世界を滅ぼす愛 (18)

地の文があります。

博士、男の二人のみ登場するSSです。

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あるところに博士がいた。

白衣を着て、実験器具を扱っている。


ここはとある山の中の研究所である。

研究所といっても、いるのは博士一人で他には誰もいない。

彼はそんな環境を気に入っていたし、そんな環境だからこそ研究に没頭できた。



博士「ついにできたぞ」

フラスコに入ったピンクの液体を眺めて、彼は顔をほころばせた。

同時に、久しく喋っていなかったことを思い出して、彼は苦笑した。

博士「それだけ、研究に集中していたのだろう」

博士は再び液体を眺めながら嬉しそうに語りかける。

博士「ようやく生まれてくれたか。お前は世界を滅ぼすために生まれたんだよ」

ピンクの液体に反応は無かったが、自らの言葉に博士は達成感を噛み締めた。

博士「私は、やりとげたぞ。ついに作ったのだ」

ざまあみろ、と言わんばかりの笑い声があがる。


博士「いやあ、しかし、急に疲れがやってきたようだ。お腹もペコペコだ。何か食べるものはあっただろうか」

博士はキッチンへと向かうために部屋を出た。

しかし、ふと思い直した。

せっかく完成したのだ、今日は少し豪勢なものを食べたらどうだろうか。

そうだ、わざわざ自分で用意するなど馬鹿馬鹿しい。

高い出前でも頼んで、とっておきの酒を飲もう。



しかし、それは叶わぬこととなった。

電話をかけるために部屋へ戻ると、見知らぬ男が立っていたからだ。

博士「何者なのだ。どこから入った」

男は笑って窓を指差した。

博士「なるほど、そういえば窓を閉めていなかった気がする。差し詰め、運に恵まれた泥棒といったところか」

男は笑いながら手に持ったフラスコを掲げてみせた。

博士「それは、私が作ったものだ。価値など無い。いいから、返しなさい」

男「いやあ、あんた。俺はこれがどんなものだか、知っているんですよ」

驚く博士に男が説明をし始める。


男「こんなところで一人で研究しているなんて、怪しいと思っていたんだ。だが何を作っているかはわからなかった」

男「馬鹿正直に聞いても教えてはくれなかっただろうしな」

しかし、と男は続けた。

男「俺はさっき、ようやく聞きたいことを聞けたのさ」

博士「ははあなるほど、盗聴器でも、仕掛けていたのか。それにしても、ずる賢いやつだ」

男は笑いながら答える。

男「俺はとあるテロ組織の一員だ。あんたが兵器でも作っているんじゃないかとずっと調べていたのだ」

男「だがまさか、本当に人を殺すためのものを作っているとは」

博士「その液体が? とんでもない!」

声を荒げて博士は続ける。

博士「その液体は人を殺すことなどできない。さあ返しなさい。大人しく返せば君の事は通報しないでおこう」

返答は、勝ち誇ったかのような高笑いであった。

男「今更隠したって無駄だ。俺はあの時確かに『世界を滅ぼす』という言葉を聴いたのだから」


博士「誤解だ。それは」

男「誤解なものか。俺はこの液体を使って世界中を混乱に陥れてやる」

そう言うと、男はフラスコを持ちながら博士へと向かっていく。

男「まずはお前の口封じだ。お前が死ねばこの液体のことを知るものはもういない」

男「ついでだ。この液体の効果を、あんたの身体で試すとしよう」

博士「それはまずい。勘弁してくれ」

博士は逃げ出した。

が、研究で疲れた身体ではまともに逃げられなかった。

男はすぐに博士を捕らえた。 押さえつけながら、ゆっくりとフラスコを傾けていく…

男「これであんたはおしまいだ」


フラスコから数滴たれたピンクの液体は、博士にかかるや否やすさまじい煙を上げた。

男は驚いて博士から飛びのくが、すでに煙は部屋中に充満する勢いであった。

男「なるほど、これは強烈な酸だったのか。なんと無残な死に方だろうな」

目の前を覆う煙は、少しずつ窓から外へと出て行く。



しばらく後。

煙が晴れていくと、これまた男は驚いた。

博士が無傷でその場にいるのである。

変わったところといえば、博士がすすり泣いていることくらいである。

男「ははあ、量が足りなかったか。もっとたくさんかけてやろう」

男の言葉に博士はおののいた。

博士「そんなことをしたら、本当に世界が滅んでしまう」

男「やはり、嘘をついていたな。この液体は、世界を滅ぼせる」

再び博士を押さえつけた男は、残忍な顔をしてフラスコを傾けていく。

男「どれ、酸の効果をもっと見てやろう」

博士の悲鳴と白い煙が、部屋中を満たしていく。

