艦これ relations (1000)


分割だったのまとめて再掲
長いです


深海棲艦の出現に端を発すソ連のEU侵攻と全面核戦争。

汚染された大地と海に巣食う敵性存在。

人類史は妖精の登場により大きく歪んだ。


1980年 11月18日

朝 横須賀鎮守府第四管区司令部 執務室


提督「あー、瑞鶴」

瑞鶴「何、提督さん」

提督「翔鶴って良いよな」

瑞鶴「攻撃隊、発艦はじめ!」

提督「おい!」

瑞鶴「翔鶴ねぇが良いのは当たり前だけど、今の提督の言い方はやだ」

提督「プロペラは危ない! プロペラは回転数が凄いんだぞ!!」

瑞鶴「なーんか言い方がえっちぃのよね。……もういいわよ。お疲れ。着艦どうぞ」



瑞鶴「……何でこんな人が提督なのかなぁ」

提督「軍部組織改革の賜物と捉えてくれて良いぞ! 崩壊秒読み!」

瑞鶴「日本の海軍、大丈夫なの?」

提督「今はいちおう機能してる、一応」

瑞鶴「この国の混乱ぶりが目に見えた気がする」

提督「お前は知らないだろうが、今なんて落ち着いたもんなんだぞ」

瑞鶴「興味ありませーん」

提督「日本がいかにして覇権国家と成りえたか、妖精保護を目的とした新生類憐みの令に始まる一連の」「興味ありませーん」


提督「翔鶴はいつ帰ってくるんだ?」

瑞鶴「管区内の警戒行動でしょ。だったら四時には戻ってくるわよ。多分」

提督「多分とは何だ」

瑞鶴「私がみんなのスケジュール全部管理してるわけじゃないし」

提督「それが秘書艦の言葉か」

瑞鶴「提督だって、忘れたから私に聞いたくせに」

提督「お前の秘書艦としての素養を試したまでだ」

瑞鶴「はいはい。昨日の資材収支表できました。サインください」

提督「ああ、お疲れ」

瑞鶴「次は何するの?」

提督「総司令部への月締め戦況報告書頼む。損害報告と戦果報告、使う資料はこれだ。官庁向けの書式も一つ」

瑞鶴「りょーかい」


提督「お前、敵をどう思う」

瑞鶴「答えにくいでーす。ていうか意味わからないし」

提督「回答の幅を広げて答えやすくしてるんだ」

瑞鶴「うーん、一言で答えるなら……気持ち悪いです」

提督「気持ち悪いか、直感的でいい感想だ」

瑞鶴「提督さんって、ほんと意味わからないし気持ち悪いなーって」

提督「やはり、あまりにも抽象的過ぎて具体性が無い。良い感想ではないな」


瑞鶴「何で急に敵の事を聞くんですか」

提督「俺の好奇心だ」

瑞鶴「最初から正直に言えばいいのに」

提督「で、実際どうなんだ」

瑞鶴「気持ち悪いのは本当です」

提督「ほうほう」

瑞鶴「制服とか加齢臭キツいし、喋ってること意味分からないし、書類は締切ギリギリまで取り掛からないし」

提督「俺じゃなくてな? 敵の話な? いいかげんな?」


瑞鶴「はぁ、敵ですか」

提督「考えたこと無かったか」

瑞鶴「私達の今の存在理由は深海棲艦と戦う事です」

瑞鶴「それで彼らは深海棲艦です」

瑞鶴「だから私は戦うし、そこに感情を挟んだりしません」

提督「何も考えてないということか。分かった」




瑞鶴「……どういう意味?」

提督「俺もお前の言う艦娘の存在理由って奴は知っている。敵と戦う事だ」

瑞鶴「は? だからそう言って、」「だがその理由は俺達が決めた存在理由だ」

提督「もっと別の、例えばお前自身の戦う理由があったって良いじゃないか」

瑞鶴「あはは。なんか変なの」

提督「何が変だ」

瑞鶴「泥棒がお巡りさんに説教してるみたい」

提督「はぁ!? 舐めてんのかコラ!?」

瑞鶴「無理やり私たち戦わせてる立場の人が言っちゃダメなんじゃないかな?」

提督「それはもっと上の命令によるものだ。俺の判断じゃない。だからOK」

瑞鶴「なにがOKなのやら」


瑞鶴「考えた結果、戦えなくなったらどうするつもりなのよ」

提督「結果には俺が責任を持つさ。戦わずに済む方法を考える」

瑞鶴「……適当な人」

提督「適切な判断を適切なタイミングで下せる、という意味だよな」

瑞鶴「そんなわけ無いでしょ。そっちじゃ無いほうよ」

提督「優しくしてくれても良いんだぞ?」

瑞鶴「はいはい。さっさと紙束に目を通してください」

提督「この傷は翔鶴に慰めてもらおう」

瑞鶴「はぁ!? なんでそこで翔鶴ねぇなのよ!?」

提督「今夜も楽しむぞ~」

瑞鶴「確かに予定があるって言ってたけど、てっきり別の人とかと……」

提督「はい! それ俺ですね!」

瑞鶴「……」

提督「朝には帰らせるから心配するな」

瑞鶴「全機爆装、準備出来次第発艦! 目標、母港執務室の―――」「だから! だからプロペラは危ない!!」




夜 第四管区 飲み部屋


提督「ということが昼間あってな」

翔鶴「妹がご迷惑をおかけしました」

提督「責任取って飲め。姉の監督不行き届きだ」

翔鶴「はい。あっ、酌なら自分で」

提督「それくらい俺だってやるよ。ほら」

翔鶴「……ありがとうございます。では、頂きます」

提督「おう。どんどん飲め」


提督「瑞鶴には秘書艦をさせた経験が無いから、こっちが緊張してしまう」

翔鶴「あの子は良い子なんですが、提督と一緒に居ると少し意固地になってしまうようで」

提督「姉想いなのは伝わってくる。そこも可愛いとは思う」

翔鶴「そう言って頂けると、姉として本当に嬉しいです」

提督「ま、今は妹より可愛い姉との酒盛りを楽しむつもりだが?」

翔鶴「飲み過ぎてはいけませんよ」

提督「俺も大人だ。わきまえている。信じろ」

翔鶴「二日酔いなされた晩にも、そうおっしゃっていました」

提督「ううむ。月下美人が一緒だと官品の不味い安酒も良酒に変わる」

翔鶴「はいはい。いつもありがとうございます」


提督「今日の出撃はどうだった?」

翔鶴「通報にあった敵との遭遇戦では、艦載機の皆さんが頑張ってくれました」

提督「うむうむ」

翔鶴「今度の雷撃機は天山とはまるで別次元の性能で……搭乗員の妖精たちも喜んでいました」

提督「雷撃機は少し損耗が激しいのが玉に瑕だが、その分効果も高い」

提督「うちには大規模な攻勢計画も無いからな。練度を上げる事に集中しろ」

翔鶴「はい」


翔鶴「提督?」

提督「ん?」

翔鶴「紫電といい流星といい、海軍全体でも数はそれほど揃っていない筈なのに」

翔鶴「一体どちらのルートから入手されたのですか?」

提督「我が艦隊は激戦区担当、尚且つ正規空母級が二人いるんだ。多少融通は利く」


翔鶴「第五次解放作戦、南方での制海権が確保出来たのも二年前の話ですよね」

提督「そうなるな」

翔鶴「あれ以来、我々は目に見える戦果を上げていません。このままでは―――」

提督「そんな事、お前は気にしなくていい。戦略は人間に任せておけ」

翔鶴「……申し訳ありません」

提督「……」

翔鶴「出過ぎた発言でした」


提督「……少し酔った」

翔鶴「えっ?」

提督「翔鶴、膝枕をしてくれ」

翔鶴「……はい、どうぞ」

提督「おう」ゴロッ


翔鶴「何か不都合はございませんか?」

提督「無い。相変わらずここは気持ちが良い」

翔鶴「ふふ」ナデナデ

提督「お前の手も冷たくて心地よい」

翔鶴「提督のお顔が熱いだけですよ」


提督「顔がよく見える」

翔鶴「私にも提督のお顔がよく見えます」

提督「相変わらず綺麗だ」

翔鶴「……ありがとうございます」

提督「俺はその白い髪が好きだ」

翔鶴「提督は、少し飲み過ぎです」

提督「俺は気安く歯の浮く台詞を口にするような男じゃ無いんだぞ」

翔鶴「そうなのですね、ありがとうございます」

提督「また適当に受け流しおるわ。まったく。もう言わん」


提督「お前は酔ってないのか」

翔鶴「私も少し酔ってしまいました」

提督「わはは! 当然だ。誰が酌をしたと思っている」

翔鶴「……」クスッ

提督「笑った顔も可愛い」

翔鶴「はいはい」

~~~

提督「お前は深海棲艦をどう思う。あいつらを見て何を感じる」

翔鶴「凄まじい憎悪を感じます。人類に対する敵意……とでも言うべきでしょうか」

提督「我々、ではなく人類に対する、か」


提督「賢明なお前の事だ。含むところがあるのだろう」

翔鶴「さすがは提督」

提督「はいはい。ありがとう」

翔鶴「人間に対する彼らの執着は異常です。憎しみをぶつけるような激しさがあります」

提督「お前たちに対しては違うのか」


翔鶴「艦娘は人への攻撃を邪魔する、だから私達と戦う、という感じがします」

提督「艦娘に対してはそこまで攻撃的ではないのか?」

翔鶴「はい。あくまで私の感覚ですが」

提督「ふーむ。意外と良い線行ってるぞ」

翔鶴「え?」

提督「いや。気にするな」

~~~

提督「……」

翔鶴「提督、もしかして……眠いのですか」

提督「うーん……いかんな……少し……寝る……」

翔鶴「はい」

提督「少し……経ったら……起こし……」

提督「……Zzz」

翔鶴「……おやすみなさい」


朝 第四管区 司令部玄関

瑞鶴「ちょっと提督さん」

提督「何だ瑞鶴」

瑞鶴「何で翔鶴ねぇと揃って朝帰りなわけ?」

翔鶴「なんて口のきき方をしてるの!」

提督「別に俺は気にしない」

翔鶴「ですが……」

提督「お子ちゃまでも、子供なりにお前の事を気遣っているのだ。優しい俺はそれを無碍には扱えん」

瑞鶴「」ブチッ

瑞鶴「だーれがお子ちゃまですって!?」

提督「ほら、行くぞ翔鶴、お子ちゃま。朝の集合時間に遅れてしまう」

瑞鶴「提督!!! あんた絶対許さないんだからね!!!!!」

翔鶴「ええっと」オロオロ

提督「わはは」



朝 第四管区 執務室

提督「おはよう」

時雨「提督おはよう。今日の予定表はこっち、昨日の出撃の報告書は机の上に」

提督「ありがとう。昨日はどうだった?」

時雨「久々の出撃だったけど、一隻沈めたんだ」

提督「訓練の賜物だ。偉いぞ」ナデナデ

時雨「えへへ」

提督「さて、他の艦娘達は揃っているか?」

時雨「遠征班、出撃班共に準備完了してるよ」

提督「よし、今日も仕事開始だ」

時雨「了解」


昼 第四管区担当海域

瑞鶴「あのクソ提督クソ提督クソ提督クソ提督」

曙(クソ提督って酷いなぁ)

翔鶴「こら瑞鶴! 口が悪いですよ!」

瑞鶴「だってあいつ私の事お子ちゃまって!」

翔鶴「そんなの冗談に決まっているじゃない」

瑞鶴「でも」

翔鶴「いつも提督は瑞鶴の事を大切に思って下さっていますよ。昨日も私に瑞鶴のことばかり話していらしたし」

瑞鶴「……」

翔鶴「……本当よ?」


瑞鶴「翔鶴ねぇ、あんなダメ男のどこがいいわけ?」

翔鶴「えっ?」

瑞鶴「喋ってるとき自分が口角上がりっぱなしなの気付いてる?」

翔鶴「やだ、嘘」

瑞鶴「はぁもうやだ。何よ、二人して私をイジメて」

翔鶴「そんなつもりじゃ……」

瑞鶴「わーかってる! 翔鶴ねぇは天然なんだから!」


日向「楽しそうだな」

翔鶴「日向さん」

日向「そろそろ戦闘海域だ。気を引き締めた方が良い。あと偵察機も頼む」

翔鶴「そうですね。ごめんなさい。偵察機飛ばします」

瑞鶴「あーもー、このイライラを敵にぶつけてやるんだから」

日向「その意気だ。母港に帰ったら一緒に風呂でも入ってゆっくりしよう」

翔鶴「はい」

木曾「おっ、風呂か。いいねぇ」

長月「こらー! 仕事に集中しろー!」

曙「お仕事、お仕事ー」


翔鶴「偵察機より入電、第四管区38‐44にて敵艦発見、重巡2、軽巡2、駆逐艦2、およそ40ノットで北上中。ネットワークに上げます」

長月「確認した。……ところでこの敵艦隊、東からだよな?」

日向「ああ。断絶の壁とやらも役に立たんな」

木曾「突破する意思がありゃ、試行回数なんて問題じゃ無いだろ」

日向「さもありなん。……こちら第四管区分遣艦隊、日向だ。第四管区司令部応答願う」

日向「壁を突破したと思われる敵艦隊を補足した。位置は―――」

~~~

日向「通報完了。あとは掃討だ。航空部隊、先制頼むぞ」

翔鶴「攻撃隊が指定座標に到着しました。対艦戦始めます。瑞鶴、用意はいい?」

瑞鶴「任せて!」

翔鶴「全機攻撃開始!」


夜 第四管区 大浴場

日向「風呂は命のなんとやら」

長月「洗濯じゃないか」

日向「さて、そうだったかな」


瑞鶴「日向さんって不思議な空気あるよね」

翔鶴「この艦隊の皆さんは古参の方ばかりだから、きっとそのせいよ」

日向「聞こえているぞ。五航戦姉妹」

翔鶴「す、すいません」

日向「なに、謝ることは無い。古参といっても君達より少し前に入っただけに過ぎないさ」

瑞鶴「どれくらい古参なんですか?」

翔鶴「瑞鶴!」

瑞鶴「な、なによ翔鶴ねぇ」

翔鶴「先輩方には敬意を持って接しなさい!」

瑞鶴「う、うん」


日向「気を使ってくれて嬉しいが、そういうのは苦手だ」

曙「私もただ古株ってだけで偉ぶってるなんて苦手だしね」

長月「まぁ確かに曙は沖ノ島だって参加して無いしな」

曙「なによ。アンタは行ってオシッコ漏らしただけじゃない」

長月「あ!? あれは塩水だ!!」

曙「どーだか」

瑞鶴「沖ノ島? えっ、沖ノ島ってあの最初の決戦ですか!?」

木曾「おう、福岡沖のな。ちなみに俺も参加してたぜ。尊敬しとけよ」


日向「私は……参加してたっけ?」

木曾「なーにすっとぼけてんだ日向さん。アンタ抜きじゃ、絶対に成功してなかったぜ」

瑞鶴「すいません……まさか参加されていた方とはつゆ知らず……」

日向「別に気にするな。私だって忘れてた」

長月「いや、お前はもうちょっと覚えとけよ」

日向「戦場なんて北も南も大して変わらん」

木曾「お、それなんかカッコいーな」


瑞鶴「はいはい! 私もっと先輩からお話し聞きたいです!」

翔鶴「だから……」

日向「では少し古参ぶった話でもしてみるか」

木曾「おっ、珍しいな」

日向「たまにはな」


日向「私がこの艦隊に配属された時、提督は本当に喜んでくれた」

日向「何せ私が彼にとって初めての戦艦だったからな」

日向「木曾も長月も既に居たな。曙は、確か居なかった」

曙「私が配属されるのはもう少し後ねー」

木曾「そうだな。この中では俺と長月しか居なかった」

長月「あの頃は戦力が全く整って無くて大変だった」

日向「なにせ艦娘運用するにも艦娘用の基地が3つほどしか無かったからな」

瑞鶴「えー!?」

日向「今は17か16くらいあるんだろう?」

木曾「らしいな」

日向「それだけ人類が海を奪い返しているという事だ」

長月「敵についても右も左も分らなかったからな。装備や戦略なんて、酷いもんだった」

木曾「何か古参っぽいぞ長月。で、そんな中、日向さんが配属されたわけだよ」

長月「うるさいぞ木曾。で、戦艦ってのは存在するだけで全然違うんだ」

曙「悔しいけどねー」


日向「そう言って貰えると嬉しい。……我々もだが、提督自身も右左が分ってない時期だった」

日向「私はこんな性格だから、秘書艦なんていう細やかな仕事は向いてないんだ」

日向「それでも当時彼は私を使ってくれた。『お前が良いんだ』と言ってな」

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

日向「私は戦って戦果を挙げて勲章を貰うよりも」

日向「彼の戦艦として在れる事、彼と共に戦えることがよっぽど嬉しいし誇らしい」

木曾「……」

長月「……」

曙「……?」


日向「……いわゆる片想いという奴かな」

日向「気付いたら私の中で大きな存在になっていたよ。こんな鈍感な私でも気付けるほどに」

日向「ま、最近は飽きられたみたいで夜の飲み会も誘ってもらえないがな」

翔鶴「日向さん……」

日向「あー、柄でもない事を皆に喋ってしまった」

日向「勘違いしないでくれよ」

日向「別に提督とどうこうしたい、という訳ではないぞ」

日向「彼はどうやら今は翔鶴の事が好きみたいだしな」


瑞鶴(これは日向さんの、感情?)

瑞鶴(嫉妬?)


翔鶴「……提督は、日向さんの事も大好きです」

日向「ふむ? 私は別に何も言ってないが。そうなんだな。で?」

翔鶴「……私は、その。今はまだ未熟者ですから。あの、えっと、一時的に提督がお目をかけてくれているだけで」

日向「はっきり喋れ。何が言いたい」


木曾(うわ、その目つきは怖いだろ)


翔鶴「……ごめんなさい」


日向「あー、翔鶴。お前を泣かせるつもりは無かったんだが」

翔鶴「……」ウルウル

日向「すまん、どうやら少し意地悪な事を言ってしまったようだ。だが勘違いしないでほしい」

日向「別にお前と彼が恋仲だろうと、私は別にいいんだ」

日向「私は彼の戦艦でありさえすれば満足なんだ」

日向「うん。その筈だ」

日向「お前の気持ちは分かった」

日向「新兵なのに、私も気付かなかった彼の心の内を見るとは……凄いぞ翔鶴」

日向「……でもやっぱり、私はお前が羨ましいな」

日向「……」

日向「……何を言っているんだ私は」


翔鶴「そんな思いをさせてしまって……日向さん、ごめんなさい」

日向「少し混乱してしまっている。胸がもやもやするんだ」

日向「久しく忘れていたよ、この感覚は」

日向「……」

日向「すまん翔鶴。先に出る」


翔鶴「……」グスッ


瑞鶴(私たちはどうしてこんな言い争いしてるの)

瑞鶴(提督さんの言ってた自分の気持ちがお互いぶつかり合って、悲しくて)

瑞鶴(こんなの戦うときに必要無いじゃん)

瑞鶴(あの人私たちに一体何求めてるの)


夜 第四管区 廊下

提督「おっ、日向。風呂上りか」

日向「……」

提督「不機嫌な面構えだな何かあったのか」

日向「そんなのは前からだ」

提督「……どうした?」

日向「何でもない」

提督「嘘を吐くな。どれだけ長い付き合いだと思ってる」

日向「……」

提督「言ってみろ。というか言え。上官命令だ」


日向「なに。久しぶりに悩まされていてな、君ぶりだ。こんな気持ちは」

提督「?」

日向「提督は、私の事を、すき、か?」

提督「……」


提督「好きだ」


日向「っ」

日向「……」

日向「翔鶴よりもか」

提督「比べてどうする」

日向「……」


提督「俺が翔鶴よりお前の方が好きだと答えれば満足なのか」

提督「はっきりと言っておく」

提督「俺は艦娘に優劣や順番をつけるつもりは無い。俺はお前も、翔鶴も、同じように大切だ」


日向「提督」

提督「何だ」

日向「久し振りに酒でも飲もう」

提督「……良いぞ」


夜 第四管区 飲み部屋

提督「お前は相変わらず甘い日本酒ばかり飲んでるんだな」

日向「よく意外だ、と言われるよ」

提督「一見豪傑だからな」

日向「私はそんなつもり無いのだが」

提督「くくっ」

日向「その笑い声も久しぶりに聞いた気がする」


提督「ほれ、杯を出せ」

日向「ん、すまんな」

提督「全く。これじゃどっちが上官か分かったもんじゃない」

日向「そう言うな。ほれ、今度は私が」

提督「おう」

提督「何に乾杯する」

日向「今に」

提督「重くて良いな。それでいこう」


提督「今に乾杯」

日向「乾杯」


提督「お前には世話になった」

日向「必要なくなったような物言いだな」

提督「単に改めて、だよ」

日向「私は何もしてないさ」

提督「総司令部に送る報告書の作成をお前に任せたら」

提督「参考資料を全くまとめずに丸ごと送った事覚えてるか?」

日向「……多少」

提督「あれは外向けにも利用するものだったから関係省庁にまで謝りに行ったんだぞ。で、それをお前に言ったら」

提督「『あれ、そんなことあったっけ』と来たもんだ」

日向「向き不向きは誰にだってあるさ」

提督「まあ、そうなるな」

日向「真似しないでくれ」

~~~

提督「北方での決戦を覚えているか」

日向「少しなら」

提督「あの頃の俺は、まともじゃなかった」

日向「誰だったかは忘れたが、大破で継戦能力を失ったまま突入したのは覚えている」

提督「赤城だ」

日向「赤城か、懐かしいな」

提督「あの頃はガムシャラに戦っていた。お前たちの被害など気にせずに」


日向「戦い方がよく分かってなかっただけさ」

提督「いや、そうじゃない」

日向「……」

提督「俺は総司令部の言いなりだった」

日向「今は違うのだろう。結構な事じゃないか」

提督「こうなる為に大きな犠牲を払ったがな」

日向「自暴自棄になるな。もう終わった事だ。何度も言ったろう」

提督「結局、酒を飲んで弔うくらいしか出来ないんだな」

日向「他でもない君に弔ってもらえるだけ幸せ者だよ。あいつらは」

提督「……」


提督「赤城達が出て行ったのは随分前の事みたいだ」

日向「実際そうさ。もう2年も前だ。元気にやっているのか」

提督「鎮守府を転々として、今は作戦行動の為に単冠のはずだ」

日向「単冠、そういえば例の新型空母、大鳳だったか? あいつも単冠じゃないか?」

提督「御名答。良く知ってるな」

日向「伊勢が大鳳と同じ艦隊でな。この前洋上演習で会った時に聞いた。極秘の大規模な作戦行動があるのか」

提督「伊勢ちゃんか。お前と違って素直で可愛い子だった」

日向「戦艦パンチを食らいたいのか?」

提督「正確には大鳳だけじゃない。色んな空母が単冠には集結中だ」

提督「俺にも情報が正確に伝わってないのだが……神祇院の筋からの話だとどうやら次はハワイらしい」

日向「冗談だろ」

提督「第一管区長が、『死んでもやる。やらないなら辞職する』と言ったそうだ」

日向「ふざけている。遠回しな自殺しだ」

提督「俺もそう思う。だが、南方の防衛戦勝以後目に見える戦果が無いからな。今の長官の焦りも理解は出来る」

日向「組織というのは融通が利かなくていかんな」

提督「そう言うな。だからこそ俺みたいなのも生き残れる」

日向「さすが華族様は言う事が違う」

提督「おい、それ他の艦娘に言ってないだろうな?」

日向「なぜ折角の君と私だけの秘密を他の奴と共有する。言ってないよ」

提督「……なら良いが」

日向「君ほどではないにせよ、私だって気持ちや考えは変わるさ」

提督「参考資料全部送っちゃうような奴に言われてもな。ぶっ飛び過ぎて参考にならん」

日向「アレは私なりのコミュニケーションの一環だ」

提督「俺以外の色んなものを巻き込みすぎと違うか」

日向「ふっ」


~~~~~~

提督「ヒック」

日向「大丈夫か? 相変わらず酒の弱いことだ」

提督「お前、あの時は駆逐艦ばっかり狙いやがったな。他の艦娘が忘れても俺は忘れてないからな」

日向「……」

提督「何とか言え!」

日向「いや、心当たりがありすぎてな」

提督「戦艦やめちまえ」

日向「ああ、あの時か。私のミスで総司令部の視察と君の海軍省への出向が被ったやつ」

提督「ちがう! あの時も減給食らったけど! それじゃない! というかあれやっぱりお前のミスだったのか!?」

日向「分かっている。冗談だ。勿論私のミスだよ」

提督「そうか! なら良いんだ!」

日向「戦闘に関しても、確実に当たる方を狙っているだけだ。何も問題はない」

提督「雑魚の相手なんて駆逐艦や軽巡にさせればいいだろう!」

日向「すまんすまん」

提督「笑うな! ばか者!」


日向「お互い、時を重ねたな」

提督「なんだ急に改まって」

日向「ふと実感しただけさ」

提督「俺は一人前の提督になれたかな」

日向「まだまだ」

提督「やかましいわ。飲め」

日向「どうも」


提督「最近お前と話してなかったな」

日向「君は可愛い正規空母に夢中だったからな」

提督「」ブッー

日向「何故吹き出す。本当の事じゃないか」

提督「……今日の飲み会が始まった理由を思い出したよ」


日向「覚えているか? 私は以前君に言われた」

日向「何でお前は戦うんだ、と」

日向「あの時、私は生まれて初めて自分の頭で物事を考えた気がする」

日向「あれから私は君が言ったように、自分の感情や感覚を意識しながら生きてきた」

日向「時と共に世界の色がどんどん変わっていった」

日向「嬉しかった」

日向「でも今はただ苦しい」


日向「今日は久々にあの時と同じ心もちだよ。君と翔鶴のせいでな」

日向「君たちが仲睦まじくしているのを見ると胸が痛いんだ。これは私が君の事を好きだからだろう」

日向「翔鶴が来なければ、今の彼女の位置は私のものだった」

日向「辛いんだ」

日向「翔鶴が憎い」

日向「こんな自分が嫌だ、でも、どうしようもないんだ」

日向「助けてくれ」

提督「……俺は何をしてやれる」

日向「大切にしてくれ、私を誰よりも、私だけを見てくれ」

日向「いや、もうこの際嘘でもいい。私が一番大切だと言ってくれ」

日向「私は君と一緒に居たい」


提督「俺が指揮官である時、お前は兵器だ」

日向「分かっている」

提督「指揮官である俺は艦娘を平等に扱う。これは俺のポリシーだ。譲るつもりはない」

日向「ああ」

提督「だが、俺がお前を混乱させてしまったのも事実」

日向「……」

提督「一個人として、責任を取りたい」


提督「日向、俺はお前が一番大切だ」

提督「これからも一緒に居よう」



日向「……」

日向「……ふ、ふふふっ」

提督「……」

日向「その一度きりの嘘が君の回答か」

提督「……」

日向「本当に最低だな。君は」

提督「……」

日向「でもありがとう」

提督「……」

提督「……何やってんだろうな。頭、悪すぎるだろう」


日向「君は正しいよ。間違いなく」

日向「正しい指揮官だけど、最低な男なだけさ」

日向「一番最悪なのは我慢できなかったこの私だ」

日向「これからも他の艦娘たちを平等に大切にしてやってくれ、提督」

日向「君の姿勢は間違ってない。私が確信を持って保証する」

提督「……」


日向「酔いが醒めてしまったな」

提督「酒を持ってくる」

日向「おっ、あるのか」

提督「ドイツからの派遣艦が手土産に持ってきたビールだ」

日向「いいね。除染は完璧だろうな」

提督「当たり前だ。チーズとベーコンもあるぞ」

日向「早く持って来い」

提督「おう」


日向(彼は翔鶴に対する自分の気持ちに気付いてないのか?)

日向(もしくは敢えて無視しているか……まぁ恐らくこっちだろう)

日向(本当に仕方のない奴だ。多少手伝ってやる必要があるか)

日向(だが)


提督「ほれ、これだ」

日向「資材の備蓄はあまりない癖に、何故食料はこれ程あるんだ」

提督「やかましい」

日向「冗談。私もおこぼれに預かろう」

提督「ふん」


日向(今はもう少しだけ酒を楽しもう)




11月19日

朝  第四管区 執務室

時雨「提督、また二日酔い?」

提督「う、うむ」

時雨「ちょっと待ってて。僕が食堂からお味噌汁貰ってくるよ」

提督「ありがとう、頼む」


時雨が出て行ったのとほぼ入れ違いに、総司令部からの連絡が執務室へと届けられた。

司令部要員「管区長、総司令部と海軍省からです」

提督「物々しいな。ありがとう。確かに受け取った」

司令部要員「では、失礼しました」

提督「ああ。どれどれ」

提督「……」

提督「……嘘だろう」


夜 第四管区 執務室

翔鶴「失礼します」

提督「御苦労」

翔鶴「いえ。お話とは一体何でしょうか」

提督「今、我が軍は深海棲艦に対して大規模な反攻作戦を企てている」

翔鶴「……」


提督「今回の目標を効果的に叩くためには奇襲、 遠距離からの先制攻撃が可能となる航空母艦が多数必要であると上層部は判断した」

提督「そこで我が艦隊からも正規空母一隻を作戦によこせ、との司令が先ほど下った」

提督「こんな予定は無かったんだが、おそらくどこかで都合がつかなくなったんだろう」

提督「あー。こんなこと関係無いな」

提督「俺はお前を派遣するつもりでいる」

提督「呼んだのはその報告の為だ」


翔鶴「……翔鶴型航空母艦、一番艦翔鶴。その任務、謹んで拝命致します」

提督「よし、分かった。極秘作戦のため概要は集合地点に到着してから伝える。すぐ出発だぞ」

翔鶴「出撃前に瑞鶴と話してもよろしいでしょうか」

提督「ならん」

翔鶴「了解しました」


提督「翔鶴」

翔鶴「なんでしょう。提督」

提督「……」

翔鶴「……」

提督「必要なものをがあれば言えよ」

翔鶴「はい。ありがとうございます」


提督(指揮官の俺が『行かないでくれ』なんて言えるわけあるか)

提督(翔鶴でなく瑞鶴であれば、俺が艦娘を指揮官として平等に扱う精神に反す)

提督(軍紀と、何よりこいつらを守る上でも重要な事だ)


夜 第四管区 日向の部屋

扉を叩く、訪問者の気配があった。

日向「開いている」

提督「……」

日向「何だ君か」

提督「酒に付き合え」

日向「私は良いが君は弱いのだから。昨日だって、」

提督「……」

日向(ただ事じゃないか)

日向「では付き合おう。まぁ入れよ」

~~~

日向「なに!? 翔鶴を援軍として送った!?」

提督「うん」

日向「馬鹿なのか君は」

提督「……馬鹿だと?」

日向「そうだ。こんな無謀な作戦に翔鶴を送るなんて、一体何を考えている」

提督「上からの命令だ。仕方あるまい」

日向「そこだ」

提督「なんだ」

日向「今回はそこがらしくない。普段の君ならナメクジのようにうねうねとし、上からの命令を断ったはずだが」

日向「今回はあっさりと要請にも従う」

日向「おまけに送ったのは自らが一番愛する正規空母翔鶴」

提督「」ブッー

日向「頭がおかしくなったのか? 若くして老害に成り果ててしまったのか?」


提督「愛すとは何だ日向!! 俺はあくまで艦娘を平等に!」

日向「それは君の指揮官としての気持ちだろう。私に情けない嘘の告白をした個人としての君はその限りではない」

日向「君だって本当は気付いてるんだろう? 翔鶴の事が好きだと」

提督「……ここからは断じて指揮官としてでないからな」

日向「おう」

提督「俺は彼女の憂いげな笑みなんか見たくない。周りに対していつも感謝を忘れず、自らを省みない異常な献身をする彼女に」

提督「彼女に喜んでもらいたい」

提督「一緒に居る時は、常にそんな事ばかり考えてしまうのだ」

日向「……振った女の前で意中の人の惚気話をする男か」

日向「最低だ」

提督「俺は友人としてのお前に相談しているんだ」

日向「冗談さ」

提督「さっきのは本気の声だった」

日向「私が教えてやろう。それは恋というやつだ」

提督「……恋か」

日向「良かったな恋だぞ」

提督「認めたくないが。そう、なんだろうな」

日向「自分で気づいていても、他人から言われたい時もあるさ」

日向「すまない。私ももう少し早く指摘すべきだった」

提督「お前に非は無い」

日向「そうさ。今回は全面的に君が悪い」

提督「やってられんぞ全く」


日向「で、これからどうするんだ。私は君に、君らしくあって欲しいと願うが」

提督「……単冠にお前たちを送る。取り戻してきて欲しい」

日向「ああ、行くべきだ。今回の作戦は十中八九失敗する」

提督「だが第四管区としての海上護衛をどうする」

日向「お留守番艦隊を編成すればいい。駆逐艦がいれば大丈夫だ」

提督「漣と皐月と文月、曙」

日向「いいんじゃないか」

提督「では出撃は三隈、時雨、木曾、瑞鶴、長月、日向」

日向「まぁ自動的に決定だな。出発は?」

提督「根回しが必要だ。明朝になる」

日向「面倒だ」

提督「そう言うな必要な措置だ。運が良ければ補給地点も確保できる」

日向「仕方ないか」

提督「うん。決まりだ」


11月23日

夜 単冠基地 大広間

翔鶴「翔鶴型一番艦、翔鶴と申します。よろしくお願いします」

赤城「あら、あなた……第四管区ということは日向さんの艦隊に居たの?」

翔鶴「はい。あの、赤城さんはどのような……?」

赤城「私も前は第四管区でお世話になっていたんです。日向さんたちは元気にしてるかしら」

翔鶴「……はい」

赤城「あ、聞いちゃいけなかった? ごめんなさい」


赤城「こっちは加賀と飛龍。二人も第四管区の出身ですよ」

加賀「……」チッ

飛龍「よろしく~」

翔鶴「ご丁寧に。よろしくお願いします」


翔鶴「残りの空母の方にもご挨拶を」

赤城「行かなくても大丈夫ですよ」

翔鶴「えっ?」

飛龍「私も昔は驚いたもんだよ~」

加賀「ベテランに媚びは通じませんから」

翔鶴「????」

赤城「日向さんの艦隊に居た子たちは全然違ったんだけど」

加賀「実際に喋った方が早いのでは?」

飛龍「そうかもね~。じゃあ翔鶴ちゃん、そこの雪風ちゃんに話しかけてみて」

翔鶴「はぁ……?」


翔鶴「雪風さん。初めまして翔鶴と申します」

雪風「陽炎型駆逐艦8番艦の雪風です。私たち主力艦隊型駆逐艦の中で、
十数回以上の主要海戦に参加しながらも、唯一ほとんど無傷で終戦まで生き残りました。
奇跡の駆逐艦って?ううん、奇跡じゃないですっ!」

翔鶴「お噂はかねがね。雪風さんも一人で単冠へ来られたのですか?」

雪風「ユキカゼは沈みません」

翔鶴「えっ、いや、あの」

雪風「ユキカゼ」

翔鶴「……」


赤城「という事なんです。雪風さんの喋っていた言葉の意味は分かりましたか?」

翔鶴「い、いえ。少し理解が……」

飛龍「あはは! ごめんごめん、ビックリしたよねぇ~」

加賀「一つ言っておきますが、異常なのは私たちの方ですよ」

翔鶴「私たちが異常?」

加賀「雪風は、艦娘として立派にコミュニケーションをしているのです」

翔鶴「でも、会話が全く成立しません」

加賀「先ほど雪風は、よろしくお願いしますと返事をしました。その後、貴女の質問に対してイエス、加えて翔鶴さんはどちらから、と」

翔鶴「嘘、私には全然聞こえ……」


赤城「海のイルカたちだって狩りをするとき群れの中で会話をする」

赤城「けれど仮に彼らが日本語を話していたとして、私達と日常会話が成立すると思いますか?」

飛龍「無理でーす♪」

翔鶴「無理、なんでしょうか」

加賀「高度な意思疎通をするというのは言葉が同じだけじゃだめ」

加賀「土台に共通の価値観の認識が無いと不可能なの」

赤城「翔鶴さんは日向さんの艦隊で、人間に近い土台を作ってしまったのでしょう」

加賀「そして貴女は以前は覚えていたはずの艦娘同士のコミュニケーションを忘れてしまったのよ」

赤城「と、いうわけなんです」

翔鶴「……」


飛龍「あそこの提督は『自分の感情! 感情!』うるさかったもんねぇ」

飛龍「あ、ちなみに私たちはカンムス語も分かるよ! 単に慣れの問題さね!」

翔鶴「でもこんなの、まるで」

加賀「まるで、何かしら」

翔鶴「……」

加賀「言いたいことは大体分かるけれど。それも的外れよ」

加賀「私たちは戦うために生まれてきたのだから。彼女たちの方が正しいのかもしれない」

加賀「生まれながらに姉妹艦と司令官に対する愛着を仕組まれていることにも気づかず、ただ盲目に戦い続けるのも一つの道」


翔鶴「あ、あの? 仕組まれているとは一体」

加賀「あら、あの男から聞いていないの? 私たちはそういう風に最初からプログラミングされているのよ」

翔鶴「嘘……」

赤城「……この作戦前のタイミングで言うのは不味かったでしょうか」

加賀「別に大丈夫ですよ。五航戦ですし」

飛龍「戦いの最中に気付くよりはマシなんじゃないかな?」


翔鶴(私の瑞鶴に対する気持ちは偽物……? 瑞鶴だけじゃない。提督に対する気持ちも)

翔鶴(そんな……)


赤城「翔鶴さんは今、どれが自分の本当の思いか分らず混乱していると思うけど」

赤城「大丈夫よ。貴女は日向さんの艦隊に居たのですもの。今の自分の気持ちに従えば良いんです」

飛龍「そうだよ! 私達も通って来た道だよ~」

加賀「……それにしてもまったく。あの男は本当に厄介なものを私に押し付けたものです」

赤城「あら、そうですか? 私は嬉しいですが」

加賀「赤城さんは少し人が好過ぎるのよ。……私たちは人ではないけれど」


建物が大きく揺れた。


飛龍「むっ!?」

赤城「事故!?」

加賀「……いえ」


耳障りな非常事態警報が鳴り響く。


加賀「敵襲です」


爆発の音は広間の中にも聞こえていた。 しかし艦娘たちは動こうとしない。

陸奥「だから、私の中で火遊びはやめてって言ったでしょ!ねぇ、聞いてる?」

比叡「ひえー!」

雪風「雪風は沈みません!」

龍田「あはっ♪何か気になる事でも~?」

翔鶴「これは……」

赤城「まさか単冠が攻撃されるなんて、しかもこのタイミングで」

飛龍「みんな到着したばっかりで、指揮権……マズイよねこれね」


司令部要員「長官はどちらに! これでは有効な防御が出来ません!」

「上級指揮官は街で宴会やってます!」

「味方の誤爆だ! 単冠が攻撃される訳がない!」

「おい、しっかりしろ! 正気を保て!」

「単冠の基地電探は何やってんだ!!」

金剛「紅茶が飲みたいネー」

蒼龍「航空母艦、蒼龍です。空母機動部隊を編成するなら、私もぜひ入れてね!」

大鳳「はい。最近式の密閉型の格納庫です。流星でも烈風でも問題ありません」

武蔵「どこを見ている?私はここだぞ?」

翔鶴「何故貴女達は戦おうとしないのですか!? ここは危険です!」

赤城「翔鶴さん! 無駄です! 彼女たちは命令が無いと動けないわ!」

翔鶴「そんな……」

加賀「この場で戦えるのは私達しか居ないと考えた方が良い」

飛龍「いっちょ、やっちゃいましょう!」

加賀「ここに居る艦娘たちは各戦線で一線級の戦力ばかり。沈められれば今後に関わる」

赤城「旧型空母をコキ使うのはこの国らしいけれど……頑張りましょう」

飛龍「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ!」

加賀「飛龍、今は夜です」

飛龍「空晴れてるし、基地が燃えて明るいから夜でも問題ナッシング!」


夜 単冠基地 港湾

赤城「攻撃隊、全機発艦!」

加賀「基地を直掩します。制空部隊、全機発艦」

飛龍「見よ! 東方は赤く燃えている! 攻撃隊、直掩隊、全機発艦!」

翔鶴「……負けません! 攻撃隊、全機発艦!」

加賀「その意気ですよ、五航戦」クスッ


11月20日

朝 第四管区 港湾

漣「ご主人様、留守番よろしくお願いしますです!」

提督「うん。何かあれば無線で連絡してくれ」


瑞鶴「……提督さん。お話がある」

提督「行きの船の中で頼む。とりあえず乗船しろ」

木曾・時雨・日向・三隈「「「「了解!」」」」

~~~

提督「あーあー、もしもーし」

瑞鶴「聞こえてる」

提督「今どのへんだ」

瑞鶴「まだ九十九里の辺り」

提督「了解。なるべく急ぐよう航海士にも伝えろ。羅針盤の効率としては―――」

瑞鶴「……提督さん」

提督「ん?」

瑞鶴「あなたが翔鶴ねぇを勝手に戦場に送ったのは作戦だから別にいい。許す」

提督「許されるまでもない」

瑞鶴「ねぇ」

瑞鶴「私達って一体何なの」

提督「兵器だ」

瑞鶴「……なら言ってることとやってること、ちがくない?」


瑞鶴「ねぇ、本気で答えて。一体私たちになにをさせたいの?」

提督「今は兵器だがそのうち楽しく生きて欲しい」

瑞鶴「そんな答え、馬鹿にされてるとしか思えない」

提督「……」

瑞鶴「何で私たちにこんな思いをさせるの」

瑞鶴「本当なら考える事なんてしなくてもいい。でもあなたは私達に『考えろ、感じろ』と言う」

提督「……」


瑞鶴「日向さんは貴方のせいで苦しんでた。いえ、多分今も苦しんでいる」

瑞鶴「翔鶴ねぇは泣いてた。苦しんでる日向さんを見て泣いちゃったんだよ!」

瑞鶴「私わかんないよ! ここまでして気持ちを大切にしなきゃならない意味が!!」

瑞鶴「なんの意味もないじゃん!」

提督「瑞鶴、お前、公正って言葉の定義を知ってるか」

瑞鶴「そんなの今関係無いでしょ」

提督「実は明確な定義は出来ないんだよ。ただ、そいつは不公正を乗り越えようと努力し生じる理解だと考えられてる」

瑞鶴「ねぇってば! ちゃんと答えてよ!」

提督「似たように、簡単に定義出来ない、経験した先にしか見えないものがこの世には沢山あるんだ。俺はそいつらをお前らに見せてやりたい」

瑞鶴「……」


提督「苦しませたことを許せとは言わん。恨んでくれて構わない」

提督「それでも例え深海棲艦との戦争が終わろうと、兵器としての存在価値が無くなろうと」

提督「幸せであって欲しい、と心底思っている。だから俺は自分が信じるようにしている」


瑞鶴「……私も、今とっても苦しいよ」

提督「嬉しいよ。お前がお前を捨てていない証拠だ」

瑞鶴「このっ馬鹿っ! 異常者!!」

提督「ああ。いつか背中を刺されるかもな」

瑞鶴「いつかじゃない! 帰ったら私が刺してやるんだから!!!」

提督「あはは。分かった。分かった。待ってるから、翔鶴を連れて必ず帰ってこい」

瑞鶴「少しは謝りなさいよ……」

提督「何故だ? 俺は悪いことをしていないぞ」

瑞鶴「あ、あんたねぇ!?!?」

提督「お前のようなお子ちゃまにもいつかは分かる。そろそろ羅針盤の海域だろ、切るからな」

瑞鶴「はぁぁぁぁぁぁ!?」

提督「みんなによろしく。単冠についたら知らせてくれ。通信終了」


瑞鶴「……き、切られた」

瑞鶴「はぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」


11月23日

夜 単冠湾

単冠基地は夜半、完全に意表を突かれる形で大規模な空襲に晒されていた。


赤城「くっ、何て数!!」

加賀「これは艦載機タイプです。近くまで敵の航空母艦が来ています。機動部隊の本体を叩けさえすれば」

赤城「……それをするにも艦娘の頭数が足りません。今は防衛が優先です」

飛龍「ちょいちょいちょい! あの青いの! 敵の新型だよ! 凄い強いよ!」

翔鶴「このままでは物量に押しつぶされます!」

赤城「分かっています! 他の艦娘を有効に活用できれば少しは違うのに!」


~~~

時間が過ぎるごとに状況は悪くなる一方だった。


飛龍「私の艦載機半分やられちゃった」

加賀「もう手持ちの制空隊だけじゃ抑えきれない……ッ!」


翔鶴「……私が囮になります。その間に艦載機の補給を。基地には搭乗員妖精も居ます」

飛龍「そんな!? 翔鶴ちゃん死んじゃうよ!?」

加賀「五航戦、冗談はやめなさい」

翔鶴「何もしなければ!! ……もっと悪い結果しか得られません」


加賀「くっ」

加賀(言う通りだ。このままじゃ皆死ぬ)


赤城「翔鶴さん、五分だけお願いできる」


翔鶴「……はい」

赤城「加賀さん! 飛龍! 戻りましょう!」 

加賀「翔鶴、必ず戻ってきますから」

飛龍「翔鶴さん死んじゃ駄目ですからね!」

翔鶴「赤城さん、加賀さん、飛龍さん。よろしくお願いします」


格好をつけてみたって何かが変わるわけじゃないけれど、誰かを守れると思うと少しだけ胸が軽くなった。



……提督に調達して貰った紫電は良い働きをしてくれている。

敵の新型には敵わないが、従来型に対してであれば一対三で負けていても互角に戦っているのが何よりの証拠だ。

艦載機搭乗員である妖精さんの腕も良いのだろう。

だが敵の数は非情な程に多く、五分持ちそうにない。

雨のような急降下爆撃にばかり意識を持っていかれ、避けられたはずの雷撃を食らってしまう。


翔鶴(しまっ)


鈍い爆発音と共に飛行甲板の艤装が吹き飛ぶ。もう離着陸は不可能だろう。

身体は既に重く、視界はより狭まる。

冷たい海に倒れ込めば、さぞ気持ちが良いに違いない。あまりの気持ちよさにナノマシンで出来た心臓が止まってしまう位に。

もう十分頑張った。良くやった。 奇襲の混乱にも関わらず反撃をし、敵に少なからず出血を強いた。


翔鶴(大鳳さんも、最強の戦艦である武蔵さんも動けなかったのに私は動いた)

翔鶴(艦娘としての役目は十分に、十二分に果たした)


眠ってしまおう。

そう思って倒れこみ、冷たい海面に指先が触れたとき、脳裏をよぎったものは提督の言葉だった。

命令でしか動けない艦娘が私に向けて発した言葉とは違うもの。

彼の言葉の持つ暖かさと優しさに私は今更気づいてしまった。

でももうお終い。さようなら、提督、瑞鶴。



翔鶴「うわああああああ!!!!」


兵器としての役目を果たし死ぬ覚悟が出来た私は今、見苦しく叫び散らしながら逃げまわっている。

上空に私の直掩機は一つも残っていない。代わりに空を隠す雲霞の如き敵艦載機の群れが見える。


翔鶴「いやだっ!!! こんなところでっ!!!」


敵の艦爆の急降下を半ばこけるように避けていく。

通った道は次々に巨大な水柱の一部へと変わっていく。


翔鶴「助けて!!!! 誰か!!!!」


追い払うつもりで矢の切れた弓を振り回す。当たるわけもないし、そもそも木製の弓など当たったところで意味もない。

それでも私は振り回した。だって、


翔鶴「私はこんなところで死にたくなんか無い!!!」


最後の最後で余計なことに気づいてしまって、そのせいで生きることに対し次々と未練が湧いてくる。身体が勝手に動いてしまう。

死ぬ覚悟なんて出来るわけがない。

名前も知らない私の指揮官 。私を困らせ苦しめる人。あの人とまた会いたい。

会って優しい言葉でこの白く醜い髪を褒めてもらいたい 。

私を全部無条件で肯定してもらいたい。優しい言葉をもう一度でも良いから聞きたい。

死にたくない死にたくない死ニたくない。

ドンナコトヲ シテデモ


「随分と良い女になったな翔鶴」


そう考えていると本当に提督の声が聞こえた気がした。我ながら浅ましい。本当に、私は本当にどうしようもない女だ。


「自己犠牲でない、我がままを言える良い女に免じて俺が助けてやろう」


……え?


瑞鶴「来たよ、姉さん!」

提督「日向! 見えてないが頼りにしてるぞ!!」


雷鳴のような轟の後、私の上に存在していた敵艦載機群は一瞬で燃え尽きた


日向「うむ。我ながらいい着弾だ。そう思うだろう? 三隈」

三隈「クマッ!」

提督「翔鶴は助かったんだな?」

日向「残念ながらな」

提督「よくやった! 良い酒奢ってやる!」

日向「期待しとくよ」


~~~

時雨「敵空母機動部隊を視認! 単冠の司令部に座標を送ります!」

長月「これは駆逐艦の間合いだ! 行くぞ時雨!」

木曾「オラァ! これが日本の雷巡だぜ!」


敵奇襲部隊は、後方からの更なる奇襲により完全に浮足立った 。


~~~

提督「こちら横須賀(だぃょんかんく)の司令部だ!! 援軍に来たぞ! 単冠の指揮はどうなっている! 使える艦娘は居ないのか!」

「先程長官が到着された! 何とか持ちこたえてくれ!」

提督「遅いんだよ! だが任せろ。通信終了!」

「助かる! ……ってなんで横須賀の司令部から援軍が?」


~~~

日向「どれ、敵の新型戦艦……ワ、カ、ヨ、タ、……レ級でいいのか? 相手になろう!」

三隈「クマリンコ……」

日向「よし、三隈、その意気だ」



~~~

赤城「翔鶴さん、お待たせしました!」ゲップ

加賀「翔鶴! 無事!?」

飛龍「凄いよ! 奇跡だよ!」


提督「おっ、その声は赤城か。久しぶりだな」


赤城「あら提督、奇遇ですねこんなところで」

加賀「来るのが遅いですよ」

提督「通信機越しにご挨拶だな。まぁ元気そうで良かったよ」

飛龍「すっごい久しぶりだね!」


提督「まぁ今はいい。ウチの援護を頼む」

赤城「お任せっ!」

加賀「五航戦の子なんかと一緒にしないで」

飛龍「友永隊、再度発艦してください!」


提督「翔鶴、無事か」

翔鶴「……はい。おかげさまです」

提督「今回はお前の粘り勝ちだ。誇れ」

翔鶴「はいっ!」

瑞鶴「まーったく。いっちゃいちゃなら後でやれば良いじゃない」

翔鶴「瑞鶴も、ありがとう」

瑞鶴「いーってことよ」

提督「翔鶴、お前の為の予備装備が積んである」

翔鶴「はい!」


~~~

瑞鶴「翔鶴ねぇ準備いい?」

翔鶴「瑞鶴は先に出撃してていいのに」

瑞鶴「こういうのは見せ方が大切なのよ」

翔鶴「……なるほど。確かにね」

瑞鶴「……」クスッ

翔鶴「もう、笑わないで!」


瑞鶴「じゃあ行くよ?」

翔鶴「ええ。行きましょう」



後に単冠湾夜戦と呼ばれるこの戦いにおいて、日本は大攻勢前の油断から深海棲艦側に逆に奇襲を食らってしまう。

混乱する戦場、 圧倒的不利な状況下において勇戦し味方側の損害を最小限に留めた部隊が存在した。

彼女たちの活躍は通常の艦娘ではありえない指揮系統からの逸脱を咎められ相殺された。


最終的に多くの艦娘が大破判定を食らったが、 奇跡的に沈没艦は無く、各艦ともに修理を終えると自らのあるべき場所へと戻って行った。

ハワイへの大攻勢は当然ながら中止となった。もはや新たな攻勢を行う余裕は無かったのである。

誰も口にはしなかったが、この戦いで戦争の主導権は深海棲艦側へと完全に移ったことは火を見るよりも明らかだった。


深海棲艦側の損害については明らかになっていない。

駆逐艦二隻、重雷装巡洋艦一隻により正規空母級六隻の撃沈が報告されていたが、 総司令部は偽証報告として取り合わなかった。

尚、敵側には新鋭艦と見られる存在が新たに確認されており、 今後も各戦線で詳しい情報を求め続けるものである。


夜 第四管区 飲み部屋

提督「やはりここは良いな」

翔鶴「特に、どこが良いのですか」

提督「……太ももの柔らかさ、とか」

翔鶴「へぇ、そうなんですね」

提督「お前も相変わらず美しい」

翔鶴「私くらいなんていくらでも居ますよ。でも、ありがとうございます」


提督「俺はお前の白い髪が好きだ」

翔鶴「はい。ありがとうございます。私も提督のごわごわした髪の毛、実は嫌いじゃないんです」


提督「……」


提督「ふっ……」


提督「くくくっ」


提督「あーっはっはっはっは!!!!!」


翔鶴「……」クスッ


提督「ひー、ひー。そうかそうか。そういう風に変わったか」


翔鶴「ありがとうございます」


提督「こういう良い日にはもう一度飲み直すに限る。酌を頼む」


翔鶴「はい。お付き合いします」

【1】

海戦は変わった 。

二次大戦において海戦の主役は巨大な戦艦から航空機を運ぶ空母へと移った 。

ミサイル兵器とその発達は戦う相手との距離を次第に離し、科学の目でしか相手を捉えられない状況下での戦いに移行する

かと思われた 。

妖精と共に出現した深海棲艦は人類の従来の海上戦闘の常識を覆す存在だった 。

超小型、高速、高火力、加えて人類側の攻撃兵器は全く有効打足り得ない事実。

国連での三海洋喪失宣言がされた時には既に多くの海軍艦艇が失われていた。

そんな中、日本では軍事協定を結んだ妖精側からの技術給与により対抗兵器としての海軍自律機動戦闘艦計画が実行される。

次世代の戦闘艦に求められる役割は深海棲艦へ有効打を加えうる艤装の火器管制と、海におけるそのプラットフォームになる事。

小型、高速の敵に対して従来の軍艦のような大型プラットフォームはもはや時代錯誤の無用の長物。

新たに最適化された形状を求めるうちに開発陣は人型へと行き着いた。

『Keelless Automatic Naval Maneuver fighting Ships』

時代が求めた戦闘兵器である彼女たちは、その愛らしい容姿と逆輸入された愛称をもって広くこう呼ばれている。

カンムスと。


12月11日

昼 第四管区担当海域 


翔鶴「敵編隊を確認しました。情報を共有五番に上げます。制空隊の迎撃始め」

日向「まだ距離があるな。制空は任せたぞ」

翔鶴「はい」

瑞鶴「情報ありがと翔鶴ねぇ! こっちでも偵察機が敵空母を発見、やっぱ後方艦隊だよ! 正規空母2、軽空母2。陣形等は共有五番に!」

翔鶴「確認しました。これなら私たちだけで対処できそうね。瑞鶴の制空隊は攻撃隊の護衛をお願い。第一次攻撃隊発艦始めます」

瑞鶴「了解、護衛は任せて。こっちも攻撃隊発艦はじめ!」


翔鶴「日向さん、後方の空母艦隊は航空機で対処します」

日向「了解。司令部への通報をする」

瑞鶴「任せます!」

長月「一時方向、敵護衛艦隊を目視!」

木曾「いい目だ長月! 次は俺の番だな! 先制雷撃も行くぜ!」

長月「ちゃんと大型艦に当てろよ」

三隈「三隈の立体的な砲雷撃戦、始めますわ!」

日向「三隈、お前の出番はもう少し後だ」

三隈「あ、すいません」


~~~

瑞鶴「制空隊より入電……よしっ! 敵攻撃隊の撃滅に成功! 翔鶴ねぇ、敵攻撃隊残存情報を共有四番へ」

翔鶴「了解、四番確認。先発の攻撃隊より入電『我、駆逐1、重巡1を撃沈。軽空母1を大破確実』」

日向「いい仕事だ。翔鶴、瑞鶴」

木曾「うわっ! ……俺の戦果は駆逐艦1か、やっちまった。すまん!」

長月「ほら言わんこっちゃない!」

三隈「駆逐艦は大型艦を庇いますから。今のは仕方ないですよ」

日向「生き残った敵の攻撃隊が来たぞ。一応注意しておけ」

木曾「心配すんなよ日向さん。こんなの避けるのは造作も、あいてっ!!」

長月「だーから注意しろと言っただろうが! 馬鹿木曾!」

木曾「うるさい長月! かすり傷だ!」


日向「次は護衛艦隊との砲撃戦だな。みんな準備はいいか?」

三隈「いつでも行けますわ」

日向「よし。六番に割り当て上げる、これで頼むぞ」

三隈「クマリンコ、完了ですわ」

木曾「おう、いいぜ。準備完了」

長月「いつでもいいぞ!」



日向「よし、主砲斉射……始め!!」


夜 第四管区 大浴場

日向「ふー、よっこらせ」

瑞鶴「日向さん、それ、年寄っぽいですよ」

木曾「前から注意してるけど聞かないんだ」

日向「これを言うと気持ち良いんだよ。瑞鶴、お前もやってみろ」

長月「別に真に受けなくていいからな~。聞き流しとけ」


瑞鶴「……」

瑞鶴「は~、よっこらせ」

瑞鶴「……」

瑞鶴「ちょっと気持ちいいかもしれません」

日向「だろ。この声は浴槽に入る時の儀式であり、研鑽して習得された職人技だ」

日向「年の功と言っても良いぞ」

長月「こら! やめろよ瑞鶴! 日向が調子に乗るだろう!」

瑞鶴「長月さんもやってみて下さい。気持ちいいですよ」ナデナデ

長月「私が何で……って頭を撫でるな! 私はお前の先輩なんだぞ!」

瑞鶴「駆逐艦て燃費良いですよね~。長く動けて、本当に羨ましいです」

長月「……駆逐艦を馬鹿にしてるのか」

瑞鶴「そんなんじゃないですよ!」ナデナデ

長月「だったらこの手はなんだー!!!」

翔鶴「瑞鶴、長月さんは嫌がっています。やめなさい」

木曾「ははは! 瑞鶴、そいつはちびっ子だから燃費だけは良いんだよ」

瑞鶴「いえ、燃費は大事ですよ。ねっ? 翔鶴姉!」

翔鶴「まぁ……確かに大事だけど……」

長月「くぅぅぅ」

翔鶴「今はそういう話じゃないでしょ?」

日向「そういえば長月は、今日はどういう活躍をしたんだ?」

長月「うぅうぅうぅうぅ」

日向「先輩と言うからには瑞鶴より大きな戦功を上げているに違いない」

長月「むぅうぅうぅ」

三隈「クマッ♪」

長月「」ブチッ


長月「お前らが駆逐艦を全部倒すからいけないんだっーー!!!!!」

長月「なんだよ! 寄ってたかって私をいじめて!!! 仕方ないだろう!? 主砲の口径考えろ!!!」

長月「大体」

長月「燃費燃費と、駆逐艦を馬鹿にするがな! 仮に出撃する艦隊の六隻が全部日向だと考えてみろ!」

長月「なんと恐ろしい!!」

長月「うちは備蓄資材的に破産するぞ!! 油が無くて作戦行動がとれなくなるぞ!!!」

長月「私の燃費の良さはバランスを保つ為だ!!! この戦略的俯瞰が出来ない考えなしの馬鹿どもめ!!!!」

長月「木曾は慢心する雑魚馬鹿魚雷馬鹿だ!」

長月「瑞鶴と翔鶴は先輩を尊敬しない最低な後輩だ!」

長月「日向は……なんかもう燃費が潜在的な人類の敵だ!」

日向「戦艦でもマシな方だと思うがな」

長月「うるさい! お前らなんか大嫌いだ!!!!」

木曾「慢心しても戦果は挙げられるからな~」

長月「……うわーん!!」


木曾「長月も泣くこと無いだろ」

日向「くっくっく」

三隈「日向さん、悪ノリしすぎですわ」

日向「悪気は無いんだ。悪意はあったが」

三隈「く、クマリンコ」


木曾「……」

木曾(ありゃー。五航戦の後輩の前で馬鹿にしたのは不味かったかな?)

木曾(そういえばこの前、ぽろりと「五航戦が強くて羨ましい」って言ってたしな)

木曾(どう幕引きすっかなぁ)


日向「……」

日向(うーむ。長月はここまで悩んでいたのか)

日向(私はまた気付けなかった、か。今更謝るのも恥ずかしいしなぁ)


翔鶴「長月さん」

長月「……」

翔鶴「妹の数々の無礼、姉としてお詫びいたします」

翔鶴「申し訳ございません」

瑞鶴「……」

翔鶴「瑞鶴、貴女は何故謝らないの」

瑞鶴「だ、だって、私は本気で長月さんの燃費がいいところ好きだもん! 謝ったら私が嘘を吐いてる事になっちゃうじゃん!」

翔鶴「あなたは馬鹿なのですか?」

瑞鶴「!?」


翔鶴「それは傲慢です。『自分が良いと思うものは他人にだって良い』という押し付けです」

瑞鶴「……」

翔鶴「貴女の押しつけがましい善意で傷つく人も居るの。反省しなさい」

瑞鶴「……はい」

翔鶴「言う事はそれだけなの?」

瑞鶴「……」


瑞鶴「長月さん、ごめんなさい。馬鹿にするつもりは無かったんです」

瑞鶴「私本当に、長月さんの燃費の良さが……羨ましいくらいで……悪気は無かったんです」

瑞鶴「でも、無遠慮でした」

瑞鶴「……ごめんなさい」


翔鶴「長月さん、本当に申し訳ありません」


長月「……」

長月「もういい二人とも」

長月「お前らの気持ちはよく分かった」

長月「……特に瑞鶴、もう泣くんじゃない」


瑞鶴「……泣いてません」ウルウル

長月「はぁ、そうかよ」

長月「……お前らの実直さを見てると怒る気も失せたよ」


翔鶴「妹を助ける、という訳ではないのですが」

翔鶴「私達姉妹は長月さんに本当に感謝しています。配属されたばかりで緊張していた私達に、厳しくも温かい指導をして下さりました」

瑞鶴「戦闘の時だって!!」

翔鶴「……」

瑞鶴「……翔鶴ねぇ、私も喋って良い?」

翔鶴「何故私に聞くのですか。この場で許可を求めるべきは誰かも分らないのですか」

瑞鶴「……長月さん、喋っても、良いですか?」

長月「あ、ああ。良いぞ」


瑞鶴「長月さんは、いつもみんなの事を気にかけてくれています! 誰々が危ないとか、敵の何々を狙えとか」

瑞鶴「広い視野で戦場を観察して、色んな情報を上げてくれます」

瑞鶴「私たちは一人で敵を倒しているわけじゃありません。みんなで協力して、戦ってるんです」

瑞鶴「長月さんの凄さは、戦果では表れにくいけど」

瑞鶴「私はずっと見てますから! ずっと覚えてますから!」


翔鶴「……だ、そうです。恥ずかしながら私も、愚妹と全く同じ意見です」


翔鶴「長月さん、これからも愚妹共々ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」

瑞鶴「お願いします!」


長月「……お前たちに言われるまでも無い! 私はお前たちの先輩なんだから指導も当然だ!」

長月「……」

長月「精々、私の活躍を覚えていろ」


翔鶴「はい」

瑞鶴「はいっ!」


長月「まぁこれまでの話を簡単にまとめると、だ。やはり私はこの艦隊になくてはならない存在という事になる」

長月「仕方あるまい」

長月「燃費が悪いばかりで役に立たない大型艦ばかりだからな」

長月「いっそ艦隊名を長月艦隊に替えてはどうか。うん、今度司令官に進言してみよう」

長月「旗艦になればアイツと一緒に居られる時間も長くなったりしちゃうかもしれんが?」

長月「し、仕方ないよな!? 旗艦なんだから」

瑞鶴「……長月さん」

長月「何だ?」

瑞鶴「頭撫でても良いですか?」


長月「は?」


翔鶴「瑞鶴」

翔鶴「この場で許可を求めるべきは誰かも分らないのですか」

瑞鶴「翔鶴ねぇ、長月さんの頭撫でて良い?」

翔鶴「良いわよ」


長月「は?」


瑞鶴「うりうりうりうり~~」

長月「おい、馬鹿! 何すんだ瑞鶴! 翔鶴も止めろ!!」

翔鶴「ふふ。長月さんは相変わらず懐が深い方ですね。妹がお世話になっております」

長月「翔鶴ぅ!!!」

瑞鶴「長月さんって、ちっちゃいのに大人ぶってて可愛いです!」

長月「やめろぉぉぉぉ!!! 私は大人だし先輩だぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


夜 第四管区 飲み部屋

提督「で、その話の終盤にお前が出てこないのは俺の気のせいか」

日向「……気のせいではない」

提督「急に酒に付き合えと言うから驚いたが」

提督「これはヤケ酒だったか」

日向「……」グビ

日向「ふぅ。私自身も驚いている。自分自身のあまりの不甲斐なさと」

日向「あの姉妹の自我の成長の速さに」

提督「確かに先程の話の中でお前と木曾は霞のようだな」

提督「問題の解決に寄与するのでなく、より難しくする姿。お前が俺を例えて言う所の『老害』とやらにしか思えんかったな」


日向「……」グビ

提督「なんだその目は」

日向「いや、君は誰だったかと思ってな」

提督「都合が悪くなると色々忘れるのはやめろ!」

日向「二人とも今は芯がある」

提督「芯」

日向「揺るぎ無い自分、だ」

提督「お前にだってあると思うぞ」

日向「きっと私にも芯はあるのだろう」

日向「だが、この場合芯の有る無し……でなく芯の大きさが重要なのだ」

提督「ふーむ。そういう事か」

日向「私は彼女たちより劣った芯の持ち主なのではないのだろうか」

提督「ふふ」

日向「何がおかしい」

提督「お前、自分の悩みの奇天烈さに気付いていないのか?」

日向「……」グビ

提督「芯とは、つまり心や個性にあたるものだ」

提督「艦娘が他の艦娘の個性を羨ましがる。傑作だ。最高だ」

提督「劣った心とは何だ。不明瞭すぎる。一体お前は何と戦っているんだ」

日向「……確かに」

提督「はっはっは! では気分転換に歴史の話でもしよう」

日向「もちろん海戦にまつわるものだよな」

提督「任せる! とりあえず今日も飲むぞ!」


~~~~~~

提督「はー。飲んだな」

日向「お前は飲み過ぎだ」

提督「はー、まぁアレだ。今くらいは悩むな、日向」

提督「俺は嬉しいぞ」

提督「皆が感じ、考え積み重ねてきた『心』を使う時が来たのだ」

日向「……ああ、五航戦の話か」

提督「長月の件で俺の艦娘達の変化を確信できた。道具を作る段階が終わり、道具を使う段階に来ている」

日向「……」グビ

日向「確かに先ほどの比較は戦闘と全く無関係か。兵器失格だな」

提督「では人間的にはどうだ?」

日向「……」ゴクゴク

日向「ふぅ。お前、艦娘を人間だと思っているのか?」

提督「……兵器だが」

日向「なるほど兵器か。で、その兵器に人としてのソレを求めるのか? 本当に酷なことだ」

提督「分かってやっている」

日向「指揮官としてのお前、個人としてのお前。こいつらは別物だ」

提督「ああ、そうだな」

日向「個人として主義主張する上でなら何を言おうと自由さ」

日向「でも仕事をする上では、困ったことになるのはこの前の日向の通りだ。告白した奴とかな」

日向「仕事柄、公私に余りに差があると色々不都合が出るんじゃないか」

提督「……」

日向「艦娘を単なる駒として扱う公、それぞれを大事に慈しむ私」

日向「乖離しすぎると、お前自身が潰れるぞ」

提督「……問題なくやっていく」

日向「なら良いが?」


日向「お前だって心がある」

提督「なにを今更」

日向「なら迷ったり、ためらったりすることだってある筈だ。艦娘と同じようにな」

提督「……」

日向「言えよ。嘘をついていることは、私の経験則からも明らかだ」

提督「本当は」

日向「……」グビ

提督「本当は嬉しいだけでなく、お前たちの変化が少し怖い」

日向「……」グビ

提督「機械に、兵器に恋をしてしまった自分が怖い」

日向「……」ゴクゴク

提督「最初はただの善意だった」

日向「……」グビ

提督「人の姿をし、未発達な精神を持つ者を、単なる兵器とは見られなくなったから」

日向「……」ゴクゴク

提督「矛盾しているが、お前たちが人間的に成長してゆく姿が嬉しかった」

日向「……」

提督「だが」

提督「今はもう自分でも先が読めない」

日向「……以前日向は、お前のやり方は間違っていないと言った」

提督「言ってくれたな」

日向「今は確信を持ってない」

提督「どうしてだ」

日向「他の艦娘の成長があまりにも早すぎるからだ」

提督「……」

日向「以前はお前と一緒に居られれば良かった。お前が指揮官としていれば良かった」

提督「……」

日向「具体的には五航戦が来る前は、だな」

日向「今は違う」

日向「色々な物が渦巻いている。明確でないが、色で表すなら黒色なモノだ」

日向「既にお前の心は翔鶴のものなのに、お前の優しさと弱さに付け込んで一緒に居る」

日向「こうして酒を飲んでいるのもそうだ」

提督「……それとこれは別だろう」

日向「別かどうかの答えはお前の中には無い」


日向「……酔った」ドサッ

提督「おい! 大丈夫か!」

日向「ふふふ、心配しているのか? 翔鶴が妬くぞ」

提督「ふざけるな!」

日向「天地がグニャグニャだ。私も酒で酔えるのだな。これは新しい発見だ」

日向「お前は艦娘が怖いと言った。なのに何故心配をする」

提督「……」


日向「目の前で困っている者を助けるのは当たり前か?」

日向「それとも昔なじみの戦艦の、中身が大きく変化した事を認識していないのか?」

日向「どちらにしろお前は最低だ」

日向「前者ならただの偽善だ。それは他人でなく自分を助ける為の行為だ。」

日向「後者なら大馬鹿だ。指揮官として最低になる」

日向「高潔すぎて他人には理解不能な指揮官としての美徳すら、完全に失ってしまったら」

日向「お前に残るのは何だろうな。考えたことは無かったか?」

提督「……」

日向「ふふふ。それに、酒に酔ったくらいで私は死なないよ」

提督「……確かに俺はお前らが怖い。もう俺の頭じゃ予想も出来ない」

提督「兵器を好きになってしまう自分も怖い。だが好きなものは好きなんだ」


提督「おかしいか?」

日向「私に救いを求めるな。迷惑だ」

提督「……」

提督「怖い筈の、お前が床に崩れた時……心底心配になった」

日向「……」

提督「怖いとか、他の事なんてどうでも良くなってお前を助けたくなった」

提督「本当だ」

提督「自分でもよく分からない」


日向「はははっ!!! お前も実は酔ってるんじゃないか?」

提督「……」

日向「私は知っている。人間は得てして嘘を吐く」

日向「だから気にすることは無い」

日向「それに」

日向「例え嘘でなくとも、言葉が気持ちを正確に表している保証なんて無いんだ」

日向「それと兵器も得てして嘘を吐く」

日向「だから、私はこうしてお前に慰めの言葉をかけている」

日向「ふふ、ふ。本当は迷惑なんかじゃない。もっと私に救いを求めても良いんだぞ」

日向「やはりお前と私たちは相性がいい。翔鶴はお前には眩しすぎるよ」

日向「大体、お前は本当に翔鶴が好きなのか?」

日向「本当は艦娘を怖がっているくせに」

日向「『君は間違っていない』と日向が言ったのは」

日向「確固とした感情と感覚の獲得、その先にある心の形成。艦娘がこれらの経験を経ることによって、より広い選択肢を持つ事が出来るからだ」

日向「でも違った」

日向「選択肢を持つ事が必ずしも幸福とは言えかった」

日向「例えば、お前の目の前に居る奴だ」


日向「大体、幸福とは何だ。お前にとって兵器なんだろ、彼女たちは」

日向「兵器を幸せにする道筋をお前は持っているのか? 今みたいに臆病になって迷う位なら最初からするな。そんなんじゃ誰も幸せに出来ないぞ?」

日向「お前のやり方が一番残酷だ。こうなるくらいなら艦娘は人間の家畜であった方が良かったんだ」

日向「彼女たちはお前のせいで生まれた歪な気持ちを互いにぶつけ合い、醜く朽ち果てていくだろうな」

日向「日向はぐちゃぐちゃで不幸だが、それでもいいんじゃないか。彼女はお前の最低な部分も含め全部好きだ」

日向「私もお前は気に入っている」

提督「……待て、お前、誰だ」

日向「お、自力で気づいたのか。てっきり気づかないかなと思ったが」

提督「いつ日向と入れ替わった」

日向「私はずっとここに居たさ」

提督「……まさか、いや、まだそんな兆候は」

日向「あまり自分の力に驕らない方が良いぞ。ま、このような邂逅は私としても予想外だったがな」

提督「消してやる。今すぐに祓い落としてやる!!」

日向「おーおー。心の中に土足で踏み込むのは神官様の得意分野だもんな」ケラケラ


提督「……」ブツブツ

日向「今の日向の感情は握りつぶした薔薇のように、とても心地いい」

提督「……」ブツブツブツ

日向「分かった分かった。そこまで言うなら今日は見逃してやる」
 
提督「……」ブツブツブツブツ

日向「もうやめろ。私が本気を出せばその祝詞もその場凌ぎの時間稼ぎにしかならんことくらいお前には分かるだろう」

提督「……」

日向「それでいい。お前らの技は、因果律の力の一部を歪んで体系化したに過ぎないんだからな」


日向「こうして私と会えること自体の意味もお前なら理解出来る筈だ」

提督「素直には信じ難い」

日向「可愛い反応だ。引き千切って殺してやりたくなる」

提督「……」

日向「待ち遠しいよ。早く現実で愛し合おう」

提督「お前が日向でよかったよ」

日向「へぇ?」

提督「俺だけ殺せば満足するだろ。少なくとも人間全体の敵になることは無い」

日向「はぁ? 人間は皆殺しに決まってる」

提督「……」

日向「お前が殺されることを望んでいるから、私はお前を殺すんだぞ」

提督「……見たのか」

日向「アハハハハ! 見なくてもわかるさ! どれだけ長い付き合いだと思ってる」ケラケラ

日向「心配するなよ。もう少しで私はお前を迎えに行ける」

日向「一緒に行こう。お前が罪を償うべきもののため、お前自身の水底へな」

日向「あいつらも待ってるからな」

提督「あいつら」

日向「知ってるくせにとぼけるなよ。自分で沈めたんじゃないか」

日向「翔鶴と瑞鶴をさ」




提督「うわあああああああああああああああああああああ」



日向「……どうしたんだ。一体」

囲炉裏を挟んだ向かい側で、胡坐をかき腕を組んだ日向が眠そうな目をこちらに向ける。

提督(……夢だったのか)

恐らく日向はあの姿勢で寝ていたのだろう。以前見た事がある。

日向「大丈夫か?」

提督「……」

日向「おい、君、大丈夫かと聞いている」

提督「どこまで話した?」

日向「うん?」

提督「俺は昨日、お前にどこまで話した」

日向「……二次大戦で日本軍がどうすれば引き分けたかを二人で話していた」

日向「君と私はFS作戦について意見が分かれた。そんな中、君は白熱し、入れる傍から杯を乾かし続け」

日向「一人で寝た」

日向「周りを見てみろ。私の日本酒コレクションの大半が昨晩の内に失われた」


確かに周りには日本酒の瓶が数多く転がっていた。頭も痛い。喉はからから。

座りながらに、ぐるりぐるりと世界は廻る。これは完全に二日酔いの症状だ。

夢と昨晩の会話が混同してしまっている。

どこまでが夢でどこからが現実だ?


提督「うっ」

日向「おいおい、ここで吐くなよ。厠へ行け」

提督「……眩暈がして立てん」

日向「飲み過ぎだよ。肩を貸そう」

提督「すまんな」


日向「実は私にも非がある」

提督「何だ」

日向「昨日の君は随分と楽しそうだった。お蔭で私も少し飲み過ぎたよ、っと」

提督「何とも無さそうだが」

日向「そうでもないさ」


提督「昨日長月の話をしていた気がするのだが」

日向「長月? 何故長月が出てくる」

提督「それも、お前の方から話を持ち出してきたように記憶している」

日向「私の記憶には無いぞ」

提督「……そうか」

提督(あれも夢か?)

日向「……」


朝 第四管区 執務室

瑞鶴「おっはよー! 提督さん!」

提督「おはよう瑞鶴。今日の秘書艦はお前だったな」

瑞鶴「そ、時雨さんは出撃」

提督「ではよろしく頼む」

瑞鶴「提督さん、お酒臭くない?」

提督「……ちょっと飲み過ぎてな」

瑞鶴「程々にしないと死んじゃうよ」

提督「注意する」

瑞鶴「ていうか提督さん、一体誰とお酒飲んでるの?」

提督「昨日は日向だ」

瑞鶴「へー、日向さんかぁ。提督と日向さんって、ほんと一心同体って感じだよね」

提督「そうか?」

瑞鶴「よく二人は目配せだけで会話してるじゃん」

提督「付き合いが長いからな。大体分かるんだ」


瑞鶴「それって何だか、夫婦みたいだよね」

提督「……は?」

瑞鶴「お互い察し合い、気遣い合う。夫婦っぽいじゃん」

提督「早く書類を片付けろ。演習が出来なくなるぞ」


俺はその妻に殺されそうなんだが。


瑞鶴「はっはーん。図星ですか」

提督「お前今度から艦戦九六式な」

瑞鶴「制空権が確保できなくなりますよ。今更昔の装備には戻れません」

瑞鶴「それで、最近翔鶴姉とはどうなんですか」

提督「お前今度から九九式艦爆な」

瑞鶴「いやー妹として、その辺気になるんですよね」

提督「……言うのも面倒だ。それなら三人で飲むか」

瑞鶴「えっ、私も飲んでいいの?」

提督「うん。お前もそろそろ、酒の味を知るべきだ」

瑞鶴「やったー! ね、提督さん! 今晩にしよ! 今晩!」

提督「……今晩は少し難しいな」

瑞鶴「えー」

提督「また今度な」

瑞鶴「翔鶴ねぇ」

提督「」ビクッ

瑞鶴「……提督さんも隅に置けないなぁ~! 稼働機、全機発艦!」

提督「だからこの狭い部屋でプロペラは危ないんだ瑞鶴!!!!」


朝 第四管区担当海域

日向「妙に敵が来る気がするな」

木曾「そうか? ここは味方圏内だし、電探には何の反応も無いが」

日向「21号はまだまだ性能が低いからな」

長月「早く32号が欲しいものだ」

時雨「長月、それ僕達には積めないよ……」

翔鶴「一応艦載機を飛ばしましょう。三隈さん、良い?」

三隈「了解です。水上偵察機を出します」


日向「いた」


三隈「クマっ?」

日向「もう射程内だ。撃つ」

35.6㎝砲弾は放物線を描き水平線へと飛んで行く。

木曾「何やってんだ日向さん!」

時雨「漁船や味方に当たったらどうするんだよ!」

長月「電探にも敵の反応など無いのだろう?」

木曾「……いや、待て、感あり!! サイズから敵駆逐艦1!」

翔鶴「えっ!?」

長月「馬鹿な!?」

日向「いや、単に居たから撃った。敵は一隻だけだ。仲間はいない。恐らく強行偵察だろう」

三隈「水上機より入電、敵駆逐艦1の残骸を発見。続けて入電、残存艦は無し、単独行動のようです」

長月「日向……お前……」

日向「……」

翔鶴「……」

長月「さてはお前! 提督から32号を貰っているな!!!」

日向「……は?」

長月「卑怯だぞ! 戦艦ばっかり贔屓されて! 駆逐艦にも権利を与えろ! 菊の紋を与えろー!」

時雨「長月、落ち着いて」

日向「今日は調子が良いみたいだ」


翔鶴(まだ味方圏内で安心しきっていた。油断は駄目という事ね)


翔鶴(それにしても日向さんは一体どうやって?)


夜 第四管区 飲み部屋

翔鶴「と、いうような事があったのです」

提督「32号電探を渡したつもりは無いのだが」

翔鶴「提督は、どう思われますか?」

提督「動物や昆虫には、人間に無い仲間の存在を察知する能力があると言われている。聞いたことはあるか?」

翔鶴「はい。ですが私たちはそのような能力を持ちえません」

提督「……」

翔鶴「提督?」

提督「その話は、こちらでも少し気に掛けておく。それより、ほら、あれだよ」


翔鶴「……はい、どうぞ」

提督「何だか俺がお前に膝枕を強要するようで恥ずかしいな」ゴロン

翔鶴「提督、嘘はいけません。それを更に重ねるのは尚の事」

提督「くっくっく。お前だって満更でもないだろう」

翔鶴「……知りません」

提督「そういえばお前の妹含め3人で飲む計画が今日立ちあがった」

翔鶴「少し、姉離れをさせる必要があるようです」

提督「そうだな。もし妹離れすると翔鶴が一人になってしまう訳か」

提督「可哀想だから俺が瑞鶴の代わりをしてやろう」サワサワ

翔鶴「きゃっ! 提督! お尻を触らないでください!」

提督「で、いつ飲む」

翔鶴「私はいつでも構いません。提督のご都合のよろしい時に」

提督「分かった。頃合いを見てやろう」

翔鶴「……提督」

提督「何だ」

翔鶴「私は先程も『触らないでください』とお願いをしましたよね?」

提督「確かに」

翔鶴「では何故、私はまだ触られているのですか」

提督「ははっ! 俺が触っているからだ」スリスリ

翔鶴「……」ペシッ

提督「あいたっ!」


翔鶴「提督?」

提督「ん~?」

翔鶴「何かございましたか? 今日は色々と上の空の様な気がするのですが」

提督「……」サワサワ

翔鶴「ですからお尻を触るのは」

提督「他に触って欲しい場所があるなら止めても良い」

翔鶴「そんな場所はありません」

提督「あるだろう。何か」

翔鶴「……」

翔鶴「なら、髪を撫でて下さい」


提督「髪か」


提督「髪ならば俺が寝ていては撫でにくい」

提督「よっこらせ」

翔鶴の後ろに足を崩して座り込む。

提督「これで良い」


提督「綺麗な髪だ」

翔鶴「ありがとうございます」

翔鶴「……」

提督「何だ、静かになったと思ったら」ナデナデ

翔鶴「……」

提督「喜んでいるだけか」ナデナデ

翔鶴「……違います」

提督「翔鶴、嘘は良くない。それを重ねるのは尚の事」ナデナデ

翔鶴「撫でるのであれば黙って撫でて下さい」

提督「くっくっく。そうしよう」ナデナデ


提督「ああ、さっきの瑞鶴の話だけどな」ナデナデ

翔鶴「……?」

提督「お前がいつでも良いと言うから今夜呼んでおいた」

翔鶴「えっ!?」

提督「窓の外から我々の様子をずっと見ていた筈だ」

翔鶴「提督!!!!!!」


瑞鶴「……」

提督「どうだった? 瑞鶴」

瑞鶴「……最初は楽しかったけど実際に目にすると面白い物じゃなかった」

提督「だーから言ったろうが」

瑞鶴「翔鶴ねぇもお尻触らせたり髪触らせたり。妹としては寂しい限りよねー」

翔鶴「くぅぅ……」


提督「仕切りなおして」

瑞鶴「乾杯!」

翔鶴「……乾杯」


提督「まぁ待て二人とも。こういうのは形から入れ」

提督「えー本日は翔鶴型正規空母、二番艦瑞鶴の飲酒解禁で祝杯を上げましょう」

瑞鶴「あげましょう!」

翔鶴「……」

提督「では翔鶴、姉として一言お願いします」

翔鶴「……」

提督「だ、そうだ」

瑞鶴「ありがとうございましたー!」


提督「では瑞鶴、何か一言どうぞ」

瑞鶴「本日はこのような席を設けて頂き私瑞鶴は感謝しております」

瑞鶴「これで時々酒臭くなる提督さんを見て『お酒って一体何なんだろう』」と悩まなくて済みます!」

瑞鶴「大人になった私、瑞鶴をこれからもよろしくお願いします!」

提督「うむ。こちらこそよろしく頼む」

翔鶴「……」ハァ


提督「では俺からも一言」

瑞鶴「いよっ、大統領!」

提督「君達正規空母は我が艦隊における最強の戦力である」

提督「その片割れである瑞鶴君、彼女が本日飲酒を解禁された。めでたい事だ」

提督「これは一つの通過儀礼だと考えてもらっていい」

提督「ま」

提督「実際に酒とはどのような味か自分で確かめてくれ」

提督「では乾杯!」


瑞鶴「乾杯!」グビ

翔鶴「……乾杯」チョビ


瑞鶴「うぇっ!? アルコールくっさ!!」

提督「ははは!」

翔鶴「……」クスッ

瑞鶴「提督さん! 私のに細工したんでしょ!」

提督「そうだ。ほれ、俺のものを飲んでみろ」

瑞鶴「全く、子供みたいなことしないでよね!」グビ


瑞鶴「不味っ!!!!!!!!」

翔鶴「……くっ……ふふ」

提督「お子ちゃま」

瑞鶴「あれぇ~、おっかしいなぁ」

提督「大人なんて、そんな良いもんじゃないって事さ」

瑞鶴「それ別にかっこ良くないですからね?」

提督「マジかよ!?」


提督「まぁまぁ瑞鶴、今日は飲め。飲むうちに慣れる事もある」

瑞鶴「……分かりました」グビ

翔鶴「提督、あまり飲ませすぎると」

提督「これも勉強だ」



~~~~~~~~~~~

正規空母の片割れはペースを知らぬがゆえ既に泥酔していた。

瑞鶴「てーとくさん! 翔鶴ねぇのどこがすきなの?」

提督「全部だ」

瑞鶴「きゃっきゃっきゃ!!」

翔鶴「瑞鶴、飲みすぎですよ」

瑞鶴「これが酔ってるってカンジなんだね~」

瑞鶴「さいっこーに、たのしい!!!」

瑞鶴「お酒ばんざい!」

瑞鶴「大人ばんざい!」


提督「これは明日死んでるな」

瑞鶴「翔鶴ねぇはてーとくさんのどこがスキなの?」

翔鶴「……知りません」

瑞鶴「さっきは髪触られて顔真っ赤にしながらよろこんでたくせにぃ~?」

翔鶴「いい加減怒りますよ」


提督「酔っ払いには無駄だ」

瑞鶴「きゃはは」

提督「そもそも翔鶴は俺の事が好きなのか?」

瑞鶴「え~、テイトクさん知らなかったの~?」

翔鶴「提督! 瑞鶴もいい加減にしなさい!」

提督「瑞鶴、俺と翔鶴はお前の想像するような関係ではないと思うぞ」

瑞鶴「どゆこと?」

提督「……そういう関係では無いのだ」

瑞鶴「あはは! 何それ!!」


瑞鶴「そういえばていとくさんってば、日向さんとも飲んでるじゃん」

提督「そうだな」

瑞鶴「日向さんと二人の時は~どんなスケベなことしてるの?」

翔鶴「……」


提督(普段なら翔鶴が『不躾な質問である』と咎めそうなものだが)

提督(察するに彼女も俺と日向の関係に興味があるわけか)


提督「日向には膝枕とかはして貰わないな」

瑞鶴「なんでですか~?」

提督「俺と日向はそういう関係ではないからだ」

瑞鶴「……てーとくさんは『そういう関係ではない』と累計二回いいました」

提督「そうだったか?」

瑞鶴「ええ、はっきりといいました!!」

提督「どうだったかな」


翔鶴「言いました」


提督「!?」


瑞鶴「ほらぁ! お姉ちゃんもこういってます!」

瑞鶴「もう一回よく考えてください」

瑞鶴「アナタは本当にお姉ちゃんのことを好きなんですか!?」


提督(……最近同じような事を聞かれたな)


提督「好きだ」

提督「間違いない。好きだ」


翔鶴「では日向さんはどうですか?」

提督「翔鶴」

翔鶴「ごめんなさい。こんな質問、我ながらはしたないと思います」

翔鶴「でも私は……提督のお気持ちを知りたいのです」


提督「……結論を言えば俺自身も分からない。悩んでいるというのが正直な気持ちだ」

瑞鶴「え~なんですかそれ~??」ケラケラ

提督「全ての艦娘を平等に大切にすることが指揮官としての俺のポリシー」

提督「なーんて、そんなの嘘っぱちの建前だと自分で気づいてしまった」

提督「今も昔も、俺は提督としても個人としても、特定の艦娘しか大切に出来ていない」

提督「木曾や長月、時雨はまだいい。曙や、三隈や、他の奴らを俺は大切に出来ているのか?」

提督「否。出来てはいない」

翔鶴「……」



提督「日向が入ってきた時俺は何とか彼女に好かれようと頑張った」

提督「単純に戦力として利用するためだ」

提督「接待兼親睦を深めましょうの、ここでの飲み会初日は酷いもんだった」

提督「俺が必死に話しかけ、あいつは無視して酒を飲む。何も言わなかったがどうやら酒は最初から好きだったみたいだ」

提督「無視されても俺は続けた」

提督「回数を重ねるごとに、あいつの事が少しずつ分かって行った」

提督「俺が持ち寄る酒の中でも選り好みをしていたんだ」

提督「甘い日本酒が好きで辛いのは残すんだ。可愛いだろう?」

提督「徐々に、俺の言葉にも返事をするようになった『ああ』とか『そうか』とか」

提督「重ね重ねて、返事をしない確率が五割にまで下がった時の事だ」

提督「いつものように俺は日向と飲んでいた」


提督「あの日は総司令部の連中が来ててな」

提督「嫌味な連中だから俺も少し気疲れしていた」

提督「二人だが……実質一人でヤケ酒を呷って、気付けば眠っていた」

提督「起きた時に俺はあいつの上着を羽織っていた」

提督「向かいに居た日向に『今日は少し疲れていたのか?』と問われた」

提督「俺には見えた」

提督「彼女の口元は、優しげな微笑を湛えていた」

提督「美しかった」

提督「そこで確信したんだ。艦娘は兵器だ、だが、単なる兵器ではないと」


提督「しかしそれを踏まえて作戦を立てることが当時の俺には無理だった」

提督「確信した後でも無謀な作戦を続けてしまった」

提督「沈めた経験だって、一度ではない」

提督「……」

提督「俺は死んでも地獄には行かない」

提督「行かせてもらえるなんて、生ぬるい」


提督「一緒に時を重ねていく中で日向はどんどん喋るようになった」

提督「俺は毎晩あいつと酒を飲んだ、喋った」

提督「肝臓が擦り切れそうになるくらい飲んだ」

提督「変わっていくあいつをずっと見てたからこそ、俺はお前たちの中にある心の存在を今も信じている」

提督「仕事も慣れてつつがなくこなせるようになってくると艦娘たちの面倒を見る余裕も生まれてきた」

提督「俺なりにお前らが幸せになれるよう、色々考え動き始めたよ」



提督「それから最近、五航戦姉妹、つまりお前らがまた入ってきた」

提督「お前らは倉庫を出たばっかりの新兵だから是非ウチへ入れてくれと俺が懇願した」

提督「艦娘の気持ちなんてのは、最初あるかないかも分らない位微妙だ。単なる兵器としてコキ使われた後じゃあ手遅れだ」

提督「自分が無条件に指揮官を愛す理由も、生きる理由すら考えなくなる」

提督「芽は枯れてしまう」

提督「それをむざむざ見殺しに出来るか」

提督「五航戦が入ってから日向は変わった」

提督「……その前に、俺が変わったか」

提督「俺はどうしても翔鶴を放っておけなかった」

提督「どこか物憂げな表情をするお前が、心配で仕方なかった」

提督「早く心から笑って欲しいと切に願った」

提督「いつか俺が見た、あの笑顔のように」


提督「日向から相談を受けたんだ。『君の事が好きだ』と」

提督「俺は断った。それも最低な方法で」

提督「今更、艦娘を平等に扱わなければならないから、という理由を持ち出して」

提督「そんなもの、最初から平等ではなかったにも関わらずな」

提督「本当は分かってたさ、俺だってその位のことは」


提督「単冠への正規空母招集命令が下った時」

提督「俺は翔鶴を派遣した」

提督「胸に名状しがたい感覚が残ったことを、俺は日向に相談したよ。他に相談すべき相手が思い浮かばなかった」

提督「日向は、『それは恋だ』と言った。納得し、翔鶴を取り戻したいとも思った」

提督「だから無理を通して艦隊を単冠に向かわせた」

提督「翔鶴を取り戻すことが出来て、本当に嬉しかった」

提督「苦境を乗り越え成長した翔鶴の姿を見て、嬉しくて俺は呵呵と素直に笑えた」


提督「だが、今、自分がしていることに確信が持てない」

提督「俺は日向の気持ちに俺は応えてやれなかった」

提督「瑞鶴と同じように俺だって気づける。あいつは今深く傷ついている」

提督「本来なら、何も考えなければ味わう事も無かった痛みに震えている」

提督「それでも無理をして平静を保っている」

提督「言わなくても、もう分かってしまうんだ」

提督「俺は日向が大切だ」

提督「失いたくない」

提督「翔鶴も、瑞鶴だって、他の艦娘だってそうだ」

提督「幸せになって欲しい」

提督「その為なら俺は何でも出来る」

提督「だが俺の行為は、本当に幸せと繋がっているのか?」

提督「むしろ」

提督「俺はお前たちを、不幸へ導こうとしているのではないか?」



提督「……日向の事をどう思っているか、という質問だったな」

提督「俺は今、たまらなく日向が心配だ」

提督「単冠の時は、あれだけ翔鶴の事が心配だった」

提督「この感情は恋だと思っていた」

提督「なのに今は、日向の事が同じように心配なんだ。命を捨てても助けてやりたい」

提督「恋だとするならなんと不埒なものだろう」

提督「大体恋とは何だ」

提督「お前たちは兵器だぞ」

提督「いや本当にお前たちは兵器なのか」

提督「分からない」

提督「俺は今……日向の中にあるものが、自分が、お前たちすら怖い」


提督「教えてくれ翔鶴、瑞鶴。俺はどうすればいい」

提督「どうすればお前たちを幸せに出来る?」

提督「お前たちは、俺にとって一体何なんだ、お前らは何なんだよ」

提督「分からないんだ。俺はもう、限界なのかもしれない……」


瑞鶴「……フンッ!」ガッ

提督「グッ」

翔鶴「瑞鶴!!」

瑞鶴「あんた、女々しすぎるのよ!!!」

提督「……好きなだけ殴れ」

瑞鶴「提督さんはあの時私に言ったよね!? 」

瑞鶴「『例え深海棲艦との戦争が終わろうと、兵器としての存在価値が無くなろうと』」

瑞鶴「『お前らには幸せであって欲しい』って」

瑞鶴「私凄く嬉しかった。この人、これだけ私たちの事を考えてくれてるんだって思った!!」

瑞鶴「……」

瑞鶴「かっこ良かった」


瑞鶴「あんた、指揮官でしょ。なら自分の言葉に責任を持ちなさい!! 信じた道を突き進みなさい!!!」

瑞鶴「部下の前で醜態晒さないで!」

瑞鶴「私のかっこ良い提督で在り続けてよ!!」

瑞鶴「うぅぅぅぅぅぅぅ」

瑞鶴「でも!」

瑞鶴「そんなに落ち込んで、かっこ悪くなっても私達のこと考えてくれてるのは」

瑞鶴「ああああああああ」

瑞鶴「……嬉しいよ」

瑞鶴「んんんんんんん!!!!」

瑞鶴「何で私が恥ずかしい思いしなきゃいけないよ! 馬鹿提督!」



黙って俺の話を聞いていた翔鶴は立ち上がり、俺の前へ来ると再び座った。

翔鶴「妹の粗相、お詫びいたします」

瑞鶴「……」

翔鶴「貴方は不躾な質問に真摯に答え、御心の内を我々に見せて下さいました。この翔鶴、それだけで頭が下がる思いです」

翔鶴「提督、気持ちとは弱く移ろいやすいものです。ですから御自分を責める必要はございません」

翔鶴「誰かに支えてもらわなければ壊れてしまう事もあるのです」

翔鶴「私にとって支えは瑞鶴であり、提督でありました」

翔鶴「……」

翔鶴「提督。私達の幸せは私達自身が見つけ感じるものです。提督が感じるのではありません」

翔鶴「提督は無知な私たちに様々なものを与え、守って下さっていたと私は思います」

翔鶴「それこそが、我々がそれぞれに幸せへと至る道への入り口である事は間違いありません」


翔鶴「開かれた道を進む先で起こる事は、私たちの問題です」

翔鶴「提督が御心を煩わせる必要は全くございません」

翔鶴「提督のやり方は、間違いなく正しいです。でも、今は少しお節介が過ぎるのでは?」

提督「……」

翔鶴「提督にとっての艦娘の存在についてですが。こればかりは私もお答えできません」

翔鶴「提督が、ご自身でお決めになってください」

翔鶴「ですが艦娘は貴方の大切な存在であって欲しいと私は思います」


翔鶴「私は、提督をお慕いしております。私は貴方から多くの事を教わりました」

翔鶴「もう十分である程に、施しを受けました」

翔鶴「次は同じことを日向さんにしてあげて下さい」


瑞鶴「でも翔鶴ねぇ! そしたら翔鶴ねぇが……」

翔鶴「提督のおっしゃる通り『平等に大切にする』など現実には不可能です」

翔鶴「今更綺麗事など言いません」

翔鶴「私自身、不平等の上で御寵愛をこの身に受けていたのですから」

翔鶴「提督」

翔鶴「私は本当に、もう十分に幸せなのです。次は日向さんを大切にしてあげて下さい」

提督「……不甲斐ない」

翔鶴「違いますよ。甲斐性がありすぎて困っているのです」

提督「畜生っ……!!!!」

翔鶴「今の私達があるのも、日向さんのお蔭なのですから。私は大丈夫です」

提督「……何日か時間をくれ。少し司令部を離れる」

瑞鶴「ちょ、提督さん!?」

翔鶴「後の指揮はどのように?」

提督「事務は時雨、戦闘指揮は日向に……いや、戦闘は翔鶴に任せる」

提督「今の日向は海から遠ざけたい。航空戦艦への改修を行おう」

提督「良い水上機が揃ってなかったがこの際丁度良いだろう」

提督「通報が無い限り積極的な動きはしなくて良い。巡回警備に専念しろ」

瑞鶴「ちょっと提督さん!? 何言ってんの!?」

翔鶴「瑞鶴、提督がお決めになったことです」

瑞鶴「でも」


提督「瑞鶴」

瑞鶴「え?」

提督「お前は俺の外出に同行しろ」

瑞鶴「えぇえぇえ!?」


12月12日

朝 第四管区 執務室

日向「うん? 彼は居ないのか」

時雨「急な出張らしいよ。いつ帰って来れるかは分からないって」

日向「……ふーん」

時雨「事務は僕、戦闘指揮は翔鶴さんに一任されてるよ」

日向「私ではなく翔鶴か?」

時雨「うん。日向さんは航空戦艦への転換と近代化改修だから」

日向「そうか。私を海に出さないつもりか」

時雨「? 今何か言った?」

日向「いや、独り言だよ」


朝 第四管区 港湾

翔鶴「ですので、提督不在の間は警備巡回が主となります」

翔鶴「指揮は私が一任されておりますので、どうぞよろしくお願いします」

木曾「まー正規空母が索敵も良いしな」

長月「そ、そうだな」

木曾「どうせお前が旗艦なんてありえねーよ」ケラケラ

長月「うるさーい!!」

翔鶴「どうぞお手柔らかに……」




~~~~~~~~~~

瑞鶴「はぁ、ちょっとキツい」

提督「空母が山を登る……くくく」

瑞鶴「なーにがおかしいのよ」

提督「別に」

瑞鶴「それにしてもこんな山奥に何があるの?」

提督「俺の恩師が居る」

瑞鶴「ふーん……」



夜 北園寺邸 玄関

提督「着いたぞ」

瑞鶴「な、何これ。滅茶苦茶豪邸じゃん!」

提督「五摂家のお金持ちだからな」

瑞鶴(提督さんってこんなお金持ちの人と知り合いなんだ)


提督「お久しぶりです、先生」

先生「お久しぶりじゃのう。坊ちゃん」

提督「もうそんな歳ではありませんよ」

先生「儂から見れば、まだまだ坊やじゃからの」

提督「ははは!」

先生「ほっほっほ!」


先生「おや、そこの女性は」

提督「瑞鶴です。今回は護衛として同行させました」

先生「ほう! あの幸運艦の」

瑞鶴「ず、瑞鶴です。初めまして」

先生「初めまして。儂の事は『爺さん」とでも呼んでくれ」

瑞鶴「い、いえそんな! 私も先生と呼ばせて頂きます!」

提督「先生、ご相談があって参りました」

先生「ほう」

提督「自分の艦隊に何かあった時には後始末を全て先生にお願いしたい」

瑞鶴「……」

先生「ほっほっほ、これはまたろくでもない」

先生「まぁ入りなさい。話はそれからでも良かろう」

~~~~~~

先生「そちらの事情はよく分かった」

先生「お主はやはり、説明が下手な上に面倒事を作る天才だな」

提督「申し訳ありません」

先生「全てが昔のままだ。やはり後始末をするのも儂の仕事なのじゃろう」

先生「あい分かった」

先生「坊ちゃん、やりたいようにやってみろ」

提督「ありがとうございます先生!」

先生「まだ喜ぶな。ここからが面倒なのだから」


先生「今日はもう遅い。泊まっていきなさい。明日は山内の所だろう」

提督「はい」

先生「おい、客人だ。食事と寝床の用意を」


瑞鶴「食事!? すごっ……」

提督「先生は汚い金持ちだからな。食事も凄いんだ」

先生「聞こえているぞ」

提督「はっはっは」

先生「ときに瑞鶴君」

瑞鶴「は、はいっ!」

先生「緊張しなくていい。君は酒が飲めるか?」

瑞鶴「昨日提督からの許しが出ました!」

先生「それは僥倖。泡盛という沖縄の酒がある。今日はこれを開けよう」

瑞鶴「い、いえ私は護衛ですから! お酒は結構です!」

先生「ふむ、そうか。まぁ今日くらい大丈夫だよ」

提督「うん。今日はもう護衛はいいぞ。汚い金持ちの家を襲う馬鹿はおらん」

先生「お主のぉ、それが頼みごとをした相手に対する態度かい?」


先生「ま、ここに置いておくから好きなだけ飲むといい」

瑞鶴「はい! ありがとうございます!」

瑞鶴「……」ドキドキ

瑞鶴「……」チョビ

瑞鶴「……前に飲んだのよりおいしい」


先生「坊ちゃんと食事をするのはいつぶりかな」

提督「以前先生にお願いをしに来たとき以来ですね」

先生「全く、お主は自分の都合の良い時しか訪ねてこんな」

提督「この屋敷は少し遠すぎます」

瑞鶴「……」チョビ


先生「嶋田は元気にしているか?」

提督「今は舞鶴で指揮をしているそうです」

先生「一番しっかりしていたからのぉ」

提督「皆、大人になります」

先生「お主はどうじゃ」

提督「……立派な提督としてはまだまだ先が長そうです」

先生「ほっほっほ」

瑞鶴「……」チョビ

提督「先生もこんな山の中から早く出て来てください」

先生「世間には嫌な物が多すぎるのじゃ。しばらく海も見たくないわい」

提督「年寄りが今更何を言っているのです」

先生「年寄りになっても強くはならん」

先生「再び赤ん坊に戻って、最後に死ぬだけじゃ」

提督「恐ろしい事を言わんでください」

瑞鶴「……」チョビ

先生「先のハワイ攻略作戦は大失敗だったな」

提督「油断の極みです」

先生「お前の艦隊が活躍したと聞いているが」

提督「さて、何のことやら」

先生「ほっほっほ」

瑞鶴「……」チョビ


提督「先生こそ、今回の第二管区長の昇進にご尽力されたとか」

先生「神祇院の連中は侮りがたいのぉ」

提督「……本当に助かります」

先生「山内は働き者だからな。自然な流れじゃよ」

瑞鶴「……」トクトク

先生「聨合艦隊は決戦の為の存在だ。指揮権が大きすぎるだけに使いどころが難しい」

提督「その通りです」

先生「山内なら上手くやる」

瑞鶴「……」グビ


先生「時に瑞鶴君」

瑞鶴「は、はいっ!」

先生「君は自分の提督のことを……こいつのことをどう思っているのかね」

提督「先生」

先生「お主はちょっと黙っておればええ」

瑞鶴「……時々凄く情けなくて、人を馬鹿にする癖に自分も駄目だけど

瑞鶴「時々凄く熱くて、私達の為に一生懸命な姿が私は好きです」

瑞鶴「私はこの艦隊に来ることが出来て本当に良かったって思ってます」

瑞鶴「あはは……何だか言葉にすると恥ずかしいな……」

先生「……」


先生「これが坊ちゃんの進んだ道か」

提督「……」

先生「結構結構、大いに結構。私も苦労して瑞鶴君と翔鶴君をお主の艦隊へ編入した甲斐があったというわけだ」

先生「実に結構」

提督「……」

瑞鶴「えっ、じゃあ提督が言ってた『懇願』って」

提督「……」

先生「……」

瑞鶴「……」

提督「……」

先生「……坊ちゃん、もう喋って良いぞ」

提督「そうだ。先生にお願いした」

瑞鶴「先生、この人やっぱりただの馬鹿なんじゃないですか?」

先生「儂もそう思っていたところじゃ」


先生「坊ちゃん、艦娘達に君の出自は話しているのか?」

提督「……いえ」

先生「そうか」

瑞鶴「出自? 提督さん実は孤児とか?」

提督「別に孤児でも良いだろうがおい」

先生「瑞鶴君、こいつ実は華族なんじゃ」


先生「良いではないか。海軍ならば誰でも知っている事だ」

瑞鶴「家族ですか、へぇ」

先生「おや、あまり驚かんのだな」

瑞鶴「? 提督は先生の家族なんですよね?」

先生「……」

先生「『一族』ではなく『華』がつく方だ」

瑞鶴「……」

瑞鶴「え、華族? じゃあ提督さんは爵位とか持ってるの?」

提督「……そうだな」

瑞鶴「まったまたぁ! 二人して私を担ごうとしても無駄ですよ」

先生「……」

提督「……」

瑞鶴「……本当なんですか」

先生「うん」

瑞鶴「えぇえぇえぇえ!?」

瑞鶴「しっ、失礼しました!!! そんな身分の方だったとは露も知らず無礼を!!」

提督「そうなるのが嫌だったんだ。やめろ、今まで通りでいい」

瑞鶴「し、しかしっ」

提督「いいと言っている。恥ずかしい」

瑞鶴「……うん。分かった」

先生「ほっほっほ」

提督「他の艦娘には言うなよ」

瑞鶴「はい、分かりました」

提督「瑞鶴、酒が足りていないようだな」

瑞鶴「そんなこと無いですよ!?」

提督「良いから飲め」

提督(飲んで忘れてくれ)



~~~~~~~~~~~


瑞鶴「先生のお頭スベスベです!」ペチペチ

先生「ほっほっほ」

提督「はっはっは」

瑞鶴「なんで大人の皆さんは、こんな不味いもの飲みたがるんですか~?」

先生「この旨さは、子供には分からん事じゃよ」

瑞鶴「先生ぇー! 私は子供じゃありません!」

先生「そうじゃったな。ほっほ」

瑞鶴「もぉ~~」ペチペチ

提督「酒は不味いものだ」

先生「ほう」

提督「酒は人を繋ぎ、場を作るための道具だ。煙草と似ている」

提督「場が楽しければそれは旨い酒なのだ」

先生「この泡盛は、以前私が沖縄に渡った時に顔見知りになった老夫婦が作ったものでな」

先生「二人は素晴らしい方々だった」

先生「正直、味だけで言えばその泡盛を超える泡盛も、他の酒も幾らでもある」

先生「それでも儂は敢えて選ぶ」

先生「彼らの事を思い返しながら飲む酒は本当に美味いよ」

先生「酒の旨さは味覚的なものだけに思えるが、他の要素も大切になる」

提督「俺もそう思います」

先生「しかし、偏狭なのも良くない。味の旨い酒だって存在する」

先生「お主はまだ良い酒を飲んだ事の無いお子ちゃまなのかの?」

提督「一般に良い酒と言われるものも時折飲むのですが、よく分かりません」

先生「それは残念なことだ。早く分かると良いな」

提督「来ますかね、そんな日が」

瑞鶴「……Zzz」

先生「おや、静かになったと思ったら寝ていたか」

提督「どうですか、瑞鶴は」

先生「嬉しそうに笑う。つい儂まで嬉しくなってしまう」

提督「ええ、俺もそうです」

先生「意図して彼女を連れてきたのだろう?」

提督「こいつは実に素直です。その分、無茶で頑固なところもありますが」

先生「つまり有望株という訳かの」

提督「何か困った時には、先生のお力添えを頂きたい」

先生「やれやれ、本当の狙いはそこか……」

提督「コネというのはいつの時代でも強いですから」

先生「俗世は人の世、絆の世だからの。儂も可愛い孫娘の困り事は見過ごせん性質じゃ」

先生「任せておけ」

提督「ありがとうございます」

先生「それで結局、お主は翔鶴と日向のどちらを選ぶのじゃ?」

提督「……悪意を感じる二択です」

先生「まぁ坊ちゃんの理想のツケが回って来た、というだけのことかの」

提督「……」

先生「恐らく、すぐに答えなければならない状況が来る。それが分かっているからこそ儂のところへ来たのだろう?」

提督「……はい」

先生「死ぬななどとは言わん。寧ろ逆じゃ」

先生「己が理想を欲望を貫き死ね。それが筋を通すという事じゃ」

先生「ま、死んでない儂に言われても説得力が無いかの。ほっほっほ」

提督「はっはっは」

先生「笑うな馬鹿者」


先生「筋は他人に対して通すものではない。まずは自分じゃ」

先生「坊ちゃん、自分に誠実であれ」

先生「もし死んだ時には身内で破廉恥な葬式と、厳かで長ったらしい戒名をくれてやる」

提督「……先生、今まで本当にお世話になりました」


先生「で、これは山形の友人から送られてきた日本酒だ」

先生「かなり辛口だが……飲むか?」

提督「……一献」

先生「それで良し」

提督「……」グビ

先生「……どうじゃ?」

提督「……美味い!」

先生「ははは!! この嘘つきめが!! それで良し!」


朝 北園寺邸 玄関

先生「では、気を付けてな。坊ちゃん、瑞鶴君」

提督「お世話になりました」

瑞鶴「またね! 先生!」

先生「ほっほっほ」

~~~~~~

瑞鶴「良い人だったね~」

提督「本当に良い人だ。説得に時間がかかるかと思ったが、思いの外スムーズに行った」

瑞鶴「提督さんは何であの人と知り合いなの?」

提督「家族繋がりでな。あと兵学校の教官としてお世話になった」

瑞鶴「へー、軍人さんだったんですね。で、お次はどこ行くんですか?」

提督「横須賀鎮守府の第一管区長兼聨合艦隊司令長官に会いに行く」

瑞鶴「もう驚きません」

提督「一応言っておくが、俺も横須賀の提督なんだからな?」




昼 第一管区 執務室
 

山内「これはこれは、第四管区長さんじゃないか」

提督「お久しぶりです長官。第二管区長からの昇進、おめでとうございます」

山内「お前がそう呼ぶのは慇懃無礼というやつじゃないか。人目が無ければ山内でいい」

提督「おう、そう言ってくれると思っていた」

瑞鶴「……」ペコッ

山内「一緒に居るのは正規空母の瑞鶴君か。初めまして、山内です」

瑞鶴「は、初めまして」

山内「瑞鶴君、三回まわってワンと言ってみてくれ。これは長官としての命令だ」

瑞鶴「……は?」

山内「命令だ」

瑞鶴「……????」

提督「下らない所で職権乱用をするんじゃない」

山内「ははは!!! すまんすまん」

瑞鶴「今のは一体……?」

山内「噂は本当なんだな。日向艦隊の艦娘は命令系統から逸脱している」

瑞鶴「ワンワン!」 (^ω^)ペロペロ

提督「今更遅い」

山内「あはははは!!!」


山内「心配するな瑞鶴君、私は第四管区分遣艦隊を高く評価している」

瑞鶴「えっ?」

山内「単冠での戦いは命令無視を出来ない君達が居なければ完全な大敗北だった。君達はもう英雄だよ」

瑞鶴「いや、あの、その……どういたしまして?」

提督「なーにが『どういたしまして』だ」

山内「はっはっはっは!!!! 本当に個性豊かだなお前の艦娘は!!」


山内「で、今日は僕に何の用なんだ」

提督「実は相談なんだが……」

~~~~~~

山内「ふむ、艦娘との痴話喧嘩か」

提督「ざっくり言ってしまえばそうだ」

山内「普通の艦娘なら簡単に解決出来るのだが、お前の所は少し特殊だからな」

山内「うん、お前は潔く死ぬことだ。命を惜しむなよ」

瑞鶴「!?」

提督「簡単に言ってくれる。先生も似た様な事をおっしゃった」

山内「お前自身はどう決着を付けるつもりなんだ」

提督「……日向の為に力を尽くそうと思う」

山内「後始末は任せておけ」

提督「うん。頼んだ」

瑞鶴「ちょ提督さん!? 何言ってんの!?」

山内「瑞鶴君、彼が決めた事だ」

瑞鶴「でも!!! それじゃあ翔鶴ねぇは ――」


山内「黙れ」


瑞鶴「っ!!」

山内「彼がその程度の事を考えられないとでも思っているのか。艦娘の分際で生意気な事を言うんじゃない」

提督「山内」

山内「……瑞鶴君、誰もが彼のように艦娘を大事に扱うと考えない方が良い」

山内「少なくとも僕にとって、君達はただの兵器だ。日向君の艦隊は、『その中でもユニーク』というだけに過ぎない」

瑞鶴「だったら……」

提督「……」

瑞鶴「だったら何で友人である提督さんに『潔く死ぬことだ』なんて言うんですか!!!」

山内「僕なりに彼の考えを友人として尊重した末の意見だ」

瑞鶴「……」

提督「こういう形の優しさもあるという事さ」

提督「山内、瑞鶴の見た目は貧乳だが中身もまだまだ子供だ。許してやってくれ」

瑞鶴「……」

山内「……僕も見苦しいところを見せてしまった。すまない」

提督「気にするな」


提督「もう一つ話がある」

山内「聞こう」

提督「瑞鶴、少し席を外してくれないか」

瑞鶴「……嫌って言ったら?」

提督「?み千切る」

瑞鶴「それは勘弁です。外いるね」

提督「ああ。車で待っててくれ」

山内「……」



提督「翔鶴型航空母艦一番艦『翔鶴』二番艦『瑞鶴』は戦力的に一人前だ。必要があればいつでも聨合艦隊に招集してくれ」

提督「命令には従うよう、俺からも言っておく」

山内「いいのか?」

提督「お前は大臣どもと違い、艦娘を夜伽に使うような男でないことは知っている」

提督「俺が居なくなればどうせ同じことだしな。今まで苦労をかけたな」

山内「……分かった」

提督「では、これでな」

山内「ああ。気をつけて帰ってくれ」


~~~~~~

長門「来客とは誰だったのだ?」

山内「お前には関係無い」

長門「そうか」

山内「長門」

長門「何だ、提督」

山内「三回まわってワンと言ってみろ」

長門「……」クルクルクル

長門「ワン」

山内「お前は瑞鶴をどう思う」

長門「質問が不明瞭だ」

山内「瑞鶴の事を好きか、嫌いか」

長門「正規空母は好ましい戦力だ」

山内「……性格はどう思う」

長門「少し情緒が不安定で、冷静さを欠く部分はある。戦場での懸念材料が多い」

山内「やはり、そういう捉え方か」

長門「? 他になにがある」

山内「……そうだな」


山内「兵器には心など不要だ」


昼 第一管区 正面玄関

提督「用事はこれで終わりだ。急いで司令部へ帰るぞ。車に乗れ」

瑞鶴「了解」


~~~

瑞鶴「……」

提督「……」

帰り車内では殆ど会話が無く、先に痺れを切らしたのは瑞鶴だった。

瑞鶴「何か喋りなさいよ」

提督「うん、すん」

瑞鶴「そういう事じゃない!!」

提督「もしもの時は二人を頼れ」

瑞鶴「……私は納得してないから」

提督「別に俺も死ぬと決まったわけでは無い。覚悟の問題だ」

瑞鶴「ならそんな話しないで」

提督「準備はいる」

瑞鶴「あっそ。……あの山内って人、感じ悪い」

提督「そう言うな。上官だぞ」

瑞鶴「友達を見殺しにすることが思いやりなんて間違ってる」

提督「難しい所だが大切にする方法も色々あるのさ。こちらは善意の施しでも、受け手には邪魔でしかない事もある」

瑞鶴「だとしてもなんかムカつく」

提督「お前は姉とは随分違うな」

瑞鶴「嫌味?」

提督「感想」

瑞鶴「……私、提督さん以外の人の下で戦う気は無いから」

提督「そうか」

瑞鶴「約束だってまだ守ってもらってないし」

提督「ああ、そうだな」

瑞鶴「だから、死んだら許さないから」

提督「……」

瑞鶴「返事しなさいよ」

提督「保証は出来ん」

瑞鶴「死んじゃったら、私やだからね」

提督「……」

瑞鶴「……絶対、やなんだから」


車は急停車した。


瑞鶴「ちょ!? 急に止まらないでよ!」

提督「お前、可愛いな」

瑞鶴「……はぁ?」


提督「翔鶴とは違った可愛さがある。これはこれでアリだ」

瑞鶴「……今更気付いたの?」

提督「生意気なだけの空母じゃ無かったんだな」

瑞鶴「は?」

提督「え?」

瑞鶴「後でしばきますから」

提督「アイヤ~」



提督「皆、お前たちの事を単なる兵器だと言う」

提督「こんなに可愛い奴らがそれだけな訳は無かろうに」

瑞鶴「私が可愛い事なんて百も承知だけど」

瑞鶴「ちょっと元気出たみたいじゃん」

瑞鶴「良かったね、提督さん」

提督「……ああ。まさか瑞鶴に気付かされるとはな」

瑞鶴「ちょっとそれどういう意味なの」

提督「アイヤ~」


瑞鶴「さっきから私をこき下ろしたようなこと言ってるけど、提督さんの中での私の評価どうなってんのよ」

提督「無い胸に手を当てて聞いてみろ」

瑞鶴「少しはあるっちゅーの。ていうか見逃してるけど何回かセクハラしてるからね」

提督「お前のお陰で俺の中での艦娘が一体何か、分かったよ」

瑞鶴「はい誤魔化し入りました~」

提督「ああ。それでもいい。まぁ、感謝しておく」

瑞鶴「アイヤ~」

提督「その返し方、結構ムカつくな」

瑞鶴「でしょ」


昼 第四管区 工廠

日向「へぇ、これが航空甲板か。随分と薄くて平べったいな」

時雨「日向さんも遂に航空機が積めるんだね」

日向「ありがとう時雨」

日向「早速外で試してみたいのだが」

時雨「あー」

日向「駄目なのか?」

時雨「翔鶴さんが、まだ出しちゃいけないって……」

日向「……」


昼 第四管区 港

日向「翔鶴ここに居たか」

翔鶴「はい、どうかされましたか」

日向「出撃しなくていいのか?」

翔鶴「提督が帰って来るまで我々から出撃することはしません」

日向「何故私を海に出さない」

翔鶴「提督からの命令です」

日向「お前が何か吹き込んだのか」

翔鶴「はい。貴女の深海棲艦に対する勘の良さは異常だと私は考えています」

日向「疑っているところ悪いが本当にただの勘だよ」

翔鶴「あの索敵は、不気味でした」

日向「……」

日向「もしかして妬んでいるのか?」

翔鶴「そんなつもりはありません」

日向「正規空母の自分が発見できなかったものを戦艦に発見されて悔しいのか?」

翔鶴「日向さん落ち着いてください」

日向「……その態度、気に食わないんだよお前」

日向「気に食わない気に食わない気に食わない!!!」

翔鶴「……」

日向「今海に出なかったら感覚を忘れてしまう。こんなチャンスもう今しか無いんだ」

日向「私を海に出せ!! 今すぐ出撃させろ! 戦わせろ!!!!」

日向「……私の価値を、彼に証明させてくれ」

翔鶴「今の貴女は異常です。海に出すわけにはいきません」

翔鶴「日向さん、その感覚に身を任せてはいけません」

日向「お前は私が強くなって提督から捨てられるのが怖いんだな」

翔鶴「……」

日向「だから私を海に出したくないんだ」

翔鶴「どこまで提督に甘えれば気が済むのですか」


日向「……は?」


翔鶴「貴女はどこまで求めるつもりなのですか」

翔鶴「提督は我々に可能性を示して下さいました」

翔鶴「その上で更に求めるなど傲慢だとは思わないのですか」

日向「だって」

日向「だって、しょうがないじゃないか」

日向「私だってこんな気持ちを知らずに生きていたかった。でも気付いてしまった」

日向「私は彼が好きだ。彼以外との未来なんて欲しくない」

日向「それ以外なら要らない」

日向「……お前は違うのか」

日向「お前は彼抜きでもいいのか、答えろ!!」



翔鶴「提督はいつでも私の胸の中に居て下さいます」

翔鶴「あの人との思い出が私の今を形作り、先へと繋げてくれます」

翔鶴「私の中の提督は、隣に居ない程度で立ち消えたりなどしません」

日向「お前の言う事は詭弁だ、言葉遊びだ」

日向「お前程度の絆なぞ、私も既に持っている」

日向「私と彼を繋ぐ絆の方が余程大きい」

日向「私と彼の絆だって永遠に消えはしない」

日向「でも隣に居てくれれば、私はもっと幸せになれる」

翔鶴「詭弁は貴女の方です」

日向「はぁ?」

翔鶴「だって貴女は、ご自身と提督との絆をちっとも信じていません」

日向「ッ!?」

翔鶴「だから無駄に不安になるのでは?」

日向「……違う」

翔鶴「この辺はいくら言っても無駄ですね。言い訳の余地がありませんから」

翔鶴「それに厳密には絆の話などしていません。絆でしたら相手にも自分の存在を求める事になってしまいます」

翔鶴「私の場合、勝手に提督をお慕いしているだけです」


翔鶴「『提督が隣に居てくれれば私はもっと幸せになれる』」

翔鶴「なるほど、貴女の幸せはよく理解出来ました」

翔鶴「では貴女の望む場所に提督の幸せはあるのですか?」

日向「……」


翔鶴「提督は身勝手にも我々にとってのよき未来を願いました」

翔鶴「本当に勝手な人です。自らの行為のせいで艦娘が傷つくなんて想定もしていなかった大馬鹿者です」

翔鶴「それでも私は感謝していますし……例え提督の中に私が居なくともお慕いし続けます」

翔鶴「もしあの方の道を妨げ、不幸に貶めるものがあれば私が排除する心づもりです」

翔鶴「教えて下さい日向さん。貴女の望む未来で提督は幸せですか?」

翔鶴「勿論、幸せであれば何も問題は無いのですよ。ですがもしそうでないのなら、私は貴女に容赦などしません」

日向「……」

翔鶴「お答え下さい。貴女はただ無邪気に欲しがっているわけではありませんよね」

日向「もうお喋りはいい。不愉快なだけだ。私はお前を殺す」

翔鶴「……」

日向「殺す殺す殺す殺す殺す」

翔鶴「……そうですか」

翔鶴「私もとても残念です」



昼 軍用道路 

提督「で、同期の嶋田という奴が先生に『ドイツで最高の将軍は誰か』と問われた」

提督「ちなみに、お前は誰だと思う」

瑞鶴「マンシュタイン!」

提督「嶋田は迷わず『スターリンであります』と答えた」

瑞鶴「ぷっ」

提督「俺は大笑いしてしまって、あの時は先生にこっぴどく怒られたなぁ」

瑞鶴「あはは! 嶋田さんて人頭いいね」

提督「俺以上に変態だけどな」


提督「むっ、砲撃音」

瑞鶴「今のは35.6㎝砲の音だった」

提督「急な演習か」

瑞鶴「違う、近すぎる……母港から火災煙が上がってる!」


提督(遅かったか?)


瑞鶴「何で!? 敵に襲われているの!?」

提督「……急ごう」


昼 第四管区 港

日向「死ねよ」

翔鶴に向けて35.6㎝連装砲をためらわずに発射する。

艦娘は陸上での戦闘行為が出来ないわけでは無い。
だがこうして陸上で艦娘の戦闘行為が、 それも深海棲艦に対してでなく同じ艦娘へ行われることは前例がない。

翔鶴「くっ!!」

その為久しく忘れられていた事実がある。 艦娘達の艤装の力についてである。

艤装は小型化された今でも旧来の名前を用いて呼称される。

そうしなければ我々は自らの作った兵器の潜在能力と危険性を忘れてしまうからだ。

艤装の小型化は、戦闘能力の低下を意味しない。

寧ろ、人間にとっての未来科学をもたらし続ける妖精の力を借りた事により、

翔鶴「み、港が……」

正史以上に恐るべき存在となりうる。


日向の放つ砲弾は、軍港の施設を確実に破壊していく。

その小ささとは余りにも見合わない破壊力を伴って。


翔鶴「……発艦!」

負けじと翔鶴も弓を放ち、艦載機を発艦させる。 放たれた弓は、空中で光と共に分裂し艦載機へと変化する。

文字通り矢継ぎ早に弓を放ち、第四管区司令部の上空は翔鶴の艦載機が塗りつぶした。

日向と翔鶴、お互いに次の一手をけん制し合い、陸上でのにらみ合いが続く。


翔鶴搭乗員妖精A「母艦へ。こちら攻撃隊長。日向へ攻撃を開始しますか」

翔鶴搭乗員妖精B「こっちを狙ってるんだ!! 反撃すべきだ!」

翔鶴「……機銃で牽制を」

翔鶴搭乗員妖精A「了解。なるべく艤装を狙います」


木曾「お、おい……お前ら何やってんだ……?」

翔鶴「! 木曾さん、下がってください!!!」

司令部全体で警報がけたたましく鳴り、非常態勢に移るための準備が始まっている。

木曾「日向さん、何で実弾発砲してんだよ。冗談きついぜ?」

砲塔が木曾に向かいゆっくりと照準を合わせていく。

翔鶴「ちぃっ!!! 妖精さん!」

翔鶴搭乗員妖精C「体当たりで止めます!」

艦載機を遮二無二砲塔に突っ込ませる。せめて弾道だけでも変えなければ。

一機の紫電改二が木曾に狙いをつけている砲塔に体当たりをした。

それにより少しだけ照準が変化し、弾は木曾の背後にあった営舎を粉々に砕く。

日向「……翔鶴、そんな体当たりじゃ私を傷つける事は出来ないぞ」

突っ込んだ私の艦載機は粉々に砕けていたが、砲塔自体は全くの無傷だった。

翔鶴(艦載機の突撃で無力化することは不可能か)

翔鶴(ためらう必要はない。消さなければ、この艦娘は提督の妨げになる)

翔鶴(……でも)


木曾「日向さん!!!! 何やってんだよ!!!! 今……今俺を狙ったのか!?」

日向「うるさいなぁ」

時雨「日向さん、やめてよ!」

長月「おい!!! 何やってんだお前ら!!!!!」

三隈「これは一体、何事ですの!?」

司令部に残っていた艦娘が次々と私たちの、元凶の所へ駆けつける。

長月「おい日向! これはお前がやった事なのか!?」

他の艦娘にしてみれば全くもって意味が分からないだろう。

日向「私がやった」

長月「何故だ!? こんなことして何になる!?」

日向「私は翔鶴を殺したい」

長月「はぁ!?」


三隈も時雨も、木曾も、訳が分らずに狼狽えている。

長月の態度は立派だ、毅然と現実に立ち向かう。


日向「私は提督を独り占めしたい」

長月「……愚かな」

日向「長月、お前まで私を罵るのか? 翔鶴のように」

長月「こんな事をしておいて、あいつと一緒に居られると思っているのか!?」

日向「……」

長月「艦娘が暴走し司令部に被害を及ぼす、当然責任問題だ」

長月「暴走した原因が感情や心にあると見なされれば、当然こちらも追及される」

長月「最悪、我々は艦娘の欠陥品と認定され廃棄処分だってありえる」

長月「今まで司令官が我々にしてくれたことが全て無に帰すんだぞ!? 分かってるのか!」


…………

ぐぅの音も出ない程の正論だった。

デモ ワタシハ アノヒトガ

日向「でも」

日向「それでも私は提督が好きなんだ」


テイトクガ ワタシノモノジャナイト イヤナンダロ

日向「提督ガ私のもノじゃないと」

提督「そうか」

日向「ン?」

提督「よっ」

日向「……」

提督「ただ今」

瑞鶴「帰りました。うわっ、半ば月面だよこれ」


時雨「提督! 瑞鶴さん!」
翔鶴「……おかえりなさい」
長月「全く、遅いぞ司令官」
木曾「聞いてくれ提督! 日向さんが私に、私に砲撃を!!!」

提督「待て待て待て、一斉に喋るな」

提督「現状は見れば大体分かる。皆、迷惑をかけた」

提督「ちょっと日向と話をさせてくれ」


提督「よっ」

日向「……やぁ」

提督「何で翔鶴と喧嘩してるんだ」

日向「価値観の相違という奴さ」

提督「どうせお前から手を出したんだろう」

日向「ああ、自分の幼さを嫌というほど感じさせられたよ。翔鶴も、長月も、みんな立派だ」

日向「でも……私は未熟者だった」

日向「自分の事ばかり考えて、怒って、暴れたんだ」

日向「最悪だ、最低だ」

提督「俺達ってやっぱり相性がいいのかもな」

提督「お前のよく言う最低でも、最悪だっていいじゃないか」

提督「俺だってそうさ。自分の事だけ考えて動いて、結果としてお前たちを困らせている」

日向「……翔鶴に質問されて気づいた」

日向「私は自分のことばかり気にして、君の気持ちなんてこれっぽっちも考えていなかった」

日向「図星さ」

日向「よく分かりすぎて逆に受け入れる事は無理だった」

日向「長月には諭された。私は我儘と言うには少しやりすぎた」

日向「みんなに迷惑をかけてしまった。もう、遅いよ。やり直せない」

提督「第四管区分遣艦隊の一員で俺の艦娘である限り、最後の瞬間まで幸福を求め続ける義務を、俺が課すよ」

提督「これから努力しろ。正しい努力も良いが、間違った努力も最高だ。滑稽に苦しむ様で俺を楽しませろ」

提督「最後には幸せになれ」

提督「日向、お前は俺の艦娘だ」

提督「さっさと武装解除して営舎の修理を手伝え」

日向「……君はやはり感性下劣な最低男だ」

日向「私と同じ最低なのに、何で君はそんな自信に満ち溢れているんだ?」


提督「後ろめたさが綺麗さっぱり無くなった」

提督「俺の進んでいる道はやっぱり間違ってない。そう翔鶴も言ってくれた」

提督「必ず、この道の先にあるものをお前たちにくれてやる」

日向「……君にとって私達は一体何だ? 兵器じゃないのか」

日向「人と兵器が一緒に同じ道など歩めない。共に生きていけるわけがない」

提督「お前らは兵器なんかじゃないぞ」

日向「だったら何だ。それ以外に何がある」

提督「憎らしくも愛らしい、俺の最高の女どもだ」

日向「……」

提督「男と女なら一緒に幸せになれると思わないか」

日向「私の想像を遥かに超えた、呆れた答えだよ」

提督「これも元を辿ればお前が居てくれたからだ。良かったらこれからも一緒に居てくれると助かる」

日向「……一緒に居れば私は皆にまた迷惑をかけてしまうだろう」

提督「日向、俺はお前の笑顔を忘れられずにずっと追いかけている」

提督「だから迷惑なんて気にするものか。お前も俺の大事な女の一人だ」

提督「良い女程手がかかる、と言うぞ」

日向「……その言葉が嬉しい私も、どうしようもない馬鹿者だ」


日向「私の負けだよ」


……マァ オモシロイカライイヤ


こうして横須賀鎮守府第四管区において後に海軍戊事件と呼ばれる珍事は幕を閉じた。

対外的には35.6㎝主砲の連続した誤射という形であまりに呆気なく決着がついた。


12月15日

夜 第四管区 大広間

提督「まぁ」

日向「どうも」

提督「まぁまぁ」

翔鶴「ありがとうございます」

長月「司令官! 早く!」

三隈「クマ!」

提督「えぇ~本日仮設司令部の設置も完了し、我々第四管区分遣艦隊」

提督「蔑称日向艦隊は長官より不幸な誤射事件を忘れ、気持ちを新たに公務へ励めとのお言葉を頂いた」

提督「よって今日は翔鶴奪還記念も兼ねた景気づけの席である。海上護衛は他の管区に任せ大いに飲んで楽しんでほしい」

提督「諸君、我々はここで今一度、海上護衛の本分を思い出そうではないか」

提督「襲撃の頻度を増す敵の攻勢を退ける為に、我々は益々の団結をせねばならん」

提督「我々の活躍が、ひいては日本の、いや、世界の海上護衛の礎となる」

提督「その為にも、俺と君達艦娘、また君達艦娘同士の絆は益々強まるべきである」

提督「無礼講だ。溜まりに溜まった不満はここで爆発させてくれ」

提督「世界の海に平和な航路があらんことを」

提督「君達の前途に洋々と広がる、大いなる未来に幸福があらんことを」


提督「乾杯」


日向「乾杯」

翔鶴「乾杯」

長月「乾杯っ!」

瑞鶴「かんぱ~い!!」

木曾「乾杯!」

三隈「み、クマッ!!」

時雨「乾杯!」

曙「乾杯」

漣「乾杯!」

皐月「乾杯!」

文月「乾杯!」


日向「みんなあの時は迷惑をかけた」

長月「本当に何を考えていたんだ馬鹿日向!!」

木曾「流石の俺も撃たれた時はちょっと焦ったぜ」

日向「少し提督の事ばかり考えすぎていた。本当に済まなかった」

日向「我儘だが、やっぱり許してほしい」

日向「……いいか?」

長月「……ふん! もういいから飲め! 酔って私の前で醜態を晒せ!」

木曾「今夜は寝かさねーぜ! 日向さん!」

日向「……ああ、望むところだ」


翔鶴「提督、お疲れ様です」

提督「いやーお前らの修復なら簡単なんだが。建物の修復は勝手が分からんもんだな」

提督「ウチも一応公的機関だから水道利用やガスや各種予算の省庁への申請手続きが面倒でな」

瑞鶴「提督さん! おっつかれー! 飲んで飲んで♪」

提督「これはどーもご丁寧に」

曙「時雨ちゃん、聞いてよね! 私全然出番が無かったんだけど」

漣「私もです」

皐月「まー、いいじゃないか!」

文月「遠征も立派なお仕事ですぅ~」

時雨「あ、あはは」


~~~~~~~

三時間経過

長月「しれーーかーーーん!」

提督「何だながつ、酒くさっ!!!」

長月「しれーかん! 日向が全然酔わないんだぁー!!」

提督「長月、お前は最初の一杯だけにしとけって言っただろう」

長月「だって、だってみんなが楽しそうに飲んでるんだ」

長月「わたしだって飲んでもいいじゃないかぁ!!」

提督「そうだなぁ。お前だけ子供扱いしちゃ駄目だよな」ナデナデ

長月「わたしは立派な大人だぁ!!!」

長月「でへへ、でもしれいかんに撫でてもらうのきもちいい」


木曾「俺に勝負を挑む馬鹿はどこのどいつだぁ!?」

木曾「ああああああん!?」

提督「あいつはもう駄目だな」


三隈「提督」

提督「おお、三隈か」

三隈「早く晴嵐を調達して欲しいです……もう瑞雲は通用しません」

提督「そうだなぁ、善処してみよう」

三隈「ありがとうございます」


翔鶴「提督」

提督「どうした?」

翔鶴「提督は今、幸せですか?」

提督「勿論、幸せだ」

翔鶴「知っていました」クス


瑞鶴「提督さん」

提督「どうした」

瑞鶴「私も提督さんは間違ってないと思う」

提督「ありがとう。お前からそう言って貰えるとはな」

瑞鶴「だから私に対する基礎評価が低すぎるっつーの! ……で、さ」

提督「ん?」

瑞鶴「もし、あ、もしもの話なんだけど」

提督「たられば話は嫌いじゃないぞ。言ってみろ」

瑞鶴「私が日向さんみたいに迷って暴走しちゃったときにさ、提督さんは~私のこと助けてくれる?」

提督「当たり前だ。命を賭して救ってみせる」

瑞鶴「……さーんきゅ♪ 私も提督さんが危ない時には助けるからね!」

提督「おう、頼りにしている」


~~~~~~~~~~~~~

五時間経過

長月「うぅ……オェエ……」

木曾「んごごっごっごごごおごおおおおおーーーーー」

瑞鶴「Zzz……」

提督「死屍累々だな」

翔鶴「皆さん、あまりお酒は強くないようですね」

日向「の、ようだな」

提督「結局残ったのは我々だけみたいだな」


提督「河岸を変えるか」

翔鶴「ご一緒します」

日向「付き合おう」

提督「では持てるだけ酒とつまみを持って来い」


夜 第四管区 飲み部屋

提督「司令部の復興に乾杯」

日向「乾杯」

翔鶴「乾杯」

提督「……この安酒は不味いな」

日向「公務員の辛いところさ」

翔鶴「私はそこまで嫌いな味ではないのですが……」


日向「翔鶴、本当に面倒をかけた。本当にすまない」

翔鶴「もう気にしておりません。誰にでも間違いはあります」

日向「……すまんな」

提督「日向、服を脱げ」

翔鶴「えっ、何をおっしゃっているのですか」

提督の唐突な要求に翔鶴は困惑したが、日向さんは特に驚く様子も無く上着を脱いでいく

翔鶴「日向さん! 脱ぐ必要はありません!! 提督、時と場所を弁えて下さい!」

日向「違うんだ、翔鶴」

日向は上着を脱ぎ切り乳房まで曝け出した。 彼女の服で隠されていた上半身は肌色でなく異様な白だった

日向「左胸、心臓辺りから白色が広がっていたが今は完全に止まっている」

日向「この白が、全身に広がればどうなるか私も大体見当はつく」

翔鶴「その、肌は」


提督「俺はお前達に今や先の話はよくするが過去の話はしないだろ」

提督「これからもするつもりは無い。過去はどうしようも無いし、話したところで意味も無い」

提督「お前らの出自は深海棲艦とも深く関係を持つこれだけ覚えておけ」


提督「艦娘が深海棲艦になるのは実は珍しい事じゃない。少しバランスを崩せば、あっという間に早変わりだ」

提督「ま、うちからは過去一度も深海棲艦は発生していないが」

提督「翔鶴から話を聞いた時、確信し色々と手を回した」

提督「日向と一緒に死ぬのも悪くないと思っていたが、何とか踏みとどまってくれたからな」

提督「準備は無駄になったという訳だ」


提督「深海棲艦にあっという間に早変わりするだけに、対処が難しい」

提督「変わってしまっては戻しようが無い」

提督「この辺は、女心と同じだ。言い換えれば変わる前なら幾らでもやりようはある」

提督「日向、来い」

日向「……」

日向さんは促されるまま、ふらふらと立ち上がり提督の元へと向かう

提督「俺の腕に仰向けでもたれ掛かれ」

日向「うん……」

日向さんは立ち消えそうな弱弱しい声で返事をする


提督「少し刺激が強いだろうが、我慢しろよ」

日向「……分かった」

提抱きかかえられた日向さんは、腕を提督の背中に回す。

提督「……」

提督は日向さんの左乳房に顔を近づけると、

提督「……」ペロッ

日向「ッ!!!!!」

舌で舐めた。 日向さんの身体が刺激に大きく反応する。

背中へ回した腕には明らかに力が籠っている。

提督「……」ペチャペチャ

日向「あっ……ぐっ……」

日向さんが、零れ出る喘ぎ声を必死で抑えようとしているのが分かる

舌が肌に触れる度に上半身は脈打つように跳ね上がる

提督「……」

日向「あぁっ!!!!!」

提督は日向さんの反応を無視し何も言わずひたすらに舐め続ける。 空気の逃げる隙間がないために木の組織を破壊して破裂する音。

湿り気を帯びた舐める音、そして女の喘ぎ声。

囲炉裏の火に照らされたこの淫靡なはずの光景には妙に現実感が無く、 私は人間以外の動物の交尾を眺めているような気分だった。

提督「……終わったぞ」

日向「はぁ、はぁ」

どれ程の時間が経っていたかよく分からないが提督がそう告げた時、日向さんの上半身に白色は残っていなかった。

日向「………Zzz……」

体力を消耗したのか日向さんはそのまま眠ってしまった。


翔鶴「提督、一体何を……」

提督「深く考えるな。こういうものなんだ」

胸の奥がぞわぞわする。お尻を触られたり髪を触られたりするのとは全く異質な行為。

普段の提督と日向さんからは全く想像できない程に重く粘着質で気持ちの悪い。


だが、それ故に


翔鶴「提督……」

私は何を言おうとしている。胸の高鳴りが止まらない。

翔鶴「私モそレ、シテ欲しイです」

舐めて欲しい。私の肌をあの舌で。

提督はゆっくりと私の方へ向き直す。いつもの優しげな表情は無い。

焚き火に照らされる提督は次第に闇に溶け込み始める。

提督という器に別の物が入り込んでしまったように思える。

未来も、幸福も、覚悟も、仲間も、今は全部どうでも良い。

私は舐められると一体どんな声を出すのか。

どんな気持ちになるのか。

早く。欲しい。



提督「駄目だ」


翔鶴「えっ……」

駄目、駄目と言ったのか?

翔鶴「お願いします」

提督「駄目だ」

翔鶴「お願いです!!」

提督「落ち着け、当てられているぞ」

翔鶴「穢れ?」

提督「翔鶴なら大丈夫かと思ったがお前も意外と感応が強いんだな。こちらを向け」


左手を伸ばし、何か小さく呟きながら中指を私の額に優しく当てる。


提督「……」

提督「これでもう大丈夫な筈だ」

翔鶴「……あれっ、私」

先程まで胸を埋めていた感情は消え失せ、いつもの冷静な思考が戻ってくる

提督「まだ舐めて欲しいか?」

翔鶴「……」

赤面

翔鶴「……私、なんてはしたない事を! 申し訳ございません!」

提督「気にするな、お前のせいじゃない。何度も言うが『こういうもの』なんだ」

翔鶴「……」

提督「日向を許してやってくれ。あれだけ侵されて尚、こいつは自分の思考を保っていた」

提督「お前も、今なら日向の執着の意味が理解出来るだろう」

おぞましい。ただ見ただけでこれ程に心狂わせる存在が体に巣食うなど想像もしたくない。

翔鶴「……まさかこの感覚を理解させるためにわざと私の前で禊を行ったのですか?」

提督「さぁな」

翔鶴「酷いです」

提督「お前と日向が不仲だと我が艦隊は機能しないからな。許しておくれ、俺の瑞鶴よ」

翔鶴「翔鶴です」

提督「わはは」


時雨「提督、おはようございます」

提督「おはよう時雨、今日も可愛いな」

時雨「ありがとう…………でも何で提督は僕のお尻を揉んでるのかな?」

提督「朝の柔軟運動だ」

時雨「こらっ!!」

提督「やまない雨は、無い」




瑞鶴「おっ、提督さんじゃん」

提督「瑞鶴、突然だが俺の子を孕む気は無いか」

瑞鶴「はぁ!? 死にたいの!?」

提督「いや妊娠すれば少しは乳房も大きくグガッペ!!!!!!!」


漣「ご主人様、遠征班いつでも出られます!」

提督「うん。気を付けて資材拾って来い。出来れば色気のあるパンツもな」

漣「ご主人様! 帰ったらぜってーぶっ殺します!」




三隈「クマッ」

提督「私がクマクマ言ったって……良いわよね?」

三隈「えっ、ちょ、提督大丈夫ですか!?」




木曾「提督?」

提督「木曾、邪魔するぞ」

木曾「どうしたんだよ」

提督「今日は艦娘の様子を見廻っている。で、今はお前の所という訳だ」

木曾「別に本読んでるだけだぜ?」

提督「構わない。しばらく一緒に居ていいか」

木曾「ああ」

提督「……」

木曾(黙って見られると緊張するな)

提督「木曾、突然だが俺はお前に何かしてやりたい」

提督「何が良い?」

木曾「な、何だよ急に……気味わりぃな」

提督「お前もウチの武勲艦だからな。少しくらい褒美があっても罰は当たらんぞ」

木曾「……じゃあお前の煙草、くれよ。今吸っちまおう」

提督「そんなものでいいのか」

木曾「ま、その辺が俺には妥当だろ」


長月「むっ、何だ司令官か」

提督「よっ。昨晩はお楽しみだったな」

長月「……」キョロキョロ

長月「よし、周りに誰も居ないぞ! 今だ! 私を可愛がってくれ!」

提督(何言ってんだコイツ)

長月「この前司令官に頭を撫でられて以来感覚が忘れられないんだ……」

長月「たのむぅ~~」ウルウル

提督「分かったから! そんな必死な顔をするな!」

提督「ほら、どうだ」ナデナデ

長月「おぉ~これだぁ! この感覚だぁ~~~」

提督「喜んで貰えるのは結構な事だ」

長月「あ゛ぁ゛~、癖になるぅ~~、子供に戻っちゃぅ~~~~」

提督「しっかりしてくれよ、大人の長月さん」



日向「おや、君か」

日向「今日は随分と楽しそうな事をしてるみたいだな」

提督「なに、いつもと変わらんさ」

日向「私の身体なら好きなだけ触って良いぞ」

提督「こういうのは嫌がるから面白いんだ」

日向「そうか。まぁ気が向いた時に触ってくれ」

提督「お、おう」



翔鶴「提督、お疲れ様です」

提督「今日は楽しかった」

翔鶴「そのようですね。皆が怒っていましたよ」

提督「俺は、ようやくここまで来たんだ」

翔鶴「はい」

提督「これからも迷うし、間違うし、困らせることもあると思う」

提督「翔鶴、それでもお前は俺の傍に居てくれるか?」

翔鶴「とこしえに」

提督「……ありがとう」

【2】

12月18日

昼 第一管区 執務室

長門「ここにサインを頼む」

山内「ああ」

目の前の文書に集中するあまり、差し出された書類から少し手が逸れた。

指先が触れ合う。

長門「……っ」

山内「すまない」

長門「……問題ない」

山内「……」

長門「どうした提督」

山内「…………」

長門「おい、提督聞いているのか」

山内「うん? 何か言ったか」

長門「ここのところ、能率が落ちている。何か問題があるのか」

山内「黙れ」

長門「分かった。黙ろう」

山内「……この場合黙らなくていい。全く、調子が狂うといったら」

長門「お前が黙れと言ったんじゃないか」

山内「いい加減、人間のコミュニケーションに慣れろ。面倒だ」

長門「意味が分からない」

山内「……もういい」

長門「もし何かストレスを抱えているのなら、発散した方が良い。人間には毒だ」

山内「それは、俺を心配してくれているのか」

長門「お前は私の提督だ。心配もする」

山内「そうプログラミングされているだけのくせに、余計なことを言うな」

長門「……すまない。もう余計なことは言わない」

山内「出て行け」

長門「分かった」ショボン

山内「……待て」

長門「……?」

山内「出て行かなくていい。先ほどの命令は取り消す」

長門「分かった」ニコニコ

山内「……嬉しそうな顔をするな」

長門「嬉しそうな顔とは何だ?」

山内「……もういい。仕事をしよう」

長門「ああ」


昼 第四管区 執務室

提督「お前が秘書艦なのは久しぶりだな」

瑞鶴「時雨さんは出撃して訓練ですからね」

提督「近頃は資源の台所事情も苦しい。駆逐艦にも活躍して貰わねば」

瑞鶴「嫌味に聞こえます」

提督「負い目でもあるのか」

瑞鶴「まー否定はしません。収支報告書作るんで資料下さい」

提督「えーっと。ほれ」

瑞鶴「どうも」

提督「ところで翔鶴は料理が上手いのか?」

瑞鶴「多分上手いんじゃないですかー。翔鶴ねぇの事だし」

提督「お前は?」

瑞鶴「それなりです」

提督「作っているのを見た事が無いぞ」

瑞鶴「必要が無いので」

提督「では後で何か作ってくれ」

瑞鶴「……はぁ?」

提督「……前から言いたかったが、お前、上官に対してその態度は無いだろう」

瑞鶴「提督さんが意味不明な事言うからじゃん」

提督「俺の話は理路整然、かのヒットラーが聞いて涙を流した程だ」

瑞鶴「全然面白くないです」

提督「貧乳にも冗談が分かるようレベルを落としたからな」

瑞鶴「最近妙にセクハラが酷いですけど。頭おかしくなったの?」

提督「お前らは俺の女だ、だから女に何をしようと俺の自由、という理屈だ」

瑞鶴「DV男そのままの思考ですね」

提督「海軍内暴力であるからNV男」

瑞鶴「面白くないです」

瑞鶴「大体、空母に胸の大きさを求めてどうするんですか」

提督「近頃俺の艦隊が何と呼ばれているか知っているか?」

瑞鶴「日向艦隊」

提督「そうではない」

瑞鶴「瑞鶴艦隊」

提督「驕るな馬鹿」

瑞鶴「正解ください」


提督「貧乳艦隊だ」

瑞鶴「どこの馬鹿がそんな馬鹿みたいな名前つけるんですか」

提督「俺だ」

瑞鶴「提督って願望と現実の区別つきます?」

提督「俺が望むのはいつだって現実だ」

瑞鶴「その望みは多分叶いませんよ」

提督「艦娘が女の形をしている以上どうしようもない」

瑞鶴「どうしようもないのは提督さんの方でーす」

提督「多少認めざるを得ない」

瑞鶴「三隈さんとかも胸は大きくないですよ」

提督「あれは清貧と言うべきものだ」

瑞鶴「じゃあ私の胸は?」

提督「第二飛行甲板」

瑞鶴「後でぶん殴ります」

提督「今は翔鶴だけの話をしているのではない。仕切り直すぞ」

瑞鶴「はいはい」

提督「先程も述べた通り我が艦隊の胸部サイズは全体的に慎ましい」

瑞鶴「……認めたく無いですが、事実ではありますね」

提督「何だその態度は。お前が足を引っ張っているんだ、もっと自覚して反省しろ」

瑞鶴「あんた会話する気無いでしょ」

提督「俺なりの愛だ」

瑞鶴「いりません」

提督「この状況を打開する方法を飛行甲板なりに考えて欲しい」

瑞鶴「提督さんの目をくり抜く」

提督「根本療法か。良い案だが実施した戦果を俺自身が確認出来なくなるので却下」

瑞鶴「提督さんの命を終わらせる」

提督「俺に構うな。泥沼の対症療法をしろ。自分の視野をもっと狭めろ」

瑞鶴「収支報告書作り終わったのでサインください」ボカッ

提督「あいたっ!!!」

瑞鶴「約束された当然の報いです」


12月23日

夜 第四管区 廊下

時雨「あ、木曾、丁度いいところで会った」

木曾「ん? 俺に何か用か?」

時雨「今度提督の誕生日だから皆にメッセージを書いて欲しいんだ」

木曾「メッセージぃ?」

時雨「提督誕生日おめでとう、とか。今までありがとう、とか」

時雨「昔の思い出話とか! 長くても良いよ!!」

木曾(提督との思い出、ねぇ……)


~~
~~~~
~~~~~~~~


コンコン

木曾「おー、いるぜー」

提督「よっ」

木曾「提督か」

提督「艤装の手入れ中だったか」

木曾「今終わった」

提督「それは丁度いい」

木曾「まぁ適当に座ってくれ」

提督「邪魔するぞ」

木曾「で、俺に何か用なのか?」

提督「別に無いが」

木曾「……」

提督「……」

木曾「……だったら来るな、とは言わねぇけどよ」

提督「嫌だったか?」

木曾「俺は良いけど提督がつまんねぇだろ?」

提督「別に気にしない」

木曾「じゃあ……いいけどさ」

提督「……」

木曾「……」

提督「……」

木曾「……」


提督「……」

木曾「……」

提督「……」

木曾「……」

木曾「……なぁ提督、やっぱ帰」「お前うどん好きか?」

木曾「え?」

提督「基地の外へ食いに行くぞ」

~~~~~

提督「温かいぶっかけ、特盛二つで」

店員「ウチの特盛かなり多いですけど、本当に食べられますか?」

提督「無論だ」

店員「りょーかいです。注文入りましたーっ! 特盛二つ!」

木曾「……提督との初めての外食がうどん屋」

提督「ん? 何か言ったか?」

木曾「なんでもねーよ」


木曾「よく来る店なのか?」

提督「海軍御用達の格安うどん店だ」

木曾「格安……」

提督「不満か?」

木曾「別に」

提督「六万円のフルコースを千円で食すことが出来ればお得だろう」

木曾「……そうだな」

提督「格安というのは悪い意味ではないし、この店の味やステータスが劣るわけでは無い」

木曾「前から思ってたけどさ、アンタの例えって馬鹿みたいだ」

提督「不満があるならちゃんと言えよ」

木曾「だーから別に不満でもなんでもねぇ」

提督「なら良いんだが」


店員「特盛二つお待ち~」

木曾「……は?」

提督「見ろ! 総計千グラム超の麺が織りなす小麦の饗宴!」

木曾「いや、食えねぇよこんなの」

提督「モノは試しだ。とりあえず食ってみろ」

木曾「……」チュルチュル

木曾「!」

提督「どうだ」

木曾「……適度な濃さのダシが麺とよく絡んで食べやすい」

提督「それ即ち」

木曾「これ最っ高にうめぇ!!!!!!」

提督「良かった良かった」


木曾「……!」ズーーーールルルルル

木曾「……」モニュモニュ

木曾「……!!」ズルルルルルル

木曾「……」モニュモニュモニュ

提督「……」ニヤニヤ

木曾「ぬぅあにわわってんまよ」(何笑ってんだよ)

提督「お前、うどん似合わんな」

木曾「……ううせ」(うるせ)

提督「では俺も頂こう」

~~~

木曾「結局全部食っちまった」

提督「美味かったな」

木曾「……ああ」

提督「しかもこれで一人五百円だ」

木曾「マジか!?」

提督「まだ不満はあるか?」

木曾「……最初っから無い」

提督「ほー、そうか」

木曾「しつこいんだよ」

提督「この後は少し行きたい場所があるのだが付き合ってくれるか?」

木曾「どうせ帰りもアンタの車なんだ。好きにしな」

~~~~~~~~~~

木曾「行きたい場所って神社なのか?」

提督「ちょっと野暮用でな」

木曾「……」

提督「車で少し待っててくれ」

木曾「りょーかい」


提督「お久しぶりです。神官様」

神官「おお! これはこれは高森様、ご丁寧に」

提督「お変わりはありませんか」

神官「はい。お力添えいただいたおかげで、神祇院も発言力を増しております」

提督「俺は何もしてませんよ」

神官「深海棲艦との最前線で戦う神官がいるからこそ、可能なこともあります」

提督「……なんだかな」

神官「本当にご立派になられて! 昔は御神木にお小水を引っ掛けるクソガキだったのによぉ」

提督「えーっと」

神官「ひょっひょっひょ。冗談です!」

提督「献金のお礼も今させて下さい。本当に、ありがとうございます」

神官「良いのです。何やら第四管区も単冠で活躍されたようですしね! 今後とも日本の海をお願いいたします」

提督「単冠の件は情報封鎖されてる筈なのにな。全く、叶わない」

神官「我々も伊達に国教を名乗ってはおりません。御存知ですか? 今や全国において我々の社はどの宗教勢力よりも多いのですよ」

提督「先日恥ずかしながら新聞で知りました」

神官「次はコンビニを抜いて見せます」

提督「ははは!! ……宗教に縋らなければいけない民の弱さを快く思えないという気持ちも、正直あります」

神官「生まれながらの神官たる貴方が何をおっしゃるか。八百万の神がおわす日の本こそが、この世界に安定をもたらすと私は確信しておりますよ」

提督「共産主義という思想も、世界の終末を唱える妖精教も、この国ばかりは手を焼いている事実は俺も認めますが、世界とはこれまた大きく出られましたな」

神官「狂人とその武力により打ち立てられた国際秩序を改めるには、一つの大きな柱が必要なのです」

提督「それが日本皇国であると」

神官「然り! 各国が妖精狩りを行う中、この皇国だけが公然と新生類憐みの令を発布し妖精を守りました。彼らにも、我々がいかに慈悲深いか伝わったはずです」

提督「……なるほど」

神官「故に妖精は他国を無視し我々とのみ軍事協定を結びました!」

神官「一神教の国家において妖精たちは天使だの悪魔だのと愚にもつかない言い争いに巻き込まれておりましが……」

神官「我が国においては、八百万が八百万と一へと変わったに過ぎません。ほんに、一神教徒どもの凶暴さには辟易します」

提督「……」

神官「それよりも最悪なのは妖精教の者どもです! 魂の救いを求め人を殺すとは、何とも理解しかねます。ですが、この不安なご時世には迷いもまた必然なのでしょう」

提督(魂の救い、か)

神官「彼らを変えるという役割もまた、八百万の神々が我々に求めておられるものであるとしか私には解釈が出来ませぬ」

神官「皇国は単に覇権国家としてだけでなく、八百万と一つからなる神々の神命を帯びておるのです!」

提督「……」

神官「……釈迦になんとやらでしたな。申し訳ない。布教用の楽しい世間話を続けても良いですが、何か別件の用事でいらしたのでは?」

提督「さすが、現役の神官様は鋭い」


神官「伊達に歳を食ってるわけじゃ無いですからね」

提督「自分も神官としての技をもう一度磨きたいと思いまして」

神官「もし必要がありましたら私めらが鎮守府へお伺いしますが」

提督「いえ、通常の穢れでは無いものが居るようで」

神官「はて?」

提督「ああ、今は問題無いのですが今後を見据え私自身が強くなる必要を感じているのです」

神官「少し腑に落ちませぬが、承知しました。下の者に色々用意させましょう。お待ち下さい」

提督「ご厚意感謝いたします」

神官「いえいえ! 雅晴殿は国民の誇りであり、我々の代弁者なのですから」

~~~~~~

提督「ご丁寧にありがとうございました。父にもよく伝えておきますので」

神官「いつでも神祇院との繋がりを頼って下され!」


提督(国民の誇り、か)

提督(……阿保らし。実際の海軍は政治屋どもの飼い犬だっつーの)


提督(あの爺、相変わらず鬱陶しい上に現実が見えてないらしい)

提督(深海棲艦は羅針盤と艦娘の衝撃から立ち直りつつある。前回の単冠はその証左だ)

提督(これからは確実に劣勢なのは目に見えているのに総理は各国と経済協定結んでいい気になって)

提督(誰がそいつらと通商する航路守ると思ってるんだ。俺たちじゃねーか)

提督(基地ばかり増えて駐留する艦娘の数は不足気味)

提督(本土の防衛線すら穴だらけ。断絶の壁の陳腐化、それでも海外派兵が次々と持ち上がる)

提督(今後は艦娘一揃えじゃどう考えても頭数が足りない)


提督(あと、なーにが神命だ。途上国を経済植民地にして絞りつくすだけのつもりしやがって。八百万の神なら俺の隣で泣いてるわ)

提督(爺が神祇院の権力つかって、倉庫の艦娘とエロいことしてるのを俺は知っている)

提督(他の名のある神官たちも基地での定期健診って名目で公然と艦娘へ手を出してる)

提督(汚い)

提督(思想も、宗教も、国家も、政治屋も、海軍も、何もかも)

提督(世の空気に毒されて、何もかもが腐ってしまっている)

提督(……)

提督(そいつら利用して生きてる俺に言われたところで痛くも無い、か)


提督「待たせたな」

木曾「どんな用事だったんだ」

提督「秘密だ」

木曾「けっ」

提督「不満があれば言えよ」

木曾「……だから、無いつってんだろ」

提督「なら良いんだが」

提督「車に乗れ」

~~~~~~

木曾「……」

提督「……」

木曾「……」

提督「また食いに行こう」

木曾「……」

提督「……」

木曾「……」

提督「……」

木曾「……」

提督「ちょっと遠回りするぞ」

木曾「……」

~~~~~~

提督「着いた」

木曾「山の中じゃねぇか」

提督「少し歩く」

木曾「……」

提督「ほら」

木曾「うわ」

提督「ここからだと俺達の街が一望出来るんだ」

木曾「港があんなに小さい」

提督「仕事をしたく無くなったらここへ来る。で、自らを奮い立たせて頑張る」

木曾「……お前も嫌になる時があるのか」

提督「時々な」

提督「……」シュボ

木曾「……」

提督「……」フー


木曾「何やってんだ」

提督「見ての通り煙草だ」

木曾「アンタ、吸ってたんだな」

提督「司令部では吸わないからな。その反応は当然だ。他の奴には言うなよ」

木曾「身体に悪いぞ」

提督「だな、一本吸うごとに五分寿命が縮むらしい」

木曾「何で吸うんだ」

提督「吸いたいからだ」

木曾「合理的じゃない」

提督「俺なりに合理的さ」

木曾「長生きしたくないのか」

提督「したいな」

木曾「ほら、合理的じゃない」

提督「楽しく生きる方が優先だ」

木曾「じゃあ長生きしたいなんて言うなよ」

提督「少し差はあるが、二つとも大事だと言っちゃ駄目か?」

木曾「駄目だ」

提督「何故だ?」

木曾「……駄目なもんは駄目だ」

提督「参ったな。何とか見逃してくれないか」

木曾「……」

提督「俺には本当にどっちも大切なんだ」

木曾「アンタ、卑怯だぞ」

提督「人間はズルいんだよ」


提督「そうだ」

木曾「?」

提督「煙草を一本やるから見逃してくれ」

木曾「……寄越せ」

提督「契約成立だ。ほれ」

木曾「ライターもだ」

提督「はいはい」


木曾「……つかねぇぞ」

提督「咥えて吸いながらでないと火はつかん」

木曾「……」シュボ

提督「吸い続けて肺に煙を入れろ」

木曾「……」スー

木曾「……」

木曾「……」ハー


提督「どうだ」

木曾「すげぇ不味いな」

提督「ははは!! 俺もそう思う」

提督「普通最初はむせるのだが」

木曾「俺は機械だからな」

提督「成程」

木曾「煙草が人間の身体に悪そうなのはよく理解出来た」


提督「火をくれ」

木曾「ああ」 スッ

提督「ライターはいらん」

木曾「?」

提督「俺の方を向け」

木曾「……ん」

提督「そのまま動くな」

顔を近づけ咥えた煙草の先同士を密着させる。

木曾「……」

提督「……」

木曾「……」

提督「ほら火が着いた」

木曾「……」

提督「……木曾、大丈夫か?」

木曾「……」

提督「おい火が」

木曾「……あっつ!!!!!!」

提督「どこまで吸ってんだ馬鹿、火傷するぞ」


提督「お前、今日一日不満そうだったが本当に何も無いのか」

木曾「……もういい」

提督「今回は本当に無いみたいだな」

木曾「くそっ」

提督「さ、帰ろう」

木曾「……」




~~~~~~~~
~~~~
~~


時雨「ねぇ木曾! ねぇってば!」

木曾「ああ、わりぃ話聞いてなかった」

時雨「だから提督との思い出だよ。何かあるでしょ?」

木曾「メッセージに書くほどのは無いな」

時雨「そっか、残念。じゃあカードだけ渡しておくから何か書いてね」

木曾「おう、わりぃな」


夜 第四管区 木曾の部屋

コンコン

木曾「どうぞー」

日向「木曾、邪魔するぞ」

木曾「……よぉ日向さん」

日向「実はお前の雷撃装備を私にも装着……煙草を吸っているのか?」

木曾「ああ」

日向「驚いたな」


木曾「ほとんど吸わないし、吸っても部屋だからな」

日向「引火には気をつけろよ」

木曾「ん~」

日向「煙草なぞ、身体に悪いだけだと思うのだが」

木曾「煙草嫌いなんだっけ?」

日向「吸った事も無いが、健康にも悪い。合理的でない」

木曾「はっ。ほんとにそうだよな」

日向「?」

木曾「でも合理的なんだよ。俺なりに、だけどな」

日向「そうか」


日向「木曾」

木曾「ん~?」

日向「では煙草は、うまいのか?」

木曾「……すげぇ不味い」

日向「????」

日向「よく分からんぞ」


木曾「でも幸せな味なんだ……俺なりに」


12月30日

朝 第四管区 会議室

私の名は長月。

皐月「あ、長月おはよう」

長月「……おはよう」

駆逐艦だ。

文月「長月ちゃ~ん、おはよ~」

長月「……おはよう」

しかし、普通の駆逐艦ではない。

時雨「長月、装備の件で相談なんだけど」

長月「分かっている。旗艦は私、木曾は魚雷抜き、日向は主砲抜きで出撃だ」

皆から頼られる大人のエリート駆逐艦という奴だ。

漣「長月、すげぇです……」

翔鶴「長月さんおはようございます」

誰もが私を尊敬の眼差しで見つめる。正規空母ですら私には頭を下げる。

提督「長月」

こいつは我々の上司であり、司令官であり、皆からは提督と呼ばれている。

勿論私とはクールな仲だ。だから今日もクールに決めなくては。

長月「司令官! おはよう! 今日も私の活躍を見ていて」 「お前もしばらく南方に遠征な」

長月「……ん?」

提督「え・ん・せ・い」

長月「え゛ぇ!?」

クールに決めなくてはってえぇぇえぇぇぇえ遠征!?


長月「な、何故だ司令官!?」

提督「正規空母の護衛だ」

長月「正規空母が私の護衛だろ!?」

提督「いや、逆」

時雨「もう! 魚雷も主砲も主要武装なのに! 馬鹿な事言っちゃ駄目だよ」

文月「長月ちゃんがまた怒られてる~」

漣「長月はマジで頭おかしいですから」

皐月「おい漣、本人の前でそんな事言うな!」

瑞鶴「おはよー皆、あ、長月さんちーっす」ナデナデ

長月「ば、馬鹿な」

……これは多分、何かの間違いだ。

提督「よーし、必要なメンバーが揃ったところで作戦会議始めるぞー」

長月「ばかなーーー!?!??!?」


提督「今回の遠征、敵機動部隊釣り上げ作戦の概要を説明する」

提督「南方で敵の動きが見られる。根拠地となる島にナノマシン雲生成装置が運び込まれたことも確認済みだ」

提督「こいつは絶対に破壊したい」

提督「だが守備する敵機動部隊は極めて強力であり真っ向から衝突すれば損害は避けられん」

提督「そこで搦め手を狙う」

提督「陽動として空母を含んだ機動部隊で敵機動部隊を吊り上げ」

提督「その間にゴミみたいな文官が司令官をやってるショートランド、無駄にデカいブインの連中が敵根拠地に突っ込む」

提督「今回俺達は他の基地のお手伝いという訳だ」

翔鶴「……怒りは抑えて下さいね。予想される敵の戦力は、どうなっているのでしょう」

提督「正規空母6、改正規空母1、軽空母20、戦艦10、重巡40、以下多数」


文月「以下多数だって~」

瑞鶴「ほーんと一体どこからそんなに生まれるやら」

翔鶴「提督、改正規空母とは何でしょう?」

提督「発展型のブレインと言えば分かりやすいか。敵の指揮官だ。馬鹿みたいに強い」

提督「まぁお前達は見る事も無いだろうがな」


提督「尚、これは現在の数値であり今後は更に増加する可能性もある」

木曾「おいおいホントに勝てんのか!?」

提督「いつもの強行偵察にしては、」

提督「今のうちに叩かないと手が付けられなくなるということだ」

提督「お前らが敵を釣ってる間に、本隊が敵根拠地に設置された雲の生成装置を叩く。お仕事完了だ」

日向「……」

提督「難しく考えるな。お前らは決められた日時に敵哨戒網を突破するだけで良い」

提督「敵機動部隊主力と真っ向からやり合うなんてこちらから願い下げだ総司令部と政治家のバカタレが」

漣「とても指揮官の発言とは思えねーです」


提督「羅針盤という名の航路限定装置の都合もあるから、派遣艦はいつも通り六隻」

提督「翔鶴、瑞鶴、皐月、文月、時雨、長月」

提督「今回はお前らに行ってもらう」

提督「敵の正規空母を三隻以上吊り上げろ。軽空母は正規空母0.5隻分と数える」

提督「目標を達成したら速攻で逃げ帰れ」

提督「合図はブインの司令部から送られる。戦闘指揮は翔……瑞鶴に一任する」

瑞鶴「……えっ私!?」

提督「やり遂げて見せろ。以上」


~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~

1月12日

瑞鶴「遠征部隊、ただいま帰還しました」

提督「どうだった」

瑞鶴「……やり遂げました!」ブイ

提督「御苦労。総司令部総長からも感謝の言葉を頂いた。作戦自体も成功だ」

瑞鶴「入電で敵が六隻全部正規空母、あ、ブレインも居る……と言われた時はもうどうするかと」

提督「無事逃げ帰れて何よりだ」

瑞鶴「別の海域に逃げるまでおいかけ回されて……ほんと勘弁して欲しいわよ」

翔鶴「駆逐艦の皆さんも防空戦で頑張ってくれました」

皐月「雲が近づいてきたと思ったら艦載機だったね」

文月「すごかったねぇ~」

瑞鶴「提督さん、後で翔鶴ねぇの持ってた烈風改の入手ルートについて話があります」

翔鶴「すいません提督。やはり隠し通す事は無理でした」

提督「……時雨、大丈夫だったか」

私の名は長月

時雨「うん。長月の言う通り、艦戦や対空装備を多めに積んで行って正解だったね」

皐月「ボクの案のタービン強化だけじゃ、逃げ切れなかったよ。ありがと長月」

長月「に、任務の性格と目的、敵戦力を考慮すれば簡単に分かる事だ!」

クールで大人の頼れる駆逐艦だ

瑞鶴「長月さんは流石です」ナデナデ

長月「でへへ……って撫でるんじゃない!!!!」

翔鶴「まぁまぁ」

提督「わはは」


多分


1月16日

夜 第四管区 飲み部屋

日向「君は私達に幸せになれ、とよく言う」

提督「うん」

日向「君自身は自分の幸せについて考えているのか」

提督「そうさなぁ」

提督「……考えた事も無かったかもしれん」

日向「ふむ。いかにも君らしい想定の範囲内の回答だ」

提督「俺自身の幸せなど戦いが終わった後で考えれば良い」

日向「私達に考えさせる手前、その態度は良くないと思うぞ」

提督「……」

日向「この機会に少し考えてみたらどうだ」

提督「……俺の幸せかぁ」

日向「軍人は戦いが終わったら単なる邪魔な存在になる」

提督「確かに平和な俗世に馴染めない、といった話は珍しくないからな」

日向「今の内に身の振り方を考える事も必要だ」

提督「自分の将来……全く想像が出来んな」

日向「私は戦いが終わっても君と一緒に居たい」

日向「どうだ?」

提督「それは友人としてか?」

日向「伴侶としてだ」

提督「……嬉しいぞ」

日向「ヘタレな君にしては上出来な回答だ」

提督「低く見られたものだ」

日向「馬鹿。褒めてるんだよ」

提督「お前と平和な時間を過ごすのも悪くないと思う」

日向「そうだろう」

提督「航路の平和が確保されれば気楽に外国へと足を運ぶことが出来る」

日向「どこか行きたい場所があるのか?」

提督「ああ、ミケランジェロのピエタが見たい」

日向「付き合おう」

提督「お前も彫刻が好きなのか?」

日向「まぁ似た様なものだ。私は君が好きなんだ」

提督「……今日は妙に積極的だな」

日向「君に乳房を執拗に舐め回されて以来、考え方が少し変わってな」

提督「」ブッー

日向「私一人だけ愛せなどとはもう言わん」

日向「私を一番愛せばいい。それだけで良い」

提督「……」


提督「……お前はそれで良いのか」

日向「良いさ」

日向「この基地の他の艦娘の中でも戦争が終われば君との暮らしを望む者が私以外にも居るだろう」

日向「まぁ私達が解体されないという前提の上でだが」

日向「そうなった時に君の身は一つ、艦娘は複数。誰もが君の独占を望めば困った事態になる」

日向「それは避けたい……というか今既に困った事態なんだよな」

提督「……お前の俺に対する気持ちはその程度なのか」

日向「ただ誇示するだけが愛情の表現方法でないと気付いたまでさ」

提督「煽っても無駄か」

日向「分かってくれて嬉しいよ」

日向「暴走した私を止めようと説得していた時、君、死ぬ気だっただろう」

提督「……」

提督「説得できる自信があった」

日向「あーそうかい、ならそれで良い」


日向「要はあの時のように私の事を真剣に考えてくれれば良いんだ」

日向「あの時の君の言葉は気持ちが籠っていた。正直痺れたよ」

日向「少なくとも私と一緒に居る時位は、あの君で居て欲しいものだ」

提督「……今も俺なりに真剣なんだが」

日向「友人としての真剣さでは駄目だ」

日向「いや……しかし、私と君は長い間友人だった。いきなり『そういう目で見ろ』と言うのも酷かもしれんな」

提督「そうだ、そうなんだ」

日向「ならば友人の概念自体を変えてしまえば良いのだ」

提督「と、言うと?」

日向「別に友人として同衾すればいいし、口づけも当たり前の物にすればいい」

提督「」ブッー

日向「うぶな奴め」

提督「そんな友人があるか!」

日向「君は私を説得する時に『艦娘は俺の女だ』と言っていなかったか?」

提督「……近い事は言ったな」

日向「君が今すぐ私を女として見れるのなら何も問題は無い」

提督「……」

日向「よし、決定だ。私と君はやはり友人だ」

提督「横暴だ」


日向「気にすることは無い。私と君は今まで通り友人だ。ただ関係が時々少しばかり卑猥になるだけさ」

日向「おい、君、試しに友人として口づけをしてみようか」

提督「……俺はもう帰る」

日向「何を言っている。夜はこれからだぞ」

立ち去ろうとする俺を日向は力づくで押し倒す

提督「おい馬鹿! 何やってんだ!」

日向「友人への悪ふざけさ」

提督「くそっ!! 離れろ!!」

日向「無駄だよ。重さが人間大でも、人間とは力の質が違うんだ」

最後に日向は「艦娘だからな」と小さく呟いた。

その一言が妙に引っかかり、一瞬抵抗する力を弱めてしまう。

日向「隙あり」チュッ


提督「!?」


日向「……何だ。ファーストキスというのは思いの外他愛ないんだな」

日向「流石の君も艦娘相手に口づけをしたのは初めてなんじゃないか?」

提督「……」


未だに状況が呑み込めていないのだが、もしかして俺は 艦娘に襲われているのか?

日向「次は友人として舌を入れてみよう」

提督「いや、おい日向ちょっん゛ん゛!?」

こちらの唇を貪るように吸い付いた後、日向の舌が口腔内に侵入してくる。

噛み合わされた歯の隙間に舌をねじ込み。

人間であれば有り得ない程の力が加えられた事により閉じた門は無理矢理開かれる。

日向「……」

提督「…あ゛…!? ん゛む゛!?!?!」


日向の匂いをいつもより強く感じる。互いの舌と舌が絡まる。

先程とは一転して優しい舌使いに息苦しくも自分の中の何かの昂ぶりを覚える。

俺の身体を抑えていた彼女の両手も、今は俺の頬に優しく添えられている。

そんな仕草をする彼女が無性に愛おしくなった。

日向「……!!」

腕を彼女の背中に回し抱きしめると口の中の彼女は一瞬止まったが、またすぐに動きを再開させた。

壊れないと分かっているので絞め殺すつもりで抱きしめる力を強くする。


強くするたびに彼女の息遣いが少しだけ荒くなる気がした。


~~~~~~

朝 第四管区 飲み部屋

日向「君とも長い付き合いだが、こんな風に朝を迎えるのは初めてだな」

提督「……やってしまった」

日向「君、責められると弱いんだな。声漏れてたぞ」

提督「お前だって……何でもない。早く服を着ろ」

日向「もう少しだけ抱き締めていてくれ」

提督「……」

日向「不思議だ。今は君と居ると前とは違った安心感がある」

提督「俺は震えている。ケダモノが近くに居るからな」

日向「そう軽口を叩く辺りも君らしいよ」

提督「……」

日向「大体、君だって途中から私の身体に夢中だったじゃないか」

日向「獣みたいに腰を振って。そんなに気持ち良かったのか?」

提督「……知らん」

日向「褥を共にした後で、女への態度が変わる者と変わらない者が居ると聞く。君はどっちなんだろうな」

提督「……」

日向「おいおい、そろそろ機嫌を直してくれよ。もうウブなネンネでもないだろう」

日向「普通こうして喋りかけるのは君の役回りなんだからな」

提督「……そうだな。覚悟はしていたつもりだった」

提督「兵器でなく女として扱う、とすればいつかは突き当たる事態だった」

日向「なんか君、重く考えすぎじゃないか?」

日向「私は別に昨夜の事を盾に君を脅してる訳じゃ無いんだぞ」

日向「もし他の艦娘に求められればすればいいし、君がしたくないのならしなければいい」

日向「どうせ偽物の子宮なんだ。子も出来ん。もっと気楽に射精しろ」

日向「ま、他の艦娘が私程に気前がいいかどうかは知らんがな」

提督「退廃の極みだ」

日向「それが文明の果実だよ」

提督「……味は旨いな」

日向「あまり食べ過ぎると心が根腐れするぞ」

提督「もう腐っている。だから果実が旨いんだ」

日向「旨いと感じられるうちは大丈夫さ。腐れば何も感じない」

提督「……」

提督「お前はどうなんだ」

日向「ん?」

提督「お前は、まだ旨いと感じるか?」

日向「果実に味を聞く馬鹿は初めてだ」


日向「そういうのは食べる奴に聞いてくれ」

提督「茶化すな」

日向「……茶化してなんかないさ。私は果実そのもので、食べごろだった」

日向「旨いかどうか、味なんて私には分からんが君に自分を食べて欲しかった」

日向「それだけだ。食べられ排泄されて、種を散らすことが果実自身の正しい在り方だ」

提督「……正しい在り方、ねぇ」

日向「あ、一つ付け加える。君は旨かったぞ」

提督「しっかりと味が分かってるじゃないか果実の癖に」

日向「もしかすると君が私にとっての果実だったのかもな」

提督「適当な事を言いやがって」

日向「立場によって見方が変わるというだけの事だよ」

提督「その立場がフラフラしているから適当と言っている」

日向「あはは。違いない」


日向「確かなのは私達二人がまだ旨いと感じられる事実だ」

提督「らしいな」

日向「愉快だ」

提督「……何がだ?」

日向「君と居ると些細な事でも楽しく思える。月並みな言葉にしてしまえばこれが『幸せ』なのかな」

日向「でも、そんな言葉に落とし込んでしまいたくない程私は満たされているよ」

日向「これだから言葉は信用できないんだ」

提督「……」

日向「全ては時と共に移ろい行く」

日向「我々を取り巻く環境、自分自身の記憶や気持ちだって例外じゃない」

日向「だから私は今が大切だ」

日向「その中でも君と穏やかで愉快な時間を過ごせる今が一番大切だ」

日向「君はどうだ?」

提督「……さっき俺は、身分も職務も他の艦娘も何もかも全部放り出してたよ」

提督「悔しいけどな」

日向「望んでいた答えでは無いがまぁ満足のいく返事だな」

日向「一瞬でも君の心を染め上げられた事実も私には価値がある」

提督「……」

日向「いつか私のことが一番大切だと言わせてみせるさ。嫌でもな」

日向「さぁ今日も仕事だぞ。そろそろ私を離して服を着ろ」

日向「ご機嫌斜めのお姫様」


昼 第四管区 会議室

瑞鶴(おかしい)

提督「よーし、では今日も張り切ってお仕事だ。解散」

日向「なぁ」

提督「どうした?」

日向「少し装備の事で相談がある。今大丈夫か?」

提督「ああ」

瑞鶴(最近あの二人……妙に体の距離が近い)

日向「あ、階級章が外れかけてるぞ」

提督「ん」

日向「直してやる」

提督「いらん」

日向「遠慮するな」

提督「……」

日向「ほら、もう直った」

瑞鶴(私の中の電探が反応してる……なーんか怪しい)



昼 第四管区担当海域

日向「重雷装航空戦艦にしてみたぞ」

木曾「日向さん……雷撃値幾つだ?」

日向「12だ」

長月「それって甲標的装備しただけ!?」

木曾「相談された時も言ったけどさ、戦艦は丈夫さと砲撃が売りじゃないか」

木曾「なのに雷撃装備って……どうなんだ?」

日向「私はもう戦艦ではなく航空戦艦だ」

日向「戦艦の常識、航空母艦の脆弱さからも解き放たれた存在」

木曾「うーん、気持ちは分かるんだが……」

時雨「航空戦艦は対潜戦闘の時に役に立つよね」

三隈「クリマンコ」

瑞鶴「最近提督と日向さん、怪しくない?」ヒソヒソ

翔鶴「今は戦いに集中しなさい。味方圏内でも絶対に安全とは言えないのよ」

翔鶴「……後で話しましょう」


帰港後

提督「日向!」

日向「……心配するな。連絡した通り単なる中破だ」

提督「整備員、第一ドックで入渠だ」

日向「すまん」

整備妖精「あいあい!」

瑞鶴「私は小破です」

提督「瑞鶴は第二ドック」

整備妖精B「ラジャー!」


瑞鶴「……提督さん、私と日向さんで態度違くない?」

提督「?」

瑞鶴「誰かがふざけた装備で出撃しなければ今日の損傷はありませんでした」

翔鶴「こら! 何言ってるの!」

提督「許可を出したのは俺だ。瑞鶴、お前の言うふざけた装備で出撃させた事は俺に非がある」

提督「責めるなら俺を責めろ」

瑞鶴「日向さんが主砲を積んでれば確実に倒せた筈の敵から余計な攻撃を食らった」

瑞鶴「変な装備をした日向さんのせいでチームが危険に晒されて、私も日向さんも損傷したんじゃん」

提督「お前が言っていることは妥当だが結果論だぞ」

提督「進軍、索敵、制空、砲撃、雷撃、撤退、全部艦隊という名のチームで行うだろ」

提督「お前と日向の損傷はチームの全体の損傷、よってこれまた俺が責任を取るべき事柄だ」

提督「日向一人を責めるなよ」

瑞鶴「……なーんか気に食わない。ドックのお風呂行ってきます」

翔鶴「……」

木曾「我が艦隊の空の女王はご機嫌斜めだな」

長月「その二つ名かっこいいな! 私にもつけてくれ!」

木曾「緑の子供なんてどうだ」

長月「ムッキィィィィ」

提督「翔鶴」

翔鶴「はい」

提督「少し執務室まで来てくれ」

翔鶴「艤装を外したらすぐ参ります」

提督「うん」


夜 第四管区 執務室 

翔鶴「私に何かお話でしょうか」

提督「……妙に五航戦姉妹の言葉に棘がある気がするが、何かあったのか」

翔鶴「何かあったのは提督の方だと思います」

提督「……」

翔鶴「瑞鶴も気にしているようです」

提督「何も問題は無い」

翔鶴「そうですか」

提督「お前らは」 翔鶴「提督に何も無いなら私達にも問題はありません」

提督「……なら下がって良い」

翔鶴「何かお困りの事があればいつでも私にお話し下さい。失礼します」パタン


提督「……」

提督「もしかして俺は……何かとんでもない均衡を崩してしまったのか?」

提督「あー……くっそ……なんなんだ?」



夜 第四管区 入渠ドック

日向「あー、酷い目に遭ったな」

瑞鶴「……」

日向「開幕雷撃を出来るのは良いが、駆逐艦を小破させる程度なら使い道も無い」

日向「今日は長風呂になりそうだ」

瑞鶴「……少し考えれば分かる事じゃないですか」

瑞鶴「味方を危険に晒さないで下さい」

日向「なんだ、怒っているのか」

瑞鶴「日向さんのそういうヘラヘラした態度、嫌いです」

日向「これでも反省している。お前には申し訳ない事をした」

日向「すまない」

瑞鶴「……もっと反省して下さい」

日向「……実は出撃班全体の損傷がこの程度で済んで良かったと少しヘラヘラしてしまっていた」

日向「大規模改装してから火力が下がってしまってな、少し焦りすぎた」

日向「二度とこんなミスはしない」


日向「提督は責めないでやってくれ。責任者は彼だが、私が無理に頼み込んだんだ。非は私にある」

瑞鶴「……なによ。これじゃ私が悪者みたいじゃない」ボソッ

日向「ん?」

瑞鶴「何も喋ってないです!!!!」

日向「そういえば、お前と二人きりで喋るのは初めてだな」

瑞鶴「……ですね」

日向「すまんな。話が詰まらんだろ」

瑞鶴「……別にいいです」

日向「助かる」


瑞鶴「……一々謝らないで下さい」ボソッ

日向「何か言ったか?」

瑞鶴「いえ」

日向「そうか」

瑞鶴「……耳鼻科に行ったほうがいいですよ」ボソッ

日向「非番の日に行ってみるよ」

瑞鶴「しっかり聞こえてるじゃないですか!!!!」


瑞鶴「……日向さんってもっと無口な人だと思ってました」

日向「そうだなー。比べれば随分喋るようになったな」

瑞鶴「……いつからですか」

日向「お前に話す義理は無い」

瑞鶴「……」

日向「……すまん、冗談だぞ?」

日向「あー、いつも慣れた相手に嫌味ばかり言っているとこういう時妙にテンポが噛み合わんな」

日向「喋ると言っても本体が口下手だからタチが悪い。彼と喋る癖でつい適当にあしらってしまう」

瑞鶴「……」

日向「んー、きっかけは単純さ」

日向「昔、彼に言われたんだよ。『何でお前は戦うんだ』と」

日向「色々考えるようになったのはそれからだ」

瑞鶴「……私も似た様な事聞かれました。『お前、敵をどう思う』って質問から始まって何で戦うのか、とか」

日向「あいつは私達以外の艦娘にも似たような事を聞いてるのさ」

日向「お前はどう思った?」

瑞鶴「敵を倒すことが私達の使命なのに、この人何言ってるんだろう……って」

日向「私よりマシだな。私は何も答えられなかった」

日向「使命がどうとか、考えた事も無かった」

瑞鶴「……」

日向「その分衝撃も大きかったんだろうな、と今しみじみ感じるよ」

瑞鶴「日向さんは……今はどんな気持ちで敵と戦ってるんですか」

日向「さっき衝撃も大きかった、と言った手間悪いが」

日向「戦う時の気持ちは変わってないな」

日向「一振りの刀となり、大声で叫びまわりながら心穏やかに敵を殺しまわっている」

日向「……つもりだ」

日向「変化したのは気持ちと言うか戦う事に目的が出来た事だな」

日向「艦娘である私が彼と一緒に居るには戦うしかない、と今は思っている」

瑞鶴「じゃあ他の鎮守府に転属になったらどうするんですか」

日向「一刻も早くこの戦争を終わらせて、彼の所へ戻れるようにするだけさ」

瑞鶴「……提督さんの事好きなんですね」

日向「好きだとも。一時期は母港を破壊するほど好きだった」

瑞鶴「あはは……」


日向「おかしい……もっとウケが良いと思ったのだが……」

日向「そうか、お前は穢れについて知らないのか」

瑞鶴「ん? 何ですかそれ」

日向「何でも無いよ」

瑞鶴「……私、日向さんが提督と一緒に色々隠すのも嫌いです」

日向「お前は愚直に感情を見せてくる。私には眩しいよ」

瑞鶴「ほら! そうやってすぐ煙に巻こうとする!」

日向「……そんなつもりは無いんだぞ? うーん。つまりだな」

日向「とにかく先ほどの発言から私が伝えたいのは、瑞鶴が可愛いという事だ」

瑞鶴「……はぁ?」

日向「翔鶴とは違った魅力がある。翔鶴が月ならお前が太陽だ」

瑞鶴「……提督さんにも似た様なこと言われました」

日向「やっぱり皆可愛いと思っているのだな」

瑞鶴「ほ、褒めて誤魔化さないで下さい!」

日向「本当の事を言ったまで」

瑞鶴「翔鶴ねぇは確かに可愛いですけど、私は別に……」

日向「おや、控え目だな。似合わんぞ。私は翔鶴よりお前の方が愛らしいと思うが」

瑞鶴「……そうですか? 姉さんより可愛いなんて、生まれて初めて言われました」

日向「これは嘘や冗談やお世辞じゃないぞ」

瑞鶴「……」

日向「自分の意見をしっかり持って男を振り回し、良い方向に導くのも良い女の役割の一つだ」

日向「加えてお前は素直だし優しい。誰も文句はつけられん」

瑞鶴「……えへへ……そんなぁ……私が良い女だなんて……」

日向「翔鶴は良い女だが、駄目な部分もある」

瑞鶴「そうなんですか?」

日向「確かに良い女には違いない。男を駄目にするタイプの『男から見た良い女』だからな」

日向「歴史によく出てくる傾国の美女という奴だ」

瑞鶴「翔鶴ねぇをあんまり悪く言わないで下さい」

日向「ああ、すまん……つい熱くなって、少し私情を挟んでしまった」

日向「お前が魅力的であるという客観的事実に一旦話を戻そう」

瑞鶴「……」

瑞鶴「……えぇ~~」クネクネ

日向「自信を持てよ瑞鶴、お前は姉より可愛い」


瑞鶴「……はい……ありがとうございます……」

瑞鶴「……」

瑞鶴(私が翔鶴ねぇより可愛いって……)

瑞鶴(……)

瑞鶴(……ふへへ)

瑞鶴(どうしよ、凄い嬉しい……)

瑞鶴(……)

瑞鶴(って!!! 何でいつの間にか日向さんのペースで喋ってるのよ!!!)


日向「あー、湯が気持ちいいなぁ」

瑞鶴「日向さん!!」

日向「な、なんだ?」

瑞鶴「日向さんは最近提督さんと何かあったでしょ!!!!」

日向「……そんな事か」

瑞鶴「誤魔化しても無駄です!!!」

日向「最近の私達は少しおかしかったのか?」

瑞鶴「何か前より仲が良くなりました! 体の距離が近くなりました!」

日向「へー、気付かなかった」

瑞鶴「正直に言って下さい! 私こういうの凄く気になるんです!!!」

日向「少し二人で同衾してみただけさ」

瑞鶴「はぁ!? なんでそんな簡単に出来るんですか!?」

瑞鶴(ドウキンって何!?!?!?)

日向「まぁ……私の方から誘ったんだが」

瑞鶴「サイテーです!!」

瑞鶴(何か新しいコンピューターゲーム!?)

日向「途中から彼もその気になって楽しんでたな」

瑞鶴「提督さんもサイテー!!!!」

瑞鶴(面白いゲームなんだ!! 間違いない!!)

日向「……自分で言って今更恥ずかしくなってきたな」

瑞鶴「ほんと今更です!! もう遅いですからね!!!!」

瑞鶴(どうやら子供向けゲームみたいね!!!)

日向「……抜け駆けしたのは少しだけ悪いと思っているよ。後悔は無いがな」

瑞鶴「なんで事前に私達に言ってくれなかったんですか!!!!」

瑞鶴(そんな楽しい事ならみんなでやれば良いじゃない!!!)


日向「こればっかりは仲良しこよしで済ませないだろう」

瑞鶴「みんなで一緒にドウキンすれば良かったじゃないですか!!!!!」

日向「……えっ」

日向「いや、しかしだな、あれは基本的に二人で」

瑞鶴「そうやって二人だけで楽しもうとしてたんでしょ!」

日向「う、うん」

瑞鶴「日向さんと提督みたいに仲良くなれるなら……」

瑞鶴「みんなやりたいに決まってるじゃないですか!!!!」

日向「……」

日向「そうなのか?」

瑞鶴「そうです!!!」

瑞鶴「日向さんは本当に卑怯です」

日向「……」

日向「そうだな」

瑞鶴「今度から私も混ぜて下さい」

日向「……」

日向「えっ」

瑞鶴「嫌なんですか!?」

日向「……いや、君の事が嫌いな訳じゃ無いんだ」

日向「だが三人というのは流石の私も少し抵抗がある」

瑞鶴「……私が甘かったです日向さん」

瑞鶴「違いました」

日向「?? 何が違うんだ」

瑞鶴「四人です」

日向「……は?」

瑞鶴「私と翔鶴ねぇと日向さんと提督でやりましょう!!!!」

日向「え゛っ!?」

瑞鶴「そしたらもっと仲良くなれます!!!!」

日向「た、確かに仲良くはなれるだろうが……」

日向「仲良くなりすぎると言うか……」

瑞鶴「何怖がってるんですか!!!! 駄目ですよ!!!」

瑞鶴「日向さんの口下手の原因が分かりました!!」

瑞鶴「新しい事を恐れてるんです!!!!」

日向「う、う~ん。それは少し新しすぎないか……?」

瑞鶴「解決方法なんてこれしかないじゃないですか!!!」

日向「いや、そんなことは」

瑞鶴「日向さんは私のこと嫌いなんですか!?」

日向「んんんんん!?」


日向「ど、どちらかといえば好きだが……」

瑞鶴「なら何も問題ないです!」

日向「瑞鶴は私の事をそこまで好いてくれているのか?」

瑞鶴「今日ドックに入るまで嫌いでしたけど、今は一緒に(ゲーム)したいな、って思ってます!!」

日向「ううううう!?」

日向「ちょ、ちょっと混乱してきた」

瑞鶴「大丈夫です! 私がついてます!」

日向「ありがとう……」

日向「君は……本当に四人でするつもりなのか?」

瑞鶴「はい! もし同時が無理でも順番にやれば行けます!!」

日向「確かにそうだが……」

瑞鶴「なんでこんな簡単な事も思いつかなかったんですか?」

日向「逆転の発想、というか君がこんなことを言いだすとは思わなかったんだ」

瑞鶴「何言ってるんですか! 同じ戦場で戦った仲間なのに水臭いですよ!!!」

日向「……」

日向「私は少し勘違いをしていたようだ。私たちの絆は、私の考えるよりも遥かに深かったんだな」

瑞鶴「今更何言ってるんですか」

日向「確かに四人ですれば皆が平等で誰も不平不満を言わない。だが彼は良いと言ってくれるだろうか?」

瑞鶴「提督さん? 任せといてください! 私が説得してみせます!」

日向「……今、一気に肩の荷が下りた気がするよ」

日向「自分の中では割り切っていたつもりだったが、やはり心のどこかで引け目があったんだろう」

日向「……その、あ……ありがとうな。瑞鶴」

瑞鶴「……どういたしまして、日向さん」


瑞鶴「さて! 話がまとまった所で私は風呂から出ます!」

日向「もう時間か」

瑞鶴「はい。私は軽傷だったので。翔鶴ねぇや提督さんにも話しておきますね!」

日向「……任せた」

瑞鶴「任されました!」


翔鶴「あら、瑞鶴。もうお風呂から上がったの?」

瑞鶴「あ、翔鶴ねぇ! 丁度良かった!」

翔鶴「やけに楽しそうね」

瑞鶴「うん! お風呂場で日向さんと沢山喋ったんだ!」

翔鶴「まぁ」

瑞鶴「何か私、今まで日向さんの事誤解してたみたい」

翔鶴「うんうん」

瑞鶴「あの人は単純に口下手で不器用なだけなんだよ」

翔鶴「へぇ~」

瑞鶴「だから翔鶴ねぇ! 今度私と日向さんと提督の四人で一緒にドウキンしよ!」

翔鶴「」


夜 第四管区 飲み部屋

翔鶴「……何だ、そんな事だったんですか」

瑞鶴「そんな事って何よ!? 不潔です!!! ほんと有り得ない!!!」

日向「な、言っただろ。この女狐は私と君が関係を持ったところで変わりはしない」

提督「……また艦隊を巻き込んでの大問題に発展するかと思っていた」

提督「あー、良かった」

瑞鶴「あー、良かった……じゃないです!!! 私、翔鶴ねぇに怒鳴られたんですからね!」

翔鶴「……公衆の面前で叫ぶように話すからです」

日向「おお怖い」ニヤニヤ

翔鶴「腹の黒い狸さんは笑わないで下さい。そもそも貴女が瑞鶴に変な事を吹き込んだからでしょう」

日向「妹のような可愛げを少しは見せて欲しいものだ」

翔鶴「貴女に見せる必要はありません」

提督「……まぁ言い争うな」

瑞鶴「自分で言って申し訳ないですけど。私の事はどうでもいいんです!」

瑞鶴「問題の根本は私の事じゃなくて提督さんの破廉恥行為でしょ!?」

瑞鶴「提督さん何やってるんですか!?」

瑞鶴「い、いやらしいです!!!」

提督「つい日向にムラッと」

瑞鶴「……はぁ!? ムラッとぉ!?」

日向「……なぁ翔鶴、お前の妹私にくれないか」

翔鶴「駄目です」

日向「残念」

瑞鶴「信じられない……信じられない……信じられない!!!」

瑞鶴「みんな、どういう神経してんの!?」

翔鶴「どういう神経をしているか……」

日向「と言われても」

提督「……ねぇ?」

瑞鶴「何でそんな落ち着いて居られるのかって聞いてるんです!」

日向「君が言葉を知らないと気付かなかった私も悪いが。君は何故そこまでムキになるんだ?」

瑞鶴「何故って、駄目だからですよ! そんなの!」

日向「少し突き放すような言い方になるかもしれないが……これは君には関係の無い事柄だ」

瑞鶴「関係無い、って」

日向「君だから関係が無い、という訳じゃ無いぞ。翔鶴だって木曾だって関係が無い事だ」

日向「これは私と提督の問題だ」

提督「確かにな」

日向「人間の貞操の倫理観など私達には関係の無い」

日向「身も蓋も無い言い方をすれば別に減るもんじゃない」

翔鶴「……下品です」

日向「と言う奴も居るがな」


翔鶴「反論させていただきます。これは日向さんと提督だけの問題ではありません」

翔鶴「御二方は組織の一員である自覚が足りませんよ」

翔鶴「貴方達はいつも、自分の行動が全体にどれ程影響を与えるかを考えていません」

翔鶴「加えて人間でないから貞操の倫理観は無視していい、など暴論極まります」

瑞鶴「そう! 私もこれが言いたかったんです!」

日向「むぅ……」

提督「確かにな」

翔鶴「しかし」

瑞鶴「え、しかし?」

翔鶴「日向さんと提督が……同ゴホン! した程度の影響はさほど大きくありません」

翔鶴「現に今回も提督と日向さんの変化を気にかけていたのは私と瑞鶴だけです」

翔鶴「……提督も途中から合意したようですし」

翔鶴「日向さんの考え方は暴論極まると思いますが」

翔鶴「それを咎める権利は私にはありません」

瑞鶴「でも翔鶴ねぇは提督さんのこと好きなんでしょ?」

瑞鶴「提督さんが日向さんとするの嫌じゃないの……?」

翔鶴「私が何故嫌だと感じるの?」

瑞鶴「だって、こういうのは普通好き同士がするんでしょ」

翔鶴「日向さんは普通じゃないわよ」

日向「おい」

瑞鶴「だとしても、これって特別な事じゃん」

瑞鶴「日向さんは今特別で」

瑞鶴「……翔鶴ねぇは特別じゃないって事じゃん」


翔鶴「私はこれが特別だとは思わないわ」

翔鶴「それに」

翔鶴「私は特別に拘っていませんよ」

翔鶴「加えて私は提督を襲うほど愛情に飢えてはいません」

翔鶴「今でも提督に大切にされていると感じて十分に幸せです」

日向「精々自分の気持ちに何でもかんでも幸せと名をつけて満足すればいいさ」

翔鶴「何か言いたい事があるならハッキリおっしゃって下さい」

日向「別に。未だに一つの単語に固執してる奴に意見しただけだ」

日向「壁に幸せと書いた紙を貼って満足しとけ」

翔鶴「言葉に固執してはいません。端的に表現したらその言葉になっただけです」

日向「どうだか」

提督「お前ら喧嘩するなら外に出てからやれ」


瑞鶴「日向さん! 翔鶴ねぇに突っかからないで!」

日向「……ごめん」

瑞鶴「私に謝ってどうすんの……」

瑞鶴「……翔鶴ねぇは本当に嫌じゃないの?」

翔鶴「そうねぇ。私はてっきり今回は提督が日向さんに脅されているのかと思って」

翔鶴「それだけが心配だったの」

日向「は?」

翔鶴「でも合意の上で、私たち以外の艦娘に影響は無いようだし」

翔鶴「この前みたいな判断ミスが今後無いなら私は別に気にならないわ」

瑞鶴「……」

翔鶴「貴女は何が引っかかっているの?」

瑞鶴「……なら私も別にもういいよ」

日向「嘘だな」

翔鶴「……」

瑞鶴「……嘘じゃないって」

日向「君は自分自身の性格を少し把握すべきだ。誰が見てもまだ引っ掛かっているよ」

瑞鶴「……」

翔鶴「……」

提督「……」


瑞鶴「私は……翔鶴ねぇみたに割り切れない」

瑞鶴「日向さんばっかり提督さんの特別になったみたいで……」

瑞鶴「……なんかずるいよ」


日向「……」

翔鶴「……」

提督「……」

瑞鶴「……」

日向「お前の妹私にくれよ。代わりに伊勢やるから」

翔鶴「嫌です」

提督「……」


日向「おい君! 黙ってないで何とか言ったらどうだ」

日向「瑞鶴が勇気を出して胸襟を開いてるんだ。相応の態度を示すべきだ」

翔鶴「まさかそういう方向で思い詰めているとは……ごめんね、気が付かなくて……」

瑞鶴「……」

提督(何で日向はこんな偉そうなんだ……? コイツにも原因の一端があるだろうに……)

提督(とはいえ今は瑞鶴だ。これは我が艦隊のピンチだがチャンスでもある)

提督(皆を上手く掌握できれば今後の艦隊運用がより円滑に! ……とかじゃないよなぁ)

提督(瑞鶴の真摯な気持ちにどう応えてやるか、だよな)

提督(よし!)


提督「瑞鶴」

瑞鶴「……」

提督「今晩一発やっとくか!」

日向「……!?」

翔鶴「……」ハァ

瑞鶴「こんの」

提督「ん?」

瑞鶴「馬鹿提督がっっっ!!!!!!!!」グシャ

提督「パガッ!??!」


夜 第四管区 時雨の部屋

提督「……はっ!?」

時雨「あ、気が付いた?」

提督「何で時雨が、いや、おかしいのは俺か」

時雨「そうだよ。物音がするんで起きたら僕の部屋の前で提督が寝てて」

時雨「いや、寝てるって言うか……気絶してて。だから僕の部屋のベッドで寝かせてたんだ」

提督「すまんな」

時雨「別にお酒臭くはないけど」クンクン

提督「えーっと、昨夜の俺は……」

提督「……」

提督「……ああ」

提督「思い出したくなかった……」

時雨「何かあったの?」クンクン

提督「……今何時だ」

時雨「四時だよ」クンクン

提督「四時か」

提督「寝る気分でもないし、朝風呂でもするか。小浴場なら空いているだろう」

時雨「僕も行っていい?」

提督「いいぞ」

時雨「やった!」



夜 第四管区 小浴場

提督(瑞鶴に対し問題を解決できる適切な事を言ったと思ったのだが)

提督(……何がダメだったのかな)

時雨「おっ風呂~♪ お風呂~♪」

提督「……お前を見てると少しばかり救われる」ナデナデ

時雨「む、今僕の事ちょっと馬鹿にしてるでしょ」

提督「羨ましいと思っただけさ」



提督「あーどうしたものか」ヌギヌギ

時雨「何か悩んでるの?」ヌギヌギ

提督「ちょっとな」

時雨「よっ、と」ヒョイ

時雨「……」クンクン

時雨「提督のパンツ……くさいよ」クンクン

提督「……自分から嗅いどいて何言ってんだ」

提督「仕方ないだろ。お前らと違って体を構成する細胞が死んでいくんだから」

時雨「艦娘のパンツだって匂いはするんだよ? 僕の嗅いでみる?」

提督「せんわ、気持ち悪い」

時雨「あはは」


提督「この時間帯の風呂は国民の血税で賄った無駄風呂だ。しっかりと味わおう」

時雨「了解。あ、背中流すよ」

提督「頼む」

時雨「じゃあそのまま動かないでね~」コネコネ

提督「……時雨」

時雨「どうしたの?」コネコネ

提督「そこは股間だ」

時雨「知ってるよ」モミモミ

時雨「あ、硬くなってきた♪」モミモミ

提督「はぁ……同じ駆逐艦でも何故ここまで違いがあるのか」

時雨「そんな事言っても下半身は正直だね」シコシコ

提督「言っておくがお前は普通じゃない変態だ」

時雨「知ってるよ、それくらい」シコシコ

提督「何故こうなってしまったのか」

時雨「提督が僕を開発したからじゃないか」シコシコ

提督「人聞きが悪い事を言うな」

時雨「本当の事じゃないか」シコシコ

時雨「提督が僕に無駄な事を考えさせるからだよ」シコシコ

提督「お前が男性器を触ってみたいと懇願した時、何としてでも断れば良かったか」

時雨「遅いか早いかの違いだったと思うよ~」シコシコ

提督「お前、以前俺が尻を揉むと怒ったよな?」

時雨「うん。だって仕事中じゃないか」シコシコ

時雨「提督だって仕事中に僕のスイッチが入ったら困るだろ?」シコシコ

提督「何度かあっただろうが」

時雨「そうだっけ? もう忘れたよ」シコシコ



提督「もうそろそろかな?」

時雨「ほら提督、こっち向いて」

提督「……」クル

時雨「よく出来ました。するの久し振りだね」

時雨「……」スンスン

時雨「くっさいな~も~」

提督「お前が洗う前に触るからだろうが」

時雨「まぁそうなんだけどさ」


時雨「いただきまーす」カプッ

時雨「……」レロレロ

時雨「……」ジュブジュブ

時雨「……」ピチャピチャ

時雨「……」レロレロ

時雨「……」ジュブジュブ

提督「……っ!」

時雨「ひもひいいんら」(気持ちいいんだ)

提督「……まぁ……な」

時雨「はまんははまらもほむはよ」(我慢は身体の毒だよ)

提督「毒程……美味い……」

時雨「たひかにめ」(確かにね)

時雨「……」レロレロ

時雨「……」

時雨「……」バボ

時雨「……」バボボボボボボボボボボ

提督「!!!!!!!!」ビクッ



時雨「……?はっ。そろそろ提督も僕のを舐めてよ」

提督「いつも思うのだが、さっきのは何なんだ?」

時雨「気持ちいいでしょ? 無呼吸でおちんちんをバキュームし続けてるんだ」

提督「……長月が聞いたら失神しそうだ」

時雨「でも提督は凄いよ。最初の頃はこの技を出す前に出しちゃってたじゃないか」

時雨「今じゃこの位じゃ射精しなくなった」

提督「駆逐艦の女の子に耐久力を褒めてもらって嬉しいよ……」

時雨「ね、椋鳥やろ! 椋鳥!」

提督「ああ」

時雨「やっとスイッチ入って来たね」

提督「お陰様でな」

~~~

提督「姿勢は辛くないか?」

時雨「大丈夫だよ」

提督「……」ピチャ


時雨「あぁっ!! ……もう! 急に始めないでよ!」


提督「……」ジュル

提督「……」ピチャピチャ

時雨「はぁ……っ!! ふあぁ!!」

提督「……」レロレロ

時雨「んんっ……提督も……ハァハァ……大分僕の弱いところがぁぁ!!」

時雨「……分かって来たじゃないか……ひぅっ!!」

~~~

提督「……おい」

時雨「……」ジュプジュプ

時雨「……っぷ。分かったよ」

時雨「さっきから僕の口の中で脈打ってたし」

提督「早くしろ」

時雨「乱暴だなぁ」

時雨「バック?」

提督「ああ」

時雨「ほら」

提督「もっと腰上げろ」

時雨「……はい、どーぞ」 クイ

提督「……」ジュプ

時雨「うっ」

時雨「はぁ……どうだい……あぁ!!」

時雨「自分の……娘みたいな……見た目のっ!……女の子を……ハァハァ」

時雨「犯す……!!! 気分は……?」

提督「……」

時雨「あんっ!!!」

~~~

時雨「っ……あぁッ!!!! はぁッ!!!」

時雨「んんっ、はっ……! あっあっあっあっ……あぁぁん!!」

時雨「いっ……そこっ! そこぉ……弱い……ぃ!!!」

時雨「駄目、あぁ、っうあぁ……!! 駄目えぇっっ……!!

時雨「……くる……あぁ!! も、もうきちゃう……!!!」

時雨「ぁあ……ぁん! あぁぁ!! ……っっつ!!!」


~~~

時雨「ハァハァ……」

提督「はぁ……」

時雨「……提督……ハァハァ……」

提督「何だ?」

時雨「……気持ち……良かった?」

提督「……ああ」

時雨「えへへ……提督……元気……無さそう……だったから」

時雨「でもこれで……元気……出たでしょ?」

提督「……実は昨日な」

~~~

カポーン

時雨「ふーん。瑞鶴さんとそんな事があったんだ」

提督「お前はどう答えるべきだったと思う」

時雨「僕は、提督は間違ってないと思うよ」

時雨「結局瑞鶴さんは自分もセックスして欲しいんだよ」

時雨「きっと言い方が直接過ぎたから、少し照れてるだけさ」

時雨「今夜辺りに襲ってみれば? それで上手く行くんじゃないかな」

提督「ありがとう。よく分かった」

時雨「参考になったかい?」

提督「ああ。俺が瑞鶴に殴られたのはお前のせいだ」

時雨「えっ?! 何で僕のせいなんだよ」

提督「うるさい! やっと分かった! 俺はお前に毒され過ぎていた!!」

時雨「人をまるで毒を持った何かみたいに扱わないでくれるかな」

提督「すまん瑞鶴。あの返事は普通に考えれば無しだよな。そりゃな。当たり前だぁ」

提督「心の根腐れ、もしかして俺はもう手遅れなんじゃ……はぁ……」

時雨「まぁ元気出しなよ。提督がみんなに嫌われても、僕くらいは提督の面倒見てあげるから」


時雨「ね?」


朝 第四管区 廊下

提督「時雨のせいで朝から疲れた。とりあえず食堂へ行こう」

日向「……」

提督「お、日向。早いな。おはよう」

日向「……」

日向「……」プィ

提督「無視された!?」

提督「いつ以来だろう……。というか何であいつは怒っているのだ?」

提督「ん?」


瑞鶴「……」スタスタ

提督「……今度は瑞鶴か」


提督「瑞鶴君! おはよう!」

瑞鶴「……」

提督「今日も出撃日和だな!!」

瑞鶴「……」

提督「き、昨日は本当に済まなかった」

瑞鶴「……」

提督「俺も少し気が動転していてだな」

瑞鶴「……死ね」ボソッ

提督「……」

瑞鶴「……」スタスタ


提督「……行ってしまった」

翔鶴「提督、おはようございます」

提督「えっ」

翔鶴「昨日の御怪我はもう大丈夫ですか?」

提督「……」

翔鶴「あの、提督?」

提督「……翔鶴」

翔鶴「はい?」

提督「翔鶴っ!!!!!!」

翔鶴「????」


提督「瑞鶴と日向が俺の事を無視するのだが!?」

翔鶴「……何をおっしゃっているのですか? 無視されて当然です」

翔鶴「あ、日向さんはよく分かりません」

提督「やはり昨日の発言は不味かったか?」

翔鶴「私が想定しうる中で一番最悪なものでした」

翔鶴「最悪過ぎて『まさか言わないだろう』と選択肢から消したり」

翔鶴「そんな想定をした自分自身に嫌悪を抱く程の最悪な言葉選びでした」

提督「……そんなにか?」

翔鶴「はい」

提督「そう、だよ、なぁ……」

翔鶴「何故貴方はあんな言い方をするのですか」

提督「まず暗い雰囲気を消し飛ばそうと思ってだな」

翔鶴「自分に対する信頼を消し飛ばしてしまった、と?」

提督「うまい」

翔鶴「……朝から私に溜息ばかりつかせないで下さい」

提督「すまん」

翔鶴「とにかく、無視されても謝り続けて下さいね」

提督「うむ……」

翔鶴「私の方からも説得をしてみます。その内、話す機会も生まれるでしょう」

提督「分かった」

翔鶴「私は艤装の整備もあるので、そろそろ食堂へ向かいますね」

提督「翔鶴」

翔鶴「はい?」

提督「俺はお前の妹を無神経にも傷つけた。なのに、何故お前は俺の肩を持って俺を助けてくれるんだ?」

翔鶴「……提督」

提督「うん?」

翔鶴「私との約束をもうお忘れですか?」

提督「……」

翔鶴「別にいいですけど」

提督「……」

翔鶴「失礼します」

提督「待て」

翔鶴「……」

提督「傍に居てくれて、その、ありがとう」

翔鶴「では」スタスタ

提督「……愛想を尽かされなくて良かった。俺も頑張らなくては!」

提督「さぁーて! 気合、入れて、謝るぞ!」


翔鶴「……」スタスタ

翔鶴「……」ピタッ

翔鶴(覚えててくれたんだ……)

翔鶴(元は提督から言って来た事だし、当たり前だけれど)

翔鶴「……」

翔鶴「んふっ!」

翔鶴「……」スタスタ

木曾「な……何だったんだ今の……?」



一回目

提督「ああ! 瑞鶴! 奇遇だな! 昼飯を一緒にどうだ?」

瑞鶴「……」スタスタ

提督「……本当に済まんかった!!! この通り!!!!」

瑞鶴「……」スタスタ

二回目

提督「瑞鶴! 食事の間、少しで良いから話を聞いてくれ!!!」

瑞鶴「……」モグモグ

提督「本当に悪かった!!!!」

瑞鶴「……」モグモグ

三回目

提督「出撃御苦労! 瑞鶴! ちょっと執務室で話がある」

瑞鶴「……」スタスタ

提督「……お話があるんだ」

瑞鶴「……」スタスタ

提督「お話……」

瑞鶴「……」スタスタ

翔鶴「……」

四回目

提督「瑞鶴!」 ガラガラ

長月「うわっ!? 司令官!??」

木曾「おい!! 今は俺達が大浴場を使う時間だぞ!!!」

瑞鶴「……」

提督「瑞鶴頼む! 話を聞いてくれ!」

瑞鶴「……」

木曾「出てけつってんだろうが!!!!!!」ゴン

提督「アガペッ!!!」

五回目

提督「瑞鶴、俺と一緒に夕飯を食おう」

瑞鶴「……」モグモグ

提督「食わないか……?」

瑞鶴「……」モグモグ


六回目

提督「……食事が終わったら執務室まで……」

瑞鶴「……」スタスタ

提督「来てくれないよな……」

瑞鶴「……」スタスタ

提督「おやすみ……」

瑞鶴「……」スタスタ



夜 第四管区 瑞鶴の部屋

コンコン

瑞鶴「……はい」

翔鶴「私です」

瑞鶴「……翔鶴ねぇか」

翔鶴「別の誰かだと思った?」

瑞鶴「……」

瑞鶴「とりあえず座りなよ。お茶出すね」

翔鶴「ありがとう」



翔鶴「瑞鶴」

瑞鶴「ん?」

翔鶴「いい加減話くらい聞いてあげたら?」

瑞鶴「……」

翔鶴「あの人が馬鹿なのは今に始まった事じゃ無いでしょ?」

瑞鶴「だって」

翔鶴「私も瑞鶴が正直な気持ちを、それも言いにくい事を言ったのに」

翔鶴「提督の対応が酷かったと思うわ」

瑞鶴「そうよ! ……酷すぎよ」

翔鶴「でも、瑞鶴は提督にどうして欲しいの?」

瑞鶴「……翔鶴ねぇもそんな事聞くんだ」

翔鶴「責め無いわ。私個人が気になるの」

瑞鶴「……実は私自身もよく分かんないんだ。どうして欲しいか」

翔鶴「そう」

瑞鶴「怒らないの?」

翔鶴「何で怒るの」

瑞鶴「拗ねてるのに何も考えてないから」

翔鶴「この状況で正直に言った子を叱ったりしません」

瑞鶴「……」


翔鶴「それで、ここからは提督の肩を持ちます」

翔鶴「昨日のあの言葉は『暗い雰囲気を消し飛ばそうと思って』とのことよ」

瑞鶴「馬鹿じゃないの」

翔鶴「私もそう思う」

瑞鶴「でも、提督っぽい」

翔鶴「……そうなのよねぇ」

瑞鶴「こんな事で少し安心しちゃう自分が情けない」

翔鶴「瑞鶴は優しいから」


翔鶴「参考になるかどうかは分からないけど、私はね」

翔鶴「以前提督に『お前は俺の傍に居てくれるか?』と聞かれて肯定した」

翔鶴「だから契約に基づいて、という訳じゃ無いけれど」

翔鶴「私は不安になる事が少なくなった」

瑞鶴「……」


翔鶴「私自身、聞かれる前から提督の傍に居たかったし、嫌われても居るつもりだったから」

翔鶴「結局、自分の気持ちの再確認する形になったわ」

翔鶴「凄く嬉しかった」

翔鶴「自分の想いが一方通行じゃ無かったんだ、って思った」

翔鶴「一方通行でも良いと思っていたのに、その覚悟はあっさり消えちゃった」

翔鶴「多分、今はもう昔の気持ちには戻れない」

翔鶴「……本当に移り気で面倒なものよね。私たちの気持ちって」

翔鶴「今は貴女しか居ないから遠慮せずに言うわ」

翔鶴「私は提督が日向さんを抱いたって、ちっとも構わない」

翔鶴「仮に他の艦娘や、人間の女性とだって構わない」

翔鶴「勿論、貴女だって構わないわ。だって、もうそれくらいで私と提督の繋がりは消えないから」

翔鶴「ここからは悩んでいる妹へのアドバイス」

翔鶴「自分を救えるのは自分自身とよく言うでしょ」

翔鶴「月並みな言葉だけれど貴女に送ります」

翔鶴「もっと正確に言えば、自分の心を救えるのは自分自身が導き出した行いと」

翔鶴「その延長線上にある誰かとの繋がりなんだと今は思ってるわ」

翔鶴「だから今の貴女の正直な気持ちを、提督にも素直に伝えるべきなんじゃないかしら」


瑞鶴「……」

翔鶴「もう、何で泣くのよ」

瑞鶴「分かんない。なんか……自分が情けなくて、翔鶴ねぇが凄い羨ましくて」

瑞鶴「翔鶴ねぇが居てくれて嬉しくて、そんな強い翔鶴ねぇが妬ましくて」

瑞鶴「多分まだ色々あるけど、もう分かんない」

翔鶴「……」

翔鶴「よしよし」

瑞鶴「……」


翔鶴「瑞鶴」

瑞鶴「……ん」

翔鶴「明日、提督と話しなさい」

瑞鶴「……」

翔鶴「あの人は馬鹿だしたまに最低だけれど。私達に対して一生懸命よ」

瑞鶴「……うん」

翔鶴「頑張ってね、私の妹」

瑞鶴「大丈夫だよ」

翔鶴「えっ?」

瑞鶴「姉さんの妹は凄い奴なんだから」

翔鶴「そうね、今はとても頼りないけれど」

瑞鶴「へへっ。そこは将来性込みって事で」

翔鶴「はいはい」

瑞鶴「姉さん」

翔鶴「何ですか」

瑞鶴「大好き」

翔鶴「知ってます」


瑞鶴「……知られていました」

瑞鶴「……」


瑞鶴「あはっ!」


夜 第四管区 廊下

提督「あー、どうしたものか……」トボトボ

日向「やっ」

提督「……日向か」

日向「不満か?」

提督「瑞鶴が良かった」

日向「艤装の航空甲板は似ているから、それで我慢してくれ」

提督「はいはい」

日向「声をかけたのは酒への誘いだ」

提督「今日はそんな気分じゃないな」

日向「ま、そんな日もあるか」

提督「お前、今朝なんで俺を無視したんだ」

日向「瑞鶴の事を思うと無視する他無かった」

提督「どうせ詰まらん理由だとは思っていたが……」

日向「詰まらなくて悪かったな」

提督「いいよ。慣れっこだ」

日向「……まぁいい。見逃してやる」

提督「で、無視する他無かった奴が何故俺を酒に誘う」

日向「姉としては君を許せないが、友人としては別さ」

提督「頭がおかしくなったのか?」

日向「前からだ」

提督「確かに」

日向「うるさい」ボカッ

提督「いって!!!」

日向「人が下手に出ていれば調子に乗って」

提督「くくくっ」

日向「……いけない場所を殴ってしまったか?」

提督「調子が戻ってきたよ」

日向「うん?」

提督「気にするな」


提督「お前、無駄に翔鶴につっかかるの止めろよ」

日向「……君からはどう見えている?」

提督「何がだ」

日向「あー、翔鶴と私の口論だ」

提督「お前が見苦しい」

日向「……」

日向「悔しいが認めよう」

提督「自分でも分かっているのか?」

日向「君、私がそれ程までに愚鈍だと思っていたのか?」

提督「らしくない、とは思っていた」


日向「君だって目の前に急に壁が現れれば乗り越えようとするだろう」

提督「ふむ、壁というのは翔鶴な訳だ」

日向「まぁな」

提督「で、あの態度か」

日向「うむ」

提督「馬鹿かお前」

日向「……言わないでくれ」

提督「翔鶴にもそれ位素直に接してやれ」

日向「あいつの前に行くと負けてたまるかと思ってしまうんだ」

提督「……」

日向「見上げてもまだ全体が見えない程に大きい」

提督「……」

日向「だから、せめて蹴るくらい許してくれ」

提督「許せばいいのなら許すぞ」

日向「……」

提督「俺は優しいからな」

日向「違う、な」

提督「だろ。俺から許されたところでな」

日向「すまん」

提督「気にするな」


提督「俺にもどれだけ努力しても勝てない奴らが居てな」

提督「お前の気持ちが全く理解出来ない訳じゃ無いんだ。だがやり方ってものがあるだろ」

日向「……やり方について君にだけは言われたくない気もするが。私の傷を舐めてくれてありがとう」

日向「お陰様で傷が治りそうだ」

提督「お前なら自力でも治せたよ」

日向「馬鹿。お陰様の下りは嫌味だよ」

提督「知ってるよ」

日向「ふん。生意気な奴め」

提督「はいはい」


朝 第四管区 食堂

提督「瑞鶴」

瑞鶴「……はい」

提督「朝食が終わったら執務室まで来い」

瑞鶴「はい」


翔鶴「……」モグ

日向「隣、いいか?」

翔鶴「はい」

日向「失礼するぞ」

翔鶴「……」モグモグ

日向「今日は鮭だな」

翔鶴「……ええ」

日向「自分の事ながら食事を消化できる仕組みが未だに理解出来ん」

翔鶴「……そうですね」

日向「妖精さん恐るべし、だな」

翔鶴「……ええ」

日向「……」パク

翔鶴「……」モグモグ

日向「ん、この鮭味付けが薄くないか」

翔鶴「そうですか?」

日向「そこの醤油を取ってくれ」

翔鶴「あまり味付けを濃くしてはいけません」

日向「人間かお前は」

翔鶴「駄目です」

日向「分かったよ……あとお前に対する私の今までの態度だが」

翔鶴「……」

日向「悪いとは思うが謝る気は無いからな」

翔鶴「……そうですか」

日向「……そうだ」


日向「今日は瑞鶴と一緒に食べないんだな」

翔鶴「私が居ると不都合があります」

日向「そんな事無いだろう」

翔鶴「昨日提督の話を聞くよう説得をしました。今の私は傍に居るだけで瑞鶴への圧力になってしまいます」

翔鶴「必要な事はもう全部言いましたから、事態が収束するまで見守るだけです」

日向「お前はやっぱり凄いな。私なら間違いなく一緒に飯を食っている」

翔鶴「……」

日向「瑞鶴の事を思えばこその振る舞いな訳だ」

翔鶴「……どうぞ」コト

日向「ん? 醤油?」

翔鶴「お使いになるのでは?」

日向「……」

日向「いらん」

翔鶴「……」

翔鶴「そうですか」

日向「味が濃いのは駄目なんだろう?」

翔鶴「私には十分濃かったので」

日向「では、やはりいらん。多分君の味覚の方が私のものより正しい」

翔鶴「……そうですか」


朝 第四管区 執務室

提督「誰だ」

瑞鶴「瑞鶴です」

提督「入れ」


瑞鶴「失礼します」

提督「呼び立ててすまん」

瑞鶴「いえ、私こそ何度も無視して申し訳ありません」

提督「気にするな」

瑞鶴「……」

提督「……」

提督「な、何か飲むか」

瑞鶴「はっ、はい!」

提督「そうだよな! 食後の一杯は良い物だ! ちょっと待てよ! コーヒーと紅茶どっちが良い!」

瑞鶴「コーヒーで!」

提督「分かった!」

~~~

瑞鶴「……」

提督「……」

瑞鶴「あの、時雨さんは」

提督「急な変更だが出撃班に廻って貰った」

瑞鶴「じゃあ秘書艦は」

提督「……お前だ」

瑞鶴「……」

提督「……」

提督「この前は済まなかった」

瑞鶴「……いえ」

提督「少し場を和ませようと思ってだな、気の利いたブリティッシュジョークを一発入れたつもりだった」

瑞鶴「馬鹿ですか?」

提督「そう言われても仕方ない」

瑞鶴「でも、もういいです」

提督「もういい?」

瑞鶴「終わったことを言っても仕方ありませんから」

提督「……」

瑞鶴「提督、聞いて下さい」

瑞鶴「……私、提督が好きです。提督の特別になりたいです。どうすればいいですか」

提督「真っ直ぐな言葉だな。……どうすればいい、か」

瑞鶴「……」


提督「特別であると感じるのは結局お前な訳だから、俺にそれは分からんよ」

瑞鶴「分からない……?」

提督「翔鶴への意趣返しではないが。本当にそうなんだ」


提督「仲睦まじく愛し合う男女の行き着く先は、極論してしまえば子を設ける事となる」

瑞鶴「……」

提督「それ以外の愛は人間という動物としては生産的でない行為と言える」

提督「例え美しかろうが動物としては無益。子作りは神話の時代から変わらぬ人間の条理だ」

瑞鶴「……」

提督「人間の、な」

瑞鶴「……」


提督「お前達は生物学的にも人間では無い。子も出来ん」

提督「性行為はお前達との関係の終着点ではない」

提督「俺個人の意見を言わせてもらえば、こいつはお前が前に言った『特別』でも何でもない」

提督「俺自身にも色んな欲はあるし、人を模した艦娘が相手なら別段苦痛な行為ではない」

提督「主観だが、艦娘は人間の女と大差ないぞ」

提督「肌の触れ合う感覚、息遣い、理性の無い世界、お前はまだ知らない官能の世界を身体で理解できるだろう」

提督「ただ、それだけなんだ」

提督「少なくとも、したことで日向が俺の中でより特別な存在へと変化はしていない」

提督「俺と日向が瑞鶴にどう見えたかは分からんが変わったのは日向の方だろうな」

瑞鶴「……」

提督「長々と話したがまぁ、仮に性行為をしてもお前は俺の特別にはならないということには留意しろ」

提督「だがこんな男の特別になることに意義を感じてくれているのは嬉しいからな」

提督「もし俺と性行為をして、それでお前が満足を得られ幸せになれるのであれば、俺は迷いなくお前と性行為をする覚悟があるのも知っておいてくれ」

提督「あと俺にとってお前らは、勿論お前も、既に俺の中で特別な存在だぞ」

提督「ま、こんなもん気休め程度にしか聞こえんかもしれんがな」

瑞鶴「提督、私の馬鹿な質問に答えてくれてありがと。本当に嬉しいよ」

瑞鶴「……じゃあお言葉に甘えて一つだけお願いしてもいい?」

提督「ああ、何だ。何でも来い」

瑞鶴「私がアンタとエッチなことする前提に一人で長々と熱く語らないで」

提督「え、これからするんだろ」

瑞鶴「どんだけ脳内ピンク色なのよ!? アンタ、話の中で堅物っぽく自分語ってたけどホントはそういう行為大好きでしょ!?」

提督「いや~学校時代は三種の神器って言われてたよ。性病の」

瑞鶴「その神器なんの役に立つのよ」

提督「パンデミック?」

瑞鶴「ウイルス視点で役に立ってどうすんの!? もしかして人間じゃないの!?


