南夏奈「藤岡、あそこで雨宿りするぞ」 (55)

ザァァァ……!!

夏奈「わー、降ってきたなぁ。なんだよぉ、天気予報じゃ夜は晴れますって言ってたのに。あいつの予報だけは今後、一切見ないことにする!」

藤岡「そんなことよりどこかで雨宿りしないと!」

夏奈「そもそも、今日お前が遊びに誘うからこうなったんだ。責任とりなさいよ」

藤岡「とるから! だから南も一緒に雨宿りできそうなところを探して!」

夏奈「こんなことならケイコと別れるんじゃなかったな。アイツもぐっしょり濡れたらよかったんだ」

藤岡(くそっ。早くしないと南が風邪を引いちゃうかもしれない。本当なら家まで送りたい)

藤岡(かといって、南の家まではまだかなりあるし……)

藤岡「コンビニかカラオケボックスでもあれば……!!」

夏奈「お。藤岡、あそこ。いいんじゃないか」

藤岡「え?」

夏奈「ほら、あそこだ」

藤岡「あ、あそこって……」

夏奈「藤岡、あそこで雨宿りするぞ」

藤岡(アソコって……!! あそこって……!! た、たしか……ラブなホテルじゃ……!? 南、まさか……南……そうなのか……南……!?)

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夏奈「カラオケ付きとかいてあるから、カラオケボックスだな」

藤岡(南からあんな場所に誘ってくるなんて……これは……でも……)

夏奈「藤岡、どうした? 行かないのか? 私は行くけど」

藤岡(いや、中学生が入っていい場所でもない気がする……!! でも、全身が濡れている南はなんだか大人っぽいし、別に悪くない、むしろ、大人びているようにも……)

藤岡(そうじゃない!! そうじゃないだろ、俺!! 南が可愛いとか、綺麗とか、大人びているから誤魔化せるとか!! そんなことは問題じゃないんだ!!)

夏奈「いくぞー」

藤岡「待ってくれ!! 南!! 探せばきっとコンビニやカラオケ付きボックスじゃなくて、ちゃんとしたカラオケボックスもあるはずだ!!」

夏奈「でも……」

ザァァァァ……!!!

夏奈「これだし、他には民家ぐらいしかないぞ、この辺。ホントに探す気か?」

藤岡「くっ……」

夏奈「ほら、行くぞ。文句いうな」グイッ

藤岡「ま、待ってくれぇ、みなみぃ!!」

夏奈「もちろん、カラオケ代はお前持ちな」

藤岡「勿論だ!!」

フロント

夏奈「ん? カラオケボックスにしてはなんか暗いな。店員もいないし」

藤岡(初めて入った……)

夏奈「これはなんだ? これで、部屋を選べばいいのか。それじゃ、なんか一番広そうな部屋で」ピッ

カシャン

夏奈「鍵が出てきたぞ」

藤岡「ホ、ホントだね」

夏奈「この部屋に行けばいいんだな」

藤岡「多分、そうじゃないかな」

夏奈「よし、行くぞ」

藤岡「あ、ああ……」

夏奈「それにしても他の部屋からは歌声が一切聞こえてこないな」

藤岡「防音設備が整っているんじゃないかな」

夏奈「ふーん。お、エレベーターがあるな」

藤岡「の、のろうか」

部屋

夏奈「おぉー!! おぉー!! 藤岡ー!! ここ凄いぞー!! ホントにカラオケボックスかー!?」

藤岡「ち、違うんじゃ、ない、かなぁ」

夏奈「こんなに大きなベッドがあるカラオケボックスってあるのかー!! 思わず跳ねてみたくなるな!!」

藤岡(南は今を純粋に楽しんでいるだけだ。ここはカラオケボックスなんだ。そう思うことにしよう。いや、思わなくちゃいけないんだ)

夏奈「おいおい! テレビゲームもあるぞ! サービスが行き届きすぎだろ!! どうなっている!!」

藤岡「と、泊まる人もいるからじゃないかな」

夏奈「マンガもあるし、DVDも見れそうだな。確かにこのまま一夜を過ごしても問題なさそうだな」

藤岡「い、一夜ですか!?」

夏奈「ダメなの? ああ、でも、まだフリータイムの時間じゃないよな。オールはできそうもないか。藤岡のお財布的に」

藤岡(俺はどうして少しだけ、本当に少しだけだけど、ガッカリしたんだ。よくわからない、ということにしておこう)

