ

<あ!
<まだ写真撮ってないのに!
<私も!
<それよりクリームパン! よこせ!
<そこのコンビニにあるって言ってたぞ!
<馬鹿お前加蓮ちゃんが触ったクリームパンってことが重要――

<おい! コンビニ店員! こそっとクリームパンの値札を入れ替えるな! なんで300円になってるんだ!

――路上――

加蓮「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

藍子「はー、はー……ふうっ」

加蓮「も、誰も、いない?」

藍子「大丈夫……みたいです。うぅ、ごめんなさい加蓮ちゃん……それにありがとうございますっ」

加蓮「あ゛ー……暑い、ヤバイ、死ぬ……と、咄嗟に思いついたからやってみただけで……後でモバP(以下「P」)さんに何言われるか……」

藍子「ふうっ……加蓮ちゃん、顔が汗びっしょりですっ」フキフキ

加蓮「みずぅ……」

藍子「はい、どうぞ」スッ

加蓮「ありがと……」ゴクゴク

藍子「……大騒ぎになっちゃいましたけれど、大丈夫でしょうか」

加蓮「ぷはっ。まぁ大丈夫なんじゃない? ……たぶん」

藍子「うーん……」

加蓮「水、ありがと。準備いいね……げほっ。なんで、ただの散歩なのに、ぜー、レッスンよりも疲れないと、げほっ……」

藍子「長くお散歩する予定の時は、いろいろと準備しないといけませんから。でも、気になるお店で飲み物を買うのも楽しいんですよ。……って」

加蓮「ぜー……ぜー……」

藍子「大丈夫ですか? すっごく苦しそう……」

加蓮「だいじょ、ぶ……。ちょっと体力を整えてから……まずはアレだね、散歩の前に、アレ」

藍子「あれ?」

加蓮「変装道具」

――大衆向けアパレルショップ――

加蓮「…………」ウズウズ

藍子「……うずうずしちゃってますよ?」

加蓮「こういうところに来るとどうしても……」

藍子「加蓮ちゃん。変装道具、変装道具っ」

加蓮「はっ。そうそう。変装用だった。よし、めいっぱい私達らしくないのを買い揃えるよ!」

藍子「私は加蓮ちゃんにお任せしちゃいますね」

加蓮「よーし」

加蓮「藍子はサングラスで私は帽子にしとこ。あとはシュシュと花飾りと、あ、どうせだから着替えちゃう?」

藍子「え、選ぶのが早いんですね、加蓮ちゃん」

加蓮「いつもは着て脱いで着て脱いでを繰り返すからね。手にとって悩むより試着する方が早いし」

藍子「なるほどー……」

加蓮「それと今はほら、なんかもたもたしてたらまたアイドルバレしそうだし。サクサクやらなきゃ」

藍子「私が選んだら時間がかかっちゃいそうですね」

加蓮「敢えて藍子らしくないのなら……やっぱショートパンツかな? どうせならダメージデニムまでやってみよっか。はい藍子」ホイッ

藍子「ありがとうございま――無理です! こんな短いの履けませんっ」

加蓮「やっぱ駄目ぇ?」

藍子「こういうのは加蓮ちゃんの方が似合いますよ!」

加蓮「いや、私に似合っちゃ駄目なんだって。変装用なんだから。明らかに藍子らしくないアイテムを選ぶの」

藍子「そうでした……でも、これはいくらなんでも……! うぅ、別のじゃだめ、ですか……?」

加蓮「それなら無難にフレアスカートくらいにしとこっか。私はスカンツに白シャツ。うん、程よく私らしくない」