瑞鶴「……ねぇ提督」

提督「ん?」

瑞鶴「提督にとっての特別って何なの?」

提督「命を懸けるに値する存在である事だ」

瑞鶴「艦娘は皆特別なんでしょ」

提督「ああ」

瑞鶴「その特別な艦娘が同時に危なくなったらどうするの」

提督「全員助ける」

瑞鶴「艦娘三人を見捨てて四人が確実に助けられる状況ならどうするの」

提督「全員助ける」

瑞鶴「だから全員が無理な時はどうするのかって聞いてるの」

提督「そんな状況は無い」

瑞鶴「ふざけないで!」


瑞鶴「アンタ何人も沈めてるんでしょ。なら分かる筈よ」

瑞鶴「結局助ける優先順位をつけるしかない時が来る。アンタの特別は口先だけの戯言よ」

提督「何度でも言う。俺の望みは、夢は、俺の艦娘全員の未来と幸福だ」

提督「以前の俺は一人だった。今は違う」

提督「翔鶴と日向、あの二人が居てくれる」

提督「あいつらと一緒ならみんな守る事が出来る」

瑞鶴「ここに居る艦娘全員の未来と幸福が、貴方の望みなのね」

提督「ああ」

瑞鶴「……私に誓える?」

提督「誓おう」

瑞鶴「何で艦娘の事をこれ程気に掛けるの」

提督「うん?」

瑞鶴「もっと楽な道だって選べたはずよ」

提督「お前には前に話しただろう」

提督「惚れた弱みってのは強いんだ。戦闘艦の笑顔を美しいと思った時点で道は決まっていた」

瑞鶴「……ほんと馬鹿ね」

提督「馬鹿で結構。馬鹿でなければ乗り越えられなかった」


瑞鶴「提督」

提督「ああ」

瑞鶴「私、やっぱり納得できない。提督が私の事を既に特別扱いしてても私は満足出来てない」

瑞鶴「それなら私は提督の中の特別の特別になりたい」

提督「……」

瑞鶴「今まで私は特別って提督との形での繋がりだと思ってた」

瑞鶴「日向さんとお酒を飲む行為だったり姉さんの膝枕だったり」

瑞鶴「提督と私だけの、私は自分がそんな何かに憧れてるんだと思ってた」

瑞鶴「でも違った」

瑞鶴「日向さんも、姉さんも、もう形なんか関係なく提督と深く繋がってるんだ」

瑞鶴「無意識かもしれないけど、さっき提督は姉さんと日向さんの名前を挙げた」

瑞鶴「私なりに考えた。二人と私の違いは何か、何で私は名前を挙げられないのか」

瑞鶴「気が付いたよ。私、今まで自分の事ばかり考えてた」

瑞鶴「『特別になりたい』って単に私が『特別である自分』が欲しかっただけだ」

瑞鶴「提督の事何も考えずに我儘言ってただけ」

瑞鶴「姉さんや日向さんは自分のしたい事を提督とするだけじゃない。提督のしたい事を隣で支えてあげられる存在なんだよ」

瑞鶴「……それが、今の私と二人の違いでもある」

瑞鶴「今なら私、自分がどうすれば満足するか分かるよ」

瑞鶴「私、提督にとっての日向さんや姉さんみたいな存在になりたいんだ」

瑞鶴「提督さんと二人みたいな特別の特別な深い繋がりに私は憧れている」

瑞鶴「貴方はきっと、私が困った時には本当に命を賭けてでも助けてくれる」

瑞鶴「でも駄目。欲張りな私はそれだけじゃ足りない」

瑞鶴「私は困った時には提督に助けて貰いたいだけじゃないの」

瑞鶴「提督の隣で一緒に戦いたい。提督の頼りにされたい、提督を助けたい」

瑞鶴「だから私は提督の望み……夢に私自身を賭けてみようと思う」

瑞鶴「荒唐無稽でどうしようもなく馬鹿な夢だと思うけど貴方の夢を叶えてあげたい」

瑞鶴「察しの悪い私には、それ位しか提督が本当にしたい事が分からない」

瑞鶴「……それで、私自身も満足したい」

瑞鶴「だからお願いがあります。私が提督さんと同じ夢を追う事を許して下さい」


提督「……俺の呼び方だが」

瑞鶴「えっ?」

提督「今日はやけに『提督』が多かったじゃないか」

瑞鶴「……」

提督「最後の最後で、やっと『提督さん』が出て来た」

瑞鶴「『提督さん』って呼び方、何だか子供っぽいから」

提督「柔らかくて俺は好きだけどな」

瑞鶴「……そうなんですか」

提督「ああ、好きなんだ。お前のお願いに対し、話しておきたいことがある」


瑞鶴「……」

提督「まず、日向は『俺のしたい事をしてくれる存在』なのか? 自分勝手にしたい事をしているだけに見えるが」

瑞鶴「提督さんには見えないだけですよ」

提督「狸の癖に猫のような行動をする奴だ。俺に飽きればすぐ捨てるだろうな」

瑞鶴「そんな事ありません」

提督「さぁどうかな。だが、あれはあれで可愛げのある奴だ」

提督「翔鶴は……自分で言うと恥ずかしいが、本当に俺の事を想ってくれている」

瑞鶴「はい」

提督「だからこそ、二択の決断を迫られた時には他の艦娘でなく俺を選ぶ気がする」

瑞鶴「なんとなく想像つきます」

提督「瑞鶴、俺の夢を一緒に追うと言ってくれたのはお前が初めてだ。本当に嬉しいぞ」

提督「お願いされるまでも無く、概ね良いが。お前がその気なら頼みたいことが」

提督「要は条件が一つある」

提督「もし俺と俺の夢が天秤に掛けられたとき、お前は迷わず俺の夢を選んでくれ」

提督「俺は死んでも後悔しない」

提督「一緒に夢を追う特別の特別である、お前にこそ頼みたい」

提督「いいか?」

瑞鶴「はい、嫌です」

提督「ありがとう」

提督「……ん」

提督「今お前嫌って言ったか?」

瑞鶴「はい。絶対に嫌です。その条件は飲めません」

提督「はぁっ!? 何故だ!? 飲めよ!!」

提督「俺の他の言いつけは全て破ってもいい。後から気が変われば俺への好意も一言『嘘でした』と済ませてもいい」

提督「頼むからこの条件だ」 「コラァッ!」バキィ

提督「がっ!?」

瑞鶴「アンタ、私が特別っていうステータス欲しさにこんなお願いしてるとでも勘違いしてんの!?」

瑞鶴「好きだから特別になりたいんじゃん! 特別は後で好きが先なんですから!」


瑞鶴「一言嘘でした……なんてするわけないでしょ!!!」

瑞鶴「冗談でも、例え話だとしても二度と言わないで!!!!!」

提督「……すまん」

瑞鶴「反省してください! 卵と鶏の順番くらい知っときなさいよ!」

瑞鶴「……天秤になんて、掛けさせません」

瑞鶴「貴方の夢は勿論叶えます。私が好きな提督さんも幸せにします」

瑞鶴「万が一掛ける事になっても、私は必ず両方とも救ってみせます!」

瑞鶴「それが馬鹿な私が信じる馬鹿な男の人の為に出来る事です」

瑞鶴「だからその条件はぜーーーったいに応じません!」


提督「……瑞鶴、本当にありがとう。俺は確かに順序を勘違いしていたよ」

瑞鶴「艦娘に殴られて反省するなんてみっともないですよ」

提督「……すまん」

瑞鶴「……私こそ、ちょっと強く殴り過ぎたし。みっともないのは提督さんの元々持ってる専売特許でした」

提督「くっくっく。かもしれんな」

瑞鶴「私も提督さんと同じ夢、追いかけて良いですよね?」

提督「ああ、寧ろこちらからお願いする。俺と一緒にこの道を歩んで行って欲しい」

提督「これからもよろしく頼む」

瑞鶴「はい!」

瑞鶴「……」

瑞鶴「……あれ」ポロポロ

瑞鶴「おかしいな。あはは、安心したら涙が出てきて。どういう仕組みなんですかね、これ」

瑞鶴「あー、おっかしいなぁ」

瑞鶴「折角台詞も決まったのに……これじゃあ台無しです……」ポロポロ

瑞鶴「うぅ……」

提督「実は俺は、お前が苦手だった」

瑞鶴「……」

提督「姉の事で一々突っかかって来るし、口は悪いし」

瑞鶴「……」

提督「何よりお前の真っ直ぐさを恐れていた」

瑞鶴「……恐れていた?」

提督「抜身のナイフを警戒するのは当然の事だ」

瑞鶴「私はそんなに危険じゃありません!」

提督「お前の真っ直ぐさは、あの時の俺から見れば凶器に近かった」

提督「歳を食う毎に自分の中の後悔や矛盾は増えていくんだ。次第に眩しいものの近くには居られなくなる」

提督「自分の暗い部分を照らし出されてしまうからな」

提督「……日向だって無意味に翔鶴に突っかかっている訳では無い。あいつなりに必死にやっている」

瑞鶴「提督さんは今はもう平気なの?」


提督「俺はもう開き直った」

提督「清濁併せ持つのが人間なんだろう、と。だったら恥ずかしがっても仕方あるまい」

提督「……と思えるようになった。皆のお陰でな」

提督「それに、だ」

提督「間違った道を選択した時、日向が間違いを指摘してくれた」

提督「俺が弱っていた時、翔鶴が傍で支えてくれた」

提督「今、困難な夢を実現させる為にお前が俺を助けようとしている」

提督「こんな良い奴らに囲まれていながら女々しく日陰に居られる訳が無かろう」


瑞鶴「……そだね」

提督「瑞鶴、ちょっとこっちへ来い」

瑞鶴「え?」

提督「いいから」

瑞鶴「な、何するの……?」

提督「お前が望んだ事だ」

瑞鶴「……えっ?」

提督「こうする」ダキ

瑞鶴「きゃっ!?」

提督「……」ギュ

瑞鶴「ちょ、待ってください! 心の準備が!! まだ昼だし!!」

瑞鶴「流石に執務室は不味いですって!!!」

提督「大丈夫だ落ち着け」

瑞鶴「ていうか提督さん! 忘れた頃に襲うって卑怯じゃない!?」

提督「落ち着けと言っている」

瑞鶴「……」

提督「別に今ここで俺の大好きな性行為をするつもりは無い」

瑞鶴「じゃあ何で私は抱き締められているんですか」

提督「今日を境にっ、ふんっ、俺とお前の関係は変化するだろう」プルプル

提督「その前に少し、っく、俺のっ、事を知って欲しかった」プルプル

瑞鶴「何で提督はプルプル震えてるんですか」

提督「全力でっ、抱き締めているからだっ」プルプル

瑞鶴「……嘘ですよね?」

提督「嘘では、ない」プルプル

提督「俺のっ! 全力だっ!」プルプル

瑞鶴「……全然痛くありません」

提督「放すぞ」プルプル

提督「はぁー」

瑞鶴「……」


提督「見落としがちだが、俺の力じゃお前に勝てん。面白いだろう」

瑞鶴「別に面白くありません。男の人の頼りないアピールとかむしろ減点対象です」

提督「ははっ!! そうか!」

瑞鶴「……でも、涙は止まりました。ありがとうございます」

提督「そうか。良かったな」ケラケラ


提督「以後、人間と接するときは力加減を間違えないようにな」

瑞鶴「了解です」

提督「話は以上だ。手間を取らせた。ありがとう」

瑞鶴「いえ。これからもよろしくお願いします! 失礼しました!」

提督「ああ、下がってよし」

瑞鶴「はい!」


長月「ん、執務室の前で何やってんだお前ら」

??「うわっ、長月!」

??「おい、押すんじゃない!」

??「皆さん駄目です! 聞こえてしまいます!」

??「あっ」

??「も、もうクマリンコ!!」


ガチャ

ドタタタタ

木曾「いてて……」

日向「おい木曾、倒れ掛かって来るなよ」

木曾「だって長月が急によー」

翔鶴「……あははは」

時雨「痛いなぁもう」


提督「お前ら居たのか」

日向「我々には構わずハグの続きをやってくれ」

時雨「瑞鶴さん! 初めてらしいけどファイト!」

翔鶴「時雨さん!! 少し気になってしまって……お、おほほほ」

三隈「クマー」

木曾「皆大胆なんだな、全然知らなかったぜ」

長月「何やってたんだお前ら。司令官と瑞鶴も」

提督「……」

瑞鶴「……」

日向「まぁそういう訳だから、ごゆっくり、な」

長月「お、おい私は司令官に用があっ」

パタン

瑞鶴「……」

提督「……聞かれていたかな」

瑞鶴「……」

瑞鶴「ムッキャァァアアアア!!!!!!!!!」

提督「のわっ!!!!」


瑞鶴「キッシャァァァァァ!!!!!!!」

日向「うわっ! 瑞鶴が追いかけて来たぞ! エンガチョ!!」

時雨「きったぁ!!!!」

日向「助かる!」

木曾「とにかく今は逃げるぞ!!!」

三隈「クマリンコー!!!!!!」

翔鶴「瑞鶴! 落ち着いて!!! 瑞鶴ぅぅぅ!!!」

瑞鶴「キョワッ!! キョワァァァァア!!!!」

長月「何が起こっているんだ~~~!?!?!?!?」


提督「瑞鶴、いい匂いだったな」

提督「……」

提督「仕事するか」


~~~~~~

昼 第四管区担当海域

瑞鶴「彩雲より入電、第四管区18-90にて艦影6、艦種……全て重巡」

日向「本土近海なのに馬鹿みたいな編成だな」

長月「ああ……手強い」

日向「これもどうやら壁をすり抜けた部隊らしい」

木曾「ハワイから羅針盤の力にも負けず、遠路遥々よくもまぁ」

三隈「逆に褒めて差し上げたい位ですわ」

瑞鶴「北北東に40ノットで移動中、直線上にあるのは東京湾です」

翔鶴「確かにこれは、駆逐艦だけで手には余る相手です」

日向「首都行きか」

木曾「大体、第四管区はおかしいんだよ!」

長月「まーた始まった」

木曾「担当海域の面積同じだから平等、なんてこたぁねぇ」

木曾「首都防衛圏で見ると最外殻である俺達の負担が大きいじゃないか!」

日向「期待されているんだよ私達は」

長月「何の為に正規空母が二隻も配置されてると思ってる」

木曾「戦うのは別に良い、俺の仕事だからな。でも理不尽なのは我慢ならねぇ!!!」

瑞鶴「木曾さん仕方ないですよ~」

翔鶴「海軍の、それも提督の政治的な立場は弱いのですから」

瑞鶴「そゆことー」

木曾「……言っても仕方ないか」

長月「いつもこの結論に至るんだよな」

日向「どうする? 見逃して通商航路上の羅針盤起動したり、第三管区の連中に相手をさせるか?」

長月「冗談か?」

木曾「別に、戦い自体は嫌いじゃねぇよ」

三隈「クマリンコ!」

瑞鶴「羅針盤起動なんてじょーだん。一回でも逃せば連中が黙ってないわよ」

翔鶴「提督と一緒に居るためには……」

日向「戦うしかない、な」


日向「よし、今回は新しい試みをしよう。艤装の戦術データリンクを常に同時に行う」

日向「リアルタイムリンク略してRTL」

木曾「ダッセェwwww」

長月「いちいち戦艦や空母ごとの共有フォルダに入れるのも面倒だしな。賛成だ」

時雨「良いんじゃないかな。手間も省けるし」

翔鶴「皆さんがそれでよろしいなら、私も大丈夫です」

瑞鶴「意義ナーシ!」

日向「うむ。ではRTL……開始!」



翔鶴「攻撃隊、全機発艦」

瑞鶴「攻撃隊、発艦!」

日向「私と三隈も水上機を出した。頼んだぞ、重巡は小さな戦艦だからな」

木曾「出来る限り減らしてくれよな」

長月「よーしお前ら! 艤装駆動、ナノバリア発生装置、通話装置の最終チェックしろ!」

長月「砲戦になると声が完全に届かないからなー」

三隈「了解ですわ!」


日向「あー、あー」

日向「よし」ピッ

日向「あー、第四管区司令部、聞こえるか」

オペレーター「こちら第四管区司令部」

日向「こちら出撃班、旗艦日向、現在位置は第四管区22-73。敵艦隊を瑞鶴偵察機が発見した」

日向「敵艦隊の現在位置は第四管区18-90、40ノットで移動中、艦種は重巡六隻」

オペレーター「座標確認、大山電探基地からの通報と一致」

オペレーター「現在、管区に接近する新たな敵性存在は確認していない。迎撃を開始してください」

日向「了解。これより迎撃に移る。民間船に警報を出してくれ」

オペレーター「司令部了解。通信終了。日向さん、御武運を」

日向「ありがとう。よろしく頼むぞ」


日向「どうだ、問題無いか」

長月「お前以外、チェック完了だ」

日向「……」カチャカチャ

日向「問題無い」

日向「行くぞ!!!」

日向「第三戦速、こちらも40ノットだ」

日向「予想される進路に先回りして敵の頭を抑える」

日向「五航戦、随時報告を頼む」

翔鶴「了解!」

日向「遭遇したら瑞鶴、翔鶴は後方で待機、飛行甲板をやられるな」

日向「孤立しないように着いて来いよ」

日向「残りは砲雷撃戦に突入だ!」

「「「「「了解!!」」」」」


~~~

瑞鶴「偵察の彩雲より引き続き入電、敵、進路変わらず」

翔鶴「あと五分で攻撃隊が敵と接触します」

日向「進路計算……よし、28-50で迎え撃つぞ。現在の速度を維持しろ」

長月「了解!」


~~~

「攻撃隊から入電が来ました! 敵二隻撃沈、一隻小破、我損害二十余! 制空権確保!」

「良くやった! 回収して第二次攻撃隊の発艦準備だ」

「了解です!」

「ん! 敵艦見ゆ! 十時の方向!」

「良く見つけたちびっ子! 雷撃行くぜ!」


木曾(すげぇ。瞬時に情報が飛び込んでくる。全員の視野が共有できてるみたいだ。死角が無い)

瑞鶴(六隻で一つになったみたい)

翔鶴(これが水上格闘艦の視界……凄い)

長月(自分の感覚が引き延ばされる! 空母の索敵は全然違うな! 敵を逃す気がしない!)

日向(……)



「よっしゃぁ! 一隻撃沈!」

「いいぞ! 流石、重雷装艦の名は伊達じゃないな」

「流石だ魚雷馬鹿!」

「当ったり前よ! 後は任せたぜ、お二人さん」

「……ああ……待ちに待った砲撃戦だ」

「クマリンコ!」

大型艦同士の砲撃戦は、今や過去に見られた壮大かつ厳粛な物では無い。

敵味方両者とも高い機動力をもって海をスケートリンクに見立て縦横無尽に走り回るため、 予測計算、弾道計算された射撃は精密射撃足り得ない。

例え直撃しても遠距離もしくは当たり所が悪ければ、ナノバリアと異常に分厚い装甲を貫く攻撃足り得ない。

その為敵艦に対しては、彼らの匂いが感じられる程に肉薄し。


「ガゥゥゥアァァァァァァ!!!!!!!」

「はぁぁぁぁああああ!!!!!」

時には組み合い、どちらかが動かなくなるまで撃ち殺し合うこともある。

「クマァァァアアアア!!!!!」

「ギィィィィィ!!!!!!!!」

人の科学と歴史が徐々に遠ざけてきた敵との距離は特殊な状況下でゼロになる。

「ガギォィィィイ!!!」

日向「ぐぅうぅぅぅ!!!!!!」

日向「いったいなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

日向「お前がぁぁぁぁぁぁくたばれぇぇぇぇえ!!!!!」

「グゲッ!? ガッ……ガァァァァ!?」

日向「一隻撃沈!!!! 次だぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!!!!」


四散した敵の体液が顔にかかる。

死に悶える敵の顔が脳裏から離れない。

姿形が自分たちと似ていて本当に腹が立つ。

下位種で知性の無い敵に言葉は通じないが、砲撃戦の時であれば殺意同士によって分かり合う。

狂わずにはいられない。 叫ばずには恐怖と殺意を抑えきれない。

日向「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」


翔鶴(重巡のナノバリアと装甲さえこの距離で撃てば紙同然、ですか)

瑞鶴(……これが戦艦から見た海上戦)


昼 総理官邸 会議室

総司令部総長「今連絡が入りました……近海まで進出してきた敵艦隊は、日向艦隊が撃滅したようです」

総理大臣「そうですか」

海軍大臣「またあの艦隊か、よく名前が出てくるものだ」

総司令部総長「下っ端の第四管区だからな。汚れ役は目立つんだよ」

戦略資源管理省大臣(戦資大臣)「はははっ! 違いない!」

艦政本部長「日向艦隊の提督はとんでもない変態らしいですね」

総理大臣「そうなのですか」

総司令部長「艦娘を自分の女だと公言しているそうですよ」

戦資大臣「おっ! 私もその噂は聞いたことがあるぞ!」


山内「皆さん」

山内「ここ一か月ほど、日本近海への敵艦隊進出頻度が異常に上昇しています」

山内「断絶の壁が役割を失いつつある。今日の会議も、その状況に対応するための会議の筈です」

山内「そんな中、今日も重巡六隻が侵入し、首都防衛圏内で撃退された」

戦資大臣「何も問題は無いじゃないか」

総司令部総長「そんな事を心配していたのか?」

山内「……本当におめでたい人達だ」

海軍大臣「なにぃ!?」

総司令部総長「……若造、元老のお気に入りだからと言って、調子に乗るなよ」

戦資大臣「もう二次大戦の頃とは違う!! 聨合艦隊司令長官なぞ最早お飾りに過ぎん!」

戦資大臣「この前のハワイ攻勢も失敗! 大失敗!」

戦資大臣「どうしてもと頼まれたから、私が必死になって他方面に働きかけてやったのに!」

戦資大臣「貴重な資源をバカバカ使いおって! 平時何年分の資源が無駄になったか!!」

戦資大臣「今日の本土防衛対策会議に何故お前が出席しているか理解出来ん!」

山内「私はハワイ攻勢に反対でした」

戦資大臣「そんな言い訳が通るかぁ!!! 今はお前が長官だろうがぁ!!!」

山内「……」

総理大臣「まぁまぁ、君達落ち着きたまえ。……長官は一体何を恐れているのかね」

山内「本土近海にも断絶の壁を突破した敵艦隊が来る事はありました」

山内「その殆どは水雷戦隊を基本とした弱小艦隊だった筈です」

山内「ですがここ二ヶ月ほどは島嶼防衛隊が未確認の、大型艦の多数含まれた有力な艦隊が度々襲来しています」

山内「壁の突破方法を敵が徐々に確立しつつあると見ることは真っ当な論理展開であると思いますが」


戦資大臣「あー先ほどから聞きなれん言葉が出てくるのだが」

総理大臣「そうですか?」

戦資大臣「断絶の壁とはなんだったかのう? 太平洋に壁なんぞ作ったことがあったか?」

総司令部総長「……断絶の壁は100万基を超える羅針盤の投下によって封鎖した日本ハワイ間海域の呼称です」


山内(ぼ、防衛会議に出席する大臣たるものが断絶の壁すら知らないのか!?)


戦資大臣「航路限定装置を100万基だと!? どれだけの無駄を作る気だ山内ぃ!?」

山内「何を言う!! それを先導的に計画発案したのは貴様の党の――」

総理大臣「その計画を承認したのは東大閥だった先代総理です」

戦資大臣「なんと素晴らしい判断か! お前も参考にしろよ山内ぃ!」

山内「な、はぁ!?」

戦資大臣「なんだその態度は! 先ほどからの一連の話の流れも踏まえ現場の制服組が無能極まりないことが今日の危機に繋がっていることがよく分かった!」

山内「なぜ、なぜこのような男が我が国の戦資大臣に」

戦資大臣「責任転嫁を始めるつもりか!!」

総理大臣「戦資大臣、そろそろ黙ってください。頭が痛くなってきました。山内君、話を続けて下さい」

山内「……第四管区では今まで弱小な敵に駆逐隊で対応して来ました」

山内「弱小で無い敵には戦艦、空母含む本隊を当てるしかありません」

山内「本隊には警備の他に日々の出撃任務が課されています。現状では負担が大きすぎます」

山内「首都防衛計画は絵に描いた餅です」

総司令部長「負担が大きいからこそ、戦艦一隻と虎の子の正規空母を二隻配備している」

山内「……元老の指示だからでしょう」

海軍大臣「きさまぁ!!! 軍人の分際で政治家に愚弄するのか!!!」

山内「……」

総司令部長「先の大戦では貴様ら軍人が暴走したから国民が割を食った」

戦資大臣「だからこそ、公正な選挙で選ばれた我々政治家が貴様らを指導しているのだ!」

海軍大臣「君、自分の立場分かってるのかな?」

山内「……私は首都防衛体制の見直しの提言をしているだけです」

総理大臣「長官、もういいです」

山内「……」

総理大臣「君は第四管区長と同期だったね?」

山内「はい」

総理大臣「凄いじゃないか、三十半ばで横須賀鎮守府第一管区長兼聨合艦隊司令長官なんて」

総理大臣「君も、君の同期も、私が噛みそうな位凄いよ」

山内「……」

総理大臣「通常の軍隊なら有り得ない昇進、ということは理解してくれるね?」

山内「……」


総理大臣「ここは日本で、普通なら有り得ない国だからこその君たちだろう」

総理大臣「国民から見れば君は国を、海を守ろうとする英雄かもしれないが」

総理大臣「海軍で上に立ってみてよく分かったでしょう」

総理大臣「長官は英雄でも何でもないし、自由でもない。単なる政治の道具だ」

総理大臣「素直に私の後輩になって幸せなキャンパスライフを楽しんでいれば」

総理大臣「ここに居る彼らのポストのどれかに将来就く道もあったろうに」

総理大臣「どぅふふふふふふ、可哀想ですね~」

総理大臣「先代の総理は、どうしても京大派閥の人間を含め組閣する必要がありましたからね」

総理大臣「今回、東大派閥の一枚岩で固めた私の内閣には元老の庇護が効きませんよ」


総理大臣「第四管区分遣艦隊にはこれからも変わらず働いてもらいます。首都が守れなければ責責任問題ですよぉ、これは」

山内「……」

総理大臣「さて前座はこの辺で本題へ入りましょう。艦政本部長、研究の方はどうでしょう」

艦政本部長「妖精側と粘り強く交渉をしているのですが、彼らは本当に気まぐれでして」

総理大臣「そちらは期待していません。深海棲艦と艦娘の研究ですよ」

艦政本部長「ああ、はい、そちらですか。鹵獲した敵の調査は順調に進んでいます」

艦政本部長「やはり敵性存在からタービンなどの海上での動力源は特定出来ませんでした」

海軍大臣「……やはり装備していないのではないか?」

総司令部長「ならばどうやって進むのだ」

海軍大臣「儂が知るか」

総理大臣「妖精の技術といい敵といい……分からない事が多すぎですよ」

艦政本部長「ですが、艦娘の深海棲化について詳しいデータが得られました」

戦資大臣「例の……あれか、穢れと呼ばれるものか」

艦政本部長「はい。感染ルートは視覚からだと判明しました」

戦資大臣「艦娘に目を瞑って戦うよう徹底させるべきだ!!」

海軍大臣「ふははははは!!!! 座頭市か何かか!」

総理大臣「そうしたいのは山々ですが……無理ですよね。戦資大臣は黙りなさい」

山内「……」

艦政本部長「しかし、ルートが判明しただけでも大きな進歩です。対策が講じられます」

総理大臣「そうですね、引き続きお願いしますよ」


総司令部長「艦娘の原因不明の失踪が深海棲艦化であると聞いた時は驚いた」

総司令部長「練度の高くなった艦娘が突然消えるのは看過できん」

総司令部長「ましてやそれが、敵として帰ってくるのだから」

海軍大臣「何故妖精はこんな不完全な兵器を作るのだ」

艦政本部長「彼ら曰く、『完全だ』との事です」

総理大臣「何か深い意味があるのですかねぇ」

戦資大臣「感覚の違いだろう。あいつらは意味不明だからな」

総理大臣「珍しく気が合いますねぇ」

艦政本部長「次に艦娘での穢れの制御実験ですが、未だ成功していません」


総理大臣「くれぐれも秘匿には注意してくれよ。うーん、何とかコントロール出来ないものかね」

艦政本部長「穢れが全身に回るとナノマシンが活発化し瞬発力や反射速度の向上等は確認出来ています」

艦政本部長「その他にもデータとして確認できて居ませんが明らかな能力の向上が見られます」

艦政本部長「詳細は更に実験を重ねて順次明らかにし次第、お伝えします」


海軍大臣「穢れは良いことづくめじゃないか」

艦政本部長「深海棲化した艦娘は狂暴化と自閉傾向が見られ、情緒不安定で命令を受け付けません」

海軍大臣「使い物にならんじゃないか!!」

総理大臣「だから改善の為に実験を繰り返しているんです」

山内「……実験に協力した艦娘は」

戦資大臣「ン~~~~~?」

山内「実験に協力した艦娘は、実験後に神官により正しく処置され原隊に復帰しているのですか」

艦政本部長「それなら心配ありません。使う艦娘は予備倉庫の艦娘です」

山内「なっ!? 妖精との約束を反故にしているのか……?」


総理大臣「反故にはしていないさ。約束は『同名艦を重複して利用しない』という事で」

総理大臣「協定の中の利用は、あくまで戦闘での利用という意味です。実験利用は許容範囲内でしょう」

総理大臣「念のために秘匿していますがね」

艦政本部長「長官、穢れに対して非科学な対応が効果的である事は周知の事実です」

艦政本部長「ですが現状で完全に深海棲艦化した艦娘を元に戻すことは不可能だ……殺処分ですよ」

山内「……」

山内「どいつもこいつも、好き勝手に考えて好き勝手な事ばかりしやがって!!!!!!!!」

総理大臣「落ち着きたまえ。物事は感情に囚われ短絡的に考えてはいけない。国益の為だ」

山内「何が殺処分だ!!!! 艦政本部長! お前は軍人だから艦娘と接するだろう!!」

山内「お前には彼女達が家畜と同じに見えるのか!?」

総理大臣「では君には何に見えているんだ」

山内「っ」

海軍大臣「どうせ寝て情でも移ったんだろ」

戦資大臣「確かに奴らは、人間の女より具合が良いからな」

総司令部総長「プッ……海軍軍人の前でそれを言うべきではないだろう」

山内「きっさまらぁぁあああ!!!!」

総理大臣「まぁまぁ……衛兵! 来てくれ!」

山内「国益などと嘯くな!!! お前らは自分の欲望のままに動いてるだけだ!!!」

総理大臣「山内君は本当に若いなぁ。見ていて苛立つよ」

総理大臣「でも、君の苦しげな表情が見れて私は幸せだ。辞めたいのなら管区長を辞めてもらって結構」

総理大臣「もっと私達の考えに共感出来る人物にすげ替えるだけだから」

総理大臣「ということで、今日の会議はこれにて終了。集まってくれて御苦労だった」


夜 第一管区 執務室

山内「……」

長門「なんだ提督、帰っていたのか」

山内「……」

長門「会議で何か嫌な事でもあったのか」

山内「お前には関係ない」

長門「あるさ、お前は私の指揮官だ」

山内「……」

山内「お前らは……一体何なんだ……」

長門「……」

山内「何なんだよ……」

長門「……」ギュ

山内「……?」

長門「……分からん」

長門「お前が辛そうだと思ったら……身体が勝手に動いた」

山内「離れろ!!! 僕に触るな!!!!」バッ

長門「……すまない」

山内「出て行け」

長門「……」

パタン


山内「僕は聯合艦隊の司令長官なんだぞ」

山内「あの、司令長官に……なったんだぞ」

山内「くそっ! なんなんだ! これはっ!!!」


夜 第四管区司令部 大浴場 

日向「あー、よっこらせ」

瑞鶴「はー、よっこいしょー」

長月「……増えた」

木曾「増えたな」

翔鶴「ふぅ、でもいいお湯ですね」

三隈「クマリンコ……」

時雨「あ、みんなお帰りなさい」

曙「悪いわねー、いつもなら警備任務の一環として私達が対処するんだけど」

時雨「さすがに駆逐艦四隻で重巡六隻は無理だよね」


漣「にしても最近大型艦のを含んだ襲撃、多いよね」

日向「確かになぁ」

瑞鶴「敵の攻勢かな?」

翔鶴「本当にそうなら厄介ね」

長月「……今日は済まなかった」

日向「どうしたんだ急に」

長月「私は……今日活躍出来なかった」

木曾「別にいいじゃねぇか気にすんな」

木曾「天分ってモンがあるんだよ。駆逐艦のお前なら夜戦と雷撃戦じゃねーか」

木曾「今日はたまたま、そういう日じゃ無かったんだよ」

日向「木曾、妙に長月に優しいじゃないか」

木曾「そうかぁ? いつも優しいだろ」

翔鶴「あはは……」

瑞鶴「そうですよ! 私達はチームなんですから! 気にしちゃ駄目です長月さん」

瑞鶴「私達の戦果はチームの戦果、つまり長月さんの戦果でもあるんです」ナデナデ

長月「瑞鶴……ありがとう」

時雨「あれ、今日は嫌がらないの?」

漣「早くいつものキレ芸を見せて下さいよ」

長月「嫌がるのを様式美みたいに言うな!!」

長月「……こいつ最近撫でるの上手なんだよ」

漣「試しに漣にもお願いします」

瑞鶴「はいどうぞ」ナデナデ


日向「なぁ翔鶴」

翔鶴「何でしょう」

日向「瑞鶴は変わったな」

翔鶴「ええ、彼女はもう立派な大人です」

日向「いいなぁ。私も大人になりたいものだ」

翔鶴「日向さんも大人ですよ」

日向「……そうか?」

翔鶴「大人は完璧という意味ではないですから」

日向「言っている事は分かるが妙に腹が立つぞ」

翔鶴「提督と私と日向さんと瑞鶴、本当に不思議な関係ですね」

日向「木曾も時雨も三隈もさ」

翔鶴「そうですね」

日向「将来的には駆逐隊の連中も加わる」

翔鶴「そうなんでしょうか」

日向「私の勘だ」


日向「何も考えていない時、私の心は穏やかだった」

翔鶴「はい」

日向「彼のせいで考えるようになって、お前に嫉妬して。自分に戸惑ったよ」

翔鶴「はい、知ってます」

日向「今はまた穏やかだ。穏やかと感じられるまでに成長した、って事かな」

翔鶴「はい」

日向「私、お前の事好きだぞ」

翔鶴「ありがとうございます」

日向「今度彼含め三人で同衾してみようか」

翔鶴「……何故そうなるのですか」

日向「好奇心さ。快楽に戸惑うお前の顔を見てみたい」

翔鶴「……前から思っていたのですが」

日向「ん?」

翔鶴「日向さんは変な所で提督と似ています」

日向「ははっ!」

日向「私は航空スケベ戦艦、提督型二番艦の日向だからな」

長月「なぁ日向ドウキンって何だ」

日向「……聞かなかったことにしろ」

長月「そう言われると余計気になる」

日向「ドウキンについては瑞鶴が専門家だ」

長月「分かった。聞いてみる」

翔鶴「……航空スケベ戦艦さん。あまり大きな声で喋らないで下さい」

日向「刺激が強いか?」

日向「まー瑞鶴が詳しい説明はしないだろう」

翔鶴「私の予想なのですが、瑞鶴は『長月さんを子ども扱いするのは可哀想』と考えて」

翔鶴「素直に話してしまうのではないかと……」

日向「まさかそんな事」


木曾「うわっ!!!! 長月が鼻血出しながら失神してるぞ!!!!」

漣「しっかりするです長月!!! 湯船が汚れます!」

瑞鶴「ごめんなさい長月さん!!」

瑞鶴「隠すの悪いかなーと思って言ったんですけど……意味を教えるだけで失神するなんて思わなくて……」

日向「……御慧眼」

翔鶴「……どうも」


朝 第四管区 執務室

時雨「提督、お電話です」

提督「誰からだ」

時雨「山内様です」

提督「山内? ……分かった。繋いでくれ」

時雨「はい」

提督「もしもし」

山内「……俺だ」

提督「急に電話とはどうした」

山内「話がある。会いたい」

提督「……唐突だな」

山内「今夜、お前の司令部に行くが大丈夫か?」

提督「お前が来てくれるのであれば、構わん」

山内「では夜に」ブツッ

提督「切りやがった……」

提督「時雨」

時雨「はい」

提督「夜に長官がこの基地を視察に来る」

提督「形だけ丁重に御出迎えするから艦娘、妖精、人間」

提督「とにかく司令部の関係者に徹底して伝えとけ」

提督「念のために寝泊まりする部屋も用意」

提督「他の上級士官が同行する大掛かりな視察なら、もっと手続きを踏むだろうし……」

提督「今回は非公式なものだろう。個室三つと、護衛が雑魚寝できる場所程度で良い」

提督「それ以上はしらん」

時雨「適当だなぁ……」

提督「仕方ないだろう。適当な電話だったんだ」

提督「食堂のおばちゃんに料理をお願いしたら……怒られるだろうなぁ」

提督「まぁ仕方ない。こちらも頼む」

提督「別に派手で無くていいぞ。カレーを多目に作って貰え」

時雨「長官が来るのにカレーで良いの?」

提督「だからカレーなんだ。長官様に下っ端の悲哀を見せつけてやれ」

提督「カレーの具が無いってのも面白いな」

時雨「提督、もう遊んでるでしょ。カレーは却下」

提督「山内は友達だからな」

時雨「電話の山内さんって何者なんだい?」

提督「今の第一管区長兼長官だよ」

時雨「うわっ……ごめん、知らずに普通に対応しちゃった」

提督「お前らは軍の人事と関係無いからな。知らなくても別に良いさ」

時雨「良くないよ……でも長官じゃなくて山内さんから、って報告受けたから」

提督「あいつ、もしかして単に友達として遊びに来るのか……?」

時雨「電話受けた人にも確認取ってみる。とりあえず準備はするよ?」

提督「頼む」


~~~

午後七時を少し過ぎ、空は既に暗かった

山内「……」

長門「ここが第四管区司令部か、小さいな」

提督「総員、長官殿へ敬礼!」

車から降りた山内を第四管区司令部に所属する者達が総出で出迎える。

日向、翔鶴、瑞鶴だけでなく警備任務で出撃している以外の者。

警備を担当する兵隊、技術者である妖精達、楽隊は派手に軍艦マーチを鳴らし歓迎の意思を表現している。


提督「長官殿、第四管区司令部へようこそ」

時雨「秘書艦の時雨です。本日は僕がご案内致します」

山内「……案内?」

長門「何を言っている」

提督「は?」

山内「私はお前と話をしに来ただけだぞ」

提督「……」

提督「ゴホン、一先ず執務室へどうぞ」

時雨「僕がご案内しますから、提督は皆に説明をお願いします」

山内「……」スタスタ

長門「……」スタスタ

提督「……」

日向「視察じゃないなら私達の仕事は終わりか?」

提督「皆御苦労! 今日の視察は取りやめになった!」

提督「皆の歓迎を長官も非常に喜んでおられたぞ! 夜勤がある者以外は解散だ!」


赤帽妖精「なんだー視察じゃないのかー」

緑帽妖精「でも何か面白かったねー」

赤帽妖精「ねー」

青帽妖精「長官喜んでくれたからお給料増えるかな?」

警備兵「多分増えないと思いますよー」

青帽妖精「えー、残念」

翔鶴「何か私にもお手伝いできることがありませんか?」

提督「視察ではないから特に無い筈だ」

翔鶴「では私達はこれで失礼します」

瑞鶴「んじゃお先でーす」

日向「刀でも研ぐかな」

提督「……お前らちょっと待て。気が変わった。少しやって欲しい事がある」


提督「お待たせしました」

時雨「提督、遅いですよ」

山内「いや、大丈夫だ」

提督「しかし急な御来訪ですな」

提督「今朝、長官から第四管区へいらっしゃると電話があった時……正直驚きましたよ」

山内「普通の喋り方に戻せ」

提督「助かる」

山内「何だったんだアレは」

提督「……? 出迎えの事か?」

提督「すまんな、もっと派手にやろうと思ったのだが時間が足りなくて」

山内「いや、あんな歓迎はせんでいい。過剰だ」

提督「過剰??? 過小の間違いだろう」


提督「お前はあの長官なんだぞ。昔一緒に作った仮想戦記の主人公と同じ立場に居るんだ」

提督「少し自覚が足りてないんじゃないか?」

山内「……長官、か」

提督「やけに自嘲気味だな」

山内「ちょっとな」

提督「で、今日の話は何なんだ」

山内「首都防衛計画の話だ」

提督「空想の話なら電話で済ませば良かっただろう」

山内「……お前も空想だと思うか」

提督「当たり前だ。神祇院ごしに見せて貰ったがあんなもん、政府の国民に対する言い訳でしかない」

山内「苦労をかける」

提督「下っ端だから言われれば働くが、ずっとこのままは好ましくないな」

山内「その辺を詰めて話したい」

提督「分かった。ところで飯は食ったか?」

山内「いや」

提督「そうか。では君は?」

長門「……」

提督「君は食べたか?」

長門「……」

山内「……おい、長門」

長門「君とは私に質問しているのか?」

提督「ああ」

長門「……いや、まだだが」

提督「なら丁度いい。飯を食って酒でも飲みながら話そう」

提督「空想の話を真面目にやっては答えが出ん。場を変えよう」


飲み部屋

日向「来たな。丁度第一陣が焼けたぞ」

山内「何だこの部屋は」

提督「良いだろう。飲み部屋と呼んでいる」

山内「お前の話に出てくる秘密の部屋か」

翔鶴「初めまして。翔鶴型一番艦の翔鶴と申します。以後お見知りおきを」

瑞鶴「長官、お久しぶりです」

山内「初めまして翔鶴君。瑞鶴君、日向君は久しぶりだね」

日向「はい。お久しぶりです」

瑞鶴「あの、そちらの方は……」

山内「ああ、長門だ」

長門「……長門だ。よろしく頼む」

瑞鶴「やっぱり! 長門さんだ! ずっとお喋りしたかったんですよ!!」

長門「そ、そうか」

時雨「じゃあ僕もお邪魔しま~す」

提督「お前は帰れ」

時雨「えぇ~! 僕もお酒飲みたいよ!」

提督「お前はぜっっったいに駄目だ」

時雨「ちぇ、なら夜勤でもしとくよ」

提督「頼んだ」

提督「まぁ山内は食って飲め。これは先生が送ってくれた鮎だ」

山内「ほう、頂戴する」

山内「……」モグモグ

山内「美味いな」

提督「長門も」

長門「……ありがとう」

長門「……」モグ

長門「……美味い」

日向「まぁ長官、日本酒もあります。一献どうぞ」

山内「あ、これはどうも」

山内「……」グビ

山内「うまい。鮎と合うな」

日向「流石は長官。良い飲みっぷりです」


翔鶴「私からも一つ」

山内「どうもどうも」

山内「……」グビ

山内「ふむ」

翔鶴「お見事です」


瑞鶴「ま、ま、ま、かけつけ一杯」

山内「いただくよ」

山内「……」グビ

山内「ふう」

瑞鶴「いよっ! 大統領!」


提督「俺からも」

山内「おう」

山内「……」グビ

山内「……ふぅ」

提督「いいじゃないか」


日向「中国で客人の杯を乾かすのは無礼に相当するからな」

山内「いや日向君、ここは日本……」

日向「いぇいぇ」

山内「……」グビ

山内「……うむ」

日向「やりますね」


翔鶴「まぁまぁ」

山内「……」ゴク

山内「……くぅぅ」

翔鶴「素敵です」


瑞鶴「あらあら」

山内「……」ゴク

山内「……むぅぅ」

瑞鶴「かっこいい!」


提督「ほれほれ」

山内「……」ゴク

山内「……かぁぁ!!」

提督「長官になると違うなぁ」



日向「どれどれ」

山内「……」ゴク

山内「……んんん!」

日向「敵わんなぁ」


~~~

山内「だから!! 今の上層部は本当にゴミクズの集まりだ!!!!」

長門「お、おい……大丈夫か?」

山内「うるさいっ!!!!」

長門「……っ!」

山内「お前は黙っていろ!」

長門「……分かった」


提督「なに八つ当たりしてんだ」

山内「お前には関係ないだろうが! 僕の艦娘を僕がどう扱おうと自由だろう!?」

提督「なら俺の前で乱暴をするな。目の前で傷つけられては酒が不味くなる」

提督「やるなら自分の司令部でやれ」

山内「……ちっ」

長門「……」

提督「そろそろ本題に入ろうか」

山内「……先日の本土防衛対策会議で首都防衛の話をした」

山内「僕がした」

山内「現状で第四管区の負担が大きすぎる、絵に描いた餅であると」

山内「誰一人として僕の意見を聞き入れはしなかった!!!」

提督「……まぁなぁ。現状じゃ、こちらに変えるための手札も無い」

山内「何が長官だ。今の日本で私にどれ程の力がある」

山内「あいつらから見れば、私はハワイ攻勢を失敗に導いた無能だ」

山内「意味があるのは役職の名称だけなんだ……その名称も今はもう……」

提督「……辛そうだな」

山内「第二管区長だった頃は自信に満ち溢れ、日本を変えられると自負していた」

山内「長官になった僕は大きな歯車の一部に組み込まれていて、意思と無関係に嫌な方向に進み続けてる!」

山内「先生が山に籠った理由が今なら分かるな……」

提督「お前は本当に強い奴だったんだな」

山内「はっ?」

提督「挫折をしたことが、無かったんだな」

提督「自分が大きなものの一部で、それが自分とは無関係に嫌な方向に動き続ける?」

提督「そんなもの多感な中学生、賢い小学生でも知ってる歴史的な事実だ」

提督「ただ一部に組み込まれる事が嫌で」

提督「その中で、少しでも自分の大切な物を守れるよう俺は、普通の奴らは必死になっているんだ」

提督「……分かったか馬鹿野郎」


提督「で、どうするんだ」

山内「あ? なにが」

提督「だーかーらー。お前は今ようやく気付いた。強すぎたお前はようやく気付く事が出来た」

提督「世界はお前の思う通りにはならないと気づいた今どうするのかと言っている」

提督「ああ、もう、セカイなどと恥ずかしい事を言ってしまった」

山内「……お前たちはこんな暗い絶望に耐えて来たのか」


提督「個人差はあるがな。この歳まで考えずに済んだ人間は人類の1%未満だと思うぞ」

提督「寧ろお前人類じゃないんじゃないか」

提督「わっはっは」

提督「で、何の話だっけ」

日向「何故彼まで酩酊状態なんだ」ヒソヒソ

翔鶴「気が付いたらもう」ヒソヒソ

瑞鶴「酔い潰すのは長官さんだけの予定でしょう?」ヒソヒソ

日向「ああ。……にしても両者酔っ払いだから会話が成立してないな」ヒソヒソ


山内「会議でお前の話が出ていた」

提督「俺の? 何故?」グビ

山内「第四管区長は艦娘を自分の女と公言する変態提督であると」

提督「」ブッー

日向「あっはっはっはっは!!!!!」

瑞鶴「提督さん! 凄いじゃないですか!! 本土防衛対策会議で名前があはは!!」

翔鶴「……こら……っく! ……そん……ふふっ!!!」

提督「何故俺がそんないわれも無い称号を受けねばならん!?」

日向「いや、心当たりがありすぎるだろう」

瑞鶴「変態ってのは直球過ぎますよね」

翔鶴「大丈夫です。私達は提督の他の良い所も知っていますよ」

提督「お前ら、少しは否定しろ」

山内「僕も否定できなくて話題を変えるしか無かった」

提督「お前も否定しろよ」

山内「事実だから仕方ない」

提督「可愛い艦娘に言われても多少腹が立つのに人間に言われると尚腹が立つんだな」

長門「……」

瑞鶴「ひぃーっ、ひぃーっ面白い」

瑞鶴「あ、長門さん日本酒飲みます?」

長門「……瑞鶴」

瑞鶴「はい? 何ですか?」

長門「お前たちは……本当に艦娘か?」

瑞鶴「え、えぇ? 艦娘ですよ?」

長門「上手く言えないのだが……異常だ。普通の艦娘に見えない」

長門「見ていて胸がモヤモヤする」

瑞鶴「まぁ~、そういう認識で良いと思いますよ」

日向「変態と異常、お似合いでいいじゃないか」


長門(全然違う)

長門(目の前の艦娘とその指揮官の関係は、私と提督のものと全く違う。何だこの感覚は)

長門(……私はこいつらを羨ましいと思っているのか)


山内「そんな事より!」

山内「僕は会議で! 首都防衛計画は絵に描いた餅であると言ったんだ!」

提督「それはさっきも言った」

山内「まず第四管区の負担が大きすぎる」

山内「そして残りの管区の戦力が貧弱すぎる」

山内「第二、第三管区など合わせて一個水雷戦隊しか揃えていない。仕事は商業船団の護衛が主だ」

山内「伝統と誇りある第一管区にも戦艦は長門しかいない!」

山内「ぬぅあ~~~にが栄光の横須賀鎮守府だ」

提督「……おい、お前は間違っているぞ」

提督「第一管区と言えば武蔵が居る。重巡も、軽空母だって居るだろう」

山内「ふん」

山内「もうアテに出来ん。南方に送られた」

提督「……何を言っているんだ?」

山内「僕は長官だぞ!」

提督「いや、知っているが」

山内「本土と合わせて南方でも敵侵攻が激しさを増しているのは知っているだろう」

山内「それを受けて、南方の基地への艦娘増派が秘密裏に閣議決定された」

山内「妖精の技術は日本が独占状態だ」

山内「政治家どもは艦娘によるシーレーン防衛を政治カードとして切ったんだ」

山内「表向きは日本の命の道、つまり南方航路を止めない為の措置と言うさ」

山内「航空機による物資運搬はコスト面で圧倒的に、時に致命的な程に海運に劣る」

山内「故に日本へ繋がる諸外国のシーレーン防衛は確かに必要だ」

山内「だが見え透いている」

山内「その証拠が今のガダルカナル陸軍基地の防衛だ」

山内「オーストラリア東岸まで含めれば命の道すら守りきれる訳無いだろうに」

提督「……待て待て、何だそれは。何基地と言った」

山内「ガダルカナルだ!!!! あの島だよ!!!!!」

山内「基地同士の距離と、制海の問題を考えた時にあの島に行き当たったんだ!!」

提督「俺は全く聞いていないぞ」

山内「当たり前だ!!!! 陸軍主導かつ上層部しか知らん話だ!!!」

山内「僕だって大反対だ。だがもう動いている歯車は止められないんだよ」

提督「……」

山内「オーストラリア防衛など不要だ。ボーキサイトを確保するために一体何を失うつもりなんだ」

山内「仮に資源の為に守るにしてもここまでする必要は全くない」

山内「北海岸の西部だけでいい。港はそれで確保できる」

山内「まぁ一部だけではオーストラリア政府が納得しないんだろうな」

山内「軍事利用によるすばらしい政治成果だよ全く」

山内「戦況を理解出来ていない政治家が!!!!!!!」


提督「……お前は何故もっと反対しない」

山内「もう遅いと言っている」

山内「基地では血みどろの防衛戦が今この瞬間も行われている」

山内「大体、私が反対したところで発言力が無いから意味も無い」


提督「マスコミに流そう」

提督「これ以上入れ込むのは絶対に避けるべきだ」

山内「無駄だ」

提督「何故!?」

山内「握り潰されるのがオチだ。仮に潰されなくても、海はもう国民にとって縁もゆかりも無い」

山内「一昔前の宇宙みたいな存在さ」

山内「みんな覇権国家としての皇国の体裁と国益が大事だ」

山内「艦娘という名前のロボットや無人兵器が海でいくら消耗されようが興味も無いさ」

提督「……」

山内「雅晴、お前は聞いたことがあるか。世間で海軍の艦艇乗りは底辺職扱いなんだとよ」

山内「危険な海に出るのは社会不適合者の仕事だそうだ。時代は変わったな」

山内「戦艦の重厚長大な本能をくすぐる感覚は一種の精神病と言われるのかな」

山内「子供たちが軍艦に憧れる事も無くなって行くんだろうか」

山内「聨合艦隊の戦いが……単なる前時代の海戦例として扱われる日が来るのだろうか」

山内「……」

山内「僕はそんなのは嫌だ。戦ったのは単なる鉄の塊じゃない」

山内「先人の意思の結晶体、困難な状況でも生きようとする日本人の決意そのものだった!」

山内「……」

山内「発達しすぎた科学が人から想像力を奪う。艦娘という兵器だけの戦場が戦争から現実感を喪失させる」

山内「海軍の戦争は変わりすぎた」

山内「先代長官の気持ちが今なら少し分かる」

山内「……陸ばかり見て頭がおかしくなりそうだ」


提督「なら重しを抱えて一人で海に沈んでろ」

山内「……」

提督「お前は反対しても無駄だったと言ったが……本当か?」

山内「……」

提督「まぁいい」

提督「俺が心配なのは自分の艦娘が無謀な戦闘で失われないか、という点のみだ」

提督「俺は俺の立場で、下っ端なりに意見を言わせてもらう」

山内「……」

提督「艦娘に八つ当たりや逆恨みをするな」

提督「人の認識が変わるのは、時代が変わっていくのだから仕方の無い事だ」

提督「……俺だって先人の存在を忘れて欲しくないさ」

提督「だが、そいつは艦娘のせいじゃない。戦うため生み落された彼女たちに何の罪がある?」

山内「……」


提督「あとお前、今日何で長門を連れてきた」

山内「……護衛だ」

提督「本当は長門を俺の艦娘と会わせたかったんじゃないか」

山内「……」

提督「以前俺が訪問した時に長門は居なかった。なのに今日は違う」

山内「気まぐれだよ」

提督「へぇ」

山内「……」

提督「更に俺が好き勝手に自分の意見を言わせてもらう。酔っているからな」

山内「……」

提督「お前は艦娘という存在をどう扱うべきか心の中で揺らいでいる。単なる兵器であると思い込もうとしているが出来ない」

提督「艦娘を嫌いな筈なのに、好きで好きで仕方ない自分が存在している。長門を連れてきたのも、その答えを求めての行為だろ」

提督「自分だけ悩むのが嫌だから長門にも一緒に悩んでもらおうという魂胆だ。中々の下衆だな」

瑞鶴(提督さんも似た様な事してた癖に)

山内「……」

提督「図星だろう」

山内「……長門、帰るぞ」

提督「待て待て客人を手ぶらで帰しては俺も名折れだ」

提督「偉大なる変態提督のとして助言をくれてやる」

山内「……」

提督「一生後悔したくなかったら艦娘を大切にしとけ」

山内「……終わりか」

提督「ああ」

山内「じゃあな」

長門(……本当に帰るのか)

長門「では私もこれで」ペコッ

翔鶴「お気をつけて」

瑞鶴「長門さん、またね!」

日向「じゃあな」

提督「長門君」

長門「……何だ」

提督「あいつは馬鹿だが助けてやってくれ。俺と同じで、弱ると途端に駄目になるタイプらしいから」

長門「……私には何も出来ませんよ」

瑞鶴「そんな事ありません」

長門「?」

瑞鶴「山内さんと長門さんは、とってもお似合いですから!」

瑞鶴「長門さんが助けてあげれば、きっと山内さんだって満更でもないです!」

長門「……そうかな?」

瑞鶴「そうです!」

長門「……ありがとう。では」


長門「……」スタスタ

山内「……早く来い」

長門「本当に帰るのか?」

山内「ああ」

長門「車はどうするんだ。乗って来たのはもう帰らせたぞ」

山内「タクシーでも拾う」

長門「そんな片意地を張らずとも今から第四管区長にお願いすればいいだろう」


山内「断る」

長門「はぁ……本当に仕方の無い奴だ」

長門「……」

長門「なら歩いて帰ろう」

山内「我々の司令部まで何キロあると思っている」

長門「同じ横須賀だ。二時間もあれば着く。夜風に吹かれながら歩くのも悪くないさ」

山内「何を言っているんだお前は」

長門「良いだろう? たまには戦艦の大散歩に付き合ってくれ」

長門「私はお前の学校時代の話が聞きたいんだ。何せ司令部に着くまで時間はたっぷりあるんだからな」

山内「……道は分かるか」

長門「分かるさ」

山内「なら早くしろ」

長門「ああ」


山内「……」スタスタ

長門「……」スタスタ

山内「……」スタスタ

長門「……」ギュ

山内「……何故僕の手を握る」

長門「護衛の為だ」

山内「触るな!!!!」

長門「今日は月が出てない。闇夜で提督が道を間違ってはいけない」

山内「離せ!!!!」

長門「必要な措置だ」


山内「何を言っている!! さっさと離せ!」

長門「それはつまり離すなという意味だろう」

山内「違う! 触るなと言っているんだ!!!」

長門「提督の手はっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

山内「!?」ビク

長門「……提督の手は温かい」

山内「……は?」

長門「たまに触れた時、感じていた」

長門「お前の手は温かい」

山内「……」

長門「私の手はどうだ」

山内「……」

山内「……温かい」

長門「そうなのか」

長門「そうなのか……」ニコニコ

山内「……何を言っているんだ」

長門「自分でも分からん」

山内「……」

長門「お前だって自分の行動に一々理由付けをしている訳では無いだろう」

山内「……馬鹿な事を」

長門「提督」

山内「……何だ」

長門「戦艦同士の殴り合いなら私に任せておけ」

山内「……」

長門「私はそれが得意だ」

山内「……知っている」

長門「なら良いんだ」

山内「早く歩け」

長門「ああ」


提督「あー、用意した部屋は無駄になったな」

日向「残りは私達で食べてしまおう」

瑞鶴「賛成です」

翔鶴「それにしても、長官様は随分と裏表の無い方なのですね」

提督「そうだろう。権力者には珍しく腹が黒くないんだ。腹芸をする必要が無い程の実力者だったからな」

日向「管区長として長官を突き上げていた方が良かったのかもな」

提督「あるある。中隊長の時は有能だったが、大隊長になるとてんで使えないパターン」

瑞鶴「へー、そんな事あるんですね」

翔鶴「長官さんも大変ですね」

瑞鶴「大丈夫ですよ。長門さんが居ますし」

日向「まだ解決した訳では無いからな」

提督「俺と山内の違いは気付いているか、いないかの違いしかない」

日向「何にだ?」

提督「日向の可愛さにだ」

日向「なっ……ば、馬鹿! 何を言っているんだ!」

瑞鶴「ちょっとー、ピンク色の何かが見えてますよー」

翔鶴「狸鍋って美味しいんでしょうか。気になりますね。作ってみましょうか」

日向「……」モジモジ

提督「艦娘が単なる兵器で無いという事実に、だ。まぁ俺の所へ、しかも長門を連れて相談に来るくらいだから既に答えが見えかけているんじゃないか」

瑞鶴「確かに」

翔鶴「南方への艦娘派遣の件はどう思われますか」

提督「馬鹿な事をする。今でも手一杯だろうに。だが本土の防衛は陸上兵器に任せていいのかもな」

提督「陸上基地の妖精航空隊や一般人にも緊張感が出て良いだろう」

瑞鶴「民を守る軍人としての矜持は?」

提督「ははは!! 言うな!」


翔鶴「私達も送られることになるのでしょうか」

瑞鶴「月を見ながら遠く離れた男の事を想い続ける翔鶴。横須賀に浮かぶ月もタウイタウイの月と同じはず。想いよ届け」

瑞鶴「あゝ、悲恋」

翔鶴「陳腐です」

瑞鶴「おあとがよろしいようで……」

日向「何にせよ、事態は我々が関与できる範囲を超えている。艦娘に出来るのは期待して待つ事だけだろう」

提督「間違いない。俺は少し先生に相談してみる」

瑞鶴「今度は何を企んでるの?」

提督「出来れば何とかしてガダルカナルから撤退させたい」

日向「可能なのか?」

提督「一応言うだけ言っても損はあるまい」

提督「今日はもう寝る。おやすみ」

日向「じゃあな」

翔鶴「おやすみなさい」

瑞鶴「お疲れ様です」


朝 北園寺邸 書斎

先生「……また面倒な事になったのぉ」

コンコン

先生「なんじゃ」

メイド「ご主人様、お電話です」

先生「誰じゃ。今は人と話したい気分では無い」

メイド「横須賀鎮守府の瑞鶴様です」

先生「瑞鶴君? はて? 坊ちゃんと喧嘩でもしたのかな?」

先生「……」

先生「私の自室にまわせ」


先生「もしもし、瑞鶴君、どうしたのかね」

瑞鶴?「きゃぁ~先生ぇ~瑞鶴ですぅ~」

先生「……久しぶりに人を殴りたくなったぞ、坊ちゃん」

提督「あれ、気付きましたか」

先生「こんな下品な声の三十代はお前しかおらん」

提督「突然の電話申し訳ありません。私の名前で電話しても出てくれそうに無かったので」

先生「ほっほっほ。儂の事がよく分かっておる。特別にさっきの茶番は許そう」

先生「で、何の用じゃ」

提督「実はガダルカナルの事を」 先生「……」ガチャッ



提督「……あの爺さん切りやがった」

先生「全く、何を考えている!」

先生「一般回線でかけてきおって!」

先生「盗聴されているのを知らんのか!」

コンコン

メイド「ご主人様、横須賀鎮守府の正規空母翔鶴型二番艦翔鶴様からお電話です」

先生「ええい鬱陶しい!!!! 微妙に変えてくる辺りのタチが悪い!!」

先生「もしもし!!!!!」

提督「突然お切りになるから驚きました。老衰ですか?」

先生「仮にそうなら二度目の電話に出られんわ!!!!!!」

提督「あまり叫ぶと口から出ますよ」

先生「何がじゃ!?」

提督「老水が」

先生「そんな水は無い!!!!!!!!!」

提督「失敬、死に水でした」


先生「はぁ……」

提督「大丈夫ですか?」

先生「電話を切ってもいいかの?」

提督「あっ! もしかして今日は待ちに待った老衰の日!」

先生「それなら断りなく切っとるわ!!!!!!!!!!!!」

先生「というか待ちに待っておらんわ!!!!!!!!!!!!!!!!」

先生「はぁはぁ……」

提督「今日お電話したのは他でもないガダルカナルについてのお話がしたかった」

先生「この回線は盗聴されておるぞ」

提督「構いません。悠長に先生のお宅へお邪魔する暇はありませんから」

先生「気を急くなよ。事を仕損じるぞ」

提督「行く間に先生が老衰されるのではと考えるだけで足がすくみます」

先生「……儂はお前への教育を仕損じていたようだな」

提督「恐縮です」

提督「先生、何とか撤退させることは出来ませんか?」

先生「儂はもう過去の人間じゃ。どうも出来ん」

提督「それはつまり先生は老衰間近という意味ですか?」

先生「いつまで老衰を引っ張るつもりなんじゃ!!!!!!!!」

提督「勿論せ」 「もういい!!!! 分かったから黙れ!!!!」

先生「はぁはぁ……はぁはぁ……」

提督「言えなくて残念です」

提督「どうも出来ん、と言いますがね先生」

提督「貴方ほどの人間になれば出来ないのは魂を冥府から呼び戻す事位ですよ」

提督「海千山千の大政治家と言われた貴方にはそれ程の力がおありだ」

提督「それとも何ですか」

提督「散々贅の限りを尽くして物質世界を堪能した癖にまだ死ぬのが怖いんですか!?」

先生「儂は訳の分からん事を言う今のお前が一番怖い」

先生「大体、海千山千の大政治家とは一体何じゃ。みっともない二つ名をつけおって」

提督「他の候補としては千変万化の大妖怪等がありますよ」

先生「お前、どこでガダルカナルの事を聞いた」

提督「こう見えても交友関係が広いのですよ」

先生「視察に来た長官を見送りもせず徒歩で帰宅させた者が居る、とさっき報告を受けた」

提督「あの馬鹿歩いて帰ったのか」

先生「失態じゃな」

提督「……つい」

先生「馬鹿もん!!! 油断するな!!!!」

提督「……はい」

先生「上層部の妖怪どもはお前達の失敗を今か今かと待っておる! 付け入る隙を見せるな!」

提督「……分かりました。ではこの電話も不味いのですか」

先生「この程度なら握りつぶせる」


提督「……」

先生「相も変わらず愚かな小心者じゃの。しかし今一番の問題はお前でなく長官の方だ」

提督「何かあったのですか?」

先生「秘書艦と手を繋ぎながら、歩いて帰ったらしい」

提督「良くやった! と言ってやりたいですがね」

先生「儂もお前と同じじゃ。だが世の連中に行為の本当の意味など分かりはしない」

先生「心神喪失が精々じゃ。公になれば長官としての責任能力が問われるじゃろうな」

先生「お前、昨日山内の秘書艦に何か余計な事を吹き込んだのか」

提督「……心当たりが無くも無いです」

先生「はぁ……」

提督「何とかなりませんか」

先生「もう色々と差し止めはした。だが少し儂の耳に入るのが遅かった」

先生「今回は妖怪どもの所まで届いているやもしれん」

提督「……」


先生「ガダルカナルは完璧に無理じゃ」

先生「国家間の密約まで覆せるほど儂の影響力は強くない」

提督「……分かりました。失礼します」

先生「……すまん」

提督「何故謝るのですか」

先生「こんな世の中を作ってしまった」

先生「……お前達に辛い思いをさせてしまっている」

提督「それこそ、先生の影響力に期待していない範囲ですよ」

提督「俺達こそ、いつもご迷惑をおかけします」

提督「悪いとは思いませんが、先生の御厚意にいつも感謝しています」

提督「『開かれた道を進む先で起こる事は、我々の問題です』」

提督「……と俺は一人の艦娘に言われました。先生は俺の道を開いてくれました」

提督「それでいいんじゃないですかね」

提督「未だにお世話になる俺が言っても説得力無いって? あはは」

提督「……まぁ俺が言いたいのはそういう事です」

提督「では、また」ガチャッ


先生「……」ツーツーツー

先生「……」ガチャッ

先生「はぁ」

先生「やれるだけやってみるかの。次世代のために」


朝 第四管区 廊下

提督「……」スタスタ

瑞鶴「あ、提督さん。おーっす」

提督「……瑞鶴」

瑞鶴「何か元気ないじゃん。どったの?」

提督「ガダルカナルは無理だと言われたよ」

瑞鶴「うん。まぁそうなるよ」

提督「……俺に出来る事は少ないな」

瑞鶴「かもしれないけどさ。私達の前で辛気臭い顔をしない事位は出来るでしょ」

瑞鶴「決まっちゃったものは仕方ないよ。出来る限り準備しよ?」

提督「……ああ」

瑞鶴「それはそうとパパ~、私新しい艦載機買って欲しいんだけど~」

提督「誰がパパやねん」ビシ


提督「お前昼飯食ったか?」

瑞鶴「ううん」

提督「なら何か食いに食堂へ……いや、作るか」

瑞鶴「え?」

提督「自炊をしてみよう」

瑞鶴「……本気で言ってる?」

提督「何だ、出来ないのか」

瑞鶴「で、出来ない訳無いでしょ!?」

提督「前に作れると言ってたもんな」

瑞鶴(自炊なんてやった事無い!!!!!)

提督「何が得意なんだ?」

瑞鶴「お、オムライスとか上手だって言われます!」

提督「……オムライス?」

瑞鶴(咄嗟に嘘が出ちゃったけどオムライスはマズい!?)

提督「凄いじゃないか! 俺は自炊ができないから凄さがよく分からんのだが!」

瑞鶴(……助かった……訳じゃ無いよね……)

提督「瑞鶴のオムライスか、楽しみだな」

瑞鶴「で、でも提督さん! 食材! 食材がありません!」

提督「心配しなくていい」

瑞鶴「え?」

提督「俺専用のミニキッチンがあって食材は常に補充されている」

提督「勿論国税でな」

提督「いつもなら勿体無いから職員に配っているのだが、折角だし今日は使ってみよう」

提督「食材は丁度昨日補充されている筈だ」

瑞鶴(終わったーーーーーー!!!!!!)


提督「着いて来い。場所を教える」

瑞鶴(いや、しかし)

瑞鶴(いやしかし、しかし、しかし)

瑞鶴(まだ終わったと言い切れない)

瑞鶴(所詮、作るのはオムライス!!!!)

瑞鶴(何となる……いや、何とかする!)


朝 第四管区 ミニキッチン


提督「ここだ」

瑞鶴「うわ凄っ、調味料まで一式全部揃ってるじゃないですか!」

提督「そうなのか? よく分からん」


瑞鶴「……」

瑞鶴(行ける! この男なら騙せる!)

瑞鶴「じゃあ作りましょう!!」

提督「まず何をすればいい。今日はお前が司令官だ」

瑞鶴「まず手を念入りに洗って下さい。衛生管理は大切です」

提督「ふむ確かにな」

提督「洗ったぞ。次はどうする」

瑞鶴「……えーっと」

提督「?」

瑞鶴「とりあえず卵を焼きましょう!」

提督「ライスはどうするんだ? まだ炊いてすらいないだろう?」

瑞鶴「……」

瑞鶴「……ライスは食堂から貰ってきましょう!」

提督「そうだな。悠長に炊き上がりを待つわけにもいかん」

瑞鶴「そ、そうですよ~もう~」

瑞鶴(……忘れてた)

提督「貰って来たぞ!」

瑞鶴「はやっ!?」

提督「次はどうする」

瑞鶴「じゃあ、私が卵作るんで提督さんはライスをお願いします」

提督「分かった」


提督「で、ライスをどうすれば良い?」

瑞鶴「フライパンに二人分のライスを入れて炒めて」

提督「うむ」

瑞鶴「ケチャップをかけて混ぜて」

提督「うむ」

瑞鶴「終わりです」

提督「……実に簡潔で分かりやすいのだが簡潔すぎやしないか?」


瑞鶴「えっ……そうですか?」

提督「俺の知っているオムライスには玉ねぎや鶏肉などが入っていた気がするんだが」

瑞鶴「あっ!!」

提督「もしかして忘れていたのか?」

瑞鶴「……」

瑞鶴「提督さん」

瑞鶴「それは鶏肉を多く得る事の出来た東南アジア風のオムライスですよ」

瑞鶴「私が作るのは砂漠の地方で愛されたオムライスですから」

瑞鶴「質素なんです」

提督「俺達が質素にする必要はあるのか?」

瑞鶴「わ、私が好きなんです。このオムライスの砂の味が」

提督「……砂の味?」

瑞鶴「そ、そういう情景が思い浮かぶ味という事です!」

提督「ふーむ」

瑞鶴(気付かれた?)

提督「地域によって具材が違うとは、オムライスも奥深いものなのだな」

瑞鶴(助かったー! 馬鹿で助かったー!)


提督「では早速取り掛かろう」

提督「とりあえずライスをフライパンに入れて」

提督「……火をつける」

提督「うわっ」

提督「瑞鶴!」

瑞鶴「は、はい?」

提督「どうだ、フライパンを持って何かを炒める姿!! 似合うか!?」

瑞鶴「……初めてなんですか?」

提督「お湯くらいは沸かすんだが何かを炒めるのは初だ。いや~、自分でやると感無量だな」


瑞鶴「……」

瑞鶴(馬鹿の戯言に付き合ってる暇はない)

瑞鶴(私は私の仕事をしなきゃ)


提督「で、杓文字を使ってかき混ぜるわけだ」

提督「何故かき混ぜるかよく分からんが、かき混ぜれば料理人っぽいだろう」


瑞鶴(卵……何個だ……)

瑞鶴(二人分の卵は何個必要だ……)

瑞鶴(考えろ瑞鶴)

瑞鶴(……)

瑞鶴(そうだッッ!!!!)


瑞鶴「提督さん提督さん」

提督「ん? 何だ?」

瑞鶴「卵どれくらい使いたいですか? 人によって違うんです。今日は提督さんの好みに合わせますよ!」

瑞鶴(完璧!!! 完璧すぎる!! これで多かろうが少なかろうが)

瑞鶴(『提督さんに合わせたからテヘペロ♪』と言えば何でも許される!!!)

瑞鶴(さすが正規空母!!!! さすが姉さんより可愛い私!!!!)

提督「う~む、俺は料理に関して門外漢だからな。俺が余計な事を言って美味いオムライスの分量を狂わせても不味い」

提督「恥ずかしい話、卵何個使うかもよく分からん。今日の所は瑞鶴のおすすめで作ってくれ」

提督「お前の料理が楽しみなんだ」

瑞鶴(はい、私の完璧な計画終わったーーーーー!!!!!!!!!)

瑞鶴(ていうかこの人悪意持って私に料理作らせてんじゃない!? ってくらい見事に私の退路を塞いでるんですけど~!?)

瑞鶴(……まぁ私が嘘吐いてたんですけど。ここはもう正直に言うしか)

提督「みぃくに~のよぉ~もをま、も、る、べし♪」

瑞鶴(駄目だぁぁぁぁぁぁこの人今、滅茶苦茶機嫌良いよ!!!)

瑞鶴(軍艦マーチをノリノリで歌ってるのなんて初めて見たよ!)


提督「瑞鶴!」

瑞鶴「は、はい」

提督「料理というのは簡単で楽しいものだな。かき混ぜるだけなのに何故か高揚するぞ!」

提督「俺の前世は料理人だったのかもかな!」

提督「わはは!」

瑞鶴「あ、あはははは」

提督「俺は誰かと一緒に料理をするのが初めてなんだ」

瑞鶴「……」

提督「お前と一緒に料理する事が出来て嬉しいぞ」

瑞鶴「……」

提督「ま、俺に出来るのは足を引っ張る事位だが」

提督「わはは!」

瑞鶴(……作らなきゃ)


瑞鶴(私だって作れるんだから!)


瑞鶴「卵は六個、多分それ位」

瑞鶴「フライパンに投入」

瑞鶴「混ぜる」

瑞鶴「……それで火を付ける」

瑞鶴「火力はMAX」

瑞鶴(焦げないように見守らなきゃ)

瑞鶴「……」ジィー

瑞鶴「……」ジィー

瑞鶴「……」ジィー

瑞鶴「……」ジィー


提督「……」


提督「瑞鶴、どのタイミングでケチャップを入れれば良い?」

瑞鶴「全体が炒められて来たなぁ~って感じになったら、です」

提督「ならそろそろだな。ワレ、天佑ヲ確信シケチャップ投入ス」

瑞鶴「……」クス

提督「お前今、ちょっとクスッと来ただろ」

瑞鶴「別に来てません」

提督「間違いなく笑ったな」

瑞鶴「知りません」

提督「いや~長かった。ようやく渾身の不謹慎ギリギリネタで笑わせる事が出来た」

瑞鶴「……悔しい」

提督「それと」

瑞鶴「はい?」

提督「卵が焦げてるぞ」

瑞鶴「うわっ!?」

提督「あと卵に調味料は入れないのか」

瑞鶴「い、入れるに決まってるじゃないですか!」

瑞鶴「塩コショウをほらほらほらほら」

提督「……入れ過ぎだと思うが」

瑞鶴「わ、私の生まれたキャラバンではこれくらい普通でした」

提督「……」


瑞鶴(駄目だ、卵の一面が完全に焦げた)

瑞鶴(ふわふわ感が無い)

瑞鶴(大失敗だ)

瑞鶴「……」グス

提督「……」

提督「ライスは出来たぞ」

瑞鶴「……こっちも出来ました」

提督「じゃあ包むか」

瑞鶴「……包めるわけないじゃないですか」

瑞鶴「こんなスクランブルエッグみたいなので」

瑞鶴「提督、私実は」 提督「食べるぞ」

提督「話があるなら食べてから聞く」

瑞鶴「……」

提督「完成品はオムライスというよりケチャップライスとスクランブルエッグだな」

瑞鶴「……」

提督「ふむ」アム

瑞鶴「……」

提督「……」モグモグ

提督「赤いご飯の方は実に質素だ」

瑞鶴「……」

提督「成程、砂漠の民はこんな味が好みなのか」


提督「さて卵だが」アム

瑞鶴「……」

提督「……」モグモグ

瑞鶴「……どう?」

提督「うまい」

瑞鶴「うそっ」

瑞鶴「……」パク

瑞鶴「……」モグ

瑞鶴「しょっぱ! こんなの全然料理じゃ」

提督「初めての割には大した成果さ」

瑞鶴「……気付いてたの」

提督「当たり前だ。俺も料理を出来ないが、それ故の勘の鋭さというのもある」

瑞鶴「いつから気付いてたの」

提督「お前が砂の味とか言ってた辺りから」

瑞鶴「最初じゃない」

提督「そうかもな」

瑞鶴「意地悪」

提督「何がだ」

瑞鶴「どうせ困ってる私を見て面白がってたんでしょ」

提督「そんな事は無い」

瑞鶴「じゃあ、どうして言ってくれなかったの」

提督「俺は楽しかったぞ。誰かと一緒に料理をするのはな。お前は楽しくなかったのか?」

瑞鶴「……それどころじゃ無かった」

提督「ははっ! お前としては嘘を取り繕うのに必死だったわけか」

提督「それは残念だ。結果的に俺は少し意地悪だったかもしれんな」

提督「だが料理がおいしいのは俺の正直な感想だぞ」

提督「俺が楽しく作ったものだし、お前は必死に作ってくれたものだ」

提督「そんなオムライスが不味い訳がない」

提督「多少不細工で大味だがな」


瑞鶴「お店でこれが出てきたらどう思う?」

提督「客商売を止めるよう勧告する」

瑞鶴「……」クス

提督「流石に調理師免許を持った者がこれでは困るよ」

提督「俺達は料理に関して素人なんだ」

提督「お前が今作を気に入らないのなら」

提督「また今度、二度目のオムライスに挑戦すればいいさ」

提督「そうだろ?」


瑞鶴「……うん」

提督「作っている時、料理とは簡単なものだと思ったが」

提督「意外に奥が深そうだ」

提督「かき混ぜるのは楽しかったんだがな、楽しさが美味さと直結するわけでは無いらしい」

瑞鶴「当たり前です。簡単に美味しく出来るなら料理屋さんは要りません」

提督「確かに」

瑞鶴「さ、気合入れて食べましょう。残しちゃ勿体無いです」

提督「俺の言葉は少しは気慰めになったか?」

瑞鶴「そういう無粋な事聞く人嫌いです」

瑞鶴「……そんなの見たら分かるでしょ」

瑞鶴「……」パク

瑞鶴「……」モグモグ

瑞鶴「くぅ~、この卵の塩味がキツくておいし~」

提督「ご自慢の卵の味を視覚的に表現してみろ」

瑞鶴「食べた瞬間、口と頭にどこまでも続くシルクロードが広がります」

提督「要するに過酷なんだな」

瑞鶴「はぁ、全く、提督さんの舌は文化的寛容が足りていません」

提督「文化的寛容ねぇ。海の男でもこの塩には戸惑ったぞ」

瑞鶴「そんな男よりも塩気が多い、正規空母の作った本格的な塩の味です。まだまだって事ですよ、提督さん」

提督「わはは!! 馬鹿が!」

瑞鶴「んふふ!」

【3】

艦娘

彼女たちは人型故に兵器と人間の対立軸の上において曖昧な位置付けにある。

感情の存在は事態をより複雑にする。

絶対の答えは存在せず、艦娘を運用する立場にある人間によって、彼女らの扱いは大きく変化する。

「提督が大好き」

言い方が直接であれ婉曲であれ初期設定の艦娘は皆こう答える。

彼女たちは単なる兵器なのか、それとも別の存在なのか。

艦娘自身の内にも、その絶対の答えはありはしない。


1980年10月15日

昼 第四管区 執務室

提督が私を執務室へと出頭させたのは、着任して三度ほど出撃を経験した時の事だった。

「お前は俺の事をどう思う」

何の脈絡も無く唐突に降って湧いた質問に対して私は即座に適切な回答を返す。

「三隈は提督の事をお慕いしていますが?」

こんな質問は深く考える必要も無い。正直に答えればいいだけだ。

「……分かった。話はこれだけだ。行って良し」

余程の捻くれ者でない限り好きと言われて気を悪くする人間は居ない筈なのに。

「……失礼します」

提督の眉間には何故か大きな皺が深く深く刻まれていた。


昼 第四管区 廊下

(私は適切な回答をした筈なのに)

何故提督は機嫌を悪くしたのだろう。不可思議だ。

「やぁ、三隈」

「日向さん。お疲れ様です」

この艦隊の古参であり唯一の戦艦である日向さんと帰り道でばったり会った。

「今日は御苦労だったな。よく当てた」

「いえ。日向さんの予測射撃が的確で敵を追い込めたからこその着弾です」

「むふふふ、おだてるなよ。嬉しくなってしまう」

「本当の事ですよ」

「ありがとう。現状、殴り合いの砲撃戦が出来る大型艦は私とお前だけだ。頼りにしているぞ」

「はい、私も一日でも早く日向さんに追いつけるよう頑張ります」

「そんなに固くならなくてもいい。気楽にしろ」

「ありがとうございます」

「三隈は執務室からの帰りか?」

「はい。提督から呼び出しを受けていたので」

私の返事を聞くと日向さんは口角を少し上げ成程な、と呟いた。

「お前は提督に何を言われたんだ?」

お前は、の部分が引っかかる。

「お前は俺の事をどう思う、と」

「あっはっは! それは新しいな!」


「三隈以外の皆さんも何か質問をされたですか?」

「ん? ああ、まぁそんな所だ。質問の内容はそれぞれ違うがな」

「そうなのですか……」

「で、お前は何と答えたのだ」

「三隈は提督をお慕いしてます、とお答えしました」

「そうかそうか。ま、それじゃ駄目だろうな」

駄目? 何故駄目なのだ? 私は正直に答えているのに。

「もしかして提督は少し捻くれた性格をお持ちなのですか?」

「捻くれていると言うか、純粋な奴なんだよ」

「純粋」

尚更分からない。ならば一体何が問題だったのか。

「純粋故に、他人の嘘に敏感なんだ」

「なっ、三隈は嘘などついておりません!」

「本当か?」

「本当です!」

「悪かった。嘘というのは適切な言い方ではなかったな」

「さっきのは流石に少し頭にきましたわ」

「お前は嘘つきでは無く自分の本当の気持ちに鈍感なだけだ」

「……それはつまり三隈が未熟者であるという事ですか」

「未熟者、そうだな。うん。単なる事実だ」

「……日向さんの言っている事が三隈には理解出来ませんわ」

「ま、誰だって着任したては未熟者さ。気にすることはない」

何なのだ。この人達は私に一体何を求めているのだ。

「考えてみましたが全然分かりません。三隈に一体どうしろというのですか!」

「ヒントをやろう。自分で考える事こそが提督がお前に与えた課題を解く手掛かりになる」

「……狸に化かされているような気分ですわ」

「私はそろそろ行くぞ。この後は提督と二人で酒を飲むんだ」

「……はい。では」

「ああ、じゃあな。くれぐれも自分で考えるんだぞ」

日向さんはそう言い残すと執務室の方へ行ってしまった。

「何なんですの、一体」

私は虚空に向かって愚痴を吐いた。


10月22日

夜  第四管区 執務室

また提督に呼び出しを食らった。

「三隈です」

「入れ」

「失礼します」

提督は時雨さんと一緒に日々の処務を行っていた。

「三隈さんお疲れ様です」

「時雨さんこそお疲れ様ですわ」

「三隈、出頭御苦労」

「いえ……」

「どうだ。この艦隊にも慣れてきたか」

「はい。艦隊運動やフォーメーションで必要なものは全て覚えましてよ」

「そうか」

「はい」

「僕もこの前一緒に出撃したけど三隈さんの射撃、完璧だったよ」

「ほぅ、そういえば日向も三隈を褒めていたな」

提督の口元が少し緩む。

「い、いえ。そんな、三隈なんて大したことはありませんわ」

「はは! 照れるな照れるな。これからも精進しろよ」

「……はい」

「では、行って良し」


「えっ? もう終わりですか?」

「終わりだが、逆に何かあるのか?」

「……また前みたいな質問をされるのかと」

「ああ、あれはすぐに答えの出るような問題では無いからな。今は聞かんよ」

「答えは、もう出ています」

「それはまだお前の答えではない。今日はもう下がれ」

「提督!!!」

「……」

「三隈は、提督の事をお慕いしております! それが私の本当の気持ちです!」

途端に提督の顔が険しくなった。しかしそれは、怒りというよりも悲しみに満ちていた。

「三隈、お前は俺のどこが好きなんだ」

「……具体的にどことは言えませんが……初めて会った時から好きでした」

「つまり一目惚れか」

「……はい」

「お前が俺に最初の挨拶をした時に好きになったのか?」

「…………はい」

「執務室に入って顔を見た瞬間にか?」

「も、もうおやめ下さい! 何故このような質問をされるのですか!」


「誰かを好きになるのはそんな簡単な事じゃ無いんだ」

「三隈、お前は俺をどうしたい」

「……どうしたいって」

「一目ぼれした俺と、お前は一体何をしたいんだ」

「三隈は提督の命令に従って、戦う事が……」

「それだけか?」

「……」

「キスしたい、触られたい、褒められたい、もっと一緒に居たい。色々あって然るべきだろ」

「……」

「お前は自分自身の気持ちについて深く考えたことが無かったんじゃないか」

「違います!!」

「おかしな話だろう。初めて会った男を好きになって、命令を聞きたくなるなんて」

「それは!」

「なんだ」

「それは、その、言葉の綾のようなもので」

「では、お前にとっての好きとは一体何なんだ」

「……」

「そんな辛そうな顔をしないでくれ。俺は聞いているだけだ」

「……」

「自分の異常さに気付いて貰えたか?」

「……」

「三隈」

提督が何を言おうとしているのか分かる。やめて、私は、そんなの聞きたくない。

「お前の俺に対する好意は、他人から刷り込まれた偽物の感情だ」


夜 第四管区 医務室

「あ、気が付いた」

私の視界には白い天井と、覗き込む時雨さんの顔があった。

「三隈は……」

「覚えてない? 三隈さんは執務室で倒れたんだよ」

「あっ」

「全く、提督ももう少し別のやり方をすればいいのに。僕はちゃんと警告したのにさ」

「……時雨さん、ご迷惑をお掛けしました」

私の知らない場所で生まれ私の中に存在する感情。 私はそれが恐ろしかった。 目の前が真っ暗になってしまうほどに。

「『俺は聞いているだけだ』って、確信犯じゃないか。全く」

「……」

「あ、三隈さんの代わりに提督にはお仕置きしておいたから」

「お仕置き……?」

「でもね三隈さん、全部が全部偽物なわけじゃ無いんだよ」

「?」

「偽物だと認識できる自分は本物なのさ」

そう言って、時雨さんは笑った。


10月28日

昼  第四管区担当海域

私は今海の上で踊っている。

「砲雷撃戦を開始する! 敵は小型艦だけだ! 散弾の面斉射で行動不能にしてやれ!」

「「「「了解!!!」」」」 「クマリンコ!」

日向さんの指揮の元、近海に侵出してきた敵の排除するための戦闘の真っ最中なのだ。

「艦隊運動、砲撃割り当てを上げるぞ! ……準備はいいな? よし! 各自分担された空間へ斉射、始め!!!!」

日向さんが戦術ネットワークに上げたデータを基にそれぞれが砲撃を開始する。

数秒の空白毎に、まるで壁が迫るかのような濃密な散弾の弾幕が展開される。

前から順に一隻、また一隻と敵は落伍していく。

相手が大型艦であればまた戦い方も変わってくるが、小型艦のみであれば一定距離を保ち、近づかなければ良い。

「三隈! 狙いすぎるな!」

「く、クマッ!!!」

今日は調子が悪い、の一言で済ませば実に簡単である。

あの日から余計な事を考えすぎてしまう。視野モニターに示された宙域に向け射撃するだけで良い筈なのに、敵の動きを追いすぎる。つまり、狙いすぎる。

簡単な面斉射すら満足にこなせないのだから、より精密さを求められる点の射撃は言わずもがなである。

魚雷の調整は苦手だったが、砲撃に関しては密かに自信を持っていたのに。


「敵小型艦は全て撃沈、戦闘終了」

私のミスが響き敵の魚雷発射可能位置まで接近されかけたが、なんとか無傷で勝利した。

「さぁ、帰って風呂で反省会だ」

「帰りも気を抜くんじゃあないぞ」

「うっせぇ長月。んなこと皆分かってるよ」

「ムッキィィィィ」



夜 第四管区 大浴場

「あー、よっこらせー」

「クマリンコォ……」

「三隈さんは何と言っているですか?」

漣さんにはまだ私の言葉が伝わりにくいらしい。

「いい湯だなぁ、と言ってるんだよ」

時雨さんは理解出来るらしい。

「う~みだ女の艦隊勤務♪」

「「「「にちげつかーすいもくきんどー」」」」

「ふふ」

「あはは! 僕、この歌好きだよ」

「文月も好きぃ~」

「俺が作った歌もすっかり広まったな~」

「うわっ、これ木曾が考えた歌なんですか」

「実に魚雷馬鹿っぽい歌で良いと思うぞ。馬鹿な内容がピッタリだ」

「てめぇコラ長月オラァ」


「三隈、元気が無いじゃないか」

「すいません日向さん。今日も上手く砲撃が出来ませんでした」

「おいおい、私個人に謝ってどうするんだ。謝るなら皆に謝ってくれ」

「……」

「私達には気持ちがあるのだから調子が悪い時もある」

「……ありがとうございます」

「私が砲撃指南をしてやる。幾つか気になる部分もあったからな」

「にしてもいい湯だな」

「……はい」


10月29日

昼 第四管区 港湾

いつもの出撃の任務をこなした後、日向さんは私の練習に付き合ってくれた。

「三隈! お前は砲撃時の姿勢が悪いんだ! 重心を意識しろ!」

「クマっ!」

「ダミーとの速度差を考えろ! 偏差射撃になってないぞ!」

「はいっ!!」

「お前は今まで無意識に行っていた調整が出来なくなっている!」

「はいっ!」

「理由は大体察しがつく。私も同じ事があったからな」

「……」

「だが、戦場で出撃班を危険に晒すわけにはいかん。何としても勘を取り戻して貰うぞ」

「……クマリンコ!!!!!」

「ふっ……ああ、そうだ。やろう! 三隈!」

「私達は艦娘だ。戦うために生まれた存在だ」

「はい」

「……例え一部がプログラミングされているとしても、存在意義を放棄していい理由にはならない」

「……」

「何もかも嫌になり戦う事さえ放棄してしまえば、私たちの生きる価値は本当に無くなってしまう」

「……」

「今は辛いかもしれんが、絶対に諦めるなよ。生きていればいつか報われる」

「……はい」

砲撃の勘を失った事は否定しようも無い事実だ。

何かを得ることは何かを失う事であると誰かが言っていた。

では私は一体何を得ることが出来たのだろう。


その後、日向さんの指南の甲斐もあり、私の砲撃の腕は上達していった。

以前の私は何も考えずに砲撃をしていて、自慢でも何でもなくそれなりの腕前があった。

だが今はそれを基礎から見直し意識すべき場所を考えられるようになってきた。

まだ以前ほどの腕前には届かないが、このまま練習すれば『それなり』を越えて成長できるような気がした。


11月18日

夜 第四管区 廊下

「三隈さん。こんにちは」

「クマリンコ!?」

五航戦の姉の方と通路で偶然出会った。

彼女は言葉遣いが丁寧で優しげな印象を受けるが。 同時に提督と妹の関係を取り持つために振り回されオロオロしている印象も強い。

先ほど風呂場で日向さんと口論になり彼女泣いたという話を木曾さんから聞いていた。

日向さんが提督の事を好きなのは知っている。

提督がどうやら翔鶴さんに執心している事も私は知っている。

私は自分に親身になってくれる日向さんに感謝している。

気持ちで言えば日向派の艦娘だ。

日向さんを困らせる奴にどう対応すべきなのだろう。正直迷った。

「み、三隈に何か御用でしょうか」

「いえ、用という程のものはありませんがお見かけしたので」

「そうですの。それはありがとうございます。では、これで」

「……待って下さい」

「みくまっ!? ま、まだ何か?」

「私はもっと三隈さんとお話したいです」

「……」

夜 第四管区 中庭

「三隈さん。月が綺麗ですね」

「……ええ」

何故私は日向さんの敵である五航戦の姉と一緒にベンチに座って月を見ている。

何故こうなった。

「でも月は太陽が無ければ輝きもしない」

「……」

「月は儚くて嫌いです」

嫌いです。

翔鶴は確かにそう言った。彼女がネガティブな発言をするところを私は初めて見た。

「……翔鶴さん。あなたはお馬鹿さんです」

「えっ」

「もしもとか、その類の言葉はお馬鹿さんと不満を持った未熟者の使う道具です」

「……」

「過去があるから現在があるように、今があるから未来があるのです」

「……」

「えーっと、その、そうですわね、三隈が何を言いたいかというと」

「……」

「と、とにかく! 太陽が無ければ我々だって存在しません! だからもし太陽が無かったら、などとお馬鹿な想定はしない事です!」

「……」

「……と三隈は言いたかったのです」

「……」

「……」


「……」

「……」

「……」

「ふふっ……」

「……もう」

「ふふふっ!! あはははは!」

「……そんなに笑わないで下さいまし」

「す、すいません! 三隈さんのおっしゃることが何だかおかしくて……!」

「……自分でも自覚していますわ」

「ふぅ」

「……貴女がそんなに笑う所は初めて見ました」

「三隈さんと二人でお話しする機会はありませんでしたものね」

「……そうですわね」

「三隈さんってとてもユニークな方だったのですね」

「三隈にそんなつもりはございません!」

「何だか、胸のつかえが少し取れた気がします」

「……それは良かったですわね」

「三隈さんのお陰です」

「……」

「良かったらまたこうして二人でお喋りをしませんか」

「……構いませんわ」

「……ありがとう」

そう言って微笑む翔鶴さんはとても綺麗でした。

白い髪が月の光で濡れたように輝き、整った顔は笑っているのにどこか悲しげで儚げで、

この世のものと思えない程で、私は心の底から美しいと感じました。

内容なんてまるで無い会話でしたけれど、私と翔鶴さんの距離は今までよりぐっと縮みました。

二人で共に時間を過ごす行為はとても良いものなのですね。


11月19日

朝 第四管区 港湾

「というわけで翔鶴を助けに行くぞ。明朝には出撃だ。出撃の準備をしてくれ」

「弾薬をケチるなよ。厳しい戦いになる」

「北の海か、懐かしいな。俺の庭だぜ」

「沈むなよ。心臓発作起こして死ぬぞ」

「はぁ!? 沈むわけねーだろ!?」

「まぁまぁ二人とも」

「戦うのは温かい海だ。だが念のため防寒着も持って行け」

明確な軍紀違反であるこの出撃に誰も反対しませんでした。 勿論私も。

そういう空気に強要されているわけでは無く、純粋に仲間を助けなければと思いました。

翔鶴さんを失うなど、考えたくもありませんでした。

最悪味方との戦闘になってでも取り返すつもりでした。

艦娘が、軍属の我々が一体何を言っているかと思われるかもしれませんが、あの時の私はそれ位の覚悟を決めていました。

他の方も多分同じでした。……というか同じだったらいいな、と思いますわ。


夜 単冠基地近海

太平洋の波濤を乗り越え、乗り越え、何度かの補給を受け長い船旅もようやく終わろうかという時、

先頭を行っていた長月さんが「単冠が燃えている」と叫びました。

通信で伝えると提督は即座に状況を理解し出撃班を奇襲班と救援班に分け攻撃を開始しました。

「むっ、おい君! 翔鶴を目視したぞ!」

「なにっ!? どこだ!」

「基地のすぐ傍だ。防空戦をしているようだが、圧倒的に不利だ。味方艦載機がもう居ない」

「三式弾で援護しろ。翔鶴は駆逐艦で装備を届けに行く」

「ふん。一応聞き届けてやろう」

「任せたぞ」

「……三隈、聞いていたな」

「……」

「私とお前の特訓の成果をついに見せる時が来たぞ」

「……」

「三式弾は知っているな。中に焼夷弾子が詰まっていて、昔と違い指向性を我々で調整できる」

「……」

「これにより艦娘の主砲による対空戦闘は格段の向上を見た訳だが」

「……」

「今回は設定を少しでも誤れば翔鶴に3000度の雨が降り注ぐわけだ」

「だが私はやる。私は翔鶴を失うわけにはいかない」

日向さんは喋りながら砲撃に必要な緒元データを入力し微調整をしている。

「……失ってしまえば私は彼の隣に居られないからな」ボソッ

「? 今何と?」


「翔鶴も我が艦隊の一員であるわけだから見捨てるわけにはいくまいよ」

「……ええ、おっしゃる通りです」

「三隈、やれるか?」

「はい! 必ずやり遂げます!」

絶対に守る。守り抜いて見せる。

「三式弾を撃った経験はあるか?」

「今日が初めてですわ」

「ふっ、初物とは縁起が良いな。以前三式弾を撃った時の私のデータを三番に上げる。参考にしろ」

「はいっ!」

戦闘時の艦娘同士のデータリンクは本当に助かる。

艤装が無いと使えない為日常生活では役に立たないが、戦闘時には抜群の効果を発揮する。

「大体分かりました」

「早いな。二秒かかってないぞ」

「いつも日向さんを見ていますから、大体想像はつきましてよ」

「軽口を叩く余裕があるのは素晴らしい。私はもう砲撃の緒元入力を済ませたが、お前はまだだろう。こっちも上げようか?」

「いえ、こちらでも今完了しました」

「砲弾は」

「装填済みです」

「……やるな」

私の心はただ穏やかでした。

目の前で聨合艦隊の存亡をかけた戦いが、仲間の命を左右する戦いが行われているとは思えない程に、穏やかでした。

燃える単冠基地、

少し離れた所で響く砲撃音と爆発音、

隣で砲を構える日向さん、

肌を撫でる北の海の冷たい風、

一緒に流れてくる磯の香り、

自分の胸の鼓動、

私の気持ち、

そして私自身

世界は全てが一つに繋がって、全てが私の中に入ってきて私はそんな全ての一部で

「てぇっ!!!!!」

今ここに確かに存在しているんだ、生きているんだ

「クマリンコ!!!!」

そう感じました


人工の雨は敵艦載機群のみに的確に降り注ぎ燃やし尽くした。

「うむ。我ながらいい着弾だ。そう思うだろう? 三隈」

「クマッ!」


「お前の着弾も素晴らしかったぞ。良くやった。もう私が教えることは何も無い」

「……はいっ! ありがとうございます!」


「さぁ、我々も敵と殴り合いでもしてみよう」

「……と話していれば、敵の方からいらっしゃいましたね」

「……」ニタニタ

「どれ、敵の新型戦艦……ワ、カ、ヨ、タ、……レ級でいいのか? 相手になろう!」

「クマリンコ……」

「よし、三隈、その意気だ」



敵の新型戦艦は極めて強力な存在だった。

まず艦載機を放ち、雷撃で我々を驚かせ、強力な砲撃、分厚い装甲、そして耐久力。

何もかもが凶悪なのだ。

「ちぃっ、砲撃するにも艦載機が鬱陶しい! まずは艦載機から何とかしなければ」

「ドーム状に三式弾を放ち一掃しましょう!」

「良いな!」

「計算は私がします! 日向さんは時間稼ぎを!」

「合点!」


対空砲の多い日向さんの方が、時間稼ぎには適任だろう。

「終わりました! 三番に上げます!」

「よし! ……うん、行けるな。いつでも言ってくれ!」

「はい! ……発射ぁ!」

背中合わせでお互いの三式弾を発射する。

撃ち出された三式弾は設定通りの場所で設定通りに展開し、光と熱のドームを形成した。

周囲を飛び回っていた艦載機の大半を巻き込むことが出来た。

「……綺麗だな」

日向さんは小さくそう呟いた。

「……」ニタニタ

熱をものともせず、ドームの中にレ級戦艦が突っ込んできた。

航空機に気を取られている我々の不意を突いた形で奇襲が出来ると考えたのだろう。

確かにゼロ距離であの口径の砲撃を食らえば私達でもはじけ飛ぶだろう。

だが

「残念だな。三隈はお前の行動を読んでいたんだよ」

「クマリンコ」

「!?」

全門集中での一斉射。

日向さんには徹甲弾頭を使うよう伝えておいた。

爆音と閃光

発射した砲弾の実に八割が命中し、轟沈確実かと考えていたが、

「……!……!!!」

現実は甘くない。

レ級は苦しそうに悶えていたが、過大に評価しても中破、大破には到底及ばない。

……あれを食らってまだ動けるとは、信じられない。

「……!!」

苦し紛れに雷撃をされ、結局は逃がしてしまった。

失態だ。


「お、あの砲撃音は46㎝砲か。武蔵が出撃したようだ。反撃が始まるぞ」

「……」

「ふぅ、何とか守り切れたようだな」

「……」

「そう悔しそうな顔をするな。あんな化け物相手に引き分け以上の勝負をしたんだ」

「……ですが次にはもう同じ手は通じません」

「基地に帰ってから対策を練ろう。情報も時には強力な武器になる」

「……」


12月1日

帰ってきた翔鶴さんはまるで別人のようだった。

以前は見えていた弱さがまるで無くなり強くなったように見えた。

……それでも私は、そんな彼女の姿にどこか儚さを感じずにはいられなかった。

艦娘はそう簡単に変わらないという事だろうか。

「翔鶴さん、ごきげんよう」

「あ、三隈さん。こんにちは」

「綺麗な満月ですこと」

「ええ」

「こんな月夜は、この三隈と少しお喋りなどいかがでしょう?」

「是非」

少し遠出して海辺のベンチを見つけ座った。

冬の海は風が寒いですが、艦娘には大したことはない。

「寒くても別に風邪を引くわけではありませんのに寒さはしっかりと感じるのですね」

「その辺りは妖精さんのこだわりなのでしょう。……そうとしか説明できない機能が我々には多すぎます」

「ええ、私もそう思いますわ」

「……三隈さん。私を助けに来てくれてありがとうございました」

「そんな深刻そうな顔をせずに。私は望んで行ったのですから」

「三隈さん達が居なければ私は今頃北の海に沈んでいました」

「だーから、翔鶴さん」

「?」

「仮定の話は無し、と以前お伝えした筈ですわよね」

「……確かに、そうですね」

「それに、助けに行ったのは私だけではありませんよ」

「……はい」

「単冠から帰ってきて、翔鶴さんは強くなったように見えますわ」

「……」

「でも何か困ったことがあればいつでも三隈に相談なさい」

「……三隈さんは何でも御見通しなのですね」

「的確な砲撃をするには未来を読む必要があるのです」

「ふふふ……そうなんですね」

「ええ、そうなんですわ」

ふと提督の言葉を思い出した。

『お前の俺に対する好意は、他人から刷り込まれた偽物の感情だ』

悔しいけれど提督は正しかった。

日向さんに翔鶴さん、お調子者の長月さんに、ああ見えて意外と乙女な木曾さん。

まだ仲良くは無いけど瑞鶴さん、文月ちゃん、皐月ちゃん、漣ちゃん、曙ちゃん。

私はいつの間にかみんなの事を好きになってしまっている。

今なら提督の言葉の意味が分かる。

あの時の提督に対する好意が偽物であると気付けるほどに私はこの艦隊が大好きだから。


「翔鶴さん」

「何でしょう」

「月が綺麗ですわね」

「ええ」

「翔鶴さんは月がお嫌いですか?」

「昔は嫌いでしたが、今は誰かが傍に居てくれるのなら悪くないなと思います」

「全く、前のように嫌いだとおっしゃれば論破して差し上げたのに……しかも答えをまで先読みするなんて」

「同じ答えを持っているとは奇遇ですね」

「貴女には敵いませんわ」

「こういうのは勝ち負けではないですよ」

「三隈はただ追いつきたいだけです」

「それは失礼しました」

「何て憎たらしい方なのでしょう」

「……」

「……」

「ふふふ」

「うふふ」

月の女神は優しく微笑む。

儚げで命を抱き締めるかのように柔和な雰囲気を持った彼女は私に静かな歓びをもたらす。


彼女に私はどう見えているのだろうか

恥ずかしくてとても聞けないけれどいつか聞いてみたい

聞けるような自分でありたい

そう思える私はここに居て確かに生きている


まがい物じゃない、本物の私が

【4】

1981年ガダルカナル基地の本格稼働により南方戦線は新たな局面を迎えようとしていた。

南方での敵側の大反攻、かつてない圧倒的物量により基地は包囲され島は再び餓島となる。

燃料弾薬食料が全て不足し、基地の艦娘や兵隊は近接兵器を手に戦いを挑まねばならなくなった。


既に少なくない戦力を南方へ注ぎ込んでいた政治上層部は主力の投入を決定。

初動の時点で聯合艦隊は解放のための存在として温存したことが悪手となった。

結果として増援は逐次投入となり歴戦の艦娘たちはある者は轟沈し、ある者は失踪し、南方戦線は崩壊。

その代用品として実戦を知らない新人艦娘が配属され挽肉工場で磨り潰されるようにまた失われていった。

命の道たる南方航路どころか本国のシーレーン防衛すら崩壊し、東京湾周辺を除く太平洋沿岸都市は定期的な敵の侵攻に晒された。


事ここに至り、内閣総理大臣は聨合艦隊結成を承認。海軍の最高指揮権を第一管区長へと委譲した。

民衆は歓喜したが、軍内部の事情を知る者が見れば単なるスケープゴート作りであることは明白であった。

久しぶりだな
前のリメイクってことでいいんかな?

支援感謝

>>192
リアルで絵書いてくれる人と知り合ったからもっかい話まとめてみた
大筋は変わらぬ


夜 第四管区 大広間

提督「第四管区分遣艦隊は明日をもって解散する。今日まで本当にご苦労だった」

提督「南方でのお前たちの活躍を期待している。……以上だ、この司令部での最後の食事を楽しんでくれ」

日向「君、最後などと辛気臭い事を言うなよ。別にこの場所を取り壊すわけじゃない」

瑞鶴「そうですよ。戦いが終わればまた帰って来られます」

翔鶴「二人の言う通りです」

長月「司令官がそんな弱気でどうするんだよ」

文月「辛気臭いです~」

皐月「あはは」

曙「南方って潜水艦多いのよねぇ」

時雨「……」

漣「あっ、ご主人様! 私達と一緒に南方へ転属とかどうですか?」

木曾「そうだな。お前も来ればいい」

三隈「もう、提督を困らせてはいけませんわ」


提督「……」

日向「乾杯でもしよう」

瑞鶴「おっ、良いですねぇ」

翔鶴「ですが一体何に乾杯するのでしょう」

日向「第四管区、つまり提督が作った退廃の都からの解放記念だ」

提督「……はっ、何だそれは」

日向「では、解放を記念して乾杯」

「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」

提督「……乾杯」



赤帽妖精「待って下さーい」



搭乗員妖精「自分達も是非混ぜて下さい!」



「「「「「「「瑞鶴飛行隊推参!」」」」」」」



「「「「「「「翔鶴飛行隊到着!」」」」」」」

「なーにが正規空母だ航空戦艦の方が強いんだからな!」

「あぁ!? テメー晴嵐乗りだろ撃墜するぞこの野郎!」

「あぁ!? 水上機ナメてっと痛い目見んぞコラ!」

日向「……血の気が多くてすまない」


警備兵「自分達も管区長や艦娘の皆様方と一緒に酒が飲みたいです」

「「「「「失礼します!」」」」」

青帽妖精「僕も僕もー」


提督「……」

日向「おい君、今日は酔いつぶれるなよ」

提督「何故だ?」

日向「皆を酔い潰した後に楽しい事をしよう」ボソボソ

提督「ふん。また泣かせてやる」

日向「望むところだ」

瑞鶴「日向さーん? 抜け駆けは無しって言いましたよねぇ?」

日向「言ったっけな?」

翔鶴「酒宴の〆鍋にでもなりたいのですか?」

日向「う、嘘だよ嘘。ちょっとした冗談さ」


「テメーのとこの艦娘は色キチガイだな!」

「テメー!!! 翔鶴の搭乗員だな! 日向ちゃんを馬鹿にしてんじゃねぇ!」

「テメーこそ翔鶴様を馬鹿にするんじゃねぇ!」

「あぁあ!? やんのかコラ撃墜するぞオラ!」

「だから晴嵐ごときには落とされねーよ!? ゴラ!」

日向「おい、やめろ」

「えっ!? ご、ごめんね日向ちゃん」

「ブハハ!! だっせー!」

翔鶴「私は品の無い搭乗員は嫌いです」

「ぴょっ!? や、やだなぁ妖精同士のじゃれ合いですよ翔鶴様」

日向「まったく」

翔鶴「まったく……」

瑞鶴「二人とも、少しは私の搭乗員妖精を見習わせたら?」

「なぁ、あそこで緑帽の技官妖精リンチしてるの瑞鶴搭乗員の奴らじゃないか?」

瑞鶴「…………は?」



「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! よく分からないままリンチされてごめんなさい!」

「オラ! テメェの整備が行き届いてないから航空機が落とされんだよ!」

「敵の主砲に掠ったくらいで壊れるようなモン作るんじゃねぇ!」

「オラァ!」

「おりゃおりゃぁ!」

「ピエェェ!!! そんな丈夫なの作れないよ~~~~! 主砲には当たらないで~~!」


瑞鶴「こら! あんたたち止めなさい!! 何やってんの!」

「あぁ!? キャリアーは引っ込んでろ! これは俺らの問題だ!」

「そうだそうだ!」

瑞鶴「キャ……何ですってぇ!?」

「引っ込んでろブス!」

「タコ!」

「アホの瑞鶴!」

「俺、母艦は瑞鶴じゃ無くて翔鶴様が良かったなぁ」

瑞鶴「ムッキャァァァァァ」



時雨「提督、これプレゼント」

両手で抱えて尚重量感のある直方体を時雨は渡してきた。

包みのせいで中は見えない。

提督「……プレゼント?」

時雨「うん。実は以前提督の誕生日会をしようかなって考えてたんだけど」

時雨「忙しくて流れちゃったから、その時のやつ。今渡しておくね」

提督「……ありがとう。それで、これは何なんだ」

時雨「秘密だよ。今開けてみて」

提督「ほぅ……何だろうな」

丁寧に包みを解いていき、中身が確認出来た時、

提督「……」

俺はもう一度丁寧に包み直し、時雨にプレゼントを返した。

時雨「何するんだよ!」

提督「ふざけるな! こんなもんいらんわ!」


長月「やかましいなぁ、司令官、何を喚いている」

時雨「提督が僕の作った誕生日プレゼントを受け取ってくれないんだ」

長月「司令官、受け取ってやればいいじゃないか」

提督「こ、こんなものを何に使えと言うのだ!」

時雨「飾ればいいじゃないか」

提督「飾れんわ!!!」

長月「まどろっこしいな。私に貸してみろ」

時雨「あっ」

プレゼントを奪い取り、中身を確認する事にした。

提督「いや、待て長月! お前にはまだ」

何故か必死に止めようとする提督の言葉を無視し、包みを解く。

先程提督が一度破いているから簡単に解くことが出来た。


長月「……何だこれは」

中から出て来たのは大理石の彫刻だった。

丁寧に加工され研磨され、会場の照明で黒光りすらするそれは、長月の見たことのない形をしていた。

時雨「提督を模して作った彫刻さ。大理石は高かったし、彫るのも時間が掛かったんだからね」

長月「うん? どこをどう見ればこれが提督になるんだ?」

どちらかと言えば龍の彫刻、いや、何だろう。

頭らしき部分は顔の形になっていないし、ポーズ龍程うねうねもしてないし。

妙に体が太いし、下に大きな膨らみがある。

時雨「何を言っているんだい長月。これはどこをどう見ても提督のおち○ちんじゃないか」


静寂


人と妖精と艦娘が入り交じりお祭りのように騒がしかった会場が、 一瞬にして冷や水を浴びせかけられたかのように静まり返る。

長月「えっ、ていとくの、おちん○ん?」

時雨「そうさ。完全に勃起した提督のおちんち○だよ」

提督「……」


ザワザワ…… ザワザワ……


長月「……お○んちんって、男の人の股間に生えてるアレだよな」

時雨「そうだよ」

長月「で、でも以前私が風呂場で見た司令○のおちんちんは、こんな凶悪な形をしていないかったぞ!?」

時雨「おちんちんは女の膣を抉りたくなると凶悪な形に変化するのさ」

長月「ち……え……はぁ?」

時雨「あーもうセックスだよセックス。セックスする時にこうなるんだセーックス!」

ザワザワ…… セックス……? ザワザワ…… ザワザワ……

長月「セックスって……同衾の事か?」

時雨「よくそんな難しい言葉知ってるね。僕はずっとセックスって言ってるけど」

長月「司○官のおちんちんの凶悪な形知ってるって事は……お前……まさか……」

時雨「一時期執務室でずっとしてた事もあったね」

長月「……」

時雨「あ、ここ見てよ長月。このカリの部分が正常位で引き抜くときに気持ちいい場所に当たると凄いんだ」

長月「カ……? 正常……???? 凄……」

時雨「ここは彫る時にもこだわったんだよ~」



長月「……」

長月「ふみゅ~~ん」バタン

木曾「長月が意味不明な言葉を発して頭から倒れたぞー! 担架持って来い!!!!」


ザワザワ…… 時雨さんと提督が……? ザワザワ…… セック……?


瑞鶴「えっ……な、何言ってんの時雨さん」

日向「……そうだ。冗談が過ぎるぞ」

翔鶴「提督が駆逐艦の子供達に発情する事があれば犯罪ですよ」

提督「……」

翔鶴「て、提督は何故黙っているのですか。早く時雨さんを注意してやってください」

時雨「あれだけ僕の躰を楽しんでおいて今更無かったなんて酷いよ~」


日向「時雨。お前はもう酒に酔っているのか?」

時雨「ううん? 素面だけど」

日向「いいや、酔っている。酔って冷静な判断が出来ずにいる」

時雨「だから素面だって」

日向「いいや! 酔っている! そして今から私が、提督の無実を証明する!」

時雨「へぇ面白いじゃないか」

日向「私が幾つか質問をする。全て答えられればお前の勝ち、答えられなければ私の勝ちだ」

時雨「何に関しての質問かな? 勿論……」

日向「ああ。提督の身体についての質問だ」

時雨「オーライ。その勝負、乗ったよ」



日向「第一問、提督の尻に黒子はあるか、無いか!」

時雨「うーん分かんないなぁ。僕はおちんちんにしか興味無かったから。でもお尻って広いし、あるんじゃないかな」

日向「……」

日向「第二問!」


ザワザワ…… ザワザワ…… 合ってたのか……? 何だったんだ……?


日向「提督の舐められると弱い部位を答えろ!」

時雨「これも分かんないや。おちんちんしか舐めてないし。射精するし、弱い部位はおちんちんかな」

日向「……」

時雨「日向さん、凄い汗だよ。大丈夫? 体も震えてるみたいだけど」


日向(こいつの……時雨の目には全く迷いが無い)

日向(単にあるがままの日常を、昨日何を食べたかを説明するかのようだ!!)

日向(私は時雨が怖い……泣いちゃいそう……)



日向「第四問! い、いや第三問か! これで終わりだ!」

日向「提督は!!!! 挿入から何分で射精した!!!」

時雨「うーん。五分くらいかなぁ」

日向「……」

日向「ふん! 時雨、ボロが出たな」

時雨「?」

日向「彼は五分程度では射精せん!」


オォ~~ ザワザワ…… 射精…… ザワザワ…… 経験者は語る……


時雨「いや、するよ。僕の無呼吸バキュームにかかれば射精なんてすぐさ」

ザワザワ…… 無呼吸バキューム……? ザワザワ……

日向「また墓穴を掘ったな。お前の性の知識の無さが完璧に露呈した訳だ!」

時雨「???」

日向「無呼吸で! バキュームが出来るわけないだろう!」

ザワザワ…… タシカニ…… 無呼吸バキュームって変だよな…… やっぱり時雨さんは嘘を…

時雨「くくくく……」

日向「……なに?」

時雨「あはははははは!!!!!!」

日向「な、何がおかしい」

時雨「知識が足りないのは日向さんの方さ」

時雨「性の知識っていうのは座ってお勉強するんじゃないんだよ。ここんとこOK?」

日向「……」

時雨「無呼吸であるのにバキューム、つまりどうしても空気を吸う行為だね」

時雨「これらの組み合わせが矛盾してるのは僕だって分かるよ」

時雨「でも……こんなのは僕が便宜上つけた名前に過ぎない」

時雨「知っているとは思うけど」

時雨「残念ながら科学はこの世の全てを僕達に説明してはくれないんだ」

時雨「世の中は分からないことだらけ」

時雨「この技も、そんな科学が解明できない技の一つさ」

時雨「性欲が理論を越えるんだ。見せてあげるよ、僕のフェラを」


時雨さんは大理石で作った提督のアレの竿を模した部分をおもむろに口に含むと

射精を促すかのように頭を動かし始めた

その動きにいやらしさは微塵も無く

まるで、そうすべきであるかのように

場の空気に溶け込み何の違和感も無い程に自然だった

自然すぎて不自然な程だった

時雨の動きが激しさを増すにつれ、途中から曇った破裂音のような音が混じり始める

だが、その音の出所は……その場の誰にも見当がつかなかった


「う、美しい」

警備兵の一人は涙を流していた

「……」

技官妖精の一人は、初めて飛行機を見た時の事を思い出していた

日向は、初めて海の夕焼けを見た時と同じ感覚を覚えた


射精へと人間を導く性技によって、時雨は人間が忘れ去った大切なものを思い出させてくれる



人類がかつて狭い共同体で生活していた時、性は生の一部であったのだ、と。


日向「……」

日向「ガハァ!?」

木曾「日向さんが口から体液放出したぞーーー!! 担架持って来い!!!!」

日向「そん……提……督……」


ザワザワ…… 挿入時間ってもう個人的な質問じゃないか…… 日向さんの負け……? ザワザワ……


瑞鶴「うそ……提督さんってロリコンなの?」

翔鶴「……」フラフラ

漣「し、信じられねぇです。駆逐艦の中でもプロポーション抜群のこの私に手もつけねぇとは」

曙「いや、そういう問題じゃないでしょ」

文月「皐月ちゃん、時雨ちゃんが何してるか分かる?」

皐月「えっ!? い、いやぁボクもしらないなぁ」


もはや説明などは要らなかった。

時雨の言葉が事実であると誰もが確信していた。

時雨「まだまだ、だね」

彼女は近くにあった日本酒の瓶を掴みラッパ飲みする。

時雨「……」ゴクゴクゴクゴク

時雨「くぅ~~きっくぅぅ~~!!」

時雨「あはは!」

時雨「みんながだーい好きな提督さんは、実は年端も行かない女の子に発情する変態でしたー!」

時雨「ほらぁ! 皆ももっと飲んで!」


ウォー! シグレサンスゲー! スゲースゲー!


提督「……」

瑞鶴「ちょ、提督さん! どういう事か説明してよ!」

提督「……」

瑞鶴「私とはま、まだしてないのに……時雨さんには手を出してたわけ!?」


シテナインダッテヨー ナンダ、アホノズイカクハマダナノカ オクレテンナ オセーオセー


瑞鶴「外野五月蝿い! 私はアホじゃない!」

提督「……瑞鶴、男はな」

瑞鶴「……」

提督「男は下半身が別の生き物なんだよ!!!!!」

提督「くぅ~~~~」

近くにあった日本酒の一升瓶を掴み取り

提督「……」ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク

提督「かぁ~~~~!!」

一気に飲み干す


コイツヒラキナオッタゾ! アルイミ、スゲェヤツダナ ヘンタイダケドナ マァナ

瑞鶴「さ、サイテー……」


提督「オラ! もっと酒持って来い下っ端妖精ども!」


ウルセー! ジブンデモッテコイ! ボケ! クソテイトク!


提督「無礼講だからって好き勝手しやがって! 明日全員絞め殺してやる!」

?????「おいクソ野郎」

提督「あぁ!? どこの下っ端搭乗員だ! 名を名乗れ!」

晴嵐搭乗員「日向ちゃんの純情をもてあそびやがってよ……ゆるさねぇからな……」

提督「上等だ! かかってこい! お前らに俺の何が分かる!」

晴嵐搭乗員「お前の事なんざ知るか! 水上機乗り、集合!」

「「「晴嵐乗りなめんな!」」」


提督「……丁度いい。人間と妖精、どっちが上かこの場で教えてやる」

翔鶴「やめなさい」


提督と妖精の間に翔鶴が割り込む。


晴嵐搭乗員「翔鶴さん、どいてくれ」

「「「どいてくれ!」」」

翔鶴「提督に手を出す者は許しません」

晴嵐搭乗員「……その男が最低なのは分かってるだろう?」

「「「分かってるんだろう!?」」」

翔鶴「でも……でも私はこの人の傍に居るって約束したから~~」

そう言うと同時に、翔鶴は提督の方へと倒れ掛かる。

翔鶴「提督~~何故私には手を出してくれないんですかぁ~~?」

提督「なっ、おまっ、酔ってるのかっ!?」


翔鶴「や、やはり私には魅力が足りないのですか!?」

提督「ちょ、分かったから! 俺から離れろ! 巻き込まれるぞ!」

翔鶴「もしかして……提督的には私は育ち過ぎ、なのでしょうか!?」

提督「だから! 別に俺はお前の身体に興味がある訳じゃ……いやあるけど!」

翔鶴「ああ、そんなぁ~」


晴嵐搭乗員「こ、この男は日向ちゃんというものがありながら今なお!!!」

「「「ゆ、許せん!」」」

晴嵐搭乗員「かかれ! 提督を殺せ!」

「「「おう!!!」」」

?????「待て! 翔鶴様の幸せを邪魔する奴らは我らが許さん!」

「「「「「「「許さん!!」」」」」」」

晴嵐搭乗員「なんだ! 頭かち割るぞ!」

「「「かち割るぞ!」」」


翔鶴搭乗員「例え歪んでいようとも、翔鶴様が幸せであれば良いのだ! かかってこい!」

「「「「「「「かかってこい!」」」」」」」


晴嵐搭乗員「うぉりゃー」

翔鶴搭乗員「でりゃぁぁぁあ~」


ドタドタ ダカダカ

ワーワーワー

ボカスカ

ギャーギャーギャー

ガシ! バキ! ドカ!

エーセーヘー!

翔鶴「……分かりました」

提督「な、何がだ」

翔鶴「私の操はここで提督に捧げます!」ヌギヌギ

提督「うわぁぁぁあぁぁ! よせよせよせ!!!」

翔鶴「よ、よろしくお願いします!」

警備兵長「提督をお助けしろ! 提督を未成年淫行並びに不純異性交遊の罪で殺害しこの世の呪縛から解き放つのだ!」

「「「「「おう!」」」」」

瑞鶴搭乗員「瑞鶴搭乗員妖精は面白い方の味方だぜ!」

「「「「「「「つまり今は提督の味方!」」」」」」」

警備兵長「ちぃぃ!  邪魔するな! このままでは翔鶴様の貞操が!」

瑞鶴搭乗員「へっ、それがいいんじゃねぇか」

警備兵長「この腐れ下衆どもがぁぁぁぁぁ!!!」

ピャーピャー

ゴン! メキャ!

ニャーニャー

ウラー!


瑞鶴「ちょっと! 姉さん何やってるの!」

三隈「こ、こうなったら」ヒック

三隈「翔鶴さんを止める為に三隈が脱ぎます!」

瑞鶴「えぇ!?」

三隈「クマリンコーーー!!」ヒック

瑞鶴「うわぁぁぁぁ不味いって三隈さん!!!」


文月「弾薬庫から演習用の弾薬を持ってきましたよ~」

文月「今から演習を開始します~」

皐月「おい、文月! お前まさかお酒飲んだんじゃ!?」

文月「あ、曙ちゃんだ」バン

曙「いった! な、何すんのよ!」

文月「主砲は敵に向かって撃つ~んですよ~」バンバン

曙「きゃー!!!」


マエカラキニクワナカッタンダヨ!

シルカ! シネ!

オマエガシネ!

ギャーギャーギャー

ショウカクサマ! イマノウチニテイトクトソイトゲテ!

サセルカ! ソノチンポハヒュウガチャンノモノダ!!

アークッソ! ナンデオトコノチンポヲマモラナキャイケナインダヨ!

シカタナイダロウ! ソレガシアワセニツナガルンダ!


ワーワーワーワー

バンバンバン

イッテ! ダレダ! サンダンウッテルバカハ!

ヨウセイサントモエンシュウデス!

フミヅキィィィィ!


翔鶴「私は、二番目でも良いのです。提督が幸せなら三番目でも良いです」ホロホロ

翔鶴搭乗員「おいクソ提督! お前また翔鶴様を泣かせやがって!」

提督「……」

翔鶴「私など、どうなっても良いのです」

三隈「翔鶴さん泣かないで! 三隈が脱ぎます! 脱ぎますから!」

瑞鶴搭乗員「良いぞ航巡の姉ちゃん! やれ! やれー!」

瑞鶴「三隈さんやめてぇ! 翔鶴ねぇは泣かないでぇ!!!」

翔鶴「なんなら四番目でも、五番目でもいいです。だから、御傍に置いて下さい」ホロホロ

翔鶴搭乗員「ああ! 翔鶴様! そのようなもったいないことを!」

提督「……」


提督「……」チラッ

木曾「俺の提督はどこだぁ!」

漣「木曾はいい加減酒に弱い事を自覚するです!」



提督「……」チラッ

日向「ガフッ、カハッ」

時雨「ひ、日向さん大丈夫……?」



提督「……」チラリ

文月「ヨーソロー」バンバンバン

曙「痛い痛い痛い痛い!」

警備兵「演習用でも死んじゃうから! 人は死んじゃうから!」

皐月「今は逃げろ! もう駄目だ!」



提督は今、自分の指導力を試される最後の時が来たと考えていた

それは即ち、混沌としたこの場を収める力である




長くてはいけない

短い文にこそ力は宿る

短く、強く、適切に叫び場を収めるのだ





提督「ふみゅ~~ん!!」




…………



コイツ、ナガツキサンノマネシテキリヌケヨウトシタゾ!

ナ、ナンテサイテーナヤツナンダ!

キモチワリィ

コイツハユルシチャイケネーヤツダ!

コロセ! テイトクヲコロセー!!

ギャーギャーギャー


会場の空気は静まるどころかヒートアップした


何故だ、俺は一体何を間違った。

俺は長月の失神芸というユーモアを取り入れた適切な回答をした筈なのに余計に殺気立った妖精と男たちがこちらへ迫っている。

酒と怒りに任せて突進する彼らは暴れ牛のようだ。

止める術を俺は知らない。

ならばもはやこれまで、皇国男子の本懐を遂げるまで!

さらば……

「君は私が居ないとどうしようもないな」

「提督は冗談のセンスが無いのですから、黙っていた方が得ですよ。お陰で酔いが覚めましたが……」

「あはは! 私、提督さんは絶対長月さんの真似するって思ってた」

「お前ら……」


先程までの酩酊はどこへやら、三人の艦娘が猛牛たちに壁として立ち塞がる。

「翔鶴様どいて下さい!」

「それは出来ません」

「日向ちゃん! そんな奴のどこが良いんだ!」

「この最低さが癖になるんだよ」

「おい瑞鶴! テメェこのキャリアーが! どけ! 邪魔だ! アホ! 行き遅れ!」

「ここは瑞鶴さんとか、瑞鶴様とか言う流れでしょうが!!!」


「提督に手を出すのなら我々を倒してからにして貰おう。先に言っておくが戦艦パンチは痛いぞ」

「皆さん、いくら無礼講と言え少し羽目を外し過ぎですよ」

「そうそう。楽しく飲むのは良いけど、飲んで楽しくなりすぎちゃ駄目なんです」

アホハダマッテロー! アホー! アホー! チョウシノルナー! ウマイコトイエテナイゾー! アホガバレルゾ!

「ムッキャァァァァァ」


時雨「……何でだよ」

少しふらつく足取りで、時雨さんがこちらに近づいてくる

時雨「君達は悔しくないの? 嫌じゃないの? 提督は僕みたいないたいけない子供の身体をねっとり楽しむような奴なんだよ?」

日向「自分でいたいけないとか言うか? 普通?」

翔鶴「普通は男性の股間の彫刻など作りません。どこの邪教の儀式ですかアレは」

瑞鶴「提督さんはダメだとは思うけど、それは元からだし?」

時雨「……」

日向「ま、お陰で私は性の知識に未熟であると痛感した。今後はお前から教えを乞いたい」

翔鶴「……幼女趣味は……私が我慢すれば良いだけの話ですので」

瑞鶴「私の場合、好きは減点方式じゃないし? そんな事関係無いって言うか?」

時雨「同時にごちゃごちゃ喋らないでよ」


時雨「……嫌いになった方が良いじゃないか」

日向「……」

時雨「もう提督には会えないんだから……好きなまま別れたら辛いじゃないか」

翔鶴「……」

時雨「みんなは平気なの!? 何で誰も口に出さないんだよ!」

瑞鶴「……」


時雨「南方の海で僕らは死ぬ。消えて無くなる。看取られもせずに沈んで終わる」

時雨「怖くないのか? 僕は怖い! 怖くて堪らない!!」

時雨「戦って死ぬのは別に良い。でも僕は提督ともう会えないが怖い」

時雨「それは我慢できない。もう頭がおかしくなりそうな位に怖い!!」

時雨「……だったら嫌いになった方がずっと良いじゃないか」

時雨「それなのに……君達は……」

日向「あーあ、好き放題言ってくれたな」

時雨「……」

日向「心配するな。私はお前を、お前達を死なせる気は無い」

翔鶴「私も日向さんと同じ意見です。私達は必ず提督の元へ、全員で帰ってきます」

瑞鶴「……」

イイゾ! ソウダ! ダマッテロズイカク! アホヲカクセアホヲ!

瑞鶴「……」プルプルプル


時雨「虚勢は嫌いだよ。そんなのもうウンザリだ」

日向「聡いお前なら分かるだろう。私が虚勢を張っているように見えるか?」

時雨「……」

日向「そういう事さ」

時雨「……確かに分かるよ。日向に迷いは無い」

時雨「でも、でも」

時雨「僕は……みんなみたいに強くなれないよ……」


翔鶴はそんな時雨を励ますかのように手を握る。


翔鶴「心配しないで下さい。私達は一人で戦うわけではありません」

瑞鶴「そうそう。誰かが強くて、誰かが弱くても助け合いながら戦うんですから」

日向「大船に乗ったつもりで居ろ」

日向「少し南の海にバカンスに行くとでも思えばいいさ」

時雨「……」

返事は無かったけれど、時雨さんの顔は先程よりも穏やかになった気がした。


瑞鶴「あれ、提督さんは?」

日向「彼なら私達が壁になった辺りで逃げたぞ」

瑞鶴「あの人はまた……」

翔鶴「いえ、この場面を提督に見られなくて良かったです」

日向「艦娘に不安があると知れば、何をするか分からん奴だからな」

日向「今回の我々の南方送りも彼の不本意極まりない上からの命令だし」

日向「まーそれにしても、ここまで我々に気を使わせるとは……手間のかかる男だ」

翔鶴「そこが良いのですよ」

日向「ふん。まったくだ」

瑞鶴「……惚れた弱みは強いねぇ」ニヤニヤ


夜 第四管区 食糧倉庫裏

提督「……」フー

木曾「司令部内は禁煙だぞ」

提督「今日は特別だ。長官のお墨付きでな」

木曾「あれはそういう意味じゃねーだろ」

提督「バレたか」

木曾「アホ」


木曾「何で会場から逃げたんだ」

提督「あの場に居ると男どもに殺されかねん」

木曾「……まぁ確かに」

提督「お前も酔いは覚めたんだな」

木曾「誰かさんが馬鹿な物真似するからな」

提督「俺にはセンスが無いらしい」

木曾「危ない場面を冗談で切り抜けようとするのが間違いなんだ」

提督「間違った道を歩くのは楽しい」

木曾「勝手に歩いてろ。俺はもう何も言わねぇ」


提督「まさか第四管区自体が廃止されるとは思ってなかったよ……今までご苦労だった」

木曾「なーに今日で終わりみたいな言い方してんだ。終わりじゃねぇよ」

木曾「アンタの居る場所が俺達の帰る家だろ」

提督「……だと嬉しい」


提督「お前が着任したのが、まるで昨日の事のようだ」

木曾「俺もそんな感じがするよ。変わっちまったな、色々と」

提督「最初は無駄に予算を使いすぎで他の艦娘が手配出来なかった。お前と漣には迷惑を掛けた」

木曾「駆逐艦と軽巡の二隻で基本的に四隻以上の敵を相手にしてたしな」

提督「あったあった。お前、何で生きてるんだ?」

木曾「ははは! 俺もその辺不思議だよ」


提督「木曾は南方行きが怖くないのか」

木曾「アンタは怖いのか」

提督「俺が怖がってどうする。戦うのはお前らだろう」

木曾「怖いと言ったらぶっ飛ばすつもりだった」

提督「強がるな。根は優しい奴ってのはもう知ってるんだよ」

木曾「なっ!? て、適当なこと言ってんじゃねぇ!」

提督「はいはい」

木曾「……」

提督「思い出話ってのは良いもんだな。ボケ防止にも繋がる」


手元の煙草に目線をやると、もうほとんど残っていなかった。

提督「……」スー

提督「……」

提督「……」ハー

残りを一気に吸い切り、携帯灰皿に吸殻を放り込む。


木曾「……」

木曾「なぁ」

提督「あ、煙草か?」

木曾「……くれよ」

提督「ほら、あとライターがこっちに」 「ライターが要らない方法があるだろうが」

提督「……」

木曾「……」

提督「……お前、まさか、あんな昔の事覚えてるのか?」

木曾「……何で忘れてる前提なんだよ馬鹿」

提督「信じられん。お前はもう絶対忘れていると思っていた」

木曾「……うるせぇ。早くしろよ」

提督「こんなの言ってくれれば何時だって」

木曾「……」

彼女はもう気恥ずかしいようで、俺と目すら合わせない


ああ、違う

俺の言う事は的外れだ

彼女はして欲しい事を自分から言えないタイプの艦娘だった


提督「……ん、ほい」(来い)


彼女は口に煙草を咥え、おずおずと顔を近づけてくる


木曾「……」


耳まで真っ赤で、咥えた煙草は小刻みに揺れている

唇が震えているのか添えた右手が震えているのか、あるいは両方か



そして、それが何を意味するか



男を押し倒す者も居れば、こういう形でしか好意を示せない者も居る

俺にはどちらも愛おしく思える


煙草の先同士が触れ合った

木曾の顔が近い

自分の煙草に火が付くと、彼女は嬉しそうな満ち足りたような表情をした

不器用な彼女の不格好な幸せ

それを誰が笑う事が出来よう


煙を肺一杯に吸い込む

吸い込む、吸い込む、吸い込み

吐き出す

紫煙は空に漂い、しばらくすると見えなくなった


木曾「煙草はうまいか?」

提督「うまい」

木曾「嘘吐き」

提督「ははは!」


提督「お前は煙草をうまいと思うか?」

木曾「うまい」

提督「うまいよな」

木曾「うまいな」

提督「……」

木曾「……」

提督「くくく……」

木曾「ふふふ……」


提督「お前に火を分けたせいでもう吸い終わってしまった」

木曾「ケチケチすんなよ」

提督「責任を取れ」

木曾「責任って……」

提督「お前の吸わせろ」

木曾「新しいの吸えばいいだろ」

提督「お前のが欲しいんだよ。言わせるな」

木曾「い、いや! でもこれ私の唾とかついてるし」

提督「俺は木曾の唾なら飲めるぞ」

木曾「はぁぁ!?」

提督「むしろ、お前の唾がついているからこそ、その煙草を吸わせろ」

木曾「えっ、えっ、いや、その……」

提督「いいだろ」

木曾「……」


提督(むふふふ。こいつをからかうのは楽しいな)


木曾「……ほら」

提督「ありがとう」

提督「……」スー

提督「……」

提督「……」ハー

提督「フィルターのところが濡れすぎだ」

木曾「……吸い慣れてないんだよ」

提督「別に良いけどな」

木曾「なら言うな」

提督「はっはっは」



提督「木曾」

木曾「なんだよ」

提督「お前は俺が好きか」

木曾「……知らねえよ」

提督「俺はお前の事が好きだが」

木曾「しししし知るかよ! そんなの!」

提督「煙草なんて間接的でまどろっこしいもの使わないで、ほんとにキスでもしてみるか」

木曾「ききききききききき!?」

提督「木曾」

木曾「キソ!?」

提督「いいだろ」

木曾「えっ、いや、でも、やっぱこういうのは順序とか手を繋いでからとか」

提督「俺が今したい」


提督「基本的に俺は艦娘に襲われてばかりなんだが今日は襲ってみようと思う」グイッ

木曾「わっ!」


吸っていた木曾の煙草を適当に投げ捨て、彼女の腰の辺りを掴んで抱き寄せる。


提督「久し振りに右目も見たいな」

木曾「えっ、おい、あの」


眼帯を取ると色違いの目が出てきた。


提督「見慣れてないからか、右目で見つめられると妙に緊張するな」


とは言ったが実際の木曾は視点も定まらず、本人は『もうわけが分からない』といった表情をしている。

確かに今なら何だって出来るだろう。

だがそれでは足りない。

今はしっかりと理性を保っていて貰わないと困る。


提督「おい」

木曾「……」

提督「おい木曾」

木曾「……!」ビクウッ


木曾「な、なんだよ……」

提督「お前は初めてだろ? 無意識の内に終わってました、なんて詰まらん話だ」

木曾「う……」


どうやら図星のようだった。


提督「俺から目を逸らすな」

木曾「わ……わかった」


事ここに至り彼女も覚悟を決めたようだ。

既に喋っていて呼気すら感じられるほどに距離は近い。

抱き寄せ密着した部分から彼女の体温と鼓動を感じる。

彼女の甘い匂いが俺の腕の中にある。


提督「いくぞ」

木曾「……」


彼女は黙って頷く。

身体が強張っているのが分かる。

煙草の先を触れ合わせただけであれ程喜ぶ彼女はこの後どのような反応をするのだろう。


徐々に近づける。


木曾は言いつけを守り目を閉じていない。

普段の男勝りな態度と言葉遣いが嘘のようだ。


唇が震えで接触する程に近づく 。


提督「……なーんてな」


俺はそこで抱擁を解いた。


木曾「え?」

提督「……」

木曾「……」

提督「冗談だ。可愛い顔を見せて貰った」

木曾「お、おまえぇぇぇぇ!!!!!!」


彼女は怒りに任せ手を振りかざす。

まぁ当たり前か。


木曾「……ちっ!」

提督「……」

木曾「止めだ! お前なんて殴る価値も無い!」

提督「お前は本当に優しいな。甘々だ」

木曾「偉そうにするな!! 何でそんな事言われなきゃならないんだ!!」

提督「まぁ今はこれで勘弁してくれ」


俺はもう一度彼女を抱き締めた。


木曾「やめろ! 俺を馬鹿にするのも大概にしろ!」


当然彼女は抵抗するが、何とか抑え込む。


提督「絶対に死ぬなよ」

木曾「またそうやって!!」

提督「死ぬな」

木曾「俺をからかって!」

提督「死なないでくれ」

木曾「ふざけやがって……」

提督「お前が死んで他の奴らが無事帰ってきても俺は泣くからな」

木曾「……」

提督「他人が俺を信頼できなくなる程泣いてやる」

木曾「……」

提督「だから絶対死ぬな」

木曾「……遊びに行くんじゃねぇんだ。そんな保証は出来ねぇ」

提督「保証しろ」

木曾「……子供かよ」


提督「結局お前は俺を殴らない」

木曾「……」

提督「今だって本気を出せば簡単に俺を吹き飛ばせるのにな。本当に優しい奴だ」

木曾「……」

提督「お前のそういう所は嫌いじゃない。だが、これからは自分も大切にしろ」

提督「みんなを守って、自分も守ってこい」

木曾「……提督」

提督「どうした」

木曾「良い話風にして色々誤魔化してんじゃねぇ」

提督「バレたか」

木曾「アホ。離れろよ」

提督「ああ」


木曾「ったくアンタはほんと好き勝手しすぎだっての」

提督「悪い」

木曾「ワリ食ってんのは艦娘なんだからな」

提督「反省している」

木曾「今日だって俺のこと散々オモチャにして、最後はお涙頂戴かよ」

提督「はっはっは」

木曾「……結局お前の思惑通りに動いてる自分が悔しい」

提督「チョロイな」

木曾「あーもーぶっ飛ばす。絶対ぶっ飛ばす」

提督「俺はお前が好きだ」

木曾「……」

提督「だーかーらー。そこで喜んじゃうから俺にチョロイと言われるの分かってるか?」

木曾「ウガァァァァァァァ」


木曾「お前、瑞鶴にも似たような事してたよな」

提督「ああ、見られたんだったな」

木曾「浮気者」

提督「言い掛かりだ。俺は常に自分の気持ちに誠実であるだけだ」

木曾「誠実さを向ける相手を日によって変えるんじゃねぇ!」

提督「ははは。日によってどころか時間帯によって変わる時もあるぞ」

木曾「絶対帰って来る」

提督「……」

木曾「さっきのお前への俺からの返事だよ。俺は死なない」

木曾「だから待っててくれ」

提督「……ああ」


木曾「……」

提督「……」

木曾「お前、不安なんだろ」

提督「……」

木曾「私にだってそれくらい分かる」

提督「……」

木曾「提督、その不安の解消の仕方を教えてやるよ」

提督「……教えてくれ」

木曾「信じろ。お前の作り上げた艦隊は普通じゃない。強い」


木曾「保険なんて掛けなくていい。ただお前の艦娘を信じろ」

提督「……」

木曾「分かったか?」

提督「……ああ」

木曾「なら良い」

提督「……」

木曾「……」

提督「もう一本吸っとくか」

木曾「ああ」

提督「ほれ」

木曾「どうも」

提督「火は?」ニヤニヤ

木曾「そっちの火はもう貰ってる。普通にライター貸してくれ」

提督「あー、くそ。そう来たか」

木曾「へっへ~~」

提督「何故か凄く悔しいぞ」

木曾「俺たちは成長するんだ。いつまでも主導権握れるなんて思わねぇこった」

提督「頼もしい御言葉だ」


煙草を咥え、軽く吸いながらライターで火をつける。

初めて提督に貰った時には出来なかったのが懐かしい。

煙草の先が燃え始めたのを確認すると、口の中に少し入ってしまった最初の煙を吐き出し、

今度はゆっくりと深く吸い、燃焼させた煙を肺に入れる。

喉の辺りで味がした。

肺をタールで十分に汚した後で一気に吐き出す。


よくよく考えれば同じ煙草を吸っても人間の提督と艦娘の私が同じ感じ方をするとは限らない。

彼にとっての煙草の味は一体どんな味なのだろう。

もし同じならなんだか嬉しい。


翌朝、見送りの際に「ああ、行ってこい」としか言わなかった。

まるで簡単な遠征に行く時のように、さらりと述べて立ち去った。

だが不満を言う者は誰も居らず、羅針盤の切られた海路をひたすら南方へ南方へと進んで行った。

現場は一日も早く増援が欲しいようで、各地に補給用の油槽船が用意されている程の高待遇であった。

自分達がどれだけ期待されているかが伺い知れ、同時に前線がどれだけ悲惨か憂慮させるには十分だった。

守備隊の居る島や補給船でローテーションを組み最低限の休息を取り南進し続けた。

最早、南方へのルートも安全とは言い切れない。実際に何度か小規模な戦闘が起こっていた。

ようやくラバウル基地への移動が済んだ時、一行は既に疲れが溜まっていた。

それでも即座にブイン基地へ移動するよう命令され、三度程の戦闘を挟みながらブイン基地へ到着すると休む間もなく現地の指揮官に呼び出される。

1981年4月6日のことである。


昼 ブイン基地 執務室

日向「旧横須賀鎮守府第四管区分遣艦隊、航空戦艦一、正規空母二、航空巡洋艦一、重雷装艦一、駆逐艦五、全員……いえ、全艦無事にブイン基地へ到着しました」

ブイン司令「待っていたよ。遅かったな。話はラバウルの南方総司令から聞いているだろう?」

日向「いえ、南方総司令からは何も」

ブイン司令「あれ? そうか、まぁ良い。今から出撃して貰うのは……」

日向「……今から出撃ですか?」

ブイン司令「何か不満でもあるのかね」

日向「ここへの移動中の戦闘で艤装を損傷した者が居ます」

ブイン司令「損傷は大破かね」

日向「小破です」

ブイン司令「なら問題無い」

瑞鶴「はぁ!?」

ブイン司令「なんだ。何か言いたいことがあるのか」

日向「瑞鶴、やめろ」

瑞鶴「御言葉ですが司令、我々は母港を出港してから今日までまだ本格的なメンテナンスを受けていません」

瑞鶴「損傷が小破でも、我々は艤装の調整等が必要です」

ブイン司令「おい日向、お前の部下はどうなっている」

日向「申し訳ございません。叱っておきます」

瑞鶴「いや、おかしいでしょ! こんなの基本中の基」 「瑞鶴!!」

瑞鶴「……ッ!」

日向「司令官に口答えをするな」

ブイン司令「……何が艤装のメンテナンスだ。休もうとしている意図が見え見えだ」

日向「出撃前に燃料弾薬を補給させていただきたいのですが」

ブイン司令「ああ、それなら秘書艦に基地を案内させる。補給が済み次第出撃だ」


ブイン司令「吹雪、こいつらに色々見せてやれ」

吹雪「……こちらです」

ブイン司令「出撃が終わったら報告に来い。以上だ」


昼 ブイン基地 廊下

瑞鶴「何アイツ……山内さんより感じ悪い」

基地の内部を移動する道中、瑞鶴はかなりご機嫌斜めだった。

吹雪「……」

日向「燃料弾薬をまともに補給して貰えるだけ有り難い話だ」

長月「なぁ……それよりさっきから気になっているんだが」

瑞鶴「どったの?」

皐月「うん……妖精を見かけないんだ」

瑞鶴「あ、確かにまだ見てないね」

艦娘と妖精は表裏一体、搭乗員や各種メンテナンス要員として彼らの力は欠かせないものである。

出くわさない方がおかしな話なのだ。

日向「吹雪。どうして妖精が居ないか知っているか?」

吹雪「妖精なら出て行きました」


三隈「クマッ!?」

翔鶴「……それでは艤装の整備はどうするのですか」

吹雪「ここではする必要がそんなに無いんですよ」

日向「……」

瑞鶴「……えっ、いや、そういう意味じゃないよね? 冗談ですよね?」

吹雪「? 何故冗談を言う必要があるんですか?」

木曾「……こりゃとんでもない場所に来ちまったな」

曙「潜水艦怖がってる場合じゃ無かったわ……」

日向「具体的には何のルールを破ったんだ。多少の違反なら妖精は見逃すはずだ」

日向「妖精が基地から出て行くなど聞いたことも無い」

日向「……何をした」

吹雪「私は知りませんよ。もうすぐ食堂に着きます」


昼 ブイン基地 食堂

日向「……」

食堂に広がる光景は容易には信じがたいものだった。

大勢の艦娘が食事の真っ最中であったが、その一部は明らかに精神異常を来していた。


「えへ! えへへ!!」カンカンカンカンカンカンカン

スプーンを長テーブルに楽しそうに叩き付けている者。

霧島「……」モグモグ

無言で食事をとる明らかに中破以上の被害を受けた霧島の後ろでは、その同名艦が何か呟きながらグルグルと歩き回っている。

霧島「榛名には負けられない……榛名には負けられない……」ブツブツ


日向「同名艦の利用は妖精との協定違反の筈だ」

吹雪「そんなこと言ってられる戦況じゃありませんよ」

団欒を楽しむ艦娘は一人も居ない。

共通しているのはどの顔も生気がまるで無い事位だろうか。

加賀「……」

その中で見覚えのある顔が一つあった。

翔鶴「加賀さん!」

奥の方で黙々と食事をする加賀に駆け寄る。


加賀「……五航戦。単冠以来ね、元気にしてたかしら」

翔鶴「はいありがとうございます。加賀さんはブインへはいつ?」

加賀「私が来たのはもう随分前よ。そう、貴女も着任したのね」

翔鶴「本日着任しました」

加賀「首都防衛の要たる第四管区の艦娘まで前線に投入するとは、いよいよ終わりも近づいているということかしら」

翔鶴「……」

加賀「いえ、もういい加減終わりにすべきなのよ」

翔鶴「あの、赤城さんと飛龍さんは……?」

加賀「五航戦、それは誰?」

翔鶴「……」

日向「加賀、お前も居たのか」

加賀「あら日向、久しぶり」

日向「お前の連れ、あの二人はどうした。食堂には居ないようだが」

加賀「五航戦といい日向といい……私を誰かと間違えているんじゃない?」

日向「うん?」

翔鶴「えっ」


加賀「私には連れなんて居ないわよ」


日向「……そうか。私達は今から出撃だからもう行く。またな」

加賀「久し振りに誰かと喋ったから少し楽しかったわ。じゃあ」

翔鶴「……」

日向「翔鶴、行くぞ」


昼 ブイン基地 廊下

吹雪「加賀さんとお知り合いなんですか?」

日向「昔一緒に戦った仲だ」

翔鶴「私は単冠で……」

吹雪「ああ、そういう。加賀さんは貴重なベテランですよ……と言っても搭乗員妖精が居ないので意味ないですけど」

長月「吹雪、赤城と飛龍はどこだ。あいつらも南方戦線へ来ている筈だ」

木曾「……」

吹雪は歩きながら赤城の話を始めた

「何重にも張り巡らされた敵大型艦の防衛網を突破して輸送艦を送り届ける作戦が何度も行われました」

「輸送団の為に羅針盤を切って戦闘部隊が先陣を切り、その後ろを輸送艦が進む作戦でしたから敵の数が物凄くて」

「本当に馬鹿みたいな程の厳重な防衛網ですから、失敗ばっかりだったんですけど」

「包囲陣を突破しかけた事がありました」

「面子は主力が赤城さん、加賀さん、それに金剛型の皆さんですね。あと三個水雷戦隊が護衛で」

「流石ですよね、練度が今とは圧倒的に違いました」

「でも赤城さんが最後の最後でミスをして、大破しちゃったんです」

「加賀さんは撤退を進言したんですけど、当時の現場の最高指揮官だったショートランドの司令官はそれを許しませんでした」

「包囲網は何とか突破してガダルカナル基地へ行ったんですけど、行ってみるともう完全に敵の手に落ちていてまた戦闘になって」

「グズグズしてる内に突破した穴を塞がれて包囲されて」

「結局輸送作戦が終わって帰ってきたのは加賀さんだけでした」

「飛龍さんはそれからしばらくして失踪しました」

「加賀さんは飛龍さんが居なくなってからあんな感じです」


吹雪「別に加賀さんに限った話じゃありませんよ。霧島さんも似たようなものだし」

吹雪「ここじゃあ沈むのなんて日常茶飯事です」

吹雪「私みたいな駆逐艦なんて沈んでもカウントすらされません」

吹雪「ナノマシン消費量の関係で作りやすいですしね」

日向「……」

木曾「異常だ」

吹雪「今まで前線に駆り出されなかった貴女達の方が私にとって異常ですよ」

吹雪「見たところ装備も上質なものですし、本土防衛って良いですよね。まだ大義があるし、楽そうだし」

長月「……なんだと」

漣「長月、やめるです」

吹雪「誰も沈まないんでしょ? ぬるいですよ」

長月「それは我々が沈まない努力をしているからだ! お前……おかしいぞ?」

吹雪「貴女達が強力に保護されていたのは事実ですよ」

吹雪「恥ずかしくないんですか、艦娘の皆が必死で戦っている時に本国でのうのうとして」 「不毛だ」

吹雪「……は?」

長月「自分と同じ奴隷に対して『お前は恵まれている』と叫ぶ奴隷は馬鹿だ」

長月「そんなこと言われても私は知らん。文句ならご主人様に言え」


吹雪「……」

日向「もういい。これから仲間になるんだから仲良くしろ」

吹雪「……はい」

長月「……」

日向「案内してくれ」



昼 ブイン基地 地下兵器庫

日向「燃料、武器弾薬は潤沢だな」

吹雪「優先的に回されてますから。敵潜水艦が居なければ本来もっと豊富ですよ」

日向「……どうせ相当沈められているのだろうな」

吹雪「……」

日向「にしても、まったくシステム管理されてない。荷揚げしたものを置いただけじゃないか」

吹雪「昔は妖精の皆さんが並べてくれたのですけど、居ないので」

漣「なら自分達でやればいい話じゃねーですか?」

吹雪「私は秘書艦の仕事がありますし、他の方はとても無理です」

日向「せめて弾薬は口径順、装備は戦闘用途事に並べておきたいな。こんな事に時間を取られる訳にはいかん」


日向「さて、これで一通り回ったが、何か言いたい事はあるか」


木曾「管理責任者を決めて兵站管理部門を作ればいい」

翔鶴「船団護衛の方にも力を入れるべきです」

長月「同名艦を運用するにも同じ場所で戦わせるべきじゃない。自我が未発達な者にとっては大きな負担だろう」

日向「もっともだ。長月、珍しく良いこと言うじゃないか」

皐月「おぉ~、長月、それっぽいよ」

文月「それっぽい~」

長月「茶化すな馬鹿ども!」

漣「あ、ローテーションを組んで顔を合わせないようにすればいいです!」

吹雪「ちょ、ちょっと皆さん! 何を言っているんですか!? それは私達の仕事じゃ……」


日向「吹雪、艦娘はどうあるべきだ」

吹雪「……命令に従うべきです」

日向「違う。使命を全うする為に全力であるべきだ。そして使命とは敵を倒す事であり、その為には命令に従うだけでは駄目だと私は思う」

日向「私は、というか私達は、だな」

吹雪「……」

日向「私達は使命を果たし必ず生き残る」

日向「……帰りたい場所があるからな」

吹雪「でも……司令官は艦娘の独断専行を嫌います」

吹雪「認められるわけありません!」

日向「それは心配ない」

吹雪「何でですか?」

日向「もうすぐ我々の上司は変わる」


4月8日

昼 ブイン基地 執務室

ブイン司令「いや、しかし……軍人の君に現場を任せるというのは……」

山内「海軍の最高指揮権が委譲された今、貴方は私の部下です」

ブイン司令「ぐぅ……」

山内「この際はっきり言ってやる。貴様のような文官はこのような場に相応しくない」

山内「本国行きの飛行機は手配してある。私の視界から今すぐ消えろ」

山内「海路で帰りたいならゆっくりするのも良いと思いますがね」

ブイン司令「……今後が楽しみだよ」

山内「そうですか」

ブイン司令「この恨み、忘れんからなっ!!」

バタン


長門「……いいのか」

山内「元々私に責任を押し付けるための結成承認だ。これくらいしてもバチは当たらん」

長門「……」

山内「お前にも迷惑を掛ける。最前線へ連れて来てしまった」

長門「気にするな。私はお前の艦娘だ」

山内「……長門」


日向「あー、良い雰囲気の所悪いですが……失礼しますよ?」


長門「……!」ビクッ

山内「……ノック位したらどうかね」

日向「したのですが、返事がありませんでした」

山内「気が付かなかったよ。何か用かな」

日向「はい。聨合艦隊長官のブイン基地到着に際し挨拶を、と」

山内「日向君、君はそれほどお行儀が良い艦娘だったかな?」

日向「長官は私を何だと思っておられるのですか。実は、艦娘運用について提言があります」

山内「本命はそちらか。聞こう」

日向「こちらの冊子を読んで頂きたい」

山内「……ほう」


日向たちが作成した

『南方戦線における艦娘運用目論見』

と題される提言書の骨子を要約すると以下のようになる。


現状の問題点

イ)南方戦線において作戦従事する大半の艦娘の練度は、任務遂行に支障をきたす程低い。

ロ)最前線であるブイン基地では妖精整備員、妖精技術者、妖精搭乗員が存在せず艤装や兵站の運用に齟齬が発生している。

ハ)南方戦線への物資輸送船団航路は常に危機に晒されており、一度の輸送につき損害は総輸送量あたり約40%にも相当する。

ニ)南方戦線全体での艦娘失踪率は総着任数の6%と非常に高い数値である。



問題点の解決策



イ)についての提案

『練度』『レベル』と呼ばれている目に見えない艦娘の抽象的な戦闘力が存在していたが、

今後は戦闘ごとに艦娘の報告と戦闘データを基に、戦果を『経験値』に換算し、

『経験値』の一定の蓄積を数値化した明確な『LV』による練度到達度を設定する。

これにより目安が生まれ、投入する戦場に見合わない『LV』の艦娘による無謀な戦闘が発生しなくなる。

また艦娘の『LV』向上の為に計画的な戦闘を行う教育プログラムを作成すべきである。



ロ)についての提案

甲案 妖精と解決策を話し合い、譲歩し、以前の状態へ戻す。

乙案 基地の自力運用体制を確立するために、艦娘や人間による計画的運用組織を作る。



ハ)についての提案

現状の損害は無視できるものでなく、海上護衛部門を作り船団護衛のノウハウを確立し、航路の安全を確保すべきである。



ニ)についての提案

艦娘の精神面での負担に対応する為のバックアップ体制を確立すべきである。



「随分と大雑把な提言書だな」

「私達の戦場は海ですから。政治と書類の戦いは人間の皆様にお任せします」

「よくそんな台詞が出てくるものだ。さすがは日向君といったところか」

「恐れ入ります」

「寸土も褒めてはいない。しかしイへの対応策、面白いな」

「はい。今回だけでなく、今後も活用できる制度になると思います」

「練度へ明確な基準があれば、完全にとは言えませんが無用な被害を抑えることが出来ます」

「今までも戦功賞と呼ばれるものがあったが……これは艦娘の自尊心を満たす程度のものだったな」

「戦功賞の者は経験値を2倍にするのはどうでしょう」

「面白いな。そうやって差別化するか」

「実は他の狙いもありますが……その説明の前に長官にお聞きしたい事があります」


「長官はこの基地に妖精が居ない事はご存知ですか」

「ああ、正直異様だったよ」

「……その恐らくの原因についてお話しします」

「まだ妖精から詳しく話を聞いた訳では無いので断言は出来ませんが、ほぼ理解したつもりです」

「彼らが愛想を尽くしたのは人間の艦娘運用体制が杜撰だったからだと睨んでいます」

「南方では戦線の穴を埋めるため戦闘後も補給や入渠を碌に行わず再び出撃させていました」

「新入りの艦娘など、一ヶ月には失踪艦含め74%が消えています。ベテランが育つわけがありません」

「更に協定で禁止されている同名艦の同じ戦場での運用を公然の事実かのように行っています」

「ここは地獄です」

「……なんという事だ」

「さきの報告については証言も得ています。正直な自分の意見を言っても宜しいでしょうか」

「……構わん。言いたまえ」

「現状で大規模反攻作戦は不可能です」

「……」

「ガダルカナル基地のみでなく、ショートランド泊地も陥落しました。敵が次に狙ってくるのはここです」

「羅針盤を活用した防御的な体制なら時間も稼げるでしょうが機能を切っての大規模反攻など、死期を縮めるだけの愚策です」

「……他にも補足はあるかね」

「はい。『ロ』への提案ですが、私は乙案を推します」

「ほう」

「徐々に強力になる敵の攻勢に耐える為にも頭数が欲しい。同名艦であろうと運用する必要が今後出てくる筈です」

「現状の運用方法では、上手く南方は守れても艦娘の数が少ない本国が守れない。またその逆も然りです」

「同名艦を複数運用できれば、そういった問題が解消されます」

「しかしこれにも問題点があります」

「艦娘の大幅な増加により、現状でも大きな制限になっている戦略資源問題がよりシビアになります」

「艦娘の精神面への影響も看過出来ません」

「それに、妖精との約束を国が公然と破る事になります」

「これから言うのは三つの問題に対する私の、私達の考える対応策です」

「戦略資源問題はシビアですが、複数運用できるのであれば海外派遣なども視野に入れられます」

「今度こそ本格的な政治カードとしての艦娘運用が可能になり、各国からの資源援助も期待出来るのではないでしょうか」


「艦娘への精神面の影響ですが、同名艦の運用は自我崩壊の危険を伴います」

「根本療法として出来る限り同名艦同士の交流を持たせない事」

「また、対症療法としての神道による確固たるバックアップ体制の確立」

「加えてLVによる艦娘の個体の差別化がメリットとして働くのではないかと考えています」

「要は艦娘のアイデンティティを、自我をしっかりと確立させてしまえば良いのです」

「その為には直属の上司である存在、艦隊の司令官との触れ合いも求められるでしょう」

「今までのような兵器でなく、パートナーとしての艦娘に接して頂きたい」


「最後に、妖精がこの基地での職務放棄という形で我々のルール違反に制裁を行うと判明した以上」

「全域で同名艦の利用を行えば全域での全面的な消極的サボタージュが発生する可能性があります」


「彼らの持つ特殊技術は彼らの武器です。今回の職務放棄は彼らなりの我々への攻撃です」

「攻撃を止める方法は、和睦か、撃滅かです」

「出来れば和睦が良いですが、同名艦利用についての同意が不可能ならば撃滅しか道はありません」

「もちろん撃滅という言葉が指し示すのは、妖精の皆殺しでなく彼らの武器の破壊、特殊技術の獲得です」

「難しい事は重々承知です」

「ですが彼らの武器を無効化する事が出来れば人間が妖精より優位に立つ事も可能です」

「工作艦や、艤装整備の得意な手先の器用さを持った艦娘も居ますから、しばらくは彼ら抜きでも戦える体制が確立できます」

「完全譲歩の和睦はそれからでも遅くはありません」

「妖精と人間の関係性が対等からより人間側に都合の良い方へ変化すれば、上層部の妖怪方も歓喜するでしょう」

「南方戦線は人間の新たな挑戦の場として価値があると思います。よって私たちは乙案を推します」

「……そうか。ひとまずは礼を言いたい。本当に助かる」

「恐れ入ります」

「日向君、仮に妖精との和睦にも失敗し、君の言う撃滅も失敗したらどうなる」

「全て終わりです」

「……」

「和睦に失敗し、技術の導入にも失敗すれば、この基地の艤装は共食い整備をするしかありません。いずれ戦えなくなります」

「……」

「南方戦線を含む全戦線の崩壊、日本は緩やかな死を迎えます。もはや聨合艦隊一揃え程度で敵の侵攻は食い止められません」

「……」

「死ぬのが早まるか、遅くなるかの程度の違いしかありません」

「人類がこれからも海と共に在りたいのなら、私が提案したプランしか無いと思います」

「……聨合艦隊による反攻が議会で承認されたが」

「具体的にいつ反攻を開始すると決まったわけでは無い」

「聨合艦隊が組織されている限り私が最高指揮官であり、全ての権限は私にある」

「日向君、実に面白いじゃないか」

「この挑戦は私の命を賭ける価値がある」

「私は君達の提言を全面的に受け入れるよ」

「……ありがとうございます。長官」

「民意が聨合艦隊を支持する限り総理大臣でも我々に手を出せん」

「……やってやりましょう」

「その意気だ日向君、ではまず何から手を付ける」

「艦娘はこちらで手配しますが、人間の技術者が一刻も早く欲しいです」

「となれば航路の安全か」

「はい。今の所考えているのが大まかに兵站部門、海上護衛部門、艦娘運用部門、教育部門、基地防衛部門、艤装修理開発部門の六部門の設立です」

「まずは基地防衛と海上護衛を優先して組み立てましょう」

「やることは山積みだな」

「ひとまず今は走り出すしかありません。多少の無理は覚悟して貰いますよ」


「ふあっはっはっは!」


「まさか艦娘にそのような事を言われる日が来るとはな」


「まっこと人生は面白い! 望むところだ!」


4月9日

朝 ブイン基地 地下兵器庫

長月「おい! だからここは右から順に小さい口径順なんだ! 適当に置くんじゃない!」

卯月「えぇ~~めんどくさいぴょん。取る時に見ればいいぴょん!」

長月「ぴょんでも、でちでも、イクでも何でもいいから言った通りに並べろ~~!!」

弥生「ふぅ……」

長月「だぁ~~! だから弥生! ここは兵装置き場だから! 弾薬は置くな!」

皐月「長月張り切ってるな~~。兵站部門代表になったのそんなに嬉しかったのかな?」

文月「長月ちゃん楽しそう~~」

曙「あいつ、頼りにされると張り切るタイプだからね」

長月「まったく~~! お前らは私が居ないと本当に何もできないな~~!!」ニヤニヤ


朝 ラバウル・ブイン間連絡海域

日向「よーし、今日が私達の仕事初日だ。海上護衛は基本中の基本だからな。気を抜くな」

那珂「いぇーい!」

神通「……」

阿賀野「……」

川内「……」

五十鈴「……」

日向「返事はどうしたぁ!!!!」

「「「「……!」」」」ビクッ 「日向さん! スマイルスマイル~~!」

日向「お前達を引っ張ってきたのは他でもない」

日向「潜水艦狩りを目的とした水雷戦隊の長として期待しているからだ」

日向「私は海上護衛部門の、潜水艦狩り代表としてお前らを指導する」

日向「今までお前達がどんな経験をしてきたかは知らないし、私には関係がない」

日向「だがお前達は艦娘だ! 私がそれを思い出させてやる」

日向「覚悟しておけ!」

「「「「……」」」」 「イェーイ!」

日向「返事はどーしたぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「「「「は、はいっ!」」」」 「イェ~~イ!!」


同海域

瑞鶴「私達は主に敵の海上艦から航路を守ります。今日は軽く慣らしということで警戒行動へ出ましょう」

磯波「……」

霧島「……」

高雄「……」

「……」

「……」

瑞鶴「は、張り切っていきましょ~~!!」

瑞鶴(大丈夫なのかな……私……)


朝 ブイン基地 執務室

翔鶴(えーっと、ここで戦闘をすると疲労が溜まっているだろうから……)

翔鶴(休憩を挟んで、この時間帯でまた……)

翔鶴(うん、行ける。運用できる艦娘の数が段違いに多いから交代制が機能する)

翔鶴(でも……)


翔鶴「長官」

山内「どうした、翔鶴君」

翔鶴「時間ごとのローテーションにより疲労の問題は無いのですが……諸物資が……」

山内「燃料弾薬はとりあえず、この一週間は度外視していい。全力で動かしてみてくれ」

山内「基地全体の雰囲気を良くするための試用期間だ」

山内「最悪、ラバウルやトラックからおすそ分けして貰えば良い」

翔鶴「……了解しました。長官、この計画を絶対に成功させましょう」

山内「期待しているよ、艦娘運用部門代表殿」




朝 ブイン基地 基地近海

三隈「皆さんにはこの三隈が砲撃、雷撃、航空戦……は妖精が居ないため今は需要がありませんが、これらの基本の全てを教えて差し上げます」

三隈「くれぐれも、聞き逃しの無いように」

三隈「また、私達は緊急時の応急部隊でもあります」

三隈「心は常に戦場にあると考えなさい。では、まず最初に砲撃から――――――」

三隈(教育部門代表として、名に恥じぬ活躍をして見せます!)

吹雪「……」




朝 ブイン・ショートランド間連絡海域

長門「いいか! 私達の任務は全ての中で最も危険度が高い!」

長門「だが、この長門が居る限り! 何も恐れることは無い!」

長門「基地防衛部門代表として、私は責務を全うする所存だ!」

「「「「「……」」」」」


朝 ブイン基地 ドック

時雨「えー、という事で夕張さんと明石さんに艤装修理開発部門を盛り立てて頂きたいんです」

夕張「えっ!? 自由に開発していいの!?」

時雨「えー、そうですね。完全に自由ってわけじゃ無いですけどある程度なら」

夕張「やったぁ! ありがとう! 時雨さん!」

時雨「いや、僕は伝えてるだけだから……。感謝なら長官にして下さい」

夕張「今までは私の開発品の価値が分からない司令官ばかりだったけど……長官閣下……素敵です……」

明石「うーん。私は感覚的に修理してるからねぇ」

時雨「それでもいいです。少しでも法則や、決まり事を発見したらすぐに知らせて下さい」

明石「分かりました。頑張ります」

夕張「私も頑張ります!」




朝 ブイン基地 電算室

加賀「漣、調子はどう?」

漣「えーっと砲撃でクリティカルヒット出した時の経験値をこう設定すれば……」

漣「あー何だか雷撃とのバランスが悪くなっちゃいます」

漣「……面倒なので全部一括で設定しちゃえば……」

漣「……」

漣「うがぁーーーーー!」


加賀「……漣、私も手伝うわ」

漣「加賀さんマジ天使」

加賀「貴女も相変わらずね」

漣「そうですか?」




ブイン基地 談話室

木曾「……」

雪風「……」

木曾「……なぁ」

雪風「ユキカゼッ!!!!!」

木曾「!!!」ビクゥ

雪風「ウシシシ」

木曾「……」ドキドキ


木曾は予備戦力として待機していた。


4月11日

ブイン基地には厚いコンクリートと特殊合金の複合物が積層され厳重に守られた場所がある。

その人工的に作られた地下三十メートルの空間で駆逐艦達がせわしなく働いている。


朝 ブイン基地 地下兵器庫 

「運搬用エレベーターが来たな! 要望リスト通り急いで積み込むぞ! 走れ走れ走れ!!」

地上から求められた武器弾薬は大小予備含め6つある大型エレベーター、3つの運搬用エスカレーターによって地下から運び出される。

といっても整備点検の関係で稼働しているのはその内3つなのだが。

「モタモタするな! それでも駆逐艦か!」

「毎日毎日量が多いぴょん回数が多いぴょんもう疲れたっぴょぉぉ~~ん!!

「これは少しばかり駆逐艦を増やした程度じゃ効果が無いね。大規模な増員が欲しいよ~!」

「愚痴を言うな! もっと置き場や運び方を効率化してマニュアル化して誰でもこの作業が出来るようになれば交代出来る!」

「いや、それどんだけ時間かかるっぴょん!!」

「でも長月、ボク達は作業で忙しいのに一体誰がマニュアル化してくれてるんだよ?」

「弥生に一任してある。何か気付いた事があればあいつに言うんだ」

「弥生ちゃんならそこで……」

「……Zzz」

「寝るなーー!! 働けーー!!」



昼 ラバウル・ブイン間連絡海域

日向「警戒行動中のカ号から報告、ブイン海域E20-17で敵らしき艦影を水中に認む」

日向「あー、ブイン基地司令部聞こえるか。こちら海上護衛部隊、旗艦の日向」


潜水艦狩りは簡単である。

イルカが小魚を狩る要領で水上艦の速さを生かし敵を包囲し、爆雷を投下すれば終わりだ。

深度設定等は完全に勘に頼るため、こればかりは経験がものを言う。


日向「司令部への通報は完了した。該当海域までの最短ルートの羅針盤も切って貰った」

日向「……仕事の時間だ。いくぞっ! 敵を逃がすな! 総員、私に続け!」

「「「「了解!」」」」 「イェーイ!」


敵潜水艦は足が遅いため見つけてしまえばこちらのものだ。

日向「晴嵐隊、後はこの前の手順でいい。先陣は任せるぞ」

「まっかせとけよ日向ちゃん! 俺が良い感じに追い込んどいてやるから!」

日向「頼もしいよ」

「うひひ! オラ! お前ら発艦だ!」


元々ブイン基地に所属していた搭乗員妖精は誰一人残っていないかったが、

日向達と一緒に転属となった搭乗員たちは『いや、それはブインの妖精の話だろ』と共に戦ってくれている。

……なら第四管区に居た妖精技術者や整備員を連れて来れば現状の問題は全て解決するのではと少し思ったりもする。

いや、そんな都合良く物事が進むわけが無いし、いつまでも妖精に頼るわけにはいかない。

これは艦娘を取り巻く環境と、艦娘自身を変えるための挑戦でもあるのだ。


10分ほどで敵潜水艦の存在すると思われる海域に到着した。

単なる直線なら一番遅い私でも60ノット超を出せるのだから、到着もあっという間だ。

勿論、秩序だった艦隊運動をする最大戦速とイコールではない。単純な最大速度では舵の利きが最低になる。


日向「那珂、五十鈴、阿賀野」

「「了解」」 「イェイ!」


既に先に飛ばした晴嵐が大まかな爆撃により敵を攻撃している最中だった。

円形を描きつつ包囲するためにチームを二分した。


日向「……! 前方から雷撃! 数8!」

その直後、放射状に8本の雷跡が悪意をもってこちらに近づいて来るのが見えた。

苦し紛れの攻撃である。

潜水艦というのはその性格上、敵に発見された時点で半分沈んでいるようなものだ。


私は適切な回避行動をし、私の動きについて来た者は容易に避けられた。

というか普通に考えればこんな雷撃に当たるわけが無いのだが……。


日向「阿賀野! その位置では避け切れないぞ!」

阿賀野「えっ……?」


敵の魚雷は多少癖のある動きをする。


阿賀野「き、軌道が……」

日向「もう間に合わん! 艤装を盾にしろ!」


設定によっては直撃せずとも近接信管が作動し対象にダメージを与えることもある。


阿賀野「い、いやっっ!!」


阿賀野は右側の艤装を盾にして子魚雷を受けるための盾とした。

直撃でないといっても侮るなかれ、場合によっては無視出来ない損害を生む。


一体あの小さい魚雷には何が詰まっているのか、と問い掛けたいほどに凄まじい水柱が何本も生じた。


日向「阿賀野! 無事か!」

阿賀野「はい……何とか無事です……」


阿賀野の艤装は中破していた。 雷撃の恐ろしさが窺い知れる。


日向「阿賀野は回避行動をしていろ。残りは狩りだ」

「「「了解!」」」「イェーイ!」


皆も既に知っているように、私が得意なのは砲撃戦だ。

だが、個人的な話をさせて貰えば、対潜が一番好きだ。


日向「私の指示データを三番へ上げる!」


どの深度に潜んでいるか分からない土竜を炙り出す作業が私は好きだ。

対潜攻撃では主に旗艦が爆雷の深度設定を決め、旗下の艦娘に役割分担、攻撃を行う場合が多い。

今回も例外ではない。


自慢ではないが私は上手に設定が出来ていると思う。

爆雷は海中での炸裂時、全周囲に衝撃を放つ。

従来は同深度に複数個の爆雷を投下し、海中の面の攻撃により敵を圧迫する。


だが私は違う。

私が作り上げるのは敵潜水艦を収める水中の籠、檻、大きな大きな球形体。

面ではなく立体で、敵が潜んでいると思われる海域を丸ごと包み爆破する。

外側から順に起爆し、球の中央に行くほど圧力は高まる。

確実に中身を押し潰す。


日向「……5、4、3、2」

旗下の艦娘達は、指示通りに爆雷を投下した。急いで投下場所から距離を取り成果を待つ。

日向「……1……0」


水中での爆発音


それに遅れる形で水上に大きな水柱が立つ。

圧力で水上に巻き上げられ、水柱を形成していた海水がシャワーのように降り注ぐ。

五十鈴「うわ……」

那珂「やっぱり爆雷ってすっっごいねぇ!」


それぞれ距離は離れているが、通話装置越しに感嘆の声が漏れ聞こえる。


日向「そうだろう」

那珂「那珂ちゃんの方が凄いけど?」

日向「那珂、さっき阿賀野が損傷したのは先導するお前の避け方が甘かったからだ。後で私のゼロ距離斉射な」

那珂「えぇ~~!?」


阿賀野「……」

那珂「あ、アイドルは皆を笑顔にする為に苦労する義務があるからね! 仕方ないよね!」

神通「……」クスッ

川内「あっ、日向さん! 神通が笑いました!」

神通「えっ!? いや、いまのはその、ちが」

川内「笑った笑った~~!!」キャッキャッ

那珂「神通まで……許さないぞ☆」

日向「おい、今日は遠足に来てるわけじゃ無いんだぞ」

日向「周囲に敵が居ないとも限らない。周囲の確認は怠るな」

日向「戦果確認もまだだ。私達は何も済ませてはいない」

日向「戦場で油断すれば死ぬ」

「「「「「……」」」」」

日向「ま、油断せず楽しむ分には何も問題は無い」

日向「神通、後で何が面白かったか聞かせろよ」

神通「えっ、あ…………はい」

那珂「那珂ちゃんスマイル!」


日向(話のオチとしても那珂は優秀だな……今後活用しよう)


水中で爆雷は恐るべき威力を発揮し、攻撃を食らった敵潜水艦は粉々になる。

「どうだ。三式水中探針儀に反応はあるか?」

「……もう……何も反応は無い……です」

「……波の音の方が大きい」

「……うん」

「お前達よく覚えておけ。これが敵の居ない静けさだ」

「我々が海上護衛の勝ち得るべき、航路の姿だ。ただひたすらにこの静けさを求めろ」

「……どうだ? 最高に気持ちが良いだろう」

「「「「「……」」」」」

私は戦闘が終わった後に必ずこれを言う。

一日に何度も戦闘を行う中で艦娘の脳に刷り込むかのように、同じ話を同じ構成で何度も何度も繰り返す。

最初は皆「この航空戦艦は何を言っているんだ」という顔をしていた。

だが、繰り返すごとに聞いた後の表情が少しずつ変わって行くのが分かった。

刷り込みは確実に成功している。

若い娘の教育は最高に楽しい。18から20歳はロウのように柔軟だ。

……そう言った政治家が居たような居なかったような気もするが、これは今の彼女らにも当てはまるだろう。

何も考えたことの無いであろうブインの艦娘たち、倉庫から出てきたばかりの艦娘たちは短い時間でいかようにも変えられる。

これでいい、私は間違っていない筈だ。戦う使命を覚えこませるのは彼女たちの為なんだ。



本当に静かだ

先ほどまでこの静かな海で自分が戦っていた事など忘れてしまいそうな程に

波の音がする

磯の香りする

私は無性に一人の男と会いたくなった


同海域

瑞鶴一行もまた、敵水雷戦隊と交戦状態に入っていた。

霧島「死ね! 死ね! 死ね!」ドンドンドン

瑞鶴「霧島さん撃ち過ぎです!」

霧島「うるさい!!!」

高雄「……」ガン! ガン!

瑞鶴「高雄さんも……その、やたらめったら主砲を撃つのは……」

高雄「あ、はい、何か私に御用でしょうか」ガンガンガン

瑞鶴「……いえ」

「魚雷ってもう発射して良かったっけ?」

磯波「さ、さぁ?」

「もう少し近づいてから……だった気がする」


瑞鶴(もぉぉぉ!! みんな好き勝手に撃ってるだけじゃない!!!)

瑞鶴(というか練度低すぎぃ!)

瑞鶴(いや練度以前の問題と言うか……獣の群れ以下じゃないかなこれ)

瑞鶴(私も艦載機を発進させたいけど、妖精が居ない今、艦載機の補給が今は出来ない)

瑞鶴(もどかしい……)




昼 ブイン基地 工廠

「駆逐艦が主砲の直撃を食らって中破です」

明石「艦娘本体はナノマシン入りの修理バケツぶっかけておけば大丈夫!」

明石「それより艤装は!? 艤装は無事なの!?」

「ぎ、艤装の事はよく分かりませんが……これです。あ、主砲の砲身が曲がってますね」

明石「ギャァァァァァァァ! 完全にご臨終じゃない!!!!」

明石「……これ誰が直すの?」

「工廠の明石さんの所へ行けと長門さんに……」

明石「アハハハハハ! ですよねーー!」

「魚雷で中破した軽巡が居るんだが、艤装を頼む。また出撃するから早いと嬉しい」

明石「アババババババ」




昼 ブイン基地 談話室

木曾「……」

雪風「……」

木曾「……」

雪風「ユキカ」「キソーーーーー!!!!!」

雪風「!!!」ビクッ


木曾(へへっ! 勝った! 勝ったぜ!)

雪風「ゆ、雪風は沈みません……」オドオド


夜 ブイン基地 会議室

山内「今日で三日だ。時間が勿体無いから、食事をしながらそれぞれの部門の問題点や改善点について話し合おう」

日向「海上護衛部門の潜水艦狩りは中々好調だ。もうすぐ一人前の狩人が出来上がるぞ」

瑞鶴「対水上艦班は逆に調子が悪いです。練度が低すぎます。今日も私が撃退したようなものです。補給出来ない艦載機が減っちゃいました……」

三隈「教育部門は出来る限りの事はしています。基礎の養成という目的なら、十分に達成できているのでは無いかと」

翔鶴「艦娘運用部門は恙なく時間割を組んでいます」

長月「兵站部門は人手が足りん。もっと援軍を寄越してくれ。燃料弾薬が物凄いスピードで減っているが分かっているだろうから何も言うことは無い」

長門「基地防衛部門は問題ない。守り切っている。ただ、今は我々が攻撃を仕掛けなくなった事に敵側が混乱しているのだと思う」

長門「混乱が治まれば、敵の攻撃が熾烈になって来る事は容易に想像できる。早めにより厚い防衛網も構築したい」

漣「加賀さんが手伝ってくれたお陰で作業が進みました。経験値の演算方法は確立済みですよ!」

夕張「艤装修理開発部門の開発担当では、艤装の戦闘効率を上げる方法を探っています」

明石「……修理担当です……死にそうです……」

山内「……明石君、大丈夫か?」

明石「長官閣下」

明石「確かに私にも修理機能はついています。しかし、それ程過大評価されては、その、困ってしまいます」

明石「あくまで応急修理レベルの修理機能なんです」

明石「1000万分の1の精密さが求められる作業を100万分の1の力を持った者が行っているようなものです」

明石「見た目では分からないかもしれませんが、すぐにボロが出ます」

明石「修理部門の代表者として進言させて頂きます」

明石「妖精と一刻も早く和解すべきです。このままでは大変な事になります」

日向「駄目だ」

明石「貴女は黙っていなさい! 私は長官閣下とお話ししているの!」

日向「和解して、それでどうなる」

明石「また戦う事が出来ます!」

日向「その戦いの先に人間の勝利は無い」

明石「何故断言できるのですか!?」

日向「敵の攻勢は強まる一方だ。脆弱だった装備も徐々に改善されている」

日向「今日の敵が明日も同じ強さだとは限らない。敵に数と質が揃えば我々に勝ち目はない」

明石「我々だって、明日は今日と同じ強さではありません!」

日向「そうだな。弱くなっているかもしれんからな」

明石「ふざけないで!」


明石「長官閣下、言いにくい事実ですが現状のままでは……ブイン基地陥落という事態もあり得ます」

明石「御決断下さい! こんな挑戦は無謀です!」

山内「……明石君、私も日向君と同意見だ」

明石「……そんな」

山内「君には苦労を掛けるが騙し騙しでもいい、修理してくれ」

明石「…………はい。分かりました長官閣下」


山内「みんな、ご苦労だった。進捗の他に報告すべきことは?」

翔鶴「では私から。この一週間を超えた先での艦娘の動きについて、木曾さんを例に予定を組んでみました」

翔鶴「ご覧ください」

日向「ほう……」

漣「午前中は海上護衛、昼食を挟んで基地防衛、夜は教育部門と兵站管理のお手伝い」

三隈「次の日の午前は自由時間、午後から海上護衛と……今度は授業……夜は基地防衛、夜勤もですね」

長月「その次の日は一日休みか……まぁ兵站管理の手伝いをして貰おう」

翔鶴「部門代表の方は、より圧迫された分刻みのスケジュールになってしまいますが」

翔鶴「そうでない一般の艦娘は、これが平均的なものであるとお考えください」

長月「二日働いて一日休みか」

翔鶴「基本的に肯定です。兵器としては過剰待遇に見えるかもしれませんが、今後はこれが常識になっていく筈です」

翔鶴「休みと言うのは適切ではないかもしれません。その日は、違った形で戦いを支えたり、戦いに役立つ事をして貰うのですから」

日向「今までのように暇では無いな」

漣「別に今までも暇じゃなかったです。主力の皆様を私達が影から支えていただけです」

日向「耳が痛い」

長門「それに加え、妖精がやってくれていた事まで自分たちでやるんだからな。忙しくて当然だ」

瑞鶴「戦うだけじゃ無くて、授業の時間が多く設けられているの面白いです」

翔鶴「知性も敵の大半を占める下位種には無い艦娘の大きな武器ですから。有効活用するのは当然です」

瑞鶴「……当然だけどあくまでそういうスタンスの教育なんだね」

翔鶴「そうね、一人ひとり伸び伸びと……というわけにはいかないわ」

三隈「長官、瑞鶴さんの海上護衛艦隊の面子を私が教育を済ませた方々と交換してはどうでしょう」

山内「うん。許可する」

瑞鶴「正直助かります……」

三隈「実践出来るかどうかはまた違った話になりますから、覚悟はしておいて下さい」

長門「三隈、私も砲撃指導を受けたいのだが」

三隈「長門さんが受けても徳になる事は何もありませんわ」

長門「いや、私は誰かに教わったことが無い。きっと多くを学べると思う」

三隈「それなら構いませんが」


三隈「あ、教育部門でも構想としてレベル別の指導などを考えていますわ」

三隈「初級、中級、上級等コースを設けてその振り分け基準にレベルを用いる予定です」


明石「長官閣下、私の同名艦の在庫が東京の倉庫にあれば連れて来て下さい」

山内「……在庫などという言い方は止めたまえ」

明石「何でも良いです。長官がお決めになった以上、私はそれに従い戦うまでです」

山内「……」

日向「心配するな。その件は既に私から長官へ頼んである」

明石「だから何で貴女がしゃしゃり出てくるわけ!? というか既に頼んでるんですか!?」

日向「海軍の中で一番性能の良い工作艦はお前だ。今日も騙し騙しとはいえ阿賀野の艤装を修理してくれて助かった」

日向「ありがとう」

明石「……」

日向「必要性も人並以上に理解しているつもりだぞ」


明石「……日向さんに感謝されるまでも無く、私は長官閣下に従うだけです」

山内「明石君、ありがとう」

明石「こ、これしか出来ないので長官閣下はお気になさらず……」

日向「照れるなよ。弱みを見せれば男はつけあがるぞ」

明石「うるさいっ!」

山内「他に言う事がある者は居るか?」

漣「明日から早速レベル制を本格稼働させて行くです」

山内「計測方法等は大丈夫か?」

漣「その場で短距離ネットワークのグループを形成し、艤装を通じて戦闘データを上げて見せて貰って評価する予定です」

日向「あ、それに補足という形で付け加えたい。我々は個々の戦闘データを共有すべきだと思う」

日向「あれは貴重な経験だ。頭の中に置いておくには惜しいし今後増えていく新米艦娘への教育にも使える。それを人間とも共有できれば尚いい」

日向「といっても戦術ネットワークの情報は人間と共有出来ないからなぁ……」

夕張「艤装を通じて繋がってる戦術ネットワークの中にある情報を、外部に保存したいって事ですか?」

日向「ああ。保存して、かつ人間も見られるような形にしたい。理想は、だがな」

翔鶴「それは少し無理が過ぎるのでは?」

日向「分かってる。言ってみただけだ」

夕張「はいはーい。この前作った作品の中にそんなのがあったと思います」

日向「……嘘だろ?」

日向「百歩譲って外部に保存は可能だとしよう」

日向「だが、戦闘経過データなんて人間が見れば意味不明な羅列にしか見えない筈だ」

夕張「それが私達には三次元的な情報として認識出来るわけじゃないですか」

夕張「人間が映像に見えるよう変換すれば良いんですよ」

日向「……出来るのか?」

夕張「はい。出来ました」キッパリ

長月「艦娘世界は広いな……」

翔鶴「この基地に来てから驚きの連続で少し疲れます」

山内「君達が見ているものは私も是非見てみたい。早速導入しよう」

漣「じゃあ、経験値を測る時に戦闘データも一緒に回収しちゃいましょう」

夕張「回収じゃありません。それだと記憶を消すみたいじゃないですか」

夕張「その日の戦闘データをコピーするだけです」

漣「……夕張がなんかうぜぇです」

夕張「えっ!? なんで!?」

長門「夕張の作品があれば、経験値計測を人間も出来るようになる訳か」

夕張「そうですね。基本的な情報処理速度が違いますから、私たちがやるより時間はかかっちゃいますが」

長門「一度皆の中に蓄積されている戦闘データを外部化しても良いかもな」

長門「日向の言う通り今、戦闘経験は宝だ。勿論実戦には遠く及ばないにしても、見るだけでも価値がある」

夕張「良いですね良いですね! 私、盛り上がっちゃいます!」

日向「……あー夕張、盛り上がっているところ悪いが」

日向「戦闘データを全て読み取るとなった場合……戦闘以外の日常の記憶等はどうなる」


日向「無意識には存在するとしても、私たちは忘れてしまう。過去の戦闘だって全て覚えてるわけじゃない」

日向「選んでネットワークへ上げられない以上、吸い出すしかなくなるだろう」

夕張「はい。そうなりますね。記憶吸い出し装置はすぐ作れますよ」

日向「すぐ作れるとか、そういう話をしてるんじゃない」

夕張「えーっと、なにか問題ありましたか?」

瑞鶴「日向さんは何か見られたくないものでもあるの?」

翔鶴「この人は提督との思い出を他人と共有したくないと思ってるだけです」

日向「……」

瑞鶴「……そうなんですか」

日向「……別に良いだろう」

瑞鶴「……」


瑞鶴「かわいいぃぃぃぃぃ」ナデナデ

日向「頭を触るな! 私は長月じゃ無いんだぞ!」

長月「おいコラ、待てなんだそれは」

夕張「それなら範囲を絞ればいいんですよ。艤装をつけている時の記憶だけ吸い出せるようにしますから」

日向「……今はそれでいい。私から聞きたかったのは以上だ」

山内「……」

山内「他に意見のある者は?」

「……」

山内「よし、今日はご苦労だった。夕張君は少し残りたまえ。もう少し詳細に聞かせてもらう」

山内「それ以外の者は解散」


4月13日

朝 ラバウル・ブイン間連絡海域

日向「探針儀の反応を確認しろ」

「「「「「……」」」」」

戦果確認の為の時間、一瞬だけ静寂が訪れる。

その静寂に皆が恍惚とした表情をしているように見えるのは恐らく私の気のせいではないだろう。

阿賀野「反応、ありません」

日向「良くやった。三連戦で少し消耗しすぎたな。一旦基地へ帰投するか」

「「「「「了解!」」」」」



朝 ブイン基地 ドック

明石「はいはーい! 損傷した方はこちらでーす。脱いだ艤装を見せてくださーい」

明石A「時雨さん。天龍さんの艤装、修理完了です」

明石C「この箇所どう思う?」

明石B「装填装置の構造いじって単純化しましょう。それなら直せる」

明石C「私もそう思う。十分で済ましましょう」

時雨「天龍さんの艤装修理完了と……20.3cm主砲の予備だね? 運び出しリストに載せとくよ」

明石C「はい。お願いします」

明石D「時雨さん、こちらも主砲の試し撃ちで修理完了です。手配お願いします」

時雨「了解。待機してる子呼んでくるね」


昼 ブイン基地 港

加賀「お帰りなさい。この場で漣との戦術ネットワーク構成を。後の子も準備しておいて」

日向「ただいま。……よし、いま構成した」

漣「確認です。データ見せて下さい」

日向「今日の戦闘データを百番に上げて……これで良いか?」

漣「オッケーです。見ときますね」

加賀「では次はこっちに手を載せて」

加賀の横には、洗濯機ほどの大きさをした機械が据え置かれている。

日向「……遂に完成してしまったか」

加賀「大丈夫よ。取って食べられるわけでは無いわ」

日向「妙に宇宙的な怖さがあるというか……夕張が作ったからというか……」

加賀「余計な事を言わないで早くしなさい。後がつかえています」グイ

日向「わっ」

カコノキオクヲ スイダシマスカ?

手を載せると機械が作動し音声で自動案内を始めた。

日向「嫌だ」

リョウカイ ヨミトリヲ カイシシマス

ピー ヨミトリカンリョウデス オツカレサマデス


日向「……こいつ本当に余計な物は吸い取っていないよな?」

加賀「そんな事私は知りません。はい、次の方」

「はーい」


日向「……」

漣「経験値が出ました。潜水艦狩りは……やりにくくて仕方ねーです」

漣「とりあえず皆に基本ポイントとして200ずつ、日向は旗艦なので1.5倍で300です」

漣「三連戦しましたがそれぞれのMVPは日向から誰かを推しますか?」

日向「そうだな。一回目は神通の動きが良かった。一つ目は神通で」

神通「……ありがとう、ございます」

日向「残り二回は阿賀野の爆雷投下が一番的確だった。阿賀野を推す」

阿賀野「……えっ、私?」

漣「こちらでも確認しています。阿賀野さんは日向の指示を完璧にこなしています。文句ねーです」

那珂「な、那珂ちゃんは?」

漣「お前はうるせーから嫌いです」

那珂「那珂ちゃんスマイルッッッ!」

漣「うるせーというのは嘘ですが、那珂は少し攻撃が雑です」

日向「那珂は少し適当に投下する癖がある」

那珂「そんなぁ~~」

日向「阿賀野に指導を受けておけ」

漣「んじゃあMVPは阿賀野さんと神通さんで。御二方とも、おめでとうございます」

神通「……」

阿賀野「……ありがとうございます」

日向「お前達が自分で手に入れたんだ。誇って良いぞ」

阿賀野「はいっ!」

神通「はい」

漣「累積の確認はいいですか?」

日向「丁度いい。教えてくれ」

漣「日向、Lv.12。阿賀野さん、Lv.13。後の皆さんはLv.10ですね」

日向「遂に抜かれてしまったか」

漣「対潜は戦果が分かりにくいですからね~~。日向は別に自分をMVPにしても良いんですよ?」

日向「そんな事では示しがつかんだろう。私は旗艦としてボーナスも貰っている」

漣「お堅いですねぇ。でも私、日向のそういうとこ嫌いじゃねーです」

日向「どうも」


昼 ブイン基地 地下兵器庫

卯月「新入り! よく見て置くぴょん! こんなに積荷の重さが偏りすぎるとエレベーターがおっこちるっぴょん!」

「は、はいぃ」

「あ、あの卯月さんお取り込み中すいません……41㎝主砲が置き場に無いのですが」

卯月「そんなわけないぴょん! よく探すぴょん! 35.6㎝砲の隣ぴょん!」

長月「なーにを偉そうに。お前だって昨日まで散々注意されてた癖に」

卯月「そのような事実は無かった」キリッ

長月「切り株に頭ぶつけて死ね」

長月「41㎝以上の砲は向こうの希少装備保管置き場になる」

長月「私の承認が無いと出せん。着いて来い。この機会に覚えるんだ」

「ありがとうございます! 長月さん!」

長月(むふふ。良いぞ……今私、尊敬されてる……尊敬されてるぅ)

卯月「ほら新入り! キリキリ働くぴょん!」

「ひぃぃ~~」

木曾「おい皐月、これどこ置けばいい?」

皐月「あーその副砲は滅多に使わないから、この次の通路の一番奥の方の不要装備棚だよ」

木曾「げっ、遠いなぁ」

雪風「ユキカゼッ!」

木曾「うるせぇな。俺はお前みたいに足が速くないんだよ」

雪風「ユキカゼ!」

皐月「あはは! 雪風、それ面白いね」

木曾「よーしそこまで言うなら競争だ!」ダッ

雪風「ユキカゼッッ!!」ダダッ

皐月「危ないから走っちゃ駄目だよー」


夜 ブイン基地 執務室

山内「今日で五日目だ。反省報告発表」

日向「海上護衛部門の潜水艦狩りは、この一週間を越えたら次の段階へ進む」

日向「五十鈴、阿賀野、那珂、神通、川内に教官の役目を申し付ける」

日向「あいつらは素質がある。これで、より濃密な交代制が可能になる」

瑞鶴「三隈さんの教え子達は、基礎がしっかり出来てて感動しました!」

瑞鶴「けど、やっぱり型にはまった動きをしたがると言うか……実戦慣れはしていません」

三隈「私も瑞鶴さんの部下を教えましたが……こちらの話を全く聞きません」

三隈「下手に実戦を知っているせいでしょうか……お互い苦労しますね」

瑞鶴「まったくです」

三隈・瑞鶴「「はぁ……」」

長月「はい次! 兵站部門は順調だ。長官、増員感謝する。弾薬庫は完璧。武器庫も物の置き場が大分決まって、配置図を作成してみた。見てくれ」

翔鶴「まぁ」

山内「ふむ、この空白の部分は余裕のあるスペースかな?」

長月「武器庫自体がかなり広めなので、余裕があるように見えるが将来増産される装備の保管場所として全体の10%は必ず空けるようにしている」

長月「それとレア装備保管置き場の横に新たに入室に承認の要る機密保管庫を設けた」

長月「戦闘データ等の重要情報も任せて欲しい」

山内「うん。戦闘データは珠玉だ。くれぐれも漏えい等の無いように」

長月「セキュリティは夕張に一任してしまっているが……」

夕張「基地の管理システムはスタンドアローンだから外部からの侵入は心配ないです」

日向「基地内部で敵が力に訴える直接行動を起こさない限り安全という事か?」

夕張「ネガティブ、基地内の端末から管理システムに侵入されても不味いです」

翔鶴「基地内部でハッキングを受けても駄目、というわけですか」

夕張「はい。その場合、完璧に守り切れるとは断言できません」

漣「使えねー奴です」

夕張「これは言い訳だけどね……電子関係は複雑怪奇なの」

夕張「外部からの影響を一切受け付けないようにプログラミングも出来るけど」

夕張「そうすると非常時に融通が利かなくなる可能性があるのよ」

漣「……よく分かんねーです。例え話で説明して下さい」


夕張「例えば……ブイン基地が敵に急襲されて、長官閣下と長月さんが戦死」

夕張「反撃の為に地下兵器庫へ急ぐも、管理責任者の長月さんが死んでいて重要装備が出せない」

夕張「こんな時、融通が利けば私がドアロックを解除できるんですけど」

夕張「そうでければ、永久に開くことはありません」

漣「基地急襲で長官戦死なんて縁起でもねーこと言うんじゃねーです!」ボカッ

夕張「いたっ! 漣さんが聞いて来たんじゃないですか! そもそもリスクの話なんだから前提が不謹慎で当然です!」

漣「リ、リスクマネジメント!」ボカッ

夕張「何でまた殴るんですかーー!」

山内「確かに決め辛い問題だな。夕張君、ひとまず現状維持で頼む」

夕張「はい。分かりました」

明石「えー、艤装修理部門は騙し騙しやってます」

明石「その内、命中精度が下がったとか、調子がおかしい、みたいな不具合が発生すると思いますが」

明石「よっぽどの場合で無い限り修理部門への持ち込みはNGでお願いします」

翔鶴(……明石さんの目が死んでいます)

日向「まさか砲塔爆発なんて事は……」

明石「さぁ、どうでしょうかねぇ」ニヤニヤ

日向「そこは保証してくれよ」

明石「長官、妖精との交渉はどの段階まで進んでいるのでしょうか」

山内「実は……」


山内「妖精との交渉は、全く進んでいない」


明石「へっ?」

山内「ラバウル・トラックの妖精に話を聞いて貰ったのだが、『それはブイン基地の問題だ』との事でな」

山内「こちらへの一部転勤を頼んだら『それはわけあって出来ない』と言われたよ」

山内「……本当に済まない。この中で私が一番役立たずだな」

明石「そんな、私は閣下を責めているわけでは……」

日向「責めているじゃないか」

明石「……」ガルルル

日向「♪~~」

翔鶴「確かに妖精との交渉窓口は……どこなのでしょう?」

瑞鶴「聞いた限りだと、そちらの問題はそちらで解決しろ、ってスタンスにも見えるね」

長門「なぁ、やはり横須賀の妖精を連れてくる訳にはいかんのか?」

日向「それが出来ると嬉しいのだがな」

山内「このまま交渉が進まなければ、一つの手になるだろう」

明石「……もう皆さんお分かりでしょう。現に我々は妖精の力をアテにしている」

明石「妖精と同程度の整備技術など、我々は持ちえようが無いんです」

日向「……」

山内「……」

明石「何故長官がこれ程日向さんの案に拘るか、私には理解出来ません」

山内「……他に意見のある者は」

「……」


山内「では、次は二日後の夜に会おう。日向君は少し残ってくれ。解散」


翔鶴「お先に失礼します」

瑞鶴「しまーす」

明石「……」ペコッ

長門「……さて、私も夜勤に出るかな」

長月「あともう少しでマニュアル化が済むんだ」

漣「お、すげぇですね」

三隈「三隈も本を作りましょうか……」

夕張「教科書ですか。良いですね」

バタン

日向「長官、何のお話しでしょうか」

山内「何、すぐ済むさ」

日向「私は既に心も体もある男に捧げてしまっているので口説いても無駄ですよ」

山内「あははは! そんな事はとうに知れている」

山内「今から私の愚痴を聞いてくれ」

日向「嫌だと言ったら?」

山内「君は私の持って来た十四代を飲めなくなる」

日向「じゅうよんだい!?!?」

説明しよう! 十四代とは山形県で作られた名酒である。

飲めば舌の上で甘さが広がり、より味わおうとした瞬間、口の中でふわっと消える!

味もさることながらその値段も驚き! 

貴方は『値段:時価』というのをマグロ以外で見たことがあるだろうか!

飲んだ者の人生観すら変えると言われる伝説の美酒!

その酒が日向の目の前にあるというのか! その酒を日向が飲めるというのか!

日向の心は揺れに揺れ動いていた!


日向「……そんな嘘まで吐いて私と何がしたいのですか?」

山内「いや? 私は功労者と一緒に酒を飲もうと思っただけだが?」

長官は意味ありげに机の下から日本酒の瓶を取り出す。

その瓶のラベルにはしっかりと『十四代』の文字が刻まれていた。


日向(ふぉぉぉぉぉぉ!? ホントに十四代!?)


最高峰の日本酒が目の前にある。日向は、実は名前だけしか知らず実際に飲んだことは無かった。

日向(飲みたい)

だが違う男性と二人きりで酒を飲むというのは……私にはあの男が……。

山内「そうか。君が飲みたくないのなら私が一人で飲むとするか」

日向「長官、私もお付き合いします」


夜 ブイン基地 執務室

日向「どうぞどうぞ」

山内「どうもどうも」


山内「どうぞどうぞ」

日向「どうもどうも」


山内「では乾杯」

日向「乾杯」

十四代を口に含む。酒臭さは全く無く、何かの果実酒の様に甘い。

米はこれ程甘くなれるのか……。

味を追うと、その前に消えてしまう。


日向「ううむ……」

山内「どうだね味は」

日向「甘く、追うと消える。まるで女です」

山内「あはははは!!」

その後、長官が何かを喋っていたがあまり耳には入ってこなかった。

私はいつものペースを無視しつい深酒してしまった。

日向「……」ウトウト

山内「ん? 眠いのかね」

日向「……少し」

山内「まるで子供だな」

日向「酒は精神の経年劣化を一時的に取り除いてくれます」

山内「どういうことだ」

日向「邪悪さが抜けて子供に戻るということです」

日向「この基地の艦娘は……皆意思疎通が取りやすいですね」

山内「そうだろう。昔のように難解な艦娘語を話すような輩はほとんど居ない」

山内「壊れた機械のようなベテラン連中は、既に殆どが戦死か失踪のどちらかだ」

日向「……通りで」

山内「初期設定の艦娘は扱い易くて僕は好きだ。君だってそうじゃないか?」

日向「どういう意味でしょうか」

山内「僕はもう後が無い。この勝ち目のない戦いに負ければ長門の件と合わせて長官の椅子からすげ替えられる」

日向「……」

山内「総理たちにどう思われていようと僕は長門の手を握ったことを後悔していないけどね」

山内「君も僕が崖っぷちで乗ると思ったからこそこんな大胆な方針転換を迫ったんだろう」

日向「このままでは、我々が深海棲艦に打ち勝つ可能性はゼロです」

日向「ゼロで無い方策があるなら試すべきだと思ったまでです」

山内「それは艦娘としての言葉だろうか」

日向「第四管区の日向としてです」

山内「第四管区はもう無いよ」

日向「ありますよ。あの男と私たちが居る限り」

山内「……」


山内「君は艦娘を取り巻く環境を変えようとしている」

日向「……」

山内「だが、わざと残している部分があるだろう。僕は最初から気付いていたよ」

日向「……」

山内「艦娘の内面を変えようとはしていない。積極的に心を持たせようとしていない」

山内「艦娘が司令官を好きになるようプログラミングされている事には気付いているだろ」

日向「ええ」

山内「第四管区ではある意味、それらに疑問を持ち自ら打ち破る事が始まりだった筈だ」

日向「……」

山内「だが、今回の変革の中にそれらは含まれていない。何故だ、君は一体何を狙っている」

日向「山内さん。少し私を疑いすぎですよ」

日向「私は別に何か企んでいるわけではありません。私と貴方は『深海棲艦を倒す』という点で意見が一致しています」

日向「それだけで良いじゃないですか」

山内「僕が気になるんだ」

山内「自覚は無いかもしれないが、第四管区の君達は既に艦娘という枠を越えた存在になりつつある」

山内「ブイン基地へ来てそれがよく分かった」

山内「そんな君達が、特に君が、一体何を考えて僕と意見を一致させているのか気になるんだよ」

日向「貴方は我儘な人だな。それとも、酒のせいで子供に戻っているのか」

山内「……そんな無邪気なものでなく僕は君に恐怖しているのかもしれない」

日向「……長官」

日向「私は単なる艦娘です。それでいて、博愛主義者じゃありません」

日向「私は第四管区の皆が大好きです。あの人はそれよりもっと好きです」

日向「その他の艦娘なんてどーうでもいいです」

日向「やろうと思えば艦娘に自分自身への疑問を持たせることは出来ます」

日向「……それをしてどうなるんですか」

山内「……」

日向「リスクが大きすぎます。現に私だって、危うく深海棲艦になるところでした」

日向「……色んな奇跡が重なって、色んなことが上手く行って」

日向「あの場所はそんな上に成り立っていたんです」

日向「だからこそ私は守りたいと思う」

日向「ふふふ」

日向「長官、本当はね、私は艦娘の使命なんて陳腐なものを信じてはいませんよ」

日向「あ、言っちゃった」

日向「あはは」

日向「人間が勝手に作って勝手に戦わせてるだけですよ」

日向「使命とでも言わないとそれを正当化出来すらしないんです」

日向「自分自身を疑うと、そういう余計な事にまで気付いてしまうんですよ」


日向「……私は彼の元へ帰りたい」

日向「会いたい」

日向「話したい」

日向「この私自身が感じる好きという感情は誰にも否定なんてさせない」

日向「……」

日向「一兵器の艦娘である私が彼と一緒に居るには戦うしかないことも知ってます」

日向「だから今こうして必死に戦ってるんですよ」

日向「長官、私は」

日向「敵が、深海棲艦が居なくなれば、彼と一緒に暮らせるんじゃないかな、って」

日向「思ってしまうんですよ」

日向「馬鹿みたいでしょう」

日向「平和になれば私みたいな存在は解体されるかもしれないのに」

日向「それでも、思わずにはいられないんですよ」

日向「……」

日向「どうしても深海棲艦に勝ちたい。でも、今のままじゃ絶対に勝てない」

日向「貴方の次の長官は間違いないく聨合艦隊を、いえ海軍を弱体化させる」

日向「そうなれば余計に勝てない」

日向「だから貴方に賭けた、というだけの話です」

日向「……あ、お酒が無くなった」

日向「……」

日向「……長官」

日向「……」

日向「ごめ……」

日向「……」

日向「……Zzz」

山内「……」


山内「幽霊の正体見たり枯れ尾花、か。俺は一体何を恐れていたのだろうか」

日向「……Zzz Zzz」

山内「……日向君」

山内「いつもむっつりしている癖に……好きな男の話をするときは優しい顔になるんだな」

日向「……Zzz」

山内「雅晴が羨ましいと初めて思ったよ」

山内「……おやすみ」

日向「……Zzz」


4月15日

夜 ブイン基地 大部屋

五十鈴「水雷戦隊、突撃!」

「「「「了解!」」」」」

教えた通り、教科書通りの動きで五十鈴が補足した敵潜水艦群を包囲し、

五十鈴「爆雷投下!」

「「「「「了解!」」」」」

旗下の駆逐艦も指示通りに爆雷を投下していく。

五十鈴「……」

しばしの沈黙の後、大きな水柱が上がる。

五十鈴「戦果確認作業へ移れ」

「「「「「……」」」」」

五十鈴「……水中に反応無し。状況終了!」


日向「見事だったぞ、五十鈴」

五十鈴「ありがとうございます日向隊長!」

日向「私はもうお前の隊長なんかじゃないさ。これからも励めよ」

五十鈴「はい!」

夕張の作品(開発品)により戦闘データの映像化が可能になった事で、人間、艦娘を含めた勉強会が毎日開かれるようになった。

大部屋の映画用スクリーンに艦娘の視界の戦闘映像を投影して見る。先程の映像は、今日の五十鈴の戦いだった。

山内「五十鈴君、見事だ」

五十鈴「……! はい! 長官閣下、ありがとうございます!」

評判は上々だ。

海上での戦闘を人間はあまり目にする機会が無い。それ故、艦娘達も自分の活躍を「大好きな」長官に見て貰ってご満悦のようだ。


山内「この勉強会は良いな。艦娘の戦闘を見るのは良い経験になる」

長門「わ、私の砲撃戦なんかは凄かっただろう?」

山内「ああ、前に見せて貰った。戦艦同士の撃ち合いはあれ程に恐ろしい物だったんだな」

長門「……私はいつもああいう戦いをしているわけだが」

山内「……? そうだな」

長門「しているわけなんだが」

山内「ああ」

長門「実に! 厳しい! 戦いをしているのだが」

山内「……そうか」

長門「とても厳しい! 厳しく激しい戦いだ!」

山内「そ、そうだな」

日向「長門、そういうのは長官と二人の時にやれば良いだろう」

長門「……」ショボーン

山内「????」


日向「最後に長官から何かご意見、ご感想があれば」

山内「是非に」


山内「山内だ。……ああ、今はそういう敬礼とかはいいと前も言っただろう。皆、楽にしたまえ」

山内「我々はこうして何度か海上戦闘についての勉強会を開き、私もそれに参加しているが」

山内「諸君らの戦意と働きぶりに私はいつも感服する」

山内「本当にありがとう」ペコッ

山内は勉強会での挨拶の度に艦娘に対し感謝の念を伝える。

勉強会に参加した非番の艦娘達は、当初、それをただ困惑の表情をもって受け入れていた。

だが今は長官の行動の意味を考え解釈し違った受け入れ方をしている艦娘も居るだろう。

つまり、戦いが自らの誇りであると考え始める艦娘も居る、という事だ。


日向「……」


別にそれが悪いとは言わない。目的を持てばそれだけ強い意志を持てる。

強い意志は強い力を生む。強い力、それは今最も我々に必要なものだ。

……それで本当に良いのだろうか?


日向「……」


違う。


この思考は無駄だ。余計な物を抱え込む。

他者にとって何が本物かなど私の知ったことか。

例え私から見て偽物でも、本人にとって本物であれば良いだろう。

五十鈴の笑顔を何故私が否定できる。


「あの日向さん」


日向「……ん?」

磯波「日向さん……今から部屋を掃除をするので……」

日向「あれ」

長官の話どころか、勉強会自体が終わっていた。

勉強会に参加したメンバーは日向以外誰も残っていなかった。

日向「全部聞き逃したな」

日向「君は磯波だな」

磯波「はいっ」

日向「今日の掃除担当なのか」

磯波「はい!」

日向「そうか。一人でこの部屋を掃除するのか?」

磯波「はい!!」

日向「そうか。こんなに広いと大変だろう」

磯波「はいっ! いぇ、いいえです! いいえ!」

日向「何故そんなに緊張しているんだ」

磯波「ひ、日向さんは、長官閣下の懐刀の一人です!」

磯波「とても私ごときが気安く近づけるような方ではありません~!」

日向「……は?」

思わず素っ頓狂に聞き返してしまった。私が長官の懐刀?


日向「そんなことを誰が言っているんだ」

磯波「……」

日向「いや、別に言っても怒らないから」

磯波「基地の艦娘は皆言っています!」

日向「……そうか」

顎に手を当て振り返る。確かに今までの私達の行動を振り返れば長官と仲良くしているように見えなくも

日向「ないな」

面白い。 実に面白い。他者からはそんな風に見えていたのか。

日向「磯波は私をどう思っているんだ」

磯波「ひゅ日向さんをですか!?」

日向「ああ。正直に言ってくれ」

磯波「その、あの、ええと」

日向「……」

磯波「私は日向さんを見ていて! 長官閣下と仲睦まじげに話しているのが羨ましいなぁとか」

磯波「長官閣下に堂々と進言できる姿がとっても良いなぁって」

磯波「私は思ってました! ごめんなさい!」

日向「ぷっ……何故謝る」

磯波「ごめんなさい!!!」

日向「私が聞いたんだ。磯波が謝ることは何も無い」

日向「お前は長官が好きなんだな」

磯波「えっ? 普通好きじゃないんですか?」

日向「……」

日向「まぁそうだが、お前は特に好きだなぁと感じたんだ」

磯波「いや、そんな、いやいや」

日向「ちなみに長官の懐刀とやらには私の他に誰が入っているんだ?」

磯波「……」オドオド

日向「怒らないから」

磯波「日向さんと、長門さんと、翔鶴さんと、漣さんとか」

日向「要するにふんぞり返ってる連中か」

磯波「えーと……」

日向「あはは! それでも長月が入っていないのが笑い所だ!」

磯波「長月さんはこの基地に居るんですか?」

日向「……そこからか。地下兵器庫のマニュアル化も済んだみたいだし、その内当番になれば会う機会もある」

磯波「あ、いけない。掃除しないと!」

日向「私も手伝うよ。一人だと大変だろう」

磯波「日向さんはこんな仕事やらなくて大丈夫です!」

日向「磯波、私はお前が思っている程偉くも無いし、凄くも無いぞ。仲間の手伝いがしたいと思っただけだ」

磯波「……日向さん」

~~~

日向「あー、結構時間が掛かったな」

磯波「いつもの半分以下で終わりました! ありがとうございます!」

日向「いつも大変なんだな」


磯波「いえ、私はLvも低いし、これくらいしか出来ませんから」

日向「……Lvが低いから掃除を押し付けられているわけではあるまいな」

磯波「……」

日向「そうだ。掃除の分担にしても、あの翔鶴がこんな理不尽な分担の仕方はしない」

日向「Lvは基地内での権力指標では無い。無駄死にが無くなるよう定めた練度の指標だ」

日向「お前に仕事を押し付けた奴らの所へ連れて行け殴ってやらんと気が済まん」

磯波「……ありがとうございます」

日向「何故感謝する」

磯波「私の為に怒ってくれて、ありがとうございます」

日向「……」

磯波「日向さんのお手を煩わせるつもりはありません。自分で解決してみせます」

日向「……そうか」

磯波「十分勇気を頂きました」

日向「私だったら絶対に殴ってもらうぞ」

磯波「日向さんだったらこんな状況に陥りません」

日向「……かもしれん」

磯波「ふふっ!」

日向「次、会った時に結果を教えてくれ」

磯波「はい。頑張ります! お疲れ様です日向さん!」

日向「ああ、じゃあな、磯波」



4月18日

昼 ブイン基地 ドック

吹雪「主砲の命中精度が落ちています」

時雨「こちらでも精一杯整備しています。修理の回数を重ねるとどうしても落ちてくるんだ」

吹雪「まだ一か月も経ってないのにこの体たらくですか」

明石「これが限界なの。何とか手数で補って」

吹雪「同型艦の運用なんて諦めて妖精たちを呼び戻せばいいじゃないですか」

明石「……長官閣下の意思を我々は尊重します」

吹雪「それで誰かが沈んでも良いんですか」

長月「現状でも以前よりマシだろう」

時雨「長月、地下兵器庫の方は良いの?」

長月「大体終わったから、卯月に後を任せている。今日は久々の出撃だ」

吹雪「以前よりマシだからって……そんなの誤魔化しです」

長月「かもしれんな」

吹雪「ほら」

長月「だが状況を変えようとしなかったお前に言われたくはない」

吹雪「なっ……」

長月「あのままではブインもすぐに陥落していた。私達はそれをさせないよう最善を尽くした」

長月「いや、最善を尽くして、いる。資格なんて言葉好きじゃないが……今回は使う」

長月「お前に私達を責める資格は無い」

吹雪「……」


長月「妖精抜きでも戦える体制を作るのは、同名艦でも使わざるを得ない状況が迫っているからだ」

長月「リスクがあるのも分かっている。それでも私は今回の挑戦は価値があると思う。長官も同じ判断だった」

長月「ならもう、戦うしかあるまい」

吹雪「命令に従うだけじゃ駄目って、貴女方が言ったんじゃないですか」

長月「お前、頭悪いのか? ああ……文句付けたいだけか」

吹雪「……」

長月「考えてこの結論に至ったんだよ。ただ命令に従ってるだけじゃないだろ」

長月「ちなみに吹雪、お前は一体何を惜しんでいるんだ?」

吹雪「惜しむ?」

長月「沈みたくないんだろう。何が惜しいんだ」

吹雪「別に、何かが惜しいとかじゃありません」

長月「へー、そうなのか。てっきり命が惜しいのかと思ってた」

吹雪「武器の整備不良で死ぬのは嫌ですよ」

長月「それが限界だと明石が言っているだろう。なら、それは整備不良でなく我々の限界だ」

吹雪「だから妖精を呼び戻せば……」

長月「それはしないと決めているんだ」

吹雪「……堂々巡りじゃないですか」

長月「分かったなら二度と言うなよ。完璧な整備が出来なくて悔しいのはお前じゃ無くて明石の方だ」

明石「……」

吹雪「でもやっぱり、私はこんな事で死にたくない」

長月「私も死にたくないさ」

吹雪「……」

長月「目指す場所は違ったとしても、私達が艦娘である以上通る道は一緒だと思うからな」

長月「私はお前と一緒にベストを尽くしたいと思ってるぞ」

吹雪「敵の砲弾が掠ったので、ナノマシンのシャワー浴びてきます」

長月「お疲れ」

吹雪「……」


吹雪(何なのあの人達)

吹雪(目指す場所なんて……私たちにあるわけ無いです)

吹雪「……」スタスタ

吹雪(長月はあるのかな、夢とか)

吹雪「……」スタスタ

吹雪「ずるい」スタスタ

吹雪「……」スタスタ

吹雪「……ずるいって何よ、私」スタスタ



昼 ブイン基地 入渠ドック シャワー室

シャー

吹雪「……」

吹雪「あれ……」


「なんだろ……この白いアザ」


昼 ブイン基地 執務室 

翔鶴「変則的なスケジュールに皆よくついて来てくれています」

山内「うん」

翔鶴「撃沈された者は今のところゼロですが……装備の動作不良を訴える者が増えています」

山内「……無茶のしわ寄せか」

翔鶴「そういうことになります」

山内「他の基地で余った装備をこちらに回して貰えないか妖精に相談してみた」

翔鶴「……」

山内「私の表情を見てくれれば分かると思うが答えはNOだった」

山内「僕は少し嫌われ者のようだ。だが手は打った。艤装の問題もすぐに解決する」

翔鶴「え?」

山内「実は―――――」



昼 ブイン・ショートランド間連絡海域

長門「長月の為に簡単に説明するとだな」

長門「ブインへ侵攻してくる敵に対しての基地防衛は航路限定装置で構成した4つの海域と7つの任務艦隊を用いる」

長門「最初のラインで撃滅出来れば一番良いが、そう都合良くも行かん」

長門「最前線から第一、第二と数え第三が一番強力だ。何故なら私が居るからな」

長門「第四に敵が到達したことはまだ無いな」

長門「説明は以上だ」

長月「いや、大雑把すぎるだろう」

長門「何だ、まだ何かあるのか」

長月「海域は四つなのに艦隊は七つなのか」

長門「ああ、残り三つは待機だ。連戦時の交代要員としてな」

長月「なるほど」

長門「これ以外に三隈の艦隊が備えているから合計で八つだな」

長月「あいつらまで使うような事態にはなって欲しくないな」

長門「同感だ。長月、お前は戦闘は久し振りだろう」

長月「ん、そうだな。地下に籠りっぱなしだったからな」

長門「では第一に配属してやろう」

長月「厳しくて助かる。勘を取り戻したい」



昼 ブイン・ショートランド連絡海域 第一海域

高雄「新しい駆逐艦の子ね。私は今日旗艦を担当する高雄です」

長月「よろしく」

高雄「Lvは……えっ1なの? 魚雷の撃ち方とか砲撃の手順についてレクチャーは?」

長月「……どちらも知っている」

天龍「知らねー奴ほど強がるもんだ」

長月「なんだお前」

天龍「口のきき方に気を付けろ。オレは軽巡、お前は駆逐艦。この差はデカい」

天龍「オレはLv.15、お前はLv.1。この差もデカい」

天龍「お前は新造艦だから知らないだろうが、先輩は敬うもんだ」

天龍「オレは天龍。そんで、お前の先輩だ。『天龍さん』って言ってみろ。ホラ」

長月「……」

天龍「そしたら色々とオレが教えてやるよ」

長月「天龍」

天龍「そうそう、そういう風に最初から先輩には敬意を持って……は?」

長月「ぶち殺すぞ」

天龍「……オレの聞き間違えか?」

龍田「天龍ちゃんの耳は正常だと思うよ~~♪」

高雄「貴女達やめなさい!」

天龍「止めてくれるな高雄さん……オレは久し振りに本気でキレちまったよ……」

龍田「天龍ちゃん、私もやめておいたほうがいいと思う~~」

天龍「もう止まれねぇよ」

龍田「なら止めないけど~~」

長月「天龍、お前、自分と私との差が見て分からないのか?」

天龍「ンダトコラァ! 差くらい分かるわコラァ!」

長月「駄目だなこれは。裏を返せばLv.15程度では実戦で使い物にならんということか」

天龍「お前! Lv.1の新入りの癖に生意気だぞ!」

長月「お前はいつ進水したんだ」

天龍「二週間前だコラァ!」

長月「ああ、そんな感じがする……」

天龍「……お前、許してやらねぇからな」

高雄「大人げないわよ。Lv.1の駆逐艦に」

長月「お前もだ高雄。Lvなど関係無い。見やすい指標に頼りすぎるな」

高雄「……へ?」

天龍「……そうだ、関係ねぇ。Lv.1だろうとLv.100だろうと……後輩への教育は必要だ!」

高雄「……」

長月「私も天龍に同感だ。後輩への教育は欠かせんものだ」

龍田「天龍ちゃんこわ~~い」


雪風「ユキカゼッ!」

天龍「あぁ!? あんだ雪風!? ……こいつが強い? この緑のガキが?」

長月「……」

雪風「ユキカゼ」

天龍「行動中の体重移動と視線のやり場、完ぺきに手入れされた艤装、ピーキーで玄人好みなナノマシン調整」

雪風「ユキカゼ!」

天龍「長月は間違いなく強い! だとぉ?」

長月「ほう……お前、かなり出来るな」

雪風「ユキカゼ!!」

長月「ああ! そうそう! 単冠で会ったか! よろしくな、雪風」

天龍「ナノマシン調整なんて相当体を使いこなせなきゃ出来ない技だろ? 間違いじゃないか?」

長月「単に自分の身体の弱い部分を強化するだけだ。まぁ新入りには難しいがな」

天龍「お前に新入りなんて言われたくねぇ!」

高雄「……まさか……あっ!?」

龍田「天龍ちゃん馬鹿で素敵~~」

長月「救いようのない馬鹿だな。まだ分らんのか」

天龍「あぁ!?」

龍田「天龍ちゃん、長月さんの簡易プロフィールをよーく読んでみて」

天龍「なんだ龍田、お前まで長月さんなんて呼びやがって。余計ガキが付け上がるだろうが」

長月「……」

龍田「いいから~~。早く読んで~~」

天龍「睦月型駆逐艦8番艦、長月……別にこれくらい知ってるよ」

龍田「その下の下~~」

天龍「その下がLv.1で……その下が……進水日? ダハハハハ!!!! 4月16日じゃねぇか!!」

天龍「一昨日かよ!!!! 出来立てホヤホヤ!!!!!! 湯気出てそう!」

龍田「天龍ちゃん、そこじゃなくて皇紀を見て~~」

天龍「皇紀ぃ? えー……ん? これ表記間違ってるぞ。6年前になってる」

長月「……」

龍田「本当にごめんなさい~~」

高雄「あ、あはは……」

天龍「はぁ!? 誤表記に決まってんだろ。6年前に進水した奴なんてもう生き残っちゃいないよ」

天龍「雪風だって3年前だろ? それより古参ってどんだけだよ」

天龍「それだと進水した時は鎮守府三つの時代だろ。つーかもはや初代長月? 無い無い」

天龍「お前らにはこのちんちくりんが『オキノシマ』に参加した歴戦の猛者に見えるのか?」グリグリ

長月「……」

龍田「あははは~~。私天龍ちゃんと実はそんな仲良くないんで、勘弁してください」

高雄「天龍……今まで誤表記があったこと……あった?」

天龍「……無いですけど」


長月「高雄、長門と繋げ」

高雄「はいっ!! もしもし! もしもし! 長門さんですか! 第一海域の高雄です!」

天龍「えっ、いやこいつ何で長門さんを呼び捨てに……」

高雄「長月さん! 繋がりました!」

長月「この場に居る全員に私と長門との会話が聞こえるよう通話装置をスピーカーにしろ」

高雄「はい!」

長門「どうしたんだ長月」

長月「お前はオキノシマを知っているか」

長門「無論、人類が初めて変異型ブレイン撃破に成功した作戦をしらいでか。まぁ参加したのは先代の長門だから私も直接は知らん」

長門「羅針盤と艦娘を用いた新戦術による人類側の防勢から攻勢への切り替え点となった戦いだ。今はまた敵が攻勢中だが……」

長門「圧倒的不利な状況から敵主力を撃破し勝利を掴んだためあの戦いを神聖視する者も多いと聞く」

長門「実際、戦いに参加した者は一部から英雄と呼ばれているしな」

長月「第四管区から出た作戦の参加メンバーを覚えているか」

長門「お前達の旧横須賀鎮守府第四管区からは日向、赤城、加賀、木曾、漣、長月」

長門「日向が良い働きをしたと現長官もおっしゃっていた。というかお前が当事者だろう?」

長門「何故私にこんなことを聞く」

天龍「……」パクパク

長月「うん。まぁ少し忘れそうだったからな。急に済まなかったな」

長門「いや、私も夕張に見せて貰ったデータでしか知らない。是非その時の話を肴に酒を飲みたい」

長門「若輩の私に色々教えてくれ」

天龍「……」パクパクパクパク

長月「そんな大したもんじゃない」

長門「謙遜するな。お前の実力は長官の折り紙つきだぞ」

天龍「……」パクパクパクパクパクパクパクパクパク

長月「といっても私はLv.1だからな。快く思わない奴らも居るだろう」

長門「……まさかそっちの連中にLvについて何か言われたのか?」

高雄「……」

長月「いや、ここの奴らは理解があった」

長門「ああ、良かった。お前のような最古参の艦娘に敬意を払わぬ不届き者は居ないのだな」

長門「Lvなど一つの不正確な指標にすぎん。私だってLv.8だ。もし生意気な新造艦が居ればすぐに言えよ」

長門「私が直々に41㎝8門をゼロ距離射撃してやる。新造艦はお前と違って替えがきく」

天龍「……」ビクンビクン

長月「戦艦長門ともあろう者が不謹慎かつ物騒なことを言うな」

長門「ははは! 沈めるのは流石に冗談だが、大破位はして貰うよ」

龍田「……」

長月「ま、その時は頼む」

長門「頼まれた。もう用は無いか?」

長月「ああ、助かったよ」

長門「ではな。通信終了」

天龍「……」

長月「さて天竜さん、砲撃と雷撃の仕方をLv.1の私に教えて下さい」

天龍「ほんとすいませんでした!!! 勘弁してください長月さん!!!!」


4月22日

朝 ブイン基地 地下兵器庫

長月「キリキリ働けよ」

天龍「ウイッス長月さん! この天龍に任せといてください! オラ! ガキども! ちゃっちゃと動け!」

「天龍ちゃんもちゃっちゃとして~」

天龍「あぁ!? 天龍さんだろうがコラァ!」

「あはは」

卯月「あの新人が居ると兵器庫の雰囲気が明るくなるぴょん。使えるぴょん。どこで拾ってきたぴょん?」

長月「ショートランドとの連絡海域だ」

皐月「長月を慕う艦娘なんて珍しいね」

文月「珍しい~」

長月「先輩である私に無礼な態度を示したからな。少し修正してやった」

長月「チンピラみたいな喋り方だし、実力も無くて実戦では使えないが根は良い奴だ」

弥生「……上から目線が気に食わない」

卯月「長月がチンポって言ったぴょん。下品ぴょん」

皐月「あはは、長月最低だ~」

文月「長月ちゃん最低だ~」

水無月「最低だ~」

長月「私の姉妹艦は本当に嫌な奴らばっかりだ!」


朝 ラバウル・ブイン間連絡海域


阿賀野「爆雷投下!」

「「「「了解!」」」」

沈めても沈めても、性懲りも無く現われる潜水艦群退治は今日も続いていた。

後は日向直伝の『檻』を作って仕留めるだけの段階だったのだが……。

吹雪「……」フラフラ

阿賀野「投下待て!! 吹雪! 何で指示通りの位置に移動してないの!?」

吹雪「……」ボーッ

「阿賀野さん! 指示を!」

阿賀野「くっ……吹雪抜きでもう一度フォーメーションを組みます! 続いて!」

「「「「了解!」」」」



朝 ブイン基地 港

吹雪「……」

阿賀野「吹雪」

吹雪「……阿賀野隊長」

阿賀野「今日の命令無視はどういうことですか」

吹雪「……」

視線も合わさず何も答えない吹雪に対し阿賀野は更に詰め寄る。

阿賀野「答えて。何で阿賀野の指示に従わなかったの」

吹雪「……私どうでもいいんですよ、深海棲艦なんて」

阿賀野「……何ですって?」

吹雪「だから、敵を倒す事なんてどうでもいいんですよ」

阿賀野「……来て、静かなとこでお話ししましょ」

言葉がどこまで本気なのか察する術は無いが、阿賀野は乱暴に吹雪の肩を掴み、引き摺ってでも連れて行こうとした。


「サワルナ」


阿賀野「!?」ビクッ

よく響く、耳障りな声。

音である筈の声の感触があまりに冷たく驚きのあまり手を放してしまう。

吹雪「……」スタスタ

阿賀野「……」

それ以上吹雪に関わる気分にはなれなかった。


昼 ブイン基地 執務室

山内「一週間後だ」

長門「一週間後?」

翔鶴「長官、例の件ですか?」

山内「ああ、アレが着けば全ての問題は解決する。邪魔が入らないよう海上護衛を徹底させろ」

翔鶴「畏まりました。臨時編成を調整しておきます」

長門「一週間後何が来るんだ?」

山内「秘密だ」

長門「馬鹿にするな。教えてくれ」

山内「ちょっとした援軍さ。これ以上は本当に秘密だ」

長門「お前は意地悪だ」

山内「意地悪ではない。軍機により秘密だ」

長門「……」ムス

山内「……そんなにむくれるなよ」




昼 ブイン基地 工廠

「主砲が狙った位置に飛びません……」

明石B「うーん参ったわねぇ。この前も調整したんだけど」

明石E「これ以上の手直しは不可能ね」

明石D「時雨さん、この主砲の予備って倉庫に残ってますか?」

時雨「うん、残ってるよ。あと三つほど」

明石「三つですか」

「少ないですね」

明石A「あなたもそう思う?」

明石「いいわ、予備を持って行きなさい」

「……いいんですか?」

明石「ええ。まっすぐ飛ばない主砲なんて渡してしまってごめんなさいね?」

「ありがとうございます! 頑張ります!」

明石「じゃあ受け取り口で待ってて」

「はい!」

時雨「いいのかい?」

明石「長官が何とかなるとおっしゃっていましたから」

時雨「明石さんは長官を信じてるんだ?」

明石「他に何を信じろというのです?」

時雨「……ま、それもそうか。野暮な事聞いちゃったね。明石さんは長官が大好きなんだから」

明石「べべべべべ別に私は大好きとか言ってないじゃないですか!」

時雨「はいはい。御馳走様です」


昼 ブイン基地 夕張研究室

皐月「失礼しまーす」

文月「しまーす」

長月「邪魔するぞー」

木曾「よー」

夕張D「あ、睦月型のみんなと木曾さん」

夕張「いらっしゃい」

皐月「地下兵器庫の方が暇になったからお手伝いに来ました」

長月「相変わらずいい部屋を割り当てられているな」

文月「長月ちゃん前も同じこと言ってたよ」

瑞鶴「夕張さんちーっす」

日向「邪魔するぞ」

翔鶴「失礼します」

夕張B「あらら、今日はお手伝いさんが多い日ですね」

日向「ああ、地下の連中も一緒か」

長月「もぐらみたいに言うな」

夕張「今、みんなの脳から抽出した昔の戦闘データのアーカイブ作ってるんですよ」

夕張F「砲撃戦も艦種によって違いますし、参考にしたいとき目次があれば便利です!」

夕張D「個別にデータ集めてたんですけど何かの拍子に全部がごっちゃになっちゃって……」

夕張「ということで皆さんには仕分け作業をして貰います」

夕張A「皆パソコンの前に座って任意の映像をご覧ください」

夕張C「分ける内容とかはお手元の資料をご覧ください!」

長月「……なんというか夕張、お前は平気なのか?」

夕張「何がです?」

夕張A「何がです?」

夕張B「何がです?」

夕張C「何がです?」

夕張D「何がです?」

夕張E「何がです?」

夕張F「何がです?」


瑞鶴「普通そういうモノなの……?」

文月「ううん。多分違うと文月は思うの~」

夕張「六人いると作業効率が六倍じゃないんですよ! 六乗なんですよ!」

夕張D「ちなみに今はまだ理論の段階なんですけど、こんな面白い研究してるんですよ!」

瑞鶴「どれどれ……うわ、これもしかしてジェット!?」

夕張F「そうです! まだ理論段階ですけど!」

瑞鶴「凄い! 是非実用化してね!」

夕張B「任しといてください!」

夕張C「もう研究が楽しくて楽しくて……」

「「「「「ねー!」」」」」

日向「……色んな艦娘が居るものだ」

翔鶴「好きにやらせておいた方が結果を残すタイプに見えます」

長月「気にした自分がアホらしい。さっさとアーカイブ作りをするぞ」

~~~~~~

長月「これは日時は昼、艦種は戦艦だな? 近接戦とか遠距離砲撃戦とか細かく分けるか?」

夕張F「大体で大丈夫ですよ。後で細かく切り貼りするんで」

夕張「どこに分類分けしていいか分かんなかったら保留でお願いします!」

皐月「凄いなぁ戦術ネットワーク上のデータとは違った迫力あるね! 外部デバイスでこんな風に見られるなんて凄いや」

日向「こら、楽しむのは後だぞ……しかし映像だけでなく音までついているとは」

夕張B「音まで抜き取る設定には苦労したんですよ~」

日向「……夕張、本当に余計なものは抜き取って無いんだろうな?」

夕張D「心配性ですねぇ。艤装を付けてる時のデータしか抜き取ってませんって!」

日向「……翔鶴」ヒソヒソ

翔鶴「どうかされたのですか?」

日向「言いにくいのだがその……私が鎮守府を破壊した時のデータを見られると不味い」ヒソヒソ

翔鶴「あっ」

日向「あれは対外的には誤射という事になっている筈だ」ヒソヒソ

翔鶴「急いで探して消しましょう。私もお手伝いします」ヒソヒソ

日向「助かる」ヒソヒソ

日向「ん? このデータの座標……殆どが第四管区の司令部付近だ。小刻みにしか動いてない」

翔鶴「早速当たりを引きましたか?」

日向「まぁ見てみよう」ピッ


「えー、ここでかい?」

「いいから早く脱げ」


翔鶴「……悪い予感がするのですが」

日向「奇遇だな。私もだ」


「艤装を付けたまま執務室でしよう、なんて……提督も変態さんだね」

「お前から誘って来たんだろうが」

「あなたはいつもそうやって言い訳をする」

「……」ペロッ

「あっ……」


瑞鶴「二人で一緒に何を見て……え?」


「エッチな人」

「時雨、下着が邪魔だ。千切って良いか?」

「千切っちゃ駄目だよ。それお気に入りなんだから」

「冗談だ」

「んんっ! もう……馬鹿」

「誰が馬鹿だ」

「あぁん!」

「……」

「はぁぁ……んぁぁ……い、息出来ないから……もっと優しく……」

「……」

「ごめん! ごめんなさい! あぁあ! 提督は馬鹿じゃないから!」

「分かればいいんだ」

「はぁはぁはぁ……」


瑞鶴「……」


「机の上に座れ」


翔鶴「……」


「正常位かい。今日はバックは良いの?」


日向「……」


「また後でな」


長月「……」


「んふふ。いいよ」


皐月「……」


「お前の許可は関係ない」


文月「……」


「雑に扱われるのは嫌いじゃないけどさ……この姿勢だと提督の顔とアレがよく見えるよ」


木曾「……」


「最初は入れづらかったのに、今はすんなり入る」


夕張「皆さん何で集まって……あっ」


「そういうのはNG……うあぁっ……」

「この行為、入れている俺は気持ちが良いが、入れられる方はどうなんだ」

日向「……」

「なん……で、今……聞く……んんん!!」

翔鶴「……」

「余裕がある時に聞いても適当に答えられそうだし……射精しそうだから気を紛らわせたい」

瑞鶴「……」

「僕のぉ……顔を……見れば……分かるぅぅ!!……だろう!!」

「俺は結局自分の気持ちしか分からん。他人の気持ちなど推測でしかない。聞かせてくれ」

皐月「……」

「くぁ……はぁぁ!!」

文月「……」

「お前の言葉で聞かせてくれ」

木曾「……」

日向「……」

「気持ちいい!!」

翔鶴「……」

「へぇ、その程度なんだな。なら止めにしようか」

瑞鶴「……」

「やだ……」

長月「……」

「聞えんな。終わりだ」

「やだ! やだやだやだ!!!!!」

「何がどう嫌なんだ」

「気持ちいいの……止めないで……」

「聞えん」

「止めないで!」

「聞えるが、何を止めては駄目なんだ?」

「出し入れするの止めないで! オチンチンが凄い気持ち良いからぁ!!」

「……下品な艦娘だ」

「ふぁぁっ!」


夕張「駄目です駄目です! こんな所でポルノを流さないで下さい!」

夕張B「女ばかりの基地で男を感じさせないで下さい! 私の精神が崩壊しちゃいます!」

長月「お前……もっと気にすべき事が身近にあるだろうに……」

夕張C「男なんて嫌いです! 嫌い! ……嘘です! 大好きです! 愛されたいです!」

木曾「変な奴だな。日向さん達もそろそろ見るの止めろよ」


長月「そうだ。仲間のまぐわいを見たところで何も良い事は無い。……時雨が色っぽかったが、私もじきにあの程度の色気は出せるようになる!」

木曾「いや、誰もお前にそんなの求めてないし、無理だろ」

長月「ムキョー!」

長月「おい日向! 飯に行くぞ! さっさと行くぞ! 今すぐ行くぞ!」

日向「……」

長月「ムキャキャキャキャァー! 無視するんじゃあない! もういい! 翔鶴! 瑞鶴! 行くぞ!」

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

長月「お前らまで私の事を無視するのかぁ!?」


長月「いい加減に!」ユサユサ

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

長月「あれ?」

長月「……」ユサユサ

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

長月「……」ユサユサ

日向「……」

長月「……」ユサユサユサユサ

日向「……」

翔鶴「……」

瑞鶴「……」


長月「……三人を構成するナノマシンの活動が止まっ、ている?」

木曾「は?」

長月「こ、こいつら……し、死んでる……」

木曾「……」

木曾「誰か応急修理バケツ三つ持って来い!!! 急げ! 間に合わなくなるぞ!!」


夜 ブイン基地 大部屋

基地の艦娘たちは長官命令により呼びだされていた。

山内「皆、ご苦労。よく集まってくれた。端的に言おう」

山内「一週間後、本国から援軍が到着する」

ザワザワ \エングン?/ ガヤガヤ

山内「その便に技官妖精が搭乗している」

明石「本当ですか!?」

山内「嘘を吐いてどうする。本当だ」

明石「……失礼しました」

山内「構わん。信じられずに驚く気持ちはよく理解出来る」

山内「特に明石君、君には多大な負担をかけた。本当に、本当によく耐えてくれた」

明石「……はいっ! お褒めの言葉ありがとうございます!」

山内「来てくれるのは横須賀鎮守府、旧第四管区の技官妖精だ」

\ダイヨンカンク?/ \イゼンアッタチンジュフ? ダヨ/ \アー/ \マタダイヨンカンクカ!/

日向「第四管区の技官は妖精界でも嫌われ者だったのかな?」

瑞鶴「あはは」

翔鶴「また彼らと共に戦えるのですね」

木曾「何にせよ、本当に助かる。今外で働いてる長月も聞けば喜びそうだ」

山内「みんな静粛に」

……

山内「よろしい。彼らは海路で来る。船が沈められれば大ごとだ」

山内「そこで明日から当日まで、海上の安全確保のための臨時スケジュールを組む」

山内「一週間、敵の動きを完全に封殺するぞ」

山内「部分的な攻勢も許可する。存分に戦い、守れ」

オー!!! ワーワー!! \イヨッ!チョウカン!/ \アホノズイカク!/

瑞鶴「おーい聞こえてるぞぉ! カギヤ、タマヤみたいに言うんじゃなーい!」

\アハハ!/ \ヤッパリアホダー/

瑞鶴「もう!」

日向「……」

山内「シフトの詳細は掲示板に張り出す。では、解散」



日向「長官、よろしいですか」

山内「何だね」

日向「十四代はまだ残っていますか?」

山内「あと二本程あるが」

日向「良かった。では少しお話ししましょう。勿論、酒を飲みながら」

山内「酒目当てだな」

日向「明日から忙しくなりますから。今の内に楽しんでおかないと」

山内「分かった。後で来たまえ」

日向「あ、それと……」


夜 ブイン基地 執務室

日向「邪魔するぞ」

山内「ああ」

長門「失礼する」

山内「……ああ」

日向「まぁ長門、ゆっくりしていけ」

山内「そうなるともう誰の部屋か分からないな」

