向日葵「大切なエプロン」 (21)




(ゆるゆりSS、ひまさく。原作の時間軸かもしれないし、少し未来かもしれない、そんなお話)





ピピピピピピピピピピピピピピピピ……







パチン



ううん……、まだ眠い……







「お姉ちゃん、朝なの」







いけない……楓が起こしにきましたわ……。
早く朝ご飯を作ってあげなきゃ……







むくり



ずでっ







「わわっ、お姉ちゃんが転んじゃった!大丈夫!?」

「大丈夫……ですわ……」







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今日は、日曜日。
おやすみの日の私の朝は決まって遅いのでした。
けれど、エプロンをつけて台所に立っている間に、自然と目は覚めてしまうのです。
美味しいものを作れるようにと思い、そのうちにどんどん頭がしゃっきりしていくのです。



「お待たせしましたわ、楓」

「ご飯、できたの?」

「ええ」



窓から入ってくる日差しが照らし出すリビングはとても暖かくて。
今日もとっても心地のいい朝。
エプロンを丁寧に片付けて、作った朝ご飯を楓と一緒に配膳して。
何となくテレビをつけながら、今日はどんなことをしようかと考えていました。




「このお魚、美味しい!」

「食べられそう?」

「うん!これなら食べられる!」

「良かったですわ」



苦手な魚に珍しくぱくつく様子を見て、私も頬が緩んでしまいます。
少し前にメモしたレシピは、楓にも満足してもらえたみたい。
初めて作ったメニューの成功に、私は安堵しました。

この調子でもっともっといいお料理ができるように……。
そう思いつつ、チャンネルを変えてみました。
するとタイミングよくやっていたお料理番組。


『今日ご紹介するのはこちら!ご家庭で簡単、外はさくさく中はふんわり美味しいスコーン!』



あまり馴染みのないお菓子に、思わず目が釘付けに。
画面の向こうで淡々とお話をする人たちをよそに、私にとっては珍しいこのお菓子を作ってみたいという思いが湧いてきました。
あの子ならこのお菓子、どんな表情で食べてくれるかしら。



「スコーン、美味しそうなの……」

リモコンを手に取った私の目の前で、楓が呟きました。

「そうですわね。録画しておこうかしら」

「もしかして、作ってくれるの?」

「楓も食べたい?」

「うん!お姉ちゃんのスコーン、食べたい!」



目を輝かせる楓。
ふふっ、たっぷりある時間をどう過ごすかは案外あっさり決まってしまったみたい。



「じゃああとで材料を買ってきて、作りますわね」








「あっ、向日葵ちゃん」

「赤座さん。今日もお散歩なんですの?」

「うん。天気がいいから、気分転換にねぇ」



ばったり出会ったのは、赤座さん。
どうやら、通る道が重なっていたようでした。



「向日葵ちゃんはどこに行くの?」

「買い物ですわ。また新しくお菓子のレシピを増やそうかと思いまして」



少しだけご一緒させていただきながら、他愛のない話をすることに。



「そうなの?」

「ええ」


「ひょっとして、櫻子ちゃんに?」

「い、いえ……」

「違うの?」

「――それもありますけど……、どうせなら、たくさんの方に食べてほしいですわね」

「じゃ、じゃあ……」

「赤座さんたちにも、明日差し上げますわ」

「ほんと?わぁい、ありがとう!」







10分ほどやり取りを交わしたあと。
それではまた明日、と別れの挨拶を口にしつつ、私は考えていました。

お菓子を作ることに、そんなにあの子のことが関係しているのだろうかと。


言われてみればあの子へのお菓子は、よくラッピングして渡していたかしら……。
作るものによっては、あの子にしか渡さないこともあったかも……。

でも、そのことを赤座さんが知っているワケありませんし……。
今となっては赤座さんや吉川さんのように、食べてくださる方も増えましたし……。
何より、お菓子のことくらいであの子だけに目を向けるほどの視野の狭さは、いくらか改善されてきたハズですし……。



