モバP「カタカタカタ……」 (69)

 ここは、名もなきアイドル事務所。

プロデューサー(以下P)(――静かなもんだな)

P(皆ほとんど出払ってるから、当然と言えば当然だが)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1465208551


 ぐぉーん。
 
P(聞こえるのはエアコンの駆動音に)

 ぺらっ。
 
P(時折混じる、紙の音)
 
 カタカタカタ。
 
P(そして俺がキーボードを打つ時に鳴る、このカタカタ音)


 ぐぉーん。ぺらっ。カタカタカタカタ……。
 
P(あぁ、キーボードを叩けども叩けども)

P「――終わらない雑務の山であった」ぼそっ


P(大体、こういう単純作業は眠くなるからいかん)

P(ここのところ寝不足気味だしなぁ……)

P(このままだと能率も落ちる一方だろうし、キリのいいところで一旦手を止めて休憩でも――)


 がちゃ。
 
唯「ふぃー、たっだいまー!」

杏「おぉう……空調の効いた室内のなんと快適なことか……」

杏「……よっと、ソファーにだーいぶ!」どさっ。



P「おっ、二人とも帰って来たか」

P「レッスン、真面目に頑張ったか? 今回はお目付役が一緒じゃないから、ちょいと心配してたんだぞ」

杏「失礼しちゃうね。杏たちはいつでも全力、アイドル活動に大真面目だってのにさ」ごろごろ。


P「杏が言うと、不思議と説得力がないなー」

杏「そりゃ。説得しようとしてるんじゃなくて、事実を述べてるだけだからね」


P「こやつめ、屁理屈をこねおる」

P「こねるのなら、今からでもみちる達の所に合流しに行ってもいいんだぞ?」

P「駅前の料理教室で、『アイドルと一緒にパン作り!』の仕事をやってるとこだから」


杏「やだよ、そんな面倒な……ん?」

杏「ちょっと待ってよプロデューサー。今日、みちると一緒なのって確か……」

P「フレデリカだな」


杏「……人ごとだけどさ、なんだってその二人で組ませたの?」

P「みちるといえばパン。パンといえばフランス。フランスといえば――」


唯「フンフンフフーン、フンフフー……」

P&唯「「フレデリカ~♪」」


P「……と、いうわけだ」

唯「軽い理由だね☆」

杏(安直だなぁ)


P「とはいえ、あっちにはちゃんとお目付役として大人もつけといたからな」

P「そうそう暴走することもあるまい。多分」


杏「一応聞いとくけど……そのお目付役って、誰さ」

P「日下部さん」

P「『頼りになるのは貴女だけなんです!』って俺がお願いした時は、凄く喜んでたよ」

杏(災難だなぁ)


唯「でもさでもさ! そーゆーお仕事も、チョー楽しそーだよね!」

唯「なんかいーな、いいなぁー」

唯「ふふんっ。ねぇねぇプロデューサーちゃん! 今度のゆいのお仕事もさ、そーゆー感じの、何か体験する系のにしてよ!」


P「んー? 体験系のお仕事ねぇ」

唯「そうそう! えっと、例えばぁ~……」


唯「例えば、そう! キャンディ作りの体験とか、良くない? お仕事終わった後で、できたてのアメが貰えるんだー☆」

杏「飴となっ!?」ぴくっ。

杏「ね、ねぇプロデューサー? ホントにそんなお仕事を予定するならさ……」

P「うん。悪くないかもしれんなぁ……唯と、残りのメンバーは」

杏「はい! はいはいはいっ!」ひょこひょこ


P「お菓子だからな。ここはやっぱり、なるべくなら小さい子を入れたいが」

唯「ウチの事務所で選ぶなら~、ありすちゃんとか、若葉ちゃんとか?」

P「唯。それ本人たちの前では絶対に言うなよ」

唯「にひひひっ。ジョークジョーク☆」


P「とはいえ、あの二人以外から選ぶとなると……」

杏「ここ! ここに小さい子がいるよ!」ぴょんぴょん

P「意表をついて、文香なんかに任せるのもいいかもしれんな」

杏「なんでっ!!」


P「なんでって、そりゃあ」

P「――知識だけでなく、経験として未知の領域に足を踏み入れる鷺沢文香」

P「最初は初めての飴作りに戸惑いの色を浮かべるが、本を読むだけでは知ることのできないその体験は、
  彼女の心の中に実践した者でないと得られない、本物の知識を刻み込むのだ」