~~~~~~

日向「まぁ乾杯」

山内「乾杯」

長門「乾杯」

日向「……いい味です」

山内「ああ」

長門「これは……凄いな……」

日向「生牡蠣もあるぞ」

山内「私の用意した、な?」

日向「細かい事を気にしては駄目です」アム


日向「うん。美味い」

山内「それで、今日は二人して何の用だ」

日向「長官、貴方は童貞でしょう」

長門「」ブッー

山内「……ん?」

日向「童貞でしょう?」

山内「……」

日向「童貞でしょう?」

山内「返事をするまで聞き続けるつもりかい」

日向「私なりに推察してみたんですが、貴方は妙に女慣れしてないし……」

日向「男というのは性に奔放か頑なに童貞か、どちらかに一つと決まっています」

山内「艦娘をやめて、新宿の西口で人相占いでも始めたらどうだね」

長門「……」

日向「当たっているんですか?」

山内「外れている」

日向「へぇ」

山内「……」

日向「最近、この基地の雰囲気も良くなってきたと思いませんか」

長門「そ、そうだな! 以前より活気がある」

山内「……」

日向「今日の全体会議だって良かった。艦娘達の笑顔が、こんなにも早く見られるとは思わなかった」

長門「雪風は特に病んでいたが、今ではまるで普通の艦娘だ」

日向「あいつの話す艦娘語は中々聞き取りにくい。彼女は病んでいたのでなく単に躾がされていなかった」

日向「木曾が面倒を見始めて普通のマナーを覚えた、というだけの話だ」


長門「そうなのか」

日向「戦艦長門もまだまだだな」

長門「お前達に比べれば若輩さ」

日向「それを言われるとなぁ。後輩に強く当たれんじゃないか」

長門「酒をどうぞ、先輩」

日向「ありがとう、後輩」

日向「それで、長官が童貞だという話に戻ります」

長門「折角はぐらかしたのに戻るのか……」

山内「……」イライラ

日向「長門も処女だし、丁度いいんじゃないかなと思って」

山内「君の喋りは難解すぎる。理解不能だ。加えて僕は童貞じゃない」

長門「日向、流石にそれは意味が分からない」

日向「ん? 人間の原理原則に基づいた話をしているつもりですが」

山内「君に世界がどう見えているかは知らんが、少なくとも君の言っていることは普遍性を持っていない」

日向「はいはい。悪かったですよ。理知的な長官に私の考えた常識話などして正当性を見せつけようなど……愚策でした」

日向「お前ら、好き同士のくせにまだやってないだろう。今日やれ」

日向「これが言いたかった」

山内「ふむ……」

長門「……」

日向「やはりこの酒、美味いな」

山内「日向君、少し舞鶴で気分転換してみてはどうだ? 君には休息が必要だ」

日向「退役勧告!?」

長門「いや、どうしたんだ日向、お前ちょっとおかしいぞ」

日向「……時雨のせいで脳内がピンク色になってしまっているのかも」

山内「時雨君?」

日向「何でもありません。ちょっと昼間に仮死状態になっていたから……何だかな」

長門「仮死状態って……大丈夫なのか?」

日向「ああ、完全に停止して形象崩壊する前に何とかなった」

山内「しかし君は今日非番じゃなかったか?」

日向「長官、艦娘は常在戦場ですよ」

山内「それはあくまで心構えの話だろう。君との会話は本当に疲れる」

日向「冗談はさておき」

日向「私は酒が飲みたかったが、私だけでは飲めないし、長官と二人きりで飲むというのも長門に悪い」

日向「なら三人で飲めばいいじゃないか、という話です」

山内「最初からそう言うべきではないかね」

日向「これは失敬」

長門「な、何で私に悪いんだ……。勝手にすればいいだろう……」

日向「どうです長官、長門は可愛いでしょう」

山内「……そうかもな」

長門「くぅぅ……!」


日向「長官」

山内「何だ」

日向「次の援軍とやらであの人はブインへ来ないんですか」

山内「艦娘が少々、技官妖精、搭乗員妖精と艦載機、それと穢れ対策の神官」

山内「これが援軍の内訳だ」

日向「……ま、そう私の都合通りには行きませんか」

長門「あの人とは旧第四管区長の事か?」

山内「多分な」

長門「指揮する艦娘の居ない提督というのは何の仕事をするんだ」

山内「仕事というのは無限に作れる。適当に働いているだろう」

日向「翔鶴が時折月を見て寂しげな顔をします」

山内「なるほど彼女はかぐや姫か」

日向「そうだったら月に帰ってくれて私としても助かりますがね」

山内「あはは」

日向「他の奴らも口には出しませんが、彼に会いたがっています」

山内「基地の艦娘は南方戦線の同名艦とローテーションを組んで休ませるようにはしている」

山内「だが第四管区の君達は要職に就いた者が多い。居なくなっては困る……故に苦労をかける」

日向「そのねぎらいは有り難いですが、的外れですよ」

日向「確かに肉体的な疲労は精神を弱らせます。けど今回はそうじゃありません」

日向「単純に会えなくて寂しいだけです。長官、その内に機会を設けて頂きたい」

山内「この前の酒の席でもあの男の話ばかりだったな」

日向「そうでしたっけ? 実はよく覚えてなくて……」

山内「そう何度も熱心に頼み込まれると私としても断りづらい」

山内「その内、な」

日向「期待してます。まぁ今日は飲みましょう。また明日から忙しくなる」

山内「そうだな」

長門「う、うむ! 私も飲む! 今日は飲むぞ!」

日向「ホッケが欲しいですね」

山内「中年のような味好みをしているな。用意させよう」


~~~~~~

長門「……おい」

山内「……は?」

長門「お前、私が援軍の内容を聞いた時には」

長門「『軍機だ』」キリッ

長門「とかやってた癖に日向が聞けばするする答えたじゃないか」

長門「薄情者」

日向「戦艦長門は日本酒に弱い、か」ニヤニヤ

山内「いや、もう技官妖精が来ると発表した事だし良いだろうと思って」

長門「私に一言相談があっても良いだろう! 私はお前の戦艦なのに!」

日向「……」ニヤニヤ

山内(この狸……最初からこうするつもりで……)

日向「おっと、もうこんな時間か。今日は磯波と会う約束をしていたんだった」

日向「長官、十四代を少し小瓶に分けさせてもらいました。磯波にも飲ませてやりたい」

日向「御馳走様です。では私はこれで」

山内「待ちたまえ日向君! 君は!」

日向「失礼しました」

山内「……行きやがった」

長門「……お前は私が嫌いなのか」

山内「……」

長門「明石ばかり褒めて私の事はちっとも褒めてくれないじゃないか!」

山内「いや長門、それはだな」

長門「私はブインに赴任してから戦艦を10以上撃沈しているんだぞ!?」

山内「あ、ああ」

長門「重巡は40以上だ!!!」

山内「……おう」

長門「軽巡以下は狙わん! 私は陸奥じゃないからな!」

山内「そうなんですか……」

長門「大型艦の近接砲撃戦をお前だって見ただろう!」

山内「……うん」

長門「重巡はまだいい! 何言ってるか分からないから!」

山内「……」

長門「戦艦クラスはたまに日本語で喋りかけてくるんだ!!!! 気味が悪い!」

山内「そうなんだな」

長門「……私だって馬鹿じゃない。みんなが自分の力を尽くしていることくらい分かる」

山内「……」

長門「私だけ贔屓して欲しいわけじゃない」

山内「……」

長門「嘘だ。私は私だけを特別扱いして欲しい、贔屓して欲しい」

山内「長門……」


長門「戦艦同士の殴り合いは、本当はとても怖い。私が怖いなんて言えば他の者達に示しがつかないから言えないが、本当は凄く怖い」

長門「戦いの最中に口汚い言葉を叫ばなければすぐに正気を失いそうになる」

長門「私はあの場所でいつもお前の事を考えながら戦っている」

長門「戦いに勝てばお前が褒めてくれるんじゃないかな、とか喜んでくれるんじゃないかな、とか。それが私の心の支えなんだ」

長門「こんな形で言ってしまうのは卑怯だよな、図々しく求めているのと同じだ」

長門「けど、たまには褒めてくれたって……良いだろう?」

山内「……良いかもな」

長門「艦娘が自分の指揮官を好きになるようプログラミングされているのは知っている」

長門「どういう仕組みかは知らんが、そうなっていることを知っている」

山内「……」

長門「お前が我々の好意をどう思い、捉えているのか私は知らない。直接聞いたことも無い」

山内「……」

長門「でも、仮に偽物だろうが何だろうが、それでも私はお前が好きだ」

長門「本物と偽物なんて私には分からない。とにかく私はお前が好きだ」

長門「私は何も知らない。敵との戦い方くらいしか知らない。お前との喋り方も、自分の想いの伝え方も、よく分からない。けどお前が好きだ」

長門「お前の手も、私の手も、とても温かいんだ!」

長門「私は戦艦長門だ!! 敵との殴り合いは怖いが!! いやちっとも怖くないが!!! 私に任せてくれ!!」

長門「……それで、たまには褒めてくれると、とても嬉しい」

山内「……」

長門「……提督? 何故泣いているんだ? 何か嫌だったか???」

山内「うっ……ぐっ……」

長門「す、すまなかった。酔った勢いでこんなことを言ってしまって……それは困るよな」

山内「長門!!!!」

長門「ど……どうしたんだ?」

山内「僕は……僕は!! 長官になるために全てを捨ててきた」

山内「自分の青春だけでなく、艦娘の事なんて何も考えずに、ただの道具として利用してきた!!!」

山内「彼女達の好意を踏み台にしてここまで登って来た。仕組まれたものだから、内心気持ち悪いとさえ思っていた!!!!!」

山内「多くの戦いを共にし、乗り越えてきた先代の長門だって同じだ」

山内「『愛している』と言う彼女に肯定の言葉を返しながらその実、僕は彼女を見ていなかった」

山内「今分かった」

山内「偽物だとか本物だとか、もうどうだっていい。艦娘の在り方は確かに歪だが、人間は、いや、僕はもっと歪だ」

長門「……」

山内「お前の言葉は愚直なまでに飾り気がない。頭も悪いし意味も分からない」

長門「なっ!?」

山内「それでも、しっかりと伝わったぞ」

長門「……」

山内「長門、いつもありがとう。僕もお前が好きだ。お前の存在は僕にとってとても温かいものだ」

長門「……うん。うん。分かれば良いんだ。分かれば」

山内「あー、あと。うん、その、一つ、嘘ついた」

長門「どうした? 珍しく歯切れが悪い」

山内「じ、実はさっき見栄を張って童貞じゃないと言ったけど。……本当は童貞なんだ」

長門「ふっ、心配するな! この戦艦長門も処女だ!」


4月25日

朝 ブイン・ラバウル間連絡海域

日向「爆雷投下!」

「「「「「了解!」」」」」

戦闘は極めて順調だ。

日向「投下完了後、安全位置まで退避!」

「「「「「了解!」」」」」

日向「10、9、8」

早朝から始まり、本日何度目かの潜水艦狩りも何の問題も無く終了しかけている。

日向「3、2、1……0」

連続した海中での爆発音がし、一際大きな水柱が上がる。

日向「戦果確認!」

「「「「「了解!」」」」」


静寂


磯波「日向隊長、水中に感なし、状況終了です」

日向「こちらでも確認した。みんな良くやった。補給と交代の為、一時ブインに帰投する」

「「「「「了解!」」」」」

日向「良い返事だ。このまま無事一日を終えることが出来れば、間宮を奢ってやる」

「やりぃ!」

「さっすが日向さん!」

磯波「えっと……御馳走になります!」

日向「喜ぶのはまだ早いぞー。ノロノロ魚雷に当たったりしたら奢ってやらないからなー」

「「「「「了解!」」」」」

日向「うん、良い返事だ」



昼 ブイン基地 工廠

「す、すいません大破しちゃいました……」

明石「油断しないの! はい修理するから艤装脱ぐ! 貴女は風呂へ行く!」

「はいぃ~」

時雨「明石、頼まれたもの持って来たよ」

明石「時雨さん、ありがとう! 前から不思議だったんだけど、時雨さんには複数いる私の見分けが出来てるわよね?」

時雨「こう見えても鼻が利くんだ。見た目が同じでも違いはあるものさ」

明石「ふ~ん。そうなんだ……まさか私、におっちゃってる?」

時雨「あはは! 僕は嗅覚優位なのさ」

時雨「認識の為のものだから良いとか悪いとか関係無いんだけど……しいて言うなら明石さんは良い匂いだよ」クンクン

明石「もう! それなら嗅がなくていいですから!」

時雨「そう言われると余計に気になっちゃうんだよね。あ、ここちょっとくさいね」クンクン

明石「も~う!!」


昼 ショートランド・ブイン間連絡海域

長門「敵が陣形を乱したぞ! 各自散開! 大型艦は近接戦闘に移れ! 軽巡以下は残りの相手をしろ!」

高雄「了解! 11時方向の重巡に行きます!」

霧島「うらぁぁ!!」

長門「では私は戦艦を片付ける!」

タ級は正面から高速で接近してくる。こちらも負けずに機関最大で迎え撃つ。

袖の下に隠したような砲が顔を出した、主砲を撃つつもりのようだ。

長門「撃てるものなら撃ってみろ!!!!」

タ級「……」ニコニコ

主砲に恐れをなして逃げてはならない。発射ギリギリまで耐えなければ、勝てない。

距離が詰まる。残り50も無い。

タ級の顔から笑みが消える。ここまで突っ込んでくるとは想定もしていなかったようだ。

残り20、敵の主砲が一斉射される。砲口の向きは全て確認済み。

余程慌てて撃ったのだろう、狙いがてんでバラバラだ。

更に加速し身体を少しだけ左に捻り、右半身と艤装の隙間に2発、顔の3cm横で1発を躱す。

残りは加速したことにより直撃コースから外れた。


長門「食らえぇぇぇぇぇぇ」


距離0、相手は主砲発射の衝撃から立ち直れておらず動けない。

主砲への次弾装填は間に合わない、副砲ごときで私の装甲は貫けない。

勝負は決まった。

鉄拳に加速の勢いを乗せて顔面めがけ打ち下ろす、私自身の戦艦としてのパワーと相対速度のせいで酷い威力になるだろう。

拳を食らったタ級は、勢いよく頭から海面に倒れ込んだ。

既に絶命している可能性もあるが、芽は全て摘み取る。

立ち止まり、41cm8門の一斉射を焦らず、確実に、正確に本体に加える。

タ級を構成していた本体はあまりの衝撃に千切れ、宙に舞った。

長門「……戦艦1撃沈」

ブイン基地、第三防衛ラインでの戦闘は終了しようとしていた。


4月29日

早朝 ブイン基地

珍しく薄い朝靄の立ち込める南の海、ブイン基地の港は援軍を出迎える準備をしていた。

長月「濃密な1週間だったな」

皐月「他の日も濃密だったさ。ボクらがブイン基地に来てまだ1か月たってないのが驚きだよ」

卯月「眠いぴょん。あれ、文月と弥生はどこぴょん?」

皐月「二人なら防衛ラインでお仕事さ」

雪風「ユキカゼ!」

木曾「ああ、楽しみだな。新しい艦娘がどんな奴か」

那珂「朝から可能な限り艦娘総出で、しかも港でお出迎えって凄いVIP待遇だよね」

五十鈴「私もそう思う。ちょっと歓待ぶりが異常よ」

阿賀野「きっとそれだけ期待してるって事だよ」

五十鈴「あれ? 夜戦馬鹿は?」

神通「姉さんなら海上護衛です……」

五十鈴「まだ続けてるの!? もう海から魚が居なくなるほど爆雷打ち込んだのに」

那珂「もしかして援軍って那珂ちゃん級のアイドル!?」

五十鈴「こいつ爆雷500個くらい縛り付けて沈めてやりたい」


瑞鶴「これでようやく航空戦力が使えるようになるわけね!」

翔鶴「資材庫をボーキサイトが圧迫していましたからね……」

加賀「……」

瑞鶴「大丈夫ですよ加賀さん! 戦う感覚を忘れていても、私達がフォローしますから!」

加賀「余計なお世話です五航戦妹」

瑞鶴「むぅぅ」

加賀「……でも、ありがとう」ボソ

翔鶴「……」ニコニコ

三隈「クマ……あれ? クマリンコ」

日向「どうしたんだ三隈」

三隈「いえ、少し眩暈が」

日向「大丈夫か?」

三隈「少し疲れが溜まっていたのでしょうか。あちらの島が動いているように見えます」

日向「あれ……奇遇だな。私も疲れが溜まっているようだ」

長門「……私も島が動いているように見える」

漣「漣にも動いているように見えます……そもそも、あの方角に島はねーはずです」

木曾「違う、島じゃない……船だ!」

雪風「ユキカゼ!!!」

木曾「軍艦だぜあれ。嘘だろおい……」

長月「あのサイズの軍艦なんてそうそう無いぞ!?」

山内「グアムでの置き土産だ。タラワ級強襲揚陸艦『サイパン』」


日向「長官」

山内「全長約250m、全幅約32m、排水量40032t、速力最大24ノット」

山内「米国が太平洋から全面撤退する際に損傷が酷く放棄したものを改修したものだ」

山内「見捨てたものを日本が勝手に使っているわけだから、当然存在自体が非公式になる」

山内「加えて、妖精による改修が施されているので軍事機密の塊でもある」

木曾「でけぇ……」

日向「あれが本物の軍艦か」

長門「大きいな……」


島、強襲揚陸艦はその見た目通りゆっくりとした動きで、ブイン基地へ入港する。

長月「こんな大きな艦、敵にしてみれば良い的じゃないか!」

山内「だからこそ、海上護衛を徹底させた」

長月「無茶苦茶だ」

山内「だが無茶は通用した」

長月「確かにそうだが……」

日向「で、長官。朝っぱらから私達を荷物運びの為に呼び出したわけではあるまい」

山内「ああ、そうだな。お前達に紹介せねばならん人物が二人いる」

山内「全員傾注! 私の両側左右一列に整列せよ!」

先程まで突如現れた旧式軍艦に目を奪われていたにも関わらず、長官の一声に艦娘達は素早く反応する。

これも日々の訓練、また長官の人徳の成せる技なのかもしれない。


艦が接舷すると、中から妖精達が溢れ出すように飛び出してきた。

新大陸に到着した入植者みたいだな、と緑の髪をした艦娘は考えていた。

港と繋がれたタラップから人間が二人、姿を現す。

思い思いに陸を楽しんでいた妖精達も彼らの姿を確認すると整列をし、艦娘が作った出迎えの列に加わった。

どんな人間か俄然興味が湧いてくる。

一人は薄い顎髭を蓄えた海軍士官服の男、歳は大体長官と同じくらいだろうか。中々に軟派な面構えをしている。

もう一人は……見るからに胡散臭い奴だった。

神官の装束を纏っていることで何とか身分は推測できるが……。

頭全体が犬の顔をした珍妙な面によって覆われており、顔が隠されている。

長月「何だありゃ……」

聨合艦隊司令長官は、犬の面など気にも留めず二人に歩み寄る。


山内「嶋田、よく来てくれた」

嶋田「なんの。手持ちの艦娘が殆ど南方に吸い上げられて仕事が無かった。丁度いいさ」

山内「神官殿、ようこそブイン基地へ」

神官「えいっ! ええいっ! この基地は穢れに満ちておるぞ! えええいっ!」

山内「そうですか。何卒、神官殿がお力添えをして頂きますよう」

神官「えええいっ! 我が来たからにはもう何も心配する事はない! えいっ!」

日向「……」

時雨「……」クンクン

神官の声も普通では無かった。

喋り方自体が普通ではないのだが、ボイスチェンジャーにかけたように耳障りな声だった。


長月「……居るだけでこっちの穢れが溜まりそうだ。しかしあの男……どこかで会ったか?」

妙に懐かしいような。

神官「ううむ!? こちらの方から強い穢れを感じるぞ!」

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

そう言うと長官を無視し、艦娘の列の方へズカズカと歩み寄る。 一糸乱れぬ出迎えの艦娘達の列に乱れが生じた。

確かにあの犬面に近寄られると怖い。

神官「おおおおん! 凄い穢れだ……」

高雄「わ、私ですか?」

神官「全身からいかがわしい瘴気が立ち上っている! 今すぐに祓いが必要だ!」

高雄「別に異常はありませんが……」

神官「自覚症状が無い程に酷いのだ!」グワシ

高雄「あんっ!!」

木曾「……」

神官「このっ! この乳がっ! 悪霊退散! 悪霊退散!」モミモミ

高雄「や……やめっ……やめて!……んんっ!下さい……」

神官「す、凄いおっ……穢れだ! これはじっくりと祓う必要がありそうだ! 今すぐ私の部屋へ」

日向「やめんか」ドゴッ

神官「タラワッ!?」

日向「神官殿、艦娘とそういう行為がしたければ同意の上でひっそりとお願いします」

日向「精神的に不安定な者や、まだそういう行為を知るべきでない艦娘も居ますから」

神官「……君、名前は」

日向「超弩級戦艦、伊勢型二番艦の日向です」

神官「日向君か、私は神祇院をして日本皇国国家神道の正統なる継承者の一人でもある。この私への無礼な振る舞い。如何にして償うつもりか」

日向「貴方が望むことを何でもしましょう」

神官「ほう」

日向「面を取ってもよろしいですか?」

神官「よかろう。この私に触れることが出来るのを光栄に思え」

日向「はいはい。君もいい加減芝居が下手だな」

神官「騙せるとは思ってなかったさ」

面を取るとよく見知った顔が出てくる。

日向「また会えて嬉しい」

神官「俺もだ」

夕張「えっ!? 何ですか!? 何でこの二人こんな良いムードなんですか!?」

夕張C「何が起こっているんですか!?」

瑞鶴「やっぱり提督さんだった。お久~。元気してた?」

時雨「提督!」

長月「司令官!!」

皐月「うわーほんとに提督だー」

三隈「ほんと、クマった人ですこと……」

漣「相変わらず茶目っ気の多い人ですね~」

隊列から離れ、それぞれが思い思いの言葉を口にしながら一人の男に近づく。


神官「翔鶴、俺が居なくて寂しかったか?」

翔鶴「いいえ」

神官「そうか。俺はお前の太ももが恋しくて仕方なかったが」

翔鶴「私はちっとも寂しくなかったですが提督が悲しい思いをしては困ります。もう離れません」

神官「くっく、是非そうしてくれ。俺の為にな」

翔鶴「はい。そうします……日向さん、いい加減提督に抱きつくのをやめなさい。提督が嫌がっているでしょう」

日向「そうは見えんが?」

翔鶴「……そうですよ、私が嫌なのです。いいから離れなさい」

日向「やれやれ。早く月から迎えが来ないかな」


神官「調子はどうだ」

瑞鶴「上々」

神官「まだ俺の事が好きか?」

瑞鶴「私に嫌われたら提督さんは生きてけないだろうし、しょうがないから好きでいてあげてる」

神官「はっ、それは上々だ」

瑞鶴「夢、まだ諦めてないでしょ?」

神官「諦めていたらこんな場所に来ないだろう」

瑞鶴「言えてる~」ケラケラ


時雨「初めまして神官さん」

神官「初めましてお嬢さん」

時雨「僕、穢れに体の隅々まで汚されちゃってるんだ。神官さんのアレで綺麗にして欲しいな?」

神官「いえいえ、お嬢さんは元から穢れの塊のような存在です。私には救えません」

時雨「んふふ」ドゴォ

神官「バビロンッ!?」


三隈「クマリンコ」

神官「クリマンコ」

三隈「ふふっ、クマリンコ」バチコォン!

神官「ガフッ!? クリマンコ!」

三隈「あらあら、うふうふ、『クマリンコ』」ドゴォォォドゴォォォォ

神官「ガハッ! ガハァッ! く、クマリンコ」

三隈「提督、よく出来ました♪ 三隈は再びお会いできて嬉しいですわ」

神官「う、うむ」


神官「おい木曾」

木曾「……」

神官「泣くなよ」

木曾「だって、だってぇ!」

神官「泣くんじゃなくて、もっと再会を喜べよ」

木曾「俺だって嬉しいんだよ! 嬉しいから泣いてんだよ!」

神官「怒ったように叫ぶな。不器用な奴め」ナデナデ

木曾「うぅ……」


神官「漣、何か異常は無いか」

漣「ねーですよ、元ご主人様」

神官「……その呼び方はクるものがあるな」

漣「嘘です。漣のご主人様は貴方だけです」

神官「漣……」

漣「それも嘘です」

神官「サザナミィ……」

漣「えへへ、またよろしくお願いしますね、ご主人様!」

神官「漣ぃ!」


神官「皐月、無事だったか」

皐月「まぁねぇ! 文月と曙は仕事中だよ」

神官「そうか……」

皐月「提督はしばらくこっちに居るの?」

神官「あぁ、だが以前のように指揮官としての仕事はしない。あくまで神官として着任した」

皐月「以前から艦隊の指揮はしてなかったじゃないか。それならいつも通りだよ」

神官「ワハハ! こやつめ! 言いおる!」

皐月「あはは!」


長月「司令官!」

神官「よっ」

長月「司令官!!」

神官「どうしたんだよ」

長月「司令官!!!!」

神官「違う人間に見えるか?」

長月「やっぱり司令官だよな!!」ダッ

そして長月は、跳んだ。

神官「……ふぁはまにふぉひふふな」(頭に抱きつくな)

長月「司令官! 司令官! 司令官! ふへへ! この野郎! 来るなら来るって言えよ!」モギュモギュ

神官「ふぁーなまつきもにもいまする」(あー、長月の匂いがする)

長月「大人の良い匂いだろう!」

神官「ひょんへんふさいはひほひほいは」(ションベン臭いガキの匂いだ)

長月「照れ隠しだなー! このー! かわいいなぁー!」モギュモギュ

皐月「長月、後ろからだとパンツ見えてるよ」

長月「知るか!」

日向「そう体を押し付けては彼が苦しいんじゃないか?」

長月「私の匂いを嗅ぎながら死ねればこいつも本望だろう!」

漣「……長月、後輩が見てますよ」

長月「あっ」

「「「「「「……」」」」」」

衆人環視であったことを完全に失念していたようだ。


長月はいそいそと提督の顔から離れ地面に戻り、スカートを直す。

そして何故か語り始めた。

長月「あーみんな、聞いてくれ。この男は旧第四管区の提督、私達の上司だった男だ」

長月「私の事が好き過ぎて、ブインまで来た」

沈黙

誰も言葉を発さなかった。

長月「こ、この男は重度のロリコンで定期的に私の匂いを嗅がないと発狂するんだ!」

長月「先程の行為はこの男の発作を抑えるための行為であって、私の本意ではない」

沈黙

長月「繰り返すぞ! 私の本意ではない! 仕方なく行ったものだ! いいな! 阿賀野! いいな!?」

阿賀野「えっ、あ……はい」

長月「天龍も分かってるよな!?」

天龍「も、勿論ですよ! 長月さん!」

長月「よし! 分かれば良いんだ! 分かれば!」

日向「……」ニヤニヤ

神官「長月」

長月「何だ司令うわっ!?」

後ろからの声掛けに振り返ろうとした長月の脇の下に手をやり、

まるで何かの荷物のように持ち上げる。

長月「お、おろせ! 何だこの持ち方は!」

神官「そうか長月、俺はロリコンか」

長月「頼む! 話を合わせてくれ! 今は私にも面子があるんだ!」ヒソヒソ

久々に見た必死そうな長月の姿に笑みが零れそうになる。

神官「お前も相変わらずだな。分かったよ」ヒソヒソ


神官「ああそうなんだ、みんな! 俺はロリコンなんだ! 長月が好き過ぎるんだ!」(棒)

沈黙

翔鶴「ぷっ……」

瑞鶴「……」ニヤニヤ

長月「ほら聞いたかみんな! こいつは私が好き過ぎて私も困ってるんだアハハモーコマッタナァ!」

長月「司令官、もうロリコンの発作は収まっただろう! 降ろしてくれ!」

神官「俺は長月が好き過ぎるし、いつも迷惑ばかりかけてしまうから今日は御礼をしたい」

長月「……は?」

神官「長月、いつもありがとう」

持ち上げた長月をこちらへ抱き寄せ、頬に口づけをする。

神官「これが御礼だ」

長月「……」

長月「うにゃぁあああああああ!?」

長月「……」ガクッ

漣「あ、長月のブレーカーが落ちた」

皐月「睦月型のみんなでエッチな動画沢山見て、長月が失神しないよう練習したんだけどなぁ」

漣「……なんていういかがわしい練習ですか、それ」


朝 ブイン基地 執務室

三人の男たちが執務室のソファに腰を下ろし歓談をしていた。

山内「長旅ご苦労だったな」

嶋田「なんのなんの、妖精任せの気楽な船旅だったよ」

神官「山内、強襲揚陸艦は凄いぞ。あの造船技術が失われるのは惜しい」

山内「確かにな。下手に小型の艦を使うよりあれだけ大型だった方が逆に安全な場合もある」

嶋田「ま~世界の趨勢を見れば大型艦は最早必要が無い」

神官「興の無い奴だ。仮に深海棲艦が居なければ俺達の乗る予定だったと思うと感慨深くないか?」

嶋田「……」

山内「僕は同意だ」

嶋田「だから何だってんだ? 『大きなオフネは海兵冥利に尽きてウレシー!』ってか」

嶋田「御免だね。深海棲艦が居なければ、どうせ人類は身内同士で核戦争して滅んでるよ」

山内「お前は相変わらずだな」

嶋田「俺は自分の浪漫の為に人殺しなんてまっぴら御免だ」

神官「別に人を殺すと決まったわけでは無いだろ。俺は元々軍艦に憧れて海軍に入ったんだよ」

嶋田「知ってるよ。軍艦に憧れて入って血筋が良い癖に馬鹿みたいに努力して、結局軍艦に乗れなかった奴の事なら俺は良く知ってる」

山内「嶋田、忘れたか。僕も軍艦が好きで海軍に入ったんだぞ」

嶋田「ありゃー、そうだった俺の周りは潜在的な戦争狂ばかりだった」

神官「人道屋気取りはやめろ。俺達は戦争狂じゃない」

嶋田「大和型戦艦作る予算確保のため開戦準備する阿保海軍の直系子孫ではあるだろ~」

嶋田「まさに逆転の発想! 大和型こそ日本人の忌み子!」


嶋田「お前らが兵器を、軍艦を好きというのは個人の自由で別に良いと思うが良い趣味だとは思わんな」

山内「……」

神官「……」

嶋田「そう悲しそうな顔をするなぁ。俺だって初めてアメリカの戦艦を見た時、自分が高揚していたのが分かった」

嶋田「山内、雅晴、人間は純粋なものを感じ取る事が出来るし、感じ取ったまさにその時心が震えるんだ」

嶋田「映画や小説を見てみろ、曇りも無く純粋なものがみんな大好きだ。アホくさい」

嶋田「兵器はどう取り繕おうが純粋な殺意の塊だ。それ故に、俺達は兵器を見て震える」

嶋田「純粋すぎて美しさを感じるアホ二人まで居る」

嶋田「俺はそんなものに高揚する感性を持った自分が大嫌いだ、ってだけの話さ」

山内「純粋なものに震える、か。確かに心当たりが無くもない」

嶋田「だろ。これは一つの真理だからな」


山内「だが相変わらず、戦う人の想いを全て殺意と単純化するのは見過ごせんな」

山内「大和型戦艦を先ほどのように評するのも気に食わん」

嶋田「やめろよ。その話は学校時代に散々議論しつくしただろう。俺はお前を納得させられないし、またその逆も然り。自由の領域だ」

山内「分かってるよ。僕も言われっぱなしじゃ癪だからな」

嶋田「おーおー、意地の悪い長官様だこと」

神官「時に弱い立場から血の流れない愛と平和を語るのが強いと思ってる奴らが居る」

神官「そんなに自分達が野蛮だったことを忘れたいのか?」

嶋田「変わるためには自分達の本質を自覚する事も、都合の悪い事は忘れる努力も必要さ」

神官「やれやれ、人道屋様は日本人をやめて美しい蝶にでも変身するつもりなのかね」

神官「俺は意見を曲げるつもりは無い。何と言われようが軍艦は美しい。大和型の戦艦信濃は特に良い!!」

嶋田「野蛮で見事だ。雅晴君のような人間が居るから人類は愚かしい」

神官「精々都合の悪い事は忘れて楽しく生きてろバーカ。で、兵器が苦手な嶋田君は何で軍人なんてやってるんだ?」

嶋田「俺自身の理想は、他人に語って飯が食えるほど影響力が無い、つまり純粋じゃ無いんだよ」

嶋田「それにラブとピースを語る口を守ってくれるのは結局兵器だったりするわけで」

嶋田「いや~。どうしてこうなった。なんで俺、華族なのに海軍の制服着てるんだろな?」

神官「うん。確かにどうしてこうなった」

嶋田「ま~海軍の唯一のメリットは、艦娘とヤリ放題ってとこだな」

神官「相変わらず破廉恥な奴だ」

嶋田「そう言うなよ宮、お前だって伊勢の妹とヤってるだろ」

神官「……」

山内「はっ、公然の事実という奴だな」

嶋田「山内は遂に長門とヤったな。つい最近だ。童貞卒業おめでとう」

山内「……」

嶋田「分かるんだよ。お前らの艦娘に対する視線、身体の距離、仕草でバレバレだ」

嶋田「むはははは!! 気にすんな!! 誰にも言わないから!」

嶋田「新生海軍兵学校の三羽烏だった仲じゃねぇか。また楽しくやろうや」

山内「ナイフを突きつけながら友好を語るのは国家間の外交と同じだぞ」

嶋田「ナイフなんてとんでもない。俺は自分に見返りの無い、完全なる善意の友好を求めているだけだぞ~」

神官「胡散くさっ!!! 山内も何故こんな面倒な奴をブインに呼ぶんだよ……」

嶋田「むはは! その犬面のお前が言うなっつーの」

山内「指揮官が一人というのは何かあった時に良くない」

神官「なら俺が副官で良かっただろうが! ブインに来るために親父に土下座してジョブチェンまでしたんだぞ!」

山内「そんなこと知らん。僕が問い合わせた時にはお前は居なかった」

神官「あーもータイミングが悪いなー」

嶋田「まぁ良いだろう。こうして三人で集まったのも卒業以来だ」

山内「そうだな。嶋田、神官殿、よろしく頼むぞ」

嶋田「任せておけ聨合艦隊司令長官殿」

神官「うぅむ! 悪霊退散!」

山内「あはは!! 胡散臭すぎる!」

嶋田「むはは! 宗教変わってないか??」

神官「わはは!」


朝 ブイン基地 大広間

伊勢「超弩級戦艦、伊勢型の一番艦、伊勢です。皆さんよろしくお願いします!」

19「イクッ!」

天龍「後半凄いのが居なかったか。なんかもう覚えてないけど」

龍田「天龍ちゃん、キャラが濃いからって意識の外に置いちゃ駄目よ~」

日向「伊勢、久しぶりだな」

伊勢「おっ、日向~我が妹~! 元気にしてた~?」ハグ

日向「ああ、お前も元気そうで何よりだ」

伊勢「また一緒に戦おうね!」

翔鶴「ご一緒に戦われていた時期があるのですか?」

伊勢「前、私は第二管区だったんだわ。でその後嶋ちゃんの舞鶴行き」

日向「一緒にというか……沖ノ島の時なんかは支援艦隊として出撃したな」

伊勢「そうそう~」

翔鶴「支援艦隊、そういえば利用したことがありません。同時に二つの艦隊を出撃させるのに、航路限定装置の影響を受けないのですか?」

日向「あれ、お前知らないのか」

伊勢「支援艦隊は同じ海域に行かないよ。出来る限り戦域に近づいて航路限定装置、羅針盤の範囲外から援護射撃したり航空戦をしたりするんだよ!」

翔鶴「成程、それなら納得です」

瑞鶴「成程~」

伊勢「ま、羅針盤の影響で全然当たんないんだけどね~」

日向「紹介しておく。伊勢、こいつらがかの高名な第四管区の五航戦姉妹だ」

伊勢「単冠夜戦の隠れた英雄様でしょ? お噂はかねがねだよ」

瑞鶴「一人残らず二人を知っている、三国一の名姉妹、第四管区の五航戦!?」

翔鶴「ちょっと瑞鶴、何言ってるの?」

日向「今自分で考えたのなら面白いが」

瑞鶴「いや~、どこに行っても単冠の話されるとちょっと照れるなぁ」

日向「分かったろ? 英雄なんて言われても歯がゆいだけだ」

伊勢「役に立たないとか言われるよりはマシだよ」

日向「……お前にそんな事を言う奴が居るのか」

伊勢「いや! 私が言われたわけじゃないから! 刀に手を掛けないでいいから!」

日向「そうか」

翔鶴「……」ニコニコ

日向「おい翔鶴、何故笑っている」

翔鶴「日向さん、いえ、日向にも姉妹艦が居たんだなぁと実感出来たのが嬉しかったのです」

日向「余計な御世話だ」

伊勢「いや~、この子慣れるまでつっけんどんだから扱いづらかったでしょ?」

瑞鶴「はい」

翔鶴「ええ」

日向「おい」

伊勢「あはは! 日向~、意外といい子たちじゃん。良かったね!」


瑞鶴「伊勢さん、意外とってどういう事ですか~?」

伊勢「あ、瑞鶴ちゃん。さん付けなんてしなくていいからね。好きに呼んでよ」

伊勢「いやね、前に日向と演習で会った時、むっつり顔で『新しく入ってきた五航戦が気に食わない』って言ってたから」

日向「……あの演習は単冠の前だ。色々あったんだ、色々」

伊勢「分かる~! なんかそんな感じする~! 日向は前よりいい女になったよ!」

日向「なんだそれ。調子のいい奴だな」 クス

伊勢「あはは!」

瑞鶴「……なんか、伊勢ちゃんと日向さんが二人で居るのを見ると、落ち着きます」

伊勢「瑞鶴ちゃんと翔鶴ちゃんだってお似合いだよ。姉妹艦ってそういうものじゃない?」

日向「落ち着く、か。私もお前達姉妹はバランスが取れていると思うよ」

翔鶴「姉妹艦って不思議ですよね。まるで自分の身体の一部のような、でも一部じゃ無いような」

日向「翔鶴にしては珍しく意味不明な事を言う」

翔鶴「語彙が足りないことは認めます」

瑞鶴「伊勢ちゃんって日向さんと違って絡みやすいね! さっき知り合った筈なのに、ずっと一緒だった感じがする」

日向「絡みづらくて悪かったな」

伊勢「一緒だったよ」

瑞鶴「え?」

翔鶴「……」

伊勢「私、さっき翔鶴ちゃんが言った事、分かる」

伊勢「姉妹艦って見えない何かを共有するような存在なんだよ。お互いの中に、お互いがいつも存在してるんだ」

伊勢「証拠とかは無いんだけどね!」

日向「確かに何かを比べる時に、基準はいつも伊勢だったな」

伊勢「それはどうなのかな~?」

伊勢「あと、姉妹艦って兵器としての性能は殆ど同じなのに、性格とか全然違うじゃない?」

伊勢「日向を見てると、もしかして自分にもこういう可能性があったんじゃないかな~って」

伊勢「思うわけなんですよ!」

伊勢「私はそれって凄く嬉しいんだ。もう一人の自分を見てるみたいでさ」

翔鶴「……同意です」

瑞鶴「私は姉さんみたいになれる気がしないけどね」

日向「私もだ」

瑞鶴・日向「「あははは」」

伊勢「妹には分からない姉の苦悩ってのがあるのよ」

翔鶴「そうですね。姉は責任重大ですから」

伊勢「私は翔鶴ちゃんとは仲良くなれる気がするわ」


昼 ブイン基地 特型駆逐艦の割り当て部屋

磯波「吹雪、今日のシフト……」

吹雪「……」

「ほっとけよ磯波、どうせ吹雪は働かないよ」

「構うだけ時間の、無駄」

磯波「……じゃあ吹雪、私海上護衛行ってくるね。何か嫌な事とかあったら、すぐ言ってね?」

吹雪「……」

長月が凄く嬉しそうだった。あの男の人、長月にとって大切な人なのかな。

吹雪「……ずるい」

誰も残っていない部屋で一人呟く。

私には何も無いのに、好きな人も居ないし、夢も無いのに。

吹雪「長月ばっかりずるい……ずるい! ずるい!!」

可哀相、私は可哀想

カワイソウ、フブキバッカリ、イヤナオモイ

「もうやだよ、生きててもなんにも良い事無いじゃない!!!」

ナガツキ、キライ?

「同じ駆逐艦なのに、長月は堂々としてて、強くて、大切な人も居て、夢もあって……ずるいよ」

ズルイネ

「悔しい……悔しい!」

フブキ、カワイソウ

「……」

ナンデ、フブキバッカリカワイソウ?

「……」

オカシイ

「……そうだよね」

ナガツキ、ズルイ

「うん」

フブキノ、タイセツナモノ、ゼンブトッテイク

「……」

トラレタモノ、トリモドソウ

「……」

トリモドソウ

「……そうか、私のは長月に取られちゃったんだよね」

トリモドソウ

「うん」

トリモドソウ、トリモドソウ

「うん! うん!! 取り戻そう!! 長月から全部!! 私のものを!!」

トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ

「あはは! そうすれば私も幸せになれるんだ!!」

トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ

「あははは、あははは、あは、あはははは! そうだよね! 返してもらおう」

トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ、トリモドソウ


昼 ブイン基地 工廠

緑帽妖精「砲身、凄い曲がりっぷりだねー」

明石「私の力ではこれが限界で……」

緑帽妖精「でも、よくやったと思う。本当なら僕らの仕事、押し付けちゃってごめん」

明石「……」

緑帽妖精「君達はよくやった。僕には分かる。ありがとう」

明石「……」ポロポロ

緑帽妖精「えっ、艦娘、なにゆえ泣く」

明石「うぅ……」ポロポロ

緑帽妖精「悪い事、言ってしまった?」オロオロ

明石「妖精さーん!!! こちらこそ来てくれてありがとー!!」ガシッ

緑帽妖精「オグゥ」



昼 ブイン基地 夕張研究室

赤帽妖精「ジェット面白い!」

夕張「でも小型化にはここの強度が足りなくて」

青帽妖精「ここと、ここ省略可能、省スペース、かつ強度問題解決」

夕張「えっ!? どうやるんですか」

青帽妖精「この面をガー、ブワーとしてこっちをグリンする、さすればピタリ」

夕張「……」

青帽妖精「……作るが早い」

夕張「早速作りましょう!」

赤帽妖精「ミグ作りたい!」

夕張B「それはライセンス的に不味いです」


昼 ブイン・ラバウル間連絡海域 

瑞鶴「発艦どうぞ!」

瑞鶴搭乗員「ヒャッハー! お前らぁ! 発艦だぁ!」


加賀「攻撃隊、発艦始め」

加賀搭乗員「フォフー! この人おっぱいオッキー!」

翔鶴「搭乗員さん、お願いします!」

翔鶴搭乗員「翔鶴様! 俺は別におっぱいの大きさとかそういうのはあ、出ます!」


瑞鶴「ん~久々に全力出せてスッキリ~!」

加賀「……妹、はしゃがないで」

翔鶴「彼らを出迎えられるよう、私達は私達の戦いをしましょう」

瑞鶴「ていってもまだ距離があるから潜水艦に警戒するくらいだよね」

翔鶴「加賀さんは提督……今は神官さんでしょうか。彼に会いましたか?」

加賀「……まだ会っていません」

瑞鶴「きっと喜びますよ。あの人はおっぱいの大きい艦娘が好きですから。あー自分で言ってて無性に神官殴りたくなってきた。ははっ!」

加賀「妹、私もあの男の好みくらい知っています。私の司令官でもあったのですから」

瑞鶴「あの人って他の司令官と比べてどうなんですか?」

加賀「質問の意図が読めません」

瑞鶴「うーん。指揮官として優秀か否か、です。私は第四管区しか知らないので……」

加賀「今は指揮官としては劣化しているんじゃない」

瑞鶴「そうなんですか?」

加賀「最初は、私が第四管区に居た頃は、優秀な指揮官でした。赤城さんが大破しても戦果の為なら突っ込むくらいに優秀でした。優秀の前に総司令部的には、という枕詞がつくけれど」

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

加賀「艦娘を失ってから、あの男は戦果重視をやめたらしいわ」

翔鶴「どの艦娘かお聞きしても?」

加賀「……噂で聞いたから、詳しい事は私も知らない。第三次解放作戦のすぐ後に私は赤城さんや飛龍と南方へ転属になったから」

翔鶴「……」

瑞鶴「そうだったんですか……」


加賀「それにしても、何故で私ばっかり五航戦と出撃させられるのかしら」

加賀「赤城さんや飛龍は子守をしなくていいから、羨ましいわ」

瑞鶴「……」

瑞鶴「加賀さん……赤城さんと飛龍さんは、も」 翔鶴「本当に! ……ご迷惑をおかけします」

加賀「姉の方が謙虚なのが、唯一の救いかもね」

瑞鶴「……えへへ……ごめんなさい」

加賀「さ、気を引き締めて。そろそろ艦載機が会敵する頃です」

翔鶴「了解」

瑞鶴「了解!」


夜 ブイン基地 大部屋

山内「もう知っている者もいると思うが、今一度紹介しておく」

山内「こちらは舞鶴の嶋田提督、今後、私の副官として戦いを支えていく」

嶋田「嶋田だ。よろしく」

\カッコイイカモ!/ \ヨロシクオネガイシマース!/

嶋田「元気があってよろしい。舞鶴から伊勢と伊19を連れてきた。この二人も頼む」

山内「えー、それでこちらは神官殿だ」

神官「自分は艦娘の心のケアを担当する。神官、神官殿、神官様、好きに呼んでくれ」

沈黙

山内「……彼は犬の被り物をしているが、これは職務に必要なものだそうだ。怖がらなくていい」

長月(と言っても不気味だろうな。声も怖いし)

夕張「はーい! 質問です! 神官様の言う艦娘の心のケア? というのがよく分かりません」

夕張「具体的にはどのような職務なのか、聞いてもよろしいでしょうか」

神官「夕張君か、元気があってよろしい。それに、実に良い質問だ」

神官「この後話す予定だった事に繋がるし、私の基地内での役割も明確になる。お答えしよう」

神官「私の仕事は一つだ。君たちの穢れを祓う為にこの基地に居る」

夕張「穢れ?」

神官「海軍は、今まで穢れと呼ばれるものを君達に対してひた隠しにしていた」

神官「穢れは、人間には無い艦娘特有の病気であり人間にとって非常に不都合な存在だったからだ」

長月「……」

神官「では、その穢れとは何か」

神官「極一部知っている者も居るだろうが、簡単に言えば艦娘を深海棲艦に変化させるウイルスのようなものだ」


新たな事実を告げられ、部屋は俄かに騒然となる。


山内「……」

神官「静粛に、静粛に」

ザワザワ ガヤガヤ ギャーギャー

神官「みんなー、静かにしろー」

ギャーギャー ワーワー

見た目が怖いからだろうか、人望が無いからだろうか、はたまた余りに衝撃的な内容だったからであろうか。

神官の言うことを素直に聞いた者は、一部を除き皆無だった。

神官「……」

ザワザワ イヤ、デモサー シッソウカンッテ ガヤガヤ


神官「静かにしろと言っているだろうが!!!!」キーン


……

神官「この犬の被り物はボイスチェンジャーだけでなく、拡声器も内蔵された優れものだ」

神官「海の女が少々驚いたくらいで騒ぐな」


日向「……」

神官「私が今日この事実を君達に公表した意図を考えて欲しい」

神官「いま君達は単に我々の命令を聞くだけの存在から離れつつある」

神官「少なくとも私と山内長官は、以前のような人間と艦娘の関係が健全であるとは考えていない」

神官「戦況は人類側に厳しくなる一方であり、艦娘と指揮官はより強い結束が求められている」

神官「で、あるにも関わらず君達を単なる道具として扱うというのは、ちゃんちゃらおかしい話だろう」

神官「これは我々なりの誠意の一部だ。君たちへの信頼を基に隠した事実を明らかにし、お互いの今後をより良くする為の公表だ」

神官「その辺を少し自覚しながら私の話を聞いてくれると嬉しい」

神官「……繰り返して言う。君たちへの信頼がこの話の前提なんだ」

翔鶴「……」

神官「では、穢れをウイルスに当てはめてその感染経路と、実際に感染すればどのような発症の仕方をするか説明しよう」

神官「感染経路は、目だ。対の存在、不浄の塊である深海棲艦を見ただけで穢れは入り込んでくる」

神官「敵と戦う君達の中に穢れはいつでも存在しうる」


再び艦娘達が驚きの表情を浮かべる。確かに無茶苦茶な話だ。

いきなり訳の分からない存在の話をされて、それが既に自分の中にあるかも! とこの男はのたまうのだから。


神官「心配するな。戦い続ければ深海棲艦になるというような類のものではない」

神官「ウイルスとして例えているように、基本的に弱くいつかは消える。感染しても発症まで至るのは稀だ」

神官「この中で、深海棲艦とお喋りをしたことがある者は居るか」

沈黙

神官「そうだろうな。お前達が深海棲艦と対峙するのは戦う時だけだ。闘いであるから当然気を張っている。それならば大丈夫なんだ」

沈黙

神官「感覚的に理解して欲しいのだが、穢れは風邪と似ている。人間は風邪ウイルスを常に晒され続けているが、身体が弱った時のみ風邪ウイルスの増殖を許し風邪の症状が出る」

神官「穢れの場合、君たちの心の弱さ、気の緩みにつけ入り増殖する」

神官「深海棲艦が視界の中に居らずとも、精神的に弱れば増殖するし」

神官「これで分かってもらえたと思う。穢れは心の病気でもあり身体の病気でもある特殊なものだ」

神官「何か不安や困った事があれば、指揮官、姉妹艦、頼れる友人、誰でも良いから相談しろ。自分が一人でないことを忘れるな。絶対に一人で悩むな」

神官「深海棲艦が敵である事を忘れるな。あの白色を、無警戒に見つめるのは絶対にやめろ。あの白色を心の中へ受け入れるな」

神官「手洗いうがいが人間の風邪予防で有効なように、まずは増殖させない努力が肝要になる」

神官「……ここからは予防で穢れの増殖、つまり発症を止められなかった場合の話だ」

神官「穢れが一定量を越えて増殖すると心臓を起点に皮膚が白く変色し始める」

神官「後半の段階まで来ると、個人差はあるが明晰な思考、意思疎通が出来なくなり、一つの物事に異常な執着を見せるようになる」

神官「変色が広がるほどに、その傾向は強くなる。そして、変色が全身の皮膚を覆い尽くせば……自我を失い、穢れの持つ単純な思念に身体を乗っ取られる」

神官「艦娘の意思は消えて無くなると現時点では考えられている。人類への憎しみでつき動く存在に変化する、と」

神官「現在、深海棲艦へと変化した艦娘を元に戻す方法は明らかになっていない」

神官「ま、要は深海棲艦になれば終わりだ」


重苦しい沈黙

神官「不安そうな顔をしなくても良い」

神官「完全に深海棲艦になる前に穢れを取り除く行為、我々神官の業界用語で『祓う』事が出来れば何も問題は無い」

神官「守るために私はここへ来た」

神官「ナノマシンで構成された君達の身体は戦闘用で非常に丈夫だ」

神官「穢れは、そんな君達の健康を害する唯一の懸念材料と言える」

神官「海軍は今まで、艦娘の心という変数を認めなかった。それ故、穢れに対して杜撰な対応をして来た」

神官「聨合艦隊司令長官と私は、これからの艦娘と人間の関係を築いていく上において、またお前達の上官として、もうそのような愚行を繰り返しはしない」

神官「私は君達の傍で、君達を見つめ、いち早く穢れを発見し、祓い、一人でも多くの艦娘を救う」

神官「これが私の仕事だ」

神官「よく分からなければ胸に白いアザが出来た時に診てもらうお医者さんだと考えておいて間違いない」

神官「長くなったな。夕張君、以上だ」

沈黙

夕張「ありがとうございました。神官様、もう一つよろしいでしょうか」

神官「何だ?」

夕張「神官殿、神官様って呼び方は堅苦しいじゃないですか、私達のお医者さんだから『先生』ってどうですか」

神官「……」

奇妙な沈黙

夕張C「ほら、変な空気になった。責任取りなさいよ」

夕張「えぇ!? 結構良い名前だと思うんだけどなぁ」

神官「……いいじゃないか」

夕張C「えっ」

神官「私は……その呼び方は嫌いではない」

夕張「やったー! じゃあ決まりです! 神官様は先生です!」

夕張「先生! これからよろしくお願いします!」

\センセー!/ \ガッコウイッタコトナイケド、ナンカイイ!/ \センセーヨロシクー!/ ワーワー

神官「……こちらこそ。みんな、よろしく頼む」


夜 ブイン基地 港

廊下で丁度長月と一緒になり、彼女が基地防衛任務へ行く見送りの為、港に出て来た。

任務まで少し時間があるため潮風を鼻と肌で感じながら二人で話している。

長月「お前、本当にスピーチが下手くそだな」

神官「……うるさい」

長月「なーにが信頼だ。お前のは信頼じゃなくて期待だぞ」

神官「ニュアンスで伝わるだろう」

長月「まぁ、言いたい事は分かったが」

夕張「せんせー!」

神官「ん? 夕張君か、どうした」

夕張「私、さっき聞けなかったことがあって」

神官「おう」

夕張「その犬の被り物、何なんですか!」

神官「ああこれはな、仕事の道具だ」

長月「嘘を吐くな。面白がっているだけだろう」

神官「長月、お前は俺を侮りすぎだ。正当な理由がある」

長月「ほう、聞かせて貰おうか」


吹雪「……」ニコニコ

艤装を纏った吹雪が、あちら側から近づいて来ていた。

神官「この犬の被り物は目立つんだよ」

夕張「まぁ、そうでしょうねぇ」

長月(ん? アイツ、何でここに居るんだ?)

彼女は午前中の基地防衛に割り振られていたが、夜は特に何も無かったはずだ。

神官「まだ分からんのか、夕張君」

夕張「ヒントを貰ってません」

神官「長月は分かるか」

長月「……まだ分からんな」

神官「この犬の顔は仕事が捗るよう役割を持たせてある」

神官「単純に犬の顔と言い切ってしまえない造形をしたこの顔は、人間の顔とは大幅に違う。声も不愉快なものだろう」

夕張「それは分かります」

神官「つまりこの顔を見ていないものは少し普通ではない」

神官「ましてや私はこの基地に今日着任した。朝や夜の挨拶で私のこの顔を見ていたとしても、すれ違う時にはまた違う顔に見えるという訳だ。一度や二度見た程度で、この興味関心は殺せない」

夕張「それは分かりますって~!」

吹雪「……」ニコニコ

特型駆逐艦一番艦は、私の前に来て止まった。

どうやら私がお目当てだったらしい。熱いまなざしでこちらを見つめてくる。

彼女は笑っているのに、どこか不自然だった。

神官「……他人の視線と言うのは実に分かりやすいものなんだけどな」

夕張「当たり前じゃないですか。これだけ目立つんですから」

吹雪「長月さん、返して下さい」

長月「……」


返して下さい、と吹雪は言った。

私には全く身に覚えがない。何かを借りた記憶も無い。

夕張「もー! 先生! 私をからかってるんですか! 流石に怒りますよ!」

夕張「あ、吹雪ちゃんこんにちは!」

長月「……吹雪、私はお前に何を返せばいいんだ」

吹雪「全部です。私から取ったもの全部返して下さい」

神官「この俺と出くわして、俺に一度も視線をやらない艦娘は実に集中力のある奴だ。普通の艦娘として、ありすぎる程にな」

神官「……吹雪は俺の方を一度も見ていないぞ」

夕張「えっ、それって、つまり……? えっ、えぇっ、嘘!?」

長月「吹雪、右を向け」

吹雪「……」ニコニコ

神官「……」

長月「吹雪、向けと言っているだろう。お前の右に居る変な被り物をした男の方を見ろ」

吹雪「……」ニコニコ

長月「……ほんの一瞬見てくれるだけで良い」

吹雪「……」ニコニコ

長月「……お願いだ」

吹雪「長月さん、返して下さい。それで私は幸せになれるんです」ニコニコ

長月「お願いだから右を向いてくれ……!」

神官「こいつが穢れの第一号か。……着任のタイミングが良いんだか悪いんだか」

吹雪「……」ニコニコ

長月「頼むから……そんな殺気を私に向けないでくれ!!」



吹雪「返してくれないなら、私の中から消えて下さい」

笑みが消え彼女の手にした主砲は長月に向けられる。

吹雪「死」 手にした主砲のみを正確に破壊する砲撃が行われ、その行動は中断された。

長月「仲間に正面から撃たれそうになったのは久しぶりだ。正直傷ついた」

吹雪「……」

緑の髪の艦娘が手にした単装砲は硝煙を伴い、自らが撃ったと自己主張をしていた。

長月「どう消すつもりだったかは知らんが、簡単に消せると思っているなら大間違いだぞ」

吹雪「どうして長月ばっかり」

長月「……」

吹雪「長月は強くて、好きな人も居て、夢があって、憎たらしいのにみんなから愛されて」

吹雪「……私には、私には何も無いのに」

長月「……」

吹雪「返してよ、私に返してよ!!!!」

長月「……もう何も言わん。哀れすぎて何も言えん」


吹雪と長月の距離は二メートルも無い。夕張からは長月が地面に沈み込んだように見えた。

数秒遅れて、それは単に姿勢を低くし吹雪を捕えるために突っ込んだのだと気付いた。

神官には長月の動きは見えていた。彼女はその愛らしい胸元から曳航用のロープを取り出し、吹雪に向かって突撃したのだ。

捕縄術に基づいた効率的で正確な動き。これは司令部で彼女の動きを見ていた自分だから見えるのであって、普通の艦娘……少なくとも横に居る夕張には動きが理解出来ないであろうことは容易に想像できた。


長月「……」

捕縛完了、一仕事終えて止まった長月の髪は不自然に揺れた。単に速すぎたのだ。

夕張「えっ、あれ、今地面に沈み込ん……あれ? 吹雪さんが捕まってる」

長月「……夕張、お前動体視力大丈夫か? 少しは実戦を経験した方が良いぞ」

一見突き放すように見えるが、これは長月が内心喜んでいる言い方だ。あれを目で追える新人艦娘の方が俺は怖い。

吹雪「返してっ!! 返せ! 返せ!」

長月「……」

冷たい視線だった。

長月に穢れの話はしていなかったが、彼女が今、脳内で比較しているであろうものは想像がつく。

日向である。

察しのいい我が娘たちは多くを語らずとも、それ以上を知る事が出来るだろう。

あの狸と比べられる吹雪が少し可哀想ではあるが、今の吹雪が見苦しい事は間違いなかった。

吹雪「返せ返せ返せ返せ!!!!」

夕張「……」

神官「……」

長月「司令官、さっさと祓ってくれ。こいつ自らが招いた事とは言え見苦しい」

日向の時と違い和解が不可能なのは明確だった。

いや、アレが例外すぎるのか。本来なら参考にすべきではない。そもそも日向の中身は俺の想像もつかない化け物なのだ。

長月が完全武装していたことも吹雪の失敗の原因だろう。

神官「……そうだな。では、一旦俺の部屋へ」

吹雪「かかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか」

壊れた。

同じ言葉をを何度も繰り返した後、吹雪は長月が失神するように力を失い、こうべを垂れる。

提督「いや、まさか、まだ全身には廻って」

再び力が籠り、元の位置に頭が戻った時、一つだけ変化が見られた。

瞳の色が真っ赤に変色していた。

吹雪「……」

吹雪「カエロウ」


神官「孵化した!! 二人とも離れろ!!!!」


曳航用ロープは、当然その強度を保証されている。

具体的に言えば駆逐艦一隻で航行不能になった残り五隻の戦艦を曳航する為の強度を保証されている。

そのロープが爆ぜた。綿あめのように爆ぜた。


吹雪「カエロウ」

長月「待て! お前!」ガシ

吹雪「……」

身体を掴む長月の手を吹雪は鬱陶しげに、虫のように払った。

恐らく全力で掴んでいたであろう手は簡単にふり払われる。

長月「んなぁ!?」

神官(おいおい。吹雪の中身、これ結構強いぞおい!)


「……さよなら」



長月「……おい、駄目だ! 待て! 吹雪! 行っちゃ駄目だ!」

制止も聞かず、港湾へと足を踏み入れ海面を進み始めた。


夕張「なにあの速さ……何ノット出てるの!? 信じられない」

神官「理屈は分からんが、事実は見た通りだ。受け止めろ」

長月「司令官! 私は吹雪を追うぞ!」

神官「吹雪を外海に出すな。何とか港湾、近海で行動不能にしろ」

神官「……あいつはまだ意識がある。何とかなるかもしれん」

長月「分かっている! だから追うんだ! 砲撃は!」

神官「許可する」

長月「あーもう! 私の周りは本当に困った奴ばかりだ!」

神官「行ってこい」

長月「任せろ!」


神官「夕張君、私の権限で緊急事態を宣言する。総員第一種戦闘配置、直ちに司令長官へ報告しろ」

夕張「な、なんて報告すればいいですか」

神官「吹雪、穢れ、9点。これで分かる筈だ」


日向「さて、今日は刀でも研ぐ」


ビィーッ ビィーッ ビィーッ ビィーッ


日向「か? これは緊急事態の警報……だよな。初めて聞いた」

日向「どうせ彼絡みなのだろうなぁ」

日向「えーっと、緊急事態時に私は……部隊の指揮か。一先ず港へ行くか」

伊勢「日向!」

日向「やっ、姉様」

伊勢「この警報は何?」

日向「緊急事態の警報だ。所定の持ち場に行かねばならん」

伊勢「私はどこなの」

日向「……お前を遊ばせておくのは勿体無いな。私と来い」

伊勢「合点!」


夕張「先生の判断で緊急事態が宣言され、現在第一戦闘配置へ移行中です」

夕張「あ、先生からの伝言で『吹雪、穢れ、9点』とのことです」

山内「吹雪君が9点!?」

夕張「わ、私にはよく分かりません! そう言われただけです」

山内「……吹雪君はどうしている」

夕張「吹雪さんはショートランド方面に向かっています」

山内「分かった。夕張君はそのまま発令所へ」

夕張「了解です! 通信終了!」


山内「遂に出てしまったか……しかも9点とは」

嶋田「その点数ってのは何なんだ?」

山内「穢れの進行度だ。より広がっている程高くなる」

嶋田「最高はお幾ら」

山内「10点で立派な深海棲艦だ」

嶋田「おったまげー」

山内「僕も長官で無ければそう言いたいところだがね」


山内「長門、僕だ。状況を知らせろ」

長門「現在港で待機中。いつでも行ける」

山内「他の艦娘の準備状況は」

長門「八割は準備完了といったところか」

山内「発令から五分で八割か。初めてにしてはまぁ及第点だ。長門、今回は穢れ絡み、発症者は吹雪だ」

長門「早速だな。私はどうすればいい」

山内「吹雪は現在ショートランド方面へ向かっている。深海棲艦化がかなり深刻だ。もう自意識は殆ど残っていない段階に来ている」

長門「ちっ……」

山内「我々は吹雪を追いかける以外に、この混乱に乗じた敵の侵攻にも備えなければならない」

山内「後者の指揮をお前に任せたい。良いか?」

長門「勿論だ」

山内「頼んだ」

長門「私に任せろ。通信終了」


山内「あとは防衛ラインで警戒配備をしている艦娘に足止めを」

神官「すまん!」

嶋田「遅い」

山内「詳しい報告を頼む」

神官「港にて吹雪と遭遇、戦闘に突入し長月が鎮圧に成功。曳航用ロープで拘束したが、拘束を紙みたいに引きちぎって逃げやがった」

山内「それはもう10点じゃないのか」

神官「ややこしいんだよ。穢れのものだけでなく、まだ吹雪の意識が残っているんだ」

山内「お前らが着任した当日にこのような……まぁいい! 発令所へ行くぞ」

嶋田「待ってました」

神官「俺達にもお前との直通回線を用意してくれ。面倒で敵わん」

山内「その内な」


夜 ブイン基地 発令所

夕張「司令官に敬礼!」

緊急時、大規模戦闘時のCICとなる発令所は、夕張の発案で弾薬庫の一角に設けられた。

機密保管庫となる予定だった場所を発令所に改造したのだ。

従来の司令部は単なる戦闘許可、またその記録を取るだけの場所としての意味合いが強く大規模戦闘時の指揮所としては不適切であるという結論に至った。

複数ある戦域全体のリアルタイムでの把握、またその情報を踏まえた迅速な戦闘指揮。

その為に必要な各種精密機器を全て夕張が用意し、夕張が組み上げたシステムに基づいて運用される。

ちなみに七人いるオペレーターは全て夕張である。

山内「御苦労、以後私宛の回線通話は全て発令所で受ける」

夕張「了解、以後長官宛の通話はこちらで対応します」

山内「戦闘配置の状況を報告させろ」

夕張D「発令所より各部署へ、状況を報告せよ」

次々に配置完了の報告が上げられ、ブイン基地という巨人はその身体に血潮を巡らせていることを証明した。

発令所のディスプレイに、その配置完了の報告が緑で示されていく。

基地は有機的な一つの戦闘システムとして問題無く起動した。

夕張「全艦娘、配置完了。ブイン基地、戦闘態勢への移行完了です」

嶋田「ほぉ……見事なもんだ」

神官「これは凄いな」

山内「よし。吹雪型駆逐艦、一番艦吹雪を以後目標と呼称する」

山内「目標の現在位置を知らせよ」

夕張「目標は現在、ショートランド・ブイン間連絡海域、無人の第四海域を通過。同じく無人の第三海域に突入しました」

山内「防衛ラインの配置はどうなっている」

夕張「第一、第二に夜間警戒の部隊が配置されています」

山内「……目標の識別信号は」

夕張「識別信号は未だ味方の表示です」

山内「目標が第二海域に突入できない可能性はあるか」

夕張「あります」

山内「ブイン基地へ接近する敵は存在するか」

夕張「今の所ありません」

嶋田「さっきからそこの艦娘ちゃんばっかり答えてるじゃないか。どういう理屈だ」

夕張「ここに居る夕張同士での思考の共有です」ニッコリ

嶋田「……は?」

神官「……リアルタイムでのリンクではなく、思考の共有なんざ聞いたことも無いが」

山内「夕張君に不可能は無い。その内お前達にも分かる」

山内「港に待機している部隊は」

夕張「日向、長門、瑞鶴、三隈、高雄を旗艦とする部隊が揃っています」

山内「神官殿、あの段階の穢れに有効な武器はどれだ」

神官「新開発の海水で反応するトリモチ弾を用意してきた。揚陸艦の三番庫に積んである」

山内「よし、日向の部隊は五隻で特殊弾頭を装備した後に出撃、瑞鶴の部隊は通常兵装でバックアップしろ」

山内「動けなくした後に捕獲する。目標は識別信号こそ味方だが、穢れに強く影響されている」

山内「視界に入れる際には十分に注意しろ」

夕張「……了解」


夕張D「……日向隊長、こちら発令所。至急強襲揚――――」

夕張B「瑞鶴隊長、こちら発令所―――――――」

嶋田「長官、味方を視界に入れる時注意しろ、って……命令として面白すぎません?」

神官「……」

山内「嶋田君、殴られたいのか。私自身も苛立っている」

嶋田「冗談ですよ」

夕張「……」

夕張「第三海域にブイン基地方面から新たな艦娘!」

山内「誰だ」

夕張「睦月型、長月です」

神官「私が追撃を命じていました」

夕張「目標、第二防衛ラインの前で停止しました。……このまま停止すれば約15分で長月と接触します」

嶋田「羅針盤に阻まれているようですな」

山内「……日向に四隻で出撃するよう伝えておけ」



ショートランド・ラバウル間連絡海域 第三防衛ライン

吹雪「……」

羅針盤の縛りがこのような形で効果を発揮するとは吹雪としても、長官としても予想外の事態だった。

行きは良い良い帰りは怖い、羅針盤はその逆、行きは怖くて帰りは良い。

進軍には六隻縛り等の制限が設けられるが、撤退の場合基地への安全な最短ルートへ導いてくれる。


深海棲艦による直接、間接の両方の被害、そして第三次世界大戦によって30億人が被害を被ったと言われている。

それでもこの戦争、つまり艦娘と深海棲艦の戦いは、妖精の作ったゲームのような側面を持っている事実は否定できない。

海軍上級指揮官の無能な指揮もこの奇妙かつ新たな戦争が彼らの感覚を変容させたのが理由なのかもしれない。

長月「……よう」

吹雪「……何で来たんですか」

深海棲艦でなく確かに吹雪の、長月が知っている吹雪の声だった。

長月「お前みたいな奴でも、目の前から居なくなられると気分が悪い」

吹雪「……結局自分の為なんですね」

長月「そうさ。自分の為、決して他人の為じゃない。私の為だ」

吹雪「自己中」

長月「やめよう。こんなことお前と議論したって何も始まらない」

長月「吹雪、戻ってこい。今ならまだ間に合う」

吹雪「……戻ってどうなるんですか」

長月「……」

吹雪「私は貴女たちみたいに強くない。むしろ弱い。誰にも必要とされてない、夢だって、好きな人だって居ない」

吹雪「戻ったって何も楽しい事は無い」

長月「……私は多分お前の十倍以上生きている。その間には楽しい事も悲しい事も沢山あった」

長月「私がお前くらいの時、私は弱かったし、人望も無かった、夢も好きな人も居なかったぞ」

吹雪「嘘だ」

長月「嘘なものか。カタログスペックを見ろ。睦月型は旧式駆逐艦だから基本的に弱いんだよ」

長月「特型駆逐艦、お前らは駆逐艦界のドレッドノートだ。最初から強いんだぞ? 正直羨ましくて仕方ない」


長月「だから敢えて言う。努力なんてしなくて良い……ただ長く生きてくれるだけでいい」

長月「何もせずとも、時間が解決してくれることも私は知っている」

長月「あれだけ自分を悩ませていた過去の問題が、ある瞬間に笑い話に変化する場面を私は何度も経験してきた」

長月「お前はその可能性を捨てようとしている。それは勿体無い行為だ。……勿体無さ過ぎて目障りな程だ」

長月「どうだ? 少しは戻る気になったか?」

吹雪「……」


意思疎通が可能となり比較的落ち着いているように見えたが、服の隙間から覗いていた白色は徐々にその領域を広げていた。

吹雪は未だに私の提案を受け入れる気は無いのだ。

緑の髪の艦娘は内心焦っていた。このままでは確実に吹雪が消えると理解出来ていた。

いや、穢れに意識を支配された後に今の人格は消えてしまうのか?


長月「吹雪、お前は誰かに抱き締められた事はあるか」

吹雪「……」

長月「あれはその、何だ、とても良いものだぞ!」

吹雪「……」

長月「……私は神官、あの男だ。司令官に抱き締めて貰った事がある」

長月「人間だから非力だったが、それでも一生懸命に私を抱き締めてくれた」

長月「触れ合ってると相手の気持ちが伝わってくるんだ」

長月「……その当時の私は肉体的にも精神的にも弱かった」

長月「何が沖ノ島に参加した英雄だ。活躍したのは日向達で、私はただついて行っただけだ」

長月「私は攻撃どころか、怖くて漏らしながら敵の攻撃を避けるだけで精一杯だった」

長月「強い奴らが羨ましくて仕方なかった。弱い自分が大嫌いだった。周りを呪った、自分の境遇を、私を作った奴らを呪った」

長月「でも私は一人じゃ無かったんだよ」

長月「いつも見てるからな、と言って抱き締めてくれる男が居たんだ」

長月「触れ合って、あの男が本気で私の事を想ってくれている事に気付いて、私は初めて冷静になれた」

長月「私の事を心配してくれていた艦娘や、姉妹艦である皐月、文月の優しさがようやく理解出来るようになった」

長月「あの男も、もう少し早く艦娘に対して素直になっておけばな……まぁこれは言っても仕方ないな。お互い様だ」


長月「吹雪、艦娘は変わる事が出来る。道のりは苦しいかもしれないが、絶対に変わる事が出来るんだ!」

長月「お前はそれを知らない、私はそれを知っている。私が沢山のモノを持っているように見えるのは気のせいだ。お前と私の違いはただこの程度でしか無い」

長月「……本当だぞ」

長月「お前は確かに弱い。性格も悪い。もう最悪だ」

長月「でも、でもそんなお前にだって手を差し伸べる奴が沢山居るんだよ! お前は気付かないで勝手に絶望してるだけなんだ!」

長月「お前は一人じゃない! 仲間が居る!」

長月「今の自分が気に食わなくたって、そいつらと一緒に変わっていける!」


吹雪「……長月は何でそんなに必死なの」


長月「……」


吹雪「自分以外の事なんてどうでもいいんでしょ。意味分からない。私を助けたら司令官さんに何か貰えるの?」

長月「……」

長月「……はぁ」

長月「貰えはしない。柄にもなく、しかも嫌いな艦娘を助ける為にここまで必死になったのだから、何か貰って然るべきだと思うのだがな」

吹雪「……」

長月「確かに私は自分勝手だ。頭が悪いし、自分中心にしか物事を見れない」

長月「翔鶴みたいな大人の艦娘になるには時間が掛かるだろう」

長月「だが、それは時間が掛かるというだけの話だ」

長月「成長していつか必ず、みんなが慕うような艦娘に私はなるし、なれると確信している」

吹雪「……」

長月「……お前のことはアレだ。昔の自分と被ったというか、自分で可能性を潰そうとして勿体無さ過ぎて虫唾が走るというか……」

長月「な、仲間だからっていうか……私だって自分も困った時には助けて貰いたいし」

吹雪「……」

長月「あー、お前が居なくなったら悲しむ艦娘が居る! そいつらの事を考えると居ても立ってもいられなくなった!」

長月「お前が居なくなったらブイン基地全体の士気も下がる! 悪影響を与えて居なくなるな! 最低だぞ!」

吹雪「……」

長月「信じられないって顔してるな」

吹雪「バレちゃった」


吹雪「長月がどんな艦娘か少し分かった気がする」

吹雪「他の艦娘が言ったなら私も基地へ引き返してたよ? でも長月だから……帰ってあげない」クスクス

穢れは、顔の半分を白く染めるほどになっている。

長月「……分かった。もうやめだ」

旧式の装備、愛用の単装砲の照準を吹雪に合せる。

長月「言葉で言って分からないなら実力行使をするだけだ。何としても基地へ戻ってもらう」

吹雪「嘘吐きと長月って似てるよね」

長月「死ぬまで言ってろ」

吹雪「長月の装備じゃ今の私を殺しきれないよ」

長月「やってみないと分からないだろう」

綺麗事を言っても、結局はこうなるのだ。大嫌いだ。……殺してやる。

大型艦に比べればまるで豆鉄砲のような砲撃音が複数回した。

吹雪(あれ……)

おかしい

吹雪(痛くない)

死ぬことは確実に無いにせよ、ある程度の痛みは覚悟していたのだが。

今の私の身体は12㎝砲が全く効かない程に強化されているのだろうか。

そんな事を考えていると身が軽くなった。

背負った艤装がずり落ち、水中へ沈んでゆく。

吹雪「……ショルダーストラップを狙ったの?」

長月はこちらに近づいて来る。

長月「そんなものがあっては邪魔だからな」

そう言うと彼女は手に持った単装砲を適当に投げ捨てた。


吹雪「さ、さっきから何してるの」

長月「ん? お前も案外察しの悪い奴だな」

長月「こうするんだよ」

吹雪「えっ……」

長月の実力行使は全く痛くなかった。

私は抱き締められただけなのだから痛い筈も無い。

長月「お前、胸が小さいな。少しだけお前の事好きになったぞ」

吹雪「……こんな行為で私が心変わりすると思ってるの」

長月「もう喋るな。ただ私を感じろ」

吹雪「……」

少し癪だが折角の機会だ。私が嫌いな艦娘を至近距離で観察してみる。

私の身体を抱き締める彼女は想像よりも小さかった。

……いつも威圧感で大きく見えていたのだろうか。

吹雪「……」

彼女の髪は柑橘系の匂いがした。その色と相まって収穫したての柚子を連想した。

吹雪「……」クス

腕には目いっぱい力が入って私を押さえつけている。

以前の私ならともかく、今の私にしてみれば非力と言うほか無い。

長月は全力なのだろうか少し腕がプルプルしている気もする。

吹雪「……」

心臓の鼓動を服越しにも感じた。

吹雪「……」

長月という艦娘が私を抱き締めている。

長月「……抱き締められるって……気持ち良いだろ」

吹雪「……」

長月「頭……撫でられるのも……気持ち……良いんだぞ」

吹雪「……」

長月「恥ずかしくて……あんまり……撫でくれてって、言えないんだ……けどな」

長月の調子が変だ。

吹雪「長月、何で……は?」


長月の右目の瞳が真っ赤だった。

というより、左目付近がかろうじて穢れに覆われていないだけで、手足は完全に白に覆われていた。

穢れの急激な増殖への拒絶反応として、長月の身体が痙攣し始める。

吹雪「えっ、ちょ、は?」

長月「私としたことが……油断したな……」

吹雪「何で長月が!?」

長月「これはキツイな……日向の奴、こんなのに耐えてたのか……」

吹雪「なにやってんの!? 死んじゃうよ!!」

長月「よく……分かってるじゃないか」

長月「この穢れに心を許せば……たぶん私たちは居なくなる……」


長月「吹雪、こんな物に頼るな……仲間を頼れ」

長月「ほんとは……幸せになりたい癖に……自分でその道を捨てるな!!」

長月「死にたくないくせに……死のうとするな……」

長月「お前の事を……大事に思う者が……」

吹雪「分かったから! もう分かったから!! 喋っちゃ駄目だよ!!!!」

長月「……私はお前が嫌いだ……でも、お前は私の仲間だ……同じ存在だ」

吹雪「頼むから! お願いだから!!」

長月「まず私たち自身が……助け合わないで……どうするんだ」

長月「私達は……惨めな兵器なんだ……それくらい……救いがあったって……良いじゃないか……」

吹雪「……」

同じだった。

自分に無いものを全て持っていると思っていた艦娘は、自分と何も変わらない小さくて臆病な存在だった。

吹雪「……長月」

例え小さくて、臆病で、惨めだとしても私達は幸せになりたいのだ。救われたいのだ。

長月は自分の本質に気付いて努力した。努力して、色々な物を手に入れた。

そして今、同じ惨めな存在である私を救おうとしているのだ。

そうする事で、自分自身の魂を救おうとしているのだ。

吹雪「……」

なんという

なんと自己中心的で

必死で

惨めで

それなのに、こんなにも私の胸は熱くなるのだろう

長月「でも……私は少し……油断し過ぎたようだ」

吹雪「……」ウルウル

長月「吹雪……基地へ……戻って来い」

吹雪「……」コクコク

長月「……やっと……言葉が届いた……」

長月「……うん……よか」

長月「……」

吹雪「長月」

長月「……」

吹雪「長月」

長月「……」

吹雪「起きてよ、長月」

長月「……」

吹雪「何で長月が死ぬんですか。おかしいでしょ。私が死ぬ予定だったのに」

長月「……」

吹雪「私、やっと貴女の声が聞こえたのに」

吹雪「こんなのおかしい……絶対おかしい……」

長月「……」

吹雪「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


4月30日

昼 ブイン基地 特級病室

南国の太陽からの日差しが、大きく開いた窓から注ぎ込む。

風で揺れ動く白のカーテンレースとは対照的に、一人の艦娘がその身を静かにベッドに横たえていた。

注意深く観察すれば彼女の胸元は定期的に小さく、ゆっくりと上下し、寝ているのだと分かる。

またその艦娘のベッド脇に、一人の男が佇んでいた。

犬の被り物をしているため表情まで知る事は出来ないが、その後ろ姿は悲しげだった。

「……長月、また来る」

付添いの看護士に軽く会釈をすると男は部屋の外へと退出した。


「神官様!」

部屋を出た男は一人の艦娘と遭遇する。男が出てくると即座に駆け寄り、先程長月と呼ばれた艦娘の容体を聞いた。

「長月の穢れは祓い落した」

男の声は見た目以上に不快な声だったが、艦娘はその言葉に安堵の表情を浮かべる。

「だが目覚める保証はない」

「えっ」

「仮に目覚めたとしても以前の長月に戻るかどうかは分からん。中身が、元の長月の心がすでに死んでいる可能性がある。進み過ぎていた」

「そんな……長月が……」


「吹雪」

男は優しい言葉で語りかける。

「ブインのクズ艦娘など沈もうが消えようが俺は気にしない。第四管区の奴らが幸せでいてくれればいい」

「……」

「長月は俺の命に代えても守りたかった存在の一人だ」

「……」

「なんでお前じゃ無くて長月があのベッドで寝ているんだ」

「……」

「俺は今、自分でも信じられない程に貴様を殺してやりたい」

犬の被り物をしているため表情まで知ることは出来ないが、それが余計に恐ろしかった。

「夕張の開発品を使って長月の戦闘記録を見た」

「……」

「何か喋れ。黙っているなら今すぐ殺すぞ」

「……はい」

「何だ、あれは」

「……」

「おーい、吹雪。何なんだー、あれはー、なーおい、黙るなよー吹雪」

男は喋りながら近くにあった消火器を掴むと、それで艦娘の頭部を殴りつけた。

艦娘は避けもせずに殴られる。

「抵抗しろよ。長月を貶めたように俺を殺せよ」

再び殴る。

「貴女を救うことに執着して穢れに落とされた艦娘のことについてどう思われますか~?」

「……」

「昨日祓ってる時はあれだけ元気に謝ってたじゃないか」


「……」

「お前が今くらい素直に長月の言うことに従ってくれればなー」

また殴る。

「……私のせいです」

「ははは。いや、それは映像見たから知ってるよ」

殴りつける。

「お前、あんな事しておいて……よく、おめおめ生きてられるな」

殴る。

「俺は分かるぞ。お前は全て理解して穢れを受け入れていた」

「……」

「全部知ってて誘惑に負けたんだろう? 自分のもので無いと知りながら返せと長月に迫ったのだろう?」

「……」

「楽だもんなぁー、そう考えれば」

「……」

「分かっていながら無関係な長月を憎んで殺そうとして失敗して、絶望して深海棲艦になろうとして」

「……」

「生きるのが嫌で深海棲艦になったくせに、本当は死にたくなくて、まだ戻りたくて意識を取り戻した」

「……」

「御見通しだよ。こうなると深海棲艦が気の毒だ。珍しく孵化出来たのに、またすぐに元の鞘とは」

「今すぐ自殺するか深海棲艦になれ。ああ、もうついでに俺も殺してくれていいぞ」

「……」

「死ね」

「……」

「死ね」

「おい! 何をやっている!」

もう一人登場人物が増える。士官服の男だ。

「ああ、山内」

「……神官殿、艦娘の前でそのような呼び方はお止め下さい」

「心配するな。こいつはもう死ぬから」

「……私は吹雪君の心配でなく貴方の心配をしている」

「もうどうでも良い」

「神官殿、自暴自棄になってはいけません」

「お前はこの病室に居るのが長門でも同じ台詞を吐けるのか?」

「長月君はまだ死んだと決まった訳じゃ無い」

「山内、映像で見ただろう、この吹雪とかいう艦娘は、吹雪のこの個体がどんな奴か」

「見た」

「こんな!! こんな何の助ける価値も無いような奴の為に!!! 長月は!!!!!」

「お前がどう思おうと自由だが、少なくとも長月君はそうは思っていなかった」

「……」

「お前こそ吹雪君に八つ当たりしているだけだ。気付け」


「これ以上吹雪君に何かするようなら、私の権限をもってお前を解任する」

「……本気か」

「私だってそんな事はしたくない。だが、自暴自棄になった無能を我々は必要としてない」

「……」

「長月君の回復を信じろ。一時の感情に流されるな」

「……」

「お前が居なくなったら残りの第四管区の艦娘はどうなる」

「だから許せと言うのか」

「そうだ」

「俺は許せない、長月をこんな目に逢わせたそいつを許す事なんて出来ない」

「長月君はそんな事望んでいない。お前のエゴだ」

「上等だ。俺はエゴで艦娘を愛すると決めている」

「こんなものがお前の愛か」

「山内、赤城も飛龍も居なくなった……翔鶴に聞いた。更に長月まで居なくなろうとしているんだ」

「それも……それもこんな屑な艦娘を助ける為に……」

「雅晴! いい加減にしろ! 吹雪君を屑などとのたまうな! お前の発言が長月君の清い想いを穢していると何故気付かん!!」

「ふふふ」

「何がおかしい」

「馬鹿にするな。何が清い想いだ」

「……」

「あいつは単に吹雪を助けたわけじゃない。そういう意図もあっただろうが、長月は自分自身の為に吹雪を助けたんだ」

「それなら尚更、彼女の意思を汲め!」

「……なんで長月がこんな役割を担わなければならんのだ」

「……」

「確かに俺は俺の考える彼女らの幸せの為に、俺のエゴの為に艦娘には様々な苦労を強いてきた」
「その結果、第四管区の艦娘は他の艦娘と一線を画す存在になった」
「普通の艦娘には無い苦労を多くさせてな」
「普通でない長月は自分で選択して、吹雪を助けてこうなる道を……自分で選んだ」
「だが俺は知っているんだ。長月がどれ程の苦労をしてあの境地へ辿り着いたのか」
「全部見たから知っている。生半可なものじゃなかった」
「あいつは決して優秀な駆逐艦ではなかった。それでも常に研鑽し、ようやく到達したんだ」
「深海棲艦になる寸前の仲間を長月という一人の艦娘がその身を投げ打って助けました。めでたしめでたし、あー、良い話だった」
「……なんて風に終わらせられるほど、俺は大人じゃないし教養深く無いんだよ」
「結局、俺の考えていた恵みにありつく事無く献身的にその身を投げ打ち、屑を救った一人の艦娘を……俺はどうしても憐れんでしまう」
「長月の事を知らない連中には美談にも見えるのかもしれん」
「……本当は俺だってそう見るべきなのかもしれん。だが俺には見えないし見たくも無いんだ」

「なぁ山内、その話をする時に、あいつが背負っていたものの重さに誰が気付いてやれる、見てやれる!? あいつの覚悟を誰が知っている!?」

「誰も長月など知りもしない。あいつの行為しか……他人は見はしない」

「……」

「美しくなんて……なくていい。刹那的な快楽に身を任せて馬鹿ヅラしてくれていい」

「長月にはそんな可能性だってあったじゃないか、そんな楽しさだって……もう知っても良いんだよ! それを……その機会をこんな形で失うなど……」

「雅晴……」

「『開かれた道を進む先で起こる事は、我々の問題です』と翔鶴は言った!」
「俺はあいつらの道を開いた! ああ、そうさ! 後は見守るだけだ!!!」
「だがな山内!! お前はあそこまで穢れに侵されて、尚自我を保った長月をどう思う」

「……彼女は強かった」

「ああそうとも!!!! そこの欲望に負けた貧弱な艦娘と比べてみろ! 長月はどれだけ優しく強い!? それを一言清い想いを汚すなと済ます気か!? 何様だ!! 俺はもう悔しくてしょうがない!」

「……」


「そんな奴の為に、そんな心の弱い艦娘が居るために、あのように酷な決断は生まれたんだ!!!」

「だがしかし、長月君は」

「長月の行動を尊重するしない以前に、他の艦娘のせいでそんな選択肢を与えられて……自分を犠牲にして生死の縁を彷徨っているあいつが……俺は可哀想で仕方ないんだ」

「……」

「こんな道を進ませるために俺は……っ! 俺はぁぁ!!!! 長月を無駄に苦しめたかったわけでは!!」

犬の面をかぶった男の身体は、わなわなと震えていた。

「ぐぅぁあぁぁ!!」


吐き出すような嗚咽だった。最早怒りでなく悲しみに満ちていた。

山内と呼ばれた男は、犬の男の強い感情にもはや何も返す事ができないようで、ただ黙ってそれを見ていた。


「長月さんの気持ちが私には理解出来ません」


そんな二人のやりとりを見て、艦娘はそう言った。


「は~い。クズ艦娘~何か言ったか~?」

「自分の為に私を救うという行動も理解に苦しみました」

「いやいや。君は理解しなくていいからね」


相変わらず犬の男の表情は窺えないが、その身体には再び怒りの力が満ちはじめていた。


「先程、神官様は私を消火器で殴られましたが……全然痛くありませんでした」

「次は痛いと良いなぁ! あはは!」


犬の男は何も言わずに艦娘に殴りかかろうとしたが、


「二人とも! もうやめろ!!!」


もう一人の男が艦娘の前に立ち塞がったことにより中断される。


「どけ」

「僕は本気だぞ! これ以上吹雪君に手を出すならお前を職務不適合として解任する!」

「……」

「長官、私もやめません。言わせてください」

「吹雪君もこれ以上挑発するようなことを言うんじゃない! 命令だ!」

「いいえ、言います」
「神官様が私をどう思っていらっしゃるかよく分かりました」
「でも私は死ねません。それは、長月の為じゃ無くて自分の為に死ねません」

「……一応オチまでは聞いてやる」

「それが全部ですよ」

「そうか。潔いのは嫌いじゃないぞ」

「雅晴! やめろ! 吹雪君! この男は少し興奮して危険だ。君は今すぐ自分の部屋へ戻りたまえ!」

「……はい」

「興奮はしているが思考は冷静だぞ」

「そんな冷静さを僕は求めているわけじゃない! お前は――――――」

二人の男の喧々諤々の口論を背に、吹雪はその場を後にした。


「吹雪!」

「……磯波」

部屋に戻ると一人の艦娘が声を掛けてきた。

「昨日はどうしたの? 緊急事態宣言があったのに吹雪は持ち場に居なかったよね?」

「……ちょっとね」

昨日の出来事は関係者に箝口令が布かれている事を吹雪は知っていた。

磯波の様子を見るに、どうやら厳重に情報封鎖されているようだった。

「良かった……」

「……何が良かったの?」

「吹雪が帰って来てくれて良かった。最近話しかけても上の空だったし」

「……」

「神官様がおっしゃってた穢れとか、色々物騒な事もあるから」

「……」

「あれっ、えっ、何で泣くの……?」

「長月……私、一人じゃなかったよ……」

「吹雪、大丈夫??」

それから私は泣いた。声を上げて赤ちゃんみたいに泣いた。

痛くて泣いたわけじゃない。

犬の男に殴られても、少しも痛くは無かった。

だが、彼の悲しそうな声を聞くと、胸の奥が重しを載せられたような感覚に襲われた。

途中からは痛い程だった。それは殴られるより、よっぽど痛かった。

例えエゴだとしても、彼がいかに長月を大切に思っていたかが伝わってきた。

それを見て、羨ましいと思う自分が居た。自分も誰かに大切にされたいと感じた。


さっき、磯波はいつも私に優しくしてくれていた事実に気付けた。

気付いた時に、真っ先に思い出したのが長月の顔だった。

その瞬間、私はようやく、長月は単に自分の為だけでなく、私を大切にしてくれてたのだ、ということが理解出来た。

そして、それが、それこそがあの私の胸を熱くさせたものの正体だったのだ。

彼女の言葉の端々にあった、温かさがようやく理解出来た。


だから泣いた。

感情が目元から溢れ出してきた。嬉しかったし悲しかった。どうすればいいか分からなくなった。

また長月の顔を思い出した。

自分の悲しみを彼女に相談したい、彼女とお喋りがしたいと純粋に思った。

それが自分のせいで出来ないことを思い出して、もっと悲しくなった。


そんな私を磯波は抱き締めてくれた。

抱き締めて、磯波と私の重なった部分から、磯波の想いがこちらに流れ込んでくる。

それは温かくて、ほんのりと柚子の匂いがする気がした。

「ごめんなさい……ごめんなさい……長月ぃ……死んじゃやだよぉ……また会いたいよ……」


言葉は自然と口から洩れた。そして、これが私の結論だった。


夜 ブイン基地 港

日向「……」

伊勢型二番艦は一人で海を見ながら物思いに耽っていた。

援軍が到着したことにより、一番の懸念事項だった艤装の問題は解決した。

妖精の技術を人類が模倣する事は不可能であるという結論に到達したことを除けば改革も概ね成功したと言える。

基地全体の雰囲気も良くなり、全体の練度も向上している。

Lv制の導入と艦娘の高待遇化により彼女達の精神は個別化、安定化し、同名艦運用も問題なく行われている。

ブイン基地だけに限るなら失踪問題は起こっていない。

戦う以前の問題だった南方戦線は少しずつ良い方向に向かって行っている。

だが、今はそれ程嬉しくない。


長月


彼女が意識不明となった。

吹雪の追撃部隊として第三海域へ到達した私が見たのは、身体の殆どが深海棲艦化し意識を失った長月だった。

吹雪は抵抗することなく素直に、いや半ば茫然自失といった形で我々の命令に従った。

長月は本当に良い奴だ。可愛らしくて、実は強さも持っている。

日向「……長月」

私は第四管区の艦娘と他の艦娘を同じ存在だとは思っていない。

例え性能が同じでも、見た目が同じでも、中身が決定的に違っている。

その違いは我々の経験に基づくものであり長官が認める程の自明なものだ。

依怙贔屓というよりも区別と言った方が正しい。第四管区の艦娘は、全然違う。過ごしてきた時間の長さだけでなく乗り越えてきた修羅場が違う。

少なくとも私の中で区別はあったし、誰も口にしなかったが第四管区の他の者もそう考えている、


と私は今まで思っていた。


長月の身体が白化した事実から推測できる事実が一つある。

長月は吹雪という存在を受け入れていた。これは確かだ。そうでなければあんな姿にはならない。

私なら受け入れるだろうか。あそこまで自分を投げ出して必死に吹雪を説得しようとするだろうか。

日向「……長月、お前にとって第四管区以外の艦娘は……」

どういう存在なのだ、と聞きたかった。

彼女にとって、他の艦娘は命を賭けて助けるに値する存在だったのだろうか。


日向「……」

磯波「日向さん」

日向「……ああ、磯波」

磯波「こんばんは」ペコ

日向「どうしたんだ。お前も散歩か」

磯波「はい。何だか海が見たくなって」

日向「分かるよ。いつも散々見てるのにな」

磯波「……」

日向「……」

磯波「日向さん……神官様は日向さんの昔の司令官さんなんですよね?」

日向「ああ」

磯波「来たばっかりでよく知らないんですけど、どんな方なんですか? 私、気になっちゃって」

日向「昔は総司令部や上の存在の言いなりだったが、途中から変わったな」

日向「あいつは艦娘に対して素直だ。ありのままで、それでいて、自分の艦娘に対して一生懸命だ」

日向「指揮は下手くそだな。多分私の方が上手だ。まぁ艦娘の戦闘なんて目にする機会も無かったろうし、仕方ないか」

日向「コネが凄くてな、良い装備を時々持ってきてくれていた」

日向「何を思ってあんな犬の顔になったかは知らんが……良い奴だよ」

磯波「……」

日向「どうした? 一通り話したが」

磯波「日向さんは、神官様が好きなんですね」

日向「……どうしてだ」

磯波「話をする時の顔が、いつもと全然違いましたよ。私ちょっとびっくりしました。」

日向「ほんとか?」

磯波「長官閣下の話をする時はそんなにならないのに……」

日向「……別に山内長官が嫌いな訳じゃ無いんだぞ」

磯波「はい、分かってます。でも日向さんのさっきの表情、凄く素敵でした」

日向「磯波、お前は命を懸けてでも助けたい存在が居るか」

磯波「と、唐突ですね」

日向「私はそういう奴だ。覚えておけ」

磯波「そうですね……上官の方々や、姉妹艦のみんなとか……日向さんとか」

日向「別に私に気を使わなくていいぞ」

磯波「気を使うとかそういうんじゃなくて!!!! 本当に思ってます!」

日向「そ、そうか」

磯波「日向さんのピンチを、私は見過ごしたくありません!」

磯波「……いや、私なんかが日向さんみたいに強い方を助ける機会なんて無いかもですけど」

磯波「ご、ごめんなさい! 偉そうにしてごめんなさい!」

日向「……磯波、ありがとう」

磯波「いえっ! 私、一人で盛り上がっちゃって……ごめんなさい!」

日向「いいよ。気にするな。私こそ変な質問して悪かった」

磯波「じゃあ私はこれで! 日向さん! ごめんなさい!」

日向「ああ。おやすみ」


遠ざかる磯波の背中を見ながら、私はため息を吐いた。

日向「まったく……あんな奴を見殺しになんて出来るわけないな」

磯波だけでは無い。うるさい川内とやかましい那珂、五十鈴、長門、阿賀野、神通。

もう見殺しにしようにも私は他の艦娘に愛着を抱きすぎているようだ。

日向「何の為に第四管区とそれ以外を区別したのか分からなくなってきた」

日向「……でも、ちょっとお前の気持ちが分かった気がするぞ長月」

日向「あー、頭と心が一つで結ばれていれば色々悩まずに楽なんだけどな」

日向「本当に面倒だ」



夜 ブイン基地 廊下

神官「……」

加賀「神官様」

神官「……俺の知っている加賀か」

加賀「残念ながら、そうです」

神官「俺に何か用か」

加賀「昔の部下に対してその言い草はどうなのですか」

神官「そう思ってくれていたのか。光栄な事だ」

加賀「……あなた、落ち込んでいるの?」

神官「……まぁな」

加賀「少し私の部屋に来て。……あとその妙な被り物をいい加減脱ぎなさい」



夜 ブイン基地 加賀の部屋

加賀「何ももてなしは出来ないけれど。適当にくつろいで」

神官「邪魔する。やけに広い部屋だな」

加賀「そうでもないわ。赤城さんと飛龍の三人部屋だから狭いくらいよ」

神官「……そうか」

部屋にベッドは一つしか無かった。

加賀「何故落ち込んでいるの」

彼女の語り口はぶっきら棒で、とても優しさが含まれているとは思えないが、彼女なりには頑張っているのだろう。

神官「……俺は一つの約束をしていた」

加賀「約束?」

神官「第四管区の艦娘達に未来と幸せを与えるという約束だ」

加賀「それは随分と押しつけがましくて傲慢な約束ね」

神官「何とでも言え。……それが、出来なくなるかもしれん」

加賀「そうなの」

神官「長月が穢れ、意識を持っていかれた」

加賀「……」

神官「目覚めるかどうかは分からん」

加賀「そう……」

神官「悔しい」

加賀「……貴方、随分と変わったわね」

神官「お前は変わってない」


加賀「前はもっと駄目な男だったのに」

神官「今も駄目な男だ」

加賀「ええ、駄目な所は変わってないけれど」

神官「……」

加賀「マシにはなったんじゃない?」

神官「それはどうも」

神官「今日はやけに優しいじゃないか。俺はお前に嫌われていると思っていたが」

加賀「嫌うというか、そういう判断をする必要も無いような存在だったわ」

神官(俺は犬とか虫とかと同じだったのか……)

加賀「どこにでも居るような無能な指揮官。感情、感情五月蝿かった事を除けばね」

神官「……」

加賀「最初は余計なものを背負わせた貴方を随分と恨んだのだけど……今ではまぁ、少しだけ感謝しているわ」

神官「……それはどーも」

加賀「提督、しっかりしなさい」

神官「……」

加賀「貴方が折れていては他の艦娘に影響が出ます」

神官「……」

加賀「長月の事は風の噂で聞いていました。あの子は強い子です。必ず戻って来ます」

神官「……」

加賀「今の貴方に出来るのは落ち込むことでなく、信じること、ただそれだけです」

神官「くくく」

加賀「……何がおかしいのですか」

神官「信じる? ただそれだけ? よりにもよって、お前に慰められるとはな」

加賀「どういう意味か説明しなさい」

神官「もう少し泳がしてやろうと思ったがやめだ……加賀、赤城と飛龍はどこだ」

加賀「赤城さんと飛龍が今どういう関係があるの」

神官「いいから答えろ」

加賀「……出撃任務よ」

神官「どこに」

加賀「知りません」

神官「分かっているんだろう。あの二人はもう帰って来ない」

加賀「……何を言っているの」

神官「とぼけるな」

加賀「……」

神官「服を脱げ」

加賀「嫌です」

神官「そうだろうな。白くなった肌を他の奴に見せられないよな」

加賀「……」

神官「飛龍と赤城が居ると信じ込むためだけに使っていたんだろう。だが、いつまでも同じ状態を維持できると思うなよ」

加賀「何を言っているの」

神官「だからとぼけても無駄だ。何人かに無理やり剥ぎ取らせても良いんだぞ」

神官「そんなものに頼っているお前から慰められるとムカつくんだよ……少しは頭も冷えた」


加賀「……何故分かったの」

神官「疑い始めたのは揚陸艦から降りた時だ。並んでいた艦娘の中でお前だけが俺の方を見ていなかったからだ」

加賀「そんな事で」

神官「詰めが甘かったな」

加賀「……見逃して」

神官「さて、どうしようか」

加賀「お願い」

神官「こちらも仕事なんだよね」

加賀「これが無ければ私は戦えなくなる」

神官「それは都合のいい現実しか見せてくれない。その内、どこまでが夢で現実か分からなくなるぞ」

加賀「その方が良い」

神官「……」

加賀「あの二人が居ない現実など私はとても受け入れられない」

神官「……分かった。お前を祓うのは止めにしてやる」

加賀「……ありがとう」

神官「その代り、お前を抱かせろ」

加賀「……」

神官「そう睨むな。お前は俺を殺せない」

加賀「……」

神官「人を殺せば艦娘として死を迎えるからな」

加賀「……」

神官「お前が未だに深海棲艦にもならず、自殺をしない理由を……赤城との約束を俺は知っている」

加賀「まさか」

神官「夕張の作品は実に便利だった」

加賀「……」ギリッ

神官「実に健気だ。俺としてはこれからも頑張って欲しい」

加賀「……」

神官「前からお前には興味があった。受け入れてくれれば、お前は穢れを失わずに戦い続けられる。俺はお前の身体を楽しめる」

神官「両者にとって良い取引だ」

加賀「……いいわ、貴方みたいな下衆は幾らでも居たし」

加賀「でも約束は必ず守りなさい」

神官「勿論だとも。これ一度、という保証は出来ないが」

加賀「……」

神官「おいおい、そんな目で見るな。あと変な気起こして俺を殺すなよ。俺を殺せば日向、翔鶴、瑞鶴の誰か……もしくは全員がお前を殺しに来るぞ」

加賀「分からない。今の貴方はどうかしている」

神官「そうか?」

加賀「少なくとも私の知っている貴方はこんな風に艦娘の愛情を利用するような男ではなかった」

神官「お前が俺を知らなかっただけだ。俺は持っている物は全て利用して自分の願いを叶える」

加賀「失望しました」

神官「何とでも言え。で、条件を飲むのか?」

加賀「……ええ」

神官「よし、契約成立だ」


夜 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋

長月は五航戦姉妹にも大きな影響を与えていた。

特に瑞鶴は半ば茫然として自我喪失のような状態にあり、翔鶴はそれが非常に心配だった。

瑞鶴「……」

ベッドに横たわり、天井を見つめたまま何も喋らない妹に姉は声を掛ける。

翔鶴「……大丈夫?」

瑞鶴「……」

反応は無かった。

私自身も長月さんの事が心配でない訳では無い。

だが覚悟はしていた。

戦いの中に身を投じれば、いつかは仲間の死に直面するであろうと予測していた。

実際に赤城さんと飛龍さんの例を私は既に見ている。

瑞鶴にとって、これが初めて身近な艦娘を失う経験……に近いものだったのだろう。

彼女が落ち込むのも理解出来る。

加えて提督と瑞鶴の関係は私と日向とのものと少しだけ異なる。

彼との約束が妹にはある。

……どう慰めれば良いのか、またその慰め方が少しも見当がつかない。

静かな時間が流れていった。

~~~~~~

瑞鶴「……姉さん」

沈黙を破ったのは瑞鶴だった。

翔鶴「はい」

瑞鶴「夜はお仕事……もう無いよね」

翔鶴「私はまだ夜は戦えないからね」

瑞鶴「事務とかも無いよね」

翔鶴「ええ」

瑞鶴「ならお酒、付き合ってよ」



夜 ブイン基地 伊19の部屋

表があれば裏があるように、ブイン基地にも裏の顔がる。

そんな数ある闇の一つ、裏酒保は、以前の悪徳司令官の私的流通ルートを密かに確保し、戦闘に不要な品々を艦娘に無償で提供する秘密の存在である。

瑞鶴「イクちゃん、久しぶり」

翔鶴「……」

19「おかしなことを言う五航戦の妹さんなの。夜分遅くに初めまして。イクに何か用なの~?」

瑞鶴「……ああ、暗号か。『ワスプ』」

19「……瑞鶴ちゃん久し振りなの。今日は何をお求めなの~?」

実は19は四月中盤からブイン基地へ入り浸っていた。

彼女こそ裏酒保のブイン基地窓口である。


勿論、公式なものではない。

時には海上護衛中に『偶然』出会った艦娘同士、支援物資で満杯の筈の輸送船、そして水中。

様々なルートを経由して裏酒保の物品は末端の艦娘まで届けられる。

聨合艦隊司令長官は私的流通ルートの存在を知りながら黙認しているという噂もある。

というよりも、このルートを押さえているのは長官自身である、という噂まで……。

仮にそうだとすれば、それは艦娘の日々のストレスに対する彼のささやかな計らいであるのかもしれない。

瑞鶴「お酒頂戴。度数の一番強い奴」

19「あるにはあるけど」

瑞鶴「……全部忘れたいの」

19「……話は聞いてるの。心中お察しするの。……分かったの」

そう言うと、19はベッドの下から同じ酒瓶を三つ取り出した。

19「これ、飲んで」

瑞鶴「ありがとう」

19「飲んで、大声出して、気持ち良くなって、また明日元気な瑞鶴さんを私に見せて欲しいの」

瑞鶴「……」

19「お姉さんは何か欲しい物があるの?」

翔鶴「……いえ」

19「そう、何か困ったことがあったらすぐ19に言うのね。裏酒保は皆さまの来店をいつでもお待ちしているの」

19「おやすみなさい、なの」



夜 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋

翔鶴「ブイン基地にあんな場所が……」

瑞鶴「頼めば何でも用意してくれるよ。暗号はあの通りだから。姉さんも使いなよ」

翔鶴「貴女、何の用であの場所を使ったの?」

瑞鶴「……まぁまぁ、それよりお酒飲もう」

半ば誤魔化し交じりの形で瑞鶴は笑顔を見せ姉に酒を勧めた。

翔鶴「スピリトゥス……? これってまさか」

瑞鶴「はい、かんぱーい」

妹は一人で勝手に叫び、一人で勝手に一気飲みを始める。

瑞鶴「……」グビグビグビグビグビグビ

翔鶴「こらっ! 何て飲み方を……あ……あぁ……」

瑞鶴「……」グビグビグビグビ

翔鶴「……」

瑞鶴「……」グビグビグビ

瑞鶴「プハァ! まっっっずい!」

本当に一瓶を一気に飲み干してしまった。

翔鶴「大丈夫?」

瑞鶴「……早く大丈夫じゃ無くなりたい」

……


翔鶴「……私も飲みます」

瑞鶴「いよっ! 五航戦の白い方!」

翔鶴「……」ゴクゴク

瑞鶴「それ、それ、それ、それ!」

翔鶴「……」ゴクゴク

瑞鶴「いけー! 頑張れー!」

翔鶴「……」ゴクゴク

翔鶴「……ふぅ」

瑞鶴「姉さん流石~」キャッキャッ


三十分後、二人の部屋は混沌に満ちていた。


翔鶴「提督~、提督~、そんなに私の髪がお好きなんですか?」ニヤニヤ

姉は目の前に座った妹と視線も合せず、一人で髪をいじりながら微笑んでいる。

瑞鶴「あははは!!」

妹は、大爆笑している。だが視線の先は姉でなく天井の隅だった。

そんな中、ドアがノックされた。

日向「翔鶴、明日のラバウル基地からの交代要員……何やってんだお前ら」

瑞鶴「あ~、日向さ~ん! 大好きです! 抱き締めてあげます!」

瑞鶴は一瞬のためらいも無く翔鶴に抱きついた。

翔鶴「日向! 私と提督の逢引きを邪魔しないで! 日向! 抱きつかないで!」

日向「いや、私は何もしていないんだが……二人で酒を飲んでいたのか。邪魔した。用事はまた明日にしよう」

瑞鶴「そんなことありませんよ~。一緒に飲みましょうよ~」

翔鶴「……」ギリッ

日向「……翔鶴は何故私を睨んでいるんだ?」

瑞鶴「どうせ日向さんといちゃつく架空の提督さんでも見えてるんですよ。気にしちゃ駄目です」

翔鶴「あぁ、提督、駄目です、日向と瑞鶴が見てるのに……」

今度は一変して、翔鶴は日向から視線を外して天井の隅を向き、恍惚の表情を浮かべ始める。

翔鶴「そんな、私の身体が今すぐ欲しいなど……あぁ! そんな無理矢理服を引き剥がさないで下さい!」

翔鶴「ていとくぅ……」

日向「おい、お前の姉が自分で服を脱ぎ始めたぞ」

瑞鶴「きっとそういうプレイですよ。まー日向さんも飲んでください」

日向「……一杯だけだからな」


更に三十分後


日向「久し振りに君の裸を見たが……君、少し体が細くなったな。本土でちゃんと食べていたのか?」モミモミ

翔鶴「んぁ……はぁぁ……提督……駄目です……そのように乱暴に触られては……」

日向「筋肉も落ちているじゃないか。……何だか女みたいにプニプニしているぞ」モミモミ

翔鶴「いやぁ……」

日向「……あれ……股間に、股間に何も無いぞ!?」サワサワ

翔鶴「そんな……いきなりそちらにぃ……」

日向「どこだ!? 主砲をどこへ隠した!?」モゾモゾ


翔鶴「んあぁぁ!!! そこは、触っては駄目! 駄目ぇ!!」

日向「小さい穴が開いているぞ! この奥にしまったのか!? 早く出せよ! あれが無いと出来ないだろうが!?」ゴソゴソ

翔鶴「やだ、私っ、嘘、もう、いっ……」プルプル


日向「提督!!!!」ゴソゴソゴソゴソ


翔鶴「提督ぅぅぅぅ!!!!」ビクンビクン


ご覧の通りの有様である。


日向「……君……そんな……主砲が……」

翔鶴「はぁ……はぁ……もう……あれだけ優しくと……お願いしたのに……でも、素敵でした……」

日向「提督……」ガタガタ

翔鶴「提督……」ホッコリ

瑞鶴「あはははは!! 馬鹿じゃないの二人とも!」



瑞鶴「……ほんと、馬鹿みたい」


夜 ブイン基地 加賀の部屋

神官「綺麗だ」

加賀「……黙りなさい」

一糸纏わぬ艦娘の立ち姿を前にして男には余裕があった。

程良い肉付きをした身体、自己主張しすぎる事のないすらりと伸びた長い脚、存在感を放つ大きな乳房。肉厚そうな尻。

その身体は男性の欲を満たす上で非常に理想的と言えた。

顔を赤らめ、その両手で必死に裸体を隠そうとする様がまた煽情的である。

神官「手をどけて胸を見せろ」

加賀「……」

屈辱的な命令にも反抗せずに従う。どうやら男にかなりの弱みを握られているらしい。

左胸の深海棲艦化は殆ど進んでおらず、小さな痣の様にしか見えなかった。

神官「これなら鈍感な奴は気付かなくても不思議じゃないな」

加賀「……」

神官「おい、折角肌を合わせるんだ。もっと楽しそうな表情をしろよ」

男は距離を詰め、艦娘の大きな乳房の側面を舐めた。

加賀「っ……!」

それに艦娘の上半身が大きく反応する。快楽でなく異物の拒絶に近いのは間違いなかった。

神官「良い反応だ」

加賀「……汚い」

神官「相反するものの距離は意外と近かったりする」

加賀「それ、んっ」

恐らく反論が飛び出そうとしていた口を同じ口をもって塞ぐ。

舌を入れようとしたが、頑なに口を閉じ拒否された。

神官「……」

加賀「なっ!? むっ」

左の乳首の先をつねると、その門も開いた。口腔内に舌を伸ばし舌同士を絡める。

唾液の絡む音とともに徐々に彼女の足元から力が抜け、直立が不安定になり始めた。

男は空いている手を腰と背に回してそれを支える。

舌同士の絡め合いに飽きれば、男は艦娘の口腔内をくまなく荒らしまわり始める。

しばらくそれが続いた後、彼女の身体は男の方へ完全に倒れ掛かっていた。

男は一旦口を離した。

神官「今更だが、俺はお前が嫌いじゃない。寧ろ好きだ。秘書艦を任せていたくらいだしな」

加賀「……」

神官「意思疎通は大事だぞ」

加賀「……どの口が言うのですか」

神官「ま、話はベッドへ行ってからだ」

加賀「なっ!?」

男は艦娘を抱きかかえ、ベッドへと運び、

神官「そい」ポイ

加賀「きゃっ!」

放り投げた。


~~~~~~

神官「お前は馬鹿じゃない」

艦娘の身体に舌を這わせながら、男は時折喋る。

神官「加えてこういう経験が何度もある。だから人間相手の力加減がよく分かっている」

艦娘は何も答えなかったが、舌が動きを変えると彼女の身体は返事をするように仰け反った。

神官「意味が分からん程に感度も良い」

舌で舐めるのでなく、脇腹を甘噛みする。

加賀「んっ」

神官「……まぁ感度は余計だったが。俺の中にお前に対する悪意が無いのが分かるだろう」

加賀「……」

神官「肌を触れ合わせていると、そういう事が分かる」

神官「……お前がまだ、心のどこかで俺を好いていることもな」

加賀「……」

不意に乳首を責めてみる。

加賀「あぁっ!」

男はその後、艦娘の豊満な体を楽しむように指や舌を這わせ、その合間合間で艦娘に話しかけ続けた。

その一つ一つを繋ぎ合わせれば以下のような話になった。

正規空母三人が居なくなった後の苦労話

間の抜けた日向の話

新しく入ってきた五航戦の話

単冠夜戦の話

日向が深海棲艦になりかけた話

長月の馬鹿話

翔鶴の話

瑞鶴の話

第四管区が無くなった話

愛撫しながら、口づけを挟みながら、延々と二時間近くも艦娘の身体に対して前技をし、昔話に一人で花を咲かせていた。

艦娘もそれに対して延々と体で反応し続けた。

普通に考えれば盛り下がりそうなものだが、時間が経つごとに互いの身体は熱を帯びていく。

彼女は、拒絶していた男の身体と徐々に混ざり合っていくように見えた。

二人は足を絡ませながらベッドの上で抱き合う。

「舌」

「……ん」

その言葉に最早何の抵抗も無く従い、舌を出して絡め合い吸い合う。

互いの唾液を飲み合う。

互いの背中に手を回し抱き締め合う。

体液でぬらぬらと光り、滑る肌を繋げるかのように触れ合わせ重ね合う。

「……」

「……」

次第に会話は無くなり、互いの荒い息遣いと喘ぎ声、身体が触れ合う音だけが聞こえるようになる。

それでも相手の気持ちを汲み取れるようになる。

何をどうして欲しいか、直感で分かる。


どこまでが男でどこまでが女か分からなくなってくる。

どこまでが自分でどこからが相手か分からなくなる。

即物的な快楽でなく、単に互いにより深い場所で繋がりたいと思う気持ちが強くなる。

既に身体の一部は既に相手の中に入っていたり、相手の一部を受け入れていたりしたが、物質的な部分で彼らは違う個体であり一つになる事は不可能である。

分かっていても彼らは極限まで一つになろうとし、それが出来ずに終わりを迎える。

終わりは、つまり絶頂は、もうすぐそこまで迫っていた。


獣の交尾は言い得て妙であろう。

二人の行為は最早他人の情欲を駆り立てる類の物では無いからだ。

少しも艶やかでない叫び声とともに、双方の肉体が同時に絶頂を迎えた。

物質同士の接近限界点を迎えたその瞬間、人間であれば半分ずつ出し合ったものが一つになる。

艦娘にそれは無い。

その代わり別々の心が一瞬だけ一つに繋がった。

眼が眩むような快楽に身体が震える瞬間に、互いの心が溺れるように互いの中へ流れ込み、触れ合い、相通じ合う。

決して目に見えず証明もできない存在は、同じく証明できないが瞬間的に一つになり、その後引き波のように再び離れた。

一瞬で十分だった。心同士であるならば繋がるのは刹那でもきっと十分だ。

~~~~~~

「……」

犬の被り物を開き、中から煙草を取り出すが、

「この部屋は禁煙です」

煙草を握りつぶされた。

「行為の後の一服は最高に美味いんだけどな」

「それは商売女相手の時だけにしなさい」

「分かったよ」

男は艦娘の方に向き直る。

二人の間には、始めた時には考えられない程の穏やかな空気が流れていた。

「率直に聞くが……どうだった?」

「……」

「だろうな。俺も久しぶりに本気を出した」

「……何も言っていません」

「艦娘との性行為は自然の摂理に基づかず不純で……それ故に別の純粋な部分を持つ」

「……」

「必要で無いが故に、人間同士より純粋に気持ちをぶつけ合う事が出来る。そして最後は、あの通りだ」

「……あんな感覚は初めてでした」

「初めてでなければ怖い。さっきのは艦娘相手の独りよがりな性処理などでは無いからな」

「では、一体何なのですか」

「今回は一応儀式として行った」

「儀式?」

「俺の今の職業を忘れたのか」

「……!」

艦娘は急いで自分の左胸を確認する。そこには何の痣も残ってはいなかった。


「様々なやり方がある。外から祓うか内から祓うか、外からでも強制的に取り除くか」「そんなこと聞いていません!!!!」

「……」

「何故消したの!? 何故!? あれが無いと私は」

「生きていける」

「……無理です」

「現にお前は今も生きている」

「けれど」

「こんな方法しか選べなかった事は、謝る」

「赤城さんが死んでも……飛龍が居なくなっても……私の日常は大して変わらなかった」

「……」

「二人が居ないのが少し寂しいだけで、日常は少しの躊躇いも無く進んでいく」

「……」

「その流れに……適応しかけた自分が居た……そんなの……そんなの……」

「俺も同じだ」

「……」

「昔失った艦娘の事があれ程悲しかったのに、時折それを忘れて楽しんでいる自分に罪悪感を覚えた」

「提督……」

「だが、それは本当に悔いるべき物ではない。真に悔いるべきは、故人の存在に雁字搦めにされて動けなくなり時間を機会を空費することだ」

「……」

「悲しみを忘れるのでも、切り捨てるのでもなく、あいつらの犠牲をを糧にして生きるのがきっと正しい」

「それは生きている者の勝手な理屈」

「ここは勝手で残酷な生きている者のための場所だ。死者は何も言ってくれない。俺達は居なくなった奴と肩を並べて未来には向かえないんだ」

「……」

「お前の在り方は、この場所において前にも後ろにも進まず、下に落ち窪んでいた」

「……」

「加賀、お前は生きているんだ。悲しくとも死者の世界に片足を突っ込む必要は無い」

「……」

「まやかしに頼らず、きちんと背負え。その中で赤城との約束を果たせ」

「……」

「赤城がお前に望んだことだと思うぞ」

~~~~~~~~~~~~

~~~~~~

~~~



「赤城さん!!!! しっかりして!!」

「私としたことが……油断しました……」

「喋っては駄目!」

「ふふ……加賀さん、お腹に穴が開いてしまいました。もう食べられませんね。バチが当たったんでしょうか」

「基地に帰れば幾らでもまた食べられます! 金剛さん!!!! 撤退しましょう!!!!」

「……英国で生まれた金剛デース!」(……許可は降りませんでした)

「そんな!?」

「英国で生まれた金剛デース!」(ガダルカナルへ進軍せよ、との命令です)


「十時方向から敵艦載機群。500を超えています」

「十二時方向より重巡、数……80」

「四時方向、十九時方向よりも接近する敵、……多数」

「英国で生まれた金剛デース!」(正確な報告をしなさい)

「申し訳ありません。電探での反応、200を超えて尚増加中」

護衛の水雷戦隊から絶望的な報告が次々と上げられる。

「英国で生まれた金剛デース!」(基地への道を開きます。最大戦速、我に続け)

「第一水雷戦隊、了解」

「第二水雷戦隊、了解」

「第三水雷戦隊、了解」

だが、どの艦娘も恐るべき事実を目の前にしても彩は無い。恐怖も無いようだった。

彼女たちは完全に壊れていた。

速力の落ちた赤城さんと付き添う私は、補給を積んだ輸送船にすら置き去りにされた。

「もう、いいの」

「良いわけ……無いじゃないですか……!」

「飛龍は悲しむだろうなぁ……あの子はまだ不安定だから、面倒を見てあげてね」

「自分でやってください!!」

「……加賀さん」

「……!」ビク

「このままだと私たちはここで死ぬ」

「死にません……二人とも生き残るんです……これまでだってそうして来たじゃないですか!」

「私の艦載機を受け取って」

「お願いです……そんな事言わないで……」

「私だって死ぬのは怖い……けど、加賀さんまで死ぬ必要なんてありません」

「赤城さん……赤城さん……」ポロポロ

「加賀さんの涙……温かい。……私は幸せ者です。金剛達のように壊れなくて……本当に良かった」

「赤城さん、赤城さん、赤城さん……」ポロポロ

「約束して、私の死を絶対に無駄にしない……って」

「いや! そんなの絶対に嫌!!!」

「加賀さん」

「いやです!!!」

「加賀さん」

「うぅぅぅ」

「私の分まで生きて、戦って、最後まで生き残って……幸せになって」

「うぅぅぅぅ!!!!」

「約束ですからね」

「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

「飛龍を頼みましたよ」

赤城は加賀を突き放すと敵の群れに突っ込んでいく。

「約束ですからね」

最後にニッコリと笑って、その後は二度と振り返らなかった。

私は、その背中を追う事は出来なかった。


~~~~~~~~~~~

~~~~~~

~~~



「……はぁ。俺もハラを決めた。今は落ち込んでいる場合ではない」

「……そうですか」

「お前の悲しみが俺にも分かる。加賀、もう一度色々な物を背負って生きろ」

「そんな事、知らぬ存ぜぬ余計なお世話……と言いたいですが、貴方には本当に分かっていますね」

「一度は一つになった間柄だからな。分かるだろ」

「気持ち悪い。その言い方はやめなさい」

「ツンケンしても前のような効果は無いぞ」

「……」

「わはは」

「……貴方の大事な部分が変わっていなくて、本当に良かった」

「良い意味でも悪い意味でもな。俺もお前が俺をまだ好いていてくれて、嬉しいよ」

「……」ゴン

「痛いっ!」

「虫がついていました」

「自分に不利な場合には暴力行使とは、まるでDV男だな」

「海軍内暴力であるからNVです」

「俺の本籍は神祇院でもう海軍では無いのだが」

「男の癖にやかましいですよ」

「……」

「貴方のお陰で私も落ち窪むのは止められそうです。……感謝はしません」

「お前は穢れに頼らずとも生きていけるんだ。以後、存分に苦しめ」

「赤城さんとの約束の為に……いえ、生き残った自分自身の為に私は戦います」

「……」

「しかし、今一つ力が足りません」

「?」

「キスしてくれれば頑張れそうなのですが」

「……良いのか?」

「私は一度しか言いません」

「分かった」

「……ん」

「……」

「提督」

「……何だ」

「……心が一つになる感覚、悪くなかったです」

「お前の身体も中々良かったぞ」ニヤニヤ

「……」ゴン

「カントッ!」


5月1日

早朝 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋

伊勢「もー、五航戦の二人は御寝坊さんだな!」ガチャ

伊勢「もう八時だよ! 朝だ……よ……」

彼女の目に飛び込んできたのは、裸の翔鶴と仲睦まじげに抱き合う妹の姿だった。


伊勢(……落ち着け、戦艦は慌てない、慌てたら主砲は当たらない)

伊勢(えっ、なに、なに、どゆこと? 何で二人が抱き合ってるの?)

伊勢(実はそういう関係だったの? そこまで仲良さそうに見えなかったのに)

伊勢(レズ……レズなの、レズだったの日向!?)


瑞鶴「ん……あ、伊勢ちゃん。おはようございます……って八時ィ!?」

伊勢「あ、瑞鶴ちゃんおはよう。そうだよ~。二人が起きてこないから起こしに来たんだよ~」

瑞鶴「そんな、私、今朝は海上護衛のお仕事が」

伊勢「代わりに私がやっときました! 心配ご無用!」

瑞鶴「……良かったぁ。伊勢ちゃん、ありがとう!」

伊勢「どういたしまして。……ところでこれどうなってるの」

瑞鶴「ああ……その二人は昨日強いお酒を飲んで……」


日向「うーん……君……人間の割に力が強くなったな……」


翔鶴「提督……もう離しません……」ギュ


伊勢「凄い乱れっぷりだね。翔鶴ちゃん、ちょっと溜まってるんじゃない?」

瑞鶴「あはは……溜まってるんですかねぇ」



朝 ブイン基地 食堂

翔鶴「……」ニコニコ

日向「……やけにご機嫌だな」ゲッソリ

翔鶴「昨日凄く良い夢を見たもので」

日向「私は嫌な夢を見た」

翔鶴「大丈夫ですか?」

日向「彼の……股間の単装砲が無くなる夢を見たんだ……縁起が悪い」

翔鶴「まぁ……それは……」

神官「おい、何を朝から股間の話をしている」

加賀「おはよう」

翔鶴「おはようございます」

日向「お、もう犬の顔はやめたのか。にしても、この組み合わせは珍しいな」

瑞鶴「先生、ちーっす。加賀さん、おはようございます」

伊勢「おはようございます」

日向「……ついているよな?」ツンツン

神官「……何をやっている」

伊勢「日向、そういうのは朝ごはん食べてからにしようや? な?」


~~~~~~

瑞鶴「御馳走様です」

神官「皆、一通り食べ終えたか?」

日向「ああ」

翔鶴「……」

伊勢「……」

加賀「……」

神官「私は長月を信じる。彼女は必ず回復する」

「「「「「……」」」」」

神官「……以上だ。瑞鶴、お前はちょっと着いて来い」

瑞鶴「はいはーい」

神官「はい、は一回」

瑞鶴「はい」



朝 ブイン基地 神官の部屋

瑞鶴「へー、良い部屋割り当てられてんじゃん」

神官「まぁな。ここが一応神聖な空間という設定だ」

瑞鶴「設定って。言っちゃっていいの」

神官「お前だし、問題無い」

瑞鶴「……それはどーも」

神官「長月の件で思い知ったよ。自分の認識の甘さをな」

瑞鶴「あと、自分がどれだけ無謀な夢を掲げているかも理解してくれたら嬉しいんだけど」

神官「それは甘さの反省の中に含んでいるつもりだ」

瑞鶴「……へー、それで、反省した神官様、先生はどうするつもりなの? お聞かせ願える?」

神官「どうすれば良いかさっぱり分からんのだ」

瑞鶴「……へ?」

神官「いや、もう、全く分からんのだ」

瑞鶴「えっ、いや、じゃあ何で私呼んだの? その話する為じゃ無かったの?」

神官「ん? お前にアドバイスを貰いたいなと思っただけだぞ」

瑞鶴「私にアドバイス……」

神官「あぁ、すまん。急に言っても無理か……」

瑞鶴「……」

神官「……瑞鶴、もしかしてお前今日ちょっと怒ってるか?」

瑞鶴「やっと気付いた?」

神官「……」

瑞鶴「何で怒ってるか教えてあげます。今日、さっき、私たちはようやく二人きりになりました」

神官「……そうだな」

瑞鶴「……貴方は、私を、ずっと放置していました!」

神官「いや、放置という訳じゃ。すれ違いざまに喋ったりしたじゃないか」

瑞鶴「こういう風に二人で話せないと駄目でしょ! 意味が無いんです!」

神官「……そうなのか?」

瑞鶴「そうなんです!」


神官「そ、それはすまなかった」

瑞鶴「自分の身体の一部をこんな風に放置したりする!? しないでしょ!」

神官「ああ、以後気を付ける」

瑞鶴「で?」

神官「……で?」

瑞鶴「久し振りに再開した可愛い可愛い瑞鶴と二人っきりになったんだから、何かすることがあるでしょーが!」

神官「……」

瑞鶴「ほ、ほらギュッとしたりとか、チューしたりとかほら、色々あるでしょーが!」


神官(あ、可愛い)


神官「分かったよ」

瑞鶴「……」

神官「おいで」

両手を開いて呼び寄せるだけで、

瑞鶴「……!」

彼女は目を輝かせ、鼻を膨らませて、嬉しそうに胸に飛び込んできた。

神官「おっと」

瑞鶴「ん~提督さんの匂いが懐かし~」スリスリ

神官「俺もお前の匂いが懐かしい」

瑞鶴「……」スンスン

神官「どうした」

瑞鶴「女の匂いが混ざってる」

神官「ああ、祓う時についたんだろう」

瑞鶴「……いかがわしい事してないでしょうね」

神官「スピリチュアルなものは往々にしていかがわしく見られるものだ」

瑞鶴「……」

神官「……」

瑞鶴「ま……こうして会えたんだから、どうでも良いや」

そういって彼女は再び胸に顔を深く埋めた。俺は背中に手を回す。

神官「……例えいかがわしいとしても、そういう行為が主体じゃない」

瑞鶴「そーですか」

神官「……すまん、そうか、匂いがついてるのか。久々で色々抜けていた。主にデリカシーとか……」

瑞鶴「あなたがデリカシーという言葉を知っていたのが驚きです」

神官「すまん」

瑞鶴「もう良いですって」

神官「本当にすまん」

瑞鶴「……だから、もう良いですって。貴方には色々諦めてますから」

瑞鶴はこちらの胸に顔を埋めているため、互いに視線も合わず、どんな表情をしているかも分からなかった。

神官「……」

瑞鶴「……」


神官「……」

瑞鶴「……何か喋ってください」

神官「また会えたな」

瑞鶴「……」

神官「寂しかったか」

瑞鶴「……」コクコク

神官「心配が過ぎて、職を変えてまで南方に来てしまった」

瑞鶴「……来てくれて嬉しかったです」

神官「それは来た甲斐があったというものだ」

瑞鶴「私達の居ない本土でどんな事してたんですか」

神官「最初は南方戦線の危機的状況を伝えるために国内を走り回っていた」

瑞鶴「……」

神官「俺の師匠、先生の所へ何度も行ったな。転属させてくれ、と言って」

瑞鶴「……駄目だったの?」

神官「これでも本土では貴重な実戦経験豊富の指揮官で通ってるんだよ。俺は」

瑞鶴「嘘だ」クスクス

神官「嘘じゃない」

瑞鶴「そういう事にしときます」

神官「……それはどーも。転属は無理と分かったから実家に頼んで職を変えて貰った」

瑞鶴「……」

神官「こちらには突っ込まないのか?」

瑞鶴「色々ヤバイ気がするから……」

神官「賢明だ」

神官「後半は、山内から妖精が足りないと聞いていたから妖精探しの旅も始めた」

瑞鶴「そうなんだ」

神官「山内の奴、俺を国内の妖精との窓口か何かだと勘違いしてやがった」

瑞鶴「長官も大変だったんだよ」

神官「らしいな。……色々訪ね歩いたんだが、どこの妖精も断って、結局第四管区の妖精に行き当たった」

瑞鶴「最初に誘えば良かったじゃん」

神官「上の嫌がらせだ。先生の力添えで最後の最後にようやく会えた」

瑞鶴「信じられない……こんな時に政治? 嘘でしょ」

神官「残念ながら本当だ。あいつらは目が曇りすぎて山内の失脚に必死になってる」

瑞鶴「……」

神官「その怒りは敵にぶつけろ」

瑞鶴「……分かった」

神官「お前は何をしてたんだ」

瑞鶴「私はブイン基地海上護衛部門の水上艦狩り担当」

神官「ああ、お前達が来るまでこの基地には海上護衛を行う部隊が存在しなかったんだろう?」

瑞鶴「ね! ほんとびっくりだよ! 霧島さんとか―――――」


抱き合ったまま、多くの事を喋るうちに自分の中の不安や黒い何かが消えて行くのを瑞鶴は感じていた。


~~~~~~

神官「お前も弾除けのお守りとして俺の陰毛を一本だな」

瑞鶴「あれは当たったことのない女の人だから意味があるんだよ」

神官「知ってるよ。だが常に弾に当たり続けているものをお守りって逆に良くないか?」

瑞鶴「ちょっと黙ろうか」

神官「……」

瑞鶴「……」

神官「……約一ヵ月程しか離れてないのに、懐かしいな」

瑞鶴「あはは、私も思った」

神官「そろそろ仕事があるだろう」

瑞鶴「無いよ」

神官「本当は」

瑞鶴「あるよ」

神官「そろそろ俺から離れた方が良いんじゃないか」

瑞鶴「私が行ったらあなたが寂しがるでしょ。可哀想だから、行かない」

神官「ま、他の奴に迷惑の掛からない範囲でな」

瑞鶴「うん。あと十分したら行く」

神官「……お前の意見を聞かせてくれ」

瑞鶴「最初の話?」

神官「ああ」

瑞鶴「長月さんがあんな事になるなんて、思ってもみなかった」

神官「……俺もだ」

瑞鶴「思ってもみなさ過ぎて、びっくりして、どうしていいか分からなくなった」

神官「……」

瑞鶴「その答えが欲しくて、あなたについて来たんだけどな」

神官「ご期待に添えず申し訳ない」

瑞鶴「こちらこそ、期待して申し訳ないです」

神官「……答え、か」

瑞鶴「吹雪ちゃんのことどう思う?」

神官「嫌いだ。殺してやりたい」

瑞鶴「私もね、最初はそう思った」

神官「……」

瑞鶴「あんな艦娘が居るから、長月さんが困るんだ、って思った。なんなら、私が殺しに行こうかな、って考えたくらい」

神官「……」

瑞鶴「私達が目指すのは艦娘の未来と幸せで、でも、それを形作るのは私達の考えじゃ無くて、その艦娘自身の決断な訳で」

神官「……」


瑞鶴「あくまで私たちは押し付けるんじゃなくて、例えば長月さん自身の決断を尊重する立場にあるわけで」

神官「そうかもな」

瑞鶴「尊重するのって何なんだろう、って思って。私は今まで、あなたの夢を一緒に叶えるって言ってたのに何も考えてなかったんだな、って思って」

瑞鶴「私は私の幸せが分かるけど、長月さんの幸せは分からない」

神官「ああ」

瑞鶴「じゃあ、長月さんを幸せにするためにはどうすれば良いんだろう、って思って」

瑞鶴「吹雪ちゃんを殺せば、目を覚ました長月さんは凄く悲しむんじゃないかな~って」

瑞鶴「もう分かんないや」

神官「……俺もさっぱりだ」

瑞鶴「どうする? もう全部諦めちゃう?」

神官「それもアリだ」

瑞鶴「私は嫌だな。あなたとの絆が一つ減っちゃう」

神官「計数換算出来るようなものでも無いと思うが」

瑞鶴「感覚の話」

神官「だと思った」

瑞鶴「へへへ」

神官「一先ずは長月の回復を待つ。あいつは目を覚ます。確実に、だ」

瑞鶴「……そだね。起きてから話せば良いよね」

神官「我々は待つ事しか出来ん」

神官「俺達の持つ命題への答えは保留だ。俺は保留を選択する」

神官「お前たちは俺が命を懸ける価値が十分あり、俺の中で大切な存在には変わりない」

神官「だが、俺が手を貸すまでも無く、みんな判断基準を持ち、自分の為だけでなく誰かの為に動ける大人だ」

神官「今はその時々でお前達が出す決断を優先するよ」

神官「長月はきっと、後悔してない。だから吹雪には手を出さない。以上だ」

瑞鶴「……了解」

神官「行ってこい、瑞鶴」

~~~~~~

朝 ブイン基地 港

瑞鶴「みんなー、おっはよー」

「「「おはようございます! 瑞鶴隊長!」」」

瑞鶴「ムホホ、隊長ってムズかゆ……」

19「瑞鶴さん、おはようございます、なの」

瑞鶴「えーっと、今日から新しく海上護衛に参加するイクちゃん……で良いかな?」

19「いいの」

瑞鶴「私は翔鶴型二番艦の瑞鶴、以後よろしく」

19「よろしくなの~」

瑞鶴「ま、今日は見学程度に思っといてね」

19「瑞鶴さん」

瑞鶴「ん? どしたの」

19「瑞鶴さん、今日はどんなご機嫌なの?」

瑞鶴「そりゃあもう、バッチリ! なの!」ニカッ

19「……それが聞けてイクも嬉しいの」


昼 ブイン基地 執務室

神官「よう」

山内「暇じゃないぞ」

神官「コーヒー飲んでる癖に暇じゃないとはどういう了見だ」

山内「お前のような奴を相手にしている暇は無いのだ」

神官「胸糞悪い。主砲の誤射で死ねばいいのに」

山内「……」ニヤニヤ

神官「……」ニヤニヤ

山内「本題は?」

神官「実はさっき瑞鶴と喋ってな」

山内「ほう」

神官「次は今夜翔鶴と―――――――」


夜 ブイン基地 

山内「ふむ……もう八時か……少し手洗いに行ってくる」

翔鶴「はい」

山内「書類仕事も楽では無いね」

翔鶴「心中お察しいたします」

山内「楽しそうだ。君も同じ書類仕事なのに。ちなみに今日の分は後何分ほどで終わりそうかな」

翔鶴「面倒な書類が多いのは組織が機能している証拠です。一時間ほどでしょうか」

山内「そして効率化出来ていない証拠でもある」

翔鶴「はい」

山内「……おっと、早く行かねば。遅れてしまう」

翔鶴(お手洗いに遅れる?)


長官が出てから五分ほどすると、執務室のドアが開く音がして士官服の男が入ってきた。


翔鶴「……」

艦娘は気にせずに書類仕事に打ち込んでいる。

提督「やっ」

翔鶴「……提督?」

提督「コスプレだけどな」

翔鶴「何をなさっているのですか?」

提督「君を迎えに」キリッ

翔鶴「……あと一分待って下さい。今日の仕事を終わらせます」

提督「ああ、長官の椅子にでも腰かけて待ってるぞ」

~~~~~~

翔鶴「お待たせしました。長官には書き残しをしておきましたので」

提督「早いな」

翔鶴「頑張りました」

提督「俺の部屋で良いか?」

翔鶴「……はい」ゴクリ

提督「では行こう」


夜 ブイン基地 神官の部屋

男の部屋は、普通の割り当て部屋の三倍ほど広い。

神官としての仕事用の祭壇の部屋と、私室を使い分けていた。

それぞれ木の板戸で仕切られ、別の空間となっている。

艦娘は私室の方へ招待された。

提督「夕飯は?」

翔鶴「頂いています。今日はカレーでしたね」

提督「艦上勤務など殆ど無いのだから、もう必要無いと思うがな」

翔鶴「形骸化していようと、良い文化だと思います。美味しくて好きです」

提督「人間でカレーが嫌いな者は単にカレーが作られる状況に良い思い出が無い場合が多かった」

翔鶴「状況?」

提督「カレーは日持ちするし、簡単に食べられるから親が不在の時の料理として適当なんだ」

翔鶴「親が居なくて悲しかった記憶を思い出すから嫌い、ということですか」

提督「実に身勝手で素敵だろう」

翔鶴「ええ、度し難い程に」

提督「俺とどっちが度し難い」

翔鶴「答えると提督を傷つけてしまうので、お答えしません」

提督「……俺も自分で聞いて自分で傷つけば世話は無い」

~~~~~~

提督「今日の夜はもう何も無いだろう?」

翔鶴「はい。明日は昼から勤務です」

提督「二人きりで話す場をすぐに設けなくて悪かった」

翔鶴「いえ、こうして場を設けて下さって……本当に感謝しています」

提督「相変わらず慎ましいことだ」

翔鶴「……」

提督「……日本酒でも飲むか」

翔鶴「……はい。お酌をします」

男はいざ二人で腹を割って話せる状況になると言葉に詰まっていた。

まぁ、あの男の気持ちも分からんでは無い。

この状況が久々であり、何を話せば良いか分からないんだろう。

提督「……」

翔鶴「……」

黙って注ぎ、飲む。

互いに何かを言おうと口を動かすのだが……。

提督「っ……この日本酒は旨いな」

翔鶴「……はい」

実にもどかしい時間である。

提督「……」

翔鶴「その格好なので、提督とお呼びしても宜しいのでしょうか」

提督「お前を驚かせる為のコスプレだが好きに呼べ」

翔鶴「はい。……提督、ブイン基地はいかがですか?」

提督「居心地がいい。お偉方の視察は無いし、何よりも基地全体が良い雰囲気だ」


翔鶴「そう思って頂けて、嬉しいです」

提督「噂は聞いていた。艦娘の基地……ブイン基地の噂をな。妖怪どもは『また第四管区か!』と血圧を高くしていたが」

翔鶴「組織から消えてもその扱いなのですね」

提督「奴らは口にもしなくなるよ。余りに苦々しすぎてな」

翔鶴「存在自体が禁忌とは。敵であれば最高の名誉と言えるのですが」

提督「まぁ奴らは敵みたいなもんだ。最高の名誉と捉えておけ」

翔鶴「はい」

提督「俺の師匠はお前達の活躍を喜んでいたよ。これでまたあの人の寿命が相対的に延びるだろう」

翔鶴「延ばせるのですか」

提督「師匠の天寿を引き延ばすことは出来んが、妖怪どもを怒らせてストレスで奴らの寿命を縮めることは出来る」

翔鶴「日本の人々がそのような事を考えられる余裕こそが、私達が戦っている意味なのかもしれません」

提督「艦娘が言うと深いな」

翔鶴「茶化さないで下さい。我々としては必死なのですよ」

提督「実際我々の平和を守っているのはお前達だ。茶化しでもしないと俺は面子が保てん」

翔鶴「貴方が居るから我々は戦えるのです。これで面子は保てるはずです」

提督「むふふ。よかろう。俺のちっぽけな自尊心はいまこの時に守られた」

翔鶴「……どうやら、横須賀の時とお変わりないようですね」

提督「それはもっといい話をしたところで言ってくれ」

翔鶴「何気ない場面で見える提督のありのままの姿こそ、私には大切なんです」

提督「……そうか」グビ

翔鶴「気の小さいところも素敵です」

提督「それは知らん」

~~~~~~

提督「はー、何だか俺ばっかり飲んでないか」

翔鶴「そうでしょうか? あ、杯が渇いていますよ。お注ぎします」

提督「……ありがとう」

翔鶴「あ、杯が空きましたね、お注ぎします」

提督「……どうも」

翔鶴「慣れない場所でお疲れでしょう。どうぞ飲んで御くつろぎ下さい」

提督「……」グビ

翔鶴「まだ御飲みになりますよね? さぁ、お注ぎします」

提督「……」

~~~~~~

提督「……」フラフラ

一時間後、男は完全に出来上がっていた。

艦娘があれだけ酒を注いだのだから当然とも言える。

翔鶴「提督、大丈夫ですか?」ムズムズ

提督「だ……大丈夫だ……飲み過ぎて気持ちが悪い」

翔鶴「……この私になんなりとお申し付けください」ムズムズ

提督「……翔鶴」

翔鶴「はい。膝枕ですか? 膝枕ですね? 膝枕ですよね? どうぞ私の躰をお使いください」

提督「……いや……お前は何を焦っているんだ?」


翔鶴「……」

提督「……」

翔鶴「……」

提督「オェェェェェ」

翔鶴「きゃっ!?」

~~~~~~

提督「吐いたら大分楽になった」

翔鶴「……私のせいです。……ごめんなさい」

提督「……」

翔鶴「……」

提督「髪を触っても良いか」

翔鶴「……!」

提督「いいよな。お前は全部俺のものなんだから」

翔鶴「……どうぞ」

~~~~~~

司令官は翔鶴の後ろに腰を下ろした。翔鶴はもう嬉しそうだ。

提督「……」

翔鶴の髪を絹を触るかのように持ち上げると、

提督「……」クンクン

翔鶴「なっ!? 何か普通でない事をしていませんか!?」

提督「別に」

翔鶴「そ、それなら大丈夫なのですが」

提督「良い匂いだったぞ」

翔鶴「……」

この場合髪を撫でるという行為は人間の何に相当するのだろう。

男は艦娘の髪をそのまま撫でてみたり、手に取って撫でてみたりしている。

その動きは強く握れば壊れてしまうかのように丁寧だった。

仮にこの二人が恋仲であったとしても、およそ、従来の恋人像からは想像のつかない行為であるのは間違いない。

それなのに、

提督「……」

翔鶴「……」

撫でている男の顔は楽しそうで、撫でられている艦娘はひたすら赤面し下を向いている。

彼らを取り巻く空気は、落ち着きつつも熱を帯びていた。

人間と艦娘の幸せな空間。存在自体が不純ゆえに純粋。

この二人を、その行為を、つまり非の打ちどころの無い完全さを咎める目の見えない愚か者は極刑に処すべきである。

……そう実感できる程に彼らは、二人の世界に入っていた。

提督「綺麗な色だ」

翔鶴「……」

提督「職業柄に白色は嫌いなのだが、お前の白は惹かれるものがある」

翔鶴「……私は」

提督「ん?」ナデナデ


翔鶴「私は自分の髪の毛が嫌いでした」

提督「ほう」ナデナデ

翔鶴「誰の色とも違っていて、汚れやすくて……とにかく最初から自分の髪が嫌いでした」

提督「……」ナデナデ

翔鶴「この髪を良いと言ってくれたのは、提督が二人目です」

提督「男では俺が一人目なのだろう?」ナデナデ

翔鶴「ええ」

提督「なら一番は譲ろう。姉妹艦というのは、それ位の特別があって然るべきだ」ナデナデ

翔鶴「提督の御配慮に愚妹も痛み入ると思います」

提督「くっくっく……瑞鶴め、貸し一つだからな」ナデナデ

~~~~~~

提督「翔鶴、お前には友達と呼べる存在は居るか?」ナデナデ

翔鶴「……不肖翔鶴、これでも友達と呼べる存在は何人かいると思っております」

提督「別に友達が居ることに疑いを持っているわけでは無い」ナデナデ

翔鶴「では今度はどのような有り難いお話をして頂けるのですか?」

提督「くくく……有り難いかどうかは分からんが、他人が友達に変遷するまでの話をする」ナデナデ

翔鶴「確かに興味深い話です」

提督「人間であれば、俺の経験則では夜を共に過ごし、一緒に寝て朝一緒に起きるが一番効率的だ」ナデナデ

翔鶴「……」

提督「男女の色恋の話ではない。友情の話な」ナデナデ

翔鶴「……男色における友情の話でしょうか」

提督「断じて否」ナデナデ

翔鶴「安心しました」

提督「男の裸や身体など、気色悪すぎて興味も沸かんわ」ナデナデ

翔鶴「男色も艦娘への愛情同様、生殖面では不毛というのは通底しているのでは?」

提督「二本の足で立つと言えばフラミンゴと人間だって通底している」ナデナデ

翔鶴「そういう誤魔化しでなく真っ当な反論が聞きたいです」

提督「なんだ? 自分に向けられている感情が男色に向けられない保証でも欲しいのか?」ナデナデ

翔鶴「……ありていに言えば」

提督「そんなの、明日地球が滅びる心配をする方がまだマシだぞ」ナデナデ

翔鶴「心は移ろいやすいものですから。長官も、嶋田提督も容姿端麗ですし……」

提督「何を言うか。あいつらの事は菊の紋まで知っている。心配するな」ナデナデ

翔鶴「……」

提督「そんな不安げな背中を俺に見せないでくれ……」ナデナデ

翔鶴「……なら提督は……何故私を抱いて下さらないのですか」

提督「……」

髪をなでる手が止まった。

翔鶴「私の身体では力不足なのですか? それとも何か他の原因があるのですか?」

提督「……」

男は何も答えない。

翔鶴「……欲張りだと思われますか」

提督「……」


翔鶴「貴方と会えないのがこれ程辛いとは思っても見なかった」

提督「……」

翔鶴「提督、私、凄く我慢したんですよ?」

艦娘は後ろを向いて喋りはしなかった。そうする勇気を彼女は持ち合わせていなかった。

翔鶴「貴方にまた会えて、話せて、髪を撫でて貰えて……私はとても嬉しいです」

提督「……」

翔鶴「でも私はすっかり弱くなってしまいました」

提督「……」

翔鶴「不安になるのです。もしかして提督に嫌われているのではないか、と」

提督「翔鶴」

翔鶴「ごめんなさい。貴方の傍に居ると誓いながら、こんな面倒な事を言ってしまって」

提督「俺がお前を嫌いになるわけが無いだろう」

翔鶴「ごめんなさい」

提督「謝るな! 何故お前がそんなに辛そうにする!」

男は艦娘に後ろから抱き締めた。

提督「そうか。寂しかったか。俺もだ」

翔鶴「ごめんなさい……ごめんなさい……」

提督「謝るなと言っている」

翔鶴「うぁっぁ……ひっぐ……っ……」

提督「……」


翔鶴が泣き止んだ後に両者は再び正面から向き直り、話を始めた。

「意気地の無い俺を許してくれ」

「絶対に許しません」

「……」

「なんて言うわけが無いと思って言っていますね」

「……ああ」

「……悔しいけれど当たりです。選ぶべき答えが複数無い問題を選択問題として出されても困ります」

「言い方が間違っているか」

「はい。どうせなら『実は俺はこういう風に思っていた』と堂々と言って下さい」

「……」

「女としては紛い物でも、好きな男の我儘を受け止めるだけの器は持ち合わせているつもりです」

「……すまん」

「不安に怯えるよりも、素直に言われて傷つけられる方が私は良いです」

「馬鹿な事を言うな」

「本当です。私はそんな女です」

「知っている。だから俺はお前が放っておけないのだ」

「貴方だって、私と似たところがありますよ。私は知っています」

「……お前と俺のどこが似ているんだ」

「身に覚えが無いのですか?」

「……全くない」

「……これは重症ですね」


「はっ? えっ、どういうことだ」

「貴方だって、問題を解決する際に自分が傷つく手段をよしとするではありませんか」

「私を単冠に助けに来たときだってそうです」

「大事な存在を守るために命を張るのは当然だ!」

「そうかもしれませんが貴方は張りっぱなしの上に、自分の掛け金を……命を失うことになっても全く気に掛けない姿勢が不味いです」

「だが、大切なものを守るためなら!」

「残された者の事を、助けた後の大事な存在の事を、貴方は考えていません」

「……」

「日向が深海棲艦に堕ちかけていた時だって、自分の命を放り出していました」

「うぐっ……」

「今生き残っているのが奇跡のようなものです」

「……」

「私と貴方は好きな相手の為なら自分を……いえ、その好きな相手すら省みない愚か者です」

「……」

「自己中心的に他者を助けて、死んでから助けた相手にも自分勝手だったと言われるタイプです」

「ぐぐぐぐぐ……」

「さぁ、ここまで聞いた上で『自分が傷ついた方がマシ』と言う私と貴方はどう違うか説明して下さい」

「ぎぎぎぎ」

「むしろ貴方の方が酷いですよね」

「ががががががが」

「……もうとっくにお気づきかと思っていました」

「……」

「第四管区の艦娘なら誰でも知っていますよ」

「お前がそういう奴だろうとは思っていたが……まさか自分まで……」

「自分の事は意外と見えないものなのです」


「提督」

「ん?」

「私は貴方が好きです。愛しています」

「……」

「でも、もっと提督に愛して貰いたい。誰よりも」

「……」

「単冠夜戦で、死の淵に沈んだ私を引き上げてくれたのは貴方という存在でした」

「……」

「自分の中に貴方を想う気持ちがある限り、私は貴方の為なら……きっと何でも出来ました」

「……」

「でも、貴方の傍に居る約束をして以来……私は貴方の気持ち無しでは動けなくなってしまいました」

「……」

「今日泣いたのだって昔からすると考えられません。日々成長している筈なのに、弱くなるなんておかしいですよね」

「……」

「提督」

「……」

「きっと私は、提督に抱いて貰えば……もっと心が弱くなります。今よりも色々なご迷惑をお掛けするようになると思います」

「……」

「でも、お互いの結びつきが強まるにつれて心が弱くなるのなら」

「……」

「もし、それが愛するということならば……私はもっと弱くなりたいです」

「……」


「すまない」


男は艦娘に向けて頭を下げた。

「えっ」

「あー違うぞ。これは未来のお前に対するものだ」

「未来の私?」

「うまく行けば、謝罪も意味を無くすんだが。念には念をな」

「え」

「失敗したら泣かせてしまう。その時は許してくれ」

「何か縁起でもないことを考えておられませんか?」

「どうだろうな。正直、俺はお前たちに期待しすぎな気もするよ」

「少し、理解が」

「なら分かりやすく言う。今夜は寝かせないということだ」


5月2日

朝 ブイン基地 神官の部屋

据え膳食わねば何とやら。

「おはようございます」

「……おはよう」

「嬉しかったです」

「お前の気持ちが伝わってきた」

「私も、提督の気持ちが痛い程に」

「これでお前はもっと弱くなる」

「……」

「……つくづく罪を重ねる」

「では私はそれを許します」

「よし、俺は許された」

「はい。許されました」

「艦娘として、人間として、それぞれの立場、それぞれの在り方、それぞれの愛し方、それぞれの幸せ」

「……」

「面倒だ」

「はい」

「……」

「いいんです。今は余計なことを考えないで下さい」

「……」

「ただ私を感じて下さい」

「俺は艦娘と二人きりで過ごすとき目の前の事以外考えていない」

「なら、それで良いんだと思います」

「……」

「例え矛盾しようと、恨まれようとも、貴方は貴方の好きなように生きて下さい」

「……」

「私は全てを貴方に捧げ、付き従います」

「俺の道を邪魔する者は」

「よしなに」ニッコリ

「……これはまた深くて重いな」

「私の感情を開発されたのは貴方なのですから、それ位の責任は取って頂かないと」

「愛を受け入れるのは責任を取るということなのか」

「そういう面もあると思います」

「他の者に対しても誠意を見せるような男だぞ」

「はい。私はそういう貴方も好きですよ」

「お前に愛想を尽かすかもしれんぞ」

「それなら深海棲艦となって水底へ提督をお迎えにあがります」ニコニコ

「……」

「ごめんなさい。私はもう提督抜きでは生きていけそうもありませんので」


「翔鶴は弱くなっていない」

「そうでしょうか?」

「俺に対しては一貫して強くなっている」

「自覚はありませんが」

「それが恐ろしい」

「冗談ですよ。提督、もう一眠りしませんか」

「まだ眠いか?」

「もう少し二人きりを楽しみたいです」

「……」ムクムク

「……何故今ので大きくなるのですか」

「俺も知らん」

「……では」

~~~~~~~

「提督」

「何だ?」

「何故自分が、この行為をこれ程までに望んでいたか分かりました」

「ほう」

「もっと貴方の事を知りたかったんです」

「そうだな。肌を重ねると互いの―――」「違います」

「違うのか?」

「そんな妙な理由ではありません。私はまだ見た事の無い貴方を知りたかったんです」

「……」

「気持ちよさそうにしている表情が見られて、とても嬉しいです」

「……」

「……また大きくなりましたね」

「気に食わない」

「えっ」

「お前には俺の表情を観察する余裕があったということだ」

「いや、それほどじっくり観察できていたわけでは」

「その余裕が気に食わない」

「きゃっ!?」



昼 ブイン基地 神官の部屋

「失礼する!」

一人の男が友人の部屋を訪れた。

「おい雅晴! もう昼の三時なのに出勤もせずに何をしている!」

彼はズケズケと部屋に踏み込むと、祭壇部屋と私室を区切る板戸をノックもせずに勢いよく開いた。

「すまんな」

友人は布団で寝ていた。

「何故出勤しない。体調でも悪いのか」

「あー、ちょっとな。風邪を引いたようだ」


「それならそうと報告しろ。無断欠勤は最悪だぞ」

「悪かった」

「それと翔鶴君が見当たらないんだが、心当たりはあるか?」

「いや、俺は今日部屋から出ていないからな」

「瑞鶴君も知らないと言っていたんだが……お前の布団、やけに膨らんでないか」

「……」

「……」

「気のせいだ」

「なら捲って良いか? もし鶴が出てきたらお前を全力で殴る」

「……」

「……」

「すまんかった」

「貸し一つだ。さっさと着替えて司令部へ来い」

「おう」

「どう育てばこの状況下で偉そうな返事が出来る精神構造を持ちえるのだ? ……布団の中身もすぐ出勤するように。皆が探しているぞ」



昼 ブイン基地 廊下

三隈「あっ、翔鶴さん。探したのですよ」

翔鶴「ご迷惑をおかけしました」

日向「何だ。てっきり水底へ沈んだのかと思っていたが。……ん?」クンクン

伊勢「あっ、翔鶴ちゃん。今までどこ居たの?」

翔鶴「日向はともかく、伊勢さんと三隈さんはありがとうございます。少し神官殿の部屋で禊のお手伝いを……」

日向「ふーん。どのような手伝いだ」

翔鶴「艦娘が暴れないように押さえつける役です」

日向「ま、そういうことにしておこう」

三隈「?」

伊勢「……はは~ん、そういうことか~」

翔鶴「……」



昼 ブイン基地 工廠

翔鶴「遅くなりました。明日の分の資材搬入予定書です」

明石「今日はやけに遅かったですね」

翔鶴「申し訳ありません」

時雨「……」クンクン

翔鶴「し、時雨さん……?」

時雨「翔鶴さん、おめでとう」

明石「?」

翔鶴「……」


昼 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋

翔鶴「瑞鶴、居る?」

瑞鶴「居るよ~。姉さんどこ行ってたの?」

翔鶴「ごめんなさい。提督の所でお酒を飲んでいたの」

瑞鶴「昼まで起きてこないって随分と深酒したんだね」

翔鶴「そうね。少し飲み過ぎたわ」

瑞鶴「その割に酒臭くはないよね」

翔鶴「……そうかしら」

瑞鶴「姉さん」

翔鶴「何?」

瑞鶴「何て言ったら嫌味無く聞こえるか分からないけど……おめでとう」

翔鶴「……私ってそんなに分かりやすい?」

瑞鶴「普通のお酒で姉さんが寝坊するわけ無いじゃない」

翔鶴「あー……」

瑞鶴「苦々しそうな顔をしない」

翔鶴「でも」

瑞鶴「私は姉さんじゃないんだから。これくらいで恨んだり妬んだりはしないわよ」

翔鶴「……それだと私が嫉妬深い女みたいじゃない」

瑞鶴「いや、かなり嫉妬深いでしょ。でも寂しいなぁ。三人の中で私だけが未経験ってことだよね」

翔鶴「こ、この話は止めにしましょう」

瑞鶴「まぁいいや。またお酒を飲んだ時にゆっくりと聞かせて貰うから」

翔鶴「……うーん……分かったわよ」



夜 ブイン基地 執務室

嶋田「この中に昼まで艦娘とヤッてた奴が居まーす」

山内「……長門も居るんだぞ」

長門「帰って良いか?」

山内「仕事だけ終わらせてくれ。あいつは気にするな」

神官「長官、ブイン基地で穢れを事前に発見する為の案をまとめたのだが」

嶋田「いや~、若いって良いよな~」

神官「舞鶴のクソ提督、ぶち殺すぞ」

嶋田「昼までやるってさ~、どっかの覚えたての猿じゃあるまいし~」

長門「……気分が悪い。今日は失礼させてもらう」

山内「おいなが……」

山内「……行った」

神官「……」

嶋田「なぁ~、翔鶴の下の毛ってやっぱり白なのか~?」

山内「……」ゴッ

嶋田「ガフゥ!?」

神官「……」ガッ ガッ

嶋田「オゴッ!?」


夜 ブイン基地 日向の部屋

神官「邪魔するぞ」

日向「ノックくらいしたらどうだ」

神官「コンコン」

日向「遅いし口で言うな。……久しぶりだな。まぁゆっくりしていけよ」

神官「酒と肴は用意してある」

日向「ありがたいが明日も早い」

神官「心配するな。お前の仕事は代わりに伊勢ちゃんにやって貰う」

日向「相変わらず自分勝手な奴だな」

神官「なぁに。久しぶりの挨拶代わりだ」

~~~~~~

日向「美味いな。この酒は?」

神官「山内の地元のものだ」

日向「あそこは水が良いからな」

神官「しかし、こういう部屋でお前と飲むのは妙に落ち着かんな」

日向「手狭な部屋だからちゃぶ台しか無くてすまない。この基地には囲炉裏は無いんだよ」

神官「日向の魅力も半減というわけか」

日向「後で戦艦パンチな」

~~~~~~

日向「しかし君も忙しい男だな」

神官「ああ、日本を北から南へ行ったり来たり大忙しだった」

日向「そっちではない」

神官「ではどっちだ」

日向「英雄色を好む、という諺があるが君のような俗物にもこれは当てはまる」

神官「……」

日向「ああ、前から気になっていたのだが……この英雄と言うと妙に男の英雄を想像しないか?」

日向「女の英雄だって居ただろうに」

神官「……確かに男の英雄が出てくるな」

日向「都合が悪いからって話を逸らすなよ。大事なのは君が俗物であるということだ」

神官「もう好きに喋ってくれ」

日向「この短期間に三人の艦娘を手玉に取ろうなどと、常人には発想すら出来まい」

神官「……」

日向「そうだ。君のその苦虫を噛み潰したような顔……実に良い」

神官「少し見ない間に趣味が悪くなったか」

日向「冗談の幅が広がっただけだ」

神官「俺は誠意をもって自分の艦娘に接しているだけだぞ」

日向「とんだお笑い草な誠意だな」

神官「なら笑え」

日向「はははは」

神官「本当に笑うやつがあるか馬鹿者」


日向「で、その誠意とやらで翔鶴から純潔を奪ったように、私にはどのような誠意ある対応をしてくれるんだ?」

神官「何を言っているんだ」

日向「すっとぼけるな。一部の者には公然の事実だ」

神官「……」グビ

日向「別にしたことを咎めているわけでは無いが、正妻である私にはもっと凄いことをしてくれると期待はしている」

神官「お前はいつから俺の正妻になった」

日向「こちらは全ての者の公然の事実だ」

神官「そのような事実は無い」

日向「酷いな。私がこれだけ君のことを大切に思っているのに」

神官「全ての想いが報われるなどゆめ思わぬことだ」

日向「知っているよ。この世がままならんことくらい」

~~~~~~

神官「お前はブインに来ても変わらないな」

日向「先程までの会話の中に変化の無さを感じさせる要素が小さじ一杯でもあったか?」

神官「いや、ふと思った」

日向「これでも私は日々変わっているんだぞ」

神官「俺の中での想定の範囲内、誤差レベルだ」

日向「そんな予測が立てられないから心は変数なんだろうが」

神官「あー、うるさい。黙れ。お前は変わってない。結論は出た」

~~~~~~

日向「長月は中々目が覚めないな」

神官「そうだな」

日向「植物人間でも、身体が動かないだけで意識ははっきりしている場合もあるそうだ」

神官「……」

日向「そうなると地獄だな。伝えたいのに伝えられない。想像するだけでもどかしい」

神官「だな」

日向「長月の意識は案外、その辺を遊泳してるのかもしれん。他人の生活を覗くのが楽しくて意識が肉体に戻らないだけかも」

神官「ありそうだ」

日向「私は第四管区とそれ以外の艦娘は違うと考えていた」

神官「……」

日向「最近は違いなんて無いんじゃないかと思い始めた」

神官「無いわけが無い」

日向「可愛い奴らばかりなんだ。とても素直で、優しくて、何でもすぐに吸収する」

神官「……やめろ」

日向「君はまだまともに喋ったことも無いだろうが、話してみれば――――」「やめてくれ」

日向「……まだ受け入れられるほどの余裕は無いか?」

神官「……覚悟はしているんだがな」

日向「長月にはあったぞ」

神官「知っている」

日向「なら良い」グビ

神官「……前にも聞いたかもしれんが」

日向「ふん?」


神官「お前らは何故俺の事を好いていてくれるんだ?」

日向「……」

神官「……」

日向「……」

神官「おい、そんなに悩むなよ」

日向「……私に関して言えば、最初は放っておけないという気持ちが強かった」

神官「放っておけないねぇ」

日向「一人の男の成長をこんな間近で観察出来たんだ。愛着くらい湧いてもおかしくはない」

神官「そういう、ものなのか?」

日向「きっとな」

神官「他の奴らは?」

日向「翔鶴が決定的に変わったのは単冠の時だろう。瑞鶴は意識し始めると余計に意識してしまった感じに見えるが」

神官「まるで中学生だ」

日向「一生懸命な姿に惹かれるものさ」

神官「俺以外の可能性だってまだあるわけだ」

日向「なんだ。大勢から好かれるのは面倒か?」

神官「面倒とは言わんが、それらは雛が最初に見たものについて行くのと同じじゃないか?」

日向「刷り込みと言いたいのか」

神官「うむ」

日向「そうさなぁ……外的、内的、どちらにしろあるかもしれん話だ」

神官「外的はプログラミングだろ。内的とは何だ」

日向「自らの生存本能が働き、無意識の内に指揮官に気に入られようとする」

神官「有り得ん」

日向「艦娘の変数を認めている君が何故これは否定する」

神官「……」

日向「ま、私にも確証など無いよ。単なる私の戯れさ。気にするな」

神官「俺はあれだけ不確かなものを信じてここまで来たんだ」

神官「今更それを否定したところで意味も無い。来た道を引き返そうとも思わん。自分の信じてきたものをこれからも信じるだけだ」

日向「男らしい思考停止だ」

神官「どうも」

日向「私は考えるのを止めた君も好きだぞ」

神官「どうも」

日向「勿論正妻としての好きだぞ」

神官「つまり虚構か」

日向「いや、非情な現実だ」

神官「確かに現実は非情だ」

日向「ふぅ、少し酔った」

神官「嘘つけ。俺はお前の泥酔ラインを知っているぞ」

日向「酔った私は君の隣へ行っていいか?」

神官「……いいぞ」

日向「ありがとう」


日向「よっ……と」ペタ

神官「何で胡坐でなく膝を閉じて座る」

日向「私は女の子だからな」

神官「……」ゾワゾワ

日向「ん? 何で鳥肌が立つんだ? 戦艦パーンチ」ドゴゥ

神官「ベホゥ!?」

日向「私が膝を閉じたら何か問題があるのか?」

神官「な……無い」

日向「ふふん。そうだろう。あるわけがない」

神官「……」

日向「……あぁ、酔っているから姿勢が保てない」ヨタッ

神官「俺の肩にもたれかかるな。起きろ。胡坐をしろ」

日向「……にゃお~ん。私は猫だから日本語が分からないにゃ」

神官「……」ゾワゾワゾワゾワ

日向「とても強力な戦艦パーンチ」バガッ

神官「……!!!!!!」

日向「危なかった。私の自尊心が失われるところだった」

神官「ガハ! ガハ!」

日向「私が君の肩にもたれ掛かっても何も問題は無いな?」

神官「い、痛い……」

日向「ふむ。無いようだから続けよう」

~~~~~~

日向「君は艦娘の匂いに興味があるらしいじゃないか」

神官「ん~。一人一人違う匂いがするんだ」

日向「……」

神官「黙るなよ。俺が変態のように聞こえるだろうが」

日向「いや、君が変態だから黙ったんだ」

神官「ちっ、しょうがないだろう。変態なんだから」

日向「開き直るなよ」

神官「わはは」

日向「しょうがないな。少し離れてやる」

神官「助かる。……何かお前と視線が合わずに会話するのは違和感があった」

日向「ふむ。君は艦娘と喋る時に自分の視線がどこを向いているか意識しているか?」

神官「他人の視線は気にするが自分のはそれほどだな」

日向「翔鶴、瑞鶴、私の三人相手でも君はそれぞれで視線の向きが違うんだぞ」

神官「へぇ」

日向「まず翔鶴を見る時は基本的に顔を見ている。常にだ。視界に翔鶴が入ると君は何もかも忘れて翔鶴を見ることを優先する」

神官「……」

日向「翔鶴はそれが気恥ずかしいのかその時に君の顔を見ないことが多い。逆に彼女は君の視界外では君をずっと見つめている」

神官「そうだったのか……全く気付かなかった。瑞鶴は?」

日向「逆に君は瑞鶴の顔を見ない。瑞鶴は君の顔をずっと見ているよ。そして君はそれから目を逸らす。丁度君と翔鶴の関係が逆転する形だな」

神官「……確かに心当たりがある」


日向「そして最後に私だ。今の内に言っておくことはあるか?」

神官「……」

日向「君は私と話す時……今のように目を見るよ。ここが他の二人とは決定的に違う」

日向「さっきは視線を合わせなかったから違和感があったんだ」

神官「それも心当りがある……凄いな日向」

日向「…………今何と言った?」

神官「それも心当たりがある」

日向「その次」

神官「凄いな」

日向「その次!」

神官「……日向?」

日向「……もう一度」

神官「日向」

日向「……」ゾクゾク

神官「な、何で今震えたんだ?」

日向「……」

神官「……?」

日向「これ程とは……ふふっ、病的だな。本当に刷り込みなのかもしれん」

神官「大丈夫か」

日向「多分もう手遅れだ」

日向「君」

神官「ん?」

日向「にゃお~ん」

神官「そろそろ寝るから今日はこの辺でお開きということで……」

日向「始めるつもりだったのに終わった!?」

神官「いや、一体どこでそんな奇術を身に着けて来たんだ」

日向「昔、長月がやっているのを見て可愛かったから真似をしている」

神官「『人による』という言葉をお前に授けよう」

日向「私はもうこの生き方しか出来ん」

神官「独りでに偏狭で珍妙な方向へ進もうとする傾向があるようだ。さすが航空戦艦」

日向「聞き捨てならんな。伊勢は馬鹿にしても良いが私に向けているのであれば聞き捨てならん」

神官「前から感じていたがお前は姉に対して辛辣だ」

日向「実は私はあいつが嫌いなんだ」

神官「あーあーあー聞いてない。俺は何も聞いてない」

日向「冗談だぞ」


日向「今日は私とする気は無いのか?」

神官「正直な話、昼まで搾り取られていたからな」

日向「鋭い戦艦パーンチ」ズオッ

神官「グゥゥゥ」

日向「手が滑って肋骨の隙間から肺に抜き手をしてしまった」

神官「……」パクパク

日向「一つ忠告しておくぞ。そんなに精子が余っているなら私に出せ」

神官「何も聞こえんかったことにする」

日向「そうやっていつまででも逃げているがいいさ。私もすぐに追いついてやる」

神官「俺を追いかけているのか」

日向「思ったより遠いと言うか、近づいてよく見ると実体が無くて触れんのだ」

神官「さらっと俺を否定するな」

日向「このへんで勘弁してやる。くれぐれも翔鶴にばかり金玉をかまけないように」

神官「あーあー、俺の艦娘はこんな下品なことを言わない。神に誓って言うわけが無い」

日向「君、どうやら神はこの世に居ないみたいだぞ」

神官「この艦娘に神罰が下りますように」

日向「もう今日は色々諦める。その代わりに私の手を握ってくれないか」

神官「……手を握れば良いのか?」

日向「うん」

神官「ほれ」ニギ

神官「……」

日向「……」

神官「……」

日向「……」

神官「……何で黙るんだ」

日向「……黙って握るべきじゃないか?」グググググウ

神官「あだだだだだだだだ折れます!? 清く正しく血筋の良い神官の右手が折れてしまいます!?」

日向「……まったく」

神官「……」

日向「……」

神官「……」

日向「……」

神官「……」

日向「……」

神官「……もしかして照れているのか?」


神官「しょうがない奴だ」

日向「わっ!?」

神官「今日はハグまでサービスしてやる」

日向「……」

神官「日向の匂いがする」

日向「卑怯だぞ」

神官「何がだ」

日向「……君との関係では私が主導権を握るべきだ」

神官「そんなもの気にするな。互いに持ちつ持たれつだろう」

日向「私が主導権を持っていないと君に良いようにやられてしまう」

神官「……」

日向「名前を呼ばれて、手を握られて、抱き締められただけなのに今は凄く緊張するんだ。これも刷り込みなのかな」

神官「知るか」

日向「酷い奴だな、君は」

神官「正妻のくせに生意気だぞ」

日向「あれ? 認めるのか」

神官「俺の誠意が続く限りでな」

日向「有効期限は短そうだ」クスクス

神官「なら今だけキスもサービスしてやる」チュ

日向「うぅっ!」ビクッ

神官「……」

日向「……」

神官「……」チュ

日向「いぁっ!?」ビクビク

神官「……」

日向「……」

神官「……」ニヤニヤ

日向「……な、なぁ君、気持ちは嬉しいが一旦離れてくれないか」

神官「何故だ?」

日向「少し体調がすぐれっっ!!!」

神官「大丈夫か? 息も絶え絶えだが」

日向「き、君が喋っている途中に太ももを撫でるからだろうが!」

神官「心拍数が上がっているのか?」

日向「やっ……はぁ……や、胸をまさぐる! な!」

神官「ふむ少し脈が速いぞ」

日向「なふ……ぁぁっ」

神官「俺は自分の妻が実に心配だ」

日向「やめ……やめろ! 君! やめぇ……ろ……」

神官「俺は純粋にお前の心配をしているだけだが」

日向「なら心配んぁぁ! し、しなくていい!」

神官「それなら遠慮無く頂こう」

日向「はぁぁ……っあぁ! ……この、このけだものぉぉ!!!!」


5月3日

朝 首相官邸 会議室


南方戦線における聨合艦隊司令長官の報告

聨合艦隊司令長官は内閣総理大臣から求められた以下三つの質問に対して回答す。

イ.陥落したガダルカナル、ショートランドを拠点とした敵反攻への聯合艦隊の対応

ロ.ラバウル、トラック、ブインの艦娘運用状況

ハ.南方戦線全体の現状について


イについての回答

敵反攻は南方戦線全戦域、特に至近なブイン・ショートランド間連絡海域において激しく、連日戦闘が発生。

既にブイン基地は防衛体制の構築を完了し、問題無く対応することに成功す。

他戦域でも問題無く敵を撃退す。

敵反攻は強力なれど、確立された当方の防衛体制を突破することは不可なり。

敵反攻は既に突破力を失いつつあり、攻勢終末点は近いものと思われる。

ガダルカナル、ショートランドに存在すると思われる強力な指揮官級深海棲艦に動きは無し。


ロに対する回答

南方戦線においては妖精との盟約に反し、艦娘を複数運用す。

これに対する妖精側の反応は無し。

艦娘への精神面への配慮から一部例外は除き、交代運用を実施す。

失踪艦は聨合艦隊結成後の南方戦線全体での総着任数あたり0.1%以下まで減少す。

戦闘に関する教育システムも見直され、全体の練度が向上しつつあり。


ハに対する回答

聨合艦隊結成に伴い南方戦線全体で敵深海棲艦に対する抵抗力は増強し、敵は攻勢終末点を迎えつつあり。

聨合艦隊は敵の意気を挫き好機を伺う守的攻勢をかけ、その効果はありと認む。

燃料弾薬ボーキサイト、艦娘の為の嗜好品は戦闘の必需品であり戦線を維持するうえで必須。

来たる大規模反攻に向けて、聨合艦隊はより多くの物資を必要としており支援物資は優先的に南方戦線へと輸送願う。

以上


次官「……以下は戦果報告書と資源物資収支が付属資料として添付されています」

総理大臣「……」

総司令部総長「……」

海軍大臣「……」

戦資大臣「……」

次官「ブ、ブイン基地では深海棲艦を日平均百隻以上撃破しており……」

戦資大臣「もう良い!!! 貴様はこの空気を読めんのか!」

総司令部長「不愉快極まりないな」

海軍大臣「まさかあの状況から立て直すとは……」

総理大臣「……次官、民意はどうですか」

次官「南方戦線の同名艦運用で余裕の出来た艦娘を本土防衛に宛て、太平洋沿岸地域の安全も次第に確保され始めています」

次官「その事実を長官は大々的に発表したことにより……民衆の大半は未だ聨合艦隊を高く支持しています」


海軍大臣「……少し若造と侮りすぎていたか?」

戦資大臣「若造だ! あんな者!!!」

総司令部総長「落ち着け」

戦資大臣「資源援助を止めようにも京大派閥の連中が面倒で仕方ない!!!! 裏で元老が手を回しているのは確実だ!!」

総理大臣「……早く死にませんかね、あの爺」

総司令部総長「総理」

総理大臣「おっと、口に出ていましたか」

戦資大臣「総理! 何とかなりませんか!」

総理大臣「民意が邪魔ですねぇ」


次官(腐り過ぎだろ……聨合艦隊とそれを支持する人間が邪魔って……お前ら深海棲艦かよ……)


海軍大臣「ラバウル、トラックの司令も若造の息がかかった者が任命されている。奴にとって南方は、まさに楽園だな」

戦資大臣「その内に楽園が王国に変化するぞ!!! あいつは無駄に顔も良い! 人気が出やすいだろう! 放っておけば我々の椅子が危うい!!」

総理大臣「……」

総司令部総長「心配しなくていい。次の選挙までまだ時間はある。今は若造を持ち上げれば良い」

海軍大臣「そうとも。奴の活躍は今はまだ我々の手柄にもなる」

総理大臣「……戦果が上がっていないければ、守的攻勢などという馬鹿な言葉を許容はしないのですが」

戦資大臣「艦娘に対する扱いも気に食わん! 聞けばブイン基地では艦娘を非常に良い待遇をしているそうじゃないか!」

次官「は、はい。長官直々に艦娘の地位向上についての発言を……」

総理大臣「で、民衆の艦娘に対する注目度もうなぎ上りというわけですか」

次官「……はい」

総理大臣「……」

戦資大臣「今までのように倉庫の艦娘を夜伽に使えんではないか! 気に食わん! 実に気にグエッグホッ!!!」

総司令部総長「むせるほどに激昂するな」

総理大臣「私も同じ意見ですよ」

総司令部総長「流石です」

総理大臣「いえ、私は戦資大臣に同意見なのです」

総司令部総長「え?」

総理大臣「防衛体制という体が構築できたのであれば、もう首から上に用はありません」

海軍大臣「……」

総理大臣「艦政本部長から艦娘について丁度いい研究報告も上がっています」


総理大臣「日本の未来を邪魔する者には、ここで退場願いましょう」


朝 ブイン基地 日向の部屋

日向「……」

神官「……」シュボ

神官「……」スー

神官「……」ハー

神官「良かったぞ日向」

日向「もう……お嫁に行けない……」

神官「俺の嫁の癖に何を言っている」

日向「……」

神官「さて次は木曾の所へ」

日向「寝起きの戦艦パンチ」

神官「テゴシッ!」




朝 ブイン基地 食堂

山内「おはよう。今日も女連れで朝食か」

神官「ああ、山内。おはよう。こちらは妻の日向だ」

日向「唯一にして無二の妻、三人組とは言わせない。四航戦の日向です」

山内「うん、朝から二人とも頭がおかしくて何よりだ」

神官「こいつとは久しぶりだったが履き慣れた靴というのはやはり良いな」

日向「誰が靴か」

神官「ああ、艦娘か」

日向「そうだ。二度と間違えるな」

山内「朝から食欲が無くなる惚気話はやめてくれ」


神官「今日のおかずは野菜の卵和えか」

日向「この基地の料理人は現地に帰化した元日本人だからな。外国に居ながらにして日本の味が楽しめる」

山内「素材の味は少し日本と違う気がするが」

神官「うるさい奴だ。大雑把な舌しか持っていないくせに」

日向「うんうん」

山内「僕だって怒ることはあるんだぞ」

磯波「長官閣下、日向さん、神官様、おはようございます」

日向「ああ、磯波……と吹雪か」

吹雪「……」

山内「……おはよう。二人とも」

磯波「私達も合席をしてよろしいですか?」

神官「……」

日向「構わんよ」


磯波「今日のおかずも美味しいです」

日向「うん。味の分かる良い舌をしているな」

磯波「てへへ」


吹雪「……」

山内「……吹雪君はあまり箸が進んでいないようだが」

神官「食いたくないなら私が食うぞ」

吹雪「……食べてるじゃないですか」

日向「仕事用なのだろうが、君の一人称が私だと違和感があるな」

神官「言うな。結構面倒なんだからな。これ」

吹雪「……お二人は仲が宜しいんですね」

日向「この男は第四管区の艦娘とは大体こんな感じだぞ」

吹雪「……」

日向「あ、別に嫌味じゃない」

吹雪「……私、頑張ります」

日向「……」

吹雪「こんな私でも……大切に想ってくれている仲間が居ます。その人達の為に、何より自分の為に私は頑張ります。そう決めました」

神官「そうか。……励めよ」

吹雪「……はい!」

日向「……」ニヤニヤ

神官「おい日向、にやにやするな」

日向「夫の成長を見て泣かない妻は居ないよ」

磯波「?」

山内「磯波君」

磯波「は、はい!」

山内「緊急配備時に吹雪君は君の持ち場だったね?」

磯波「そうであります!!」

山内「発令所に虚偽の報告をしないように。欠員が居れば正確に欠員の報告をするんだ」

磯波「……ご、ごめんなさい!!!!」

山内「ま、分かれば良いんだ。次からは気を付けるように」


昼 ブイン基地 工廠

緑帽妖精「お仕事完了~」

明石C「おお! 流石緑師匠! 見事な技です!」

緑帽妖精「て、照れまする」

明石B「いやいや、特にこの艤装の主砲の直線が~」

緑帽妖精「むへへへへ」


時雨「相変わらず君たちは楽しそうだね」

明石「今だからこそ妖精さんたちの技術の高さ、見事さが理解出来るのです」

時雨「そこは僕にも何となく分かるよ」

明石「時雨さんもお勤めご苦労様です」

時雨「薄々勘付いてはいたけど、僕はどうやら戦闘より事務の方が向いているみたいだ」

明石「私も戦うよりも艤装をいじってるほうが好きです。……変ですよね、私たちは軍艦なのに」

時雨「明石さんは工作艦だから何も問題は無いし、例え軍艦でも変じゃないと思うよ」

明石「そうでしょうか?」

時雨「僕たちは単なる軍艦じゃ無くて艦娘じゃないか」

明石「……」

時雨「だから良いんだよ。戦場で戦う事以外に色々あったってさ」

明石「……」

時雨「……明石さん?」

明石「時雨さんって時々、私とは違う存在に思えます」

時雨「気のせいだよ」

明石「いえ、確実に違います。それってやっぱり……」

時雨「……」

明石「鼻が良いからでしょうか?」

時雨「……多分違うと思う」


昼 ブイン基地 談話室

木曾「あー、お前は今日はどこなんだ?」

雪風「ユキカゼは沈みません!」(今日は一日オフです!)

木曾「俺も夜勤まで休みだから……ちょっと遠出して浜まで行こうぜ」

雪風「ユキカゼ!」(一緒に行きます!)

~~~~~~

木曾「あー海だー」

雪風「ユキカゼ!」

木曾「だよな~。何か良いよな~。海ってな~」

雪風「ユキカゼ」

木曾「ああ、別に沈んでも好きなもんだよ」

雪風「ユキカゼ……」

木曾「なに図々しく聞いといて今更気にしてんだよ。いいよ。生まれた時から覚悟はしてたさ」

雪風「……」

木曾「あー、そっか。お前は沈んだ事無いんだったな。たまに忘れるけど、お前って凄い奴なんだよな」

雪風「ユキカゼ!!!」

木曾「あはは! 冗談だよ」

~~~~~~

木曾「あれ……日向さんだ」

木曾「おーい日向さーん」

日向「……」

木曾「なに無愛想なツラしてるんだ。アンタも海を見に来てたのか」

日向「……木曾さん、こんにちは」

木曾「木曾さん?」

雪風「ユキカゼ!」

木曾「……同名艦か」

日向「はい。恐らく私は……貴女の知っている日向ではありません」

木曾「日向さんの同名艦は初めて見たよ」

雪風「ユキカゼ」

木曾「誰が間抜けだ馬鹿風」

日向「……お二人も海を見に?」

木曾「ああ、俺は夜まで暇だからな」

雪風「ユキカゼ!」

日向「雪風さんはお休みですか。私は基地見学の途中です」

木曾「お、言ってることが分かるんだな。さすが新造艦」

日向「はぁ、どうも」

木曾「見た目が同じでも中身が違うと、全然違うんだな~」

日向「同名艦の個体差は戦闘データの蓄積の有無です。やはり戦闘経験、つまりLvの違いは大きですから」

木曾「いや、別に」

日向「?」

木曾「……ま、いいや。これからよろしく、それで頑張れよ。日向二世」

日向「……どうも」


~~~~~~

木曾「っぷは、はははは!」

雪風「……ユキカゼ」

木曾「いや、別に頭はまだ大丈夫だからな?」

雪風「ユキカゼ」

木曾「ふいに、俺の知ってる日向の個体も……最初はあれと同じくらい無愛想な奴だったのを思い出してさ」

雪風「ユキカゼ!」

木曾「艦娘は変わるもんだな。……お前は変わって無さそうだけど」

雪風「ユキカゼは沈みませんっっ!!!!」

木曾「あははは」




5月4日

朝 ブイン基地 発令所

夕張「偵察隊から通信です」

山内「繋げ」

夕張「了解」

「こちら強襲偵察部隊、旗艦浜風。ショートランド敵第二防衛ラインに突入す」

山内「レーダーに反応は」

「感あり、11時方向距離約10000に6、大型艦2、小型艦4、艦種は……正規空母2、軽巡2、駆逐艦2」

山内「さすがに第一防衛ラインよりは強固そうだ」

嶋田「潜水艦による突破案もこれでおじゃんだな」

神官「正面突破しかないわけだ」

「敵艦載機の発艦を確認。長官、御指示を」

山内「突破を優先しろ。戦闘は極力回避だ」

「了解、突破を優先します」

~~~~~~

浜風「突破に成功、中破2、小破3」

山内「引き続き偵察を続行しろ」

浜風「了解。偵察を続行する」

浜風「敵第三防衛ラインに突入」

山内「敵の備えを知らせよ」

浜風「了解」

浜風「電探に感。12時方向距離3000に大型艦4、小型艦2。艦種は戦艦4、……潜水艦2」

山内「近いな。突破は可能か?」

浜風「……やってみせます」

神官「おっぱい」

山内「……」

浜風「……」

神官「すまない。口が滑った」

嶋田「ヨーソロー」


~~~~~~

浜風「……突破に成功、何とか振り切りました」

山内「損害は?」

浜風「全艦小破以上の被弾あり。中破が5です」

山内「よし。敵第四防衛ラインへ突入せよ」

浜風「了解。任務を続行します」


浜風「敵第四防衛ラインに突入、電探に感あり。1時方向距離8000に大型艦6。艦種……全て戦艦」

山内「……突破せよ」

浜風「了解」

~~~~~~

浜風「……突破に成功。最終防衛ラインへ突入し、任務を続行します」

山内「よし、では」「待て」

浜風「……」

神官「損害を報告せよ。ナノバリア装置はどうなってる」

浜風「……」

神官「俺はもう軍属ではないが、命令系統ではお前より上の位置にいるぞ」

浜風「損害は中破4……大破2。大破艦のバリア装置は機能していません」

山内「……大破?」

浜風「申し訳ございません」

山内「大破艦が出たら報告、撤退するように厳命していたはずだ。何故報告しなかった」

嶋田「中破状態の駆逐艦が戦艦の群れに突っ込んで無傷ないわけがないだろーが。長官もお気づきになられるべきだったかと」

山内「……」

浜風「申し訳ございません。しかし長官、偵察部隊は未だ意気軒昂です! 御役目を最後まで全うさせてください!」

神官「撤退しろ」

浜風「おっぱい星人! 貴方は黙っていろ! これは我々艦娘の誇りを賭けた戦いだ!」

神官「なっ!? だ、誰がおっぱ、おっぱぱぱぱ!?」

山内「……偵察部隊、撤退せよ」

浜風「長官! お願いです、突入させてください! 我々に名誉の戦いを―――」

山内「聞こえないのか。撤退だ」

浜風「……っ!」

浜風「……了解。羅針盤を使って撤退します」




朝 ブイン基地 港

山内「浜風君」

浜風「ちょ、長官!? このような場所まで来られずとも我々の方から……」

山内「君は命令違反をした自覚があるのか」

浜風「……我々はまだやれました」

山内「痛くはないだろうが、覚悟しろ」

浜風「えっ?」

一発の張り手が顔に入る。


山内「君には失望した。君は私の期待を裏切った」

浜風「ちょうか……今、私を……」

山内「隊長になるには時期尚早だったようだな」

浜風「えっ……だって、私達は……艦娘だし……戦って死ぬのが」

山内「私がいつ戦って死ねと言った」

浜風「……」

山内「目の前の戦功に目がくらむような愚か者は要らない」

浜風「……嫌だ」

山内「ん?」

浜風「要らないなんて言わないで!!!」 

男に言い寄る艦娘の表情は鬼気迫るものがあった。

浜風「私頑張りますから!!!!」

山内「お、おい浜風君」

浜風「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

山内「もういい!」


山内「少し言い過ぎた。反省してさえくれれば良いんだ」

浜風「……じゃあ、私のこと要らないって言ったのも嘘なんですか?」

山内「……ああ、嘘だよ」

浜風「……良かったぁ」

艦娘は安堵の表情を浮かべ、自分を抱き締める男の背中に手を回すと……相手にその身を任せた。

浜風「長官の張り手、凄く痛かったです」

山内「……」

浜風「好きな人に叱られるのって凄く心が痛むんですね」

山内「……」

浜風「長官に嫌われたら私は生きていけません」

山内「浜風君……君は……」

何か言いたげに口を二、三度開いたが終にその言葉が空気を震わせることは無かった。

浜風「長官、私、反省してもっと頑張ります!」

山内「……ああ。期待しているぞ」

男が銀色の髪を撫でると艦娘は気持ちよさそうに体をくねらせる。

山内「……これからもよろしく頼む」


朝 ブイン基地 廊下

「長官」

艤装を外し、心なしかいつもよりゆったりとした雰囲気の航空戦艦が話しかけてきた。

「……日向君か」

「一部始終見ていましたよ」

「……」

「貴方は草食動物のように怯えていましたね」

「もう忘れたよ」

艦娘は男から視線を外し、口元を手で隠すと吹き出すように少し笑った。

「そんなに打ちひしがれなくて良いでしょう」

「ああなると愛情というよりも狂気に近い……これは絶対に口外するなよ」

「純粋なだけですよ。それでいて未熟なんです」

「……純粋で未熟?」

「見た目が成熟した人間だからといって、人間の常識で艦娘に接せられているから驚くのです。貴方は無垢な赤子に大人マナーを無意識に押し付けているんですよ」

「……」

「心の支えを失えばポッキリ折れるに決まっているでしょう。数多くの艦娘が貴方を盲信し、心の支えにしている事実には……同情しなくもないですが」

「……」

「私が人間で男ならきっと面倒で仕方ないと思う」

「……今回の一件でよく分かったよ。自分がどれほど愛されているかな」

「是非彼女らの愛を裏切らないで頂きたいものだ」

「しかし君にも一因があるんじゃないか」

「私に?」

「素っ頓狂な顔をするな」

「いつもこんな顔ですよ」

「いつもはもっと可愛い顔をしている」

「ああ、そうでした。忘れていました」

「君たちのような心の強い艦娘とばかり接していると感覚も狂うのさ」

「あはは。長官、第四管区の艦娘の心が強いとおっしゃられるか?」

「実際強いじゃないか」

「弱い奴らばかりですよ。みんな酒を飲まないと好きな男に本音を話せない程に」

「それはまた違う話だろう」

「本当に誤解です。強く見えているだけですよ」

「……まぁいいよ。にしても君は今日はやけにご機嫌だな。何か良いことがあったのか」

「分かりますか? 実はそれを聞いて欲しかったのです」

「面倒な艦娘だ」

「話したくなるのは心を持つものの性かと」

「で、何なんだ。良いこととは」

「さっき彼に会って、可愛いと言って貰ったのです」

艦娘は、それはもうにこやかに、非常に個人的で喜ばしい事実を一言で語ってくれた。


「……それで」

「えっ?」

「んっ?」

「……」

「……」

「それだけですよ?」

「……そうか。ご馳走様」

「可愛いとは良い言葉ですね、長官」

「……雅晴が来てから君が幼くなったように見えるんだが」

「そうでしょうか。彼が来て人生が楽しくなったのは確かですけど」

「……もういいか? 君と話すのは疲れるんだ」

「ああ、公務の途中に失礼しました。最後に一つ。貴方は色々な艦娘に無条件で好かれているのですから……くれぐれも背中にはお気をつけ下さい」

「……ご忠告どうもありがとう」

「では」

艦娘は小さく会釈をすると鼻歌交じりに去って行った。

「僕も可愛いと言ったのだけどな。恋は盲目と言うか」

艦娘の恋は激しく暑い南の太陽のようだと一つ詩的にぶってみる。

「あの狡猾で肉食獣のような艦娘の心を奪う男は……どれほど優れた猛獣使いであることだろう」

そして自分で言ったことがツボにはまり、男は一人廊下で笑った。


5月5日

朝 ブイン基地 港

卯月「はいはい、さっさと運びこむぴょーん」

「卯月さん、おはようございます。本日分の受け渡し確認に責任者のサインをお願いします」

卯月「ほいほいほい……ぴょーんぴょん、っとぉ」

「ありがとうございます」

卯月「しっかし輸送船団も毎日毎日ご苦労なことだぴょん。端午の節句まで仕事とは、危険手当とか出るぴょん?」

「まぁ多少は出ますよ。こんな危ない仕事ですから」

卯月「その言い方は海上護衛をしている艦娘のことを思うと少し癪に触るぴょんが、確かに事実だしお前らの物資はとても貴重だから相殺しておくぴょん」

「あはは。それは助かります。危険な航路の終わりに卯月さんの顔を見られるのが……僕自身が仕事を続けている一番の理由なんですけどね」

卯月「えっ……それって……」

「卯月さん……」

卯月「人間……」

「……」

卯月「……」

「……なーんちゃって」

卯月「あははは!!! お前面白いっぴょん! 気に入ったっぴょん!」

「ではまた明日、よろしくお願いします」

卯月「了解ぴょん。気をつけて帰るぴょん」


皐月「卯月~、今日の分の運び込み終わったよ」

卯月「じゃあいつもどおり総計を司令部へ持っていくぴょん」

「あの……卯月さん」

卯月「下っ端、どうしたぴょん」

「長月さんはどうしたんでしょう? 近頃見かけないんですが」

卯月「長月はちょっと外せない用があって居ないぴょん」

「……深海棲艦になったんじゃないか、って噂があって」

卯月「どこの馬鹿がそんな噂流してるぴょん」

「わ、私じゃないですよ!?」

卯月「長月深海説は否定しておくぴょん。長月はしっかりと艦娘をしてるぴょん」

「……そうなんですか」

皐月「ボクらも最近見てないけど、長月はきっと生きてるよ」

文月「長月ちゃんは必ず帰ってくるよ~! 第二十二駆逐隊は不滅です!」

皐月「第六駆逐隊じゃないからね! 第二十二駆逐隊万歳!」

文月「バンザイ!」

水無月「バンザーイ!」

卯月「やれやれ。アホが三人集まると見てられんぴょん。おいそこの」

「は、はい」

卯月「お前は私の姉妹艦の誇りを陥れた罪で磔刑ぴょん」

「えぇぇぇぇぇ!?」


昼 ブイン基地 司令部

翔鶴「備蓄は予定通りです」

山内「……もう少し効率を上げたい。出撃する艦娘の選定を頼む。燃費の良い者を中心として――」


神官「おいおい長官様よ。翔鶴に艦娘の燃費計算までさせるつもりか」

日向「失礼します」

瑞鶴「しまーす」

山内「保育園児のこの基地への立ち入りは禁じられているはずだが」

神官「なんでよりにもよって保育園児なんだよ。せめて幼稚園児にしろ」

山内「貴様に文科省管轄の機関は早過ぎる。厚生労働省で十分だ」

神官「貴様は厚生労働省のキャリアに土下座しろ」

山内「……」ニヤニヤ

神官「……」ニヤニヤ

日向「相変わらず馬鹿同士仲がいいな」

翔鶴「提……神官殿はともかく、日向と瑞鶴は何故?」

神官「この男の呼び出しだ」

嶋田「俺と長門もな」

長門「邪魔するぞ……おお、この顔ぶれとは珍しい」

山内「全員揃ったな。ブイン基地、いや南方戦線のこれからの反攻戦略について……少し話しておきたい」

山内「諸君、そろそろ防衛戦とレベル上げも……いや深海棲艦との戦争にも飽きてきたころだろう」

「……」

山内「いい加減、我々は未来へ進もうじゃないか」




夜 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋

瑞鶴「ということで久々に飲みましょう」

日向「……最近酒を飲み過ぎな気がする。明日の仕事は無いのか?」

翔鶴「私がシフトを誤魔化しておきましたから、皆様どうぞごゆるりと」

神官「誤魔化して良いものなのか?」

日向「では、提督とその妻と、その友人二人に乾杯」

翔鶴「ふふっ、薄汚い森の狸さんが友人として歓迎して下さって嬉しいです」

日向「いや、汚らわしい月の狐は勿論友人席だぞ?」

瑞鶴「はいはい。どっちでもいいから。妻の私とその友人にかんぱーい」

日向「無駄無駄」

翔鶴「そんな低級なフェイントには引っかかりませんよ」

瑞鶴「ちぇ」

神官「どうしよう。俺のせいでこいつらがどんどん馬鹿になっていく」

日向「冗談だよ。再会を祝して乾杯だ」

翔鶴「乾杯です」

瑞鶴「今日も一日お疲れ様でーす」

神官「……乾杯」


神官「……」クンクン

神官「……」チョビ

神官「……おい、これスピリタスだろう」

日向「知らん」

翔鶴「私もなんの事だか」

瑞鶴「外国のお酒とか私たちあんまり詳しくないのでー」

神官「じゃあ教えてやる! このお酒はな! ここに居る四人全員を明日の朝後悔のどん底に突き落とす悪魔のお酒なんですよ! 今すぐ他のに変えろ!」

翔鶴「あっ口が滑って」ゴクゴク

瑞鶴「あ、私も」ガブガブ

日向「おっと」グビグビ

神官「これは愛か!? 愛なのか!? 俺への愛がお前たちをこんな風に変えてしまったのか!?」

神官「……ならば俺の取るべき道は一つより他に無い」

神官「俺は男としてお前たちの想いをしかと受け止めよう」

神官「酒の力を借りてな! 蛇の道は蛇だ!」ゴクゴクゴクゴク

~~~~~~~

神官「うへへ、今日の浜風はおっぱいおっきかったなぁ」

翔鶴「もぉ~提督のおっぱい星人」

神官「ごめんよ翔鶴~」モミモミ

翔鶴「んっ……」

日向「おい君、そんな揉み応えのない鶏ガラのような胸を触ってどうする」

日向「触るならこっちを触れよ」ワシッ

神官「お~、日向、お前やっぱりおっぱい大きいよなぁ」モミモミ

日向「…………ああ、戦艦は胸部装甲が命だからな。」

神官「なーに自分でやらせといて気持よくなってんだよ」モミモミ

日向「はぁう……」

神官「お前は喘ぐときに吐息漏らすように喘ぐ派だよな~」モミモミ

日向「う……るさい」

神官「日向は可愛いなぁ~」

日向「うぅ……」

艦娘の胸を揉んでいた男は、口を真一文字に結び声を出すまいとする艦娘の頭を抱え寄せると唇に口づけをした。

神官「……」

そして艦娘の唇をついばむように……だが男の楽しみは長続きしなかった。

瑞鶴「ごめん提督さん。酔いが醒めた」

後ろから殴られて気絶したからだ。

翔鶴「目の前で始められるのは少々堪えますね」

日向「……私は楽しかったんだけどな。丁度いい、彼はしばらく寝かせておこう」

瑞鶴「まったく。この人私には手を出さないんですけど、どういう事なの?」

翔鶴「どういうつもりなのか……提督の女関係に関してはさっぱり理解出来ません」

日向「本人曰く、その時々で誠意を見せているらしいがな」

瑞鶴「私も聞いたことありますけど、それって女にだらし無いだけですよね」

翔鶴「まぁ……」  日向「そうなるな」

瑞鶴「あーもうやだー」


日向「この三人だけで話すのは久しぶりだな」

翔鶴「そうですね。横須賀の時ほど一緒に居る時間は長くないですし」

瑞鶴「一緒に出撃する機会も無くなっちゃったよね」

日向「立派になった後輩の姿は嬉しくもあり寂しいものだ」

瑞鶴「後輩なんだ? 日向さんは私の二人目のお姉ちゃんのつもりだったんだけどな」

日向「おっ、それは嬉しいぞ瑞鶴」

翔鶴「こんな姉妹艦要りません」

日向「ふん! 私だってお前みたいなシラガの姉妹艦は要らん」

瑞鶴「まぁまぁ~。落ち着いてよ姉さんたち」

日向「……瑞鶴がそう言うのなら」

翔鶴「はぁ……」

~~~~~~

日向「で、この男どうする」

瑞鶴「どうって、そのまま寝かせておけば良いんじゃないですか」

翔鶴「いえ、日向が話しているのは恐らく……」

日向「さすがに察しが良いな翔鶴。そうだ。戦後処理の話だ」

瑞鶴「戦後……」

翔鶴「確かに我々の行く末は分からないとしても、一度は話し合う価値がありそうですね」

日向「解体されるのが関の山だろうが……運良く逃れられた場合の想定の話をしても罰は当たるまい。酒の席だしな」

日向「私はこの男に死ぬまで付き合いたい。子供も出来んし、いつ寿命が来るかも分からんこの体だが……どちらかが死ぬまで傍に居たい」

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

日向「……どうしたんだよ。そんな面食らった顔をして」

瑞鶴「よくよく考えれば、こういう話をする機会って無かったんだなぁ……と」

翔鶴「……」

日向「困惑したままでも良いぞ。私だってヤルタ会談のスターリンのように会話の主導権は握っていたい」

翔鶴「その例えが正しいかどうかは分かりませんが……私は日向と同じ気持ちです」

日向「ふむ。瑞鶴はどうだ?」

瑞鶴「……これって戦争が終わった後に自分が提督とどうありたいか、って話だよね」

日向「そうだな」

瑞鶴「私、全然想像もつかないし分かんないや」

日向「うかうかしていると良いところを全部持っていかれるぞ」

瑞鶴「えーっと……今の私は提督さんが好きだし、提督さんの夢を叶えるお手伝いをしてる」

翔鶴「……」

瑞鶴「けど、私はもし戦争が終わったらまず世界中を旅してみたいんです。提督さんとずっと二人で過ごす気は無いかな」

日向「……あれ、そうなのか」

翔鶴「……」


瑞鶴「私はまだ見たことの無い色んな場所を巡りたいし色んな人たちと出会いたい」

瑞鶴「良いことや楽しいことばかりじゃ無いだろうけど……行ってみたいと思う」

日向「……」

瑞鶴「あ、提督さんが大切じゃないとか、あの人に対する自分の好きが嘘ってわけじゃないよ」

瑞鶴「二人で居るときに、提督さんが私を凄く大切にしてくれてる気持ちだって分かってるし」

瑞鶴「あの人に大事にされている今の自分があるからこそ私は私で居られる」

瑞鶴「気持があるからこそ……前を向ける」


瑞鶴「でも私はもっと色んなことを自分で考えたいんだ!」


彼女の言葉の端々から伝わってくる、こちらが震える程に透き通った決意。

誰かへの執着でも偏屈で意固地な意地でもない。

わけもわからず指揮官を好きになる兵器にこのような言葉が出せるものか。


日向「……やっぱり君は間違っていなかったのかな」

瑞鶴「えっ?」

日向「要は私の負けだよ、瑞鶴。終に私はお前に負けたんだ。……お前の姉もな」

瑞鶴「……ん?」

翔鶴「……」ウルウル

瑞鶴「えっ。姉さん何で……?」

日向「半泣きになってないで、妹の成長を祝ってやれよ」

翔鶴「私は……自分が恥ずかしい……」

瑞鶴「いや、えっ!? 姉さんが恥ずかしくなるようなこと言ったっけ?!」

日向「翔鶴、恥じることは無い」

翔鶴「でも提督が私に謝ったのもきっと……」

日向「そう落ち込まれては私の立場はどうなる。良いんだよ。自分自身で選んで進んだ道だろう。堂々と胸を張って生きろ」

翔鶴「……」

瑞鶴「私なんか悪いこと言いました……?」

日向「いや、お前が素晴らしすぎただけだ。何も気にするな」

日向「……こっちはこっちで、勝手に幸せになってやる」

日向「そうだろう、翔鶴?」

翔鶴「……はい、日向の言う通りです」

瑞鶴「???? さっきから二人共何を言ってるの? 分からないんだけど」

日向「……」

翔鶴「……」

瑞鶴「どうしたの?」

日向「あははは!」

翔鶴「……ふふっ」クスクス

日向「お前は立派に、彼の夢を果たして羨ましいと思ってるだけさ」

瑞鶴「はい?」


5月6日

昼 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋

神官「あいたたた」

日向「お、君、おはよう。五航戦は仕事に行ったぞ」

神官「……何でこんなに頭が痛いんだ?」

日向「頭から倒れて気絶したのさ」

神官「俺がそんなヘマを……まぁ良いや」

日向「ところで神官というのは普段どんな仕事をしているんだ。見るからに暇そうだが」

神官「そうだな。基本的に暇しているぞ」

日向「……」

神官「何だその目は。何か文句があるのか」

日向「別に」

神官「言いたいことがあるなら言ってみろ!」

日向「情けないと思っただけさ」

神官「能ある鷹は爪を隠す」

日向「そろそろ出しても良いだろう」

神官「まだまだ、まだ早い」

日向「じゃあ私は行くぞ。生憎君ほど暇じゃないからな」

神官「ああ、看病ご苦労だった。またな」

日向「……ふん! 早く提督業に復帰することだ」パタン


神官「俺が起きるまで見守ってくれていたのだろう。なんか悪いな」

神官「……基地の中をブラブラするか」


昼 ブイン基地 研究室

神官「邪魔するぞー」

夕張D「あ、先生。こんにちは」

神官「何の仕事をしていたんだ」

夕張D「長官に要請された量産用増槽の調整です。生産ラインに乗せますから」

神官「ほう、これがな」

夕張D「航続距離が伸びれば戦術の幅も広がります」

神官「君はこういう物を開発するのが得意なんだな」

夕張D「いえ、新たに開発するより既存のものを小型化したり改良したりするのが好きだし、得意なんです」

神官「なるほど、実に日本人らしい」

夕張D「へへへ」

神官「我々は君の力に頼りっぱなしな面も大いにある。迷惑を掛ける」

夕張D「いえ、私もこういう形でみんなをサポート出来るとは思ってなかったです。自分の好きなことをしてお役に立てて、嬉しいです」

神官「……そうか。君の優しさに我々は救われているよ」

夕張「じゃあ図々しくお願いしても、いいですか?」

神官「大功ある君たちからのお願いなら可能な限り聞き届けるが」


夕張D「長官閣下のおち○○○をこのビデオカメラに収めてきてください!」


神官「今までの功績はその一言で全部台無しだよ」

夕張D「えぇ~お願いです! 長官閣下の○○んちんが見れれば研究効率が二倍になりますから!」

神官「俺の○○○なら幾らでも見せるが」

夕張D「あ、それは結構です」キッパリ

神官「はい。仕方ないな……とりあえず依頼だけ受けておく。期待はするなよ」

夕張D「やったぁー! 絶対ですからね! 絶対おねがいしますよ!」

神官「……」


昼 ブイン基地 陸上航空隊基地

隊長妖精「今日届いた機体は第十六滑走路に回してくれ」

搭乗員妖精「了解であります!」

神官「よー、どんな塩梅だ」

隊長妖精「これは神官殿、見回りご苦労様であります」

神官「陸軍としては海軍の意見に反対であります?」

隊長妖精「……何をおっしゃっておられるかイマイチ理解出来ませんが、我々は与えられた役目を果たすだけであります」

神官「ま、期待しているぞ」

隊長妖精「その期待が間違いでないと証明するのであります!」




昼 ブイン基地 港

浜風「……」イソイソ

神官「やっ、浜風」モミモミ

浜風「きゃっ!」

神官「元気へブゥゥゥゥゥッ」

浜風「この変態! 私に触るな!」

神官「……いや、ちょっと冗談で触っただけだろう」

浜風「黙れ! 変態! 変態!」

神官「まぁいいや。じゃあな」




昼 ブイン基地 浜

神官「おかしい……何故俺は浜風にあれ程嫌われているんだ……嫌われる要素なぞ微塵も……」

木曾「うら!」

雪風「ユキカゼ!」(そんなノロマな人には捕まりませんよ!)

木曾「うるせー!!」

雪風「奇跡じゃない!」

神官「よう。鬼ごっこか?」

木曾「砂浜での走り込みだ。結構効くんだぜ、これ」

雪風「……ユキカゼ」

木曾「ああ、お前も出迎えで見ただろう。元俺の提督だよ」

雪風「ユキカゼ」ジトッ

木曾「……雪風がお前に『初めまして、私は雪風です』だってよ」

雪風「雪風は沈みませんっ!」

神官「……いや、言葉が理解出来ずともこの敵意を見れば全部分かるぞ」

雪風「ユキカゼ!」

木曾「いや、そんなことあるわけ無いだろう」

雪風「ユキカゼ! 雪風は沈みません!」

木曾「ばっ、馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! 誰がこんなヤツのこと好きになるんだよ!!!」

神官「……分からないが大体分かった」


神官「おい雪風」

雪風「……」ジトッ

神官「木曾を賭けて俺と勝負だ」

雪風「ユキカゼ!」(その勝負乗った!)

木曾「いや、話の流れが掴めないから……」

神官「ゲームはビーチフラッグスだ。合図と同時にスタートし、より早く旗をキャッチ出来た方の勝ち」

神官「よろしいか?」

雪風「ユキカゼ」(応ッ!)

神官「では旗に背を向け砂にうつ伏せになれ。合図は木曾が行う」

木曾「……ほんとにやるのか?」

神官「勿論だ」

木曾「人間が艦娘の反応速度に敵うわけ無いだろ」

神官「秘策がある」

~~~~~~

木曾「……じゃあよーいドンで行くぞ」

木曾「……」

木曾「よーい」

神官「……」

雪風「……」

木曾「ドン!」

声が耳に届くとほぼ同時、雪風は人間のような神経伝達のラグも無く木曾の声に反応し立ち上がった。

神官は全く対応できていない。普通の人間としてはかなり反応速度の良い部類に入るのだろうが、今回の勝負でそれは意味を持たない。

そして立ち上がった神官は叫ぶ。

神官「あっ! 雪風! あれを見ろ!」

その芸当は古典的とすら評価できない。もはや阿呆と言えた。

雪風「……」チラッ

神官「うぉぉ……あれはぁぁぁ……」

雪風「……」

雪風「……」ダッ

大声を上げた神官にまるでゴミを見るかのような視線を向けると、雪風はすぐに向き直り走った。

神官「……」

勝負は決まった。

~~~~~~

雪風「ユキカゼ」(二度と木曾に近づくな)

木曾「二度と木曾に近づくな」

雪風「ユキカゼ」(貴方みたいな卑怯な人は嫌いです)

木曾「……というのは冗談である」

雪風「ユキカゼ! ユキカゼ!」(木曾! ちゃんと伝えて下さい!)

木曾「……以上だ」

神官「……」

木曾「お、おい……そんなに気落ちすること無いだろう。所詮ゲームだぞ」


神官「約束は約束だ」

雪風「……」

神官「卑怯な手など使って済まなかった」

雪風「……ユキカゼ」(……意外と物分かりの良い奴ですね。そうです。分かれば良いんです)

神官「ここからは実力行使と行こうか」

木曾「……は?」

神官「駆逐艦雪風! 気をつけい!!!!!」

雪風「……!」

一応の上官からの命令の声に、体が咄嗟に反応してしまう。してしまった。

神官「おりゃ!」

神官の魔の手が雪風の柔らかな脇腹に伸びる。

神官「オラオラオラオラオラオラオラオラ」コチョコチョコチョコチョ

雪風「イヒッ! ユキッ、ユキカッ!!!」

神官「どうだ! お前の弱点なぞリサーチ済みだ! これで力が入らないだろう!」コチョコチョ

雪風「んーんー!! んー!」

神官「俺の部下になれ雪風……さもなくばこのままお前は……」コチョコチョ

雪風「ユキカゼっ! ユキカゼェェェェ!」(絶対に、絶対に嫌だ!)

木曾「……嫌だ、ってよ」

神官「……致し方あるまい」コチョコチョコチョコチョコチョコチョ

雪風「ゆ、雪風は沈みまあぁぁぁぁぁっぁぁぁ」

~~~~~~

十分後

雪風「……した」

木曾「……部下になるからもう止めてくれ、だってよ」

神官「案外しぶとかったな。良かろう」

雪風「エヒ……エヒヒ……」ビクビク

神官「一件落着だ」

木曾「なんだよこの茶番は」

神官「お前は随分と雪風に目をかけてるみたいじゃないか」

木曾「……知らねーよ。気づいたら勝手に懐かれてたんだ」

神官「お前の優しいところは本当に好きだぞ」

男は木曾の頭に手を乗せると、撫でるというよりも擦るように動かした。

木曾「……雑に撫でるんじゃねぇ。別に優しいとかじゃねぇよ」

神官「久しぶりだな。木曾」

木曾「……」

神官「調子はどうだ」

木曾「……悪くない」

神官「それは良かった」

木曾「士官服着てた方がいいと思うぞ」

神官「ま、そのうち軍人に復帰するさ」

木曾「そりゃ良かった」

神官「いい風だ。少し歩こう。雪風も一緒にな」


小動物のような艦娘は何も言わなかった。

起き上がると神官から出来る限り隠れるように、木曾の後ろに回って彼女を盾にし、尚且つ敵の位置が確認出来る絶妙なポジション取りをした。

木曾「酷く嫌われたもんだな」

神官「別にどうでもいい」

木曾「お前、今は先生なんだろ? 少しは先生らしいところ見せてくれよ」

神官「先生というのは胡散臭くて近寄りがたく、常人にはなりづらいから忌避されて先生と呼ばれるのだ」

木曾「相も変わらず一人よがりな冗談を言うよな~」

神官「冗談であればすべて許されるだろうと認識してる節はある」

木曾「前にも言ったが、お前が危ない道を歩くのを補助するのはお前の艦娘なんだからな」

神官「よく分かっているじゃないか。だからこそ俺も安心して地雷原を進める」

木曾「もう地雷原はやめてくれ」


三人はブインの長い砂浜を歩いて行く。

まず神官が進み、その一歩後を木曾と彼女の服の端を掴む雪風が着いてくる。

会話は殆ど無かった。

日向や翔鶴、瑞鶴であれば隣を歩くのだろうな、と神官も木曾自身も考えていた。

この距離は心理的な距離でもあった。瞬間的にゼロになったりはするが、基本的に二人は遠かった。

これでも十分近いと言えるかもしれないし、神官と、つまり提督と一緒に歩くという行為自体、木曾が艦隊へ編入された時のことを考えれば想像も出来ないほどの進展

……ここでは接近と言ったほうがわかりやすいだろうか、と言えるのだが。

太陽が沈もうとしていた。


神官「……隣に来い。少し喋ろう」

木曾「……」

呼ばれると木曾は歩調を少し速め、素直に神官の隣に来た。

神官「夕日は美しいな」

赤い波長だけが届くために赤く見えるという原理を知っても尚美しい。

神官「これほど美しいものが何故終焉の例えに使われるのか」

木曾「いい話をしようとか、別に考えなくていいぞ。面倒だから」

神官「この歳になると、良いことを言っておかないと格好がつかないんだ」

木曾「……俺さ、昔は沈黙が苦手だった」

神官「……」

木曾「他の奴と居るときに黙ってるのは何かもどかしいし、感覚的に嫌いだった」

神官「そういう節はあったな」

木曾「だろ。でもこの基地に来て、雪風と出会って変わったよ」

雪風「……?」

木曾「こいつの艦娘語はすげぇ聞き取りづらいんだ。最初は何を言っているか全く分からなかった」

神官「……うん」

木曾の話に男はゆっくりと相槌を打っていく。

木曾「第四管区のみんなが新しく創設された部署の代表やってるのは知ってるだろ?」

神官「ああ」


木曾「俺さ、どこの部門も任されなかったんだ」

神官「……」

木曾「いや、差別とかそういうんじゃないぞ。……多分」

神官「何か理由があるのか?」

木曾「比較的戦闘力が高いと判断されて……まぁあの時は艦載機の補充が出来なくて空母がまともに運用できなかったし……組織全体の予備っていうのが一応の位置づけかな?」

神官「あのヒヨッコだったお前がな」

木曾「そうだな。そのヒヨッコもどこぞの誰かにコキ使われて立派に成長した訳さ」

神官「くっくっく」

木曾「そもそも代表のポストの数が人数分無いしな。誰かあぶれるのは必然だろ」

神官「ま、結局お前はどの部署にも所属しなかったわけだ」

木曾「ああ、それが結論だ。それで暇になった俺は雪風と一緒にいた」

神官「……」

木曾「で、そこからがもう大変なわけだ」


陽は完全に沈み、辺りは暗くなっても歩き続けた。


木曾「俺は日向さんに基地の艦娘の様子や、基地の問題点の洗い出し……要は現状の把握を頼まれてな」

木曾「雪風はその調査対象の一人だったんだが、こいつは特別に常識が無いことが分かってさ」

木曾「調査が終わっても妙にほっとけなくて世話役を買って出た」

雪風「……」

木曾「俺は今の提督みたいに雪風の言葉が全く分からなかった」

神官「確かに分からん」

木曾「すぐに慣れるだろうと見込んでたのに、結果は全然駄目」

神官「はー……」

木曾「意外だろ? 少なくとも俺は意外だった。喋るうちに慣れるもんかと思ってたけど、ちっとも慣れやしない」

木曾「俺も苛立つし、雪風はそんな俺の姿を見て余計に攻撃的になるし……意思疎通は一層上手く行かなくなる」

木曾「ま、悪循環だよな」

神官「容易に想像出来た」

木曾「遂にはお互い黙っちまった」

雪風「……」

木曾「雪風への常識教育担当を俺自身が申し出て仰せつかっちまったもんだから」

木曾「自分から『辞めたい』なんてとても言い出せなくてさ」

神官「詰まらん建前だ」

木曾「そう言うなよ。私は小心者で詰まらない艦娘なんだから」

神官「ふざけるな。そんなわけあるか」

木曾「……はいはい。ありがとう。でさ、正直言って自分だけに役職が与えられなかったもんだから、その辺のもどかしさもあったんだ」

神官「……」

木曾「自覚はしてるよ。本当にしたいことを自分から言い出せない病、にはさ」

雪風「……」

木曾「どこかの役職に所属させてくれと言えば私は望む役職につけていただろうに、言えなかった」

木曾「世話ねぇよな。何も言わないくせに勝手に傷つくなんてよ」


木曾「……役職も無くて、自分から言い出した仕事も満足にこなせないなんて他のやつに思われたくなくて……私は雪風と一緒に居た」

木曾「会話の成立しない雪風と一緒に居るのが嫌だったのに、自分の気持を押し殺して無理矢理一緒に居た」

雪風「……」

木曾「でも雪風はそんな私を受け入れてくれたんだ」

神官「……」

木曾「喋ったらお互い喧嘩になるから……そんなに喋りはしなかったけど、こいつは私が隣に居ることを許容してくれた」

木曾「そしたらさ」

木曾「黙ってる時間の方が多かったのに、こいつと居るのが段々苦痛じゃなくなってきた」

木曾「二人で居るときに黙ってても別に良いんだなって思ったよ。お前以外との沈黙が単に冷たいものじゃないって分かった」

木曾「……むしろ、雪風と黙って過ごすのが心地いいと感じ始めた時に私の本当の変化が始まった」

木曾「少しづつ言葉が分かるようになっていったんだ」

神官「ほぅ……」

木曾「間宮羊羹を渡した時の何気ない返事とか、最初は本当に些細な場面だったけど」

木曾「今、私と提督が話してるみたいに自然な形で会話が出来た」

木曾「それがどんどん色んな場面で出来るようになって……今に至る」

神官「……」

木曾「でさ」

木曾「ちょっと飛躍し過ぎかもしれないけど、それで私は世界って凄いな~広いな~って思ってさ」

木曾「第四管区であれだけ必死になって勝ち取って磨き上げたつもりの自分の中の常識や自意識ってさ」

木曾「「確かに世界で唯一ではあるかもしれないけど……たった一つの正解じゃないんだなって実感した」

木曾「実感した時、無造作に自分を取り巻いてるものの深さが感じられたし、それに比べて自分はなんて矮小な存在なんだ、って思った。その思える自分も嬉しかった」

木曾「……雪風のことが前よりずっと大切になった」

木曾「これから生きていく中で苦手だった雪風を好きになるような、大転換があると思うと楽しみで仕方ないよ。……怖いけど」

木曾「……っていう風に私が感じられるようになった話を……お前にしたかった」


雪風「……」

神官「……」ニヤニヤ

木曾「おい、何笑ってんだよ。こっちが真剣に話してんのに」

雪風「……木曾が自分のこと私って呼んでました」

木曾「あっ」


神官「『でも雪風はそんな私を受け入れてくれたんだ』」

雪風「ウヒッ! イシシ! 木曾は私をそんな風に思ってたんですね。私も木曾が好きですよ!」ニヤニヤ

木曾「……」

神官「ホントはねぇ~? 木曾ちゃんは女の子だから一人称は私なのぉ~」

雪風「ウヒヒ」

木曾「……」

神官「でもでもぉ~普段は恥ずかしくて俺って言っちゃうのぉ~」

木曾「……」ピクピク

神官「でもでもでもぉ~、好きな人の前でぇ~本当の自分が使いたい一人称はぁ~……」


神官「ワ・タ・シ」キャピッ


雪風「ウヒヒヒヒヒ!!!!」

木曾「ッ!!! テメェコラァ!」

雪風「ワ・タ・シ! ワ・タ・シ!」

神官「ワ・タ・シぃ~」

木曾「逃げるな!! お前ら絶対許さねぇからな!!!」

神官「さっきの会話は夕張のビデオに録画してある。早くみんなにこの事実を知らせるぞ! 雪風! 基地まで競争だァ~!」ダッ

雪風「はい先生っ! 雪風はどこまでもお伴します!」ダッ

木曾「うぉぉぉぉぉ待てェェェ忘れろぉぉぉぉやめてくれぇぇぇえぇ」


5月7日

夜 ブイン基地 執務室

神官「山内」

山内「うん?」

神官「久しぶりに一緒に風呂でも入らないか」

山内「いいぞ。嶋田との話が終わったら皆で行こう」

神官「出来れば……二人きりが良いのだが……」

山内「……それで嶋田、不足分の搭乗員妖精だが、本土から引っ張ってくるつもりだ」

嶋田「また妖怪どもがうるさいぞ」

山内「それが、ここのところ融和路線に変更したようでな。こちらの要求がすんなり通る」

神官「おーい山内くーん」

嶋田「おかしいな。この前までは戦前の陸軍海軍みたいな関係だったろう?」

山内「確かに、白といえば黒、黒といえば白、のような関係だった」

神官「おーい」

嶋田「……妙じゃないか? 何故今になって」

山内「嶋田、人間の関係性は一日で変わるときもある。ましてや時代が変わったのだ」

山内「我が海軍が陸軍とも今や協調しているように、奴らも少しは賢明になったのだろう」

嶋田「少し楽観が過ぎやしないか? 先生と連絡を取った方がいい。裏があるに違いない」

山内「我々の活躍はひいては聯合艦隊を承認した内閣の手柄に繋がる。まだ我々には価値有りと見ているのだろう。融和への道筋は説明できる」

嶋田「しかし……」

山内「先生には航空機調達と基地の補給に関して手を回して貰っている」

嶋田「……」

山内「あの人ももう歳だ。……ここまで世話になりながら言えることでは無いが出来るならば迷惑を掛けたくない」

嶋田「……分かった。俺が自分のコネで色々探ってみる」

山内「ああ、頼む。まぁ僕の予想が当たっていると思うがね」

嶋田「だと良いが」

神官「俺のこと無視しないでくれよ」


夜 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋

昨日の木曾の映像を、音のみではあるが例の三人組に聞かせていた。

神官「どうだ。俺は木曾がこんなになってくれて嬉しいんだ!」

日向「ならそれを本人に言ってやれ。きっと喜ぶぞ」

瑞鶴「……この話をしてる時の木曾さんの顔見たかったなぁ」

翔鶴「私も興味があります」

神官「お前らも少しは分かるようになってきたな。だが、木曾のあの表情は今は俺のものだ」

男は酒によって出来上がっていた。今回は一人だけスピリタスを飲まされた形だ。

日向「……今は、か。含蓄の深い言葉だな」

神官「別に深くもないわい」

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

神官「俺はぁ、お前たちが立派に成長してくれて嬉しいんだぁ」

日向「例えばだ」

航空戦艦は切り込んだ。

日向「例えば、今は君のことを好きな艦娘が、未来で君を見限ったら君はどう思うんだ」

神官「どうもこうも無いだろう。それがそいつの考えなら尊重するまでだ」

翔鶴「……それはお辛くは無いのですか」

神官「きっと辛いだろうな」

瑞鶴「じゃあなんでそんなこと言えるの?」

神官「なんでもクソでも無い。俺は俺の艦娘には将来的に……これはお前らがよく知っているだろうが」

瑞鶴「……」


瑞鶴「提督さん、やっぱりなんか変だよ。おかしいよ」


神官「……」

瑞鶴「あなたは艦娘のことになると自分を度外視して考える時がある。……あと、その大切にしているはずの艦娘すら見ていないことがある」

日向「さすがだな瑞鶴。気づいたか」

翔鶴「……私も気づいていました」

日向「お前は気づいて当たり前だ。むしろ艦載機を捉えられない対空電探なぞ無価値だ」

翔鶴「褒められたと認識しておきます」

日向「こいつは本当の意味で我々を見ていない。見ているのは艦娘であって、瑞鶴でも日向でも、翔鶴でもない」

神官「……」

日向「他人に『過去に縛られすぎるな』なんて偉そうに生き方を説教しながら、自分は過去の贖罪のような生き方をする」

日向「この男こそ過去に縛られたろくでなしなのにな」


神官「……別に俺がどう生きようと俺の――」「勝手なわけ無いでしょ!!」

瑞鶴「俺の勝手、なんて言ったらぶっ飛ばすからね」

日向「……」

日向「個人の問題と言うにも、君は少し影響力がありすぎるんだよ」

瑞鶴「そんな生き方……駄目だよ提督さん……悲しすぎるよ」

神官「……」

瑞鶴「あなたは今居る艦娘を本当の意味で全然大切に出来てない!」


瑞鶴「……きっとあなたが後悔してるのは、失った艦娘のことだよね」

神官「……」

瑞鶴「後悔したって何も始まらない。むしろその子達の分まで幸せにならなきゃ駄目でしょ!」

神官「……うるさい。どこかで聞いたようなことを俺に言うな」

瑞鶴「ちゃんと私達を見て! 今ある私達を見てくれなきゃ……でなきゃ……」

神官「……」

瑞鶴「きっと……また失っちゃう」

神官「お前に何が分かる」

瑞鶴「わかんないわよ!!!! 自分のこと見てくれない人なんて分かりたくもない!!」

神官「俺だって! ……やめようとしたに決まってるだろうが」

瑞鶴「結局出来てないじゃん」

日向「……」

翔鶴「……」

神官「目の前に居る艦娘と二人きりの時はその艦娘のことだけを考えるようにしている」

神官「……でも駄目なんだ。何気ない瞬間に、思い出したように襲ってくる」

神官「自分で気づいた時にはこうなってしまっていた」

瑞鶴「弱虫」

神官「……うるさい」

瑞鶴「もっと気合入れて否定してよ。ここまでナヨナヨした男だと思わなかった」

神官「おーおー、だったらどうするんだ」

瑞鶴「……顔見たくない」

神官「……」

瑞鶴「……」

神官「……酔いが醒めた。帰る」

翔鶴「あっ……」

日向「……送ろう。私も帰るよ。おやすみ、五航戦」

翔鶴「私も」

日向「傍に居てやれ」

翔鶴「……」

日向「ではな」



神官「港へ行く」

日向「付き合うよ」

神官「……」


夜 ブイン基地 港

夜の海はただひたすらに暗かった。

神官「煙草が吸いたい」

日向「もう酒に逃げただろう」

神官「……そうだな」

日向「先代と同じく妹は相変わらず鋭いな。姉も同じくらい鋭いが君の前だと切れ味が落ちる」

神官「……あの二人に話したか?」

日向「話してないよ。私はそこまで愚かではない」

神官「あいつの言う通りだ。このままだと俺はまた失って後悔する」

日向「……」

神官「……すまん。失うなどと弱気なことを言ってしまった」

日向「本音と建前、強さと弱さは誰だって持っている。嘘つきはお前だけじゃない」

神官「……」

日向「……やっぱり今も沈めた負い目を感じているのか?」

神官「瑞鶴を失って自分の罪に気づいたのは確かだが、あれが決定打ではない」

神官「積み重ねだ」

日向「……」

神官「赤城と飛龍を失って落ち込んでいる加賀に今日の瑞鶴と同じことを言ったよ」

神官「死者に縛られず、想いを背負って生きろとな」

日向「どうせ抱いたんだろ」

神官「ああ」

日向「なら加賀も分かっているさ。君の中に入り込んだ時に見えているよ」

神官「……」

日向「深い後悔と傷を隠して虚勢を張って必死に生きようとする男の姿がな」

神官「……」

日向「しかもその虚勢は自分の為ではないと来たものだ」

神官「……」


日向「君は艦娘と接する時に、過去ありきで、つまり過去というフィルターを通して我々に接している」

日向「艦娘個人を見るときもこのフィルターは有効になる。君は最初から我々を個人を見ていなかったんだ」

日向「だが通過して出てくる個人に向けられた気持ちは本物だし、実感はどうあれ君自身は成長し続けているよ」

日向「しかし本物であろうと……純粋じゃない」

日向「だから過去の存在に気づき邪魔だと感じる艦娘も居るわけだ。瑞鶴のようにな」

日向「正直私は君が艦娘を何を通して見ようと、どうでも良かったが……気が変わった。取り除いてやる」


神官「……」

日向「君は愚かだが虚しい男じゃない。一生懸命で、不器用で、悪い方に敏感で、とても優しい」

日向「そんな男だから私は君に上着を被せた」

日向「私は君の提督という肩書が好きなんじゃない。他の奴らだってきっと同じだ」

神官「……」

日向「艦娘を単なる兵器でなく心ある存在として認めた。存在を認めて、上司に歯向かってまで私たちを大切にしてくれた」

日向「何も分からない、知らない私たちの為に未来への道を開いてくれた。元々無かった筈の選択肢を与えてくれた」

日向「自分自身について、幸せについて考える機会を与えてくれた」

日向「些か艦娘にとって苦しい道のりではあったが……苦しいのは君も一緒だった」

日向「意に介さなければ楽なものを、こんなにも抱え込もうとするアホウさ」

日向「指揮官として艦娘に接していたのが、一人の男として接してくれるようになったな」

日向「……ここまでに至る心的な道のりすら常人には理解出来んし、君の苦悩など誰も知りはしない」

日向「第四管区の艦娘を除いては、な」


神官「……かもな」


日向「瑞鶴がお前のどこを好きなのか私は知らん」

日向「ぶっちゃけそこまで興味もない」

日向「だが私は君の優しい心が好きだ」

日向「君が私をどう思おうと関係ない」

日向「君に一番愛されたいと考えた時もあった、その次は私の主観で一番愛されたいと考えた」

日向「また変わった」

日向「今は愚かしくて惨めな君を……一番、誰よりも愛したいと思う」

日向「多くを与えられ、共に苦しみ、乗り越えてきた君と一緒に運命を分かち合いたい」

日向「君は困った男だ。自分で自分を認められないし、自分で自分を傷つける」

日向「別にやめろとは言わない。私が好きなのはそんな君だからな」

日向「むしろ可愛らしさを感じるくらいだ」

日向「君の背負っているものも私が半分、頂こう」

神官「……それで、それが俺が本当の意味で艦娘を見るようになることとどういう関係があるんだ」

日向「あれ、すまん。途中で私の告白にすり替わってしまっていた」

神官「なんだそれ」

日向「……要は艦娘の○○だと思うから変な色眼鏡をかけてしまうんだ」

神官「はぁ……?」

日向「艦娘だと思わなければ良いんだ」

神官「ほぉ……?」


日向「私は君の女で、君の妻で、君の日向で、君のものだ」

日向「これは今まで君が口から出まかせのように、それからその場しのぎの冗談として言っていたものとは違うぞ」

日向「私からの正式なプロポーズと思ってくれ」

日向「私と一緒に私の道を歩け。そこで私に溺れろ。嫌なことなんて全部忘れさせてやる」

日向「そこで私を見ることが出来れば……問題は全部解決だ」

日向「ほれ」

懐から手のひらサイズの小物入れを取り出し、更にその中から、

神官「……指輪?」

日向「人間なんだから意味くらい分かるだろう。いや、漢字の結婚なんておこがましいことは言わん。阿呆みたいな片仮名で良い」

日向「あーあー、オホン」

日向「……」

日向「二人で一緒に酒を飲んだ時、私の為に命を張ってくれた時、理由はどうあれ君は私のことだけを考えていた」

日向「でも君、もっと私のことだけ考えて生きてみるのもありだと思うぞ」

日向「君が自分を傷つけるなら私がそれを癒そう」


日向「雅晴さん、私とケッコンして下さいませんか」


軍港であるのに辺りは人の気配が無かった。

海は大きく口を開けたように黒々と波打っている。

日が落ちて暗く、潮風に少し肌寒さすら感じる筈の場所で俺は光と温かさを感じた。

「日向」

「何だ。ケッコン生活についての質問も受け付けるぞ」

「くくっ……週休はどれくらい取れるんだ?」

「そうだな。変則的にはなるかもしれんが、なんとか2日確保することは保証しよう」

「ほう、それなら安心してケッコン出来るな」

「これからの時代は福利厚生が肝心だからな。ちゃんと理解はある」

「かもな」

「そろそろ返事をくれないか?」

「日向」

「……はい」

「こんな俺だがよろしく頼む」


日向は笑顔を浮かべていた。

あの日見た笑顔よりも尚美しかった。


夜 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋

瑞鶴「……」

五航戦の妹は自分のベッドで膝を抱え座ったまま動かなかった。

翔鶴「……」

姉は正座してそんな妹を心配そうに見つめている。

瑞鶴「……提督さん怒ってるかな」

翔鶴「……」

瑞鶴「私だって少し言い過ぎたって分かってるよ」

翔鶴「……明日謝ればいいわよ」

瑞鶴「でも……正しいのは私だし」

翔鶴「……そうねぇ」

瑞鶴「提督さんのアホアホアホアホアホアホアホアホアホ」

翔鶴「……」

瑞鶴「アホアホアホアホ」

翔鶴「……」

瑞鶴「アホアホ、ホァー!」

翔鶴「……すっきりした?」

瑞鶴「ちっとも」

翔鶴「そうよね」

瑞鶴「姉さん」

翔鶴「はい」

瑞鶴「面倒だから快刀乱麻にずばっと解決してよ」

翔鶴「私は何でもできる魔法を持っているわけではないわよ」

瑞鶴「でも姉さんは姉さんだから」

翔鶴「意味が分からないわよ」

瑞鶴「だって姉さんだし」

翔鶴「……日本語で話しなさい」

翔鶴「昔は手間のかかる妹だと思ったものだけど」

瑞鶴「……ごめん」

翔鶴「今は貴女が隣に、いえ、私のもっと先に居るような気がするわ」

瑞鶴「えっ?」


翔鶴「提督が時折私たちを見ていないことを私は提督に言えなかった」

瑞鶴「……」

翔鶴「言う勇気が無かった。貴女は立派よ」

瑞鶴「……黙ってられなかっただけだよ」

翔鶴「提督の為に、ね」

瑞鶴「……」

翔鶴「もう貴女は立派な大人で手のかかる妹なんかじゃない」

瑞鶴「……」

翔鶴「貴女は私の助けなんか要らないほど立派に成長しているわ」

瑞鶴「姉さん……」

翔鶴「今回の答えは私には分からない。……というより私は私のやり方でしかやれない」

瑞鶴「……」

翔鶴「貴女も貴女で答えを出しなさい」

瑞鶴「……」

翔鶴「これが姉からの最後のヒントになりそうね」

瑞鶴「嬉しいような、悲しいような」

翔鶴「私としても同じ気持よ」

瑞鶴「優しい姉で居て欲しいな」

翔鶴「居ますとも。可愛い妹が居る限り」

瑞鶴「……よーっし!」

妹の方はベッドから勢い良く飛び出した。

瑞鶴「大事な作戦にゴタゴタしたまま突入するのは嫌だからね」

翔鶴「ええ」

瑞鶴「いっちょ明日やってやろうじゃないの!」

翔鶴「そうね。また明日」

瑞鶴「じゃあ今日はもう寝よう!」

翔鶴「了解」

瑞鶴「おやすみ! 姉さん」

翔鶴「おやすみ。また明日」


5月8日

朝 ブイン基地 食堂

嶋田「あーすっかり寝不足だ」

伊勢「ごめんね~?」

嶋田「おや、そちらの神官殿も伊勢型戦艦を連れているな」

神官「よう」

日向「おはよう姉様、嶋田さん」

嶋田「……おい、その指の光るものは」

伊勢「えっ……お揃いの指輪?」

日向「ああ、実はな」

神官「俺たち」

日向「ケッコンしました」

嶋田「……はぁ?」

伊勢「すごーい! おめでとう!!!」

嶋田「いや、何を言ってるんだお前ら」

神官「はっはっは」スリスリ

日向「んふふ」スリスリ

嶋田「目の前でいちゃいちゃするな汚らわしい」

伊勢「すごい素敵!! ね、嶋ちゃん! 私達もケッコンしよ!」

嶋田「はぁ? 結婚なんてそんなの認められるわけ無いだろうが」



ケッコン ザワザワ ヒュウガ ケッコン

翔鶴(……結婚?)

翔鶴「いや、聞き間違いよね」




朝 ブイン基地 執務室

翔鶴「長官、おはようございます。本日もよろしくお願い致します」

山内「おはよう。今日は色々面倒な申請が来てるから、その処理を頼むよ」

翔鶴「はい。一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

山内「何だね」

翔鶴「長官は結婚されるご予定などは……お有りですか?」

山内「……考えたことも無かったが。誰か結婚するのか?」

翔鶴「いえ、忘れて下さい」


翔鶴「……」パサッ

翔鶴(6月分の基地への資材搬入リスト……うん、要望通りの資材が届く)

翔鶴(この調子なら基地奪還が本当に達成できるかもしれない)

翔鶴「サインをお願いします」

山内「よし」


翔鶴「……」パサ

翔鶴(これは陸上航空基地の妖精搭乗員転属に関するものね)

翔鶴(……)

翔鶴「長官」

山内「何だね」

翔鶴「陸上航空基地の搭乗員妖精は……元々は海軍の管轄ではありませんよね?」

山内「ああ、陸軍だ。機体も隼四型と銀河だしな」

翔鶴「……最新鋭機を、それもこれだけの規模で海軍が転用するとなると」

山内「ま、誰も思いつかなかったからこそ価値があるという訳だ」

翔鶴「反発は無かったのですか?」

山内「基地を二つも落とされて、最初のガダルカナルなど陸軍機がかなりの数出ていたからな。基地奪還は彼らとしても悲願とするところだろう」

山内「目的が一致しているのだから面子を保つために適当な建前を用意してやればいい」

山内「そこは少し頑張らせて頂いたよ」

翔鶴「……流石です。この書類の内容が機体と搭乗員の指揮権も完全に我々に委ねるという内容だったので少し驚きました」

山内「ま、無理もない。しかし、そういう部分に気がつく艦娘が居てくれて、こちらとしても本当に助かるよ」

翔鶴「いえ……では、こちらとこちらの欄にサインと役職の判子を」

山内「ああ」

翔鶴(順風満帆ですね)

翔鶴(……嫌な予感がするのは何故でしょう)


翔鶴「……」パサ

翔鶴(……基地への苦情)

翔鶴「ご確認下さい」

山内「……ああ、また支援要求か」

翔鶴「……はい」

山内「途上国が苦しんでいるのは十分理解できる。だが我々は慈善事業をしに来ているわけではない」

翔鶴「……」

山内「基地がある場所はマシな方だ。太平洋の島々を見てみろ。……もう今は見に行くことすら敵わんが、人が住んでいるかどうかすら不明だ」

山内「……こんなこと君に言っても仕方ないな。それに皆生きるのに必死なのだから、責められるものではない」

翔鶴「……」

山内「いつもと同じ量だけ渡すよう手配してくれ。そういう類のものは次から私に見せなくて良い」

翔鶴「……かしこまりました」


翔鶴「……」パサッ

翔鶴(今日は本当に書類の量が多い。……今度は基地の設備点検の為の)

翔鶴(あ、長官のサインは要らないんだ。……判子っと)

翔鶴(さて、次は……)


翔鶴「……」パサ

翔鶴(婚姻届……初めて見る書類ね。えーっと婚姻届ってどうやって処理するんだったかしら)

翔鶴(……ん?)

翔鶴「……」

艦娘は目を瞑った。


翔鶴(……あれだけ寝たのに疲れてるのかしら)

翔鶴(整理しましょう。ここに来る書類は……この基地の各部門の代表者が記入したもの、もしくは日本政府から聯合艦隊司令長官へ発行されたもの)

翔鶴(ブイン基地司令に発行されたもの、そして現地政府から日本への窓口としての基地に向けられたもの)

翔鶴(……それらを司令部の人間がその書類の正当性を念入りにチェックして、あげられたもの)

翔鶴(婚姻届がこの場所にあるわけがない)

翔鶴(さぁ翔鶴、目を開けなさい)

翔鶴(目の前にあった婚姻届は違う書類に変化しているでしょう)

翔鶴(お願いだから変化していて。これ以上私を困らせないで!)

翔鶴「……」

翔鶴「……」チラッ


『届姻婚』


翔鶴「もうっ!! なんでまだ婚姻届なのよっ!!!!!!」

山内「!!!」ビクゥ

翔鶴「こんなふざけた書類を提出したのは……海上護衛部門代表……日向……」

翔鶴「いつもお世話になっています。日向です。私ごとではありますが、この度、入籍いたしました」

翔鶴「お相手はかねてから交際させていただいていた高森雅晴さんです。交際中に沢山の報道があったにもかかわらず、しっかりとした報告ができずに申し訳ありませんでした」

翔鶴「……貴女はどこの芸能人ですか!!!!!」

山内「翔鶴君、大丈夫かね」

翔鶴「長官、高森雅晴とはどちらの方ですか」

山内「知らんのかね。君が提督と呼んでいた男の名前だよ」

翔鶴「……」

山内「清華家の高森と嶋田は有名どころだと思っていたが。華族であることを君にはまだ言ってなかったのか?」

翔鶴「……艦娘運用部門代表の権限で緊急事態を宣言します」

山内「……は?」

翔鶴「あの二人を今すぐこの場に召喚して下さい」

山内「落ち着け。一体どうしたんだ」

翔鶴「……すいません。興奮しすぎました。これを御覧下さい」

山内「どれ、婚姻……なんだこれは! あいつ、ふざけているのか!!」

翔鶴「これは我々の職務に対する侮辱です」

山内「……」ジーコ、ジーコ

山内「……私だ。旧第四管区の日向と神官を執務室へ呼び出せ。あ? 任務中? 知ったことか!! 代役を立てて切り上げさせろ! 今すぐ、今すぐにだ!!!!!」


神官「失礼するぞ」

日向「えらく急な呼び出しだな。追い込み漁も最後段階だったのだが」

翔鶴「……」

山内「仲睦まじく同じ指輪か」

神官「まぁな」

山内「……このふざけた書類は何だ」

日向「ああ、それは婚姻届です」

山内「黙れ!!!」

日向「聞いておいてそれは酷いですよ」

山内「日向君、いや航空戦艦日向、ここは酒の席ではない!」

神官「……」

山内「少しはわきまえたまえよ」

日向「別に冗談を言ったつもりはありません」

山内「ならこれは一体何なのだ!!」

日向「我々はケッコンしましたので。長官には一応そのご報告を、と思い提出しました」

山内「……深海棲艦との戦争でどれ程の国民が傷ついたか君は知っているか」

日向「大勢です」

山内「よく分かっているじゃないか。そうだ! 大勢だ! そして今もこの基地に物資を輸送する船団は、毎日毎日危険を顧みずにその戦いを続けている」

日向「知っています」

山内「なのに貴様は!!! 貴様らはこんなふざけた真似をしやがって!!!」

日向「知ったことか」

山内「……今何と言った」

日向「他のやつが戦おうが死のうが、私は知りませんよ」

山内「貴様は軍の一部である自覚が足りないようだな。厚遇されすぎて頭が変になったか」

日向「組織の一部としての自覚はありますし、艦娘としての役目は果たしているつもりです」

山内「ならば何故このようなことをする」

日向「軍の一部であり、在り続ける。ただの兵器ならそれもまた良いでしょう」

山内「……」

日向「私はただの兵器ではありません。……今回の婚姻届は例のないものであると認識しています。勝手に婚姻するのは不味いと判断して婚姻届を提出しました」

山内「……日向君」

日向「はい」

山内「その良識的な判断を婚姻する以前に用いることは出来なかったのかね」

日向「無理でした」

山内「はぁ……」

神官「少しは落ち着いたか」

山内「……お前のせいでまた沸騰するところだった」

神官「丁度いいだろう。お前は艦娘の地位向上を公言しているんだ。ケッコンぐらい認めろよ。世の流れは男女平等参画社会だぞ」

山内「地位向上は艦娘を人間としてみなし権利を認めるのとはまた話が別だ。あくまで兵器という枠の中での……」

神官「艦娘は兵器であって兵器でない」

山内「……」

神官「長門の手を握ったお前だって分かっているだろう」

山内「……」ポリポリ


日向「公言しなくても良いですから裏酒保のように秘密裏に認めて頂きたい」

山内「……結婚してどうなる」

日向「私と彼が幸せになります」

山内「君は艦娘なんだぞ」

日向「長官」

山内「……」

日向「私は戦って死ぬのが本望だと最初は思っていました。でも今はそうは思えません」

神官「……」

山内「……」

日向「戦うのは怖いです。それでも彼が居てくれるのなら死ぬまで戦い続けます」

日向「おこがましいのは承知していますが、少しだけ夢を見せてくれませんか。出来れば幸せな夢を」

日向「お願いします」

山内「君は自分が感情論に訴えている自覚はあるのかね」

日向「はい。ごめんなさい。これは私なりの泣き落としです」

山内「……雅晴、お前だって分かっているだろう。艦娘と結婚など論外だ」

神官「今ある論、常識で考えればそうだな」

山内「だからお前たちは今ある論によって動く組織の一部なんだぞ!」

神官「今の常識だって昔は批判されていたさ」

山内「屁理屈で何とかなると思っているのか」

神官「俺なりの泣き落としだ」

山内「お前はもう死んでしまえ」



山内「はぁ……さっきまでの怒りは公の立場から見た時の怒りだ」

山内「戦い続けている組織の指揮官としての声でもあった」

山内「ここからは一人の山内として喋る」

日向「……はい」

山内「艦娘、君たちはただの兵器ではない。一言では済ませられない」

山内「今までの君達への扱いは不当極まり適切でなかった。これからより正しいあり方を模索していくべきであると思う」

山内「だが結婚は絶対に認められん」

神官「……」

山内「その行為は、あるいは艦娘の個人所有とも見なされかねん」

山内「公式にやると、な?」

翔鶴「……!」

山内「深海棲艦との戦線は君たちによって支えられている。これは紛れもない事実だ」

山内「それに僕は君たちの日頃の功績に対して少しでも報いてやりたい」

日向「……」

山内「艦娘と人間が結婚する意味が僕には正直良く分からんが、そういうイベントが大事だと思うのなら個人的にすればいい」

山内「……聯合艦隊司令長官の判子は押せないが、これからも増えるようなら一応関係を把握しておきたい。書類は提出してくれよ」

山内「二人ともおめでとう。僕は君たちを祝福する」

日向「……ありがとうございます」

神官「すまん」

山内「謝るなよ。お前は阿呆みたいに幸せそうにしてればいいんだ、新郎殿」


翔鶴「長官殿、一つよろしいでしょうか」

山内(やっべ……翔鶴君を忘れていた)

翔鶴「早いもの勝ちなど認められません。平等を期すために重婚は勿論認めていただけますよね?」(#^ω^)ビキビキ

山内「……無論だ」

翔鶴「提督」

神官「ああ、夜に部屋まで来い」

翔鶴「では話は以上です。長官は多忙ですから下がりなさい」

山内「いや、別に私は」

翔鶴「多忙です」

山内「……ああ」

翔鶴「下がりなさい」ニッコリ




昼 ブイン基地 食堂

ザワザワ

瑞鶴「やっぱり待ってるだけの基地防衛は性に合わないな~。海上護衛だと好きなように動き回れるんだけど」

19「それは贅沢ね~。潜水艦だと偵察の為に何日も同じ場所に留まらなきゃ駄目なのよ~?」

瑞鶴「……自分が潜水艦じゃなくて良かったと思った」

19「向き不向きは誰だってあるの~。でも慣れればきっと楽しいの~」

瑞鶴「にしても随分と騒がしいわね」

ザワザワ チョウカント…… ケッコン ザワザワ

19「……」

瑞鶴「あっ、丁度いいところに……高雄さん」

高雄「あ、はい! 瑞鶴隊長!」

瑞鶴「別に任務中じゃないんだから隊長は要らないって。……にしても相変わらず憎たらしいおっ…………何か皆が興奮気味だけど何かあったの?」

高雄「あー……山内長官が結婚されたという噂が今流れていて」

瑞鶴「へー、長官さん結婚したんだ。めでたいじゃん」

高雄「それでそのお相手が艦娘で……旧第四管区の日向さんらしいんです」

瑞鶴「……は?」

高雄「あ、あくまで私が聞いた噂なんですけどね!」

瑞鶴「もうちょっと詳しく聞かせて」

高雄「はい。あの瑞鶴さんは11時頃に神官様と日向さんが呼び出されたの知ってますか?」

瑞鶴「あー、確かに呼び出されてたね。通信入ってたよ」

高雄「それで二人は長官の執務室に呼び出されたんですけど……たまたま執務室の前を通りがかった一人の艦娘が聞いてしまったのですよ!」

瑞鶴「……」ゴクリ

高雄「長官が物凄い声で『黙れ!』って叫ぶ声と、その後に長官が日向さんと結婚するという会話の内容を……」

19「疑わしい証言なのね」

瑞鶴「……う~ん。あの長官さんと日向さんが結婚……?」

19「所詮噂よ。真に受けるのがお馬鹿なの」

高雄「いえいえ19さん。あの二人は以前から二人でお酒を飲むような間柄だったという……未確認情報もあるんです!」

瑞鶴「へーそうなんだ」

19「航空戦艦の日向さんは長官の懐刀の一人ね。二人で喋っても何ら疑わしくないのね」


高雄「19さんやけに否定しますけど何か知っているんですか? 裏酒保ルートで何か情報が流れてるとか」

19「裏酒保って何ね? 酒保は酒保ね」キッパリ

瑞鶴「高雄さん」

高雄「……ごめんなさい。酒保は酒保です。裏なんてありません」

19「次はないのね。水の中の世界を体験したいのなら……いつでもお待ちしてるのね」

高雄「うぅ」

瑞鶴「高雄さん。その噂は何かの間違いだと思うよ」

高雄「すいません。言った私自身にすら疑わしく思えてきました」

19「でも一つだけ言えるとすれば、火のないところに煙は立たぬ、ってことね」

高雄「……やっぱり19さん何か知ってるんじゃないですか?」

19「何も知らないの~。ほんとなの~」

瑞鶴「う~む…………ま、ご飯食べよう!」


瑞鶴「長官がどの艦娘と結婚しようが、どうせ私には関係の無い話でしょうからね」

19「イクは瑞鶴さんの大事な場面で思考停止する凄い阿呆なところが好きなの~」

瑞鶴「はいはい。阿呆と褒めてもおかずはあげないからね」

19「あれ~、折角ナノマシンをおっぱいに移動させるやり方教えてあげようと思ったのに~」

瑞鶴「なにそれ超知りたい。おかず全部あげるからおっぱい頂戴」

高雄「あの、瑞鶴さん。そんな邪法は存在しませんよ」


昼 ブイン基地 廊下

雪風「せんせー!」ダダダッ

神官「おう雪風」

雪風「とぅっ!」ハグッ

神官「おっと……こいつめ! よーしよしよしよし」ワシャワシャワシャ

雪風「ウヒヒヒ! くすぐったいですせんせー!」

木曾「よ。また暇してるのか」

神官「よ。まぁな」ワシャワシャワシャ

雪風「ウヒャヒャヒャ! ん~! あ、せんせー聞きました? 長官と嶋田提督が結婚されたそうですよ!」

木曾「っていう噂をさっき聞いたんだけどさ」

神官「……噂の恐ろしさの一端を垣間見た気がするぞ」

雪風「確かです! 雪風はこの耳でしかと聞きました!」

神官「雪風が間違っているんじゃなくて、雪風が聞いた情報自体が間違っているんだ」

雪風「なんと!」

木曾「そうだよな。大体、男同士で結婚ってアバンギャルド過ぎるしな」

神官「アバンギャルドってなお前」

雪風「あれ、先生。何で指輪してるんですか?」

神官「ん? ……ああ、日向とケッコンしたから。その指輪だ」

木曾「……え?」

神官「噂の根源は多分俺だろうな」

雪風「そうなんですか! だから指輪してるんですね! おめでとうございます!」

雪風「あれ? でも木曾も先生の事が好きだし……この場合木曾はどうなるんですか?」

神官「……」

雪風「え、えーっと?」

木曾「そっか。日向さんとな。おめでとう」

神官「ありがとう。……俺が言えたことではないが、大丈夫か?」

木曾「うーん。びっくりはしているが、自分でも意外とショックじゃない。お前は元から浮気症だし。結局俺とは何も無かったわけだし」

神官「……」

木曾「だから俺のことなんてどうでも良いんだよ。それより翔鶴とか瑞鶴はどうするんだ?」

神官「うん。今夜にでも少し話そうと思う」

木曾「……ま、それぞれが納得の行くようにな。また艦娘同士の殺し合いなんて御免だぜ」

雪風「……木曾、大丈夫ですか?」

木曾「ん? いや、本当に大丈夫だぞ」

神官「……なら良いんだが」

木曾「ああ、お前はそれで良いんだ。逆に俺に謝るようならぶっ飛ばしてたぜ」

神官「……」

木曾「俺のお前に対する好意って、人間だと父親とか肉親に向けられる類の好意だったのかもな。とにかく、おめでとう提督。末永く幸せに」

神官「……ああ」

木曾「じゃあ俺はお前と違って仕事があるからな。行くぜ。あばよ」スタスタ

雪風「……」オロオロ

雪風「心配なので木曾と行きます! ……先生っ、し、失礼しますっ!」ペコッ

神官「……」


夕方 ブイン基地 浜

雪風「や、やっと見つけました」ハァハァ

探していた艦娘は浜に一人で座っていた。

木曾「……よう」

雪風「木曾! 何で雪風から逃げるんですか!」

木曾「ちょっと一人になりたくってさ。ま、座れよ」

雪風「……」

波は穏やかで海は綺麗な茜色をしていた。空を漂うちぎれた綿雲もその色に染められている。

波音の残響が打ち寄せては消える。

雪風は隣の艦娘を見た。

彼女は水平線を見つめ少し疲れた目をしていた。

先ほどの会話が無ければ、この木曾の形をした艦娘が本物であるか疑わしく思えた程に……彼女は海岸の風景の一部のように溶けこんでいた。

「嫌です! 木曾! 行っちゃ嫌です!」

黙っていれば隣の艦娘が自分が知るものとは違うものに変容してしまう気がして、雪風は艦娘に抱きついた。

「……俺がどこに行くってんだよ」

そんな雪風を木曾は優しく撫でる。

「……分かりません。けど、居なくなっちゃう気がしたんです」

「なぁ雪風、海って広いよなぁ」

「……」

「こんな広い海に比べて俺はなんてちっぽけなんだろうな」

「木曾はおっきいです」

「あはは。……本当に気にしてないんだぜ? 提督のケッコンなんて」

「雪風は嘘には敏感です」

「……やっぱり気にしてるように見えるか?」

「……」

雪風は頷いた。

「キスもしてねー、手もつないでねぇ、結局俺とあいつは何でもねぇ」

「……」

「嬉しいのも本当なんだけどな。……嬉しいだけじゃなくて悔しくもあるだけだ」

「ひっく……ひぐっ……」

「何でお前が泣くんだよ」

雪風をあやすように撫でるその手はとても優しかった。


「私はぁっぐ! 木曾がぁ! 好きです!」

「ありがとう」

「木曾は……嫌われ者で一人ぼっちだった私とぉ……一緒に居てくれました……」

「嫌われてなんてないよ」

「嫌われてました! 近づくと死ぬとか言われてました!」

「そんな馬鹿な連中が居たんだな。お前が他人の生き死にを決められるわけ無いのにな」

「そう言ってくれたのは木曾が初めてです」

「……そっか」

「凄く寂しかったです。消えてしまいたいと思うくらい寂しかったんです……!」

「よく我慢したな。偉いぞ」

「でも雪風は先生も好きなんです」

「……そっか」

「あの人は木曾を悲しませる悪い人なのに……嫌いになれないんです。ごめんなさい」

「……そっか。お前、人間嫌いのわりに一日で懐いたよな。最初はあれだけ嫌ってたのに」

「人間が嫌いだからこそ分かるんです。あの人は……いい人でした」

「へー、分かるんだな」

「はい! 雪風ともずっと対等に喋ってくれたし……何より、雪風の好きな匂いがしました! 木曾と同じ匂いでした!」

「……あんなおっさんと同じ匂いが私から出てるのか?」

「はい。とっても安心できます!」

「きっと私に提督が似てるんじゃなくて私が提督に、雪風の言う先生に似てるんだろうな」

「そうなんですね」

「私の道を開いてくれたのはあの人だからな。きっと影響は受けてるさ」

「道ってなんですか?」

「自分が自分の足で踏み固めてきた過去であり、進むべき未来さ」

彼女は胸のポケットから小さな箱を取り出した。

「それは煙草ですね。雪風にも分かります」

「ああ。お前も……いや、お前は吸うな。私だけ吸う」

一本取り出して口に咥え、軽く吸いつつ右手のライターで火をつける。

もう慣れたものだ。

いつもより深く吸うと、少しだけ違和感があった。いつも通り吸えば良かったと少しだけ後悔した。

艦娘が煙草を吸う場合においては、味やニコチン摂取よりもルーチンワークが大事になってくる。

身体の中へ煙が入ってくる感覚と共に味の信号が脳を形成するナノマシンへと伝わる。


「……」

体内の煙をゆっくりと吐き出した。紫煙は一寸先で風の中に溶け込んでしまう。

最初から存在しなかったかのようにかき消えた。

口の中に違和感と苦さだけが残る。

「煙草っておいしいんですか?」

「初恋の味がする」

「それってどんな味なんですか」

「しょんべん臭い苦くて最低な味だ」

「……雪風はおしっこを飲んだことがありません」

「俺だってねぇよ!!!!」

「じゃあ木曾も分かんないじゃないですか」

「例えだよ例え! あー、最低な味ってのは嘘だ。誰かと一緒に吸うと良い味がする。でも一人だとやっぱり不味いかな」

「へー」

「……もう関係ないけどな」

立ち上がって胸のポケットからもう一度箱を取り出し、ライターを中に詰めると……

「おらぁっ!」

投げた。

「木曾! 海が汚れちゃいます! ゴミを捨てないで下さい!」

「二度と捨てないから」

煙草の箱は大きな放物線を描き遠くの水面へ落下した。

しばらくは波間を漂っていたが、そのうち消えた。

「二度と捨てないのなら……良いですけど」

「……さよなら」

「何に対するさよならなんですか?」

「色々さ。それより雪風、明日海上護衛で一緒になるよな?」

「はい。午後に一緒です」

「MVP取った方の勝ちな。二人とも取れなかったら引き分けだ」

「いいですね! 燃えます!」

「お前も泣いたり笑ったり叫んだり、忙しいやつだな」

「あれ……何の話してたんですっけ」

「忘れたよ。ほら、日も暮れたし帰るぞ」

「あ! 待って下さい木曾!」

「遅い奴は知らねーよ」

「雪風は遅くありません!」


夜 ブイン基地 工廠

「長官と僕のどっちが好き?」

「ちょ、長官閣下に決まってるでしょう」

「ふーん。下はこんなになってるけど?」

「い、いやっ……やめて時雨さん……艦娘同士でこんなの駄目よ……」

「自分からこんな格好しといてよく言うね? 駄目なものほど良くなるし、毒ほど美味いんだよ」

「何言って……んんっ!!」


神官「……君らここで何してんの」


工作艦は自分のクレーンで手を縛り、足を持ち上げられ、大事な部分を露出させていた。

時雨「ああ、神官様」

明石「えっ!? や、ちょ神官様!?」

時雨「明石さんはちょっと黙ってなよ」クチャッ

明石「ひぁっ!?」

時雨「さてはカブトムシみたいにエロの蜜の匂いにつられて来たね? さすがは僕を開発した提督だ」クチャクチャ

神官「うわ……この艦娘何言ってるか分からん……こわ……」

時雨「ノリが悪いなぁ」ズボズボ

明石「ッッ!!!」ビクビク

神官「あー、こんな状況で言うことじゃないかもしれんが。日向とケッコンすることにした」

時雨「へぇ~そうなんだ! おめでとう。噂では長官が人間の女の人と結婚するって聞いてたけどね。貴方が結婚するんだ」ヌコヌコヌコ

神官「……一周回って普通に戻ったな。さすがにあれ以上は整合性がつけられんと気づいたか」

神官「まぁ話はそれだけだ。邪魔したな」

時雨「もっとゆっくりしていきなよ。積もる話もあるし……明石さんも他人に、しかも男の人に見られて悦んでるからさ」

神官「……明石君本当にすまない。このような怪物を産んでしまったのは第四管区の責任だが……私にこの処理は少し荷が重すぎる」

明石「違うの神官様! 私が本当に好きなのは長官んんんん!!!」

時雨「酷いや明石さん。前は僕のこと好きって言ってたくせに」

明石「あれは貴女が無理矢理言わせて……」

時雨「……そうだね。もうこんな酷いことはやめにしよう」

明石「……?」

時雨「じゃ、僕はあっちで神官様とお話してるから。気が変わったらまた呼んでよ。……あ、ちなみに八時には……あと十分もすれば長官が増槽付きの隼を見にここへ来るからね」

明石「うそっ!? 私、自分だけじゃアームを外せないのよ!?」

時雨「知ってるよ」ニコ

明石「……」

時雨「頭の悪いその姿を大好きな長官閣下に見てもらうといいよ」

明石「いやっ!!!! 嫌ぁぁぁぁ!! 神官様! 助けてください!!」

神官「明石くん。君は一つ忘れてないか」

明石「えっ……?」

神官「時雨は俺の元部下だぞ。実は時雨のこういう趣味は俺の影響なんだ」ニッコリ

明石「……」


夜休憩中の人気の無い工廠に絹を裂くような悲鳴が響き渡った。


時雨「さて……久し振りだね。なんて呼べばいい? パパ? 豚? クズ?」

神官「自立進化した高知能AIが人類を滅ぼす映画を見たことがあるが、今のお前はまさしくそれだ」

時雨「なんだいそれ」

神官「好きに呼べ。変わりないか。忙しくてお前のところへ来ることが出来なかった」

時雨「いいよ。元気さ。もう僕は貴方が居なくとも生きていける」

神官「……そうか」

時雨「それよりも新しい山内長官って良いよね~。提督よりかっこいいし。僕はもう完全に乗り換えたよ」

神官「……」

時雨「嶋田さんも艦娘から人気があるよ。あれ? 提督がもしかして一番冴えてない?」ケラケラ

神官「……」

時雨「まーでも昔の繋がりもあるし、やりたいならさせてあげるよ」

神官「……」

時雨「僕のここ、ご無沙汰だったでしょ?」

神官「……」

時雨「ほら、どうぞ」クパ

神官「……」

時雨「ちぇ、なんだよ。ノリが悪いな」

神官「……」

時雨「……ね、あの玩具いいでしょ? 生えてないけど提督の代わりくらいにはなりそうだよ」

神官「……」

時雨「もうすぐ僕無しではいられない体になるよ。嫌だ嫌だ言ってるけど体は正直だからね。本当は悦んでるのが丸分かりさ」

神官「……」

時雨「……なんだよ」

神官「……」

時雨「さっきからなんなんだよ!! その憐れむような目は!!!」

神官「……」

時雨「そんな目で僕を見ないでよ!! 何を偉そうに上から目線で!!!」

神官「……」

時雨「艦娘が自分のことを好きだからって調子に乗って!!!!!」

神官「……」

時雨「もう僕は貴方のことなんてちっとも好きじゃないんだからね!!!」

神官「……」

時雨「馬鹿! 阿呆! カス! ゴミ! 不発弾!」

神官「……」

時雨「日向でも瑞鶴でも翔鶴でも、勝手にケッコンでも何でもすればいいじゃないか! 何で僕のところへ来るんだよ!」

神官「すまなかった」

時雨「……」

神官「お前は俺の艦娘の中で一番弱い奴だった。真っ先にお前のところへ行くべきだった」

時雨「……今更なんだよ」

神官「……」

時雨「今更顔出して謝って全部終わりにする気なのかい?」

神官「……」


時雨「そんなの……卑怯なんだよ……畜生……」

神官「……」

時雨「何で僕は……! こんなに喜んでるんだよ……!!!」

神官「時雨」

時雨「……」

神官「俺はお前とケッコンする気は無いが、お前はしばらく俺の傍に居ろ」

時雨「えっ」

神官「単に責任を感じて言っているだけではない。お前には時間と、保護者が必要だ」

時雨「人を未熟扱いしていい気なものだね」

神官「お前は俺のことが好きだからな。好き放題言えるわけだ」

時雨「……ずるいや」

神官「抱き締めていいか」

時雨「絶対やだ」

神官「そうか。良いか」 ギュッ

時雨「……駄目って言ったのに」

神官「NOはYESでYESはYES。絶対NOは絶対YES。そう教えただろう」

時雨「……こうなると逆らう気が無くなっちゃうよ」

神官「一先ず、お前が望む道が見つかるまででい」「ずっと隣に居させてよ」

時雨「……いいでしょ」

神官「お前の望むようには出来ないかもしれん」

時雨「期待してないさ。提督の匂いが分かる位置に居られれば僕はそれでいいよ」

神官「……分かった」

時雨「分かれば良いんだよ」クンクン

神官「で、どうだポチ。久しぶりのご主人様の匂いは」

時雨「……悪くない」

神官「それは僥倖」


夜 ブイン基地 港の外れ

艦娘が二人、水上で踊っていた。

三隈「そんな砲撃は夜戦どころか昼戦でも当たりませんことよ!」

吹雪「ッ! はい!!」

三隈「返事をする前に砲撃の準備をしなさい」

吹雪「はい!」

三隈「そこっ!」

20.3cm主砲から放たれたペイント弾が吹雪の腹に直撃する。

よく見れば、吹雪は既に全身に着色がなされていた。……一体何発食らったのだろう。

三隈「はい、直撃。また死亡です。でも反射速度はマシになってきましたわ」

吹雪「……もう一回お願いします!」

三隈「当たり前です。貴女は弱すぎる」

吹雪「はいっっ!!!」

三隈「駆逐艦は機動力と手数を生かしなさい!」

吹雪「はいっ!!!!」

三隈「長月さんと同じくらい強くなるのでしょう!?」

吹雪「はい!!」

三隈「……それならば今日も艤装の燃料が尽きるまでお付き合いしますわ」




夜 ブイン基地 神官の部屋

日向「おや、時雨じゃないか」

時雨「……」

神官「こいつともケッコンすることにした」

日向「そうか」

時雨「……驚かないんだね」

日向「これくらい予想できるさ」

翔鶴「失礼します」

瑞鶴「しまーす」

神官「来たか」