藍子「あっ」

加蓮「……?」

藍子「……加蓮ちゃん。今買うのは変装用の服で、今だけ着る服なんですよね?」

加蓮「うん、そだけど……え? これでもまだアイドルバレしそうな感じ? もうちょっと何か探してみよっか――」

藍子「ううん、そうじゃなくて。その花柄のスカンツ、今日が終わったら着ないんですよね?」

加蓮「…………」

藍子「…………」

加蓮「……クリームパンは渡しちゃったもんね。しょうがないなぁ」

藍子「!」パア

加蓮「藍子も何かちょーだいよー?」

藍子「じゃあ加蓮ちゃん用に――」

加蓮「こら、今は変装用を探すだけでしょ?」

藍子「そうでしたっ」

――商店街――

加蓮「ぐぬぬー、新作アイスが明日からとか……」

藍子「ドンマイです、加蓮ちゃん。また買いに来ましょうね」

加蓮「売り始めたら3つ買っちゃる。ぜんぶ食べてやる」

藍子「えー、1つくらい分けてくださいよー」グイグイ

加蓮「しょうがないなぁ。でも藍子の食べてるのを見るとそっちも食べたくなっちゃうかも」

藍子「その時は交換ですね。もし私が食べたアイスがすっごく美味しかったら――」

加蓮「さすがに4つ一気に食べたら身体がヤバそうかなぁ」

藍子「冗談ですっ。ちゃんと交換しますから」

加蓮「いーや藍子のことだ。絶対、変に意地を張って一口もくれないに違いない。そーやって私を騙すんだ」

藍子「冗談ですってばっ。加蓮ちゃんこそ、交換って言っても素直に聞いてくれなさそうです!」

加蓮「藍子に頼まれたら素直に応じるよ?」

藍子「……聞きましたからね?」

加蓮「ただし明日の加蓮ちゃんはそのことを忘れてる」

藍子「私が覚えていますから。加蓮ちゃんのことは、ぜんぶ」

加蓮「なにそれこわい」

藍子「…………うーん」(ガラスに映った自分を見る)

加蓮「まだ慣れない?」

藍子「実はちょっぴり。きっと、私じゃ思いつかないコーディネートですし……自分だって思えるまで、もうちょっと時間がかかっちゃいそう」

加蓮「私は案外すぐ慣れたけどなぁ」

藍子「加蓮ちゃんはいつも色々なコーディネートを試してますから。私は……あはは、いつも似たようなものになっちゃいますし」

加蓮「そういえば藍子さ、散歩中にアイドルバレってことないの? さっきみたいに」

藍子「ないことはありませんけれど……さっきみたいに騒ぎになっちゃうのは、滅多にないですね」

加蓮「ないんだー。あっ、あっちのバーガーショップ新作入荷って! ……って、ここも明日からだよもー」

藍子「また明日からなんですね。ドンマイが2回目です、加蓮ちゃん」

加蓮「久々に社会に対して不条理を感じる……」

藍子「1日ずらした方がよかったかも? あ、でも、明日の天気は――……」

加蓮「天気?」

藍子「明日は、1日ずっと晴れだって言っていましたから。それじゃ虹が見れなくなっちゃいます」

加蓮「……そういえばこれ、虹を見に行くんだったよね? もうとっくに見えなくなってるけど?」

藍子「薄暗い曇り空になっちゃいましたね……ほら、加蓮ちゃん。こういう天気だからこそ、明るく行きましょ? 下ばっかり見てても何も見つかりませんよ。ほらほらっ♪」クイクイ

