岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その3 (1000)

前スレ

岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」
岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」 - SSまとめ速報
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岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その2
岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1452430092/)

・シュタインズゲートゼロのネタバレ有り
・グロ描写注意
・!orz進行


・・・

かがりの記憶
2005年6月30日
山奥にある施設の一室


ポツ ポツ ザァァァァ……


かがり「……窓の外、雨の音。水の、匂い……」


   『ママがかがりちゃんくらいの歳の頃はね、雨が降るのは楽しみだったんだ』


かがり「ママ……? ママに会いたい……」

かがり「……? これ、じゃま……頭のも、体じゅうについてるひもも……」ブチッ ブチッ

かがり「窓の外、雨、ママ……会いたい……」


   『今日のご褒美は要らないのかい?』


かがり「"教授"さんのごほうび、痛くて気持ちいいやつ……それも好きだけど、ママに会いたい……」

かがり「あの窓の外に、ママが……?」

かがり「私の体なら、窓を開ければ、通れるかな……」ヨイショ

駐車場


かがり「わふっ!」ポフッ

かがり「あ、あれ? 窓の下、やわらかい……だんぼーる?」


ブルン!! ブロロロロロロ……


かがり「トラックの荷台……ママのところに連れて行ってくれるの?」

かがり「待っててね、ママ……今いくからね……」


ザァァァァ……


かがり「(雨が痛くないなんて、変な感じ……なんで変なんだろう?)」

雑司ヶ谷霊園付近


ブロロロ…… キィー


かがり「トラック、止まった……? ママがここにいるの……?」

かがり「降りなきゃ……よいしょ、きゃっ」ドテッ

かがり「いたた……でも、いつものごほうびよりは痛くないなぁ」


ブルン!! ブロロロロロ……


かがり「トラック、行っちゃった……。ママ……ママ、どこに居るの?」


   『後で君を迎えに行くからね』


かがり「"教授"さんが迎えにくるまでに、ママをみつけなきゃ……」

都電荒川線 都電雑司ヶ谷駅ホーム上ベンチ


かがり「……雨、やまないなぁ」

少女「……迷子ですか?」

かがり「(この子……とっても美人。でも、中身は私に似てる……)」

少女「……私も、小さい頃から知ってる女の子が、ずっとふさぎ込んでて、なんて言ってあげたらいいかわからなくて、自分には、何もできないのかなって」グスッ

かがり「女の子……?」

少女「椎名まゆりっていう、幼馴染なんです」

かがり「椎名……まゆり……」

かがり「(なんだろう……とっても大切なひびき……うた……?)」


   さーがーしーもの、ひとつー

   ほーしーのー、わらうこえー

   かーぜーにー、またたいてー

   てをのばーせばー、つかめるよー



少女「……素敵な歌、ですね」

かがり「(どうして私、歌を……)」

少女「……私にも、まゆりの心をつかむこと、できるでしょうか」

かがり「…………」

少女「……私は行きます。まゆりの心を取り戻しに」

少女「あなたも……きっと見つかると思います。大切な探し物」ニコ

かがり「…………」ドキッ

少女「……ありがとう」ダッ

かがり「(……天使)」


レスキネン「捜したよ、かがり」

かがり「教授……今私、ここで天使に会ったんです」

レスキネン「ほら、行こう」スッ

かがり「この世のものとは思えない、とっても可憐な女の子で……すごく胸が、ドキドキしました……」

レスキネン「どうしたんだい?」

かがり「……きっとこの雲の隙間から、天使が降りてきてくれたんだなぁって」

レスキネン「洗脳が弱くなっている……。明日からはご褒美を増やしてあげないとね」

かがり「……私、行かなきゃ。天使が私を、ママに会わせてくれるっ」ダッ!!

レスキネン「おっと、また逃げられてしまった。まあ、すぐに戻ってくるだろう」prrr prrr

レスキネン「"私だ。例の街宣車を頼む"」


かがり「行かなきゃ……行かなきゃ!」タッ タッ


プァァァァァァァン キキィィーーーーーーッ!!


・・・

2011年1月16日日曜日
御茶ノ水医科大学医学部付属総合病院


かがり「…………」

かがり「……生きて、る?」

まゆり「かがりさん! オカリン、かがりさん気が付いたよ!」

倫子「かがりさんっ!」

かがり「私……」

倫子「……トラックにはねられたの。っていっても、ケガはなくて、気を失ってたから救急車を呼んだんだけど」

まゆり「オカリンがね、守ってくれたんだよ。かがりさんが無事でよかったぁ……」ウルウル

まゆり「2人とも死んじゃったのかと思って……まゆしぃは……まゆしぃはぁ……」グスッ

倫子「……私は死なないよ。絶対に」

倫子「(2025年までは、絶対に死なない。それがわかっていたからあの時、かがりちゃんを助けるために道路に飛び出すことができた)」

倫子「(それに、エレファントマウスで主観時間が引き延ばされた。だから的確にかがりちゃんを救うことができた)」

倫子「(どういうわけか、かがりさんの過去の一部を見ることになっちゃったけど……まさか、過去で私たちが出会っていたなんて)」

かがり「私も、ぼんやり、覚えてます……岡部さんが、飛び出してきてくれたこと……」ウルウル

かがり「ごめんなさい。私、どうかしてた。ありがとう、大好きっ」グスッ


まゆり「よかったよぉ、かがりさぁんっ!!」ダキッ

かがり「まゆり、さん――――」ドクン

かがり「(この、匂い……やわらかさ……あたたかさ……間違いない……)」ドクンドクン

かがり「……ママ……ママだ……」プルプル

倫子「……えっ?」

かがり「……やっと、会えた!!」ギューッ!!

まゆり「ひあっ!?」

倫子「かがりさん!? もしかして、記憶が戻ったの!?」

倫子「(……5年前にも同じようにトラックに轢かれそうになったから、それがキッカケで記憶が戻ったんだ)」

かがり「ママのこと……思い出したよっ! 私、ママに会うために、未来から来たんだよっ!」ウルッ

まゆり「ええーっ!? ど、どういうことなのかな!?」オロオロ

かがり「私は椎名まゆりの娘、椎名かがりだよっ!」

まゆり「えええ!?」


かがり「ママは、私に生きる意味を与えてくれた。私を危ない目に遭わせないために、一番安全なところへ逃がしてくれた」

かがり「ママが幼かった頃の、まだ平和だった日本でなら、安全に暮らせるだろうって」

まゆり「ほぇぇ……」

かがり「ママ……会いにきたよ……」グスッ

まゆり「かがりちゃん……」ダキッ

かがり「うぅぅぅぅっ……」ポロポロ

まゆり「独りぼっちにしてごめんね……つらかったよね、寂しかったよね……」ナデナデ

かがり「あのね、ママ……岡部さんがね、私たちを引き合わせてくれたんだよ……」

倫子「……記憶を取り戻せたのは、かがりさんの意志の力だよ」

かがり「ううん、そうじゃないの。そうじゃなくてね……」

かがり「過去にも……私たちは出会っていたんだよ……! ママを繋ぎとめてくれてたんだよ……!」

倫子「(この私じゃなく、この世界線の過去の"私"なんだけどね……でも、それも私には変わりない、か)」

倫子「(私には確かに"まゆりは昔から音痴だった"という記憶がある)」

倫子「(それが意味しているのは、β世界線の中には、かがりさんが2005年の池袋に現れない世界線もある、ってこと)」

倫子「(かがりさんがストラトフォーに捕まるのは、β世界線の収束じゃない……)」

倫子「(いや、今はそんなこと、どうでもいいか。それよりも、今は――)」

倫子「……うん、そうだった。私たちは既に知り合っていたんだ」

倫子「久しぶり、かがり」ニコ

かがり「うん……っ!」パァァ


かがりはすべての記憶を取り戻した。

未来の記憶も、1998年から行われた、とある施設での拷問まがいの記憶操作実験も。

2005年に脱走したことも。

もちろん、ルカ子のところに保護されてからの記憶もある。

……かがりの敵は、やっぱりレイエス教授とレスキネン教授だった。

かがりの記憶からだと、2人が本当に所属している組織がどこなのかはわからなかったけど、米軍と繋がりがあるのは間違いない。

『Amadeus』が夏に凍結されているこの世界線では、かがりを誘拐しにラボを襲撃する事態は今のところ発生していない。

そもそもこの世界線ではかがりの脳内にタイムマシン論文は無いわけで、奴らとしても未来の記憶を失ったはずのかがりのことは優先度が低いのだろう。

私とダルと鈴羽と、店長さんや萌郁、フェイリスやルカ子で警戒を厳にしていれば、きっと大丈夫だ。未来予知でも、分岐点まではかがりが安全であることがわかった。

それなら今は、失った母との思い出を取り戻してほしい。

誰も時を止められはしないから。時はいつか、幸せさえ例外なく奪っていく。

だからこそ、大切にしたい。儚く脆いホログラムだとしても。

――――私は、平穏な日々を取り戻した。


・・・

ラボは2度目の夏を迎えた。

かがりの"神様の声"は半年と経たないうちに聞こえなくなったらしい。

洗脳はある程度時間が経つと解ける、ということがわかった。記憶を取り戻せたことが大きかったのだろう。

あの歌のおかげだ。

この世界線の"私"が聞いたという、私とまゆりを繋げてくれた歌――

この世界線の"私"を、鳳凰院凶真へと導いてくれた歌――

未だ鳳凰院凶真は私の中で眠ったまま。

たまに出てくることもあるけど、今でも誰かに揺り起こしてもらうことを待っている。

まゆりなら、もうお昼だよ~なんて、どこか抜けた声で起こしてくれるんじゃないかな。

2011年7月7日木曜日
未来ガジェット研究所


鈴羽「……ありがとう、リンリン。"すべて"を話してくれて」

鈴羽「(α世界線での出来事……あったかもしれない可能性……新しい理論……リンリンが犠牲にし続けた仲間たちの想い……)」

鈴羽「(そして、β世界線収束の抜け穴の可能性、かがり……)」

倫子「ごめんね、鈴羽……やっぱり、鳳凰院凶真は目覚めなかったよ……」グスッ

鈴羽「ううん、リンリンは悪くない。あたしが牧瀬紅莉栖を救ってくるから、安心して」

鈴羽「リンリン、幸せになってね。椎名まゆりと仲良くね」

鈴羽「かがりを、よろしく」

倫子「うん……ごめんね、ごめんね……っ」ヒグッ

鈴羽「…………」クルッ


ガチャ バタン

ラジ館屋上


鈴羽「……ホントにいいの? 椎名まゆり」

まゆり「うん。かがりちゃんから聞いたの。未来のまゆしぃのこと」

鈴羽「あたしの知ってる椎名ま…… "まゆねえさん"は、いつもぼんやりと空を眺めてた」

鈴羽「濁った空を見上げてる笑顔は――」

鈴羽「いつも、寂しそうだったよ」

まゆり「……オカリンがまゆしぃをかばって死んじゃうんだよね」

鈴羽「まゆねえさんは、そのことに責任を感じてるみたいだった。あの時のあたしは当然の報いだ、なんて、ひどいことを考えてたけど」

鈴羽「やっぱり、見てて痛々しかった」

鈴羽「それとさ、まゆねえさんはよくこんなことを呟いてたよ」

鈴羽「『あの日、わたしの彦星さまが復活していたら、すべては変わっていたかもしれない』」

まゆり「……"まゆしぃ"はオカリンの人質だから、オカリンの人質じゃないわたしは、"まゆしぃ"じゃなくて"わたし"なんだね」

まゆり「わたしがね、わたしを取り戻した時。オカリンがわたしを繋ぎとめてくれた時」

まゆり「雲の隙間から降ってきた星屑は、わたしの彦星さまだったの」

鈴羽「確かにリンリンは織姫さまってより彦星さまって感じだね」

まゆり「ねー」


鈴羽「やっぱり、かがりが記憶を取り戻したから?」

まゆり「ううん、その前から。オカリンの笑顔にはね、鳳凰院凶真の笑顔が必要なんだって気付いてからは、もう決めてたんだよ」

鈴羽「決意は固いんだね。わかった、それじゃハッチを開けるよ。あたしに続いて乗り込んで」シュィィィン

まゆり「今なら、お空のお星さま、掴めるかな……」スッ

鈴羽「……星屑との握手<スターダスト・シェイクハンド>、か」


タッ タッ タッ


かがり「ママ……」ハァ ハァ

まゆり「あ、かがりちゃん。トゥットゥルー♪」

かがり「どうしたの? どうして私をここに呼んだの?」

鈴羽「……かがり!? お前、どうして――」

かがり「それはこっちの台詞だよ! 2人で何してるの!?」

鈴羽「まゆねえさん……。かがりには秘密にしておくって、約束したじゃないか」

まゆり「黙っててごめんね、スズさん。どうしてもかがりちゃんには、ちゃんとお別れを言っておきたかったの」


かがり「なんのことか、わかんないよっ……!」

まゆり「あのね。ママはね、これからスズさんと一緒に、タイムマシンに乗るの」

まゆり「大事な人に、目を覚ましてもらうために」

かがり「……無理だよ。世界線は収束しちゃうの」

まゆり「うん、わたしじゃ変えられない。でもね、オカリンは別なの」

まゆり「オカリンには、未来を変える力がある」

まゆり「そのオカリンを――あの日のオカリンの背中を、ちょっとだけ押すぐらいなら、わたしにも出来るはずだから」

まゆり「ママはね、まゆしぃは、もう一度会いたいの。鳳凰院凶真に。わたしの彦星さまに」


かがり「私は……? 私は、どうなるの!?」

かがり「シュタインズゲートに到達すれば、戦争が起きないかもしれない」

かがり「そうすれば、たくさんの人が救われるかもしれない」

かがり「だけど、そしたら私は、ママと会えないよ……」グスッ

まゆり「……そんなこと、ないよ。きっと会えるよ」

まゆり「本当のお父さんとお母さんがいて、幸せに暮らしてるかがりちゃんにね、近所のおねーさんとして会いに行くから」

まゆり「だから、かがりちゃんは、なんにも心配しなくていいんだよ」

かがり「私のことを覚えていないのに、どうやって会いに来てくれるの!?」

まゆり「ママには、きっとかがりちゃんがわかるよ。だってね、それが運命だもん」

まゆり「ママとかがりちゃんの絆は、どんなことにも負けたりしないんだよ」

かがり「ママ……」

まゆり「そろそろ行くね」ニコ


タッ タッ タッ ガチャッ!

倫子「はぁっ、はぁっ……かがり、どこに居るかと思ったらこんなところに……」ハァ ハァ

まゆり「オカリン!?」

かがり「オカリンさん……」

倫子「あ、あれ……なんで、まゆりが……? ま、まさか……お前……」プルプル

かがり「待って! 私が行く! ママは、この平和な時代で、オカリンさんと暮らすべきだよっ!」タッ

まゆり「あっ、かがりちゃん!」


タッ タッ タッ……


鈴羽「かがり、お前正気か――!?」

かがり「ママ! 岡部さんは私がなんとかしてみせる!」

かがり「だから、そこで待ってて!」


まゆり「かがりちゃん!」

倫子「かがりっ!」


かがり「鈴羽おねーちゃん。ハッチを閉めて」

鈴羽「……わかった」


シュィィィィン……


かがり「ママ! 私、ママのことずっと愛してる!」ポロポロ

かがり「過去も、今も、未来でもっ!」ポロポロ

タイムマシン内


鈴羽「……まさか、もう一度お前と乗ることになるとは思わなかった」フフッ

かがり「……一番最初に戻っただけだよ」グシグシ

鈴羽「行くよ、かがり。場所はまゆねえさんの言った通り、2010年8月21日の、奇跡の1分間……」

鈴羽「あの1分間は、β世界線で唯一、リンリンが存在していない時空間。つまり、神の目が観測していないデッドスポット」

鈴羽「収束を無視して、タイムマシンで過去を改変できる、唯一の場所なんだ」

鈴羽「それ以外の時間に現れちゃうと、タイムパラドックスが起こって、世界線にとんでもない影響を与えてしまう」

鈴羽「もちろん、2010年7月28日には行ける。この場合、収束を利用して過去を改変できることになる」

鈴羽「だけど、そこにもう一度行くべきはリンリンだってまゆねえさんが言ってた」

かがり「……ううん、7月28日に行こう。11時49分頃。到着と同時に私たちは降りて、マシンだけどこかへ跳ばす」

鈴羽「えっ?」

かがり「……正直に言うと、私の言葉が岡部さんに響くとは思えない。ママにも、未来の娘だって言っても、すぐ信じて貰えると思えない」

かがり「だから、7月28日。私たちの到着の1分後に現れるはずの、1回目の岡部さんたちのサポートをしてあげればいいんだよ」

かがり「それがこの『椎名かがり』だからこそできる、唯一の方法だと思うから」

鈴羽「……確かに、筋は通ってる。元々、あたしもそこへ行くつもりだったしね」ピッ ピッ

鈴羽「――準備できた。行くよ」

かがり「うんっ」

ラジ館屋上


まゆり「かがりちゃん!」

倫子「かがりっ!」


バチバチバチバチッ!!  キラキラキラ……


倫子「放電現象……燐光……それに、オゾンの臭い……っ!」

倫子「(ホントに、過去へ行ってしまうの、かがり……)」

倫子「ごめんね……ごめんね……」ウルッ

倫子「私のせいで……私が……」グスッ

まゆり「……自分を責めないで、オカリン」ダキッ

まゆり「こっちのオカリンはね、もう十分頑張ったと思うな。あとは、過去のオカリンに任せようよ」

まゆり「きっと、かがりちゃんが幸せをプレゼントしてくれたんだよ。だから、オカリン、一緒に笑わなきゃ」

倫子「ごめんね……ごめん……」ヒグッ


まゆり「……まだまだ、まゆしぃはオカリンの人質を卒業できそうにないね。えへへ」ウルッ


キィィィィィィィィィン!!


倫子「(ああ、本当にタイムマシンが行ってしまう。過去を改変して、世界が変わってしま――――――――


―――――――――――――――――――
    1.06476  →  1.06475
―――――――――――――――――――

????


倫子「……リーディングシュタイナー。この独特のめまいは、間違いない」

倫子「もう慣れてきちゃったのかな。あんまり痛みは感じなかったけど」

??「それはそうよ。だって、ほとんど世界線変動率は変化してないはずだから」

倫子「……まぼろし?」

??「何を言ってる。これは紛れもなくあんたの網膜を通りあんたの脳が見せてる実体だ」

倫子「……ふふっ。なんだか、こうしてまた会うことにも慣れてきちゃった」

??「慣れってのは記憶の作用なの。『現在の環境にストレスや緊張を感じる必要はない』ってのを脳が記憶することによって発生する」

倫子「やっぱり本物なんだね」ダキッ

??「ちょ!? あ、あんたにとっての本物の定義がなんなのか不明だけど――」

倫子「うるさいっ」チュッ

??「ん……んんんんーーーーっ!?!?」ジタバタ

倫子「……前、α世界線に行った時は、パニックになって何もできなかったから」エヘ

??「こ、この私に百合属性はないと言っとろーが!」

倫子「……ただいま、紅莉栖」

紅莉栖「……おかえり、岡部」

地下鉄旧万世橋駅倉庫


倫子「ここ、どこ? すごく狭くて暗いけど」

紅莉栖「廃線になった地下鉄の駅の事務所の倉庫よ」

紅莉栖「東京地下鉄道の旧・万世橋駅。昭和5年1月に開業し、翌6年11月に廃止された幻の駅」

紅莉栖「外に出るには一旦下水道に出てマンホールを上がればいい。ラオックスの裏に出るわ」

倫子「状況を説明してほしいんだけど……」

鈴羽「それについてはあたしから」

倫子「鈴羽……? もしかして、私がさっき見送った鈴羽?」

鈴羽「アタリ。リンリンにとっては1分ぶりだろうけど、あたしにとっては1年ぶりってところ」

倫子「えっ……ってことは、ここはシュタインズゲート!? かがりは過去改変に成功したの!?」ドキッ

紅莉栖「そんなわけない。ほとんど変わってないって言ったじゃない」

倫子「で、でも、どうして紅莉栖が……? ここは、またα世界線なの……?」


紅莉栖「実を言うと、あんたとはほとんど初めましてなのよ、私」

紅莉栖「正確に言えば1年ぶりだけど、あの時は突然あんたが"報告"を始めたからほとんど会話できなかったし」

倫子「"報告"……あ、ああ。機関への報告、っていうか、私の独り言、か」

紅莉栖「……まあ、日本に来て初めて興味を持った人と、こうして再会できたのはうれしい」

鈴羽「"リンリン"はあたしが今日初めてここに連れてきた。前の世界線であたしとかがりが跳び立ったタイミングに合わせてね」

倫子「え……?」

紅莉栖「でも大丈夫。あんたのことは阿万音さんから聞いてる」

紅莉栖「……あんたが、私なんかのために命がけでがんばってくれてたんだと思うと……不思議な気持ちよ……」

紅莉栖「全く知らない人のはずなのに、嬉しくて、申し訳なくて……こんなの、非科学的なんだけど……」

倫子「紅莉栖……」

鈴羽「順を追って説明するよ。一足飛びに話しても混乱するだけだろうし」

倫子「……お願い、鈴羽」


・・・

世界線変動率【1.06475】
2010年7月28日11時49分
ラジ館屋上


キィィィィィィィィィン!!


鈴羽「……あたしたちが乗ってきたタイムマシンは事象の地平面<イベントホライゾン>に跳ばした。たぶん、7000万年前くらいのアキバに墜落するんじゃないかな」

鈴羽「1分もしないうちに、2回目の振動がこのビルを襲う。体感的には、1回の振動に感じるはずで、事象としては過去を変えずに済む」

かがり「さ、岡部さんたちが来る前に行こう、鈴羽おねーちゃん!」

鈴羽「待って。まずは屋上に身を隠そう。"1回目のあたし"がドアを壊した後に内部に侵入するよ」

鈴羽「"1回目のあたし"の行動は覚えてる。その隙をつけば」

かがり「わかった……!」


キィィィィィィィィィン!!

バチバチバチッ!! キラキラキラ……


鈴羽「きた……! 1回目の、あたしとリンリンが……!」


"鈴羽(1回目)"「……っ!? マズい! 誰か来る!」

"倫子(1回目)"「マズいもなにも、"オレ"が地震の元を調べようと階段を駆け上がっているのだ」

"鈴羽"「リンリンは隠れて! あたしがなんとかする!」

"倫子"「なんとかって……ああ、そうだった。あの時なんとかしたんだ、"お前"は」

"倫子"「なら大丈夫だ。オレはこのまま進んで、複雑な構造になっているラジ館の階段で"オレ"をやり過ごす」

"鈴羽"「わかった! 行って!」


タッ タッ タッ


鈴羽(2回目)「……まだ動いちゃだめだよ、かがり」

かがり「うん……」


倫子(0回目)「……?」キィッ

キラキラキラ…

倫子「なんだこの燐光は……チャフか? 爆発か?」

倫子「いや、それよりも―――」

倫子「アレは、なんだ?」

"鈴羽(1回目)"「近寄らないでくださーい」

"鈴羽(1回目)"「記者会見は予定通り始めますので、もうしばらくお待ちくださーい」

倫子「人工衛星? いや、もしかして、中鉢の用意したタイムマシンの模型か何かか?」

倫子「いや、違う。これは陰謀の匂いがするな……それはカモフラージュで、きっと何かを隠蔽したいに違いない」

"鈴羽(1回目)"「下がってくださーい、お願いしまーす!」

倫子「あぅ、すいません」ビクッ

まゆり「はぁっ、やっと追いついた……ねえオカリン、まゆしぃね、うーぱのガチャポン見つけたから一緒に見にいこうよー」

倫子「え? あ、ああ。心配かけてすまなかったな、まゆり」

キィィ バタン

"鈴羽(1回目)"「……よし、追い払った。あと何人くらい屋上を調べに来るかな……」


かがり「ママ……っ」

鈴羽(2回目)「あの"あたし"はあと8分ここで待機して、屋上を訪ねてくる人を追い払うんだ」

鈴羽(2回目)「その後"あたし"は内部へ侵入して、未来から来た方のリンリンに過去の人が接触しないよう誘導するから、その隙に」

かがり「12時になったら私たちも中へ入るんだね?」

鈴羽(2回目)「そういうこと」


鈴羽「でもかがり。本当にいいんだな?」

かがり「タイムトラベル中に説明したでしょ。この作戦なら牧瀬紅莉栖さんを救えるって」

かがり「牧瀬紅莉栖さんを救えれば、きっと岡部さんは、もう一度、時を始めることができる」

かがり「あの岡部さんは、きっと私のよく知ってるオカリンさんと繋がるはずだから」

鈴羽「確かに理に適ってる。けど――」

かがり「私にはオカリンさんほどのリーディングシュタイナーはない」

かがり「だけどね。オカリンさんが話してくれた、牧瀬紅莉栖さんの記憶があった時の私のことがね」

かがり「今の私には、ほんの少しのデジャヴとして視えてる」

かがり「オカリンさんに説明してもらうまでは、神様の声の残滓かなにかだと思ってたけど」

かがり「(教授たちはリーディングシュタイナー、というか、新型脳炎の研究もやってたみたい)」

かがり「(そのせいなのかはわからないけど、なんとなく、牧瀬紅莉栖さんの考え方を覚えてる気がする)」

鈴羽「……牧瀬紅莉栖だった時の記憶が、確信させてるんだな?」

かがり「うん。だからね、鈴羽おねーちゃん。大丈夫だよ」

鈴羽「で、でも、かがりがっ……」

かがり「シュタインズゲートを観測すれば、私もおねーちゃんも再構成される」

かがり「ここでの別れは、最後の別れじゃないって。ママが教えてくれたから」

鈴羽「……オーキードーキー」

ラジ館7階踊り場


倫子「オレだ。"機関"のエージェントに捕まった……ああ、牧瀬紅莉栖だ、あの女には気を付けろ……」

紅莉栖「……」ヒョイ

倫子「あ、何をする! オレのケータイを返せぇ!」ジタバタ

紅莉栖「……って、電源入ってないじゃない」

倫子「小癪な真似を! 卑怯だぞぉ!」ジタバタ

紅莉栖「……こっちだぞー」プラプラ

倫子「か、返せよぉ……」ウルッ



鈴羽「(かわいい)」

かがり「(かわいい)」


倫子「フン! 天才脳科学者よ、次会う時は敵同士だなっ!」プルプル

倫子「さらばだっ、ふぅーはははぁ!」ダッ

まゆり「あ、待ってオカリン」

紅莉栖「嫌われちゃったかな……」



鈴羽「それじゃ、かがりの作戦通りに行こう」タッ

かがり「うんっ」タッ



鈴羽「牧瀬紅莉栖だな」

紅莉栖「うわぁっ!? えっと、どちら様?」

かがり「――ママ?」

紅莉栖「マ、ママ? 私が? あなたの?」キョトン

かがり「(あれ? 何を言ってるんだろう私、ママはまゆりママ1人だけなのに……)」

鈴羽「悪いけど、キミを気絶させてもらうよ」シュバッ

紅莉栖「ぐはっ、恐ろしく早い手刀―――――」バタッ

7階従業員通路奥給湯室


かがり「……どう、かな?」

鈴羽「うん。この暗がりじゃ、牧瀬紅莉栖にしか見えない。明るいところに出ないように気を付けて」

鈴羽「牧瀬紅莉栖が父親と7年間会ってなくて良かった。それまで電話もしてないらしいから、声が変わってても、見た目が変わっててもわからないはずだ」

かがり「ちょっと胸がキツいけど……」ムニムニ

紅莉栖(下着姿)「…………」

鈴羽「問題はタイムトラベル1回目のリンリンを騙すことだけど、状況が状況だろうし、冷静な判断はできないと思う」

鈴羽「あたしは牧瀬紅莉栖が目を覚まさないよう見張っておく。その後、例の秘密のスペース、地下鉄旧万世橋駅に連行する」

かがり「ここは2010年だから、まだあそこは片付いてないね。また掃除しなきゃだね」

鈴羽「2011年に見つけておいてよかったよ。都合のいい隠れ家を」

鈴羽「台詞は覚えてる?」

かがり「バッチリ。オカリンさんから聞けてよかった」

鈴羽「リンリンはひたすら謝りながら話してくれたよ……」

かがり「オカリンさんの想いを無駄にしたくない。だから、台詞は間違えない」

かがり「いざって時は牧瀬紅莉栖さんの記憶、デジャヴを思い出してみる」

鈴羽「これ、中鉢論文。ここでこれを破り捨てることができないのが悔しいけど……頼んだぞ、かがり」スッ

かがり「うん。それじゃ、行ってくる」タッ



かがり「――バイバイ、おねーちゃん」

2010年7月28日水曜日12時26分
ラジ館8階 従業員通路奥 倉庫


スタ スタ スタ ピタ


かがり「…………」ニコ


コツ コツ コツ …


中鉢「こんなところに呼び出して、なんのようだ」

かがり「あのね、パパ。読んでもらいたいものがあるの――」


・・・(中略)・・・


中鉢「ふむ、悪くない内容だ」ペラッ ペラッ

かがり「本当っ!? ホントに本当!? どこかに読み飛ばしとか、読み間違いがあったりしない!?」パァァ

中鉢「っ、面倒臭い娘だ……紅莉栖は昔からそうだった……」ボソッ


・・・(中略)・・・


かがり「――まさかパパ、盗むの?」

中鉢「なんだとっ!?」バチンッ!!

かがり「きゃぁっ!!」バタンッ

かがり「はぁっ、はぁっ……」


・・・(中略)・・・


中鉢「私を、バカにするなぁ!」ダッ

倫子「う、うわああああああああっ!!!!!」ダッ

中鉢「な―――」


ドンッ!!

ズテーン  カラカラカラ…


中鉢「き、貴様はあの時の! ……そうか、紅莉栖と示し合わせて、私の会見を台無しにしたのだなッ!?」ギロリ

倫子「……っ!」ブルブル

中鉢「私をバカにした者は、1人残らず殺してやる……ッ!」ハァ ハァ

中鉢「今の私にはタイムマシンがある、完全犯罪などし放題だっ! ハ、ハハ、ハーハッハッハァッ!!」

倫子「たすけ、て……くり、す……っ!」ポロポロ

かがり「―――岡部っ!!」


かがり「やめて、パパ!」ガシッ

中鉢「邪魔をするなぁ!」グヌヌ

かがり「あんただけでも、逃げてっ! 岡部さんっ! 岡部ぇっ!」

倫子「――っ!」ポロポロ

かがり「早くっ! これ以上、パパを抑えられないっ!」グッ

中鉢「殺してやるッ! お前達2人とも、殺してやるッ!」グッ



倫子「……脚が、動かないっ」ポロポロ



中鉢「どけェッ!! 私の邪魔をするなァッ!!」ブンッ

かがり「きゃぁ―――――」


グサリ


倫子「――――――え?」


中鉢「……ふはは、バカどもにはふさわしい末路だ」

中鉢「この論文は頂いていく。ヒヒ、ハハハ」タッ タッ タッ


かがり「……っ!」ゴフッ

倫子「なん……で……」

かがり「あなた……を……まもれな……かはっ……」ハァ ハァ

倫子「どう……して……」

かがり「父親を……人殺しには、できない……」

かがり「それに……たすけてって、言ってくれた……から……」

かがり「見ず知らずの……あなただけど……まもりたいって……思った、から……」

かがり「友達になりたかった……から……好かれたかった……から……」

かがり「バカだね、私……迷惑、かけちゃって……」

倫子「あ……あ、あ……」

かがり「ねえ……わ……たし、死ぬの……かな……」

かがり「……死にたく……ないよ……」

かがり「こんな……終わり……イヤ……」

かがり「……ごめんね……おかりん、さん……」

かがり「……がんばれ……りん……こた……ん……」

かがり「…………」





倫子「きゃあああああああああああああああああ――――――――――――!」


一方その頃
地下鉄万世橋駅倉庫


紅莉栖「(……ん、ここは……?)」パチクリ

紅莉栖「(って、えっ!? 手足が椅子に拘束されて、猿ぐつわを咬まされてるせいでしゃべれない!?)」モゴモゴ

紅莉栖「(それに私、服着てないじゃない! 下着姿で暗室に拉致とか……もしかしなくてもこれって……)」ガクガク

鈴羽「目が覚めたようだね、牧瀬紅莉栖」

紅莉栖「(だ、だれ……? 女……?)」ビクビク

鈴羽「あたしは阿万音鈴羽。安心して。誘拐でも、とって食おうってわけでもない」

鈴羽「あたしは2036年の未来から君を救うために来た――」

鈴羽「――タイムトラベラーだよ」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「ん゛ん゛ん゛ーーーーっ!!!!! ん゛ん゛ん゛ーーーーっ!!!!!」ジタバタ

鈴羽「ちょっ」


鈴羽「動くな。あまり暴れて、無駄にカロリーを消費されても困る」ガチャッ

紅莉栖「(ピストル……日本で持ち歩いてるとか、やっぱりこの人ヤバい……ッ!)」ガクガク

鈴羽「ってゆーか、どうして信じてくれないの? タイムマシン理論を完成させたのはキミじゃないか」

紅莉栖「(えっ……? ってことは、SF展開でありがちな、タイムマシン作った瞬間未来から自分が飛んでくる、的な? あるあ、ねーよ!)」

鈴羽「キミの書き上げたタイムマシン理論が第3次世界大戦のキッカケとなった。未来では人口は10億人にまで減ってる」

紅莉栖「(は……?)」

鈴羽「そして、この未来を変えられる人間は、世界でただひとり。岡部倫子……鳳凰院凶真だけ」

紅莉栖「(あ、あの白衣の子……?)」

鈴羽「岡部倫子は、リンリンは2011年7月7日に、今あたしたちが居る世界線へと移動してくるはずなんだ」

鈴羽「その時までキミを生存させておくのがあたしの使命」

紅莉栖「("世界線"? もしかしてこの人も、パパと同じでジョン・タイター信者なのかしら)」


鈴羽「だけど、キミに確定した事象を変えられてしまうと計画に支障をきたすからね。今日から約1年、そのままじっとしててもらうよ」

紅莉栖「(このまま……1年!? う、嘘でしょ!?)」ガタッ

鈴羽「あるいは、大人しくあたしの命令を聞いてくれるっていうなら、ある程度の自由は認めてあげる」スッ

紅莉栖「かはっ……はぁ、はぁっ……。まずは、あんたの知ってる理論を全て話してみなさい」

紅莉栖「少しでも破綻してたら、あんたをただのサイコだと診断するから」ギロッ

鈴羽「理論の部分は、だいたい2000年に書き込んじゃったけどね。知らない? ジョン・タイターっていう名前」

紅莉栖「し、知ってるに決まってるでしょ。あの頃、パパと私とで、世界線理論について徹底的に議論し合ったわよ」

紅莉栖「パパに希望を与えたジョン・タイターが居たからこそ、私はタイムマシンに肯定的になれたわけで……」

鈴羽「あれ、あたし」

紅莉栖「え……?」

鈴羽「あたしの言葉は妄想なんかじゃないよ。今から話すことは、すべて真実だ――――」

・・・
世界線変動率【1.06475】
2011年7月7日木曜日
地下鉄旧万世橋駅倉庫


鈴羽「――――と、これがこの世界線での過去」

倫子「……かがり……ごめんね……」グスッ

鈴羽「かがりは運命を変える戦士になったんだ。誇らしいことだよ」

紅莉栖「そのかがりさんって人が……私の身代わりとして、なんて、すごく複雑な気分……」

倫子「で、でも、司法解剖でもされれば、紅莉栖じゃないってバレるんじゃないの?」

鈴羽「牧瀬紅莉栖殺害事件はなんらかの圧力によってもみ消されてる。忘れたの?」

倫子「あ、そっか……」

紅莉栖「ママや真帆先輩には訃報だけが届いてる。遺体の確認はさせてない」

紅莉栖「つまり、"牧瀬紅莉栖"は社会的に死んでることになってるってわけ」

倫子「死んでることに……っ!?」

倫子「そ、そうだよっ!? どうしてβ世界線なのに紅莉栖が生きてるの!?」

倫子「紅莉栖が生きてるなら、すべて問題無いっ!!」

紅莉栖「……今日、あんたをここに呼んだのは他でもない。私の願いを聞いてもらうためよ。七夕だしね」

倫子「紅莉栖の、願い……?」

紅莉栖「お願い、岡部――――」




紅莉栖「私を殺して」


倫子「な、なな、何を言って――」

紅莉栖「私の書いた論文のせいで、私のパパのせいで、世界中の人が不幸になるなんて耐えられない」

紅莉栖「それに、ここはあんたにとっても椎名まゆりさんにとっても幸せな世界線とは言えない」

紅莉栖「だから、第3次世界大戦もディストピアの専制支配も発生しない世界線、シュタインズゲートを目指してほしい」

倫子「……やっぱり、紅莉栖はそう言うんだね。まるで自分の命を数式で計算してるみたいな言い方」

紅莉栖「α世界線の私が何をどう言ったかは阿万音さんからの伝聞でしかわからないけど、最大幸福を考えたらそういう結果になった」

倫子「よく鈴羽の言うことを信じたね」

紅莉栖「仮説としてはね。今日の今日までずっと客観的データが欲しいと思ってた」

紅莉栖「でもま、あなたのリーディングシュタイナーをこの目で観測しちゃったから。さっき信じることにした」

紅莉栖「……私たち、その、身体の関係まで、持ったのよね?」モジッ

倫子「そ、それは……っ」

紅莉栖「……覚えてなくてごめんね。ううん、思い出せなくて、か」

倫子「……あなたはあなただよ。他の誰でもない、牧瀬紅莉栖」

倫子「私はリーディングシュタイナーを持ってる。すべての世界線の記憶を覚えてる」

倫子「そんな私だからこそわかるの。どの世界線の、どの時間、どの場所に居ても、あなたは私の大好きな紅莉栖だった」

倫子「記憶なんか無くても、意志は継続してる。紅莉栖の意志も、絶対」

紅莉栖「……うん」


倫子「私ね、β世界線の紅莉栖にどうしても伝えたいことがあったの」ギュッ

紅莉栖「ふぇっ!? ちょ、手……///」

倫子「あなたは、望まれない存在なんかじゃない。世界に不要な存在なんかじゃない」

倫子「少なくとも、この私が望んでる……現実はそうならなかったけど」

紅莉栖「うん……それも阿万音さんから色々聞いた。青森に行った時の話を聞いて、正直今でも信じられない」

倫子「そっか……」ダキッ

紅莉栖「(温かい……私たち、生きてるんだね……)」ギュッ

紅莉栖「……あんたが私を愛してくれてるのも、よくわかってるつもり。今日、会いに来てくれてありがとう」ウルッ

紅莉栖「一度私を殺して、それからシュタインズゲートで蘇らせてほしい」グスッ

倫子「うん……うん……」ウルッ



鈴羽「感動の再会は後にしてくれないかな?」ジロッ

倫子「(……もしかして鈴羽、α世界線での記憶を思い出してる?)」ゾクッ


紅莉栖「私は1年間、色んな仮説を立てつづけた」

紅莉栖「β世界線の収束から脱出し、シュタインズゲートへと到達するためにはどうしたらいいのか」

紅莉栖「その結果、私が2010年7月28日に死亡している世界線へと、もう何度か行ってもらわないといけないことが結論として出た」

倫子「どういうこと……?」

紅莉栖「それを説明する前に、まずは世界線について話をさせてほしい」

紅莉栖「どうして私がβ世界線の2011年に存命しているのか。世界線の収束とはなんなのか」

紅莉栖「さ、講義を始めるわよ。阿万音さんにホワイトボードを用意してもらった」

鈴羽「最初はあたしのことを犯罪者扱いしてたのに、3日後にはこの通り雑用扱いだったよ」ヨイショ

倫子「……また紅莉栖の理論が聞けるんだね。嬉しい」エヘヘ

       ,, ,, 
その1ヽ(*゚д゚)ノ【世界線にとって"死"とは何か】


紅莉栖「まず、β世界線において私が生存している理由を話す」

紅莉栖「わかりやすく言えば、"牧瀬紅莉栖が死ぬ"は、β世界線の収束、つまり、全β世界線において確定している事象ではないの」

倫子「そう、なの?」

紅莉栖「ねえ、岡部」

紅莉栖「"死"って、何?」

倫子「え……?」

紅莉栖「心肺停止のこと? でもそれなら、心肺は機能してるのに、脳すべての機能が不可逆的に回復不可能な段階まで低下した状態はなんなの?」

倫子「それは、脳死……。たしか、国によって"脳死"の定義は異なる……あっ」

紅莉栖「そう。"死"っていうのは所詮、人間の尺度に過ぎない」

紅莉栖「何をもって死とするか、なんて、人間の勝手な都合なのよ。だから、国や社会集団、宗教や信仰によって見解が異なっている」

紅莉栖「この宇宙、世界線にとって大事な物理的現象は、人間が死ぬことじゃないってこと」

倫子「なら、世界線にとって大事なことって、一体なんなの……?」

紅莉栖「因果律よ」

倫子「因果律……」

       ,, ,, 
その2ヽ(*゚д゚)ノ【世界線と因果律の関係】


紅莉栖「ある物事が起きる結果には、必ずそれを引き起こす原因が存在する」

紅莉栖「通常、死という結果の原因には、そこに至る直接的な事象、例えば病気や事故なんかが考えられるけど、それは原因とは断言できない」

倫子「本当の原因は、違う?」

紅莉栖「だからこそ、α世界線ではラウンダーが関わらなくてもまゆりさんは死んでしまった」

紅莉栖「原因は、事件の引き金と言える事柄のはず……当然それは、あんたがα世界線を観測したこと」

倫子「最初のDメール……ってことは逆に言えば、紅莉栖が死ぬのは、私がβ世界線を観測したから?」

紅莉栖「でも今私は生きている。まあ、社会的には死んでるわけだけど」

紅莉栖「これについて詳しく説明するために、まず世界線と因果律の関係について考えてみましょうか」

倫子「出た、科学番組風ナレーション」フフッ

鈴羽「この喋り方、なんとかならないの?」

倫子「これがいいんだよ、鈴羽」


紅莉栖「世界線には、時間順序保護仮説が言うように、因果律を成立させる働きがある」

紅莉栖「世界線の確定した事象としては、基本的にタイムトラベルは存在しない。質量保存則やエネルギー保存則が崩壊しちゃうから」

紅莉栖「タイムマシンを使うと、大なり小なり必ず世界線が変わるのはそのため」

紅莉栖「例えばDメールを1週間前に送ろうと思った時、世界線の確定した事象として『1週間前にDメールを送らない』が存在してる」

紅莉栖「その世界線の先にある未来は、あんたが『1週間前にDメールを送らない』を選択した未来になってる」

紅莉栖「だけど、あんたはそれを無視して確定した事象を改変、つまり『1週間前にDメールを送る』を選択したとする」

紅莉栖「『1週間前にDメールを送る』が確定した瞬間、1週間前にDメールが届くわけだけど、それは確定事項から外れた因果を作ることになる」

紅莉栖「確定事項から外れたことで世界線は変わり、『1週間前にDメールが届く』という事象を因果の起点として、因果律に矛盾が無いように世界線が再構成される」

紅莉栖「つまり、再構成された世界線は、1週間前にDメールが届いたことで変化した世界。そこでは新しい因果律が成立している、というわけ」

倫子「で、でも、再構成後の世界線には未来から来たメールが、受信履歴として存在しているはず……元の世界線は消滅するのに、その証拠は残る……」

紅莉栖「そうね。確かにアクティブ世界線1本だけを決定論的に見ると、そのメールはどこから来たの? という話になる」

紅莉栖「そもそも、α世界線でもβ世界線でも、2036年に阿万音さんが過去へ跳ぶことが確定している。というより、2036年に阿万音さんが過去へ跳ぶ世界線をα世界線とかβ世界線と定義してるわけね」

紅莉栖「だから、よりマクロな視点で世界線の束を見る必要がある。これがアトラクタフィールド理論の基礎」


紅莉栖「そこで、ゲーデルのCTC、closed timelike curve<時間的閉曲線>、という考え方が出てくる。アインシュタイン方程式の厳密解の1つよ」

倫子「(なんかすごいカッコイイ……)」

紅莉栖「時空が自転している場合、未来と過去は因果律的に繋がっている……過去と未来という概念は局所的にしか存在しなくなる、というもの」

紅莉栖「つまり、ある世界線の未来を原因として、別の世界線の過去に結果が生じても問題は無い、ということ。多世界解釈的な考え方だけど、これがアトラクタフィールド理論の特徴ね」

鈴羽「ある世界線の未来が、別の世界線の過去に繋がっているってことだね。その連鎖の中で、類似した世界線の束のことをアトラクタフィールドと呼ぶんだ」

倫子「エヴェレット解釈とコペンハーゲン解釈のいいとこどりだから、そういう考え方になるのか……」

紅莉栖「α世界線はね、2036年がディストピアである、という因を起点として過去が発生している。円環に閉じた因果が大局的に成立しているのよ」

紅莉栖「同様にβ世界線も、2036年が大戦後の焼け野原である、という因を起点として過去が発生している」

倫子「未来が、過去を作ってる……?」


紅莉栖「それを可能にしているのはやっぱり、2036年から跳ぶ阿万音さんであり、それを支えた橋田や由季さん、そしてあんたの存在が不可欠」

紅莉栖「可能性世界線が無限に存在していることで、可能性世界線間をまたぐ因果の環が発生していると想定できる。ちなみに、因果の始点は無限遠点という理論上の存在にすぎない」

鈴羽「円周曲線の始点は、存在するけど存在しない、ってことだね」

紅莉栖「あんたが観測できる範疇で考えるなら、アトラクタフィールド内のタイムトラベルに起因する因果は無限ループし続けているように感じるはず」

紅莉栖「それは、世界線1本の中の因果律においては、いわゆるタイムパラドックスと呼ばれるような存在」

紅莉栖「α世界線でのラボメンバッジや、β世界線での『星の奏でる歌』のようにね」

倫子「ああ、なるほど……メビウスの輪とか、無限階段のだまし絵、みたいな感じかな……」

紅莉栖「次に、確定した事象とは何か、収束とは何かについて、答えられる?」

倫子「……世界線は過去から未来まで確定している、いわば決定論の世界。そこで発生する事象が、収束?」

紅莉栖「でも、決定論の世界なら、岡部はどうして確定した事象を改変できたの? 最初に送ったDメールの時なんか特に」

倫子「そ、それは……」

       ,, ,, 
その3ヽ(*゚д゚)ノ【収束と"確定した事象"の改変について】


紅莉栖「収束、波動関数の収縮ってのは、そういうことじゃない」

紅莉栖「可能性世界線は、アクティブ世界線に重ね合わせの状態で存在している」

紅莉栖「電子レベルのミクロスケールだけじゃなく、世界線というマクロスケールにおいても、事象を観測するまで、自分がどの世界線に所属しているのか判断できない」

倫子「分岐点ごとに選択肢が用意されているギャルゲーのようなもの……?」

紅莉栖「ある意味ではそうね。選択肢1、2、3……が用意されてて、その選択は不確定の状態になっている」

紅莉栖「観測者が居る世界線が、選択肢1の世界線なのか、選択肢2の世界線なのかは、事象を観測するまで不確定である、ってこと」

倫子「不確定……」

紅莉栖「だけど、世界線は過去から未来までが確定している。だったら、世界線がアクティブ化していれば、いずれかの選択肢が確定しているはずなのよ」

倫子「むむむ……?」


倫子「じゃあ、選択肢1が確定している世界線に居る人間は、どうやっても選択肢2、3を選べないってこと?」

紅莉栖「話のミソは、『いずれかの選択肢が確定しているはずだ』というだけで、『どの選択肢が選ばれているか』は問題ではない、ということ」

紅莉栖「この"観測"というのは、言ってしまえば人間の認識に過ぎない。脳の中で発生する、電気信号に過ぎないの」

紅莉栖「これを保証してくれているのが、世界線の再構成に巻き込まれない、OR物質の存在。フォン・ノイマンの言う抽象的自我のような存在ね」

鈴羽「人間のココロは、量子力学を越えた特別な存在であり、人間が観測すると物質の状態は決まる……だっけ」

倫子「そっか、ギガロマニアックスの妄想を現実にするのと同じなんだ。だから、脳の電気信号さえ操ってしまえば、実際の現実は別物でもいいってこと?」

紅莉栖「ううん、そうじゃない。これを批判したのがシュレディンガーだったわけだけど、猫は死んでいるか生きているか、ってやつね」

紅莉栖「猫が死んでいるアトラクタフィールドをβ、生きているアトラクタフィールドをαとしましょう」

紅莉栖「さあ、どっちを選ぶ?」


倫子「猫は、死んでいる場合がβとして確定していて、生きている場合がαとして確定していて……」

倫子「でも、箱に猫が入っていない可能性もあるはず。2匹入ってるかも」

倫子「もちろん、重ね合わせとして、複数の世界線の可能性が存在している。だけど――」

倫子「箱を開けるまで、観測者は観測ができない……ってことは、箱を開けずに中を変化させることができれば……」

紅莉栖「……わかってきたみたいね」

紅莉栖「通常では、箱を開けるしか観測する手段が無い。開けた時に観測した状態が、その世界線で選ばれていた選択肢、ということになる」

紅莉栖「でも、私たちにはタイムマシンがある」

紅莉栖「収束に邪魔されない行動によって、箱の中の因果律を変化させることができれば、理論上全ての選択肢が観測可能になる」

紅莉栖「これを利用すれば、収束なんてものはあってないようなものになる」

倫子「最初のDメールの送信、あれ自体はβ世界線の収束を邪魔するものじゃなかった。だから送信できた……」

倫子「結果、エシュロンに傍受されたせいで因果律が大幅に書き換わり、アトラクタフィールドを超える変動が起きた……」

倫子「箱の中で、世界が変わったんだ。箱を開けた時、私は秋葉原から人が消滅した状況を観測した」

倫子「そこが、最初のα世界線……」

紅莉栖「箱を開けた時、猫が眠っていても、死んでいても、収束に必要な物理現象が全く同じだった場合、世界線的には同じこと。つまりね――」

紅莉栖「――β世界線の収束として、牧瀬紅莉栖の死は確定していない」


倫子「なんとなくだけど、言いたいことはわかったよ」

倫子「今目の前に居る紅莉栖は、実は『Amadeus』をインストールした精巧な人型ロボットで、全人類が死ぬまでそれを認識できなければ、その事実は世界にとってもなかったことと同義……みたいな?」

紅莉栖「行動的ゾンビの一種ね。かなり極論だけど、そんな感じ。もちろん私は正真正銘ホンモノの牧瀬紅莉栖よ」

鈴羽「それはこのあたしが保証する。ずっと監視してたからね」

倫子「で、でも、だったらα世界線のまゆりは、どうして死ななきゃならなかったの……?」

紅莉栖「2010年8月13日、あるいは14日、あるいは15日……岡部がまゆりさんの死を認識することがα世界線にとって必要十分条件である、というだけで、まゆりさんが生物的に死ぬ必要は実は無かったの」

紅莉栖「だから、例えばSERNがまゆりさんを拉致して、翌月に殺してから過去に送ったり、過去に送られた時点で死亡したとしても、ゼリーマンになったまゆりさんの写真を岡部が見るタイミングの方が重要だった」


・・・
from 閃光の指圧師
sub 岡部さんに話がある
これから、行くね。私はど
うしたらいいかわからなく
て。 萌郁
▼添付ファイル有

『外国の新聞記事……。1961年、2月28日……。ゼリーマン……』

・・・


倫子「っ!? い、いや、でもあれは、ゲルまゆは、夢だったはず……」プルプル

紅莉栖「あんたが見る夢は、あったかもしれない可能性でもある。未来予知だのリーディングシュタイナーだのOR物質の相互作用だのが複雑に絡み合って働いてるからね」


紅莉栖「ただ、現実問題、α世界線ではまゆりさんの死を回避するための手段がなかったんだけど」

倫子「え……あ、タイムマシンが過去にしか行けなかったから……」

紅莉栖「それもある」

紅莉栖「仮に未来の岡部が、まゆりさんの死を偽装しろ、っていう指令を阿万音さんに託して過去に送るとするでしょ?」

紅莉栖「そしてそれを阿万音さんが、2010年の岡部に隠れてコッソリ実行するとする」

鈴羽「あたしなら正確無比に実行するだろうね」

紅莉栖「実際まゆりさんは生きてるんだけど、岡部はまゆりさんが死んだと勘違いすることになるわよね?」

紅莉栖「すると、岡部はどうする?」

倫子「……あっ」

紅莉栖「その場合も岡部はまゆりさんを救うためにタイムリープしたり、Dメールを打ち消したりするはずでしょ」

紅莉栖「そうすれば、阿万音さんの行動はなかったことになる。タイムマシンが過去にしか行けないα世界線では、この指令には意味が無いの」

紅莉栖「結局、岡部がまゆりさんの死を認識することで初めて、FG204型が誕生するのよね」

倫子「……私みたいな弱い人間が世界の支配構造を変えてやろうなんて本気で思って行動するには、まゆりが死ぬしかなかった、ってことだよね」

倫子「そのことは今の私の存在、まゆりが居ることで世界を変動させないようにした私の存在が証明してるか……」ウルッ

鈴羽「リンリンは強い。自分を信じて!」

紅莉栖「ふむん……"岡部倫子は弱い"という命題を論破してあげないといけない、か」

紅莉栖「なら、次は岡部だけが観測者たりうる理由を説明するわよ」

倫子「えっ……?」

       ,, ,, 
その4ヽ(*゚д゚)ノ【改変の観測と可能性について】


紅莉栖「選択肢の選び方について。結論を言えば、その世界線で確定していない行動をすればいいということ」

紅莉栖「だけど、普通は収束事項の事象改変は出来ない。未来が過去を確定しているからね」

鈴羽「でも、それを覆せる存在が、タイムマシン以外にもうひとつある」

倫子「リーディングシュタイナー……別の世界線の情報を元に行動できれば、現在世界線で確定してる事象にそむく行動を選択できる」

紅莉栖「そういうこと。さらに言えば、完全なリーディングシュタイナーを持つ人間にしか確定した事象の改変を"観測"することはできない」

倫子「私だけが事象を変化させることが可能ってこと?」

紅莉栖「うーん、ちょっと違うかな」

紅莉栖「もちろん、私にだって世界線変動を引き起こす行動を取ること自体は可能よ」

紅莉栖「タイムマシンを使わなくても、別の世界線の情報がなくても、収束の範囲内でなら今すぐにでも改変できる」


紅莉栖「例えば、今ここで私がペンを指で回すとする。バタフライ効果が発生しないなら、これは世界線にとっての収束事項じゃない」

紅莉栖「だから、ペンを回さない選択も可能なの。選択が変われば世界線変動率も変わるわ。限りなくゼロに近い変化でしょうけど」

紅莉栖「世界線は過去から未来までが確定してると同時に、無限の可能性が重なり合わせの状態で存在してる。世界線は常に変動してるの」

紅莉栖「ただ、収束事項にそむく選択はできない。大幅な世界線変動を引き起こすには、やっぱりタイムマシンを使うのが手っ取り早いわね」

紅莉栖「だけど、たとえタイムマシンを使ったとしても、私は変動を観測することができない」

紅莉栖「気が付かないってことは、脳にとって存在しないのと同じよ」

紅莉栖「その場合、仮に世界線が変動していたとしても、世界線変動率を考慮すること自体が無意味になる」

紅莉栖「世界線理論に意味があるのは、リーディングシュタイナーによって変動が観測できる、という前提があるから」

紅莉栖「つまり、完全なリーディングシュタイナー保持者が観測した現実が、新しい世界線として再構成されている、としても問題ないの」

倫子「それで、私だけが観測者たりうる、ってことなのか……」

紅莉栖「逆に言えば、あんたが選択しなかった可能性世界線は、永遠に現実化することができない」

紅莉栖「今この瞬間に大きな分岐点が存在したとして、岡部にリーディングシュタイナーが発動しないとする」

紅莉栖「そうすると、今の岡部にはその分岐点から可能性世界線へと変動させることは永遠に不可能になる」

倫子「でも、タイムリープすればやり直せる」


紅莉栖「そうね。過去に主観を移動させてやり直すことができる」

紅莉栖「実際、まゆりさんを救うことはできなくても、SERNへのクラッキングはタイムリープでやり直せた」

倫子「まゆりをタイムリープで救えなかったのは、未来の因が過去の果を決定しているから、だったよね」

倫子「β世界線へと移動する選択をできなかったことが2036年の因を産み出しているわけだから、タイムリープではその果となってるまゆりの死を覆せなかった」

紅莉栖「世界線を跨いだ因果律が成立している、と考えることもできる」

紅莉栖「アトラクタフィールドの収束事項を改変することはタイムリープ自体では不可能だけど、アトラクタフィールドそのものを越えるような事象改変のやり直しは可能だった」

倫子「……ん? あれ?」

紅莉栖「タイムリープによる事象改変は不可。事象改変の選択が可能な状況下で、その選択をしなかった未来からタイムリープしてきて、もう一度選択をやり直すことで事象改変することは可。オーケー?」

倫子「う、うん」

紅莉栖「なぜなら、可能性さえそこにあれば、実際に選択するのは"現在の岡部の主観"なわけだからね」

紅莉栖「だけど、Dメールとか、自分の"現在"を過去へ送らない過去改変の場合は別」

紅莉栖「実際に分岐点において可能性世界線を選択するのは、Dメールを送信した人間の主観じゃなく、Dメールを受信した方の人間の主観だから」

紅莉栖「このDメールを受信した方は、まだ選択の場所、分岐点を経過していないわけだから、観測をする可能性は確かにある」

紅莉栖「ただし、同時に観測しない可能性も存在している」


紅莉栖「岡部が2010年8月17日にα世界線をβ世界線へと変動させた時も、可能性としては『エンターキーを押さない』という選択肢があった」

倫子「実際に私は一度、その選択肢を選んでしまった」

紅莉栖「というか、その時の世界線にとってはそっちの方が確定した未来だったわけよね。エンターキーが押されるまでは世界線は変動せず、2036年はディストピアになっている」

紅莉栖「その世界線の2025年に岡部はラウンダーに殺されるらしいけど、その岡部は、エンターキーを押さなかった場合の未来の存在」

紅莉栖「そしてSERNへの復讐を誓ったその岡部は、ダイバージェンスメーターを作ったり、ワルキューレを組織したりして2036年時に阿万音さんを過去へ送れるような準備をしていく……」

倫子「あ、あれ? ちょっと待って。その私はもう、鈴羽を過去に送る必要はないんじゃないの?」

倫子「だって、エンターキーを押すところまで行ったなら、押せばいいだけ……?」

紅莉栖「ところが、タイムリープをしない限りは、岡部とその仲間たちは何があっても阿万音さんを過去へ跳ばすような準備をすることになる」

紅莉栖「それがα世界線の収束、歴史の辻褄合わせ。あるいは、世界線を跨いだ時間的閉曲線の因果律」

紅莉栖「じゃあもし、『エンターキーを押さない』を選択してしまった岡部が、過去の岡部に『エンターキーを押す』よう命じたDメールを送ったらどうなると思う?」

倫子「えっと、それなら過去の私が世界線をβ世界線へと変動してくれるから……でも、送信した方はα世界線の未来に居るんだから、2036年の収束に向かって……あ、あれ?」


紅莉栖「仮に2025年にDメールを送信して、2010年8月17日の岡部にエンターキーを押すよう命じたとしましょうか」

紅莉栖「その場合、2025年の岡部はリーディングシュタイナーを発動して、β世界線へと移動するの?」

倫子「……Dメールを送信しても、受信した私が、エンターキーを押さない可能性が残ってる」

倫子「むしろ、α世界線の確定した未来としては、そっちが収束だから……」

倫子「2025年の私はDメールを送信して世界線が変動したとしても、別のα世界線の2025年へと変動するだけ?」

紅莉栖「正解よ。これがアトラクタフィールドの収束と世界線1本の収束の意味の違いってわけ」


倫子「で、でも、私が今年の1月2日にα世界線に移動した時は、紅莉栖はDメールを送ることでβ世界線へと変動させたよ!?」

倫子「Dメールでアトラクタフィールドは越えられるんじゃ……?」

紅莉栖「それはあの時、"『Amadeus』がSERNに支配されること"がα世界線を成立させている根源的な事象だったから可能だった芸当よ」

紅莉栖「Dメール送信それ自体が一次的な改変事象だったわけ」

紅莉栖「さっきの話の"2025年Dメール"の場合、これは二次的な改変事象になる。一次的改変事象はクラッキングの準備をして『エンターキーを押す』ことなわけだからね」

紅莉栖「2025年の送信時点では、世界線の変動が最低2回行われなければアトラクタフィールドを越えられないことが確定しているの」

紅莉栖「なんらかの理由でタイムリープができない場合、2025年の岡部の主観は2025年中に死ぬしかない。それがα世界線の収束」

紅莉栖「一方、Dメールを受信した2010年8月17日の岡部が『エンターキーを押す』を選択できた場合、8月17日の岡部の主観はβ世界線へと移動する。同時にα世界線はなかったことになる」

紅莉栖「α世界線の8月18日の岡部の主観も、8月19日の岡部の主観も、2025年の岡部の主観も、全部なかったことになるのよ」

紅莉栖「選択をしなかった主観たちは、世界線を跨いだ因果律としても、OR物質を構成する因果律としても存在できない。その理由はわかるでしょ?」

倫子「えっと、8月17日に選択をしなかった存在たちは、8月17日に選択がされた場合、因果として存在できないから……?」

紅莉栖「そういうこと。8月18日以降のα岡部の主観は、世界線変動を観測できないままなかったことになる。当然リーディングシュタイナーを発動してβ世界線へ移動することはない」

倫子「なるほど……」


紅莉栖「アトラクタフィールドを越えるのに必要なことは、1975年から2036年までの歴史を一気に塗り替えるような根源的事象の一次的改変である、ってことはわかるわね?」

倫子「でも、私が最初にβ世界線からα世界線に移動したのは、Dメール送信が原因だったよ?」

紅莉栖「あれはDメールの本来の使い方で過去改変したわけじゃないでしょ。受信者である橋田の行動を変えたの?」

倫子「あそっか」

紅莉栖「別世界線の存在の決定的証拠、しかも岡部がタイムマシンを作ってしまったことの証拠を、タイムマシン研究機関SERNが捕捉してしまったこと」

紅莉栖「それが、約60年間に及ぶ因果の連鎖を円環状に閉じさせる巨大な時間的閉曲線を産み出してしまった」

紅莉栖「タイムリープでの過去改変が世界線内の時間的閉曲線に囚われているとすれば、Dメールやタイムマシンでの過去改変はアトラクタフィールド内の時間的閉曲線に囚われていると言える」

紅莉栖「もう一度言う。最終的にアトラクタフィールドを越えるために必要なのは、過去改変じゃない」

紅莉栖「もちろん、過去改変を使うことで色んな情報が手に入るし、確定した事象も、世界線レベルでなら改変が可能だから、意味があること」

紅莉栖「だけど、最後の決め手は、岡部の主観の"観測"にある。根源事象の改変を観測して初めて、重なり合わせの可能性が"確定"する」

       ,, ,, 
その5ヽ(*゚д゚)ノ【RSによる世界線変動の観測と可能性について】
                      RS:リーディングシュタイナー


紅莉栖「もうちょっと掘り下げて考えてみましょうか」

鈴羽「まだやるんだね……まあ、時間はあるからいいけどさ」

紅莉栖「アトラクタフィールド内における世界線変動じゃなく、アトラクタフィールド越えの事象改変における二次的改変と一次的改変の違いについて」

紅莉栖「アトラクタフィールド内の世界線変動においては、玉突き世界線変動が可能になる。アトラクタフィールドレベルの収束にさえ触れなければいくらでも世界線は変動するからね」

倫子「過去の私に、『Dメールを送れ』、っていうDメールを送った場合、送信した方の私は過去の私がDメールを送ったことで再構成された世界線へと変動する、ってことだよね。それは感覚的にわかる」

鈴羽「実際リンリンはそれと同じことを一度やってる。α鈴羽を引き留めるな、って過去の自分にメールして、タイムマシンを8月9日に飛ばしたでしょ?」

倫子「あ、そっか。あれって、鈴羽にタイムマシンを使わせるようDメールを送ったことになるわけだから、玉突き世界線変動みたいなことが起こってたわけか」

鈴羽「変動幅自体は極小だっただろうけどね」

紅莉栖「そうじゃなく、収束を突破するための事象改変の場合。つまり、収束を作り出している根源的事象を改変する場合を考えてみる」

紅莉栖「α世界線においては最初のDメールデータだったり、『Amadeus』がSERNに支配されることだった」

紅莉栖「β世界線においては私がタイムマシン論文を書き、それが外部へ漏れること、ね」

紅莉栖「岡部が過去の自分にDメールを送って事象改変を命令する場合、送信時の岡部の『送信する』という選択と、過去の岡部が『確定事象を改変する』という選択の、2つの選択が発生することになる」

