戸塚「あの二人が喧嘩なんて珍しいね」 (22)

戸塚「八幡、理由知ってるの?」

八幡「知らん」

戸塚の質問に、俺は頬杖をついて答えた。視線も合わせず、ぶっきらぼうに言い過ぎたせいか戸塚は俺の横顔を悲しそうに見ているのがわかる。

でも、それをどうにかする気分になれなかった。

俺は原因である由比ヶ浜に視線を向けた。華やかな教室の角で、彼女は三浦たちと談笑している。
とても楽しそうな彼女を眺めていると、俺の視線に気付いた三浦が殺意のこもった眼光で睨み返す。
内心ビビりまくりの俺は慌てて顔を反らした。
やっべぇ、喧嘩番長なら瞬殺されてたよ。

比企谷八幡に対して完全な無関心である三浦があの態度。どうやら、最近の由比ヶ浜の奇行には俺も関係しているらしい。

全く、どうしてこうなった。

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10月を迎え、急な気温の変化によって肌寒く感じることが多くなった頃、葉山や生徒会のバンド演奏で例年より盛り上がった文化祭の熱気と、相模とその取り巻きによる告げ口で急騰した俺に対するヘイトはようやく収まりを見せた。

教室内の話題は修学旅行への期待や興奮で持ちきりとなり、文化祭での一件が都知事の汚職のように騒がれなくなったことに、俺は安堵していた。

授業中にくしゃみをしただけで舌打ちされるような高校生活をもう三日過ごしていたら、俺は息詰まって酸欠を起こし、走馬灯で彗星の幻影を見て不登校になっていたかもしれない。

でも、そうはならなかった。

頻繁に声をかけてきて、心の支えとなった戸塚には感謝だけでは足りない。もう俺自身をあいつに捧げたいレベル。

ストレス解消として朝と昼休みと放課後に必ず俺をm9(^Д^)しに来た材木座は絶対に許さない...。

なにより、あの日に平塚先生から受けた言葉と奉仕部の二人がいたから。あいつらが、俺のことを『知っている』と感じてしまったから。
そんな風に思い上がったから。
今、こうしてツケを払わされているのだろう。

そう、きっとこれは罰なのだ。

違和感の発端は教室から。ここしばらく、由比ヶ浜は毎日の昼休みを三浦たちと過ごしていた。

放課後も、部室に少しだけ顔を出してすぐに帰っていく。いつもは聞いてもいないその後の予定を聞かされていた俺が彼女を気にかけるのに、そう時間はかからなかった。

由比ヶ浜と同様に、雪ノ下も様子がおかしい。早退を申し入れる由比ヶ浜に目もくれず、「そう。ではまた明日」そう言って長机の端に積み上げた文庫本よりも大きめな冊子を黙々と消化していた。

また、読了速度が尋常じゃないペースであること、読書中の雪ノ下がはっきり言って情緒不安定であることが俺の不安に拍車をかける。

雪ノ下のほっそりとした足元に置かれた紙袋。その中に入っている読破した冊子はかなりの数である。
しかし、パラパラと捲っているだけで終わった物は計り知れず、たまに牛歩のようにじっくり読み込むことがあっても、雪ノ下の顔は苦虫を噛みしめるようなものに変貌している。

俺は好奇心に駆られて山のように積み上げられた冊子を手に取ろうとした。すると、雪ノ下は陽乃さんを思わせる威圧感で俺を萎縮させ、平塚先生よりも速い手刀で右の手の甲を叩き落とした。

「これは借り物だから、あなたが触って良いものではないの。ごめんなさいね比企谷菌」

いつもなら、お前それ謝ってんのと言い返していたと思う。でも、孤高の雪ノ下雪乃に私物を貸す人間がいて、それが恐らく由比ヶ浜結衣ではないことに俺は動揺していたんだと思う。

