魔剣士「やはりフキノトウは最高だ」武闘家「えっ?」 (946)


第一株 植物愛

武闘家「なんかすごく苦いにおいがしてるんだけど」

魔剣士「この独特の風味がクセになる」

俺の最も好きな食べ物はフキノトウである。

武闘家「エリウス、今度は何の葉っぱ食べてるの?」

魔剣士「トリカブト」

武闘家「ちょっと……それ最凶レベルのやばい毒草じゃないの」

武闘家「植物に疎いあたしでも知ってるわ」

魔剣士「この苦み……たまらん。美味だ」

俺は植物であればなんでも食べるが、特に苦みや渋みの強い物が大好物だ。

普通なら灰汁抜きが必要な野菜だって未処理で食べるし、
どんな毒草も俺にとってはただの食材である。



・勇者「やっぱり処女は最高だね」戦士「え?」 の続編です。

・このSSに、実在する人物・団体等を誹謗中傷する意図は全くありません。

※エログロ注意(エロメインではない)


武闘家「うわあ……」

俺の隣にいる細マッチョ金髪美少女はドン引きしている。

つい昨日、とある出来事があって俺はこいつと共に旅をすることとなった。

――――――――
――

俺は植物研究のため、故郷を出て旅を始めた。

世界中の植物を食べて回りたくなったのである。
今年でもう18なんだ。親から離れたいというのもあった。

教授『研究室に籠りっぱなしも君にとってはつまらんだろう』

教授『行ってこい行ってこい。新たな発見があることを祈っとるぞ』

教授は快く送り出してくれた。

12歳になる年に飛び級で大学に入学した俺は、書類上は大学院生だが実質研究員だ。

植物学の権威である教授や一般企業と協力して研究を行っている。


ある町に訪れた。

生のホウレン草をかじりながら町中を歩いていると、
一人の女が怪しい男達に絡まれていた。

武闘家「あの、改宗とか興味ないんですほんと」

武闘家「お引き取りください」

勧誘員1「そう仰らず、どうぞこちらの喫茶店でゆっくり話を聞いていただきたい」

勧誘員2「うちに入信した方が絶対幸せになれますから!」

武闘家「すみません正直困ります」

彼女には見覚えがあった。彼女の名はカナリアーナ。通称カナリア。
俺の両親の旧友の娘だ。遠方に住んでいるが、数年に一度ほどの頻度で会っている。

しばらく見ない間にずいぶん筋肉がついたな。

武闘家「あ、エリウスー! 待ったのよ!」

彼女は俺を見つけると、駆け寄ってきて俺の腕を掴んだ。

そして小声で

武闘家「お願い合わせて。逃げるの手伝って」

と言った。


魔剣士「宗教勧誘か……」

珍しいこともあるもんだな。

今の時代は、アモル教という宗教が世界中で信仰されている。
大昔は大きな宗教戦争もあったそうだが、ここ数百年は落ち着いている。

現代でも一部の少数民族が独自の宗教を持っていることはあるが、
彼等が勧誘を行うことはまずありえない。

新しい宗教をわざわざ興そうとする人物でさえ今時稀だ。

つまり、宗教勧誘を行う人間なんて絶滅危惧種も同然なのである。
俺は天然記念物を見つけたような気分になった。

苦労して山に登り、洞窟を探索してヒカリゴケを発見できた時並みの感動である。

魔剣士「話を聞こうじゃないか」

武闘家「ちょっと」

俺の好奇心は、テッポウウリの種のように弾け出した。


――喫茶店

勧誘員1「あなたは……先程から何故ホウレン草をかじっておられるのですか?」

魔剣士「小腹が空いていたものですから」

武闘家「小腹が空いたら生のホウレン草をおやつにするの?」

魔剣士「ああ」

魔剣士「灰汁抜きしてないからえぐみがあって美味いぞ」

武闘家「だ、大丈夫なの?」

俺は無表情のまま右手をサムズアップの形にした。

勧誘員2「……そのような食生活を送って、あなたは幸せですか?」

勧誘員2「お可哀想に。まともな料理を食べずにお育ちになったのでしょう」

そんなことはないし憐れまれる筋合いもない。失礼だな。

母さんの料理の味は年々向上してるし元から不味くはない。

俺のわがままで食べなかったことはあったが。


魔剣士「俺が何を食べて幸せを感じようが俺の自由です」

俺は鞄からホウレン草をもう一株取り出してかじった。

勧誘員1「えええ……」

小綺麗な喫茶店故に飾られている草花も小ぶりで可愛らしいのだが、
流石に食べるのは我慢した。美しい植物には食欲と性欲をそそられる。

魔剣士「あ、店員さん注文いいですか」

魔剣士「アールグレイとダージリンをお願いします。使った茶葉もください」

店員「は、はい?」

数分後、俺は紅茶を飲みつつ茶葉も食べた。

魔剣士「おかわりお願いします。紅茶だけじゃなくて茶葉も」

武闘家「茶葉入りの焼き菓子を食べるのならまだわかるんだけど……」

勧誘員2「そ、そろそろ……本題に入らせていただきます……」


勧誘員1「現在、世界はアモル教の支配下にあります」

勧誘員1「はっきり言って彼等は偽善的な独裁者です」

勧誘員2「人はアモル教の洗脳から解き放たれなければなりません」

魔剣士「ほーう?」

魔剣士「具体的にどう洗脳されているのか説明していただけますかね」

宗教戦争に疲れた昔の人間達は、ある時

『最低限の道徳を教えてあとは何でもアリの適当な宗教を作ろう』

と思い至った。そして生まれたのがアモル教である。

アモル教は多神教であり、他の宗教を弾圧することもない。
『来る者拒まず去る者追わず』主義だ。

長時間祈りを捧げたりする必要もなく、非常に楽に信仰できる。
信心深くなくとも教会でサービスを受けることさえ可能だ。

他に類を見ない程ゆるゆるである。
その結果、いつの間にか世界中の宗教がアモル教に融け込んでいた。

勧誘員1「アモルとは愛の意。アモル教は愛の宗教」

勧誘員1「彼等は愛が世界を救うと謳っています」

勧誘員1「しかし、そのような綺麗事で世界を救うことができたら苦労はしないのですよ」

魔剣士「ふむ」


武闘家「ちょっと……この人達の話を聞いちゃ駄目よ。危ないわ」

魔剣士「まあまあ」

勧誘員1「世界は唯一神オディウムを信じることでのみ救われるのです」

魔剣士「ふふっ……」

魔剣士「オ、ディ……ウ、ムッ……くそっ……」

俺は吹き出して笑ってしまった。

勧誘員2「な、何がおかしいのですか!」

武闘家「……?」

魔剣士「オディウムってつまりうどん粉病じゃねえか! ははははは」

野菜の天敵である。

勧誘員1「な、何を言うか!! オディウムとは太古の言語で憎しみという意味であって」

魔剣士「うどん粉病教か……!」

勧誘員2「我等が神を愚弄するか貴様ァー!」

魔剣士「ぎゃはは」

武闘家「憎しみの神様を信仰してるなんて、とても入信する気にはなれないわね……」


魔剣士「ああ、すみませんすみません」

魔剣士「あなた方は何故オディウム神フフッ を信じてるんですか?」

まだ笑いが漏れてしまう。

勧誘員1「くっ……」

勧誘員2「……我等が神オディウムは、罪深き人間を憎み罰する神」

勧誘員2「オディウム神に懺悔し、己を律することで、人は厄災から解放されるのです」

勧誘員1「私は入信したことで仕事のストレスから解放され、金運にも恵まれました」

勧誘員2「私も恋人ができました。彼女いない歴30年だった私がですよ」

胡散臭いにもほどがある。

勧誘員1「あ、ところであなた方は学生さんですか?」

魔剣士「はい」

武闘家「……」

勧誘員1「毎朝毎晩三十分ずつお経を唱えることで、テストの点数が上がりますよ」

魔剣士「どういう仕組みでですかね?」

勧誘員1「お経を唱えると、全てを知ったも同然になるのです」

ここも笑うところだろうか。

勧誘員1「魔物が跋扈していた時代も、」

勧誘員1「オディウム教徒だけは一人も魔物に襲われなかったそうです」

25年程前に魔王が倒され、魔族を産み出す『魔の核』が封印された。
それまでは魔族が暴れ回る時代が数十年続いていたらしい。

勧誘員1「こちらが我等の会報となります」

勧誘員達はテーブルに怪しい紙を広げた。胡散臭い文章が長々と綴られている。

紙の上の方には、古い言語で書かれた短い文があった。

【 Ira odium generat. 】


勧誘員2「『イーラ・オディウム・ゲネラト』と発音します」

勧誘員2「イーラは怒り。ゲネラトは生むという意味です」

勧誘員2「怒りは憎しみを生む……我等オディウム教徒の合言葉のようなものです」

魔剣士「怒りはうどん粉病を生む……ふふっ」

勧誘員1「コホン。オディウム神を信じなければ、あなたにも厄災が降りかかるでしょう」

勧誘員1「いえ、既に不幸な状態に陥っているようですね」

勧誘員1「下茹でをしていないホウレン草や使用済みの茶葉を食べるなんて……」

勧誘員2「オディウム神の力は、人の憎しみの感情を吸って強くなっています」

勧誘員2「一刻も早く入信してください。真の厄災が降りかかる前に。入会費はタダです」

勧誘員1「毎月発行される会報もたったの250Gですよ」

勧誘員2「オディウム神は万能。信じればあなたも神の力で幸せになることができます」

勧誘員1「人を真に救いはしない曖昧なアモル教と違い、本当の幸福を授けられるのです」

魔剣士「世界中の人間が入信したらオディウム神の力はどうなるんですか?」

魔剣士「憎しみを吸えなくなって弱体化するんですか?」

勧誘員2「え、ええと……あくまで破壊の力が強くなるという意味であって……その……」

魔剣士「それって万能だとは言えなくないですかね」

武闘家「あら確かに」

こいつらは胡散臭い幸運グッズの販売員と同じだ。
主張している内容が支離滅裂である。

勧誘員1「そ、それは……」


勧誘員2「と、とにかく! 入信しなければ不幸になるのです!」

勧誘員1「さあ署名を!」

魔剣士「お断りですわ、ガキの頃うどん粉病にイチゴをやられてるんすよ」

勧誘員1「くっ、こうなったら……」

勧誘員が指を鳴らすと、武装した男達が現れた。

勧誘員1「無理矢理にでも我等が祭殿に連れていくぞ!」

武闘家「っ……!」

カナリアは戦闘態勢をとった。

店員「きゃああ!」

魔剣士「物騒だな……店に迷惑だろ」

武闘家「あなたも構えなさいよ!」

魔剣士「構える必要もない」

魔剣士「もう勝ってる」

武闘家「え?」

兇手「ぐわああああああああああ!!」

刺客A「あぁああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

刺客B「いっでええええええええええええええええええ!!!!」


勧誘員1「い、一体どうしたというんだ」

武闘家「次々と股間を押さえて蹲り出した……?」

勧誘員2「くっ、英雄アキレスの娘だけでも捕らえなければ」

武闘家「!?」

魔剣士「あ、おまえ等にもかけとくからな」

勧誘員1「!? ぎゃああああ!!」

勧誘員2「息子があああああああああああああ!!!!」

魔剣士「シュウ酸の力を舐めるなよ」

勧誘員1「ま、まで! いっだいなにをじだ」

魔剣士「尿道に石をちょこっとな」

魔剣士「あんたらが何を信じようが勝手だが、それを他人に押し付けるのは迷惑だ」

魔剣士「じゃあな」

店長「もしもし国家憲兵ですか。ええ、怪しい男達が……」

魔剣士「店員さん、お勘定頼むわ」

店員「は、はい」

兇手「うぐ……あの目尻、間違いない……」

兇手「奴は……あの男の息子だ……!」


武闘家「あなた、一体何をしたの?」

武闘家「魔術を発動したにしても、詠唱は聞こえなかったのだけど」

魔剣士「俺の魔力は特殊でな」

魔剣士「俺が食べた植物の成分と融合させて自由に操ることができる」

武闘家「だから灰汁抜きしていないホウレン草も平気で食べてたのね……」

魔剣士「魔適傾向自体は高くないんだが、植物の成分だけはイメージで自由自在だ」

魔適傾向……体に対する魔力の馴染みやすさのことである。

魔適傾向が高ければ、
術式を組んで術名を詠唱しなくとも、想像するだけで魔術を使うことが可能だ。

魔剣士「更に、俺の魔力は植物から得た成分の力を増幅させることができる」

魔剣士「ホウレン草に含まれるシュウ酸を俺の魔力に乗せ、」

魔剣士「奴等の体内に流して尿路結石を発症させた」

魔剣士「ついでに紅茶に含まれていたカフェインも流し込んでおいた」

魔剣士「とてつもない激痛に加え、奴等は今尿意とも戦っている」

武闘家「あの……漏らしたりしたらお店に迷惑じゃ……」

魔剣士「結石が堰き止めているから大丈夫だ」

武闘家「そ、そう……」

性欲は魔力の流れを乱すため、魔術師にとっての最大の敵は己の性欲なのだが、
植物の力を使う時だけは多少性欲を覚えても問題なかった。

むしろ、植物のことを想って性的興奮を昂らせている時の方が威力が上がる気さえする。


魔剣士「おまえこそ何で南の大陸にいるんだよ」

普段、彼女は東の大陸に住んでいる。

武闘家「……何もかも嫌になって、家出したの」

武闘家「どいつもこいつも、あたしを英雄の娘としてしか見てくれない」

武闘家「どんなに頑張っても、英雄の娘だからすごいね、強いんだねって……」

武闘家「あたし自身を認めてくれる人なんていなかった」

そりゃ、魔王を倒した英雄の娘だったらそういう状態に陥っても不自然ではない。

人は何かと色眼鏡をかけてしまう生き物なのだ。

武闘家「だから、誰もあたしを知らない土地に行こうと思って」

魔剣士「ふーん」

武闘家「……あなたも同じような経験ないの?」

俺の両親も、カナリアの両親やその仲間達と共に魔王を倒した勇者だ。

魔剣士「わりとあるけど気にしたことはねえな」

魔剣士「植物以外に興味ないし」

武闘家「……あなたのそういうところ、嫌いじゃないわ」


武闘家「でもまさか……元から冷めた奴だとは思ってたけど、」

武闘家「ここまでぶっとん……ええと、ワンダフルな奴だったなんてね」

武闘家「知らなかったわ」

魔剣士「まあ、たまにしか会う機会なかったしな」


俺はそこらへんに生えていた雑草を摘み取り、水魔法で軽く洗って食べた。美味だ。

武闘家「…………」

幼女「ままーあそこのおにいちゃんざっそうたべてるー」

母親「シッ! 見ちゃいけません!」

武闘家「……もう少し人の目は気にしたら?」

魔剣士「他人からの評価なんぞどうでもいい」

武闘家「…………」


武闘家「ええと……これからしばらく、家出に付き合ってくれない?」

武闘家「あたし一人で旅をするなんてやっぱり危ないなって思ったの」

武闘家「この頃宗教勧誘が激しすぎるし、よく妙な視線を感じるし……」

魔剣士「いいけど、おまえ金あるのか?」

武闘家「う……貯めたお小遣いがあと15万Gくらい……」

魔剣士「普通に旅してたらすぐに飛ぶ額だな」

武闘家「じ、自分の路銀くらいがんばって稼ぐから! たかる気はないから!」

魔剣士「いや別に。俺は充分すぎるくらい定期収入あるから気にしなくていいよ」

武闘家「え…………」

魔剣士「いろんな技術を開発して企業に売り込んでるからな」

魔剣士「口座にロイヤルティー入ってくる」

武闘家「……頼っていいの?」

魔剣士「うん」

武闘家「…………どうしてそんなに優しいの?」

魔剣士「断るのが面倒なだけだ」

武闘家「そ……そう」

――
――――――――


そして今に至る。

魔剣士「調理したフキノトウならおまえでも食べられるぞ」

武闘家「え、ほんとに?」

魔剣士「ちょっと待ってろ。天ぷらにしてやる」

武闘家「あ……ありがと」

魔剣士「流石にトリカブトはどう足掻いても食べさせてやれないけどな」

武闘家「そりゃそうよ……」

武闘家「……何がきっかけで毒草を食べるようになったの?」

魔剣士「幼い頃、俺はフキノトウを求めて山に入った」

陶芸家であるじいちゃんと取引をしている商人が、
ある時土産としてフキノトウを持ってきてくれた。

それ以来、俺はフキノトウの虜となったのだ。

魔剣士「だが、俺が見つけたのはよく似た見た目の毒草、ハシリドコロだった」

魔剣士「当時の俺はその事実に気付かず、それを毟って食べた」

武闘家「ええぇ……普通なら調理してから食べようと思うよね……?」

魔剣士「なんかやばい味だとは思ったが、その時俺は俺の魔力の能力に気がついた」

魔剣士「それ以来だな。俺はあらゆる植物を片っ端から食べるようになり、」

魔剣士「やがて食べた植物の成分を味から把握できるようになっていった」

武闘家「…………すごい才能だとは……思うのだけど……」

カナリアはげんなりしている。


魔剣士「ほら、できたぞ。フキノトウの天ぷら」

武闘家「……ほんとにおいしいの?」

魔剣士「おう」

武闘家「にがっ……」

武闘家「…………」

武闘家「……慣れると確かにおいしいわね」

魔剣士「だろ? 健康に良い成分もたくさん含まれてるんだぞ」



兇手「…………」

兵士「ほら歩け」

昨日の連中が、治療を終えたのか病院から何処かへ連行されていった。

男の内の一人に睨まれたような気がしたが、
気にしても仕方がないので忘れることにした。


俺はこれからどんな植物と出会えるのだろうか。非常に楽しみである。

ここまで

お経を唱えるとこの世の全てを知ったことになるからテストの点数が云々のくだりは実話


夜空を見上げていると、俺の携帯機が鳴った。父さんからの着信だ。

魔剣士「Hello?」

戦士『もしもし』

魔剣士「うん」

戦士『また部下に失禁された』

現代、技術の発達により通信機が普及している。
おかげで、遠くにいる家族や知り合いとの通話やメールの交換が可能だ。

車があるため旅も楽である。

戦士『父さんの顔って、やっぱりそんなに怖いか?』

魔剣士「今更確認する必要すらないだろ」

うちの父親は顔が怖い上に、ガタイが良くかなり背が高い。
国の軍に所属していて、そこそこ昇進しているのだが、

父さんに凄まれて失禁する部下が後を絶たないそうだ。
どんな悪人でも、父さんに取り調べをされたらビビッて動けなくなる。

また、父さんは基本的には顔のわりに温厚なのだが、叱る時は叱る人である。
流石の俺でも父さんに叱られたらちょっとちびる。


第二株 香辛料


戦士『まあそんなことはいい』

戦士『しばらく前から、カナリアちゃんが家出して行方不明だそうだ』

戦士『もし彼女を見かけ』

魔剣士「カナリアなら今俺の隣で寝てるけど」

戦士『え?』

戦士『…………』

戦士『おまえ……母さんに去勢されるぞ……』

母さんは貞操に厳しい。
未婚で童貞を卒業したら息子を狩り取られるぞと昔から父さんに警告されている。

魔剣士「え?」

魔剣士「俺の隣の座席で寝てるって言っただけなんだけど」

魔剣士「父さん今何想像したの? 何想像したの??」

戦士『……はあ』

戦士『まあ無事がわかってよかった』

戦士『帰るよう説得してくれないか』

魔剣士「無理。本人に帰る気ないもん」

戦士『あー……とりあえず間違いだけは起こすなよ』

戦士『あと、この頃悪質なカルト組織の動きが活発だから気をつけるんだぞ』

魔剣士「はいはい」


翌朝。

武闘家「旅の予定はどんな感じなの?」

魔剣士「適当にサウス大陸を回ったら、サントル中央列島に行こうと思ってる」

この南の大陸、サウスよりも北に位置している、西から東へ細長く伸びた列島である。
列島といっても、その面積は合計するとかなり広い。

本島はサウス大陸の、とんでもなくでかい陸繋島であり、細い砂州で繋がっている。

魔剣士「あそこは花の都ルルディブルクや、」

魔剣士「大樹で有名な港町アクアマリーナがあるからな」

魔剣士「そのうち東の大陸にも行きたいんだが」

武闘家「う…………」

魔剣士「いいよ。後回しにするし」

武闘家「……ありがと」


車を郊外に停め、町に入った。
車道が整備されていない町や村の中を車で進むことはできない。

大抵、大都市や城下町であれば車道が整備されているのだが、
こんな時は郊外に用意されている旅人用の駐車場を借りることになる。

田舎の小国では整備されている町村の方が少ない。

武闘家「畑が広がってるわねー……」

魔剣士「香辛料になる植物の栽培が盛んでな」

魔剣士「この町では様々なバリエーションのカレーを食べることができる」

魔剣士「街中はカレー屋だらけだ」

武闘家「あら、楽しみだわ。詳しいのね」

魔剣士「たまに家族で来るからな」


香辛料の専門店に立ち寄った。

店主「やあエリウス君、久しぶりじゃないか。大きくなったね」

魔剣士「どうも」

魔剣士「この香辛料のセットを一箱」

店主「まいど」

魔剣士「運送会社って何処にありましたっけ」

店主「あっちの角を右に行った先だよ」

魔剣士「あざっす」

店主「家に送るのかい」

魔剣士「はい」

武闘家「家族思いね」

魔剣士「そうでもない」

魔剣士「家族といい関係を築いとかないといろいろめんどくさいってだけだ」

父さんや上の弟は辛い物が大好きだ。多分喜ぶだろう。

魔剣士「おじさん、こっちの小さい詰め合わせも一箱」

店主「自分用かい?」

魔剣士「はい」

店主「小さかった頃の君が、僕の目の前で唐辛子の粉末を食べた時はまあ驚いたなあ……」

武闘家「……想像しただけで胃が荒れそう」


何種類かの香辛料がブレンドされている小瓶を開け、中身をスプーンですくって舐めた。

これらの香辛料も、上手く操れば体の調子を整えるのに役立つ。
もちろん常人が食べすぎたら毒にもなり得るため注意が必要だ。

武闘家「……舌、ヒリヒリしない?」

魔剣士「平気だ」

魔剣士「特別辛い物が好きというわけじゃないが、意外とこれクセになるんだよな」



魔剣士「すみませんこれヒート・ヘイズ村の5丁目15番35号まで」

業者「へーい」


地主「アリシアは何処だ!? 何処にいるのだ!!」

兵士1「そ、それが……」

兵士1「ご令嬢は、ローブを纏った怪しい連中にとある建物へ連れ込まれたらしいのです」

兵士1「まだ目撃者に詳しく話を聞いている最中でして」


魔剣士「ん?」


魔剣士「なんか事件が起きてるみたいだな」

武闘家「物騒ね……」

魔剣士「ほら行くぞ。カレー食べるんだろ」

俺は別の小瓶を開け、香辛料を食べた。

武闘家「あたし、放っておけないわ」

魔剣士「こういうのは子供が首を突っ込むことじゃな……はあ」

カナリアのことは放っておこうと思ったが、
もし彼女に何かあったら後で父さんに怒られそうだ。

仕方がない。追いかけよう。

魔剣士「悪いことは言わん、兵士に任せとけ」

武闘家「あなたは困っている人を見過ごしていられるの?」

武闘家「軍人がぐずぐずしている間にも、被害者は危険な目に遭っているかもしれないわ」

正義感に任せて下手に手を出したら、かえって悪い結果を招くこともある。

しかしカナリアを止めることはできなさそうだ。


カナリアは、兵士達の会話からアリシアさんが連れ込まれたと思われる建物を特定した。
辺りの様子を窺いつつ突入する気のようだ。

建物には看板が取り付けられており、『幸運を求める者 此処に集え』と書かれている。

武闘家「……あの建物、なんだか嫌な雰囲気がするわ」


兵士2「そこの君達、ここで一体何をやっているんだい」

武闘家「えっと……地主さんの娘さんが心配で」

兵士2「我々に任せてくれ。君達も巻き込まれたらいけな……ん?」

兵士3「この子、英雄アキレスにそっくりじゃないか……?」

兵士2「ああっほんとだ」

兵士は携帯端末でネットを開いた。
現在はネットワーク技術で世界が繋がっている。端末さえあればアクセスが可能だ。

また、魔導の達人であれば端末がなくともネットを見ることができるらしい。

武闘家「…………」

カナリアは複雑そうにしている。
彼女が世界の何処に逃げても、誉れ高き彼女の両親の写真はネットに上がっているのだ。


武闘家「……私は、アキレスの娘です。故郷では軍の手伝いもよくやっていました」

よく似た他人で通す気はないらしい。

兵士2「おお! ではご協力願いたい」

武闘家「喜んで」

まあ親の名前を使った方が都合のいい時もある。
自分の自尊心よりも人助けを優先するつもりのようだ。

兵士3「おそらくオディウム教徒がアリシア嬢を連れ込んだものと思われるのですが、」

兵士3「奴等は何かと厄介でして……我々では下手に手を出すことができないのです」

武闘家「一般人を装って潜入します」

兵士2「あれ? そっちの君も……なんだか見覚えが」

兵士3「もしかしてあの天才植物学者じゃないか……?」

兵士2「あー!」

そういや俺も新聞やネットの記事に載ったりしてたっけな。

兵士2「ということは、旭光の勇者ヘリオスの……」

魔剣士「あっあのツタうまそう」

兵士3「目尻以外瓜二つであるが故に、」

兵士3「さくらんぼ狩りの勇者ナハトの生まれ変わりであるとも謳われているらしいな!」

勇者ナハトは一般世間には死んだことになっているが、まあそんなことはどうでもいい。
俺よりも二人目の妹と下の弟の方が母さんとは似ていると思う。


魔剣士「勇者の子供だからってこんなこと任せるなんてどうかしてると思う」

武闘家「すごい棒読みね」

魔剣士「俺ただの一般人だしーごく普通の大学院生だしー」

武闘家「あ……そ、そう……」

魔剣士「つかおまえも狙われてるっぽいのに、」

魔剣士「敵の拠点に乗り込むとか飛んで火に入る夏の虫じゃねえか」

武闘家「変装するから大丈夫よ」

――建物内

勧誘員3「我等の事務所へようこそ! あなた方に幸あれ」

武闘家「アリシアさんがここに来たって聞いたんです」

武闘家「私達にも、ぜひ幸せについて聞かせていただきたいな~って」

カナリアは茶髪ロングのウィッグを被り、伊達眼鏡をかけている。

俺も念のため真緑のウィッグを装着した。
先日のことで、俺の情報を奴等に調べられている可能性があったからだ。

カナリアからは「すごいセンスね」と言われた。我ながら素晴らしい趣味だと思う。
最初は女装でもしようと思ったのだが全力で止められた。


勧誘員は大喜びで俺達を通した。

武闘家「ち、地下室に行くんですか……?」

勧誘員3「ええ」


薄暗い階段を降り、怪しい祭壇のある部屋に入った。

壁には禍々しい彫刻が掘られており、蝋燭が灯されている。
鉢植えのドラセナやソテツが、おどろおどろしい雰囲気を更に引き立てていた。


地主娘「お願いします……もう、帰らせてください……」

勧誘員4「入信すると誓い、この書類に署名してくださるだけでよいのです」

地主娘「あなた方のパトロンになるだなんて、そんな……」

アリシアさんは精神的にかなり疲弊しているようだ。
何時間もこの密室に監禁されているのだろう。


勧誘員4「まだ我等がオディウム神のことを信じられないご様子ですね」

勧誘員4「もし入信しなければ、あなたのお父上に厄災が降りかかるでしょう」

勧誘員4「土地を失い、財産を奪われ……そうなってからでは遅いのです」

おまえ等が財産奪おうとしてるじゃねえか。

勧誘員3「魔族がいなくなった現代でも、オディウム神に許しを請う者は多い」

世界が平和になろうがどうなろうが、日常生活における苦しみがなくなったわけではない。

どうしても分かり合えない奴と喧嘩になったり、破産したり、
相性の悪い上司に追い詰められたり……よくあることだ。

勧誘員3「この方々も、幸福を求めてここへやってこられたのです」

武闘家「…………」

魔剣士「どもっす」

勧誘員3「あなた方に、これから奇蹟をお見せいたしましょう」

武闘家「奇蹟?」

勧誘員3「頑なに入信しなかった彼女が、我等の神を信じるようになるのです」


勧誘員3「この様子なら……」

勧誘員4「ああ」

勧誘員がアリシアさんを折伏していた方の勧誘員に耳打ちし、妙な水晶玉を机に置いた。

魔剣士「あーこれはまずい」

武闘家「させないっ!」

カナリアが飛び出して水晶玉を蹴り飛ばした。

勧誘員3「何をするのです!?」

武闘家「邪魔しに来たに決まってるでしょ!」

穏便に済ませたかったのだが仕方がない。

魔剣士「奇蹟でも何でもない。自我が薄れたところで、催眠術で洗脳しようとしたんだな」

魔剣士「専門の術師じゃねえから、相手が弱ってないと術をかけられないんだろ」

武闘家「逃げるわよ!」

地主娘「は、はい!」

勧誘員4「ま、待て!」

勧誘員が合図をすると、案の定傭兵達が現れた。


カナリアは次々と屈強な傭兵達を打ち倒していく。
魔術による身体能力の強化をしているわけでもないのにすごい筋力だ。

魔剣士「あっおい、ヅラづれてんぞ」

武闘家「きゃっ!」

勧誘員3「お、おまえは……カナリアーナ・ディ・カレンドラ!」

勧誘員4「地主の娘は後回しだ! 英雄の娘を捕らえろ!」

勧誘員3「ということは……まさか、そっちの男の正体も」

勧誘員4「ヒート・ヘイズ村出身の天才植物学者、エリウス・レグホニア!」

勧誘員4「送られてきた画像となんか似てるなとは思ってたんだ!」

魔剣士「俺の個人情報だだ漏れじゃねえか」

勧誘員3「奴も生け捕りにしろ!」

勧誘員4「英雄の子供達を二人も捕らえることができたら昇進間違いなしだ!」

何のために英雄の子供を狙っているのかは知らんが、
この様子だと俺の妹や弟達も狙われている可能性がある。

後で父さんに連絡しとかないと。

勧誘員4「この男に魔術を使わせるな!」

勧誘員が口笛を吹くと、わらわらと美女達が現れた。

性欲を刺激して、魔力の流れを阻害するつもりなのだろう。


だが、俺はデンドロフィリアだ。
人間の女の半裸を見せられたところで欲情するようなことはない。

魔剣士「正体がバレた以上、魔術を封印する必要はもうないよな」

勧誘員3「うぐっ」

奴等は次々と腹や胸を押さえてうずくまった。

武闘家「……何をしたの?」

魔剣士「俺がさっきまで食べていた香辛料は、」

魔剣士「唐辛子やニンニク、その他諸々の刺激物の粉末だ」

魔剣士「それらの成分を操って奴等の食道を荒らした」

魔剣士「一週間ほどは逆流性食道炎のような症状に悩まされることになる」

武闘家「あらぁ……流石ね」

魔剣士「あとは兵士達に任せよう」


兵士1「流石英雄の子供達ですね!」

武闘家「…………どうも」

地主娘「助かりました……ありがとうございます」

武闘家「無事でよかったです」


地主娘「あの……硬派なんですね! かっこよかったです!」

女体を目前にしても平然と魔術を使ったためにそう評価されたらしい。

地主「ふむ……いい男だな。娘の婿になってくれんか」

魔剣士「俺まだ学生ですので」

武闘家「……!」

地主「おおっと、すまないすまない。お相手がいたのか」

武闘家「あ、い、いえ、私はそういうのでは」

地主「まあなんだ、今夜はうちに泊まっていってくれ。あくまでお礼だ」

地主さんの家は、この地方にしては重厚感のある建築だった。

夜はこの町名物のカレーを出された。美味だった。


武闘家「あなた、いつまでウィッグつけてるの?」

魔剣士「なんか気に入っちまって」

武闘家「……そう」

魔剣士「おまえ、便利だな」

武闘家「え?」

魔剣士「女避けになりそうだなって」

武闘家「あ……そう」

武闘家「……それだけ顔が良ければ、さぞかしモテるんでしょうね」

魔剣士「顔目当てに寄ってきた女は、雑草食ってるのを見せりゃ幻滅して去ってくけどな」

ピピピ

魔剣士「おまえ携帯鳴ってんぞ」

武闘家「あー……親からよ」

魔剣士「着信251件って……」

武闘家「あなたのこそ震えてるわよ」

魔剣士「母親からだ。……留守電30件か」

魔剣士「親ってめんどくせえよなあ」


武闘家「まあそうよね……」

武闘家「でも、あなたのお母さん、すごくしっかりしてて凛々しいじゃない」

武闘家「面倒そうなイメージはないけど……」

魔剣士「それ外面」

魔剣士「実際はすげえ過保護で情緒不安定」

武闘家「そうなの?」

魔剣士「6歳の頃だっけな」

魔剣士「俺が雑草で腹を満たして家に帰ったことがある」



勇者『おかえりなさい。ご飯できてるよ』

母さんは微笑んで俺を出迎えた。


長男『いらない』

勇者『……おじいちゃんちでお菓子食べてきたりでもしちゃったの?』

長男『雑草で腹いっぱいだもん』

勇者『え?』

勇者『お母さんのご飯より雑草の方がいいの?』

母さんは泣いた。



武闘家「そりゃ泣くわよ!!」

魔剣士「泣かれると面倒だから、俺は雑草を食べる量を抑えざるおえなくなった」

武闘家「息子が雑草食べてる時点でかなりショックよ」

魔剣士「あれからもうしばらくしてからは、」

魔剣士「雑草を食べ続けていること自体を母さんに隠すようになったな」

母さんを心配させたり悲しませたりするとかなり面倒くさい。

魔剣士「親の目がないおかげで草を食べ放題だ。旅っていいな」

武闘家「…………アルカさんに同情するわ」


武闘家「そういえばあなた、自分の魔力と相性のいい魔鉱石は身に着けないの?」

大抵、魔法を扱う人間は、補助用に魔鉱石を身に着けている。
カナリアも多少は魔法を使うことがあるらしく、薄黄色の石を胸元に付けていた。

武闘家「ピンブローチに付いてるその青い石、あなたの魔力の色とは違うでしょ?」

武闘家「母さんほどの魔感力はないから、なんとなくしかわからないけど」

魔剣士「あー、これ大学の入学祝いに母さんがくれたやつ」

魔剣士「どいつもこいつも石ばっか重要視してるが、俺には植物さえあれば充分だ」

魔剣士「石なんて掘り尽くされたら終わりだしな。頼る気はない」

武闘家「そう」

青い石「でもいざとなったら助けるからね」

魔剣士「あーはいはいさんきゅさんきゅ」

武闘家「え?」


武闘家「今、何処からか声が……」

青い石「モルっちって呼んでね!」

武闘家「……!?!?」

魔剣士「魔鉱石として優れ過ぎててなんか宿ってる」

青い石「なんかとは失礼な……」

武闘家「あら……すごいわね」

青い石「私と話せる君も、相当素晴らしい才能を持っているよ」

魔剣士「普段は寝てるけど、たまに起きて喋ってるから仲良くしてやってくれ」

武闘家「よろしくね、モルっち」

kokomade

【前作のあらすじ】

兵士志望の戦士ヘリオスは修行の旅をしている途中、さくらんぼ狩りの勇者ナハトと出会った。
ヘリオスはナハトに弟子入りし、共に旅をすることになる。

ある時、ナハトが女性であることが判明。また、本名はアルカディア(通称アルカ)だった。
なんやかんやで二人は絆を深めていく。


時には英雄アキレスとその仲間達(魔法使いマリナ、僧侶エイル、傭兵ダグザ)と協力し合い、旅は続いた。
その最中、アキレスは女装に目覚める。

魔王と倒すことに成功したものの、魔族を封印するために必要な七つの聖玉が行方不明であるため、
アルカは自分を礎とし、自分ごと魔族の源である魔の核を封印した。

その後、五年かけて聖玉を探し出したヘリオスや協力者達によりアルカは救出された。
二人が結ばれてめでたしめでたし。
だが、魔族の封印を解いた黒幕は不明のままだった。

・ギリシア神話から取ってばかりだと、どいつもこいつも似たような響き(~~ス)になりそうだった
・キャラのイメージに合う名称がギリシア神話内では見つけられなかった
エイルは北欧神話(の治療の女神)、マリナはイヌイット神話、ダグザはケルト神話で全員由来になった神話が異なっているのは、
バラバラに育った面子が集結してる感を出したかったから

余談だけど魔剣士エリウスは勇者ナハトの名前候補だった(ヘリオスと響きが被ったから没った)

あ、ガラハドはどっかの伝説から剣豪の名前でも借りたいなと思った結果でした


第三株 思春期


数日後、また別の町に訪れた。

魔剣士「ああっセルリアさんっ! 君はなんて美しいんだ!」

魔剣士「君の魅力に僕の心はすっかり奪われてしまったっ……!」

魔剣士「君のことを想うだけで胸に穴が空きそうなほどの痛みが走るんだ……」

魔剣士「ああ、どうか僕の元に来ておくれ」

魔剣士「僕達の間に種族の壁なんて存在しない!」

花屋「……お、お兄さん?」

魔剣士「お義父さん、娘さんを僕にください」

花屋「あ、ああ……その切り花なら一本400Gだよ……」

魔剣士「あ、この花嫁衣裳もお願いします」

花屋「花瓶と合わせて1200Gになるよ……」


今夜の恋人はこの子だな。俺はセルリアの花芯の綿毛に口付けを落とした。
ふんわり柔らかくて最高だ。おまけに空も蒼く晴れ渡っている。

とても気分がいい。
ちなみにこの間のウィッグは蒸れるから外した。


道端に瑞々しいブタクサが生えていた。

迷わず俺はその草を食べ……いや、
これほど生き生きとしているのに食べてしまってはもったいない。

だがおいしそうだ。でもやはり……と葛藤していると、何やら声が聞こえてきた。

プティア兵1「カナリアーナ様!」

プティア兵2「国へお戻りください! 皆心配しておりますぞ!」

武闘家「いやー! ほっといて!!」

カナリアが自国の捜索隊に見つかったらしい。
彼等は私服を着ているが、身のこなしからして兵士だ。

一応王族の血を引いているらしいし、家出なんてしたら放ってはおかれないだろう。
あいつも大変だな。


しばらくブタクサとにらめっこをし続けていると、また別の会話が聞こえてきた。

ローブの男1「あの町の支局もやられてしまったか……」

ローブの男2「ここより南の村の支局は尽く制圧されてしまったようだ」

ローブの男2「かの勇者様の指揮によってな」

ローブの男1「くそっ、旭光の勇者め……どうにかして始末せねば」

某うどんこ病教徒の方々のようだ。父さんも大変そうだな。

ローブの男1「東の大陸はどうなっている」

ローブの男2「一部の地域は順調だが、北西部は聖騎士ヴィーザルの守りが堅い」

ヴィーザル? 聞いたことある気がするけど誰だったっけ。

ローブの男2「東部はやはり金紅の英雄アキレスの存在がやっかいだ」

ローブの男2「だが、娘が家出をして以来引きこもりと化しているらしくてな」

ローブの男2「今が好機のようだ」


まあなんかいろいろ大変そうだが、大人がなんとかするだろう。


俺は決意を固めた。ブタクサを食べよう。

ヨモギとよく似ているがために悪者扱いされてしまうこともあるこの草だが、
俺はこの草の味も好きなんだ。

何本かは摘んでお茶にしよう。

おいしい。おいしいよ。

若くて瑞々しくて生命のエネルギーに溢れている。素晴らしい。

目がじいんとする。涙が滲みそうだ。

俺に摘まれた草花は、俺の血肉となって俺の中で生き続けるんだ。

魔剣士「そう、僕達は一つになったんだよ」

交じり合って子供を成すことはできないけれど、ああ、こうして共に生きることはできる。
歓びと切なさが俺の胸を締め付けた。


警備兵「そこのお兄さん、ちょっと署までご同行願えるかな~」


憲兵「隊長が来るまで暇だな……あ、おまえ仕事見つけたのか」

警備兵「まあな」

警備兵「君さっきあそこで何してたの?」

魔剣士「草を食べていました」

警備兵「花屋では売り物に愛を囁いていたよね? どうしてあんなことしてたの?」

魔剣士「この子に愛情を覚えたからです」

警備兵「う~ん……保護者の方はこの町にいらっしゃるのかな?」

魔剣士「この地の続く何処かにいます」

警備兵「カウンセリング受けてたりする?」

魔剣士「どんな精神科医でも俺を治すことはできませんでしたね」

警備兵「身分を証明できるものとか持ってる?」

魔剣士「学生証でいいですか」


警備兵「エリウス・レグホニア君ね~……南の方によくある名字だね」

警備兵「……え、この学生証本物? 17歳で大学院生? ありえないでしょ?」

魔剣士「あっ、あそこに飾ってある百合の花とセックスしていいですか?」

警備兵「え、ええ……?」

警備兵「ちょっと親御さんに連絡取りたいんだけど、連絡先教えてもらえるかな?」

魔剣士「いいですけど」

兵士1「おい、レグホニア隊長の御到着だぞ。……あ、君、先日はありがとう」

魔剣士「どもっす」

警備兵「え?」

数日前に滞在していた、香辛料の町カプシーにいた兵士達が何人か入ってきた。

戦士「ここに出張るのも久々だな……あ?」

魔剣士「父さんこの緑茶うめえよ」

警備兵「え? 父さん?」

戦士「おまえ何やってるんだ?」

魔剣士「不審者として取り調べされてる」

戦士「…………」


戦士「何やらかしたんだ?」

魔剣士「花を口説いて道端で草食べてたら連行された」

警備兵「連行といいますか……保護しようと思いましてですね」

魔剣士「なああそこの鈴蘭の花可愛くね?」

戦士「おまえは父さんに恥をかかせたいのか?」

魔剣士「うん!」

戦士「…………はあ」

警備兵「……本当に、その……息子さんなんですか?」

警備兵「顔が……全然……人種も違うような……」

戦士「幸いこいつは家内に似たんだ」

憲兵「並べてよく見たら隊長とも似てますよ」


魔剣士「なんでいんの?」

戦士「仕事だ仕事」

魔剣士「それは見ればわかるけど」

戦士「一時的にこの町の人員を増強し、オディウム教徒への警戒体勢を整えることになったんだ」

戦士「俺はこの町の支局を特定できたら他の町に行くけどな」

父さんの物探しの力は引っ張りだこらしい。

宗教の自由はほとんどの国で保障されている。だから、
ただアモル教以外の宗教を信仰しているだけならば決して罰せされることはないのだが、
オディウム教は犯罪行為を行っているため特別に取り締まりの対象となっているらしい。

宗教団体を装った犯罪組織とも言われているくらいだそうだ。


兵士1「そうだ、実は息子さん達のおかげで私達の町は平和になったんですよ」

戦士「……どういうことだ? 報告書にそのようなことは書いてなかったぞ」

兵士は事情を説明した。

先日、オディウム教徒と接触があったこと、
英雄の子供が狙われているらしいことは父さんに話したが、
戦ったことまでは話さなかった。無駄に心配をかけそうで面倒だったからだ。

