【イリヤの空、UFOの夏】夏影 (19)

 チョキン。チョキン。チョキン。
 小気味よく刻まれる小気味のいい音に、思わず耳がくすぐったくなる。
 鏡に映る自分の姿が変わっていく感覚は、いつ感じても不思議だと思う。
 チョキン。チョキン。チョキン。
 鋏と髪の奏でるメロディ。彼女の刻む音楽に少しでも浸りたくて、僕はゆっくりと目を閉じた。

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 それからどれだけの時間が経っただろう。
「終わったよ」
 彼女に言われゆっくりと目を開ける。
 そこには中学時代と同じ髪型をした僕の姿があった。
 「ちょっ……まあいいか」
 どうせここには昔の自分を知っている人はいないんだ。気にすることはない。

 祖父の家についた後、待ち受けていた男に連れて行かれたのは、小さな飛行場だった。
 男曰く。「ここは軍でも一部の人間しか使っていない。ここではフライトのデータが残らない。なんでかしらないが、宇宙人たちは撤退していった。軍は不要になったこの子を殺そうとしている。お前が守ってみせろ」とのことだった。

 僕と彼女を乗せた飛行機は小さな島に上陸した。
 外周3キロ、総人口200人の孤島。
 小規模な漁業が唯一の産業である、本当に小さな島だ。
 この町の端っこに、廃業したての小さな理髪店があった。
 外装こそ潮風に打たれてボロボロだったが、中は綺麗でそのまま使えた。

 最初にぶつかりかけた言葉の壁は彼女がなんとかしてくれた。彼女は様々な国の言葉が話せたからだ。
 理髪店の元々の店主に連絡をとって、店を譲ってもらうことになった。
 店主は祖父と同い年くらいの年代の老人だった。廃業こそしたものの、理髪店という仕事には需要があったらしく、この島での生活には困らない程度のお金を稼ぐことはできた。 

 彼女の助けを借り、島の人々と自力で意思疎通ができるようになりだしたころ。
 ある一人の島民から「結婚とかしないの?」と聞かれた。
 この島では、僕と彼女の年齢ならすでに結婚することができた。
 島の長に許可をもらえば、夫婦としての生活を認められるらしい。
 何日か話し合って、僕達は長の元に向かった。
 手続きが終わったあと、僕は彼女に島唯一の雑貨屋で買った指輪を渡した。

 それから何年も過ぎて。
 最初は病的なまでに白かった彼女の髪も綺麗な黒髪になって。
 そして、またこの季節がやってきた。
 「浅羽。もうお店を開ける時間だよ」
 「うん。わかったよ伊里野」
 彼女は結婚しても僕のことをこの苗字で呼ぶ。まあ僕も苗字で呼ぶから人のことは言えないのだけど。
 そんなささいな彼女らしさに苦笑しつつ、僕は店のシャッターを開け、ふいにそのことを思い出した
 「もう6月も後半だもんなあ。どうりで暑いわけだ」
 6月24日がUFOの日だと言っていた。
 思い出そうとした僕の脳細胞を、南の島特有の日差しが、容赦なく焼き尽くす。
 

 夏が始まる。
 僕達のUFOの夏は、これからも続いていく。

短いけど終わりです。
今年はあいにく曇りで青空は拝めませんでしたが、毎年この時期になると彼女が守ったこの空について思いを馳せてしまいます。
来年もまた、彼女の分までUFOの日を迎えることができますように。

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