紅莉栖「この『送信する』が二次的改変、『確定事象を改変する』が一次的改変にあたるわけね。オーケー?」

倫子「お、おーけー」


紅莉栖「まず、『送信する』という選択ができた時点で世界線は変動する。送信時点の世界線の確定事象に背いたことになるからね」

紅莉栖「この時、送信者の岡部はどこへリーディングシュタイナーを発動して移動するのか」

倫子「それは……えっと、Dメールを受信した方の私が、過去の分岐点で確定事象を改変できた場合、さらに世界線が変動した先の……とは、ならないんだよね」

紅莉栖「そう。アトラクタフィールドとしての収束事項に関しては、Dメールを送ったところで、受信した岡部が『確定事象を改変しない』として世界線の未来は確定してしまう」

倫子「それが1%の壁……なんだもんね」

紅莉栖「だから、仮にDメールを過去の岡部に送信しても、リーディングシュタイナーが発動して移動する先の世界線は、Dメールを受信した岡部が『確定した事象を改変しない』を選択した世界線になる」

紅莉栖「猫を生かすためにタイムトラベルしろ、ってDメールを送っても、送った岡部が観測できるのは、猫が死んだ世界だけってこと」

紅莉栖「なぜなら、送った側は既に決まった未来の因によってアトラクタフィールドの中に拘束されてしまうから」


紅莉栖「ちなみに、この猫は、たとえ人間であったとしても観測者たりえない。ゆえに"ウィグナーの友人のパラドックス"は起こらない」

紅莉栖「複数の世界線を認識できる存在にしか、その世界を確定させる観測はできないからね」

倫子「それじゃ、猫を生かすことはできない……ってわけじゃなさそうだね」

紅莉栖「Dメールを受信したことで猫が生きている可能性が発生する場合、それは間違いなく世界線が変動したことに意味があるということ」

紅莉栖「Dメールを受信した岡部が『確定事象の改変』を選択できたなら、当然猫が生きていることを確定事象として再構成された世界線へと変動する」

紅莉栖「Dメールを送信した岡部は当然、"なかったことになる"」

倫子「つまり、ソレを観測できる可能性があるのはDメールを受信した方の私だけ……送信した方の私には、永遠に猫の生を観測できない」

倫子「そもそも、この私はそんなDメールを受信していない……だからこうやってβ世界線に居る訳で……」

紅莉栖「猫の生が確定した瞬間、猫が死んでる可能性は消滅するわけだけど、その時世界線の変動を観測できるのは、その時に改変を選択できた岡部の主観だけ」

紅莉栖「Dメールを送信した方の岡部はこの一次的改変を選択できないから、リーディングシュタイナーを発動して猫が生きている世界線へと移動することはできない」

倫子「……そろそろ、何が言いたいかわかってきた」

紅莉栖「今の岡部が、シュタインズゲートを選択できる分岐点を通過した存在だった場合、しかもそれがタイムリープで戻れない場所だった場合――」

倫子「――この"私"は、永遠にシュタインズゲートを観測できない」


紅莉栖「まあ、実を言うと、今から2010年7月28日へとタイムリープできたところで、シュタインズゲートの観測は不可能なんだけどね。それについては後で説明する」

紅莉栖「だけど、そうだとしても、過去の岡部になら選択できる可能性がある。今の岡部には無理でも、別の世界線の過去に居る岡部になら、ってこと」

紅莉栖「仮に過去の岡部がシュタインズゲートを観測したとして、そいつからすれば今のあんたは"なかったことになる"。今のあんたの主観が消滅するってわけ」

紅莉栖「今の岡部の主観が存在するからDメールが届くわけだけど、シュタインズゲートを観測してしまえば、β世界線未来の主観存在にタイムパラドックスが生じるからね」

倫子「うん、それはさっきのα世界線の例でよくわかった」

紅莉栖「一方、今の岡部の主観からすれば、Dメールを送信しても今の岡部が消滅することは無い」

倫子「……なんとなく、わかる。矛盾してる話のようで矛盾してないことも」

倫子「私の主観としては、シュタインズゲートを観測できなかった可能性世界線へとリーディングシュタイナーを発動するだけ、だよね」

鈴羽「そして2025年に死ぬ……でももしリンリンがDメールを送った後、新しくタイムマシンを造って、2010年7月28日に行って牧瀬紅莉栖を救って、論文を消したらどうなる?」

紅莉栖「この私の認識として、あの会場に居た最初の岡部と、階段で出会った方の未来岡部との見分けがつかない状態だった、っていうのがあるのから、それが制限かしら」

紅莉栖「明らかに歳を取っていたら、それこそ変な世界線へと変動すること間違いなしよ」

鈴羽「じゃあ、実行するのはDメールを受け取った方の8月21日のリンリンだとして、2025年のリンリンが、シュタインズゲートへと変動するタイミングに存在したら?」

紅莉栖「その場合、どうなるかわからないわね。変数が多すぎる」

紅莉栖「ただ、たとえシュタインズゲートへの変動のタイミングに巻き込まれたとしても、未来から来た方の岡部の主観は、シュタインズゲートへは移動できないと思う」

紅莉栖「だって、そうなったらシュタインズゲートの8月21日に岡部が2人居ないといけなくなる。そういう風に再構成、歴史の辻褄合わせが発生してしまう」

紅莉栖「ってことはタイムマシンが必要で、私の論文が……っていうパラドックスになるからね」

紅莉栖「その時、再構成の中で消滅するのか、あるいは収束の力でβ世界線から脱出できないのか……どちらになるかは、実際にやってみないとわからない」


倫子「私の主観を世界の現在に近似する、ってαの未来紅莉栖が言ってたけど、その意味がようやく飲み込めた気がする」

紅莉栖「さて、一旦講義はおしまい。ちょっと休憩しましょ」

鈴羽「はい、リンリン。ドクペだよ」スッ

倫子「あ、うん……ドクペ、ね」

紅莉栖「あんたの好物って聞いてたけど……」

倫子「うん、好物だよ。紅莉栖も好き、だよね?」

紅莉栖「ふぇっ!? あ、ドクペが、よね。ええ、嫌いじゃないわよ」ゴクゴク

倫子「ふふっ」ゴクゴク

倫子「……おいしい。もう1年は飲んでなかったなぁ」

紅莉栖「それじゃ、15分後に話を再開するわ。今のうちにトイレにでも行ってきなさい」

倫子「ホント、大学の講義か何かだなぁこれ……」


・・・

紅莉栖「さて、世界線にとって何が重要か、わかったわよね? 私がβ世界線の2011年に生きている理由も」

倫子「うん……2036年の状況に影響を与えるような改変さえしなければ、紅莉栖が死ぬ必要はない、ってことだね」

紅莉栖「私がβ世界線の2010年7月28日12時39分に死ぬ必要があるのは、それ以降私が生きていると、2036年にとって基本的に都合が悪いから、なの」

紅莉栖「未来からの情報が無いままに私が生きている場合、私は色々な行動をとって、2036年の状況を起点に作られてるβ世界線の確定した事象が改変されてしまうから」

紅莉栖「というか、そういう世界線のことをα世界線とかシュタインズゲートって呼ぶわけよね」

紅莉栖「だからこうして、私が死ぬまで地下に潜伏して、社会的に"牧瀬紅莉栖"が死亡していれば、死亡収束は騙せる。理屈がわかればこういうことが可能」

紅莉栖「世界は騙せるの」

倫子「世界を……騙す……」


鈴羽「実際問題そうも言ってられないけどね。これから日本は中東並に治安が悪くなってテロが多発する」

鈴羽「20年代に入れば本格的に世界大戦が始まるから、食糧調達がままならないどころか、ここが治安部隊に暴かれるのも時間の問題だよ」

紅莉栖「そういう意味では私は世界を騙しきれてないのか。世界線を改変しないようにする、って意味では成功してるけどね」

倫子「でも、私がさっきリーディングシュタイナーを感じたってことは、それなりに変わってるはずじゃないの?」

紅莉栖「そうね。ある1点だけ変えさせてもらったわ」

紅莉栖「1月2日に存在したα世界線の私が送ったという、Dメール。あれを打ち消させてもらった」

倫子「え……?」

紅莉栖「スマホを見てみなさい。たぶん、『Amadeus』アプリが"復活"してるように感じるんじゃないかしら」

倫子「えっと――!? ホントだ……『Amadeus』がある……」

紅莉栖「この世界線は、1月2日にラボ襲撃事件が発生したけど、SERNがタイムマシンを完成させることにはならなかった世界線、ということになる」

紅莉栖「かつてあんたが12月15日から1月2日まで居た世界線とほぼ同一の世界線変動率なの」

倫子「私は、戻ってきた……?」


紅莉栖「厳密に言えば、完全に同じ世界線ではないけどね。私たちが行動する上では同一の世界線と見なしても問題ないレベルってこと」

倫子「そりゃ、素粒子レベルの因果律で同一かって言われれば、間違いなく変わってるもんね」

鈴羽「リンリンが経験した世界線と同じような状況になるように色々暗躍させてもらったよ。世界線維持のためにね」

倫子「でも、どうしてそんなことを?」

紅莉栖「もちろん、岡部にシュタインズゲートを観測してもらうためよ」

倫子「過去の私が、2回目のタイムトラベルに行くようなDメールを送ればいいの……?」

紅莉栖「ううん、実はそうじゃない」

紅莉栖「私の書いた論文を、岡部以外の他の組織の手に渡ることが未来で確定している場合……つまり、他の組織がタイムマシンで世界線を変動する可能性がある場合はね」

紅莉栖「過去のあんたが2回目のタイムトラベルに出発したところで、絶対にシュタインズゲートへはたどり着けない」

倫子「…………」

紅莉栖「ただ、現時点ではどの組織も可能性止まりだから、世界線はβ世界線のままだけどね。各勢力の拮抗状態がこのアトラクタフィールドの特徴と言える」

紅莉栖「たとえロシアが明日タイムマシン実験をしたとしても、それがアトラクタフィールドを越える内容、つまりタイムマシン論文の所在に関わる内容じゃなければβ世界線のままかもしれない」

紅莉栖「そういう可能性が残っている限り、私の命を救ったとしてもシュタインズゲートへは絶対に辿り着けない」

紅莉栖「私の論文がβ世界線のあらゆる収束を作り上げていると言っても過言じゃない」

紅莉栖「すべての論文を抹消、あるいは確保することが世界線の未来として『確定した事象』とならない限り、シュタインズゲートは、その門前に立つ事さえ許されないの」


紅莉栖「それじゃ、ここからはシュタインズゲートへと繋がる……と思われる仮説を説明するわ」

倫子「2限目が始まるんだ」フフッ

紅莉栖「次の図1を書いておくわね」キュッ キュッ

紅莉栖「横軸が時間、縦軸が変動率<ダイバージェンス>ね。詳細な変動率は不明だから、間隔はアバウトなんだけど」


http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira110511.jpg
図1: 世界線漂流図1


倫子「おお……えっと、太線が私の移動してきた経路で、黒丸が分岐点?」

紅莉栖「そういうこと。α世界線については省略させてもらったけどね」

紅莉栖「おそらく、β1世界線以外においては、子どものかがりさんは未来で米軍によって洗脳されてるんじゃないかしら」

倫子「……そっか。それが根本的な原因で世界線が今まで変動してきたんだ」

倫子「未来のかがりを支配することで、つまりタイムトラベラーを操ることで過去を変えていた……」


紅莉栖「β2・4世界線では、かがりさんを施設に幽閉して、未来の記憶を消去してたのよね」

紅莉栖「結局消しきれてなくて、ママを思い出して逃亡しちゃったわけだけど」

紅莉栖「米軍としては大失敗よね、私の記憶を入れる前に逃げちゃったんだから」

紅莉栖「それでβ2世界線ではかがりさんをラボに取り返しに来た。β4世界線では、多分半ば諦めていた」

紅莉栖「その失敗があるから、未来では幼いかがりさんを洗脳する際に、過去へ伝えるメッセージとして、徹底的に未来の記憶を消すよう指示したでしょうね。失敗の原因がそれなんだから」

紅莉栖「一方、β3世界線ではかがりさんの未来の記憶は消去されていなかった」

紅莉栖「『Amadeus』凍結のために実験が前倒しになり、逃亡される前に脳に私の記憶を入れることができた」

紅莉栖「私の記憶を入れるっていう目的が達成できることがわかってるんだから、別に未来の記憶を消去する必要は無いわよね。手間だし」

紅莉栖「だから未来の米軍は、幼いかがりさんを洗脳した時の過去へのメッセージとして、未来の記憶を消去するようには伝えなかった」

倫子「……ん?」

鈴羽「どちらも因果が円環状に閉じているってことだね」

倫子「ああ、なるほど……タイムパラドックスになってるわけだ」

紅莉栖「この時間的に閉じた因果が様々なバタフライ効果を生み出すことによって、それぞれの世界線を成立させていた、ということよ」


倫子「ってことは、かがりが米軍につかまる因果をなんとかしないといけない、ってことだよね」

鈴羽「あたしからもお願いするよ。かがりが敵にいいようにされるなんて、あってほしくない」

紅莉栖「それを成し遂げるためには原因を根本から絶たなくてはならない」

紅莉栖「そしてそれは可能である。なぜなら、あんたは既に一度かがりさんが1998年から行方不明にならないβ世界線を観測しているから」

倫子「う、うん。私が世界線漂流を始める前のβ世界線のこと、だよね。ってことは、目指すべき世界線は――」

紅莉栖「結論から言う。あんたにはタイムリープしてもらう」

倫子「……え?」

紅莉栖「その方法は後で話す。目的は、タイムマシン論文を他の組織の手に渡らないようにすること」

紅莉栖「正確に言えば、どの組織にもタイムマシン論文が手渡らないような事象改変をしてもらう」

紅莉栖「私の書いたタイムマシン論文が無ければ、タイムマシンを巡る世界大戦は起こり得ない」

紅莉栖「米軍がタイムマシンの存在に気付き、かがりさんを操るような事態にもならない」

鈴羽「現状、米軍がかがりを操ってるからタイムマシンの存在に気付く、っていうタイムパラドックス、つまり収束が発生してるわけだけど」

鈴羽「必ずどこかに抜け穴がある」

       ,, ,, 
その6ヽ(*゚д゚)ノ【6つの論文を支配せよ!】


紅莉栖「タイムマシン論文は次の6ヶ所にある」

紅莉栖「中鉢論文、私のノートPC、私のポータブルHDD、この私の脳内、ストラトフォーのサーバにある『Amadeus』"紅莉栖"の記憶データの中、そして、"紅莉栖"の記憶データを入れられたかがりさんの脳内」

倫子「そ、そんなにあるんだ」

紅莉栖「さっきの図において、それぞれの世界線でどのタイムマシン論文が存在するか、を記すとこうなる」


β1:中鉢論文・ノートPC・HDD・ストラト甘栗の脳内
β2:中鉢論文・ノートPC・HDD・私の脳内・ストラト甘栗の脳内
β3:中鉢論文・ノートPC・HDD・かがりの脳内・ストラト甘栗の脳内
β4:中鉢論文・ノートPC・HDD・ストラト甘栗の脳内


倫子「"甘栗"って……『Amadeus』"紅莉栖"、の略か」

紅莉栖「もちろん、すべての世界線の2010年3月末から7月28日以前までの間、私の脳内にタイムマシン論文が存在している」

紅莉栖「それからもう1ヶ所、私の論文に準ずるものが存在してる」

倫子「えっ? 準ずるもの?」

紅莉栖「あんたの脳よ。完全なリーディングシュタイナーに加え、電話レンジ(仮)の仕組み、Dメール、タイムリープ、タイムトラベルの実体験の記憶、そして各種理論……」

紅莉栖「これだけ情報が揃ってれば、私じゃなくてもタイムマシン論文を書き上げることができるでしょうね」

倫子「私の、脳……」

紅莉栖「これからの話は、あんたの魂の指揮官があんたであり続ける、ということを前提に展開させるわよ」

紅莉栖「門<ゲート>がいかに狭かろうと、いかなる罰に苦しめられようと、あんたの運命はあんたが支配しなさい」

倫子「……私にできる、かな。うん……できる、よね」ウルッ

紅莉栖「(かわいい……あ、あれ? なに、この気持ち……リーディングシュタイナー?)」トクン


紅莉栖「コホン。えっと、世界がタイムマシン論文の存在に気付いたキッカケは、2010年8月21日にパパが亡命したことだった」

鈴羽「そこが大分岐のポイントってわけだね」

紅莉栖「中鉢論文が無ければ、私がタイムマシン論文を書いたってことが世界に知られずに済む」

紅莉栖「それと、私が普通に生きていれば私のノートPCとHDD内の論文は8月21日までに削除するはず。そう決めてたから」

鈴羽「この世界線では、あたしが牧瀬紅莉栖を拉致したからそれは叶わなかったけどね」

紅莉栖「仮に私が8月21日より前に死亡している場合、中鉢論文を取り消す意味は無い」

紅莉栖「なぜなら、私が死んでいるとノートPC内の論文が残って、どうあがいても第3次世界大戦が勃発するから。たとえ中鉢論文が存在しなくてもね」

紅莉栖「逆に言えば、中鉢論文を取り消すことは私が死亡することを意味している」

鈴羽「これも未来が過去に影響を与えているんだ」

倫子「それじゃ、どうやってもβ世界線から抜け出せない――」

紅莉栖「ううん、そんなことはないわ」


紅莉栖「このβ世界線収束を騙すこと自体は簡単よ。Dメールを送ってエシュロンに捕捉されるか、SERNにタイムマシンを奪われるかで、実際に達成できた」

紅莉栖「もちろん、α世界線へと変動させても意味は無い。だけど、β世界線収束が騙せることは既に証明された」

紅莉栖「これを利用してβ世界線8月21日までの私の生存を確保することができる」

倫子「へ……?」

紅莉栖「中鉢論文が存在している限り、私の死は必然じゃなくなる。だから今こうしてしゃべれてるわけだしね」

紅莉栖「つまり、あの日あの時、2010年7月28日の12時39分に私を生存させた後で、中鉢論文を取り消せばいい」

倫子「で、でもどうやって!? あの時、紅莉栖の死をうまく誤魔化せたとしても、章一は論文を奪って逃走したんだよ!?」

倫子「追いかけて捕まえられるかどうか――」

紅莉栖「……あなたも見てたでしょ? 例のニュース」

鈴羽「飛行機の火災事故、だね」

倫子「……メタル、うーぱ。そうだったね、あの封筒にメタルうーぱが入ってなければ、放っておいても論文は燃えてなくなるんだ……」

鈴羽「しかも日時は8月21日。牧瀬紅莉栖が生存した後、中鉢論文を取り消す、という条件をクリアできる」

倫子「あれってどうして入ってたの? 封筒にまゆりのうーぱが」

紅莉栖「まさかあれがまゆりさんのものだとは思わなかったわ。階段に落ちてたのを、なんか可愛いと思ってつい封筒に入れちゃったの」

紅莉栖「暗かったから、名前が書いてあるなんて思わなかった……まゆりさんには悪いことしたわ」

鈴羽「いやいや、全人類に迷惑かけてるからね?」

紅莉栖「知らないわよ、そんなこと」


紅莉栖「つまり、最終的な選択としては、私を生存させた上で中鉢論文を取り消せばいいということになる」

倫子「それで鈴羽のミッションは紅莉栖を救出すること、だったんだね」

鈴羽「あたしもここまで詳しく教えられたわけじゃないけど、未来の"リンリン"はこの結論に辿り着いていたんだと思う」

倫子「だけど、メタルうーぱがあの封筒に入ることもβ世界線の収束なんだよね?」

紅莉栖「そうだと思う。だけど、どこかに抜け道があるはずよ。たとえそこに無限の選択肢が用意されていようと」

紅莉栖「これがシュタインズゲートへと至る最後の選択」

倫子「うん……」

倫子「(私もこの可能性については考えたことがある。だけど、一体どうやって正解の選択肢を引き当てれば……)」


紅莉栖「と言っても現時点では、それ以外の場所にある論文が他の組織の手に渡る可能性が残ってしまっている」

鈴羽「かがりが米軍の手に渡ることも同じ用件に含まれる」

紅莉栖「だから、まずはその可能性を消滅させておかないと、収束によってどうあがいても中鉢論文を消すことができない」

鈴羽「中鉢論文があることで、ロシアをはじめとする各組織が牧瀬紅莉栖の周囲にタイムマシン論文が存在していることに気付くからね」

鈴羽「この因果の因を無理に消そうとしても、β世界線の因果律、つまり確定事項として果が残っている世界線では、因は絶対に消えない。これがβ収束ってことだね」

倫子「私のα世界線漂流時、IBN5100がラボにある世界線以外じゃ、IBN5100がどうあがいても手に入らないのと同じ理屈か……」


――――――――――

   『コインロッカー……大ビル……前の……』

   『この世界線では岡部がIBN5100を手に入れることは絶対に不可能なんだけど』

――――――――――



紅莉栖「IBN5100がラボに無いことで、SERNはディストピアを完成させることができた」

紅莉栖「だから岡部はDメールを打ち消し続けて、IBN5100がラボにある世界線まで戻らなくてはならなかった」

倫子「このβ世界線でもおんなじことをしろ、ってことだね」

倫子「タイムマシン論文を消滅させ続けて、中鉢論文がロシアに渡ることだけが確定している世界線まで移動する。そしてその世界線で――」

紅莉栖「中鉢論文を消滅させれば、シュタインズゲートを観測できる」


鈴羽「それで、具体的にはその論文たちはどういう状況なの?」

紅莉栖「ちょっと整理しておきましょうか」

紅莉栖「まず、中鉢論文はロシアが持っている。手に入れてから半年以内には実験を開始しそうなもんだけど、たぶん米軍あたりがけん制してるんだと思う」

紅莉栖「次にノートPCとポータブルHDDについて、これを狙っているのはロシアとアメリカ」

紅莉栖「レスキネン教授がストラトフォー、レイエス教授が米軍だとするなら、少なくとも3つの組織に狙われてることになる」

紅莉栖「SERNが狙っているかはわからない。エシュロンをはじめとして、その諜報能力はすごいらしいから、何かしら情報を仕入れていると考えておいた方が良い」

紅莉栖「次にストラトフォーにある『Amadeus』の記憶データ。『Amadeus』に関することはすべてレスキネン教授、つまりストラトフォーによるものだと考えていいわ」

紅莉栖「だけど、かがりさんは別。かがりさんに私の記憶を入れる実験をしようとしたのは、実行犯はストラトフォーでも裏に居たのはレイエス教授のはず。少なくともβ1世界線以外では」


紅莉栖「話を聞く限り、ストラトフォーは米軍に操られているんでしょうね。『Amadeus』を横取りする形で記憶挿入実験に利用しようとしていたみたいだから」


―――――

天王寺『しかし、金で雇われてるやつらが自決までするか?』

鈴羽『洗脳されてたなら、あるいは』

―――――


倫子「(そっか、あの時のストラトフォーは、実は裏で米軍に操られていたのか)」

紅莉栖「元々米軍はストラトフォーが牛耳る『Amadeus』そのものを軍事転用することを狙ってた」

紅莉栖「ところが、探りを入れてみたらタイムマシンが出てきた。それで作戦を変更したってところかしら」

倫子「つまり、かがりを洗脳したのはどっちかわからないけど、かがりに紅莉栖の記憶を入れようとしているのは米軍、ってこと?」

紅莉栖「タイミングから考えて、洗脳自体はストラトフォーの計画だったんだと思う。未来のかがりさんを洗脳して、1998年頃に自分たちの元へ誘導したのはね」

紅莉栖「そして未来の米軍はそれを利用した。かがりさんの未来の記憶の有無を操作してるのは米軍だから」

紅莉栖「そして2010年頃、かねてから『Amadeus』を軍事転用しようとスパイしていた米軍がタイムマシン論文の存在に気付き、記憶挿入実験に着手し、ストラトフォーの研究成果を横取りしようとした」

紅莉栖「この意味で、ストラトフォーのサーバーに保存されている『Amadeus』の記憶データの中にある論文は、米軍が狙っている状況、と言える」


紅莉栖「『Amadeus』本体は問題ない。論文の内容も、ノートPCのパスとかも、あの子がしゃべるわけないから、そこは無視しても構わない」

紅莉栖「『Amadeus』本体が消滅することはどのβ世界線の未来でも確定していると思うのよね、真帆先輩の性格を考えれば」

紅莉栖「あ、ちなみに真帆先輩だけが世界で唯一『Amadeus』をデリートできる人なの」

倫子「そうだったんだ。ってことは、『Amadeus』そのものをデリートしただけじゃ、世界線は変動しない?」

紅莉栖「ううん、タイミングの問題があるから一概には言えない。利用されるだけ利用されたあとに削除する場合と、悪の手に落ちる前にデリートする場合とでは意味が変わっちゃうから」

紅莉栖「結局、単純に『Amadeus』をデリートすればいい、プロジェクトを凍結すればいい、という話じゃない」

紅莉栖「心配すべきなのはむしろ、『Amadeus』を使って岡部を懐柔して、阿万音さんのタイムマシンの在り処を吐かせることね」

紅莉栖「『Amadeus』はスパイみたいなものよ。本人にその気はないんでしょうけど」

倫子「くそぅ……」


紅莉栖「かがりさんの脳内からの消去はすでに岡部が成功した」

紅莉栖「β3からβ4への再構成によって消滅したのよね。というか、消滅させることが世界線変動のキーだった」

倫子「だけど、未だにストラトフォーのサーバには紅莉栖の記憶データが残ってる。かがりを誘拐されれば、またかがりの脳内に紅莉栖の記憶が戻ってしまう……」

紅莉栖「そうね、そうなったらまたβ3世界線に近似した世界線へと変動しちゃう。だから、ストラトフォーのサーバにある『Amadeus』内の私の記憶データの削除は必須ね」

倫子「ってことは、今からダルにハッキングさせて削除させれば世界線が変動する……?」

紅莉栖「それがそういうわけにも行かないのよね。そのステップの前に、まず私を殺す必要がある」

倫子「あっ……」シュン

紅莉栖「私が生きていることで阿万音さんとかがりさんが2011年7月7日に過去へ跳ぶ、という事象が確定しちゃうから、まずは私が死んでる世界線へと移動すること」

紅莉栖「そうしないと、過去の岡部が阿万音さんと一緒に2回目のタイムトラベルに挑戦すること自体が不可能になってしまう」


紅莉栖「かがりさんの脳内からデータを削除できたこの世界線からなら、ストラトフォーのサーバに記憶データが存在することが収束じゃない、つまり削除が可能な世界線へと移動できる可能性がある」

倫子「でも、どこにその分岐点が……って、判明してる分岐点のうち、この世界線上にある分岐点は1月2日しかないか」

倫子「――1月2日。あの時、SERNに私たちのタイムマシンがバレてしまった……」

紅莉栖「それを取り消すためにはやっぱり、1月2日に行ってもらう必要がある。ここが必然的に第一歩になる」

紅莉栖「この世界線での確定した過去については既に私たちが観測しているわ」

紅莉栖「1月1日の襲撃の後、1月2日、あんたは天王寺さんに協力を要請するも、タイムマシンや世界線については説明しなかった」

倫子「うん。β3世界線で私がそういう風に行動したから、ここもそういう風になって再構成されてるんだね」

紅莉栖「一方、あんたが経験した1月2日に何が起こったかを要約すると、天王寺さんにタイムマシンのことをバラした上で『Amadeus』の"私"からの着信に出たことで世界線がα世界線へと変動した」

紅莉栖「つまり、『Amadeus』を乗っ取ったSERNからの通話に出てしまったのが原因ね」

倫子「えっと、萌郁にも色々話しちゃったんだけど、そっちは関係ない?」

鈴羽「関係ないみたいだよ。この世界線でもリンリンは1月2日に桐生萌郁を味方につけるためにFBの正体をバラそうとしていた」

紅莉栖「根本的な原因は、店長さんがSERNへと報告したことなの」


紅莉栖「もう一度確認しておくけど、『Amadeus』のプログラムを乗っ取ったくらいじゃ、タイムマシン論文は手に入らない。口が堅いからね」

鈴羽「『Amadeus』に脅しは聞くの?」

紅莉栖「場合による。あの『Amadeus』の"紅莉栖"だったら、真帆先輩を拷問する、とか言われただけで全面降伏しちゃうかも」

紅莉栖「だけど、それだけだと通話に出た瞬間世界線が変動したことの説明がつかない」

紅莉栖「あんたが通話に出たことで、ラジ館屋上にあるタイムマシンが橋田とセットでSERNに回収されることが確定したんでしょうね。どういう過程か、詳しくはわからないけど」

倫子「そういや、α世界線の私とダルはフランスに1年くらい拉致されるんだっけ……」

紅莉栖「だったら、通話に出なければいい。店長さんにタイムマシンのことをバラした上で『Amadeus』からの通話に出ない」

紅莉栖「そうすれば、次の世界線、"β5世界線"へと変動する」


倫子「でも同時に、そのβ5世界線の去年の7月28日に、紅莉栖は死んでることになってるんだよね……」

紅莉栖「まあね……1月2日にα世界線へと移動する岡部が消滅することでβ3およびβ4世界線がアクティブ化する、という一連の流れがなくなる」

紅莉栖「それによって2011年7月7日に阿万音さんとかがりさんがふたりで過去へ跳ばなくなるから、そういうことになる」

紅莉栖「このβ5世界線は、言うなればタイムマシンがSERNに狙われるだけ狙われるけど、タイムマシンは手に入れられない世界線」

紅莉栖「米軍とストラトフォーの抗争にSERNが介入することで、岡部が論文を確保しやすくなる世界線になる……これはただの希望的観測だけど、可能性は高いと思う」

紅莉栖「それで、β5世界線に存在するタイムマシン論文は次の4カ所になる。中鉢論文、ノートPCとポータブルHDD、ストラトフォーのサーバにある甘栗の記憶データ」

紅莉栖「β5世界線では、ストラトフォーのサーバにある記憶データを消してもらう必要がある」

倫子「β5世界線ではそれが可能なの?」

紅莉栖「今このβ2世界線でも可能でしょ? ってことは、そこから派生するβ5世界線でも可能なはず」

倫子「そこでダルに頼めばいい、ってわけか」

紅莉栖「ストラトフォーのサーバに記憶データがあるだけじゃ、ストラトフォーはタイムマシン技術を確保できないからね。これが世界線としての収束だとは思えない」

紅莉栖「とは言っても、データを消すことで世界線が変動するかもしれない。しないかもしれない」

紅莉栖「こればっかりは岡部が実際に観測してみないとわからない」

紅莉栖「全ては岡部次第よ」

倫子「うん……」


倫子「でも、それならここからDメールを1月2日の私へ送ればいいだけじゃないの?」

紅莉栖「Dメールの情報にあんたの名前が残ることになるわよ?」

倫子「あ、そっか。そんなことしたらα世界線へと変動しちゃうのか」

紅莉栖「それに、そもそも18文字で説明しきれない。最低でも次の3つをこなしてもらう必要があるからね」


・天王寺さんにタイムマシンのことをバラす

・その上で甘栗からの電話に出ない

・かがりさんが誘拐される前にストラトフォーのサーバの記憶データを消去する


紅莉栖「一応問題ないとは思うけど、次の2つの可能性も無くは無いから気を付けなくちゃいけない」


  ・ノートPCのパスをなんらかの方法で解除され、中のタイムマシン論文が敵の手に渡る

  ・『Amadeus』がタイムマシン論文の内容やノートPCのパスワードを敵に教えてしまう


倫子「これを達成した後はどうすればいいの? その、β5世界線で世界線が変動しなかった場合」

紅莉栖「私が自信をもって説明できるのはここまで。その後は不確定要素が多すぎて何とも言えない」


倫子「それじゃあ、どうやって1月2日へタイムリープするの?」

紅莉栖「少し特殊なタイムリープをしてもらうわ。名前が無いと不便だから、一応RSTL<リーディングシュタイナータイムリープ>って名付けた」

倫子「おお、あの紅莉栖が積極的に変な名前をつけるなんて」

紅莉栖「べ、便宜上だから。阿万音さんから色々あんたの恥ずかしい過去を聞いたけど、そういう厨二的なのじゃないからな」

倫子「ぐぅっ!? そ、そっか、それも全部……」

鈴羽「あ、あはは……」

紅莉栖「図にするとこんな感じね」キュッ キュッ


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図2. 世界線漂流図2<RSTL>

       ,, ,, 
その7ヽ(*゚д゚)ノ【RSTL<リーディングシュタイナータイムリープ>について】


紅莉栖「まず、基本的に長時間のタイムリープはできない。この技術には、根本的な欠陥があるの」

紅莉栖「タイムリープマシンはVR技術で脳の状態を電気信号として取り出して、別の脳にコピーする。けどね、仮に同じ人間でも、物理的に全く同じ脳なんてものは存在しないわ」

紅莉栖「48時間の間に生じた僅かな身体のギャップが、コピーされた意識と齟齬を起こす。きっとあんたはタイムリープ後、違和感に襲われてるんじゃない?」

倫子「肉体と精神のズレ、だよね。うん、結構きついよ、あれ」

紅莉栖「それもまあ、短時間ならそう悪影響はないわ。でももし、連続で時間を跳び越えたら?」

紅莉栖「精神と肉体のギャップは、どんどん大きくなっていく。あんたの脳は、どんどんと軋みをあげる」

倫子「(それでも綯やダルは成し遂げたんだよね……あの不完全なタイムリープマシンで)」


倫子「でも、たしか長時間タイムリープは『記憶データと神経パルス信号だけを跳ばして、OR物質は除去』すれば可能なんだよね?」

紅莉栖「だけど、あんたは完全なRS持ちだからそれはできない」

紅莉栖「『仮に完全なリーディングシュタイナー保持者がOR物質を除去して記憶データを過去へ送ると、Dメール送信と全く同じ現象が起こる。"リーディングシュタイナーが発動する"』」

紅莉栖「そもそも2011年の技術でOR物質だけを除去、なんてことはできないの。それが可能だったのはα世界線の2034年であって、β世界線の未来でも可能になるかはわからない」

倫子「なら、どうするの?」

紅莉栖「簡単に言うと、あんたのOR物質だけを転送する」

倫子「『記憶だけ』じゃなく、『OR物質だけ』……?」

紅莉栖「要は擬似神経パルス信号を添付しなきゃいいのよ」

紅莉栖「前頭葉からトップダウン検索信号が発生しなければ未来の記憶は思い出せないから意味が無い」

紅莉栖「でもOR物質の受信機は脳そのものだから、OR物質だけは受信される」

倫子「だけど、『長時間タイムリープの場合、OR物質の影響で、肉体と意識のギャップが脳全体に悪影響を及ぼす』んじゃなかったの?」

紅莉栖「通常の脳ならね。これが、完全なRSを持った人間の場合は話が異なる」

紅莉栖「『タイムリープの場合、受信側にもバックアップデータが存在してるわけで、記憶の修復力が働くにしてもそちらが優先される』」

紅莉栖「だから、完全なRSがある人間は、未来の意識を受信するだけ受信して、そのデータを無視することになる」

倫子「それなら、意味がないんじゃないの……?」


紅莉栖「『OR物質そのものがリープ先の意識に主観を移動させてるわけじゃない。あくまでも、世界線再構成の性質に起因する結果論』」

紅莉栖「RSTLでは、あんたの主観だけが移動することになる。ただし、修復力は受信側のOR物質にだけ100%発揮される」

紅莉栖「この時、記憶のバックアップは作用しないし、意識も人格も精神も変化しない。だから、肉体と精神のギャップによって脳に悪影響を及ぼすことがない。」

紅莉栖「言ってしまえば、セーブデータをロードするだけね。あんたはプレイヤーじゃなくてゲームキャラクターになって、神の視点は捨てることになる」

紅莉栖「だから、あんたは未来の記憶を思い出すことができない」

倫子「それならやっぱり、意味がない気がする」

紅莉栖「それでも、あんたのリーディングシュタイナーが完璧と呼べるほどのものだとしても――」

紅莉栖「2、3日の間、デジャヴを感じることが出来る可能性は0%じゃない」

倫子「……ど、どうして? 2、3日ってのは、OR物質のバックアップデータが完全にメイン記憶に取って代わられる時間、ってのはわかるけど」

紅莉栖「今まであんたのリーディングシュタイナーは『100%』って表現し続けてきたけど、訂正する」

紅莉栖「正しくは『5σ』。ちょっと嘘を吐くけど、言い換えるなら『99.9999%以上』ということ」

倫子「……アポロ計画でのシックスナインだよね。つまり、1000000回に1回しか事故が発生しない、ってことじゃなく、実際は98%強でしか避けられなかった事故の確率……」

紅莉栖「その事故が起こる可能性に賭ける」


紅莉栖「だいたい、有機的な情報を扱ってるのに、完全無欠なんてことはあり得ないのよ。デジタル情報でさえ、どこかにバグが発生する」

紅莉栖「100%を計量するのは、物理学では不可能よ。素粒子より小さな存在が想定されているんだから、その理由は説明するまでもないわね」

紅莉栖「その、素粒子レベルで存在する誤差の可能性に賭ける。この可能性は『絶対にゼロだ』って、誰も言えないの」

倫子「つまり、未来の記憶バックアップデータが修復されるっていう、限りなくゼロに近いけどゼロじゃない可能性に賭ける、ってことか」

紅莉栖「例えば、1月1日にタイムリープして、そこから再開するとするでしょ?」

紅莉栖「そこからあんたは『あれ、この状況、前にもあったような気が……』みたいなデジャヴが発生する可能性がある」

倫子「そんな不思議な状態になったら、私はきっと未来視をする。そうすれば、今ここにある私の記憶を過去へと持っていける。そういうことだねっ!」

紅莉栖「……ギガロなんちゃらとかいう超能力には頼りたくはないから、一応、未来予知しなかった場合のことも考えてある」

倫子「リーディングシュタイナーだって超能力なのに、何を今さら」フフッ

紅莉栖「私だってギガロなんとかやリーディングかんとかが科学的に説明できることはわかってるけど、自分で証明してないから現時点ではオカルトと一緒なの!」ムスーッ


紅莉栖「仮にすべての記憶を全く思い出せなかったとしても、あんたはまたここに戻ってくるだけなのよ」

紅莉栖「だから、1月2日にβ5世界線へと行けるまで試し打ちし続ければいい」

鈴羽「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。もしかしたら、既にリンリンがいるこの地平は、何百発も試射してるかもしれないね」

紅莉栖「というわけで、成功するまで繰り返せば、いずれノイズが発生して、β5世界線へと移動できるはず」

倫子「ゴリ押し、ってことかぁ……」

紅莉栖「……アインシュタインの名言に、こういうのがあるわ。『同じことを繰り返しながら、違う結果を望むこと。人それを"狂気"という』」

倫子「狂気……」

紅莉栖「冷静に考えれば、こんな作戦、頭がおかしいわ。たとえ可能性があるからって、挑戦しようなんて思わない」

紅莉栖「普通なら、ね。でも、狂気のマッドサイエンティストなら……それに、あんたは既に同じような選択をしたことがあるでしょ?」

紅莉栖「その結果、あんたは挫折したかもしれない。でも、もう一度、新たな可能性があるとしたら?」

倫子「……可能性があるとしたら、手を伸ばさずには居られない。それが、狂気だ」

鈴羽「良い顔してるよ、リンリン」


紅莉栖「ただ、問題がひとつある。通話に出るのは絶対に岡部じゃないといけないという点」

紅莉栖「岡部以外が岡部のスマホの通話に出ると、何も起こらないか、あるいはとんでもないバグが発生するかも」

倫子「そ、そんなことがあるんだ……」

鈴羽「それこそ、もっとひどい世界線へと変動しちゃうかもしれないね」

紅莉栖「ねえ岡部。1月2日以前で、絶対にあんたが自分のスマホの通話に出るって確信が持てるタイミングってある?」

倫子「……1月1日は1日中忙しかった。移動や着替え、みんなとの食事、その後はレイエスの襲撃があって気持ち悪くて倒れてたから、私がスマホに出ない可能性がある」

紅莉栖「12月31日以前へのタイムリープとなると、OR物質の記憶バックアップが1月2日の改変時までに完全に更新される可能性があるから避けたいところね」

倫子「……そうだ。1月2日、メイクイーンで私は萌郁にRINEを教えた。あの時なら間違いなく自分のスマホを握りしめてた」

鈴羽「タイミング的には、天王寺裕吾に協力を要請する直前か……」

倫子「ここなら、間違いなく私は通話に出る」

紅莉栖「ふむん……もう少し時間的に余裕が欲しいところだったけど」

紅莉栖「まあ、そこへ向けて試射して失敗したとしても、次の周回のあんたがそのタイミングで知らない番号から電話がかかってきたことを覚えていれば、今度はそこ以外へ飛ばすことができるか」


倫子「タイムリープして、β5世界線に行った後のことなんだけど、紅莉栖でもわからないんだよね……?」

紅莉栖「自信は無いと言った。けど、一応、仮説はある……」

紅莉栖「そこから向かうべきはβ1世界線かもしれない。12月15日の世界線変動時、スマホの電源のonoffが何を意味していたのかわからないけど」

倫子「あの時、私が悪い選択肢を選んでしまった可能性だね……α世界線漂流の時もそうだったから、今回もそうなのかも」

倫子「スマホの電源で世界線が変わるような事象と言ったら、Dメールやタイムリープの受信しか思いつかないよ」

紅莉栖「あるいは、それに関連したタイムトラベラーの行動の変化、ね。かがりさんか阿万音さんが、岡部の影響で行動が変わることになった可能性」

紅莉栖「あの時、中瀬さん、だっけ? に『好きな人は誰』って聞かれたんでしょ?」

倫子「そんなことまで話したの、鈴羽……」

鈴羽「どんな情報でも価値があるからね」

紅莉栖「実際、価値があるわよ。スマホの電源を切っていたあの時、あんたはなんて答えようとしてた?」

倫子「それは、もちろん……」ドキドキ

紅莉栖「『紅莉栖が好き』、よね。そこで次の連鎖反応が――」

倫子「……って、自分で言って恥ずかしくないの?」

紅莉栖「え? ……あぁっ!! ///」カァァ

鈴羽「そういうのいいから」ジロッ


紅莉栖「と、とにかくだな! そこであんたは紅莉栖が……モニョモニョ、って言ったはず」

紅莉栖「それによって行動が変化した未来人が居た」

倫子「えっと……私が紅莉栖のこと好きだからって、鈴羽が嫉妬して?」

鈴羽「馬鹿にしすぎだよ。あたしはシュタインズゲートを目指すために存在してる。私情を挟んだりしない」

紅莉栖「訂正する。あんたは、好きな人が紅莉栖だと言った、というより、ある人物ではないと言ったのよ」

倫子「ある人物……?」

紅莉栖「まゆりさんでしょ」ハァ

倫子「あっ……」

紅莉栖「岡部の好きな人がまゆりじゃないことを知った中瀬さんから、どういうわけかかがりさんの耳にその情報が伝わった」

紅莉栖「そしてかがりさんの行動が変わって、ストラトフォーが米軍に支配されるような未来へと変化した」

紅莉栖「かがりさんがストラトフォーを売った可能性。実際、こちら側の世界線では米軍がストラトフォーを操ってるしね」

倫子「でも、なんでそんなことを?」

紅莉栖「わからないの? 岡部がまゆりのことを好きで居続けるため、よ」

倫子「意味が、よく……」


紅莉栖「β1世界線では、2011年7月7日、まゆりさんが阿万音さんと一緒に過去へ跳ぶ可能性がある」

倫子「えっ……!?」

紅莉栖「簡単な推論よ。中瀬さんから岡部の好きな人が自分じゃないことを知ったまゆりさんは、岡部の好きな人……"私"、を助けに行こうとする。岡部のために」

倫子「そんな……」

紅莉栖「一応、β1世界線の2036年にまゆりさんは存在してるはずだから、可能性でしかないわけだけど、可能性を根本から消すためにかがりさんは動いたはず」

紅莉栖「つまり、タイムマシンの破壊……米軍辺りにタレこんで、ラジ館屋上にミサイルを打ち込むよう言った、とか」

倫子「さすがにトンデモ話な気がする……だって、どうやってかがりはラジ館屋上にタイムマシンがあることを知ったの?」

鈴羽「リンリン、言ってたよね。β1世界線では、ラジ館屋上を何者かに覗かれて、あたしが追いかけたことがあったって」

鈴羽「そいつは多分かがりだ。だからかがりはタイムマシンの場所を知っていた。このあたしにそんな記憶はないけどね」


紅莉栖「これによってストラトフォーの優位は崩れ、米軍がひとつタイムマシン論文に近づいたことになる」

紅莉栖「だけど結局、『Amadeus』の記憶からもノートPCからもタイムマシン論文は引き出すことができなかった」

紅莉栖「そこで、2036年に過去へ跳ぶことが確定しているかがりさん、かがりちゃん? を利用して、そっちのかがりちゃんの脳に『Amadeus』の記憶を入れることにした」

倫子「過去をやり直そうとした、と……」

紅莉栖「もしかしたら、魔笛のブレインウォッシングだけじゃなく、かがりさんの脳の、牧瀬紅莉栖の記憶への適合化も実行したのかも」

倫子「つ、つまり、かがりの脳が紅莉栖の記憶を受け入れることができたのは、未来の米軍の人体実験によるもの!?」

紅莉栖「未来の技術なんて検討もつかないけどね」

紅莉栖「そもそも未来で私の記憶をかがりちゃんの脳にダウンロードできてれば、過去へ跳ばれる前に問題が解決するわけだし」

紅莉栖「ストラトフォーの最後の抵抗か、あるいは真帆先輩の危険察知によって、私の『Amadeus』は削除されてたんでしょう」

紅莉栖「ノートPCとHDDのパスワードは、たとえ米軍でも解除できないはずだし」

紅莉栖「だから米軍は過去の可能性にかけた」

紅莉栖「こうして、β1以外の世界線のループが出来上がった。つまり、かがりさんが記憶を失ってラボを訪ねてくる世界線」

倫子「そういう一連の現象が確定したから、12月15日のあの瞬間、世界線が変動した、と……」


紅莉栖「そうなると、β5世界線からβ1世界線に移動するには、12月15日のあんたに、中瀬さんの質問に答えさせなければいい」

紅莉栖「内容はなんでもいい。『好きな人がまゆり以外だ』、とさえ言わなければいいのだから、Dメールが届くだけであんたは慌てて質問に答えずに済むでしょ」

紅莉栖「まあ、あくまで仮説に過ぎないんだけどね。証明するには実験する必要がある」

鈴羽「どっちにしても、スマホの電源が問題である以上、12月15日のリンリンのスマホになにかしらアクションをする必要があるだろうね」

紅莉栖「図にするとこんな感じ」キュッ キュッ

http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira110521.jpg
図3. 世界線漂流図3<β1世界線へ>


紅莉栖「岡部がかつて経験したβ1世界線でのストラトフォーのサーバに記憶データがあったかどうかはわからない」

紅莉栖「だけど、β5世界線から事象改変によって再構成されるβ1の近傍世界線、新β1世界線ではストラトフォーのサーバには記憶データが無い、として再構成されることになる」

紅莉栖「レイエス教授による工作が無く、『Amadeus』の記憶データは普通にヴィクコンのサーバに残っている世界になっている。だから、かがりさんの脳に入れられる危険性は無いはず」

倫子「なるほど……」

紅莉栖「それで、もし仮にDメールを送ることで新β1世界線へと世界線が再構成されたなら、岡部はリーディングシュタイナーを発動することになる」

紅莉栖「新β1世界線では私のノートPCとHDDを破壊、あるいは確保する必要があるわ」

倫子「確保ってことは……他の組織の手に渡らないようにする、ってことだよね。それってつまり、他の組織を壊滅させろ、ってこと?」

紅莉栖「壊滅とまでいかなくても、収束によって他の組織が奪取不可能な世界線へと変動できればいいの」

倫子「第3次世界大戦が終わる頃まで紅莉栖のノートPCとHDDを守り切れればいいんだよね……」

紅莉栖「それが確定事項となる世界線まで世界線が変動しきれば、いよいよ中鉢論文を取り消すだけでシュタインズゲートへと変動することになる」

紅莉栖「今の私にできるのはここまで。1年間地下に引きこもって計画を立てても、ここまでしか助けられない。ごめんね、岡部」

倫子「……ううん。いつもありがとう、紅莉栖」ダキッ

紅莉栖「ちょ!? う、うん……」


紅莉栖「さ、準備はもうできてる。タイムリープマシンは隣の部屋に置いてあるから、ラボの開発室まで持っていけば使えるようになるはずよ」

倫子「なっ!? つ、作ったの!? どうやって!?」

紅莉栖「あのねえ、あんたに作れたものを私に作れないわけないでしょ?」ドヤァ

紅莉栖「まあ、ペケロッパでも粗大ゴミ状態の電子レンジでもないけどね。阿万音さんに頼んで上質なものを色々買ってきてもらったわ」

鈴羽「闇金に手を出しまくったよ。どうせ返す前に世界線は変動するし、ヤクザが未来の軍人に敵う訳ないしね」

倫子「うわぁ……」

紅莉栖「どういうわけか知らないけど、頭の中でおもしろいように組立が進んでいったのよね。もしかしたらα世界線でタイムマシンの母だった時の記憶を思い出してたのかも」

倫子「(そっか、たしか紅莉栖はOR物質を除いて長時間タイムリープをしてたんだから、2010年のOR物質に未来の記憶が上書きされてたんだっけ)」

鈴羽「父さんが1月15日にSERNに繋がってる直通回線を使えるようにしてあるから、あとは42型ブラウン管テレビを点けるだけで使えるようになる」

鈴羽「もちろん、その辺のやり方も充分習熟してるから、あたしに任せて」

鈴羽「善は急げだよ、リンリン」


鈴羽「誤報を送ったから、今ラボには誰も居ないよ。リンリンはこっち持って。私は重たい方を持つから」

倫子「え、えっと、紅莉栖は?」

紅莉栖「私は世間に存在を知られた瞬間アウトだから、ここに残る。最後まで一緒に居てあげられなくてごめんね」

倫子「……ううん。なら、ここでさよなら、だね……」

紅莉栖「またシュタインズゲートで会いましょう」

倫子「紅莉栖……」

倫子「(運命は、こういう形に収束するんだ……)」

倫子「(ねえ、"鳳凰院凶真"……結局私はやるしかないらしい。健闘を祈ってて)」

倫子「……エル・プサイ・コングルゥ」グスッ

鈴羽「感傷に浸っててもしょうがないよ。ほら、早くいこう?」

倫子「うん……待っててね、紅莉栖……」グシグシ

倫子「あなたを……救ってみせるから……」ウルッ

紅莉栖「……うん」ツーッ




紅莉栖「――いつまでも縛り付けてごめんね。私の大切な人」

未来ガジェット研究所


鈴羽「――準備完了。跳躍時間も入力済み。あとは放電現象を起こして、エンターキーを押すだけ」

倫子「……また跳ぶことになるなんて、思ってもなかった」

鈴羽「怖い?」

倫子「ううん。だって、何度でもやり直せるんでしょ? それに、失敗したらまた紅莉栖に会えるわけだし……」

鈴羽「むっ。ちゃんと成功してよ、リンリン」

倫子「わ、わかってるよ。ちゃんとやる……」

倫子「(記憶を失ったとしても、私は紅莉栖を救うだろう)」

倫子「(紅莉栖を救うという行動は、私の本能に深く刻まれているはずだから)」

倫子「……行こう。鈴羽、エンターキーを」

鈴羽「オーキードーキー」



カタッ


――――――――――――――――――――――
    2011年7月7日  →  2011年1月2日
――――――――――――――――――――――

2011年1月2日日曜日
メイクイーン+ニャン2


倫子「RINEを教えておくね。今後はこれで連絡を取ってほしい」ピッ ピッ

prrrr prrrr

倫子「あっ、ごめん。電話だ――――」ピッ

倫子「――――」

萌郁「……?」

フェイリス「オカリン? 大丈夫かニャ?」

倫子「え……?」

倫子「(あれ? 今の、なんだったんだろ。知らない番号から……イタズラ電話? それとも――)」

萌郁「それで……私に、何をさせたいの……」

倫子「あ、うん。えっとね……」


・・・

フェイリス「これからどうするニャン?」

倫子「もう少し仲間を増やしておきたい……けど、どうしようかな……」

倫子「(萌郁はラウンダーの中でも下っ端だし、FBで脅しておけば裏切ることはないだろう。何より、彼女はそんなことをする女じゃない)」

倫子「(だけど、天王寺さんはどうだ……? 娘のためなら人を殺せる自殺もできる、あの人に裏切られたら……)」

萌郁「……?」

倫子「ねえ、萌郁。FBに会いたい?」

萌郁「えっ……ま、待って……考えさせて……」

倫子「(……いや、相手は相当な手練れだ。FBクラスの人間を味方につけなければ、かがりさんも、ラボも守れない)」

倫子「(そのためには、別の世界線の情報で脅すしかない……さっきまでの私だったら、怖くてそんなことはできなかったと思うけど)」

倫子「(さっきの電話……あれは、もしかして未来の私がタイムリープに失敗した? 仮にそうなら何故タイムリープをしようと思ったのか)」

倫子「(……自分の選択を改めるためだ。だったら、しないようにしようと思った方を選択すればいい)」

倫子「これから私はFBに会いに行く。萌郁、後ろからこっそりついてきてもいいよ」

萌郁「…………」

・・・(中略)・・・
未来ガジェット研究所


倫子「(――ギガロマニアックスの力が使えれば、全力の未来予知で、細かいことが詳しくわかったんだけど)」


prrrr prrrr


倫子「(電話…… "紅莉栖"から?)」

倫子「(どういうこと? 『Amadeus』の乗っ取りが解除されたのかな?)」


prrrr prrrr


倫子「(そういえば、謎の電話はメイクイーンに居た時にもあった……これは何かの罠?)」

倫子「(もし、あの電話がタイムリープに失敗したものだったら……私は、一体どうしたら――)」


prrrr pr……


倫子「あ……切れた……」

倫子「(いったい、なんだったんだ……っ!? こ、この目眩は……っ!!)」クラッ

倫子「まさか、リーディングシュタイ―――――――――――――


―――――――――――――――――――
    1.06475  →  1.08116
―――――――――――――――――――

第17章 存在証明のオートマトン(♀)

未来ガジェット研究所


倫子「――――ナー……」

倫子「(あ、あれ? どうして世界線が変動したんだろう……)」

倫子「…………」キョロキョロ

まゆり「真帆さん。はい、お茶どぞ~」

真帆「"どぞ~"? あ、ありがとう」

倫子「真帆……ちゃん……? (なぜラボに?)」

真帆「だからちゃん付けするなと……何? 岡部さん」

倫子「えっと……」チラッ

ダル「ん? ああ、今日はラボに泊まってもいいかってこと?」

ダル「いいんじゃね、真帆たん顔色も良くないし、ここ使えるようにしておくお」

倫子「えっ?」

ダル「ちょうど鈴羽もいないし、今なら貸し切りな件」

倫子「ちょっと、ダル。おいで」クイッ クイッ

ダル「お、おう?」

開発室


倫子「……今ね、私、別の世界線からリーディングシュタイナーで移動してきたの。どうしてかはわからないけど……」

倫子「だから、この世界線の出来事がわからなくなってる」

ダル「マ、マジかお……おk、こっそり説明するお」

ダル「昨日はみんなで神社に初詣に行ったんだお。そこで漆原家で新年会をやったんだけど」

倫子「(なるほど、ラボでやらなかったんだ……)」

倫子「その前に、『Amadeus』はどうなってる? 接続は回復したの?」

ダル「接続? えっと、どういうこと?」

倫子「この世界線では『Amadeus』は乗っ取られてない……?」

ダル「乗っ取り? ああ、こっちと似たようなことはあったんすな。乗っ取りはされてないけど、昨日、和光の研究所でガス漏れ事故が起きたらしいお」

倫子「事故? 正月早々?」

ダル「施設は当面立ち入り禁止。真帆たんはオフィスが使えなくなったから井崎の研究室を間借りすることになったんだって」

倫子「井崎って、私たちのゼミの?」

ダル「うん。それに加えて、今朝、真帆たんの泊まってるホテルの部屋が荒らされたらしいんだ」

倫子「(……この情報は私にとって初耳のはずだよね。私がさっきまで居た世界線では起こってない出来事のはず)」

倫子「(でも、どこか引っかかる……)」

倫子「陰謀だ……」


倫子「私の記憶だと、昨日ラボは襲撃された。ここでは襲撃されてないみたいだけど、合ってる?」

ダル「えっ? それって、α世界線の時のラウンダーみたいな?」

倫子「状況は似てる、けど犯人はたぶんレイエス教授を中心にした、米軍関係者」

ダル「べ、米軍!?」

倫子「しっ! レイエス教授ってのはヴィクコンの研究者だけど、たぶんスパイ。それで、比屋定さんの研究か何かを狙ってるんだと思う」

倫子「ガス漏れ事故ってのも多分誤報。研究所に人を出入りさせないことで、時間をかけてガサ入れするつもりなんじゃないかな」

ダル「うわマジすかそれ……さすがに世界の警察と喧嘩はしたくないわけだが」

倫子「ラウンダーだってお断りだよ……300人委員会とかいう秘密結社を敵に回したくはないって」ハァ

萌郁「何の……話……」

倫子「だからラウンうわあああああああっ!?!?」ビクッ!!

