佐久間まゆ「運命、感じちゃいました♪」 (17)

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 男にとって、二人が出会ったのは偶然だった。
 
 季節は梅雨入りしたばかりの六月。

 その日も相変わらずの雨であり、仕事のために訪れていたスタジオで、
 階段を上がる途中、目の前で足を滑らせた少女を受け止めたのが彼だった。
 
 向かいあい、抱きとめる形で床まで一直線。
 
 浮遊感の中、来たるべき衝撃から守るよう、少女を抱いた腕に力をこめる。
 続いて廊下に、派手な音が鳴り響いた。

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「……だ、大丈夫?」

 痛みに耐えながら声をかけ、閉じていた瞳を開けた瞬間に重なる視線。
 
 少女の吐息が、唇にかかる。
 
「ご、ごめんなさっ、あ、いえ、ありがとうございます!」

 しどろもどろになりながら、慌てて彼女が距離を取った。


「その、怪我はしてないです。す、すみませんっ!」

 ふっ、と軽くなる体。
 自分の上から少女がどくと、男は腰を抑えて立ちあがった。
 

 
「そっか。なら、良かった」

 まだ床に座ったままの少女に手を差し伸べながら、男はほっとしたようにため息をついた。

 
 それから、おずおずと自分の手を取った少女が、「貴方こそ、怪我を」なんて心配そうに謝るので、
 
「なに、心配してくれなくても大丈夫。君みたいに軽い女の子一人、受け止めるなんてワケないさ」

 そう言って男は、大げさに笑いながら自分の胸を叩いてみせた――本当は、痛みが腰にきていたのだが――
 この男、元来見栄っ張りなところのある性格だったのである。
 
 この時に張った小さな見栄のせいで、自分の後の人生が、
 平穏とはかけ離れたものになってしまうことなどつゆとも知らずに……

 自分よりも年下の少女に要らぬ心配をかけまいとして、男は強がって見せたのだった。

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 少女――佐久間まゆにとって、この二人の出会いは運命的なものだった。
 
 読者モデルとして活動していたまゆが、撮影のために訪れたスタジオ。
 階段を上がる途中、濡れた靴のせいで足を滑らせた、彼女を受け止めたのが彼だったのだ。
 
 異性に強く抱きしめられたことも、息が吹きかかる程に互いの顔を近づけたのも、
 何もかもが、少女にとっては初めての経験で。

 
 なにより、彼の屈託のない笑顔を見た瞬間、まゆは自分の体に電流が走る感覚というものを、実感として味わった。
 
 爽やかな、大人の包容力とでも言うべきか。
 見るものを安心させる笑顔というものが、そこにあったのだ。
 
 ドキドキと激しさを増す胸の鼓動に、高ぶる想い……
 それが例え、世間でいう「吊り橋効果」に近い感情だったとしても。

 
「――ん? どうかしたかい?」

 自分の顔を見つめて動きを止めたまゆに対して、男が不思議そうな顔をして尋ねる。
 
「な、なんでもないですっ!」

 二人の視線が再び合った時、まゆは反射的に顔を伏せていた。
 顔が燃えるように熱いのも、階段から転んだ姿を見られてしまった、恥ずかしさのせいだと思いたかった。
 
 まるで、少女漫画のような素敵な出会い。こんな出会いが、現実にもあるなんて。


 ――その時だ。廊下に佇む二人に、声を掛けてきた者がいた。

===

「なるほどぉ……いつもこんな風にして、プロデューサーさんは女の子に声をかけていたんですねぇ~」

 声のした方へ振り返ると、立っていたのは一人の少女。
 お洒落な帽子を被り、口元には怪しげな笑みを浮かべ、歳も、自分とそう変わらないのではなかろうか?

