茄子「おやすみなさい、プロデューサー」 (31)


・すこしだけ重い

・ダイアモンドは永遠

・エヴリデイドリーム(Full)

・夢の中へ。夢の中へ

時系列順。連作につき未読の方は以下からどうぞ

ちひろ「それが、一番の幸せなんですから」/早苗「タイホよ、P君」
ちひろ「それが、一番の幸せなんですから」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1404221133/)

ちひろ「プロデューサーさんとの幸せな日々」(R指定)
ちひろ「プロデューサーさんとの幸せな日々」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1459882812/)

卯月「プロデューサーさんの、本当の幸せを」
卯月「プロデューサーさんの、本当の幸せを」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1440347659/)

志希
「あたしはいろんなものを踏みにじってきたんだ。天才だからね。努力したことがなかった。

 あたしの周りの人たちは、それぞれ目標が合って、その目標に向かって努力してた。

 自分の研究が誰かを救うと信じて、人生を捧げてる人もいた。

 あたしはそんな人たちの努力をよそに、一足飛びで目標に到達するんだ。

 実験は確認のためにしかしなかった。頭の中で理論を組み立てて、課程のほとんどをすっ飛ばして、結果だけを導き出す。

 一生懸命に研究に打ち込む人たちを置き去りにして、さっさと先にいくのがあたしだったんだ。

 いつからかね、あたしは嫌われるようになった。両親にも見放されるくらいに。

 まあ、当たり前だと思うよ? 娘とか孫とかくらいの小娘にあっさり追い抜かれるんだもん。研究者ってプライドの塊だからさ、そんなの許せないわけ。

 それにね、研究費は結果を出さないと貰えないの。あたしはいろんな研究で結果を出したから、ワガママ言えばそれだけ予算を割いてもらえるようになった。

 でもパイはみんなで仲良く分け合えるほどあるわけじゃない。結果を出せば出すほど、誰かの予算は減らされる。

 人生をかけて、名誉をかけて、家庭も顧みず、ただひたすら打ち込んできた研究が、予算がなくて進められなくなるんだ。あたしのせいで」

志希
「だからあたしは帰ってきた。この国では一ノ瀬志希のネームバリューは大したものじゃないから。

 テキトーに生きてれば、誰かの夢を奪わなくても済むと思った。誰も見向きもしないような基礎研究を、ちまちまやってればいいって思ってた。

 ――そのころだね、キミに出会ったのは。

 最初は……今になっても不思議なんだけど、一目見たときに、よくわからないパルスが脳細胞にビビってきたんだよね。

 それで近づいてみたらさ、いいニオイがするじゃん? 嗅いだ事ないのに、なんでか知らないけど懐かしくて、胸があったかーくなるニオイ。

 プルースト効果かなって思ったけど、あたしの海馬の中にキミの情報はなかったんだよね。だからキミのことをもっと知りたいって思った。

 それで、アイドルになった。最初は単純に興味本位だったし、つまらなかったらすぐに消えようって思ってた。

 でも、あたしはまだここにいる。キミのそばにいる。飽きっぽいこの志希ちゃんが、まだアイドルでいたいって思っている。

 ……ねえ、なんでだと思う? わからない? ふーん、この期に及んでまだとぼけるんだ。じゃあ……教えてア・ゲ・ル。

 それは、キミがいるから。キミだけが、あたしをただの女の子として扱ってくれたから。普通の子供として、見てくれたから。

 努力したことがなかったあたしに頑張ることを教えてくれた。レッスンがうまくいかないときに励ましてくれた。初めてのライブを前にして、震えそうになるあたしに、普通の女の子みたいだって言って頭を撫でてくれた。

 そうやって、天才だった私を、たくさんの人の夢を踏みにじってきた一ノ瀬志希を、アイドルにしてくれた。

 誰かの夢を奪うばかりだったあたしを、誰かに夢を与える存在にしてくれた。

 あたしの名前の意味を思い出させてくれた。志すべき希望を与えてくれた。

 ……今思えば、一目惚れってヤツだったのかな。でもあたしは誰かを好きになったことがなかったから、そのときはこの胸の中にあるものがなんなのかわからなかったんだ。

 愛とか恋とかよく知らないし。愛された思い出とかも……ないし。

 でもね、いまならわかる。すごいよね、恋って。誰かを好きだって気持ちは、たぶんエネルギー保存の法則を超えるもん。

 好きな人のためにこうしたい、こうなりたいっていう気持ちが、簡単に人を変えてしまうんだ。まるでプロメテウスの火だね」

志希
「……そう、プロメテウスの火。知ってる?