加蓮「はー、しょうがないなぁ」

藍子「次はあっちに行きましょう! 今日からの新作メニューが見つかるといいですね、加蓮ちゃんっ」

加蓮「むしろ見つけてやるー。絶対見つけてやるー」

――商店街――

藍子「この白ワンピース、すっごく可愛い……! 加蓮ちゃん、こういうのはどうですか?」

加蓮「私ー? 私が着てもいいけど、藍子の方が似合いそうじゃない?」

藍子「じゃあ、私が着た後に加蓮ちゃんも着てみてください。ううん、一緒にお揃いにした方がいいかな……?」

加蓮「また覚えておくことが1つ増えたね」

藍子「後で思い出せるように、写真に撮っておこうっと♪」パシャ

加蓮「お、見て見て藍子。クレープの露店販売してる」

藍子「ホントですっ」

加蓮「ちくしょー、今日から発売とかはないか。藍子、何食べ」

藍子「――あっ! あっちのお散歩してるわんちゃんすっごく可愛……」

加蓮「る……」

藍子「あ、え、ええっと、クレープですよね。…………」チラッ

加蓮「…………」

藍子「…………」チラッチラッ

藍子「……クレープの味はいつものカフェみた」

加蓮「はいはい、行ってらっしゃい」

藍子「いに加蓮ちゃんが決めるってことで!? ……へ?」

加蓮「そんなに気になるって顔されてたらね。ほらほら、早く行かないといなくなっちゃうよ?」

藍子「ありがとうございますっ。あ、クレープ、楽しみにしてますね!」

<待ってください~っ。あの、写真、いいですかっ

加蓮「元気だー」

<……え? ち、違いますよ~やだなぁ。そんなに似てますか? あ、あはは

加蓮「まーたバレそうになってるし」



加蓮「はい藍子。ふつーのチョコ味」

藍子「ありがとうございます、加蓮ちゃん。あれ、ちょっぴり意外……加蓮ちゃん、あんまり見ない味のを買ってくるかな? って予想してたのに」

加蓮「残念でしたー。ビターチョコの方がいい?」

藍子「ううん、そっちは加蓮ちゃん用なんですよね。このまま食べちゃいましょう」

加蓮「んー。いただきます」ハムッ

藍子「はむっ」

加蓮「いぇーい大人の味ー。おいしーっ」

藍子「こっちはいっぱい甘くて子どもの味です。加蓮ちゃん、私も大人にしてくださいっ」

加蓮「なぜ含みのありそうな言い方なのか……」

藍子「へ?」

加蓮「はいどーぞ。あーん」

藍子「あむっ。……あぅ、ちょっと口の中が変な感じ……先にお水を飲んでおけばよかったかも……」トリダシ

加蓮「藍子さー、さっきもアイドルバレしそうになってたでしょ」

藍子「ごくごく。ふうっ……見てたんですか? でも大丈夫ですよ。似ているってことで済んじゃいましたから!」

加蓮「ホントにいつもはバレないの? らしくない格好をしててもバレそうになるのに」

藍子「……えへへ」

加蓮「うん?」

藍子「さっきの女の人……実は、私のファンだって言ってくれて」

加蓮「おー」

藍子「に、にやけちゃうのをガマンするのが大変で」

加蓮「確かに、だらしない顔したら一発でバレちゃうもんね」

藍子「私が私に似てるってお話が、ちょっとだけ盛り上がったんですよ」

藍子「…………私が私に似てるって何でしょう?」

加蓮「改めて言うと意味不明だね……ふふっ。それで?」

藍子「私が、あ、私って言っても私に似ている私じゃなくて、私が――」

藍子「加蓮ちゃん助けて……訳が分からなくなってきました……」

加蓮「藍子の言葉が呪文みたいに聞こえてくる……」

藍子「ええとっ、とにかく"高森藍子"がこういう服を着たところを見てみたいって言ってたんですっ」

加蓮「加蓮ちゃん全面バックアップの時が来た!」

藍子「来てないです!」

加蓮「ダメージデニム!」

藍子「だから無理ですってばー!」

加蓮「ファンの要望に応えてこそ?」

藍子「えっ……う、うぅ、でもその、ほら、……ち、ちょっと考えさせてくださいっ」

加蓮「あははっ。加蓮ちゃんプロデュース、いつでも準備できてまーす。藍子ー、そっちのチョコ頂戴っ」

藍子「はい、どうぞ。お水を飲んでから食べてくださいね。じゃないと、口の中がすごいことになっちゃいますから」

加蓮「んー」ゴクゴク

藍子「あーんっ」

加蓮「あむ。……うん、甘い。お水も一口ー」ゴクゴク

藍子「加蓮ちゃんの分も少しくださいっ」アム

加蓮「あむあむ……よしっ。ありがとね。……ちょっと手がべたついちゃったなぁ……トイレでも探し、」

藍子「はい、加蓮ちゃん。そういう時のためにティッシュです」ハイ

加蓮「濡れティッシュまであるんだ。ありがと」フキフキ

藍子「使い終わったらこっちの袋に入れてくださいね」スッ

加蓮「やっぱり準備いいねー。そのまま旅行でも行けそうじゃない?」

藍子「電車に乗って、気になる場所に行くのも楽しいですよ」

加蓮「……お散歩って何だっけ?」

>>27 2行目、一部訂正させてください。顔文字みたいになっちゃった
誤:加蓮「あむ。……うん、甘い。お水も一口ー」ゴクゴク
正:加蓮「あむ。……うん、甘い。お水もひと口ー」ゴクゴク