戦士「一般人に任せたとはどういうことだ!!!!」


戦士「おまえの町の兵教育はどうなっている!?」

兵士1「ひっ」

戦士「成人前の子供に頼るなど恥ずかしくないのか!?」

兵士2「ぁぅ……」

戦士「それでもおまえ達はこの国を守る兵士なのか!?」

戦士「大人の自覚を持て!!!!」

すごい剣幕で怒り出した父さんにビビって、兵士達は失禁した。
全く関係ないこの町の兵士達もつられて漏らしている。

戦士「来い!」

父さんは俺の耳を引っ張って駐屯地を出た。

魔剣士「あだだだだ」

戦士「カナリアちゃんは何処にいるんだ」

魔剣士「自国から連れ戻しに来てる奴等に追われてどっか行った」

戦士「探すぞ。もし追手を振り切って一人で町をうろついていたら危険だ」

魔剣士「ええぇ……」

めんどくさいな……。


プティア兵3「くっ、見失ったか」

プティア兵4「なんとしても姫様にはお帰りいただくぞ!」

あの筋肉女でも「姫様」か……。

戦士「アキレスの意気消沈っぷりが酷くてな」

戦士「それがプティア軍の士気にも影響しているんだ」

戦士「このままではオディウム教の勢力が拡大してしまう」

魔剣士「無理矢理にでも送り帰すのか?」

戦士「せめて声だけでも聞かせてやろうと思う」

戦士「あいつ、毎晩俺に電話で泣き言を漏らしているんだ。……あまりにも不憫でな」

魔剣士「娘が一人で国を飛び出したらやっぱ心配なもんなのか?」

戦士「当たり前だ。まあ、あいつらの場合は家出前にいろいろあったようだが……」

父さんのインペリアルトパーズの力でカナリアの気配を追った。


魔剣士「あ、いた」

戦士「ん? 何処だ?」

魔剣士「あの茶髪ロング伊達眼鏡。この間使った変装グッズだ」

戦士「舞台劇の観客に紛れているのか」

古代からある、扇形の野外劇場だ。大学のでかい講義室と似ている。
席の外側には立ち見をしている連中がいた。
カナリアはその中に隠れながら周囲の様子を窺っている。

演目は……【六英雄戦記】。

魔剣士「父さん達の劇じゃん」

魔王役「此処まで辿り着いたことを誉めてやろう」

魔王役「だが、貴様等の命もここまでだ! 我が暗黒の炎で焼き尽くしてくれる!」

英雄役「いや……焼き尽くされるのはおまえの方だ」

英雄役「見よ、正義の炎を!」

戦士役「暗黒の時代に、我が旭光の波動で夜明けを齎してみせようぞ!」

父さん役の役者は父さんよりもずっと美形だ。

魔剣士「めっちゃかっこいい台詞吐いてんな」

戦士「俺はあんなんじゃない」


魔剣士「おいカナリア」

武闘家「きゃっ! なんだ、エリウスね……追手かと思って驚いちゃったわ」

戦士「……」

武闘家「あ……おじさん、お久しぶりです」

戦士「ええと……元気だったか?」

武闘家「は、はい……」

観客1「なあ、英雄アキレスって実は男装の麗人らしいぞ」

観客2「当時はとんでもない美少女だったらしいな……」

青い石「ああ……確かに可愛かったね……」

観客3「でも華麗なる魔術師マリナと結婚して子供もいるんだろ?」

観客1「女同士で子供を作ったのか?」

観客2「一体どうやったんだろうな……ごくり」

魔剣士「とんでもなく面白いデマが流れてんな」

武闘家「もういやあああああ!!」

魔剣士「あっおい」


戦士「追いかけるぞ!」

魔剣士「待てって! カーナーリーア!」

武闘家「どうせあたしの父さんは夜な夜な女装して怪しいバーに出入りしてる変態よ!!」

武闘家「女装した状態で母さんに迫るようなド変態なのよおおおおお!!!!」

魔剣士「お、落ち着け」

青い石「いろいろ複雑そうだね……」

戦士「相当トラウマになってるなこれは……」

だから俺が女装しようとしたら必死になって止めたのか。

武闘家「いやああああああああ!!!!」

そう簡単には落ち着いてくれそうになかったから、俺は鞄に入れていたレタスを食べた。

武闘家「あああ……あ……ぁ」

戦士「……どんな成分を使ったんだ?」

魔剣士「ラクチュコピクリン。鎮静効果がある」

戦士「可愛い名前だな……」


魔剣士「まあ梅昆布茶でも飲めよ」

戦士「渋いな」

武闘家「…………」

戦士「まあ、人生いろいろあるけどな、大人になるにつれてどうでもよくなるからな」

武闘家「……」

戦士「愚痴なら聞くぞ?」

武闘家「…………」

武闘家「あたし自身を見てくれる人のいない故郷には、とにかく帰りたくないんです」

そういやうちの親は、近所の住民や学校の先生に
「英雄の子供だからどうこう言うのはやめてくれ。他の子供と同じように接してほしい」
って必死に頼んでたな。

「英雄の子供のくせに云々」と否定的なことを言われたり、
本人が出した成果を「勇者の子供だからできたんだ」と評価されたりするのを防ぐためだ。

そうしてくれていなければ、今頃俺の兄弟達もグレていたかもしれない。
俺は我が道を行くタイプだから何を言われようが関係ないが。

武闘家「でも、それ以上に……」

魔剣士「ん?」


武闘家「父さんに……会うのが嫌で……」

武闘家「……本当は小さい頃から薄々気づいていたけど、」

武闘家「父さんが女装癖持ちだって知って……もう、何もわからなくなって……」

武闘家「全部全部耐えられなくなったのよ!」

戦士「ああ……積もり積もった鬱憤が何かのきっかけで爆発することはあるよな」

かっこいいお父さん像が崩れてショックだったらしい。
昔はこいつも両親大好きだったのに。

武闘家「あたしが尊敬していた父さんは何だったの? 全部演技だったの?」

戦士「ま、まあ……お父さんも一人の人間だから……」

おそらく趣味の内容そのものを否定するつもりはないのだろうが、
父親に思わぬ二面性があった事実を受け入れきれていないようだ。

父親に女装趣味があると幼い頃から知っていればこうはならなかったのかもしれない。

武闘家「ただでさえ生理的に気持ち悪くて一緒の生活に耐えられなくなってたのに!!」

魔剣士「それ思春期の女にありがちなやつ」

戦士「う……」

魔剣士「アウロラもこんな感じだよな。そこまで酷くないけど」

アウロラとは一番上の妹だ。今年で16になる。カナリアも同い年だ。


武闘家「父さんがあたしを大切に思ってくれていることはわかってるけどとにかく無理なの!!」

父さんは涙目になっている。娘に嫌われるというのは相当堪えるらしい。

戦士「……お袋さんとはどうなんだ?」

武闘家「母さんは魔術師気質だから……いつも『勉強しなさい』ばっかりです」

武闘家「どうせあたしはお兄ちゃんほど頭良くないわよ!!」

武闘家「だからといって弟ほどの格闘センスがあるわけでもないし!!」

戦士「んー……」

戦士「今は……家族から離れて自由に過ごしていた方がいいかもしれないな……」

戦士「オディウム教のことは心配だが、実戦経験を積まないと成長できないしな」

戦いの中に身を置く人間らしい発想である。母さんとは正反対だ。

父さんの携帯機が鳴った。

戦士「あ、すまん。親父さんから着信だ。こんな昼間にかけてくるなんて珍しいな」


戦士「もしもし? あー、カナリアちゃんなら今一緒にいるんだが」

戦士「ほら、俺等もこのくらいの歳だった頃は旅してただろ。魔物だらけの世界をさ」

戦士「エリウスも一緒だし、しばらくは……」

携帯機から大きな泣き声が漏れている。
あまりの音量に、父さんは一旦携帯機から耳を離した。

戦士「視野が狭いと何かと悩みがちになることもあるだろう」

戦士「広い世界でいろんなものを見た方がいいこともあるって。心配なのはわかるけど」

武闘家「…………」

戦士「……すまないが、少しだけでいいから話をしてやってくれないか」

武闘家「……もしもし」

武闘家「…………」

武闘家「あーうん、気が向いたら帰るから捜索隊を派遣するのやめて」

カナリアは通話を切った。


武闘家「……はあ」

武闘家「父さんには会いたくないけど、申し訳ない気持ちもあるから……余計につらくて」

魔剣士「父親を気持ち悪いと思うのは、近親相姦を避けるための本能だ」

魔剣士「つまり、おまえが正常に成長している証なんだよ」

魔剣士「思春期を過ぎたら落ち着くだろうし、過度に自分を責めることはないと思うぞ」

武闘家「……!」

魔剣士「関係を修復できなくなってしまうレベルの罵倒だとかは控えるべきだろうけどな」

魔剣士「大人になれば親のことを客観的に見ることができるようになるかもしれねえし」

親を「親」としてだけではなく、
「一人の人間」として認識することができるようになるには時間がかかる……らしい。

俺にはよくわからん。親がどんな人間だろうと俺の人生には関係ない。

戦士「おまえ……いいことを言うこともあるんだな」

魔剣士「いつまでも悩まれたらめんどくさいだろ」

俺は何処かで聞いたことを適当に言ってみただけだ。

戦士「ダグザさんも旅から戻ったら娘さんと仲直りできたそうだし、」

戦士「こればっかりは……時間の経過に頼るしかないかもな……」


戦士「……はあ」

青い石「思春期の娘から辛辣に接されて悩むなんて……羨ましい」

武闘家「も、モルっち……?」

戦士「一旦署に戻るか……」

宿と途中まで方向が同じだ。

武闘家「あの、ありがとうございました」

戦士「あまり上手い助言をしてやれなくてすまないな」

武闘家「いえ……助かりました」

魔剣士「細かいこと気にする奴って大変だな」

戦士「おまえは……幸せな奴だよな」


ナレーター「五年の月日を経て、旭光の勇者ヘリオスは全ての聖玉を集めた」

ナレーター「しかし、彼には残酷な事実が待ち受けていた」

戦士役「嗚呼、我が師勇者ナハトは、封印と引き換えにその命を落としていたというのか」

ナレーター「英雄達は絶望した」

ナレーター「だが、彼等により救われた命もあった」

英雄役「おお友よ。見よ、あの光を」

ナレーター「魔族は、美しい貴族の姫君を捕らえていた」

ナレーター「そして、魔王は封印される寸前、姫君を道連れにしていたのだ」

ナレーター「扉から現れた姫君はヘリオスと結ばれた」

ナレーター「二人は南に向かい、幸せに暮らしている」

……ということになっている。

勇者ナハトの正体がうちの母親であることを知っているのは、
身内と、旅の途中で親しくなった一部の人達、そして救出に当たった関係者くらいらしい。


武闘家「なんでこうなったんでしたっけ?」

戦士「ああ……穏やかに暮らすためだ」

――――――――

詩人『もし本当に彼女を助けられたとしてもだよ』

詩人『彼女は死んでいたことにした方がいいのではないかね』

戦士『え、何でだよ』

詩人『旅の途中で知ったのだがね、彼女は随分と人の恨みを買っているらしいじゃないか』

詩人『悪人達だけじゃない。一般人もだ。彼女に不貞を暴かれて崩壊した家庭は数知れない』

戦士『ああ……弟子である俺に復讐しに来る奴もたまにいるな』

詩人『彼女と結婚するつもりなのだろう?』

戦士『えっあっあの』

詩人『もし憎しみの矛先が、君の家族や、いつか生まれるかもしれない子供に向いたら……』

詩人『と、少々心配になってね』

戦士『……流石、頭良いなアポロン君』

戦士『アルカさんを助けることができたら提案してみるよ』

――――――――

ということがあったそうだ。

母さんは男が苦手だが、文学部のアポロン教授とは今でも仲が良い。


戦士「そうだ、香辛料送ってくれてありがとうな」

戦士「アルバの喜びようがすごかったぞ」

父さんそっくりの上の弟のことだ。

戦士「母さんも、まさかおまえが家族に土産をよこすなんて、って泣いて喜んでた」

魔剣士「…………」




戦士「おまえなら心配要らんだろうとは思うが……油断はするんじゃないぞ」

戦士「単独行動も極力控えるんだ」

魔剣士「へーい」

戦士「あと、もうすぐ誕生日だろう。その日くらいは母さんからの電話に出てやってくれ」

魔剣士「えー……仕方ないな」

戦士「これは少し早い成人祝いだ」

魔剣士「ん?」

魔剣士「……ぉぉお! 木製の懐中時計だ!!」

ほとんどのパーツが木で作られている。

魔剣士「すっげえ」

魔剣士「ありがとう父さん」

戦士「……おまえの人間らしい表情を見るとほっとするよ」


翌日、町を出て車を飛ばした。

少し風が強い。



魔剣士「そろそろ休憩するか」

俺は平原に横たわった。

武闘家「……なんで体に葉っぱ生やしてるの?」

魔剣士「最近食べた草を再構成して光合成してる」

魔剣士「飯を食う手間が省けるんだ」

武闘家「す、すごいわね」

武闘家「…………」

武闘家「ねえ、エリウス。あなた、その……人間の女の子に、全く興味は」

突然バイクに乗った男が現れた。

重斧士「エリウス・レグホニアだな」

男はヘルメットを取った。俺とそう歳の変わらなさそうな青年だ。

重斧士「俺の名はガウェイン」

重斧士「育毛剤探しの旅をしている」

kokomade

(※ガラハドの没名を流用してるだけなのでこの話は元ネタの伝説内容とは一切関係ないです)


第四株 大待雪草


重斧士「剣士か。ならば話が早い」

重斧士「これから決闘を行い、俺が勝てばおまえには育毛剤を調合してもらう」

魔剣士「は?」

奴はやたらでかい戦斧を構えた。

重斧士「剣を抜け!」

魔剣士「え」

重斧士「どうした、怖気づいたのか!?」

魔剣士「今時決闘なんてやる奴いねえよ」

一昔前から、この辺りの国では決闘そのものが禁止されてもいる。

重斧士「その剣はお飾りか!?」

魔剣士「そうだよ!!」

重斧士「そうか。それはすまなかった」

奴は斧をしまった。


武闘家「そういえば、あなたが剣を抜いたところを見たことがないわ」

魔剣士「本当は面倒だから剣なんて持ち運びたくないんだが、帯刀しろって母親がうるせんだよ」

武闘家「ああ、持ってるだけで牽制になるものね」

魔剣士「昔近所の道場で習ってはいたんだが実戦経験はない」

うちの村に道場ができたのは、俺が生まれる数年前だったらしい。

「父さんの子供の頃には道場なんてなかったのに、この村も変わったもんだなあ」
と父さんからは羨ましがられたが、俺は好きで剣を習っていたわけではない。

母さんに半ば無理矢理通わされていたのだ。

魔剣士「んで、育毛剤作ればいいのか?」

重斧士「か、金はいくらかかる」

魔剣士「そっちが材料を用意すれば金は取らねえよ」

重斧士「なっ……んだと?」


重斧士「タダで依頼を受ける薬師がいるか!! 何を企んでいる!?」

魔剣士「何も企んでねえよ!」

重斧士「やはり決闘だ!!」

魔剣士「決闘で相手に言うことを聞かせようとするのがまずおかしいからな!?」

武闘家「ちょっと落ち着いて」

武闘家「ガウェイン? だっけ? どうして育毛剤を探してるの?」

重斧士「っ――!?」

重斧士「!?!?!?!?」

武闘家「な、なんであたしを見てそんなに驚いてるの?」

重斧士「そ、そんな……そんなことがあるはずがない……」

武闘家「?」

重斧士「い、今まで俺は……男にしかときめいたことがなかったというのに……」

重斧士「おまえを見て、俺の胸はこれまでにないほど高鳴っている!!!!」

武闘家「え?」


重斧士「な、名前を教えてくれ!」

武闘家「か、カナリアーナよ……みんなカナリアって呼ぶわ」

重斧士「そうか……カナリアか……可憐な名だな……」

重斧士「い、いい筋肉をしているな」

武闘家「あ、ありが……と……?」

魔剣士「俺もうそろそろ出発したいんだけど」

重斧士「貴様、カナリアとどんな関係なんだ!?」

魔剣士「え? ただの知り合いっつうか」

魔剣士「成り行きで一緒に旅してるだけの同行者だ」

武闘家「……仲間とか、友達とか、もうちょっと暖かい言い方できない?」

重斧士「そうか! 付き合ってるわけじゃないんだな!!」

魔剣士「俺女どころか人間に興味ないし」


重斧士「俺はガルブ大陸の最北端の辺りから来たんだが……おまえは?」

ガルブ大陸……ここから西の方にある大陸だ。

砂漠が広がっているイメージが強いが、緑が豊かな土地もある。
南部の方は熱帯雨林が広がっているし、最北端であれば亜寒帯か温帯のはずだ。

武闘家「東のエスト大陸よ」

重斧士「そ、そうか……」

魔剣士「なあ、育毛剤は?」

重斧士「あ、ああ……そうだったな」

重斧士「親父のハゲが年々進行していてよぉ」

重斧士「ある時、俺の妹がこう言ったんだ。『禿げたパパなんてカッコ悪い』ってよ」

重斧士「親父は意気消沈して仕事をしなくなっちまったし、」

重斧士「お袋は腑抜けた親父を毎日罵倒するしよぉ……」

武闘家「あ、あらぁ……」


重斧士「元々幸せな家庭じゃあなかった」

重斧士「お袋が精神的に参ってる親父を決闘で負かし、半ば無理矢理手籠めにしてできたのが俺だし、」

重斧士「親父には他に好きな相手がいたんだ」

武闘家「……二十年ちょっと前から、無理矢理……とかはできなくなったはずよね?」

重斧士「山に籠っているところを狙われたんだそうだ」

大抵の町村や街道には、性犯罪を抑止する結界が張られている。

性犯罪以外の違法行為を防止する術も研究されていて、実現できているものもあるが、
必要な魔力量の問題であまり普及していない。

技術が発達すればするほどたくさんの魔力を必要とする時代となっているため、
いかに魔力を節約するかが現代の課題である。

重斧士「俺はグレた。バイクを乗り回してはケンカに明け暮れたぜ」

俺はこいつの身の上話になんて興味はないんだが、カナリアは興味深そうに聞いている。

重斧士「だけどよお、健気だった妹までグレちまったのを見て……」

重斧士「このままじゃ駄目だと思ったんだよ」

武闘家「まあ……」


重斧士「髪が生えたところで何の解決にならないもかもしれねえが、」

重斧士「親父が自信を取り戻せば、」

重斧士「もしかしたら……幸せな家族生活って奴を築くきっかけを作れるかもしれねえ」

こいつも将来禿げそうだなと思った。前髪から後退していくタイプな気がする。

魔剣士「まず、薄毛や抜け毛は生活習慣の改善が重要だ。ただ育毛剤に頼るだけじゃ効果は薄い」

魔剣士「だがまあ、わざわざ遠方から俺を訪ねてきたわけだしな……これが材料のメモだ」

魔剣士「本当はおまえの親父さんの体質に合わせた物を作るのが一番なんだが、」

魔剣士「本人がいないのは仕方ないからおまえの容姿から勝手に判断した」

重斧士「ほ、本当にタダでやってくれるのか……!?」

魔剣士「金を取る理由がない」

いかにも貧しそうな奴から金を取る気にはなれなかった。


重斧士「す、すまねえな……! カナリアがいなかったらおまえに惚れていたところだ」

魔剣士「やめろ」

尻が危機感を覚えた。

魔剣士「おまえ……本当に男が好きなのか?」

重斧士「親父はゲイだった。だから俺もゲイなんだ」

性的嗜好とは遺伝するものなのだろうか。大学に帰ったら遺伝学の先生に聞いてみよう。

重斧士「だが……俺は確かにカナリアに熱い感情を覚えている……!」

武闘家「て、照れるわね……」

随分オープンな奴だ。
本人が気付いていなかっただけで、ゲイじゃなくバイだったのかもしれない。

青い石「ふぁ~よく寝たよ」

青い石「……む、この男……どことなく既視感が……」


重斧士「おまえ、勇者ナハトと似てるらしいじゃねえか」

重斧士「親父がネットでおまえの写真を見て驚いていたぞ」

ネットができる前から、意図的に情報を画像や映像として魔鉱石に記録する技術はあったが、
当時、その術を使えるのはごく一部の魔術師だけで、
ある程度の金持ちや規模の大きな組織じゃないと彼等に依頼することはできなかった。

今の映写魔術とは保存形式が異なっていることもあり、ネット上に勇者ナハトの写真は出回っていない。
精々似てるかよくわからん肖像画くらいだ。

今の母さんの写真もネットには上がっていない。
だから、俺と勇者ナハトが似ていると騒ぎ立てているのは、
主に勇者ナハトの顔を実際に見たことがある連中である。

重斧士「親父の片想いの相手、勇者ナハトだったらしいんだ」

ん?


重斧士「親父は勇者ナハトに結婚を求めて決闘を挑み、敗北した」

重斧士「一旦身を引く決意を固めたものの諦めきれず、」

重斧士「お袋から逃げながら、再戦に備えて鍛錬を続けていたそうだ」

重斧士「そんな中、勇者ナハトがその身を犠牲にして魔族を封印しちまってよお」

重斧士「すごい落ち込みようだったそうだ」

重斧士「お袋との決闘で負けた原因もそれだったらしい」

青い石「あぁ、君のお父さんが誰か察しがついたけど君お父さんのこと誤解してる」

青い石「君のお父さん、勇者ナハトが女の子だって気付いてたから。ゲイじゃないから」

カナリアは気まずそうにガウェインから顔を逸らした。

青い石「駄目だ私の声聞こえてない」

自分のことをゲイだと思い込んでいるノンケの可能性も出てきた。
人の性的嗜好とは不思議なものである。本人の思い込みであることもあるからだ。

思春期の女子なんかは、濃ゆくなり出した男子を汚いからと嫌悪し、
なんちゃってレズと化すことがある。


重斧士「勇者ナハトの生まれ変わりだって言われてるおまえに会ったら、」

重斧士「もしかしたら喜ぶかもなあ」

魔剣士「普通に考えてみろ、更に家庭が崩壊するぞ」

重斧士「あ、それもそうだな」

青い石「会っちゃだめ!! というか私が会いたくない!!」

(どんな奴だったんだよ)と俺は心の中でモルに訊いた。

俺はかなり集中すれば魔力でモルと会話することができる。
魔力を分解してこの石の波動に合わせなければならないためちと疲れるが。

青い石「根は悪い奴じゃなかったね。でも思い出しただけで胃がムカムカするよ」

(モルおまえに胃はないだろう)

青い石「段階すっ飛ばして馴れ馴れしく肩を抱こうとしたりして!!」

青い石「決闘して勝ったら結婚してくれっていうのがまずUnsinn!!!!」

青い石「強引だったし!! 全然アルカディアの意思を尊重しないし!!」

(ほーん)

青い石「その点ヘリオス君はかっこよかったよ」


重斧士「決めた。俺はおまえ達についていくぞ」

武闘家「え?」

魔剣士「いやおまえ育毛剤の原料集めるんだろ」

重斧士「おまえ達と一緒では集められないのか?」

魔剣士「そういうわけでもないが」

重斧士「一人で集めて間違えるよりは、一種類一種類おまえに確認取った方が無難だろう」

魔剣士「ああ確かに」

重斧士「カナリア!」

奴はカナリアの手を握った。

武闘家「え」

重斧士「その……」

武闘家「えっと、あたし達知り合ったばかりだし、」

武闘家「あたし、そういうのはちょっと……」

重斧士「そ、それもそうだな」

重斧士「じゃあ友達から始めさせてくれ!」

武闘家「ええっと……」

重斧士「よろしくな!!」

青い石「押しの強さがお父さんそっくりで胃痛が」


――
――――――――

魔剣士「今夜はここらで野宿か」

重斧士「晩飯の獣を狩ってくる」

武闘家「ワイルドね」


青い石「カナリアっち」

武闘家「なあに? モルっち」

青い石「ガウェっちのことどう思う?」

武闘家「う~ん」

武闘家「まだなんだかよくわからないんだけど」

武闘家「いろいろと急で面喰っちゃったわ」

武闘家「でも、今まで逆玉狙いで寄ってくる男はけっこういたのだけど」

武闘家「あんなに真っ直ぐな男の子は初めてよ」

魔剣士「だが見た目で惚れられるのも面倒だぞ」

武闘家「中身で幻滅されたりするから?」

魔剣士「勝手に幻滅してくれるのならいい」

魔剣士「中身を知っても尚容姿目当てで迫ってくる奴が厄介だ」

武闘家「く、苦労してそうね……」


青い石「まんざらでもない感じ?」

武闘家「そ、そういうわけじゃないわよ!」

武闘家「あたしは……」

武闘家「……………………」

武闘家「エリウス、さっきからパソコン開いて何してるの?」

魔剣士「画像に写ってる植物の種類を割り出すアプリ作ってる」

武闘家「え、すごいわね」

魔剣士「魔術のプログラミングと基本は同じだからそんな難しくもないぞ」

武闘家「そ、そうなの?」

青い石「現代技術はすごいね……旧い魔導学しか知らない私にはさっぱりだよ」

青い石「きっと売れるだろうね」

魔剣士「世界中の植物のデータをぶちこめばまあ需要はあるかもな」

青い石「エリウスは偉いね、妹や弟達のためにいっぱい稼いで……」

武闘家「家族のためにやってるの?」

魔剣士「別に」


魔剣士「俺にはもう生きてる理由がないからな」

魔剣士「それなら好きなことやって余生を過ごそうと思ったんだ」

青い石「余生とか言う歳じゃないでしょ」

魔剣士「んでまあ、趣味に走ってたら勝手に金が入ってくるようになったんだが、」

魔剣士「ただ貯金されるだけの金には存在意義が無い」

魔剣士「それなら未来のある兄弟達の養育費に充てた方が生産性あるよなと」

魔剣士「そう合理的に判断した。金が無いと喘がれても面倒だしな。それだけだ」

いくら父さんの稼ぎが多いとはいえ、流石に兄弟が増えすぎた。

ただ食っていくだけなら困らないが、
もし全員が進学を望んだら金はいくらあっても足りないだろう。

そうならないよう父さんは子供をそんなに増やす気はなかったらしいんだが、
母さんがやたら産みたがったんだ。

武闘家「生きてる理由がないって、どうして?」

魔剣士「もう喋るのめんどくせえ」

青い石「答えてあげなさい」

魔剣士「ちっ」

青い石「こら! 舌打ちしないの!!」

魔剣士「植物と子孫を残す方法を見つけるのが俺の夢だった」

魔剣士「だが生物を学んでわかったことは、その夢の実現が不可能であることだけだった」

武闘家「……誰かと結婚することは、考えたことないの?」


魔剣士「ねえな」

魔剣士「人間でも、植物みたいに静かな……そうだな、」

魔剣士「スノーフレークみたいな奥ゆかしそうな子だったら結婚できるかもしれねえけど」

スノーフレーク、別名スズランスイセンの花が辺りに咲いていた。ムラムラした。
その向こうには森が広がっている。

魔剣士「俺、相手を人間として尊重したりとかできないからな」

武闘家「そ、そう……」

青い石「まったくこの子ったら」

重斧士「イノシシ狩ってきたぞ」

武闘家「まあ!」

重斧士「あとなんか森で迷ってる連中拾ってきた」

黒服大男「た、助かった……」

黒服女刀士「あっあの二人は」

ローブを着た連中が数人ぞろぞろと現れた。

連中は服にメダルを付けており、それらにはオディウム教の紋章が彫られていた。

魔剣士「おいそいつら敵」

重斧士「え」


黒服大男「結界石に魔力を込めろ! 奴の魔力を流し込まれないようにな!!」

魔術師じゃなくても防護壁を張れるように術を施された魔導石だ。
どうやら物理攻撃を防ぐ物ではなく、他人の魔力を遮断することに特化しているタイプのようだ。

あれほど質の良い物はなかなかいいお値段がするはずなんだがな。
全員一つずつ所持しているなんてとんでもないことだ。

大男はローブを脱ぎ捨てた。すごい筋肉だ。

黒服剣士「この男の命が惜しくば武器を捨てて手を上げろ!」

重斧士「おおう」

植物を利用した術には対策を立てられた。
通常の魔術で結界を破壊しようにも、かなりムラムラしているため発動は困難である。

カナリアが使う魔術は主に身体強化術らしく、遠距離は不得意だそうだ。

武闘家「くっ……」

魔剣士「おまえが連れてきたんだからなんとかしろ」

重斧士「おう」

ガウェインはローブを着た剣士を軽々と投げ飛ばした。

黒服女刀士「何っ!?」

奴等は全員間を取ってローブを脱ぎ、臨戦態勢をとった。全員ムキムキだ。
この場にいる人間は俺以外皆武闘派らしい。


重斧士「久々のケンカだ!! 腕が鳴るぜ!!」

武闘家「はっ! ていっ!」

乱闘と化した。

黒服格闘家「でやっ!」

魔剣士「わー待てって! 俺はケンカとか無理だから!!」

魔剣士「口喧嘩なら負けねえ自信あるけどな!!!!」

急いで地面からスモールソードを拾い上げて抜刀したが、俺は逃げてばかりである。

その昔ケンカを吹っ掛けられた時は、
じいちゃんと取引している商人から習った護身術を使ってその場を凌いだこともあったが、
その術もそう極めたわけじゃない。攻撃を躱すことだけはやたら得意になったが。

黒服格闘家「その剣はお飾りか!?」

魔剣士「だからその通りなんだよ!!」

魔剣士「俺は肉体派じゃねえええええ!!!!」

黒服二刀流「逃がさん!!」

魔剣士「ぎゃあああ!」

魔剣士「研究室に引きこもりっぱなしの院生の軟弱さナメんじゃねえぞ!?」

重斧士「おまえヒョロガリだよなあ」

ケンカ慣れしているガウェインは余程余裕があるらしい。
戦闘中にも拘らず笑いながら話しかけてきた。


重斧士「肌も妙に白いしまるでモヤシだ」

魔剣士「うっせ! おわっ! ひいっ!」

重斧士「頭は黒いから黒豆モヤシだな!」

魔剣士「誰がブラックマッペだ!! ちくしょう!!」

研究室でのあだ名はユウレイタケだった。そこまで真っ白じゃないわ。
タヌキノショクダイと呼ばれることもあるがそんなことはどうでもいい。

青い石「白い肌に黒髪碧眼はうちの民族の特徴なんだよ」

黒服二刀流「はっ!」

魔剣士「ひうえぇぇ! 暴力反対!!」

黒服二刀流「それでも勇者ヘリオスの息子か!?」

黒服大男「似てねえし母親が浮気でもしたんじゃないのか」

魔剣士「ありえねえよ!! 天地がひっくり返る以上に!!」

俺は無意識の内にスモールソードで大男を斬っていた。

斬るためというよりは突くための剣なのだが、
断ち切り用の剣の訓練を受けていたためか自然と斬撃を繰り出していた。


使い方を習ったのと違うタイプの剣を帯刀しているのは、
単純にスモールソードが軽くて持ち運びが楽だからだ。

今のヒョロガリっぷりでは重量のある剣をまともに扱える気がしないのもある。

魔剣士「うわあああ斬っちまった! 感触生々しいぃぃぃ!!」

黒服大男「ぐっ……」

黒服二刀流「隙あり!」

魔剣士「うおう!」

どうにか全員倒して縛り上げた。通報したからすぐに兵士が逮捕しに来るだろう。

魔剣士「ぜー……ぜー……」

重斧士「体力ないな! がはは!」

魔剣士「ほっとけ」

俺は後衛なんだ。肉体で解決するよりも頭を使って裏から操る方が得意なんだ。

しかし奴等、結界石を持っていたとは……こちらも何かしら対策しねえと。


武闘家「運動したらお腹空いたわね。」

イノシシ「ブヒ……」

武闘家「それにしても、よくこんな大物獲れたわね」

重斧士「へへ……もうちょっと待ってろ、今血抜きして解体するからよ」

魔剣士「ひえっ」

重斧士「何ビビってんだよ。狩りやったことねえのか?」

魔剣士「ねえよ、精肉店で売ってる肉しか食ったことねえし」

魔剣士「肉自体あんま食べねえ」

重斧士「だからそんなに貧弱なんだよ。男なら肉食え」

魔剣士「嫌いではないんだが……体質的にどうもな……」

重斧士「そういや、人類最強の男と謳われた勇者ナハトは細身でありながら大剣を振るったって聞いたぜ」

魔剣士「あれチーターだから」

重斧士「チーター? 勇者ナハトは人間じゃなく肉食獣だったのか?」

魔剣士「そうじゃなくてだな、チートをしてる奴って意味で」

武闘家「おいしー」

魔剣士「おいそれ生肉」


武闘家「あたし実は生肉好きなのよ」

魔剣士「細菌とか寄生虫とかやべえって」

武闘家「何故だかあたしは平気なのよ。生肉食べて体壊したことないの」

魔剣士「おまえ……俺が毒草食ってるの見てドン引きしてた癖に……」

重斧士「お、俺も食ってみようかな」

魔剣士「やめとけ!!!!」

重斧士「えーでもよぉ」

魔剣士「解体さえ済ませたら俺が調理するから!!」



武闘家「エリウス、あなた随分料理上手よね」

魔剣士「母さんがくたばってる時は俺が作る時もあったし」

青い石「へたばってるの間違いだよね?」

魔剣士「一生独り身だからこれくらいはな」

武闘家「そ、そう……」

重斧士「すげー」


魔剣士「この辺の食べられる野草もたくさん入れた」

魔剣士「素材そのものも好きなんだが、」

魔剣士「加工することにより新たな魅力を引き出すこともできるからな」

魔剣士「料理は趣味の範疇だ」

魔剣士「肉や魚の調理法はあんま詳しくないが、普通に食えるくらいにはできる」

重斧士「充分うめえぞ」

武闘家「おいしい……おいしいわ」

重斧士「複数人でメシ食うのは久々だな……涙が出そうだ」

武闘家「あなたもいろいろ苦労してそうだものね」

重斧士「ああ……家族全員でテーブルを囲んでいた頃が懐かしいぜ」

重斧士「お袋、親父と仲はあんまよくねえが、俺達のことは可愛がってくれてよお」

重斧士「作る料理も粗かったが、味は悪かぁなかった」

武闘家「そう……」

武闘家「あたしの母さんが勉強に厳しかったのは、あたしを想ってのことだし……」

重斧士「どうあっても生みの親だからなあ……」

武闘家「やっぱり、親って……憎めないものよね。ね、エリウス」

魔剣士「さあな」


武闘家「え……」

重斧士「何言ってんだよおまえ」

魔剣士「俺は母親に愛情を覚えたことなんて一度もねえんだよ」

青い石「こら! この子ったら!! またそんなこと言って!!」

魔剣士「ごっさま。……しばらくこいつ預かっててくれ」

青い石「ちょ」

俺はモルが宿っている石をカナリアに手渡した。

武闘家「何処行くのよ。単独行動は控えるよう言われてるでしょ」

魔剣士「おまえらは離れんなよ」

武闘家「ちょっと!」

魔剣士「性欲は魔術師の大敵だからな。シコってくるんだよ」

武闘家「あ…………そう」

月明かりに照らされたスノーフレークが幻想的で綺麗だ。



重斧士「あいつも反抗期か?」

武闘家「どうなのかしら」

青い石「いつからあんなに素直じゃなくなっちゃったんだろ……」

kokomade


第五株 紫蘇


魔剣士「おまえ、本当に俺達についてくるならこれからも危険な目に遭うぞ」

魔剣士「奴等、俺とカナリアは生け捕りにしようとしてるらしい」

魔剣士「だから俺達はすぐに殺されることはないだろうが、」

魔剣士「おまえに対しては容赦がないかもしれん」

重斧士「構わん」

重斧士「無償で薬を調合してもらうのはやはり性に合わなかったからな」

重斧士「俺のことは護衛に使ってくれ」

魔剣士「それならまあ助かるな」

やたら強いようだし、前衛が増えるのはありがたい。

魔剣士「あ、わりい電話だ」

車を停めて電話に出た。知らない番号からだ。


次男『にいちゃーん! もりもり?』

魔剣士「アルバか?」

次男『進学祝いに携帯買ってもらったんだ!』

魔剣士「おーよかったな」

五歳下の弟のアルバは上級学校に入学した。卒業後は士官学校に進むつもりらしい。

父さん似だが眉尻は垂れ下がっていて人懐っこく、愛嬌がある。
駄洒落が好きなところは母さんそっくりだ。

小さい頃は気が優しすぎていじめられることもあったが、今は元気に過ごしている。

魔剣士「一人部屋はどうだ」

次男『めっちゃたのしー! ありがと兄ちゃん!』

俺が使っていた部屋はアルバに譲った。
俺はこの旅が終わっても実家に帰るつもりはない。

そのうち大学の近くで下宿するか家を買うかしようと思っている。


武闘家「アルバ君? あたしも話したーい!」

次男『あーカナリア姉ちゃんだー!』

カナリアはアウロラやアルバと仲が良い。

ちなみにアルバの名付け親はアキレスさんだ。
彼の国の古語で日の出という意味の言葉らしい。

武闘家「久しぶり、元気? うん、うん、また一緒に遊びたいね!」

武闘家「そっかあ、皆楽しくやってるんだね」

武闘家「じゃあね!」

重斧士「おい、アルバとは何者だ! どんな関係なんだ!?」

魔剣士「俺の弟だ。カナリアとはただの友達だから落ち着けって」

重斧士「そ、そうか」

重斧士「弟か……欲しかったな」

武闘家「あたしにも弟はいるけど……小さい頃は可愛かったのになあ」

武闘家「段々生意気になってきちゃって」


魔剣士「アルバは今でも素直だな。アルクスは元から俺のことが嫌いみたいだが」

下の弟は今年で四歳になる。
生まれた時に虹がかかっていたため、古代言語で虹を意味する言葉を名前にしたらしい。

武闘家「あなたそういえば今何人兄弟?」

魔剣士「自分を含めて七人だ」

武闘家「あら~増えたわね~」

重斧士「おまえの親……仲良いんだな……」

青い石「弟……あーくん……」

武闘家「モルにも弟さんがいたの?」

青い石「年の離れた弟がね」

重斧士「……誰と喋ってるんだ?」

武闘家「ああ、この石に魂が宿ってるのよ」

重斧士「お、おう?」


青い石「エリウスー北の大陸行こー」

魔剣士「ええぇ……やだよ寒いじゃん。俺寒いの苦手なんだって」

青い石「ヤダ!! あーくん! あーくんに会いたい!!」

青い石「『にいちゃま、にいちゃま』っていつもついてきたあーくん……!」

青い石「あ゛あぁーぐぅん……うううぅぅぅぅぅううう!!!!」

魔剣士「そういうところ母さんとそっくりでイラつくんだよ!」

青い石「ほんとあーくん可愛かったんだから!!」

魔剣士「いくら可愛かったにしても今はもう50代のおっさんじゃねえか!」

青い石「北の大陸!! 行きたい!!」

魔剣士「わかったから! 真夏にな!!」

青い石「ヤッタァァアアア!」

武闘家「……前から気になってたけど、モルって一体何者なの?」

魔剣士「俺の母方のじーちゃん」

武闘家「え……にしては随分扱いがぞんざいよね」

青い石「ほんと困っちゃう」

重斧士「会話に……入れねえ……」


町に着いた。

カナリアはこの公園のすぐ傍の店で日雇いの仕事を見つけ、
ガウェインもそれについていった。客寄せをやっているようだ。

青い石「ブロードソードでも買ったらどうだい?」

魔剣士「やだよ重いしかさばるし」

青い石「じゃあスモールソードの使い方を憶えようか」

魔剣士「えー、適当に振ってりゃそれでよくね」

青い石「刺突用の剣には刺突用の剣の効率のよい攻撃方法があるんだよ」

魔剣士「指南書でも買えばいいのか」

青い石「その必要はないよ。スモールソードの扱い方なら私がよく知っているからね」

青い石「当時の貴族にとって、スモールソードは装飾品であると同時に護身具だったんだ」

青い石「生前は剣術大会で優勝し続けたこともあってね」

青い石「スズメバチのモルちゃんと名を馳せたものだったよ」

魔剣士「貴族のお遊びの剣術じゃないだろうな」

青い石「失敬な。ちゃんと実戦で通用するレベルだったよ」

魔剣士「ふーん」


青い石「まあ、憶えないよりマシだから」

魔剣士「で、どう構えればいいんだ?」

青い石「ちょっと体動かすよ」

モルが自分の魔力を俺の魔力の一部に同調させた。

青い石「こう相手を見据えて……刺す!」

魔剣士「おおう」

魔剣士「俺が憶えなくても、おまえが俺の体を使って戦えばよくないか?」

青い石「無理無理ずっと起きてられるわけじゃないもん」

しばらくモルに操られて剣を振るった。

魔剣士「意外とこの剣も力要るんだな」

青い石「筋力が足りないね。タンパク質摂らなきゃ」

魔剣士「大豆食うか……」

輸入品であればこの季節でも売っているはずだ。

   「ふざけおって!!」

カナリアが働いている店の方から怒鳴り声が聞こえた。


どうやら怒っているのは老年の貴族のようだ。肌の白さは北の大陸の住民のものだ。
従者達はめんどくさそうな表情で控えている。

老貴族「このシャツはいくらすると思っている!?」

店長「申し訳ございません!!」

店員が貴族の服にトマトソースをこぼしてしまったらしい。
店の連中は平謝りしている。貴族相手だしさぞ怖かろう。

老貴族「あああ痒い! 私はトマトアレルギーなんだ!!」

従者「旦那様、すぐにお召し替えを」

老貴族「こんなところで脱げるか!」

店長「君、タオルを持ってこい!! すぐにだ!!」

貴族の怒りが収まる様子は無い。

老貴族「客を殺す気か!?」

店長「まことに申し訳ございません……すぐにお詫びの品を用意いたしますので」

店員「ごべんなざいぃぃぃ」


老貴族「まったく、せっかくの引退旅行だというのに……」

老貴族「覚悟しておけ、この店には相応の報いを受けてもらうぞ」

店員「わだじが全財産払ってお仕事辞めまずがら! どうかお店はお助けぐだざい!」

従者「旦那様、命に係わるわけではございませんし」

従者「ほんのちょっと飛んだだけじゃないですか」

老貴族「黙れ!」

従者「う……怒り出したら止まらないんだから」

武闘家「相応の報いとはどういうことですか?」

武闘家「服とアレルギーに関してはお気の毒に存じます」

武闘家「しかし、服のクリーニング代と治療費、法に沿った額の額の慰謝料を払うだけでは足りませんか?」

店長「か、カナリアちゃん」

老貴族「なんだこの生意気な小娘は! 私を誰だと思っている!?」

武闘家「過剰な賠償の請求を行いますか。それとも権力を濫用し、このお店を潰しますか」

武闘家「いずれにせよ犯罪です。貴族であっても処罰の対象となります」

重斧士「かっけぇ……」

老貴族「うぐぐぅぅううう」


魔剣士「炎症を起こしているところを見せていただけますかね」

老貴族「なんだおま……えは…………」

老貴族「…………!?!?」

青い石「あーこのじいさんもしかして」

魔剣士「ちょっと失礼。ここか……赤くなってんな」

武闘家「今度は何食べてるの?」

魔剣士「シソの実の塩漬け」

魔剣士「治療しました。ついでに魔法で服も綺麗にしておきます」

魔剣士「しみ抜き<ステイン・リムーブ>」

弟や妹がよく服を汚すため、汚れを落とす魔法は習得している。

老貴族「きさっ、もっもるっもっもっるげっ」

魔剣士「これでもう何も問題ないでしょう」

老貴族「ひぃぃぃぃぃぃぃ」

魔剣士「なんなんだよ……」

青い石「ごめんちょっと体貸して」

魔剣士「ちょ、おい」


魔剣士(モル憑依)「ギーゼル? ギーゼルベルトじゃないか?」

老貴族「もるげっろっろっ」

魔剣士(モル憑依)「ほら、落ち着いて。深呼吸」

老貴族「すー、はー……すーげほっ」

老貴族「モルゲンロート!?」

魔剣士(モル憑依)「いやあ久しぶりだね、何十年ぶりだい?」

老貴族「成仏しとらんのか!?」

魔剣士(モル憑依)「うむ。今は孫の体を借りているのだよ」

重斧士「どうしたんだあいつ」

武闘家「後で説明するわね」

店員「えぶえぇぇぇええごめんなざいぃぃぃぃ」

魔剣士(モル憑依)「ほら、あの女の子、あんなに謝っているじゃないか」

魔剣士(モル憑依)「そろそろ許してあげないかい」

老貴族「わかったから! もう怒らんから成仏しろ幽霊!」


魔剣士(モル憑依)「しかし、こんなことで店を脅すなんて一体どうしたんだ」

魔剣士(モル憑依)「他に何か悩みでもあるんじゃないのかい」

老貴族「き、貴様には関係ない!」

魔剣士(モル憑依)「ここで再会したのも何かの縁だ。相談に乗らせてはもらえないかね」

老貴族「なんか目尻は吊り上がっとる気がするが、」

老貴族「その物腰の柔らかさ……本当にスズメバチのモルちゃんなのだな……」

武闘家「立ち振る舞いが変わっただけで別人に見えるわ……中身は本当に別人なのだけど」

俺の体返せや。


老貴族「アレルギーを妻に理解してもらえなくてな……」

魔剣士(モル憑依)「おお、結婚していたのだね! おめでとう!」

老貴族「嫌味か? エルディアナを娶った貴様に祝われても全く嬉しくなんだが?」

魔剣士(モル憑依)「まあまあ続けてくれ」

老貴族「……孫の教育に悪いから好き嫌いを直せと言われてしまったのだ」

老貴族「好き嫌いとアレルギーは違うというのに」

魔剣士(モル憑依)「ふむ」


老貴族「先程もそのことで喧嘩してしまった」

魔剣士(モル憑依)「それでトマトに過剰反応してしまったのだね」

老貴族「完全にカッとなっていた……」

老貴族「トマトだけでなく、ナスやパプリカ、ジャガイモも食べられなくてな」

ナス科がだめなんだな。

老貴族「本当は食べたいのだがな……昔は普通に食べることができたのだ」

老貴族「はあ……」

後天性のアレルギーか。食べたくても食べられないのはつらいだろう。

老貴族「妻の理解を得られないと、このままでは死んでしまう……」

魔剣士(モル憑依)「ううむ……どうにか理解してもらいたいものだね」

老貴族妻「ちょっとあなた! こんなところにいたのね!」

魔剣士(モル憑依)「おお……クラリッサじゃないか……そうか、彼女と結婚したのか」


老貴族「しばらくほっといてくれ……」

老貴族妻「ほら、トマトを克服するわよ!」

老貴族「無理だと言っておるだろう」

老貴族妻「少しずつ慣らせば治ります!」

アレルギーの原因を少しずつ食べてアレルギーを治療できた例はあるっちゃあるが、
専門家の監督下でないと非常に危険だ。

魔剣士(モル憑依)「待ちたまえ」

老貴族妻「!?!?」

老貴族妻「エリウス!? エリウス・レグホニアじゃないの!!」

老貴族妻「キャーほんとモル様そっくり! 私ファンなんです!」

貴族の奥さんは若返ったかのようにはしゃぎ出した。

老貴族「もうやだ」


老貴族妻「この人ったら、ある時からトマトを食べられなくなってしまったんです」

老貴族妻「好き嫌いが直るお薬はありませんでしょうか」

(おいモル代われ俺が説明する)