夏奈「そんなことより、タオルとかないのか。ここまで揃っているならタオルはあるだろ」

藤岡「あ、あっちに浴室があるけど」

夏奈「なに!? 風呂まであるのか!? どういうカラオケボックスなんだ!?」

藤岡「さぁ、きっと高級なんじゃないかな」

夏奈「高級、なのか」

藤岡「う、うん、多分」

夏奈「……」

藤岡「ど、どうしたの、南?」

夏奈「あの風呂は、別料金だろうから、我慢したほうがいいよな」

藤岡「え?」

夏奈「流石に、これ以上は藤岡に悪いし、私は財布的に支払い能力がないし」

藤岡「南はお昼にたくさん使ってたもんね。俺が奢るっていったのに」

夏奈「お前が映画代は全部払った。あとのご飯やグッズ的なのまで払わす気はない。そんなことしたらまたハルカに怒られるからな」

藤岡「あはは。ハルカさん、厳しいね」

夏奈「藤岡の好意に甘えるだけで怒られるなんて、おかしいよな。藤岡から奢るっていってるのに。ハルカは『いつもいつも、藤岡くんに奢らせちゃダメよ』ってうるさいんだ」

藤岡(言わなきゃいいのに。いや、きっとハルカさんに怒られるっていうのはただの口実で、南もオレに奢らせたいわけじゃないのかもしれない。南は、優しいから……)

夏奈「それにしても困ったな。服が濡れきっていて、気持ち悪いんだが」

藤岡「風呂は別料金じゃないと思う。料金に含まれているはずだから、使っても構わないよ」

夏奈「そーなのか!? それならそうと早く言ってくれよぉ! 入ってくる!!」

ザァァァ……

藤岡「ふぅー……」

藤岡(何故だ。何故、オレは今、こんなにも緊張しているんだ。試合前よりも緊張しているじゃないか)

藤岡(このまま雨脚が弱まるまでカラオケかゲームするだけなんだ。何を緊張する必要があるんだ)

藤岡(枕元にあるゴム製品の所為か。そういうことにしておこう。ゴム製品が悪いんだ)

夏奈『ふじおかー』

藤岡「ひゃぁい!? な、なんでですか!?」

夏奈『なんでそんな声を裏返す?』

藤岡「ちょ、ちょっと、考え事をしていた所為だ」

夏奈『声が裏返る考え事か。余程のことなんだな』

藤岡「ああ。南には教えられないぐらいのことだ」

夏奈『それはそうと、風呂の中に空気がパンパンに入ったマットがあるんだけど、これって何に使うと思う?』

藤岡「分からないよ」

夏奈『そうか。あと、シャンプーだと思って出したやつが、異様にヌルヌルしているだけで泡立たないんだけど、どうしたらいい?』

藤岡「あ、洗い流したほうがいいんじゃないでしょうか!?」

夏奈『でもこれ、いい感じにヌルヌルしていて、全身にぬると少し気持ちいいな』

藤岡「……」

藤岡(想像するな!! 南がヌルヌルした液体をどこにつけていようと想像するな!! 全身にぬると言ったけど、もう想像しないってことにするんだ!! 俺は!!)

夏奈『ここをヌルヌルにするとこうなるのかー』

藤岡(どこをヌルヌルするんだ!! どこなんだ!! どこをヌルヌルにするのかは想像してもいいのか!?)

夏奈『ふじおかー』

藤岡「な、なんだ、みなみぃ!」

夏奈『良かったら、飲み物とか食べ物を注文しておいてくれないか』

藤岡「あ、ああ、うん! 分かった!! 何がいい?」

夏奈『藤岡に任せるよー。よろしくなー』

藤岡(落ち着け、オレ……。落ち着かないと、メニューがどこにあるのかも、分からないじゃないか)

藤岡「あ、これだ」

藤岡(品数が多いな……。ちょっとしたファミレスぐらいある……)

藤岡「これとこれを頼もう……。ええと、やっぱりフロントに電話、するんだよな……多分……」

夏奈『あー!? しまったー!?』

藤岡「どうしたの、南!?」

夏奈『着替えがない』

藤岡「あ、ああ……」

夏奈『服はすぐに乾かないし、どうするか。バスタオルを体に巻いて出ていってもいいとは思えないし」

藤岡「それは……ダメだ!!」

夏奈『どうして間があったんだ』

藤岡「ちょっと考え事をしていた所為だよ」

夏奈『そうか。なら、仕方ないな。にしても困った。私はこの風呂場で一夜を明かすことになり兼ねないな。魂までふやけてしまうぞ』

藤岡「うーん……。あれ? これは……」

夏奈『どーすればいいんだー』

藤岡「南!! 安心してくれ!!」

夏奈『どうした!! 乾燥機まで完備してあるのか!?』

藤岡「服を借りられるみたいだ!! これさえあれば南も浴室から出てこれる!!」

夏奈『でかしたぞ、藤岡!! どんな服を貸してくれるんだ、この優良カラオケボックスは!?」

藤岡「……」

夏奈『藤岡ー?』

藤岡(これは、オレが着てほしいものを選んでいいのか……いや、そんなこと、南に選んでもらわないと……)

夏奈『どうしたんだよー』

藤岡「メ、メイド服とかあるみたいだけど!」

夏奈『メイド服?』

藤岡(いってしまったー!? ただの願望を言ってしまったー!!! オレはなんて最低なんだー!!)

