「遭難しただって……!?」【安価で行動】 (47)

生きることの意味とか、死んだらどうなるんだとか。


人間なら誰だって考えることだと思う。


その答えは未来永劫、解けることのないものだ。




解けないと分かっていて、僕はまたこうして考えてしまっている。



――――人間は考える葦である。



かの思考家。ブレーズ・パスカルの言葉だ。



僕が今こうしてそのことについて考えているように、


考える存在である人間にとって、生きることや死ぬこととは。


誰しもが必ず辿り着く悩みではないだろうか。


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けれど、誰しもが平等に絶対に訪れる死も、



まだ若い僕にとって、それは他人事かの用に思える。


――だって、死なんて何十年も先の話だろう?


まるでこの先、永遠に訪れないかのように思えてしまう。



僕は気づかなかった。


死なんていつ訪れてもおかしくないと。


それはずっと先の未来ではないと。

例えば、いまこの瞬間。


バスの中で、悲鳴が木霊した。


激しい音と同時に、衝撃が身体全体に伝わる。




まるで無重力になったかのように、浮かび上がるような感覚に襲われる。


それは、あながち間違ってはいなかった。




ふと、窓の向こうへ視線が行く。


――いや、向けている暇なんてなかった。偶然、頭がそっちへ向いただけ――。



そこには、むき出しになった茶色い岩が、ゆっくりと視線の隅へ追いやられていた。





そこで、ようやく気づいた。



『僕たち』は、落ちているんだと。

―――――


――











「……?」




焦げ臭い匂いと、生臭さを感じて、目が覚めた。



視界に映るのは座席だ。



……座席?



どうして、天上にあるのだろう。




とにかく立ち上がろう。




「あ、あれ?」




下半身に大量の荷物が被さっていた。


身動きが取れない。




「な、なにこれ」

すぐに異常な事態に陥っていることに気づく。




まず、冷静になって考えよう。



ここは、バスの中だ。



そしてなぜか、天上に座席がある。僕の下半身には、荷物や壊れた座席の破片が被さっている。



怪我は……、この状況じゃ分からない。





「ど、どうしよう」





1.助けを呼ぶ。(とにかく大声を出します。周囲に生きている人がいれば、きっと応じてくれるでしょう)




2.自分以外にも誰かいないか、周囲を確認する。(ここはバスの中です。乗客は自分ひとりではないはずです)




3.自分が置かれている状況を冷静に分析する(自分がどういう経路でこのバスに乗ったのか。どうしてこんな目になっているのか等々。また自力で抜け出す手段等も考えます)