魔剣士「……ふう」

魔剣士「好き嫌いとアレルギーは違うものでして」

魔剣士「薬により症状を抑えることは可能ですが無理に食べさせると死にます」

アレルギーの危険性について説明した。俺の言うことは素直に聞き入れたようだ。


老貴族妻「私は……主人に酷いことをしていたのですね……」

魔剣士「アレルギーの治療について研究している知り合いを紹介しましょう」

魔剣士「治る可能性は0ではありません」

老貴族「お、おお……すまないな」

魔剣士「じゃあ俺はこれで……うっ」


ぶっ倒れて店の奥に運ばれた。
無理にモルの魔力が俺の魔力の一部を侵食して体を操っていたせいで気持ちが悪い。

店長「あなたには助けられました。どうぞここで休んでください」

魔剣士「ざけんなよクソじじい」

青い石「ごめんって……生前の知り合いと会ったらつい懐かしくなっちゃって」

老貴族「……何故成仏しとらんのだ」

魔剣士「未練たらたらの状態で死んで、今は惰性でこの世に留まってるらしいっすよ」

老貴族妻「モル様……」

老貴族「おまえは私とあいつのどっちが好きなんだ!」

老貴族妻「愛してるのはあなただけよ! 好きの種類が違うの」

老貴族「うう……やはり私はモルゲンロートが嫌いだ」

老貴族妻「あなたこそいまだにエルさんのこと好きなんじゃないの」

老貴族「とっくの昔に過去の思い出として葬っとるわ」

老貴族「しかしまあ……奴も立派な孫を持ったもんだな」

老貴族「何か礼をしたいのだが、欲しい物はないかね」

魔剣士「……亜鉛がたくさん含まれた食いもんがほしいっす」

店長「あ、私も用意します!」

いつ襲われても通常の魔術を使えるよう毎朝抜いているのだが、
その分亜鉛の消費量が増えてしまっている。俺は禿げたくない。


しばらく休んで店を出た。歩いて吐き気を誤魔化したかった。

青い石「あいつが平民相手に威張ってるのを窘めたら決闘する流れになって、」

青い石「見事私が勝利したんだけど、それがコーレンベルク卿の目に留まってね」

青い石「そこからエルディアナとの交際がスタートしたんだ」

魔剣士「そうだ、北の大陸行くならひいじいちゃんの顔も見とくか」

魔剣士「もう九十近いだろ」

青い石「え……」

魔剣士「会いたくないのか?」

青い石「合わせる顔が無い」

魔剣士「どういうことだよ」

青い石「一生娘さんを守りますって彼に誓ったのに、私あっけなく殺されちゃったから」

魔剣士「相手が魔王だったならしゃーねえだろ」

青い石「とにかく申し訳なくて」

魔剣士「俺がひいじいちゃんに会ってる間は寝てりゃいいだけだろ」

青い石「お義父さんの魔感力は凄まじいから絶対ここにいるのバレる……つらい」

魔剣士「……なあ」


魔剣士「モルってそんなに俺と似てたのか」

青い石「そうだね。エリウスはお母さん似というよりは私に似ているよ」

青い石「男女差もあるし、世間で言われているほど『勇者ナハト』と瓜二つじゃない」

魔剣士「そうか」

青い石「まあ、誰に似ていようが、君は君だよ」

自分の容姿に関してはいい思い出が何一つない。

この国の生まれなのに外国人扱いされたり、女に執着されたり、
男からは無駄に僻まれたりと面倒なことばかり起きる。

クラスで劇をやることになった時は、髪と肌の色を理由に白雪姫役を押し付けられそうになったし、
大学の学祭では先輩の頼みで勇者ナハトのコスプレをさせられた。ちくしょう。

父さんに似たアルバが羨ましいくらいだ。

青い石「いくら前の依り代よりも魔力伝導率がいいとはいえ、力を使い過ぎちゃったな」

青い石「当分寝るよ」

魔剣士「さっさと永眠しろよ……」


女「おまえ!!」

魔剣士「うおう」

三十代ほどの女に投げられた石をすかさず掴んだ。


女「勇者ナハトの生まれ変わり……!」

魔剣士「ちげえよ」

女「覚悟!」

女はでかい石を拾って俺に襲いかかってきた。

戦いの経験なんてない、ただの一般人だろう。余裕で攻撃を避けることができる。
だが、下手に反撃すればこっちが加害者扱いされかねない。適当に逃げよう。

女「おまえのせいで私の人生は滅茶苦茶だ!」

魔剣士「知るかよ」

女「おまえのせいで!! おまえのせいで!!!!」

目にはとんでもなく強い殺意が宿っている。

女「また壊しに来たのか!! 私の家庭を!!」

やべえ、体が上手く動かない。尻もちをついた。

魔剣士「意味わかんねえよ」


女「おまえの前世に、私と父さんに血の繋がりがないことが暴かれた」

女「私は父さんにも母さんにも捨てられてこの世を彷徨うことになったんだ!!」

「ナハト」として生きていた頃の母さんはこの地方には来ていない。
この女は恐らく相当遠くからここに流れ着いたのだろう。

魔剣士「母親が浮気してたってことか? 恨むなら母親のだらしのなさを恨めよ」

女「おまえさえいなければ幸せに暮らせたのに!!」

魔剣士「おまえさっき『また壊しに来たのか』っつったよな」

魔剣士「おまえ自身が後ろめたいことでもやってんのか?」

女「ち、違う! 私はやってない!!」

女「今すぐ殺してやる!!」

女は石を握った腕を振り上げた。

子「おかあさーん、どこー!?」

子「!?」

子「なにやってるの!?」


女「あ……」

子「お兄さん大丈夫!?」

女「…………」

子「お母さんどいて!!」

女「あのね、これはね、家庭を、あなたを守るためにね、この人は悪魔の生まれ変わりだからね、」

子「そんなんだからお父さんに浮気されるんだよ!!」

女「っ……」

女「知って、たの? お父さんが、浮気してること……」

家庭を維持するために、旦那の浮気を見て見ぬふりをしていたらしい。

子「うちの家庭なんてとっくに崩壊してるんだよ」

子「教会にも疑われてるから、罰されるのも時間の問題だ」

女「あ……ぁ…………いやああああああああああああああああ!!!!」

うるせえ。

女「全部……全部あいつのせい……ナハトが来てから私の人生は……」

子「お兄さん、怪我してませんか? ごめんなさい。うちの母、思い込みが激しいんです」

子「訴えられても文句は言えません」

魔剣士「……まあ、よく自分の母親を見とけよ」


クラクラする。やっぱ寝とけばよかった。

武闘家「いた! 心配したんだから!」

魔剣士「……」

武闘家「一人でこんな人気のない所をフラフラしてたら危険でしょ」

武闘家「変装もしてないし、体調だって悪いのに」

魔剣士「ずっと他人の一緒ってのも疲れるんだよ」

武闘家「気持ちはわかるけど、いつオディウム教徒が襲ってくるかわからないじゃない」

重斧士「カナリアの言う通りだ」

魔剣士「わかったわかった。もう仕事は終わったのか?」

武闘家「うん。お給料だけじゃなくて、食材とかいろいろいただいちゃった」

武闘家「今夜はあたしが何か作るわね」

魔剣士「ああ、そうか」


……母親がどれほど恨まれていようが、どれほど汚い人間だろうが、
俺には一切関係ない。

関係ないんだ。


翌朝。

筋肉痛はするものの、体調は一応よくなったから厠に行って抜いた。
朝っぱらから疲れた。俺は寝台に倒れ伏した。

重斧士「おまえ、抜き終わるの早くないか?」

魔剣士「早漏だって言いたいのか?」

重斧士「そうじゃなくてよ……一回あたり十回は出すだろ?」

魔剣士「出さねえよ?」

どんだけ体力があるんだこいつは。

しかし、それだけ出すなんて……。

魔剣士「……おまえも亜鉛摂っとけよ。禿げるぞ」

重斧士「出すと禿げるのか?」

魔剣士「らしいぞ。ほどほどにしとけ……」


武闘家「おはよ。朝ご飯も用意したわよ」

重斧士「カナリアの飯は個性的で美味いな」

武闘家「こっちの地方の食材はあんまり詳しくないんだけど、」

武闘家「それっぽく料理できてよかったわ」

魔剣士「エスト大陸っぽさがあっていいな」

武闘家「そう? おいしい?」

魔剣士「ああ」

武闘家「よかった……昨晩はあなた反応なかったから」

魔剣士「疲れて食欲なかったからな……」

重斧士「おかわり頼む」


町中に出て植物の観察に向かった。
しかし、いくら精液を空にしても、植物を見ると僅かだが性欲が沸いてつらいな……疲れてるってのに。


道行く男が何か話している。

男「くくく……旭光の勇者ヘリオスも大したことはなかったな」

今、なんて言った?

男「はーっはっはっはっはっは!!!!」

ここまで


第六株 熱帯林


男「まさか辛い物大食い大会で奴に勝っちまうとはなあ!」

男友「おまえそれ二ヶ月前からずっと言ってるじゃねえか」

男「別にいいだろお嬉しいんだからよぉ」

なんだそんなことか。心配して損した。

武闘家「お絵描きしてるの?」

武闘家「あら、上手ね……」

魔剣士「植物を描くのだけは得意だ」

武闘家「今時お手軽に写真撮れるのに、どうして絵にしてるの?」

武闘家「あ、別に馬鹿にしてるわけじゃなくてね、ただ気になって」

魔剣士「自分の手で植物の魅力を表現するのが楽しいんだ」

魔剣士「絵と写真とでは表現できるものが違うからな」

武闘家「そう……それもそうね」


武闘家「これだけ上手ければ、イラストレーターとしてやっていけるんじゃない?」

魔剣士「もうやってる」

武闘家「え?」

魔剣士「自己満足のために描いていた植物画をまとめて出版したらそこそこ売れた」

自慰用の植物画は昔からしばしば自作している。

魔剣士「それ以来、時折挿絵の依頼が入るようになってな」

武闘家「あなた……本当に多芸よね」

魔剣士「そうか?」

魔剣士「特技がやたら多い奴なんていくらでもいる」

魔剣士「大学行ってみろ、変な奴たくさんいるから」

武闘家「…………」


――――――――
――

重斧士「パソコン開いて何やってんだ?」

武闘家「勉強よ」

武闘家「あたしの学校、病気や怪我とかで休学してる生徒用に通信授業制度があるの」

武闘家「二年飛び級してるから、別に一年くらい留年してもよかったのだけど」

武闘家「やっぱり、遅れない方がいいかなって」

重斧士「すげえな……義務教育すらまともに受けてねえ俺とは別次元だ」

俺の携帯が鳴った。ゼミの後輩からだ。後輩と言っても俺より四歳下だが。

魔剣士「どうした」

後輩『ぜんば~い、ユウレイタケぜんば~い』

後輩『小でずど、小でずどが』

魔剣士「落ち着け。わからん問題でもあるのか」

後輩『だずげでぐだざい』

後輩『過去問全然わかんないんです』

魔剣士「解説するから詰まってる問題をメッセンジャーで送ってくれ」

パソコンを開いた。


後輩『薬学と魔導学バラバラならわかるんでずげど、』

後輩『二つがくっつくともう頭がごんがらがっじゃうんでず……うぅ……』

魔剣士「ああ、魔導応用薬理学Ⅰか」

魔剣士「NSAIDsの働きを魔術で再現するアルゴリズムは理解できてるか?」

後輩『ええと……』

魔剣士「例えば、アセチルサリチル酸C6H4(OH)OCOCH3を再現するにはロネフ関数を使うだろ」

後輩『はい』

魔剣士「ロネフ関数により精製したアセチルサリチル酸型魔力結晶を人体に使用するには、」

魔剣士「どの関数を使うかわかるか?」

後輩『あ……スピール関数ですか?』

魔剣士「その通りだ。だから、フェニル酸系においても……」




後輩『あー! わかりました!!』

後輩『ありがとうございました!! これで単位取れます!!』

魔剣士「アクトン先生なら小テストこなしとけば定期試験は楽勝だ」

重斧士「……何語を喋ってたのかさっぱりだぜ」

武闘家「エリウス……人に勉強を教えるの上手なのね。適度に小出しにしてて」


魔剣士「そうか?」

武闘家「面倒見がいいとは思っていたけれど……」

魔剣士「淡泊な性格のわりにはってか?」

武闘家「そ、そんなこと……全く思わなかったわけじゃないけれど」

魔剣士「まあ、言われてみればそうだな」

魔剣士「多分、兄弟や親戚の子供の面倒を看て当然の環境で育ったせいだろ」

武闘家「……実は、その……あたしも、教えてほしいところが」

魔剣士「教科は何だ」

武闘家「物理なのだけど」

魔剣士「ああ、いいぞ。見せてみろ」

文系科目、特に歴史だったら聞かれても答えられる気がしなかった。
理系教科なら今でも教えられる気がする。

重斧士「……疎外感が……俺も勉強すっかな……」


魔剣士「ほら、ここに注目して適当に公式使っとけば解けるだろ」

武闘家「あらほんと! ……テストの時に公式を忘れないか心配だわ」

魔剣士「忘れた時はF=maから自分で公式作ったな」

武闘家「それができたら苦労しないわよ」

重斧士「……カナリア、おまえ顔赤くねえか?」

魔剣士「熱でもあんのか」

武闘家「も、問題が解けたのが嬉しくて興奮しちゃってるだけよ!」

重斧士「…………」

武闘家「と、ところで」

武闘家「どうしてエリウスはそんなに早く義務教育と上級教育を終わらせられたの?」

魔剣士「めんどくさすぎたからさっさと片付けたかったんだ」

青い石「お母さんもすごく利発でね、十歳で上級教育をほとんど修めていたよ」

魔剣士「何でそんなに頑張ってたんだよ」

青い石「初恋の男の子に認めてほしい一心で……ああ、なんて健気な」

魔剣士「え、母さんって父さん以外に好きな男いたのかよ」

青い石「まあ、子供の頃の話だけどね」

あの父さんべったりの母さんが他の男を……? 信じられない。

青い石「今モヤッとしたでしょ」

魔剣士「してねえ」


重斧士「俺石が何話してるかわかんねえから、横からですまねえんだけど」

重斧士「親に他に好きな奴がいたら自分の存在を否定された気分にならねえか?」

武闘家「あー、わかるかも……」

魔剣士「わかんねえわ」

魔剣士「大学レベルの知識はどうやって身に着けたんだよ」

青い石「各地の図書館とかで勉強してたらしいよ」

魔剣士「『らしいよ』ってどういうことだよ」

青い石「その頃は傍で見守ることができなかったんだ」

青い石「領地が襲撃を受けた時、魔族に前の依り代を破壊されてしまったからね」

青い石「私は他の依り代を求めてこの世を彷徨い、アルカと再会できたのはその八年後だったよ」

青い石「折角会えたのに、アルカの石の声を聴く力がなくなっていたのはもどかしかったな」

魔剣士「え、今は母さんと普通に話してんじゃん」

青い石「あ……まあ、あの頃は色々あったから」


武闘家「前はどんな石に宿っていたの?」

青い石「ラズライトという魔鉱石だったよ。スペルがRの方だね」

ラズライトという名を持つ石は二種類ある。
古語で表記するとLazuliteとLazuriteだ。後者はラピスラズリの主成分である。

全くの別物らしいのだが、現代語で書くと同じ読みになって紛らわしいため、
天藍石、青金石と現代語名で表記した方がわかりやすい。

青い石「このアウィナイトほど魔力伝導率が良くなかったから、」

青い石「こんなに頻繁に声を出すことは出来なかったけどね」

青い石「たま~にアルカと話せた時は嬉しかったよ」


武闘家「なんだか切ないわね……あ、ガウィ、今夜食べたいものとかある?」

武闘家「ボディガードしてもらってるわけだし、何かお礼したくて」

重斧士「あ、すまねえな……鶏の味噌焼き食いてえな」

武闘家「よし、じゃあ気合入れてくるわね!」

魔剣士「肉料理はおまえのが得意だもんな。あ、生肉つまみ食いすんなよ」

武闘家「え……し、しないわよ! もう!」

武闘家「そうそう、あくまでお礼だからね!」

カナリアは食材を持って宿の厨房を借りに行った。

重斧士「……はあ。嫁に来てくんねえかなあ」

魔剣士「中身にも惚れたか?」

重斧士「ああ」

重斧士「期待させねえ程度に俺に気を遣ってくれてよ」

重斧士「困っている奴のことは積極的に助けに行こうとするし、すげえいい子じゃねえか」

無鉄砲なのが玉に傷だが、それも正義感に因るものだ。


魔剣士「まあ頑張れよ」

重斧士「おまえに応援されても複雑なんだがな」

魔剣士「ん?」

重斧士「厨房の前で見張りやってくる」

……ネットでオディウム教のことでも調べるか。
奴等は相当高価な加工済みの魔鉱石を複数所持していた。

盗んだのか、そうでなければかなりの財源を確保していることになる。

地主の娘さんを狙った時のように金持ちを洗脳しているのかもしれないし、
他の手段で金を荒稼ぎしている可能性もある。

――――――――
――

青い石「そうだ、ハッピーゲブーアツターク」

魔剣士「言語を統一しろ。何言ってるのかわかんねえだろ」

携帯が鳴った。

勇者『もしもし? エル?』


魔剣士「うん」

勇者『お誕生日おめでとう』

勇者『……あのね、お母さんね、エルが生まれた時本当に嬉しくてね』

魔剣士「ああうん、何回も聞いたから」

勇者『ちゃんとご飯食べてる?』

魔剣士「食べてるよ」

勇者『悪い人に、絶対捕まっちゃ駄目だからね!』

魔剣士「捕まらねえよ」

勇者『もし捕まったら、お母さんがすぐに助けに行くからね!』

魔剣士「あー、はいはい」

魔剣士「もういい?」

勇者『待って、みんなに代わるから』

四女『にー! にーいー!』

魔剣士「ラヴェンデルか?」

四女『にぃ!』

三女『ラヴィ、代わって』


三女『エルお兄ちゃん、お誕生日おめでとう』

魔剣士「セファリナ、この頃友達とはどうだ?」

三女『仲良くできてるよ。ありがとうね』

三男『もうかえってくんなー!』

魔剣士「あーはいはい」

三男『べーっだ!』

長女『こら、アルクス。駄目でしょ』

長女『兄さん、成人おめでとう』

魔剣士「アウロラ、彼氏とは上手いこと続いてるか?」

長女『も、もうっ! いきなりそんなこと聞かないでよ! 恥ずかしいじゃない』

次男『にいちゃーん! 帰ってきたらプレゼント渡すね!』

魔剣士「おー、ありがとな」

次女『ばんばばーん!』

魔剣士「ルツィーレ、今日も元気いいんだな」

次女『あきゃきゃきゃ! ぼく番長になったよ!』

魔剣士「おまえいつから自分のことぼくって言うようになったんだ? 番長ってどういうことだよ?」

次女『おじいちゃんに代わるね!』

魔剣士「ひ と の は な し を き け !」


祖父『成人祝いに花瓶作ったから、村に帰ってきたら取りに来てくれ』

魔剣士「マジで!? さんきゅーじーちゃん」

祖母『早いもんだね、あんたが生まれてからもう十八年だよ』

祖母『綺麗な彼女見つけて帰っといで』

魔剣士「あ、うーん……」

勇者『エル、エル、絶対無事に帰ってきてね。お母さん待ってるからね』

魔剣士「ああうん」

重いわ。

勇者『エル……うぅ……ぐすっ……ふああああああん!』

三男『なかないでおかあさん』

面倒になって携帯を切った。

カナリア達には今日が誕生日だと伝えていない。
祝ってもらえてもお返しが面倒だ。


数日後、バンヤンの森に入った。一応車で進めるくらいの道幅がある。

武闘家「このあたりの植物、普通よりだいぶ大きくない?」

魔剣士「原因は不明だが、良質な加工済みの魔鉱石の欠片が地下にたくさん埋まっているらしい」

魔剣士「アクアマリーナの大樹と同じ理屈だな」

その魔鉱石が熱の力を宿しているらしく、この土地は周囲よりも気温が高い。
この森は熱帯雨林そのものである。

武闘家「蒸し暑いわね……あ、あの花綺麗ね! シャンデリアみたいだわ」

魔剣士「珍しいな……ヒスイカズラだ。なかなか見れるもんじゃないぞ」

重斧士「あのヒゲみたいなのはなんだ?」

魔剣士「パイナップル科チランジア属のウスネオイデスだ」

武闘家「あ、エアープランツって名前で売られている植物かしら」

魔剣士「ああ。週に一、二回霧吹きをするだけで手軽に育てられると説明されがちだが、」

魔剣士「実際は環境づくりが必要だったりと、長生きさせるのが意外と難しい」

重斧士「なあ植物博士、あの雫を大量に付けてる草はなんだ?」

魔剣士「ああ、モウセンゴケの一種だ。モウセンゴケ自体は広く分布してるんだが、」

魔剣士「こんなに大きいのと出会える場所は……そうそうないだろうな……」

俺は車から降り、
思わず巨大化したモウセンゴケ……ドロセラ・アデラエの葉を優しく抱き寄せてしまった。


ねっとりとした美しい粘毛が俺に吸い付いてくる。

魔剣士「ああっ! このまま一つになろう!」

重斧士「おい」

魔剣士「邪魔しないでくれ!」

魔剣士「ああ、愛おしいよモウセンゴケ。どうして君は大切な消化器官をさらけ出しているんだい?」

魔剣士「多くの食中植物は葉の中に隠しているというのに!」

魔剣士「故に君は儚く、そして美しい……!」

武闘家「粘液に溶かされたりしないわよね?」

重斧士「おい! 目を覚ませ!!」

魔剣士「アデラエさんっ! 離れたくないよっ!」

重斧士「こいつ大丈夫か……?」


モウセンゴケから引き離されて泣く泣く車を運転した。データ採取をする気力もない。

魔剣士「うっ、ぐすっ……ふぅぅぅ」

重斧士「泣くこたねえだろぉ……」

武闘家「ちょ、ちょっと休まない?」

武闘家「泣きながら運転するのは危ないでしょうし……」

魔剣士「失恋はっいつだって辛いものさっ」

武闘家「ほら、そこの小川で体を洗いましょう?」

魔剣士「いやだっ」

重斧士「な、なあ、あそこ見てみろよ、綺麗な花が咲いてんぞ。名前教えてくれよ」

魔剣士「ルエリア・マコヤナっぐずっ」

武闘家「あの紫色の花は?」

魔剣士「ジャカランダっ!」

武闘家「即答できるだなんて流石ね! あ! あそこのバナナでも食べましょうか!」

重斧士「おお、いい考えだな!」


魔剣士「えぐっえぐっ」

重斧士「か、皮ごと……?」

魔剣士「中身だって皮だよっ! 中果皮と内果皮っ!」

武闘家「何房か車に積んでおくわね」

魔剣士「冷蔵庫には入れるなっバナナが風邪をひくっ! 熟してからにしてくれっ」

重斧士「美味い果物食えてよかったな、な」

魔剣士「バナナは野菜だっ!」

重斧士「お、おおう……そうなのか」

武闘家「え、じゃあ……バナナの木って木じゃなくて草だったの?」

魔剣士「そうだよっ! うぐぁん! ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

武闘家「……しばらくそっとしておいた方がいいかしら」

重斧士「そうだな……」

武闘家「あたし、あそこの木の実も採って……エリウス!」

カナリアが何かから俺を庇った。

武闘家「何これ……植物の蔓!?」


重斧士「カナリアを放せ!」

武闘家「くっ……硬いわね」

重斧士「待ってろ今切ってや……ぅおう!」

カナリアもガウェインも太くて硬い蔓に拘束された。正直羨ましい。

重斧士「まるで意思を持ってるみたいだぞ……!」

魔剣士「植物には自我があるぞ。時々強い主体性を持った精霊もおっふ!」

俺も蔓に捕まえてもらえた。

魔剣士「この締め付け、イイ……!」

武闘家「あなた何喜んでるのよ!」

魔剣士「はあっはあっ」

ガウェインがどうにか拘束から逃れ、カナリアを助けた。
しかし蔓はしつこく襲ってくる。

武闘家「えいっ! たーっ!」

魔剣士「待て! 殴るんじゃない! 俺がこの蔓と波動を同調させてどうにかうぐふっ」

カナリアの攻撃に驚いた蔓は、俺達三人を弾き飛ばした。


大きな葉にぶつかったかと思うと、水音が強く響いた。
どうやら巨大なウツボカズラの中に三人とも落ちたらしい。グラグラ揺れている。

ウツボカズラの蓋は開く直前の段階であるようだ。
俺達とぶつかった衝撃で少しずれてはいるが、再び口を閉じている。

消化液の中には虫が一匹もいない。

武闘家「……きゃああ! 溶かされる!!」

魔剣士「すぐに脱出すれば大丈夫だ。大したpHじゃねえから。飲むことだってできる」

武闘家「そ、そうなの?」

魔剣士「蓋が開く前なら雑菌が入らないんだ」

俺好みの渋味がする。うめえ。

重斧士「つるつる滑って登れそうにはねえな……突き破るか」

魔剣士「待ってくれ。俺はこの子を傷付けたくない」

武闘家「じゃあ、一体どうすれば……」


魔剣士「カナリアは体を強化してガウェインを外に投げるか肩車するかしてくれ」

重斧士「ああ、担げば縁に届きそうだな」

魔剣士「んで、俺がカナリアを肩車すれば二人は脱出できる」

重斧士「もやしのおまえじゃあカナリアを担ぐ前に骨折しちまうだろ」

魔剣士「そのくらいできるっての」

武闘家「あなたは……どうするの?」

魔剣士「ここに残る」

武闘家「ちょっと」

魔剣士「俺はこの子と一つになるんだ」

武闘家「何言ってんのよ!」

魔剣士「俺は、今まで相手を食べることでしか草花と一つになることができなかった」

魔剣士「どれも儚い恋だったさ」

魔剣士「だが、俺がこの子に食べられたら……俺はずっと植物と共にいられる……」

魔剣士「この子と一つになり、共に日を浴びて、やがて枯れ……」

魔剣士「そしてっ! 僕は新たな植物の養分となりっ! 永遠に生き続けるんだっ!」

青い石「ヘリオス君はどうしてこの子のこと信頼してるんだろ……」

魔剣士「さあ僕をお食べ!」

武闘家「冗談じゃないわよ! 最初にあんたを投げ飛ばしてあげるわ!!」

魔剣士「わっ放せ!!」


重斧士「大体おまえ、カナリアに礼の一つでも言ったらどうだ」

重斧士「おまえを庇ったんだぞ」

武闘家「ガウィ、いいから」

魔剣士「あー、そりゃすまなかったな」

武闘家「…………」

武闘家「あの蔓、妙だったわ。近くに操っている術者でもいるのかと思ったんだけど、」

武闘家「人の魔力は感じられなかったし……」

魔剣士「こんな森だからな。精霊が操っていてもおかしくはない」

重斧士「……来るぞ!」

蔓がウツボカズラの蓋を開け、勢いよく中に侵入してきた。

重斧士「カナリアっ!」

武闘家「きゃっ!!」

その衝撃でウツボカズラが大きく揺れ、俺達は投げ出された。


俺は宙に浮いている間に捕らえられた。
カナリアとガウェインは地面に落下し、蔓で拘束されている。

重斧士「このっ!」

魔剣士「落ち着け! ちょっと待ってろ」

魔剣士「……俺に用があるんだろ?」

俺の魔力を蔓の魔力の波動に同調させた。

武闘家「あ……拘束が緩んだわ」

魔剣士「邪魔しなけりゃ縛らねえって」

魔剣士「呼ばれてるみたいだからちょっくら行ってくる」

武闘家「ま、待ってよ!」

魔剣士「車の傍で待機していてくれ。しばらくしたら戻るからさ」

重斧士「……本当だろうな?」

魔剣士「日暮れ前までには戻るって約束するから」

魔剣士「あとモル預かっててくれ。他の人間の意志は邪魔なんだと」

青い石「ちょ……」

青い石「心配すぎる……」


蔓に導かれる先へと進んだ。
一本一本はそう長くないため、次から次へと他の蔓が俺の体に巻き付いては離れていく。

魔剣士「え? 日暮れ前までに戻るには急がなきゃならねえって?」

魔剣士「おい、強く引っ張られるのは流石にこわっ……ひぃっ!」

荒々しく運搬されたその先には、巨大なガジュマルの木がそびえ立っていた。
蔓達はひれ伏すように地面を這った。あの木がこの森の主らしい。

木の前に半透明の少女が現れた。

赤髪の精霊「手荒になってしまってごめんなさい」

魔剣士「……可視化能力のある精霊と会うのは久々だ」

赤髪の精霊「ええ。私はキジムナーという種族に属する者です」

同じ木の精霊でも複数の種族が存在している。有名なのはドリュアスだ。

魔剣士「俺に何の用だ?」

赤髪の精霊「……私を見ても驚かれないのですね。カティの噂通りです」

魔剣士「ああ……彼女か」

故郷の村の近くの山に住んでるドリュアスのことだ。
美人だが妙におばさんくさい精霊である。俺と仲がいい。

精霊同士は、住処が遠く離れていても仲間を通して重要な情報を伝達しているそうだ。


赤髪の精霊「私達にはあなたが必要なのです」

赤髪の精霊「あなたの草木を愛する心と、そして、その魔力の波動が……」

数本の蔦が周囲から這い出て、付着根を俺に吸着させた。懐かれたらしい。

魔剣士「おい、そんなに吸い付くなよ……嬉しくなっちゃうだろ」

赤髪の精霊「……優しい波動。三つ力に育まれた、聖なる輝き」

赤髪の精霊「全人類の中で最も植物に近しいあなたなら、きっと今の状況を変えることができます」

魔剣士「どういうことだ」

赤髪の精霊「ある時代に、人間は私達の体を悪用しないと誓いを立てました」

赤髪の精霊「しかし、あれから時は流れ……」

赤髪の精霊「一部の人間達が密かに私達を悪用し始め、不当に利益を得ています」

魔剣士「……オディウム教が麻薬の密売を行ってるって話があったな」

赤髪の精霊「ええ。彼等はケシの花を奴隷の様に扱っているのです」


赤髪の精霊「人と草木は共生関係にあります」

赤髪の精霊「時に、私達は人に育てられることで栄え、」

赤髪の精霊「そして、人は私達の体を使い、豊かに暮らすことができます」

魔剣士「敬意を全く払いもせず、悪事のためだけに生命を刈り取られるのが嫌なんだろ」

赤髪の精霊「! ええ、その通りです」

赤髪の精霊「しかし、それだけではありません」

赤髪の精霊「現在、自然を破壊しようとする者が後を絶えないのです」

赤髪の精霊「工業化が進んだ影響でしょう」

赤髪の精霊「その多くに悪意はありません」

赤髪の精霊「ですが、このままでは自然の均衡が崩れてしまいます」

赤髪の精霊「そして、そのような人間達に厳しい罰を与える精霊も少なくありません」

赤髪の精霊「もし、人間と精霊の間で戦争が起きてしまったら……この世界は滅んでしまします」

魔剣士「仲介する存在が必要なんだな」

人と話す力を持った精霊は稀である。
意思の疎通を図る手段はそう多くはない。


魔剣士「だが具体的に何をすればいいんだ」

魔剣士「少しは有名だから、呼びかけでもすれば運動の一つでも起こせるかもしれないが」

赤髪の精霊「……あなたの体に、この森の生命の結晶を埋め込ませてください」

赤髪の精霊「やがてその結晶はあなたの体に溶け込み、あなたに奇跡を起こす力が宿るはずです」

赤髪の精霊「結晶の適合者はあなただけです」

魔剣士「……具体的に、どんな奇跡を起こせるんだ?」

赤髪の精霊「それは……あなた次第です」

赤髪の精霊「あなたと関わった人間全てが草木を愛するようになるかもしれません」

赤髪の精霊「もしくは、あなたと出会った草木の精霊が強い力を持つようにもなりえます」

赤髪の精霊「しかし、この行為は……あなたという生命に手を加えることとなります」

赤髪の精霊「生命への冒涜とも言えるこの行いを、あなたは受け入れてくださいますか」

魔剣士「好きにしてくれよ。俺も散々薬草いじくってるし」

赤髪の精霊「……ありがとうございます」

蔓が再び動き出し、俺の服を剥ごうとうねり出した。
蔦が俺の素肌により強く吸い付いてくる。

魔剣士「ちょっと待ってくれ」

赤髪の精霊「はい」

魔剣士「尻の穴から埋め込むのか?」

赤髪の精霊「上の口からでも可能ですが、おそらく苦しいかと……」

魔剣士「……下からでお願いします」

すげえ恥ずかしい。


――――――――

武闘家「エリウス……大丈夫かしら」

重斧士「なあカナリア」

武闘家「何?」

重斧士「…………」

重斧士「やっぱなんでもねえ」

武闘家「……そう」

青い石(これはつらい)

――――――――


魔剣士「いてえ……いてえよ」

痛いしやけに熱い。

赤髪の精霊「ごめんなさい。もう少しの辛抱です」

彼女は俺を慰めるように頭を撫でた。涙が滲んでくる。

赤髪の精霊「……少々お待ちを」

蔦の付着根から、何かが俺の体の中に流し込まれた。
腹の痛みと圧迫感が強制的に快楽に変えられていく。

魔剣士「っ!?」

魔剣士「あっ……ぁ……」

これはこれでおかしくなりそうだ。

赤髪の精霊「耐えてくださいっ!」

少女にぎゅうっと抱き締められた。


――――――――
――

武闘家「エリウス!」

色々な意味で疲れ果てた俺は、蔓に運ばれて戻ってきた。

青い石「あぁ……よかった」

魔剣士「……今日はもう寝る」

ふらふらと車の中に向かって歩いた。

武闘家「一体何があったの?」

魔剣士「……明日話す」

重斧士「おまえ、初めてカマ掘られた奴と同じ歩き方してるぞ」

魔剣士「…………」

武闘家「そ、そういう歩き方の人を見たことがあるの?」

重斧士「俺、族に入っててよ」

重斧士「男ばっかの族だったから、俺以外にもちょくちょく男に走る奴がいたんだよ」

武闘家「あらぁ~……」

よくわからん喪失感に襲われながら座席に倒れこんだ。

植物と交われたのは嬉しい気がするが、それ以上に羞恥心が強かったし、
俺に掘られる趣味はないためなんだか屈辱だった。

本気で愛している相手に、というわけでもなかったし。
俺はこっそりシートを涙で濡らして寝た。

植物を救いうる力の種を与えてもらえたのは喜ばしいことだ。そう自分に言い聞かせた。


――――――――

地質研究員「口外しません! 見逃してください!」

売人「この場を見られた以上、生きて返すわけにはいかぬわ」

売人「残念だが死んでもらおう」

兇手「待て。貴様、名はなんという」

地質研究員「ひっ……カイロス・レグホニアです」

兇手「……利用できる。生かしておけ」

兇手「ついにあの男を葬り去る好機が訪れた」

兇手「ヘリオス・レグホニア……!」


――――――――

kokomade

訂正的な補足を
>>178の「精霊が強い力を持つ」というのは、争う力ではなく、
主に人との干渉能力のことです


第七株 「あなたは難物」


とある町の本屋に立ち寄った。

魔剣士「……女向けの雑誌立ち読みしてんのか」

重斧士「女の気持ちでも勉強しようと思ってな」

重斧士「ずっと男社会にいたからよ、女がどんな生き物なのかよく知らねえんだ」

魔剣士「勉強熱心なのはいいことだと思うぞ」

重斧士「にしても、女向けの小説に登場する男って……なんつーかな」

魔剣士「綺麗すぎるってか」

重斧士「ああ」

魔剣士「まあそれが女の理想なんだろうな」

重斧士「……こういう男キャラみたいに振る舞えば女にモテるのか?」

魔剣士「無理に小綺麗に振る舞うよりはいつも通りの方がいいんじゃねえか」

魔剣士「ワイルドな男が好きな女にならおまえ受けがよさそうだし」

重斧士「お、まじか」

魔剣士「キャラ作っても不自然だったらキモいしな」


重斧士「……しかしなあ、どうすりゃ好きな女の心を掴めるのかさっぱりだ」

魔剣士「カナリアの男の趣味は俺も知らねえけど、まあよかったな」

魔剣士「あいつが自分に好意がある男と友達付き合いできるタイプの女で」

うちの母親だったら絶対そんな大人の対応できねえ。下心を持った男はまず受け付けない。


幼い頃、俺と母さんは二人で定期的に城下町へ出かけていた。
俺の通院のためだ。

村と違い、町には知らない男が大勢いる。
母さんは子連れだったにも拘らず、しばしば男に声をかけられていた。

そんな時、母さんは具合の悪そうな表情を浮かべていた。

あんだけ綺麗なんだから言い寄られ慣れてそうなもんだが、
父さん以外の男に好意を持たれるのがマジで気持ち悪くて仕方がないんだそうだ。

そんな女に片想いをしてしまった男が不憫だ。
母さんだって、町に行かなけりゃ嫌な思いをせずに済んだってのに。


病院に行ったって、時間と金を無駄にするだけだった。
いや、おかげである程度の社会性を身に着けることはできたかもしれない。
だが、息子が精神病院通いだからと、父さんが白い目で見られることだってあった。

城下町の、人気の少ない石畳の細い通り。
病院帰りに母さんはしゃがんで、8歳の俺と目の高さを合わせた。

『……エル、こっち向いて』

憐れみの瞳を向けられているのが嫌で、俺はその言葉を無視した。
もっと幼い頃のある日を境に不愛想になった俺を、母さんはひどく心配していた。

『どうして、笑ってくれなくなっちゃったの?』

道の端に咲いているヒメオドリコソウが気になって、俺は手を伸ばした。

『エル!』

その手を母さんが掴んだ。

『雑草は食べ物じゃないんだよ』

どうして放っておいてくれないんだ。俺が何やったって俺の自由じゃないか。
大体、食べられる野草を摘んでる人なら普通にいるじゃないか。何が違うっていうんだ。

ヒメオドリコソウの花の蜜を吸う子供だって珍しくもなんともない。
……と、当時とても不満に思ったことを憶えている。

『植物ばかりじゃなくて、他のことにも興味持ってみよ? ね?』

俺は母さんの説教臭さに辟易していた。


『全然言うことを聞いてくれないの。相変わらず目も合わせてくれない』

『イヤイヤ期が長引いているだけだろう。深く気にすることはないよ』

父さんは楽観的だった。

『でも……』

『あんまり構い過ぎても逆効果だろうし』

『ん……』

母さんは不安そうに父さんに甘えた。まるで子供だ。

『このままじゃ、あの子……社会に融け込めなくなっちゃう』

当時の俺は、植物ばかりに依存して、あまり人と関わろうとしていなかった。
何度も飛び級していたから、長期間共に過ごす友人もいなかったんだ。

『賢い子なんだ。大人になるまでには人との付き合い方を覚えるだろう』



ある日のことだ。九歳の頃だっただろうか。
こっそりトリカブトを食べているところを母さんに見つけられてしまった。

母さんは悲鳴を上げて卒倒した。
俺の魔力の特性のことは知っているってのに、余程心臓に悪い絵面だったらしい。

ルツィーレを抱いたアウロラとアルバが、病室で寝かされている母さんを心配そうに覗きこんでいた。

『大げさだっつうの』

俺が小さく悪態をつくと、アウロラはキッと俺を睨んだ。
アルバは『母さんをいじめるな!』と言ってポカポカ叩いてきた。
まだ一歳だったルツィーレも、状況はよくわかっていないようだがつられて俺を殴った。

『アルカさん!』

父さんが仕事を抜け出して駆け付けた。

『あなた……あの子、トリカブト食べてた……トリカブト……』

父さんの顔を見ると、母さんは泣き出した。
いくら毒草を食おうが俺は平気だってのに、どうしてそう嘆くのか理解できなかった。

『ふう…………まあ、意識が戻ってよかった』

安堵した父さんに向かって医者が口を開いた。

『ご懐妊なさっているようですので、あまり心身共に負担をおかけになりませんよう』

『なんと』


その日の夜。

『なあ、ちょっとドライブに付き合ってくれないか』

父さんに連れ出された。普段は日が沈んでから出かけることなんてまずない。
俺と二人で話をするための外出なのだとすぐにわかった。
流石に俺を放っておけなくなったのだろう。


『ほら、見てみろ。今夜は星が一段と綺麗だぞ』

父さんは当たり障りのない内容から会話を始めた。
夜の涼しい風が音を立てていた。

『若い頃、母さんはよく夜空を眺めてたっけなあ』

『母さんまた妊娠したの?』

『あのなあ』

めんどくさそうな俺の口調に、父さんは呆れたようだった。


『過保護なのどうにかなんないの。俺、自由に草食べたいのに、わざわざ探しに来たりしてさ』

俺は不満を漏らした。

『……おまえを見た誰かが、おまえの真似をして腹を壊すかもしれないだろ』

事故の原因になる可能性は否定できなかった。
でも、毒性の強い草だけは人目を避けて食べるようにしていたし、
人前でどうしても我慢できない時は真似しないよう言うようにだってしていた。