加蓮「……お散歩って何だっけ?」

藍子「加蓮ちゃんも一緒に――あ、でも、今日はダメです、今日はダメっ。今日は、この辺りをお散歩するんです!」

加蓮「そういうのって決めてるんだ」

藍子「実は、それには理由があって。……ふふっ、後で教えてあげますね」

加蓮「気になる」

藍子「ほらほら、加蓮ちゃん、次はこっちです」グイグイ

加蓮「気になるー!」

――駅前――

藍子「ここのベンチってよく待ち合わせに使われているんですよ。親子連れとか、友達同士とか、カップルとか。待っている人が来た時って、すっごく嬉しいですよね♪」

加蓮「分かる分かる。姿が見えた時とかちょっとドキっとしちゃうよね」

藍子「加蓮ちゃんもですか? じゃあ今度、カフェについた時、加蓮ちゃんがどんな顔しているかしっかり見ることにしちゃいますねっ」

加蓮「藍子を見た時の顔かぁ。どんな顔してるんだろ。……間抜けな顔してたらいっそ大笑いしてね?」

藍子「しませんよ~。あ、そうだ! 加蓮ちゃん、ちょっと撮ってみたい写真があるんです。いいですか?」

加蓮「いいですかって好きに撮ればいいんじゃ、あー、私?」

藍子「はいっ。まずは、そこのベンチに座ってください」

加蓮「うん」スワル

藍子「えいっ」パシャ

藍子「うーん……自然体もいいですけれど、もっと工夫をしたら素敵な画になりそうかも? 加蓮ちゃん、もうちょっとだけっ」

加蓮「はいはい、とことん付き合いますよーっと」

藍子「手は膝の上で、ちょっと俯いて……」パシャ

藍子「ううん、顔を上げてから……」パシャ

藍子「やっぱり俯いてっ」パシャ

藍子「楽しそうな顔で1枚……」パシャ

藍子「あとっ、ちょっぴり不安そうな顔ってできますか? そうそう、そんな感じですっ」パシャ

藍子「……あはっ、やっぱり自然なままの加蓮ちゃんが一番ですね」パシャ

藍子「ううん、嬉しそうな加蓮ちゃんの方が……」パシャ

藍子「でも、加蓮ちゃんのこういう表情もすっごく綺麗で、大人っぽくて……」パシャ

加蓮「…………何枚撮る気? ねえ何枚撮る気? おーい? 藍子さーん?」

藍子「こっちの方から撮った方が可愛く見えるかも? えいっ」パシャ

加蓮「おおーい? アイドルからカメラマンに転職表明? Pさんに相談? ワイドショー? トップニュース? おーい……」

――商店街――

藍子「うう~ん…………」ポチポチ

加蓮「こうしてベンチに座っているのも、悪くはないんだね……。いろんな人が行き交いしてる。ふふっ、こんなにぼーっと眺めることなんてないから、ちょっと新鮮かもっ」

藍子「うう~~ん…………」ポチポチ

加蓮「でも急に立ち止まると暑くなっちゃうなぁ。汗もかいてきたし……はー。相変わらず体力ないなぁ、もう」フキフキ

藍子「うう~~~~ん…………」ポチポチ

加蓮「……で? ところ構わず写真を撮りまくったら容量がヤバくなった元アイドル現カメラマンの高森藍子さん」

藍子「い、今もアイドルですっ」

加蓮「残す写真は決まった?」

藍子「それが、どれだけ悩んでも決まらなくて……1回、家に帰った方が……でもそうすると、お散歩する時間が――」

加蓮「……? 時間?」

藍子「うぅ……分かりましたっ。しばらく写真はガマンします!」

加蓮「最近流行りの決意が5秒で流されるヤツかな?」

藍子「……あっ! あっちのショーケースのクッキー、美味しそう……! 写真に――」

加蓮「5秒も保たなかったかー」

藍子「あっ。あ、あと1枚くらいなら……でも……加蓮ちゃんっ」

加蓮「はい」スマフォトリダシ

藍子「……へっ? い、いいんですか?」

加蓮「いいも何も藍子だってそれ言おうとしたんでしょ? 私の方は容量たっぷりだし、あとで写真は藍子に送ってあげるから。あー、1枚1枚送ると面倒かなぁ……」

藍子「じゃあ、今度私の家に来てください。私、撮った写真は現像してアルバムに入れたり、パソコンに保存したりしているんですよ。加蓮ちゃんの写真もそうさせてくださいっ」