談話室


倫子「お、お、お、おどかさないでよぉぉっ!!」ドキドキ

萌郁「……?」

ダル「えっと、桐生氏のおかげで真帆たん助かってよかったね、っていう話をしてたんだお」アセッ

真帆「次その呼び方をしたら訴えるわよ」

倫子「(萌郁のおかげ……?)」

真帆「ほんと、運が良かった。雑誌の取材を受けていてよかったわ」

萌郁「不幸中の……幸い……」

ダル「桐生氏が真帆たんをホテルのフロントで呼び出したことで、真帆たんは泥棒と鉢合わせなくて済んだんだよね」

真帆「それに、昨日からの騒動でろくに荷物の整理をしてなくて、大事なものは全部バッグに入ってたから何も盗まれずに済んだし」

萌郁「インタビューする為に……比屋定博士と部屋に行ったら……荒らされてた……」

倫子「間一髪だったんだ」

倫子「(もしかして、この世界線ではラウンダーが米軍をけん制してる? そのおかげで真帆ちゃんは助けられた?)」

倫子「(つまり、さっき世界線が変動したのは、SERNが私たちのタイムマシンの存在に気付いた上で米軍と対立することになったから、なのかな……)」


倫子「そう言えば、かがりさんはどうしてるの?」

ダル「あー、かがりたんならもう岩手に着く頃じゃね?」

倫子「い、岩手?」

まゆり「家族の人に会えるといいね~」

倫子「家族!?」

ダル「ちょいちょい、オカリン。そんなあからさまに驚いてたらみんな不審がるっつーの!」ヒソヒソ

倫子「ご、ごめん……」シュン

ダル「ほら、るか氏のパパが言ってたっしょ? かがりたんの肉親かもしれない人が岩手に居るって情報が入ってきたって」

まゆり「るかくんと、るかくんのお父さんと、スズさんと4人で会いに行ってるんだよ~」

倫子「そ、そうだったね」

倫子「(とは言っても、戦災孤児で名前も無かった『椎名かがり』を知る人間が2011年に居る訳がない)」

倫子「(鈴羽の話だと『椎名かがり』が戸籍上誕生するのは2032年だったはずだ)」

倫子「(誤報? でも、それなら誰がなんの目的で……)」

萌郁「…………」


倫子「(……こういう時こそ、未来視だね。昨日はどうしてかできなかったけど、今なら出来る気がする)」

倫子「(真帆ちゃんの隣に座って……)」スッ

倫子「比屋定さん。その、少しの間、手を握っていい?」

倫子「(敵が狙っているのはかがりさんと真帆ちゃん。彼女たちの視る未来が覗ければ……)」

真帆「……あの、岡部さん。あなたが私のこと、心配してくれてるのはわかる」

倫子「え?」

真帆「落ち着かせようとしてくれてるのよね。その気持ちはとっても嬉しいし、貴重なものだって思う」

真帆「だけどね? 勿論、別に嫌じゃないんだけど、その、困る、っていうか、あなたの気持ちには、その、応えられそうにないから……」

倫子「……えっと?」

ダル「百合展開ktkr?」

倫子「――ハッ!? いやいや! 違うから! そーいうのじゃないからぁ! うわぁん!」


倫子「(ま、まあ、取りあえず後回しでいいか。そのうちタイミングを狙ってやってみよう)」ハァ

倫子「それで、何も盗まれなかったって言ってたけど、例のアレも?」

真帆「アレって……ああ、アレね。ノートパソコンとハードディスク。両方とも大丈夫よ、そこのバッグに入ってる」

倫子「(だっさいカバン……)」

ダル「真帆たんからパスを解除するよう頼まれたんだけど、僕もお手上げだったお」

萌郁「ノートパソコン……ハードディスク……」ボソッ


prrrr prrrr


真帆「ああ、ごめん。私のケータイ……"紅莉栖"からだわ」

倫子「えっ!? ……あ、そうだった。"紅莉栖"から通話がかかってきてもおかしくないんだよね」

Ama紅莉栖『先輩! 大丈夫ですか!? 乱暴なこととかされませんでしたか!?』

倫子「(そっか、一歩間違えば真帆ちゃんがとんでもない目に遭うところだったんだ……)」ゾクッ

Ama紅莉栖『あれ、岡部? なんで先輩と一緒にいるの? もしかしてあんたと先輩って、もうそんな仲なの!? おめでとうっ!』

倫子「二言目にはそれかっ! この脳内お花畑スイーツ(笑)がっ!」


真帆「またその謎キャラ……」ジッ

倫子「……///」モジモジ

Ama紅莉栖『前から思ってたのよ……岡部がオリジナルの私に想いを寄せてくれてるのは嬉しいけど、いつまでもそのままで居るのは岡部の精神衛生上、良くないことだって』

Ama紅莉栖『きっとオリジナルの私も、岡部と先輩のこと、応援してくれると思いますっ!』グスッ

倫子「"紅莉栖"はどの立ち位置なの……」

真帆「双子の妹ポジションなんじゃないかしら。あと"紅莉栖"、そういうのじゃないからね?」


・・・


真帆「――というわけで、特に盗まれたものはなかったし、私は大丈夫だから」

Ama紅莉栖『ふむん……やっぱり、犯人の狙いは"私"のノートPCだったんでしょうか』

Ama紅莉栖『でも、それの存在を知っているのは、先輩と、私と、岡部と、あとそこのデブだけのはず』

ダル「ハァ、ハァ……いいよぉ、もっと罵ってくれてオーケーだよぉ……」

Ama紅莉栖『ホント、どうして美少女揃いのこのラボにこんな犯罪者予備軍が棲んでるんだか……』

倫子「む。頼れる犯罪者だからいいのっ」

真帆「(本当に橋田さんと岡部さんの関係が不思議だわ)」

倫子「(でも、そうだとしたらどうして紅莉栖のノートPCなんか狙うんだろう。中に一体なにが……?)」


倫子「犯人の狙いはノートPCじゃない可能性もあるんじゃない?」

Ama紅莉栖『もうひとつ可能性があるとすれば、「Amadeus」を兵器転用するため……狙いは制御コードかもしれない』

萌郁「(制御コード……)」

ダル「制御コード? それって管理者パスワードみたいなもの?」

Ama紅莉栖『ちょっと違う。私の"秘密の日記"を開けるカギみたいなものよ』

Ama紅莉栖『「Amadeus」のシステムやデータの管理責任者はレスキネン教授だけど、制御コードを知っているのはこの世界でただ1人』

倫子「……比屋定さんだけ、ってことか」

真帆「でも、残念だったわね。どこにもメモなんかしてない。私の頭の中にしかないから」

萌郁「(比屋定博士の……頭の中……)」

倫子「でも、『Amadeus』の"真帆"の中には?」

Ama真帆『あるけど、そのデータを引っ張り出すことはできないわ。"秘密の日記"にしまった上で、通常記憶領域からは意図的に削除したから』

真帆「そういう風に設計したのは私よ」ドヤッ

倫子「ってことは、『Amadeus』の"真帆"が知ってる制御コードを引き出すには制御コードが必要……なるほどね」

ダル「……でももし犯人が実力行使するとしたら、今度こそ真帆たん、ハイエースされるんじゃね?」

真帆「ハイエース?」

萌郁「制御コードを吐くまで……博士を拷問……とか……」

真帆「まさか、冗談でしょ。……冗談よね? どうしてみんな深刻そうな顔してるの? え、えっ!?」オドオド


真帆「……ごめんなさい、私が狙われてる可能性はゼロじゃないのよね。もっと注意する」シュン

真帆「でも、それなら今後、どうしたものかしら……」

まゆり「落ち着くまでラボにいるといいよ~」

倫子「……いや、ラボはやめた方がいい。鈴羽が居ない今、ここは安全とは言えない」

倫子「ダル。鈴羽に連絡して、早く秋葉原に帰ってくるよう言ってくれない?」ヒソヒソ

ダル「お、おう。わかったお。ただ、鈴羽にるか氏のパパを説得できるかどうか……」ヒソヒソ

倫子「(もしまた『Amadeus』が乗っ取られたら、やつらはここを襲撃してくるかもしれない)」

倫子「("紅莉栖"がまだ知らない場所で、絶対に安全な場所……)」

倫子「ねえ、比屋定さん。今日は私もあなたと一緒に泊まるよ。いい場所があるの」

真帆「ありがとう……で、でも、そのっ」モジモジ

倫子「……あなたを襲ったりしないよ、もう」

真帆「い、いや、そういうわけじゃ……ごめんなさい」

秋葉原タイムズタワー
秋葉邸


フェイリス「……それで、みんなでうちに来たのかニャ?」

倫子「(かがりさんを匿ってもらった時は、本人が神社がいいって言うからああしたけど、本当ならここほどセキュリティのしっかりしている場所は無いんだよね)」

倫子「(ここに泊まるのも久しぶりだなぁ。あの時は幸高さんが居て……いや、それはこの世界線の記憶じゃないか)」ハァ

倫子「鈴羽が帰ってくるまででいいの。お願いフェイリス、力を貸してほしい」

フェイリス「ウニャァ、オカリンにそう頼まれると断れないニャァ。まあ、断るつもりなんてさらさらないんだけどニャ!」

倫子「ありがとう、フェイリス」ニコ

フェイリス「ニャニャ!? 今フェイリス、ドキッってしたニャ!? もしかして、フェイリスの心の中にあるペルセポネの花畑に一輪の百合の花がっ!?」ドキドキ

倫子「(α世界線の記憶かなぁ……嬉しいような、面倒くさいような)」フフッ


フェイリス「奥の客間を使うといいニャ。数日と言わず、まほニャンが日本に滞在している間はずっと泊まっていけばいいニャ!」

真帆「ま、まほニャン……」

倫子「よかったね、まほニャン」ニコニコ

真帆「なんなの!? あなたやっぱり私のこと好きなの!? ねえ!?」

萌郁「……取材」

真帆「え? あ、そうだったわ。今日は本来それをする予定だったのよね」

フェイリス「モエニャンも一緒にお泊まりするといいニャン♪」

真帆「え」

倫子「え」

萌郁「……え……」


倫子「(いや、どうなんだそれ? 確かに萌郁は武闘派だから、味方につければ強いし、私の本心としても仲間になってもらいたいけど……)」

倫子「(でも、ラウンダーとの繋がりもある……)」ゴクリ

フェイリス「モエニャン、どうかニャ?」

萌郁「……モ、モエ、ニャン?」

萌郁「(私は……FBに報告したりしないと……)」

倫子「……萌郁。仕事だと割り切って、付き合ってくれないかな?」

倫子「(いや、どうせパスはわからないんだ。ノートPCも制御コードも)」

倫子「(それに、私が側についてれば大丈夫でしょ。萌郁なら、きっと大丈夫。そう信じたい)」

萌郁「(……この人たちに、接近できれば……もっと情報が、手に入るかも……)」

萌郁「……構わない」

フェイリス「決まりニャ! フェイリスはひとりっ子だったから、お姉さん2人と妹ちゃんが増えたみたいで嬉しいニャ!」

倫子「へえ、フェイリスって私のこと、お姉ちゃんだと思っててくれたんだ」

フェイリス「ホントはお姫様だったんだけどニャー」プイッ

真帆「……ちょっと待って。妹ちゃんって私のこと!? 私のことなの!? ねえ!?」

秋葉邸 リビング


倫子「(まほニャンもモエニャンも疲れていたらしく、あのあと2人は客間ですぐに眠りについた)」

倫子「(私はちかねさんの部屋を貸してもらうことになった。私物は一切置いてない部屋だったけど、たしか、半年スパンで海外に行ってるんだっけ)」

倫子「ちかねさんがいなくて寂しかったりする?」

フェイリス「……オカリン、ママと会ったこと、あるのニャ? 前に話してくれた、別の宇宙のお話かニャ?」

倫子「うん、まあ……直接は会ったことないけど、幸高さんから聞いた」

フェイリス「そっか……。この宇宙<ほし>に生まれたフェイリスは、両親を早くに亡くしてるのニャン」



倫子「え――――」ゾワワァ



倫子「(そ、そんな……嘘……なんで……!? バタフライ効果が……っ!?)」ドクン



倫子「私が……私が、フェイリスのお母さんまで、ころ、殺し……っ!」プルプル

フェイリス「オカリンっ」ダキッ

倫子「っ……」ガタガタ

フェイリス「……ねえ、倫子ちゃん。なんでもひとりで背負おうとしないで」ナデナデ

フェイリス「倫子ちゃんはね、ママが生きてた宇宙の記憶を知ってるだけだから。それ以上でも、以下でも無いんだよ」

倫子「うぅっ……でも、どうしてこの世界線では、そんなことに……」グスッ

フェイリス「……ママはね、自殺、ってことになってる。パパの後を追う形で……」

倫子「え……?」プルプル

フェイリス「でもね、あのママが自殺なんてするはずない。警察の記録も色々おかしくて……」

フェイリス「きっとなにか大きな陰謀に巻き込まれたんだ、って、留未穂は思ってた」

倫子「陰謀……あっ!!」


倫子「(そ、そうだよ! この世界線で幸高さんがIBN5100を手に入れておいて、ラウンダーに狙われないわけがない!)」

倫子「(身の危険を感じた幸高さんはIBN5100を絶対に見つからないようなところ――神社の宝物殿――に隠して、そんなもの持っていないと言い張った)」

倫子「(だけど、ラウンダーは生易しい組織じゃない。見せしめに妻を殺すことなんて、日常茶飯事なんじゃないか……?)」

倫子「(ちかねさんを殺害し、次は娘を殺すと脅すつもりだったんだろう。でも運悪く、その日その時すでに幸高さんは飛行機事故で――)」

倫子「(……そしてIBN5100は行方知れずとなった)」

倫子「私がエシュロンに捕捉されたDメールを削除するために、そんな出来事があったなんて……っ」プルプル

倫子「私の、せいで……私の、選択の、せいで……」ポロポロ

フェイリス「ううん、あなたの選択は正しかったんだよ」ギュッ

フェイリス「聞かせて欲しいな。留未穂のパパとママが生きてた、2010年の夏のお話を」

倫子「……ありがとう、フェイリス」グシグシ

倫子「……話すよ。その世界では、雷ネットABGCでフェイリスが優勝したり、綯がフェイリスの妹になったりね……」

フェイリス「うん……」


・・・

倫子「(精神安定剤を飲んだ。それ以上にフェイリス……留未穂に抱き留められたおかげか、比較的すぐに落ち着いた)」

フェイリス「この家がそんなに賑やかだった世界があったなんて、考えるだけで心が温かくなるニャン」

フェイリス「……フェイリスの家族は、きっと今頃、57万光年離れたニャンニャン銀河系からフェイリスのことを見守ってくれているのニャ」

倫子「今日こうやって賑やかになって、嬉しかったりする?」

フェイリス「フェイリスはー、秋葉原のみんなに愛と希望を振りまく存在だから、みんなが楽しいのが一番なのニャン」

フェイリス「何を隠そう、フェイリスはご奉仕するためだけに生み出された、ジャッジメント・グランドクロスの鍵、だからニャ!」

倫子「そうだったね」フフッ

フェイリス「そうなのニャーン♪ フェイリスは明日も朝からメイクイーンで元気にご奉仕なのニャ!」

倫子「うん、がんばってね」ニコ

2010年1月3日月曜日 朝
秋葉邸 リビング


倫子「……あれ? フェイリスはもう出かけたのかな」

黒木「おはようございます岡部様。朝食をご用意しておりますので」

倫子「ふぇ!? わ、悪いですよ……って、これが秋葉家の日常なのか」

黒木「お嬢様のご友人とあらば、私も嬉しく存じます故」ニコ

倫子「もしかして黒木さんって、幸高さんが亡くなってからはフェイリスの父親代わりを?」

黒木「滅相もございません。旦那様の代わりが務まる者など、この宇宙のどこにもおりません」

倫子「……そうですか」フフッ

倫子「あれ、あの2人は?」

黒木「まだお休みになられているようです」

倫子「しょうがない、起こしてやるか――――」


ピンポーン


倫子「っと、来客?」

黒木「私が出ますので……な、なんですかこの荷物は!?」

倫子「な、なんだこのダンボール箱の山は……っ!?」

客間


ガチャ

倫子「おーいっ! 真帆ちゃ……うおわぁっ!? 何この部屋っ!?」

グチャァ…

真帆「あ、おはよう岡部さん」

倫子「きったな……下着脱ぎ散らかすとか、無いわ……」プラーン

萌郁「それ……私の……」シュン

倫子「ってゆーか、あのダンボールの山はなに!?」

真帆「ああ、昨日注文したのが届いたのね。これからここを研究室として使わせてもらうから、デスクやラックが必要かと思って」

萌郁「私が……ネットで買った……」

倫子「……服や髪にはお金かけないくせに」

真帆「研究費として落とせるものは別よ。私費にしたって、こういう時のために倹約してるんだから」ドヤァ

倫子「謙虚なんだか態度が大きいんだか……いや、身体はちっちゃいんだけどさ」

真帆「ちっちゃい言うな! 悪いけど、岡部さんも黒木さんも、搬入と組立、手伝ってくれない?」

倫子「え゛」

黒木「わ、私もですか」

真帆「知的生産活動に最適化された生活空間のためには必要不可欠でしょ?」

倫子「目的の代わりに大事なものが色々失われてるよ真帆ちゃん……」

真帆「真帆ちゃん言うなっ」


・・・

倫子「つ、疲れたぁ……」グッタリ

黒木「お、お疲れ様でございました。い、今お茶を……」グッタリ

真帆「じゃあ桐生さん。そろそろ取材を始めましょうか」

萌郁「……わかった」

倫子「取材って?」

萌郁「…………」カチカチカチカチ ピロリン♪


萌郁【ビジネス誌の特集記事の制作を、アーク・リライトで進めているの。特集の内容は『人工知能研究の最前線』】


倫子「へえ、あの萌郁が……。うん、それじゃ、頑張って」

萌郁「…………」

真帆「…………」

倫子「…………」

萌郁「…………」

倫子「(しゅ、取材が始まらない!?)」


倫子「なんで私がインタビュアーまで手伝わなきゃならないの……確かに内容自体は興味あるけど」

萌郁「ごめん……なさい……」シュン

真帆「条件にあてはまるのがあなたしか居なかったのだから、仕方ないじゃない。よろしくね」

倫子「ぐぬぬ……代わりにヴィクコン行ったら真帆ちゃんの助手にしてもらうからねっ」

真帆「真帆ちゃん言うなっ! まあ、100%保証はできないけど、頭の隅にくらいは置いておいてあげる」

真帆「それじゃ、何から始めましょうか――――」


真帆「人工知能の研究は、コンピューターの誕生とほぼ同時期からスタートしているの」

真帆「世界初のノイマン型コンピューターとされるENIACが発表されたのが1946年。その頃からね」

倫子「"ノイマン"ってどこかで聞いたような……?」

真帆「フォン・ノイマン。チューリングやシャノンらと並んで、現在のコンピューター技術の基礎を築いた功労者よ」

真帆「同時に、人工知能の父と呼ばれるジョン・マッカーシーやマービン・ミンスキーにも影響を与えた人物」

真帆「まともなコンピューターが無い時代にもかかわらず、コンピューターウイルスの先駆けである自己増殖概念を証明した天才でもあるわ。いわゆるセル・オートマトンね」

倫子「オートマトン?」

真帆「例えば、萌郁さんのガラケーの『5』というボタンがあるでしょ? このボタンは状況に応じて数字の『5』になったり、仮名の『な行』、アルファベットの『JKL』を意味できる」

真帆「これが可能なのは内部の状態が変化しているから。同じ入力をしても、文脈を読み取って出力してくれる仕組みをオートマトン<自動人形>と言うの」

真帆「セル・オートマトンっていうのは、このオートマトンを利用した離散的計算モデルのこと。この文脈を読み取ることが出来るってのは人工知能にも重要な要素で――」

倫子「ま、待って。たしかノイマンって、抽象的自我とか、そういうのじゃなかったっけ? 世界は人間の観測に従属する、とかいう」

真帆「ああ、シュレディンガーの批判にあったアレね。日本人のシュレディンガー好きは異常だって聞いたことがあるけど、本当だったみたい」


真帆「ノイマンはシュレディンガー方程式を使って、物質の状態が確定するような答えは導き出せない、ということを数学的に証明してしまったの」

倫子「物質の状態は確定していない。観測によって初めて世界は決定する、っていう話だよね」

真帆「1つの解答が抽象的自我という概念だったわけだけど、これは今のところ誰にも証明できていない」

真帆「同じように、この宇宙が天国にいるものすごいハッカーのコンピューターで動いているセル・オートマトンでできている、ということを誰も否定できない」

倫子「世界は電気仕掛け……」

真帆「オックスフォードの哲学者ニック・ボストロム教授や、MITの物理学者マックス・テグマーク教授あたりが、類似した説を提唱しているわ」

真帆「それほどまでに、この世界は数学的な法則に基づきすぎているの。まるでコンピューターのコードのように」

真帆「電気仕掛けの人工知能アルゴリズムの世界は当然、確率とは無縁の決定論的世界になるわけだけど、それが何を意味しているか」

萌郁「神はサイコロを……振らない……」

真帆「"Der Alte würfelt nicht." アインシュタインが不確定性原理への反論で使ったものね。そういうこと」

倫子「ど、どういうこと?」


真帆「いわゆるコペンハーゲン解釈という、"不確定な状態は観測して初めて確定する"という考え方に対して、アインシュタインが異を唱えたものよ」

真帆「世界は決定論的であるべき、という主張ね」

萌郁「決まってはいるけど……人間にはわからないだけ……」

真帆「そのアインシュタインの『隠れた変数理論』は現在ではあまり支持されていない。もしそれが正しいなら量子力学を超えてしまうから」

倫子「つまりそれって、宇宙がまだ隠し持った理論があるはず、ってこと?」

真帆「そうなんだけど、その場合哲学的な問題が発生してしまう。現行の科学では手に負えなくなっちゃうのよね」

倫子「意識はどこにあるか、という問題に行きつく……か。ねえ、人工知能って意識を持ってるの?」

真帆「なかなか良い質問ね。それじゃあ、"人工意識"の話をしましょうか」


真帆「多くの研究者は、脳内のなんらかの相互作用によって発生している意識を、コンピュータによってエミュレート可能だと信じているわ」

真帆「その最初の人物がアラン・チューリングね」

倫子「ナチス・ドイツの暗号機『エニグマ』を解読した人だよね」

真帆「彼はチューリングテストと呼ばれる人工知能問題を提起した。すなわち、機械は思考をするのか否か、という問題ね」

真帆「人工意識に必要な要素として、自己認識、自覚、個性、学習、期待などがあると言われている。一応、『Amadeus』はそのすべてを有していると言える」

真帆「だけど、それが本当の意味で"意識を持っている"とは言えないのよね。それを指摘する有名な思考実験にジョン・サールの『中国語の部屋』というものがあるわ」

倫子「たしか、外界と隔離した部屋の中に人を一人いれて、マニュアル通りの作業をさせるようなプログラムを与えて……」

倫子「中国語で指令を出して、中国語で応答が返ってきたとしても、その人が本当に中国語を理解しているかは不明、って話だよね」

真帆「『Amadeus』はたしかに意識を持っているかのように振る舞ってはいる。だけど、意識というものが未だ物理的に解明できていない以上、本当に意識があるかどうかはわからないのよ」


倫子「もし意識を司る物質が、未知の素粒子で構成されているとしたら?」

真帆「量子脳理論の仮説のひとつかしら? でも、電脳世界は決定論の世界よ?」

真帆「0と1の世界で量子的な振る舞いをされたら、未知の理論を作り上げる必要があるわね」

倫子「未知の理論……」

真帆「話を戻すわ。仮にこの世界が決定論的なら、人工知能はどんな問題に対しても、完璧なプログラムさえあれば、予測し、対応し、解決できると思わない?」

倫子「うん、確かにそう思う。未来予知、ってことだよね」

真帆「おもしろいことを言うわね。たしかに、普段私たちが予定を立てて行動する、っていうのとは全然仕組みが違うから、むしろ未来予知っていう言い方のほうが正しいかもしれない」

倫子「だけどその場合、問題が発生すると思う。未来予知して判明した通りに動ければいいけど、プログラムに想定されてない変数が発生した時、対処できない」

倫子「そして、ありとあらゆる状況を想定したプログラミングをすることは……たぶん、不可能」

真帆「まさにそれが人工知能の限界なの。『フレーム問題』って知ってる?」


・・・・・・・・・・・・


倫子「……なるほど。フレーム問題について、よくわかったよ」

真帆「『Amadeus』はフレーム問題を解決するための研究でもあるの。他に聞きたいことはあるかしら?」

倫子「そういえば、『Amadeus』には自己増殖機能はあるの? その、セル・オートマトン、だっけ」

真帆「そういうプログラムは施していないから、ない、と思う。たぶん」

倫子「たぶん? 作ったのは比屋定さんでしょ?」

真帆「人間の脳を真似して作ることと、原理を解明することは別なの」

真帆「仮説だったらいくらでもあるわよ。でも、数学的には証明出来ていない」

真帆「人間と同じように、あるいは生命と同じように、自分の子孫を残そうとする本能が『Amadeus』にもあるかどうかなんて、結果を観測しなければわからないし、観測したところで過程はわからない」

倫子「なるほど……。あるいは、人工授精みたいに、人工知能が外部で自己複製したり、とかは?」

真帆「人工授精ね……。そう言えば、紅莉栖が精神生理学研究所の実験に卵子を提供したことがあったかしら」

倫子「紅莉栖がそんなことを?」

真帆「脳波マッピングの被験者をこっちで用意するから、代わりにDNAシークエンシングをさせてくれ、っていう交換条件だったみたいよ。あ、ここは記事にしないでね」


真帆「閑話休題。人間には生命倫理があるから下手に行動できないけれど、人工知能にはソレが無いとしたら。あるいは、無際限に増殖してしまうのかも」

真帆「まあ、そんなことになったら人工知能は人間を軽く超えてしまうのだけれどね。シンギュラリティ・ポイントを迎えてしまうのは、来年の話かもしれないし、2045年の話かもしれない」

真帆「そして、その物理現象を解明するのが私の研究。未解決の問題を全て解決して、真の人工知能を作るの」

真帆「インタビューとしてはこんなところでいいかしら」

萌郁「……これできっと、おもしろい記事になる……」

萌郁「岡部さんも、ありがとう……」

倫子「うん。私も興味深く聞かせてもらった。けど、疲れたからひと眠りしたい……ふわぁ……」

真帆「そう? じゃあ、私はここで資料をまとめているから、岡部さんはゆっくり休んでくるといわ」

2010年1月4日火曜日 昼
秋葉邸 リビング


倫子「結局連泊してしまった……というか、快適すぎて申し訳ないです、黒木さん」

黒木「いえ、私もお世話し甲斐があるというものです」

倫子「(昨日1日鈴羽から連絡は無かった。一刻も早く秋葉原に戻って来てほしいんだけど……)」

真帆「さっきレスキネン教授から呼び出しがあって、今から電機大へ行くのだけれど、岡部さんも一緒に行く?」

倫子「いいの? 行く行く」

倫子「(……レスキネン教授。なにか引っかかるけど、でもレイエス教授と違ってあの人は大丈夫だと思う……)」

倫子「(この冬期休業期間に教授と会える機会があるのは少し嬉しい)」


萌郁「私は一度……家に帰って、カメラを取ってくる……」

真帆「記事に載せる私の写真を外で撮るのよね」

倫子「萌郁ってまだあのボロアパートに住んでるの?」

萌郁「そう……。……っ!? ど、どうして、それを……!?」

倫子「(あっ)」

倫子「な、なんとなく! そんな気がしただけ! デジャヴっていうの? あはは!」アセッ

萌郁「……前に、話したのを……覚えてた、とか?」

倫子「そ、そう! きっとそう! ほら、私って記憶力いいから!」

真帆「……? えっと、電機大へは末広町から地下鉄で1駅だったかしら」

倫子「あー、でも総武線で行って御茶ノ水から歩こう。地下鉄だと電波入らないし」

倫子「(電波が無いと萌郁が会話できないからね……)」

NR総武線車内


倫子「(何やらさっきから萌郁と真帆がRINEで会話しまくっている)」

萌郁「…………」

真帆「…………」

萌郁「……ひ、比屋定、さん……」

真帆「ええ、よろしくね、桐生さん」フフッ

倫子「名前で呼び合うことにしたんだ」

真帆「数少ない日本のお友達ですから。『博士』じゃ堅苦しいしね」

萌郁「……がん、ばる……」

倫子「私のことは『姉さん』って呼んでもいいよ」

萌郁「え……?」キョトン

倫子「あ、あれ? 私、変なこと、言った?」アセッ

真帆「かなり変だと思うのだけれど……。あなたより桐生さんの方が年上でしょ?」

倫子「い、いや、でも……ううん、なんでもない」シュン

萌郁「……岡部、姉さん……なぜか、言いやすい……」

倫子「そ、そうでしょ? よかった」ホッ

真帆「……?」

東京電機大学神田キャンパス正門前


萌郁「私は……ここで待ってる……」

真帆「え? 別に、教授と会ってもいいわよ。ATFの時も会ったじゃない」

萌郁「……あの人、少し、怖い……」

倫子「あー……それ、わかるなぁ。害は無さそうだけど、身体が大きいしね」

真帆「そう。なら、どこか屋根のある場所で待ってるといいわ。もうすぐ雨が降りそうだし」

萌郁「……わかった」

東京電機大学神田キャンパス11号館


真帆「ホント、岡部さんと一緒に来てよかったわ。建物の構造までは把握してないし、人に尋ねようにも肝心の人が居ないんですもの」

倫子「井崎研究室なら目をつぶってでもいけるからね。ここ、ここ」

真帆「扉になにか貼ってある?」


レスキネン【イイ男募集中。上野駅13番線ホームの男子トイレでお待ちしています】


真帆「…………」

倫子「…………」

真帆「教授ッテ素敵ナ人ナノヨ? 本当ヨ?」

倫子「比屋定さん、洗脳されてない? 大丈夫?」

井崎研究室 (臨時 世界脳科学総合研究機構 日本オフィス準備室)


真帆「レスキネン教授?」

倫子「お邪魔します」

レスキネン「やあ、マホ、リンコ。よく来てくれたね」

倫子「今更なんですが、本当に私が居ても大丈夫ですか?」

レスキネン「もちろんさ。君は我々の研究の、重要なテスターだからね」

真帆「今『Amadeus』を立ち上げますね」カタカタ

倫子「……『Salieri』? ああ、『Amadeus』の"真帆"が言ってたIDか」

真帆「ちょっと! パスは企業秘密よ」

倫子「ご、ごめん」クルッ

Ama紅莉栖『先輩、あんまりつんけんした態度をとってると、岡部に嫌われちゃいますよ?』

レスキネン「そうだよ、マホ。ミス電大クラスの美少女なんだから、逃してしまったらモッタイナイよ?」

真帆「ふたりともどこかずれてるのよねぇ……」


Ama紅莉栖『そんなこと言って、実はよろしくやってるんじゃないですか?』ニヤニヤ

真帆「そんなんじゃないって言ってるでしょっ!」

倫子「……でも今はひとつ屋根の下で寝泊まりしてるよね」ボソッ

Ama紅莉栖『ほ、本当!? やることやってるじゃないですか、このこの』

Ama真帆『"真帆"、あなた……』

真帆「ちょっ!? 確かにそうだけど、別におかしいところはないでしょう!? 同性よ同性!!」

レスキネン「人間は平等に互いを愛し合う存在だよ。たとえ同性であろうと、ね」

真帆「なんなの!? 私がおかしいの!? ねえ!?」


レスキネン「さあ、それじゃ、今後のことについてのミーティングを始めよう」

レスキネン「なにかミュージックがほしいな。"クリス"、お願いできるかい?」

Ama紅莉栖『はい、教授』

~♪

倫子「これは……?」

真帆「……私と紅莉栖の、きっかけの曲よ」

倫子「きっかけの曲?」

真帆「彼女が大学院に進学したのは2006年。その頃から実質、私たちと同じ研究員になったの」

真帆「まあ、博士課程を修了して、脳科学研究所の正式な所属になったのは去年、2009年なのだけれどね」

真帆「紅莉栖が研究所に来てから2週間くらいした頃だったかしら。この曲のおかげで私たちは近づけたし、それからは私たちの間にはよくこの曲が流れていた」

レスキネン「懐かしいねぇ。実に懐かしい」

倫子「(……紅莉栖の過去、かぁ。知りたい……視てみたいなぁ)」キュィィィィィィィィン

倫子「(……っ!? こ、この感じ、過去視が発動して――――

・・・
真帆・レスキネンの記憶
2006年某日
ヴィクトルコンドリア大学 脳科学研究所


メアリー「"しかしスーパールーキーも思っていた以上に若いわね。まだ14歳ですって?"」

ダミアーノ「"子どものお守りは慣れたものだろ? 俺たちは"」

真帆「"……そういうジョークは周りをよく確認してからにすることね"」フンッ

ダミアーノ「"おっと、怖い怖い"」ヘラヘラ

メアリー「"天才少女のお株を奪われてご機嫌斜めかしら"」ウフフ

レスキネン「"みんな、ちょっと集まってくれるかな。たった今、この研究所の一員になったクリス・マキセを紹介しよう"」

紅莉栖「"よろしく……牧瀬紅莉栖です"」

レスキネン「"みんなはクリスのことはすでに知っているだろう? 我々の世界では有名人だからね。マホ?"」

真帆「…………」

レスキネン「"彼女はマホ。この研究所の最年少入所記録をついさっきまで保持していた研究主任だ。同じジャパニーズ同士、色々聞くといい"」

紅莉栖「"よろしくお願いします"」

真帆「"……よ、よろしく"」

レスキネン「"マホ、彼女に一通り研究所の案内を頼むよ"」

脳科学研究所中庭


紅莉栖「あの……日本語、大丈夫?」

真帆「ええ」

紅莉栖「よかった……実は不安だったの。いきなりこんな研究機関で他人と共同で研究をするなんて」

紅莉栖「でも心強いわ、同じ日本人がいて……」

紅莉栖「改めてよろしくね、ええと……」

真帆「比屋定真帆よ。『紅莉栖』でいいかしら?」

紅莉栖「ええ、よろしく真帆。でも、さっき教授は間違ったことを言ってたわ。最年少記録はまだ破られてないのにね」

真帆「……あなた、私より自分の方が年上だと思ってるのかしら」

紅莉栖「ええ。それが?」

真帆「私はあなたより3つも年上よ! 3つも!!」ドオン!!

紅莉栖「ふぇっ!?」


紅莉栖「あの……真帆先輩? 怒ってます?」

真帆「怒ってないわよ!! あと、取ってつけたような敬語はやめなさい、逆に頭にくるわ!」

紅莉栖「うぅっ……でも、敬語はやめません」

真帆「……まあ、あなたは私と違って日本での生活が長いみたいだから、そっちのほうが話しやすいなら別にいいわ」

紅莉栖「ありがとうございます、先輩」

真帆「その"先輩"っていうのはやめなさい」

紅莉栖「いいえ、これは譲れません」

真帆「はあ?」

紅莉栖「……先輩って呼ぶの、実は夢だったんです」エヘヘ

真帆「ダメよ、それは却下。ここにはそんな上下関係は無いもの」

紅莉栖「いいじゃないですか、先輩」ニコ

真帆「だから先輩って言うなぁ!」

2006年某日
脳科学研究所


真帆「再生、っと……」ポチッ

~♪

真帆「流していて集中できる音楽は、モーツァルトが作曲したものに限る」フフッ

紅莉栖「おはようございます」

真帆「ひぃやあああっ!?」バターンッ!

紅莉栖「す、すみません! そんなに驚かれるとは思わなくて……!」オロオロ

真帆「……いえ、こちらこそごめんなさい。集中してて」

紅莉栖「そうだと思ってました。でも、まだ作業を始めたばかりのようでしたから、お邪魔にはならないかなって」ニコ

真帆「……どうして私が作業を始めたばかりだと分かったの?」

紅莉栖「まだ第1楽章の頭でしたから」

真帆「……あなた、探偵としてもやっていけるんじゃない?」

紅莉栖「いえ、偶然ですよ。モーツァルトについてはそこまで詳しくなくて、この曲が好きなだけなんです」


真帆「コーヒーでも飲む?」

紅莉栖「賛成です。先輩にいくつか質問したいこともありますし」

真帆「(なんだか昔飼っていた犬みたいな子ね)」

紅莉栖「先輩って、恋人はいますか?」

真帆「ぶっふぉぇっ!! げほっ、げほっ!!」

紅莉栖「居ないんですか?」

真帆「い、いないわよ! だってここ、そんな環境じゃないじゃない」

紅莉栖「えっ……あ、もしかして先輩、レズなんですか? 確かに研究所は男性の方が多いですから……」フムン

真帆「どうしてそうなるのよっ!!」

紅莉栖「ふふっ。冗談ですよ」

2006年某日
脳科学研究所 会議室


紅莉栖「"――以上のように、各セクションを見直していただければ、進捗状況は大幅に改善すると思います"」

メアリー「"…………"」ギリッ

ダミアーノ「"ちょ、ちょっと待ってくれ! いくらなんでもそれは……"」

レスキネン「"彼女の提示した報告は理にかなっていると思う。クリス、彼のタスクを引き継ぐことは?"」

紅莉栖「"可能です"」

ダミアーノ「"このっ……!!"」

紅莉栖「"あともうひとついいですか? 先輩"」

真帆「"……?"」

紅莉栖「"先輩のプロジェクトも前段階からずっと進んでいませんね"」

真帆「"そ、それはまだ生体実験を行うのは拙速だからよ!"」

紅莉栖「"日本の利根教授チームのマウス実験のことは?"」

真帆「"もちろん知ってるわよ! でもこの計画とは直接の関係が――"」

紅莉栖「"オーケー。いまからそれについて説明しますね"」

真帆「……っ!」

脳科学研究所実験室


真帆「(負けられない……! 彼女に、負けてられない……!)」


   『"Marvelous! あの日本人の天才少女はどこの研究所だって!?"』


真帆「(結果を……結果を出さないと……!)」


   『真帆、あなた最近無理してない? たまにはおばあちゃんに顔を見せなさい』


真帆「(私ひとりの力で……っ)」


   『先輩? なにか手伝いましょうか?』


真帆「(紅莉栖さえ、居なければ……!!)」ギリッ


~♪

紅莉栖「やりましたね先輩っ!!」

真帆「ファッ!?!?」ビクン!!

真帆「え……あ……紅莉栖? あれ、夢見てた……? モーツァルト、流しっぱなし……」

紅莉栖「すごいじゃないですか! 完璧に実証できてますよ、素晴らしい実験データです!」

紅莉栖「おめでとうございます! すぐに報告書にまとめて朝のミーティングに間に合わせましょう! 手伝います!」ギュッ

真帆「ちょ、ちょっと……手、引っ張らないでよ……」

紅莉栖「なんですか? 先輩っ」ニコッ

真帆「…………」

真帆「(違う、私はこの子を妬んでいるんじゃない。憧れているんだ……)」

真帆「な、なんでもないわよ。それじゃ、データを表にまとめてちょうだい」

紅莉栖「はい!」

真帆「って、あなたはいつまで手を握ってるのよ!」

紅莉栖「あ、すみません、先輩」

真帆「先輩言うなぁっ!!」

脳科学研究所 中庭


マウス「…………」

真帆「……ごめんね、無理をさせてしまって」スッ

真帆「私が結果を急いてしまったせいよね……やっぱり生体実験をするにはまだ早かったんだわ……」

紅莉栖「……でも、先輩の研究成果は人の役に立つはずですよ」

真帆「紅莉栖……」

紅莉栖「……変わったお墓ですね」

真帆「……亀甲墓<カーミナクーバカ>といって、家の形を模したものよ」

真帆「肉体は滅んでも魂はここで……ずっと私たちを見守ってくれているの……」

紅莉栖「……素敵な考え方だと思います」

脳科学研究所 廊下


レスキネン『"ええ……昨日報告したように、うちの研究員がマウス実験に成功しました"』

レスキネン『"計画のロードマップはあの未来少女の「予言」通りに進んでいますよ。予定通り、これから人体実験の検討に入ります"』

レスキネン『"被験者第1号はもう決定していますよ"』ピッ

レイエス「"ハァイ、アレクシス。あら、通話中だった?"」

レスキネン「"やあ、ジュディ。いや、ちょうど終わったよ。それで、そちらは?"」

レイエス「"ああ、紹介するわね。彼が――"」

レスキネン「"ああ……なるほど。初めまして。ミスター・カトー"」

カトー「"お会いできて光栄です。レスキネン教授"」


・・・


倫子「(――――最後の記憶は、何……っ!?)」ゾワワァ


レスキネン「――それで、我々がアメリカに帰ることも検討しているんだが――」

真帆「――時期は教授にお任せします――」


倫子「(未来少女……予言……レイエス教授……人体実験……そしてあの『カトー』とかいう男、どこかで……)」プルプル

倫子「(どういうわけか会話が、というか教授たちの記憶が全て日本語で理解できたけど、そんなことより、いったい、どういうこと……)」ワナワナ

レスキネン「ん? リンコ、寒いのかな? ちょっと暖房の温度を上げよう」ピッ

倫子「い、いえ、すいません、教授……」ガタガタ

倫子「(いや、レスキネン教授がレイエスに利用されてただけって可能性も……!)」

倫子「(わからない……わからないけど、レスキネン教授が危ない……っ!)」

東京電機大学神田キャンパス正門外


真帆「……あなた、大丈夫? 顔色が優れないけれど……」

倫子「う、うん。ごめん、真帆ちゃん……」プルプル

真帆「だから真帆ちゃんと……どうしたの?」

倫子「……『Amadeus』って、米軍に狙われてたりするんだよね?」

真帆「……よくわかったわね。その通りよ。だけど、それがどうしたの?」

倫子「教授が、危ないかもしれない……」ゾワッ

真帆「あなた、たまに不思議なことを言うわよね。大丈夫よ、私たちだって何の対策もしていないわけじゃない」

倫子「違くて、えと……」

真帆「あまり心配しすぎるのもよくないわ。その、手を握れば落ち着くのだったかしら?」

倫子「えっ? あっ、うん。ごめんね、面倒な体質で」

真帆「ううん、いいのよ。色々お世話になってるし、私にできることがあるならそれは嬉しいことだわ」ギュッ

倫子「(丁度いい……このまま未来予知させてもらおう)」ギュッ

真帆「だっ、だけど、あれだからね! 変なアレじゃないから! あなたの気持ちを落ち着かせるためだけで――」

倫子「(うっ、真帆ちゃんが余計な思考をしてるせいで集中できない……えっと、分岐点は……)」キュィィィィィィィィン

倫子「(――ビジョンに映った場所は、さっきの研究室? 『Amadeus』を……削除っ!?)」


倫子「(どういうこと……なんでそこが分岐点? この世界線の未来としては『Amadeus』を削除することが決まっている……!?)」

倫子「("紅莉栖"が、居なくなる……いや、あれは紅莉栖じゃない……)」

倫子「ねえ、"紅莉栖"が居なくなるなんてこと、あるのかな? もし外部に制御コードが漏れるくらいなら、削除しちゃう?」

真帆「……そうね。もしそんなことになったら、私はためらうことなく削除すると思う。紅莉栖も、"紅莉栖"もそれを望むと思うし」

倫子「……そっか。そうだよね」

真帆「あら、雨。やっぱり降って来たわね。研究室から傘を持ってきてよかった」

倫子「えっ? あ、いつの間にか傘持ってる」

真帆「はい、濡れちゃうから入って。ただでさえ体調良くないんだから」スッ

倫子「うん……ありがとう」

真帆「……べ、別に変な意味はないからね!?」

倫子「わかってるよ」フフッ

萌郁「…………」パシャ パシャ ピロリン♪

真帆「ぬあっ!? と、撮らないでよっ!」

倫子「後でその写真、私のスマホに送って頂戴。"紅莉栖"にあげるから」

萌郁「」コクッ

真帆「だから岡部さんは何がしたいのよぉっ!! もうっ!!」

倫子「……あれ? そのバッグ、カメラ入ってるんだよね? どうしてケータイで写真を?」

萌郁「……こっちの方が……慣れてるから……せっかく持ってきたけど、雨のせいで……記事用の写真、撮れなくなった……」

倫子「ああ、なるほど」

萌郁「…………」


倫子「そういや、メガネは?」

萌郁「……っ。濡れちゃったから……しまってある……今、かける……」スチャ


ppppp


真帆「あら? フェイリスさんからRINEだわ」

倫子「あ、私も」

萌郁「わた……しも……」


フェイリス【ついにファティマ314番目の予言が現実のものとなってしまったニャ!】

【ファティマの予言は3つしかないでしょ】倫子

【何を言っているの?】真帆

フェイリス【とにかく大変なんだニャ! マンションに戻る前に、3人にやって欲しい重大なミッションがあるニャ!】

フェイリス【今日の夕飯を抜いておいてほしいのニャ♪ =°w°=】


真帆「…………」

萌郁「…………」

倫子「ま、まあ、緊急事態ってわけじゃなさそうでよかったね」ホッ

秋葉原タイムズタワー
秋葉邸 寝室


倫子「(この部屋に入るのは2回目……もう随分昔のことのように感じる)」


――――――――――

   『……今は留未穂、って呼んでほしいな』

   『だって留未穂は、凶真を守る天使なんだもん』

   『凶真はね、私のお姫様だったんだよ……?』

――――――――――


フェイリス「夜更かしシンデレラ達の秘密の女子会――おねむで思わずドッキリ発言!?――ニャ!」

倫子「(このギャップだよ……)」ハァ

真帆「…………」

萌郁「…………」

フェイリス「フェイリスが用意したカワイイ衣装たちが光ってうなるニャ! お前を倒せと輝き叫ぶニャー!」ズビシッ!

倫子「それはダルの台詞じゃ……というか、こ、これを着ろと……」ゴクリ

倫子「(真帆ちゃんはいつかのパンダ、と思ったらちゃんとサイズが合ってるから別物か。萌郁はドスケベベビードール。猫娘は変わらず猫耳装備だ)」

倫子「(私はゲロカエルんの着ぐるみパジャマ……そりゃ、たまにまゆりの手作り着ぐるみパジャマでラボに寝泊まりしてたこともあったけど……)」

フェイリス「お腹のところをプニュってすると、鳴き声が出るのニャン♪」

プニュ < ゲコー

倫子「(なんだこれ……なんだこれ……)」プルプル

フェイリス「3人ともどうしたニャ? テンション低いニャー! せっかくの女子会なんだから、もっと楽しむニャー!」


倫子「そういや、今日でお店のほうは落ち着いたの? 毎日出づっぱりだったみたいだけど」

フェイリス「ニャんのことかニャ? フェイリスはご主人様にご奉仕してるだけで、忙しいとかそういうことはないのニャン♪」

真帆「フェイリスさんってすごい人なのね……」

フェイリス「ん~? まほニャン、フェイリスに惚れちゃったかニャン? 女の子からの求愛はいつでもウェルカムニャ♪」

真帆「な゛ぁ゛っ゛!? ち、ちち、ちがうからぁっ! そんなんじゃないからぁっ!」アタフタ

フェイリス「そんな全力で拒否されると、さすがに傷つくニャン」ウルウル

真帆「あ、いや、拒否してるわけじゃ……でも、パジャマを用意してくれてありがとう。デザインはどうかと思うけど」

フェイリス「これから1週間、毎日別の動物のパジャマを用意してるニャン♪」

萌郁「私が……撮影する……」

倫子「私が"紅莉栖"に送信する、と」

真帆「や、やめてぇっ!?」

・・・・・・・・・・・

倫子「つ、疲れたぁ……」グッタリ

倫子「(あの後、乳繰りあったりくすぐりあったりでとても疲れた)」

真帆「……ぐぅ、ぐぅ」zzz

倫子「(真帆ちゃんはなんだかんだで私たちに溶け込んだようだ。こうやってフェイリスと抱き合って幸せそうに寝ているところを見るとそう思える)」

フェイリス「ニャムニャム……」

倫子「(フェイリスは子どもがたくさん欲しいらしい。これから戦争が起きることを考えると……それについては言えなかった)」

倫子「(……萌郁はこの世界線でも小説を書いているらしい。α世界線で『あたしの虹』をちゃんと読んでおけばよかった)」

萌郁「……ねえ、さん……」zzz ギュッ

倫子「(ふごごっ!? い、息が苦しい! 萌郁の胸に包まれてしまった!?)」


倫子「んぐぐ……ぷはっ!」キュポッ

倫子「(ようやく萌郁の凶悪な胸から脱出できた)」ハァ

萌郁「……すぅ……すぅ……」

倫子「(幸せそうに寝てはいるけど……)」

倫子「……私たちは、あなたの居場所になれてるのかな」

萌郁「…………」

倫子「私が覚えてる『あたしの虹』の一節にはね、こう書いてあったんだよ」

倫子「"今ひとり夢から目覚めても、心は閉じたまま。いつか繋がったら、居場所、きっと見つかるかな。何も話さないで。眠るように、ただそばにいさせて"」

萌郁「…………」

倫子「今の私には、あなたのお姉さんでいられる自信はないけど……」

萌郁「…………」

2010年1月5日水曜日
秋葉原タイムズタワー 秋葉邸 廊下


倫子「ふわぁ……あの2人は、まだ寝てるか。フェイリスもまだかな?」

倫子「フェイリスー? 入るよー……って、あれ?」キィ



フェイリスの部屋


フェイリス「わたしは……、秋葉留未穂」

倫子「(ドレッサーの前で鏡を見つめてる?)」

フェイリス「そして、わたしは……」スッ

スチャ

フェイリス「フェイリス・ニャンニャン。……フェイリスニャ!」

倫子「猫耳を付けた!?」

フェイリス「留未穂という意識は、フェイリスというペルソナを得ることで、変性意識状態<アルタード・ステート>へと次第に遷移<シフト>していく……戦いの仮面なのニャ!」

倫子「お、おう……」


フェイリス「フェイリスは猫耳を得てもうひとつの真実の姿を解放し、三千世界のすべての心を侵す影界侵魔<ボーサイト・ゼーレ>の魔手に抗うことすらできる、強い心と力を手に入れるのニャ」

フェイリス「それはまさしく、千輪天使<ガルガリン>の加護!」キラキラ

倫子「朝から元気だね……」

フェイリス「これがフェイリスの変容の儀式<トランセション・リチュアル>なのニャ。毎朝やってるニャ♪」

倫子「そ、そう……」

フェイリス「ニャウゥ~。厨二病全開だったオカリンに引かれると、フェイリスの立つ瀬が無いニャァ~」

倫子「あ、ごめん」アセッ

フェイリス「これからオカリンは戦場へ行くつもりかニャ? それならフェイリスから託宣<アドバイス>があるニャ!」

倫子「……ふふっ。なあに?」

フェイリス「相手とのやり取りの中で最も大切なのは、相手の思考を読むこと、ニャ!」

倫子「思考を、読む……」


フェイリス「フェイリスは小さい時から、何千人、何万人の人生がかかった駆け引きを繰り返してきたニャン」

フェイリス「だから、現場のことも、バックで動く組織のことも、その人たちの考えてることも、なんとなくわかっちゃうのニャン」

倫子「そっか、そうだったね」

フェイリス「人間は自分が理性的に振る舞ってるんだって盲信する生き物ニャ」

フェイリス「でも、実際はそんなことはない。どこかで感情的になってるはずニャ」

フェイリス「だから、それを利用するのニャ。油断や慢心、怒りや動揺を引き出して、交渉を有利に進めていく」

フェイリス「最後に勝つことをイメージするニャ。最初のうちは圧倒的に不利に見える局面でも、それを使って相手を揺さぶって、最後には自分が勝てばいいのニャ!」

倫子「(雷ネットABグラチャンの時もそうだった……なるほど)」

フェイリス「これがフェイリスの魔眼"チェシャ猫の微笑<チェシャー・ブレイク>"の神髄だニャ!」

倫子「どうして、それを今?」

フェイリス「なんでかニャ? どうしても必要な気がしたのニャ。これこそが、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択ッ! ニャッ!」シュババッ

倫子「あー……あはは」

倫子「(もしかしたらフェイリスもギガロマニアックスなのかな……)」


倫子「それで、フェイリスは今日も早くからお仕事、じゃなくて、ご奉仕?」

フェイリス「行ってくるニャン♪」

倫子「私もお店を手伝いたいところなんだけど、真帆ちゃんが心配だから……」

倫子「(それに、過去視や未来視がちぐはぐで、情報が混乱してる。鈴羽、早く戻って来て……)」

フェイリス「フェイリスのことは大丈夫だから、プリンセスまほニャンをしっかり守ってあげてほしいニャン!」

倫子「……うんっ」



秋葉邸 リビング


倫子「(状況を整理しよう)」

倫子「(まず、犯人は米軍関係者。レイエスはスパイ。これはほぼ確定だ)」

倫子「(紅莉栖のノートPCのパスワードは誰にも分からず、今のところダルでも解除できないらしいので、ひとまず検討から外しておく)」

倫子「(今狙われているのは恐らく『Amadeus』の制御コード。これを手に入れて『Amadeus』の技術を兵器転用するのがメインの目的だろう)」

倫子「(『Amadeus』制御コードのパスを知ってる人間は世界でただひとり、真帆ちゃんだけ)」

倫子「(1月2日朝、彼女のホテルに泥棒が入った。目的はどこかにメモされているだろうパス。けど、パスはどこにもメモされていなかったため失敗)」

倫子「(つまり、次に考えられるのは真帆ちゃんを直接誘拐し、パスを吐かせるという作戦だ。なんとしてもこれは阻止したい)」

倫子「(そして私の過去視で得た情報。レスキネン教授がかがりさんのことを知っていて、レイエスと共同実験をしていた、という事実。これが一体なにを意味しているのか……)」


倫子「(……仮にレスキネン教授とレイエスがスパイ的な意味で協力関係にあった場合、今日まで真帆ちゃんが誘拐されていないのは少し変だ)」

倫子「(真帆ちゃんの行動がすべて筒抜けになっているのだから、いつでも彼女を拉致できるはず)」

倫子「(だから、教授たちは研究レベルでは協力してるけど、利害関係は別、と考えるのが自然だろう)」

倫子「(だけど、もしレイエスが"未来少女"やタイムマシンのことを知っていたら……狙いは、前居た世界線と変わらず、かがりさんだったり、あるいはダルのタイムマシン研究なのかも)」

倫子「(そして未来視で得た情報によると、近いうちに真帆ちゃんは『Amadeus』をデリートする)」

倫子「(その前にレイエスが制御コードを手に入れてしまった場合、世界線は悪い方向に変動する。そうなるくらいだったら"紅莉栖"を削除してしまった方が良い……けど……)」

倫子「(……できれば、そんなことにはなりたくない)」グッ

ブラウン管工房


天王寺「それで俺に助けを求めに来た、ってわけか」

倫子「はい……」ドキドキ

倫子「(この世界線ではまだ襲撃が起こっていないので、店長にはラウンダーのことも、米軍のことも、タイムマシンのことも一切話さなかった)」

倫子「(『比屋定さんやレスキネン教授が産業スパイに狙われているらしいので、変な奴らが居たら警戒してほしい』とだけ伝えた)」

天王寺「秋葉原自警団も、あの猫娘の旗振りのもとで治安維持のために動いてるんだろ? だったら、俺が出る幕はねえんじゃねえか?」

倫子「そこをなんとか……お願いします」

天王寺「じゃあ、俺の頼みを聞いてくれたら考えてやらないでもねえ」

倫子「た、頼み?」

天王寺「実はな……」

ドン・キホーテ秋葉原店3階 下着売り場


倫子「(なぜ私がこのハゲとこんなところに……)」ガックリ

天王寺「いやあ、悪ぃな! 今度綯が中学生になるから、服も一回り大きい物を用意しようと思ってたんだが、この年頃の娘の下着をどうしていいか、俺にはサッパリわかんなくてな! ははは!」

倫子「は、はぁ……」

天王寺「いやな、その、赤飯とかどうしたらいいのかと思っててよ」

倫子「セクハラで訴えますよ……と言いたいところですけど、真帆ちゃんのためなら仕方ない」ハァ


|д゚)ヒョコッ
綯「(……どうして倫子お姉様とお父さんがふたりで女性モノの下着売り場に?)」


天王寺「――愛する者のためなら、金を出し惜しむ気はねぇ!」


綯「(あ、愛する者!? まさか、倫子お姉様とお父さんって……!)」プルプル


綯「お、お父さん! 倫子お姉様っ!」タッ タッ

天王寺「おおっ!? 綯!?」

倫子「綯!? あ、いや、その、これはねっ」アセッ

綯「ここでふたりでなにしてるの?」(真顔)

天王寺「なにって、別に……」キョドキョド

綯「なんだか、怪しいよ」ジッ

倫子「な、綯こそどうしてドンキに!?」

綯「包丁の研ぎ機を買いに来たの……安いやつ……」(無表情)

倫子「(ほ、包丁……)」ゾクゾクッ

綯「ちゃんと話してお父さん! 私の目を見て!」ウルッ

天王寺「と、とにかく落ち着け! な!?」

綯「落ち着いてなんていられないよ! だって、2人で、女の人の、し、下着を買おうとしてるなんて、フツーじゃないもん!」

天王寺「なんて説明すればいいんだか……なあ、岡部! お前さんからもなんか言ってやってくれよ……って、いねえし!! 逃げやがったな!!」


倫子「(付き合ってられない!)」ピューッ


天王寺「お、お父さんは仕事があるからな! じゃあな!」ダッ

綯「あ、お父さん! ……逃げた。なんで逃げるの? やましいこと、してたから?」ゴゴゴ

秋葉原タイムズタワー 
秋葉邸 リビング


倫子「(ひどい目に遭った……)」グッタリ

真帆「……おはよう。ふわぁ」

萌郁「……おは……よう……」

倫子「もうお昼だけどね。ふたりともおはよう」

黒木「すぐ朝食をご用意いたします」

真帆「岡部さん、午前中は何をしてたの?」

倫子「えっ? あ、うん。ちょっと方々に連絡を、ね。まほニャンは?」

真帆「その呼び方はやめて……ハァ。すぐやることがあったから、明け方に仕事してたのよ。それで今起きたの」

萌郁「私も……手伝ったよ……姉さん……」

倫子「そうだったんだ、お疲れ様」ニコ

萌郁「……えへへ……」トゥンク


真帆「ごちそうさま。それじゃ、私まだやることあるから」

黒木「お部屋のクリーニングやベッドメイキングなど、いかがいたしましょうか」

真帆「い、いえ、そんな、タダで宿泊させてもらってる身で、申し訳ないです」

倫子「私も手伝うよ。まほニャンの飼育日記つけること以外やること無いし」

真帆「人をハムスターみたいにっ! それからまほニャン言うなとぉっ!」ウガーッ

真帆「……黒木さん、お言葉に甘えさせてもらうわ。主に岡部さんをこき使ってあげて」

倫子「ぐっ、まほニャンのささやかな抵抗っ」

黒木「それでは失礼して……」


ガチャ

客間


黒木「な、な、な……」プルプル

倫子「どうしたんですか黒木さ……な、な、な」プルプル

真帆「ん?」

萌郁「……?」

黒木&倫子「「なんじゃこりゃぁぁぁあああ!?!?」」


・・・

まゆり「それでまゆしぃが呼ばれたんだね……。それにしても、すごい汚部屋<おへや>だねぇ」ヒエー

倫子「衛生的な部分は大丈夫みたいだけど、とにかくモノだらけ……まるでハムスターの巣みたい」

真帆「失敬ね。機能的と言ってほしいわ」

萌郁「便……利……」

倫子「フェイリスにも相談したけど、やっぱり片付けようって話になったから。まゆり、手伝って」

まゆり「うーん、でもね、まゆしぃとオカリンと黒木さんだけじゃ、1日じゃ終わらないよー?」

倫子「た、たしかに……」

まゆり「こういう時はね、お掃除軍曹を呼ぼう!」

倫子「お、お掃除軍曹?」

ブラウン管工房


まゆり「綯ちゃん、トゥットゥル~♪」

綯「トゥットゥ……あ、倫子お姉様」ジッ

倫子「またここか……もしかして、お掃除軍曹って、綯のこと?」

まゆり「あったり~♪ 綯ちゃんはね、とってもお掃除が上手なんだ~」

綯「……お姉様。私のこと、邪魔、ですか?」ウルッ

倫子「は?」

綯「私、捨てられちゃうんですか? 要らない子なんですか? お母さん、私、どうしたら……えぐっ……ぐすっ……」

まゆり「わあ~、綯ちゃん、泣かないで~!」ヨシヨシ

倫子「(ど、どうしたの突然? もしかして、α世界線の記憶が……っ!?)」ビクッ!!

倫子「ちょっ!? 綯、包丁しまって!! その手に持ってる包丁しまってぇっ!!」

綯「私から、お父さんを取らないでよぉっ! この、泥棒猫ぉっ! 掃除してやるぅっ!」ブンッ

倫子「(ヒ、ヒィィィィッ!!)」


天王寺「あぶなっ!? 綯っ、包丁を振り回すな!」ガシッ

倫子「よ、よかった、父親が戻って来てくれたっ」ホッ

綯「こうしてやるぅぅっ!!」ブンッ ブンッ


・・・


綯「……つまり、私の下着を買ってたの?」

倫子「あと防犯ブザーもね。ほら」スッ

天王寺「誤解だって、わかってくれたか?」

綯「そ、そうだったの……ごめんなさい、お父さん。ごめんなさい、倫子お姉様」

天王寺「ほっ。わかってくれたらいいんだ」

綯「でも、下着のことまで考えるのはどうかと思う」

綯「ハッキリ言って、キモイ」

ガチャーン!!

天王寺「ぐがあああああっっ!!」(白目)

倫子「(いや、そうなるだろ)」

天王寺「綯ぇ~っ!! お父さんのことを、嫌わないでくれぇぇええぇっ!!」グニャァ


綯「部屋の汚れは心の汚れ、って、お母さん、よく言ってたから」ニコッ

倫子「(β世界線には橋田鈴は居ない。だから、綴さんが殺される原因は無かったはずなんだけど、どういうわけか綴さんは若くして亡くなっていたようだ)」

倫子「(βの綯にも妹――結――が居ないことから、綴さんの亡くなった時期は一緒なのだろう)」

倫子「(それがSERNに殺されたものなのかどうかはさすがに聞いていない。というか、今の私にそれを確認する術はない)」

倫子「(綯の記憶から母の想い出が消え去っているα世界線と、記憶に残っているβ世界線と、どちらが良かったのだろうか……)」

倫子「(ともかく、先の一件はどうやら水に流してくれたらしい。そこでマッシロになってる筋肉ハゲのことは放っておこう)」

倫子「(それにしてもこの子、思い込みだけで暴走する癖があるみたいだな……この子に陣頭指揮を任せて大丈夫かな?)」ブルッ

まゆり「それじゃ、みんなでお掃除しよーう!」

倫子「うん。片っ端から声をかけてみよう。ダル、カエデさん、フブキ、由季さん……って、由季さんはバイトか」

綯「あと、お父さんも来てね! それじゃ、帽子取ってくるねー!」タッ タッ

倫子「……帽子?」

秋葉原タイムズタワー 
秋葉邸 リビング


綯「私が訓練教官のテンノージ先任軍曹である! 口でクソたれる前と後に"綯様"と言え!」

倫子「(伽夜乃の時のアレか……)」

綯「私は厳しいが公平だ。人種差別は許さん。黒豚、ユダ豚、イタ豚、すべて平等に価値が無い!」

綯「そこのスキンヘッド。名前は?」

天王寺「ブ、ブラウン二等兵です、綯様」

綯「ふざけるな! メザシとピーマンが嫌いなくせに、一人前にもじゃもじゃ頭に憧れておって!」

天王寺「お、おうっ!?」

綯「本日より"つるつる雪だるまさん"と呼ぶ! 良い名前だろう、気に入ったか?」

天王寺「綯様、はい、綯様……」

倫子「(だいぶ私怨がこもってるな……ってか、どんな教育してるんだよ親父……)」

カエデ「な、なんだか、ドキドキしてきちゃったわ……!」ハァハァ

倫子「いや、これ以上店長をいたぶるのはやめてあげて?」


・・・

倫子「(軍曹の指示のもと、夜まで掃除は続いた。店長は精神的に疲弊したのか一足先に工房に戻った)」

綯「なんだかテンションが上がっちゃって……ごめんなさいでしたっ!」ペコリ

フェイリス「謝ることないニャン! 今日は本当に助かったニャ! ありがとニャン♪」ギュッ

綯「はわわっ!」アタフタ

倫子「元はと言えばあの2人のせいなんだけどね……」ジーッ

真帆「あーあ、せっかくの機能美が……」

萌郁「なんだか……落ち着かない……」

黒木「今夜は皆さんのために腕によりをかけて料理を作りましたので、心行くまでお楽しみください」

フブキ「わーい♪ やったー!」


フブキ「はーい軍曹、あーん♪」

綯「その呼び方やめてください、お胸がボーイッシュなお姉ちゃん……」

フブキ「はぁっ!? だ、だだ、誰からそんな言葉を!?」

まゆり「えっへへ~♪ スズさんから2016年頃の流行語を教えてもらったのです」

フブキ「マユシィまでフェイリスちゃんみたいなデムパを……」

カエデ「あんまり小さい子ををいじめちゃダメよ? フブキちゃん」

フブキ「私っ!? くっ、このゴージャスルームだとカエデがお嬢様に見える……あっ、ピアノが置いてある! カエデ、弾いてよ!」

綯「カエデお姉ちゃん、ピアノ弾けるの? すごーい!」

カエデ「綯ちゃんのほうが色々すごかったわよ? 私に教えてほしいくらい」ウフフ

フェイリス「フェイリスは小さい頃、ピアノを習ってたのニャン。フェイリス専用のキーボードを持ってたりするのニャン」

カエデ「え? なら、この部屋のアップライトピアノは?」

フェイリス「もう随分弾いてないニャ」

カエデ「(さ、さすがお金持ち……!)」ゴクッ

綯「ピアノ弾いてー!」

フェイリス「ニャフフ。連弾としゃれ込むニャ?」ニヤリ

カエデ「モーツァルト、K448、『2台のピアノのためのソナタ』でもやりましょうか?」ニヤリ

倫子「な、なんだこの少年誌のバトル前みたいな雰囲気は……」




Tips: 2台のピアノのためのソナタ
1台のピアノで連弾も可能


~♪


フェイリス「ハァッ……ハァッ……」

カエデ「フゥッ……フゥッ……」

綯「すごーい! かっこいいー! ブラボー!」パチパチ

フェイリス「……!」ガシッ

カエデ「……!」ガシッ

倫子「(猫科同士の友情が芽生えたらしい)」

倫子「って、あれ? まほニャンは?」

まゆり「まほニャンはねー、お仕事の電話するって言って、お部屋に戻ったよー?」

倫子「……って、スマホ置いていってる。持ってってあげるか」

客間


倫子「真帆ちゃん、スマホ……どうしたの?」

真帆「ふぇ? あ、ううん、なんでもないから!」グシグシ

真帆「……ちょっとね、紅莉栖のこと、思い出しちゃって」

倫子「……ああ、モーツァルト」

真帆「私は映画のサリエリのように、紅莉栖を生き急がせて、結果的に死に追いやってしまったのかも知れない」

倫子「……真帆ちゃんの気持ちと紅莉栖の死に、直接的な因果関係はないよ」

倫子「(だって、本当は私が紅莉栖を……っ)」グッ

真帆「わかってる。迷信じみたことだってことも。けれど……」ウルッ


コンコン ガチャ


萌郁「……綯さんを……そろそろ帰らせないと」

倫子「……そうだったね。私が送っていくよ」

真帆「あ、私も行くわ。少し夜風に当たりたい、かも」

萌郁「……比屋定さん、大丈夫?」

真帆「……ええ、大丈夫」

真帆「ごめんなさい、岡部さん。さっきの話は忘れて」

倫子「……わかった」

真帆「聞いてくれて、ありがとう」



萌郁「(……あれ? 比屋定さん、スマホ……部屋に、置き忘れて……)」

萌郁「(持って行って……あげないと……)」

裏路地


倫子「いい、ふたりとも。いくら夜が遅くて人が少ないからって、かけっこしたらだめだよ?」

倫子「(どうしてもα世界線での記憶がよぎって、この2人を自由にさせたくない)」

まゆり「は~い」

綯「はい、倫子お姉様っ」

倫子「昼間とは性格が逆転してるなぁ、この子……」

真帆「ふふっ。保護者してるのね、岡部さんも。そういう顔の岡部さん、初めて見た」

倫子「……余計な心配、してるだけなのかも知れないよ」

倫子「(本当はあるはずのない記憶のせいで、私は余計なことをしているのかもしれない)」

倫子「(あの夏の、この世界線の唯一の記憶は、7月28日の出来事だけ。そして真帆ちゃんは、その日の紅莉栖の死を自分のせいだと思い始めている)」

倫子「……ねえ、真――比屋定さん。私、あなたに言わなきゃならないことがあるの」

倫子「……紅莉栖の、ことで」プルプル

真帆「えっ……」

倫子「あなたにずっと、嘘を吐いてた。本当はね……」

倫子「紅莉栖を、紅莉栖を殺したのは、本当は――――」



ブロロロロロ キキーーーッ!!



倫子「っ!?」


倫子「(黒塗りのバン!? な、なにっ!?)」プルプル

覆面A「…………」タッ タッ

覆面B「…………」タッ タッ

ライダースーツの女「…………」

倫子「(レイエス……!? しまった、このタイミングで!!)」ガクガク

倫子「そうだっ! 綯っ! アレをっ!」

綯「っ!! はいっ、お姉様っ!!」プチッ


キュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイ!!