父さんはあくまで優しく俺を諭した。

『それに、おまえはまだ子供だ。ある時いきなり魔力の働きが弱まるかもしれない』

眩しいほどの月明かりが草原を照らしていた。車のライトが要らないくらいだった。

『母さんはそれが一番怖いんだ』

『……でも、いちいち鬱陶しい』

父さんは車を停めると、少しシートを倒して星空を見上げた。

『母さんはな、子供の頃に家族を殺されてるんだ。だから、喪った時の悲しさをよく知ってる』

『…………』

『おまえが可愛くて可愛くて仕方ないんだ。どうか、優しくしてあげてくれないかな』

不憫な境遇だとは思うが、だからといって我慢しきれる自信なんてなかった。

『おまえの人生はおまえのものだ。父さんは、できるだけおまえに自由に生きてほしいと思ってる。
 でも、人を傷付けるようなことはしちゃいけない』

母さんが極端に過保護なだけだ。そう思った俺は返事をしなかった。


父さんは深く息をつくと、上体を起こして苦笑いした。

『……頼むから、俺の大事な嫁さんを泣かせないでくれ』

突然父親の『男』の面を見せられて驚いたが、
俺を『息子』ではなく『一人の人間』として見てもらえたような気がして嬉しかった。

それ以来、以前よりは母さんにきつく当たらないようにしたし、
母さんが嘆きそうなことをする際は絶対に見つからないようにした。

旅立ちを決意するまでではあるが。
いい加減子離れしろよ……。

村を出る時は大変だったな。
父さんが母さんを抑えてくれている内に車に乗り込んだんだ。




他の二人よりも先に本屋を出た。しとしとと雨が降っている。

女性と少年が仲良く一本の傘の下に入っている。親子だろう。顔と魔力が似ている。
よくあんなに母親とくっついて町中を歩けるな。俺には真似できない。


武闘家「あら、降ってきちゃったのね。今日はもう宿に行く?」

重斧士「そうしてえな。勉強進めてえし」

この頃、カナリアとガウェインは一緒にパソコンを覗くことが多くなった。
義務教育の内容をわかりやすくまとめたサイトを見つけたらしい。

カナリアは「護衛のお礼に」と言って奴に勉強を教えている。
思わせぶりな態度はせず、しっかり牽制しながらだ。器用だな。

重斧士「x=4か?」

武闘家「その通りよ。覚えるの早いわね」

魔剣士「なあ、次に立ち寄る町で多分育毛剤の材料揃うんだけどよ」

魔剣士「おまえどうすんの? 故郷に帰るのか」

重斧士「あ? ああ、おまえらについていくつもりだ」

重斧士「よく考えたら、俺から薬を渡されても親父は喜ばねえだろうし」

重斧士「妹宛てに手紙と一緒に送って手渡してもらうつもりだ」

魔剣士「そうか」


武闘家「お父さんと仲悪いの?」

重斧士「親父に教わった剣術を喧嘩に使っちまったことがあってなあ」

重斧士「それ以来剣を持つことは禁じられてるし、仲が良いとは言えねえな」

重斧士「多分お互い嫌い合ってるわけじゃねえんだが」

重斧士「おまえはどうなんだ? 親父さんと」

武闘家「え? う~ん……昔は、仲良かったんだけど……」

重斧士「は、話しづれぇならいいんだ。すまなかった」

重斧士「おいエリウス、おまえはどうだ」

魔剣士「父さんは好きだよ。基本的にほっといてくれてたし」

ばあちゃんがよく「子供なんてほっときゃ育つのよぉ」と言っていたのを思い出す。
父さんはかなり自由に育てられたらしい。

金には不自由したそうだが、
魔物が跋扈する時代に一人旅を許してもらえたくらいなんだから相当だ。

だが決して愛がなかったわけではないそうだ。
だから俺達兄弟に対しても放任主義だ。


魔剣士「……小雨になってきたな。散歩してくる」

武闘家「皆で行こ?」

魔剣士「一人でぶらつかせてくれ」

魔剣士「オディウム教徒の連中なら大丈夫だ」

魔剣士「何度か遭遇してる内に、あいつら独特の気配を覚えた」

魔剣士「近くにいればわかるし、植物伝いに気配を察知する範囲を広げることもできる」

武闘家「……危なくなったらすぐ逃げてね」

俺が頑固な人間だというのがよくわかったのだろう。
そう強くは引き止められなかった。

魔剣士「ああ」

あいつらが何故英雄の子供を狙っているのかはいまだに謎だ。
襲ってきた連中に吐かせようとしても、そもそも下っ端には詳しい情報を与えられていないらしい。


雨が上がった。露に濡れた草木が美しい。
町の郊外の森林に向かった。

最近、この辺りは木の伐採量が増加しているそうだ。
精霊達の様子を窺う必要がある。

この森に住む精霊が人と意思を疎通する能力を持っていない場合、
人を攻撃することでしか自衛することができないかもしれない。

大昔には可視化能力と発声能力を持った精霊が大勢いた時代もあったそうだが、
なんか知らんが今ではめっきり減ってしまった。

草木を物理的に操って人を攻撃する力を持つ精霊はちょくちょくいるため奇妙に思えるが、
攻撃能力と可視化・発声能力とでは使う力の種類が違うらしい。

過度に自然が破壊されると、普段は休眠している大地の上級精霊が目覚めて戦争に発展する。

黒檀精霊「あら、あなた……あたしの存在がわかるの?」

物理的に見えてはいないが、そこにいることはわかった。

俺は樹木の精霊に対してだけは干渉する能力が高いため、
常人であれば干渉できないレベルの精霊ともある程度意思の疎通を図ることができる。


魔剣士「……間伐にしては伐られすぎてんな」

黒檀精霊「ほんと困ってるのよ」

黒檀精霊「遠くから木を輸入するための魔力が足りなくなったからって、」

黒檀精霊「このままじゃ全滅させられちゃうわ」

黒檀精霊「そろそろ攻撃する準備をしなきゃって思ってたの」

魔剣士「……町長や領主に電話でも入れるか」

魔剣士「植物学者が進言すりゃあ少しは改善されるかもしれねえし」

黒檀精霊「あなた、随分おいしそうな魔力を持ってるわね」

黒檀精霊「……ああ、あなたがエリウスね。お腹に結晶が埋まってる」

黒檀精霊「まだ融合し始めたばかりだけど……やってみる価値はあるかもしれないわ」

左右から木の枝が伸び、俺の両腕を捕らえた。

魔剣士「何する気だよ」

黒檀精霊「あなたの魔力、ちょうだい」


黒檀精霊「すごいすごい! あなたに触れただけで可視化できちゃった!」

黒檀精霊「見えてるでしょ? あ、物理的に触れてる!」

周囲に隠れていた小さな精霊達も集まってきた。

魔剣士「おい、何で……俺の服剥いでんだよ……?」

黒檀精霊「この力は一時的な物」

黒檀精霊「長期間保つにはあなたの魔力をもっと食べなきゃいけないの」

黒檀精霊「だから……もっと結晶との融合を促さないと」

魔剣士「ちょっと待ってくれ!」

黒檀精霊「私達、この森を守るために必死なの。わかるでしょ」

黒檀精霊「あなたが逆らったら……木々を操って人を殺しちゃうかも」

ふざけんな。

黒檀精霊「動物の魔力の波動が最も高まる瞬間……その瞬間の光が欲しいわ」

黒檀精霊「知ってる? 動物って、交尾を終える瞬間に最も強い波動を放つのよ」


魔剣士「……人間との干渉能力を得たら、ぜってえ人を襲わねえだろうな」

黒檀精霊「交渉の結果にもよるけど……せっかく力を分けてもらうんだし、」

黒檀精霊「命だけは奪わないって約束するわ」

黒檀精霊「あなたのおかげで自衛能力も高まりそうだし」

俺は体の力を抜いた。少女の形をした小さな精霊達が俺の体に吸い付いてくる。

黒檀精霊「ちょっと痛いでしょうけど、ごめんなさいね」

少し太い黒檀の枝が向かってきた。正直怖ぇよ。

魔剣士「俺に、尻犯される趣味なんてっ……ねえんだけどなっ……」

魔剣士「づっ……」

これじゃまるで強姦じゃねえか。
この辺りは性犯罪防止結界の範囲内だが、結界の効力は人間同士の行為にしか適用されない。
昔大学の女の先輩に襲われた時は、結界が作動して助かったっけな。

黒檀精霊「ふうん……これが人間のおしべね」

黒檀精霊「動物ってこうされるのが大好きなんでしょ?」

黒檀の精霊は、白い手で俺の愚息を擦り始めた。

気の強い女は好みじゃない。
こっちが喜ぶと思い込んでエロいことをしてくるようなタイプの女も俺は大嫌いだ。

この状況はかなり屈辱的である。植物なら誰だっていいわけじゃないんだ。
しかし、神経を刺激されたら多少なりとも感じてしまう。ちくしょう。

黒檀精霊「あら、他の子が媚薬成分作ってくれたみたい。すぐ気持ちよくなれるわ」


黒檀精霊「……あたしの体に、人間のメスの生殖器を再現してみようかしら」

黒檀精霊「人間みたいに交わるのも、もしかしたら楽しいかも」

魔剣士「それは勘弁してくれっ……脱童したらそれこそ母さんに殺されちまうっ……」

黒檀精霊「え……? あなた、お母さんとどういう……まあいいわ」

魔剣士「っ……大腸より奥には行かないでくれ」

黒檀精霊「そのお願いは聞けないわね。もっと奥の方に結晶が入っちゃってるもの」

魔剣士「あ゛っ……い゛っづ…………」

魔剣士「……バンヤンの森の精霊はもっと上手かったぜ」

黒檀精霊「これね、力の結晶。刺激して融かしてあげる」

美少女に腹のとんでもなく奥の方を抉られながら竿を握られている。
ついでに他の小さな精霊達にも口や乳首を吸われている。
一体何のために存在しているのかいまいちよくわからない俺の乳首が……くすぐってえな。

黒檀精霊「すごいすごい! ヤればヤるほど力が漲ってくるわ!」

腹の痛みが媚薬成分のせいで快楽に変わり、
愚息もだいぶ気持ちよくなってきたが全く嬉しくない。


黒檀精霊「あっ……これが、人間の……花粉なのね……ドロドロしてる……」

悔しいが精霊の手の平に射精してしまった。
彼女はもう片方の手で興味深そうに俺の精液をかき回している。

黒檀精霊「すごい……すごいの……当分普通の人間とも話ができるわ……」

そして、嬉しそうに俺の精液を舐めた。
強い主体性を持たない植物の精霊まで寄ってきた。

人間にある程度好きに利用されてもいいよう、植物の多くには微弱な自我しか宿らないようにできている。
創造神がそういう風に創ったらしい。

そのため、主体性のある意識を持っている精霊の数は限られている。

だが、どれほど微弱でも「生きたい」という本能はあるし、
生命を蔑ろにするようなことをすれば、当然同族の強い精霊の怒りを買う。

だから、恵みを頂いた際には謝罪と感謝が必要不可欠なんだ。


黒檀精霊「ねえ、もう一回出せる? 出せるよね?」

黒檀の精霊は再び俺の愚息を扱き始めた。せめてもっと優しくしてくれ。
ああちくしょう苦しいな。

でも、俺だって……草花には僅かにしか自我が宿っていないことをいいことに、
好き勝手に性欲をぶつけてきたじゃないか。毟っては食ったじゃないか。

これってその報いなのかな。

腹の奥が熱い。生命の結晶が俺の魔力を侵食している。

そういやモルは……寝ているようだ。よし、そのまま寝てろ。
こんなところを人に見られたら死ねる。

黒檀精霊「あら……他人の魂がそこに宿っているのね。融合の邪魔だわ」

黒檀精霊「まあ眠っているなら問題ないかしらね」

この頃よく喋っていたし、俺に剣を教えているのもあってだいぶ力を使っていたんだ。
疲れが溜まっていたのだろう。


魔剣士「やめろ! それ以上吸うな! 死ぬ! 死ぬ!」

ごっそり腹の中から魔力を吸われ、心臓に痛みが走った。魂に負担がかかっている。

黒檀精霊「もうちょっとだけ、お願ぁい」

魔剣士「無理だ! 無理! 無理!! 死んじまう!!!! あ゛っ……!」

二度目の絶頂を迎え、俺は漸く解放された。

黒檀精霊「あっは……ありがと」

体が重い。

俺って、好みじゃない女に犯されて興奮するようなドMだったっけ。
いいや、これは媚薬のせいだ。

植物由来の成分なら口から食べなくても体内に入りさえすれば操れるんだが、
こいつらの自我が強くて自由が利かなかった。

あー、悔しいな。でもこれで殺し合いには発展しなくなるんだよな。

黒檀精霊「お礼に、この森の花の蜜をプレゼントしてあげるわ」

黒檀精霊「その内また来てちょうだい」

俺、もしかして、行く先々でこんな目に遭うなんてことないよな……?


武闘家「エリウス、遅かったじゃない。大丈夫……だった……?」

重斧士「その瓶詰め、蜂蜜か?」

魔剣士「……風呂入ってくる」

武闘家「泥だらけじゃない。どうしたの?」

魔剣士「うっせ」

武闘家「どうしたのって聞いてるのよ!」

魔剣士「ほっといてくれ!!」

人と話したくねえ。

武闘家「エリウス……」

魔剣士「……ははっ。昔父さんが言ってたんだけどさ、」

魔剣士「おまえ、女装したアキレスさんにそっくりらしいじゃん」

魔剣士「んで、ガウェインって自称ゲイなのにおまえに惚れてるわけじゃん」

魔剣士「おまえって実は男なんじゃねえの」

武闘家「なっ……」

武闘家「なんてこと言うのよ!!」

重斧士「おいエリウス」

魔剣士「ははははは」


武闘家「なんなのよ……突然……」

武闘家「う……心配……しただけ……じゃない……」

泣き出したカナリアに背を向けて浴場に向かった。


……何やってんだろうな、俺。

我侭言って一人で出かけて犯されて、仲間に八つ当たりして。

馬鹿じゃねえの。

あいつらと顔合わせるのがこええや。気まずくなったら面倒だな。
……おかしいな。普段の俺ならもっと冷静なはずだ。

他人とトラブっても、大して気にしたことはなかった。
気が重て仕方がない。


浴場を出た。外は再び雨が降り出していた。

ザーザーと激しい音を立てている。

時折稲光が廊下を照らしては雷鳴を轟かせた。

一歩一歩踏み出す度に緊張が胸を襲ってくる。


部屋の扉の前まで来てしまった。
どうにかドアノブを握り、扉を開けた俺を待ち受けていた光景は……。

kokomade


第八株 雪の珠


武闘家「長風呂だったじゃない。ご飯できたわよ」

重斧士「タイミングよかったじゃねえか」

魔剣士「……!?」

こいつらのいつも通りの態度に、俺は呆気にとられてしまった。

武闘家「ほら座って。よそってあげるから」

魔剣士「…………」

魔剣士「カナリア、さっきは……」

武闘家「はい、どうぞ」

魔剣士「あ、ああ……」

重斧士「おまえが持ってきた蜂蜜使っていいか?」

魔剣士「構わねえけど……」


魔剣士「なあ」

武闘家「おいしい?」

魔剣士「…………」

武闘家「口に合わなかったかしら」

魔剣士「いいや、旨いけど……」

素直に謝るつもりだったのに、調子が狂ってしまった。

魔剣士「…………」

出されたスープは出汁が効いていて深みがある。具の煮込み具合も丁度良い。
だが、その味を楽しめるほど心に余裕がなかった。

重斧士「腕上がったよな」

武闘家「あら、ありがと」

魔剣士「……カナリア」

武闘家「何?」

魔剣士「すまなかった」

武闘家「いいわよ別に。あたしもしつこかったでしょうし」


魔剣士「…………」

武闘家「よっぽど言い出しづらい嫌なことがあったんでしょ」

武闘家「あたしは気にしてないから」

魔剣士「でもよ」

武闘家「本心から馬鹿にしたわけじゃないでしょ? なら気にする必要なんてない」

武闘家「……ってガウィが言ってくれたのよ」

重斧士「それはバラさなくていいぞ」

武闘家「ほら、食べて食べて! 冷めちゃうでしょ!」

魔剣士「…………」

重斧士「この蜂蜜うめえな」

俺のプライドや魔力と引き換えに手に入れた物だけどな。
おかげで矜持がズタボロだ。

重斧士「ほら、一口舐めてみろよ」

武闘家「あらほんと。こんなにおいしい蜂蜜を食べるのは初めてよ」

魔剣士「……そんなにうめえの?」


一掬いパンにかけてかじってみた。
ねっとりとした、だが決してしつこくはないまろやかな甘味が口内に広がった。

涙が滲む。

重斧士「なんて花の蜜なんだ?」

魔剣士「……いろんな花のが混じってる」

魔力の消耗で重くなった体が少しだけ癒された。

重斧士「そうか」

ガウェインに礼でも言いたかったが、
これ以上あの話題を続けるのもよくないような気がして言い出せなかった。



明かりを消し、床に入った。
布団は気持ち良いが、静かになると嫌でも今日の出来事を強く意識してしまう。


あの精霊、俺を好き勝手に犯して楽しんでいやがった。
ニヤニヤとした笑顔が瞼の裏から離れなくて憎たらしい。

魔剣士「あ゛っ……ちくしょ……」

死ぬほど疲れてるのにイライラして眠れねえ。

重斧士「おいどうした」

魔剣士「……なんでもねえ」

重斧士「…………」

重斧士「なんかおもしれえ話でもしてから寝るか」

武闘家「あ、それいいわね。修学旅行みたい」


――
――――――――

……仲間とはぐれた。こんなだだっ広い森に俺一人だ。
突如木々の合間から蔓が伸びてきて、俺は茂みに引きずり込まれた。

『みーつけた!』

現れたのは緑髪の精霊達だ。本体は雌雄同株のようだが、少女の形をしている。


『ねえ、私達に……あなたのチカラ、ちょーだい』

彼女達は白い羽衣をめくり、脚を露わにした。

「な……」

そこには……大きなめしべがぶら下がっていた。

『うふふ……驚いちゃった? 可愛いなぁ』

精霊の一人が俺の頬に手を添えた。

『綺麗な青い瞳……』

彼女は俺の目を見つめると、徐に顔を近付け、深く口付けをした。
逆らえずなされるがままになっている内に、他の精霊が俺の上着を開けた。

さらさらと優しく肌を撫でられる。くすぐったい。
あまり見ないでくれ。他人に自信を持って見せられるような立派な体じゃないんだ。

ああでも、この頃は少しずつ筋肉が増えてきている気がする。


二人の精霊に、撫でられては肌を吸われ、口を吸われ、首筋を舐められ……そうされていると、
三人目の精霊が俺のズボンを下ろし、下着の上から陰茎に手を当てた。

『硬くなってるね……嬉しそうにビクビクしてる』


妙に頭がぼうっとする。
女から責められる趣味はないはずなのだが、どうしてこれほど気分がいいのだろう。

本当に奇妙だ。あまり腹立たしくない。
まあ、この子達はみんな、容姿に関しては俺好みだしな……。声も甘くて可愛い。

プライド……? なんだったかな、それ。



下着もずらされた。愚息は勢いよく天を向いている。

『ここから、出てくるんだね……おいしい魔力の波動を持った、あなたの花粉が』

彼女はひんやりとした手で扱き始めた。

『動物の体温……あっつくて……ドキドキしちゃう』

二人目の精霊に耳を吸われた。
ああ、もう……蕩けてしまう。

『いっぱい……受粉、させて』

三人目の精霊は俺の愚息を扱く手を一旦止めると、めしべと裏筋を重ねて擦り合わせた。

『どう?』

……すっげーいい。


雄を求め、彼女のめしべはぬるぬると柱頭を濡らしていた。

『いっぱい出せるよう、お手伝いさせてね』

最初に俺に口付けた子が、俺の耳元で囁いた。
後ろから体を抱えられた。

彼女の柱頭が穴に押し付けられる。
これから行われることを理解し、俺は怖気づいてしまった。

『大丈夫、ただ気持ち良くなるだけだから』

俺の後ろの穴は、柱頭分泌液で濡れた彼女のめしべをゆっくりと受け入れていった。
圧迫感に襲われる。

細胞壁に支えられているだけあってかなり硬い。だが、不思議と痛くはなかった。
『すごい……あなたの奥、きゅんきゅん締め付けてくる……』

じわじわと押し寄せてくる快楽に声が漏れそうだ。
愚息は相変わらずめしべと一緒に刺激され続けている。

穴には入れていないが、相手の女性器と擦り合わされていることには変わりない。
脱童したことにはなっちゃうのかな。



二人目の精霊が俺の体を愛撫する手を止めた。

『あなたの粘膜……すごいの。触れると、あなたの魔力が流れ込んでくる』

そう言うと、彼女はめしべを俺の上の口に宛てがった。
俺はそれを悦んで舐めた。甘い蜜の香りがする。


喉の奥を突かれても、苦しさよりも悦びが勝った。
木々の合間から精霊達がぞろぞろと集まってきた。

『イキそう? イッて! いっぱいかけてぇ!』

大勢に見られながら俺は絶頂に達した。
めしべに白濁とした精液が付着し、淫らに垂れている。
……受粉したって、受精できるわけじゃない。俺はその事実に虚しさを覚えた。


無気力に辺りを見回した。
これだけ大勢の精霊の相手なんてできるだろうか。気が遠くなった。

ああ、でも、ある意味天国かもしれない……子供を残せなくとも、
俺の魔力は彼女達という生命に吸収され、生きるのだから……。




魔剣士「ふおっ!?」

魔剣士「はあっ、はあっ……」

なんだ夢か。そりゃそうだ。内容があまりにも滅茶苦茶だった。
犯されるなんてもう勘弁だ。俺は今自尊心を再構築しようと必死なんだ。

いやしかし、好みの子にだったら……アリかもしれな……う~ん。

本当に俺好みの花だったらまず自分からエロいことはしない。
俺から頼んでしてもらうのならいいけど。


雨はもうすっかり上がっていて、外から小鳥のさえずりが聞こえた。いい朝日だ。
俺は股間の様子を確認した。

よかった。朝勃ちはしているものの夢精はしていない。

重斧士「ん? すごい汗だぞ」

魔剣士「……おまえが昨晩変なことを言ったせいで妙な夢を見たんだよ」

――――――――

重斧士『なあ、この頃理科の勉強してて思ったんだけどよ』

重斧士『めしべとチンコって形似てねえか』

魔剣士『種類に因るがわからなくもない』

武闘家『……そういう話題はあたしがいないところで話してくれないかしら』

重斧士『わりいわりい』

――――――――

魔剣士「喉乾いたな……水……」

寝台から降りると、足元がふらついた。頭も痛い。


武闘家「ふぁ~おはよ……って、大丈夫?」

魔剣士「……風邪引いたっぽい」

武闘家「せっかく蜂蜜があるんだから、温かい蜂蜜牛乳でも用意するわ」

魔剣士「加熱したらビタミンが壊れる……蜂蜜大根がいい」

武闘家「わかったわ」

武闘家「……昨日何があったかは知らないけど、」

武闘家「一晩寝て魔力がこんなに回復しないなんてよっぽどよ」

武闘家「他に何か食べたい物とかある?」

魔剣士「……フキノトウのスープ」

魔剣士「冷凍保存してるやつがまだ残ってるんだが、そろそろ食べきらなきゃ味が落ちる」

武闘家「じゃあ作ってくるわ」

武闘家「……ゆっくり休んでてね」


午前中寝たらだいぶ体調が回復したため、町を出発した。

車にはカナリアが魔力を補充してくれた。ありがたい。

武闘家「暇だわー……」

魔剣士「尿検査に引っかかった時の話でもしようか」

武闘家「ちょ」

重斧士「え、おまえ引っかかったことあんのか」

重斧士「実は俺もなんだ」

武闘家「もう嫌……」



盗賊「見つけたぞ! 親父の息子の仇の弟子の息子ー!」

魔剣士「は?」


俺が剣を抜き切る前にカナリアが男をボコッた。

重斧士「なんだこいつ」

魔剣士「俺の父さんが勇者ナハトの弟子だったから息子の俺を狙ったんだろ」

盗賊「ちくしょう……ちくしょう!」

盗賊「ごめん親父……息子の仇……取れなかったよ……」

重斧士「……股間の息子のことか?」

魔剣士「まあそうだろうな」

盗賊「……てめえ、平和に暮らせるなんて思うなよ」

盗賊「貴様に復讐の矛先を向けている奴は大勢いるんだからな!」

うっせ。

盗賊「ヘリオスの息子であり、勇者ナハトと瓜二つの貴様に安息の日々は」

重斧士「黙ってろ」

重斧士「そういや、なんでおまえって勇者ナハトとそっくりなんだ?」

魔剣士「まあ血縁者だしな」


すぐそこの町まで男を引きずって憲兵に突き出した。
国境近くのクレイの町だ。

重斧士「なんかこの町……雰囲気が殺伐としてんな」

武闘家「警備兵だらけね……」

魔剣士「あっちの方に山あんだろ」

魔剣士「あそこにオディウム教徒が立て籠もってるらしい」

盗賊を引き渡した時に憲兵から気をつけるように言われた。

武闘家「あら、物騒ね」

魔剣士「人質がいるから下手に突撃するのも困難だそうだ」

武闘家「立て籠もっている理由はなんなの?」

魔剣士「ネットで調べてみるか」

魔剣士「『ヘリオス・レグホニアを呼ぶよう要求している』だそうだ」

魔剣士「邪魔者を自分達にとって有利な場所におびき寄せて始末しようとしてるんだろ」

武闘家「おじさんピンチじゃない」

魔剣士「あっほんとだ」


兵士達がバタバタしている。

「レグホニア大佐はまだ来ないのか!」

「他の仕事を片づけるのに手間取った上に車が故障したらしい」

父さんの車、だいぶボロだもんな……。
愛着があってなかなか買い換えられないでいるらしい。

魔剣士「お、あったあった。この木だよ」

魔剣士「月桂樹。原産地は他の大陸なんだが、この町にはたくさんあるって聞いてたんだ」

たくさんの花を咲かせている。雄株の花は黄色で雌株は白だ。

魔剣士「乾燥させたものだったらわりとどこでも入手できたんだが、生の葉が欲しくてな」

今までに集めた育毛剤の材料は冷凍保存してある。

街路樹の葉を勝手にちぎるのはまずいだろうから、
空き地に自生している株から葉を頂いた。

魔剣士「……感謝の気持ちを忘れんなよ。体をもらってんだから」

重斧士「ああ」

ふと辺りを見上げると、月桂樹の枝に腰をかけている少女の姿が一瞬見えたような気がした。
見間違いだろうか。


「ねえ、あれエリウス・レグホニアじゃない?」

「キャーほんと! 確か、お尻だけお父さんそっくりっていう」

目尻の間違いだろ……。
ヒョロガリの俺の尻とガチムチマッチョの父さんのとじゃあ似ても似つかねえよ。


宿に着いた。

重斧士「明日は朝一でこの町を出た方がいいだろうな」

でも父さんが心配だな……。

魔剣士「機材がないから汚い作り方になるんだけどいいか」

重斧士「構わねえよ」

月桂樹の葉と解凍した他の材料を食い、俺の魔力に溶かして合成した。
そして、小瓶の中にそれを注ぎ込んで実体化させる。

魔剣士「んで、俺の魔力を抜けば完成……っと」

重斧士「おお」

武闘家「……こんなことができる魔術師、滅多にいないわ」

魔剣士「植物が原料の薬なら俺の魔力だけで作れるんだ」

魔剣士「藻類も操れる。菌類はモノによるな。動物や石は流石に無理だ」

食えば大体の薬効がわかるし、どう加工すればいいのかも大体見当がつくため、
この体質のおかげでとんでもなく多くの薬を開発できた。

重斧士「ありがとな」

魔剣士「ああ」


――――――――
――

二人はもう眠りについたが、俺はなかなか寝付けなかった。
午前中ずっと寝ていたせいだろう。

魔力が回復しきっていないから、できるだけ休みたいのだが……。
安眠効果でもある草でも食べようと思ったところで、微かに外から歌声が聞こえた。

窓を覗くと、白い布を纏った少女が光の珠と戯れながら歌っていた。
その少女は淡く光を放っていて、夜闇の中でもはっきりとその姿を確認することができた。

俺は無性にその子と話をしてみたくなった。
……感覚を研ぎ澄ました。近くにオディウム教徒の気配はない。

俺は外に出た。


涼しい夜の空気が喉を通る。

白緑の少女「……私の声が聞こえるのですか?」

雌雄異株の木の精霊のようだが、
近くに彼女と同じ波動を放つ……つまり、本体だと思われる木は生えていない。

大抵は精霊を見れば本体がどのような植物なのか見当がつく。
しかし、彼女を見ても何の精霊なのかわからなかった。俺が知らない種だ。


白い髪にはところどころ浅緑が入っている。

また、髪や服のあちらこちらに花や葉の飾りが生えていて、
確かに実際には見たことのない形なのだが、どこか見覚えがあるような気がした。

魔剣士「ああ。……君の、透き通るような綺麗な歌声が聞こえたんだ」

白緑の少女「……不思議な人」

彼女の柔らかな白さに、俺は見入ってしまった。

魔剣士「君は、一体……」

白緑の少女「私は……時代に置いていかれた、古い精霊です」

白緑の少女「あまりにも寂しくて、近い種の精霊に会いに来てしまいました」

植物の精霊は、余程力が強くない限り本体からそう遠く離れることはできない。
彼女は相当長く生き、大きな力を身に着けたのだろう。

白緑の少女「これは……」

小さな精霊が彼女の耳元で囁いた。俺のことを教えたようだ。

白緑の少女「……なんということでしょう」

白緑の少女「急激に異種の生命の結晶を溶かしたら、命に係わるというのに」

彼女の手が優しく俺の腹に添えられた。


白緑の少女「本来、これは人に植え付けるものではありません」

白緑の少女「枯れかけた森を蘇生するために用いる最終手段なのです」

彼女は悲しそうに眉をひそめた。

白緑の少女「時間と共にゆっくりと馴染ませなければならないものを……ああ……」

魔剣士「な、泣かないで」

魔剣士「……俺、エリウス。君の名前は」

白緑の少女「私は……私は、雪の珠。スファエラ=ニヴィスです」

聞きなれない、古い言葉の名前だ。

白緑の少女「発音しづらければ、ただ、ユキとお呼びください」

彼女の波動から、俺の波動とよく似た何かを感じた。
バンヤンの森で感じたものとも近い。カナリアからも感じることがある。


白緑の少女「……もうそろそろ帰らなければ」

魔剣士「ま、待って、ユキ」

魔剣士「また、会える?」

白緑の少女「……ええ。会いに来ます」

彼女は微笑むと姿を消した。
彼女の周囲に集まっていた光の珠……小さな精霊達も、自分の本体へと帰っていった。


魔剣士「ユ、キ……」

小さく彼女の名前を呟くと、激しく羞恥心のようなものを覚えた。
なんだろう、この切なさ。ひどく胸が苦しいんだ。

ここまで


第九株 氷の刃


曇天だが、あちこちの雲の切れ間から光の柱が地上に降り注いでいる。

魔剣士「あぁ……」

俺は窓辺でぼけっとしていた。

昨晩のことが夢のようだ。いや、夢だったのかもしれない。
あんまりにも幻想的で、美しくて……。

武闘家「……どうしたの?」

魔剣士「あー、うん……」

重斧士「……出発の準備しねえのか?」

魔剣士「うん……」

重斧士「上の空だな」

武闘家「何かあったのかしら」


魔剣士「う……うぅ……うあぁぁぁぁ……」

俺は情けない呻き声を上げながら寝台の上に転がり、布団を抱き締めた。
心も体も落ち着かない。分泌される脳内麻薬を止められない。

雌雄異株の子は、純粋な「女の子」なんだ。

女の子の形をしているだけの雌雄同株の子とは全然雰囲気が違うし、可憐で綺麗で、
特にユキは今まで出会った中でも無垢な感じがして……でも大人っぽい落ち着きもあったな。

ここまで誰かに夢中になったのは生まれて初めてだ。

重斧士「……好きな奴でもできたか?」

魔剣士「え!? いや!! 別に!!」

ちょっとバタバタしてしまった。どうしてこんなに恥ずかしいんだ。

重斧士「わかりやすいなおまえ」

武闘家「……嘘でしょ」

魔剣士「いや俺が花に恋してるなんていつものことだろ!?」

魔剣士「なんで今更そんなこと聞くんだよぉぉ!!」

顔が熱い。心臓がバクバクと脈打っている。
羞恥心を誤魔化したくて、俺は抱き締めた布団に顔をうずめた。


過去の恋が全て色褪せて思える。
いいや、それらは本当に恋だったのだろうか。

憧れているアイドルに疑似的な恋愛感情をいだくのと同じようなものだったのではないだろうか。

ユキ……ユキ、ユキ。
ユキに会いたい。

魔剣士「んぐぅぅぅ」

武闘家「…………」

重斧士「……まあ、身支度はしろよな」

武闘家「い、いつの間に……」

武闘家「ずっと一緒にいた……はずなのに……そんな様子あったかしら」

重斧士「花ならそこら辺にたくさん生えてるからいつこいつが恋に落ちてもおかしくはないぞ」

次はいつ会えるのだろうか。
ああ、何処の子なのか聞いておけばよかった。
そうしたらこっちから会いに行けたのに。


変装して外に出た。つっても俺は伊達眼鏡かけただけだが。

兵士「大佐! お待ちしておりました!」

戦士「人質はまだ無事なのか」

兵士「奴等はそう主張しています」

戦士「そうか。おまえ達は山の周囲で待機していてくれ」

戦士「俺一人で洞窟に入るのが奴等の要求だからな」

兵士「しかし危険すぎます。伏兵を忍ばせましょう」

戦士「バレたら人質に何をされるかわからんだろう」

戦士「合図するまでは絶対に動くな」

副官「隊長……」

戦士「俺が死んだら、後は頼むぞ」

副官「そんなぁ~生きて帰ってきてくださいよぉ!」

戦士「ええい、縋りつくな」

戦士「仲間の死を覚悟できない者に軍人を名乗る資格はない」


魔剣士「父さん!」

戦士「エリウス! この町に来ていたのか」

白髪増えたなあ。

魔剣士「……気をつけて」

戦士「ああ。……おまえ、雰囲気変わったな」

戦士「おまえも、最悪の事態は想定しておいてくれよ」

戦士「……あれ?」

重斧士「ん?」

魔剣士「こいつ仲間のガウェイン」

戦士「君、お父さんが剣豪だったりしないか……?」

重斧士「その通りだが」

戦士「……まあ気にしないでくれ。じゃあな」


魔剣士「……やっぱり俺、父さんが無事に帰ってくるまでこの町にいたい」

父さんのことだからどうせ大丈夫だろうとは思うが、
妙にセンチメンタルになっているせいか気にかかって仕方ない。

武闘家「そうね、心配よね。出発は見合わせましょう」

重斧士「しゃあねえな」

武闘家「……人質を取るなんて卑怯よね」

武闘家「あたしが潰しに行きたいくらい腹立たしいわ」

武闘家「子供が手を出すべきことじゃないから、大人しくするけど」

副官「ああ、隊長……」

兵士「大丈夫ですか」

副官「身内が人質では、冷静さを失い、」

副官「正常な判断を下すことができなくなるかもしれません」

副官「心配でたまりません」

魔剣士「……身内?」


ニュースでは人質の個人情報は伏せられていた。

魔剣士「すみません、人質って……誰なんですか」

副官「エリウス君……大きくなりましたね」

副官「捕らわれているのはカイロスさんです」

父さんの一番下の弟で、俺の兄さんのような存在だ。
俺より七歳上で、大学院で地質の研究をしている。

じいちゃんが陶芸家だから、小さい頃から土、特に粘土に興味があったらしい。
この町の山からは良質な粘土が採れる。

研究のために訪れていたところをオディウム教徒に捕まったのだろう。


父さんのこともカイロス兄さんのことも心配だし、
ユキに会いたいしで他のことに手が付かない。


重斧士「……よくそんな太さの枝に座れるな」

魔剣士「肉付いてねえからなー……身長のわりに体重がクソ軽いんだよ」

木に登っていると少しだけ心が落ち着く。

故郷にいた頃は、近くの山の木の上で自慰に耽ったものだった。
家族が多いおかげで、自宅じゃなかなか性欲処理に集中できなかったのである。

重斧士「宿に引き籠ってた方がいいんじゃねえか?」

重斧士「いつ奴等が近くに来るかわかんねえだろ」

魔剣士「そうだな。降りるわ。……っ!?」

一瞬で体を蔓に絡め取られた。

魔剣士「やばっ」

重斧士「モヤシ!!」

武闘家「エリウス!?」

魔剣士「うわああああ放せ!!」


魔剣士「今はおまえらの相手をする余裕なんてないんだよ!!」

俺の意思なんてお構いなしに、植物達は俺を山の方へと運んでいった。



魔剣士「ひぃっ!」

魔剣士「強引すぎやしねえか」

俺は目の前に生えているブナの巨木に訴えた。

白椈精霊「ごめんなさい。でも、救世主が現れるのをずっと待っていたの」

幹の分かれ目に、一人の精霊が腰をかけている。

魔剣士「帰してくれ。今は敵が近くにいるから魔力を消費するわけにはいかねえし、」

魔剣士「精神的にも……つらいんだよ」

白椈精霊「……これ以上、待てないから」

強引にブナの枝に捕らえられ、幹に……彼女の隣に縛りつけられた。

白椈精霊「人間は随分自分勝手になったものね」

白椈精霊「粘土欲しさに私達を伐採する量が随分増えたの」

白椈精霊「魔族がいなくなってからだわ、人間が調子に乗り出したのは」


白椈精霊「……精霊には逆らっちゃいけない。わかってるでしょ?」

魔剣士「…………」

白椈精霊「変な宗教の奴等が去ったら、町の人達はすぐに伐採を再開するでしょうね」

白椈精霊「大丈夫。魔力を根こそぎ奪ったりはしないわ」

白椈精霊「私達だって、人間とは上手く共生したいのよ」

白椈精霊「当分干渉能力を得られるくらいの力をもらうだけ」

白椈精霊「無理に融合を促進しなくても、私なら少し魔力をもらうだけで充分な力を得られそうだわ」

白椈精霊「黒檀のあの子よりは元々力を持ってるもの」

魔剣士「なら注ぎ込んでやるから、その……俺の矜持を打っ壊すようなことは……」

白椈精霊「脱いで」

魔剣士「え……」

白椈精霊「絶頂した瞬間の魔力が何よりもおいしいって聞いたの」

魔剣士「い、嫌だ……俺、マジで好きな子できたから、それは……」

白椈精霊「あ、これ……邪魔ね。預からせてもらうわ」

モルを奪われた。いざという時は助けてくれるんじゃなかったのか。役立たずめ。


結局脱がされ、両手を頭上で拘束された。

俺の魔力に触れて実体化した彼女の手に乳首をつままれる。
泣きたい。肥大化したらどうしてくれるんだ。

白椈精霊「ここ、気持ち良いの?」

妙に切ない気分になってきた。

魔剣士「……はやく終わらせてくれ」

白椈精霊「人間のおしべって、タケリタケみたいな形ねぇ」

裏筋をつんつん突っつかれて、小さく声を上げてしまった。

白椈精霊「やっぱり粘膜から採る魔力があっつくておいしいわ」

白椈精霊「あ、ここ、敏感なのね。ふうん」

魔剣士「そこっ、デリケートだからっ! そんな強くされたら……苦しいんだよっ!」

白椈精霊「どんな風にされたい? こう? それともこうかしら」

魔剣士「うっ! ……うぅ……」

白椈精霊「ビクビクしちゃって……おもしろぉい!」


白椈精霊「こうすればいいのね?」

魔剣士「はあ、あっ…………!」

白椈精霊「あっ出た出た! このまま続けたらどうなっちゃうの?」

魔剣士「やめっやめろ! あああああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

あまりの快楽と強烈なくすぐったさに身をよじった。だが逃げられない。
叫びが腹の底から上がり続ける。脚も腰もガクガクと激しく揺れた。

白椈精霊「誰か押さえててあげて」

必死に逃げようとする俺の体に蔦が巻き付き、吸着された付着根から俺の魔力を吸い上げている。

白椈精霊「そんなにきもちぃの?」

苦しいんだよ。
壊れてしまいそうだ。


亀頭を手の平で強く撫で回された。
やばい。何か来る。熱い。

白椈精霊「きゃっ!」

白椈精霊「これ、何? おしっこでも精液でもない……」

すごい勢いで潮が吹き出た。
未知の快楽に、もう右も左もわからない。


人と植物の共生のための魔力提供というだけなら、まだ割り切れる。
だが、こう楽しまれると……すごく腹が立つ。

おまえ達の愉悦のために我慢しているわけじゃないんだ。


俺が犯してきた花に意識が宿っていたら、彼女達は一体どの様な感情をいだいただろうか。
俺と波長の合う子だけを選んではいたが、彼女達には思考する能力は宿っていなかった。

もし、意思があったら……俺は恨まれていたのだろうか。

……考えたところで無駄だな。

胸が、痛い。

――――――――
――


武闘家「――リウス! エリウス!」

魔剣士「う…………」

武闘家「よかった、気がついたのね」

気を失っていたようだ。

魔剣士「……俺、裸だったりしなかったか?」

武闘家「え? 服着てたわよ」

青い石「気がついたら地面に放られてたんだけど何があったの」

魔剣士「俺を守る気がないなら一生寝てろ」

青い石「え……ごめん」

武闘家「すぐに助けたかったのだけど、植物に行く手を阻まれちゃったの」

武闘家「……微かにあなたの叫び声が聞こえたのだけど、どんな目に遭ってたの」

言えるわけねえだろ……。

魔剣士「……俺の魔力のこととか、生命の結晶を埋め込まれたこととかは話しただろ」

魔剣士「だからその、植物に俺の魔力を吸われてたんだが……」

魔剣士「そのための……ええと、儀式の内容がなかなかエグいんだよ」

魔剣士「すげえ苦しい」


武闘家「……死んじゃったりしないよね?」

魔剣士「…………多分な」

重斧士「ほら、掴まれ。肩貸してやるから」

魔剣士「すまんな」

疲労感に襲われる。
この調子じゃあ命がいくつあっても足りない。

腹上死するのも時間の問題だ。

武闘家「オディウム教徒が立て籠もってるところの近くまで来ちゃったわね」

俺がこいつらに嫌われることを恐れたのは、俺なりに不安を感じていたからなんだろうな。
襲ってくる敵がいる上に、自分の命に手を加えられて……一人じゃ心細かったかもしれない。