そのあまりの煙の量に、男はうっかりフラスコを落としてしまった。

男「しまった、せっかく手に入れたというのに」


不憫なのは博士の方であった。ついに液体の全てをかぶってしまったのである。

さっきとは比べ物にならない博士の悲鳴が部屋に響いた。

白い煙にいたっては、とどまるところを知らず、永遠に出続けるかのようであった。

男「おお、これはさすがの俺でも罪悪感を覚えてしまうほどだ」

男「確かにこれだけの威力の酸であれば、世界を滅ぼせたのかもしれないな」



部屋に満ちていた煙は窓からあふれ出ていき、周りの山々を、またその近くの村を、遠く離れた街を、果てには国全体を覆う程の量となっていた。

それどころか、煙は地球の裏側まで届き、世界中が煙に包まれることになった。

当然、大パニックが起きた。

全世界同時の霧だ、宇宙人の侵攻だ、地球の終わりだなどと人類総出の大騒ぎとなり、死傷者も多く出すこととなった。


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どれだけ時間がたっただろうか。

地球を覆っていた煙も晴れ、世界は日常に戻りつつあった。

山奥の研究所では、未だ煙を見送る男と、未だ変化のない博士がいた。

男「なんだ、結局失敗作だったのか。なにも変わらないではないか」

呆れて言う男に対して、泣き止んだ博士が悲しく告げた。

博士「残念だが、世界は滅びを迎えるようだ。あの煙の量では、おそらく地球の裏側まで…」

男「なにを言うんだ。なにも起きなかったではないか」

博士「これから、起こるのだ」

博士は悲しみと絶望でまわらない舌を何とか動かして言った。

そんな博士の姿を見て、男は妙な胸騒ぎを覚えた。

博士「あの煙はゆっくり効いてくる。あの煙こそが私の発明なのだ」


男「いい加減教えたらどうだ。失敗作でないのなら、何の効果があったというのだ」

博士「少しでも煙を吸えばまるで魔法がかかったかのように気持ちが動かされる。あれは――いわゆる、惚れ薬なのだ」

男「なんだと!」

博士は構うことなく告げていく。

博士「人の細胞と反応することで煙を出し、その煙を吸った人間は必ず私のことが好きになる…」

男「まさか! そんなもの、あるわけがない!」

男の胸騒ぎは増していく。いや、胸騒ぎではない、高鳴っているのだ。大きな音を立てて。

博士は首を振って答えた。

博士「君は間違いなく手遅れだ。吸いすぎているからな」

男「…なんてものを作ったんだ」

男の息はなぜか荒かった。 目の前の男を見ているうちに、いつの間にかそうなってしまっていたのだ。


博士「私はある女性を愛してた。その女性に愛を告げたが、振られてしまったのだ」

博士「もうどうでもいいと思った私はふと思った。私を愛さない世界なら滅ぼしてしまおうと」

博士「私を愛してくれる世界に作り変えてやろうと。…その時、私に悪魔がささやいた」

男「それで、こんな馬鹿げた薬を作ることにしたのか」

苦悶の表情で男がたずねた。その姿はやや前かがみになっている。

そうではない、と博士は悲しそうに告げる。

博士「思いついたのは、全人類を彼女――その女性にすることだ」

男「なんだと!」

博士「私の心の傷を治すにはそれしかなかったのだ! 数え切れないほどの彼女からの愛! それが欲しかった!」

博士の目から再び涙が零れ落ちる。

博士「だから私は作ってしまった! かけられた者の遺伝子を煙にのせて飛ばし、その遺伝子により吸った者の身体を作り変える液体…」


男はもはや話を聞いていなかった。

凄まじい動悸で、まともに立っていられなかったからだ。

その姿は少しずつ変化しつつあったが、男に気付く余裕など、もはやない。

ただ、目の前の白衣を着た男が妙に魅力的に見えて…

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男が荒い息で這って来るのを見て、博士はポツリとつぶやいた。

博士「あぁ、そうだった。私もあの煙を吸っていたのだ」

博士の顔はどことなく、いや間違いなく、上気していた。

博士「その煙を吸った人間は必ず私のことが好きになる…なんて素晴らしいものを作ったのだ、私は」

うっとりした顔で、博士は言った。


博士「目の前にいるこの男は――私は、なんと魅力的なことだろうか」

お疲れ様でした
これにて終了です

地の文は難しいですね
拙い作品ですが、少しでも読んでくださった方がいましたら、ありがとうございます

ご縁がありましたら、またどこかで
本当に、ありがとうございました

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