加蓮「はーい」

藍子「お散歩、再開です!」

――歩き出してから――

藍子「……あっ」

加蓮「ん?」

藍子「よく考えてみれば、お店で使い捨てのカメラを買えば良かったのかも……」

加蓮「あははっ、それもそうだね。ま、いいよいいよ。お金だってかかっちゃうし、それなら私のスマフォを使いなって」

藍子「……はいっ♪」

――洋菓子店――

藍子「チョコチップクッキーと、あとプレーンクッキーで!」

――大通り――

藍子「~~~♪」サクサク

加蓮「藍子さ、気なんて遣ってくれなくていいんだよ? いいんだってば。ホント」ハムッ

藍子「ふふっ。加蓮ちゃんだって私に優しくしてくれますから。お返しってことにさせてください!」

加蓮「いいんだってばホントにもー……。あ、これ美味しい」

藍子「ラッキーでしたね。美味しいクッキーが見つけられて」

加蓮「ラッキークッキー」

藍子「ラッキークッキー?」

加蓮「ラッキークッキー」

藍子「ラッキークッキーラッキークッキー……」

加蓮「ラッキークッキー♪ 見つけたよ小さな幸せ♪ ラッキークッキー♪ …………み、見つけたよ小さな幸せ」

藍子「LuckyCookie♪ あなたにも教えてあげたいな♪」

加蓮「お? いけそうっ。ラッキークッキー♪ 見つけたよ小さな幸せ♪ ラッキークッキー♪ あなたにも教えてあげたいな♪」

藍子「とっても可愛い歌になりそうですねっ」

加蓮「あのアイドル北条加蓮が初の作詞作曲! 相方はクリームパン騒動以来、仲良しと噂されるゆるふわアイドル!」

藍子「CDが発売されて、テレビでいっぱい流れて。加蓮ちゃんと一緒にステージに立ちたいな……」

加蓮「ラッキークッキー♪」

藍子「LuckyCookie♪」

加蓮「散歩の醍醐味が1つ分かった気がする」ハムッ

藍子「…………♪」

藍子「加蓮ちゃん加蓮ちゃんっ」タタッ

加蓮「?」ハムッ

藍子「えい!」パシャ

藍子「美味しいクッキーを食べて幸せな顔の加蓮ちゃん、ゲットです♪」

加蓮「…………」サクッ

加蓮「……写真が『散歩で見つけた物』から『散歩している加蓮ちゃん』ばっかりになってきてない?」

藍子「それもまた、お散歩ですっ」

加蓮「なんでもありじゃん!」

藍子「私、1人でお散歩することがほとんどですけれど……一緒になってくれる人がいる時は、その人の写真をたくさん撮るようにしているんですよ。お散歩を楽しそうにしている顔は、私にとって宝物です」

藍子「それに、後から写真を見せたら、また一緒にお散歩したいって言ってくれることもあって!」

加蓮「後から思い出話に盛り上がるところまで含めて?」

藍子「お散歩です!」

加蓮「お散歩マスター!」

藍子「えへへ」

加蓮「あ、それならさ。私が藍子を撮っても問題ないよね? クッキー食べてアホそ……幸せそーにしている藍子を撮るのもアリなんだよね?」

藍子「今、ひどいこと言おうとしてませんでしたか?」

加蓮「言ってないからセーフセーフ。ノーカンノーカン」

藍子「むー」

加蓮「ちょっとスマフォ返してねー。はい藍子、どーぞ」

藍子「……そ、そんなに待ち構えられちゃうと緊張しちゃいます」

加蓮「じゃ私が後押ししてあげよっか。1枚貸してね。はい、あーん」

藍子「あーん……~~~♪」

加蓮「えい」パシャ

加蓮「うん、幸せそーにしてる」

藍子「後から見返す時に照れちゃいそう……」

加蓮「じゃあ慣れる為にもう1枚行っとこうか。私も隣に並んで、一緒に……えいっ」パシャ

藍子「♪」

加蓮「いい1枚っ。この藍子の笑顔、ファンのみんなにも見せてあげたいなぁ」

藍子「加蓮ちゃんだって!」

加蓮「どうせだからツイッターにのせ……たらちょっとエライことになりそうかなぁ。さっきの騒動もあったし」

藍子「変装してることもバレてしまいますね。じゃあ、この写真は今度のお散歩コラムの時に使うってことにしましょう」

加蓮「藍子に任せたっ」

――大通り――

藍子「加蓮ちゃん。Pさんからメッセージが届いてますよ」スマフォワタス

加蓮「んー?」スマフォウケトル

加蓮「……ああ、クリームパンの件がツイッターで騒動になってるっぽい。今、ハッシュタグ『加蓮ちゃんと藍子ちゃんを探そう!』がわらわら出てきてるんだってさ」

藍子「え? ……ええっ」

加蓮「そしてあのコンビニに押し寄せるファン多数、嬉しい悲鳴だって。……ハッシュタグ『加蓮ちゃんのクリームパン』? ああ、トラックに積んでるのを撮影してアップしてる人がいる。しーらないっと」