夏奈『それでもいいけど、他には何かないのか?』

藤岡「え? ああ、巫女や看護師もあるけど」

藤岡(またオレは欲望を口から吐き出してしまった!!!)

夏奈『それじゃあ、メイド服で』

藤岡「よっしゃ!!」

夏奈『何か当たったのか?』

藤岡「いや、何も当たってない」

夏奈『そうか。それじゃあ、それも注文しておいてくれ。私はこの大きめの風呂を堪能するから』

藤岡「うん! わかったよ!!」

ビー

藤岡「え? なんだろう」

藤岡「……」

藤岡「チャイムなのかな。は、はい?」ガチャ

藤岡(あ、料理と服が置いてある。顔を合わせないようになってるんだ)

藤岡「南ー、服が届いたよー。扉の傍に置いておくから」

夏奈『サンキュー。藤岡はひとまず離れたところにいてくれ。できれば扉の位置が死角になるところを選んでほしい』

藤岡「トイレに行きたかったところなんだ」

夏奈『そうかそうか。都合がいいな』

藤岡「……」

藤岡(ここで待っていれば、南が扉を開ける。すると、オレは南の全てを見てしまうんだろうか)

藤岡「……」

ガチャ

夏奈「おー、これか。よいしょっと」

夏奈「内田がこういうの着てたな」

夏奈「おーい、藤岡ー。もういいぞー」

藤岡「あ、着替え終わった?」ガチャ

夏奈「長いトイレだったね」

藤岡「いつ出ていいかわかなくて」

夏奈「で、どうだ、ご主人様。似合っているかい?」

藤岡「うん。うん」

夏奈「ま、私に似合わない服なんて、ないがな」

藤岡「うん、うん」

夏奈「何度も頷くな。似合っているのはわかったから。なんか、そう頷かれると、恥ずかしいだろ」

藤岡「ごめん。想像以上に、似合ってたから、思わず何度も頷いちゃった」

夏奈「それより、風呂に入って来い」

藤岡「え……!?」

夏奈「どうした。お前も風呂に入りなさいよ」

藤岡「あ、うん、そうだね……いってくる……」

夏奈「……巫女でもよかったか?」

夏奈「はむっ。はむっ」モグモグ

藤岡『み、みなみー』

夏奈「どーした、ふじおかー。藤岡が頼んでくれたカレーライスはきちんとたべてるけどー?」

藤岡『オレも、その、着替えがないんだけど、どうしたらいいかなって』

夏奈「メイド服でも着るかい?」

藤岡『そ、それは、ちょっと』

夏奈「藤岡はパンツだけでいいだろ」

藤岡『いいんですか!?』

夏奈「問題あるのか」

藤岡『でも、南的にどうなのかなって……』

夏奈「カナちゃん的には問題ない。お前の上半身なんて何度も見ている。プールの授業とかで」

藤岡『プールの授業と今の状況って少し、違うような……』

夏奈「なら、ずっとそこにいる気か。私は構わないけど」

藤岡『み、南が、そういうなら……出るよ……。出るから!!』

夏奈「気合はいってるな、藤岡」

夏奈「うーん……?」

藤岡「で、たよ、南……」モジモジ

夏奈「出たか」

藤岡「あの、ホントにこのままで、いいのか、オレ」

夏奈「なぁ、藤岡。これって自動販売機なのか?」

藤岡「え? ああ、そうじゃないかな? お金をいれて、欲しいもののところを開けるんだと思うけど」

夏奈「ちょっとお金を工面してくれないか」

藤岡「な、何か欲しいものでもあるの?」

夏奈「このマッサージ機が気になる」

藤岡「そ、それは……!? それは、南……それは……!?」

夏奈「肩に当てたら気持ちよさそうだ」

藤岡「肩なら、オレが揉むよ!! 南!! だから、これは買わなくてもいいと思う!!」

夏奈「お……そ、そうなの……?」

藤岡「ああ!!」

夏奈「そこまでいうなら、揉んでもらうよぉ」

藤岡「どうだ、南?」モミモミ

夏奈「あー、いいかんじだねぇ」

藤岡「南も肩こるんだ」

夏奈「マッサージは気持ちいいからな」

藤岡「そうなんだ」

夏奈「テレビでも見るか」ピッ

『せんせー!!』

『にのみやくーん!!』

夏奈「第2シーズン、今日からだったっけ」

藤岡(南、普通だな……。ここをカラオケボックスだって思ってるみたいだし、変に意識してるのってオレだけなんだ)