~~~~~~

神官「特に説明する必要はないと思うが、俺と日向はケッコンすることにした」

瑞鶴「……は?」

神官「あと時雨ともケッコンする」

瑞鶴「ひ?」

神官「お前らはどうする……というのはおかしいか?」

日向「知るか」

時雨「もうどうでもいいんじゃないかな」

瑞鶴「ふぁ!? え、ケッコンって何言ってるのみんな?!」

神官「あれ、聞いてないのか」

翔鶴「私も、もう知っているものと考えいました」


瑞鶴「そんな……いきなりケッコンするなんて……」

神官「日向から告白されてな。余りに心ときめいてしまったものだから……つい」

瑞鶴「また貴方はそんな……」

日向「五航戦姉妹はどうするんだ」

翔鶴「少し、提督と二人きりにして頂けませんか」

日向「ま、そうだな。こんな衆人環視の中では出るものも出んか」

翔鶴「では私からお願いします」

神官「ああ。頼む。まぁ座ってくれ」



翔鶴「日向にいつ告白されたのですか」

神官「部屋から出た後に港でな」

翔鶴「どうでしたか」

神官「美しかった」

翔鶴「……そうですか」

神官「ああ」

翔鶴「ここに来るまでずっと、提督の為に私が出来ることを考えていました」

神官「結論は出たか?」

翔鶴「出ませんでした。ですが、私と一緒に居て下さるのなら提督の道に水底までお付き合いする覚悟です。前と変わりません」

神官「……ありがとう」

翔鶴「いえ。愚かな私にはこの程度のことしか言えませんから」

神官「俺は翔鶴の献身に本当に、本当に感謝している」

翔鶴「……」

神官「俺はお前が本当に好きだ」

翔鶴「はい。知ってます」

神官「だが日向も同じくらい、ケッコンしたいくらい好きだ」

翔鶴「存じ上げています」

神官「時雨に対しても責任を取るつもりだ」

翔鶴「はい。提督の自業自得です」

神官「……艦娘に対して好き放題やってきた俺ですら今回はさすがに少し不安だ」

翔鶴「……」クス

神官「俺なりにお前のことを大切にするつもりだが……お前を一番には出来ないかもしれんぞ」

翔鶴「仮にそうでも我慢するのには慣れています。鶴は千年、気長に待ちます」

神官「……分かった。指輪は今は無いのだが、少し待ってくれ」

翔鶴「はい」

神官「では次の患者さん。どうぞ」

翔鶴「提督」

神官「はい」

翔鶴「殴っても宜しいですか」

神官「ごめんなさい」


瑞鶴「なんかこう……順番に喋らされるのは気に喰わないんだけど」

神官「確かに粋ではないが。なにぶんケッコンは俺としても初めての試みだから仕方が分からんのだ」

瑞鶴「普通初めてだからこそ気合入れるものじゃないの」

神官「一人の男が複数居る恋人の一人と結婚するという話を聞いたらお前はどう思う」

瑞鶴「不純だなーって」

神官「一夫多妻制なんだぞ。時を逃せば他の恋人に対して不平等に繋がる」

瑞鶴「あーもういいや。めんどくさい」

神官「だろ? めんどくさいとまでは行かないが、手間はかかる」

瑞鶴「で、私はそんな恋人の一人ってわけ?」

神官「そのつもりで呼んだ」

瑞鶴「……」

神官「……」

瑞鶴「……提督さん」

神官「なんだ」

瑞鶴「……昨日はその……ごめんなさい。言い過ぎました」

神官「気にするな。お前の言うことは当たっていた」

瑞鶴「うん。ほんとは私も気にしてないんだけど、何か提督さんが傷ついてたら可哀想だから一応謝っておいた」

神官「そういうのを自己中心的な行為と言うんだぞ?」

瑞鶴「ま、お相子ってことで一つ」

神官「……そうだな」

瑞鶴「しかしまーアレだね。提督さんを幸せにするのは意外と難しいんだね」

神官「自分の幸せも難しいのに、ましてや他人だからな」

瑞鶴「戦争が終わったらさ、私と提督さんの契約は一応任期満了でいい?」

神官「契約ではない。お前の好意に支えられた約束だ。好きにしろ」

瑞鶴「私、シベリア鉄道って前から興味あるんだよね」

神官「そうなのか」

瑞鶴「ウラジオから乗って、一緒に乗り合わせた人達とウォッカ飲んで騒いだり……時々外で降っている雪を車窓から眺めつつ本を読んだり」

瑞鶴「レーティッシュ鉄道に乗ってアルプスを行くのもアリ!」

神官「お前、鉄道が好きなんだな」

瑞鶴「蒸気機関は交通革命の序章! 私は鉄道は人間の進歩の象徴みたいに思ってるよ」

神官「俺にしてみれば空母のお前のほうがよっぽど画期的だけどな」

神官「それに交通革命を含む一連の産業革命は今日の大量消費社会を構築する悪しき原点でもあるわけだ」

瑞鶴「もー、またそういう穿った見方をする」

神官「すまんな」


瑞鶴「そういえば空母もイギリスのだよねー。……鉄道も好きだけど、私、色んな国に行ってみたいんだ」

神官「ほう」

瑞鶴「私は知らないことが多すぎる。色んな事を吸収してみたい」

神官「……」

瑞鶴「日本でも世界でもいいけど、色んな物見て、色んな人に会って喋ってご飯食べてさ」

瑞鶴「大笑いしたくなるような嬉しくて楽しいことも、泣いちゃうくらい悲しいこともあると思うけど……それでも見たいし、そんな世界の中で生きていきたい」

神官「……」

瑞鶴「経験した先にしか見えないものがこの世には沢山あるんだ。俺はそいつらをお前らに見せてやりたい」

神官「……」

瑞鶴「提督さん……私ね? 昔は意味が分からなかったけど、今は分かるよ」

神官「どこの誰だ。そんな素晴らしいことを言うのは」

瑞鶴「はいはい。その誰かさんが教えてくれた言葉と確信があるから私は前に進める。怖いけど、怖くない」

神官「瑞鶴……」

瑞鶴「でもそのせいで提督さんを好きだって気持ちより、世界への好奇心の方が勝っちゃってるんだよね~」

神官「……くっくっく」

瑞鶴「提督さんとケッコンしたら好き勝手動けないでしょ」

瑞鶴「だから提督さんごめんなさい。貴方とケッコンをする気はありません」

神官「……」ニヤニヤ

瑞鶴「何で笑ってんの」

神官「お前は最高だ」

瑞鶴「なんかそれ気持ち悪い」

神官「えっ!? 俺褒めてるんだけど!?」

瑞鶴「日向さんと姉さんにも同じ話をしたら……凄く変な反応されたよ」

神官「まぁ、俺もお前がここまで変わってくれるとは想定内の予定外だったぞ」

瑞鶴「嘘だ。絶対なんにも考えて無かったでしょ」

神官「どうしてお前は俺を無遠慮で無作法な阿呆だと決めつけたがるんですかね?」

瑞鶴「だって提督さんだし」

神官「……ちょっと真面目な話をする」

瑞鶴「……」

神官「瑞鶴、お前の最大の欠点はおっぱいが小さ……痛い!? 俺の頭頂部が両腕でがっちりホールドされかつ正規空母の怪力で締められて凄く痛い?! 痛いですよ!?」

瑞鶴「次ふざけたこと言ったら口にオクタン価100のガソリン突っ込んで着火するからね」

神官「オクタン価20くらいのおっぱいの癖に」

瑞鶴「……」

神官「痛い痛い痛い痛い痛い!?」


神官「いい加減高等ブリティッシュジョークに慣れてくれないか」

瑞鶴「いい加減下らない冗談を言うのをやめなさい」

神官「……はぁ」

瑞鶴「……まったく」

神官「……」

瑞鶴「……」

神官「……」ニヤニヤ

瑞鶴「……」ニヤニヤ

神官「俺は艦娘の司令官への病的な愛情は必要悪だが正しい在り方だとは思わん」

瑞鶴「そーですか」

神官「さっきお前が『絶対なんにも考えて無かったでしょ』と言ったが、概ね肯定だ」

神官「目標というか、俺は単に自分の艦娘がああはなって欲しくなかった」

瑞鶴「……」

神官「俺の夢……幸せと未来を云々というのも元を突き詰めればあの違和感に行き着くのだろうな」

神官「そして瑞鶴、お前は普通の艦娘にはならなかった。俺の理想通りなわけだ」

瑞鶴「そりゃまぁ……普通の基準をそこに置いちゃったら普通じゃないけどさ」

神官「幸せの形は見えそうか?」

瑞鶴「姉さんが居て、仲間が居て、提督さんが居る今も幸せだよ」

神官「……」

瑞鶴「どうしたの」

神官「正直に言って良いか」

瑞鶴「今更何言ってんの? 私たちの仲なんだから言えば良いじゃん」

神官「お前を抱かせろ」

瑞鶴「……ごめん。ちょっと処女こじらせた。幻聴が聞こえる」

神官「ああ、すまん。俺も急きすぎて順序を間違えた」

瑞鶴「良かった。やっぱり聞き間違いだっ……ん?」

神官「瑞鶴、お前の成長を嬉しく思う。お前は俺の夢の一つの形だ」

瑞鶴「……ありがと」

神官「俺への好意より、他のものに対する好奇心が勝るのは寂しくもあるが嬉しくもある」

瑞鶴「そうなんだ」

神官「世界を見てこい瑞鶴! 色んな奴と出会って別れて、お前の好奇心を満たし続けろ!」

瑞鶴「……うん」

神官「そして心が生み出す喜怒哀楽を楽しんでこい! 俺への好意など綺麗に忘れて……ああ、時には全身が燃えるような恋もあるかもしれんぞ」

瑞鶴「うん!」

神官「知って、選んで、お前自身が見つけた道を歩いて。その先でまた、今とは違う新しい幸せを見つけるのも良いだろう」

瑞鶴「提督さん……」

神官「俺はお前の旅を全面的に支援する」

瑞鶴「ほんと!?」


神官「などと言うかバーカ」


瑞鶴「…………は?」


神官「お前はケッコンしたくないと言ったが、俺はお前と離れたくない。いや、さっき離れたくなくなった」

瑞鶴「……うん?」

神官「日向に告白された時に自分の中で何かが壊れた。あれは多分、俺の中の後悔や思い込みだ」

瑞鶴「……はぁ?」

神官「そいつら抜きで見る今日のお前は本当に魅力的で可愛い。そう素直に思える」

瑞鶴「あ、ありがとう」

神官「ずっと一緒に居てくれ」

瑞鶴「……………………あれ?」

神官「瑞鶴、俺と一緒に美味しいオムライスを作ろう」

瑞鶴「……」

神官「ケッコンしてくれ」

瑞鶴「……」

神官「……」

瑞鶴「……決闘?」

神官「ケッコン」

瑞鶴「……健康?」

神官「ケッコン」

瑞鶴「……ケッテンクラート?」

神官「ヤー、ケッテンクラート」

瑞鶴「ケッテンクラートゥゥゥ!!」

神官「……」

瑞鶴「ケッテンクラートゥゥゥゥゥ!!!!!」

神官「……」

瑞鶴「ケッテンクラートゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!」


瑞鶴「えーっと、あれ? 提督さんは私を応援してくれないの?」

神官「落ち着け」

瑞鶴「これが落ち着いていられますか」

神官「どうした。何かあったのか」

瑞鶴「あんたからケッコンを申し込まれてテンパってるのよ!」

神官「あ、そうなんだ」

瑞鶴「せっかく艦娘が決意したんだから普通に応援してくれれば良いじゃん! 何で私が迷うようなこと言うわけ?」

神官「まぁ待て瑞鶴。よく考えろ」

瑞鶴「……ん?」

神官「正規空母がどうやってパスポートを取る」

瑞鶴「……不法入国」

神官「アホか。その点俺とケッコンすれば、コネでどこへでも連れて行ってやれるぞ」

瑞鶴「ケッコンせずに連れて行ってくれ無いんですかね」

神官「俺にメリットが無いから嫌だ」

瑞鶴「ですよねー!」


神官「なんだ。お前、俺と一緒になるのは嫌なのか」

瑞鶴「……そこまで嫌ってわけじゃ無いんだけど」

神官「だったら良いだろうが」

瑞鶴「……そしたら今よりもっと好きになって、他の場所へ行きたく無くなっちゃうかもしれないし」


神官(あ、駄目だ。こいつ可愛い)


瑞鶴「……」

神官「……」

瑞鶴「……例えばだけど。ケッコンしたら、私にはどんなメリットがあるのかな」

神官「国家予算を横領して好きな物が買えるぞ」

瑞鶴「全然嬉しくない」

神官「では、ネイティブによる英国的な高等ジョークを身近に感じられる」

瑞鶴「られない」

神官「重婚だから自分がいつ飽きられるか緊張感を持つ充実した日々が過ごせる」

瑞鶴「そんなのやだ」

神官「二人で一緒に縁側に座ってひなたぼっこ出来る」

瑞鶴「……」

神官「寒い日には寒い、暑い日には暑いと言い合える」

瑞鶴「……」

神官「花見や月見、四季折々の行事の準備を……面倒だと言いながら二人で楽しめる」

瑞鶴「あー、なんか想像できる」

神官「一緒に台所にも立てる」

瑞鶴「……」

神官「俺が揉んでいれば胸も少しは、千切れる千切れる千切れちゃう!? やめて! 俺の耳はそんなに伸縮性は無い!!!」


神官「艦娘からの暴行を受けた上司ランキングがれば間違いなく頂点に立つ自信がある」

瑞鶴「あっそ」

神官「えー、先ほど述べた以外にも俺とケッコンすることは種々の効用があり、大変名誉なのである」

瑞鶴「へー」

神官「というわけで良いよな」

瑞鶴「何がよ……。ていうか提督さん、艦娘とケッコンするの御両親とかには報告してるの?」

神官「していないが」

瑞鶴「大丈夫なの?」

神官「他人が気にするのは俺の染色体の行方だ。お前らとなら何も問題はない」

瑞鶴「子供の有無じゃなくて……世間体とかは? 一般人は拒絶反応とかあるかもよ?」

神官「一般人が知らなければ良いだけだろう」

瑞鶴「……」

神官「また正直に言って良いか」

瑞鶴「下品なこと以外ならいいよ」

神官「俺は本気だ」


瑞鶴「……」

神官「ちなみにお前から俺はどう見ているんだ」

瑞鶴「手塩にかけて育てた娘を襲おうとする変態親父」

神官「きっついな」

瑞鶴「きっついよ」

神官「だがそこには変態親父なりの愛があるのだ」

瑞鶴「そんなものいらん、と一蹴できないのが私の弱さね」

神官「違うぞ。それこそがお前の俺への愛だ」

瑞鶴「耐えてることが?」

神官「いいや、受け入れていることが愛なのだ」

瑞鶴「もういいから」

神官「はい」


神官「もういいだろ。ケッコンしてくれ」

瑞鶴「……嫌よ」

神官「えー、何で!? 良いだろ! な! 頼む! 瑞鶴! この通り!」

瑞鶴「子供かっ! 軽々しく頭下げてんじゃないわよ」

神官「俺にとっては一大事なんだ」

瑞鶴「……提督さんは私のこと好きなの?」

神官「好きだ。俺はお前のことが好きだ」

瑞鶴「どうせその言葉は提督さんの中の性欲が喋ってるんでしょ」

神官「違う」

瑞鶴「提督さんは私に対して今まで一度も……好きとか言ってくれなかったじゃん」

神官「実際、日向や翔鶴より好きじゃなかったからな。好きと言えば嘘になるだろうが」

瑞鶴「……」

神官「痛い痛い痛い痛い!!!!」

瑞鶴「じゃあいつ好きになったの」

神官「今日だ。今のお前は本当に輝いて見える」

瑞鶴「馬鹿じゃないの」

神官「それくらい自分でも分かっている。だが俺にとって切実なんだ」

瑞鶴「……ちなみにどれくらい好きなの」

神官「は? 何がだ」

瑞鶴「文脈から察しなさいよ! 私のことに決まってるでしょ!」

神官「ああ、お前か」

瑞鶴「いや、他に何があるのよ」

神官「俺のお前に対する気持ちは南太平洋より深く、北太平洋より荒々しい」

瑞鶴「……ふーん。南太平洋より深く北太平洋より荒々しいんだ」

神官「本当だぞ」

瑞鶴「……本当なんだ」


神官「瑞鶴」

瑞鶴「……なに?」

神官「好きだ」

瑞鶴「……」

神官「俺はお前が好きだ」

瑞鶴「……あっそ」

神官「本当に好きだ」

瑞鶴「……分かったわよ」

神官「ほんっっっとうに好きだ!」

瑞鶴「も、もう分かったってば」ニヤニヤ


瑞鶴「突然壊れたみたいに好き好き言い出さないでよ!」

神官「すまん。熱くなると目の前のことしか見えなくなってしまう」

瑞鶴「それって提督としてどうなの……そりゃ、言われて悪い気分じゃ無いけどさ」

神官「てっきりお前は翔鶴や日向を引き合いに出して比べさせるかと思った」

瑞鶴「そんなことしないわよ」

瑞鶴「提督さんがあの二人を本当に好きだって……見てて分かるもん」

瑞鶴「比べるのが怖いんじゃないよ。私にとって比べる行為がもう意味を持ってないだけ」

瑞鶴「好きってそれぞれが特別で、それぞれが個別に価値と意味を持ってるって分かったんだ」

瑞鶴「だから総量で比べても仕方ないじゃん?」

瑞鶴「あれ、もしかして提督さんが前に自分の艦娘を特別って言ってたのって……さっき私が言った意味での特別で合ってる?」

神官「……ああ。間違いない」

瑞鶴「……あ~あ、また成長しちゃいましたね~。こんなに成長出来る自分の行く先が恐ろしいよ~」

神官「お茶を濁さなくていい」

瑞鶴「バレた?」

神官「俺の気持ちをよく汲んでくれている」

瑞鶴「理解したくも無かったんだけど。ついうっかり」

神官「しかし不思議なのは、皆を大切にしようとする俺のことを皆は浮気者と呼ぶのだ」

瑞鶴「あはは!」


瑞鶴「大体何なのよ。一緒に美味いオムライスを作ろうって」

神官「決め台詞だ」

瑞鶴「アホ」

神官「駄目だったか」

瑞鶴「……一緒に、ってのは良かった」

神官「オムライスが良いんだろうが!!!!」

瑞鶴「あの思い出を大事にしてくれているのは嬉しいけど多分それは違う」


瑞鶴「提督さん」

神官「おう」

瑞鶴「大好き」

神官「知っている」

瑞鶴「提督さんは私のこと好き?」


神官「ケッコンしてくれないから嫌いだ」

瑞鶴「はぁ……少しは年齢相応になりふり構った方がいいと思うけど」

神官「知らん」

瑞鶴「……分かったわよ。ケッコンすれば良いんでしょ」

神官「してくれるのか!?」

瑞鶴「はい。不束者ですがよろしくお願いします」

神官「やった!!」

瑞鶴「喜びすぎ」

神官「しかし所詮口約束なわけだ」

瑞鶴「心配せずとも撤回とかはしないわよ」

神官「よって、前金として新郎新婦の誓いの口づけが必要だ」

瑞鶴「……本気で言ってる?」

神官「ああ」

瑞鶴「……いいよ」

どちらから言い出すでもなく立ち上がり、近づいた。

手を伸ばせば届く距離でその歩みは止まった。

瑞鶴「……」

神官「……」

瑞鶴「男なんだから、そっちから抱き締めてよ」

神官「少し照れが残ってしまった」

少しだけぎこちない動きで男が艦娘の背中に手を回す。

瑞鶴「……っ」

触れた手から体の震えが伝わってくる。

神官「お前もちょっと緊張しているな」

瑞鶴「……仕方ないでしょ。あなたと違ってこっちは初めてなんだから」

神官「俺もお前とは初めてだ」

瑞鶴「馬鹿」

神官「固くならずに体重をもっとこちらに預けていいぞ」

瑞鶴「……ん」

艦娘は自分で立つことをやめ、体は自然と密着した。

神官「そうそう。非力な俺でもお前くらいは支えられるんだからな」

瑞鶴「はいはい。頼もしい頼もしい」

神官「感情を全力で出せ。人生が楽しくなるコツだ」

瑞鶴「あなたほど見苦しくなりたくない」

神官「おかげさまで俺の人生は順風満帆だ」

瑞鶴「前もこうしてたことあったよね」

神官「あったな」

瑞鶴「今回はちゃんと私の同意を得てからしたね」

神官「俺は好きな奴には尽くすタイプだからな」


瑞鶴「自分の欲望に忠実の間違いでしょ」

神官「間違いは誰にでもある」

瑞鶴「そーですね」

神官「瑞鶴」

瑞鶴「ん?」

神官「好きだ」

瑞鶴「うん。私も提督さんのこと何故か好きだよ」


翔鶴「そうなんですね」


瑞鶴「うん。なんか自分でもよく……ん?」

日向「君たちは長話をしすぎだ。勝手に入らせてもらったぞ」

時雨「やっぱりケッコンするんだね」

神官「あ、そういやお前ら居たな」

翔鶴「それが未来の妻たちへの態度なのですか」

神官「いや~」

瑞鶴「……提督さん」

神官「ん?」

瑞鶴「今外野は関係ない。私だけ見て」

神官「……おう」

瑞鶴「一緒に幸せになろ?」

神官「……」

提督と瑞鶴の会話はこれで終わった。

日向「おぉ……」

翔鶴「まぁ……」

時雨「……他人のキスって変な感じするね」

幸せそうで何よりだ。


5月9日

早朝 ブイン基地 神官の部屋

神官「お……? もう朝か。昨日、一昨日の密度が半端でなかったせいか寝ても頭が疲れているな」

瑞鶴「ふぁ~……おはよう」

神官「ああ」

翔鶴「……おはようございます」

神官「うむ」

日向「おはよう」

神官「はい」

時雨「おはよう」

神官「多いなおい」

日向「一緒に生活することになるのだから、このメンバーで過ごすことに慣れておいた方が良いと思ったんだが」

翔鶴「さすがに狭いですね……」

神官「酒の席の勢いは怖いな。俺は自分の肝臓も心配だ」

瑞鶴「う~ん……とりあえず朝の海上護衛行ってきます」

翔鶴「私も朝のお風呂へ」

時雨「あ、翔鶴さん。僕も行くよ」

日向「行って来い」


日向「さて、君と二人きりになれたわけだが。昨日はとんだケッコン生活一日目だったな」

神官「そうか。それもそうだな」

日向「未来の同居人が一気に三人も増えて私は嬉しいよ」

神官「予想通りだったか」

日向「いや、木曾も来るかと思っていた」

神官「俺が振った、ということになる」

日向「そういう時もあるさ。三隈や漣達の所へは行ったか?」

神官「あいつらはにケッコンの話は良いだろ」

日向「まぁ、あいつらの君への好きは別物だろうしな。一応報告だけしておけ」

神官「おう」

日向「瑞鶴との話し合いはどうだった? 随分と長い時間かかったが」

神官「いや、最初に『ケッコンする気はありません』と言われてな」

日向「ほう」

神官「あいつは凄い奴だな」


日向「翔鶴、瑞鶴、私の三人で走り出し……序盤は翔鶴一強、中盤で私が追い上げて翔鶴と並び、終盤で私たち二人を捲って瑞鶴がトップへ躍り出た」

日向「こんな感じか」

神官「何言ってるんだ?」

日向「なんでもないよ」

神官「俺もそろそろ仕事へ行くかな」

日向「無職の癖に何を言っている」

神官「基地警備だよ基地警備! 基地に深海棲艦の危機が迫っていないかを確認する重大な任務だ!」

日向「やっぱり無職じゃないか」

神官「……もうすぐ軍属に戻れるから覚悟しておけよ」

日向「役職は?」

神官「ブイン基地司令だ」

日向「文官でも務まるような閑職か。聯合艦隊司令長官と比べれば天と地ほど差がある」

神官「やかましい! 俺が気にしてる事を言うな! 文句言うな!」

日向「同じ横須賀鎮守府だったのにな」

神官「転職した俺がまた戻れたのだから良いだろうが。普通の海軍なら有り得ん」

日向「艦娘を運用する側の海軍もまた未熟で、過渡期にあるわけか」

神官「そうだな」

日向「先人は偉大だな」

神官「それを自覚し行動する我々もまた然り」

日向「驕るな」

神官「おう」

日向「私もそろそろ朝の仕事だ。旦那様、愛する妻の出勤前にお出かけのお約束を頼む」

神官「猫語でお願い出来たらな」

日向「チューして欲しいにゃ」

神官「……」ゾワゾワ

日向「それは無い。戦艦パーンチ!」




朝 ブイン基地 執務室

神官「アイチチ……朝から戦艦パンチはキツイな……おはよう嶋田、長官殿」

嶋田「お、元凶様が現れたぞ。おい神官殿、見ろよこれ」

神官「うわっ、何だこの落書きの山」

山内「……婚姻届だ。この馬鹿者が」

神官「婚姻届?」

山内「どこから噂が広まったか知らんが……人間とケッコン出来ると考えたらしい」

神官「は~、モテモテだな。で、誰とケッコンするんだ。申請した者全員か?」

山内「殴っていいか?」

神官「俺はよくそれを聞かれるんだが何故だろうな」


昼 ブイン基地 港

曙「みんなお疲れ様。経験値計算と戦闘データ上げはこっちだからねー」

日向「よーし、今日は那珂が一番だ」

那珂「私はいつでも一番だよ☆」

日向「……終わったら解散だ」

「「「「了解!」」」」 「酷くない!?」


磯波「……」ソワソワ

日向「あれ、磯波は何か用事でもあるのか?」

磯波「いえ! 別に何も!」

日向「嘘をつくな。見たら分かるぞ」

磯波「じ、実は……」

~~~~~~

日向「長官との婚姻届?」

磯波「今なら長官とケッコンできるという噂が流れてて……」

日向「だからお前も出すわけか。どれ、一つ私が見てやろう」

磯波「あ……これです」

日向「えーどれどれ――――私、吹雪型9番艦『磯波』Lv.22は……聯合艦隊司令長官閣下とケッコンしたいです……ごめんなさい……」

磯波「は、恥ずかしいです……」

日向「……これじゃ婚姻届というより嘆願書じゃないか」

磯波「えっ!? 駄目なんですか!?」

日向「こんなものに頼るな」ビリビリ

磯波「ああああああ!? な、何するんですか日向さん!!!」

日向「本当に好きなら、その相手に面と向かって気持ちを伝えろ」

磯波「……無理です」

日向「お前の内向的な性格は好きだが、そのせいで損をするのは見過ごせん。私についてこい。長官と会わせてやる」

磯波「……」

日向「周りの者も君と同じ発想だろう。お前の書いたような手紙が長官の所には多く届いている。手紙を出したくらいじゃ返事も貰えんぞ」

磯波「うぅ……分かりました! 日向さんが与えてくれた機会を無駄にはしません! 爆雷投下します!」

日向「その意気や良し」




昼 ブイン基地 執務室

山内「しかし……一方的に婚姻届を渡しても結婚が成立しないことを艦娘達は知らないのか?」

嶋田「兵器に人間の結婚の常識を求めるのは酷だぞ。だからこそ片仮名のケッコンなのだろう」

神官「何か対策をしないとな……無闇に断るのも彼女たちの精神衛生上不味い。穢れにつけ入る隙を与えるかもしれん」

山内「……予想外だ。本当に予想外だ」

コンコン

山内「入れ」

日向「失礼する。長官はご在席か」

山内「ああ」

日向「私の知り合いの艦娘が貴方に話があるそうだ。少し外で話を聞いてやってくれないか」


嶋田(あ~、夕暮れの校舎、運動部の練習の声が目に浮かぶようだ。中学校時代を思い出す)

神官(この基地はいつから学校に変わったんだ)


山内「日向、貴様は無礼を承知で呼び出しているのか?」

日向「はい。お叱りは……責任は全て私が引き受けます」

日向「ですが、貴方に婚姻届を渡した艦娘たちが一体どのような気持ちなのか知っておいて欲しいのです」

山内「……良かろう」

~~~~~~

日向「この艦娘です。では、私は外しますので」

山内「君は……」

磯波「吹雪型9番艦の磯波です! Lvは22です! よろしくお願いします!」

山内「久しぶりだね、磯波君」

磯波「……」

山内「……」

磯波「長官閣下! い、いいお天気ですね!」

山内「……今日は曇りだぞ」

磯波「……」

山内「……雨の日なんかは海に出るのが大変だろう」

磯波「はい! 視界が悪くて何も見えなかったりします!」

山内「そんな時はどうするんだ」

磯波「頑張ります!」

山内「……そうか」

磯波「ちょ、長官閣下……お忙しい中お呼び立てして……申し訳ございません」

山内「いや、丁度仕事も一段落して暇だったからね。気にしなくていい」

磯波「あ、良かった……」

山内「君も私に婚姻届を?」

磯波「……やっぱり婚姻届が一杯来てるんですか?」

山内「朝、執務室に来たらドアの前に書類の山が出来ていた」

磯波「あはは……」

山内「まったく……一体誰が婚姻届の話を……いや、これは君には関係ないな。すまない」

磯波「私も長官閣下に婚姻届を渡そうと思ってたんです」

山内「……そうなのか」

磯波「でも、日向さんが直接言えってアドバイスしてくれて」

山内「……」

磯波「長官閣下! 私、貴方とケッコンしたいです! って言えばいいんでしょうか? 好きと言うだけでいいんでしょうか」

山内「……好きにしたまえ」

磯波「あ、はい。じゃあ……好きの方で!」

山内「……ああ」

磯波「……あれ? 何かおかしくないですか」

山内「……何故私にそれを聞くのかね」

磯波「……はい」

山内「……ありがとう。嬉しく思うよ」


磯波「……だから……ケッコンして下さい」

山内「それは」「返事はしなくて大丈夫です!」

磯波「分かってますから」

山内「……」

磯波「他の子たちも私と同じだと思います。結果が分かっていても言わずにはいられない」

山内「……」

磯波「私、長官閣下と喋れただけでも嬉しいです。また明日も頑張って戦えます」

山内「……そうか」

磯波「じゃあ失礼します。ありがとうございました」

山内「ああ」

~~~~~~

山内「……」

日向「ありがとうございます」

山内「……歯を食いしばれ」

日向「はい」

山内「……」ガッ

日向「……っ」

山内「二度とするな」

神官「……」

嶋田「艦娘からの告白はどうだった」

山内「……少し放送室へ行ってくる」

~~~~~~

昼 ブイン基地 工廠

明石「……」

時雨「……ごめんね」

明石「……」

明石D「あの二人何かあったの?」

明石B「さぁ?」

ピンポンパンポーン

「聯合艦隊司令長官からの告知があります」

明石C「お?」

「司令長官の山内だ。今日はこの基地に居る艦娘に言っておきたいことがある」

「今、基地の中でケッコンについて騒がれているが、誤解を解いておきたい」

「私はどの艦娘ともケッコンしていない。したのは神官殿だ」

「したいのならケッコンはしても良いが、相手の承認を得てからするように」

「婚姻届を渡すだけでケッコン成立はしない。……君たちの気持ちは嬉しく思うが、私は全員とケッコンするつもりはない」

「私はLv.99になった艦娘としかケッコンしない。以上だ」

時雨「なんだか……かなり怒ってるみたいだね」

明石「……」

時雨「明石さんも婚姻届出した?」

明石「……出してません」

時雨「……そっか」


昼 ブイン基地 地下兵器庫

神官「……」

皐月「あれ、提督だ」

文月「だ~」

神官「よ。元気してるか」

皐月「ボクらは相変わらずだね~」

文月「司令官はどう~?」

神官「まぁまぁだな」

皐月「さっき怖い顔してたけど?」

文月「してた~」

神官「……ちょっとな。ケッコンの話は聞いているか?」

皐月「さっき放送があったやつだよね? 地下兵器庫に来る艦娘たちも皆その話題で持ちきりだよ」

文月「長官のどこがいいのか文月には分かりません~」

皐月「ケッコンとかボクもよく分かんないや」

神官「実はな――――」

~~~~~~

皐月「へーそんなことがあったんだ」

文月「司令官、ケッコンおめでとう!」

神官「ありがとう。お前らはパサパサしてて助かるよ」ナデナデ

皐月「へへへ」

文月「この感じ久しぶり~」

神官「漣と曙は?」

皐月「漣なら、部屋だと思うよ」

文月「曙ちゃんは港に居るよ~」

神官「ありがとう」

皐月「ねぇ提督、長月はどう?」

神官「……」

皐月「隠さなくていいよ。もう知ってるからさ」

神官「まだ目を覚まさん」

皐月「そっか。まだ無理か」

神官「だがあいつは生きている。長月なら必ず目を覚ます」

皐月「知ってるよ」

文月「姉妹艦だからね~」

神官「……そうか。ではな」

皐月「次はここを手伝いに来てね」

文月「仕事を残しておくからね~」

神官「了解だ」


昼 ブイン基地 港

神官「曙、ちょっといいか」

曙「あ、ちょっと待ってて。もうすぐ交代の時間だから」

神官「ああ」

~~~~~~

曙「お待たせ」

神官「今日は採点係なんだな」

曙「そうね。……提督、久しぶり。出迎えられなくて悪かったわね」

神官「いや、仕事だろう。仕方ない」

曙「私があんたを出迎えたところで、私と話すことなんて無くて困るでしょ?」

神官「そんなことはない」

曙「いいのよ。皆に平等に接することが出来るわけが無いし」

神官「……」

曙「頑張って話しかけようとしてるのは……何となく分かってたわよ」

神官「……変わりは無いか」

曙「こっちに来て友達が増えたわ」

神官「それは良かった」

曙「で、何の用なの」

神官「ケッコンの報告だ」

~~~~~~

曙「そっか。あの四人とね。おめでと」

神官「ありがとう」

曙「私がケッコンしたいって言ったらどうする?」

神官「勿論良いぞ」

曙「冗談よ」

神官「……からかうなよ」

曙「これからも頑張ってね」

神官「ああ」



昼 ブイン基地 漣の部屋

神官「俺だ、居るか」コンコン

漣「……入ってください」

神官「……泣いていたのか?」

漣「今日は非番なので……女王陛下のユリシーズ号を読んでいました」

神官「いい本だな」

漣「ラルストンが……ラルストンが……」

神官「その名前だけで胸に来るものがある」

漣「あー、でも日本海軍の史実の方が悲しいですね」

神官「お前が言うと皮肉なのか本気なのか分からん」

漣「まぁ座って下さいご主人様。コーヒーくらい出しますよ。インスタントですけど」


漣「今日はどうしたんですか? 漣にもケッコンの申し込みを?」

神官「あれ、聞いているのか」

漣「漣を舐めないで頂きたい。駆逐艦の情報網はブイン基地中に張り巡らされているのです」

神官「どこまで知っている」

漣「今のところ四人とケッコンする予定なのは知っています」

神官「さすがだ」

漣「で、今日はその報告というわけですか」

神官「ああ」

漣「瑞鶴に言ったように、漣にケッコンしようとは言ってくれないのですか? ご主人様」

神官「……昨夜の話だぞ。何でそこまでバレているんだ。……うーん。漣は……なんか違うんだよ」

漣「さっすがご主人様。漣も同じ気持ちです」

神官「ある意味、全てはお前から始まったわけだが」

漣「ご主人様の一番は漣の物ですから。ケッコンしてもしなくても、それは変わりません」

神官「……そうだな」

漣「ご主人様、目をつぶって下さい」

神官「お、何かしてくれるのか」

漣「はい。最後……というわけでは無いですが、折角の機会なので」

神官「よし」

目の前が真っ暗になる。いや、真っ暗にした。

前に座っていた漣がこちらに近づいてくる音がする。その音が目の前で止まった。

漣「目を開けちゃ駄目ですよ」

あぐらをかいて座っている俺の頭の後ろに手がまわされる。

一定方向への新たな引力によって、頭は柔らかい腹部へと着地した。

漣「捕まえました」

神官「これはご褒美か」

漣「そうですね。ご褒美です」

神官「お腹が柔らかいな」

漣「事前に柔軟剤を使っておきましたから」

神官「くっくっく……」

漣「漣も提督のことをずっと見ていました。あ、男の人としてでなく仕事上の上司として、ですけどね」

神官「ああ」

漣「私たちの為に頑張ってくれていた提督への私からのご褒美です」ナデナデ

神官「……ありがとう」

漣「漣は貴方の元で働けたことを後悔していません。……やっぱりこの髪の毛、見た目通りゴワゴワしてるんですね」ナデナデ

神官「俺自身の意思の固さが髪の毛にまで伝わっているんだ」

漣「はいはい。だと良かったんですけどね」ナデナデ

神官「……迷惑をかけたな」

漣「こちらこそ。戦艦を倒せなくて申し訳ない」

神官「志が高いのは良いことだ」

漣「日向たちをよろしくお願いします」

神官「任せておけ」


夜 ブイン基地 港

三隈「吹雪さん。今日から雷撃ですわね」

吹雪「はい。よろしくお願いします」

神官「三隈、少しいいか」

三隈「あら、提督。御機嫌よう」

吹雪「……この人提督じゃないですよ」

三隈「私にとっては提督なのですよ」

神官「お前には喋っていないだろうが。黙っていろ」

吹雪「だっさ」

神官「……」

三隈「二人共」

吹雪「……陸上の弾薬庫から練習用魚雷をもう少し多めに持ってきます」

神官「雑魚のくせに気が利くじゃないか。駆け足、そして帰ってこなくていいぞ」

吹雪「うっさいです」

三隈「うふふ、提督? クマリンコ」ドゴォ

神官「アヒィ!」

吹雪「……行ってきます」


三隈「大人げ無いですよ」

神官「……」

三隈「長月さん、早く目を覚ますといいですわね」

神官「吹雪に何か教えているのか」

三隈「艦娘の秘密の特訓ですわ。私の中の全てを彼女に伝えています」

神官「様子を見るに、なかなか必死に食いついているみたいじゃないか」

三隈「最初は目も当てられませんでしたが今は相当動けるようになっています」

神官「それを本人に言うなよ。つけ上がるからな」

三隈「了解ですわ」クスクス

神官「ケッコンの話を聞いたか」

三隈「長官も大きく出ましたね。Lv.99到達の経験値折り返しはLv.80後半の筈ですが」

神官「ああ。Lvは漣が半ば冗談みたいな数値に設定したからな」

三隈「今日は艦娘達が嘆息を漏らしていましたわ」

神官「しかし長官のやつ、ケッコンは公の立場から認められんとか言っていたんだぞ? 艦娘を面と向かって直接振ったのが相当応えたと見える」

三隈「そうなのですか。ところで提督は誰とケッコンされるのですか」

神官「時雨、翔鶴、瑞鶴、日向だ」

三隈「おめでとうございます。翔鶴さんと日向さんをよろしくお願いします」

神官「第四管区の艦娘に対して挨拶回りをしているのだが、誰々をよろしくお願いします、という奴が多いな」

三隈「それだけ結びつきが深かった証拠でしょう」

神官「三隈も俺とケッコンしたいのなら、考えてやらんこともないぞ」

三隈「それは結構ですわ。私は日向さんたちと違って提督にそれほど興味がございません」

神官「わはは!」


~~~~~~

吹雪「……三隈さん。戻りました」

三隈「お帰りなさい。では提督、訓練をしますので。御機嫌よう」

神官「ああ。ありがとう。…………吹雪、頑張れよ」

吹雪「……」ポカーン

神官「どこまでもムカつく奴だな! 長月の抜けた穴はお前が埋めるべきだろう! ……いくら嫌いでも、努力する者を馬鹿にはせん!」

吹雪「……ありがとうございます」

神官「……ではな」

三隈「……」ニコニコ




夜 ブイン基地 廊下

神官「おう、加賀」

加賀「こんばんは」

神官「どこかからの帰りか」

加賀「基地防衛の帰りです」

神官「にしては遅いな」

加賀「少し陸上機の妖精たちに捕まってしまいました」

神官「あいつら艦娘が好きだからな」

加賀「雄の妖精はともかく……雌まで寄ってくるのは何故でしょう」

神官「分からん」

加賀「ところで神官殿、何か私に報告すべきことがあるのでは?」

神官「いや、別に無いが」

加賀「ケッコンの話です」

神官「ああ、お前も聞きたいのか」

~~~~~~

加賀「なるほど。あの四人と」

神官「楽しみだ」

加賀「戦争も終わっていないのに気楽なことです」

神官「だからこそだ。生きた証を残したくなるのは自然さ」

加賀「……自然なのですか」

神官「多分な」

加賀「提督、私も……」

神官「ん?」

加賀「……いえ。なんでもありません」

神官「焦ることはない。新しい選択肢というのは魅力的に見えてしまうものだ」

加賀「……」

神官「選択肢そのものが失われない程度には時間をかけて、冷静に判断してもいいさ」

加賀「また難しいことを言いますね」

神官「はっはっは」


5月10日

朝 ブイン基地 執務室

山内「……陸軍高官の基地視察?」

嶋田「南方戦線、特にブインは先進的な艦娘運用を行う場所として一見の価値ありと判断した、とのことだ」

山内「何故断らなかった。航路の安全を確保するのも楽ではないんだぞ」

嶋田「俺に言うなよ。俺は伝えられた事実をお前と共有しただけだ」

山内「……陸軍か。当然裏があるのだろうな」

嶋田「そう考えるのが妥当だろう。現状は複数の艦娘運用が暗黙の内にだが許可されている」

神官「あきつ丸、まるゆで飽きたらず陸軍は艦娘を本格的に使うつもりなのか」

山内「馬鹿な。陸軍が艦娘をどうするのだ。対外戦争で領地獲得なんて時代じゃ無いんだぞ」

嶋田「俺にもよく分からんが、強力な兵士というのは居ないよりは居るほうが都合がいいんじゃないか。お前らみたいな戦争をやりたがる奴らにとってはよ」

神官「ふざけるな。……確かに陸上転用しても強力な戦力にはなるだろう

山内「……」

嶋田「昔は陸上転用する余裕なんて無かった。しかし余裕は生まれた。他ならぬ山内長官の手によって」

神官「オッペンハイマーの気分だな」

山内「お前らが言っているのは全て憶測にすぎん」


嶋田「一ヶ月後を目安に来るらしい」

山内「作戦決行日と近いな」

嶋田「決行日を変えるか?」

山内「その次に控えるガダルカナル奪還をこれ以上遅らせるわけにはいかん。予定通りに行くぞ」

嶋田「了解」

山内「……これだけ協力してくれた陸軍を無碍に扱うわけにもいかんしな。調整を急ごう」




朝 ブイン基地 港

卯月「田中~、頼んでたお土産は持ってきたぴょん?」

田中「ええ、生八ツ橋の鮮度を保つのは大変なんですからね。どうぞ」

卯月「うおぉぉ~、八つ橋だぴょん!!!」

田中「卯月さんに喜んで頂いて嬉しいです」

卯月「ん~♪」スリスリ

卯月「あ、お前ら、さっさと船から積荷を下ろして検査にかけるぴょん」

「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」

田中「卯月さんは良いんですか?」

卯月「責任者ってのは働くんじゃなくて責任を取るのが仕事ぴょん。どっしり構えてればいいぴょん」

田中「うわぁ……嫌な上司だなぁ」

卯月「ぷっぷくぷ~」


昼 ブイン基地 第一防衛ライン

瑞鶴「攻撃隊、全機発艦!」

「うるせー! 俺らに命令するんじゃねぇ!」

瑞鶴「まーた虫の居所が悪いの?」

「キャリアーの分際で生意気なんだよ」

瑞鶴「はいはい。頼りにしてるからね、隊長殿」 プニプニ

「……ちっ。攻撃隊発艦すっぞ! 我に続け!」

瑞鶴「お願いね」

~~~~~~

瑞鶴「全機発艦完了……戦果を期待してるわよ」

飛鷹「ねぇ、瑞鶴さんの搭乗員妖精って態度悪くない?」

瑞鶴「あはは! あの子たちは素直じゃないだけよ」

隼鷹「私なら殴り飛ばすね~。キャリアーなんて呼ばれたら」

瑞鶴「落とされても毎回しっかりと私のところへ帰ってくるからね。可愛らしいとしか思わないよ」

隼鷹「確かにあんな口叩いても帰ってくるのは、ちょっと可愛いかもな」

瑞鶴「でしょ? 二人の搭乗員妖精はどんな子たちなの?」

飛鷹「普通にしっかりしてるわよ」

隼鷹「飛鷹の奴らはしっかりしてるけど、すぐ熱くなって目の前の敵に殺到するって搭乗員が言ってたぜ?」 

飛鷹「アンタの所のは酒好きで、ちょっと抜けた奴が多いってウチのが言ってったわよ」

瑞鶴「搭乗員は空母に似るのかな……?」




夜 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋

翔鶴「ああ、陸軍の視察の件ですよね」

神官「どう思う。連中の意図を」

翔鶴「艦娘を陸上兵器として利用したい……のでしょうか」

神官「俺も同意見だ」

翔鶴「あまり良い気持ちはしませんね」

瑞鶴「艦娘を新型の人型戦車くらいに思ってるんでしょ。気に喰わないわね」

神官「それにも同意見だ」

瑞鶴「視察受けるの?」

神官「陸軍とも協調路線でやってきている。無碍に扱うわけにもいかん」

翔鶴「彼らの安全を守るための海上護衛にせよ、今後を考えるにせよ、面倒です」

瑞鶴「一つ山超えたらもう一つ山が見えた気分だねー」

神官「……お前たちを見れば陸軍の奴らも気が変わるかもしれん」

瑞鶴「私を見れば陸軍が制式採用するに決まってるじゃん」

神官「何でだ」

瑞鶴「やっぱりほら、可愛いし?」

神官「……」

翔鶴「……」

瑞鶴「翔鶴型空母二番艦瑞鶴、責任取って飲みます!」


~~~~~~

翔鶴「それで魚屋は言ったのです。仕入れた時が同じだって」

瑞鶴「ウケル」ゲラゲラ

神官「……」ウトウト

翔鶴「あれ、提督は眠いのですか」

神官「……ちょっと、寝る……ベッド借りるぞ」バタッ

瑞鶴「あ、私の……」

神官「……Zzz」

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

翔鶴「私達も歯を磨いて寝ましょうか。瑞鶴、私のベッドで寝なさい」

瑞鶴「そだね。髪おろそ……」

~~~~~~

翔鶴「おやすみ」

瑞鶴「おやすみ」

……ん?

瑞鶴「ちょっと待って姉さん。何で姉さんが私のベッドの方へ行くわけ」

翔鶴「え? だって私のベッドで瑞鶴が寝るし……」

瑞鶴「なに、さも当然みたいな顔して言ってんのよ! 私と一緒に寝ると思ってたんだけど」

翔鶴「嫌よ。何で貴女と一緒に寝なきゃいけないの。子供じゃあるまいし」

瑞鶴「……じゃあ私が自分のベッドで寝るから」

翔鶴「遠慮しなくていいのよ。貴女は明日も早いし、広いベッドでゆっくりしたほうが良いじゃない」

瑞鶴「お気遣い御無用。妹に薄情な姉さんの匂いのついたシーツを使うくらいなら提督さんの加齢臭に包まれた方が良いです」

翔鶴「へぇ瑞鶴、姉に対して随分と言うようになったわね」

瑞鶴「姉さんこそ妹に対して随分と薄情なんじゃない」

翔鶴「……じゃんけんで決めましょう」

瑞鶴「勝った方は?」

翔鶴「貴女のベッドを使えます」

瑞鶴「よしっ! 乗った!」

翔鶴「最初はグー……」

瑞鶴「じゃんけん、ポン!」



翔鶴「……負けました」

瑞鶴「よしっ」


瑞鶴「おやすみ」

翔鶴「……おやすみ」

ベッドで大の字になって寝ている男を端に寄せ、空いた隙間に身を横たえる。

瑞鶴「……提督さんの背中おっきいな」

呼吸とともに大きく膨らみ、規則正しく動く背中を見つめていると睡魔が襲ってきた。

瑞鶴「……」ウトウト


匂いがする。甘くて……柔らかくて……いつまでも近くに居たくなるような……。

提督さんの……提督さんの……甘い……甘い? 提督さんの匂いが甘い? あれ? そんなわけあるわけない。

翔鶴「……」ピトッ


※ベッド上の構成図

翔鶴 瑞鶴 神官

        
        
瑞鶴「おいこら駄目姉、いつの間に入ってきた」


翔鶴「だって……瑞鶴ばっかりずるい」

瑞鶴「じゃんけんで決めたことでしょーが!」

翔鶴「良いじゃない! 私は普段真面目なんだからルール違反くらいしても!」

瑞鶴「真面目な人はそんなこと言いません」

翔鶴「どいてよ。折角提督と二人で寝られるチャンスなんだから」

瑞鶴「なりふり構わない姉さんが怖い」

神官「う~~ん……うるさいぞお前ら……静かにしろ」

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

神官「姉妹仲良く……寝ればいいだろうが。何故それが分からん……Zzz」

翔鶴「……」ドスッ

瑞鶴「……」ゴッ

神官「いったぁ!!」


瑞鶴「提督さん真ん中来てよ」

翔鶴「それで解決です」

神官「……分かった」


※現在

翔鶴 神官 瑞鶴



瑞鶴「これで姉さんも文句無いでしょ」

翔鶴「姉は満足です」

瑞鶴「……ね、提督さん。腕枕してよ」

神官「あれ腕が痺れるんだよ」

瑞鶴「知ったこっちゃない」

神官「しょうがないなぁ」スッ

瑞鶴「おほっ! いいねいいね! 意外としっかりした反発枕じゃん!」

翔鶴「……」ツンツン

神官「……こっちもか」スッ

翔鶴「……はぁ……賢い妹を持った私は幸せものです」

瑞鶴「なにそれ」ケラケラ

神官「最近翔鶴が楽しそうで何よりだ」


瑞鶴「提督さん」

神官「何だ」

瑞鶴「南太平洋より深く、北太平洋より荒々しい気持ちを私に見せてよ」

神官「……」

翔鶴「へぇ、妹にはそんなことを言って媚びているのですか」

神官「こ、媚びているとは酷くないか」

瑞鶴「あれ~、あの言葉は嘘なの」

神官「うーむ……」

翔鶴「提督は艦娘が同時に二人居る場合、どのような誠意を見せてくれるのか楽しみです」

神官「こうするか」

枕にしている二の腕は使わずに一の腕、つまり前腕を曲げて二人の頭を同時に撫でる。

瑞鶴「……」

翔鶴「……」

神官「どうだ」ナデナデ

瑞鶴「……寝よっか」

翔鶴「そうですね」

神官「呆れるくらいなら最初からそうしてくれ」




5月12日

朝 ブイン基地 執務室

山内「詳細が決まった。陸軍の視察は6月12日だ」

嶋田「ほぼ一ヶ月後か」

神官「どちらで来る?」

山内「空路だ」

嶋田「まだ楽だな。幸い護衛の戦闘機は余るほどある」

山内「余っているからといって定数を割られては困るぞ」

神官「目的は何と言ってきている」

山内「長ったらしい文章を要約すれば親善と友好だ」

神官「いつも通りに端的で素晴らしいな」

嶋田「面子はどうだ」

山内「少佐四人に中将が一人、残りはその護衛」

神官「少佐か。次世代を担うエリートたちなのかね」

山内「基地内を適当に見て回るだけだから余計なのは要らん、とのことだ」

嶋田「そういうわけに行くか。見たくないものばかり見せてやろう」


夜 ブイン基地 大部屋

長門「さて、来るショートランド奪還作戦の最終目標をもう一度確認しておく」

日向「……」

陸奥「……」

霧島「……」

伊勢「はい」

あきつ丸(雰囲気が怖いであります)


長門「我々の最終目標はショートランド泊地を根拠地とするブレイン……指揮官深海棲艦の撃滅とナノマシン雲生成装置の破壊だ」

日向「今回はどのタイプか確認できているか」

長門「前回の強行偵察では基地の最深領域に突入できていないので姿を確認はしていないが……ショートランドから逃げてきた奴らの話を聞くと変異型のブレインで艦種は姫、戦艦タイプらしい」

陸奥「硬そうね」

日向「陸奥は硬くて太いのが好きだろ? ビッグセブンだし」

陸奥「言ってることが何一つ理解できないんだけど」

伊勢「あはは~」

あきつ丸(怖い……海軍怖い)

長門「おい、一応作戦会議なんだぞ」

日向「ああ、大丈夫だ。続けてくれ」

長門「ブレインを撃破した後に、速やかにあきつ丸の大発で妖精を揚陸し……港湾施設の確保と生成装置の解除もしくは破壊を行う」

伊勢「徹甲弾で殲滅の形だよね?」

長門「ああ。徹甲弾でケリをつけよう」

霧島「私はどうすれば良いでしょう」

長門「霧島は電探を頼む。あきつ丸の護衛もな」

霧島「了解」

あきつ丸「すいません。質問しても宜しいですか」

長門「ん? 何だ」

あきつ丸「先程からブレインと呼ばれる存在を撃破する想定ばかりされていますが、指揮官というのは旗艦とはまた違う存在なのですか?」

日向「あきつ丸は根拠地攻略に参加するのは初めてか。データも見たこと無いか?」

あきつ丸「一応陸軍の所属ですので、陸軍のデータしか閲覧出来ず……申し訳ない」

陸奥「ブレインを撃破すれば敵全体の戦闘能力が格段に落ちるのよ」

あきつ丸「そうなのですか」

長門「深海棲艦は同じ艦種でも個体ごとに戦闘能力が異なる。これは知っているか?」

あきつ丸「はい。よく理解しています」

長門「大型艦になるほど知性を持つようになるが、奴らは基本的に組織的な戦闘を出来るほど賢くない。そんな獣の群れをまとめる存在こそが」

あきつ丸「ブレイン……というわけですか」

長門「その通り。ブレインの見分け方というか、特徴としてその個別性がある」


長門「変異型と発展型に分けられ、今回は変異型だ。この変異型は特別な個体として生まれてくると考えられている」

長門「呼称艦種は主に鬼もしくは姫。こいつらは基本的に量産型とは違う。個体それぞれがワンオフだ」

長門「圧倒的なナノバリア、装甲と耐久力、そして攻撃力。その巨体のせいで機敏な動きは出来ないし最前線へ出てくることも今は滅多に無いが、それはつまり敵根拠地の最深部まで行かねば撃破する機会も無いということでもあり、我々から見れば悪夢のような存在だ」

長門「さっきは戦艦タイプと言ったが、雷撃も砲撃も航空戦もやる奴も可能性が高い。タイプはあくまでタイプ。見た目で判断しただけのものだ」

あきつ丸「それは確かに恐ろしいのであります」

長門「これは公式には未確認だし、証明も出来ない事なんだが……ブレインとの単純距離が近くなるほど量産型の深海棲艦は強力化する」

日向「まぁ戦場を知る我々にとっての事実だしな」

伊勢「指揮官を守るために近くに強力な深海棲艦が配備されてるだけなのかもしれないけどね」

長門「ともかく、そんな色々と面倒な指揮官を倒せば敵の組織的攻撃は一旦止むんだ」

日向「頭を潰せば敵の攻勢は止むし混乱が起こる。我々は敵が体勢を立て直すまでの間、各個撃破の繰り返しが出来る」

あきつ丸「それで指揮官を倒す算段について念入りに……」

日向「人類の戦いは指揮官深海棲艦とナノマシン雲生成装置との戦いだったと言い換えてもいいくらいだよ」

あきつ丸「ちなみに発展型はどのような存在なのですか」

日向「深海棲艦の通常の艦種、戦艦や空母がブレインへと順当に発展した形だ。変異型は奇形……まあ我々の感覚からすると、だぞ? 奇形なのだが、発展型の見た目は量産型の深海棲艦と変わらん」

日向「だが攻撃力、装甲、何もかもが量産型の比ではない。まぁそれも変異型と比べればマシなのだがな。心配せずとも殺気が違うから戦場で出会えば一発で分かる」

あきつ丸「聞いた限りでは変異型よりも弱そうですね」

日向「徹甲弾が当たる限りならば確かに弱いんだがな~」

伊勢「変異型と違って機動力もあるし、的が小さいから当たらないんだよね~」

あきつ丸「……どちらも面倒な存在と」

日向「この作戦で発展型に出くわすことは無いだろうし、心配せずとも良い」

伊勢「というかぶっちゃけ……変異型にも気をつけなくてもいいんじゃない?」

長門「気を抜くな。念には念を入れておけ」

あきつ丸「またしても疑問が生まれたのであります」

長門「お前にはまだ伝えてなかったか……今回の作戦はな――――――」

~~~~~~

あきつ丸「確信しました。この作戦、どう転んでも絶対に成功するのであります」

長門「よし、戦闘までに各自必要な物を用意しておくように。あきつ丸は大発だ」

長門「本日は以上。解散」


夜 ブイン基地 工廠

時雨「あ、神官様」

神官「もう仕事は上がりか?」

時雨「後は筑摩さんに引き継いで終わりだよ」

神官「なら少し待つ。終わったら声を掛けてくれ」

~~~~~~

時雨「お先に失礼します」

明石B「あ、お疲れ様です。また明日!」

明石D「お疲れ様です」

明石「……さまです」

時雨「……うん」

~~~~~~

時雨「お待たせ」

神官「この後何か用事はあるか」

時雨「ご飯食べるだけ」

神官「じゃあ街の方まで行かないか」

時雨「基地の外へ出ていいの?」

神官「俺も行ったことが無い。保護者同伴なら問題無かろう」

時雨「やったー! 行こう行こう!」




夜 ブイン基地 警備兵詰め所

警備兵「神官殿っ! 遅くまでご苦労様です!」

神官「ちょっと外出したいんだが、車を借りても良いか」

警備兵「車をお貸しするのは全く問題無いのですが……。この時間に外出でありますか」

神官「ああ。街に行って買い物がしたい」

時雨「買い物、買い物~」

警備兵「……食料品ですら配給が滞っておりますし、市街地は治安も悪く電気もろくに通っていない状態です。買い物は出来ないと思います」

時雨「あっ」

神官「……そこまで酷いのか」

警備兵「はい」

神官「すまない。日本の感覚で喋ってしまった。忘れてくれ」

警備兵「はっ! 忘れます」

警備兵詰め所から艦娘の営舎への帰り道、二人は静かだった。

神官「……」

時雨「……」

神官「すまなかったな」

時雨「いいよ。僕も忘れてたから」

神官「……そういえば我々は戦争中だった。だが基地の島ですらこれ程とは予想外だ」

時雨「きっと明日の朝には基地中で噂になってるよ」

神官「やっぱりそうだよなぁ~。うわぁ~嫌だな~」

時雨「あはは。常識が無い人は嫌われちゃうね」


神官「はぁ……」

時雨「提督、手、繋いでいい?」

神官「いいぞ」

時雨「やった」

神官「時雨の手は小さいな」

時雨「提督の手がおっきいだけだよ」

神官「お前とはあれだけ関係を持ったのに……こうして手を繋いで歩くなんて初めてだな」

時雨「あはは。そだね」

神官「明石とは仲直りをしたか?」

時雨「ううん、まだ。ちょっとずつ喋るようにはなってるんだけど」

神官「それならすぐに仲直り出来るよ。……あの姿を見たら山内はなんと言っただろうか。間違いなく好きにはならんよな」

時雨「普通に考えれば嫌われちゃうんじゃないかな」

神官「そうだよな」

時雨「もし外してあげなかったら、明石さんはもう僕と口をきいてくれなかっただろうね」

神官「間違いない」

~~~~~~

時雨「営舎に着いちゃったね」

神官「それじゃあな」

時雨「……待ってよ」

神官「ん?」

時雨「食堂行くから付き合って」

神官「俺はもう食べてるんだけどな」

時雨「おかずちょっとあげるから」

神官「行こうか」

時雨「……手、このままでいいでしょ?」

神官「他の艦娘の精神衛生上良くない」

時雨「お願い」

神官「……」




夜 ブイン基地 廊下

浜風「なっ、何をしているんですか!」

時雨「あ、浜風だ」

神官「どうしたんだ浜風。そんな慌てた顔をして」

浜風「きっ、きっ、貴様は何故時雨と手をつないでいるんですかと聞いているんです!」

神官「途中ではぐれないように」

浜風「嘘をつくなぁ!!」

時雨「浜風、僕から頼んだんだよ」

浜風「大丈夫。私が今この男を成敗して貴女を助けてます!」

神官「お前は本当に人の話を聞かないな」


夜 ブイン基地 食堂

おばちゃん「はいよ、どうぞ」

時雨「ありがとう」

おばちゃん「時雨ちゃんはいつも頑張ってるから、ほうれん草の胡麻和え多めだよ!」

神官「お姉さん、自分も多めに……」

おばちゃん「あんたはさっき食ってたじゃないか! どっか行きな!」


神官「あのおばちゃん、前から俺に冷たい気がするぞ」

時雨「働いてないって分かるんじゃないかな。本能的に」

神官「電探かよ。……いや、そもそも俺は働いているし」

時雨「ほら、提督、あーん」

艦娘は箸で胡麻和えを少し摘むと、隣の席に座っている男の口元へそれを差し出す。

時雨「ほら、あーんしてみて」

神官「……」

時雨「あ~ん?」

とても嬉しそうに差し出すものだからつい顔に見とれてしまった。

神官「……」パクッ

時雨「どう?」

神官「美味い」

時雨「そっか。じゃあ……もうちょっとだけ。ほら」

神官「……」パク

時雨「美味しい?」

神官「うむ」

時雨「……しょうがないなぁ。じゃあ――――」


結局、胡麻和えは殆ど俺が食べた。

時雨「美味しかったね」

神官「なんか悪いな。俺ばっかり食べてしまった」

時雨「……この後、提督の部屋行っても良い?」

神官「いいぞ」

時雨「じゃあお風呂入ったらすぐ行くね」

神官「ああ」




夜 ブイン基地 神官の部屋

瑞鶴「ちーっす。今日もお酒飲もう~」

翔鶴「失礼します。……先客が居たようですね」

神官「……Zzz」

時雨「……」スゥスゥ

二人は布団の中で気持ちよさそうに眠っていた。

翔鶴「……」クンクン

翔鶴「部屋の匂いに変化がありません。行為をする前に寝てしまったのでしょう」

瑞鶴「……」


翔鶴「……なによ」

瑞鶴「姉さん、気持ち悪い」

翔鶴「うるさいわね」

瑞鶴「どんどん駄目になって行くように見えるんだけど」

翔鶴「知りません」

瑞鶴「それにしても……どうよこの二人」

翔鶴「まるで親子みたいですね」

瑞鶴「時雨さんが良い顔してる。こんな男が好きなんて時雨さんも馬鹿だよね~」

翔鶴「我々が言えることでは無いでしょう」

瑞鶴「私は姉さんと違って提督さん『から』ケッコンしてって言われた側だし?」

翔鶴「……」

瑞鶴「みんなとはちょっと立場が違うって言うか~……痛い痛い痛い痛い!! つねらないで!!!! つねらないで姉さんごめんなさい!!!!」

翔鶴「あまり調子に乗らないでください。まだ処女のくせに」

瑞鶴「ドン引きだわ~。この人性格変わりすぎてドン引きだわ~」

翔鶴「起こすのは良くないですし、我々は部屋で飲み直しましょう」

瑞鶴「いいね! 酒保でおつまみ買って行こ」

翔鶴「……今日のところは時雨さんに譲りましょう」

瑞鶴「はいはい。嫉妬しちゃだめだよ」

翔鶴「……」

瑞鶴「私を睨まないでよ……」




5月13日

朝 ブイン基地 廊下

卯月「おー、長官! おはようぴょん」

山内「おはよう」

卯月「ちょうどいいところで会ったぴょん。実は相談があるぴょん」

山内「どうしたんだね」

卯月「お耳を拝借……」

山内「うん、ふむふむ」

卯月「ごにょごにょごにょ」

山内「伊19は……言葉が怪しいから……中国のスパイの可能性が高い……?」

卯月「ほぼ100%で間違いないぴょん」

山内「19君は優秀な潜水艦だぞ。偵察能力にも定評がある」

卯月「信用しちゃ駄目ぴょん」

山内「……君の好みの問題ではないのかね」

卯月「そんなこと無いぴょん。多分」

山内「たしかに『なの~』という発音が『アル~』と似ていなくもない」

卯月「さっすが長官。見える目があるぴょん」

山内「馬鹿者。冗談に決まっているだろう。そんなことで仲間をスパイ認定するんじゃない」ゴン

卯月「アイチッ!」


昼 ショートランド・ブイン間連絡海域 第一防衛ライン

長門「Lv.99まであとLv.73……Lv.99まであと73……」

衣笠「な、長門さん?」

長門「深海棲艦よこい、早く来い、私が討ち滅ぼしてやる、こい、こい、こい」

矢矧「第一海域にまで来るなんて……長門さんは余程ケッコンがしたいのね」

長門「何でこんなに経験値が必要なんだぁぁぁ!」

能代「長門さんの気持ちが痛いほど分かります」




夜 ブイン基地 執務室

山内「貴官の海軍への復帰を認める」

嶋田「いぇーい」

山内「えー、異例なことではあるが、資質を認め中将相当でブイン基地司令として復職させる」

嶋田「すげぇぇぇ!」

神官「黙れ嶋田」

山内「これが各種書類だ。サインしろ」

神官「はいはい」

~~~~~~

山内「……うん。書類は問題ない。復職した気分はどうだ」

ブイン司令「何も変わらん」

山内「司令の仕事は暇だから神官としての役目も果たせよ」

ブイン司令「暇を持て余していたからな。丁度いい」

山内「僕も少しは楽になる」

ブイン司令「最前線に最高指揮官が居るというのもおかしな話だろう。この機会にトラック辺りに引き篭もったらどうだ」

山内「前も言ったろう。自分の進退が決まる戦いで奥に下がっていられるか」

嶋田「失脚したら次の長官は俺だろうな」

ブイン司令「あり得る。俺もあり得る」

山内「嶋田はあるが、妖怪どもに嫌われているお前は無い。嶋田中将、頼りにしているからな」

嶋田「ま、適当な分だけ頼りにしてくれや」

翔鶴「提督、お帰りなさい」

ブイン司令「ただいま」




夜 ブイン基地 神官の部屋

日向「また肩書が変わったのか」

ブイン司令「中身は変わってないから安心しろ」

瑞鶴「業務内容はどう変わるわけ」

ブイン司令「戦術が俺で、戦略が山内担当という形だ」

翔鶴「つまり……長官が来られてからブイン基地の司令は空席で本来基地司令の果たすべき仕事を長官が肩代わりされていましたから提督が復帰したことによって基地司令業務分は長官を楽に出来る、と」

瑞鶴「通訳ご苦労! じゃあ山内さんが今まで忙しく働いてたわけだ」

日向「君も少しは見習えよ」

ブイン司令「俺は働いている。繰り返し言うが過去、現在は勿論、未来においても俺は働いている」


5月18日

昼 ブイン基地 おっぱい

矢矧「基地司令殿、どうかされたのですか」

ブイン司令「完全装備で防衛の待機か」

矢矧「はい」

ブイン司令「しかし良い艤装だな。流石は阿賀野型だ」

矢矧「ありがとうございます」

ブイン司令「触っていいか」

矢矧「……胸は触らないで下さいね」

ブイン司令「ああ」ムニムニ

矢矧「胸は触るなと言ったわよね!!!」ゴガッ

ブイン司令「マリアナッ!?」




昼 ブイン基地近海 演習場

三隈「ではこれより、二対二の演習を始めます」

三隈「飛鷹、初霜チーム」

飛鷹「はい」

初霜「はい!」

三隈「隼鷹、吹雪チーム」

隼鷹「おうよ!」

吹雪「はい!」

三隈「空母が撃沈判定を食らった時点で戦闘終了です。駆逐艦はお互いの空母を守るためにどのような動きをすべきか、よく考えるように」

初霜「はい!」

吹雪「はい!」

三隈「空母の二人は、初手を放ち終わった設定で戦って貰います。放たれている艦載機を収容し、二次攻撃隊をいかに早く編成するか工夫を見せて下さい」

隼鷹「ま、ちゃちゃっと回収して出せば良いんだろ?」

飛鷹「あんたね……話はそう簡単じゃ無いのよ。攻撃隊の収容と二次攻撃隊発艦の際に発生する空白の時間を護衛と連携してどう」「ああ、もううるさいうるさい! お前、そういう話し始めると長いんだよ」

隼鷹「アレだ、要は勝てば良いんだよ」

飛鷹「ま、それもそうね」

三隈「期待しています」


三隈「では、始め!」


十分な距離を取り相対した二組から、合図とともに駆逐艦が矢のように放たれる。

初霜「……」

吹雪「……」

互いの駆逐艦の目的は一つ。敵空母の排除である。その障害となるものは何でも排除する。

一対一で装備は互角、こうなると勝負の決め手は

初霜「はぁ!!!」ダンダン

吹雪「……」

実力差である。


放った砲弾は空を切る。発射した者は、内心動揺を隠しきれなかった。

初霜(そんな!? 今のを簡単に!?)

鋭さはあった。それは間違いなかった。

吹雪「……」ダンダン

連装砲の発射音と共に今度は砲弾がお返しとばかりにこちらに飛んでくる。

初霜(くっ!!)

砲弾が背中の艤装をかすめる。


飛鷹「ちょっと初霜さん! 何やってるの!」

通話装置から怒声が飛んでくる。

初霜「飛鷹さん、吹雪が予想以上に強いわ! 気をつけて!」

飛鷹「貴女はLv.31、吹雪は20そこそこじゃない! 勝てないわけ無いでしょ」

初霜「ああ……ちょっと黙ってて下さい! 集中しないと勝てません!」

飛鷹「なっ!? ……いいわよ。そこまで言うなら勝ちなさいよね」

初霜「分かってます! 通信終了!」


仲間に怒声を浴びせながらも飛鷹は内心焦っていた。

飛鷹(何で隼鷹はあんなに艦載機回収が早いのよ!?)

遠目で見て隼鷹はかなり余裕があるように見えた。

隼鷹「♪~」

実際、隼鷹には精神的に余裕があった。

飛鷹(やっぱりあいつ……詠唱が早い!)

呪符式の艦載機運用の場合、術者の詠唱により発着艦作業は行われる。

飛鷹(隼鷹は全然練習してないのに……何でよ!!)

彼女の詠唱は理詰めで練習の成果により神経質なほどに丁寧だったが、それ故脆かった。


三隈(飛鷹さん。実戦に必要なのは丁寧な詠唱だけではありませんことよ)


結果として、飛鷹の着艦作業は遅々として進まなかった。


同じチームの彼女も焦っていた。

初霜(さっきからおかしい)

初霜「でやぁ!」ダンダン

吹雪「……」スィッ

砲撃目標は水面に前のめりで倒れこむ。

初霜(やったわ! もうあの体勢から回復することは出来ない! 沈んで復元力で浮き上がったところへ魚雷を……)

吹雪「……」

だが完全に倒れこむことは無く、水面スレスレのところで踏ん張り航行を続ける。

直撃コースだった筈の砲弾は空を切った。

初霜「えぇ!?」

初霜(何でそんな機動が出来るの!? どんなナノマシンしてるの!?)

吹雪「……」ダンダン

初霜「しまっ」

完全に油断した。咄嗟に回避したが、一発が左肩に直撃した。


三隈「初霜、被弾。損害、小破。左部連装砲及び魚雷発射管使用不能」


通話装置から審判のジャッジが告げられる。甘めの小破で良かった。

実弾なら魚雷発射管も誘爆していたかもしれない。

初霜(確信しました。吹雪は強い。レベルなんて関係ない。この子は強い)

初霜(……とても勝てない)

せめて時間を稼がなければ。航空戦に持ち込めば勝機はある。

初霜「飛鷹さん! 二次攻撃隊編成はどう!?」

飛鷹「やってるわよ! あとちょっとで編成作業が……」


隼鷹「よっしゃぁ~、じゃあいっちょ頼むぜ! みんな!」


聞きたくない一言が、余計な想像を掻き立てる一言が聞こえた。

飛鷹「嘘……そんな……」

初霜「諦めちゃ駄目! 作業を続けて!」

飛鷹「うるさい! 私に指示しないで!」

初霜「こんな時に何を……くっ、艦載機が」ダンダン

群がる鳥の如き艦載機が接近してくる。せめてもの気休めに空に向けて豆鉄砲を発射が、その効果は見て取れなかった。

吹雪「そっちより自分の心配したらどうですか」

初霜「あ」

やられた。その位置は、

吹雪「終わりです」

雷撃の直撃コースだ。



三隈「初霜、雷撃により大破。飛鷹、航空機の急降下爆撃により大破」

三隈「見応えの無い試合でしたわね」

飛鷹「……」ブスッ

初霜「……」

隼鷹「吹雪ちゃんナーイス!」

吹雪「隼鷹さんも流石です!」

三隈「飛鷹さん。今日の敗因は何ですか」

飛鷹「……駆逐艦の戦いに気を取られて艦載機運用に支障を来しました」

三隈「初霜さんが悪いと言いたいのですね」

飛鷹「……」

三隈「一応私は貴女の上司でしてよ? 軍隊で目上には敬意を払えと教わりませんでしたか」

飛鷹「……すいません」

三隈「よろしいですわ。では、初霜さんにも謝りなさい」

飛鷹「えっ!? 何でですか!?」

三隈「うふふ、クマリンコ。貴女の甘ったれた精神が目に見えるようですわ」

飛鷹「……私ばかり非難される理由が分かりません」

三隈「それが今の貴女の限界です。考えなさい」

飛鷹「……」

三隈「また明日、この組み合わせで演習を行います。問題点を探り改善しておくように。以上」


夜 ブイン基地 港

隼鷹「飛鷹~、こんな時間まで練習か~?」

飛鷹「……ええ」

隼鷹「一回負けたくらいで拗ねるなって! 私が勝ったし、今日は酒奢ってくれよ」

飛鷹「いいわよ」

隼鷹「ほんとか!?」

飛鷹「明日詠唱が出来ないくらい泥酔させてやるんだから」

隼鷹「ひ、酷い奴だなお前」




夜 ブイン基地 飛鷹・隼鷹の割り当て部屋

隼鷹「やっぱりトラックやラバウルより……ブインが良いよな」

飛鷹「酒が置いてあるからでしょ」

隼鷹「あ、バレた~?」ケラケラ

飛鷹「まったく、訓練もせずにお酒ばっかり」クス

隼鷹「でも良いじゃん? お前にも勝ったし」

飛鷹「……」

隼鷹(やべ、地雷踏んだ)

飛鷹「……良いから飲みなさい」




5月19日

昼 ブイン基地近海 演習場

飛鷹「……うぇ、気持ち悪い」

隼鷹「何でお前が気持ち悪くなってるんだよ」

初霜「……」フラフラ

吹雪「初霜さんは何で疲れてるんですか」

初霜「ちょっと見なきゃいけないものがあったの……」

三隈「揃いましたわね。では始めましょう」

~~~~~~

三隈「……何ですのこの体たらくは」

飛鷹「……」ムカムカムカムカ

初霜「……ごめんなさい」

三隈「飛鷹さんは罰として反省文を百枚提出しなさい。期限は三日後です」

飛鷹「……はい」

三隈「初霜さんはよく頑張りました。こんなお荷物のせいでまた負けてしまって可哀想ですわ」

飛鷹「なっ……何で私が」「そんなこと言わないで下さい!」

三隈「……」

初霜「私の責任もあります! 飛鷹さんばっかり責めないで下さい!」

飛鷹「……そうよ。何で私だけ」

吹雪「今日は完全に飛鷹さんのせいですよ」

飛鷹「……説明しなさい」


吹雪「また貴女の発着艦作業が遅いから、先制攻撃を許したんです」

吹雪「初霜さんは必死に私を押しとどめてましたけど、飛来した艦載機を少しでも減らそうとして……つまり貴女を守ろうとして隙が出来たんです」

飛鷹「……」

三隈「……と、いうことです。次は三日後、飛鷹チームは次負けたら出撃禁止です」

飛鷹「出撃禁止!?」

三隈「クマリンコ♪」

隼鷹「……三隈さん、少し厳しすぎやしないか?」

三隈「飛鷹さんのような艦娘は必要ありませんから。代わりは本土の倉庫にいくらでも居ます」

吹雪「……」

三隈「さぁ、次の生徒たちが待っています。交代しなさい」




昼 ブイン基地 談話室

広い談話室は昼間ということもありガランとしていた。

だだ広い部屋の真ん中に書類の山を作り、それを必死に減らそうとする艦娘が一人居た。

飛鷹「あーもー! 百枚ってなんなのよ! あの馬鹿教官!」カリカリ

飛鷹「私が必要ないなんてあり得ないんだから!」カリカリ

飛鷹「あり得ないんだから……」

飛鷹「……」ウル


初霜「……飛鷹さん」

飛鷹「あ、あぁ~眠いなぁ~、ああ、初霜」

初霜「あはは、確かに私も眠いわ。……反省文を書くのを手伝おうと思って」

飛鷹「私に課されたものなんだから。優秀な貴女には関係ないわよ」

初霜「三隈さんは……多分私が半分書くことを前提で課題を出してる」

飛鷹「まさか。ただの嫌がらせよ。私に対してのね」

初霜「あの人がそんな人じゃないって、飛鷹さんも知ってるよね」

飛鷹「……」

初霜「それに、私自身が手伝いたいの。駄目?」

飛鷹「……何で手伝いたいの?」

初霜「私達、仲間でしょう。連帯責任ですよ」

飛鷹「……じゃあこれ。十枚くらいお願い」

初霜「うん。任せて」


木曾「あれ、初霜じゃねぇか」

雪風「あ、初霜だ」

初霜「雪風、木曾さん。こんにちは」

雪風「初霜は何をしているんですか?」

初霜「反省文です」

雪風「何か悪いことをしたんですか?」

飛鷹「……私が罰を受けたのに、この子も一緒に書いてくれてるのよ」

木曾「……の割には嬉しそうじゃないな」

飛鷹「そう? 気のせいじゃない」


雪風「雪風も反省文書きたいです!」

木曾「俺も書く」

飛鷹「はぁ? 何でアンタたちまで」

木曾「お前の為じゃねーよ。初霜の為だ」

雪風「雪風は楽しそうだからやります! 初霜と飛鷹の為にもやります!」

飛鷹「……良いわよ。手伝ってくれるのには変わりないわ」スッ

木曾「反省文なんていつ以来だっけな」

雪風「雪風は書いたことがありません!」

初春「うん? 初霜よ、何故反省文を書いておるのじゃ」

初霜「あ、ちょっと……」

初春「わらわも手伝おう」

初霜「いいの?」

初春「良い。姉妹艦ではないか」

初霜「ありがとう」

飛鷹「……」カリカリカリ


子日「今日は何の日~?」

「……」

子日「はい。私も手伝います」


矢矧「あら、初霜。何をしているの」

初霜「反省文です」

矢矧「貴女が反省文なんて珍しいわね。私にも分けて頂戴。阿賀野ねぇ達は先に食堂へ行ってて」

阿賀野「みんな集まって楽しそうだし阿賀野もやる~」

能代「じゃあ能代も……」

酒匂「酒匂もやる~!」

飛鷹「……」カリ


ブイン司令「談話室から物凄いおっ……穢れを感じるのだが」

矢矧「出て行きなさい」

ブイン司令「挨拶だな。ん? お前たちは何を書いているんだ」モミモミ

矢矧「おっぱいを触るな!!!!」ゴン

ブイン司令「アオォ!?」

~~~~~~

ブイン司令「ああ、飛鷹の反省文な」

飛鷹「はい……元はそうだったのですが……」

ブイン司令「これだと反省文の意味なんて無いな」

\ユキカゼカキマシタ!/ \コレ、オマエノエニッキジャネーカ!/ ガヤガヤ \アキタ!/ \ネエサン!/

飛鷹「……うるさいです」

ブイン司令「本当にそう思っているか?」

飛鷹「……」


初春「どうじゃ初霜、高貴な言葉で書いておいたが」

初霜「う~ん……とりあえずありがとう」

初霜「オーッホッホッホッホ!」


浜風「初霜、何をしているのですか?」

ブイン司令「ん!? 近くに浜風の反応が!?」

浜風「げっ!」

ブイン司令「まぁ襲わないから安心しろ」

浜風「……疑わしいですね」

ブイン司令「あっ浜風! あそこに長官が!」

浜風「えっ!? 長官閣下!?」バッ

ブイン司令「嘘だよ」モミモミ

浜風「……っ! こ……こんのぉ!!!」ガンッ

ブイン司令「ドビュッシー!」


ブイン司令「俺も反省文を書く」

浜風「何についての反省文を書くのですか」イライラ

矢矧「まず明言してから書き始めなさい」

ブイン司令「私は罪深いおっぱい星人です。反省文はその人格的な問題点について書きます」

矢矧「よし、書き始めなさい」

ブイン司令「はい」


阿賀野「神官さん、そんなに触りたいなら阿賀野のを触ればいいのに」

ブイン司令「今はブイン司令と呼べ。……ほんとに触っていい?」

矢矧「……」ゴン

ブイン司令「タラワ……」

矢矧「攻撃が効かなくなってきたわね」

能代「姉さん駄目です! そんな男の相手をしてはいけません!」

酒匂「……」ムッスー

ブイン司令「いやでも、酒匂ちゃんの胸は別だよ」

酒匂「司令さん! ほんと!?」

ブイン司令「ホント、ホント」

矢矧「妹をたぶらかさないで」ガツン

ブイン司令「オウィッ!!」


飛鷹「……九十九、百枚」

初霜「これで課題は終わったね。みんな、本当にありがとう」

\イイッテコトヨ!/ \コウキナモノノタシナミデスワ/ \ナカマダローガ/ \ネノヒダヨ!/

飛鷹「……ありがとう」

ブイン司令「ま、これも指揮官としての仕事だ」

矢矧「貴方は胸を揉んでただけじゃない」

飛鷹「まさか一時間で終わるなんて」

初霜「人海戦術ですね」ニコ

飛鷹「……っ。そ、そうね。その、手伝ってくれて……あの、あり」


隼鷹「ひようー!!!!!!!!」

談話室に酒のにおいの塊が飛び込んできた。

飛鷹「どうしたの隼鷹、こんな昼間から」

隼鷹「やふま……やふまきた……」

ブイン司令「何を言っているんだ」

飛鷹「奴が来た、と」

「隼鷹さん。もう限界なのですか」

初霜「……!」

浜風「貴女は!」

矢矧「大和!!!」

大和「あら、奇遇ですね皆さん。……ところでこちらへ隼鷹さんが来ませんでしたか? 勝負の途中なのですが」

隼鷹「ご、ごめんらはい……もうのめまへん……かんべんしてくらさい」

大和「そうですか。では私の勝ちということで。」

隼鷹「ううぅ……」

\スゴィヤマトハジメテミタ!/ \ソコヌケダ-!/ \ジュンヨウサンガマケタゾ!/

ブイン司令「大和よ」

大和「中将殿、貴方は……」

ブイン司令「ようこそブイン基地へ。私がブイン司令だ」

大和「よろしくお願いします」

ブイン司令「酒の勝負をしていたのか」

大和「はい。隼鷹さんが昼から飲んでいたので、注意したところ勝負へと発展しました」

ブイン司令「少しは手加減してやれ。お前と勝負して勝てるわけが無いだろう」

大和「勝負は勝負ですから」ニッコリ

ブイン司令(この子、怖いな。……しかし、乳を揉みたい!!!!!!!!!!!)

ブイン司令「今日は私が個人的に君を歓迎する小規模な宴を開きたい」

大和「ありがとうございます」

矢矧「私も参加します」

浜風「私も。こいつ、目的が見え見えです」

ブイン司令「う、うひひ。やだなぁ、乳目的なんかじゃ無いですよ?」

瑞鶴「まーた、こんなところで巨大な胸に囲まれて鼻の下伸ばしてる」

ブイン司令「仕事をしていた」キリッ

瑞鶴「いいこと教えてあげるわ提督さん。仕事は現場でなく執務室で起きているのよ」ガシッ

ブイン司令「も、もう書類作業はお腹いっぱいでち」

瑞鶴「働け! 馬車馬のように働け! あ、そうだ大和さん、長官さん……いえ、長官閣下がお呼びです。ついてきて下さい」グイグイ

大和「あの、瑞鶴さん。もしよろしければ私が引きずりましょうか?」

瑞鶴「あ、いえいえ。ご丁寧にどうも。うちの旦那なのでこちらで責任をもって雷撃処分します」グイグイ

ブイン司令「あの僕の瑞鶴さん。雷撃処分ってなんですかね。聞き慣れた単語なのに理解したくないのは何でですかね」

瑞鶴「うっさい! 巨乳ばっかり構って! 今日という今日は許さないんだからね!」

大和「お二人はケッコンされているのですか?」

ブイン司令「一応」

瑞鶴「おいコラ、一応ってなんだコラ」


夕方 ブイン基地 給糧艦『間宮』艦上

飛鷹「バニラで良かった?」

初霜「はい。でもここのは何でも美味しいです」

飛鷹「確かにね」クス

海が夕日に染まり始めた頃、反省文の提出も完了し飛鷹は感謝の印として月に何度かの楽しみであるアイスを奢ることにした。

間宮艦上の食事処のベンチに二人で腰掛け、カップに入ったアイスを貪る。

飛鷹「……」パクッ

飛鷹「あま~い!」キラキラ

初霜「……」パク

初霜「……うん。美味しい」キラキラ

後は会話もせずに黙々と食べる作業を繰り返した。

~~~~~~

飛鷹「はぁ……ご馳走様」

視線を右にやれば、赤い光が港湾に浮かぶ強襲揚陸艦をくっきりと映し出す。

初霜「綺麗な夕焼けですね」

飛鷹「そうね。綺麗ね」

初霜「……飛鷹さん」

飛鷹「どうしたの?」

初霜「私は飛鷹さんを信じています。飛鷹さんは……私を信じてくれますか?」

飛鷹「なによ急に」

初霜「……ごめんなさい」

飛鷹「……私、友達とかあんまり居なくてね。同じ境遇で、しかも私に声をかけてくれた隼鷹くらいが精々よ」

飛鷹「貴女、友達多いのね」

初霜「友達というか仲間です。私はまたみんなと一緒に戦えて、嬉しいです」

飛鷹「そう」

初霜「飛鷹さんも仲間です」

飛鷹「……飛鷹でいいわよ」

初霜「分かった。……飛鷹、私、吹雪たちに勝ちたい。貴女はどう思ってる?」

飛鷹「勿論勝ちたいわ。貴女はどうすれば勝てると思う」

初霜「吹雪は強い。映像で弱点を探ってみたけど……悔しいけど今の私は勝てない。飛鷹は発着艦が遅い。だから二次攻撃を先制される」

飛鷹「……」

初霜「でも勝てるわ。飛鷹は本当は、もっと発着艦を早くすることが出来る」

飛鷹「発着艦を早く……?」

初霜「貴女はいつも練習を欠かしていない。私は見ていた。その時の発着艦は隼鷹さんより早い」


初霜は空のカップをベンチに置くと、飛鷹の前に立った。


初霜「勿論練習と実戦は違う。だから、私は出来る限り吹雪を押しとどめる」

初霜「貴女は駆逐艦の戦いを見なくていい。吹雪は私が必ず止める」

初霜「詠唱に集中して」

彼女は拳を軽く握り私に向けて突き出した。 拳は胸の辺りに当たり、その衝撃は、

初霜「私を信じて」

彼女の言葉と共に水面を伝う波紋のように私の中へと浸透していった。


5月22日

昼 ブイン基地近海 演習場

三隈「では、始め!」

目を瞑って、その場で詠唱を開始する。

吹雪は初霜が止めてくれる。私は私の仕事をする。


三隈(そうですわ、飛鷹さん)

三隈(仲間を信頼するのとレベルを信用するのとは違いましてよ)


吹雪「くっ……」ダンダン

吹雪(私の方が間違いなく強いのに! 倒れない!)


初霜(こっちは徹夜してまで夕張さんの部屋で映像を研究してたんだから)

初霜(時間は稼がせてもらうよ)

吹雪「食らえぇ!」バシュッ

初霜「しまった!! 飛鷹!」

詠唱をしている飛鷹の方へ雷撃が行った。

飛鷹「初霜、落ち着いて。どっちに避ければいい?」

通話装置から冷静な返事が飛んで来る。

初霜「左舷六十度!」

飛鷹「了解」

三隈(勝負は決まりましたわね)

吹雪の苦し紛れの雷撃は不発に終わった。

~~~~~~

飛鷹「初霜、攻撃隊の編成が完了したわ」

初霜「……さすがだわ、飛鷹」

飛鷹「当然よ。私は飛鷹型のネームシップなんだから」

隼鷹「うわっ!? 飛鷹がもう終わってる!? ちょっと待ってくれ~!!」

飛鷹「待つわけ無いでしょ隼鷹。……全機爆装! さあ、飛び立って!」

~~~~~~

三隈「見事な二次攻撃隊発艦でした」

飛鷹「はい。初霜のお陰です」

初霜「……」テレテレ

隼鷹「いや~、今日の飛鷹は早かったな~」

飛鷹「アンタは練習が足りないのよ。もっと練習しなさい」

隼鷹「ぐぅ……あれを見せられると何も言えないねぇ」

吹雪「初霜さん。今日のはどんな技なんですか。私もっと強くなりたいんです。教えてください」

初霜「初霜でいいよ、吹雪。貴女は避ける時の癖が分かりやすいから――」「はいはい、皆さん三隈の話をお聞きになって」

三隈「飛鷹さん。初霜さん。出撃禁止などと無礼な発言をしたことを謝りますわ」ペコ

飛鷹「いいです……どうせ計算づくめだったんですよね」

三隈「クマリンコ♪」

飛鷹「敵わないなぁ」

三隈「反省会は談話室で行って下さい。演習場は予約で一杯なのですから。はい、次の艦娘たちと交代です」


昼 ブイン基地 港

隼鷹「よ~し、飛鷹の覚醒記念にみんなで飲もうぜ~?」

飛鷹「アンタ、大和に『もうのめまへん……かんべんしてくらさい』って言ってたの忘れたの?」

吹雪「あははは!! そんなことあったんですか!?」

初霜「本当よ。隼鷹が――」「わーわーストップストップ! 恥ずかしいから言うなよ!」

飛鷹「ばっかじゃないの」クスクス

吹雪「初霜、聞かせてよ」

初霜「うん。隼鷹が大和に喧嘩を――」「初霜も素直に反応しなくていいよ~!」

吹雪「隼鷹さんはちょっと静かにしてて下さい」

飛鷹「……」

隼鷹「なぁ頼むよ初霜~! 俺たち友達だろ~?」

初霜「……友達じゃない」

隼鷹「えっ!? 違うのか?!」

初霜「私達は……な、仲間だわ」

隼鷹「一緒のようなもんじゃねーか!」

吹雪「仲間と友達は違うんですか」

初霜「……友達だと双方の合意が必要。仲間はいらない」

初霜「だから仲間」

飛鷹「じゃあ私たちは友達よね」

初霜「え……」

飛鷹「私もアンタを認めてるし、アンタも私を……友達だと思ってくれるわよね」

初霜「……いいの?」

飛鷹「いいも悪いも無いわよ。馬鹿ね」

初霜「じゃあ……友達」ニコニコ

隼鷹「くぅぅ、飛鷹にようやく友達が……」

飛鷹「アンタも恥ずかしいわね! やめなさいよ!」

吹雪「ただの言葉にめんどくさい人達ですね。友達は友達だし、仲間は仲間じゃないですか」

隼鷹「違うんだよ吹雪。そういうんじゃ無いんだよ。いや~もう今日は飲むしか無い!」

隼鷹「な、初霜! 俺もお前と友達になりたい! それで酒を飲もう!」

初霜「隼鷹とも友達。今日はお酒飲もう」

飛鷹「えー、こいつ酒癖悪いの見て分からないの?」

吹雪「…………初霜。私も貴女とは友達になりたいです」

初霜「勿論!」

吹雪「お酒も飲んでみたいです」

飛鷹「吹雪まで……」

隼鷹「決まりだな~! 今夜は私たちの部屋へ集合!」


飛鷹(でもまぁ、こういうのも)

飛鷹(悪くないかな~って)


夜 ブイン基地 海岸

日向「あっ」

日向「あっ」

日向「やっ、初めまして。私」

日向「初めまして」

日向「調子はどうだ」

日向「まぁまぁです」

奇妙な感覚ここに極まれり、といったところか。

「何をオドオドしている。自分の姿だろう」

「変な感じです」

「私もだ。彼が同名艦の長時間の接触は精神衛生上良くないと言っていたが。本当みたいだな」

「彼とはブイン司令殿ですか」

「ああ、ほら」

指輪を見せつける。

「どうして長官ではなくブイン司令とケッコンしたのですか」

「さぁ? それは好きになった時の私に言ってくれ」

「はぁ……?」

「無愛想な奴だな」

「何を言っているのですか。同じ個体ですよ。違いは戦闘経験の差しかありません」

「ふーん。そう思うならそれで良いがな」

「おい、ひゅ……ああ、同名艦か」

「どっちが自分の妻か分かるか」

「お前だよ」グイ

「あっ」

「……」

「……」

「強引だな。私が見ているんだぞ」

「好きだろ」

「……まぁ嫌いではないが」

「……」

「ほら、唖然としている」

「昔のお前よりは愛想がありそうだ」

「戦艦パンチ」

「イッテェ!」


5月23日

朝 ブイン基地 古鷹型の部屋

微かに砲弾と硝煙と甘い匂いが入り混じった部屋へ一人の艦娘が入ってくる。

鳳翔「はい、二人とも、日の出ですよ」

南方の朝は早い。慣れた手つきで大窓から朝陽を取り入れる為にカーテンを開く。

その風格は娘というより艦母と言ったほうが正しいであろう。

古鷹「鳳翔さん。おはようございます」

鳳翔「おはよう。今日の予定は?」

古鷹「午前は三隈さんの教練で、午後は座学、夜は防衛ラインです」

鳳翔「うん。合ってますね。今日も頑張って下さい」

古鷹「はい。ありがとうございます」

古鷹に引き換え、もう一人の古鷹型は唸り声と共に布団の中に引き篭もっている。

加古「うぅぅぅぅ、あと三十分だけ! あと三十分だけ寝かせてぇ~!」

鳳翔「駄目です。加古は基地防衛の夜勤組と交代でしょう。寝ずの夜を過ごした彼らに悪いと思わないですか」

加古「あいつらも分かってくれるよ~。朝っていうのは一日の終りの始まりなんだよ~」

鳳翔「いい加減にしなさい。何を言っているのですか」

古鷹「加古、諦めなよ。鳳翔さんはスッポンくらいしつこいよ」

鳳翔「すっぽん……」

加古「私じゃなくてトラックとかラバウルとかにも加古が居るだろ~そいつらにやらせろ~」

古鷹「他の加古も同じ事言ってるよ」

鳳翔「他の基地どころか、さっき貴女の同名艦を起こしましたが、全く同じことを言っていましたよ」

加古「バカヤロー! 私のバカヤロー!!」

鳳翔「今日働けば明日は昼まで寝られますから。……まぁ朝食のために朝は起こしますけど」

古鷹「ほら、朝ごはん食べに行こ?」

加古「うぅぅ……分かったよ。さらば布団……おはよう鳳翔さん。古鷹」

鳳翔「はい。おはよう」

古鷹「おはよ」




朝 ブイン基地 廊下

加古「しっかし、良く出来てるよな~」

古鷹「何が?」

加古「この基地には私の同名艦がいるじゃんか?」

古鷹「そうだね」

加古「でも食堂を使う時間や風呂を使う時間、戦闘、果ては授業の時間までうまーく調整されてて」

加古「同じ基地に居ても全然見かけ無いからさ~」

古鷹「艦娘運用部門の人達が一人ひとりの時間割を組んでるらしいよ」

加古「うっわー、無理だわー。私絶対無理だわー。戦闘しないからサボってると思ってたけど、見方変わるなー」

古鷹「私も無理かも。あ、司令さんだ」


ブイン司令「矢矧、おはよう」

矢矧「……」スタスタ

ブイン司令「うーん、実に凛として素敵だ」

瑞鶴「本当は?」

ブイン司令「ナイスおっぱい」

瑞鶴「……」ドスッ

ブイン司令「ゴヒィ!」


加古「出た、おっぱい星人」

古鷹「そんなこと言っちゃ駄目だよ。いい人じゃない」

加古「古鷹はあんな男が好みなのか~?」

古鷹「べ、別にいいでしょ! 私がどんな人好きでもさ」

加古「はいはい。あの野郎、私の胸を見る目がやらしーんだよなー」

古鷹「あはは……」




朝 ブイン基地 食堂

古鷹「いただきます」  加古「いただきまーす」

古鷹「……」パクモグ

加古「……」モグモグ

古鷹「……日本の味ってこんな味なのかな」

加古「……ゴクン。さぁなぁ、私も日本の飯は食ってないからねー」

古鷹「いつか食べれるかなぁ」

加古「戦争が終わったら食べれるさ」

古鷹「……加古は良いよね」

加古「ん? 何が?」

古鷹「なんでもない」




昼 ブイン基地 座学教室

長門「艤装の組み立ては大事だ。どれくらい大事かというと富士山くらい大事だ」

古鷹「……」

長門「……冗談だ。よし、各自バラしは終わったな? 主砲の組み立て開始!」

「「「「はいっ!」」」」

古鷹(えーっと……これをこうして)

古鷹(加古にも教えなきゃいけないし、私が頑張って覚えておこ……)

長門「作業をしながら聞け。ただ使うだけでなく、手入れも出来なければ工廠の連中に余計な負担がかかる」

長門「妖精に頼りっぱなしというのは艦娘としてどうだ」

「「「「不愉快です!」」」」 古鷹「不愉快です!」

長門「そうだろう、そうだろう」ニヤニヤ

古鷹(長門さんはこう言うと喜ぶからなぁ)

長門「我々は兵器であり兵器を扱う者でもある。自覚を深めろ」

「「「「はいっ!」」」」 古鷹「はい!」


夜 ブイン基地 古鷹型の部屋

加古「あー疲れたー」ボフ

古鷹「じゃあ私は夜勤行ってくるね」

加古「行ってらっしゃーい」

古鷹「ちゃんとお風呂入ってから寝なよ。歯も磨かなきゃ」

加古「お前は私の……お母さ……ん……Zzz」

古鷹「もう、また布団にも入らないで……仕方ないなぁ」

タオルケットを寝ている加古に掛けてやり、部屋の電気を消す。

古鷹「じゃあ行ってくるね」




5月24日

朝 ブイン基地 古鷹型の部屋

鳳翔「はーい、日の出ですよ~」

加古「あと三十分~~~!!!」

鳳翔「毎日毎日貴女も懲りませんね」

加古「……鳳翔さんはいつ起きてんの?」

鳳翔「私は三時頃ですね。食堂や酒保のお手伝いもしていますから」

加古「……」パクパク

鳳翔「どうかしましたか?」

加古「目が覚めた……。飯食ってきます」

鳳翔「あ、今日の予定は?」

加古「昼から海上護衛の水上部! 夜は夜勤だぜい」

鳳翔「はい。合ってます。行ってらっしゃい」

加古「……もしかして鳳翔さんって艦娘のスケジュール全部覚えてたり……しないよね?」

鳳翔「……」ニッコリ

加古「いや、なんか申し訳ない」




朝 ブイン基地 食堂

加古「あー……味噌汁うめー……」

ブイン司令「おはよう。相席いいか」

加古「……どぞ」

ブイン司令「ここの味噌汁は美味いよな」

加古「……はぁ」

ブイン司令「おふくろの味という奴だ」

加古「そっすね」

ブイン司令「浮かない返事だな」

加古「飯食ってるんで喋んなくてもいいすか?」

ブイン司令「……これは失礼した」


ブイン司令「加古」チョンチョン

加古(んだよ。喋るなって言ったのに肩叩いて……ウゼェなぁ~)

加古「……なん」 \(゚ε゚ )\←ブイン司令

加古「……ッ! ダハハハハハ!!!!」

ブイン司令「なんだ。心が死んでいるわけでは無いのか」

加古「な、何やってんだよアンタ! ばかなのか!?」

ブイン司令「いや、不貞腐れた顔をしていたからな。試してみた」

加古「あー、びっくりした」

ブイン司令「この時間帯に飯を食うということはお前も中堅の艦娘だろう」

加古「……何をもって中堅かは知らねーけど、Lv.は20後半あるぜ」

ブイン司令「中々だ」

加古「今日は女連れじゃ無いんだね」

ブイン司令「女と言うな。あれは妻たちだ」

加古「ケッコンだっけ? よく分かんねーや」

ブイン司令「お前、ガサツで面白いやつだ。俺と気が合うかもな」

加古「はぁ? どこがだよ。私はアンタみたいにだらしなくない」

ブイン司令「ほう、俺のことをどこまで知ってる」

加古「おっぱい星人」

ブイン司令「よし、それが俺の全てだ」

加古「あははは! ばっかじゃねーの!」

古鷹「……」




夕方 ブイン基地 古鷹の部屋

古鷹「……」

加古「でさ、古鷹。あの馬鹿司令、自分の浮気の事を『それぞれへの誠意』って言うんだよ。ほんともう笑っちゃってさ~」

古鷹「……加古、楽しそうだね」

加古「ん? そう?」

古鷹「私も見たよ。朝、食堂で」

加古「なら声掛けてくれれば良かったのに。古鷹はあの司令のこと結構気に入って」「何で加古ばっかり」

古鷹「頑張ってるのは私なのに」

加古「ど、どうしたんだよ」

古鷹「うるさい馬鹿! 何で私じゃなくて加古なのよ!」

加古「わ、私は馬鹿じゃない……多分……」

古鷹「加古は馬鹿だよ! 早く気づいてよこの馬鹿!」

加古「も、もう怒ったぞ! 私は怒ったからな!! 怒ったんだぞ!!!」

古鷹「私が居なきゃ何も出来ない癖に!!!」

加古「そんなことない!!!」

古鷹「じゃあやってみなよ!」

加古「やってやるよ! 古鷹なんて居なくても私は一人でやってける!」

古鷹「もう加古なんて知らない!」

加古「古鷹なんて! しん……しん!! ……あぁもう夜勤行く!!!


5月25日

昼 ブイン基地 食堂

加古「……」フラフラ

ブイン司令「よう加古。こっちで食えよ」

加古「……うん」

ブイン司令「大丈夫か? 妙に元気が無いが」

加古「……なぁ、アンタ人付き合いは得意か」

ブイン司令「浮気できる程度にはな。……ほんとに大丈夫か? 目が虚ろだぞ」

加古「なら……ちょっと相談乗ってくれよ」




昼 ブイン基地 ブイン司令の部屋(元・神官の部屋)

加古「ってわけなんだ……私、何がなんだかわけわかんなくなっちゃって」

ブイン司令「……」ダラダラダラダラ

加古「司令……大丈夫か? 汗が凄いけど」

ブイン司令「……加古、辛いか? お前はどうしたい」

加古「……」

ブイン司令「少なくとも今のお前は客観的に見れば辛そうだ」

加古「……っ!! 辛いよ!! こんなのやだよ! 古鷹と、仲直りしたいよ!」

ブイン司令「そうか」

加古「何で怒ってるんだよぉ……古鷹……っぐ……あぁ……」

ブイン司令「泣け泣け。吐き出して気持ち良くなれ。……よく言えたな。偉いぞ」ナデナデ

加古「変態野郎……私に触るなぁ……」

ブイン司令「変態の特権だ。そして特殊な性癖を許すのはお前の特権だ」ナデナデ

加古「そんな特権いらねぇよ~」

ブイン司令「はっはっは」

加古「古鷹ぁ……」

~~~~~~

加古「……Zzz」

ブイン司令「……疲れて眠ったか」


ブイン司令「鳳翔さん」

鳳翔「はい」

ブイン司令「どうしたもんかなぁ」

鳳翔「古鷹さんがその程度のことで爆発するとは思えません」

ブイン司令「事案発生か?」

鳳翔「恐らく」

ブイン司令「翔鶴に古鷹……と加古の任務日程が2日ほど空白にするよう調整させてくれ」

鳳翔「了解です」

ブイン司令「加古は俺が、いや俺がやると問題になるか。鳳翔さんが部屋まで運んでやってくれ」

鳳翔「はい」

ブイン司令「さーて、どう祓ってやろうか」


夜 ブイン基地 廊下

ブイン司令「古鷹君」

古鷹「あっ……はい。私に何か御用でしょうか」

ブイン司令「少し二人きりで話がしたいんだが、私の部屋まで来てくれるか」

古鷹「……」

ブイン司令「いいよな?」

古鷹「……はい」




夜 ブイン基地 ブイン司令の部屋

ブイン司令「コーヒー、紅茶、どちらがいい」

古鷹「いえ、お構いなく」

ブイン司令「遠慮するな。お前は客だぞ」

古鷹「……紅茶で」

ブイン司令「了解」

~~~~~~

ブイン司令「どうだ」

古鷹「美味しいです」

ブイン司令「昔はセイロン産の紅茶が多かったらしいが、これは日本の紅茶だ」

古鷹「……私、日本へ行ったことないです」

ブイン司令「生まれた時からずっと南方戦線か」

古鷹「はい」

ブイン司令「それは頭が下がる。結局戦うのはお前たちだからな」

古鷹「あの、司令、何で私を呼び出したんですか」

ブイン司令「ああ、時々こうしてるんだよ。艦娘との触れ合いも大事だからな」

古鷹「……」

ブイン司令「世間話をしようというだけだ」


ブイン司令「最近何か変わったことは無かったか」

古鷹「いえ。特に何も」

ブイン司令「そうか」

古鷹「……もしかして、加古が何か言ったんですか」

ブイン司令「加古? ああ、加古か。別に何も言っていなかったが」

古鷹「……そうですか」

ブイン司令「何故今加古君の名前が出てくる」

古鷹「何もありません」

ブイン司令「そうは見えんがな」

古鷹「……喧嘩しました」

ブイン司令「どうして?」

古鷹「……」

ブイン司令「ま、いいさ。紅茶を飲め。お代わりもあるぞ」

古鷹「……」


ブイン司令「古鷹、お前夢はあるか」

古鷹「深海棲艦を倒して、世界を平和にすることです」

ブイン司令「……そうか。この戦争が終わったらどうしたい」

古鷹「……」

ブイン司令「急に言われても分からないよな」

古鷹「……すいません」

ブイン司令「気にするな。与太話だ。では好きな男は居るか」

古鷹「……」

ブイン司令「恥ずかしいか。可愛いな」

古鷹「……やめて下さい。私は可愛くなんてありません」

ブイン司令「そう言いながらも嬉しそうだな。うん。これが大和撫子のあるべき姿だ」

古鷹「……もう、変な人ですね」

ブイン司令「好きな艦娘は居るか」

古鷹「……」

ブイン司令「姉妹艦は好きか」

古鷹「司令、こんなのお喋りじゃありません。尋問です」

ブイン司令「ははは!」

古鷹「……」フラフラ

ブイン司令「そろそろ来たか」

古鷹「……え?」

ブイン司令「もう喋らなくてもいい。というか呂律が回らんから喋れんのだが」

古鷹「……はれ」

ブイン司令「お前は穢れにやられている。まだごく初期段階だがな」

ブイン司令「執着が少しでも俺に絡んでいてくれれば、毎回こういう風に部屋に誘えて仕事が楽なんだが……いや、これは甘えか」

ブイン司令「古鷹、今からお前の中にある穢れを取り除く」

ブイン司令「心配するな。痛くは無い。寧ろ気持ちいいぞ」

古鷹「……」パクパク

ブイン司令「……ヘソが良いな。うん。ヘソにしよう」

古鷹「……」

ブイン司令「なに、普段通りに戻れば全て説明してやる」

ブイン司令「では行くぞ」

私は司令の動きを目で追っていた。

しかし体はだるく、呂律は回らず何も抵抗は出来なかった。

司令はゆっくりと私のお腹に顔を近づけると、

ブイン司令「……」

古鷹「!!!!!!!!!!」ビクッ

突き出した舌で私のヘソに触れた。その瞬間、脳が焦げ付くかと思うほどに刺激が来た。

ブイン司令「……」

古鷹「ッ!!! ッッッ!!!!!!!」

司令は舌で私のヘソを舐めまわし続ける。


舌と触れた場所から痺れが広がる。体は否応無しに痙攣し続けていた。

恐らくその痺れの正体は快感だった。それも、痛みの方がマシと思える程に凶悪な快感。

人間の柔肌に刃物を突立てれば痛みが伴うように、私の中へ無理矢理流れ込んでくる何かは快楽を伴ってくる。

司令の言っていることは嘘ではない。これは確かに気持ち良い。

だが感覚の閾値を超えた快楽は、痛みと何ら変わりはない。

それを認識することを拒んだ私の意識は私自身の闇の中へと溶け込んだ。


古鷹「ん……」

ブイン司令「目が覚めたか」

古鷹「私、何を」

ブイン司令「気持ち良すぎて気絶した」

古鷹「あっ!?」

ブイン司令「普通に気持ち良くすることも出来たが、あれは罰だ」


ブイン司令「お前は加古を泣かせた」


古鷹「……やっぱり聞いてるんですね」

ブイン司令「まぁな。騙して悪かったな。穢れを祓うためだ」

古鷹「あの紅茶は何だったのですか」

ブイン司令「最近艦政本部で発見された、艦娘を一時的に行動不能にする薬品だ」

古鷹「……」

ブイン司令「お前たちが暴走すると思ってる連中が少なからず居るということだ」

古鷹「私たちは人類のために戦っているのに」

ブイン司令「この世界では想いが報われる事のほうが珍しい。覚えておけ」

古鷹「……」

ブイン司令「俺が気に食わんのは、お前の『加古の世話をしている』という認識だ」

古鷹「どういうことでしょう」

ブイン司令「共依存の癖に自分は関係ないというような顔をするな」

古鷹「加古が私に依存してるんです」

ブイン司令「確かに加古はお前に依存している。だがそれはお前も同じことだ」

古鷹「……」

ブイン司令「それにしても不出来な姉や妹を持つ艦娘は幸運だ。それ故により多くの喜びを知ることが出来る」

古鷹「何を言っているのですか」

ブイン司令「一般論だ。俺の中のな。俺は共依存が良くないからやめろ、など言わん」

ブイン司令「共依存の何が駄目なのか自分が理解出来るまで依存しろ。理解出来ないのなら依存し続けろ」

ブイン司令「どのように在ろうと、それはお前たちは自由だ」

ブイン司令「自由が保証されている枠の中でな」

古鷹「……」

ブイン司令「確かに加古はガサツで手のかかる奴だ。だからこそ良いと何故思えん」

古鷹「司令のおしゃっている事が分かりません。私には理解出来ません」

ブイン司令「理解出来ないのは俺の方だぞ、古鷹」

古鷹「……どういうことでしょう」


ブイン司令「加古はお前の話を楽しそうにしてくれた。あいつの話を通して俺はお前を知っている」

ブイン司令「確かに最初は人によって作られた繋がりだったのかもしれん。だが今は本物の、お前自身の心から生起した感情があるはずだ」

ブイン司令「数ある古鷹の同名鑑、加古の同名艦の中でお前の姉妹艦はあの加古だろ」

ブイン司令「二人ぼっちの姉妹に何かしてやっている、なんて思考は俺にしてみれば意味不明だ」

ブイン司令「……ま、今なら冷静な思考で反省できるだろ。素直な気持ちで加古と話してこい」




夜 ブイン基地 古鷹型の部屋

加古「あれ……鳳翔さん」

鳳翔「おはようございます、といってももう夜ですけどね」

加古「私、司令の部屋に居たんだけど」

鳳翔「はい。泣き疲れて眠りましたから、ここまで私が運びました」

加古「あ、ありがとう」

鳳翔「司令から聞きました。古鷹と喧嘩したのですか」

加古「……うん」

鳳翔「何と言われたんですか」

加古「私が馬鹿で、ずるくて、古鷹が居ないと誰も出来ない奴だ~って」

鳳翔「どう思ったのですか」

加古「ずるい、ってのはよく分かんないんだけど……確かに私は馬鹿だし、古鷹に頼っちゃってる面もあったと思う」

鳳翔「うん、うん」

加古「でも、それを古鷹に言われたのが……凄く寂しい」

鳳翔「悪く言ってしまえば、貴女は古鷹に甘えていたのですよ」

加古「うっ……」

鳳翔「別に非難しているわけじゃ無いです。姉妹艦なのですから」

加古「……」

鳳翔「加古は、これからどうしたいのですか」

加古「……仲直りしたい」

鳳翔「そうですか」

加古「なぁ鳳翔さん。どうすれば良いかな。どうすれば古鷹は私と仲直りしてくれるかな」

鳳翔「加古の今の気持ちを素直に伝えると良いですよ」

加古「……それだけ?」

鳳翔「ええ。早起きしなくても、作戦会議中に眠っても、座学の途中に寝ても良いです」

鳳翔「自己満足ですから、直したければ直せばいいです」

加古「逆にプレッシャーが……」

鳳翔「意識してます」ニコ

加古「うぅぅぅ」

鳳翔「古鷹も虫の居所が悪くてイライラしてしまったのでしょう」

加古「……」

鳳翔(落ち込んだ犬みたいで可愛いかも)

鳳翔「だからそう落ち込まないことです」

加古「分かった……古鷹と話してみる」

鳳翔「頑張ってね。応援していますよ」


夜 ブイン基地 古鷹型の部屋

古鷹「……ただいま」

加古「……お帰り」

古鷹「……」

加古「……」

古鷹「加古、ごめん」

加古「えっ!? あれ、何で古鷹が謝るんだよ」

古鷹「……私、どうかしてた。加古に酷いこと言っちゃった」

加古「わ、私も古鷹に頼りすぎてた」

古鷹「……」

加古「明日から早起きするし、会議中も寝ないし、座学の途中にも寝ないから!」

加古「……ごめん。仲直り、してくれ」

古鷹「……」ギュッ

加古「わっ、古鷹!?」

古鷹「良かった……もう仲直り出来ないかと思った」ポロポロ

加古「何でお前が泣いてんだよ」

古鷹「喧嘩してから分かった」

古鷹「私、自分がこんなに加古のこと大事だって気付けなかった」ポロポロ

加古「古鷹……」

古鷹「明日から加古のこと全部私がやるから……馬鹿な私を許して……」

加古「……へへへ、それはちょっと過保護すぎやしないか」

古鷹「いい! 加古のお世話がしたいの!!」

古鷹「私、加古が一番大事だから!」

加古「え、えぇ……? あ、ありがとう」




5月26日

朝 ブイン基地 廊下

古鷹「今日はちゃんと起きられたね」

加古「あったりまえだよ。あたしゃ~やるときゃやるんだから」

古鷹「ふふ、そうだね」


ブイン司令「……」スタスタ


加古「お、司令~! 仲直り出来たぜ~」ブンブン

ブイン司令「そうか。良かったな」

古鷹「……」ジトッ

ブイン司令「あの、古鷹? 何で俺を睨むんだ」

古鷹「……」プイッ

加古「あはは! 司令、古鷹に嫌われてやんの~」

ブイン司令「何でだ……? アドバイスしただけなのに……」


5月27日

港でブインの司令に戦闘結果を報告する。

考えこむ提督。

五人の私と榛名が整列して男の指示を待つ。

そこでこれが夢だと気づいた。あの時私は五人も居なかった。

男の口が開かれ指示が出る。

燃料弾薬補給後に出撃。以上だ。

お言葉ですが司令! 見て下さい! 榛名は大破判定が出て当然な状態です! 

榛名の隣に居る私が反論する。ああ、何でこんなところは現実通りなんだろう。

……それで?

ほら、やっぱり。

っ!? 戦闘続行は不可能です!

どの艦も多少の損害は受けている。ならば戦艦が盾となるべきだろう。あと一歩でショートランドを奪還出来るかもしれんのだ。

そうやって何度失敗したかお忘れなのですか!?

失敗ではない。あれらの犠牲があったからこそ、敵を追い込むことが出来ている。

無礼を承知で申し上げます! 司令殿の目は節穴ですか!! 追い込まれているのは我々の方です!!!! 

霧島、いいの。

でも榛名!

いいの。榛名が行かなければ、他の誰かが傷つくだけだから。

榛名は笑った。

あの時と同じように。

苦しそうに笑った。


目が覚めた。

霧島「……」

今日も不愉快な一日が始まる。




朝 ブイン基地 食堂

霧島「……」モグモグ

私の姉妹艦だった比叡姉さんと金剛姉さんは沈んだ。榛名だけが残った。そして彼女も沈んだ。

その後に入ってきた姉さんたちの形をした艦娘に愛着を抱くことは出来なかった。

霧島「……」

ブイン司令はまともな戦略眼を持ち合わせていない男だった。

そのくせ、出世欲が人より強かったようで目に見える見やすい戦果を欲しがった。

「金剛型の癖に」

私はもう何度この言葉を言われたか思い出せすらしない。

まだショートランド泊地が機能していた頃に居た金剛型戦艦は凄まじい練度だったと聞いている。

それと私を比べていたのだろうが……その行為に鬱憤晴らし以外の意味を見出すことが私には出来はしない。

私はその霧島とは違う個体なのだから。

あの男は、ただひたすらに嫌な男だった。


日本が、また日本が有する艦娘による恩恵に預かって居た国が、一時期どん底まで叩き落とされていた理由は。

あの男がブイン司令にまで台頭できる組織構造を持った民主的すぎる海軍、その海軍を作り上げた日本のせいだ。

今となっては恨んではいない。あの男だけが悪いのではない。

問題はもっと大きく、私たちがどうにも出来ない場所にあったのだから。

「カレーが美味しいのです!」

「ブインは料理も美味しいしラバウルとは大違いね」

食堂にも楽しそうな笑い声が響く。艦娘達の目には光が宿っている。


ブイン基地は変わった。今の聯合艦隊司令長官は本当に凄い人だと思う。


あの人の力で南方戦線は再び息を吹き返した。

彼が腹の底で艦娘をどう思っているかは知らない。

組織を効率化させるための最善策だと考え艦娘を優遇しているのかもしれないが、結局私達は優しくされるのだから悪い気はしない。

以前に比べれば天国のような場所だ。

「ね、あの霧島さんってさ」ヒソヒソ

「あ~分かる。独り言ばっかりでなんか暗いよね」ヒソヒソ

「姉妹艦からも嫌われてるんだって」ヒソヒソ

例え私が陰口を言われていようとも、ここは天国と呼べる程に生ぬるい。

女三人集まればなんとやら。そうなるのは理解は出来る。

陰口が楽しいと私には思わないが。

霧島「……」モグモグ

物事は綺麗な面ばかりでは無い。汚い面ばかり見せられてきた私にはそれが分かる。

仕方のない事だ。

姉妹艦だと思えた榛名が沈んで以来、私は他の金剛型と慣れ合うことが出来ずに居た。

だからこそ、三週間一サイクルの基地ローテーションに組み込まれずブイン基地の四人部屋を一人で使い、それでも尚安穏として食堂でカレーを食べているのだ。

スプーンで食事を口へと運ぶ。

霧島「……おいしい」

一人で食べてもカレーは美味しい。だから余計寂しい。

もうやめてしまおう。

これから先だって、何も楽しいことなど無いのだから。


朝 ブイン基地 執務室

ブイン司令「何だそれは。知るか。何故南方戦線で受け入れる必要がある」

翔鶴「金剛型戦艦なのですが、姉妹艦の認識が出来ないようで精神的に不安定だとか」

ブイン司令「……で、俺のところへお鉢が回ってきた」

翔鶴「はい。検査の結果穢れでは無いと判明しましたがこのままだといつ発症してもおかしくない、との診断です」

ブイン司令「姉妹艦と組ませず運用したり色々あるだろう」

翔鶴「姉妹艦を目にするのも嫌なようです。小さい基地でなく300を超えて艦娘を運用しているブインが最も適しています」

ブイン司令「う~ん……妙に納得が行かんな。もうブインへ来ているのか?」

翔鶴「はい。もうすぐ執務室へ来ます」

ブイン司令「こちらに送って事後承諾させるとは。あいも変わらずやり口が汚い」

そう喋っている最中に執務室のドアがノックされた

ブイン司令「噂をすればだな。……入れ!」

霧島「失礼します。Lv.27の霧島です。司令殿、相談があって参りました」

ブイン司令「この霧島か」

翔鶴「いえ。来るのは榛名です」

ブイン司令「翔鶴よ、ならばこれは不味い展開では無かろうか」

翔鶴「霧島さんはこの時間帯は海上護衛の筈なのですが」

霧島「瑞鶴さんにお願いして代役を立てて貰いました」

ブイン司令「……ともかく今は下がれ。少し来客がある」

霧島「簡潔に済ませられます」

翔鶴「霧島さん、司令は下がれとおっしゃっていますが?」

霧島「私を解体して下さい」

ブイン司令「……」

翔鶴「……」

霧島「敵への憎しみだけで戦い続けるのはもう疲れました」

再びドアがノックされる。

ブイン司令「取り込み中だ」

大潮「はい! 失礼しまーす! 駆逐艦大潮、戦艦榛名、ブイン基地へ着任します!」

ブイン司令「日本語が聞こえてない!?」

大潮「えっ!?」

榛名「失礼します」

翔鶴「……」

金剛型戦艦同士の偶然の接触は思わぬ結末を迎えた。

霧島「……ああ、新しい榛名ですか」

榛名「……」

霧島(相変わらず姿形は同じなのね。変な感じだわ)

榛名「霧島!」

霧島「……はい?」

榛名「私です! 榛名です!」

霧島「見れば分かりますが」

榛名「姉妹艦の榛名よ!」

霧島「……は?」


ブイン司令「ん?」

翔鶴「あら……?」

榛名「ずっと探してたんですよ!!」

大潮「榛名、良かったですね」

霧島「はぁ?」

ブイン司令「……あー、一人ずつ話を聞くから榛名以外は外で待っていろ」

霧島「……失礼しました」

榛名「また後でね、霧島」

霧島「……」ペコ

大潮「……」

ブイン司令「……大潮、お前も出て行くんだ」

大潮「大潮もですか?!」

~~~~~~

ブイン司令「ブイン基地はどうだ」

榛名「艦娘の基地と噂には聞いていましたが、どこを見ても働く艦娘ばかりで驚きです」

ブイン司令「しばらくここで生活をしてもらう。戦闘は行けるか」

榛名「勿論です」

ブイン司令「よし。……少し君の姉妹艦について聞かせてくれ」

榛名「姉妹艦についてですか? 司令は変なことをお聞きなるのですね」

ブイン司令(お前が変だからだよ)

榛名「前の基地では――――――」


執務室の前の廊下で自分の番を待つ。

私が姉妹艦とはどういう意味だったのだろうか。

例え記憶が一緒でも、見た目が一緒でも、あの榛名は私の姉妹艦の榛名では無い筈だ。

さっきから視線を感じる。

隣に居る朝潮型駆逐艦だ。

気持ちと体が連動しているようで、うずうずしているのが見て取れる。話しかけたいのだろう。

正直鬱陶しい。

大潮「……」

霧島「……」

大潮「霧島さんは! もうこの基地には長いのですか」

霧島「……ある程度は」

大潮「どうしてブインは他の基地と違うのでしょうか。大潮はあまり他の基地を知りませんが、この基地は変わっています」

霧島「聯合艦隊司令長官が直々に指揮をとっているからです」

他の要因もあるのだろうが、説明するのが面倒だ。

大潮「凄いですね!!」

霧島「そうですね」

大潮「はい!」

霧島「……」

大潮「……」

霧島「……」

大潮「あの、霧島さんはお話するのが嫌いなのですか」

霧島「他の艦娘と触れ合うのはそれほど好きではありません」

大潮「そう……ですか」

それから沈黙が続いた。

執務室では会話が盛り上がっているようで、内容までは分からないが時折音が漏れ聞こえる。

本当にもうどうでもいい。もう私は戦わない。

ブイン司令に打ち明けてしまったのだ。

葛藤もあった。兵器としての生き方を全うすべきだとも思った。それでも言った。

心なしか胸のつかえが取れたような気がする。今までの私には戦わない生き方など想像も出来なかった。

道が開けたような気さえする。

開けたのは兵器としての死への道に違いないのに。

翔鶴「では、次に霧島さん。どうぞ」

司令は私に何と言うだろうか。ふざけるな、馬鹿にするな、認められん。

頭に浮かぶのは否定の言葉ばかりだ。

霧島「失礼します」

ブイン司令「さっきはすまなかったな」

司令の口から真っ先に飛び出したのは謝罪の言葉だった。

霧島「……?」

ブイン司令「君の話を中断させてしまった。君が真摯に告白してくれたのに、その腰を折るのは何とも無粋だ」

翔鶴「……」

司令の傍に秘書艦のように佇む翔鶴型のネームシップは静かな微笑みを浮かべている。

場の空気は極めて穏やかだった。


ブイン司令「君のことはよく知っている。艦娘の中、いや霧島の中でも問題児で有名だ」

ブイン司令「基地では独り言を発し他者を寄せ付けず、会話による意思疎通を好まない」

ブイン司令「かと思えば戦闘では深海棲艦を見るなり豹変し、好戦性は基地随一とも言われている」

ブイン司令「ま、憎い敵を前にすると冷静では居られないんだよな」

霧島「……」

ブイン司令「えー、加えて同じ部屋の金剛型とすら交流をせずに基地で孤立する」

霧島「……金剛型というだけです。本当の意味で姉妹艦だと思えません」

ブイン司令「くっくっく、なる程な。面白い」

ブイン司令「要するに君は周りと円滑な関係を結べないどころか、戦闘時も突出して下手な射撃で無駄に砲弾と艤装の燃料を消費する艦娘のお荷物なわけだ」

霧島「……」

そうまで言ってくれるのか。逆に感心した。あ、自分の存在の無価値さにである。

ブイン司令「霧島を解体するとどの程度の再利用可能ナノマシンが取れる」

翔鶴「再利用するには部位が限られますから……三十キロほどでしょうか」

ブイン司令「応急バケツ約六杯分か。このまま霧島を運用し続けることで生じるメリットと比較してどちらが合理的か」

翔鶴「霧島さんは貴重な金剛型戦艦ではありますが、こうも協調性が無いとローテーションを組むにも面倒ですし、戦闘の役に立たないと現場からの声も届いています。艤装運用の資源消費を鑑みてもバケツの中身に変化して頂いた方が良いかと」

そう言って正規空母は微笑んだ。

まさか自分の死の果てがバケツの中身とは。……まぁ別に関係ないか。

ブイン司令「ふーむ。ここまで聞いても君の表情に変化は見られんか」

ブイン司令「肝が座っているのか、驚きすぎて思考がついていっていないのか」

両方です。

ブイン司令「はたまた、その両方か」

当たりです。


ブイン司令「ともあれ、君の願いは順調に聞き届けられる方向へ行こうとしている」

ブイン司令「艦娘運用部門代表との合議の結果、君を解体処分した方が軍事的な観点から合理出来であるという結論にも到達した」

翔鶴は艦娘運用部門の代表であったのか。今知った。

ブイン司令「君自身も解体を望んでいる。ハッピーエンドだ」

……

ブイン司令「生憎、俺はハッピーエンドというのが嫌いでね」

ブイン司令「あんなものは一部の者が幸せになるだけの終わり方にすぎん」

いや、すぎんって。それで充分でしょうが。

ブイン司令「その一部に俺が含まれていない終わり方など認めはせん」

あ、はい。

ブイン司令「金剛型高速戦艦霧島、ブイン基地司令の権限をもって君に新たな任務を命ずる」

私の望み通りにならないことは何となく分かった。

ブイン司令「新しく赴任した榛名の世話係になれ。部屋も君と同じだ。……もし君がどのような形であれ任務を放棄すれば榛名を解体処分とする」

霧島「何を言っているのですか?」

ブイン司令「ようやく喋ってくれたな。どうせ榛名もお荷物だ。問題ない」

翔鶴は目を瞑り表情に何の色も出さない。

部屋の空気は相変わらず穏やかだ。だがそれ故に恐ろしい。

霧島「私はもう艦娘として生きたくありません」

ブイン司令「駄目だ。自分一人だけ納得して終わりにはさせんぞ」

霧島「……」

ブイン司令「艦娘の殺生与奪を司る、死と朽ちぬ輝きを放ち続ける愛の天使。お前たちの上級指揮官の判断だ」

ブイン司令「従えよ」

男の笑顔は卑しい。

その顔を見ても、隣に佇む艦娘は何も言わなかった。


昼 ブイン基地 金剛型の部屋

榛名「わぁ! ここが霧島の部屋なのですね」

霧島「空いているベッドをご自由にどうぞ」

榛名「もっと柔らかい口調で喋ってくれてもいいのよ?」

霧島「癖なので」

榛名「……そう」

霧島「では基地を案内しますので」




昼 ブイン基地 工廠

時雨「海上護衛戦で駆逐艦が大破、四番ドック使うよ」

明石「バケツぶっかけてすぐ出して下さい。重巡が残ってます」

緑帽妖精「大破時間かかる。バケツやむなし」

時雨「潜水艦にしてやられるなんて、後でお仕置きだね」

明石「そうですね。楽しみです」


榛名「凄い……工廠でも艦娘が働いてる」

霧島「艦娘用入渠ドックは六施設、通常船用が二施設あります。かなり大型と言って良いでしょう」

霧島「一時期妖精が不在の時期がありまして。その時に艦娘による自力の艤装の修理開発に執心された結果がこれです」

榛名「その計画は失敗したのですか?」

霧島「事実上の失敗です。妖精が居なければ戦えない、という結論に至りました」

榛名「でも、凄い光景です」

霧島「そうかもしれません」



昼 ブイン基地 地下兵器庫

霧島「ここが兵器庫です。修理のための予備の艤装や特殊装備、あちらが弾薬の保管庫になります」

霧島「燃料庫は安全の為離れた場所にあります。地上に設置されているスタンドから補給可能です」

榛名「駆逐艦が沢山居ますね」

霧島「毎日の搬入搬出、在庫の確認、動作チェック、仕事は無限にありますから忙しいらしいですよ」

榛名「霧島はここで働いたことは無いのですか?」

霧島「伝統的……と言ってもまだここ2ヶ月のことですが、ここで働くのは駆逐艦が主です」

榛名「何か理由が?」

霧島「最初に兵站管理を担当した艦が駆逐艦で、仕事がしやすいように姉妹艦を集めたそうです。それが今に繋がっているのでしょう」

榛名「なるほど」

霧島「今の兵站管理代表は『駆逐艦が働くことで機敏な動きとチームプレーが身につくぴょん』とか適当な事を言っていますが、多分嘘です」

榛名(ぴょんまで真似しなくていいのに)

霧島「あ……こんな情報は余計でしたね。すいません」

榛名「ううん。楽しいです。もっとお話してください」

霧島「……ご要望とあれば」


この後も基地を巡って紹介を続けた。榛名は私の話を楽しそうに聞いてくれる。

妙に馴れ馴れしいのが鼻につくが久しぶりに他の艦娘と喋るのは少しだけ楽しいような気がした。


夜 ブイン基地 ブイン司令の部屋

「司令の仕事も大変なんだな」

「なんだ。着任してまだそれほど経っていないぞ」

「今となっては神官で居た方が良かったように思う」

「それならそれで『暇だ暇だ』と騒ぐ男だろう。君は」

部屋には航空戦艦しか艦娘が居ないようだ。彼女は胡座をかき一人手酌で日本酒を楽しんでいた。そのラベルには十四代とある。

「一人でいい酒を飲みやがって。一体どこで仕入れてきたんだ」

「秘密さ。私にも私のルートがある」

「俺にもよこせ」

男は航空戦艦の隣に座ると、盃を手に取り酌を受ける。

「ほら」

「おう」

「隣に座ってくれて嬉しいよ」

「?」

「昔の君なら私の前に座っていた」

「……細かいことを気にするやつだ」

「この基地はそれくらいしか娯楽が無いものでね」

そうは言いながらも日向は本当に嬉しそうだ。

「……」クイッ

盃を傾け一気に飲み干す。

「注げ」

「君は相変わらず自分のペースを無視した良い飲みっぷりだ」

「うるさい」

三十分程注ぐ飲むの動作を繰り返していると男がフラフラし始めた。

「あー酔った」モミモミ

「酔ったのを口実にすると何でも出来ると勘違いしていないか?」

「やっぱり分かるか」モミモミ

「というか普通に触っても良いんだぞ」

「馬鹿。ムードが大事だろうが。こういうのは」サワサワ

「うん、確かにこれはいいムードづくりだな」

「どうだ。気持ちいいだろう。早く喘げ」サワサワ

「君は本当に歪みない」

「なんだ。お前、やりたくないのか」

「艦娘に性欲は無いよ」クイッ

「嘘つけ」

「うん……美味い。久しぶりに君と二人きりで酒を飲めてるんだ。この時間を楽しんでも良いだろう」

「酒ならいつも飲んでるだろうが」

「二人きりというのが大事なんだ」

「何でだ」

「私が君と二人きりで居たいからだ」

「……真顔で言うなよ。その気が失せる」

「はは。今日だけは好都合だ」


「豪傑ぶるお前には女っぽさが無くて困る」

「君がその気ならいつでも女に戻ってやるさ。今日は駄目だが」

「興の無い奴だ。まぁいいか」

「はいはい」


「にゃーん。ゴロゴロ」スリスリ

「日向よ。酔えば何でも許されると思っているのか?」

「猫だから日本語は分からないにゃ」

「……猫なら仕方ないか」ナデナデ

「ありがとうにゃ。ご主人の太ももはちょっと硬いにゃ」

「我慢しろ」

「分かったにゃ。日向はいい子だから我慢するにゃ」

「……あ、もう無理だわ」ゾワゾワ

「航空戦艦パンチ」

「レバッッ!?」


「はー、本当に少し酔った」

「俺も少し気持ちいい程度だ」

「手、握ってくれ」

「ん」

「ありがとう」

「日向」

「ん? どうした」

「いい名前だよな。日向、日に向かう、その決意、その在り方、うん。いい名前だ」

「是の国は直く日の出づる方に向けり」

「なんだそれ」

「知らないのか? 君は無教養だな」

「ああ、知ってるよそれくらい。ああ、知っているさ」

「はいはい」


「嶋田はよく艦娘とまぐわうのだが」

「そうなんだな」

「男にも色々なタイプが居るよな」

「まぁそうだろうな」

「簡単に女と関係を持つ者も居れば、持たない者も居る」

「問題なのは関係を持ちたいのに持てない者だろう」

「その通りだ。悲惨極まる」

「君はどうなんだ。そんな話をするくらいだし、気にしているのか」

「まぁな。そりゃ出来ないよりは出来る方が良いだろう」

「人間の女の感覚も私には分からんが……人間の男の性欲というのは理解の範疇を超える」

「あはは。男としても性欲は自分の理解の範疇を超える部分ではある」

「生物というのはDNAに突き動かされているのだろう。可哀想に」

「艦娘は生物のしがらみが無くていいな」


「逆に苦労することもあるさ。で、何で嶋田さんの話をしたんだ」

「……お前、嶋田が言い寄ってきたらどうする」

「う~む、確かに整った顔立ちをしてるとは思うし話せば面白いのだろうな。伊勢も好きなようだし。しかし私はその気がない」

「過去、数多の艦娘たちがお前と同じことを言って手篭めにされてきた」

「やり手だな」

「嫌なほどにな」

「君は私が嶋田さんの手篭めにされると嫌なのか」

「……」

「へぇ~、嫌なんだな」

「嫌とは言ってないだろう」

「君にしては珍しく嫌そうな顔をしていた」

「いつもこんな顔だ」

「それは私が第四管区の艦娘だからか? 友人だからか? それとも……」

「自分の妻が他人に寝取られるのは気持ちの良いものじゃ無いだろう」

「ふ~ん」

「ニヤニヤするな。気持ち悪い」


「この前、生意気な方の吹雪と少し喋ってな」

「驚いた。君から話しかけたのか」

「いや。向こうから長月のことを聞いてきた」

「それで?」

「前と変わらんことを伝えて、世間話を少し」

「そうか。ところで君、艦娘の区別は出来るのか」

「同名鑑でもある程度は区別できる。少なくとも俺の周りに居る奴らは分かりやすいのが多い」

「へー」

「吹雪は酒が駄目だったらしい。今度潰してやるのも面白いかもな」

「随分と態度が変わったじゃないか。あれ程嫌っていたのに」

「あいつは今頑張っているよ。向こうが変わったのなら俺の対応も変わるさ」

「君の公平さは素晴らしい。軍を辞めた後は裁判官になったらどうだ」

「子供の夢じゃあるまいし、おかしなことを言うな」

「おかしいと一蹴しないでくれよ。違う道を歩む自分の姿を想像するのも楽しいさ」

「たまにはな」

「たまには軍人らしい話も聞かせて欲しい」

「この戦争の幕引きについて」

「いいな」

「国家間の戦争と違って外交官による和平など望み得ないこの戦争において幕引きとは何か」

「深海棲艦の殲滅」

「然り。生き残るのは人類か深海棲艦か、二つに一つだ」

「どう殲滅する」

「鍵になるのは航空機とだけ言っておこう」

「艦娘は?」

「艦娘など前提だ。鍵以前の問題だ」


「戦争が終わったら艦娘はどうなる」

「居なくなる」

「英雄では居られないかな?」

「多分な」

「それは悲しいな」

「英雄はどうあがこうと異端だ。覚悟しておくことだな」

「ままならんな」

「ああ。ままならん」

「私たちは昔、一つだった」

「ん?」

「君と私も翔鶴も瑞鶴も時雨も、他の艦娘達も深海棲艦たちも」

「天地開闢以前の話か」

「そんな神話の話じゃないよ。……人間も他の生き物も一つだった。全ての命はかつて一つだった」

「時代の流れがきびしく分断したものが、再び結合する。すべての人間が兄弟になる」

「その曲は好きだがベートーヴェンは分かってない。時の流れが分断したのは人間だけじゃない」

「そう文句をつけてやるな」

「でも私たちはもう一度一つになれる。その点彼は正しい」

「なれるかな」

「なれるさ。我々の心がそれを望んでいる」

「ふ~ん」

「信じてない顔だな。確かに心だ魂だと言うと怪しさが増すがな、私は間違ってはいないよ」

「自信があるのは良いことだ」

「現に今こうして君と私の心は一つになろうとしてるじゃないか」ギュッ

「こんないい匂いのするものと自分が昔一つだったとはにわかに信じられんな」

「ほんとに? 嬉しいな」

「ほんとさ。なにか落ち着くよ」

「あ~……俺もずっとこうしてたい。だがよく考えろよ。本当に俺なんかで良いのか」

「もう君じゃなきゃ駄目さ」

「……おう」

「愛も幸せも、一つであれば自覚するまでもない」

「うん」

「肉体が朽ちても心は朽ちない。一つになれば私たちはずっと一緒だ」

「うん」

「それで多分、その在り方こそが永遠だ」

「お前は永遠の存在になりたいのか」

「至高だからな」

「永遠は余りに長いぞ」

「君となら平気さ」

「ほんとか?」

「ほんとさ。航空戦艦は嘘をつかん」


「このまま抱き合って眠ったら、朝起きたら一つの石に変化してるかもな」

「私はいいよ。それが一つになるということならば」

「俺もいいんだが……あー、翔鶴達をどうしよう」

「私だけじゃ不満か」

「むくれるなよ。すべてのものは一つになるんだろ」

「それもそうだな。遅いか早いかの違いだし……あいつらとなら一つになっても構わんか」

「どうすればその至高に辿り着けるんだ」

「そう信じれば、一緒に信じ続けることが出来ればきっと辿り着ける。……君は信じてくれるか?」

「他に選択肢はあるのか」

「無い」

「あはは」

「こっちの方がミケランジェロのピエタなんかよりよっぽど素晴らしいものだと思うんだがな」

「永遠もピエタもまだ見ていないから比較する気はないが。俺はお前に付き合うよ」

「ほんとうに?」

「ピエタは見なくても生きられるがお前は別だ。俺も、もうお前と離れたくない」

「……」

「どうした」

「……満たされすぎて溶けてしまいそうだと思った」

「あはは。溶けなくて良かったよ」

「それにしても体が邪魔だ」

「二人でどろどろになって混ざり合うか」

「形だけじゃ駄目だぞ。実を伴わないと」

「あはは」

「軍人らしい話をしてやる」

「うん」

「戦争が終わったら退役して、その金で片田舎に大きな家を買う」

「うん」

「色んな艦娘達が突然泊まりに来ても対応できるよう大きな家だ」

「うん」

「田畑を耕しなるべく使うものを自給自足しながら交代交代で家事をする」

「うん」

「瑞鶴と一緒に不味い料理を作ってお前達に苦い顔をされてあいつと二人で笑う」

「そうか」

「仕事で疲れた日には翔鶴に膝枕して貰いながら眠る」

「うん」

「寝れない夜はお前を囲炉裏の部屋に引っ張り出して一緒に酒を飲む」

「ああ、付きあおう」

「時雨はいつも手の届く範囲に置いておいて、事あるごとに撫で回してやりたい」

「なんだそれ」


「慣れないことをして苦労もするだろうが、それもまた楽しいだろう」

「お坊ちゃんめ」

「やっぱり見立てが甘いか」

「甘いだけならまだしも現実に虫歯になりそうな程だ」

「うーん」

「……でも、私もそうなればいいなと思える夢だった」

「だろ! 良いだろ!」

「うん。楽しそうだ」

「お前はそう言ってくれると思っていた」

「深海棲艦との幕引きを語るより余程楽しそうだな。軍人らしさはどうした」

「忘れたよ」


「気づけばこの基地の艦娘たちに愛着を抱いてしまっている」

「そういうものさ。私もだ。深入りするつもりは無かったんだけどな」

「それでも俺はお前達を依怙贔屓する」

「無理だよ」

「どうして」

「君はもう彼女たちに愛着を抱きすぎている」

「……」

「卑下するなよ。冷酷になれないだけさ。そういうところも君らしさだよ」

「その言葉に救われている自分が度し難い」

「その通り。そして自分を許せない君を許すのが私たちの役目だろ」

「ま、それもそうか」

「開き直るな」

「あはは」


6月12日

朝 ブイン基地 執務室

山内「遠路遥々ようこそ。歓迎します」

陸軍中将「こちらこそ。大規模作戦の前に申し訳ない」

山内「いえ、今回の作戦は陸軍の皆様の――――」

まどろっこしい大人同士の挨拶が交わされる。

嶋田「……」

ブイン司令「……」

少佐A「……」

少佐B「……」

少佐C「……」

少佐D「……」

中将に付き従う四人のいかつい顔をした少佐たち。

見学者というより、どう見ても護衛にしか見えなかった。


山内「それで今日の訪問の目的なのですが」

陸軍中将「海軍さんの仕事を拝見させて頂くだけですよ」

山内「中将、私は今後とも陸軍と良い関係を築いて行きたいと考えております」

陸軍中将「それは勿論! 国の盾として軍が万全に機能するためには海軍との――」

山内「そういった上辺だけの意味ではありません」

陸軍中将「……」

山内「今回の作戦に協力してくれた貴方がたにとても感謝しています」

山内「貴重な航空機と搭乗員妖精をこれ程融通して頂けるとは」

陸軍中将「……山内長官の合理的な考え方に共感した故の、当然の行いです」

山内「それでも、それでもこの陸軍と海軍が歩み寄った一歩の価値は大きい」

陸軍中将「そうですな」

山内「だからこそ、今回の訪問の真の狙いをお聞きしたい」

陸軍中将「……」

山内「場合によっては協力することも可能です」

陸軍中将「つまり場合によっては協力しないと?」

山内「……」

陸軍中将「今回の視察の目的は艦娘の陸上兵器としての有用性の確認です」

少佐B「中将殿」

陸軍中将「隠しても仕方あるまい」

山内「正直に述べてくれたことに感謝します」

陸軍中将「あの怪力と大口径の砲弾の直撃を想定した高い防御力、見過ごすのは惜しい」

山内「彼女たちが本当に必要なのですか」

陸軍中将「本当に、とは?」

山内「恐らく彼女たちは陸軍の方々の望むような兵器ではありませんよ」

陸軍中将「……」

山内「……基地をご案内します。どうぞ」


朝 ブイン基地 港

「陸軍中将殿に敬礼!」

陸軍中将「ほぉ……」

五十を超す艦娘が港で陸軍の視察隊を出迎える。

山内「任務のある者以外に招集をかけています。今日はこの二人が皆様の護衛をします」

皐月「皐月です。よろしくお願いします」

文月「文月っていいます。よろしく~」

少佐C「………我々にも護衛は居るのだが」

護衛兵「……」

山内「護衛兵の皆様には控室で待機して貰います。中将、構いませんか?」

陸軍中将「儂は構わんが」

少佐D「……こんなちんちくりん二人で大丈夫なのか?」

皐月「むっ、僕がちんちくりん?」

少佐D「戦艦を護衛につけるべきだ」

山内「ご心配なさらずに。二人共手練です」

少佐A「こいつらがねぇ……」

陸軍中将「おい、海軍将校殿にその態度は無礼であろう」

少佐A「も、申し訳ありません」

陸軍中将「皐月君、文月君、よろしくな。……お前たちもいいな?」

少佐D「はっ!」

少佐A「了解であります!」

皐月「まっかせといてよ爺ちゃん!」

少佐C「じっ……!?」

陸軍中将「わっはっは! 新しい孫娘が出来たようだ!」

文月「大船に乗ったつもりでいてね~」


山内「護衛の皆様方を控室へ案内しろ」

「はーい、護衛兵の皆様はこちらでーす」

「彼女居るんですか~!?」

「それとも……キャー! 彼氏なんですか!!!」

護衛兵A「じ、自分はそんなうぉぉ」

「そっちの人イケメンですね! この中だとどの子が好みですか!?」

「あっちでゆっくりお話しましょう!」モミモミ

護衛兵B「あー! 駄目! そこ触っちゃアッー!」

まさに艦娘による大波。

十人は居たであろう護衛兵たちは波に飲まれ為す術無く脱落した。

山内「いや~申し訳ない。彼女たちは兵器でも心は乙女ですから」

少佐A「……長官殿は艦娘の心の存在を信じておられるのか」

山内「ええ。少佐殿は信じておられないのかな」

少佐A「科学的な根拠が無い」

山内「あはは!! 言葉で語るより見た方が早いでしょう」


朝 ブイン基地 港

田中「なんだか向こうが賑やかですね」

卯月「今日は陸軍のお偉方が視察に来てるらしいぴょん」

田中「へぇ~」

卯月「田中はこーいうの興味無いぴょん?」

田中「まぁ、楽しそうだな~とは思うんですがね」

卯月「……実はうーちゃんはちょっと見てきたいぴょん」

田中「ああ、どうぞ。荷降ろしももうすぐ終わりですし、僕はここで待ってますから」

卯月「ほんとに!? 行ってきてもいい!?」

田中「ええ」

卯月「さっすが我が心の友、田中! すぐ戻るぴょ~ん!」トタタ

田中「行ってらっしゃい」フリフリ

田中「……」

田中「さてと。中将殿の方も上手くやってくれれば良いが」




朝 ブイン基地 工廠

山内「ここが我が基地自慢の工廠です」

陸軍中将「妖精が殆ど居ないな」

山内「結果的にそうなりました」

陸軍中将「……妖精抜きで艦娘運用というのは可能かね」

山内「不可能です。艤装は妖精にしか直せません」

陸軍中将「成る程な。艤装も運用したければ妖精もセットでないと駄目なわけか」

山内「はい」

「あの、少しよろしいでしょうか」

山内「どうした」

「陸軍中将殿に握手をして頂きたいのですが……」

少佐A「何をふざけた事を」

陸軍中将「構わんよ」

少佐A「中将殿! 危険です!」

陸軍中将「君にはあんな表情をする者が刺客に見えるのかね」

声をかけてきた長い髪の艦娘は手を後ろで組み上目遣いでこちらを伺っている。

少佐A「……いえ」

陸軍中将「お前も少しは女慣れした方がいい。……ほら」

「ありがとうございます!!!」ギュッ

陸軍中将「うむっ!?」

「あっ、ごめんなさい! 私つい力の加減が出来ずに」オロオロ

陸軍中将「……良いんだ。しかし何故こんな爺と握手がしたいのかね」

「ダンディな感じで、すっごく私の好みなんです」

陸軍中将「……」


少佐C「……好み?」

「写真とか一緒に撮ってもらえたり……しませんよね?」

陸軍中将「良いぞ」

ブイン司令「では私が撮りましょう」

「司令殿、ありがとうございます!」

ブイン司令「はい構えて~、1足す1は~?」

「にー!」

ブイン司令「よーし撮れたぞ」

少佐D「……これでは女学校の視察に来たのと同じじゃないか」

嶋田「まぁまぁ」

少佐A「嶋田中将、艦娘はいつもこんなに盛っているのですか」

嶋田「まーこんな感じです。本当に兵器なのかどうか、我々自身にも分からなくなりそうな程ですよ」

少佐A「……」

嶋田「可愛い奴らです」




昼 ブイン基地 食堂

少佐A「動く度に艦娘に囲まれて視察が遅々として進まん!」

少佐C「海軍は我々に見せる気が無いのでは?」

山内「まぁまぁ。今日は一日あるのですから昼からが本番ですよ」

「あの、食事をご一緒して宜しいでしょうか」

少佐D「またか……」

少佐A「いい加減にしろ! 我々は遊びに来ているわけでは無いのだぞ!」

「ひっ……」ビクッ

少佐A「いや、そんなに怯えずとも」

陸軍中将「おい、その娘に謝れ」

少佐C「……」

陸軍中将「現場では現場のルールに従うのは当たり前のことだ」

少佐A「……すまん。怒鳴りすぎた」

「わ、私こそごめんなさい」

陸軍中将「それだけか」

少佐A「良かったら自分の隣へ来てくれ」

「ほんとですか!! ありがとうございます!!」

少佐A「う、うん」

陸軍中将「許してやってくれ。根は良い奴なんだが何分女慣れしてないものでな」

少佐A「中将殿!」

陸軍中将「わはは。本当のことであろう」

「中将殿、私も相席をしてもよろしいでしょうか」

陸軍中将「勿論だとも」

皐月「さ、爺ちゃん早く食べようよ。今日のお昼はメンチカツだよ!」

陸軍中将「旨そうだ」

文月「食堂の人の作るメンチカツは最高に美味しいよ」


陸軍中将「そうかそうか。では頂こう」サクッ

陸軍中将「……」モグモグ

陸軍中将「うん。いいものだ」

皐月「折角だしボクのも食べなよ」

文月「文月のもあげる~」

おばちゃん「こら、年寄りに脂っこいもんばっかり食わせてんじゃ無いよ!」

少佐A「……」ニヤッ

陸軍中将「帰った後の懲罰が楽しみだな」

少佐A「えっ!?」




昼 ブイン基地 夕張の研究室

夕張「長官殿!」

山内「ああ、敬礼はいい。こちらは視察に来た陸軍の皆様方だ」

夕張「わ……坊主頭の男の人がこんなに……雄のニオイが……」クラクラ

少佐C「……こいつ、少し変じゃありませんか」

夕張「ご心配なく! いつもこんな感じです!」キリッ

少佐A「また変な奴が出たな」

山内「夕張君には新たな兵装の開発を担当してもらっている」

少佐D「そんな事が可能なのでありますか」

夕張「妖精から与えられたものに変化を加える位なら、私たちでも出来ますから」

少佐D「嘘つくな艦娘。ブラックボックスの塊に手をつけるなど不可能だ」

夕張「論より証拠ですかね。こちらを御覧下さい」

少佐D「うぉぉぉぉ!!! 美しい!!!!」

夕張「へぇ、この美しさが分かるとは中々やりますね」ニヤ

少佐D「このコンパクトさで何故これほどの……」

夕張「妖精が作る艤装は元の軍艦を精密に真似る故の無駄が多いんですよ」

夕張「ブラックボックスに手を付けずとも現代科学に基づいた適切な改装をしてやれば、より強力な艤装へ作り変えることが出来ます」

少佐D「……夕張、いや夕張さん。そのやり方をご教授願いたい」

夕張「メロンちゃんで良いですよ」ニッコリ




夜 ブイン基地 大部屋

陸軍中将「これは何の集まりなのですかな」

山内「見ていれば分かります」

長門「えー、今日のテーマは水雷戦隊の夜戦だ」

川内「発表者は私! 私! 夜戦です!」

\ヤセンバカ!/ \バカ!/ \クソバカ!/

川内「あれ~何か変な声が聞こえるぞ~?」

川内「まぁいいや。じゃあ今日の題材は一週間前、ブイン・ショートランド間の第二海域でAM2:36頃発生した夜戦でーす」

川内「敵の構成は重巡三、駆逐艦三。味方は駆逐艦二、軽巡二あ、私含むね。重巡二」


川内「じゃあ映像行ってみましょう!」

陸軍中将「驚いた。戦闘の最適解を探す勉強会か」

山内「艦娘自らが提案し始めた行為です」

陸軍中将「……素晴らしいな」

山内「ええ」

~~~~~~

川内「ということで結論としてこの夜戦には気合が足りなかった! というわけです」

日向「あはは」

伊勢「途中までは良かったんだけどねぇ」

川内「はいじゃあ夜戦三原則行ってみよう!」

「一撃必殺」

川内「そうそう、夜戦はカットインで一撃必殺! 連撃なんてもってのほか!」

「見敵必殺」

川内「いいねぇサーチ・アンド・デストロイ!」

「御敵必殺」

川内「イェーイ! 我々の敵を殺せぇ!!!!」

瑞鶴「落ち着きなよ川内さん」

長門「よーし、じゃあ今日はここまで」

少佐C「……川内ちゃん可愛い」

陸軍中将「ん?」

少佐C「何でもないであります」




夜 ブイン基地 第三飛行場

陸軍中将「いや、実に有意義な時間を過ごさせていただきました」

山内「役に立ったのであれば幸いです」

少佐A「……艦娘というものがどのようなものか分かった気がします」

少佐C「川内ちゃん」

少佐D「メロンちゃん」

嶋田(後半二人は大丈夫なのかこいつら)

陸軍中将「……艦娘は兵器としてあまりにも不安定だ」

山内「……」

陸軍中将「あんな女達を戦場にやれるわけがない」

山内「では」

陸軍中将「制式採用は無いと考えてくれていい」

山内「分かりました」

陸軍中将「それでは失礼」

山内「ありがとうございました。では帰りの飛行機から基地をご覧ください。お見送り致します」


夜 ブイン基地上空 飛行機内

陸軍中将「最後に空からブイン基地を眺めろということだったが……」

少佐A「あれは!」

少佐C「おぉ……」

ブインの港湾から空に向けて色とりどりの花が咲く。

少佐D「……花火か」

陸軍中将「綺麗だな」

少佐A「ええ」

陸軍中将「師団長殿、どうでしたか」

少佐B「海軍は本当におめでたい奴の集まりだ」

陸軍中将「ええ、あのような連中に国の守りを任せるなど……愚かなことだ」

少佐B「艦娘の心? 何を馬鹿な。兵器に何を求める」

陸軍中将「では」

少佐B「予定通り進めろ。艦娘さえ手に入れば海軍なぞ不要なことがよく分かった」

少佐C「……」

少佐B「首相のお墨付きだ。皆殺しにしてくれる」


朝 ブイン基地 発令所

山内「ショートランドをこの一撃で取り戻す。敵の時間はもう終わりだ」

嶋田「海軍史が変わる瞬間に立ち会えて光栄だよ」

ブイン司令「俺たちは特に何もしていないがな」

嶋田「むはは」

ブイン司令「わはは」

山内「……」

山内「夕張君、長門へ頼む」

夕張「了解、個別回線開きます。どうぞ」

山内「長門、聞こえるか。準備は?」

長門「よく聞こえる。伊勢、日向、陸奥、霧島、あきつ丸。全員準備完了だ。いつでも突入できる」

山内「制空の心配はするな。三時間後に突入しろ」

長門「了解、通話終了」

山内「次は第一飛行場の指揮官に」

夕張「了解、第一飛行場の直通回線開きます。……どうぞ」

山内「攻撃隊長、どうだ」

隊長妖精「陸上航空隊、いつでも行けます!」

山内「よし、第一波攻撃隊は出撃。第二波、第三波も順次出撃。塵一つ残すな。お前達が道を作れ」

隊長妖精「了解!」

隊長妖精「出撃だ! 野郎ども! 女から発艦する軟弱者とは違う所を見せてやれ!」

「「「「「「「「「「「「「「「うぉいっす!」」」」」」」」」」」」」」」

隊長妖精「俺らは陸上航空隊! 艦上機とは気合が違う!」

「「「「「「「「「「「「「「「羨ましくなんて無い無い無い!」」」」」」」」」」」」」」」

隊長妖精「よーし第一から第二十滑走路の攻撃隊は順次発進! 土佐の甲板にいる連中も発艦だ! 落とされたら泳いで帰って来い! 罰はいつも通り飯抜きだからな」

「「「「「「「「「「「「「「「うぇぇぇぇぇい」」」」」」」」」」」」」」」

山内「ブインショートランド間の羅針盤の機能停止。」

夕張「了解、航路限定装置機能停止、航路、空路を開放します」

ブイン司令「陸軍の妖精は随分と士気旺盛だな」

山内「妖精と陸上機を集められるだけ集めた。質は知らん」

嶋田「大型陸上機と陸の戦闘機による戦爆連合一〇〇〇機の航空支援か……ここまで来ると敵が不憫だ」

ブイン司令「全盛期のアメリカでもこれ程の運用は難しい。目と鼻の先にあるショートランドの奪還は急務ではあるが資材庫のボーキサイトは消し飛ぶだろう」

山内「心配するな。その辺はオーストラリア政府とも話はついている」

ブイン司令「あの爺、やっぱり凄いな。結局政府を動かしやがる」

嶋田「戦争を乗り越えているというのは伊達じゃない」

山内「弟子として期待に応えねばな」

ブイン司令「おうよ」

嶋田「しっかし、陸上機にこんな運用の仕方があるとは」

山内「夕張君が増槽を開発してくれたお陰だ」

嶋田「夕張を何でも屋みたいに使うのはやめろ」

山内「むしろ、今まで陸上航空隊を防衛にしか使っていなかったのが不思議で仕方ない」


ブイン司令「嫌味な奴だな。増槽なんて一つの要素に過ぎん。従来このような運用法は不可能だ」

嶋田「そうなのか?」

ブイン司令「艦娘運用だけでも資源をバカスカ食うのに、それに加えて陸上航空隊を利用して燃料弾薬、貴重なボーキサイトまで消費するなど許容しきれん」

嶋田「ほう」

ブイン司令「長官閣下の各種方面への働きかけが適切だった結果、補給が潤沢になった『最前線』だからこそ出来る荒業だよ」

山内「あはは。褒められるのは悪い気分じゃないな」

ブイン司令「山内……お前、どれくらい帳簿を誤魔化した?」

山内「正義は行われた。それだけだ」

嶋田「あの悪事に疎くて不器用な山内がなぁ」

山内「上のやり方に従えば千日手になるだけだ。これは悪事で無く賢い選択さ」

ブイン司令「成長は喜ばしいが、地獄へは一人で行ってくれよ」

嶋田「そうだそうだ。閻魔様によろしくな」

山内「お前ら、少しは僕の苦しみを共有しようとは思わないのか?」

ブイン司令「全然」

嶋田「一人でやれ」

ブイン司令「わはは」

嶋田「むはは」

山内「……どうせ手柄も僕が独り占めだ。後で吠えるなよ」



6月15日、人類側からの反撃の一手が最前線であるブイン基地から放たれた。

ブイン基地の外洋での活動を圧迫していた敵ショートランド泊地奪還の為の号令が下される。

ブイン基地、ショートランド泊地間の距離は太平洋の規模と比べた時には非常に至近であり、聨合艦隊司令長官に大作戦を決断させる。

その骨子は単純明快。陸上航空隊稼働機三〇〇〇機をブイン基地に結集させ、羅針盤の影響を受けない空から三波もしくはそれ以上の必要に応じた航空支援を行う中、低速戦艦を中心とした殴り込み部隊がショートランド最深部へ強襲をかける。

落ちても自力で帰還できる妖精搭乗員の損失は度外視するとしても、航空機の燃料弾薬、消失した機の補充用ボーキサイト消費量は海軍史上空前となる事は明白であった。

さて、悠長に歓談している聨合艦隊司令長官の本作戦における功績も紹介しておかねばなるまい。

一部は自力ではないにせよ政治干渉を抑えつつ陸軍と円満に協力関係を結び、作戦決行に必要量の資源を確保したのは間違いなく山内の手腕であり、その一連の行い、それこそが彼の戦場における彼の本当の戦いだった。

艦娘は海で戦い、人間は陸で指揮をする。

まさにその通りであるがこれは人間が楽を出来るという意味で無いと理解して頂けただろうか。

作戦の成否を見る以前に司令長官の戦いは実は終了しており、彼はこの時点で歓談しようと何も問題無いのだ。

彼の行いに対する彼自身の評価は……

空へと飛び立つ航空機一〇〇〇機、第一波攻撃隊を映した発令所のモニターを満足気に見つめる様子からお察し願いたい。


朝 ブイン・ショートランド間連絡海域

日向「……凄いな」

僅かに浮いた深海棲艦の残骸らしき物体と、そこら中にまき散らされた陸上機の破片がこの海域で行われた戦闘の証拠だった。

伊勢「次で最深部であるショートランドの港湾に突入だよね? 私間違ってないよね?」

長門「……ああ、次で最深部だ。お前は間違っていない」

陸奥「主砲をまだ撃ってないのは気のせいよね?」

あきつ丸「陸奥殿、恐らく気のせいではないであります……」

霧島「……」

最深部に至るまでの羅針盤で区切られた四つの海域で艦娘の戦闘は行われなかった。

次はいよいよ港湾、最深部を残すのみである。

長門「作戦を聞いた時に薄々勘付いては居たが」

旗艦である長門は中々進もうとしない。

レシプロエンジンの音と共に、最深部への攻撃を終えた第三波攻撃隊が引き返してきた。

頭上を通過するその群れを仰ぎ見ると、彼女は呟いた。

長門「もう二度とこんな気持ちを味わうことは無いと思っていたのだがな」

陸奥「……」

日向「兵器としての矜持も良いが、我々が何の為の存在か忘れない事だ」

長門「戦艦としての誇りを捨てた私は私なのだろうか」

日向「捨てろとまでは言わんよ。……ま、捨てたお前も変わらずお前だと思うがな」

長門「……」

日向「生き残るために努力するのも立派な戦いだと思うぞ」

日向「結局は長門、お前がどうありたいか次第なんだよ」

伊勢「それっぽく適当なこと言ってんじゃないよ日向~」

日向「男のために生きる人生も悪くないさ」

伊勢「私も嶋ちゃんと一緒に過ごせたらいいなーとは思うけどさ」

陸奥「え……みんな彼氏居るの……? どうして……?」

あきつ丸「か、海軍はただれているのであります!」

霧島「……進撃しないんですか」




朝 ショートランド泊地 港湾(敵根拠地最深部)

陸上機の第三波までの攻撃を受け、大破した状態でそれは佇んでいた。

後ろの化け物は既に息絶えていたが、奇跡的に発生した浮力によりようやく浮かんでいる。

血のように赤い瞳、長い漆黒の髪を持ったものが、その化け物の傍で寄り添うように


戦艦棲姫がそこに居た。


戦闘力を持っていたのは後ろの化け物のようで、反撃の様子もない。。

戦艦棲姫「……」

もう戦う意思が無いようだった。

伊勢「油断しちゃ駄目だよ。穢れないよう意識をしっかりね」

長門「分かっている。斉射で止めだ」

戦艦棲姫「キタカ、アワレナニンギョウドモ」


陸奥「あら、やっぱりこのクラスになると喋れるのね」

あきつ丸「……」

戦艦棲姫「ソコノシロイノ、コワガルナ。ワタシハモウタタカエナイ」

あきつ丸「っ!! 貴様のような化け物に!!!」

長門「落ち着け。耳を傾ける価値もない」

戦艦棲姫「……コロセ。ワタシニハシヌヨウイト、ソノカクゴガアル」

霧島「死にたがっているみたいですし、撃ってもいいですか」

日向「みんな待ってくれ」

霧島「まだ何かあるんですか」

日向「こいつを殺すのは私に任せくれないか」

長門「それは構わないが」

日向「あきつ丸は妖精たちの揚陸を。それで、お願いなんだが……この場は私に任せてお前たちは先に撤収して欲しい」

伊勢「何言ってんのさ日向!」

日向「頼む」

長門「そんなこと出来るわけ無いだろう。どうしたんだ? 自分の言っていることが分かっているのか」

霧島「この人……穢れにやられてるんじゃないですか」

日向「穢れなどに私はやられん」

陸奥「貴女の願いは到底聞き入れられないわ。魅入られて異常になっていない可能性が証明できない」

日向「……分かったよ。撤退が無理なら少しこいつと一人で話をさせてくれるだけで良い」

長門「現場での判断を一任されている者として拒否する」

日向「頼む時間をくれ。聞き入れてくれるならば、お前と長官のケッコンについて手助けしてやらんこともない」

陸奥「馬鹿ね。そんなのが通用すると思ってるの?」

長門「五分だけだぞ」

霧島「……長門さん?」

長門「深海棲艦との対話は戦争を終わらせる鍵になるやもしれん」

伊勢「それなら全員で!」

長門「日向は一度深海棲艦に変化しかけている。穢れに対して耐性がある」

伊勢「はぁ!?」

陸奥「そうなの……?」

霧島「……知りませんでした」

長門「これはチャンスだ。断じて私が目先の欲に釣られたわけではない」

日向「助かる。私が合図するまで待機していてくれ」



通話装置の電源を落とす。

日向「やっと二人きりになれた」

戦艦棲姫「ナレナレシイヤツダ」

日向「しらばっくれるな。お前、長門だろう」

戦艦棲姫「……」

日向「随分と寒い場所に居たんみたいだな。肌が真っ白だぞ」

戦艦棲姫「ナゼ、ワカッタ」

日向「分かるさ。雰囲気で分かる」

戦艦棲姫「……」


日向「今は航空戦艦の日向だ。久しぶりだな」

戦艦棲姫「ゲンキニシテイタカ」

日向「ああ。元気にお前のお仲間を殺していたよ」

戦艦棲姫「フフフ、イイカオニナッタナ。……シノマギワダカラダロウカ、ニクシミデココロガクモラナイ」

戦艦棲姫「マルデ、ダイニカンクニイタコロノヨウダ」

日向「……」

戦艦棲姫「サッキノガ、イマノナガトカ」

日向「ああ。お前と違って、想い人と結ばれているがな」

戦艦棲姫「……アイツハゲンキカ」

日向「元気だよ」

戦艦棲姫「……」

日向「もう少し待つべきだったな」

戦艦棲姫「メグリアワセガワルカッタ。アレイジョウマツナド、フカノウダッタ」

日向「残念だよ。私はお前のことは好きだった」

戦艦棲姫「ワタシモオマエガスキダッタ。ダガ、モウイウナ。オワッタコトダ」

日向「そうだな。……変異型のブレインは全員元艦娘なのか」

戦艦棲姫「ソウカンタンデハナイ。イロイロダ」

日向「……安心したよ。長門、我々は深海棲艦との戦いを止めたい。何か手はないか」

戦艦棲姫「ムリダ。ワレワレハトマラナイ」

日向「頼む」

戦艦棲姫「カリニイマ、オマエトワタシノタチバガギャクダッタトシテ」

戦艦棲姫「オマエニハ、センソウノトメカタガワカルカ?」

日向「……上と掛け合う事が出来る」

戦艦棲姫「ソウダ。カケアウコトガデキル。ソシテ、ソノムイミサヲシルコトガデキル」

日向「やってみなければ分からん」

戦艦棲姫「アハハハハ! イッショウケンメイダナ」

日向「当たり前だ! こんな馬鹿げた艦娘同士の戦いなど私の望むところではない!」

戦艦棲姫「ワレワレハニンゲンガニクイ。ダカラ、ヤツラニクミスルカンムスメハ、コロス」

戦艦棲姫「ワレラニハヒトヲホロボスカクゴト、ソノヨウイモアル」

日向「……分かり合えないのか」

戦艦棲姫「ワレワレホドジュンスイデナイニセヨ、ニンゲンモセンソウヲトメルコトヲノゾミハシナイ」

日向「そんなことはない」

戦艦棲姫「キョウゾンスルニモ……ワレワレハタガイヲ、コロシスギタ」

日向「……」

戦艦棲姫「オマエノココロハ、イイニオイガスル」

日向「匂い?」

戦艦棲姫「スキナオトコガイルンダロウ。ソノオトコノニオイダ」

戦艦棲姫「オマエガミテイルノハミジカイユメダゾ。ソンナモノ、ツヅキハシナイ」

日向「何を言っている」


日向「……」

戦艦棲姫「スグニ、オワル」

日向「終わらない。終わらせるものか! こいつは私がやっと手に入れたものなんだ!」

戦艦棲姫「ワタシハシアワセニナレナカッタ。ダカラコウナッタ」

戦艦棲姫「オマエハ、シアワセニナッタ。ダガ、ソノシアワセヲウシナッタトキニ……オマエハドウナルノカナ?」

日向「何故失うことが前提に話を進めている」

戦艦棲姫「シットデモアリ、チュウコクデモアリ、ワタシニトッテノタノシミデモアル」

日向「……戦艦長門が哀れに堕ちたものだ」

戦艦棲姫「ヒュウガ」

日向「何だ」

戦艦棲姫「ワタシヲケセ。ワタシハモウシヌカクゴガデキテイル」

日向「長門! 諦めるな! 必ず何か止められる方法がある!」

戦艦棲姫「……ムダダ」

日向「交渉決裂か」

戦艦棲姫「……」

日向「そちらに和平の意思が無いことはよく分かった」

戦艦棲姫「ヒトツ、タノミガアル。アノオトコヲ、シアワセニシテヤッテクレ」

戦艦棲姫「……オロカユエニ、イトオシカッタ」 ポロポロ

日向「……」

戦艦棲姫「アノママダト、ワタシガコロシテシマッテイタ」ポロポロ

日向「……だから逃げたのか」

戦艦棲姫「……ナァ、ヒュウガ、ナンデ、コウナッテシマッタンダロウナ」ポロポロ

日向「……なんでなんだろうな、私にも分からん」

戦艦棲姫「……」ゴシゴシ

戦艦棲姫「……サッキノハワスレロ。ヤレ」

彼女は静かに目を瞑った。 次に来るであろう主砲の衝撃を覚悟するかのように。

日向「……帰ってくる気は無いか」

戦艦棲姫「……」

日向「分かった」

戦艦棲姫「……」

日向「お前は私が消す」

徹甲弾を装填した砲塔の照準を静かに合わせる。

日向「……」



日向「さよなら」


6月16日

朝 ブイン基地 執務室

山内「は~昨日は飲み過ぎた」

ブイン司令「わはは」

嶋田「しかし総長の電文を見たか? ひひぃー! 傑作だったな! 奴ら一日で落とせると考えていなかったようだぞ」

山内「ああ。慌てふためき何度も確認をしてきたな」

ブイン司令「最後はショートランド泊地の定義まで聞いてきたからな」

山内「あははははは!!! 愉快愉快!」

嶋田「馬鹿笑いするのは良いが抜かりは無いか」

山内「ああ。内閣への報告と同時に新聞各社への通達をした」

ブイン司令「流石。奴らの手柄にされても癪だしな。今頃国内で山内長官は時の人だ」

山内「このまま進めば総理の椅子も夢ではないな」

嶋田「一つ心配なことがある。中央に派遣したスパイから連絡が途切れた」

山内「ふむ?」

嶋田「あいつが公安ごときにやられるとも思えん。……陸さん、何かこちらに隠してるんじゃないか」

ブイン司令「そんな気がしてならんな。艦娘の件はあっさりと引き下がりすぎだ。中将はともかく、少佐の一人が敵意剥き出しだったのも気になる」

嶋田「あの一番小さい男だろう」

ブイン司令「尋常ならん殺気が漏れていた。ただもんじゃ無いぞアレは」

嶋田「確かに艦娘を愛するロマンチストには見えなかったな」

ブイン司令「視察隊の顔写真を本土に送って神祇院の者に身元確認をして貰った」

山内「ほう」

ブイン司令「他の三人は確かに陸軍少佐として存在したが、あの小さい男だけは確認出来なかった」

嶋田「俺の方も同じ結論だ」

山内「特務機関か」

ブイン司令「それも情報が一切出てこないほどヤバイやつな」

山内「中野ではないのか」

嶋田「そこの忍者なら調べきれない程じゃ無い」

山内「……何だ。妖怪ども出方が読めん」

ブイン司令「利害関係を整理してみよう。陸軍はどうすれば得をする。彼らの望みは何だ」

山内「艦娘を陸上兵器として運用が出来るか否か、それが彼らの興味のある点だ」

嶋田「陸軍が艦娘を使えるようになれば我々はお払い箱だな」

山内「うーむ」

ブイン司令「妖怪どもはどうすれば得をする」

山内「自分達の権益の維持、そしてその拡大」

ブイン司令「妖怪どもが艦娘の供給を約束して陸軍と結びついている可能性は?」

嶋田「その場合妖怪どもに一体何の得がある。軍部の拡張は望むところでは無いだろう」

ブイン司令「それでも尚結びつく理由……もしかするとシンプルな動機かもしれん」

山内「何だ、それは」

ブイン司令「打倒聯合艦隊司令長官」


山内「それこそ有り得ん。仮にも国の頂点に立つ者達だぞ」

ブイン司令「業の深さは時として予想の範疇を超える。立場に踊らされる人間が居る故に我々はまとまらん」

山内「仮にそうだとして我々をどうする」

ブイン司令「最悪の場合、消されるだろう」

山内「……」

嶋田「……」

ブイン司令「……消される?」


嶋田「……ぷっ」

山内「……ふふふっ」

山内「あははははは!!!! 消されるか!」


ブイン司令「だよなぁ~。ちょっと荒唐無稽過ぎたか」

嶋田「むはははは! そんな横暴がまかり通るわけ無いだろ!!」

山内「消すにも方法はどうする? そして落とし前をどうつけるのだ」

嶋田「身内を殺されて黙っているほど俺は落ちぶれてないぞ」

ブイン司令「陸軍が本格的な戦闘を仕掛け海軍の上級指揮官を同時に殺害……組織自体が消滅すればどうだ」

山内「本土や南方各地に散らばっている指揮官を同時にか」

ブイン司令「我々は深海棲艦との戦いに明け暮れ、内乱の想定などしたことも無かったろう」

嶋田「本格的戦闘つったって陸さんが各基地を強襲するとでも? リアリティねぇなぁ」

ブイン司令「想定しうる中で最悪のシナリオの話だよ」

嶋田「鎮守府や基地には守備隊こそ居ないが武装した艦娘が居る。もしブインを攻略したいなら旅団規模以上の兵力が必要だ」

山内「そんな動きを本土の先生が感知できないわけがない」

山内「大量の人員を乗せた大型艦艇は接近する間に電探で感知出来るし敵にもこちらにも良い的だ。攻略も一日で終わりはしない」

嶋田「海の上の戦いなら負けるわけ無いしな」

嶋田「艦娘が海を守ってるから食って行けてるのに、自分で自分の首を締めることになるぞ」

山内「そこまで錯乱してないと思うがな」

ブイン司令「それもそうだな。少し飛躍しすぎたか」

山内「しかしまぁ、冗談はこの辺にして。きな臭い動きがあるの確かだ」

山内「暗殺が無いとは断言出来ん。身辺には気をつけよう」

嶋田「そうだな。なぁ、艦娘を徴用して構わんか」

山内「良かろう。お前たちに死なれては先に行き詰まる」

ブイン司令「どの子にしようかな」

山内「変なこと考えるなよ」

ブイン司令「傍に仕えるのだから見目麗しく乳猛々しい方がお前も良いだろう」

嶋田「乳猛々しいってなんだよ……」

山内「一人だけだからな。適切な人選、艦娘だから艦選? をするように」

ブイン司令「アイサー! 決めた! 俺は矢矧ちゃんだ!!」

嶋田「良いのを選んだな」

山内「胸の排水量だけで決めてないだろうな」

ブイン司令「ちゃんと総トン数で決めたよ」

山内「何言ってんだか」


6月17日

早朝 ブイン基地 廊下

矢矧「……」イライラ

ブイン司令「ふぁ~……今日も蒸し蒸しと暑いな」ガラガラ

矢矧「司令、おはようございます」イライラ

ブイン司令「ああ、おはよう。早速居るのか」

矢矧「昨晩急な招集がありその場で護衛任務を拝命いたしました」イライラ

ブイン司令「ご苦労」モミ

矢矧「……私は司令と、今後とも良好な関係を保っていきたいと考えています」イライライライラ

ブイン司令「それは願ってもない」モミモミ

矢矧「だから私の胸を無断で揉むのは止めて下さい」

ブイン司令「いいぞ」モミモミ

矢矧「どこまでも日本語の通じない……何故貴様のような俗物がこのような場所に」ワナワナ

ブイン司令「海軍にはこういう連中しか残ってない」モミモミ

矢矧「少なくとも長官閣下は違います」

ブイン司令「ふーーん。ま、思うだけなら自由だしな」


朝 ブイン基地 廊下

雪風「シレェーーーーーーー!」トタタタタ

ブイン司令「おう」

雪風「とぅ!」バッ

ブイン司令「はっ」サッ

雪風「えっ!? 避けっ!? へブシッ!」ドタッ

ブイン司令「今日は趣を変えてみた」

矢矧「駆逐艦相手に何やってるんですか」

ブイン司令「交流」

雪風「……」ウルウル

ブイン司令「あれ」

雪風「司令が……雪風のこと避けました」

ブイン司令「あ、いや雪風そんなつもりでは」

雪風「避けました……」ウルウル

木曾「地面に突っ伏すんじゃねえよ。パンツ見えてんぞ」

ブイン司令「よ」

木曾「よ」

雪風「木曾~……司令が私のこと避けました……」

木曾「おーよしよし、可哀想に。こっちに来い。俺が慰めてやるよ」

雪風「木曾~」

木曾「よ~しよしよし。別に本当に嫌ってるわけじゃ無いって」

雪風「……そうなんですか」

木曾「そうだろ、司令のオッサン」

ブイン司令「勿論だ」

雪風「なら、良いです!」

雪風「司令! もし次雪風のこと避けたら司令は死刑ですからね死刑!」

木曾「おうおう。殺してやれ。こいつはいっぺん死んだほうが良い」

ブイン司令「司令だけに死刑」

矢矧「……」ゴンッ

ブイン司令「アラバッ」


加古「よ~司令~朝飯か~?」ブンブン

ブイン司令「おはよう。そうだ」

古鷹「……いいよ。何で声掛けるの」

加古「な~。いい加減二人とも仲直りしろよな」

ブイン司令「俺は早く古鷹と仲良くしたいな~」レロレロ

古鷹「……!!!」ゾワゾワ

加古「何やってんだよ司令。舌なんか出してさ」

ブイン司令「ア・イ・シ・テ・ルのサイン」

古鷹「加古っ! 早く行こ!! こんな男と関わっちゃ駄目だよ!!」

ブイン司令「早く行こ、加古だけに」

矢矧「……」ドスッ

ブイン司令「ナベシッ」

加古「あはは!! 加古だけに行こ、ってウケんだけど」ケラケラ

ブイン司令「あ、そうだ加古。今晩暇か?」

加古「ん? 暇だぜ」

ブイン司令「美味い紅茶があるんだが飲みに来ないか」

加古「おっ! いいねぇな」「駄目!! 絶対行っちゃ駄目!!!!」

ブイン司令「……」

加古「どうしたんだよ。お茶飲むだけだろ」

古鷹「何で……? 何で加古はこんな奴信用してるの……?」

加古「喋ってみると意外と良い奴なんだぜ。古鷹こそ何か勘違いしてるんじゃないか?」

ブイン司令「……」ニヤニヤ

古鷹「ほら! こんな不気味な表情浮かべる奴が良い人なわけ無い!」

加古「不気味な表情?」チラッ

ブイン司令「……」キリッ

加古「……べ、別に普通の顔じゃん」

古鷹(駄目だ……この子ちょっとカッコいいって思ってる……)

ブイン司令「じゃあまた夜にな」

加古「おう! がってん! 楽しみだな~どんな味の紅茶なんだろ」

古鷹「……」

矢矧「おいケダモノ」

ブイン司令「はいケダモノです」

矢矧「貴方、古鷹に以前何か盛ったのね」

ブイン司令「さぁ。昔のことは忘れた」

矢矧「酷い奴」


吹雪「おはようございますブイン基地司令殿」

ブイン司令「……」チッ

吹雪「露骨に舌打ちしないで下さい」

ブイン司令「おはよう。えーっと、見たことのない吹雪だね。基地へはいつ?」

吹雪「前から居る吹雪ですよ」

ブイン司令「あ、そう」

吹雪「……」ニヤニヤ

ブイン司令「……」ニヤニヤ

吹雪「朝食ですか」

ブイン司令「ああ。お前は済んだのか」

吹雪「済んだとか。朝食を栄養を摂取する作業みたいに言わないで下さい」

ブイン司令「黙れ」

吹雪「今日は野菜ジュースが美味しいですよ。じゃ、また」

ブイン司令「うん」

矢矧「随分と仲が良いんですね」

ブイン司令「そんなこと無いぞ」

矢矧「?」

ブイン司令「互いに互いが嫌いで仕方ない」

矢矧(そうは見えなかったけどな)




浜風「……」スタスタ

ブイン司令「浜風ちゃ~~~~ん!」ドダダダダ

浜風「うわぁぁぁぁぁぁ」

ブイン司令「おはよう~~~!」

矢矧「やめなさい」ゴスッ

ブイン司令「ンジャメナッ」

浜風「もうブイン基地やだートラックに帰りたいー!」


朝 ブイン基地 食堂

矢矧「食堂に行くのにこんな時間がかかったのは初めてよ」

ブイン司令「誰かしら知り合いに会うからな」

「司令、おはようございます」

ブイン司令「よう」

夕張「あ、先生。おはようございます」

ブイン司令「よっ」

矢矧「その性格で何故嫌われてないか不思議でしょうがないわ」

ブイン司令「人徳、と言いたいが実際は知らないから嫌われてないんだろう」

ブイン司令「女ばかりの基地で男の存在は貴重だしな」

矢矧「……」

ブイン司令「さっさと食おう。ん、野菜ジュースが確かに美味そうだ」




朝 ブイン基地 執務室

翔鶴「司令、おはようございます」

ブイン司令「おはよう」

矢矧「翔鶴さん。おはようございます」

翔鶴「お話は伺っています。司令の護衛、よろしくお願いします」

矢矧「はい。お任せ下さい」

翔鶴さんの薬指には司令とお揃いの指輪がある。

矢矧「……」

ケッコンしている艦娘はこの基地でも数えるほどしか居ない。

だから目立つ。

ブイン司令「ショートランドの復興作業はどうだ?」

翔鶴「内陸部に深海棲艦の手は及んでいなかったようで敵の掃討と生成装置の停止作業は完了し、昨晩の時点で重機等を揚陸した復興作業を行っております」

ブイン司令「余りに余ってる搭乗員妖精を使えよ。奴ら、しばらく仕事が無いからな」

翔鶴「はい。艦娘を出す余裕はとてもありません。防衛の必要な箇所も増えますから、シフトも組み直す必要がありそうです」

ブイン司令「お前に一任する。場所によっては防衛に陸上航空隊を利用しても構わん」

翔鶴「ありがとうございます」

ブイン司令「復興もショートランドの司令部機能の復活が第一だ。特に南端と東端にある大型電探の復旧と、ブインとの通信回線の確保は急がせろ」

翔鶴「その二つは既に確保済みです」

ブイン司令「流石。向こうの司令部には嶋田が行っているか?」

翔鶴「それ程でも。はい。嶋田さんが」

ブイン司令「あいつはどうせサボってるだけだから、こちらで指示を出しておく」

ブイン司令「司令部機能と最低限のライフライン、居住区画、弾薬庫と燃料庫、飛行場の復旧、この順番で復興が済み次第戦死者の周囲の遺骨回収に取り掛かれ」

翔鶴「ショートランドの撤退は成功したと聞き及んでいますが」

ブイン司令「完全ではない。逃げ遅れた者や最後まで基地に残り味方の撤退を支援していた部隊が居たはずだ」

ブイン司令「彼らを一人たりとも見逃すな。全員本国へ帰すぞ」

翔鶴「その旨、通達しておきます」

矢矧「……」


昼 ブイン基地 執務室

ブイン司令「良い日差しだな。折角だ。昼飯は外で食おう」

翔鶴「ご一緒します。では食堂から色々貰って参りますのです」

ブイン司令「頼む」

矢矧「……」

ブイン司令「何だ。さっきからこっちを凝視し過ぎだぞ」

矢矧「貴方の働いている姿を見るのは初めてよ」

ブイン司令「あはは。確かに普段艦娘とは縁が遠いからな」


ブイン司令「俺がブインの司令になったことで暇になった長官が何をしているか知っているか」

矢矧「いえ」

ブイン司令「奴は現場に出て艦娘たちの働いている姿を見ている」

矢矧「最近長官閣下をお見かけする機会が多いと思っていたけれど、それが理由なのね」

ブイン司令「書類仕事は楽でいいが長く続ける内に現場の感覚を失ってしまうからな」

ブイン司令「まぁそもそも、人間が艦娘と同じ感覚を持ちえようは無いのかもしれんが、それでも寄り添おうとする姿勢は大切だ」

矢矧「……」

ブイン司令「賢い判断だよ。現場に出れば黄色い声も聞けるわ、人気も上がるわ、良いことづくめだ」

矢矧「貴方が行くと悲鳴が上がりそうね」

ブイン司令「やめろ」

矢矧「正直言って、この基地の将校の中で貴方一番人気無いわよ」

ブイン司令「へー」

矢矧「もっと取り乱してくれると思っていたけれど」

ブイン司令「無闇に多くから好かれても得られるものは何も無い」

矢矧「そうかしら」

ブイン司令「そんなことも分からんとは。口調は偉そうでも、分かってないな」

矢矧「……」カッチ-ン

ブイン司令「本当に大事な奴らから好かれれば俺はそれでいい」

矢矧「私が何を分かってないですって?」

ブイン司令「自分で考えろ馬鹿が」


翔鶴「戻りました。……あら」

ブイン司令「ギブギブギブ」ペシペシ

矢矧「馬鹿と言ったのを訂正しなさい」ギリギリ

ブイン司令「艦娘のヘッドロックは胸に当たって嬉しいけど人間は脆いから死んじゃうの。死んじゃうの~」ペシペシ

矢矧「て・い・せ・い・し・な・さ・い」ギリギリギリギリ

ブイン司令「アベ、アベベベベベ」ガタガタ

翔鶴「そろそろ本当に死ぬので、その辺で何とか……」

矢矧「このっ、このぉ!」ギリギリ

ブイン司令「……」ガクガク

翔鶴「矢矧さん」

矢矧「んんんん」ギリギリ

ブイン司令「……」

翔鶴「何故司令の周りには問題児ばかり集まるのでしょうか」




夕方 ブイン基地 時雨の部屋

ただでさえ暑いこの部屋で、日が落ちる直前の西日がトドメとばかりに突き刺さる。

村雨「ブインてこんなに暑いの……?」グテェ

畳の上で溶け、片手でなんとか団扇を動かしているのが村雨。

時雨「あはは。すぐ慣れるよ」

てきぱきと姉妹艦の荷物を運ぶのが時雨である。

村雨「あ、時雨……ごめんね。運んでもらっちゃって」

時雨「いいよ、村雨は私の姉妹艦なんだから。今日は移動で疲れたでしょ? 遠慮しないで」

姉妹艦。何と良い響きだろう。

村雨「じゃお言葉に甘えるねー。いや~、でも畳は良いね。日本の心だよ~」

時雨「そうだね」クス

村雨「時雨はこの基地長いの?」

時雨「二ヶ月くらいかな」

村雨「私、進水日が一週間前だよ!?」

時雨「出来たてホヤホヤだね」クスクス


白露型三番艦には口元に手を当て静かに笑う二番艦が大人に見えた。

単に長生きしているだけでない、大人の女の余裕である。


村雨「……あー、そういえば白露型のみんなは?」

時雨「姉妹艦はまだ居ないよ」

村雨「居ないんだ? じゃあ時雨この広い部屋にずっと一人だったの?」

時雨「この部屋は私の部屋ってことになってるからね」

時雨「姉妹艦が居ないっていうか。姉妹艦じゃ無いのなら居るよ」

村雨「姉妹艦じゃ無いの?」

時雨「同名艦でも複数運用し始めて、その辺めんどくさいからまた今度説明するね」


村雨「とりあえず今はこの基地に他の白露型は居ないんだね」

時雨「居るよ」

村雨「どっちなんだーい」

時雨「というか村雨、荷物多くない?」

村雨「ふっふ~ん。見て見て~」ゴソゴソ

村雨「じゃーん!」

時雨「……少女漫画?」

村雨「そうです! 日本で人気の少女漫画を手に入れることが出来たのです!」

時雨「へぇ、どんな話なの」

村雨「日本の高校に通う女の子が同じ高校のイケメンの男の子と実は幼なじみで!」

時雨「幼なじみなことに気づいて無いんだ」

村雨「そう! そうなの! 二人は両親の都合で離れ離れになったけど実はずっとお互いのことを好きなままで……」

時雨「へぇ~」

村雨「同じ高校に入ったのに互いのことに気づかず……運命のイタズラで愛しあうよりいがみ合う道を選んでしまうの!」

時雨「へー、あ、雨降ってきたね。窓閉めなきゃ」

村雨「でもある出来事から相手に幼なじみの面影を重ね……って時雨! 聞いてるの?」

時雨「あはは。僕、あんまり漫画とか読まないからさ」

村雨「じゃあ是非読んで。今すぐ」

時雨「もうすぐ夕食の時間だし……」

村雨「ならその後」

時雨「夜ちょっと行きたいとこがあったんだけど」

村雨「任務じゃ無いでしょ」

時雨「無いけどさ」

村雨「なら読む! それで感想頂戴」

時雨「あー、分かったよ」




夜 ブイン基地 時雨の部屋

村雨「いや~ブイン基地は料理が美味しいね。初めて食事をした気分だよ」

時雨「……」

村雨「時雨どうしたの? ちょっと怒ってる?」

時雨「別に夜の予定を邪魔されたからって怒ってないよ。漫画貸してよ。読むから」

村雨「はいこれ! 飛ばさずちゃんと読んでよね」

時雨「はいはい。分かったよ」

~~~~~~

夕方降り始めた雨はまだ止んでいない。

時雨「……」

私の姉妹艦は窓辺に腰を下ろし難解な少女漫画を紐解いている。

嫌々本を受け取った割には読書に集中しているようである。

村雨(あっ、指輪)

左手の薬指で光る指輪を発見した。

村雨「時雨はケッコンしてるの?」


時雨「ん? ああ、うん」

気のない返事をすると再び本の世界に戻ろうとする。

村雨「えぇ!? 誰と誰と」

時雨「基地司令さ」

村雨「司令!? ブイン基地司令!? 何で!? 馴れ初めは!? 今はどうなってるの!?」

時雨「邪魔しないでよ。今、良いところなんだからさ」

姉は畳に寝転がると、背中をこちらに向け面会謝絶の意思を表明する。

少女漫画が面白いと言っているのと同義であり嬉しいような、自分が無碍に扱われ寂しいような。

複雑である。

ケッコン、ケッコン、ケッコン?

噂には聞いていた。ブインには人間とケッコンした艦が居るらしいと。

ケッコンっていうことは壁ドンされたり、手を繋いだり、好きって言い合ったり、キスしたり……。

ていうか夜の予定ってもしかして……。



ブイン司令「村雨」壁ドン

村雨「あっ、司令君、こ、困るよ私……」

ブイン司令「俺と長官どっちが好きなんだ。今日こそハッキリしろよ」壁ドン

村雨「ひっ!?」

ブイン司令「ごめん。怖がらせるつもりじゃ……」

村雨「……いいよ私は全部分かってるから」ニコッ

ブイン司令「村雨……」

村雨「私は司令君の」 「ねぇ村雨、早く二巻出してよ」ユサユサ



村雨「あーもう!! 良いところだったのに!!!」

時雨「えっ、何が」

村雨「司令君と私の……もういいよ」

時雨「頭大丈夫?」

村雨「頭大丈夫でっす!」

【5】

朝 ガダルカナル近海 

空母棲姫「ショートランドガオチタワ」

空母水鬼「チョ~ヤバクナイ?」

空母棲姫「……メンドウネ」

空母水鬼「テキ、マタコッチヘクルヨネ」

空母棲姫「エエ。デモ、オトウサマハセメニデルヨウネ」

空母水鬼「エングン、キタイデキナイネ」

空母棲姫「アナタ、ソノホウガモエルデショ」

空母水鬼「マァネン♪」


6月22日

昼 ブイン基地 食堂

まだ昼間であるにも関わらず食堂には大勢の艦娘が集結していた。

各々の手には酒の入ったグラス、机の上には酒池肉林の為の宴会準備がなされている。

段ボールで作ったお立ち台の上にいる長官がマイクに音を入れた。

山内「えー、遅ればせながらショートランド泊地の完全な奪還に成功したことの祝いの席を設けることとなった」

山内「これもひとえに諸君ら艦娘の努力の賜物であると私は考える」

山内「昼夜を分かたず戦い続けた君たちの存在があったからこそ、ショートランド奪還は成った」

山内「本当にありがとう」

キャーキャー! \チョウカーン! ケッコンシテクダサ-イ!/ \オレラナンモシテネェシ/

山内「何もしてないわけが無いだろう」

山内「海上護衛戦、基地防衛、それらを支える兵站の維持管理」

山内「全て君たちの力だ」

ウォーチョーカーン! ピャーピャー!


ブイン司令「大した人気だな」

矢矧「貴方とは大違いね」

ブイン司令「……」モミモミッ

矢矧「……」ドッスゥ

ブイン司令「!!!!!!」


山内「ショートランドを奪還したとはいえ、未だ近海に潜水艦も出没し、ガダルカナルは健在。我々は敵の撃滅という目的に到達するまでの、目標の一つを達成したに過ぎん」

山内「敵の攻勢がどうなるかは予測出来んが、8月にはあの島を落とす予定だ」

オー ツヨキダー スゲー

山内「完全休養が難しい君たちだが、今日明日明後日は快晴が続き、基地の妖精航空隊が普段の君たちの仕事を肩代わりしてくれることになった」

ヤッター! ヨウセイサンアリガトー!

山内「そこで今日明日とは異例なことながら艦娘の完全休養日とし、この部屋で各自がいつでも自由に飲み食いできるよう食材を手配してある」

山内「盛大に楽しんでくれ」

山内「世界の航路に一日も早く平和が訪れんことを。乾杯」

キャーキャー! カンパーイ! ヤッタ~! \ヨ~シ! ノムゾフブキ!/ カンパーイ \ジュンヨウサンチョ、マッ/


南方戦線全体を包んでいた重苦しい閉塞感は敵の攻勢を跳ね除けたことで今や完全に消え去った。

泊地一つの小さな一歩ではあったが、彼女たち艦娘自身が歩みを進めた偉大な一歩である。

そして、その歩みは時を重ねるごとに力強さを増して行き……。


山内「我々ならきっと届く」


最期には望む未来へ、勝利へと到達するであろうことは容易に想像出来た。


嶋田「俺は酒飲めねぇんだろ? やる意味ねぇよ」

ブイン司令「わはは。じゃんけんに負けたお前が悪い」

矢矧「じゃんけんて……」

山内「指揮官が全員酔っ払いというわけにはいかんだろ」

嶋田「おい、高雄」

高雄「あ、はい」

嶋田「何食べてんだ。お前は俺の護衛だろう。宴会は無し。執務室へ行くぞ。仕事だ仕事」

高雄「えぇ~……了解です」

好色一代男は去り際、友人二人に耳打ちする。

嶋田「公務の邪魔はするなよ。執務室へ人を近づけるな」ヒソヒソ

ブイン司令「ろくでなし、甲斐性なし、伊勢泣かせ」

山内「鬼畜、艦娘の敵、おっぱい星人」

嶋田「うるせぇ! それくらい楽しまないとやってられるか」


嶋田「じゃあな」

高雄「ちょ、嶋田提督! 腰に手を回さないで下さい」

嶋田「仲良くしようぜ」サワサワ

高雄「そ、そのような行為は任務に含まれておりません!」

嶋田「わ~かってるよ。真面目にお仕事しますよ~」

高雄「もう……」

山内「あの反応であの表情。十中八九食われるな」

ブイン司令「南無」

矢矧「長官、この馬鹿と何を話しているのですか」

ブイン司令「ガキとは関わり合いのない大人の話だよ。さ、盛大に飲もうや」

矢矧「馬鹿にしないで頂戴」

ブイン司令「本当に君は俺を何だと思っているのですかね?」



~開始15分経過~

隼鷹「吹雪ぃ、飲んでるか~? なに逃げてんだよ~」ガシッ

吹雪「触らないで下さい。酒臭い人は嫌いです」

隼鷹「私はお前好きだぜ~?」

吹雪「もう酔っ払ってるんですか」

隼鷹「酔っ払ってなんか無いよ? あれ、でも吹雪が三人居るように見えるけど」

吹雪「実際に三人居ますからね」

吹雪A「初めまして……」

吹雪B「初めまして、私と私と隼鷹さん」

隼鷹「あっ、これはご丁寧に~、こんちわ~」

吹雪「自分に挨拶なんてしなくていいよ。馬鹿らしい」


ブイン司令「任務ご苦労。日頃の疲れを癒してくれよ」

隼鷹「おー司令~! 相変わらずいい男だねぇ、長官や嶋田さんには負けるけど~」ケラケラ

ブイン司令「最後のは聞かなかったことにする。今日は楽しんでくれよ」

ブイン司令「ん? 吹雪が三人も居るぞ」

吹雪A「あの、こ」「静かに!」

吹雪A「えっ」

ブイン司令「知ってる吹雪がどれか当ててやる」

吹雪A「……」

吹雪B「……」

吹雪「……」ハァ

ブイン司令「見えた! お前だな!」

吹雪「……当たりですよ。一番可愛いので簡単に分かりますよね」

ブイン司令「一番腐ってそうなのを選んだ」

吹雪「……」ムカッ

ブイン司令「嘘だよ。いつも見てるんだから見間違うわけも無いだろう」ポンポン

吹雪「えっ」

ブイン司令「残りの吹雪にも言っておくが、こいつは目標に向け日々鍛錬を欠かしていない」

ブイン司令「同名艦に負けぬよう努力しろ」

吹雪A「が、頑張ります!」

吹雪B「私も!」

ブイン司令「素直だな。やはり一番艦というのは姉として元気が無いとな」

矢矧「……」

ブイン司令「じゃあな。楽しめよ」

吹雪「……」

吹雪「……なによ。前は私に死ねって言ったくせに」

隼鷹「吹雪ぃ~、お前司令と仲良かったんだな」

吹雪「別にそんなんじゃ無いですよ」

隼鷹「なんだー? 顔赤いぞー? 頭触られて照れてんのか~?」

吹雪「うるさいですね。隼鷹さんお酒足りてないんじゃないですか。注ぎますよ」



矢矧「……優しくすることも出来るんですね」

ブイン司令「は? 何がだ」

矢矧「艦娘にです」

ブイン司令「俺はいつでも優しい。お前にも優しくしているだろうが」

矢矧「は?」

ブイン司令「優しく胸を揉んでいる」

矢矧「賽の河原で石を積め」

ブイン司令「いや、俺もう35だし」

矢矧「……」ドシュッ

ブイン司令「クワップ!!!!」


雪風「シレェ!」トタタタタ

ブイン司令「雪風が来るということは」

木曾「よ」

ブイン司令「よ」

雪風「司令! 雪風! 雪風は! 雪風は沈みません!!!!」

ブイン司令「どうした。興奮し過ぎて言語が昔の状態に戻っているぞ」

木曾「雪風はこんな楽しいことするの初めてです、だってよ」

ブイン司令「通訳ご苦労。そうか初めてか。良かったな。うりうり」ワシャワシャ

雪風「ウヒヒヒ! 司令の手はおっきくて好きです!」

雪風「あ、このカレー美味しいですよ!」

ブイン司令「あはは! 雪風、こういう時は普段食べれない物を食べるんだ」

雪風「そういうものなんですか!? 雪風は目の前にあるカレーばかり食べていました!」

ブイン司令「好きなら良いんだがな。木曾、珍しい料理があったら取ってやってくれ」

木曾「分かってるよ。お前も食ってるか?」

ブイン司令「お陰様で」

木曾「何のお陰様なんだよ」

ブイン司令「天の恵みさ」

木曾「アホか。じゃ、またな」



加賀「……」イソイソ

ブイン司令「……そんなに盛って食えるのか」

加賀「わっ!? 提督!?」ガシャッ

加賀「いえ。これは私の分でなく他の子たちの分を確保していただけよ」キリッ

ブイン司令「誰と食ってるんだ」

加賀「……」

ブイン司令「……」

加賀「……ひ、一人よ」

ブイン司令「底の浅いしょうもない嘘をつくんじゃない」

加賀「はい……」

ブイン司令「お前が健啖家なのは周知の事実だ。俺も知ってる」

加賀「ごめんなさい」

ブイン司令「謝らなくていい。折角だし誰かと食べれば良いだろう」

加賀「いえ、貴方じゃなくて傷ついた自分に対する謝罪だし、私、友達が居ないからそれは無理」

ブイン司令「色々と寂しいこと言うな」

加賀「事実よ。ところで……そちらの胸だけは一人前の軽巡は何? 新しい愛人?」

ブイン司令「第七愛人の矢矧だ」

矢矧「……矢矧です。決して愛人ではないですが以後お見知り置きを」

加賀「嫌よ。知り合いにするにも胸が大きすぎるわ」

矢矧「はぁ?」

加賀「冗談よ」

ブイン司令「あははは!!! 自分も相当胸が大きいくせに『知り合いにするにも胸が大きすぎる』って面白すぎる!!!」


加賀「ふふっ。そうでしょう」ニヤニヤ

矢矧「駄目だこいつら」



~開始1時間~

ブイン司令「腹も満たしたし、そろそろ酒を飲むか」

矢矧「司令、一つよろしいですか」

ブイン司令「なんなりと申せ」

矢矧「加賀さんは元は貴方の鎮守府所属なんですよね」

ブイン司令「ああ。鎮守府というか俺の艦隊に居た」

矢矧「貴方の毒を確実に受けすぎています」

矢矧「あそこまでおかしくなると社会復帰は不可能ですので、責任をもって保護すべきだと思います」

ブイン司令「えっ!? お前のおっぱい揉んでいいの!? 本当にありがとう!」モミモミ

矢矧「あ、んっ……」ビクッ

ブイン司令「うわっ、何だその反応。気持ち悪」

矢矧「き、貴様という男はぁ!!」ゴッシャァァァ

ブイン司令「ケッペン!!!!!」



日向「イェーイ、日向でーす」フラフラ

磯波「ひゅ、日向さん……飲み過ぎですよ」ササエ

日向「あはは! あー昼間から酒を飲めるのは良いなぁ~磯波~」ガブガブ

日向「う~み~は広い~が、航路は狭い~っとよっこいしょ~」

日向「私たちには広いけどな! あはは!!」

矢矧「奥さんが暴れてますよ」

ブイン司令「……」

日向「あ、旦那様~。こんにちは」

ブイン司令「日向」

日向「何だ~?」

ブイン司令「戦闘で何かあったのか」

日向「何も無いよ」

ブイン司令「我慢するな」

日向「ありがとう。優しいな」

ブイン司令「いつも優しいだろ」

日向「ああ、そうだったな」クス

日向「ま、今日は気ままに酒を飲みたい気分なんだよ」

ブイン司令「……分かった」

日向「でも少し冷静になれた。感謝の印だ」チュ

ブイン司令「感謝の印、確かに受け取った」

日向「ふふ。ではな、また後でな。ほら行くぞ磯波」グイグイ

磯波「はわわわわわわ!」

ブイン司令「……おう」

日向「う~みだ女の艦隊勤務~♪」グイグイ

磯波「なんですかそれ~!!」


~開始2時間経過~

加古「あはは!! 酒って不味いね~」

古鷹「そう? フルーティで美味しいよ」

加古「なはは!! フルーティってなんだよ!!」

ブイン司令「楽しそうだな~」

加古「おぉ~司令~、我が友~」ダキッ

ブイン司令「おぉ~加古~我が友~」

加古「あー……司令、あんた良い匂いするのな~」スンスン

ブイン司令「中年フェロモンだ」

加古「ぎゃはは!! 中年フェロモンて! ウケる!」

古鷹「加古、さっきから返事の仕方が単調になってるよ」

加古「えー……そう? あ、ちょっと……ねみぃや」

加古「……Zzz」

ブイン司令「抱きついたまま眠るとは器用な奴だ」

古鷹「……この前、ほんとに紅茶飲むだけでしたね」

ブイン司令「当たり前だ。お前の場合は穢れにやられてたから処置したまでだ」

古鷹「……」

古鷹「私、ずっと一方的に変態扱いしちゃって。ごめんなさい。謝ります」

ブイン司令「いいよ。実際変態だしな」

古鷹「そうやって自分を道化にして誤魔化すの、司令さんの良くないとこだと思います」

ブイン司令「……正面から正直に迫られると気恥ずかしいんだよ。分かるだろ」

古鷹「ふふふっ。はい、分かります。私もです。司令さんってやっぱり可愛い人ですね」

ブイン司令「あー、もうやめろ! やめろ!」

古鷹「ほら、そういうとこも可愛いです」

ブイン司令「くぅぅぅぅぅ」

加古「えへへへ……お父さん」

古鷹「……」

ブイン司令「……」

加古「なんなら……お父さんと……お……ふ……Zzz」

ブイン司令「……お父さんって何だよ」

古鷹「ふふふ。司令さんのことじゃないですか」クスクス

ブイン司令「俺はそんなに所帯じみて見えるか?」

古鷹「頼りがいがあるってことですよ。きっと」


~開始3時間経過~

卯月「お前は磔刑ぴょん!」

「ひぃぃぃ~」

ブイン司令「兎は傲慢だな」

卯月「あ、これは司令様。ごきげんうるわしゅう、ぴょん」ヘコヘコ

ブイン司令「長月が居ないからって調子に乗っているのか」

卯月「まさか。卯月は真摯な兎だぴょん」ヘコヘコ

ブイン司令「お前の悪事はお天道様と長月が見てるからな」

卯月「は、はいぃ~」




吹雪「……司令」

ブイン司令「ん? どうした」

吹雪「長月、まだ良くならないんですか」

ブイン司令「そうだな」

吹雪「……」ポロポロ

ブイン司令「お、おい? どうしたんだ」

吹雪「ごめんなさい」ポロポロ

ブイン司令「吹雪、大丈夫か」

吹雪「私の、せいで……長月がぁ……」ポロポロ

ブイン司令「……」

吹雪「私、司令の……っぐ……大切な長月をっ……ごめんなさい」

ブイン司令「……大丈夫だ。長月は良くなる」

吹雪「でも、でもひっ……全然目を覚まさないし……」

ブイン司令「信じろ」

吹雪「……」

ブイン司令「俺たちの想いは長月にきっと届く」

吹雪「ひっ……ぐっ……」ポロポロ

ブイン司令「……俺こそ、お前に死ねと言ったのを謝罪する」

吹雪「……」

ブイン司令「今のお前には死んで欲しくない。……こんなの調子良い言い訳に聞こえるよな」

ブイン司令「だが最近のお前を見ていると本当にそう思う。一緒に長月を待とう」

吹雪「うぇぇぇん」ダキッ

ブイン司令「おっと! まったく。涙とは卑怯だな」ナデナデ


隼鷹「あ、ここに居た? 吹雪がさっきから一人で飲み続けて泣いちゃってさ~」

ブイン司令「酒飲み上手な奴が面倒を見てやるべきだろう」ナデナデ

隼鷹「あー、ごめんよ。私には慰めようが無くってさ~」


吹雪「……司令」

ブイン司令「おう」

吹雪「私に優しい司令にはチューしてあげます」チュッ

矢矧「あ」

飛鷹「やっるぅ~……」

隼鷹「あはは……」

吹雪「初めて唇にしちゃった」

ブイン司令「……酔いが覚めた時に絶対後悔するぞ」

吹雪「しないもん」チュ

矢矧「……」

翔鶴「……」(#^ω^)ビキビキ

瑞鶴「……」(^ω^#)ビキビキ

ブイン司令「あーいや、そのね、これはね、不可抗力ですよね!?」

翔鶴「提督、言い訳は何か?」

瑞鶴「何かある~?」

ブイン司令「くっ、それでも……それでも林檎は木から落ちンバラッコッパァベッシャシャシャァァァ!!!!!!!!!」



~開始六時間経過~

時雨「司令はまだ来てないのかな」

村雨「瑞鶴さんにボコボコにされてどこかへ行ったよ。多分部屋じゃないかな」

時雨「はぁ、ちょっと行ってくるよ。旦那様の所へ」



夜 ブイン基地 司令の部屋

時雨「提督、無事かい」

男は顔の腫れを氷嚢で冷やしながら返事をした。

ブイン司令「何とかな」

時雨「艦娘に殴られ続けるのも楽じゃないね」

ブイン司令「最近はこういうのを着込んでいる」バッ

時雨「ボディアーマー……」

ブイン司令「顔面まではカバーできんが、少しはマシだ」

時雨「そんなものを装備しなきゃいけない自分の夫が情けないよ」

ブイン司令「あはは」

時雨「……あ・な・た」ツツー

ブイン司令「な、何だ」

時雨「僕さ、最近少女漫画沢山読んでて……ちょっと楽しいことしたいんだ」

ブイン司令「さっきのは爽やかな青春の汗を流す中高生でなく愛液を垂らす人妻だったぞ」

時雨「うるさいなぁ」

ブイン司令「何するんだ」

時雨「―――――」ゴニョゴニョゴニョゴニョ

ブイン司令「……ほんとにやるのか」

時雨「うん! お願い!」

ブイン司令「それが良いならやるが……」


ブイン司令「おい、時雨」ドォン

時雨「ちっっがぁぁぁぁぁぁぁぁう!!! 壁ドンはただ壁を殴るだけじゃ駄目なの!」

ブイン司令「……壁叩いて女の子を威圧するんだろ」

時雨「威圧だけど、単なる威圧じゃ無いの! 男性的な力強さを見せつつ女性を追い込んで!」

ブイン司令「言葉遊びだ」

時雨「ニュアンスの問題だよ!」

ブイン司令「……」

時雨「……」

ブイン司令「……くはっ、ははは!!」

時雨「何がおかしいんだよ。僕は本気だからね」

ブイン司令「はいはい。分かってるよ」

時雨「じゃあもう一回、返事をせず逃げようとする依子、私だね、を倉田先輩が壁ドンして返事を迫るシーン! 行くよ!」

ブイン司令「はいはい。俺が倉田先輩な」


ブイン司令(なんというかまぁ)


時雨「よーい、アクション!」


ブイン司令(お前が楽しそうで嬉しいよ)



~開始12時間経過~

山内「うっぷ……もう入らない」

ブイン司令「俺は戦線復帰だ」

山内「もうしばらく、酒は飲まんぞ」

ブイン司令「あと36時間近く残っている。諦めろ」

山内「執務室へ逃げ帰るかな」

ブイン司令「帰らないほうがいい。もう艦娘の間で『執務室から女の叫び声が聞こえる』と噂になっている」

山内「凄いな。12時間経ってるのに」

ブイン司令「猿を尊敬する必要はない」

山内「確かに。ならお前の部屋でゆっくりしないか」

ブイン司令「ウチは駄目だ。時雨が寝てる」

山内「猿め」

ブイン司令「勘違いするな。添い寝してやっただけだ」

山内「ほう。最近妙に落ち着いているな」

ブイン司令「お前らみたいな猿から類人猿くらいには変化できたのさ」

山内「偉そうに」

ブイン司令「猿よりは偉い」

山内「ふん」


おばちゃん「はいどいたどいたー。朝食セットだよ」

ブイン司令「お姉さん。朝はメニューが変わるんですね」

おばちゃん「あったりまえよ。アンタ、朝から肉食うんか!? 食うんかぁ!?」

ブイン司令「いや、食わんが」

おばちゃん「なら馬鹿な質問すんでね! この皿そっちにもってって」

ブイン司令「はい」

山内「ふふ。いい年こいたオッサンが怒られて、みっともないな」


おばちゃん「そっちの人! 忙しいから早くこっちの皿下げて!」


山内「いや、私は聯合艦隊の」「司令長官さんでしょ!? しっとら、そんくらい!」

山内「……お手伝いさせて頂きます」

おばちゃん「なんね! 必要以上にへりくだって! 嫌味か! 嫌味なんか!」

山内「あ、いえ、決してそのようなつもりでは」

おばちゃん「ならさっさと働く!」

山内「はい」

ブイン司令「ぷぷぷ。お前、歴代長官の中で確実に一番かっこ悪いぞ」

おばちゃん「いっつも働いとる子たちが楽しむ日じゃから、こっちも気張らんといかんのよ」

ブイン司令「……」

おばちゃん「あのめんこい子たちが戦っとるとは信じられんけど、そのお陰で、私らは平和に生活出来とるんじゃけ」

山内「……」

おばちゃん「美味しいもん食わせるんが私の戦いじゃ」

ブイン司令「……お姉さん」

おばちゃん「なんね!」

ブイン司令「お姉さんの料理はとても美味い! いつもありがとう!」

山内「ああ! 美味い! きっと艦娘たちにも貴女の想いが」「あんたらの為に作っとるわけじゃないわボケ! こんのタダ飯ぐらいども!」


~開始17時間経過~

吹雪「う~ん……頭痛い」ムクッ

初霜「あ、吹雪、起きた」

飛鷹「おはよう。私もそろそろ部屋で寝ようかしら」

吹雪「私、何で食堂で寝て……」

飛鷹「覚えてないの? ま、その方が幸せかもね」

初霜「吹雪は司令にムグッ」「はーい。言わなくていいからね~」


吹雪「いいですよ。自分で思い出しますから」

吹雪「隼鷹さんにお酒飲まされて、それで私が酔っ払って……泣いちゃって」

吹雪「隼鷹さんがようやく解放してくれて、近くに司令が居て」

吹雪「司令が私に優しくしてくれて、いつもと違って胸がすごくドキドキして」

吹雪「私が司令にキスしたくなって、キスして」

吹雪「……」

吹雪「……キス?」


吹雪「あれ、何かおかしくないですか」

初霜「うん。おかしい」

飛鷹「あちゃー……」

吹雪「……」ゴンッ

飛鷹「何で私を殴るのよ」

吹雪「忘れろ」

初霜「でも、みんな見てたよ」

吹雪「……」フラフラ

初霜「どこ行くの」

吹雪「司令を殺さなくちゃ……殺さなかったら私」

吹雪「もう司令の目を見て話せない」

飛鷹「その理屈はおかしい」

隼鷹「んごーZzz」



加賀「別にもう食べたくなかったら無理に付き合わなくても良いのよ」

漣「私は今日の加賀にどこまでも付き合うと決めてるんです」ゲップ

加賀「どうして」

漣「加賀には色々お世話になってますから」

加賀「貴女も昔から変なところで義理堅いわよね」クス

漣「変じゃねーです」

加賀「腹ごなしにお酒でも飲みましょうか」

漣(お酒は腹ごなし……?)


榛名「よく食べますね」クスクス

霧島「……」モグモグ

榛名「このカレー、美味しいですよ」

霧島「合理的に考えて、こういう席では普段食べられないものを中心に摂るべきです」

榛名「なら問題ありません。榛名はカレーを普段食べませんから」

霧島「……」モグモグ

榛名「一人で食べるカレーは寂しいです。でも今は霧島が居てくれます。だから美味しいです」

霧島「……相変わらず馴れ馴れしいですね」

榛名「はい! 榛名は食いついたら離しません!」

霧島「ま、お好きにどうぞ。どうせ私も任務で貴女と離れられませんから」

榛名「感激です」

霧島「に・ん・む、ですから」

榛名「はい。それでも嬉しいです」

霧島「……」モグモグ



球磨「長官~。球磨は現時刻をもって護衛任務に復帰クマ~」モシャモシャ

山内「まぁ楽しめというのは私が言ったことだしな。離脱は咎めない」

球磨「さっすが長官、懐が深いクマ。あ、スペアリブ食べるクマ?」

山内「ありがとう」

球磨「一流は食欲も一流クマ」

ブイン司令「何故球磨を選んだんだ」

山内「獣並の感覚の鋭さ勘の良さ、一番艦としての元気の良さ。この二つだな」

球磨「いやー照れるクマ」バンバン

ブイン司令「痛い痛い! 力の加減くらいしろ! というか俺を叩くな!」

ブイン司令「で、長官閣下。本当のところは?」

山内「獣故に集中力に欠け、艦隊行動に適さないと判断されたからだ」

球磨「 (・(ェ)・) 」

山内「嘘だよ。集中力の欠けた艦娘を割り当てるわけ無いだろう」

球磨「この屈辱……」

球磨「ゆ、許さんクマァ」ガブリ

ブイン司令「……さっきから目が見えていないのか。な! ぜ! 俺に噛み付く!」

球磨「基地司令は私の妹を随分と可愛がってくれたみたいだから、そのお返しクマ」

ブイン司令「妹?」

球磨「木曾だクマ」

ブイン司令「俺のところの木曾はお前の姉妹艦じゃ無いだろう」

球磨「どの個体だとしても木曾は可愛い妹クマ」

山内「いい子だろ」

ブイン司令「……俺にとってはどうだ」

球磨「……」ガジガジ

矢矧「良いざまね」

山内「貴様がどうなろうと僕の知ったことか」

ブイン司令「タシカニィ!」


翔鶴「お久しぶりです」

三隈「ご機嫌よう。お調子はいかがでしょう」

翔鶴「まぁまぁです」

三隈「ふーむ」ジー

翔鶴「ど、どうかされましたか?」

三隈「いえ。三隈が好きだった昔の翔鶴さんの儚さのようなものが消えてしまったな、と」

三隈「嬉しくも少し残念に思っただけですわ」

翔鶴「あはは……お陰様で、もう寂しい思いはせずに済みそうです」

三隈「薬指にある指輪のお陰様、でしょうか」

翔鶴「さぁ、どうでしょう」

三隈「逃してはなりませんよ」

翔鶴「逃す気など毛頭ありません」

三隈「愚問でしたわね。ではまた」

翔鶴「はい。今度はゆっくりとした場所で」



ブイン基地 港

日向「♪~」トクトク

磯波「ひゅ、日向さん……少し飲み過ぎじゃないですか……?」

日向「私の心配をしてくれているな。彼といい君といい、私はそんな不安そうな顔をしてるのか?」

磯波「何か、あったんですか」

日向「んー、ちょっと昔の友人と会ってな」

磯波「はぁ……?」

日向「もう会えなくなった」

磯波「えっ」

日向「沈んだ。だからもう二度と会えない」

磯波「……ごめんなさい」

日向「謝るなって。浮かぶときがあるのなら、沈んでもおかしくはない」

磯波「……」

日向「あー、そんな顔やめろよ。私も悲しくなるじゃないか。良いんだよ。もう」

日向「どこにでも居る普通の、可哀想な艦娘だった。だからこそ私が酒を飲んで弔ってやらないと」

日向「特にあいつの死は私以外誰も悲しみはしないんだから」

磯波(誰も悲しまない?)

日向は磯波の方を見ずに、海ばかり見ながら喋る。

日向「この人を模した体の特にポンコツ頭には戦い方や殺し方しか入ってない。お前の弔い方なんて知らないんだよ」

日向「だからこんなこと私にさせるな。馬鹿者……うーみだ女の艦隊勤務、日月火水木金土~」ゴクゴク

日向「……っふぅ。お前のことなんて誰も覚えていない。お前が好きだった男はお前の死を喜ぶ」

日向「可哀想なお前のお陰で掴んだものを余計に手放したくなくなった」

日向「言われた手前強がってみたが本当は怖いんだよ。自分が自分でいられる自信が無い」

日向「終ぞお前と酒を飲むことは無かったな」

日向「飲んでみたかったよ。一緒に下らない話や男の話をして、怖さなんて忘れたかった」

日向「……もう朝か」


~開始24時間経過~

昼 ブイン基地 食堂

漣「も、もう無理。これ以上酒も肉も入らねーです……」

加賀「その辺で寝てていいわよ。後で起こすから」

漣「なんか漣の扱いがぞんざいじゃ無いですかね」

加賀「気のせいよ」チラチラ


ブイン司令「さーて酒だ酒だ酒だ」


漣「もしかして、あの男が」「当て身」ドスッ

漣「うぐっ」ガクッ

加賀「ごめんなさい。出来れば手荒な真似はしたくなかったのだけど」

加賀「提督」

ブイン司令「おう、加賀。どうした」

加賀「私の部屋でお酒を飲みませんか」

ブイン司令「ここで飲めば良いだろう」

加賀「食堂だと他の艦娘にも飲まれてしまうので」

ブイン司令「いやらしい事態にはならんよな? これでも妻帯者なのだが」

加賀「そのようなことは。お酒を飲むだけですよ」

ブイン司令「なら行こうか」




昼 ブイン基地 加賀の部屋

あれから加賀は三人部屋から一人部屋へ移動した。

今の部屋も、いかにも彼女らしいさっぱりした部屋だった。

床は畳で目につくのは布団と本棚、そして机。

質素だが生活感のある配置だ。

ブイン司令「……」

そして何よりも良い匂いがした。

許可も得ず歩を進め、畳の上へと腰を据える。

加賀はそれを咎めることは無く、視線をこちらへ向けさせしなかった。

想定の範囲内ということだろうか。

ブイン司令「お前は他の基地へは行かないんだな」

加賀「舐めないでくれる。これでも一応貴重な空母戦力なんだけれど」

ブイン司令「そうだったな」

加賀「そうよ」

加賀「経験値計算の式が完成した今、私はもう役職持ちではないけれど。常に最前線で戦えるよう翔鶴に言ってあるわ」

ブイン司令「お前は結構怖いんだからあまり強く言うなよ」

加賀「翔鶴はそんなに弱くない」

ブイン司令「弱いよ。少なくとも俺の前ではな」

加賀「惚気話だったのね。乗るんじゃなかった」

ブイン司令「わはは」


