多田李衣菜「北条加蓮の憂鬱」 (29)



―――事務所


がちゃっ


李衣菜「おはようございまーす! 今日もロックに頑張ろーっ」



しーん……



李衣菜「……あれ? 誰もいない?」

李衣菜「Pさーん、ちひろさーん。泰葉、加蓮~?」トテトテ


李衣菜「んー、一番乗りならカギ締まってるはずだし――」ヒョイッ



加蓮「…………」ボーッ…

李衣菜「わっ」

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李衣菜「なんだ……加蓮いたの? 挨拶くらいしてよ、びっくりしたなぁ」

加蓮「…………」

李衣菜「ソファーに隠れてて見えなかったよ……あ、私が下歩いてるのが見えたからって脅かそうと思ったとか?」

加蓮「…………」

李衣菜「もー、ほんと悪戯好きっていうかなんていうか。あはは」

加蓮「…………」

李衣菜「……加蓮? どしたの、黙って」

加蓮「…………はぁ……」

李衣菜「ちょ、ため息とか……元気ないじゃん、どったの?」

加蓮「……別に。なんでもない」

李衣菜「いやいや、なんでもある顔してるし」

加蓮「してないってば……なんだっていいでしょ」

李衣菜「良くないよ……。もしかして熱でもあるの――」スッ…


加蓮「ない。しつこい」ペシッ

李衣菜「いっ……!?」

加蓮「あっ……!」


李衣菜「ってて……」

加蓮「……っ」プイッ

李衣菜「……え、えーと」

加蓮「…………」

李衣菜「そっ、そうだよね、さすがにしつこいよね。ごめんごめんっ」


加蓮「…………」

李衣菜「あ、あはは……」


李衣菜(う、うーん。どうしたもんかなこれ……)

加蓮「…………」


李衣菜「あ、あー……実は5月病とか? 」

加蓮「…………」

李衣菜「気持ち分かるよー、うんうん。なかなかやる気出ないよね」

李衣菜「でもほら、もう6月だしさ。元気出していこうよ!」

李衣菜「ってそしたら梅雨だけど。ん~、ジメジメの季節嫌だなぁ。ね、加蓮っ?」

加蓮「……李衣菜」

李衣菜「! う、うんっ、なに?」


加蓮「うるさい」

李衣菜「ご、ごめん……」

加蓮「はぁ……」

李衣菜「な、なんかあったの……? 私で良かったら聞くから……」

加蓮「……なんにもないって。李衣菜には関係ないでしょ」

李衣菜「なっ! か、関係ないって……!!」


李衣菜「ん、んぐ。……関係ないこと、ないと思うけど、なぁ……?」

加蓮「…………」


李衣菜(だ、ダメダメ私。こういうときは落ち着いて、ちゃんと話聞かないと)

李衣菜「関係なく……ないよ。私、加蓮の友だちだもん」

加蓮「…………」

李衣菜「悩みがあるなら聞いてあげたいし、私なんかでも助けになるなら助けてあげたいよ。だからさ……」

加蓮「…………」


李衣菜「ねぇ、加蓮ってば……」

加蓮「…………」

李衣菜「…………」

加蓮「…………」


李衣菜「……そんなに言いにくいこと?」

加蓮「……言ったってどうしようもないことだってあるでしょ」

李衣菜「そ、そんなこと言ってくれなきゃ……!」

加蓮「分かるの。……これは私が解決しなきゃいけない問題なんだから」

李衣菜「え」

加蓮「あ……」

李衣菜「問題って……?」

加蓮「っ……なんでもない。とにかく李衣菜に話すことなんてないから」スッ…スタスタ

李衣菜「あ、ど、どこ行くの? 私も」

加蓮「はぁ……なに、トイレにまでついてきて質問責めする気?」

李衣菜「う、ごめん……」

加蓮「…………」


かちゃり

ばたん……


李衣菜「……思ったより重症っぽいなぁ、どうしよ……」

李衣菜「うー……ん」


李衣菜(泰葉たちが来るまでになんとかしたいけど……ほんとなにがあったんだろ)

李衣菜(やさぐれモード、久々だもんなー……私だけじゃ荷が重いよ)

李衣菜(でも。それをなんとかするのが友だちだし、ロックだよね!)