 
 彼女はまゆの顔を一瞥すると、その横を通り過ぎ、
 
「むふっ。そうやって今まで、何人の女の子を泣かせてきたんですかぁ?」

「ひ、日菜子っ! 誤解を招くようなことを言うんじゃない!」
 
 にやにやとした笑みを浮かべたままで、少女が男の傍へと近づいて行く。


「あのな、仕事柄スカウトだってしてるんだ。俺が女の子と話すのに慣れてたって、別に不思議じゃあないだろう?」

「それでも、いやに手馴れてるじゃあないですか~。だからこれはぁ、もしかしてってぇ」

「よく言うよ。日菜子だってそんな俺に誘われて、アイドルになった一人だろうに」

 ……随分と、親しそうに話す女だこと。
 
 突如として現れて、そのまま二人の間に割って入ったこの日菜子と呼ばれた少女の行動を、
 まゆは何も言わずにじっと見つめていた。

 
 そんな視線を感じたのか、日菜子はくるりとまゆの方へと向き直ると、
 
「あなたも、気をつけた方がいいですよぉ? 優しい言葉に騙されてついて行くと、酷い目にあっちゃうかもしれませんから~」

 その特徴的な微笑みを強くしながら、言い放ったのだ。

 
「お前な、そういうことを言うのは止めろって言ってるの!」

 そんな日菜子の言動に、男が顔の前で拳を握って叱りつけるフリをすると、
 彼女は「きゃあ! 冗談ですよぉ~」なんて、まんざらでもなさそうに言い返した。
 
 ――ハッキリ言ってこの二人、傍から見ればただ冗談を言い合って、いちゃつき合っているようにしか見えなかった。

 
 否。もっと正確に言うならば、この日菜子という女がまゆにたいして、二人の仲の良さを「見せつけていた」と言うべきだろう。
 まるで、自分たちの間によそ者が入り込む隙間なんて無いと言うように……。
 
 知らず知らずに噛んでいた、下唇に込める力が強くなる。
 
「……それじゃあ、私はこれで」

「あ、ああ! ごめんね、なんだか急に騒がしくしちゃって」

「いえ……気にしないでください。こちらこそ、助けて頂いて……ありがとうございました」


 お礼を言って、再び階段を上りながらまゆは自分に言い聞かす。
 
 今は……今はこれでいい。
 
 大切なのは、彼と自分が、「赤い糸」で結ばれているかどうかなのだから。
 そして彼から伸びていた糸の先っぽを、自分はちゃんと掴むことができたじゃないか。
 
 左手の小指、その付け根を愛しそうに触りながら、まゆは二人の会話を思い出していた。

 
「アイドル、日菜子、プロデューサー……」


 これだけ分かれば、十分だった。

 二人の顔はしっかりと覚えたのだし、彼らが一体どこの何者かだなんて、調べればすぐに分かるだろう。
 
「うふ、うふふ……うふふふふふふ……」

 自然と、口から笑いが漏れる。彼女の目に触れる世界の全てが輝きに満ち、
 胸の奥から体中に、幸せが溢れ出て来るようだった。

 
 ――この日の撮影が、「読者モデル」佐久間まゆにとっての最後の撮影、お仕事となった。
 
 そして数日後、一人の少女がとあるアイドル事務所の門を叩く。


「まゆ、貴方にプロデュースしてもらうために来たんですよ。貴方の為に、事務所も、読モも辞めたんです」


 その時に少女を出迎えた彼……プロデューサーがどれほど驚いたかについては、最早説明するまでもないだろう。
 
 後に彼が語ったところによると、断るとなにが起きるか分からない、逃れられない「運命」を、確かに彼も感じたそうだ。


 
「貴方も運命……感じますよね? ねぇ? うふ……まゆのこと……可愛がってくれますか?」

以上、短いですがおしまいです。まゆとの出会いを書きたかっただけ。

日菜子は別のアイドルでも良かったのですが、個人的にまゆと渡り合えそうなのが彼女ぐらいしか浮かばなかったので。
流石に妄想の中までは、邪魔しに来れませんものねぇ?

後、ガチャにて新SRまゆが登場したようですね。まゆおめでとう!(個人的にはハロウィンの時の吸血鬼まゆが可愛くて好きですが)

それではお読みいただきまして、ありがとうございました。

>>2 訂正
×自分の上から少女がどくと、男は腰を抑えて立ちあがった。
○自分の上から少女がどくと、男は腰を押さえて立ちあがった。

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