その日、どうやって家路についたのか。
俺は全く覚えていなかった。

金曜日の放課後。

作者に仕事しろとネットで延々と愚痴っていたシリーズ待望の新刊を手にしているのに、どうにも気分が乗らない。

曇天の空模様と午後から降り始めた小雨がより一層、鬱々としていて不愉快だ。

あの放送局また天気予報外しやがってと悪態をついて時間を潰すことが不毛であると悟った俺は、今日も雪ノ下を観察することにした。

部室には雪ノ下と俺しかいない。来る前に用意されていた紅茶を紙コップで啜り、今も高速で頁送りを繰り返す雪ノ下を眺めている。

由比ヶ浜は遅れてくるらしいが、来た所ですぐに帰っていくだろう。そう思うと、奥歯の歯軋りが俺に伝わってきた。

この時の俺は腹が立っていた...のだと思う。
縁を断ち切れない由比ヶ浜とそれを咎めない雪ノ下や平塚先生。なにより、比企谷八幡に対して。

俺は読み耽る雪ノ下を声をかけた。
「お前、最近なに読んでんだよ」
当然の疑問であった。だが、返事は期待していない。雪ノ下と由比ヶ浜の謎の冷戦が始まって以後、基本的に俺は話しかけてもシカトされている。雪ノ下の神経は本と、ポッドに残された紅茶の量に集中されているようだった。

その苛つきが声音に漏れていたのかは定かでない。が、雪ノ下はじっと俺を見つめた後、一言「名作」と答えた。

「はぁ?」

納得できない俺からの追求を逃れるかのように、雪ノ下は再び手元に目を落とした。
その様子に俺は行き場のない感情が濁流を起こしていることに動揺した。そして思案する。

分からない。理解する必要も、してもらう必要もない。そう思って生きてきた。なのに、どうしてこんなにも痛むのだろう。

深く考えてはいけない。
真面目に受け取るのなどもっての他である。
それがお前の処世術だったはずだ。

違う。アイツなら。アイツらなら。
そう考えた瞬間、俺は勢いよく立ち上がった。
雪ノ下が目線を向けたことに喜んで、そうした自分に嫌気が差した。ココカラデナキャ。

「俺、今日は帰るわ」雨、降ってるし。
「ええ、気を付けて。さよなら」

どんな言葉を期待した?比企谷八幡。
どうしてこんなに落ち込めるんだ勘違い野郎。

その日の帰り道、俺は雨の中を自転車で爆走した。俯く背中に、雨水が突き刺さるように降り注ぐ。頬と唇が歪んでいるのが自分でも分かった。

雨で判別がつかないとはいえ、グチャグチャな顔を拭わずにはいられなかった。人通りの少ない住宅街にブレーキのスキール音が鳴り響く。濡れた前髪をかきあげ、両手で顔面を覆う。やがて俺は天を仰いだ。いつだって、そうやって自問自答してきたから。

『あの日のことは、俺の勘違いだったのか?』と。

「久しぶりね」

「うん...。ヒッキーは?」

「今日は先に帰ったわ。依頼もなかったから」

「そっか...」

「それで...あなたの気持ちは変わったの?」

「!!」

「わたし、由比ヶ浜さんがあそこまで強情だとは思わなかったわ」

「ゆきのんこそ...。そういうのに興味ないと思ってた」

「わたしだって貴方と同じ年頃なのだから、こういう物に興味を持つのは当然のことよ」

「だね...。じゃあ、そろそろ決着をつけようか」

「そうね...」

「「...」」














「やっぱり新一くんは蘭ちゃんとくっつくべきだと思います!!」ドーン!!

「由比ヶ浜さん、それは間違いなの。彼は灰原さんと結ばれるべきなのよ」バーン!!