李衣菜「……ロックってなんだ」


李衣菜(……そんなことより。加蓮が自分で解決しなきゃいけない問題、か。しかも他人に話せないくらいの……)

李衣菜「んー……」


李衣菜(もしかして今日重いのかな。……いや、女同士なんだから普通に言ってくれるよね、さすがに)

李衣菜(イライラしてるってより……、なんて言うんだろう)

李衣菜(怒ってる……じゃない、悲しそうというか……)


李衣菜(――あぁ、そっか)


李衣菜「落ち込んでるんだ、加蓮」

李衣菜(そうだ……そう考えるとやさぐれモードも納得できる)

李衣菜(ふふ、出会った頃のこと思い出すなぁ……。不安だったんだよね、加蓮。色んなことが)

李衣菜(だから……今もなにかが不安なんだ)


李衣菜「だとすると……本当によっぽどのことがあったってことだよね」


李衣菜(今の加蓮でも不安に思って落ち込んじゃうようなこと……うーん)

李衣菜(……まさか)


李衣菜(学校でいじめ、とか?)

李衣菜「…………そんなのありえないって思いたい、けど……」


李衣菜(……もしそうだったら、私が踏み込んでいいレベル超えてるんじゃないかな……)

李衣菜(踏み込んで余計に傷つけたりしたら……)

李衣菜(……ううん!)

李衣菜(私は加蓮の友だちだ……! 私だけじゃない、泰葉だっている。Pさんやちひろさんだって!)

李衣菜(むしろ相談しない加蓮が悪い! うん、そうだ!)

李衣菜(ひとりで抱え込むなんてずるいよ! 全然ロックじゃない!)


李衣菜「……うん、よしっ!」


李衣菜(当たって砕けろリーナ! なにがなんでも聞き出してやるっ!)



加蓮「――ただいま。……なにガッツポーズ決めてるの?」

李衣菜「わっ、あ、おかえり……って、顔濡れて……え、泣いて……!?」

加蓮「え? ……あぁ、顔洗っただけ。キツいこと言っちゃったなって……頭冷やしてきたの」

李衣菜「へ?」

加蓮「その……ごめんね。李衣菜に当たっても仕方ないって分かってたのに」

李衣菜「あ……う、ううん! いいよそんなの全然。気にしてないからさ。へへへ♪」

加蓮「……うん……。手まで叩いちゃって……ごめんなさい」

李衣菜「いいっていいって、そんな顔しない。ほら、座んなよ」ボフボフ

加蓮「ん……うん」ポフ


李衣菜「…………」

加蓮「…………」


李衣菜「……それで。もう一度聞くけど」

加蓮「…………」

李衣菜「なにがあったか、話してくれないかな……?」

加蓮「……、…………」

李衣菜「ごめん、つらいことかもしれない……でも私、本当に加蓮の力になりたいんだ」

加蓮「……李衣菜」

李衣菜「話すだけでも、気持ちが楽になるかもしれないでしょ?」

加蓮「…………」

李衣菜「私が嫌なら、泰葉やちひろさんもいる。Pさんだって絶対、加蓮のために協力してくれる!」

李衣菜「加蓮ママやパパだって、みんな加蓮の味方だよ。不安がることなんてないよ」

加蓮「……うん。でも、ほんとにこれは私の……」

李衣菜「む。まだそんなこと言うの?」

加蓮「…………」


李衣菜(ここまで頑ななんて……どうして――)