夏奈「焼き直しみたいなストーリーだね」

藤岡(オレも普通にしよう。ここをカラオケボックスだと思えばいいんだ。それだけだ)

藤岡(けど、オレは今半裸で、メイド服の南の肩を大きなベッドの上で揉んでいる……)

藤岡(中学生的にしていいことなんだろうか、これは……)

夏奈「なるほど。ここからおかしなことになるんだな」

南家

千秋「遅いですね」

春香「そうね……。今日は藤岡くんとケイコちゃんが一緒だって言っていたけど……」

千秋「どちらかに電話をしてみてはどうでしょうか」

春香「そうしてみるわ。まずはケイコちゃんに……」

千秋(何をしてるんだ、あのバカ野郎は。ハルカ姉さまを心配させて)

春香「あ、ケイコちゃんのお宅でしょうか、南ですけど。ケイコちゃん?」

ケイコ『はい。こんばんは、ハルカさん』

春香「あの、カナはそこにいる?」

ケイコ『え? いえ、もう1時間前に別れましたけど』

春香「そ、そうなの?」

ケイコ『もしかしてまだ帰ってないんですか?』

春香「うん、そうなの」

ケイコ『藤岡くんなら何か知っているかもしれません。私から連絡とってみます』

春香「ホント? ありがとう、ケイコちゃん」

部屋

夏奈「第2シーズンも見てみるか」

藤岡「これ、結構面白いよね」

夏奈「そうだね。ところで、藤岡」

藤岡「なに?」

夏奈「いい加減、やろうよ」

藤岡「え……? え……!?」

夏奈「何故、ドラマ一本分の時間を使ってしまうんだ」

藤岡「や、やるのか……み、みなみ……」

夏奈「やるしかないでしょう。ここへ来た以上は」

藤岡「南……!」

藤岡(そ、そうか!! 南は分かっていてここへ誘ったのか……!! オレが、オレが鈍感だったんだ!!)

藤岡(付き合ってもいないのに、男をこんなところに誘う南なんて……南なんて……!!)

夏奈「どうした? ほら、やるぞ」

藤岡(好きだ!!)

夏奈「しあわせを~かかげ~て~どきどきた~のしんじゃ~お~」

藤岡「……」

夏奈「けい、けんち、じょっおしょっお~みててね~」

藤岡(そうだ。ここはカラオケボックスじゃないか。南的に。やることは一つじゃないか。カラオケ的なことだけじゃないか)

藤岡(どうして、こんなにオレはガッカリしているんだ。カラオケボックスで、他にやりたいことでもあったのか? 無いはずだ。そう思うことにしよう)

夏奈「わがままも~ひとり~じゃ~うまくできない~だからもぉっと~」

夏奈「いっしょにいたいっ、いまが~だ~いすき~」

藤岡「……」パチパチ

夏奈「ふははは!! どうだ、藤岡!! 私の歌声は!!」

藤岡「うん。素敵だと思う」

夏奈「そうだろう、そうだろう。はい、次、藤岡ね」

藤岡「お、俺はいいよ。まだ何を歌うかも決めてないから」

夏奈「なんだよぉ。それじゃあ時間がもったいないし、私が続けて歌うぞ」

藤岡「うん。頼むよ。俺も南が歌うところみていたいから」

夏奈「な、なに言ってるんだ。恥ずかしいやつだな」

南家

春香「え!? 藤岡くんも!?」

ケイコ『はい。まだ家に戻っていないそうです』

春香「な、何かあったのかしら……」

ケイコ『もしかしたらどこかで雨宿りをしているのかもしれません』

春香「あ、ああ。そうね。確かにこの大雨じゃ……」

ケイコ『私、傘を持って別れたところまで行ってみます。近くのコンビニとかに二人でいる可能性もあるので』

春香「それなら私も行くわ。夜も遅いし、ケイコちゃんだけには頼めないもの」

ケイコ『けど……』

春香「待ち合わせしましょ。私が傘を持っていくわ」

ケイコ『分かりました。では、駅前で』

春香「ええ」

千秋「ハルカ姉さま……」

春香「カナを迎えに行ってくる。チアキは……」

千秋「まだ起きてます。ハルカ姉さまとカナの帰りを待ちます」

春香「ホントにいいのよ。先に寝ててくれても」

千秋「いえ。待ちます」

春香「チアキ……」

千秋「お願いします」

春香「うん。分かった。それじゃ、お留守番お願いね」

千秋「はいっ」

春香「行ってきます」

千秋「お気をつけて」

春香(チアキも心配してるのよ、カナ。どこにいるの……)