安価↓1


周囲は、少し埃っぽい。視界が悪いけど、見えないことはない。




荷物や破片?のようなもので埋もれていてよく分からないけど、人は……いた。




「あの……」



格好からして、男の人だろう。



こちらに頭を向けて寝そべっている。声をかけても返事はなかった。




「どうかしましたか?」





ふいに横から声をかけられ、僕は驚いて顔をそちらへ向けた。





女の人だ。壁に寄りかかる様に座っている。



露出している腕からは、赤い血が伝っていた。

「……その、どういう、状況か、よく分からないんだけど」




まだ頭がぼんやりする。彼女が血を流しているというのに、僕は不思議と冷静だった。



あまりに、現実味のない景色だったせいだろう。




「落ちたんです。私たち。そして、あなたが呼びかけたその人、きっと死んでいますよ」



「…………」






彼女の言葉は、現実逃避をしようとする僕を許さなかった。



急激に現実に引き戻された僕は、ギャップの激しさに吐き気を催した。


僕が話しかけた男は、落ちてきた座席に下半身を挟まれていた。



まだ乾いていない、どす黒い血が僕の所まで伝っている。



それが死体なのかどうかは、僕に判別は出来なかった。



ただ、あまりに異様な空間だったせいか、僕は恐怖のあまり叫びだしそうになる。





「大丈夫ですよ。……荷物どかしますから、立ち上がってください」




彼女は、僕の頬に優しく触れてそう言った。



どうしてそんなに冷静なのか、僕にはまるで理解できない。


「怪我はしていますか?」



荷物を全てどかし終わると、彼女はやはり冷静にそう言った。



怪我なんて、分からない。どこが痛くて何が痛くないかもさっぱり分からなかった。



ただ、逃げだしたい。


この異常な空間から。



先ほどまで確かにあった日常に。




頭はただ真っ白になって、もはや何をすればいいか分からなかった。




「落ち着いて」


このどす黒い雰囲気に纏われた空間で、やけに透き通った声で彼女は言う。




「立ち上がれますよね? でしたら、私のことだけ見てください」




そう、意味の分からないことを言った。




「そうしたら、少なくともこの状況からは助け出してあげます」





言われて僕は彼女のことを見つめた。


キレイな、それでいて感情が全く見えない井戸の底のような瞳。




けれど、不思議とその瞳に見据えられていると、安心してくる。





「落ちついた?」





まるで迷子の子供を慰めるような言い方をされて、僕は情けなく頷いた。





「そう。なら、ゆっくりでいいわ。ここから出ましょう」

「眩し……」




薄暗い車内に慣れ切っていた目が、太陽光に刺激され、一瞬視界が真っ白になった。




視界がゆっくりと回復していくのを待ち、僕は周囲を見渡した。





そこは、異世界のようだった。



木々が生い茂っていて、背丈まである草はまるで飲み込まれそうと錯覚する。




僕と彼女以外に、誰かいるのだろうか?







1.数人程度。



2.少なくとも10人はいる。



3.そんなことどうでもいい。とにかく僕は助かったんだ。



安価下 1


周囲には、数人程度の人間が、呆然と立ち尽くしていた。





泣き叫ぶ女の人。怒りに身を任した男の人。



この場は混沌と化していた。





「……助かったでしょう?」



振り返ると、この状況には似合わない笑みを浮かべた彼女がいた。




全ての人間が絶望するこの中で、彼女だけは異端ともいえる雰囲気を醸し出していた。




僕もこの人がいなければ、きっと周りの人たちと同じように混乱に身を任せていたに違いない。






「いったい、何が起きたんだ……」





「あそこから、落ちたんです」





彼女の視線の先――、それは高さにして三十メートルを超える崖だった。


「あ、あそこから!?」





周囲には所々、砕けた岩が散乱していた。



どうやら、岩にぶつかりながら落ちてきたようだ。






「火が出なかったのは奇跡ですね。いえ、奇跡と言えば、あれだけの高さから落下して、この人数が生き残ったこと……」






助かった人間は、僕と彼女を含めて六人……。





バスに乗っていた時は、少なくとも二十人はいたはずだ。



ということは、残りの十四人は、バスの中……?

そこまで考えていると、ふいに声が上がった。



「静かになさい! 今は混乱している暇はないでしょう!? まだバスの中に行き残っている人がいるかもしれません! 手伝ってください!」



声を上げたのは、二十代後半だろうか……? 少し強気な女性だ。



この状況で焦ることなく、毅然とした態度で彼女は周りに指示を出している。





「大したものですね」



それを横で見ていた彼女は、鼻で笑うように言った。



「え?」



感心というより、嘲笑。



僕には、彼女が何を考えているのか、全く分からなかった。

「その、こんな時に、名前聞くのもあれだけど。君は、名前はなんて言うの?」




「私ですか? ……私は支倉って言います」




彼女――、もとい支倉さんは、やはり冷静にそう答えた。




「ちょっと! そこのあなたたちも! バスの中に入って、生きている人を助けだすのに手伝ってください!」





「え……?」




戻る……? あそこに?




その瞬間、肩が小刻みに震えだした。戻るなんてとんでもない。あの地獄からやっと抜け出せたんだ。



それなのに、再び戻れって……!