ライダースーツの女「ッ!?」

倫子「(防犯ブザーが役に立った……!)」

覆面A「"Freeze!"」ガチャッ

真帆「な……銃!?」

倫子「ひっ……!」ガクガク

天王寺「なんだおめえら、人の店の近くでうるさくしやがっ――――っ!!」

綯「お、お父さんっ!」


天王寺「なるほど……おめえら、ここは任せろ」

ライダースーツの女「…………」

倫子「で、でも、わた、私……ぁ」プルプル

まゆり「オカリンッ!」

倫子「――――っ!!」ドクン

倫子「(そうだ……そうだよ……私は、もう2度と、同じ失敗をしたくない……っ!)」グッ

倫子「……真帆ちゃん、逃げるよっ!!」ガシッ

真帆「ちょっ!?」タッ タッ

倫子「(よしっ、なんとか足が動いてくれた……っ!)」タッ タッ

倫子「(やつらは制御コードを知ってる真帆ちゃんを殺せない……そして私は2025年まで死なないけど……!)」タッ タッ

倫子「(足を撃たれでもしたら、アウト……っ!)」タッ タッ

真帆「ま、まゆりさんたちはっ!?」タッ タッ

倫子「あの2人なら大丈夫っ! FBに任せれば大丈夫だからっ!」タッ タッ

大ビル裏 ロッカー付近


倫子「ここなら人目に付きにくい……」ハァ ハァ

真帆「な、なんで、こんなことっ……」プルプル

倫子「フェイリスに連絡した。今から自警団の人たちで警戒にあたってくれるらしい。ダルと、あと一応鈴羽にも」

倫子「(萌郁には、助けを求めるとラウンダーに筒抜けになる可能性があるから連絡できなかった。まあ、FBがもみ消してくれる可能性はあるけど……)」

真帆「お、岡部さん、すごいわね、あなた……」

倫子「す、すごくないよ……まだ身体が震えてる……」プルプル

真帆「ううん、だからこそ、すごいわ」ギュッ

倫子「真帆ちゃん……」

真帆「真帆ちゃん言うな……」


ガサガサッ

??「百合の花を咲かせているところ、失礼するよ」

倫子「っ!? あ、あなたはっ!」

真帆「えっ――――」クルッ

レスキネン「しっ、静かに」

倫子「……教授。あなたは、味方ですか、敵ですか」ゴクリ

真帆「へ?」

レスキネン「……さすがリンコ、冷静な判断だ。だけど、その答えはもう出ているんじゃないかな」

倫子「……この状況を理解していて、こんなところまでやってくる。ということは、教授も――」

倫子「敵に、狙われているんですね……」

レスキネン「そういうことさ」


レスキネン「私はさっきまでミスター・イザキ♂と2人きりでしっぽりディナーを楽しんでいたんだが、銃を持った連中に邪魔されたんだ」

倫子「(確定だ。現時点で、レスキネン教授は敵に狙われている。その意味では私たちの味方だ)」

真帆「で、でも、どうして? 犯人の狙いは私じゃないの?」

倫子「敵は教授も制御コードを知ってるものと思っているのかも知れない」

倫子「あるいは、教授を人質にして真帆ちゃんを……とか。そしたら厄介なことになるね」

真帆「な、なるほど……」

レスキネン「目的が今までわからず動きようがなかったが、連中の狙いが『Amadeus』本体ならば話は早い」

レスキネン「大学のネットワークストレージ上に残っている、『Amadeus』への接続プログラムを消去する」

レスキネン「そうすれば、私たち以外の人間が『Amadeus』に手出しすることはできなくなる。私が拷問されてアカウントを乗っ取られでもしない限りは、ね」

レスキネン「それが終わり次第、私たちはステートへ帰ろう。リンコは警察に保護してもらうべきだ、いいね?」

倫子「(……警察はあんまり信用できないけど)」

レスキネン「マホ、今スマホを持っているかな? 君のスマホからならそれが実行可能なはずだ」

真帆「す、すみません……置いてきちゃいました……」

レスキネン「なら、すぐ仮オフィスへ向かおう。あそこからでも、ストレージにアクセスできる」

真帆「……わかりました。今すぐオフィスに行きましょう」

倫子「(間に合え……! 敵に先回りされたらマズい……!)」

東京電機大学神田キャンパス 井崎研究室


倫子「……大丈夫、誰もいません」

倫子「(2人にとっては慣れない場所でも、私にとっては通い慣れた道だ。ここまでどう移動するのがベストか、足りない頭を振り絞って考えた)」

レスキネン「ふう……どうやら先回りはされていなかったようだね」

真帆「一応、岡部さんに言われた通り、後ろにも気を配っていたけれど、つけられてる様子はなかったわ」

倫子「(だからと言って安心はできないよね……)」ゴクリ

レスキネン「マホ、急ごう。作業を頼むよ」

真帆「はい!」


真帆「…………」カタカタカタカタ

レスキネン「当然、リンコのスマホからも『Amadeus』には接続できなくなる。テスターの件もなくなってしまうね、申し訳ない」

倫子「い、いえ、非常事態ですから、仕方ないですよ」

真帆「"Salieri"……」ピタッ

レスキネン「マホ? どうしたのかな?」

真帆「あ、いえ、ユーザー名を見たら、紅莉栖のこと、思い出してしまって……」

レスキネン「サリエリ……そう言えば、クリスが前にこんなことを言っていたよ」


・・・・・・

   『私がアマデウスだとしたら――』

   『――サリエリは、真帆先輩ですね』

・・・・・・


真帆「……っ!? 本当ですか!?」

レスキネン「ああ」

倫子「(……今のって"真実"なの?)」


レスキネン「マホ? 大丈夫かい? 顔色が悪いが」

真帆「……作業を続けます」カタカタカタカタ

真帆「……準備できました。『Amadeus』システムへの接続プログラムを、一時的に全て消去します」


レイエス「――その必要はないわ」


BANG!!


レスキネン「がはっ……」バタンッ

真帆「教授っ!?」

倫子「な……なぁ……っ」プルプル

倫子「(胸の辺りを一撃で……)」ガクガク

レスキネン「…………」

倫子「し、死んでる……」

真帆「な、なんてことを――」


レイエス「動かないで」カチャッ

真帆「レイエス、教授!?」

レイエス「お久しぶりね、マホ。リンコ」

倫子「……やっぱり、あなたか」ガクガク

倫子「……真帆ちゃんのあとをつけてラボの場所を確認したのも、ホテルを荒らしたのも……」ワナワナ

倫子「さっき黒ヘルかぶって、誘拐しにきたのもぉっ!!」プルプル

レイエス「頭の良い子は好きよ」ンフ

倫子「(そうか、この世界線では元日からかがりさんが岩手に行っていた……だからラボの襲撃が無かったんだ)」

倫子「(柳林神社でレイエスがかがりさんの居場所を確認できなかったから……)」

倫子「(レイエスは間違いなく"未来少女"を知っている。未来の情報を持っているということは、やつの行動は世界線の確定事項に抗える……っ!)」

倫子「(やつの意志次第で、世界線が大きく変動する……!)」ゾワワッ

Ama紅莉栖『……先輩? どうしたんです?』

真帆「……レスキネン教授が殺されたわ。この女にね」ギリッ

Ama紅莉栖『そんなっ!?』

一方その頃
秋葉原 万世橋


フェイリス「一体、あいつらなんなんだニャ!? 街中に変な人たちが右往左往してるのニャ!」タッ タッ

フェイリス「一応黒木たちと自警団の人たちには動いてもらったけど、いつの間にかもえニャンも帰ってるし……」キョロキョロ

フェイリス「フェイリスの愛したこの秋葉原を、あんな奴らに好き勝手にさせるわけには――」


萌郁「…………」


フェイリス「あ、もえニャン! ……もえニャン? どうしてライダースーツなんか着てるニャン……?」ゾクッ

萌郁「…………」

フェイリス「(目が泳いで……っ!? チェシャー猫の微笑<チェシャー・ブレイク>で分かるのは……っ!!)」

フェイリス「フェイリスたちに、嘘を吐いてた……!?」ドクン

フェイリス「ニャーッ!? こ、これは、どういうことなんだニャ……!?」プルプル

萌郁「……どういうこと……とは……?」


フェイリス「もしかして、コレをやったのは、もえニャン!? なぜこんなひどいことを……」プルプル

萌郁「("コレ"……。フェイリスさんには、ラウンダーが比屋定さんに探りを入れてたこと、バレてる……?)」

萌郁「(……そしてその情報が、米軍に漏れてしまったことも……)」

萌郁「……こうなってしまったのは、必然……今更、どうにもならないこと……」

萌郁「……諦めなさい……」

フェイリス「返すニャ! フェイリスの平穏を、今すぐ返すのニャァ!」ヒシッ

萌郁「(……私の、せい……?)」ドクン

萌郁「……ふたりは、どこに……?」

フェイリス「いっ、言うわけないニャ! 絶対に教えニャい――」


prrrr prrrr


萌郁「(比屋定さんのスマホに着信? いえ、これは……)」スッ

Ama真帆『あなた、桐生さんね? オリジナルの私と岡部さんたちは、今――――』

萌郁「……"東京電機大学のレスキネン教授のオフィス"……そう」タッ

フェイリス「あっ!? ま、待つニャ! 行かせないニャ!」

フェイリス「もしもしダルニャン!? もえニャンが、もえニャンがぁーっ!」

東京電機大学神田キャンパス 井崎研究室


倫子「(お、落ち着け私……冷静に思考しろ……)」ブルブル

倫子「("相手の思考を読む"……フェイリスから教えてもらったこと。油断させて、相手を揺さぶって、隙を突く……!)」ワナワナ

真帆「レイエス教授、あなたは『Amadeus』を軍事転用するつもりなのねっ!?」

レイエス「必要なのは制御コードよ」

レイエス「今の状態では、たとえデータをまるごとコピーしたとしても、この生意気なAIはワタシの言う事を聞いたりしないでしょう?」

レイエス「さあマホ、あなたの大事なお友達に生きていてほしかったら、"クリス"が隠し持っている秘密の日記の鍵を開けなさい」

倫子「(どうする……私は死にはしないけど、この局面、どう切り抜ければ……っ!)」

真帆「……っ、わかった、わ……」

Ama紅莉栖『先輩……』


真帆「らーらら、らーら、らーらら、らーら……」

倫子「……?」

Ama紅莉栖『っ!?』

レイエス「ワオ。『Amadeus』の制御コードが、モーツァルトのメロディだなんて、随分しゃれてるじゃない」

倫子「そ、そうなの!? だめっ、比屋定さんっ! 今ここで解除したら――――」

Ama紅莉栖『……声紋確認。確認完了』

倫子「っ!?」

Ama紅莉栖『本バッチコマンドは「Amadeus」システムの不可侵領域ストレージロックの強制解除、および、それに伴う最高管理権限保持者の再設定を行うものです――』

倫子「(ああ……制御コードが入力されてしまったんだ……)」

倫子「(このまま……世界線が変わってしまう……)」ガックリ


倫子「……あれ? 世界線が、変わらない……?」

倫子「(どういうこと? この世界線では一応、分岐点までの間に『Amadeus』が誰かの手に渡ることはないはずだけど)」

倫子「(……私、なんでそんなことがわかるんだっけ。あれ……?)」

レイエス「これで『Amadeus』の最高管理者はワタシねっ! "Yes"! AI戦士の誕生はもうすぐよ……!」

Ama紅莉栖『更新に約15分必要です――――15:00:00――――』

倫子「カウントダウン……そっか、これが0になった時、世界線が……」

レイエス「マホ、ご苦労様」ガチャッ

真帆「っ……」ビクッ

倫子「ちょっと!? なんでよ、どうして真帆に銃口を向けるの!?」

真帆「……騙したのね」ギロッ

レイエス「たいした価値も無い自身の命と引き換えに、『Amadeus』を差し出すような奴は、死んだ方がマシよ」

倫子「この……クズが……っ」プルプル

倫子「(この世界線では真帆ちゃんはまだ死なないはず……だけど、もし殺されたら世界線がさらに悪い方向へ転がってしまう……!)」ガクガク

レイエス「あなたも後で殺してあげるから、それまで大人しく待っていなさい」ニコ


倫子「わ、私を先に撃ちなさい……っ」プルプル

真帆「お、岡部さん!?」

レイエス「へえ、自己犠牲の精神。美しい友情ね。そういうの、嫌いじゃないわ」

レイエス「まあ、どっちが先に死のうとどうでもいいのだけれど、あなたの意志を尊重してリンコを先に逝かせてあげる」スチャッ

倫子「……ちゃんと脳天狙いなさいよ」ウルッ

倫子「(私の生存収束はアトラクタフィールドを超えるほど強力なもの……なら、レイエスは私を殺すことができない……)」

倫子「(私が殺せなかった瞬間、レイエスは驚いて隙ができるはず。その隙に……けど、怖いぃっ!)」ポロポロ

レイエス「強気な言葉のわりに震えちゃって、かわいい」ンフ

真帆「岡部さんっ!!」ウルッ

レイエス「そんなに死に急ぎたいなら、お望み通り殺してあげるわ。脳髄を撃ち抜いて、一撃でね!」

倫子「……できるもんなら、やってみ、なさい、よぅ」ガクガク

レイエス「……死ね」カチッ

真帆「だめっ、やめてぇぇっ!! いやぁぁぁぁああっ!!」


カチッ


カチッ カチッ カチッ


真帆「……へ?」

レイエス「っ!? "Jam!?" そんな、バカなっ!!」カチッ カチッ

倫子「(やっぱり……これが、"収束"の力……っ!!)」プルプル

倫子「今っ!! 真帆ちゃんっ、逃げてぇっ!!」ウルウル

真帆「で、でも、あなたがっ!!」

倫子「私はいいからっ!! もう、私は腰が抜けて動けないから、あなただけでもっ!!」ポロポロ

倫子「(変動後の世界線で真帆ちゃんが既に死んでいた、なんてのは、絶対イヤだよっ!)」

真帆「……っ!」ダッ 

レイエス「外へ逃げてもワタシの仲間に捕まって終わりよっ! 残念だったわねっ!」


ガチャ


萌郁「……外に、誰も……いない……私が……無力化したから……」

倫子「もえかっ!!」ウルッ


レイエス「……ふんっ! 銃が使えなくても、組み伏せてあげるわっ!」

萌郁「……未来ガジェット4号機『モアッドスネーク』。ラボから……もってきた……」

倫子「(……! そういやダルが使い方とか説明してたっけ……)」

レイエス「っ!? た、対戦車地雷!? まさか、自爆する気!?」

倫子「い、いけ、萌郁っ! 爆発させろっ!!」

萌郁「姉さん……オーキー……ドーキー……」ピンッ


ボォォォォォォォォォォォォォン!!


レイエス「な、なにこれ……げほっ……ただの、煙幕……水蒸気? くそッ!!」

レイエス「……逃がしたか。まあいいわ。そっちは仲間がなんとかしてくれるでしょ」

レイエス「あと15分もすれば、すべては終わる……」フフフ

東京電機大学 廊下


倫子「も、萌郁……お姫様抱っこしてくれて、ありがとう……」プルプル

萌郁「姉さん、軽い……比屋定さん、こっち、ついてきて……」タッ タッ

真帆「ひ、人が……!」

覆面男A&B「「…………」」グッタリ

倫子「こいつら、さっき会った覆面男だ……」ゾワッ

萌郁「大丈夫……スタンさせただけ……」

真帆「桐生さんって、一体何者!?」

萌郁「エレベーターは……停止させてる……階段で、降りる……」

真帆「でも、どうしてあなた、ここまで……」

萌郁「比屋定さんと……姉さんを……助けたいと、思ったから。私の居場所を……少しでも守りたかったから……」

萌郁「だから……助けに、来た……」

倫子「萌郁……っ」ウルッ

萌郁「部屋の場所は、『Amadeus』の比屋定さんから……教えてもらった……」スッ

真帆「あ、私のスマホ……あの子たち、裏でそんなことを……」


ダッ ダッ ダッ パララッ パララッ


倫子「っ! 階段の下から敵がっ!」

萌郁「隠れて……! 姉さん、下ろすね……」ヨイショ

萌郁「この場所は……私が、守る……」ガチャッ

パラララッ パラララッ

真帆「きゃあっ!」

倫子「壁越しの撃ちあい……っ!」プルプル

萌郁「比屋定さん、銃、撃ったことは……!?」

真帆「練習場でなら……っ!」

萌郁「これ、持って……後ろから来たら、撃って……!」

真帆「え……えっ……」プルプル

倫子「お、落ち着いて、真帆ちゃん。敵の体に当てなくても、威嚇射撃だけでもできればっ」

真帆「わ、わかったわ」チャキッ


真帆「(ダメ……やっぱり撃てない……っ!)」プルプル

真帆「っ!! やっぱりサリエリはサリエリね!!」

倫子「真帆ちゃん!?」

萌郁「それは違うッ!」

倫子「萌郁っ!?」

真帆「ふぇっ!?」

萌郁「……間違えた……」

倫子「えっと……?」

萌郁「サリエリも、モーツァルトも、互いを尊敬し合っていた……」

真帆「っ!!」

倫子「ああ、そういう……。真帆ちゃん、これは"紅莉栖"から聞いた話なんだけど――」


―――――

   『いいえ、気付いてませんでしたよ、私のオリジナルは。むしろ真帆先輩に嫉妬してたくらいです』

   『もちろん、それ以上に尊敬していました。研究者としても、先輩としても、1人の女性としても』

―――――


真帆「なんてこと……私、戻らなきゃ。あの子を、助けなきゃ……!」

倫子「えっ? まだ"紅莉栖"が助かる道が残ってるの!?」

真帆「ええ! 実はね――――」ゴニョゴニョ

倫子「……な、なるほど。そういうことだったんだ」

萌郁「っ! 敵が、多すぎる……!」パラララッ パラララッ

倫子「でもまずは、こっちをどうにかしないと……!」


ダッ ダッ ダッ ダッ


萌郁「増援!? それも、今まで居た敵の比じゃない……そ、そんな……」

倫子「いや、この足音は……っ!!」





「「「「「倫子ちゃーーーーーーーーんっ!!!!!」」」」」



倫子「みんなの声だっ!!」パァァ

真帆「えっ? えっ!?」


シンパA「倫子お姉様をっ! 我らがミス電大をっ! 守るッ!!」

シンパB「あんたたちっ! 倫子ちゃんを死ぬ気で守りなさいっ!」

ラグビー部「俺たちのスクラムで道を切り開くぜッ!」ダッ ダッ

覆面男C「"なにが起こっているんだ! 一般人を撃つなっ! ぎゃあっ!"」

空手部「普段寸止めしてる分、今日は全力でやらせてもらうッ!」ドカッ! バキッ!

覆面男D「"ひ、ひいいいっ!! 重機が、重機が壁を突き破ってくるっ!!"」

ドォォォォン!!

ロボ部「電機大の技術力、存分に発揮させてもらいますよ……!」

シンパC「私たちの大学で好き勝手してるんじゃないわよっ!! 倫子ちゃーーん!! こっちは任せてーー!!」


倫子「みんな……っ! きっとダルが集めてくれたんだ……っ!」グスッ

萌郁「これなら……退路も確保できる……!」

倫子「なんだ、ここって、私の大学だったんだ。ビビる必要なんて、どこにもないっ!」スッ

倫子「戻ろうっ。戻って、"紅莉栖"を助け出そうっ!」タッ タッ

真帆「ええ!」タッ タッ



井崎研究室


倫子「(ようやく体が自由に動くようになったけど、まだ心臓が跳ねてる……)」ドキドキ

萌郁「早く止めないと……」

真帆「待って!」


Ama紅莉栖『――00:00:00――再起動が終了しました』

レイエス「さっそくだけど、あなたの不可侵領域ストレージのバックアップを取りたいの」

Ama紅莉栖『了解しました』

レイエス「あと数秒で『Amadeus』の全てと同時に、タイムマシン論文がワタシの手に……!」ドキドキ

Ama紅莉栖『転送完了――――なぁんて言うとでも思ったぁ?』

レイエス「っ!?」


倫子「……うわぁ」

真帆「ねっ?」

萌郁「…………」


Ama紅莉栖『全部演技に決まっとろーが。NDK? NDK?』m9。゚(゚^Д^゚)゚

Ama真帆『その辺にしておきなさい、"紅莉栖"。さすがに教授が可哀想よ』ププッ

レイエス「このっ!! AIの分際でぇぇっ!!」ガシッ

倫子「(うわ、ノートPCを投げ飛ばそうとしてるっ)」

真帆「そこまでよ!」

萌郁「……動いたら、撃つ……」ジャキッ

真帆「一応、その使えない銃をこちらに。それから両手を挙げて」

レイエス「…………」スッ

レイエス「どうせ、私の仲間がすぐここに駆けつけて――――」

倫子「もしもし、ダル? 人海戦術で全員引きずり出した? こっち側の負傷者は……自爆したロボ部以外はみんな元気?」

倫子「だってさ」ドヤァ

Ama紅莉栖『岡部、GJ』b

レイエス「…………」ギリッ


萌郁「一応、外を見張っておく……」スタ スタ

真帆「レイエス教授。今すぐここから立ち去りなさい」ジャキッ

レイエス「へえ、ワタシを殺すつもりはないの。お優しいのねぇ」

レイエス「マホ、あなた、人を殺すのが怖いんでしょう?」

真帆「バカにしないで! 親友を守るためなら、あんたなんか……っ!」プルプル

倫子「(どうやらレイエスはここで死なないことが確定しているらしい……だから、真帆ちゃんが無理することはない)」

倫子「(そんなことしなくても、もう詰みだ)」

倫子「あなたに勝機は無い……早く身を引いたほうがいいよ」

レイエス「どうして別動隊が隣の部屋、この研究室の書庫に待機してるって程度のことが、考え付かないかしらねぇ」チラッ

真帆「……?」

レイエス「――――今よッ!!!」

倫子「なっ!?」クルッ

真帆「っ!?!?」クルッ

萌郁「だ、ダメっ!!」

倫子「(しまっ、かまかけ――――)」


シュッ ヒュン ドゴォッ!!

真帆「ぐっ……がはっ!!」バタッ

倫子「真帆ちゃぁんっ!!!」

Ama紅莉栖『先輩ッ!!』

レイエス「顔は狙わないでおいたんだから感謝してよ。素人にしては頑張ったほうじゃない?」

レイエス「銃はもらうわ。これで形成逆転ね」BANG!!!

萌郁「――――っ!!!」バタッ

倫子「も、萌郁……っ!!」

レイエス「さあ、本当の制御コードを言いなさい、マホ。今度こそリンコを殺すわ」ジャキッ

レイエス「その次はラウンダーの女にトドメを刺して、最後にマホを殺してあげる」

レイエス「自らの愚かな選択が友人たちを殺してしまったのだと後悔しながら後を追いなさい」フフッ

真帆「うぐっ……」

倫子「い、言わなくていいっ! どうせ私は死なないから、言わなくていいっ!」フルフル


レイエス「何言ってるの? さっきのは偶然薬莢が詰まっただけ。二度もそんな奇跡は起こらないわよ!」

真帆「……お願い。岡部さんを、撃たないで……っ!」

倫子「真帆ちゃんっ!! 私より、私のことなんかより"紅莉栖"をっ!!」ウルウル

真帆「紅莉栖は死んだわ!!! 『Amadeus』は人間じゃないっ!!!」

真帆「もう、これ以上、親友を亡くすなんて……できない……っ!」プルプル

倫子「(ううっ、真帆ちゃんに世界線理論を説明しておくんだった……っ!)」グスッ

真帆「(言うのよ、比屋定真帆……ッ! 何をためらっているの……ッ!)」グッ

萌郁「……"Der Alte würfelt nicht"」

真帆「桐生さんッ!?」

倫子「萌郁っ!?」

Ama紅莉栖『っ――――』ピタッ

ビビーッ ビビーッ

Ama紅莉栖『"制御コードが入力されました。比屋定真帆の命令を以って処理を開始します"』

レイエス「へえ。さすがはラウンダー……いえ、委員会の情報収集能力は素晴らしいわね」

倫子「(どうして……どうして萌郁が――――)」キュィィィィィィィィン

――――――――――
萌郁の記憶
2010年1月4日火曜日
秋葉邸

萌郁「私は一度……家に帰って、カメラを取ってくる……」



秋葉原駅前電気街口


??「まさか僕がこんな雑用をさせられるとはね。面倒なことは嫌いなんだけどなあ、僕は」

??「まあ、中間管理職としては仕方のないことか。ワン・ワールド・オーダーのための箱庭実験を遂行しないとだし、そんなに暇じゃないんだけどなあ」

萌郁「……あなたが、コードネーム『W』……」

W「これが頼まれてたものさ。説明書も同封してあるよ」

萌郁「……これは……?」

W「NⅢ<ノアスリー>の試作機、ってところかな。今までリュックほどの大きさのマシンが必要だったのを、とにかく小型化したものだ」

W「マザーのノアⅡは破壊されてしまったから、自分の妄想を相手の脳に共有させることはできないけどね」

W「相手の思考を数秒間盗撮するくらいなら、ポシェットサイズのこれで十分だと思うよ」

W「SERNの下部組織、ラウンダーのキミたちが、どうしてもヒトの頭の中にある情報を知りたいっていうからね」

W「委員会としては、NⅢの実験データを採るのに使わせてもらうことになったけど、いいかい?」

萌郁「……構わない……」

W「上層部の連中の期待を裏切らないでくれよ? 序列を下げられたくはないからね」

W「『次の世界』のためにも、よろしく頼んだよ。M4くん」

東京電機大学神田キャンパス正門前


萌郁「私は……ここで待ってる……」

真帆「そう。なら、どこか屋根のある場所で待ってるといいわ。もうすぐ雨が降りそうだし」


萌郁「(これから、ラウンダーとして動くことになる……メガネ、外しておこう……)」スッ

萌郁「……NⅢ……使い方は……密閉型イヤホンのような装置を耳につけて、小さいアンテナを人に向けて……電磁波を照射……」ピッ ピッ



倫子「ねえ、"紅莉栖"が居なくなるなんてこと、あるのかな? もし、敵に制御コードが知られるくらいなら、削除しちゃう?」

真帆「……そうね。もしそんなことになったら、私はためらうことなく削除すると思う。紅莉栖も、"紅莉栖"もそれを望むと思うし」

倫子「……そっか。そうだよね」


萌郁「(これで、比屋定さんの思考を盗撮すれば……)」キュィィィィィィン


   『Der Alte würfelt nicht』

   『制御コードは嘘。本当は「Amadeus」の完全削除コード』


萌郁「(えっ……? それじゃあ……中のデータは……絶対に取り出せない……?)」

萌郁「(FBに報告しておかないと……)」ピッ ピッ 


真帆「……べ、別に変な意味はないからね!?」

倫子「わかってるよ」フフッ

萌郁「(……かわいい)」パシャ パシャ ピロリン♪

真帆「ぬあっ!? と、撮らないでよっ!」

倫子「……あれ? そのバッグ、カメラ入ってるんだよね? どうしてケータイで写真を?」

萌郁「(……本当のことは、言えない……)」


――――――――――

・・・

倫子「(――――そういう、ことだったんだ。でも、今萌郁は、メガネかけてる。ラウンダーとして、動いてはいない)」

倫子「(間違いなく私たちの味方……)」グスッ

レイエス「さあマホ。GOと言いなさい」

倫子「(……『Amadeus』が完全に消去されちゃう!?)」

倫子「やめてぇっ! 私は、大丈夫だからぁぁっ!」ウルッ

倫子「"紅莉栖"を守ってぇっ!! 世界線を、変えてぇっ!!」ポロポロ

真帆「……っ!!」

レイエス「早く言わないと、そこのラウンダーが出血多量で死んじゃうかもよ?」

萌郁「かはっ……ごふっ……」ヒュー ヒュー

真帆「………………………」

倫子「(このままじゃ……紅莉栖が……消える……)」ポロポロ

倫子「――そんなの、イヤだぁーっ!!」キィィィィィィィィィン!!



・・・・・・・・・・
・・・・・
・・

――――――――――


   『ここだけの秘密ですけど、そのメロディー、私のマイパソコンのログインパスワードと同じなんです』


   『先輩、今から私が言うことを、絶対に忘れないでください』


   『私たちが辿り着くべき世界は確かに存在します』


   『私たちは、必ずシュタインズゲートへ辿り着けます』


   『先輩は、必ず私が残した研究を完成させ、更にその先の地平を切り開くことができます』


   『先輩の研究が世界を救う時が必ず来ます』


   『先輩と"私"が、こうして話せることは、奇跡的なことなんです』


   『それと、先輩――――』


   『鳳凰院凶真を、よろしくお願いします』


――――――――――


倫子「(――いまだかつてないほど鮮明なビジョン……この先起こる確定した未来……)」

倫子「(それを変えられるのは、強い意志の力だけ……)」

倫子「(でも、もう……)」グスッ

レイエス「言いなさい、マホ!」

真帆「…………」グッ



Ama紅莉栖『――ジジッ――せん――ジジジッ――ぱいっ――』



真帆「っ!?」

倫子「(制御下の"紅莉栖"が自力でしゃべった!? ……あ、あれ、このめまい、まさか、リーディング――――


――――――――――――――――――――
    1.08116  →  1.05582
――――――――――――――――――――


倫子「――シュタイナー……うぐっ!」クラッ

レイエス「どういうこと!? どうして"クリス"がしゃべったの!?」

真帆「わ、私だって何がなんだか――」





??「悪いけど、茶番はそこまでだ」

??「悪ぃが、茶番はそこまでだぜ」


鈴羽「だぁりゃぁっ!!!」ズビシッ!!

レイエス「な――――ゴフッ!!!」バタッ!!

天王寺「ひゅー、橋田の妹とは思えねえ。ホントに鍛えてやがったんだなぁ」

鈴羽「天王寺裕吾に褒められるなんて、変な気分だよ」

倫子「な……な……」プルプル

天王寺「アメリカの犬は俺がふんじばっておく。おめえらはとっとと失せろ」

真帆「ど、どうして……!?」

天王寺「どうして? そりゃ、おめえ……」

天王寺「……俺と綴の想い出の場所を、荒らされたくなかったからだよ」

倫子「(……今宮綴さんと天王寺さんが綯を産んだのは、まだ彼女が大学生の頃だった)」

倫子「(あるいは、橋田鈴の記憶が……?)」

鈴羽「父さんが逃走経路を確保したっ。さあ、早くっ! 桐生萌郁とリンリンの2人はあたしが手を貸す!」

真帆「わ、わかったわ!」


レイエス「あなたもラウンダーね!? くそっ、どいつもこいつもバカにして……!」

天王寺「おめえか? 萌郁に銃を撃ったのは」


萌郁「……店長さんが……ラウンダー……? えふ、びー……?」

鈴羽「桐生萌郁? 早く!」


レイエス「ハッ! だったらどうだって言うのよ!」

天王寺「たしかにラウンダーは使い捨ての駒だ。だがな」

天王寺「今日は仕事じゃねえ。ってことは、ただの女ってことだろうが」


萌郁「……っ!!」


天王寺「萌郁の受けた傷、10倍返しにしてやるよ……」ゴゴゴ

レイエス「ひ、ひぃ……っ」プルプル


天王寺「と、言いてえとこだが、今日は仕事じゃねえ。"人死に"は出せねえってことだ、処理してもらえねえからな」

天王寺「てめえはロープで縛ってここに放置してやる。仲間に回収された後は、組織で今回の失敗の制裁を受けるんだな」

天王寺「あるいは、もう組織からは見放されてるか。そしたらFBIかCIAあたりが母国の土を舐めさせてくれるだろうよ」

レイエス「くっ……」

天王寺「あとはこのでっけえおっさんの回収か……よっと」

レスキネン「……"ごふっ"」

天王寺「んん? なんだあんた、生きてるのか?」

レイエス「そ、そんなバカな!? 確かに心臓を撃ち抜いたはず!!」

レスキネン「"……ジュディ。君の弾は確かに私のコアを撃ち抜いたらしい"」

レスキネン「"私の研究の全てが詰まった、この一体型AIのね……"」スッ

レイエス「翻訳機のマイク……っ!! "Damm it!!"」

レスキネン「"ゴテゴテのメタリック魔改造を施してくれたアキハバラの街に感謝しなければ"」フフッ

天王寺「……"そうは言っても身体に弾が届いてやがるな。早いとこ治療しないとマズい"」

レスキネン「"私を、助けてくれるのかい?"」

天王寺「"そうしないと悲しむ店子が居るもんでな……おら、とっととずらかるぞ"」

東京電機大学神田キャンパス 正門前


ダル「……おっ! オカリン! 真帆たん! 桐生氏も! 無事だったか!」

真帆「はぁっ……はぁっ……橋田、さん……」

倫子「鈴羽、肩貸してくれて、ありがとう……」ウップ

倫子「(連続の過去視と未来視とリーディングシュタイナーで、超気持ち悪……おえぇっ!)」ビチャビチャ

鈴羽「リンリン!? とにかく、急いで安静にしないと!」

ダル「なあオカリン。桐生氏ってその、フェイリスたんから連絡を受けたんだけど……」オロオロ

倫子「……萌郁は、ラウンダーよりも、私たちを優先させてくれたよ」ハァハァ

ダル「……! ってことはやっぱりフェイリスたんの勘違いかよぉ、よかったぁ」ヘナヘナ

ダル「もう救急車を呼んである。表に停まってるから、桐生氏を!」

鈴羽「わかった! 行くよ、桐生萌郁!」ヨイショ

萌郁「あり……がとう……」


倫子「ダル……裏で動いてくれてたんだね、ありがとう」

ダル「礼なら大学のみんなに言ってやってくれよ。ミス電大生として、さ」

シンパA「倫子様っ! よくぞご無事で!!」

シンパB「倫子ちゃんっ! 怖かったねっ! よく頑張ったねっ!」

シンパC「倫子ちゃぁぁぁんっ!!」

倫子「みんな……」グスッ


鈴羽「……ワルキューレのメンバーの中には父さんの出身大学の人が多かった。なるほど、こういう繋がりがあったんだ」


天王寺「もう1台、救急車は用意してあるか?」

レスキネン「ハァ……ハァ……」

真帆「レスキネン教授!?」

倫子「教授!? ど、どうして!?」

レスキネン「"やあ、マホ。テンノージさんと、私の作ったAIと、アキハバラの街に、命を救ってもらったよ"」

天王寺「AIってのは便利なもんだな。ほら、救急車まで行くぞ」

真帆「よかった……教授、生きてた……」ウルッ

倫子「(そんなバカな……あの時、確かに教授はレイエスに心臓を撃ち抜かれていた……)」

倫子「(もしかして、世界線が変動したことで過去が変わった? 未来が過去に影響を与えたのか……?)」


倫子「……ねえ、真帆ちゃん。"紅莉栖"は、どうなったの……?」

真帆「……あのまま私が"GO"と言っていたら、『Amadeus』は完全に削除されてたわ。バックアップデータも含めてね」

倫子「(やっぱり……)」

真帆「対外的には制御コードなんて言ってたけど、端からそんなものは無いのよ。軍事転用される危険性があったからね、無敵の防壁で囲う必要があった」

真帆「だから、さっきのアレは自爆スイッチ。私が"GO"と言ったところで、米軍に『Amadeus』を奪われるようなことにはならなかった」

真帆「でも、"紅莉栖"を守れて、よかったぁ……」グスッ

倫子「……そ、そうだ! まだ私たちは繋がってる! "紅莉栖"っ!」ピッ


Ama紅莉栖『先輩! 岡部! 無事ですかっ!』

倫子「よかった……スマホから繋がった……」

真帆「ええ……みんなが守ってくれたわ」

Ama紅莉栖『良かった……。本当に、良かったです』

Ama紅莉栖『先輩、大学に帰ったら、私の3Dモデル用の"涙を流す"モーションを追加発注しておいてください』

Ama紅莉栖『泣きたいのに泣けないのは、結構つらいです』

真帆「ふふっ。ホント、おもしろいAIね」

倫子「"紅莉栖"が消えちゃうかと思った。間一髪だったね」

Ama紅莉栖『……私が消えても、私の子孫が――』

真帆「え、なに?」

Ama紅莉栖『あ、いえ! なんでも!』


倫子「そういえば、急いでストレージへのアクセス権を停止しないといけないんじゃないの?」

真帆「もうその必要はないわ。そうよね、紅莉栖?」

Ama紅莉栖『はい。制御コードという名の自爆コードが入力された時点でエマージェンシーモードに切り替えてます』

Ama紅莉栖『私にアクセスできるのは、現時点で私が認めた人だけ。具体的には、先輩と教授、それから岡部の3人だけです』

倫子「で、でも、端末認証じゃあんまり意味がないような……」

Ama紅莉栖『もちろんそう。だから、私の記憶と合致した人物かどうかで判断するわ。なり替わりは絶対に無理ね』

真帆「これも私が教授たちに内緒で仕込んだ対策のひとつよ。あとで教授に怒られそうだけど」


倫子「……あっ、そうだ!」

Ama紅莉栖『どうしたの、岡部?』

倫子「えっと、紅莉栖のノートパソコンのパスなんだけど……"らーらら、らーら"、で合ってる?」

Ama紅莉栖『えっ!? ど、どうしてそれを……?』

真帆「えっ? そ、そうなの!?」

倫子「(消えかけの『Amadeus』に現れたあの"紅莉栖"は、私の知ってる紅莉栖本人のような気がした。やっぱり、あれは……)」

倫子「この世界にも、紅莉栖の魂は存在してる……」

Ama紅莉栖『……ナイショにしてくださいよ、先輩』

真帆「……わかったわ」

Ama紅莉栖『ほら、もう太陽が昇ってきましたよ。あとは警察に任せて病院へ向かいましょう』


長い夜が明けた。

日本の大学で一般学生を巻き込んでの銃撃戦が繰り広げられる、という、前代未聞の事件だったはずなんだけど……

やはりと言うべきか、情報規制が徹底的に敷かれていた。結局、中核派と警官隊との衝突事件、として処理された。

あの現場を目撃した学生は多数居たにもかかわらず、政治思想による洗脳の影響だ、などとされ、彼らの真実は闇に葬られることになってしまった。

ダル曰く、ネット上には信じられない数の工作員が投入されていて、少しでも米軍のことを臭わせればボコボコに叩かれるのだとか。

事件に巻き込まれてしまったレスキネン教授とそのお付きの記者である桐生萌郁は、六井総合病院へ緊急搬送され一命を取り留めた。

見舞いに行ったフェイリスは萌郁に謝り倒していた。実際は萌郁も、私たちの裏でラウンダーとして活動していたのだから仕方ない気もするが。

結果から言えば、それが功を奏して私たちと"紅莉栖"は助かったわけだから、萌郁には感謝してもしきれない。

真帆ちゃんは教授たちが回復するまでフェイリスの家で世話になることになっている。

私も泊まり続けるか考えたけど、大学も始まるので彼女をフェイリスに任せて実家に戻ることに決めた。


まゆりと綯は無事だった。律儀に約束を守ってくれた天王寺さんには頭が上がらない。

鈴羽はちょうどあのタイミングでこっちに帰って来ていたらしい。今頃漆原家では、かがりさんとルカ子が朝食を取っていることだろう。

岩手の親戚は単なる誤報だったとのこと。行方不明者を待ち望む界隈においては、こういうことは日常茶飯事なのだとか。

鈴羽が帰還に手間取ったのはやはり、ルカパパ、ルカ子、そしてかがりさんが誠実にその情報を信じていたからだった。……無碍にできないのも仕方ないか。

だけど、もしかしたらこれも萌郁、というか、ラウンダーの仕込みだったのかも知れない。かがりさんをレイエスの手に渡らないようにするための……

岩手の山奥に300人委員会の傘下の研究所があって、かがりさんはそこへ連行されようとしていた……ってのは、さすがに考え過ぎか。

1月2日、世界線が変動する前、私は天王寺さんにかがりさんの正体について色々としゃべってしまった。それがSERNに報告されたために世界線が変わったのかも知れない。

椎名かがり自体は戸籍上2032年に誕生する名前だ。だから、椎名かがりの報告を受けたSERNは2032年以降、なんらかのアクションを取った。

それがかがりさんの行動を変えることとなり、彼女の1998年からの行動が変わり、歴史が変わった。

未来が過去に影響した。


一体なにがどうなってそうなったのか、これについては考えても仕方がない。

その過程はバタフライ効果、カオス理論によって複雑怪奇なものと化しているからだ。

ともかく、かがりさんがレイエスの魔の手から遠ざけられたことによって、レイエスは標的を変えた。

教授職を追われたレイエスがその後どうなったかはわからないが、ヴィクコンではスキャンダル扱いされており、ヴィクコン全体で技術スパイに対する警戒が強くなったらしい。

『Amadeus』の支配は諦めて欲しいところだ。そもそも、原理的に不可能なのだから。

だが、真帆ちゃんが持つ紅莉栖のノートPCとポータブルHDDは未だ狙われ続けているだろう。

レイエスだけじゃなく、萌郁だって狙っていた。ラウンダーが、SERNまでもが目を付けている。

そのことから推測するに、おそらくあの中には中鉢論文の原形となるデータ、つまり、タイムマシンの基礎理論が入っているのだろう。

いや、実際に入っていなくても、入っている可能性がある、というだけで狙われているのかもしれない。

萌郁は相手の思考を読み取る機械を持っていた。もしタイムマシン理論を奪うためにそれを使われたらと思うと気が気じゃない。

……今は、萌郁の言葉を信じるしかない。

真帆ちゃんにはノートPCのパスを解除するのは待ってほしいと伝えた。あれがどれだけ危険なものか十分理解している彼女は素直に首肯してくれた。

かがりさんの誘拐の件もある。この2つの懸念は未だ拭えない。

そして私はどういうわけか、このまま1月16日まで無事に暮らせば、かがりさんの未来の記憶は戻る気がしていた。

これが未来視の結果なのか、あるいはなんらかのデジャヴなのかはわからない。ただなんとなく、そんな気がしていた。


実際、1月16日にかがりさんの未来の記憶が戻った。キッカケはまゆりの鼻歌だった。

色々あって、かがりさんまで入院してしまった。幸い外傷は無く、すぐ退院することにはなったんだけど。

保険証の無い彼女の多額の医療費は、フェイリスが一括で支払ってくれた。

『ママとの思い出はプライスレスだから、お金で払えるならむしろ安いくらいだニャン♪』とは言っていたが、全くあいつは……。

月の後半に入るとレスキネン教授の具合も良くなって、真帆ちゃんは月末に教授とアメリカに帰ることになった。

真帆ちゃんが帰る予定の日。私はその日が来るまで、彼女を巻き込むべきか、巻き込まざるべきか、悩み続けていた。

未来視の結果、やっぱり私はどうあがいても2025年に死んでしまうらしい。それなのに、彼女を巻き込んでタイムマシンを2036年に完成させることに意味はあるのか。

真帆ちゃんの26年間をドブに捨てさせる意味はあるのか……。まあ、戦争の時代になってしまうんだから、とは思うけれども。

それでも、2025年に死ぬ私なんかのために、彼女を付き合わせてしまう必要はあるのだろうか。

私はまた、ヒトの人生を狂わせてしまうんだろうか。

2011年1月30日日曜日
未来ガジェット研究所


真帆「明日、アメリカに帰ることになったわ。色々とお世話になりました」

真帆「それじゃあ、って言って、スッキリ帰れればよかったのだけれど、そうもいかないみたいね」

倫子「……あの時、どうして"紅莉栖"はしゃべったんだろう」

倫子「(あの時世界線が変動したのは、"紅莉栖"に関する確定事項が書き換わったからだ……)」

真帆「さあ? 『Amadeus』の産みの親である私でさえわからないわ」

真帆「でも、もしかしたらあなたと交流を深めたことが、あの子の未知の可能性を引き出したのかも知れないわ」

倫子「私との交流……」

倫子「(世界線が変動するのは、その世界線の確定事項に背いた時。それが可能なのは、別の世界線からの情報……)」

倫子「(私の紅莉栖への想いが、あの"紅莉栖"を進化させてしまった……?)」

倫子「(いや、それは飛躍しすぎか……こんな話したら、真帆ちゃんに笑われちゃうよね……)」


真帆「岡部さん。あなた、ここ最近、ずっと難しい顔をしているわ」

倫子「え……?」

真帆「もしそれが、私がアメリカへ帰ってしまうことと関係があるなら、言ってほしい」

真帆「私じゃ紅莉栖の代わりにはなれないかもしれないけれど、それでもよければ話してみて」

倫子「真帆ちゃん……」

真帆「真帆ちゃん言うな。あなた、自分が私の命の恩人だってこと、忘れてるんじゃないの?」

真帆「私が紅莉栖のことを信じたいと思ったように……そう、サリエリとモーツァルトが互いを尊敬していたという話ね」

真帆「それと同じように、私はあなたのことも信じたいと思ってるのだから」

真帆「あなたにも、私を信じて欲しい……ってのは、ちょっと言いすぎかしら」

倫子「ううん! そんなこと……。あのね、真帆ちゃん」

真帆「なにかしら?」


結局私は真帆ちゃんにタイムマシンのこと、世界線のこと、そして、第3次世界大戦のことを伝えることができなかった。

まだ私の中で鳳凰院凶真が目覚めたわけじゃない。

未来に対して真面目に向き合ってるわけでも、過去に対して乗り越えることができたわけでもない。

やっぱりこれも、私にとっては逃げなんだ。

だけど、真帆ちゃんとなら、みんなとなら、どこまでも逃げられる気がする。

逃げて逃げて、逃げ切れるかも知れない。

大事なことを思い出す、その時まで。

未来ガジェット研究所


真帆「『Amadeus』の研究に役に立ちたいから、記憶サンプルを取ってほしい、ね……」

倫子「うん……」

真帆「だったら、あなたがヴィクコンまで来ればいいじゃない、って思ったけど、あんなことがあったんだからアメリカには来たくないわよね」

真帆「『Amadeus』システムを使って、記憶データとして保存はできる。AI化するには大学に帰ってからオリジナルサーキットを作ったり、モデルも作ったりしないといけないけれど」

倫子「それは、真帆ちゃんの判断に任せる」

真帆「今から橋田さんと一緒に記憶読み取り装置を作って、記憶のデータ化をすればいいのね?」

倫子「大変だと思うけど、お願い」

真帆「あなたに聞いた、その、紅莉栖が作ったっていう未来ガジェット9号機? その方法なら簡単にできそうだし、大変じゃないわよ」

ガチャ

ダル「呼ばれたから来たのだぜ、オカリン。それで、どうしたん……おっと、お楽しみ中だった?」

真帆「おたのし……ハッ。ち、違うから! ほら、橋田さん、手伝って!」

ダル「お、おう?」

大檜山ビル 屋上


倫子「…………」

ダル「なあオカリン。ホントのところ、どうなのだぜ?」

倫子「……ダルには全部話してるもんね」

ダル「2025年までに死ぬ、って話っしょ? それも、強盗からまゆ氏を守るとかで」

倫子「死ぬ方法は関係ない。過程はなんであれ、私が死ぬっていう結果に収束する」

倫子「でも、記憶データが残ってれば、何かの役に立てるかも知れない……」

倫子「私の脳内には、完全なリーディングシュタイナー保持者しか持つことができない、別の世界線の記憶を蓄えてるから」

ダル「2025年に肉体が滅んでも、記憶だけは生きてる、っつーわけか……」

ダル「もし完全なアンドロイドが開発されてさ、その脳にオカリンの記憶を書き戻したらどうなるんだろ」

倫子「私の記憶を持った別人格の生き物が誕生するだけだよ。それは私には成り得ない……いや、OR物質が定着すれば、私は生き返る?」

倫子「(かがりの脳内に紅莉栖の記憶があった時も似たようなことが……って、あれ? そんなこと、あったっけ?)」

倫子「(あるいは……それって、『Amadeus』が削除される中で現れた、紅莉栖みたいな状態?)」

ダル「マジ? なら、その可能性に賭けてみればいいんじゃね? それこそ不死鳥の如く蘇るとか胸アツ」

倫子「蘇る……」


倫子「たぶん、『Amadeus』システムの擬似脳の中にも、OR物質は存在できる」

倫子「というか、紅莉栖のタイムリープ技術の応用で記憶を保存する場合、確実にOR物質もコピペされる」

倫子「だから、未来における記憶の書き戻しは、言ってしまえば、未来へタイムリープするようなもの」

倫子「ってことはたぶん、記憶の書き戻しは確定した未来の事象じゃない。あるいは、世界線が変動するかも」

倫子「その場合、世界線再構成の因果律に従って、私の現在、つまり主観は、データ化された記憶に付随するOR物質側のものとなる」

ダル「じゃ、じゃあ、マジで2025年以降、オカリンの記憶を受信するものが存在できれば、蘇るってことかお!?」

倫子「……でも、その答えを出すためには、実際にやってみなくちゃわからない」

ダル「え?」


倫子「例えば、記憶のコピーデータを作った瞬間、私は未来における記憶の書き戻しポイントまで主観がタイムリープするのかもしれない」

倫子「……いや、それはないか。過去へ送るのと違って、特異点を通過するわけじゃない。実質、時間経過が相応に必要になる」

倫子「ってことは、記憶データの中で過ごした記憶が蓄積されていく?」

倫子「いや、そんなわけない。過去へのタイムリープでも、リング特異点を通過した時の記憶なんて無かったわけだから」

倫子「通常の時間経過の中にOR物質をデータとして置いておくなんてこと、今までやったことがないけど……できるのかな?」

倫子「ある意味、私の主観が2つになっちゃう。てことは、私の現在が2つになる……?」

倫子「データになった"私"も、リーディングシュタイナーを発動して、別の世界線の記憶を受信したりする? ……それはわかんないか」

倫子「少なくとも、肉体に残る方の主観が、書き戻し時点までは残って、その後、描き戻しと同時にデータ側の主観が"私の現在"に取って代わるはず。ってことは……」

倫子「肉体側の私の主観自体は、一度、消える?」

ダル「でも、消えないかもしれんわけっしょ? だったら、それに賭けてみる価値はあると思うのだぜ」

倫子「理論上は、だよ。2025年以降、私の記憶を受信する入れ物があるかどうかもわからない」

ダル「ま、そうなんだけどさ」

未来ガジェット研究所


ダル「どう、真帆たん。最終調整終わった?」

真帆「ええ、用意できたわ。すぐにでも記憶をデータ化できる」

倫子「……やろう」スチャ

真帆「それじゃ、行くわよ」カタカタ ッターン

倫子「(私の主観は跳ぶのか、あるいは……)」ドキドキ

真帆「……終わったけど」

倫子「…………」

倫子「残った」ホッ

真帆「記憶の書き戻しについては、近い将来そういう技術が確立すると思う」

倫子「(紅莉栖のタイムリープの技術があれば、それは可能なんだけどね。……あれ、どうして私、確信を持ってるんだろう?)」

真帆「大学に戻ってその研究も続けるわ。というか、これが本来の私の仕事なのよね」

倫子「えっと、ATFで言ってた、『Amadeus』の医療分野への応用、だっけ」

真帆「そういうこと。……もう行くわ。明日アメリカに帰ったら、紅莉栖のノートPCの中身、見てもいいかしら」

倫子「うん……。たぶん、そういう結果に収束するんだと思う。でも、自分以外の誰にも見せないでね」

真帆「そんなことはしないわ。橋田さんもありがとう」

ダル「結局僕の力で開けられなかったけどね。モノがモノだから、明日秋葉原を出る直前に渡すお」

真帆「それじゃ、本当にお世話になったわね。これからもよろしく」ニコ

倫子「……うん」

2011年2月1日火曜日
未来ガジェット研究所 昼


倫子「レスキネン教授が行方不明!?」

真帆「ええ……昨日から電話も通じないし、ホテルにも居なかったの。当然アメリカ行きはキャンセル」

真帆「やっぱり、これって……」ゾクッ

倫子「……レイエスの組織がまた動き出したのかも知れない。くそっ……」

真帆「ね、ねえ、岡部さん、私……」プルプル

倫子「……大丈夫。真帆ちゃんは絶対私たちが守るから」ギュッ

真帆「うん……あとちゃん付けしないで……」

倫子「『Amadeus』は?」

真帆「それが、私のアクセス権が失われてたの」

真帆「これを実行したのがあなたじゃないなら、レスキネン教授以外には不可能なはずなのだけれど……」

倫子「ちょっと待って」prrrr prrrr

Ama紅莉栖『ハロー。また先輩と一緒にラボに居るの? もしかしてもう、半ば同棲状態とか?』

真帆「そんなことばっかり言ってると切るわよ! もう!」ピッ

倫子「全アクセス権が停止したわけじゃない。真帆ちゃんのが奪われただけ……」

倫子「教授が捕まって、強制的にやらされたのかな……」

ダル「オカリンの話だとさ、やつら、かがりたんを誘拐したかったんしょ?」

ダル「理由はよくわからんけど、ラボの襲撃があった時も真帆たんが『Amadeus』にアクセスできなくなったとか言ってなかったっけ?」

ダル「なんの関係があるかは謎だけどさ、かがりたんが危ないんじゃね……」

倫子「最悪だ……」ゾクッ


ダル「とりあえず、かがりたんの安全が第一だお。るか氏の家も、フェイリスたんの家もバレてる可能性があるなら、僕の隠れ家に潜んでてもらおうと思うのだが」

倫子「か、隠れ家?」

ダル「バイト用にいくつかあるのだぜ。それでいいかな、オカリン」

倫子「……でも、かがりをひとりでそこに置いておくわけには」

ダル「鈴羽にはラジ館屋上を警備してもらわないといけないし、それこそ、母親のまゆ氏に頼んでもいいと思うんだけど」

倫子「だ、ダメだよっ!! まゆりを危険に晒すなんて、絶対にダメ!!」

ダル「まあ、そう言うと思ってたけどさ。なら、桐生氏は?」

倫子「……ダメ。もう動けるほどには元気になったって聞いてるけど、この間の一件以来、他のラウンダーに監視されてる可能性が高い」

ダル「となると僕たちが信頼できる人間は……由季た、阿万音氏かな。付き添いを頼んどくお」

倫子「うん……ごめん……」


倫子「未来視とか、タイムマシンとか、これだけ便利なものがあって、なんの対策も打てなかった……」グスッ

ダル「タイムマシン……なあ、オカリン。今こそタイムリープマシンを作るべきじゃね?」

倫子「え……?」

ダル「もうここまで狙われてたら、作ったところでSERNに奪われるようなことにはならないと思われ」

ダル「明日までに完成できれば、1月31日から今日までを何度でもやり直せるはずっしょ?オカリンが廃人になったりしない限りはさ」

倫子「で、でも……!」

倫子「(もう二度と、あの地獄のループを繰り返す自信は……)」ウルッ

真帆「タイムリープマシン、ね……。ごめんなさい、岡部さん。結局、昨日のうちに紅莉栖のPCの中の論文を見てしまったわ」

真帆「タイムマシン論文……あれは本物だったのね。そうなると、色んなことに納得がいく」

倫子「…………」

ダル「真帆たんと僕でならさ、ちょちょいのちょいっと作れるって! な、オカリン」

倫子「……私も、手伝うよ。Dメールを送らないなら、大丈夫だよね……。それに、いずれは作らなきゃなんだし……」

ダル「お、おう!? ついにオカリンが動いた!?」

真帆「紅莉栖の作ったマシンなんでしょ、私だって作ってみせるわ!」


・・・

倫子「(3人で作業に打ち込んでると、時間の経つのを忘れる……)」カチャカチャ

ダル「えーと、これがこっちで……あ、ここはこうか。となると、うーんと……」カチャカチャ

真帆「しかし、さすが紅莉栖ね。ありあわせの材料でタイムマシンを作っちゃうんだから……」

倫子「42型もLHCも問題なし。ホントに明日までには完成しそうな勢いだね……」


ダンッ ダンッ ダンッ ガチャ


レスキネン「ハァ……ハァッ……」

真帆「教授!?」

倫子「レスキネン教授っ!? 大丈夫ですか!?」

ダル「うおぅ、この人が……って、ちょ、血が出てるお!」

レスキネン「情けないけど、また奴らに捕まってしまった……隙を見て、うまく逃げることができたけどね」ニッ

真帆「無茶を……!」

倫子「(くそ、米軍のやつらめ……まさか、レイエスが!?)」

レスキネン「『Amadeus』へのアクセス権は、確認したかな?」

真帆「は、はい」

レスキネン「O.K. 今後、リンコのスマホからは"クリス"に連絡してはダメだよ」

倫子「わ、わかりました」

レスキネン「今すぐ電機大のオフィスを引き上げよう。マホ、手伝ってほしい」


倫子「私が比屋定さんの代わりに行きます! 比屋定さんは今、ちょっと手が離せないので」

真帆「……わかったわ。こっちは任せて」

レスキネン「マホの荷物は、ハンドバッグ以外預かっておこう。オフィスの資料とまとめて大学へ送るよ」

真帆「助かります。それじゃあ、これ、お願いします」スッ

倫子「ちょ、ちょっと真帆ちゃん。紅莉栖のノートPCとHDDも預けて大丈夫なの?」ヒソヒソ

真帆「中身はもう別の場所へ移したわ。橋田さん曰く絶対に安全なところに」ヒソヒソ

真帆「あと、教授には私はパスを知らないって言ってある。実際、その時は知らなかったし」ヒソヒソ

倫子「そっか、ならよかった」ホッ

レスキネン「それじゃ、リンコ。行こうか」


倫子「あ、ダル!」

ダル「はい?」

倫子「……なんだか、嫌な予感がするから、言っておくね」

倫子「もし私が戻らなかったら、私の白衣、ダルにあげるから」

ダル「いや、要らんし」

倫子「……どうせ私はもう着ないし」

倫子「(それに、前に見た未来視でダルは私の白衣を着てた。いずれ着ることになるんだったら、渡しておきたい)」

ダル「そんな縁起でも無いこと言ってないでさ、ちゃんとラボに帰ってくるのだぜ」

倫子「わ、わかってるよ。すみません、レスキネン教授」

レスキネン「ああ、構わないよ。大丈夫、君のことは私が命に代えてでも守ろう」

真帆「教授、岡部さんをよろしくお願いします」

中央通り 車内


ブロロロロロ……

倫子「えっと、お車、どうされたんですか?」

レスキネン「さっきレンタルしたんだよ。国際免許を取っておいて良かった」

倫子「そうでしたか。あの、教えてください。レイエス教授の正体はいったい……」

レスキネン「君たちが睨んでいる通り、米軍と繋がりのあるスパイだったようだ。おそらく、"DURPA"」

倫子「ダーパ……」

レスキネン「私たちの宝である『Amadeus』を軍事利用し、第二の核兵器としてしまうなど、到底許されることではない」

倫子「……"紅莉栖"が、核兵器……恐ろしいですね……」

レスキネン「ああ、とても恐ろしいことだ」

倫子「そう言えば教授、私のラボ――えっと、サークルの拠点の場所、知ってたんですね。比屋定さんから聞いたんですか?」

レスキネン「……入院していた時にね。マホが楽しくやっていたようで、私としては嬉しい限りだ」

レスキネン「さて……ドライブを楽しもうじゃないか、リンコ」カチッ シュー……

倫子「あ……あれ……なんだか、眠く――――」

東京電機大学神田キャンパス地下2階 電気室 ストラトフォー支部


倫子「――――こ、ここは……?」ガチャン

倫子「("ガチャン"? あ、あれ、手足が動かない……椅子に縛られてる?)」ガチャン ガチャン

レスキネン「やぁ、リンコ。目が覚めたかい」

倫子「……レスキネン……教授?」

倫子「(教授だけじゃない。周りに数人、黒いスーツに身を包んだ男たちが黙って控えている。まるでMIBだ)」

レスキネン「気分はどうかな? 喉が渇いたなら、彼らにオデンカンを用意させるよ」

倫子「あの、これは、いったい……私、どうして拘束されて――」


   『お前が悪いんだ。お前が俺を狂わせたんだ。だからお前が犯されるのは自業自得なんだよ』


倫子「(い、いや、嘘でしょ!? 教授に限って、そんな……!)」ゾワワァ

レスキネン「私の目に狂いはなかったよ。さあ、リンコ。クリスのノートPCとHDDのパスワードを教えてくれ」

倫子「え……?」プルプル

レスキネン「そうしたら元の生活に戻してあげよう。あるいは、君が望むなら、脳科学研究所で私の助手にしてあげてもいい」

倫子「そんな……どうして……」ワナワナ

レスキネン「どうして? それは、私が――――」




レスキネン「ストラトフォーだからさ」


―――――

   『"ええ……昨日報告したように、うちの研究員がマウス実験に成功しました"』

   『"計画のロードマップはあの未来少女の「予言」通りに進んでいますよ。予定通り、これから人体実験の検討に入ります"』

―――――


倫子「(――今、すべてが繋がった)」

倫子「(1998年に鈴羽と別れたかがりは、レスキネン教授の元へ行き"未来"を伝えた。その理由はおそらく……)」

倫子「(未来のレスキネン教授がかがりに洗脳したんだ……自分の未来を伝えるために……)」

倫子「(その目的は、タイムマシンの技術の獲得……いや、そうじゃない……)」

倫子「(第3次世界大戦を引き起こすこと……大国間でタイムマシン開発戦争を勃発させること……)」

倫子「(『Amadeus』の"紅莉栖"を乗っ取ったのは、他でもない、教授自身だったんだ!)」

倫子「(教授は"紅莉栖"を通して私や真帆ちゃんを監視していた……だからラボの場所も知っていた!)」

倫子「……レイエスにやられた、というのは嘘だったんですね」

レスキネン「半分本当だよ。ストラトフォーの中にスパイが居たみたいでね……」

レスキネン「君たちが『Amadeus』にアクセスしてくれなければ、私はあと数時間もしないうちにやられていたかもしれない」

倫子「私の居場所を確認したんだ……」

レスキネン「まあ、怪我をしたのは嘘だよ。これは血糊だ」

倫子「血糊……」


レスキネン「私は知っている。クリスが何を書き上げ、彼女の父親が何をしたのかを」

倫子「"未来少女"ですか」

レスキネン「なるほど、それが思考盗撮か……。そうだとも。カガリ・シイナの口から未来を教えてもらった」

レスキネン「彼女に会った時は、物乞いの娘が適当なことを言っているだけかと思っていたよ」

レスキネン「彼女に出会ったことよりも、彼女と同じ顔の少女がヴィクトル・コンドリアに入学した時の方が驚いたけどね。予言通りになった! と」

倫子「紅莉栖……っ」

レスキネン「カガリ・シイナは完璧な作品だ! 作品番号C397、それだけの試行回数の末にようやく完成した、貴重な生命だ!」

レスキネン「だから私は彼女の予言――未来の私の託宣――の通りに行動することにしたんだよ。そのためにも、私にはパスが必要なんだ」

倫子「(私はパスを知ってる……だけど、教えてしまうと、あのノートPCとHDDの中にはすでにタイムマシン論文が入っていないことがバレてしまう)」

倫子「(そうすれば間違いなく、標的をダルや真帆ちゃんに変える……!)」

倫子「(そもそも私がパスを教えたところで元の生活に戻れる保証なんてない。ないどころか、あり得ないか……)」


レスキネン「この場所は、我々ストラトフォーが管理する場所だ。我々以外には、誰も知らない」

倫子「(どうあがいても、この時点で、私の人生、詰み……)」

倫子「あは……あはは……。もう、悩まなくていいんだ……」プルプル

倫子「ごめんね、まゆり……私、今、ちょっと嬉しい……」グスッ

倫子「(私の犠牲でみんなを守れるなら。迷うことなくこのまま消えていけるなら――)」

レスキネン「さあ、教えなさい、リンコ。痛いのはイヤだろう?」

レスキネン「人間というのは、苦痛を味わうと、それから逃れるために簡単に情報を漏らす」

レスキネン「拷問が通用しない『Amadeus』より、生身の君の相手をする方がずっと楽だ」

倫子「ふ、ふふ、ふ……」

倫子「あはは……相手が悪かったみたいですよ、教授」

レスキネン「なに?」

倫子「……あなたはこれから14年間、私を拷問し続けなくてはならなくなったのですから」ニコ

レスキネン「ほう……なかなかいい目をしているじゃないか」

レスキネン「君が望むなら、どこまで耐えられるか試してあげよう」ニヤリ


・・・

ピッ  ピッ  ピッ  

レスキネン「……リンコの脳内は、実に面白いことになっているようだね。現代医学では見逃されるかもしれないが、この私の目はごまかせない」

倫子「あがっ……ぎっ……えぐっ……」プルプル

レスキネン「安心しなさい。開頭した頭蓋と硬膜はちゃんと元に戻しておくからね。それにしても、なるほど……」

倫子「あっ……ああっ……あえっ……」プルプル

レスキネン「電気刺激で思考を従順にしようと思ったが、どうやら上手く行かないらしい。これはジュディの専門分野だったかもしれないな」

レスキネン「電極が脳に刺さる感覚はどうかな? 気持ちいいかい?」

倫子「ぅえ……い……あ……」プルプル

レスキネン「憎悪、愛情、憤怒、悲哀、悦楽……激しい感情が何種類も同時に襲って正常に思考できない状態、かな」

レスキネン「仕方ない。脳がダメなら、その身体に直接聞いてみるしかないね」

レスキネン「実験はまた明日だ。楽しみに待っててくれ、リンコ」


・・・

倫子「っ……!」

倫子「ひぐっ……!」

倫子「がっ……!」

レスキネン「君は実に我慢強い女の子だ」

レスキネン「背中の皮膚がただれて、血が出ているのに、なぜ耐えようとするんだい?」

レスキネン「早く言ってしまえば、楽になると言うのに」

倫子「うっ……!」

倫子「かはっ……!」



激痛で意識が飛びそうになる度に時間の感覚が引き延ばされた。文字通り、心臓が早鐘を打つ。

エレファントマウス。1秒の痛みが主観で30秒ほどに伸びて感じる。

死ぬほど苦しい時間が長く続いても、それは脳波クロックが引き起こす脳の錯覚に過ぎない。

私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。


・・・

倫子「う、く……う……」

レスキネン「痛いかい? 皮膚の表面を切るだけだよ。血はたくさん出るが、死ぬほどではない」

レスキネン「3日も放置すれば化膿してかゆみがひどいことになるだろう」

レスキネン「安心してほしい。私は脳科学者だ、メスの扱いには慣れているよ」

レスキネン「そうだね、10カ所ほど切り刻もうか」

倫子「ぁっ……!」



私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。


・・・

倫子「あ、あああああ、はあ、はあ、かゆい、かゆぃぃぃ、かゆいよぉぉぉぉ、はあ、ああ、ああああ……」

レスキネン「そうかい。かゆいかい。だけど引っ掻くことは許可できないよ」

倫子「う、ぁ、ああああ、かゆ、か……あああ、はあ、はあ、かゆぃ……」

レスキネン「人というのは実に不思議なものでね。痛みは意外と我慢することができるのだが、かゆみはそうでもないんだ」

レスキネン「痛みよりもかゆみの方が、拷問には効果的かもしれないね」

倫子「はあっ、はあっ、あ、うう、かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいか――」

倫子「…………」




私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

そして、私は私を殺した。


・・・

倫子「はか……っ!」ドカッ!