千秋「……」

千秋「バカ野郎……」

千秋「私は良い子だから寝るのが早いんだ。それぐらい知っているはずだろう」

千秋「カナ……」

千秋「早く帰ってこないと、先に寝るからな。ごはんも温めてなんかやらないからな」

千秋「だから、早く戻って来い……」

部屋

夏奈「つかれたー!! もううたわん!! カナちゃんは歌いつかれた!!」

藤岡「あはは、でも、カナの歌、全部よかったよ」

夏奈「だろう? そんな天使の歌声を独り占めできるお前は、中々の幸せ者だな」

藤岡「ホントだね」

夏奈「はー。ちょっと、この豪華なベッドで横になるかー」

藤岡「……」

夏奈「おぉー!! 結構弾むぞ、これ!」ボヨンボヨン

藤岡(ここはカラオケボックスだ。大きなベッドあるカラオケボックスなんだ。そう思うしかないんだ!!)

夏奈「はぁー。今、何時だ?」

藤岡「10時だね」

夏奈「ハルカ、怒ってるだろうなぁ」

藤岡「そういえば、連絡もできてないな」

夏奈「こういうときにケータイがあればなー」

藤岡「雨はどうなんだろう?」

ザァァァ……

藤岡「南、まだかなり――」

夏奈「すぅ……すぅ……」

藤岡「南……」

夏奈「うぅん」

藤岡「……」

藤岡(ここはカラオケボックスだ……何度も言うけど、ここはカラオケボックスで、ホテルなんかじゃないんだ……!!)

藤岡(枕元にゴム製品があっても、南がメイド服を着てても、オレが半裸でも、ここはただのカラオケボックスなんだ!!)

夏奈「うーん」ピラッ

藤岡「……!」

藤岡(ここはカラオケボックスだから!! たとえ、南が寝返りをうった拍子に見えてしまうものがあっても、それは何を、掛布団的なものをかけてあげなければいけないんだ!!!)

藤岡「これでいいんだ」

夏奈「うふふ……」

藤岡「はぁ……」

藤岡「そういえば、この固定電話って、フロントだけじゃなくて、外にも繋がるのか……?」

南家

千秋「……」ウトウト

プルルル……プルルル……

千秋「はっ!? で、電話か……。はい、もしもし。南です」

藤岡『あ、チアキちゃん? よかったぁ、つながった』

千秋「藤岡……藤岡なのか……」

藤岡『うん。ごめん、こんな時間まで連絡もしないで。連絡の仕方がよくわからなくてさ』

千秋「カナは一緒なのか」

藤岡『うん。一緒だよ』

千秋「そうか。どこにいるんだ?」

藤岡『それは……』

千秋「ん? どうした?」

藤岡『……』

千秋「藤岡。どうしたんだ? 何かあったのか』

藤岡『……』

部屋

藤岡(俺はなんて過ちを犯してしまったんだ……!!)

千秋『もしもし? ふじおかー、応答してくれー』

藤岡(今、オレと南がどこにいるかなんて言えるわけないじゃないか!!! オレは何をやっているんだ!!)

藤岡(ここは南的にはカラオケボックスだけど、世間的にはそうじゃない!! ここをカラオケボックスだと言い張っても、誰にも通じないじゃないか!!)

千秋『藤岡? 一体、何が起こっているんだ』

藤岡(チアキちゃんじゃダメだ。そ、そうだ、ハルカさんに! ハルカさんなら、事情を察してくれるはずだ!!)

藤岡「えっと、ハルカさんと代わって欲しいんだけど」

千秋『ハルカ姉さまはカナを迎えにいくといって、出てしまった』

藤岡「な、なんだって!?」

千秋『今頃は二人を捜していると思うぞ』

藤岡(オレと南を捜している……!? それってハルカさんに心配させてしまっているってことか……。だったら、早くここから出ないと……)

千秋『藤岡。現在地を教えてくれ。そうすれば、ハルカ姉さまに二人の居場所を伝えられる』

藤岡(そんなことできるわけないじゃないか!! ハルカさんがここにきてしまえば……それはそれで……い、いや!! ない!! そんなことになっちゃいけない!!!)