P「するとどうだろう? 飴作りに没頭する文香の瞳は次第にらんらんと輝き始め――」

P「最後には作業に熱中するあまり、汗で額に前髪を張り付けながら、
  満足そうな笑顔と共に出来上がったばかりの飴を持ってこう言うのだ」


文香『……どうやら私は……また一つ、物知りになってしまいました』


P「くぅ~っ!! たまらんっ!!」

杏(プロデューサー、気持ち悪いぐらいに悶えてる)

唯(話を振ったのはゆいだけどさー)

杏&唯(これは正直、ちょっと引くなー)


P「文香! その出来上がったばかりのべっこう飴は俺にくれぇっ!!」

P「――あっ」


文香「…………」

文香「…………」ぺらっ。


唯「あれ? 文香ちゃんっていつからいたの?」

杏「杏たちが戻って来た時には、もうそこで本読んでたよ」

P(……忘れてた)

===

 がちゃ。
 
千夏「ふぅ……ただいま」

ライラ「ライラさんもー、ただいまですよー」がさがさ


唯「ちなったんもライラちゃんも、おかえりおかえり~!」

杏「ん、お帰りー」


杏「ところで……何持ってんの、二人とも?」

千夏「ふふっ、これのこと?」がさり。

ライラ「これはですねー」がさがさ。


唯「分かった! 皆へのおみやげだねっ! ヤッター!」がたたっ。

千夏「おっと危ない」ひょい


千夏「唯ちゃん。もう少しあなたは、落ち着きを持ちなさい」

唯「あはっ☆」

ライラ「いきなり飛び込んできては、危ないのですよー」


杏「……で、それは?」

千夏「あぁ、そうだったわね。ライラちゃん」

ライラ「じゃんじゃん、でございますー♪」


デデーンッ!!
 『アイスキャンディーの型』


ライラ「材料も、ほら! こんなにありますです!」ごちゃぁ……。

杏「お、おうっ……!」

唯「ふぇー、なんかめっちゃ買って来たんだー」


千夏「今からちょこちょこっと作って冷やしておけば、おやつの時間には食べられるでしょう?」

ライラ「お仕事帰りに、チナツさんが買ってくれたのでございますよー」

杏「へぇ、あの千夏さんがねぇ」

唯「良かったじゃんライラちゃん! ちなったんがお仕事帰りに――」


唯「……え、えぇっ!? ちなったんがっ!!」

杏「あ、杏たちには仕事帰りの買い食いすら許してくれない、あの千夏さんがっ!?」

唯「ゆい達がどれだけキャンディ買ってっておねだりしても、いつもは『我慢なさい』一点張りの、あのちなったんがっ!?」


千夏「まぁ、たまにはこういうのも良いと思ったの」

千夏「それにね、二人に極力買い食いを許さないのは、いつもPさんが用意した飴玉を仕事先でも勝手に食べてるからよ」

千夏「私が我慢なさいと言ってるのも、甘い物の食べ過ぎになるから注意してるだけ」


ライラ「おー、食べ過ぎはよくないですねー。わたくしもアイスは食べ過ぎないよう、よくマユさんに注意されてますです」

ライラ「お腹がゴロゴロ。カミナリサマになるのですよー」


唯「あ、アメはいくら舐めても、お腹痛くなったりしないって!」

杏「そうだそうだ! せいぜい虫歯になるくらいだ!」


千夏「えぇ、ホント……杏ちゃんの言う通りね」

千夏「これからのためにも、Pさんと相談して、普段食べる飴の量を今以上に厳しく管理した方がいいかしら?」

千夏「アイドルが虫歯だなんて、笑い話にもならないもの……ふふっ」


杏&唯(あ、軽く流された)