確かにあの人の言う通りだ。生きている人がいるなら助け出さなくてはいけない。



僕だって、混乱していた所を支倉さんに助け出された。



自分だけ助かりたいなんて、そんな浅ましい考え方をするなんて――、





「えーと、あなたお名前、伺ってもよろしいですか?」



黙り込んでいる僕を見かねた支倉さんは、代わりにそう言った。



「こんな時に何を言っているのよ! ……私は、岩沙。……分かったらさっさと来て頂戴!」






「私は支倉って言います。それで申し訳ないんですが、お断りさせてもらいますね」



「はあ!?」


何を言っているの? そう言いたげにこの人、岩沙さんは声を上げた。



僕もこの時ばかりは、岩沙さんと同じ気持ちだった。

本心を言えば、僕はあのバスに戻りたくない。



生きている人がいれば助けなきゃいけないけど、僕は今自分だけで精一杯なんだ。



だけど、それを実行するのは愚行そのもので、こんな状況だからこそ助け合わなければならない。





なのに、支倉さんはその僕の本心を口にした。




「何を言っているの!? 救出が第一でしょう!? あなたまさか、自分だけ助かればそれでいいと思ってない!?」



「ちがっ」


僕は咄嗟に反論しようとしたら、支倉さんが手で僕を遮った。




彼女が自分だけが助かりたいと思っていたなら、僕を助けないはずだ。


だから、反論しようと思ったのに、どうして?

「そうですね。でも、私は怪我しているんです。一人で治療するのは難しそうだから、彼に手伝ってもらおうと思っていたんです」



そう言って、支倉さんは岩沙さんに右腕を見せた。



二の腕が縦にぱっくりと割れていて、鮮血で腕が真っ赤に染まっていた。


その光景に強気だった岩沙さんも流石に息を飲んだ。



「ちょっと、その腕の怪我……!」


ここで愚かにも僕はようやく思いだした。



彼女を始めてみた時、確かに腕を怪我していた。



それを知っていたのに、彼女を気遣う言葉、治療しようと思うことだってできたはずなのに!