藍子「うくっ……な、なんですかそれっ」

加蓮「Pさんは……怒りながら喜んでるよ。これ、次に会ったら間違えなく小言だね」

藍子「怒りながら喜ぶなんて不思議ですね」

加蓮「はいスマフォ」ワタス

藍子「はいっ」ウケトル

加蓮「……アイドルだなぁ」

藍子「アイドルですか?」

加蓮「アイドルです。もうずっと前から。なのに今日はなんか違うっていうか……きっと藍子がいるからだね。藍子もアイドルだけど」

藍子「オフだけれど、私もアイドルです。きっと加蓮ちゃんがいるからですね。加蓮ちゃんもアイドルですから」

加蓮「……さて、そんなアイドルにもプライベートは必要な訳で」

藍子「変装、もっとやっちゃいましょうか?」

加蓮「女子しか入れそうにないアパレルショップを目指――駄目だ、女子のファンに囲まれるオチが簡単に想像できる」

藍子「どこかのお店に入って、ゆっくりするのもいいかもっ」

加蓮「んー、それはやだなぁ。今日は藍子の散歩にとことん付き合うって決めてるんだ。どこかでゆっくりするのは、ほら、いつもできることでしょ?」

藍子「それなら、あまり人がいない方に行ってみましょうか」

加蓮「そうしよっか。それまでバレたら……それまでだってことで」

藍子「バレないことを祈って、」

加蓮「てきとーに歩いていこー」

藍子「おーっ♪」

――商店街――

藍子「このマカロンとっても美味しそうです♪ 加蓮ちゃん、列に並んでみませんか?」

加蓮「……あっれぇ? 人の少ない方向に歩いていくって話……?」

藍子「あっ……で、でもすっごく美味しそうなんですっ。前に食べ歩き番組でも紹介してて、いつか食べたいなって思ってて。ほら、歌鈴ちゃんが出てた番組の!」

加蓮「そういえばそうだっけ? ……」ジー

藍子「あの時の歌鈴ちゃん、ほっぺたが落ちるって顔で、すっごくほんわかとした笑顔で…………加蓮ちゃん? 気になっちゃいましたか?」

加蓮「はっ。……別に、あのドジっ娘巫女は何食べても平和ボケな顔しか見せないしこのお店が特別って訳じゃないだろうし」

藍子「その後、歌鈴ちゃんはこのお店の店主さんにお礼を言われたそうですよ。あの時の美味しさが忘れられなくて、プライベートでもう1度行った時にって」

加蓮「…………」

藍子「……あの、加蓮ちゃん。なんだかいつもより意地っ張りになっちゃってません? 歌鈴ちゃんのお話になった途端に……」

加蓮「ど、ドジ巫女め。むしろド地味子め」

藍子「えい」ベチ

加蓮「ぎゃ」イタイ

藍子「もうっ。じゃあ、私が並びたいから勝手に並んじゃいます。でも加蓮ちゃんの笑顔を"私が"見たいので2人分買っちゃいますね」

加蓮「そこ強調する?」

藍子「"私が"見たいんですから」

加蓮「ぬー」

――(数十分後)――

加蓮「……ぎ、行列、もう1回並ぶのってナシ?」

藍子「どうぞ♪」ニコニコ

加蓮「……………………」グニグニ

藍子「いひゃいいひゃい」

――事務所前通り――

加蓮「あれ? あ、こっちの道ってここに繋がってたんだ」

藍子「そうなんですよ。実は、こんなに近くに駄菓子屋さんがあったんです! 私も、見つけたのはつい最近で」

加蓮「道理で最近の藍子は駄菓子ばっかり持ってきてたんだね」

藍子「お店のおばあちゃん、すぐに私の顔を覚えてくれたんですよ。裁縫と絵がとっても上手い方で、看板も手作りだって」

加蓮「ホントのお祖母ちゃんと孫って感じだったね」

藍子「最近、病院から退院できて、久しぶりにお店を開いたって――……って、あっ」

加蓮「そっか。それなら通院した時に見てたかもしれないね、あのおばあちゃん」

加蓮「……そして藍子。別に私はそこまでデリケートでもないし爆発ばっかり起きる地雷女でもないから。そこで俯かないの」

藍子「つ、つい。そうですよね、はいっ」

加蓮「最近は藍子も地雷原に突っ込んで来なくなったもん。たまには大爆発を起こしてみるのも悪くないのに」

藍子「そんなの起こさない方がいいに決まってます……」

加蓮「あはは、やっぱり?」

藍子「……それに、加蓮ちゃん。梅雨に入ってから……暗い顔をすること、あのカフェで……増えて来ちゃってるから」

加蓮「……梅雨と雨はね、どうしても。嫌な思い出があるって訳でもないんだけどさ……なんだかなぁ、って感じで」

藍子「だから私、加蓮ちゃんに――」

<ぽつっ

藍子「あ」

加蓮「あっ」

<ぽつっ、ぽつぽつぽつぽつ

加蓮「降って来た……!」

藍子「じゃあもしかして今ってもうそんな時間――」

加蓮「時間? ……とにかくどこかで雨宿りっ、そうだ、事務所!」

藍子「だ、ダッシュです加蓮ちゃん!」

――事務所――

<ばたん!