千夏「ところで……そのPさんはどこかしら?」

千夏「一応、戻って来たって一声かけておきたいのだけど」

唯「あ、あぁー……プロデューサーちゃん?」

杏「あの人なら、ほら、そこで土下座してるよ」


P「…………」

文香「…………」ぺらっ。


千夏「あらあら、今日の相手は文香ちゃんなのね」

唯「そーなんだってちなったん! 文香ちゃんがねー?」

杏「読書モードってゆーの? 声かけても何の反応も返って来なくってさー」

杏「本読んでて気づいてないのか、怒ってて無視されてるのか分かんないから、ああやってずっと土下座してるんだよね」


千夏「なるほど、ね。それじゃあ、声をかけるのはまた後にするわ」

千夏「それまでは、ライラちゃんとこれで」がさがさ。「アイスでも作って待っていようかしら」


唯「あっ! だったらさ、ゆいも一緒に作るー♪」

杏「よーしっ! だったら私も、アイスが出来上がるまで全力でだらだらして待ってるよ!」

千夏「はいはい。それじゃあ、調理場の方へ行きましょうか――ライラちゃん!」


ライラ「はい?」

杏(なんでプロデューサーと一緒に土下座してるんだ、あの子は)


千夏「アイス、作りにいくわよー」

ライラ「おぉ! ライラさん、すぐにまいりますですよー!」ぱたぱた


 がちゃ、ばたん。

 
杏「…………」

P「…………」

文香「…………」ぺらっ。


杏(……杏も、もうひと眠りするかなー)

杏(いや、さっきは寝てないから、初眠りだけども……ま、いいや)ごろん。

 
P「…………」

文香「…………」ぺらっ。

杏「……ぐぅ」
 
 ぐぉーん。ぐぅぐぅ。ぺらっ。ぐぉーん。

===

 ……どたどたどたどたっ!
 
 どたたたたっ! がたーんっ!!

 
杏「おおっふっ!?」びびくんっ!!

杏「な、なになになにっ!?」

 
そら「へーい! たっだいまー☆」

ありす「た、ただいま……うぷっ、も、戻り、ました……」

杏「……お、お帰り」


そら「ほいっと!」

 たたん。

 
ありす「う、うぅ……地面がゆ、揺れてます……」

杏「だ、大丈夫なの? おでこが……いや、顔が真っ青だよ?」

ありす「だ、大丈夫れす……少しだけ、そらさんに酔っただけですから」

そら「ありすちゃんがね、事務所にもどってくるとちゅうでころんじゃって!」

そら「もうあうちっ! べりべり、でんじゃーって思ったから、ここまでそらちんがおんぶしてあげたんだ!」


ありす「あ、あれはですね! こ、転んだんじゃなくて、躓いたんです!」

そら「えぇー? でもでもどたばーん☆ って、こう、地面のうえですーぱーまんみたいに――」

ありす「わ、わー! わーっ!!」わたわた

杏(あぁー……だからおでこが赤いんだ)


ありす「と、とにかく! 私は大丈夫ですから! 万事異常ありません!」

そら「あ! プロデューサーも地面に寝そべって、ありすちゃんのまねかな?」

ありす「そ、そらさん! 人の話は最後まで聞いてください!」ぱたぱた


P「…………」

文香「…………」ぺらっ。

ありす「えっ」

杏(プロデューサーの土下座が、いつの間にか土下伏せになってる!?)