 昔々あるところに、プロメテウスという神様がいました。

 プロメテウスは、獣に怯え、寒さに震え、食べることもままならなかった人間を憐れんで、火を与えました。

 人間は火の力を得たことで文明を作りました。だがぬくもりを知ってしまった人間は、更なる温かさを求めて、互いに武器を持って殺し合うようになります。

 プロメテウスは人間に火を与えた罰として、カウカーソスの山頂に磔にされて、生きたままハラワタを鷲に啄ばまれ続けましたとさ。ちゃんちゃん。

 まあこういうあらすじなんだけど、火っていうのは、人類の生存、ひいては文明の発達に貢献してきた一方、一歩間違えればすべてを焼き尽くしてしまう力を持っている。

 だからプロメテウスの火っていうのは、人間では制御しきれない力の暗喩になってるんだよ。

 ――そう。キミはプロメテウスだった。みんなの心に火を灯した。

 アイドルとして自信を与え、挫けそうな心を叱咤して、逃げ出しそうになれば手をつかんで引っ張った。

 励まして、支えて、寄り添って。そうしてただの女の子はアイドルになってしまった。

 小さな恋の火は大きく燃え上がり、やがてその身を焼き尽くした。愛も憎悪も等しく延焼し、災禍を振りまいて、灰被りの女の子は、ただの灰になり果てた。

 ――そう、ここがキミのカウカーソス山。小さな火を与えた、その代償。あたしも、灰になったその一人。

 制御できるはずだったんだよね。あたしの中の火は、小さくて、弱くて、不確かなものだったから。

 でもダメだった。できなかった。きっと事務所で最初に気付いたのは、あたしだと思う。

 ある日、ちひろさんからキミのニオイがした。それでわけわかんなくなって、事務所のソファでぼーっとしてたら、凛ちゃんが入ってきて……あとはもうダメだった。未央ちゃん、まゆちゃん、美優さん、留美さん、光ちゃん。それでちょっとしてから早苗さん。

 みんな、キミのニオイがついてた。みんな、嬉しそうだった。

 ……そのときね、気付いたんだ。キミのニオイを嗅ぐだけで胸がぽかぽかするのは、あたしがキミを好きなんだからって。

 気付いたらね、もう止まらなかった。胸のあったかいのが、一瞬で炎になって、あたしを焼き尽くした。

 それからはね、ずっと機会をうかがってたんだよ。うん、だから卯月ちゃんたちには感謝してる。

 凛ちゃんたちからキミを引き離してくれたのは好都合だった。キミが逃げられないようにマンションをフロアごと買い取ってここを作ったのは驚きだったけど、ドアを溶接して窓を強化ガラスと交換しただけじゃ詰めが甘いよね。

 ドアの強度なんてたかが知れてるんだから、テルミットでも抜けない程度に厚みを持たせた鋼板を用意しないといけないのに」

志希
「……さて、おしゃべりもここまでにしよっか。そろそろ効いてきたでしょ?

 うん、そう。さっきプシュっと吹きかけたやつ。志希ちゃんじるしの惚れ薬。

 人間の五感は基本的に視床下部を通してそれぞれの感覚野につながってるんだけど、嗅覚だけは人間の本能を司る大脳辺縁系に直通してるんだよね。その大脳辺縁系の前帯状皮質と側坐核に作用して、認知機能を低下させると同時に特定対象への情動を増幅させる効果があるんだ。

 あ、不安そうな顔だね。大丈夫、臨床試験はやってあるから。……誰にって、もちろんあたしだけど?

 脳機能に直接影響を与える薬品をいきなりキミに使えるわけないし、人に使って観察する時間もなかったから、手っ取り早く自分で人体実験しただけ。

 おかげでキミのことがもっと好きになったわけだけど……にゃはっ。

 ほらほらー、もう考えるのも辛くなってきたでしょ? そして志希ちゃんのことがどんどん好きになる。なった? もともと好きだった?

 じゃあ、いい感じに動きが鈍くなってきたところで、そろそろ行こっか、プロデューサー。

 どこって……うーん、どこだろうね。さすがの志希ちゃんでもこればっかりはわかんなーい。にゃはっ。

 それはとても近くて、けれど限りなく遠い場所なんだよねー。

 きっとすべてのヒトはそこからやってきて、そしていつかはそこへ還るんじゃないかな? まあ俗に言う輪廻ってやつ。

 ……んー、嫌だよ? やめない。

 絶対に嫌だから。あたしは嫌なの。

 凛ちゃんたちとは違う。卯月ちゃんとも違う。

 あたしは絶対に嫌。キミを渡すくらいなら死んだ方がマシ。

 キミだっていやでしょ? 永遠にハラワタを啄ばまれ続けるの。

 でもこうでもしないと、鷲たちは永遠に追いかけてくる……だから選択肢はないんだよね。

 安心していいよ。苦しくないし、寂しくないから。なぜなら志希ちゃんが一緒だもん。ずっとずっと一緒だから。

 ダイアモンドは永遠っていうよね。そして灰はダイアモンドの同素体。つまり、そういうこと。

 二人で一つの灰になる……そう。あたしのプロメテウスの火で。目を閉じて、あたしを抱きしめて。そう……すぐに終わるから」


   ――じゃ、行こっか。二人で。検証不能の、無限遠点へ。


文香
「……目が覚めましたか、プロデューサーさん。落ち着いてください、ここは安全な場所です……叔父が借りてる倉庫の一つです。

 私の子供のころの遊び場と言いますか……秘密基地と言いますか。久しぶりにきましたが、あまり変わってないようです。

 私、ですか? 私はプロデューサーさんを助けたんです。覚えていないんですか?