加蓮「せえええええええーっふ!」

藍子「はぁ、はぁ、こ、こんにちはっ。ちょっと雨宿りをさせてください!」

…………。

藍子「あれ?」

加蓮「みんな出払ってるのかな? Pさんもいない……あれ? おっかしーな、今日は事務所にいる筈なんだけど」

藍子「急用ができちゃったのかもしれませんね」

加蓮「鍵はかかってたよね。どうだろ、すぐ戻ってくるなら待ちたいけど……とりあえず雨宿りだね」

藍子「ですねっ」

<ザーーーーーー

加蓮「…………」

藍子「…………」

加蓮「…………疲れたぁ」

加蓮「いっぱい歩いて、色んなもの食べて。やっぱり体力はないし、湿度はひどいし。疲れちゃった」

加蓮「それにさー。藍子があちこち振り回すんだもん。疲れたよーもー」

藍子「ごめんなさいっ。加蓮ちゃんといろんなところに行くのが楽しくて……でも、加蓮ちゃんもとっても楽しそうでした」

加蓮「うん。楽しかった」

藍子「よかったっ」

加蓮「ふふっ。膝貸してー」

藍子「はい、どうぞ」スッ

加蓮「ん。さんきゅ」ゴロン

加蓮「…………」

藍子「…………」

加蓮「……久しぶりかも。ここからこうして藍子を見るのは」

藍子「久しぶりですね。こうやって加蓮ちゃんを見るのは」

加蓮「ちゃんと可愛い顔できてる?」

藍子「今は……少しだけ、暗い顔になっちゃってます」

加蓮「うん、そうだと思う」

藍子「…………」ナデナデ

加蓮「…………」ナデラレ

加蓮「……雨って何なんだろうね」

加蓮「さっきまで、散歩がすごく楽しくてさ。藍子が何やっても楽しそうで、振り回されるのもいいなぁって思ってて……いいところで邪魔をしてくるし。邪魔ばっかりするのに、いいことなんて何もないし……」

藍子「…………」ナデナデ

加蓮「……ととと。ネガティブになっちゃダメだよね。うん、雨のお陰で藍子に膝枕をしてもらえてる!」

加蓮「…………」

加蓮「…………ちょっと無理があるなぁ」

藍子「…………」ナデナデ

藍子「…………」ギュ

加蓮「んー?」

藍子「ゆっくり、ここでお休みしましょう。嫌な気持ちがなくなって、加蓮ちゃんの心が軽くなるまで」

加蓮「ん……」

――1時間ほど経ってから――

加蓮「雨は止んだ……のかな? さっきまでザーザー降りだったのにもう晴れてるし」

加蓮「どうする? これからまたブラつくのは……正直ちょっとダルいし気乗りしないし。ここでのんびりする? それとももう帰っちゃおっか」

藍子「…………」

加蓮「藍子?」

藍子「……ねえ、加蓮ちゃん。今日、私が最初に言ったこと……覚えていますか?」

加蓮「藍子が最初に言ったこと? ……こんにちは?」

藍子「あはは、そうじゃなくて……ふふっ♪ それもそうですね!」

加蓮「む。そこはかとなくバカにされてる気がする」

藍子「じゃあ、いちばん最初の目的、覚えていますか?」

加蓮「虹を見に行く、だっけ」

藍子「虹を見に"行く"んです。虹を"見る"だけじゃなくて」

加蓮「……それは何が違うの?」

藍子「さ、加蓮ちゃん、行きましょう」スッ

加蓮「藍子……?」


藍子「加蓮ちゃん」

藍子「あなたは私に、梅雨の楽しい思い出をいっぱい教えてほしいって言いました」

藍子「……嫌いなものぜんぶ、好きになれとは言いません。私も加蓮ちゃんも、苦手な物、いっぱいあると思います」

藍子「でも、それだけで済ませちゃうのは――寂しいままで終わらせちゃうのは、嫌なんです」

藍子「加蓮ちゃん。一緒に作りましょう。梅雨の、楽しい思い出を」

――事務所の屋上――

加蓮「…………これ……」

藍子「よかった……!」


屋上から見る、大雨が嘘のような青空。そこには視界の端から端までを繋ぐ程の、大きな大きな虹がかかっていた。
灰色に霞んだ部分なんてない。どんなに上手く絵に描いても敵わない光景に、しばらく言葉を無くしていた。