※土下伏せ 参考画像
http://i.imgur.com/SprAXwT.jpg


ありす「……なんなんですか、一体」

そら「寝ちゃってるのかな? すりーぴぃ?」

そら「はろー☆ プロデューサー! おきておきて!」ゆさゆさ

P「はっ!?」

P「お、おうっ? そらに……ありすじゃないか! 二人ともお帰り!」


ありす「は、はい。戻りましたけど……」

ありす「どうして事務所の床で寝てたんですか? それも、文香さんの前で」

P「ね、寝てない寝てない! 実は、ちょっとやらかしちゃってな!」

P「誠心誠意の謝罪を、文香にしてたとこなんだよ!」

そら「でもプロデューサー、よだれたれてるよー?」

P「はっ!?」じゅるり


ありす「最低です」

杏「あちゃー、これは弁解できないなー」

文香「……やっぱり、寝てらしたんですね」

そら「ぐっどなどりーむは、見れたかい☆」


P「ち、違う! そんなつもりは微塵も――」


P「っていうか文香!」


文香「……はい?」

P「いや! きょとんとしてないで!」

P「いつから!? ねぇ、いつから俺の土下座に気づいてたの!?」

P「気づいてたなら声かけてよ! 止めどきが分かんないじゃん!?」


文香「……あぁ……!」

文香「……プロデューサーさんの土下座には、確かに気がついていました」

文香「丁度そう、千夏さんとライラさんが戻ってらした辺りから、ずっと……です」

杏「それじゃ、土下座始めてからかれこれ一時間以上は経ってるじゃん」


ありす「どうして、文香さんはプロデューサーに教えてあげなかったんですか?」

文香「それは……」

そら「それはー?」


文香「……本を、読んでいましたから」

P「…………」

杏「…………」

ありす「…………」

文香「……後は、そう……よく眠ってらしたようだったので」

文香「……起こすのも、悪いかと」

そら「うんうん☆ それじゃあ、しょうがないね!」


そら「人生はなにごとも、とらいあんどえらー!」

そら「いつかせいこうするその時まで、なんどだってちゃれんじ☆ 大切だよね! プロデューサー!」

P「ん、んん? まぁ、確かにそれは大切だけど……?」


そら「だからプロデューサーは、このままどげざ☆ とぅ、こんてにゅー!」

そら「そーしたら文香ちゃんも、今度は気づいてくれるよ! 多分!」

文香「は、はい! そらさんのおっしゃる通り」

文香「こ、今度は土下座するプロデューサーさんへ自然に声をかけられるよう、気をつけて読書をしますから」

文香「……が、頑張ります!」


P「っ!!」

ありす「っ!!」

ありす(恥ずかしそうに頬を染めながら宣言する、文香さんの決意された表情!)

P(な、なんという破壊力! だが――)


P「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

P「勢いに流されてるけど、なんか話がおかしい――!」

ありす「ふ、文香さん! 及ばずながら、私もお手伝いします!」押しのけっ!

ありす「ほら! なにをぼーっとしてるんですかプロデューサーさん! 早く文香さんの前で、土下座……」

ありす「いえ! 土下埋まりなりなんなりしてください! 文香さんが『良し』と言う、その時まで!!」

===

 わいわいがやがや。
 
千夏「――なるほど。なにがあったのかは理解できたけど」
 
千夏「少し離れてただけで、随分とまぁ賑やかだこと」

杏「うーん……そうだね」


そら「ふれっ! ふれっ! プロデューサー!」

唯「ガンバっ! ガンバっ! ふーみーか!」

P「…………」

ライラ「…………」

文香「…………」ちらっ。


ありす「っ! 今です! 文香さん!」

ありす「さりげなく、声をかけて!!」

文香「…………!」そっ。

そら&唯&ありす(行けるか―っ!?)

文香「…………」ぴたっ。

そら&唯&ありす(あぁーっ!?)


文香「……あ、あの」

ありす「なんです!?」

文香「やはり、こういうのは……応援されながらだと、その……」

文香「……わざとらしく……なってしまいませんか?」どぎまぎ


そら「どんとうぉーりー☆ ふみかちゃん!」

唯「そうそう~♪ こーゆーのは、少しぐらいわざとらしい方がいーんだって♪」

ありす「要は、勢いです! 文香さんの気持ちを、思い切ってぶつけることが大切なんです!」

文香「そ、そういう物なのですか?」

ありす「そうゆうものなんですっ!!」


千夏「……まるで愛の告白ね、これじゃあ」

杏「ホント、みんなよくやるよねー」

杏「わざわざさっきの状況まで再現しないでもさ」

杏「とりあえず文香さんが怒ってなかったのが分かったとこで、謝って終わらしとけばいいのに」

杏「まっ、一番の問題はそれに付き合っちゃうプロデューサーなんだけど」


千夏「ふふっ、そうね。ホントにあの人には困ったものだわ」

杏「言ってるわりに、楽しそうだよね千夏さん」

千夏「退屈はしないわね。それに……」

杏「それに?」


千夏「誰だって、時には息抜きも必要よ」

千夏「それも連日、私達のために遅くまで頑張ってくれてる人ならなおさら、ね」

===

 がちゃ。


まゆ「ただいま、戻りましたぁ」

日菜子「ただいまですよぉ~」

日菜子(そしてあの人から『お帰り』と声をかけられて……むふ)