僕は自分のことに精一杯で、助けてもらった恩でさえ仇で返そうとしている。


「わ、分かったわ……。それなら手の空いている人で助けに行きます。手が空いたら、あなた!」


咄嗟に指を差され、僕は肩を跳ねあげた。


「な、なに?」



「治療終わったら、手伝いに来て頂戴」




「あ、え……?」



戸惑っていると、横から支倉さんが「ここは頷いてください」と耳打ちしてきた。





言われた通り僕は頷く。それで満足したのか、岩沙さんはバスの方へ向かっていった。




「ごめん、支倉さん……。……って、そうじゃないよ! その腕! 大丈夫なの、怪我!」



「ただの切傷です。大したことないですよ。血が出てるから大袈裟なだけで」



「大したことある傷だよ! えっと、治療道具、包帯とか……!?」

「包帯と、傷薬程度なら持っています」



そう言って彼女はポケットから治療道具を出した。



どうしてそんなもの常備しているんだろ……。





「ミネラルウォーターもあるので、これで血を洗い流してください。


終わったら、消毒液で消毒して、包帯を巻いてもらえると助かります」




言われた通り、僕はその通りやった。処置している間も、彼女は痛みに顔を歪めることさえせず、



まるで第三者のような目線で、彼女は僕を見ていた。




ずっと違和感に思っていたのはコレだ。まるで彼女は、そう……、第三者のような目をしているんだ。




まるで画面越しに映画を見ているような感覚だ。事故が起きようと何が起きようと、それは画面の世界のことだから、自分が慌てることはない。



いまの支倉さんは、そんな感じに見える。



この疑問を、彼女にぶつけるべきだろうか。





1.直球に聞く。



2.今は治療に専念する。



安価下1

「あの、支倉さん……?」




「どうかしました?」





僕は不器用にも包帯を巻きながら、おそるおそる聞いた。




「こんなこと聞くのもあれだけど、どうして、そんな冷静なの……?」




今の状況は、異常だ。人が死に先ほどまで僕たちが乗っていたバスが横転している。



泣き叫ぶ声や、死体に絶叫する声が時折耳に届くけど、



それでも、彼女は表情一つ変えない。



「どうして、ね。……難しい質問です」


「私はきっと、いつか……、いえ。いつでも死ぬ覚悟は出来ていたんですよ」



どこか、遠い目をして彼女は言った。



これが初めてだったと思う。


彼女の表情が、確かに変わったのは。



少し憂いに満ちた表情。切なそうに呟く支倉さんの声が、震えているように聞こえたのは錯覚だろう。




「死ぬって……、そんなの、決まったわけじゃ」




「ごめんなさい。不安にさせましたね。……大丈夫ですよ、安心してください」



彼女は優しく微笑んで、




「そうですね。あなたは……、きっと助かりますよ」





疑問をぶつけても――、やはり僕は彼女のことが一つも理解できなかった。

――――――



――







あれから三時間ほどして、周りもようやく事態を把握して落ち着きを取り戻していた。



落ち着いたというより、混乱した状況に慣れてきたという方が正しい。



結局、あのバスの中から生存者は見つからなかった。



生き残ったのは僕たち六人。





僕――古沢幸平。事故に遭った時に、バスの車内で出会った彼女、支倉楓。



地面に座りこんで二人で話しているあの人たちは、確か羽川と竹西と言った。


どちらも男の人だ。どうやら友人らしく、竹西の方はこの状況にも関わらず気さくに話していた。


対して羽川は少し気が強そうなイメージがある。髪は茶色に染めていて、耳にはピアス。


いわゆる不良というイメージだ。



そして、地面で横たわって安静にしている女の子(当初、泣き叫んでいた子だ)は、お腹に大きな傷を負ったらしい。


名前は、星野と言った。



そして最後に、この混乱を納めたのが岩沙という女性。

怪我をしている星野さんだけど、彼女はどうやらガラスの破片でお腹を斬り裂いたらしい。



先ほどようやく止血が出来たけど、流した血の量が多いせいか、顔色が悪い。




あれだけの死人を出しておきながら、星野さん以外は目立った怪我は誰もいなかった。



「で、助かるのかよ」




羽川が立ち上がって、岩沙さんにそう聞いた。



「救助はすぐ来るでしょう」



羽川は腕を組みながら威圧するような態度を取っていたが、対する岩沙さんは動じずにそう答える。



「どうしてそう言えんだ、ああ? 何を根拠に言ってるんだよ」




「わたくしたちは、本来なら十五時ごろにバス停に到着していたはずよ。けれど、四時、五時を過ぎてもバスが到着しなければ、


バス会社も異変に思うはずよ。そうすれば間違いなく警察が動きだすわ」

確かにその通りだ。バス会社が異変に思い警察に連絡を入れれば、バスが通る経路を徹底して調べる。




そうすればすぐに不自然なブレーキ痕と折れ曲がったガードレール等、事故の形跡が見つかり救助に来るだろう。




「そうかよ。じゃああと何時間待てばいいんだ?」




「とりあえず、危ない行動は控えて待機すればいいわ。あとは星野さんって言ったわね? 彼女の手当て………」





「楽観的ですね、あなたちは」



と、そこで沈黙を決めていた支倉さんが口を出した。




「助かる前提で話をしない方がいいですよ。いくらバス会社が異変に気づいたとはいえ、たった数時間程度で救助してくれるとは思えません。


それならせめて、一晩は明かせる準備をしておいた方が賢明ではないですか?」



「何それ? 助からないとでも言うの?」


竹西が、不機嫌そうにそう言った。


「助かる前提で話を進めているからですよ。たとえば、三日後、一週間も助けが来なかったらどうしますか? 危機に直面してから行動に移しますか?」



「ば、馬鹿なこと言うなよ。この人も言ったように、助けは来るだろ」



竹西の言う事は、同感だ。バスの経路も会社側が把握しているはずだろう。


そうなれば、今日とは言わず明日にも助けは来るはずだ。



それが、楽観的なのだろうか……?





「今、私たちがどういう状況に置かれているか分かりますか」




「はあ?」



羽川も、支倉さんの言うことが気に食わないらしい。彼女は周りを敵に回していったいどうする気なんだろう……。



僕は口を挟めず、静観を決め込んだ。

「遭難ですよ。れっきとした……、ね」




支倉さんの静かな声に、周りはしんと静まり返った。



遭難。小説やドラマではよく耳にする単語だ。



いざ自分がその状況に置かれていると考えると、いまいち現実味がない。





確かに岩沙さんの言ったように助けが来る可能性は高いだろう。けれど、支倉さんが言うような事態もありえる。





万が一の事態を想定して準備しておくのは、間違いじゃないはずだ。

「ねえ、あなた。……確か古沢と言ったかしら? あなたはどう思っているのよ」



沈黙を破ったのは岩沙さんだった。しかもなぜか僕に振られている。



それにその言い方はまるで、支倉さんの味方をするのか、岩沙さんの味方をするのか、そう問われているようにも思える。



先ほど、支倉さんと話していたのを見られたせいか「お前は支倉の味方をするのか?」と言わんばかりに鋭い視線で睨まれる。



「僕は……」




1.支倉さんの言う通りだ。(万が一に備えるべきでもあります。しかし助からない恐れを考えて行動しますので、周囲への不安は高まります。また支倉に賛同することは周りによくは思われないでしょう)