加蓮「すごい…………。随分……都会の虹でも……ここだからかな? それとも、偶然……?」

藍子「偶然と必然です。あのね、加蓮ちゃん……私、何日か前にここで同じように虹を見たんです。その時もすごく綺麗でした。写真を撮り忘れるくらいに……」

加蓮「藍子がそう言うなら相当だね……でも、うん、分かる。これは……いろんなことを、忘れちゃうよ」

藍子「だから私、加蓮ちゃんに見せてあげたかった……私が教えてあげるだけじゃなくて、加蓮ちゃんと一緒に、ここでまた見たかったんです」

加蓮「……まさか藍子、時間とか天気とか――そっか、今日は電車に乗らないで散歩って言ってたのって……」

藍子「はいっ。しっかり調べました。今日の雨のこと、虹が見られるような天気になってくれるかどうか」

加蓮「そっか……」

ふと藍子の横顔を見た。目の中のキラキラと、どこかほっとした顔。
藍子が私の方を見た。くすり、と微笑んだ。
……あったかい。
梅雨のジメジメも、雨上がりの淀んだ空気も、ぜんぶ上塗りされていく。


加蓮「なんだ。虹を綺麗に見られる場所探しなんて、最初からしなくてよかったんじゃん」

藍子「そんなことないですよ。加蓮ちゃんと一緒なら、もっと綺麗に見られる場所を見つけられるかもしれないじゃないですか」

加蓮「……そか」

藍子「やっぱり、私はここから見える虹が大好きです。でも、加蓮ちゃんと歩きまわった時間もとっても楽しかったです! 今日はほら、それだけで幸せな1日ですっ」


空きっぱなしの口から空気が入り込んだ。古びたアスファルトの匂いが脳裏へ届く。嫌だとはちっとも思わない。
きっと、きっとまたこの空気を吸い込む度に思い出せるのだろう。輝く7色と、見せてくれた少女のぬくもりを。

藍子「加蓮ちゃん」

加蓮「うん」

藍子「嫌いなものぜんぶ、好きになれとは言いません。苦手な物をすぐに克服するのは、すごく難しいことです」

藍子「でも、ほんの少しだけ……小さな隙間だけでいいので、覚えていてください」

藍子「あなたと私の、幸せな思い出を」


藍子が小走りに駆けて、私の前で両手を広げた。
雨の花を一斉に満開にしたような笑顔を見た時、1度だけ複雑な気持ちになった。
そこにある幸せが――誰かの幸せが、私から遠い場所にある感覚を思い出してしまって。
目が合った。
藍子は、私と一緒だから笑っているのだと、気づいて。
心に残る黒いものがするすると抜けていく。

足元がすごく軽くなった。無意識のうちに、思いっきり、ぎゅーっ、と藍子へ抱きついて、そこにある暖かさに頬が緩む。


加蓮「ありがとっ、藍子! ……忘れないよ。ずっと覚えてる。藍子と一緒に虹を見たこと!」

藍子「……ふふっ♪ 私も、ずっと覚えていますね。加蓮ちゃんの、今日の笑顔を!」



梅雨は過ぎ去って、夏が来る。
パステルカラーの思い出を、また1つずつ作っていこう。
いつも正面から私を見てくれる、たいせつな人と一緒に――

――後日・おしゃれなカフェ――

藍子「こんにちは、加蓮ちゃん。お待たせしましたっ」

加蓮「……こんにちは、藍子」ベチョ

藍子「またへばっちゃってる……。今日はどうしたんですか?」

加蓮「やー……あのさ……虹が綺麗でも、梅雨がウザいことに代わりはなくて……ジメジメが、髪が大爆発で……梅雨はまだ終わらないのかー!」

藍子「もー、まだそんなこと言うんですか」

加蓮「だってウザいものはウザいもん……」

藍子「……はいこれ。この前の加蓮ちゃんの、とっても素敵な笑顔です♪」

加蓮「やめろー見せるなー見せないでー恥ずかしいー」ツップセ

藍子「じゃあ今日は、思いっきり涼しい物を食べちゃいましょう。すみませーんっ」

加蓮「んぅ……今度は私がそうめんにしよ。藍子は何食べる?」

藍子「そういえば、6月限定の『紫陽花傘のお団子』ってまだ食べてませんでした。加蓮ちゃん、半分こしましょう♪」

加蓮「おっけー」

藍子「きっとすごく美味しいですよ。6月の、ちいさな思い出ですっ」

加蓮「藍子に言われると期待しちゃうね」

藍子「まだまだ、いっぱい積み重ねていくんです! ね、加蓮ちゃんっ♪」



おしまい。
読んでいただき、ありがとうございました。

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