日菜子(事務所とはいえ、一つ屋根の下には変わりありませんものねぇ)


千夏「あら、二人ともおかえりなさい」

杏(……なんてタイミングで戻って来るんだ、この二人は)


P「…………」

ライラ「…………」すやぁ。

文香「…………」

まゆ「…………」

日菜子「…………」


まゆ「……プロデューサーさん? 何を、なさってるんですか?」

日菜子「これはこれは……今日はまた一段と強烈なシチュエーションですねぇ~」


唯(ヤバッ! まゆちゃんじゃん!)

そら「おぉ! はい☆ おかえりー!」

まゆ「あ、はぁい。ただいまです」ぺこり

まゆ「――こほんっ」

まゆ「ではなくて」


まゆ「これは一体全体、どういう状況なんですかぁ?」

まゆ「もちろん、説明はしてもらえますよね……皆さん?」

まゆ「……うふっ」


杏(目が笑ってない)


ありす「あ、あの、これは、その……」

まゆ「……はぁい?」

ありす「え、えっと! あ、いや、つまりですね……!」ぷるぷるぷる……。

文香「…………」すっ。

ありす(文香さんっ!?)

文香「……まゆさん。実は、少し前にプロデューサーさんが……」


『説明中』


文香「――と、いうわけでして。悪いのは、私なのです」

文香「どうか、ありすちゃんたちを叱らないであげてもらえませんか?」

文香「代わりに、私でよければ……どんな責め苦でも、受けますから」


まゆ「…………」

まゆ「なるほど、そうでしたか……」

文香「……はい」

ありす「あ、あぅ……」おろろ

===

日菜子「むふっ、まぁまぁまゆさん。少しばかり落ち着きましょうよぉ」

まゆ「日菜子ちゃん……」

日菜子「お話を聞けば、発端はPさんの妄想が原因なわけでぇ」

日菜子「だったら悪いのは文香さんじゃなく、恥ずかしい妄想を周囲に垂れ流した、Pさんの方ですよねぇ?」


ありふみ「……!」

まゆ「それは確かに……まゆ以外の女の子のことを考えていた、プロデューサーさんにも落ち度はありますけど」ちらり。

P(ヒェッ!?)


日菜子「……でしょう?」

日菜子「妄想は素晴らしいものですが、やっぱり時と場合はわきまえないといけません~」

千夏(あら、アナタがそれを言っちゃうのね)


日菜子「でもぉ、そんな問題の解決方法を、日菜子はズバリ、知っています」キリッ

日菜子「それは、己の妄想力に合わせて自制心も鍛えることです」

日菜子「そうすれば……例え所かまわず妄想しても、それを表に出して人様に迷惑をかけることは無くなるでしょう」


P「し、しかし! できるのか、日菜子!? こんな俺でも、そんな自制心を身に付けることがっ!?」


日菜子「むふっ、もちろんですよぉ」

日菜子「だからPさん……これから日菜子と一緒に、二人っきりで妄想の世界を育む特訓をしましょう」

日菜子「そしてその特訓の中、二人は……むふ、むふふっ」

まゆ「――待って下さい、日菜子ちゃん」

まゆ「プロデューサーさんと二人……貴女はPさんを連れて、一体どこへ行こうというのかしら?」


日菜子「……どこって、決まってるじゃあないですかぁ」

日菜子「二人で素敵な、夢の世界に……ですよ~」

日菜子「むふ、むふふっ」

まゆ「うふ、うふふっ」

===

まゆ&日菜子&若葉「ふふふふふふっ」

まゆ「えっ!?」

日菜子「へっ!?」


若葉「うふふふふ~」

若葉「何々どうしたの~? なんだか二人とも、楽しそうねぇ~」にこにこ。

まゆ&日菜子「若葉さんっ!?」


若葉「はい~。日下部若葉です~」

フレデリカ「ちなみにフレちゃんとー」

みちる「あたひもいっひょれふよ!」フゴッ!


