輿水幸子「ハローグッバイ」 (58)

◆初SSです。地の文がかなり多いです。
◆人によっては幸子はこうじゃないという意見もあると思います。ご了承ください。
◆知っている人には1レス目で元ネタがわかると思いますが、その上で楽しんでいただけると幸いです。
◆昨年の11月に書いたSSなので季節感ないですが、似たタイトルのものを見つけたのでせっかくなので投下させて頂きます。
◆パクリなどではございません。
◆質問、文句等は適宜返答させて頂きます。


SSを書くのは初めてなので、至らぬ点はあると思いますが、どうか読んでいただけると幸いです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1466608564






 一体ボクは、いつになったらボクになれるのでしょうか。




 撮影中、ふとさっき食べたヨーグルトのカップを見たら、赤とんぼが止まっていました。冬がすぐそこまで来たという実感と、乾いた夕日の匂いがボクの鼻腔をくすぐります。



「はいオッケーです!お疲れ様です!」


「お疲れ様です!どうです?ボクはカワイイでしょう?」


「いつも通りカワイイよ幸子ちゃん!また仕事お願いね。」

「フフーン!任せてくださいよ!」

 ボクはいつも通り、スタッフさん全員に挨拶をして、事務所への帰路を辿ります。

 もう木枯らしが吹き始めて、アリは冬眠の準備をし始める時期のようです。さっきからせっせと冬を越すための物資を運んでいます。








「ただいま戻りました!今日もカワイイボクの顔を見れてよかったですね!」


「おかえりなさい、幸子ちゃん。」



 事務所に帰ると、事務員のちひろさん以外誰もいませんでした。
 朝ちひろさんには会っているので、この挨拶も本日二回目だと思うと少し恥ずかしいです。




「お仕事無事終了しました!」


「お疲れ様です。今日もカワイイアイドルとして頑張った?」


「当然ですよ!ボクはカワイイですからね!」



 アイドルたるもの、カワイイことをして当然です。なんせボクはカワイイですからね。カワイイはもはや概念といっても過言ではないでしょう。




 ボクが自分のことを自分でカワイイと言い出してどれぐらい経つのでしょう。実際カワイイので仕方がないですが、アイドルをし始めてどれぐらい経ったのかわからない程度には月日が過ぎている模様です。

 実際、ここの事務所のアイドルの人たちの入れ替わりを何度も見ています。結婚してアイドルから女優に転身した人や、引退して今は花屋を営んでいる人もいたりして、なかなかいろいろな意味でバラエティに富んでいる事務所です。


藍坊主か




「今日はプロデューサーさんが遅くなるようなので、明るいうちに帰っちゃいましょうか。送っていこうか?」



 なんと。せっかくプロデューサーさんに会いに来てあげたのに……。全く仕方がない人ですねあの人は。



「いえ、大丈夫です!それではボクは帰宅しますね!」


「そう?気をつけて帰ってね。幸子ちゃんカワイイから特にね。」


「大丈夫ですって。お疲れ様でした!お仕事頑張ってください!」







 お仕事をして、おしゃべりをして、家へ帰る。これがボクの1日。










そしてボクは今日もいつも通り、嘘をついて生きている。





ごめんなさい。立ててそうそうですが今日はここまでにします。

>>8
そうです藍坊主です。大好きなバンドです。

藍坊主は大好きなんだけど元ネタの方がわからないや
ハローグッバイの文字見て覗いたけど

>>13
アイドルマスターですね。藍坊主の曲にある程度沿って進行していくので、今後も見ていただけると嬉しいです。そしてアイマスにも興味を持っていただけるとなお嬉しいです。


今はデレステが熱いからぜひともやってみていただきたい

柏原芳恵だと思って開いたら違うやつな

こんばんは。更新再開していこうと思います。

>>15
ですね!!cutePなのにクールしかSSRが出てくれません。

>>16
僕自身バンド好きなので……ご期待に添えずに申し訳ないです。






「ナァー」



 帰り道に、野良猫と遭遇しました。

 悩みがなさそうと言ってしまえばそれでおしまいですが、少しだけ羨ましくなってしまいます。



(今日も、ボクは嘘をついた。)