李衣菜「、あ――!」

加蓮「え……?」


李衣菜「そう、か。口止めされてるんだ……!」

李衣菜「他の人に話したら……酷い目に遭わせるって……!」ワナワナ…

加蓮「え、えっと……」

李衣菜「そうなんだね加蓮。分かった、相手がその気なら私も本気で……!!」

加蓮「ま、待って待って。なんの話? 相手って誰?」

李衣菜「そんなの決まってるでしょ! 加蓮をいじめてる犯人――!」



加蓮「は? 私いじめられてるの?」

李衣菜「は?」

加蓮「…………」

李衣菜「…………」


加蓮「……なにがどうしてそうなった」

李衣菜「……だって、あんなやさぐれモード久しぶり……」

加蓮「そ、それはごめんって。八つ当たりしちゃっただけ」

李衣菜「で、でもそれは不安だったからでしょ?」

加蓮「不安というか、うん……機嫌が悪かったのはたしかだけど」

李衣菜「……いじめ、ないの?」

加蓮「いじめ、ないよ?」


李衣菜「仲が悪いとかないの、学校の友だちと」

加蓮「むしろ前より良くなってるけど。ネイルのこととかアイドルのこととか、色々お喋りしてるよ」

李衣菜「ナンパがしつこかったとか?」

加蓮「そんなの余裕であしらえるし、泰葉が芸能人として街中でも目立たない方法っての、教えてくれたでしょ」

李衣菜「……伸ばしてた爪が折れちゃった?」

加蓮「それで不機嫌って李衣菜の中の私どうなってんの。だんだん悩みのレベル下がってない?」

李衣菜「じゃあなんなの!? なんであんな落ち込んでて機嫌悪かったの!」バンバン

加蓮「そ、そこまでキレないでよ……分かった、言うから」

李衣菜「最初からそうしてよ……! 私がバカみたいじゃん、本気で心配してさぁ……」

加蓮「ふふっ、それはありがと。私ってば愛されてる~♪」

李衣菜「い、いいから早く!」

加蓮「ふふふ、はーい。……んーでも、ほんとのほんとに私の問題だからね?」

李衣菜「それが謎すぎるんだってば……。いったいなんなの?」

加蓮「……うん。じゃあ話すね……」


加蓮「ずっと……ずっとね。お世話になってたの」

加蓮「いなくなって初めて分かる、なんて言うけどさ……。こんなに心に来るなんて思わなくて」

李衣菜「え……ま、まさか」


李衣菜(身近な人が亡くなっちゃった、とか……!?)

李衣菜(そ、そっちの方まで気が回らなかった……!)

李衣菜「つ、つらかったらやめていいよ?」

加蓮「うん、大丈夫。……いつも、駅を出てさ……すぐ見えてたのに」

李衣菜「うん……駅?」


加蓮「それが無くなっちゃうんだって。子どもの頃に初めて食べたのがそこだったの」

李衣菜「うん。……ん? 食べ……?」


加蓮「今日も朝寄ろうとしたら……張り紙があってね」

李衣菜「…………うん?」



李衣菜「なんて?」

加蓮「? なに?」

李衣菜「落ち着こう落ち着こう落ち着け。寄る? なにが? なにに?」

加蓮「え? 寄るでしょ、マック」


李衣菜「…………。……で? 張り紙?」プル…

加蓮「うん、張り紙」

李衣菜「一応、聞いていい? なんの張り紙なのかなぁ……?」プルプル…!

加蓮「なんのって……」





加蓮「『今週末に閉店します』、って。だから今度から帰りはどこでポテト食べようかなっt」

李衣菜「」プッチーン



―――

――




李衣菜「――待てぇぇぇぇえええええッ!! その頭に詰まったハッピーセットをぶち撒けてやるぅぅうううッ!!!」ダダダダッ!

加蓮「きゃあああああああ!!?!? ちょ、まっ、危なぁぁぁあああああ!!!??」ドタバタ



P「……なんで李衣菜はギター振り回しながら加蓮を追いかけてるんだ?」

泰葉「さぁ、私はなにも。くだらなすぎて話す気にもなりません」ハァ…

ちひろ「あらあら、暑いのに元気ですねー。はいどうぞプロデューサーさん、泰葉ちゃん。冷たい麦茶です♪」

P「やー、どうもちひろさん。ありがとうございます」

泰葉「ふふ、いただきますね」


李衣菜「あれだけ心配したのにぃッ! 加蓮のバカぁぁぁああああっ!!」

加蓮「ごめっ、ごめんってばぁ!? 許して李衣菜っ、ていうか助けてよぉぉおおおっ!!」


P「美味いな、麦茶」

泰葉「ええ、美味しいです」

ちひろ「李衣菜ちゃんと加蓮ちゃんの分はここに置いておきますね~♪」



おわり

というお話だったのさ
時折お姉ちゃんぶって真剣に相談に乗ろうとするも肩透かし食らって恥ずかしさのあまり追いかけ回すりーなかわいい

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