杏「あれ? でもなんで……三人とも、駅前の料理教室でお仕事だったんじゃ?」

P「そ、そうだぞお前たち! 体験教室の仕事はどうしたんだ!」


フレデリカ「のんのんのん、慌てない慌てなーい」

フレデリカ「急がば回ったのに大遅刻ってねー!」

フレデリカ「その質問に答える前にー……突然ですが、ここでクイズです!」


じゃらじゃじゃんっ!
 『クイズ! ナニデレカ~☆』


フレデリカ「回答者のプロデューサーに、ズバリお答え頂きたい! 現在の時刻は、何時でしょ~?」

P「えぇ? 確かまだお昼前――」


P「……あぁっ!? いつの間にこんな時間になってるんだ!?」

若葉「そうなんです~。とっくにお昼は、過ぎちゃってるんですよ~」

みちる「あたし達もお仕事が終わったから、ご飯を食べるために帰って来ただけなんです!」


フレデリカ「なのにみーんな、まゆちゃんと日菜子ちゃんに夢中なんだもん」

フレデリカ「みんなはお昼、もう済ましちゃった?」

フレデリカ「もしまだならー、アタシ達が作ったお土産のパンがこんもりあるから」

フレデリカ「これから優雅に、ランチキタイムしようよ♪」

みちる「どれも美味しい自信作ですよ! 味は、あたしが保証します!」


『その時、みちるの掲げたパンの匂いに触発され、乙女達の可憐な腹の音が部屋中に響き渡った!』


そら「――うっぷす! 言われてみればたしかに、そらちんべりー☆はんぐりーだった!」

唯「ゆ、ゆいもそう! もーなんか、お腹すき過ぎてヤバヤバって感じ!」

杏「あ、杏も! 確かに、お腹空いたなー……」

ありす「わ、私は別に――」

杏&唯(ありすちゃん!)

ありす「っ!!」

ありす「――お、お腹は減ってます……!」

P(……よくよく考えてみりゃ、皆お昼を食べるために事務所に戻って来てたんだもんなぁ)


まゆ「……皆さん」

日菜子(さすがの日菜子でも、妄想で空腹は誤魔化せませんものねぇ)

===
 
P(で、結局――)

 
そら「うーん! このパン、とってもやみー☆」

そら「ふわふわの、もっちもちで、はっぴー☆ な気持ちになれるよね!」

みちる「ふぁい! ふぁふぇふぇふふぉふぃっふぇ――」

千夏「みちるちゃん。食べながら口を開かない」

みちる「んぐっ……はい! 食べてる時って、幸せに包まれますよね!」


唯「あ、ゆいもそれわっかるー! 満たされてるって感じー?」

杏「んー、杏はそれでも、だらだらしてる時が幸せだなぁ」

千夏「だからって、ソファに転がったまま食べるのはよしなさい。パン、喉に詰めちゃうわよ?」

杏「ふぁーい」


ライラ「フゴフ……ミチルさん、ミチルさん」

みちる「はい? どうしました?」

ライラ「あのですねー、このパン……少しばかりお家に持って帰っても、よいでございますかー?」

ライラ「その、とっても美味しいパンなのですがー。残念なことにわたくしの体には、食いだめ機能はないのでございますー」


杏(食いだめ機能って)

唯(ロボットっぽい気はしないでもないけどさー)


みちる「もちろん! 大歓迎だよ!」

みちる「それに、ライラさんさえよければ、帰りに家のお店に寄って行ってください!」

みちる「実は今度新作パンを出す予定で、試作の味見をしてくれる人を探してたんです!」

ライラ「おー!なんと魅力的なお誘い……よろしいのでございますかー?」


みちる「はい! あたし、自分が食べるのも好きですけど、誰かが美味しそうにパンを食べてる姿を見るのも、好きですから!」

ライラ「ライラさんも美味しいものを食べるのは、好きでございますー」にこっ。

みちる「あははー! 一緒ですねー!」にぱっ。


杏&唯(なんかどっちも、ロボットっぽい)

千夏(……こういうのも、餌付けっていうのかしら?)