 帰り道、今日の出来事を思い出します。


 ヨーグルトに赤とんぼが止まっていたこと。

 乾いた夕日の匂いで冬を実感したこと。

 木枯らしが吹き始めたこと。

 アリが冬眠の準備をし始めたこと。

 プロデューサーさんに会えなかったこと。

 野良猫に遭遇したこと。









 そして、本当は劣等感の塊であるボクが、自分のことを『カワイイ』といっていること。










(ヨーグルトはヨーグルト、赤とんぼは赤とんぼ、木枯らしは木枯らし、アリはアリ、ネコはネコ。)


(でも……)


(ボクはいまだに、ボクになれない。)



 自分に嘘をついて生きているボクは、いつまでたっても『輿水幸子』というボクになることができないみたいです。









 家に帰って夜食であるパンを食べます。どれだけ息をしても、水を飲んでも、パンを食べても、劣等感の塊がずっと詰まって飲み込めません。



(明日はオフで、明後日のお仕事は……)



 何をしても飲み込めはしないような、胸の奥のどこかわからないようなところに詰まっていて、取れないし飲み込めない。




(バラエティ……だけですね。)



 これは単に場所がわからないのか、それとも大きいのかどちらでしょう。もし大きさだとしたら、バケツ3杯あっても足りなはしないと思います。


 もし仮に取れたとしても、今あるこの小さな穴がさらに広がって、もしくは今よりさらに大きなぽっかりとした穴が増えて、まるで『ボク』という存在が意味のないものになりそうで怖いです。





(また芸人みたいなことやらされるんでしょうね……まぁボクにはお似合いです。)



 ボクがアイドルになったのは、カワイイからじゃなくて、カワイイと言えるから。

 ボクが芸人みたいなことをしているのは、気質じゃなくて、それがお似合いだから。

 ボクが勉強をしているのは、好きだからじゃなくて、劣等感を紛らわせられるから。



 この心にある確かな劣等感と、決して大きくはない穴をどうにかしようとして、今日もボクは眠りにつきます。










「ドーナツの穴って、あるのかないのかどっちだろう。」



 翌日、事務所へ行ってもプロデューサーさんはいませんでしたが、学校が休みということで多くのアイドルが暇を潰しているようでした。





 その中の一人、ドーナツ大好きなアイドルの法子さんが、唐突にそんなことを言い出しました。


 本当に13歳か疑うレベルの哲学的な内容に、ボクは心底驚いたと同時になんというか、感動しました。






『ドーナツの穴は、存在か空白か。』


 穴というものが『存在』しているとも言えるし、穴と認識せずに、そこには何もない『空白』とも言える。


 まるで、劣等感なんてよくわからないモノでできた、ボクの心の穴のようです。




 この劣等感でできた穴は、ボクにとって一体存在と言っていいのか、それとも空白なのか。

 ボクを苦しめているこれは、自分に嘘をつかないと広がってボクを飲み込んでしまいそうなこれは、どっちなのでしょう。


 もしもこの穴が、ボクにとって意味のあるものだとしたら、どれほどかマシです。劣等感というものに意味さえあるのならば、きっとボクはそれだけで救われるのだと思います。




 でも、この穴に意味などないということはわかりきっています。ボクのこの劣等感に意味などなく、無意味なのです。

 ボクが自分をカワイイと言っているのも、嫌々ながらも芸人みたいなことをしているのも、勉強をいつもしているのも、全ては無意味な劣等感から来ているということを、ボクは理解しています。

 周りの皆のようになりたくて、誰かに認めてもらいたくて、自分に自信をつけたくて、いつもいつまでもこの心とは付き合っていくと思うと、少しだけ気が滅入ります。





「ここで幸せのためのチョコレート~♪」


「……太りますよ、かな子さん。」


「美味しいから大丈夫だよ~♪」



 かな子さんが、全くもって体型を維持する気がない量のチョコレートをドーナツにかけています。少し溶けたチョコレートを絵の具のように……いえ、ペンキのようにかけて、どこを掴んで食べる気でしょうか。