うーん……、どういうことなのかしら。










「あら、吉川さん」

「向日葵ちゃん!どうしたの?」



スーパーでは、吉川さんともお会いして。



「またお菓子を作ろうと思いまして、材料の調達に」

「そうなんだ。たくさん材料があるもんね、ここ」

「はい」



聞けば吉川さんも、お菓子作りで初めてのレシピにチャレンジするそうで。


「ところで向日葵ちゃんは、また櫻子ちゃんにあげるの?」

「ええ、まあ……」

「そっか」

「吉川さんたちにも、明日差し上げますわ」

「いいの?」

「ええ」

「ありがとう!――あっ、それじゃあ私もお菓子あげるよ!」



「えっ」


「結衣先輩に作るなら、1度じゃ満足できるものは作れないだろうし、きっとたくさん作ることになると思うから」

「は、はあ……」

「美味しそうなの、持ってくるね!」

「あ、ありがとうございます……」



不安になる私をよそに、会計をすませる吉川さん。
急いで帰って頑張って作るから楽しみにしててね、と言って先にお店を出てしまいました。
私が首を突っ込むようなことでもない気はしますが、何だかすごく心配ですわ……。








帰り道をゆったりと歩きながら、あの子とのことに思いを巡らしていた私。

そういえば吉川さんもあの子の名前を出していたような。
やっぱり、私はあの子と切っても切れない関係なのかしら。



家の扉を開けると、「おかえりなの」と楓が出迎えてくれました。
「ただいま」と返して、すぐに私は台所で手を洗い、朝台所にかけたエプロンをもう一度手に取りました。



(あっ、そういえば……)



私はそのとき、やっと思い出しました。
そのエプロンを大切にしていた理由を。



――

――――――

――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――



「向日葵、これあげる」

「えっ……何ですの……?」

「何って、見て分からないの?エプロンだよ、エプロン」

「それは分かりますけど……。貴方が私にプレゼントだなんて、どういう風の吹き回しですの?」

「だって今日、誕生日じゃん」



「あっ……」

「忘れてたのか。今まで貰ってばっかりで何もできなかったから」

「あ、ありがとうございます……。私のために……」

「べ、別にお前のためってワケじゃないから!ライバルとしてこれくらいはできて当然ってだけだからな!」

「ふふっ」

「わ、笑うなよ!!!」



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――――――――――――

――――――

――






いつのことだったかはもう思い出せない。
ある年の誕生日の帰り道、あの子が私に初めてくれた誕生日プレゼント。
このエプロンを握りしめた手は、異様に熱くなってしまって。
嬉しくて、恥ずかしくて、櫻子を置いて走って逃げ帰ってしまいましたっけ。
けれどこれを着て作るお料理は、それまでよりずっと美味しいと言われるようになっていく気がしていました。
だからこそこうやって、今でも無意識に大切にしていたのかしら。







今回のお菓子も、上手く行きそうですわね。








ピンポーン



隣の家へと向かう私。
玄関のチャイムを鳴らすと、ドタドタと元気のいい音が鳴り響き、それから間髪入れず開く扉。



「よう向日葵、どうした?」

「スコーンを作ってきましたの」



おすそ分けですわ、と伝えると、櫻子は顔を綻ばせました。



「ホント?そっか、ありがと――ってお前、なんでそのエプロンつけてんの……!?」


「なんでって……。あ、あら……、外すのを忘れてしまいましたわ……」

「もー、恥ずかしくて見てらんないよ……」

「なんで恥ずかしいんですの?それにさっきまでお菓子作りをしてたんですもの、エプロンくらい着けていても不思議じゃないでしょうに」

「いや、だってそれ……、私の手作りだから……」

「そうだったんですのね」

「……」

「……」

「……」







「えええええーーーっ!!!???!?!」


それは、何年も何年も着け続けてきて初めて知った事実でした。



「向日葵の料理とかお菓子とか、世界一美味しくなるようにって、私なりに頑張ったんだけどね」

「っ……」



みるみるうちに奥深くから熱くなっていく、私の身体。



「姉ちゃんが手伝ってくれるって言ったのに、それも断って1人で作ったんだ。だから、正直不格好だなって」







照れくさそうに思い出話をするその大切な幼馴染は、私より更に赤らんだ笑顔をしていました。





END



向日葵ちゃんお誕生日おめでとう

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