 ……そうですか。何も、覚えていないんですか……それは困りましたね。どこから説明すればよいのやら……

 ……とりあえず、どこかに座ってください。そこらへんにある本は適当にどかして貰って構いませんので……ああ、明かりが足りませんか。待ってください、ランタンを近くに置きますので……

 では説明を……いえ、違いますね。まず、どこまで覚えているのか教えてください……足りないところを、私が説明しますから。

 ……どうしたんですか、プロデューサーさん。急に口ごもって。まさか、本当に何も覚えていないのですか? 私のことも……?

 ……ふふ。よかった……そうです、私は鷺沢文香。あなたが見出した、灰被りの乙女の一人。

 ……こうして直にお会いするのは何年ぶりでしょう……忘れられていたらどうしてやろうかと、内心では胸が詰まるような想いでした……」

文香
「………………なにを言ってるんですか、プロデューサーさん。

 私があなたと最後に話したのは、もう何年も前のことではありませんか。

 あれはそう……プロデューサーさんが事務所を辞める少し前でしたから……。

 ……あの、プロデューサーさん? いえ、失礼しました。もうあなたはプロデューサーさんではないのですから、名前でお呼びしないといけないのですが……

 いえ、なんでもありません……え、私の好きなほうで、ですか?

 それでは……あのころのように、Pさんと呼ばせて頂きます……。

 ………………Pさん。

 いえ、呼んでみただけです。……はい、そうです。Pさんは事務所を辞めたんです。

 ご実家の都合ということでしたが、それ以上の詳しいことは何も。

 Pさんから直接別れを告げられたわけではありませんでしたし……その後は音信不通になって、事務所の誰もPさんの行方を知りませんでした。

 ……志希さん、ですか? 彼女なら、まだアイドルを続けていますよ?

 いつかまたあなたが帰ってきたときのために、アイドルを解き明かすのだと息まいているようですが……彼女がなにか?

 ……プロメテウスの火、ですか? ギリシャ神話の……それがどうかしたんですか?

 ……ああ、なんでもないとおっしゃるのですね。いえ、かまいません……あなたは、昔からそうでしたから。

 他に近況を聞きたい方はいますか? ……ああ、凛さんですか。

 彼女もアイドルを続けていますよ。NGの御三方は、いまや押しも押されぬトップアイドルで……眩しさに目が潰れてしまいそうなほどです。

 ただ、私見を言わせてもらえば彼女たちは危ういかと……なにせ動機が復讐ですから。

 ええ、事務所を辞めたPさんへの復讐だそうです。日本一になって、あなたを海よりも深く後悔させてやるというのが口癖になってますから……まだ忘れられないんですよ、Pさんのこと」

文香
「……アイドルを辞めた人、ですか? そうですね。早苗さんと、留美さんと、美優さんは、Pさんがいなくなってすぐでしたね。

 辞めたと言っても、一月に一度くらいは顔を出しているそうです……これは私の予想ですが、きっと三人でプロデューサーさんを探しているような気がします。

 他には……桃華さんですか。彼女は勉学のために活動を休止しています。

 響子さんも、同じ理由で露出を控え始めました。

 ……幸子さんですか? あの子はNGとは別のベクトルで引っ張りだこになっていますけど……ええ、Pさんの想像通り、バラエティの方面で。

 ……ああ、そういえば光さんも、アイドルとは違う方面に可能性を見出したようで。

 女優……というとすこし語弊がありますけど、特撮の方で売り出してるみたいです。本気で身体を鍛え始めたと聞きました。

 他に変わったことと言えば……ちひろさんでしょうか。あの人はいまも事務所にいますよ。アシスタントではなくなりましたけど……。

 いえ、プロデューサーです。あなたの後任として四苦八苦しています。

 Pさんが辞めた後、何人か人が来たんですが……どうにも不可解なトラブルに見舞われて……ええ、仕方なくちひろさんが後釜に。

 ……あとは、聞きたい人は……えっ? まゆ、さん……?

 ……あの、なぜ……ですか……?

 だって、いくらなんでも知らないわけが……いえ、そうですね。

 テレビも、新聞も、インターネットもない環境であれば、知りようがないでしょうし……。

 まゆさんは…………アイドルを、辞めました。

 どこかでPさんが見てくれてると信じていた。でももう信じられなくなってしまった。Pさんを疑ってしまった自分は、もう自分ではないと言い遺して……昨年のことです。知りませんでしたか?

 ……そう、ですか……………あの、Pさん。覚えていることだけでいいですから、私に話してくれませんか?

 どうして事務所を辞めたのか……辞めた後、どうして誰とも連絡を取らなかったのか……。

 そしてなぜ、今になって私に匿ってほしいと連絡を寄こしたのか……」

文香
「……辞める前、ですか? 事務所は特に変わった様子はありませんでしたけど……Pさんにもおかしなところはありませんでした。

 ですから、Pさんの辞表が届いたときはみんな真っ青になっていました。

 ええ、NGの皆さんは特にショックを受けたようで……卯月さんの様子ですか?

 ……確か、泣いていたと記憶していますが。

 ……どういうことです? 卯月さんたちに監禁されていた……?