藍坊主テールランプすき



1日空いてしまいましたが再開させて頂きます。

>>36
テールランプのSSも今準備してます。お楽しみに。



「どういうこと?」


「いや、あくまで一つの考え方として捉えて欲しいんだけど……。」



少し考えてから、プロデューサーさんは語り始めました。



「十人十色って言葉と同じように、10人いれば10個の個性があるんだ。例えば一人が『そこは空白だ』って言っても、一人は『穴が存在する』と言うんだよ。」


「そういう物……要は哲学か?それは、数学みたいに答えというものじゃなくて、『考える』ということが既に答えになってると俺は思うんだ。」


「さっき言った通り、誰かが空白と言っても、別の誰かが見れば穴なのかもしれない。誰かが穴と言っても、別の誰かが見れば空白なのかもしれない。」


「要は、『一つの考え、自分の価値観だけにとらわれず、他人から見る考えも重要だ』って言うことじゃないかな。」


「人によっていうことは違う。ドーナツの穴は存在か空白かってのも、人の想いは有限か無限かってのも似た問答だよきっと。」




 プロデューサーさんがバカみたいに真面目に語りだすから、事務所全体がポカンとした雰囲気になりました。何より少し難しすぎるでしょう。


 もし茜さんがいたら『知能指数が上がってしまう……!』とか言いながら走り出してますね確実に。



「あれ?俺何か変なこと言った?」


「変なことというか、少し難しすぎますよ……。」




 ちひろさんが呆れた表情で物を言う。しかしボクは、少しだけ考えるのに必死だった。





(人によって違う……。)


(それなら、ボクのこの穴は……。)











 翌日、撮影が遠方だったため、プロデューサーさんに迎えに来てもらった帰り道。



「プロデューサーさん、ボクをスカウトしたときのこと覚えてますか?」


「どうした急に。覚えてるけど。」



 ボクは、思い切ってプロデューサーさんに色々話すことにしました。それはもう色々と。例えばもうすぐ冬なのに今日氷水にぶち込まれたことも。




「あの時は笑ったな。可愛い子がいると思ってスカウトしたら、まさかのカワイイ子だったしな。」


「言い方に悪意を感じますね。風邪を引いたら超高級プリンですね。」


「勘弁してください死んでしまいます。」



 正直この程度(冬に氷水風呂)で風邪を引く気が起きないボクは、そろそろアイドルから芸人になった方がいいのでしょうかね?