乳首がじんじん痛む。乱暴にしやがって。

武闘家「可愛い花が咲いてるわね」

カナリアの視線の先には、薄桃色の小さな花が咲いていた。
花弁に紫色の筋が入っている。

武闘家「地元に咲いてるホシノヒトミって花に似てるわ」

魔剣士「……イヌノフグリ。花言葉は信頼だ」

武闘家「可愛い感じの名前ね」

魔剣士「犬のキンタマって意味だぞ」

武闘家「あ……そう」

小腹が空いたから、鞄から玉ネギを取り出してかじった。
この独特のつんとくる感じがたまらない。


魔剣士「あ、まずい」

魔剣士「奴等が来る」

武器を持ったオディウム教徒が数人現れた。

「この魔力反応、間違いない。アキレスの娘だぞ」

魔剣士「妙な玉持ってんな」

「捕らえよ!」

重斧士「カナリアに手ぇ出させっかよ!」

ガウェインが大体ボコッってくれた。

重斧士「大したことねえな」

魔剣士「……待て。近くにヤバいのがいる」

黒ローブ「…………」

重斧士「あそこか!」

敵が落としたハルパーをガウェインが投げたが、あっさりと避けられた。

魔剣士「何か詠唱してるぞ」

黒いローブを身に纏った男から、ただならぬ邪気を感じた。
母さんほどの魔感力を持っていない俺でもわかる。

あの男はドス黒い何かを抱えている。


その瞬間、俺達の足元に魔法陣が現れ、地面が崩壊した。
その上、地に向かって体が強く引き寄せられた。重力系の魔術だ。

動けねえ。

黒ローブ「この女は頂いていく」

遠く離れた所にいた男が、一瞬ですぐ傍に姿を現した。

武闘家「放して! 嫌!!」

魔剣士「くっ……」

重斧士「カナリアを放せ!!」

黒ローブ「この結界内で立っただと!? とんでもない馬鹿力の持ち主だ」

黒ローブ「だが」

男がガウェインに手を向けたかと思うと、ガウェインが後方へ吹っ飛ばされた。
やばい。この男の魔術の腕は超上級王宮魔術師レベルだ。

黒ローブ「おっと。何か小細工を仕掛けようなどとは思うなよ」

魔剣士「チッ……」

武闘家「あたしをどうする気なのよー!」

黒ローブ「……随分とあの男に似たものだな」

重斧士「カナ……リア……!」


男はカナリアと共に姿を消した。

重斧士「ちくしょう……今日はやけに仲間が誘拐されるな」

魔剣士「……あいつ、妙だった」

魔剣士「確かにオディウム教徒の気配を纏っていたが、俺だって奴等には狙われてるんだ」

魔剣士「それなのにカナリアだけを連れ去った」

魔剣士「カナリアしか眼中になかったんだ」

魔剣士「早く助けねえと……ヤバい気がする」

魔剣士「傷を見せろ。治すから」

重斧士「だがおまえ、魔力残ってんのか」

魔剣士「四割ちょいくらいな」

魔剣士「……ありがたいことに、奴のドス黒い魔力の痕跡があちこちに残ってる」

魔剣士「追うぞ」


――――――――

洞窟を進むと、やや広い空間に出た。

兇手「待っていたぞ、旭光の勇者ヘリオス」

戦士「二つ名で呼ぶのはやめろ。……恥ずかしいんだ」

あの男……レザールとは何度か剣を交えた。
奴の背後に控えている傭兵達が俺の末の弟を拘束している。

地質研究員「兄さん!」

戦士「カイロス、今助けるからな!」

兇手「此奴を解放してほしくば、俺と勝負してもらおう」

戦士「一対一でか」

兇手「そうでなければ意味がない」

兇手「俺の目的は、貴様と雌雄を決することだからな」

彼は二本の刀を構えた。

兇手「……行くぞ!」


戦士「牢屋の修理費用を払ってもらおうか!」

こいつが脱獄したせいで税金が無駄になってるんだ。

後からよく調べたら、
こいつを逮捕できたのはうちの長男らしき男が術を使ったためだということがわかった。

尿路結石……痛いらしいな。あいつは何かと他人に容赦がない。

兇手「……氷の刃<アイス・エッジ>!」

レザールはこちらに向かって走りながら氷を放った。
炎で氷を融かし、一瞬で振り下ろされた斬撃を剣で受ける。

兇手「くくっ……!」

彼はギラギラと目を輝かせて笑った。根っからの戦闘狂だ。
この男は会う度に腕を上げている。

まだ若いというのに、
これ以上強くなったら……そこらの軍では太刀打ちできない凶悪な犯罪者となるだろう。


だが腕力はこちらの方が上だ。腕に魔力を込めて押し飛ばした。
氷を融かしながら素早い攻撃に対応し続ければ勝機はある。

奴は即座に体勢を整えて俺の背後に向かって高く飛んだ。
俺が振り返った瞬間、氷の棘が数本飛ばされた。

すかさず熱気を発生させた。
体に刺さる直前で融かすことができたが、そうしている間にも奴は剣戟を繰り出した。

身のこなしが人間離れしている。

兇手「よくこの刃を受け止めることができたな……!」

戦士「伊達に場数を踏んできたわけじゃないんでな」

兇手「だが……」

兇手「薄氷の膜<クリア・アイス・フィルム>!」

足が滑った。地面に氷が張られたようだ。

片足を前に出して転倒は回避できたが、
この空間の気温が著しく低下していることに気がついた。

壁や天井のあちこちに埋め込まれた白藍色の石が輝いている。
この男の魔力の効果を強化しているようだ。


戦士「ぐっ……!」

振り上げられた刀を防げたものの、俺は吹っ飛ばされて壁にめり込んだ。

地質研究員「兄さん!」

戦士「……大丈夫だ」

常人なら死んでいただろうが、
身体能力及び防御力を強化しているため大したダメージは受けなかった。

地面に降りて体勢を立て直す。

兇手「流石だ……そうでなければな」

兇手「……雪の原<スノー・フィールド>」

辺り一面が雪に包まれた。
雪を見るなんて何年ぶりだろうか。

この地域は十年に一度くらいしか雪が降らない。

奴は雪に慣れているのだろう。
足元に雪が積もっているというのに、相変わらず足取りが軽やかだ。

俺は自分の周囲に炎を灯した。
この雪は奴の魔力で生成されたものだ。普通の雪よりも融かすのに時間がかかる。

だが俺の魔力の威力もそう弱いものではない。
足場の確保くらい容易にできる。


兇手「さあ、俺に勝ってみろ! 俺にとって有利なこの空間で!!」

兇手「貴様の強さを見せてくれぇ!!」

戦士「はあ……全く」

戦士「後悔するなよ!」

直径一メートルほどの火の玉をレザールに向かって放った。

兇手「白氷の障壁<ホワイトアイス・ウォール>!」

いちいち術名を唱えなきゃ発動できないなんて不便だな。
俺はもう四玉発射した。

兇手「なっ……!」

氷の壁は砕けた。

奴が次の術名を唱えきる前に、もう一発でかいのをお見舞いする。

兇手「グワアアアアア!!」

雪が融けて派手に湯気が上がった。

俺は奴の魔力を探った。……まだ倒れていない。


湯気の中から数十本の氷柱が飛ばされた。

ほとんど融かせたが、一本だけ防げず肩をかすめた。
いいや……防げなかったのは氷柱じゃない。

奴の刀の片割れだ。

兇手「……ふふふ……ははははははは! 素晴らしい!!」

兇手「やはり戦いはこうでなくては!!」

やるじゃないか。だが、俺に戦いを楽しむ趣味はない。

もうそろそろ終わりにしよう。

そう思った時、予想外の事態が起きた。


ああ、早く家に帰りたい。

kokomade


第十株 親と酒


……瞬間転移なんて、伝説級の術なんだがなあ。使える人間を見たのは初めてだ。
魔適体質者でも発動するのは困難らしい。

だが、洞窟内の曲がり角には移動した痕跡が残っているし、
直線的な道であっても数十メートル先には黒い魔力の残滓が見えた。

跡を辿るのはそう困難ではない……はずだったのだが。

魔剣士「うぉああ!?」

地面が抜けた。

やばい。やけに広くて白い場所に落下した。
咄嗟に風魔法を発動してダメージを軽減した。

魔剣士「おいガウェイン! 生きてるか!?」

重斧士「ってえ……折れたなこりゃ」

足があらぬ方向に曲がっている。

魔剣士「骨修復<リストア・ボーン>」

重斧士「おお」

魔剣士「行くぞ!」


重斧士「おまえってこんなに回復魔術得意だったんだな」

魔剣士「医療系の学部だったから必修で習ったんだよ」

医療に興味はなかったが、植物の研究をしたいがために薬学部に進学した。専攻は生薬だ。

理学部や農学部でも研究はできるのだろうが、薬師免許があれば一生食うのに困らないし、
色々と理由があってこっちを選んだ。

薬師が医者を意味する言葉だった時代もあるが、
今では薬を扱う職業のみを指すようになっている。薬剤師と呼ばれることもある。

兇手「おい…………」

魔剣士「あ、わりい! 後で治療すっから!」

どうやら人を下敷きにしてしまったようだ。
見たところ大きな怪我はなさそうだし一刻を争うから後回しだ。

戦士「え……えぇー……」

地質研究員「エリウス君……?」


魔剣士「なんでここ雪だらけなんだよ! 寒いわ!!」

滑って転びかけた。

魔剣士「走りづれえ! 俺は亜熱帯育ちなんだぞー!」

戦士「待て」

魔剣士「あ、父さん! 俺達今急いでるから!」

戦士「なんでおまえ達がここにいるんだ!」

魔剣士「カナリアが攫われたんだよ!!」

戦士「なんだと」

魔剣士「どうにかさっきの道に戻れねえかな……」

魔剣士「そうだ、父さんの力でカナリアを探してくれよ! 今マジヤバイから!!」

戦士「カナリアちゃんに何かあったらアキレスに合わせる顔がなくなっちまう」

兇手「お……い……」

父さんはカイロス兄さんを捕らえていた奴等を炎で攻撃した。

魔適傾向が高くて羨ましい。55マジカルくらいあるって言ってたかな。
普通よりも素早く術を発動できる上に微調整が利く。


戦士「……こっちの方向だ! 来いカイロス!」

地質研究員「わわっ」

兇手「待て……ヘリオス……」

魔剣士「あいつ敵?」

戦士「ああ」

魔剣士「あーよかった、善良な市民に怪我をさせちまったわけじゃなかったんだな」

兇手「勝負はこれからだ……旭光の勇者……」

戦士「二つ名はやめろ」

兇手「おのれ……二度までも息子に……うっ」

あいつにちょっと見覚えがあるような気がしたが思い出せなかった。


魔剣士「あれ、父さん今何か術使った?」

戦士「部下達に突入の合図をちょっとな」

邪魔をするオディウム教徒がちょくちょく現れた。

魔剣士「目ん玉に硫化アリル浴びせっぞ!」

玉ねぎから摂取した硫化アリルを敵にぶつけた。
玉ねぎを切った時と同じ状態になる。


魔剣士「あーひゃひゃひゃ! 今の俺は機嫌悪いんだぞー!」

魔剣士「邪魔者は排除だー!!」

好きでもない女に好き勝手にされた屈辱により、
他人に八つ当たりせずにはいられなくなっていた。

魔剣士「お? お? おっかけてくるか? ここまで来れるかなー!?」

鞄の中からオニビシの実を取り出してばら撒いた。いわゆるマキビシである。

戦いに役立ちそうな植物をこっそり集めていたのだ。

信者1「この程度避けて走れば何の問題もっ!?」

魔剣士「撒いたのはそれだけじゃあなかったんだよなあ! 残念だったなあああ!!」

魔剣士「ひゃーひゃっひゃっひゃ!!」

最近食べたバナナの外皮を透明な状態で再構成し、
オニビシの実と共に地面に配置したのである。

信者2「ギャー!」

信者3「ひっ!? うがああああ!!!!」

信者4「っでえええええ!!」

それに気づかずすっ転んだ信者達は、次々とオニビシの実の棘の餌食となっていった。


魔剣士「やべえ……バナナの皮で滑る奴を実際に見たのは生まれて初めてだ……!」

魔剣士「ひゃひゃっふひっふひひっ!」

戦士「ど、どうしたんだ……? テンションがおかしいぞ?」

魔剣士「どいつもこいつも大したことねえなあ!! あーたのしぃー!!」

魔剣士「あっ」

魔剣士「ごめん先に行ってて」

重斧士「あ?」

魔剣士「疲れた。もう走れねえ」

元々体力がない上に二回もイかされた後なんだ。バテるのも無理はない。

戦士「……仕方ないな」

魔剣士「うおっ」

肩に担がれた。

魔剣士「あれ、父さん……血ぃー! 血が出てるー!! うわあああ!!」

戦士「騒ぐな!! 治療は後からで充分だ!!」


幹部1「アキレスの娘だけを連れてきたとは何事だ!」

幹部1「貴様ならばヘリオスの息子を連れてくることも容易だったであろう!!」

黒ローブ「ふん」

幹部1「我等が神に逆らうのか!?」

黒ローブ「黙れ」

幹部1「貴様の目的は後だ。まずはこの娘を祭殿に」

黒ローブ「黙れと言っている」

何やら揉めているようだ。

武闘家「…………」

部屋に突入した。

戦士「彼女を解放してもらおうか!」

父さんが部屋にいた連中に向かって炎を放った。

重斧士「無事か!?」

武闘家「ええ……」

武闘家「内輪で喧嘩してくれてたからなんとかね」


幹部1「レザールの奴、しくじりおったな」

幹部1「撤退だ!」

黒ローブ「チッ……いずれ再び迎えに行くからな。待っていろ」

数人の術師が同時に詠唱を始め、奴等は痕跡すら残さず消え去った。

戦士「……またこの術か」

俺達が使っている現代魔術とは系統が違う術だった。

武闘家「……はあ」

戦士「もう大丈夫だ。間に合ってよかった」

カナリアは脱力した。相当怖い思いをしただろう。

魔剣士「もう降ろしてよ」

武闘家「あの男……まさかね」

魔剣士「父さん傷見せて」

戦士「このくらい自分で治せる」

魔剣士「医療の勉強してないのに治療術使えるなんてずるいー」

戦士「おまえ、俺よりも魔力容量がでかいくせにやけに消耗してるじゃないか」

戦士「一体何やってたんだ」

魔剣士「…………」


床に何かが落ちていた。
カナリアや俺の個人情報をまとめたファイルの様だ。

魔剣士「……!」

戦士「おいどうした」

魔剣士「これは……」

俺の……カルテじゃないか。

   患者名[エリウス・レグホニア]

   ――――子供らしい情緒が見られず、雑草を詰んで食べるのをやめられない。
   極めて内向的であり、共感性に乏しい。他人との関わりを極端に避け――

   ――植物に執着しており、
   気に入っている草花を傷付けられた際には激しい攻撃性が見られる。

   ――母親に一切甘えようとせず、手を繋ぐことさえ――

   ――好きな女の子はいるのかと問うと、彼は花の名を口に出した。
   性嗜好異常者である可能性が高い。また、――

   ――長期のカウンセリングが必要であり、――――


……そこには、俺の異常性が長々と綴られていた。

おそらく、俺の弱点か何かを探すために病院から盗んだのだろう。


魔剣士「けっ」

俺が投げ捨てたそれを、父さんが拾い上げて開いた。

戦士「…………エリウス」

魔剣士「自分が人と違うことくらいとっくの昔に開き直ってるし」

魔剣士「他人に見られたところで痛くも痒くもないんだけど?」

戦士「…………」


洞窟から出たところで、再び武器を構えた連中に囲まれた。
撤退したんじゃなかったのか。

それとも別働隊は俺達を攻撃するよう命じられでもしてんのかな。
……武器を向けられるのってけっこう心臓に悪いんだよな。

何故俺がこんな危険な目に遭わなけりゃならんのだ。

兇手「ここを通りたくば……剣を抜け、ヘリオス!」

男は二本の刀を構えた。


……あの男以外からは戦意が感じられない。
あいつだけが戦うことに拘っているように思える。

しかし妙だな。こいつらからはオディウム教徒独特の気配を感じなかった。
金で雇われているだけなのかもしれない。

兇手「貴様と剣を交えることさえできれば、今回は仲間に手を出さないと約束しよう」

戦士「……しつこい奴だな」

父さんは渋々剣を構えた。

あーはやく終わんねえかなと思ったその時、




勇者「いやああああああああああ!!」

勇者「うちの子が剣向けられてる!!!!」

聞き覚えのあるめんどくさい声が響いた。


暴風が巻き上がり、敵は一瞬にして吹き飛んだ。

勇者「エル! 怪我してない!?」

魔剣士「…………」

なんでいるんだよ……。

地質研究員「義姉さん……!?」

戦士「母さん、どうしてここに来たんだ」

勇者「だってあなたとカイロス君が心配でたまらなくて……飛び出してきちゃった」

戦士「あぁ…………はあ。子供はどうしたんだ」

勇者「ラヴィとアルクスは離れてくれなかったから連れてきちゃった」

勇者「今は兵士さんに預かってもらってるの」

いやじいちゃんちに置いてこいよ……危ないだろ。

勇者「エル、会いたかったよ……ずっと会えなくて寂しかったぁ……」

旅立ってから一ヶ月しか経ってねえよ。電話だってたまにはしてるってのに。
母さんは俺に抱き付いた。

勇者「あれ……? エル……」


母さんに目を覗きこまれた。
葡萄酒色の虹彩に吸い込まれそうになる。

勇者「嘘…………」

母さんはポロポロと涙を流し始めた。

ああ、そっか。この人わかっちゃうんだもんな。他人の性交経験のこと。
プライバシーの侵害だ。ちくしょうめ。

泣き崩れた母さんの肩を父さんが支えた。

戦士「母さん!」

勇者「ぅ……お父さん……この子……」

泣くなよ。親が泣くようなことをされてるって強く意識しちまうじゃねえか。
これ以上惨めな気分にさせないでくれ。

武闘家「どうしたのかしら……」

魔剣士「…………」


――――――――
――

事情聴取から解放された。長かったな。

……ユキに会いたい。一人でいるのは落ち着くけど寂しいな。
しばらく宿でぼけっとしていると、父さんが訪ねてきた。

戦士「おまえ、何をやったんだ」

魔剣士「え? なんの話?」

戦士「何故母さんが泣いたんだ!」

魔剣士「知らないよそんなの」

戦士「とぼけるんじゃない」

父さんに胸倉を掴まれた。

戦士「心当たりくらいはあるだろう!」

魔剣士「……母さんさあ、いつも嫌なことがあった時はなんでも父さんに話してるじゃん」

魔剣士「それなのに何も言わないってことは、」

魔剣士「よっぽど父さんに知られたくないってことなんだよ。察せない?」

戦士「……答えろ」

魔剣士「…………」

魔剣士「…………レイプされた」


戦士「なっ……」

胸倉を掴む手が緩んだ。

魔剣士「俺さあ、行く先々の精霊から脅されて犯されてんの」

惨め過ぎて笑えてきた。

戦士「…………」

魔剣士「なんでショック受けてんの? 俺は別に気にしてないよ」

魔剣士「俺、男だし。精霊の子はみんな美人だし、気持ち良いし、」

魔剣士「大好きな植物が相手してくれてるわけだし、得ばっかしてるもん」

魔剣士「あ~モテすぎて困るわ。ははは」

戦士「…………すまなかったな」

父さんは俺の頭をポンポン叩いて部屋を出ていった。
ちくしょう。なんでこんなこと親に言わなきゃならねえんだよ。

青い石「……ねえ、エリウス」

魔剣士「聞かなかったことにしてくれ」

外に出ようと思って階段を降りると、ある部屋から母さん達の魔力を感じた。
微かに嗚咽が聞こえる。まだ泣いてんのかよ。

ラヴェンデルとアルクスと父さんとで慰めてるんだろうな。
あーなんかすげえムカムカする。


――酒場

魔剣士「ラム酒うめえ!」

ダンッ、と俺はグラスをカウンターに叩きつけた。
こうなりゃやけ酒だ。カナリアはまだ事情聴取が終わらないらしい。

魔剣士「次は旧レッヒェルン領産の赤ワインを一杯ください」

重斧士「もっとゆっくり飲め。体に悪いぞ」

バーテンダー「お兄さん、飲酒は初めてなのでしょう。無理しないでくださいよ」

バーテンダー「もう一時間以上飲みっぱなしじゃないですか」

魔剣士「へーきっす」

魔剣士「あーやっぱこのワインおまえにやるわ」

重斧士「どうしてだよ」

魔剣士「母親の目の色みたいで飲む気失せた」

重斧士「ほんとに飲まねえのか? これかなりうまいぞ」

魔剣士「いらね。あ、梅酒ください」

近くに座っていた軍人がビールを飲みながら愚痴を言い始めた。

小隊長「ヘリオスめ……兵養所卒の平民のくせにトントン昇進しおって」


父さんが子供の頃は、様々な時代背景が重なって士官学校の学費が高かった。
そのかわり、安い兵士養成所等の訓練施設がたくさんあったらしい。

今ではほとんどの士官学校の学費は無料である。

副小隊長「入軍も遅かったくせに……あっという間に抜かされたな」

小隊長「いくら魔王を倒した英雄だからといって優遇されすぎではないのか!?」

副小隊長「俺達なんて嫌がらせがバレてこんな国境近くの町に左遷されたしな……」

副小隊長「一泡吹かせてやりたいもんだ」

小隊長「何か弱味を握るか……不正の一つでもやってくれればな……」

魔剣士「はあ? 嫉妬かよ。いい年こいた大人が見苦しいぜ」

小隊長「なんだとこのガキ!! もう一度言ってみろ」

魔剣士「見苦しいっつってんだよおっさん共」

副小隊長「軍人を侮辱するか!?」

魔剣士「くくっ」

重斧士「おいやめとけ」

小隊長「ただで済むと思うなよ」

魔剣士「上官を陥れようとしてたって俺が通報したら……あんたらどうなるかな」


小隊長「うぐっ……ガキの言うことなど誰が信じるものか!」

副小隊長「この北方人のガキ……今すぐ北の大陸に送り帰してやる」

俺は南育ちなんですがね。

魔剣士「じゃあ賭けでもやるか?」

魔剣士「俺が勝ったらチクらせてもらうぜ」

小隊長「俺達が勝ったらこの国を出ていってもらうぞ!」

副小隊長「ついでに俺等の飲み代はおまえ持ちだ!」

小隊長「これからテキーラを飲み続け、先に酔い潰れた方が負けだ。いいな」

魔剣士「あ、そんな簡単な勝負でいいの? 俺は構わないぜ」

俺の余裕の笑みに、奴等は少し臆したようだ。

バーテンダー「安全性のことを考えると私はやめてほしいのですが……」

副小隊長「隊長の酒豪っぷりを見て驚くなよ!」

――――――――
――


小隊長「もう九杯だというのに……まだ酔わんのか」

魔剣士「余裕」

西の大地で育った竜舌蘭から作られた酒……なかなか美味である。

小隊長「ええい! 十杯目だ!」

バーテンダー「し、しかし……」

戦士「おまえ達、一体何をやっている」

小隊長「ひっ! 大佐!?」

副小隊長「あああのこれはですねこのガキが」

魔剣士「父さん俺また外人扱いされた~」

小隊長「え、と、父さん……?」

副小隊長「お、俺たち帰りま~す……」

バーテンダー「一万Gになります」

小隊長「ひっ」


重斧士「なんで全く酔わねえんだ?」

魔剣士「アルコールは全部魔力に溶かしてるからな」

重斧士「なるほど……だが、それじゃあやけ酒してた意味あったのか……?」

魔剣士「気分の問題だ」

戦士「おまえ、あいつらを煽りでもしたんじゃないのか?」

魔剣士「だってあいつら父さんのこと」

戦士「構うな」

戦士「……おまえがここにいると部下から聞いてな。少し話がしたい」

重斧士「じゃあ俺は席外すか」

魔剣士「え、行っちまうの?」

重斧士「親父さんと水入らずでゆっくり話してこいよ」

戦士「気を遣ってもらってすまないな」

ガウェインは自分の分のお代を払って店を出て行った。
正直寂しい。


魔剣士「…………」

戦士「ちょっと雑談しにきただけだから気を抜いてくれ」

魔剣士「……キャロルさん、父さんのことすげえ心配してた」

父さんの副官のことである。

魔剣士「身内が人質じゃあ冷静じゃいられなくなるかもって言ってた」

戦士「そんなこと言ってたのか。信用されてないんだな……」

戦士「レザールの奴も……あ、俺と戦ってた男な。俺を焦らせるか、」

戦士「もしくは本気にさせるためにカイロスを人質にとったんだろうと思うが、」

戦士「家族が人質だったとしても、俺は冷静に対処するよ」

父さんは魔物だらけの時代で育った。
そのせいか、肝が据わっているというか……『喪う覚悟』ができているのだと思う。

戦士「……あいつ、戦いについては真っ直ぐだったな」

戦士「弟を人質にしたくらいだから、もっと卑怯な手を使われるかと思った」

魔剣士「母さんが人質に取られても、冷静でいられる?」

戦士「自信ないな……母さんは特別だ」


魔剣士「……父さんってさあ」

魔剣士「人生で一番つらかった出来事、なんだった?」

戦士「一番つらかったことか? ……母さんから永遠の別れを告げられた時かな」

ハードだな。

魔剣士「その次は」

戦士「ん……母さんが苦しんでるのに何もできなかった時はつらかったな」

戦士「あと、母さんに告白して振られた時は死ぬかと思った」

魔剣士「え、振られたの? なんで?」

戦士「……その時、母さんは……自分が長生きできないって思ってたからな」

全部母さん絡みだ。


魔剣士「……母さん、もう泣き止んだ?」

魔剣士「ああ。泣き疲れて寝てるよ」

魔剣士「……父さんはなんで母さんのこと好きになったの」

戦士「え? うーん……理由を訊かれても、上手く答えられないんだよなあ」

戦士「強いて言えば、俺にだけは素を見せてくれたのがきっかけだったかもしれない」

魔剣士「…………」

戦士「カナリアちゃん達とは上手くやってるのか」

魔剣士「うん」

俺はカクテルを飲み干した。甘酸っぱい。父さんはビール飲んでる。

戦士「……おまえとこうして酒を飲めるようになって嬉しいよ」

魔剣士「…………」

魔剣士「父さん、俺、本気で好きな子ができた」

戦士「そうか」


魔剣士「精霊なんだけど、何処に本体の木があるのかわかんなくてさ」

魔剣士「会いに行けなくてすげえ寂しい」

戦士「そりゃつらいな。どんな子なんだ」

魔剣士「……俺の理想のお嫁さん像にすっごく近いんだ」

魔剣士「清楚で控えめで、落ち着きがあって、心の芯が強そうな子」

魔剣士「んでもって俺のために泣いてくれたんだ」

魔剣士「いやまだ一回しか会ったことないんだけどさ」

魔剣士「相手の魔力見れば大体どんな子なのかわかるじゃん」

戦士「……はは」

魔剣士「え、なんで笑ったの。俺なんか変なこと言った?」

戦士「いいや。俺の子だなって思ったんだ」

戦士「若い頃の俺と同じこと言ってる」

魔剣士「……母さんってあんまり控えめじゃないし、情緒が不安定だし、」

魔剣士「精神的に脆いし……尚更なんで結婚したの」

戦士「まあ、理想通りの人を好きになるとは限らないだろ」


戦士「……上手くいくといいな」

魔剣士「本体を見てすらない相手をこんなに好きになるなんて思いもしなかったよ」

ユキがどんな木なのか気になって仕方がない。

魔剣士「すみません、馬乳酒ください」

戦士「あ、ちょっと待て」

魔剣士「なかなか酸味が……うっ」

喉が熱い。

魔剣士「っ……」

戦士「動物の乳から作った酒じゃあ成分を制御できないんじゃと思ったんだが……」

魔剣士「お察しの通りだよ……」

たったの一口で酔っ払ってしまった。

暑いな。頭がぼうっとする。息が苦しい。


魔剣士「うう……あっ……」

なんか涙が出てきた。

戦士「……よしよし。おまえ、泣き上戸なんだな」

父さんが背中をさすってくれた。

魔剣士「ねえ、父さん……俺、誰かを好きになる資格なんてあるの」

戦士「あるに決まってるだろ。何言ってんだ」

魔剣士「ねえ、俺、なんで『普通』に生まれてこられなかったの?」

戦士「たまたまちょっと個性的だっただけじゃないか」

魔剣士「…………」

戦士「おまえがどんな人間だろうと、おまえは俺の自慢の息子だよ」

魔剣士「…………」

戦士「つらかったら帰ってきてもいいんだぞ」

魔剣士「…………」

戦士「旅、続けたいんだろ」

俺は頷いた。


戦士「たまに愚痴聞くくらいならしてやれるから」

戦士「あんま溜め込むなよ」

魔剣士「……うん」

これからも犯され続けるとは限らない。
融合が進めば、犯されなくても精霊達に充分な魔力を提供できるようになるかもしれない。

また別の力が発現することもあるかもしれない。
暫くは耐えよう。

魔剣士「父さん……」

魔剣士「…………」

戦士「……寝たか。酒に弱いのは母さんに似たな」

戦士「お会計」

バーテンダー「息子さんのを合わせますと……6万Gになります」

戦士「おおう……」


翌朝。

カイロス兄さんは護衛の兵士に村まで送ってもらうことになった。
母さんも彼等に同行する。

父さんは、また別の仕事が入ったから家に帰られなくなった。

戦士「そのうち国外出張も入りそうだな……」

戦士「昇進しても昇進しても現場仕事ばかりだ」

戦士「デスクワークは苦手だから別にいいんだが」

「学が浅いから書類への苦手意識が拭えない」と、父さんは時折愚痴っていた。

戦士「年を取るとどうしても体の衰えを感じてしまってなあ……はあ」

副官「魔術の腕は上がってるじゃないですか」

戦士「まあそうなんだが」

魔剣士「性欲が減退したからだろ」

戦士「身も蓋もない言い方をするんじゃない」


地質研究員「エリウス君が来てくれて助かったよ」

魔剣士「無事に済んでよかった。気をつけてな」

三男「お母さんに近付くな!」

アルクスが蹴ってきた。

魔剣士「……母さん」

勇者「エル……」

魔剣士「別に、嘆く必要はないから」

魔剣士「安心して家に帰って」

勇者「…………」

母さんの右手が俺の左頬に添えられた。

勇者「何があっても、エルは、お母さんの大事な息子だから」

魔剣士「うん。じゃあ」

泣かせっきりじゃあ後味が悪いから、一応声をかけておいた。


武闘家「軍の人に通報発信機もらっちゃった」

重斧士「どんな機械だそれ」

武闘家「瞬間転移術で飛ばされた時には自動的に最寄の軍に通報されるようになってるの」

武闘家「ボタンを押しても通報できるわ」

武闘家「他にも防犯グッズをいっぱい」

武闘家「……そうだ、言いそびれてたわ」

武闘家「助けにきてくれてありがと」

魔剣士「おまえが捕まったのは、俺が攫われたせいもあっただろうしな」

重斧士「当然のことをしたまでだ」

車のエンジンをかけた。
陽に照らされた草原の緑が綺麗だ。

魔剣士「よし、国境越えるか」

kokomade


第十一株 無理解


――海岸付近の町・セルリア

武闘家「この頃食べる量増えたわね」

魔剣士「そうだな」

いつ犯されるかわからねえんだ。
ハードなことをされても大丈夫なよう精力つけとかねえと。

俺は必死に牡蠣フライを貪った。熱してあれば多分あたらないはずだ……。
俺は生で魚介類を食うと高確率で食中毒を起こす。

チラシ配り「そこのお二人さん!」

魔剣士「おん?」

チラシ配り「現在、あちらの会場で魔導器の見本市をやっておりまして」

チラシ配り「是非是非いらっしゃってください!」

チラシ配り「おうちに置きたい家電からアベックに嬉しいグッズまでなんでも並んでおりますので!」

魔剣士「ふ~ん」

面白そうだな。チラシを見たら、俺が技術提供をしている企業の名前もいくつかあった。

魔剣士「行ってみようぜこれ」


武闘家「いいけど……アベックってどういう意味?」

魔剣士「カップル」

武闘家「えっ……」

カナリアは赤面して俯いた。

そりゃ男女が二人でつっ立ってたらデキてると思われても仕方がない。
本当は一人でのんびりぶらつきたんだがなあ。

武闘家「ねえ、エリウス……」

魔剣士「ん」

武闘家「今はどんな花が好きなの」

魔剣士「この間好きになった子」

魔剣士「そこらに生えてる子じゃねえから見せらんねえけど」

武闘家「そう」

魔剣士「……人格を持った相手を好きになったのは初めてだから、」

魔剣士「また会えたとしても、どう接すりゃいいのか全然わかんねえや」

武闘家「!?」


武闘家「人格?」

魔剣士「ああ。精霊の中でも高位だろうな……」

魔剣士「あ、ガウェイン。いい武器見つかったか」

重斧士「待たせたな。しっくりくるのは見つけられなかった」

魔剣士「なあ、これ見に行きてえんだけど」

重斧士「面白そうだな。付き合うぜ」

魔剣士「よし、行こうぜカナリア」

武闘家「うん…………」



重斧士「すげえな……未来に来たみてえだ」

魔剣士「やっぱ省エネ謳ってる企業が多いな」

武闘家「今時バッテリーを買おうとしても高つくものね」

家電に充分な魔力を補給できない家庭は、
他人の魔力を込めたバッテリーを買って生活することになる。

昔は安く買えたのだが、今時は魔力の需要が増えすぎて価格が高騰しているのだ。
俺も買おうかな……植物にかなり魔力吸われるもんな……。

魔剣士「魔力に替わるエネルギーでも見つかりゃあなあ」


武闘家「あっちの部屋にもブースがあるみたいね。雰囲気が怪しいけど……」

重斧士「大人のコーナーって書いてあんな」

魔剣士「あー、アベックに嬉しいグッズがあるって言われてたろ」

魔剣士「そういうことだ」

さっきM性感の店が堂々と表に建っているのを見たし、
そういうのにオープンな町なのかもしれない。

M性感の開発……いや興味なんてないぞ。

武闘家「え、え……? あらぁ……」

魔剣士「興味あんのか?」

武闘家「ないわよ! 馬鹿!!」

魔剣士「くくっ」

魔剣士「あ、これこれ。俺が開発に協力したやつ」

販売員1「エリウスだ!! 一緒に写真撮っていただけませんか!?」

販売員2「俺も俺も!!」

魔剣士「いいっすけど」


重斧士「どんな機械なんだ?」

魔剣士「傍に置いた植物にとって最も適した環境を自動的に作るんだ」

魔剣士「これの元になった装置を作ったのは……十四の頃だっけな」

北育ちの母さんは、故郷の観葉植物を集めていた。
だが、北の植物を南で育てるのは難しい。すぐに元気を失ってしまう株は多かった。

落ち込まれたら面倒だし、枯れてしまう植物を見るのはつらかったから、
植物を中に入れるとその植物に適した温度を自動的に測定し、
その温度を保つ小さな温室を作ったんだ。

喜ばれすぎて面倒だったな……。

販売員1「そうだ、あっちのブースにすごい物があるんですよ!」

販売員2「勇者ナハトを見れるんですよ!」

魔剣士「え?」


示された方向を見てみると、スクリーンに何かが投影されているようだった。

技術者「こちらの製品はデジタルアナログコンバーター、略してDACと申しまして」

技術者「旧式の撮影魔術で保存された情報を新式の保存形式に変換し、」

技術者「こうしてデジタル形式の魔導器での再生を可能にしております!」

技術者「こちらは二十五年前、グレンツェント国の舞踏会の映像です」

技術者「北方の貴婦人から宝石をお借りして再生しております」

技術者「くう~! 勇者ナハトが映っている映像を探すの大変だったんですよ~!!」

そこに映し出されていたのは……キザな、俺とよく似た美青年だった。
紺色の髪、藍色の瞳、鉄紺の燕尾服……胸元には空色の石が嵌められたピンブローチが留められている。

若い女性とくるくる踊っている。これ、本当に俺の母さんか……?

勇者『君と会うのは十年ぶりかな……美しくなったね、アンジェリカ嬢』

赤服令嬢『ああ、こうしてあなたと再び踊ることができて……夢のようだわ』

重斧士「俺の親父って……男らしい男じゃなくこういう細いのが好きだったんだな」


画面の端にはアルバそっくりの少年が突っ立っていた。
だが、アルバと違って目だけじゃなく眉もつり上がっており、雰囲気が堅そうだ。

二十五年前だから……十五歳の頃の父さんだろう。
今よりも随分小さいな。百七十あるかないかじゃないか。

父さんはどこか白けた感じの目で、紺色の髪の青年の方をチラ見している。

赤服令嬢『この夢が覚めなければいいのに』

勇者『夢はいつか覚めてしまうものだよ。僕はこの夜が明けたら消え去る定めなんだ』

うっわぁ……自分のこと『僕』って言ってる。
めっちゃ声低い。男の声だろこれ。体も出るべきところが全く出てない。

当時……ええと、十八歳だろ? 当然生理来てるだろ? なんでこんなに細いんだ?
あ、でも、体が成熟するのが遅くて俺を産めるか不安だったから云々って昔言ってたっけ……。