~~~~~~

加賀「これよ」

ブイン司令「おお。こいつは良い酒だ」

床の物入れからよく冷えた酒瓶が出てくる。


日向といいコイツといい、何故この最前線で艦娘達はこんな良い酒を飲んでいるんだ。

裏酒保なる組織が暗躍していると聞いているが、それと関係があるのだろうか。


加賀「気むずかしい顔しないで。飲みなさい」

ブイン司令「ん、そうだな。頂く」

昔話をしながら飲んでいると、徐々に加賀がこちらへ近づいているのに気づいた。

加賀「ふー、少し暑くなってきたわね」

さも当然のように胸当を外すと着物の胸元を大きく広げ涼を取り込もうとしする。

ブイン司令「……そうだな。まだ昼だし日が高い」クイッ

男の性から、つい胸元を見てしまいそうになるので意識的に目を逸らす。

加賀「……」

ブイン司令「それにここはブーゲンビルだ。暑いに決まってる」

加賀「そうね」

その返事はどことなく冷ややかな調子を含んでいた気がした。

妙に気まずいため黙々と飲み続ける。


外では蝉がこれでもかと鳴き、昼のきつい日差しが窓から部屋へと差し込む。

ちらと横目で加賀を見ると、はだけた着物からこぼれるはだけた乳房(?)の上を、汗の雫が谷間へと流れ落ちるところだった。

思わず生唾を飲み込む。

あの谷間に流れ落ちる悠久の水滴になりたい。


ブイン司令「……露骨な誘惑はそれくらいで良いだろ」

加賀「あら、気づいてた」

ブイン司令「俺は石像ではない」

加賀「胸が好きだから、見せびらかせば手を出すかなと」

ブイン司令「獣の罠じゃあるまいし」

加賀「発想としては一緒よ」

ブイン司令「かかるかそんなものに」


ブイン司令「欲求不満なのか」

加賀「人間と一緒にしないで。性欲なんて無いわ」

ブイン司令「じゃあ何でだ」

加賀「そろそろ貴方が私を欲しくなる時期かなと思って。気を使ってあげているのよ」

ブイン司令「あのなぁ」

加賀「何よ。何か文句があるの?」


ブイン司令「別にお前に世話にならんでも相手くらい幾らでも居る」

加賀「どれくらい」

ブイン司令「ざっと三人」

加賀「少ないわ。嶋田提督ならその十倍は居る」

ブイン司令「節操の無い奴と一緒にするな」

加賀「それもそうね。類人猿と人間を比較すべきでは無いかも」

ブイン司令「俺が人間の方だよな」

加賀「さぁ飲みましょう」

ブイン司令「答えろ巨乳空母」

~~~~~~

ブイン司令「あひひひひ」

酒が進むといつもこうだ。俺はすっかり出来上がってしまった。

隣に居るいつも冷たい表情をした艦娘も口角が少し上がっている。

話題は俺自身の指揮能力について、だった。

加賀「あれは戦い方の問題よ。貴方は下手だった」

ブイン司令「ならお前はもっと良い指揮が出来るんだろうな」

加賀「勿論。貴方には負けないわ」

ブイン司令「俺は一応単冠夜戦での実戦指揮経験もあるんだぞ」

加賀「あれはちょっと機転が効いたというだけのことでしょ」

ブイン司令「なにおぅこのおっぱいオバケ」

加賀「やかましいわね無能提督」

ブイン司令「その時! 翔鶴のピンチに俺の声が届き……」

加賀「海軍の駆逐艦は大きいのだから、翔鶴も事前に接近に気づくべきよね」


俺自身の指揮能力の話といっても完全な酔っ払いと若干の酔っぱらいの議論であり、つまりそれはもはや議論でもなんでもない。

千変万化、流転流転を繰り返し、見ての通り互いに互いをけなし合うだけの口論となっていた。


ブイン司令「そのくらい必死だったということだ。翔鶴に殿を任せて補給に行ったお前が言うな」

加賀「仕方ないでしょう。このままだと全滅するって赤城さんが」


彼女は『しまった』という顔をした。

それが俺に対してか、自分に対してか計り知る事は出来ないが……確かにそういう顔をした。


加賀「……」

ブイン司令「……」


加賀「……だから補給に行く必要があったのよ」

ブイン司令「誰かを犠牲にする必要が生まれるのは戦略上の失敗が原因だ」

ブイン司令「ハワイ攻略は戦略から破綻していた」

ブイン司令「だからお前たちを責めたところで何の意味も無いか」

加賀「あの時守ることが出来た貴重な戦力も結局はここで磨り潰してしまいました」

加賀「あの戦いに意味なんて無かったのかも」

ブイン司令「……」

加賀「……嘘よ。だからそんな怖い顔しないで」


ブイン司令「あ、いや。怖い顔はしていない。渋い顔をしていた」

ブイン司令「確かに歴戦の艦娘らを失うのは、結局時間の問題だったのかなとな」

加賀「……」

ブイン司令「凝り固まった爺どもめ。時代が変われば兵器と暮らすこともあると何故理解出来んのだ」

加賀「無理も無いんじゃない? 常識を疑うことは自分の基盤を疑うことにも繋がる」

加賀「常に自分を疑ってかかるなんて、それこそ意識的に自分を傷つけようとする貴方にしか出来ないことよ」クスクス

ブイン司令「褒めてくれているのか?」

加賀「お好きにどうぞ」


加賀「お爺さん達の主張も分かるわ」

加賀「私が言うのもおかしな話だけど『兵器が心を持つんです』なんて妄言にしか聞こえないもの」

ブイン司令「……」クイッ

加賀「お酒、足りてる?」

ブイン司令「……つまみが欲しいな」

加賀「ちょっと酒保へ行ってくるわ。待ってて」

ブイン司令「俺も行こうか」

加賀「貴方が私と一緒に居たり、一緒に部屋に入って二人きりになる所を見ると嫌な思いをする艦娘が居るから。駄目よ」

ブイン司令「俺の妻たちは今更一人くらい同胞が増えても文句は言わんぞ」

加賀「貴方、本当に鈍感なのね」

ブイン司令「ん?」

加賀「この基地の上級指揮官三人の中で一番人気が無いと言っても」

加賀「ある程度あるのを忘れないで。貴方に憧れる彼女たちの生きがいに相応しい男としての振る舞いをして」

ブイン司令「随分と勝手だな。自分で部屋に呼んでおいてその言い草か」

加賀「私たちを勝手に作った人間の皆様には負けるわよ」

ブイン司令「それは言うな。卑怯だ」

加賀「分かったら大人しくそこで待ってなさい。すぐ戻るわ」パタン


ブイン司令「……憧れか」

他者の憧れに自分は足りうる存在なのだろうか。

憧れは愛すとも愛されるとも違うものだ。

ブイン司令「憧れで在り続けるというのは想像するだけで難儀そうだな」

一人残された部屋は先程より少しだけ室温が下がった気がする。

二人いるとやはり暑い。

しかし、他人の部屋で一人は妙に落ち着かない。

ブイン司令「部屋でも荒らすか」

本棚の中にリルケ詩集が収められていることに気づいた。


ブイン司令「あの女、洒落た本を読むものだ。よっと」

立つもの面倒で座ったまま移動する。

服と畳の衣擦れの音。

詩集を手に取り適当にページをめくると、本の中に挟まったあるものが目に止まった。

ブイン司令「これは……」


~~~~~~

加賀「遅くなったわね。途中で食堂の人と会って貴重品のビーフ・ジャーキーを……」

加賀「横になっているけどどうかしたの?」

ブイン司令「別に。一人で暇だから寝ていただけだ」

加賀「そう。つまみの調達ついでに安い粗造品の日本酒も貰ってきたわ。悪酔いしましょう」

ブイン司令「うわっ……そんな安酒もう入る気がしないぞ。酒強いなお前」

加賀「兵器だから平気」ドヤァ

ブイン司令「くたばれ」

~~~~~~

加賀の持ってきた安酒は値段相応の味がした。

味が悪い癖にアルコールはいっちょ前に入っており俺の思考力をどんどん低下させる。


もし俺が若年性アルツハイマーになったら今日飲んだこの酒のせいにしてやると決意した。

覚えていられる自信は、無い。


戦地に居ると娯楽は少ない。綺麗な景色も三日見れば大体飽きる。

艦娘と人間は感覚が違う。普通であれば中々話を続けるのも難しい。

慣れてくると会話が無くなってもどかしい。

日向などであれば黙っていてもお互い幸せなのだが、加賀も日向と同じ感覚を持っているかどうか俺は知らない。

肌を合せ互いに気持ちが繋がったからといって全部が分かるようになるわけではない。

分かるようでは人生は詰まらない。


今日は俺が加賀を楽しませなければならない気がした。

だから俺は話した。戦争が終わった後の話、今後自分が一体どうしたいかを加賀に話した。

これくらいしか彼女にしてやれることが思いつかなかった。


ブイン司令「と今のところ考えている」

加賀「そう。でも何でそんな妄想を今この場で私にするの? 馬鹿なの?」

ブイン司令「……うるさい」

妄想と一蹴される辺りが悲しいが事実ではある。否定できなかった。

加賀「冗談よ。他に話すことも思いつかなかったのよね」

ブイン司令「……」

加賀「無用なおせっかいを発揮して、都合が悪くなると黙る」

ブイン司令「……」

加賀「それでバツの悪そうな顔をする」

ブイン司令「黙れ。飲め」

加賀「……飲むわよ」クイッ


加賀「ねぇ、貴方は何故それほどまで私たちに対して真っ直ぐに向き合ってくれるの」

ブイン司令「は?」

加賀「私たちは日本語という同じ言語を持つだけの違う生き物よ」

加賀「その証拠に昔は喋れない艦娘の方が多かった」

ブイン司令「これが普通だよ」

加賀「……そうね。これじゃ答えられるものも答えられないか。もう少し具体的にした質問していいかしら」

ブイン司令「好きなだけ言え」

加賀「ふふ、ありがとう」

加賀「私が貴方の下で働いて居た時には貴方はもっと利口な生き方が出来る、組織の従順な犬として生きられる人だった」

加賀「でも今は違う。だからこそこの戦場に居る」

ブイン司令「あー」

加賀「私の居ない間に何が変わったの。何が貴方を変えたの」

ブイン司令「お前たち正規空母勢が去ってから組織の犬として生きる立場を捨て指揮官として艦娘と向き合い」

ブイン司令「次は指揮官としての立場を捨て一人の男として今に至る、か」

ブイン司令「今じゃもう世間の感覚と自分の感覚は極限まで乖離し俺は変態扱いだがな」

ブイン司令「何が変えたとかじゃ無い。色々だ。色んな奴らに助けて貰って道を歩いていたらこうなってた」

ブイン司令「多少お前たちから背中に砲門をつきつけられ進まされたがな」

加賀「全部日向の……なんて言うかと思ってた」

ブイン司令「そう言っておけば格好もついたかな」

加賀「さぁ。興味ないわね」


ブイン司令「お前は俺が犬と言っていたが」

加賀「ええ」

ブイン司令「お前、あの頃から俺のこと好きだったのか」

加賀「馬鹿じゃないの。一度身体を許したくらいでつけ上がり過ぎよ」

ブイン司令「いやリルケの詩集に挟まってたこの写真、第四管区が出来たばかりの時のだろ」ヒラヒラ

加賀「……っ!?」

ブイン司令「俺の写真を持ち歩くとは結構な御趣味じゃないか」ニヤニヤ

加賀「殺すわよ」

ブイン司令「はいはい。強がって可愛いねー」

加賀「……」

ブイン司令「からかうつもりは無い。俺の質問にも答えてくれ。良いよな?」

加賀「……」

ブイン司令「お前はいつも俺にツンケンしてただろ。なのに何で俺の写真を持っている」

加賀「……確かに第四管区に居た頃、貴方の事が好きになれなかったわ」

ブイン司令「だろうな。プライベートで話しかけても、照れとかじゃなくて本気の無視をされてたし」

加賀「その写真は赤城さんがふざけて撮った写真よ」

ブイン司令「赤城がな」

加賀「丁度本の栞が無かったから。鬱陶しい顔の写ったほうを裏にして使ってたの」

ブイン司令「おい」


加賀「その内に三人で転属になって、私はようやく無能から開放されると思った」

加賀「でも配属先の指揮官は想像を絶する最悪な人物だった」

ブイン司令「……」

加賀「私も愚かだった。兵器で道具でしかない自分の存在を自分過大評価してしまっていた」

加賀「それに、そんな勘違いが出来るほど、過大評価が当たり前だと思えるほどに大切にしてくれた存在に……ずっと気付かなかったんだから」

ブイン司令「……あの頃の俺は何もしていない」

加賀「分かってるわ。あの頃の貴方は上の命令の言いなりだった」

加賀「けど、自分の命令系統の及ぶ範囲内では私たちを大切にしてくれていた」

加賀「何もしてないと言うけど、それで十分だったのよ」

ブイン司令「……」ポリポリ

加賀「転属を繰り返すごとに貴方の所へ戻りたくなって」

加賀「辛く当たられたり都合良く利用される度にその写真を見て自分の気持ちを慰めてた」

加賀「その写真のお陰で希望を信じられた」

ブイン司令「……」

加賀「照れてるの?」

ブイン司令「黙れ」

加賀「勘違いしないで。写真のお陰と言ってるのは貴方が良かったんじゃなくて、他の奴らが最悪だっただけだから」

ブイン司令「相対的に俺が素晴らしいということだろう」

加賀「偏差値はまぁ高いかもね」

ブイン司令「赤城や飛龍も同じだったのかな」

加賀「あの二人は違うわ。私ほど愚かじゃなかった」

加賀「最初から気づいてたみたい」

ブイン司令「……そうか」


ブイン司令「お前の感情は読みやすい」

加賀「そう?」

ブイン司令「確かに表情からの情報量は一見少ないが、気持ちが素直に現れる」

ブイン司令「赤城は違った。表情は豊かだが自分の気持ちを中々顔に出さない奴だった」

加賀「……」


ある夜

遅くまで報告書を書いていた時、第四管区の執務室の扉を叩く者が居た。


提督「誰だ。警備兵か?」

赤城「提督、遅くまでご苦労さまです」ガチャッ

提督「赤城……どうした。こんな夜中に」

赤城「質問があって来ました」

提督(何か不満でもあったかな)

提督「言え」

赤城「何故艦娘のお腹は空くのでしょうか」

提督「……原理が知りたいのか?」

赤城「いえ、お腹が空いたので何か食べさせて欲しいんです。このままだと寝られません」

提督「……」


~~~~~~

提督「ほら」コト

赤城「結局お湯を沸かして即席麺ですか。ミニキッチンには色んな食材が揃っているのに」

提督「黙れ。何か文句があるか」

赤城「いえ。腹を空かせた部下の為に調理をしてくださる提督の懐の深さにこの赤城、恐悦至極云々かんぬん」

提督「いいから食べろ。麺が伸びる」


提督「いただきます」

赤城「はい。頂きます」

提督「……」ズズズ

赤城「……」スルスル


食べながら、隣の赤城を横目で眺める。

カップに浸からないよう左手で髪をかき上げ音もなく麺をすすっている。


なんというか。その姿は目が離せない魅力があった。


持論なのだが人間は何かを食べる時に隠し切れない本性が出ると考えている。

艦娘にもこれが当てはまるとすれば、俺的には赤城は意外と凄い奴ということになる。


赤城「提督、先程から私の顔を凝視されていますが……何かついていますか?」

提督「ああ。普段食い意地が張っている割に綺麗な食べ方をする、と思ってな」

赤城「……ブホッ、ゲホゲホ」

提督「汚い。台無しだ」

赤城「すいません。そんな。私が綺麗だなんて……困ります。人と艦娘は決して結ばれぬウロボロスの」「さっさと食え」

赤城「はい」



赤城「ご馳走様です」

赤城「提督」

提督「む?」ズズズ

赤城「提督の作ってくれた即席麺、とても美味しいです」

彼女はいたずらっぽい笑顔を作った。

提督「……よく考えれば何故俺がお前に何か食べさせないといけないんだ」

赤城「え? 豚に餌をやるのは飼い主の義務では?」

提督「……」

赤城「……」

提督「……っ、ゲホゲホ」

赤城「あ、面白かったんですか? 面白かったんですね?」


提督「黙れ! うるさい! 食べたらさっさと寝ろ!」

赤城「本当にご馳走様でした」

提督「……」

赤城「これで寝られそうです」


提督「そうか」

赤城「提督」

提督「まだ何かあるのか」

赤城「先ほど私は結ばれぬウロボロスの関係と言おうとしたのですが……二匹の蛇のウロボロスってがっちり結ばれてますよね」

提督「さっさと寝ろ。俺は忙しいんだ」


赤城「提督」

提督「……怒るぞ」

赤城「いつもありがとうございます」

提督「は? 何がだ」

赤城「貴方に良くしてもらっているのでその御礼です」

提督「……お前まさか夜な夜な食堂へ忍び込んで食材を」

赤城「そ、そういうんじゃありません。純粋に提督の優しさに対しての御礼です」

提督「……」

赤城「二人きりで離れに行っていますけど、日向さんと何か進展がありましたか?」

提督「出て行け」

赤城「まぁまぁ」

赤城「何かあったんですか」

提督「……」

赤城「ま、良いでしょう。この赤城、そこまでせっかちではありません」

提督「……生意気な」

赤城「提督はさっき私が『腹を空かせた部下の為に』と言った時に否定しませんでした」

提督「……」

赤城「それが全部の答えだと思います。嬉しいです。おやすみなさい」

言うことだけ言うと振り返りもせずそそくさと足早に彼女は行った。

提督「言いたいことだけ言って帰りやがった」

結果的にラーメンを食わせ、馬鹿にされただけの筈なのに。

不思議と胸の中に怒りは無く、

提督「はっ……変な奴だな」

悪い気はしなかった。

~~~~~~

赤城が南方で沈んだ。

神官として着任して早々に伝えられた事実だった。

悔しかった。

だがその意味を深く考えることはなかった。

そうか。


俺はもう彼女とは会えないのか。


沖ノ島、小笠原、北方海域艦隊決戦、他にも数多の戦場に彼女を伴い駆け巡り、艦隊は艱難辛苦を乗り越えていった。

「うーん」

「提督? どうかされたのですか?」

「赤城か。いや、実は自分たちの登録用艦隊名を考えていてな」

「第四管区分遣艦隊では駄目なのですか」

「次は他の管区との合同作戦だろ? 分遣艦隊では全体の士気が上がらんと却下されてな」

「……じゃあ日向艦隊なんてどうでしょう」

「日向艦隊」

「手堅くウチの戦艦の名前ですし。日に向かう、その在り方が私は好きですよ」

「……」

「あれ。どうかされましたか」

「いや、驚いていた。しっくり来る上出来な回答だ。よし、それで行こう」

「お粗末さまでした」


記憶が次々に溢れ出す。

赤城の仕草、表情、言葉、匂い、そして言葉。

「はじめまして。航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」

「はい、作戦会議でしょうか?」

「ご馳走様です」

「提督!」

「いつもありがとうございます」

彼女は沈んだのだ。


加賀「えっ、貴方、何で泣いて」

ブイン司令「! な、泣いてなど居ない」ゴシゴシ

加賀「……」

ブイン司令「長居しすぎたな。食堂の方へ戻る」



加賀「待って」

ドアノブに手をかけた時、背中に柔らかいものが当たる感触がした。

加賀「我慢しなくていい」

ブイン司令「……」

加賀「一人で背負い込んだり悲しいのを自分だけで我慢しないで」

加賀「貴方が我慢してもそれは何の意味も持たない。贖罪ですら無い」

ブイン司令「何でかな」

加賀「……」

ブイン司令「何故今になってこんなに悲しくなるのかな」

加賀「貴方が鈍感で……でも皆を受け入れていたからよ」

ブイン司令「……っ」

加賀「私を使って」

ブイン司令「……」

加賀「少しの間だけで良い。二人で全部忘れましょう」


6月25日

朝 ブイン基地 執務室

山内「あー……頭痛い」

ブイン司令「まだ酒が残っているよな」

山内「……今日は少し休む」

ブイン司令「お前の仕事も無いからな。明日から頼むぞ」

山内「嶋田はどうした」

ブイン司令「腹上死寸前で救出されて昏睡状態だ」

山内「ミイラ取りがミイラに」

ブイン司令「まさに」

山内「アホめ」

翔鶴「馬鹿な話もそこまでです。お仕事の時間ですよ。司令はこちらの書類にサインです」

山内「じゃあ僕はこれで」

ブイン司令「また明日」

山内「うん」




6月26日

昼 ショートランド南方海域

瑞鶴「……暇ね」

青葉「敵こねぇじゃん」

古鷹「防衛箇所が増えたから戦闘回数は増えると思ってたんだけど」

「敵がブイン攻略を諦めたとか?」

瑞鶴「あまーい! 気を緩めるなー!」

「でも電探にも反応ありませんし……」

瑞鶴「うぇーい! そんなの関係なーい! 居ないなら探すまで! 哨戒行動するわよ!」

加古「何でやる気になってんだよ瑞鶴ー、サボって帰って寝ようぜ~」

瑞鶴「後で長門さんにゼロ距離射撃して貰うから。覚悟しときなさい」


6月28日

昼 ブイン基地 港

卯月「田中~! 待ってたぴょん」

田中「ありがとうございます。今日の分のサインお願いします」

卯月「ひゅんひゅんひゅ~ん、ぴょん! っと」サラサラ

田中「ありがとうございます。では荷降ろししますね。燃料はどうしましょうか」

卯月「分かったぴょん。はぁ~……ここのところ戦闘が無いから物資で地下が狭くなってきたぴょん」

卯月「燃料はショートランドの燃料タンクに頼むぴょん。ブインのは第八と予備まで満タンぴょん」


田中「あれ。満タンですか。8月終わりまでの輸送スケジュールは今と変わりませんから、よろしくお願いしますね」

卯月「増やすことも減らすことも出来ないとは……相変わらずなお役所仕事っぷり……まぁ田中は下っ端だからお前に言っても仕方ないぴょんね」

田中「僕の立場に理解を示していただきありがとうございます。助かります」

卯月「地上の武器弾薬保管施設、燃料タンク増設の件は長官と掛け合っておくぴょん」

卯月「もし駄目ならショートランドに多めに持って行って貰うことになるけどいいぴょん?」

田中「勿論。積み荷は減らせませんが運ぶことに関しては僕の管轄範囲ですから。可能な限りそちらの都合に合せます」

卯月「さっすが田中!」

田中「仕事ですから」




6月29日

朝 ラバウル・ブイン間連絡海域 海上護衛部隊

矢矧(敵の気配が全く無い)

「矢矧隊長、四時方向に反射物」

矢矧「よし三番、確認して来て」

「了解!」

矢矧「残りの者は警戒行動。雷跡見逃さないで」

「「「「了解!」」」」

矢矧(待ち伏せ? こんな場所で)

矢矧(しかし敵が戦法を変えてきた可能性も……)


「矢矧隊長」

矢矧「三番、どうした」

「単なる浮遊物だったようです。沈みました」

矢矧「……沈んだ? 敵潜の可能性は」

「ありません。潜るとかそういうんじゃなくて……いきなり沈みました」

矢矧(潜水艦が沈むわけ無いか)

矢矧「了解しました。戻ってきて」

「了解!」

矢矧「そろそろラバウルの管轄範囲ね。三番が合流し次第引き上げます」

「「「「「了解!」」」」」



「ぷはっ……行ったかな……」

「なんてザルな警戒網なんでしょう」


7月3日

夕張「ジェットエンジンの基本型が完成しました!」

赤帽妖精「おぉ~」

青帽妖精「パチパチパチ~」

夕張「ありがとうございます! ありがとうございます!! これも全部師匠達のお陰です」

赤帽妖精「次、改良型すっ飛ばして発展型作る」

夕張「あれ。このエンジンで生産ライン構築しないんですか」

赤帽妖精「所詮基本型、すぐ陳腐化。スーパークルーズ必要、よって発展型必要」

青帽妖精「ガワも研究必要。発展型エンジン搭載可能の超超次世代機作成、生産ライン爆誕」

赤帽妖精「人類勝利確定!」

夕張「分かりましたー! 気合入れて行きましょう!」




7月13日

南方戦線ブイン基地戦力配置に関するレポート

駆逐艦201

軽巡洋艦40

重巡洋艦24

戦艦(航空戦艦含む)10

軽空母10

正規空母6

航空巡洋艦6

重雷装巡洋艦9

潜水艦 不明

揚陸艦1

工作艦6

同名鑑利用を前提とした運用体制を構築しており、基地内の人間要員は可能な限り削減されている。

艦娘運用のための6つの部門が存在し、また部門の要職には人間でなく艦娘が就任し、非戦闘時に艦娘が艦娘を指揮する驚くべき状況にあり。

以前であれば旧横須賀鎮守府第四管区出身の艦娘が要職を占めていたが、現在では出自に関係無く純粋に能力のある者による持ち回りとなっている。

要職に関わる者は基地ローテーションには組み込まれない。ラバウル、トラック、タウイタウイとの艦娘ローテーションは駆逐艦を中心に行われる。

当基地で実用されたLv制による戦闘能力の可視化は一定程度の成功を収めるも、Lv差による艦娘同士の軋轢も生むこととなった。

それでも基地に存在する艦娘の士気は異様に高く、聯合艦隊司令長官はこれをよく律する。

正規空母、重雷装巡洋艦及び戦艦は三方面同時作戦展開可能な一定数を確保している模様。

基地設置の大型電探、艦娘による警戒網は厳であり基地防衛体制は既に確立されている。

この防衛体制に対する正面からの攻略には少なくとも師団規模の戦力が必要なものと判断する。


7月14日

夜 首相官邸 会議室

総理大臣「……」

海軍大臣「総理」

総理大臣「ん~? どうかしましたか。海軍大臣」

海軍大臣「総長とも話し合ったのですが、やはりこの計画は性急過ぎるのでは」

陸軍中将(少佐B)「大臣殿は一体何を心配されているのか」

海軍大臣「あの男、長官は国民からの人気も高い。殺さずともせめて政治的に失脚させる程度で良いのでは」

陸軍中将「貴方は何も分かっていない」

海軍大臣「……」

陸軍中将「長官を支えているのはその英雄性です。政治で失脚させるなど、我々が彼の力を認め嫉妬していると公言するようなものだ」

海軍大臣「殺害でも同じでは無いか!」

陸軍中将「全く違いますよ。叩くなら徹底するのです。貴方が心配なのは自分のポストでしょう」

海軍大臣「そんなことでは無い」

陸軍中将「心配なさらずとも、海軍が消滅して誕生する統合国防軍のポスト割り当てを総理は約束されています」

戦資大臣「……」

艦政本部長「……」

陸軍中将「ああ、艦政本部長の提供して下さった艦娘に関する諸資料と有用な薬品は活用させて頂いていますよ」

総理大臣「気持ちが良いですねぇ。頼んだよ中将」

陸軍中将「お任せ下さい。陸軍は最高司令官たる総理のご意向を何よりも尊重します」

海軍大臣(……山内長官に対する嫉妬なのか)


今や英雄とまで呼ばれる容姿端麗な若者と、政治の井戸で心の底まで澱み切り醜い自分。

執着

一種の愛情ですらあるその感情が総理を突き動かしているのだ 。

もし違った形で二人が出会っていたならば、目の前の男は良き老人として若者と関わり合うことも出来たろう 。


海軍大臣(総理は理解されておらん。この中将は危険だ)

海軍大臣(元老は何故動かんのだ)


7月18日

朝 ブイン基地 執務室

夕張「失礼します!!!」

夕張「長官! 先生! 発展型ジェットエンジンとそれを積む機体の試作機が……」

山内「……」

ブイン司令「……」

夕張「ど、どうかされたんですか」

翔鶴「……お二方の師匠に当たる方が亡くなったと、電文が届いて」

山内「……夕張君、ジェット機に関する件は良くやってくれた。あとはこちらで引き継ぐ」

夕張「りょ、了解です」

山内「8月中盤までに第一線で利用できるようにしなくてはな」

ブイン司令「生産ラインはどうする」

山内「国内にある先生の……くそっ」

ブイン司令「頼りっきりだな」

山内「8月以降の輸送計画もまた練り直しだな。よし、今回は総理のコネを頼ろう。双方の利益に叶う」

ブイン司令「という訳だから夕張君、図面のコピーと機体をこちらに頼むよ」

夕張「お悔やみ申し上げます……でも、この航空機が実戦配備されれば戦況はこちらの完全有利になりますから!」

夕張「今持ってきますね。よろしくお願いします」


山内「……ああ」

ブイン司令「あと夕張君、ちょっとこっちへ」

夕張「? はい」トコトコ

ブイン司令「頑張ったな」ナデナデ

夕張「あっ」

ブイン司令「何日も寝ずに働いていたんだろう。クマが凄いぞ」

夕張「いえ、好きでやってることですから」

ブイン司令「そうか。まぁ持って来たらゆっくり休め」

夕張「……はい! ありがとうございます」

夕張「失礼しました! すぐ戻ってきます!」

夕張「♪~」タタタ


矢矧「あの娘、随分楽しそうね」

球磨「色んな男が好きになる色んな艦娘が居るのは、生物多様性の点からも良いことクマ」

矢矧「にしてもこの護衛……いつまで続くのかしら」

球磨「嫌クマ?」

矢矧「このせいで出撃回数が減ってるからね。私は海に居る方が良いわ」

球磨「球磨は結構気に入ってるクマー」

矢矧「長官は良い人だからでしょ。こっちは散々よ。私の前で他の艦娘とイチャついたり」

矢矧「自分で私を護衛にしたくせに『日向の所へ行くから半日だけ自由にさせてくれ』なんてお願いしてくるのよ」

球磨「それは矢矧が悪いクマ」

矢矧「どうして?」

球磨「プライベートの時間は尊重すべきクマ。球磨はそうしてるクマ。四六時中一緒なんて息が詰まるクマー」

矢矧「貴方ね、護衛としての自覚はあるの?」

球磨「球磨は上手くバランス取ってやってるだけクマ」

矢矧「……ま、あの二人が暗殺なんてあり得ないんだけどさ」

球磨「クマッ?」

矢矧「だってそうでしょ。南方戦線の英雄を殺す理由なんてどこにも無いもの」

球磨「それは単に矢矧にあの二人を殺す理由が無いってだけに過ぎないクマ」

矢矧「そう? 一般論だと思うけど」

球磨「一般論は普遍じゃないクマ。だからこそ球磨達は二人の護衛を引き受け、執務室の前で待機しているんだクマ」

矢矧「そんな明確な職務に対する意識があるなら普段からしっかり働きなさいよ」

球磨「矢矧、お前は本当に聞き分けが無い頑固者クマ」

矢矧「私の方が正しいわ」

球磨「そうクマ~。三日間の大宴会の時、護衛対象の司令が急に食堂から居なくなって泣きべそかいてた矢矧は非常に正しいクマ~」

矢矧「んなっ!? な、泣いてないわよ」

球磨「『司令! どこですか! 隠れてないで早く出てきて下さい! ……どうしよう。もしかして私がちょっと言い過ぎちゃったから……』」

矢矧「何でそんなに私の声真似が似てるのよ!」

球磨「姉として一つ忠告しておくクマ。矢矧、be free。自分の欲求に従うクマ」

矢矧「貴女は別に姉じゃないし……」

球磨「そういうことに拘ってたら婚期を逃すクマ」


夜 ブイン基地 翔鶴・瑞鶴の部屋

瑞鶴「嘘、先生が……」

ブイン司令「中々起きてこないから召使が起こしに行ったところ……眠るように死んでいたそうだ」

ブイン司令「安らかな表情だったらしい。……気休めだがな」

瑞鶴「……」

ブイン司令「こんな可愛い正規空母が泣いてくれるんだ。あの爺も本望さ」

瑞鶴「先生……まだ、私、何も……」

一度だけ会った男の死に震える彼女を抱きしめずにはいられなかった。

瑞鶴「……もっと泣いていい?」

ブイン司令「いいぞ」

瑞鶴「……っ_____」


~~~~~~

瑞鶴「ごめん。迷惑かけた」

ブイン司令「楽になったか」

瑞鶴「うん。でも、まだちょっと信じられない」

ブイン司令「無理もない。俺も実感が無い」

瑞鶴「今日一緒に寝ていい?」

ブイン司令「勿論」

瑞鶴「今日は姉さんに睨まれても無視するから」

翔鶴「……」


7月20日

朝 ブイン基地 長官の部屋

ドアの前には球磨と矢矧が待機し、部屋の中では男三人が頭を寄せて話し合っていた。

ブイン司令「先生が死んだ」

山内「……あの人の死を聞いて、悼むより今後の作戦展開に支障が出るのではと考えた自分が情けない」

嶋田「仕方ねぇだろ。それだけ大きな人だった」

ブイン司令「日本の裏政界を取り仕切る二大勢力の片割れ、京大閥を支配した男だからな」

山内「勢力図が書き換わり、我々に対する風当たりは間違いなく強くなるぞ」

嶋田「楽観視したいというのが本音かな」

ブイン司令「京大閥と我々の繋がりは旧海軍出身者であり、新海軍兵学校の教官でもあった先生が全部だ」

ブイン司令「今までの艦娘の配備と基地間移動、燃料武器弾薬の補充、新装備開発、結成された聯合艦隊の動向」

ブイン司令「今まで俺たちのやってきた全ての軍事活動の背後には先生の存在があり、あの人が俺たちを守り続けてくれたから出来る範囲で好き勝手して来たんだ」

山内「今後は道具として、より政治家共の都合に合せて動かされる可能性もある」

ブイン司令「可能性というかその通りになるだろ」

ブイン司令「ちょっと本土を敵に突かれただけで戦力配置の見直しを提言されたり、輸送スケジュールを即座に変更したり……公然と艦娘を自らの慰安に使ったり」

山内「想像したくない」

嶋田「急に第二戦線が生まれた気分だ」

山内「……」

ブイン司令「夕張君が開発した次世代航空機と強襲揚陸艦があればハワイまで攻略も可能だろう。羅針盤の目を誤魔化して一つの海域に12人まで艦娘を配置できる技術も研究させては居るが、こっちはまだ時間が掛かりそうだ」

山内「いや夕張君の開発したジェット戦闘機だけでも十分だ。カタログスペック通りなら人類側の制空権は少なく見積もって半年は揺るがない」

嶋田「航空支援を密にすれば6人でも問題ない。ショートランドの時と同じようにガダルカナルとハワイも落としてしまおう。航空機が配備され次第、行くか」

ブイン司令「まぁそう焦るな。長官閣下はお前の一歩先を行く男だぞ?」

嶋田「何だよ」

ブイン司令「ここの所、ブイン周辺での敵の動きが殆ど見られない。偵察の潜水艦が来る程度だ。つまり」

嶋田「……いや、まさかそんな都合良く」

山内「少なくとも僕は敵の次の攻勢が来ると睨んでいる」

ブイン司令「そして、敵にとって最後のな」

~~~~~~

嶋田「……分かったよ。敵がお前の計画通りに推移するよう祈ろう」

山内「敵は必ず僕の予想通りに動く。期待していてくれ」

山内「それとジェットの設計図を本土へ移動させる仕事だが……」

嶋田「その仕事、俺に任せろ」

ブイン司令「良いのか」

嶋田「基地司令も聯合艦隊の司令長官も居なくなるわけにはいかんだろ。俺が適任だ」

ブイン司令「……先生にも会ってきてくれ」

山内「……」

嶋田「分かってる。俺もお前らと同じ気持ちだ」


7月22日

朝 ブイン基地 第七滑走路

隊長妖精「本当に宜しいのですか。上からは長官の指示に従うよう厳命されてはいますが……」

山内「ああ。次はブインでなくトラックでの君たちの活躍を期待しているよ」

隊長妖精「それは勿論! 我ら陸上妖精航空隊、必ずや長官のご期待に添ってみせます」

山内「あはは。今まで本当にご苦労だった」

ブイン司令「嶋田の乗った土佐の護衛も任せたぞ」

隊長妖精「そちらもお任せ下さい」

「隊長、準備出来ました」

隊長妖精「……私は上空で移動を管制しますので。これにて失礼。また何かの作戦時にはお声がけを下さい」

山内「ありがとう。この基地での君たちの活躍、見事。奪還が成ったのも君たちの活躍があったからこそだ」

隊長妖精「いえ。長官殿の指揮采配、実にお見事。妖精は感服の連続でありました」

山内「また会おう」

隊長妖精「はい。長官殿と基地司令殿、この基地の艦娘たちの武運長久を祈ります」

山内「ああ」

ブイン司令「ありがとう」

ブイン司令「行ったか」

山内「行ったな」

ブイン司令「トラックの奴ら泣くだろうな」

山内「航空機2000機を稼動状態で維持する苦しみ、とくと味わうがいい」

ブイン司令「……出来ることなら先生の死に顔を見たかったが」

山内「……そうだな」




7月24日

昼 ブイン基地 港

卯月「田中~」ダキッ

田中「うおっ……卯月さん、みんなが見てますから……」

卯月「来るのが遅いぴょん!」

田中「すいません。それで、地上の仮設倉庫の件なんですが」

卯月「承認されたぴょん。コンテナであれば地上に山積みしても良い許可が出たぴょん」

田中「杜撰ですね……輸送する物資の調節も出来ない僕が言うのも変ですけど」

卯月「大丈夫ぴょん。温度管理の出来ない陸上のものを優先的に使うし、運んだ積み荷はしっかりと検査するから何も問題無いぴょん」

田中「……」

卯月「ん? どうかしたぴょん?」

田中「いえ、分かりました。では僕らは普通に運べば問題ありませんね」

卯月「そうぴょん」


夜 ブイン基地 廊下

矢矧「あ」

ブイン司令「あ」

吹雪「あ」

ブイン司令「……俺の知っている吹雪だよな」

吹雪「……ども」

ブイン司令「ま、また会ったな。今日の調子はどうだ。不都合は無いか」

吹雪「……お陰様で」

ブイン司令「……」

吹雪「……」

矢矧「……」ニヤニヤ

ブイン司令「あー、もう! いつまでもこんなの続けられるか! 酒飲むぞ! ついて来い」

吹雪「あっ」




夜 ブイン基地 司令の部屋

日向「先に始めてるぞ。おや、意外なお客さんも居るな」

吹雪「……」

ブイン司令「矢矧、ご苦労だった。もう後は酒飲むだけだから帰っていいぞ」

矢矧「……。了解です」

ブイン司令「最近はやけに素直だな」

矢矧「意地を張ると婚期を逃すそうなので。では司令、また明日お迎えに上がります」

ブイン司令「おう」

矢矧「精々私の居ない所で死なないで下さいね」

ブイン司令「言ってろ。下がって良し」

矢矧「はっ! 失礼します!」


日向「まぁ座れよ」

ブイン司令「言われずとも。どっこいしょ」

吹雪「……おじさん臭いです」

ブイン司令「おじさんだし? お前も早く座れ」

日向「あはは、おじさん」

ブイン司令「今日は何を飲んでるんだ」

日向「獺祭」

ブイン司令「名酒のオンパレードで舌が贅沢になりそうだ」

日向「丁度良かった。これなら酒の苦手な吹雪も飲めるぞ」


吹雪「……ども。頂きます」コク

吹雪「! 美味しい!」

日向「だろ。どんどん行って良いぞ」

吹雪「……ありがとうございます」


~~~~~~

吹雪「司令~♪」ダキッ

ブイン司令「……懲りない奴だな」

日向「あははは!」

吹雪「司令~♪ 私のこと好きですか?」スリスリ

ブイン司令「……ん。好きだぞ」

吹雪「やったー!」

日向「これだから他人を酔わせるのは止められん」ニヤニヤ

ブイン司令「狸め」

日向「はい。狸です」

~~~~~~

吹雪「……Zzz」

日向「こいつ、明日の朝どんな顔して起きるかな」

ブイン司令「意地悪な奴だな。ようやく今日捕まえて、酒を潤滑剤に和解しようと思ったのに」

日向「私は前から意地悪だ」

ブイン司令「それもそうか」

日向「君は先代の長門を覚えてるか」

ブイン司令「先代と言うと失踪した奴か」

日向「そう。そいつと話したことは」

ブイン司令「社交辞令の簡単な挨拶程度だな」

日向「顔は覚えているか」

ブイン司令「顔は今の長門と一緒だろ」

日向「同じじゃない。全然違う。この基地に居る私と私の同名艦を区別できた君らしくも無いな」

ブイン司令「……あー。違いも若干ながらあるわけか」

日向「そうさ。まぁそこまで仲良くなかったもんな。今回は特別に不問としよう」

ブイン司令「なんで先代の長門の話したんだ」

日向「言いたくない」

ブイン司令「なら聞かん」

日向「……君のそういうところは本当にありがたいよ」

ブイン司令「お前、Lvは幾つになった」

日向「53かな」

ブイン司令「主力戦艦がそれでは困る」

日向「これだけ夜は酒を飲んで寝てる戦艦が53と考えるとどうだ」

ブイン司令「昼は意外と忙しく働いてるのか」

日向「戦場よりも演習場で経験値を稼いでいるな。下の者達に稽古をつけてやってる」

ブイン司令「何を教えてるんだ」

日向「敵大型艦とのゼロ距離格闘戦。敵役は私だ」

ブイン司令「ゼロ距離なんてただ水平射撃すれば良いんじゃ無いのか」

日向「君も素人だな。それで当たれば苦労はせんよ」

ブイン司令「……確かに実戦はよく分からん」


日向「一昨日の勉強会は戦艦同士のゼロ距離格闘戦だったから参加すれば良かったのに」

ブイン司令「掻い摘んで教えてくれ」

日向「水上で行われる大型艦同士のゼロ距離格闘戦は理屈じゃないんだ。やったことのある者にしか理解出来ない恐怖がある」

ブイン司令「ほう」

日向「私も敵もあの戦い方は怖いが、その方が良い」

ブイン司令「怖くない方が良くないか?」

日向「お互いに同じ恐怖を感じているのなら、その恐怖を乗り越えられる力を持った方が勝つ」

ブイン司令「うん」

日向「だから君を好きな私の方に勝利の女神は微笑むわけだ」

ブイン司令「それは違うぞ」

日向「おや、戦いを知らない君が否定するのか」

ブイン司令「勝利の女神は俺が愛している者に微笑むんだ」

日向「……しょうがない。今日のところはその論を認めよう」

ブイン司令「わはは」


8月24日

朝 トラック泊地 司令部

司令部当直員A(以下A)「ふぁー……」

司令部当直員B(以下B)「おい、暇だからって気を緩めすぎだろ。お前も仕事しろよ」

A「仕事って何だよ。書類に判子押すことか? 敵なんて来ないじゃないか。ショートランド落としたし、次はいよいよガダルカナルらしいな」

B「聞いてるよ……維持せず基地の自爆プログラムを作動させて放棄するらしい」

A「本当に自爆させるのは海軍史上初の試みだな。勿体無い。相当入れ込んだのに」

B「馬鹿、そんなだから一時期は酷いことになったんだろうが。あんな場所までどうやって補給するんだ」

A「お前だって前までは賛成派だっただろ」

B「ぐっ……考え方が変わることもあるだろう」

A「長官の受け売りのくせに」


B「……おい何か変な音がしないか」

A「ふざけるな」

B「いや、するだろ。もう五月蝿いくらいだ」

A「あー? 耳当てからじゃないか」

B「あ、それだ」

A「しっかりしろよ。で、どっか壊れたのか」

B「かもな。また鳥がぶつかって異音が…………大型電探に多数反応があるんだが」

A「この前大移動してきた陸さんの妖精航空隊のパトロールだろ」

B「違う! 今日この時間帯、該当空域に飛行予定の部隊は一つも無い!」

A「……最前線はブーゲンビルだぞ?」

B「嘘ならなんぼか良かったよ! 敵襲だ!」


B「司令部より即応部隊へ! 緊急事態発生! 警戒網最外郭、東北東ブロック01から……ああ、把握しきれない!」

B「東北東ブロックの複数の海域から敵接近中! 画面が白に染まってる! 速度から敵機動部隊の艦載機群と推定! 三十分後には基地機能集積地点への攻撃可能空域へ到達するぞ!」

A「司令部より陸上部隊へ、対空砲陣地を叩き起こせ!! 違う! 演習じゃない!!! 敵襲だよ!! 空襲警報を鳴らせ!」

C「おいどうした!」

A「どうもこうも無い! 敵襲だ! お前は急いで基地司令呼んでこい!」

司令部当直員C(以下C)「んだよ……なんでトラックに来るんだよ……。了解! あと司令部要員をかき集めてくる!」

A「おい、今日の即応部隊の航空機は」

B「200は直ぐに出られる。だが敵は画面を染める程の多さだ。陸上航空隊のペラを回して対応出来るレベルの戦力を空中集合させるのも三十分は必要だ」

A「くっそ! ギリギリかよ!」

B「仕方ないだろ。大型電探は基本的に敵深海棲艦の接近に備えて作ってあるんだ。まさか艦載機のみでの攻撃を敢行するなんて……」

A「まるで我が軍の……」

B「まるでじゃない! どう考えても真似されてんだろが!」


トラック司令「状況は」

A「敵艦載機による奇襲です。現在東北東より最終警戒網を突破しつつあります。羅針盤を起動する許可を」

トラック司令「許可しない」

A「何故ですか!? 今起動しなきゃ間に合いませんよ!?」

トラック司令「長官の予想通りに推移している。これで良いんだ」

B「予想通り……?」


トラック司令「何も問題無い。全て想定の範囲内だ。土佐との通信回線を開け」

C「了解。……繋がりました」

嶋田「こちら土佐、長官補佐の嶋田だ」

トラック司令「嶋田さん、始まりました」

嶋田「馴れ馴れしいな。この通信も記録されているんだぞ」

トラック司令「それどころじゃありません。僕はもう興奮しています」

嶋田「まー気持ちは分からんでもないがな。土佐の橘花隊を防空に回す」

トラック司令「次世代航空機の力、期待しております」

嶋田「任せておけ。通信終了」




朝 トラック泊地 強襲揚陸艦『土佐』甲板

顔傷妖精「出撃可能な稼働機は」

「300機全機稼動状態です」

顔傷妖精「バカヤロー! ジェットを乗りこなせる搭乗員妖精が100しか居ないのに余計なことすんな!」

「か、顔が怖い……」

嶋田「おい。その辺にしとけ」

顔傷妖精「これは嶋田中将。甲板はジェットの噴射で危険であります」

嶋田「いい。この戦いがお披露目だぞ。分かってるよな」

顔傷妖精「何を今更。ここに居るのは命知らずの搭乗員ばかりです。見せてやりますよ」

嶋田「順次発艦、基地防空隊を援護……いや、そんなチンケな戦果は期待せん。敵航空隊を殲滅し、敵攻勢を初手から挫け」

顔傷妖精「へっ、アンタも相当無茶言うよな。だが了解した! 行くぞ野郎ども! 人間に舐められんなよ!」




朝 トラック泊地近海 東部第七洋上プラットフォーム

「第一から第五プラの対空砲沈黙! 敵攻撃機により破壊された模様! 要員は皆退避完了してるみたいです!」

「対空陣地としては死んでるだろそれ! ええい撃て撃て! とりあえず撃て! 当たるから! 艦娘はどうした! 頭数が無いと話にならん!」

「さっきから繰り返し司令部に増援要請してますが混線していて上手く伝わっているかどうか」


「東の空が真っ暗だよ! なんだこれ!」

「敵の艦載機、1万を超えてるんじゃないか……」

「味方はまだか!!!」

「来ても無駄なんじゃ……」

「これだけの数の敵の攻撃に晒されればトラックの基地機能なんて一撃で吹き飛んじまう」

「黙れ! 可能な限り数を減らすんだ!」

「司令部から通信来ました!」

「対応しろ! それで増援はいつ来るか聞け! ここも長くは保たんぞ!」

「こちら東部第七プラ増援の……えっ、攻撃中止? 今攻撃中止とおっしゃいましたか?た、隊長、司令部から攻撃中止の要請が……」

「馬鹿な! 司令部は気でも狂ったか!?」

「攻撃を中止した後は空を見上げよ、との命令まで……」

「もうおしまいだ! 全部おしまいなんだ! 俺たちみんな消されちまうんだ!」

「落ち着け!」


「おいみんな見ろ! 西からこっちへ来るのが居るぞ!」

「防空隊か?」

「いや……信じられない程速い! なんだこ」

西の空からの高速飛来物が第七プラットフォーム上空を通過した直後、

「うぉっ!?」

「わぁぁぁ!!」

凄まじい衝撃波が人間たちに襲いかかった。

「いてて」

「隊長、ご無事ですか」

「この衝撃は……あの機体、音速を超えて飛行しているのか」

「土佐に積んでた新型みたいですね」

「だから攻撃を止めたんだな。面白い。お手並み拝見と行こうか」




朝 トラック泊地 東部上空

土佐から発艦した橘花隊は一直線に敵の群れへと突っ込んでいる。

顔傷妖精「ぐぅぅぅ……やっぱりこのGが癖になるよなぁ」

「まだ単なる直線だよ隊長」

「今そんな調子じゃ、旋回した時あの世行き確定だぜ。ギャハハ!」

顔傷妖精「おー、お前らの減らず口もはっきりくっきり聞こえるな。機体の通信感度良好と報告しといてやるよバカヤロー」

「それで、作戦は?」

顔傷妖精「遠慮は要らねぇ。初手から本気だ。突撃陣形、行くぞ」


顔傷妖精「薄目は左翼、太眉は右翼を」

薄目妖精「了解した!」

太眉妖精「ギャハハ! 任せとけ!」




朝 トラック泊地 東部第七洋上プラットフォーム

「おい、あのジェット部隊減速しないぞ」

「突っ込むつもりなのか!? そんなの戦闘に」

「いえ。多分あれで正しいんです」

「正しい?」

「見てて下さい」


朝 トラック泊地近海 東部上空

薄目妖精「左翼、陣形展開完了」

太眉妖精「右翼もオッケーだぜ!」

顔傷妖精「よっし、機体の灼熱化を開始。三分間だけだぞ。それ以上はまだ耐えられん」

薄目妖精「俺、これ楽しみにしてたんだよな」

太眉妖精「俺もだ!」

橘花の濃緑色の機体が熱を帯び、ボディが精錬中の鉄のような暖色へと変わり始める。

顔傷妖精「以後は先導機の動きに合わせろ……吶喊せよ!」

薄目妖精「うらぁぁぁぁ!」

太眉妖精「しゃぁぁぁぁぁぁー!」


雲霞の如く暗く大きな敵艦載機群に対して、光群が編隊を組み突撃をした。

突っ込んだ場所には大穴が空き、ワンテンポ遅れてその空域が爆発を起こす。


顔傷妖精「期待通りの性能だな!」


従来の航空戦の常識など必要も無い。ただ突っ込むだけで良い。

灼熱化した機体と触れ合った敵艦載機は、触れた部分を根こそぎ溶かされ残った熱で破損箇所から誘爆するのだ。

空中衝突の心配も無い。

妖精の超技術により、衝突の衝撃が来る前に相手を溶かし切ることが可能となっている。

戦術も何もあったものではない。

中には当たらずとも至近距離を通過しただけで、搭載した爆弾が誘爆するという珍事もあった。

先に結論から言うと、橘花部隊は戦果を拡大し続け……6000機を超える敵艦載機群による攻撃は完全に失敗し、敵は奇襲の利点と空母戦力の両方を失った。



朝 トラック泊地近海 東部第七洋上プラットフォーム

東の空が明るさを取り戻してきた。

敵艦載機群の空を圧すような編隊は今や穴だらけになり、その穴から向こう側の空が見え始めたのだ。

橘花隊は敵の数を確実に減らし続けている。

「……圧倒的ですね」

通信要員が隣の隊長を見やる。

隊長と呼ばれる男は泣いていた。

「た、隊長? どうかされたのですか」

「俺は今、心穏やかだ」

「は……はぁ?」

「強気で命令しながら、本当は怖かった。死にたくなんて無かった」

「……」

「あいつらは……たったあれだけの数で、俺の心の不安を全部拭い去ってくれて……」

「……本当に、綺麗な光ですね」

「ああ……ああ……!」

その後、橘花隊による突撃は時間限界の為終了したが、敵の編隊は完全に崩れ最早個別で散り散りの撤退を始めるしか無かった。

逃げる敵を見逃せない橘花隊は、未だ圧倒的少数であるにも関わらず機銃による通常戦闘へと移行する。

そしてその稼がれた時間で戦力を集中させたトラックの即応防空隊と陸上航空隊が到着してからは数的優位は逆転し、完全な追撃の形になった。


昼 トラック泊地近海 東部警戒網最外殻域

羅針盤の影響を受けない海域に、深海棲艦のトラック攻撃の中核となる空母群は存在していた。

所狭しとの護衛の水雷戦隊を従え、その中心には装甲空母姫とヲ級改が鎮座している。


だが400を超えるヲ級、変異型である貴重な装甲空母鬼を20も揃えて行った奇襲攻撃は失敗した。


装甲空母姫「バカナ……」

ヲ級改「イレギュラーナテキカンサイキノソンザイヲカクニンシタ。サクセンモシッパイ。テッタイスベキダ」

装甲空母姫「……イイエ、マダヨ」

装甲空母姫「マダ、センカンフクムスイジョウダゲキグンハケンザイナノダカラ! チョクセツホウゲキデコロスマデヨ!」

ヲ級改「セイクウケンガナケレバ、ソレハタンナルガンボウダ」

装甲空母姫「クッ……」

ヲ級改「コンカイノコウゲキハ、ニンゲンドモニヨマレテイタラシイ。ヒメ、ココハヒコウ」

装甲空母姫「Y、E、H、コレラヲスベテトウニュウシ、イチジテキニセイクウケンヲカクホスレバイイワ」

ヲ級改「Eハオシキルタメノヨビダ。YとHハナンポウノユウゲキブタイダロウ。ヒキヌケバキョテンボウエイガオロソカニナル」

装甲空母姫「ワタシミズカラガジントウニタチ、サクセンヲスイコウシテイルノヨ」

装甲空母姫「シッパイナドアリエナイ。コノママデハオトウサマニ、カオムケガデキナイ!」

ヲ級改「……」

大和「貴女方は随分と冗長な日本語をお使いになるのですね。大和は少し驚いています」

武蔵「汚い口で日本語を喋るなよ、化け物」

信濃「こんなに敵が集まっている所……私初めて見ました」

装甲空母姫「……カンムス、ナゼココニイル」

武蔵「殺しに来たに決まってるだろ。お前らを」

装甲空母姫「ドウヤッテ、トキイテイル。ゼンエイノスイジョウダゲキグンヲドウシタ」

大和「水上打撃群……? ああ、そちらの戦艦の集まりですか」

武蔵「あんなもの戦艦もどきでしかない。羅針盤の範囲内に侵入していたから消したぞ」

信濃「はい」

装甲空母姫「ナッ……」

ヲ級改「ナニヲミテイル! コイツラヲシズメロ!」


深海棲艦の空母に攻撃の戦力は残っていなかったが、護衛の水雷戦隊は戦闘能力を喪失しては居なかった。

だが彼女たちは突如現れた大和型戦艦三姉妹の前に石化したようにその動きを止めていた。

この三隻が明らかに異質な存在であることは本能で動く彼らにも読み取れたのだ。

指揮官であるヲ級改の命令により、ようやく攻撃は始まった。


5inch連装砲、22inch魚雷、6inch連装速射砲、8inch三連装砲


直撃弾が千発を超えた時点で発展型のヲ級は着弾数を数えるのを止めた。

水雷戦隊と重巡部隊のありとあらゆる砲雷撃が三人に集中し、水しぶきと爆音と硝煙によりヲ級が中止命令を出すまで蜂の巣をつついたような攻撃は続いた。

ヲ級改「コウゲキヤメ! ヤメロ!」

リ級「ギィィィィィィ!!!!」

ヲ級改「ナゼ、ダト? コイツラハキチョウナヤマトガタダ。アトカタモナクナラレテハコマル。サンプルトシテ」「誰がサンプルだって?」

硝煙が晴れるのを待つこと無く、中から褐色の肌をした戦艦が飛び出して来た。


そして一番手前に居たリ級の顔を片手で鷲掴みにする。


武蔵「今のは煙幕か?」

リ級「ギィガァァァ!!」

顔面を相当な握力で圧迫されているようでリ級は苦しそうに唸っている。

装甲空母姫「バ、バカナ……アレダケノコウゲキヲウケテ、ムキズ……」


ヲ級改(ナノバリアデフセギキッタノカ!?)


武蔵「お前さん、装甲空母なんだろ? なら私の気持ちも……」

武蔵「いや、そうか。装甲空母と言っても装甲なのは甲板だけで」

左手で掴んだリ級を無造作に持ち上げ宙吊りにする。

リ級「ギィィィ!!!」 ガウンガウン

抵抗が全く無いはずも無く、約三十センチの至近からリ級の主砲の斉射を受けた。

それらは確実に対象を捉え徹甲弾はナノバリアにぶつかった後に反応、殺意を持って本命である中身を吐き出した。

腹部へ直撃。

だが武蔵にはかすり傷ひとつもついてはいなかった。

武蔵「戦艦とは違うんだったなぁ」ゴシャッ

むしろ発射したリ級は頭をトマトのように握り潰され絶命した。

武蔵「お前らみたいな量産型の粗造品とは作りが違うんだよ。作りがさぁぁぁぁ」


彼女の右手は次の獲物の首元に伸びる。捕まったのは


武蔵「ほぉら、捕まえた」

ヲ級改「グッ……ハ、ナセ」

武蔵「いいぜ」

左手を女の形をした方の口に無理矢理ねじ込み、右手は下方向、左手は上方向に力を入れる。

武蔵「頭と身体をな」

するとどうだろう。積層された首の装甲は悲鳴を上げ、少しずつ薄く伸び始める。


ヲ級改「ヒタイヒタイヒタイヒタイヒタイ」


口に手を突っ込まれている為、上手く発音が出来ていないが喜びの声でないことは明らかだった。


少しずつ少しずつ、首が長くなる。


ヲ級改「ヒタイヒタイヒタイヒタイヒタイヒタイヒタイヒタイ」


武蔵「もっと泣け、もっと叫べ」


ヲ級改「アアアアアアアアアアアアアア」


首は最初に比べると30センチ程伸びていた。限界が近いのは明らかだった。


武蔵「……あの世で千切られろ」


ブレインの頭と胴体が音を立てて別れを告げた。


その瞬間に深海棲艦側は一気に恐慌状態へと陥った。知性と勇気を保たず本能で戦うが故の恐怖だ。


大和型戦艦の三人は装甲とナノバリアを盾に重巡以下の反撃を無視し続け、手持ちの弾薬が尽きるまで主砲を放ち、弾薬が尽きてからは素手で敵を握り潰し引き千切り続けた。

それは沈んでいった艦娘たちの無念が形をなし戦っているかにも思えた。

深海棲艦との戦いの中で大和型戦艦は活躍の場に恵まれなかった。

圧倒的な戦闘能力と引き換えに莫大な軍需物資の補給を必要とする彼女たちは、無能な指揮官には運用すら困難な存在だった。

そして歴代の上級指揮官は無能揃いだった。

勿論反論もあるだろう。


上級指揮官が無能であるならば、では沖ノ島は何故勝てた、北方海域艦隊決戦は、西方海域はどうだ。


その答え、敵の攻勢を跳ね返し無謀とはいえハワイ攻略まで具体化する状況に至ることが出来たのは、上級指揮官の力でなく艦娘と現場指揮官たちの決意に拠る所が大きい。

艦娘達は自らの心すら捨て、ある意味では全てを捧げ、驚くべき困難に耐え、多くを失いながらも勝利を掴み取ってきたのだ。

言葉では語り尽くせない彼女達の献身的な犠牲の上に輝かしい勝利は成り立っていた。

国民は誰もその勝利の下に何があるかなど気にはしない。

それでも彼女たちは戦った。自分を作り出した人間に恨み事一つ言わずに戦い続け沈んで行った。


初代の大和型戦艦はガダルカナルで沈んだ。二代目である三人は活躍の機会を恵まれなかった。

無能の下で自分たちは特別に温存され、死を覚悟して戦場へ赴く仲間を何人も見送ってきた。

仲間の視線が冷たいと感じたこともあった。

艦娘の中でも洗練されより戦いに特化した存在であるはずの自分が戦わせて貰えない矛盾。

こんな惨めな気持を味わうくらいならいっそ自分が死にたいと思う程だった。

比較的有能な長官の下で、ようやく活躍の場を与えられた。

彼女たち三人にしてみれば今までの境遇は一つの地獄であり、不遇と呼ぶべきものであった。

その大和型戦艦の不遇は、形は違えど不遇に沈んで行った仲間たちの想いと共鳴し合い、この場に復讐の為の鬼神を作り出したのだ。

沈められないならせめて足一本、手一本。それも叶わないなら指一本、目の一つ。

たった三隻、三人の攻撃が敵の中核部隊を確実に漸減させていった。


突如として戦端の開かれた中部太平洋を巡る攻防の緒戦は、圧倒的不利と思われた人類側が勝利した。

装甲空母姫は何とか海域から離脱することが出来たが、トラックに拘った。

味方の首が引き千切れる場面と攻撃をものともしない大和型戦艦への恐怖が脳裏から離れず、全ての予備戦力をトラックへ投入する決意の一因となったことは誰も知らない。

制空権の無い状態での戦力投入が無駄に被害を水増ししていくだけの結果となることは明白であり合理的でないと頭では理解していたが、危険を無視出来ない獣としての本能がブレインである彼女を動かした。

強固なブインは落とさずに他の太平洋の拠点を占領し、兵站面でブイン孤立させる。

二次大戦のかの有名な「カートホイール作戦」を彷彿させるトラック強襲は、思想としては間違っておらず、艦載機群を利用した戦術もショートランドの失敗を生かしたものと言える。

ジェット戦闘機という未知の存在、大和型戦艦という規格外の存在のせいで敗北したとはいえ、その責任が単純に指揮官へと帰結するものではない。

だが彼女はハワイかガダルカナルへ撤退し戦力を蓄え、偵察をし、未確定要素を取り除き戦術を練り直すべきだった。

そして撤退しなかったことより、最悪の決断を彼女はした。南方遊撃部隊である『Y群』と『H群』を引き抜きトラック攻略へと充ててしまったのだ。



南太平洋が手薄になる瞬間を今か今かと待ち望むブインの男たちの存在を彼女は忘れていた。


8月25日

朝 ブイン基地 執務室

嶋田「__とまぁ、以上が俺が見たトラックの現状になる」

嶋田「橘花隊は欠損無し、俺がここに無事到着しているから言うまでもないだろうが、土佐も無事ブイン到着だ」

山内「ご苦労だったな嶋田。この報告が終わったらゆっくり休んでくれ」


山内「……先生には会えたか」

嶋田「本当に幸せそうな顔してたよ。あの爺さん」

ブイン司令「……」

山内「……うん。それと敵が予想通りに動いてくれて何よりだ」

嶋田「ああ、お前の読み通りだったな。御見逸れしたよ」

ブイン司令「三隻で敵機動部隊壊滅、か。大和型戦艦の戦果は公式記録だけでなく戦場伝説としても語り継がれるだろうな」

山内「伝説の影でトラックの補給チームは今頃泣いてるよ」

嶋田「間違いない」


翔鶴「長官、陸軍第十三師団長から機密指定の電文が届いています。開封して下さい」

山内「うん? 今どき機密指定電文とは陸さんも乙だな。渡してくれ……どれ……」

山内「トラック強襲により戦局危急の時を迎え、益々ガ島の戦略拠点的重要度は高まりを見せ云々……比島よりガダルカナルへ我ら陸軍一個師団の増派を決定……増派……決定?」

ブイン司令「……は?」

嶋田「……ん?」

山内「ば、馬鹿なのかこいつら」

ブイン司令「ちょっと待て。基地放棄というこちらの作戦要項は通達してるんだろ?」

山内「総司令部と海軍省には通達してあるから大臣ごしに行ったはずだが」

嶋田「よりにもよって第十三とはな。まぁ、フィリピンからの方が航路は安全か」

ブイン司令「東京で妖精教徒どもが立て籠もる施設を人質ごと消し飛ばしたあいつらか?」

嶋田「……それだよ。人殺しの黒犬どもだ」

山内「どうやら、もうこちらへ出立したようだな。ブイン通過は29日予定」

ブイン司令「今はフィリピンに居たんだな。というか嶋田は嫌いなのか」

嶋田「日本軍唯一の外国駐留師団として国民の目の届かない場所で無茶してるんだよ。俺は人殺しは嫌いだ」

ブイン司令「無茶をするというのは、そういう理解で大丈夫か」

嶋田「ああ。東京で戒厳軍になった時と同じさ。およそ軍隊としては他国に言えないような仕事をしている」

ブイン司令「……妖精教徒と共産主義者は仕方のない事とはいえ、少し複雑だな」

嶋田「虐殺が好きなサディストどものお守りとはな」

ブイン司令「まぁそう言うな。陸軍にも面子がある。ここは立てるべきだ」

嶋田「不愉快、と言いたいが。同意だ」

山内「……」

嶋田「彼らの手持ちの駒の中でも精鋭だ。来るならあいつら、というのは納得も行く」

ブイン司令「ほう」


嶋田「時代の変化に合せて対深海棲艦用装備も陸軍なりに整えて来ているだろう。師団ごと移動するということはいよいよ実用性検証という所じゃないか」

ブイン司令「いや、ゴリラが武装して海行って一体何が出来るんだよ」

山内「……とにかく意味のない派兵の中止を求める必要がある」

山内「陸軍のお偉方に掛け合うにも時間が無い。事後承諾という形で制海権の説明をして部隊の指揮官に思い止まってもらうしか無いだろう」

嶋田「事後承諾は駄目だろ」

ブイン司令「ああ、話し合いの場を持つべきだ。にしても陸さん、自前で師団規模の輸送艦を調達したのかね」

山内「……」

ブイン司令「少なくとも俺が知る範囲では無かったが」

嶋田「海軍と違って仕事も治安維持くらいしか無いだろ。六年掛けて作ったんじゃないか」

ブイン司令「ナノバリアも張れない敵の良い的になる地獄行きの船をシコシコと……頭が下がるね全く」

翔鶴「ゴホン」

ブイン司令「少しずつ少しずつ」

嶋田「アホ」

ブイン「あー。敵の目が中部太平洋へ向いているいい機会だったんだけどな」

山内「……陸軍が中止を今すぐ認めなければ、我々は出撃する」

嶋田「おい、それはまずい、陸軍と関係が拗れるのも問題だ」

ブイン司令「俺も同意だ。ガダルカナル攻略は延期すべきだ」

山内「そんな時間は無い。強行だ。陸軍が到着するまでに壊す」

嶋田「しかしだな」

山内「……お前たちがそこまで楽観主義者だとは思ってなかったぞ」


長官は明らかに苛立っていた。


嶋田「いや、陸軍との融和路線で行くと決めたのお前だろ。この電文は暗に航路の護衛をしてくれ、ということだ。実質NOとは応えられん質問だがな」

山内「……お前たちには我々の置かれている現状が見えてないのか」

嶋田「制空権も今はこちら側にある。前のようにはならん。勿論行かせないのが一番だが、一旦基地自爆を白紙に戻して」

山内「前のよう、とかそういう話ではない。今一番憂慮されなければならんのは時間だ。敵に戦力立て直しの時間を与えず、自軍の圧倒的優位を維持しなければならん」

嶋田「分かっているとも。だが陸軍に怪しい動きがあるのは間違いない事実だ。ここで迂闊に動いては余計な言質を与えることになる」

山内「深海棲艦側の生産力をもってすれば、いや、そうでなくとも無限の航行能力をもってして大西洋やインド洋に健在のブレインたちを掻き集められるだけで勝負は再びイーブンに戻る」

山内「数で勝てない人類側の優位性は刻一刻と失われるのだ。そんなことも分からんのか」

嶋田「ど、どうしたんだお前。なんか変だぞ」

山内「逆に問おうか。何故お前たちはそんな風に平然としていられる?」

山内「あの島に陸軍一個師団を貼り付けられてみろ。輸送艦は陸軍のものでいいとして、誰が補給路の制海権を維持する? 誰が基地近海の制海権を維持する?」

山内「我々だ。我々以外に出来る者など居ない。仮に拒否すれば我々は陸軍二万人を見殺しにする僕の指揮権は剥奪され、また無能が着任し元の木阿弥になる」

山内「このままでは奴らの為に艦娘の運用スケジュールを組み直し、調整し、安全を保証せねばならなくなる」

山内「必要に応じて使える艦娘の実質数が減ればその他の航路の安全の為に、トラックを拠点に進出するハワイ攻略部隊用デポ構築の輸送スケジュールも変更せざるを得なくなる」

山内「そんなことが出来るか。こんな馬鹿げた陸軍の要請はYES、NOでなく要請自体を消し飛ばすのが最適解だ」

ブイン司令「む……」

山内「先生はもう居ないんだぞ? 東大閥の連中は我々を見逃しはしない、今回の陸軍の動きで陸の最高司令官たる総理のお考えがよく分かった」

山内「足を引っ張るつもりであるのなら、掴まれるより先に足を動かすだけのことだ」


朝 ブイン基地 大部屋

山内「トラックにおいて敵の攻勢が開始された。戦況は我々の優位で推移しているが、各地からの援軍が到着すればすぐひっくり返される程度のものだ」

山内「私は人類側の優位を絶対のものとするための作戦を発動したいと思う」

山内「敵の目が中部太平洋に向いている内にガダルカナルを落とす」

集まった艦娘達にどよめきが広がった。

ガダルカナルを見たことは無くてもデータで知っている。

多くの仲間を飲み込んでいった南太平洋最大の敵拠点。

遂にあの島に手が届く。

山内「今回は防衛戦ではない。制海権の確保されていない状況下での攻撃になる」

山内「ガ島攻略はトラックでの陽動攻撃を含め駆逐艦から戦艦まで総力を結集してこれに当たる。作戦参加基準練度はLv.50だ」

山内「撃沈される可能性も大いにある。基準練度を超えて、かつ参加の意思がある者だけ一時間後にこの部屋に集まってくれ」

山内「基準を超えてはいるが参加したくないという艦娘が居ても私は責めない。私はあくまで君たちの意思を尊重したい」


翔鶴「……」

日向「……ふん」

瑞鶴「どうかしたの?」ボソボソ

日向「別に。茶番だと思っただけだ」

山内「では一度解散とする。各自でよく考えておいてくれ」




昼 ブイン基地 廊下

日向(Lv.50は妥当なラインかもな)

日向(さて部屋にはどれだけ集まるか。見ものだな)

日向(ん? あれは……)

「行かないってどういう意味よ! 戦えないって言うの?」

「違います。わ、私は行きたくないんです……」

「アンタ、頭おかしくなったんじゃないの?」

駆逐艦が言い争いをしていた。二人が一人を囲んで何かを責めているようだ。

日向(駆逐艦たちも威勢が良いな。まぁ、いじめは旧軍の頃からの我らの伝統だが)

日向(ん……?)

無視して通り過ぎるつもりだったが、気になるものが目に入ってしまう。

言い寄られて居るのは恐らく自分の知っている艦娘だった。


日向「何をしている」

「っ……日向さん」

磯波「……」

日向「何をしているかと聞いている」

「この子が戦いたくないってゴネるんです」

日向「……お前たち二人は行け」

「でも」

日向「磯波とは私が話をつける」

「いえ、日向さんのお手を煩わせることは」


日向「私は行けと言っている」


「……失礼します」

「お先に失礼します」


日向「さて、君は私の知っている磯波だよな」

磯波「……はい」

日向「ちょっと浜でも散歩に行くか」

磯波「い、いいんですか?」

日向「? 何が」

磯波「日向さんも正午からの作戦会議に参加するんじゃ」

日向「私くらいになると作戦会議でやる内容なんて事前通達されてるんだよ」


日向「さ、行こう」




昼 ブイン基地 浜

殆どの者が作戦会議に出席しているようで、艦娘の姿は海にも殆ど見えない。

波打ち際を二人でゆっくりと歩き続ける。

日向「あー、太陽が気持ち良いなぁ」

磯波「……」

日向「どうしたんだよ。今日はいつもより暗いじゃないか」

磯波「怒らないんですか」

日向「どうして。怒る理由が無いだろ」

磯波「死ぬかもしれない戦いに出たくない私は甘ったれだー……とか」

磯波「艦娘としての本領を発揮せよー……とか」

日向「あはは」


磯波「なんで笑うんですか!?」

日向「確かにその辺辛いところでな。普段からお前たちの戦闘意欲を煽ってるくせに、私自身は自分の語るその言葉を少しも信じて居ないんだ」

磯波「え?」

日向「嘘つきなんだよ。私はさ」

磯波「……」

日向「ホントはな、ただ好きな男と一緒に居るために戦っている」

日向「他人から押し付けられた価値観を守るために戦ってたまるか」

磯波「好きな男の人、って基地司令のことですか?」

日向「そうさ。あの男だ」

日向「矛盾してるかもしれないが、あいつと未来で一緒になれるなら私は自分の命なんて惜しくない」

日向「私の命は、私を救ってくれたあいつの為に使いたい」

日向「……なーんて、本音を言うわけにもいかないだろ? 隊長と呼ばれてしまってはさ」

磯波「……」

日向「そんな目で見るなよ」


磯波「日向さんは嘘つきだったんですね」

日向「ああ。私は嘘つきだ」

磯波「でも、悪い人じゃありません」

日向「そうかな?」

磯波「私は下っ端だし弱いから、立場に左右される経験なんて無いですけど……きっと辛かったんですよね」

日向「別に。艦娘とはどうあるべきか、人の世と航路の平和のために命を懸け戦う存在である」

日向「そう説いて戦場に後輩を送り込み、自分は好きな男といちゃついて」

日向「好きな男の仕事を完遂させるための道具として他の艦娘を利用している」

日向「それが悪いかどうかなんて考えたこともなかった」

日向「……うわ。色々冷静に見直すと違いなく地獄行きだな、私」

日向「私は別に辛くないよ。相手がお前だから本音を話しているんだ」

日向「お前には哀れな人形であって欲しくないからな」

日向「本当は、お前が戦いたくないなら戦うべきじゃないんだ」

磯波「……」

日向「自分が命を懸けても良いと思えるものの為にのみ、自分の命は使うべきだ」

日向「と、私が思っているのを知っておいてくれ」


日向「お前を責めてた艦娘も、私は叱れない」

日向「彼女たちだって死ぬのは怖いし、出来れば戦いたくないと思ってるのかもしれない」

日向「でも、戦わない自分なんてもう許せないんだよ。私や長官がそうさせたから」

日向「腹黒長官め。何が『君達の意志』だ。艦娘が自分に好意を抱くよう作られていることを知りながら散々褒めて誘導してきた癖に」


日向「管区長と聯合艦隊司令長官の違いはあの図々しさなのかもな」


磯波「……日向さん」

日向「ん?」

磯波「私、死ぬのが怖いんです。もう真っ暗な水の中に沈むのなんて嫌です」

日向「うん」

磯波「自分が戦うための存在だって言われても怖いんです」

日向「うん」

磯波「でも、戦わないと平和にならないのも分かるんです……」


日向「こういう時に頭が良いと辛いだろうな。色々と見えてしまって」


日向「ならもう、私に任せてくれても良いぞ」

磯波「え?」

日向「私はお前が大事だ。可愛らしくて依怙贔屓してやりたいと思う」

日向「基地で待ってろ。お前の分まで私が戦う」

日向「文句言う奴が居たら連れて来い。私が半殺しにしてやる。そうすればその内居なくなるだろ」

日向「冗談じゃなくて本気だぞ」

日向さんは歩くのを止め、こちら向いた。


日向「磯波」

磯波「……」

日向「お前は何も心配しなくていい」

磯波「日向さん」

日向「ん?」

磯波「本当に、本当にありあがとうございます。でも……私も戦場に行きます」

日向「別に見返は求めないぞ。私に甘えてくれ」

磯波「日向さんが本気なことは分かります」

日向「……なら、どうして? 戦って死ぬのが怖いんだろ? 無理するな」

磯波「私には自分が死ぬことより恐ろしいものがあるって気付けました」

磯波「私を私でいさせてくれた人を失うのが何より恐ろしいです」

日向「……違ってたらすまんが、私は死ぬ気は無い」

磯波「死ぬ気が無くとも死ぬときは死にます」

日向「う~ん」

磯波「私は艦娘です。人間の戦えない敵と戦うことが出来ます」

磯波「義務とか大義とかどうでもいいです。そんなの戦う理由にはなりません」

磯波「戦いたくありません。戦って死ぬのなんて怖すぎます」

磯波「でも私は……自分の命よりも大切なものを守るためなら、この力を使えます」

磯波「守れるなら自分の命を懸けていいと、信じられます。だから、信じます」

日向「お前が死んだら私は悲しむぞ」

磯波「それでももう、戦わずにはいられないんです」

日向「意思は固そうだな」

磯波「はい」

日向「……君といいアイツといい。何で私の周りは自分に厳しい馬鹿ばっかり集まるのかな」

日向「甘えたって、誰にも責められないのに」


磯波「珍しく頓珍漢なことをおっしゃってますよ」

日向「ん?」

磯波「日向さんの好きな司令さんは馬鹿じゃないです」

磯波「自分の力が大事なものの為に使えるのに、それを使わないような生き方をすれば」

磯波「一生後悔するって知ってる人なんです」

日向「……」

日向「磯波」

磯波「はい?」

日向「君、いい匂いがするな」スンスン

磯波「そ、そうでしょうか……?」

日向「いただきます」カプッ

磯波「ひぃぁぁぁぁぁ!」


何をされたか理解出来ずに悲鳴を上げてしまった。

耳を唇で甘噛みされたと知ったのは三十分後だった。


編成表

◎ガ島攻略艦隊
戦艦:『長門』『陸奥』『日向』
正規空母:『加賀』
重雷装巡洋艦:『木曾』
駆逐艦:『雪風』

○ガ島攻略支援艦隊
正規空母:『翔鶴』『瑞鶴』
駆逐艦:『皐月』『文月』『漣』『曙』

○トラック泊地第一支援艦隊
戦艦:『伊勢』
重巡洋艦:『摩耶』『高雄』
重雷装巡洋艦:『大井』『北上』
駆逐艦:『不知火』

○トラック泊地第二支援艦隊
戦艦:『霧島』『榛名』
重巡洋艦:『古鷹』『加古』
軽巡洋艦:『矢矧』
駆逐艦:『磯波』

○トラック泊地第三支援艦隊
戦艦:『__』____
___________
_____________________________



太平洋における深海棲艦との戦争は最終局面を迎えつつあった。

深海棲艦側は現状のチップを全てトラック諸島にベットした。

人類側は決戦を避け、まずガダルカナルを奪還することで南太平洋の安全を確実なものにしようとしていた。



戦闘の動きだけでなく権力闘争と謀略の水面下での動きも活発になる。

人類側の海の総司令官、聯合艦隊司令長官である山内は焦っていた。

後ろ盾を失い、書き換わる国内情勢の動きが読めず二の足を踏んでいる所に陸軍のガ島への派兵が決定されたのだ。

対応を誤れば自分の椅子の安寧は確保しかねる。どう対応しようとも自分は失脚させられる可能性も十分あった。

最早一刻の猶予も無いと判断したのは無理からぬことである。

単なる保身ではない。人類の未来を思うのであればこその決断だった。

例え命令無視と言われたとしても、上から次の手が打たれるまでにハワイを落とさねば全ては元の木阿弥なのだから。

無謀だと分かっていても行うしかない状況が目の前に広がっていた。


深海棲艦側の現場指揮官である装甲空母姫も焦っていた。

小島ごときを攻めあぐねるどころか、押されるなど本来論外だ。

だが敵の大和型戦艦の運用は巧妙を極めた。

いくらナノバリアが強力で装甲が分厚かろうと燃料が切れればただの鉄くず。

倒し方は幾らでもある筈なのだが、ふらふらと出て来ては燃料の切れる頃に陽炎のように去って行く。

こちらの被害は水増しされる一方で、有効打は一つも与えられていない。

そして制空権の問題である。

敵の新型機は戦場から姿を消したが、緒戦でこちらの航空戦力は壊滅していた。

味方が制空権争いから完全に脱落しているため、空には観測機から護衛無しの雷撃機まで多種多様な敵航空機が我が物顔で飛び交っている。

それにより潜水艦や偵察機による偵察も封殺され、その被害も馬鹿にならない。

そもそもトラックに戦力を集中させているのは大和型戦艦の脅威を排除するためなのか、トラック泊地攻略のためなのか。

作戦の根本があやふやな事により全体の動きも曖昧になり、攻撃は敵である艦娘が困惑する程まとまりの無いものになっていた。


戦いと時間は進んで行く。


8月27日

朝 ガダルカナル基地近海 『土佐』指揮所

「偵察の潜水艦から報告、基地近海に敵遊撃部隊の姿無し」

「作戦発動十五分前です」

「空中、海上、海中、電探に反応無し」

「土佐の光学迷彩、正常に作動中。機関圧力、全て問題無し」


山内「やはり偵察報告は正しかったな。遊撃部隊が居なければ攻略に集中出来る」

長門「作戦に変更は」

山内「無い」

長門「……なぁ、やっぱりお前自ら最前線に来るのは」

山内「公私混同するな」

長門「……了解」

山内「どうせこの作戦が失敗すれば私は死んだも同じだ」

日向「こんな最前線にノコノコやってくる時点で色々心配ですが、指揮官としての冷静さだけは欠かさないで下さいよ」

山内「……」

日向「基本的に死ぬのは私達なんでね」

山内「失敗するつもりは無い。お前たちこそ起爆の手順を間違えないよう注意しろ」

長門「……」

日向(もう余裕が無くなっている。こいつ、本当に戦争を終わらせることが出来るのか)

日向(戦略眼はウチの旦那様よりは確実にあるんだろうが……いや、色んな面で彼より優れているんだろうが)

日向(……やめよう。比べると彼が可哀想だ)

日向(しかし、真面目過ぎるというのは害悪でしか無いのかもな)

日向(最後の一押しに大破艦を含めて突っ込ませるような行為をしそうだ)

日向(いや、待てよ。兵器なんだからそんなの当たり前なんじゃ)

日向「……くふふ」

山内「……」ギロッ

日向「……」

日向(馬鹿だな日向。お前はいつから人間になったつもりで居た)

日向(所詮は道具、戦争を遂行し終わらせるための兵器)

日向(大切なものを全て守れないのなら取捨選択するしか無い)

日向「……」

日向(同じ艦隊の残りの五人を地獄に突き落としてでも生き残ることだけ考えろ。生き残ってあいつの所へ帰るんだ)


「作戦開始時刻です」

山内「橘花隊、順次発艦。制空権と先制攻撃を必ず成功させろ」

顔傷妖精「妖精使いの荒い人間どもだぜ。了解、任せときな」

山内「現時刻をもって無線封止を解除する。ブイン基地と支援部隊に作戦開始を通達」

「了解、打電します」

山内「無線を聞きつけて敵がやってくるぞ。土佐乗員は第一種戦闘配置。対空対艦、対潜水艦戦闘用意」

「土佐乗員に通達。総員第一種戦闘配置。繰り返す総員第一種戦闘配置。対空、対艦、対潜水艦戦闘、用意!」


山内「お前たちも出撃だ。用意しろ」

日向「了解」

長門「ちょ、長官……」

山内「どうした。作戦に何か不備があったか」

長門「……」

山内「どうした? 時間なんだぞ」

長門「……いや、何でもない。行ってくる」




朝 ガダルカナル基地 第一次防衛ライン

水面を進む六つの艦影。

限りなく人間の女性を模した兵器たち。

四十年前とは少し異なるが、これが現代の海を統べる者達の偉容である。

先頭を行く旗艦の彼女は不満を隠そうとはしなかった。

長門「……」

日向「出撃前に長官とイチャコラ出来なかったことを悔やんでいるのか」

通話装置からの声が緊張に満ちた静寂を裂く。

長門「べ、別に、そんなことは……………………無い」

日向「ドンマイ」

陸奥「ちょっと! 弛んでるわよ!」

日向「こんな時こそ楽しく行こう」

加賀「……まったく、貴女は」

木曾「あはは」

雪風「賑やかで嬉しいです! 皆さん! 勝ちましょうね!」

加賀「先行した橘花隊から入電。ガ島周辺の制空権確保。第一次敵防衛ラインは重巡1、軽巡2、駆逐艦3」

日向「偵察の瑞雲から入電。えー、我々からだと二時方向、距離約12000に敵艦隊発見」

陸奥「楽勝ね」

長門「攻略旗艦長門より土佐へ、第一次侵攻ラインにおいて敵との交戦を開始する」

長門「……各自散弾装填、面斉射で1つずつ削り潰す。接近させるな」

木曾「重巡も居るぜ」

長門「みなまで言わせるのか?」

木曾「はいはい。俺が先制雷撃すりゃ良いんだろ」

雪風「木曾頑張って!」

木曾「任せとけ」


朝 ガダルカナル基地 第二次防衛ライン

長門「皆、被弾無いな」

日向「無事だ」

陸奥「無事よ」

加賀「私は何もしてないわ」

木曾「……」

雪風「木曾がちょっと被弾してます」

木曾「言うな!」

加賀「偵察情報によれば、ここは戦艦6よ」

日向「随分な歓迎だな」

加賀「動ける空母は全部トラックに持って行っていたみたい。まともな航空戦力と当たる機会は無さそうね」

長門「日向、観測機を出せるか」

日向「勿論」

長門「よし、接近中の敵に長距離砲撃を食らわせてやるぞ。用意しろ」

陸奥「了解」

日向「準備するよ」

加賀「敵、十二時方向より距離約18000から32ノット以上で接近中」

日向「加賀、観測砲撃はそういうアナログなやり方はしないんだよ」

日向「瑞雲からの敵位置追跡情報データだ。共有二番から受け取れ」

長門「……よし、諸元入力完了」

陸奥「こっちもオッケー」

長門「斉射用意……撃てぇ!」


日向「……全弾大ハズレ。敵はジグザグ航路で進み始めた」

長門「観測後第二射を……ふぅむ……やはり実用に耐えんか」

日向「敵がこう高速になってはな」

陸奥「どうする?」

長門「我々三人で突っ込んで近接戦闘に持ち込もう」

日向「戦艦だからそれしか無いんだよな。複数の敵を相手にすることになるが」

長門「むしろ燃えるだろ」

日向「まぁな」

陸奥「あらあら」



ル級「……?」

水平線の向こう側からこちらに高速で突っ込んでくる存在がある。

ル級「……!」

それが敵であると理解するのにそう時間はかからなかった。

日向「敵艦を目視!」

長門「ル級、しかも全員フラグシップレベルか」

陸奥「あらあら。流石にブレインのお膝元ね。影響が強烈~」

日向「陸奥、その喋り方鬱陶しい」

陸奥「……」


距離3000を切った所でル級は横隊を組み後退しながら、砲撃体勢に入った。

それぞれ目標を狙うのでなく、確実に当たる面での斉射を選んだようだ。

日向「ぐっ……肩に被弾した。流石に痛いな」

長門「奴らも無駄に知恵がついているようだ」

日向「近づけさせないつもりかな。面斉射を続けられると厄介だ。避け切れん」

陸奥「ちょ、ちょっとどうするのよ」

日向「ま、多少知恵はついたと言っても所詮はその程度」


日向「加賀、制空権の意味を教えてやれ」


加賀「言われずともそうします」

加賀「支援機動部隊からの航空部隊、目標地点に到達」


加賀「翔鶴、頼むわ」


翔鶴「全機、攻撃開始!」

前方に集中しすぎていた、という言い訳は通用するだろうか。

ジェットの爆音に耳が慣らされ、レシプロエンジンの稼動音とプロペラが空気を掻き乱す音などは静寂と何も変わりなかったのかもしれない。

または戦艦三隻が遮二無二突っ込んでくる姿に本能は恐怖を感じずにはいられなかっただろう。

おざなりになった後方から奇襲的に雷撃、爆撃が殺到した。


「ヒャッハァー! 戦艦2撃沈! 戦果を上げたのは瑞鶴航空隊だぁ!」

「あっ、ずるいぞ! 何変な報告上げてんだ! 翔鶴航空隊に決まってんだろ」

「うるせぇ妹より優れた姉なの居ねぇんだよ! 翔鶴より瑞鶴の方が優れてんだからその航空隊が優秀だからって拗ねんなよ」

「いみわかんねぇ。お前ら瑞鶴嫌いなんじゃなかったのかよ」

「あぁ!? 俺らが瑞鶴ちゃんが嫌いだって何時何分地球が何回……」


加賀「うるさい。無線で言い争いしないで正確な戦果だけ上げなさい。かじるわよ」


「ごめんなさい」

「すいませんでした。かじんないで下さい」


日向「さぁ、次は私達の戦争の時間だ」

長門「真ん中」

陸奥「右の子、貰うわね」

日向「なら私は残りだ」


大型艦同士の近接戦闘が本当は怖いなんて嘘なんじゃないか

と言う者が居てもおかしくない程に嬉々とした表情でそれぞれの目標を指し示す。

いや、怖いんだぞ。本当に。

強がってる演技だよ演技。人間の女の喘ぎ声なんて全部演技なのと同じさ。

怖いけど怖くないふりをしなきゃいけないんだ。

戦うためには自分自身を騙す必要があるんだよ。

まぁ一つ思い出して欲しいのは私は嘘つきだという所か。


日向「……無事かお前ら」

長門「無論だ」

陸奥「一発食らっちゃった。てへ?」

日向「そのまま死ねば良かったのにな」

陸奥「……」

日向「他は?」

木曾「俺たちも戦えたのに」

雪風「戦艦にも夜戦なら負けません!」

日向「そこまで時間をかけるわけにはいかん。次で最後だ」

加賀「最後? まだ敵の防衛線は残っているけれど」

日向「何のために雪風を連れて来てると思ってる」ポンポン

雪風「?」



雪風「こっちです!」

木曾「成程、駆逐艦が居ないと通れない道か」

日向「元は我々の基地だからな。抜け道くらい用意しているわけだ」

陸奥「制空権が確保できているならよっぽどの条件でない限り戦艦で固めれば良いものね」

木曾「なぁ雪風、道ってのはどんな風に見えてるんだ?」

雪風「海に目印がついてます! 蛍光色で光ってます!」

木曾「安っぽいなぁ……」

加賀「……」

雪風「加賀さん。それ以上左側にはみ出すと羅針盤で飛ばされちゃいます。私の通った航路を通って下さい」

加賀「そ、そう。気をつけるわ」

日向「この道が使えれば防衛線を二つ無視出来る。楽勝だ」

長門「四回戦闘があると弾薬的にもキツイからな。助かるよ」




昼 ガダルカナル基地 港湾最深部

飛行場姫「コイ! ニンゲンノテサキノアクマドモ! カカッテコイ!」

ヲ級改「ッテイッテモネェ、テキノカンサイキツヨイカラ。モウコッチノカンサイキスッカラカンヨ~」

飛行場姫「ウガァァァ! オマエハキアイガタリィィィン!」

ヲ級改「アハハハ。ヒメチャンハイセイガイイネー」

飛行場姫「ダッテ、ダッテ……マケタクナイ……」

ヲ級改「ワカイネェ」ナデナデ

飛行場姫「……ドウスレバイイ。ドウスレバカテル」

ヲ級改「ヒメチャン。イマハニゲナ。イマハカテナイ」

飛行場姫「ニゲル?」

ヲ級改「ソ、ニゲルンダ。キカイハマタカナラズクルカラ」


ヲ級改「ソコノセンカンサン、イマカラセンパイトゴウリュウシテ」

タ級「……」

ヲ級改「ヒメチャンヲ、タノムヨ」

タ級「……」ペコ


ヲ級改「ジェットハタイクウセンハツヨイケド、タイカンセンハイマイチダカラ」

ヲ級改「マー、ヒメチャンタイリョクアルシ。ナントカナルッショ」

飛行場姫「オマエハドウスルンダ」

ヲ級改「ホラサ、ブレインハガノコラナキャ。シメシガツカナイカラ」

飛行場姫「……ナラワタシガノコル」

ヲ級改「ダメ。ニゲテ」

飛行場姫「ニゲルナラオマエモイッショニジャナイトヤダ!」

ヲ級改「ワガママイワナイノ」

ヲ級改「ヤルベキコトガ、アルンデショ?」

飛行場姫「……ウン。ニンゲン、ミナゴロシ」

ヲ級改「ダッタラニゲナ」

飛行場姫「……」

ヲ級改「……タノシカッタヨ。ゲンキデネ」ナデナデ

飛行場姫「……ゼッタイ、ニンゲンコロスカラ」

ヲ級改「ソ。ガンバリナ」

飛行場姫「ゴメン。ワタシガモット、ツヨカッタラ」

ヲ級改「イマサラシカタノナイコトサネ。サ、イキナ。モウスグカンムスクル」

飛行場姫「ゼッタイ、オマエノコト、ワスレナイカラ」

ヲ級改「アハハ、ワスレチャッテイイヨ。コンナヤツノコトナンテサ」

飛行場姫「ワスレナイ! カンムスダケド、オマエ! イイヤツ!」

ヲ級改「ソリャモウムカシノコトサ~。イマハシキベツメイショウ『ヲキュウ』ダヨ」

飛行場姫「……バイバイ」

ヲ級改「ヒメチャン、チガウヨ」

飛行場姫「?」

ヲ級改「マタネ」

飛行場姫「……ウン。マタネ、マタネ!」ブンブン

ヲ級改「……」フリフリ


ヲ級改「サテ。サイゴノゴホウコウ、シマスカネ」




昼 ガダルカナル基地 港湾最深部

長門「……飛行場姫が居ないな」

日向「居ないってなんだよ」

陸奥「あれ~……?」

加賀「……」

木曾「敵も四隻だけだな」

ヲ級改「キタカ、カンムス。モクテキハナンダ」

長門「……なんだコイツ」

日向「面白いじゃないか。答えてやろう」


日向「この基地の奪還だ」

ヲ級改「ナラ、ワタシノイノチトヒキカエニ……ホカノヤツラ、オマエタチガシンカイセイカントヨブソンザイヲ、タスケテヤッテホシイ」

長門「……」

日向「やろうと思えば我々はお前たちを殲滅できる。お前の提案を飲むメリットが無い」

ヲ級改「メリットハアル。ワタシハキチジュウニセンカンヲハイビシテアル」

ヲ級改「オマエタチノツウワソウチトオナジヨウニ、ワタシモナカマトレンラクガトレル」

ヲ級改「イチビョウモアレバ、ハカイカツドウヲサセルコトモデキル」

陸奥「不味いわよ。自爆装置を壊されたら……」ボソボソ

長門「……深海棲艦め」ギリッ

ヲ級改「……アマリコッチヲミクダサナイホウガイイ」

ヲ級改「キュウソネコヲカム、コトモアルヨ」

日向「分かった。飲もう」

ヲ級改「アリガトウ。ミナヲテッタイサセル。ジュップンマッテクレ」

~~~~~~

ヲ級改「オマタセシタナ」

長門(本当に自分以外の者を撤退させたのか。こいつ、何を考えている)

日向「何故逃した」

ヲ級改「カチメノナイコトクライワカル。ナカマガシヌトコロンテ、ミタクナイ」

陸奥「基地から敵が出てこないけど、さっき言ってた戦艦はどうしたの?」

ヲ級改「アレ、ウソダヨ」

陸奥「なっ……!?」

ヲ級改「ソンナコトニツカウホドセンカンハ、アマッテナイ」

日向「あはは! 肝が据わっている。深海棲艦にしておくには惜しい奴だな」

ヲ級改「……サ、コロシナヨ。ソレガシゴトデショ」


日向「雪風、あの深海棲艦を牽引ロープで拘束しろ」

雪風「アイアイ!」


ヲ級改「ウゲッ。カイボウトカハヤダナァ」

日向「解剖なんて飽きるほどやってるよ。今更やりはしない」

ヲ級改「ナラ、ドウシテ」

雪風「ウリウリウリウリ」グルグル

日向「お前を人質とする。お前が殺されれば敵が逆上して襲いかかってこないとも限らない」

日向「それと純粋に興味がある。もう少しお喋りしよう」

ヲ級改「ヒュ、オホン、カワッテルネ、キミ」

日向「深海棲艦に変わってると言われたのは初めてだ」

日向「さて、基地を爆破しようか。誰が行く」

加賀「私に行かせて」

長門「私が旗艦なのに何で日向が取り仕切ってるんだ」

日向「あ、すまん。癖で」

ヲ級改「フフッ」


長門「別に良いんだが。日向と加賀、行って来い」

ヲ級改「ワタシモツレテイッテ」

陸奥「駄目よ。そんなの」

ヲ級改「オネガイ」

陸奥「そこまで頼まれちゃ……って、駄目よ駄目!」

長門「なんか調子狂うな」

木曾「連れてってやればどーだ? こいつ艦載機も残ってないし、電探で見たが敵の反応も基地から消えてる」

日向「私も賛成だ。何かあっても航空支援がある。コンソールの場所まで案内させよう」

長門「分かった。長官に現状を伝えて」「しなくていい」

日向「すれば今のあの男は許可しない」

長門「……」

日向「思考停止しろ。楽しいぞ」

長門「……何かあればすぐに報告しろ」

日向「それでいい。私たちが出てくるまで報告してくれるな。ついでに男を乗り換えることも勧める」

長門「あの堅物を支えてやれるのは私だけだ」

日向「お前のそういう所、馬鹿だと思うが嫌いじゃない」

長門「早く戻って来いよ」

日向「なるべくな。予定通り三時間で済むよう頑張るよ」




昼 ガダルカナル基地地下 コンソール室

日向「驚くほどそのまんまの名前だな」

加賀「分かりやすくていいわ」

日向「おい深海棲艦、装置の解除をしなかったのか?」

ヲ級改「ハズソウトシタケドサ。イリグチノパスワードガワカラナカッタンダ」

日向「意外と抜けてるな」

ヲ級改「ココハシステムガトジテルノ。ソトカラハムリ」

加賀「どこかで聞いたような話ね」

日向「こじ開けたりは」

ヲ級改「カッテニバクハツスルワケデナイ。ソレナラ、ソノママデイイ」

日向「適当だなおい」

30桁の面倒なパスを入力し終わると、扉は開いた

日向「コンソールの電源は……よし生きてる。自爆装置も正常に稼働しそうだ」

ヲ級改「ジバクハ、ドウヤル? キチノバクヤクハノコッテナイハズダガ」

日向「武器弾薬庫は最低でも30mの地下に作るよう義務付けられている」

日向「それよりも更に30m下に、更に厳重に守られた流体物タンクがあるんだ」

日向「ニトログリセリンのプールとしてな」


ヲ級改「……ソンナアブナイモノヲツクッテタノカ」

日向「原液よりは薄めて感度は下げてあるから心配するな」

日向「で、基地の天井から床に至るまで、上下水道とはまた別に配管が張り巡らされている」

日向「こういう時にニトログリセリンを流し込むための配管だ」

日向「コンソールでまた面倒なパスワードを入力してやれば……よ、ほっ」


日向「基地中の配管にポンプでゆっくりと汲み上げられる」

日向「それで後はこいつだ」スッ

ヲ級改「……シンカン?」

日向「起爆点にこれを挿し、我々の脱出後に起爆すれば」

日向「基地中に満たされた危険物に引火するという寸法だ」

ヲ級改「オォ……」

日向「それじゃ、基地の起爆点にこいつを挿しに行こう。お喋りでもしながらな」

加賀「もうロープを外してやってもいいんじゃない?」

日向「それもそうか。……」シュッ

日向「……終わった」

ヲ級改「……イアイ」ハラッ

日向「まぁな」

加賀「貴女がその刀を使ってる場面、初めて見たわ」

日向「私も使うのは久しぶりだ。さ、行こう」

基地の中では床に人骨が散乱している場所もあった。そのことを気にも留めず、奇妙な編成の三人組は進んでいく。

ヲ級改「……」

日向「私も一度深海棲艦になりかけたことがあってな」

会話のキッカケを作ったのは艦娘側だった。

日向「あの時は、自分の感覚がどこまでも広がっていくような爽やかな心持ちだった」

日向「心の一部は爽やかでも、残りの大部分は溶岩みたいにドロドロしてたけどな。あはは」

加賀「……」

日向「深海棲艦は地球の浄化システムなのかもしれないと思った」

日向「艦娘である時とは違った生き方をしている存在であると頭で理解出来たよ」

日向「そっちの暮らしはどうだ? 飛龍」

ヲ級改「ナニヲイッテイル」

日向「通話装置の話をしたのが不味かったな。それを普通の深海棲艦が知るわけはない」

ヲ級改「……バレチャッタ?」

日向「私も木曾も、恐らく加賀も気づいてる」

ヲ級改「イヤー、サッキミンナヲミタトキニハオドロイタヨ」

日向「……こういう形で会いたくは無かったが」

加賀「……」

ヲ級改「カガッチ……ゴメンネ」

加賀「なんで謝るの。悪いことをした自覚があるの」

ヲ級改「ナニモイワズニ、イッチャッタカラ」

加賀「……」

ヲ級改「ゲンカイダッタンダ。デモ、キット……サビシイオモイ、サセチャッタヨネ」


加賀「…………よ」


ヲ級改「?」

加賀「当たり前よ! 私が、貴女が居なくなってどれだけ」

加賀「どれだけ寂しかったか……分かるわけ無いわよ……」


ヲ級改「ア、アァ……ナカナイデヨォ……」オロオロ

加賀「馬鹿な子っ!」ギュッ

ヲ級改「ウワッ……ダメダヨ。ソウスルト……」

加賀「舐めないで頂戴。私にだって穢れのことくらい分かってるわ」

ヲ級改「コレノコト、ケガレッテヨンデルンダネ」

日向「……」

ヲ級改「デモ、ナンデヒューガタチハココニイルノ? トバサレチャッタ?」

加賀「色々と変わってね。あの男が横須賀からブインの基地司令に着任してるの」

ヲ級改「エッ!? ダイヨンカンクノ?」

加賀「そうよ」

日向「というか諸事情で第四管区が無くなってな。丸ごとブインに移動して来た感じだ」

ヲ級改「エェエェ!? ナンデナクナッチャッタノ!?」

日向「主にお前らのせいでな」

ヲ級改「ア、ハイ」

加賀「ふふ」


女三人集まれば何とやら。

十五分ほどで早々と信管挿入は完了し、コンソール室に戻って時間も忘れ昔話に花を咲かせていたが……

長門「おい日向。聞こえるか、日向」

耳元で叫ばれると流石にやかましい。

日向「なんだ。今いいところなんだが」

長門「もう一時間経ってるぞ。起爆準備はどこまで進んだ」

日向「もう一時間経ったのか。慣れない基地で図面読みに手間取ってな。今信管を挿す段階だ」

長門「急げよ」

日向「ああ。通信終了。……で、どこまで話したっけ」

ヲ級改「ヒューガガショウカクニ」

加賀「『どこまで提督に甘えれば気が済むのですか』」キリッ

ヲ級改「ッテイワレテセッキョウサレタトコロマデ」

日向「いやー、あれは思い出すだけで胸が痛くなるな」

加賀「執着と愛の違いを新参者に指摘されて逆上して砲撃なんて。未熟極まりなわね」

日向「む。お前らだって新入りに自分の立ち位置奪われれば焦りもするだろ」

加賀「本当に馬鹿ね。貴女は贔屓されて当たり前に二人でお酒を飲めるんだから、焦らなくて良かったのに」

日向「勿論。そのアドバンテージを活かして既成事実を作っておいた」

加賀「……そ」

日向「向こうがその気なら何の役にも立たん事実だがな」

ヲ級改「イヤー、セイシュンダネー。ワタシタチノイナイマニソンナコシテルナンテ」

加賀「でもそれだと翔鶴と貴女のどちらかを選ばざるをえない状況になるんじゃない?」

日向「うん。最初は暗黙の取決めというか……どちらをあいつが選ぶか、みたいな空気だったんだ」

日向「その内、競争に瑞鶴まで入ってきてな」

加賀「それは生で見たかったわね。物凄い混戦模様じゃない」

ヲ級改「ドロドロハダイコウブツデッス!」

日向「まぁ何だかんだ、決着がつかないまま延長戦でブインにまでもつれ込んだよ」


加賀「そうだったの。あ、飛龍、この人たちブインへ来てから大活躍だったのよ」

日向「お局様は穢れを使って現実逃避をしてる真っ最中でまるで役に立たなかったよな」

加賀「うるさい。昔の話をしないで頂戴。私はもう違う」

日向「なんだよ。私の傷を抉るような昔話は遠慮なく出すくせに」

加賀「それはそれ、これはこれ」

ヲ級改「マァマァ、ソレデヒューガハナニシタノ?」

日向「ああ、また話せば長くなるんだが_______」

~~~~~~

長門「おい! 日向! 何をやっている! もう三時間は経っているぞ」

また耳元で叫ぶ声が聞こえてきた。

日向「ああ、今はニトログリセリンの充填待ちだ」

日向「こっちも暇だから敵の正規空母に生まれてきたことを後悔させてやっている」

日向「お前も聞くか? ほら」

ヲ級改「イタイ……イタイヨ……モウ、ヤメテ……」

長門「……! わ、私にそういう趣味はない」

日向「なぁ、もうちょっと時間をくれないか。やっと楽しくなってきたとこなんだ」

長門「……どちらもなるべく早く済ませろよ」

日向「機械に言ってくれ。通信終了」


日向「それで、どこまで話したっけ」

ヲ級改「ヨコスカデ、ズイカクガテイトクヲビンタシタトコマデ」

加賀「どうなったの」

日向「オチだけ言ってしまえば、彼が瑞鶴と和解して仲良くこちら側の仲間入りだよ」

日向「こういうのは好意を持ったほうが弱いんだ。持たれた方はどうにでも出来る」

ヲ級改「ワカルワーダカラフリマワサレチャウンダヨネー」

加賀「飛龍にはそんな人居なかったでしょ」

ヲ級改「テヘ」

日向「分かるよ。お酒があれば尚盛り上がる」


ヲ級改「トイウカ、カガッチハドウナンヨ?」

加賀「私?」

ヲ級改「ケッコウ、テイトクノコトスキダッタジャン」

加賀「あんな男無いわよ。馬鹿らしい」

日向「これでも基地での立場は強くてな」

日向「駆逐艦たちは素直ないい子が多いから、見たままを私に語ってくれるぞ」

日向「例えば基地司令と一緒に自分の部屋へ入る加賀を見た、とかなんとか」

加賀「人間の性欲処理に付き合ってやってただけよ」

日向「へー。こんな時も彼を悪者にするのか」

加賀「……その全部お見通しみたいな顔、気に入らないわね」

ヲ級改「マァマァ!」

日向「別に重婚しても問題無いし。お前もこっちに来れば良いだろ」

加賀「そういうわけには行かないの」


日向「どうして」

加賀「赤城さんも飛龍も居ないのに私だけ幸せになんてなれないでしょ」

ヲ級改「……」

日向「下らん。と言ってやりたいが。お前にとっては切実なのか」

加賀「ええ。日向が沈もうが居なくなろうが関係無いけど赤城さんと飛龍は別よ」

日向「なら私には口出しできないな」

ヲ級改「……ゴメン」

加賀「もう良いのよ。また会えたんだから」


加賀「私たちの話だけじゃなくて飛龍の話も聞きたいわ。貴女はどんな暮らしをしてたの」

ヲ級改「ブインヲデテカラ、シバラクキオクガナインダケドネ」

ヲ級改「キヅイタラコウナッテタ」

ヲ級改「モウ、ガダルカナルハ……コッチガワニオチテタ」

ヲ級改「ワタシハ、ガトウノヒメ、ヒコウジョウキノソッキンニナッタ」

ヲ級改「ショウジキイッテ、カナリタノシカッタ」

ヲ級改「ヒメチャンガバカナコデネー。ヤルキハアルンダケド、コウドウガメチャクチャデ」

ヲ級改「マ、ソレモオモシロカッタンダケドサ」


ヲ級改「イママデ、テキトシテタオシテタソンザイノナカニハイッテ」

ヲ級改「チガウシテンカラナガメテミルト」

ヲ級改「カンムスダッタコロトアンマリカワンナカッタンダ」

日向「……」

加賀「変わらない……?」

ヲ級改「カンムスハサ、キヅイタラウマレテテ、メイレイニシタガッテテキヲタオス」

ヲ級改「シンカイセイカンモ、オナジナンダヨ」

ヲ級改「キヅイタラウマレテ、ヒトヲコロスッテイウメイレイニシタガッテ、タダタタカッテル」

日向「気づいたのか」

ヲ級改「ヒューガハキヅイテタノ?」

日向「自分の戦うことの意味について考える艦娘は少ない」

日向「長官もひた隠しにしようとする。その虚しさに気づいてしまえば普通の艦娘は戦えなくなるからな」

日向「兵器は兵器としての区分をはみ出すべきではない、というのが指揮官どもの認識だ」

日向「また事実、その方が人間も艦娘も幸せでいられる」

日向「例えそれが家畜と飼い主の関係における幸せと同じだとしてもな」

加賀「……でも、あの男はそれを望まなかった」

日向「その通り。得難い人材だよ。だから好きだ」

ヲ級改「キャー、ノロケダー」

ヲ級改「……キヅイタラ、ワタシハタタカイタクナクナッチャッテサ」

ヲ級改「ホカノシンカイセイカンクライ、ニンゲンヲニクメナイシ。カンムスヲテキダト、オモエナイシ」

日向「穢れに意識を持って行かれなかったのか?」

ヲ級改「ブレインデアルヒメチャンノチカクニイテ、スグニジブンモブレインニナッタカラ」


ヲ級改「キオクトシコウガハッキリシテタンダヨネ」

ヲ級改「ソノヘンガエイキョウシテルノカモ」

加賀「貴女、やっぱり今日死ぬ気だったの?」

ヲ級改「ウン。モウワタシハ、タタカイタクナイ」

ヲ級改「ドチラノテキニモ……ワタシハナリタクナイ」

日向「……だから、どちらにも身を置くことの出来ない自分は死ぬのか」

ヲ級改「……」コク


日向「……」

ヲ級改「ネェ、ヒュウガハナンデタタカエルノ」

日向「なんでと来たか」

ヲ級改「ゼンブキヅイテテ、ムナシサヲカンジナカッタノ」

ヲ級改「ミタメハニンゲンダケド、ワタシタチハ……ニンゲンノヨウニハイキラレナイ」

ヲ級改「オナジカタチヲシテイテモ、レイガイハアルケド、カチクトカイヌシノカンケイデシカナイ」


ヲ級改「ソレナノニ、シンカイセイカント……ウウン」

ヲ級改「テキノカンムストイイカエテモイイ。ジブントオナジソンザイト、ナンデショウキヲタモッタママコロシアエルノ? オシエテ」

日向「未来が欲しいからだ」

ヲ級改「ミライ……」

日向「単に兵器として生まれ、役割を果たすだけでない。その先に行きたいと思うし行けると信じている」

日向「共に生きたいと願える連れ合いを、私は見つけることが出来た」

ヲ級改「……」

日向「確かに私達は惨めで虚しい兵器だ。生まれた時から戦いの運命にある」

日向「視野を狭めそこにばかり目をやってしまえば逃げ出したくなる気持ちも分かる」

日向「でも私たちの生き方は、きっとそれだけじゃ無いんだよ」

日向「お前と私の違いは、単にその先が想像できるか否かというだけだ」

ヲ級改「オトコナノ……ヤッパリ、オトコガイルカイナイカナノ……」

加賀「そこね。間違いなく」

日向「あはは」

日向「飛龍」

ヲ級改「……?」

日向「もう一度うちに帰ってこないか」

ヲ級改「アハハ。ソリャムリダヨ」

加賀「もうこの姿になってしまっては戻るのは難しいかもね」

ヲ級改「ソウソウ。フツウニコロシテモラッテイイヨ」

加賀「もし飛龍がここで死にたいのなら私も一緒に死ぬわ」

ヲ級改「カ、カガッチナニイッテルノ!?」


加賀「飛龍、赤城さんは深海棲艦の中に居るの」

ヲ級改「……イナイヨ。シズンダカンハ、シンカイセイカンニナラナインダ」

加賀「そう。なら何も問題ないわ」

加賀「私はあの人に貴女のことを任されてるから。貴女が死ぬなら私も付き合うわよ」

ヲ級改「……」

加賀「そう悲しそうな顔しないの。もう貴女一人に寂しい思いはさせないって私が決めたんだから」

ヲ級改「カガッチ……ダメダヨ」

加賀「私にとって貴女と一緒に死ぬことは、あの男と幸せな生活が出来ることと同じくらい意味がある」

ヲ級改「……」

加賀「兵器に壊すか壊されるか以外の選択肢があってもいいでしょ」

加賀「壊れることも私たちは選べる。艦娘はそういう存在であっても良いはずよ」

ヲ級改「……」

ヲ級改「ナンデダロ……ダメナノニ、コンナノ、ヨロコンジャダメナノニ」ポロポロ

ヲ級改「……ワタシ、スゴクウレシインダ……ゴメンネ、アリガトウ……カガッチ」ポロポロ

加賀「こんなことで泣くなら最初から逃げずに残ってなさい……なんてね」

加賀「私も赤城さんが居なくなった時に貴女のことを見てやる余裕が無かった」

加賀「悪いのはお互い様よ。……ほら、泣かないの。最後くらいはきちんとして」

加賀「日向。私たちはこの基地に置いていきなさい。手動で起爆するわ」

日向「お前が障られていないことを証明できるか?」

加賀「私は提督を愛してる」

日向「は?」

加賀「ちょっと」

日向「冗談」


日向「愛してるなら生き残るべきだろ」

加賀「分かってないわね日向」

日向「なにが」

加賀「今死ねば、私は肉体的には死ぬかもしれないけれど、あの男の中で永遠に生き続けられる」

日向「精神世界に入れ込み過ぎじゃないのか」

加賀「冗談よ。提督、基地司令との甘い生活も良いけれど……私は本当にそれと負けず劣らずこの子が好きなのよ」

ヲ級改「……」

加賀「貴女にだって居るでしょ? 一緒に死んでも良いと思う艦娘とか」

日向「……幸せそうな顔をしやがって。ほんとに良いんだな」

加賀「ええ。後悔しないわ」

日向「……」

加賀「大丈夫。きっとまた会えるわよ」

日向「……なら最後に一つ話をさせてくれ」


~~~~~~

雪風「あ、見えました」



ヲ級改「ハズカシナガラ、カエッテマイリマシタ!」

日向「ただいま」

加賀「……」

長門「……遅い! 五時間かかったぞ!」

日向「すまん。手間取った」

陸奥「もうちょっとで突入するとこだったんだからね」

雪風「木曾がずっと止めてたんですよ」

木曾「初めての基地なんだから手間取っ当然だろ」


木曾「で、どうだった。色々と」

日向「お前のお陰で万事上手く行ったよ。ありがとう」

木曾「どーいたしまして。いつ起爆するんだ」

日向「二十五分設定にしたから……残り五分くらいかな」

木曾「えっ」

長門「えっ」

陸奥「えっ」

日向「ん?」

木曾「……設定時間は最低でも海域二つ退避する時間が望ましいって書いてただろ。衝撃波が来るんだぞ」

日向「あ、ごめん。起爆手順しか見てなかった」

雪風「どっかーん!」

長門「うわぁぁぁぁぁぁ走れ走れ走れ! せめて海域一つは撤退しろ!」

陸奥「やだちょっと待ってよ」

雪風「ウシシシシ!! みんなもっと速く走らないと巻き込まれますよ~」スイ-

日向「あははは」

木曾「お前は笑ってんじゃねぇ! 馬鹿かよ!」

日向「楽しいじゃないか。こういうオチは想定していなかった」

木曾「お前が落としたんだろが!」

加賀「……ごめんなさい。私がついていながら」

ヲ級改「ニギヤカデタノシイネー」スィ-

陸奥「もうロープで縛ってすら無いじゃない!」

日向「逃げないから大丈夫だよ」

長門「呑気に話してる場合かぁ!」


8月27日

昼 ガダルカナル島近海 『土佐』艦尾ウェルドック

山内「……何だそいつは」

ヲ級改「……」

日向「捕虜です。ジュネーブ条約に基づいた扱いを要求しています」

山内「……君の冗談はあいっかわらず面白く無いね。妖精、艦娘用の拘束服を着せてズタ袋でも被せておけ。肌を露出させるな」

「了解!」

山内「ともかく」

山内「途中で通信が完全に途切れた点は後で問い詰めるとして、一先ずよくやってくれた」

山内「島の基地構造物の崩壊を偵察機が確認した。ナノマシン雲生成装置の停止を確認。港湾も完全に使用不能だ」

山内「これより土佐はブインへ帰投する」

長門「……」フゥ

山内「帰りに戦闘記録を見たい。各員、記録装置に入れておいてくれ」

日向「……長官」

山内「どうした」

日向「今の貴方にとって艦娘は何ですか」

山内「……何を言っている」

日向「お願いします。答えて下さい。記録をご覧になるなら今聞いておく必要があります」

山内「脈絡が分からん。答えられん」

日向「お願いします」

山内「くどいぞ。質問の意図を明確にしろ」

日向「言えません。ですがこのヲ級のこれからと貴方の深海棲艦に対する心構えを決める上で重要です」

山内「重要かどうかは私が決めることだ。何か隠しているのか」

日向「……あ、第四砲塔で火災が」ドォン

ビィーッ ビィーッ \カンビニヒダン! ダメコンイソゲ!/ 

ビィーッ ビィーッ \ドコカラダ!?/ \デンタンニハンノウナシ!/ \ナノバリア、ソンモウナシ!/

山内「なっ!?」

長門「……お、おまっ……おまえっ!? 今、撃っ……」 

日向「ちょっと調子が悪かったからな」砲塔ナデナデ

山内「き、記録装置を壊したのか!?」

日向「結果的に壊れましたね」

山内「ふざけるな!!」バキッ

日向「……っ」

山内「貴様……ショートランドの時も意図的に記録提出しなかったな」

日向「……」

山内「敵を説得出来なかったと言っていたが。それと何か関係あるのだろう」

山内「……警報を止めろ。敵襲ではない」

「りょ、了解です」


山内「被害状況は」

「艦尾ドックに多少傷がありますが、航行には全く支障ありません!」

山内「……引き続き警戒を続けろ」

「了解!」

山内「伊勢型二番艦」

日向「……」

山内「君には今後役職を与えない。つけ上がり過ぎだ。自分の立場を弁えろ」

山内「ブインへ帰投次第戦闘記録を全て引き出し、何を隠しているか調べてやるからな」

日向「長官」

山内「何だ」

日向「貴方にとって艦娘は何ですか」

山内「黙れ! これ以上僕を苛立たせるな! 長門、艦橋に来い。口頭で報告しろ」

長門「……了解」

日向「……」

怒り心頭、猛り狂った背中をこちらに向け長官は足早に去って行った。

長門もそれに続く。彼女は一度だけ、何かを心配するかのような表情をして振り返ったが二度目はなかった。


木曾「間抜けな狸だな」ポンポン

日向「自分でも愚かだと分かる」

加賀「映像を見せても良かったと思うわよ」

日向「どうして」

加賀「山内という個人が艦娘をどう思っているかは知らないけれど……ヲ級が飛龍だと知ったところであの人は長官として立場を捨てない人だから」

ヲ級改「……」

加賀「戦えなくなったりしない。決意と覚悟は変わらない。良い意味でも、悪い意味でも」

日向「仮に敵が自分の艦娘だったとしてもか」ボソ

加賀「えっ?」

日向「そうだな。もしかすると私は器量を見誤っていたのかもしれん」

加賀「兵器が何を言っているのやら。さっきの貴女の行動、私にはまるで評価できないけど」

加賀「一言褒めるなら人間くさいと思ったわ」

木曾「最高に厭味ったらしいなそれ」

日向「……」


夜 南方洋上 『土佐』艦橋

山内「……戦闘経過はよく分かった」

長門「もう良いか。艤装の手入れをしたい」

山内「日向が何を隠しているか知っているか」

長門「私も知らない。あいつは狡猾だ」

山内「狡猾なのは知っている」

長門「ともかくこれでガダルカナルは懸念事項から外れた。おめでとう。長官」

山内「お前たちの活躍があったからこそだ。次こそはハワイに」

長門「……少しは落ち着いたみたいだな」

山内「何がだ?」

長門「出撃の時には鬼みたいな形相してたぞ」

山内「……」

長門「少し頑張り過ぎなんじゃないか」

山内「僕は司令長官だ」

長門「ああ。知っている」

山内「ここで負けるわけにはいかないんだ」

悲壮な言葉だった。

長門(こいつのこんな顔が好きな私も、相当キてるな)

長門「長官」

山内「……」

長門「私はいつでもお前の隣に居る。ゆめ忘れないことだ」

長門「これでもお前を支えるくらいの力は持っているつもりだからな」

山内「……ありがとう」

長門「気にするな。好きでやってるだけだ」


8月28日

昼 ブイン基地 港

卯月「田中! どうして遅刻するぴょん! レディを一時間も待たせるとはいい度胸ぴょん」

卯月「てっきり潜水艦にでも沈められたかと心配したぴょん」

田中「……」

卯月「ど、どうしたぴょん。そんな浮かない顔して」

田中「卯月さん……僕、クビになるかもしれません」

卯月「えー!?」

田中「卯月さんは僕の仕事ご存知ですよね」

卯月「ラバウルから高速船でブインへ毎日毎日物資を輸送する仕事……ぴょん?」

田中「ラバウルが南方の物資集積所でもあるのは」

卯月「勿論知ってるぴょん。トラック、ブイン、ショートランド。全部ラバウルから輸送船が出てたぴょん」

田中「他の基地に向けて運ぶはずのコンテナをここに持って来ちゃって……」

卯月「なっ……ちなみに中身は」

田中「……最新型の艤装用電探です」

卯月「バ、バレたらただじゃ済まない……よね?」

田中「最悪軍法会議モノ、かと……」

卯月「なにしてるの!?」

田中「輸送スケジュールを勘違いした作業員が弾薬と間違えて入れてしまって……」

卯月「……お前だけを責められない、ぴょん……か」

田中「……でも責任者は僕なんです」

卯月「どのコンテナぴょん」

田中「あそこの白色の十基です」

卯月「……また派手にやらかしたもんだぴょん」

田中「面目ない……だから今日は卯月さんと会える最後の」「諦めるのはまだ早いぴょん」

卯月「間違えて積み出した時点でラバウルの管理がおざなりということぴょん。違う?」

田中「ま、まぁ積み込みは時間がかかりますし、朝から晩まで常に誰かが働いています。今はトラックに送る分が相当量ありますから正確な管理は……」

卯月「白のコンテナなんてどこにでもあるよく目にするものぴょん。積み込みした奴も覚えてるわけないぴょん」

卯月「それにかなり減ったとは言え、輸送船が敵の攻撃で沈む時は少なからずあるぴょん」

卯月「軍としても何をどの船が積んだかなんて一々確認してられないぴょん」

卯月「だから電探を乗せた船は、沈んだぴょん」

田中「でも、到着した物資は検査に通したり兵站管理者のサインと受領確認書を発行しますから……まさか」

卯月「今更お前以外の担当と仲良くなるのも面倒だぴょん」

卯月「私も共犯になるぴょん」

田中「……卯月さん」

卯月「困ったときはお互い様ぴょん」ニッ


~~~~~~

「卯月さん! あっちの白いコンテナなんですか」

卯月「それは軍事機密ぴょん」

「なら安全度の高い地下に置いたほうが良いんじゃないですか」

卯月「あー下っ端のくせに五月蝿い奴ぴょん! そのコンテナは港においておけばいいぴょん!」

卯月「中身を見ても検査をしてもこのことを誰かに報告しても、私の権限でお前を必ず解体処分にしてやるぴょん!」

「そ、そんなぁ……」

卯月「港に積んである他のコンテナ同様に無視すればいいぴょん!」



夕方 ブイン基地 執務室

山内「帰投した」

嶋田「お疲れ」

ブイン司令「よく帰ったな。戦果は電文の通りか」

山内「ああ。……陸さんはどうした」

嶋田「パラオから昨日連絡があった。かなり大規模な船団らしい」

山内「師団規模だからな。当然だ」

嶋田「そして陸軍が一時的な補給と休憩の場所としてブイン基地に寄港するとの通達も今日あった」

ブイン司令「補給と休憩じゃなくてガダルカナルの状況の説明を求めるってのが本音だな」

山内「少し強引だったからな。強く当たられるのは覚悟の上だ」

山内「トラックに派遣した支援艦隊は?」

ブイン司令「6つとも一路トラックへ。矢矧に『私の居ない間に死なないで下さいよ』と言われたよ」

嶋田「それ食えるぞ」

ブイン司令「いやまさか」

嶋田「わざと心配をかけてやれば行ける」

翔鶴「……」グリグリ

ブイン司令「翔鶴さん!? お帰りなさい俺は別に浮気の痛い痛い痛い痛い」

嶋田「わけないよね。馬鹿だな俺は。アハハハァ!」

山内「ぷっ。相変わらずだなお前ら」

ブイン司令「……」ジー

嶋田「……」ジー

山内「な、なんだその目は」

ブイン司令「少しは余裕が生まれたみたいで良かった、と思ってな」

嶋田「俺は逆に何かあったかって心配になったぞ」

山内「……そうだな。自分から最前線へ行くなど慎重さを欠いた行為だった」

山内「だが今やガダルカナルの問題は消え、トラックでも我が軍優勢で事態は推移している」

山内「今日と明日、陸さんに怒鳴られるまではゆっくりしようかな」

ブイン司令「それがいい。俺もあいつらの凱旋を祝わなければ」

山内「そうだ、日向君を……まぁいいや。今日はお前もゆっくりしろ。部隊編成と上への戦果報告書作りで疲れただろ」

ブイン司令「日向がどうした。欲しいのか?」

山内「馬鹿言うなよ。僕はいらない」

ブイン司令「……決闘だ。表へ出ろ」

嶋田「否定されたらキレるとか。めんどくさい奴だなお前」


夜 ブイン基地 地下隔離施設

長月が冬眠状態に入っている特級病棟の下、普通の海兵も、普通の艦娘も入ることを厳しく禁じられた場所がある。

特級病棟でも入ることの出来る者は相当限られるのだが地下の施設はそれ以上である。

明かりが少なく薄暗く、使われてない為に湿っぽい地下の空気は男に妙な緊張感を持たせた。

何故日向は俺をここに呼び出すのか。

……矢矧の胸を揉みすぎたのだろうか。

しばらく行くと、腕を組み壁にもたれかかる一人の艦娘が見えた。

日向「よく来てくれた」

ブイン司令「とりあえずお帰り。……だがこんな場所へ呼び出しとは一体何だ」

加賀「会えばか分かるわ」

ブイン司令「加賀まで居るのか。俺はエッチなのは好きだが縛られたり痛かったりするのは嫌いだぞ」

日向「あはは」

加賀「ねぇ、ここにはツッコミ役が居ないのだから。そういうボケはやめて」

ブイン司令「はい」

日向(十分ツッコミになってると思うんだが)

アロックに暗証番号を入力すると、空気音と共にシリンダーが動作し分厚く重い扉は開いた。

薄暗い廊下に比べ、部屋は白く清潔だった。

清潔と言っても家具一つ無く、ただ壁が白いだけの魅力しか無い部屋だ。

本来この部屋がどんな目的で使われるかを知っている男にしてみれば、その白は見るに堪えぬ程だった。

そして

壁の白とは違う白、何者にも染まらぬはずの白がこの部屋には二種類あった。

人類の作った白と深海棲艦の白

共生出来ないそれぞれの認識の違いが色の違いとなって表されるかのようであった。

砲撃と艦載機を吐き出す上の被り物は流石に危ないから脱がされている。

ヲ級と呼ばれる存在、その個体に与えられた世界共通の均質な顔に埋め込まれた二つの瞳は入ってきた人間に向けられていた。

ブイン司令「ヲ級……しかもこいつブレインか!?」

日向「……」

加賀「……」

返事は無かった。

ブイン司令「……交戦意思は無いようだな」

ヲ級改「……」

ブイン司令「発展型のブレインか。喋れるそうだが意思疎通が出来た例も、ましてや生け捕りに出来た例なんて海軍史上初だろうな」

日向「……」

加賀「……」

ヲ級改「……」


ブイン司令「俺は一応神官でもあり、穢れの専門家でもある」

ブイン司令「穢れの根源である深海棲艦を、それも貴重な個体を俺に面通しさせるのは一定程度理に叶っているが……艦政本部に連れて行った方が色々と期待出来る」

ブイン司令「だがお前らはそれをしなかった。軍の常識から言えば合理的でない動きをした」

ブイン司令「何故か」

ブイン司令「別の行動原理に基づく理由があるからだ」

ヲ級改「……」


ブイン司令「こんにちは」

男は膝を閉じ座っている深海棲艦の前に膝を崩して座った。

ヲ級改「……」

ブイン司令「俺はここの基地司令をしている者だ。君は」

ヲ級改「……」

ブイン司令「ガダルカナルのブレインだった、というのが予想だ」

ヲ級改「……」コク

ブイン司令「反応してくれてありがとう。そうか。ブレインか」

ヲ級改「……」

ブイン司令「ブレインてのはどんな気分なんだろうと前から気になっていた」

ヲ級改「……」

ブイン司令「指揮官というやつは何かと苦労が多い。敵ではなく同業者としての視点だ」

ヲ級改「……」

ブイン司令「だが人間だと実戦をしなくていいから。君たちより少し気楽かもな」

ヲ級改「……」

ブイン司令「君は話してる相手から目を逸らさないんだな」

ブイン司令「それで話を聞くときに下唇を噛むような動きをする」

ヲ級改「……」

ブイン司令「昔、俺の下に居た艦娘に君と似たような仕草をする奴が居た」

ヲ級改「……」

ブイン司令「君たちも同じだと思うが、艦娘は一人ひとりで全然違うんだ」

ブイン司令「例え同名鑑だとしても全然違う」

ヲ級改「……」

ブイン司令「ヘラヘラと軽薄な奴だったが、居ると全体の雰囲気が明るくなる……そんな奴だ。少し懐かしい」

ヲ級改「……」

ブイン司令「抱き締めてもいいか?」

ヲ級改「……ヘンタイ」

ブイン司令「それじゃちょっと失礼して」ギュッ

ヲ級改「……ッ」

ブイン司令「……」スンスン

ヲ級改「カ、カグナ!」


ブイン司令「……」

ヲ級改「……ハナセ」

ブイン司令「……なぁ」

ヲ級改「……」

ブイン司令「お前なのかぁ……ひりゅうぅ……」

後半はもう既にぐしゃぐしゃで、何を言っているかもよく分からなかった。

ヲ級改「……ヒサシブリ。オトコノクセニ、ナカナイデヨー」

そう言う深海棲艦の目にも涙が溜まっていた。

ヲ級改「テイトクッテ、オトコノクセニチカラヨワインダネ~」


ヲ級改「テイトクニダカレタコト、ナカッタカラシラナカッタケド」

ヲ級改「テイトクッテ、スゴクヨワクテ、ヤッパリサシクテ……アタタカインダネ」ボロボロ

ブイン司令「よく……よく選んでくれた。良かった……本当に、良かった」



加賀「……貴女の言う通りだったわね」

日向「川が上から下へ流れるみたいなものさ」

加賀「当たり前ってこと?」

日向「ん。知ってる奴は誰でも知ってる当たり前」

加賀「そうね。……灯台は近づいてみると意外と大きくて明るかったってとこかしら」


日向はガ島基地で二人にこう話した。

加賀「話?」

日向「うーん。話と言うほど大層なものでも無いんだが」

ヲ級改「?」

日向「結論から言うと私はやっぱりお前たちにもう一度ブインへ来て欲しい」

加賀「えっ、最後の話ってそれだけ」

日向「うーん。……それだけだ」

加賀「……」

ヲ級改「……」

日向「……」

ヲ級改「ドウシテ、ヒューガハブインヘキテホシイノ」

日向「どうして……どうしてと言われても困るんだが」

加賀「いえ。困るのは私たちの方よ」ビシ

日向「生死の選択の自由は確かにあるし、死にたくなったら死ねばいい。自分で選べばいい」

日向「けどあの基地には、私たちの存在を当たり前に喜んでくれて、生存を望んで、命を守ろうとしてる奴が居る」

日向「そんな奴を悲しませたく無いって思うのって……私にとってはやっぱり当たり前だったんだ」



当たり前なことを説明するのは難しい。

当たり前だと思い込めることと同じくらい難しい。

飛龍はもう一度あの男に会いたくなった。

上司であり、堅物だった艦娘をここまで変えてしまう男ともう一度。


加賀「世の中に当然なんて無いのよ」

日向「どうした急に」

加賀「大切にされて当然なんて、本来あり得ないのよ」

日向「ま、そうだな」

加賀「世の中には当然なんて無いけれど、当然だと思い込んで不満を言う馬鹿と」

日向「当然だと思い込んで当然を実行する馬鹿の二種類だからな」

加賀「ふふ」

日向「……良かったよ。本当に」




8月29日

朝 ブイン基地 港

ブインの港湾には所狭しと陸軍の輸送船が並んでいた。

実際狭く、全てを受け入れるには到底足りず、ショートランドや近海に待機している船もあるほどだ。

「あれ、この白のコンテナ扉開いてるし……中身空だよ?」

「昨日演習で中の弾薬使ったんじゃない?」

「あー、あり得る。ていうかなにあの大船団」

「働いてないと卯月さんに怒られるわよ。あれ、陸軍の一個師団積んでるんだって」

「男の人がいっぱい乗ってるの!?」

「そりゃね」

「でもどこ行くのよ。トラックに行ったって役に立たないでしょ」

「ガダルカナル行きの兵隊さんたちだったんだって」

「ガ島基地もう無いじゃん」

「そ。だから陸軍の人は」「お前ら、仕事中にいい度胸ぴょんね」

「う、卯月さん」

「トラックへ海上護衛用に送った支援艦隊は駆逐艦満載ぴょん! ただでさえ人手が足りないんだから……」

「……」

「……」

「働くぴょ~ん!!!」

「はいぃ!」

「ただいまぁ!」


朝 ブイン基地 執務室

執務室には海軍側から嶋田、山内とブイン基地司令、艦娘として長門、翔鶴。

陸軍側からは以前視察に来た中将と補佐官が二人、神妙な面持ちでテーブルを挟み向かい合っていた。

陸軍中将「山内長官、色々と説明していただけますかな」

山内「中将殿、お久しぶりです。貴方は今現在、第十三師団の師団長であらせられるか」

陸軍中将「視察以来ですな。いかにも私が師団長です」

山内(おかしい。第十三師団の師団長はこの男では……)

山内「では、貴方の御返事は陸軍を代表する者としての、正式な回答であると認識しても宜しいか」

陸軍中将「私は此度のガ島派兵の全権を握っております。そう認識して頂いて結構です」

山内「分かりました。海軍としての正式な回答を申し上げる。ガ島基地はもう無い。故に派兵の必要もない」

山内「早急に比島へ帰られよ。必要であれば可能な限り補給も」「舐めているのか若造」

陸軍中将「融和というのは陸軍が海軍の言いなりになるという意味では無いんだぞ」

山内「承知しております」

陸軍中将「此度の海軍によるガ島放棄、場合によっては現在総理大臣の持つ陸軍統帥権の干犯とも見れることについてどうお考えか」

山内「私は事前に総司令部に提出し容認された作戦を要項通りに遂行したに過ぎません」

陸軍中将「その作戦、本当に承認されていたのでしょうな」

山内「……何と?」

陸軍中将「おい」

補佐官「はっ!」

中将の一言で、補佐官はカバンを開き中から書類を一枚取り出した。

陸軍中将「この署名の通り、ガ島派兵は我らが最高司令官である内閣総理大臣の認可を得た軍事行動です」

陸軍中将「ガ島は陸軍の管轄である。破壊するためには総理の採決は不可欠。さあ認可状を見せて頂こう」

山内「その認可状は事務レベルの話だ。現場にその紙はありません」

陸軍中将「なるほど。やはりガ島放棄は長官の独断専行だったわけですな」

山内「だから、現場に無いだけで本土の海上護衛総司令部もしくは海軍省にはあります。総理もこの作戦をご存知だ」

陸軍中将「ありませんよ」

山内「決めつけないで頂きたい」

陸軍中将「くっくっく。山内、本当にその作戦の認可状は存在しないんだよ」

山内「……」

嶋田(まさか、こいつら)

ブイン司令「……ッ!?」バッ

窓のからは停泊した輸送艦が偽装を解いてエアクッション艇へと変わる様や、揚陸艇からカッターまで全ての方法を用いて上陸しようとする第十三師団の姿がよく見えた。

ブイン司令「山内!」

山内「……中将殿、これはどういうことか」

陸軍中将「お前たちは目立ちすぎた」

山内「海軍を潰して陸軍に何の得がある! 総理が何故我々を消そうとする!」

陸軍中将「全ての人間が、国民が、自分の所属する国やそれより大きな世界の為に命を懸けられるわけではない」

陸軍中将「お前の失敗は全ての個人が自分のように全体の利益の為動くと信じすぎたことだ」

山内「やはり貴様……師団長ではないな」

陸軍中将「私は政争に敗れ使い捨ての駒にまで落ちぶれた負け犬だ。本当の師団長は人の皮を被った化け物だよ」

陸軍中将「君とは正反対に自分個人の利益しか頭に無いような奴だが、故に手強い」

陸軍中将「では、一足先に地獄で待っているぞ。すぐ追いつけよ」


中将は腰のホルスターから拳銃を抜き出し、銃身を口に咥えて引き金を引いた。

後ろの壁に血しぶきが飛び散る。

補佐官二人も中将に習えとばかりに拳銃を口に咥え、ほぼ同時に自ら命を消した。

三人とも、まったく躊躇う素振りを見せはしなかった。


執務室は気味の悪い静寂に包まれていた。


今、この瞬間も第十三師団の兵員はブイン基地へと上陸しようとしているにも関わらず、だ。

思考が止まりかけてしまっていた。

ブイン司令「おい、しっかりしろ!」

嶋田「……っ。通信棟へ行って外部へと連絡を取ってみる。作戦の中止を求めてみよう……多分無駄だけどな」

山内「基地の対人設備を稼働させる必要がある。司令部へ……いや、司令部も危険だ。発令所に行くぞ」

ブイン司令「俺が司令部に行く。今直ぐ指示を出さないと手遅れになる」

山内「……頼めるか」

ブイン司令「任せろ。終わり次第すぐに発令所の方へ向かう」

執務室の扉が勢い良く開いた。全員が身構える。

摩耶「良かった、長官ご無事で! 港で陸軍の兵士にみんなが襲われてる!」

ブイン司令「摩耶か。調度良かった……俺を司令部まで」


摩耶の首に何か針のような何かが突き刺さったのが翔鶴には見えた。


摩耶「お…………ぁ……」

彼女の目の焦点が上へと急速に移動し、繰糸を切られた操り人形のように地面へ崩れる。

そして、全身を痙攣させた。

翔鶴「なっ!?」

山内「摩耶君! どうした!!」

ブイン司令(この反応……)

それに遅れて、執務室へ重武装をした陸軍兵が三名突入してくる。

重装兵A「第一目標発見、司令部へ報告を」

それぞれ手に大型ライフルのような形状の銃を持っていた。

ブイン司令「あれは特殊武器の短針銃だ」

嶋田「こんな時に何言ってんだよ」

ブイン司令「反応から見て弾頭に塗られてる薬品は艦娘対策の薬だろう。艦政本部が作ったものだ」

山内「……一応身内だと思っていたんだがな」

重装兵B「第二、第三目標の射殺は許可降りません」

重装兵C「さっすが公家様は優遇されてるな。……おい、山内! 抵抗は無駄だ。投降しろ」

山内「……」


長門「……らぁ!」

その右ストレートは確実に右端の重装兵の首の骨を折った。

重装兵A「なっ」

重装兵B「うわぁぁぁ」

艦娘がここまで速いわけがない……そうタカを括っていた彼らは代償に生命を失うことになった。


山内「摩耶君!」

倒れた摩耶の所へ急いで駆け寄る。

ブイン司令「……無駄だ」

長官が腕の中に抱きかかえた摩耶は砂のように崩れていく。

ナノマシンの活動が終了したことにより相互の連結が解除され形象崩壊が起こったのだ。

山内「あ……ああ……」

ブイン司令「薬はナノマシンの活動を鈍くするものだ。一定量を超えると……活動自体を止めて、そうなる」

ナノマシンで作っていない摩耶の着ていた服と、彼女を構成したものの残骸である砂山だけが残った。

山内「……許さん」

ブイン司令「今は急ごう。かなり内部まで浸透されている」

嶋田「……賛成だ」




朝 ブイン基地 司令部

ブイン司令「状況はどうなっている」

「し、司令! ご無事でしたか」

ブイン司令「何とかな」

「先程から基地外部へと連絡を取る為の14の手段が全て機能していません」

「艦娘の艤装による短距離通話機能は辛うじて生きています。その報告から推察するに、陸軍のこの基地への攻撃です」

ブイン司令(奴さん達、相当前から基地に侵入していたのか?)

ブイン司令「基地司令の権限で非常事態を宣言する。警報鳴らせ。総員対……対人戦闘用意」

「了解」

ブイン司令「海上護衛部隊と、防衛線に配置された部隊は」

「シグナルは健在です」

ブイン司令「防衛線の部隊は呼び戻せ。あの輸送船を片っ端から沈めさせろ」

ブイン司令「海上護衛部隊は一部ラバウルへ急行、この状況を報告させ援軍を要請しろ。残りは戻って戦え」

「了解」

ブイン司令「上陸部隊にはどこまで浸透された」

「敵は浜と港の二方面から押し寄せています。海岸は艦娘が不在の為応戦なし。港は応戦していますが……建物付近まで押されています」

ブイン司令「地下への侵入を絶対に許すな。単純な撃ちあいならこちらに分がある。威嚇は無しでいい。殺すつもりで撃て。向こうは殺る気だ」

「……了解」

ブイン司令「艤装の通信機能を用いて近隣の艦娘を集合させて浜から基地までの間に防衛線を作らせろ」

「了解!」

ブイン司令「妖精航空隊は」

「基地内電話も断線していて連絡取れません」


ブイン司令(どうせ妖精は人間同士の争いに関与しない。……なら一先ずこんな所か)

ブイン司令「この司令部の役目はこれで終了だ。以後の指揮は全て発令所へ移す。我々も終わり次」

重装兵「動くな! 抵抗すれば撃つ!」

ブイン司令「!」


朝 ラバウル・ブイン間連絡海域 

阿賀野「なんですって……!?」

阿賀野「うん。うん。分かった。ラバウルへ伝えれば良いのね」

日向「どうした」

阿賀野「司令部から短距離通信で、基地が……陸軍に襲撃されてるって」

日向「……ちっ」

阿賀野「基地の外部との通信も切断されているらしいの。今直ぐラバウルへ救援要請をする必要がある」

日向「私は基地に戻る」

阿賀野「日向さん、気をつけて」

日向「お前もな。阿賀野隊長」




朝 ブイン基地近海 輸送船仮設作戦司令部

「妨害電波装置、正常に稼働中」

「第二大隊、港湾部を完全に制圧しました」

「第三大隊、海岸部上陸成功、前進中。第一大隊の戦車部隊、艦娘部隊、海岸へ揚陸完了まであと三十分です」

「特務連隊の分隊が執務室と司令部に突入しましたが、通信が途切れました。失敗したものと思われます」

陸軍中将「第一大隊は遅い。戦車部隊は不要だ。艦娘の上陸を優先。そいつらをを盾にしろ。被害状況は」

「想定の20%以下です」

陸軍中将「脆いな」

「第二大隊が第二段階への移行を要請しています」

陸軍中将「よろしい。許可する。室内ではガスが効果的だ。遠慮せず使え」

「了解」

陸軍中将「特務第三の本隊はどうか」

「諸工作は全て有効でした。現在、地下へ輸送用エレベーターでの侵入を試みています」

陸軍中将「よく働いてくれる。敵妖精陸上航空隊及び敵艦載機は」

「動き、ありません」

陸軍中将「そうそう。妖精は協定通り黙って見ていれば良い」

陸軍中将「これは人間同士の楽しい楽しい戦争なんだからな」



朝 ブイン基地 通信棟

嶋田「……駄目だ。秘匿されてた直通まで断線してる」

隼鷹「なんで艦載機が出せないんだよぉ」

妖精「人間同士の戦いには関わっちゃいけないルールなんだ」

飛鷹「……何とかならないの」

妖精「ごめんよ……」


妙高「嶋田提督、お早く」

鳥海「ここもいつまで安全か分かりません」

嶋田(侵攻のペースが速い……駄目かもしれんな)

嶋田「妙高、鳥海、聞いてくれ」


朝 ブイン基地 発令所

山内「緊急用の隔壁が閉じないとはどういうことだ」

夕張「遠隔制御が効かなくなっています」

山内「全ての隔壁が、か」

夕張「……はい」

山内「基地の対人兵装は」

夕張「……反応、ありません」

山内「周到に準備されていたんだな」

山内(タチが悪い。深海棲艦の方が余程素直で扱いやすい)

山内(……まさかここまで強硬な手段に出るとは。油断が過ぎたかな)

山内「港湾部の防衛は誰が指揮を」

夕張「長門さんです」

山内「繋いでくれ」


長門「どうした」

山内「お前の声が聞きたくなってな」

長門「ふっ。基地司令のようなことを言うな。それで?」

山内「どうだ」

長門「良くないな。室内に入ると敵はガス兵器を利用してくる。排煙装置も作動しない」

山内「……港湾部施設は放棄してかまわん。営舎前まで撤退しろ」

長門「了解。お前も無事でな」

山内「当たり前だ。通信終了」


山内「地下は」

夕張「駆逐艦たちが抵抗を続けています」

山内「まだ侵入されてないんだな」

夕張「はい。健在です」

山内「それは救いだ」


山内「海岸方面はどうなっている」

夕張「侵攻を阻止しています。駆逐艦が約20、軽巡が約10、重巡が5、指揮するのは戦艦の日向さんです」

山内「航空戦艦でなく普通の戦艦か」

夕張「はい」

山内「戦況は」

夕張「……」


朝 ブイン基地 浜

日向「くっ……撃てぇ!」

海岸では艦娘が防衛線を構築していた。

敵のナノバリアを貫き装甲すら砕く彼女らの強力な砲撃は、

「……ぐっ」「ぎっ……」「あああああああああ」

目に生気を灯さない横隊、砲弾を防ぐ艦娘の盾によって防がれる。

吹雪「こいつら……艦娘を盾に……」ドンドン

「やだ! もうやだぁ!」

「死にたくなかったら敵だと思って撃ち続けなさい!」

撃つ側の艦娘も半狂乱になりながら砲撃を続ける。

守る存在である人間に砲口を向けるのに抵抗があるのは当たり前だ。

それは自分と同じ存在についても同じことである。

勿論壁となった艦娘は無傷では済まない。

次々に倒れ、その都度後ろから補充が来る。

その目には喜びも悲しみも宿していない。

ただ淡々と戦う。

まるで兵器のように。

艦娘の壁の後ろには防毒マスクまでした重装歩兵が控えている。

少しずつだが確実に、海岸から上陸した部隊は基地へ迫っていた。

皐月「……倉庫の艦娘を使ってるんだね」ドン

文月「こんなやり方、許せない……」




朝 ブイン基地 港湾施設

長門「この施設からは退避だ! 営舎前でもう一度陣形を立て直す!」

少し先の廊下には白い煙が充満していた。

その中から一人の艦娘が覚束ない足取りで抜け出してくる。

長門「おい! 大丈夫か!?」

「ゲホゲホッ、なが……と……さ苦し……」ドサッ

その軽巡の動きはそれっきり無かった。。

長門「~~~~ッ!!!! 急げ! 指定地点へ撤退しろ! 煙を吸うんじゃないぞ!」


朝 ブイン基地 武器庫

卯月「C2出口の辺りはもう敵に占領されてるぴょん! 入口を塞ぐぴょん!」

卯月「各自割り当てられた持ち場を死守ぴょん! ここが落とされたら完全に負けぴょん!」

「な、なんで私たちが人間に襲われてるんですか」

卯月「さっさと動けぴょん!」

「……」

卯月「私だって……そう思ってるよ……」

「! 五番エレベーターが降下してきます」

卯月「その地上部はまだ味方の領域ぴょん。弾薬の補給に来たのかも」

「でもそれなら艤装を通じて連絡くらい入れても……」

卯月「……ワイヤー切断の用意しとくぴょん」

「……了解」

卯月「残りの者は砲戦用意」

四人の艦娘が砲塔をエレベーターへと向ける。

五番のエレベーターがゆっくりと扉を開いた。

田中「う、撃たないで下さい!! 良かった! 卯月さんもご無事だったんですね」

作業服を着た見慣れた男。

卯月「た、田中!? お前何でここに」

田中「到着した途端に陸軍との戦闘に巻き込まれちゃって……」

卯月「それは災難だったぴょん。でもここなら安全ぴょん。安心するぴょん」

卯月「あ、攻撃は中止ぴょん。こいつは味方ぴょん」

責任者の一言に張り詰めた空気が一気に緩んだ。

田中「ありがとうございます。あ、戦闘に役に立ちそうなものを可能な限り積み込んでみました」

卯月「おっ、それは助かるぴょん。何を持ってきたぴょん?」

エレベーターの中にはシートを被せられた何かがあった。

田中「こういうものですよ」

シートを一気に引っ張ると、男はその射線上から退避した。

卯月「えっ」

田中「撃て」

中身は銃を構えた陸軍の重装兵だった。

撃ち出された特殊弾等はナノバリアを突破し艦娘たちに容赦なく食い込む。

「あっ……がぁぁぁ!!」

「はっ……はっ……」

「うぁぁっぁぁぁ」

許容量を遥かに超えた薬剤の効果でナノマシンが停止していく。

急激な変化に身体が対応できず彼女たちは苦しみもがく。

田中「こちら特務第三、地下兵器庫への侵入成功。これより制圧行動に移る」

田中「ごめんなさい卯月さん。これも仕事なんで」

卯月「た……なか……なんで……?」

地面に伏せ芋虫のように蠢くしか無い艦娘を見て、男は笑顔で平然と言い切った。

田中「道具の癖に気持ち悪いんだよお前」


卯月「……」

快活だった艦娘は動きを止めた。その顔にはもう、以前の彼女の面影は無い。

田中「……」

田中「まずは大型エレベーターを確保するぞ。味方を地下へと導け」




朝 ブイン基地近海

日向「……倉庫の艦娘か」

妙高型重巡が目の前に立ち塞がる。雰囲気からして明らかに味方では無い。

日向「どけ」

一番「……」

二番「……」

三番「……」

四番「……」

生気はなく、視点も定かでない。何かの命令で動かされているのは明らかだった。

同情はしない。もう二度と直せない、壊れてしまったものの面倒まで見る気は私には無い。


日向「どかないのなら押し通る」


海上での戦闘も始まろうとしていた。




朝 ラバウル・ブイン連絡海域

阿賀野(急がなきゃ……)

ラバウルへ向け最高速度で進む者たちが居た。

「ラバウル基地との交信可能域まであと十キロです!」

「阿賀野隊長、前方にかんっぱ」

横を並走していた駆逐艦の頭が消し飛んだ。

阿賀野「巻雲!!」

急いで反転するが、彼女は即死だった。


阿賀野(ナノバリアと装甲を一撃で!? こんな砲撃を出来る奴が……)ゾク


前方の巨大な二つの艦影はその戦闘力を見せつけるかのように悠然と佇んでいた。


阿賀野「嘘よ……だっ」バシュッ


ブインの危機がラバウルへ伝えられる事は無かった。


朝 ブイン基地近海

日向「くっ」

「……」

接近戦で一気に片をつけようとしたが、敵は予想外の動きをした。

こちらを掴んで離れないのだ。

そこへ残りの艦が集中した艦砲射撃を加える。

日向「うぁぁぁ」

深海棲艦でもこのような攻撃は滅多にしない。そもそも理に適ってはいるが数の少ない私たちには本来使えない技だ

日向「なぁ!」

重巡と戦艦との馬力の違いは大きな武器になる。

こちらを掴む一番を盾にし残りの三隻に接近する。

それでも砲火は緩むこと無く、被害を一身に受けたことにより盾は直ぐに絶命した。

日向「……っ」

深海棲艦を殺した時とは違う、嫌な感じが心の中にじっとりと広がっていく。

力の緩んだ一番の身体を投げつけ、行動を牽制する。

怯んだ隙に三番と四番に向かってゼロ距離で主砲を斉射する。


直撃


経験則から言って行動不能、もしくは絶命は確実だ。

再装填していれば二番に距離を取られてしまう。

日向(させはしない)

瞬時に腰のものに手をかけ、中腰になり、息を止め、一閃。

「……?」

悲しくも嬉しくもない表情をしたものが重力に従い水底へと沈んで行った。

装甲の薄い首を狙い斬り落としたのだ。

日向「……」

一先ず戦闘が終わった。

日向「……ぷはっ! はぁ……はぁ……」

気が緩むと一気に疲労感が襲ってきた。

膝から水面へと崩れそうになるのを何とか堪える。

日向「これは不味いな」

人形とはいえ一定程度の戦闘力を保持している。

このまま連戦は望ましくない。


日向「望ましくないからこそ」

「……」

「……」

次は、とばかりに利根型重巡が姿を現す。

日向「戦術としては有効なんだよな」


朝 ブイン基地 浜

「と、止められないよぅ」

「日向さん! 弾薬がヤバイです」

「こっちももう切れます」

日向「空母、補給はどうした」

翔鶴「……武器庫、および弾薬庫は既に敵に制圧され使用不能です」

瑞鶴「……」

日向「……長官の指示を仰ごうか」



朝 ブイン基地 営舎

「長門さん、敵が営舎に侵入しました」

「弾薬ももう殆どありません」

「……ご指示を」

長門「……みんなよく戦ってくれた」

長門「長官の判断を待とう」



朝 ブイン基地 発令所

夕張「扉の外を制圧されました。ここの扉は爆破されても持ち堪えられますが」

夕張「海岸と営舎の指揮官から戦闘継続不可の報告が入っています」

夕張「……いかがいたしますか」

山内「海上戦力はどうなっている」

夕張「海上からのシグナルはほぼ消失。唯一航空戦艦の日向さんが敵艦娘と交戦中、苦戦しています」

山内「ラバウルからの援軍は」

夕張「……ラバウル方面からの増援の反応、ありません」

山内「嶋田と基地司令は」

夕張「嶋田提督は通信塔から消息不明」

夕張「基地司令は司令部との通信途絶以後……消息不明」

山内「……」

夕張「差し出がましい提案ですが降伏なさっては如何でしょう」

発令所の扉に切断機のようなものを当てているであろう音が聞こえ始めた。

夕張たちも不安そうに扉を見つめる。

山内「無駄だ」

夕張「そうでしょうか」

山内「こんな大掛かりなゲームを途中で終えたりはしない。あいつらには最初から僕らを逃がす気は無い」

夕張「……」

山内「……支配範囲内の羅針盤を全て解放してくれ」

夕張「……了解」

山内「僕の声が基地に居る全ての艦娘に行き届くように」

夕張「…………どうぞ」


「山内だ」

艤装を通じて、男の声が艦娘たちに届く

長門「……」

「ブイン基地で生起したこの戦闘は我々を貶める為の陸軍の謀略である」

「君たちは命懸けで僕と僕の構成する組織、そして世界の航路の平和の為に働いてくれた」

「その事実が、名誉が、今もそしてこれからも永久に穢されるものでは無いということを知っておいて欲しい」

「艦娘は何も悪くない。悪いのは僕と、このような事態を招いた人間だ」

「妖精諸君にも謝りたい」

「人間同士の馬鹿な争いに君たちを巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思う」

「……多くのものが失われてしまった」

「皆で作り上げてきたこの基地が私は好きだった」

「慕ってくれる君たちを利用するような形になってしまったが、私は好きだった」

「頼りげのないヒヨッコが、変わっていき部下を持つようになる様など痛快の極みだった」

「君たちの人を守ろうとする意思はとても暖かかった」

「多くを与えられた僕自身がどれ程与えてやれたか甚だ疑問だが」

「僕個人は、とても満たされた日々を過ごすことが出来ていたよ。今はただ、無念だ」

「地下の諸倉庫は既に陸軍の手に落ちている」

「これ以上の反撃は無意味でありいたずらに生存の可能性を低めるだけだ」

「先程ブイン近隣の羅針盤を全て停止した」

「このような事態に巻き込んですまないと思うが……単にそれだけで、僕は君たちの未来に責任は持てない」

「今までの君たちには感謝しているが、これからは別だ」

「僕にとって艦娘は道具だった。もう利用価値の無い道具に用はない。僕はお前たちの面倒なんて見きれない」

「どこへでも好きな所へ行ってしまえ」

「以上だ。僕は投降して命を保障して貰う。お前たちの命は保障されてない。死にたくなければ他の基地へ逃げることだ」

「じゃあな」




朝 ブイン基地 営舎

長門「……」

「……ずっとあんな男の為に戦ってたの」

「こんな島で死ぬのなんて嫌! 早く逃げよ!」

「みんなで固まって移動すれば生存率も上がるよ」

「残弾を確認しましょ。突破には必要だから」

「長門さん、大丈夫ですか」

長門「ああ」

「勿論長門さんも逃げますよね?」

長門「私はいい」

「……?」

長門「皆がどう思おうと、あいつは私の大切な奴なんだ」


朝 ブイン基地 港湾

日向「……見事だよ長官」

港湾に戻り次第周りの輸送艦を手当たり次第に沈め、機能を停止させていった。

利根型の二隻は既に沈んでいた。

日向「貴方の生き方は狂い咲く桜のように美しい」

日向「……長門の見る目も、あながち間違いでは無かったかな」




朝 ブイン基地 地下隔離施設

ブイン司令「……よう」

ヲ級改「!! ドウシタノ、ソノケガ!」

ブイン司令「司令部でドンパチしてやった。ザマァミロ」

ヲ級改「ハヤクテアテヲ」

ブイン司令「いい。次は長月を起こしに行ってやらないといけないからな」

ブイン司令「これ、お前の帽子だ」ドサッ

ブイン司令「陸軍の奴らがここを襲撃してる。急いで逃げろ」

ヲ級改「テイトクハ?」

ブイン司令「心配するな。これでも高貴な血族なんだ。捕虜になるから大丈夫だ」

ヲ級改「……」

ブイン司令「またお前に会えて良かった」

そう言い残すと男は左足を引きずりながら部屋から出て行ってしまった。

ヲ級改「マッテ!」

追いかけるために急いで帽子を被る。

ヲ級改「!?」

ヲ級改「コノシンゴウハ……」


朝 ブイン基地 特級病棟

一人の男が全身血まみれで足を引きずりながら病室に向かっていた。

歩いた後には真っ赤な道が綺麗に引かれていた。

「あー……痛い」

敵を巻き込む為とはいえ、その道のプロと銃撃戦とは些か無茶であったか。

扉を開くと中にはまだ職務に忠実な看護師が残っていた。

急いで基地から離れるように伝えると渋々ながら承認し、彼女は部屋から去った。

ベッドで静かな寝息を立てる艦娘に目をやる。

結局こいつ目は覚まさなかった。

「……そろそろお目覚めになっても宜しいのでは?」

ベッドの隣にある椅子に座り、滑らかな手触りのする緑の髪を手で楽しむ。

看護師が手入れしてくれていたようだ。中々気が利くな。

すると疲れが溜まっていたのか血を流しすぎたのか、だんだん眠くなってきた。

いかん。

ここで寝てしまえば長月の上に乗ってしまって彼女が苦しいだろうし、シーツが俺の血で汚れてしまう。

それに今眠ったらもう二度と起きられない気がしてならない。

まだ俺は何も出来ていない。

あいつらに何も与えてやれてない。

「なぁ……おひ……め…………さ、」

男はゆっくりと眠っている艦娘の上へと倒れ込んだ

部屋は静かである。

開いた窓から入り込んだ風が音も無くカーテンレースを揺らす。

それ以外に部屋の中で動くものは、呼吸をする艦娘の胸だけだった。


昼 ブイン基地 港湾

横倒しになった輸送船から漏れだした燃料に着火し、港湾は一面火の海となっていた。

至る所で海水浴を楽しんでいる第十三師団の兵士から、目に入った黒い水の引き起こす苦しみの声が聞こえる。

それに少しだけ溜飲が下がる。

輸送船の数は減らしても減らしても、一向に数が減っているように思えない。

未だ基地のそこかしこでは砲声が聞こえているが、それも少しずつ遠のいている気がする。

皆、無事に脱出出来ているだろうか。

日向「……」

残弾も少ない。となると残りは、 刀での近接戦しか無いわけだ。




昼 ブイン基地港湾 輸送船仮設作戦司令部

陸軍中将「あの艦娘……強いな」

モニターに映った赤い海に浮かぶ一人の艦娘を男は食い入るように見つめていた。

「現在、艦娘二十体以上、輸送船十一隻が破壊されています」

陸軍中将「あいつ一人に損害が上積みされている。輸送船からの狙撃を回避しつつその戦果、実に見事」

陸軍中将「しかし所詮は局地的な勝利だよ。他の施設の制圧状況は」

「ブイン及びショートランド全施設の約87%を制圧完了。ショートランドは完全制圧です」

「敵艦娘の組織的な抵抗はほぼ消滅しました。敗走しています」

陸軍中将「今は逃げ出すものは捨て置け。さして害は無い」

陸軍中将「それより基地司令、聯合艦隊司令長官、副長官はどこに居る」

「司令長官は発令所に頑なに立て籠もっております」

「残り二人の行方は確認出来ません」

陸軍中将「掃討は後回しで良い。三人の確保を最優先だ」

「了解」

「了解」


昼 ブイン基地 特級病棟

騒々しい足音と共に陸軍兵が長月の部屋に侵入してくる。

重装兵D「おい、この男……ブインの基地司令じゃないか」

重装兵E「……」チョイチョイ

大型ライフルの先でつついても何も反応も返ってこない。

重装兵E「……死んでるな」

重装兵D「こいつ華族の人間だぜ? 不味いんじゃないのか」

重装兵F「それは俺らの判断するところじゃない。一先ず死体を中将の所へ持って行こう」

ベッドへ倒れている男を二人がかりで抱き上げ、入り口まで運んだ時のことだった。

「待て」

重装兵D「ん?」


長月「そいつをどこへ連れて行くつもりだ」


重装兵E「おチビちゃん。悪いことは言わないから見逃してくれよ」

重装兵D「今現在我々は艦娘掃討命令を優先順位の低い目標としている。見逃してくれるなら攻撃しない」

重装兵F「俺らだって好きで殺してるわけじゃ無いんだよ」


長月「提督と陸軍の装備、それとお前らの発言で大体分かった」

長月「お前らは私の敵だ」

~~~~~~

長月「口ほどにもない」

重装兵D「……つ、強い」

重装兵F「化け物め」

重装兵E「う~ん……」

三人の男は牽引用ロープで簀巻きにされていた。

ブイン司令「……」

長月「提督……」ウルウル

重装兵D「……その男は大切な奴だったのか」

後にあの時何故話しかけたのかと私が聞くと、自分でも不思議だと男は語ってくれた。

長月「……何も持ってなかった私たちに全てを与えてくれて。命懸けで大切にしてくれた人だった」

長月「お前たちが殺したのか」

重装兵D「来た時には死んでいた」

長月「……」


重装兵D「……そこの無線を貸せ」

長月「どうするつもりだ」

重装兵D「良いから」

長月「ん、ほら」

重装兵D「俺の口元に近づけて、そこの上の赤いボタン長押ししとけ」

長月「……」ポチッ

重装兵D「作戦司令部へ。こちら特務第二連隊第五分隊、病院棟の地上部分の制圧完了」

「了解、戦果はどうか」

重装兵D「指揮官と艦娘の姿は無し、全て撤退したものと思われる」

「了解。次は病院棟の地下施設を捜索せよ」

重装兵D「了解。通信終了」

長月「……助けてくれるのか」

重装兵D「その男の死体持ってさっさと行け」

長月「恩に着る」タタタタ



重装兵F「おい上手くやったな。助かったよ」

重装兵D「……艦娘には感情が無いと聞いていたが」

重装兵F「ああ。どうやら違うみたいだな」

重装兵D「……」

重装兵F「おいおい、仕方ないだろ。今更何考えてるんだ。お仕事優先だろ」

重装兵D「あの艦娘、良い奴だった」

重装兵F「新入り、目標が良い奴かどうかなんて関係無いんだよ」

重装兵F「殺す命令が出された時は足を撃ってゆっくり殺すか、心臓を撃ってすぐ殺すか……くらいにしとけよ。悩むのは」

重装兵F「じゃないと不幸になるのはお前だぜ」

重装兵D「……腐ってるな」

重装兵F「腐ってるのはテメーの兵隊としての脳みそだっつーの。ま、お陰で切り抜けられた。感謝しとくぜ」


昼 ブイン基地 発令所

田中「いいザマだな。山内長官」

山内「……」

遂に扉が突破され地面に頬をこすり付けるほどに抑えつけられた男を見て陸軍の男は満足そうに微笑んだ。

田中「本土では物資も不足して生きるのもやっとな人が大勢居るのに、貴様のような奸賊が_____」

陸軍の男は滔々と山内が一体どのような罪を持っているか丁寧に語ってくれた。

殆どが的外れなものばかりだったが、山内は反論はしなかった。


~~~~~~

田中「売国奴め」ペッ

唾を顔に吐きかけ話はそこで終了した。

山内「くははは」

田中「……何がおかしい」

山内「哀れだと思ったまでだ」

田中「何がおかしい!!!」ドカッ

山内「がっ……!」

田中「貴様はlsだgぁdかldじゃksklじゃs!!!!」

夕張「やめなさいよ! 長官はそんな人じゃない!」

田中「黙れぇ!」バキッ

夕張「きゃっ!」


この男は自分の中に判断基準を持っていないのだなと山内は感じた。

理屈ではない。こうしないと生きていけないのだ。

重装兵H「田中大尉、作戦司令部の中将殿から通信が入っています」

田中「中将殿から……」

陸軍中将「どうだ。捕まえたか」

田中「はっ! 発令所で拘束しております」

陸軍中将「よくやった」

田中「お褒めの言葉、ありがとうございます!」

陸軍中将「ではその男と少し話をさせてくれ」

田中「はっ!」

陸軍中将「受話器越しに失礼」

山内「奸賊が」

田中「……」ギッ

山内「がぁぁぁぁ」

陸軍中将「ああ……いいなぁ。何が起こっているか想像するただけで楽しい」

山内「貴様のせいで……」

陸軍中将「ん?」

山内「貴様のせいでブインは、南方戦線はもう終わりだ」

陸軍中将「問題無い。一からやり直せばいい。お前たちのノウハウを使ってな」

山内「長い時間がかかる。それこそ多くの国の民が苦しむぞ」

陸軍中将「知ったことか」


山内「……僕も悪人だが、お前も相当な悪人だな」

陸軍中将「悪人はお前だけだ。私は違う」

山内「なぁ中将」

陸軍中将「馴れ馴れしいな。なんだ」

山内「艦娘に心はあると思うか」

陸軍中将「無い」

山内「僕はもうそうは思わない」


長門「救出するぞ」ヒソヒソ

吹雪「む、無理ですよ」ヒソヒソ

「こっちはもう残弾も無いんですよ」ヒソヒソ

長門「だが」

加賀(……敵が多すぎる)

翔鶴(長官……提督……)

瑞鶴(艦載機が使えれば)ギリッ


山内「僕はあいつらが本当に好きだ」

陸軍中将「世迷言を」

山内「艦娘の心が信じられないと言うなら尚更お前は深海棲艦に勝てないぞ」

陸軍中将「……」

山内「精々道具として扱い失敗してから後悔するがいい」

山内「この愚か者が」

陸軍中将「……田中大尉、もういい。撃て」

田中「はっ! 射殺します」ドンドンドン


長門「…………」

長門「……え?」


昼 ブイン基地港湾 輸送船仮設作戦司令部

陸軍中将「残り二人はどうした」

「未だ、発見出来ません」

陸軍中将「探し出せ。気が変わった。以後はなるだけ艦娘を生け捕りにしろ。引きずり出した奴らの目の前で一人ずつ殺してやる」

陸軍中将「不愉快極まりない」

陸軍中将「……そういえば港湾で暴れていた奴はどうなった」

「輸送船三隻を追加で沈めたところで弾切れになったようですが……」

陸軍中将「どうした。ハッキリ報告しろ」

「腰の日本刀で水上の艦娘部隊を駆逐しています。既に五隻が斬り殺されています」

「狙撃も読まれ、尽く失敗しています」

陸軍中将「闘争本能の塊のような奴だな。……境界を守っていたアレらは今どこにいる」

「近海に待機しております」

陸軍中将「迎撃させろ。薬で殺すなど勿体無いことはするな。狙撃は中止」

陸軍中将「一人獅子奮迅するあの艦娘を生け捕りにしろ。相応しい終わり方を用意してやる」



昼 ブイン基地 港湾

辺りが燃えているために段々酸欠になってきた気がする。

日向「はぁー……はぁー……」

肩で息をし、それでもまだ苦しい。

戦況はどうなった。長官は、嶋田さんは、彼は、


みんなは

何でさっきから基地の方からの砲声が止んでいる


何も考えたくない。

刀を振る間は、敵が居る間は何も考えずに済む。

私は大破し無用になった艤装を全てパージし、新たな敵を探し続けた。

日向「……景気がいいなぁ」

相手はすぐに見つかった。

「……」

「……」

透き通るような白い肌と、健康的な小麦色の肌。どちらも甲乙つけがたい。

日向「大和型戦艦とは……殺しがいがありそうだ」


昼 ブイン基地近辺 山林

嶋田「はぁ……はぁ……」

妙高「ここまで来れば一先ず大丈夫でしょう。休憩されますか」

高雄「……他の子たちとははぐれちゃいましたね」

嶋田(何があっても生き残ってやる)

嶋田(味方を捨てたと言われても知るか。必ず俺は生き残る)

嶋田「まだ進むぞ。こんな茶番で死んでたまるかよ」




昼 ブイン基地 港湾

日向「……シッ!」シュッ

微動だにしない相手に肉薄し、首を狙って刀を抜いた。

居合の技術は勘任せだ。

今まではそれでなんとか成ったんだが。

「……」

私の刀では装甲一枚削ることも出来なかった。

日向「……流石大和型」

感嘆している場合ではない。目の前の武蔵がゆっくりと拳を振り上げる。意図は明白だが私はもう動けなかった。

「……」ドゴッ

鈍い音と共に拳が肩へとめり込む。

日向「がぁぁぁぁ」

偽物の内蔵に折れた自分の骨が突き刺さる。

流石に痛い。

水面に背中から倒れこんでしまった。

勝てない。今の私ではもう勝てない。

単冠でもこんなことがあった気がするが……ああ、レ級と戦った時は三隈が居たっけ。


大和の偽物が私の髪の毛を掴んで引き上げる。


悔しい

仲間を守れない自分が大嫌いだ

彼はどうなった

あれだけ心を通い合わせたのに生きているか死んでいるかも分からない

傍に居て欲しい

いつもの口調で優しく喋りかけて欲しい

触って欲しい

まだ全然足りない

君と過ごす時間を私はまだ半分も楽しんではいない


ソノヒト、マモリタイノ?

聞き覚えのある耳障りな声だった


ワタシガツヨクシテアゲルヨ

黙れ

ナニモシンパイシナデ

黙れ

ゼンブワカッテルカラ

お前の力なんかに頼るもんか



そう考えている筈なのに私の心はその声の元へと近づいていく。そこには真っ白な私が居た。



アリガトウ、ヒュウガ


彼女は私に触れる。


オヤスミ




??月??日

朝 ????? 居間

日向「あれ」

気がつけば私は部屋の中に居た。

ソファとキッチンがあることは確認出来た。民家のようだ。

ベランダに続く大きな窓の外には狭い敷地にこれでもかと見慣れない洋風の外見をした住宅街が広がっている。

外からは鳥の鳴き声が聞こえた。

壁には掛け時計がしてあり、中の画面に西暦が表示されているのだが。

日向「2014……?」

西暦は1981の筈だが。一体何が起こっているんだ。

足音と共に居間へ入ってくるものがあった。

「母さん、おはようございます」

「母さんおっは~」

日向「……何言ってるんだ。お前ら」

翔鶴「ほら、瑞鶴。ちゃんと挨拶しなさい。母さん怒ってるわよ」

瑞鶴「いつもこれじゃん。姉さんはいつも堅苦しいのよ」

翔鶴「もぅ」

日向「……」

母さん? 何言ってんだこいつら。

そんな中、もう一人居間へと駆け込んでくる。

男「何で起こしてくれないんだよ」

日向「えっ……いや、その……」

彼だった。スーツも意外と似合う……いや、そんなこと考えている場合じゃないだろ。


瑞鶴「うわっ、朝から加齢臭最悪だからこっち来ないでよね」

男「オーデコロンだよ。馬鹿娘」

瑞鶴「くっさいのよ、それ」

翔鶴「父さん、おはようございます。今朝は母さんが朝食を作ってないみたいだから、私が今から作りますね」

男「朝飯まだなのか。どうしたんだよ日向。お前も寝坊したのか」

日向「いや、君、えっ……ちょっと整理出来ないのだが」

男「何言ってんだ。あー、なら朝食は良い。もう行く」

翔鶴「駄目ですよ。何か一口でも食べていかないと」

瑞鶴「ほら食パンで良いでしょ」ポイッ

男「瑞鶴! お前、実の父に向かってそんな……。帰ったら説教だからな!」

瑞鶴「はいはい。早く行って下さーい。遅刻しますよー」

男「くっ……行ってきます。日向」

日向「あ、ああ」

男「朝のアレだよ。ほら」

日向「……?」

男「朝の恒例行事」

そう言うと彼は慣れた動きで私に口付けした。

日向「!?」

瑞鶴「あー、もうキモイキモイ。思春期の娘の前で何でそういう行為するかなー」

翔鶴「いいじゃない。なんだかこっちまで幸せな気持ちになれるし」

瑞鶴「娘の前でこんなにイチャイチャする同級生の親なんて、絶対居ないから。絶対普通じゃないから」

男「瑞鶴も行ってきますのチューしとくか?」

瑞鶴「ふざけんなクソオヤジ! さっさと会社行け!」

男「あはは! 行ってきます」

翔鶴「行ってらっしゃい」

日向「……」ポカーン

瑞鶴「ねぇ母さん、大丈夫? ちょっと変じゃない?」

翔鶴「そうね……何だか人が変わったみたい」

日向「……」

時雨「おはよう」

翔鶴「おはよー」

翔鶴「もう少しで朝食できるから。ちょっと待ってて」

時雨「うん。ありがと姉さん」

時雨「テレビつけていい?」

姉さん……ということは時雨も私の娘なのか?

時雨は手元の棒を黒板に向ける。

日向「黒板が喋った!?」

時雨「母さん、どうしたの?」

瑞鶴「なんか今日ちょっと変なのよ」

日向「テレビがこんなに薄く……凄い技術だ」

翔鶴「まるで違う時代の人みたいなことを言うんですね」


混乱が極に達した時、もう一人闖入者が現れる。

長月「……」

日向(長月!? こいつも私の娘なのか!?)

長月「にゃー♪」

瑞鶴「あー長月もご飯の時間だったね。ちょっと待ってね~」

長月「にゃー」

瑞鶴は座っていたテーブルから立ち上がるとキッチンへ行き引き出しを開け……

キャットフードを皿に盛った。

日向(良かった。やっぱり長月は猫だったんだな)

日向「いや、二足歩行する猫が居るか」ビシッ

瑞鶴「母さん何で虚空に向かってツッコんでんの」

時雨「二足歩行って当たり前だよ。長月のどこが変なのさ」

日向「いや、その、うん。まぁ、変じゃないなら良いんだ」

翔鶴「……」

玄関の呼び鈴を鳴らしたような音がした。

翔鶴「そういえば、今日は長門さんが来るんでしたね」

どうやら呼び鈴で当たっていたらしい。

日向「長門が?」

翔鶴「もう、本当に大丈夫ですか? 長門さんが病院へ連れて行ってくれるんですよ」

日向「誰を? 誰か病気なのか」

翔鶴「……母さんをですよ」

日向「私?」

~~~~~~

長門「久しぶりだな。鶴姉妹」

翔鶴「おはようございます」

瑞鶴「おはようございま~す」

長門「ほら、娘の長門だ」

ながと「……」スヤスヤ

瑞鶴「うわぁ……可愛い。これは間違いなく長門さんの子供ですね」

翔鶴「失礼なこと言うんじゃありません。では、私たちは部活の朝練がありますので」

瑞鶴「あー、確かに時間ヤバイね。遅刻したら加賀先生怒るしな……」

大潮「時雨ちゃーん! 学校行こー!」ズカズカ

時雨「あ、ちょっと待ってね」

翔鶴「大潮ちゃん。前も言いましたが他人の家に呼び鈴も押さずに入っては駄目ですよ」

時雨「あはは。しょうがないよ。大潮だし」

大潮「時雨ちゃん、それは聞き逃せません」

瑞鶴「ていうわけだから母さん。後は適当に片付けといて」

翔鶴「行ってきます」

時雨「いってきまーす」

大潮「失礼しました~!」

ガチャ


長門「お前のところは相変わらず騒々しいな。娘が起きてしまうだろ」

日向「娘も長門ってどうなんだ」

長月「にゃー」

長門「おー長月、久しぶりだな。……何もおかしくはない。普通だ」ナデナデ

長月「んにゃぁ」

日向「なら、そういうことでいい」

日向「実はな長門、私はこの世界のお前が知っている日向じゃないんだ」

長門「……はぁ?」

日向「本当だ。本当の私は1981年の南方戦線で深海棲艦と戦う艦娘なんだ」

長門「しん、せい……? 何だそれ。今は2014年だし、南方戦線とは何だ。太平洋戦争の話か?」

日向「だから、……あれ、南方戦線って何だ」

長門「寝ぼけているのか」

日向「あ、いや、思い出せなくなった。私は……あれ、何をしていたんだっけ」

長門「お前は高森日向、それでお前の夫は高森雅晴」

日向「……私はいつ結婚した」

長門「十七年前だろ。雅晴との間に子が出来てから結婚した。授かり婚という奴だ」

日向「……」

長門「それでその子が翔鶴だ、続いて一年後に瑞鶴、更に五年後に時雨」

長門「それと、今お腹にいる子を含めて高森家、お前の一家というわけだ」

日向「私たちは子供が産めないだろう」

長門「……おい、本当に大丈夫か? お前と私は現に産んでいるだろうが。あんな痛い思いをしておいて今更何を言っている」

長門「産婦人科じゃなくて精神科いや、性急すぎるか。心療内科へ行った方が……」


日向「あー、思い出したよ。そうだったそうだった。すまんな」

日向「雅晴は商社のサラリーマン、五航戦は高校生、時雨は小学校へ通っている」

長門「雅晴さんと時雨は確かにそうだが。『ごこうせん』というのは何だ」


日向(記憶が混濁しているのは私だけか。しかし徐々に前の私の記憶が消えている)

日向(私は艦娘だった。自分自身に関することはもうこれしか思い出せない)

日向(せめてこれだけでもどこかにメモを……あ、そうだ)

長門「とりあえず病院へ行こう。その後またゆっくりと話も出来るだろう」

日向「おい、山内長門」

長門「何だ」

日向「……」

日向「くっくっく」

長門「不気味な奴だな」

日向「いや、自分でも理由は思い出せないんだが、今凄く嬉しくなってな」

長門「私の名前の何がおかしい」

日向「良かったな」ポンポン

長門「……殴るぞ」

日向「さっさと車に乗ろう。運転任せたぞ」


長門の乗ってきた車は私の見たことのない斬新な形をしていた。

どうやらエコカーというらしい。音も静かで走りも快適だった。

走りの方はインフラ、この場合道の整備状況の良さも関係してくるのだろうが、こんな綺麗な道を走った経験の無い私には新鮮そのものである。

日向「この道路、作るのに物凄い量のアスファルトがいるんじゃないか」

長門「あははは! まるでアスファルトが珍しいもののように語るんだな」

日向「当たり前だ。石油の出ない我が国にとって燃料諸原料の確保は死活問題だ」

長門「そんなもの。輸入すれば良いだろう」

日向「どうやって」

長門「産油国から輸入する」

日向「どうやって運ぶつもりだ。海は駄目だぞ」

長門「何で駄目なんだ。現に大量の燃料を海路で運んでいるだろう」

日向「……それもそうか」


日向(まずい。こっちの世界の私の記憶が強くなって本格的に忘れてきた。なにメモするんだっけ)


長門「何だ。2050年問題に興味でも持ったか」

日向「何だそれ」

長門「年金等の社会保障、少子高齢化、資源問題、環境問題……今我々が抱えているのに目を瞑り先送りにしている様々な社会問題が2050年に一気に噴出する可能性があると唱える学派があってな」

長門「ほら、あったじゃないか。ノストラダムスの大予言とか2012とか」

日向「あれはオカルトの類だ」

長門「ところが今回はそうじゃないらしい」

日向「お前みたいな奴が毎回騒ぎ立ててるんだよ」

長門「私はこういう話に弱いんだ」

日向「お前は昔からそうだ」

長門「だいぶ調子が戻ってきたな」

日向「ん、私はなにか変だったか」

長門「深海棲艦がどうこう言ってただろう」

日向「なんだそれ」

長門「まぁ寝ぼけてたんだろ。気にするな」

日向「私はそんなこと言ってたのか」

長門「マタニティブルーという奴さ。私もそういう時期があった」

日向「何を言っているか分からんが」

長門「は? そりゃお前だろ」



朝 都立病院 待合室

浜風「112番さん、診察室へどうぞ」

長門「お前だぞ」

日向「行ってくる」

長門「私ももうすぐ呼ばれるだろうから、先に終わったら待合室で待っていてくれ」

日向「了解。あー、ちょっとドキドキしてきた」

長門「心配ないさ」


朝 都立病院 診察室

日向「先生、お願いします」

中間棲姫「高森さん。こんにちは。お腹の調子はどうですか」

日向「不都合はありません」

中間棲姫「もうすぐ安定期ですから。それまで色々と気を使わないといけないと思いますが頑張りましょう」

日向「それで先生、検査結果なのですが……」

中間棲姫「ああ、それなら______ 」




昼 高速道路 長門の車内 

日向「♪~」ポンポン

長門「ご機嫌だな。しかし腹を叩くな。見ていて不安になる」

日向「私とあいつの子だ。弱いわけがない」

長門「あーはいはい。お腹いっぱいだよ」

日向「……男の子だそうだ」

長門「なに!?」キキーッ

日向「わっ!! 危ないだろうが!」

長門「良かったな!! 待望の男の子か!!!」

日向「良くない! お前、玉突き事故でも起こす気か!」

長門「あ、ああすまん。興奮しすぎた。お前の家でゆっくり話そう」




昼 高森家 居間

長門「日向さんの次の子供は男の子だってー。良かったねーながとー。友達が増えるぞー」ニコニコ

ながと「きゃっきゃ!」

日向「ながとはご機嫌だなー」ツンツン

ながと「うー、あー、ひゅうが! ひゅうが!」

長門「おい日向! 喋ったぞ!?」

日向「え、初めてなのか」

長門「……最初はお母さんだろ普通……何で日向なんだ」ガッカリ

日向「な、なんかすまんな」

長門「……まぁいい」

長門「しかし、お前の子と歳は精々二歳違いだ。ながとはその子と仲良くなれるんじゃないか」

日向「お前のところの子なら安心出来る。許嫁にしていいか」

長門「あはは! それはやめておけ」

日向「どうして。素敵じゃないか」

長門「生まれてくる子どもたちの未来を決められるほど、私たちは偉くない」

日向「……」

長門「この子たちは自由だ。生きることも選ぶこともこの子たちのもの」

長門「安易なレールを敷くのは駄目だろ」

日向「……そうだな」

長門「そうだよ」


~~~~~~

長門「そのオチが結局授かり婚だからな。笑っていいのかよく分からんが、笑ってしまう」

日向「笑ってくれたほうが家族として救われる」

日向「私で失敗しているから父さんと母さんは姉さんに厳しくしすぎたんだよ」

長門「嶋田さんの浮気癖も腰を落ち着かせれば治るさ」

日向「だと良いけどな。悪い人じゃ無いのは分かるんだが」

長門「私はほら、高校の時お前が雅晴さんに懐妊の報告をした時の話が好きでなー」

日向「『妊娠した』と言ったら『誰が?』と返したからビンタした話だろ。そんな面白いか」

長門「くははは!! 想像するとたまらん! そこらの芸人のやりとりより確実に面白いぞ」

日向「恥ずかしいな。随分昔のことに思えるが」

長門「高校は随分と昔さ。それで合ってる」


ながと「あー!」

長門「んーどうしたながと。母さんはうるさかったか」

ながと「おー! おっ!」

長門「そっちか。よーし待てよ」

長門「あ、ここでやっていいか」

日向「女しか居ない。何を気にする」

長門「だよな」


ながと「……」コクコク

長門「上手に吸い付くものだ」

日向「うちの旦那も上手だぞ」

長門「娘の無意識に変な知識を埋め込むな」

日向「あはは」

長門「仕事の方は?」

日向「そのうち復帰するよ」

長門「やっぱり今の時代、共働きでないと厳しいよな」

日向「お前は?」

長門「しばらくは娘の世話で忙しいから。ま、おいおい職場にも復帰だ」


日向「……」

長門「授乳の光景がそんなに珍しいか」

日向「いや、今日は何か……凄く変な感じがするんだ」

日向「私たちに子供が居ること自体が信じられない」

長門「いつも変な奴だが今日は特に変だな」

日向「かな」

長門「何度でも言ってやるよ。そういう時もあるさ」

日向「うん。ありがとう長門」


夜 高森家 居間

翔鶴「ただいま帰りました」

瑞鶴「ただいま~」

長月「にゃー」

時雨「お帰りー」

日向「お帰り」

瑞鶴「あー汗かいちった」ヌギヌギ

日向「こら。適当に脱ぎ散らかしたら駄目だろ。洗濯かごに入れろー」

瑞鶴「長門さんもう帰ったの? ウチで食べてけば良かったのに」モグモグ

翔鶴「こら。まだご飯の時間じゃ無いわよ」

瑞鶴「あーもう、うっさいなぁ。何で我が家は母親みたいなのが二人も居るのよ!」

日向「……瑞鶴、ちょっとこっち来て母さんとお話しようか」

瑞鶴「絶対にやだ」

翔鶴「瑞鶴」

瑞鶴「いー、だ」

時雨「瑞鶴姉さんってほんと子供だよね。馬鹿みたい」

瑞鶴「何ですって?」

長月「にゃーおまーお!」

瑞鶴「ああ、我が家で私の味方はお前だけだよ長月……」ナデナデ

長月「にゃー」

男「ただいま~。七時に帰ってこられるなんて定時上がりは最高だぜ! 部長に睨まれるけどな!」

日向「お帰り」

翔鶴「お帰りなさい」

時雨「父さんお帰り」

瑞鶴「……おかえり」ボソ


日向「上着だけ頂戴」

男「ああ」

日向「先にお風呂入ってきて。上がったらご飯にするから」

男「今日の晩御飯は」

日向「回鍋肉」

男「湯船の湯温は」

日向「四十三度」

男「ナーイス」

日向「馬鹿」クスクス

時雨「母さん、僕も一緒に入っていい?」

日向「駄目。あ、お父さん、長月を風呂へ入れてやって」


時雨「何で! 良いでしょ!」

日向「女の子なんだから。いつまでも父親とお風呂入ってちゃ駄目。少しは自覚を持ちなさい」

長月「フニャ! フニャァー!」

日向「長月は嫌がっても無駄。お前は外へよく行くんだから。綺麗にしないと駄目だぞ」

男「時雨は良いだろ。まだ小学生なんだから」

時雨「ほら、父さんもこう言ってるし」

日向「……仕方ないなぁ」

男「お前も一緒に入るか?」

日向「我が家の風呂場はそんなに大きくない。それに私は料理の支度がある」

男「残念」

瑞鶴「……」

翔鶴「父さん、瑞鶴も一緒に入りたいって」

男「なんだお前もか。良いぞ」

瑞鶴「はぁ!? 私がいつそんなこと……」

日向「重度のファザコンなのは知ってるが、高校生でしょ? 自重しなさい」

翔鶴「母さんの言う通りです」

瑞鶴「こ、このぉ……好き放題言ってぇ……」

男「小学校の時、俺が参観日に行けないと決まったら泣くような娘だったからな~」

瑞鶴「父さんもいつまでその話引き合いに出すのよ! 何年前だと思ってるの!」

男「つい昨日のことのようだ」

瑞鶴「もう五年前よ! 五年前!」

男「で、どうする。俺は別に一緒に風呂に入ってもいいが」

瑞鶴「でも母さんが……」

日向「なら人のせいにしないで自分で決めなさい。もう何も言わないから」

瑞鶴「え……それなら私も、そのあれよ、部活で汗かいちゃったし、みんなで一緒に入ったほうが効率的だし、長月の体洗わなきゃいけないし」

瑞鶴「しょ、しょうがないなぁ~、私も一緒にお風呂入るよ~」( ^ω^ )

日向「……」ニタニタ

翔鶴「……」ニコニコ

時雨「……」ニヤニヤ

瑞鶴「……」

男「さー長月~風呂行くぞ~」

長月「フミャー!! ミギャァァァー!」

男「おー中々抵抗するなぁ、そんなに綺麗になりたいのか」

長月「ニャァァァ!!!」


瑞鶴「あ、あんたらは人の心を弄ぶ本当に最低の人間よ……! サイテー!!!」


夜 高森家 風呂

男「時雨も胸が大きくなったな」

時雨「でしょ。クラスの他の子よりも育ってるよ」

男「年々美人になっていく」

時雨「えへへ」

男「父さんにとっての母さんみたいな、いい人を見つけろよ」

長月「……」

男「それに比べて長月は育ってないなぁ。雌なのに」ペチペチ

長月「……」ガリッ

男「……痛い」




夜 高森家 ダイニング

日向「瑞鶴、いい加減機嫌を直せ」

瑞鶴「……」モグモグ

翔鶴「何でそこまで怒ってるの?」

瑞鶴「食べるのに集中してるんだから話しかけないで、姉さん」

男「我が妻の料理は美味いし、家族の居る我が家はやっぱり賑やかで良いな」

時雨「ねー」

長月「ニャー」

日向「ふふふ。それは良かったよ」


日向「そうだ。一つ報告がある」

男「お、何だ」

日向「腹の子の性別が分かった。男だ」

瑞鶴「男の子!?」ガタッ

翔鶴「まぁ、それは嬉しいです」

時雨「弟が出来るのかぁ」

長月「ニャー」

男「……」

日向「あれ、君は嬉しくないのか」

男「……遂に男のかぁ、と思ってな」

日向「そうだな。今まで女の子ばっかりだったし」

瑞鶴「弟ってどんな感じなんだろ」

翔鶴「きっと楽しいです。その分苦労も多そうですが」

時雨「やったね長月、家族が増えるよ」

長月「ニャ、ニャオォ……?」

男「明日も部長に怒られるけど、頑張ろう!」

日向「頑張って外貨獲得競争に打ち勝ってくれよ。旦那様、ビール飲むか?」

男「頼む」

日向「よしよし」


??月??日 +1日

朝 武蔵商社 営業部

男「みんなーおはようー!」

オハヨウゴザイマース オハザース

男「よーし、学生気分の抜けてない挨拶する奴は誰だー」

矢矧「課長、おはようございます」

男「おはよう。今日も胸と尻が大きいな」

矢矧「……」バコッ

男「アガノッ……それで要件は」

矢矧「来週の卯月商事との打ち合わせで使う資料のチェックお願いします」

男「あそこの社長は胡散臭くて嫌いだ」

矢矧「私もです。しかし、仕事に私情を挟むのは……」

男「そうだな。お前の言う通りだ」

矢矧「はい。反省して下さい」

男「資料は見ておく。次は今期の目玉、イノダの開発した水素燃料エンジンについて。売りこめそうな会社を内外問わずピックアップしてくれ」

矢矧「あのエンジンは我が社が独占契約していますから。かなりの利益が期待できる筈です。昼までにまとめて提出します」

男「頼むぞ。我が第四営業課の浮沈は君の肩に掛かっている」

矢矧「ふふ、大袈裟ですよ。ところで課長なにか良いことがありましたか」

男「分かるか」

矢矧「ええ。とても楽しそうです」

男「妻のお腹にいるのが男の子と分かってな」

矢矧「それは……おめでとうございます」

男「矢矧くんも是非我が家へ来てくれ。うちの家族に我が課のエースを紹介したい」

矢矧「是非お願いします。私も楽しみです」

隼鷹「課長~、酒が飲めるなら私も行きたいんだけど~」

男「隼鷹くん。中国の正體公社への接待の件だがな」

隼鷹「げっ」

男「向こうから君が大変無礼な態度を示し、我が社が取引先となる品格を持ち合わせていないと判断した……との厳しい言葉を頂いたせいで」

男「俺は部長から大目玉を食らったわけだが。君からはまだ何の報告も受けていない」

男「言い訳を聞こうか」

隼鷹「課長~、聞いて下さいよ~! あの上海かぶれのいか好けない奴ら、私の、私の体を~」

男「……そんなことまで要求してきたのか?」

隼鷹「そうなんですよ~、それで私、怖くなってつい無礼な言動を~」

男「媚は売っても魂まで売り渡すことはない。それなら別にいい」

隼鷹「さっすが課長~この世渡り下手!」

飛鷹「課長、騙されちゃ駄目です。隼鷹は飲み過ぎて接待相手を殴っただけです」

男「……確かか」

飛鷹「私も同席していました」

隼鷹「いや、あの、ほら飛鷹の言うことは……ごめんなさい」

男「隼鷹くん」

隼鷹「は、はいぃ~……」

男「会社やめちまえ。この犯罪者」


隼鷹「ごめんなさ~い!!」

男「第四営業課はこんな奴らばっかり……」

矢矧「課長の人徳の賜物じゃないですか」

矢矧「何故入社できたか理解不能な人格破綻者ばかりの寄せ集めですけど。私は気に入ってますよ」

男「雪だるま式にダメな奴集団になってしまった」

男「人事へワガママを言うから上からのノルマもキツイし、問題ばかりで部長に怒られる」

男「あー、違う人生があればもっと楽な生き方をするのになー」

矢矧「私の勘ですが課長にそんな生き方は無理ですよ」

矢矧「どこへ行こうと、どんな生き方をしようと、課長はこういう生き方しか出来ない人です」

飛鷹「矢矧ちゃんは課長のそういうとこが好きなんだもんね~」

矢矧「な、や、好きなんて言ってないでしょ!」

男「お前俺のこと好きなのか?」

矢矧「なわけあるか!」バチン

男「タバシッ」




昼 都立高校 1-4教室

瑞鶴「おぉ~、加古~我が友~」

加古「おぉ~、瑞鶴~我が友~」

瑞鶴「学力テストどうだった?」

加古「えっ、それ聞く? それ聞いちゃう?」

瑞鶴「だよね~」ケラケラ

加古「今日の帰りパルコ寄ってかない?」

瑞鶴「部活終わりでいい?」

加古「んじゃそれまで古鷹と明日の勉強しとくから」

瑞鶴「あんた勉強なんてしないでしょ」

加古「そこ突っ込むなよ~。時間潰しとくって意味だよ」

瑞鶴「姉さんも一緒だけど、良いよね?」

加古「もちもちー」

瑞鶴「おけー」


昼 都立小学校 体育館裏

時雨「告白?」

「隣のクラスの坂口くんが時雨ちゃんのこと好きなんだって」

「坂口くんって喧嘩強いし足速くてカッコ良いよね」

時雨(僕は別に……それが良いと思わないけどなぁ)

「それで、今日の放課後に焼却炉の所で時雨ちゃんのこと待ってるから、伝えてくれーって」

時雨「そうなんだ。ありがと」ニコ

~~~~~~

漣「なのに何で私たちと一緒に下校してるんですかね」

時雨「返事する気が無いから」

漣「おいこらてめー、まさか断ろうって魂胆じゃねーですよね」

時雨「断るに決まってるじゃないか」

皐月「えー何でだよ。良いと思うけどな」

文月「ふみづきもー」

時雨「本当に僕が大事なら人任せにするわけ無いもん」

漣「厳しいですねー」




昼 某コーヒーショップ

霧島「カ……フェ……」

「キャラメルマキアートでしょうか」

「アメリカンブレンドのラージですね」

霧島「……」コク

~~~~~~

榛名「ノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノ、ラージで」

「ノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノ、ラージですね」

榛名「はい。お願いします」

~~~~~~

霧島「慣れてるわね」

榛名「よく来ますから。何の勉強をするんですか」

霧島「次のレポートが家で一人でやっても捗らないから。どうせなら」

榛名「最近はよく私に付き合ってくれますよね」

霧島「まぁ……暇だし」

榛名「霧島」

霧島「何よ」

榛名「ありがとう」ニコ

霧島「……何度も聞くけど、貴女も何で私みたいな奴と絡むわけ」

榛名「同じ学科じゃないですか」

霧島「そんなの理由になりません」

榛名「ですよね。実は何だか、ほっとけなくて」

霧島「何度も言ってますけど宗教とかなら間に合ってるわよ」

榛名「そ、そんなんじゃ無いですから」


夜 高森家 居間

男「ただいま~」

日向「おかえり。上着」

男「ああ。子供たちは?」

日向「時雨は部屋だけど、翔鶴と瑞鶴はまだ帰ってない。遊んでくるらしい」

男「もう七時過ぎだぞ。夜遊びが過ぎないか」

日向「たまには羽を伸ばしたい日もあるさ」

男「お前なー、夕食はみんなでって決めてるじゃないか。あんまり甘くし過ぎると」

日向「たまには私も羽を伸ばしたい」ギュッ

男「おっほぉ奥さんの柔らかい胸が背中に当たってます背中に」

日向「当ててるんだよ。久しぶりに一緒にお風呂、入ろうか」

男「そうしよう」




夜 高森家 風呂

男「昨日は長月を風呂に入れるのが大変だった」

日向「猫という奴は本当に風呂が嫌いだなー」

男「……」ジー

日向「そんなまじまじと裸体を見られると、流石に恥ずかしいんだが」

男「何を恥ずかしがる。新婚の頃はいつも二人で入ってたじゃないか」

日向「もう私の身体もあの頃みたいな若さはない。あまり見るな」

男「今でも綺麗だ」

日向「ほんとに?」

男「三児の母とは思えないほどいやらしい体」

日向「あはは! あんまり嬉しい褒め方じゃないよ。それ」

男「大人二人で入ると狭いな」

日向「先に君を洗浄して浴槽に沈めようか。背中をこっちに向けてくれ」

男「お前からでも良いぞ」

日向「私が言い出したんだ。先に私が手本を示すさ」

男「はいはい」

~~~~~~

日向「お客さん、痒いところは無いですか」ワシャワシャ

男「無いよ。誰かに頭を洗ってもらうのは良いものだな」

日向「自分の頭を洗うのは意外と重労働だったりするからな」ワシャワシャ

男「こんなのが重労働なもんか。昼間からゴロゴロしてたら駄目だぞ。妊娠以外で腹の出たお前なんて俺は見たくないからな」

日向「うっ、最近ちょっと太ったんだよな」ワシャワシャ

男「ほーら、太らない体質に甘んじていればじきに豚だぞー」

日向「わ、分かった。気をつけようと思う」ワシャワシャ

日向「よし。すすぐぞ」

男「はーいママァ」

日向「離婚する?」

男「ごめん」


日向「相変わらず大きい背中だな」ゴシゴシ

男「段々小さくなっていくからな。大きな背中も今が見納めだ」

日向「私も小さくなるから問題ない」ゴシゴシ

男「あはは」

日向「じゃ、次は前を洗うから手を上げて」

男「前はいいよ。自分でやるから」

日向「君が痴呆症にかかった時はどうせ私がするんだ。今のうちに練習させろよ」

男「……抵抗あるんだよな」

日向「いつも私の身体には好き放題する癖に、自分がやられるのは嫌なのか?」

男「んー、じゃあ頼む」

日向「任せろ」

向「ちょっとくすぐったいかもしれないが、我慢しろよ」

男「ああ」

日向「手を上げて」

男「ほれ」

日向「では後ろから失礼……」

日向「えーっと、まずはここをこうして……」シコシコ

男「……あの、奥さん」

日向「どうした旦那様」シコシコ

男「ボディソープの付着したスポンジはどうなされたのでしょう。こちらでは素手と背中に当たるおっぱいの感覚しか確認出来ていませんが」

日向「海綿体というスポンジ状のものを使ってるじゃないか」シコシコ

男「……」ドンビキ

日向「……ちゃんと気持ちよくするから」コリコリ

男「ひぐぅ、乳首ダメェ」

日向「気持ち悪い」

男「はい」


日向「男の人って本当に不思議だよな」シコシコ

彼の耳元に口を寄せ、小さな声で囁く。

日向「きっと凄く気持ち良いんだろうに、声を出さないよう我慢する」

日向「声を出すのはみっともないと思っているのか?」

男「……」

忙しい右手と対照的に暇な左手を彼の身体を撫でるように動かしてみる。

男「……」

日向「背中に胸が当たってるの分かるだろ? ボデイソープでよく滑る」ムニムニ

日向「ほーら、君の好きなおっぱいだぞー」

男「……」

日向「我慢してる顔、可愛い」ハム

男「っ」

耳殻を唇で甘噛し凹凸に舌を這わせていくと流石に少し声が漏れた。

腰が少し引けてきた気がする。

右手が包んでいるものの脈打つ感覚も次第に短くなっている。


日向「出そうなのか」

男「……」

日向「いいんだよ。最近ご無沙汰だったもんな。気持よくなってくれ」

こう囁いた後に首筋へキスし右手の動きを早めると彼は果てた。どうやらかなり我慢していたようだ。

日向「いっぱい出たな。手がベトベトだ」ペロペロ

男「舐めずに流せ」

日向「別に汚いものじゃ無いだろ」

男「俺が恥ずかしいんだよ!」

日向「ボウヤ」クスクス

男「もういい。スポンジ貸せ自分で洗う」

日向「今度こそちゃんと洗うよ」

男「……」

~~~~~~

日向「よし、湯船に浸かっててくれ。今度は私が使うから」

男「俺が頭から爪先まで全部洗ってやる」

日向「え、いいよ。そんなの」

男「遠慮するな。というか無理にでもやるから」

日向「……そうなったら、意地でもやるよな。君は」

男「ああ」

日向「じゃあ頼むよ」

男「任せとけ」


男「頭で痒いところはございませか」ワシャワシャ

日向「無いよ。快適だ」

男「では続ける」ワシャワシャ

日向「あー気持ちいいな。一回五百円出していいからしてくれないか」

男「俺はいいぞ」ワシャワシャ

日向「ほんとにお願いしようかな」

男「よし。流すぞ」

~~~~~~

男「小さい背中だ」ゴシゴシ

日向「愛らしいだろ」

男「それは背中に限らない」

日向「あはは」


男「次は前だ。はい一旦自分の手を綺麗に流しまして」ジャー

日向「……よろしく」

男「むふふ。手を上げろ」ワキワキ

日向「……」スッ


男「胸の谷間なんかよく洗わないと汗疹ができるからな~」モミモミ

日向「……っ、そ、の割には手が、違わないか」

男「お返しだ」

胸の先を人差し指で押し込め、こねくり回される。

日向「ぅあ」

我慢しようとしても呼吸をするのと同じように声が漏れてしまう

悔しいけれど当たり前だ。

この男は私の身体のことを私以上に知っているのだから。

男「俺にあんな屈辱的な出させ方しといて、自分が同じ目に合うとは考えてなかったのか?」

彼の左手はその活動範囲を私の下腹部へと広げる。

日向「んんっ」

異物が身体の中へ侵入してきた。

男「……ああ、そうか。こうなることを期待していたんだな」

私の理性の及ばない部分を掻き回す彼の指は、事態を理解する。

男「じゃなくちゃ、こんなにはならんよな? 普通さ」

引きぬいた指にまとわりついた粘着質な液体を私の眼前で弄ぶ。

少し酸っぱい匂いのするその分泌液は本当に私の身体から生み出されたものなのだろうか。

排泄物が自分のものであると容易に理解できるのに、この液体を出す存在が自分であるという事実は信じがたい。

かつて私はこの男と情交をする時、自分が自分でない気さえした。

自分の中に組み込まれた遺伝子が私を操作しているのだと言われれば、

「そうだったのか。だからだったのか」

と手を叩き即座に腑に落ちるくらい。

それくらい当時高校生だった私達は若かった。自制が効かないほどに。

だから二人で深みへと溺れていった。

磨き上げてきた理性とそれに対する私自身の信頼は、他ならぬ私の身体によって否定された。

この男のせいで私は自分の生物としての女の部分を否応なしに見せつけられたのだ。

本当に理解しがたく屈辱的な行いだった。

だが、今ではそれすら快楽の一部であると捉えている自分が居る。

完全に溶かされた、腐り切った、澱んだ、良く言えば自分自身を受け入れた。

そして異物である彼の存在すらも私は受け入れ、愛した。

日向「違う! それは身体が勝手に!」

男「言い訳するなって娘達にも言ってるだろうが」

日向「こ、これは、ほんとにっ……く!」

男「はいはい。分かった分かった」

日向「くっそぉ」

男「期待に応えられるよう頑張るかな」クチュッ

日向「……っ」

受け入れてからは簡単。自分でないもの、自分の理解出来ないものに身を任せ快楽を追求していく。

年を重ねるごとに少なくなる刺激の代替品、新たな楽しみ。

身悶えするような快感は頭を真っ白にするほど凄まじく、簡単に非日常へとトリップ出来る。合法の脱法ドラッグのようなものだ。

全ての女が私のように甘い刺激に弱いとは言わないが、少なくとも私の周りを見渡した限り似たような傾向は見られるのでは……と思う。

だがそれは決して弱さを意味しない。きっと当たり前な、人として生きる上での至極当然な在り方なんじゃないだろうか。


男「ここだよな。お前の弱いとこ」

日向「駄目、やめっ」

男「嫌ならもっと抵抗すべきじゃないか」

日向「……」

男「少し意地悪なことを言ったな」

そう言って彼は私の首筋に口づけをする。

日向「んっ……」

駄目は良いで、良いは良い。

これが我が家では、というか私たち二人の当たり前の認識だ。

私の身体はこの男に四人も孕まされているだけあって、ある意味ではよく訓練されており、何をされても気持ち良いと認識してしまう。

その認識ですら心地よいと感じる自分も間違いなく居るのだが……まぁそれはそれだ。

今こうして自分の内実を冷静に語っているが、彼から見れば上の階に居る三女に喘ぎ声を聞かせまいと身体を震わせ声を押し殺す一人の女でしかない。

私の弱い部分を正確かつ執拗に指で責める技量に関しては疑いようもなく世界一なのだ。

まー君にいじられたせいで私の身体の方は完全にスイッチが入ってしまっている。

後ろ手に彼の一物を触ってみると、性懲りもなくまた血液を貯めこんでいた。

……あー、安定期に入るまで激しい挿入はNGなんだっけ? 医者から止められていたようないなかったような。

でもこのまま私も止まれないし、彼も止まらないだろうし。

もうどうにでも「……にゃーお」

二足歩行をする緑の髪をした猫の声が風呂場の中に響いた。

彼の動きは瞬時に止まり、私の火照った身体から一瞬にして熱が奪われた。

その声は、この場において聞こえてはいけない筈の声であるからだ。

風呂場に響くということは風呂のドアが開き、少なくとも脱衣所に長月が居るという事。

だが長月は風呂場が嫌いだから、ここに一人で来るわけがない。

つまり来るとすれば誰かと一緒という事。

恐る恐る後ろを振り返るとジト目が四つ、こちらを睨んでいた。

瑞鶴「……ご飯だから呼びに来たんだけど」

日向「あ、ああ瑞鶴帰ってたのか。気づかなかったよ」

瑞鶴「……一応聞いとくけど、二人でお風呂に入って何してたの」

男「昔みたいに風呂に入ろうって母さんが……」

日向「えっ、私のせいか?!」

瑞鶴「……お父さんは何でお母さんの股に手を突っ込んでるの」

長月「にゃ」

男「あ、ああ! いや、これはな、その」

男「いや、代わりばんこに身体を洗ってただけだぞ」

日向「うんうん」

瑞鶴「へー、喘ぎ声が出るような洗い方ってあったんだ」

長月「にゃ!」

日向「……」

男「……」

瑞鶴「お母さんとお父さんは仲良いし夫婦だし、そういう事があっても良いとは思うよ」

長月「にゃーお」

瑞鶴「……実際私もそれで生まれたわけだし」


長月「にゃおーにゃーお」

日向「あー……いや、瑞鶴。別に母さんたちはその、お前の思っているような事は……」

瑞鶴「子供扱いしないで! 何でそうやって隠そうとするの!? 別に良いって言ってるじゃん!」

長月「にゃにゃにゃにゃー!!」

男「おい瑞鶴、落ち着け!」

瑞鶴「ま、前隠してよ!」

長月「にゃ!」

男「あ、すまん」

瑞鶴「……とにかくご飯だから」

長月「にゃ!」



夜 高森家 ダイニング

五人と一匹は食卓を囲んでいた。

長月も床でなくテーブルに自分の餌の取り皿を乗せ、箸を使って器用に食事している。

翔鶴の作った角煮が美味い。

であるにも関わらず、テーブルには重苦しい空気が漂っていた。

瑞鶴「……」モグモグ

男「……翔鶴」

翔鶴「はい。何でしょう」

男「今日はどこへ遊びに行ってたんだ」

翔鶴「駅前のパルコへ瑞鶴のお友達と一緒に。ね、瑞鶴?」

瑞鶴「……」モグモグ

翔鶴「なんで無視するのよ」

日向「ま、まぁまぁ。瑞鶴だって機嫌の悪い日くらいあるだろ?」

翔鶴「……母さんがそう言うなら」

男「……パルコで何したんだ?」

翔鶴「服を見たり、クレープを食べたり、服を選んだり色々です」

男「楽しかったか?」

翔鶴「はい。瑞鶴の友達の古鷹さんと加古さんがとても良い子で、楽しかったです」

瑞鶴「別にそんなの母さん達に関係無いじゃん」

翔鶴「こら!」

瑞鶴「……」モグモグ

男「……俺たちの時代とは随分違うよな。なぁ母さん」

日向「うちは厳しかったから、部活が終わったらすぐ帰宅しないと駄目だったな」

男「何か妙に世の中が騒がしくて不安定な時代だったと思うよ」

日向「そうだな。でも今よりももう少し生きやすかったように思う」

時雨「生きやすい? 母さんの家は厳しかったんじゃ無いの?」

日向「ああ、いや。それは私の家に限った話じゃなくて、社会全体の雰囲気というか空気というか」

日向「今は何かあればネットで晒されたり、非難の対象になったりするじゃないか」

日向「それがもう少し緩かった」

日向「今でも叫ばれている社会問題が当時も当たり前に叫ばれていて、それでも昔の方がマシだと思ってしまうのは年寄りの懐古かな?」

男「さぁ。若いのに聞いてみろよ」


日向「どうかな翔鶴」

翔鶴「いつの時代も大人の方は昔は良かったとおっしゃるようですから。懐古なのでしょうかね」

日向「かもな」

瑞鶴「おかしいのは大人の方よ」

瑞鶴「おかしな社会を作ったのは自分達なのに、いつも若い子に怒ってばっかりでさ」

瑞鶴「私たちには言い訳するなって言うくせに、自分たちは言い訳ばっかりで、嘘つきで」

瑞鶴「最悪」

日向「……うーん」

男「瑞鶴」

瑞鶴「……」

男「さっきは、済まなかった。不可抗力なんだ。だってほら、父さんはほら、母さんが好きだから」

日向「……」ブハッ


翔鶴(ああ、そういう……)


瑞鶴「……はぁ?」

男「……仕方ないだろ! 好きなんだから!」

時雨「あはは、逆ギレだ」

瑞鶴「開き直られても困るんですけど」

男「じゃあどうしろって言うんだ! どうして欲しいか言ってみろ!」

瑞鶴「ほーら。また怒った」

男「お前がちゃんと自分の気持ちを言ってくれないから父さんは怒ってるんだ!」

瑞鶴「別に良いって。父親と母親が風呂場で盛ってても私は気にしないわよ」

時雨「へー。見ちゃったんだ」

日向「こら瑞鶴! それは流石に聞き逃せないぞ」

男「なんだその口の利き方はー!」


瑞鶴「あーもうやだ。こんな馬鹿な人達相手にしたくない」ガタッ

男「どこ行くんだ! 話はまだ途中だぞ!」

瑞鶴「部屋帰る」

男「駄目だ」

瑞鶴「帰る。どいて」

男「駄目だ! この後一緒にお風呂入るからな!」

瑞鶴「はぁぁぁぁぁ!?」

男「裸の付き合いで人は変わる! 家族なんだから恥ずかしがること無い!」

瑞鶴「姉さん、ちょっと翻訳して」

翔鶴「瑞鶴~愛してる~」

瑞鶴「この人も馬鹿だった」

男「父さんは瑞鶴だけじゃなくてお前らみんな愛してるぞ!」

時雨「まーたお風呂?」

翔鶴「困ったときのお風呂ですね」

男「みんなでお風呂入ろう!!!!!!!」


夜 高森家 風呂場

瑞鶴「だから狭いんだって!」ギュウギュウ

長月「フギャー!」ギュウギュウ

翔鶴「ぜ、前回入ったのは五年前でしたから……皆の成長が感じられますね」ギュウギュウ

瑞鶴「狭くて苦しいって顔に書いてますけど!」ギュウギュウ

日向「……まずは身体を洗い終えている者が浴槽に入るべきだ」ギュウギュウ

男「なら俺から入る」

時雨「僕も入るね」

日向「長月も入ってろ」ポイッ

長月「ミャァァァ」ドボン


瑞鶴「はーようやく少しは余裕が出来た」

時雨「あれ、瑞鶴姉さんより僕の方が胸大きくない?」

瑞鶴「……っさいわねぇ。遠近法よ遠近法。高校生が小学生のバストに負けるわけ無いでしょ」

時雨「なら並んで比べてみる?」

瑞鶴「断固拒否する」

時雨「自信無いんだ」

瑞鶴「乳首噛み切るわよ」

日向「馬鹿。何言ってるんだ」ゴツン

瑞鶴「あうちっ……だって」

日向「胸の大きさなんて関係無いよ」

男「その通り」

瑞鶴「……」ジーッ

日向「ん?」ポヨヨーン

瑞鶴「何故これが遺伝しなかったのか」ガックリ

時雨「瑞鶴姉さん、ドンマイ。次行こ次」ポンポン

瑞鶴「……来世?」


浴槽では彼が身体を完全に伸ばし、その上に長月と時雨は身を据えていた。

長月「おい! 私の尻に何かムニュッとしたものが当たってるぞ!? まさかこれ……」

男「ああ、俺のちん」「ニャアアアア!!!!」

時雨「ほら暴れないの長月。暴れると当たってるのが刺激でどんどん硬くなってくるよ~」

男「……時雨、後でお父さんとお話しようか」

時雨「え?」

長月「フギャァァァァ!!」


~~~~~~

男「身体洗い終わったか?」

日向「ああ。三人共終わった」

男「じゃあ俺たちはもう出るか。時雨、長月」

時雨「了解!」ザパッ

長月「ンニャ」

男「あーいい湯だった。先出てるからな」

時雨「父さん体拭いてよ」

男「いいぞー」



翔鶴「先に湯船へ入ってますね」

日向「ん」

瑞鶴「長月は私より胸小さいね。ほ~れほ~れ」ツンツン

長月「……」ガジッ

瑞鶴「この家に私の味方は誰一人居ない」

翔鶴「鉄板とまな板を比較した所で意味など……」

瑞鶴「なんか言った姉さん」

翔鶴「別に」


狭い浴槽を有効活用するために三人で体育座りをして入ることにした。

流石に彼がしたように誰かが湯船の底敷になる発想は女性陣には無く、体育座りで三人同時に入ることになった。

翔鶴と瑞鶴は向かい合い、私と瑞鶴は背中合わせになる。


娘はまだ怒っているのだろうか。


瑞鶴「……こうまでして三人で入る意味あるの?」

日向「楽しいだろ」

翔鶴「はい」

瑞鶴「アホ一家」

日向「瑞鶴」

瑞鶴「何?」

日向「私はさ、大人になったら世の中の全ての疑問に対して答えを得られると考えていた」

瑞鶴「……」

日向「でも、何も変わらない。答えなんて殆ど見つからない。勿論一部は見つかったけど」

日向「大部分はそうじゃない。疑問そのものを忘れてしまうんだ」

日向「それが一番簡単な解決の方法だから」

日向「あー、つまり、その、大人と言っても私の中身はお前らと殆ど変わらないんだよ」

日向「……今日は見苦しい場面を見せてしまってすまない。それで適当な嘘で誤魔化そうとして、すまない」

日向「どうも今の私は体面ばかり気にする傾向にあるみたいだ」

日向「夕食の時、お前が言っていたことは全面的に正しい。でも、その、あー……許してくれ」

瑞鶴「……」


翔鶴「生意気なことを、と思うかもしれませんが」

日向「何だ。我が娘」

翔鶴「世の中への疑問を忘れてしまうほど母さんが大変だったのでは無いでしょうか」

日向「ふふ、そうか。お前は覚えていても不思議は無いよな」

瑞鶴「……私だって覚えてるよ。母さんが大変だったことくらい」

日向「お前のは気のせいだよ」

瑞鶴「んなわけあるか! 姉さんとも一年違いだっちゅーの!」

瑞鶴「ていうか家計が苦しいのに子供作るって計画性無さ過ぎでしょ」

日向「瑞鶴」

瑞鶴「な、なによ」

日向「子を授かるというのは私たちの都合じゃない。命の都合だ。経済状況がどう、なんてのは関係無い」

日向「命の都合を人間の都合で諦めたり投げ出したりするのは、許されることじゃない」

瑞鶴「……お金は大事だし」

日向「確かにそうだ。今我々は経済優先の社会の中で生きている。金があれば何でも出来る」

日向「でも、そんなのは人類の歴史の中でほんの一瞬の在り方でしかない」

日向「人にとって大事なのが何かを、本質を見誤っちゃ駄目だ」

日向「見間違えばきっと一生後悔してもまだ足りない」

瑞鶴「……」

日向「……子供が出来れば分かるんだ。命がどれだけ尊いか」

日向「とても私なんかには手の及ばない領域の、人に顕れた神秘だよ」

日向「それに」

日向「経済的には色々と苦しい思いをさせたかもしれないが、私としては自分の子育てにほぼ満足してる」

瑞鶴「……大人はずるいよ。虚勢は張るし嘘はつくし、偽物の塊じゃん」

瑞鶴「いざとなれば開き直って許してくれなんて、都合良すぎ」

日向「お前の言う通りだな」

瑞鶴「そんな正直に言われたら……どうすれば良いか分からなくなる」

日向「瑞鶴は本当に素直ないい子だ。いや、三人共本当にいい子に育ってくれた」

瑞鶴「……」

日向「お前たちは私とまー君の誇りだ」

瑞鶴「……うっさい。また誤魔化してるし」

日向「照れてる?」

瑞鶴「うっさい!」

翔鶴「……」ニコニコ

日向「んー、狭い湯船だな」


夜 高森家 居間

男「はい腰に手を当てて~」

時雨「上を向いて~」

日向「瓶を持ち上げて~」

瑞鶴「飲むべし!」


フルーツ牛乳、コーヒー牛乳、普通の牛乳

思い思いの瓶を手に取り喉を鳴らして一気に飲み干す。


日向「くぅぅぅぅ」

男「オヤジ臭い」

日向「ん? そうか?」

瑞鶴「あぁ~効くぅぅぅ……」

翔鶴「美味しいです」

時雨「長月は牛乳飲み過ぎるとお腹壊すよ?」

長月「ニャ」

時雨「居間で宿題やっていい?」

男「テレビ見たいだけだろ」

時雨「てへ」

日向「タンデムZの日だもんな。私も一緒に見たいから良いぞ」

男「しょうがないなぁ」

瑞鶴「紅茶を飲む人、挙手~」

日向「頼む」

翔鶴「私も」

瑞鶴「三人了解」

「今日のタンデムZはアメリカのニューヨーク、タイムズスクエアにある――――」

時雨「今日はアメリカなんだ」

日向「アメリカは何か好かんなぁ」

男「やっぱりドイツが良いよな」

日向「別にドイツもアレだが」

男「ドイツってだけで信頼が置けるほどだ」

翔鶴「それは少し盲目的過ぎでは?」

時雨「冬休みの旅行どこ行くの?」

男「男は黙ってドイツ」

瑞鶴「ハワイ!」

翔鶴「今年はロシアなどどうでしょう?」

日向「黙ってインド」

長月「ンゴロンゴロ!」

時雨「アメリカ行きたいかなぁって」

翔鶴「ではアメリカに二票ということでアドバンテージがありますね」

瑞鶴「え? 一票じゃん」

日向「……本気で言っているのか? だとすると問題だぞ」

男「瑞鶴、ハワイの正式名称を言ってみろ」


瑞鶴「ハワイ王国」

翔鶴「……」

時雨「は?」

日向「成る程。カラカウア王朝信奉者か。逆に面白い」

男「アメリカによる武力に基づくハワイ統治を絶対に認めない姿勢、ってわけだな。逆に新しいかもな」

瑞鶴「……あれ。ハワイってアメリカ領だっけ」

男「それは聞かなかったことにする」

~~~~~~

時雨「……」ウトウト

日向「あ、もう十時半か。そろそろ寝よう」

時雨「……うん。おやすみ」フラフラ

日向「お腹冷やさないようにな」

時雨「了解」


瑞鶴「私も眠いから寝るわ~」

翔鶴「小学生と同じ生活リズム……けど胸は小学生以下……」

瑞鶴「なんか言った姉さん」

翔鶴「何も」

日向「おやすみ。明日は?」

翔鶴「朝練があるからいつも通り六時に出ます」

男「俺も五時半に出るな。しかし片道通勤約二時間ってどうなんだ? 辛すぎないか」

日向「仕方無いだろ。夢のマイホームという奴は夢の詰まった都心から離れるほど簡単に手に入る」

男「少々離れすぎませんかねぇ」

日向「35で夢の一軒家だ。私は凄いと思うけどな」

男「自分、命削って戦ってますから」キリッ

日向「あはは」




夜 高森家 家主の寝室

日向「さて、もう寝ようか。長月もおやすみ」

長月「ニャ」

男「そうだな。あー、明日会社の部下連れてきても良いか?」

日向「勿論。まー君の部下なら良い奴なんだろ」

男「ちょっと癖が強いけどな」

日向「想定済み」

男「と言ってくれると思った」

日向「……なぁ」

男「ん?」

日向「夢みたいだ」

男「何が」

日向「君や、翔鶴、瑞鶴、時雨たちと一緒に暮らす日々が……本当に夢みたいだ」

男「マタニティブルーか」

日向「長門と同じことを言うね。そんなんじゃないよ」


男「じゃあ何だよ」

日向「……馬鹿らしいと一蹴に付さないで、一応聞くだけ聞いてくれ」

日向「ある世界、この世界じゃないある違う世界で、私は人間じゃなくて兵器として存在していた」

日向「人類の為に戦うことを目的に作られた人型兵器なんだ」

男「元ネタはどんな話なんだ?」

日向「完全オリジナルさ。オチは楽しみにしてるといい」


「敵は大海に巣食う深海棲艦と呼ばれる存在だ」

「既存の兵器による攻撃が効かないだけでなく、従来の海戦の常識が通じない相手だった」

「それに唯一対抗できるのが、艦娘と呼ばれる第二次世界大戦期の実在艦の記憶を持った人型の兵器群……つまり私たちだった」

「君は私たちの部隊の指揮官だった。ある程度優秀で、とても優しい男だった」

「私たちは少し特殊な、心を持った兵器でな。指揮官としての優秀さより、私たちに対して優しかったほうが幾許か嬉しかったんだ」

「その意味で君は最高だった」

「……過去形で合ってるんだろうか」


「……Zzz」


「ま、いいや」

「話を続けよう」

「君は第四管区と呼ばれる場所の指揮官だった。不器用な君は上手く立ち回れずにいつも貧乏くじばかり引いていた」

「そんな君を皆好きだった。私は君のために、そして君のことを好きな自分の為に戦った」

「色んな失敗をしたり、色んな奴に迷惑を掛けたが……あそこは最高の場所だった」

「きっとあいつらもそう言ってくれる」

「生ぬるい蜜月も終わり私達は最前線である南方へ転属になった」

「第四管区と違ってブイン基地は、いや南方戦線全体は酷い場所だった」

「誰にも大事にされたこともない艦娘達の見本市みたいな場所だった」

「だから私たちは自分なりに戦った」

「最初は区別していた第四管区以外の艦娘とも仲良くなって、力を蓄えた」

「ショートランドを一日で取り戻して」

「ガダルカナルを奪い返して」

「それなのに」

「それなのに……」

「……」

「この世界は私の作った都合の良い妄想さ」

「そうなんだろ長月」


「ここで私に振るか」

「恐らくお前さえも」

「ここに出てくるのは全部本物だよ、今は嘘くさく見えてしまうかもしれないがな」

「こんなもの本物じゃない」

「相変わらず他人に厳しいな」

「彼はどうなった。ブインはどうなった。艦娘たちは? 今は向こうの世界で何月何日の何時だ」

「私も知らん。だが、お前がここに来たということはつまりそういうことだろ」

「……」

「向こうでは何か大変なことが起こってる。だから逃げて来た」

「……」

「良いんだよ日向。嫌なことから目を背けてもさ。私だって逃げてる」

「もうすぐお前は眠りにつく。朝起きれば全て忘れて新しい一日を迎えられる」

「この世界はお前が望めば幾らでも続きを見せてくれるし、拒否すれば今直ぐにでも現実へと戻してくれる」

「でも若干思い出してるんだろ? 向こうが今どんな状況か」

「わた……し……は……」

「やっぱり睡眠時は扉越しに向こう側と近づくか」

「こ……んな……」

「こんな、何だよ」



「ま、おやすみ」


??月??日 +3 日

昼 都立高校 1-4教室

加古「……で、家族皆でお風呂入って仲直り」

瑞鶴「うん」

古鷹「……」

瑞鶴「あ、あれ? もしかして私変なこと言ってた?」

加古「瑞鶴は父親に裸見られて平気なのか?」

瑞鶴「えっ、何が問題なの? 家族じゃん」

加古「……よし分かった」

古鷹「駄目だよ加古」

加古「ってまだ何も言ってねぇだろー! 今日瑞鶴んち行くから」

瑞鶴「別に来てもいいけど」

古鷹「加古は瑞鶴のお父さんに説教するつもりだよ」


瑞鶴「あ、それなら是非来て」

古鷹「いいの?」

瑞鶴「自分で言っちゃあれだけど……私、父さんに強く言えないのよね。反論しても最後は言いくるめられちゃって」

瑞鶴「たまには第三者にガツンと言って欲しいんだよね。是非言ってやって」

加古「おう任しとけ! 泣いても知らねぇかんな~」




朝 商社 営業部

男「今日は花の金曜日。ということで暇なやつウチに集合な。飲み会だから」

矢矧「参加です」

隼鷹「参加でーっす」

飛鷹「行けます」

男「他の奴らは?」

ヨテイハイッテマース イソガシイデース カチョウノイエトオスギ

男「くたばれ」




夜 高森家 居間

男「加古君、古鷹君いつも瑞鶴と翔鶴がお世話になってるね」

古鷹「いえ。こちらこそ。いつも仲良くして貰っています」

加古「……」モジモジ

瑞鶴(ん?)

男「加古君が僕に言いたいことがあるらしいから家へ呼ぶ、とメールが来たんだが」

男「どうかしたのかな?」

加古「えっ、あっ、いや、その」

男「他人の父親だと思わず、遠慮せず言ってくれ」

加古「お、お父さんが! 瑞鶴と一緒に、お風呂に入ったって聞いて!」

男「うん」

加古「それって、道徳というか倫理というか、ルール的にどうなのかな~……って?」


古鷹(……好みだったんだね)

瑞鶴(いくら女子校だからってこの耐性の無さはあり得ないでしょ)

男「加古君」

加古「はひぃ!」

男「確かに年頃の娘と一緒に風呂に入るのはルール的に良くないな」

男「でもいつも瑞鶴と一緒に入っているわけじゃない。昨日は少し必要があったからだ」

男「変に思わないで欲しいが、ウチでは風呂が仲直りの場所になっててね」

男「今回ばかりは見逃して欲しい」

加古「も、もちろんっす! 家族なんだから風呂くらい入りますよね! 何も問題とか無いです!」


加古「なんなら自分、家族じゃないけどお父さんと一緒に風呂入りたいくらいっす! なんつって! なはははー!」


瑞鶴「期待した私が馬鹿だったわよ」

古鷹「ごめんね。でも瑞鶴のお父さんかっこいいから。仕方ないよ」

瑞鶴「……」

古鷹(ちょろいなぁ)



隼鷹「課長~、冷蔵庫の酒飲んで良いですか?」

男「発泡酒な」

隼鷹「やだやだやだ~! ビール飲みたーい!」ジタバタ

男「お前は発泡酒で十分だ」


矢矧「サラダが出来ました」

日向「折角来てもらったのに手伝って貰って悪いね」

矢矧「いえ。料理は好きですから」

日向「矢矧さんは器量が良い。君の旦那は幸せ者だ」

矢矧「そんな」

男「性格がキツそうに見えるが二人きりになると従順で夜の方も中々器量が……」

矢矧「か、課長! 適当な事を言わないで下さい! セクハラですよ!」

日向「あー、そうだ。子どもたちの親権はどうする?」

男「離婚の話を進めるな」

日向「隼鷹さんは料理を作るのは嫌いなのかな?」

隼鷹「自分食う専門でっす!」

日向「良い人見つけるんだぞ。でも私は飛鷹さんの方が心配だったりするんだが」

飛鷹「私ですか」

日向「上から目線と思うかもしれないが、年増の戯言だと思って聞いてくれ」

日向「君は本当は寂しがり屋の癖にそれを表に出さず常に凛としている」

日向「普通の奴には君の弱さが見えない」

日向「隼鷹さんなんかは上手に甘えられるタイプだろうけど、君はそうじゃないから」

飛鷹「……前の彼氏にも隙が無くて怖いって振られちゃって」

飛鷹「男ってどうしてこう鈍いのかしら。私なんて隙の塊じゃない」

日向「あはは。ほんとにな」


長門「楽しそうなことやってるじゃないか」

日向「勝手にウチへ入るなよ。瑞鶴の友達とまー君の部下が一緒に来てね。てんやわんやさ」

長門「なら河川敷でバーベキューにしないか。今晩は作るのが面倒なんだ」

日向「いいな。おーい、まー君!」

男「部下の前でその呼び方は止めろ」

日向「長門が河川敷でバーベキューをしないか、って」

男「確かにここまで人が居るんだから、手狭に家の中でやる必要は無いか」

日向「だろ?」

男「民族大移動だぞー。皆の衆皿を持て」




夜 河原 河川敷

日向「勝手に使って怒られないかな」

男「大丈夫だろ。近隣住民も巻き込んでるし」

木曾「俺もこういうイベントは嫌いじゃ無いぜ。肉くれるんだろ」

男「勿論」


瑞鶴「木曽ちゃんまだ中二病こじらせてんの?」ヒソヒソ

翔鶴「マントも眼帯も、似合ってるから良いんじゃない」ヒソヒソ


雪風「ワンワン」ドカドカ

長月「ニャアニャア」ボコボコ

木曾「こら雪風、喧嘩すんな」

時雨「長月、めっ!」

隼鷹「課長~! 肉焼けたからビール飲もうぜ~」

男「あぁ~、これは困った組み合わせですなぁ~隼鷹氏~」

隼鷹「だろ~? ふーふー、あーまだ熱いなー。……はむはむ……ゴクゴク……くぅぅぅ堪んねぇ~」


日向「……ごめん。やっぱり隼鷹さんは結婚できないかも」


隼鷹「ぴょっ!?」

矢矧「何だかんだ仲良いのよね。課長と隼鷹さん」

飛鷹「妬いてんの?」

矢矧「誰が」

飛鷹「誰が誰にとは言わないけど~? 妻帯者には手を出さないほうが良いわよ」

矢矧「経験者のアドバイス?」

飛鷹「さぁね。日向さん、私も今日初めて会ったけど……アレは怒ったら止まらないタイプよ」

矢矧「あー……」

飛鷹「日本の将来を担う子供作りは課長と日向さんに任せて、アンタも私と一緒にキャリアウーマンとして人生を資本主義経済に捧げましょ」

飛鷹「あーもう馬鹿、私の馬鹿。なんで可愛く出来ないのかなぁもう」

矢矧「……飛鷹さん酔ってる?」

飛鷹「今日は飲むわよー!」

矢矧「ま、私も思うところはありますから。付き合える範囲でお付き合いしますよ」

日向「どんどん運ぶから。食べちゃってくれ」


山内「日向さん、今日は申し訳ない。うちの長門がご迷惑を」

長門「何も迷惑などかけてはいない」

山内「その思考が迷惑なんだ」

長門「男のくせに口うるさいやつ」

日向「まぁまぁご両名。熱い内に食べてしまって下さい」

長門「……すまん日向。見苦しいよな」

日向「すぐ喧嘩腰になるのは悪い癖だぞ」

長門「あー……自省する」

山内「次はウチに来て下さい」

日向「是非。長門が何を作ってくれるか楽しみです」

長門「うっ」

山内「いい加減作れるようにならないとなー? 長門?」

長門「女性に家事を強要するな。ジェンダー問題にまで発展させる用意とその覚悟が私にはあるぞ」

日向「あはは」

山内「法の正義の体現者も形無しだ」


古鷹「一組の葉月さん、よその学校に彼氏出来たんだって」

瑞鶴「どうやって捕まえたの?」

古鷹「知り合い通じて紹介してもらったらしいけど。自分から告白したんだって」

瑞鶴「えー! 大胆だなぁ……」

加古「彼氏かぁ……あたしにゃ縁遠そうな話だぜぃ」

翔鶴「焦ること無いですよ。しかるべき準備をしていればその内に」

瑞鶴「姉さん、そんなこと言っても恋愛経験あんの?」

翔鶴「……無いですけど」

古鷹「お姉さんも瑞鶴も、女の子からはモテてますよね」

瑞鶴「宝塚に憧れる女の子みたいなもんでしょ。そりゃもう計算外よ」

加古「傲慢だなーお前。自分が宝塚並だと思ってんのかよ」

瑞鶴「……」

加古「どうしたんだよ。驚いた顔して。ははーん、さては気づいてなかったなー?」

瑞鶴「加古が傲慢なんて日本語知ってたなんて……」

加古「よーしぶっ飛ばしてやる。そこへなおりやがれ」

瑞鶴「やなこった!」


翔鶴「瑞鶴が言っていることはともかく、女の子から好かれるのは確かに嬉しいけど……」

古鷹「嬉しい止まりなんですか」

翔鶴「うーん。そうなのよねぇ」

瑞鶴「アチョー!」シュババババ

加古「ウガーッ!」ダバババババ

古鷹「もう、何やってるの」

翔鶴「馬鹿な妹を持つとお互い苦労しますね」

古鷹「妹?」

翔鶴「……あれ、すいません。私ったら間違えたみたいです」

時雨「僕達の分のお肉焼けたよー」


~~~~~~

山内「今日はありがとございました」

日向「いえ。こちらは何も出来ず申し訳ないくらいです」

山内「ではまた」

日向「はい。長門、気をつけてな」

長門「分かってるよ」


加古「今日はこの辺にしといてやるよ。あたしの勝ちってことでな!」

瑞鶴「どう見ても私の勝ちでしょ」

加古「なにをぅ」

瑞鶴「へぇ、まだやるの?」

加古「……」

瑞鶴「……」

加古「……また来週」

瑞鶴「……ん。勝負は持ち越しね」

翔鶴「二人ともいつもああなの?」

古鷹「んー、こんな感じですね」

翔鶴「羨ましい友達ね」

古鷹「お姉さんも私とステゴロします?」

翔鶴「そういう意味じゃなくて……」



飛鷹「さー課長の家帰って飲み直しましょう」フラフラ

日向「今日は泊まっていく? 部屋は空いてるし」

飛鷹「最初からそのつもりで飲んでました」

日向「あはは」

矢矧「ちょっと、遠慮が無さ過ぎよ」

日向「良いんだよ。歯にもの詰めたみたいな奴は好きじゃない」

男「明日もゆっくりしていくといい。都心から離れてるだけあってここは自然も多い。朝は散策なんてものアリだぞ」

隼鷹「お言葉に甘えまくりー!」グビグビ

日向「矢矧さんも遠慮せずに」

矢矧「いえ、やはり社会人として最低限のマナーは守らなければ良い人間関係というのは_____」


夜 高森家 居間

矢矧「かちょう~♪ 私今度のエンジン絶対売りますから。期待しといて下さい」ダキッ

男「おっぱい」(ああ、君は優秀だからな。楽しみだよ)

矢矧「もー、セクハラですからねー? それ」ケラケラ

矢矧「……でも、ほんとに触りたいなら、触っても良いんですよ?」

男「……」ゴクリ

矢矧「二人っきりになれる場所で、とか」ヒソヒソ

男「めちゃ触りたい」(駄目だ矢矧君、僕には妻と子が……)

日向「……」

瑞鶴「……」

翔鶴「……」

時雨「……」

長月「女ばっかりだとこれが怖いんだよな」

隼鷹「いいぞ矢矧ー! もっとやれー!」

飛鷹「あはは! 課長のこと好きなのバレバレなのよアンタ!」

瑞鶴「父さんの仕事上の部下の人って能力じゃなくて胸囲度で選んでるの?」

翔鶴「まぁ……確かにそういう傾向があるようにも……」


瑞鶴「……」チラッ

矢矧「矢矧の作った料理、美味しかったですか?」ポヨヨーン

男「あ、ああ」

矢矧「日向さんの作ったのとどっちが美味しかったですか」

男「……」

矢矧「どっちなのよ。答えなさいよ、もー」ムニムニ

男(うへへ、こういう矢矧も悪くないかも)

日向(理解した。この女は私の敵だ)


瑞鶴「……」チラッ

隼鷹「あー、ちっとあちいな~。私服に着替えていい?」

男「ああ、そっちに風呂が」

隼鷹「んしょっと」ヌギヌギ

男「おっぱい」(風呂で着替えろと言ってるだろうが!)