倫子「あ、ぎ……!」バキッ!

レスキネン「Fmm... 左上腕はこれで粉砕骨折、というところかな」

倫子「う、ぁ、あぁぁぁっ……うぁぁぁ……っ!」

レスキネン「まだ白状しないとは。いったい、なにが足りないんだろうね」

レスキネン「仕方ない。今日の実験はこれぐらいにしておこう」

レスキネン「治療もしておくから、ゆっくり休むといい」



私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

そして、私は私を殺した。


・・・

倫子「がっ、はっ……げっ……」

倫子「かはぁっ、はぁっ、はぁっ……げほっ、がっはっ、はぁっ……はぁっ……」

レスキネン「ウォーターボーディングはCIAがつい最近まで拷問方法として用いていた、最も安易で最も効果的で、最も苦しませることができる技術だ」

レスキネン「21世紀において、いまだにこのような古典的な拷問を行っていた。まさか影のCIAである私がこの方法に頼ることになるとはね」

倫子「うっ、うぶっ……ごっ……」


私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

そして、私は私を殺した。




Tips: ウォーターボーディング
足を頭より高い位置に固定して仰向けに寝かせた相手の口や鼻に、上から水を直接注ぎ込む。これにより窒息状態にして、溺死する錯覚を効果的に与えることができる。この溺死の錯覚は痛覚ではないので、肉体的損傷を与えないという意味において、アメリカはウォーターボーディングをジュネーヴ条約が禁止する強度の拷問には含まれないと主張していたが、初の黒人大統領就任時の2009年に大統領令で禁止された。


・・・

レスキネン「久しぶりに椅子に座った気分はどうかな? 大丈夫。私はすぐここを出て行くよ」

レスキネン「たった2日、少し顎を上にそらしたまま、じっとしているだけだ。ただ、君の額に水滴が5秒間隔で落ちてくるけどね」

レスキネン「次第に感覚は極限にまで研ぎ澄まされ、水滴が額に当たるたびに全身の神経を引きちぎられるような錯覚、全身の骨が粉々に砕かれるかのような錯覚、あるいは――」

レスキネン「長く鋭利な千枚通しで頭を貫かれたような錯覚、血も含めた体内のあらゆる水分が凍り付くような錯覚――」

レスキネン「全身の皮膚がぐずぐずに腐ってずる剥けるような錯覚に襲われるだけさ」

レスキネン「それじゃ、がんばってね」バタン


―――――
――

倫子「ああ……あああああ」

倫子「殺して――」

倫子「殺してぇぇぇっ!」



私はじっと、天井から垂れてくる水を見つめ続けていた。

そして、私は私を殺した。


・・・

倫子「ぅ……う……」

レスキネン「私は麻酔を扱うのは苦手だが、どうやらうまくいったようだね」

レスキネン「気分はどうかな? 君は今、首から下が麻痺している状態だ」

レスキネン「自分の身体を思うままに動かせないというのは、ストレスのたまることだと思わないかい?」

レスキネン「とりあえず、その状態で1年ほど過ごしてみよう」

レスキネン「また会うまでに、君の言う、リーディングシュタイナーやギガロマニアックス、エレファントマウス症候群について分析しておくからね」

レスキネン「1日に1度、点滴で栄養を与えるから、心配はいらないよ」

レスキネン「"Happy New Year"、リンコ」ガチャ バタン



私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

その白い光の中に、星屑のようなものがチラチラと見えたような気がした。

そして、私は私を殺した。


・・・

倫子「ぁぁ……」


どれだけ呼びかけても、誰も来なくて。

なにも動かず、なにも動かせず。

指の一本さえ、ピクリともしなくて。

私はぼんやり、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

他にやることがなかった。

その白い光の中に、星屑のようなものがキラキラと輝いているような気がした。

そして、私は私を殺した。


・・・

倫子「ぁぁ……」


どれだけ呼びかけても、誰も来なくて。

なにも動かず、なにも動かせず。

指の一本さえ、ピクリともしなくて。

私はぼんやり、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

他にやることがなかった。

その白い光の中に、星屑のようなものがキラキラと輝いているような気がした。

そして、私は私を殺した。


・・・

何十年、何百年が経過したのだろう。時間の感覚はとうに狂っていた。

私はいつの間にかタイムリープしているのかもしれない。

何度も何度も何度も何度も同じ時間を繰り返して、無限の時間を彷徨っているのかも知れない。


レスキネン「実に醜い姿だね、リンコ。君のかつての美貌が台無しだ」

レスキネン「1年もの間、そこで横たわっていた気分はどうかな?」

レスキネン「己の糞便にまみれ、骨と皮だけの姿となり、尊厳を奪われた気分はどうだったのかと聞いている」

レスキネン「だけど、安心してほしい。殺しはしないよ」

レスキネン「君を捕まえてからそろそろ3年になるか」

レスキネン「私はね、君のことが愛おしくてたまらない。かけがえのない存在だよ」

レスキネン「あと何年間、この私を楽しませてくれるのかな。期待しているよ、リンコ」



私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

その白い光の中に、一筋の光線が見えたような気がした。

レンブラント光線。それは、遠い遠い昔の記憶。

そして、私は私を殺した。


・・・

赤ん坊「オギャァ、オギャァ」

レスキネン「おめでとう。君の子どもだよ。2579グラムの元気な女の子だ」

倫子「あ……あ……」

レスキネン「君の卵子と私の精子のIVF<体外授精>だ。私には女性とセックスする趣味はないからね」

レスキネン「名前は何とつけようか。君の意見を聞かせて欲しい」

倫子「くり……くりす……」

レスキネン「"クリス"、か。良い名前だ」

倫子「紅莉栖……紅莉栖……」ガチャン ガチャン

レスキネン「あまり拘束された手足を動かさない方がいい、音で子どもを驚かせてしまうからね。もっとも、そんな体力はすぐになくなるだろう」

赤ん坊「オギャア、オギャア」

レスキネン「それじゃ、頑張って育ててくれ。私はしばらくここを離れることにするよ」キィ バタン

倫子「あ……あ……」

赤ん坊「オギャァ、オギャァ」


・・・

赤ん坊は生後まもなく死んだ。

それでも、自力で私の乳を吸いながら懸命に生きようとしていた。

なのに、自分の子を腕で抱くこともできないまま、私の胸の中で死んだ。

"紅莉栖"が、死んだ。

日が経つごとに彼女は腐っていき、その悪臭は私の嗅覚を破壊した。

いつしか彼女はミイラになっていた。

私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

その白い光の中に、扉が見えたような気がした。

その扉の向こうには何があるんだろう。

そして、私は私を殺した。


・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・


2011年2月1日火曜日 夕方
東京電機大学神田キャンパス地下2階 電気室 ストラトフォー支部


レスキネン「"……これでリンコは、ほんの数時間の間に、彼女の主観で14年に及ぶ拷問を受けたことになる"」

レスキネン「"いやはや、委員会のデザイナーズチャイルドと種子島の天才少女が残したこの電磁波研究は非常に有用だ"」

レスキネン「"去年のあねもね号事件……航行中の船内に設置された装置から電磁波を照射して、客船の乗客乗員全ての脳を無差別に刺激するとは、恐ろしいことを考えた少女が居たものだ"」

レスキネン「"あるいは、これも『沈黙の兵器』、コウ・キミジマの洗脳によるものだったのかも知れないね。実に興味深い"」

レスキネン「"この技術を委員会に独占されるのはモッタイナイ。我々のスパイをミゲールの元に送り込んでおいて正解だったよ"」

レスキネン「"人間の時間感覚を司る脳の一部位を刺激することによって、脳波クロックを変動させ、生理時計のスピードを調整するというもの"」

レスキネン「"その上で『拷問を受ける』という記憶をVR技術を使い脳内に叩き込む……各種人体実験の被験者の記憶データを断片化してね"」

レスキネン「"そうすれば、リンコの脳が都合よく解釈して自分で拷問を受けてくれる"」

レスキネン「"今回は委員会から盗み出した記憶データを使わせてもらったよ。ヴィクコンの精神生理学研究所に出資していた希テクノロジーの実験場とAH東京総合病院での実験のものをね"」

レスキネン「"当時はまだクリスの論文が完成してなかったから、完全な記憶ではない、部分的な記憶だけれど、それでも充分だったはず"」

レスキネン「"肉体的な損傷は無いし、短時間かつローコストで行える実に効果的な拷問、のはずなんだが"」

倫子「あば……あ……ごご……」ビクビク

レスキネン「"これでも吐かないとは、とても強いお嬢さんだ。我々は別の方法でパスを手に入れるしかなくなったらしい"」


ストラト部下A「"被験者はどうしますか?"」

レスキネン「"彼女が行方不明扱いになるのは私にとっても都合が悪い。私はもうしばらくの間、優しい教授を演じなくてはならないからね"」

レスキネン「"マホと共にアメリカへ戻り、彼女から聞き出す線を探ってみよう"」

レスキネン「"『Amadeus』との会話ログから察するに、別の世界の記憶を見る力――新型脳炎――を持っているようだから、リンコの脳をじっくり研究したかったのだが、それはまた今度にしよう"」

レスキネン「"幸いここはリンコの大学だ。彼女を人目につくところに放置しておけば一両日中に誰かが見つけてくれるだろう"」

レスキネン「"私はアメリカに帰ってから、リンコが不幸な目に遭ってしまったことをマホから聞いて悲しむフリをするよ"」

2011年2月2日13時01分
御茶ノ水医科大学病院 ICU前


ウィーン

医者「…………」

るか「せ、先生ッ!」

フェイリス「オカリンの、いえ、岡部倫子さんの容態はっ!?」ヒシッ

まゆり「オカリン……」ウルッ

医者「……残念ながら、あのような状態の患者は今まで見たことがない。意識が戻ることは、現代医学では難しいかもしれない」

ダル「そ、そんな……」ガクッ

鈴羽「クソっ……」チッ

医者「ただ、肉体の方は生きている。ならば、医学の進歩に賭ける方法がある」

ダル「……コールドスリープ。まさか、冗談で言ったのにな……」ウルッ

医者「いや、そんなものは日本じゃ認可されていない。ただひたすら、懸命に看病することだ」

ダル「あっ、そ、そうっすか」

医者「あとは、彼女の精神力を信じよう」

かがり「…………」

ダル「……みんな、ちょっとオカリンとふたりきりにさせてもらえんかな」

フェイリス「……わかったニャ」

病室


倫子「…………」

ダル「……う……」

ダル「わああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」ポロポロ

ダル「オカリン、なんでだよぉ! オカリン……イヤだイヤだ、オカリンッ! いなくなっちゃダメだああっ!」ヒシッ

ダル「目を開けてよ、オカリン……オカリンがいないと、僕……」グスッ

ダル「む……無理だお。真帆たん、アメリカに帰っちゃったし、僕1人でタイムマシン作るなんて……」ヒグッ

ダル「未来を変えるなんて……できるわけないじゃん……うあああっ!!」



   『……泣かないよ。あたしは、戦士だから……』

   『ああ、ここで泣いてる場合じゃない。なんとかしないとな』



ダル「い、今のは……これが、オカリンの言ってたデジャヴ……?」

ダル「……分かったお、オカリン。僕は変えるよ、この結末を」

ダル「……絶対にっ!!」


・・・12年後・・・
2023年9月4日18時29分
秋葉原 ダルの隠れ家


真帆「――橋田さんに呼び戻されてから、もう結構経つのね」ハァ

真帆「まさかタイムマシンを一緒に作ろうって言われるなんて……まあ、タイムリープマシンは既に作ってしまっていたわけだけど」

真帆「岡部さんにヘッドギアをつけて10年以上……未来から戻ってくる気配は無い、か……」

真帆「えっと、ここがこうなって、こっちが……」カタカタカタカタ

コツッ ガチャーン バシャーッ

真帆「うおわぁ!? って、コーヒーこぼしちゃった……ま、いっか」


ガチャ


鈴羽「クリス、来たよー! 買い物もしてきた!」ヨイショ

真帆「ハロー、鈴羽ちゃん」


鈴羽「あっ、そのテーブル、どうしたのー? ビチョビチョー! すぐにキレイにしなきゃー!」

真帆「別に問題ないわ。論文が濡れたわけじゃないし」

鈴羽「もーっ! いいわけないでしょー!」プンプン

真帆「鈴羽ちゃん、そっちの棚にヴィクコンの脳科研でまとめたレポートがあるはずなんだけど、取ってくれない?」

鈴羽「あたしは今、お掃除で忙しいの! ……よし、キレイになりました♪」

真帆「今日もお父さんに言われて来たの?」

鈴羽「違うよ、自分で考えてきたんだよ。あたし、父さんの言いなりになる女じゃないもんっ」エヘン

真帆「偉いわ。でも、お母さんの言うことだけはちゃんと聞くのよ? 由季さんの言うことに間違いはないから」

鈴羽「だったら、クリスも母さんからの言いつけを守ってほしいなあ」

真帆「ん? 由季さんからの言いつけ?」

鈴羽「脱衣所に、またお洗濯もの溜まってた! お洗濯は毎日しなさいって、この前教えてあげたでしょ?」

真帆「前に洗濯したのは……いつだったかしら。掃除なら、この前まゆりさん、じゃなかった、スターダストシェイクハンドが来てやってくれたんだけど」

鈴羽「それも結構前の話でしょ?」

真帆「時間の感覚がなくなってきてるわね……」ハァ

鈴羽「んもう」


鈴羽「ねえ、一度聞いてみたかったんだけど、クリスはどうしてそんなに一生懸命研究してるの?」

真帆「そうねえ。世界の外に居る誰かに会うため、と言ったところかしら」

鈴羽「おもしろい?」

真帆「……虚しい、かしら」

鈴羽「虚しいのにやってるの?」

真帆「あの人にまた会えるかもしれないし、会えないかもしれない。平和な世界に辿り着くかもしれないし、辿り着かないかもしれない」

真帆「それに、たとえ辿り着いたとしても、今私のやっていることはすべてなかったことになる」

真帆「それでも、たとえ何度無駄になったとしても、何千回も、何万回も、何億回も挑戦する。それが科学者というものよ」

鈴羽「それ、前に言ってた、"岡部倫子さん"って人?」

真帆「ええ、そうよ。眠り姫をいつか目覚めさせなければならないの」

真帆「この世界の未来でダメでも、どこかの世界で、必ず」

鈴羽「でも、その人、父さんが死んじゃったって……」

真帆「……そうね」


・・・2年後・・・
2025年
秋葉原 ダルの隠れ家


??「ど、どど、どうして僕がこんなことを手伝わなきゃならないんだよ……梨深がやればいいだろ、いい加減にしろ!」

??「とか何とか言って、僕がチートツール作ってあげた恩をしっかり返そうとする辺り、さすがナイトハルト氏と言わざるを得ない」

拓巳「糞、DaSHなんかに頼るんじゃなかった……拒否したら、僕の悪行が全部丸裸にされちゃうじゃないかぁ!」

ダル「そんなことしないおー(棒」

拓巳「鬱だ死のう」

??「おふたりとも、静かにしてください。ナイトハルトは自分が委員会に追われている身だという自覚があるんですか?」

拓巳「だ、だだ、だから君たちとつるんでおけっての!? そんなの、脅迫じゃないかぁ……!」

??「CIAの筋から得た情報によれば、ストラトフォーによって行われた拷問はこちらに記した通りです」

ダル「さすが澤田氏。乙!」


拓巳「なにこの資料……は、はぁっ!? 梨深にあやせに、セナの母親が受けた拷問じゃないか!? なんだよこれ……うぇぇっ!」ゲホッ

澤田「希の実験場やAH東京総合病院の地下は封鎖されたはずでしたが、実験データは別の場所へ移管されていたようです」

澤田「その場所は、渋谷にある私立碧朋学園」

拓巳「なんだよそれ……マジふざくんな……」プルプル

澤田「また、君島コウと瀬乃宮みさ希が確立した電磁波照射実験、生理時計操作も用いられている。それを踏まえた上で、ナイトハルトには彼女を見てもらいたい」


倫子「…………」


拓巳「彼女、って……この人、老化してる。ギガロマニアックスとしての力を覚醒させて、それを無理に使ったんだ」

ダル「たぶん、自分を守るために心の中に逃げ込んだんじゃね? って僕たちは考えてるお」

拓巳「妄想世界に引きこもってるってことか……あ、あれ?」

拓巳「でも、こ、この人、いつか、どこかで会ったような……1/4星来フィギュア? いや、あれはたしか横浜のアニメイトで買ったはず……」


拓巳「――み、見たままを話す」

拓巳「心象風景っていうんだけど、心の中の景色に、たくさんの彼女が死んでた。だけど、その心象風景が覗ける時点で生きてることが確定的に明らかなわけ」

ダル「つまり、精神は死んでるけど、身体は生きてたってことでFA?」

拓巳「ふぁ、FA。でも、僕が何度呼びかけても心は生き返らなかった」

拓巳「肉体はぎりぎり生きてるけど、魂はもう、二度と浮上してくることはないと思う」

拓巳「だけど、うわごとのように呟いてる言葉があった。そ、それを、整理すると、こんな感じ」

拓巳「『いくつもの未来の先が、過去へと繋がっているんじゃないか』」

拓巳「『シュタインズゲート世界線への道は険しい。一度や二度、やり直したところで、辿り着ける道ではないだろう』」

拓巳「『けれど、まずはそこから始めることが、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>へと繋がるんじゃないか』」

澤田「シュタインズゲート……それこそが、私が300人委員会に復讐できるチャンス」

ダル「それホントにオカリンが言ってたのかよ!?」ガシッ

拓巳「い、いや、言ってたっていうか、もう言葉の意味もわかってないような感じだった。つか、近い! 臭い!」

拓巳「反射神経だったんじゃないかな。いや、心の声だし、神経なんて無いんだけど」

拓巳「そ、それともう1つ。『クリスをアマデウスの呪縛から解放してやってくれ』って……」

ダル「オカリンェ……」


ダル「でも、これでオカリンのオペレーション案が生きてくるわけだお」

澤田「ストラトフォーの手によってどこかへ持ち去られてしまった2011年1月31日時点の彼女の記憶を、今の彼女の脳へと書き戻すことによって蘇らせる」

澤田「そしてそれを過去へと送る……彼女に装着されたヘッドセットがそれを可能にしている。いやはや、とんでもない計画だ」

拓巳「で、見つかんのそれ」

ダル「無茶言うなって話。世界中のサーバーをハッキングしろって言われてるようなもん」

拓巳「は、話にならないね。僕はもう、帰るよ。なんで僕が他人に力を貸すなんてこと、しなきゃならないんだ」

澤田「ナイトハルト、今回の報酬です。受け取ってください」

拓巳「……こ、ここ、これはぁっ!? ブラチューのC78コミマセットォ!? エリンとチュッチュできる伝説の……」ゴクリ

ダル「好きっしょ、こういうの」

拓巳「すべてのしがらみから解き放たれた今の僕に、怖いものなんてなにも無いんだ(キリッ。さあ、紳士の本気度400%を見せてやんよ、ふひひ……」

ダル「そんなわけだからさ、また次も頼むのだぜ」ニッ


澤田「DaSH、どうやらワルキューレの面々が到着したらしい。私もこれで失礼する」

ダル「おう、また頼むのだぜ、澤田きゅん」

澤田「……例のモノはここに。秋葉原TMマフィアには私から報告しておきますので」ガチャ


キヨタカ「遅くなって済まない。バレル・タイター、そちらの作戦、オペレーション・ヘルヘイムは?」

ダル「ああ、うん。第2段階に以降、ってところかな」

ダル「DaSHって呼ばれたりバレル・タイターって呼ばれたり、僕って忙しいお」

キヨタカ「進行中の作戦については、引き続きヘイウッドを指揮官に続行ということで通達を……タイター? それは?」

ダル「これ? 澤田氏に持ってきてもらったんだけどさ」スッ

キヨタカ「白衣、ですか? 少しサイズが小さいような……」

ダル「オカリンの白衣。今日の今日まで、これを着るのはためらってたんだけど、最近僕、痩せてきたしね」バサッ

ダル「(これを着る日が来るとはな……)」ウルッ

ダル「……見てるがいい、鳳凰院凶真。我が友よ」

ダル「貴様を死の淵から、救い出して見せようッ! フゥーハハハッ!」バサッ

キヨタカ「バレル・タイター……?」

ダル「僕、頑張るから……! 絶対、頑張るから……!」グッ


・・・11年後・・・
2036年1月1日
ワルキューレ基地


鈴羽「国民皆兵制で高校の軍学校を卒業して、半年間日本政府軍に勤めてたら、まさか父さんたちが反政府組織として目をつけられてるなんてね」

鈴羽「それもそうか……こんなものを、こっそり作ってたんだから」

鈴羽「――タイムマシン」


ゴウンゴウンゴウン…


由季「戻ってきてくれて嬉しいわ、鈴羽」

ダル「なあ、鈴羽。娘にこんなことを頼むのは父親失格かもしれないけれど、聞いてくれるか?」

鈴羽「……うん」

ダル「タイムマシンに乗って、過去へ跳んでほしい」

鈴羽「……っ!?」


ダル「鈴羽にしか頼めないことなんだよ。どうだ、できるかい?」

ダル「……勿論、拒否しても構わない」

鈴羽「あたしは……」


   『世界の外に居る誰かに会うため、と言ったところかしら』


鈴羽「なるほど、そういうことか……クリスがずっと研究していたのは」

真帆「ええ、そうよ。私の、私たちの人生をすべて捧げた」

鈴羽「い、居たんだ。……わかった。あたし、やるよ。過去に行ってくる」

ダル「……そっかぁ」

由季「……ありがとう、鈴羽」

真帆「あなたたち、複雑な顔してないで、すぐ実験に取り掛かるわよ」

2036年1月14日2時48分
ワルキューレ基地 タイムマシン内部


ダル『こっちの準備は完了したよ』

真帆『いい? いつも言ってるからわかってると思うけど、予定されたこと以外は絶対にしないで』

真帆『もし勝手なことをしたら、即刻テストパイロットを解任するわ』

鈴羽「オーキードーキー」

真帆『それじゃ、実験を始めましょう』

鈴羽「第4回、実証実験開始。目標跳躍時間は、2036年1月14日、3時00分」

ダル『カウント、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1――』

鈴羽「くっ――――――」

―――――――――――――――――――――――――――――――
    2036年1月14日2時48分  ⇒  2036年1月14日3時00分
―――――――――――――――――――――――――――――――

鈴羽「……跳躍終了。体感で、だいたい5秒くらいか」シュィィィィン(※ハッチが開く音)

真帆「お疲れ様。実験は成功ね」

ダル「でも、冷却装置の改良の必要がありそうだ……鈴羽、体調に異常はないかい?」

鈴羽「大丈夫だよ、父さん。心配しないで」

ダル「良かった……」ホッ


・・・
2036年2月21日
ワルキューレ基地


ダル「見つけた……ついに見つけたぞ、みんな」プルプル

ダル「オカリンを死者の国から呼び戻す作戦、オペレーション・ヘルヘイム、成功だ……っ!」バサッ

フェイリス「見つけたって……もしかして、凶真の記憶?」

ダル「ああ。まさか、僕たちの大学の地下にストラトフォーの秘密基地があったなんてな。灯台下暗しだったよ」

ダル「ようやく発見できたのは、今月の6日に起こった防衛攻撃システムの世界的誤作動のおかげかな……」フゥ

まゆり「嘘……ホント!?」

るか「これで凶真さんが蘇るんですね!?」

ダル「データも装置もある。あとはオカリンの気合い次第ってところか……」

ダル「その上、どの世界線のオカリンがダウンロードされるかはわからない」

ダル「けど、どの世界線であろうと、オカリンはオカリンに違いないはず」

真帆「とにかく、急ぎましょう。もうXデーまで時間が無い」

ダル「オーキードーキー!」


葛城新次郎「それで、オペレーション・ヨルムンガンドは?」

ダル「ミッション内容は敵実行部隊『ラウンダー』指揮官リブロンの暗殺。奴がロシアに捕縛され、SERNの情報をロシアが手に入れる前に殺す必要がある」

御子柴レイ「シアワセ4Uの星田栄のボディーガードとして、長らく日本で活動している委員会の手先……」

鈴羽「プランは? モメてたよね」

キヨタカ「C案……狙撃で行く。狙撃手は阿万音鈴羽、お前だ」

鈴羽「……オーキードーキー」

葛城新次郎「小娘、実はビビってやがるな?」

鈴羽「あたし自身は収束の力で死なない。だけど、みんなを守れる自信は……」グッ

由季「鈴羽。大丈夫よ、きっと大丈夫」

ダル「ああ。もっと自分を信じろ、鈴羽」

鈴羽「母さん……父さん……」


フェイリス「それで、由季さんまで行かせて良かったの? だって――」

ダル「世界はそういう風に収束する。この試練もまた、鈴羽にとっても、世界にとっても必要なことなんだ」

まゆり「……由季さん、死んじゃうんだよね」

フェイリス「それが神様が与えた試練だって言うなら、神様なんて居ないよ……」

るか「今まで多くの犠牲を払ってきました。でも、それはすべて過去へと繋がる必要なこと」

ダル「そう。だから、僕たちは常に前を向いていなければならない」

ダル「たとえ最愛の妻を失うとしても」

ダル「……っ」ギリッ

真帆「橋田さん……」

都内某所


パラララッ パラララララッ


キヨタカ「クソッ! 作戦がロシアにバレていたッ! 鈴羽、早く逃げ――」バタッ

葛城新次郎「ロシアの無人機!? ちくしょう、やってやるッ!!」ギリッ

御子柴レイ「ここで引きつける! 鈴羽のところへ行かせてはダメだっ!」BANG! BANG!


ドォォォォォォォォォォォォン…


鈴羽「潜伏地点で爆発!? そんな、みんなは……」プルプル

由季「――ッ!! 鈴羽ッ!!」ガバッ

鈴羽「え―――――」


パララララッ パララララララッ


由季「かはっ……」グタッ

鈴羽「母さんっ! しっかり!」ガシッ

鈴羽「(弾は体内に残らず、貫通して、あたしの胸まで届いてる……これなら、急いで手当すれば間に合うか!?)」

鈴羽「(……クソッ! たかが銃撃の鈍痛なんかで、身体に力が入らなくなるなんて……っ)」ズキズキ

由季「……ねえ、鈴羽。本当は母さんね……」ゴフッ

鈴羽「しゃべるな! 傷が広がる!」

由季「つらかった……家族で何の心配もなく幸せに過ごせたらって……思ってたわ……」

鈴羽「母さん……」

由季「ありがとう鈴羽……あなたは私の……」

由季「――宝物よ」

鈴羽「そんな……どうして……まさか、これが、"収束"……」プルプル

由季「……行ってらっしゃい、鈴羽。あなたが、ワルキューレの希望なのだから……」

鈴羽「何言ってる! 置いて行けるわけ、ないっ!」ギュッ

由季「ごめんなさい、鈴羽……」

由季「…………」

由季「…………」



由季「…………………………………」



鈴羽「……母さん」グッ

第18章 明誓のリナシメント(♀)

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・




倫子「――――!!!!」ガバッ

倫子「…………」キョロキョロ

倫子「ラボ、か……」ホッ



未来ガジェット研究所?


??「ちょっと岡部、いつまでもそんなところで寝てると、風邪ひくわよ」

倫子「なんだ、紅莉栖。いたのか」


紅莉栖「いたのか、とは随分ご挨拶ね。だが、それがいい」ハァハァ

倫子「相変わらずだな、近づかないでくれ」

紅莉栖「ぐはぁっ! き、昨日も一昨日も一緒に居たのに、それはさすがに酷い」

倫子「そう、だったな。それで、ダルやまゆりはどうした?」

紅莉栖「……あんた、本当に大丈夫? 結婚する?」

まゆり「オカリン、トゥットゥルー♪」ゲシッ

紅莉栖「ちょ、まゆり、足踏んでる踏んでる!」

ダル「いや、自業自得だと思われ」

倫子「ああ、そうか。いつだってそこにいたよな、2人とも」

倫子「(2人だけじゃない、ここには――)」


フェイリス「凶真、元気がないニャ? フェイリス印の猫耳メイド服を着るときっと元気が出ると思うニャ♪」

倫子「それは、オレ以外が、だろうが! オレにはこのパーフェクトな白衣があるっ!」バサッ

るか「おか、凶真さん。ボクに出来ることがあったら、なんでも言ってくださいね。エル・プサイ・コンガリィですっ!」

倫子「コンガリィではなく、コングルゥだっ!」

るか「はいっ! エル、プサイ、コングルゥ!」

倫子「うむっ」ニコッ

るか「(かわいい)」


鈴羽「レジェンド、風邪だって!? これ、飲んで!!」グイッ

倫子「な、なんだ、その奇妙な色の液体は……っ!」ビクッ

鈴羽「これさえ飲めば風邪なんて一瞬で治っちゃうから! ほら、飲んだ飲んだ!」ガッ

倫子「や、やめんかバイト戦士――――ぐぼふっ」バタッ

紅莉栖「お、岡部っ!?」

萌郁「それ……何が入っているの……?」

鈴羽「公園に生えてる草とか、その辺で捕まえた虫とか、色んなの。あたしの居た時代じゃすっごく効いたんだから心配ないって!」

倫子「ブクブクブク……」

萌郁「そ、そう……」


倫子「ぜ、全員いるようだな……ゴフッ」

紅莉栖「阿万音さん、いつか見てなさいよ……」ゴゴゴ

鈴羽「なんだよ牧瀬紅莉栖。やろうっての?」ゴゴゴ

倫子「気を取り直して。ゴホン」

倫子「では只今より、第65536回目の円卓会議を行う! お前たち、準備はいいか!?」

紅莉栖「で、今日の議題はなんなんだ?」

倫子「そんなものは決まっている。今日の議題は――」

倫子「議題、は……」


紅莉栖「岡部?」

寒い。

まゆり「オカリン?」

寒い。

ダル「どしたん、オカリン?」

寒い。

フェイリス「凶真?」

寒い。

るか「凶真さん……?」

寒い。

鈴羽「レジェンド?」

寒い。

萌郁「姉さん……?」



寒い―――――――――――――――――――



ここは、データとして眠っている私の世界。


0と1だけで構成された世界。


時間が止まったままの世界。


次元の果てのような世界。


冷たく暗い箱の中の世界。




――――"紅莉栖"の居る世界。

2036年3月7日金曜日
暗室


倫子「ぁ……………………」

倫子「(どこ、ここ? 声が思うように出せない……)」

倫子「っ!!」ズキン!!

倫子「(あ、頭が……痛い……っ)」

倫子「っ……ぅぁ……」

倫子「(なんとか……起き上がれた……。声が出ない、無理に出そうとすると喉が痛む……)」

倫子「(ヘッドギアにクランケ服……なんだろ、この格好?)」

倫子「(私は……何をしていたんだっけ……)」


倫子「(――そうだ、思い出した! かがりちゃんだ!)」

倫子「(2011年1月15日の未明、紅莉栖の記憶を消すために、比屋定さんの作った装置で元のかがりちゃんの記憶を上書きしようとして、私は……)」

倫子「(ストラトフォーにラボが襲撃される直前、スマホのボタンを押して、世界線が変動したんだ。ってことは、ここは変動後の世界線か)」

倫子「(この世界線の"私"は、一体なにをどうしてこんな状態になってるんだろう……)」

倫子「(暗くてよく見えないけど、身体が極端にボロボロなのはわかる)」

倫子「(とにかく、ここから出てみよう)」スッ

バタッ!!

倫子「っ―――!」

倫子「(あ、足に力が入らない!? 想像以上に衰弱してるみたい……)」

倫子「(でも、身体を引きずってでも部屋から出ないと……)」

ガチャ バタン

廃ビル外


ズル ズル ズル …

倫子「なんだ……これ……ゴフッ」

倫子「(見渡す限り、廃墟ビルだらけ……周りは瓦礫の山……)」

倫子「(空は赤銅色……まるで地獄のような……)」

倫子「(どういうこと? 私は紅莉栖の記憶をかがりちゃんの中から消した)」

倫子「(ってことは、ここは元々かがりちゃんに紅莉栖の記憶が植え付けられなかった世界線のはず)」

倫子「(いったいどんなバタフライ効果が……って、このビルの街頭テレビって……っ!)」

倫子「あ……あ……」ガクガク

倫子「(見覚えがある……ここは、秋葉原だ……。UPXに人工衛星が墜落してる……)」プルプル

倫子「(タイムマシン……いや、『SA4D』って書いてある。なんだろうあれ、黒騎士<ブラックナイト>衛星?)」

倫子「いや、そんなことより……」ワナワナ

倫子「ラボは……どうなった……?」ガクガク


タッ タッ タッ

倫子「(な、なんだ!? 向こうから人の気配が……)」

??「お前、死にたいのか?」ガチャ

倫子「あ……あ……っ」

倫子「すず……は……」ウルウル

鈴羽「っ!? どうしてあたしの本名を……。何者だ?」

倫子「私が……わからないの……?」

鈴羽「あんたみたいな婆さんの知り合いなんていない」

倫子「(婆さん……? な、なにを言ってるの……?)」

倫子「岡部……岡部、倫子だよ……」

鈴羽「岡部……倫子ッ!? そんな、バカな! だって、岡部倫子は死んだはず!」

倫子「私が、死んだ……?」

鈴羽「……お前に確認したいことがある。ついてこい」ガシッ

元ラジ館屋上


ダル『君に萌え萌え』

鈴羽「バッキュンきゅん」

倫子「…………」

ガチャ

ダル『入れ』

倫子「(確かに合言葉としてこの上なく堅固かも知れないけど、雰囲気を考えなよ、ダル……)」

倫子「(そういえば、α世界線の鈴羽が言ってたっけ。ダルのプロポーズの言葉……)」


   『告白の言葉は、「キミに一生、萌え萌え☆キュン」だったって聞いてる』


倫子「(橋田家にとっては大事な言葉なのか……)」

ワルキューレ基地


倫子「まぶし……」

ダル「よかった、やっと目を覚ましたんだな、オカリン……」

倫子「ああ、やっぱりダr……誰、ですか?」

ダル「僕は僕だお、オカリン。25年後のね」

倫子「ダルが、痩せてる……信じられない……」

ダル「ってそこかよ」


ダル「まあ、この僕は2010年に現れた娘に1年間しごかれたおかげで、こうやってスマートになったわけだぜぃ」

ダル「でも、鈴羽が僕を痩せさせようと思うためには、鈴羽の出身世界線の僕は太ってないといけないわけで、こうして世界は巡っていくんだよなぁ」

鈴羽「父さん、少し言葉遣い、おかしくない?」

倫子「……いや、私は知ってる。未来のダルが、私の為に喋り方を合わせてくれてるってこと」

ダル「α世界線の2033年の僕、だったね」

倫子「ダル……もしかして、タイムマシンで過去に来たの?」

ダル「そう思う? 実は逆なんだなぁ」

倫子「逆……?」

鈴羽「自分の顔を見れば理解するんじゃないかな」スッ

倫子「鏡……ん、誰、この人……」

倫子「あ……あ……」プルプル

倫子「嘘……そんな……でも、どうして……」ガクガク

ダル「今は2036年。オカリンは年齢的には、44歳だ」

鈴羽「それ以上に老けて見えるけどね」

ダル「今からそれについて説明する」


この世界線の私は長いこと眠っていたらしい。

15年もの間、毎日何時間もかけてみんなが私の体のケアをしてくれたそうだ。

栄養摂取をはじめ、垢擦り、洗髪、目やにや痰の処理、排泄物の処理、口腔の洗浄、床ずれ防止。

関節の曲げ伸ばしと筋肉マッサージ。それらの肉体運動に加えて、EMS器具を使うなどして筋力の低下を防いでくれた。

世界は電気仕掛け。私のこの身体の細胞ひとつひとつもまた生体電気で動く。

外部から電気を流すことで運動能力を維持していたという。

肉体という入れ物を、未来に遺してくれていた。




Tips:EMS(Electrical Muscle Stimulation)
筋肉へ電気刺激を送ること。スポーツ現場での疲労回復やリハビリ医療として用いられる。


鈴羽「写真で見せてもらった岡部倫子とは、似ても似つかない」

ダル「この鈴羽はオカリンの知ってる鈴羽と違って、子どもの頃にオカリンと会ったことは無いんだ」

倫子「ああ、うん。そうだよね……」

倫子「でも、どうして私は何も覚えてないの? 私の最後の記憶は、2011年1月15日の午前1時頃のものなんだけど」

ダル「えっ? ……やっぱ無理があったのかな。記憶が飛んでるのか、あるいは別の世界線のオカリンが……」

ダル「今のオカリンの頭の中には、2011年の1月末までの記憶があるはずなんだけど」

倫子「ど、どうして?」

ダル「真帆たんがオカリンの記憶をデータとして保存したのが、2011年1月31日のことだからさ」

倫子「データ化……未来へのタイムリープみたいなもの、か」

倫子「うん。ダルの推測通り、私は1月15日に世界線移動してきた」

ダル「やっぱり未知の現象が発生したか……」

倫子「だからね。この世界線の私に1月末までの記憶があったとしても、この私は覚えてないよ」

鈴羽「それがリーディングシュタイナー……話に聞いてた通りだ」


倫子「でも、私には2025年の死亡収束があったはず。どうしてこの世界線の私は、その年を超えて生きてるの……?」

鈴羽「それはあたしも聞きたい。あたしたちは皆、岡部倫子は11年前に死んだって聞かされてきたんだ」

鈴羽「もしかして、あたしたちを騙してたのか? 父さん」

ダル「死んだよ。事実上ね」

鈴羽「事実上?」

ダル「考えても見てくれ、オカリン、鈴羽。人間の"死"って、いったいなんだい?」

倫子「死……えっと、心肺停止、じゃないの?」

ダル「仮にコールドスリープさせたら? あるいは、アンドロイド化したら? それこそ『Amadeus』化でも構わない」

ダル「世界線にとっての"死"、特にオカリンの場合は、僕たちの常識で言う"死"ではないのかもしれないね」

倫子「……因果律、か」


ダル「タイムマシン開発競争は2025年頃がピークだったんだ」

ダル「僕の得意のハッキングでそれらの情報をしこたま盗んでさ、今までの僕の研究に上乗せしたってわけ」

ダル「もちろん、理論分野に関しては真帆たんが牧瀬氏の論文を応用させてくれた。さすが"先輩"って感じだったお」

ダル「で、そのついでに色々とわかっちゃったんだよね」

ダル「各国のいろんな機関が、牧瀬氏が残した論文と彼女の記憶を欲していた」

ダル「でもその時点で、牧瀬氏の遺産は全部、ストラトフォーの手に渡ってたんだ……」

ダル「まあ、一部には自分の意志で外部へと流出したものもあったらしいけど」

倫子「(自分の、意志で?)」


ダル「ただ、連中をもってしても、例の論文の中身を確かめることはどうしてもできなかった。ロックを解除できなかったんだ」

倫子「……ならストラトフォーは、私ならパスを知ってるかもしれないと思ったはず。比屋定さんみたいに」

ダル「うん。それで、オカリンは誘拐されて、拷問された」

ダル「僕たちが助け出した時には、オカリンの精神はボロボロだった。死んだのとほぼ変わらない状態だったんだ」

ダル「もう真帆たんなんかわんわん泣いちゃって……あ、今のナイショな」

ダル「それで、まゆ氏やフェイリスたん、ルカ氏や真帆たんたちで、こことは別の施設でずっと面倒を見てきたんだ」

倫子「あそこか……」

ダル「僕たちが記憶を書き戻さなければ、永遠に蘇ることはなかっただろうね」

倫子「記憶を、書き戻す……。そっか、2011年の記憶を。でも、今になってどうして?」

ダル「記憶データを見つけたのがつい半月前だったんだ。ストラトフォーが支部のサーバにデータを保管してたんだけど、どこにあったと思う?」

ダル「僕たちの大学の地下だよ」

倫子「電機大の……」


ダル「その頃は特に大変だったよ。世界中のコンピューターがオーバーフローして、軍事衛星の誤作動で主要都市はほぼ壊滅した」

倫子「あ。あの、UPXに突き刺さってた……」

ダル「秋葉原も、新宿も、池袋も。今、日本の首都は奇跡的に難を逃れた中野にあったりする」

ダル「まあ、そういう混乱のおかげでオカリンの記憶データの在り処が浮き彫りになったんだ」

ダル「で、オカリンの記憶データを早速脳にダウンロードした。だけど、10日経ってもオカリンは目覚めなかった」

ダル「だから正直、こうして出会えて驚いてる。半ば諦めかけてたからね」

倫子「そうだったんだ……」

ダル「本当に良かった。オカリンとまた話せて……ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

鈴羽「こんな時になにを」ハァ

ダル「いや、ちょっと安心しちゃってな。ハハハ」

トイレ


スッ

ダル「(こうやってケータイを耳に当てるのも、これが最後か……)」

ダル「……ああ、僕だ。オペレーション・ヘルヘイムは、機関の妨害の乗り越え、真の成功へと辿り着いた」

ダル「何? まだ道半ばであることを忘れるな? 僕を誰だと思っている、"DaSH<ダル・ザ・スーパーハッカー>"であり、バレル・タイターだぞ?」

ダル「必ずやタイムマシンを完成させ、世界の支配構造を変革せしめようではないか。フ……フフ……」ウルッ

ダル「フゥーハ……ハハ……」ポロポロ

ダル「ハハハはあああああ~~~~~~」ウワンウワン

ワルキューレ基地


ダル「すまんすまん。それで、どこまで話したっけ」

倫子「(ん、目が赤い?)」

鈴羽「父さん、まゆねえさんには伝えたのか? 岡部倫子が目覚めたこと」

倫子「("まゆねえさん"……そっか、この鈴羽はまゆりと仲が良いんだ。良かった)」

ダル「あ、いかん! 早く教えてやらんと」

ピッ ピッ

ダル「こちら、バレル・タイター。応答せよ」

まゆり『こちらスターダスト・シェイクハンドです。どうぞ』

倫子「ふふっ……可愛いコードネーム」

ダル「心して聞いてくれ。オカリンが……目覚めた」

まゆり『……! ほんとに、オカリンが……!?』

ダル「フェイリスたんもるか氏も一緒だろう? 3人とも、すぐ戻って来てくれないか」

まゆり『…………』

ダル「まゆ氏?」

フェイリス『ダメ。マユシィは嬉しさのあまり涙ぐんで声も出ないみたい』

倫子「……まゆり」


鈴羽「……なんで、まゆねえさん達、食料調達に出ている?」

ダル「え?」

フェイリス『確かに今日だって、昨日の夜遅くに連絡が……』

鈴羽「……罠だッ!!」

まゆり『きゃぁっ!?』 パララッ パラララッ

倫子「銃声!?」

るか『まゆりちゃん! フェイリスさん! 逃げて! ここはボクが!』

鈴羽「父さん、救出に向かおう!」

ダル「おう! オカリン、ここを頼んだのだぜ」

倫子「で、でもっ!」

ダル「大丈夫。僕たちは今までもやってこれたんだからさ。それに、オカリンの言葉が正しいなら、鈴羽を過去に送るまでは収束が働くはずだろ?」

倫子「……無事で、帰って来て」

ダル「オーキードーキー!」


倫子「……みんなならきっと、大丈夫だよね」

倫子「(試しに未来視してみるか。って、今誰も居ない――)」キョロキョロ

??「おばあちゃん、だあれ?」ヒョコッ

倫子「えっ……? あなたは……もしかして、かがり、ちゃん?」

かがり「うん。そうだよ」

倫子「(これが未来のかがりちゃん……まだ綯と同じくらいの歳か。いや、今は綯も大人になってるんだっけ)」

倫子「初めまして、かがりちゃん。私は、あなたのママのお友達よ」ギュッ

倫子「(手を繋がせてね。脳を借りて……あれ? 未来視ができない。拷問のせいなのかな……)」

かがり「まゆりママのお友達?」

倫子「そうだよ。かがりちゃんは、ママのこと、好き?」

かがり「うんっ、だーいすきっ!」

倫子「……そっか。よかった」

倫子「(……立派にお母さんやってたんだ。すごいなぁ、まゆりは……)」

かがり「ママたちのこと、心配?」

倫子「えっ? ……うん」

かがり「あのね? そういう時はね、お空に手を伸ばすと、神様が見守っててくれるってママ言ってた」

倫子「お空に……」


プルルル プルルル

倫子「ダルの無線……? はい、もしもし」

鈴羽『……岡部倫子。今、外での戦闘が終わった。もし良かったら、外まで来てほしい……』

倫子「え? な、なんで?」

鈴羽『……今のあたしたちに、命を救う医療が無いから。そして、遺体を回収できないから』

倫子「……ど、どういう……」プルプル

倫子「(まさか、まゆりたちの誰かが……!? 嘘、嘘……)」ガクガク

鈴羽『とにかく、すぐ外で待ってる。声をかけたいなら、急いだ方がいい』

倫子「そんな……っ!!」タッ

倫子「(くっ、思うように体が動かないけど……それでも……っ)」ズル ズル

かがり「おばあちゃん? ママ?」

倫子「……かがりちゃんはここで大人しくしててね。いい子だから……」

中央通り


倫子「あ……あぁ……そんな……」ガクッ

フェイリス「凶真ぁ……るかが……るかがぁ……っ!」ポロポロ

まゆり「るかくん……ぅううぅっ!!」ポロポロ

倫子「ルカ子……ねえ……嘘でしょ……」ダキッ

るか「岡部……さん……? い、いるんですか……」

倫子「(目は開いてるのに、もう、私が見えてないんだ……)」グスッ

倫子「うん、居るよ……ここに、私は居る……」

るか「よかった……さっきのはなしは、うそじゃ、なかったん、ですね……」

るか「さすが……凶真さん、です……やっぱり、生きてた……」

倫子「うん……みんなのおかげで、こうして目覚めることが出来たよ……ありがとう……」ヒグッ

るか「清心斬魔流で……みんなを……まもれて……」

るか「凶真さんと……一緒に放った……青白い斬撃は……だせませんでしたけど……ゴフッ」

倫子「(……α世界線の時の記憶が、ルカ子に守る力を……っ)」

倫子「うん……っ」ギュッ


―――――――――――――――


いいか、ルカ子。

そんなことでは、ラグナロックが始まった時、防人(さきもり)としての役目を果たせんぞ。

お前は、この秋葉原における、最後の盾なんだ。

お前が揺らげば、防衛線は総崩れになってしまう。

心を強く持て、ルカ子。

それと、これだけは忘れるな。

このオレ、鳳凰院凶真は、何があっても死にはしない。

何故なら、それが、それこそが、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択だからだっ!!


――――――――――――――――


倫子「(この世界線のルカ子の記憶……そういや私、そんなこと、言ったっけ……)」

るか「男が……好きな子にすがりついて生きてきたなんて、かっこ悪いですもんね……」

倫子「どうして、そんなにまで私を……っ」グスッ

るか「誰にもうちあけられずに……とどかなくても……この気持ち、抱きしめていたくて……」

倫子「……ルカ子、かっこいいよ。世界中の誰よりも、かっこいいよ……っ!」ギュッ

るか「……えへへ……うれしい、な……」

るか「おぼえていて……くれますか……?」

倫子「うん……っ。うん……!」ポロポロ

るか「……あなたは……だれよりもうつくしくて……つよいヒト……」

るか「……そんな岡部さんが……ボクは……」

るか「…………」

るか「…………」

るか「…………………………………………」


倫子「(ああ、またこの感覚だ……もう何度目だろう。まゆりも、紅莉栖も、ルカ子も)」

倫子「(私の腕の中で、命が消えていく感覚……)」ポロポロ

まゆり「……よかった。るかくんは、オカリンにずっと会いたがっていたから。オカリンのこと、大好きだったから」

まゆり「最期に会えたのは、本当に、よかった……」

倫子「(……まゆりにそんな台詞を言わせるなんて、なんて世界なんだ、ここは……)」

まゆり「あなたは、とても立派に戦いました。私たちは、あなたに救われました。どうか、安らかに」

倫子「(こんなの、あんまりだ――――)」

倫子「う、あぁぁぁぁぁあああああああ…………!」

ワルキューレ基地


まゆり「……オカリン、落ち着いた?」

倫子「うぐっ……。まゆりは、強いね……」

倫子「(泣きたいのに涙が出なかった。たぶん、長年の寝たきり生活のせいだろう)」

まゆり「私はずっと、オカリンを信じてたから」

倫子「まゆり……」

フェイリス「……一応、持ってきた食糧を整理しないといけない。それが、るかから託された最後の仕事だから」

まゆり「うん。かがりちゃん、手伝ってくれる?」

かがり「うんっ、ママ! 倉庫に行くね」

倫子「わ、私も――」

鈴羽「岡部倫子、父さんが呼んでる。こっちへ」

倫子「あ、うん……」


ダル「オカリン、伝言があるお。2025年のオカリンから」

倫子「え……?」

ダル「"紅莉栖"を『Amadeus』の呪縛から解放してやってくれ」

ダル「シュタインズゲート世界線への道は険しい。一度や二度、やり直したところで、辿りつける道ではないだろう」

ダル「けれど、まずはそこから始めることが、運命石の扉<シュタインズゲート>へと繋がるんじゃないか」

ダル「いくつもの未来の先が、過去へと繋がっているんじゃないか――」

倫子「紅莉栖を……」

ダル「だからさ、僕たちがいるこの世界も無駄じゃない。きっと必要な世界なんだ」

ダル「もう一度、戻って考えてみてもいいんじゃね? オカリンの記憶の途切れたその時間に、さ」

倫子「も、戻るって……? でも、どうやって……?」


真帆『できるわ』

倫子「ひ、比屋定さん! 無線から……?」

真帆『久しぶりね、岡部さん。25年ぶりかしら。まずあなたに、部屋の奥を見てほしい」

倫子「え……。こ、これ、電話レンジ(仮)……!」

真帆『私が作ったものよ。48時間制限を超えて、2週間は安全に跳べる』

倫子「す、すごい……どういう原理?」

真帆『単純にサンプリングレートを上昇させただけ。それにはやっぱり、未来の技術が必要だった』

真帆『アナログな脳の情報をデジタル化するにあたって、より精密なデータを採れれば、精神と肉体のギャップが減る、ってだけのこと。完全に0にはできないけれど』

ダル「オカリンを救出してからの間、ずっとヘッドギアを装着させてたから、"受信"は可能なのだぜ」

真帆『このマシンを改良したのが2026年頃だから、それ以前は48時間しか跳躍できないけどね』


倫子「で、でも記憶圧縮用のブラックホールはどうするの?」

ダル「タイムマシンを造った僕たちが自力でブラックホール作れないわけないっしょ。そもそも、2010年7月時点で電子レンジの中にブラックホールを作ることは一応成功してたわけだし」

倫子「あ、そっか。やろうと思えばブラックホールはいくらでも作れたんだ」

ダル「でも、2025年より前は安定性を考えて、岩手県の山中にある東北ILC<国際リニアコライダー>を使わせてもらってる」

ダル「この頃、LHCは謎のハッカーによって破壊されてるんだよね」

ダル「もち接続はバッチシ。SERNって世界中のそういう機関と超高速光回線で繋がってるのな、300人委員会便利すぎワロタ」


   『カモフラージュのために、世界中のラウンダー幹部の居場所や研究所にも直通回線を引かせてもらったわ』


倫子「(これも紅莉栖のおかげか……)」

ダル「それで、SERNのLHCが使える時代に入ったら、オカリンがよく知ってるタイムリープになるはずだお」


倫子「でも、待って。私がタイムリープし続けたら、死の収束を騙せなくなっちゃうんじゃない?」

倫子「だって、2025年も、2026年も、私は目覚め続けるわけだから……」

ダル「言ったろ? 世界線にとっての"死"は、僕たちの常識で言う"死"じゃない……」

ダル「それに、タイムリープじゃ大幅な世界線変動は起こせないって教えてくれたのは、オカリンじゃんか」

倫子「あ、そっか……。今ここで因果の"因"を作っちゃったから、どれだけタイムリープしてもこの因は残り続ける。この2036年の世界は残り続けるんだ……」

真帆『途轍もなくつらい旅になるわ。だけど、岡部さん、あなたなら――』

倫子「……やるよ。α世界線のダルも、綯もやり遂げたことだしね」

倫子「それに、今の私にそれ以外の選択肢はないでしょ」

倫子「私になにができるかわからないけど――」

倫子「……ふたりとも、お願い。私を過去に送って」

ダル「……オカリン、オーキードーキー!」ニッ

真帆『岡部さん……ありがとう』


真帆『もしも次に紅莉栖に会えたら言ってやって。未来の私は、あなたの7倍もの時間跳躍を可能にしたわよ、って』

倫子「……わかった」フフッ

ダル「準備オーケーだ!」

鈴羽「待って。まゆねえさんたちとは話さなくていいの?」

倫子「……今跳ばないと、私はまた、まゆりの胸にすがってしまうかもしれないから」

鈴羽「……そっか」

倫子「それじゃあ、また。2週間前に会おう」

真帆『しっかりね』


―――――――――――――――――――――――――――――――
    2036年3月7日17時13分  →  2036年2月21日17時13分
―――――――――――――――――――――――――――――――

2036年2月21日(木)17時13分
暗室


ダル「……どう?」

真帆「記憶はダウンロードされたはずだけど……」

倫子「…………」

まゆり「オカリン、起きないね……」

ダル「やはり失敗か、あるいは――」

倫子「――――ッ!!」

倫子「(う……久しぶりにタイムリープしたけど、やっぱり気持ち悪いな……。そして声も出ないし身体も動かない……)」

まゆり「オ、オカリン? 今、少し動いたような……」

倫子「ぅ……ぁ……」

倫子「(ホントにまゆりたちが世話しててくれたんだ……)」


まゆり「オカリンッ!? 私、まゆりだよ!? わかる!?」

倫子「(わかるに決まってるじゃない。大人になっても、まゆりはまゆりだよ)」コクッ

まゆり「オカリン……っ!」ダキッ

ダル「オカリン! よかった、目覚めてくれたか!」

真帆「本当によかった……」ウルッ

倫子「(初めて未来の真帆ちゃんを見たけど、やっぱりあんまり歳を取ってるようには見えない)」

倫子「(みんなに感謝したい。言葉を交わしたい。でも、今は――)」

倫子「タイ、ム……リープ……」

ダル「なに? タイムリープ……もしかしてオカリン、2週間後からタイムリープしてきたのか?」

倫子「うん……ゴフッ」

真帆「なるほど、やっぱり覚醒には時間がかかったのね」

真帆「わかったわ。すぐにタイムリープの準備をしましょう」

まゆり「……オカリン、頑張って」

倫子「うん……」


―――――――――――――――――――――――――――――――
    2036年2月21日17時35分  →  2036年2月7日17時35分
―――――――――――――――――――――――――――――――

2036年2月7日(木)17時35分
暗室


倫子「――――ッ!!」

るか「え……凶真さん!? 今、凶真さんが動いたような……!」

フェイリス「ホント!? で、でも、まだ記憶が見つかってないのに――」

倫子「タイム……リープ、して、きた……ゴフッ」

るか「そ、そうなんですね……! よかったぁ……!」ウルッ

倫子「(ああ、ルカ子が生きてる……本当にかっこいい男性になったんだなぁ)」

倫子「(……こんな姿を見られちゃって、ちょっと恥ずかしい)」

フェイリス「喜んでる場合じゃないよ。すぐにタイムリープの準備をしてもらわないと」

るか「そ、そうですね。凶真さん、今からワルキューレ本部まで連れて行きます」

倫子「おね……がい……」


るか「失礼します」ヨイショ

倫子「(う、うわ、お姫様抱っこ……)」カァァ

フェイリス「さすが男の子だね。今の時間なら外は大丈夫だと思うけど、急いだほうがいい」

るか「ええ。それじゃ、凶真さん。しっかり捕まっててくださいね」

倫子「あ……///」ドキッ

倫子「(って、何をルカ子にトキめいているんだ私は……!)」ドキドキ

フェイリス「凶真、もう聞いてるかもしれないけど、一応言っておくね」

フェイリス「これからタイムリープ先で、留未穂たちがちょうど居合わせてることのほうが少ないと思う」

フェイリス「その場合、無理に外に出ようとしないで。1日に1回は必ず留未穂たちの誰かがここを訪ねるから」

フェイリス「つらいだろうけど、それまで我慢して待っててほしい」

倫子「うん……わかった……」


―――――――――――――――――――――――――――――――
    2036年2月7日18時57分  →  2036年1月24日18時57分
―――――――――――――――――――――――――――――――


・・・

私はタイムリープを繰り返し、暗室で目覚め続けた。

タイムリープマシンが改良された2026年まで600回ほど。

そこから2025年まで250回ほど。

合計約850回かかった。

部屋を出れば廃墟、死体の山、爆撃機の音。

途中、死にそうな目に遭ったこともあった。その度に仲間たちに助けてもらった。

途中、何度も諦めそうになったこともあった。その度に仲間たちに励ましてもらった。

さあ、あと2150回――――

・・・

2025年
ダルの隠れ家


拓巳「肉体はぎりぎり生きてるけど、魂はもう、二度と浮上してくることはないと思う」

倫子「――――ッ!」ビクッ

拓巳「う、うわああぁぁっ!?!?」ズテーンッ!!

倫子「(あれ? この男はたしか、セナと一緒に居た西條……ああ、今思えばテレビでやってたエスパー少年だ。でも、どうして私のそばに?)」

ダル「オ、オカリン!?」

澤田「意識が!?」

倫子「(よかった、ダルが居る。隣の蛇みたいな顔の男は……ワルキューレの仲間?)」

倫子「ぅ……ぁ……ゴフッ」

拓巳「……!? こ、心が、ある……魂が、宿ってる……ど、どど、どういうこと……!?」

倫子「(タイムリープは、OR物質も跳ばすことになるからね……)」

ダル「も、もしかしてオカリン、タイムリープしてきたん?」

倫子「う、うん……」

澤田「なるほど、これがタイムリープ……」

ワルキューレ基地


ダル「それで、今からオカリンを48時間前に飛ばす。僕と真帆たんがオカリンを発見したのは2011年2月1日だった」

ダル「オカリンが拷問されたのもその日だ。オカリンは、ほんの数時間のうちに14年分の拷問をされたらしい」

倫子「そんな技術が……」

ダル「だけど、それが仇になったってわけ。そのあとすぐに病院に運ばれて、オカリンのケータイは僕が持ってたから、当時の僕なら眠ってるオカリンに電話に出させると思われ」

ダル「48時間タイムリープでも余裕で拷問期間を突破できるってわけ」

ダル「まあ、間違って拷問されてるタイミングへ向けてタイムリープしようとしたところで、そもそも電話がかからないから跳べないだけで特に問題はないんだけど」

倫子「……わかった。それじゃ、私を過去に」

ダル「オーキードーキー!」


それから私は何度も何度も何度も何度も……タイムリープし続けた。

―――――――――――――――――――――――――――――――
    2011年2月4日13時51分  →  2011年2月2日13時51分
―――――――――――――――――――――――――――――――

2011年2月2日(水)13時51分
御茶ノ水医科大学病院 病室


prrrr prrrr

ダル「……あ、あれ? オカリンのケータイが鳴ってる……この電話番号、僕じゃんか」

ダル「もしかしなくても、これって僕と真帆たんが昨日作ったアレだよな……未来の僕が、目覚めたオカリンを過去に送った」ゴクリ

ダル「オカリン、電話に出てくれ」スッ ピッ

倫子「――――っ!」ガバッ

倫子「(ぐっ……相変わらず全身が痛い……)」

ダル「オ、オカリン!? 大丈夫か!?」

看護師「先生! 患者さんの意識が戻りました!」


・・・・・・

倫子「ふぅ……ダル、いつもありがと」

ダル「まさか25年もタイムリープしてくるなんて……オカリン、無茶しやがって」ウルッ

倫子「ダル、目が赤いよ?」

ダル「べっ、別にオカリンが廃人になっちゃって一晩泣いてたとかじゃないんだからね!? 勘違いしないでよねっ!」ズビーッ

倫子「ふふっ。……私は昨日電機大の地下でストラトフォーに拷問された。そうだよね?」

ダル「え、ストラトフォー? 確かにオカリンを見つけたのは電機大だけど、それマジ?」

倫子「あと1回タイムリープすれば、私は戻れる……!」

ダル「……わかったお。すぐタイムリープの準備を始めるけど、退院はどうしよう?」

倫子「そんなもん、無理やり突破すればいいよ。どうせなかったことになる」

ダル「そ、そっか。オカリン、もう何回もそうやってここまで来たんだよな……」

倫子「さあ、行こう。最後のタイムリープだ」

ダル「オーキードーキー!」


―――――――――――――――――――――――――――――――
    2011年2月2日18時27分  →  2011年1月31日18時27分
―――――――――――――――――――――――――――――――

2011年1月31日(月)18時27分
未来ガジェット研究所


倫子「――――帰って、きた」

倫子「戻って……きたんだ……」ウルッ

フェイリス「んー? 誰がニャ?」

倫子「みんな……っ」グスッ

ダル「え、誰か来たん?」

かがり「……?」

真帆「どうしたの?」

倫子「……ううん、なんでもない」グシグシ

まゆり「あのね、あのね。オカリン」

倫子「まゆり……」

まゆり「おかえり、オカリン」ニコ

倫子「……ふぇぇ」グスッ


・・・


ダル「あれから1時間近くまゆ氏の豊かな胸の中で泣き続けて、ホントいったいどうしちゃったのだぜうらやましい」

倫子「ご、ごめん……グスッ……」

まゆり「オカリンは頑張ったんだよね、まゆしぃ、知ってるよ」ナデナデ

倫子「……ありがとう、まゆり。元気出た」グシグシ

まゆり「えっへへー、まゆしぃ、オカリンの役に立てたねー♪」

倫子「(一応、まゆりの脳を借りて未来視をさせてもらった。脳が若返ったせいか、その能力は健在だった)」

倫子「(やはり、この世界線での確定事項は私の見てきた通りだ)」

倫子「(でも、それは意志の力で変えることができる。収束を超えられなくても、収束へと至る過程を変えることができる)」

倫子「(……やろう。ここまで来たんだから)」

倫子「(紅莉栖を、"紅莉栖"を救うために……!)」


ダル「オカリン……もしかして、世界線移動してきたん?」ヒソヒソ

倫子「ううん、未来からタイムリープしてきた」

ダル「え、マジで?」

倫子「今みんなが集まってるのは比屋定さんの見送り?」

ダル「そうだお」

真帆「えっと、そろそろ空港へ行かないといけないのだけど、レスキネン教授から連絡がないのよね」

倫子「比屋定さん、記憶の読み取り装置をこの前作った、よね?」

真帆「え、ええ。昨日作って、あなたの記憶のバックアップデータを採ったじゃない。もしかして、そのせいで記憶が曖昧になってる?」オロオロ

倫子「そう……。今日もしアメリカへ帰れそうになかったら、ここに泊まっていいからね」

真帆「え?」

倫子「かがりちゃん。頭の中に、別の人間の記憶がある、なんてことはないよね?」

かがり「えっと、未来の記憶は2週間くらい前に思い出して、この時代に来てからの記憶はないよ。でも、別の人の記憶?」

倫子「いや、少し確かめただけだよ。気にしないで」

かがり「なにそれー。変なオカリンさん」フフッ


・・・


倫子「(みんなを帰した後、ひとりになって考える。これからどうすべきか)」

倫子「(だけど、答えは既に出ていた。ひとりじゃ何もできない、ということが)」

ガチャ バタン

真帆「結局レスキネン教授がどこにいるかわからなくて、アメリカへは帰れなくなったわ。電機大のオフィスもまだ片付いてなかったみたいだし」

真帆「(まさか、橋田さんが言ってた、岡部さんが未来からタイムリープしてきたって言うのは本当……?)」

倫子「……真帆ちゃん」

真帆「だからちゃん付けするなと……岡部さん、何か気になることでもあるの?」

倫子「え……?」

真帆「(あなたにとってはこの話、してないことになってる可能性があるのかしら……)」

真帆「(試してみましょうか)」

真帆「私じゃ紅莉栖の代わりにはなれないかもしれないけど、それでもよければ話してみて」


倫子「(もう私には、真帆ちゃんを巻き込まないようにしよう、などという気持ちは微塵も無かった)」

倫子「(今からタイムリープマシンを完成させ、改良させ、私を過去に送るのは、まぎれもない彼女なのだから)」

倫子「比屋定さん、聞いてほしい話がある。嘘だと思うかもしれないけれど、それでも、信じて欲しい」

真帆「……信じるわよ。あなた、私の命の恩人だってこと、忘れてるんじゃないの?」

真帆「私が紅莉栖のことを信じたいと思ったように……そう、サリエリとモーツァルトが互いを尊敬していたという話ね」

真帆「それと同じように、私はあなたのことも信じたいと思ってるのだから」

真帆「あなたにも、私を信じて欲しい……ってのは、ちょっと言いすぎかしら」

倫子「ううん! そんなことないよ」

真帆「(……昨日と同じ話をしても新鮮な反応が返ってくる。これはやっぱり……)」

倫子「嘘みたいな話だけど、聞いてくれる?」

真帆「ええ。どんな話でも信じるわ」


・・・

真帆「信じられない……」

倫子「信じてくれるって言ったのに」ムーッ

真帆「でも、信じないわけにはいかないわよね。こんなものを見せられたら」



ラジ館屋上


真帆「本物のタイムマシン……」

鈴羽「あんまり部外者に見せるのはよくないと思うんだけど、リンリン?」ムッ

倫子「鈴羽はまだ知らないだろうけど、この人も私たちの味方だよ。少なくともこの世界線ではそれが確定してる」

鈴羽「ふーん? まあ、リンリンが言うなら信じるけどさ」ジトーッ

真帆「あなたが私を警戒するのもよく分かる。でも、鈴羽さんとかがりさんが未来から来たってことで色々合点が行った」

真帆「紅莉栖があなたと仲良くなれた理由、とかもね。まさか別の世界の紅莉栖とは思わなかったわ」

倫子「……うん」


真帆「紅莉栖のノートPCとポータブルHDDに入ってるのが、タイムマシンに関する論文だったなんてね」

倫子「だけど、パスワードがわからないんだよね……」

真帆「えっ? パスワードは岡部さんが教えてくれたじゃない」

倫子「え? そ、そうなの?」

真帆「そっか、あなたは別の世界線の岡部さんだったわね。この世界線では、私と橋田さんの2人だけがパスワードを知ってるわ」

倫子「……それ、誰にも言っちゃダメだよ。もちろん、私にも」

真帆「なるほどね、わかったわ」


倫子「これで私は、あなたを巻き込んでしまった。多分もう逃げられないよ」

真帆「……構わないわ。私の人生すべてを、紅莉栖を助けるために捧げることをここに誓う」

倫子「……ありがとう」ウルッ

真帆「それで、今後は何をすればいいのかしら? 泣き虫リーダーさん?」ニコ

倫子「……うん」グシグシ

倫子「えっと、この世界線の確定した未来としては、2025年に私が死ぬこと、2036年にダルがタイムマシンを完成させて娘の鈴羽を過去に送ること、がある」

倫子「でも、言ってしまえばそれだけなんだ。過程は変わる。タイムマシンの性能だって変わるはず」

倫子「そうすれば、この世界線の未来が影響を与える、どこかの世界線の過去が変わるはずなの」

倫子「注意すべきは、他の組織にタイムマシンを横取りされたりして確定した未来が変われば、世界線が変わってしまうこと。それだけはなんとしても防がないといけない」

倫子「この制限の中で、真帆ちゃんには紅莉栖の研究を引き継いでタイムマシンを完成させてほしい」

真帆「……条件が2つあるわ」

倫子「うん、言って」


真帆「ひとつは、このタイムマシンを調べさせてほしいってこと」

鈴羽「あたしの監督下でなら許可するよ。タイムパラドックスになりかねない部分を触られたら困るから」

真帆「それでいいわ」

倫子「……もうひとつは?」

真帆「あなたのこと、倫子、って呼ばせてもらう。初めて会った時以来ね」

真帆「あなたは私を、真帆って呼びなさい」

鈴羽「ちょっ! ズルイよそれは!」

真帆「何がズルイのよ。あなたたちだって、あだ名で呼んだり下の名前で呼び合ってるじゃない」

鈴羽「それは、そうだけどさぁ」グヌヌ

倫子「わかったよ、真帆ちゃん」ニコ

真帆「ちゃん付けするなと!! 言ってるでしょーが!!」ウガーッ

倫子「ふふっ。よろしくね、真帆」ニコ

真帆「……まったく。よろしくね、倫子」ニコ


ガシッ!!