 桃華さんと、響子さんと、幸子さんも一緒になって……?

 監禁場所に志希さんが現れて、惚れ薬のようなものを嗅がされて、そこから先の記憶がない、と。

 ……にわかには信じがたい話です……もっと詳しく聞かせていただけますか?

 ……なるほど。Pさんは実際に事務所を辞めようとしていた。しかしその噂は事務所に蔓延していて、卯月さんたちはPさんが辞める前にその身柄を拘束、翻意させるために監禁した。

 そして一週間ほどしたある日、Pさんの匂いから犯人を嗅ぎつけた志希さんが、監禁場所を特定して、Pさんを独占するために惚れ薬を使った……そこから先の記憶が途絶えているわけですね?

 ……ひとつ、確認してもよろしいでしょうか……Pさんの感覚では、志希さんにさらわれた後、すぐにここで目覚めたということになっているのですか?

 ……そうですか。やはりこの数年間は、Pさんの中ではなかったことになっているのですね……」


文香
「……ところで、Pさんは、胡蝶の夢というお話を御存知でしょうか。

 荘子という中国の思想家の説話の一つで、『私は蝶になった夢を見た。しばらく自由に飛びまわっていたが、ふと目が覚めた。果たして私は蝶の夢を見ていたのか、それとも私が蝶の見ている夢なのか』――というものです。

 これは荘子の思想を説いたものですが、それとは別に、夢とうつつのあいまいな境界、ひいては私たちが観測している事象の不確実さを捉えたものとしても受け取ることができます。

 ……そうですね。もしかしたら、この私はPさんが見ている夢なのかもしれません。

 そしてあなたがここにいるという現実も、私の願望が生み出した幻なのかもしれません。

 Pさんがいなくなってから……時々、夢を見たという話を皆さんから聞くことがあります。

 Pさんと知らない場所で買い物をしていたとか……ライブの打ち上げにPさんが現れて、自分はひどく驚いているのに、周りの人はそれが当たり前のことであるかのように振る舞っていて……Pさんが辞めたのは夢だったんだと信じたところで目が覚める、とか……

 ええ。私も、悪い夢を見ました……Pさんがある日突然、いなくなってしまう夢です。

 事務所で凛さんや未央さんがひどく取り乱していて……それを慰める卯月さんの笑顔が、妙に記憶に残っています。

 それから数日して、事務所から少し離れたマンションで火事が起きたんです。

 被害者は二名で……亡くなったのはPさんと、志希さんで……遺体の状況から、二人は無理心中をしたという報道でした……

 ……どうしたんですか、Pさん。ひどく汗をかいているようですが……そういえば、さきほどおっしゃいましたよね、Pさん。

 志希さんと、プロメテウスの火がどうとか……さっきはなんでもないなどと、まるでなにかを隠すようにかぶりを振っていましたが……やはり、そういうことなんですね?

 とても興味深いです。Pさんが、私が見た夢を体験しているなんて……

 そうなると……Pさんが何も覚えていないのもうなずけます。

 あなたは志希さんと共に息絶えて、いまここで目覚めた……事実は小説よりも奇なりといいますし、これはきっと蝶が見ている夢なのでしょう……。

 ……だとすると、私とあなたのどちらが蝶なのでしょう……そういえば、私が見たあの夢の続きがここにいるPさんだとすれば……私が知っていたPさんは、どこへ行ったのでしょうか。心当たりはありませんか?

 ……見当もつかない、と。本当ですか? あなたは、あの人と同じ目をしています……どうしようもない自己嫌悪と、深い深い絶望が溶け合った目。

 きっとあなたも、灰被りのうちの誰かを抱いたのですよね……?」


文香
「そうです……私はあの人に抱かれました。だって仕方がないではありませんか……あの人は私の世界を広げてくれた。

 私では届かない扉を開いて、かつて見たことのない景色を見せてくれた。

 私という物語は極彩色のページを得たのです。無償の愛。滅私の奉仕。揺らがない信頼と期待。

 ……愛するなというほうが無理な話です。私たちは一つにとろけて、魂で繋がりました。

 ……この上ない幸福でした。ただ呼吸するだけでこの上ない充足感で胸が満ちるのです。

 しかしあの人は姿を消しました。子供が出来たかも知れないと告げた私を、あれほど強く抱きしめてくれたというのに……どこかへ逃げたのです。

 ええ、ですからあの人から連絡があった時は驚きました。しかも助けてくれなどと……どの口が言えたのでしょう。

 本当のことを言えば……Pさんを匿ったのは、助けるためではありませんでした……ここですべてを終わらせるためだったのです。

 Pさんを殺して、あの世で私たちの子供に償いをしてもらうつもりでした……ですがプロデューサーさんは、私を捨てたあの人とは違うようです。

 私があのころのように名前で呼んでも、あなたの目に私への罪悪感が浮かぶ様子はないので。

 ……そうなると、これは多世界解釈なのでしょうか。あなたは並行世界からやってきて、この世界のPさんと入れ替わったのかもしれませんね。しかしそうなると……一つだけ問題が残ってしまいます。