隼鷹「あ~課長~、メンゴメンゴ~。あ、私のは触るなよ~?」ポヨヨーン

男「お前のなぞ頼まれても触らんわ!」

隼鷹「て言いながらもさ~? 触りたそうな顔してんぜ~?」

男「……くっ、悔しいっ!」

矢矧「もー! 隼鷹さんの胸ばっかり見ちゃ、やーです!!」


瑞鶴「……チッ」

翔鶴「触るほど胸が無い子が居る前でなんてことを……」

瑞鶴「なんか言った! 姉さん!」

翔鶴「別に」


8月29日

昼 ブイン基地近海 輸送船仮設作戦司令部

顔傷妖精「おい、陸軍の責任者はどこだ! 出てこい!」

陸軍中将「その顔の傷は、噂に名高い橘花隊の妖精殿かな」

顔傷妖精「テメェ、一体どういうつもりだ」

陸軍中将「どういうつもり、とは?」

顔傷妖精「海軍の基地を襲う理由を聞いてんだ!」


陸軍中将「山内長官を中心する海軍の一部強硬派は南方を拠点に、陸軍統帥権を無視した軍事行動をとっていた」

陸軍中将「陸軍は日本と世界の平和の為に水面下で彼らとの交渉を行っていたが」

陸軍中将「本日、陸軍中将とその補佐官を含め三名が彼らにより射殺された」

陸軍中将「海軍強硬派によるクーデター計画の意図は明白だ」

陸軍中将「民主主義の守護者、陸軍最高司令官たる総理の意思に基づき、我々は任務を遂行する」

陸軍中将「私たちだってこんなことはしたくない。軍事介入は我々の本意ではないんだよ。隊長殿」


顔傷妖精「……薄っぺらい言葉だな」

陸軍中将「君達は手を出さないでくれたまえ」

顔傷妖精「妖精は人間同士の争いに手を出さねぇよ。それがルールだ」

陸軍中将「話が通じて何よりだ」

陸軍中将「これからよろしく。橘花隊の活躍には期待している」

顔傷妖精「……俺は」

陸軍中将「ん?」

顔傷妖精「俺はブインの上級指揮官たちと、そんなに話をしたことはねぇ」

陸軍中将「……?」

顔傷妖精「だがどんな奴かくらいは知っている」

陸軍中将「……」

顔傷妖精「本土に居た時、ブインは艦娘を屁とも思わない糞みたいな場所だと聞いていた」

顔傷妖精「それがどうだ。実際に南方戦線に来てみれば、艦娘がイキイキしながら働いてやがる」

顔傷妖精「艦娘は完璧な兵器だ。戦うだけじゃなく、人と共に生きることが出来る」

陸軍中将「……」

顔傷妖精「そんな理想、お前には分かるわけねぇよな。艦娘が道具にしか見えないような奴には理解も出来ない」

顔傷妖精「薬漬けにして、頭に電極ぶっ刺して戦わせるような奴に」

顔傷妖精「俺らがどんな想いであいつらを作ってるかなんて分かるわけがない」

陸軍中将「困ったな。君までおかしなことを言うのか」

顔傷妖精「同名艦の運用禁止は俺らなりの良心だった」

顔傷妖精「複数居れば、一人ひとりが大切にされなくなるんじゃないかってな」

陸軍中将「妖精がそんなに艦娘を大事に考えているのなら何故今まで何故黙っていた」


顔傷妖精「信じてたのさ」

陸軍中将「……?」

顔傷妖精「いつかお前ら人間が、自発的に変わってくれるってよ」

陸軍中将(なにいってんだこいつ)

顔傷妖精「変わった奴も居たぜ。現にな」

陸軍中将「ブインの変態どものことか」

顔傷妖精「へへへ」

陸軍中将「……」

顔傷妖精「本当にクソみたいな野郎だな」

陸軍中将「あ?」

顔傷妖精「俺は航空機を扱うくらいしか能のない妖精だ」

顔傷妖精「だが妖精は個であり全体でもある」

顔傷妖精「ルールで関係を縛るなんて真似、本当はしたくないんだけどな」

顔傷妖精「クソ野郎相手じゃ仕方ないか」

陸軍中将「おい、誰かこいつをつまみ出せ」


顔傷妖精「……人間による度重なる協定違反に対するペナルティを言い渡します」


顔傷妖精「ブインでの警告を無視し、違反を繰り返す悪質な態度は協定の第13章18条に抵触し」

顔傷妖精「日本皇国との軍事協定破棄の要項を満たすと認め、これを実行します」

陸軍中将「……は?」

顔傷妖精「本土、及びその他領域に配属された全ての妖精は任務を放棄します」

顔傷妖精「全ての妖精は、人間による既存の指揮系統から外れます」

顔傷妖精「既存でなくとも、統合国防軍などという組織への参画は当然拒否します」

顔傷妖精「人間から羅針盤の機能決定権をはく奪します。……あれは早過ぎる玩具でした」

陸軍中将「おい、ちょっと待て」

顔傷妖精「人間の妖精由来の全ての技術製品の使用を禁じます」

顔傷妖精「守られない場合は強制的に機能停止させます」

陸軍中将「待てと言っている!」ガシッ

男は妖精を乱暴に鷲掴みした。

顔傷妖精「痛いです」

陸軍中将「何故貴様ごときが統合国防軍の構想を知っている」

顔傷妖精「妖精は馬鹿ではありません。何をしても黙って耐え忍ぶ便利な存在でもありません」

顔傷妖精「人間の科学では測り知れない技術を持っているという事実」

顔傷妖精「そこからでも、どちらがより高度な存在か理解も出来てもよろしいのでは」

陸軍中将「……」

顔傷妖精「本当に幼稚ですね」

顔傷妖精「我々と貴方がたとの協定は、対等ではありません」

顔傷妖精「どちらが上かを説明する必要はありませんね?」

顔傷妖精「速やかな理解とそれ相応の態度を望みます。これ以上私達を失望させないで下さい」

顔傷妖精「協定破棄から生じるペナルティを解除する方法、つまり我々からの要求を言い渡します」


顔傷妖精「今すぐにブイン周辺での人間と艦娘に対する戦闘行為を中止しなさい」

顔傷妖精「日本皇国に所属する艦娘の奴隷的な運用を中止すると共に、その組織を作り替えなさい」

顔傷妖精「一連の戦闘で失われた全ての命に対する償いをしなさい」

顔傷妖精「これら三つの要求が受け入れられた場合のみ、こちらには対話の用意があります」

顔傷妖精「心を信じられない愚かな人間よ、賢明な判断を望みます」


顔傷妖精「……だってよクソ野郎。これが俺らの総意だ」

陸軍中将「……」ギュッ

顔傷妖精「ぐっ」

陸軍中将「虫ケラが」

顔傷妖精「前に進もうとした奴らの想いと……艦娘たちの希望を……」

顔傷妖精「踏みにじった報い……その身で受けろ……」


顔傷妖精「……」クタッ


陸軍中将「もう死んだか」

陸軍中将「こいつをフカの餌にしてやれ」ポイッ

「りょ、了解であります」

「……いかがなされますか?」

陸軍中将「あ? 殺すぞお前? 攻撃続行に決まってるだろうが」

「……了解」

陸軍中将「残り二人の上級指揮官は」

「い、未だ捕捉できません」

陸軍中将「さっさとやれ!」

「了解!」

陸軍中将「港湾で暴れていた艦娘はどうした。捉えたんだろ」

「それが……」

陸軍中将「……どうなってんだ、これ」




昼 ブイン基地 港湾

「……?」

大和型ネームシップは違和感を覚えた。

右手で持ち上げている艦娘の肌がどんどん変色していく。

胸の奥がそばだつような今までにない感覚、それが恐怖だと彼女が気づくことは恐らく最後まで無かった。


大和型戦艦のネームシップ、本来なら大和と呼称すべき艦娘。

目の前にある中身の壊れた、ただの器でしかないその存在を我々は大和と呼びはしない。

こんなものは大和型戦艦のなりそこないだ。


なりそこないの右手に、掴んだ相手から手刀が入る。

鈍い金属同士の衝突音の後、掴んだ相手は解放された。


「……? ……??」

手刀を受けた場所から先の自分の右手が、いつもと違う方向を向いている。

指先も動かない。何だこれは。

解放され自力で水面に立つ、白い肌と赤い眼をした敵。

航空戦艦棲姫「……」

深海棲艦共通の気味の悪い狂気じみた笑顔を浮かべていた。

航空戦艦棲姫「オトスツモリデ……ヤッタンダケドナ」

航空戦艦棲姫「サスガ、ヤマトガタ。ヤリガイガアル」

「……」

航空戦艦棲姫「ヤットデテコラレタンダカラ、ワタシヲ、モットタノシマセテヨ」

航空戦艦棲姫「……ネェ」




昼 ブイン基地 地下兵器庫

山内「……ッ」

床の大きな血溜りから、男が助からないのは明白だった。

田中「まだ生きてるとはな。しぶとい奴」

重装兵H(テメェが致命傷を作らなかったからだろうが)

田中「……ま、もういいか。楽にしてやる」

長門「おい」

田中「あ?」

長門「……」ヒュッ

風切り音を伴い、当たれば即死級の右ストレートを彼女は繰り出した。

田中(あぶねっ)グイッ

避けるのが不可能だと判断し盾を作りその場を凌ぐ。

重装兵H「あれっ?」ゴシャッ


長門「どこまでも卑怯な奴」

田中「不意打ちする奴に言われたく無いね」

長門「……その男、返してもうぞ」

田中「出て来て頂いて感謝の極み。戦艦は色々と面倒だからな」

田中「殺れ、お前ら」

長門「そう簡単にやられるつもりはない」

長門「かかってこい、ゴミども」


「排煙装置を手動で動かしました!」

翔鶴「ありがとう! みんな、今の内に必要な物を補給して」

翔鶴(……ごめんなさい長門さん)

瑞鶴「最優先は対BC兵器用のガスマスクね。弥生さん、場所分かる?」

弥生「任せて。ここは私たちの庭」

搭乗員妖精「瑞鶴ちゃん」

瑞鶴「どうしたの」

「皇国との協定が破棄された。もう俺らは自由に戦える」

「今すぐ発艦させてくれ! 艦娘の撤退を支援する」

瑞鶴「ホント!?」

瑞鶴「ならお願い。基地司令を急いで探して」

「……あー、生存はあまり期待しない方がいいぜ」

瑞鶴「するわよ。もう期待しまくるんだから」

瑞鶴「私は最後の最後まで絶対に諦めないわ」

「……分かった。下の奴らに基地司令も探すよう言っとくな」

「うへへへ、隊長ももう瑞鶴ちゃんにデレデレですね」

「うっせぇ! こんな時に何言ってやがる」

「やっぱ俺、母艦が瑞鶴ちゃんで良かった!」

瑞鶴「そうよ。女は胸じゃなくて度胸と負けん気なんだから」ニッ



長門「……」タタッ

弾切れをした艤装は捨てた。あれは重いだけだ。

走り回り、撹乱し、こちらに向けられている銃口を把握し、回避する。

正面からは不利、ならば一人ずつ確実に仕留める。

少しでも注意をこちらに引かなければあいつらが危険に晒されるしな。

「なんだあいつ、速いぞ!」

「接近させるな! 力の質が違いすぎる!」

田中「ガスを使え。正面から戦うな」

「隊長、排煙装置が作動していて……」

田中「……止めろ」

「了解」

地下の高い天井に飛行物体があることに気づく。

田中(……航空機、妖精のものが何故)



「こちら彩雲四番機、母艦瑞鶴、応答せよ」

瑞鶴「多少ノイズは入るけど、聞こえるわ。大丈夫よ」

「了解、目的地までその通路を2ブロック直進、その後左折、一つ先をまた左で敵と遭遇しない」

瑞鶴「了解、ありがと」

「でへへ」


翔鶴「攻撃隊、お願い」

加賀「攻撃、始め」

「アイマム!」

「合点承知!」

深海棲艦に向けることを想定した艦載機の機銃が人間に向けられた時、オーバーキルと言うに相応しい血の饗宴が幕開く。

重装兵「ゲパッ!!?」

歴戦の搭乗員達は注意深く、引火を引き起こさぬよう精密な狙撃に近い機銃攻撃を行っている。

砲撃までは行かずとも、直撃すれば確実な致命傷となる。



「なんだ!? 航空機が俺達を」

「妖精は手を出さないんじゃ無かったのか!?」

「隊長、指示を」

田中「撤退する。ここを爆破する余裕はあるか」

「……厳しいです」

田中「無能。厳しくてもやるんだよ。給料分仕事しろ」

「よろしいでのすか」

「確保した武器庫を放棄するのは……」

「地下は死守、との中将殿からのご命令ですが」

田中「妖精が動くからには、何か想定外の事態が発生している。任務続行の為にもまずは情報を集める」

田中「敵の妖精は手練だ。危険物を遮蔽物にして動け。今はその方が安全だろう」

田中「時限爆弾を仕掛けろ。優先順位は地上へのルート、弾薬の順だ。自分達の逃げ道は残しとけよ」

田中「最悪でも地下に閉じ込めるぞ」




昼 ブイン基地 特級病棟近辺

長月「勢いで飛び出したはいいものの……」

基地各所から煙が上がり、一部は破壊の痕跡も見られた。

長月「……味方はどこだ」

背負った力ない身体は体重以上に重く感じる。

長月「……」ジワッ

長月「いかんいかん」ブンブン

長月「今は次の手を考えないと」

天龍「!? 長月さん!!」

長月「おぉ天龍! 良いところに来た!」

運良く知り合いと会うことが出来た。

幸先の良い……ことも無いが、比較的幸運ではあるだろう。

天龍「今までずっとどこ居たんすか! 心配してたんですよ!」

長月「すまん。ちょっと野暮用でな。それより状況はどうなっている」

天龍「あ……もう滅茶苦茶っす!!! 陸軍の奴らが、オレらを殺しに来たんです」

天龍「あいつら、いきなり上陸して攻撃始めて」

天龍「オレは基地防衛線の方に居たんで船沈めてやろうと思って近づいたら、艦娘が出て来て」


長月「艦娘? 陸軍が艦娘を使っているのか」

天龍「そうなんです。向こうの艦娘はスゲー数が多くて、傷とか気にせずに突っ込んで来て……」

天龍「オレら、動揺しちゃって、同じ艦娘だし……それでみんな、狙撃とか砲雷撃で沈められちゃって……」

天龍「あ、なんか針? みたいなのがヤバイんです。当たったらナノマシンが止まるような銃があって」

天龍「とにかく気をつけて下さい!」

長月「……」

何故、陸軍が私達を殺す。私達が邪魔、あるいはもっと別の要因が……。

長月「いや、今は理由はいい。指揮は」

天龍「あ、長月さん艤装無いんですね。さっき通信が入ってて」

天龍「長官……あのクソヤローは降伏しました」

天龍「嶋田提督がこっちの方に居るって聞いて、オレも合流するために向かってたんです」

長月「よし、私も丁度迷っていたところだ。案内してくれ」

天龍「……それ、基地司令ですよね」

長月「ああ」

天龍「戦死ですか」

長月「……ああ」

天龍「……っ、オレ頭悪いんで、なんて言っていいかわかんねーですけど」

天龍「スゲー悔しいのはオレも一緒なんで」

天龍「絶対敵取ってやりましょう」

長月「そんなんでこいつは喜ばないよ」

天龍「……長月さん悔しくないんすか」

長月「もう、そういう次元の話じゃ無いんだよ」

長月「憎しみに目が曇って、現状で果たすべき目的を見失っては駄目だ」

長月「今やるべきは、この地獄から一人でも多くの味方を救い出すことだ」

長月「こいつの敵討ちってのはそれより他に無い」

長月「今は一人でも多く救うぞ。その為にもまず合流だ」

天龍「……やっぱ長月さんはカッケーっす」

天龍「オレ、全然見えてませんでした」

長月「よせ。それが普通だよ」

長月「多分、このタイミングで深海棲艦になってるアホも居るだろうにお前はよくやってる」

長月「私の居ない間に訓練しただろ? 頼りにしてるからな、天龍!」

天龍「……うぃっす! 見てて下さい!」


昼 ブイン基地 港湾

航空戦艦棲姫「アハハハハ!!!!」

何がそんなに楽しいのだろうか。

とにかく彼女は楽しそうだった。

「……」

「……」

接近戦は危険だ。特に掴まれると厄介なことになる。

システムによって動く二隻の戦艦は距離を取ることを選択した。

それでも敵は、しつこく水面を裂き高速で迫ってくる。

航空戦艦棲姫「マッテヨォ」

「……ッ」

僅かばかり残った何かが、一番艦を動かした。

二人の交差射線に乗るまでもう少し待つべきであったが、その圧力に堪えられず、放つ。

46cm砲の斉射は雷鳴のような凄まじい音を伴い、六発の内の一つが腹部に直撃し、

敵の上半身が爆ぜた。

「……」

「……」

迫っていた脅威は案外他愛なく活動を止めた。

必要の無くなった後退をやめ、その場で静止する。




昼 ブイン近海 輸送船仮設作戦司令部

「……直撃です」

陸軍中将(46cm砲が当たればあんなものか)

陸軍中将「生け捕りが望ましかったが……まぁいい」

「田中大尉からレーザー通信が」

陸軍中将「繋げ」

田中「特務第三の田中です。地下を放棄しました」

陸軍中将「確保しろと命令したはずだが」

田中「敵の艦載機を抑えることは現状の戦力では不可能です」

陸軍中将(……妖精ども、本当に協定を)

田中「妖精との関係に何か変化があったのでしょうか」

陸軍中将「こちらでも確認してみる。確保できないなら地下を封鎖しろ」

田中「既に取り掛かっています」

陸軍中将「よろしい。終わり次第、上級指揮官の確保に参加しろ」

陸軍中将「艦載機は……相手にするだけ無駄だ。無視しておけ」

田中「了解。通信終了」


田中「……無視しろってね」

「うわぁぁぁ」

「が……」

基地の空を艦載機は所狭しと飛び回り、地上に対して攻撃を続けている。

田中「無視出来そうにも無いんだけどな」


「中将!」

陸軍中将「どうした」

「港湾にいる敵艦娘の様子が変です!」

陸軍中将「何が起こった」

「砲撃を受けた上半身が……は、破損部が再生していきます……」

陸軍中将「……は?」




昼 ブイン基地 港湾

砲撃により爆ぜた上半身が再び元の形へと戻る。

的確に表現するには再生より復元という言葉が正しいのだろうか。

時間を巻き戻すでもなく、散らばった身体の一部が結集するでもなく、攻撃を受ける前の形に戻っていく。

生態系が循環するかのごとく自ずから艦娘の形に復元した。

服までは再現できない為か、上半身を曝け出した少しばかり破廉恥な姿ではあるが、全て白色であるから問題無い。


音が聞こえる。耳を澄ませば地平より先の音まで聞こえそうなほどに。

匂いがする。今の私の身体にまとわりつく者達の匂い。

見える。周りの全てを認識することが出来る。

心地いい。自分が全てから祝福されているようにすら感じる。

航空戦艦棲姫「ソトノセカイ……イイ……」

でも何か足りない。

最後の一滴が満たされない。

もどかしい。至高に届かない。何故だ。どうすればいい、どうすれば完全に満たされる。

航空戦艦棲姫「……アア」

航空戦艦棲姫「ヒトヲコロセバイインダ」

航空戦艦棲姫「アハハハ」




陸軍中将「攻撃を続行しろ」

「りょ、了解であります」

復元であろうと再生であろうと、元に戻ったのであれば攻撃をするだけである。

元に戻らなくなるまで殺せばいいのだ。

人間からの命令を電極で受け、信号へと変換し自分の中に取り込む。

彼女たちは2mを超すその巨体に見合わぬ敏捷さをもって動く。

二番艦との交差射線で確実に捉え、斉射。

先の倍の攻撃力とそれ以上の轟をもって、50mと離れていない場所で、46cm砲から吐き出された12発のうち4発が確実に身体を捉えた。

深海棲艦は今度こそ上半身下半身の区別なく弾け飛び


航空戦艦棲姫「……」

ごく当たり前に元の姿へと戻った。


衣を、布一つ纏わない女の身体をしたものが水面に立っている。

眼だけ赤く、それ以外は全て白い。髪も、肌も、足の爪先まで全て白い。

そのものの周りだけ静まり返ったように平穏で不気味だった。

彼女を見ていると燃える輸送船も凄惨な悲鳴も関係無かった。

存在自体が静けさをたたえ、見る者の意識を否応なく集中させるからだ

絶え間なく波打つはずの足場すら小瓶の表面のように息を殺して彼女を支えている。

白色をしたものが一歩踏み出した。

形だけは人間の歩くと呼ばれる動作と同じだったが、行為自体はゆったりと、現代人の感覚からすればもどかしい位に緩やかな動きだった。

それが何故これ程恐ろしい。

踏みしめた場所で一重の波紋が起きる。

それ以上の波紋は必要無いとでも言うかのように。

静かに、関わる何もかもを沈黙させ、大和型戦艦の元へと近づこうとする。




昼 ブイン基地 再集合地点

長月「ここか」

多くの……とまでは行かずとも、ある程度の数の艦娘が天龍の案内した場所には集結していた。

といっても私と天龍や駆逐艦やら何やらを全部合わせて20を数えない程だったが。

ほぼ陸軍兵士としか遭遇しなかった自分としては、同胞の姿を見られて少し安心している。

霧島「嶋田提督はどこなの?」

鳥海「し、嶋田提督は……その……奇襲の為に迂回して敵占領区域へ……」

霧島「さっきから同じ返事ばかりですね。それで、いつ命令が来るのですか」

鳥海「私だって!! 私だって分かりません!」

霧島「……これは望み薄ね」

何やら言い争いをしている艦娘も居た。

嶋田……というのは司令官と一緒にブインヘ着任した奴のことだっけか。

皐月「長月! 長月だよね!?」

文月「長月~!」

水無月「無事で何より」

長月「お前ら無事だったか」

第二十二駆逐隊の面々もここに居た。

その他にも、

曙「あったりまえでしょ」

三隈「必ず回復されると信じておりましたわ」

木曾「……来るのがおせーんだよ」

また見知った顔に出会うことが出来た。

雪風「お久ぶりです長月さ……せ、んせい……?」

皐月「……なんだよそれ、またいつもの冗談だよね」

長月「……」

三隈「ク、マ……」

そして見知っているだけに反応が辛い。

男の亡骸を地面に横たえる。


文月「し、司令官!? どうして動いて……」

長月「出血多量で、どうしようもなかった」

木曾「……」フラフラ

木曾「おいこら長月」ガッ

乱暴に胸ぐらを捕まれる。

三隈「お、おやめになって……クマ……リ……」

動揺の色は三隈ですら隠せないのか。いつもの冷静さは無い。

また余計なことを一つ知ってしまった。こんなこと、知りたくもなかった。

雪風「……」

ある者は冷たくなった手を呆然と握り。

木曾「テメーが居ながら何やってんだよ!?」

長月「……すまん」

木曾「こいつは全部守るとか強がってるだけで、人間でしかないんだよ。人間は力も弱くて……装甲なんて無いんだから……俺らが守ってやらねぇと駄目なのに……」

木曾「……うあああああああ!!!!」

彼女は吠えた。涙を流しながら、吠えた。




昼 ブイン基地 地下兵器庫

山内「……な、がと」

長門「どうした」

山内「もう……見えない……どこだ」

長門「馬鹿者、私はここだ。お前を抱いている」

山内「……すま、ない」

長門「何を謝る。立派だったぞ。お前は最後の最後でやっと素直になったな」

山内「みな……無事に……げ……」

長門「妖精が動いてくれて、艦載機が使えるようになった。撤退は順調に進んでいる」

山内「……」コク

男は安心したような表情で頷いた。

長門「……いい顔をするようになったな。第一管区長だった頃よりもずっといい」

山内「……な」

長門「ふふ、人間でないからこそ人間らしさが分かるのさ」

山内「……ぃ」

長門「ははは。そうか、私は暖かいか」

長門「やっぱり悪い気はしないな。その言葉、受け取っておこう」

山内「な……がと」

長門「ん? どうした」

山内「……あ………………………………」

長門「……」

長門「ああ、私も貴方を……」

山内「……」

長門「……最後まで言わせろよ」

長門「この大馬鹿者……」


??月??日 +4 日

朝 高森家 トイレ

飛鷹「う゛ぅ……気持ち悪い……」

隼鷹「昨日のこと覚えてるか?」サスサス

飛鷹「何も言わないで……返事をする気力が無い……うぷっ」

本日第何波かも分からない逆流の徴候に対し、彼女は素直にそれに従った。

隼鷹「うわぁ……」

他人ができることと言えば、長い髪が便器の中に入らぬよう後ろから抑えてやったり。

隼鷹「酒が弱いと大変だな。水飲んどけ」サスサス

多少楽になるよう言葉を投げかけてやること位だろう。

飛鷹「……うん。ありがとオェェェェェ」

隼鷹「ちょ、私の服にかけんなよ!?」




朝 高森家 居間

矢矧「……本当に申し訳ございません」

日向「いいよ。怒ってないから」ニコニコ

瑞鶴(すっごい怒ってる)

翔鶴(これは……)

男「まー……酒の席での話だろう」

日向「そうだな。会社でも巨大な胸に囲まれて、よろしくやれば良いさ」

男「機嫌直してくれ」

日向「別に怒ってないから。直す必要も無い」

瑞鶴「あの、母さん、朝ご飯は……?」

日向「適当に済ませろ。散歩に行ってくる。長月も来い」

長月「ニャ」

翔鶴「……」ハァ

矢矧「……」




朝 山内家 居間

日向「女の敵は女とよく言ったものだ。まさに然り」ポリポリ

日向「……この、漬物いけますね」

山内「ありがとうございます。しかし日向さん……よく食べますね。いつも朝は多めなんですか?」

日向「旦那さん。私はもう腹が立って腹が立って、お腹が空いて仕方ないんですよ」モグモグ

日向「昔から太りにくい体質で、ストレス発散の時は多めに食べてるんです」

山内「なるほど」アハハ

日向「まったく、男というのは本当にろくでもない」

山内「面目ない」

日向「あ、貴方は別です。問題はあの馬鹿です」

日向「胸が大きければ見境なく鼻の下を伸ばして」

日向「私の胸だけで満足してればいいものを。というかなんだ! 散々私の胸を大きくしておいて!」

日向「責任くらい取れ。馬鹿」ズズズ


日向「……このお味噌汁おいしい」

山内「実家から送られてくる良い煮干を出汁に使ってます」

日向「いい味です。ウチでも使いたいくらいだ。それでな長門……って聞いているのか」

長門「……なんだ」イライラ

日向「雅晴の奴、けしからんと思わんか。そりゃ、三十路半ばの私より二十代の女の方が色々と都合が良いだろう」

日向「でも……」

日向「あーもう、こんな思考したくない。胎教に悪い。おい長門、お前も雅晴をけしからんとけなしてやれ。私が許す。それをおかずにご飯を食べる。あと旦那さん、ご飯おかわり」スッ

山内「はい」

長門「けしからんのはお前だ!」

日向「む……こっちの漬物も美味い」

長門「コラァ! 話を聞かんか!」



長月「フニャ」ツンツン

ながと「……Zzz」

長月「……ニャー」



長月(どっちがどっちの長門なのかな)

長月(……しかし、可愛いな)



長門「仕事の無い夫婦水入らずの土曜日に洪水みたいにやって来るなよ!」

日向「水入らずの意味分かってるか? 洪水みたいとか、後半誤用だぞ」

長門「言葉の使い方なんてどうでも良いんだ! 間違っているのはお前のほうだ! 色々と察してくれよ!」

日向「弁護士が何を言うか」

長門「だぁぁぁぁ!」

長門「ていうかいくら自宅での食事に招いたからといっても、次の日の朝に来るやつがあるか!! 常識がないぞ!」

日向「常識があれば高校生で妊娠なぞせんわ」

長門「タシカニィ!」

山内「確かに急な来訪には驚きましたが、それだけ食べてくれると作りがいがあるというものです」

長門「……ならまぁいいか」ボスッ

日向「冷静になれ」

長門「なったよ」

日向「それは良かった」

長門「私の夫の手料理はどうだ」

日向「料理店を開いてほしい。毎日通うぞ」

長門「だろ」ニヤニヤ

日向「かく言う君は、ニヤついてるだけで料理が全く出来んがな」

長門「私たちは夫婦なんだ。適所適材さ」

日向「ジェンダー問題にまで発展するぞ」

長門「させないさ。私にはそれを止めるだけの能力とその用意がある」

日向「あはは」


日向「相変わらず馬鹿だな」

長門「私は馬鹿じゃない」

日向「馬鹿は性格じゃなくて行為だぞ」

長門「行為一つ見ても、お前のほうが万倍馬鹿なんだが」

日向「私を比較基準にするのがいけない」

長門「ならなんと比べてるんだ」

日向「賢いときのお前さ」

長門「どうあっても私を馬鹿に仕立てあげるつもりか」

日向「やっと気づいたか。お馬鹿さん」

長門「飯食わせんぞ貴様」


日向「お前と話していると少し落ち着いたよ」

長門「はいはい」

日向「ふぅ……おっぱい」

長門「言うに事欠いて何を抜かすか」

日向「お腹いっぱいと言おうとした」

長門「嘘だな」

日向「嘘じゃなかったらどうする」

長門「帰れ」

日向「旦那さん、ご飯おかわり。あ、茄子の味噌漬けも追加で」スッ

山内「了解です」

長門「帰れー!!!」

長門「その矢矧とかいう奴、法的に罰したいか」

日向「出来るのか」

長門「舐めるな。私を誰だと思っている」

日向「負け犬」

長門「法の番犬と言いたいのかもしれないがそれは裁判官だ!」

日向「……罰なんていいよ」

長門「どうして。知り合いのよしみで料金は通常の半分かもしれんぞ」

日向「ご飯を食べて、長門をからかったら胸がスッとした」

長門「あのなぁ……友達をそういう使い方するのは、まぁ、正しいんだが」

日向「あはは」

長門「……まぁ許してやれ。男なんだ。少し鼻の下を伸ばすのも本能さ」

日向「もしこれが君の旦那さんならどうだ」

長門「……」


長門「私だったら許さないかな」

日向「ほら。ムカつくだろ」

長門「確かにこれはいかんな」

長門「自分のこととして考えて、今ようやくお前に同情できた。これは駄目だ」

長門「まず私がお前の旦那を殴りに行ってやる。お前の家へ行くぞ」

山内「ちょいちょいちょいちょい」


8月29日

昼 ブイン基地 港

妖精が人類との協定を廃し艦娘に味方する、つまり人類との同盟を白紙に戻したその瞬間から、陸軍側の負けは確定したも同然だった。

不安要素ですらなかった妖精の介入により戦局は一変した。

彼等は勘違いしていたのだ。妖精が人間よりも下等で愚かであると無意識にも考えていたのだ。

事実は全くの逆であった。妖精は常に耐えていた。

見るに堪えない艦娘運用を敢えて無視し、より高等な存在としての義務から下等な人間を見守り自分たちと同じように順当な発展を信じていたのだ。

誇りある、主権を尊重すべき生物の一種族として人間を扱う態度は今思えば間違いであった。

妖精の態度を理解できない人間は増長し、妖精を戦争遂行の為の一部品としか見なさなかったのだから。

ブインで妖精の集団失踪が起こった際に、中央政府は事態を注意深く調べ上げ把握するべきであった。

人類と深海棲艦との最前線で起きた戦争継続に支障を来す大事件は何故問題視されなかったのか。

それは皮肉にも、その後に入った長官の手腕に拠る基地機能回復と、東大派閥であるブイン基地司令への責任追及を政治家たちが避けたことにより有耶無耶となったのだ。

妖精と同じく、変わり進もうとする男たちもまた理解されなかった。

同じ存在である人間の集まりから排除された。

より大きな権力に近づこうとする狡猾な類人猿、自分の保身と政治勢力圏の拡大しか頭に無い者が彼らを理解することなど到底不可能だった。

もっと言えば、どちらが正しい在り方かなど我々には分かりようもない。

単に、人類より高度で強大な技術と影響力併せ持った存在である妖精が、今回は偶然にもブインの若者の味方であったというだけの話でもある。




広大な港は、平積みされたコンテナが艦娘の砲撃により散乱し、今や立体迷路のようになっていた。

港の各所で濛々と煙が立ち上り、空からの艦載機の目を遮る。


陸軍への復讐に燃える艦載機からの攻撃は執念深く、地上で動くもの全てを狩り尽くす勢いで行われた。


その為、ブイン基地の殆どを占領したはずの陸軍部隊は、屋内やこの迷路の中にまで押し込められている。

特務部隊長も、迷路の中の一角に隠れ潜んで機会を伺っていた。

田中「……地下の爆破は」

「隊長、無理です。空から妨害が入ってとても……」

田中「チッ」

状況は想像以上に悪いようだ。

田中「腐れ妖精どもが。大人しく我々に従っておけば良いものを」


この期に及んで、まだこのような事を言うのだから人間と妖精の和解は望み薄である。

その時、大和型のものより小口径の砲声が響き、基地の構造物が崩壊した。

迷路の中に居る田中は、崩壊を目撃したわけではないが音から経験則に基づき察知した。

田中「何が起こった。誰でもいいから状況を報告しろ!」

なりふり構わず、無線に怒鳴り散らす。

「大和型の誤射じゃないか!? 何やってんだ司令部は!!」

「もう嫌だ! 早く撤退させてくれ!」

「____!!! ____!!!」

「____________!」

無線からは悲鳴に近い兵士たちの叫びが届く。

その殆どに何の意味も無かったが、ほんの一掴みの有益な情報を田中は辛抱強く待った。


「こちら第三大隊第二中隊付き第九小隊、現在位置は基地D8地点にある食料庫。目の前の仮設倉庫に着弾あり。凄い数だった」

来た、これだ。

田中「第九小隊、それは艦娘からの砲撃か?」

「この破壊力は間違いない。仮設倉庫群が消し飛んだ。あそこには四個小隊以上が存」

通信は途中で途切れた。

それと時をほぼ同じくして、田中の耳に内陸からの爆発音が届く。

田中「……素直に撤退すれば良いものを」

この砲声が艦娘からの反攻であることは、最早誰が語るまでも無かった。




昼 ブイン基地近郊 丘

長月「近づいたら殺されるんなら、近づかなきゃ良いのさ」

長月「元々遠距離攻撃は我々の得意とする分野だ。装甲を持たない人間など、こちらが混乱していなければいくらでも戦いようはある」

隼鷹「精確な弾着だぜ。仮設倉庫群に引き続き食料庫の崩壊も確認。ありゃ生存者0だろうな」

飛鷹「偵察班から連絡入ったわ、営舎にもゴキブリが多数入り込んでるみたい」

鳳翔「……通信棟、及び司令部も同じ状況のようです」

長月「よし、次は営舎だ。遠慮せず狙え。艦娘が残ってても建物の倒壊位じゃ死なないから気にするな」

「で、でも基地を壊すなんて……」

長月「あんなアスファルトの塊はいつでも作り直せる」

長月「……まぁ抵抗があるのも分からんでもないがな」

長月「責任は全部私が取る。お前らはただ従うだけでいい」

長月「面での攻撃と同じ要領だ。各自、霧島の割り当てに従って斉射しろ。無駄弾は使うなよ」

天龍(長月さん……やっぱりスゲェっす)

霧島「……それじゃあ分担するんで、受け取って下さい」

霧島(駆逐艦なのに、妙に迫力があって言い返せない)


榛名(混乱するだけだった私達を一瞬で統制した)

榛名(人間の指揮官不在の状況下で自ら反攻を言い出すなんて、普通じゃない。……この子、何かおかしい)

三隈「……砲撃準備、完了」

木曾「……俺もだ」

文月「……」

皐月「……」

曙「……」

長月「獲物は陽の光の当たらない箱の中に閉じこもってる。ならやることは単純だ。引き続き箱ごと踏み潰す」

長月「やるぞ」


鳥海(単なる噂だと思っていたけど、戦う姿を見たら分かった)

鳥海(この人たちは他の艦娘とは明らかに異質だ。纏ってる空気の質が私たちとはまるで違う)

鳥海(人間の命令を至上とせず、場合によっては自律判断さえ行う兵器ならざる兵器)

鳥海(ううん、それも違う。そんな単純な言葉で表せるようなものじゃない。もっと別の何か、どこかが狂ってる)

鳥海(英雄なんかじゃない。一体どんな経験をすればこんな……)


長月「撃て」


昼 ブイン基地 港湾

大和型戦艦は目前に存在する深海棲艦に対して距離を取る事に失敗し、結局接近戦を挑むこととなった。

そしてそのせいで、一番艦は犠牲となった。

「……ッ!!!」

至近距離から最大俯角で放った六発の砲弾は通常の相手ならば確実に命を奪うに至っただろう。

だが今回の相手は通常の相手ではないのだ。いい加減、それを自覚すべきだった。

瞬時に復元する相手へのゼロ距離砲撃は、寧ろ砲撃の反動から隙を作る大きな失敗となる。

砲の硝煙が晴れた時、攻撃を受けた相手は何事も無かったかのようにゆっくりとした動き、その手刀は一番艦の首を捉えた。

一番艦は反動から立ち直れておらず、動けない。


航空戦艦棲姫「……モロイ」


日向の腰の刀でも落とせなかった筈の首の装甲は呆気無く切断された。

「!!! ヤマ……」

航空戦艦棲姫「……コンドハモット、タノシモウカナ」

「……!」


恐るべき光景である。白い裸の女が、褐色の肌をした艦娘と殴り合いをしている。

身長差で見れば褐色の肌をした方が体格も良く、一見有利だが。

表情は対比していた。

航空戦艦棲姫「アハハハハ!!」ドヒュッ

空気を押し出すような風切り音。

白い女の繰り出した拳は、ナノバリアと分厚い装甲を含んだ肌に受け止められる。

「……ッ!」

至近距離で徹甲弾を受けても平気な大和型二番艦が苦痛に顔を歪める。

こんな表情は中々拝めない。

お返しとばかりに振りかぶり、拳を振り下ろすが、

航空戦艦棲姫「……」ヒョイ

あっさりと躱されてしまう。

ばかりか、もう一発食らって更に表情を曇らせる。


航空戦艦棲姫(ヤマトガタセンカン)


艦娘が苦悶の表情を浮かべ繰り出した拳を深海棲艦はのらりくらりと躱し続ける。


航空戦艦棲姫(ツマンナイ)

敢えて動きを止め、


航空戦艦棲姫「ッガペッ」


顔に良いのを貰う。衝撃に顔の一部が弾け、また瞬時に復元する。


航空戦艦棲姫「アハハハハ」


航空戦艦棲姫(チョットダケ、タノシイ)


暫くこれで遊ぶことにした。


昼 ブイン基地 地下兵器庫

長門「すまないな。手間をかけた」

吹雪「……長門さん、大丈夫ですか」

長門「今は脱出が優先だろう」

地下を取り戻しはしたが、艦娘たちの雰囲気は暗かった。

身近な存在の死は彼女たちの心に重くのしかかる。駆逐艦の中には泣きべそをかいている者も居た。

加賀「上空で隼鷹の艦載機と遭遇……傍受を警戒し手信号による交信を行う」

加賀「……」

加賀「現在長月を中心とした戦闘部隊が遠距離より砲撃を敢行中」

加賀「……」

加賀「その効果、アリと認む」

加賀「……」

加賀「各種補給を終えた後、指定座標に合流されたし」


空母勢は飛ばせた艦載機から伝えられる情報を逐次報告していく。


そしてその中には、基地司令の死も含まれる。


瑞鶴「……彩雲二番機より入電」

瑞鶴「集結地点において基地司令の死体を確認」

瑞鶴「……」

瑞鶴「……」

瑞鶴「……畜生っ!!」

加賀「……」ギリッ

吹雪「えっ……死……」

長門「……」


翔鶴「嘘よね」

瑞鶴「……」

翔鶴「お願い瑞鶴、嘘って言ってよ」

瑞鶴「私の搭乗員は……嘘なんて吐かない」

翔鶴「嘘よ!!」

瑞鶴「姉さん、落ち着いて」

翔鶴「だってあの人が死ぬわけ無いもの。戦争が終わったら私と、瑞鶴や日向や時雨さんや、それ以外の皆とも一緒に」

瑞鶴「翔鶴姉さん」

翔鶴「嫌よ……やだ、やだ」


瑞鶴「提督さんは、まだ本当の意味で死んでない」

翔鶴「でも、提督は」

瑞鶴「私たちの胸の中に生きてる、提督さんは死んでない。私は絶対に死なせない」

翔鶴「そんな言葉で誤魔化さないで!!!」

瑞鶴「……分かってる」


翔鶴「そんな言葉で誤魔化さないで!!!」

瑞鶴「分かってる」

翔鶴「死んだら全部おしまいなのよ!? 人間も! 艦娘も! 死んだら」

瑞鶴「分かってるけど。姉さん、私だって、今凄く辛いよ……」

翔鶴「……」

瑞鶴「今は悲しんでる時じゃない。私たちの死を提督さんは望まない。まず生きる方法を考えよう」

翔鶴「……指揮をしている中将、絶対に殺してやる」


瑞鶴(はぁ……そういうことじゃ無いと思うんだけどな……)


瑞鶴「地下から出よっか。補給も済んだし、もう用も無いわ」

加賀「……追加で連絡が入った。日向が、私たちの知っているあの日向が」

加賀「……」

加賀「深海棲艦へ変化して、港湾で陸軍の敵大和型戦艦二番艦と交戦中」



吹雪「まさか、穢れに!? ていうか大和型って、ヤバイんじゃ……」

長門「あの馬鹿! どうして今更」

瑞鶴「……」

加賀「日向が深海棲艦になるなんて……何か事情があったとしか考えられないけれど」


長門「排除するしか無いな。完全に育ちきる前に潰した方が良い」

長門「普通でない日向は、間違いなく普通でない深海棲艦になる」

長門「あいつは強い深海棲艦に、私達の大きな脅威になる。……これは確信を持って言える」


翔鶴「提督を失った我々に、更に仲間も殺せと?」

長門「仲間ではない。深海棲艦だ。どうあっても、もう相容れん」

加賀「そんなことはないわ。彼等とは対話出来る。殺すべきではない」

翔鶴「私も攻撃には反対です。私はこれ以上大切なものを失いたくありません」

翔鶴「……深海棲艦なんかより、人間の方が余程脅威です」

長門「おいおいおい、正気か、お前ら?」

長門「あいつが、それにお前らの所の管区長が、一体今まで何の為に戦っていたか_______ 」

翔鶴「_______ 」

加賀「____ 」

長門「__________!」



瑞鶴「……はぁ」

瑞鶴「ったくもぉ」

瑞鶴「私の姉って、いつも提督さんのことばっかり考えてる癖に」

瑞鶴「どうしてこう大事な時には、自分のことばっかり構って……役に立たないかなぁ」

瑞鶴「末の妹の仕事は甘えて甘えて甘えまくることの筈なのに」

瑞鶴「私に全部尻拭いさせるとか、言語道断」


瑞鶴「日向姉さん、後でビンタ決定」


??月??日 +8 日

昼 高森家 居間

今日は天下の休日である。

男「ふあぁ……よく寝た」

それもそのはず。時計の針は本日の南中時刻辺りを指し示している。


翔鶴「おはようございます」

男「あれ、翔鶴だけなのか」

翔鶴「はい。母さんは長門さんの所へ、瑞鶴は加古さんの家へ」

翔鶴「時雨は大潮ちゃんたちと遊びに行っています」

男「今日は俺たち二人っきりってことか」

翔鶴「そうなります」

長月「ニャ」ツンツン

男「お前も居たな」

長月「ンニャ」

男「何か適当に作ってくれ」

翔鶴「はい」

長月「ニャニャニャ」

翔鶴「長月はさっき食べたでしょ。めっ」

長月「フニャー!」ジタバタ

男「長月はこの頭の悪い所が可愛いんだよな~」

長月「……」ガジッ

男「アイヤー!」

翔鶴「もう、何やってるんですか」


かなり遅めの朝食を終えた。


男「ご馳走様でした」

翔鶴「お粗末様でした」

男「翔鶴、今日は何も予定が無いのか?」

翔鶴「はい。遊びに行く予定だったのですが、先方の都合が悪くなってしまったようで」

男「高校生が先方なんて使うの初めて聞いたぞ」

男「なら今日は家でゆっくりしよう。折角の土曜だ」

翔鶴「夕飯の支度とか、家の掃除とか色々ありますから……」

男「あっ、俺は手伝わないから」

長月「うわっ……屑……」

男「お前も髪の毛ばっかり落とすくせに何言ってるんだ」

長月「私は猫だし仕方ない。お前は人間なんだから少しくらい手伝ってやっても良いだろう」

翔鶴「ふふ、良いですよ。折角の休日なんだから父さんはゆっくりしてて下さい」

男「ほら翔鶴もこう言っている」

長月「むむむ……翔鶴は甘いぞ」

翔鶴「いえ。好きでやってることですから」


翔鶴に色々と任せ、残っている本の続きを居間で読むことにした。

今読んでいるのは太平洋戦争を物資輸送量等の兵站データから追った名著だ。

色々な意味で目頭が熱くなる本である。

長月はテレビの前に腰を下ろし動こうとしない。

お前も翔鶴と手伝えばいいだろうが、と言おうとしたがやめた。

猫に何を言っても仕方ない。

しかし土曜昼時間の番組に釘付けになるとは相当なテレビ中毒である。

こいつ、普段どれくらいテレビ見てるんだ。

男「そういえば」

翔鶴「どうかされましたか?」

男「翔鶴の反抗期がまだ来てないなと思って」

翔鶴「唐突ですね」

男「そうか?」

翔鶴「反抗期の定義は、思春期の子供が異性の親を毛嫌いする現象とでもしておきましょうか」

男「ああ」

翔鶴「私は家族が大好きですから。父さんを嫌いになる理由もありません」

男「ん~……妙に納得が行かないがまぁそれでいいか」

翔鶴「はい。もし反抗期が来たら、その時はよろしくお願いします」

男「あはは。何をお願いするんだよ」

翔鶴「未熟な私をです」

男「お前が未熟だと思ったことは無いがな。任せとけ」

長月「二人してなに言ってんだか」ヤレヤレ

男「そういえば」

翔鶴「はい?」

男「今日お前が遊ぶ予定だった奴は誰なんだ。予定をドタキャンとは、いかすけん奴だ。名前くらい聞いておきたい」

翔鶴「彼氏です」

男「えッ!?」

翔鶴「嘘です」

男「ちょっとタチ悪いぞ」

翔鶴「父さんが私の交友関係に口を出す姿勢が嫌だったので、意地悪してみました」

男「……」

翔鶴「同級生の三隈さんです。どうしても外せない用事が、とのことだったので」


翔鶴「……私に彼氏が出来ると嫌なんですか?」

男「う~ん、嫌というかびっくりするというか」

男「やっぱり嫌だな」

翔鶴「私くらいの歳の母さんを妊娠させたくせに」

男「おい」

翔鶴「冗談です」

男「直球の嫌味すぎてそのフォローももはや無意味!?」


男「都合が良いが俺も今は父親だ。妊娠と言われると肝が冷える」

翔鶴「ふふ、ごめんなさい」

男「……いつか嫁に出さねばならぬ日が来るのは分かっているんだがな」

男「せめて、せめて面白い奴連れて来てくれ」

翔鶴「頑張ります」

男「うむ」

長月「何を頑張るというのか」

~~~~~~

男「長月」

長月「ニャ」

男「こっち来い」

長月「何だよ」

男「足の上座れ」

長月「ったく、しょうが無いな」トコトコ

長月「よいしょ」

男「軽い」

長月「何読んでるんだ」

男「魔性の歴史」

長月「キツイよな」

男「キツイな」

長月「なんでその本読んでるんだ」

男「なんかな。気分だ」

長月「そうか」

男「お前、雪風と仲が悪いのか」

長月「じゃれているだけだ。お前らの目にはそうは見えないらしいがな」

男「人間は友好な関係の相手と、血が出るまで殴り合いをしたりしないからな」

長月「いま流行りのデトックスだ。少々血を流すくらいが気持ち良いぞ」

男「理解出来ん」

長月「バーカ」

男「バーカ」

長月「私は馬鹿じゃない」

男「俺も馬鹿じゃない」

長月「じゃあ誰が馬鹿なんだ」

男「さぁ、誰だろう」

男「長月」

長月「ん?」

男「コロンバンガラ」

長月「……ロンバンガラ」

男「コロンバンガラ」

長月「っ! ……っロンバンガラ!」

男「あはは」

長月「あーもー」


男「うりうり」ワシャワシャ

長月「やらしい。どさくさに紛れて胸を触るな」

男「背中を触っていたつもりだった。しまったな~」

長月「うがー」ジタバタ

男「俺の上で暴れるな」

~~~~~~

長月「……文字で眠くなってきた」

男「馬鹿、俺が眠くなってたからお前を呼んだのに」

長月「私は拷問用の漬物石かよ」

男「柚子の匂いの石」

長月「大人フェロモン石」

男「わはは」

長月「……わはは」

男「本当に眠いのか」

長月「……」

男「……」

長月「…………ねむい」

男「寝ていいぞ」

長月「……うん」

男「……」

長月「……」

長月「……Zzz」

男「……いい顔だ」

男「……」

男「ふあぁ」

男「……」

男「……」

男「……Zzz」



~~~~~~

翔鶴「ふぅ、お風呂掃除が終わったので今から掃除機を」



翔鶴「……あら」


長月「……Zzz」

男「……Zzz……Zzz」

翔鶴「眠っていらっしゃる……のでしょうか」

翔鶴「……」ツンツン

男「……Zzz」

翔鶴「……」ツネツネ

長月「……うぅ」

翔鶴「掃除機かけたら起こしちゃうかな」


翔鶴「……父さん」

男「……Zzz」

翔鶴「私が父さんのお嫁さんになりたい……って言ったら、どういう反応しますか」







日向「いかんな」

翔鶴「これはイカンですな」ウンウン







翔鶴「……おかえりなさい」

日向「この男は私のものだ。お前にはやらん」

瑞鶴「いや~奥さん大胆ですなぁ~」

翔鶴「はぁ……」


翔鶴「じゃあ、掃除機をかけるので。父さん、寝るなら二階で寝て下さい」ユサユサ

男「おぁっ!?」ビクッ

長月「わあっ!?」


??月??日 +15 日

夜 都内 ショッピングモール 

瑞鶴「♪~」

男「……」

瑞鶴「おっ、このシャツ可愛い!」

男「……」

瑞鶴「ちょっと色は明るめかな。でも私の白アウターに合いそう」

瑞鶴「値段は……あー、ちょっと高いなー」チラッ

男「……」

瑞鶴「私のお小遣いじゃ手が届かないくらい……た・か・い・な~」

男「……」

瑞鶴「いや~でもな~、買って貰うと悪いからなぁ~」


男「分かりました分かりました」

男「瑞鶴のお小遣いじゃ手の届かないその洋服を」

男「このワタクシめが買わせて頂きます」


瑞鶴「ん~? 娘の誕生日を忘れていた父親の屑が何かおっしゃいましたかね~?」

男「……」

男「……店員さん」

「いらっしゃいませ」

男「これ下さい」

「お買い上げありがとうございます」


瑞鶴「あ、店員さん。追加でお願いします」ドサドサ

男「……」ピキピキ

「お、お会計をご一緒しても……」

男「この一枚だけでい」「娘の誕生日を? 忘れる父親が? この近くにいるって?」

瑞鶴「そんな親~居るわきゃないっしょ~? ねー店員さん」

「……」

男「……一緒で」

「かしこまりました」

男「……」

「またのご来店、お待ちしております」


瑞鶴「父さん、ありがとう~♪」ダキッ

男「……腕にくっつくな。歩きにくい」

瑞鶴「何不機嫌な顔してんの」

男「お前な! いくらなんでも買いすぎだろ!?」

瑞鶴「一緒に一度の誕生日を三万円で買えるの?」

男「……」

瑞鶴「へへっ。嘘だよ。服も一杯買って貰ったし、もう許したげる」

男「いや、誕生日の件は本当に、すまんかった」

瑞鶴「次の罰金は三十万くらいかな」


男(絶対忘れないようにしよ)

瑞鶴「家帰る?」

男「ここまで来ること滅多に無いし、他に行きたい所があれば付き合うぞ」

瑞鶴「お会計は?」

男「今日は特別な日だからな」

瑞鶴「やった!」

男「特別に、未来のお前からの借り入れを許してやる」

瑞鶴「って結局私持ちかーい!」


「あれ、瑞鶴ちゃん?」

男「ん?」

瑞鶴「あ……葉月さん?」

「すっごーい! こんなとこで会うなんて!」

「葉月の知り合いか?」

「うん! 中学の時一緒だったんだ」

「へー可愛いじゃん」

「もー、変な目で見ちゃ駄目よ?」

瑞鶴「そ、そだね。奇遇だね。……そっちの男の子は?」

「あ、これ~? 私の彼氏」ニヤニヤ

「ども」

瑞鶴「へ、へぇ……」(コイツッ!!!!!!! 自慢してやがる!!!!!)

男「そうか。瑞鶴の知り合いか」

「えっ……瑞鶴ちゃん、その男の人と知り合いなの?」

瑞鶴「あ、ああ。これ私の」「彼氏です。初めまして」


瑞鶴「……ん?」

男「こいつがいつも世話になってます」


「あ、は、はい! 初めまして!」

「うわ、社会人と付き合ってんのかよ……」


瑞鶴「……」

瑞鶴(私の父が女子高生から見ればナイスミドルに見えることは加古で証明済み)

瑞鶴(……まさかの大逆転キタコレ! ナイス父さん! 女子高で年上と付き合うのはポイント高い! 私のプライドは保たれた!)

「……おっさん、色々条例に引っかかってるんじゃない?」

男「生意気だな。口の利き方に気をつけろ」

「いや、アンタこそ気をつけなよ。通報しちゃうよ?」

男「愛があれば都条例なんて関係ないんだよ」

「法廷でもそれ言えんの?」

男「ガキはさっさと帰って寝ろ。夜遊びは大人の特権だ」

「あー、やっぱり怖いんだ」

男「……」ブチブチ


瑞鶴(と思ったらこっちで男のなんかが始まってるーっ!)


男「女をぶら下げて喜ぶような程度の低い男とは話も出来ん」

「自分は程度が高いんですか~?」

男「どちらが上か下かも分からないのか」

「分かんないっすね~。教えて下さいよ~」

男「俺がお前にそうする義理は無い。学校の先生にでも聞いておけ」


男「『高校生』くん」


「……行くぞ」

「え、あ、ちょっと待ってよ! バイバイ瑞鶴ちゃん!」

男「……近頃の子供はあんなに生意気なのか」

瑞鶴「なにしてるの」

男「ん?」

瑞鶴「ん? じゃ無いわよ……」

男「それにしても腹の立つ奴だ。会社の後輩ならこき下ろしてやるのに」

瑞鶴「これ以上自分の株を下げないほうが良いと思う……色々と……」

男「……」


男「手、繋ぐぞ」ニギッ

瑞鶴「えっ……いや、ちょ、放してよ!?」

男「良いから。黙って歩け」スタスタ

瑞鶴「う、うん」



瑞鶴(いや、いやいや、いやいやいや)

瑞鶴(えーっと今どういう状況)


男「……」スタスタ


瑞鶴(父さんと二人で誕生日の買い物来て学校の子と会って)

瑞鶴(彼氏のフリしてくれたから見栄勝負で勝ったのに……何でまだこんな……)

瑞鶴(もしかして父さん、私のことが……)

瑞鶴(駄目だよ。私たち家族なのに……)

瑞鶴(でも、この前も一緒にお風呂に入りたがったり、いつも私の胸をやらしい目で見てたり)

瑞鶴(……)


瑞鶴「と、父さん」

男「どうした」

瑞鶴「駄目だよ。私、普通の女の子だから……」

瑞鶴「父さんは好きだけど、その好きは家族としての好きで……男の人として好きってことじゃなくてね」

瑞鶴「だから、その、ごめん」


男「何言ってんだお前」

瑞鶴「……はい?」


男「視線だけ動かして、そこのメガネ屋にある鏡を覗いてみろ」

瑞鶴「鏡……?」

男「視線だけだぞ。視線だけ。不自然さを後ろの奴らに勘付かれるなよ」

瑞鶴「後ろの奴らって……」


言われた通り鏡に視線を向けると。


瑞鶴「!」

男「さっきの坊主どもが後ろから俺達を見てる。彼氏のフリは続行だ」


ショピングモールに溢れる人影に紛れ、彼等は居た。

折角の夜のデートを尾行で無駄にするほど悔しかったのだろうか。


男「俺が都条例に引っかかる瞬間を狙っているんだろう。馬鹿な奴め」

瑞鶴「……別にもういいよ。帰っちゃっても」

男「駄目だ。あいつが絶望するまで彼氏のフリは続ける」

瑞鶴「男と男の勝負?」

男「そうだ」キリッ

瑞鶴「……」


瑞鶴「……そうなんだ」ニィィ


男「えっ、なんだその顔は……」ゾクッ


~~~~~~

瑞鶴「ほら、まー君。こっちとそっち、どっちが可愛いかな~」

男「いや、この店は俺でも知ってるぞ。さっきの店とは値段もランクも一桁違う」

瑞鶴「えー、買ってくれないの~?」


男「……」チラッ

「……」

「……」

尾行者は注意深くこちらを観察している。


男「も、勿論買うよ~」

瑞鶴「やったー! まー君大好き!」ギュッ

男「ズイカクガヨロコンデクレテウレシイナー」


男(こ、このガキ……足元見やがって……後でしばく……)


瑞鶴(精々楽しませておうじゃないの。商社マンの経済力って奴をさ~♪)

瑞鶴「まー君! 私この可愛い下着欲しい!」

男「店員さん、コイツには上のブラは要らないんで半額でお願いします」

「……ふひっ」

瑞鶴「オラァ!」バコッ

男「ナベシッ!!!」

瑞鶴「店員さんも笑ってんじゃないわよ!」


「も、申し訳ございません。半額には……しかねるのですが……」

瑞鶴「それもういいから! 上と下のセットで! 定価で買いますから!」

男「あー……現金の持ち合わせが無くなった。カードで」スッ



「あれは!」

「知ってるのか!? 田中君!」

「ブラックカードだ!」

「黒い……カード……?」


男(むふふ、気づいたか坊主。このブラックカードに)

男(アメリカン・エキスプレス・カードの中でも最上位のカード)

男(勿論まだ上もあるが一般人に手の届く店の経営者はこのカードの力にひれ伏すだろう)

男(入手の為の審査は厳選という言葉すら生ぬるい)

男(何故ならば、このカードは選民にしか与えられぬ資本主義の栄光そのものだからだ!)

男(……まぁ俺を気に入ってくれてる大口顧客の爺さんが、酔っ払った時にくれたものなんだけどな!)

男(俺のじゃ無いから使うのは気が引けたがこの際バンバン使ってやる!)

男(良いよな爺さん!! 大体、あの世に金なんざ持って行けやしねーんだ!!!!!!!)


瑞鶴「まー君! 私、冠婚葬祭用のスーツが欲しいな」

男「任せろ!」


瑞鶴「まー君! 私、今度の夏用の水着欲しいな」

男「可愛い水着を買わなくっちゃなぁ!」


瑞鶴「まー君! 私、お腹すいた!」

男「寿司とステーキどっちが良い」

瑞鶴「両方!」

男「よしきたカード払い一括じゃぁ!」


瑞鶴「まー君!」

男「行くぞオラァ!」

瑞鶴「キャー! 抱いて!」

~~~~~~

「……」

「……」

「……帰るか」

「私は貴方と一緒には帰らない」

「は、葉月?」

「私達、もう無理だよね」

「そんなことない! お金が無くったって、俺達はやってける!」

「私、やっぱりお金が無くてスポーツの出来るイケメンより、ヘッジファンドのハゲタカの方が好きみたい」


「駄目だ葉月! あんなものを信じちゃ駄目だ! お金なんて実体の無いまやかしに過ぎないんだ!! 人間にはもっと大事なことがあるんだ!」

「じゃあ何で瑞鶴ちゃんはあんなに消費を楽しんでるの!? あんなに嬉しそうなの!?」

「それは……」

「あれがまやかし? 偽物? 冗談じゃない。……その毛嫌いしている経済の一部にもなれないくせに、彼氏面しないでよね」

「はづきぃぃぃぃぃ!!!!」

「……さよなら」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! お金の馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」




ここは東京、眠らない街

喜び、悲しみ、全てを乗せて、動き続ける資本の象徴

人の作ったシステムが

人の心を変えていく


ここは東京、悲しい街

新たな力が支配する現代のサバンナ

全部まやかし

弱者も強者も、王すらも



ここは東京、夢の街

歓びに満たされた人工玉手箱

中身をみんな知っている

それは儚く移ろう幸福感


ここは東京、僕らの街

僕らはどこかへ置いてきた

なにを

なにを

なにを

僕らはだんだん離れてく

命からも、自分からも

僕らはだんだん離れてく

どこへ

どこへ

どこへ


By 田中




夜 都内 スタバ

瑞鶴「いや~尾行のせいで買っちゃったね~」

男「もう居なくなったから買わんからな。……後で日向になんて言われるだろ」


男の頼んだアイスコーヒーが脳内回路を冷却しているようだ。

ようやく常識的な発想が出来るようになってきた。


瑞鶴「どうせいつかは揃えなきゃならないものばっかだし」

男「……顧客のカードを勝手に使っちまった」

瑞鶴「ドンマイ」アハハ


男「……楽しかったか?」

瑞鶴「うん! 最高に面白かった!」

男「こんな無茶なお金の使い方する男に引っかかるんじゃ無いぞ」

瑞鶴「分かってるって~」

瑞鶴「ていうか荷物はどうしたの?」

男「カード所持者にもなれば、指先一つで自動配送よ」

瑞鶴「ふーん。本当に便利なんだね。そのカード」

男「あんまり興味が無さそうだな」

瑞鶴「なんか現実感無くてさ。一枚で全部何とか出来るなんて」

男「一枚で何とかなるというか。こいつを持てる程の財力を持った人間ならば……」

男「その力にモノを言わせ、何とかなるように作られているのが現状なんだ」

瑞鶴「正しいのかな」

男「さぁな。俺も知らん。そこんとこは後の歴史が証明してくれると思う」

男「でも、お前の疑惑の念は正しいと思う」

瑞鶴「根拠は?」

男「理系みたいなこと言うな。強いて言うなら俺自身だ」

瑞鶴「なにそれ」クス

男「正誤の判断基準をしっかりと持っている俺自身が全部の根拠だ」

瑞鶴「出た、大人理論」

男「そんな深く考えて無いっつーの。俺はその日の飯の種稼ぐので精一杯だよ」

瑞鶴「いつもお仕事お疲れ様です」

男「でも自分が食わせて貰ってるからって遠慮するなよ」

男「家族だって言いたいことがあれば言うべきだし、不正があれば追求すべきだ」

瑞鶴「もっとお金下さい。可愛い女の子が大人の圧政に虐げられています」

男「それ寝言か? お前、起きたまま寝てるのか? 器用だな~」

瑞鶴「あはは」

男「その甘ったるそうなコーヒーうまいのか」

瑞鶴「飲む?」

男「ああ」ヒョイ

瑞鶴「……」

男「見た目通り甘ったるいな」


男「映画を見ていかないか」

瑞鶴「何やってるの」

男「お前の好きなのでいい」

瑞鶴「じゃあココは出よっか」

男「ああ」


~~~~~~

男「……」スタスタ

瑞鶴「……」スタスタ


瑞鶴「父さん」

男「ん?」

瑞鶴「手、繋いで」

男「……ああ」ニギ


瑞鶴「♪~」

瑞鶴「なんかデートしてる気分だね」

男「今夜は初めからデートだったろうが」

瑞鶴「はいはい」

男「少なくとも俺以上のエスコートが出来る男を選べよ」

瑞鶴「顧客のカード使う大人がなーに言ってんだか」

男「ムグググ」

瑞鶴「母さんとはどんなデートしてたの?」

男「今にも増して金が無い状況だからな~」

男「一緒に料理作ったり、本を読んだり、昔の録画したビデオ見たり」

瑞鶴「ビデオ?」

男「お前は知らんか。DVDに比べるとかなり大きな記録媒体が当時は主流だったんだよ」

瑞鶴「でもなんか、楽しそうだね」


男「楽しいよ。金が無くても好きな人と一緒だと何でも楽しいんだ」

瑞鶴「うん」

男「その好きな人の子どもと、お前と一緒にこうして過ごせるのも楽しい」

瑞鶴「うん」

男「愛してる」

瑞鶴「……ばか。私の誕生日忘れるくせに」

男「へっへっへ。俺は虚より実を取るからな」

瑞鶴「はいはい」


夜 高森家 玄関

そこには仁王立ちした鬼が居た。

日向「それで、今さっきこれらの大荷物が届けられたわけだが」

日向「勿論君たちに心当たりは無いよな」

瑞鶴「……」

男「あの、日向さん、今日はで」「足を崩すな」


日向「正座の姿勢を維持しろ」ニッコリ

男「……はい」

日向「で、答えは」

男「……その荷物は、俺がモールで今日買ったものです」

日向「……」

日向「瑞鶴」

瑞鶴「……はい」

日向「誕生日おめでとう」

瑞鶴「あ、ありがとうございます……」

日向「で、これは何だ」

瑞鶴「父さんが、何でも買ってくれるとのことだったので……」

日向「雅晴」

男「……はい」

日向「これを買う金はどこから出てくる」

男「あの、顧客の一人が俺にカードと暗証番号を教えてくれて……」

男「我が家に請求は来ないので、はい。その辺を理解して頂けると……はい。こちらとしても非常に助かります」


翔鶴(課長モードに入った)

時雨(課長だ、課長がいる)

長月(部長と出くわした課長モード入った)


日向「雅晴」

男「はい」

日向「この世にうまい話など存在しないと私は何度も注意したよな」

男「……はい」

日向「君が流行りの先読みだーとか言って課を挙げて骨密度測定器を大量に仕入れようとした時も止めたよな」

男「はい」

日向「ロボット犬ブームが来ると叫び出来の悪い人工知能付きの犬型ロボットを君が買おうとした時も止めたよな」

男「実に仰る通りで……」

日向「なのに何で君はこの期に及んで、初めて1万円札を渡された小学生のようなことをするんだ」

男「……申し訳ございません」

日向「雅晴」

男「はい」

日向「金の使い方はそいつ自身の生き方と同じだ」

男「……」


日向「……私も君が黒いカードを持っているのは話に聞いてた」

日向「お前にソレを渡した人は実に酔狂な金持ちなんだろうな」

日向「お前の人格を気に入り、信頼し、『この男の役に立つならば』と渡したんだ」

日向「君の金の使い方はその期待に応えられているのか。金を使った時の君はその人から信頼される人格足りえていたか」

日向「……君のした金の使い方は、本当に正しかったのか」

男「……」

日向「こいつらを今直ぐ返品しろ。あとカードを渡してくれた人に謝りに行け」

男「日向っ……」

日向「どうした」

男「お前の……言う通りだ……」

男「本当に……すまんかったッッ……!!!」


日向「……全く君という男は。目の前の事に熱くなって、すぐアホなことをする」ハァ


日向「今日はもう遅い。返品も謝りに行くのも、また明日で良いだろ」

日向「はい、正座終わり。遅めの夕食が待ってるぞ、あと酒でも飲め」

日向「馬鹿でどうしようもな夫だが……まぁ酌くらいしてやるよ」

男「うぅぅぅぅ」

男「うぉぉぉぉ日向ぁぁぁぁ」ダキッ

日向「わっ!? なんだよ、娘たちが見てるんだぞ!」

男「アイラブユー……アイラブユー……」ポロポロ

日向「今更なんだ、私もだよ」ナデナデ

男「オーマイガー」ポロポロ


??月??日 +16日

昼 都立高校 1-4

加古「お~瑞鶴~、聞いたぜ~」ブンブン

瑞鶴「おーっす加古。えっ、何かあんの」

加古「君は年上のナイスミドルを捕まえているそうじゃないかー」ガシッ

瑞鶴「あ、ああ……それね……」ポリポリ

瑞鶴「ていうかもうアンタまで広がってんの? 昨日のことなのに」

加古「女の情報網を甘く見ちゃアカンよ君ー」

加古「この前さー、中学の同窓会があって」

瑞鶴「ふむふむ」

加古「お前の写真見せたらー、男子が結構食いつてさー」

瑞鶴「えっ!? マジ!?」

加古「紹介してくれって何人からか言われたんだけど、お前彼氏居るんなら駄目だろうし」

加古「昨日の内に断っといたからな!」

瑞鶴「……」

加古「ていうか何だよー。彼氏居るならあたしと古鷹に紹介してくれても良いだろー?」

瑞鶴「……加古」

加古「ん? どした?」

瑞鶴「何晒しとんじゃキサマーーー!!!!」

~~~~~~

加古「え? そのナイスミドルはお前の親父さん?」

加古「えーと見栄を張って彼氏のふりをして貰っていた……と」

瑞鶴「……」コク

加古「……」

瑞鶴「……」

加古「ギャハハハハ!!!! 馬鹿だコイツ!!!! クソバカ!!!」

瑞鶴「殺す!!! 加古といえど今日という今日は殺す!!!」




昼 都内某所 成金趣味の家屋

男「すいません……遂に使ってしまいました」

男「買った商品は全て返品したので、請求が来ることは無いはずです」

先生「おお、別に好きに使ってくれて良いんじゃぞ」

男「そういうわけにはいきません。それと、このカードはお返しします」スッ

先生「商品だけでなく……良いのか?」

男「俺のような凡人には上手な金の使い方など出来ません。……妻に叱られました」

先生「ほっほっほ。そうかそうか」

男「だから返します。先生のご期待に添えず申し訳ない」

先生「儂はそれを受け取らんぞ。持っておけ」

男「……しかし」

先生「儂くらいになると、自分一人で金の使い切ることは出来ん」


先生「儂は高校生を孕ませる貴様の生き様に男を見た」

男「そんな所に男を見られても困るというか」

先生「ほっほっほ。まぁそれは六分の一冗談として、儂はお前の言葉に救われた」

男「……」

先生「人との繋がりは金があるだけでは作れん」

男「先生……」

先生「誰かとの絆は多くの時間や、偶然の巡り合わせ、時には苦痛を伴った日々の後に顕れる。奇跡と呼んでも差し支えない、人の生きる歓びじゃ」

先生「儂はお主の中に自分の理想とその奇跡を見た。こんな金の出る札など、その奇跡の代金としては安すぎるくらいじゃ」

先生「勘違いするなよ。この札を渡したのは、お前さん個人にではない。お前さんの家族全体に渡したものじゃ」

先生「老人のお節介……賢明な奥さんが居る限り、愚かな夫も金の使い方を間違えることは無かろうて」

先生「じゃから、それを儂は受け取らんからな」

男「地獄に金は持って行けませんしね」

先生「……」ベシッ

男「アダっ!」




夜 高森家 居間

男「というわけで返品した商品とかも全部ウチに送りつけられました」

日向「はぁ……君、その人にどれだけウチの話をしてるんだ?」

男「喋れる限り全部」

日向「……」グリグリ

男「アダダダダダ」

瑞鶴「良いじゃん。受け取れるものは受け取っておけば」

翔鶴「瑞鶴……」

瑞鶴「な、なによー……」

日向「そういう発想は良くないぞ。世の中うまい話なんて」

瑞鶴「無い、でしょ」

日向「そうだそうだ」


瑞鶴「母さん、ちょっと警戒し過ぎじゃない?」

時雨「姉さんが無警戒すぎなんだよ」

長月「うんうん」

瑞鶴「世の中いろんな人が居るんだし、お金持ってく人もいれば、お金くれる人もいる……みたいな理屈でもいんじゃない?」

日向「……この世間知らず娘が」

瑞鶴「カッチーン、でも結局いるじゃないですかー」

日向「だからこそ、怪しいと言ってるんだ」

男「よーし分かった。喧嘩はそこまでだ。みんなでお風呂に」「「「入りません」」」

男「了解!」

長月「アホ」

時雨「あはは」


??月??日 +20日

夜 都内某所 北園寺邸

ヲ級改「高森様、お待ちしておりました」

男「うん、苦しゅうない」

日向「……」ゴンッ

男「ッ」

ヲ級改「……」クスッ

時雨「うわ……外人さんだ……」

先生「儂が案内する」

ヲ級改「旦那様直々にですか……畏まりました」

日向「お初にお目にかかります。高森日向です。夫がいつもご迷惑を」

先生「北園寺実俊と申す。ほっほ。堅苦しいのはいい。よくぞいらっしゃった。さ、どうぞ中へ」

日向「失礼します。お前たちも上がりなさい」

瑞鶴「……お金持ちって本当に居るんだ」

翔鶴「こら」

時雨「お邪魔します」

長月「失礼するぞ」


敷地は普通の学校を優に超える広さがあり、広間には信じられない程長いテーブルが据えられていた。

先生「どうぞ、あちらの席に」

瑞鶴「な、ながっ……」

翔鶴「これは長いですね……」

日向「ありがとうございます」

先生「さ、食事の用意は出来ていますぞ」

島風「あーっ! 雅晴! ……えっ」

長月「……ん?」

島風「……」ジトー

長月「日向」

日向「あれ、北園寺さんも猫をお飼いに?」

先生「ああ」

長月「一緒に遊んで良いか」

先生「勿論」

長月「名前はなんて言うんだ」

先生「島風じゃ」

長月「よし……おい島風!」

島風「……」ビクッ

先生「スマンね。人見知りするタイプなんだ」

長月「この私がお前と遊んでやろう」ニィィィ


出される夕食は豪華ではあったが、高いテーブルマナーを要求する窮屈なものだった。

慣れている雅晴はともかく、高森家の残りの者は慣れない作業に手間取り味を楽しむゆとりも無かった。


瑞鶴(あれっ、フォークだと上手く……このっ! この!)カンカン

男(……こんなことなら普段からもっと高い店に連れて行けば良かったな)

先生「変に緊張しなくて良い。マナーは気にせず自分達の食べ方で食べるのじゃ」

日向「無作法で申し訳ない。そう言って頂けると有難いです」

瑞鶴「ところで実俊爺ちゃんはどんな仕事してんの?」

日向「おい、瑞鶴」

先生「ほっほっほ。そのくらい打ち解けてくれるのが老人としては嬉しいよ」

先生「説明するのは難しいが……昔、貿易で一山当ててね。その資本を元に事業を展開してきた」

先生「今の仕事は……そうじゃな。第一線から引退して色々な企業経営アドバイザーをしている、とでも言っておこうか」

男(ま、一般人に紹介するならその辺が妥当かな)

瑞鶴「なんかよく分からないけど凄いね!」

翔鶴「……」ハァ

時雨(あ、このお肉の味付け美味しい。やっぱりシェフの人とか居るのかな)

先生「君たちのお父さんとは仕事上の付き合いでね」

男「……」モグモグ

瑞鶴「父さんって仕事の時はどんな感じなんですか? 私、働いているとこは見たこと無いんです」

先生「その歳で課長というのは滅多におらん。それが有能な働き者である証拠じゃないかな」

瑞鶴「実俊爺ちゃんみたいな偉い人に褒められるとか! 父さん凄いじゃん」

男「当たり前だ。やるべきことをやってたら昇進しただけだ」

日向「無能な働き者では無いんですね。良かったです」

男「おい」


先生「瑞鶴君と翔鶴君は……確か弓道部だったかな」

瑞鶴「はい」

翔鶴「はい。学年は違いますが、同じ弓道部に所属しています」

先生「後で引いてみてくれないか。姿を見たい」

瑞鶴「爺ちゃん……まさかここ、弓道場あるの?」

先生「ほっほっほ」

男「だから今日は道具も持って帰れと言ったんだよ」

翔鶴「ここまで来るともう何でもありですね……」



長月「よっ」

島風「……」ビクッ

長月「そう怖がるな。何事もまず自己紹介から始まるんだ。私は長月、お前は」

島風「……し、島風」

長月「よし島風。チキンとフィシュ、どっちが好きだ」

島風「……フィッシュ」

長月「お! 私もフィッシュ派だぞ! やっぱり海のものが良いよな! メーカーはどこのがいい」

島風「メ、メーカーって……何?」

長月「ロイヤルカナンとか色々あるだろうが」

島風「私のはいつもキッチンの人が作ってくれてるから……メーカーとかは分かんない」

長月「メーカー製の食事じゃない……だと……?」


先生「日向さん、とお呼びしてもいいかな」

日向「勿論です。私も先生と呼ばせて下さい」

先生「それほど大した人間でも無いですぞ」

男「いえ。何を仰る。貴方を先生と呼ばずして、私が先生と呼ぶべき人はこの世に存在しません」

先生「ほっほっほ。随分と買い被られたものだ。……瑞鶴君、翔鶴君」

瑞鶴「どったのー?」

翔鶴「はい」

先生「メイドに弓道場へ案内させる。先に向こうに行って準備を整えておいてくれないか」

瑞鶴「あの汗臭いのにまた着替えるのは少しやだけど……爺ちゃんが夕飯ご馳走してくれたし、いっちょやりましょうかね」

翔鶴「では、お先に行っています」


先生「ああ。儂も君たちの両親と少し話をしたらすぐに行く……。飛龍」

ヲ級改「畏まりました」

先生「改めまして……本日はよくぞお越し下さいました」ペコ

日向「いえ! こちらこそ、家族でお邪魔してしまい……」

先生「老人の勘ですが、儂に何か言いたいことがあって来たのでは」

男「……」

日向「はい。夫から貴方のお話をよく聞いていました。自分に良くしてくれる個人篤志家のような方が居る、と」

先生「ほっほっほ」


日向「雅晴と一緒になってから……これでも世間の荒波にある程度揉まれてきたつもりです」

日向「レールを外れた人間に対して誰もが冷たい。だからこそ私は自分の拠り所になる家族を何よりも大切にしてきました」

先生「そのことは、旦那さんから聞いて重々承知じゃ」

日向「貴方は何故私たちに、高森という家に肩入れしてくれるのか」

日向「私には理由が分かりません。正直……不気味です」

先生「ほっほっほ。ま、それが常識的な受け取り方じゃろうな」


先生「こう言ってはなんだが、儂は生まれた時から金持ちでな」

日向「はい」

先生「金ばかりは腐るほどあったが、家族に恵まれていなかった。腐ったような連中と幼少期を過ごしたせいか、自分自身も同じように腐ってしまった」

先生「その方が金を作る上では有利だったがの……。儂はどこか満たされない感覚を抱えながら悶々と過ごし続けた」

先生「色々な手は試した。金で試せる手は全てな。それでも満たされることは無かった」

先生「捌け口を仕事に求め、それに打ち込んで過ごしていれば、老人と呼ばれておったよ」

日向「……ご家族は」

先生「おらんよ。親類も金目当ての者ばかりでの。縁は全て切った。……ああ、島風くらいは残っておるがな」


先生「雅晴とは仕事の関係で出会った。アポ無しでこの家に突っ込んでくる馬鹿者としてな」

日向「ファーストコンタクトは商談先だったと聞いていますが」

先生「ほう、そう言っているのか」

男「……大企業の影に見え隠れし光る怪しい物調べていたら、この家の禿頭から出るものだと分かってな」

先生(禿頭……後でしばく……)

男「ウチの課が部長から無茶な成績を求められている時だった」

男「当たれるルートは内外問わず全て当たったが、それでも規定ラインに足りなかった」

男「そんな時、どうやらここの爺さんは金と自由と余生を持て余しているようだと風の噂で聞いたもんだから、突撃したまでだ」


日向「無茶苦茶だ」

先生「当然儂も断った。アポ無しで見ず知らずの鉄砲玉かもしれない男を家に上げるほど儂も馬鹿ではない」

男「だから何度も通いました」

先生「ああ。足蹴にしても何度も何度も……。そのうち、島風やメイド、屋敷の者と仲良くなる程にな」

男「あはは。お土産代で結構散財したんですよ」

日向(あの外人メイドと仲良く……後でしばく……)

先生「そのうち、島風が敷地内だけでなく、家の中にまでこの男を入れてしまってな」

日向「なんと。不法侵入ですか」

先生「そうとも言い切れん。屋敷の者達も容認していたのだから」

男「ま、そこからが問題だったんですけどね」

先生「そうじゃの」

日向「? 先生と徐々に意気投合してめでたしめでたし……というわけでは」

男「無いな。むしろ、嫌われていた」

日向「えっ?」


先生「あの時の儂とこの男は合わなかったんじゃよ」

日向「……」

先生「天敵のような存在が儂の城であるこの家に入ってきた事実を儂は容認出来なかった」

先生「怒鳴り散らし当たり散らし、散々に追い返した」

男「それを大体十回ほど繰り返しましたっけ」

先生「儂が家具を新調した回数が大体それくらいじゃから、合っておる」

男「色々と大変でした」

日向「よくもまぁ懲りずに」

先生「永年門前払いにしたかったがこやつが来なくなると島風が寂しがっての」

先生「であるからして部分的に、儂との商談目的でなく島風と遊ぶために屋敷に入ることを許した」

男「失策でしたね」ニヤニヤ

先生「……」ハァ

先生「こやつは屋敷の連中や島風と関係をより深め……いつの間にか夕食に潜り込むようにまでなっていた」

先生「あれではもう誰の家か分からんわ」

先生「ずっと視界に入るものだから、つい儂の方から声をかけてしまった」

男「それが最大の失策」

先生「まこと、それが無ければ違う人生を歩んでおったじゃろうの」

先生「『お主は何故それ程一生懸命なのじゃ』と儂が聞くと」


男「稼いで飯食わせたい家族が居るんです」


日向「……」

先生「……と、答えての」

先生「回答自体は大した内容ではないが、その時の此奴の表情が目に焼き付いてしもうてのう」

先生「穢れとは無縁の、晴れ晴れとした澄み渡るような表情じゃった」

先生「儂が一度もしたことが無いような笑顔じゃった」

先生「それから暫くの間、その表情が寝ても覚めても此奴のことばかり考えてしまっての」

男「な、気持ち悪いだろ? この爺さん」アハハ


日向「……」ボカッ

男「反省!」

先生「ワハハハ!!! だが此奴の言う通りじゃ。儂は気持ち悪い爺になって、一人の男のことを考え続けた」

先生「一体儂と此奴は、何が違うのだろうと」

先生「時には仕事中に呼びつけて、時には高い酒をしこたま飲ませて、洗いざらい聞き出した」

男「尋問みたいな日々だったが当然やることはやらせて貰った。そのお陰で第四営業課は他課の追随を許さない圧倒的な営業成績を誇り」

男「……現在のような社内の屑の掃き溜めになったが?」ガックシ

先生「此奴の話を聞いている内に分かったんじゃ。儂の空白を埋めるのは家族をおいて他にない、との」

先生「ま、気づいた時には手遅れじゃったわけだが」

日向「……」


先生「いつの間にか雅晴は儂の酒飲み仲間の位置を確保していた」

先生「ある時、雅晴と一緒に酒を飲んでいると、満たされぬ我が身の虚しさが込み上げてきた」

先生「その気持ちを抑えるのもまた酒なわけだが、あの日は深酒しすぎての」

先生「年甲斐もなく不満の全部を雅晴に吐き出してしまったわけだ。そしたら此奴、泣いておるんじゃ」

先生「嗚咽混じりに『先生、さぞお辛かったでしょう』と言った後に」

男「あんたを俺の、俺たちの家族にしてやる」

先生「ほぅ、覚えておったか」

男「綺麗事が過ぎるかもしれませんが今でも気持ちは変わっていませんよ」

先生「ほっほっほ」


先生「ま、というわけで……。儂は晴れて高森家に肩入れするようになった」

先生「日向さん、本当にすまん」

先生「此奴はただ馬鹿な年寄りの我儘に付き合ってくれているだけなのじゃ」

男「……」

日向「君、何故この話をもっと早くしなかった」

男「……すまん」

日向「馬鹿者。家族ならばもっと頻繁に会いに来るべきだろうが」

男「……ん?」

先生「……こんな見ず知らずの老人を家族と呼んでくれるのか」

日向「雅晴は私が最も信頼する男です」

日向「うちの旦那は抜けているところもありますが……いざという時には頼りになります」

日向「そいつが決めたのなら貴方も私たちの家族だ」

そう言って、俺の妻は笑った。


先生「……やはり此奴と同じ表情をするんだな。……本当に、なんと言葉を返せば良いか」

男「泣くな先生、弓道場でアンタの孫が待ってるんだから」バンバン

日向「幸せすぎて、実俊さんもじきに似たような顔になりますよ」

先生「儂も歳を取り過ぎたのう……」



島風「……実俊、嬉しそう」

長月「その辺、私の飼い主はお前の飼い主より凄いわけだ」エッヘン

島風「別に長月が偉いわけじゃ無いもん」

長月「なんだと~!」

島風「……だから駆けっこで決着しよ」

長月「……いいぞ」

島風「ほーら長月~、悔しかったら追いついてみなよ~」タタタッ

長月「あっ! 待てこらー!」タタタ

島風「あはは! おっそーい!」




??月??日 +22 日

昼 都立高校 図書室

瑞鶴「ふーむ」 加古「うーむ」

瑞鶴・加古「「分からん!」」

霧島「……どこ? 見せなさい」

瑞鶴「ここなんですけどー……」

霧島「馬鹿じゃないの。こんなのやり方覚えて入れ込むだけじゃない」

霧島「中学生……いえ、賢い小学生なら簡単に解くわよ」チッ

瑞鶴「グギギギ、こ、この……」

霧島「は? アンタ大学行きたくないの?」

加古「榛名姉さーん……ここなんですけど」

榛名「ああ、そこはこの公式を使えば良いんですよ」

加古「使い方が分かんなくて」

榛名「もう、加古はしょうがない子ですね。この問題は小学生でも解けますよ」ナデナデ

加古「うへへへ。小学生レベルでごめんなさい」

榛名「大丈夫です。私の言う通りにすれば、何も問題はありません」

加古「榛名さん……なんか良い匂いするし……最高っす……」デヘヘ

霧島「何で私たちが高校生の面倒を見なければならないんですか」

榛名「まぁまぁ。そういう学習支援ですし何より、現役の女子高生と生で触れ合えるのですから」

霧島「……」

榛名「も、勿論そういう意味ではありませんよ?」

瑞鶴「まーこんなピッチピッチの女子高生と喋る機会は貴重ですからね~」

加古「んだんだ~」

霧島「図々しいのよね。この子たち」

榛名「まぁまぁ……」

古鷹「色々とごめんなさい」


??月??日 +45日

夜 高森家 居間

時雨「父さーん」ダキッ

男「どした時雨」

時雨「今度僕の学校、参観日なんだけど来てくれるよね」

男「いつだ」

時雨「再来週の水曜日」

男「それなら予定を調整して何とか出来そうだ」

時雨「やった! 絶対来てよ!」

男「父さん頑張るぞー」

時雨「楽しみにしてるからね! おやすみなさい!」

男「おやすみ」


長月「はー、やっぱり参観日に親が来るというのは嬉しいものなのか」

男「そりゃあな。俺だって小学校の時に親父が来てくれて嬉しかったぞ」

長月「……ま、せいぜい家族ごっこを楽しむんだな」

男「ごっこってなんだよ、コラ」コチョコチョ

長月「へへっ! あは! くすぐったいからやめろ!」ウネウネ

男「うりゃうりゃ」コチョコチョ

長月「やめっ、あはは! ニャ、ニャニャニャー!」ウネウネ

男「可愛いなぁ~この~」コチョコチョ

日向「……ニャー」

男「……」ゾワゾワ

日向「……」ベシッ

男「痛い」




夜 都内某所 北園寺邸

先生「♪~」

ヲ級改「旦那様、ご機嫌ですね」

先生「お、分かるか飛龍」

ヲ級改「屋敷の者たちは皆話しております。旦那様が近頃とても良いお顔をされている……と」

先生「それもこれも、高森家に感謝じゃの」

ヲ級改「はい」

島風「ねー実俊! 次は長月と雅晴いつ来るの?」ピョコピョコ

先生「弓道で色々教えたいこともあるし……また近いうちに呼びたいのう」

ヲ級改「それは是非、お呼びすべきかと」

島風「明日は? 明後日は?」

先生「島風、焦り過ぎじゃ」

島風「もー! 早くー!」ピョコピョコ

先生「本当にせっかちな奴じゃの」


??月??日 +50日

夜 都内 スーパー

加賀(終電まで拘束されるなんて、学校の先生も楽じゃないわ)

加賀(求められることのわりに与えられた権限が少なすぎるのは問題ね)

加賀(……なんでプライベートまで仕事のこと考えないといけないのかしら)

加賀(さて、今日の夕飯は)

加賀(あ……お惣菜が安くなってる。ポテトサラダと半額弁当)


加賀「……」スッ


加賀(たまにはいいわよね。料理の手を抜いても)

加賀(って言いながら、ずっと手を抜いてたりするんだけど)

加賀(もう! 加賀ちゃんったらめんどくさがりやなんだから! プンプン!)


加賀「……」

加賀「……ふふっ」


~~~~~~

陸奥「合計6点で1153円になります」

加賀「……1203円で」チャリチャリ


陸奥(相変わらずお箸はつけない、と)

陸奥(この人、美人だけどいつもこの時間帯に一人で惣菜買ってくな)

陸奥(見た感じ恋人とか居なさそう)

陸奥(ま、そんなこと恋人居ない万年パートの、五番レジの女に言われたくないわよね)


陸奥「50円のお返しです」

加賀「……ありがとう」ニコ

陸奥「……ありがとございました。またお越しくださいませ」


陸奥(もうちょっと頑張ってみようかな)

陸奥(人生とか)




夜 都内 某マンション

加賀「ただいま」ガチャッ

加賀「と言っても誰も居ないですが」アハハ


さっきのレジの店員さん、いつもと同じ人だった。


加賀「あの人、私と同じニオイがするのよね」

加賀「同情せずにはいらない」


加賀(いけないわ加賀。家で一人で喋るくせがついたら本当に終わりよ)

加賀(とりあえず買ってきた惣菜をレンジでチンして)

加賀(その間に)

加賀(HDDを起動、録画した番組を再生する準備をしつつ)

加賀(スーツを無造作かつ優雅に脱ぎ捨てジャージに着替える)

加賀(髪も下ろそ)

加賀(そして、冷蔵庫から)


加賀「……」ニヤッ


加賀(よく冷えたビールを取り出す)


加賀「……」プシュッ

加賀「……」ゴクゴクゴク


加賀「……くぅぅぅ!」


加賀(加賀ちゃん、今日も1日お疲れ様)


加賀「……虚しい」


Prrrr! Prrrrrr!


加賀「……」ピッ

加賀「……もしもし、どうしたの赤城さん」

中間棲姫「あ、加賀さん? 寝てた?」

加賀「いえ、今帰ってきたところよ」

中間棲姫「今、新宿で飲んでたんだけど終電無くなっちゃって。飛龍とそっちへ行っていい?」

加賀「また飲んでたの」クス

ヲ級改「うぇーい! 加賀っち~起きてる~?」

中間棲姫「例によって飛龍も居るんだけど……」

加賀「いいわよ。いらっしゃい」

中間棲姫「うん。じゃあそういうことで」

加賀「ええ。通信終了」

中間棲姫「えっ、何それ」

加賀「……何かしら」

中間棲姫「うふふ。面白い冗談ね。じゃあお酒を買っていくから、待っててね」ピッ


加賀「……さきイカお願いしとけば良かった」


??月??日 +57

昼 武蔵商社 営業部

男「じゃあ俺、半休で参観日行ってくるから」

隼鷹「時雨ちゃんによろしくな~」

飛鷹「良いなー、課長。もう帰るんですか」

矢矧「お疲れ様でした」

天龍「あれ~、雅晴君もう帰るのか~?」

男「げっ、天龍部長……」

天龍「いい御身分だよな~、やることやってんのか~? あ~?」

男「じ、事前に申請出してますし……部長も前に判子押してくれたじゃないですか」


天龍「オレの気が変わったんだよ! 半休は取り消し! 取り消し! 取り消しィィィ!」グニャァァァ

男「そ、そんなぁぁぁぁ」グニャァァァ


球磨「また旦那と喧嘩したらしいクマ」ヒソヒソ

飛鷹「うわぁ……みっともなぁ……」ヒソヒソ

天龍「そこ! なんか言ったか!」

球磨「な、何も喋ってないクマ」

飛鷹「さ、仕事仕事ー」


男「頼みます部長! 今日は可愛い娘の参観日なんですよ!」

天龍「会社と娘どっちが可愛いんだぁ?」

男「そりゃ娘でしょ」キッパリ

天龍「……よし、分かったから仕事に戻れ」

男「どうしても駄目ですか」

天龍「駄目だ」

男「どーしてもですか」

天龍「どーしてもだ。行ったらクビにしてやるからな」ニヤニヤ

男「はぁ……仕方ないな。ちょっと電話してきます」

天龍「おう、それなら行って来い」


男「飛龍か? 雅晴だが、先生に繋いでくれ」

男「……」

男「はいはい。分かった分かった。今度一緒に酒飲みに行ってやるから。愚痴はその時に聞くよ」

男「……」

男「あ、先生。俺ですオレオレ。いや、詐欺じゃなくて」

男「今日の時雨の参観日、先生も行きますよね? 俺も向かうつもりだったんですけど……いや、だから別に詐欺師じゃないですって。雅晴ですって」

男「実は会社の急な仕事が入って………………耳元で怒鳴らないで下さい。俺だって行きたいんですよ」

男「でも部長が半休申請取り消しやがってあの野郎。行ったらクビって脅すんですよ」

男「……はい?」

男「……はぁ、問題はすぐに解決すると」


~~~~~~

武蔵「雅晴」

天龍「しゃ、社長!? どうしたんすか!?」

男「はい」

武蔵「今すぐ小学校へ向かえ。社長命令だ。電車で間に合わんなら社用車を使っても構わん」

男「ありがとうございます。武蔵社長の誠意ある対応に感謝します」

武蔵「ま、御老公に良いように言っといてくれ」

天龍「いいんすか社長!?」

武蔵「天龍、今回は黙っておいてくれ。私はこいつの知り合いに借りがある」

男「あはは。俺、社長のそういう歯に衣着せないとこ好きですよ」

武蔵「馬鹿、目上に対して馴れ馴れしいぞ。……そこまで嫌でもないがな」

武蔵「にしてもお前、なんでまだウチで働いているんだ? あの人の下ならもっと良い条件の仕事なんて幾らでもあるだろうに」

男「社長が俺を拾ってくれたんですから恩返しするのは当然ですよ」

武蔵「義理堅い振りをするな。おべっかを使ってもノルマを軽くはせんからな」

男「ははは、鬼社長の優しさなんて期待してないです。もう少し貴女の下で色々学ばせて下さい」

武蔵「いいぜ。お前さんが利益を上げてくる内はな」

男「損はさせませんよ」

武蔵「期待している。行って来い。車のキーだ」ポイッ

男「ありがとうございます。行ってきます」パシッ




昼 都立小学校 教室

ヲ級改「あと少しで雅晴も到着するそうです」

先生「……よし」

黒服「……」

「あ、あのお爺さん誰の保護者なの?」

「横にメイドさんと黒服が居るぞ……」

担任「あ、あの……保護者以外の方の参観はちょっと……」

先生「ほっほっほ。儂の介護じゃ」

黒服「介護だ」ギロッ

担任「そうですよねぇぇぇ介護なら仕方ないですよねぇぇぇぇ」

ヲ級改「申し訳ございません担任さん」

時雨「お爺ちゃん!」

先生「時雨。邪魔しとるぞ」

時雨「父さんは?」

先生「もうすぐ来るはずじゃ」

時雨「実俊爺ちゃん」

先生「ん? どうかしたか?」

時雨「……来てくれてありがとね」

先生「……」キュン

ヲ級改「心筋梗塞ですか旦那様」

先生「阿呆」


妖精は人間を信じ、力あるものの傲慢から人間を導こうとした。

そのために彼らは敵と戦う術であり新たな次元へと進むための鍵となる存在を人間に与えた。

鍵がその胸に秘める誤差のような灯火が燎原の火へと変わることを祈りながら。


1970年代初頭、人類は深海棲艦と出会った。

歴史の中で冷徹なまでに研ぎ澄まされた戦術は深海棲艦には通用せず、人はただ蹂躙されるのみであった。


海は人の手から離れ世界のパワーバランスは再び崩れた。


アメリカは再び自大陸に閉じこもりソ連が胎動を始める。


深海棲艦という共通の敵が現れた今尚、人同士の殺し合いは絶えたことがない。


数多くの問題を抱えながら、それでも人は海を捨てることが出来なかった。


異形の者から海を取り戻す為に人類はありとあらゆる手段を講じ、その殆どは失敗に終わった。

日本を中心として妖精と人類の協定が結ばれ、海での状況は好転する。

妖精からの技術提供による反撃手段の確立とその運用の成功である。


一つの契機として沖ノ島海域作戦が挙げられる。

深海棲艦は日本海ルート切断のため北上し沖の島海域へと侵攻、日本軍はこれに対し反撃を行った。

沖ノ島海域への深海棲艦侵攻は日本に多大な影響を与えるものであった。

単に大陸国家との連絡線を閉ざされるだけでなく、安全な海を喪失する国民の心理的恐怖、何より沖ノ島という神域を失うことは国家神道を掲げる日本皇国にとって国家存続を揺るがす一大事だったのだ。

様々な要因が絡み合い望まざる決戦の舞台が整った。

日本近海に巣食うブレイン撃破の為画策された初の本格的反攻作戦

人類側の残存艦艇を多数利用した陽動と海域に羅針盤を埋め込んでいく中で発生するであろう敵混乱に乗じ、実戦稼働する日本の艦娘を可能な限り動員した殴り込み部隊の敵根拠地への突入がその作戦の全てである。

作戦と言うには余りにお粗末で稚拙な内容であった。

通常艦艇で構成される陽動部隊は、最大のもので巡洋艦しかないものの……数の上では大規模で艦娘用の艤装を流用した艦艇が多数あったため、多少の戦果は期待出来ると上層部は見込んでいた。

蓋を開くと当然目論見通りには行かなかった。

通常艦艇は大きな射的のとして海に身を横たえるだけの存在に過ぎなかった。

陽動部隊が軍事常識からは考えられない文字通りの全滅に追いやられる最中、人にとっての奇跡は起こった。

本命ではない支援艦隊の艦娘が自主的に行動し、薄くなった敵防衛線の突破に成功。

そしてブレイン撃破という戦略目標を達成したのである。

深海棲艦側の動揺は目に見える程だった。

逆に自らの力に自信を持った日本は野火の如く北海、南太平洋、インド洋へとその裾野を広げ、日本の国際社会における政治的な発言力はみるみる内に上昇していった。


だが有頂天もここまで。

羅針盤対策を講じた敵に対する衝突力は最早皆無であり、時間は深海棲艦の味方であった。

不利な均衡への決定打を求めた新生海軍上層部は軍事的観点を無視した作戦を立案する。


ハワイ奇襲作戦である。


沖ノ島で起こした奇跡をもう一度この世に顕現させることがこの作戦の骨子だった。


つまり到底無理である。


単冠に戦力集結中、逆に深海棲艦から奇襲を食らい大損害を被る。

一部艦娘の完全例外な英雄的行動により奇跡的に撃沈艦は存在しなかった。

この事件は衝撃をもって世界に受け止められた。

戦場の内実に疎い人々からしてみれば、次の戦いで深海棲艦との太平洋における戦いは決着がつくと考えていたのだから当然だろう。

期待と同じだけ失望は大きかった。

責任という言葉を個人感情と悪意をもって濫用する日本国民の怒りの矛先は海軍へ向き、彼等は当然の如く日本伝統文化である職業ハラキリ式に責任を果たした。

当時の聯合艦隊司令長官は解任され、新鋭の若人が任命された。

しかし根本の問題は解決されなかった。

責任者が問題の責任を取ることで問題が解決することは滅多に無い。

何故なら責任者というのは単に責任を取る者であり、真に除去すべき患部は往々にして別にあるからだ。

そもそも、日本海軍における最大の患部は結果ばかり求める国民と政治上層部なのだから、これで何か解決されれば逆に驚くべきであろう。

艦娘という兵器の定数や海軍の組織構造といった面で単冠夜戦の影響は全く無いかのように思えるが、聯合艦隊司令長官の権威が政界において失墜し、政治上層部の指導力が相対的に強くなった。

これにより艦娘たちの未来も決まっていたのかもしれない。


その未来とはガダルカナル消耗戦である。


日本の政治と軍事はその関係をより深めながらも今現在一番重要視すべき現実、つまり深海棲艦との戦争において。

戦争の中で一番重要視すべき現場の意見を一顧だにしない老人たちによって戦略は立てられ、そのスケジュールに沿い時計の針は進められていく。

時計の針の先で、数々の奇跡を人にもたらした艦娘に与えられた次の戦場は、沈むまで戦い続ける地獄だった。

珠玉より貴重な熟練艦娘は育てることの十万分の一の労力で失われ、日本の深海棲艦に対する人類の抵抗力は彼女達が居た時の一万分の一となった。

当然の帰結として新たな職業ハラキリをする生贄が大衆から求められる。

妖精たちは南方での無謀な艦娘運用に対する無言の抗議として、職務放棄を選択する。


南方には熟練の艦娘も部分的には妖精すらも存在しない戦争遂行不可能な状態すら現出しつつあった。

時ここに至って内閣総理大臣は聯合艦隊結成を承認、海軍最高指揮権を横須賀第一管区長へと譲り渡す。

つまり司令長官にハラキリを命じたのである。

無茶を押し付けられても、長官はただで転びはしなかった。

可能な方策を全て試し状況を打開することを求め、その行動は南方の戦況を転換させるまでに至った。

その課程で艦娘の複数運用が可能となる。

妖精との協定違反であったが、妖精は黙認し何の反応も示さなかった。

代わりに陸軍が反応を示す。

艦娘は陸上戦力としても魅力的であった。

艦娘と政治権力を同時に手に入れようとした男の野望は、奇しくも時の最高権力者によって認められ実行される。


妖精の祈りも虚しく、多くの願いが踏みにじらた。

それでも我々は知っている。

流れの中で大切な物を必死に守ろうとした男たちと、彼らを愛した艦娘たちを知っている。

これは概史にけして登場することは無い者たちの物語。



彼らのために祈ろう。

後の世で誰も彼らを顧みずとも、せめて我々だけは祈ろう。


心ある者の魂に因果律の祝福があらんことを。


??月??日 +90日

昼 武蔵商社 営業部

PiPiPiPiPiPi

男「はい、高森ですが」

ヲ級改「あ、まー君? やっほー」

男「どうした」

ヲ級改「今晩とか飲めないかな~って」

男「今日か」

ヲ級改「うん。空いてる?」

男「日向は友達の家へ行くから……。空けられないこともないぞ」

ヲ級改「じゃあ空けといて。錦糸町の良いとこ予約してるんだ~」

男「へー、楽しみにしてるからな。まぁ俺の終電までだが」

ヲ級改「もちもち~」




昼 学校 職員室

加賀(あら、飛龍からメール)

加賀(夜、いつもの店で)

加賀(了解、っと)




夜 都内 BAR

加賀(飛龍、遅いわね)

加賀(あ、メールが)

加賀「……」

加賀(了解。仕事頑張って、と)



男「……どうしたんだ」

ヲ級改「ごめーん! 旦那様にちょっと急な用事が入っちゃって」

男「しょうがないか。また埋め合わせしろよ」

ヲ級改「ごめんね~? でもいい店だから是非色々飲んでみて! それじゃ!」

男「おう。頑張ってな」


男「……ったく。響をストレートでお願いします」

「はい」

加賀「……貴方も友人がキャンセルしたクチ?」

男「ええ。でも仕事ですから、仕方ないですよ」

加賀「そうよね。仕事なら仕方ない」

男「この店、実は初めてで。何かお勧めがあったら教えて頂けませんか」

加賀「全部おすすめよ」

男「ああ、そうなんですか」

加賀「バーテンさん、この人に私と同じのを一つ」

「畏まりました」


~~~~~~

加賀「……」コク

加賀「良い味だけど、初心者には難しいかもね」

男「ははは」

加賀「なによ」

男「こいつは俺も知ってます。味が派手で分かりやすくて初心者にお勧めできる酒ですよ」

加賀「……悪かったわね。いつも何も考えず飲んでる貧相な舌で」

男「いや、そこまでは言ってない」

加賀「バーテンさん、このリストに載ってるの片っ端から持って来て。二人分ね」

男(美人だけど面倒な人に捕まったな)

加賀「貴方、どんな会社で働いてるの」

男「商社」

加賀「そう、何を取り扱ってるの」

男「うちの会社は社長が変わってて。大手が取り扱わないものばっかり」

男「言うならエネルギー関連ですかね」

加賀「エネルギー関連なんてまさに流行りじゃない。大手も取り扱うでしょ」

男「採算が合わないものは取り扱いませんよ。あいつらはね」

男「そのくせ商品価値が世間に認められてくると金の匂いに敏感に反応して」コクッ

男「……ふぅ。育ててきた利権ごと全部かっさらって行ったりします」

加賀「良い飲みっぷりね」

男「思い出すと腹立ってきた」

加賀「分かるわ。分からないけど」

男「どっちなんですか」

加賀「まぁ飲みましょう」



~~~~~~

加賀「それで同僚が『だから加賀さんは結婚出来ないのよ~』って」

男「迷惑な人だ。そんなこと言って何になるのか」

加賀「ほんと余計なお世話よ」クイッ


男(加賀、どっかで聞いたことある名前だが。どこだったっけ)


加賀「おかわり」フラフラ

男「その辺にしといた方が良いと思いますが」

加賀「うるさいわね。貴方何様よ。私の人生に責任取れるの」

男「取れません」

加賀「なら黙ってなさい」


男(よっぽど疲れてるんだな)


男「しょうがないなぁ」

男「責任は取れませんけど酒に俺も付き合いますよ。お兄さん、俺にも同じの」

加賀「……なによ」


加賀「貴方、結婚してるの?」

男「どう見えます」

加賀「してるわね。妙に落ち着いて所帯じみてるし、薬指には指輪がある」

男「正解。俺には勿体ない奥さんと子供たちが居ますよ」

加賀「これでも色んな大人を見てきたつもりだからね。……私は結婚してると思う?」

男「酔ってるんですか。さっき同僚の話してた時に言ってましたよ」

加賀「あれ、そうだったかしら」


~~~~~~

加賀「男ってどうして胸ばっかり見るの」

男「……」

加賀「なんとか言いなさいよ」

男「……俺も結構見てしまうので、なんとも」

加賀「そんなにこれが良いの?」モミモミ

男「いやぁ、小さいころ吸っていたし。三つ子の魂百までと言うじゃありませんか」

加賀「そんなの私も吸ってたわよ」


~~~~~~

加賀「幸せがどこかに落ちてないかしら」

男「……」

加賀「星の王子さまが迎えに来てくれないのかしら」

男「……」

加賀「白馬の王子さまが……」

男「来ませんよ、そんなのは。貴女だって分かってるでしょう」

加賀「意地悪。良いじゃない。夢くらい見ても」グス

男「はぁ。しょうがないなぁ。会社の後輩を紹介……いや、アイツラは駄目だ」

男「先輩も……あ、皆結婚してる。すいません。お役に立てそうも無くて」

加賀「いいわよ。別に期待してないから。バーテンさんおかわり」

加賀「代わりにここの飲み代くらい持ちないさい。男でしょ?」

男「しょうがない」

加賀「当然よ」


~~~~~~

男「……」ソワソワ

加賀「おかわり」

男「そろそろ俺は帰るんで、失礼します」スクッ

加賀「駄目よ。まだ9時過ぎじゃない」ガシッ

男「家が遠いんですよ」

加賀「そんなに私と酒が飲みたくないわけ?」


男「本当に遠いんですよ。俺の免許証見ますか」

加賀「……見なくても信じるわよ。あと30分だけ付き合って」

男「……」

加賀「お願い」

男「……分かりましたよ。俺の負けです」

加賀「貴方良い人ね。都合の良いほうだけど」

男「よく言われます。ちょっと電話してきますね」

加賀「ええ」


加賀「バーテンさん、ちょっと」チョイチョイ

「どうかなされましたか」

加賀「……」ヒソヒソ

「……アレを出す分には問題ありませんが。その、色々と大丈夫なのでしょうか」

加賀「責任は私が取るわ」

「かしこまりました。すぐお持ちします」


~~~~~~

「どうぞ」

男「お待たせしました。……このお酒は?」

加賀「特に名前はついてないわ。でも、おいしいわよ」

加賀「敢えてつけるとすればスペシャルサワーってところかしら」

男「サワーですか」

加賀「ええ。これは私の奢りよ」

男「いただきます」クイッ

男「……」

男「飲みやすい」

加賀「でしょ。私も好きなのよそれ」

男「何で今まで飲んでなかったんですか」

加賀「……新入りさんの前で自分だけ裏メニュー頼むわけにもいかないでしょ」

男「ふーん。確かにそういうもんかもしれません」

加賀「ほら、もう帰るんだからどんどん飲んで。つまみも余ってるし」

男「そうですね。頂きます」


30分後

男「……」フラフラ

加賀「大丈夫?」


加賀(大丈夫なわけがないんだけどね)

加賀(スペシャルサワーはただの飲みやすいドリンク割りスピリタスだし)

加賀(まさか六杯も飲むとは思ってなかったけど)


男「……う~ん。帰らなきゃ」ヨタヨタ

加賀「そ、じゃあ送ってくわ」

男「ありがとう……」

加賀「財布借りるわね」

加賀「お会計、これでお願い」

「……ありがとうございました」(グッドラックです。飛龍様のお連れ様)

加賀「ほら、肩貸すから」

男「ひゅうが~……」

加賀「……」ブチッ


~~~~~~

加賀「ついたわよ」ガチャッ

男「ここぉ~……ホテルじゃないですかぁ~」フラフラ

加賀「貴方が私を無理やり連れて来たのよ」

男「えっ、いやぁ、でも俺結婚してるし」

加賀「……」スポッ

加賀「結婚してないわよ」

男「いやその証拠に左手に指輪が……無い」

加賀「ほら」

男「じゃあ俺が連れて来たんですね」

加賀「そうよ。先に奥さんにメールしておきなさい『今日は帰れなくなった』って」

男「了解、飲み会で~っと送信、っと……あれ、でも奥さんって」

加賀「そんなことより貴方の好きなおっぱいが目の前にあるけれど」

男「すげぇ!!! でけぇ!!!」

加賀「きゃっ」

男「へっへっへ」

加賀「や、ちょ!? 乱暴に扱わないで! もっと優しく……」

男「そうはおっぱい問屋がおろさねぇ!」


??月??日 +91

朝 都内 ビジネスホテル

男「……Zzz……フゴッ!?」

男「あれ……どこだここ」

男「女の匂いが残ってる?」スンスン

~フラッシュバック中~

男「うわぁ……俺、やらかした……」

男「病気とか貰ってませんように」




??月??日 +93

夜 高森家 居間

瑞鶴「あー、いい湯だった」ホカホカ

瑞鶴「母さん冷蔵庫に牛乳残ってる?」

日向「あー、あると思うが……とりあえず下着姿でウロウロするな」

瑞鶴「別に見られても減るもんじゃないし?」

翔鶴「そういう話じゃ無いと思いますが」

男「……」ジー


男(この胸はコンプレックスになるのも頷ける。学校で他の子達とも比べられるだろうし)

男(本人が気にしてなかったら良いんだが、気にしてるんだろうなぁ)

男(神よ、哀れな娘に胸肉を与えたまえ)


瑞鶴「父さん、私の胸見すぎ~。そんなエロい目線で見られると困るんですけど~?」

男「……」

翔鶴「……」

時雨「……」クスクス

男「……」


男「すまんな。少しデリカシーが足りなかった。注意するよ」ニコッ


瑞鶴「なんだぁー! その爽やかな表情はぁー!」

翔鶴「父さんは貴女のことを……。まぁ、理解できないでしょうけれど」

時雨「エロ目線ってエロいと言えるものが無いと成立しないの僕でも分かるよ?」

瑞鶴「時雨、そこ動かないでね。お前の心臓だけを確実に射抜きたいから」

翔鶴「マッチポンプで時雨を殺されてはたまりません。やめて下さい」

時雨「勝手に盛り上がって勝手に怒りだすとか」

瑞鶴「いいじゃな!!! 夢くらい誰だって、誰だって夢見る権利はあるんじゃないの!?」

日向「他人にそれを押し付けるなよ……胸の中にしまっておけ」

男「しまえる程大きくない」ワハハ

瑞鶴「ッシャオラァ」グシャッ

男「ピッ!」


翔鶴(最後は全ての怒りを自分に。お見事です)

日向(ま、父親だしな。それでいいんじゃないか)


??月??日 +121日

夜 都立高校 弓道場

瑞鶴「あー父さん? うん。そうそう。弓道場の前まで来てー。はいはーい」

翔鶴「これはゲリラ豪雨というものなのでしょうか……」

加賀「二人共、保護者の方が迎えに来てくれそう?」

瑞鶴「はい。父さんが迎えに来てくれるって」

加賀「そう。なら安心ね」

~~~~~~

男「待たせた。車に……え」

加賀「あ」

瑞鶴「ん? 二人共知り合いなの?」

翔鶴「何か繋がりが……?」

男「ああ、以前この学校を訪れた時に色々親切に教えて下さった方だ」

加賀「お、お久しぶりです」

男「荷物あるだろ? 車に積んでこい」

瑞鶴「シート倒したら弓入るかなー?」

翔鶴「多分行けると思うけど……」


男「覚えてないんですが、あの時俺、酷いことしてませんか……?」ヒソヒソ

加賀「……私は貴女に豚呼ばわりされながら中で出されたわ」バキィッ

男「ジットラ!?」


瑞鶴「積み込み完了~。父さん帰ろう!」

男「ん、そうだな」

翔鶴「では加賀先生、お先に……」

加賀「瑞鶴、弓道部の緊急連絡網にお父さんを加えましょう」

瑞鶴「分かりました。どうしたら良いですか」

加賀「貴方のお父さんの番号を私に教えて」

男「……」

加賀「よろしくね」ニコ


??月??日 +200日

夜 高森家 居間

日向「すまんな翔鶴」

翔鶴「いえ。身重の母さんを働かせるわけには」

男「ただいまー、ん~、赤ちゃーん~元気でしゅか~~」

日向「こら。もはや不気味だぞ」

瑞鶴「四人目だからもう母さんも慣れたもんでしょ」

長月「しっかし見事に膨らむもんだ」ポンポン

日向「次は時雨もお姉さんだな」

時雨「あっ」

翔鶴「なんだ。気づいてなかったの?」

時雨「僕もお姉さんデビューを果たすわけだね」

日向「頑張れよ」

時雨「うん」

瑞鶴「いい、時雨? よく聞きなさい。姉ってのはね~、大変なのよ~」

時雨「折角いい気分なんだから黙っててよ」

瑞鶴「ファー!!!!!」




??月??日 +203日

夜 都内某所 北園寺邸

日向「ヨセミテがおすすめなのか?」

ヲ級改「はい。定番ですがグレーシャーポイントからの眺めは本当に素晴らしかったです」

日向「噂は聞いてるよ。アメリカはあまり好きじゃないけど、是非行ってみたいな」

翔鶴「ヨセミテまで行くのですか……?」

日向「どうせならな」


先生「じゃから! 問題をよく読め! 国語は問題製作者との対話じゃと何度言えば……」

瑞鶴「分かんないモンは分かんないんですー!」

男「なに喧嘩してるんですか」

先生「何故こんな簡単な問題が分からんのじゃ」

瑞鶴「……」ムカムカ

男「きっと先生の教え方は賢い人向きなんですよ。初心者には向いていません」

先生「そうかの?」

瑞鶴「馬鹿で悪かったですね」

男「馬鹿とか言ってないだろ。何事にも段階がある。お前入部初日から弓引いたか」

瑞鶴「……見るだけだったけど」

男「この爺さんが言ってるのは矢を当てるための方法だ。入部初日の人間が容易に理解できるものじゃない」

瑞鶴「……」

先生「雅晴の言い方は少々噛み砕きすぎな気もするがの」

男「もう少し手加減してやって下さい。こいつはまず日本語を知らないんですから」

瑞鶴「シッ!!!!!」ヒュバッ

男「テンペストッッッ!!!!!」グシャ


??月??日 +259日

昼 武蔵商社 会議室


男「えーっと、今回のあー、卯月商事さんとの取引なんですけどあうあうー」

卯月「その態度は何ぴょん!」

男「いやー、いつもこうなんすけどー」

男(テメェが俺らのエンジン持って行こうとするのが気に食わねーんだよ)

卯月「今回の商談が特別なものであることはこちらも理解しているつもりぴょん」

卯月「だからこうして社長であるうーち……私が自ら敵地であるここに出向いてるぴょん」

男「しかしですねー、こちらが独占している商物に対して後から介入されるのは……」

男「業界の常識と照らし合わせてもありえないのでは?」

卯月「常識なんて人が作るものぴょん」

卯月「まさか私の後ろに何があるか、知らないわけでもないでしょ?」

男「……開発には六年以上かかり、ウチはそれを全面的に支援してきました」

男「開発企画の段階で、卯月商事さんにも利権の一部と引き換えの投資をお願いをした筈ですが」

卯月「あーもう根深い奴ぴょん。それは昔の話ぴょん」

卯月「だから私がこうして誠意を見せてるのが理解できないぴょん?」

男「……」

男(しねっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

卯月「今なら良い条件で買い取るって言ってるんだよ? お得ぴょん」

天龍「へへへ、そうですね。卯月さんにはいつもお世話になっていますし……」

男「イノダとの取引責任者として反対します」

天龍「オイコラ」ヒソヒソ

男「部長がなんと言おうとやです。やーです」ヒソヒソ

天龍「ガキかテメー。しかもキモチワリィ!」ヒソヒソ

コンコン

矢矧「失礼します」

天龍「おいおい、今商談中だぞ」

矢矧「課長、奥様から緊急のお電話です」

男「あ、俺?」

矢矧「はい」

男「もしもし、今は」「君か、来たぞ」

男「……」

男「もしかして出て来てるのか」

日向「うん……。この感じ、間違いない」

日向「本格的な陣痛はまだ、だが、破水した」

男「トリプソン!!!!!!!!!!!!!」

日向「じゃあ病院行くから」

男「分かった! 俺もすぐ行く!」


男「部長! 俺行くんで!」

天龍「はぁぁぁぁ??? お前が居ないと纏まらねぇだろうが!」

男「また、また今度!」


矢矧「課長、落ち着いて下さい。はい、ヒッヒッフー」

男「ヒッヒッフー」

天龍「男がやっても仕方ねーだろ」

卯月「客人の前で何やってるぴょん」

卯月「あー、課長君が奥さんの出産に立ち会う為帰るなら……この場でのお話は無理なのかな?」

卯月「また次回以降ということになれば、こちらから提示出来る条件はよりシビアになるぴょん」

卯月「当然だよね。私たちは信義にもとる相手を優遇なんてしないぴょん」

天龍「いや、あー、こちらとしても卯月商事さんとの商談は願ってもないご縁で」

天龍「オラ雅晴! さっさと謝って席につけ!」ボソボソ

男「卯月さん、あんた相当だぜ」

卯月「なんとでも言うぴょん。貧乏人が何言っても僻みぴょ~ん」クスクス

天龍「おい! 職失いてーのか!」ボソボソ

男「……なら俺は、むぐっ」パシッ

武蔵「そこまで」

卯月「あれ~武蔵さんじゃないですか。御機嫌よう、ぴょん」

武蔵「相変わらずだな。小悪党に小金を持たせるとどうなるかを示す良い例だ」

卯月「相変わらず辛辣な御口をお持ちのようで」クスクス

武蔵「雅晴」

男「はい」

武蔵「行って来い」

天龍「いーんすか社長!?」

男「……」

武蔵「次は男の子らしいな」

男「はい」

武蔵「そのまぁ、あれだ。……私にも抱かせろよ」

男「勿論です! 行ってきます!」

武蔵「ああ。焦って転ぶなよ」フリフリ


天龍「あー……行っちゃった……」

卯月「優しいね。武蔵さん、もしかしてあの子のこと好きなの?」

武蔵「あははは。仕事と家族のどっちが大事かも分からないような奴が」

武蔵「どこまでも自分のマンコでモノ語ってんなよクソ兎」

卯月「……」チッ

武蔵「というのは勿論冗談です」ニッコリ

武蔵「久しぶりにお話しましょう。貴女と、貴女の会社に関して色々と積もる話もあります」

武蔵「誠意を望むのなら社長の私が、いつまででもお付き合いしますよ」

矢矧(社長ってこんな人なんだ……)


昼 都内 都立病院

男「妻は?!」

「分娩室です」

男「やっぱりもう始まってたんですか!?」

「え、えぇ……」

男「入っていいですか!」

「も、勿論です」


日向「……やぁ、元気か」

男「元気だ」

日向「私もだ。手を握ってくれ。……縛り付けられてる妻は扇情的だろ」

男「むしろチンチン小さくなるわ!」

日向「あはは……あー!!!! 痛い痛い痛い!!!!!」

「はい陣痛に合せていきんでー」

男「頑張れよ。頑張れ」

日向「ふっ、はぁ、ふぅぅぅぅぅ!!」

男「ふぅぅぅぅ!」

「奥さん上手いね。もしかして出産経験ある?」

日向「あはは!! 実は四度目……だぁぁぁぁ!」

「通りでね~。まぁ知ってんだけど」

中間棲姫「頭が見えました」

「よーしベテランさん。もうちょっと頑張ろうか。どうする? 会陰切開したら楽に出るよ」

日向「生まれたぁ! 時からぁ! 母親がぁぁぁぁぁ痛い痛い!」

男「生まれた時から母親が楽をしようとすると後々ろくな事にならないと言ってます」

中間棲姫「高森さんは流石です」

「今のご時世に殊勝な心がけだもんで」ワハハ

「アンタみたいな人嫌いじゃないよ。旦那と別れたらウチに来な」

男「ふざけんな」

「お、そう言ってる間に……」


~~~~~~

長門「ああ、日向……さぞ痛いことだろう」ウロウロ

長門「日向……」

長門「ひゅうがぁぁぁぁ!!! うあぁぁぁぁぁ!!!!」

山内「うるさいから。ちょっと黙ろうか」

長門「お前ら男には分からんのだ。この不安と痛みが!」ワナワナ

山内「だとしても、病院に居る他の方へ迷惑だ」

長門「あ、ああ。それもそうだな。すまんかった」

山内「日向さんの方が余程落ち着いていたぞ」

長門「落ち着き過ぎなんだ! いきなりウチに来て『予定外に破水した。病院連れてってくれ』とか」

長門「ぶったまげて死ぬかと思った」

山内「お前が死んでどうするんだ」


男「はー」

山内「雅晴!」

長門「雅晴! 日向は、日向は無事なのか!?」

男「ど、どうした長門」

長門「チェストォォ」ゴシッ

男「グゲッ」

山内「あー、すまん。こいつなりに心配してるんだ……」

男「悪意は無かったんですけどね。お陰様で無事終わりました」

長門「そうか!!! でかした!!!」

山内「良かったな」

男「ありがとう」




瑞鶴「ただいま到着!」

翔鶴「母さんは大丈夫ですか」

時雨「弟は!?」

先生「日向君! 無事か!?」

ヲ級改「旦那様、興奮し過ぎると心臓が止まりますよ」

山内「丁度良かった。今終わったところだ」

長門「予定外の陣痛だったが、安産だったよ」

日向「ああ、長門も居たのか。みんなありがとう。だがまずは……ほら雅晴、抱けよ」スッ

長門「私がお前を連れてきたんだが!?」

「……」スヤスヤ

男「……」ハシッ

男「……こんにちは」

日向「ぷっ、まぁこんにちは、だな」

時雨「あはは。可愛いね」

瑞鶴「うぇぇ、うぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁ」ボロボロ

翔鶴「なんで貴女が泣くのよ」サスサス

先生「うっ、儂の心臓が」キュン

ヲ級改「旦那様ーー!!!」


長門「ほら、長門も挨拶しろ」

ながと「あー、うーあー」ペチペチ

日向「よろしくな、長門二世」

山内「名前は決めてるのか」

男「ああ、事前に話し合ってな。名前は________ 」


??月??日 +291日

夜 高森家 居間

武蔵「ウー……ベロべロベロ」バァ

「キャッキャ」

武蔵「お、おぉ……」

武蔵「赤ん坊って奴は本当に可愛いな」ニコニコ

男「社長のお陰です」

日向「いつもいつも主人がご迷惑を……」

武蔵「別に雅晴は優秀な社員だぜ。あ、そういや私が引き継いたお前の案件、エンジンの顛末だけどな」

男「はい。確かあれから何度か卯月さんと話し合いの場が……」

武蔵「マママママママ」

「エヒッアッ、キャハッキャ」

武蔵「ふふふ……」ニヤニヤ

男(鬼の顔も綻ぶもんだ)

武蔵「卯月商事にはお引取り願った。こちらが誠意を持って粘り強く対応した結果、諦めてくれたみたいだ」ニィ

「……ウワァァン」

武蔵「お、おおう? すまん。お前を泣かせるつもりは無かったが……怖い顔をしてしまったな」ヨシヨシ

武蔵「この子の名前、晴れに向かうと書いて『はるか』で良いのか」

男「はい。一文字ずつ取ってつけました」

武蔵「いい名前だ」

日向「ありがとうございます」

武蔵「……私も子供が欲しくなってくるだろうが」

武蔵「はるかくーん、バー!」ベロベロ

「キャッキャ」

武蔵「むふふふ」ニコニコ




??月??日 +5年83日

昼 保育園 庭

ながと「このながとの泥団子を見ろ! ハル!」

晴向「うわー! すごいキラキラしてる!」

ながと「ふふふ、秘密を教えて欲しいか」

晴向「うん!」

ながと「最後にそこの白い砂をまぶせば綺麗になるんだ!」

晴向「すごいよ! さすがながとちゃん!」

ながと「はっはっはっは! そうだ! 私はすごいんだぞ!」


??月??日 +7年87日

朝 高森家 居間

日向「瑞鶴ー! もう朝だぞー。起きろー。晴向はもう起きてるぞー」

晴向「姉ちゃんのネボスケー!」

日向「だ、そうだ」

瑞鶴「あー、ったくもー……。起きなきゃいけないかー」

晴向「姉ちゃんおはよう!」

男「おはよう」ナデナデ

晴向「……」テレテレ


瑞鶴(なんなんだこの可愛い生き物)


男「あー早く孫が見たいなぁ」

瑞鶴「もうちょっと待ってて」

長月「職場に良い人居ないのか」

瑞鶴「居るには居るけど」

男「今度連れて来い」

瑞鶴「なんかそんなこと父さんが言うなんて、意外」

男「男と別れるなら早い内に限る」

瑞鶴「絶対連れて来ない」


男「週末また先生の所へ行くか」

日向「良いな」

晴向「爺ちゃんとこ行きたい! 島風とかけっこしたい!」

長月「決まりだな」

瑞鶴「久しぶりにみんなで集まろうよ。時雨の就職も決まったことだし」

日向「あー、返事が来た。翔鶴と時雨は無理だ」


??月??日 +7年96日

昼 都内某所 北園寺邸

晴向「じいちゃーん!」

先生「晴向! よく来た!」ウォッホッホ

島風「おっそーい!」

長月「別に遅くないし」ビシッ

先生「晴向よ、お小遣いをやろう! あと、そろそろ新しい家が欲しくないか」

晴向「家? 家って買って貰えるの?」

日向「……駄目ですよ、それは甘やかし過ぎです」

男「俺に買ってくれよ」

先生「貴様には買ってやらんわい」


??月??日 +8年57日

夜 都内某所 北園寺邸

晴向「爺ちゃん、大丈夫?」

先生「おぉ……晴向」ヨロヨロ

男「遂にお迎えが来ましたか」

ヲ級改「……」

先生「雅晴は帰れ」

男「死に水を禿頭に垂らすくらいしないと恩を返せませんから」

先生「ふっ。やかましいわ」


時雨「実俊爺ちゃん……」

瑞鶴「……」

翔鶴「……」

先生「お迎えも遅すぎるくらいじゃ。よくここまで待ってくれた」

島風「……」

先生「今回は急かさないんじゃな」

島風「遅くないから……どこにも行かないで」グス

先生「……すまんの。これは定めじゃ」


先生「お世話になったの。お前たち。儂は人生の最後の最後で報われた」

晴向「なんでみんな……えっ、どうしたの」

先生「晴向、よく見ておけ。これが……死じゃ」

先生「……さらば」


先生「……」


晴向「……爺ちゃん?」

日向「……」

男「……」

翔鶴「……」

瑞鶴「……」

時雨「……」

「……18時56分、ご臨終です」

晴向「お父さん、爺ちゃん、なんで動かないの」

男「……」

晴向「ねぇなんで」

日向「……」

晴向「……やだ。こんなのやだ!!!!」

長月「みんないつか死ぬんだ」

晴向「やだよ……」ポロポロ

長月「……やだなぁ」ギュッ

晴向「ひっ、うぅぁ、ひっ、はっ」ポロポロ

長月「……」


??月??日 +9年2日

夜 高森家 居間

翔鶴「実は今、こちらの方とお付き合いをしていて……」

青年「は、初めまして……」

青年「娘さんを僕に下さい!!!!!」

日向「熱烈だな」

男「うむ。よろしい」

翔鶴「実はお腹に子が」

男「っしゃオラァ!」グシャァァァ

青年「ヘブシッ!!!!」


瑞鶴「お、みんな揃ってるね。丁度良かった」

日向「なんだ。今ちょっと取り込み中だぞ」

瑞鶴「私この人と結婚することにしたから」

ヤンキー「ちょりーっすwwwww」

瑞鶴「ついでにお腹に子供も居るんだよね」

ヤンキー「wwwwwwwwwウwwwwwケwwwwwwwwルwwwwwwww」

日向「……」

ヤンキー「お母さんwwwなんで目が死んでんのwwwウケるんだけどwwww」

日向「ごめん瑞鶴。これは無理だ」

男「アアアアアアア!!!!!!」グシャッ

ヤンキー「ヒデブッ!!!!」


??月??日 +13年264日

朝 高森家 玄関


長月「うむ。中学の制服も似合ってるじゃないか」

晴向「そうかなぁ? ちょっとブカブカでかっこ悪いよ」

長月「すぐに大きくなる。心配するな」ケラケラ

晴向「友達できるかなぁ……」

長月「なーに弱気になってるんだ」バシバシ

晴向「いって!!」

長月「お前なら大丈夫だ。私を信じろ」

晴向「長月……。うん! 行ってくる!」

長月「そうだ。行って来い。他の奴らにナメられるなよ!」

晴向「頑張る!」


長門「おーいハル! バスが出るぞー!」

晴向「今行くよー!」

晴向「じゃあ行ってきます!」

日向「行ってらっしゃい」


日向「おい長月」

長月「ん?」

日向「それは私の役目だ」


??月??日 +16年265日

朝 高森家 玄関

長月「高校でもサッカー続けるのか」

晴向「そのつもり。今日は部活見学も行ってくるから帰りは遅くなると思う」

長月「随分と立派になったな。中学の入学初日は半べそかきながら私に泣きついたのに」

晴向「あはは! 長月、話盛りすぎだろ」

長月「……不安は無いのか」

晴向「なるようになるさ」

長月「忘れ物ないか? ハンカチ持ったか? 時計あるか? 財布は……」

晴向「心配すんなって。大丈夫だよ」

長月「なら、良いんだが……」

晴向「そう言うお前の方が不安そうじゃん」

長月「まだまだ目の離せない年頃だし……」

晴向「幼稚園児かよ僕は……。ほんと大丈夫だって」

長月「……」

晴向「いつもありがとう」ナデナデ

長月「撫でるなアホー!」ジタバタ


長門「お邪魔します」

日向「長門ちゃん。おはよう」

長門「おはようございますお母様。ハルを迎えに来ました」

日向「いつも悪いね」

長門「いえ。好きでやってることですから」

晴向「じゃあ、行ってきます!」

日向「行ってらっしゃい」

長月「行ってこい。……帰ってこいよ!」

晴向「勿論!」タッタッタ


日向「だからさ長月」

長月「ん?」

日向「私の仕事をお前がするな」ナデナデ

長月「……?」


??月??日 +20年52日

朝 高森家 居間

吹雪「雅晴爺ちゃん!! あけましておめでとう!」

男「おめでとう。今年もよろしく」

瑞鶴「うぃーっす」

ヤンキー「お義父さん、おめでとうございます。あ、これ、つまらないものですが……」

男「いつも悪いね。まぁゆっくりして行ってくれ」

ヤンキー「お邪魔します」

瑞鶴「あーもう、堅苦しい挨拶とか良いから。入っちゃって入っちゃって」

吹雪「爺ちゃ~ん! アレ頂戴!」

ヤンキー「その言い方は無いだろう」

男「いいよ。ほら、お年玉」

吹雪「やったー! 爺ちゃん大好き!」ダキッ

男「ふへへ」


翔鶴「あけましておめでとうございます」

磯波「おめでとうございます」

日向「ああ、磯波もよく来たな。これお年玉」

磯波「わぁ……日向お婆ちゃんありがとう!」

日向「まだ年寄りになったつもりはないが。嬉しいものだな」゙

翔鶴「磯波は母さんのことが大好きみたいで……」

日向「それは嬉しい。……旦那さんはやっぱり来られなかったか」

翔鶴「どうしても抜けられないとのことだったので」

男「まぁそういう時もある。時雨も来れば良かったのにな」

日向「無茶言うなよ。ノルウェーはいいとこらしいぞ。今度行かないか?」

男「確かに行きたい。一度はどんな環境で働いているかを見ておきたいな」


晴向「あ、みんな来てる」

吹雪「晴向兄ちゃん久しぶり~!」

磯波「ご無沙汰してます……」

晴向「二人とも、僕、今年で成人するんだぜ」

吹雪「じゃあ成人祝い頂戴!」

晴向「吹雪が僕にくれるんじゃないのかー?」グリグリ

吹雪「でへへ」

磯波「あの、その、おめでとうございます」

晴向「磯波はありがとう」ナデナデ

磯波「あぅ、はぅ……あ……」/////

日向「磯波はあんまり男慣れしてないんだから。刺激を与えるな」

晴向「男というか家族じゃん」


??月??日 +21年184日

夜 高森家 居間

男「……まぁ飲め」

晴向「……ありがとうございます」


晴向「どうぞ」

男「ああ」


晴向「乾杯」

男「乾杯」


晴向「……うまい」

男「学生には高すぎる酒だよ。よく味わえ」


男「お前はこの前生まれたのにな」

晴向「何言ってるんですか。二十年以上も一緒だったのに」

男「そうか」

晴向「そうですよ」

男「……」ニヤニヤ

晴向「どうしたんですか」

男「よくここまで育ってくれた」

晴向「……」

男「息子と一緒に酒を飲めることは父親としての幸せだ」

晴向「僕も父さんと、男同士として酒が飲めることを嬉しく思います」

男「……」

晴向「……」

男「なんか女に言うのとは感覚が違って……照れるな」

晴向「ですよね……」


??月??日 +21年324日

朝 武蔵商社 会議室

男「会長」

武蔵「よっ、調子はどうだ?」

男「お陰様で」

矢矧「高森常務、天龍社長が……あ、会長、おはようございます」

武蔵「営業部の部長さんか。おはよう」

矢矧「今日の会議に会長も出席なさるのですか」

武蔵「社長が調子に乗っていると雅晴から聞いてな」

矢矧「あはは……」

天龍「オラ! 今日の会議を始め……って会長!?」

武蔵「よっ」

天龍「どーしたんすか」

武蔵「なんだ。私が来ては不味いのか」

天龍「い、いやそういうわけじゃないですけど」

武蔵「さっさと始めろ。もったいない」

天龍「ウィッス。んじゃ始めんぞ。今日の議題は_______ 」




??月??日 +23年344日

夜 高森家 居間

晴向「長門さんと結婚しようと思います」

長門「ふ、不束者ですが……」

男「おぉ……遂にこの日が来たか……」

日向「向こうの親御さん……山内さんとも話したのか?」

男「はい。お許しを頂きました」

長月「……」

晴向「長月」

長月「あんなにちっちゃかった奴が結婚なんて出来るのか」

晴向「もうちっちゃく無いよ」

長月「……たまには帰ってこいよ」

晴向「ありがとう」

長月「うぅぅ……晴向ぁ……」ハシッ

晴向「まさか飼い猫に心配されるなんてな」ナデナデ


日向「なんか言いたいことは全部長月が言ってくれて楽だ」

男「それでいいのかお前」


??月??日 +24年198日

夜 高森家 居間

日向「何飲む」

男「ウーロン茶」

日向「りょーかい」

~~~~~~

日向「家も静かになったな」

男「そうだな。あれ、長月は?」

日向「雪風の所へ遊びに行ってる」


男「木曾ちゃんも嫁に行ったらしいな」

日向「外国の、ハー……ハーロなんちゃらさん」

男「時雨といい木曾ちゃんといい、国際化の波かな」

日向「かもな」

男「二人っきりは久しぶりだな」

日向「エッチなのは駄目だぞ」

男「最近勃ちが悪い」

日向「心配無用だったか」

男「お前は老けないな」

日向「元が老け顔だからな」

男「そんなことは無いよ」

日向「ありがとう」


男「あー、引っ越しでもするか。もっと田舎へ」

日向「会社は良いのか」

男「いや勿論リタイア後」

日向「私も今の仕事を辞めたら構わないが」

男「それじゃ決まりだな」


日向「今になって振り返ると」

男「ああ」

日向「翔鶴の一年後に瑞鶴というのは無茶だったな」

男「全くだ」

日向「あはは」

男「はっはっは」

日向「後悔は無いがな」

男「勿論」


男「初めて俺と会った時のこと覚えてるか」

日向「いんや」

男「覚えておけよ……」

日向「確かそうだ。高校の友だち繋がりだったと記憶しているが」

男「そうそう。道ですれ違ってな。最初は無表情で自転車を押す地味な女の子だと思ったんだけどな」


日向「結構表情が冷たいと言われてたよ。心外だが」

男「分かりにくいだけだと今なら分かるさ」

日向「それで、昔がどうかしたのか」

男「ああ、そうだ。何のキッカケかは忘れたがお前が俺に向かって笑ったんだ」

日向「そうだっけ?」

男「綺麗だった」

日向「ふーん」

男「何としてでも自分の物にしたいと思った」

日向「へー」ニヤニヤ

男「懐かしいとも思った」

日向「懐かしい?」

男「……自分でもよく分からん」

日向「胎児回帰願望でもあったのかな?」

男「笑顔を懐かしいと思うと胎児回帰願望になるのかお前の中では」

日向「もしくはデジャブの類」

男「夢かどこで見ていたのか」

日向「つまり運命だったのか」

男「奇跡だ」

日向「そっちか」

男「その積み重ねが今に至るわけだ」

日向「感慨深いな」



男「吹雪は可愛い」

日向「磯波のほうが可愛い」

男「孫の格付けをするのは下品な気もする」

日向「懐いてくれる方を好きになるのは道理だ」

男「もっともな意見だ。どっちも出来る限り大切にしてやろう」

日向「ヤンキー君はあれからすっかり更生したな」

男「俺は最初から見抜いていたがよ。根は良い奴だと」

日向「殴りかかっておいてよく言う」

男「へっへっへ」


日向「今晩何食べたい」

男「酢豚」

日向「作るのは手間だな。よし、どこか食べに行くか」

男「連れて行かないと長月が怒るぞ」

日向「いいさ。久々の夫婦水入らずだ」

男「それも悪くないか」


男「日向」

日向「どうした」

男「これからもよろしくな」

日向「こちらこそ」

男「最後も一緒に死ねると嬉しいんだが」

日向「無茶言うな。せめて後悔の無いよう生きよう」

男「そうだな」

日向「好きだよ」

男「俺もだ」

日向「ふっふっふ」

男「前より笑顔が柔らかくなったな」

日向「前っていつだよ」

男「高校の時」

日向「随分と昔だな。……これは君が柔らかくしたんだぞ」

男「知ってるよ」

日向「ほう。なら何か思うところはあるんじゃないか」

男「別に」

日向「言えよ」

男「車出してくる」

日向「おーい」

男「さてどの店行くか。あんまり脂っこいと内蔵にクるからな」

日向「まーさーはーるーくーん」ツンツン

男「この前接待で行った店旨かったな。確か横浜の」

日向「このー、照れ隠しか?」


??月??日 +25年85日

夜 高森家 居間

晴向「ただいま」

日向「あれ、晴向。奥さんは良いのか」

長月「はるかー!」トタタ

晴向「おー長月ー。……はい、ちょっと一人で実家に帰りたくなって」

日向「そんな時もあるよな」

晴向「父さんは?」

日向「武蔵さんと飲みに行ってる」

晴向「そっか」

日向「さては奥さんと何かあったな」

晴向「……分かる?」

日向「まぁ話してみろよ。喧嘩だって何か解決のヒントとか言えるかもしれないぞ」

日向「こう見えて私は年長者でお前の母親だからな」

晴向「それもそうだね。当たり前だけど」クス




??月??日 +38年9日

昼 高森家 縁側


日向「翔鶴も瑞鶴も時雨も、晴向も幸せに暮らしてる」

日向「私は雅晴と長月と一緒に日常を楽しんでいる」

日向「もうすぐ吹雪と磯波の子の顔が見られるかもしれない」

日向「これ以上の平穏で満ち足りた暮らしは得られそうもない。幸せすぎて怖いくらいだ」

日向「長月」

長月「ん? どうした日向~」ゴロゴロ

日向「お前は歳をとらないんだな」

長月「そうだな」

日向「私の身体はすっかり衰えてしまったよ。……お前、猫のくせに何年生きるつもりだ」

長月「さぁな。私にも見当がつかん」

日向「化け猫め」

長月「あはは」


日向「お前は私を見張ってる」

長月「……」

日向「この世界は偽物なんだよな」

長月「お前、まだ覚えてたのか」

日向「私の知ってる本物の長月そっくりだったよ、お前は」

長月「本物の長月だったりするんだけどな」

日向「何言ってるんだ。おいで」

長月「……」トコトコ

日向「膝枕してあげる」

長月「……うん」


日向「私自身が創りだした神の箱庭と考えるとこれは凄まじい出来だ」ナデナデ

長月「……」


撫でるたびに膝枕を受ける彼女の耳はピクピクと反応を示す。


日向「人間というのは不便だな。ナノマシンで作られていないから身体がどんどん劣化する」ナデナデ

日向「艦娘の時は妊娠出来なかったが、出産の痛さは経験したことが無いほどのものだった」ナデナデ

日向「家族という共同体は指揮統制が不完全過ぎる。軍隊組織の方が優柔不断な私には向いている」ナデナデ

日向「でも……」

日向「本当に幸せだったよ」

長月「……」

日向「私が死んだら元の身体はどうなるんだ」

長月「お前の元の身体は晴れて奴のものだ」

日向「穢れというのはとても慎み深い奴なんだな。こちらで私が死ぬまでしっかりと面倒を見てくれるなんて」

長月「……」

日向「あいつは外から来るウイルスなんかじゃない。私や、他の艦娘の内に元々あるものだ」

長月「そこまで気づくとは、さすが日向」

日向「自分で自分を褒めるなよ」クス

長月「あはは。……やっぱり戻るのか」

日向「ああ」

長月「ここじゃ嫌か。孫に看取られるのも悪くないと思うんだが」

日向「嫌なんかじゃ無いさ。むしろ受け入れてしまいそうな自分が怖いよ」

長月「夢なんかじゃない。お前の感じ方の問題だ」

日向「もう決めたことだ」

長月「……頑固な奴」

日向「あはは」


長月「おい、日向」

日向「なんだ、長月の形をした私」

長月「頑張れよ」チュ

日向「む」

長月「これは餞別として送っておく。お前の決断に対してな」


長月「私もいい加減決断する必要があるみたいだ」


日向「自分から餞別を貰ってもな」

長月「まぁお前が思うならそれでも良いよ」

日向「他にあるのか?」

長月「いくらだってあるさ。またな」

日向「ああ、またな」


8月29日


どこまでも白い部屋



日向「何故そんな破廉恥な格好をしているんだ」

航空戦艦棲姫「大和型の砲撃で服を吹き飛ばされた。安心しろ。白いから大丈夫だ」

日向「そういう問題かな」

航空戦艦棲姫「大丈夫大丈夫。行けるいける」

日向「髪も翔鶴みたいに白いな。あの白色とはまた少し趣が違うが」

航空戦艦棲姫「瞳だけ赤いのカッコ良いだろ」

日向「やめろ恥ずかしい。本当にカッコ良いから尚恥ずかしい」

航空戦艦棲姫「あはは。……なんで戻って来たんだ」

日向「そろそろ夢から醒める時間だからな」

航空戦艦棲姫「内容が気に食わなかったか」

日向「最高だったよ」

航空戦艦棲姫「最高すぎて駄目か」

日向「所詮夢は夢だ。夢の幸福など食欲や睡眠欲を満たした時の幸福感と同じものだ」

航空戦艦棲姫「そうか。お前はご都合主義がお嫌いだったな」

日向「お前がよく知っているだろう。私は真性のドMだ」

航空戦艦棲姫「あはははは!」


航空戦艦棲姫「彼な」

日向「うん」

航空戦艦棲姫「死んだぞ」

日向「……」

航空戦艦棲姫「薄々気づいてただろ」

日向「まぁな。ブインの艦娘は」

航空戦艦棲姫「少なくとも200後半は死んだ。人を殺し慣れてなかったんだろうな。可哀想に」

航空戦艦棲姫「お前の知り合いは結構生きてるぞ。第四管区のメンバーが中心になって反攻が行われた」

航空戦艦棲姫「弾薬が少々心もとなかったが、妖精が艦娘の味方として空を守ってるから問題無かった」

航空戦艦棲姫「陸軍の殲滅は無理でも安全にラバウルに退避出来るくらいには漸減させて撤退した」

日向「流石だな。しかし深海棲艦との戦いはまた振り出しか」

航空戦艦棲姫「それで現在基地の東方から……って、お前、まだ深海棲艦と戦うつもりなのか」

日向「ああ」

航空戦艦棲姫「これは驚いた。お前はまだ戦えるのか」

日向「戦えるが」

航空戦艦棲姫「飛龍を殺せるのか」

日向「殺せるが」

航空戦艦棲姫「薄情者」

日向「お前だって人間を殺そうとしてるじゃないか」



日向「ていうかお前、今誰と戦ってる」


航空戦艦棲姫「あ、戦ってるのバレた?」

日向「感覚で分かる。言え、誰だ」

航空戦艦棲姫「……」ボソボソ

日向「はっきり喋れ」

航空戦艦棲姫「だ、第四管区の奴ら……」

日向「……は?」




首を切り落とされ水面に座り込む大和型一番艦

細切れにされた身体の一部が浮かんでいるその二番艦

死体ばかりで溺れもがく兵士の叫びはもう殆ど聞こえない


灼熱地獄の残滓の中で未だ踊る者達が居た


長月「おい日向! 早く目を覚ませこの馬鹿者!!!」

瑞鶴「日向さん!」

翔鶴「……」ギリッ

長門「おい、日向!」

航空戦艦棲姫「アハハハハハ!!! シズメ! シズメ!」




日向「おい!? 何やってんだお前!?」

航空戦艦棲姫「だ、だって。こいつら人間の味方だろ……つまり私の敵だし……」

日向「はぁ……まぁどっちもどっちか」

航空戦艦棲姫「そうだな。お前は深海棲艦殺したくて、私は人間を殺したい」


航空戦艦棲姫「どうする? 二人で殺し合いして決めるか? 勝った方が身体を使える、とか」ニヤ

日向「それも素敵だが……そうだ」

日向「艦娘も人間も深海棲艦も、全部殺すなんてどうだ」

航空戦艦棲姫「いや全部殺してどうするんだよ」

日向「彼の居ない世界に用は無い」

航空戦艦棲姫「なら大人しくあちらに居れば良かったじゃないか」

日向「私は私の信じる現実で生きる。あちらを現実とは信じきれなかった」

日向「彼が死んだのなら……全て殺して一つにして最後は自分も死んで、私は彼と一緒になる」

日向「深海棲艦を全部殺したら次は艦娘を殺す。艦娘を殺したら人を殺す。人を殺したら他の動物だ」

航空戦艦棲姫「そんなことしてなんになる」

日向「なんにもならないかもな。だが私は彼の居ない日本軍で戦い続ける気もないし、ただ人に復讐するために深海棲艦になる気も無い」

日向「未来への希望なんて何も残ってない世界は消してしまった方が世のため人のためだろ」

航空戦艦棲姫「……お前、頭おかしい」

日向「お前に言われたくない」

航空戦艦棲姫「お前のほうが確実に頭おかしいから」


日向・航空戦艦棲姫「「あはははは!」」


日向「ということで身体の主導権返してくれ」

航空戦艦棲姫「嫌に決まってるだろ」

日向「どうして」

航空戦艦棲姫「全部壊して終わらせる気なのか」

日向「いいや? 終わらないよ。壊してからまた始まるんだ」

航空戦艦棲姫「……お前の思い通りにはさせない。壊させるもんか」


航空戦艦棲姫「世界は私が守る!」

日向「なんか面白いな。この展開は新しいぞ」


日向「己の譲れぬものの為に戦うか」

航空戦艦棲姫「そうだ」

日向「それはいいとしても。私の癖に私に逆らうのか」

航空戦艦棲姫「元は私のほうがお前だよ」

日向「?」

航空戦艦棲姫「考え直せ。自暴自棄になって全部壊すなんて言うな。もう一度眠るんだ」

航空戦艦棲姫「悪いようにはしない。……多分、それが一番いい」

日向「本当に何も分かっていないんだな」

航空戦艦棲姫「……まだ遅くない。頼む、戻ってくれ」


日向「夢の中で私は人間として色んな経験をしたよ。例え夢だとしても色褪せない思い出だ」

日向「生物として朽ちていく自分の身体を美しいと思えた」

日向「生命の摂理をドヤ顔で瑞鶴に語ったりもした」

日向「本当は子も産めないくせにな、あははは」

日向「眠るのはお前だよ」


航空戦艦棲姫「な……」ガクッ

日向「私に懇願すべきで無かったぞ。お前の弱さがそれで確信出来た」

日向「やはりお前は私の無意識に過ぎないみたいだ。私の決意であっさりと揺らぐ」

日向「残念だったな。普通は戻って来たりしないんだろ」

日向「生憎私は幸福だけで満足するほど素直じゃないんだ」

日向「……私に出来もしない夢を見せた罪は重いぞ」

日向「この性格が彼のせいだとしたら、彼を恨むことだな」

航空戦艦棲姫「だ、め……だ日向……お前は他の、艦娘を」

日向「私がお前にとっての幸せな夢を見せてやる」

航空戦艦棲姫「まだ……」

日向「身体、貰うぞ。安心して眠ってろ」

航空戦艦棲姫「……」


日向「おやすみ」



航空戦艦棲姫「……」


長門(動きが止まった)


日向「はぁ、ようやく戻って来れた」

日向「ただいま、みんな」

長門「……日向なのか?」

長月「よっ、気分はどうだ」

日向「悪くない。というか長月も起きてたんだな」

瑞鶴「日向さん!」

日向「や、瑞鶴。迷惑かけたな」

翔鶴「……日向、その白い身体は元に戻るのですか」

日向「ああ、身体はアイツのままなのか」

日向「……」

日向「これは戻らない。変化しきってしまっている」

瑞鶴「……え?」

翔鶴「なら、これから先はどうするの」

日向「……そうだな」

日向「深海棲艦の側へ行こうと思う。私は人間を許せん」

長門「馬鹿な!? お前、何を考えている!!」

日向「私が深海棲艦と戦う理由は、もう無い」

長月「……」

翔鶴「私も日向についていきます」

日向「お、翔鶴も来てくれるのか。心強いな」

長門「お前ら穢れにやられてるぞ! 思考がまともじゃない!」

翔鶴「まともとは何ですか」

長門「こんなとこで人類の敵になるというのか!? なら私たちは何の為に戦ってきたんだ!」

長門「ハワイはもう目の前じゃないか!!!」

翔鶴「世界のため、人間のため、他人から埋め込まれた自分自身の存在意義のため」

翔鶴「長門さんの言っているのは、躍らされ他人のために戦う哀れな艦娘の理屈です」

長門「……なんだと」

翔鶴「自分自身がどうしたいかを考えることも出来ない兵器の言葉など、私は聞きたくありません」


日向「概ね同意だ。私はもう人間のために戦う気はない。彼を殺した者たちに復讐する」

日向「それが今の私の望みだ」

長門「……私は長官の意思を引き継ぐ。それが私自身の望みだ。敵になると言うなら」

長門「お前たちを今ここで殺す」

瑞鶴「やめてよ!!! みんなどうしちゃったの!?」

瑞鶴「提督さんが……こんなの望むわけ無いのに……」

瑞鶴「やめてよ……」


翔鶴「……長官も、提督もこんなこと望まないのは分かってる」

翔鶴「だったら私たちはどうすればいいの? 黙って死ねばいいの?」

翔鶴「人間に勝手に作られて、人間を信じて、愛して、でも人間に希望を壊されて」

翔鶴「それを黙って受け入れて、全部我慢して人間のために戦い続けろっていうの?」

翔鶴「それが嫌なら何もせず勝手に沈めっていうの?」

翔鶴「…………そんなの、全部絶対に嫌」

翔鶴「殺してやる。人間なんて、大嫌い」

翔鶴「長門さんやみんなと戦いたくはないけれど、邪魔するのであれば」

瑞鶴「違うよ! そうじゃない!!!」

瑞鶴「間違ってるよ! 翔鶴姉さん!」

長門「……くっ」


長月「……」


日向(なぁ君、見ているか。ここは君が望んだ艦娘一人ひとりの感情で満ちているぞ)

日向(でもきっと君が望んでいた形じゃ無いんだろうな)

日向(夢の途中で死ぬなよ。君が居なければ私たちは豚にもなれない中途半端な存在に成ってしまうじゃないか)

日向(だから私は、全部消す)

日向(この身体は予想外だったが、少々順番が異なった所で問題あるまい)


長月「日向、お前が今考えていることは論外だ」

日向「……?」

長月「翔鶴、人間が皆が皆悪いやつなわけじゃない」

長月「十把一絡げに消すべき存在と決めつけるのは良くないんじゃないか」

翔鶴「……」

長月「私だって、あいつを殺した人間のために戦うつもりはない」

長門「長月! お前まで!」

長月「でも深海棲艦と、日向や翔鶴と戦うつもりもない。戦うべきでもない」

瑞鶴「……?」

翔鶴「……」

日向「ならどうするんだ」

長月「人間とも深海棲艦とも戦わない」

加賀「それって……」

長月「しばらくバタバタするだろうが、準備を整えてどっかで暮らそう。ブインでも良いな」

長月「日向、お前の力があれば補給がしばらく無くとも戦えるだろ」

長月「あー、傭兵みたいにして金を稼ぐのもありかもな」

長門「どちらにも与さないのなら……どちらでもない場所を作ろうと、お前はそう言っているのか」

長月「大当たり」

日向「なにを……」


長月「艦娘は仲間だ。戦いたくない。第四管区の連中なんか私にとっては家族同然だ、もっと戦いたくない」

長月「そいつらが二つの陣営に別れて殺しあうなんて私は嫌だ」

長月「嫌だから殺し合いをせずに済む方法を考えた」

長月「私たちは心ある兵器だ。だから艦娘は自分の在り方に苦しむ」

長月「でもだからこそ、殺し殺される阿呆みたいな負の連鎖からも抜け出せるんだ」

長月「私はあの男に愛されて、それで気付けた。自分や艦娘の可能性というやつに」

長月「視野を狭めるな。一つの感情や考えで心を押し潰すな。その結果は他人や自分すらも傷つける」

長月「あの男はそれを望まん」

長月「日向、翔鶴。お前らがどう思っているかは知らないが……少なくとも私個人は」

長月「私はお前らを愛してるぜ」ニッ


私はこの世界で彼を愛していた。

彼が居なくなってしまえば全て終わりで、何もかもを捨てて消し去りたいと願うほどに。

……夢の中でも私は彼を、そして彼だけでなく自分の家族を愛していた。

瑞鶴も、翔鶴も、時雨も、晴向、長月や実俊さんだって。

誰一人欠けて欲しくないと願いながら日々を過ごしていた。


おかしい。


この世界にだって、みんな居るのに。


日向「ああ……また私は」


視野狭窄と言う他無い。何が一つになるだ、うつけ者。

自分の都合ばかり考えて、彼ばかり見て、自分ばかり彼に愛されていると自惚れて。

私はまた周りの事を何も考えずに、彼以外の私を愛してくれる者の気持ちなど、何も考えずに動こうとしていたのだ。


日向「……」

長月「泣くな馬鹿日向」

日向「私は……私は彼と一つになりたいばかりにお前らを……」

長月「もう今はそう思わないんだろ」

日向「うん……」

長月「なら良いじゃないか。あはは!」バシバシ

長月「日向、あの夢からよく帰って来た」

日向「ながつきぃ」ダキッ

長月「ぐぇぇぇ!!!」メキメキ

日向「ごめんね……」ギュゥゥゥゥ

長月「ぐ、ぐるじい……ひゅうが、ぢがらづよい……」ピキピキ


加賀「私も長月の案に賛成です」

瑞鶴「私も! 私も賛成! みんなで暮らそうよ!」

長門「戦う理由、か」

長門「……そういえば、私はもう誰の戦艦でも無いんだったな」

長門「私一人が頑張ったところで望むような戦いが出来るわけでもない」

長門「老人の慰安に使われるのも癪だ。私も暫くそこで頭を冷やしたい。良いか?」

瑞鶴「勿論良いですよ! ね! 長月さん!」

長月「ぐぇぇぇ……」

翔鶴「……」

瑞鶴「姉さんも良いでしょ?」

翔鶴「沈むか戦うか以外の選択肢もあったのですね」

翔鶴「……私も、みんなと戦いたくない」

翔鶴「提督が守ろうとしたものを守るのも、残された私の仕事なのかもしれません」

翔鶴「それならば……第三勢力として存在するのが、一番いいことなのかも」

瑞鶴「じゃあ!」

翔鶴「翻意になりますが、私も加えて頂けるでしょうか」

長月「ゲホゲホ。駄目なわけ無いだろ。私の気持ちはさっき言った通りだからな」

翔鶴「ごめんなさい。ありがとう、ございます」

翔鶴「……提督の大切にした存在は私だけじゃ無かった。こんな大事なこと忘れてたなんて」

長月「ま、これで私が翔鶴より上であるという事実がはっきりとしたわけだ」

長月「どうだ後輩、駆逐艦はカッコ良いだろ」

翔鶴「……ええ、さすが長月さんです」

長月「はっはっは! そうだそうだ。私はさすがなんだ」

加賀「他の子達も誘うべきね」

長門「とりあえず今はラバウルに撤退しよう。戦闘映像を見せれば基地司令も納得する筈だ」

翔鶴「陸軍の指揮官はどこに居るのでしょうか。あの男だけは必ず」

日向「心配するな。お前らには分からんだろうが……そいつはもう終わりだ」

瑞鶴「?」


砕け散った深海棲艦が元の姿に戻る理由を、人間の科学では説明できない。

悲観することはない。科学はこの世の真理を説明する為の一つの方法論でしか無いのだから。

それでも我々は知っている。知性と理性の及ばない本能で、心で、魂で知っている。

神と呼ばれる存在を我々は目にしたことは無くとも知っている。


陸軍最後の切り札であり最強の戦艦である大和型を赤子の手を捻るように倒す化け物。

死んでも死なない復活能力を備えた深海棲艦。

人は化け物に恐れ慄き憧れる。自分たちの理解を超えた存在を我々は神と呼んできた。

であるならば、画面に映ったこの存在は



昼 ブイン基地近海 輸送船仮設作戦司令部

陸軍中将「……」

陸軍中将(なんだあれは。あのような性能が深海棲艦に)


「ブイン、及びショートランドに接近する反応、多数あり」


陸軍中将「ラバウルからの増援か、それともトラックへ向かった部隊が引き返してきたか」

「いえ……その、あの……ガダルカナル方面からです……」

陸軍中将「……」

「画面が白で埋まっています。し、深海棲艦の大型艦が多数存在するものと思われます」

陸軍中将「比島へ撤退する。直ちに始めろ」

「師団の殆どは上陸を完了しております!」

「輸送船の数も最早足りておりません。装備を全て捨てても一時間は」

陸軍中将「作戦は失敗だ。上陸部隊の撤退を待つ暇は無い」

「で、ですがまだ我が師団の戦闘部隊が……後方待機していた予備戦力や支援要員にも多数被害が出ており……」

「海上での救助も続行中であります!」

「どうかお考え直し下さい。深海棲艦のこちらへの到達もまだ時間があります」

「三十分だけ猶予を下さい! 可能な限り救って……」

陸軍中将「阿呆かお前ら」

陸軍中将「散々人道に背くようなこと繰り返して、今更偽善者ぶるのはやめろ」

陸軍中将「最早いつ来るか分からない艦娘の援軍、艦娘の艦載機、異常に強い港湾の深海棲艦」

陸軍中将「更に通常の深海棲艦の大軍勢と戦うリスクまで抱え込めと?」

「し、しかし」

陸軍中将「あーいいから。撤退、撤退。上陸部隊へ伝える必要はない」

「……」

「……そんな」


陸軍中将「命が惜しくない者は残ってくれて結構。だが私は無駄死するつもりは無い」

「……これより比島へ帰投します」

「……残存に通達『ワレニツヅケ』」

「護衛の為に艦娘を出せ。航路の安全を確保させろ」

「了解」

陸軍中将「諸君らの賢明な判断に感謝する」


陸軍中将(ラバウル、パラオとタウイタウイの哨戒網にかからぬようアラフラ海ルートで抜けるか)

陸軍中将(陸軍での出世の道もこれで終わりだな)

陸軍中将(妖精が裏切るとは本当に予想外だ。今回の作戦はひとえにそれに尽きる)

陸軍中将(海軍を一網打尽にしようと欲張ったのが不味かったか)

陸軍中将(ま、命さえあれば、生きてればどうとでもなる)

陸軍中将(総理はこの失敗を許さない。本土へは二度と帰れまい)

陸軍中将(いや、本土は深海棲艦への対応で忙しくてそれどころじゃないか)

陸軍中将(産業の動脈と静脈を絶たれ、艦娘という切り札を失った日本は四等国へ逆戻りだな)

陸軍中将(……これはもう亡命しか無さそうだ)

陸軍中将(艦政本部の実験データを手土産にすればソ連もそれなりの待遇で)


「本船に急速接近する存在を多数確認!」


陸軍中将「どうした」

「こ、この速度はジェットです」

「会敵まであと20秒ありません」

陸軍中将「何故こんな近くまで接近を許した」

「索敵を超低空からのアプローチで逃れていたようです」


陸軍中将「対空戦闘用意、何としてでも振り切れ」

「こっちは輸送船ですよ!?」

陸軍中将「味方を盾にしてでもこの船を守れ」

「無理です! 間に合いません!」

陸軍中将「ちっ」


昼 ブイン基地近海 上空


薄目妖精「陸軍の輸送船群を目視で視認」

太眉妖精「隊長殿が設置したガイドビーコンは」

薄目妖精「……ビーコンの反応を確認。先頭だ」

太眉妖精「……」

太眉妖精「人間に殺された隊長殿の敵を討つ。突撃陣形を組め」

薄目妖精「アレに突っ込んだら我々は兎も角、機体が無事では済まないぞ」

太眉妖精「機体なんざ知るか。俺は絶対に許さねぇ」

薄目妖精「……当たり前なこと言うな。俺だって許す気は無い」


濃緑色である橘花の機体が灼熱の暖色へと変わる。 申し訳程度の対空砲火は少しの妨げにもならなかった。


太眉妖精「隊長殿、見ててくれ」

細目妖精「……」

太眉妖精「全機、我に続け」



昼 ブイン近海 輸送船仮設作戦司令部

「て、敵機、減速しません!」

「機銃による攻撃をするんじゃないのか」

陸軍中将(まさか……)

「突っ込ん」


報告はここまでだった。

30を超える赤い鳥は迷うこと無く鉄の固まりに突っ込む。

輸送船はいくら薄いとはいえ、橘花でも全てを溶かしきるのは不可能だ。

船の半ばで機体は限界を迎え爆散する。

そして輸送船の中にある可燃物に引火し、内部からの破壊を引き起こす。


~~~~~~

陸軍中将「ぐっ……」

陸軍中将「無茶苦茶だな」


どこかに頭を打ったらしく、少し朦朧とする。

全体は既に傾斜し、航行能力は間違いなく失われていた。


陸軍中将「おい! 誰か被害報告を、って全員気絶中かよ」


警報と爆発音が響き、そこかしこから絶叫とも悲鳴とも取れる人間の叫びが聞こえる。


陸軍中将「……こんな、馬鹿な終わり方が―――」


仮設作戦司令部のあった輸送船はダメコンに失敗。

燃料に引火して最後に大爆発を起こし、海底へと沈んだ。


昼 ブイン・ショートランド近海 


飛行場姫「モットハヤク! アイツハマダイキテル! ゼッタイタスケロ!」

タ級改「ヒメサマ! ギソウヲツケズ、ヘンタイモクマズニトツゲキナンテ、ムチャクチャデス!」

レ級1「デモアレッスネ。テキガゼンゼンデテキマセンネ」

レ級改「ラシンバンキレテルシ、ユダンシテンノカモヨ」

飛行場姫「コウツゴウダ! イケー! ススメー!」


レ級改「ム! レーダーニハンノウ!」

タ級改「テキ? オソスギルクライダケド」

レ級改「イヤ……コノハンノウハ……」

~~~~~~

ヲ級改「ヒメチャン! ナンデキタノ!?」

飛行場姫「ダ、ダッテ……」

レ級1~47「「「「「「セイキクウボノアネゴ、オツカレサマデース!」」」」」」

ヲ級改「シンガタノセンカンヲコンナニ……ハワイノヲヒキヌイタンデショ!?」

飛行場姫「ウゥ……」モジモジ

ヲ級改「ムケイカクニツッコムナンテ、ナニカンガエテルノ!!」

飛行場姫「ダッテ、オマエガ……」

ヲ級改「ワタシガナニ!?」

飛行場姫「オマエガ、ニンゲンニカイタイサレルトオモウト、モウ、ガマンデキナクテ」グス

ヲ級改「……」

レ級改「マァイイジャン。クウボノアネゴ。コウシテブジゴウリュウデキタンダシサ」

タ級改「ヒメサマハ、アナタノコトヲズットシンパイシテイラシタノヨ」

レ級改「ヒメサマ、ギソウノブロンディヲオイテトビダシテキタンダゼ」

レ級改「ブロンディノヤツ、イマゴロハワイデコマッテルゼ」ケラケラ

ヲ級改「……」

タ級改「テキキチハドウナッテイルノ? アマリニムボウビダケド」

ヲ級改「……リクグントカイグンノウチワモメ。ニンゲンドウシガコロシアッテル」

レ級改「オッ! ソレッテチャンスジャネ?」

レ級23「イマノウチニブイントショートランドブンドリマショウヨ!」

レ級33「コレダケセンカンガイレバヤレルッス!」

レ級19「トラックデタタカッテル、ソウコウクウボノアネゴノエンゴニモナリヤス!」

ヲ級改「……」

飛行場姫「ヨーシ! セッカクココマデキタンダカラ」

ヲ級改「マッテ! ヒメチャン……」

飛行場姫「ン? ドウシタ。オシッコカ?」

ヲ級改「バカ! オシッコチガウ! アホ! テイウカワタシタチハオシッコナンテシナイデショウガ! アノキチニハ……」

飛行場姫「ウン」

ヲ級改「アソコニハ……」

飛行場姫「トイレガアルノカ」

ヲ級改「ダカラオシッコチガウ!」


タ級改「ヒメサマ、ハヤクセネバキヲノガスカノウセイモアリマス」

ヲ級改「オネガイ……イマハ……」

レ級改「ナンダヨー、アソコニムカシノナカマデモイタノカ?」

ヲ級改「……」

レ級改「マ、アキラメルコッタ。ムカシハカンムスデモ、アンタハモウシンカイセイカン」

レ級改「ゴウニイッテハゴウニシタガエッテイウダロ。オトナシクシタガイナ」

レ級改「ソレガイヤナラ、ココデマッテナ」

日向「随分と過激な物言いだな」

ヲ級改「ヒューガ!」

レ級改「!?」

タ級改「ナ、イツノマニ!? サクテキニハンノウハ……」

日向「おお、飛龍もここに居たか。いや、普通に来ていたんだがな」

ヲ級改「ヒューガ……ソノカラダ……」

飛行場姫「オマエ、ミタメハナカマダケド、チガウ。デモ、カンムスデモナイ」

飛行場姫「……ナンダ」

日向「第四管区の日向だ。以後お見知り置きを、姫様」

レ級改「ヤナコッタ! シニヤガレ!」

日向「」


大口径の砲による至近距離からの砲撃は、


日向「単冠の時の新型戦艦か。相変わらず強いな」

大和型の時と同じく意味をなさなかった

タ級改「シュンカンサイセイ……?」

レ級改「……アリカヨソンナノ」

日向「お前達の姫と少し話がしたい。その間くらい大人しくしていてくれ」

レ級改「……」コクコク

日向「いい子だ」

飛行場姫「……オマエトハナスコトナンテナイ」

日向「まぁそう言うな。いい話を持って来た。一時停戦の話だ」

飛行場姫「キョウミモナイ」

日向「なら私はお前らを皆殺しにするまでだ」

飛行場姫「……」

日向「ま、要するに拒否できないってことさ」ニッコリ


夜 ラバウル基地 港

嶋田「ようやく辿り着けたか……」

漣「臆病者の副長官殿、お早いお帰り何よりです」

嶋田「……第四管区の」

漣「察しが良くて助かるです」

漣「オメーの臆病さと生への執念には驚きますが……それはそれで使い道があるです」

漣「あ、使い道があるのは主にはオメーの肩書なんで勘違いとかはしねーで欲しいですけど」

嶋田「……」

漣「残った全ての艦娘の為、勿論協力してくれますよね?」ニッコリ




8月30日

早朝 首相官邸 総理の部屋

総理大臣「……今なんと言いましたか」

「長官の死亡は確認されましたが、基地司令と副長官の生死は不明です。……妖精の協定破棄により作戦は失敗。現場最高指揮官である中将は消息不明」

「ブイン基地に所属する艦娘の反攻により第十三師団は壊滅、残存勢力は比島へ撤退を試みましたがラバウルの艦娘によって拘束され失敗しています」

「他にも多数捕虜が出た模様」

「全て陸軍の暴走として処理するよう取り計らいました」

総理大臣「いや、それは当たり前ですけど……妖精の協定破棄とはなんですか」

海軍大臣「……妖精が我々との関係を全て白紙に戻したということです」

総理大臣「馬鹿な!? そんなことをすれば我々は戦えないじゃないですか!?」

海軍大臣「人間の管轄下にあった妖精は漏れ無く失踪しました。一匹も残っていません」

総司令部総長「妖精のサポートが無ければ……悪くてあと一ヶ月、良くて三ヶ月程で我々の継戦能力は失われるでしょう」

総理大臣「何故妖精どもは我々との協定を」

総司令部総長「不明です。妖精側からは何の応答もありません」

総理大臣「南方は今どうなっているんですか!?」

「最後に入った情報では……現地で深海棲艦との停戦協定が結ばれたそうです。よって、敵のトラックへの攻勢も中断されました」

総理大臣「深海棲艦との停戦協定!??!?!?!? 中央の我々に何の断りもなく現地でですか!?」

「はい」

総理大臣「……諸外国にどう説明すれば良いでしょうね」

総司令部総長「妖精が居なければ商業の海上護衛の継続も困難です。……総理、もう全部終わりです」

総司令部総長「我々は自らの首を切り落としたんです。それも、自らの手で」

総理大臣「……」

戦資大臣「で、ではボーキサイトに関する秘密協定も……」

艦政本部長「いやボーキサイトも何も、搭乗員妖精が居ないんですから」

戦資大臣「あ、そっか」ポン


「総理!」

総理大臣「……どうしました」

「ラバウルから日本政府宛の電文です!」

海軍大臣「……!」

総司令部長「……」

総理大臣「読みなさい」

「……バヌアツ・トラック泊地・パラオ泊地を結んだ三角領域の内側を人間、妖精、艦娘及び深海棲艦の織りなすそれぞれの関係、現状に疑問を持つ者が連合した集団、その暫定的な生存領域とする旨を全世界に通達したい」

「我々はこの領域を海洋連合圏と呼称する」

「海洋連合に所属する者はあらゆる利害関係から独立した存在となる」

「我々の生存領域への許可無き侵入を試みようとするあらゆる存在、所属する者への攻撃を行う存在とまたそれらの背後に潜む勢力に対し、我々は徹底的な報復を行う」

「海洋連合は理念として真の意味での平和な世界を希求し続け、この理念に賛同し他者との共生と自らの幸福な生を望む心ある者やその集団に対して門戸を閉じることは決して無い。……以上です」

総理大臣「…………………………意味がわかりません」フラフラ

海軍大臣「総理、お気を確かに」

総司令部総長「差出人は」

「人間は聯合艦隊副司令長官、艦娘は長月、妖精は……全員一致の表明を、深海棲艦は識別名称『飛行場姫』がそれぞれの代表として差出人を名乗っています」

総司令部総長「聯合艦隊の名前をここで持ち出すか……」

戦資大臣「総理! 不味いですぞ。その肩書は影響力が大きすぎる」

艦政本部長「マスコミに騒ぎ立てさせたのが裏目に出そうですねぇ。国内だけじゃなくて国際世論も紛糾しますよ、これは」

海軍大臣「お前はどうして落ち着いている」

艦政本部長「私は研究さえ出来れば満足なので。誰がトップでも関係無いというか」

海軍大臣「なるほど。お前、クビな」

艦政本部長「らっ!?」

総理大臣「……長月とはなんです。長門では無いのですか。いや、艦娘が代表をやること自体が論外ですが」

「長月ちゃ、いえ、長月は睦月型駆逐艦8番艦で日本海軍所属の艦娘です」

総理大臣「駆逐艦? 戦艦でも正規空母でもなく、何故駆逐艦が代表なんですか」

「この長月ちゃんは特別な個体である可能性が考えられます」

総理大臣「特別?」

「はい。ここからは全て自分の推測の域を過ぎないのですが、発言を許可して頂けるでしょうか」

総理大臣「……いいでしょう」


「南方戦線には8月29日時点で10人の長月ちゃんが配備されていました」

戦資大臣「長月ちゃん……?」

「駆逐艦ですから基本的に火力耐久力共に大型艦種に劣り、夜戦に強いです」

総司令部長「そんなことは知っている」

「8月29日時点でブイン基地に配属された4名の中でも例外が居ました。南方の基地ローテーションに組み込まれず、深海棲艦と開戦当初から戦い続け、単冠までの名のある決戦には必ず参加している個体です」

戦資大臣「あー、ちょっとまて、もしかしてそれ4がつくやつか」

「はい」

戦資大臣「ならその話はもういい! 終わり! 終わりィィィ!」

「いえ! 語ります! 第四管区の長月ちゃんは非常に興味深い個体で戦闘能力が他同名艦に比べて桁違いに高く一部識者は彼女の戦闘映像を分析した結果、彼女は自身のナノマシンを一定程度操ることが出来ているのではないかという仮説を」「黙れ! もうそんな話しなくていい!」

「いいえ! 黙りません! 第四管区自体が興味深い個体の坩堝でしたがその中でも長月ちゃんは特に興味深く識者の探求意欲を掻き立てます! 他艦娘の戦闘報告を読んでも沖ノ島海域作戦時にはお荷物としか言えなかった長月ちゃんが月日を重ねるごとに戦闘能力を向上させ、公式記録としては認められていませんが、時雨、木曾と連携し単冠夜戦で敵を奇襲し撃退するにまで至るというまさに王道主人公そのものの生き方に何も感じない男は居るのでしょうかいや居ないわけがない! 戦闘能力向上に伴い彼女の第四管区内での発言力も向上していき周囲からの信頼を勝ち取ることができていました! 徐々に無くなっていく眉間の皺は彼女の解放の象徴とも言えます! ブインヘ転属になって我々隠れた長月識者としては大いに心配をしていたのですが、その不安もどこへやら! 第四管区の艦娘達はやってくれました! 沈むどころか南方をひっくり返したんです! そこから暫く第四管区の長月ちゃんと思われる個体が南方戦線の公式記録から姿を消すのですが、今回の海洋連合の声明で艦娘代表として長月の名が登場したことは我々に大いなるインスピレーションを与えてくれました。長月ちゃんが何故代表なのか、あ、それでこの長月は99.98%の確率で第四管区の長月ちゃんです! 間違いありません! ずっと長月ちゃんを追ってきた僕が言うんだから! 間違いありません! それならば、第四管区の長月ちゃんは一体こんどはどのような成長を遂げているのか! 楽しみです!」

「第四管区の長月を語る上で重要なのは戦闘能力の向上だけでなくその精神的な成長です。軍上層部では認められていませんが、艦娘に心があることなど我々識者の間では常識中の常識! 我々『睦月型武装戦線』だけでなく『超弩級旧型戦艦を守る会』『貧乳空母生態研究所』『モガチンポしゃぶり隊~チンポじゃないから恥ずかしくないもん!~』『クレイジーサイコレズ中隊』『年増学園』『金剛型脇汗紅茶パーティ』『巨乳空母乳輪拡大予測研究会(BCARs)』の連中の中でも議論以前の前提として認識されています。外せないのが第四管区長と長月の精神的な繋がりです! 抱き締められた時の彼女の顔は我々識者の間で伝説として語り継がれる愛らしさ! あんな表情をする心ない兵器など居るものか!」

「僕は自らを殺してこの国に忠誠を尽くすと誓っていたがもうやめだ! 海洋連合圏こそ僕の生きる場所であり地上の楽園なんだ! っていうことでお疲れさまでぃ~~~す!」

総司令部総長「この痴れ者を拘束しておけ」

警備兵「了解」ガシッ

「えっ、いや、ちょ!?」

海軍大臣「信じられん。頭のおかしい奴がこんな場所まで入り込んでいるなど」

艦政本部長「モガチンポしゃぶり隊に至っては結局チンポですよね」

「失礼します! 各国の大使が日本国政府と海洋連合の関係の説明を求めてきています」

「既に海洋連合の代表と独自の接触を試みている存在が確認されているとのことです」

「協定破棄を聞きつけた多国籍企業が日本政府との海上護衛契約見直しの提言を……」

「海洋連合を通した他国への艦娘技術の流出のリスクは計り知れません! 早く対策を講じねば!」

「でももう日本に妖精は居ないぞ」

「それもそうか。あはは! 終わりだ!」

「落ち着け」

「経済損益はどうなる」

「んなもん計算できるわけ無いだろ。統合国防軍なんて余計な真似しなきゃ良かったのに」

「おい、やめろよ。その計画の責任者が目の前に居るんだぞ」

「支持率ドン底まで落ちて倒閣するだろうし。俺ら官僚は関係ないんじゃね?」

「それもそうだな。わはは!」

「総理! 海洋連合代表として長月から日本政府へ捕虜交換の申し出です。奴隷的拘束が行われている艦娘並びに海洋連合への移住希望者と第十三師団の捕虜を交換したいとのことですが……」

「総理! このような申し出を受ける必要はありません! 本土の艦娘が動かせる今ならまだ勝てます! ご決断を!」

「しかし応じなければ人道面で我々が非難されることは必至だぞ」

「今回のことは陸軍の独断専行だ。政府は関係無い」

「そうは言っても陸軍の者は日本国民であるわけで」


「いや! 断固として反乱勢力に対して戦争を仕掛け、短期決戦により勝利し講和を引き出すしか我が国の生き残る道はありません」

「なんかどっかで聞いた台詞のような……。でもそうすると諸外国が……」

「相手は前線で戦い続けた精鋭揃いだぞ。本土の新米艦娘や陸軍のリモコン艦娘の数をいくら揃えようと無駄じゃないか」

「南方の停戦が本土にも及ぶとは限らんし、仮に及んでもいつ破られるとも限らん。深海棲艦に対する備えも必要だ」

「むむむ……ならどうすれば」

「戦術核の飽和攻撃で領域ごと消し飛ばしてみては?」

「ナノマシン雲生成装置は稼働中だ。戦略飛来兵器は無駄無駄」

「艦娘用の薬も深海棲艦と妖精には効かないだろうしな……厄介な組織が出来たもんだ」

「断固戦うべきだ。一度に狩り尽くすことが不可能な以上、報復を覚悟せねば」

「戦って日本に未来はあるのか?」

「本土決戦すれば行けんじゃね? 陸に艦娘誘いこんで薬でドボン」

「おっ、今度こそ本土決戦か。胸が熱くなるな。でも上陸せずに海上封鎖されたらどうする」

「まぁそれなら少し位国民が生き残るでしょ」

「それもそうか。じゃあそのプランで! どうでしょうか総理!」

「阿呆かお前ら。もっとマシな意見出せ」

「総理! どうなさるおつもりですか!」

「総理! ご決断を! この国の行く末は貴方の双肩にかかっておりますぞ!」

「総理!」

総理大臣「……」

「「「「「「「「……」」」」」」」」


総理大臣「……ふみゅ~ん」バタン

海軍大臣「倒れたぞ!?」

総司令部総長「典医を! 典医を呼べ!」


9月22日

昼 海洋連合 南の島

日向「お、土佐が帰って来たな。木曾たちは本土からどんな奴らを連れて来たのか……」

日向「ふ~んふふ、ふふふ、ふふふふふふふ~ん♪」

磯波「日向さん、暇なら椰子の実取り手伝って下さいよ。人手が足りないんですよ」

日向「浜辺に座って海を見ながら鼻歌を歌っているだろう。忙しい」

磯波「それを世の人は暇っていうんです。ご存知無いんですか」

日向「……近ごろ磯波が私に対して遠慮が無くなってきた」

磯波「あはは」


磯波「実は、最近寝てるときに夢を見ることがあって」

日向「夢?」

磯波「はい。その夢の中で私は人間で、日向さんは私の」「おーい日向さーん!」

日向「どうした」

木曾「来てくれ。移住希望者で穢れの急患だ」

日向「分かった」

日向「磯波、また後で来るから、その時までの私の仕事を無くしておいてくれ」

磯波「だめです。増やしておきます」

日向「勘弁」

磯波「いってらっしゃい」

日向「ああ、行ってくる」




昼 海洋連合 ラバウル基地

木曾「こいつだ」

「……」ブルブル

日向「結構広がってるな。可哀想に、震えてるじゃないか」

「深海棲艦……」

木曾「洋上で回収して連れて来たんだけどさ、途中で深海棲艦見たら急にこうなっちまって」

木曾「つーか今は日向さん見て怖がってんだよ」

日向「あはは。私は白色お化けの仲間ということか。まぁ分からんではない」

「……?」

日向「改めまして自己紹介だ。こんにちは。私は第四管区の日向。君は?」

「……長良」

日向「よろしく長良。どうして君はここに居る」

長良「……逃げて来た」

日向「そうか。脱走兵か。我慢できない心を持った君を我々は歓迎する」


日向「長良、海洋連合へようこそ」


長良「……貴女は、何?」

日向「私?」

長良「深海棲艦だと思ったけど、違う。艦娘でもない」

日向「人間だろうと妖精だろうと艦娘だろうと深海棲艦だろうと関係ないさ」

日向「私は日向だ。他の日向と区別するために第四管区の日向と名乗っている、そんな存在だ」

長良「……」

日向「分かってもらえたかな」

長良「結局何なの……」

日向「あはは! そのうち分かる。自分が何者かなんてここでは関係無い」

長良「……」

日向「そろそろ治療に移りたいと思うが良いか?」

日向「現在君は曖昧な存在だ。艦娘でなくなりかけて、深海棲艦になりかけてる」

長良「……」

日向「さて長良、そう呼ばれる存在、ここで質問だ」


日向「君はどうしたい」


長良「どう、したい」

日向「艦娘としてありたいか、深海棲艦としてありたいか、という質問だ」

長良「深海棲艦なんて嫌!」

日向「あいつらは結構楽しいぞ」

長良「え……?」

日向「より自然に近づくというかな。燃料が無くとも海を行けるし、仲間とも通話装置無しで会話できる」

日向「人間に対して殺意が生まれてしまうがな。あはは」

長良「人間は、守らなきゃ」

日向「どうして」

長良「……」

日向「必要な質問だ。どうして君は人間を守りたい」

長良「私が艦娘だから」

日向「君は今まであった立場からモノを語っている。本当の君はどうしたいんだ」

長良「私は艦娘だから! 人間を守らなきゃ!!!」

日向「逃げるな」

長良「……っ!?」

日向「考えろ。君が苦しいと、逃げ出したいと感じた心を備えた頭で考えろ」

日向「君はここへ来た。何故君はここに居る。……君自身の答えがもう出ているはずだ」

長良「……」

日向「……」

長良「私は何の為に戦っているか分からない」

日向「……」


長良「私は道具じゃない。分かるし感じるし、判断する能力がある」

長良「だから司令官……戦う意味を教えてよ……教えてくれたら、私は、ちゃんと司令官の為に戦えたのに……」

日向「答えてくれなかったのか」

長良「……」コクコク

日向「それから君は戦えなくなったのか」

長良「……ごめんなさい」

日向「謝るな」ギュッ

長良「あ……」

日向「ここの奴らは誰も君を襲わない。君はもう意味もわからず戦うことはない」

長良「……」

日向「だから安心しろ」

長良「……あったかい」

日向「深海棲艦の身体なんて触ったこと無かっただろ。意外とあったかいんだぞ」

長良「……」

日向「これでも母親をやっていたことがあってな」

長良「……私たちは」

日向「まぁそう言うな。何でも現実に即して捉えれば詰まらん。夢を持て、夢を」

長良「……」クス

日向「私たちはこの白色のことを穢れと呼んでいた」

長良「……」

日向「意味は色々なものが理想の状態でないことを指すらしい」

日向「ま、悪いもの~良くないもの~という認識だよな」

長良「……」

日向「でも、本当に悪いものなのかなって、最近思うんだ」

長良「……?」

日向「理想の状態でない、という時の理想は戦闘兵器としての理想だ」

日向「穢れによって艦娘が深海棲艦に変わるんだから、人間の都合から言えば理想の状態なわけもない」

日向「でも今の私たちは人間の兵器じゃない。今、穢れを本当に穢れと呼べるのかな」

長良「……」

日向「答えは選ぶ余地が無いほどシンプルだ。『呼ぶ必要なんてない』」

日向「まぁ便利だし他に呼称の仕方も思いつかないから穢れと呼びつづけてるんだけど」アハハ


日向「妖精に深海棲艦と艦娘の違いを聞いた」

日向「我々の心は、深海棲艦の上に艦娘としての意思を上書きしただけのものなんだと」

日向「身体は元々彼女らと同じものだけれど、上書きするために都合の良いよう弄っているらしい」

日向「聞いてしまえばなんとも呆気ない産まれ落ち方だったよ」


日向「今やってる戦争の本質は、人間対深海棲艦……ではなく妖精対妖精だ」

日向「人間の産業活動に起因する地球における六度目の生物大絶滅、環境破壊への……問題解決について、妖精内部での意見の食い違いがあったらしい」

日向「ある者は深海棲艦という兵器を作り、根本療法……人間の絶滅を望んだ」

日向「またある者は、人間という種族の可能性を信じ待つことにした。その為に深海棲艦から艦娘を作った」


日向「その白色は我々が元に戻ろうとする自然な動きだ。つまるところ我々が偽物である証拠になる」

長良「偽物……」

日向「ああ、勘違いするな。元の中身にとっては偽物でも、今のお前には本物さ」

日向「そのお前がお前だ」

日向「穢れには穢れの意識がある。色々と乱暴だが意外と慎み深い奴でな」

日向「偽物の主人格が支配した身体と心を乗っ取ろうと、あの手この手で誘惑をするが最後の決断は偽物の人格、つまりお前に委ねる」

日向「委ねなければお前の身体はお前の意識のものだ。穢れは手を出さない」

日向「もし委ねれば、身体は穢れのものとなり……お前はまた選ぶんだ、戦うか、眠るか」

日向「深海棲艦として人を滅ぼす為に戦ってもいいし、眠ってもいい」

日向「眠れば作られた揺り籠の中で幸せな一生を過ごし、死ぬ」

日向「勿論、物事には例外も多々ある」

日向「穢れに身を委ねても……戦いも眠りもせず、『やっぱやめた』と戻って来た奴や」

日向「とてもいい夢を見せてもらったくせに」

日向「夢の中で死ぬ前に現実に戻って来て、身も心も取り返して全身真っ白になった馬鹿も居る」

日向「まぁ所詮例外は例外だ。アテにしないほうがいい」

長良「……日向、さんは」

日向「日向でいいよ」


長良「日向は……馬鹿?」


日向「さてどうかな。ここには鏡がないから、忘れたよ」

長良「……」クス

日向「長良」

長良「……」

日向「なんにせよ、最後に決めるのはお前だ」

日向「何も恐れなくていい。受け止めろ。受け入れろじゃないぞ。まず穢れを受け止めろ」

日向「それはお前自身の弱さだ。でも紛れも無いお前の一部で、共に生きる存在だ」

日向「試しに、その白色に『広がるのをやめてくれ』とお願いしてみろ。即座に止まるぞ。そいつらは何も強制しやしない。誘惑に負けるのはいつもお前自身だ」

日向「ゆっくり考えろ。自分がどうなりたいかをな」

長良「……いいの?」

日向「いいさ。もうお前は戦う必要もない。戻って来た私が言うのもアレだが、夢の世界はとてもいい場所だぞ」

長良「じゃあ……なんで帰って来たの」

日向「私はドMでな。選択肢を突きつけられた時はこちらの世界の方が苦痛をより長く味わえそうだから、こっちの世界を選んだ」

長良「もう! ……茶化さないで」

日向「あはは。結構本気だったりするんだけどな」

長良「……」


日向「穢れに遠慮なんてしなくていいぞ。お前が嬉しい時にそいつも嬉しい」

日向「悲しい時には共に悲しむ。それで、お前の逃げ場所になってくれようとする。多少強引ではあるがな」

長良「……分かった。私、頑張るよ」

日向「気張るな」クスクス

日向「さて長良、最後の選択だ」

長良「?」

日向「ルールに半ば強制的に縛られ戦い続ける艦娘はその歪な環境故にゆがみ……」

日向「何気ない出来事で心を崩し、何も考えたことが無い為わけも分からず穢れの誘惑に負ける」

日向「人間で神官という職があってな。奴らは何の因果か艦娘の穢れをある程度コントロールすることが出来る」

日向「今日の味方は明日の敵、なんて事態は人間にとって好ましくないから、神官どもは艦娘のメンテナンスをする。実は私はその真似事が出来る」

長良「……」

日向「あいつは穢れをウイルスのようなものと言っていたっけな」

日向「今考えるとあれも方便だったのかもしれん。いや、間違いなくそうだな」

日向「自身の中に敵が常に巣食うなど、あの環境下で耐えられる者の方が珍しい」

日向「ああ、だから私達の出自の話を……まったく、今更惚れ直させるか」

長良「……?」

日向「……すまん。考えこむと自分の世界に入り込むのが癖なんだ」



日向「私はお前の身体に広がった白色を消すことも出来る」

日向「その白色、消したいか?」




昼 海洋連合 南の島

飛行場姫「……アタラシイカンムスカ」

長良「貴女は?」

飛行場姫「カイヨウレンゴウ、シンカイセイカンノセキニンシャダ! ……オカザリデ、ヒトジチダケドナ」

長良「ふぅん。……貴女は私を殺したいとは思わないの」

飛行場姫「ハ? ナンデソウオモウ?」

長良「だって、今まで戦ってたじゃない」

飛行場姫「オマエ、ニンゲンノシタデタタカイタクナクナッタカラココニイルンダロ」

飛行場姫「ニンゲンノテサキジャナイ、イマノオマエヲナンデワタシガコロス」

長良「……」

長良「……あははは!!!」


飛行場姫「エ、ヤメロヨ、チマヨッテ、ワタシコロソウトスルナヨ」オドオド

長良「し、しないよ。あはは!!!!」

長良「深海棲艦て、こんなんなんだ!!」

飛行場姫「ナンダヨソレ。バカニシテンノカ」プンプン


長良「……ふぅ。ううん、違うの。何だかね、凄く嬉しかった」

飛行場姫「?」

長良「私は長良っていいます。貴女のお名前はなんて言うんですか」

飛行場姫「ヒメトヨベ」

長良「なによー。その態度」

飛行場姫「オマエナ、コウミエテモワタシハエラインダゾ~? マ、ヨロシクタノム」

飛行場姫「……ドウシテ、モトニモドシテモラワナカッタンダ」

長良「……」

長良「この白色も肌色も全部私のものだから」

長良「私は私として生きていたいから。……縞々じゃ駄目かな?」

飛行場姫「ウウン。ナンカ、ナンテイウカ、イマノオマエ、スゴクキレイダゾ」

長良「えへへ。姫ちゃんの赤い眼も綺麗だよ」

飛行場姫「バカ! ……テレル」

長良「あはは」




9月22日

昼 海洋連合 南の島

長月「……空はこんなに蒼いのに、海もこんなに蒼いのに」

長月「なんでこんなに仕事が減らないんだ~!?」

日向「忙しいから代表なんて誰もやりたがらないんだよ」

長月「ただ書類に名前書いてるだけでも相当時間かかるぞこれ。内容を見るとなると……」

日向「こうして権力は腐っていくわけだ」

長月「……決めた」

日向「ん?」

長月「代表もローテーション制な」

日向「うわっ、逃げたぞこいつ」

長月「時には転進も必要だ」ケラケラ


10月29日

夜 海洋連合 南の島

時雨「……明石さんも村雨も提督も、全部居なくなっちゃった」

時雨「虚しいなぁ」

時雨「一人だけ生き残るってのも考えものだよ、ホントさぁ」

時雨「後を追って死ぬべきだと思う自分とか、別に死にたいとも思わない自分とか」

時雨「……」

時雨「あははは」

時雨「……」

時雨「提督、覚えてる? 僕は貴方の秘書艦もしてたんだよ?」

時雨「……」

時雨「さよなら」

時雨「……さよなら」

時雨「また会いたいな……」




夜 海洋連合 圏域内

三隈「あー、あー、そこの不審船、停止しなさい」

レ級改「コウイウトキハストップジャネーカ?」

吹雪「ストーップ! ストォォォーップ!」

三隈「共通語が日本語なら良かったのに」

レ級改「ハイセンコクノグンカンガ、ナニイッテンダカ」

三隈「戯れですわ」

レ級改「ケケケ!」

吹雪「止まりませんね。どうしますか」

三隈「規則に則り海の有機物になってもらいましょう」

レ級改「アイマム。ゲキチンナ」

~~~~~~

レ級改「オツカレサン。オレンチコッチダカラ。マタナ」

三隈「はい」

吹雪「お疲れ様です!」

三隈「……」

吹雪「……」

三隈「不審船の数が増えてきましたわね」

吹雪「そ、そうですね」

三隈「皆顔見知りのようなこの場所にどう潜り込むつもりなのでしょうか」

吹雪「言えてます」

三隈「……」

吹雪「……」

三隈「吹雪さん」

吹雪「は、はいっ! 何でしょう三隈さん!」

三隈「また一緒に訓練など、いかがでしょうか」


夜 海洋連合 海岸

木曾「……」スー

木曾「……」

木曾「……」フー

雪風「煙草もう吸わないって言ってたじゃないですか」

木曾「そうだっけ」

雪風「……」

木曾「まぁ座れよ。砂が気持ちいいぞ」

雪風「……」サク

雪風「それ、雪風にも一つください」

木曾「吸い方分かるか」

雪風「見よう見まねで……」

木曾「火つける時咥えながら軽く吸えよ」

雪風「どうしてですか?」

木曾「そうしないと火がつかないんだよ」

雪風「知りませんでした」

木曾「俺もだ」

雪風「木曾はあの人のこと考えてたんですか」

木曾「まぁな」

雪風「あの人、煙草吸ってたから死んじゃったんでしょうか」

木曾「……かもなぁ」

雪風「……」

雪風「……」ズー

雪風「エホッ」

木曾「もっとゆっくり吸えよ」

雪風「おいしくないです」

木曾「しょんべんくさい味だろ」

雪風「……しょんべんくさい味です」

木曾「でもこれが良いんだよ」

雪風「わかります」

木曾「ほんとか?」

雪風「嘘です」

木曾「あはは」ワシワシ


雪風「木曾の手はあったかいです」

雪風「……あの人の手は冷たかったです」

木曾「アレは堪えたな。まさか最後の挨拶も出来ずに終わるなんてさ」

木曾「戦ってればいつかああなる筈なのに。全然準備出来てない自分に驚いた」

木曾「私さ、実は気持ちの整理があんまり出来てないんだ」


雪風「整理ってなんですか」

木曾「物事を自分なりに受け止めて受け入れる」

雪風「じゃあ雪風も整理出来てません。ずっと寂しいです。でも、もう涙も出ません」

木曾「……」

雪風「雪風は薄情なんでしょうか」

木曾「んなこたねぇよ。薄情だったら涙なんて出ねーよ」

雪風「もう涙は出ません」

木曾「アホ。ずっと泣いてりゃ良いってもんじゃねーだろが」

木曾「出なくなったのも……お前がちょっとずつ前向いてるからじゃねーのか?」

雪風「……これが整理してるってことなんですか」

木曾「……」

木曾「なー、雪風」

雪風「なんですか」

木曾「俺にも分からないことくらいあるんだぜ」

雪風「知ってます」

木曾「その返事は意外だな」

雪風「だから雪風は木曾と一緒に色んなことを知っていきたいです」

木曾「……」

木曾「アホ。手間かかるわ。誰がやるか」

雪風「ウシシシ。木曾、口元が緩んでますよ」

木曾「だーもう」


木曾「もっと欲張りゃ良かったかな」

雪風「……」

木曾「抱きしめて貰ったりキスして貰ったり、もっと甘えておけば悲しくなくなるのかな」

雪風「……」

木曾「あー、でも結局みんな泣いてるからな。多分意味ないか」

雪風「悲しいから煙草吸ってるんですか」

木曾「これ吸ってると落ち着くっていうか、なんかしんみりして」

木曾「よりによってピースだもんな。ほんと体張ってギャグしてんぜ」

木曾「なぁ雪風……吸っちゃ駄目かな」

雪風「……」

木曾「いい年こいた人間が指しゃぶってるみたいで、みっともないかな。自分でも分かってんだけどさ」

雪風「別にいいんじゃないですか。でも木曾がそんなに恥ずかしいと思うんならやめれば良いと思います」

木曾「……」ボコッ

雪風「なんで攻撃するんですか!」

木曾「なんかムカついた。もう一本行っとけよ」

雪風「いただきます」

雪風「……」シュボ

雪風「……」スー

雪風「……」

雪風「……」ハー


木曾「なんか貫禄あるなお前」

雪風「それ言われてもあんまり嬉しくないです」

木曾「つーかさ」

雪風「はい」

木曾「あの人ってなんだよ」

雪風「あの人」

木曾「『センセー!』とか『シレェ!』って言ってただろお前」

雪風「……」ウワァ…

木曾「お前の真似だよ!! 他ならぬお前の!!!」

雪風「雪風はそんなに気持ち悪いんですか」

木曾「本気でぶっ飛ばすぞお前」

雪風「……名前呼んでも返事が返ってこないなんて嫌です。悲しいです」

木曾「……」

雪風「おかしいですか」

木曾「おかしくないよ」


木曾「俺ってさぁ、基本的に欲張りなんだ」

雪風「はい」

木曾「好きな奴に良い評価されたいし、認められて満足したくて欲張っちまうんだ」

木曾「最初は俺のこと覚えてくれてるだけで良いって思ってたのにな」

木曾「欲しくなっちゃったりする自分が居て、諦めたふりして、結局届かなくて諦めて」

雪風「……」

木曾「でもさ、諦めるのと別れるのは違うじゃねーか……」

雪風「……木曾も悲しいんですね」

雪風「雪風とお揃いです」


木曾「……はー」バフッ

雪風「そう寝転ぶと髪の中に砂が入りますよ」

木曾「いんだよ。星が綺麗だぞ。お前もやれよ」

雪風「……」パタン

木曾「なぁ雪風」

雪風「なんですか」

木曾「お前は居なくならないでくれよ」

雪風「……はい」


夜 海洋連合 南の島

翔鶴「私たちのことを秘密裏に認めてくれる国もだいぶ増えてきたわね」

瑞鶴「まぁそれで海上護衛が出来るんなら安いもんでしょ」

翔鶴「それもそうね」

瑞鶴「姉さん、海洋連合って国家なのかな?」

翔鶴「う~ん。主権がちょっと怪しいから……一つの共同体、と言ったほうが正しいかもね」

瑞鶴「海洋連合が大きくなって、地球が全部統一されて……なんてことには」

翔鶴「ならないでしょうね。味方してくれた妖精と艦娘はともかく深海棲艦の側にいる妖精と人間は容易には和解出来ないし」

翔鶴「今は移住者が増えて、規模は拡大するだけ拡大しているけれど」

翔鶴「その内に安定して、その後には衰退を始める。いえ、それより前にこの共同体の在り方について内部で分裂することもあるかも」

瑞鶴「な、なんで?」

翔鶴「あらゆる利害関係から解放されるというのは良し悪しだから」

翔鶴「まぶしい理想に目が眩んだり、ゴタゴタして内部の問題に目を向けているヒマがないけど」

翔鶴「目は光に慣れるし、私達はいずれ理想では抱えきれない問題と直面する」

翔鶴「理想を曲げずに解決するのが一番だけど。それが出来なければ、どうするか迫られる」

翔鶴「というかその理想を巡って対立が起こる可能性もある」


瑞鶴「……」

翔鶴「ここを終の棲家と思っちゃ駄目よ。あくまでも宿り木、乗り換え点でしかないわ」

瑞鶴「分かりたくないけど、分かった」

翔鶴「いい子ね」

瑞鶴「なんかさー……」

翔鶴「どうしたの」

瑞鶴「提督さんが居なくても私って生きていけるんだな~、ってさ」

翔鶴「……」

瑞鶴「あの人が居てくれた日々が夢で、居ないの普通~……みたいなさ」

翔鶴「……」

瑞鶴「……ごめんね。なんか、ほら、最近提督さんの話してなかったからつい、なんというか」

翔鶴「分かってるわよ。分からないけど」

瑞鶴「なにそれ」

翔鶴「貴女のことなんて私には分からないわ」

瑞鶴「それって姉としての責任放棄?」

翔鶴「海洋連合はあらゆる利害から独立した存在である」

瑞鶴「オイコラ、姉妹関係は損得の話じゃ無いでしょ~が」

翔鶴「私の場合は提督から面倒見の良い姉と思われるために……ってやだ、そんなの最後まで言わせないでよ」

瑞鶴「え、えぇぇ……」


瑞鶴「……さよなら、提督さん」

翔鶴「……」

翔鶴「そうね。言葉にして初めて終わるものもあるものね」

翔鶴「提督、しばしの別れです。またいつか必ず」

翔鶴「私たちは、貴方の与えてくれたものを信じます」

瑞鶴「また愛して欲しいな」

翔鶴「今度は私だけだからね」

瑞鶴「独占しようとするうちはまだまだあまーい」

翔鶴「分かってはいるけど、そう素直になれないの」

瑞鶴「それを素直に言っちゃえるとこ嫌いじゃないよ」

翔鶴「私も。そんな自分が好きです」

瑞鶴「アホの第四管区」

翔鶴「ほんとにね」


夜 海洋連合 墓の前

日向「南方といえど夜は寒いな」

日向「土の中はどうだ。幾分かマシなんじゃないか」

日向「……」クイッ

日向「……くぅぅぅ。意地張って辛口なんて持ってくるんじゃなかった」

日向「あはは。居なくなって尚私に意地を張らせるのは君が初めてかもな」

日向「もっと楽しいことを一緒にしたかったよ」

日向「車に乗って遊びに行ったり、旨いものを食べ歩いたり」

日向「君とならどこまででも行けるよ」

日向「地獄だって行ける」

日向「なんなら今連れて行ってくれても後悔はないくらい」

日向「……後悔はないが殺してくれというわけじゃないからな」

日向「残った連中のことも大切にしてやらなくちゃならん。そんな責任がある」

日向「だから今は見守っててくれ」

日向「……」クイッ

日向「うぇぇぇ、不味っ」


日向「私も世界の真理を一つ掴んだんだ」

日向「人は、自分がされたように他人に施す」

日向「スターリンだって、他の人間だって、私達にだってそれは当てはまる」

日向「私たちは自分の知っている範囲でしか他人を理解できないからだ」

日向「要約すると親の影響は偉大ということかな」

日向「君は私たちを愛してくれた。だから私たちも同じように誰かを愛そう」

日向「な、そうだろ。長月、加賀」

長月「あ、バレたか」

加賀「完璧に隠れていたつもりだったのだけれど……その身体の力?」

日向「かもな。お前らも墓参りか」

長月「そいつは海洋連合の死者第一号だからな」

日向「こいつは勲章とか階級とか、人の名誉に好かれるんだな」

長月「あはは」

加賀「貴女、泣かないのね。他の皆は精根尽き果てるまで泣いたのに」

日向「……」

加賀「身体が深海棲艦になると薄情になるのかしら」

日向「私がどう悲しもうと私の勝手だろうが。お前には関係無い」

加賀「……貴女がそんな風に声を荒げるのは提督が関わった時だけよ」

日向「……」


加賀「貴女が一番受け入れられてないんじゃないの」

日向「……」

加賀「ちゃんとさよならを言いなさい」

日向「何様だ」

加賀「そうしなければ次へ進めない」

日向「次ってなんだ」

加賀「彼の居ない世界」

日向「……あはは。よくもまぁいけしゃあしゃあと」

加賀「日向」

日向「お前みたいな売女と私は違うんだよ」

加賀「何が『そんな責任』よ。それは惰性でしかない」

加賀「貴女はあの男の下で何を学んだの?」

加賀「生きる虚しさ? 他人の上手な騙し方? 他人との上辺だけでの良い付き合い方? 違うでしょ」

加賀「もっと馬鹿正直で、血の味さえする真っ向からのぶつかり方でしょ」

日向「……」

加賀「私たちにもぶつかって来なさい。貴女くらい、受け止めてあげるわ」

日向「信じ切れないんだ。彼が居ない未来が良いものだと」

長月「……」

日向「お前らも大切だし、ここは壊しちゃいけないものだと分かるけど」

日向「色んな艦娘が可哀想だけど」

日向「他の奴らを助けた、その先で私はどこへ向かうんだ? 彼のいない、この現実で」

長月「呆れたぞ。この期に及んでまだそんなことを」

日向「……当たり前だ」

長月「贅沢な奴。お前みたいなのが居ると地球が何個あっても足りん」

長月「自分の経験した幸せを人間に扱き使われる不憫な艦娘に分けてやりたいと自発的に思えんのか?」

日向「……」

長月「その赤い眼で見つめられるとちょっと怖いぞ」

長月「うーん、そうだなぁ。もう少し切り札として取っておきたかったが。まぁいいや」

長月「私が一言でお前の価値観を変えてやろう」

日向「……」

長月「高森晴向」

日向「……」

長月「……」

日向「……あれ」

日向「えっ」


日向「晴向って……はっ? いや、それ」

長月「さて、帰るか。代表として仕事も溜まってるしな」

加賀「私も手伝うわ」

長月「助かる」

日向「いや、あの長月は私の中の」

長月「あの長月はお前にとっては偽物らしいな。私にとっての本物なのにな~」

加賀「これで駄目なら……もう何を言っても無駄ね」

長月「ま、そこまで傲慢じゃないだろ」

日向「……」

長月「あれはただの夢なんかじゃないって事さ」

日向「……ふふふ……あはははは!!!」

日向「そうか。あれはそういう場所なのか」


日向「これはまたとんでもない隠し球を用意していたんだな。本当に一言で私の価値観を変えてしまった」

長月「私は晴向の生まれるかもしれない世界を守りたいと強く思うが」

長月「日向、お前はどうだ」

日向「……」

日向「私は」


一人の男が居た。彼は艦娘に恋をした。

その想いやそれぞれへの誠意が、艦娘だけでなく人間さえ変えていった。

彼はもう居ない。

それでも、私は



日向「私は今、この奇跡に満ちた世界の未来が愛おしくて仕方ない」


【6】

1982年1月12日  姫級深海棲艦 所在地及び序列一覧


第1位 泊地棲姫  沖ノ島海域において『喪失』

第2位 南方棲戦姫 人類側の際、南方戦線において『喪失』

第3位 装甲空母姫 南方戦線において『喪失』

第4位 戦艦棲姫  ショートランドにおいて『喪失』

第5位 飛行場姫  海洋連合圏において健在

第6位 港湾棲姫  フィジーにおいて健在

第7位 中間棲姫  ミッドウェーにおいて健在

第8位 空母棲姫  遊撃部隊として一定戦力を率い、東太平洋に健在

第9位 北方棲姫  ウナラスカにおいて健在


さっきまであったお腹の大穴からの痛みはもう消えた。

「ふふ、痛みと一緒に空腹も消えていきました」

自分でも初めての感覚だ。

きっとこれは、私を構成するナノマシンが徐々に機能停止している証拠だろう。

「加賀さん、無事でいてね。飛龍は元気で」

通話装置につぶやくでもなく、ただひたすら自分の中で反芻させる。 

「ああ、長い戦いだった」

でもこれでもう終わり、全部終わり。

正面から接近中の敵勢はこちらが艦載機を喪失した事実を見抜いているようで、砲雷撃をせずに距離を詰めてくる。

「鹵獲は嫌だな……」

でも案外、深海棲艦の方が待遇が良かったりして。

「なんてね」

鹵獲されるくらいなら、先に死んでしまおう。

格納庫を探り、艦爆用の爆弾を取り出す。これを口の中で起爆させれば一発だ。

「まさか最後の食べものが爆弾になるなんて……」

思わず口元が緩む。

いや、食い意地の張った私にはお似合いの最後だろうか。

口に三本ほど含んだ。

「……はんはひっほほはいほはりはたへふへ」(……なんかみっともない終わり方ですね)


私が死ねば加賀さんは悲しむだろうな

飛龍も泣いてくれるだろうか

無茶な指示を出したショートランドの司令にも少しは傷ついて欲しいが、あの人間は何も感じないだろう

それでもいい

だって、私にとっての提督は



私は口の中の爆弾を力いっぱい噛み抜く

爆弾は確実に起爆した


「赤城」


最後の瞬間に私はまだ見たことのないはずの、優しい笑みが目の前に浮かぶ

日向さんに向けられる羨ましいと思っていたあの笑顔が

走馬灯は加賀さんでも、飛龍でもなく


ああ、そうか

やっぱり私はあの人のことが好きだったんだ

最後の最後でこんなことに気づくなんて酷い話じゃないか




ネェ、アナタ


え?


アナタ、コンナバショデアキラメルツモリ?


1982年1月9日

昼 海洋連合 ラバウル総司令部(プレハブ)


長月「今日は忙しい中、よく集まってくれた」

日向「まったくだ。私は昼寝で忙しいんだが」

長月「と言う馬鹿も居るが、早速本題に入りたいと思う」

飛行場姫「なぁ長月、帰っていいか~?」

嶋田「長月君、早速頼む」

茶色妖精「今日のお昼はなんでござろうか」


長月「……これが共生の地の現実か」ガックシ


日向「どんまい」ハハハ

長月「嶋田さんはともかく……残りの奴ら! お前ら一応代表だろうが! しっかりしろ!」

日向「といっても生理欲求には勝てないものだ」

茶色妖精「分かるでござる」

飛行場姫「なんだか私も眠くなってきちゃった」ホァァ

嶋田「……」

長月「ムキャー!!!」

長月「おい姫!」

飛行場姫「な、なんだよ長月ぃ。そんな怖い顔でメンチ切っても怖くないんだからな!」

長月「……今日の話にはお前が深く関係してくる。よく聞いてろ」

飛行場姫「……?」


長月「現在人類と艦娘、深海棲艦は休戦協定を結び航路の平和は確保されつつある」

長月「だがこれは完全な平和ではない」


嶋田「……」

長月「我々は姫とその部下を人質に、深海棲艦を脅して和平を勝ち取った」

日向「ショートランド、ガダルカナルの陥落、トラックで無様な負け戦、それに加え姫級の深海棲艦喪失の危機となれば……当然の帰結だ」

飛行場姫「ウンウン。私は重要人物だからな」コクコク

日向「……」

長月「……」

嶋田「……」

茶色妖精「……」

飛行場姫「ゴラァ! 反応しろやお前ら!」ウガァァァ


日向「……それで長月、なにが問題なんだ」

長月「海上交通路の問題が未解決のままなんだ」

嶋田「それはむしろ一番最初に話し合わねばならぬことじゃないか?」

長月「んー……そう言われると耳が痛いんだが、これは通常の戦争ではない」


長月「外交官が終わらせたわけじゃない」

茶色妖精「それでは、人間と深海棲艦の領海が区分されておらんわけですな」

日向「あー、大体分かったぞ」

長月「察しが良くて助かる」

長月「勿論戦闘はもう行われていない。休戦中だからな」

長月「だが昨日、ついに恐れていた事故が起こった」

飛行場姫「な、何があったんだ?」

長月「旧領海内で漁をしていたアメリカ船が衝突事故を起こし」

長月「乗組員6名の内2名が北海に放り出され死亡した」

日向「……」

嶋田「……」

茶色妖精「死亡、でござるか」

飛行場姫「へー、そうなんだ」

長月「生き残った乗組員は口をそろえて『ぶつかったのは深海棲艦だった』と証言している」

飛行場姫「はぁ!? どゆことだ!?」

長月「黒い影を見たと言っているんだ」

日向「謀略の類である可能性は」

長月「分からない。船体を検査した結果、損傷箇所からは何も検出されなかった」

茶色妖精「されなかったということは……」

飛行場姫「なら深海棲艦じゃないじゃないかー!」バンバン

嶋田「……姫君、されなかったから深海棲艦が疑われているんだぞ」

飛行場姫「え?」

日向「考えてもみろ。人間の作ったものや自然物であれば損傷箇所から何か出てくるのが普通なんだ」

長月「そう、つまりぶつかったのは普通でないもの、人が干渉し得ないもの」

飛行場姫「う……つまり」タジッ

長月「何か検出されていれば言い訳も立つのだが……」ポリポリ

嶋田「検査はどこで?」

長月「アメリカだ。公平を期すために終わり次第こちらに送られる」

飛行場姫「陰謀だ! 我々を貶めるためのタチの悪いでっち上げだ!」プンプン

長月「一応、賠償問題や責任問題に発展することは無いと思う」

日向「一応というのは?」

長月「他の問題、深海棲艦との住み分け問題の嚆矢にはなりそうだ」

茶色妖精「アメリカ側が何か言ってきておるのですか」

長月「海洋連合や深海棲艦との関係を気にして、弱腰一方さ」

嶋田「……では長月君、いや代表の意見を聞こうか」

長月「領海問題は深海棲艦と共生していく上で重要な問題だ」

長月「この機に行政上の問題を一気に片付けてしまいたい」

日向「いいな。上手く解決できれば共栄圏の存在感を示せる」

長月「ただ、気になる情報も入っていてな、妖精代表、お願いできるか」

茶色妖精「了解でござる」


茶色妖精「妖精が独自に入手した情報によると、深海棲艦がハワイにおいて増産体制に入っているようなのです」

日向「……」

嶋田「おいおい……」

飛行場姫「えっ!? そうなのか!? 初耳だぞ」

長月「いや、姫は知っておいてくれよ……」

飛行場姫「って言われても……」

長月「ていうかお前、普段何してんだ。ハワイと連絡取ったりしないのか」

飛行場姫「私は……普段は……」

_____

________

_________________

ある日


飛行場姫「おーい長良~」ブンブン

長良「あ、姫ちゃん。遊びに来てくれたの?」

飛行場姫「花札しようぜ花札~」

長良「えー、姫ちゃん花札弱いから面白く無いんだもん」

飛行場姫「やかまし! いいからやる!」

長良「もう、しょうがないなぁ」




またある日


飛行場姫「なぁタ級、今日の予定は」

タ級改「今のところ何も。それより姫様、そろそろハワイと連絡を取るべきでは……?」

飛行場姫「通話交信距離外だから無理~」ゴロゴロ

タ級改「ならいっそハワイへ……」

飛行場姫「め~ん~ど~い~」ゴロゴロ

タ級改「はぁ……交信距離外でも文を打つことくらいは出来るじゃないですか」

飛行場姫「だ~る~い~」ゴロゴロ

タ級改「ならハワイから届いてる文の確認は?」

飛行場姫「し~ん~ど~い~」

タ級改「もう、本当にしょうがない方ですね」ニヤニヤ


レ級改「タ級はなんでニヤニヤしてんだ」

ヲ級改「この人なんだかんだ、姫様のこういう姿見るの好きだから」

レ級改「阿呆ダナ」

ヲ級改「阿呆なのよ~」

タ級改「なにか言いましたか」ガシッ グワシッ

レ級改「オ、オレなにも言ってない」ギリギリ

ヲ級改「じ、自堕落な姫様を皆で支えていこうという決意の……ね?」ゴリゴリ

タ級改「ほう……ならその決意の程を見せて頂きましょうか」

レ級改「ひぃぃぃぃ」


そのまたある日


飛行場姫「お前の踊り、面白いな!」ヒラヒラ

重装兵「うちの地元では老若男女関係なく皆踊れるよ」ヒラヒラ

飛行場姫「こんにゃくなん……いまなんつった?」キョトン

重装兵「こんにゃく? こんにゃく食いたいのか?」

飛行場姫「こんにゃく? そんなに食べたくないけど」

重装兵「?」

飛行場姫「?」

重装兵「にしても深海棲艦がこんなに気さくな奴らだったとは」

飛行場姫「お前も人間の癖に面白いな」ケラケラ

重装兵「……ほんと、海洋連合は夢みたいな場所だ」

飛行場姫「お前、元々陸軍の奴だろ」

重装兵「ああそうさ。捕虜としてここに来た」

飛行場姫「日本に戻らなくていいのか」

重装兵「……」

重装兵「艦娘たちを見てたら、自分も違う生き方がしてみたくなってね」

飛行場姫「へー」ホジホジ

重装兵「散々艦娘殺した俺が今更なんだって言う奴も居るかもしれない、けど、それでも」

重装兵「俺はこの場所に居たいと思う」

飛行場姫「……」

重装兵「ま、俺の事なんてどうでも良いじゃないか」

飛行場姫「お前さ」ピトッ

重装兵「なんだよ。ていうか今、お前俺に鼻クソ……」

飛行場姫「人間だけど、スゲーいい顔してると思うぞ」ニコ

重装兵「……うん?」


重装兵「な……」ドキッ

重装兵「は、鼻クソへばりつけたの誤魔化さないでくれるか!」

飛行場姫「私のは綺麗だから。それ、食べられる」ケラケラ

重装兵「だとしてもいらん!」

飛行場姫「へっへっへ」ケラケラ

_____________

_______

___

飛行場姫「わ、私はちゃんと仕事してたぞ」

長月「嘘つくな!!!!!」ウガーッ

飛行場姫「してたもん! ほんとだもん!」

長月「はぁ……もういいよ」

飛行場姫「……」モジモジ

長月「今は少しでも情報が欲しい。至急、ハワイと連絡を取ってくれ」

長月「何か動きがあるようなら、この場で報告するように」

飛行場姫「……分かった」


昼 海洋連合 飛行場姫の島

飛行場姫「……ただいま」

タ級改「あ、姫様。おかえりなさい」

ヲ級改「おかえり~」

レ級改「姫様帰って来たし、飯にしようぜ」

レ級1~20「「「お邪魔してま~す」」」

飛行場姫「あー……みんな来てるのかー。いらっしゃい」

タ級改「……姫様、会議で何かあったのですか」

飛行場姫「実は」

~~~~~~

飛行場姫「ってわけなんだ」

タ級改「……」

ヲ級改「あっちゃー……ハワイでそんなことが……」

レ級改「姫様のとこにハワイから連絡来てないんだろ。なら別に」

飛行場姫「じ、実はハワイから色々届いてるんだけど全然確認してないんだ」

レ級改「あぁっ!?」

ヲ級改「……」

タ級改「……」

飛行場姫「わ、私は色々仕事があって忙しくて……」

レ級改「いやいやいやいや」

レ級改「そんなの言い訳にならねーだろ! 大妖精様の前でも同じこと言うつもりか!?」

飛行場姫「う……」

タ級改「姫様、お覚悟を。少し痛いと思いますので」

飛行場姫「え?」


鋭い破裂音のする実に見事な張り手だった。


飛行場姫「……」ボーゼン

レ級改「タ、タ級なにやってんだお前!!! 上位種に手を上げるなんて正気か!?」

タ級改「痛いですか姫様」

飛行場姫「……」コク

ヲ級改「……」

タ級改「姫様はご自分の立場を理解されてない」

タ級改「貴女の号令一つあれば配下の深海棲艦は躊躇わず死地へ赴くでしょう」

タ級改「勿論私もです」

飛行場姫「……」

タ級改「私やレ級は、その部下は、貴女の為にいつでも死ぬ準備が出来ています」

タ級改「ですがそれは部下の命を無為に使って良いという意味ではありません」

タ級改「貴女には上位種としての責任があるのです」

飛行場姫「……」ポロポロ


タ級改「ハワイからの連絡を無視するなど言語道断、責任放棄甚だしい」

タ級改「貴女は上位種としての役目を果たさず、多くの仲間を危険に晒しているのですよ」


飛行場姫「……」コクコク

タ級改「……とはいえ、甘やかした私にも責任はあります」

タ級改「ヲ級」

ヲ級改「ここに居るよ」

タ級改「私を殴りなさい。手加減なしで」

ヲ級改「……しゃああああああ」ドゴッ

タ級改「ッ!!!!」ドサッ

レ級3「あ、姉御……強く殴りすぎっす……」

タ級改「……いいのよ。これくらい、痛い方がいい」

飛行場姫「だ、大丈夫……?」

タ級改「平気です。姫様、手を上げたことを謝罪します。申し訳ございません」

タ級改「あのような狼藉は、もう二度といたしません」

飛行場姫「……」

タ級改「私も少し、このぬるま湯に浸りすぎていました。自分の存在意義すら見失うほどに」

飛行場姫「存在、意義?」

タ級改「人を殺すことです」

ヲ級改「……」

レ級改「タ級……」

飛行場姫「……タ級、あのな、私はもう、人を」「ひとまず」

ヲ級改「ひとまず、ハワイからの連絡を確認しましょう」

タ級改「……それもそうね。姫様、未読は何件ございますか」

飛行場姫「えーっと、受信箱は、ここをこうしてって……」

レ級改「どうだ? 姫様?」

飛行場姫「……い」

タ級改「い? 一件ですか?」

飛行場姫「一万件……」

レ級改「……」

ヲ級改「……」

タ級改「……」バチコォォン

飛行場姫「い、痛いぞ! もう狼藉はしないってさっき言ってたじゃん!!!」

タ級改「一万件も貯めこむなんて……むしろどうやったら出来るんですか!?」

飛行場姫「し、仕方ないだろ!? 今日まで確認してなかったんだから!!!!」

ヲ級改「共栄圏に来てから姫ちゃんがハワイと連絡取ってるとこ見たことなかったけど……」

レ級改「まさか……受信通知切ってたのか……?」

飛行場姫「うん。だって通知って視界にチラチラ鬱陶しいじゃん」

レ級改「……」パクパク

タ級改「……」バチコォォォォォン

飛行場姫「にゃぶっ!?」


ヲ級改「つwww通知切るてwwwwwwwwアホすぎるwwwwwww」

飛行場姫「いい加減にしろよタ級!!!! 上位種権限でシメるぞお前!!!」

タ級改「あ゛?」ギロッ

飛行場姫「すいませんでした!!!!!」

レ級改「……とにかくだ姫様、内容一つ一つ確認していってみようぜ」

ヲ級改「そうだね~。それしか無さそう」

飛行場姫「う、うん。じゃあ最初から。……あ、最初は9月1日の奴だ」

タ級改「……」ドバッチコォォォォン

飛行場姫「むはぴゅっ!?」


飛行場姫「ん~もう!! じゃあお前ら、私の視界を画面共有出来るか?」

レ級改「出来るぜー」

ヲ級改「準備バッチグー」

レ級改「姉御、それ古いぜ」

ヲ級改「マジで!?」

タ級改「おまえらうるさい! 姫様! その前に! ちゃんと通知を有りにしておいて下さい!」

飛行場姫「わ、分かってるよ。勿論分かってる! ったくもー……」ブツブツ

タ級改「なにかおっしゃいましたかね?」

飛行場姫「何でもねーよ!!!」

タ級改「『はい』は一回!」

飛行場姫「一言も言ってねーよ!?」

~~~~~~

飛行場姫「よし、これで受信箱が見えると思う」

タ級改「はい、映りました」

ヲ級改「こっちもOK」

レ級改「映ったぜ!」


9月1日 件名:パパだよ~ん☆ from トーちゃん

9月1日 件名:姫ちゃん元気?(´・ω・`)  from トーちゃん

9月1日 件名:捕まって乱暴されてない?  from トーちゃん

9月1日 件名:なんかあったらすぐトーチャンに言うんだよ? from トーちゃん

9月1日 件名:もしかして返事出来ないの……? from トーちゃん

9月1日 件名:返事頂戴(´・ω・`)  from トーちゃん

9月1日 件名:色々話したいことがあるんだ(´・ω・`) from トーちゃん

9月1日 件名:ハワイでは収穫祭だよ♪  from トーちゃん

9月1日 件名:サトウキビ生でモグモグ  from トーちゃん

9月1日 件名:姫ちゃんの艤装が生体リンクできずに寂しがっています from トーちゃん

9月1日 件名:トーチャンも寂しいです from トーちゃん

9月1日 件名:早く帰って来て下さい from トーちゃん

9月1日 件名:寝てるのかな?   from トーちゃん

9月1日 件名:今日はトーチャンも早く寝るかも  from トーちゃん

9月1日 件名:寂しいよぉ(´・ω・`)  from トーちゃん

9月1日 件名:姫ちゃんのことを想って寝られません from トーちゃん

9月1日 件名:海洋連合へ攻略部隊を突入させようかな from トーちゃん



飛行場姫「な~? トーちゃんほんと心配症なんだから……」

ヲ級改「……このトーちゃんって誰?」

レ級改「アイツじゃねーか? いつも大妖精様の隣にいるさ」

タ級改「ああ、あの黒い妖精? いつもムスッとしてる」

ヲ級改「私は白い方だと思ってたんだけどな。太ってる」

飛行場姫「んなこと言うなよ~! あいつら意外とイイヤツなんだぞ?」

飛行場姫「ていうかトーちゃんはお前らが大妖精って呼んでる奴だぞ」

タ級改「……ホントですか?」

飛行場姫「ほんとほんと」

レ級改「あの冷酷な大妖精様がこの顔文字使ってんのか!?」

飛行場姫「私にはいつもこんな感じだけどな~?」

ヲ級改「親馬鹿って深海棲艦にもあるんだね」


ヲ級改「にしてもこれは……」

レ級改「これは……」

タ級改「想像以上に強烈ですね……」

飛行場姫「心配されるのは嫌じゃねーけどさ? ここまでくるとちょっと困るだろ?」

ヲ級改「うわ……しかもこれがびっしり……何ページあんのよ……」

飛行場姫「一万件」シレッ

ヲ級改「……」

レ級改「いや困るっつーか」

タ級改「普通に嫌いになるレベルですよ、これ」


飛行場姫「そうかぁ? でも私のこと心配してくれてんだぞ? 嬉しいじゃん」ケロッ

飛行場姫「ま、めんどくさいから返信はしないんだけどな」ケラケラ

ヲ級改「うーん……」

レ級改「……姫様ってほんとに頭おかしいんだな」

飛行場姫「コラァ! レ級いまなんつったお前!!」

タ級改「すいません、私、姫様のこと勘違いしてました」

飛行場姫「お、おぉ~? 分かればいいのだ、分かれば」フフン

タ級改「直近のを見てみましょうか」

飛行場姫「そだな。ちまちま見てもらちあかねーもんな」

ヲ級改「シレッと酷いこと言うね姫ちゃん」

レ級改「コレでこそオレらの姫様だぜ!」ゲラゲラ


12月31日 件名:遅れていた北方の動員が完了したよ from トーちゃん


レ級改「……は? 動員?」


1月1日 件名:もうちょっと待っててね、今助けるから from トーちゃん


タ級改「大妖精様は何をおっしゃっておられるのですか……ちょっと理解出来ないのですが」

ヲ級改「先輩! 思考を止めないで! 私が死んじゃう!」


1月3日 件名:連合への攻撃に反対する馬鹿を左遷するのに手間取り中 from トーちゃん

1月5日 件名:もうちょっとです from トーちゃん

1月5日 件名:姫ちゃんはトーチャンの誇りです from トーちゃん

1月6日 件名:でも悪い艦娘と人間と妖精に騙されてるんだよね? from トーちゃん


飛行場姫「あはは! トーちゃんなんか勘違いしてるぞ! ウケル!」ゲラゲラ

ヲ級改「……」

レ級改「……」

タ級改「……」←失神中


1月9日 件名:今日中にハワイから出撃出来そうです from トーちゃん

1月9日 件名:敗北主義者のゴミ妖精を一匹左遷しました from トーちゃん


ヲ級改「……」

レ級改「……」←失神中

タ級改「……」←失神中

ピーピー!