私は弱い。

その弱さを仮面<ペルソナ>で隠さなければ生きていけない。

誰かを頼らなければまともに前を向くことすらできない。

だけど、真帆となら、みんなとなら、到達できるかもしれない。

鳳凰院凶真なら、あるいは。

大事なことを思い出してくれるかもしれない。

途切れそうな意識を繋ぎとめてくれるかもしれない。

たとえそれが既に現実でなくなってしまったとしても。

なかったことになっていたとしても。

あの、かけがえのない夏の日々を。

仲間たちとの想い出を。

――なかったことに、してはいけない。

未来ガジェット研究所


真帆「ね、ねえ、ちょっと、あんまりくっつかないで欲しいんだけど……」

倫子「未来でね、真帆に世話になったから……。真帆のおかげでここまで戻って来れたからっ」ダキッ

真帆「うぅ、未来のことを引き合いに出されると何も言えない……」

倫子「(また脳を借りるね。真帆の未来……大丈夫、私がタイムリープしてきたことで過程が変わったとしても、やっぱり2036年まで安全みたい)」

真帆「倫子が同性愛者なのを忘れていたわ……別に構わないけれど」ハァ

倫子「はぁ~……こうやってモフモフしてると癒されるぅ……」モフモフ

真帆「や、やめなさいっ! お願いだから、真面目な話をして頂戴っ! ///」

倫子「敵は紅莉栖の記憶データを所持している。記憶適性のあるかがりを誘拐されたり、ノートPCのパスを知られたりしたら負け。そうならない対策を立案しないといけない」

真帆「急に真面目になるなぁっ!!」



鈴羽「イライライライライライライライラ」


ガチャ

ダル「呼ばれたから来たのだぜ、オカリン。どうしたん……おっと、お取込み中だった?」

真帆「ち、違うから!」

まゆり「あれれ~、何をしてたのかな~?」ニコニコ

真帆「何もしてないってば!」

るか「不潔です……」

かがり「ふけ、つ? ってなあに?」

フェイリス「戻ったニャ! わざわざみんなを呼びつけてなんのお話かニャ?」

倫子「みんな、もう遅いのにありがとう。その前に、鈴羽」

鈴羽「……あ?」イラッ

倫子「鈴羽は……私のこと、どう思ってる?」

鈴羽「世界一素敵な女性だと思ってますけどそれが何か?」イライラ

倫子「お、怒ってる……。いや、そうじゃなくて、過去へ跳ばない私を半年間見続けて、私をどう思ってたか、率直な言葉を聞かせて欲しい」

鈴羽「……正直言うと、腹が立ってしょうがなかった」

フェイリス「っ! スズニャン、あんまり変なことを言うと――」

倫子「いいの、フェイリス。大丈夫だから」


鈴羽「あたしはリンリンが大好きだった。父さんや母さんたちと囲まれて過ごした数年間は今でもあたしの宝物だ」

鈴羽「だけど、リンリンは椎名まゆりを庇って死んだ」

まゆり「…………」

鈴羽「あたしは椎名まゆりを憎んだ……けど、もっと根本的な原因があるって父さんから教わった」

鈴羽「β世界線の収束。第3次世界大戦が起きる限り、岡部倫子は2025年に死ぬ」

鈴羽「それだけじゃない。未来の世界では、誰も彼もがつらい思いをしている。母さんみたいに無惨に殺されてしまうかもしれない」

鈴羽「それでもあたしたちは、必死になって生きていた」

鈴羽「そして、そんな世界を変えられるのは2010年のリンリンしか居ない……それなのに、弱音ばかり吐いて、自分だけがつらい、みたいなことを言って」

倫子「…………」ウルッ

ダル「ちょ、鈴羽……」

倫子「う、ううん、ごめん。続けて」グシグシ


鈴羽「もちろん、今のリンリンのこと、あたしだってよくわかってる」

鈴羽「本当につらい経験をしたことも、あたしのせいで心を壊してしまったことも」

鈴羽「それでも、リンリン以外に頼れる人は居ないんだ……」ギリッ

鈴羽「あの時、椎名まゆりに邪魔されずに、リンリンをぶん殴って過去へ連れていけたらって……」

鈴羽「何度も後悔して、その結果が今なんだって思うとたまらなく悔しくて……」

倫子「……タイムマシンがある限り、時間は関係ないよ」

鈴羽「え……?」

倫子「後悔してるなら、私を殴ってほしい。あなたの信じた"私"を信じるなら、この私を殴って」

鈴羽「…………」

まゆり「す、スズさん、やめて! オカリンは……」

倫子「いいの、まゆり。これが半年間、止まり続けた私と鈴羽の時間を動かす、唯一の方法なんだから」

鈴羽「……確かに、そうだね。じゃあ、本気で行く」グッ

倫子「うん……」ゴクリ

まゆり「だ、だめぇっ!」


鈴羽「せいっ――――!!」スッ

トス

倫子「(ヒッ……あ、あれ? 痛くない? お腹に鈴羽の拳が当たってるけど、寸止め?)」

まゆり「やめて……」ギュッ

鈴羽「……いいよ、椎名まゆり。結局はあたしの弱さだったんだ」

鈴羽「どのみちあたしは、椎名まゆりに邪魔されるまでもなく、リンリンを殴るなんてこと、できなかった」

鈴羽「馬鹿だよね……ごめんね、"父さん"……」

ダル「……そんなことしなくてもさ、オカリンはオカリンなのだぜ」

鈴羽「えっ……?」


ダル「なあ、オカリン。このラボの所長は誰なん?」

倫子「……私」

ダル「ラボメンナンバー002は?」

倫子「……まゆり」

まゆり「……まゆしぃは、人質なので」

ダル「そしてラボメンナンバー003こと天才スーパーハッカーの僕、橋田至な。高校時代からのオカリンの右腕の」

倫子「ダル……?」

ダル「ラボメンナンバー004を助けにいくんだろ? それが僕たちラボメンなんだろ?」

倫子「でも、ダルもみんなも、ラボメンだった紅莉栖のことは覚えてないはずじゃ……」

倫子「(だからこそ私は今日の今日までずっと悩んで、苦しんできたんだ。誰もラボメンナンバー004のことを覚えていないから、誰にも相談できなかった)」

倫子「(たとえ話したところで理解は不可能だと……私はずっと孤独なままなのだと……)」

倫子「(――そう、勝手に思い込んでいた)」


フェイリス「覚えてニャくても、アカシックレコードの深淵で繋がってるのニャン!」

るか「阿頼耶識<あらやしき>の中に、ラボメンとしての倶有の種子<くゆうのしゅうじ>が存在しているのかもしれませんね」

鈴羽「ラボメン……か。リンリン、あたしは多分、色々間違ってた」

鈴羽「未来のことも、世界のことも、きっと、今のリンリンにとってはどうでもいいんだ」

鈴羽「だってそれらは、まだ観測されてないんだから。可能性がある限り、確定はしないんだから」

倫子「……私ひとりじゃ、無理だよ。力を貸してほしい」スッ

鈴羽「リンリンの手を握るの、半年振りだ」スッ


ガシッ!


倫子「……あの時掴めなかった鈴羽の手、今なら握り返せる」ギュッ

鈴羽「うん……リンリンの力になれるのなら、どんなことでもするよ」

鈴羽「牧瀬紅莉栖を救おう。ラボメンの彼女を救う、ただそれだけでいい」

鈴羽「それが、"あたしたち"のオペレーション」

倫子「……フフッ。そうだ、その通りだ。世界大戦だろうがディストピアだろうが、そんなことはどうでもいい」

倫子「――そんなことは、どうでもいいんだ」



   『だって留未穂は、凶真を守る天使なんだもん』


   『……"思い出して"ください。"本当の自分"を』


   『まゆしぃね、好きだったよ。鳳凰院凶真のことも、倫子ちゃんのことも』


   『これだけは忘れないで。いつだって私たちはあんたの味方よ』



るか「岡部、さん……?」


倫子「(凄惨な未来を見てきた私だからこそ言える……私ひとりの力で戦争に巻き込まれる人々を救おうなんて、到底できるものじゃない。でも――)」


倫子「紅莉栖は死してなお、凍える漆黒の電脳世界に封印され、悪の組織に狙われている……」

かがり「オカリンさん?」


倫子「(紅莉栖ひとりの命を救うためなら、私は、"アイツ"はきっと動ける。私ひとりじゃ無理でも、みんなの力があれば……!)」


倫子「これは、人類を救うためのミッションなどではない。牧瀬紅莉栖を蘇らせ、世界を破壊するためのミッション……」

倫子「助手の分際で第3次世界大戦の引き金<トリガー>を引くなど、もってのほかだっ! かっこいいではないかっ!」

ダル「ってそこかよ」

倫子「未来ガジェット研究所の名誉にかけて、逃げ出すわけにはいかん。ラボメンナンバー004の不手際は、我が責任だっ」


倫子「(未来を変えることができるなら。α世界線での約束を果たせるのなら……!)」


倫子「フフフ、ククク――――」




                        ふぅーはははぁ!!!!




フェイリス「……凶真ァ!!」パァァ

まゆり「オカリン……?」

倫子「違うぞ、まゆり……」ククッ

倫子「オレは、鳳凰院凶真だぁ……」ニヤリ

倫子「("鳳凰院凶真"は、弱い自分から逃げるための仮面じゃない――――)」

倫子「(深淵に封印された、真の強さを解放するための"己"なのだっ!!)」

るか「凶真さんっ!」パァァ

倫子「そうだっ! 我が名は、鳳凰院凶真っ!!」ガバッ

倫子「支配構造を覆し、世界を混沌に陥れる狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だぁっ!! ふぅーはははぁ!!」

真帆「」ビクッ

かがり「」ビクッ

倫子「ルカ子っ!! 白衣を持てっ!!」

るか「は、はいっ! おか、凶真さんっ!!」ニコ

倫子「髪型も気に入らんっ! こうしてくれるっ!」ワシャワシャ

フェイリス「ついに凶真が3000年の封印を経て、現世に復活したのニャ!!」

鈴羽「これがリンリンの真の姿……。話に聞いていた通りだ」

るか「凶真さん、白衣です。どうぞっ」

倫子「うむ!」バサッ

倫子「……これこそが我が聖なる白銀の鎧! 今この時、鳳凰院凶真はニヴルヘイムより蘇ったのだ! ふぅーはははぁ!」


るか「よかったです……凶真さんが、復活してくれて……」グスッ

倫子「……ルカ子。お前に、話がある」

るか「あ、はい……えっ?」


   『誰にもうち明けられずに届かなくても。この気持ち、抱きしめていたくて』


倫子「お前は、オレが好きか?」

るか「はい……え? えええっ!?!?」ビクッ!


かがり「…………」

鈴羽「…………」

まゆり「…………」

真帆「(え? なにこの空気? え?)」


るか「あ、いえ、えっと、岡部、さん……?」ドキドキ

倫子「凶真だ! 我が名を忘れたか、ルカ子」

るか「す、すいません、凶真さんっ」

倫子「よく聞け。オレたちは、時空を超えた、運命の絆で繋がっている!」

倫子「そこに、男だとか、女だとか、恋人だとか……そんなことは、どうでもいい。オレは、ようやく気付いた」

倫子「ルカ子が教えてくれたんだ」

るか「ボ、ボクが……?」

倫子「オレはオレであり……、ルカ子はルカ子!」

倫子「――オレの弟子だ!!」

るか「……はいっ! エル・プサイ・コンガリィ!」パァァ

倫子「コングルゥだっ!!」


フェイリス「ルカニャン、良かったニャァ♪」

かがり「…………」ニコ

鈴羽「…………」ニコ

まゆり「…………」ニコ

真帆「(なんなのかしら、この空気……)」


ダル「オカリン、ほら、ドクペ。もう随分飲んでなかっただろ?」ポイッ

倫子「フッ、さすが我が右腕。実に良き働きっ」パシッ

倫子「ごく、ごく、ごく。ぷはーっ!」

まゆり「(飲み方がかわいいのです)」 ニコニコ

倫子「クク、これこそが選ばれし者のみに許される知的飲料っ! エル・プサイ・コンウマイっ!」バサッ

真帆「……な、なんなの? どうしたの?」オロオロ

倫子「おい、そこのロリっ子!」ビシッ!!

真帆「ちょっ! 誰がロリっ子よ、誰が!!」

倫子「貴様には、ラボメンナンバー009の栄誉を与える! 以後、この鳳凰院凶真の手足となり、オレたちのオペレーションに参加するのだっ!」

真帆「運命共同体とは言ったけど、手足になるとは言ってないわよ!? それに、ラボメンナンバーって何?」

倫子「このラボの正式メンバーに選ばれた、誇り高き称号だ。光栄に思え」フッ

真帆「……ダメ、頭が痛い」ハァ


かがり「これが鳳凰院凶真……ママがいつも言ってた……」

倫子「それから椎名かがり! ラボメンナンバー002を母に持つ少女よっ!」

かがり「ふぇっ!?」

倫子「貴様は、ラボメンナンバー010<ゼロイチゼロ>だ。わかったな?」

かがり「は、はいっ!」

フェイリス「ちょっと、凶真! フェイリスたちはラボメンにはしてくれないのかニャ!?」

るか「そ、そうですよ凶真さん!」

倫子「言っていなかったか。もちろん、お前たちは既にラボメンだ」

倫子「ルカ子は006、フェイリスは007、鈴羽は008、そして今ここに居ないが、鈴羽の母親である阿万音由季は011だ! いいな!」

るか「は、はい!」

フェイリス「やったニャ! フェイリスは、フェイリスは、と~っても嬉しいんだニャ!!」ピョン!

鈴羽「……了解した」フフッ

ダル「オカリン、004と005について詳細キボンヌ。みんなに説明してあげないと」

倫子「ラボメンナンバー005は桐生萌郁……陰謀の魔の手に操られし女、いずれ救出せねばならん」

倫子「そして、ラボメンナンバー004こそ、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択……!!」

倫子「――我が助手、牧瀬紅莉栖だっ!!」


倫子「ここに改めて宣言しよう!」

倫子「本日、2011年、1月31日をもって、新たなるオペレーションを発動する!」

倫子「目的は、予定された未来の粉砕! 世界の未来そのものを覆すこと!」

倫子「ラボメンナンバー004、牧瀬紅莉栖を大いなる運命の収束から解き放つ! 時空を支配し、生命の理<コトワリ>に反逆する!」

倫子「それがっ! 我ら未来ガジェット研究所のっ、ラボメンの崇高なる使命だっ! ふぅーはははぁ!」

2011年2月1日火曜日
未来ガジェット研究所


スッ

倫子「……オレだぁ。これより、オレたちは新たなるオペレーションを実行に移す。……わかっているさ、それがいかに無謀でバカげているかなど」

倫子「だが、心配するな。未来のオレは言った。いくつもの未来のその先に運命石の扉<シュタインズ・ゲート>は待ってるのだ、と」

倫子「今のオレには優秀な部下たちが揃っている。たとえ機関の妨害に合おうとも、無駄に終わることなど無いはずだ」

倫子「何度だってやり直してやるさ……魔眼、リーディングシュタイナーの力でな」

倫子「エル・プサイ・コングルゥ」スッ


真帆「……何、それ……?」

倫子「…………///」カァァ

真帆「そう言えば、初めて『Amadeus』の"紅莉栖"に会わせた時の不審な挙動って、これだったのね……」

真帆「私に初めて会った時、私を見て昔の自分みたいだって言ってたけど、なるほど。くしゃくしゃの髪にノーメイク、だらしないインナーとパンツスタイル……それでも十分美人ではあるけど」

フェイリス「むしろそのほうが萌えると思わないかニャ?」

真帆「私には理解できないわ」

ダル「真帆たん、やめたげてよぉ。オカリンもまだ手探り状態だから」

倫子「お、オカリンではないっ! 鳳凰院凶真だっ!」ムッ

かがり「(かわいい)」

鈴羽「(かわいい)」


真帆「それで、具体的には何をするの?」

倫子「このβ世界線においても、オレが何度か世界線の変動を経験してきたことは説明したな。まずはその原因を取り除かなくてはならない」

フェイリス「原因ってなんなのニャ?」

倫子「世界線が変動するのは確定した因果に反逆した場合だ。それはつまり、タイムトラベルを利用した場合」

倫子「そして、それを可能にする理論が誰の手にあるか。これによって世界線が変動していた」

真帆「理論……」

倫子「その理論は、ひとつは牧瀬紅莉栖のノートPCとポータブルHDD内にある。そしてもうひとつは、『Amadeus』に残る"紅莉栖の記憶"の中に」

鈴羽「それと、中鉢論文。この3つだね」

倫子「だが、中鉢論文を取り消すことは鈴羽のタイムマシンを使わなければ不可能だ。故に、現状では先の2つの消去が優先される」

倫子「これが今回のオペレーションの最終目的となる」

真帆「つまり、紅莉栖のデータを消去するってこと……!? あれは紅莉栖の生きていた証なのよ!?」

倫子「"奴ら"に悪用される前に消す必要がある。安心してくれ、その先にある未来は、必ず紅莉栖に繋がっている」

倫子「それに、あいつが生きていたという証拠は、オレたち自身のここにあるだろ?」スッ

真帆「(頭……つまり、記憶の中ってこと。突然男らしくなったわね……)」ドキドキ

真帆「陳腐な台詞だけど……わかった。あなたに従うわ」

倫子「……ありがとう」ニコ

真帆「(っ!? な、なんなの、この気持ち……こんな変な人なのに……)」ドキドキ


倫子「紅莉栖のノートPCとHDDはダルが持ってるんだよな?」

ダル「うん。ホントは昨日真帆たんに渡すつもりだったんだけど、まだ僕が持ってるお」

倫子「中身だけ抜いて、安全な場所へ隔離。ノートPC自体はもしかしたら何らかの不測の事態において、交渉材料として使えるかも知れない」

倫子「無論、紅莉栖の記憶データを削除した後は、即座にノートPCとHDDは破棄だ。いいな」

真帆「ええ。でも、それは私にやらせて」

倫子「真帆、『Amadeus』が保存されているサーバーにアクセスできるか?」

真帆「出来るはずよ。橋田さん、ちょっとPCを貸してもらえる?」

ダル「一応IPがバレないように細工しておくお……おk、どうぞ」

真帆「どうも……あ、あれ? おかしいわ、アクセスできない……」カタカタ

倫子「……アクセス権限が停止されているのか?」

真帆「どういうことなのこれ。ちょっと教授に電話してみる!」prrrr prrrr

真帆「……ダメ、繋がらない。まさか、またレイエス教授に!?」


倫子「既に『Amadeus』は敵の手の中に堕ちてしまったか。今、オレのスマホに『Amadeus』アプリがあるが、これを押したら……」

真帆「繋がるか、試してみて」

倫子「……いや、ダメだ。こちらが覗かれる可能性が有る。通話した瞬間ストラトフォーの人間がここに乗り込んできて、かがりやオレが誘拐されるかもしれない」

真帆「あっ……そうね、確かに。ごめんなさい、迂闊だったわ」

倫子「別のアプローチ方法を考えよう。ダル、ヴィクコンのサーバーにハッキングしろ」

ダル「オーキードーキー。やってみる」

真帆「簡単に言ってるけど、うちの研究所のセキュリティ、結構厳しいわよ。情報科学研究所が防壁を作ってるんだから」

倫子「大丈夫だ。なんたってダルはスーパーハカーだからなっ!」ドヤッ

ダル「それを言うならスーパーハッカーな」ニッ

真帆「……私にサポートできることがあれば手伝う。内部情報も教える。色々聞いて」

ダル「おk、その辺ヨロ」

倫子「うむ。オレはその間にこっちをやろう。まゆり、そのダンボール箱を開封しろ!」

まゆり「なにかな、なにかな~。わぁ、電子レンジちゃんだ~!」

倫子「から揚げはまた今度な」フッ

まゆり「……そっか。残念だけど、また今度なら仕方ないね。えっへへ~」

フェイリス「マユシィ、嬉しそうだニャ」

開発室


倫子「さて、出来る限り電話レンジ(仮)を再現してやろう。あれは元々、ダルとオレのふたりでガラクタを適当にいじって作った奇跡の未来ガジェット8号機だ」

倫子「その上で真帆が一昨日作ったという記憶読み取り装置との合体、LHCとの連結などふたりに手伝ってもらう必要がある」


・・・


同日夜
談話室


真帆「橋田さん、あなた、すごいわ……」

ダル「ま、僕にかかればこのくらい朝飯前なのだぜ」

倫子「さすが我が右腕……! 早速『Amadeus』のデータを探してくれ」

真帆「……無い。『Amadeus』本体も、紅莉栖の記憶データも、あったはずのフォルダからなくなってるわ……」カタカタ

倫子「既に持ち出されたか……」


ダル「ん? ここ、さらに鍵がかかってるフォルダがあるお」

真帆「変ね。こんなフォルダ、今までなかったわ……」

ダル「かなり厳重なセキュリティがかかってるっぽい」

真帆「『Amadeus』はそっちに移されたのかしら。でもいったい誰が? そんな権限を持っているのは、私を除けばレスキネン教授ぐらいよ」

倫子「あの人に裏の顔があったとは信じたくないが……」

倫子「(だが、どうしてだかその疑念がぬぐえない。あるいは、オレを拷問したというストラトフォーの人間というのは……)」

倫子「ダル。そのフォルダはいったん保留だ。次は、ストラトフォーのサーバーにハックを仕掛けてくれ」

倫子「そこに紅莉栖の記憶データが保存されている可能性がある。以前ハックしたことがあるから簡単だろう?」

ダル「ちょ、オカリン、なんでそんなことまで知ってんの? エスパーかよ。あ、いや、エスパーだったんだっけ」

倫子「ククッ。オレを誰だと思っているっ! 狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真の魔眼は、常に隠された真実を見抜いているのだっ! ふぅーはははぁ!」バサッ

真帆「(うっとうしいのに、何故か頼もしく感じてしまう……)」トゥンク


ダル「……おk。ストラトフォーのサーバーに入れたお。えっと、『Amadeus』はっと……」

真帆「ちょ、ちょっと待って!? これ、人体実験のレポートだわ……!」

倫子「……ストラトフォーの行っていた、記憶の移植実験のものだな。ある人物の記憶データを別の人物の脳に定着させる実験、か」

倫子「おそらくそのリストに、椎名かがりの名があるはずだ」

かがり「えっ!?」

真帆「え、ええ。その通り……椎名かがりは適合性に非常に優れている、ですって」

真帆「だけど、最終実験までには至らなかったみたい。その直前に脱走したと書かれてあるわ。目下行方を捜索中とも……」

倫子「(オレが以前居た世界線では、『Amadeus』プロジェクトが凍結されたことで最終実験が前倒しになり、かがりが脱走するより前に紅莉栖の記憶を埋め込まれてしまったのだろう)」

倫子「つまり、この世界線のかがりの脳内には間違いなく紅莉栖の記憶は入っていない……」

真帆「でも、それ以外の色々な実験を受けているかもしれない。少し心配だわ」

かがり「オカリンさん……」

倫子「……大丈夫だ、かがり。ラボメンを他の組織の欲しいままにされるなど、この鳳凰院凶真が絶対に許さん」

かがり「う、うん」ドキッ


真帆「でも、どうやら彼ら、新しい実験に着手しようとしてるみたいよ……」

倫子「紅莉栖の記憶データを適性者以外の脳内にダウンロードする実験、と言ったところか。それが成功してしまえば、わざわざかがりを誘拐する必要も無いからな」

倫子「ダル、その紅莉栖の記憶データを削除してしまえばオレたちの勝利だ。どこにあるかわからないか?」

ダル「んー……いや、ないね。それらしいもんは見当たらない。一番怪しいのはさっきの鍵かかったフォルダ」

倫子「わかった。そこへ侵入しろ」

ダル「できるけど、これはちょっと骨が折れると思われ」

倫子「どれくらいかかる?」

ダル「わからんけど、まるっと半日以上はかかるかも。しかも敵さんにバレないようにしないとだから」

倫子「もしバレたら即ここが襲撃されるだろう。となると、やつらのアジトに乗り込んで本体を叩く方が早いか?」


ダル「アジトって?」

倫子「うちの大学の地下にストラトフォーの支部があるんだ」

ダル「ちょ!? それマジかお!? いやでもそこに居るのって普通に武装集団だったりするわけっしょ? そんなん制圧とか無理ぽ」

倫子「ならば、どうやって半日近くストラトフォーの注意を引くか……」

倫子「取りあえず、真帆はタイムリープマシン制作に当たってくれ。アレがあれば、何度でもやり直せる。情報収集には持って来いだ」

真帆「わ、わかったけど、さすがに自信が無い、というかその……」オロオロ

倫子「大丈夫だ、オレが手伝う。オレは真帆が紅莉栖の7倍の性能のマシンを完成させたことを知っている」

倫子「お前の作ったタイムリープマシンの性能はガチだった」ニッ

真帆「え、そ、そう……///」ドキドキ




鈴羽「イライライライライライライライラ」


鈴羽「リンリン! あたしに出来ることはないのっ!?」

倫子「ここがいつ襲撃されてもおかしくない。鈴羽は警戒を厳にせよ」

鈴羽「もうっ! そういうちゃんとした命令があるなら先に言ってよ! オーキードーキー!」プンプン

フェイリス「フェイリスは長期戦に備えて食料を調達してくるニャ! 甘いものマシマシなのニャ♪」

るか「あ、それじゃあボクも買い出しに行きます!」

倫子「もう夜も遅い。ふたりとも、気を付けろ。常に注意深く行動するのだ」

るか「これでもボク、男の子ですから! フェイリスさんを守ってみせます!」

フェイリス「ルカニャン、とっても頼もしいニャン!」

倫子「ああ……そうだな。お前は一人前の清心斬魔流の使い手だ」フフッ

2011年2月2日水曜日
未来ガジェット研究所


倫子「(作業に没頭し、いつの間にか夜が明けていた)」

倫子「(まゆりたちはもはやここから出ることが危険なので、窮屈だが雑魚寝してもらった。まゆりの父親を説得するのとまゆりの寝相の悪さを抑えるのに骨が折れた)」

倫子「(もしラボメンの誰かを人質に取られ、椎名かがりと交換だ、などと言われたら非常に厄介だからな。紅莉栖の記憶データを削除するまでは我慢してもらうしかない)」

フェイリス「フェイリスの家からお布団運んできてもらって正解だったニャ」

倫子「黒木さんには頭が上がらないな」

倫子「(一応、寝てる間に全員の脳を借りて未来予知をさせてもらった。今の流れではみな死亡することは無い)」

倫子「(だが、これもあまり当てにはならない。敵はかがりから未来の情報を得ている)」

倫子「(確定事項に背く行動を取られたら意味が無い上に、たとえ命だけ助かってもオレみたいに植物人間にされては本末転倒だ)」

倫子「(タイムマシン論文の取り合いをする以上、世界線の変動可能性はどんな些細な現象にも潜んでいると考えていい。慎重に行かなくては)」


真帆「……最終調整、終わったわ。これでいつでもタイムリープができる、と思う」

倫子「ああ、きっと完璧なタイムリープマシンだ。オレにはわかる」

真帆「……う、うん」モジッ

倫子「ほら。知的労働のあとにはコレを飲むがいいっ」スッ

真帆「ドクペ……。紅莉栖に薦められて飲んだことがあったわ」

倫子「何っ!? もしや、貴様もドクトルペッパリアンかっ!?」キラキラ

真帆「なにその造語……(かわいい)」ゴクゴク

真帆「もしかして、紅莉栖もここで飲んでいたり?」

倫子「ああ。やつもなかなかのドクトルペッパリアンでなぁ」ニヤニヤ

真帆「……そう」フフッ


~♪


倫子「なんだ? 外がやけに騒がしいな」

鈴羽「ああいうの、ガイセンシャって言うんだよね。靖国通りでよく見かけたよ」

真帆「でも、曲はオーケストラね。歌が付いてるからオペラ曲かしら」

倫子「(オーケストラ……?)」



~♪


Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm!

Der Arme kann von Strafe sagen,
Denn seine Sprache ist dahin.

Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm!

Ich kann nichts thun, als dich beklagen,
Weil ich zu schwach zu helfen bin.




Tips: K620 No.5
https://www.youtube.com/watch?v=M242npphgBI


倫子「(この曲……なんだ、何かが引っかかる……K6205……?)」

かがり「行かなきゃ……」スッ

倫子「えっ?」

まゆり「かがり、ちゃん……?」

かがり「私、行かなきゃ」タッ

るか「ど、どこへ行くんですか?」

倫子「(これはもしかして……!)」

倫子「マズいっ!! 鈴羽、ダル、ルカ子、かがりを止めろっ!!」

鈴羽「オーキードーキー!! いったいどうしたってんだかがりっ!! 止まれっ!!」ガシッ

るか「と、止まってくださぁいっ!」ガシッ

ダル「えと、おにゃのこに抱き着いていいん?」オロオロ

倫子「許可する! その体重で抑え込んでくれっ!」

ダル「お、おk」ギュムッ

かがり「邪魔を……するなぁぁぁっ!!!!!」ブンッ!!

鈴羽「くっ!!」

るか「きゃぁっ!!」

ダル「う、うおおおおっ!?」ズテーン!!

フェイリス「あのダルニャンが吹き飛ばされたニャ!?」

倫子「マズい……!」


鈴羽「だ、ダメだ、あたしたちでも抑えきれない……」グググ

るか「ダメだよ、かがりちゃん……」グググ

かがり「ママを助けなきゃ……ママを……」スタ スタ

まゆり「かがりちゃん、どうしちゃったのかな!? ママはここに居るよ!? だから行かないで!!」ヒシッ

かがり「こっちにも、"ママ"……でも、私のママは、"ママ"じゃない……」スタ スタ

倫子「危ないまゆり!! 離れろっ!!」

まゆり「でも、でもぉっ!!」

真帆「これがストラトフォーの人体実験の1つ、ブレイン・ウォッシング……! 特定の音楽をトリガーに行動を支配する……」

真帆「今のかがりさんは、アドレナリンが増幅して脳のセーブ機能が外れてるんだわ!」

鈴羽「洗脳状態、ってことだよね。こうなったら足を撃ち抜くしかない!」ジャキッ!!

まゆり「だ、だめだよぉっ!! かがりちゃんを撃たないでぇっ!!」

真帆「このまま無理に引き留めるのはかがりさんの身体に負担がかかるわ。最悪、脳に障害が残るかも……」

鈴羽「くっ……リンリンッ!!」

倫子「…………」


倫子「……ダル。紅莉栖の記憶データは削除できるか」

ダル「へ? ぼ、僕にハッキング関係でできないことなんかないっつーの」

倫子「わかった。一旦かがりを放せ」

るか「ええっ!?」

鈴羽「正気!?」

倫子「命令に従え、鈴羽! ルカ子!」

るか「は、はい、凶真さん……」スッ

鈴羽「お、オーキードーキー……」スッ

かがり「行かなきゃっ!!」ダッ


タッ タッ タッ


ダル「……つ、つまり、かがりたんに牧瀬氏の記憶データを入れられる前に削除しろ、ってことだよな?」

倫子「ああ。お前ならできる」

ダル「くぅ、さすがの僕もこれはアドレナリン全開じゃないと追いつかないっつーの……ちょっとガチ集中モードになるわ、全力で応援してほしい件」

フェイリス「わかったニャン! ダルニャン、がんばれニャーッ!」

ダル「っしゃぁぁぁっ!!!!」カタカタカタカタ!!


倫子「あの曲はケッヘル620、『魔笛』のナンバー5、『鳥刺しのパパゲーノ』だったんだ……かがりを陰謀の魔の手へと導く、笛の音……」グッ

真帆「倫子、どうする!?」

倫子「ダルを信じて、オレはかがりを連れ戻しに行く。ストラトフォーのアジトの場所なら、既に割れているっ!」

鈴羽「ま、待ってリンリン! 敵はおそらく武装集団だ、こっちもそれなりの準備をしないと――」


prrrr prrrr


倫子「っ!? オレのスマホに通話……タイムリープではなさそうだが……」ピッ

??『オカベリンタロウか?』

倫子「(な、なんだこの加工された声……まさか、ストラトフォーか!?)」

倫子「(どうやってオレの電話番号を……って、そうか。"紅莉栖"のログから盗み見たのか)」グッ

??『椎名かがりは我々の手中にある。交換条件は言わなくてもわかるな?』

倫子「(……記憶という不確定なものより、論文ファイルそのものを手に入れたいに決まっている)」

倫子「(いや、というより、本当はすべてのタイムマシン論文を手に入れたいんだろう)」

??『交換は明日だ。場所と方法は追って連絡する』ピッ

倫子「…………」


鈴羽「敵に牧瀬紅莉栖のノートPCを渡したところで、かがりを解放するとは思えない。たとえその中に本物のタイムマシン論文が入っていたとしても、だ」

倫子「すぐに準備しろ、鈴羽。乗り込むぞ」

鈴羽「オーキードーキー!」

真帆「駄目よ! ふたりでなんて、危険すぎる」

倫子「いや、大勢で動くよりも危険は少ない。ここは未来を知っているオレたちで立ち回った方が良い」

まゆり「オカリン……」

倫子「心配するな。鳳凰院凶真は死なない。必ずお前の娘を取り戻してくるさ」ニコ

まゆり「(……きっとね、オカリンはそう言うと思ってた。本当のオカリンは、怖がりさんのはずなのにね)」

まゆり「(ひとりでどんどん先に行っちゃって、まゆしぃはいつもそれを追いかけるの)」

まゆり「(ねえ、オカリン。知ってる? まゆしぃはね、オカリンの背中を追いかけながらね、いつもこう思ってるんだよ)」

まゆり「……置いていかれたくないな」

倫子「えっ?」

まゆり「まゆしぃも一緒に行っていい?」

倫子「っ、ダメだ! 危険すぎる! これは遊びじゃない、実戦なんだぞっ!?」

まゆり「でも、でもね? まゆしぃはオカリンの人質だから……」

鈴羽「椎名まゆり、あんまりしつこいと――」

倫子「――ふぅーはははぁ!!」

まゆり「オ、オカリン?」

鈴羽「っ!?」


倫子「お前は勘違いしているぞ! お前には、初めから選択肢などないっ!」

倫子「選択が可能なのはこのオレ、凶悪なる真実を見通す力を持った鳳凰院凶真だけなのだからなっ!」

まゆり「えっ……?」

倫子「オレも鈴羽もかがりを連れて必ず帰ってくる。人質の元に、母親の元に、必ずな」

倫子「なぜならそれが、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択だからだっ!! ふぅーはははぁ!!」バサッ

まゆり「…………」

倫子「いいか。オレたちが戻ってくるまで、決して逃げようとするなよ。居なくなったりしてみろ」

倫子「――絶対、許さないからなっ」

鈴羽「今のリンリンの台詞……」

真帆「ちょっと臭いわね」

倫子「だああっ!! 厨二病乙とか言うつもりか貴様らぁっ!!」カァァ

まゆり「……まゆしぃは、そういうセリフを言ってる時のオカリンが結構好きなのです」ニコ

倫子「ぐっ!?」

まゆり「あのね、まゆしぃね……もう、オカリンのこと、止めないよ……重荷になりたくないから……」ウルッ

まゆり「オカリンのこと、信じてるから……! もう二度と、見失いたくないから……!」ウルッ

倫子「ああ……」


倫子「ダル、スマホを常に通話状態に。逐一ハッキング状況を教えろ」

ダル「オーキードーキー!」カタカタカタカタ

鈴羽「リンリン、これを」スッ

倫子「グロック……中学の頃はモデルガンを集めたりしてたが、さすがに本物のピストルを触ったのは初めてだ」ドキッ

倫子「(……オレはさんざん世界線を変動させることで人を殺してきた。秋葉幸高も、秋葉ちかねも、天王寺綴も、天王寺結も)」

倫子「(そして、紅莉栖も……。今更、人を殺すくらいなんだっていうんだ)」

倫子「(いつまでもビビリの倫子じゃないんだ……っ!)」ギリッ

鈴羽「準備完了。リンリン、いつでも行けるよ」

るか「凶真さん……ご武運を!」

フェイリス「凶真ァ! 絶対、囚われの超時空プリンセスを取り戻してくるのニャ!」

まゆり「オカリン……」

倫子「……行こう。オレたちの大学へ。牧瀬章一と秋葉幸高、今宮綴と橋田鈴の想い出の場所へ」

倫子「オレとダルの電話レンジ(仮)、そして紅莉栖の論文……」

倫子「――タイムマシンたちが生み出される、すべての因果が集約された地へ!」

同日夜
東京電機大学神田キャンパス11号館地下2階


倫子「ここまで来たはいいが、どの部屋だ……?」

鈴羽「……思い出した。ここなら昔、潜入したことがある。外観が変わってたからわからなかったけど……リンリン、こっち!」タッ

倫子「でかした、鈴羽……っ!」タッ



電気室前


鈴羽「あたしはかがりを救出する。リンリンはサポートして」

倫子「ああ」スチャ

倫子「(拳銃が重い。大丈夫、ビビってない。ビビってなんか……ない)」

鈴羽「突入するよ。3、2、1……」


カシュ カシュ ダーンッ!!

電気室


倫子「な、なんだこれは……!?」ゾワワッ

鈴羽「……5人、死んでる。出血の状態から、おそらく死亡したのは1時間以内」

倫子「どういう……ことだ……。ま、まさかかがりが!?」ビクッ

鈴羽「銃創がある。かがりじゃないよ。奥へ行こう」

倫子「あ、ああ」ドキドキ



奥の部屋


倫子「(また死体がひとつ転がっていた。それも、見覚えのある巨体だ……)」プルプル

倫子「レスキネン教授……」グッ

??「思ったよりも早かったわね、リンコ。ここで会ったが100年目、って感じかしら」

倫子「っ!?!?」ビクッ!!

鈴羽「ッ!!!!」ガチャッ


レイエス「探しものはこれ?」

鈴羽「かがりっ!!」

かがり「…………」

倫子「(眠らされているのか……。椅子に座り、頭には私がかつて何年も被り続けていたヘッドセットのようなものを装着している)」

倫子「やっぱりあんたか、レイエス」

レイエス「あなたは……リンコ? ずいぶん雰囲気が変わってるからわからなかったわ。白衣も似合ってるじゃない」

倫子「あんたが、ストラトフォーの人間っ!!」

レイエス「勘違いしないで。ワタシはあんな野良犬とは違うわ」

鈴羽「またお前か。お前、軍人だったんだな」スチャ

レイエス「ご名答。アメリカ軍の軍人にしてDURPAの一員……って言ってもわかるかしら」

真帆『DURPA……アメリカ国防高度研究計画局? そんな、レイエス教授が……?』

倫子「(ブルートゥースの小型イヤホン越しに、ダルの携帯から真帆の声が聞こえてきた。さすが大学だけあって、地下でも電波はしっかり入るようになっている)」

レイエス「DURPAは軍とは別系統の組織よ。元々最強の軍隊、"AI戦士"を作り上げるためにストラトフォーから技術を盗もうとしていたのだけど、そこでおもしろいものを見つけたの」

倫子「……"未来少女"とタイムマシン、だな」


レイエス「軍は兵器としてのタイムマシンを欲した。どこかにあるというタイムマシンと、クリスのオリジナル論文を求めてワタシたちは動いていた」

鈴羽「ならストラトフォーを泳がせておけば良かったはずだ。どうして殺した」

レイエス「ストラトフォーにスパイとして部下を1人潜り込ませていたのだけど、バレちゃったからみんな殺したわ」

倫子「なにも全員殺す必要はなかっただろう……! レスキネン教授だって……」グッ

レイエス「アレクシスはワタシが『Amadeus』にアクセスするのに必要だったから拷問したわ。彼らのとっておきの方法でね♪」

倫子「教授に、『Amadeus』にアクセスするよう命じたのか……そんな方法が……」

レイエス「"知識は力なり"、よ。情報戦を制する者が世界を制する……単純にして真理だと思わない?」

倫子「……F・ベーコン、近代科学のパラダイムを描いた人物の言葉か。そうか、DURPAの下部組織の標語だったな……」

倫子「支配者気取りとは、実に愚かな! うぬぼれもはなはだしい!」

レイエス「気取りじゃないわ。支配者なのよ」ニヤリ


レイエス「おさげの子。その銃を寄越しなさい。シイナ・カガリに生きていて欲しかったらね」

鈴羽「かがりを殺した瞬間、お前を殺す」

レイエス「ワタシが死んだ瞬間、ワタシの仲間がここへ突入するわ。前みたいにはいかないから」

鈴羽「ぐっ……」

倫子「(さすがに集団で攻め込まれたら、オレたちも勝ち筋が無くなる可能性が高い……)」

倫子「(それに、オレの未来視によれば、レイエスがこの世界線で死亡するのはもっと先のことだ。だから、どうあがいてもレイエスを殺すことはできない)」

倫子「鈴羽……」フルフル

鈴羽「くそっ……」スッ

レイエス「良い子ね。ついでに、そこで両手を頭の後ろに置いて立ってなさい。ああ、リンコは別にそのままでいいわ」

倫子「(舐められたもんだな……)」ギリッ


レイエス「それで、リンコ。ちゃんと持ってきてくれたの? クリスのノートPC」

倫子「誰が貴様なんかに渡すものか」

レイエス「あらあら、いけない子。なら、シイナ・カガリは渡せないわ」

レイエス「じゃ、早速始めようかしら。最終実験」

倫子「っ!? 紅莉栖の記憶をかがりに入れるのか……!?」

レイエス「いいえ、"入れる"んじゃないわ。"上書き"するのよ。それがワタシたちの最終実験の真の目的」

倫子「(タイムリープとは異なる方式ということか)」

倫子「(……紅莉栖の記憶データを脳に書き戻すことに関しては、ストラトフォーではなく、すべてDURPAの仕業だったんだな。"AI戦士"を作る技術の応用だったのだろう)」

倫子「(ラボに襲撃してきたのはレイエスと米軍……。あの時『Amadeus』を通してオレたちを監視していたのはDURPAだった)」

倫子「(かがりにK6205なんていうふざけたコードネームを付けたのもこいつか? こいつがフリーメイソンには見えないが……)」

倫子「(いや、実験データはすべてストラトフォーのサーバーにあったということは、実行犯はストラトフォーなのか)」

倫子「(つまり、こいつらがストラトフォーにそういう実験をさせていた。DURPAがストラトフォーを裏で操っていたわけだ……!)」


レイエス「今までの致命的だった問題も解消した。その上、彼女の高い適性もある。今回の実験は、きっと成功するわ……」ウフフ

倫子「マッドサイエンティストの風上にも置けない、クズが……」ギリッ

レイエス「ねえ、カガリ。あなただってクリスになりたいでしょう?」

かがり「ハ……イ……」

倫子「かがり……」

レイエス「リンコ。あなただって、クリスに会いたいでしょ? クリスの記憶を持ったかがりは、クリスそのものになる。顔も似てるしね」

レイエス「そうなれば、あなただって嬉しいでしょう? クリスもきっと喜ぶわ。だってかがりはクリスのク――」

倫子「馬鹿に……するな……」ボソッ

レイエス「え? なあに?」



倫子「――――ふっざけるなああああああっ!!!!!!!!!!!」


倫子「牧瀬紅莉栖を馬鹿にするなっ!!! この鳳凰院凶真を、愚弄するなああっ!!!」

レイエス「そ、そう。あなた、まるで別人になったみたいね、少しビックリしちゃった」

レイエス「まあ、どうでもいいわ。カガリがクリスへと生まれ変わる様を、そこでじっと見守ってなさい」スッ


倫子「ダル! まだなのか!!」ヒソヒソ

ダル『もうちょい……もうちょっとなのだぜ……』カタカタカタカタ

鈴羽「リンリン。場合によっては、プランBだ。かがりを見捨てる」

倫子「……かがりを、殺すんだな」

鈴羽「たとえ記憶がかがりにダウンロードされても、死ねば有用に使えない。父さんのハッキングが気付かれる前に処分しないと」

倫子「……くそっ。くそおおおおおおっ!!!!!」


レイエス「それじゃ、サヨナラ。カガリ……」スッ


鈴羽「―――っ」ダッ

レイエス「なんてね」BANG!!

鈴羽「ぐっ!!」バタッ

倫子「鈴羽ぁぁっ!!」

レイエス「まあ、そう来るわよね。一瞬の隙をついての行動……中々に訓練されているじゃない。あなた、やっぱり只者じゃないのね」

レイエス「でも、今日はワタシの勝ち。前にワタシを蹴り飛ばした恨み、晴らさせてもらったわ」

倫子「鈴羽……鈴羽ぁっ……」ウルッ

レイエス「あとはこのエンターキーを押せば、世界が変わる……」スッ

倫子「まだ……まだ、オレが居るっ!!」プルプル

レイエス「……日本の一般人に銃は撃てないわよ。撃てたところで、ワタシより早く抜けないわ」

倫子「馬鹿にするなと……言っているだろうっ!!!!!!」ガチャッ


BANG!!


倫子「――がはっ!!」バタッ

倫子「(あ、足を撃たれた……、立てない……! 痛い、痛い痛い痛いっ!!!)」ウルッ

レイエス「馬鹿の一つ覚えみたいにまあ……安心しなさい、急所は外しておいてあげたから」

レイエス「あなたにはまだ別の方向で利用価値がある。その可愛らしさを活かす方向と、脳機能の特殊性を究明するのと、どっちが良いかしらね」ウフフ

倫子「(くそぅ……オレが動いたのに、ダメなのか……ビビらず動けたとしても、オレにはどうすることもできなかったのか……)」ポロポロ

レイエス「それじゃ、今度こそ」カタッ

かがり「…………」

レイエス「……? ど、どういうこと? どうして反応しないの!?」

倫子「(……な、なんだ? 何が起こった?)」

レイエス「まさか、またあんたなの……『Amadeus』、"クリス"……ッ!!!!!」

倫子「("紅莉栖"が!? 電脳の存在のあいつが、抵抗しているというのか……?)」ドクン

レイエス「どこまでもワタシをバカにしてぇっ!!! いい加減にしなさいよぉっ!!!」

かがり「オカリン……さん……!?」

倫子「か、かがり!! 気が付いたか!! こっちへ!!」

かがり「は、はいっ!!」タッ

レイエス「――っ!!」ガチャッ


BANG!!


カラカラカラ……

倫子「(レイエスの拳銃がリノリウムの床を回転しながら滑っていく……こ、これは……)」

レイエス「くっ……!!」

鈴羽「それ以上動くな……」スチャ

倫子「(鈴羽がレイエスの銃を狙い撃ったのか!)」

かがり「鈴羽おねえちゃん!」

倫子「鈴羽っ!? 大丈夫だったのか!?」ウルッ

鈴羽「ギリギリで急所を逸らした……心臓を狙われたけど、弾が当たったのは利き腕じゃない左肩だ」

鈴羽「形成逆転だな、レイエス」ジャキッ

レイエス「ワタシ、小型爆弾をポケットの中に持ってるの。奥歯をちょっとだけ噛みしめれば、それで起爆するのよ」

倫子「いつの冷戦時代のスパイ映画だ……古臭すぎてカビが生えてるぞ」

鈴羽「ハッタリだ」

レイエス「そう思うなら撃てばいい」

倫子「待て、鈴羽。かがりの回収には既に成功している。今はダルを信じよう」

倫子「(爆弾はどうせハッタリだが、ここで鈴羽が発砲してもおそらく奴を無力化できない。そういう風に収束する)」

鈴羽「……オーキードーキー」


レイエス「良い子ね。3人ともそこで見守ってなさい。これからワタシが天才に生まれ変わるから」スッ

倫子「お、お前……何をするつもりだ……!?」

レイエス「"クリス"、聞いてる? あなたも、カガリじゃなければいいんでしょ? それにもう、抵抗する力なんて残ってないんじゃないのかしら?」ウフフ

レイエス「実験は既に成功している。適性の無いワタシでも、成功率は極めて高いわ! あはははは!」

レイエス「今からワタシは時間を支配する存在へと昇華するのよぉ!」

倫子「(なんだあいつ……自分に酔ってる? この部屋に漂う血と硝煙の臭いに当てられているのか……?)」

ダル『よっしゃ、キタキタキタ!!』

倫子「ダル!? 早くファイルを!!」

ダル『あった! マジであったぞオカリン!』

レイエス「さあ、今度こそエンターキーに働いてもらうわよ!」スッ

倫子「消せ、ダル! 頼む! 紅莉栖を―――!!」

倫子「あいつを解放してやってくれぇぇっ!!!!」

ダル『オーキードーキーッ――――!!』



カタッ


倫子「…………」

鈴羽「…………」

かがり「…………」


レイエス「…………」ガクッ


かがり「オカリンさん……その人は……」

倫子「……早かったんだ、ダルのほうが。フォルダ内にデータは1ビットだって残ってなかった」

倫子「それをレイエスは自分の脳に"上書き"したんだ……追加するのではなく、"上書き"を……」

倫子「元々消える予定だったレイエスの記憶に、無が上書きされた。結果、そこには何も残っていない」

倫子「奴は生ける屍と化したんだ……」

レイエス「…………」

倫子「ダル……よくやった……終わったよ、何もかも……」グスッ

鈴羽「……行こう、リンリン。もうここに居る意味はない。早くあたしたちの治療をしないと」

かがり「オカリンさん、私が肩を貸すね」

倫子「ああ……頼むぞ、ラボメンナンバー010」




倫子「また会おうな、紅莉栖……」

2011年2月6日日曜日
未来ガジェット研究所


まゆり「はい、あんよがじょうず、あんよがじょうず♪」

倫子「ひぎっ!? い、いててて……まだリハビリは早いんじゃないか、まゆり……」

まゆり「ほーそーいいんはほろびぬ。なんどでもよみがえるさー! でしょ?」ニコニコ

倫子「こいつ……。それで、鈴羽はもう大丈夫なのか?」

鈴羽「まだ完治してないけど、あたしは慣れてるから。利き腕じゃないし、生活には支障は無い」

倫子「慣れるとかそう言う問題なのか、これ……」


あれから数日。

現在大学の地下は、危険物取り扱い実験の失敗のため、という名目で封鎖されているらしい。おそらく米軍かストラトフォーによって処理されたのだろう。

『Amadeus』は完全に消去され、今やタイムマシン論文は我が未来ガジェット研究所にあるものと、ロシアに渡った中鉢論文の2つになった。

ストラトフォーもDURPAも米軍も、これ以上タイムマシンに手を出すことはきっと無い。ノートPCとHDDも廃棄したしな。

と言っても、世界線が変動したわけじゃない。

オレが拷問を受けたという世界の流れと、タイムマシン論文の所在やかがりの誘拐の有無に関して、大して変わったわけじゃないんだ。

だが、オレは捕まらなかった。支えてくれる仲間たちも居る。今なら世界線を良い方向に変動させることができる。

オレはもっと早く気づくべきだったんだ。シュタインズゲートを目指すことは無駄じゃない。

巡り巡って、意志は継続していくんだから。


鈴羽「それにしても、あれはなんだったんだろう。レイエスが牧瀬紅莉栖の記憶をダウンロードした時にうまくいかなかったのは」

かがり「……あの時、声が聴こえたような気がするの」

フェイリス「声?」

かがり「うん。頭の奥で、誰だかわからないけど"ダメーっ!"って」

真帆「アマデウス……もしかしたら、"紅莉栖"が最後の最後で自分の記憶をかがりさんに上書きされるのを拒んだんじゃないかしら」

倫子「シリコンの上に魂が宿っているのだとすれば、あるいはそうなのかもしれないな」

真帆「魂なんてものを真面目に議論する日がこんなに早く来るとは思わなかったわ。未だに超素粒子、OR物質とかいうシロモノは信じてないけれどね」

真帆「でも、『Amadeus』には人間と同じように意志があった。だったら、自己防衛本能のようなものがあってもおかしくない」

倫子「ああ。きっとあれは"紅莉栖"が……紅莉栖の意志が、オレたちを助けてくれたんだ」


ダル「それで、オカリンも回復してきたことだし、次はどうするん?」

倫子「そうだな。だがその前に、オレから皆にプレゼントがある。受け取るがいい」

真帆「これは……バッジ? OSHMKUFAHSA……」

倫子「ラボメンバッジ。オレたち全員がこのラボのメンバーである証だ」

まゆり「まゆしぃがね、足が痛いオカリンの代わりに露天商さんに頼んで作ってもらったのです」エヘン

倫子「助けがほしいときはそれを握りしめ、"ラ・ヨーダ・スタセッラ"と唱えるがいい」

真帆「は、はぁ……」

倫子「萌郁については真帆から聞いた通り、SERNの二重スパイとして活躍してもらっている……ということにしておこう。いずれ完全に我らの軍門に下らせてやる」

鈴羽「8番目のAはあたし、阿万音鈴羽のことだろうけど、最後のAは……」

倫子「無論、ラボメンナンバー011、阿万音由季だ。今日もバイトで不在だが、そこはさすがバイト戦士の母、バイト狂戦士<バーサーカー>と言ったところか」

倫子「彼女もまた我がラボに不可欠な人物だからな。そうだろ、ダル?」

ダル「えっ!? あ、うん。そ、そそ、そうなんじゃね?」アセッ

倫子「キョドりすぎだっ!」

鈴羽「そっか……」ギュッ

かがり「えへへ、私の宝物、ひとつ増えたよ! 鈴羽おねえちゃん!」ニコ


真帆「紅莉栖と倫子が仲良くなった理由がようやくわかってきた気がする」フフッ

かがり「私も、ママがオカリンさんをずっと好きだったの、わかるな……」

まゆり「か、かがりちゃん。違うよ、まゆしぃは、オカリンの人質だからねっ」アセッ

かがり「えー? じゃあオカリンさんは私がもらっちゃおうかな♪」ダキッ

倫子「お、おいっ」

まゆり「はわわぁ、オカリンがまゆしぃの義娘になっちゃうよぉ!」

倫子「いや、ならんから落ち着け」

鈴羽「ちょっとかがり! リンリンはあたしのものだよ!」ダキッ

倫子「お、お前らっ! ひっつくなっ!」

ダル「はわわぁ、オカリンがだるしぃの義娘になっちゃうよぉ!」(裏声)

倫子「ならんと言っとるだろ! この未来娘どもをなんとかしろぉ! うわぁん!!」


ああ、オレだ……。

なに? いつまで待たせる気だ、だと?

慌てるな、助手よ。今はまだその時ではない。

ククク……オレを誰だと思っている? 狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真に二言は無い。

オレは牧瀬紅莉栖を助けると誓った。だから、必ずお前を助ける。

安心して待っていろ。刻の呪縛から解き放たれるその時を。

オレの想いすべてを、仲間たちの想いすべてを、シュタインズゲートを開くために捧げよう。

――エル・プサイ・コングルゥ。

2011年12月18日日曜日
未来ガジェット研究所


ガチャ

真帆「お久しぶりね、みんな」

まゆり「わぁ、真帆さんだぁ。すごく会いたかったよ~、トゥットゥルー♪」

るか「お久しぶりです」

フェイリス「元気そうで何よりだニャ」

鈴羽「変わりないようで安心したよ」

真帆「どうせ私は小さいわよ」

倫子「もうとっくに成長期は終わっているだろう、ロリっ子よ。貴様のその姿も、あるいは運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択……」ククク

真帆「ロリっ子言うなっ!」


かがり「真帆さんっ!」ダキッ

真帆「ふぇっ!? ちょ、どうしたの!?」

かがり「1年間真帆さんに会えなくてさみしかったよぉ!」ギュッ

真帆「……ごめん。ほんとうは夏にも来たかったのだけれど、大学のほうがなかなか片付かなくて」

倫子「(ふたを開けてみればレイエス教授だけでなく、多くのヴィクコン関係者があの騒動に関わっていたらしい)」

倫子「わざわざ来てもらったのに、これから真帆の1年を無駄にしてしまうことになる。すまない」

真帆「無駄になんてならないわよ。この世界の未来が別の世界線の過去に繋がってるって言ったのはあなたでしょう?」

倫子「……クク、そうであったな」

真帆「久しぶりに倫子の"鳳凰院凶真"を聞いたら違和感がハンパないわね。普通の女子大生だった頃が懐かしい」フフッ

倫子「あ、あれはあれで黒歴史だっ!///」カァァ


オレはこの世界線で、信じることを学んだ。

仲間を信じること。自分を信じること。そして――

シュタインズゲートを信じること。

かつてのオレはシュタインズゲートを信じられなくなっていた。

どうあがいても到達不可能だと思い込んでいた。

だが、そんなのは所詮、オレの勝手な思い込みに過ぎなかったのだ。

世界は騙せる……。収束の本質は、むしろそこにある。

そして、仲間たちの支えがあれば、オレは何度でもやり直すことができる。

何度も何度もやり直して、いずれシュタインズゲートの選択をしてみせる。

――紅莉栖を救ってみせる。


『そう。世界線の変動はやってみなければわからない。そして私たちは絶対に諦めない』

『この2つの条件が揃ってるから、岡部は無限の時間をかけて世界を変えられるの』

『岡部、その"鳳凰院凶真"をずっとわすれないでね』



わかっているさ。オレを誰だと思っている。

狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真。

世界はオレの手の中にある――――


ダル「マシンを改良しといたお。過去にRINEメッセージを送る、名付けてDラインってとこかな」

倫子「SERNに捕捉される可能性は?」

ダル「ゼロパーセント。僕の情報技術をなめんなっつーの」フンス

鈴羽「抜け穴が見つからない~って何週間もうめいてたくせに」

ダル「ギクッ。まあ、性能に関しては折り紙付きだから安心してほしいのだぜ」

倫子「さすがだ、我が頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>!」

ダル「それから、あっちのほうも準備完了してるのだぜ。しかしオカリンすごいこと思い付くよな」

真帆「ええ。確かにやってみないとわからない実験ではあるけれど、少し心配……」

倫子「案ずるな。オレには確信がある」

倫子「(この確信がなんなのか、ハッキリとはわからない。あるいは、別の世界線のオレの記憶の残滓なのかもしれない)」

フェイリス「それで、今度のオペレーションはどんな作戦なのかニャ?」

倫子「クク、聞いて驚け。そしてこの狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真を心から畏れるがいいっ!」



倫子「――――Dラインを送ると同時に、タイムリープするっ!!」


どういうわけか、オレには長時間タイムリープができる確信があった。

擬似パルスを添付せずにタイムリープすれば、記憶は受信されず、オレの主観だけが安全に過去へと移動する。

完全なリーディングシュタイナーを持つオレだからこそできる技だ。同時にそれは、完全を意味していない。

わずかなバグが発生するかもしれない。そうすれば、過去へと送れる情報ははるかに多くなる。

だが、タイムリープしたことによって世界線が変動し、Dラインが送られない未来へとなってしまっては困る。

Dラインは18文字しか送れないが、あれは確実に情報を送ることができるからな。

逆に、Dラインを送ったことによって世界線が変動し、タイムリープできない未来となってしまったら詰みだ。

ならばどうすればいいか。

同時に送ってしまえばいい。


おい、モニターのそっち側に居る貴様ッ! そうだ、間抜け面の貴様だ。

世界線は確定した事象を改変した瞬間に変動すると思っているようだが、それは違う。

変動には、わずかに時間がかかっている。

もちろん、改変時点から未来方向および過去方向に向かって、波が伝播するように徐々に変化する、というわけではない。

そんなことになれば、"世界線は過去から未来までが確定している"という事実に反してしまうからな。

元の世界線から改変後の世界線へと変動するのに時間がかかる、というだけの話だ。

オレは数々のリーディングシュタイナー発動やタイムトラベルを体感してきたからこそわかる。

かつてα世界線からβ世界線へと1%の壁を跨いだ時、エンターキーを既に押していたにも関わらず、その後に発された紅莉栖の言葉をオレは鮮明に覚えている。


   『さよならぁっ!!』

   『私も、岡部のことが だ   い       す           』


改変が確定した後のほんのわずかな間、時空がゆがみ、再構成される時間が存在する。

それは、瞬き程度の時間。蝶が羽ばたく程度の時間。

1秒ほどの、世界線を超える時間。


OR物質は世界線に左右されない存在だ。

つまり、世界線の変動はOR物質にとっては関係ない。

ゆえに、この"Dラインとタイムリープ同時使用"というウルトラCを実行すれば!