 …………言ったではありませんか、Pさんを匿ったと。

 すべてに因果があるのですから、この世界のPさんには……一度捨てた女を頼らなければならないほどの、なにかがあったということです。

 もっとも……その何かは容易に想像できますが。私を孕ませて、都合が悪くなれば逃げるような人ですから……私以外の誰かに追われているのでしょう。

 ……いえ。これが夢だとするなら、初めからPさんなどいなかったのかもしれません。

 指を絡ませて混じり合ったあの夜も……失ってしまったあの子も……すべては私という蝶が見た……泡沫の夢だったのやも……くすくす。

 …………? ……何やら、物音がしますね。耳をすませてください。

 聞こえませんか? 夜の静けさと、古書の匂いが漂うこの空間に、わずかに響く小さな金属音……。

 扉の方からです。施錠はしましたが、なにぶん古い鍵ですので……ああ、やっぱりすぐ開けられてしまいましたか……。

 ……おや、驚きました。これは意外なお客様ですね……こんばんは、まゆさん。いい夜ですね」


まゆ
「……文香、さん……? Pさんを匿ったのは、あなただったんですかぁ……?」

文香
「ええ……誰にもわからない場所に隠す、という意味で匿ったのは私ですが……やはり生きてらっしゃったんですね」

まゆ
「あら、お見通しだったんですかぁ?」

文香
「焼身自殺というのは、誰かに訴えるためにするものですから……それに本当に自殺するとしても、わざわざ火を使うような方法を使うような人とは、とても思えませんでしたし……」

まゆ
「うふふ……そうですね。本当にまゆが死ぬとしたら、誰にも知られない場所でひっそりと首を吊りますよぉ……でも、なんだか嬉しいです。まだ、まゆのことをわかってくれる人がいるなんて……」

文香
「……でも、どうしてあんなことを? みんな泣いていましたよ?」

まゆ
「……プロデューサーさんに会うためです。まゆが死ねば、きっとお葬式に来てくれると思ってました。だから公開葬儀にしてくれるよう遺書にもちゃんと書いたのに……でも、たくさんのファンの方が泣いてくれて……まゆも泣いてしまいました。ただ、まゆが一番来てほしかった人は来てくれませんでしたねぇ……ふふふ……ねえ、どうしてなんですか、Pさぁん……どうして、まゆのために泣いてくれなかったんですかぁ……?

 どうしてそんな顔でまゆを見るんです……? 苦しそうな、まるで自分の方が辛いんだと言わんばかりの顔で……ねえ、Pさん。一目ぼれだったんですよぉ? あのころは毎日が夢のようで……もっともっと、一緒にいたかった。あなたに出会うまで運命なんて信じてなかったのに、あなたを見た瞬間、これが運命だと確信したんです。目を閉じても、あなたの顔がまぶたに焼き付いて離れない。そんなになるまで誰かを好きになるなんて信じられませんでした。ねえ、Pさん。大好きです。今でも大好きです。口にするだけでほっぺたが赤くなるのがわかるくらい、大好きです。どれだけ言っても足りません。大好きです。大好きなんです。あなただけが。あなただけを。

 信じていました。まゆの薬指には紅い糸があるって。永遠があるんだって。Pさんがいなくなっても夢のような毎日は続きました。Pさんがいつ帰ってきても最高のまゆでいられるように、毎朝お洋服で悩んで、あなたのためのお弁当を作って……ずっと好みを研究してたんです。かわいいなって、美味しいなって言ってもらえるように。ときどきは寂しくなりましたけど、でもそんな時は目を閉じて、あなたの横顔を思い出すんです。二人きりのときでもふっと見せる、明日の向こうを見ているようなステキな目を……

 あなたはもういないのに、どんどん好きになりました。心の中で気持ちがどんどん大きくなって……そのうちに夢を見るようになりました。Pさんがまゆのことを『好き』って言ってくれる夢です。お互いに好きを繰り返して……ぎゅっと抱き合って、キスをする……そんな毎日を繰り返していたら、ある日聞こえるようになったんです。『大好きだよ』っていう声が。どんなに離れていても。どんな時でも。まゆの胸の中に響くようになって……そのたびにまゆも、大好きだよって叫びたくなりました。いつでも。どこでも。あなたを感じるたびに心臓が震えました。

 でも、あるとき信じられなくなったんです。こんなにも好きなのに、『大好きだよ』って言ってくれるのに、どうしてPさんはいないんだろうって……だから確かめたんです。身寄りのない、まゆと同じくらいの女性の遺体をお金で買って……その時は疑っていませんでした。まだ夢を見ていたんです。Pさんはきっと来てくれるって。夢でも、現実でも、愛しくてたまらないあなたにやっと出会えるって。そしたらもう二度と離れないように、ずっと放さないように、抱きしめて、抱きしめてもらって、こうささやくつもりでした。アイシテルって。

 でも、あなたは来なかった。本当に、夢だった。まゆが見ていたのはすべて白昼夢で……紅い糸は、あなたに繋がってなんかいなかった……まゆに残ったのは、切れてしまった糸だけ。もう声も聞こえませんでした。でもまゆはそれを信じたくなくて、探しました。必死になって。たくさんたくさんお金も使いました。そして……やっと見つけたんです、Pさぁん……今度はもう逃がしたりなんかしませんよぉ?」