2.助けは来るはずだ。(それは楽観的な考えではありません。冷静に状況を分析した故です)

すみません。安価下1です。

「僕はその、万が一に備えるべきだと思う……」




「どうして?」



やけに岩沙さんが突っかかって来る。



「その、バス会社が異変に気づいても、今日助けに来るとは思えないし……」




「言っていることが支倉と同じじゃない」



「う……」




岩沙さんは呆れたように言う。僕は何も言い返せなかった。



こんなピリピリした状況で、声を出すことも躊躇するというのに……。




「あの……」



腹部を怪我していた星野さんが、上体を起こしてそっと手を上げた。

「か、仮に警察が異変に気づいても、今日中に助けが来る可能性は低いと思います……」




ビクビクしながら彼女は言う。



「もう、夕方ですし……」




見上げた空は端の方から段々と、夜が迫っていた。


夜になれば、この森の中は完全に闇と化す。



助けは来るだろう、そう信じて動かないのは、確かによくない。




「確かにそうね。それじゃあせめて、今日明日は乗り越えられるよう準備しましょう。とりあえず寝る所と、食べ物の確保……」



「悪いけど、食事は俺パス……」


竹西が口を抑えながら言った。……ここから数十メートル離れた所には横転したバスがある。



そこには事故で死んだ被害者たちが……。



「……っ」


考えそうになって、やめた。

「みんな。これだけは注意して。あまりここから離れないこと。それと夜間の行動はなるべく控えてください」



岩沙さんの言葉で、ひとまず解散となった。




こういう時、リーダーシップを進んで取れる人は頼もしいと思う。



とはいえ解散になっても、することがない。森の中に入るのはあまりに無謀すぎるし、バスの方には近づきたくない。



僕たちがいるところは、開けた場所だ。バスが墜落したのは森の中。そこから崖に並行して動き、開けた場所に辿り着いた。



ここは足場も岩になっているおかげか、足元が悪い森の中と比べて比較的過ごしやすい。



空はぽっかりと穴が開いたように開けている。少しでも森へ向かえば、すぐに空は木々に隠れてしまう。




「……?」


と、そこで、支倉さんと星野さんが何やら会話しているのが目に入った。


あの二人は知り合いなのだろうか? そう思っていたが、星野さんは苦笑いしており、どうやら彼女に気を遣っている様子だ。


しばらく様子を伺っていると、話が終わったのか、支倉さんがこっちに向かってきた。



「どうしたの?」



「ちょっと付き合ってもらえますか?」



「えっ!? ちょっ」



無理やり手を引っ張られ、連れていかれる。



彼女は何故かそのまま森の中に入っていく。周囲は草まみれでけもの道すらない。




同じ景色ばかりで数十メートルも進めば、帰り道が分からなくなりそうだ。






「こんなところまで来てどうするの? 支倉さん」





「水の確保をしようかと思いまして、付き合ってもらえますか?」



「別にいいけど、あんまり進むと迷うよ?」



「大丈夫です。この崖伝いに歩けば、とりあえず帰り道は分かりますから」



少し楽観的に思えるけど、支倉さんの言うことだ。自分よりは信頼できるだろう。


「ところで支倉さん」



「どうしました?」



「さっき、その、星野っていう女の人と、何を話していたの?」




「え? ……んー。そうですね。ちょっとした口止め、です」



口止めって。


彼女と星野さんの間で一体何があったんだ。




「聞きたいですか?」



彼女は急に足を止めて、振り返り、悪戯っぽく笑った。




「まあ、気になるけど……」

「正直ですね。素直なのは私、好きですよ。


さっき、あの岩沙っていう、やたら強気な女性がいたでしょう? あの人に私が横から口を出したの、覚えていますよね」



険悪な雰囲気だったことも覚えている。




「彼女たち、今日中に助けが来るって信じて疑いませんでしたから。だから私が、現実的なことを教えたんです。


いくらなんでも、遭難したその日に助けが来ることは、可能性としては低いですから」



どうして? と僕は聞き返した。




「自分で考えてください」



なぜか冷たく突き放された。