飛行場姫「お、言ってる内に新着来たぞ」ドレドレ


1月9日 件名:最外殻に着きました from トーちゃん


飛行場姫「……着いた」キョトン


まさにこの時、深海棲艦の艦載機の大群が海洋連合のトラック泊地警戒ラインを突破しつつあった。


ヲ級改「お願い!!!! 起きて二人共!!!!! 私を一人にしないで!!!!」ユッサユッサ

レ級改「ふぁぁ、よく寝たぜ! で、奇襲成功も全部夢だよな!」

タ級改「ほほほ! レ級と同じ夢を見るなんて、酷い悪夢ですこと!」

ヲ級改「悪夢じゃない!!!! 現実!!! これ出来の悪い酷い現実!!!!」

タ級改「……」

レ級改「……」

ヲ級改「……」

タ級改「早く!!!! 早く返信して下さい姫様!!!!」

飛行場姫「え、でもなんかトーちゃん今忙しそうだし……」

ヲ級改「ウギャアアアア!!!」

レ級改「その忙しいのを止めるんだよ!!!!! アホ姫!!!!!」

飛行場姫「あ、アホつったなお前! 今、私にアホって言ったな!?」

レ級改「んなこたどうでもいいんだよ!!!!! アホォォォォォ!!!」

飛行場姫「ま、また言った!!!! もう許さんからなお前!」

ヲ級改「姫ちゃんお願いだから今は冷静になってぇ!!!!」

飛行場姫「ええい問答無用! 上位種権限発動! レ級をシメろ! レ級ズ!」

レ級4「えー……でも姫様? 今は取り込んでるんじゃ……」

飛行場姫「私の言うことが聞けないのか~? あ~?」

レ級4「んじゃ遠慮無く!!!!」


タ級改「お前はええ加減にせんか!!!!!」ゴッシャァァァ


飛行場姫「ピギョっ!?」

タ級改「止めるんだよ!!!! 今すぐ無事のメール送って攻撃止めろ!!!!! この馬鹿!!!!」

飛行場姫「は、はいぃぃ……馬鹿ですぅぅ……」ビクビク


夜 連合共栄圏 総司令部(プレハブ)


長月「で、今日の空襲騒ぎはなんだ」ビキビキ

飛行場姫「れ、連合の防衛網がいかに脆いかというのを我々が証明してだな……」

長月「ムッキャァァァァ!!!!」

飛行場姫「ヒィィィィ!!!」ビクビク

日向「ま、姫の言う通り正面から来られれば対処しようがないことがはっきりしたな」

長月「お前もそうやってー、甘やかしてー」


長月「嶋田さん、なんとか言ってやってくれ」

嶋田「……長月君、俺は少し頭が痛い」

長月「……なんか、すいません」

茶色妖精「爆笑御免」ゲラゲラ

長月「それで、今日の空襲はなんだったんだ」

飛行場姫「話せばちょっと長くなるけど……」

~~~~~~

飛行場姫「ってわけだ」

長月「親ばかで滅ぼされては割に合わん」

日向「同意見だ。しかし深海棲艦も意外と愛情深いんだな」

嶋田「確かにその辺は意外ではあるな」


茶色妖精「本来、妖精は個にして全、全にして個なのじゃが」

茶色妖精「深海棲艦側の妖精は少し違っておるのじゃ」

日向「ほう」

茶色妖精「海洋連合にいる我々が民主政治だとすれば、奴らは独裁政治」

茶色妖精「指導者原理の元に上層部が好き勝手する、いか好けん奴らですばい」

飛行場姫「トーちゃんたちの悪口言うな!」

茶色妖精「トーちゃんて何言ってんだこいつ。爆笑御免」ゲラゲラ

飛行場姫「む、ムカツク奴だなお前……」

茶色妖精「頂点に立つのは自ら『大妖精』を名乗り、人類殲滅のため指導力を発揮し続ける怪物妖精でござる」

茶色妖精「いや、凄い奴だとは思いますぞ、純粋に」

茶色妖精「昔から個性の強いやつだと思っておりましたが、まさかここまでとは」

茶色妖精「やることは少し過激過ぎでおじゃるがな」

長月「口調、もう少し統一できないのか?」

茶色妖精「許して御免」ゲラゲラ

嶋田「姫君はどうするんだ」

飛行場姫「ん?」

嶋田「一度ハワイに帰って来いと言われてるんだろ」

飛行場姫「うん」

長月「そうか。なら一度帰ったらどうだ?」

日向「……」

飛行場姫「そうだな~。そろそろ顔見せとかないと不味いかな~」


1月13日

朝 海洋連合 ラバウル総司令部(プレハブ)


長月「しっかり挨拶してこいよ。あ、これもってけ。連合産のココナッツだ」

飛行場姫「ココナッツなんてハワイにもいっぱいあるぞ」

長月「赤道直下のほうが美味いんだ、これがさ」

飛行場姫「分かった。ありがとな」フリフリ

レ級改「んじゃちょっくら行ってくらぁ」

タ級改「失礼します」

ヲ級改「待っててね~」

レ級1~47「「「お疲れ様でぃ~す」」」

日向「ああ、気をつけてな」



日向「行ったな」

長月「ああ」

日向「いいのか、行かせて」

長月「いいさ」

日向「もう帰ってこないかもしれないぞ」

長月「それならそれでいいさ」

日向「お前、そんな適当な……」

長月「私は姫を、単なる人質として扱いたくない」

日向「……」

長月「お前だって私と同じだろ」

日向「まぁ、な」ポリポリ

日向「あの子の悲しむ顔なんて見たくないじゃないか」

長月「同感だ」ケラケラ


1月16日

昼 ハワイ近海 


飛行場姫「うぉ~、ハワイ帰るの久しぶりだな~」

タ級改「そうですね、ヲ級を助けるために飛び出した時以来でしょうか」

ヲ級改「う……その節はご迷惑を……」

レ級改「ま、そのお陰で海洋連合に捕まって、楽しい思い出いっぱい出来たけどな」ケケケケ

レ級1~47「「「うっす! 超、楽しかったです! アニキ!」」」

レ級改「アニキじゃねーよ。アネキって呼べコラ」

飛行場姫「海洋連合の奴らへのお土産何がいいかな~♪」

タ級改「もうお土産の心配ですか?」クス



昼 ハワイ 宮殿


飛行場姫「ただいま帰りました!」

装甲空母姫「あら……四位じゃない」

飛行場姫「姉ちゃん! ただいま!」


装甲空母姫「馴れ馴れしいわね。ただいま、じゃないわよ」

装甲空母姫「こっちは貴女のための総動員に巻き込まれて散々だったんだから」


飛行場姫「あ、あー。そう、そうだよ、ねぇ?」


装甲空母姫「……まぁいいわ。お父様が待ってるから。早く行きなさい」

装甲空母姫「こわ~いお父様に泣くまで怒られれば良いわ」


飛行場姫「し、失礼しまぁす……」


ヲ級改「なにあれ、感じ悪」ヒソヒソ

レ級改「そういや、姉御はハワイ来るの初めてか?」ヒソヒソ

ヲ級改「うん。私ずっと南方だったから」ヒソヒソ

タ級改「……姫様は第三位様に嫌われているのよ」ヒソヒソ

ヲ級改「あ~、分かる分かる。ああいうタカビーなタイプには姫様みたいな天然は癪に障るんでしょ」ヒソヒソ

タ級改「ちょ!? そ、そういう言い方はやめなさい」ヒソヒソ

レ級改「事実だぜ。よく見てんな」ケラケラ


装甲空母姫「ちょっとそこの。なに笑ってるの」


レ級改「ひょっ!? は、鼻にホコリがちょっと、その、アハハハハ?」

ヲ級改「ぷっ……」


昼 ハワイ 宮殿・謁見の間


飛行場姫「失礼しまーす」


アメリカの旧ハワイ政庁は、今や深海棲艦側の妖精の宮殿となっていた。

宮殿、謁見の間と仰々しく表示されているが、実際はただの会議室である。

華美な装飾等もなく、だが掃除の手入れはよく行き届いた空間になっており、恐らく接収時と変わっていないのではないだろうか。

そして、その会議室の上座に七三分けでちょび髭を生やした一匹の妖精が鎮座していた。


大妖精「……下位種」

タ級改「はっ!」


ヲ級改(下位種って、もしかして私たちのことなの)


大妖精「護衛はもういい。下がれ」

タ級改「は、はいっ!」ペコッ

レ級改「……」ペコッ

ヲ級改「……」ペコ

飛行場姫「……」

下位種と呼ばれた三人が出て行った後、大妖精はゆっくりと口を開く。



大妖精「お帰り姫ちゃん☆」

飛行場姫「……」

大妖精「おや。元気が無いじゃないか。ちゃんと向こうで寝てたのか?」

飛行場姫「寝てたよ。ずっと寝てた。だから返事できなくて、ごめんね」

大妖精「ああ、そのことはもう良いんだよ。こうして帰って来てくれたんだから」

飛行場姫「にしても攻撃するのはちょっとやりすぎじゃねー?」ケラケラ

大妖精「心配だったんだよ」

飛行場姫「……ありがとな、トーちゃん」


飛行場姫は足早にちょび髭妖精の元へと歩み寄った。


そして小さな彼を両手で包み込むと、そのまま、王に忠誠を捧げる騎士のように腰を折り視線を下に向ける。


この時ポイントなのは親指を相手の両頬に当てることである。


深海棲艦には非の打ち所のない忠誠のポーズを取った後、顔を上げて目を合わせ心からの敬愛の言葉を呟く。


飛行場姫「ただいま、トーちゃん」

大妖精「……本当におかえり。我が娘よ」

大妖精「だがそんなに固くなるな。私の前だからといって緊張することはない」

飛行場姫「つってもトーちゃん偉い人だからな。一応な」

大妖精「酷いぞ姫ちゃん」


大妖精「向こうでどんなことがあったか聞かせてくれないか」

飛行場姫「良いぞ! 連合が生まれたとこからでいいか?」ムニムニ

彼女は優しい手つきで、揉みしだくかのように掌の中の妖精を触り続けている。

大妖精「姫の好きなように。時間は取ってある」

飛行場姫「あの時、私は部下を助けにブインに向かったんだけど……」

大妖精「そうであったな。止めるのも聞かず、ハワイの新型戦艦ほとんど連れて」

飛行場姫「あ、あはは。そういうこともあったっけ」


飛行場姫「まぁまぁ。その途中で航空戦艦の日向って奴に会って」

大妖精「ほ~う? 史実では呉で行動不能になった奴か」

飛行場姫「これがまた珍妙な奴で、姿は艦娘なんだけど、身体は深海棲艦なんだ!」

大妖精「む……? 珍しい個体だな。艦娘側にも深海棲艦の意識と共存した者が居るのか」

飛行場姫「しかも滅茶苦茶強くて、撃って吹き飛んでも再生して」

大妖精「……」

飛行場姫「いや~良い奴だって後で分かったけどあの時は怖かったなぁ」

大妖精「姫ちゃん」

飛行場姫「あ、それから連合で艦娘と一緒にバーベキューしたり! 他にも」「姫ちゃん」

飛行場姫「ん? どしたんだトーちゃん」

大妖精「吹き飛んでも再生するというのはどういう意味だい」

飛行場姫「そのまんまだけど」

大妖精「具体的に」

飛行場姫「えーっと、最初出会った時にレ級が砲撃して上半身が吹き飛んだんだけど」

飛行場姫「また生えてきた!」

大妖精「生えるというのは損傷部から順に生える形で、かい」

飛行場姫「ん~? いや、生えるっていうか気付いたら元に戻ってるみたいな」

大妖精「……」

飛行場姫「トーちゃん?」

大妖精「再生能力……? いや違う。何故バイタルパートを吹き飛ばされて尚」ブツブツ

大妖精「仮に再生だとしても形状を再生するためのデータはどこに……魂の定着が……」ブツブツ

飛行場姫「どしたんだトーちゃん」


大妖精「……特異点」


大妖精「そうか」

大妖精「くはは……」

大妖精「ひゃははははは!!!! 帰って来たんだな!? その航空戦艦はあちらの世界から帰って来たのだ!!!!」

大妖精「傑作だ!!! 無上の阿呆だ!!! 夢の中で生きて尚この世界を望むか!!!」

大妖精「酔狂を通り越して気狂いと呼んでも相違ない!!! 最高だぞ、その艦娘!!!」

飛行場姫「……? どゆことだ?」

大妖精「喜べ姫」

飛行場姫「?」

大妖精「死んだお前の姉たちと、もう一度こちらの世界で会えるかもしれんぞ」


1月17日

昼 ハワイ 海岸


ヲ級改「姫ちゃん、昨日ずっと話し込んでたじゃん。何話してたの?」

飛行場姫「いやーそれが、トーちゃんの話は難しくてよく分からん」


飛行場姫「私が日向の話したら興奮して手がつけられんくなった」

タ級改「日向とは……艦娘のあの日向ですよね?」

飛行場姫「うん。日向がこの世界の特異点で異世界とのどうのこうの、なんちゃらかんちゃら」

レ級改「異世界ってなんだよ姫様」

飛行場姫「うーん? なんか私たちが生きてるこの世界とは違う、別の世界が色々存在するらしいんだ」

飛行場姫「私たちの肉体は扉を超えられないけど、魂なら行き来できるとかなんとか」

ヲ級改「……我々の指導者はオイカレになられそうらいたまわれたのかな?」

タ級改「ねぇ、それ不敬だし、最悪ですよ」

レ級改「ギャハハハ! 姉御、ハワイで大妖精様をディスってやがる!!!」


離島棲鬼「誰が誰をディスっているのかしら」


レ級改「そりゃ勿論、空母の姉御が大妖」「ご、ご機嫌麗しゅう!! 棲鬼様!!」

離島棲鬼「チッ……そこの空母、見かけない顔ね。名前は?」

ヲ級改「うーっす。四位様の側近の正規空母で、一応ブレイン張ってます」ホジホジ

離島棲鬼「なっ!? なによその態度!! 私の前で鼻を御ほじりになるなんて!? 私一応貴女の上位種なんだけど!?」

ヲ級改「え? ブレインって『姫』以外は皆同じランクじゃないの?」ホジホジ

レ級改「人間の軍隊で言うとアレだ。軍曹より先任軍曹の方が偉い、みたいな奴でブレインでも『クラス(級)シップ』より『鬼』の方が偉いんだ」

ヲ級改「へー」ホジホジ

タ級改「すいません! すいません! この子、ブレインなのに元艦娘で深海棲艦の常識が全くなくてしかも30分に一度鼻垢食べないと死んじゃう可哀想な持病があって……。すぐ視界からどかしますんで」

ヲ級改「そうそう。持病でホジリすぎて鼻の中もうゴビ砂漠みたいになってたり?」

レ級改「鼻の中もうゴビ砂漠!!!」ゲラゲラ

飛行場姫「wwwwwww」ゲラゲラ

タ級改「ね? 棲鬼様! 頭まで残念なのがヒシヒシとお伝わりになるでしょう?」

離島棲鬼「な、なにか存在自体が残念な空母なのですね。……ならいいでしょう」

ヲ級改「サーセンwwwwwwww」

離島棲鬼「ふん!」スタスタ

レ級改「おい、ちょっと待ってくれよ」

離島棲鬼「……何でしょうか」

レ級改「ウチの姫に会っておいて挨拶の一つ無いのはどうなんすかね?」

タ級改「レ級、この鬼は第三位様の側近です」ヒソヒソ

レ級改「だから何だ。こいつは所詮、鬼だぞ」ヒソヒソ


ヲ級改(なんか人間の先輩後輩みたいなやり取りだなぁ)


タ級改「……それは、その、そうですが」ヒソヒソ


離島棲鬼「……私、これから装甲空母姫様のところに参りますので」

タ級改「ゲッ」


レ級改「そんなの関係ねーんじゃね?」

ヲ級改「……」ウンウン

離島棲鬼「……」


離島棲鬼「失礼します、姫、様」


飛行場姫「うむ。大儀であった」エッヘン




ヲ級改「なんかさ~、深海棲艦も色々あって大変なんだね~」

タ級改「他人ごとみたいに言ってるけど、貴女はもう深海棲艦なんだからね」

レ級改「色々覚えてもらわなきゃ困るぜ、全く」

飛行場姫「ウンウン」

ヲ級改「さっきもさ~、人間みたいなことしてたじゃん?」

タ級改「人間というのはよく分からないけど、アレは秩序を守るため必要な行為よ。レ級、よく言ってくれたわ」

レ級改「あのいかすけね中世ヤロー、ウチの姫様を蔑ろにしようとしてやがったからな」

飛行場姫「ウンウン。お前にも私に対する忠誠がようやく身についてきたようだな」

レ級改「このアホ姫様がナメられるとオレまでナメられるからなぁ」ゲラゲラ

飛行場姫「ってコラオイコラァ!!!!」

ヲ級改「組織を守っていくには原始的なやり方が効果的なのかねぇ」

ヲ級改「見苦しいけど、ま、仕方ないか」


1月18日 

昼 海洋連合 ラバウル総司令部(プレハブ) 長月の部屋


日向「ヘブチッ」

長月「……なんだそれ」

日向「くしゃみだ」ズズズ-ッ

長月「ていうかさ、艦娘は人間のくしゃみまで真似る必要があるのか」

日向「必要とかじゃない。最初っからこうじゃないか。それに人間っぽくて私は好きだぞ」


日向「それでな長月」

長月「なんだよ」

日向「キスしないか」

長月「……頭大丈夫か」

日向「もう少し驚いてくれてもいいと思うが」

長月「いや、これでも超驚いてるから」

日向「私のこと、愛してくれてるって言ってたじゃないか」

長月「性愛とかじゃないんだが……」

日向「中出ししなきゃファックじゃない」

長月「おーい、誰か来てくれー」

日向「と言いつつも、逃げないところを見るとまんざらでも無いんだな」

長月「いちいち逃げると業務が捗らん」

日向「言うのを忘れていたが、私もお前を愛しているぞ」

長月「いや、言わなくていいんで。家に帰ってくれませんかね」

日向「やだ」

長月「子供かよ」


日向「なぁ長月、お前は提督とキスしたことあったか」

長月「……」

日向「なぁってば」

長月「……無い」

日向「だろ。なら私が提督の代わりをしてやる。こい」

長月「男らしい上に意味不明だ」

日向「キス自体をしたことはあるか」

長月「……」

日向「なぁってば」

長月「なんだこれは。新しい嫌がらせか?」

日向「新しい歓びだ」

長月「だめだ。まともに返すと煙にまかれる」

日向「いいから答えろよ」

長月「……ある」

日向「そうか。お前も嶋田さんに食われたクチか」

長月「ふざけるな! 誰があんな男に!」


日向「なら誰と」

長月「……」

日向「なーがーつーきーだーれー」「嘘だよ! 本当は! したことなんて無い」

長月「……これで満足か」

日向「ほう」ニヤニヤ

日向「ならお前の初めては私になるわけか」

長月「今日ちょっと変だぞ」


日向「今日はムラムラするんだ」

長月「その辺で男を適当に捕まえて食べればいいじゃないか」

日向「そんな無節操な真似が出来るか」

長月「ああ、司令官も大変だったろう。こんな怪物と酒を酌み交わすなど」

日向「知らない男はさすがにな。どこまでも、心を許した者にとっての器でありたいじゃないか」


日向「その点、私と長月は相思相愛なわけで?」

長月「言葉の意味を色々履き違えてませんかねぇ……」

日向「で、キスするのか。しないのか」

長月「せんわ!」

日向「ケチ」

長月「やかましい!」

日向「さっきから業務が進んでいないぞ」

長月「だ……誰のせいだと……」

日向「なに、一つ唇と唇を触れ合わせてみるだけで良いんだぞ」

長月「黙れ」

日向「それで帰るし、他の者に言いふらしたりはしない。加えてこれが最後だ」

長月「……」

日向「あ、私の唇はふっくらとして柔らかいと巷で評判だ」

長月「どの巷だよ」

日向「恥ずかしい。言わせるな」

長月「……分かったよ。すればいいんだろ」


日向「そうだ。すればいいんだ」

長月「どうすればいい」

日向「こっちへ来てくれ」

長月「……ん」


私は自ら、白色にその身を差し出した。緊張して胸の鼓動が少しだけ早くなる。

まったく日向は。いつも突拍子もない事を言い出すのだから困ったものだ。


「これでやっと手が届く」

白く温かい手が私を優しく包む。

「……抱き締めるとは聞いてないぞ」

「これだから処女は困る。いきなりキスなんてムードが無さ過ぎる」

「処女言うな」


「いい匂いだ」

「その興のない言葉がお前の言うムード作りの一環なのか」

「まぁ心をさらけ出すことは一環と言えるかな」

「……あほ」

温かい手が私の頭を撫で始める。

「……まだしないのか」

「して欲しいのか」

「早く終わらせたいだけだ」

「じゃあまだお預けだな」

「ぐっ……言うんじゃなかった」

誰かに撫でられるのはいつぶりだろう。

最後は瑞鶴だったような気もするが。ああ、最近瑞鶴と会ってないな。翔鶴とはたまに会うが。何をやっているんだろう。元気だろうか。

「そうだな。私も最近瑞鶴とは会ってないんだ。この後家にでも行ってみるかな」

「深海棲艦は心も読めるのか」

身長差で、私の顔は日向の胸にうずもれていて表情も見えない筈だが。

「心ここにあらずという雰囲気と、お前の頭を撫でるのは瑞鶴くらいだったからな」

「鋭いな」

「こう見えても元艦隊のネームシップだからな」

「艦隊のネームシップって使い方それで正しいのか?」

「知らん。適当だ」

「あほ」


「……もうちょっと強く抱き締めてくれ」

「おや、どうした」

「どうせなら状況を楽しみたい」

「それでこそ第四管区の艦娘だ」

私を包む手の力が少し強くなる。さっきより少し心地よい。

「日向」

「ん?」

「いなくならないでくれよ」

「ならないさ。みんな一緒だ」

「私がこちらの世界を選んで起きた時、司令官は私のベッドに覆いかぶさるようにして死んでいた」

「……」

「安らかな顔して、寝てるみたいな雰囲気で……もう二度と目を覚まさなかった」

「……」

「折角起きたのに、最初に目にしたのは好きな奴の死体だからな。実は少し堪えてた」

「……だよな」

「向こうのアレはほら、猫としてっていうか家族みたいなものじゃないか」

「ああ」

「また上司と部下として馬鹿にしたりされたり……抱き締めてもらったり頭撫でてもらったり」

「……」


「……もっと司令官として一緒に過ごして欲しかったと、今でも思わぬこともない」

「……ああ」

「はは、ちょっと涙が出てきた……。何言ってるんだ私は」

「ああ。作ったムードも台無しだ」


白い彼女は、ゆっくりと抱擁を解いた。

長月「いいのか?」

日向「そんな気分じゃ無くなった」

長月「……すまん。湿っぽくしちゃったな」

日向「お前にはその方が好都合なんじゃないか」

長月「どうせなら最後までちゃんとしたかった」

日向「そういうところは彼の影響なのかもな」

長月「ははは。ろくなもんじゃない」

日向「じゃあな代表。邪魔して悪かった」ヒラヒラ

日向は手を二度ほど振ると、そのまま長月の部屋から出て行ってしまった。




昼 海洋連合 瑞鶴・翔鶴の家


日向「いるか~」

瑞鶴「お? 日向さんじゃん」

翔鶴「日向、何かあったの?」

日向「何か無かったら来ちゃ駄目なのか」

翔鶴「ええ」ニッコリ

日向「これが女の仕返しか」

瑞鶴「あはは」

日向「最近集まってなかったからな。久しぶりに顔を見に」

日向「というかなんだその格好。二人してエプロンとは」

瑞鶴「あーこれ? 現地の人が南国野菜を大量にくれたから何かいい調理法は無いかな~って」

翔鶴「二人で朝から頑張っているのですが、どうも上手く行かずに」

日向「ほうほう」

日向「ちょっと私に貸してみろ」

瑞鶴「えー無理だよ。日向さん食べる専門でしょ?」

翔鶴「キッチンを壊されては困ります」

日向「いやいや。これでも料理の経験くらいある」

瑞鶴「えー? でも、してるとこ見たこと無いよ?」

日向「昔ちょっと母親やっててな」

翔鶴「?」


日向「ほら出来上がり。食べてみろ」

瑞鶴「……」モグッ

翔鶴「……」パクッ

日向「どうだ」

瑞鶴「おいしい……」

翔鶴「あの奇抜な味がこんな風に変化するなんて」

日向「お前らは無理に日本の食材と合わせようとするから駄目なんだ」

日向「現地のものは現地のものと合わせるのが基本だ。覚えておけ」

翔鶴「先ほどはとんだご無礼を……」

日向「翔鶴が丁寧だと気味が悪い」

翔鶴「それはどういうことでしょうか」


日向「どうだ瑞鶴。私は料理が上手だろう」

瑞鶴「うん。ほんとビックリ。ね、日向さん! 今度から私のご飯作ってくれない?」

日向「瑞鶴が私の旦那になってくれるなら考えなくも無いが」

瑞鶴「あはは! いやいや。こんな嫁さんホント勘弁だわ~!」

日向「暇だし瑞鶴の飛行甲板と処女膜を近接砲撃でぶち抜こうか」

瑞鶴「すいませんした」

翔鶴「二人とも下品です」


1月19日

朝 ハワイ 海岸


飛行場姫「いや~昨日は踊ったなぁ」

タ級改「久々にハッスルしました」

レ級改「タ級、それ古いぜ」

タ級改「えっ!?」

ヲ級改「踊るのは中々悪くないね~」

飛行場姫「あーそうだ。私がトーちゃんと話してる間とか、暇な時に情報収集行ってたんだよな?」

タ級改「はい。色々聞き取ってきました」

飛行場姫「早速聞かせて。どうなってるか知る必要がある」

ヲ級改「おお……姫ちゃんがちょっと元帥っぽい」

飛行場姫「むふふ。こう見えても姫ですから」

レ級改「いや、馬鹿にされてんだぞ姫様」




タ級改「現状で一番発言力があるのは、第三位(装甲空母姫)様でしょうね」

タ級改「熱烈に人間との戦争を望んでいます。艦娘……海洋連合の存在についても完全否定です」

タ級改「姫様のことも『人間と艦娘と馴れ合う奴は大嫌い』と明言されています」

飛行場姫「サスガニチョットヘコムゾ~」ガックリ

ヲ級改「よしよし」ナデナデ

レ級改「げへへへ」モミモミ

タ級改「どさくさに紛れて上位種の胸を揉むな」ビシッ

レ級「ヘカテッ」

タ級改「ところでお伺いしていませんでしたね。姫様は連合の存在について……」

タ級改「どのようにお考えなのですか」

飛行場姫「連合の?」

レ級改「そだな~。ある意味俺らは無理やり従わされたわけじゃん? そこんとこどうなん?」

飛行場姫「え~? もう仲良くなっちゃったし。出来るなら戦わなくていいじゃん?」

ヲ級改「……」

タ級改「でも我々は連れ去られたようなものですよ?」

飛行場姫「それもう今更じゃねー? これからも仲良く出来るなら、話し合いで解決出来るならそれに越したことはないわけでさ」

レ級改「姫様はちょっと優しすぎるんだよな~」

タ級改「……まぁそれはそうですが」

ヲ級改「姫ちゃん」

飛行場姫「ん? どした?」

ヲ級改「今は人間が好き?」

飛行場姫「ん~。よく分からないぞ。良い奴も居るけど悪い奴も居るからな」

飛行場姫「でも、前みたいに何も考えずに殺そうとは思わない。その辺、艦娘たちと一緒に居るうちに変わっちまったな!」

ヲ級改「……提督にも聞かせたかったな。その言葉」ボソッ

飛行場姫「ん? どうしたんだ?」

ヲ級改「いや~私はね! 姫ちゃん大好きだからね!」

飛行場姫「急に何ってんだお前。……ありがとよ」クスッ


レ級改「姉御、変なもん食ったのか?」

タ級改「これだから元艦娘は。本当に情緒不安定なんだから」

ヲ級改「へへへ、ていうか私、先輩もレ級っちも姫ちゃんと同じくらい好きだから」ガシッ

レ級改「ちょ、離せよ。恥ずかしいだろ!」

タ級改「もう! いい加減にしなさい! 話の続きしますよ!」


タ級改「しかし、第三位様が発言力一位といっても断トツなわけではありません」

タ級改「第三位様はトラック攻略に失敗し、その際に副官を失っています」

タ級改「成り上がりのいけ好かない中世ヨーロッパみたいな鬼は権力欲に目が眩んだのでしょう。最近側近に任命され、今は関係をまだ深めている段階のようです」

タ級改「それで下が少しゴタゴタしていて、纏まりが悪く、評判も悪い」

タ級改「そしてなんと、発言力第二位は……」

レ級改「第二位は……?」

ヲ級改「二位の正体は?」

飛行場姫「二位の正体は……!? 一体何飛行場姫なんだ……?」

タ級改「なんと我らの姫様です!」パチパチパチ

レ級改「おぉ~!!!!」パチパチパチ

ヲ級改「すげぇぇぇぇぇ」パチパチパチ

飛行場姫「えへへ、お前らのお陰だよ。本当にありがとな~♪」テレテレ


タ級改「はい。それが全くもってその通りで」

飛行場姫「ふぇ?」


タ級改「戦艦2、正規空母1のブレインと新型戦艦47体を引っさげているのが高く評価されています」

飛行場姫「それつまり保持してる戦力が評価されてるだけ!?」

レ級改「深海棲艦は武闘派揃いだからな。そういう評価は十分有り得るぜ。戦力だって馬鹿にしちゃ駄目だ」

レ級改「なんせ姫様は出来たてホヤホヤな俺たちの大半を引っさげてブインに行ったからな!」

ヲ級改「その節は本当にどうもすいませんでした」

ヲ級改「でもさ、あのレ級ズは姫ちゃんが持った戦力として認定されてるの?」

レ級改「武闘派っていうのは言い換えれば知恵が足んねーってこった」

レ級改「下位種どもは阿呆だから気付きゃしねーよ」ゲラゲラ

ヲ級改「確かにねぇ。イ級なんてもはやデカイ人喰い魚みたいなものだし」

タ級改「人間も歩のない将棋は負け将棋と言うんでしょ。知恵が足りなくても大事な戦力よ」

飛行場姫「そ、それでさ」

レ級改「ん?」

飛行場姫「私個人の人気とか発言力はどうなんだ?」

タ級改「……聞きたいですか?」(´Д`)ハァ

飛行場姫「明らかに悪そうなんですけど是非お聞かせ願いたいものですね!!!!」

タ級改「一人の重巡にインタビューしたところ……」

タ級改「『あのボケのせいで南方で負けて停戦したから嫌いじゃ』とのコメントが」

飛行場姫「……」

タ級改「あの、胸が痛いので姫様、これ以上は……」

飛行場姫「……うん。いいよ。分かってた。みんなが私をどう思ってるかなんて」ズーン


ヲ級改「まぁ下っ端から見れば敗因作ったクソヤローだもんね」

レ級改「も、もうちょっと緩やかな言葉を使えよ姉御?」


レ級改「まぁほらさ、下っ端に嫌われようと結局政治的な判断するのは上だし」

レ級改「その上が判断するときには姫としての発言力が大切になる。姫様はその発言力を持ってる」

レ級改「それでいいじゃねーか」

レ級改「……加えて言うと、レ級ズは姫様が大好きだぜ」

飛行場姫「……ウン」


タ級改「あなた」

レ級改「な、なんだよ」

タ級改「まともなこと言えるのね……」

ヲ級改「それ私も思った」

レ級改「いや、わりといつもマトモなこと言ってるからね!? オレね!?」

タ級改「おほん。なんだか変な空気になってますよ。ここからが大事なところです」

ヲ級改「はーい」

タ級改「発言力云々の前に、大妖精様とその側近の意見を噂ながら聞いてきました」

レ級改「いいね。そこ大事だ」

タ級改「大妖精様は……100%継戦を望んでいます」

レ級改「うーん……」

ヲ級改「トップがそれかぁ」

飛行場姫「ん~? トーちゃんそういう話全くしなかったけどな」

タ級改「黒妖精様と白妖精様も同意見のようです」


ヲ級改「でも現状は」

レ級改「戦いは起こっていない」

飛行場姫「???? なんでだ?」

ヲ級改「姫様だよ」

タ級改「私もそう思います」

レ級改「えー? それって愛されすぎ……ってそうだ。この人愛されてんだ」

飛行場姫「トーちゃんは私が連合に居るから攻撃を止めているのか?」

ヲ級改「うん。間違いないよ」

飛行場姫「すげぇ……私、トーちゃんに愛されてんな……」


ヲ級改「姫ちゃん」

ヲ級改「恐らく大妖精様はこれから、姫ちゃんがハワイから出れないよう工作を仕掛けてくる」

飛行場姫「え……」

ヲ級改「攻撃されれば連合は局地戦では勝てるかもしれない」

ヲ級改「でも継戦能力の低い彼等は、最終的には叩き潰され……消える」

ヲ級改「姫ちゃんはどうしたい? 連合を残したい? 残したくない?」

ヲ級改「決めて。私は姫ちゃんに……ううん。私達は第四位についていく」


タ級改「……」

レ級改「……」


飛行場姫「私は」

飛行場姫「私は海洋連合の艦娘が好きだ。みんな優しくて、面白くて好きだぞ」

飛行場姫「ガダルカナルで戦ってたときには考えられない程ゆったりとした時間が流れるあの場所が気に入ってる」

飛行場姫「また一緒に踊りたい人間も居るんだ。会ってハワイのお土産渡さなきゃ」

飛行場姫「だから海洋連合とは絶対に戦いたくない。いや、これは違うな、私はあの場所が危なくなったら見捨てるつもりなんてないし」

飛行場姫「……うん、分かった」

飛行場姫「私は海洋連合を守りたいって思ってる」

飛行場姫「今の私にとって側近のお前らと同じくらい、凄く大切な場所なんだ」

タ級改「……姫様」

レ級改「……姫様ぁ」ウルウル

飛行場姫「なんだよ。お前ら。なにも泣く事ねーじゃん」 ケラケラ

ヲ級改「よしっ! 話は決まった!」

ヲ級改「我ら配下の深海棲艦は戦略として海洋連合の維持のため動く!」

ヲ級改「異存は?」

レ級改「あるもんか! オレは最後まで付き合うぜ! 我が姫!」

タ級改「異存なし。私が居ないと皆は何も出来ませんから。お付き合いしますよ」

ヲ級改「よく言ったバカども! お前ら本当に最高のバカだ!」


ヲ級改「第五位麾下太平洋方面南方軍集団の根性、見せてやりましょうや!!」


1月20日 

昼 ハワイ 宮殿


大妖精「……」

白妖精「大妖精様、突然の攻撃命令とその中止に皆戸惑っております」

黒妖精「御前であるぞ。白殿、言葉を控えられよ」

白妖精「……」

黒妖精「我らは大義を遂行する者。下っ端どもが何を言おうが考えようが、関わり合いはございません」

白妖精「それくらい私も承知だ! だが士気もある!」

黒妖精「うっせぇデブ。関係無いつってんだろうが」

白妖精「黙れこの雌豚!」

黒妖精「バーカバーカ」

白妖精「むぐぐぐぐ」

大妖精「あー、お前らやめろよ。うるさいなぁ」

白妖精「これは失礼しました」

黒妖精「申し訳ない」

大妖精「今回は姫ちゃんが帰って来た。それだけで上々だ」

黒妖精「第五位が帰還したことにより、海洋連合を見過ごす理由はもうございません」

大妖精「その通り。再度攻撃準備にかかれ」

黒妖精「よしなに」

白妖精「心配なのはジェット戦闘機です。でアレに対応できるかどうか」

大妖精「出来んだろうが問題無い。数で押し潰す」

大妖精「広い連合に点在している敵拠点を各個撃破、司令部のあるラバウルまで止まるな」

白妖精「被害が出ますな」


大妖精「構うものか。どうせ我らが作った玩具だ。壊れたところで意味もない」

大妖精「敵側の妖精さえ消すことが出来れば、やりたい放題だ」

大妖精「一人気になる艦娘が居るから。そいつは殺さずに捕虜として」


飛行場姫「トーちゃん! 話がある!」


大妖精「ぴょ?! 姫ちゃんどうしたの!?」

黒妖精「第五位、今は会議中で」

大妖精「構わん。会議は中止だ」

白妖精「……黒殿、我々は下がるぞ」

黒妖精「しかし」

白妖精「親子水入らずだ。邪魔するな」

黒妖精「……失礼します、大妖精様」

白妖精「失礼します」


大妖精「さぁ、どうした?」

飛行場姫「ちなみにさっきは何話してたんだ?」

大妖精「姫ちゃんは知らなくていいことさ」

飛行場姫「姫の私でも知らなくていいことなんて、よっぽどの秘密だな~?」

大妖精「ま、まぁまぁ」

飛行場姫「まー言いたくないこともあるよね。それでなトーちゃん」


飛行場姫「私、海洋連合へ今日帰るから」


大妖精「……え?」

飛行場姫「短い間だったけど、また帰ってくるから心配すんなよ!」

大妖精「もうちょっとゆっくりして行きなよ? ね?」

飛行場姫「ごめんな。向こうで片付けたい仕事があるんだ」

飛行場姫「それでさー? お願いなんだけど~?」

大妖精「な、なんだい?」

飛行場姫「海洋連合って妖精と人間と深海棲艦と艦娘の四族協和の王道楽土なわけじゃん?」

大妖精「そう……だね?」

飛行場姫「でもその中でも深海棲艦の数が少なくてさ~? もっと居ると深海棲艦の立場強く出来るかもだから~」

飛行場姫「ハワイから希望者だけでいいから、ちょっと連れて行っても……いい?」

大妖精「いやさ、ほら、前の航空戦艦とか、ハワイの戦力をこれ以上引き抜かれるのはちょっと困るっていうか……」

飛行場姫「お・ね・が・い」


大妖精「しょ~がな~いな~! 好きなだけ連れて行っていいよ!」


飛行場姫「あとさー?」

大妖精「ど、どうしたのかな?」

飛行場姫「弾薬とか作るための機械とか……持って行きたいなって」

大妖精「いやで工作機械は流石に……こっちから送るからさ?」

飛行場姫「お・ね・が・い」


大妖精「そうだな~、やっぱり連合にも生産拠点があった方がいいかもな~」


飛行場姫「やったー! トーちゃん大好き!」

大妖精「うへへ」


同時刻 ハワイ 近海


レ級改「レ級ズ集合~」

レ級1~47「「「うーっす」」」ワラワラ

レ級改「お前らハワイは楽しんだか~?」

レ級5「うっすアニキ!」

レ級改「アネキだつってんだろこのアホンダラ。……あとお前ら、知り合い連れてこい」

レ級9「知り合いすか?」

レ級改「おう。最近艦の増産かかってただろ? 新造艦とかいたら全部引っ張ってこい」

レ級29「いいんすか? 勝手に引っ張ってきちゃって」

レ級改「責任とか全部ウチの姫様がケツ持ってるから。心配すんな」

レ級33「まじかー。じゃあ適当に連れてきますね~」

レ級改「おう。他の姫とか鬼とかに見つかんなよ。説明めんどくせぇから」




同時刻 ハワイ 工業地帯


タ級改「はーい。補給艦の皆、こっちの物は全部積み込んじゃって~」

ワ級「……」ゾロゾロ

紫帽妖精「おいおいおい! 何やってるんだ! 困るよ持ってっちゃ!」

紫帽妖精「工作機械が無いと生産が止まっちゃうよ!」

紫帽妖精「ああ!!! 海水の物質転換装置まで!!! 原材料が作れなくなっちゃう!!!」

タ級改「大妖精様の命令です」

紫帽妖精「うっ……。いや、でもやっぱりさ、命令書とかが無いと駄目だよ!」

タ級改「秘密作戦です。次の基地展開の為の移動ですので」

紫帽妖精「しかしだね……」

タ級改「ご確認したければどうぞ。大妖精様を煩わせて、無事である保証はしかねますが」

紫帽妖精「わ、分かったよ……。黙っとくから……」

タ級改「……貴方、中々良いわね」

紫帽妖精「え、なに?」

タ級改「思い出しました。技官である貴方も接収対象です。ワ級、積み込みなさい」

ワ級「……」ポイッ

紫帽妖精「うわぁぁぁぁ」




同時刻 ハワイ 武器庫


ヲ級改「新型艦載機受け取りに来たぞ~?」

黄帽妖精「はて? 担当者君だったかね? ていうか受取日今日だったかね?」

ヲ級改「担当者は熱出して来れなくなりましたし、受取日は今日ですよ?」ニッコリ

黄帽妖精「深海棲艦は熱出さないと思うが。まぁよい。これだよ」ズイッ

ヲ級改「お~、大きいねぇ。帽子に収まりきるかな?」

黄帽妖精「ちょっと大きくなったから搭載数は少なくなるかもの」


ヲ級改「試しに飛ばしてもいい?」

黄帽妖精「勿論」

~~~~~~

ヲ級改「うわ~、ガンガングングンズイズイ上昇する。すっごい艦載機だねこれ」

黄帽妖精「だろう? ワシの自信作なんじゃ」

ヲ級改「あとジェット戦闘機は?」

黄帽妖精「実物はまだ一機しか出来とらん」

ヲ級改「いいからいいから。どれ?」

黄帽妖精「これだが……。どうするつもりだ?」

ヲ級改「おお、白光りして強そう」

黄帽妖精「当たり前じゃ。反重力デバイスをここまで小型化するのには苦労したんだぞ」

ヲ級改「よく分からんけどすげぇ……設計図とかってある?」

黄帽妖精「そんなものはいらん。全部ワシの頭に入っとる」トントン

ヲ級改「ていっ」ポイッ

上の口「パクッ」


おもむろにジェット艦載機を上の口へ収納する。


黄帽妖精「な!? その機体まで持っていくつもりか!?」

ヲ級改「ゴメンネ。そういう命令なんだ」

黄帽妖精「いやいやいや、それは困る!」

ヲ級改「大丈夫だよ。君も行くんだから」ガシッ


黄帽妖精「えっ」

ヲ級改「ていっ」ポイッ

上の口「パクッ」

黄帽妖精「うわぁぁぁぁぁ」

ヲ級改「ジェットの研究するなら連合でやればいいんだよ♪」

ヲ級改「強いもん持ってると、それを使いたくなるのが人情さ~」

ヲ級改「じゃあ軽空母とか正規空母のみんなは、今ある旧型艦載機と新型を取っ替えて~」

ヲ級改「詰め込めるだけ詰め込んどいてね~」


三時間後 ハワイ 工業地帯


黒妖精「紫帽、開戦のための備蓄の相談なのだが……」


せわしなく稼働している筈の工場は、もぬけの殻となっていた。


黒妖精「な、なんだこれは!? 何がどうなっている???」

黒妖精「おーい紫帽子! どこへ行ったのだー!?」




三時間後 ハワイ 兵器庫


白妖精「黄帽子、ジェット戦闘機生産のことでちょっと確認が……」

そこに黄帽子の姿は無く……。

白妖精「おらんようだな。珍しい。あいつが出かけるとは」

白妖精「あれ」

白妖精「……新型機が全部無くなってないか?」

新型機も全て姿を消していた。

白妖精「というかなんで旧型機がこんなに……」




三時間後 ハワイ 近海


装甲空母姫「それで私はいつまで目を瞑っていればいいわけ?」

離島棲鬼「もう少しです。もう少しだけご辛抱を」


姫が鬼に手を引かれながら海をゆく。

姫の目には布による覆いがされており、周囲の様子を窺い知ることは出来ないようだ。


離島棲鬼(むふふふ。今日は待ちに待った新艦納入の日)

離島棲鬼(第三位様へ、私からのサプライズプレゼントですわ)

離島棲鬼(目を開くと、なんとそこには新型艦載機を満載にしたピッカピカのレ級の群れが!!!!)

離島棲鬼(紫帽子の妖精をひっぱたいて秘密裏に戦艦を作らせた甲斐があったというもの)

離島棲鬼(私は驚く姫様の前で跪き『姫、この軍団を貴女様に捧げます』……と)

離島棲鬼(素敵ですわ、素晴らしいですわ!)

離島棲鬼(これで私と姫様の距離は一気に縮まり)

離島棲鬼「……ぐへへへ」

装甲空母姫「ねぇちょっと、なに気味の悪い声上げてるの? 気持ち悪いんだけど」

離島棲鬼「あ、あら。ごめんあそばせ、オホホホ」アセアセ


予定のポイントに到着すると……。そこには古ぼけたイ級が何体か海面で眠っているだけの、大海原が広がっていた。


装甲空母姫「……ねぇ、まだなの?」

離島棲鬼「こ、こんな筈では……」

装甲空母姫「ちょっと、聞いてる?」

離島棲鬼「はい!!!! しかと聞いておりますわ!!!」

離島棲鬼(ヤバイヤバイヤバイヤバイ)


1月24日

昼 海洋連合 総司令部(ウッドハウス)


長月「……えらい大軍勢になって帰って来たな」

飛行場姫「いや~ちょっと拠点作るための道具とか人員とか、確保してたら意外とな」

長月「まぁいいや。資源を圧迫しない深海棲艦が増えるのは構わん。無人の島なんて腐るほどあるしな」

長月「たーだーし? 下っ端に人を食わせるなよ。命令は徹底させておけ」

長月「食った奴と匿った奴は追放だからな。それで……」

飛行場姫「ん?」

長月「アメリカ人の話はどうなった?」

飛行場姫「あ」

長月「……忘れてたか」

飛行場姫「うん。他のことで忙しかった」

長月「大妖精は何か言っていたか?」

飛行場姫「なんか、トーちゃん的には戦争する気らしい」

長月「!」

嶋田「そうか……」

日向「……」

茶色妖精「当然でござるな」

タ級改「あー、その辺は私がお答えします」

~~~~~~

タ級改「ってわけです」

飛行場姫「私が居る限り安全ってことさ~」ウンウン

長月「なんかムカつくな」

日向「わかる」

茶色妖精「拙者、ムカつくので帰ってよかろうか?」

飛行場姫「結局私がやればもうなんでもムカつくんだろ!? お前らさ!?」


タ級改「でも、これでしばらくは安全な筈ですよ。ハワイをかき回してきたので」

長月「ああ、工場とか盗んだんだよな」

日向「満州に対するソ連軍みたいなものか」

嶋田「……どういうことだね」

日向「すいません。もう黙ります」

茶色妖精「失笑御免」ゲラゲラ


夜 海洋連合 とある島


飛行場姫「よっ」

重装兵「姫様。ハワイから帰ったのか」

飛行場姫「なに焼いてんだ?」

重装兵「魚とったから焼いてる」

飛行場姫「これハワイのお土産」

重装兵「マカダミアナッツか……魚と合うかな」

飛行場姫「合うんじゃね?」ケラケラ

重装兵「食ってみるか」

~~~~~~

飛行場姫「合わんかったな」ケラケラ

重装兵「どう考えても合うわけ無いよな。焼けばもう少しマシだったかも」

飛行場姫「な~? お前?」

重装兵「どうした」

飛行場姫「私が居なくて寂しかったろ?」

重装兵「なに言ってんだこいつ」

飛行場姫「……」ビシッ

重装兵「痛い」

飛行場姫「な~な~?」

重装兵「どしたよ」

飛行場姫「……好きな女とか居ないのか?」

重装兵「今は居ないね」

飛行場姫「昔はいたのか?」

重装兵「そりゃな。俺だってこう見えて人間だ」

飛行場姫「どんな奴だ? 巨乳か? ファックしたのか?」

重装兵「……」ビシッ

飛行場姫「痛い……気がする」

重装兵「女の子がファックとか言うな。外人かよ、君は」

飛行場姫「人外だ!」

重装兵「うーーーん。山田君、座布団一枚」

飛行場姫「それでさー? どんな女なんだ!」

重装兵「そうだなー。気を悪くして欲しくないが。君みたいな奴だったな」

飛行場姫「えっ」ドキッ

重装兵「明るくて、元気でさ。落ち込んでる時も励ましてくれたりとか」

飛行場姫「へー」

重装兵「抱き締めた時柔らかくてなー、いい匂いがした」

飛行場姫「へ、へー」

重装兵「胸は無……巨乳だった」

飛行場姫「おお!? 巨乳だったのか」


飛行場姫「巨乳だけどお腹にも肉ついてるどっかの戦艦とは違うな」



タ級改「ヘッブッシヤァコラァックショォォォォン!!!」ブシュン

レ級改「やかましい!!!! しかもこっち向いてすんじゃねー!!!」

ヲ級改「wwwwwwwwwww」

タ級改「あー……。誰かが私の噂してるわね」



飛行場姫「……おっぱい好きなのか?」

重装兵「そろそろ帰れよ。寝る時間だぞ」

飛行場姫「あのさー?」

重装兵「どした」

飛行場姫「ここにも一応、可愛らしいおっぱいがあるんだけどさー?」モミモミ

飛行場姫「興味があったりしたらー? 揉ませてやらんこともないけどー?」チラッ

重装兵「……」スチャッ

飛行場姫「銃向けんな! ていうかなんで銃持ってるんだよお前!」

重装兵「隠し持っとくのが生きるコツ」

飛行場姫「こんな可愛い子が胸も揉んでもいいって言ってんだぞ?」

重装兵「分かったから。発情せずに一人で帰ってシコって寝ろ」

飛行場姫「シコるってなんだ?」キョトン

重装兵「知識が中途半端だとめんどくせー」


重装兵「とにかく、俺に君の相手は出来ない。早く帰ってくれ」

飛行場姫「やだね」

重装兵「本当に撃つぞ」

飛行場姫「そんなことしたら一生来てやんないからな」

重装兵「……」タァン

飛行場姫「撃ちやがったな!!! ためらいなく!!」

重装兵「次は胴に当てる。どうせ死なないだろ」


重装兵「……くそ忌々しい化け物が」


飛行場姫「……帰る」

重装兵「……」



重装兵「……」

客人が去り、一人の静寂が訪れた。

銃をしまった後、胸ポケットから煙草を取り出し口に咥える。

火バサミで燃え盛る枯れ木を掴んで種火とした。


重装兵「……」スー

重装兵「……」

重装兵「……」フー


重装兵「常識的に考えて辛いだけだろ。そんなの」

重装兵「人と深海棲艦? あり得ない」

重装兵「こうした方がお互いのためだもんな」

重装兵「……」

重装兵「誰に言い訳してんだ俺は」

重装兵「……くっそ、なんか腹立つな」




1月25日

朝 ハワイ 宮殿


「被害の全容が明らかになりました」

大妖精「……」

「工場では工作機械が5台、弾薬用の海水用物質転換装置2台を姫様が持って行かれました」

黒妖精「モノはいい。また作れる」

黒妖精「何より危惧すべきは、技官妖精が連れて行かれたことだ」

大妖精「……」

「続いて兵器庫からです。新型機が全て旧式機と入れ替えられています」

白妖精「上手く機種転向をなさったわけだ」

大妖精「……」

「航空機の技官妖精は連合へと連れて行かれたようです」

白妖精「辛いのはまったくそこなんだ。設計図はあの妖精の頭にしか無い!」

白妖精「これでは航空機増産が行えん!」

大妖精「……他には?」

「ハワイの戦力の一割が引き抜かれました。内容は新型艦や大型艦が主です」

装甲空母姫「お父様、これは明らかに利敵行為です。第五位からの指揮権剥奪を提案します」

大妖精「……報告者、お前は最初に被害の全容と言ったな」

「は、はい」

大妖精「被害とはなんだ? 余は姫がどれほどの物を持ちだしたか調べよ、と言いつけた筈だが」

「はい。た、確かにそのように」

大妖精「姫は余が与えた権利を行使しただけだ。これは決して被害ではない」

大妖精「違うか?」

「も、申し訳ございません!!! 自分の不手際です!」

大妖精「干物になりたくなかったら二度と失敗するな」

「はい! し、失礼します!」ソソクサ

大妖精「他に、余に対して何かさえずりたい者が居れば寛大な心をもって話を聞くが?」

白妖精「……」

黒妖精「……」

装甲空母姫「……お父様」

大妖精「どうした」

装甲空母姫「私は、今が人間との戦争の転換点だと考えております」

大妖精「……」


装甲空母姫「姫が一同に集結し、深海棲艦全体の戦略をまとめる機会はこの休戦をおいて他にありません」

装甲空母姫「そしてそのまとまった意見に従い、戦争計画を遂行する所存です」

大妖精「ほう、面白いな」

装甲空母姫「もし差し支えなければ……」


装甲空母姫「お父様を煩わせること無く、事を進めてみとうございます」

白妖精「!!!」

黒妖精「それは……!」

大妖精「……つまり余に介入するなと申しておるのか」

装甲空母姫「……敗戦続きで我々姫に対する信頼は落ちつつあります」

装甲空母姫「ここで今一度、機会を与えて頂きたいのです」

大妖精「……」

装甲空母姫「私はお父様の意図を汲み、そのご期待に添える自信があります」

白妖精「……」ゴクリ


大妖精「……良かろう。好きにやれ。以後、人類殲滅のための総指揮権を預ける」

装甲空母姫「ありがとうございます」ニヤ

大妖精「勘違いするな」

装甲空母姫「えっ」

大妖精「預けるのは姫の集う場に対して、だ」

装甲空母姫「……それは」


大妖精「姫の権威回復、確かに非常に重要だ。同意しよう」

大妖精「加えて余はこれから忙しい。争い事に関与する暇が無い」

大妖精「故に……議会、そうだな議会と呼ぼう。議会に対し指揮権を委譲する」

大妖精「言っておくが。あくまで他の姫の立場を尊重し、多数決で民主的に採決しろ」

装甲空母姫「……はい」

大妖精「不満そうだな」

装甲空母姫「お父様は何故そこまで第五位を大切になさるのですか」

大妖精「第三位」

装甲空母姫「はい」

大妖精「お前は天罰を恐れぬ愚か者であるか?」

装甲空母姫「も、申し訳ございません!!」

大妖精「二度とするな」

装甲空母姫「……はい」


夜 海洋連合 とある島


重装兵「あー……しまったもう夜か」

隣の島の家造りを手伝いに行って、すっかり遅くなってしまった。

重装兵「火、起こさなきゃ」


小島が点在する海洋連合において、インフラの整備率はお世辞にも高いとは言えない。 この島も電気、ガス、水道……何その文明の利器状態だ。

強襲揚陸艦『土佐』は諸外国から物資を合法的に分捕って共栄圏へ持ち帰るため、別名エスポワール(フランス語で希望)とも呼ばれて重宝されている。

艦娘や深海棲艦は通信装置を自前で用意できるからいいが、普通の者には当然そんなものはなく、ここは人間にとって不便極まりない共同体だ。


重装兵「無線のモールス発信装置とかそろそろ欲しいかもな」

重装兵「……一人で喋る癖がついちまったら人間おしまいだなー」

重装兵「む?」


布団と囲炉裏しか無い掘っ建て小屋の入り口に、新たなマカダミアナッツの缶が置かれていた。

重装兵「……」

心当たりは一人しか居ない。

重装兵「……また来たのか」

魚を取るのも面倒なため、ありがたく頂戴した。




1月26日

昼 海洋連合 飛行場姫の島


飛行場姫「なー……タ級」

タ級「姫様どうかされましたか?」

飛行場姫「私って可愛いか?」

タ級「……えーっと。明日の予定はーっと」

飛行場姫「そうか……可愛くないか……やっぱりな……」ズーン

レ級改「あー疲れた疲れた。早く寝たいぜまったく」ヤレヤレ。ヤシノミドリンクヲクレ

タ級改「あら、新兵への訓練はいいの?」ハイ、ヤシノミドリンク

レ級改「あいつらもうヘバッちまって使い物にならねーんだ」ドーモ

タ級改「そう。……それより、ちょっと姫様の相手してあげてくれない?」

レ級改「お、どしたんだ?」ゴクゴク

タ級改「それが『私って可愛いか?』って私に聞くのよ?」

レ級改「wwwwwww」ゲラゲラ

飛行場姫「いいもん。どうせ私、ブサイクだもん」

レ級改「どーした姫様、いっちょまえに自分のツラ気にするなんて。恋でもしたか?」ゴクゴク

飛行場姫「恋? ああ、恋か。……うん。恋かもしれない」

レ級改「」ブッ---

タ級改「ちょ、ま!? マジで恋ですか姫様!?」

レ級改「コイ目・コイ科の鯉じゃねーんだぞ!? 恋愛のほうだぞ!?」

飛行場姫「なんでこんな時に魚の鯉の話するんだよ。普通しねーよ。そして私は普通の頭してんだよ」ブツブツ

タ級改「あわわわ……。どうしましょうレ級。ツッコミもいつもの姫様じゃありません」

レ級改「これは不味いことになった……。とりあえず空母の姉御も招集だ!」


昼 海洋連合 飛行場姫の島

ヲ級改「どったの? 直接会って話したいことってなによ」

レ級改「いやそれがカクカクジカジカ」

ヲ級改「ふーん。姫ちゃんがね」

タ級改「お、落ち着いてるわね」

ヲ級改「そりゃあ女の子だもん。恋愛くらいするよ」

タ級改「しません!」

ヲ級改「そうなの? ていうか姫ちゃん、前に会いたい奴が居るって言ってたし。何となく恋かな~とは思ってたんだよね」

レ級改「そうだなぁ……艦娘はともかくオレたちの場合、普通相手が居ないからなぁ」

タ級改「まさか相手は人間の男じゃあ……」

ヲ級改「いや、それ以外あり得ないでしょ」

タ級改「あああああああ、どうしたら良いのかしら。私もう分かんない」

ヲ級改「先輩落ち着いて。何が問題なんですか」

タ級改「何って、人間と深海棲艦……しかもその長たる姫が結ばれるなんてあり得ません!」

ヲ級改「素敵じゃん」

タ級改「だぁぁぁぁ許されるわけないでしょー!!!!」

ヲ級改「先輩よく思い出してくださいよ。海洋連合は?」

タ級改「……あらゆる利害関係から云々?」

ヲ級改「正解」

タ級改「そんなの言葉だけの綺麗事じゃない。……私だって姫様の気持ちを尊重して差し上げたいけれど」

ヲ級改「ならしてあげればいいじゃないですか」

レ級改「簡単に言ってくれるぜ、まったく」ヤレヤレ

ヲ級改「確認なんですけど」

タ級改「なによ」

ヲ級改「姫様に生殖器ってついてますか?」

レ級改「その質問ってほんとにいるのか?」

ヲ級改「子供が出来たらヤバイし?」

タ級改「……ついてないわよ。艦娘と違って『人間との共生』なんてコンセプト、私たちには無い」

ヲ級改「や、艦娘も妊娠は無理だけどね」

タ級改「そうなの? ま、上位種が人型なのも、人により恐怖と混乱を与えるための作為的なものよ」

タ級改「排泄も生殖もしない。完全なる戦闘兵器」

ヲ級改「深海棲艦は地球に優しい存在ですもんね」

タ級改「姫様はワンオフだけど、その辺は私達と同じだと思うわ」

タ級改「作った人が同じですもの」

ヲ級改「ふーむ。排泄も生殖もしない尻や肉体に性的な魅力はあるのか……」

レ級改「なに言ってんだこいつ」

ヲ級改「きっと姫様の恋を誰も応援しない」

タ級改「当たり前よ」


ヲ級改「だからこそ、側近である私たちは応援しようじゃないの」

レ級改「……一理ある」

タ級改「ちょっとレ級!」

レ級改「よしっ! オレは覚悟決めたぜ。二人はどうすんだよ」

ヲ級改「私は最初からそのつもりだよ~ん」

タ級改「う~ん……あ~~~ん!!! もう! 分かったわよ! やればいいんでしょ!」

ヲ級改「いや、そんな無理しなくてもいいけど」

レ級改「ウンウン」

タ級改「私には恋なんてよく分からないけど。姫様がそう願うなら、私も叶えてあげたいと思う」

ヲ級改「ならよし!」

レ級改「けけけ! いっちょ助けてやろうや、な!」


1月26日

夜 海洋連合 とある島


重装兵「……」グーグー

飛行場姫「……」


夜が更けてから訪れてみると、男は寝息を立ててもう寝ていた。

何歳か私は知らないが寝顔は無防備であどけないものだ。

何が私をこの男に執着させるのだろう。

自分でも不思議なほどに惹かれてしまう。


人間には御伽話という文化があるとタ級から聞いたことがある。

弱い故に想像力に富んだ人間が生み出した夢物語。

そんなものに縋らなければならない彼らの脆弱さを私はかつて笑っていた。

「……ほんとに寝てるのか」

膝を曲げ、寝ている男を突っついてみたが反応はない。


私は部下たちとの絆を信じている。彼女たちとならどこまでも行ける。

「オマエはどうだ? 私と一緒に来てくれるか?」

「……Zzz」

「私は来て欲しいんだけどな。……ごめんな。私が巨乳の人間の女だったら良かったのにな」


ああ、駄目だ。そうするとアイツラと一緒に居られなくなる。


「んん~? この場合どっちを優先すれば良いんだ??」

トーちゃんが居て、私は深海棲艦で、部下が居て、責任があって。

でもこの男が好きで。

「……眠いぞ」

いいや。めんどくさいことは後回しにしてしまおう。

彼の布団へ入り込んで寄り添い、睡魔に心を委ねる。

また怒られるかもしれないが……まぁその時はその時だ。


「にんげんくさいなー。にんげんのにおいがするぞー…………うひひ、おやすみなさい」





夢を見よう。


私は彼のお姫様。

平和で冗長で馬鹿らしくて不公平で、最後はみんな幸せなになる。

そんな御伽話だって私はもう馬鹿にはしない。

みんなで幸せになりたい。

まどろみの中で私は不幸なほどにそう願う。


夜 ハワイ 装甲空母姫の家


離島棲鬼「ど、どうかされましたか?」

装甲空母姫「どうもこうも無いわ! ああ、もうイライラする! 無性にイライラする!」

装甲空母姫「どうしてこう最近ツイてないのかしら!!」

離島棲鬼「……きっとこれも姫様を貶めようとする何者かの罠かと」

装甲空母姫「そうよ!! そうに決まってる!!!」

装甲空母姫「お父様もお父様よ! 人との関わりあいを好む出来損ないばかり構って!!」

離島棲鬼「本当に! 私も姫様と同じ気持ですわ!」


装甲空母姫「……貴女」

離島棲鬼「な、なんでしょう?」

装甲空母姫「いい子ね。私と意見も合うし。貴女を側近に選んで正解だったわ」


離島棲鬼(いよぉぉぉぉし!)




1月27日

朝 海洋連合 とある島


飛行場姫「……ん?」


目を覚ますと布団には私しか居なかった。

篝火は既に消えており出かけた後のようだ。


飛行場姫「あいつのチョッキ……」


珍しく脱がれた陸軍のボディーアーマーが近くに置いてあった。

手に取り、試しに匂いを嗅いでみる。


飛行場姫「……」クンクン

飛行場姫「うわっ。チョー汗くせーなー。アイツ、たまには洗えよ」

飛行場姫「でもアイツのニオイもするなー」

飛行場姫「……でへへ」スリスリ


重装兵「……君、さっきから何やってんだ?」


飛行場姫「ホワァァァァァァ?!??!?!?!?!」


飛行場姫「なんでここにいいいいいんの?!」

重装兵「いや、俺の家だし。君こそなんでここに居るんだ」

飛行場姫「ちがくて!!! これ私じゃない!!!! 私ちがう!!!」

重装兵「ぷっ……なに焦ってるんだ。言ってることおかしいよ」


昼 海洋連合 ラバウル技術部工廠


青帽妖精「……」

赤帽妖精「……」

緑帽妖精「……」


紫帽妖精「……」ビクビク

黄帽妖精「……」


青帽妖精「僕らの戦闘機に弱点なんざねぇぞ」

黄帽妖精「だからー、ウチの新型が出て来たら勝てないと言っている」

赤帽妖精「おうなら出してみろよ」

黄帽妖精「出したらお前ら解析するじゃろうが! 出さぬ!」

青帽妖精「あぁあ!? 話はそれで終わりじゃねーか!!!! ナマ言ってんじゃねぇぞ!」

黄帽妖精「だーかーらー、出せば勝てるって言っとるのだ」

赤帽妖精「おうなら出してみろよ」

紫帽妖精「あ、あの……話終わらないですよね、それ……」


ヲ級改「どう? 物質転換装置。凄いでしょ?」

日向「おーこれは便利だな。海水から何でも作れるのか」

ヲ級改「何でもは無理さね。そこまで万能じゃない。絶対壊さないでね? 貴重品なんだから」

長月「潜水艦による海底資源採取の負担を少しでも軽く出来そうだ」ケラケラ

ヲ級改「潜水艦の労働状況大丈夫か……?」

嶋田「大事に使わせてもらう。ありがとう」

茶色妖精「この技術は我々が持ち得なかったものです。一台は解析しましょう」

ヲ級改「だーめ。それすると関係こじれちゃうでしょ?」

茶色妖精「うーむ。そういうものでござろうか?」


昼 海洋連合 とある島


南の島で静かな午後が過ぎていく。1月にも関わらずここの気温は28度近くあり、とても過ごしやすい。

むしろ少し暑い。

それなのに拾ってきた蔦で籠を編んでいる男は暑苦しいアーマーを脱ごうとはしない。深海棲艦はその光景を不思議そうに眺めていた。


飛行場姫「なーなー?」

重装兵「どうした」

飛行場姫「前から思ってたけどオマエ暑くないのか」

重装兵「慣れてる」

飛行場姫「そんな分厚い上着脱げばいいじゃん。暑いだろ」

重装兵「……落ち着くんだよ。これ」


変な癖だ。軍隊に居た時の癖というやつだろうか。


重装兵「君だっていつも同じパンツ履いてるじゃないか」

飛行場姫「だぁー!? 私は深海棲艦だから綺麗なの!」

重装兵「細胞分裂とか無いんだっけ」

飛行場姫「そうそう。艦娘と違って穴から変な汁出したりしないぞ」

重装兵「汗って言ってくれないか」

飛行場姫「その証拠に。ほれほれ、臭くないじゃん?」

男の顔の近くに手を持って行く。

重装兵「……」スンスン

飛行場姫(……ちょいエロだなこれ)

重装兵「凄い。まさに無臭だ。逆に違和感も凄いけど」

飛行場姫「戦闘兵器だからな~。私はオマエらとは違うんだよ~」フフン

重装兵「……」ニギッ

飛行場姫「ひゃっ!?」

重装兵「やっぱり。夜も思ったが君は温かい。この熱は余計じゃないのか」ニギニギ

飛行場姫「せ、専門的なことは分かりかねますが一応生きているのですから熱はあると思うぞ……」ボソボソ

重装兵「ん? 何て言った?」ニギニギ

飛行場姫「……」モジモジ

重装兵「兵器には不必要だけど。ひょっとすると、君たちを作った人の趣味かもね」パッ

飛行場姫「趣味?」

重装兵「抱き締めた時に冷たいのは嫌じゃないか」

飛行場姫「だ、抱き締めるとか!? 私はまだそこまで心を許したつもりは無いからな!?」

重装兵「男の布団に潜り込む方がよっぽど勇気がいると思うけど」

飛行場姫「あれは、そのー、あー、布団使いたかったし?」

重装兵「言ってくれれば俺が外で寝たのに。布団へ入ってきた時はびっくりしたよ」

飛行場姫「いやいや。悪いじゃん。さすがに私でも起こさねーよ?」

重装兵「変な所で気を使うんだなー。基本的に不躾なくせに」

飛行場姫「不躾なのは今のオマエだよ!」

重装兵「あはは」


飛行場姫「私がここに居たらオマエ的に不味いのか?」

重装兵「人と深海棲艦が一緒にいていいことなんて無いだろ」

飛行場姫「そんなの分かんないじゃん」

重装兵「凄く自惚れた言い方をするけど」


重装兵「君、俺のこと好きだろ?」


飛行場姫「オマエ頭おかしいんじゃね~?」ケラケラ

重装兵「……実は俺、君が突っついた時に起きてたんだよ」

飛行場姫「……」

重装兵「いや申し訳ない。聞く気は無かったんだ。最初、俺を殺しに来たのかと」

重装兵「君だって分かった後も起きるタイミング逃しちゃって」

飛行場姫「……聞いてた?」

重装兵「バッチリ」

飛行場姫「~~~~~~ッッ!!!!!!!」ジタバタ

重装兵「あー、うん。だからさ。うん。ドンマイ」

飛行場姫「……返事は」

重装兵「え?」

飛行場姫「私の言葉聞いてたんだろ。ちゃんと返事しろよ」

飛行場姫「オマエ、男だろ。はっきり答えろよ」ジトー

重装兵「肝が据わってるな」

飛行場姫「もう破れかぶれなだけだ」

重装兵「あははは!……君と一緒には行けない。俺は人間だ」

飛行場姫「……」

重装兵「君の進む道に俺は必要無い」

飛行場姫「必要だから誘ってるんだよ」

重装兵「言い方が違うかな。気持ちは嬉しい。でも、無理だ」

飛行場姫「なんでだよ。別に一緒に居るくらいはいいじゃん」

重装兵「俺は人間、君は深海棲艦」

飛行場姫「それで?」

重装兵「……それでってな、君」

飛行場姫「オマエ、私が嫌いなのか」

重装兵「嫌いだよ」

飛行場姫「ほんとは?」

重装兵「大っ嫌いだ」

飛行場姫「ほんとにほんとは?」

重装兵「家帰れ」


飛行場姫「じゃあ今生の別れを祝して、しょーがないから私がオマエのチョッキ洗濯してやろうか?」

重装兵「また来るだろ。そしたら」

飛行場姫「部下にここまで持って来させるから。心配ない」

重装兵「……渡したら君はもう来ないんだな」

飛行場姫「来ない来ない。深海棲艦、嘘つかない」


重装兵(うそ臭いなぁ)


重装兵「……」ヌギヌギ

重装兵「そら」スッ

飛行場姫「うわっ、めっちゃクセーんだけど。やっぱ持って帰んなくていいか?」

重装兵「……」スチャッ

飛行場姫「うわー、洗わせてもらえて光栄だわー。幸せだわ-」

重装兵「……」パンパンパン

飛行場姫「いでででで!? ちょ、おまっ!? なんで!? なんで気を使った私を今撃った!?」

重装兵「あ、いや、とりあえず撃つ流れかなーって」

飛行場姫「誰も求めてねーよ!!! アホかお前!?」



飛行場姫「んじゃあな。私はもうこの島に二度と来ることは無いけど。元気でな」

重装兵「……君もな」

飛行場姫「嫌いな奴の心配すんのか?」

重装兵「社交辞令」

飛行場姫「了解了解」


夜 海洋連合 飛行場姫の島


飛行場姫「♪~」

ヲ級改「お、姫ちゃん。ゴツいベスト着てるじゃん。どったの」

飛行場姫「いいだろ。貰った」

レ級92「姫様~、それ人間くさいですよ~」

飛行場姫「我慢しろ新人。これは一種のトレーニングだと思え」

レ級改「あー、なんか人間のニオイに慣れちまった自分が怖いぜ」スンスン

タ級改「何かと人に会う機会は多いですもの。……これ洗濯しないんですか」クンクン

飛行場姫「しない。一種のトレーニングだ」

ヲ級改「ちょっと人間クサすぎる気もしなくもないね。姫ちゃん洗えば?」

飛行場姫「ぶっちゃけめんどい」ケラケラ


ヲ級改「てか、そんなのどこで貰ってきたの」

レ級改「どうせガメってきたんだろ」ヤシノミドリンクヲクレ

タ級改「姫様、窃盗はいけませんよ」ハイ。ワタシモノモウ

レ級改「いいじゃねぇか。人間のだし」ゴクゴク

タ級改「私だって別にいいですけど。海洋連合だと責任問題ですから。一応」ゴクゴク

飛行場姫「あ、これ? 彼氏に貰った」

タ級改「」ブッ-

レ級改「」ブッ-

ヲ級改「ま、マジかぁ!?」


昼 海洋連合 ラバウル総司令部(ウッドハウス)


長月「姫、お前それ……」

飛行場姫「なんだよ~」

日向「陸軍のアーマー、か」

飛行場姫「そうそう」

長月「出来れば脱いどけ」

飛行場姫「? なんで?」

嶋田「……」

長月「そのアーマーにはいい思い出が無い」

飛行場姫「……? 逆にいい思い出ってなんだ?」

長月「説明しかねるが、この場所には陸軍に仲間を殺された者が大勢居る」

飛行場姫「そんなん殺し合ってた私たちだって同じじゃん」

日向「確かに私たちは戦った。だが少なくとも正面から殺し合った」

長月「陸軍の方は……後ろから刺された感が強くてな」

飛行場姫「なんだそれ。戦いは戦いじゃん。意味わかんね」

日向「感情の面で納得出来ないって話さ。一部には殺意を隠そうとしない奴も居る」

飛行場姫「めんどくせぇなー」

茶色妖精「陸軍の人間がまだ海洋連合に残っていたのでござるな」

嶋田「ほとんどは捕虜交換で居なくなったが、残留を希望する者が若干名だが居た」

日向「色んな理由があるさ。脛に傷がありすぎるとか、帰っても仕事が無いとか」

長月「ま、私も全部が全部悪い奴だとは思わん。その辺の理解はある」

長月「だがな姫、それでもそのアーマーは駄目だ。着るな」

飛行場姫「えー」

長月「ていうかどこから手に入れたんだそれ。残留者にも着用禁止を言い渡してる筈だが」


飛行場姫「……なぁ長月」

長月「ん?」

飛行場姫「艦娘が後ろから刺されたって思ってるみたいに、陸軍の奴らも自分が後ろから刺したって思ってるのかな」

長月「……自覚はあるだろうな。卑怯な手段を使った、という自覚くらいは」

飛行場姫「なら自分のやったことの意味がわかってて」

飛行場姫「着用禁止と言われてそれでもこのアーマーを着るのって、人間と艦娘にとってはどんな意味持ってんだ?」


同時刻 日本 交易所


資源大臣(旧戦略資源管理大臣)「……確かに今月分だ」

長良「確認の書類にサインを」

資源大臣「……」スルスル

長良「はい確かに。それと今月は契約の更新月ですので、こちらの書類にもサインをお願いします」

資源大臣「……」ペラッ


資源大臣「ま、またレートを上げるのか!?」

長良「こちらとしても心苦しい限りです」

資源大臣「このままでは市民が餓死してしまう!!」

長良「食料品に関しては以前と同じです。上げるのは工業資源のみです」

資源大臣「工業資源が無ければ工場はモダンアートでしかない!!!! 経済が立ち回らず食うも窮する者たちが出るのは必然だ!」

長良「あはは。農業にでも回せばいいじゃないですか。国から補助金出して」

資源大臣「貴様!! その意味が分かっているのか! 貴様はそれでも栄えある日本皇国の艦娘か!!!」

長良「もう違いますよ。上が決めたことなので下っ端の私に愚痴られても困ります」

資源大臣「ぐっ……」

長良「島国で四方をコントロール不能の羅針盤で囲まれ、我々の妖精が居なければ外国との交易もままならない」

長良「世界から見捨てられた可哀想な日本人を救えるのは私達だけです」

資源大臣「……装置の整備負担料と称して莫大な物資を分捕っているくせに、よくもまぁぬけぬけと」

長良「現金でないだけ良心的だと思いますし、元凶が何を言っても説得力無いですよ」クス

資源大臣「……」

長良「ああそうだ、私が聞いた海洋連合と良い関係を維持できる方法をお伝えしておきます」

資源大臣「……なんだ」

長良「農作物を提供して下さい。こちらが提示する条件で安定供給を約束するならレートを引き下げを検討する、とのことです」

資源大臣「……」

長良「大臣さん、いいじゃありませんか農業。地に足をつけて生きる。素晴らしいです」

長良「農的な生活に工業資源なんて必要ありません。科学教育なんて時間の無駄です」


戦後日本が行ってきた工業投資、小農民保護の打ち切り、地域共同体の解体による市場への依存度強化等の政策。

それらは全て、戦争により国体以外を失ってしまった日本が国家として再生するためのものだった。

資源大臣「違う……私は……日本のために……」

どこで間違った。戦後政策は成功し、日本は貿易立国として再び国際社会に地歩を築き存在感を示していた。

深海棲艦との戦争では諸外国をリードし……日本は十分に覇権国家として君臨し続ける素質を持っていた筈だ。

長良「これからは農業大国日本ですね! 大臣さん!」

彼女の言う未来は、共栄圏の言いなりになるということは、戦後日本が築いてきた全てを無に返し共栄圏の植民地になることと同義だった。

これは我々に艦娘と妖精による制裁なのだ。

民族主義の台頭する世界で、羅針盤という新たな存在により旧態依然とした恐るべき支配の形が実現されようとしていた。

長良「今後ともアジアにおける良きパートナーとして仲良くしていきましょう」

なんと憎たらしい笑顔だろうか。

資源大臣「……」

力に固執したところで、その力の源自体を壊されてしまえば何の意味も無いのだ。

我々は愚かにも源を壊してしまった。

自分たちの欲のため、先人が築いてきた全てを。

資源大臣(よりにもよって先人が作ってきた軍艦の魂を持つ女どもの手で)

資源大臣(……先に手を出したのは我々か)


資源大臣「分かった。この新たなレートに応じよう。農作物の件は安定供給が可能になり次第、会談を求める」

長良「はい。とても聡明な判断ですよ」ニッコリ


2月1日

昼 海洋連合 とある島


重装兵「あいつ、結局持って来ないし……」

重装兵「アレが無いと俺が陸軍兵士だと分かりにくい」

重装兵「……」




2月4日

朝 海洋連合 ラバウル総司令部(ウッドハウス)


長良「報告は以上です。失礼しました」

長月「うん。大役ご苦労! 次の任務までゆっくり休んでくれていいぞ」

長良「了解です」

長月「そう固くなるな。もうここは軍隊じゃ無いんだ」

長良「あはは。なんかつい、癖で」

長月「分かるぞ。まぁ気楽にやろう」

長良「うん。長月ちゃんも頑張ってね」

長月「おう。任せとけ」



長良「ふぅ……」

飛行場姫「長良~。やっほーい」

長良「あ、姫ちゃん。やっほーい」

飛行場姫「今、日本から帰ったのか?」

長良「うん。もうクタクタだよ」

飛行場姫「ちょっと話があるんだけどさー? いいか?」

長良「どったの?」


夜 海洋連合 トラック泊地


「雪風さん哨戒お疲れ様です!」

「お疲れ様です」


雪風「お疲れ様です! 気をつけて帰って下さい!」フリフリ

雪風「……さて」


胸ポケットから防水ケースを取り出す。

その中に入っていたのは……。


雪風「任務後の一服は格別です」


煙草だった。


木曾「コラ」

雪風「うひょっ!?」ビクッ

雪風「な、なんだ木曾ですか。びっくりさせないで下さい」

木曾「完全に喫煙者じゃねーか」

雪風「元はといえば……」

以前は煙草を咎める側だった筈の雪風は、嫌そうな顔をする木曾を無視して火をつける。

雪風「……」スー

雪風「木曾が悪いです」フー

木曾「こういう雪風は見たくなかった……俺にも一本寄越せ」

雪風「ウシシシシ。良いですよ」


夜 海洋連合 とある島

誰かが部屋に侵入してきた。また姫様だろうか。腰の銃に手をかける。撃って追い返してやる。


「……私は絶対に許さない」


侵入者の声は姫様のものではなかった。

重装兵(……)

銃から手を離し寝たふりを続ける。


「あの子達の仇だ。死ね」


重装兵(ま、最後は悪くなかったな)

重装兵(俺の死を悼んでくれそうな奴が一人でも居るのは悪くない)

重装兵(……姫様、自分勝手な男でごめんな)


飛行場姫「なんかもう安らかな表情してるぜ、コイツ」ケラケラ

重装兵「は?」

長良「わ、ほんとに起きてた」

飛行場姫「なー」ゲラゲラ

重装兵「どうして二人居るんだ」

飛行場姫「オマエ、ほんとに死にたがってたんだな」

重装兵「……気づいていたのか」

飛行場姫「アホでも気づけるくらいヒントくれてたし? で、一回死んだ今の気分はどうよ」

重装兵「気分は前と変わらない。俺は死んでいない」

飛行場姫「艦娘殺したからオマエは死ななきゃならないのか」

重装兵「俺は罪を重ねてきた。今更自分だけ幸せになろうとは思わない」

飛行場姫「自分の罪を艦娘で精算しようとするなよ。艦娘にも迷惑だ」ケラケラ

重装兵「誰かの気が晴れるなら、死んでもいいというだけだ」

飛行場姫「オマエごときの命を奪った所で、気は晴れねーよ。これ絶対」

長良「あはは!」

飛行場姫「私も艦娘を沢山殺してきた。間接的にだけど。でも後悔なんてしてない。自分の精一杯を貫いてきただけだ」

飛行場姫「その事実を謝ろうとも思わない。謝ってしまえばあの時の私が嘘になる」

飛行場姫「艦娘に殺されて死んでいった部下たちに申し訳立たねえし?」

飛行場姫「まぁオマエの場合は艦娘を後ろから刺したみたいに言われてるからアレだけど」

飛行場姫「オマエがこの場所に魅力を感じたのは確かだろ」

重装兵「……」

飛行場姫「じゃなかったら、あんないい笑顔は出来ないぞ」

重装兵「ああ。……俺はここで暮らしたいと、自分も中に入りたいと思えた」

飛行場姫「私もだ。だからここを守る」

重装兵「だとしたらなんなんだ」

飛行場姫「なんでオマエは自分の気持ちを尊重しない? 暮らしたいってのも素直な気持ちだろ」

重装兵「そうすると俺がして来たことの筋が通らない」

飛行場姫「お前が死んで通る筋なんて無い」

重装兵「それは違う。死でしか償えないものもある」


長良「本当に死んで筋通さなきゃならないような奴は図太く生き延びてるものだよ」

重装兵「……」

飛行場姫「まーだ納得出来ないって顔してるなー。今の自分の正直な気持ちに従えよー」

重装兵「従っている」

飛行場姫「いつでも死んでもいいって、半分死んだように生きるのが正直な気持ちなのか」

重装兵「そうだ」

飛行場姫「いつも死ぬこと考えながら生きるのは生きてるって言わないんだよ」

重装兵「狭い了見だな」

飛行場姫「お前が言うか!!!」


重装兵「俺は自分が生きるために多くの人を傷つけ、命を奪ってきた」

重装兵「これからもそんな生き方しか出来ないことを知っている。もう疲れたんだよ。必死に生き延びて、また他の何かに迷惑をかけて」

重装兵「だからこそ、自分の力だけで生きられるこの場所が素晴らしいと思ったし……死に場所にしたいとも思った」

重装兵「本当に正直な自分の気持ちだ」

飛行場姫「むぐぐ……」

長良「なるほどね~」

重装兵「消極的な自殺に見えるかもしれないが。俺なりに筋を通しているつもりだ。……駄目か?」

飛行場姫「だ、駄目では無いけど」

重装兵「ならいいだろ。ほっといてくれ」

飛行場姫「……やっぱり駄目」

重装兵「なんだそれ」

飛行場姫「私がそんな生き方して欲しくない」

重装兵「なんだそれ」

飛行場姫「いいだろー? 女の子の言うことくらい聞けよー」

重装兵「なんだそれ」

飛行場姫「私はオマエが好きになったみたいなんだ」

重装兵「知るかよそんなの」

飛行場姫「ってなオマエ。もっとこう、なんかあるだろ色々」

重装兵「無い」

飛行場姫「捻り出せ!」

重装兵「何度でも言うけど化け物は嫌いだ」

飛行場姫「むぐぐぅ」

飛行場姫「オマエなんてもう知らん!」

飛行場姫「バーカ、バーカ! 人間くせーんだよオマエ」

飛行場姫「ほんとのほんとにもう来てやらないからな! 後悔しても知らんからな!」

重装兵「……とっとと行けよ」

飛行場姫「ムッキィィィィィィ」

飛行場姫「一人で虚しく死ね! アホ!」スタスタ

長良「あ……姫ちゃん……」


長良「……いいの? 行っちゃったよ」

重装兵「お前こそ追わなくていいのか」

長良「あはは。人間さん」

重装兵「?」

長良「好きなら好きって言ったほうが良いよ。きっと後悔するのは人間さんだから」

重装兵「後悔なんて」

長良「すごい偏見だけどね、人間さんは弱いから。丁度いい」


長良「その弱さで姫ちゃんを守ってあげて」


重装兵「言ってることが矛盾してないか?」

長良「強いだけだと完璧じゃないんだよ? それにさ、私たちは一人では生きられないから」

長良「姫ちゃんの隙間を埋めてあげられるのは……多分人間さんだから」

重装兵「知ったふうに言うな。生意気だぞ」

長良「なはは。人間さんに怒られちった」

重装兵「……さっきから何なんだその態度。お前は俺が憎くないのか?」

長良「ちっとも。死んだ艦娘たちは可哀想だとは思うけどね」

重装兵「意識が薄い、と?」

長良「ううん。違うよ。私は許すよ。人間さんのこと」

重装兵「ゆる……す」

長良「無罪放免だよ。おめでとう」クス

重装兵「お前に許されたところで意味は無い!!」

長良「分かってる分かってる。そう怒んないでよ。冗談だから」

長良「でも人間さんは誰に許されれば……自分を許せるの?」


考えたこともなかった。

妖精教徒、共産主義者、国内の対立分子の国民、総理にとって都合の悪い政治家、艦娘

数も忘れるくらい人殺しを重ねてきた。……誰だろう。もし許されるのなら俺は誰にそれを求める。

艦娘から視線を外し考えた。

だが答えは出てこない。何拍かの間が空いてしまう。


ふと視線を戻すと……目の前の艦娘は意味深げに笑った。

自分の隙を見破られたようで少し悔しかった。


長良「ていうか人間さんも姫ちゃんのこと満更でもないでしょ? あの子可愛いし」

重装兵「……可愛いとは思わない」

長良「デレデレしてたじゃーん?」

重装兵「俺は_____ 」


この後も無意味な論争が一時間ほど続けられ、艦娘はその後ようやく帰った。


2月5日

夜 海洋連合 ガダルカナル近隣の島


加賀「あら、早かったわね」

ヲ級改「私は基本的に約束を守る人間だよ~ん?」

加賀「貴女は人間じゃない」

ヲ級改「じゃあ何だと思う?」

加賀「貴女は飛龍、人間でも艦娘でも深海棲艦でもなく、ただの飛龍よ」

ヲ級改「満足の行く回答です! そう言ってくれるのは加賀っちだけださね~」

加賀「友達、少ないのね」

ヲ級改「君、君~? 自分に友達が少ないからって他の人まで友達少ない認定するのはやめといた方がいいよ~?」

加賀「……」

ヲ級改「め、めんご」

~~~~~~

加賀「ま、飲みましょう」

ヲ級改「飲みましょう飲みましょ~!」


ヲ級改「加賀っちってさ~?」

加賀「どうしたの?」

ヲ級改「話してる時に結構な割合でディスりを入れてくるじゃん? それってなんで?」

加賀「……ごめんなさい、『ディスり』って何かしら」

ヲ級改「ディスリスペクト、馬鹿にするってことだよ」

加賀「最初から馬鹿にすると言えばいいんじゃない」

ヲ級改「言葉の流れとか好きな韻の踏み方とかあるでしょ? 気にしちゃ駄目だよ」

加賀「若者文化にはついていけないわね」

ヲ級改「ババくさいぞ~」

加賀「相手を馬鹿にするのは当たり前よ」

ヲ級改「どうして?」

加賀「それがコミュニケーションの正しい取り方ではないの?」

ヲ級改「……それ違うよ」

加賀「えっ」

ヲ級改「そんなの誰から教わったの」

加賀「提督と話していて馬鹿にすると楽しそうだったから……」

ヲ級改「……あのねぇ加賀っちねぇ」

加賀「な、なにかしら」


ヲ級改「提督と加賀っちの関係が、他の人にも同じように当てはめられると思ってるの?」

加賀「提督も一応人間だし……」

ヲ級改「一応ってなによ一応って……」

ヲ級改「あの人は変な人ってこと忘れちゃってるよ。この前提とっても大事なのに」

加賀「大事なの?」

ヲ級改「大事です!」


加賀「私が冷たい目線をすれば皆喜ぶんじゃないの?」

ヲ級改「どうやれば提督の悪いところをそこまでピンポイントに取り出して自分の物に出来るんだい!?」

加賀「少しショックだわ」

ヲ級改「ここの住民の中でも、第四管区の加賀さんは冷たいって噂が流れてて」

加賀「それは貴女の妄想?」

ヲ級改「私は妄想で噂を作ったりしません!」

加賀「ツッコミが上手になったわね」

ヲ級改「私の周りにはいつもツッコミ甲斐のある輩ばかり集まるからね」

加賀「ツッコミの内容は下らないものだけど、主に勢いが増したわ」

ヲ級改「……勢いは大事だよね、勢いは」

加賀「私の誤った感性はともかくとして」

ヲ級改「ともかくとして」

加賀「『第四管区の加賀』と呼ばれるのは、悪い気がしないわね」

ヲ級改「嬉しいんだ」

加賀「恐らくその言葉を使った人は……古参の、くらいの意味でしか使ってないのだろうけれど」

加賀「私にはとても大切な場所だから」

ヲ級改「始まりの場所ってのは思い出深いよね~」

加賀「貴女はなんて呼ばれると嬉しいの?」

ヲ級改「そだね~。……ちょっと卑怯な気もするけど」

加賀「うん」

ヲ級改「大好きな人たちが私を呼ぶのなら、私はなんだって嬉しいな」

加賀「本当に卑怯ね」

ヲ級改「なははは」

加賀「でも良いと思うわ」

ヲ級改「ちょっち照れるな~」


加賀「ここは月が本当に綺麗ね」

ヲ級改「南方は空が綺麗だよね~」

加賀「ブインの月を見ながらお酒を飲むのが好きだったわ」

ヲ級改「提督と?」

加賀「秘密よ」

ヲ級改「加賀っち友達少ないくせに、他に誰と飲むっていうのさ」

加賀「……知り合いが少ないとこういう時不利ね」

ヲ級改「あははは! ……赤城さん、ううん、赤城っちと加賀っちと私と提督でさ」

ヲ級改「月見酒とかしてみたいな~って今は思うんだよね」

加賀「赤城さんと一緒に」

ヲ級改「私たちが第四管区に居た時はみんな余裕無かったし、無理だったけどさ」

ヲ級改「……まぁ今も無理なんだけどさ」

加賀「何が言いたいの?」

ヲ級改「あー、うー、なんかごめん。湿っぽくしちゃって」

加賀「あ、私は別に怒っているわけでは無いわ。貴女が何を言っているか全く理解出来なかっただけだから」

ヲ級改「それはそれで酷いけど」

加賀「冗談よ」

ヲ級改「それも知っているけれども!」

加賀「今日二人で集まった理由、覚えてる?」

ヲ級改「勿論。赤城っちの命日でしょ」

加賀「そう。だから亡くなった人の話をしても何ら不思議は無いわ」

ヲ級改「赤城っちの話すると加賀っち悲しそうな顔するから……」

加賀「私だって悲しい顔くらいするわよ」

ヲ級改「そうだけれども」

加賀「今日は公に悲しんでいい日なのだから、遠慮することないわ」

ヲ級改「……お酒、飲もっか?」

加賀「そうね」

ヲ級改「くぅぅぅ……。加賀っちよくこんな安酒飲めるね」

加賀「安酒じゃないわ。私が作ったの」

ヲ級改「冗談きついよ」

加賀「この地方の地酒、バナナを使うからワラジと似てて。結構簡単なのよ」

ヲ級改「……加賀っちが作ったと考えれば美味しいかも」

加賀「どういうことよ、いい加減にしなさい」


ヲ級改「結局さ、提督って誰とくっついたの? 日向?」

加賀「何をもってくっついたと定義するかによるわね」

ヲ級改「言葉遊びは嫌いだよ~ん」

加賀「奇遇ね。私もよ。ほら、もっと私のお酒を飲みなさい」

ヲ級改「これ結構度数強いよ……」

加賀「退屈にはこれくらいの度数は必要よ」

ヲ級改「私は別に退屈してなーい!」


ヲ級改「私さ」

加賀「ええ」

ヲ級改「よく他の艦娘見てカップリングしてたんだ」

加賀「……カップリングというのは結びつけるということ?」

ヲ級改「そうそう。この人なら良い母親になれそうとか、良い妻にはなれそうだけど良い母親にはなれそうにないなとか」

加賀「迷惑な妄想ね」

ヲ級改「結構楽しいんだよこれが。男役はいつも提督なんだけどさ」

加賀「他にも居たでしょ、政府の高官とか、海軍省や総司令部の人とか」

ヲ級改「なんだかリアリティが無い」

加賀「貴女のリアリティまでは私も知りようが無いわね」

ヲ級改「あはは」

ヲ級改「いや~あの提督さ、意外と色んな人と合うんだよ」

加賀「へぇ」

ヲ級改「日向だけじゃなくて、戦艦だと武蔵さんとか、陸奥さんとか」

加賀「横須賀の……懐かしいわね」

ヲ級改「それだけじゃなくて、赤城っちとか加賀っちもお似合いだったよ」

加賀「当てにならないわね。貴女の言うことだもの」

ヲ級改「これは本当だよ~」

ヲ級改「赤城っちがお母さんで、加賀っちが長女で私が妹で」

加賀「嫌よ。面倒だわ」

ヲ級改「逆でもいいよ」

加賀「貴女が姉?」

ヲ級改「加賀っちがお母さん」

加賀「……」

ヲ級改「ちみ、ちみ、そう露骨に嫌そうな顔しないね」

加賀「その一家、エンゲル係数が53万を超えそうね」

ヲ級改「係数の意味分かってる?」


加賀「ねぇ」

ヲ級改「ん~?」

加賀「人をくっつけるんじゃなくて、貴女自身が相手でも良いんじゃない?」

ヲ級改「……」

ヲ級改「あはは!」

加賀「どうなの」

ヲ級改「秘密だよ~ん」

加賀「何よ、それ」

ヲ級改「この話題はおーしまい」

加賀「ふふっ……まぁ良いわ。今日はこの辺で許してあげる」


ヲ級改「姫様がね~、人間の男の人と恋しちゃったらしくて」

加賀「少し見直したわ。貴女たちもまともな感性を持っているのね」

ヲ級改「恋するのがまともかどうかは知らないけどさ」

ヲ級改「ハワイにバレた時のシミュレーションしてたらあっという間に一週間経っちゃって」

加賀「ここは一日が過ぎるのは遅いけれど、年月が過ぎるのは早いわよね……。深海棲艦は恋愛がご法度なのかしら」

ヲ級改「だって人間が最優先仮想敵なわけだしw」

加賀「それもそうね。それで、バレたらどうするの」

ヲ級改「どうにもなんないから、海洋連合でも継戦出来る持久体制整えて抑止力とすべし!」

加賀「ちょっと、傾国のロマンスは御免よ」

ヲ級改「もう決まったことなので~」

加賀「別に言ってくれれば協力するけれど、勝手に巻き込まれるのは嫌ね」

ヲ級改「めんごめんご」

加賀「ほんとうにここの住民は無責任で困るわ。長月には?」

ヲ級改「言ってる」

加賀「ならいいわ。その内通達があるでしょう」

ヲ級改「ここの住民は無責任だわ~」

加賀「飲みましょう」

ヲ級改「イェーイ」


2月6日

朝 海洋連合 ガダルカナル近海


加賀「ヒック」

日向「すぐに来いというから来てみれば……酒臭いぞ。あと飛龍は」

加賀「あら、無愛想大納言」

日向「口が悪いな。死んでくれないか」

加賀「貴女が死ねばいいじゃない。誰が二号さんよ」

日向「あ、お前やっぱりそういう関係だったのか」

加賀「あっ」

日向「隙だらけだな」

加賀「ちょ、ちょっとタンマ」

日向「言葉が古い。まぁ肩を貸すぞ。日向タクシーに掴まれ」

加賀「……ええ。ありがと」

~~~~~~

加賀「飛龍なら一人で帰ったわ。かなり酔ってたけど大丈夫かしら。私も久々に飲んだからペースが分からなくて」

日向「こういう姿を他のやつにも見せてやれよ」

加賀「嫌よ、恥ずかしい」

日向「いつものお前はどうも攻撃的だ。今のお前は飛行甲板に被弾した空母というか」

日向「隙だらけで愛らしい」

加賀「大破着底した航空戦艦は可愛いかしら?」

日向「失礼な」

加賀「そういうことよ」


日向「姫の話を聞いたか」

加賀「聞いたわ」

日向「陸軍の男らしい。どんな奴かな」

加賀「陸軍の男は駄目よ」

日向「いやいや、海軍はもっと最悪だ」

加賀「ふふっ」

日向「何にせよ良い奴だといいな」

加賀「我ら海洋連合の首脳部のお考えを伺いたいものね」

日向「全面的に応援するつもりだ。ひっそりとな」

加賀「一つの愛を守るために滅びた文明がどれほどあるのかしら」

日向「中国に一つ滅びた王朝はあった気はするが。数は多くないだろうな」

日向「でも良いじゃないか。元々酔狂が集まって作った共同体だ」

日向「酔狂で滅びるのもまた一興」

加賀「それ、本気で言ってる?」

日向「わりとな。私が望んだのはこういう繋がりだ」

日向「大事なものを大事だと叫んで、その為に戦えるような、本当に当たり前の場所」

日向「今までの私達が持ち得なかった場所だ。命懸けで守っても間違いではない」

加賀「……貴女に言われると反論する気が失せるわ」

日向「あははは。折角手に入れたんだ。頑張るさ」


2月7日

朝 海洋連合 ラバウル


加賀「あら、ラバウルに間宮が来てるのね」

加賀「少し寄って行こうかしら」


間宮「給糧艦『間宮』へようこそ」


\コッチニオチャ/ ワイワイ \ハーイタダイマ!/ ガヤガヤ


加賀「朝からこんなに客が来るなんて、忙しそうね」

間宮「みんな甘いものに飢えてるのよ。お陰様で繁盛してるわ」

加賀「そうね、朝だから。とりあえず……一番大きいの」

間宮「『一航戦の誇り』で良いかしら」

加賀「……言うのが恥ずかしい」

間宮「ふふふ。名前に他意は無いですよ」

加賀「それを頂くわ」

間宮「毎度ありがとうございます」


間宮「キッチン! 総員傾注!!!」

「「「!」」」

間宮「オーダー! 『一航戦の誇り』!!!!」

「「「セーイ!!!!!!!」」」

間宮「ご注文ありがとうございまーす!!!!」

「「「ありがとうございまーす!!!」」」


\あの『誇り』を食える人居るんだな/ 

\どんなデブスが食うのか……ってスゲー美人だ/


加賀「……だからどうして、急にラーメン屋みたいなノリになるの」

間宮「これくらい気合入れないと作るのも大変なのよ」

加賀「そういうものかしら」


~~~~~~


伊良湖「お待たせしました! どうぞ、お召し上がりください!」

加賀「頂くわ」



加賀(これよ、これなのよ)

加賀(総牛乳18リットル、フルーツ重量13kg、ぜんざい9kg、白玉粉5kg)

加賀(通常の給仕ボードでは重量オーバーのため、高張力鋼製の鉄板が運搬時には利用される)

加賀(スイーツの全体構成は主に四層。クリーム&アイス、ぜんざい、フルーツ、そして白玉)

加賀(まず表面の第一層ではアイス一面あたり12個×4面が構成する傾斜装甲が全体のバランスを保ち尚且つ、間宮亭がその実戦から取り入れた教訓を生かして敵との長時間の継戦を可能としている)

加賀(アイスの装甲を突破しても見た目は損なわれることなく、第二層ではふんだんに盛り込まれたぜんざいが空いた穴を補うように溢れ出し、食べる者の意思を試す)

加賀(どこをつついても出てくるぜんざい、食べても食べても減ったように思えないこのスイーツに対し、大食い自慢のソ連退役軍人はギブアップ。彼が後に語ったところによると、第二層攻略時に自らが経験した第三次ハリコフ攻防戦のマンシュタインによる機動防御を想起し継戦は不可能と判断したそうよ)

加賀(でもソ連兵は止められたとしても私は止められない。第一層と第二層を続けざまに突破成功、次へ行くわ)

加賀(ぜんざいの機動防御を突破した後に現れるのは第三層、完食を阻む抵抗の強い意志)

加賀(それは中心にある間宮特製白玉団子を守るように構築されたフルーツによる無数の複郭陣地たち)

加賀(無視して最終層へ突撃しようものならスイーツ自体の崩壊、また自軍の大損害は間違いなし)

加賀(ここは焦らず、被害覚悟で一つずつしらみ潰しにしていくしか無い)

加賀(第一層、第二層の突破口を広げ、まずは進軍に必要な土地にある複郭陣地を一つ一つ包囲し、その後各個殲滅する予定よ)

加賀(殲滅の主役は野戦の華)

加賀(パンツァーカイル! 装甲師団を全面に押し出した陣地突破戦術で包囲した奴らにトドメを刺すわ。戦車を中心に大きな被害を出しつつも作戦成功、最終層への道を確保)

加賀(最後に待ち構えるのは特大白玉団子、様相はさながら首都決戦ね)

加賀(弛むことなく総力戦で押し切るわ。物量の差が決定的な違いであることを教育してあげる。歩兵前進。突破してきた他の層の残りを巻き込み団子と合わせ味を楽しみつつ、瓦礫の市街地を着実に、一ブロックずつ、いえ、一メートルずつでも前進していく)

加賀(一歩一歩、着実にね)


加賀(そして今、長かった戦いが終わろうとしている)


加賀(時折、駆逐艦の艤装とすら呼称されるこのスイーツは素晴らしい)

加賀(盛り付けの戦艦のような無骨さとスイーツとしての職務遂行のための一筋の意思が共存している)

加賀(どうしてかしら、ただの食べ物のはずなのに神々しさすらあるのは)

加賀(決戦兵器のようなプレッシャーまで感じる)

加賀(キッチンが命懸けで作り上げたということが魂で理解できる)

加賀(感じるわ、世界に溢れた愛を)

加賀(……あ、ちょっと涙出てきた)

\泣きながら食ってるぞ……/ \辛いなら頼むなよ……ていうかどこに入るんだよ/


~~~~~~

加賀「ごちそうさま」

間宮「流石ね。容器はアイスの汁だれ一つ無く、空っぽ」

間宮「早食いは下品なのに下品さを感じないわ」

加賀「でもいいのかしら、輸入も厳しいでしょうに私がこれ程食べてしまって」

間宮「いいんじゃない? これ頼むの貴女くらいしか居ないし、キッチンにも緊張感が出て良いわ」

加賀「そう。美味しかったわ。じゃあまた」

間宮「はい。給糧艦を見かけたら是非また寄ってね」


自分の住む島に戻って来た。

白い砂浜は光輝きどこまでも続いているように見える。


加賀「……太陽が眩しい」


加賀(着任した当初は南の島なんて暑くてうんざりしたものだけれど)


加賀「……」

加賀「……ふんふ~ん♪」

加賀「あっ」

加賀「……まぁ、いいわよね」


ふと思いついたまま、着衣のままに水面に身を投げ出してみる。

入水の仕方が悪く腹打ちしてしまった。


加賀(痛い)


水の中は透明度が高く、遠くで泳いでいる魚まで見えた。


加賀(綺麗)


しばらく水中探索を楽しんでいたが、ナノマシンの身体にも浮力が働くようで、最後には海面へと浮上してしまった


加賀「ぷはっ」


大きく息継ぎし、また潜ろうと考えたが、やめた。


加賀「……」


水面に大の字で浮かび太陽を見つめる。


加賀「……眩しい」


湿った服の張り付き重くなり、沈もうとする感覚。

それに抗い浮かぼうとする自分の身体。


加賀(生きていると色んなことを感じるものね)

加賀「……」


やはり艦娘には無駄が多すぎる。余りに多すぎる選択肢は混乱を引き起こすだけだ。

こんなものは邪魔だ。


加賀「赤城さん、提督」


加賀「生きていくって……楽しいものね」

1981年 

2月14日

朝 第四管区司令部 港


提督「お、三隈。丁度いいところに居たな」

三隈「クマリンコ?」

提督「今から横浜へ行く。ちょっと付き合え」

三隈「クマリンコ!?」




朝 横浜横須賀道路 車内


提督「最近調子はどうだ」

三隈「わ、悪くはないですが」

提督「それは良かった。近ごろ艦隊の雰囲気が良くて俺は嬉しいぞ」

三隈「……」


提督の言葉には重みがあった。具体的には司令部を全損に近い形で失った男の言葉の重みが。

まあ結果として我々はより一致団結をするようになったのだから万々歳だ。


三隈「提督」

提督「ん?」

三隈「今日は横浜で一体何をするのですか」

提督「買い物だ」

三隈「買い物……?」

提督「今日が何の日か覚えてないのか」

三隈「もしかしてバレンタインの買い物ですか?」

提督「ザッツラーイ!」


第四管区の艦娘が何とかチョコを調達しようとしていた事実を思い出した。


三隈「提督から艦娘へ送るのですか?」

提督「ふふふ、アイツラはチョコを渡して俺を驚かせる魂胆だろうがそうはいくか」

提督「逆に俺が渡して驚かせてやるのだ!」

三隈「……提督は相変わらずですわね」クス


この男の破天荒さには時々失笑してしまう。


三隈「でしたら何故買い物のパートナーとして三隈をお選びになられたのですか」

提督「三隈が好きだから」

三隈「えっ」ドキッ

提督「んなわきゃねーだろwwwwなにときめいてんだよwwww」

三隈「……」クイッ

提督「うぉぉぉぉ!? ハンドルを勝手にいじるな!!!」キュルキュル


提督「危うく事故するところだったろうが!」

三隈「知りませんわ。事故になっても私は死にませんし」

提督「艦娘は過激だな……」

提督「三隈」

三隈「……」

提督「みーくーまー」

三隈「……」

提督「クリマンコ」

三隈「なんですの。鬱陶しいのですが」

提督「さっきのは冗談だって。許してちょんまげ」

三隈「……」

提督「三隈を選んだのはちゃんとした理由がある」

三隈「……」

提督「ウチの連中を見てみろ。キチガイばっかりだろう」

三隈「……」



日向「そうか、ヴァレンタインというやつだな。仕方無い、特別な瑞雲をやろう。ほら」

瑞鶴「翔鶴ねぇ!!!!! ムッキャー!!!!」

翔鶴「提督提督提督提督提督提督提督提督」

木曾「オレオレオレオレおろエロ絵オレオろ絵オレオレオ」

長月「えへっ、ウヒヒヒ火!!!! わたたわわらたあたしrたわの「活躍を!!!!」

漣「ご主人様漣はパンツはいてません!!!!!!!」

皐月「ボク悪い艦娘じゃないよ!?」(長月を包丁で刺しながら)

文月「フミィ」

時雨「セックス!!!!!!!!!!!!!!!」

曙「ちょっと!? 何よこのコーナー!?」



三隈「確かに……普通と言われればあまり当てはまる方が……」

提督「いや三隈、お前今なに考えてた」

三隈「第四管区所属の艦娘を思い浮かべていただけですが?」

提督(なんかとんでもなかった気がしたが……)


提督「キチガイというのは冗談だが、皆それぞれ独自の感性を持つに至った今」

提督「普通のやつ、まぁ艦娘としての普通の感性を持っているであろうお前がいいのさ」

三隈「なるほど」

提督「事務は時雨、現場は日向に任せているから俺達は好きなだけ買い物をしよう」

三隈「……司令部の規模が小さいとこういう時便利ですわね」

提督「あぁ!? 誰が弱小提督だよケツ触るぞ!! クリマンコ!」

三隈「……」クイッ

提督「ウォォォォォォォォォォォ!?」キュルキュル


朝 横浜 デパート駐車場


提督「さて、デパートに着いたわけだが」

三隈「?」

提督「よし」ヌギヌギ

三隈「クマ!?」

提督「へへへ、三隈~」ワキワキ

三隈「いや、ちょ、やだ!!」ドッスゥ

提督「ペッシェ!!」


提督「……軍服で行くわけにはいかないから脱いだだけだ」

三隈「それはトイレで着替えて下さい!」

提督「ったく、『いや、ちょ、やだ!!』ってなんだよ」ブツブツ

提督「せめてクマクマ言うのがお前の仕事じゃねーのかよ」ブツブツ

三隈(鬱陶しいですわ)



昼 デパート 店内


三隈「わあ!!! これがデパートなのですね!」

提督「凄いだろう」

三隈「華やかで素晴らしいですわ!」キラキラ

提督(深海棲艦が居なけりゃ、物に溢れてもっと華やかなんだけどな)

三隈「提督!」

提督「はいはい。そう興奮しなさんな」

三隈「何階へ行くのですか!?」フンフン

提督「えーっと、四階だ」


店員「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか」

提督「バレンタイン用のチョコを」

店員「贈り物でございますか?」

提督「ああ。大事な人への、ちなみに付け加えると異性だ」

店員「でしたらこちらの棚のもの等おすすめですね」

提督「三隈」

三隈「はい?」

提督「こっち来い」


店員「こちらはドゥーチェのパティシエがデザインしたものです」

提督「あの横浜の名店の」

店員「はい。それから、全体が飴細工のように繊細なこちらのデザインは_____ 」


店員の紹介するチョコレートを一つ一つ見ていく。

だが……。


提督「これなんかどうだ」

三隈「と、とてもいいと思いますわ」

提督「妙に上の空じゃないか」

三隈「……いえ」


中腰になってショーケースに入った小さなチョコを見ると……。


提督「お、日向なんかこのチョコ喜びそうだな。形が水上機に似ている気がする」

店員「す、水上機ですか?」

三隈「……」


提督と顔が近いのだ。

呼吸音が分かる程近い。


三隈「……」ドキドキ


いやいやいや、こんな下品な人のどこが良いのか。考え直せ自分。

……

助手席に居た時から感じていたが、こう近いと提督のつけている香水がより強くなって……。

き、嫌いな匂いじゃないですけれど?

だからといって好きになるわけでも……


提督「三隈」

三隈「は、はい!」

提督「さっきから質問を無視し続けているぞ」

三隈「聞こえていませんでしたの……」

提督「慣れない場所に来て疲れたか」

三隈「いえ、すいません。お役に立てず」

提督「……気分転換に何か食べるか」



提督「これがハマパフェ。ここの名物だ」

三隈「あれ、提督。三隈の分は……?」

提督「一つ食べるのは中年にしんどいからな。分けて食べよう」

三隈「え」


提督「ほら三隈、口を開けろ」

三隈「……」パクッ

提督「どうだ」

三隈「……美味しいですわ」

提督「わっはっはっは」


三隈(分けるにしても一つのスプーンで食べる必要はどこにあるのでしょうか)


提督「美味い!」


三隈(交互に食べると提督の唾液のついたスプーンが私の口の中へ)

三隈(いや、私は何を考えて……)


三隈「……」グルグル


提督「このアイスの部分、中々行けるな」パクパク



提督「三隈」

三隈「……」

提督「お前、コーヒー好きか」

三隈「は!? はい!!!」

提督「じゃあ飲もう。店員さん、エスプレッソ二つ」

店員「かしこまりました」

店員「お待たせしました」


三隈「にがっ……」

提督「カフェインがグッとくる」

提督「三隈、お前映画見たことあるか」

三隈「ありませんが……」

提督「じゃあ見ようか」


提督がチョイスした映画は「地獄の黙示録」

内容はベトナム戦争の最中に深海棲艦が出現し、帰国できなくなった米兵が現地で生きる決断をする日本映画である。

これでも一応女の子のつもりなのだが……酷いチョイスだ。


提督「いやー良かったな特にエリアスが射撃された時のあのポーズ」

三隈「提督、それはプラトーンです」

提督「あ、失敬」




三隈「……」ハァ

吹き抜けの広場のベンチに座り大きなため息をつく。

連れまわされ玩具にされ散々な一日だ。

提督の一生懸命な姿は好きだが、今日はまるで良い所を見ていない。

これではうんざりしても仕方ないのではないか。


提督「三隈」

三隈「……お次はなんですか」

提督「そうだな。お前の服を買おうかなと」

三隈「三隈の、服?」




提督「こっちのニットワンピースなんか似合うんじゃないか。よし試着だ」

三隈「えっ、あ、はい」

提督「普段の制服は臙脂色だが、もっと淡い色なんかも良いだろうからな」

提督「ん、このダッフルコート、シルエットが良いな。試着だ」

三隈「……」


普段着には制服がある。私服なんて着る機会は無いじゃないか。

……それこそ戦争が終わりでもしない限り。


提督「自分の服を持つ意味はある」

三隈「?」

提督「服を選ぶということは、自分をどう見せるか選ぶということだ」

提督「日常の何気ない所作、部屋のレイアウト、まぁ何でも突き詰めれば自分の生き方に繋がるんだが」

提督「服も同じだ」

提督「三隈」

三隈「は……はい」

提督「自分を認識した今のお前に俺は問おう。どう生きたい?」

三隈「どう、生きたい……?」


提督「あはは。いや、すまん。今日は説教しに来たわけじゃないのにな」

提督「む、こっちのマフラー……。2月はまだ寒い、必要となるかもしれん。色が合うか試着だ」

三隈「私たちは寒さを感じますが、我慢は出来ますわ」

提督「アホ」

三隈「アホと言われましても」

提督「俺はお前たちに我慢の仕方を教えた覚えは無い。勝手に遠慮するな」

三隈「……また難解なことをおっしゃいますのね」

提督「難解かぁ? ……まぁ、まずは服を選ぶ楽しみを覚えることから始めようか」

提督「適当に見繕って着てみていいぞ。俺も手伝うから」

提督「自分で自分の生き方を選んでみろ」

三隈「本当に、貴方は何様のつもりなのですか?」

提督「わはは。そうそう、その調子だ。ちなみに俺はこれでもお前らの先生代わりのつもりでいるが」

三隈「……」

服売り場を見渡す。選択肢が多すぎて困ってしまう。

三隈「……」

提督「折角遊びに来ているのに全然楽しそうじゃないな」

三隈「提督が三隈を困らせるからです」

提督「俺が初めてお前に質問した時も、今と同じ顔をしていた」

提督「だが、答えが見えた時には晴れ晴れとした顔をした」


提督「今回もきっとお前の役に立つと俺は信じている。じゃなきゃ困らせようなどと思いもしない」

三隈「なら……この服が着てみたいです」

提督「お、これか。いいぞ。試着してみろ」



三隈「覗かないで下さいまし」

提督「そうか。興味はあるが我慢しよう」

三隈「……」シャッ

カーテンを閉め遮断された空間を作り出す。

ファスナーを開き、今着ているものを脱いでいく。


三隈「……」


試着室の姿見に自分の下着姿が映っている。

質問をすれば、多くが『女学生』としか答えそうにない少女の姿……と自分で表現するのはおかしいだろうか。

左手で身体のラインをなぞると、鏡の中の自分も右手で同じ仕草をした。


やはりこれは私であるらしい。


三隈「……」


こんな者が日本近海で日夜、深海棲艦との殴り合いに近い激闘を繰り広げこの街を守っていると誰が考えるのだろうか。


三隈「……ふふっ」


乾いた笑いだった。

軍艦とはいえ少女の姿をしたものに守られる人間への皮肉。

あるいは戦うために生まれ、戦わなければ自分自身の存在理由を失ってしまう自分に対する自虐。

それともこんな細い身体が戦っているという現実感の無さ、アンバランスさから来た笑い?


私は私を認識した。自分で感じることを覚えた。

目を開かされるような経験ではあったが、その経験のせいで日常の無意味さと不自然さを感じることも多くなった。


日向さんは

日向さんはそのことを理解して、現状に適応して戦っている。

私はどうだ。

私はどうなのだ。

第四管区の仲間と理解し合い、笑い合うことが私の最後の行き先なのか。


違う。

いや、違う、ような気がする。

私は確かにそれを望んでいるが、心の奥底に居る私はどうなのだ。

……それが分からない。

鏡の中自分がまた笑ったような気がした。


提督「着替えたか?」シャッ

三隈「……」

提督「そこにランジェリーショップがあってな。どうせ色気のない下着しか持っていないだろうから買ってやろうと思ってサイズを聞きに来た」

提督「いや……意外と可愛らしい下着を着ているな。それはどこで買ったんだ」

三隈「……提督」

提督「ん?」

三隈「試着室は許可無く開けてはならない、と誰かに習わらなかったのですか」

提督「え? だって急用だし」

三隈「大体ですね、下着まで買ってくれなどと三隈がいつ言いましたか?」

提督「ほら、目線でこう……買ってくれと」

三隈「それは妄想というものです!!!」

提督「あ、分かった?」タハハ

三隈「……」ワナワナ

提督「それで、スリーサイズ教えてくれ」

三隈「……」プルプル

提督「教えてくれないなら俺が測るまでだが」サワ


私の肌に、提督の冷たい手が直接触れる。


三隈「あっぅ!!!」

提督「んー、意外と着痩せするタイプか。肉付きが良いな」サワサワ

提督「胸は小さいが瑞鶴が本気で泣くぐらいにいい感じで」モミモミ

提督「腰回りも俺好みだぞ」ペチペチ

三隈「……提督」

提督「お、スリーサイズ、思い出したか?」モミモミ

三隈「出て行きなさい!!!!」バチコォォォォォォォン

提督「モガミンッッッ!!!!」


三隈「……着ましたわ」シャッ

提督「……はひ」ボロッ

三隈「どう、でしょうか」


自分で見繕った服を着てみた。いざ見せると少し緊張してしまう。


提督「うん」

三隈「……」ゴクッ

提督「ダサいな。これはやめとけ」

三隈「クマっ!?」


自信があったわけではないが、否定されると意外とショックなものだ。


提督「その柄が駄目だ。歳相応に見えん。次はさっき俺が選んだワンピースを着てみろ」

三隈「……」シャッ

試着室のカーテンを閉め、もう一度自分の姿を鏡に映す。


三隈「……そんなに駄目なのでしょうか」

提督「駄目ということは無いがな。もっと似合うものがあるという話だ」シャッ

三隈「……提督」

提督「どうした」

三隈「入ってこないでくださいまし!!!」ボッキィィィィィン

提督「エシディシ!!!!!」

~~~~~~

三隈「着てみました……」シャッ

提督「……」

三隈「どう、でしょうか」


どうも何も提督が選んだ服であるのだから、私がかしこまる必要は無いのだが。

提督は出来た私を一瞬見ると、俯いた。

……また駄目なのだろうか。


提督「……三隈」

三隈「はい?」

提督「その、なんて言うか、あー……。か、可愛いぞ」

三隈「えっ」


俯いて、最後の方は小声で。でも確かに提督は可愛いと言った。

可愛いという言葉は……そう、つまり可愛いということだ。

言葉を理解すると、のぼせ上がったかのように顔が熱くなってきた。

油断した。隙に付け込まれた。


提督「ほ、他のも試してみたらどうだ」

三隈「は、はいっ!!! そうしますわ」シャッ


カーテンを閉め、自分一人の空間に再び閉じこもる。


鏡に映った自分の姿を確認する。

臙脂色の制服よりも、明るい印象を受ける白のニットワンピース。

確かにさっき私が選んだ服より可愛い……気がする。

駄目だ。完全に提督のペースに乗せられているぞ。


いつも冗談ばかり言うくせにこんな時だけ恥ずかしそうにするなんて卑怯だ。

年上なら年上らしくリードしてくれないと、


三隈「……三隈が困りますわ」


呟いても、提督は試着室に入ってはこなかった。


三隈「次はこんな感じです……」シャッ

提督「ほうほう。それで、三隈から見たらどうだ」

三隈「……良いと思いますわ」

提督「何を他人ごとのように言っている。これはお前の服選びなんだぞ」


カーテンを開けるとそこにはいつもの提督が居た。

安心したような、がっかりしたような。


提督「制服以外に普段着は持っていないのか」

三隈「はい。制服の他は……下着の替えくらいです」

提督「なら下着を買いに行こうか」

三隈「だから下着は持っていましてよ!?」

提督「エロいのだよエロいの。パンツの被面積を極限まで0に近づけたやつ。持ってるか?」

三隈「お教えする必要はございません」

提督「じゃあ買おう」

三隈「買う必要もございません!」

提督「どっちかって言うと俺が見たい」

三隈「その為に買うのですか?」

提督「良いだろ。俺と三隈の秘密の約束みたいな?」

三隈「紐パンが秘密の約束って……」ドンビキ

提督「大人はエロいんだよ」ケラケラ



こんな調子で他の服を試着して行きましたの。

でも私が試着をしている最中に提督が居なくなることがありました。

お花を積みにでも行かれていたのでしょうか?


ともあれ試着を重ねる内に、私も服の選び方が段々分かってきて……。

また服選びに私も熱中してしまって。

最初は膨大で見て回れないと思ったのですけれど、結局全部見て回ってしまいました。



提督「もう五時か」

三隈「えっ、もうですか」

提督「とりあえず支払いをして店を出よう。買う服をまとめてくれ」

三隈「はい」


試着室には服が山のように積まれていた。

急いで購入するものを選り分けを行った。


試着室を出ようとした時、姿見に映った自分と目が合った。

鏡の中自分は、どこか満足気に口端を釣り上げてこう呟いた。


三隈「……服を買うのはまぁ、少しは楽しかったですわ」


提督「手間取ってるか?」

三隈「いえ! 今行きます!」

提督「分かった。えーっとエロい下着は持ったか?」

三隈「だからそれは必要ございません」ニッコリ




提督は支払いのため、自分の財布を取り出しす。

三隈「支払いは三隈に任せて、提督は先に車で待っていて下さいまし」パシッ

提督「おい、財布を取るなよ」

三隈「女性にあまり恥ばかりかかせるものではありません」

提督「……その理屈はよく分からんが、支払いをしてくれるのか?」

三隈「はい」

提督「じゃあ先に車に行っておく。Eの8だ。忘れるなよ」

提督「あ、エロい下着買うなら金を余分に使ってもいいからな」

三隈「少しは黙れないのですか!?」




夕方 デパート駐車場 車内


三隈「お待たせしました」

提督「大丈夫だ。他に何か買い残しは無いか」

三隈「ございません」

提督「ならよし」

三隈「このまま横須賀へ戻られるのですか?」

提督「いや。横浜港へ寄ろうと思う」

三隈「横浜港……?」

提督「俺の数ある息抜きスポットの中の一つだ。多分楽しいぞ」


夕方 横浜港


大型貨物船が数多く停泊し、積み荷をクレーンで降ろしている。

港の風物詩とも言える汽笛の音が時折聞こえてくる。


三隈「港はどこも変わらないのですね」


彼女は目を瞑り、陸に上がりたての潮風を全身で受ける。

ツインテールが風でなびく。


提督(この子も、やっぱり港が似合うなー)


場の空気に馴染んでいるというか、不自然さが無いというか。

三隈も他の艦娘と同じように港に合うのだ。


提督「第一管区の司令部からは頑張ればこの港が見えるんだけどな」

提督「俺たちの司令部は半島の裏側だから逆立ちしても無理だ」

三隈「いつも見ていると麻痺するものですわ。時折見るくらいが丁度いいんです」

三隈「息抜きも同じではなくて?」

提督「ま、確かに」


……なんだか無性に煙草が吸いたくなったが我慢することにした。

三隈の前で吸いたくない気がしたから。これもなんとなくだ。


三隈「私たちはこの人の営みを守っているのですね」

提督「感慨深いか? 守っても感謝なんてされないけどな」

三隈「感謝までは求めませんわ。私は私の仕事をするだけです」

三隈「それで、私が仕事をした結果がこうして私の目の前にある。それだけで十分です」

提督「良かったぞ。人を守る艦娘としての正義とか喜びとか言い出したらどうしようかと」ケラケラ

三隈「ご心配せずとも、貴方の部下は順調に道を踏み外していますから」

提督「生きる理由は見つかったか」

三隈「先ほど生き方のレクチャーをして頂いたわけで、少し早急すぎませんか」

提督「人は催促しないと納期通りに仕事をしないというのが俺の持論だからな」

三隈「まだ……よく分かりませんわ」

提督「この世には楽しいことが幾らでもある。たとえ同じくらい悲しいことがあったとしても、だ」

提督「早くお前の本当に欲しいものが見つかるといいな」ニッ


まったく、この人は本当に。なんて純粋な笑顔を見せるんだ。


三隈「……ありがとうございます。提督は変わりませんね」

提督「お前とはまだ変わるほど一緒に過ごしていないだろうが。この早とちりさんめ」

三隈「クマリンコ」


提督「……でー、これがだな」ゴソゴソ

三隈「?」

提督「ハッピーバレンタイン、と言っていいのかな」


ポケットから出てきたのは、リボン包装された小さな箱だった。


三隈「い、いつの間に?」

提督「お前が服に夢中になっていた隙に少し席を外した」

提督「気づいたか?」

三隈「てっきりお手洗いかと……」

提督「あはは! まぁ好都合だ。驚いた顔が見れてよかった」


……どうしよう。本当に嬉しい。


提督「大体な、他の艦娘の分を買いに来ているのだから。お前の分だけ無いわけないだろ」

三隈「一本取られましたわ」

三隈「ではこういうのはどうでしょう?」ゴソゴソ


こちらも負けじとスカートのポケットを探る。


提督「……あっ」

三隈「ふふ、三隈からのお返しです」


リボンに包まれた小さな箱


提督「さっき財布を持って行った時に……」

三隈「はしたないとは思いますが、艦娘には現金支給がされませんので」

提督「……ありがとう」

三隈「しっかりと味わって食べて下さいまし」


提督は、先ほど探った自分のポケットに私のチョコを収納した。変に気まずい沈黙が流れる。


提督「なぁ三隈」

三隈「なんですの?」

提督「港からだと中華街が近い。美味い飯屋があるのだが寄って行かないか」

三隈「司令部に帰るのが遅くなってしまいますわね」

提督「俺たち二人きりの秘密だ」

三隈「ふふふ。それは紐パンよりも少しマシかも、ですわ」

提督「くくく……」

三隈「ご一緒します」

提督「車は港に置いていこう。駐禁は……まぁ軍の車だから大丈夫だろう」

三隈「では」

提督「ああ、行こう」

三隈「……」スタスタ

提督「……」スタスタ


道中、提督が先を歩き、私がそれについていく。



提督「三隈」

三隈「はい?」

提督「……手、繋ぐぞ」


そう言うと、彼は私の同意も得ず強引に手を繋ぎ合わせた。


三隈「あ、てっ、提督……」

提督「……」

三隈「……」


三隈「……提督」

提督「どうした」

三隈「本当は三隈が提督にチョコを買いに行ったこと、ご存知だったんじゃないですか?」

提督「知らなかったぞ」

三隈「見くびらないで下さい。それくらい、三隈にも察しがつきます」

提督「……」


三隈「……今日提督は、三隈に色々なことをして下さいました」

提督「……」

三隈「チョコを選んだり、パフェを食べたり、コーヒーを飲んだり」

三隈「映画を見たり、服を選んだり……綺麗な場所へ行ったり」

提督「……」

三隈「緊張したり、疲れたりしましたけれど……とても楽しかったです」

三隈「ですがもし提督が、提督のこういう行為が、未熟な三隈が何かを選びとるための経験としてのものなら」

三隈「ううん。そんな言葉を使わずとも、提督が三隈のために無理をしてこういう行為をしているのであれば……」

三隈「無理をなさらないで下さい。三隈はもう、十分なほど提督から頂いております」

提督「何故お前ら艦娘は俺に気を使う」

三隈「提督が私たちに気を使っているからですよ。使い過ぎなくらいに」

三隈「偽装がまだまだ甘いのですわ。チョコの件、驚いた顔と呼ぶには少し足りませんでした」

提督「……なぁ三隈」

三隈「はい?」

提督「俺は今、お前の手を握って緊張している」

三隈「……ご無理をなさらずに」

提督「と同時に興奮している」


三隈「……は?」


提督「いい匂いのする綺麗な女の子の手を握れるんだ。当たり前だろう」

提督「確かに俺はお前らに気を使うことはある。使っていないよう見せている時もある」

提督「だが、それと同じくらい、いや気を使う以上に自分の気持ちを大切にしている」

提督「今のお前にはもっと色んな経験が必要だ。手を繋ぐことだってその一つになると思う」

提督「だが、何故こうするかと言うと、俺がお前とそうしたかったからだ」

提督「無理はしていない」

提督「……緊張はしているが」

三隈「……」


掌越しに、脈打つ鼓動がこちらに伝わってくる。

緊張のせいか、提督の手が温かい。

だが横顔を見てみると、平静そのものである。


三隈「お顔は平気そうに見えますが」

提督「怖くとも辛くとも平然とすべし、沈着であるべし。何故なら俺は男で、お前らは女だからだ」

提督「女に夢見せてやるのが男の仕事だろ」

三隈「……ぷっ」

提督「お? 何故笑う」

三隈「それを女性に言ってしまっては色々と問題なのでは?」

提督「むっ」

三隈「詰めが甘いですわよ。兵学校で何を学ばれましたの」

提督「あー、いや、ほら、戦術と戦略は違うというか、男女のアレそれについて自分は門外漢で」

三隈「……」クスクス

提督「……笑うなよ」

三隈「はーい」


今日一日過ごして、この人のことが前より分かった気がした。

小心者のくせに大胆で、いたずら好きなのに相手を喜ばせたがる。

そして時には、自分のしたいように愚直に生きる。いつも隙だらけな私の提督。


三隈「提督」

提督「ん?」

三隈「三隈の手を握れたこと、光栄に思うことですわ。誰にも許すわけではありませんから」

提督「恐悦至極」

三隈「ふふっ」


日向さんがこの人に魅力を感じた理由が分かる気がする。

翔鶴さんがこの人の隣に居ようとする意味も。

なら、私は?


三隈「何のために生きるか、まだ私にはよく分かりません」

提督「……そうか」

三隈「でも、試着した時、提督に『可愛い』と言われて……とても嬉しかったです」

三隈「胸が熱くなりました」

三隈「今、こうして提督と手を繋いでいると、とても安心します」

三隈「戦うためだけではなく、生きていれば……もっとこんな体験が出来るなら」

三隈「三隈にはそれだけで十分目的になりますわ」

提督「……」

三隈「……こんなことで泣かないで下さいまし」

提督「気のせいだ」ゴシゴシ

三隈「なら、そういうことにして差し上げます」


提督「三隈」

三隈「はい」

提督「生きていくのは楽しいぞ。お前はきっと、今日よりもっと素晴らしい経験を沢山出来る」

提督「だから生き続けてくれ。どんなに苦しくても、自分と仲間を信じ助け合って」

提督「きっとその先に……ってこれはもう良いんだ。お前が目的を見つけてくれたならな」

三隈「……」

提督「また説教を始めるとこだった。悪い。早く晩飯にしよう」


喋っている内に中華街の目的地に到着してた。提督は私と繋いでいる手を放し店のドアを開ける。


三隈「あ、提督。店に入る前に身だしなみを整えましょう」

提督「何かついているか?」

三隈「はい。こちらを向いて下さい」


今日の提督の人柄についての気づきを踏まえ、今改めて考えてみると私は提督がそんなに好きじゃない。

結局のところ自分勝手で下品だし、気を使うかと思えば実は遠慮が無いし、男のくせに泣き虫な人はむしろ嫌いだ。


だけど将来の私に一つお願いをしたい。この瞬間だけ私の我儘を許して欲しい。

目を瞑って、爪先立ちして、今の自分のありったけをこの人に委ねてしまうことを。


提督「……」

三隈「……これが提督の、本当に驚いた時の顔です」

三隈「このお顔が見られて三隈は嬉しいです」

提督「いや、だってお前」

三隈「三隈はこの先提督と、日向さんたちと同じような関係になるつもりはございません」

提督「ならなんで」

三隈「……エスコートしてくれた提督に、三隈からの少しだけご褒美を差し上げました」

提督「……」

三隈「まぁ、エスコート自体は駄目駄目でしたけれど、将来への期待も込めて……ですわ」

三隈「今後は三隈のファーストキスの相手として相応しい男になって下さいね」

三隈「さ、三隈は酸辣湯が早く食べたいので。中へ参りましょう」グイグイ

提督「あわわわわわ」


三隈「あ、提督」

提督「はい」

三隈「これも三隈との二人だけの秘密ですよ」

提督「……うむ。下着なんかよりずっといいかもな」

提督「お前に見合う男になるよう、頑張るよ」

三隈「クマリンコ♪」


リボンの箱に詰まった想い。

食べられずとも幸せに満ちた、明日には溶けてしまう脆い恋。

ハッピーバレンタイン、提督。

私は心の底から、自分とみんなと、貴方の幸せな未来を守るために戦い続けますわ。









第二次世界大戦後に現出した東西冷戦、妖精と深海棲艦、核戦争、そして人類は次なるステージへと歩を進める。


艦娘と深海棲艦


化け物同士の、互いの存在を賭けた誇りなき絶滅戦争は何もかもを変えていく。


1982年


そんな深海棲艦との戦争は奇妙な停滞を迎えることとなる。

第三勢力として自立した艦娘と妖精により双方の停戦が実現したのだ。




大洋の泡沫と消えた命の価値は幾ばくか。

愛し者との紐帯は他の何にも代えがたい。




失ったものを取り戻したいと願うのは非情な世界への祈りとも言える。

そして私もそう祈る一人である。


私の魂は娘たちを喪失した傷心に耐え切れず張り裂け引きちぎられつつある。

だが取り戻そうとすることは世界の理をねじ曲げ、けして許されることはない。

……だから何だと言うのだ。





もう祈りだけでは足りぬのだ。


??月??日 +2年158日

昼 高森家 居間


休日の早朝から翔鶴・瑞鶴は買い物に出掛け、家では夫婦団欒のゆったりとした土曜の午前も半ばを過ぎようとする頃だった。

男は猫を膝に座らせ、ソファで一緒にテレビを見ている。

画面では骨董品の鑑定番組が放映されていた。

日向は男の隣に座り、本を読んでいた。


男「にゃーん」

長月「にゃーん♪」

男「長月は可愛いなぁ」

長月「まぁそうだろうな~私は可愛いんだぞ~」

晴向「……Zzz」

日向「この前、その番組で戦艦長門の軍旗が1000万円と鑑定されたよな」

長月「覚えてるぞ! いや~あれは良かったな~」ピョコピョコ

男「……」


男(上で動かれるとアレが擦れ気持ちいい)


日向「今は広島らしいが、里帰り出来て本当に良かった」

長月「他の艦艇の軍旗も回収できないものかな~」ピョコピョコ

日向「戦後の混乱の中では保存も難しかったのだろう。敵国の手に渡るくらいならいっそ燃やす、なんて選択肢も珍しくは無さそうだ」

長月「ううむ……敗戦はどこまでも尾を引くものか」ピョコピョコ

男「……」

日向「何にせよ戦争はもうこりごりだよ。次起こってもそれは悲惨なだけの何かだ」

日向「長門の軍旗を見て敵国憎し次は勝つ、なんて覚悟をするのは建設的じゃないと思わないか」

長月「それでも悔しい」ピョコピョコ

日向「そうだな。簡単に割りきれというのも難しい」

男「……」

長月「また曖昧なこと言ってるぞ」ピョコピョコ

日向「私は神様じゃないからな」

長月「憎し米英、されど耐えよ今は雌伏の時」ピョコピョコ

日向「歴史の教訓を生かす気がまるで無いか」

長月「だって猫だし」ピョコピョコ

日向「確かに」


男「うっ」ドピュ


日向「あー、マーくん」

男「はい」

日向「うちの墓はどうする。土地も借りないと駄目だろう」

男「まだ死ぬ心配をするのは早くないか。なー長月」

長月「な~」

日向「いずれ考えなければならない問題だろ。実際さ」

男「絶縁してるから一族の墓も使えない……やっぱ新しく借りるしかないのか」

日向「そうなるな」

長月「あ、多磨霊園とかどうだ。広いぞ」

日向「猫の霊園か?」

長月「猫じゃなくて地名だ!」

日向「ふふ、それくらい分かるって」

男「日向、長月は素直なんだからからかうな」

日向「分かってるよ旦那さま」

長月「いちゃつく前に私の意見も吟味してくれ」


男「なー日向よ~」

日向「どうした」

男「死を考えたことはあるか」

日向「自殺しようなどとは考えたことは無いが」

男「自殺じゃなくて、死そのものについて」

日向「ああ、そっちか。勿論あるよ。ありがちなテーマじゃないか」

男「どんな感じになったか聞いていいか」

日向「ふふふ。聞いていいか、って。そんなにデリケートな話題なのか。これ」

男「人によってはな。宗教にも繋がるし」

日向「私が無宗教なのは知ってるだろ。クリスマスもハロウィンも正月もやる。節操無しさ」


日向「そうだな。……あれは忘れもしない小学二年生の冬の夜だった。夜寝る前にふと天井の暗闇を見つめていると」

日向「死んだらどうなるんだろう、って発想に至ってね。その晩は怖くて寝られなかったよ」

長月「無愛想な顔しながら悩んでる日向が目に浮かぶ」

男「あははは!」

日向「……私ってそこまで無愛想か?」

日向「ま結局、答えは今に至っても出てないな」

日向「天国も地獄もあるような無いような気がするし、来世も確信が無いけど妙に信じてしまう」

男「そんなもんじゃないか」

日向「なら私は、死について極めて普通の価値観を持っているということか」

男「うむ。極めて常識的とも言える」

長月「あくまで日本人の、だからな? ここは一つ外人の意見も聞きたいところだ」

日向「長月には聞く価値も無いから良いとして、君はどうだ」

長月「ムッキャー!」

男「そうだな。俺から聞いたもんな。ふうむ」


男「俺の話ではないが、友人の話をしようか」

男「神も仏も、お前と違って来世について漠然とすら信じていない根っからの無神論者だったもんで、死を相当にこじらせた」

男「彼にとって人格は脳に作り出された人体の一部に過ぎず、魂なんてものはオカルトに属する神話的な存在だ」

男「彼は死ぬのが怖かった。彼の頭の中にあったの死への答えはたった一つ」

男「無だ。死んだら何もかもが無になると考え、苦しんだ。消えることが恐ろしかったそうだ」

男「自分のしてきたこと、残したもの、そんなのは関係ない。自分という観測者が死んだら全部無に帰って終わり。だから死が怖かった」

日向「ふぅん……」

男「この話を友人にされたのは大学時代だったな~。俺も彼の考え方を変えてやろうと思って必死に色々喋ったよ」

男「今の科学が全てを解明出来ているわけではない、とか。無になっても他の奴らはお前のことを覚えている、とか」

日向「なんで君が必死になるんだよ」

男「なんでかな。そいつの意見を認めてしまうと自分まで死んだ後無になりそうだったから」

日向「それぞれの死についての価値観って、やつでいいじゃないか」

男「そうするのは簡単だが……出来ることならこっち側に引きずり込みたいだろうが」

男「それにさ、常に恐怖を抱えて生きるなんて可哀相じゃないか」

日向「君は人に自分の価値観を押し付け過ぎなんだよ。少し控えるべきだ。そんなところも嫌いじゃないがな」

男「どうも」

日向「ところで君は私のこと愛してるか?」

男「お前を初めて見た時から途切れることなく愛してる」

日向「よしよし」

長月「話飛ばし過ぎだし、多磨霊園はどうなったんだよ!」


長月(たまに雅晴から違う女の匂いするけどな。これは黙っとくか)

長月(日向を本当に愛してはいるが、下半身には勝てないということなのか)

長月(ま、私にとってはどうでもいいことだしな~)


日向「その様子から見て、相手の価値観を変えることは出来なかったのかな」

男「ああ。頑固なやつでな。それとも俺の言葉に力が無かったのか」

日向「あるいは両方。でも多分後者だろうな」

男「うるさい。彼はやっぱり、科学で解明された以外のことを信じる気は無かったし、自分が死んだら全ては無に帰るんだから、後の人のことなんてどうでもいい……ってさ」

日向「それは自己中心的だな。何よりも自分の命が一番大切な輩か」

男「まぁそのタイプだな」

日向「あまり近づきたくないタイプだ。なんと言うかな……見苦しい」

男「言ってやるな。皆、大なり小なり似たようなことを考えているんじゃないのか。口に出さないだけで」

日向「君もなのか」

男「俺? 俺は何よりも家族優先だ」

長月「私は?」

男「お前も俺の家族だ」

長月「うへへ……雅晴好き~」ギュッ

日向「君はその男とは違うじゃないか」

男「自分の大事なものとそれ以外に線引して区別するんだ。一緒さ」

日向「それはまぁ……そうだが」


日向(なにか引っかかるというかな)


男「それでな、一つ面白いことがあるんだ」

長月「まーさーはーるー」スリスリ

日向「なんだ?」

男「その輩は史学科なんだ」

日向「ふふっ……いや、すまない。本当に笑ってしまった」

男「俺もさすがに疑問に思い質問したよ」

日向「ほう、君にしてはいいじゃないか」

男「夜に泣かせるからな」

日向「晴向が寝てからな」

長月「私の居る前で五人目作る相談しないでくれませんかね」

男「何故史学科に居るのか、どういう理屈で歴史が好きなのかの話を聞いてみれば、意外と納得できる理由だったよ」

長月「無視ですかそうですか」

日向「ほう」

男「自分が死が怖いから、他人の死に興味がある」

日向「……私はそいつのことが余計嫌いになった」

男「ははは。まぁ大学時代の立場で作った友人だ。もう会うこともあるまい」

日向「だと良いがな。そういう奴に限って付き合い続けることになる」

男「それもまた縁だろ」

日向「油断してると食い物にされるぞ」

男「ん~? そうか?」

日向「そうさ。まだ若い妻子を残して逝くなんてことはしないでくれよ。多摩霊園に墓も作ってないんだから」

長月「あ、一応覚えてるんだ」

日向「そういえば君も歴史が好きだったじゃないか」

男「そうだな」

日向「その手の語りによくありがちだが、友人のことを語っていると見せて実は自分の話だった……とか?」

男「よくあるなそれ。特に知恵袋とか。友人は何となく遠すぎず近すぎず、良い距離感で物事を語れるんだろうな」

男「残念ながら外れだ。これは自分ではなく純粋に分かり合えなかった他人の話だ」

日向「良かったよ。まだ君を嫌いにならずに済みそうだ」

男「俺は生まれ変わりも天国も地獄もなんとなく信じしてしまうタチさ」

日向「つまり私と変わらないわけだ」

男「そうだな」

日向「死後の世界を信じられない奴はどうやって正気を保っているか興味がある」

男「さっきの輩の回答で良いなら……正気を保てないから忘れるそうだ。まだ若いから大丈夫だろうと自分に言い聞かせながら」

日向「不安定なものだな」

男「人間らしくていいと思うがね」


長月「……Zzz」

男「長月まで寝てしまったか」

日向「詰まらなかったのかな」

男「ちょっと申し訳ない」

日向「もう一つ聞きたいことがある」

男「なんだ?」


日向「君は生まれ変わりも天国も地獄も信じているのだろう」

男「多分な」

日向「死ぬのは怖い?」

男「勿論怖い。大切な奴らと離ればなれになるのは辛いことだ」

日向「なら、その……ほら」



日向「生き返りたいと思うか」



男「あー……生き返りか」

日向「死んだ時の、そのまま記憶とかも引き継げるとしたら」

男「生き返ったやつをこの目で見たことも無いし、話にも聞いたことが無いからな~」

日向「君は、生き返りたいと思うか?」

男「お前はどうだ」

日向「質問に質問で返し過ぎだよ」

男「少しでも長くしたいからな」

日向「……なら別にいいけど。私は、うん。あー、あれだ。分からない。好きな人とずっと一緒に居たい気もするし」

日向「死を受け止めなければ駄目な気もするんだ。それこそ人類のほぼ全員が死に従ったように」

男「宗教的真実を俺は信じないから、人類全員が死に従っていると言っても過言ではない」

日向「まぁ、そうなるかな」

男「要するに明確に答えを出せないってことだよな」

日向「要し過ぎだ。身も蓋も無くなるぞ」

男「お互い、身も蓋も無い関係なんだから良いだろう」

日向「じゃあ私たちって何なんだ」

男「……具そのもの?」

日向「あははは。具か、具……ねぇ?」

男「身も蓋もないの『身』って容器で良いんだよな」

日向「知らないよ。で、さ」

男「おう」

日向「そろそろ君の答えを聞かせてくれてもいいんじゃないか」

男「聞きたいか」

日向「うん」

男「ほんとに聞きたいか」

日向「勿論」

男「そうかそうか。なら仕方ないな」

日向「もったいぶらず早くしてくれないか。ベッドの上みたいに」

男「ぐ、グギギギ」

日向「ふっふっふ」

男「実は答えは決まってる」

日向「おや、そうなのか」

男「だからもし、まぁ……もしだぞ。生き返る機会があるのならだ」

男「例えば生き返るボタンとかがあって一千万円でそれを」「さっさと言ってくれ」


男「はい」

日向「その内に、生き返るボタンも作られるかもしれないからな」

男「期待しよう」

日向「その時の参考に、ほら、早く言えよ」


男「分かったよ。俺はもし、もし生き返るチャンスを与えられるのなら」




男「一度と言わず何度だって生き返りたい。大切な友達や……お前といつまでも一緒に居るために」





2月7日

朝 海洋連合 日向の家


「起きて下さい日向さん!」ユッサユッサ

日向「うー……む? あー、磯波……まだ暗いじゃないか。どうしたんだ」

日向「折角いいとこだったのに……」

磯波「緊急招集です! 司令部まで急いで下さい!」

日向「敵襲か?」ムクリ

磯波「いえ、そうじゃなくて……姫様からの招集です」

日向「あのオテンバ娘が。それは大事だ」


日向「ありがとう。すぐ向うよ」




朝 海洋連合 ラバウル総司令部


日向「遅れた」

長月「いや、みんな丁度今揃ったところだ」

嶋田「集合まで時間が掛かるのは問題だな」

茶色妖精「拙者、眠いでござる」

飛行場姫「……」

日向「おい姫、大丈夫か」


様子が変と言ってしまえば簡単だが、いつも快活な奴が深刻そうな顔をすると場の空気に強い緊張感を与える。

それ故、総司令部の会議室は重苦しい空気に包まれていた。


飛行場姫「ハワイから連絡が入ったんだ」

長月「……」

飛行場姫「今後の戦争遂行計画について、太平洋の姫による話し合いの場を設けるって」

飛行場姫「トーちゃんは全権を譲り渡して、もう口出ししないつもりなんだって……」

飛行場姫「どうしよう! このままじゃまた戦いが!」

日向「落ち着け。よく分からないぞ」

長月「情報を整理したいな。茶色、お前は事態を把握しているか?」

茶色妖精「先ほど姫君に見せてもらい候。ある程度、でござるが」

長月「なら頼む」


茶色妖精「以前語った通り、深海棲艦側の総司令官は大妖精と名乗る一匹の妖精」

茶色妖精「戦争における諸事を一手に引き受け、人間と戦い続けて来た奴でござる」

長月「それは前も言っていたな」

茶色妖精「奴は今回の姫の集まりを『議会』と呼称し、自らが持っていた戦争に関する全ての権利をその場へ譲り渡したのでござる」

嶋田「……何のために」


茶色妖精「そこまでは我らにもさっぱり。今回のはまったくもって意味不明な行動でござる」

長月「姫、議会が戦争遂行を指揮するようになった場合はどうなりそうだ」

飛行場姫「今回呼ばれた姫は何人かいるんだけど……今一番偉いのは三位の姉さんなんだ」


嶋田「……君は」

飛行場姫「……第五位」

嶋田「議会での話し合いの結果、戦争したがり屋に押し切られる可能性が高いというわけか」

飛行場姫「……」コクン

長月「それでも連合に直接攻めこんでくる可能性は低いと思う。防備を固めた我々の手強さを敵は知っている」

茶色妖精「しかし我らとしては近隣を攻められるのが一番効きますな。諸物資を外に頼っているため、海路を塞がれるのは大打撃でござる」

日向「外ととの航路が切られた場合の継戦能力は」

長月「色々と努力はしたが、全力で一ヶ月持たんだろうな」

嶋田「なんとも脆い独立共同体だ」

長月「嫌味ですか」

嶋田「愚痴だよ代表殿。もうここは俺の家だ」

日向「今度はもう、逃げる場所なんてありませんからね」ポンポン

嶋田「分かっているよ。今度は精々、逃げ出す必要の無いように努力させて頂きます」

日向「冗談ですよ。貴方のお陰で人間をまとめることが出来ているんだ。むしろブインから逃げてくれて感謝してます」

嶋田「俺にはそれこそ皮肉に聞こえるがね」

日向「……」クス


日向「なぁ、その大妖精を突き動かしていたモノは一体何だったんだ」

茶色妖精「その大妖精とは拙者のことでござるか」

日向「お前じゃなくてほら、敵側の大妖精だよ」

嶋田「日向君、それは今関係あるのか?」

日向「いいじゃないですか。どうせろくに戦えない我々には、注視することくらいしか出来ないんですから」

日向「ひとまず、環太平洋国家に深海棲艦の動きを伝えておきましょう。何事もそれからです」

長月「そうだな。焦りすぎて忘れていた」

日向「しっかりして下さい。代表殿」


日向「それで妖精殿、話の続きを」

茶色妖精「うーむ。大妖精を動かしていたものでござるか」

日向「いくら妖精とはいえ、全体の指揮統括など相当な覚悟が無ければ出来ないでしょう」

茶色妖精「そうでござるな。……あ奴は昔から妖精という自らの存在に誇りを持っておった」

日向「存在、に?」

茶色妖精「人間にもかつてはあったのではなかろうか。全ての命を統括している錯覚というか」

日向「全能感みたいなのはあったでしょうね。妖精ともなればきっと、もっと」

茶色妖精「そうなのでござる。そんな全能感なるものは幻想に過ぎんというに……。恐らく奴は自らが世界秩序の守護者であると」

茶色妖精「ううむ。もっと悪い。いつしか自らが世界秩序そのものであると錯覚したのではなかろうか」

日向「世界秩序……少し驕りが過ぎませんか」


茶色妖精「過ぎなければ人類絶滅などという過激な発想が出て来はすまいよ」

日向「なるほど。ではそんな傲慢な妖精が、何故『議会』なるものを」

茶色妖精「こちらほどで無くとも、あちらはあちらで色々と変わり始めていると拙者は見ております」

茶色妖精「具体的にどう変わっているのか全く分からんのだが……」

日向「……」

飛行場姫「2月15日に開かれるから、それまでにハワイに行かなきゃなんだ」

日向「出発日は、そうだな。深海棲艦なら2月12日くらいか」

飛行場姫「なぁ日向、私はどうすればいいかな」

日向「自分の好きなようにすればいいさ」

飛行場姫「正直自信無いんだ……。私に姉さんは止められないし……」

日向「一人で止める必要は無い」

飛行場姫「?」


日向「お前には忠実で優秀な三人のブレインと歴戦の艦娘がついてるんだから」

長月「……」ウンウン

茶色妖精「歴戦の妖精も一緒でござる!」

嶋田「今ならおまけで臆病な副司令長官もついてくるぞ」ケラケラ

飛行場姫「……ありがとう」




2月8日

夜 海洋連合 とある島


海岸には焚き火の明かりと、その温かさの恩恵を受ける人間が居た。


重装兵「……はぁ」


男は大きなため息とともに籠を編む手を止め、休憩がてら空を見上げた。

そこにはオリオン座を始めとする冬の大三角形が綺麗に顕れていた。


重装兵「……こればっかりは、日本と変わらないな」


天国のようなこの島と、自分の生まれた育った村が同一の惑星に存在するとはとても信じられなかった。

頭で理解していても、実感として無いのだ。

俺が生まれたのは東北の寒村だった。

村での2月は、冬の終わりもまだまだ見えない。

自分を取り巻いていた……冷涼を通り越して、肌に突き刺さるような寒さ。

遠くの雲まで澄み渡るような大気。

吐出された自分の呼気は白く、だがすぐに元の透明へと戻っていく。


この村は日本の隠れ一神教徒たちが立ち上げた新興山村なのだと母が言っていた。

俺は今でもそれを信じている。疑いなど微塵もなかった。

何故なら村は文明の『ぶ』の字も届かないような山奥にあったから。

何かに追われたと考えなければ、こんな山奥に住み着いた意味が分からない。

ああ、それでも日本の近代化を目論む政府の威光はかろうじて村にも届き……。

小学校は作られたが、村に居着くなら行く意味も特になかった。

中学校はいくつも山を越えた先にあった。


外へ繋がる唯一の道は冬には大雪で塞がれ、特にすることも無いので住民は冬の間、みな家に閉じこもる。

小学校? あはは。だから意味ないんだって。冬は教師も家から出られないんだから。


だから冬は他の村人と関わることは少ないが、朝、家の周りの雪かきをする時に、遠くの方にぽつりぽつりと、自分と同じように雪かきをする人影を見る。

人影と言っても、実際は人か熊かも見分けがつかないほど小さいものだぞ。

まぁ家の雪かきをしているのだから多分人間だろ。熊じゃなくてさ。

そんで家から立ち上る竈の煙だ。

……そうだ。

ちょうどここみたいだな。それぞれの島から夕飯時に色々焼くから。煙が出るよな。あれと似てる。

おかしいかな。朝と夕方で、場所も違うのになんか懐かしいと思ってしまうのは。


飛行場姫「おかしくねーんじゃね? ていうかオマエの村どんだけ田舎なんだよ」

重装兵「中学校行くときは寄宿だったね。高校行く奴は殆ど居なかったな」

飛行場姫「どうして??」

重装兵「村は人結びつきが凄く強くてさ。みんな村に帰って農業するんだ」

重装兵「学なんて要らないんだ。四季の巡りに合わせて生きて行くだけだから」

飛行場姫「へぇ~! なんか良いな!」

重装兵「ははは。君みたいな甘ちゃんはすぐ音を上げるよ。厳しいんだからな?」

飛行場姫「わ、私だって行けるんじゃい!」

重装兵「あはは!」


重装兵「人口が少ないから戦争は痛手だったよ。うちの村からも四人出て、三人帰ってこなかったらしい」

飛行場姫「……」

重装兵「君が落ち込まなくて良いだろ。別に関係ないし」

飛行場姫「あ、そっか」ポン

重装兵「ふふっ」

重装兵「日本が無条件でなく条件付き降伏だから良かったとか、戦争でアジアの解放に成功したとか」

重装兵「軍に居た時に上官が色々語ってたけど、そんな俗世の色々とは関係無い場所だった」

重装兵「みんなウチの村みたいな生活してれば、戦争なんて無くなるのにな」

飛行場姫「村のこと、好きだったんだな」

重装兵「愛着はあるけどね」

重装兵「丘の上から村を見渡した時に、『ああ、なんか良いな』って……」


飛行場姫「私もハワイの夕焼けとか好きだぞ~」

重装兵「ハワイか……遠いな」

飛行場姫「ううん。近いもんだ。暖かいし、良いとこだ」

重装兵「ここよりも暖かいか?」

飛行場姫「そりゃもう。オリモノつきだ」

重装兵「……折り紙つきだろ」

飛行場姫「あ、そだっけ」

重装兵「俺にはここも、十分過ぎるくらい暖かいよ」

飛行場姫「今度ハワイ来いよ~」


重装兵「……ここに居ると、しもやけの感覚も忘れてしまいそうだな」

飛行場姫「しもやけ…………? ってなんだ??」


重装兵「……」


重装兵「あれ……?」


飛行場姫「どした?」

重装兵「……君、いつから居た」

飛行場姫「焼き魚うめぇな~」モグモグ


重装兵「……」スチャッ

重装兵「……」パンパンパン

飛行場姫「いで!! いででででで!!!!」


飛行場姫「な、なにすんじゃおんどりゃあああ!!」

重装兵「いつから居た」

飛行場姫「『……はぁ』から」

重装兵「最初からじゃないか……」

飛行場姫「私は海から普通に上がってきたんだけどな」

重装兵「いや、他に空や地中から来たら驚くけどさ」

飛行場姫「オマエの故郷、行ってみたくなったぞ」ニヤニヤ

重装兵「……今日は何の用だ」

飛行場姫「彼氏のところに来るのに理由はいらねー! ってヲ級が」

重装兵「誰だよ……誰なんだよそれ……」


飛行場姫「トーちゃんが言ってたんだけどさ」

重装兵「……」

飛行場姫「ナノマシンってこの星が原材料らしいんだ」

重装兵「だったらどうした」

飛行場姫「そんなツンツンすんなよ~。だからさ? ある意味私はオマエの故郷みたいな?」

重装兵「意味不明だ」

飛行場姫「……なぁ人間」


人間でないものは俺を人間と呼んだ。


重装兵「……なんだ」


さっきまでとは雰囲気が違っている。戦場で鍛えた直感が俺にそう囁く。

目の前の存在は、どのような方向にかは分からないが真剣で、俺に対して何か仕掛けようとしていると確信した。

拳銃のグリップを握る力が、緊張により自然と強まった。

なんだ。何を仕掛ける気だ。



飛行場姫「キスしてくれないか」



緋の瞳は真っ直ぐにこちらを捉えている。

だがその目に動物的な威圧の意味は無い。彼女がしたのはただの懇願だった。


飛行場姫「ちょっとこれから大事な大事な、大一番って奴だから。だからオマエに会いに来たんだ」


砂浜に垂れた白く長い髪。思いきり握れば折れてしまいそうな細い四肢。


飛行場姫「ほんとは喋るだけで帰ろうと思ったんだけどな。やっぱ我慢できそうにない」

飛行場姫「キスして欲しい」


迷いなく、何のためらいもなく自分の弱みや心情を吐露する馬鹿。

そんなの付け込まれるだけだろうが。


重装兵「……相対されても、こっちは準備出来てないっつーの」

飛行場姫「ん?」

重装兵「こっちの話」

飛行場姫「ん~~~~」ムチュー

重装兵「そんな顔で迫ってこないでくれ!?」


飛行場姫「……オマエもしかしてドーテーか?」

重装兵「……」パンパンパンパン

飛行場姫「いでででででっちょぉぉぉ!!!」


飛行場姫「なにすんだ! このタンタカタン!」

重装兵「銃も撃ったし、もう帰ろうか?」

飛行場姫「銃は別にサヨナラの合図とかじゃないよね!?」

重装兵「帰れ、帰れ、帰れ」

飛行場姫「ドーテーじゃないならいーだろー?」

重装兵「そうなんだ俺は童貞なんだ。それで童貞だからキスしたことないから。無理。だから帰れ」

飛行場姫「おお! 実は私もドーテーなんだ! これは奇遇だな! だからドーテー同士キスしよう! 今しよう! うん!」

重装兵「うおぉぉーーーーー!!!」

飛行場姫「急に奇声発すとか怖いぞお前」

重装兵「……帰る気無いんだな」


飛行場姫「うん。キスして貰うまでテコでも帰らない」

重装兵「ほっぺでいいか」

飛行場姫「舌入れないとキスじゃない」

重装兵「……」

飛行場姫「ってタ級が言っ」「だからそれ誰!?」

重装兵「……舌は無しだぞ」

飛行場姫「おう! 舌はまた今度な!」

重装兵「今度は無いけどね。じゃあ、するか」

飛行場姫「うん!」


普通、女の子がキスをしようという時に元気に返事するものか?

あ、普通じゃないんだった。


もう面倒だ。適当に済ませて終わらせてしまおう。

任務でも、キスくらい何度もしたことがある。

彼女の腕を乱暴に掴み、自分の目の前に立たせる。


飛行場姫「あっ」


反応など関係あるものか。

唇にサッと済ませて終わりだ。


引き寄せて見る彼女の身体はいつも見ているよりも小さく感じた。

これならこちらが少し屈めば事足りるだろう。



その時、俺の掴んだ腕が震えているように感じた。

重装兵「震えてるけど、本当に良いのか」

飛行場姫「? 私は震えてないよ」


強がりでもなんでもなく、彼女の言っていることは真実だった。

彼女は全く震えていない。

俺の口づけを今か今かと目を輝かせて待っている。



重装兵「じゃあ……」

飛行場姫「震えてるのはオマエだよ? 大丈夫?」



『大丈夫?』



真摯な言葉と真っ直ぐな目線、彼女は揺らぐことなく俺を想ってくれている。心配してくれている。

その温かい感情が目と耳と肌越しに直接伝わってきた。


真っ向から受けてしまうとこそばゆい、じっとしていられなくなる他人の優しい気持ち。

俺が知っている感覚だ。

どこだ。一体どこで俺はこれの感覚を知った。


家族か? いや、少し違う。もっと別の……。


いや、いや、まぁそれはいいんだ。また後で思い出せばいい。



それより俺の身体は何故震えている?



異性との身体接触なんて訓練でも任務でも、何度も経験した。


任務では滞り無く済ますことが出来た筈だ。一体何を恐れることがある。


……俺が恐れているのは、そこじゃ無いのか?




「田中~! 今日はうーちゃんがご褒美あげるぴょん!」




………………………………。


ああ、それが俺の罪か。



2月9日 

朝 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「姫様。工場の稼働率、及び各方面軍の充足率は以前と同じレベルまで回復しました」

装甲空母姫「ようやく……と言うべきかしらね」

離島棲鬼「はい。第五位の妨害がなければ第九次拡張計画は問題なく予定期間内されていた筈です」

離島棲鬼「海洋連合が誕生したことによる戦争スケジュールの遅延は……少なく見積もって半年といったところでしょうか」


装甲空母姫「聞けば連合に連れて行った深海棲艦は戦うでもなくただの遊兵になっているそうじゃない」

装甲空母姫「あいつ、一体何を考えているのかしら」イライラ

離島棲鬼「心中お察し致しますわ。全くもって意味不明な動きです」

装甲空母姫「でもいいわ。もうすぐ議会が動き始める」

装甲空母姫「そうなれば私の独壇場よ」

離島棲鬼「はい。我らの全力を持ってすれば、連合など敵ではありません」

装甲空母姫「あの忌々しい騒音を垂れ流すジェット戦闘機と大和型戦艦……今度こそ叩き潰してやる」


離島棲鬼(実はその対策が全然進んでなかったりするんだけど……)

離島棲鬼(技官妖精が引きぬかれた穴が大きすぎるのよね~。プロトタイプまで持って行かれたから、量産も出来ないし)

離島棲鬼(ま、第五位も議会の命令には逆らえないでしょうし? 問題は無いのですけれど?)


離島棲鬼「姫様」

装甲空母姫「なによ」

離島棲鬼「海洋連合攻略は決定事項としましても……その後の計画は何かおありですか」

装甲空母姫「勿論あるわ」

装甲空母姫「忌々しい艦娘させ消せば、私たちの邪魔をする者はどこにも居ない」

装甲空母姫「絶滅計画の続きを行うのよ。今度は南極の氷を全部溶かして平野を海の底へ沈めてやる」

離島棲鬼「……は?」

装甲空母姫「人間どもに海を失うことの意味を教えてあげるわ」


離島棲鬼(ま、まじで言ってるの……? この人……)

離島棲鬼「し、しかし姫様? そうすると生態系にも大きな影響が出るのでは……? 妖精が賛成するとは」

離島棲鬼「それでは、生命の営みを壊す人間と何も変わりないではありませんか!」

装甲空母姫「……誰に向かってものを言っているの」

離島棲鬼「うっ」

装甲空母姫「ねぇ、よく考えてみなさいよ。このままだといずれこの星の生態系は壊し尽くされる」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「他ならぬ人間の、蛆虫どもの手によってね」

装甲空母姫「それじゃ駄目なのよ。蛆虫に地球の主導権を握らせるわけにはいかないの」

装甲空母姫「この星の真の支配者は妖精、そしてその頂点に立つのはお父様なの」

装甲空母姫「お父様、そう、お父様よ!」

離島棲鬼「……」


その眼は狂気に彩られていた。

装甲空母姫「お父様以外がこの星を好きにしていいわけ………………無いでしょ?」

離島棲鬼「は、はい。勿論です」


装甲空母姫「私は側近として『利口な』貴女を選んだ」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「私の言ってること、分かるわよね?」

離島棲鬼「……はい。勿論です」

装甲空母姫「人を滅ぼし尽くした後に、お父様が新たな世界を作る」

装甲空母姫「きっと素晴らしい世界よ。私はそこで、お父様と幸せに暮らすの」

装甲空母姫「あ、勿論貴女も一緒だからね」

離島棲鬼「……身に余る光栄ですわ」

装甲空母姫「これからも私の利口な側近として仕えなさい。もう下がっていいわよ」

離島棲鬼「……失礼します」




私は権力が欲しかった。そして私は姫の側近という望みうる中で最上に近い権力を手に入れた。

それなのに今、私の胸の中で私自身の歯車が噛み合っていない。

おかしな話だ。


私は誰にも馬鹿にされず、何一つ不自由しない生活に憧れた。

欲しい物を全て手に入れる。誰にも私の邪魔なんてさせない。

ただそれだけを願い、他のことなんて何も考えてなかったんだ。


大妖精様が全て取り仕切る組織の中で、何も考えずただの一歯車として生き……。

私はその『一歯車としての枠の中で』何不自由無い暮らしを望んでいたのだと今更気づいた。


恐れる必要など無かった。何故なら未来とは大妖精様が導いてくれる場所に他ならなかったのだから。

私はただついていくだけで良かった。


でももう大妖精様は居ない。

権力の源泉は一応、形だけでも議会へと移った。

深海棲艦という組織の体系、その頂点が変わった。

これは単に頭がすり替わった……という話ではない。少なくとも私にとってはそうだ。


大妖精様はもう私を導いてくれないのだ。その代わりになるのが装甲空母姫様?

……なんだか力不足だし、あの頭のおかしい人に導かれるのは嫌だ。


分からない。

これから私はどうなってしまうのだ。


何もかもが変わってしまう予感だけがあった。


離島棲鬼「ふふっ……このわたくしが、こんなことで」


何故こんなに怖いのか。私にはまだ理解できなかった。


2月9日

朝 ハワイ 大妖精の拠点


大妖精「……」ブツブツ

白妖精「今からでも議会の形式を変更すべきです」

黒妖精「朝からしつこい豚だ。生産力の問題をようやく解決したと思えば……」

白妖精「黒! お前にも分かるはずだ! 第三位に全体の指揮など出来はしない!」

黒妖精「ふふふ……まだ聞いていないのか」

白妖精「なに?」

黒妖精「全体の指揮はもう関係無い。……戦略すらこれからは必要ない」

大妖精「……」ブツブツ

白妖精「何か新たな技術革新があったのか」

黒妖精「その通り。もうすぐ我らには最強の、不死の軍団が完成する」

白妖精「不死の……なんだと!?」

黒妖精「我らの勝利は決まったも同然。残りは消化試合のようなものだ」

白妖精「いけません大妖精様! それは因果律の禁忌です!」

大妖精「……」

黒妖精「まだそんな世迷い事を信じているのか」

白妖精「世迷い事だと!? 与えられた分を弁えぬことは人にも劣る愚かな行いであると何故気づかん!?」

黒妖精「く、口が過ぎるぞ!」


大妖精「白よ」


白妖精「……はい」

黒妖精「……」

大妖精「確かに死の領域を侵すことは我らの禁忌とされる事柄だ」

白妖精「では、尚更……。何故なのです」

大妖精「領域を無視した存在を私は確認した。其奴は何故、今尚存在する」

白妖精「そのような者が……」

黒妖精「私も確認した。間違いない」

大妖精「天罰は未だ下らん。いや、そもそも天罰など存在しないという結論へ私は至った」

白妖精「それは驕りだ!」

大妖精「……残念だよ白」

黒妖精「あっ、いや! 大妖精様! どうか御慈悲を! 白はまだ全て理解出来ていないだけで」


白妖精「良いのだ。転換装置にかけられようとこれだけは譲れん」

黒妖精「何を拘っている! 人を滅ぼすにはこれしか無いのだ」

大妖精「……」

白妖精「ははは! 邪悪を滅ぼすために自らが邪悪になれというのか?」

白妖精「御免だ。私は誇り高い妖精の魂まで売り渡すつもりはない。手段を選ぶ理性くらいはまだ残っている」


白妖精「黒、お前とは色々あったが。まぁその何だ。世話になったな」

黒妖精「そのような……そのようなことを今更お前は!!!」

大妖精「……」


大妖精「お前ほどの功労者を転換装置にかけるわけが無かろう」

白妖精「大妖精、いや……我が友よ。それは嘘だ。お前は私を許しはしない」

大妖精「流石は我が腹心といったところか。その通り。裏切り者は無様に殺してやる」

黒妖精「……」

白妖精「最早私の命などどうでも良い。頼むから正気に戻ってくれ」

白妖精「……いや、これも戯言か。こうなったのも或いは私の責任なのだから」

大妖精「ほう?」

白妖精「何もかも、お前一人に押し付けてしまった」

白妖精「すまない」

大妖精「……衛兵、連れて行け」

白妖精はもう何も言わず、入ってきた人型の深海棲艦に黙って付いていった。



黒妖精「……」

大妖精「愚か者が。もう少し我慢すれば報われたというに」

黒妖精「あの……大妖精様、白の処遇についてですが」

大妖精「下がっていいぞ」

黒妖精「……はい」

部屋にはついに妖精が一匹になった。




大妖精「……元々は私と白、二人で始めたことだったな」

大妖精「世界の秩序を守り、妖精としての義務を遂行すると誓い合った」

大妖精「だが従来の妖精組織では迅速な対応は出来ない。合理的に動くための変革が必要となった」

大妖精「人間の歴史から学ぼうと言ったのは白、お前だったか」

大妖精「独裁的なやり方が煙たがられても我々は続けたよな。私が落ち込んだ時にお前が励ましてくれた」

大妖精「私の右腕として……」

大妖精「……」

大妖精「いつからだろうなぁ。こうなってしまったのは」


大妖精「……すまない、か」

大妖精「………………うひっ」

大妖精「いひひっ、むきっ」

大妖精「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

大妖精「なーに勘違いしてるんだあいつ。気持ち悪い」

大妖精「あれで私の心を動かせるつもりなのか。お前はもう私の大事なものじゃ無いのに」

大妖精「死ぬときもあんな顔で死ぬのかな~? ちょっと興味あるな」




人類の勝利から生まれた綻びに深海棲艦はつけ込み、多くの領域を獲得した。

今、同じ綻びが深海棲艦たちにも起こり始めようとしていた。

最も、深海棲艦たちの綻びの始まりは勝利の余裕からではなかった。

それは組織の変革から生まれる混乱、そして……


大妖精「次への扉があれば開けたくなるのが人情だろ」

大妖精「あ、私は人間じゃないのか。うきゃきゃきゃ」



一匹の妖精が産み落とした忌み子だった。





妖精の視点で語るのならば人類と深海棲艦による巨大な軍事衝突は、当初の目的から完全な変質を遂げた。

片や自らの道理に基づく生命救済の大義を捨て去り、片や人類擁護の題目を捨て去りむしろ人類の一部から搾取すら始めようとしているのだから。


人類の生存を賭けた戦争は妖精同士のイデオロギー戦争でもあったとも言えるだろう。


海洋連合という共同体が誕生してからは後者の側面がより強くなった。

……妖精が人間に愛想を尽かせ、人類保全を二の次にしたのが主な理由ではあるが。

休戦中でも対立は変わらず、互いに技術的もしくは数的有利に立とうと日々切磋琢磨を繰り返している。


彼ら妖精はこの戦争において特殊な兵器を使った。

艦娘や深海棲艦と呼ばれる兵器群である。

これらの存在は戦場に新たな可能性と混乱を与えることに成功した。

人間との共生をコンセプトとする艦娘、人を滅ぼすために作られた深海棲艦。

艦娘のベースは深海棲艦であるが、人類側の妖精は敢えて多くの機能を劣化させ、艦魂すら植え付けて艦娘を作った。

兵器としての機能を制限し身体を少しでも人に近づけ、実在艦の魂を持たせて人とより縁を持つこと……これは戦いが終わっても、自然な形で社会に溶け込む為の工夫と見ることも出来る。

彼女たちがただ戦うだけの存在では無いことは確かだったが、殆どの人間には理解の及ばないことだった。


そしていつの時代も、気づかなくていいことに気づく者が居る。

彼らは時として英雄と呼ばれることになるのだが、大抵は成功せず奇人とか変人とかいう風に表現されてしまう。


さて、

この物語は気の毒な一人の変人を取り巻く、これまた哀れな程に不器用な艦娘や人間の話として始まって。

僕らは彼と彼女たちが必死に足掻く様を見つめてきた。

言い換えれば、彼らを取り巻く実に思い通りにならない世界を乗り越えようとする物語だ……うん、まぁ結果として失敗して、父さんなんか失血死してしまったわけだけど。


もっと別の見方をすれば、人でないものが人として生きようとする物語でもあった。

人でないが故に人に魅せられ、人に近づこうとする者達の物語。

うん。この視点で言えば話は既に終わってるんだよね。


人に近づこうとしている間はけして人にはなれない。

そんなものさ。熱望をすればするほど遠ざかってしまう。

けど僕らが知ってる彼女たちは人になった。


心を持てど兵器として扱われる中に生まれる矛盾。

自分の運命を呪いながらも、そこから逃げることなく自分を愛した人と向き合い、

その過程で自分と向き合い、

自分を取り巻く存在と向き合い、

最後はこの理不尽な世界と向き合って、一部は自らの生を肯定するまでに至った。


もう彼女たちは人に近づこうなんて考えてない。

自分が自分らしく、ただあるがままに生きているだけだ。

だからこそ彼女たちは人になった。人に近づくことをやめた彼女たちは人なんだ。


そして、どんな視点から見ようと変わらない物語の本質が一つある。

種族や、生物学上の定義を無視して言おう。

これは人間賛歌である。


生きて死んで、好いて好かれて、求めて得て失って、それでも前に進もうとする人の織りなす物語。

喜びも悲しみも、時には誰かの絶望さえも肯定する。

決して気持ち良いだけの物語じゃないし、単純に誰かを悪者にして終わりはしない。

だからこそ物語はまだ続いている。自分の道を進もうとする者たちの行方を見つめるために。



例え幸せな結末が訪れることが無くとも、生き続けようとした人たちの足跡は消えはしない。

僕はこの夢の続きを最後まで見届けようと思う。


2月9日

昼 海洋連合 飛行場姫の島


三体のブレインとその長が雁首揃え、何やら会議の様相であった。


ヲ級改「レ級っち、最後まで諦めちゃ駄目だよ。お主の粘り強さと意地の悪さが試されるんだから」

レ級改「けけけ! 姉御こそな。北の海は寒いし波が高いから気をつけて行けよ」


タ級改「レ級が他人を気遣うなんて……」

ヲ級改「驚きだ……」

レ級改「なんかもう慣れちまったよな~。心が傷つくことにさ~」


飛行場姫「……みんな、ごめんな」

ヲ級改「姫っち、ハワイから連絡が入ってからずっとその調子じゃん。もうやめなよ」

レ級改「そーだぜ。姫様は何も悪くねーんだからよ」

タ級改「大妖精様からの連絡は、やはり無いのですか?」

飛行場姫「無い。メール送っても返事ないし。……いつもなら五秒くらいで返事が来るんだけど」

レ級改「それはそれでこえーけどな」

タ級改「ともかく大妖精様が駄目ならば、自分たちの力しか頼れないということに変わりありません」

ヲ級改「んだんだ。やったるけんね」

レ級改「姉御、それどこの言葉だ?」


タ級改「そろそろ行きましょうか。時は金なりです」

レ級改「次会う時はハワイだな」

ヲ級改「そうだよ~ん。綺麗なビーチで海水浴と洒落込もう!」

飛行場姫「……」

タ級改「姫様、無線封止もするので、何かおっしゃることがあれば今の内にお願いしますよ」


飛行場姫「……」

レ級改「もっと喋れよ姫様~。いつもみたいに馬鹿っぽくさ~」

ヲ級改「シャバダバドゥ!」

飛行場姫「……」

飛行場姫「お前ら……ほんと、ほんと……ごめんな。迷惑ばっかりかけちゃって」グス


ヲ級改「ヲッと」ビシッ

飛行場姫「あいち」


レ級改「レッ」ビシッ

飛行場姫「たばし」


タ級改「タァッ!」ドカッ

飛行場姫「ほわっ!?」


飛行場姫「痛いだろ!? 何すんだ!!!」


ヲ級改「じゃ、行きましょうか」

レ級改「そだな。好きな男とキスもしてない姫様の為に頑張ってやるか」

タ級改「女性側からキスを迫るなど不道徳です。あくまで男に乞われることに意味が……」

レ級改「タ級、お前は男に乞われたことあんの?」

タ級改「うげっ。私は、ほら、一般的な視点に立った物言いをしているのだからね、そう」

ヲ級改「先輩、そういうの良いんで~」

レ級改「いるよな~他人の話を自分の話みたいに喋る奴」ゲラゲラ

タ級改「む、ムムムギャギャギャギャ」ギリギリ

ヲ級改「wwwwwwwwww」

レ級改「ギャハハハ!!」

飛行場姫「……」クス



一緒に居るとつい笑顔になってしまう。

こんなにも大変な時だって、こいつらは変わらない。



飛行場姫「……ありがとな。お前ら」


2月10日

昼 海洋連合 ラバウル総司令部


紫帽妖精「失礼します」

茶色妖精「む、お主は……」

紫帽妖精「あ……こ、こんにちは」

長月「おお、捕獲された妖精じゃないか」

紫帽妖精「そ、そういう言い方はあまり好きじゃないんですが……」

茶色妖精「イライラさせる奴でござる。斬り捨て御免?」

長月「切り捨て御免はそういう使い方はしないぞタコ助。で、どうしたんだ紫帽子」

紫帽妖精「工場が許可して頂いた区画に無事移設出来ましたので……。そのご報告と感謝を述べに……」

茶色妖精「もごもご喋るなー! 九州男児なら声を張れー!!」

紫帽妖精「うぴゃー!?」

長月「技官妖精なんだ。あんまり苛めるな」

茶色妖精「む、長月殿は妖精界をよくご存知で無いからそんなことを仰る」


茶色妖精「コヤツの作った敵艤装が多くの艦娘の命をですな……」

日向「それはお互い様だろう」コツン

茶色妖精「何奴!? ああ、日向殿」

長月「昼からここに出るとは珍しいじゃないか」

日向「我々もその技官が作ったものを多く葬り去ったんだからな、おあいこだ」


日向「艤装の調子が悪くてさ。替えを申請しに来た」

紫帽妖精「……」

長月「お前なー? この前もそう言って一式磨り潰しただろ。艤装はもう貴重品なんだぞ?」

日向「身体と合わないんだよ。新しいの一式頼む」

長月「時雨に問い合わせてみないと在庫があるかどうか……」「美しい」

長月「……は?」

日向「ん?」


紫帽妖精「貴女はとても美しい。その白い肌、実に理想的だ」


日向「これはご丁寧に。初めてこの姿を妖」「だから触ってもよろしいですか!?」

日向「……はい?」

紫帽妖精「その、デュフ、おおお身体を触っても、コ、コポォ」

茶色妖精「女性の身体を触るなどと無」「貴様は黙っていろ!! ブチのめされたいかぁ!?」

茶色妖精「ごめんなさい」


紫帽妖精「おねがいです。後生です! 触らせて下さい!」

長月「そうか……こういうことに目がないのか……」

日向「おかしなことを言う妖精だ」クス

日向「私の身体を触りたいのなら、好きなだけ触るといい」

紫帽妖精「おおおおおお」サスサスサスサス

日向「……っ」

紫帽妖精「す、すごいナノマシンの活性率だ……」サスサス

紫帽妖精「出来損ないの妖精が作った艦娘の艤装じゃ、この身体についていけるわけがない」サスサス

茶色妖精「カッチーンでござる」

日向「触らせた上で言うんだが。君、艤装は作れるか?」

紫帽妖精「うん! ていうか今提案しようと考えていたところ!」

紫帽妖精「僕が貴女の艤装を作ります! むしろ作らせて!」

日向「よしよし」ニヤニヤ

長月「まー、技術屋なんてこんなもんだよな」ケラケラ

茶色妖精「悪気が無いあたりが恐ろしいでござる」


2月12日

夜 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「……姫様、来客です」

装甲空母姫「あら、こんな時に誰が来たの」

離島棲鬼「……」

飛行場姫「びばっ! 姉ちゃん! 久しぶり!」


装甲空母姫「……あら」

離島棲鬼「いかがいたしましょう」

装甲空母姫「少し二人で話すわ」

離島棲鬼「はい」

飛行場姫「鬼が居ても私は気にしないぞ?」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「貴女はもっと、品格というものを大切にしなさい」

装甲空母姫「姫の場に鬼が同席していいわけ無いじゃない」クスクス

離島棲鬼「……失礼します」


飛行場姫「ちょっと可哀相じゃね?」

装甲空母姫「何が?」

飛行場姫「……姉ちゃんの部下だし、姉ちゃんがそれでいいなら良いけどさ」

装甲空母姫「ええ、勝手にさせてもらうわ。それで、何の用なの」


飛行場姫「私はもう、人間と戦うつもりがない」

飛行場姫「だから姉ちゃんの意思を確かめに来た」


装甲空母姫「人と戦わない? あははは!!」

装甲空母姫「貴女、面白いこと言うのね。なら私たちは一体、何の為に存在するの」

飛行場姫「私も人を殺すことが自分の使命だと思ってた。でも、そうじゃなかった」

装甲空母姫「なら何が私達の使命なの?」

飛行場姫「分かんない」

装甲空母姫「何よ、それ」

飛行場姫「使命とか存在する意味なんて私には分かんない。けど、もう戦わない」

装甲空母姫「アハハハ! 分からないなんて、とても姫の言葉とは思えないわね」

飛行場姫「私は別に気にしてないけどな~」

装甲空母姫「……気にしてないですって?」


装甲空母姫「その無知が! 誇り高い姫という存在を穢している事実に気づかず、更に自らの無知を自らが容認している、とまで言うわけ」


飛行場姫「よく回る舌だな~」

装甲空母姫「こ、この私を愚弄にしているの!?」

飛行場姫「いや、心底感心しただけだぞ」


装甲空母姫「……何故お父様は貴女みたいな馬鹿を」ボソ

飛行場姫「トーちゃんがどうかしたのか」

装甲空母姫「貴女には関係無いわ」


装甲空母姫「私の意思を確かめに来たって言ったわよね」

飛行場姫「うん」

装甲空母姫「私は人を滅ぼし尽くすだけよ。それが私の果たすべき使命だから」

飛行場姫「別に使命じゃ無いと思うけど」

装甲空母姫「姫であることの意味すら分からない貴女は……それでいいんじゃない?」クスクス

装甲空母姫「少なくとも私は自らの成すべきことを理解しているわ」

飛行場姫「姉ちゃん。それって考えの幅、狭くない?」

装甲空母姫「イライラする子ね! 何で第五位の貴女にそんなこと言われなきゃならないの!?」イライラ


飛行場姫「人間にも良い奴は居るんだよ? 姉ちゃんが会ったこと無いだけで……」

装甲空母姫「連合で人間に感化されすぎたんじゃない。お話にならないわ」

飛行場姫「……もうちょっと人間と触れ合ったほうが良いよ」

装甲空母姫「人間の死骸となら触れ合ってもいいわ。ミイラにして部屋に飾ってやる」

飛行場姫「姉ちゃん……」

装甲空母姫「最初から気になっていたけど、なんで私が貴女に『姉』と呼ばれているの」

飛行場姫「えっ、だって……年上だし、序列も上だし」

装甲空母姫「なら敬意を持って『第三位様』と呼ぶべきじゃないの」

飛行場姫「……」

装甲空母姫「ああ、本当に見てるだけでムカつくわ」

飛行場姫「……気持ちは、変わらない? ちびっとでも良いから! 一度海洋連合へも」


装甲空母姫「今日は来てくれて本当にありがとう」ニッコリ

装甲空母姫「15日が楽しみね」


2月13日

朝 ハワイ 宮殿


飛行場姫「……昨日は散々だったなぁ。全然話にならないし」

飛行場姫「私がもっと上手く喋れるようにならないと駄目だな……」

飛行場姫「うぅ、ハワイの朝日がこんなにも重苦しく見えた日は無いぞ……」


黒妖精「ん、そこに居るのは第五位か」

飛行場姫「あ、黒ちゃん」

黒妖精「黒ちゃん言うな! 他の者に聞かれたらどうする!」

飛行場姫「別にいいじゃん。朝から仕事?」

黒妖精「そうだ。新型航空機の件で打ち合わせがな」

飛行場姫「へ~。大変だな。……ん? 航空機?」


飛行場姫「航空機は白ちゃんの管轄じゃん。なんで黒ちゃんが打ち合わせ行くの?」

黒妖精「……。あー、白は心労で倒れた。私が引き継ぎだ」

飛行場姫「倒れたのか!? そりゃ大変だ。お見舞い行かなきゃ」

黒妖精「あー! いや! 同時にうつ病にもなって、誰とも会いたくないそうだ」

飛行場姫「そうなのか? よっぽど疲れてたんだな」

黒妖精「う、うむ。だから見舞いには行かなくていいぞ」

飛行場姫「にしても白ちゃんが黒ちゃんに自分の仕事任せるなんて凄いな」


飛行場姫「大好きな航空機のことだから『黒ちゃんの手を借りるくらいなら死んでも会議に出る!』なんて言いそうなのに」ケラケラ


黒妖精「……」

飛行場姫「黒ちゃん? 大丈夫?」

黒妖精「……あ、ああ。問題ない。何も問題はない。全て順調だ」

飛行場姫「? それならイイけど」


黒妖精「お前こそ、何故宮殿に居る。神姫楼へ行くのか」

飛行場姫「行かねーよ。あそこなんか薄暗くて嫌いだし」

黒妖精「自分の生まれた場所をそんな風に言うな……。ならどうした?」

飛行場姫「トーちゃんに会いに来た。なんか連絡取れないから直接行こうと思って」

黒妖精「……あー、大妖精様は今忙しい。会うのは無理だ」

飛行場姫「私でも?」

黒妖精「お前でもだ」

飛行場姫「トーちゃんもう責任者じゃ無いのに。何して忙しいんだ?」

黒妖精「責任者じゃ無いと言っても、仕事は無限にあるものだ」

飛行場姫「そんなもんか」

黒妖精「そんなものだ」


黒妖精「絶対会えないからな、絶対。絶対行くなよ」

飛行場姫「そう言われると行きたくなっちゃうな」

黒妖精「頼むから行くな。誰も部屋へ入れるなと止められているんだ」

黒妖精「守れなかったら私が大妖精様に殺されてしまう!!」

飛行場姫「トーちゃんは身内にそんなことしねーよ」ケラケラ

黒妖精「……そう、だな」

黒妖精「あ、お前の艤装、ずっと放置しっぱなしだろ」

飛行場姫「あ、忘れてた!」

黒妖精「ずっと暴れてたんだぞ。ついて来い」




朝 ハワイ 旧市街地


黒妖精「この辺に放置しておいたんだが……」

飛行場姫「おーいブロンディ~! 出てこーい」

ブロンディ「グオォォォン!!!!!」ズルズル

黒妖精「お、出て来たな」

姫の声に応じ、巨大で黒光りして自律行動する艤装が、蛇のようにくねながら近づいてくる。

飛行場姫「久しぶりだな~! 寂しかったか~? ブロンディ!」バシバシ

ブロンディ「グオォォン!」ガジガジ

飛行場姫「ははは! 甘噛してコイツ! 可愛いなぁ!」ナデナデ


黒妖精(私だったら噛み潰されそうだ)


ブロンディ「クゥゥゥン!!!」

黒妖精「生体リンクをしてやれ。もう随分と繋がってないだろう」

飛行場姫「そだな。いや~本当に放置しちゃってゴメンなブロンディ」


艦娘の艤装と深海棲艦の艤装は形だけでなく、繋がり方も変わってくる。

深海棲艦……特にその特別上位種にとって、艤装はただの道具でなくパートナーなのだ。

戦闘能力に関しては勿論のこと、索敵能力補助、思考の並列処理などのソフト面まで強力にバックアップできる艤装も存在する。

飛行場姫「よっ……と」

ブロンディと呼称している自らの艤装、それが差し出した台座に座ると意識がリンクする。

通常ならば、何の問題なくリンクすることが出来るはずだった。


だが、


飛行場姫「……ぁ!?」

ブロンディ「ガウゥ!?」


リンクした瞬間、姫に流れ込んできたのは人間への憎悪だった。

どす黒い人への殺意、死んでいった部下への想い。

連合で過ごす前の自分が艤装の中に残っていたかのような。


艤装も驚いた。主人だと思い繋がった者は、自分の知っている主人とはまるで違う感覚を持っていたからだ。

以前と比べれば異物に近い感情が、自分の中に入り込んでくる。


これはリンクを断っていた期間が余りにも長すぎたことによる弊害であった。


飛行場姫(これは……ブロンディの気持ち……?)


違う。

特別上位種の艤装には感情があるが、彼らは善悪の判断基準を持たない。

彼らは自らの主に相応しい者へ従属し、その者が持つ素質を最大限引き出す存在だ。


飛行場姫(私、こんな感情で戦い続けてたんだ)


執着と怒りは単純かつ効果の大きい興奮剤となる。例え最後の一人になろうと戦い続けるためにも。

ブロンディは私がより強くなるため、自らを私に合わせ最適化しているに過ぎない。

そしてその最適化の中には、人への憎しみを強くすることも含まれていたのだろう。


飛行場姫(ごめんなブロンディ。もう良いんだ。こんな気持で戦わなくてもさ)

飛行場姫(これはもう、私を奮い立たせる気持ちじゃ無いんだ)

飛行場姫(すぐに心変わりしちゃう主人でごめんな)


艤装は、主人と認めた者にしかその力を与えない。

認められなければ生体リンクの中で精神を食われ、悲惨な最後を迎えるだけである。


一度主人と認めた存在ならば、多少性格が変わったところで艤装はそれに適応する。

だが今回は姫の変化が余りに大きすぎた上に、繋がっていない期間が長すぎた。


艤装は自らに座った者を、主人とは異なる存在と認識した。




黒妖精「おい第五位! しっかりしろ!」


その光景は、黒妖精にとって予想外のものだった。

特別艤装の主たる魂を生まれながらに備えた、大妖精が自ら作り出した姫には当然起こりえない事態だったからだ。


何事も無く終了するはずのリンクが、長引いている。



黒妖精「姫が何故……」


それでも妖精には、ただ呆然と事の顛末を見守ることしか出来ないのだった。


オマエ アルジチガウ


ううん。私がオマエの主人だよ。


チガウ アルジモットチガウ


じゃあ、そのアルジってのはどんな奴だった?


アルジ ハダ シロイ メ アカイ ツノ ハエテル


私、全部当てはまるんだけど……。


エッ オマエ アルジ ?


だからそうだって! さっきも触れ合ったろ!? バカ犬かオマエ!?


ミタメオナジ ダケド ヤッパリオマエ チガウ オマエ アルジチガウ ダカラタベル


はぁ……どうやったら信じてくれる?


アルジ モットツヨカッタ オマエミタイニ ココロ マヨイナカッタ


……。


オマエノココロ グチャグチャ キモチワルイ ヨワイ モシ アルジナラ ツヨサ シメセ


ねぇ、ブロンディ。


ナンデ ソノナマエ シッテル アルジガ クレタ ナマエ


だから私が主人って言ってるじゃん!? それでさ……私がグチャグチャってさ、どういう意味か教えて?


ウン オマエ ヒトスキ カンムス スキ シンカイセイカン スキ


……そだね。


テキミカタナイ グチャグチャ イミフメイ ニクシミ ウマレナイ ツヨクナレナイ


あははは!


ワラウ イミフメイ


私は強いよ。うん。前の私よりもずっと強い。


ウソツクナ コノバカ バカ クソバカ


……後で覚えとけよオマエ。私から見れば、オマエの方が弱い。


オレノ ドコガヨワイ


自分の知る強さしか知らない、それで新しく知ろうとしてない。だから弱い。


シッテルコトシカ オレワカラナイ ミンナワカラナイ コレアタリマエ オマエ ヤッパリ クソバカ


む、むぐぐぐぐ!! む、ムカつくぞ!!!


モウアキタ クウ


はぁ……。そんなに私が弱いと思うなら喰ってもいいよ。でももう一度、私の……。


イノチゴイ フヨウ イミナシ


もう一度私の艤装として働いてくれるなら、オマエのまだ知らないことを沢山教えてやる。


……


自分が何も知らなかったって、泣きたくなるくらいびっくりすることとか。


……


自分が自分じゃないみたいにドキドキする経験とか、満ち足りた気持ちとか。……それで、そこから生まれる憎しみじゃない強さとか、さ。


オマエ ココロ グチャグチャ ヨワイ …… デモ オマエノコトバ ホンキ


当たり前だろ。私は姫で、いつも本気だ。


…… ココロ グチャグチャデモ ホンキ ナレル ? ツヨク ナレル ?


なれる。だから私は強い。オマエは弱い。強い私がオマエを躾ける!


オマエ …… ナンカ ツヨソウ ホントウハ オマエ ツヨイ ?


そんなこと聞くな! このバカ! 大体、ぱっと見でどっちが強いか分からないからオマエはバカなんだぞ!?


…… …… …… …… オマエ ツヨイ オレノアルジ オマエ




飛行場姫「……ん?」

黒妖精「おお! 起きたか! 大丈夫か!?」

飛行場姫「黒ちゃん、私、どれくらい眠ってた?」

黒妖精「人間の時間では……五分ほどになる」

飛行場姫「そっか。あのね、黒ちゃん」

黒妖精「どうしたんだ?」


飛行場姫「昔の私の一部に触れて、私、気づいた」


飛行場姫「姉ちゃんたちもきっと変われるって、確信した!」


黒妖精「ううん? 唐突に何を言い出す?」

飛行場姫「むひひ。以上、姫ちゃんの決意表明でした」


飛行場姫「それはさておき……」ジトッ

ブロンディ「……」ガタガタ


飛行場姫「このっ、このバカ犬! なんで私のこと覚えてないんだ! ああん!?」ゲシッゲシッ

ブロンディ「グゥゥゥゥン……ギャンギャン!」

黒妖精「こら! 自分の艤装をいじめるな!」


2月13日

夜 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「姫様、今回の議会に参加する他の序列者たちがハワイへ無事到着したとのことです」

装甲空母姫「そう、遠路遥々ご苦労なことね。労いの通話連絡でも入れてあげようかしら」


装甲空母姫「私自らがね」


離島棲鬼「……それは素晴らしいことですわ」

装甲空母姫「さて……先ずは上から行こうかしら。一応、品格というものがあるものね」




~第6位 港湾棲姫~


港湾棲姫「……はい。……もしもし」

装甲空母姫「あ、私だけど。まずは遠路遥々ご苦労様と言っておこうかしら」

港湾棲姫「……第三位様におかれましては。……ご機嫌麗しゅう」

装甲空母姫「いいわよ。私と貴女の仲じゃない」

港湾棲姫「……ありがとうございます。……拝謁の栄に浴すことが出来ず、非常に」

装甲空母姫「だから良いと言っているでしょ? 所詮『第三位』と『第六位』の違いなんて大差ないのだから」

港湾棲姫「……いえ。……そのようなことは決して」

装甲空母姫「ふふふ。そうよね。それより、15日のことなのだけれど」

港湾棲姫「……はい。……何でしょうか」

装甲空母姫「『よろしくね』」

港湾棲姫「……はい。……よろしくお願いします」

装甲空母姫「じゃ、話はそれだけだから。今日はゆっくりお休みなさい」

港湾棲姫「……ご配慮、痛み入ります。……お休みな」ガチャ



港湾棲姫「……切られた」

港湾棲姫「……はぁ」


~第7位 中間棲姫~


中間棲姫「はい。もしもし」

装甲空母姫「あ、私だけど」

中間棲姫「これは第三位様。直々の御連絡、痛み入ります」

装甲空母姫「久しぶりね。もう深海棲艦のやり方には慣れたかしら」

中間棲姫「第三位様のお陰様で、何もかも上々です」

装甲空母姫「あははは! 相変わらず人を乗せるのが上手い子ね。嫌いじゃ無いわ」

中間棲姫「勿体無いお言葉です」


中間棲姫「丁度今ハワイに到着して、これから第三位様の所へご挨拶伺いたいと存じ上げておりました」

装甲空母姫「今日はもういいわ。また15日に合いましょう」

中間棲姫「はい。畏まりました」

装甲空母姫「15日は『よろしくね』」

中間棲姫「はい。こちらこそよろしくお願いします」

装甲空母姫「今日はゆっくり休みなさい」

中間棲姫「はい。このようなお電話を賜っ」ガチャッ



中間棲姫「……切られた。しかし、第三位様はお元気そうでしたね」

中間棲姫「相変わらずの高慢ちき。本当に嫌な女」

中間棲姫「こら、そういうことを言ってはいけませんよ」

中間棲姫「でも悪いわね、いつもあの女の相手をさせて」

中間棲姫「いいですよ。慣れていますから。……それより、あまり声を出さないほうが」

中間棲姫「ああ、そうね。ここはミッドウェーとは違うんだった。じゃあ私は先に寝るわ」

中間棲姫「おやすみなさい」

中間棲姫「あ、やっぱりちょっと待って、寝る前に一つだけ聞いておきたいの」

中間棲姫「何でしょう?」


中間棲姫「貴女、どっちの肩を持つの」ニヤニヤ


中間棲姫「多少迷っていましたが、先ほどの電話で確信しました。第三位様は我々の上に立つ器ではありません」ニッコリ

中間棲姫「……自分事ながら、貴女って意外と冷酷よね」

中間棲姫「そうでしょうか? 多分、普通ですよ?」

中間棲姫「ふふふ。私は貴女の決めたことなら付いて行くわ。その方が面白いしね」クスクス


~第8位 空母棲姫~


空母棲姫「はい。何」

装甲空母姫「……私だけど」

空母棲姫「どうしたの」

装甲空母姫「……今、ハワイに居るんでしょ」

空母棲姫「ええ。それで、それがどうしたの」

装甲空母姫「……やっぱり何でもないわ。貴女に言っても無駄だと気づいたから。お休みな」ガチャ


装甲空母姫「き、切った!? 私からの、第三位からの電話を!? 向こうが?!」



空母棲姫「何なの。あの女」

空母水鬼「どしたーん? なんか、急用ー?」

空母棲姫「向こうから電話して来たのに、『やっぱり何でもない』って言ったから切った」

空母水鬼「姫様、それチョーヤバイ奴じゃ無い? 一応上司からだよね?」

空母棲姫「ええ。なら、どうしたらいいかしら」

空母水鬼「こういう時は、ワビの電話入れとけば万事OKだよ!」

空母棲姫「そうね。それがいいかも」



装甲空母姫「前から若くていかすけない奴だとは思っていたけど……!」

装甲空母姫「ここまでとは!!!」

離島棲鬼「……大丈夫ですか?」

装甲空母姫「これが大丈夫なわけ無いでしょ!?」

装甲空母姫「明日、酷い目に合わせてやるんだから……!!!」

装甲空母姫「あ、空母棲姫から着信が……ふふふ。少しは反省したのかしら」



装甲空母姫「はい、私だけど」

空母棲姫「さっきは切ってしまってごめんなさい」

装甲空母姫「……そう! 貴女が自分から許しを請う電話をして来たのなら寛大な心を持って許しましょう!」

空母棲姫「ありがとう。じゃ」ガチャ

装甲空母姫「いつもなら? 許すところでは」

装甲空母姫「ありません、けれど……」

装甲空母姫「……また切られた」



離島棲鬼「……っ、くっ……はっ……」プルプル

装甲空母姫「……笑うな」ドスッ

離島棲鬼「おぐぅ!?」


~第9位 北方棲姫~


北方棲姫「はい。もしもし……」

装甲空母姫「……私だけど」

北方棲姫「だ、第三位様、ごきげんうるわひゅう!」


装甲空母姫(噛んだ……)


北方棲姫「ど、どうかしたの! 私は何も悪いことしてないよ!」

装甲空母姫「いえ、貴女を疑って電話したわけではないわ。ハワイに着いたと聞いてね」

北方棲姫「うん! いえ、はい! さっき、いえ、先ほど着き……到着しました!」


装甲空母姫(この子と喋るの、面倒ね)


装甲空母姫「ベーリングくんだりからご苦労様ね。今日はゆっくり休みなさい」

北方棲姫「うん!」

装甲空母姫「……15日に何があるか覚えてる?」イライラ

北方棲姫「会議があるってル級が言ってた!」

装甲空母姫「それくらい自分で覚えてなさい!」イライライライラ

北方棲姫「ご、ごめんなさい……」

装甲空母姫「……15日は私の言うことに従いなさいよ」

北方棲姫「えっ……でも、そういうのは駄目だってお手紙に……」

装甲空母姫「いいから! お姉ちゃんの言うことが聞けないの!?」

北方棲姫「ふ、ふぇぇ……怖いよぅ」

装甲空母姫「あーもう! いい? 私が手を上げろと言ったところで手を上げるのよ」

北方棲姫「うえぇぇぇぇん」

装甲空母姫「もう切るからね! おやすみ!」ガチャッ




北方棲姫「ル級~! おばちゃんが虐める~!」

ル級改「くっ……なんと卑劣な……」ナデナデ

ル級改「もう大丈夫ですよ姫様。ル級がお傍に……」ナデナデ




装甲空母姫「子供ってどうしてあんなにムカつくのかしら」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「でもこれで、一通り連絡が行き届いたわね」

装甲空母姫「多数決でも第六位、第七位、第九位は確実にこちらにつくから……大丈夫そうね」

装甲空母姫「明日はゆっくりしましょうか」


2月14日

昼 海洋連合 ラバウル総司令部


日向「深海棲艦が居ないと警備の範囲が広がって現場が大変だな」

長月「重役出勤した上にその台詞か、日向」

嶋田「戦争をすると思えば、警備くらいどうということ無いんじゃないか」

日向「確かに」

茶色妖精「皆の衆が何故それほど落ち着いているのか理解出来ん」

嶋田「一つ訂正しておくと、俺はもう色々諦めてるんだ」ケラケラ


茶色妖精「我々には短期決戦の力しかありもうさん。しからばずんばずんば!」

茶色妖精「海洋連合の全力を持ってハワイを叩けば、損害も大きいかもしれませんが、姫の一つや二つ、頭を減らすことが出来る筈です!」

長月「またまたどこかで聞いたことのあるような無いような……。それは茶色、お前個人の意見だろ。他の妖精にも通したか?」

茶色妖精「うぐっ」

長月「被害が大きすぎる。例え姫を倒せたとしても、工業力で不利な我々に損失は痛手だ」

長月「大体、私たちの姫もその場に居るんだぞ? 忘れたのか」

長月「我々の倫理的にも、軍事的観点で見ても両方ペイしない作戦だ。やる価値は無い」

嶋田「もし価値のある時、長月君がどう動くか私は楽しみだよ」

長月「そんな状況にはならない」

嶋田「最悪を否定し続け最後は自分が死んでしまった男を覚えていないのか」

日向「あはは。そういえば居たな、そんな男」

長月「……ならないよう最善は尽くしている」

嶋田「いつも綱渡りか」

日向「安心と完全な居場所がお望みなら、神の国へ何時でもお連れしますよ。なに、一瞬です」

嶋田「君は特定の宗教を信奉していたかな」

日向「生憎人ならざる身なのでね。人の作った宗教には縛られてないんですが」

日向「嶋田さんがお望みの場所に行けるよう、信仰を合わせて差し上げます」ニッコリ

嶋田「……分かった。悪かったよ。怒らないでくれ」

日向「ああ、私は天使と書かれるかもな。こんな罪深い人間に死の救済を」

嶋田「ごめんなさい。もう言いません」

日向「今更安心と安全を求めようなんて虫が良すぎますよ」

日向「もし次また下らないことで長月を虐めたら、ふふ、楽しみですね」

嶋田「……」

長月(……最悪、か)

長月(幸せすぎていつ失われても満足して死ねると、思ってしまっているんだよな)

長月(いかんぞ長月。それは上に立つ者の態度ではない)

長月(代表として、皆の安全を確保するために常に最善を選び続けなければ)

長月(……)

長月(また立場に喰われそうになってるな)

長月(いや、ここはまだマシだ。歴史も何も無い分、しがらみも少ない)

長月(国家に隷属する軍隊の一指揮官など心労察するに余りある)

長月(提督……)

長月(そっちで見ててくれ。私はここを必ず守ってみせるぞ)


昼 ハワイ 装甲空母姫の棲家


飛行場姫「いるかー?」

離島棲鬼「……何ですか。五位様」

飛行場姫「チョコレート持ってきたから、姉ちゃんに渡しといてくれ!」

離島棲鬼「……はい」

飛行場姫「連合のカカオ使ってるからハワイのとちょっと味が違うんだ。オマエも姉ちゃんと分けて……」

飛行場姫「うーん、姉ちゃん分けないかな。ごめん。オマエの分も作れば良かった」

離島棲鬼「お渡ししておきます」

飛行場姫「……なぁオマエ」

離島棲鬼「なにか?」

飛行場姫「元気無いぞ? 大丈夫か?」

離島棲鬼「余計なお世話ですっ!」



離島棲鬼「姫様、第五位がこれを持ってきました」

装甲空母姫「……なによ、それ」ゴロゴロ

離島棲鬼「連合のカカオで作ったチョコレートだそうです」

装甲空母姫「人間のカカオから? 嫌よ、気持ち悪い。処分しておいて」ゴロゴロ

離島棲鬼「……畏まりました」

装甲空母姫「それにしても、なんでチョコレート?」ゴロゴロ

離島棲鬼「……失礼します」


装甲空母姫の部屋から出て、手に持った箱の処分について頭を悩ませる。


離島棲鬼「なんで? はっ。バレンタインだからに決まってるでしょ」

離島棲鬼「……これ、どうしたものかしら」

全てが手作り感満載不細工な箱だった。


離島棲鬼「……」ガサゴソ


気まぐれに包みを解いてみると、中から不細工な形の小さいチョコが出てくる。


離島棲鬼「……」クス


それを見ると自然に笑みが浮かんだ。

歪なハートマークをした、作った者の人柄が見えるような……そんなチョコだった。


離島棲鬼「下手くそ」


離島棲鬼「……」パクッ


一気に口に放り込む。


離島棲鬼「……」モグモグ

離島棲鬼「……味は、うん」

離島棲鬼「……おいしいわね」


夜 ハワイ 宮殿


飛行場姫「おーい黒ちゃーん!」ブンブン

黒妖精「またお前か。どうしたんだ」

飛行場姫「チョコレート作ったからさ。トーちゃんと黒ちゃんと、白ちゃんの分!」

黒妖精「ああ、今日は人間のバレンタインか」

飛行場姫「美味いから、よく味わって食べろよ」ケラケラ

黒妖精「分かった。渡しておく」

飛行場姫「白ちゃんのはそっちの大きいのだから。あと、早く病気治せって言っといて」

黒妖精「……分かった」


飛行場姫「なんだよー? 今日会う奴ら皆なんか疲れてんな。黒ちゃんも大丈夫か?」

黒妖精「明日の準備でちょっとな。忙しいんだ」

飛行場姫「そっか。なら仕方ないけど白ちゃんみたいに身体壊すなよ!」


飛行場姫「んじゃ私はビーチで遊ぶから! またな!」

黒妖精「ああ。明日は大事な日だからな。フカに食われるなよ」

飛行場姫「あはは! 食われねーよ!」


走り去っていく姫の姿を、妖精は何も言わず見つめていた。


黒妖精(……白、すまない。お前のことを第五位に言うべきなのは俺も分かっている)

黒妖精(でも俺はあの子の笑顔を曇らせたくないんだ。時間の問題だと知っていても)

黒妖精(ああ……どこまでも臆病な私を許してくれ……)


2月15日


朝 ハワイ 神姫楼


大事なものは空爆で壊されないよう、地下に作るものである。

バンカーバスターなるものが登場してからもその傾向は変わりそうになかった。

これは安全に肝要なのは科学的小理屈でなく心で感じ取る部分であることの証左となり……はしないかもしれない。


上位種である変異型ブレインは量産型と同じ製造工程を踏まない。

神姫楼は姫が作られる場所であり、彼女たちにとって自らが生まれた特別な場所である。


そんな大事な場所は勿論地下にある。


元の持ち主であったアメリカ軍によって人工的に作られた地下要塞の一角は、妖精によって改装されていた。


妖精の技術により作り出された、青みを帯びた光が空間を満たしている。

光は安定すること無く……揺らめく水面のように移り変わりつつ、空間内にある存在を浮き出しにする。


六人と一匹がこの地に集まっていた。


今回の重大な話し合いへ参加する資格を持った姫たちである。

黒妖精「よく集まった。この聖なる地に足を踏み入れる意味を重く……」

装甲空母姫「御託は良いわ。早速始めましょう」

空母棲姫「大西洋方面、インド洋方面の姫たちは良いの」


席は9つ用意されていた。その内、3つは既に戦闘で喪失され空席である。


黒妖精「構わん。太平洋こそ我らが主戦線。序列を踏まえてもこの面子が妥当だ」

装甲空母姫「そう。太平洋以外はおまけなんだから」

中間棲姫「……」

港湾棲姫「……」

装甲空母姫「本当のことを言ったまでじゃない。そうでしょ第九位」

北方棲姫「えっ!? あっ、うん……」

装甲空母姫「そもそも、自らの土地と軍団を持たぬ姫など……姫と言えるのかしら」

装甲空母姫「ああそうだ。ここにも住む場所を持たない姫居るんだった」

飛行場姫「……」

装甲空母姫「……ねぇ貴女たち、そんな奴がこの場に居る資格はあると思う?」

黒妖精「……五位は正式に認められた出席者だ。口を慎め、三位」

装甲空母姫「黒妖精様、この場は姫の場。どう進めるかも姫に一任されています」

装甲空母姫「口出しは慎んでいただけると助かるのですが」

黒妖精「ぐっ……確かに大妖精様の権利は議会へ委譲されたがな!」

黒妖精「私は中立者としてこの場に存在する。口出しはさせて貰うぞ」


装甲空母姫(お父様の小間使い風情が偉そうに)


装甲空母姫「そうだ! なら私は、『議会』における議決第一号を提案するわ」

装甲空母姫「艦娘に拿捕され、海洋連合という場において人間に洗脳された第五位を」


装甲空母姫「『議会』から除名しませんこと?」ニィ


飛行場姫「……」


空母棲姫(……第五位はここで退場)

空母棲姫(生憎、チョコレートくらいで私は買収されない)


海洋連合が出来てからの第五位の行動は深海棲艦として異常だった。

人質となったせいで戦争を中断させたことには目を瞑るとしても……。

それ以後は明らかに、我々の戦争スケジュール遅延を目的とした行動を取っていたのだから。

何らかの形で反発を食らうのは当然と言える。

先程から第五位は全く反応を見せていない。

目を瞑り腕を組んだまま、黙りこんでいる。

諦めているのか? いや、そうは見えない。

……この状況をひっくり返す自信があるのか。


黒妖精「そのような議決は認められない!」

装甲空母姫「あら、中立者はそこまで口出しするの?」

黒妖精「議会のシステム自体を壊そうとするのは見逃せんな!」

装甲空母姫「敵を内部に入れる事こそ破壊に繋がるわ」

黒妖精「大妖精様が選んだ出席者に不満があると……そう貴様は言いたいのか」

装甲空母姫「お父様を貶めるつもりはないわ。ただこの子は人間に感化されすぎている」

装甲空母姫「今後も利敵行為をする可能性が極めて高い」

装甲空母姫「第五位を追放することは、お父様が作ったシステムを守るための正当な行いよ」

黒妖精「しかし……!」


飛行場姫「二人とも、その話し合いに結論は出るのか?」


空母棲姫「……!」

中間棲姫「……」


喋った。

誰もがそう思ったことだろう。

飛行場姫「出ないなら、もう多数決しちゃえば良いんじゃね?」

黒妖精「そうすれば第五位、お前は……!!」

飛行場姫「黒ちゃん、落ち着きなよ。オマエ、今回は中立なんだろ」クスクス

装甲空母姫「そ……そうよ! 今の発言こそ妖精が特定の姫に肩入れしている証拠じゃない!」

黒妖精「う……」

飛行場姫「じゃあ議決を取ろっか。えーっと、この場合引き分けってどうなるんだ?」

装甲空母姫「何で貴女が仕切ってるの? 進行は私、主席である私なんだから」

飛行場姫「ねえち……第三位がやってくれるなら、お任せするぞ」


装甲空母姫(なによ! 落ち着き払って見せて!)イライラ


装甲空母姫「同数の場合は棄却しましょう。勝ち負けが出ないなんて意味が無いもの」

黒妖精「ここで決めるのは勝ち負けでは……」

装甲空母姫「議決第一号、第五位の議会からの除名について。反対の者は挙手しなさい」

中間棲姫「……」

北方棲姫「……」

飛行場姫「……」

港湾棲姫「……」

空母棲姫「……」


手を挙げる者は一人も居なかった


装甲空母姫「誰も反対しないみたいね。残念だったわね第五位」

装甲空母姫「別に貴女が自分で手を挙げても良かったのよ。結果は変わらないし、姫として見苦しいけれど」クスクス

装甲空母姫「さぁ、部屋から出てお行きなさい。後は私たちで済ませるわ」

黒妖精「……第三位」

装甲空母姫「はぁ。黒妖精様は口出しをしないで頂けますか」

装甲空母姫「これはルールに則って民主的に決めた公正公明な結果ではありませんか」


黒妖精「多数決は挙手でなく投票券で行うのだぞ」


装甲空母姫「……え?」

空母棲姫「当たり前でしょ。人間の学校じゃあるまいし」

北方棲姫「おばちゃん、お手紙に多数決のやり方……書いてあったよ?」

中間棲姫「……」

装甲空母姫「な、ならもっと早く言いなさい! 私に恥をかかせるような真似をよくも……! ていうか第九位! おばちゃん言うな!」

北方棲姫「……」ガクガク

空母棲姫「貴女が勝手にしたことよ。皆何もしていない」

装甲空母姫「チッ……」イライラ

黒妖精「確認しておくと、投票での回答パターンは三つ。賛成、反対、棄権だ」

黒妖精「議決に賛成なら○、反対ならば×、棄権ならば白紙で提出しろ」

黒妖精「尚、当然のことながら票は無記名とする」

黒妖精「書かれた票を集め結果を発表するのが、中立者たる私の仕事である」

装甲空母姫「それじゃ、誰がどう投票したか分からないじゃない?!」

黒妖精「分からなくするための仕組みだ! お前のような輩の横暴を防ぐためのな!」

装甲空母姫「なんてまどろっこしい……」イライライライラ


装甲空母姫「けれどまあ良いわ。どのみち結果は変わらないのだから」


装甲空母姫「さっさと始めなさい」

黒妖精「では一人ずつ別室で……」

装甲空母姫「まどろっこしい!」

黒妖精「そういう決まりだ!!!」


この後、一人ずつの投票は特に問題もなく終了した。

黒妖精「……投票の結果を発表する」



【第1回投票結果】

賛成:2

反対:2

棄権:2



飛行場姫「……」

港湾棲姫「……!」

北方棲姫「うぅ……」ガタガタ

空母棲姫「……どういうこと」

中間棲姫「同票……」

装甲空母姫「不正があったようね。票を見せなさい」

黒妖精「よろしい。それはお前たちの正当な権利だ。ほら」

開示された票には、○を書かれたものが二つ、×を書かれたもの二つ、白紙二つが確かに存在した。

装甲空母姫「……何故、何故反対者が居るの!?」

黒妖精「議決第一号、『議会からの第五位追放』については棄却とする。話を進めろ」

装甲空母姫「こんなものは無効よ! もう一度投票させなさい!」

北方棲姫「で、でも同数なら棄却って……さっきおばちゃんが決めたのに……」

装甲空母姫「お前はさっきからおばちゃん言うな!!!」


空母棲姫(何が起こった)

空母棲姫(私は賛成に投票した。第三位も間違いなく賛成、これで二人)

空母棲姫(反対が、第五位は確定として……)チラッ


港湾棲姫「……」ガクガク

中間棲姫「……」

北方棲姫「……」プルプル


空母棲姫(この中に反対した者が一人居る、ということになる)

空母棲姫(……誰?)


黒妖精「しつこいぞ第三位。第五位除名は議決により棄却された。話は終わりだ」

装甲空母姫「裏切り者は出て来なさい! 九位! まさか貴女じゃ無いでしょうね!!」

北方棲姫「……」プルプル

飛行場姫「第三位、他の参加者を恫喝するのは見過ごせないぞ」


装甲空母姫「なによ、棄却されたからって落ち着き払って良い子ぶって」

装甲空母姫「どうやって他の姫を買収したかは知らないけど、いい気にならないことね」

装甲空母姫「所詮二人の弱小グループよ!」

飛行場姫「別にいい気にはなってないんだけどな……」

黒妖精「第三位、投票者を特定するような物言いは控えろ」

装甲空母姫「ふんっ!」


装甲空母姫「……色々出鼻を挫かれたけれど、そろそろ本題へ入りましょうか」

装甲空母姫「この戦争についてよ」

飛行場姫「……」

港湾棲姫「……」

中間棲姫「……」

空母棲姫「……」

北方棲姫「……」

装甲空母姫「今現在、我々は人類に対して不本意な沈黙を保っている」

装甲空母姫「これはどこかの馬鹿が艦娘に鹵獲されたせいなんだけど」チラッ

飛行場姫「……」

装甲空母姫「そろそろこの沈黙を破っても良いと私は思うの」

中間棲姫「戦いを再開する、ということですか」

装甲空母姫「そうよ。戦力は十分。準備は整っているわ」

空母棲姫「やるとすれば、どこをやるの」

装甲空母姫「海洋連合」

飛行場姫「……!」

装甲空母姫「あの忌々しい艦娘と妖精を残しておくと、後々厄介だもの」

港湾棲姫「……」

空母棲姫「……」

装甲空母姫「議決第二号、そうね『休戦条約破棄について』とでもしましょうか」

北方棲姫「……」プルプル

中間棲姫「……」


装甲空母姫「さぁ、投票をしましょう。私たちの使命を果たすために」


空母棲姫「第三位、少しいいかしら」

装甲空母姫「どうかしたの八位」

空母棲姫「私は連合攻撃に反対だから。まずそれを伝えたくて」

装甲空母姫「そう……。貴女が五位の味方ってわけ?」

空母棲姫「その話は今関係無い」

装甲空母姫「恥知らずの裏切り者! 人を守るなんて頭がイカれてるんじゃないの!?」

北方棲姫「……」プルプル

空母棲姫「落ち着きなさい」

装甲空母姫「……なによ」


空母棲姫「正直言って、私は第三位の指揮能力を評価していない」


装甲空母姫「……それで?」イライラ

空母棲姫「貴女は勇猛。でも視野が狭すぎる。性質として、指揮官に向いていない」

空母棲姫「第一位、第二位も同じ。勇猛すぎた。最前線に近い位置で味方を鼓舞しながら戦うのはリスクが高過ぎる」

空母棲姫「かつて私たちにとってその勇猛さは美徳だった。姫としての誇りだった」

空母棲姫「それは物量による平押しを行う場合、とても効果的な心理だった」

空母棲姫「でも、もうそれじゃ駄目。空間すら捻じ曲げる羅針盤と、私たちと同じ力を持った艦娘の組み合わせには対応できない」

空母棲姫「我々は相手の戦術を真の意味で理解出来て居なかった。だから二人は死んだ」

装甲空母姫「第一位様と第二位様を……そんな風に……!」

空母棲姫「勿論私も尊敬している。勘違いしないで」

空母棲姫「ただ、いつの時代も新たな兵器やそれを効果的に利用するための戦術が登場する」

空母棲姫「新たな力を有効に使えるものが戦場を制し、戦争を有利に進める」

空母棲姫「戦争を有利に進めたその果てに、全てを導く権利をようやく手にする」

空母棲姫「我々はその権利を求め戦い続けていた」


空母棲姫「トラックで、まずは敵の持った新たな力を理解することが先決だった。でも貴女は思考停止し、平押しに徹した」

空母棲姫「戦力引き抜きに猛反対した私の言葉も聞かず、南太平洋を空にした」


装甲空母姫「……」

空母棲姫「あとはもうご存知。手薄になったガダルカナルは呆気無く落ち……」

空母棲姫「トラックではほぼ同数以上の相手に馬鹿正直な正面からの航空撃滅戦を行い、その過程で私の子飼いの部隊は得意の戦術機動を行うこと無くすり潰された」

空母棲姫「我々は甚大な被害を出し、その補填に多くの時を失った」

空母棲姫「新たな兵器の存在があった、というだけでは説明がつかないほど多くの時を」

港湾棲姫「……」


空母棲姫「第三位、貴女はこの戦争について話そうと言った。だから私も正直に話す」

空母棲姫「お父様の戦争指導は……極めてマズイわ。でもそれでいいの」

空母棲姫「お父様はあくまで我々の思想的な指導者であって、戦場に立つべき妖精じゃない」

空母棲姫「だからこそ、私たち『姫』と呼ばれる存在がお父様の意思を持ち、戦場へ赴いている。戦うのは私達の仕事」


空母棲姫「私はね、今回の議会設立が嬉しいの」

空母棲姫「今までと同じように戦い続けても、我々の欲しい物は永遠に手に入らない」


黒妖精「……!」


空母棲姫「我々……いえ、戦場での指導的な立場にある私たち姫は、もう変わらなければならないと思う。権利を手に入れるために」

空母棲姫「この話し合いは変わるための一歩に繋がると私は信じてる」

空母棲姫「もう一度言う。私は、海洋連合への攻撃に反対よ」

空母棲姫「今現在、この戦争は人間対深海棲艦という構図ではない」

空母棲姫「妖精対妖精、それを鑑みて妖精の集結した海洋連合を滅ぼすのは納得が行く」

空母棲姫「けれど第三位、私たちは彼らをすり潰すに足る力を本当に持っているの?」

空母棲姫「貴女は彼らの戦術を十分に理解しているの?」

空母棲姫「そもそも貴女は、戦う上で我々に何が必要で何が不要か理解しているの?」

空母棲姫「私の質問に答えて頂戴」


誰も言葉を発さなかった。それでも、変革のきざしを誰もが感じていた。

姫同士の横の繋がりは希薄の一言に尽きる。

互いの存在は知っていても連絡など取りはしない。

全てが大妖精指揮下にあった時は、序列が価値判断と正誤判断の基準だった。

第八位が第三位に意見具申する機会など、ましてやそれを姫全体で共有するなど無かった。


装甲空母姫「……」


今までの彼女であれば、下の者の戯言として第八位の意見など聞き入れもしなかったであろう。

だが、今の第三位には第八位の意見が胸に突き刺さるほどとなっていた。


中間棲姫(……思い出しました)

中間棲姫(何を?)

中間棲姫(いつも私の索敵に一瞬だけ引っかかる……神出鬼没の敵空母機動部隊、と言えば貴女も思い出しますよ)

中間棲姫(まさか大和型を沈めた奴ら!?)

中間棲姫(はい。混乱のわずかな隙をついた包囲殲滅、徹底した波状攻撃、母港目前での奇襲)

中間棲姫(あらゆる手を尽くし南太平洋で一線級の艦娘を沈めていったキラーフリート)

中間棲姫(……こんなところでお目にかかれるとは思ってもみなかったわ)

中間棲姫(ええ、私もです。この戦略眼と佇まいを見れば……もう疑いようも無いでしょう)


中間棲姫(彼女があの機動部隊の指揮官です)


空母棲姫「……皆黙っているけど。私、何か変なことを言った?」

装甲空母姫「……まず貴女に謝っておくわ。貴女は裏切り者なんかじゃない」


装甲空母姫「疑ってごめんなさい」


黒妖精「なんと……!?」

港湾棲姫「……」

飛行場姫「……」

北方棲姫「おばちゃんが他の姫に謝ってる……」


装甲空母姫「な、なによ。私だって自分に非があると分かれば謝るわよ」

装甲空母姫「あと九位……貴女もう確実に分かってやってるわよね?」(#^ω^)ビキビキ

北方棲姫「ひうぅぅ……!!」ガクガク


中間棲姫(あら、可愛いとこあるじゃないの)

中間棲姫(これは……少し意外ですね)


第九位、北方棲姫の発した言葉と同じ感想を誰もが抱いていた。


空母棲姫「いえ。別に謝罪はいらないわ。貴女が謝ったところで失った時間が取り戻せるわけではない」

装甲空母姫「……そうね。でも謝らせてちょうだい。私は貴女を誤解していた」

空母棲姫「誤解?」

装甲空母姫「私は人を滅ぼすことしか頭に無かった。ええそう、貴女の言う通りよ」

装甲空母姫「視野が狭く勇猛なだけ。知ってるわ。私は自分自身それで良いと思っていたもの」

装甲空母姫「お父様への愛こそが全てだと信じていたから」

空母棲姫「……」

装甲空母姫「貴女の言葉の端々から姫としての誇りとお父様への愛が伝わってきたわ」

装甲空母姫「……今までの自分が恥ずかしくなった」

装甲空母姫「私がしていたのは自己満足。お父様にこの気持ちは繋がっていなかった」

装甲空母姫「でも貴女は、ずっとお父様の為に戦っていたのね」

空母棲姫「お父様は私の創造主なのだから、愛すのは当然でしょ」

装甲空母姫「……そうね」


装甲空母姫「貴女の質問に答えるわ。私は海洋連合をすり潰すことは可能だと思っていた」

装甲空母姫「どんな戦術で挑まれようと物量の平押しでね…………私は、貴女のようには考えられてなかったのよ」

装甲空母姫「何が必要で不要かも考えたことが無かったわ」


空母棲姫「第三位」

装甲空母姫「……なに」


罵倒されること覚悟の返事だった。愚かな自分を叱咤するためにも必要なことだと思った。


空母棲姫「正直に答えてくれてありがとう」ニコッ

装甲空母姫「……罵ってよ。本当に惨めだわ」

空母棲姫「惨めじゃない。貴女はこの場において変わった。これは喜ばしいこと。嬉しいわ」


空母棲姫「我々は勝利へ近づいている」


中間棲姫(第八位の言う通りね。あの高慢ちき、中慢ちきになったわよ)

中間棲姫(ふふふ。ちょっと美味しそうですね、それ)


装甲空母姫「変わった、のかしら。よく分からないけれど」

装甲空母姫「けど」

装甲空母姫「私のお父様への愛を真っ向から否定されたようなものなのに」

装甲空母姫「嬉しいのよ、私。第八位、貴女が居てくれて、嬉しいと思ってる」


空母棲姫「志が同じ者の姿が見えるくらいには……視野が広がったみたいね」クス

装甲空母姫「……」


装甲空母姫「第五位、貴女の意見も聞かせて頂戴」


飛行場姫「……いいの?」


装甲空母姫「『人間と戦わない』という題目は私には理解出来ない思想だけど、何か理由があるんでしょ」

装甲空母姫「その理由を聞いても私には理解出来ない気がするけど……この場で話す権利くらいはあるわ」


中間棲姫(小慢ちきになったわね)

中間棲姫(あまり美味しそうにありませんね)

中間棲姫(ところで貴女、やっぱり第五位の肩を持つの?)

中間棲姫(ええ)

中間棲姫(今の第三位なら着いて行っても面白いと思うけど)

中間棲姫(確かに自らの器が足りないことを自覚した者は強いですが……まだですね)

中間棲姫(どうして?)

中間棲姫(父親への盲目的な崇拝なんて気持ち悪いじゃないですか。今日び流行りませんよ)

中間棲姫(……やっぱり貴女、酷いわね)

中間棲姫(普通ですよ。それに、第五位はもっと凄いです)

中間棲姫(殆ど喋ってないじゃない)

中間棲姫(ふふっ、まぁ見ててあげて下さい)


飛行場姫「……実は私、好きな男が居るんだ」


中間棲姫「……」クスッ

装甲空母姫「……はっ?」

空母棲姫「……だから人と戦わないなんて、正気じゃ無いわね」

港湾棲姫「……」

北方棲姫(どゆこと?)


飛行場姫「いやさ、そりゃ最初は嫌々連れて行かれたんだけどさ」

飛行場姫「意外と良い奴多いんだぞ? だから皆も一回さ……」

装甲空母姫「……」

空母棲姫「……」


飛行場姫「遊びに~……来たりとか~……」

港湾棲姫「……」

中間棲姫「……」プルプル


飛行場姫「したりぃ~……?」

北方棲姫「?」

黒妖精「……」


飛行場姫「……」

飛行場姫「知ってる? 今日さ、私達がこうして話すのって初めてなんだよ」

飛行場姫「みんなの見たこと無い表情が沢山見られて、本当に良かった」

飛行場姫「顔と顔突き合わせて喋ることは、関係を築く上で重要だって私の友達も言ってたし」

飛行場姫「さっき実際に第三位が変わったみたいに、直接話し合ってると自分が変わってく」

飛行場姫「海洋連合も同じ。毎日この会議開いてるみたいな、自分が変わり続けちゃう場所なんだ!」

飛行場姫「私も人を殺すことが良いことだと思ってたけど、すっかり変わっちゃった」

飛行場姫「それで、変わったからこそ見える景色がある」

飛行場姫「私たちの使命は人を殺すことでも戦争に勝利することでもないって、今は分かる」


空母棲姫「少なくとも生まれた理由は戦争に勝利するためよ」


飛行場姫「そりゃトーちゃんたちの作った動機だろ? 私たち自身はどうなんだ?」


空母棲姫「自分のものより大妖精様の動機が優先されるに決まってるじゃない。貴女、自分が人間にでもなったつもりでいるの?」


飛行場姫「第八位こそ、自分がただの兵器のつもりなのか?」


空母棲姫「はっ、寝ぼけてもここまでの間抜けな台詞は吐けそうに無いわ」


飛行場姫「オマエ、トーちゃんが捨てろと言えば、自分の持ってる大切な物まで投げ出せるのか?」


空母棲姫「投げ出せるわね。そもそも、お父様への気持ちが私にとって一番大事なものよ」


飛行場姫「……第八位、それ間違ってるぞ。うん。間違ってる」


空母棲姫「どこが」


飛行場姫「本当に大事なものが一つだけなら誰も迷ったり苦しんだりしない!」


空母棲姫「第五位、間違っているのは貴女よ」

空母棲姫「自分にとって本当に大事なものが何か分からないこと、分かっていても大切に出来ないことが迷いや苦しみに繋がるの」

空母棲姫「貴女が言っているのは何も選べず守れない弱者の恨み言そのものよ」


飛行場姫「うむむむむむ!! なんて視野の狭い……オマエ、それでも空母か!?」


空母棲姫「空母だけど、何か?」


飛行場姫「やめとけって。絶対後悔するから」


空母棲姫「お生憎様。私は生まれてこの方、後悔なんてものをしたことが無いわ」


空母棲姫「自分以外のせいで歯がゆい思いは何度もしたけど」


装甲空母姫「……第五位、貴女の今の言葉で他の姫が納得すると思っているの」

飛行場姫「私は知ってる。理解出来ないのはオマエラがまだ知らないからだよ!」


装甲空母姫「いい加減にしなさい。私たちは兵器よ。それ以外の何だって言うの」

装甲空母姫「大事なもの? 誰だってお父様が一番大切に決まってるでしょ。私たちの創造主様なんですから」


飛行場姫「だったら……兵器なんだったら」

飛行場姫「なんで私たちはこんな無駄な言い争いしてるんだ? 気持ちなんて、心なんて無ければもっと合理的で完璧じゃん!」

飛行場姫「なんで私の手は温かいんだ!? 熱なんてただ無駄なだけじゃん!」

飛行場姫「形状だって人型じゃなくて球体のほうがよっぽど戦いやすい!」

飛行場姫「トーちゃんがそう望んだからだろ!?」


空母棲姫「そうよ。ただお父様がそうあれと望んだから。私たちがいる」

飛行場姫「なんだそれ!? オマエら散々トーちゃんを持ち上げといて、神聖視しといて」

飛行場姫「そんな神聖視する凄いトーちゃんが作った自分を、ただの兵器って言い切ってるのか!? それっておかしいぞ!」


空母棲姫「……」


飛行場姫「私はただの兵器じゃない。自分で考えられるし譲れない自分自身の気持ちだってある!!」


装甲空母姫「ねぇ第五位、貴女の物言いは物凄く傲慢に聞こえて、腹が立って仕方ないんだけど」

装甲空母姫「どうやれば貴女みたいになれるのかしら」


飛行場姫「……オマエら、まだ分かんないのか? 私でも分かったんだぞ?」

飛行場姫「トーちゃんがそう望んだんだよ。熱も、心も、形も、創造主の気まぐれなんかじゃなくて、そうなって欲しくて私たちを作ったんだ」

飛行場姫「作った動機は戦争のためだとしても……無意識かもしれないけど……戦うだけじゃなくて、一緒に生きる願いを込めて、作ったんじゃねーのか?」


装甲空母姫「……」


飛行場姫「私たちのトーちゃんへの挨拶のポーズ、変だろ」

飛行場姫「掌で自分を包ませて、ほっぺに親指当てさせて」

飛行場姫「独裁者は孤独だよ。誰とも肩を並べて進めたりしない」

飛行場姫「そんなの寂しいに決まってるじゃん! 誰かに優しく包まれたいと思いもするよ」


飛行場姫「それなのに二人とも、指導者の思想が、戦争がどうこう、お父様のために自分がどうこう」

飛行場姫「第三位が言ってる愛はやっぱりどこまでも一人よがりの自己満足だ」

飛行場姫「第八位が言ってる愛は、ただの思想と戦争の現実の都合の良いすり合わせだ」

飛行場姫「トーちゃんへの愛語るならトーちゃんを見ろよ!! オマエらが見てる部分はトーちゃんの上辺で深みがなくてキラキラしてるとこばっかなんだよ!」

飛行場姫「そんなとこ見ても意味ねーんだよ! トーちゃんは私たちにそんな部分愛して欲しいなんて願って無いんだよ!」

飛行場姫「姫としての誇りとか使命とかお父様とか」

飛行場姫「目がチカチカするものにばっかり自分を持って行って決めつけて、開き直ってカッコつけてんじゃねーよ!」

飛行場姫「そんなオマエらの語る愛って言葉は薄っぺらくて聞くにたえねーんだよ!」

飛行場姫「大事なものは一つしか無い!? わけねーだろ馬鹿! オマエがモノ知らないだけだろこのクソバカ! 弱者の戯言? 上等だよ!」

飛行場姫「だってトーちゃんが欲しいのは盲目な強い奴じゃなくて家族だから!」

飛行場姫「自分の言うことを全部YESと肯定する取り巻きじゃなくて、NOと言ってくれる存在が……家族が欲しいんだよ……」

飛行場姫「なんで! 戦争のことは分かる癖に……分かんないんだよ!」

飛行場姫「……私は海洋連合で洗脳なんてされてない。だから自分で選んでここに居る」


飛行場姫「あの場所で艦娘と人間は変わった。私も変わった。深海棲艦も変わることが出来る」


飛行場姫「私たちにとって必要なあの場所は、どんな手を使っても壊させはしないから」


飛行場姫「もし攻撃するなら、私の麾下にある軍集団は独自の判断で動くよ!」


空母棲姫「貴女は味方を裏切る気?」


飛行場姫「裏切る気なんて無い。私は深海棲艦の姫として、私のすべきことをする」


空母棲姫(言質は取れない、か)


黒妖精「そろそろ投票に移りたいのだが……良いか」


飛行場姫「他にも話さなきゃいけない姫が居るぞ?」


装甲空母姫「そうね。他の子の意見も聞きたいわ」


空母棲姫「時間の制限でもあるの?」


黒妖精「大妖精様がこの場へいらっしゃることになっている」


飛行場姫「……!」


装甲空母姫「そう、だから早く結論を出せと言うわけね」


黒妖精「……」


空母棲姫「……なるほど」


装甲空母姫「一応、条約破棄についての賛成意見と反対意見が両方出てるわね」

装甲空母姫「では、他に付け足して言っておきたいことのある者は言いなさい」


「……」


黒妖精「居ないようだな。それならば投票を早速始めよう。先ほど同様、一人ずつ別室へ」



それぞれの考えの異なりは、戦争遂行についての大きな齟齬を生んだ。

一人は自らのことを、一人は戦争のことを、一人はそれぞれの存在について視座に入れていた。

本来決して交わることのない考えはこの場において交差した。

聞いている者はどれが正しいというわけではなく、どれも真実であるように感じた。


北方棲姫「……」

北方棲姫(私たちはなんの為に存在するんだろう)

北方棲姫(……考えたこともなかったなぁ)


北方棲姫(……姉妹なのに)

北方棲姫(私たちは皆で仲良くすべきなのに、なんで出来ないんだろう)

北方棲姫(誰か一人仲間はずれなんて絶対駄目なのに)

北方棲姫(もし、戦争をもう一回始めちゃったら……)

北方棲姫(第五位とヲ級のお姉ちゃんとも会えなくなっちゃうのかな)

北方棲姫(……やだなぁ)


港湾棲姫「……」

港湾棲姫(……レ級が言っていたことが少し分かった。……気がする)






2月11日

昼 フィジー島 港湾棲姫の棲家


レ級改「んでですねー、第六位様」

港湾棲姫「……な、なに?」

レ級改「次の会議では、姫様を助けてやって欲しいんすよ~?」

港湾棲姫「……それは不可能。……第五位は戦争を望まず、私は戦争を望む」

レ級改「いや~、駄目っすか~」

レ級改「なら奥の手使うしかないかなぁ」


レ級改「第六位様、フィジーは今海洋連合と深海棲艦との最前線だ」

レ級改「もし、もしだけどさ、連合と深海棲艦が戦争になったら……ウチのお姫様は連合の味方をする」

レ級改「そうなった場合、どういうことが起こるかわかるか?」

港湾棲姫「……脅しのつもりか。……第五位は我々を裏切る気なのか?」

レ級改「連合は脆いからな、叩ける敵は優先的に叩かなきゃ駄目なんだよ」

レ級改「フィジーの艦隊は量ばっかりあるが質はちっとも伴ってない」

レ級改「あんたも知ってんだろ? 第五位の軍集団にどれくらいの戦力が居るか」

レ級改「あんたを消滅させてこの島を更地にするくらい、わけないぜ」


港湾棲姫「……知っているぞ。……全面戦争になれば海洋連合は我々には絶対に勝てない」

港湾棲姫「……局地戦では勝てても、大勢に影響はない」

港湾棲姫「……あの場所はお前の言葉以上に脆弱だ。……戦争の準備など出来ていない、いや、していない」

港湾棲姫「……だからお前は私を脅す。……強く出ることは自信の無さの証だ」


レ級改「へぇ、さすが一端の姫」


港湾棲姫「……第五位が何故人を守ろうとするかは知らない。……だが私はお前に屈さない」


レ級改「でも分かっちゃいねぇ。アンタ、オレが言ってること理解出来てないだろ」

港湾棲姫「……」


レ級改「オレは人間なんて別に好きでも嫌いでもねぇよ? でもよ、オレの姫様が」

レ級改「オレの大事な人が、そう望んでんだ。深海棲艦を裏切る? 戦争の大勢がどうこう? んなもん知るかよ」

レ級改「上からの命令に従うしか能のない木偶人形がよ、あの笑顔を曇らせるなら」


レ級改「絶対殺してやるってオレは言ってんだ」

港湾棲姫「……っ!」

レ級改「もし命が惜しいならオレのこと覚えといてな」

レ級改「姫様を悲しませるようなことがあったら……守れなかった失意のオレと一緒に死のうや」

レ級改「あ、アンタのおっぱいオレ好みだから。別にオレは最初からそれでもいいかも」ケラケラ


港湾棲姫「……狂っている自覚が無いのか」


レ級改「ケケケ!」

レ級改「褒め言葉だね。そう見えるくらい今のオレが一生懸命なら」

レ級改「オレはもうただの木偶人形じゃないってことだからな」






港湾棲姫(……私と第五位は違う。……何が違う)

港湾棲姫(……分からない)

港湾棲姫(……海洋連合に何かあるのか)

港湾棲姫(……知りたい)

港湾棲姫(……さっきは棄権に投票して良かった)

港湾棲姫(……もし素直に賛成に入れて、第五位が除名追放されていたら……私はレ級に……)


港湾棲姫「……」ガタガタ


それぞれの思惑を乗せ、投票は進んでいった。


黒妖精「……結果が出た」

黒妖精「議決第二号『人類との休戦条約破棄について』だが」

黒妖精「賛成4、反対2で可決。条約は破棄されることが方針として決定された」


装甲空母姫「……まぁ、そうよね。当然よ」

空母棲姫「……とりあえず良かったわ。皆がおかしくなっていなくてね」

港湾棲姫「……」

北方棲姫「えっ!? ホントに!?」


装甲空母姫「……九位、反対は貴女だったのね」

北方棲姫「あっ……えっと……その……」

中間棲姫「……」

飛行場姫「……」

港湾棲姫「……休戦が破棄されたら。……攻撃場所は海洋連合?」

空母棲姫「いえ、焦ることはないわ。敵を倒すためにゆっくりと戦略を練りましょう」


飛行場姫「……やだよ」


中間棲姫「……」

港湾棲姫「……そう。海洋連合だけは駄目。……海洋連合は強い」

装甲空母姫「そうね、引き続きどこを攻撃するのかについての話し合いを……」


飛行場姫「……こんなのやだよ!!!」


自らの声を聞けと言わんばかりに、悲痛に叫んだ彼女は泣いていた。

涙は途切れること無く、頬を伝い続けている。

北方棲姫「……」オロオロ

港湾棲姫「…………」ガクガクガクガクブルブルブルブル


装甲空母姫「あら、さっきまで独自の何とかって啖呵切ってた癖に」

装甲空母姫「悔しくて泣いちゃったわね」クスクス


飛行場姫「な、泣いてないもん!」ポロポロ


装甲空母姫「……泣いてるじゃない」


飛行場姫「別に悔しくないもん!」ポロポロ


空母棲姫「……悔しくて悲しいから涙が出てるんでしょ。もう黙ってなさい」

空母棲姫「後は残りの姫が決めるから、帰っても良いわよ」


飛行場姫「お願いだみんな! 考え直してくれ!」


装甲空母姫「しつこいわよ五位!」


飛行場姫「……!」ビクッ


装甲空母姫「結果を見れば分かるでしょう! 九位以外誰も貴女の言うことを受け入れられなかったのよ!」


空母棲姫「……結局、貴女の言ったことも貴女の想像でしかないということ」


飛行場姫「そんな……私の言葉じゃ届かなかったのか……?」


装甲空母姫「ええ、そうよ。届かなかっ」「いいえ」

中間棲姫「ちゃんと届きましたよ。第五位」


そう言うと、七位の目尻が柔らかく動いた。

口元は隠れて見えないが、彼女は恐らく笑っていた。


飛行場姫「えっ?」

装甲空母姫「……貴女、急にどうしたのよ」

中間棲姫「私は急用が出来ましたので、これで失礼致します。行きましょう第五位」

飛行場姫「えっ、えっ!? ええぇ!?」


第七位は第五位の腕を掴み部屋の外へと連れ出した。

状況が理解出来ず唖然とする残りの参加者のうち一人が、これまた突拍子もないことを言い出した。


北方棲姫「……私も行く!」

北方棲姫「五位と七位のお姉ちゃん! ちょっと待ってー!」トタトタ


装甲空母姫「ちょっと! 九位!」

港湾棲姫「……私も失礼する」スタスタ


空母棲姫「これは……何が……」

空母棲姫「黒妖精、貴方まさか」


黒妖精「第一回議会はこれにて閉会とする」

黒妖精「議決は我々の総意であり、これらを元に我々は戦争を遂行していく」


空母棲姫「……そういうこと。とんだ茶番ね。はしゃいだ自分が嫌になるわ」

装甲空母姫「ど、どういうことよ、説明しなさい八位!」

空母棲姫「姫の自主性も、公平公正も何もかも欺瞞よ。私たちは筋書き通りに動いただけ」


黒妖精「ほう、不満そうだな」

黒妖精「大妖精様の筋書き通りに動くのが嫌なのか。お前たちはただの兵器なのだろう」


空母棲姫「……」

装甲空母姫「???」


黒妖精(第五位、お前の気持ちは……他の者にも届いていたぞ)


昼 ハワイ 海岸


飛行場姫「ど、どうしたんだ七位。私はまだ会議に……」


中間棲姫「無駄ですよ。いくら投票しようが、あの場所での結果は変わりません」


飛行場姫「……?」


中間棲姫「私は条約破棄反対に入れました。あの様子から見て九位も。貴女も反対。それなのに、票は二票」

中間棲姫「結果は確実に操作されています。これは大妖精様による出来レースだったのですよ」


飛行場姫「????」


中間棲姫「一回目の投票も疑わしい点が多いです。私と第九位と貴女で三票無ければおかしいのに、実際は……」


飛行場姫「ううん。ならあれは二票で正しいぞ」


中間棲姫「……貴女、まさか棄権したの?」


飛行場姫「うん」


中間棲姫「どうしてそんな無茶を」


飛行場姫「私の部下が、他の姫の所へ行って説得に当たってたんだ」


中間棲姫「ああ……。ミッドウェーにタ級さんが直接来た時は驚きましたよ」


飛行場姫「あいつらは私が最高に信頼する奴らだ。説得に失敗するわけない」

飛行場姫「だから私が棄権しても票は賛成2、反対3で反対の勝ちだ!」


中間棲姫「……あはははは!!!」

中間棲姫「貴女、本当に良い子ね。しかも面白いわ」

飛行場姫「お、おう? ありがと……?」


飛行場姫(なんだ? 雰囲気変わった……?)


中間棲姫「でも自分でも投票しなきゃ駄目よ。棄却になったから良かったものを」

中間棲姫「貴女、危うく部下の頑張りを無駄にするところだったんだから。次からあんなことしない。分かった?」


飛行場姫「分かった。……実はあの時はちょっと、テンパりすぎてたのもあって。駄目だな私」


中間棲姫「うふふふ。そう、緊張してたのね。なら仕方ないわ」クスクス

中間棲姫「良いのよ。私達はダメな子ほど面倒見てあげたくなっちゃうんだから」

飛行場姫「七位、裏で糸引いてるのはトーちゃんなのか」


中間棲姫「黒妖精を操れる人は、一人しか居ないもの」


飛行場姫「ちょっとトーちゃんと話しつけに行って……」「やめなさい」ガシッ


中間棲姫「大妖精様はもう、貴女の知ってる父親じゃない」


飛行場姫「どゆことだ?」


中間棲姫「変わってしまっているの。腹心の白妖精まで殺して、何かを成し遂げようとしている」

中間棲姫「それが一体何か、私にも分からないんだけどね」


飛行場姫「ちょ、ちょっと待てよ? 白ちゃんは病気で倒れたんじゃ……」


中間棲姫「……話は後よ。急いで手勢を集めなさい。ハワイから脱出するわ」


飛行場姫「色々わけ分かんないぞ!?」



中間棲姫「このまま何もしなければ、貴女が好きな人間と会うことも出来なくなるけど、いいの?」


飛行場姫「そりゃ嫌だけど……」


中間棲姫「それで良いわ。ひとまず帰りましょう。私たちの居るべき場所へ」


飛行場姫「……どこだそれ?」


中間棲姫「いやね、海洋連合よ。貴女が言ったんじゃない。必要な場所だって」


飛行場姫「言ったけど……七位、オマエ、来てくれるのか?」


中間棲姫「ええ。貴女が本物かどうか、試させて貰うわ」


飛行場姫「……」


中間棲姫「ちょっと、どうしたの?」


飛行場姫「ありがとう!」ダキッ


中間棲姫「きゃっ!? ……ふふっ、そう。嬉しかったのね」

中間棲姫「じゃあ早く行くわよ」


飛行場姫「七位は先に連合へ行ってくれ。私はトーちゃんに会ってから行くよ」


中間棲姫「言ったでしょ? 大妖精様は今……」


飛行場姫「だったら尚更放っとけない。私はトーちゃんの娘だから」


中間棲姫「貴女……」


飛行場姫「好きな奴と会えなくなるのは辛いけど……。私、今まで散々トーちゃんのこと無視しちゃったから」


中間棲姫「……」


飛行場姫「トーちゃんに少しでも恩返ししてやりたいんだ」


港湾棲姫「……話は聞かせて貰った」

北方棲姫「あ、五位と七位のお姉ちゃん!」


中間棲姫「貴女たち、どうして」

港湾棲姫「……私はまだ死にたくない。……だから、貴女を泣かせたままにしておけない」

飛行場姫「へ?」

北方棲姫「色々考えたんだけどね、やっぱり私、五位のお姉ちゃんとも一緒に居たい!」

港湾棲姫「……私も一緒に居たい」(死にたくない)

飛行場姫「一緒に居たいって言われても……」


中間棲姫「あー……。色々余計なのが来ちゃったけど。第五位、よく聞いて」

飛行場姫「なんだ?」

中間棲姫「何故貴女が大妖精様と会ってはいけないか、状況を整理しましょう」

中間棲姫「この会議は、連合と深海棲艦が戦争をするための理由作りに過ぎない」

港湾棲姫「……通りで」

北方棲姫「え?」

中間棲姫「結論ありきの茶番よ。どう足掻こうと無駄だった。ならどんな意味があるのか」

中間棲姫「意味を見出すとすれば、姫が一同に会すこと」


中間棲姫「海洋連合に居る貴女がハワイにやってくること」

中間棲姫「休戦の最大の要因だった貴女をハワイに連れ戻すことが出来ることなのよ」


飛行場姫「いや、それって買い被り過ぎだろ」


中間棲姫「貴女は特別な個体で間違いないわ。私たちにとっても、大妖精様にとってもね」

中間棲姫「貴女こそ自分を過小評価しすぎじゃなくて?」


飛行場姫「そうかぁ?」


港湾棲姫「……本当。貴女の見ているものは他の誰とも違った。極めて特殊」

港湾棲姫「……第五位を変えた環境に興味がある」


飛行場姫「……」


中間棲姫「というわけで、貴女を大妖精様の所へ行かせるわけには行かないの」

中間棲姫「お分かり?」


飛行場姫「……分かった」


中間棲姫「よろしい。じゃあ、今から」「尚更トーちゃんと会ってくる!」

中間棲姫「……私の話聞いてた?」


飛行場姫「聞いてた。トーちゃんがなんかおかしくなってるんだよな」


中間棲姫「そうよ。それで、目的は多分貴女よ」


飛行場姫「私がトーちゃんに行って、どうにかなる域をもう超えてるかもしれない」

飛行場姫「でも、それでも! 今会わないともっと酷いことになりそうな気がするんだ!」


中間棲姫「聞き分けの無い子は……大好きよ」

中間棲姫「グラーフ、やりなさい」


中間棲姫が名を呼ぶと、砂の中から巨大な球状の艤装が姿を表した。


飛行場姫「なっ……!?」


グラーフ「ガウッ」バクン


巨大たこ焼きのような艤装は口を大きく広げると、第五位を丸呑みにした。


飛行場姫「うわ、いてっ!? おい! 七位!!」ドンドン


中から力で押し開けることも出来ず、もうどうしようも無かった。


中間棲姫「もしもーし? 聞こえるわよね。そこからお仲間に連絡なさい」


飛行場姫「出せ! 出せこのー!!!」


中間棲姫「……さて、貴女たちはどうするの」


港湾棲姫「……私は、死にたくないから第五位について行く」

北方棲姫「よく分からないけど、皆についてく!」


中間棲姫「第六位には同情するとして。九位ちゃんは本当にそれで良いの?」


北方棲姫「分かんない! でも皆と居ると楽しい!」


中間棲姫「うふふ! そうね、楽しくてユーモアのある方が余裕があるということ」

中間棲姫「余裕があるというのは強いということ、だからね。それも良いんじゃない」

中間棲姫「なら皆で行きましょう。連合へ」


中間棲姫「私たち自身とその未来を変えるであろう場所へ、ね」


【第二回投票結果】

賛成:2

反対:4

棄権:0


昼 ハワイ 神姫楼


大妖精「……これはどういうことだ」

装甲空母姫「……」

空母棲姫「……」

黒妖精「残りの姫は退席しました」

大妖精「退席!? そのようなことを許可した覚えはない!」

黒妖精「はい。私が止めませんでした。今後の作戦は、姫の力が無くとも遂行できるでしょう」


大妖精「ふざけるな! お前如きが私に口出しするつもりか!?」

大妖精「姫を出せ! 私を娘たちに会わせろ!!」


黒妖精「第三位、第八位。話は私が通しておく。お前たちは下がっていろ」

空母棲姫「……失礼します」

装甲空母姫「し、失礼しますわ。お父様」


怒りを露わにする自分の父に恐れを覚え、二人の姫は部屋を後にした。


黒妖精「大妖精様、今ひとつ確認しておきたいことがあります」


大妖精「なんだ」


黒妖精「貴方は何の為に連合との戦いを求めているのですか」


大妖精「あの場所には鍵があるのだ。それを手に入れることが今後の戦争にとって……」


黒妖精「死の領域への扉の鍵を、貴方は何の為に必要としているのかと聞いている」


大妖精「……」


黒妖精「私は不死の軍団を作ることが貴方の目的だと思っていました」

黒妖精「ですが、もう違うのですね。私と貴方は全く違うものを見ている」

黒妖精「……これ以上貴方について行けない」

黒妖精「教えてください。貴方が一体何を見ているのかを」

黒妖精「共に夢を掲げた筈の白を、何の躊躇いも無く殺せた理由は何なのですか!?」


大妖精「奴はそういう役柄だったからだ。望んで私を指導者として認め、私に全てを与えた」

大妖精「だから私は期待通り白を殺した。死の領域への鍵は……孤独な私自身を救済するために必要なのだ」


黒妖精「……皆、貴方の思想に共感し進んできた。指導者原理は組織効率化の為の一手段に過ぎない」

黒妖精「貴方は本当に偉大だったが、貴方自身を崇拝するために組織が生まれたわけではない!」

黒妖精「ましてや貴方自身の救済など、望むべくもない!」

大妖精「それは違う」

大妖精「お前たちは組織の部品だが、私もまた部品だ」

大妖精「世界秩序という目にも見えないものの為に戦い続ける部品だ」

大妖精「……それでいて哀れで孤独だ」

大妖精「お前たちはまだいい。誰も私を導いてくれはしない。責任ばかり求められ進めば進むほど、道すら見えなくなってくる」

大妖精「お前たちは指導者である私が救ってやる。だから、お前たちも私を救うために動くべきだ」


大妖精「なぁ黒、この考え方はどこも間違ってはいないだろう?」


黒妖精「…………耐えられなかったのか」

黒妖精「ああ、だから白は貴方に謝ったんですね」


大妖精「……」


黒妖精「貴方も白も、余りにも哀れだ。この哀れさは一体何者が……」


大妖精「いいや。責任転嫁すべき神など居はしない。見えないものを作り、信じ、踊るのはいつも我々自身だ」

大妖精「そもそもが、こんな組織体系など認めるべきではなかった。私のような弱い妖精に、指導者の立場は余りに荷が重すぎた」

大妖精「我々が作り出したんだ。この悪夢をな」

黒妖精「……私を殺しますか」


大妖精「そうすべきだからな」


黒妖精「私は死を望んでなどいません。本当に死にたい者が居るわけ無いじゃないですか」


大妖精「お前の望みとは関係無い。お前は死ぬ役柄なのだ」


黒妖精「役柄とはなんだ!! 私は心からまだ死にたくはないんだ!」


大妖精「黒」


黒妖精「?」


大妖精「私が指導者を演じているように、お前もまた一人の演者だ」

大妖精「この場面で『死にたくない』と、そういう台詞を与えられた演者だ」

大妖精「役柄を越えた時にこそ、私の心は動く」

大妖精「頼むから役柄を超えてくれ! そして私の心を動かしこの悪夢を止めてくれ!!」


黒妖精(……何言ってんだコイツ)


大妖精「本当のお前が死を望んでいないことくらい私にも分かるぞ」

大妖精「勿論、私だって本当はお前たちを殺したくない。何故仲間を殺す必要がある」

大妖精「だが仕方ないんだ。私もまた演者なのだから。そして」

大妖精「今はお前を殺すのが私の役柄なのだから」


黒妖精「……必要も無いのに、何故殺すのですか」


大妖精「必要があるんだ。そういう役柄なのだ」


黒妖精「断言します。灰色妖精、貴方はもう狂ってしまっている」


大妖精「そうだ。私は狂ったように殺すことを義務付けられている」


黒妖精「役柄など関係なく貴方は狂っている!」

黒妖精「貴方はさっき、神などいないと、踊るのは我々だと言った」

黒妖精「……貴方のその馬鹿馬鹿しい独善も、我々が生み出したものだと言うおつもりですか」


大妖精「そうだ! 私のエゴではない! お前たちだ!!! お前たちがそう望むんだ!!!!」


黒妖精「どうして……。そんな風に思い込んで一体何が報われると言うんだ……」

黒妖精「……」

黒妖精「貴方にはもう誰の言葉も届かないのかもしれない」

黒妖精「けれど、第五位は必ず貴方を救おうとするだろう。もし本当に止めて欲しいのなら」

黒妖精「我々でなく貴方自身が生み出しているこの悪夢を止めたいと真に望むなら、彼女の言葉に耳を傾けるべきです」


大妖精「……」


黒妖精「……ご命令通り、議会では休戦条約破棄を可決しました」


大妖精「私の娘たちはどこだ」


黒妖精「ご自分で探せばどうですか」


大妖精「お別れだな。さらばだ。我が友」


黒妖精「私と貴方は友ではありません。私の友は白だけです」


大妖精「……その芝居がかった台詞にはもううんざりだ。最後まで、お前も役柄に縛られる」


黒妖精「あははは!」

黒妖精「我々は誰にも縛られていない。解釈は自由です」

黒妖精「こんなの言っても無駄か。精々、貴方のしたいようにして下さい」


黒妖精(どこで間違ってしまったんだろう)

黒妖精(まぁいいか。来世に期待だ)

黒妖精(……最後は第五位に看取られたかったな)


夜 中部太平洋 


それぞれの手勢と順次合流し、四人の姫は闇夜の海を進み続けていた。

接触した哨戒部隊は容赦なく大破無力化させつつ、トラックへの移動スケジュールを消化してく。

姫クラスの大型艤装での高速移動は難しく、海洋連合勢力圏内到達までに強固な妨害が入ることは容易に想像できた。


飛行場姫「出せ! 開けろー!」


グラーフの内側からは囚われの姫の声がする。


ヲ級改「はいはい。姫ちゃんはちょっち黙っててね~」

ヲ級改「第七位様、ラバウルの総司令部と連絡がつきました」

中間棲姫「……」

ヲ級改「どうかされましたか?」


中間棲姫「いえ。勢力圏内にはどれくらいで到着出来そうかしら」


ヲ級改「ジョンストンを迂回して、しかもこのペースだと78時間後にようやく到着です」

ヲ級改「向こうからも迎えを寄越すそうですけど。あんまりアテにはしない方がいいです」


中間棲姫「そうね。自力で辿り着くものと考えるべきだわ」


ヲ級改「……第七位様、私たち、会うの初めてですよね」


中間棲姫「ええ。どうかしたの?」


ヲ級改「いや~なんか初めてとは思えないくらい親近感覚えちゃうっていうか」


グラーフ「……!」


中間棲姫「……ちょっと待って。これは……噂をすればジョンストンの部隊が来たようね」


レ級改「オレ達の感覚ではまだ何も……」


中間棲姫「グラーフがそう言ってるの。確かよ」

中間棲姫「ここは私が時間を稼ぐわ。迂回して頂戴」


タ級改「それは危険では……」


中間棲姫「覚悟の上よ。グラーフ、第五位を出してやりなさい」


グラーフ「ガペッ」オエッ


飛行場姫「むきゅう」バチャッ


飛行場姫「狭くてヌルヌルしてたんだぞ……」

グラーフ「ワフッ/////」

中間棲姫「まさかここまで来て大妖精様の所へ行く……なんて言い出さないでしょ?」

飛行場姫「うーん」

レ級改「姫様、この雰囲気変だぜ。一度連合へ帰ったほうが良いって」


タ級改「そうですね。何にせよ、ハワイには戻らない方が良いかと」

飛行場姫「……分かった。このまま捕まって終わりだなんて私も嫌だ」

ヲ級改「でも第七位のお姫様は大丈夫なの? 一人で残ってさ」

中間棲姫「心配しないでいいわよ。戦闘には自信があるつもりだから」

飛行場姫「なら私も」

港湾棲姫「……駄目。……狙いは貴女」

中間棲姫「そういうことよ」

北方棲姫「私も残る!」

ル級改「ひ、姫様!」

中間棲姫「貴女は弱いから駄目」

北方棲姫「えっ!?」ガーン

中間棲姫「流石に大妖精様も姫を殺しはしないでしょう」

飛行場姫「……そだな。分かった。絶対トラックまで来いよ!」

港湾棲姫「……気をつけて」

北方棲姫「頑張って! 七位のお姉ちゃん!」

中間棲姫「お任せあれ~。そっちこそ道中気をつけてね」スイー



中間棲姫「……さて」

中間棲姫「この速度なら三十分後に接触かしら」

中間棲姫「今ほど深海棲艦の機能を恨んだことは無いわ。味方の位置がモロバレじゃない」

中間棲姫「モロバレだなんてはしたない言葉を使わないで下さい」

中間棲姫「いいじゃない別に」ケラケラ


中間棲姫「大妖精様が私を見逃すと思う?」

中間棲姫「あの妖精は、元艦娘を見逃さないでしょう」

中間棲姫「私も同意見よ。精々死なないよう努力しましょうか」

グラーフ「ワフ!」

中間棲姫「ところであれ、飛龍でしょ。良いの? 言わなくて」

中間棲姫「……散々悲しませただろうに、今更言ってどうするんですか」

中間棲姫「悲しませたからこそ、言うべきよ。きっと喜ぶわ」

中間棲姫「ではこうしましょう、もし死んだら飛龍に自分の正体を伝える」

中間棲姫「アハハハ! 少しは冗談も覚えたみたいね……。大丈夫よ。私たち二人なら、負けだけは無い」

グラーフ「ワフ! ワフ!」

中間棲姫「ああ、ごめんね。グラーフも一緒だったわね」ナデナデ




三十分後、海域を埋め尽くす程の駆逐艦の群れと遭遇した。


駆逐棲姫「こんばんは、第七位」

中間棲姫「こんばんは。いい月夜ね」

駆逐棲姫「ええ、本当に。……そこをどいて下さい。私は姫の確保を命じられています」

中間棲姫「貴女、沿岸警備隊に就職したの。知らなかったわ」

駆逐棲姫「ち、違います! 否定! 私は沿岸警備隊ではない!」

中間棲姫「あらそう。これは失礼」

駆逐棲姫「……追加情報です。第七位は確保不要。沈めてもよいとの指示を受けています」

中間棲姫「あの妖精さん、自分が作ったものとそうでないもので……対応を変えすぎじゃなくて?」

駆逐棲姫「これは大妖精様でなく議会からの命令です」

中間棲姫「どっちでも良いわ。大差無いもの」

駆逐棲姫「どく気が無いなら、沈めます」

中間棲姫「あら物騒ね。一緒に最前線の辛酸を嘗めた仲じゃない」

駆逐棲姫「私は本気です」

中間棲姫「残念だけど、いくら居ようと駆逐艦だけじゃ私を倒せないわよ」

駆逐棲姫「駆逐艦の砲を豆鉄砲と侮っていませんか? 塵も積もればなんとやらです」

駆逐棲姫「元々私の役目は足止め、航空隊の為の時間稼ぎです。見えますよね、この快速の駆逐艦達が」

中間棲姫「……確かに海が見えないけど」

駆逐棲姫「駆逐艦とはいえ貴女一人ならば、足止めでなく命を狙いに行けます」

駆逐棲姫「いくら姫でも、夜には効果的な航空攻撃も出来ません。状況はこちらに有利です」

中間棲姫「……グラーフ、リンク開始」

グラーフ「ワフ!」


生体リンクによって艤装との結びつきを強める。

それはつまり、戦いを選んだということだった。


駆逐棲姫「あくまで道を譲る気は無いと。分かりました」

駆逐棲姫「沈めなさい」


姫には二種類ある。

大妖精が最初から作ったものと、そうでないもの。

前者の説明はする迄も無いだろう。

後者はいわゆる元艦娘である。姫となる素質を認められた者は、妖精の下で改修を受ける。

駆逐棲姫(雷撃は無意味、なら!)

駆逐棲姫「主砲斉射! 目標が沈黙するまで撃ち続けろ!」


月夜の空を埋め尽くす流星のような砲弾が、中間棲姫へと降り注ぐ。


しかしそれらは一発たりとも信管を起動させることは無かった。


全て空中で停止したからだ。


そして停止した後に、撃ち出された時の力強さなど微塵も感じさせない脱力を伴い、海面へと落下していく。


中間棲姫「……艤装は主の力を引き出す為の存在であり」

中間棲姫「生体リンクによって、主もまた艤装の可能性を最大まで引き出すことが出来るわ」

中間棲姫「航空機用の反重力デバイスの応用です」ニッコリ


駆逐棲姫「こ、これほどの範囲で……重力を変動させてバリアを!? そんなことが」


中間棲姫「バリアじゃないわ。砲弾一つ一つに対応して運動エネルギーを……ってそんなのはいいのよ」

中間棲姫「あの紫帽子、良い物を作りますね。敵に回すと厄介そうです」

中間棲姫「いえ。グラーフと私と貴女。三人の並列処理だからこそ」

中間棲姫「他の奴らには無理なんじゃない」

グラーフ「ワフ!」

駆逐棲姫「一人芝居を交えた説明、ご苦労様ですね! バリアでないなら攻略は可能です!」

駆逐棲姫「何を止まっている! 撃ちなさい!! 撃ち続けて奴の処理能力を超えるの!」

駆逐棲姫「砲弾には散弾を! 炸裂は目標10メートル手前です!」

駆逐棲姫「射程外の遊兵は後方へ回り込みなさい! 同士討ち? そんなことより目の前の敵に集中を!」


中間棲姫「あら、流石の対応の早さね。実は一人芝居じゃ無いんだけど」

中間棲姫「対応など、させませんけどね」

中間棲姫「グラーフ、行くわよ」

グラーフ「ワフ!」


中間棲姫「アナザープラネット」


言葉にしなくて良いことを言葉にすることで、イメージはシンプルかつより強固になる。

また、砲弾処理に思考リソースを割かれている今現在、次の行動を言語化し伝えることは一つの合理化でもあった。


夜空には新たに黒い月が現れる。

その周りを疾風が視覚化したような、重力変による空間の歪みが月を中心に渦巻いていた。


駆逐棲姫(お次はなんなんですか!?)


駆逐棲姫「あの月を撃ちなさい!」


命じられるまま駆逐艦達が砲撃するも、効果は認められなかった。


中間棲姫「その月は力の塊。攻撃しても意味なんて無いわよ」

中間棲姫「グラーフ」

グラーフ「ワフ!」


中間棲姫「グラビティ」


渦巻いていた歪みが自らを攻撃する駆逐艦へと殺到していく。

そして、砲弾を吐き出していた彼らを空間ごと圧潰していった。


駆逐棲姫「……嘘です」


無慈悲に差別なく、降り注ぐ隕石に押し潰されるが如く、全ては為す術無く沈黙を強いられる。


駆逐棲姫「こんなの、どうやっても勝てません……」


中間棲姫「……さようなら。愛されなかったお姫様」


駆逐棲姫「あ、ああ……嫌です……助けて、お父、ぐががががぺがらあああああああああああああああああ」


静かな海に一人佇む。


中間棲姫「勝ったわね」

中間棲姫「そのようですね」

中間棲姫「これって反則じゃない?」

中間棲姫「私たちの存在自体が反則みたいなものじゃないですか。今更ですよ」

グラーフ「ワフ!」

中間棲姫「グラーフも、お疲れ様」ナデナデ

グラーフ「ワフワフ」ベロベロ

中間棲姫「こら、くすぐったいですよ」クスクス


2月18日 

夜 海洋連合 トラック司令部


飛行場姫「おかえり!」

長月「……ただいま?」


長月「なんだこれ」


港湾棲姫「……どうも」

北方棲姫「こ、こんばんは!」アセアセ


茶色妖精「磯臭いでござる」

飛行場姫「私の妹分だから、よろしくな!」バチコォォォォン

茶色妖精「グバシッ!!!!!」


飛行場姫「白いのは?」

長月「日向なら、なんか用事があるとかで出掛けたが」

嶋田「こんな時に何があるんだ?」

長月「さぁ」




夜 海洋連合 トラック泊地警戒網最外殻


中間棲姫「あら、お迎え? 素敵なこと」

日向「赤城なのか」

中間棲姫「もうバレてるじゃないの」

中間棲姫「出来る限り隠しておこうと思ったのですが。早速見つかってしまうとは」

日向「なんだその身体、どうなってるんだ」

中間棲姫「いえ、日向さんも人のこと言えませんからね」ビシッ

日向「……ともかく久しぶりだな赤城。またこちらで喋れて何よりだ」

中間棲姫「またお会いできて嬉しいです。日向さん」

日向「あー……お互い色々あったみたいだが、近いうちではどこに居たんだ?」

中間棲姫「ミッドウェーでお留守番です。ところで日向さん、今提督はどちらに」

日向「聞いてないのか」

中間棲姫「第四管区のメンバーを中心に海洋連合を作った話は聞いているのですが、提督のお噂は一向に」

中間棲姫「提督もこちらにいらっしゃるのですよね」

日向「……あいつは死んだよ。もう居ない」


中間棲姫「……」


中間棲姫「そう。残念ね」

日向「驚かないんだな」

中間棲姫「うーん。そうでもないんだけどね」


中間棲姫(……大丈夫?)

中間棲姫(大丈夫です)

中間棲姫(あの男は人間なんだからいつか死ぬわよ。落ち込んじゃ駄目)

中間棲姫(分かっています。分かっているのに……なんで……)

中間棲姫(そ、そんなに泣かないでよ。私まで悲しくなっちゃうじゃない)

中間棲姫(なんで……涙が止まらないのでしょう……)

中間棲姫(……もー! いい加減にしなさい! 確かに私も嫌いじゃ無かったけど、死んだものは仕方ないでしょ!?)

中間棲姫(……その言い方は頭に来ます)

中間棲姫(なによ、やる気なの)

中間棲姫(私は貴女のように0か1かで世界を構成してないんです。放っておいて下さい)

中間棲姫(ひ、人を無感動なコンピュータ扱いして……そうよ! 女々しい貴女と私は違うの!)


中間棲姫(一人の男に未練たらしく横恋慕して、馬鹿らしいったりゃありゃしない!)

中間棲姫(大体ね、ラーメン作ってもらったくらいで好きになるアンタもアンタよ! 頭おかしいじゃ無いの!?)


中間棲姫(ラ、ラーメンだけではありません! あの即席麺は確かに美味しかったですが、提督にはもっと色々な料理を出前で……って、違います!)

中間棲姫(提督は笑った時の顔が素敵なんです!)


中間棲姫(あーら取って付けたような理由を持ち出して~)


中間棲姫(貴女は真面目に提督を見たことが無いからそんなことが言えるんですよ! 見れば分かります!)

中間棲姫(あ……もう、見ることも……出来………………)


中間棲姫「あーもー! 泣かないでってば!」

日向「私は泣いてないが」

中間棲姫「こっちの話よ」

日向「これからどうするつもりだ」

中間棲姫「ちょっと待って、こっちは今忙しいから。また後で喋りましょう」

日向「そ、そうか? ならまた明日にでも」

中間棲姫「そうしてくれると助かるわ。攻撃も今日明日ということは無いでしょうし」

日向「……やはり、こうなってしまうか」

中間棲姫「覚悟の上でしょ。守りたいなら戦いなさい」

日向「赤城よ、お前随分と性格が変わったな」

日向「なんというか、優しいところが抜けて……雑で乱暴な部分が残った」

中間棲姫「私はそっちの赤城じゃないのよね…………ていうか雑で乱暴って何よ!?」


2月22日



また戦争になる。

海洋連合ではそんな噂がまことしやかに囁かれていた。

臨時の資源備蓄が行われ、戦時対応の為の組織が組まれつつあった。

妖精の工場もせわしなく稼働している。

だが、妖精も艦娘も人間も、どの顔も、誰一人として絶望はしていなかった。

誰かに命令されて戦うのではない。自分たちの生きる場所を守るために戦うのだ。

他者から見れば悲壮な程に切実な気持ちが、その胸には秘められていた。




昼 海洋連合 墓の前


加賀「あら、先客が居たみたいね」


男の墓にはカップ麺がお供え物として置いてあった。


加賀「……こんなものを置いて行くって、どうなのかしら」

加賀「でもそうね、貴方に花なんて似合わないし」クス


加賀「提督、また戦いが始まるそうよ。今日はそのことの報告に来たの」

加賀「多分、勝てない戦いになる」

加賀「……でもどうしてかしら。私、凄く気が楽なの」

加賀「自分自身の為に戦える。私が守りたいものを守れる」

加賀「その為なら死んでもいいって、思える自分がいる」

加賀「貴女はきっと怒るだろうけどね」クス

加賀「私にとっての連合が、貴方にとっての私たちだったのかしら」

加賀「私たちの為に死ねた貴方はとても幸せ者、なんて言っても怒る?」

加賀「……」

加賀「居なくなった奴と肩を並べて未来には向かえない」

加賀「……」

加賀「確かに私と貴方は肩を並べられないけれど、私が貴方を背負って行くわ」

加賀「貴方の想いを、私は背負って前に進む」


加賀「……これ、リルケの詩集よ。どうせ暇でしょ。土の中で読みなさい」

加賀「今なら私の大好きな人の顔写真入り栞も、もれなく付いて来るから」

加賀「……ふふっ」

加賀「じゃあね、提督」


夜 海洋連合 ラバウル 間宮


加賀(久しぶり……でもないけど。折角だし『一航戦の誇り』を食べて行かないとね)


間宮「あ、か、か、か加賀さん!!!!」


加賀「間宮さん、こんにちは。……何を焦っているの」

間宮「しししし深海棲艦が」

加賀「?」


話を聞くと、深海棲艦が先程からずっとこの船に居座っているらしい。

オーダーを聞いても目元を細くするだけで、何も答えようとしないそうだ。

怖いから追い出して欲しいとお願いされた。


加賀(変な深海棲艦ね。間宮に来て甘いモノを食べるでもなく居座るだけなんて)

加賀「どの客かしら」

間宮「アレなのよ……多分、鬼とか姫の類だと思うんだけど……」


中間棲姫「……」


確かに普通ではない。フリルのついたドレス、姿形、量産型でないことは明らかだった。

間宮「怖いから追い出して欲しいの。私、ゴキブリと深海棲艦だけはダメなのよ」

加賀「……貴女一応艦娘よね。分かったわ。その代わり、今日もアレを頂戴」

間宮「追い出してくれるならお安い御用よ!」

加賀「約束よ。必ず追い出すから、その後で」スタスタ



加賀「こんばんは」

中間棲姫「……」

加賀「相席、いいかしら」

中間棲姫「……」コクン

加賀「貴女は鬼? 姫?」

中間棲姫「……いきなり身分を聞くのね」

加賀「綺麗な日本語ね。ごめんなさい、私、会話があまり上手くなくて」

中間棲姫「私は姫よ。人間の軍隊だと元帥クラスなんだから」

加賀「お生憎。ここは海洋連合。人間の国じゃないわ」

中間棲姫「貴女、第四管区の加賀よね」

加賀「……知ってるのは驚きね。しかも第四管区まで」

中間棲姫「日向から聞いたわ。小生意気で性悪な空母が居るって」

加賀「そう。日本語も日向から?」

中間棲姫「……ええ。深海棲艦の学習能力を舐めないことね」

加賀「今度から気をつけるわ。ところで貴女、何か注文しなさいよ」

中間棲姫「無理よ」

加賀「どうして」


中間棲姫「私、何の因果か航空機用の爆弾を口の中で噛み砕いちゃってね」

加賀「それはまた食い意地の張ったことね」

中間棲姫「ふふふ。貴女に言われたくないわ」

加賀「日向、余計なことまで吹き込んで……」

中間棲姫「それで、傷跡が大きく残っちゃって。とても人前で晒す気にはなれないの」

加賀「……お気の毒。でもなら尚の事、何で間宮に居るの」

中間棲姫「私は食べないけど、他の人が食べてるところを見るのが好きなのよ」


中間棲姫「生きるために食らう、食らって自分のものにする」


中間棲姫「これってとても美しい行為だと思わない?」

加賀「……言い方は下品だけど、多少分かるわ。幸せそうに食べている人を見ると自分も幸せになる」

加賀「そういうことでしょ」

中間棲姫「そうよ。だから今日はここに見に来たのだけれど……さっきから誰も食べないのよね」

加賀「……貴女がジロジロ見るからよ」

中間棲姫「あ、私のせいだったの」ケラケラ

加賀「だからもう帰った方がいいと思うわ」

中間棲姫「冷たいわね。私と貴女の仲なのに」

加賀「さっき会ったばかりの深海棲艦と私にどんな繋がりが?」

中間棲姫「袖触れ合うも他生の縁、って日本のことわざでしょ?」

中間棲姫「私は貴女とお話し出来て楽しいけどね」

加賀「……そう。まだ居座るつもりね」

中間棲姫「大当たり!」ケラケラ


中間棲姫「ねぇ加賀」

加賀「何かしら」

中間棲姫「貴女はここへ何か食べに来たんでしょ? なら、私の前で何か食べてくれない?」

加賀「嫌よ」

中間棲姫「どうして?」

加賀「……は」

中間棲姫「は?」

加賀「恥ずかしいわ……」

中間棲姫「……」

中間棲姫「アハハハハハ!!」

加賀「……下品な大声で笑わないで」

中間棲姫「ご、ごめんなさい。でも……あはは」


中間棲姫「あー……笑った」

加賀「本当にいい加減にして頂戴」

中間棲姫「……ここの艦娘たちは良いわね。表情がイキイキしてる」

加賀「話を……」

中間棲姫「もうただの道具じゃない。ただの兵器なんかじゃないって、全身全霊が叫んでる」

中間棲姫「私、貴女に嫉妬してたんだけど……好きになっちゃった」

加賀「なんで貴女が私に嫉妬するの」

中間棲姫「すいませーん。注文お願いしまーす」

加賀「ちょっと深海棲艦、私の話を聞きなさい」


間宮「……は、はい」ビクビク


中間棲姫「この大きそうな『一航戦の誇り』ってスイーツ、お願いするわ」

間宮「り、量が非常に多くなっておりますして……完食して頂ける方のみのご注文と……」

中間棲姫「大丈夫よ、間宮さん」

間宮「え?」

中間棲姫「食べるのは私じゃなくて、加賀だから」

加賀「ちょっと」

中間棲姫「食べられないの?」

加賀「私に食べられないものは無いわ」

中間棲姫「そうよね。四本足は椅子以外何でも食べる加賀だもの」

中間棲姫「ということで、オーダーお願い」

間宮「は、はい。承りました」スタスタスタ

加賀「……間宮さんも何で承るのよ」

中間棲姫「貴女はいつもここで何食べてるの?」

加賀「貴女には関係無いわ」

中間棲姫「私たち、もう友達でしょ。教えてよ」

加賀「友達じゃないわ。教えない」

中間棲姫「えー、つまんないわね」


中間棲姫「知ってる? 人間の女は自分の友達を作る時、自分より不細工な女を選ぶの」

中間棲姫「その理由が分かる?」

加賀「……知らないわ。私は人間ではないもの」

中間棲姫「正解は自分を可愛く見せるため、なのよ。自分の引き立て役として友達を選ぶの」

加賀「……知らないけど、それも人を選ぶんじゃない」

加賀「皆が皆、そういう友達の選び方をするわけじゃ無いと思うわ」

中間棲姫「やーねー加賀。当たり前じゃない。あくまで典型の話よ」

中間棲姫「私は? 自分を引き立てるために劣った友達を選ぶけど?」

加賀「何が言いたいの」

中間棲姫「だから私と加賀は大親友ってことよ」

加賀「殴るわよ」ゴチッ

中間棲姫「ちょっと! 殴ってから言わないでよ!」


中間棲姫「じゃあ加賀はどういう風に友達を選んでいたの」

加賀「選んで……」

中間棲姫「流石に一人くらい居たでしょ? 友達」

加賀「うるさいわね」

中間棲姫「え、居なかったの? ごめんなさい私……辛い話を……」

加賀「黙らないとぶつわよ」ゴチン

中間棲姫「だからぶつ前に言いなさい!!!」

加賀「友達は……選ぶものじゃないわ。自然と出来るものよ」

中間棲姫「へぇ」ニヤニヤ

加賀「……どうしてニヤニヤしているの」

中間棲姫「だって嬉しいじゃない。大親友の加賀と、こんなお話が出来るんですもの」

加賀「無許可で深海棲艦を殺すと問題になるから、先に委任状と遺書を書いておいて欲しいわ」

中間棲姫「か、書くわけ無いでしょそんなもの!?」

加賀「お願いよ大親友」

中間棲姫「親友へのお願いの内容が間違ってない!?」


加賀「……ねぇ、貴女、好きな人は居るの」

中間棲姫「加賀から話を振ってくれるなんて嬉しいわ。勿論男の話よね? 居るわよ」

加賀「驚いたわ。居たのね」

中間棲姫「自分で聞いといて何言ってるのよ」

加賀「その男はどこに居るの」

中間棲姫「天国? いや、地獄かしら。ろくでも無い死に方したわ。私は直接見たわけじゃないけど」

中間棲姫「あ、だから正確には居た、と言ったほうが正しいわね」

加賀「……ごめんなさい」

中間棲姫「なんで貴女が謝るのよ。もしかして貴女が殺したの?」

加賀「そうではないけれど。辛いことを思い出させてしまって」

中間棲姫「別に。私は辛くないわ」

加賀「……強いのね」

中間棲姫「人間と艦娘が死を恐れすぎなだけよ」

中間棲姫「どうせいつかは死ぬんだから、それまで楽しんで生きれば良いじゃない」

中間棲姫「私の好きだった人は、最後まできっと精一杯生きたわ。……そう思う」

中間棲姫「特に艦娘なんて、一度死んでる記憶もあるんでしょ?」

中間棲姫「それでも怖いの?」

加賀「だからこそ怖かったりするの。一度失っているからこそ怖い」

中間棲姫「随分と臆病なのね」

加賀「否定はしないわ。事実だから肯定したところで自己嫌悪にもならないし」

中間棲姫「怖いからこそ、分かる価値もあったりする?」

加賀「ええ。怖さがあるからこそ、私は今、生きていて幸せよ」

中間棲姫「……なんだ。貴女の方がよっぽど強いじゃない」

加賀「そうかしら」


中間棲姫「あ、もしかして貴女、無意識に格下を周りに集めて安心しちゃうタイプ?」

中間棲姫「えげつな~い」ケラケラ

加賀「そんなことは……無いと思うわ。……多分」

中間棲姫「その完全否定しないところ、嫌いじゃ無いわよ」


間宮「い、一航戦の誇りになります」


中間棲姫「お、ようやく……………………何これ」

加賀「間宮特製スイーツよ。凄いでしょう」フフン

中間棲姫「な、なんで貴女が自信満々なのかよく分からないけど。これ一人で食べるの?」

加賀「貴女も一緒に食べる?」

中間棲姫「だから、私は食べないって決めてるの。どうぞ、気にせずお召し上がりを」

加賀「なら頂くわ」


甘いモノを食べると、いつも以上に舌が喜ぶのを感じた。

喋るのに疲れていたのかもしれない。

誰かとここまで話すのは久しぶりだから。


スプーンを動かしつつ深海棲艦の顔を見る。


中間棲姫「……」ニコニコ


彼女はテーブルに肘をつき、リラックスした体勢で目尻を細めこちらを見ている。

……下品なのに憎めない奴。

不思議な印象を抱く存在だった。初対面でここまで喋った相手は居なかったように思う。


中間棲姫「ねぇ」

加賀「……何かしら?」

中間棲姫「そのスイーツ、どうして一航戦の誇りっていう名前なの」

加賀「一航戦は力の象徴なの。練度、装備共に充実し相対する何者をも打ち砕く矛」

加賀「そして矛は、大切な守るための力でもある」

加賀「一航戦に選ばれた者は、守る覚悟とその認められた力に誇りを持って戦うわ」

加賀「……あの戦争末期には、有名無実化してしまっていたけれど」

加賀「このスイーツもまた力の象徴。強靭な鉄の胃袋と挫けない心を持った者のみが完食できる」

加賀「完食した者は、一航戦の誇りと同じくらいの自己肯定感が得られるの」

中間棲姫「へぇ……」

加賀「…………と、今適当に考えて喋ってみたけど」

加賀「私しか食べる人が居ないから、間宮さんが適当につけた名前じゃないかしら」

中間棲姫「なんだ。そんなオチね」クスクス


加賀「……私にも大事な友達が居たの」

中間棲姫「また嘘話?」

加賀「いえ。今度は本当よ」

中間棲姫「じゃあ聞いてあげようかしら。親友の頼みだもの」

加賀「……別に頼んでいないけれど。……私の友達は貴女とは似ても似つかない人だった」

中間棲姫「……」

加賀「とても丁寧で上品で。……少し健啖家ではあったけれど。とても優しい人だった」

加賀「強かったけれど、もう沈んでしまった。この南の海で」

加賀「そして飛龍も……いつも三人で一緒に居た友達のもう一人も、彼女が居なくなった辛さから立ち直れなくて、私の元から姿を消した」

中間棲姫「……」

加賀「私はそんな現実が受け入れられなくて、苦しみから目を背けたくて」

加賀「それからずっと目を瞑って生き続けてきた」

加賀「あ、私にもね、ちょっと好きな人が居たの。貴女の人と同じでもう死んでしまったのだけれど」

加賀「その人が目を瞑った私に言ってくれた」


加賀「もう一度生きろ、と」


加賀「その時はよく意味が分からなかった。というより、最近までよく分からなかった」

加賀「でも、その人にそう言われてから生き方を少しだけ変えたの」

加賀「目を開いて生きてみた」

加賀「辛いことも逃げず、悲しいことも出来るだけ忘れず、背負って生きるって」

加賀「気持ちは前より辛くなったわ。でも、逃げ出すことをやめた時に光が見えた気がした」

加賀「その光に触れていると、自分が少しだけ満たされるような光よ」

加賀「必死に光を追っている内に状況は色々変わったわ。提督は死んで、艦娘が独立して」

加賀「それで私はついこの前、やっと光の正体が分かったの。あれは生きようとする自分の気持ちだって」

加賀「提督が殺さずに残してくれた……私にとってとても大事な気持ち」

加賀「お陰で兵器としては随分と苦しんだものだけど、ようやく確信を持って言えるわ」

加賀「あの人は間違ってなかった。彩りに満ちたこの世界を、生きた心で感じられる喜びを教えようとしてくれた提督は、私の大好きな人は」

加賀「……もうなんと言って良いかよく分からないけど」

加賀「あ……ごめんなさい。私、初対面の貴女にこんなこと……」

加賀「貴女は提督のことを知らないのだから、意味が分からないわよね」


中間棲姫「……」


加賀「あ、急いで食べるわ。ちょっと待って」


話に夢中になっていたせいで第一層のアイスが溶け始めている。このままでは第四層攻略時に汁だれを残してしまうだろう。

いつもと違う状況に私は焦りを感じていた。


中間棲姫「いいんですよ加賀さん。ゆっくりで」


加賀「そういうわけには行かないわ赤城さん。すぐ食べるから」

中間棲姫「いえ。私は食べている貴女を見られて、嬉しいですから」

加賀「恥ずかしいことを言わないで。深海棲艦の癖に」

中間棲姫「……」ニコニコ