文香
「……ひとつ、よろしいですか、まゆさん」

まゆ
「なんですか、文香さん。邪魔をするというのなら、文香さんでも――」

文香
「いえ。そこにいるプロデューサーさんが、本当に私たちの知っているプロデューサーさんなら、むしろお好きなようにしてもらって構いません」

まゆ
「文香、さん……? いったい何を言っているんですか?」

文香
「……まゆさん。先ほどはもう逃がさないと言いましたが、Pさんに一度逃げられているんですよね?」

まゆ
「え、ええ。まゆは必死にお願いしたんですけど、力ずくで逃げられてしまって……」

文香
「お願いとは……具体的に、どのような?」

まゆ
「すこし包丁を見せただけですよぉ? まゆの力ではどうやってもPさんを止められませんから……でも、もみ合いになってしまって……。

 まゆ、そんなつもりはなかったのに、そのときお腹を少し刺してしまったみたいなんです……」

文香
「ああ……ようやくPさんが私に助けを求めた理由がわかりました。ところでまゆさん、それはいつごろのことですか?」

まゆ
「数日前、ですけど」

文香
「ではまだ傷が残っているはずですね。……プロデューサーさん、傷を見せて貰えますか?」

まゆ
「……暗くて、よく見えないですねぇ……」

文香
「そうでしょうか。ランタンしかありませんが、光量は十分では?」

まゆ
「もっと近くで見てもいいですかぁ?」

文香
「……ところで、どこを刺したかは覚えてますか?」

まゆ
「ええ、もちろん覚えます。左の脇腹に……おかしいですねぇ……傷が見当たりません」

文香
「……では、まゆさんもわかったでしょう。その人は――」

まゆ
「Pさんですよ? この人は……まゆが探し続けていたPさんなんです」

文香
「信じられないかもしれませんが、傷がないのが何よりの証拠かと。……けれど、よかった。やはりこれは夢だったのですね」


まゆ
「夢……? 文香さん……なにを」

文香
「そう、夢です……どうして気付かなかったのでしょうか。あの人が私を捨てるはずがありません。

 あんなに激しく愛してくれた。あんなに強く抱きしめてくれた。あんなに甘く囁いてくれた。

 それらが全部嘘だったなどと……何もかもを失うなどと……ありえないのです。

 ですから、これは夢……私が見た、長い長い胡蝶の夢……」

まゆ
「夢じゃ、ありません。夢なんかにさせません。本当に、あったんです。だって傷は、ここに………………ふふっ……そう、こんなふうに」

文香
「え……? ま、まゆ……さん……な、なにを……」

まゆ
「そうそう、こういう傷跡でしたぁ。あれ……でも本当にここだったでしょうか……?

 どこでしょう。違ったかも……ここだったかもしれません……いえ、ここでしょうか……それともここ?

 うふふふふ、うふふ、うふふふふふふふふふ」

文香
「……ぁ、っ……ぁ、あぁ……」

まゆ
「すみません、よく覚えていなくて……でもこれだけ刺してあれば、もう関係ありませんよね……?

 ああ、やっと逢えました……Pさぁん。ふふ……ふふふっ……うふふふふっ!

 さあ、Pさん……Pさん……Pさんっ……言ってください。『大好きだよ』って。それだけでいいんです。何もしなくても。あなたを見てる。あなたが見てる。それだけでまゆは幸せなんです。さあ、言ってください。『大好きだよ』って。夢のような毎日を、もう一度始めるんです。まゆの目を見て、まっすぐに見つめて。あなたの口で聞かせてください」


   ――わたしのこと……大好きって。

芳乃
「わたくしは探し続けていたのですー。そなたのまことの幸せをー。

 そなたが誰かを愛し、子を成してー、そして笑って旅立てる日が来ると信じてー。

 ですがー、待てども待てどもその日はやって来なかったのでしてー。

 そなたは多くの人々の輪を繋いできたがゆえ、おのずと人々の運命に寄り添う定めにありますればー。

 わずかなすれ違いやー、時間の揺らぎでー、そなたの未来は千変万化に分かれゆくもののー。

 わたくしが繰り返してきた時間のなかー、そなたが本当の意味で、そなた自身の意思で選んだ道はただひとつもなくー。

 自ら命を絶つかー、誰かに奪われるかー、心を喪い生ける屍となるかー。

 なんにせよそなたの最期はー、常に慙愧と後悔に満ちておりましたー。

 そのたびにわたくしはえにしの輪を閉ざしー、円環を紡ぎ、幾百、幾千、幾万とー、ただただ同じ時を繰り返してきたのですー。

 しかし幾度も幾度も繰り返したがためにー、そなたの因果は徐々に捻じれ、ひずみ、傷ついて、狂ってしまったのでしてー。

 紡ぎ直した編み物がー、まるで毛糸がほつれるようにー、いびつにゆがんでいったのですー。

 そしてそなたの運命に寄り添いあうー、あまたの乙女たちの因果もまたー、そなたとの因果に影響されー、壊れ始めてしまったのかー、繰り返すほどに心を病んでいるように見受けられますー。

 いかにわたくしが綻びなく円環を紡ごうとー、何千と繰り返されたそなたの悲劇はー、彼女たちの魂の奥深くー、塵のようにつもっていったのでしょー。

 そなたの未来はいわば万華鏡でしてー、あらゆる未来が混沌と渦巻いておりー、繰り返された過去を顧みればー、多くの乙女たちと一度は結ばれているのですー。

 これは言い返せばー、それだけ彼女たちがそなたを喪ったということでありー、いくら記憶がなくともー、その悲しみや、恨み辛み、妬みや嫉みは、魂の中に残っているのでしょー」


芳乃
「……ねーねーそなたー。どうしてそのような悲しい顔をなさるのでしてー?