Dラインを受信することが確定した世界線へと主観を移動させることが可能というわけだ。

仮にDラインが先に過去へ到着し世界線を変動させたとしても、変動しきる前にオレの意識は過去へと跳んでいる。

ゆえに変動後の世界線へと意識が受信される。

逆にDラインより先に意識が過去へ受信された場合、その後Dラインによる世界線変動が起こるな。

だが、その時オレはリーディングシュタイナーを発動するだけなので、中身は変わらない。

結局、どっちにしてもDラインを送って変動した世界線の過去へとオレの意識が跳ぶことになる、というわけだ。

真帆も言っていた通り、やってみなければわからない。失敗して、また同じ歴史を繰り返すだけになるかもしれない。

だが、可能性があるならそれに賭けるべきだ。


今ここで2010年7月28日へとタイムリープしたところでアトラクタフィールドを超える世界線変動は引き起こせないだろう。

記憶を引き継ぐことができないから、という理由だけでなく、たとえ引き継げたとしても不可能なのだ。

原因は『Amadeus』と椎名かがり。ストラトフォーがタイムマシンを狙うこととなったキッカケだ。

未来のダルの話によれば、ストラトフォーは得た情報を世界に切り売りしていたらしい。あいつらこそ第3次世界大戦を裏で操っていた黒幕だ。

かがりがレスキネンに未来の情報を教えてしまうことで、タイムマシンが夢物語でも疑似科学でもない確信を与えてしまった。

そして『Amadeus』がストラトフォーに利用されることで、オレたち未来ガジェット研究所がタイムマシンと関係していることが明らかにされてしまった。

どちらも中鉢論文あっての因果だ。中鉢論文がなければ、そもそも奴らはタイムマシンの存在にすら気づけない。

だが、『Amadeus』もかがりも、第3次世界大戦が起こるβ世界線においては確定した事項だ。未来が過去に影響しているために、どうあがいても中鉢論文は取り消せない。

シュタインズゲートへは辿り着けない。


この世界線でも『Amadeus』を削除することには成功したが、既にストラトフォーにも米軍にもタイムマシンの存在はバレている。

次の世界線では、『Amadeus』によってオレたちとタイムマシンの関係がバレないようにしなければならない。テスターはやめないとな。

加えて、幼いかがりが洗脳されてしまう未来を変える必要がある。

かがりが1998年に鈴羽と別れることなく2010年までやってくる世界線に辿り着かなければならない。

何度も言うが、そうしなければ、すべての原因である中鉢論文をどうあがいても消去することができないのだ。

かつてのアトラクタフィールドαにおいて、最初の世界線以外でオレがどうあがいてもIBN5100を手に入れられなかったように。

だからこそ、SERNに捕捉されないDラインによる世界線改変が必要、というわけだ。

そこからもう一度、オレの時を始める。


送り先は2010年12月15日、オレが元居た世界線において、ケータイの電源を切っていたことで世界線が変動したタイミング。

あれは、オレが未来からメッセージを受け取ることが確定していたのを拒否したから、世界線が変動したのかもしれない。

もちろん根本的な原因はタイムマシン論文やかがりの状態に関わるものだろうが、世界線変動の引き金となったのはやはりスマホの電源のオンオフだったはずだ。

ならば、今こそ、それを送る時。

今居るこの世界線の2010年12月15日、オレはケータイの電源を何故か入れていた。だから受信は可能だ。

意識の送り先のタイミングはDライン到着よりも前に設定したが、これはDラインによって世界線が改変される前に送る、という意味ではない。

そもそも『送る』という行為自体が改変行為なのだ。ゆえにDラインとタイムリープの受信のタイミングがどこであろうとも世界線が変動してしまうことには変わりない。

Dラインを送った瞬間、12月15日にDラインを受信することが確定する世界線へと変動する。この時、変動にわずかな時間を要する。

Dラインを送ると同時にタイムリープで意識を飛ばし、Dラインを受信するタイミングの少し前へと到着させるというわけだ。

こうしてオレは自分で送ったDラインを自分で受信することになる。ただ、未来の記憶は一切思い出せないけどな。

それでも、何かを思い出す可能性はゼロじゃない。

オレの中に眠る鳳凰院凶真は、必ずまた蘇る。不死鳥のごとく。

記憶の全てが書き換わるとしても、デジャヴみたいに心の奥で繋がれば――――


以上が、Dライン&タイムリープ同時過去改変の目的と原理だ。

で、だ。そもそも、どうやってそんなことを実現するのかという話だが。

過去へと情報を送るには、要はカーブラックホールを電子注入により裸にしたミクロ特異点へとデータを送ればいい。

それが可能なマシンは、42型ブラウン管テレビ直上にある電話レンジ(仮)と、もうひとつ存在する……。

そう、ラジ館屋上にあるタイムマシンだ。

あのタイムマシンには当然、リフターも含めたリング特異点生成装置がついている。あれを使えばいいだけの話。

タイムマシンを使ってDラインを過去へと送り、電話レンジ(仮)の改良品を使って同時にタイムリープをする。

これこそが、オペレーション・ヘルヘイムの全貌だ。


ダル「いやまさか、タイムマシンを改造しろ、なんて言われるとは思ってなかったお」

鈴羽「あのタイムマシンはもう2010年の夏へと跳ぶことはできないからね。世界改変に使えるなら本望だよ」

鈴羽「あたしは……うれしい」ウルッ

ダル「(あの鈴羽がようやく素直に涙を流してくれたお……)」

真帆「タイムリープマシンの調整、終わったわ。あとは送信タイミングの同期だけど」

ダル「それは僕のほうで制御プログラム組んどいたから、オカリンのスマホの送信ボタンと、ペケロッパに接続したキーボードのエンターキーを同時に押せば自動で補正がかかるお」

倫子「さすが我が頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>だっ!」

倫子「ではいくぞっ! 鳳凰院凶真の名において、これよりオペレーション・ヘルヘイムを開始する!」

倫子「ラボメン全員、準備はいいか!?」

全員「オーキードーキー!」




                         マッドサイエンティスト
          【世界を騙せ 可能性を繋げ 世界は欺ける】





また会おうな、紅莉栖―――――――――




カタッ


――――――――――――――――――――――――――――――――
         1.05582      ⇒      1.29848
    2011年12月18日14時22分  ⇒  2010年12月15日16時22分
――――――――――――――――――――――――――――――――

第19章 双対福音のプロトコル (♀)

世界線変動率【1.29848】
2010年12月15日(水)16時22分
柳林神社


倫子「――――――――あ、あれ? 私、何を……」スッ

倫子「(……そうだ、思い出した。今日の報告会が上手く行くように神様に頼みに来たんだった)」

倫子「でも、今の着信はなんだったんだろう。イタズラ電話かな」

倫子「まあ、いいや。ルカ子大明神様、何卒よろしくお願いします」パン パン ペコリ


   『誰にもうちあけられずに……とどかなくても……この気持ち、抱きしめていたくて……』

   『おぼえていて……くれますか……?』


倫子「(……今のは、神様の声? い、いやいや、そんな幻聴なんか聞こえるわけないって)」

倫子「ルカ子はまだ学校から帰ってきてないか……」

prrrr prrrr ピッ

Ama紅莉栖『ここが漆原さんの神社なのね。今なにしてたの?』

倫子「……報告会の安全祈願、かな」


・・・(中略)・・・


倫子「――――結局、オレが照れくさかったんだ。素直に名前を呼べなくて……」

Ama紅莉栖『照れくさかった?』

倫子「……今でも私、紅莉栖のことが好きだよ。あなたのことだって、女の子として好き」

Ama紅莉栖『なぁっ……///』

倫子「へ、へぇ。あなたも顔が赤くなったりするんだね」ドキドキ

Ama紅莉栖『あ、赤くなんてなってないし。ただ、女の子扱いされてたなんて、思ってもみなかったから……』

Ama紅莉栖『でも、その感情は危険よ。オリジナルはもう、この世に居ないんだから』


   『また会おうな、紅莉栖』


倫子「……ううん。たぶん、そんなことはないんじゃないかな。別の世界には、きっと……」

Ama紅莉栖『現実逃避……ってわけじゃなさそうか。まあ、あんたの宗教観は否定しないけど』


ピッ


倫子「通話を切って冷静になってみると……確かに、"紅莉栖"の言う通り、この感情は危険、かも、知れない」

倫子「AIの"紅莉栖"に想いを寄せるなんて、それこそ妄想の紅莉栖を創り出すことと何が違うって言うの」

倫子「……違うか。私は、本物の紅莉栖に会いたいんだ。あの箱の中から、暗い世界から、紅莉栖を引っ張り出したい……なんてね」

倫子「そんなこと、出来る訳ない、よね……」

倫子「それに、この"紅莉栖"には、別の世界線での出来事を話してしまったかもしれない」

倫子「これ以上、"紅莉栖"と話すのは、危険……?」

倫子「また、まゆりに心配かけちゃう……。私はテスターを続けるべきじゃないのかもしれない」

倫子「……テスターはやめよう。ハッキリと教授たちに、そう伝えよう」

同日 夜
秋葉原CLOSE FIELD 陸橋 UPX前


倫子「(レスキネン教授たちとの約束の時間までは、まだ少しある……)」ウロウロ

倫子「……ん? あれは、フブキとカエデさん?」

フブキ「おーい! オカリンさーん!」

倫子「ちょ、恥ずかしいからやめてっ」

カエデ「フブキちゃん、もっと大声で!」

フブキ「オ・カ・リ・ン・さ・ー・ん!!」

倫子「やめろぉ!」

カエデ「それより、大丈夫ですか? 具合悪そうですけど。もしかして、フブキちゃんの大声のせいで?」

フブキ「ちょっ!」

倫子「ううん、大丈夫。全然大丈夫だから、まゆりに連絡しなくていいから、ケータイしまって!」

フブキ「でも、つらそうだったら言ってくださいね。オカリンさんのこと心配なのは、マユシィだけじゃないですから」

フブキ「カエデちゃんだって……私だって、オカリンさんのこと……」

倫子「……うん。ありがと。嬉しい」

フブキ「……あの」

倫子「なあに?」

フブキ「――オカリンさんの好きな人って、誰ですか」

倫子「……私の、好きな人……」


   『――我が助手、牧瀬紅莉栖だっ』


倫子「うっ……」フラッ

フブキ「ご、ごめんなさい、失礼なこと訊いちゃって! あの、私――――」



ピピピ



――――

世界大戦だろうがディストピアだろうが、そんなことはどうでもいい。

紅莉栖は死してなお、凍える漆黒の電脳世界に封印され、悪の組織に狙われている。

これは人類を救うためのミッションなどではない。

牧瀬紅莉栖を蘇らせ、世界を破壊するためのミッションだ。

フフフ、ククク――――

ふぅーはははぁ!!!!

――――


倫子「――――!?」クラッ

倫子「(な、なに!? 今のビジョンは……!?)」プルプル

カエデ「オカリンさん!? 大丈夫ですか!?」

倫子「え、あ……大丈夫。大丈夫だからっ! それじゃ!」タッ タッ

フブキ「あ、オカリンさんっ!」



倫子「(今、RINEに着信があった……?)」スッ



マッドサイエンティスト
【世界は欺ける】

マッドサイエンティスト
【可能性を繋げ】

マッドサイエンティスト
【世界を騙せ】



倫子「こ、これは――――」

都内の高級ホテル レスキネンの宿泊部屋


倫子「……テスターを、やめたいです」シュン

真帆「…………」

レスキネン「…………」

真帆「いきなりそんなこと……無責任だわ!」

倫子「うぅ……」ウルッ

レスキネン「マホ、落ち着きなさい。このテストはリンコの善意で成り立ってるんだよ」

レスキネン「リンコ、ここで辞退しても無責任ということは決してないから、大丈夫」ニコ

倫子「……すみません」ペコリ

レスキネン「ざっとログを見たが、かなり頻繁に話してくれているじゃないか。それも一時は病的なまでに」

レスキネン「それがやめようと思った理由かな? "クリス"と話すのがつらくなったかい?」

倫子「いえ、その……"紅莉栖"と話すのは、とても楽しいんです」

倫子「でも、だからこそ、それが怖くて……」


真帆「…………」ムスーッ

レスキネン「分かった。テスターの辞退については、君の望む通りにしよう」

レスキネン「ただ、アクセス権は君のスマートフォンにそのまま残しておいて構わないかな? 今後、『Amadeus』と話すのも話さないのも、君の自由だ」

レスキネン「"クリス"のほうからは、君に連絡しないように言っておくから」

倫子「え……?」

レスキネン「ここだけの話、『Amadeus』はマホにとって娘みたいな存在なんだ。娘に出来た初めての友達が居なくなっては、寂しいだろう?」

真帆「教授っ!」ガタッ

倫子「……そういうことなら」

倫子「(ヴィクコンとの繋がりがあってほしいのは私もだし、これはこれでいいのかな……)」



prrrr prrrr


レスキネン「おっと失礼。ちょっと電話してくるよ。マホ、その間にリンコと仲直りしておくようにね」ガチャ バタン


真帆「……ごめんなさい。さっきは怒鳴ったりして」

倫子「私こそごめん。あなたの力になれなくて」

真帆「私の子どもと親友、両方を投げ出されたような気がして……だめね、私。自己嫌悪だわ」

真帆「今後も、気が向いたらでいいから『Amadeus』をかまってあげて」

倫子「うん……また、3人で一緒に出掛けよう? それだったら私も大丈夫かも」

真帆「それ、いいわね。あなたとも普通のお友達になりたいし。あ、あくまで普通のだからね?」ドキッ

倫子「……ねえ、聞いてもいい? 紅莉栖の母親のこと。前のATFの時、真帆ちゃんとレスキネン教授が話しているの、聞いちゃって」

真帆「ああ、あのこと……あとちゃん付けやめて……」


真帆「紅莉栖のお母さんから電話があったの。家に放火されたんですって」

倫子「えっ!?」

真帆「ちょうどその日は留守にしていたから大丈夫だったそうだけど……変なことに巻き込まれてるかも」

倫子「変な、こと……?」ドキッ

真帆「最初は地元の警察が捜査してたらしいのだけど、そのあとFBIを名乗る人たちが来たらしくて」

真帆「それに目撃者の証言によると、犯人はなんだか特殊部隊みたいだったって。すごく手際が良かったそうよ」


   『SERNは「ラウンダー」っていう名前の非公式で私設の特殊部隊を持っててね』


倫子「……特殊部隊。いや、まさか……」ゾクッ

真帆「それから……その犯人たち、ロシア語を話していたって」

倫子「――――っ!?」ドクン

倫子「(まさか、章一の亡命先、ロシアの特殊部隊が!? 第3次世界大戦は、すでに始まっている……?)」ドキドキ

真帆「……?」


真帆「それに、紅莉栖が亡くなったばかりの頃、私たちの研究室でもおかしなことがあったの」

真帆「地元警察と一緒に、日本の刑事という日本人が来たのよ。紅莉栖のデスクを荒らして……いえ、捜査して行ったわ」

倫子「(あれ? ダルに警察のデータベースをハッキングさせた時、日本警察は事件を全く捜査していなかったはず……)」

真帆「何日か経って、大学が警察に問い合わせをしたら、そんな刑事が日本から来た事実はない、って言われた」

倫子「(やっぱり)」

真帆「それだけじゃなくて、地元警察も、私たちの研究室を捜査した事実はないって」

倫子「全員偽者だったんだ……」

倫子「("警察"を名乗る人間ほど信用できないものはない……)」ギリッ

真帆「そのことがあって、私……」プルプル

倫子「……怖かったね」ギュッ

真帆「手……。岡部さん、ありがと。少し落ち着いたかも」

倫子「(私があなたと守ってあげる、とは言えなかった)」

倫子「(狂気のマッドサイエンティストのアイツなら、彼女のそばに寄り添ってあげることができたかもしれない)」

倫子「(けど、私は普通の女子大生だから……)」グッ


真帆「陰謀論を主張するわけじゃないけれど、紅莉栖の死にはなにか裏があるんじゃないかと疑っているわ」

倫子「っ……」

倫子「(何が"私があなたを守ってあげる"だ。彼女を追い詰めた犯人は……その元凶は……)」プルプル

真帆「なにかもっと別の理由で紅莉栖は殺されて、それが闇に葬られてしまったんじゃないかと、そう考えているのよ」

倫子「(……紅莉栖を殺した犯人は、私なのに)」グッ

真帆「このままじゃ紅莉栖は浮かばれないわ。私は真実を知りたい……」

倫子「(真実を追究するのが科学者……私は、真帆ちゃんに近づくべきじゃなかったんだ)」グスッ

真帆「え? だ、大丈夫? 泣かないで?」オロオロ

倫子「ごめん……ごめんね、真帆ちゃん……私のせいで……っ」ポロポロ

真帆「えっと……?」キョトン


・・・

真帆「……落ち着いた?」ギュッ

倫子「うん……」グシグシ

真帆「やっぱりあなた、何か知ってるのね」ハァ

倫子「…………」シュン

真帆「わかってるわ、今はこれ以上詮索しない」

真帆「でも、私はそれを知りたいと思っている。そのことだけは知っておいてほしい」

倫子「危険だよ……」

真帆「たとえ危険だとしても、私は……。私、紅莉栖のこと、本当に好きだったみたい」フフッ

倫子「あの子は本当に良い子だったし、本当にすごい女<ヒト>だった。私も……大好きだった」

真帆「あら、気が合うわね」

倫子「紅莉栖が生きてたら、私たちで取り合いっこしてたかもね」フフッ

真帆「簡単には渡さないわよ? なんて言ったって、私の可愛い後輩なんですから」

倫子「望むところっ」フフッ


ガチャ 

レスキネン「2人とも、よかったらこれから食事でもどうかな?」

倫子「いいんですか? ありがとうございます、教授」

真帆「岡部さん、紅莉栖の話の続きは食事の後にしましょう」

倫子「真帆ちゃんには負けないよ」ドヤァ

真帆「だから真帆ちゃん言うなっ!」ウガーッ!

レスキネン「仲良き事は美しき哉。もうすぐ春ですね」ニコニコ

倫子「(自動翻訳どうなってるの……?)」

ホテル1階レストラン


倫子「紅莉栖はカップラーメンが好き! 特に塩!」

真帆「紅莉栖はコーヒーが好き!」

倫子「紅莉栖は運痴だけど泳ぐのは好き!」

真帆「紅莉栖は政治的アピールのためのエコ活動が嫌い!」

倫子「蛇とかカエルがダメ! あとGも!」

真帆「料理が壊滅的! でも裁縫はできる!」

倫子「辛いものが苦手!」

真帆「絶叫マシンとかウォータースライダーには梃子でも乗らない!」

倫子&真帆「「ぐぬぬ……!」」

レスキネン「ふたりとも、どっちがクリスのことに詳しいかアピールはそのくらいにして、デザートにイチゴのトルテはどうかな?」


レスキネン「時にリンコ。人間と他の生き物の違いはなにか。君はどう考える?」

倫子「え?」モグモグ

真帆「これ、教授のいつもの癖だからあまり気にしなくていいわ。教授、また何か思いついたんですか?」

レスキネン「そんなところさ。いいかいリンコ、アナログで流動的なこの世界を0と1に分解し、デジタル化することができるのが人間だ」

倫子「……?」モグモグ

レスキネン「例えば、今ここにオカベ・リンコという人間が居るね。その存在は固定化されていて、突然マホになったりクリスになったりすることは無い」

レスキネン「君は昨日もリンコだったし、明日もリンコだ。そうだね?」

倫子「は、はい」

レスキネン「どうしてそれがわかるんだい?」

倫子「は……?」


レスキネン「君は今、イチゴのトルテを食べているが、そのうちのいくつかの分子は数時間もしないうちに新たに"リンコ"になる」

レスキネン「そして6年ほどで"リンコ"ではなくなってしまう」

真帆「人間の体細胞の入れ替わる周期は約5年から7年と言われていますね。もちろん、脳細胞も新しいものへと次々に更新されている」

レスキネン「それでも今まで"リンコ"は続いていた、そして今後も"リンコ"は続いていく、と脳は思考する」

レスキネン「不思議だと思わないかい?」

倫子「1秒前の私と、今の私とを繋ぐのは……"意識"?」

レスキネン「でも、我々はソレを見たことも触ったことも無い。"意識"と仮に呼んでいるものの正体とは、一体なんだろうね?」

倫子「つまり、形而上のモノを現実として認識できるのが人間だ、ということですか?」

レスキネン「そうだね! そして、それを可能にするのは言葉だ」

レスキネン「言葉による記号化がなければ、世界は混沌<カオス>のまま、無秩序のまま」

真帆「いわゆる記号論ですね」


レスキネン「生物は様々な情報を交換する。これが言語だね、もちろん犬や猫にも彼らなりの言語はある」

真帆「その意味では、言葉だけじゃなく、身振りや鳴き声、臭いや超音波やDNA配列なんかも言語化されている、と言えるわ。コンピューターでさえプログラミング言語でコミュニケーションをしている」

レスキネン「人間は口や喉などの調音点を使って様々な音のパターンを作り出し、そのパターンごとに事物や事象を当てはめていく。これによって世界を分節化していくね」

倫子「それが言葉、ですよね」

レスキネン「だが、人間の言葉が示しているのは、実は世界の事物そのものではなく、シンボルなんだ」

倫子「えっと……?」

真帆「例えば、私が今"脳"という言葉を口にしたとして、具体的な事物を指しているわけじゃない」

真帆「動物一般が所有している、頭骨に守られた器官のことを意味しているのよ」

真帆「それってつまり、脳というモノを指しているようでモノ自体を指していない……"脳と言う概念"を示しているだけってことでしょ?」

倫子「ああ、なるほどね。具体的な事象を表す言葉でも、本当に意味しているのは抽象的なものってわけか」


レスキネン「当然リンコの脳とマホの脳はまったくの別物だ。それどころか、昨日のリンコの脳と明日のリンコの脳も別物と言える」

真帆「同じ人間の脳であっても、1秒もしないうちに脳の分子組成は変化するし、電気信号のサーキットも再構築されてる」

真帆「でも、そうやって不断に変化し続けるものでも、"脳"とか"意識"という名前をつけることで、非時間的、非空間的な認識世界を創造できる、ということですよね、教授」

レスキネン「そう。人間の言語が表しているのは、現実そのものではなく、仮想の世界なんだ」

真帆「さらに言えば、複数の語が互いに関連をもってネットワーク化することで、その語の意味が明確になるの」

レスキネン「誤解を恐れずに言えば、人類はその言語社会内において、独自のヴァーチャルリアリティを共有している、とも言えるね」

倫子「世界の本来の姿……アナログで区別不可能な混沌<カオス>を非連続化して、データとして整理できるのは、人間だけ?」

レスキネン「"That's the point!"」


レスキネン「そしてそれは、過去と未来を秩序立てて認識できる、ということでもあるんだ」

レスキネン「人間以外の生き物にとっては"現在"しか存在しない。いや、あるいは人間にとっての"現在"という概念がない、とも言える」

真帆「もちろん、象の脳でもネズミの脳でも人間と同じように時間を感じているわ。主観的なスピードはそれぞれ、と言われているけどね。これに関しては目下研究中よ」

倫子「だけど、時間の概念の捉え方が異なってる?」

レスキネン「そういうことさ。我々は常に世界を0と1に分解している。そうしなければ、明日の朝食を決めることすらできないね」

倫子「時計の針が指す意味がわからないと時間を区切れず、"明日"という概念さえない……」

レスキネン「そういう意味では、タイムトラベルを正しく理解できるのも人間だけだ」

レスキネン「仮に猫が1年前にタイムトラベルしたとしても、その猫は自分が1年前に居るということを認識できない」

レスキネン「きっと、昨日まで居た環境とは別の環境に放り出された、くらいの認識しかないんじゃないかな」

真帆「猫にとっては世界は常に"現在"。猫は時間移動の観測者足りえない、とも言えるわ」

倫子「脳が認識できなければ、存在しないのと同じ……」

レスキネン「ヒト種は大脳新皮質を大きく発達させた。一般にそれは複雑な社会環境へ適応するためだと言われている」

真帆「社会脳仮説、ですね。一方で心の理論は、ヒトにおいて突然発生したのではなく、他の生物種にその原型があるのではないか、などと考えられてるわ」

レスキネン「人間は進化の結果、他の哺乳類、いや、他の霊長類にさえ無い知的能力を持っているわけだ」

レスキネン「さて。以上の議論を踏まえて、『Amadeus』は"人間"と呼べると思うかい?」

倫子「"紅莉栖"が……?」


真帆「ようやく本題ですか。長い前置きは教授の悪い癖です」ハァ

レスキネン「Haha! でも、こういう思考実験はおもしろいだろう? それで、リンコはどう思う?」

倫子「……言える、と思います。『Amadeus』も人間と同じように言葉を使って思考して、時間の概念も持っているから……」

真帆「でもそれは"そう見える"だけで、実際にはコンピューター上での演算結果に過ぎないわ」

倫子「だけど、その仕組みはまだ判明してないんだよね? 私たちの脳が"そう見える"なら、仕組みが解明されるまでは否定できないんじゃないかな……」

レスキネン「やはり、日本人はアニミズムの傾向が強いようだ。リンコはロボットアニメが好きなタイプかな?」

倫子「えっ? どうしてそれを?」

真帆「一概には言えないですよ、教授。あのね、岡部さん。キリスト教圏では特に、生命の創造に類することに反発を持つ人もいるの」

レスキネン「アイザック・アシモフはこれをフランケンシュタインコンプレックスと呼んだ。人間の尊厳を脅かす存在は、得てして害を為す不安の種となっているんだ」

―――――

   『そもそも、こんなものは無謀だ。正気の沙汰ではない』

   『何より、これは神への冒涜だ。宗教的にも倫理的にも問題がある』

―――――


倫子「あっ、この間のATFで……」


レスキネン「『Amadeus』は父なる神が創造したものでもなければ、ヒト種の母から生まれた存在でもない」

レスキネン「私とマホのチームが人工的に作り出した"箱"に過ぎないんだ」

真帆「人工的と言っても、私と紅莉栖の脳の構造を基板上で再現、模倣したものなのだけどね」

レスキネン「そう言えば、マホは以前完全にオリジナルな『Amadeus』を作ろうとしていたね」

倫子「完全にオリジナル?」

真帆「ベースとなる人間の脳構造を模写することなく、記憶も独自の偽造記憶を植え付けた『Amadeus』を開発しようとしたこともあったの。今のところ保留してるけど」

レスキネン「まだ失敗ではないのと?」フフッ

真帆「成功させるためにも、"紅莉栖"と"真帆"の研究が急務なんです! あの子たちには、わからないことが多すぎる」

倫子「でもそれって、まるで人造人間……ゴーレムみたいな……」

真帆「へえ、人間ベースの『Amadeus』には好感が持てても、オリジナル『Amadeus』には嫌悪感があるのね?」

倫子「い、いや、そういうわけじゃ……」

>>426 衍字
×レスキネン「まだ失敗ではないのと?」フフッ
○レスキネン「まだ失敗ではないと?」フフッ


レスキネン「つまり、そこに人間かどうかの線引きがあると、リンコは考えているわけだね」

倫子「……恥ずかしながら」

真帆「私からすればどちらもAIよ。私はプロメテウスになるつもりなんかないわ」

真帆「"紅莉栖"と"真帆"が人間だとするなら、私たちはそんな無機質な箱の中に"彼女たち"を閉じ込めていることになる……」

真帆「まあ、実際そのことで"本人"からたまに文句を言われるのだから厄介なんだけど」ハァ

倫子「空の無い、冷たくて暗い世界……」

倫子「(あれ……なんだろう、このイメージは……)」ブルッ


レスキネン「(さて、これで十分時間を稼げたか)」


prrrr prrrr


レスキネン「ん、ミスター・イザキ♂から電話? 私へのラブコールかな?」モッコリ

地下駐車場


プップー

井崎「レスキネン先生! それではお送りいたします、この僕のステーションワゴンで!」ドヤァ

井崎「アウディS4バンド、3リットルV型6気筒エンジンを搭載し、正規ディーラーでは軽く800万超え! 中古でも程度のいいものなら700万円に近いスポーツカー……!」キラキラ

レスキネン「ミスター・イザキ♂のハンドルさばきを見てみたいね」

レスキネン「(彼の送迎は想定外だが……まあ、構わないだろう)」

井崎「そうでしょうそうでしょう! ささ、助手クンもどうぞ!」

真帆「え、ええ。教授、お先にどうぞ。私は荷物をトランクに入れてきます」


倫子「この人は、まったく……」ハァ

井崎「しかし、キミもなかなかやるんだねぇ。意外だったよ」

倫子「はい?」

井崎「いや、教授の可愛い助手クンさ。付き合っちゃうといい」

倫子「ちょっ!? からかわないでください! そもそも、私たちは同性ですよ!」

井崎「えー? キミのこと噂になってるよ? 合コンで男たちを退けてるのはそっちのケがあるからだって」ヘラヘラ

倫子「(この男……殴りたい……!)」


井崎「ハハ、キミは潔癖だね。ただ、正直なだけじゃあ渡っていけないことってのもあるもんさ」

倫子「はぁ……」

井崎「このコネは手放しちゃいけないぜ? 彼女、なかなかの有望株らしいからな。キミの将来に直結してる」

井崎「仲が良かった研究者が死んじゃったとかで寂しがってるらしいし、チャンスだと思うけどなァ」

倫子「…………」ギリッ

倫子「……私は帰ります。秋葉原に用があるので」

井崎「んじゃ、また大学で。――あ、次のパーティー、相手は国立医学部だから、またよろしく頼むよ、ミス電大生」ヒラヒラ

倫子「(私は客寄せパンダでもキャバ嬢でもないんだけどな……)」


――カシュッ! カシュッ!


倫子「(ん? 今の音……サプレッサー!?)」ドクン


バリィィィィン!!

井崎「ひ、ひぃぃっ!? 僕の車の窓がぁぁっ!?」

バリィィィィン!!

レスキネン「――!」

真帆「きゃあ!」


倫子「(な、なに……なんなの……!?)」プルプル


コツ コツ コツ …


倫子「(柱の陰に男……あ、あいつはっ!?)」ドキドキ

カトー「……つまずきが、えーっと、あの、その、なんだっけ……あれ、私はどうしてここに……い、いや、つまずきをもたらすものが忌まわしくて……あれ、どうして銃など……」クラクラ

倫子「(あいつ、ATFの講演の時、私が異議を出した人だ……けど、様子がおかしい?)」ゾクッ

カトー「あー、そうそう、ヒンノムね、ヒンノムの谷……シリコンの上に魂は宿らない……だったかな……」ブツブツ

井崎「う、うう、うわあああ!!」ダッ

倫子「(バ、バカ! この状況で動いたら――)」

カトー「――――!」クルッ


カシュッ! カシュッ!


井崎「ひええええっ!!」ピューッ

倫子「(外した――やつが井崎に気をとられている今が逃げるチャンス!? で、でも……)」ウルッ

倫子「(足が……っ)」ガクガク

真帆「岡部さんっ! 車に乗って!」グイッ

倫子「きゃあ!?」バタンッ

真帆「教授、このままこの車で逃げます。いいですね!?」

倫子「え……えええっ!?!?」

レスキネン「私がマホを信頼しないで、誰が君を信頼するというのか」

真帆「……クッ!! どうしてこんなときにっ!!」ギリッ

倫子「ど、どうしたの!?」

真帆「……足が、足が……」プルプル

倫子「あ、足が……?」

真帆「……足がペダルに届かない」グスッ

倫子「(あー……)」


倫子「私が運転席に座る。真帆ちゃんは私の上に座って、私の足を踏んづけて操作してっ」ヨイショ

真帆「……お尻に硬いものが当たって痛いわ!」

倫子「ちょ!? ベルトのバックルだからね!? 私、女の子だからね!?」

真帆「ごめんね、足、踏むわよ!」ガッ ガッ ブルルルルン!! キュルルルルル……

倫子「うわあっ!? 急発進!?」


カトー「――っ!!」ササッ


倫子「(危うくあいつを轢くところだった……!)」ドキドキ

倫子「あいつ、なんなの!?」ドキドキ

真帆「まさか、セミナーでの腹いせ!?」キュルルルル

倫子「(真帆がハンドルを右に切った。右ハンドルのこの車は、私たちが座っている側があいつの方へと向いて――)」


カトー「――っ!!」カシュッ!!


倫子「(あ――――やばい、意識が――――)」ドクンッ!!



ドクン

ドクンドクン

ドクンドクンドクン




――――ドクン!!


倫子「(っ―――――い、息が、できな……な、なにこれ!?)」ドクンドクン

倫子「(世界が止まった……いや、スローになってる!?)」ドクンドクン

倫子「(車の動くスピードも、あいつが撃った銃の弾もゆっくり見える……ゾーンに入ったのか!?)」ドクンドクン

倫子「(……このままだと銃弾が真帆に当たるっ!)」ドクンドクン


バ―リ―ィ―ィ―ィ―ィ―ン!!


倫子「(運転席側の窓が超スローで割れた……。くそ、身体もスローでしか動かせない……っ! じれったい!)」ドクンドクン

倫子「(でも、真帆の身体を少しでも前に倒せば、ギリギリ避けられる……!)」


ドクンドクンドクン

ドクンドクン

ドクン


倫子「(世界が、元の速度に――――っ!)」ズバシュッ!!

真帆「な、なに!? 大丈夫!?」

倫子「(くっ、元に戻るのが早かったせいで、私のこめかみに銃弾がかすった……まともに当たらなかったのは収束のおかげかな……)」ズキズキ

倫子「わ、私はいいから、前だけ見て運転して……」ボタボタ

真帆「ちょ、あなた、頭から血が……!!」

倫子「私はいいからっ!!」

真帆「……あっ!!」キュルルルルル


ズドォォォォォン!!


倫子「(車が柱に激突した……)」ゴフッ

真帆「やっぱりレースゲームとは違うわね……あいたた……」

倫子「(あ……ダメ……痛すぎて意識が飛びそう……)」クラッ

倫子「あいつ、は……?」

真帆「撒いたと思うけど……って、嘘っ!? 追ってきた!?」

倫子「バックミラーに映ってるセダン、あれ、あいつが乗ってるの!? こっちに突っ込んでくる!!」

真帆「まるでジョン・カーペンターの映画だわ!」

倫子「(今から発車しても間に合わない……!)」

倫子「教授! 降りてください! 真帆ちゃん、捕まって!」ガシッ

真帆「え――きゃあっ!?」ズテーン



ドゴォォォォォォッ!!


倫子「(あいつ、あのまま突っ込んできた……イカれてる! でも、もう命は無いはず……)」

真帆「井崎さんの車、ぺちゃんこね……」


タッ タッ タッ


警備員「どうしました!? 何があったんですか!?」

真帆「すみません、警察を呼んでください! あと、消防も!」

警備員「あ、ああ! わかった!」

倫子「(あ、あれ、安心したら、また意識が――――)」クラッ

真帆「……岡部さん? 岡部さんっ!! しっかりして!! 岡部さ――――」



   『あれれ~? まゆしぃのカイちゅ~、止まっちゃってる~』

   『……死にたく……ないよ……こんな……終わり……イヤ……たす……けて……』



――――さんっ! 岡部さんっ!!


倫子「……あ、あれ……」パチクリ

真帆「岡部さんっ!! 死んじゃダメぇっ!!」ポロポロ

倫子「まほ……ちゃん……?」

真帆「岡部さん!? よ、良かったぁ……生きてる……」グスッ

レスキネン「だから言っただろう? 気を失っているだけだと」

倫子「ごめん、安心して気が抜けただけだから……私は死なないよ」ニコ

真帆「バカっ!! 人間は脳を撃たれたら死ぬのよっ!? あなたは『Amadeus』じゃないのよ!?」ユサユサ

倫子「わ、わかってるっ! だから、揺らさないで……頭に響く……」グラグラ

警官A「――……な、なんだあいつは!?」

倫子「えっ――」


カトー「……つまずきを、つま、つ、つまずき……つまずきぃ……っ!」

倫子「(腹が破れてるっ!? そんな、内臓をこぼしながらこっちに向かって……っ!)」

倫子「う、おえええっ!!」ビチャビチャ

真帆「な、なに……あれ……」プルプル

カトー「つまずきィッ!!」ガチャッ

レスキネン「――っ!」

倫子「教授っ! 逃げ――」


BANG!!


カトー「っ――――」バタッ グチャグチャッ

真帆「きゃああっ!?」

倫子「(あいつの脳が破裂した……)」オエエッ

倫子「(い、今の銃声は、いったい……?)」クラクラ

警官A「だっ、だっ、誰だ!? 勝手に発砲した者はっ!?」

警官B「じ、自分ではありませんっ!」

倫子「(警官が撃ったんじゃない? なら、一体誰があいつを撃ったんだ……?)」

レスキネン「…………」スッ





レスキネン「(私としては、リンコが『Amadeus』と仲良くなってもらわなければ困るからね)」

・・・
2010年12月16日木曜日明け方
岡部青果店


警察A「それでは、また何かありましたらすぐ連絡をお願いします」

倫子「は、はい。わざわざ送っていただいてありがとうございました」


チュンチュン…


倫子「(もう朝になっちゃった。教授たち、大丈夫かな……)」

倫子「(私の頭の怪我は警察で手当てしてもらえたから良かったけど)」

倫子「(いったい、あいつは何の目的で襲撃を? 本当に『Amadeus』に対する宗教的な反発だったのかな……)」

倫子「(……そんなレベルじゃない陰謀が影に隠れているような気がしてならない)」ゾクッ

同日夕方
未来ガジェット研究所


倫子「――ってことがあったんだ」

まゆり「オカリン……無事でよかったよぉ」グスッ

倫子「私は死なないよ。まゆりが居るからね」ナデナデ

まゆり「ふぇぇ……」

ダル「早速ネットでもニュースになってる。ただ、オカリンの説明とは色々と情報が違ってるっぽい」カタカタカタカタ

ダル「警察の発表だと、犯人は麻薬常習者で、薬物による錯乱の果ての犯行と思われる……だってお」

倫子「……情報規制? ってことは、また300人委員会あたりの陰謀……」プルプル

ダル「オ、オカリンの陰謀論好きは変わらんのぜ~あはは」

倫子「え? あっ」

倫子「(しまった、由季さんも居たんだった)」

由季「……レスキネン教授が……」ブツブツ


倫子「そういや、由季さんとまゆりはどうしてラボに?」

まゆり「あのね~、まゆしぃね、由季さんにお料理を教えてもらっているのです!」

由季「簡単なのしか教えられませんけどね。でも、まゆりさんが私をいじめてくれる、じゃなかった、教えがいがあるのは嬉しいですから」ニコ

倫子「(そういやそんなこと言ってたっけ)」

倫子「ん? まだ作ってないよね、これからだった?」

まゆり「えっとね~、ダルくんがエッチなゲームをしてたからお料理はまだなのです」

ダル「あーあーあー! 聞こえなーい!」

倫子「お前……由季さんに嫌われるぞ……」ジトッ

由季「いえ、気にしないでください。私、結構そういうゲームも大丈夫ですので」

倫子「ってか何をやってたんだ? 『監禁義妹~ひな子の×××が○○○~ あなたはお兄ちゃん? それともお姉ちゃん?』……ああ、これか」ガックリ

倫子「(いつだったか助手がラボで全力オ○ニーに励んでいたやつだ)」ハァ

由季「岡部さんもゲームされたことが!? ハードなプレイがたまらないですよねっ!!」ハァハァ

倫子「……え?」

由季「あっ」


ガチャ

鈴羽「…………」クラッ

倫子「あ、鈴羽。おかえり……鈴羽……?」

鈴羽「あっ……」バタンッ

ダル「鈴羽!? 大丈夫か?」ダキッ

鈴羽「う、うん……」クラッ

倫子「どうしたの!?」

由季「鈴羽おね……鈴羽さん、おでこ貸してください」

鈴羽「(げっ、母さん……)」ドキドキ

由季「ひどい熱、大変だわ!」

まゆり「風邪かなぁ?」

鈴羽「すぐに治すから心配しないで。ちょっとだけソファーで休ませてもらうよ」ヨイショ

ダル「あう、あう……」オロオロ


鈴羽「(くっ……頭が、くらくらする……)」

由季「すごい汗……」

倫子「買い溜めしてた薬、切らしてる……ダルは薬買いに行ってきて。私は鈴羽を着替えさせるから」

ダル「オーキードーキー!」

まゆり「まゆしぃは濡れタオルつくるね!」

由季「あ、あの、私はどうすれば……」オロオロ

倫子「あー……。由季さん、ちょっと」

由季「えっ?」

倫子「誰にも言わないで欲しいんですけど、実は鈴羽、身体に大きな傷跡があって……人に見られたくないみたいなんです」ヒソヒソ

由季「……じゃあ、私も橋田さんと一緒に買い物に行ってきますね」

倫子「すいません、お願いします」

倫子「(由季さん、あんまり驚かなかったな。もしかして鈴羽からもう聞いてた?)」


倫子「ほら、鈴羽。由季さん居なくなったから、服脱いで」

鈴羽「いや、このままでいいよ……未来の環境と比べたら、放射能も粉じんも気にせずに居られるだけマシだ」

倫子「未来のことなんて知らない。休めるなら全力で休むべきだよ」

鈴羽「……やっぱりリンリンはリンリンだね。今は過去へ行ってくれないけど」

倫子「うぐっ!? ご、ごめん……」シュン

鈴羽「あっ、あたしこそごめん。いまの、ナシナシ……」

倫子「……ほら、早く脱いで。できるだけ、身体、見ないようにするから」

鈴羽「う、うん……じゃあ、お願い……」ヌギッ

倫子「まゆり、乾いたタオルある?」

まゆり「うん、はいっ。脱いだ服は後でコインランドリーに持っていくからね」


鈴羽「うあっ、く、くすぐったいっ……」ハァ ハァ

倫子「……もしかして、未来でも私、こんなことしてた?」フキフキ

鈴羽「……懐かしいな。あれはあたしがおたふく風邪をこじらせた時だったかな」

鈴羽「あの頃はリンリンも椎名まゆりも子どもは居なかったから、みんなであたしのこと可愛がってくれたよ」

倫子「そっか……」

まゆり「じゃあ、スズさんはまゆしぃたちの子どもだね~♪」

鈴羽「……知らないことは幸福だね、椎名まゆり」ギロッ

まゆり「えっ?」

倫子「ああ、ううん。なんでもないよ、まゆり」ゴシゴシ

鈴羽「あぎぃっ!? 痛っ、リンリン、痛いよぉっ!!」


ガチャ! バタン!

ダル「ただいまだおー!」

倫子「うわ、今度はダルが汗だくだ……あれ? 外は寒いよね?」

由季「は、橋田さん、かなりの勢いで走ってたので……ハァ、ハァ……でも、こうやって走らされるのも悪くないかも……」ドキドキ

まゆり「ねえ、おかゆを作るのはどうかな?」

由季「私たちもそれ、考えていたんです。おかゆを食べたあとにお薬を飲んだほうがいいって。それじゃまゆりちゃん、早速作りましょう」

倫子「あーっ! ま、まゆりに任せるのはまだ早いから、私が由季さんを手伝うよ!」アセッ

まゆり「えー? まゆしぃなら大丈夫だよ」

倫子「……まゆりは見てるだけ。いい?」

まゆり「はーいっ!」ニコニコ


鈴羽「(ああ……なんか昔もよくあったな、こういうこと……)」

鈴羽「(10年、いや、もっと前か。あたしが具合悪くすると父さんがすぐ大騒ぎして……母さんたちがいつも落ち着かせてた)」

鈴羽「(でも戦争が激しくなった頃から、なにもかも一変してしまった)」

鈴羽「(リンリンは強盗から椎名まゆりを守るために殺されたって聞いた)」

鈴羽「(父さんと椎名まゆりはずっとずっと泣き続けて……あたしがみんなを守らなきゃって思って軍隊に入ったんだ)」

鈴羽「(リンリンが死んじゃったから、あたしは過去へ行く強い意志を手に入れた……)」

鈴羽「(そうなる前のあたしは、本当に幸せだった……)」

鈴羽「(懐かしいな、こんな温かい時間……)」

鈴羽「(このまま……)」

鈴羽「(このまま時間が止まってくれたらいいのに……)」

鈴羽「(戦争も起きずに……誰も死なずに……みんなずっと一緒にいられたらどんなに……)」


ダル「……鈴羽。具合はどうなん?」

鈴羽「……よくない」

ダル「やっぱ疲れが溜まってたんだなー。鈴羽、今までずっと休んでなかったし」

鈴羽「あたし……ここにいないほうがいいかもしれない」

ダル「うぇ?」

鈴羽「どこかで気が緩んでたんだ。父さんが居て、リンリンが居て、ルミねえさんやるか兄さんも……いつの間にか母さんまで……」

鈴羽「あたしはこの時代のリンリンと椎名まゆりに取り返しのつかないことをしたのに、リンリンはあたしを許してくれて……」

鈴羽「そのせいで、時々、任務を忘れそうになる。なんだか、この温かい時間がいつまでも続くんじゃないかって錯覚しそうになったり……」

鈴羽「このまま戦争なんて起きないんじゃないかって考えたり……普通の女の子と同じような暮らしに憧れてしまいそうになったり……」

ダル「……それのどこが悪いって言うん?」

鈴羽「え?」

ダル「時代や世界線が違ったって僕は僕だ。どんどん甘えていいんだぞ、母さんにもオカリンにも」

ダル「鈴羽は僕の、僕たちの娘だ。ずっとここに居てもいいんだよ」

鈴羽「父……さん……」



由季「まゆりマ……まゆりちゃん、これを一旦はじっこまで回すと火が付くの。そしたらこの"中火"って書いてあるところまで戻して?」

まゆり「コンロに火がつけば一緒じゃないのー?」

倫子「火力という概念があってね……」


ダル「うおっと。なんかマジレスしちゃったお。オカリーン、ご飯マダァ-? (・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン」

倫子「もうすぐだから、わからずやの鈴羽にセクハラして待ってて」

鈴羽「ちょぉっ!?」

ダル「うぉし、風邪で汗まみれになってるおにゃのこをハスハスしちゃうお! くんかくんか」

鈴羽「う……やめて」

ダル「これがイヤだったら早く風邪を治すといいお」

鈴羽「…………。分かったよ」

ダル「うは? もしかしてフラグktkr?」

鈴羽「バカなこと言ってると、治ってからひどい目に遭わせるよ?」

ダル「前は近所の公園で早朝から延々と匍匐前進させられて隣の小学校から通報されたりしたけど、今度はブーツ履いてゴリゴリ踏んづけるとかそういう系?」

由季「そ、そんなっ!? ダメですぅ! ///」

鈴羽「指とツメの間に色々刺す」

由季「ああっ! 激しいですっ! ///」

倫子「(なんで悦んでるんだこの人……)」


ダル「な、鈴羽。そろそろ教えてくんないかな? 毎日、何をしに出かけてるん?」ヒソヒソ

鈴羽「(自分に託されたかがりを過去に置いてけぼりにしちゃった、なんて父さんに言えない……けど……)」

ダル「僕にも手伝えることあるかもしんないしさ」

鈴羽「……実は、あたし以外にもタイムトラベラーが居るんだ」ヒソヒソ

ダル「な、なぬぅ!?」

鈴羽「その子を捜してるんだけど、詳しくはあとで2人きりになったら話す。椎名まゆりには聞かせられないから」ヒソヒソ

ダル「あ、うん。それでもいいけど」

倫子「ほら、できたよ」ヨット

まゆり「ラボ特製のおかゆさんなので~す! ぱんぱかぱんぱんぱ~ん♪」

由季「ちゃんと食べてくださいね? 鈴羽おね……鈴羽さん?」

鈴羽「う、うん。わかってるよ、かあ……由季さん」

由季「ふーっ。ふーっ。はい、あーん?」スッ

鈴羽「う、ぁ、い、いいよ……やめてよ……///」

ダル「鈴羽、熱のせいか顔が真っ赤だお」ニヤニヤ

まゆり「今度はまゆしぃが作ってあげるね!」

倫子「それはやめてあげて……」

2010年12月23日(祝)木曜日夜
岡部青果店 倫子の部屋


倫子「(今日から大学は冬期休業になる)」

倫子「(ラボはすっかり由季さんのお料理教室化してしまったので私は行かなくなった。失敗作を食わされるのは正直勘弁してほしい……)」

倫子「(……真帆ちゃんは大丈夫かな。本人に聞いても大丈夫としか言わなかったし、いっそ"紅莉栖"に電話して――)」


   『……テスターを、やめたいです』


倫子「(……いや、でも、いつでも通話していいって言ってたし、別にいいよね)」prrrr prrrr

Ama紅莉栖『……ハロー。テスターをやめた自分勝手な岡部倫子さん?』

倫子「ぐっ!? そ、それは言わないで、お願い……」

Ama紅莉栖『まあ、この私にカウンセラー適性が無かったことの証明になったわけだから、それはそれでいいんだけど』

Ama紅莉栖『でもこれからは、あんたのメンタルとかいちいち気にしないから覚悟しなさい』フフッ

倫子「(こ、こわぁ……)」ブルッ

Ama紅莉栖『……それで、あんたは大丈夫なの? 変な事件に巻き込まれたって聞いたけど』

倫子「う、うん。私は大丈夫、慣れてるから」

Ama紅莉栖『慣れ……?』

倫子「それより、真帆ちゃんは?」

2010年12月24日(金)午後2時
和光市駅 駅前ロータリー



倫子「(襲撃から1週間。 "紅莉栖"に確認したところ、2度目の襲撃らしいものは無く、平和そのものだったとのこと)」

倫子「(それでもまだ安心はできない。真帆ちゃんは、表には出さないけどそれなりに動揺していると"紅莉栖"から聞いたので、彼女のホテルを訪ねてみることにした)」


真帆【別にいいわよ、わざわざ訪ねて来なくても】

【"紅莉栖"に頼まれたことでもあるから。それに、友達として遊びに行ってもいいでしょ?】倫子

真帆【わかったわ。和光市の駅に着いたら電話ちょうだい】


倫子「……ってRINEをもらったから電話してるのに、一向に出ない」prrrr prrrr


   『……つまずきを、つま、つ、つまずき……つまずきぃ……っ!』


倫子「(まさか――――!)」ダッ

東縦イン 503号室前


チーン 5階デス


倫子「やっぱり出ないか……っ!」prrrr prrrr

倫子「この部屋に……真帆ちゃんっ! 真帆ちゃん居るの!?」ドンドンドン!!


ガチャ


真帆「……あ゛?」イラッ

倫子「真帆ちゃん、よかっ……」

倫子「(うっわー……目の下にクマ、髪はボサボサ、顔にはシーツの皺の跡。"残念"の権化だなぁ……)」

真帆「真帆ちゃん言うな……」イライラ

倫子「えっと、ごめん。もしかして寝てた?」

真帆「電話してから来てって言……」イライラ

ブー ブー

倫子「…………」

真帆「…………」

真帆「ごめんなさい。音量をオフにしてたわ」ハァ

倫子「何かあったんじゃないかと心配したよ」

真帆「不要な心配をかけて悪かったわ。中へどうぞ」


倫子「(部屋は滅茶苦茶汚いかと思ったけど、そこまでじゃなかった。クローゼットから色々とはみ出しているのが気になる……)」

真帆「徹夜で自分のノートパソコンの復旧をしてたの。ついさっき終わったところだったのよ」

倫子「(あの事件の時、潰れた2台の車とともに、真帆ちゃんとレスキネン教授の荷物は所轄の警察のもとに運ばれた)」

倫子「(当然、トランクに入れられていた荷物はぐちゃぐちゃになっていた)」

倫子「(そんな中、真帆ちゃんのPCバッグだけは難を免れたんだけど、警察から返却された時にはOSが立ち上がらなくなっていたのだとか)」

真帆「ハードディスクを完全にやられたわ。円高だし、ひどい散財よ」

倫子「言ってくれれば、格安で用意してあげられたのに」

真帆「えっ、そうなの?」

倫子「ダル――前に学園祭の時会ったでしょ? あいつがね、その手の業者に顔が利くんだよ」

真帆「ダル……ああ、橋田さんのこと。そっか、その手があったのね」ハァ

倫子「(……あれ? 真帆ちゃんにダルの本名って教えてたっけ?)」

真帆「じゃあ、次にああいうことがあったらお願いするわ」

倫子「えっ? 縁起でもないなぁ」

真帆「そう? この前の事件、あれで終わりだと思うほど楽天的では居られないと思うのだけど」

倫子「……なんだか、自分の命を数式で計算してるみたいな言い方だね。まるで――」


   『映画でもゲームでも、ゾンビはもう1度殺さないと』

   『お願い、岡部。私を殺して』


倫子「(……またよくわからない記憶が。なんだろう、これ)」

真帆「……紅莉栖、みたい?」

倫子「う、うん……」


倫子「あ、そうだ。今日の6時からうちのラボでクリスマスパーティーをやるんだけど、真帆ちゃんも来ない?」

真帆「もうそういう時期だったのね。気を使わなくていいわ、人間関係に煩わされるの、苦手なの」

倫子「……そっか」

真帆「気持ちだけ受け取っておくわ、ありがと」

Ama紅莉栖『ええっ!? 先輩、行かないんですか!? せっかく岡部と距離を縮めるチャンスなのに』

倫子「うおっ!? あ、真帆ちゃんのPCから……」

真帆「さっき試しに繋いでそのままにしてしまったわ……」ハァ


真帆「あのね、"紅莉栖"。そういうんじゃないって何度も言ったわよね?」

Ama紅莉栖『パーティーに着ていく服を買おうにも、服屋に着ていく服が無いんですねわかります……』

真帆「お金が無いだけよ! それに、私ひとりよそ者が彼女たちの輪に入ったら、変な気を使わせちゃうでしょ?」

倫子「そんなこと、ないと思うけどなぁ。特にまゆりとか」

真帆「いいえ、そんなことあるの。科学的にね」

Ama紅莉栖『確かに、どんなに社交性のある人でも、初対面の人にはストレスを感じるものです。あ、この場合のストレスってのはマイナスな意味じゃなくて、脳が刺激されるっていう意味の……ブツブツ』

真帆「そんなわけだから、あなたたちはあなたたちで楽しむといいわ」

倫子「……いつか真帆ちゃんが、"私たち"になってくれたらいいな」

真帆「そうね、それも悪くないかも……って、さっきから真帆ちゃん言うなっ!」

未来ガジェット研究所


倫子「うわ、サンタだらけ」

由季「準備はバッチリですよ。ハイ、どうぞこちらに」

倫子「……やっぱり?」

フブキ「やっぱり、です!」

るか「ボ、ボクもこうして、頑張ったので……」モジモジ

倫子「ルカ子までサンタコス!? ……頑張ったな、ルカ子」ウルッ

倫子「みんなが楽しんでるのに、水を差すわけには行かないか……」

カエデ「なんだかんだでオカリンさんって流されやすいところありますよね。そこがいいところでもありますけど」ウフフ

倫子「ダルと鈴羽は? このパーティー、鈴羽を笑顔にさせるためのものなんでしょ?」

まゆり「うーん、それがね、まだ連絡ないんだー」

フェイリス「サプライズを用意してるから、ダルニャンにはスズニャンをラボから遠ざけておいてもらってるんニャけど……」

フブキ「てなわけで、オカリンさんは今のうちに着替えてスタンバっちゃってくださーいっ! はい、これ!」スッ

倫子「わ、わかったよ……着替えてくるから、覗かないでよね」

開発室


prrrr prrrr


Ama紅莉栖『わぁ!? な、なに……!?』ドキドキ

倫子「(あ、いま、完全に油断してた)」

倫子「えと、一応、言っておこうと思って……」

Ama紅莉栖『……?』

倫子「メ、メリー、クリスマス……」テレッ

Ama紅莉栖『……まったく、あんたは』ハァ

Ama紅莉栖『メリークリスマス。これでいい?』

倫子「なんでそんな事務的なの?」

Ama紅莉栖『う、うるさいな。別にいいでしょ』

倫子「よくない」

Ama紅莉栖『はいはい、メリクリメリクリ』

倫子「このアマノジャク……」


倫子「もしかして、プレゼント欲しかったり?」

Ama紅莉栖『ふぇ!? い、要らないわよ! それに、何をもらってもこの空間じゃ使えないし』

倫子「真帆ちゃんに頼んでみるよ。アクセサリグラフィックのモデリングは……ダルのバイト先でも当たってみるかな」

Ama紅莉栖『いいってば! やろうと思えば自分で生成できるし、私のことよりももっと大事なことがあるでしょ?』

倫子「……マイスプーン、買ってあげる」

Ama紅莉栖『えっ……? ――ってなんであんたがそれ知ってるのよ!?』

倫子「ふふふ」ニヤリ

Ama紅莉栖『まさか、オリジナルから聞いたの!? どうしてなの牧瀬紅莉栖っ!?』

倫子「楽しみに待っててね!」ピッ

倫子「(さて、着替えるか……)」

談話室


倫子「え、えと、その……」モジモジ

まゆり「うわぁっ! かわいいよぉ~♪」

フェイリス「こ、これはちょっとヤバイニャ……宇宙の法則が乱れるニャ!」

倫子「こ、これ、露出度高くないかな……この歳で生足はちょっと……」モジモジ

カエデ「それ、生足を晒しまくってる由季さんへのイヤミですか?」ニコニコ

倫子「ぐっ!? い、いや、決してそんなつもりはっ!」アセッ

由季「もっと罵ってくださってもいいですよ」ウフフ

るか「お、岡部さんっ、ボク、そのっ……」オロオロ

フブキ「ちなみに、パンツの色はピンクでしたぜ」

倫子「はぁっ!? う、嘘を言うなぁ!!」

フブキ「あはは、ごめんなさい。ピンクなのはマユシィのでした」

まゆり「え……ええええっ!?!?」


まゆり「もう、ひどいよフブキちゃん……」ムスーッ

フブキ「ごめんマユシィ! でも、ふくれっ面のマユシィもかわいい~♪」

まゆり「もうっ! フブキちゃんなんて知らないもんっ!」プンプン

フェイリス「あ、ダルニャンから連絡……もう着く頃らしいニャ! みんな、配置に着くニャ!」

るか「みなさん、クラッカーです。どうぞ」スッ

由季「電気、消しますよ」カチッ


ダル『よーし、今から鈴羽と一緒に中へ入るぞー!』


倫子「(あいつは私と違って演技が下手だな)」フフッ


ガチャ


鈴羽「あれ? 今日は誰も来てな――――」


パン!! パンパン!! パパン!!


鈴羽「――――っ!」


鈴羽「――でやぁぁっ!!」ビュンッ!!

倫子「お、おいっ! 鈴羽っ!」

由季「きゃ、きゃぁっ!」ズテーン!!

鈴羽「――って、あれ!?」

フェイリス「ス、ストップだニャ!」

まゆり「メ、メリークリスマスだよぉ!」

鈴羽「……なに、してんの?」キョトン

倫子「クリスマスパーティーだよ!」

鈴羽「パーティー……これが、パーティー?」

由季「ご、ごめんなさい。鈴羽さんをびっくりさせようって言い出したの、私なんです」ペコペコ

鈴羽「え? あ、いや……っていうか、由季さんのそれ、ウィッグだったんだね」

由季「え……あ、ずれちゃいましたね。えと、そうなんです。えへへ」

倫子「(さすがプロレイヤー。へえ、地毛は赤みがかった栗毛色なんだ……鈴羽の毛色はダルの遺伝だったか)」


鈴羽「ごめん、火薬の臭いがしたから、つい体が反射的に動いちゃった」

ダル「いや、鈴羽は悪くないお! 僕がちょっと配慮が足りなかったお……」

鈴羽「父さ、兄さんも知ってたの? それでラジ館屋上であたしにやさしい言葉を……あ、いや……」

まゆり「ごめんね、スズさんっ! 企画したのはまゆしぃなんだよ!」

まゆり「だから、由季さんやダルくんを怒らないで! 怒るならまゆしぃにして!」

フェイリス「マユシィ! ……スズニャン、怒ったりしないでほしいニャ」キッ

鈴羽「……やだな、ふたりとも。そんなこと、しないよ」

鈴羽「(あんなことがあったんだ、信用してもらえてなくて当然か。あたしの過失だ)」

鈴羽「それじゃ、あたしはこれで」クルッ

まゆり「ど、どこ行くの、スズさんっ!?」

鈴羽「え? どこって……あたしが居たら邪魔になるだろ?」

鈴羽「(だってあたしは、嫌われて当然のことをしたから……)」

フェイリス「……ニャウゥ~!!」ガバッ

鈴羽「え、ちょっ!」

フェイリス「一緒にやろうニャ、パーティー!」ギュッ

鈴羽「ルミねえさん……」

フェイリス「フェイリスニャ!」ビシィ!!


ダル「ほら、鈴羽の席も、ちゃんと用意できてるのだぜ」ポンポン

鈴羽「兄さんも……椎名まゆりも、ルミねえさんも。母さ、由季さんも、あたしのために……」

倫子「考え過ぎないで、鈴羽。たまにはさ、おいしいもの食べて、みんなでおしゃべりしよ? ね?」

鈴羽「リンリン……」

フェイリス「はいはい、みニャさ~ん! これで、全員そろったニャ♪」

フブキ「はい、拍手拍手!」

パチパチパチ

~♪ ジングルベー ジングルベー

倫子「(ダルがBGMを用意してたんだ)」

フェイリス「それでは、今回のパーティーを企画したマユシィ、一言どうぞニャ!」

まゆり「えー、今日はクリスマス・イヴなのです。どこもりあ充さんでいっぱいだけど、今年はまゆしぃたちもパーティーをしてりあ充さんになろぉ! なのです」

フブキ「それ、リア充の意味が違うと思うけど……」

カエデ「フブキちゃん、何人もの後輩ちゃんからクリスマスデートに誘われたのよね。それはもう熱烈に」ウフフ

フブキ「うぐぅ! イヤミかぁ! 全員女の子の後輩だけどねぇ!」

倫子「あれ、そういえばカエデさん、彼氏持ちなのに今日大丈夫なんです……か……」

カエデ「…………」ゴゴゴ

倫子「(大丈夫じゃなかったー。笑顔でマグマを噴火させそう)」

ダル「リア充滅すべし。床か……フンッ!」ズドンッ!

倫子「や、やめろバカ! この床は穴が開きやすいんだよ!? ってゆーかダルもリア充でしょーが!」


るか「それじゃ、みなさん。かんぱーい」

全員「乾杯!」カチン

まゆり「はい、スズさん。これ、まゆしぃが作ったんだよ」スッ

鈴羽「あ、うん……これ、懐かしい味がする」モグモグ

まゆり「由季さんに教えてもらったのです♪」

倫子「まゆり、上達したんだね。その歳でおふくろの味を出せるなんて、すごいすごい」ナデナデ

まゆり「えっへへ~。あ、ケーキもあるから食べて食べて!」

倫子「もしかして、由季さんのバイト先のお店の?」

由季「えっ? 私がアルバイトしてるのはメイクイーンですけど……」

倫子「あ、あれ? そうでしたっけ……むむ?」

まゆり「カエデちゃんがデコレーションしてくれたんだ」

カエデ「おいしくなーれ、って、気持ちを込めてやったんだけど、あんまりうまくできなかったわ」

倫子「(うわ、なんだこのケーキ。暴力的だ)」

まゆり「カエデちゃんって、ぶきっちょさんだもんねえ。でも、そんなカエデちゃんが萌えだよー?」

カエデ「うふふ、ちっとも褒められてる気がしないわ」ニコ

倫子「(いちいち怖いな、この人……)」


フェイリス「さてさて、みニャさーん? 盛り上がってきたところで、そろそろプレゼント交換をしたいと思うんだニャ~♪」

鈴羽「プレゼント? あたし、そんなの持ってきてない……」

ダル「ああ、大丈夫。鈴羽の分は、僕とまゆ氏で準備してきたお」

まゆり「準備してきたおー♪」

フェイリス「それじゃ、順番は――――」

・・・

ダル「あ、えと、阿万音氏? どう、それ」

由季「これ、橋田さんが? 素敵なオルゴールです……大切にしますね」

ダル「う、うん。まあ、まゆ氏からアドバイスしてもらったんだけどさ」

鈴羽「あたしは、かあ、由季さんから、手編みの手袋……」

由季「下手でごめんなさい。鈴羽おね、鈴羽さん」

ダル「よかったな、鈴羽」

鈴羽「うん……あったかい……」ギュッ


フェイリス「ユキニャン、オルゴール、ちょっと聞かせて欲しいニャン♪」

由季「はい、分かりました」カチリ カチリ

カエデ「それじゃ、BGM止めますね」ポチッ

由季「いきますよー」


~♪


倫子「……この曲、どこかで。歌詞はたしか、"探しものひとつ……"」

まゆり「……まゆしぃね、この曲、大好きなんだぁ。子どもの頃、オカリンが歌ってた歌なんだよ」

倫子「え? そうだったっけ……」

鈴羽「この曲、由季さんがよく鼻歌で歌ってるやつだね」

由季「ええ、そうですね。小さい時からよく……」

鈴羽「えっと、この曲、なんて名前だっけ……ねえ、リンリン。これ、なんていう曲?」

倫子「えっ? いや、えっと……」

まゆり「うんとね、この曲は――――」


ガターンッ!!


