神崎蘭子「夢現の狭間を揺蕩って」 (13)

・モバマス神崎蘭子のSSです

・地の文多めというかほぼ地の文

・何かコレジャナイ感

・拙い熊本弁

などなど気になる要素は多いかもしれませんが、よろしければおつきあいください。

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あれから一体、どれほどの年月が流れただろうか。
数えるのをやめてから、随分と経った気がする。
何度目かはもう忘れてしまったけれど、それでも忘れられない日がある。
あの人と出会った日、あの人と心の通じ合った日。
そして――今日、この日だ。
漆黒の衣に身を包んだ私は、あの場所へと向かう。
忘れられない今日という日を象徴する場所へと。

「煩わしい太陽ね!」
事務所の扉をくぐり、挨拶を交わす。
アイドルになった私の日常。
それはとても輝かしいもので、私の人生を一変させてしまった。
もちろん最初から順調だったわけではないけれど……
「ククク…黄泉の泉への誘いか。ならば我が魔翌力、分け与えようぞ!」
私の強がりは、普通なら受け入れられることのないものだっただろう。
けれどここには、そんな私を受け入れてくれる人がたくさん居て。
こんな私を理解してくれようとしてくれる人がたくさん居て。
ここに至るために私は生まれて来たのだと、本気で思ったものだった。

静けさの中に、私の足音だけが響く。
時折吹き抜ける風が頬を撫でるのが、妙に心地良かった。
陽光は黒衣を纏う私に容赦なく照り付けるけれど、それは決して不快なものではなく。
風と木々が奏でる柔らかな演奏会の中、私は平穏を実感する。
穏やかな空間に、ゆったりと流れる時間。
綺羅びやかな世界を目まぐるしく駆け回った日々に思いを馳せる。
目を閉じればいくつもの思い出が蘇る。
それはまるで昨日のことのように――

空の青と雲の白が燃え上がる。
私の熱を帯びた頬も、夕日の赤に染まっているのだろう。
「わ、我が真実の友よ…っ!我が裡に秘められし魂の呪禁を刻め…」
意を決した私は、彼と向き合う。
心臓の早鐘は痛いほどに私を打ち付ける。
鼓動の音が耳の内側を支配する。
ひょっとしたら、この音は彼の耳にまで届いているのではないだろうか。
そんな考えが脳裏を過ると、ますます顔が上気して行くのが分かった。
心が、折れそうになる。
でも、ここで負けるわけには行かないから……
私は、私は――

木陰の道をゆっくりと進んで行く。
木漏れ日の眩しさに目を細める。
先程まで浴びていた陽光と同じものなのに、状況が変わると随分と違って見える。
本質は同じものであっても、通すフィルターによって見え方は変わってしまう。
今この状況を、時間というフィルターを通してあの頃の私が見たら何を思うだろうか。
今の私と、あの頃の私。
同じものを見ても、きっと違うことを考える。私と、私。
一体、何がどう変わったのだろうか。
私の瞳に私の背中は映らないから、きっと答えは出ないのだろう。
ふと、こんな取り留めもないことを考えるのが好きな友人のことが思い浮かんで、少し楽しくなった。

時間は障壁として、私の前に立ち塞がった。
「真なる魂の調べならば、悠久の刻をも超えてみせようぞ!」
彼の想いは真摯で、優しくて。
そして正しいものであった。
私のそれはどうだっただろうか。
今にして思えば、それは欲望に近いものだったような気がする。
私を見て欲しい。私をわかって欲しい。
私とずっと、一緒にいて欲しい。
彼の正しさを、若さを盾にした猛進で突破しようとする。
困り果てた彼は、第二の障壁を私に突き付けた。
プロデューサーとアイドル。
とても単純な、立場という壁。とてもとても、高い壁。
「ならば!ならばこの身は…っ!」
この先を口にする勇気は、私にはなかった。
「……この身は、天界を駆ける聖魔の翼。そう、汝の「瞳」に黄金郷を刻む導にして連理の枝…」
口にすれば、彼が悲しむのは火を見るよりも明らかなことで。
それは私にはとても耐えきれるものではなくて。
だから私は、折れるしかなかった。
こういうのは、先に惚れた方の負けなのだろう。
けれど私は諦めなかった――火の国の女は強いのだ。

砂利を踏み分け、目的地に辿り着く。
ここが彼の眠る場所だと示す、無機質な印。
その石を丁寧に磨き、殺風景なそこに花を添える。
静かに眠る彼に、心で呼びかける。
ねぇ、あなた。私たちの宝物は、立派に育ちましたよ。
もう、出会った頃のあなたよりも年上でしょうか。あなたに似て、とても優しく頼もしく。
今度、あの子にも宝物ができるようです。男の子か女の子かは、生まれてくるまで秘密だそうですよ。
ここにも連れて来ると言っていました。今から楽しみですね。
ねぇ、あなた。あなたとの約束は、今でもずっと守れていますよ。
あなたが私を幸せにしてくれると約束してくれた日、交わした約束。
――あなたよりも幸せになること。
大好きな人と一緒に居られるだけで幸せだと言ったら、あなたはお互い様だなんて笑っていましたね。
けれど私の方が先にあなたを好きになったのですから、私の方が幸せだと思います。
こればかりは、先に惚れた方の勝ちで良いと思います。
私たちの幸せが、次の幸せに繋がって。それはとても、とても幸せなことで。
私の周りは、これからも幸せに溢れて行くのだと思います。
目を閉じると、あの人の姿が浮かぶ。
あの頃のように、心が踊る。
あの頃のように――

仕事を終えで、スタジオを出る。
予定よりも大幅に長引いた撮影は、外の世界を漆黒に染め上げていた。
時刻を確かめようとスマホを取り出すと、メールの着信を示す明かりが明滅していた。
どうやら彼が迎えに来てくれるらしい。
無駄に着衣と髪型を整え、気合を入れる。
ふと、彼のスケジュールに思いを巡らせる。
確か今日は…というより、今日もスケジュールはギッシリ詰まっているのではなかっただろうか。
無理をさせているんじゃないだろうかと思いつつも、やはり嬉しいものは嬉しい。
早く来てくれないかなとか、どんなお話をしようかなとか、ワクワクしながら彼の到着を待つ。
流石に待ちくたびれて荷物からスケッチブックを取り出そうとした頃に、見慣れた車が目の前に停まった。
わざわざ私を迎えに車外まで出てきた彼の顔は、案の定どこか疲れた様子。
きっとスケジュールを切り詰めて、私のために無理をしてくれたのだろう。
そんな彼の優しさに、私はどう応えれば良いのだろうか。
正解はわからない。わからないけれど、私が元気に振る舞えば多少は元気を分けてあげられるのかな、なんて思った。
だから、私はせいいっぱいの笑顔で彼を迎える。
いつものように――


「闇に飲まれよ!」

短いですが、以上で終了です。

新SSR蘭子が未亡人過ぎて思い浮かんだネタでした。
思い付いてから書くまでに随分と時間が経ってしまいましたが…

時系列的には、最後以外現在と過去の回想が交互に来るようになっています。
…読み辛いですね。ごめんなさい。
現在の蘭子が熊本弁を操る姿は想像できず、またどういう口調かは人によってイメージが違うと思うので
セリフが全く無いという構成になってしまいました。
今の蘭子は喋らん子、なんて。

というわけで、お目汚し失礼しました。
お付き合いいただいた方、ありがとうございました。
HTML化依頼出してきます。

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