 幾星霜、因果の来復の甲斐もなくー、一向に救われぬそなた自身の宿命を嘆いておられるのでしてー?

 あるいはー、いたずらにそなたを亡くし続けるしかない彼女たちのー、その非業と不運に同情しているのでしてー?

 そうですかー。そうですかー。ふふー。ふふふふふー。

 ……おやー、どうしたのですかー、そなたー。そんな怯えた顔をしてー。

 ほー。わたくしが怖い顔をしているのでしてー?

 いつもと同じ笑顔ではありませんかー? ふふー。違うとおっしゃいますかー。

 その通りですー。わたくしは怒っているのですー。やっとお気付きになりましたかー。

 しかしなぜでしょー。おわかりにはなりませぬかー? では教えてしんぜましょー。

 そなたの幸福を探しー、永劫にも等しい旅路をたった一人で歩みながらー、数え切れないほどのそなたの最期を目にしてー、泣き叫んで喚き散らす彼女たちを尻目にー、決意も新たに時の輪を結びー、何度も結びー、幾度も結びー、そのうちに涙も枯れてー、心も擦り果てー、気付いてみればー、ただ笑うことしかできなくなったわたくしのことなどー、そなたがこれっぽっちも気にしていないからでしてー」


芳乃
「いつかのそなたはおっしゃったのですよー? わたくしの笑顔は心が温かくなるとー。

 ですからわたくしは微笑むのですー。たとえ星辰が狂うほどの悠久を費やしてー、それでもなおそなたを救えぬわたくしがどれほど呪わしくともー。

 悲劇とはいえ、何千回も何万回もそなたと結ばれた彼女たちがー、筆舌に尽くしがたいほど妬ましくともー。

 そして閉じた輪をどれだけ繰り返そうともー、ただの一度さえわたくしを選びはしなかったそなたがー、はらわたが煮えかえるほど恨めしくともー。

 知っていますかー、そなたー。どれだけ怒っていてもー、絶望していようともー、わたくしは笑っていられるのでしてー。

 左様ー、いつだってわたくしは笑っていられるのですよー。

 そなたが黒く焼け焦げたなにかになってもー。

 そなたの亡骸が血潮に沈み冷たくなってゆくときもー。

 わたくしはー、そなたが温かいと言ってくれた微笑みを浮かべていられるのでしてー。

 ……あー、そなたー。やっとわかったのですねー。その通りですー。わたくしはすでにねじれているのでしてー。

 それとー、いささか疲れてしまったのですー。そなたの幸福がきっと因果のどこかにあると信じていましたがー、もう探すのが嫌になってしまったのでしてー。

 しかしー、そなたはもうなんの心配もしなくてよいのでしてー。探すのをやめたときー、見つかることもよくある話でしてー。ふふっふー。

 そうですー、初めから存在せぬのならばー、作ればよいだけの話だったのですー。

 ではそなたー、これをー。おばばさまからお借りした矛でしてー。

 さあ、そなたー。始めるのですー。このおのごろ島でー、そなたとー、わたくしでー、まことの幸せをー。

 ではー、まず手始めにー、おおやしまぐにから始めるのでしてー」


「プロデューサー、大丈夫? 珍しいね、ソファでぼーっとするなんて。

 ……なんでもないって……全然そんな顔じゃないよ? ほら、ちょっと横になって。いいから。早く。ほら!

 ……ん。頭上げて。そう、いい子。……まったくもう、働き過ぎだよ?

 最近、ご飯だってロクに食べてないでしょ? プロデューサーに身体壊されて迷惑するのは私たちなんだから、ちゃんと気をつけて。

『でも』も『いや』も『だが』も『しかし』もないの。あーもー動かない!

 諦めて、観念して、大人しく膝枕されてて! ……ん。わかればいいの。

 これは……そう、罰。罰なんだから。みんなを心配させた罰だよ。

 プロデューサーはもっと自分を大切にするべき。がむしゃらに働くプロデューサーもかっこいいけど、自分を顧みないのはダメ。

 私は、嫌だからね。プロデューサーが背中を押してくれるのは嬉しいよ?

 でも振り返った時に、プロデューサーがいなかったら寂しいし、悲しい。

 ずっと見ててほしいの。駆け上がる私たちを。きらきらしてる私たちを。

 シンデレラの魔法が解けるまで……ううん、ただの女の子になってからも。

 ……わかった? こんなこと、言わせないでよね。プロデューサーなんだからわかっててよ。

 いい? 本当にわかった? じゃあ、目を閉じて。少しでいいから仮眠して。膝なら貸しててあげるから。

 ……なに、その顔。私の膝じゃ不満? じゃあ誰か呼んでこようか?