千秋『藤岡、どこにいる』

南家

藤岡『ごめん。チアキちゃん』

千秋「あえ?」

藤岡『それだけは、言えないんだ』

千秋「何故だ」

藤岡『ごめん、チアキちゃん!」

千秋「お、おい、藤岡」

ツー……ツー……

千秋「ふ、藤岡……」

千秋「カナと何かあったのか。それとも……」

千秋「どうしよう……どうしたらいいんだ……」

千秋「と、とにかく、あれだ、えっと、大人の人に相談したほうが……大人といえば……」

千秋「タケルか。そうだ、タケルだな」ピッピッ

タケル『はい、もしもし?』

千秋「タ、タケルぅー、たすけてくれぇ」

駅前

ケイコ「丁度、この辺りで別れたんです。それで二人は向こうの方向へ」

春香「家の方向ね。藤岡くんのことだから、カナを送っていこうとしてくれたのね」

ケイコ「そのあとのことは……」

春香「行ってみましょう。歩いていればコンビニとかカラオケボックスとかあるでしょうし」

ケイコ「はい」

ピリリリ……

ケイコ「あれ?」

春香「どうしたの?」

ケイコ「ハルカさんの家から電話が」

春香「きっとチアキね。ちょっといいかしら?」

ケイコ「どうぞ」

春香「ありがとう。はい、もしもし。チアキ?」

タケル『ハルカちゃん? 今、どこにいるのかな』

春香「おじさん!? ど、どうして家にいるんですか!?」

部屋

藤岡「南、南」

夏奈「う……ん……」

藤岡「南、起きてくれ」

夏奈「なんだよぉ……」

藤岡「そろそろここから出よう」

夏奈「もう時間か? 延長、してくれ」

藤岡「そういうわけにも行かないんだ。チアキちゃんやハルカさんが心配してる」

夏奈「電話でもしたのか」

藤岡「ああ」

夏奈「そうか。なら、帰るか」

藤岡「そのほうがいいよ」

夏奈「ところでお前、このベッドで寝てみたか?」

藤岡「へ? いや、まだ」

夏奈「だったら、一度は寝てみろって。これ、すっごいフカフカだぞ。ほら」グイッ

藤岡「うわっ!?」バフッ

夏奈「な? いいだろう? お前がここはおごるんだから、少しは堪能しておいたほうがいいぞ」

藤岡「南……」

夏奈「良い部屋だし、きっと高いだろうからな。先に謝っておくけど」

藤岡「そんないいんだ。オレは南が喜んでくれたら、それで」

夏奈「いちいち恥ずかしいな」

藤岡「そ、そうかな?」

夏奈「そこまで私を喜ばせたいっていうなら、お前はいつかこーんなに大きなベッドを置いても窮屈にならない家に私を住まわせてくれるのか?」

藤岡「え!? あ、えっと……」

夏奈「どうなんだよ。フカフカでボヨンボヨンできるこのベッドを置ける家を用意してくれるのか?」

藤岡「俺は……その……」

夏奈「……」

藤岡「勿論だ。南がそれを望むなら」

夏奈「すぅ……すぅ……」

藤岡「あ、あれ? 南?」

夏奈「すぅ……すぅ……」

藤岡「南、起きてくれ。すぐにでも出ないとまずいんだ」

夏奈「うぅん」

藤岡「はぁ……」

夏奈「うへへへ」

藤岡(ダメだ。こんなに無防備な姿でいる南を強く起こすことはオレにはできない)

藤岡(かといって、このままだと事態が大きくなるかもしれない)

藤岡(ハルカさんもチアキちゃんも今頃……)

藤岡(やっぱり、起こさないと!! 起こさないといけないんだ!!)

藤岡「南……」

夏奈「すぅ……すぅ……」

藤岡(あと5分だけ、眺めていてもいいだろうか?)

夏奈「ふふ……」

藤岡「……」

藤岡「すぅ……すぅ……」

南家

千秋「すまん、タケル」

タケル「いや、いいんだよ。不安になるよね、こんな時間に一人きりだと」

千秋「お留守番には慣れているつもりだったんだが」

タケル「いつ帰ってくるか分からないのに留守番をして待つなんて、本当に怖いよ。もしかしたら、もう帰ってこないんじゃないかって思ってしまうこともある」

千秋「……」

タケル「そう。結局、レイコさんは帰ってこないんだ……だから、料理も冷めてね……」

千秋「コ、コーヒーでも淹れよう」

タケル「ありがとう、チアキちゃん」

千秋(危ない、危ない)

タケル「日付が変わったら警察にも連絡しないといけないかもしれないね」

千秋「け、けいさつ……?」

タケル「うん」

千秋「そんな……カナは確かにバカだが、悪いことは、あまりしないと思う……」

タケル「そうじゃない。カナちゃんや藤岡くんが何かに巻き込まれた可能性もあるんだ」

住宅街

ザァァァァ……

ケイコ「この辺りのコンビニはここで最後ですね」

春香「カラオケボックスはなかったし……一体、二人はどこに……」

ケイコ「……!」

ケイコ(あれは……)

春香「まさか、何かに巻き込まれて……。あぁー!! そんなー!! カナの最後の言葉が『トイレの電球がきれてるぞー』だなんてー!!! せめて『いってきます』だったらー!!!」

