縞野しまじろうは薄暗いリビングでサッカー観戦をしながら、自分のたるんだ腹部を掴んだ。
ずんぐりとした巨体がソファーに沈みこんでいる。
しまじろう「まあ遺伝かな? ははは」
はち切れそうな太股にちょこんと乗っかっているのは、大好きなドーナツ一箱。
もちろん母親の手作りには遠く及ばないが、最近これを買って帰るのが日課になっている。
如何にも体を破壊しそうなくらい油分たっぷりな上に、クリームやらチョコやらトッピングシュガーやらでこれでもかと言わんばかりに着飾ったやつだ。
しまじろう「……こんなの知られたら、はなに何て言われるか」
今日の検診で嫌な数値が出た。
医者曰く、今の食生活を続けていたら40までもたないそうだ。
ダメ元で「ドーナツはOK?」と聞いたところ、「死にたいんですかアンタ?」というお言葉を頂いた。
無論死にたいわけがない。
ドーナツが美味しすぎるだけなのだ。
しまじろう「今年に入ってから20キロ増えちゃったもんな」
20代後半から徐々に太ってきてはいた。
妹のはなからは会う度に日頃の不摂生を叱られてきた。
だが今回の太り方は正直言ってヤバい。
ヤバイヤバイ。
そんなことを考えながら、右手は無意識にドーナツに伸びる。
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ピンポン。
短いチャイムが部屋に鳴り響く。
しまじろう「おや、誰かな?」
ヨッコイセと立ち上がると、膝が少し痛んだ。
学生時代にサッカーで鍛えられた足腰は今、自重を支えるために昔以上に酷使されている。
しまじろう「どなた?」
はな「兄さん久しぶり! って……」
しまじろう「……」
ドアを開けると、そこには妹が立っていた。
スーツ姿のところを見ると、仕事帰りに寄ってくれたのだろう。
はな「兄さん……よね?」
しまじろう「……人違いです」
はな「嘘おっしゃい! どうしちゃったのよそのお腹!?」
しまじろう「い、遺伝だよ、遺伝……」
会って早々、やはり腹を指摘された。
適当な言いわけすら思いつかず、訳の分からないことを口走ってしまった。
***
はな「で、お正月から何キロ太ったわけ?」
しまじろう「ご、5キロくらいかな?」
はな「ホントは?」
しまじろう「……20です」
はな「まったく……」
呆れ顔で溜息を吐くはな。
視線の先には中に一つだけ残っているドーナツの箱。
今年の正月にドーナツ禁止令を出されたばかりなのもあって、非常に気まずい。
しまじろう「えーと……それよりその手元にあるの、お土産?」
はな「ええ。職場の近くに美味しいケーキ屋があるから買って来たの」
しまじろう「本当!? じゃあ今、コーヒー淹れるよ!」
はな「食べちゃダメ! これは持ち帰ります。あとこのドーナツも没収」
しまじろう「そんな……」
はな「いい? 兄さんはこのままじゃ間違いなく糖尿病になるわ! あたしは兄さんのためを思って……」
しまじろう「あ、ゴール決まった! やりい!」
はな「兄さん……!」
説教はその後、小一時間ほど続いた。
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