てか俺と同じくらい背があるような……ああ厚底か。なんでわざわざ……。

赤服令嬢『ああ、なんて甘い夢なのでしょう』

勇者『まるで君の唇のようだ』

赤服令嬢『まあ』

うっわくっさ。キザすぎ。マジキモい。

魔剣士「あ……あが……」

重斧士「おーい大丈夫か?」


『そろそろ私と踊って!』

『いいえわたくしと!』

勇者ナハトの周囲に女性がたかった。母さんって呼びたくない。

大公娘『ナハト様、どうか一曲踊ってくださいまし』

勇者ナハトは、その内の一人に手を差し出した。

勇者『喜んで、ジークリンデ嬢』

大公娘『どうして私を選んでくださったのでしょう』

勇者『貴女の薔薇の様な瞳があまりにも魅力的だったものですから』

大公娘『薔薇の花言葉をご存じかしら』

勇者『ええ。紅色の薔薇は『死ぬほど焦がれる恋』』

勇者『そして、二本に束ねられた薔薇のメッセージは……『この世界は二人だけ』』

勇者『もう私の瞳には貴女しか映りません』

大公娘『お上手なこと』

踊っていた曲が終わり、二人は広間の外へ去っていった。
父さんはそれを心配そうに見つめていた。

魔剣士「…………」

魔剣士「あぁ……………………」

武闘家「エリウス!?」

重斧士「気を失ってるぞ」


――――――――
――

目を開けると、そこには白い天井があった。
どれほど眠っていたのだろうか。

魔剣士「ここ何処」

武闘家「病院。あなた映像を見て気絶したのよ」

魔剣士「…………」

重斧士「なあ、いきなりですまないんだが、訊きてえことがあるんだ」

魔剣士「何?」

重斧士「おまえって、男から産まれたのか?」

魔剣士「は?」

重斧士「おまえ、『こんなの母さんじゃない』ってうわ言で何回も言ってたんだよ」

魔剣士「えっ……」

眩暈がした。

重斧士「おまえのお袋さんって、勇者ナハトだったのか?」

魔剣士「…………」

武闘家「…………」


魔剣士「……勇者ナハトは実は女で今も生きてて俺達兄弟が生まれました!」

魔剣士「めでたしめでたし!!」

重斧士「ああ……そういうことか」

魔剣士「他人に漏らすなよこれ」

若い頃、母さんは男の格好をしていたとは聞いていたが……同一人物だと思えなかった。
今と当時とでは、肉付きも、表情の作り方も、立ち振る舞い方も、何もかもが違う。

重斧士「なあ、俺の親父は……ナハトが女だって知ってたのか?」

魔剣士「知ってたらしいぞモル曰く」

重斧士「ゲイじゃ……なかったんだな……」

ガウェインは窓際で黄昏始めた。

重斧士「そうか……こないだ会ったおまえのお袋さんが……」


――――――――

勇者『あの……お父さん、元気にしてる?』

重斧士『あ、ああ……生きてはい……ますが』

勇者『そう……』

重斧士『親父のこと知ってん……知ってるんですか』

勇者『……あ、その、主人が若い頃お世話になったそうだから』

――――――――

重斧士「クレイの町を出る時にちょっと話しかけられたんだよ」

重斧士「そういうことだったんだな……」

青い石「アルカは彼のお父さんが誰なのか一目でわかっただろうね」

青い石「魔力から情報読めちゃうから」

重斧士「はあ……」

重斧士「じゃあ、自分はゲイだと思い続けていた俺の人生は一体……」

武闘家「大丈夫かしら……」

魔剣士「今、あいつは崩壊した自己同一性を再構成しようと戦っているんだ」

魔剣士「そっとしておいてやろうぜ」


魔剣士「親父さんの女装趣味を知ってショックを受けたおまえの気持ちがわかった気がする」

武闘家「そう?」

魔剣士「俺って男から生まれたのかな……」

武闘家「気をしっかり持って」

深呼吸をした。

魔剣士「……俺さ、ずっと……」

魔剣士「どうしてまともな父さんから俺みたいなのが生まれてきたんだろうって思ってたんだ」

魔剣士「でも、あれを見たら……」

魔剣士「男同然の女に惚れた父さんって、意外と変態だったんじゃないかなって」

武闘家「あ、もしかしてギャップがよかったんじゃない?」

武闘家「普段は美青年だけど実は美女っていう」

魔剣士「う~ん……」

でも普段は男同然なんだろ……父さんの女の趣味がわからない……。


武闘家「あたしは見ててドキドキしちゃった」

武闘家「女の子にモッテモテだったわね、あなたのお母さん」

魔剣士「…………」

青い石「ナハトの……本当のナハトの真似してたからねえ、あの頃」

魔剣士「遠縁の男の子だろ? 魔族に殺された」

青い石「ちなみにあの子は今でもあの世で女の子口説きまくってる」

武闘家「あ、あの世のことがわかるの?」

青い石「寝てる間、お嫁さんや両親とだけは交信できるんだ」

青い石「だからちょっとだけ噂を聞いてる」

魔剣士「モルってさ、生前からそういう話し方だったわけじゃないだろ」

魔剣士「なんでそんな口調なんだ」

青い石「若い子とはこうした方が親しみやすいかと思って」

魔剣士「ふうん」

魔剣士「…………あれ」


魔剣士「なあモル、母さんってあの頃は魔適体質だったんだろ」

青い石「そうだよ」

魔剣士「元々魔適体質じゃなかったのに、なんでそうなったんだ?」

魔剣士「それに、どうして魔王を倒した後は魔適傾向下がったんだよ」

青い石「ええと……まあ、いつか話す機会があったらね」

魔剣士「…………?」



夜、またあの歌声が聞こえた。

魔剣士「ユキ!」

白緑の少女「エリウスさん」

彼女は木の枝に座っていた。


俺も木を登り、彼女の隣に腰をかけた。

な、何話そうかな。あんまりガツガツアピールしても引かれるかもしれないし。
どうしよう。

色々話したいことはあったはずなのに、いざ顔を見ると頭が真っ白になった。
俺が緊張していると、彼女の方から口を開いた。

白緑の少女「私が歌っていたのは、草花を元気づける歌なのです」

白緑の少女「波長が少し特殊で、通常、人には聞こえません」

魔剣士「じゃあ、俺が聞くことができたのは……」

白緑の少女「あなたが、草花を想う優しい心の持ち主である証です」

魔剣士「俺が……優しい心を?」

白緑の少女「ええ」

そうなのかな……幼い頃から植物が好きではあったけど。


白緑の少女「あなたは、その身を犠牲にしてまでこの世界の植物を救おうとしてくださっています」

白緑の少女「それなのに、あなたに無礼を働いている精霊がいることに……」

白緑の少女「一体どう謝罪したらいいのでしょう」

魔剣士「えっ、あ、いや……君は何も悪くないし」

やっぱり、犯されてるところまで全部知られてるんだろうな……。

この子にだけじゃない。世界中の精霊達に知れ渡っている可能性が極めて高い。
生きているのがつらくなってきた。このことを考えるのはよそう。

白緑の少女「……優しい波動の魔力」

肩に頭を預けられた。

い、意外と積極的だな……それとも男として全く意識されていないのだろうか。
そりゃそうだよな。今時、精霊が人間の男になんて……。

魔剣士「……歌、聴きたいな」


魔剣士「め、迷惑だったら別にいいんだけど」

魔剣士「君の歌を聴いてると……心が安らぐんだ」

白緑の少女「ええ、喜んで」

全ての疲れを癒すそうな、優しい歌声だ。心に直接響いてきて、体に染み渡る。
歌の流れと共に、小さな白い花が周囲の草木に振りかかった。まるで雪の様だ。

……雪の花。そう呼ぼう。
風が吹き、雪の花は夜空へと舞い上がった。


白緑の少女「また、いずれ」

彼女は左手を俺の右頬に添え、浅緑の瞳を細めて柔らかく微笑むと、姿を消した。

名残惜しさに胸が痛む。

夢のような甘いひと時だった。


翌日。

武闘家「すぴー……」

魔剣士「なあガウェイン、おまえ……よく平気そうに振る舞えるよな」

重斧士「ん?」

魔剣士「俺、好きな子のことが頭から離れなくてすげえつらい」

重斧士「俺もけっこう苦しんでるぞ」

魔剣士「あんま表に出さねえじゃん……尊敬するわ」

魔剣士「うああぁぁぁ……」

俺は布団を抱き締めて寝台の上を転がった。
心が痛むと体まで痛くなる。胸が軋む。


町を出て森の近くを通りかかると、精霊に呼ばれた。
渋々カナリア達を置いて精霊に会いに行った。

魔剣士「もしオディウム教徒の奴等が近付いてきたら、あいつらを隠してやってくれねえか」

黄柏精霊「お安い御用よ。ただし……」

魔剣士「……俺の体、使わなきゃ駄目か」

黄柏精霊「ええ」

魔剣士「っおまえの前で自慰してやるよ。だから、触るのは……」

黄柏精霊「行為を行っている時から触った方が魔力を取りやすいもの」

仕方がないから脱いだ。ちくしょう。
ユキ以外とこんなことしたくねえのに。


黄柏精霊「実はね、人間のえっちなお店を覗いて……ちょっと勉強してきちゃったの」

黄柏精霊「どうせなら楽しんだ方がいいじゃない?」

魔剣士「ちょっ、おい」

キハダの葉で全身を優しく愛撫された。

魔剣士「やめろ! くすぐったいだけだ!」

黄柏精霊「あら、ほんと?」

指で首筋をなぞられ、そして乳首をこねくり回された。
体から力が抜ける。俺は地面に腰を下ろしてしまった。

黄柏精霊「すごいんだよ。女の人が体中を優しく愛撫して、男の人、すごく気持ち良さそうだった」

魔剣士「あっ……やめっ……」

膝を撫でられるのやばい。ゾクゾクして動けなくなる。


軽く竿を扱かれた。

黄柏精霊「本当にやめてほしいなら、おしべを硬くしたりしないよね?」

魔剣士「これは、そのっ……」

魔剣士「嫌でも反応しちまっ……くっ……」

実際、嫌なのに何で勃っちまうんだろうな。それが更に屈辱なんだ。

黄柏精霊「お尻の穴で、もっと気持ち良くしてあげるね」

魔剣士「は?」

周囲から蔓が忍び寄ってきた。
小腸までゴリゴリ犯されたことを思い出し、俺は恐怖を覚えた。

魔剣士「嫌だっ! やめろ!!」

魔剣士「前を扱くのは妥協してやる! だからそれは……」

黄柏精霊「気持ち良くなるだけだよ?」

魔剣士「ひっ」

俺はその場を逃げ出そうともがいたが、あっさりと捕らえられてしまった。

四つん這いの状態のまま動けない。


葉による愛撫が続いた。

魔剣士「うっ……!」

黄柏精霊「ここ、気持ち良いの?」

尾骨の辺りを撫でられると、どうしようもなく熱が走った。

黄柏精霊「動物みたいね」

黄柏精霊「動物は、オスがメスのここを押して気持ち良くしてあげてるんだよ」

肩に力が入らなくなる。情けなく尻を突き上げる体勢になった。

黄柏精霊「射精せずに男の人が絶頂することをメスイキって言うんだったかな」

黄柏精霊「できたら楽しいかもね!」

楽しいのはおまえ等だけだろ。

黄柏精霊「挿れるよ」

魔剣士「嫌だ!! やめてくれ!!」

粘液で濡れた蔓が肛門を突き破って侵入してきた。

魔剣士「ちょっ、待って…………」

ろくに開発してねえ尻で感じるわけねえだろ……と思ったのだが、

魔剣士「っ……!?」

信じられないほどの快楽が突き抜けた。


以前注入された媚薬の副作用だろうか。
成分そのものは抜けきっているはずなのだが……腹の組織そのものが変質してしまったのかもしれない。

犯されていた時は激しい快楽で頭がどうにかなりそうだったから、
副作用まで認識する余裕がなかった。

前立腺らしき箇所だけではなく、腸壁を押されるだけで周囲の神経が刺激されて快楽が走った。

黄柏精霊「すごいすごい! 感じてるんだね!」

抑えきれない喘ぎ声が漏れる。

切なくて切なくてたまらない。
何故俺が女のように犯されなければならんのだ。

……どうして、守ろうとしている対象からこんな辱めを受けなければならないんだ?
情けなくて涙が出てきた。……耐えろ。耐えろ。きっと永遠に続くわけじゃない。




ああ、もう、何回達したっけな。
射精してねえのに……してねえからこんなに気持ち良いのかな。

黄柏精霊「お兄さん、もうお顔もトロトロだね!」

黄柏精霊「体の中でイキまくって、すっかり女の子みたい」


黄柏精霊「最後に、もっと面白いことしてみよっか」

精霊の少女が服をはぐると、彼女の股間には、大きなめしべ……ではなく、
人間の男根を模したモノがついていた。

黄柏精霊「お店でね、男の人にサービスしてた女の人が、」

黄柏精霊「こんな風に男の人を気持ち良くしてあげてたんだあ」

黄柏精霊「不思議だよね、やることが逆転しちゃってるの! 人間の発想ってすご~い」

彼女はソレを俺に押し当てた。
今まで中に入っていた蔓よりもずっと太い。

魔剣士「やだ……こんな……い、やだ……」

さっきよりも僅かに奥の方を突かれる。
前立腺の奥って何があるんだっけ。精嚢だっけか。

また違った快楽に襲われた。

もう、俺は声を抑えることさえ諦めていた。早く終わってくれ。
親にこんなところ見られたら泣かれるだろうな。いやもう泣かれてたか。






……あれ、俺、いつの間に射精してたんだろ。
萎えた愚息の先端から、力なく精液が垂れていた。

すかさず精霊達が俺の精液を吸いに来る。
すげえイカ臭いもんなのに、こいつらにとってはご馳走らしい。

黄柏精霊「ね、気持ち良かったでしょ?」

俺は力尽きるように横向きに倒れた。

魔力の消耗はそう激しくないが、体力を使い過ぎた。
体が重い。

魔剣士「…………」

どうにか起き上がり、服を着る。
ずっと無理な姿勢をとっていたせいで腰が痛い。

黄柏精霊「……どうしてそんなに悲しそうなの?」

魔剣士「……言ったじゃないか。嫌だって」


黄柏精霊「え? でも……感じてたでしょ?」

黄柏精霊「動物は性的快楽を好む生き物だし、すっごく気持ち良さそうだったし……」

魔剣士「ああ、そうか、おまえら植物だもんな。俺の気持ちなんて量りようがねえよな」

なんで俺が苦しんでるのかなんて知るわけねえよな。
……普通の人間とも植物とも違う俺って、一体なんなんだろうな。

黄柏精霊「…………」

黄柏精霊「ごめん……なさい……」

背後から、小さくそう聞こえた。

ここまで

訂正
>>332
黄柏精霊「動物みたいね」

黄柏精霊「動物は、オスがメスのここを押して気持ち良くしてあげてるんだよ」

黄柏精霊「獣みたいね」

黄柏精霊「獣は、オスがメスのここを押して気持ち良くしてあげてるんだよ」

第十二株 古代の体


乱暴にしやがって……上手く歩けねえじゃねえか。

仲間の所へ戻ると、盗賊らしき連中が木々に体を貫かれていた。
カナリア達を隠してくれるだけでよかったのに……流血沙汰になってやがる。

武闘家「大丈夫?」

魔剣士「がっぽり吸われちまった。けっこうきつい」

魔力の大量消費以上に体力を奪われたことがつらい。

重斧士「しかし驚いたぞ。俺が斧を取るより先に木がひとりでに動いてよ、」

重斧士「一瞬でこいつらを倒しちまったんだ」

一応まだ生きているようだ。

魔剣士「なかなかグロいな……一応通報しとくか」

罪人はバッテリー用の魔力の供給源だ。
罪人の魔力はそのままでは穢れているため、浄化の処理を施してから利用されている。

武闘家「蔓が何か運んできてるみたいよ」

魔剣士「この辺で採れる果物や野草だな。……おまえらにやるよ」

これを食って体力を回復しろってことなんだろうが、食べる気にはなれなかった。


――――――――
――

不能になった。

勃たない。勃たないんだ。
性欲もあまり沸かない……というより、性的な感情に対して嫌悪を覚えるようになった。

俺はプライドが高いんだ。
相手に主導権を握られ、あられもない姿であんあん喘がされるというのはとんでもない屈辱なのである。

それに、魔力の供給のためとはいえ、
好きでもない奴と性的な行為をすることにはどうしても抵抗がある。

正直おぞましくてたまらない。
自覚している以上に精神に負担がかかっている。

今度ユキに会う時、俺は普通に振る舞えるだろうか。
犯され放題の俺なんかが、あの子に会う資格なんて……。

悲観的に考えるのはやめよう。悲劇のヒロインぶるのは嫌いなんだ。
俺は母さんとは違う。


大砂州近くの村。
道を行く人々の中には、俺を見ると股間を押さえて蹲る奴もいた。

皆壮年のおっさんだ。おそらく勇者ナハトのことを知っているのだろう。
この辺りの国で、勇者ナハトはかなりでかいテロ組織を潰している。
顔を見たことがある人間が多くてもおかしくはない。

勇者ナハトは、性犯罪者の股間を切り落とすだけではなく、
淫らな人間には不能になる呪いをかけまくってもいたらしい。

壮年の男「ひいっ!」

そんなに怯えんなよ。俺は不能にさせる側じゃないんだ。


老人「困ったのぅ……」

孫娘「司祭さんからも相手にしてもらえないもんね」

老人「仕方ないのじゃ、この頃教会の方々は忙しそうじゃからのう」

武闘家「何かあったのかしら」

魔剣士「他人のことに首突っ込むもんじゃねえぞ」

武闘家「ほっとけないわ。どうしたんですか?」

魔剣士「はあ、まったく……」

重斧士「俺はカナリアのそういうところが好きだ」

老人「実は、うちの敷地内から……夜な夜な女の子の泣き声が聞こえるのです」

孫娘「幽霊よ……絶対幽霊だわ! 昔ここで死んだ女の子よ!」

武闘家「まあ」

老人「一度声を追ってみたのですが、人影は一つも見つけられず……」

老人「怖いものですから、何度もそう探しに行く勇気も出ないのですじゃ」

武闘家「困りましたね。もしよければ、お手伝いさせてください」


青い石「幽霊……怖いよぉ」

魔剣士「おまえも幽霊だろ」

武闘家「あなた、植物の精霊とは意思の疎通ができるのよね?」

魔剣士「まあ一応」

武闘家「精霊なら幽霊がいるのを把握できるでしょうし」

武闘家「もし幽霊じゃなかったとしても、誰かが森にいるのなら探知できるでしょ?」

魔剣士「そりゃそうだが…………俺に頼ること前提かよ」

武闘家「お願い。協力して、ねっ!」

魔剣士「しゃーねえな」

老人「ありがたや……ご案内いたしましょう。こちらですじゃ」


孫娘「うちの裏の……あの山です」

老人「泣き声が聞こえる時間帯までもうしばらくございます」

老人「夕食をご用意しましょう」


少し暇ができた。

魔剣士「…………」

武闘家「何やってるの?」

魔剣士「自然破壊をしないようネットで注意喚起してる」

犯されたくない一心でだ。

武闘家「……難しいこと、いっぱい書いてるのね」

魔剣士「ただ呼びかけるだけじゃ駄目だからな」

魔剣士「精霊を怒らせない伐採量の目安や、」

魔剣士「伐採量を減らしたことにより発生する不利益への対策」

魔剣士「その他諸々をしっかり書いとかねえと何かとうるさいからな」

魔剣士「……書いても論争が巻き起こったりはするが、」

魔剣士「何もしねえよりはマシだろ、多分」

武闘家「……『英雄の子供』としてじゃなく、あくまで『あなた個人』としての社会への影響力、」

武闘家「すごく大きいのね。尊敬するわ」

魔剣士「親とは全く違う方向で成功してるからな」


魔剣士「そりゃ父さんの息子だからって理由で注目されることはあるが、」

魔剣士「一人の学者として評価されることのが圧倒的に多い」

青い石「それだけ薬学・植物学方面に突出してるんだよね」

青い石「正にエリウスは『天才と変態は紙一重』を体現してげふんげふんごめん」

魔剣士「父さんと同じ軍人志望のアルバは『英雄の息子』として見られることがどうしても多いみてえだけど、」

魔剣士「父さんの子供であることを心の底から誇りに思ってるみてえだから微塵も気にしてねえな」

魔剣士「それどころか、『父さんの百倍輝いて見せる』って息巻いてるくらいだ」

武闘家「…………」

武闘家「あたしだって、昔は……」

魔剣士「おまえ、魔導にも格闘にも自信ねえんだろ」


武闘家「そ、そうだけど」

魔剣士「今はまだ自分の好きなこと模索してればいいんだよ」

魔剣士「他に自分に合ったものが見つかるかもしれねえじゃん」

武闘家「…………」

魔剣士「ついでに言うと、親とは違う方面で実力を発揮するのも、同じような道を進むのも、」

魔剣士「ふっつーの一般人として生きるのもおまえの自由だ。無理に社会的成功を収める必要はない」

武闘家「…………」

魔剣士「英雄の子供のくせにヘボいとか言ってくる奴がいても無視すりゃいい」

魔剣士「英雄だって外面を剥げばただの人間なんだ」

魔剣士「だとしたら、その子供もただの人間だろ」

魔剣士「おまえ自身が親の地位に拘ってる限りはなんの進展もないだろうよ」

魔剣士「気楽に生きりゃいいんだ」

武闘家「……そう、よね。その通りだわ」

武闘家「エリウス、ありがとう」


武闘家「……そういえば、あなた春生まれよね?」

魔剣士「そうだけど」

武闘家「誕生日、いつ?」

魔剣士「先月終わったが」

武闘家「っどうして言ってくれなかったの? 祝えなかったじゃない!」

魔剣士「ええ……ほら、言う機会なかったし、」

魔剣士「自分から言い出したら祝ってもらいたがってるみたいで嫌だし」

武闘家「もう!」

重斧士「おい何喧嘩してんだよ。目が覚めちまったじゃねえか」

武闘家「あ……ごめん」

重斧士「おまえらも夕飯ができるまで仮眠とっとけ。今晩は夜更かしするんだからよ」


随分暗い夜だ。晴れてはいるが、月は弓の様に細い。

魔剣士「なあモル、おまえって自分以外の霊と干渉できないか」

青い石「ちょっとはできるけど……怖いから引っ込んでたい……」

魔剣士「あのなあ……」


うぅ……    
           うぁぁぁぁぁぁ……


武闘家「ねえ、今聞こえなかった?」

重斧士「微かに聞こえたな」

老人「恐ろしや……」

魔剣士「生きてる人間の声じゃあないな……この響きは」

重斧士「そういうのわかるのか?」

魔剣士「物理的な音と霊的な音は種類が違うんだよ」


タスケ  

       あ

         あ  


              たすケて


茂っている植物から情報をもらった。

魔剣士「……あっちの方らしい」

青い石「やばいよこれ、依り代なしでこの世にしがみついてるから悪霊になりかけてる」

青い石「ちゃんとした依り代に住まないと存在が安定しなくなるんだよ」

武闘家「ほ、ほんとに霊だったのね……」

重斧士「怖いなら俺の胸に飛び込んできていいぞ」

武闘家「遠慮しとくわね」

ガサッ

孫娘「きゃっ!」

腕に抱きつかれた。

魔剣士「おっと、大丈夫か」

孫娘「は、はい」

物音の正体はただのタヌキだ。

武闘家「っ……」

老人「全く動じないとは……肝が据わっておられますのう」

孫娘「す、すごいです。その、一緒にいてくださると……安心できます」

魔剣士「ん、そっすか」


魔剣士「あそこにいるな。女の子が蹲ってる」

老人「わしには何も見えませぬ……霊感がおありのようで」

魔剣士「ない方だと思ってたんだけどな」

青い石「多分私と長く一緒にいる影響だと思う」

武闘家「うっすら死んで冷たくなった魔力の塊が見えるわ……」

重斧士「何も見えねえ」

幽霊少女「見つカら……いの……」

魔剣士「ちょっくら行ってくる」

武闘家「あ、あたしも行くわ」

魔剣士「精霊もそうなんだが、霊ってのはエネルギー体だから他人の思念に敏感なんだ」

魔剣士「あまり大勢では行かない方がいい」

武闘家「そう……」


魔剣士「おい、俺の声聞こえるか?」

幽霊少女「ダ……レ……?」

モルに頼らなくても会話ができそうだ。

魔剣士「ええと……旅のもんなんだが」

幽霊少女「わたシが……見エてるノ?」

魔剣士「ああ」

魔剣士「どうして夜な夜な泣いてるんだ? どんな未練があるんだ」

幽霊少女「探シモノ……」

幽霊少女「わたシ……大切なモノを失くシて、」

幽霊少女「探シてたら、この山で足を滑らせて、死ンじゃって……」

幽霊少女「宝石……パパとママからもらった大切なモノ……見つかラないノ」

魔剣士「どんな宝石なんだ」

幽霊少女「琥珀……綺麗な緑色ノ……」

魔剣士「そうか、わかった。明日、明るくなったら探してやるから」

魔剣士「また明日の夜な」

幽霊少女「! あリが……とウ……」

幽霊少女「皆わたシのこと怖がるノに……あなタみたイな人、初メて……」


翌日。

重斧士「こんな草木の生い茂った山中でどうやって探すんだよ」

魔剣士「まあ見てろって」

植物達に俺の魔力を与え、琥珀を探すよう頼んだ。
昼間の方が植物の活動が活発なため、夜明けを待ったのである。

生き物や意思を持った何かであれば夜間でも探せたのだが、今回は小さな石相手である。
活動が活発な時間帯でないと探すのは困難だった。

武闘家「植物達の生命力が上がってる……」

生命の結晶との融合前の俺の魔力ではできなかったことだ。
この様子なら、そう時間をかけずに終わるだろう。




魔剣士「……これか」

山の奥の方、草むらの中に落ちていた。柔らかい緑の輝きを放っている。
ペンダントトップになっているようだ。

青い石「天然のグリーンアンバーだ……とんでもなく珍しいよこれ」

俺はその石に手を伸ばした。

魔剣士「っ!」


――いつまでも待っています。あなたが再び生まれてくる日を――

――ああ。次は必ず、君と……――

――待って! まだ、もう少し……――

――…………、また、いつか――





武闘家「エリウス、エリウス!」

重斧士「おいしっかりしろ」

魔剣士「う……」

魔剣士「わり、なんか……白昼夢見てたみたいだ……」

今のは……石の記憶か?
いや、はっきりとはわからないが、違う気がする……。


――――――――
――

魔剣士「ほら、あったぞ。おまえの琥珀」

幽霊少女「!」

魔剣士「これで成仏できるか?」

幽霊少女「うん……ありがとウ、お兄さん」

幽霊少女「コの子……お兄さんに持っててほしいノ」

幽霊少女「アノ世にハ……持っテいけなイから」

幽霊少女「そレに……こノ子、お兄さんのトころに行きたがってるみたイだから」

魔剣士「……そうか」

幽霊少女「拾っテもらエて……よかっタ……」

女の子は光の粒になって天に昇っていった。

武闘家「エリウス、ありがとね」

魔剣士「ああ……」

俺は月明かりに照らされた琥珀に目を落とした。

俺はこの石のことを知っているような気がした。
この石に関する記憶なんてものは全くないのだが、どこか懐かしい感覚を覚えたのである。


大砂州を渡り、サントル中央列島の本島の森に入った。
データ収集が楽しくて仕方がない。

魔剣士「よし、そろそろ行くか……っ!?」

武闘家「どうしたの?」

魔剣士「ちょっと先に車に乗っててくれ。用事ができた」

少し離れたところの大木の陰に隠れた。
俺の体に二体の精霊が貼り付いていたのだ。俺の魔力に魅かれたらしい。

魔剣士「この大きさの双子の精霊は珍しいな……」

まだ人間でいう一歳程の幼女だが、
いずれはこの森を守る立派な人格持ちの精霊になるだろう。

魔剣士「離れろって」

幼青精霊「んー」

幼黄精霊「あうーまよくー」

魔剣士「おい……あーもう!」

幼いとはいえ怒らせたらどんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。
強く拒絶することはできなかった。


魔剣士「くすぐってえって……」

上着を開けられ、両乳首を強く吸われた。

魔剣士「動物の真似事してんじゃねえぞ……男の胸吸って楽しいか?」

引っ張っても離れてくれやしなかった。

魔剣士「あのなあ、困ってるわけでもないならおまえらにやる魔力なんて……っ……」

魔剣士「あっ……やべえ…………」

気持ち良くなってきちまった。
こいつら意外とテクニシャンだぞ。巧みに舌を使ってきやがる。


魔剣士「うっ!」

幼黄精霊「きゃっきゃっ!」

幼青精霊「おいちかったぁ!」

俺の体が大きく震えた瞬間、幼女達は満足して駆けていった。
嘘だろ……俺、乳首だけでイッた? イかされた? しかも幼女相手に?

しばらく呆然として動くけなくなってしまった。
俺の体……一体どうなってんだよ。


――――――――
――

数週間、いくつかの村や町を転々とした。

武闘家「海、綺麗ねー。ちょっと見飽きてきちゃったけど」

魔剣士「しばらく内陸を旅するから見納めだな」

南には青い海が広がっている。

西の方角には、大きな木のシルエットがうっすらと聳え立っていた。
アクアマリーナの大樹だ。

武闘家「あたし、ルルディブルクに行くのすっごく楽しみなんだ」

重斧士「花の都だっけか?」

魔剣士「この調子だと、順調にいっても数週間後だな」

魔剣士「あ、なあ、この花すげえ可愛くないか?」

武闘家「確かに可愛いけど……あなたが他人に共感を求めようとするなんて珍しいわね」

魔剣士「あ……確かにな」

重斧士「なんつうか……雰囲気が女っぽいぞ」

魔剣士「冗談言うなよ」

武闘家「そろそろ宿に行きましょうか」

武闘家「っ!」

地面のタイルに躓いたカナリアを受け止めた。

武闘家「ご、ごめんなさい。ありがと」

武闘家「……あら?」

むにっ


武闘家「…………」

むにっ むにっ

魔剣士「んっ……おい……何揉んでんだよ」

武闘家「嘘でしょ……」

魔剣士「な、何がだ?」

むにっ

……むに?

武闘家「エリウスあなた……おっぱい出てるわよ」

魔剣士「…………」

魔剣士「…………!?!?!?!?」

服を着ていれば目立たない程度ではあるが、確かに膨らみかけていた。
言われるまで気がつかなかった。

魔剣士「何かの間違いだろおおぉぉおおお!?」

重斧士「落ち着け! たまにそういう奴いるからよ!!」


魔剣士「い、いるのか?」

重斧士「ネコやってる男がメス化することは珍しくなかったぞ」

重斧士「『男らしいのがよかったのに女っぽくなったから』という理由で別れるカップルが……」

重斧士「何組かいたくれえだ。俺が入ってる暴走族での話だが」

武闘家「ね、ネコ……?」

魔剣士「すごい世界だな」

そういや、性感を開発されたら女性化するって話を聞いたことがなくもないような……。

サントル中央列島に来てからも、何度か精霊から女のように犯されている。
ちくしょうめ。多分そのせいだろう。

武闘家「……肌も綺麗になったわね」

魔剣士「お、俺が美白なのは元からだろ」

武闘家「更にきめが細かくなってるわ。嫉妬しちゃうくらい」

武闘家「顔つきも……ちょっとだけだけど……」

重斧士「メス化するとそうなるんだぜ」

武闘家「……どうして女の子っぽくなっちゃったの?」

魔剣士「ホルモンバランスが崩れてんだよぉぉぉぉぉ!!!!!」

魔剣士「うわあああああああ!!」


筋トレ! 筋トレ! 肉! 肉! 筋トレ! 増えよテストステロン!

魔剣士「うおおおおおおお」

少しでも男らしさを取り戻すため涙目になりながら体を鍛えた。

武闘家「闇雲に運動するだけじゃ効果は薄いわ」

武闘家「男らしくなれる献立とトレーニング内容組んであげる」

重斧士「俺も付き合うぞ。仲間がいた方がモチベも続くだろ」

魔剣士「うう……」

過酷な日々が訪れた。



武闘家「次は腕立て二百回ね」

魔剣士「え゛っ」

武闘家「昼食後は一時間休んで町の周りを……五周よ」

武闘家「じゃあスタミナご飯作ってくるわね」

あの筋肉女あああああ!!

重斧士「二百回くらい楽勝だろ、ほらやるぞ」

魔剣士「おまえらとは生きている次元が違うということを痛感した」

重斧士「やっぱカナリアとお似合いなのは俺だよな! な!」

魔剣士「へ? まあ二人とも筋肉の塊だよな」






ある日の夜、トレーニングに慣れてきたのか、寝る前に少しだけ体力が余るようになった。
昨晩までは寝台に乗った瞬間夢の中に突入したものだった。

武闘家「あら、植物以外の絵を描くなんて珍しいじゃない」

魔剣士「植物の精霊だから植物みたいなもんだ」

武闘家「……上手ね」

魔剣士「植物本体じゃねえのに、こんなに綺麗に描けるなんて自分でも思ってなかった」

魔剣士「はあ……ユキぃ……」

武闘家「例の、好きな子?」

魔剣士「あんま見るなよ……恥ずかしいだろ。その通りだよ」

武闘家「いつの間に会ってたの?」

武闘家「精霊に魔力をあげに行ってる時とか?」

魔剣士「いんや……その……おまえらが寝た後に……」

魔剣士「いいだろこの話は! 俺恋バナとかし慣れてねえんだって!」

武闘家「……あたし達が寝てる間に、こっそり一人で外出してたっていうの!?」

魔剣士「そんなに離れてるわけじゃねえし!」

寝る時には自衛用の結界装置を作動させている。金に物を言わせて強力な物を買った。
自分で自衛結界を長時間張り続けるよりも身体的にも魔力的にも負担が少ない。
野宿の時は交替で起きて見張りをすることもある。


魔剣士「安全には細心の注意を払ってるし別にいいだろ」

武闘家「女の子に夢中になってる間に襲われたらどうすんのよ!!」

魔剣士「そりゃ俺の自業自得だしおまえには関係ねえだろ」

武闘家「あるから言ってるんじゃない!」

青い石「喧嘩しないで」

魔剣士「そんなに俺に不満があるなら国に帰れよ!」

武闘家「それが嫌だからどんなに危険でも家出を続けてるのよ!!」

青い石「せっかく仲良くなったと思ったのに……」

重斧士「おい騒ぐな。他の部屋に響いたら迷惑だろ」

武闘家「……ムキになってごめん」

魔剣士「…………勝手な行動してばっかで悪かったな」


――――――――
――

魔剣士「なかなか男らしくならねえ……」

必死にメシを腹に詰め込んできつい筋トレにも耐えてるってのに。

武闘家「もう数週間続ければ変わってくるわ」

重斧士「もっと食う量増やさねえとな」

魔剣士「うっ……」

武闘家「よし、休憩終わり! スクワット始めるわよ!」

魔剣士「ひいぃ」

重斧士「おい誰かこっちに来るぞ」



聖騎士「漸く見つけたぞ……カナリアーナ!」

魔導槍師「やれやれ……随分と手間がかかりましたね」

現れたのは、プラチナブロンドの騎士の男と金髪の魔法使いだ。
騎士の方は……えーっと……。

魔法使いは誰なのか思い出せた。カナリアの兄ちゃんだ。名前は忘れた。
眼鏡をかけていて雰囲気が胡散臭い。

聖騎士「さあ、東に帰るぞ!」

騎士の男はカナリアの手を掴んだ。

武闘家「嫌よ!」


重斧士「おいてめえ、なにもんだ」

聖騎士「野蛮な口の利き方だな。育ちの悪さが窺える」

重斧士「んだとコラ」

武闘家「ちょっと二人とも、離れて離れて」

聖騎士「カナリアーナ、なんだこの男は!」

重斧士「こいつ知り合いか!? えらくおまえに馴れ馴れしいじゃねえか」

武闘家「ええっと……」

聖騎士「何故このような不良と共にいるのだ! 君には私こそが相応しい」

重斧士「てめえふざけてんじゃねえぞ!」

聖騎士「貴様は一体カナリアーナとどのような仲なのだ? まさか恋人ではあるまいな」


重斧士「恋人じゃあねえが……俺はカナリアに惚れてんだ」

重斧士「いきなり現れた男に強引に連れてかれるわけにはいかねえな」

聖騎士「ほおう? 私は幼少の時分より彼女に想いを寄せているのだがな」

武闘家「えっそうだったの?」

魔導槍師「いや~若いっていいですね~」

なんかやる気が削がれた。

聖騎士「エリウス、何処へ行くのだ!」

魔剣士「おまえ誰だっけ?」

聖騎士「なっ……」

奴は絶句した。

魔導槍師「エリウス君は相変わらずですね~、ははは」

めんどくさそうなことになってるから宿に帰って絵でも描きたい気分だ。
あー、ユキが恋しい……。

kokomade
次回までもちょっと時間かかるかもしれません


第十三株 無理がある未来


武闘家「エリウス、彼ヴィーザルよ。エイルさんとこの」

武闘家「何回か会ったことあるでしょ」

魔剣士「……あー、あのめっちゃ生真面目な奴か」

真面目すぎて融通が利かずめんどくさかった記憶が蘇った。
格好からしてアモル教団の守護騎士団に所属しているようだ。

武闘家「こっちはアークイラお兄ちゃんね」

重斧士「お兄ちゃん……実の兄貴か!?」

武闘家「そうよ」

そうだそうだ。アーさんだ。確か俺は彼をそう呼んでいたはず。

聖騎士「貴様、以前は彼女と二人旅だったそうではないか」

聖騎士「何も間違いは起こさなかったのだろうな?」

魔剣士「俺人間に興味ないし」

武闘家「……あなたが恋してる子も人間の姿じゃない」

魔剣士「人間と人型精霊は別物だもん」

武闘家「…………」

魔剣士「俺にとってはこのアザレアの花のが遥かに性の対象として魅力的なくらいだ」

聖騎士「そ、そうか……」

武闘家「っ……」

魔導槍師「おや、これは……」


魔剣士「あー、マジ可愛い……」

性欲が減退しているおかげでムラムラは沸き起こらないが、その愛らしさに心が癒された。
本気で恋愛感情を感じているわけじゃないから決して浮気ではない。

……でもなんか胸はきゅんとするんだよな。

通りすがりのオタク1「りゅんたんマジ萌え~」

通りすがりのオタク2「ぼきはラーナたん!」

ああ、そうか。この感覚は「萌え」なんだ。

魔剣士「アザレアたん萌え!! 萌え萌えしてる緑の葉っぱにも萌ええええ!!」

あくまで「萌え」だから浮気じゃない!!
まあ彼女と付き合ってるわけじゃないから浮気も何もないんだが。

聖騎士「な……なんだこいつ……」

重斧士「いつものことだ」

重斧士「とにかくカナリアを連れて行くなんぞ許さねえからな」

聖騎士「ならば力づくでも」

武器を抜く音が聞こえた。

魔導槍師「物騒になってきましたね~」


魔導槍師「ではここで解決法を提案しましょう。……ふふっ」

武闘家「あっ……」

武闘家「お願いエリウス、お兄ちゃんの悪い癖を止めて!」

魔剣士「悪い癖ってなんだよ」

魔導槍師「これから私が出す十二の試練に挑んでください」

魔導槍師「見事乗り越えられた方を、カナリアの婿候補として兄である私が認めましょう」

重斧士「……カナリアの兄貴公認の婿候補……やってやろうじゃねえか!」

聖騎士「よかろう。勝利を収めるのはこの私だ」

国に連れ帰るかどうかという話だったはずなのに、妙な方向に進んでいる。

武闘家「お兄ちゃんは玩具を見つけると、壊れちゃうまで無理難題をふっかけるのよ!!」

魔剣士「二人ともやる気みたいだしやらせとけよ」

武闘家「ちょっと」

魔剣士「男には白黒はっきりさせなきゃいけねえ時があるんだよ」

魔剣士「イヌツゲたん萌え~~」


武闘家「うぅ……エリウス~……」

聖騎士「…………」

聖騎士「どんな変態だろうが、やはり貴様とも決着をつけなければ気がすまん!!」

魔剣士「え、なんで?」

聖騎士「き、貴様……本気で言っているのか?」

重斧士「こういう奴なんだ」

聖騎士「大体貴様等その身長は嫌味か?? 嫌味なのか????」

重斧士「いくつだ?」

聖騎士「ひゃ……176だが?」

魔剣士「俺の母さんの2センチ下か。充分あるじゃねえか」

聖騎士「やはり貴様私を馬鹿にしているな」

そんなつもりはなかったのだが。

重斧士「俺なんて2メートル近くあるせいで不便してるんだぞ。羨ましいくれえだ」

魔導槍師「ちなみに私は188です」

父さんと同じくらいだ。3センチ負けた。

魔剣士「じゃ、俺関係ねえし勝手にやっててくれ」

聖騎士「待て!」

魔剣士「あ、カナリアは世話焼きたいタイプだからおまえみたいな男とは相性悪いと思うぞ」

聖騎士「なっ……」


魔剣士「じゃあな」

武闘家「ああもう! また一人でどっか行こうとしてるー!」

武闘家「単独行動は駄目なのに!!」

聖騎士「危機管理能力が欠けているにもほどがあるな」

魔導槍師「心配する必要はありません。結界を張っておきました」

魔導槍師「安全は保障します」

武闘家「でも…………」



聖騎士「待てと言っているのがわからんか!」

魔剣士「おまえなかなかしつこいな……うっ」

犯されたおぞましさを突然思い出して気分が悪くなり、茂みで嘔吐した。

この頃はよくあることだ。
せっかく食ったのにな。食べ物がもったいねえ。

聖騎士「お、おい……大丈夫か」

魔剣士「ほっといてくれ」


――――――――

ガサッ

聖騎士「待たせたな」

聖騎士「では勝負を始めるぞ。最初の試練はなんだ」

重斧士「あいつはいいのか?」

聖騎士「具合の悪い人間を無理矢理土俵に登らせるほど私は鬼畜ではない」

――――――――



胃が空になって腹が減ったが食欲はない。これじゃ鍛えようにも力なんて出せやしない。

まあ今日一日くらい休んだっていいだろう。連日超絶ハードな筋トレに耐えてんだ。


――
――――――
――――――――――――

『アークイラ君すごいな。史上最年少で宮廷魔導師になったんだろ』

『現代魔術の使い手としては、だけどね。マリナに似て優秀なんだ。エリウス君もすごいんだろ?』

『あの学力はアルカさんに似たんだろうな……。ヴィーザル君のニュース読んだか?』

『あー読んだ読んだ! 将来有望な法術師の卵ってやつでしょ』



俺は床にしゃがみこみ、店に置かれた観葉植物を観察していた。

『おい、少しは何か話したらどうだ』

『…………』

『せっかくじい様達が集まって楽しく食事してるのに、空気が悪くなるだろ』

『…………』

『聞いているのか? エリウス、おまえに言っているんだ』

白に近い髪色の奴が話しかけてきた。

『行儀が悪い。せめて席に戻れ』

渋々椅子に座った。ここにいても、楽しいことなんて一つもない。
大人達が話していることにも興味が沸かない。

窓の外を見た。青い空の下で、木が風に揺らされていた。
喋るよりも木の動きを見ている方がよっぽど楽しい。


『……ずっと仏頂面で黙ってるじゃないか。話を聞いたり、周囲に合わせて笑ったりできないのか?』

好きで連れてこられたわけじゃないのに、なんでわざわざ他人に合わせなきゃいけないんだ。

『何を言っても無駄ですよ、ヴィーザル。彼は『そういう子』ですから』

アーさんが優しくそう呼びかけた。

柔らかく微笑んでいるが、俺はその目が怖くてたまらない。
俺を憐れむような、嘲笑しているような感じの目だった。

俺は気を紛らわせようと外を眺め続けた。
日の光の下で気持ちよさそうに枝を伸ばしている木が羨ましかった。

――
――――――
――――――――――――


妙なこと思い出しちまった。気分わりぃ。
もう吐くもんなんて残ってねえのに吐き気が強くなった。

ふと俺は鏡を見た。
俺って美人だよな……。

魔剣士「もしもしアウロラ? 頼みがあんだけど……」


――――――――

魔導槍師「私の大切な妹を甲斐性のない男に任せるわけにはいきませんからね~」

魔導槍師「そうですね……この頃、この辺りに家畜を荒らす獅子が現れるそうです」

魔導槍師「私の術で誘き寄せますので、退治してください」

武闘家「待ってよ!」

どうにかしてお兄ちゃんを止めないと。

重斧士「安心しろ、カナリア。俺はライオンなんぞに負けやしねえ」

重斧士「なんせストロンゲストタイガーの異名を持ってるくれえだからな」

聖騎士「試練にしては簡単すぎるな」

武闘家「最初は簡単な試練を出して後から絶望させるのがいつもの手口なのよ!!」

武闘家「大体、お兄ちゃんは私が大切だからこんなことやらせようとしてるわけじゃ」

魔導槍師「さあ行きますよ~。ここでは一般人が犠牲になりかねませんからね」


まともに止めようとして敵うわけがない。
お兄ちゃんはエスト大陸最強とまで言われているほどの魔導師だもの。

直接お兄ちゃんに何か言うより、二人の戦意の喪失を狙った方がいいかもしれない。

武闘家「あのね、あたし、どっちとも付き合う気ないから!」

武闘家「こんな争いしたって無・駄! 無駄なの!!」

重斧士「お義兄さんに認めてもらえるってのはでけえんだよ」

聖騎士「なんとしてもこの男には勝たなければならんのだ」

武闘家「このままじゃ二人とも、最低でも半年は病院から出られなくなるわ!」

武闘家「本当にあたしのこと、す、好きなら、あたしの言うこともうちょっと聞いてよ!」

重斧士・聖騎士「「好きだからこそだ」」

武闘家「えっ……」

重斧士「真似すんなよ」

聖騎士「おまえが真似したのだろう」

武闘家「……再起不能になっても知らないんだからー!」

魔導槍師「いい子だからここで大人しく見ていましょうね」


町の外に出ると、巨大なライオンが現れた。
とんでもなく大きい。百人は殺していそうだわ。

聖騎士「我が法術で眠りの世界に落としてやろう」

聖騎士「誘眠の星光<スリーピング・スターダスト>!」

巨獅子「ガアァァァー!」

重斧士「利いてねえぜ!」

聖騎士「これほど獰猛とは……!」

重斧士「その首たたっ斬ってやる!」

ゴッ!

重斧士「俺の斧が……通らねえだと!?」

聖騎士「ふん、口ほどにもない」

硬いたてがみに引っかかって、首に刃が届かなかったみたいだった。

武闘家「嘘でしょ……あんなに強いなんて。ねえお兄ちゃん」

魔導槍師「大丈夫です。あの二人なら容易に倒せるでしょう」


重斧士「狙ったところがちょいと悪かっただけだぜ」

ガウィはライオンの背や腹を……たてがみのない部分を狙い出した。
ライオンの動きを巧みに読んで、ありえない身体能力を生かして攻撃を繰り出している。

身体強化魔術を使用していないのに、
あんなに俊敏に動けるなんて……いつものことながらすごいと思った。

聖騎士「負けてはおれんな」

ヴィーザルは補助系の法術で自分の身体を強化したり、
ライオンの動きを鈍らせたりして剣を振るっている。

惚れ惚れするほど華麗な剣さばきね。惚れはしないけれど。

聖騎士「討ち取ったぞ!!」

重斧士「とどめを刺したのは俺だ!」

聖騎士「いいや私だ!!」

重斧士「カナリアー! この毛皮はおまえに捧げるぜ!!」

聖騎士「被害を受けた町の住民に寄付すべきだ! 君もそう思うだろう!?」

魔導槍師「では次行きましょうか~」


武闘家「恋愛って、めんどくさい……」

……想ってもらえるのはありがたいことなのだろうけれど、気持ちに応えることはできない。
だって、あたしは……。

武闘家「…………」

魔導槍師「耳を貸しなさい、カナリア」

魔導槍師「兄として忠告します。エリウス君はやめておきなさい」

武闘家「べ、別にあたしは……」

魔導槍師「脳機能の障害を持った相手を追いかけても苦労するだけですよ」

武闘家「っ! 確かに個性的な奴だけど、そんな言い方ないじゃない!! 彼に失礼よ!!」

魔導槍師「事実です」

武闘家「っ……」

――――――――


青い石「ねー……エリウスー……」

魔剣士♀「…………」

M男1「あの!」

M男2「お願いがあります!」

魔剣士♀「あら……何かしら」

M男1「どうか、俺たちの……」

M男達「「女王様になってください!!」」





「おい……見ろよあの長い黒髪の美女……」

「ああ……やばいな……190以上ありそうなのに細くて綺麗なんだよな……」

「俺も奴隷にされたい……」

「切れ長のつり目がたまらん……」


魔剣士♀「ヒールって歩きづらいのね」

魔剣士♀「調子に乗って10センチのなんて選ぶんじゃなかったわ。んっふ」

青い石「……………………」

母さんをすっきりさせた感じの美女に仕上がったわ。
アウロラにも負けてないんじゃないかしら。罪な兄ね。いいえ姉かしら。
ウィッグの重さにも慣れてきたわ。

M男8「荷物お持ちいたします!」

魔剣士♀「あらありがと」

青い石「うわあああ!!」



重斧士「ぜー……はー……これで……十個乗り越えたぞ……」

聖騎士「なかなか……やるではないか……だがもう限界ではないか……?」

重斧士「おまえこそ……息切れてんじゃねえか……」

魔導槍師「いや~二人とも素晴らしいですね~」

魔導槍師「大抵五つ目くらいでリタイアしてしまうんですけどね。これなら本当に……」

武闘家「やめてお兄ちゃん」



魔剣士♀「ご褒美にムチ五十回の刑よ~! お~ほっほっほ!」

M男8「ああっ!」

武闘家「え?」


魔剣士♀「そんなにこのムチが気持ちいいの? とんだド変態さんねぇ!」

M男8「ひぃんっ! あっ! いいっ!」

M男7「女王様! このゴミクズ同然の俺にもどうか情けのムチを!」

魔剣士♀「仕方ないわね……ゴミクズはゴミクズらしくもっと恥ずかしい格好で跪きなさぁい!」

重斧士「おい……あいつ……」

聖騎士「まだ日暮れ前だというのに淫らな奴等だな」

魔導槍師「あれは……なかなか……本当の女性でないのが惜しいですね……」

魔導槍師「父さん♀よりも美しいですよ」

武闘家「…………」

魔剣士♀「変態共ォ! そんなにあたくしのムチが欲しければ尻を突き出してそこに並びなさ」

武闘家「変態はどっちよ!!!!」

魔剣士♀「あっ」


武闘家「あなた一体何やってるの!? 男らしさを取り戻すんじゃなかったの!?」

M男4「え、男?」

M男15「マジで?」

魔剣士♀「いやその……これは……一時の気の迷いで……」

魔剣士♀「ひ、開き直って女装してみたらどうなるか気になってさ……」

武闘家「トレーニングに付き合ったあたし達が馬鹿みたいじゃない!!!!」

魔剣士♀「ごめん! ごめん!! でも美人でしょ!?」

武闘家「なんでそんなにメイクばっちしなのよ!?」

魔剣士♀「妹に教わったのよ」

魔剣士♀「さすが姉妹ね。あたくしの顔に合う小技までバッチリ教えてくれたわ」

聖騎士「おい、あの女は一体何者だ」

重斧士「おまえ案外鈍いな?」

聖騎士「?」


魔剣士♀「あらそこのあなたぁ、随分お疲れのようじゃない」

魔剣士♀「痛みのという名の癒しが欲しくはないかしらぁ?」

聖騎士「わ、私にそのような趣味はない」

魔剣士♀「そういう子ほど自分の欲求を押さえ込んじゃうものなのよねぇ」

魔剣士♀「さあ、自分を曝け出しなさぁい!」

ビシィ!