フレデリカ「じー……」

文香「…………」さくっ。

文香「…………」さく、さくさく。

ありす「…………」もぐもぐ。


フレデリカ「んでんでんで……どうかなかな? アタシの焼いたパンの味?」

文香「……あ、す、すみません。食べるのに、夢中で……」

文香「とっても……美味しい、です」


フレデリカ「……! だっよねー♪」

フレデリカ「あっ! だったらさ! なんで美味しいのかも、知りたい? 」

フレデリカ「まっ、知りたくないって言っても、教えちゃうんだけどー」

文香「……えぇ、是非に」


フレデリカ「ふふーん♪ 実はね~」

フレデリカ「このパンが美味しいその秘密は、フレちゃん流の愛情をたっぷりと練り込んであるからなのだー!」

ありす(っ!)がたたっ!


文香「まぁ……! そうだったんですか……!」

文香「……空腹は最高の調味料とは言いますが」

文香「やはり……料理には愛情も、大切なのですね」

フレデリカ「わぉ! 面と向かって言われると、流石のフレちゃんでも照っれるー♪」


ありす「ふっ、ふっ、フレデリカさんっ!」

フレデリカ「ん? どしたのどしたのー?」

ありす「あ、愛情だなんて! いきなり何を言いだしてるんですかっ!?」

ありす「そ、それもよりによって自分と同じ、ど、ど、どう――!」


フレデリカ「同僚?」

ありす「違います!」

フレデリカ「同棲?」

ありす「合ってますけど字が違います!」

フレデリカ「じゃあじゃあ、もしかしてどうて――」

文香「そこまでですよ、フレデリカさん」すっ。

ありす「ふ、文香さん……!?」


文香「……ありすちゃんはどうやら、愛情の意味を早とちりしてしまったようですが」

文香「何も恋愛事だけに、愛情という言葉が使われるわけではありません」

文香「愛情という言葉の中には、相手の事を想い、慈しむ気持ち――」

文香「相手の事を大切にしようという心を表現するのにも、使われるのです」そっ。


ありす「……あっ」

文香「それは勿論、相手が異性だろうと、同性だろうと、同じこと」

文香「例えば……日頃からこんな私を慕ってくれるありすちゃんにたいして、私が愛情を感じてると言っても……」

文香「ありすちゃんは、同性間に生まれうる愛情の存在を、否定してしまうのですか?」

ありす「は、はぅぅ……!」どぎまぎ。


フレデリカ「…………」ぽつーん。

フレデリカ(……こーゆーのって、なんて言うんだっけ?)

フレデリカ(耽美的? エロティシズム?)

フレデリカ(文香ちゃんは意外に、天然ジゴロみたいなとこがあるもんねー……基本、ありすちゃん限定だけど)

===

まゆ「あの……今日はごめんなさい。皆さんに、またご迷惑をおかけしてしまって」

日菜子「まゆさんだけじゃ、ないですよ~……日菜子の方こそ、余計な口を挟んじゃいましたからぁ」

若葉「ふふっ。まぁまぁ二人とも、反省して皆にも謝ったんだから、この話はもういいじゃない~」

若葉「それよりも美味しいパンと~、紅茶はいかが~? カフェオレも、ありますよ~」


P「あ、日下部さん。良かったら俺にもコーヒーを一杯……砂糖とミルクたっぷりの、甘いヤツをお願いします」

若葉「……はい~、了解です~」


 とぽぽぽぽ。


若葉「どうぞ~。インスタントだけど~」

まゆ&日菜子「あ、ありがとうございます」

若葉「プロデューサーさんは、コーヒーでしたよね~」

P「えぇ。ありがとうございます」


まゆ「……美味しいパンと、甘い飲み物」

日菜子「ほぅ……なんだか、とっても落ち着きますねぇ」

P(うーん。みんな美味しそうに食べてるなぁ)

P(俺も土下座してなけりゃー仕事もひと段落ついて、今頃は一緒にパン食べてるハズだったのに)


P(まっ、しょうがない)

P(身から出た錆。今はコーヒーだけで我慢して――)