「「...」」

「ゆきのんさぁ、『時計仕掛けの摩天楼』とか、『瞳の中の暗殺者』を見たことないの?」

「由比ヶ浜さんこそ、昔の映画ばかりで最近の劇場版に疎いのがバレバレなのよ。『沈黙の15分』や『業火の向日葵』を見ることをお薦めするわ」

「アクションと爆発シーンに重点を置きすぎて肝心の推理ショーがお粗末な映画を何度も見る意味ないじゃん!!」

「!!由比ヶ浜さん、それは違うわ。初期の作品群も同じくらい爆発しているし、犯行動機もどんぐりの背比べでしかないわ」

「ち、違うしッ!!ソムリエの人とか凄い共感したもん!!」

「あの2人は幼馴染みで、小さい頃から仲良しなんだから結ばれる運命なんだよ」

「いいえ、それではわたしと葉山くんも運命で繋がっていることになってしまうから。由比ヶ浜さんの認識では成立しないわ」

「うぇぇ?そうなの?」

「えぇ。わたしと葉山くんの場合、100%あり得ないでしょうね」ニッコリ

「う~ん。でも、あの2人はお風呂とか一緒に入ってたし、映画じゃキスまでしちゃった仲なんだよ?」

「灰原さんも裸を見られているし、見てもいるわ。最近じゃ肉体の接触や下着を見られる事故が度々起こっているほどなのよ?」

「えぇ!!そうなの!?」

「...由比ヶ浜さん。あなたもしかして、原作を読んだことないのかしら」ジトー

「うっ。バ、バレた...?だってあの漫画、字が多くて読み込むの大変そうだし。アニメで見ればちょうど良い感じだったけど、いつの間にか違う時間になってたし」エヘヘ 

「全くもう、その程度の愛で正ヒロインの座を語るなんて。また比企谷くんが貴方のことをビッチと詰ってしまうわよ。あの人、コ哀派だから」

「そうなの!?」デモコアイッテナニ?

「ええ、灰原さんは妹だし、一途だし、飛び級のクールビューティなんてまさに彼好みでしょうね」ハヤハチノシンセキヨ

「あ~、確かにそれっぽいかも」

「それにコナンと灰原さんが高校生になったifストーリーのOVAがあるのだけれど、この時の蘭さんは正直同性として理解出来ない部分が色濃いのよ」

「そうなんだ。コナンくんが高校生ってことは10年後?てっことは蘭ちゃんは27歳で...平塚先生と同い年くらい?」

「!?」ゾクッ

「? ゆきのんどうかしたの?」キョトン

「いえ、なんでもないの。ただ、平塚先生が蘭さんの台詞を喋ったことを改めて想像したら、鳥肌が立ったみたい」

「ええ~? ゆきのんひどーい」ケラケラ

少女OVA鑑賞中...。

蘭『10年...待ったんだもん。もう10年、待っても良いよね?』ルールルールー ルルルールールル

「ぐすっ...。ゆきのん、あたしやっぱ蘭ちゃんが好きだな。凄くいいと思う。感動だよ」

「では彼女の配役を平塚先生に置き換えて、もう一度再生してみましょうか」カチッ

「それはいいよ!! ていうか、平塚先生は好きな人すらいないっぽいから参考にならないじゃないかな!?」

テコリン!!

「たしかに、平塚先生は口癖のように結婚したいと公言しているのに、『誰と結婚したいのか』には全く触れていないわね」

「そうそう」

「それに、周りの人がどんどん結婚していくことに焦りを感じているというメールが奉仕部のネット相談に匿名で送られてきたこともあったはず」

「うんう...あれ?」

「つまり、今の平塚先生は結婚すること自体が目的に成り代わっていると言えるわね」

「いや、流石にそれはどうだろう?」

「由比ヶ浜さんはそういう女性のこと、どう思う?」

「え、あー、まぁ、仮に結婚してもすぐに別れちゃいそうだよね...」

「そうね。つまり平塚先生はなるべくして今の状況に身を置いているということであり、心理的な改善が為されるまでは結婚するべきではないということね」



「...」プルプル

「帰って寝よう...」トボトボ



「まぁ、先生のことはおいとこうよ。あたし達に何かできるって訳じゃないし」

「そうね。なら本題に戻りましょうか」

「うん、やっぱりあの2人はお似合いだよ。お互いを想い合ってる感じで超素敵って感じ」

「そうかしら。わたしには、10年間一途に彼を想う理由に欠けている気がするのだけれど。はっきり言って、ここまで献身的な感情は母性愛や親愛的な領域に踏み入れているんじゃないかしら」

「ち、違うよぉ。そこは惚れた弱味ってヤツじゃないかな? ど、どうしようもないくらい人を好きになっちゃってもさ、ダメな所も可愛いっていうか、許してあげたいんだよ」

「...」ジー


「あ、いや、今のはそのあたしのこととかじゃなくて」

「由比ヶ浜さん。その程度の愛を秤にかけたとしても、コ哀の阿吽の呼吸や遠慮のない軽口で築き上げた信頼関係には敵わないのよ?」

「ゆきのんいつもより強情だね!?」



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