「実はボクの『カワイイ』って、本心じゃないんですよね。」


「ほう?」




「実はボク、あの時からずっと嘘をついているんですよ。」





 高速道路の運転中に言うことではないですが、ボクは全てを話しました。


 ボクの心に詰まってる劣等感のこと。

 ボクがアイドルになった理由。

 ボクが芸人っみたいな仕事を受けている理由。

 ボクが好きでもない勉強をしている理由。




 そして、ボクがいまだにボクになれないということ。




 全てを話すと、胸の奥に詰まっていたものが少し軽くなった気がします。今ならバケツ3杯あれば足りそうですね。




「……そうか。」


「……はい。」



 気が付けば、ボクの目から何かが流れていました。


 涙と血液は同じ成分とは言いますが、きっとこれは心の穴から吐き出された物でしょう。行き場を失った血が目から流れてきたのだと思います。





「……ちょっと次のサービスエリアに止まろうか。見せたいものがあるんだ。」



 涙を流して何も話せない僕に、プロデューサーさんは喋りかけます。ボクは返答もできずに1回頷いただけで、運転中のプロデューサーさんは気づいたかどうかわかりません。










 サービスエリアに着くと、プロデューサーさんはボクの手を引いて歩き出します。ボクだけ泣いていて周りの注目を集めてしまい恥ずかしいです。




「幸子、上を向いてご覧。」


 しばらく歩いた先で、プロデューサーさんは立ち止まりました。


 涙でボロボロになって、化粧も落ちて、正直顔を見られたくありませんでしたが、プロデューサーさんが見せたいというので上を向いて目を見開きます。




「きっと幸子は、昨日のドーナツのくだりでこう思ったんじゃないか?」


「『自分にとっての劣等感は、人から見るとどうなのか』って。」


「……はい。」



 ボクのこの心の穴は、どうにもボクには無意味な穴としか感じられないので、プロデューサーさんはどう感じるのか。それを聞きたかった。




「俺はね、人って『夜』に似てると思うんだよ。」


「何もなければ暗いだけ、まさに夜だな。もし仮に明かりがあっても消えてしまいそうな光しかない。」


「そう、自分だけじゃ輝けないんだよ。」



 ボクは無言で『夜』を見ながら耳を傾けます。




「でも、人から見ると別の人って『星』なんだ。」


「俺たち夜の隙間を、星が埋める、そしてそれがやがて星座になる。」


「人間って、誰もが自分に劣等感を抱えてるんだよ。それを、人に補ってもらってようやく『夜空』や『星空』という完成形になるんだ。」



 空を見ると満天の星空。これを見せながらこのセリフとは、プロデューサーさんはやはりロマンチストですね。




「俺はね、みんなが生きているこの世界に感謝してる。多分これからも何度でも感謝すると思うんだ。」


「幸子、お前のそれは、心の穴じゃなくて、ただ輝きがない夜と一緒なんだ。それを俺が埋めてあげる。」


「俺だけじゃない。法子やかな子もそうだろう。俺たちがお前の星になる。」


「だからさ、お前も俺たちがいるこの世界を好きになって、その世界の夜である自分を好きになってくれ。」


「そして、俺たちと一緒に、自分だけの夜空を作ればいい。それが俺の素直な想いだ。」




 そうだ。きっとボクはずっと待っていたんだ。


 ボクの心の穴を、ボクの夜を埋めてくれる誰かを。




「俺は見ることしかできないけど、誰よりも綺麗だと言える夜空になろう。」


「それは劣等感なんかじゃない。輝き方を、輝かせ方を知らないだけだ。」


「もちろん、お前も法子やかな子の星になって見守ってやってくれ。」



 ボクは、どうやら劣等感を自分でどうにかできると思っていたみたいです。いやはや愚かですね。


 光源がない夜空なんて、ただの真っ暗な穴だというのに。




「……そこまで言われては仕方ないですね。」



 自分に嘘をついても、その嘘を埋めてくれる人がいる。それだけでボクは少し自分を、世界を好きになれそうです。


 もう下を向くだけの生活はやめましょう。地面に落ちている枯れた落ち葉を踏んで、前を向いて歩き出します。




「少しだけ元気が出ましたよ!褒めてあげます!」


「大丈夫か?」



 今までとは違い、どんな坂道でも蹴り上げて、骨が溶けそうなぐらい強い雨でも駆け抜けて行く程度には元気が出ました。



「ええ、大丈夫ですよ!だってボクは―――」



 これからは倒れるまで、くたばるまで走って行こうと思います。少し好きになった自分と、大好きな世界と共に。







「―――カワイイですからね!」




END



以上、初SSでした。お目汚し失礼いたしました。SSって難しいですね……。

幸子も何だかんだ言って14歳の少女です。きっとこのような悩みからあの『カワイイ』は来ていると思います。そう信じてます。


今回題材としたのは、『藍坊主』というバンドの『ハローグッバイ』です。劣等感で悩む感じの曲ですね。

PV→https://www.youtube.com/watch?v=s2lMpgK8uhI


イメージなのですが、アイマス好きにバンド好き、バンド好きにアイマス好きって少ない気がします。その垣根をとっぱらうためにも、これからバンド系のSSを書いていけたらなって思ってます。

それでは、またお会いしましょう。

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