聖騎士「ああっ! 痛っ! やめっ!」

魔導槍師「では、十一個目の試練は『彼女のムチを受けても尚己を保つこと』にしましょう」

重斧士「えっ……俺も打たれなきゃなんねえのか?」

聖騎士「しかし……程よい痛みがなんだか……ああっ! く、クセになってしまうっ!」

重斧士「いてっ! いてっ! くっ、俺は奴隷にはならんぞっ!」

魔剣士♀「もっと強いのがお好みかしらぁっ!?」

重斧士「あぁぁっ!」

魔剣士♀「あたくしのムチのエサにしてさしあげますわっ!」

武闘家「なんなのよもぉぉぉぉぉ!!」


魔導槍師「この隙に……」

魔導槍師「カナリア、よく聞きなさい」

武闘家「何よ!!!!」

魔導槍師「私達の家系は優秀な血統です。異常者の血を混ぜるわけにはいきません」

武闘家「はあ!?」

魔導槍師「ですから、あなたには相応しい男性を」

武闘家「お兄ちゃんの馬鹿ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

人体を激しく損傷させる音が轟き、俺はムチを打つ腕を止めた。
アーさんが吹っ飛んだ。

それはもう華麗に。凄まじく。
五十メートルは飛んだのではないだろうか。

武闘家「もういやあああああ!!」

戦闘時以外は決して暴力を振るわないカナリアが人をぶん殴るなんてよっぽどだ。

どんな会話してたんだ。

魔剣士♀「お、落ち着け」

カナリアは何処かに走り去ろうとした。

武闘家「来ないで! 追いかけるなら女装といてからにして!!」

武闘家「あたしが女装にトラウマあるの知ってるでしょ!?」






魔剣士「あいつどこ?」

重斧士「あっちだ」

聖騎士「本当に……あの美女はおまえだったんだな……」

魔剣士「あら、驚いた?」

魔剣士「不満そうね。あたくしのムチで感じちゃったことがそんなに屈辱かしら」

聖騎士「おまえのムチじゃなくとも一生の恥だ!!!! 私は聖職者なのだぞ!?!?」

魔剣士「お堅く振舞っている殿方ほど……ねえ」

重斧士「さっさと行けよ……」




魔剣士「おいカナリアー……機嫌直せよ……」

あいつは木の枝に腰を掛けていた。

武闘家「…………」

魔剣士「みんな心配してっぞ」

武闘家「聞く耳持たない連中だらけのところになんて戻りたくないわ」


魔剣士「そりゃまあ……俺は生まれつきこの性格だけど……」

魔剣士「他の二人は頭冷やしてるからさ。さっきよりはおまえの言うこと聞くだろうよ」

武闘家「お兄ちゃんは」

魔剣士「まだのびてる」

武闘家「そう」

魔剣士「…………」

武闘家「…………」

魔剣士「ええと……好かれて気まずいかもしんねえけど、あいつらなら普通に話せるだろ」

他人の気持ちなんてわかんねえから何を言えばいいのかさっぱりだ。
てかなんで俺がこいつを迎えに来てるんだ。他の奴等でいいだろ。

武闘家「ねえ、エリウス」

武闘家「あたし、あなたのこと好きなのよね」

魔剣士「え……ええ?」


突然何を言い出すんだ。頭の処理が追いつかない。

魔剣士「あ…………ぇ……っと…………まじで?」

武闘家「ええ」

魔剣士「おまえ……そんなそぶり…………」

魔剣士「…………あんまりなかったじゃん」

武闘家「ガウィがいるのにあからさまにアピールできるわけないでしょ」

それもそうだ。

魔剣士「っ…………」

あいつはこっちに振り向いた。

武闘家「好き」

魔剣士「……………………」

魔剣士「その、俺……ごめん……」

武闘家「だよね」

武闘家「困らせてごめんね。吐き出してすっきりしたかったの」


魔剣士「…………」

武闘家「いいの。叶わないって最初からわかってたし」

魔剣士「…………」

武闘家「行きましょうか」

魔剣士「あ、ちょっと……訊いてもいいか」

武闘家「何?」

魔剣士「なんで……俺のこと、好きになったんだ」

魔剣士「俺、自己中だし、頭おかしいし、何処が良かったんだよ」

武闘家「…………」

武闘家「あなた、あたしと似たような境遇なのに、」

武闘家「英雄の子供であることなんて微塵も気にしてなくて……」

武闘家「だから、あなたと一緒にいると、すごく気が楽になったの」

武闘家「それで、ずっと一緒にいられたらなって……」


魔剣士「……そっ、か」

武闘家「……でも、多分、あなたがあたしに興味ないからこそ、」

武闘家「あたしはあなたのことを好きでいられたのかもしれないわ」

武闘家「それに、この気持ちは長続きしないだろうなって……そんな感じがするから」

武闘家「どんなに遅くても、来年には忘れてるわ」

魔剣士「…………」

魔剣士「えっと…………」

魔剣士「俺の中身を見た上で好きでいてくれた奴なんて、初めてだし……」

魔剣士「告られて嫌だと思わなかったのも……生まれて初めてなんだ」

魔剣士「……だから、上手く言えねえんだけど……」

魔剣士「その……あり、がとな」

緊張で胸がバクバクする。

武闘家「……ねえ、あたし達…………」

武闘家「これからも、友達でいられるよね?」

魔剣士「……ああ」

涙を堪えた作り笑顔が夕日に照らされた。

kokomade


第十四株 華の道


重斧士「勝負つけらんなくなっちまったな」

聖騎士「……まさかあのアークイラが大怪我を負うとはな」

重斧士「やっぱつええのかあいつ」

聖騎士「魔導の腕は世界最高クラスだ。槍使いとしてもあいつに勝てる人間はまずいないだろう」

聖騎士「……これまでは力勝負だったな。知恵比べをしないか」

重斧士「頭使う気力残ってんのか?」

聖騎士「……疲労困憊だ」

武闘家「ただいま。……休みましょうか」

魔剣士「…………」

聖騎士「おいエリウス、顔が赤いぞ。熱があるのではないか」

魔剣士「夕日が当たってるだけだろ」


聖騎士「来い。法術師である私が診療してやる」

魔剣士「いらねえよ俺医療系魔術使えるし」

重斧士「法術と魔術ってどう違うんだ?」

魔剣士「発動するまでの過程が違うだけで似たようなもん」

聖騎士「貴様それでも魔導学生か!? いいか、法術というのは……」

魔剣士「…………」

聖騎士「…………貴様まさか」

聖騎士「か、彼女となななななにかあったわけでは」

魔剣士「ねえよ!!!! それ以上俺に話しかけたらまたムチで打つぞ!!」

聖騎士「ひっ」

重斧士「……やれやれだぜ」


魔導槍師「…………」

重斧士「脱いだらすげえイイ体してんだな」

武闘家「お兄ちゃん……このまま永眠するなんてことないよね?」

聖騎士「私が治療を施したんだ。じきに目を覚ます」

魔剣士「……なあ、なんでこの二人と同部屋なんだ」

重斧士「部屋数の都合だそうだ。節約になっていいだろ」

魔剣士「…………」

大勢でいるのは苦手なんだ。正直、特にアーさんがいると休めない。
俺はスケッチブックを開いた。ユキぃ……会いたいよ……。

旅館の主人「華道家が来れなくなっただと?」

従業員「船が故障したそうで……」

旅館の主人「参ったな……明後日の大事な来客のために、」

旅館の主人「とびきり美しい生け花を飾りたかったのだが」

受付嬢「旦那様、実は…………」

旅館の主人「エリウス・レグホニアが泊まっているだと!?」

魔剣士「廊下から俺の名前が聞こえた気がしたんだが」

重斧士「気のせいではないぞ」


魔剣士「呼びました?」

旅館の主人「お……ぉぉおおおおお!!」

旅館の主人「ヒュペリオン氏の孫であり天才華道少年であるエリウスが我が旅館に!!」

(ヒュペリオン?)

青い石「君の!! 父方のおじいちゃんの名前!!」

難しいから覚えてなかった。同居じゃないしあんまり名前を聞く機会がない。

旅館の主人「運命だ……ああ、なんと運命的なのだ!!」

重斧士「華道って生け花だろ? おまえ植物好きだもんな」

魔剣士「免状持ってるけどやってたの何年も前だぞ……」

魔剣士「華道家としての俺のことを覚えてる人間がいまだにいるなんてな」

聖騎士「え、エリウスが生け花……? 貴様に花を生けることができるほどの情操があったとは」

魔剣士「失礼な奴だな……」

魔剣士「俺の感受性の乏しさを心配した母さんに無理矢理習わされてたのは事実だけどさ」

聖騎士「ほう……」

重斧士「おまえ悪い奴じゃねえみたいだけどよ、あいつのこと見下し過ぎだと思うぞ」

聖騎士「それは悪かったな」

旅館の主人「ど、どうか花を生けていただきたい」

魔剣士「俺で良ければやりますけど……感覚鈍ってると思いますよ」


出された夕食は妙に豪華だった。まだ生けてないってのに。

魔導槍師「いや~エリウス君のおかげでそこそこの食事にありつくことができましたね」

魔剣士「…………」

魔剣士「俺今晩はそこの木の上で寝るから!!」

武闘家「ちょっ……」

俺は外に飛び出した。

武闘家「ねえ、待って」

魔剣士「…………」

武闘家「……ど、うして? やっぱり……気まずい?」

魔剣士「そうじゃないんだ」

魔剣士「……俺、どうしてもアーさん苦手なんだよ」

魔剣士「妹のおまえにこんなこと言うのは申し訳ねえんだけどさ」

武闘家「…………」


魔剣士「あの目……無理なんだ。俺、他人の感情読んだりするのへたくそなんだけど、」

魔剣士「俺の自尊心を傷つけてくる奴の雰囲気にだけはやたら敏感で……」

普段は他人からどう思われようが知ったこっちゃない。気にせずにいられる。
でも、何故だかアーさんの、内に秘めた侮蔑の感情だけは……跳ね返せない。

魔剣士「怖いんだ」

武闘家「…………そう」

武闘家「落ちないようにね」

魔剣士「木の上で寝るのには慣れてる。大丈夫だよ」



仲間が泊まっている部屋のすぐ傍の木に登った。

聖騎士「全く、協調性のない奴だ。あんな奴と旅をしても危険なだけだろう」

聞こえてんだよクソ。

武闘家「ちゃんと守ってくれてるわよ。……ガウィ任せにされることも多いけど」

武闘家「それに、彼がいてくれたからあたしは旅を続けることができてる」

武闘家「そのおかげであたし自身の実力だって随分上がったんだから」

魔導槍師「はは……確かに、強くなりましたね」


武闘家「……父さん、この頃どうなの。戦えてるの」

魔導槍師「ええ、どうにか。軍の士気も回復しましたね」

聖騎士「軍の士気など、アキレス殿の息子であるお前が上げればよいではないか」

魔導槍師「生憎私はこの性格ですからね~。人を引き付ける力を持った父さんとは違うのです」

魔導槍師「恐怖で軍を支配するのなら可能でしょうけれど」

聖騎士「訊いた私が愚かだったようだ」

魔導槍師「……ところで、エリウス君のことなのですが」

また悪口言われんのかな。一瞬心臓が強く脈打った。

魔導槍師「彼、人ならざる者の力を取り込んでいますね」

重斧士「わかるのか?」

魔導槍師「ええ。人より魔感力が優れていましてね」

魔導槍師「最近では、私のような人間を魔透眼持ちと呼ぶそうですがまあそれは置いておいて」


魔導槍師「あれは異常ですね。超古代技術と生命の力が掛け合わさってできた物のようですが」

魔導槍師「いずれ、彼はこの世の理から外れた存在となるでしょう」

聖騎士「創造神への冒涜ではないか」

魔導槍師「あの力が人間の身体・魔力とどのような魔学反応を起こすかは未知数です」

魔導槍師「人類にとって非常に危険な存在に成りうると判断できるでしょう」

魔導槍師「……一刻も早く処分してしまいたいほどに」

武闘家「なっ……何を言うのよ!」

武闘家「大体、人間が植物に酷いことをするから、彼は仕方なく……」

魔導槍師「まあ悪いことばかりではありませんね」

魔導槍師「もしあの力を『あなたを守る』方向に使ってもらえさえすれば、」

魔導槍師「あなたを下手に連れ戻すより、彼と共に旅をしてもらう方が安全です」

武闘家「…………!」

聖騎士「それは本当か」


魔導槍師「非常に残念ですが、国で保護しても安全の保障はできないのですよ」

魔導槍師「この辺りよりも奴等の活動が活発な上、」

魔導槍師「奴等の組織には厄介な術師が約一名いるようですからね」

聖騎士「おまえでも手に負えないというのか」

魔導槍師「可能性は0ではありませんねえ」

魔導槍師「私がずっとカナリアの傍にいられるのならばよかったのですが、」

魔導槍師「国王の守護などというニート同前の仕事に縛られていまして」

聖騎士「最も名誉のある仕事をニート同前とは……」

魔導槍師「更に、少ない空き時間を研究に充てているとなると……」

魔導槍師「正直言って一ヶ所に留まっている方が危険性が上がります」

重斧士「他に優秀な奴いねえのかよ」

魔導槍師「平和ボケのおかげで、使い物になる戦士の人数は極めて限られています」

魔導槍師「となると、戦う力を持った者が傍にいさえすれば、」

魔導槍師「隠れて逃げ回っていた方が比較的マシというわけですね」


魔導槍師「まー兄としてはあまり彼と共にはいてほしくはないのですが」

重斧士「カナリアはまだ帰らなくていいんだな!?」

魔導槍師「エリウス君次第ですね。彼無責任ですし」

あーイライラする。事実だけど。

聖騎士「私は反対だぞ」

聖騎士「プティア国で保護しないのならば我がアモル教聖騎士団がカナリアを守る」

魔導槍師「ほう、人手不足の騎士団で護りきることができるのですか」

聖騎士「うぐ……」

重斧士「人手不足なのにおまえこんなところにいていいのか?」

聖騎士「……すぐにでも戻らなければならない」

魔導槍師「お互い無理矢理休暇をもぎ取ったようなものですからねー」

武闘家「……心配してくれるのは嬉しいけど」

魔導槍師「あなたは自分の立場を理解していません」

魔導槍師「我が軍の脆さが露呈した際はどうなるかと思いましたよ」

聖騎士「英雄一人が引き籠ったくらいで士気を落としてしまう軍など、いつ壊滅してもおかしくないな」

魔導槍師「体勢を見直すいい機会ではありましたねー」

魔導槍師「そうそう、オディウム教徒が英雄の子供達を狙っている理由なのですがね」


魔導槍師「……なんでも、聖玉の結界を決壊させるため……という情報があるのです」

武闘家「……!」

重斧士「今の駄洒落か?」

魔導槍師「嫌ですねーたまたまですよ」

武闘家「そんなことしたら魔族が復活しちゃうじゃない」

武闘家「あいつらに何の得があるっていうのよ」

魔導槍師「不明です。しかし、」

魔導槍師「調査したところ、オディウム教徒は魔族の襲撃を受けなかったそうです」

武闘家「そんなの、あいつらの妄言じゃ……」

魔導槍師「それが、事実なのですよ」

魔導槍師「襲撃を受けなかった理由も不明ですが、」

魔導槍師「少なくとも、彼等は魔族が存在することで何らかの利益を得ていたのでしょう」

魔導槍師「八十五年前に魔族を復活させたのも彼等である可能性が高いと思われます」

魔導槍師「一体どうやったのかは謎ですがね」


武闘家「どうして結界を壊すのに私達が必要なの?」

魔導槍師「不明です。……が、おおよその推測は可能です」

魔導槍師「オディウム神は実在している可能性があります」

魔導槍師「超古代時代以前の資料にその名が記されていました」

魔導槍師「実際に、人々の憎しみを吸収して世に破滅をもたらしたと伝えられています」

ふーん。

魔導槍師「あなた方を利用し、人々の持つ憎しみの感情を操作することで、」

魔導槍師「オディウム神を復活させ、聖玉の結界を壊そうとしている」

魔導槍師「……と、考えられなくもありません」

魔導槍師「もちろんあくまで推測です」

武闘家「……お兄ちゃんは狙われてないの?」


魔導槍師「刺客なんてものは全く寄ってきてくれませんねえ。私が強すぎて」

重斧士「おまえのところはどうなんだ」

聖騎士「時折面倒なのが来るな」

魔導槍師「そして、もう一つ推論をお教えしましょう」

魔導槍師「聖玉の結界はそう簡単に破れるものではないことは知っているでしょう」

武闘家「神様でもなきゃ無理よ」

魔導槍師「それが、そうでもないようなんですよ」

魔導槍師「聖玉は全て揃ってこそ強力な浄化封印の力を発揮します」

魔導槍師「七つより少なくても……そして、多くてもバランスが崩壊します」

魔導槍師「そして、六英雄の内三人は聖玉の波動を己の魔力に編み込んでいます」

魔導槍師「この意味がわかりますか」

武闘家「……父さん達か、その子供であるあたし達が結界に干渉することで、」

武闘家「結界のバランスが壊れるかもしれないってこと!?」

魔導槍師「ええ」

武闘家「でも、聖玉の波動を持っている人なら他にもたくさんいるじゃない」

武闘家「あたし達である必要ってあるの?」

魔導槍師「常人よりも魔力容量が大きくて丈夫ですからね」

魔導槍師「一般人よりも魔力の輝きが遥かに強いのですよ」

聖騎士「私は聖玉の波動を有していないのだが」

魔導槍師「そのため、あなたとあなたの兄弟は『優先順位が低い』そうですよ」

魔導槍師「おそらく前者の理由で狙われているのでしょう」


魔導槍師「ですので、決してあなた方は彼等に捕まるわけにはいきません」

重斧士「……カナリアを保護する話ばっかりしてたが、」

重斧士「ほんとはエリウスの奴も守らなきゃいけねえんじゃねえか?」

魔導槍師「その通りですとも」

魔導槍師「しかし、先程言った通り彼は人智を超えた謎の力を得たようですからね」

魔導槍師「彼一人でしたら、植物の存在しない場所にでも行かない限りは大丈夫でしょう」

俺に何かあったら植物達が困ることになる。
おそらく精霊達が力を貸してくれるだろう。

魔導槍師「カナリア」

武闘家「何?」

魔導槍師「このお兄ちゃんマークのお守りを片時も離さずに持っていてください」

魔導槍師「やっぱり心配ですからねー、色々な意味で」

武闘家「…………」

魔導槍師「それと……」

アーさんは窓際にカナリアを引き寄せて、他の奴等に声が届かないように話した。
つっても俺には聞こえてるんだが。……わざと聞こえるようにしてんのか?

アーさんは魔感力がとんでもなく冴えている。俺の母さんと同じくらいかそれ以上だ。
俺が聞いていることくらい感づいているかもしれない。


魔導槍師「嫁入り前の大切な体なのですから、決して間違いを犯してはなりません」

武闘家「…………」

少なくとも俺とは起こしようがねえよ。ガウェインはどうか知らんが。

魔導槍師「何度も言いますが、彼にはあまり深入りしないように」

魔導槍師「……彼の脳機能の偏りさえなければ、静観することもできたのですけどね」

魔導槍師「昔よりはだいぶ会話ができるようになったようですが……」

武闘家「妹の心配するより先に自分の将来の心配しなさいよ!」

アーさんは再びカナリアに殴られて意識を失った。




魔剣士「もしもし、アウロラ」

長女『どうしたの、兄さん』

魔剣士「彼氏と……上手くいってるか?」

長女『いつも通りよ』

魔剣士「……向こうの親御さんから、何か言われたりしてないか?」

長女『? いいえ。時々彼の実家に遊びに行くけど、普通に仲良く喋ってるわ』

長女『どうしたの?』

魔剣士「いいや……それならいいんだ。ぐーてなはと」


携帯の電源を落としたところで、白い月明かりの中からユキが現れた。

魔剣士「……!」

白緑の少女「お久しぶりです、エリウスさん」

彼女の名前を呼ぼうとしたところで、俺は口をつぐんだ。
自分に自信を持てない。

俺の嫌いな考え方だが、
どうしても「俺なんかが、この子と会っていいのだろうか」と思ってしまった。

白緑の少女「……どうされました?」

彼女の顔を見たくて仕方がないのに、直視できない。
好きな子の前でくらいかっこつけたいのにな。

白緑の少女「……何か、心配なことがあるのですね」

実体化した彼女の手が、俺の左手を覆った。

以前よりもはっきりと彼女の存在を感じ取れた。
鏡を見なくたってわかる。俺の顔は今真っ赤になっている。


魔剣士「……ねえ、俺と喋ってて、違和感ない?」

魔剣士「ズレてるとか、会話が噛み合ってないとか、はっきりモノを言い過ぎとか……」

白緑の少女「?」

魔剣士「俺っ、普通の人間と……頭の作りが違っててさっ……」

魔剣士「そ、それでも、百人に一人くらいはいるらしいんだけどっ」

魔剣士「あ、これはデンドロフィリアであることとはまた別の話で、その……」

白緑の少女「……私は人間ですらありません。大丈夫ですよ」

そりゃそうだ。彼女は樹の精霊なんだ。
俺何言ってんだろ。だめだもう。

白緑の少女「あなたが心根の優しい人だということはよくわかっていますよ」

白緑の少女「細かいことは気にしません」

魔剣士「……俺、わがままだよ」

白緑の少女「いいえ。ただ、ちょっと不器用なだけ」


ユキは、俺のことを肯定してくれる。父さんみたいに。
それが嬉しくて、苦しかった。

――
――――――――

『なあ、エリウス。モニカちゃんを泣かせたってのは本当か』

父さんが屈みこんで俺に問いかけた。

『……とろいから、みんなに置いてかれるんだって、言っただけ』

悪いことをした自覚はなかった。でも、俺は父さんの顔を見れなくて、俯いていた。

『置いてけぼりにされたくないなら、すばやく行動すればいいじゃん』

『あのなあ。人には、それぞれスピードがあるんだ。おまえにだって不得意なことくらいあるだろう』

父さんは、俺を厳しい口調では叱らなかった。

『ゆっくりな子がいたら、おまえが助けてやればいい。それが優しさだ』


『エリウス、その鉢植えのこと、大事だろ』

花屋に行った時、俺が欲しがっているのを察して父さんが買ってくれた鉢植えだった。

『その苗のことを他人から馬鹿にされたりしたら、絶対嫌だろ。仮に言われたことが本当のことだったとしても』

俺は頷いた。

『本当のことでも、あんまりはっきり言われると、心は傷つくんだよ』

そう言われて、俺は漸く自分が酷いことをしたことに気がついた。

『そうやって泣けるなら、おまえは大丈夫だ。ちゃんと人の心を持ってる』

父さんは、笑って俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。

『今度モニカちゃんに会った時は、ちゃんと謝れるな?』

他人の立場に立って考える能力が欠けている俺に対し、
父さんは俺にもわかるように諭してくれた。他の大人は頭ごなしに叱るばかりだった。


「そんなことしちゃだめだ」「どうしてできないんだ」

飽きるほど聞いた叱り文句だ。そんなこと言われたって、俺には理解できない。
好きでこんな頭に生まれてきたわけじゃない。

――――――――
――


魔剣士「……人と共感できない、他人の気持ちがわからない、」

魔剣士「わがままな子だって、俺、小さい頃から、ずっと……」

具体的に説明されるまでは、他人の気持ちを理解できないことはたくさんあった。
経験を積むごとにマシにはなっても、いまだに治りきらない。

白緑の少女「あなたは、共感性がないわけではありません」

白緑の少女「人も、精霊も、自分と似ていない相手に共感するのは難しいのです」

白緑の少女「きっと、あなたは、たまたま自分と似ている人が近くにいなかっただけ」

魔剣士「…………」

白緑の少女「……エリウスさん!」

彼女に名前を呼ばれて、俺はやっと彼女を見つめ返した。


――――――――

武闘家「……エリウス」

武闘家「あ……」

武闘家「……………………」

――――――――


浅緑の瞳が優しく微笑んでいる。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。

白緑の少女「……あら、この、琥珀は…………」

魔剣士「あ、ああ……しばらく前に手に入れたんだ」

魔剣士「不思議なほど俺の魔力と相性がよくて……」

白緑の少女「…………嘘」

彼女はひどく困惑しているようだった。

白緑の少女「……少しだけ、あなたの胸に手を触れさせてもらえませんか」

魔剣士「い……い、けど」

ユキの右手が俺の胸の中央に触れた。
そして、服と体表をすり抜け、俺の心臓部に……魂のすぐ傍に這入りこんでくる。

魔剣士「ん……」

好きな子の精神体が俺の中に這入っている。
その手から漏れる彼女の魔力が、僅かに俺の魔力と反応を起こしている。
ちょっと苦しい。でも、嬉しい。喜んでいいことなのかどうかもわからないけれど。


魔剣士「はあ、は……はぁ……」

ゆっくりと彼女の手が引き抜かれた。

白緑の少女「……そんな」

ユキの目から大粒の涙が溢れた。
俺はあっけにとられて何も言えなかった。

白緑の少女「ああ…………」

彼女はすがりつくように俺の胸へ飛び込んだ。

魔剣士「…………!?」

嗚咽を漏らす彼女の背を、俺はおそるおそる撫でる。
一体どうしたのだろう。

しばらくすると、彼女は顔を上げ、悲しみに溢れた表情で俺を見つめた。

魔剣士「……ユキ?」

最後に、彼女は俺の首に腕を回すと、月明かりに融けて消えていった。


――――――――
――

旅館の主人「この壺に合うよう、豪華ながら気品のあるデザインを手掛けて頂きたい」

じいちゃんが作った歪な壺じゃねえか。
そういえば、この旅館の雰囲気は、じいちゃんの取引先の民族のものとよく似ている。

旅館の主人「魔王が倒される前あたりから『侘び・寂び』文化がじわじわと人気を高めていったのですが、」

旅館の主人「私はそれ以前からこの文化が好きでして」

旅館の主人「この壺に出会った時はもう運命だと」

魔剣士「……けっこうお高かったんじゃあ」

旅館の主人「はっはっは。妻にちょこっと叱られた程度のお値段ですよ」

旅館の主人や従業員と一緒に町に出向いて花を仕入れた。

一本一本生けていく。

じいちゃんの作品にはガキの頃から何度も花を生けてるんだ。
どんな花や葉と組み合わせたら出来のいい作品が作れるのかは感覚が覚えている。


違う種類の花と葉、枝を組み合わせることで、
ありのままの姿とはまた違った魅力を生み出すことができるんだ。

料理と似ているかもしれない。

旅館の主人「……お孫さんに花を生けていただけるなんてもうほんと運命です」

緊張で手が震える。最後の一本を挿す瞬間がなんとも気持ちがいい。

魔剣士「……こんなもんで、どうですかね」

旅館の主人「素晴らしいです、本当に。ありがとうございます」

旅館の主人「これで気持ち良くお客様をおもてなしすることができます」

泣いて喜ばれた。
俺なんかでも、人の役に立てるんだな。


喜んでもらえたことが嬉しかった。

kokomade


第十五株 奇跡の力は人を狂わせる


聖騎士「誓え! 絶対に彼女を守ると!」

魔剣士「え……仲間でいてくれる限りはできるだけ守るよそりゃ」

魔剣士「どうしても敵わない奴が出てきたらどうしようもねえけど……」

魔剣士「それはそっちも同じなんだっけ」

武闘家「……エリウス」

魔剣士「ん。何?」

武闘家「ううん。なんでもない」

微妙に気まずいけど、気にしてない体を装った。





魔剣士「……全員片付いたか」

オディウム教徒に襲われる頻度は減ったものの、
強い奴にばかり襲撃されるようになった。

重斧士「最近はその石使って戦ってんだな」

魔剣士「これで術を強化して魔力を節約しねえとやってらんねえからな」

武闘家「石に頼る気はないって言ってたけど、そうも言ってられなくなったものね」

魔剣士「琥珀は魔鉱石と同様の扱いをされることもあるが鉱物じゃなくて樹脂だし」

武闘家「あ、それもそうね」

魔剣士「まあ、これがなかったらそろそろ石買いに行ってたかもしれないのは確かだ」

重斧士「おまえいつまで旅するつもりなんだ?」

魔剣士「適当に気が済むまで……と思ってたんだが、」

魔剣士「植物に助けを求められている限りは終わんねえだろうな」


【森から天然の魔力を採取 精霊の怒りを買う】

【西の大剣豪 道場運営を再開】

【旭光の勇者ヘリオス 男爵位を授爵】

魔剣士「……ん?」

重斧士「どうした?」

魔剣士「ネットでニュース読んでたんだが……」


ネットの反応[もっと早くてよかっただろーのんびりしてんなぁあの国]

ネットの反応[目ぇ怖っ!]


青い石「魔王倒した時点で貴族になれてたら結婚する時身分差婚の手続き要らなかったのに」

重斧士「てことはおまえも貴族になんのか?」

魔剣士「俺は平民のままだよ。こういう時授爵されるのは一代貴族だし……って、あれ?」

[尚、一代貴族ではなく、世襲貴族である。
 南の大陸において、新たな世襲貴族が増やされるのは実に二百年ぶりのことである]

魔剣士「マジかよ」


魔剣士「まあどちらにしろ俺は平民同然なんだけどな」

重斧士「長男だろ? 家督継ぐもんじゃねえの」

魔剣士「俺の地元、末子相続の風潮が強いんだよ」

魔剣士「絶対に末の男が継がなきゃいけないってわけではないけど」

魔剣士「もしもし父さん?」

戦士『どうした』

魔剣士「おめでとうロード・レグホニア」

戦士『祝ってくれるのは嬉しいがその呼び方はやめてくれ。恥ずかしいんだよ』

魔剣士「だーんしゃくぅー!」

戦士『やめんか! 俺は貴族なんてガラじゃない!!』

魔剣士「イエェスマイロォォォォドォ!!」

戦士『切るからな!』

魔剣士「あひゃひゃ。ちょっと待って」

魔剣士「世襲貴族ってデマじゃなくてマジ?」


戦士『……はあ』

戦士『子孫に『家を存続させなきゃいけない』ってプレッシャーがかかるから、』

戦士『正直世襲貴族になんてなりたくなかったんだがな……』

戦士『うちは代々平民オブ平民で、家が絶えたって誰も困らないってのに』

魔剣士「英雄の家系は残したいんじゃねえの、国的に」

戦士『かもしれんな……っと、上司に呼ばれた。じゃ、あんまり無理すんなよ』

プツッ

武闘家「よかったじゃない。特権で楽できるわよ」

魔剣士「俺の国はもう貴族の特権とかないんだよ」

武闘家「え? 上流階級の人間しか入れないようなスクールとか……」

魔剣士「ないよ。平民でも金と学力さえあればお上品な学校には入れる」

武闘家「あら……そうなの」

魔剣士「嫉妬で面倒なことになるだけだ」


魔剣士「ああ、そうだ」

魔剣士「わりいけど、ルルディブルクに行くの遅くなりそうだ」

魔剣士「あちこちの困ってる精霊を助けて回らなくちゃいけなくてさ」

武闘家「あたしが勝手にあなたについてきてるだけなんだから、謝らなくていいのよ」

武闘家「のんびり行きましょ」


――とある村

白旅人「通してくださーい……あのー……宿取りに行きたいんです……」

「どうか助けてください!」

「水道が詰まってしまいまして」

「電話が繋がらないのです!」

白旅人「申し訳ありませんが、業者さんに頼めば解決する頼み事はお断りさせていただいてるんです」

白旅人「お仕事を奪ってしまうわけにはいかないものですから……」


武闘家「人だかりができてるわね」

重斧士「あいつ、俺よりずっと若ぇだろうに頭真っ白だな」

重斧士「目に包帯巻いてるが前見えてんのか?」

魔剣士「あ? ああ、あれ多分魔適体質者だ」

魔剣士「普通の白髪じゃなくて、牛乳塗ったくったような色してるだろ」


白旅人「急いでますので……」

「愛用の鋏が見つからないんです!」

「夫が脱毛石鹸で頭を洗って悲惨なことになったのですが」


武闘家「困ってるみたいね。行ってくるわ」

武闘家「彼困ってるじゃないですかー!」

白旅人「ありがとうございます、助かりました」

武闘家「いえ」

武闘家「…………」

白旅人「あ、目のことはご心配なさらず。包帯越しに見えてますから」

重斧士「なんで巻いてんだ?」

白旅人「はは……虹彩が真っ白なので、不気味がられてしまうんですよ」

重斧士「目に色付けられねえのか?」

白旅人「染めるだけならば容易です」

白旅人「しかし、常に意識していないと色が抜けてしまうんです」

白旅人「僕の魔術はイメージ頼りの不安定なものなので」


白旅人「おや、あなたは……もしかしてエリウス・レグホニアでは」

魔剣士「そうだけど」

白旅人「申し遅れました。僕はメルク。旅人です」

白旅人「なんでも、あなたは植物を自在に操れるそうですね」

魔剣士「ああ。体内に入れた植物はな」

白旅人「……不思議ですね。あなたの魔適傾向は15ほど」

白旅人「それほど高度な術をイメージで使用できるとはとても考えられません」

魔剣士「調子のいい時でも20マジカルくらいだ」

魔剣士「特殊体質なんだと思って大して気にしたことはなかったが」

白旅人「どう考えても、最低でも80マジカルは必要なはず」

白旅人「ううむ……」

魔剣士「……あー、そういや、この能力は前世が関係しているのかもって」

魔剣士「昔母さんが言ってたような気がする」


魔剣士「魂がうんたらかんたら」

白旅人「種族は……普通の人間ですから、そう考えるのが妥当でしょうね」

魔剣士「そういやあんた、従者は?」

魔剣士「魔適体質者が一人で旅できるわけないだろ」

熟練度次第だが、魔適体質者は通常の魔術師では起こせない奇跡を実現させることができる。

故に、道を踏み外したり、力を悪用されたりしないよう、
自国の武官が護衛を務めることとなっている。

白旅人「それが……少し前に、オディウム教と名乗る怪しい宗教に引き込まれてしまいまして」

魔剣士「難儀な……」

魔剣士「壁になってくれる奴がいなかったら頼られ過ぎて大変だろ」

白旅人「ええ……本当に」

白旅人「それに、それ以来オディウム教の方々に入信するよう脅されることが続いてまして」

魔剣士「!」

白旅人「この頃は武器を向けられることもありますね。この体質の人間が欲しいようです」

魔剣士「実は俺達も別の理由で狙われてんだ」


宿を確保して村をうろついた。

婆「爺さんや、スズランは強心剤になるそうじゃ」

爺「煎じてみるかの……」

魔剣士「ちょ、ストップストップ!」

魔剣士「強心剤ってのは心臓毒同然なんだ。使い方を間違えたら死んじまう」

魔剣士「もし心臓が悪いのなら病院行ってくれ!!」



魔剣士「危なかった……」

流石に冷や汗が出た。ああいうのは事故の元なんだ。
素人が下手に草を利用しようとすると取り返しのつかないことになりかねない。

武闘家「可愛い見た目なのに怖いのね、スズランって」

魔剣士「身近な植物も意外と強力な毒草だったりすんだよ」

魔剣士「だが、扱いようによっては薬にもなる」

魔剣士「毒と薬は紙一重なんだ」


おっさん「あ、あの……もしや、あなたは魔適体質者のメルク様では」

白旅人「ええ」

おっさん「実は、愛娘が不治の病にかかってしまったのです」

おっさん「どうか、どうか治療していただけないでしょうか……!」

白旅人「いいですよ」



おっさん「これが私の愛娘です」

金魚「……ぷくぷく」

重斧士「金魚じゃねえか」

武闘家「金魚だわ」

魔剣士「こりゃ見事な転覆病だな」

白旅人「すぐに治療できますよ」

ぽわわ


金魚「!」

金魚「~~~♪」

武闘家「わあ! すごい!」

魔剣士「科学的に治療法が確立されてない病気は、普通の魔術じゃあ手の施しようがないからな」

魔剣士「これはすげえ」

おっさん「ありがとうございます、ありがとうございます!」

おっさん「流石、どんな難病でも治す奇跡の力を持った魔適体質者様です!」

おっさん「ぜひお礼をさせてください」

白旅人「お礼なんて、いいですよ。お役に立ててよかったです」

白旅人「……どんな難病でも……か」


武闘家「ねえねえ、他人の魔適傾向を上げることってできるの?」

白旅人「それはとても特殊な術ですからね」

白旅人「そのようなことができる魔適体質者は長いこと生まれていないそうですし、」

白旅人「可能だったとしても、今は国際法で禁じられています」

白旅人「この世界のバランスを壊してしまう行為ですからね」

武闘家「ふうん。確かに問題の元にはなっちゃうかもしれないわ」

重斧士「それができる奴とできねえ奴って、どう違うんだろうな」


魔剣士「おまえの頭見てたら牛乳飲みたくなってきた」

白旅人「はは、よく言われます」

魔剣士「半ば冗談だったんだが……そうか、よく言われるのか」

武闘家「……珍しいわね。あなたが初対面の人とこんなに早く打ち解けるなんて」

魔剣士「すぐに親しくなっても大丈夫な奴はなんか本能でわかるんだ」



――夜、宿

魔剣士「……頼られ過ぎる人生は、やっぱ生きづらいか?」

白旅人「そうですね。だから各地を転々としているんです」

白旅人「一箇所に留まっていると、どうしても人々の人間性が変わってしまうんです」

魔剣士「他力本願になるんだろ」

白旅人「はい。よくおわかりで」

白旅人「僕は人の笑顔が好きです。人の役に立つことが生きがいです」

白旅人「僕のような魔適体質者でなければ助けられない人がいたら、」

白旅人「自ら進んで助けたいと思います」

白旅人「しかし、僕の存在によって、人々の心が歪んていくことが悲しくて仕方がありません」

白旅人「だから、彼女は僕を救おうと……」

白旅人「あなたこそ、苦労してきたんじゃないですか」


魔剣士「俺は自分の好きなように生きることしか考えてねえからな」

魔剣士「植物関係の頼み事をされることは多いが、そう苦に思ったことはないんだ」

魔剣士「ただ……末の妹が心配でさ」

魔剣士「魔適傾向が80くらいあって、目の色が魔力に染まってるんだ」

白旅人「ほう。どんな色なんです?」

魔剣士「柔らかいラベンダーだ」

白旅人「いいですね。思慮深き慈愛の色です」

魔剣士「見る人によっちゃあ、目の色が魔力の影響受けてるってわかっちまうみたいでさ」

魔剣士「母さんもそのくらい魔適傾向が高くて、面倒な頼み事をされることが時々あるし」

魔適傾向が100マジカルを越している魔適体質者でなくとも、
80もあれば虹彩が魔力の色に染まり、常人よりはイメージで発動できる魔術の種類が増え、
威力も大きくなる。

50ほどだと、魔力容量次第ではそこそこ強力な術を扱えるようになるが、
属性や威力は限定される。父さんがそうだ。

魔剣士「周囲と違うところがあるせいで、寂しい思いをしちまったら可哀想だなって」

白旅人「妹思いの、優しいお兄さんなんですね」

魔剣士「えっ……あ、んー……どうだろうな」

青い石「すーなーおーじゃーなーいー」

(黙ってろ!)