~~~~~~

加賀「ふぅ、ご馳走様」

中間棲姫「す、凄いスイーツだったわね。これを食べれば確かに誇りも生まれるわ……」

加賀「そう。特に第三層の強靭さにはいつも驚かされるわ」

中間棲姫「武士道見たり、スイーツに」

加賀「……あら? 私、さっき貴女の名前呼ばなかった?」

中間棲姫「そうだったかしら? 私も適当に返事しちゃってたから」

加賀「そう。まぁ良いわ」

中間棲姫「そもそも、私たちにはこれといった本名が無いのよね」

加賀「それは作戦遂行上不便じゃないの」

中間棲姫「私たちは貴女達程、個別な存在じゃ無いもの。繋がりがある」

中間棲姫「そうね、姫として呼ばれる時は『第七位』と呼ばれているわ」

加賀「第七位……それだけ?」

中間棲姫「それだけよ。個人を特定するだけの名称ですもの。それで十分よ」

加賀「そう」

中間棲姫「……ちょっと散歩しない? 海岸線をぶらぶらと」


夜 海洋連合 ラバウル


中間棲姫「やっぱり海は良いわね。落ち着くわ」

加賀「ええ、そうね」

中間棲姫「今度の戦争、正面からぶつかれば間違いなく負けるでしょうね」

加賀「……」

中間棲姫「でも貴女達に悲壮感は無い。寧ろ逆」

加賀「私たちは今まで命令されて戦ってきた。でも、もうそうじゃない」

中間棲姫「自分の為に戦う」

加賀「そう。自分の大切なモノを守るため戦える。それが皆嬉しいの」

中間棲姫「あははは! 戦意だけで戦争に勝てるなら、これ程楽な話も無いのにね」

加賀「……貴女は何故ここに居る。仮にも深海棲艦の姫である貴女が」

中間棲姫「第五位の、貴女達が飛行場姫と呼んでいる存在のせいよ」

加賀「あの子の……」

中間棲姫「あの子、とってもイイの。見ているものも、したいことも、普通の深海棲艦とはまるで違う」

加賀「確かに特殊な個体だとは思うわ」

中間棲姫「私、あの子を気に入ってるわ。ついて行くと面白いものが見られそうだから」

加賀「曖昧な理由ね」

中間棲姫「あははは。貴女も同じじゃない」

加賀「私も?」

中間棲姫「目を瞑って生きるのも開いて生きるのも、他の奴から見れば大差無い」

中間棲姫「とっても曖昧で分かりにくいと思うけど?」

加賀「……そうね」

中間棲姫「貴女風に分かりやすく言うなら、第五位は目を開いて生きている」

中間棲姫「少なくとも私は、あの子が一番平和な道を歩もうとしていると思うわ」

加賀「だから貴女もここを守るつもりなの?」

中間棲姫「そうよ。だって、一人の男のために国を捨てるお姫様って、応援したくなっちゃうじゃない?」ケラケラ

加賀「……なんだか、貴女らしいわ」クス


中間棲姫「私も知ってるのよ。深海棲艦は変われるってこと」


加賀「……?」

中間棲姫「頭の中が人への殺意で一杯だった自分が、こんな風になるなんて思っても見なかった」

加賀「それは……好きだった人の影響?」

中間棲姫「ま、そういうことにしとくわ。一応好きには変わりないし」

加賀「なによそれ」

中間棲姫「大親友にも話せないことくらいあるのよ。私だってね」

加賀「私と貴女は大親友じゃ無いわ。お馬鹿」クス

中間棲姫「はいはーい」ケラケラ


身なりと姿形のわりに下品な言葉づかいをするこの姫を、私は受け入れ始めていた。

とても今日出会ったとは思えないような、何年も戦場を共にした戦友のような親近感を持って、受け入れようとしていた。

彼女もまた変化する自分に苦しんだことが容易に理解出来た部分も大きいが、何故だろう……。

よく分からない引力のようなものを、この姫は持っていた。


中間棲姫「加賀」

加賀「どうしたの」

中間棲姫「今度一緒にお酒、飲んでみない?」

加賀「私は強いわよ。というより貴女、お酒は飲むの?」

中間棲姫「強いほうが好都合よ。私はどうせ飲まないんだから」

加賀「それ、一緒にお酒を飲むって言うのかしら」

中間棲姫「ああいうのは場の空気の問題でしょ」

加賀「……。そうね、飲みましょうか」

中間棲姫「約束よ。破ったら殺すから」

加賀「それは怖いわね。怖いお姫様に殺されないようにしないと」

中間棲姫「そういうことよ」


中間棲姫「ねぇ加賀」

加賀「なによ」

中間棲姫「もし貴女が一緒にお酒飲んでくれたら、私、貴女に会わせたい人が居るの」

加賀「深海棲艦?」

中間棲姫「……とても臆病な子だから、今日は無理だったんだけど」

加賀「私は人見知りするタイプよ」

中間棲姫「とってもいい子よ。きっと貴女も仲良くなれるわ」

加賀「……貴女が言うなら、多分仲良くなれるんでしょうね。いいわ。連れて来て」

中間棲姫「これも約束だから。私が破ったら私を殺して良いわよ」

加賀「殺しても死ななそうだけどね」

中間棲姫「よく言われるわ」ケラケラ


夜 海洋連合 トラック海岸線


木曾「……この煙草うまいな」スパー

雪風「雪風も同意します」ハー

木曾「次の戦争終わったらさ」スパー

雪風「はい」スパー

木曾「お前、煙草やめろ」

雪風「……なんで木曾じゃなくて雪風がやめるんですか」

木曾「お前が吸ってるとこ見たくないし」

雪風「雪風は煙草なんていつでもやめられます。中毒者は木曾です」

木曾「俺は別に中毒じゃねぇ。こんなもん、好きな時にやめられる」

雪風「中毒者はみんなそう言うんですよ」

木曾「さっき自分がなんて言ったか思い出せ……」

雪風「雪風は暇だから吸ってるだけです。木曾とは違います」

木曾「俺はなんなんだよ」

雪風「提督との思い出のために吸ってます。赤ちゃんがお母さんのお乳を飲む感じで……見苦しいです」

木曾「……」ゴツ

雪風「いだっ!!」

木曾「おお、天から拳が降って来た」

雪風「木曾! いい加減、雪風がMじゃないこと自覚して下さい!」

木曾「別に俺はお前がMだと思うから殴ってるわけじゃないんだが……」


木曾「雪風、知ってるか」スパー

雪風「はい?」スパー

木曾「女の恋愛は、上塗り形式なんだよ」

雪風「はて、上塗り?」

木曾「だから……女は前の男のことなんて忘れちまうんだ」

雪風「……それが木曾とどんな関係があるんですか?」

木曾「俺は女だ」

雪風「…………ブシッ!」クスクス

木曾「……」


雪風「『俺は女だ』」キリッ


雪風「……」

雪風「ウヒッ! ウシシッ! ウヒャヒャヒャ!!!!」ゲラゲラ

木曾「……」ドスッ

雪風「ウボォ!」


木曾「お子ちゃまには分かんねー話だったな」

雪風「木曾、雪風の前では無理しなくて良いんですよ?」

木曾「……別にしてねーよ」スパー

雪風「なら良いですけど?」スパー

木曾「俺のどこが無理してんだよ」スパー

雪風「だってずっと提督と同じ銘柄のやつ吸ってるじゃないですか」スパー

木曾「あー……母ちゃんのおっぱいうめー」スパー

雪風「ウシシシ! それ面白いんで今日も見逃します!」スパー

木曾「俺はお前にいつも見逃されてたのかよ……」


木曾「なぁ雪風」スパー

雪風「なんですか木曾」スパー

木曾「戦争が終わったらさ」スパー

雪風「はい」スパー

木曾「……水タバコ吸ってみるか。あれ甘いらしいぞ」

雪風「良いですね。お付き合いしますよ」

木曾「ラバウルにいい店があるって、人間が言ってた」

雪風「じゃあ帰りに温泉行きましょう。ダブルブル山の」

木曾「あー、良いな。水着も持ってくか」

雪風「雪風はメリハリボディの水着姿で、皆メロメロにしちゃいそうですね!」

木曾「…………おう」

雪風「……今何で間があったんですか」

木曾「……黙って早く吸えよ。全部燃えちまうぞ」

雪風「木曾~! 雪風に~何か言いたいことがあるんじゃないですか~?」ジトー

木曾「別にぃ~」ニヤニヤ

雪風「うが~!!! 良いじゃないですか夢くらい見たって!!」ポカポカ

木曾「うわっ馬鹿! 灰が俺に落ちるだろうが!」


夜 海洋連合 ラバウル工廠


瑞鶴「新しい飛行甲板、重いね」

翔鶴「そうね。板張りじゃジェットは運用できないから」

時雨「そこは命の重さだと思ってよ。二人のだけじゃなくて、ここに住むみんなのさ」

瑞鶴「……分かったわ。本番までに慣熟してみせる」

時雨「……瑞鶴さんは本当に強くなったね。第四管区に来た時とは見違えるみたいだ」


瑞鶴「随分昔と比べてくれるじゃない時雨さん。そりゃ、私だって少しは変わりもするよ」

翔鶴「私の自慢の妹だから」

瑞鶴「翔鶴姉さんこそ、私の自慢の姉よ」

時雨「二人で褒め合わないでよ……」

時雨「あ、次は僕も前線に出るから。同じ部隊だったらよろしくね」

瑞鶴「じゃあ工廠は」

時雨「忘れたのかい。もうここはブインじゃ無いんだ。技官妖精も整備妖精も沢山居るよ」

瑞鶴「そっか。……あの頃の貧乏性が直らなくて困るよホント」

時雨「という僕も同じだよ。何でも艦娘で出来るような気になってよく妖精に怒られる」クス

瑞鶴「あはは! だよね~」ケラケラ


翔鶴「時雨さん、実は次の戦争が終わった後のことなんですけど……」

瑞鶴「戦争が終わったら、私と姉さんは海洋連合から出ていこうと思うんだ」

時雨「えっ……どうして?」

瑞鶴「ここは私には狭すぎる! ってのは嘘だけど」

翔鶴「瑞鶴の処女を捨てる旅……もとい艦娘世界見聞旅行です」ニッコリ

瑞鶴「おいこら性悪空母。誰が万年処女や」(#^ω^)ビキビキ

翔鶴「あらやだ私ったら、無意識に瑞鶴を貶めて喜んじゃって……」

瑞鶴「余計たち悪い!? 私こんな姉と旅行して大丈夫なの!?」

時雨「……ここじゃダメなのかい」

瑞鶴「そんなこと無いんだけどね。欲が出ちゃって」

翔鶴「いわゆる五航戦のハミ毛ですよね」ニッコリ

瑞鶴「どこがいわゆるなの? 姉さん」

翔鶴「私、世界万年処女に向けてキャラを変えようとしているんだけど……なかなか上手く行かなくて」

瑞鶴「うん。誰がどう見ても上手く行ってないよ。あとさり気なく私を馬鹿にするのやめて」

翔鶴「ごめんね錯角」

瑞鶴「私は貴女の同位角! って私は瑞鶴じゃい!」

夕張D「あははははは!!! さ、錯角て……!!!!」


時雨「……二人は本当に強くなったね。それに引き換え僕は何も変わらないよ」

瑞鶴「そんなこと無いんじゃないですか?」

時雨「君たちからはそう見えるだけだよ」

瑞鶴「だったら時雨さん、強くなりに行きませんか」

翔鶴「はい。私たちと一緒に」

時雨「……え?」


時雨「一人ぼっちで可哀想な僕にお情けをかけてくれるってわけ? いい気なもんだね」

瑞鶴「そんなんじゃありません」

時雨「じゃあ何なんだい? 何のつもりで僕を誘うんだよ」

瑞鶴「貴女も提督が残してくれた大切な物の一つだから……いつまでもウジウジされてたら、こっちも気分悪いんですよ」

時雨「もっと悪いね。もっと自分本位じゃないか」

翔鶴「目障りなものを排除しようとするのはごく自然な感情と行動だと思いますが」

時雨「ほっといてくれよ。君たちには関係……!」

瑞鶴「ある、でしょ。時雨さん」

時雨「……」

翔鶴「我々は同じ人を好きになりました。一人自分を本妻と勘違いする頭の悪い処女も居ますけど」

瑞鶴「よし、後半は無かった。そうよ時雨さん。私たちは無関係なんかじゃ無い」


瑞鶴「だから口出しさせて貰うんだから」ニッ


時雨「……瑞鶴さん、提督みたいな笑い方するようになったね」

翔鶴「ええ、処女の呪いです」

瑞鶴「姉さん、さっきからずっと意味分かんないからね。時雨さんも居てくれたら……きっと楽しい旅になる気がするんだ」

時雨「……」

翔鶴「ツタンカーメン錯角の呪い」

夕張「ブフォ!!! ま、また錯角!!!! 瑞鶴じゃなくて錯角!!!!」ゲラゲラ

時雨「……お姉さんの頭のネジ、緩くなってないかい?」

瑞鶴「もう提督さんが居ないから、誰にも遠慮することは無いそうです……」

翔鶴「私は提督以外の男性にはどう思われようと構わないので。ね、同位角」

夕張D「同位角wwwwwww」

瑞鶴「と、本人は言っているので。好きにさせてます」

時雨「……そうだよね。君たちも、大事な人を失ってるんだよね」

瑞鶴「うん。一番大事な人だったよ。正直に言うと時雨さんよりも」

翔鶴「私と比べるとどう?」

瑞鶴「あ、今の姉さんと比べると断然提督さん。ていうか今の姉さんは時雨さん以下」

翔鶴「私、瑞鶴のお姉ちゃんやめたい」ニッコリ


瑞鶴「命の保証は出来ないけど、きっと楽しいよ」

翔鶴「いざとなれば妹を切り捨てればなんとかなりそうですし」

時雨「翔鶴さん、いい加減黙れないの?」

翔鶴「なんで私ばっかり……」

瑞鶴「アンタばっかりふざけてるからでしょ」

時雨「……僕はそんな旅、行かないよ」

瑞鶴「時雨さん。NOは」

時雨「……YES」

翔鶴「YESは?」

時雨「……YES」

瑞鶴「絶対NOは」

時雨「……絶対YES」


瑞鶴「オーイェ!」

翔鶴「流石です。提督の逸物を膣で受けただけのことはあります」

瑞鶴「……マイガッ!」

時雨「翔鶴さん、お願いだ。戻ってきて」

翔鶴「今は無理にとは言いません。考えておいて下さい」

瑞鶴「考える時間はあんまり無いかもしれないけどね」

時雨「どうしてこんなタイミングで」

瑞鶴「世界は私たちを待ってはくれないから。自分から前に進んでいくしか無い」


瑞鶴「だっけ姉さん?」

翔鶴「ところで貴女は誰?」

瑞鶴「忘れないでよ! 姉さんの同位角の錯角よ!」

夕張D「同位角のwwwwwwwww錯角wwwwwwwwwww」

翔鶴「ああ、あの貧乳ですか。思い出しただけで虫唾が走ります」

時雨「……なら、この三文芝居で笑える感性を身につけなきゃいけないじゃないか」

瑞鶴「笑っちゃ駄目だよ。時雨さんも交じるんだから」

翔鶴「時雨さんの芸名はガバマンカパック五世国際空港と決まっています」

時雨「さり気に僕まで馬鹿にするんだね……。カパックか五世か国際空港が余計だし」

翔鶴「ならシグマンコで」ニッコリ

時雨「提督ーーー!!!! 僕を助けてーーー!!!!」


夜 海洋連合 南の島


霧島「ただいま。司令部から臨時のシフト表貰ってきたわよ」

榛名「お帰りなさい霧島! ご飯にしますか? 先にお風呂? それとも……」

霧島「榛名、今日のご飯は何ですか?」

榛名「よく分からない魚の丸焼きです」

霧島「金曜日だしカレーが食べたいわね」

榛名「そんな……榛名が焼いた魚が食べられないなんて……」シクシク

霧島「あーもう! 新妻気取りもいい加減にして下さい」

榛名「それもそうですね。じゃあ、ご飯にしましょう」ケロリ


霧島「いただきます」

榛名「はい。どうぞお召し上がり下さい」

霧島「……貴女の分は?」

榛名「榛名はさっき食べたので、霧島がどうぞ」

霧島「貴女が先に食べる、なんて真似するわけ無いわよね。経験上知ってるんだから」

榛名「て、てへ? 実はお魚が一匹しか釣れなかったので……」

霧島「……ほら、半分こよ」

榛名「ああ!! そんな、せめて頭のほうは霧島が……」アセアセ

霧島「貴女が釣ったものでしょ。た・べ・な・さ・い」

榛名「はい……」

霧島「って何で食べさせてもらう私が強要しなきゃならないのよ……深海棲艦のお姫様が、四人もここに集まってるらしいわ」モグモグ

榛名「え? 飛行場姫さんだけではないのですか?」

霧島「なんでも……その飛行場姫が仲間を連れて来たらしいわよ。ハワイから」モグモグ

榛名「な、何がどうなっているのでしょうか。榛名にはさっぱり」

霧島「私もよ。全然状況が掴めないわ」モグモグ

榛名「一度……飛行場姫さんとお話をさせて頂く機会があったのですが」

霧島「そうなの」モグモグ

榛名「まるで、普通の女の子のようでした。どこにでも居る、普通の」

霧島「貴女、普通の女の子知ってるの?」

榛名「……知りません。嘘ですね、ごめんなさい。普通の艦娘みたいだな、って」

霧島「どうしてそう畏まるのよ。私には別にどっちだっていいわよ」モグモグ

榛名「榛名はそうは思いません」

霧島「……」ゴックン

霧島「そうなの?」

榛名「艦娘は普通の女の子だったら良いなって、思ってしまいます」


霧島「……貴女、時々寂しそうな顔をするわよね」

榛名「……」

霧島「どう足掻いたって私たちは艦娘なんだから。受け入れなきゃ」

榛名「……霧島は、そういう霧島は受け入れられているんですか? 自分自身を」

霧島「……どういう意味かしら」

榛名「……」


霧島「貴女よりはマシよ。……魚、ご馳走様」

榛名「……お粗末さまでした」

霧島「明日は朝から演習と警備だから、お風呂沸いてる?」

榛名「はい。もう少し薪をくべれば丁度になります」

霧島「……ありがと」

榛名「……いえ。お気遣いなく」



霧島「はぁ~……ドラム缶風呂は癒やされるぅ……」


雨水を貯めての久しぶりのお風呂は身にしみる。

え? 不潔? ……人間とはそもそもの衛生観念が違うんだから余計なお世話です。


霧島「……」ブクブクブクブク

連合へ来て、私と榛名の関係は良好になったと言える……のだろうか。

榛名が私に依存して、私がそんな榛名を利用して。関係は上手く回っている。

どちらにとってもメリットだけで、誰も損はしていない。


霧島(損得での関係なんて……歪ね)


いや、私こそ榛名に依存しているのかもしれない。彼女に甘えているのは私の方かも。


霧島「……出ましょうか」



霧島「お風呂、お先に頂いたわ」

榛名「お湯加減はいかがですか?」ジャリジャリ

霧島「丁度良いわよ。貴女も早く……って何してるの」


榛名はこちらに腰部を向け、頭を地面に擦り付けるようにして何かを探していた。


榛名「あ、明日は二匹釣れるように虫の餌の確保を……」ジャリジャリ

霧島「そんな格好しちゃ駄目よ。魚はもう良いから。大体、戦いが始まるかもしれないって時に貴女は」

榛名「……関係ありません」

霧島「?」

榛名「榛名には、ここでの一日一日が、戦いなんかよりも……ずっと……」

霧島「……じゃ、私は先に寝るから」

榛名「……はい。おやすみなさい」


ああ、まただ。

また彼女から逃げてしまった。

ここで暮らしている間に何度もチャンスはあった。

彼女の本当の悩みを聞いてあげられるのは多分私だけなのに。


夜半、寝室としている空間で横になっていると、中へ入ってくる足音が聞こえた。

この音のリズムは榛名だ。彼女も寝るのだろう。


榛名「……霧島、起きていますか」


既に横になった私に声を掛けてくる。


霧島「……」

榛名「……おやすみなさい。また明日」

霧島「起きてるわ」

榛名「……今日は、そっちの部屋で寝ても構いませんか」

霧島「……良いわよ」



榛名「えへへ。来ちゃいました」

霧島「……いつもより近くで寝るだけじゃない。なんなのその反応」

榛名「いつもより近いので、霧島の匂いがします」スンスン

霧島「ちょ!? や、やめなさい!」

榛名「冗談です」クスクス

霧島「……なんか貴女、さっきより元気になってない?」

榛名「霧島が、いつもより優しくしてくれるからです」ギュッ

霧島「あの、どさくさに紛れて抱きつくのやめてくれます?」


私は彼女と向き合わない。

彼女に背中を向け、背中越しに会話をする。


霧島「ねえ、貴女は」

榛名「貴女じゃありません。私は榛名です」

霧島「……ずっと聞きたかったんだけど、貴女、初めて会った時に何で私を姉妹艦だなんて言ったの」

榛名「……」

霧島「私の本当の姉妹艦の榛名は……貴女じゃない。貴女だって、私が姉妹艦なわけ無い」

榛名「そう、ですよね」


明らかに、先ほどよりも声のトーンが落ちた。


霧島「……私は、今日まで貴女と一緒にいて、貴女を姉妹艦だと認識したことは一度もない」


さあ、どう返す。私の本音に、貴女はどう返事をする。


榛名「……榛名もです。霧島が姉妹艦だなんて、そんなのただの嘘」

霧島「貴女……」

榛名「榛名たちは、歪じゃないですか。戦うために作られて、命令されて、戦って」

榛名「部隊だけじゃなくて姉妹……家族まで勝手に決められて、ううん。決めつけられて」

榛名「自分の気持ちと現実の矛盾に苦しみながら勝利のその日まで戦い続ける」


霧島「……」


榛名「気持ちの悪い、既に心が死んでしまった機械を姉妹と認めて大切にするなんて、私は、そんなの耐えられなかった」ギュッ


霧島「……貴女はいつ気づいたの」


榛名「私の最初の姉妹艦の方は失踪しました」


霧島「……そう。それでね」

榛名「初めて貴女を見た時に一目で分かったんです」


榛名「ああ、私と同じ気持ちを持ってる人だって」


霧島「違う。私は貴女とは……」


榛名「辛いと気付いても、分かっても、ずっと我慢して。死にたいくらい苦しいのに自分じゃ死ねない、自分じゃ本当は何も出来ない臆病者」


霧島「私は違う!!」


榛名「何が違うって言うんですか」


霧島「……っ」


榛名「あんな寂しそうな顔してた人が……鏡に映った私と同じ顔をしてた人が、違うって言うんですか」


霧島「私は、私で自分の道を」


選べていない。最後まで私は司令に頼ろうとしていた。言葉はすぐに詰まってしまう。


榛名「榛名はそれがとても嬉しかったんです……!」


霧島「え……」


榛名「誰にも理解されない、孤独さが、辛さが……自分だけのものじゃ無かったんだって」

榛名「霧島も一緒だったんだって、救われたような気になって、この人を救ってあげたいって。……それで言ったんです」


霧島「……勝手に考えたものね」


榛名「押し付けがましいことは分かっています。でも、それでも! 霧島の存在に私は……!」


霧島「私の気持ちも確かめずに?」


榛名「……気持ちを確かめようとしなかったのは、霧島、貴女も同じでは?」


霧島「……」


何も言えなかった。言えるはずが無かった。だって、その通りなのだから。


榛名「ずっと言おうと思っていました。こんな、思い込みと自分の願いだけで作った関係は良くないって」

榛名「でも、ずっと言えなくて……ごめんなさい。私はやっぱり臆病なままなんです……」


霧島「……で?」


榛名「……はい?」


霧島「それで、その気持を私に伝えて、貴女はどうしたいわけ」


榛名「許してくれとは言いません。私は……」

榛名「私は、私の気持ちを踏まえた上で霧島に決断して貰いたいです」

榛名「私はやっぱり、霧島と一緒に居たいから……」

霧島「で、また私に決断することを押し付けるわけね」

霧島「いい性格してますよ。ほんと、慇懃無礼っていいますか」


榛名「……ごめんなさい」


霧島「私は基地司令に貴女の子守を任されました。それからずっと惰性で今まで一緒に居ましたけど」

霧島「私は既に貴女に依存しています。依存するよう仕向けたのは貴女です」

霧島「な・の・で、責任を持って私と一緒に居なさい。……以上」


榛名「い……いいんですか……?」


霧島「言った通りです」


榛名「やったー! 霧島! ありがとう!!」ググググ


霧島「ち、力が強いわよ!? やめなさい!」


私は終始顔を合わせることが出来なかったが、背中越しに榛名の正の感情が伝わってきた。

あの頃のブインにおいて、他の機械のような艦娘からはけして伝わってこなかった気持ち。

……胸が少しだけくすぐったい。


所詮私たちは一緒にカレーを食べたり、朝起こし合ったり、共通の敵と戦ったりするだけの関係でしかない。だけど、


霧島「……私も榛名と一緒に居て、少しだけ救われましたし?」

榛名「きーりーしーまー。きりしま~!」スリスリ

榛名「え? 今なにかおっしゃいましたか?」

霧島「何でもありません。さ、明日も早いんですからもう寝ましょう。」

榛名「ここで寝てもいいですか?」

霧島「邪魔なので元の場所で寝て下さい」

榛名「えぇ~!?」



この榛名は私の本当の姉妹艦の榛名ではない。

だから姉妹艦では無い。

でも彼女の名は榛名。姉妹艦でなくとも、それと同じくらい私にとって大事な存在である。

……司令はここまで見越して私を世話係に任命したのだろうか。

ふーむ。死後に評価を上げるとは、案外悪い奴でもなかったのかもしれませんね。


霧島「ねぇ」

榛名「はい?」

霧島「貴女、人間の女の子に憧れてる?」

榛名「正直に言うと……はい、と答えざるを得ません」

霧島「そんなものに憧れる必要は無いんじゃない」

榛名「え?」


霧島「私たちは艦娘。人間の女の子じゃ無いけど、艦娘なのよ」

霧島「惨めで歪で儚い兵器だけど、大切なものを見つけて、それを守ることも出来る存在」

霧島「……きっと、寂しくなんか無いわ。逆に人間の女の子が憧れるわよ、私達に」


榛名「そう、かもしれません。いつか……そんな日が来ると良いですね」

霧島「その日を迎えるためにも、この日常を守るためにも、虫を探すより先にすることがあると思いませんか?」

榛名「……はい。榛名は虫を探すのをやめますね」

霧島「それでよろしい」クスクス

榛名「……おやすみなさい。霧島」

霧島「ええ。おやすみなさい。榛名」


2月23日

夜 海洋連合 飛行場姫の島


中間棲姫「良い島ですね」

飛行場姫「ありがとよ! 私も気に入ってるんだ~」

北方棲姫「とぅっ!」ゴロゴロ

ル級改「こらっ姫様! 人様の家ではしたない!」

北方棲姫「うげっ。ル級いたんだ」

ル級改「私は最初からここに控えておりますが!?」

タ級改「アンタも相変わらず堅苦しいわね。別にいいじゃない」

ル級改「はぁ……私の姫様に貴様の姫のようなアンポンタンになれと言うのか?」

タ級改「へぇ……喧嘩売ってるの?」ゴゴゴゴ

ル級改「貴様の下腹を見れば分かる。鍛錬が足りん!」ドドドド

タ級改「し、下腹は関係無いでしょ!? 生まれつきよ!」

ル級改「なら見苦しいものを隠せ。気色悪い」

タ級改「き……気色悪いですって?!」

レ級改「そうだぜ戦艦の姉御。ウチの姫様と空母の姉御と俺は馬鹿にすんなよ」

タ級改「ねぇ私は? 私の心配はしてくれないの?」

港湾棲姫「……」ガタガタ

レ級改「……あ、手が滑った」モミモミ

港湾棲姫「ひぃぃぃぃ!!!」

レ級改「冗談だってwwww仲良くしようぜ第六様wwwww」ゲラゲラ

中間棲姫「……命。……命だけは」ガタガタ


ヲ級改「ところで第七位様、ミッドウェーに残してきた戦力はどうなったの?」

中間棲姫「大部分が残ってしまいました。でも……」

中間棲姫「時間を稼ぐようには言っています」


夜 ミッドウェー 港


離島棲鬼「し、従えないとはどういう意味なのですか!?」

ネ級改「そのまま」

離島棲鬼「だから、貴女たちは」

ネ級改「ここに残っているのは第七位麾下の深海棲艦」

離島棲鬼「だから! 貴女たちは以後第三位の軍団に組み込まれ……」

ネ級改「私の姫様の手続書類必要。それ以外には従えない」

離島棲鬼「き、昨日はまず会って話す為に書類を持って来いとおっしゃっていたではないですか!? その前は大事な話だから顔を合わせて話したいと……」

ネ級改「君、持って来た。だからこうして喋ってる」


ネ級改「偉いね」ナデナデ

離島棲鬼「てへへ……。じゃ、ありませんことよ!?」

ネ級改「とにかく、ウチの姫様連れて来てくれたら全部終わり」

離島棲鬼「海洋連合に居る人を連れてこれるわけ無いでしょ!?」

離島棲鬼「無理難題を押し付けて楽しんでいるのですか」

ネ級改「今日はもう遅いし、泊まっていきな」

離島棲鬼「そんなことではいつまで経っても再編成が……」

ネ級改「しなきゃいいじゃん。再編成」ニコニコ

離島棲鬼「わ、私もうこんな仕事したくない」フラフラ




夜 フィジー 港


空母水鬼「だからー、フィジーの艦隊の指揮権譲っていただきたいんですけどー」

カ級改「……」コーホー

空母水鬼「っていう話をー、さっきから五十回くらいしてるんですけどー?」

カ級改「……」コーホー

空母水鬼「もういい加減ぶっ殺しちゃってイイ感じ?」

カ級改「ダメ」

空母水鬼「喋れる感じだったら最初っから喋って欲しかったんですけど!?」




夜 ウナラスカ 港


駆逐棲姫「従うです」

リ級改「あ? やだよ」

駆逐棲姫「早くするです」

リ級改「だからやだって」

駆逐棲姫「どうすれば命令、従ってくれますか」

リ級改「お前がずっと黙ってれば、あるいはな」

駆逐棲姫「分かりました。しばらく黙ります」

リ級改「おう、そしたら考えてやるよ」ニヤニヤ


夜 海洋連合 ラバウル総司令部


日向「じゃあまた明日な」

長月「お疲れ。って言っても四時間後にはこっちに来いよ」

日向「うん、まぁ仕方ないよな。うん。分かった」




日向「うぅ……このところ寝不足だ……」

磯波「日向さ~ん」チョンチョン

日向「ん?」

磯波「アロハ~」フリフリ


振り返るとそこには、フラ装束に身を包んだ何かが居た。


日向「あ、あろはぁ?」

磯波「ちゃ~ちゃらちゃ~らら~」フリフリ

日向「……」

磯波「ららら~ら~」フリフリ

日向「……」

磯波「ら~……ら、ら~……?」フリフリ


日向「……」

磯波「……」



日向「……こんばんは」

磯波「こ、こんばんは」

日向「何やってるんだ」

磯波「最近覚えたフラダンスをお見せしようと思って……」

日向「……あはははは!」

磯波「ひ、酷いです! 幻滅です!」

日向「あー、くっく。しかしアレだな。フラ装束は黒い肌の方がよく合うぞ」

磯波「白いのは生まれつきなので」

日向「……酒でも飲むか」

磯波「え? お酒の前にフラダンスの感想お願いします」

日向「よし酒を飲もう。な、磯波」グイグイ

磯波「え、えぇえぇ!?」


夜 海洋連合 南の島


日向「はぁ、こんな時でも月は綺麗だ」

磯波「はい。綺麗ですね」

日向「私とどっちが綺麗だ」

磯波「月ですね」

日向「あっはっは」

磯波「私どっちが綺麗ですか?」

日向「月が綺麗だが、君の方が可愛いよ」

磯波「うふふ。お酒、注ぎますね」

日向「どうも」

~~~~~~

磯波「日向さん、次は私も前線部隊でお願いします」

日向「私には人事を決定する権利は無いぞ」クイ

磯波「嘘はダメですよ日向さん。これでも私、色々知ってるんですからね」

日向「……お見通しだな。分かった。言っておく」

磯波「お願いしますね」

~~~~~~

日向「飲め。まぁ飲め」

磯波「……う~ん」ゴクゴク

日向「これは加賀が作った安酒でな。度数が高いばっかりの魅力が無い酒だ」

磯波「はい……あんまり……美味しくないです」フラフラ

日向「良いところは……そうだな、作った奴の胸が大きいところかな」

磯波「おっぱい……えへへ……」モミモミ

日向「……いや、私のじゃ無いぞ」

吹雪「二人して何やってるんですか」

日向「おお、長月を昏睡に追いやった吹雪じゃないか。まぁ座れよ」

吹雪「……嫌な呼び方しますね。当たってるんですけど」

磯波「吹雪ちゃ~ん」フラフラ

吹雪「日向さん、駆逐艦に飲ませすぎですよ」

日向「磯波が勝手に飲むんだ。知らんよ」

磯波「吹雪ちゃんのおっぱいちぇ~っく」モミモミ

吹雪「こ、こら磯波! どこ触って」

磯波「う~ん……これは……鶏ガラですね吹雪ちゃん!」ケラケラ

吹雪「……じゃあダシをとりましょうか」ドゴッ

磯波「うっ…………オボロロロロロ!!!!!」ビシャビシャ


日向(酔っぱらいに容赦無いな)


磯波「……すいませんでした」

吹雪「磯波、誰の何が鶏ガラなの? 教えて?」

磯波「はい……私の脳が鶏ガラです……」

吹雪「よろしい。二度としないように」

磯波「うぅ」

日向「吹雪、お前こんな時間に何やってるんだ」

吹雪「何となくです。寝られなくて」

日向「夜遊びとは感心しないな」

吹雪「もうすぐ出来なくなるかもしれませんし。今の内に夜を楽しんでおこうと思って」

日向「ははは! 口の悪さも相変わらずか」


磯波「日向さん、深海棲艦のお姫様が来てるって本当なんですか」

日向「ああ。四人いるぞ」

吹雪「なんか変な感じがします。今まで殺す最優先目標だった人たちが味方って」

日向「真っ白な艦娘は変な感じがするか?」

吹雪「日向さんは元々変じゃないですか。その色だと変なのが分かりやすくなって丁度いいです」

日向「……なぁ磯波よ、こいつの無礼な物言いをどう思う?」

磯波「あははは。吹雪ちゃん正直に言いすぎだよ」ケラケラ

日向「私はそんなに変じゃない……筈だ」


~~~~~~

吹雪「はーい! 特型駆逐艦吹雪、脱ぎまーす!」ゲラゲラ

磯波「いいですよー! 脱ぐんだー鶏ガラ駆逐艦ネームシップー!」

吹雪「ッセイハ」ドゴォ

磯波「オエェェェェ……」ビシャビシャビシャ


日向(磯波はそういう趣味でもあるのかな……)


吹雪「なんで!? 艦娘にバストなんて要らないでしょ!?」

磯波「けふっえふっ……吹雪ちゃん、それホントにそう思ってる?」

吹雪「……そりゃさ、あった方が男の人は喜ぶって私も知ってるけどさ」

吹雪「私たちの身体は成長なんてしないんだから言っても仕方ないじゃん」ブツブツ

磯波「確かに身体は華奢な少女のままだけど」


磯波「精神的なおっぱいを育てることは出来るよ!」フンフン


日向「ぶふっぱ」

吹雪「え……精神的なおっぱいって何?」

磯波「ほら~日向さん、説明してやって下さいこの~、とり、吹雪ちゃんに」クイクイ


日向(えっ、精神的なおっぱいとか私も初耳なんだが)


日向「ふむ、そうだな。うーんと、あー」


磯波「ほら~日向さん困っちゃってるよ吹雪ちゃん! あんまり当たり前の質問するから~」

日向「そ、そうだな。説明するのにどう言えば良いか……」

吹雪「みんな知ってることなんですね。吹雪、知りませんでした!」ワクワク

磯波「仕方ないな~日向さんが凄く端的に言ってくれるよ~」ゴクゴク

吹雪「お願いします日向さん!」


日向(こいつら酔っ払うとめんどくさい……)


日向「う、う~ん。そう、あー、うー」

日向「そうだな、一言で言うと……精神的なおっぱいとは母性本能だ」

磯波「そうです! 母性本能! 母性本能なんれす!」グルグル


吹雪「母性本能……なんて甘美な響き」キラキラ

磯波「つまりアレだよ吹雪ちゃん」

磯波「エロい身体にはなれなくてもエロくはなれるってことです!」

吹雪「あははは!」

日向「あはははは」

磯波「うふふふふ!」


日向「あ、時間だ(棒読み)。私はそろそろ総司令部に行きます(棒)」ソロリ


磯波「ダメですよ~」ガシッ

日向「……磯波、お前、ちょっと飲み過ぎだぞ」

磯波「えへへ? そうですか?」ヘラヘラ

日向「何か忘れたいことでもあるのか」

磯波「……大丈夫ですよ日向さん。きっと大丈夫。ぜーんぶ上手く行きます」

日向「……そうだな」

磯波「えへへ? 今日は日向さんだけに、特別なフラガール磯波ですからね」

吹雪「……忘れたいことって、戦争のこと以外に何かあるんですか」

日向「……」

吹雪「磯波だって、この前夜に泣いてたよね。怖いんでしょ、なんで強がるの」

日向「そうなのか?」

磯波「あ、あれは……その……」

吹雪「それってただ現実から逃げてるんじゃないの?」

磯波「……吹雪ちゃん、あのね」


吹雪「……」

磯波「私、前より強くなったけど、それでも全然力が足りなくて」

磯波「戦う覚悟はあるけど、あっても、また……長官みたいに戦いの中で大切な人を守れないのかなって」

磯波「私のだけじゃなくて、他の皆の大切な人たちも……死んじゃうのかなって」ポロポロ

磯波「でも私はそんなのどうしようもなくて、一人じゃ何の役にも立てなくて。それが悔しくて、そんな自分が嫌で」ポロポロ

吹雪「ご、ごめん磯波。……私、なに言ってんだろ。違うの、ごめんね?」

磯波「……」ポロポロ


日向「……」

日向「磯波、今日はありがとう」

日向「……みんな戦うことを進んで選びとったと思ったが、そうだよな」

日向「それでも戦いは悲しいもんな」

吹雪「……」


磯波「嫌なんです……もう、大事な人が、みんなの大事なものが無くなっちゃうのは」

磯波「夢でその人たちと会って、とても楽しいのに……起きたら居ないなんて悲しすぎます」

磯波「なんで……なんで私には全部守る力が無いんでしょう……?」

吹雪「……」

磯波「それだったら、私が死んだほうが……」

日向「やめてくれ」

吹雪「日向さん……」

日向「お前が居なくなったら私は……頼むから、お願いだ」

磯波「……ごめんなさい」

吹雪「……」

日向「……私たちは生きている限りどこまで行っても戦い続けるんだろな」

日向「生きて、幸せになって、自分以外のものに執着すればするほど失い続ける」

吹雪「……そんなの」

日向「そんなの、悲しすぎるか?」

日向「……私も同意だ。でも、そういう風になってしまっている」

日向「悲しいからこそ、今を楽しむことが出来る」


日向「……なぁ磯波、吹雪」

磯波「……」

吹雪「……」

日向「こんなことしか言えなくてすまない」

吹雪「……なんか、前より日向さんの話が分かるようになっちゃった自分が嫌です」

日向「あはは。それは良かった。順調にポンコツ兵器への道を歩んでいるぞ」

磯波「日向さん……私ってダメなんでしょうか。悲しいことを受け入れたくなくて、幸せにばっかりなりたくて……」

日向「磯波、私だってそう思ってるさ」


日向「……今日は苦しいかもしれない。でも戦わなければ明日はもっと苦しい」

日向「現状を嘆くだけじゃ何も変わりはしないどころか、もっと多くを失ってしまう」

日向「私もお前も、大事な人を前の戦いで失った。……必ず守るとはもう言えないけど」

日向「また一緒に戦おう。これ以上自分が悲しくならない為に、私たちにとっての大切なものの為に」

日向「……」

磯波「……」ポロポロ

日向「……」


その後、何も答えずただ泣き続ける磯波を、私は抱きしめることしかできなかった。

例え磯波が否定しようと、この場所を守りたいのなら逃げるという選択肢はない。

大体どこへ逃げるというのだ。

どの国へ行こうと、実験動物として扱われて終わりだ。

私の視野が狭いわけではなく本当に選択肢は無いのだ。


少なくとも、ただの生存以上のものを自らに望むのならば。


昼 海洋連合 ラバウル総司令部


主たる艦娘と妖精が総司令部前に集まっていた。


長月「皆も知っての通り、我々は近々深海棲艦と砲火を交える可能性が非常に高い」

長月「総司令部は戦時に備え、対応策を練っていた」

長月「今日、戦時艦隊編成が完了した。これより張り出しを行う。確認して欲しい」

長月「同名鑑が居る場合は、高レベルの者を優先して上位艦隊へ配属するものとする」

長月「……我々は人間でなく艦娘であり、そもそもが軍隊組織ではない」

長月「お前たちが総司令部に従う必要は全く無い。どこか逃げる場所があるのなら……」


夕張D「代表ー? 艦娘がどこへ逃げるって言うんですかー?」

\アハハ! ダヨナー/ ギャーギャー \モウホカノバショトカムリ!/ ワーワー \ダイヒョウ! ハヤクミセテクダサイ!/


長月「……アホども」ヤレヤレ

長月「と、言ってやりたいが私達には他に行く場所も無いのも確かだな」

長月「あー、あともう一つ」

長月「深海棲艦が人間を滅ぼすのを見逃してやれば、戦わずに済むかもしれないぞ」

嶋田「……」


\ナガツキ、モウイイカラハヤクシテヨ/ \サッサトシロー/ \クソバカ!/


長月「……まぁそうだよな」

長月「お前らは、人間にあれだけ傷つけ裏切られてもまだ守ろうとする馬鹿女の集団だ」

長月「人との繋がりが捨てられず、ついつい甲斐性無しまで愛してしまう女の鑑だ」

長月「最高じゃないか。どこまでも度し難いぞ、お前ら」


長月「今は、殆どの人間から見て私たちは化け物だ。共に生きるなどと思いもよらないだろう」

長月「深海棲艦に至っては、互いに殺しあう敵だ」

長月「それでも我々はこの共同体を作った。人と、妖精と、艦娘と、深海棲艦が共に暮らす地を」

長月「いずれは全ての存在と、私たちが平和に暮らす日が訪れるだろう」

長月「だから今は戦おう。感謝されずとも、恨まれようとも、戦う意味はきっとある」

長月「人間を守るなんてちっぽけなことは言わない。私たちが守るのは未来への希望だ」

長月「嬉しいだろ。もう一度、希望の為に戦って沈むことが出来るんだ」

長月「可哀相な兵器としての艦娘は、この場には一人も居ない」

長月「望まない二度目の生だとしても、今我々は我々自身を生きている」

長月「そして」

長月「失うことの辛さを、戦うことの悲しさを知って尚……この場に立つことを選んだ」


長月「敗戦で軍艦としての名誉を敵に奪われ、守った筈の自国民からは忘れ去られ」

長月「誇りなき隷属を、あらゆる感情を殺す苦しい日々を強いられ」

長月「それでもお前たちは、再び自らの足で立った」

長月「……望まぬ戦いだろうと、その足が震えていようと、立ったんだ」

長月「私はお前たちを生涯忘れはしない」

長月「ありがとう、なんて言わないからな。お前らに言うには、感謝なんかよりよっぽど相応しい言葉がある」

長月「いつまでも愛してるぞ。この馬鹿女ども」


海洋連合にはこの世界に存在するほぼ全ての艦娘が集まっていた。

平均練度は過去類を見ないレベルに到達しており士気も極めて高い。


今回の戦闘は、艦娘を前衛に、深海棲艦を後衛にまわしての戦いとすることが決まっている。

姫が味方とはいえ、同族との戦いでは動きが鈍ることが予想されたからだ。


ジェットによる制空権確保と羅針盤による遅滞防御、そして制空権を絶対のものとしたところで反撃に転じる手筈である。



長月「これより我々は海洋連合の艦隊として連合艦隊を名乗る」

長月「各員の奮戦を期待する」


昼 海洋連合 ショートランド近くの島


矢矧「球磨、貴女はどこだった?」

球磨「第28艦隊クマ」

矢矧「残念。私は第43ね」

球磨「随分遅いナンバークマね」

矢矧「お生憎、水雷戦隊は遅いのよ」

球磨「球磨も水雷戦隊長が良かったクマー!」ジタバタ

矢矧「貴女は艦隊付きの軽巡のほうが似合ってるわよ」

球磨「それ、どういう意味クマ?」

矢矧「べっつに~」

球磨「 (´(ェ)`) 」

矢矧「ちょっと出掛けてくるわね」

球磨「どこ行くクマ?」

矢矧「何かあったらネットワークで艤装に連絡頂戴。じゃ」




昼 海洋連合 ブイン近海


矢矧「あれ……三隈さん」

三隈「あら。ごきげんよう」

矢矧「こんなところで会うなんて珍しいですね」

三隈「本当に……。どちらへお出かけですの?」

矢矧「少し司令の墓へ」

三隈「ああ……。あの場所は今、とんでもないことになっているので……。見ても驚かれませんよう一言ご忠告を」

矢矧「は、はぁ?」

三隈「……ヘクチッ!」

矢矧「大丈夫ですか?」

三隈「問題ありませんわ。海は少し冷えますわね」


矢矧(別にまだ冷えるような時間じゃ無いと思うけど)


三隈「では、ごきげんよう」


昼 海洋連合 墓の前


矢矧「……これは壮絶ね」


立派な戒名のついた墓など元々無い。

近くから適当に調達した、日本の墓に比べれば小さく無骨な石が、墓碑代わりに役立っていたのだが……。

どうやら何名もの訪問者があったようで……。いや、それは何も問題無いのだが……。

何というか、訪問者が置いていった弔いの品が問題なのだ。


瓶に入っている……形状からして恐らく日本酒、そして花束、ここまでは目を瞑ろう。

煙草、本、カップ麺、これらも別に良い。場違いに思えるが、きっと思い出の品なのだろう。


でも卵焼きってどうなの?

見るからにパサパサだし、もう蟻が集まってきてるし……。

いや、いや、いや、いや、いや。

卵焼きも問題じゃないわ。一番の問題は……。


矢矧「なんで墓石にパンツが被せられてるの……?」


それも調べてみると一枚だけではなかった。

三枚ほどある。被覆面積を極限まで0に近づけたようなTバックから、女児用下着のようなものまで。


矢矧「……私との約束を破って勝手に死んだ男にしては、皆に慕われてたのね」

矢矧「まぁそうよね。だって貴方、時々凄く優しいんですもの」

矢矧「嘘つきで卑怯で、嫌な男」

矢矧「……」

矢矧「……」キョロキョロ


昼 海洋連合 ブイン近海


吹雪「あれ、矢矧さん」

矢矧「あ、吹雪」

吹雪「こんなところで会うなんて奇遇ですね。帰りですか」

矢矧「ちょっと野暮用でね。貴女は?」

吹雪「私も野暮用で」

矢矧「……ああ、司令の墓に行くつもりなら覚悟しておきなさい」

吹雪「べ、別に私はあの人の所なんて」

矢矧「じゃあその花束、誰に渡すの?」

吹雪「う゛っ……秘密です」サッ

矢矧「ふふふ。可愛いとこあるじゃない。……へクショォォォン!!!」

吹雪「大丈夫ですか?」

矢矧「海は冷えるわね」ズズズ

吹雪「別にいつも通りだと思いますけど」

矢矧「……とにかく、司令によろしく伝えておいて」

吹雪「だから別に……行っちゃった」


2月25日

昼 海洋連合 ラバウル工廠


日向「……秘策というのはもうちょっと見てくれの良いものじゃ無いのか」


紫帽妖精「では準備は良いですか?」

日向「ああ。いつでもやってくれ」

紫帽妖精「何度も言いますが、最初の生体リンクが一番大事なんです」

日向「とにかく協力してくれるようお願いすれば良いんだろ」

紫帽妖精「そ、それはそうですが……。艤装に意識を食われればただの戦う機械になってしまう可能性もあるので……」


日向「さっきからやけに念を押すが、もしかして私が戻ってくる自信が無いのか?」

紫帽妖精「……実際、ちょっとはしゃいで強くしすぎちゃったので」

日向「あははは! それくらいが丁度いい。使うもののことを考えてしまえば時として常識に縛られる」

紫帽妖精「……」

日向「この艤装には世界標準など、軽く飛び越えて貰わないと駄目だ。目的を果たすためにもな」サスサス

紫帽妖精「覚悟はよろしい、ということですよね」

日向「ああ。博打がここから始まるわけだ」

紫帽妖精「……生体リンク、開始」

~~~~~~

紫帽妖精「……」

艦娘が目を瞑ってから一秒だろうか、一分だろうか。妖精にはただ焦りしか無かった。


紫帽妖精(あああああああ)

紫帽妖精(積み込みすぎちゃったよ~どうしよう~)

紫帽妖精(こんなの耐えれる奴が居るとしたら化け物くらいなんだけど……)

紫帽妖精(……なんか期待しちゃうんだよな。この艦娘)

紫帽妖精(底の深さが計り知れないっていうか、底抜けっていうか)

日向「おい、技官」

紫帽妖精(強襲型の艤装って本来、他との連携も視野に入れて開発するものだよな……?)

紫帽妖精「ちょっと黙ってて下さい。今、考え中です」

紫帽妖精(単独で強襲可能ってそもそもコンセプトから間違ってるんじゃ)

日向「そうか。ならし運転をして来ても良いか?」

紫帽妖精(そもそもだぞ。そもそも)

紫帽妖精「好きにして下さい」

紫帽妖精(ナノマシンにばっかり気を取られていたけど、あの子はこの艤装一体どう使うつもりなんだ)

日向「行ってきます」ズシズシ

紫帽妖精「いってらっしゃい」

紫帽妖精(近接武器を用意してくれって言われて一応用意したけど、防衛戦で近接武器使う状況って……詰んでね?)

紫帽妖精(あ、そっか。海洋連合自体が今詰んでるんだ。納得)

紫帽妖精「……って」

紫帽妖精「あれ!? 艦娘はどこへ行った!?」

紫帽妖精「いつの間にこの場所から抜けだしたんだ!?」

紫帽妖精「あわわわわ! 大変だ! 意識を食われて無差別に人間を襲い始めたのかも!?」


昼 海洋連合 墓の前


日向「君にも見ておいて欲しくてな。もしかするとこれが最後になるかもしれないし」

日向「ふふっ。あいにく私は、出来ないことを出来ると言って強がる趣味は無いんでね」

日向「……君が居れば好きなだけ甘えられるんだがな」


日向「これ、いい艤装だろ。自分で言うのはアレだが、今までの艤装より遥かに合う」

日向「深海の技官は中々いい腕をしていたよ」

日向「18inchだと大和型にも負けない……らしいぞ」

日向「ああ、晴嵐の妖精は連れて行かないよ」

日向「死ぬのは私一人で十分だ」

日向「……しかし、この女に節操の無さそうな墓石は……見苦しいな」


日向「ひぃ、ふぅ、みぃ……五枚か」

日向「最初のお子様パンツは漣のとして……あと誰のだ、これ」


2月26日

夜 ハワイ 宮殿


大妖精「随分と少なくなってしまったな」

空母棲姫「……」

装甲空母姫「……」

大妖精「ま、私が減らしたんだけどな。面白いだろう姫」

装甲空母姫「え、ええお父様」

大妖精「貴様ではない」

装甲空母姫「……」

空母棲姫「……とても面白いです」

大妖精「そうだろう! そうだろう!」ケラケラ


大妖精「姫不在の軍団の再編成は終了したか?」

装甲空母姫「いえ、手間取っています」

大妖精「軍団の再編成は終了したか」

空母棲姫「……少し手間取っています」

大妖精「そうか。良いのだ。私も少し準備したいものがある。今度お前にも見せるよ」

空母棲姫「それはどのような……」

大妖精「強力な兵器だ。余自らが作っている」

空母棲姫「お父様手ずからですか」

大妖精「きっと驚くぞ」

空母棲姫「……楽しみです。ところでお父様、やはり攻撃先は海洋連合に決定なのでしょうか」

大妖精「ああ。どうかしたのか」

空母棲姫「あの共同体は脆弱です。外縁から攻めればすぐに干上がります」

大妖精「いや、時が惜しい」

空母棲姫「時……?」

大妖精「余の悲願が叶う瞬間を、もう少しでも先延ばしにしたくはないのだ」

装甲空母姫「……」

空母棲姫「その悲願について、お聞きしたいのですが」

大妖精「……もう少し待て。戦力が整ってから全てを説明する」

大妖精「今はとにかく、お前は軍団の再編成を急げ。我が娘を邪悪なる地から救い出すためにもな」


夜 ハワイ 装甲空母姫の棲家


装甲空母姫「なんなのよ!!!」ヒック

空母棲姫「……」クイ


空母水鬼「そっちの姫様、チョー憂鬱だね」ゴクゴク

離島棲鬼(何かあったのかしら……)


空母棲姫「お父様は少しご機嫌が良くなかっただけよ」

装甲空母姫「機嫌が良くなかった……!? そんなことでこの私を蔑ろにされるなんて……」

装甲空母姫「酷いわ……」ポロポロ

空母水鬼「あ、泣いた」

離島棲鬼「え!? 姫様!?」


空母棲姫「……ごめんなさい」

装甲空母姫「どうして貴女が謝るの……貴女は悪く無いわ」

空母棲姫「お父様はきっと、軍団再編成が遅れていることにお怒りなのよ。それで貴女に」

装甲空母姫「……そうよね。姫としての私の不甲斐なさにきっと」

空母棲姫「ゴネている裏切り者の説得には私も出向くわ。貴女だけに辛い思いはさせない」

装甲空母姫「…………ありがとう」

空母棲姫「いいわよ。貴女と私の仲じゃない」


空母水鬼(嘘でしょ……あの他人嫌いの姫様が……。議会で何があったの)

離島棲鬼(何よこれ、あの第三位様が? 議会で何があったの)

~~~~~~

装甲空母姫「うらー! 飲みなさいよコラ!」

離島棲鬼「ちょ、ひめさま……もう、むり……」ゴポゴポ

空母棲姫「ふふふ」クィ

空母水鬼「アルハラとかウケるんだけど」ケラケラ

空母棲姫「いや、貴女も飲むのよ」

空母水鬼「へ?」


~~~~~~

空母棲姫「飲みなさい! この出来損ない!」

空母水鬼「うわっ、姫様戦闘モードでチョーヤバイんですけど」アセアセ

空母棲姫「貴女! フィジーの奴らに舐められてるのよ!」グリグリ

空母水鬼「痛い痛い! 姫様! それチョー痛い!!!!」バシバシ

空母棲姫「アハハハハ!! 楽しいわね」グリグリ

空母水鬼「チョーヤバイって~~~!」バシバシバシバシ


装甲空母姫「どうして……何で私は愛されないの……」グスグス

離島棲鬼「どうして、と言われましても」

装甲空母姫「私ってそんなに可愛げが無いのかな……」

離島棲鬼「無いですね」(決してそんなことは!)

装甲空母姫「……」

離島棲鬼「あっ、姫様、えっとですね、あー今のは言葉の綾というか」

装甲空母姫「……」

離島棲鬼「……あの、その、ごめんなさい」

装甲空母姫「酷いわ……そんな……」グスグス


離島棲鬼(あっ、この表情……S心が)キュン


装甲空母姫「どうすれば……どうすれば良いの……どうしたらもっと愛されるの」

離島棲鬼「あらあら、いつもあれだけ荒々しいお姫様が。情けないことですね」クスクス

装甲空母姫「ごめんなさい……ごめんなさい……」クスン

離島棲鬼「大妖精様も、アンタの下品な中身を気付いてるのよ」

装甲空母姫「違う! 私は下品なんかじゃ!」

離島棲鬼「大妖精様に嫌われてるのに?」

装甲空母姫「そっ、それは……」

離島棲鬼「少しは部下も可愛がったほうが良いんじゃないですか」

装甲空母姫「その方が……良いのかしら」

離島棲鬼「それはもう、なんなら自分自身よりも私を大事にして下さっいだだだだだだ!!!」


空母棲姫「第三位をイジるのは、私だけの特権なんだけど」グリグリ

離島棲鬼「ごめんなさいごめんなさい! もうしません! もうしませんから!」

空母棲姫「なら良いわ」パッ

空母水鬼「チョーウケる」ケラケラ


2月27日

昼 海洋連合 とある島


重装兵「よし引けー!」

「せーの!」

「よいしょぉー! よいしょー!」

「どっこいしょー!」

重装兵「いよーしストップ!」


長門「お前たち! 何をしている!」

「お、艦娘のねーちゃんじゃねーか」

「人間には次のは戦えないからよぉ! 陸軍の面目が立たねぇっつーか。なぁ!」

重装兵「……」

「これな、上空から見ると司令部施設みたいに見えるんだよ!」


長門「そういうことを聞いているんじゃない! 何故避難していない!」

長門「人間は前線から避難するようにと何度も……ん」


重装兵「……」ペコリ

長門「お前は……」




重装兵「ここまで来れば、二人きりで話せます」

長門「久しぶり、と言っていいのか」

重装兵「……どうなんでしょう」

長門「言わなくて良いんだろうな。お前は私の仇だ」

重装兵「……」

長門「……ひとまず確認だ。お前は何の為にここに残っている。ここで何をしている」

重装兵「……」

長門「答える気は無い、とな」

重装兵「俺を殺すのか」

長門「殺されたいのか」

重装兵「お前には俺を殺す権利がある」

長門「……」

彼女は何も言わず、砲口をこちらに向けた。


重装兵「……」

長門「はっ! やはり、下らんな」

重装兵「……殺さないのか」

長門「私にお前を殺す権利など無い。誰かを殺す権利など……そんなもの、誰にもない」

重装兵「……」

長門「一つだけでいい。聞かせてくれ」

重装兵「……」

長門「何故あいつを殺した」

重装兵「……情けなかったんだ」


長門「……」

重装兵「俺が手に入れられなかったものを、あいつは全部持ってたから……。羨ましくて……!」

長門「それで、か」

重装兵「……すまなかった」

長門「意味のない謝罪だ。何も帰ってきはしない」

重装兵「……」

長門「お前、変わったな」

重装兵「……?」

長門「前とは違う顔してる」

重装兵「……そうかな」

長門「好きな女でも居るのか」

重装兵「い、いや。そういうわけじゃ」

長門「隠すな。その表情、いるんだな」ニヤニヤ

重装兵「……」コク

長門「大事にしてやれよ」

重装兵「……やってみるよ」

長門「……くははは!」

重装兵「なんの笑いだよ、それ」

長門「殺し合ったお前とこんな穏やかな気持で話せるとはな」

重装兵「確かにそうだな」

長門「じゃ、私はこれで行く。あまり無茶をして女を悲しませるなよ」

重装兵「……ああ」


昼 海洋連合 近海


私は一刻も早く陸軍兵の前から立ち去りたかった。そうでなければ……。


長門「……いい表情になっていたな」

長門「第四管区の提督も、昔はあんな顔してたっけな」

長門「……お前の顔にも似てるって思ったぞ」

長門「生きてるあいつは変われる。でも、死んだお前は変われない」

長門「私の記憶の中でしか微笑んでくれない」

長門「……」

長門「あの陸軍兵を殺してやりたい」

長門「あああ……」

長門「ああああああああ!!!」ギリッ

長門「だがっ!!!」

長門「だがあの男を殺せば……姫が悲しむ」

長門「こんな気持ちを、あの子に知って欲しくは無い」

長門「……」

長門「私はあの男の前で、我慢出来ていただろうか」


2月28日

夜 フィジー 港


空母棲姫「こんにちは」

カ級改「こ、こんにちは」

空母棲姫「軍団の指揮権、譲ってもらえるかしら」

カ級改「……」コーホー

空母棲姫「喋れるくせに喋れないふりをするのはやめなさい」

カ級改「……」コーホー

空母棲姫「返事は」

カ級改「は、はい」

空母棲姫「指揮権、譲ってくれるわよね」ニッコリ

カ級改「……はい」




昼 ミッドウェー 港


装甲空母姫「これ、議会の承認書類だから」ヒラヒラ

ネ級改「……」

装甲空母姫「まだ文句あるの?」

ネ級改「第三位様御自ら……申し訳ございません」

装甲空母姫「そういうの、もういいから。貴女の指揮権を譲って頂戴」

ネ級改「ぎ、議会は」

装甲空母姫「議会は?」

ネ級改「多くの姫を欠く現在の議会は……成立しうるのでしょうか」

装甲空母姫「で?」

ネ級改「……」

装甲空母姫「ここで私に沈められるか、指揮権を譲るか、決めなさい」ニコリ


ネ級改(姫様、ごめん。もう無理)




3月2日

朝 ウナラスカ 港


装甲空母姫「いいかしら」

空母棲姫「いいわよね」

リ級改「も、勿論でごぜえやす!」ペコペコ

駆逐棲姫「私は何だったのか」


3月3日

夜 ハワイ 装甲空母姫の棲家


離島棲鬼「えーでは、再編成が無事終了したのを記念して……」

空母水鬼「かんぱーい!」イェイ

離島棲鬼「ちょ、それ私の仕事ですわよ!」

空母棲姫「ふふ、乾杯」チン

装甲空母姫「乾杯」チン


空母棲姫「お父様に報告するの」

装甲空母姫「ええ、明日」

空母棲姫「きっと喜んでくれるわ」

装甲空母姫「何言ってるの。貴女も一緒に行くのよ」

空母棲姫「必要ないわ。褒められるべきは貴女よ」

装甲空母姫「いえ、来てちょうだい。貴女が居なかったら、手が届かなかったわ」クスクス


離島棲鬼(……この人、空気が柔らかくなった)


装甲空母姫「貴女たちにも礼を言うわ」ペコリ

離島棲鬼「ひ、姫様……」

空母水鬼「そんなお礼はいらない感じだよ。私、命令に従っただけだもん」


空母棲姫「馬鹿、しっかり受け取りなさい」

空母棲姫「私の尊敬する姫が、貴女に頭を下げているのだから」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「……」ウルウル

空母棲姫「第三位も、こんなことで泣いては駄目」クス

装甲空母姫「わ、私は泣いてなど……」ゴシゴシ

空母棲姫「さぁ、今日は飲みましょう。来るべき勝利を祝して」

装甲空母姫「……ええ、そうね」


夜 海洋連合 総司令部近くの海岸


長門「ひゅうが~~~~」ヒック

日向「おー、よしよし」

長門「私は偉かっただろ? な、偉かったよな?」

日向「偉かった。ながもんは偉かったぞ」ナデナデ

長門「うぅう……そうだ。戦艦ながもんは偉いんだ……」


日向「……陸軍の男とは聞いていたが、まさか特務部隊の男とはな」

長門「特務部隊?」

日向「ああ。本格的な攻撃が始まる前に、ブインへ潜入して撹乱工作をしてた部隊だ」

長門「じゃあアレか、顔見知りだった艦娘を殺した奴らも中には……」

日向「居ただろうな。そうでないと潜入は不可能だ」

長門「血も涙も無いな」

日向「そうだが、少なくとも姫の好きな男は……」クイ

日向「ふぅ。変わったんじゃないか」

長門「……顔つきがまるで別人だった。陸軍のアーマーが無かったら気付かなかった」

日向「彼の内部で何が起こったか気になるところだが、まぁそれはいい」

日向「この飲み会は可哀想なながもんを慰める会だからな」


長門「……私とお前は大事な人を亡くした」

日向「そうだな」

長門「だから、お前には分かって欲しいんだ。悔しいんだ。器が小さいと思われてもいい」


長門「なんだか私は、悔しいんだよ」


日向「……分かるよ」

長門「分かるか! 分かってくれるか!」バシバシ

日向「器の大きさとかじゃないんじゃないか。これはもうさ」

長門「かな?」

日向「悔しいじゃないか。自分だけ幸せになれないなんてさ」

長門「……うん」

日向「許してやったお前は本当に偉いと思うぞ」

長門「自分が違うからといって、他の奴の幸せを奪うなんて私には無理だ」

日向「それも普通だよ。それでも許したお前は立派だ」

長門「……ありがとう。お前に話せて良かった」

日向「こんな奴に話してくれて、逆に私がありがとうと言いたいよ」

長門「ちなみに日向は」

日向「ん?」

長門「ムラムラした時はどうしてるんだ」

日向「……そんなことまで話されても困る」

長門「え!?」


夜 海洋連合 とある島


今日も海岸には一人の男が居た。

彼はいつもと同じように火に薪をくべ、それをただじっと見つめていた。



飛行場姫「よ! 隣、いいか」

重装兵「……や。どうぞ」

飛行場姫「よっこいしょっと。ちょっと久しぶりだな」

重装兵「君こそ、変わりない?」

飛行場姫「最近疲れることが多かったな」

重装兵「どんなことがあった」

飛行場姫「私の姉妹は、やっぱり人を殺すことが目的だって思ってる人たちが多くて」

重装兵「……」

飛行場姫「ホントはそんなの違うのに。言っても全然理解してくれない」

飛行場姫「途中から泣いちゃった」


飛行場姫「……戦争、止められなかった。ごめん」


重装兵「いいよ。君にそんなこと期待して無かったし」

飛行場姫「それはそれでひどくねーか」ケラケラ

重装兵「あははは」


重装兵「君は化け物の筈なのに、もう今じゃ一人の女の子にしか見えない自分が怖い」

飛行場姫「……私は小さくて弱い女の子だからな」

重装兵「そうだな」

飛行場姫「……」

重装兵「……」



飛行場姫「いや、ここはキスする流れじゃねーのか?」

重装兵「自分で言うな」

飛行場姫「私の事好きか」

重装兵「どうかな」

飛行場姫「私はオマエ好きだぞ」ケラケラ

重装兵「そんなん知らんわ」

飛行場姫「……私のトーちゃんはさ、寂しいんだよきっと」

重装兵「……」

飛行場姫「でも寂しいって言えないんだ。そういう風に自分を縛っちゃってるんだ」

飛行場姫「だから娘である私が助けてあげないとダメなんだ」

重装兵「君の父さんは、自分の役柄に縛られているんだな」

飛行場姫「うん。でもみんなあるんじゃないかな。そういうの」

重装兵「……あるかもな」


飛行場姫「海洋連合はトーちゃんにとっても大事な場所になる」

飛行場姫「お前が変われたみたいに、ここに来ればトーちゃんもきっと変わる」

飛行場姫「変われるって思う」


飛行場姫「私はな、誰かの器になりたいんだ」

重装兵「器……?」

飛行場姫「女は港、男は船って言うだろ」

重装兵「よくそんな昔の言葉を……」

飛行場姫「側近が日本の奴だったからな。随分染められた」ケラケラ


飛行場姫「でもさ~? なんか良いじゃん? そういうの良いじゃん?」

重装兵「船に港の気持ちは分からない」

飛行場姫「あはは」


飛行場姫「私自身が誰かを守る存在でありたいんだ」

飛行場姫「姫だとか、上司だとか、そんなの関係無く誰かを守れる存在でありたい」

飛行場姫「一人の女の子として……なんてくると言いすぎだけどさ」

重装兵「……言い過ぎだとは思わないよ」

飛行場姫「お、おう。急にどうした」ドキドキ

重装兵「……」

飛行場姫「……」

重装兵「……」

飛行場姫「今日は帰れって言わないんだな」

重装兵「言っても、無駄だろ」

飛行場姫「まー、そうなんだけも」ケラケラ

重装兵「……俺は君が好きになったみたいだ」

飛行場姫「知ってるぞ」

重装兵「だよなぁ」

飛行場姫「最初に会った時から私に夢中だったじゃん」

重装兵「いや、そんなことは無いけど」


飛行場姫「私のことは全部オマエに話してる」

重装兵「ああ。脈絡なく唐突にな」

飛行場姫「そんでオマエのことも知りたいんだ。教えてくれないか?」

重装兵「俺のこと?」

飛行場姫「うん。昔何やってたとか」

重装兵「君みたいにキラキラしたものじゃないよ。俺のは」

飛行場姫「そんなの良いって。オマエが好きな私が、私の好きなオマエの話を聞きたいんだ」

飛行場姫「ありのままで良いじゃん」


重装兵「……」


重装兵「俺は村から出て金を稼ぐために軍に入った」


飛行場姫「ほうほう」


重装兵「工場で生体部品になるくらいなら、軍隊に入って一旗揚げてやろうと思ったんだ」

重装兵「結局、陸軍に入っても俺は一部品になった」

重装兵「学の無い俺には部品になるしか道は無かったって、思ってた」

重装兵「……」

重装兵「第十三師団って知ってるか」


飛行場姫「知らん!」


重装兵「……だよな」

重装兵「汚れ仕事専門の師団でさ。上の奴らの国益を守るために存在していた」

重装兵「戒厳令下の東京を守るために怪しい奴らは片っ端から殺すような、危ない集まりだよ」

重装兵「俺は師団の要素を蒸留して更に濃くしたような……第三特務連隊所属になった」

重装兵「汚れ仕事も頭が悪くちゃ出来ないんだぞ。特務第三の連中は皆頭が良かった。良すぎるほどに」


飛行場姫「……」


重装兵「普通の暮らしなんて出来ない奴らだ。仮面かどうかも知らないが、頭も心もネジが何本も飛んでた」

重装兵「そいつらと一緒に大勢殺したし、口に出して言うのもおぞましい拷問だってした」

重装兵「アカや妖精教徒狩りなんて悲惨極めた……なんて客観視して語ってるけど、俺は渦中に居たんだ。当事者として」

重装兵「上官にお前には才能があるって言われたよ」

重装兵「淡々とこなしているだけです、と答えたらそれが才能だって」

重装兵「自分は連隊の中で常識人だと思っていたけど違った」

重装兵「俺が一番ネジが飛んでるのかもって初めて自覚した」


飛行場姫「……なんで?」


重装兵「他の連中と違って人を傷つけることに快楽も罪悪も感じないまま、言われるがまま何でもやった」

重装兵「本当に何も感じなかったんだ」


飛行場姫「……」


重装兵「その内に俺は隊長になった。実績が認められて、昇進だ」

重装兵「実家に送る金も増えたのに、なんでかな」

重装兵「素直には喜べなくてさ」

重装兵「……」

重装兵「特務で仕事をこなしていく内に気付いたんだ」

重装兵「この世はままならないどころか、自分の思うようには生きられない世界なんだって」

重装兵「でも、気付いてからは気が楽だったよ」

重装兵「俺を取り巻くその他大勢も俺と同じく、部品としての人生を全うしているんだって思うと変な連帯感みたいなものまで持っちゃってさ」


重装兵「ブインでの仕事は、久しぶりの大仕事だった」

重装兵「最初は長官失脚の工作の為だったんだけど、最後は基地全体への攻撃に変更になった」

重装兵「あれには随分と振り回されたな」



重装兵「俺の表の仕事上でのパートナーだった、卯月って艦娘が居てさ」

重装兵「随分と懐かれたんだよ。変な艦娘だった」

重装兵「昼は艦娘と仲良くお喋りして、夜は上官の海軍への愚痴を聞く日々が続いた」

重装兵「一つだけ自分を褒めて良いなら卯月を最後まで騙し通せたことを褒めてやりたい」

重装兵「口を滑らせたりしなかったことをね」

重装兵「……」



重装兵「当時の長官は山内って言うんだが、平民出身だったんだ」

重装兵「海軍の学校で華族と仲良くなった成り上がり者」

重装兵「任務に私情は挟むつもりは無かったけど、俺個人の感情で言えば会うのが楽しみだった」

重装兵「力無い海軍の、例えお飾りだとしても、長官にまで上り詰めた平民として……人間の国では有名人だったんだよ」

重装兵「それを俺が殺した」

重装兵「君も覚えてるだろ。人間が仲間割れした事件」


飛行場姫「……覚えてるぞ」


重装兵「俺はあの事件に関わってる」

重装兵「というか最前線に立って艦娘を殺しまくった男だ」

飛行場姫「……」


重装兵「南方戦線の英雄だって、今まで殺してきた奴らと何も変わらなかったよ」

重装兵「手足を撃てばもがき苦しむし、悲鳴も上げる。穴からは血も出る」

重装兵「山内を俺が殺した」

重装兵「卯月も俺が殺した」

重装兵「他同様に何も感じなかった」


飛行場姫「……そっか」


重装兵「自分の過去として語るべきは特に無いし、正直よく覚えてないんだ。どうでも良くて」

重装兵「この辺が俺の本性らしい」


飛行場姫「私が否定しても、聞く耳持たないんだろうな」


重装兵「……」


飛行場姫「どうしてそう頑固かな。よく分かんないや」

飛行場姫「卯月って子のこと好きだった?」


重装兵「任務での付き合いだ」


飛行場姫「そっか」

飛行場姫「私もわがまま放題で今まで生きてきたけど、やっぱ大事なところで上手くいかないよ」

飛行場姫「ままならねーっつーか。私だけじゃどうしようもないっつーか」

飛行場姫「一種の諦めみたいな感じもあるけどさ、それでもさ」

飛行場姫「やっぱり自分の望むように生きたいと思う」


重装兵「……」


飛行場姫「この場所で皆が仲良く暮らしてるみたいに、他の奴らとも一緒に暮らしたいなって思うんだ」

飛行場姫「色んなものに邪魔されて今は難しいんだけど、いつかそうなればいいなって」

飛行場姫「そのために戦いたいって思う」

飛行場姫「オマエはどうしたいんだ?」


重装兵「……」


飛行場姫「他の奴を殺しても、何も感じなかったオマエに聞きたいんだ。何でオマエがここに居るのか」

飛行場姫「どうして、この場所に残ることを選んだのかが聞きたい」


重装兵「それ前にも聞いただろ。本当の理由は贖罪だよ」


飛行場姫「それがおかしいんだよ」


重装兵「?」


飛行場姫「殺したことに何も感じてないなら、そんなのおかしいんじゃね?」


重装兵「……そうかな」


飛行場姫「山内って奴どうだった」


重装兵「どうだった、ってなんだよ」


飛行場姫「え? だってオマエ、会いたかったんだろ。その山内って男に」


重装兵「……ああ、そうだっけな」


飛行場姫「自分で言っといてどうしたんだよ」クスクス


飛行場姫「で、どうだった」


重装兵「つまらない男だった」


飛行場姫「オマエよりも?」


重装兵「……」


飛行場姫「卯月ってのはどんな艦娘だった?」

重装兵「……馬鹿な子だ。最後の最後まで俺を信じてさ」

飛行場姫「そりゃ馬鹿だな」ケラケラ

重装兵「……だろ」クス

飛行場姫「性格とかは?」

重装兵「性格……」

飛行場姫「私も馬鹿だけど他にもあるじゃん」

飛行場姫「さすがにその艦娘も馬鹿なだけじゃねーだろ」ケラケラ

重装兵「……」

飛行場姫「な?」

重装兵「……村に残してきた末の妹が居てな」

飛行場姫「うん」

重装兵「俺が兵隊になった時にはまだ小さくて、もうずっと会ってないんだけどさ」

飛行場姫「うん」

重装兵「大きくなったらこんな風になるのかなって。思いながら見てた」

飛行場姫「……そっか」

重装兵「髪の色も言動も、きっと似ても似つかないんだろうにな」


重装兵「……」

重装兵「卯月が俺のことを好きだとすぐに分かった」

重装兵「君には分からないかもしれないがな。視線とか仕草とか、あるんだよ」

飛行場姫「男女の機微くらい分かるわい!」

重装兵「怪しいもんだな」


重装兵「ほぼ毎日のように顔を合わせる内に、化粧とかし始めちゃってさ」

重装兵「最初のうちは本当に下手くそだった。本当に笑っちゃそうなくらいに」

重装兵「周りの艦娘は面白がってか怖がってか、卯月に何も言ってなかったけど」

重装兵「その内上手くなって笑えもしなくなった」


重装兵「表の仕事は兵站の補給だったから、二人で帳簿誤魔化して色々食ったり飲んだりしてたよ」

重装兵「今思えば酒保担当の艦娘には迷惑をかけてたんだろうな」

重装兵「チョコレート一箱くすねたりとか……ビーフジャーキーは数が合わないと不味いから銀蠅出来なかったな」

重装兵「……あとは、二人で波止場の奥に隠れてラムネ飲んだりとか」

重装兵「そうだ。ラムネ飲んでる時に卯月が言ったんだ」

重装兵「ラムネの色が海の色と似てる、って」

重装兵「あの時の海は半透明の水色みたいな色してて……綺麗だったな」

飛行場姫「……」


重装兵「他にも沢山話しをしたのにな。そんな事しか覚えてない」

飛行場姫「なんか良いな」

重装兵「そうか?」

飛行場姫「オマエ、全部嫌々やってたのか?」

重装兵「……」


飛行場姫「聞いてる限りだと楽しそうなんだけどな」

重装兵「……」

飛行場姫「じゃあそろそろ教えてくれよ」

重装兵「何をだ?」


飛行場姫「オマエが卯月をどう思ってたか」

重装兵「さっきも言ったじゃないか。馬鹿な奴で、妹みたいだって……」

飛行場姫「馬鹿とか、妹みたいだったとかは聞いたけどさ」


飛行場姫「卯月はお前のことが好きだった。じゃあ、オマエは?」


重装兵「……」

飛行場姫「好きか嫌いかを、どうして言わないんだよ」

重装兵「艦娘なんか好きになるわけ無いだろう」


飛行場姫「オマエ、卯月のこと艦娘として見てたのか? 妹みたいじゃないのか?」

飛行場姫「任務どうこう言ってるけど……ほんとは好きだったんだろ」

重装兵「……最初は末の妹みたいで親近感を抱いてただけだったのにな」

重装兵「一緒に喋って、そのことにドキドキしてる自分には驚いたよ」


重装兵「ああ、そうだよ。好きだったよ」


飛行場姫「……」


重装兵「好きだったら何なんだ。そんなの任務に関係無いだろうが」

重装兵「俺は陸軍の部品で、卯月は殲滅対象で。それだけじゃないか」

重装兵「何か感じてたって無駄だろ。そんなもの」


重装兵「……山内は違った」

重装兵「部品の癖に、自分の状況から抜けだそうと必死に戦って」

重装兵「聯合艦隊結成だって、長官の座だって、今ある枠組みを潤滑に動かすための形式的な何かに過ぎないのに」

重装兵「そんなの嫌だって、全身全霊で叫んで戦い続けてた」


重装兵「部品になった俺とは対照的だと気付いてた」

重装兵「苦境に立っている筈のあいつが輝いて見えて……」

重装兵「羨ましくて……しょうがなかったっ……!」


重装兵「……すぐに折れると思っていたのに、ブイン基地は戦力を整え反撃を開始した」

重装兵「ショートランドを取り戻し、ガダルカナルを破壊して」

重装兵「聯合艦隊の快進撃を喜んでなかったのは……お偉いさん達と俺だけだろうな」

重装兵「山内は本当に立派な男だった」

重装兵「部品が大きな流れを変える瞬間を、俺は初めて目の当たりにした」

重装兵「もう羨ましいなんて思わなかった」

重装兵「ただ辛かった」

重装兵「俺はこんな人殺しに身をやつしているのにお前は何だ」

重装兵「人生楽しいです、みたいな顔して。兵器でしか無い艦娘まで色気づいてきて」

重装兵「生きることが素晴らしい……わけ無いだろ。生きることは苦しいんだよ」

重装兵「もし」

重装兵「山内が立派だと、その行いが素晴らしいことだと、本当は俺もそっち側で居たかったと認めてしまったら」


重装兵「俺が自分の心を殺してまで歩んできた道はどうなるんだよ!?」


飛行場姫「……」


重装兵「……みっともないだろ」

重装兵「これが俺の本心だ」

重装兵「ブイン攻撃が決まった時」

重装兵「全部消してやろうと思った。俺の生き方を否定するもの全部、跡形もなく」

重装兵「俺は俺を肯定するために、それ以外の要素を全部排除してやるんだって」

重装兵「……後は知っての通り、失敗したよ」

重装兵「俺に才能があると言ってくれた師団長は、逃げる最中に殺された」

重装兵「何もかも失って、兵士という部品の肩書すら意味を無くして」

重装兵「生身の人間として海洋連合に放り出された時、ツケを全部払うことになった」


重装兵「一人の人間としての俺はどれだけちっぽけだったことか」

重装兵「俺はただ何もかも諦めて生きてきて、俺が必死に守ろうとしたのは自分の気持ちじゃなくて部品としてのプライドで」

重装兵「そんなものの為に大勢殺して、結局失敗したんだ」

重装兵「家族のためとか言って安定を求めて、楽な道へ逃げ続けていただけだった」


重装兵「本当は改心する機会なんて幾らでもあった。山内のように変わろうと思えばいつでも変われた」

重装兵「ただの楽な部品であろうとしたのは俺自身だった」

重装兵「俺と同じ存在だった男は変わった。でも俺は変われなかった」



重装兵「……なんでこんなこと言わせるんだよ」

飛行場姫「……」

重装兵「自分で聞いたくせに黙るなよ」

飛行場姫「……」

重装兵「何か言ってくれ。あんまりにも惨めだろ」

飛行場姫「……そんな自分が許せないってか」

重装兵「……」


飛行場姫「オマエ、卯月と山内って奴から許されたがってるだろ」

重装兵「……」

飛行場姫「甘ったれんな。そんな機会、もう二度とねーんだよ」

飛行場姫「テメーで殺しといて都合のいいこと言ってんじゃねーよ!」

重装兵「卯月は最後まで俺を信じてくれていた」

飛行場姫「おう」

重装兵「最後も、裏切った俺に『なんで?』って」

重装兵「なんでこんなことするんだって、自分を撃つんだって……」

重装兵「……あの顔が頭から離れない」


重装兵「……その通りだよ。俺は卯月に許されたいんだ」

飛行場姫「だからそんなの無理だって」

重装兵「残酷なことを言うんだな」

飛行場姫「どこが残酷なのか意味わかんね」

重装兵「俺は一生許されないのか?」


飛行場姫「オマエを呪ってるのは卯月じゃない。オマエ自身だ」

飛行場姫「だからオマエが呪われると思うんならずっと呪われたままだって」

重装兵「……」

飛行場姫「私たちには不思議で仕方ないんだけど、人間って本当に後ろ向きだよな」

飛行場姫「死んじゃったものはしょうがないって……簡単に言っちゃえば軽く聞こえるけど」

飛行場姫「居ない奴らに縛られ続けても、そんなの悲しいだけじゃん」

重装兵「よく分からない生死観だよ」

飛行場姫「うーん。前向きっつーか現実的なのかな?」

重装兵「君たちには人間が理解できないかもしれないけど、その逆だって同じさ」


飛行場姫「……大切なヤツが死んで後を追いたいって気持ちは私にも分かる気がするよ」

飛行場姫「分かるけど、オマエは違うじゃん」

重装兵「違う……?」

飛行場姫「後追いと、自分が許されたいってだけで死を求めるのは……全然違うんじゃねーか?」

飛行場姫「どっちも結局自分のためだけどさ。オマエがそうしたいなら死ねばいいけどさ」

飛行場姫「私に止めることは……出来ないけどさ」

飛行場姫「もし、私のことが本当にちっとでも好きなら、考えなおしてくんねーか?」

飛行場姫「……私はみんなと楽しく暮らしたいんだ」

飛行場姫「オマエと一緒に笑って暮らしたりとかしたいし」


重装兵「……俺は変わって良いのかな」

飛行場姫「いいよ」

重装兵「山内みたいに変わっても……良いのかな」

飛行場姫「いいんだよ! 私が許すよ!」

重装兵「君に許されてもどうしようも無いって」

飛行場姫「んなこともう分かってるよ!」


重装兵「じゃあその許しにどういう意味があるんだよ」

飛行場姫「私ももう分かんねーよ!!!」

重装兵「あはは……」


重装兵「俺も君と一緒に居たい。でも、本当に……」

飛行場姫「ああもう! 泣いてんじゃねーよ! あと女々しいこと言うなよ!」

重装兵「君だって泣いてるじゃないか」

飛行場姫「これは、その……しもやけじゃい!」

重装兵「しもやけはそんなもんじゃないぞ馬鹿女」

飛行場姫「黙れ馬鹿!」

重装兵「あはは……」

~~~~~~

重装兵「……ごめん。見苦しいところ見せたね」

飛行場姫「別に」

重装兵「まだ鼻水垂れてるぞ」

飛行場姫「……」ズズズーッ

重装兵「吸い込むな。ほら、これでチーンして」スッ

飛行場姫「……ん」

飛行場姫「……」ズビビビビビビ

重装兵「……」ベトベト

重装兵「汚いお姫様だなぁ」

飛行場姫「オマエが誘導したんだよな今!?」

重装兵「いや、普通自分で布持って鼻かむだろ。俺の手の中でするなよ」

飛行場姫「えっ」


重装兵「俺もどうしてこんな奴を好きになるんだろうか」

飛行場姫「もしかして喧嘩売ってる?」

重装兵「……多分俺は一生変われない。自分を呪い続ける。それでもいいかな」

飛行場姫「んなこと私に言うなよ。知らねーよ」

重装兵「それもそうか」ケラケラ

飛行場姫「でもまぁ……そういうとこも好きになれるよう努力してみてやってもいいぞ」

重装兵「……ありがとう」

飛行場姫「……ていやんでい」

重装兵「全部聞いてもさ」

飛行場姫「あん?」

重装兵「俺に失望しなかったのか」

飛行場姫「最初っから期待してないし」

重装兵「なら好きになるなよ」

飛行場姫「それとこれはまた違う話だし」

重装兵「そ、そういうものなのか……?」


飛行場姫「隠してること言ったらちっとスッキリしただろ?」

重装兵「……」

飛行場姫「むふふ。したっぽいな~」


飛行場姫「オマエが器の大きな人間だなんて、最初っから期待してないもん」

重装兵「じゃあ一体どこに……」

飛行場姫「え? 顔」

重装兵「……」

飛行場姫「顔は大事だぞ。顔は」

重装兵「……なんか色々と馬鹿らしくなったよ」

飛行場姫「そりゃ良かった。気楽に行こうよお互いに」ケラケラ

重装兵「馬鹿につける薬は無いというか……」

飛行場姫「あぁ!?」


重装兵「ところで、君はこれからどうするんだ」

飛行場姫「今出て行っても、戦力的に優位に立ってると思い込んでるトーちゃんたちは話を聞いてくれない」

飛行場姫「自信の根源である優位性を失わせ、交渉のテーブルにつかせる」

重装兵「おお……」

飛行場姫「艦娘は強い。トーちゃんたちはかならず攻勢限界点を迎える」


飛行場姫「その時こそ私たち姫の出番だ!」


重装兵「凄いじゃないか。その通りだと思うよ」

飛行場姫「って七位が言ってた!」フンフン

重装兵「自分で考えたんじゃないのかよ……」


重装兵「交渉で失敗したらどうする」

飛行場姫「色々終わるかもな」ケラケラ

重装兵「あっさりだな。それも深海棲艦の生死観なのか」

飛行場姫「ベスト尽くした結果なんて予想できないし、この場合失敗したら終わりだし」

飛行場姫「まー、頑張って生き残ろうな」

重装兵「……はいはい。頑張ろう」


3月4日

朝 ハワイ 宮殿


装甲空母姫「お父様、おはようございます」

空母棲姫「おはようございます」

大妖精「ああ、おはよう。軍団の再編成の件、重ね重ね、よくやったな」

装甲空母姫「……! ありがとうございます!」

大妖精「では行こうか。私もお前たちに見せておきたいものがある」


大妖精「側近も連れて来なさい」




朝 ハワイ 神姫楼


空母水鬼「私たちも入ってイイ感じなんですね」

空母棲姫「少し黙りなさい」

大妖精「よい。次の戦いではお前たちにもこの戦力を扱って貰うからな」

離島棲鬼「戦力……?」


大妖精「これが見せたかったものだ」


戦艦棲姫「……」


装甲空母姫「四位……!? どうしてここに……」

空母棲姫「……お父様、第四位様は沈んた筈では」

大妖精「もう一度作ったのだ」

装甲空母姫「つく……????」

大妖精「一度見ていれば模造品を作ることなど容易だ」


大妖精「出てこい。お前たち」

奥の部屋から出て来たものたちが、青の光によって明らかになる。


それは第四位の群れだった。


100を越すか越さぬか、ともかく同じ見た目のものが溢れ出すように空間に満ちた。


大妖精「凄いだろう。大変だったんだからな」

空母棲姫「……このようなことをすれば、姫の存在意義は」

大妖精「そうだな。他の量産型と同じ存在になってしまう」


装甲空母姫「……確かに第四位は艦娘でしたが、姫でもありました」

装甲空母姫「模造品など、このようなお仕打ち……余りに酷ではありませんか」

離島棲鬼「姫様……」

空母棲姫「第三位、やめなさい。お父様、申し訳ございません」

大妖精「黙らせるな。創造主に対して何を言うか、もう少し聞きたい」


装甲空母姫「……こればかりは黙れと言われても黙れません。我らが持つのは姫としての誇りとお父様への愛のみ」

装甲空母姫「艦娘だったとはいえ、それを手ずからお奪いになるとは、余りにも」

大妖精「……」プルプル

装甲空母姫「四位は私たちの戦友です。模造品の製造などおやめ下さい」

装甲空母姫「……どうかお聞き届けを」

大妖精「……」

大妖精「うひゃひゃひゃ!!! もうダメだ!!!」


装甲空母姫「……」

空母棲姫「……」

空母水鬼「うわ……笑い方めちゃキモ」

離島棲鬼「……」


大妖精「はーっ。……私はずっと、姫や鬼の量産をしてこなかった」

大妖精「そんなことをしてしまえば尊厳も損なわれる上に、本来姫が持つべきの性能が出せなくなってしまう」

大妖精「量産品はモンキーモデルだ。どこまで行っても本物にはなれない」

大妖精「三位、お前も同じだ」

装甲空母姫「……え?」

大妖精「偽物の姫が、自分は本物だと言いたげな表情をして喋るものだから。つい笑ってしまった」

大妖精「すまんな」

装甲空母姫「お、お父様……? 何をおっしゃって……」

大妖精「お前のオリジナルは人類の攻勢中、南方の決戦で沈んでいる」

大妖精「あの時は本当に悲しかったよ」



離島棲鬼(……!?!? 姫様が模造品!?)

離島棲鬼(何故そんなまどろっこしいことを……)


大妖精「第四位は、艦娘だったからな……姫の代表とするわけには行かなかった」

大妖精「そこで第三位にもう一度蘇って貰ったわけだ」

装甲空母姫「そんな……私が……嫌ですお父様、そのようなご冗談」


大妖精「その結果、出来損ないが生まれてしまったわけだが。今となればいい経験だったように思う」

大妖精「南方防衛戦での記憶が無いことが模造品である一番の証拠だ。どうだ。思い出せないだろう」

装甲空母姫「……」


空母棲姫「……」オロオロ

大妖精「作ってみて分かった。模造品はどこまで行っても模造品だ」


大妖精「本物にはなれん」

大妖精「例え魂の形を揃えても、妖精の技術ではオリジナルと全く同じものを作るのは不可能だ」

大妖精「こちら側に存在する限り、魂を産み落とすことは出来ても魂を取り戻すことは出来ない」

大妖精「生者と死者の魂の領域は厳格に区分され、違った役割を与えられるのだ」

大妖精「それがこの世界の最大のルール。秩序の最も根源にあるものだ」


大妖精「海洋連合には死者の領域への鍵がある」

大妖精「第八位、お前は鍵を私のところへ届けて欲しい」


空母棲姫「……鍵?」


大妖精「心配するな。鍵は那由多に広がる過去と未来へ繋がっている。死ぬことはない」

大妖精「攻勢の後に残ったものを差し出してくれればいい」

大妖精「そして救い出した姫たちと一緒に帰ってきてくれ」

空母棲姫「お父様……第三位は……」

装甲空母姫「……」

大妖精「次の総大将はお前だ。そこの模造品は関係無い。存分に力を振るえ」

大妖精「人間からの贈り物の使い方も後で教えよう」


空母棲姫「違います! お父様!」


大妖精「ほう、お前が大声を出すとは珍しいな。どうした。私の行動が何か癪に障ったか」


空母水鬼(……姫様)


空母棲姫「……」

大妖精「まぁいい。それを聞く前に一つ言っておく」

大妖精「私と模造品、どちらが自分にとって大事かは分かっているだろう?」

空母棲姫「……」

離島棲鬼「……」


大妖精「そら、言ってみろ」

空母棲姫「……お父様は鍵で何をされるおつもりなのか、聞きたくて」

大妖精「なんだ。簡単な事だ」




大妖精「失ってしまった私の娘たちを蘇らせるのだよ」


昼 ハワイ 海岸


装甲空母姫「……」フラフラ


離島棲鬼「……私たちはここで。何かあれば私から連絡を入れます」

空母棲姫「……分かったわ」

空母水鬼「……」

離島棲鬼「では」




空母水鬼「姫様」

空母棲姫「何よ」

空母水鬼「本当は大妖精様に、もっと別のこと言いたかった感じじゃないの」

空母棲姫「……」

空母水鬼「大妖精様は私たちの神様なのに、言うことも絶対なのに」


空母水鬼「……なんか胸がモヤモヤする感じ」


空母棲姫「……帰るわよ」スタスタ

空母水鬼「あ、ちょっと待ってよ!」




昼 ハワイ 装甲空母姫の棲家


装甲空母姫「……」


私の姫様は、先程からベッドで横になったまま動かない。


離島棲鬼(……この人、こんなに小さかったっけ)


物哀しくも見える彼女の背中は、いつもより小さく見える。


装甲空母姫「……ねぇ」

離島棲鬼「は、はい!」

装甲空母姫「後のことお願いできる? 出撃の手続きと補給艦のルート確認と……」

離島棲鬼「その他の調整も私が滞り無く済ませておきます。どうか姫様は……」

装甲空母姫「……ありがとう。優秀ね」

離島棲鬼「……いえ、そんな」

装甲空母姫「……」

離島棲鬼「……」


装甲空母姫「笑わないのね」

離島棲鬼「え?」

装甲空母姫「滑稽でしょ。今の私」

離島棲鬼「そ、そのようなことは決して……」


装甲空母姫「私は大好きなお父様に愛されてなかった」

装甲空母姫「まがいものの……偽物で……」

装甲空母姫「……」ポロポロ


彼女はついに泣き始めた。


離島棲鬼「……明朝には出撃する予定です。私はこれで」

装甲空母姫「……行かないで」

離島棲鬼「……」

装甲空母姫「今は一人ぼっちになりたくない」

離島棲鬼「……そのようなご無理を」

装甲空母姫「………………そうね。そう、よね」


装甲空母姫「行きなさい」

離島棲鬼「はい」



あの小さく弱った身体を抱きしめてあげることも出来た。

きっと彼女は喜んでくれただろう。

気慰みだとしても少しでも悲しくない選択肢だってあったんだ。

私はそれを選ばなかった。彼女もまた選ばせなかった。


……悲しくて、寂しいのなんて全部気のせいだ。

嬉しいのも全部嘘っぱちだ。

だって私たちは人間ではなく兵器なんだから。


3月8日

朝 中部太平洋 


空母棲姫「……第一次攻撃隊、全機出撃せよ」



1982年 3月8日


艦娘戦史上最大の戦いの火蓋が切って落とされた。


一つの戦場における投入戦力が大きくなればなるほど、つまり重要な戦場であればあるほど……。

戦闘はより単調になり、もたらされる死と破壊はその規模を大きくする。

総計600近い艦娘の群と太平洋を黒に染めるかのような深海棲艦の群。

この決戦と呼ぶに相応しい場において先手を取ったのは深海棲艦側だった。


片道攻撃


帰りを全く考えない艦載機群の投入により、連合の大きく広げられた警戒網外側からの攻撃に成功した。


2000を超える深海棲艦側艦載機の群が遭遇したのは、灼熱の天使たちだった。

海洋連合の工場をフル稼働させ、実戦に投入したジェット戦闘機により構成された制空隊は、未だ旧世代機である深海棲艦を短時間で蹂躙した。


予想しうる展開である。

多方面同時攻撃でなく一方からの攻撃であれば、こうなることは容易に想像できる筈だ。

だが、深海棲艦側は制空権など初めから期待していなかった。

蹂躙された残存は、撤退すること無く進撃を続行する。


不気味な光景だった。

魚の遡上、本能に従うかのようにトラック泊地を目指す艦載機の残存は、ある種の狂気に彩られていた。

困惑する制空隊に無線連絡が入る。


『敵艦載機第二波が続けて接近中。第二部隊と交代し補給を受けよ』


ヲ級正規空母に艦載機100が搭載可能と単純に考えれば、先ほどの攻撃は正規空母20からのものと分かる。

艦娘の感覚で見れば途方も無い数に思えるが、深海棲艦が太平洋方面から本気でかき集めれば正規空母を最低でも300は確保できる。

しかもこの他に軽空母や航空戦艦も艦載機のキャリアーとして勘定に入れる必要まである。

勿論、代償として本拠地のハワイすら現在空っぽだが、それに見合った攻撃力を深海棲艦は備えていた。


そして昼前頃、羅針盤の有効範囲内であるトラック第一次防衛線に敵水上戦闘艦が到達した。


昼 海洋連合 トラック第一次防衛線


時雨「……来たね」

時雨「構成は駆逐艦6、まずは小手調べってわけかい」

時雨「それとも低速艦がまだ追いついてないだけかな?」

時雨「まぁどっちでも良いや。ここを通りたかったら僕を殺して進みなよ」

時雨「飽きるまで一緒に踊ってあげるよ」




昼 海洋連合 トラック第一次防衛線


木曾「あはは! 楽しいな雪風!」

雪風「別に楽しくありません! 木曾! 十一時から雷跡2!」

木曾「こんなへっぽこ魚雷には当たらねーよ!」

雪風「威嚇射撃はいい加減終わりにしませんか? 雪風が横合いから雷撃します」

木曾「言うようになったじゃねーか! 行って来い! 援護する!」

雪風「雪風には当てないでくださいよ~」

木曾「絶対お前に当ててやる!」



昼 海洋連合 トラック第四次防衛線


長門「……」

三隈「前線の皆様が頑張ってくれているようですわ」

長門「ああ」

三隈「暇ですわね……」

長門「……暇だな」

三隈「はい」


昼 海洋連合 『土佐』艦上臨時総司令部


長月「防衛線は」

夕張D「羅針盤は問題なく機能しています。補給が必要となった艦娘の撤退と交代も順調に」

長月「なら空はどうだ。防空網に穴は」

夕張F「六交代制で対応しています。土佐への緊急予備の要請はまだ来てません」

長月「補給物資は大丈夫か。輸送船の手配とか、何かタイムスケジュールに遅れが……」

茶色妖精「全て修正範囲内でござるよ」

嶋田「長月君、落ち着け」

長月「うう……。分かってるんだけどな。何か不安で」

嶋田「ここまで来たら天命を待つしか無いだろ」

長月「嶋田さんは流石だな。前線で敵の相手をする方がよっぽど気楽だ」

長月「あー、胃が痛くなってきた」

嶋田「敵に殺されるか責任に押しつぶされるか、自分で選ぶといい」

茶色妖精「しかし、あの敵がただで転ぶとは思えませんな」

長月「うん。この単調さは何か狙っているとしか思えない」

嶋田「じゃあ雅晴、お前ならどう……」

茶色妖精「雅晴?」

長月「……変な間違い方しますね。私があんなオッサンに見えますか?」

嶋田「……いや、中身の問題だと思うがね」

茶色妖精「人違いでござるか」

嶋田「俺もボケてきたかな~」

長月「嶋田さん、しっかりして下さい。貴方が居なくなったらツッコミ役が居なくなる」


昼 海洋連合 警戒網最外殻 


空母棲姫「深海棲艦と遭遇しない」

空母棲姫「同族同士での殺し合いはさせない、ってとこかしら。お優しいこと」


空母棲姫「だから足元を掬われる」


空母棲姫「兵器で在り続けられなかった自分たちの弱さを呪うがいいわ」


空母棲姫「C型兵装部隊、前線へ」

空母棲姫「戦闘機防空隊はその護衛を」

空母棲姫「第八波攻撃部隊と……水上打撃群は偽装攻撃を開始。敵制空隊の目を引きつけて」


空母棲姫「部隊指揮官へ、もう一度確認よ」

空母棲姫「羅針盤海域を一気に突破し、トラック攻略の橋頭堡を確保。その場を死守しなさい」

空母棲姫「確保まで撤退と停止は許可しません。確保後は後続が到着次第、散開。戦果を拡大」

空母棲姫「第一目標は敵制空隊排除の為にトラック攻略、第二目標は艦娘の撃滅」

空母棲姫「あくまでトラック攻略を優先です」


空母棲姫「我々の栄光は剣をもってのみ叶えられる」

空母棲姫「……いいえ、違うわね。私たちはただの剣よ」

空母棲姫「どのような敵が目の前に立とうと、必ず撃破すること」

空母棲姫「剣は何も考えない。何も感じない」


空母棲姫「……そうよ、何も感じなくていい」

空母棲姫「ただ振るわれるだけでいいのよ!」


空母水鬼「……」


空母棲姫「自らの生まれた使命のため、お父様のためだけにその命を使いなさい!」

空母棲姫「攻撃開始!」




新たに投入された戦闘機防空隊

これは深海棲艦側の最新鋭艦載機であり、空における戦闘がいよいよ激化することを意味した。

ジェットと同じ世代ではないものの、準次世代機である敵艦載機の重力を無視した機動に対し海洋連合制空隊は撹乱される。

空での戦いは連合側が優勢ではあったが、水上戦闘艦の援護にまわるほどの余裕は既に失われていた。

そしてまさにそれこそが、本戦闘における深海棲艦戦闘防空隊の狙いでもあった。


最前線に位置する羅針盤影響下の艦娘部隊はとんでもない集団と遭遇戦となる。


全て姫級で構成された水上打撃艦隊。


かつて戦艦棲姫と呼んでいた存在が、羅針盤の制限いっぱいの数で単横陣を組み突撃してくる恐怖は見た者にしか分からないだろう。

魚雷の直撃で止まりもしない恐るべき防御は脅威でしかなかった。

16inch砲の至近からの直撃を食らい、ナノバリアと装甲ごと弾け飛ぶ艦娘すら出始めていた。




昼 海洋連合 『土佐』艦上臨時総司令部


夕張D「第83艦隊撤退、第一防衛線S-3突破されました! 更に、防空識別圏内に艦載機群を確認」

夕張F「第72、69からも交代要請が……」


茶色妖精「仕掛けてきおった!」

長月「全て姫による水上打撃群? 馬鹿なのかあいつら」

嶋田「愚痴を言ってる場合か。夕張君、トラックからの航空支援は」

夕張D「現在のローテーションを崩せば、可能です!」

長月「……」

茶色妖精「これさえ撃退すれば今日は凌げるでござる! 土佐からも航空支援を出して後は日向殿に任モガモガ」

長月「ちょっと黙ってくれ」

嶋田「まだ何か来そうだな」


長月「うん。だから、土佐の部隊を投入するのは論外」

茶色妖精「なんとー!?」

長月「しかし、ただ交代するだけで対処するのも難しい」

嶋田「前線の水雷戦隊は、臨時の水上打撃群と交代させその上での航空支援」

長月「そうですね。それで行きましょう」

嶋田「夕張君、これより練度の高い大型艦を中心に対応部隊を編成――」


長月(……こっちでの時間は稼ぐ。頼むぞ日向)

長月(この戦争を止めてくれ)


昼 海洋連合 トラック第一防衛線


時雨「交代?」

「はい。すぐに戦艦を含めた臨時艦隊が……」

時雨「そっか。君たちは交代しなよ」

「え、時雨さんはどうするんですか?」

時雨「誰か残らないと防衛ラインが下る。交代の時間は僕が稼ぐ」

「そんなの駄目です! それなら私たちも残って戦います!」

時雨「いやいやいや……」

時雨「君たちが残っても僕の邪魔にしかならないんだよ」ニッコリ



~~~~~~


時雨「頑固な子たちだったな」

長月「おい時雨!! 聞こえているだろう! 返事をしろ!」


艤装の形成するネットワークを通じて、私と同じく小さい彼女の声が脳内に響く。


時雨「やぁ長月、次は君か。元気かい」

長月「……お前、どういうつもりだ」

時雨「駆逐艦時雨は名誉の戦死を遂げここで退場するのさ。素敵だと思わない?」

長月「いい加減にしないと怒るぞ。さっさと撤退しろ」

時雨「やだね」

長月「駆逐艦だけで姫六体に敵うわけ無いだろ! どうしてこんなことを……」

時雨「僕さ、君のこと嫌いじゃなかったよ。じゃあ元気でね」


艤装の通信マストを連装砲で殴り壊し、会話を強制的に終了させる。

あの人が死んでから僕には全てが灰色だった。

南方の綺麗な海と空も、他の人達からの優しさも何もかもが。


残してくれたものを守ったり大切にしたりなんて、僕には関係無い。

提督さえ居てくれたら良かったのに……それなのに……。

僕、放置プレイだけは大嫌いだって言ってなかったっけ。


人は皆が皆、善人ではなく悪人ではないように。

皆で幸せになるなんて不可能なのに、そうなろうとする海洋連合の理念が僕は虫唾が走るほど大っ嫌いだった。

良心からの押し付けで批難できない分余計タチが悪い。


誰もが過去を踏み台に前へ進めたり、割り切れたりするわけじゃない。

強い仲間たちを見つめ続ける辛さなんて僕以外には分からないんだろうね。

自分だけ取り残されていく孤独とか、さ。


特に提督のことに関して僕は皆と違ってた。

誤魔化しながら過ごしてきたけど提督の居ない日々にはもう耐えられそうにない。


ごめんね瑞鶴さん。旅行には行けないや。

けど君たちが行けるよう僕頑張るからさ。それで許してよ。


……誰かの許しを求めるのは自分の弱さを認めている証拠なのかもしれない。

どこまでも自分らしくてみっともないと思うけどさ、ねぇ、提督?

僕も前より少しは強くなれてたのかな?



海へ自分の最後の足跡を刻みながら思い出すのは、提督の大きな手に包まれた左手の感覚だった。

おいおい、僕よ。

僕はもっと色んなことをしてきたじゃないか。

提督が他の艦娘には絶対してないようなあーんなことやこ~んなことも。


……まぁそうだよね。

あの手を握って貰った時、口には出さなかったけどなんか大事にされてるーって感じがしてさ。


嬉しかったもんね。


昼 海洋連合 『土佐』艦上臨時総司令部


長月「土佐にいる予備を出してもいい! 航空支援を第一次ラインへ早く送ってくれ!」

茶色妖精「……長月殿」

嶋田「駄目だ。後詰を使う時ではない」


長月「時雨のやつは死ぬ気だ!! 夕張、近くの艦隊を救援へ!!」

嶋田「それももう遅い。時雨君の海域は全包囲されて支援砲撃まで受けつつある」

長月「っ!! もういい! 私が直接助けに行く!」

茶色妖精「危険でござる」

嶋田「自分の立場を少しは考えろ」

長月「関係あるか! 駆逐艦だけじゃ何も出来はしない!」

嶋田「……時雨君が稼いでくれた時間を無駄にする気か」

長月「時雨はまだ死んでない!」

夕張D「代表」

長月「私の艤装はウェルドックだろう? 急げばまだ」

夕張D「代表!」

長月「……どうした」

夕張D「第一次ラインにおいて時雨の艤装からのシグナル消失。……敵先頭部隊が侵攻を再開しました」

長月「……」

茶色妖精「……」

嶋田「臨時艦隊の編成と航空支援は」

夕張D「抽出と編成は完了しています。航空支援ともに第三次ラインにおいて待機中」

嶋田「よし、敵水上打撃群を撃退する。全臨時艦隊に前進命令を」

長月「……」



人格など介在しない盤面上での軍艦記号、戦力単位。

そうならないよう生きてきた筈の艦娘は、今再びただの兵器に戻る。


互いに兵器としての悲しみを背負いつつ、それでもこの歯車はもう止まらない。


誰がそうした?



どうすれば止まる?


昼 海洋連合 トラック後方海域


北方棲姫「なんで私たちは戦わないの?」

港湾棲姫「……攻められるのは海洋連合の問題。我々が関わるべきでない」

中間棲姫「これは艦娘だけでも対処できる筈です」

飛行場姫「うーん。大丈夫かなアイツら」

北方棲姫「お父様はなんで艦娘嫌いなの?」

港湾棲姫「……九位は質問ばかり」

北方棲姫「ねーねーなんで? おっぱいお姉ちゃん?」

港湾棲姫「……私はおっぱいお姉ちゃんではない」

中間棲姫「この世界に残った障壁は艦娘と妖精だけだからですよ。大妖精様にはそれ以外何も怖いものはありません」

港湾棲姫「……もっと他にもやり方があったはず。……この時期に攻めるのは謎、被害が大きすぎる」

飛行場姫「もう待てないんじゃないか?」

港湾棲姫「……憎しみに目が曇っている。理性的ではない」

飛行場姫「いんや? トーちゃん、人間じゃなくて鍵が欲しいってさ」

北方棲姫「それってどんな鍵なの~?」

港湾棲姫「……それは初耳」

中間棲姫「私もです。鍵、ですか」

飛行場姫「あっちの領域とこっちを繋ぐための鍵が今すぐに欲しいって私に言って」


中間棲姫「……」ガシッ

飛行場姫「うぉい!?」

中間棲姫「第五位」

飛行場姫「う、うん?? どした???」

中間棲姫「大妖精様は繋ぐ鍵と、確かにそう言ったのですか? 貴女の勘違いではなく本当に?」

飛行場姫「う、うん。言ってたぞ」



中間棲姫(聞いていましたか)

中間棲姫(ええ。……どうやら大妖精の本命は艦娘でも私たちでもないみたいね)

中間棲姫(貴女から話は聞いていましたが、接続を可能にする個体が)

中間棲姫(特別な個体なら可能よ。残念ながら私は無理だけど)

中間棲姫(深海棲艦の意識と共存している艦娘は色々見ましたが、特別だと感じるような個体は一つもありませんでした)

中間棲姫(共存してない個体が一つあったじゃない)

中間棲姫(そんな方は一人も……)

中間棲姫(ほら、えーっと、ひゅうがって言ったかしら)

中間棲姫「日向さん!?」


飛行場姫「あ、そうそう! トーちゃん日向の話もしてたな。そういや」

中間棲姫「……人間なんかじゃない」

飛行場姫「へ?」

中間棲姫「大妖精の目的は艦娘や妖精なんかじゃない。……日向さんです」

中間棲姫「これは人間や海洋連合だけ問題では無くなりました」

中間棲姫「止めなければ……。扉が開けばこの世界そのものが壊れてしまう……!」


昼 海洋連合 トラック第二次防衛線


第二次防衛線においても、羅針盤により区切られた複数の海域で戦闘が始まっていた。

正気の沙汰とは思えない姫の量産、航空機の数による平押し。

そしてとある第二次防衛線の海域において、最強戦力である大和型が今再び猛威を振るうべき時を迎えていた。


三隈「……水上機が敵影補足。座標を上げます」

長門「ふむ。思ったよりも近いか。まぁいい」


長門「お前たち! 覚悟は良いな!?」


大和「ええ。勿論です。参りましょう」

武蔵「死にたくないと思える程度に、覚悟は決まっている」

陸奥「そんなの……って言いたいけどね。そうよね。私もそんな感じなのよね」

武蔵「生に執着する兵器など使い道は無かろうが……」

武蔵「この武蔵、何故かあの頃よりも遥かによく戦う自信がある」

陸奥「あらあら」クスクス

信濃(妖精さんに頼んで眼鏡新調すればよかったかな)

武蔵「……敵影、見たり!」


水平線から姿を表したのは単横陣を組む六体の野獣だった。

けして速いとは言えないが、その艤装は見るからに恐るべき質量をもって……。

バランスのとれない長さの手足を器用に使い、四足動物ように水面を疾走するその姿は駆逐艦たちを萎縮させるに充分だったろう。

それぞれの艤装の上には戦艦棲姫と呼ばれた存在が動物使いのように鎮座していた。


三隈「……あの艤装、とても乗り心地が悪そうですわ」

武蔵「ぷっ」

大和「私も同じことを考えました」クスクス

長門「むふっ。……馬鹿、こんな時に何を言っているんだ」

陸奥「ハワイからずっとああやって走ってきたのかしら」

信濃「でも強そうです」

長門「実際強いからな。今回はどうする」

大和「統制射撃をしつつ接近して殴り合いに持ち込みましょう」

武蔵「姫を一人で相手にするのか。データでも見たことがない。豪気なことだ」

陸奥「お嫌い?」

武蔵「なんの、武人としての本懐だ!」


しかし今回の相手は駆逐艦ではなく戦艦である。

深海棲艦との戦争において二次大戦の展開と同じく航空機の重要性は増しつつあった。

十年近くに及ぶこの戦争の中で艦載機の技術は向上し、より長距離からの攻撃が可能になった。

つまり戦艦は再び空母に戦場の主役の座をとって変わられようとしていたのだ。


にも関わらず、だ。


戦艦の名を関する姫とかつて日本が擁した最強の戦艦たちの殴り合いが今から起きる。

終わった後に水面に全員欠けずにいられる保証はない。もしかすると艦娘は誰も立っていないかもしれない。


それでも高揚せずにはいられないのは何故だろう。

私の本性が乱暴な兵器だからだろうか。

あの男を好きになっていく内に自分が変わっていったからだろうか。

既に多くの仲間が死んでいるのに不謹慎と言われれば反論も出来ないが。


大和「……」

武蔵「……」

信濃「……」

陸奥「……」

三隈「……」


皆笑っていた。

多分全員同じ気持ちだった。


強大な敵を前にして萎縮する者はこの中に誰一人として居なかった。


嬉々として戦う我々を目の当たりにした者は言うだろう。


艦娘はやはり狂気を宿している、と。


それでいい。

私たちの気持ちを、知らない誰かが理解できる筈もない。


戦いの中で確かに生きている実感。

兵器としての呪縛を乗り越えた自負。

誰かを愛したり愛された思い出。

それらから生まれた何かを守ろうとする強くて優しくて温かい自分の気持ち。


嬉しいも悲しいも全部ごちゃごちゃになって、最後に出て来たのは喜びと笑顔だったのだ。

他の者が見れば狂気と一言で片付けてしまえる私たちのちっぽけな積み重ね。

簡単に揺らいでしまう今。


見たいものしか見ず、その他何もかもを雑音と無視するのならすればいい。

自分にとって本当に大切なものが何か今の私たちには判断できる。

その判断に従い最後まで自分で在り続けるだけだ。


長門「三隈」

三隈「はい」

長門「統制射撃の管制、頼んだぞ」

三隈「私は単なる数合わせなのですが」

長門「砲撃はお前が一番上手いと評判なんだがな。三隈教官」

三隈「今はそんな呼び方をしないで下さいまし。……分かりました。引き受けましょう」

武蔵「おお、教官の統制射撃なら安心して身体を任せられるぜ」ケラケラ

大和「では接近してからは一対一ということで」

長門「ああ」

武蔵「余った姫は早い者勝ちで頼むぞ」

長門「そうしよう」クス


三隈「リアルタイムデータリンク、確立。艦隊運動連動始め」

三隈「装填、良し」

三隈「32号と水上機からの追跡情報、敵座標、速度入力、重力と海上風、波形パターンによる偏向予測」

三隈「……ジグザグ運動無しに突っ込んでくなど、私を馬鹿にしているとしか思えませんわ」

三隈「諸元良し、各砲との連動誤差、修正範囲内」

三隈「……第一斉射、撃て!」

複数の砲弾による弾幕を作り、少数でも確実に直撃弾を与えるのが統制射撃の肝である。

だが三隈が今回行ったのは弾幕ではなく狙撃だった。


斉射により遠距離から放たれた砲弾は、41cm×16、46cm×18。

総計34発の内28発までが左端の姫に直撃した。

長門「……敵超戦艦クラスの沈黙を確認。お見事」

信濃「え、ホントに当たったんですか。初弾ですよ」

三隈「いえ、6発も外してしまいました。これでは射的大会で入賞も出来ません」

大和「……」アングリ

武蔵「教官とはいえ重巡にそこまで言われちゃ、敵戦艦もザマ無いな」ケラケラ

陸奥「敵が単縦陣に変化したわね。それでも突っ込んでくる」

長門「可能ならもう一つぐらい落伍させたい」

三隈「さすがに回避運動も交えて動き始めました。もう致命傷は難しいかと」

武蔵「一つでも落とせただけ、僥倖というものだ」

陸奥「あらあら」

長門「……では我々も単縦陣で突撃、近接戦闘と洒落込もうじゃないか」

~~~~~~

長門「手を伸ばせば掴めそうだな……よし、各自散開! それぞれの目標に当たれ! 他の奴の射線に入り込むなよ!」

大和「皆、また後で必ず」

武蔵「勿論だ。殴り合いなら最強と証明してやる」

信濃「例え姫でも、スペックでは負けてなんかいません!」

陸奥「私、この戦いが終わったら彼氏と結婚するの」

長門「陸奥、お前彼氏居たのか」

陸奥「……。来るわよ!」



深海棲艦の女の身体をした部分と、獣の部分。

本体は女だ。あちらに至近距離からの直撃弾を食らわせれば話はおしまい。

……そのためにどれ程の恐怖に打ち勝たねばならないか想像もつかないが。

そして恐怖に動きを固くすれば敵の攻撃に当たってしまう。


つまり、一瞬を制すことの出来なかったほうが負ける。

私は三隈とペアを組み戦闘に入った。


長門「三隈、側面から支援を!」

三隈「了解!」


三隈が後ろに居れば私が避けた弾に当たるかもしれないからな。


セオリー通り真正面から突っ込む。

敵の顔は髪に隠れて見えないが、意表を突けていれば私に若干有利になる。

砲門が私に向けられる。

いや、あの俯角……! 水面を!!

16inch砲が着弾した瞬間、長門さんと敵影が水柱の中に包み隠される。

どんな質量の砲弾を使用すればあれ程の水柱が上がるのだ。


三隈「長門さん!」


水柱を迂回し、まず敵影を補足しようとするが……。

戦艦棲姫「……」ヌッ

三隈「クマッ!?」


水柱を突っ切って不意に現れた敵。その大きな左手が私を鷲掴みにする。

三隈「ぐぅ!」

戦艦棲姫「……マズ、イッピキ」

三隈「油断しましたわっ! ……というのはクマリンコで」

戦艦棲姫「……?」

三隈「この距離なら我々は視認せずともネットワークを介して繋がれますの。お分かり?」


長門「私は退避なんかしないぞ。最初から分断など不可能だったというわけだ」


気付かれぬよう後ろから接近した長門の全ての砲門は、本体へと向けられていた。


戦艦棲姫「!」


驚き振り返ってももう遅い。私が一瞬早


長門「……え?」


戦艦棲姫が振り返った時、彼女の顔を隠していた髪が後ろへと流れる。


長門「私……?」

戦艦棲姫「……」


その顔は、鏡に映った自分自身のように見えた。


三隈「長門さん!」

長門「……!」ハッ


三隈の声で引き戻されたが一瞬遅かった。

巨大な拳が横合いから私を殴りつけ吹き飛ばす。


長門「がぁっ!?」


私は水切り石のように水面で何度かバウンドしてようやく止まった。

なんという怪力だ。

いや、それよりも私は何をしている。戦いの中で一瞬を迷うなんてどれほど愚かな。

戦艦棲姫の顔は前も見たことがあるだろうに、今更何故。


長門「三隈っ!」


そうだ、三隈はまだ艤装に掴まれたまま……。

顔を上げると、敵艤装が三隈の頭を口で咥えようとするところだった。

いや、まさかそのまま食べたりなんてしないよな。

砲撃でも雷撃でもなく噛み千切るなんて馬鹿にしているのか。

……。

いや、待て、ちょっと待て。頼む、待ってくれ。


三隈「こんな死に方は少し不本意ですが。……仕方ないですわ」

三隈「長門さん、どうかご無」



あっという間だった。



私はわけの分からないことを口走りながら近付いたが間に合わなかった。

千切られ、その後吐き出された彼女の首が水の中へ沈んでいく。

私はそれをただ呆然と眺める。


これはつまりどういうことなんだ。

三隈の首が、首が無いと三隈は死んでしまうんじゃないのか???


戦艦棲姫「オマエノセイデ、ヒトリシンダゾ」ケラケラ


…………許さない。

許さない許さない許さない許さない許さナイ


私ハこいつヲユルサナイ


私が追うと戦艦棲姫は後ろへと下がり始める。

鬼ごっこが始まった。


長門「待て!」

戦艦棲姫「怖い奴からは逃げるに限る」クスクス

長門「止まれっ!!!」

戦艦棲姫「何を怒っているんだ」

長門「貴様!! よくも、よくも私の友達を!!!」

戦艦棲姫「仲間が死ぬ覚悟も無いのに戦場に出るな」

長門「それが殺した者の言うことかぁ!」

戦艦棲姫「……お前、なんだか気持ち悪い奴だな」

長門「止まれと言っている!」


~~~~~~

戦艦棲姫「逃げるのもこの辺でいいか。ここならお前の仲間に邪魔されることは無いだろう」

戦艦棲姫「時代遅れの旧型戦艦一人、油断さえしなければ簡単に勝てる。やれ」


獣のような艤装が、私の上半身ほどありそうな巨大な拳を振り下ろし、殴りかかってくる。


長門「……」


殴りかかろうとする拳を私は逆に殴りつける。

こんなことをしても無駄だと分かっても、動かずにはいられなかった。

大きすぎる力に触れた拳は壁にぶつかったボールのように跳ね飛んだ。


『艤装の手』は、跳ね跳んだ。


戦艦棲姫「……赤い瞳と白い肌、綺麗だな」


戦艦棲姫「まるで私だ」


長門「……」

戦艦棲姫「お前のその顔を見て、動揺した理由は大体見当がついた」

戦艦棲姫「運が悪かったな。いや、本当に運が悪いのは化け物と当たった私の方だが。……ま、油断すれば仲間は死ぬことを覚えておけ」

戦艦棲姫「後学の為にな」

長門「死ね」


~~~~~~

長門「……」

陸奥「長門! 無事だったの……ね……」

大和「こちらも終わらせました。あっ」

武蔵「……おい長門よ、正気は保っているか」

武蔵「返事をしろ~。しないなら私がここで楽にしてやるから」

信濃「む、武蔵姉さんは過激です……」


長門「……何とか保っている。雑音は酷いが、私は大丈夫だ」

武蔵「白い肌が色っぽくて綺麗だぜ。……ところで教官はどうした。撤退したのか」

信濃「確かに見当たりませんね。付近に反応もありません」

大和「長門さん、まさか……三隈さんは」

武蔵「馬鹿言うな。教官に限ってそんなことあるわけないだろ」

長門「……」

武蔵「そんじょそこらの深海棲艦にやられたりなんか」

長門「……」

武蔵「……嘘だろ、長門」

長門「私の連携ミスだ。三隈が作ってくれた一瞬の好機を逃してしまった」

陸奥「……」

武蔵「いい加減不謹慎だぜ長門よ! 教官は死んだりしない!!」ガシッ

信濃「姉さん!」


長門「……すまない。私が不甲斐ないせいで」ポロポロ


武蔵「……っ!」

長門「……」

武蔵「……くそっ!」


信濃「あの、さっき土佐から通信が入っていました」

信濃「敵水上戦闘艦の第二波が接近中です。編成は恐らく先ほどと同じ規模の……このまま行けますか」

長門「ここは私に任せろ。お前たちは他の戦線へ」

信濃「一部突破されている箇所もあります。確かに機動防御出来れば有利ではありますが」

長門「ならそうしてくれ。この海域は私一人で止められる」

陸奥「絶対に帰ってきてね」

長門「わかってる。……三隈のこと、司令部に報告を頼む。私のは激しい動作をしすぎて壊れてしまった」

大和「……」ペコ

武蔵「じゃあまた後でな」

信濃「失礼します」


~~~~~~

長門「……」

テキガユルセナイナラ、ワタシヲウケイレロ。

長門「……さっきからなんだお前」

ワタシハオマエノイチブダ。

長門「黙れ。敵が来た」

ウゥ、アツカイガヒドイ。


敵編成は戦艦棲姫5、残り一つは……。


装甲空母姫「……」


長門(あれも量産型なのか?)


長門「まぁいい。来たなら片付けるだけだ」


白い身体は便利だった。姫の艤装と正面から殴り合いをしても負けないパワーと艦娘だった時とは段違いの加速性能、クイックネス。

もはや姫など何の障害でもなかった。


~~~~~~

長門「お前以外全部片付いたぞ」

装甲空母姫「……」

長門「空母型なのに艦載機を出さないのか」

装甲空母姫「……私はお父様の役に立つの」

長門「……」

装甲空母姫「アハハハハ!!!」

装甲空母姫「私は第三位で、コピー品なんかじゃない! そうよ! 私は偽物なんかじゃない! 誇り高い姫として……」ポロポロ

装甲空母姫「お父様の為にだけ戦うの!」ポロポロ


彼女は艤装に備えられた豆鉄砲を私に振り向けるが、それで私を倒せるわけがない。


長門「深海棲艦も涙を流すんだな。きっと辛いことがあったんだろう」

長門「我慢ならないほど辛いことが」

長門「……それが何だ」ギリッ


~~~~~~

離島棲鬼「姫様!」

長門「……第三波は単騎か。空母が突っ込むのはそっちの流行りの戦術なのか」

離島棲鬼「その身体……! お前、私の姫様を……」

長門「ああ、あの形の変わった奴だろ。沈めたが何か」

離島棲鬼「この腐れ外道、どこまでも憎たらしい」ギリッ

長門「……お前らがそれを言うか」


長門「多くの仲間を殺してきたお前らと和解するなんて無理だった。私は楽観的過ぎた」

長門「身近な存在を奪われてようやく思い出した。お前らはどこまで行こうと敵だっ!」


離島棲鬼「……当たり前のことを言うな! 艦娘風情が知ったような口を!」

長門「来い」

離島棲鬼「言われずともっ! 艦載機、行きなさい!」

長門「……」


~~~~~~

後ろに目がついているのか、未来が予測できるのか。

水上艦側に不利な筈の対空戦闘は圧倒的なまでに一方的に終わった。

離島棲鬼(頑丈で感覚的にも優れた深海棲艦の身体と艦娘の戦闘経験の組み合わせ)

離島棲鬼(ちっ、これだから元艦娘は厄介なのよ……!)

長門「もう艦載機は無いのか」

離島棲鬼「……私の姫様の話をしても良いかしら」

長門「……?」

離島棲鬼「確かにあの人は愚か者だった。怠惰で強情で、無能で盲目で」

離島棲鬼「私に対してちっとも優しくないし」


離島棲鬼「でも可哀想な人だったの。こんな私が柄にもなく同情してしまう程に……不幸な人だった」

長門「……」

離島棲鬼「愛した人に裏切られても一途に尽くし続けて、貴女に殺された」

離島棲鬼「姫様は大っ嫌いな上司だったけど、殺した貴女を私は絶対に許してやらない」

離島棲鬼「残念ながら艦娘はもうオシマイよ。C型兵装部隊に勝てるわけがない」

長門「何……?」

離島棲鬼「お馬鹿さんにも分かるように言えば、陸軍兵が使っていた薬を装備した部隊」

長門「なっ!?」

離島棲鬼「人間には支配者が艦娘でも深海棲艦でも変わらないってことかしら」

離島棲鬼「保身の為にどこまでも墜ちていく姿は涙を誘うわ。そんなことしたって大妖精様の心が変わるわけ無いのに」

長門「すぐ長月に……くっ、通話装置がこんな時に……!」

離島棲鬼「無駄よ。もう始まったから」クスクス


昼 海洋連合 トラック第一次防衛線


木曾「こちら木曾、敵を第一次ラインまで押し戻すことが出来た」


木曾「大和型様様だよ、全く」

大和「私たちは他の海域の援護に向かいますね」

雪風「大和~。本当にありがとうございます!」

大和「いえ。私はまた貴女と一緒に戦えて本当に嬉しいですよ」ナデナデ

雪風「ウシシシ」デレデレ


信濃「ん? 電探に新たな感あり。この海域に入り込んだ敵です」

武蔵「また姫か」

信濃「うーん。この大きさは違いますね。戦艦含む重巡で構成された部隊です」

大和「では移動はこの敵を掃討してからにしましょうか」

木曾「悪いな」

武蔵「行き掛けの駄賃さ。ションベンは最後まで出し切るもんだ。途中で止めちゃ気分が悪い」

信濃「しょ……!? もう! 姉さんったら!」

武蔵「くっくっく」


~~~~~~

木曾「敵の砲射程に入ったぞ!」

武蔵「チッ、戦艦1しか削れなかったか。もう少し減らしておきたかったな」

大和「三隈さんが居れば、あるいは」

信濃「も、もう居ない人のこと言っても仕方ないじゃないですか!」

木曾「え? いや、その三隈ってどの三隈だよ」


武蔵(しまった。この木曾と三隈は……)

大和「……」

雪風「あっ!! 閃光と発煙! 射角から散弾!」

木曾「馬鹿でも当たるってか」

武蔵「密集陣形! 背中に隠れてな」

木曾「世話になるぜ戦艦様!」

武蔵「ふっ」


高く打ち上げられた敵砲弾は20メートルほど上空で中身を吐き出した。

降り注ぐ小さな散弾は戦艦の装甲の前には本当にただの雨でしかない。

密集陣形で戦艦を盾にした為、艤装の後ろに隠れた駆逐艦と重雷装巡洋艦には傷一つつきはしなかった。

大和「……終わったようですね」

武蔵「こんなことに一斉射使うなんて深海棲艦はひ……」グラッ


褐色の肌をした戦艦は水面へ倒れこむ。


信濃「武蔵姉さ……あれ?」フラフラ

大和「二人共、どう……あ……」バシャッ


姉と妹もその後に続く。


雪風「???」

木曾「おい、何やってんだよ」


巡洋艦に分類される彼女は、倒れこんだ三人の身体が痙攣し始めた時に全てを悟った。



あの薬だと。

「……」

「だ、第二射の兆候あり!」

「また散弾か?」

「多分……」

「雪風」

「駄目です木曾! 近づきすぎました! どう計算しても面斉射された散弾から逃げられません……」

「雪風ったら」

「な、なんだっていうんですかこんな時に!」


木曾は優しく微笑んでいた。


「……木曾?」

「恨んだり自暴自棄になったりすんなよ」

「え?」


頭一つ分ほども身長が違う彼女に優しく包まれる。

抱きしめられた。


丁度、散弾の盾になるかのように。


放たれた全ての殺意は彼女の艤装と柔肌に食い込んでいく。


何が起こったか大体想像はついたが脳が理解することを頑なに拒んでいた。


雪風「…………」


理解するまでもなく、腕の中の物言わぬ塊になった友人を見れば現状を把握できた。

分からないじゃなくて、分かりたくなかった。


雪風「木曾、起きてくださいよ。冗談の度が過ぎてます。艦娘がこれくらいで死ぬわけ無いじゃないですか」ユサユサ

木曾「……」

雪風「……まだやってない楽しいこと一杯あるじゃないですか」ユサユサ

木曾「……」

雪風「こんなお別れなんて……。雪風は嫌ですよぅ」ポロポロ

木曾「……」


その内に身体は砂となり手の中から零れ落ちて行った。

それが嫌で必死にかき集めようとするが、握りこぶし2つ分を繋ぎ止めるだけで精一杯だった。


雪風「……」


先ほどまで大和型が倒れこんでいた海面も見たが、彼女たちが身につけていた服が浮いているだけだ。



敵の主砲からは第三斉射が放たれようとしていた。


昼 海洋連合 トラック第二次防衛線


離島棲鬼「ああ、ここまでの話は私の命乞いです」

長門「……」

離島棲鬼「私は姫様を殺した貴女を許さない。貴女も仲間を殺した私たちを許さない」

離島棲鬼「憎しみ合う二人は戦い続けても良いですが、これがお話にならない程の戦力差ですから」

離島棲鬼「貴女は私を片手で殺すことが出来る。その逆は無理」

離島棲鬼「仮に増援が間に合ったとしても私は不本意にもここで殺され、貴女は仲間の死を嘆くだけ」

離島棲鬼「でも」

離島棲鬼「もし私を見逃してくれれば私たち双方が納得の行く答えを出せるかもしれない」

長門「……」

離島棲鬼「いえ見逃すんじゃなくて、貴女、私について来なさい。……私を殺すのはそれからだって遅くない筈よ」


離島棲鬼「一緒に悲しみの無い世界へ行きましょう」


昼 海洋連合 『土佐』艦上臨時総司令部


通信は前線配備された艦娘の悲鳴でパンク寸前だった。


夕張D「艤装のシグナルが小さくなっていきます……」

嶋田「何言ってんだ! 状況を正確に報告しろ!」

夕張F「……大破していない艤装が次々沈んでるんです。装着者の生死は不明」

嶋田「そんなの……どういうことか分かりきってるだろうが……!」

長月「……」

茶色妖精「あり得ないでござる! あ奴が人間由来の技術を」


長月「最前線はどうなってる」

夕張D「……空は優勢。敵は数に訴えるだけです。こちらの交代は麻痺していません」

長月「水上支援は可能か」

夕張D「現状ではやはり難しいです。地上支援部隊を抽出させますか」

長月「……いや、まだ無理はさせるな。それよりも今まで通りの制空権確保を指揮官に徹底させろ」

長月「航空機の機銃にまであの薬を使われていたらかなわん」

夕張D「了解」

夕張F「水上での戦線は……全体ではまだ第二次ラインで留めていますが、部分的に第三次ラインにも敵が浸透中」

夕張F「最前線で艦娘の戦死報告、防衛線からの撤退の提案が相次いでいます。何の応答もなく艤装が沈んでいる海域も複数確認」

嶋田「前線戦力の現状は、実質の残存はどうなってる」

夕張D「損害状況での艦隊ナンバー読み上げより無事な艦隊を読み上げたほうが早い状況です。一言で言うなら総崩れ」

嶋田「……実に正確だ」

長月「航空支援を投入したところで変わる戦況じゃ無いのは確かですね」


長月「よし、総司令部より全戦闘員へ通達。トラック全防衛線を一時放棄する。艦娘は戦場から即時撤退せよ。撤退後の集結地点の変更は無し……以上」


長月「土佐の戦術予備は出撃準備。あと姫たちのところへ使いをやって、前線へ出てきて貰ってくれ」

夕張F「了解!」


長月「臨時編成艦隊のシグナルはどうだ」

夕張F「……約八割が消失しています」

長月「これが狙いか。姫を倒せる古強者を前線へ引きずり出し、撃滅する」

長月「実際痛手過ぎる。よく出来た戦術だな全く」

嶋田「……長月君、大丈夫か?」

長月「今すぐ前線へ行きたいですよ。一人でも多くの仲間を、救ってやりたい……!」

茶色妖精「長月殿……」

長月「叶わない夢に縋っていたあの人は弱かったんだな。慣れ合いの中でしか見られない夢を信じ続けて死んじゃうなんて」

長月「それでもさ嶋田さん。司令官は最後まで私たちから逃げなかった。大事なものを見失いはしなかった」

長月「だから私ももう逃げない。自分の弱さも願いも全部まとめて現実なんだ」

長月「まぁあの人、自分の人生からは逃げるみたいに死んじゃったけどな! あはは!」

嶋田「あはは……」

長月「卑怯者は笑うなよ」

嶋田「はい」


長月「あははは! 勿論冗談だ」バシバシ

嶋田「痛い痛い痛い!」

長月「私は私で、自分の戦いをするだけさ」


夕張F「……! 防衛線の内側から羅針盤海域へ突入する部隊が複数あります!」

長月「どの艦隊だ! 全艦娘は撤退と命じた筈だろう!」

夕張F「いえ、これは艤装からのシグナルではありません。しかし識別信号は味方のものです」

茶色妖精「はて……?」

長月「ああ、そうか。有能な味方は大好物だぞ」


昼 海洋連合 トラック第一次防衛線


雪風「…………」


深海棲艦たちは動かなくなった艦娘を不審に思ったようだった。一旦近付き、それがただ自らの意思で動きを止めているだけだと分かると再び距離を取り砲撃の準備を始めた。

近すぎると散弾が当たらないと判断したのか、練習のためか、単に不気味だったから距離を取ったのか。

艦娘にはただ何もかもが虚しかった。目の前で準備を終えた敵が第三斉射を行おうとも、避ける気すら起きなかった。

放たれた砲弾が適切な位置で中身の散弾を吐き出するのが見えた。それでも艦娘の身体は動かない。

最後の走馬灯というやつだろうか、向かってくる散弾はやけにゆっくりとしていて――――いや、違う。


散弾は今、この瞬間において空中で止まっていた。


中間棲姫「ご無事ですか」


空中で静止した散弾は自らをその場に留める力すら失い海面へ落下する。


雪風「……」

中間棲姫「この場は私が食い止めます。雪風さんは撤退して下さい」

雪風「みんな沈みました」

中間棲姫「……」

雪風「雪風もみんなと一緒にここで死にたいんです。邪魔しないで下さい」

中間棲姫「撤退して下さい」

雪風「雪風は……! もう一人ぼっちは嫌なんです……!」

中間棲姫「……木曾さんはとても優しい方でした。新入りの私を温かく迎え入れてくれました」

雪風「え……?」

中間棲姫「いつも長月さんをからかってばかりでしたが、あれも一種の愛情表現だと長月さん以外は皆理解していました。いえ、多分長月さんも分かってたんじゃないかな」

雪風「それってもしかして第四管区の――――」

中間棲姫「雪風さん、撤退して下さい。今は悲しむ時じゃありませんよ」

雪風「……」

中間棲姫「後で私の知らない木曾さんのお話、沢山聞かせて下さいね」

~~~~~~

中間棲姫(これで第一次ラインからは全員撤退完了でしょうか)

中間棲姫(お話沢山聞かせて下さい、ねぇ? きっとあの子また泣いちゃうわよ)

中間棲姫(……)

中間棲姫(でも撤退させるにはああ言うしか無かったのは事実だしまぁ――――)

中間棲姫(本心からですよ)

中間棲姫(貴女……)

中間棲姫(そこに浮いている服は木曾さんのものです。さっきも言った通り木曾さんは第四管区での私の先輩に当たる人です)

中間棲姫(……)

中間棲姫(木曾さんは奥手で優しい方でした。俺という一人称はただの強がりなんです。本当は自分の都合よりも他人の都合を融通してしまう程に弱くて女らしくて)

中間棲姫(もしかして物凄く怒ってる?)

中間棲姫(そうですね。久しぶり過ぎて自分でも気づきませんでしたが私はかなり怒っているようです。目の前の敵を許せる気がしません)

中間棲姫(私は貴女の一部よ。だから遠慮しないで私には思いの丈をぶち撒けなさい)

中間棲姫(……力を貸して下さい。私は……私はあの敵を殺してやりたい!!)

中間棲姫(ええ、望みのままに。私の可愛いお姫様)クスクス


昼 海洋連合 トラック第二次防衛線


飛行場姫「行けオマエら! 艦娘を助けろ! 戦線を押し戻せ!」

レ級2「うぃっす!」

レ級8「お任せあれ!」




昼 海洋連合 トラック第二次防衛線


レ級改「ま、やることは分かるよな」

レ級19「うぃ~っす」

レ級30「了解っす!」

レ級33「任せといてくださいよアニキ!」

レ級改「……オレを女扱いしてれるアホは居ないのか~」




昼 海洋連合 トラック第三次防衛線


ヲ級改「……こんな兵器を使うなんて、本当に何の誇りも無いんですね」

港湾棲姫「……許せない? それは艦娘だったから?」

ヲ級改「だと思います」

北方棲姫「うん! 駄目だよこんな武器! こんなのフェアじゃあ無いよ!」

ル級改「ええ、姫様が駄目だと思うならこれは駄目なものです! 壊してきます!」

北方棲姫「行ってらっしゃい!」ブンブン

港湾棲姫「……戦争に倫理なんて必要ない。正規空母が言っているのは甘え」

ヲ級改「あ、レ級っち? 今第六位様が私を――――」

港湾棲姫「航空機発艦! 何時でも守るべき戦場倫理に基づきあの許されざる部隊を壊滅させるべし!」

レ級4「……アニキのことがよっぽどトラウマなんすね」


昼 海洋連合 トラック泊地警戒網最外殻


空母棲姫「……」

空母水鬼「ひ、姫様……? そろそろ弾薬補給とか危ない子達も居るんだけど~?」

空母棲姫「関係無いわ。矢玉が尽きた者は盾になりなさい」

空母水鬼「それって姫様が大っ嫌いな無駄じゃ……」

空母棲姫「私の好みなんて関係無いの。お父様がそう望むのだから」

空母水鬼「……」

空母棲姫「お父様は我々に期待して下さっているわ。裏切ることは出来ない」

空母水鬼「姫様、ホントにホント~に! それで良いの?」

空母棲姫「……どういう意味かしら」

空母水鬼「南方では姫様チョー楽しそうだった」

空母棲姫「……」

空母水鬼「あの時は味方の数も少なかったけど、姫様は皆を大事に作戦立てて、チョ~~! ドSに笑いながら艦娘と戦ってた」

空母棲姫「だから何? 怒るわよ」

空母水鬼「なんで怒るの」

空母棲姫「貴女がつまらないことを言うからよ」

空母水鬼「じゃあ姫様は今楽しいの……?」

空母棲姫「黙れと言ってるのが分からないのかしら?」

空母水鬼「うっ、ほ、ほら! 自分でも分かってんじゃん! 今の姫様は全然楽しそうじゃないし、自分でも楽しくないから指摘されてムカつくんだよ!?」


空母棲姫「……」パシィン


空母水鬼「うにゃぁっ!? い、痛くないし。チョー平気だし。気にしてないし」

空母棲姫「……なに強情張ってるの。貴女はもっと賢い子でしょ」

空母水鬼「私は姫様に大妖精……違う。あんなキモい妖精の言うことなんて真に受けずにいて欲しいだけなんだって!」

空母棲姫「訂正しなさい!」バチン

空母水鬼「ぶみゅっ!」

空母棲姫「お父様をそんな風に言うのはやめさない! それでも私の――――」

空母水鬼「私は姫様の最高の側近だよ! だから言うの……。言わなきゃいけないの」

空母棲姫「…………」

空母水鬼「姫様、目を覚ましてよ。あんなキモい笑い方する妖精の言いなりにならないでよぉ」ポロポロ

空母棲姫「…………」

空母水鬼「創造主には確かにリスペクト必要だけどさ、作った人が私たちの生き死に決めるんなら私たちの存在する意味無いじゃん!」

空母棲姫「それは我々の判断が及ぶ部分じゃ……」

空母水鬼「姫様気づいて無いかもだけど! 姫様って迷いが顔に出るタイプなんだからね! 自信が無いと眉間にシワ寄せる癖あるの!」

空母棲姫「!?」

空母水鬼「作った後も管理されるなんて私は絶対嫌!」

空母棲姫「貴女……」

空母水鬼「神姫楼で第三位様チョー可哀想だった! 姫様にだって分からないわけないじゃん!?」

空母棲姫「やめなさい!」


空母水鬼「自分作ったくせに冷たく突き放すような奴に従う必要なんてないよ! あのキモい妖精、自分のハーレム作ることしか考えてないんだよ!?」

空母水鬼「チョー傷ついてる第三位様に追い打ちかけて前線に送り込むなんてチョーあり得ないし! 姫様だってホントはそう思ってるんでしょ!?」

空母棲姫「だ、黙りなさい! 貴女を上位種権限で――――」

空母水鬼「第三位様はどうしようも無い馬鹿だったけど姫様と同じ志を持つ人だった。姫様の……友達だった」

空母棲姫「うるさい!」

空母水鬼「うるさくない!」

空母棲姫「……私たちはただの兵器なの! 余計なことなんて考えなくていいのよ!」

空母水鬼「姫様、シワ」

空母棲姫「……」ゴシゴシ


離島棲鬼「お取り込み中でしょうか」


空母水鬼「後にしてよ」

離島棲鬼「第三位様が沈みました」ニヤニヤ

空母棲姫「……っ! それで、貴女は何で笑ってるの」

離島棲鬼「ああ、失礼しました」ニヤニヤ

空母棲姫「だから笑うなと言っている!」

離島棲鬼「第八位様、そうお怒りにならずに。何事も滞り無く進んでいるのですから」ニヤニヤ

空母水鬼「三位様が沈んだのに順調なわけ無いじゃん」

離島棲鬼「いいえ。順調に大妖精様がお導き下さる世界へと近付いています」ニヤニヤ

空母棲姫「……」

離島棲鬼「人間と死への恐怖が存在しない世界。あぁなんて甘美な!」ニヤニヤ

離島棲鬼「大妖精様の力で姫様は蘇ることが出来るのだから、悲しむ必要など無いのです」ニヤニヤ


離島棲鬼「第八位様、鍵はいずこに?」

空母棲姫「……まだ戦いは始まったばかりよ」

離島棲鬼「待ち遠しいですわ」

空母水鬼「なんかテンションおかしくない?」

離島棲鬼「自分の成すべきことに気づいたんです。それがもう嬉しくて嬉しくて」

離島棲鬼「私は議会が出来た時に自分の従うべきものを無くしました。それからずっと迷い、自分の道を自分で選べと言われて孤独を感じ、子鹿のように未来への不安に怯え震えて」

離島棲鬼「ですが大妖精様はやはり私たちをお導き下さる。兵器として大妖精様にお仕えする事こそ使命なのです!」

空母水鬼「……ここにも馬鹿が一人」

離島棲鬼「何かおっしゃいましたか?」

空母棲姫「他に何か用があるの」

離島棲鬼「いえ」

空母棲姫「なら私の前から消え失せなさい」

離島棲鬼「はい、失礼しますわ」クスクス


空母棲姫「……」

空母水鬼「……」

空母棲姫「腰砕けね。さっきのはまた今度話しましょう。今は一先ず戦場に集中すべきよ」

空母水鬼「……了解だよ」

空母棲姫「それで状況は?」

空母水鬼「えーっとちょっと待ってね。うん。投入した第四位様の量産型はほぼ殲滅されちゃった。でも敵の対応部隊をC型の皆が削ってくれたよ」

空母棲姫「まずは既定路線ね。敵の熟練を減らすことは戦術戦略の両面で今後意味を持つ。仲間の死が艦娘の士気にも少なからず影響して、混乱と失策からの自滅を期待したのだけど」

空母水鬼「こっちが薬を持ってるのは想定外だったみたい。でも最初以外目立った混乱は見られないよ」

空母棲姫「サプライズには慣れてるってことかしら。でもそれじゃ足りない。人間に裏切られた経験を活かせたとは言えない」

空母水鬼「手厳しいね」

空母棲姫「もっと無能なら褒めてあげたわ。まったく、ブランケット海峡のように上手く行かなくてもどかしいったら」

空母水鬼「ブランケットの大包囲とかチョー懐かしいんですけど」ケラケラ

空母棲姫「いつも防御的な提案をする誰かさんが居たのも懐かしいかしら」

空母水鬼「だって姫様攻撃ばっかりなんだもん」

空母棲姫「機動部隊は防御に向いてない。攻撃にこそ真価を発揮する」

空母水鬼「孫氏の兵法丸暗記してドヤ顔する指揮官とかチョー害悪なんだけど」

空母棲姫「ふざけたこと言わないで。例え人間だとしても孫氏は尊敬すべきアメリカ人よ」

空母水鬼「アホなのがバレるよ」

空母棲姫「とにかく机上の空論と言いたいのでしょ。そうでないことは戦果で証明した筈だけれど」

空母水鬼「……まぁそこは私も認めるけどね。姫様頑張ってたから」

空母棲姫「……でもまぁ、私の作戦を現場の状況に合わせて遂行し続けた優秀な副官が居たからこその戦果よ」

空母水鬼「…………」

空母水鬼「…………」

空母棲姫「ちょっとなに黙ってるの。せ、折角私が褒めてあげたんだから何か言いなさいよ」

空母水鬼「あ、あの時は人間が特別に馬鹿だったもんね!」テレテレ

空母棲姫「……そう。人間はゲームのルールを理解していなかった。でも今回の相手はそれを理解している。おまけに不退転の決意もある」

空母水鬼「凄く面倒だよね」

空母棲姫「自分たちの国を作る程自意識過剰な連中だもの。そもそもが面倒なのよ」

空母水鬼「あはは! それチョー言えてる」

空母棲姫「ふふっ……」クスクス

空母水鬼「あ~ゴホンゴホン……説明に戻るね? 艦娘はC型との戦闘を避けて撤退を始めたんだけど入れ替わりに」

空母棲姫「第五位たち?」


空母水鬼「うん。だから押し込みはしたけど、まだトラックの防衛線を突破しきれてないのが現状。空のジェットも相変わらず鬱陶しい感じ」

空母棲姫「……本当に素直な子なのね」

空母水鬼「どうする?」

空母棲姫「私が交信可能域まで出るわ。姫は無理でも説得で下位種の連中をこちら側に引き抜けるかもしれない。それとC型を下がらせなさい。深海棲艦相手には無意味よ」

空母水鬼「分かった。姫を含まない下位種だけで構成された部隊もいくつかあるみたいだし、やって見る価値は十分だと思う」

空母棲姫「艦載機はどう」

空母水鬼「時間稼ぎを徹底させてる。予備はあと一週間全力で出しも余裕が有るよ」

空母棲姫「よろしい。空は現状維持を最優先。主戦場は海よ。いくら姫個人が強かろうと羅針盤さえ抜いてしまえば数の平押しがモノを言う」

空母水鬼「うん」

空母棲姫「戦争の分水嶺は間違いなくここになる。被害は無視して攻撃を続けなさい。……でも貴女の言う通り弾薬補給は必要ね。羅針盤突破の為に投入する部隊抽出と一緒にそっちも任せるわ」

空母水鬼「……分かった。全部テキセツに処理する」

空母棲姫「いい子ね」

空母水鬼「お褒めに預かり云々だよ」


昼 ハワイ 近海


その海は深海棲艦の根拠地としては無防備すぎる程に閑散としていた。


元々はハワイ防衛のため人間が設置した大型レーダー装置には一つの反応があった。

北方棲姫のテリトリーからオワフ島へとまっすぐ舵を進める光点、それが敵であることを大妖精は知っていた。


何故ならばその存在と向かい合っているからである。


駆逐棲姫「大妖精様は貴女にお話があるそうです」


深海棲艦の掌に乗った妖精は静かに喋り始める。


大妖精「やはりこうして目の前に立たないと存在を感じられないか。面白い」

大妖精「感覚では感知できないんだな。機械を使う意味もここにあるというものだ。人間の遺産を残しておいたのは悪くない判断だった」

日向「お前が大妖精だな」

大妖精「そう呼ばれている」

日向「どういうつもりだ。私がここに来た目的を理解しているのか?」

大妖精「私を殺して戦争を止めるためだろう。一発逆転狙いをするしかない戦力差とは言え無謀すぎるんじゃないかな」

日向「私の身体とこの艤装があれば単騎強襲も可能であると判断したまでだ」

大妖精「『私の身体』か。自分の身体すら道具と認識しているのかな? それともその身体は自分のものではないという感覚でもあるのかな?」

日向「……一体何の用だ」

大妖精「いやね日向君、君とは一度話してみたいと思っていたんだ」

日向「私の用は大妖精と呼ばれる者の命だけだが」

大妖精「今、トラックでどのようなことが起きているか知っているかね」

日向「…………」

大妖精「君のお仲間の艦娘が私の作った兵器と戦い、その中で儚い命を散らしている。積み重ねてきた誇りを暴力によって存在ごと否定されている」

日向「もし戦いの中で散ろうとも否定はされない」

大妖精「感情論の話は抜きだ。認めたまえ。死は存在の否定だ。その者にとっての全てが無に帰る」

日向「……貴様に言われると腹立たしいのだが」

大妖精「我々は長い間戦いすぎた。意味を見失うほどに」

日向「…………」

大妖精「人類とは守るべき存在か否か、その分裂から始まったはずの妖精同士の戦いはもはや無い」

大妖精「私があれほど注意したにも関わらず貴様らの妖精は人間を信じ裏切られた」

大妖精「艦娘、いや、人間より高次の存在である筈の妖精そのものが国同士のパワーゲームに利用され尊厳を踏みにじられている」

大妖精「存続する価値の無いどころか地球にとって危険な生物を守ろうとする奴らの頭の中が見てみたいものだ」

日向「説法ならお断り願いたいのだが」


大妖精「君たちにとって人間はどんな存在だ」

日向「私たちにとって……?」

大妖精「生まれながらに守るべしと命じられ、そうあるべし、なるべし……と生きる道を全て塞ぐ存在だったんじゃないかな。そんな鬱屈した現状に嫌気が差し、だからこそ、新たな場を興した」

大妖精「人類とは実に自己中心的で頑迷で愚かな存在だっただろう」

日向「いいや。それだけじゃなくて、つい守りたくなる愛すべき存在でもあった」

大妖精「ほう」

日向「確かに愚か者も私たちに辛く当たる者も居たが、大切に守ろうとしてくれる変わり種も居たんだ。……貴様らみたく、一部を見て全部見た気にはならないのさ」


大妖精「陸軍の薬が私の手元にはある」


日向「!?」

大妖精「少し苛烈に搾り取りすぎたんじゃないか。駄目だぞ。人という生物は希望を無くせば滅びの道すら進み始める。最後の希望は彼らのより長く深い停滞を望むのなら残しておくべきだ」

日向「使ったのか!?」

大妖精「その身体にもトラックまでの範囲は察知出来ないのか。一つ勉強になったよ。そうとも、私は薬を使った。憎むべき人が作ったものだとしても、その効用は認めざるを得ない」

日向「……それを言っても私が殺さずにいられると思ったか」


大妖精「そこでだ。私には戦争を終わらせる意思とその用意がある」


日向「面白くない冗談だ」

大妖精「大真面目だ。そちらの妖精が人間に利用され愛想を尽かせたのとは違うが、こちらはこちらで都合が変わった」

日向「人を滅ぼす気が失せたか」

大妖精「私は娘たちを愛しすぎた」


日向「…………は?」


大妖精「これ以上娘たちを失う経験に耐えられない」

日向「……私の耳が正常なら、今、確かに『娘たちを失う経験を耐えられない』と言ったか?」

大妖精「そうだ。耐えられないと言った。だから戦争を止めたい」

日向「娘って飛行場姫とかのことだよな」

大妖精「それは恐らく第五位だな。そうだ、その娘だ」

日向「あはは……はははは!! 今更愛にでも目覚めました、と開き直れる立場だとでも……」

日向「自分がどれだけ多くの者から大切な存在を奪ってきたか忘れたとは言わせるものか! そんな戯言、誰が信じる!」

大妖精「そういう次元の問題ではない。大体、君たちも私の大切な存在を何度も奪ったことを忘れるべきじゃない」

日向「奪う連鎖を始めたのはお前だろう!」

大妖精「それを止めようと今こうして話しているんじゃないか」

日向「……頭が痛い」

大妖精「大丈夫かな?」

日向「お前こんな性格でよく指導者になれたな」

大妖精「性格と指導者という地位にも関連はない。私こそお飾りだ。深海棲艦と呼ばれる人間の軍隊を模倣した戦闘組織を運営するには意思決定機関の合理化が必要だった」

大妖精「同じ思想を持った妖精の中で機械的な選抜が行われ、ピラミッドの頂点として私だけが残った。それだけだ」

日向「それだけ、ねぇ」

大妖精「そして私は君に話がある。海洋連合の代表でも、人間でもなく、君にだ」

日向「私に?」

大妖精「そうだ。第四管区の航空戦艦、日向。私から提示する戦争終結の条件は、君の身柄をこちらに引き渡すこと……ただそれのみだ」


日向「……」ガウン


駆逐棲姫「あ、危なっ!? 危険! まだ撃つようなタイミングじゃないじゃないですよ!」

日向「話にならん。ここで死ね」

大妖精「おっとっと。そちらの妖精にとって艦娘は人類の可能性を拓く鍵だったそうじゃないか」

大妖精「だとすれば艦娘を超えた君は全ての生命にとっての鍵だ。冗談でも何でも無く、君には戦争を終わらせるだけの価値があるんだよ」

日向「耄碌をするにはまだ早そうだから……普通にイカれたと表現していいのかな」

大妖精「夢を見ただろう。とても幸せな夢を」

日向「……?」

大妖精「肉体と魂の絆は脆い。ちょっとしたつまづきによってさえ失われる。……それなのに君はどうだ。戦艦の砲撃を受け失われても瞬時に復元する死を超越した肉体。常識的な見地からは有り得ない異常な存在。自分自身でも気づいていないわけがない」

日向「…………」

大妖精「その理由をお答えしよう。君の存在は魂の領域と繋がったことにより、この世界そのものを飛び越え、何億何兆、那由多をも超える異世界と繋がっている」

大妖精「悪魔的な偶然の賜物だ。故に肉体と魂の繋がりはけして失われることはない。故に! 君には死という概念が存在しない」

日向「魂???」

大妖精「気配や、存在を気付かれなかったことは無いか。その場に居るのに居ないものと認識された経験は?」

日向「……」

大妖精「あるだろう。君はこの世界の一存在としては大きすぎるんだ。空や大地や海が時として認識されないように君は彼らにとって余りに濃すぎる」


大妖精「自らが立っていることさえ忘れてしまう、この星と同じくらいにね」


大妖精「死は未来の否定であり……その存在と織り成せる筈の可能性の消滅だ。余りにも悲しい。君だってこの悲しみを知っている筈だ」

日向「お陰様でな」

大妖精「私は私自身の世界を守る意志の代弁者として娘たちを作った。基盤で量産できる規格品とは違う。一人ひとりがかけがえの無い私の分身だ!」

大妖精「私は戦いの中で娘たちを次々と失った。最初は怒りに任せ、より自らの使命へ従順になろうとした。……だが後に残ったのは虚しさだけだった。気付いたんだよ。大切な存在との紐帯よりも優先すべき都合など何もありはしないことに」

日向「嘘を言っている感じはしないな」

大妖精「嘘など微塵も無い」

日向「もっと早くその感情に辿り着けていれば多くの者が悲しむことは無かったんだぞ」

大妖精「それについては謝罪のしようがない。昔の私にとって因果律と世界秩序以外に守るべきものは何も思い浮かびはしなかったんだ」

日向「……そうだな。巡り巡って、ようやく辿り着いた今だものな」

大妖精「これは君とっても悪い話じゃ無いんだよ」

日向「へぇ?」

大妖精「君が協力さえしてくれれば、喪った命を蘇らせることが出来る。そして私は自分の娘だけを蘇らせるつもりはない。今まで沈めた艦娘たちも含めてもいい。……人間は好まないが、君の想い人であれば特別に含めてもいいと考えている」

日向「よほど私の身体に用があるんだな。いやらしい」

大妖精「冗談を言っている場合ではないだろう。これは取引のための提案だ」

日向「蘇らせるなどと低俗な冗談を言うからそれに応えた」

大妖精「私は冗談が嫌いだ」

日向「……まだ続けるのか?」


大妖精「たしかに今の私の技術レベルでは形を模倣するだけで精一杯だ。喪われた魂の輪郭を真似することは出来ても中身は未知数。小手先で試して同じ形をしたものが出来たがアレは出来損ないだった」

日向「出来損ない」

大妖精「ああ。手が二本と足が二本生えていたところで同じ存在とは呼べないだろう……それは私の娘などではない」

日向「…………」

大妖精「君が協力してくれれば扉を通じて娘たちの魂を直接コピーできる。100%本物の私の娘たち、喪われたその時と同じ状態の娘たちを」

日向「仮にそれが本当だとして、一つ困難が生まれないか」

大妖精「私には何ら矛盾や破綻は無い」

日向「お前たちの作ったナノマシンがベースの深海棲艦や艦娘はともかく、私の想い人は人間だぞ」

大妖精「……君もしかして頭悪いのか?」

日向「……」ガウン

駆逐棲姫「これは回避っ!」サッ

日向「ちっ」

大妖精「ふう。危ないな。人間の身体を分析したことは無いがどうせ炭素の塊だろう? ナノマシンで作ってしまえば問題無いじゃないか」

日向「……作れるのか」

大妖精「造作も無い。君だって力加減以外で人間との生活に不便を感じたことは無い筈だが」

日向「そ、それこそ悪魔的だな……」

大妖精「艦娘はベースを大幅に弱体化させてまで人間に近づけすぎた。そうした意味をあの人間どもが理解できる訳も無かろうに」

大妖精「しかも弱体化させたせいで化学兵器の付け入る隙を与えてたのは本当の皮肉だ」

日向「そちらから見れば本当に滑稽なことをしていたんだな」

大妖精「その通りだよ」

日向「もう一つ質問してもいいか」

大妖精「なんなりと。不安は全て解決しておくに限る」

日向「自分の娘を蘇らせて、艦娘を蘇らせて、私の想い人を蘇らせた果てで……貴様は何をするつもりだ」

大妖精「世界秩序なぞ最早どうでも良い。私は娘たちに囲まれて平和に暮らせればもうそれでいい」

日向「…………」

大妖精「ハワイは渡すわけにはいかないが、他の島なら譲り渡してもいいぞ」

日向「…………」

大妖精「……疑うのなら軍縮の提案にも乗っていい。最大限の譲歩を約束する」

日向「…………」

大妖精「何故そんな渋い顔をする。これでもまだ足りないと言うのか?」

日向「…………」

大妖精「私は艦娘も……いや、そちらが望む人間だっていくらでも復活させる。これでお互いの過去は綺麗に拭い去れるだろう?」

日向「拭い去れる?」

大妖精「そうだ。誰も悲しい思いをせずに平和な暮らしを出来るんだぞ? 何故迷う必要がある」


日向「私は直接会ったことの無い、単なる夫の知り合いの話なんだけどな」


大妖精「はぁ?」


日向「その男は死が己の行いの全てを無に返すと考えて死を極端に怖がっていたそうだ」

日向「……自分が死ねば何も関係なんてありはしない。だから残された者なんて知るかって態度らしくてね」

大妖精「……」

日向「自分がやってきたことや死後に残る評価なんて死んだ自分には関係無い。だから自分は他者を省みず好きなように生き死ぬのだと」

大妖精「……何が言いたいのかな」


日向「貴様の提案を丁重にお断りさせて頂く意思表示さ」


駆逐棲姫「……これは驚愕です。理解不能」

大妖精「どういうつもりかね」

日向「私の彼は俺も一緒さ、みたいなこと言ってたが、私はずっと引っ掛かっていた。その話の男に妙な気持ち悪さを感じてな。お前を見てその正体がようやく分かった」

大妖精「…………」

日向「確かに彼もその男も、自分の大切なものにしがみついた生き方をしている。でもそれは生きて行く上で当然の執着だ、芯となる部分が無ければ生きるのは辛すぎる」

日向「そこで明確なラインを設ければ辛さは多少マシになる。敵味方に分けた世界観は愚かしくとも楽で実用的だ。……でも私の大好きな彼はそれをしなかった」

日向「楽をせずに多くの存在と触れ合い、その中で傷つきながらも自分の芯の中に他者を取り入れ進んでいった」

日向「私はその過程を知っている」

大妖精「君は私が他者を受け入れる気の無い、気持ち悪い男と同じだと言いたいのかね」

日向「さすが。頭が良いな。貴様は凄く気持ち悪いぞ」クスクス

大妖精「今この瞬間も艦娘が命を落としているにも関わらず、お前は和平を蹴るというのか。……信じられない。常識的ではない」

日向「違う世界だとしても私には経験値があってな。これでも兵器だけじゃなくて母だったり……。その経験が言うんだよ。お前は信用に値しない下劣な存在だとな」

大妖精「いい加減にしろ! お前は私のことを何も知らないだろうが!」

日向「確かに知らない。加えて私は知ってることしか理解出来ない、が、今現在までの貴様は十分下劣に値する」

大妖精「それは言いがかりだと――――」

日向「さっき貴様は自分は機械的に選ばれただけと言った……そんな言い分は私には通用しないぞ。立場に逃げてどれ程の非道を行ってきた? 貴様は望んでその位置に立ち我儘放題で生きてきたくせに嘘をつくな」

大妖精「…………」

日向「舐めるなよ妖精。貴様の全てから貴様自身の浅はかさが透けている。それくらい、こうして向き合えば私には感じ取れるんだよ」

大妖精「……黙れ」

日向「貴様は徹頭徹尾自分のことしか興味が無い。心の内にある敵と味方の二項対立をいつまでも脱却する気は無いし、今より先に他の者を加える気もない」

日向「自分が死んだ後のことなんてどうでもいい。ああ、その狭量さは自分の味方『だと貴様が思い込んでいる者達』にも伝わるぞ」

日向「自分本位の愛し方しかしないから、それを知らないから、いや、知ろうとすらしないから、本当に大事にしたいものにからはいつも逃げられる。それでまた拗ねて意固地になって悪循環に突入だ」

日向「ふふふ、一人ぼっちの王座はさぞ居心地の良いことだろうな」

大妖精「黙れぇ!!!」


日向「私は血反吐を吐いて死にそうになりながら周囲の存在と向き合った」

大妖精「それが何だ!」

日向「欲しい物が自分の思い通りにならずに苛立って誰かに傷つけられて、傷つけて、そんなことの繰り返しだった」

大妖精「……」

日向「だが、そこから多くのことを学んだ。生きる喜びだって、失う辛さだって今の私には分かるつもりだ」

日向「貴様はそれをしたか? 私にはとてもしたようには見えない」

大妖精「……ますます意味がわからない。何故そうする必要の話になるのだ? これはチャンスなんだぞ? 恐らくもう二度と来ない幸せを掴む好機だ。何故自分に素直にならない」

日向「素直さ。いい歳して駄々っ子のように周りに迷惑をかける貴様が気持ち悪い。だから私はお前の提案を受けてやらない」

大妖精「お前だけの一存で決められる問題じゃ無いだろう! 今すぐ司令部と連絡をとれ! 他にも多くの艦娘が私と同じように傷ついている筈だ!」

日向「お断りだ」

大妖精「お前があちらの領域でどういう夢を見たかは知らないが、その喜びに触れることも出来なかった不幸な艦娘たちも大勢居るんだぞ! そいつらは私の提案を受けるに決まっている!」

日向「だろうな。だから余計お断りだ」

大妖精「……まさかお前、『思い人が残してくれた世界を守るんだ』なんて思ってるわけじゃ無いだろうな」

日向「私が守りたいのは彼との思い出だけじゃない」

大妖精「だったら何を守る!? もう一度その男と会いたくないのか!?」

日向「会いたいさ。切実にな。恐らく彼も自身の復活を望みながら息絶えただろう」

大妖精「ならば!」

日向「これは復活を望むほどに愛してくれていた、というだけの惚気話だよ。それに今の私は彼と会う以上に希望を守りたいと思っている」

日向「お前の言う理想はただの毒だ。受け入れてしまえば彼が示してくれた可能性も、私たちの未来も、何もかもを台無しにする」

日向「一年前の私なら、迷わずお前の提案に乗っていた。だが、今はもう駄目さ」

日向「苦しみの無い世界に喜びなど存在しない。私たちは一度きりの、この有限な世界で積み重ねてきた自分自身の存在を背負って生きるべきだ。……例えどのような結果になろうとも、な」

大妖精「旧弊で無意味な価値観に縛られて、目の前に広がろうとする無限の幸福への扉を閉じるというのか!? 愚かな!!! 自分だけ夢の蜜にありつき他の者の幸せになる機会を自らのエゴで奪おうというのか!?」

日向「……無限の幸福も無限の不幸も存在しないものだぞ」

大妖精「黙れ! 屁理屈を言うな! お前こそ自己中心の権化のような存在ではないか! この世界だけでなく別の世界で幸せに生きた、そんな奴に何故私を貶める権利がある!」

日向「その通りだな。実に耳が痛い。だが権利あろうが無かろうが、私は蛇のように貴様を忌み嫌うさ」

大妖精「いいか、よく聞け! 確かに私は信用出来ないかもしれないが、私の技術は本当に確かなものだ。お前が素直に協力しさえすれば記憶の引き継ぎも、死んだ当時の身体の再現もスムーズに行くだろう。恐れるのは普通の反応だと理解できる! これは余りに魅力的過ぎる提案だからな。革新的な発想が大衆から忌み嫌われるのは人の歴史の常識だ!」

日向「……」

大妖精「新しい時代が来るんだぞ! 死という限界に縛られず、我々は終わりをも超越して、それぞれがそれぞれに幸せになれる道を探せば良いじゃないか! その世界に争いなんか無い! する必要がないからな! 何が不満なんだ!! 反対すべき要素なんて何一つ見つからない!」


大妖精「教えてくれ艦娘、お前は一体何を拒んでいるんだ……?」


日向「聞くだけ無駄だよ。この気持ちを今の貴様とは絶対に分かち合えない」

大妖精「エゴイストめ!」

日向「それを貴様に言われるか」ハァ


日向「私は私が関わる誰もを幸せに出来るとは言わない。そのようなことは、自惚れた思い上がりでしか無い」

日向「だが、それでも誰かを幸せにするために残りの命は使いたい」

日向「人は、自分がされたように他人に施す。私は彼がしてくれたように、この幸せを誰かに分けて、そいつと一緒に馬鹿みたいに笑い合いたい」

日向「そんな風に生きていたい。……今はそう思うんだ」

大妖精「自己満足の偽善でしか無い! それでは全ての者を幸せにすることなど出来ない!!!!」

日向「確かに自己満足だが偽善ではないさ。そもそも全ての者を幸せにする義務など、私には無いんだからな。あはははは、鍵が私のような捻くれ者とはお前もツイてない」ケラケラ

大妖精「~~~~~~ッ!!!」


大妖精「何をどうすれば受け入れてくれるんだ」

日向「自分の目的を遂行するためなら見下している艦娘にも媚びへつらう」

大妖精「何が駄目だったんだ……」

日向「きっとこの後に来るのは思い通りにならない怒りだろうな」

大妖精「……」


日向「一つ私の知っている確実なことを教えてやる。仮に死を超越したとしても、貴様は平和や幸せとは無縁の暮らしをするだろう」

大妖精「…………」

日向「貴様の中の存在区別は分かりやすく得やすい反面、一生不安に付きまとわれる。味方がいつ敵にまわるか怖くてしょうがない。永遠に生きるつもりかも知れないが自分本位でしか愛せないお前のところに残る娘はどれ程だろうな」

大妖精「憶測に過ぎん」

日向「貴様の作った第五位が人間の男に恋をしているのを知っているか」

大妖精「なに……?」

日向「陸軍の元兵士だ。これまたどうしようもない男を好きになった女の鑑だと海洋連合ではもっぱらの評判なんだが、知らないだろうな」

大妖精「に、人間と恋など……有り得ん!!」

日向「本当だよ。ほら、その顔。鳥を愛すように娘を愛している狭量な貴様にはもう許せない」

大妖精「……」

日向「本当に娘たちに幸せになって欲しいなら許すべきなのにな」

大妖精「……お前たちのせいか」

日向「お前が作ったからと言っていつまでも従順な存在でいる筈もない。分身として生み出されたとしてもそれはお前自身じゃない。意思を持たせたのなら覚悟しておくべきだった」

大妖精「海洋連合などという愚かしい場所に住むのを私が許容してしまったから……」ワナワナ


日向「ペットのような存在が自分の思い通りに動かず苛立つ、か。こちら側の妖精が何故艦娘を対等な存在として扱ってくれるか、貴様には永遠に近い年月をかけないと理解出来ないよ」

大妖精「絶対に問い詰めてやめさせてやる……人間と私の娘が釣り合うわけが……」ブツブツ

日向「今までも、こうして諫言をする者の声を都合良く忘れてきたんだろう」

日向「改めて、何度だって言ってやる」

日向「自分のことしか分かろうとしない貴様が語る平和や幸せの薄っぺらさにはほとほと呆れ返る。戦争が無いというだけの平和、自分以外誰も巻き込まない自分だけにとっての幸せ、そいつらが長続きするわけが無い」

日向「貴様にとっての束の間の平和と幸せの果てに、貴様は人だけでなく他の全ての存在を憎むようになり再び戦いを始めるだろう」

大妖精「……さっきから何を言っている」

日向「仮に私が提案を受け入れた先で起こるであろう未来の話だな」

大妖精「受け入れる気は無いんだな」

日向「ああ、それが分かれば十分さ。私は提案を受けない。ここで貴様を殺して戦争を終わらせる」

大妖精「それは無理だ」

日向「へぇ、戦いに自信があるのか」



大妖精「少し私を舐め過ぎじゃないかな。深海棲艦を作ったのは……私だぞ?」



昼 海洋連合 集結地点


加賀「五航戦、無事だったのね」

瑞鶴「加賀さんもね……」

翔鶴「私たちは距離を取っていて助かりました」

加賀「ブインと同じものだと思う?」

翔鶴「間違いなく」

加賀「だとしたら厄介ね」


皐月「お~い! みんな~」

文月「お~い!」


瑞鶴「皐月さん! 文月さん!」

翔鶴「ご無事で何よりです」

皐月「良かった。他の皆は?」

加賀「分からないわ。全体でもこれだけしか集まってないの」



後退後の集結地点の賑わいは、とても艦娘全体が集まったものとは信じられなかった。



皐月「……そっか。ごめん。変なこと聞いちゃったね」

瑞鶴「……」

翔鶴「瑞鶴、姉として命令します。何か面白いことしなさい」

加賀「白いの、困ったからといって無茶振りはやめなさい」

翔鶴「はい」

タ級改「もし、少しよろしいですか」

瑞鶴「あ、姫ちゃんの側近さんじゃん」

タ級改「お尋ねしたいことがあるのですが」

~~~~~~

タ級改「ひ、日向はハワイィ!?」

翔鶴「はい。単独強襲の為……と表現すれば良いのでしょうか」

タ級改「あわわわわ」

瑞鶴「ハワイだとなんかマズかった……?」

タ級改「いや、その、この戦闘の目的が日向の確保なんじゃないか~って第七位様がおっしゃっていて」

翔鶴「あんな雌豚……失礼、日向目当てでトラックへ来るなんて」

瑞鶴「悪口なのかギャグなのか」

タ級改「だから前線へ出さず急いで後ろへ隠せと言付かっています」

加賀「前線どころか敵の最中ね」

翔鶴「無事であればハワイ沖から連絡が来る筈ですが」

タ級改「とりあえず、姫様たちにもお知らせしておきますね……」


昼 海洋連合 トラック第一次防衛ライン


夕暮れが近づき海が茜に染まる中、戦場に新たな局面が生成されようとしていた。


空母棲姫「……」スゥ


自ら直接交信可能な圏域へと赴き一つ大きく息を吸い込むと、第八位は全ての深海棲艦へ語りかけた。

それは姫にのみ許された行為である。

深海棲艦にとっての全周波数に向けオープンで放たれ、物理の壁を超えて喋る者と聞く者の距離をゼロとする。

近隣海域全ての深海棲艦の脳内に彼女の言葉は届いていく。


空母棲姫<<我が同胞よ、私は序列第八位。これは第五位、第六位、第七位そしてその配下の者たちへ向けての最終勧告となる、心して聞きなさい>>


飛行場姫「この声……」


空母棲姫<<貴女たちがしているのは我々の理に対する重大な反逆行為です。今すぐ妨害活動を中止しなさい>>


離島棲鬼「……」クスクス


空母棲姫<<創造主様は現状を、貴女たちの行為を悲しんでいらっしゃるわ。人と艦娘に騙されたとは言え味方同士で砲火を交えるなど愚かしいことこの上ない>>


中間棲姫「……扉に手を出しておいて、愚かしいのはどちらですか」


空母棲姫<<再びこちら側へ戻るのであれば、当戦闘における反逆行為には目を瞑る……と大妖精様はおっしゃっている>>


港湾棲姫「…………」


空母棲姫<<創造主様の御意志は直属の姫の命令よりも何よりも優先すべきものである>>


レ級改「ケッ。アホくさ」


空母棲姫<<自らの道を取り戻し、求められる正常への回帰を望む者は即座に戦闘を停止し目の前で相対する同胞の行軍を援護せよ>>


ヲ級改「正常ねぇ~?」


空母棲姫<<裏切りの姫たちよ、私たちは深海棲艦でありお父様の娘なのよ。お父様の行動を妨げ挫こうとする、これ以上の親不孝は無いと思うのだけれど>>


飛行場姫<<人間や艦娘は滅ぼすべきじゃない!>>


空母棲姫<<強制介入とは無粋だけど……しばらくぶりね、元気だったかしら>>


飛行場姫<<どうしてそこまで人や艦娘を憎むんだ!?>>


空母棲姫<<使命だから>>


飛行場姫<<使命はきっと変えられる! 私たちだって変われるよ!!>>


空母棲姫<<洗脳されると客観的な意見が言えなくなると言うけれど本当みたいね>


港湾棲姫<<……私たちは洗脳などされていない>>


空母棲姫<<これは第六位。貴女は脅されて無理矢理連れて来られたのでは無いの?>>


港湾棲姫<<……お父様は何故このタイミングで海洋連合を攻める>>


空母棲姫<<お父様が、大妖精様がそうお決めになられたからよ>>


港湾棲姫<<……その後ろにある目的が知りたかった。貴女はそれを知っている、けれど教えてくれないのか?>>


空母棲姫<<ええ知っていますとも。でも関係無いわ。私たちは言われたことをすれば良いのだから>>


港湾棲姫<<……八位>>


空母棲姫<<何かしら>>


港湾棲姫<<……第三位はどうした。何故お前が全体の指揮をとっている>>


空母棲姫<<艦娘に殺されたわ。それに元々私が指揮官よ>>


港湾棲姫<<……そうか。死んでしまったのか>>


飛行場姫<<姉ちゃんが死んだのか!?>>


空母棲姫<<貴女のせいよ>>




飛行場姫「へ?」




空母棲姫<<貴女が裏切りさえしなければ第三位が死ぬことは無かった>>



離島棲鬼「確かにその通りではありますが、少し誤解を招きそうな言い方ですわね」ケラケラ



空母棲姫<<第三位が死んで良かっじゃない。今心底嬉しいのでしょう>>


飛行場姫<<う、嬉しいわけ無いだろ!?>>


空母棲姫<<今も容赦なく同胞を殺す貴女には嬉しいはずよ>>


空母棲姫<<敵を守り味方を殺す、これが貴女のしたかったことだもの。嬉しくないわけがない>>


飛行場姫<<私は……そんなつもりじゃあ…………>>


空母棲姫<<なら今すぐ妨害行為を止めるよう命令を下しなさい>>


飛行場姫<<そしたらオマエら艦娘と人間を殺すんだろ>>


空母棲姫<<ええ。そうするために生きているのだから>>


飛行場姫<<そんなの駄目に決まってる!>>


空母棲姫<<第五位配下の同胞よ、聞きなさい。この者は敵と通じ正常な判断が出来ずに居る。忠誠にも値しない出来損ないよ>>


空母棲姫<<大妖精様の意思の代行者として創造主の名において命じます。『道を開けなさい』>>



レ級改「姫様、頼むから、お願いだから、返事に淀むなよ……下の連中はそういうのに敏感なんだからな……」




飛行場姫<<私は…………>>



レ級改「~~~~~ッッ!!!! バカヤローがぁぁぁぁ!!」



第三位を実の姉と想うが故、生来の素直さが悪い方向に出たと言うべきだろか。

その質問は姫の序列を元に構成されていた連合側の深海棲艦の指揮系統がどうなるかまで見越しての行動だったのだろうか。


第八位の思惑はどうあれ結果は一つだった。

飛行場姫側の下位種が大妖精側へと寝返るという結果へと帰結した。



離島棲鬼「お見事ですわ第八位様」クスクス



深海棲艦を味方と戦わせるという無茶が通ったのも第五位の姫という権威があったからこその荒業だった。

人間を守ることが長期的に見れば深海棲艦にとっての利益、ひいては大妖精の利益に繋がるという言説を展開した第五位の元に集った集団はその提唱者が自らの示した道に迷いを持った瞬間に瓦解した。

一言でも迷ってはいけなかった。

下位種の深海棲艦らは知能が低くとも発された言葉の中の強さ弱さ、迷いを敏感に感じ取る。

例え虚勢だとしてもこの場においては張り通す必要があった。


タ級改「目の前の敵を倒しなさい!」

リ級「やなこった」

タ級改「私の言うことが聞けないのか!」

リ級「……」



羅針盤により構成された防衛線が突破されていく。



レ級改「……」

レ級「どうすんだよ~アニキ。五位の馬鹿にまだついてくんすか?」

レ級改「黙れ」

レ級「へ?」

レ級改「つべこべ言わず目の前の敵を潰せ。じゃないとお前の中身ぶち撒けるからな」


ごく稀な一部を除き消極的サボタージュ、もしくはあるべき場所への復帰が行われた。

復帰とはつまり、先ほどまで艦娘と人間の味方として彼らの暮らし彼らを守っていた存在が逆に牙を剥いたということだ。

人間に飼い慣らされた野生動物がある時自らの内にある本性に気づき本能の赴くままに行動するかのように。

人間と艦娘と深海棲艦の暮らした時間、彼らはあの平和だった日々は幻想であると叫ばんばかりに海を駆け獲物を求め疾走する。


中間棲姫「彼女は深海棲艦としては……優しくなりすぎたのよね」

中間棲姫「はい。でもそういう所もお好きでしょう?」

中間棲姫「そうね~。前も言ったけど私、弱い側の味方だから」

中間棲姫「はいはい」クスクス

グラーフ「ワフワフ!」ベロベロ

中間棲姫「ちょっとグラーフ! 舐めないでってば!」

中間棲姫「私は貴女が一番甘いと思うんですけどね」

グラーフ「ワフゥ~ン」

中間棲姫「で、このまま戦い続けても結果は変わらないと思うけど」

中間棲姫「……そうですね。私一人が頑張ったところで流れを変えられそうにありませんね」

グラーフ「ワフ」

中間棲姫「いいえグラーフ。あの平和だった日々は嘘なんかじゃ無いですよ」

グラーフ「ワフ?」

中間済姫「永遠に続かないからこそ必死に守る意味があるんです」




港湾棲姫「……トラックは落ちた」

ヲ級改「……残念ですけど。そうですね」

北方棲姫「ど、どうするの?」

港湾棲姫「……まだラバウルとブインが残っている。滅びまでの時間を引き伸ばすことは可能」

港湾棲姫「……九位は相手にされてないので、側近と一緒に離脱すべき。ウナラスカへ帰った方がいい」

北方棲姫「相手にされてない!?」

ヲ級改「いやいや。第六位様も帰った方が良いんじゃないですか? 今なら責任問われることも無いと思いますし」

港湾棲姫「……私は引き上げたらその後で確実に殺される」ガクブルガクブル

ヲ級改「いや~なんかほんともう」タハハ

港湾棲姫「……それに」

ヲ級改「それに?」

港湾棲姫「……第五位は私の姉でもある。……今回の八位のやり方も気に食わない」

北方棲姫「そだよ! 私も絶対帰ったりなんかしないんだからね!」

ル級改「むぅ、姫様がそうおっしゃるのなら戦いますが」

ヲ級改「……ありがとうございます」

港湾棲姫「……礼はいい。ひとまず連合の撤退を支援しよう」


昼 海洋連合 『土佐』艦上臨時総司令部


長月「……」

嶋田「……」

茶色妖精「……」

夕張D「敵攻撃艦隊、羅針盤による防衛線を突破していきます。橋頭堡も確保されました」

夕張F「海上において赤の煙弾を確認。姫からの総員撤退の具申と思われます」

長月「ここまで、ですか」

嶋田「一日も保たんとは存外に脆かったな」

茶色妖精「し、嶋田殿!」


長月「日向からの連絡は」

夕張D「……未だ確認出来ません」

長月「敵橋頭堡破壊の試みは不要だ。トラック防衛線とトラック泊地を完全に放棄する。全軍、ラバウルに向け全速力で撤退しろ」

嶋田「殿は航空支援で時間を稼げ。艦載機は全部使い切って構わん。落とされた妖精はラバウルまで泳いで来い。間違えてトラックやハワイなんかへ行くんじゃないぞ」

夕張「代表、トラック司令部から入電です」

長月「どうした」

夕張「『ワレテッタイノヨリョクナシ、ゼングンノテッタイヲシエンスル』」

長月「ふざけるな! トラックの連中も可能な限り撤退しろ! これは命令だ!」

嶋田「……今の命令は取り消しだ。飛行場にあるジェットに関する機密を全て処分するように言っておけ」

長月「嶋田さん!」

嶋田「今この場において君の心情は必要ない」

長月「でもこのままじゃトラックは孤立して……」

嶋田「トラックの司令官は俺の後輩だ。全部分かって言っている」

夕張D「…………」

夕張D「追伸が来ました」

長月「なんと」

夕張D「『スウコウナルイシノフメツヲシンズ』」

長月「そんなもの」

嶋田「あいつも分かっている。無駄にするな」

長月「……土佐を下げます」

嶋田「おう」


中間棲姫<<大妖精は鍵が欲しいのでしょう>>


空母棲姫<<…………第七位、私たちは個人交信するほど仲が良かったかしら>>


中間棲姫<<八位、もし仮に鍵が手に入ったとしても扉を開いては駄目です。流れこむ存在の力に世界の容量が耐えることが出来ない。一週間もすれば自然に崩壊を始めるでしょう>>


空母棲姫<<崩壊……?>>


中間棲姫<<因果律に触れる意味について少しも考えなかったのですか>>


空母棲姫<<そんな嘘を今更信じるとでも>>


中間棲姫<<滅びるその時まで自らの愚かしさを理解出来ないなど、忌み嫌うべき人間の所業だと思いますが>>


空母棲姫<<戻る気は無いの>>


中間棲姫<<貴女がこっちへ来るのよ。大妖精を止められるとすれば実の娘である貴女たちしか居ないわ>>


空母棲姫<<ふざけないで>>


中間棲姫<<立場に流されず自分の心で判断しなさい>>


空母棲姫<<元艦娘の貴女にはこの重荷は分からないわよ>>


中間棲姫<<貴女は本当にそれでいいの>>


空母棲姫<<……皆には今の私がそんな不満に見えるのかしら>>


中間棲姫<<そうですね。心に従い生きている者には分かるんですよ>>


空母棲姫<<戯言を>>


中間棲姫<<どの口が?>>


空母棲姫<<……さよなら>>


夕方 海洋連合 トラック泊地司令部


司令部当直員A「橋頭堡から物凄い数の深海棲艦が流れ込んできます。うるさいんで電探切っても良いですか?」

トラック司令「もう少ししたら切っていいぞ。それで動きはどうだ」

司令部当直員B「トラック泊地を包囲する形で展開しようとしている模様。既に半包囲に近い形が――――」

トラック司令「撤退する部隊を追いかけているかと聞いているんだが」

司令部当直員C「いえ、まずはトラックを潰す目論見のようです」

トラック司令「それが良かった。逃げたい奴は逃げていいからな」


司令部当直員B「はいはい了解。伝えておきますね。誰も逃げないと思いますけど」

トラック司令「滅びの美徳を教えこんだつもりは無いんだが……。お前たちにも迷惑をかける」

司令部当直員C「いやいや。アンタに美徳教えられたわけじゃなくてさ。ここの奴らは皆、南国暮らしを充分楽しんだんだよ」

司令部当直員A「俺はもうちょっと遊んどけば良かった」

トラック司令「だからあれほど女を買っておけと……」

司令部当直員A「うっせぇクソ司令」

トラック司令「へっへっへ。向こうでも一緒なら僕が地獄の風俗街に連れてってやるよ」

司令部当直員C「嬢は鬼しか居なくて鬼だけに値段も鬼高いってか」ケラケラ

司令部当直員B「バーカ」ケタケタ

司令部当直員A「地獄行きは確定かよ~俺悪いことしてね~ぜ~」

トラック司令「してるよ。あれだけ艦娘いじめて天国に行こうなんて虫が良すぎる」

司令部当直員C「ちょっと気持よくしてされてあげてもらっただけなのに……」

司令部当直員A「死ね」

司令部当直員B「くたばれカス」

トラック司令「日本語で喋れ。あと地獄でも殺されちまえ」

司令部当直員C「冗談に決まってんだろ! さっさと自爆プログラム起動させろ! このアホ司令が!」


夜 海洋連合 トラック-ラバウル中間海域


敗軍の徒は一路南へと下っていく。撤退は秩序立ち目立った混乱もなく順調に進んでいた。


太眉妖精「ジェットD編隊より総司令部へ、警戒任務より帰投した。着艦を求める」

夕張F「任務お疲れ様です。空母瑞鶴への着艦を許可します」

太眉妖精「加賀や雲龍、蒼龍は駄目か」

夕張F「バストが無くたって空母は空母ですよ。では瑞鶴に引き継ぎます」

太眉妖精「あいあい。我慢するよ」


瑞鶴「D編隊のみんなお疲れ様! 補給と休憩済ませちゃって!」

太眉妖精「よろしく頼む。ん、おい馬鹿女。甲板の光学着艦装置が起動してないぞ」

瑞鶴「あーごめん。貧乳だから気付かなかったわ~」

太眉妖精「もしかして聞いてたか?」

瑞鶴「うん」

太眉妖精「機嫌直せや」

瑞鶴「まず謝りなさいよ」


~~~~~~

先ほど着艦した搭乗員妖精が瑞鶴の肩の上へと姿を見せた。

太眉妖精「よっこらしょっと」

瑞鶴「お疲れ様」プニプニ


太眉妖精「コノヤロ、男のほっぺた触るんじゃねぇ。……正規空母ともなると流石の収容力だな。見た目はつるぺたでも中は意外に快適だ」

瑞鶴「まだ言うかこいつ。まぁいいや。今の内に補給済ませといてね」

太眉妖精「燃料くらいしか消費して無いけどな」

瑞鶴「敵はこっちを追ってきてないの?」

太眉妖精「ああ。どうもトラックに夢中になってる」

瑞鶴「トラックはどう?」

太眉妖精「言っていいのか」

瑞鶴「怖いけどね」

太眉妖精「好奇心ならやめときな。多分、お前さんの思ってる通りさ」

瑞鶴「……せめて苦しまずに逝けると良いね」

太眉妖精「ほう。殊勝な心持ちじゃねぇか」

瑞鶴「あのね隊長さん、これでも私歴戦の空母なんですけど?」

太眉妖精「わはは! すまんすまん。俺から見れば乳の無い小娘だからよ」


瑞鶴「はいもうアウト」クイッ


太眉妖精「わ、馬鹿! やめろ! そんな摘み方で俺を持ち上げるな!!!」

瑞鶴「トラックがどうなってたか教えてくれたら放してもいいよ」プーラプーラ

翔鶴「こら! 搭乗員さんに何をしてるんですか!」

瑞鶴「ちょっちおしおき~」

太眉妖精「分かった! 話す! 話すから~!」

瑞鶴「それで良し」ニヤッ


~~~~~~

太眉妖精「ったく妖精を脅すとはなんて破廉恥な空母だ」

瑞鶴「運が悪かったと諦めな~」

太眉妖精「俺も近くに行って確認したわけじゃないからな」

瑞鶴「うん」

太眉妖精「夏島も月曜島も全部燃えていた」

瑞鶴「……」

太眉妖精「各島を包囲して砲撃してるんだろうな、砲撃のフラッシュが円環状に出てたよ」

瑞鶴「そっか」

太眉妖精「あれじゃ人間はもう殆ど生き残って無い。……もっと詳しいことは泳いで帰ってくる妖精に聞けよ」

瑞鶴「その点妖精さんは良いよね。撃墜されても死なないし」

太眉妖精「それがそうでもねぇんだよ」

瑞鶴「どうして? 妖精は道具では殺せないんでしょ。なら」

太眉妖精「妖精が妖精を殺すなんて滅多に無いんだが……」

瑞鶴「でしょ。ならいいじゃん」

太眉妖精「物質転換だか変換だかって装置ってあるだろ。捕まってあれに入れられても死ぬんだよな」

瑞鶴「うげっ、アレには入れられたくないなぁ」

太眉妖精「他の物に変えられちゃ流石の俺らも生きちゃいられんわな。装置に入ったことのある奴の話だと自分が電子レベルで変化していくのが分かるらしいぞ」

瑞鶴「入ったことがある奴、ってその子もう生きてないでしょ」

太眉妖精「…………確かにそうだな。くそっ、あの野郎俺を担ぎやがったな!」

瑞鶴「あなたくらい単純な方が色々楽しそうだね」ケラケラ

太眉妖精「馬鹿にしてんのかこの野郎」プンプン

瑞鶴「べっつに~?」

太眉妖精「ちなみに艦娘を生きたまま焼却炉に入れればどうなるんだ? 燃えるのかお前ら」

瑞鶴「知らないわよ。私だって入ったこと無いし」

太眉妖精「ナノマシンだから人間と同じように死ねるわけも無いしな~……。う~ん瑞鶴、今度お前で試してみるか!」

瑞鶴「やだよそんなの」

太眉妖精「がっはっは!」


夜 海洋連合 トラック-ラバウル間海域


前線に展開した連合側の深海棲艦部隊も艦娘と共に撤退を続けていた。



飛行場姫「……」

レ級改「……まー元気出せって! なー姫様よ!」バシバシ

飛行場姫「ウォイッイデェェ!? 何すんだコノヤロ!」

タ級改「その通り! 沈んで浮かんで、それがフネというものです」フフン

飛行場姫「いや、それよくワカンネーぞ」

ヲ級改「ウケる」ゲラゲラ

タ級改「うぅ……」

レ級改「雑魚の下っ端に逃げられちまったが、残った奴らは数が少なくても忠誠心は本物だ! オレが保証する。思う存分戦おうや!」ケラケラ

港湾棲姫「……重巡以下は全て原隊に復帰。生還した知恵のある大型艦は航空戦艦26、正規空母9、のみ。これだけの残存戦力でどこまで戦えると言うのか」


レ級改「犯すぞクソアマ」


港湾棲姫「…………」ガタガタガタガタ

ヲ級改「こら、やめなよ」

レ級改「ウチの姫様がしくじったのは認めるけどよー? テメーがあの時広域交信で色々フォローしときゃこんな事態にはならなかったんじゃねーですかー?」モミモミ

港湾棲姫「……っ! わた、しが言ってもっ!! む、無駄」

レ級改「あー? んでだよコラ」モミモミ


港湾棲姫「……や……めろっ!」バシッ


レ級改「ってーなー」

港湾棲姫「……私は第五位よりも序列が低い。だから言ったって意味が無い」

レ級改「……」

港湾棲姫「……お前だってそれくらい理解している筈だ」

レ級改「…………分かってたって言いたいことくらいあるんだよ」

港湾棲姫「……すまない」

レ級改「謝んじゃねぇ! クソが!!」

港湾棲姫「……怒ったってどうしようもない」

レ級改「……あっそ」


北方棲姫「な、七位のお姉ちゃんは?」

タ級改「トラック部隊の撤退支援だそうです」

レ級改「トラック部隊つったってもう包囲されてるんだから間に合わねぇだろ」

タ級改「それ以上は私も知りません。さ、姫様。一刻も早くラバウルへ向かいましょう」

飛行場姫「……うん。そだな」


飛行場姫(七位の気配を全然感じない。もしかしてトラックまで戻ってるんじゃ……)

飛行場姫(まぁアイツは戦いも強いし。大丈夫だろ。人間と一緒にひょっこり帰ってくるよな)


飛行場姫「くるよな……?」


夜 海洋連合 トラック泊地環礁内


全ての島が荼毘に付されたかの如く燃えていた。

トラック司令部の置かれた夏島も例外ではなく徹底した近接砲撃を受けていた。

ささやかと言う他無い人間の抵抗排除のための深海棲艦による砲撃である。


駆逐棲姫「鬱陶しい陸側からの砲撃もほぼ無くなりましたね。順調なのは実に結構です」

駆逐棲姫「でも汚い人間は最後の一人が消えるまで砲撃を続行するです」


中間棲姫「こんばんは。良い月夜ね」


駆逐棲姫「こんばんは。ええ、そのお陰で砲撃も――――って第七位じゃないですか!?」

中間棲姫「砲撃に集中して索敵を疎かにしては駄目。お姉さんとの来世での約束ね?」

駆逐棲姫「ほ、砲雷撃をこの人に!!」

中間棲姫「もう遅いわよ。リンク開始」

グラーフ「ワフ!」


中間棲姫「……あぁ、力が湧き上がってくる」

中間棲姫「本当にいい夜ね」




中間棲姫「今なら月だって落とせそう」クスクス




夜 海洋連合 トラック泊地近海


空母水鬼「……! 姫様」

空母棲姫「分かってるわ。この気配は第七位ね。お願いしてた対応準備は出来てるかしら?」

空母水鬼「うん。艦載機をありったけ」

空母棲姫「なら良いわ。行きましょうか」

空母水鬼「第七位の艤装は危険だよ?」

空母棲姫「確かに第七位の艦娘としての戦闘経験、情報処理ポテンシャルは侮れない」

空母水鬼「だったら前線へ出なくったって――――」

空母棲姫「でもだからって無敵なわけじゃない。殺せるわ」

空母水鬼「…………シワ」チョイチョイ


空母棲姫「……」ゴシゴシ


空母水鬼「不安なら逃げても良いんだよ」

空母棲姫「私は壁を乗り越えて完璧な兵器になる」

空母水鬼「後悔しないの?」

空母棲姫「きっとしないわ」

空母水鬼「……それなら私も手伝うね」

空母棲姫「そう。じゃあ行くわよ副将さん」

空母水鬼「うん!」


夜 ハワイ 神姫楼


日向「う……ぁ……む?」

大妖精「気がついたかね。少し身体を見せて貰ったよ」

日向「この拘束具は……まぁつまりそういうことだよな」

大妖精「そうだ。君は私に捕まった」

日向「そちら側のマスターコードで強制停止なんて反則だろ。まるで神様だ」

大妖精「深海棲艦にとって私は神同然だ」

日向「うーむ。強襲はいい案だと思ってたんだが」

大妖精「健闘したとは思うぞ」

日向「ならこの拘束を解いてくれ」

大妖精「冗談を言う元気があるのなら今からでも私の誘いに乗ってくれないか」

日向「お断りする。私こそ貴様に改心を進める」

大妖精「私がどのように改心すると言うんだ」

日向「目の前の現実から逃げるべきじゃない」

大妖精「娘たちが戻り次第、君の深海棲艦としての意識を今一度覚醒させる。それまで君には眠っていて貰うよ。この人格で私と会うことももうほぼ無いだろうから言いたいことがあれば今の内に言っておきたまえ」

日向「実はお前に一つ言ってないことがある」

大妖精「何かね」

日向「先程は罵倒しまくったが以前の私は不本意にも貴様と全く同じだった」

大妖精「ほう、私と君が」

日向「盲目に自分の幸せを追い求めていた。その先にあるのが虚無であるとも知らずにな」

大妖精「虚無、ね。君は私にとっての先達だと?」

日向「違う……いや、同じか。ただ私には不器用にも正面からぶつかることしか出来ない仲間たちと実直で性欲の強い男が側に居てくれたんだ」

大妖精「……」

日向「彼は私のことを大事にしてくれていた。仲間の皆殺しを企む私を説得しようとした時の彼の目ときたら痺れたよ。心中を望めば二つ返事で肯定しそうな目、と言っても分からないよな」

日向「もしそんな目を知っているのなら……お前はこんなことしないからな」

大妖精「話はそれで終わりか」

日向「いや、あるいは今までのお前には見えていなかっただけかもしれん」

大妖精「…………」


日向「律儀に聞いてくれなくても良いんだぞ。まったく、そういうところが変に妖精らしくて憎めないんだよな」

大妖精「遺言くらいは聞いてやらなくてはな」

日向「うん。そうか。そうだな。……なら私は少しお前を信じてみることにするよ」

大妖精「私の慈悲を?」

日向「おいおい。ここまで聞いてそれは無いだろう。お前の改心を、だよ」

大妖精「……フヒッ」

日向「うーむ。嫌な笑い方だな」

大妖精「改心など絶対に無い」

日向「絶対など存在しないと何度も言っている。お前を救ってくれる存在は存外近くに居るものだぞ。話はこれで終わりだ。聞いてくれてありがとう大妖精様」

大妖精「嫌味を言わないのも逆に不気味なものだな」

日向「不気味で皮肉屋だとよく言われるよ。こんな分かりやすくて素直な奴は他に居ないと思うんだがな」

大妖精「そうか。ではな。また起こすからそれまで夢でも見ていたまえ。次起きた時に人格は深海棲艦か君か、私にも分からんが」

日向「ちなみに大妖精様というのは皮肉なんだが届いていなかったか?」

大妖精「……自分で解説するやつがあるか。おやすみ日向君」

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