「それで、リーダーを気取っている彼女に指摘すれば、当然あのように、岩沙は反発するでしょう?」



「どうして当然なの?」




「聞いてばかりですね。……見れば分かるでしょう。ああいうタイプの人間は自分が絶対なんです。たとえ正論で指摘されても、


認めたくないんですよ。自分が正しい、そう思いこんでいるんです」



なるほど。分かったような、分からないような。

「さっき、岩沙はあえてあなたに話を振ったでしょう? それは自分の味方を増やすことと、場を紛らわせようと思ったんでしょう。


岩沙が困っているようだから、私が星野さんに耳打ちしたんです。だから彼女が言った言葉は、私の言葉です」




……うん?


つまり支倉さんは波風立てないために、あえて星野さんに言ってもらったということだろうか。



「なんとなく分かったよ」



「嘘です。あなた絶対分かっていません」


「え、ええ……」



「いいですか。あの場は結果的に『岩沙のリーダーシップのおかげ』で話はまとまったんです。


『岩沙が間違っていて、それを私が指摘した』ではなく」




……あ、ああそういうことか。


要するに岩沙という女性はプライドがかなり高いってことだ。

「楽観的な考えは、時に現実逃避になるんです。……今回は岩沙のリーダシップのおかげで、パニックという最悪の事態は避けられました。


その点は、彼女に感謝するべきですね」




確かに数時間前は酷かった。泣き叫ぶもの、怒り狂うもの。あの自体が続き、助け合うべきがまとまらずにそれぞれが勝手な動きをしたら、


それこそ最悪な事態に陥っていた。





「人間って、醜いんです。自分だけは死ななかった。助かる可能性がある。それが支えになって、冷静さを取り戻せた……」



確かに……、あの時の僕も、自分だけで精一杯だった。


助けるべき人間がいるかもしれないのに、僕は自分が助かったことだけばかりで、安心していた。




「けれど、その支えが崩れてしまったら? 三日、一週間後、救助が来なかったら?


初めに起こるべきだった混乱は、溜まるに溜まり、それこそ最悪な事態を引き起こします」




「だから、楽観的な考えはするなって、みんなに指摘したの?」



「……そうですね。みんな、必ず助かるって、信じて疑わないようでしたから」

逆に支倉さんのような考え方を出来る人間は少ないんじゃないだろうか。




冷静になったとはいえ、普通は自らの希望を消してまで現実に向かい合おうとはしない。




万が一に備えて――とは、安全な日常で行えるものなのだから。






「……でも、救助に来る可能性は高いんだよね?」



心配になって聞いてみる。ここで支倉さんが即答してくれれば、これ以上に頼もしいことはないと思った。



しかし。


「どうでしょう……」



彼女は意味あり気に呟いて、それ以上は語らなかった。


肯定も、否定もせず、余計僕の心に蟠りが残るばかりだった。

「そのっ! 質問ばかりで悪いんだけど! どうしてその事を僕に? というか、僕はなんで支倉さんに付き合わされてるの?」



「嫌、なんですか?」


「嫌じゃ、ないけれど……」




「あなたが、この六人の中で一番生き残りそうな顔を、していたからですよ」


「……?」


まるで意味が分からなかった。



「女の勘って言い方はおかしいですか? とにかくそんな曖昧な感じです。


ちなみに今までの人生経験からすると、あなたが助かる可能性は非常に高いですよ。だって、少なくとも私が、あなたを助けてあげるつもりでいますから」



そう優しく微笑む支倉さんを見て、おかしな人だと思った。


しかしどういう訳か、彼女と一緒にいて嫌な気分にはならなかった。





――――この時、僕は支倉さんの言っていた言葉を何一つ、理解していなかった。


けれど、後になって気づく。彼女は、支倉楓は。




この時点で、気づいていたことに……。

疲れました。もう眠いので落ちます。
ボチボチ投下していくんで、気長に見てください。


スレタイに【安価で行動】って書いてある割に、全然安価こねーじゃねーか! って思った人はすみません。
安価と言っても、選択肢みたいで大きな行動はしていないので、次回辺りからは、脱出ゲームみたいに探索混じりのも含めていこうと思っています。

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