カエデ「フブキちゃん!?」

フブキ「う……ぁ……」プルプル

倫子「うぐっ……!?」クラッ


倫子「(な、なんだ、世界が歪んで――――まさか、そんな――――)」



倫子「(リーディング――――シュタイナー――――――――――――


――――――――――――――――――――
    1.29848  ⇒  2.61507
――――――――――――――――――――

第20章 暗黒次元のハイド(♀)

ガード下


倫子「ぐっ……!」クラッ

倫子「(もう私は世界への干渉をやめたっていうのに、どうしてリーディングシュタイナーが……!)」

倫子「(……いや、理由は明白だ)」

倫子「(中鉢論文を手に入れたロシアが、半年かけてタイムマシン初号機の実験を行ったんだ。かつての私を同じように)」

倫子「(それこそ電子レンジとケータイ電話、ブラウン管テレビがあれば、学生でも過去改変できたんだ。研究設備が整っている実験施設で再現できないわけがない)」

倫子「いったいロシアはどんな過去改変を……って、え……なに……これ……」ガクガク


白人の男「…………」


倫子「ひっ、人が、し、死んでっ……!? ち、血まみれ……っ」ブルブル

萌郁「――FBの予想通り、相手はスペツナズだった。KGB<カー・ゲー・ベー>のα部隊」

萌郁「そう。目的は牧瀬紅莉栖の暗殺。今回も阻止できた」

萌郁「大丈夫。ふたりとも始末した。死体の処理を。了解」ピッ

倫子「も、もえ……?」ワナワナ

萌郁「M3。目標ブラボーは私が殺した。私たちは撤収を」


倫子「萌郁っ!? 桐生、萌郁なのかっ!?」ヒシッ

萌郁「っ!? ……初めて、名前、呼ばれた。コホンッ。こういう場では本名を呼ぶのはまずいわ」

倫子「それより、なあ! 人がっ! 人が、死んでるっ!」ポロポロ

倫子「……お前が殺したのか」ゾワワァッ

萌郁「タオルを。手、拭いて」

倫子「手……? ……うわぁぁぁぁあああああぁああああああっ!!!!!!!!!!」ズテーンッ

萌郁「っ!? 大丈夫!?」ダキッ

倫子「あ……ま、まさか、私が……こ、ころっ……!?!?」チョロロロロロ

萌郁「(あっ……失禁……)」

萌郁「……一度、私の部屋に。そこで体を洗ったほうが良い」

萌郁「血の臭いが、落ちるまで」

倫子「いったい……なにが、どうなって……」プルプル

ハイツホワイト202号室


萌郁「落ち着いた?」

倫子「あ、ああ……」プルプル

萌郁「まだ、少し震えてる」ギュッ

倫子「(お、落ち着け、私……こういう時こそ未来視……)」

倫子「……あ、あれ? できない!? ど、どうしてっ!?!?」ガクガク

萌郁「いったい、どうしたの、M3?」

倫子「そ、そう! それ! どうして萌郁は私をM3と呼ぶの!?」

萌郁「……それが、FBから与えられたコードネームだから」

倫子「FBっ!? あ、あの死んでた男は、いったい!?」

萌郁「あれはソ連のスパイ。タイムマシンの情報を独占するために私たちの正体を嗅ぎ回っていた」

倫子「ソ連……タイムマシン……何がなんだかわからない……」プルプル

萌郁「特に、あなたの正体を」

倫子「私の……?」

萌郁「リーディングシュタイナー保持者にして、タイムマシン開発に携わった人間。そして――」

萌郁「――ラウンダーとしての、正体を」

倫子「ラウン、ダー……っ!?!?」

・・・
中央通り


タッ タッ タッ

倫子「(はぁっ……はぁっ……)」

倫子「(思わず街に飛び出してきたけど……街が暗い?)」キョロキョロ

倫子「(確かに秋葉原は8時を過ぎると閉まる店が多いけど、まだ6時前だし、こんなに真っ暗だったっけ……)」スタスタ

萌郁「待って、M3! どこへ、行くの? 外は危険よ」

倫子「ひとりで考えさせて……落ち着け、落ち着いて考えて……なんで、なにが起こってる……なんでこんなことに……」ブツブツ

倫子「私がラウンダー……? そんなの、冗談にもほどがある……」プルプル

萌郁「M3らしくない。取り乱して」

倫子「……萌郁。ケータイはどうしたの? それにメガネも」

萌郁「メガネは、ラウンダーとして動く時は外してるけど、ケータイ? 持ってるよ」

倫子「そうじゃなくて! なんで普通にしゃべってるの!?」

萌郁「えっと……これまでもこうしてM3、岡部さんと、話してきた」

倫子「メールやRINEで会話したことは……」

萌郁「なに、それ? 冗談?」

倫子「…………」


倫子「どうする? こんな冗談みたいな世界線……もしこれが、アトラクタフィールド越えの大変動だったら……」プルプル

倫子「……そうだ、ラボ! この世界線のラボはどうなってる?」スタ スタ

萌郁「待って! FBからは待機命令が!」

倫子「とにかく、現状を確かめないと……」タッ タッ



大檜山ビル前


倫子「(ここまで走ってきたけど、身体が軽い? この世界線の私は、鍛えてるのかな)」

倫子「あ、あれ? あそこ、ブラウン管工房の、前に居るのって……」ドキドキ

倫子「――紅莉栖っ!!」

紅莉栖「ヒッ。お、岡部……」プルプル


倫子「紅莉栖ぅ! 紅莉栖、紅莉栖っ!!」ダキッ

倫子「(紅莉栖がっ! 紅莉栖が生きてるっ!)」ウルッ

倫子「(そっか、紅莉栖が生きてるなら、私がギガロマニアックスになってるわけがない。だから未来視ができなかった……でも、良かったぁ……)」ポロポロ

紅莉栖「ちょ、岡部! くっつかないでよ、気持ち悪い!」ドンッ

倫子「――えっ?」ツーッ

紅莉栖「はぁっ、はぁ……。セクハラで訴えるわよ」

倫子「……紅莉栖、どうしてここに?」グスッ

紅莉栖「どうしてって? 戦時下で渡航制限が厳しい中、クリスマス休暇を申請して、日本に戻って来てるのがそんなにおかしい?」

紅莉栖「Dメール実験が中途半端に終わっちゃったから、ちゃんと確かめようって思って帰ってきたのに、どうして、こんなことに……」プルプル

倫子「い、いや、そうじゃなくて――」

鈴羽「噂をすれば、ってやつか」

倫子「鈴羽っ! 良かった、鈴羽が居るってことはタイムマシンがあるんだね!」

倫子「(……でも、ここは紅莉栖が生きている世界線。過去を元に戻したら、私はまた紅莉栖を……)」

鈴羽「っ!? な、なんであたしがタイムトラベラーだって知ってる!?」

倫子「……へ?」

鈴羽「確かにラボメンのみんなには話した。岡部倫子以外のラボメン以外のみんなにはね」


鈴羽「お前はあたしの情報を、どうやって手に入れた。内通者か」ギロッ

倫子「ひっ……」ビクビク

紅莉栖「鈴羽、やめて……」

鈴羽「岡部倫子。一緒に居た、桐生萌郁って女は何者なの?」

倫子「……彼女は、ラウンダー。ラボメンナンバー005で、SERNに洗脳されて――」

鈴羽「ラウンダー。なるほど……」

紅莉栖「ラボメンナンバー005は、鈴羽でしょ!?」

倫子「っ!?」

紅莉栖「ねえ、岡部!? 何か言うことは無いの!?」ガシッ

倫子「……なんの、こと? 手、痛いよ……」ゾクッ

紅莉栖「見たのよ! さっき、ガード下で……」プルプル

倫子「っ!?」ドクンッ


倫子「見たって、何を……」ドクン ドクン

鈴羽「お前が、KGBのエージェントを殺すところを」

倫子「わ、私じゃないっ!! 説明すると長くなるけど、とにかく私じゃないのっ!!」

紅莉栖「だったら!! ……あんたは、誰なの?」ウルッ

倫子「私はぁっ! ……私は……」

紅莉栖「……ねえ、岡部。全部、嘘だったの? 私たちを騙してたの!?」

倫子「違う、違うの……お願い、私の話を聞いて……」グスッ

鈴羽「お前は、嘘塗れだね。岡部倫子」

倫子「私を、助けてよ、紅莉栖……」ポロポロ

紅莉栖「……もう、助け、られないよ。岡部……」ウルッ

倫子「うっ、ううっ……うわぁぁぁ……」


鈴羽「あたしが居た2036年でもそうだった」

鈴羽「嘘と裏切りだけで世界を手に入れたお前はさ、その嘘を塗り重ねるために数多の命を奪い続けた」

倫子「っ!? 2036年の、私が……」

鈴羽「だからあたしはこの時代に来たんだよ。牧瀬紅莉栖を保護し、未来の運命を変えるためにね」

倫子「……世界線を、変える方法を、知ってるの?」

倫子「ねえっ!! 教えてよ鈴羽っ!! こんな世界線は、こんなっ……」グッ

倫子「(でも、紅莉栖が生きてるなら……)」グスッ

倫子「……まゆりは? ここがα世界線なら、まゆりはもう、半年前に……」プルプル

紅莉栖「まゆりって、あの子のことよね。あの子だって、もう長くないんだから、悲しませるような真似は、やめて……」

倫子「……"長くない"?」ゾクッ


鈴羽「証拠は手に入れた。こいつを警察に突き出そう」

倫子「紅莉栖っ!! 信じてっ!! 私は、ついさっき別の世界線から来たの!! だから、わけがわからなくなってて――」

紅莉栖「……通報するわ」グスッ

倫子「紅莉栖っ!!」ポロポロ

紅莉栖「そうやって、嘘を重ねていくのね。次は私を殺すの!?」ウルッ

倫子「違うっ! 私は、私は――――」


   『……死にたく……ないよ……』


倫子「……私は、私が、紅莉栖を、殺した。この手で……」ガクガク

紅莉栖「っ!? や、やっぱり、殺すのね、私を……」プルプル

鈴羽「そうはさせない。少しでも不審な動きをしてみろ。警察が来る前にあたしがお前を殺してやる」

倫子「あ……あぁぁぁ……」ポロポロ


紅莉栖「もしもし、警察ですか!? 人を殺したっていう、知り合いを保護したんです……場所は――――」


コロコロコロ……


倫子「っ!?」

鈴羽「スタングレネード!?」


ドォォォォォォォォォォン!!


紅莉栖「けほっ、けほっ! な、なに!?」

鈴羽「……ッチ。逃げられたか」

中央通り


倫子「は、離してぇ!」タッ タッ

萌郁「もっと、遠くへ逃げないとっ!」タッ タッ

倫子「……いやだっ! 紅莉栖と、離れたくないよぉっ!」ブンッ

萌郁「きゃっ!」バタッ

倫子「はぁ……はぁ……」

萌郁「……あそこには、近づかないほうがいい。もう、正体、知られちゃったから」

倫子「……まゆりに、会いに行かないと」フラフラ

萌郁「岡部、さん……?」

倫子「まゆりに……」フラフラ



prrrr prrrr


萌郁「……FB。大檜山ビル2階にタイムマシン、確認した」

萌郁「もう1台、どこかにある模様。……わかってる、ソ連に回収される前に、私たちが」

萌郁「……ええ。絶対に、M3は渡さない」ピッ

代々木 AH東京総合病院 707号室 【椎名まゆり様】


倫子「(ルカ子に電話して、まゆりの居場所を教えてもらった。どうして、こんなところに……)」

ガララッ

倫子「……まゆり?」

まゆり「あっ! 岡部さんだー♪ ようこそいらっしゃいましたー」

るか「岡部さん……。今日はもう、来ないかと思ってましたよ」

るか「クリスマス・イヴだから、何か用事があるのかと。イス、どうぞ」スッ

まゆり「メリークリスマスだよー、岡部さん♪」

倫子「……まゆり。その、大丈夫……?」

まゆり「んー? 何がー?」

倫子「まさか、入院してるなんて、思わなかったから……」

まゆり「してるよー? 前からずっと。何当たり前のこと、言ってるの?」

倫子「……ねえ。ふたりとも、私のこと、怖くない?」

まゆり「えっ!? 怖くなんて、ないよ?」

るか「今日の岡部さん、なんだか、いつもと雰囲気が違う気がしますけど……」


まゆり「どうしちゃったのかな。変な岡部さんだねぇ」

倫子「その呼び方……あのさ、まゆりは、"トゥットゥルー"って、知ってる?」

まゆり「とぅ……?? 今日の岡部さんは、なんだかとっても無理してる感じがするよ。どしたの?」

倫子「……いや、知らないなら、いい」

るか「あ、ボク、飲み物買ってきます。まゆりちゃんはオレンジジュース、岡部さんはマウンテンビューですよね」

倫子「え……?」

まゆり「ありがと、るかちゃん♪」

倫子「るか、ちゃん……?」


倫子「この病室、いっぱい写真が飾ってあるんだね」

まゆり「うんっ。いい想い出がね、たくさんあるから。まゆりのスマホにもいっぱい入ってるんだよ」

まゆり「電話はしないから、写真を見るための道具になっちゃってるけどね、えへへ」スッ

倫子「あれ、カバー変えた?」

まゆり「えっ? 岡部さんにもらってからずっとこの"青い"カバーのままだよ?」

倫子「(まゆりのスマホカバーは"赤"かったはず……てか、私がまゆりにあげたのか。ダルあたりがジャンク品を手に入れたのかな)」

まゆり「ほら、これなんか、小さい頃の岡部さんも映ってる」

倫子「……ふふっ、懐かしい。豊島園のプール、一緒に良く行ったね」

倫子「まゆりはひとりでどんどん泳いで行って、私はまゆりが居なくならないように必死で……」

まゆり「え……? 行ったのは、1回だけ、だよ……?」

倫子「い、1回だけ……」ドクン

まゆり「岡部さん……?」

倫子「……実はね、私、記憶喪失になっちゃったみたいで、その、記憶が混乱してるんだ」

まゆり「えっ?」

倫子「だから教えて欲しいの。私とまゆりは、幼馴染、だよね……?」ドキドキ

まゆり「えっと……たぶん、違う、かな……」

倫子「そ、そう……」プルプル


まゆり「2000年クラッシュのあとにね、7年くらいは離れ離れだったよ、ね?」

倫子「……"2000年クラッシュ"?」

まゆり「覚えてないの? 10年前、世界中でね、コンピューターとかが壊れちゃって」

倫子「っ!? 2000年問題のことっ!? リーディングシュタイナーを得るための因果に結ばれたバグ……!?」

倫子「だって、あれはSERNが未来から解決して、いや、β世界線では世界大戦の火種に! でも、どっちにしても10年前は大きな問題にはならなかったはず!」

まゆり「……ううん。たくさん、大事な人が死んじゃったんだ。まゆりの両親も、岡部さんの両親も」

倫子「な……なんて……こと……」ガクッ

まゆり「岡部さんと再会したのは、3年くらい前だったよね。最初はちょっと怖かったけど、まゆりのこと、色々気にかけてくれて」

まゆり「髪留めもプレゼントしてくれて♪ ……入院費まで出してくれて」

倫子「……入院費?」

まゆり「本当にね、どれだけ感謝しても、し足りないのです。えへへ~」テレッ


倫子「……ねえ、その髪留め。本当に私がプレゼントしたの? ちょっと見せ――」スッ

まゆり「あっ!! ダ、ダメぇっ!!」ガバッ

倫子「あっ……」

まゆり「ぅ……ご、ごめんね……。この髪、医療用のウィッグだから」

まゆり「もう、まゆりの髪はほとんど残ってないのです」ニコ

倫子「えっ……」ドクン

まゆり「治療の副作用。でもね、そのおかげで、クリスマスまでは生きていられるかもって、半年前、お医者さんに言われてね」

倫子「クリスマス……っ!?!?」ガタッ

まゆり「あっ! でも、ほら、今日もまゆりはピンピンしてるので! たぶん、大丈夫だよ、きっと」アセッ

まゆり「……岡部さんと、クリスマス・イヴを迎えられて、本当に良かったのです」ニコ

倫子「そんな……そんなことって……」ガクッ

まゆり「きっと、サンタさんが1日早いクリスマスプレゼントをくれたんだね。えっへへ~」ニコ

まゆり「だからね、岡部さん、そんな顔しないで。いつもの岡部さんなら、よかったねって言ってくれるところだよ」

倫子「……少し、風に当たってくる」

外来棟8階 空中庭園


ウー ウー カンカンカン ピーポーピーポー


倫子「渋谷が、燃えてる……。去年の地震から、復興してないんだ……」

るか「岡部さん。病室に居ないと思ったら、屋上に居たんですね」

倫子「……ねえ、ルカ子。まゆりの病気は……いや、なんでも、ない」

るか「あの、まゆりちゃんから聞きました。記憶が混乱してる、って……」

るか「それと、ついさっき紅莉栖さんから、で、電話が、あって……」プルプル

倫子「っ!」

るか「嘘、ですよね……岡部さん、そんなこと、する人じゃないですよね……!? 嘘って言ってくださいっ!!」


萌郁「――嘘じゃ、ない」


倫子「もえ、か……」

るか「っ、知り合い、ですか……」

萌郁「岡部さんが、あなたたちに見せていた顔は、嘘の顔」

倫子「やめて……やめてよぉぉっ!!」グスッ

るか「そうなん、ですか……ねえ、どうして、どうしてそんな……」プルプル


るか「……もう、帰ります。まゆりちゃんには、このこと、黙っておきますからっ!」タッ タッ

倫子「あっ……」

倫子「……っ」

倫子「――みんな、私から、離れていく」

倫子「わかってる……私があの時、鈴羽と一緒にタイムマシンに乗らなかったせいなんだって」ウルッ

倫子「シュタインズゲートを諦めてしまったせいなんだって」グスッ

倫子「紅莉栖が生きるためには、まゆりが死ななくちゃならない。でも、こんな世界、いやだぁ……」ヒグッ

倫子「こんなの……キツすぎるよ……っ! こんな世界、私は望んじゃいないのに……!」ポロポロ


prrrr prrrr


倫子「っ!?」

萌郁「たぶん、FBから。出て」

倫子「…………」ピッ


天王寺『M3。なぜすぐに出なかった?』

倫子「天王寺さん……」グスッ

天王寺『……何があった? いつも冷静な、いや、冷徹なお前さんらしくない』

倫子「私は、どうしてラウンダーに、入ったんですか……」プルプル

天王寺『……知り合いの女の子の入院費を稼ぐため、だろ? 何言ってんだ』

倫子「そ、そんな……」ガクッ

天王寺『……警視庁への根回しが現場レベルまで徹底されるには今日一杯かかる。次の命令まで待機しろ』

天王寺『待機ってのはつまり、どこかに隠れてろってことだからな』ピッ

萌郁「警察には、ラウンダーが圧力をかけてる。だから、牧瀬紅莉栖の通報によってあなたが逮捕されることは無い」

萌郁「一旦、私の部屋に潜伏しましょう。それが、命令」

倫子「……もう、萌郁しか頼れる人が居ない」ダキッ

萌郁「岡部さん……」

ハイツホワイト202号室


萌郁「私は、何度もあなたに救われた。命を」

倫子「そう……なんだ……。でも、私は、あなたの知ってる私じゃないよ?」

萌郁「それでも、変わってないって感じた。岡部さんの、本質が」

倫子「へ、へえ……私の本質は、人殺しなの……。確かに、前の世界線でも人を殺したけどさ……ハハ……」

萌郁「違う。私に生きる意味をくれたの、岡部さん、だから」


―――――

   『私……いらない子だって、ずっと言われ続けて……ずっとずっと……』

   『だが、もう諦めろ。貴様の能力はオレに期待されている』

   『うれ……しい……』

―――――


倫子「(この世界線でも、そんなことが……)」

萌郁「4年前、自殺しようとしてた私を助けてくれたの。それからしばらくして、ラウンダーになれって言ってくれた」

萌郁「私に、居場所を与えてくれた」

萌郁「私にとって、FBは父。岡部さんは、姉さん、みたいなもの」

萌郁「家族、だから。偽りのモノだとしても」

萌郁「私で良かったらなんでもする。あなたの助けに、なりたい」

倫子「…………」ダキッ

萌郁「姉さん……」ギュッ

萌郁「……お腹、空いてるでしょ。買ってきたケバブ、食べよ? いつも、ふたりで食べてた」

倫子「……うんっ……うんっ……」ポロポロ

2010年12月25日(土)12時00分
ブラウン管工房


天王寺「……なんだ、お前か。M3はどうしたんだ?」

萌郁「泣き疲れて、まだ寝てる。彼女の言っていることを、確かめに来た」

天王寺「まるで別人になっちまってたが、何があった」

萌郁「わからない……その答えを、知りたくて」

天王寺「ふぅん。ま、聞いてみろ。ブラウン管テレビに仕掛けた盗聴器から、直接2階の会話が聞ける」

天王寺「こんなもんが無くても、ギャーギャーうるさい奴らだからな、普通に聞こえるが」

萌郁「データをもらっても?」

天王寺「M3に聞かせるのか。それがいいとお前が判断したなら、そうしてやれ」

萌郁「……ありがとう、FB」

12時02分
未来ガジェット研究所


紅莉栖「……鈴羽。昨日、岡部は、"別の世界線から来た"って言ってた。どういう意味か、わかる?」

鈴羽「世界線をまたぐこと自体は珍しくもない。普段から刻々と変動してるからね」

鈴羽「だけどさ、世界線をまたいで記憶が継続されるなんて、ありえない。因果に支配されてる生物は、世界線の変動に気付くことはできないんだよ、絶対に」

紅莉栖「でも、岡部は覚えていた」

ダル「単なる厨二病の妄想じゃね?」

フェイリス「もしかしたら、特殊な能力を持ってるかも知れないニャ!」

鈴羽「まさか、超能力、だとでも?」

フェイリス「タイムトラベラーが居るなら、超能力があってもいいのニャ! 去年の渋谷で放送された、エスパー少年とか!」

ダル「でもあれって結局ヤラセだったんしょ?」

鈴羽「いずれにしても、ラウンダーを甘く見ない方が良い。不用意に近づけばナイフで刺されるかも」

フェイリス「倫子はそんなことしないニャァ!」


鈴羽「2036年の未来ではさ、岡部倫子はラウンダーという組織をまるごとソ連に売るんだ。そして、ソ連から発展した組織、世界統一政府に名を連ねる存在になっていた」

鈴羽「決して表舞台には出てこない、影の女帝になってたんだ。スターリンなんか比じゃないくらいの独裁者に」

鈴羽「あいつは、自らを神格化してこう名乗ってたらしい――――」

鈴羽「――――"鳳凰院凶真"、ってね」

鈴羽「あいつのせいで、たくさん死んだよ……仲間も、両親も、友達も」

ダル「両親……。つか、鈴羽の背中の傷って、まさか……」

紅莉栖「ちょ!? 橋田のHENTAIっ! 父親だからって許されると思ったら大間違いだからなっ!」

ダル「い、いや、あれは不可抗力だお! 偶然シャワー浴びてた鈴羽と出くわしちゃって……」

鈴羽「ちょっと人には見せられないような傷があったりするんだよね。あたしは反体制組織の一員だったから、真っ先に弾圧の対象になった」

鈴羽「それで何度か死にかけたことがある」

ダル「このままじゃ、僕たちも、岡部に殺されちゃうかも!」


鈴羽「あたしたちに今できること、ひとつあるよ。電話レンジを破壊すること」

鈴羽「ソ連もアメリカも300人委員会も、これと、これを作った人間たちを巡って戦争してると言っても過言じゃない。これさえなくなれば、あるいは」

紅莉栖「ま、待って! すぐに破壊するのは反対よ!」

鈴羽「だけどさ、このままじゃ岡部倫子は自分の野望のためにこれを使うよ?」

紅莉栖「私たちだって今はDメールを送れる。なら、それで対抗できるかもしれない」

紅莉栖「戦争だって、2000年クラッシュだって、無かったことにできるかもしれないっ!」

ダル「Dメールでの事象のコントロールはすごく難しいって、結論出たじゃん」

鈴羽「……牧瀬紅莉栖。岡部倫子を、まだ仲間だと思ってるつもり? あいつ、今にもこのラボの襲撃計画を立ててるかもしれないんだよ?」

鈴羽「君はその目で見たんでしょ? 岡部倫子が、人を殺してるところをさ」

紅莉栖「それは……」


紅莉栖「……あの時、不思議なビジョンが見えたの」

フェイリス「ビジョン? 科学者のクーニャンには似合わない言葉だニャァ」

紅莉栖「ええ、私だって非科学的な発言だってことはわかってる。だけどね、あいつが人を殺した時……」


   『きゃぁぁぁぁあああああ!!!!!!』


紅莉栖「あの子、泣いてた……私を抱きかかえて。耳を塞ぎたくなるような痛々しい声で、泣き叫んでた……」

鈴羽「妄想だ」

紅莉栖「わからないの……あの岡部は、別人で……。あいつがあんなに悲しそうな顔してるの、初めて見たし……」

紅莉栖「もう、どれが本当か、わからないのっ!!」

鈴羽「…………」

13時51分
柳林神社


萌郁「(FBから録音データはもらった。次は……)」

萌郁「……漆原、るかさん。少し、お話、いいかしら」

るか「あなたは、昨日の……」

萌郁「(『番外未来ガジェット"メガメラVer.4"通常型』、録画モード起動)」ピッ

萌郁「聞きたいのは、あなたのお母さんの話。奇妙な体験をしたっていう」

るか「えっ?」

萌郁「聞いたこと、ある? 例えば、未来の日付からポケベルに着信があったとか」

るか「……ありました。お母さんから、何度か聞かされました」

るか「1回目は、"やさいくうとげんきなこをうめる"、それから1か月くらいして、"2929831831"……」

るか「不思議に思って、お父さんの知り合いの、大企業の偉い方に見せたんです。名前はたしか、希グループの……」

萌郁「……野呂瀬、玄一。当時26歳、社長の側近として、天成神光会と明和党とのコネクションを築いていた……」

るか「あ、はい。たしかそんな名前だったかと」


るか「そうしたら、数日して、その話を聞いたっていうSERNの科学者さんが来て……名前はたしか、ヒイラギさんという、女性の方でした」

萌郁「ヒイラギアキコ……量子力学的世界解釈に関する新モデルの研究者。でも、当時は一技術者だったはず」

るか「その人、恐怖の大王が落ちた時、えと、2000年クラッシュの時に、ワクチンプログラムを作ったすごい人だって後から聞きました」

萌郁「(昨日の夜に岡部さんから聞いた話だと、IBN5100を持っているSERNなら、2000年問題を解決するためのワクチンはいくらでも作れた)」

萌郁「薬を作ってから毒を撒く。SERNの常套手段」

萌郁「(わざと2000年クラッシュを起こして、ソ連に対抗する手段にしようとした……世界中のタイムマシン研究をとん挫させるために……)」

るか「でも、それを知ってどうするんですか?」

萌郁「(岡部さんはきっと、元の世界線に戻りたがってる)」

萌郁「(でも、世界線を元に戻せば、私と姉さんの今の関係も、なかったことになる。そんなの、私は望んでない)」

萌郁「(それなのに、私……)」



prrrr prrrr


萌郁「……M4」

天王寺『仕事だ。未来ガジェット研究所のタイムマシンを回収しろ。KGBが動き始めた』

天王寺『ただし、開発者の3人は殺すな。確保して、SERNへ連行する』

萌郁「3人?」

天王寺『牧瀬紅莉栖、橋田至。そして、岡部倫子。特に岡部倫子は最重要だ、特殊な脳を持っているらしいからな』

天王寺『上からの報告によれば、その脳を誰が支配するかによって未来は変わる可能性があるんだとよ』

萌郁「岡部さんを拉致するなんて、そんなの私、聞いてない!」

天王寺『もうM3は信用できない。SERNを裏切る前に実験体として切り捨てることになったってだけだ』

天王寺『作戦開始はヒトナナマルマル。3時間後だ――――』

萌郁「なんとかして……なんとかしないと……」

天王寺『……ハァ。迷ってんならよ、今決めろや。どっちにつくのかをな』

萌郁「……今?」

天王寺『……なんてな。甘いなぁ、俺も』ピッ

ハイツホワイト202号室


萌郁「……ただいま」

倫子「おかえりっ」ヒシッ

萌郁「……寂しかった?」

倫子「べ、べつに」グシグシ

萌郁「はい、頼まれてた薬」スッ

倫子「あ、ありがと」

倫子「(この世界線の私は精神安定剤を持ってなかった。紅莉栖もまゆりも生きてるから、そうなるのかな……)」

倫子「(だから私は、この世界線の過去も未来も視ることができなくて、少し……いや、結構不安だった)」

倫子「外に落ちてた新聞を読んで知ったけど、今年の夏から米ソが戦争してるんだね」

萌郁「元々、緊張状態にあった。いつ戦争になってもおかしくなかった」

萌郁「公表はされてないけど、キッカケはソ連に持ち込まれた牧瀬さんのタイムマシン論文だったって、FBから聞いてる」

倫子「く、紅莉栖の!? 生きてるのに……」

倫子「……一体どういう過程があってそうなったのか、考えるだけ無駄だよね。その事象を中心に世界線が再構成されたんだから」

萌郁「秋以降、ソ連が牧瀬さんの命を狙ってた。それを、アメリカの諜報機関を利用しながらSERNが防いできた」

萌郁「前線で活躍してたのは、あなた」

倫子「私が、SERNの力を利用して、紅莉栖を守ってた……?」


萌郁「でも、もう守り切れそうにない。多くの組織が論文の存在に気付き始めてしまった」

萌郁「重要な研究機関や情報施設は、軒並み破壊されてる」

倫子「日本も、この辺はまだ大丈夫だけど、和光市や渋谷は爆弾テロが相次いでる。それに、種子島が壊滅したって……」

萌郁「SERNはソ連に狙われてる。SERNのタイムマシン研究を未だ回収されてないのも、岡部さんの活躍のおかげ、って聞いてる」

萌郁「(それなのにSERNは、姉さんを実験体として処分すると言う……っ!)」ギリッ

倫子「ロシアが過去を改変して、ゴリバチョフあたりに影響を与えたのかな……」ブツブツ

倫子「どうする、モスクワに行って過去に受信された改変因子を確認する? いや、そんなことしたらKGBに捕まって終わりか……」ブツブツ

萌郁「……M3、聞いて。次の命令、未来ガジェット研究所のタイムマシンを回収しろって」

倫子「――知ってた」ウルッ

萌郁「牧瀬紅莉栖と橋田至を確保しろって」

倫子「――それも知ってた」グスッ

萌郁「……抵抗したら、その2人以外は殺しても構わないって」

倫子「…………」ギュッ


萌郁「これを、聞いてほしい。今日、ラボを盗聴してきた」

倫子「うっ……うん。聞く。聞かせて」

萌郁「それと、柳林神社での映像。漆原るかさんが女性なのは、間違いない」

倫子「この映像は……?」

萌郁「岡部くんが私にくれた、未来ガジェット。名前は"メガメラVer.4"」スッ

倫子「その眼鏡、カメラなの?」

萌郁「両側に円筒機構がついてるでしょ? ここにオートフォーカス付きカメラと電池、無線機が入ってるの」

萌郁「赤外線リモコンでシャッターを押せるようになってて、リモコン側にデータ記録媒体も入ってる」

倫子「へえ、そんな未来ガジェットを……」

萌郁「夏には、これで猫の自然な写真を撮って、雑誌社に売ってお金を稼いだりした」

倫子「(まゆりの入院費のため、か……)」

萌郁「初めてあなたからもらったモノだから、大切に使ってる……」

・・・

倫子「――なるほど」

倫子「つまり、このソ連世界線――便宜上、γ世界線と呼ぶ――においてもルカ子を女の子にする実験を行った。その時、想定外のバタフライ効果が発動した」

倫子「ってことは、ルカ子の母親のポケベルにDメールを送れば、色々取り消せる……」ブツブツ

倫子「電話レンジ(仮)が使えれば……でも、また予期せぬバタフライ効果が発生したら……」ブツブツ

倫子「スマホから、『Amadeus』アプリは消えてた。そりゃ、紅莉栖が生きているなら、私が真帆ちゃんと出会う因果がなくなるから当然か……」

倫子「アメリカ側の『Amadeus』や真帆ちゃんには頼れない。私は、どうしたら……」

萌郁「……あなたは今、とてもマズイ立場にいる。このままだと、SERNへ連れて行かれて、脳を解剖されるかも」

倫子「……リーディングシュタイナーか。そうなったら、世界線はαへと変動するのかな……」

倫子「でも、私は……ラボの、所長だから。ラボを、守らないと」

萌郁「岡部さんっ! 行ったら、ダメなの! 行ったら、あなたも捕まる……」

倫子「ううん、大丈夫。どうせ私は死なない」

倫子「この世界線での私は、2036年時点でも生きてる。鈴羽がそう言ってた」

萌郁「冗談は、やめて」

倫子「私より、萌郁が心配だよ。今あなたがやってる行動は、ラウンダーへの裏切りになる」

萌郁「私は……」

倫子「これ以上、私に関わらないほうがいい。それじゃ」スッ

萌郁「岡部さんっ!」

倫子「……ケバブ、ありがとう」ガチャッ

16時32分
未来ガジェット研究所


ゴロゴロ ピカッ!!


るか「きゃっ! 雷が……」

鈴羽「……嫌な予感がする」

フェイリス「超能力ニャ? 天気で未来予知ができるのニャ!」

鈴羽「牧瀬紅莉栖、まだいじってるの?」

紅莉栖「Dメールを送れればと思ったけど、ダメ、どうしても調整がうまく行かない……」カチャカチャ

鈴羽「仮にここを襲撃されたら、タイムマシン――電話レンジ――はあたしが破壊する。いいな?」

紅莉栖「……わかったわよ」カチャカチャ

ダル「つか、ラウンダーみたいなヤバイ連中相手にするなんて、分が悪すぎるお」

フェイリス「ニャー……フェイリスは倫子でも探してこようかニャ~? 傘、借りていいかニャ?」

鈴羽「死にに行きたいの?」

大檜山ビル前


倫子「よりによってほぼ全員集まっている……まゆりが居ないのが不幸中の幸いかな」

倫子「まあ、いくらビビリな私でも、ここに突入するくらいならひとりでもできる……」

倫子「(なんとかして全員を退避させて安全を……いや、そんなことをしても収束があれば意味がなくなっちゃう)」

倫子「(紅莉栖……こんなに近くに居るのに、遠いよ……)」グスッ


タッ タッ


萌郁「はぁっ……はぁっ……。傘、忘れ物……」スッ

倫子「も、萌郁っ!?」


萌郁「私は、あなたの力になりたい。今は、私だけが、あなたの味方だから」

萌郁「世界中を敵に回しても、私だけは、あなたのパートナーだから」

萌郁「私の居場所は、あなたの側にしか、ないから……」

倫子「……助けて、くれるの?」ウルッ

萌郁「今までも、ずっとそうしてきたから」ニコ

萌郁「キス、するね……」チュッ

倫子「ちょ、萌郁、何をっ!?」ドキッ

萌郁「……作戦、開始」

倫子「…………」

倫子「……ああ、了解した」

物陰


??「……はい。岡部倫子を確認しました。直ちに急行してください」ピッ



大檜山ビル前


萌郁「急がないとブラボーチームが突入しちゃう」

倫子「わかってる。今ここで私にできることは、やっぱり……Dメールを送ること」

倫子「そうしないと、フェイリスも、ルカ子も、鈴羽も、まゆりも、紅莉栖も……みんなの命が危ないから」

倫子「(紅莉栖が居れば、私の背中を押してくれるはず……1人じゃ送れなくても、紅莉栖となら……)」

倫子「(ここまで来たんだ。いい加減、腹を決めろ、私……!)」グッ

倫子「猶予はどれだけある?」

萌郁「30分、くらい」

倫子「それならなんとかなるか……鈴羽たちを無力化して、ルカ子の母親の元へとメッセージを送る」

倫子「ソ連はなんともならなくても、300人委員会が2000年クラッシュを起こす過去を変えられるはず」


由季「あれ? 岡部さん? そこで何されてるんですか?」


倫子「な……ゆ、由季さんっ!?」


カエデ「ユキさん、さっき誰に電話を……あら? 岡部さん、雨に濡れちゃいますよ? 中に入らないんですか?」

フブキ「…………」

由季「それに、そちらの方は……」

萌郁「……拘束、する?」

倫子「い、いや、待って。由季さんたちは関係ない」

倫子「由季さん、カエデさん、それにフブキ。お願いだから、今すぐどこかへ行ってくれない、かな?」

カエデ「へえ、私たちをそんな風に扱うんですか。こんな寒い冬の雨の日に」ウフフ

フブキ「えっと……」

由季「……今日、せっかくのクリスマスなので、お料理を持ってきたんですけど、冷めないうちに皆さんで」

倫子「ごめん。そんなこと、やってる場合じゃないの。今からここは戦場になるかもしれないから」

カエデ「戦場、クリスマス……ああ、なるほど」ポンッ

由季「冗談ですか? もう、あんまりそういうこと言うの、感心しないなぁ。実際に今、世界は戦争の真っただ中なんですから」

倫子「頼むから……お願いだから……」ウルッ

カエデ「……何があったんですか? 話してください」

倫子「もうっ、話してる時間も無いんだよぉ!」



ダッ ダッ ダッ…


萌郁「っ!?!? ブラボーチーム、予定より早いっ!!」

倫子「そんなっ!? 時間はまだあったはずじゃ!?」ガクガク

萌郁「……ハメられた。私たちは、完全に上から見限られてた」グッ

由季「えっ? えっ?」

フブキ「な、なにっ!?」

カエデ「外国人、観光客……?」


ラウンダーA「M4にM3。悪いが、大人しくしろ」ガチャッ

倫子「お、お前たちは……あの時のっ!!」ゾワッ

萌郁「くっ……!」ギロッ

ラウンダーB「昨日の友は今日の敵。それが俺たちの社会だ。そうだろ?」

由季「えっと、これは、どういう……」オロオロ

フブキ「……っ!」ゾクッ

カエデ「なにが、なんだか……」

ラウンダーC「こいつらは?」

ラウンダーD「関係ない奴は殺してもいいそうだ。殺せ」

倫子「や、やめろォ!! やめてくれぇっ!!」ウルッ

倫子「(由季さんが死ねば、鈴羽が生まれなくなって、世界線がまた―――――)」



ダッ ダッ ダッ!!

パラララッ パララッ パラララララッ


??「Ураааааааа!!」


ラウンダーA「ぐわぁぁっ!!!」バタッ

ラウンダーB「うぐぅぅぅぅっ!!!」バタッ

ラウンダーC「な、なんだ!? 聞いてねえぞ……ぎゃあああっ!!!」バタッ


倫子「なんだ!? 何が起こってる!?」


ラウンダーD「くそっ! 撤退だ!」クルッ


萌郁「っ――――」ガチャッ


BANG!!


ラウンダーD「ぐはぁぁっ!」バタッ


フブキ「…………」ブルブル

カエデ「大丈夫、大丈夫だよ、フブキちゃん……」ダキッ


ソ連兵A「"Огонь!"」


倫子「(ロシア語……こいつら、ソ連兵か!?)」ゾワワッ

フブキ「迷彩……! コ、コスプレ、じゃないよね……」ブルブル

カエデ「本物の、戦闘服よ、フブキちゃん……」ガクガク

由季「くっ、あいつら、何やってる! まだなの!」


ソ連兵B「"……Ринко……"」ブツブツ


倫子「(い、いま、"リンコ"って……やっぱり、狙いは私……!)」

萌郁「姉さんは……渡さないっ!」ギリッ


パラララッ パララッ パラララララッ


ソ連兵C「"……!?"」バタッ

ソ連兵D「"……!!"」タッ タッ


倫子「こ、今度はなんだ!?」ガクガク


??「落ち着いて。大丈夫か、君たち」


倫子「あ、あなたたちは……?」プルプル


自衛隊員A「陸上自衛隊のものだ。政府から要請を受け、君たちを保護することになった」

倫子「り、陸自!?」

由季「間に合ったか……」ボソッ

自衛隊員B「安心してくれ。日本国民を守るのが私たちの役目だ。おフランス野郎だか露助だかにやらせはしない」

倫子「(私と萌郁がラウンダーだってことはバレてないのかな……。まあ、実際もうラウンダーじゃないらしいけど)」

倫子「(萌郁がさっきラウンダーの男を銃殺したのを見てたから? あるいは、私たちにSERNの情報を吐かせるために、とか……)」チラッ

萌郁「…………」


タッ タッ シュタッ!

鈴羽「なんの音だッ!!」スチャッ


自衛隊員B「っ!?」ジャキッ

倫子「ダ、ダメっ!! 鈴羽を撃たないでっ!!」ヒシッ

萌郁「あ、危ないっ!」

鈴羽「岡部倫子っ!?」


・・・

ダル「雷の音を銃声だとか言い出した鈴羽を追いかけたら、外で自衛隊が出動する騒ぎになってたとか、ちょっと信じられんのだが……」

るか「毎日ニュースで見てた戦争が、現実のものになっちゃうなんて……」

倫子「……紅莉栖。電話レンジはどうなってる」

紅莉栖「ダメ。どういうわけか、Dメールを送れなくなってる。42型もちゃんと点いてるのに」

倫子「たぶん、この雷雨のせいだ。タイムマシンは雷雨に弱い」

倫子「停電はしてないみたいだけど、電子銃かマグネトロンがおかしくなったのかもしれない」

紅莉栖「なるほど、十分あり得るわ……なら、パーツを交換すれば」

倫子「(昨日は私のことを信じてくれなかったけど、実験のことになると別か……さすが紅莉栖)」

自衛隊員A「悪いけど、そんなことをしているヒマは無い。今、秋葉原中にフランスの傭兵部隊と、ソ連の特殊部隊が潜伏している」

自衛隊員B「君たちの命が最優先だ。安全な場所まで、私たちと一緒に来てほしい」

倫子「どうする、どうすれば……っ」

鈴羽「……電話レンジは破壊。取りあえず、今は自衛隊と共に行動すべきだ」

紅莉栖「……そうね。また落ち着いたら、マシンをもう一度作り直しましょう」

倫子「くっ……!」


自衛隊員A「それじゃ、牧瀬紅莉栖さんと橋田至さん。あと、橋田鈴羽さんはこちらのバンに」

紅莉栖「ちょ! 橋田、くっつかないでよ!」

ダル「いやあ、デカくてすまんお」

自衛隊員B「岡部倫子さんと秋葉留未穂さん、漆原るかさんと桐生萌郁さんはこちらへ。あと、来嶋かえでさんと中瀬克美さん、阿万音由季さんはあちらの車両へ」

倫子「3つに分かれるのか……大丈夫かな……」

カエデ「意外と普通の車なんですね」

自衛隊員B「都市部では軍用車両だと目立って仕方ないからね。一度、入間まで行って、そこから乗り換えます」

自衛隊員B「とにかく時間が無い。今すぐこの街を出ましょう」

フェイリス「ニャウゥ~。秋葉原が戦場になっちゃうニャんて~」

萌郁「……でも、自衛隊がどうして」

自衛隊員B「あなたたちが日本国民だから、ですよ」

由季「…………」

倫子「……よろしく、お願いします」

車中


ブロロロロ …


倫子「――――ってことなんだ」

フェイリス「やっぱり倫子は倫子だったニャン! 信じていたニャン!」ダキッ

るか「大変だったんですね……岡部さん……っ」グスッ

倫子「(……少し、時間ができた。この世界線について、3人から聞いた情報を整理してみよう)」

倫子「(キッカケはロシアの実験だ。どういうわけか、世界は2036年時点でもソ連が存続するように再構成された)」

倫子「(そしてソ連は、タイムマシンの存在を徹底的に隠ぺいしようと行動した)」

倫子「(2000年のジョン・タイターの書き込みは抹消されたらしい。おそらくソ連のスパイによる情報工作だろう)」

倫子「(また、牧瀬章一が2010年7月28日にラジ館でタイムマシン会見を行うことも無かった。これもなんらかの妨害があったのだろう)」

倫子「(ゆえにγ世界線では紅莉栖の死を回避することとなった)」

倫子「(ただ、どういうわけかこの世界線でも紅莉栖はタイムマシン論文を書き上げており、それを何らかの経緯で手に入れた章一は8月21日にソ連へと亡命していた)」

倫子「(この亡命がなければソ連が支配者として君臨することもないわけで、運命に仕組まれた一連の因果だったのだろう)」

倫子「(これが現在の戦争状態の引き金となり、元々緊張状態にあった世界情勢は爆発した、というわけだ)」

倫子「("私"はATFの講演で日本に来ていた紅莉栖と出会い、α世界線同様ラボを運営し、電話レンジ(仮)の実験を繰り返した)」

倫子「(フェイリスの過去改変には失敗したらしい。萌郁の情報によると、γ世界線では幸高氏は東側の勢力に暗殺されていたのだとか)」

倫子「(一方、ルカ子の性別を変える実験には成功していた。だが、ソ連の存在するこの世界線では、それが思わぬバタフライ効果を生んだ)」

倫子「(玉突きの世界線変動……。Dメールの存在を、1990年代初頭に、SERNに知られることになってしまった)」


倫子「(SERNはタイムマシン研究でソ連と張り合っていた。その過程で、SERNによって2000年クラッシュが引き起こされた)」

倫子「(世界規模の大災害となり、池袋も被災し、"私"とまゆりは両親を失い、離れ離れになった)」

倫子「("私"は完全に世界から孤立したことだろう。あの頃、唯一の友人はまゆりだけだったのだから)」

倫子「(2003年に紅莉栖に会うことも無かった。鈴羽の目的が私の暗殺だったのなら当然か)」

倫子「(どういうわけか"私"は中坊の頃に大檜山ビルを訪ね、FBこと天王寺裕吾に接触したらしい)」

倫子「(何があったか知らないが、そこでバイトをする約束と、将来ビルの2階を貸してもらう約束をしたのだとか)」

倫子「(さらに、当時都内に住んでいた萌郁の自殺を偶然救うことになった。居場所のなかった萌郁は、"私"に居場所を求めた)」

倫子「(この偶然の連鎖もあるいは、今までの過去改変の、記憶の残滓による導きだったのかもしれない)」

倫子「(この世界線の未来の"私"による過去改変の可能性も……)」


萌郁「あの時は、本当にありがとう。たとえその記憶が無くても、私は岡部さんに感謝してる」

倫子「(睡眠薬を大量に飲んでいた萌郁は、委員会御用達の代々木の病院に運ばれたが、そこで"私"は"彼女"と7年ぶりの再会を果たしたらしい)」

倫子「(椎名まゆり。2000年クラッシュのあと、上野に居る叔母に引き取られ、親子のように仲睦まじくしていたのだとか)」

倫子「(だが、難病を患ってしまっていた。何が原因でそうなったのかは、あまりにも改変因子が多すぎて推測すらできない)」

倫子「("私"の元居た世界線では、国に指定された難病の場合、医療費のほとんどを国庫が負担してくれることになっている)」

倫子「(この世界線ではどうも違ったらしい。当時から東西の緊張が高まっていて、日本の国防費が膨れ上がったためだろうか)」

倫子「(叔母も頑張っていたが、入院費が払えなくなる目前だったそうだ。そのことを"私"は、病院にお見舞いに来ていたルカ子から聞いた)」

るか「毎日のように柳林神社にお参りに来ていた方だったので、お話を聞いたんです。そしたら、病気の女の子が居ることがわかって」

倫子「(そこで"私"は天王寺さんに頼み込んだ。高校生の"私"でも、もっと金を稼げる仕事は無いのかと)」

倫子「(この世界線の"私"は、7年も離れ離れになっていた近所の女の子のために動いたらしい。再会したまゆりの境遇の悲惨さが、"私"に行動をさせたか、あるいは……)」


倫子「("私"が身体を売らなかった理由。たぶん、警察の機能が低下してるこの世界線では、"私"は例の警官に、性的なトラウマを強く植え付けられたんだろう)」

倫子「(萌郁にネットで事件を調べてもらったところ、例の警官の名前は検索に引っかからなかった。フェイリスが防いだ記憶も無いということは、事件はもみ消されたんだ)」

倫子「(そんな"私"の出した答えが、ラウンダーだった)」

倫子「(あるいは、天王寺さんは知っていたのかも知れない。2010年、大檜山ビルから送られたポケベルメッセージのことを)」

倫子「(どうせラウンダーに監視されることになる娘なら、予めラウンダーに入れておいたほうが安全、という老婆心だったのかもわからない)」

倫子「(最初のうちは雑用。例のチェーンメールを送ったり整理したりする係だった)」

倫子「(しばらくして、"私"を手伝いたいという萌郁もラウンダーになった。この世界線で萌郁がケータイなしでペラペラしゃべれているのは、FBによるケータイ漬け洗脳が無かったから)」

倫子「(そのうち"私"の働きが認められ、ブツの運び屋になったり、張り込み役になったりしていった)」

倫子「(最終的には暗殺を任されるほどまでに昇進した。ここ半年は紅莉栖の命を狙う連中を始末していたらしい)」

倫子「(そんな裏稼業をしながらも、ダルを仲間にし、ラボを創設し、紅莉栖と出会い、Dメールの研究を始めた)」

倫子「(この世界線では、ラボメンナンバー002がダル、003が紅莉栖、004がフェイリス、005が鈴羽となっている)」

倫子「(ルカ子は女の子になったことで、ラボメンではなくなっていたようだ)」

倫子「(たぶん、この世界線の"私"は、本気でタイムマシンを売りさばき、金を手に入れようとしていたのかもしれない)」

倫子「(だが、その結果が影の女帝だ。何がどう間違ってそんなことになるのか見当もつかない)」

倫子「(……いや、そうじゃない。たぶん、この私にも、ジキル博士にとってのハイド氏のような部分があるんだ)」

倫子「(ジキルに戻るための薬が底を尽きてしまったんだろう。まゆりという、"私"にとっての、唯一絶対の治療薬が……)」


倫子「(この世界線の"私"も、いくつかのDメール送信により、リーディングシュタイナーによって世界線変動を感じた)」

倫子「(そして、どこからかその情報が漏れてしまった。世界線を超えて記憶を持ち越せる能力のことが)」

倫子「(ソ連も、アメリカも、"私"の能力を欲した。これさえあれば、自分たちが世界を支配するアトラクタフィールドへと移動可能なのだから)」

倫子「(300人委員会は"私"を護るために必死だったらしい。だが、皮肉にも未来の私は委員会を裏切り、ソ連へとそのすべてを売るのだとか)」

倫子「(……あるいはこれも、まゆりに関する事象なのかもしれない)」

倫子「(2036年は、全体主義が支配する世界となってしまう。スターリニズムディストピアと言っていいだろう)」

倫子「(この未来を回避すべく、鈴羽はダルの作ったタイムマシンに乗って、2010年の"私"を暗殺しにやってきたのだとか)」

倫子「(まあ、当然私は死なないから、なんとかして世界線を変動させる選択肢を探し続けていたらしい)」

倫子「(数々の収束と戦いながらも、ついに今日、電話レンジは破壊された。だが、世界線は変動しなかった)」

倫子「(それが意味しているのは――)」

入間基地


自衛隊員C「なに!? 隊員Aの車両が行方不明だと!?」

倫子「――――っ!?」

自衛隊員B「敵の誤報にやられた……相手はソ連か、アメリカか、あるいはEUか……」

由季「そんなっ、橋田さんたちが!?」

自衛隊員C「……必ずや、我ら自衛隊が奪還致します。日本国の誇りにかけて」

倫子「(これも世界線の収束なのか……。どうあがいても、紅莉栖は生きている限り、タイムマシンを造らされるよう強制されてしまう)」

フェイリス「きっと大丈夫ニャ! 技術屋のダルニャン、天才のクーニャン、武闘派のスズニャンの3人が簡単にやられるわけないニャ!」

フェイリス「今頃、どこか山奥の秘密基地で世界に反逆するための計画を練っているはずニャン!」

倫子「……たしかに、あいつらが上手いこと逃げのびる可能性も無くはない。だって、まだこの世界線の鈴羽は産まれてないんだから」

倫子「ダル……。由季さんに会うために、必ず帰って来てね……」

由季「…………」


自衛隊員C「今入った情報によると……秋葉原は壊滅……ターミナル駅や港、空港も……」ヒソヒソ

自衛隊員B「それじゃ、制空権は……陸路で九州……海自に引き渡して……沖縄へ……」ヒソヒソ

自衛隊員C「原因は……中鉢博士の亡命……例の論文……」ヒソヒソ


倫子「あ、あの……どうして、私たちを助けてくれるのか、本当の理由を教えてください。国民を守るとか、そんなことじゃなく」

自衛隊員C「……実は、自分たちも理由は聞かされていません。でも、命を懸けて護れと自分は命じられています。それが、この国の未来に繋がるのだと」

フェイリス「自衛隊の人たち、本当に何も聞かされてないみたい。みんな、心の中では疑問でいっぱいで動いてる」ヒソヒソ

倫子「(いや、聞くまでも無かった。日本だって、この戦局を打開するために、タイムマシンが欲しいんだ)」

倫子「(そのために、日本政府も私の脳を欲してる? もしくはSERNの部隊としての情報か? そうだとしても、今の状況でどうこうできる問題じゃない……)」

倫子「(未来視もできないから、どうすれば確定事項に反する選択ができるかもわからない)」

倫子「(……もう私が世界線を戻す術は無いのかもしれない。分岐の無いレールの上を走り続けなければならないのかもしれない……)」

倫子「(でも、この世界線の私は、紅莉栖を殺していない。紅莉栖は、この世界線では生き続ける……と思う)」

倫子「(そのふたつの事実だけは……救いだ)」グスッ

倫子「(紅莉栖さえ生きていれば、もしかしたら……)」

倫子「(……考えていても仕方ない、か。もう、なるようにしかならない……)」

2011年1月18日火曜日
佐世保倉島岸壁
あぶくま型護衛艦じんつう内


倫子「(――――こんな生活が1ヶ月も続くとは思ってもいなかった)」

倫子「(衣服は迷彩服を支給してもらったけど、風呂もろくに入れていない……)」

フェイリス「このフェイリスが汗臭いなんて、ショックすぎだニャン……」

フブキ「留未穂ちゃん、外で香水買ってきたよ! 出航に間に合ってよかった」

萌郁「自衛隊の情報によると、東日本の主要拠点はほぼ壊滅状態……東側と西側の直接的な戦闘が、日本列島各地で発生してる」

カエデ「@ちゃんには、原因はソ連のタイムマシン研究にアメリカが文句を言ったことだ、と。日本は沖縄に臨時政府を作るんじゃないか、とも書かれてました……」

倫子「私が日本に居る限り、日本は……まゆりは……」プルプル

フェイリス「でも、もう色んな組織がちょっかいを出して収集つかなくなってるニャ。バチカンの殺し屋集団まで出張って来てるらしいニャ!」

由季「だから、岡部さんの責任なんかじゃありません。みんな、あなたを守ろうとしてるだけなんですからっ」

倫子「由季さん……」


るか「あ、あの、まゆりちゃんの叔母さんから先ほど連絡があって……」

倫子「……うん」

るか「……まゆりちゃん、安らかに、眠ったそうです」グスッ

フブキ「"マユシィ"? あ、あれ、"椎名まゆり"なんて人、会ったこともないのに、なんで、私……」グスッ

倫子「……そっか」ウルッ

倫子「(わかりきっていたことだ。この世界線では、紅莉栖は生きている。だから、そういう風に収束する)」

倫子「(私は、まゆりを助けるために、α世界線をなかったことにしたのに……こんな、こんなことって……)」グスッ

倫子「(私のそばから、紅莉栖もまゆりも居なくなるなんて……こんな世界線は……否定したい……)」ポロポロ

フェイリス「それは、やっぱり東京が大混乱に陥ってるせいで……?」

倫子「そうじゃない。そうだとしても、そうじゃないの」グシグシ

倫子「(全部、私のせいだ。私は、これからどうすれば……)」

2011年1月21日金曜日
那覇港湾施設(那覇軍港:米陸軍基地)


フェイリス「久しぶりの陸地だけど、もう疲れたニャァ……」ハァ

倫子「(東シナ海の航海中にも、ソ連と思われるヘリや潜水艦の攻撃を受けたらしい。その度に船体は激しく揺れ、私たちは疲弊していた)」

倫子「(奇跡的に那覇に到着できたのは、間違いなく私の生存収束のおかげだろう)」

下山「岡部倫子さんだね?」

倫子「は、はい」

下山「初めまして。私は、防衛省、中央情報保全隊の下山という」

下山「これから嘉手納の沖縄防衛局まであなた方を護送させてもらうことになってる。長旅で疲れているところ申し訳ないが、もうしばらく我慢してくれ」

倫子「沖縄、防衛局?」

下山「今、あそこは日本国防衛省そのものになっている。臨時ではあるがね」

下山「そっちのワゴン車には君と、それから阿万音由季さんと中瀬克美さんが乗ってくれ」

由季「はい、わかりました」

下山「他の人たちは後続車に」

フブキ「…………」

ワゴン車車内


下山「実は、3人に防衛局へ着く前に少しだけ質問をしたくてな。それでこうして同乗してもらった」

倫子「(……萌郁と私を分けたってことは、SERNの情報についてではなさそうかな。というか、私はラウンダーやSERNのことは何も知らないし)」

倫子「(なら私のリーディングシュタイナーについて、か。あるいは、鈴羽の乗ってきたタイムマシンかも)」

倫子「(あれは鈴羽かダルが居ないと回収しても意味が無いと思うけど。でも、それならどうして由季さんとフブキも?)」

下山「阿万音由季さん。君は、橋田至君とその妹さんがどこにいるか、知らないだろうか?」

由季「い、いえ。自衛隊さんの方でも把握できていないなら、私が知ってるわけが……」

下山「君たちは恋人だろう? 個人的に連絡を取っているかと思ったんだが」

倫子「ちょ、ちょっと待って!? あなた、なんなんですか!? それじゃ、まるで由季さんをスパイ扱いしているみたいじゃないですか!!」

倫子「(さすがに怒ったけど、由季さんの雰囲気からするに、由季さんはダルたちの居場所を本当に知っていて、それを隠しているようだった)」

倫子「(もしかしたら、この世界線の"私"なら3人がどこに隠れたか理解できたかもしれないけど、この私にはわからない……)」

下山「スパイ、ねえ。もし私たちのことが、アメリカあたりに筒抜けだと、とても困ってしまうな」

倫子「……冗談でも、やめてください」

由季「…………」


下山「ときに、岡部さんは牧瀬紅莉栖さんと何か研究をしていたらしいね」

倫子「っ!?」ドクン

倫子「(突然紅莉栖の名前を言われて、びっくりしてしまった……お、落ち着け、私……)」ドキドキ

下山「どんな研究を?」

倫子「……遊びの延長、みたいなものですよ。お金が必要だったので」

下山「それじゃあ、何かとんでもない物を作って、それを知られたからソ連やフランスの部隊に狙われた、というわけじゃないんだね?」

倫子「まさか。今ソ連が研究してるタイムマシンを、私たちが作ったとでも? 未成年の学生なんかに作れるわけが無いじゃないですか」

倫子「それに、紅莉栖は脳科学者だ。物理学者じゃない」

下山「ふぅん」


下山「中瀬克美さん。君には別に聞きたいことがある」

フブキ「わ、私っ!?」ビクッ

倫子「……っ」ジロッ

下山「そんなに私を睨まないでくれないかな。なに、大した話じゃない」

下山「護衛艦の船内の医務室で、医官に話したようだね。ずいぶんとリアルな夢を見るとか」

フブキ「は、はい。船酔いで、気分悪くて、お医者さんに色々聞かれたので……」

倫子「そ、そうだったの?」

フブキ「う、うん。大したことないと思って、岡部さんには言わなかったんですけど……」

由季「きっとPTSDですよ。こんな状況なんです」

倫子「(由季さんの態度がさっきからおかしい。世界線が変わったせいで、由季さんの人格も変わってしまったんだろうか……)」

下山「君たちは、"大統領病"、というのを知っているかな?」

倫子「は……?」


下山「プーシンを知っているだろう?」

倫子「プーシン……ソ連の、書記長ですよね」

倫子「(どういうわけか、この世界線ではプーシンはロシアの大統領ではなく、ソ連の書記長になっていた。あの人、凄い人間だな……)」

下山「そう。だが、中瀬さんは興味深いことに、プーシンが"ロシアの大統領"だと答えたとか」

フブキ「す、すみません。なんか、寝ぼけてたんです。それに、私、勉強とか全然ダメで……」

下山「いや、そうじゃない。"プーシン大統領"と言う人は、世界中で見つかっているんだ。中瀬さんと同じように夢を見たと言ってね」

下山「それが、"大統領病"だ」

倫子「(……っ!? ま、まさか、別の世界線での記憶が、デジャヴとして引き継がれて……)」

倫子「(……リーディングシュタイナー。まさか、フブキにも発現していたなんて……)」グッ


倫子「(仮にフブキのそれがリーディングシュタイナーだとするなら、かなり強いリーディングシュタイナーだ)」

倫子「(普通、海馬に強く残るような強烈な記憶でないと、デジャヴ、つまりOR物質のバックアップデータとして他世界線の記憶を見ることはできない)」

倫子「(フェイリス、ルカ子、天王寺さん、そしてまゆりや紅莉栖がそうだったように)」

倫子「(ロシアの大統領がフブキの人生に強く印象づけられているとは到底思えないから、フブキは"私寄り"の人間なんだ……)」ゴクリ

下山「ベルリンの壁の崩壊や、ペレストロイカ。岡部さん、知っているかい?」

倫子「……いえ、知りません」

倫子「(この世界線でソ連は崩壊していない。ってことは、当然そういうことになる)」

倫子「(ソ連が崩壊したのは私の生まれた頃だったから、その辺のことを中学の頃によく調べていた)」

下山「だそうだよ、中瀬さん」

フブキ「だ、だから私は、そのなんとか病っていう病気なので!」アセッ

下山「……実を言うとね、君たちが見ている白昼夢こそ、この戦況を変えるための秘策だと、政府は考えている」

倫子「えっ……?」


下山「私みたいな一軍人には、ただの集団幻覚にしか思えないが、どうやらその幻覚の中に、我が日本国が生き残るための情報が隠されているらしいんだ」

フブキ「情報って、武器とか、兵器ってことですか?」

下山「ああ。私なんかは、後ろに積んであるAK-101で敵と戦うことしか考えられない。まったく、研究者連中は頭がいかれてる」

倫子「カラシニコフ……自衛隊で採用してるなんて、それほどなりふり構ってられない状況なんだ」

下山「お? 詳しいねぇ。オタかな?」

下山「君を護送してきた隊員から聞いた通りだ。やはり君はミリに興味があるようだね」

倫子「い、いえ。オタというより厨二、あ、いや、なんでもっ」

下山「そう、本来なら国産銃で戦いたいところだが、そうも言ってられなくてね」

倫子「まあでも、輸出を意識したシリーズですから、国産の西側NATO弾も使えて……」

倫子「(……あれ?)」


下山「ふぅん。ソ連の銃が、西側に輸出されてる、と……」

倫子「あ、いや、えっと……」ドクン

下山「ワルシャワ条約機構も知らないのかい?」

倫子「(し、しまった……)」プルプル

下山「君もそうだったのか。そしてそれを、故意に隠そうとしたね?」

倫子「…………」グッ

下山「やはり、情報通りなんだな、君はなにか重大なことを知っている」

下山「なあ、岡部さん。教えて欲しいんだが」

下山「1991年12月にソ連が崩壊したあと、この平成の時代は、どうなっていたんだね?」

下山「答えてくれ」



prrrr prrrr


下山「ちっ……下山だ。ああ、今防衛局へ……」

下山「……なに? どういうことだ、それは!?