ケイコ「落ち着いてください! ハルカさん!」

春香「けど、けど……」

ケイコ「これは、可能性の話になってしまうんですけど」

春香「なに?」

ケイコ「あそこに入ったとは考えられないでしょうか?」

春香「あそこって……?」

ケイコ「カラオケ付きと書いてあるホテルです」

春香「……」

ケイコ「一応、カラオケですから」

春香「待って、ケイコちゃん。それは話が飛躍していると思うの。普通は事故とか事件に巻き込まれたって、思わない?」

ケイコ「そう思いたくないから、あそこにいるって考えたんです」

春香「うーん。でも、二人は中学生だし……」

ケイコ「例えばですけど、カナがあの『カラオケ付き』という看板を見て、こう言ったのかもしれません」

ケイコ「――カラオケ付きとかいてあるから、カラオケボックスだな」

ケイコ「とか」

春香「……ありえる。でも、カナだって女の子だし、藤岡くんだって男の子だし」

ケイコ「それに藤岡くんは一度チアキちゃんと連絡をとって、どこにいるのかも告げなかったんですよね」

春香「おじさんはそう言っていたけど」

ケイコ「あのカラオケ付きホテルにいるなんて、藤岡くんがチアキちゃんに伝えると思いますか?」

春香「……思わない。けど!! カナだって女の子だし、藤岡くんだって立派な男だから!! おかしなことで盛り上がってるかもしないから!!」

ケイコ「どうしますか? このまま警察に行きますか」

春香「う……」

ケイコ「ハルカさん」

部屋

――ふじおか。

藤岡(カナ……?)

――藤岡。起きろ。

藤岡(カナがオレを起こしてくれている……)

――起きろって。

藤岡(こうしてカナに起こしてもらうのがオレの夢だった――)

夏奈「起きろっていってるだろー!!!」ドガッ

藤岡「おぉ!?」

夏奈「いつまで寝てるつもりだ!!」

藤岡「カ……南!? な、なにして!?」

藤岡(南がオレの上に乗ってる!? こんな大きなベッドの真ん中でして良い行為なのか!? それもメイド服で!?)

夏奈「見てみろ!!」グイッ

藤岡「え?」

夏奈「もう12時じゃないか!! 早く帰るぞ!!」

藤岡「うわぁ!? ホントだ!?」

夏奈「ハルカ、絶対に怒ってるぞ!! 藤岡、盾になってくれるよな!?」

藤岡「これは、オレの責任だから。勿論、出来る限りは南を守るよ」

夏奈「約束だぞ!! 絶対だからな!!」

藤岡「分かったよ」

夏奈「大体、どうして電話が鳴らないんだ。フリータイムに突入してしまっていたのか。藤岡、何時間で部屋を借りたんだ」

藤岡「多分、朝までじゃないかな」

夏奈「そんなにとる奴があるか。何をするつもりなんだ。まさか、お前、私をどうにかしようと……?」

藤岡「そ、そんなこと、思ってないよ!!」

藤岡(オレははっきりと嘘をついてしまった)

夏奈「そこまで強く否定するなよ。……面白くないな」

藤岡「……え?」

夏奈「着替える。覗くなよ」

藤岡「南……?」

藤岡(なんで機嫌が悪くなったんだろう……?)

夏奈「準備はできたか」

藤岡「ああ、うん」

夏奈「出るぞ」

藤岡「えっと、出るときはフロントに電話してくださいって書いてあるから、電話してみる」

夏奈「そうなのか」

藤岡(やっぱり機嫌悪いな……)

夏奈「……」

藤岡「はい、お願いします。――あとは下で清算したらいいみたい」

夏奈「そうか」

藤岡(余計なこと言ったかな。もしかして、寝言でなにか言ってしまったとか……)