P「…………」ズズッ。

P「……苦い」


P「……あの~、日下部さん」

若葉「はい、なんですか~?」

P「このコーヒー凄く苦くて……ブラックのままな気がするんですけど……」

若葉「あらあらぁ! 実はお砂糖とミルク、切らしちゃってたんですよ~」にこっ。


杏「唯ー、コーヒーに入れるお砂糖とって」

唯「おっけおっけ、ほーい☆」

千夏「調子に乗って、余り入れ過ぎちゃだめよ、二人とも」


ありす「ふ、フレデリカさん? 私の分の飲み物を用意してくださるのは嬉しいですけど」

フレデリカ「おっ! お礼のハグでもしてくれるー?」

ありす「し、しませんよ! じゃなくて……」

ありす「ぎゅうにゅ……いえ、ミルクを入れ過ぎじゃないですか? いつまで注ぐつもりなんです?」


フレデリカ「えー? だってありすちゃんってば、ストップって言わないんだもーん」

ありす「ならストップ! 今ここでストップです! それ以上は――!」

フレデリカ「ふふっ。オーダーは、フランス語でお願い致します……マドモアゼル?」

ありす「ふざけてないで早く止めてくださいっ!」わたたた。

ありす「か、カップから溢れてしまいます!」


P「……あれは?」

若葉「…………」にこにこ。

若葉「『頼りになるのは貴女だけなんです』」ぼそり。

P「……うっ!」


若葉「Pさん~? どうして私が引き受ける時に、あの二人が相手なのを内緒にしてたんですか~?」

若葉「私はてっきり~、ありすちゃんやライラちゃんの面倒を見るものだとばかり思ってたのに~」

若葉「……ま、まぁ。それだけ手のかかる二人だからこそ、
   頼りがいのある私を選んでくれたんだなんて、思えなくもないですけど~」


若葉「それでも今日の料理教室を滞りなく進めるの~、とぉっても大変だったんですからぁ~」にこにこ。

P(う、うぅ……紛れもない満面の笑みだというのに、この迫力!)

P(なんのかんの言われても、やはり彼女もオトナの女性!)

P(誤魔化そうにもまゆや日菜子と違って一筋縄ではいかんのか!? ならば――!)


P「も……」

P「申し訳、ございません……!」

P(ならばここは素直に頭を下げる! それが大人のやり方だっ!!)


若葉「ダメです~♪」

P(玉砕っ!?)


若葉「罰として~、お仕事が終わるまでは、美味しいパンも甘いコーヒーもお預け~」

若葉「ちょっと意地悪かもしれませんが~、私だって、怒る時には怒るんですよ~?」

若葉「悪い子にはちゃんとお仕置きを。私も、オトナですからね~」

P(それにしてはやり口が子供っぽいんだよなぁ……)

===

 ぐぉーん。ぺらっ。カタカタカタ……。
 
P(――さっきまではあんなに賑やかだったのに)

P(午後のレッスンや仕事で人がいなくなると、まぁた静かな時間に逆戻り、か)

P(そしてキーボードを叩けども叩けども)

P「――終わらない雑務の山であった」


P「……とはいえ」


 ……カタカタカタ――タンっ!
 
 Pの机の上には、あれから若葉が入れなおしてくれたコーヒーが甘い湯気を立てており、
 カップの隣には杏と唯が差し入れだと分けてくれた飴の包みが転がっていた。
 
 Pは無造作に飴玉を一つ手に取ると、その包み紙を開いて口の中に放り込む。

「むぅ……甘い」

 ころころと口の中で飴玉を転がしながら、気合を入れるように伸びをすると、Pが再びキーボードを叩きだす。
 
 本を読んでいた文香は、そのカタカタという音が朝と比べて随分と軽やかになっていることに気がついた。


(……息抜きもそうですが……その息の抜き方も、同じぐらいに大切ですね)

 同じ本を読んで過ごす休日も、事務所と店では随分と違った気分にさせてくれるものだ……
 そんなことを考えながら、文香も再び、本の世界へと没入していく。
 
 ぐぉーん。ぺらっ。カタカタカタ。

 しばらく経つと、部屋にはページを捲る紙の音と、キーボードが鳴らすカタカタという音だけが響くようになった。

 次に事務所が賑わいを見せるのは、きっとアイスキャンディーの出来上がる、おやつ時の事であろう。

以上、おしまいです。

それではお読みいただき、ありがとうございました。

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