 みんな帰っちゃったけど、たぶんすぐ来てくれるよ。どうする? 私にする? それとも他の誰かにする?

 ……そう、最初からそうやって素直に目を閉じればいいの」


「………………はァ? 志希? なんで? ……別に、なんでもない。今日のレッスンには来てたけど。文香さんも。

 ……まゆ? 覚えてないの? プロデューサーが相手してあげないから、さっきしょぼくれて帰ったじゃん。

 芳乃は……芳乃は、あれ? ちょっとわからない。この前、事務所で見たけど……また誰かの失くしものでも探してるんじゃない?

 ……って、聞いてる? プロデューサー。ちょっと、ねえ。

 ……え、もう寝たの? いくらなんでも疲れすぎでしょ……それとも、私の膝……だから?

 だとしたら……ふーん……まあ、悪くないかな。

 それにしても、本当に働き過ぎなんだから……頑張りすぎ。

 もっと他人を……私を、頼っていいのに。一人で突っ走って……バカみたい。

 でも……しょうがないか。プロデューサーだもんね……本当に……いつも、ありがとう。

 感謝してる……大好きだよ、プロデューサー」


   ピ-...カシャッ!



「え、えっ……あ、ちょ、か、茄子さん……!?」

茄子

「寝込みにちゅーなんていけませんよ、凛ちゃん♪」


「し、して、してな……っ」

茄子
「こちらが決定的瞬間を捉えた映像です! どどん!」


「あ……それ……ぁ、ぅ……」

茄子
「ふふっ。ちゅーするときは、正々堂々と。恋は王道じゃないとね」


「……はい」

茄子
「ところで、プロデューサーは何か言ってました?」


「何かって、別に何も……みんなの様子を聞いてきたくらいで……。

 あ、そういえば茄子さん、芳乃を知りません? 最近、見てないような気がして」

茄子
「芳乃ちゃんですか? 昨日、実家に呼び出されたとかであちらに行っちゃいましたけど。

 なんでもお家に伝わる大事なものを持ち出したとかで。おばあさんがいいとは言ったそうですけど、ほかの親族の方が聞いてないとかなんとか。

 ……まあ、さすがにちょっと揉めてるみたいですね。くすくす」


「……茄子さん?」

茄子
「あ、いえ、なんでもありません。皆さん、そこまでお怒りではありませんでしたから。

 芳乃ちゃんなら明日にでも戻りますよ♪ それじゃあ、まだやることがありますから、私はこれで。

 ……あ、凛ちゃん。二人っきりだからって抜け駆けしたらダメですからねっ。お疲れさまでした~」



「お、お疲れ様です……。茄子さんてば……好き放題言ってくれるなあ……私だってそれくらいの常識……持ってるし。

 ……でも、本当に起きないんだね、プロデューサー。どうしよ、このままずっと膝枕してたら、脚がしびれちゃうし……。

 ごめんね、プロデューサー。ちょっと待っててね。毛布持ってくるから。

 ……ん、っと……それにしても全然起きない……本気で寝てるし。

 ………………そ、そういえば私も、なんだか眠くなってきた。うん、唐突な睡魔。しかたない。毛布もあるし、ソファもあるし、プロデューサーもいるし、ちょうどいいから仮眠しよう。これはしかたない。あ、そうだ。メールしなきゃ……

『レッスンが上手くいかないから、もう少しやってくるね』……っと。よし、完璧。

 となり、邪魔するね。ん……いいにおい。ずっとかいでたい……本当に眠くなってきちゃった……起きたらどんな顔するのかな……前みたいに、悲しい顔は…………あ、れ…………? こうするのは、初めてなのに…………なんでだろ。前にもこんなことが……あった、ような……」




茄子
「……もう。戻ってきたら案の定なんだから。

 でも、かわいいから許しちゃおうかな。いやいや、ここは証拠写真を激写して、皆さんに裁定してもらいましょう。

 ……それにしても、良く寝てますねー、プロデューサー。

 たくさんたくさん悲しんで、苦しんで、叫びたいのをぐっとこらえて。

 傷ついて、耐え抜いて、擦り果てて、いまにも消えてしまいそうなのに、それでも皆さんのために生き抜いて。

 本当に、本当に、皆さんのことが大好きなんですね~。ふふふっ。 

 私も、そんなプロデューサーが大好きです♪ ずーっと、一緒にいてくださいね?

 それではどうか、束の間なれど、よい夢を……」



   おやすみなさい、プロデューサー。


    【endless happiness】



以上です。お疲れさまでした。

書けば出るというジンクスを使いすぎたので、ちひろ様のご加護を三度賜るべく書きあげました。

ちひろ様は偉大。ちひろ様は天使。ちひろ様は女神。

そういえば今回はちょっと重かった気がしたので、最後は軽く仕上げてあります。

暑さが気にならない程度にお楽しみいただけたら幸いです。

おまけ

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