夏奈「おい、藤岡」

藤岡「な、なに?」

夏奈「薄々感じていたんだが、ここってカラオケボックスじゃないよな」

藤岡「……」

夏奈「普通、カラオケボックスにベッドはないよな」

藤岡「ああ」

夏奈「であれば、ここはどこだと考えたときに、真っ先に思い浮かぶのはホテルなわけだが」

藤岡「そうかもしれない」

夏奈「でも、こんなに広い部屋に大きなベッドが一つだけ。しかも風呂も割と広い、ゲームもカラオケもできる。自販機にも色々そろっている」

藤岡「そうだね」

夏奈「もしかして……ここは……」

藤岡「……」

夏奈「スイートルームなのか?」

藤岡「オレ的にはスイートだったかもしれない」

夏奈「何故、藤岡的にスイートなのかはわからないが、やはりここがスイートルームだったのか。だったら、お前、金は大丈夫か」

藤岡「なんとかなると思う」

夏奈「そんなに持ってきてるのか」

藤岡「南と遊ぶ時は何があってもいいようにしているから」

夏奈「ふぅん。だが、折角のスイートだったのにもったいないな。やはり自販機のマッサージ機ぐらいは持って帰っても――」

藤岡「それだけはダメだよ、南」

ホテル 前

春香「出てきませんように……出てきませんように……」

ケイコ「あの、出てきてくれたほうがいいと思うんですけど。ここにいないと本当にもう事件に巻き込まれたとしか……」

春香「まだ、そのほうが……!!」

ケイコ「えぇ!?」

「おいおい、まだ降ってるじゃないか」

春香「……!!」

ケイコ「この声……」

夏奈「傘もないのにどうするんだ。また濡れなきゃいけないのか、私は」

藤岡「南だって早く帰りたいって言ったじゃないか」

夏奈「そうだが」

春香「ま、また、ぬれる……? あ、あぁ……」

ケイコ「雨に濡れるってことでは?」

夏奈「あと、これなんだろうな? 飴か?」

藤岡「それは……枕元にあった……ゴム製品……!?」

夏奈「食べ物じゃないのか」

藤岡「それは……」

春香「藤岡、くん……」

藤岡「え!?」

夏奈「おぉ!? ハ、ハルカぁ!?」

ケイコ「……」

夏奈「ケイコも一緒か!」

ケイコ「……」

夏奈「ケイコ? 何を訴えたいんだ?」

春香「百歩譲って……カ、カナの……を……奪うのは……いいと、しても……さ、最初から……そんな……無しで……なんて……」

藤岡「え? あ!? ま、待ってください!! 違うんです!! これには!!」

春香「カナぁ!!!」

夏奈「は、はいぃ!?」

春香「どーして自分を大事にしないの!? 貴方は女の子なのよ!! わかってないの!?」

夏奈「わ、わかってるつもりだけど!?」

春香「だったら、どうしてコレがここにあるの!!」

夏奈「コレはここにあったらいけないの!?」

春香「いけないでしょー!!!」

夏奈「ごめんなさぁーい!!」

藤岡「待ってください!! ハルカさん!!」

春香「藤岡くんも藤岡くんです!! どうしてカナのことを大事にしてあげないの!!」

藤岡「オレたちは、何もしていません!! だから、このゴム製品はここに真新しいままで、南が握りしめているんです!!」

春香「な、にも、してないの?」

夏奈「寝ただけだ」

春香「ねてるでしょー!!」

藤岡「違うんです!! 本当に寝ただけですから!!」

春香「不潔です!!」

ケイコ「カナ、中で何をしていたのか言ってくれない?」

夏奈「風呂にはいって、テレビみて、カラオケでしこたま歌って、寝た」

ケイコ「藤岡くんに、何かされた?」

夏奈「されなかった」

ケイコ「だ、そうです」

春香「あ……」

藤岡「本当に雨宿りのつもりで入っただけなんです。すみません、ご心配をおかけしてしまって」

春香「そうよね……藤岡くんがそんなことするわけ、ないわよね……」

夏奈「ごめんよ、ハルカ」

春香「もういいわ。私も取り乱してごめんね」

夏奈「チアキも怒ってる?」

春香「ううん。心配してる」

夏奈「そっか。なら、早く帰らないとな」

春香「そうね。藤岡くん?」

藤岡「はい?」

春香「また、カナのことよろしくね」

藤岡「あ、は、はい!!」

ケイコ「……?」

藤岡「オレが家まで送っていくよ」

ケイコ「いいの?」

藤岡「うん」

ケイコ「……ねえ、藤岡くん」

藤岡「どうしたの?」

ケイコ「さっき、カナがおかしなこと言ってなかった?」

藤岡「え? 言ってた、かな? よくわからないけど」

ケイコ(何かされた?と私が訊いたら、カナはされなかったと答えた……)

ケイコ(普段のカナだったら、何かってなんだ?みたいに聞き返してくれると思うんだけど……)

ケイコ(もしかして、カナ……)

藤岡「あの、なにかな?」

ケイコ「……」

ケイコ(こんなこと言うの、恥ずかしい……)

ケイコ「ううん。なんでもない」

藤岡「そ、そっか」

南家

千秋「バカ野郎」

夏奈「おかえりなさいが先でしょー!?」

千秋「バカ野郎にバカ野郎と言って何が悪い。バカ野郎」

夏奈「もういうなよー!!」

タケル「無事でよかったよ。ホントに」

春香「ごめんなさい。タケルおじさん」

タケル「いいよ、いいよ。どうせ、家にいてもね……レイコさんがね……帰ってこなくてね……」

春香「……」

千秋「バカ野郎」

夏奈「だから!!」

千秋「……ばかやろう。帰ってくるなら、もっと早く帰ってこい」

夏奈「チアキ……。悪かったって」

千秋「しばらく、風呂掃除だからな」

夏奈「何故、そーなる!?」

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