白旅人「どんな人であれ、誰もが悩みを抱えるものです」

白旅人「そして、悩むからこそ、答えを見つけた時に強くなれるんです」

白旅人「あなたのようなお兄さんがいるなら、きっと大丈夫ですよ」

魔剣士「う……」

なんか調子狂うな……。

魔剣士「えっと……ありがとな」

白旅人「いえ」

白旅人「悩んでいる時、人の心には弱みができます」

白旅人「自分で悩みを解決したり、誰かの助けを得られたりできればいいのですが、」

白旅人「時に、その弱さを利用して、思いのままに人を操ろうとする者が現れます」

白旅人「僕の従者は、心を弱らせていたために悪人の手を取ってしまいました」

魔剣士「…………」

白旅人「……オディウム教に限った話ではありませんが、」

白旅人「新興宗教や自己啓発セミナーの中には、何かしらの悩みを抱えて弱っている人や、」

白旅人「社会的弱者ばかりを狙って悪事を働こうとしているものが少なくありません」

白旅人「もちろん全てが悪いとは言いません」

白旅人「真に人を導きうるものも存在するでしょう」


白旅人「救いを求めている人の前に立つ、救世主の仮面を被った悪人を僕は許すことができません」

白旅人「ああ、すみません、僕ばかり喋ってしまって」

白旅人「いつもは聞き役に回っているのですが」

魔剣士「聞き上手な奴ほど、自分の欲求抑え込みがちだからな」

魔剣士「吐き出せるだけ吐き出しとけ」

白旅人「あはは……ありがとうございます」

白旅人「不思議ですね。あなたにとても親近感が沸くんです」

魔剣士「……お互い、孤独を感じて生きている時間が長かったんじゃないか」

白旅人「そうですね。その通りなのでしょう」

魔剣士「……なあ、俺達と一緒に来ないか」

白旅人「ありがたいお申し出ですが……今回はお断りさせていただきます」

魔剣士「え……」

白旅人「あまり大人数で行動するのに慣れていないものでして」

魔剣士「ああ……そっか」


翌日。

白旅人「では、僕はこれで」

魔剣士「気をつけてな」



武闘家「あら……あれ、何かしら?」

村の近くの岩壁に巨大な扉があった。

司祭「……困りました」

村民「どうしましょう、これでは祭りができません」

巫女「うう……ごめんなさいごめんなさい」

武闘家「どうしたんですか?」

司祭「この洞窟の中は神殿になっていて、祭りを行うための神具が収められているのですが……」

巫女「私が五回扉を開くための言霊を間違えてしまったので、ロックがかかってしまったんです……」

ああ……パスワードを間違えすぎてログインできなくなったのと同じ状態か。


司祭「ロックを解除するための条件はそこに彫られているのですが、」

司祭「特殊な暗号なものですから……」

村民「昔は解読法を記した本があったのですが、」

村民「魔族の襲撃を受けた際に失われてしまったそうなんです」

武闘家「そうなんですか……困りましたね」

村民「祭りを行い、野菜や草花の精霊に感謝を伝えなければ、」

村民「この村は実りを失ってしまいます……」

精霊に気持ちを伝える手段が失われるのはまずい。

武闘家「……メルク君ならどうにかできそうだけれど」

重斧士「もう行っちまったしな。追いかけるか?」

魔剣士「魔適体質者に頼る癖がつくのはよくない。他の方法を考えないか」

重斧士「力づくで扉を破壊するか?」

司祭「なりません! この扉も歴史的な文化遺産なのです」

武闘家「横からトンネルを掘るとか……」

司祭「内部も芸術的な装飾が施されていますので……」

魔剣士「……こういうの得意な知り合いがいるんだ」

魔剣士「そいつならこれを解読できるかもしれねえ」


ただ、あまり頼りたくない相手である。

歌姫『連絡してくるなんて珍しいじゃなぁい』

魔剣士「解読してほしい古代遺跡の暗号があるんだが」

歌姫『まあ! あなたがあたくしを頼るなんて!』

歌姫『天地がひっくり返ったかと思いましたわ』

魔剣士「うっせ。メッセンジャーに画像送るからな」

歌姫『普段なら依頼料を要求するところですけれど、』

歌姫『幼馴染のよしみで特別にタダでやってさしあげますわ!』

魔剣士「と言いつつどうせ恩着せがましくしてくるんだろ」

魔剣士「礼をさせてくれた方がありがてえんだがな」

歌姫『では、今度会った時お買い物に付き合ってくださいます?』

魔剣士「あーあー男避けになりゃいんだろ。わかったよ」

ピッ

武闘家「男避け?」

魔剣士「あの女見た目だけはいいからな」

魔剣士「男の付き添いなしで外出するとナンパされ過ぎて大変だそうだ」

性格は凄まじく面倒なんだがな。プライドの高い高慢ちきだ。
ちなみに幼馴染と言えるほど親しいわけじゃないし仲も悪い。


翌日。

歌姫「わざわざ出向いて差し上げましたわ!」

魔剣士「いやいやいやなんでここにいるんだよ」

普段は俺と同じ大学の文学部に通っている。

俺と同い年だが、こいつも飛び級しており、今は学部四年だったか修士一年だったか……。
考古学専攻の歴史オタクだ。

歌姫「たまたまこの国の城下町の大学に寄る用事があって、近くまで来ていましたの」

魔剣士「はあ……」

歌姫「相変わらずヒョロいくせに背ばかり高くてキモいですわね」

歌姫「アンバランスですわー」

魔剣士「うるせえしばくぞ」

歌姫「まあ! うら若き乙女に対してなんて乱暴なのでしょう」

重斧士「すげえ美女だな……」

武闘家「あの子、見たことあるわ」

武闘家「確か、インテリ系カリスマ歌姫の……」


歌姫「お初にお目にかかります。あたくし、クレイオーと申します」

歌姫「またの名を、麗しき彗星☆ハルモニアですわ!」

歌手としての芸名らしい。

歌姫「さあ、早く案内なさいヒョロガリウス!」

魔剣士「誰がヒョロガリウスだこの高飛車女」

腕を引っ張られた。強引な奴め。

重斧士「あいつら仲良いな」

武闘家「…………」

歌姫「このあたくしが解読して差し上げたのだからありがたく思いなさぁい!」

魔剣士「あーはいはいありがとうございますう!」

文学部のアポロン先生と同じ黄金色の髪が風になびいた。

kokomade
不具合は意外とすぐ直りました


第十六株 マジナイ―呪い―ノロイ


歌姫「これは二千年程昔にこの地方の魔術師の間で流行していた暗号ですのよぉ」

歌姫「少々製作者のオリジナリティが入っているようですけれど、」

歌姫「解読に大した時間は要しませんでしたわぁ! ぉおーっほっほっほっほっ!」

いちいち上がる語尾がなんとも耳障りだ。

司祭「助かりました……ありがとうございます」

巫女「よかったです……ふぇぇぇ……」

司祭「こちらは村で採れた野菜です。どうぞ」

歌姫「エリウス! 久々にあなたの料理を頂いて差し上げますわ!」

魔剣士「言われなくても作るっての……」


武闘家「……首を突っ込んだのはあたしだったのに、また何も手伝えなかった」

重斧士「まああいつ色々できるし、なんだかんだで人脈あるみてえだからな」

武闘家「なんだか情けないわ」

歌姫「ふう。美味ですわ」

魔剣士「そりゃどうも」

歌姫「あなたから料理の腕を取ったら顔と学力と地位と名誉と財力と謎の能力しか残りませんものね」

重斧士「充分じゃねえか……?」

武闘家「…………」

歌姫「ご馳走様でした。ヴォイストレーニングをして参りますわ」

歌姫「あ・あ・あぁ~~」

重斧士「なあ、女装してた時のおまえとあの子の話し方、そっくりじゃねえか?」

魔剣士「そりゃあいつをモデルにしたからな」

魔剣士「あいつみたいに高慢に振る舞うことでストレスを発散したかったんだ」

重斧士「なるほど」

武闘家「ふうん……」


魔剣士「……別にあいつとは何もないからな」

魔剣士「あいつの親父さんと俺の母さんが仲良くて、顔を合わせる機会が多かっただけだ」

歌姫「ああ、そうですわ」

歌姫「城下町まで送ってくださります?」

魔剣士「元々行くつもりだったからいいけど、俺達と一緒だとあぶねえよ」

魔剣士「オディウム教の連中にたまによく襲われてっから」

歌姫「それならお役に立てると思いますわよ」

歌姫「しばらく前、古代の文献に記された不思議な術を発見しましたの」

歌姫「音楽と魔導が融合した“魔奏術”」

歌姫「己の魔力により、音楽の持つ“心を動かす力”を大幅に増幅することができますわ」

歌姫「音を楽しむ感受性がある者の心はあたくしの思うがまま! おおーっほっほ」

歌姫「敵の戦意なんて地の底に沈めて差し上げますわぁ!」

魔剣士「下手な洗脳術より恐ろしいな」

歌姫「あなたには効かなさそうですわね」

魔剣士「うっせ」

魔剣士「つかおまえ、事務所のボディガード連れてこなかったのか?」


歌姫「事務所とは喧嘩いたしました」

魔剣士「え、なんで?」

歌姫「魔奏術を芸能活動に使えと言われましたの」

魔剣士「使えば人気上げ放題だろうな」

歌姫「あたくし、歌には誇りを持ってますのよ」

歌姫「枕営業などは一切行わず、実力で輝いてきました」

歌姫「特殊な術を用いたインチキなんてプライドが許しませんわ」

歌姫「これからはフリーランスで活躍してみせます」

高慢ちきの酷い性格の女ではあるが、実力はあるし努力家であることは確かだ。



――森の中

物騒な恰好をした連中が現れた。

歌姫「鎮静の旋律<クワイエット・メロディ>」

歌姫「~~~~~~♪」

クレイオーは術を発動した状態で歌った。


「何故俺は武器なんて持ってるんだろう……?」

「なんか……眠いな……」

「襲おうとしてごめんなさい……!」

武闘家「綺麗な歌声……」

大男「何攻撃やめてんだゴルァアアアア!」

歌姫「まあ」

魔剣士「はっ!」

近くの木に魔力を与え、枝で大男を殴ってもらった。

歌姫「やっぱり音楽を嗜まない粗暴な人間には効きませんのね。残念ですわ」

重斧士「敵の数を大幅に削ってくれるだけでもありがてえよ」

歌姫「エリウス、あなた食べたわけでもない植物も操れるようになりましたのね」

魔剣士「操ってるわけじゃない。お願いを聞いてもらってるだけだ」


生命の結晶との融合率が上がり、精霊に与えることのできる力の種類が随分増えた。

精霊が俺の代わりに魔術を発動してくれるおかげで攻撃範囲が大幅に広くなったし、
植物本体を動かしてもらうこともできる。

ただし魔力の消費量は多い。



――城下町

歌姫「では約束通りお買い物に付き合っていただきます」

魔剣士「こいつらも一緒でいいか?」

魔剣士「二人きりだとそれはそれで面倒なんだよ」

歌姫「あら。せえっかくこのあたくしとでぇとする好機ですのにぃ?」

魔剣士「冗談もほどほどにしろよおまえ」


魔剣士「おまえと一緒に歩いたせいであらぬ噂を立てられたり」

魔剣士「パパラッチに写真取られたりゴシップ誌にとんでもねえこと書かれたり」

魔剣士「俺が散々な目に遭わされてきたのを忘れたか」

歌姫「あなたこそ女避けができて好都合でしたでしょ」

魔剣士「それもそうだが……」

歌姫「仕方ありませんわね」



魔剣士「俺が非力なの知っててこんだけ荷物持たせるとはおまえほんと鬼畜だよな」

歌姫「鍛えて差し上げてますのよ。感謝なさい……って」

歌姫「あらあらあら?」

歌姫「以前よりは逞しくなったようですわね?」

ぺたぺた体を触られた。

歌姫「……あら? 女性化乳房なら病院に行くことをお勧めいたしますわよ……」

魔剣士「ほっとけ!!」

歌姫「ヤバい病気だったらどうしますの」

歌姫「肝機能の低下か乳がんか精巣腫瘍が原因かもしれなくてよ」

魔剣士「ホルモンバランスが崩れてるだけだから!!」

距離感が近過ぎて嫌になるが、あまり拒絶し過ぎて怒らせても面倒なことになる。

武闘家「……いくら幼馴染でも、付き合っていないのにこんなに触るものかしら」

重斧士「ま、まあ、兄妹みたいな感覚なんじゃねえか?」


歌姫「胸筋かと思ったら脂肪だったなんてとんだ詐欺ですわー」

テストステロンを増やすために筋トレは欠かさず行っているが、
鍛えられた胸筋によって脂肪が底上げされてしまった。

筋トレしたところで胸の脂肪が落ちるわけではなかったのだ。
完全にミスった。当分腕立て伏せはやらんぞ。
一応服を着ていれば目立たない程度ではある。

歌姫「次のお店に行きますわよおっぱい男」

魔剣士「て、てめえ……」

殴りてえ……。

おもしろキャラとして愛されているアポロン先生とは違い、
こいつはただただ性格が悪い。

「おい……あれハルモニアじゃないか?」

「ち、近くで見るとほんと美人だな……」

「すげえぼんっきゅっぼんだぞ」

「くそっ、声かけたいのにでけえ男が二人も傍に……」

記者「すみませ~ん、わたくし、月刊ファッション誌FUNFUNの記者なんですけど、」

記者「今、美男美女カップルにインタビューをお願いしてまして~」


歌姫「あら」

記者「お二人はいつからお付き合いなさってるんです?」

魔剣士「付き合ってねえよ」

歌姫「この男はただの召使いでしてよ! おぉ~っほっほっほ」

武闘家「……ちょっと、あなたエリウスのこと馬鹿にしすぎじゃない!?」

武闘家「それに、周囲の人から誤解されないようにもうちょっと離れて歩いたら!?」

歌姫「んっふ……あなた、もしかして……こいつに気がありますの?」

武闘家「なっ……」

魔剣士「ちょっ」

記者「あ、いいですね~この修羅場……記事にはできませんけど……」

クレイオーに腕を組まれた。
こいつ、カナリアを挑発してやがる。

歌姫「やめときなさいなぁ、こんなド変態」

歌姫「大学では毎年残念なイケメンランキング一位に輝いているような男なんですのよ?」


武闘家「べ、べ、別にあたしはっ……」

歌姫「あら……もしかして本当に?」

武闘家「……エリウスは、いいところだって、いっぱいあるしっ……」

歌姫「知ってますわよ? お・さ・な・な・じ・みですもの」

歌姫「他人との意思の疎通が極端に下手なせいで捻くれちゃってますけれど、」

歌姫「根は優しいですわ、この男」

歌姫「で・もぉ」

歌姫「昔馴染みでもないとぉ、エリウスは操縦しきれませんわぁ!」

魔剣士「いい加減にしろクレイオー! おふざけが過ぎるぞ」

武闘家「操縦って……人を乗り物みたいに……!」

歌姫「『夫を操縦する』って、言いますでしょ? おぉ~っほっほ」

魔剣士「っだーもう! ほら、さっさと行くぞ!」

こんなことを言っているが、クレイオーは決して俺に気があるわけではない。

カナリアを嫉妬させて楽しんでいるだけだ。
それはとんでもない地雷だってのに。

重斧士「……やれやれだな、まったく」


歌姫「この服、似合いますかしら」

魔剣士「あーうんそのくらい派手なのがおまえには似合ってるよ」

店員「彼氏さんはこちらの服いかがです?」

魔剣士「だから彼氏じゃねえって。それに俺そういうV系の服着ねえから……」

店員「似合いそうですのに」

歌姫「試着するだけしてみなさい」

めんどくせえ……。



魔剣士「おらどうだ」

店員「まあ! メイクまでバッチリ!」

V系メイクを携帯で検索し、短時間で仕上げた。
目元から頬にかけてはヴィンテージなアートメイクを施してある。

歌姫「ふっ……ふふっ……」

歌姫「似合いすぎて笑ってしまいますわ……あははは……!」

魔剣士「どうだガウェイン。いつにも増して美しいだろう」

重斧士「デビューしちまえよもう」

武闘家「……ノリノリじゃない」


結局V系の服は着たまま購入した。

歌姫「この街には、自由にストリートライブを行っていい区画がありますの」

歌姫「久々にやりますわよ」

魔剣士「買い物に付き合ったんだからもういいだろ……」

魔剣士「つうかこの恰好で俺にオカリナを吹けと」

V系のスタイルでオカリナは……アリなのだろうか? ミスマッチすぎないか?

歌姫「……ギターか何かできませんの?」

魔剣士「俺がオカリナとリコーダーしかできねえのは知ってんだろ」

歌姫「…………」

魔剣士「どうしても俺に伴奏やらせてえなら女装してきていいか?」

魔剣士「やっぱ男女二人組の状態で目立ちたくねえし」

歌姫「……いいですわよ。精々あたくしの引き立て役になってくださいな」


濃いものの静かそうな印象を与えるメイクに変え、長髪のウィッグを被った。
ドレスは清楚な青系だ。

クレイオーが高飛車系お嬢様だからキャラを分けた方がいいだろう。
そう思っておしとやか系お嬢様キャラになってみることにしたのだ。

魔剣士♀「どうかしら」

歌姫「!?」

歌姫「……ヒョロガリウスのくせに生意気ですわ」


何故俺がオカリナを吹けるか?
生け花と同じ理由で母さんに習わさせられていたからだ。

最初は真面目にやるつもりが全くなかったのだが、
父さんが木製のオカリナを買ってくれてからは練習するようになった。

魔剣士♀「学際の時に演奏した曲でいいかしら?」

歌姫「ええ」

歌姫「さあ皆様! 注目なさぁい! 麗しき彗星☆ハルモニアの歌が響きますわよ!」

「なんだなんだ?」

「うっわすごい美女二人組だぞ」

「ハルモニアたんは知ってるけど後ろの子は何者だ?」


感受性はどうか知らんがテクニックだけは身についた。
上手いけど気持ちが籠ってないのよねえと先生には言われたっけな。

流石に伴奏がオカリナだけじゃ弱いから、ピアノの録音を再生する。

歌姫「あさーつーゆーに映えーる閃光~♪」

魔剣士「……~~~~~~~~♪」

重斧士「あいつのオカリナテクすげえな」

武闘家「息、ぴったりだわ」

重斧士「ええと…………」

武闘家「……あたし、そこのお店見てくるわね」

重斧士「俺も一緒に行くぞ!」

重斧士「カナリア…………!」

重斧士「…………おかしいな。一瞬で見失っちまった」


――――――――

あれ? ここ、何処……?
人混みに押されて、気づかない内に変なところに迷い込んじゃったのかしら。

武闘家「…………はあ」

わかってる。あの二人は別に好きあってるわけじゃない。
でも、嫉妬心は抑えようがなかった。


あの子はあたしよりもずっと美人だ。スタイルもいい。
筋肉で引き締まった硬いこの体と違って、女の子らしい柔らかさがある。

気まずくなっちゃったあたしと違って、あいつに好きなだけ近づいて好きなだけ会話してる。
あたしの知らないあいつのことをたくさん知ってる。

あたしとあいつが過ごした時間よりも、
あの子とあいつが過ごした時間の方が、ずっと長い。

……はっきり振られている以上、あたしにはもう何もできることなんてないのに。


振られても、それでも一緒にいたかった。
だから、ついてきた。

でも、この頃なかなか会話が噛み合わないし、
話しかけても、まともに話せる自信がなくて引いてしまうことも多い。

告白してすっきりするはずだったのに、おかしいな。


苦しいよ。


占い師「そこのあなた」

武闘家「……あたし?」


占い師「恋の悩みを抱えているようですね」

武闘家「…………」

占い師「失恋の色が出ています」

占い師「状況を好転させたくはありませんか?」

武闘家「そりゃ、そうだけれど……」

あたしはあまり占いなんかには頼らない方だ。
でも今は、なんの確実性もないものに対しても縋りたくて堪らない。そんな気分だ。

気休めが欲しい。

占い師「深呼吸をして、気持ちを落ち着けてください」

占い師「あなたの好きな方は、どんな方ですか」

武闘家「……器用なのに不器用で、あたしに異性としての興味は全くなくて、」

武闘家「でも、友達としては大事にしてくれる人」

占い師「あなたは、彼を振り向かせるために、どのような努力をしてきましたか?」

武闘家「っ……」

武闘家「努力したって、無駄だもの」

武闘家「あいつのために料理したり、あいつのしたいことを手伝ったりはしたけど……」


占い師「ふむ」

占い師「恋愛は駆け引きです。“押し”と“引き”の加減が重要なのですよ」

武闘家「もう何やったって駄目よ。告白して振られてるんだもの」

占い師「告白してからが勝負ですよ!」

占い師「気持ちを伝えられたら、相手はあなたのことを意識せずにはいられなくなるものです」

占い師「これからのあなたの行動次第で、彼はあなたに好意を寄せるようになります」

武闘家「そう……かしら」

占い師「これから、あなたにまじないをかけましょう」

占い師「まじないが、“押すべき時”と“引くべき時”をあなたに教えてくれるのです」

武闘家「でも、あたし、この気持ち……早く忘れたいの」

武闘家「ただ、友達としてあいつと付き合っていけたら、って……」

占い師「でも、まだ好きなのでしょう?」

占い師「このまじないは、“引くべき時”に完全に気持ちを抑えてくれます」

占い師「普段は恋の苦しみを感じずに済むようになるのですよ」

武闘家「本当に……?」


占い師「目を閉じて。魔力を解放し、心を無にしてください」

武闘家「…………」

占い師「そうです。儀式が終わるまで、その目を開けてはなりませんよ」

占い師「くくく……」



占い師「もう大丈夫ですよ。あなたに、この愛の箱をお渡しします」

占い師「“押すべき時”に、あなたは自ずとこの箱を開けるでしょう」




重斧士「カナリア! ここにいたのか」

重斧士「こんなに近くにいたのになんで気づかなかったんだろうな……まあいいか」

武闘家「…………」

重斧士「……大丈夫か?」

武闘家「ごめんなさい。ちょっとぼうっとしちゃって。平気よ」


――――――――

魔剣士♀「大丈夫ですか?」

占い師「う……」

占い師「あれ……私は一体……」

魔剣士♀「ここで気を失っていたのですよ」

魔剣士♀「病院までお送りしましょうか?」

占い師「い、いえ! だだだ大丈夫です!」

占い師「こんなに美しい女性のお手を煩わせるわけには参りません!!」

魔剣士♀「まあ」

歌姫「キモいですわ」




歌姫「では、あたくしはここで」

魔剣士「じゃあな。……疲れた」


武闘家「エリウス!」

重斧士「おーいたいた」

魔剣士「何処行ってたんだよおまえら。心配したじゃねえか」

カナリアがガウェインとくっついてくれたら気が楽になるんだけどな。

歌姫「あ、カナリアさん。ちょっといいかしら」

武闘家「なあに?」


歌姫「さっきは意地悪なことをたくさん言ってしまってごめんなさいね」

歌姫「あんまりにもあなたがウブくて可愛らしかったから、」

歌姫「ついついいじめたくなってしまいましたの」

武闘家「いいのよ。もう気にしてないから」

歌姫「!? ず、随分さばさばしてますのね」

歌姫「これはお詫びの品ですわ」

歌姫「運命の相手を引き寄せてくれる、魔法のブレスレットですのよ」

武闘家「ありがとう。あたし、絶対に幸せになるわ」

歌姫「素直な子ですこと……」


魔剣士「おまえ、なんか魔力に違和感あんだけど……」

武闘家「そう? うふふ。不思議な魔法にでもかかっちゃったのかしら」

微妙だけどなんか混じってるような……まあ気のせいか。
しかし妙に機嫌がいいな。

魔剣士「カナリアと何やってたんだ?」

重斧士「ちょっとこの辺歩いてただけだぞ」

魔剣士「ふうん」

携帯にメールが届いた。
プライベート用のでも仕事用のでもなく、大学のアドレス宛だ。


  送信者:アポロン教授 “apollon.classic@uni-sunrise.ac.south”

       うちの長女の婿になる気はないかね?


冗談じゃねえ。つか大学のメールで変なもん送ってくんなっての。

「非常に申し訳ございませんが俺好きな子いるんでお断りさせていただきます」

と送って携帯をスリープ状態にした。

武闘家「ねえエリウス」

魔剣士「ん?」

武闘家「んふ。なんでもないわ」

kokomade


第十七株 恋しいのは樹木の体温


――――――――

副官「隊長~見てくださいよこのニュース~」

そう言ってキャロルは俺にパソコンの画面を見せた。

リポーター『このアルテの町にハルモニア嬢が流星の如く現れました!』

リポーター『そして、彼女の傍らには……な、なんと! オカリナを操る謎の美女が!』

魔剣士♀『エリシアと申しますわ』

ブフォッ
昼飯のラーメンを吹いた。

戦士「げほっげほっ……何をやってるんだあいつは」

化粧をしていていつもと雰囲気が違うが、あのオカリナは確かに俺が買ってやったものだ。

副官「やっぱりエリウス君なんですね! 美人ですよね~」

戦士「……息子が娘になってしまった」

副官「うふふ。あの子が国に帰ってきたら一緒にショッピングにでも行きたいです」

戦士「……なあ、おまえはいつからそうなんだ?」

副官「え?」


戦士「いつから女のように振る舞うようになったんだ?」

キャロルは何処からどう見ても線の細い女性なのだが、妻子持ちのれっきとした男だ。

副官「隊長ったらも~! 私は生まれつきこうですよ~」

戦士「……はあ」

エリウスがアキレスと同じ道を進んでしまわないか、俺はひどく心配になった。


――――――――


――とある町

オウム「コーンニッチハッ」

武闘家「きゃっ! オウムだわ。お喋り上手ね~」

飼い主「とても賢いんですよ」

オウム「アァー! オマエ、見タコトアル~ッ!」

魔剣士「え、俺?」

オウム「若鳥ダッタ頃~ッ! ナハト、ナハト~ッ!」

オウム「髪変ワッタ~ッ! アァー!」

魔剣士「ええと……何年前の話だよ……?」


飼い主「この子、26歳なんです」

飼い主「もしかしたら、勇者ナハトを見たことがあったのかもしれませんね」

武闘家「長生きするのね……」

魔剣士「しかし、そんな昔のこと覚えてるもんか……?」

飼い主「この子、とんでもなく記憶力がいいんです。ふふ」

オウム「アァーーーー!」

重斧士「……なあ、もやし」

重斧士「オウムの舌って……アレに似てないか?」

魔剣士「あ? ……ああ」

飼い主「もしかしてアレのこと言ってます?」

重斧士「先端とか完全にカメさんみてえじゃねえか?」

魔剣士「そうだがおまえの発想なかなかお下品だな」

重斧士「だってそうだろ。どう見てもアレなんだからよ」

飼い主「禁句ですよ~」

武闘家「なんの話してるの?」

魔剣士「男にだけぶら下がってるブツの話」

武闘家「……男の子ってどうしようもないわねー」


武闘家「ちょっとお花摘んでくるわね」

重斧士「花摘んで一体どうすんだ?」

魔剣士「遠回しにトイレに行くっつってんだよ」

重斧士「ああ……なるほどな」


通りすがり1「あぁー美女に逆レイプされてぇー」

通りすがり2「触ってくれるえっちな子いねえかなぁ~」

通りすがり1「結界のおかげで性犯罪なんて都市伝説だしな~……」


魔剣士「…………」

魔剣士「なあ、男って女にエロいことされたら絶対嬉しいもんなの?」

重斧士「逆レイプから生まれてきて見事にグレた俺に聞くのかそれ」

魔剣士「あっ……ごめん」

重斧士「まあ喜ぶ奴はいるだろうが、犯された側であるにも拘らず責任取らされて、」

重斧士「好きでもねえ女と結婚……なんてことになったら悲惨だよな」

重斧士「そこまで行かなくても、養育費要求されたりとかよ」

魔剣士「怖っ……」


重斧士「暴走族の仲間で、女がトラウマになってる奴がいるんだが」

重斧士「色々苦労したみてえだ」

魔剣士「……そうか。てっきり、俺がおかしいのかなって思っちまってたんだ」

重斧士「…………」

魔剣士「あ、いや、昔女に襲われそうになったことがあってさ」

魔剣士「衛兵沙汰になったんだが、親以外は誰も俺が嫌だったのを理解してくれなかったんだよ」

魔剣士「『美少年だから仕方ないのよ』だの、『お姉さんにサービスしてもらえてよかったね』だのと」

魔剣士「そんなんばっかだった」

性犯罪防止結界にはデメリットもある。
自動的に通報されるため、嫌でも被害に遭ったことが表沙汰になるのである。

……過保護な母さんが泣き喚いて暴れまくったのは説明するまでもない。

重斧士「ひでぇ目に遭ったな」

武闘家「おまたせ。行こっか」


魔剣士「この辺、ネジバナがたくさん咲いてるな」

可愛らしくてもうたまらない。萌え。

重斧士「俺の故郷じゃ見ねえ花だな」

武闘家「よく見たら、1つ1つがランの花みたいな形をしてるのね」

魔剣士「実際ラン科だしな」

魔剣士「雑草としてはたくさん生えてるが、栽培しようとすると意外と難しいんだ」

魔剣士「菌類と共生しててさ。菌との関係を壊すと枯れちまう」

植物は菌類と共生関係にある。
俺がモノによっては菌類を操ることができる理由がこれである。

操ることはできなくとも、ある程度耐性ができている菌類もある。
致死量の毒キノコを食べても多分死にはしないだろう。やはり種類によるが。

武闘家「エリウスって、植物のお話をしてる時はすごく楽しそうよね」

武闘家「いっぱい聞かせて?」

魔剣士「え……語っていいなら語るけど」


武闘家「これはなんて名前の草なの?」

魔剣士「ムラサキだ。来月には白い花を咲かせてるだろうな」

武闘家「ムラサキなのに、花は白いの?」

魔剣士「根っこが紫なんだよ。染料の原料だ。火傷の薬にもなる」

俺には語り始めたら止まらなくなる癖がある。

だが、カナリアが何故だか楽しそうに聞いてくれるものだから、三時間ほど語り続けてしまった。
とんでもなく喉は疲れたが気分はすっきりした。

気まずさはどっか行った。……楽しく会話できて正直嬉しい。仲間っていいもんだな。
魔術の類を使わないガウェインにも薬草のことをたくさん教えた。

武闘家「やっぱりすごいわね。こんなにたくさんのこと知ってて」

魔剣士「ま、まあ……俺には植物しかないからな」

頭も疲れた。ブドウ糖が足りてない感がある。
体から雑草を生やして光合成を行った。

重斧士「ある意味植物人間だよな」


植物は太陽光からエネルギーを得ている。
植物以外もこのエネルギーを利用できたらな……。

魔剣士「あ…………」

どうしてこんなに簡単なことに気がつかなかったのだろう。
魔力は波動だ。そして、光も波動だ。どちらも電磁波の一種である。

太陽光を他のエネルギーに変換し、
利用することができれば……魔力の大量消費社会を変えることができるかもしれない。

そうすれば、魔力不足の弊害を受けている植物は助けることができるだろう。
人は不便な生活には戻れない。

だから、植物から魔力を吸おうとしたり、
遠方から木材を運搬するのに必要な魔力が足りないために、近場の森を過剰に伐採したりしている。



だが、魔力不足が解消することにより更に工業化が進み、
環境破壊が行われてしまう可能性も否めない。

……俺一人で考えてもどうしようもない。とりあえずは大学にいる人間に話をしよう。

魔剣士「もしもしセド? おまえまだ大学にいるよな?」

学部生の頃に一般教養で同じ授業を取っていた魔導工学オタクのショタコン紳士に連絡を取った。
当時十二歳だった俺は気持ち悪いほどこいつに可愛がられた。

そのためあまり関わりたくはないのだが、他に連絡先を持っている工学部の知り合いはいないし、
頭脳は確かだ。


工学院生『久しぶりじゃないか。僕も君と同じ博士課程一年だよ。どうした?』



魔剣士「……っての思いついたんだが」

工学院生『君はやはり天才だな。面白いじゃないか。博士論文のネタはそれでいくよ』



この世界に生きる、あらゆる生物は共生関係にある。
上手く共存していく生き方を、人間は探さなければならない。
知能が高く、急激に社会を変化させ、環境に影響を与える存在だからこそ責任は重いんだ。


首に下げた琥珀を木漏れ日にかざした。
……日光で褪色しないよう、ちゃんと魔法で保護している。

こいつはどれほど昔の木だったのだろう。
人とは仲良くできていたのだろうか。どんな精霊が宿っていたのだろうか。

鉱物と同様、樹脂の化石である琥珀にも記憶が刻まれている。
この石の記憶、見てみてえな。

そう思った瞬間だった。
一瞬視界がホワイトアウトし、超古代時代の服を着た人間達が見えた。



――人間達よ…………この私を斬り払え!――



頭の中に響いたその言葉は、明らかに古い言語だったものの何故だか意味がわかった。
人間達はひどく戸惑っている様子だった。


……石の記憶を見ている時とは、やはり少し感覚が違った。
気のせいかもしれないのだが……。

武闘家「エリウス? 大丈夫?」

魔剣士「……ちょっと立ち眩みしちまっただけだ。平気」

なんだか、胸が苦しい。
ユキ、今頃どうしてるのかな。この前会った時はなんで泣いたのだろう。

俺が失言したからってわけではないようだったし……。


――――――――
――

数日後、森の中。

魔剣士「……あ、精霊に呼ばれた。ちょっとここで待機していてくれ」



桜精霊「ここの近くに建てられた工場から有毒ガスが出てて迷惑してるのよ」

桜精霊「だから、クレームをつけるために人との干渉能力が欲しいの」

桜精霊「……でも、あたし、元々持ってる力が小さいから、」

桜精霊「けっこうたくさんの質のいい魔力が欲しくて……」

魔剣士「……俺がそこに警告出すんじゃ駄目か?」

桜精霊「助かるけど、やっぱり精霊が直接文句言った方が人間ってビビッてくれるし……」


……犯された。相変わらず勃たねえから主に尻穴を。

朝立ちはあるのに、犯される時はほとんど反応しないあたりやはり心因性なのだろう。
偉そうな奴じゃなかったからそう腹は立たなかったが屈辱は屈辱だ。



魔剣士「……待たせたな」

重斧士「お疲れさん」

武闘家「……エリウス」

カナリアに押されて、木に追い詰められた。

魔剣士「お、おい……どうした?」

重斧士「っ……」

武闘家「あ……ごめんなさい」

武闘家「なんだか、あんまりにも色っぽくて、クラッときちゃって……」

魔剣士「……い、いくら俺が美しくても、理性は保てよ」

武闘家「どうしちゃったのかしら、あたし……」

重斧士「……疲れてるんじゃねえか? 今夜はゆっくり休めよ」

武闘家「…………うん」

ま、まあ、思春期は女も性欲ヤバいらしいしな……そういう時もあるだろう。


――――――――
――

数日後。

山を進むと、ガウェインの携帯が鳴った。

重斧士「……妹からだ」

重斧士「どうした」

重斧士「…………そうか。まあよろしく伝えといてくれ。まだ帰るつもりねえから」

魔剣士「なんだって?」

重斧士「親父が俺に会いたがってるんだとよ」

武闘家「帰らなくていいの?」

重斧士「おまえらを放って帰れるかよ」

魔剣士「……なんか申し訳ねえな。もう随分守ってもらってるし」

武闘家「ありがとね、ガウィ。でも、無理はしなくていいから」

重斧士「恩人と好きな女に何かあったら一生悔んじまうよ」

武闘家「あはは。……あたしのことは諦めてくれるとありがたいんだけど」

武闘家「そんなすぐに気持ちを切り替えるのなんて難しいわよね」


魔剣士「山小屋があって助かったな」

重斧士「看板立ってるぞ」

  「
    この小屋は2つの性犯罪防止結界の狭間に位置しており、
    階段、2階B部屋、C部屋は結界外となっております。
    この部屋をご利用になる際は、携帯型結界等の自衛手段をお持ちください。
                                  管理人  」


魔剣士「まあ街道っつっても山中だしな」

2階B部屋以外には先客がいた。
間違いが起こることはないだろう。いつも通り三人で寝るだけだ。

武闘家「厨房、自由に使っていいみたい。晩御飯作ってくるね」

青い石「一日中お喋りしたら疲れちゃった」

俺が車を運転している間、モルはよくカナリアと喋っている。
事故りそうな道で、俺がカナリアと話す余裕がない時は特にそうだ。

でも、今日はいつも以上にたくさん喋ってたな。

魔剣士「起きすぎだ。寝ろよ」

青い石「そうするー。力を使いすぎるとこの世にいられなくなっちゃうし」


魔剣士「おまえ、料理の腕上げたよな」

武闘家「そう? よかったわ」

重斧士「いい嫁さんになれるぞ」

武闘家「んふふ」



魔剣士「じゃあもう寝るか。魔石灯消すぞ」

重斧士「ぐごが」

魔剣士「……えらい寝つきがいいな」

俺も寝台に横たわって眠りに落ちた。






違和感で目を覚ました。
俺の右膝に何かが激しく擦りつけられている。

武闘家「んっ……はぁっ……あっ……」

魔剣士「……!?」

……カナリアが、己の股を下着越しに俺の膝に擦りつけていた。
湿った熱が伝わってくる。

魔剣士「ななな何やってんだよ!!」

明らかに様子がおかしい。

武闘家「う……はあ…………好きな人とえっちなことしたいって思うのって、」

武闘家「別におかしいことじゃないでしょ?」

魔剣士「い、いや待てよちょっと」

カナリアは腰を止めた。

武闘家「あなた、植物と……やらしいことしてるんじゃない?」

魔剣士「え……」


武闘家「ガウィが言ってたこと、気になるのよね」

武闘家「カマ掘られた人の歩き方がどうとか、体が女性化していった人のこととか……」

魔剣士「…………」

武闘家「ねえ……どうなの?」

魔剣士「……好きでやってるわけじゃない」

武闘家「でも、どうせ喜んでるんでしょ?」

魔剣士「っ……」

あいつらは加減を知らない。
悪気がないにしても、乱暴にされるし、強く触られすぎてすげえ苦しかったりするし……。

ナチュラルに人間を見下してる奴や、気が立ってる奴なんかに犯される時なんて最悪だ。
死んでもおかしくないくらい激しくされちまう。

精霊との行為を嬉しいと思える余裕なんてない。


武闘家「あたしだってあなたと気持ちよくなりたいの」

魔剣士「でも、こんなの、駄目だって」

どうにかして逃げないと……っ!?
両腕を掴まれた。腕力ではカナリアに敵わない。

魔剣士「おい!」

隣で寝ているガウェインに目をやった。

武闘家「ガウィなら起きないわよ。一服盛っちゃったもの」

魔剣士「モル! 起きろ!」

武闘家「……起きないようにするために、いっぱいいっぱいお喋りしたのよ」

武闘家「万が一、あなたの魔力で叩き起こされないようカバーも被せてあるし」

窓際に置いたアウィナイトは、薄く青い透明な物で覆われていた。

魔剣士「や……やめろ……」

武闘家「ふぅ、んっ……あはは……」

首筋を吸われた。
涙が滲んでくる。

魔剣士「……今、やめてくれたら、ま、だ、なかったことにしてやれる」

魔剣士「だから、やめっ……」

武闘家「やめるわけないでしょ?」


魔術でどうにか抵抗を……駄目だ、性的快楽に魔力の流れを阻害されて発動できない。
精神も乱れている。

性犯罪防止結界は……そうだ、適用範囲外なんだ。

魔剣士「うっ……」

武闘家「乳首、元からこんなに敏感だったの?」

武闘家「それとも、精霊に触られて感じやすくなっちゃった?」

乳首が目立たないように貼っていた絆創膏を剥がされ、少し強めに抓まれた。

魔剣士「かな、りあ」

武闘家「……男の子らしさを取り戻すのを手伝ってあげたのに、」

武闘家「あなた、女装なんてしてくれちゃったわよね」

武闘家「……そういえば、あなた、男の子でいる意味あるの?」

武闘家「人間は愛せないんでしょ」

武闘家「どうせ一生独り身なんでしょ」

武闘家「……ねえ、エリウス」

武闘家「あなた、いっそのこと……別に女の子になっちゃっても、いいわよね?」

嫌だ。
ユキが純粋な女の子だから、俺は男でありたい。

女装はしたけど別に本当に女になりたいわけじゃない。
ただ、自分じゃない何かになりきって現実逃避をしたくなる時があるだけなんだ。


武闘家「あたしの男の子になってくれないのなら、」

武闘家「女の子として玩具にしてあげるわ」

怖くてもう言葉が喉につっかえて出てこない。
やだよ。

武闘家「豊胸マッサージでもしてあげようか?」

ニヤニヤ笑いながら、カナリアは俺の胸を揉みしだいた。
嫌だ。これ以上でかくなったら服を着てても完全に目立っちまう。

やめてくれ。

拒絶の言葉を吐き出したくても、俺の口から漏れ出てくるのは、
快楽に反応する嬌声だけだ。

武闘家「あ、もし逃げようとしたら」

玉をガシッと捕まれた。

武闘家「容赦しないから」

息子を人質にとられて抵抗できるはずがない。


声、抑えねえと他の部屋に泊まっている客に聞こえちまう。

武闘家「あはっ……我慢してるの、すっごく可愛い」

武闘家「男の子の乳首でも、こんなに硬くなるものなのね。びっくりしちゃった」

勃起しきった俺の乳首を、こいつは舌で転がしながら股間を俺の体に再び擦りつけた。
そしてしばらくすると、自分の下着を下ろし、直に俺の膝に当てる。

武闘家「あっん、はあっ……」

何十回も腰を振り続ける。俺の脚がこいつの愛液で穢される。
樹液塗れにされる方がよっぽどマシだ。

武闘家「あっ……!」

大きく体を反らせ、絶頂したようだ。

武闘家「ふう、はあ……」

乳首責めを再開された。

あ、駄目だ、イくっ……。

武闘家「え、嘘……今、もしかしてイッちゃった?」

精霊達にとって、俺が絶頂しやすい身体の方が都合がいい。
すっかりイキ癖をつけられてしまった。ディープキスだけでも絶頂することがある。


下着ごと半ズボンを下された。

武闘家「ここ、寝てる間はおっきくなってたのにな」

武闘家「やっぱりあたし相手じゃ勃たない?」

今は誰に対しても勃たねえんだよ。

武闘家「……あたし、人間の女の子としては綺麗な方よね」

武闘家「大抵の男の子なら喜んでくれると思うんだけどなあ」

武闘家「……それなのに、これ、使い物にならないんじゃ、」

竿を握られた。痛い。

武闘家「あなた、本当に男失格よね」

尊厳が圧し折られる痛みが脳内で鳴ったような気がした。
思いっきり頭を殴られた気分だ。

武闘家「やっぱりあなたは、女の子みたいにされるのがお似合いよ」

一瞬の内に腰を持ち上げられ、腰と寝台の間に枕を挟まれた。

何する気だこいつ。


武闘家「さあ……もっと気持ちよくしてあげるわ」

カナリアは小瓶の蓋を開けた。……ローションだ。なんでそんなもん持ってんだ。
俺は現実から目を背けようと、壁に視線を向けた。

……怪しい箱が床に置かれている。
中には、たくさんの淫具や得体のしれない薬が詰め込まれていた。

武闘家「占い師さんからもらったのよ」

嘘だろ……。

玉の後ろから肛門にかけて、たっぷりと液を垂らされた。
そしてこいつは、しっかり医療用手袋をはめて指を突っ込んできた。

魔剣士「んぐっ……」

強烈な違和感に襲われる。

魔剣士「あっ、ぐ……ゃ、め……ぉ…………」


武闘家「ここ、いつも犯されてるんでしょ?」

武闘家「減るもんじゃなし。あたしだって好きにしていいじゃない」

一本一本、侵入する指を増やされる。

武闘家「あははは、感じちゃう?」

嫌でも反応してしまう自分の身体を許せない。

魔剣士「あぁ……あああぁぁぁぁ……」

前立腺をゴリゴリ押された。

武闘家「お魚みたいに跳ねちゃって」

脚がガクガクする。


カナリアは歪な形をした張り型を取り出すと、俺の穴にあてがった。

武闘家「力抜かないと、痛いかもよ?」

嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
張り型が中に押し入ってくる。

武闘家「わ……すごい。全部入っちゃった」

カチッと、スイッチを入れる音がした。
張り型が複雑にうねっているらしい。あまりにも強い甘さに大きな声が漏れた。

激しく腸壁を押されたら、もう……何も考えられなくなる。



ありえないほどの快楽に見舞われる。

脊髄がゾクゾクする。

衝撃が脳天を突き抜ける。


魔剣士「んぅー! んぐっああああああああああ!!!!」

武闘家「ああ、エリウス……あたしに犯されてそんなに感じてるのね……嬉しいわ」

カナリアは何度も張り型を出し入れし、俺の体内を突き続けた。

魔剣士「あああぁぁっ! くっ……!」

魔剣士「ユキ、ユキぃ…………!」

武闘家「……なんで、他の女の子の名前を呼ぶの?」

武闘家「今!! あなたとしてるのは!! あたし!!!!」

突きを強くされた。もう死んじまいそうだ。

武闘家「……ああ、そっか。快楽が足りないのね」

武闘家「もっとすごいやつに替えてあげるわ」

一気に今まで這入っていた張り型を引き抜かれ、
更に大きくて……形もエグいやつを突っ込まれた。

もうずっとイッてんのに。

武闘家「……こんなにおっきいのを簡単に飲み込んじゃうなんて、」

武闘家「今までどんなことされてきたの? ねえ??」


強い振動に内臓を揺らされる。
もう、俺、俺…………。

イキすぎて、おかしくなっちまう。

俺が悲鳴のような喘ぎ声を上げ、大きく絶頂して漸く行為は終わった。


武闘家「これで、あなたはあたしのもの……!」

武闘家「あはは……うふふふ……はははははははは……!!」

徐にカナリアは俺に覆いかぶさった。
人間の体温は、俺には熱すぎる。



人間としての尊厳も、男としての自尊心も、何もかも壊された。
仲間だったはずの女に。



力なく見上げる天井は、ひどくぼやけていた。

kokomade


第十八株 心身一如


俺がシャワーを終えると、カナリアは俺が寝ていた寝台で眠りに落ちていた。
モルを回収して外に出た。

まだ夜は明けていない。静かだ。
車のエンジン音がよく耳に響く。


カナリアを置いていくこと、アーさんやヴィーザルには憤慨されるだろうな。
父さんもアキレスさんから信用を失ってしまうかもしれない。

やっぱり、俺駄目な奴だ。
でも、こんなことになって、もう一緒にいられるわけなんかないだろ。

ガウェインには「探さないでくれ」とだけメールを打って、アドレスを変更した。
電話番号を変えるのは流石に面倒だからそっちは着信拒否だ。


振った振られたの関係の男女が友達付き合いを続けるなんて、無理があったんだ。
すぐ近くにいるのに好きな相手が自分のものにならなかったらそりゃ苦しいだろう。


空が白み始めた。
あー、誰とも関わらずに山奥にでも引きこもりてえ。

人間と植物の共生のことを考える以前に、俺が人間と共生できてねえよ。
物心ついた頃から他人と関わることは苦手なんだ。めんどくさくてたまらない。

……カナリアと仲良くできていた頃が懐かしい。
あいつらとの旅はなんだかんだで楽しかったな。









魔剣士「…………!」

白旅人「ああ、よかった。気がついたんですね」

メルクだ。

青い石「よ゛がっだぁぁぁぁぁ」

青い石「私が起きた時にはもう怪我してて……」

愛車は……よかった、無事だ。俺のエメラルド号のすぐ前には岩壁があった。
交通事故を起こしかけていたらしい。

白旅人「事故防止装置が作動したようでしたが、」

白旅人「急停止のショックで額や首を損傷していたんですよ」

白旅人「もう少し遅ければ危ないところでした。治療が間に合ってよかったです」

そ、そうなのか……。ありがとう。

魔剣士「っ…………」

……おかしいな。声が出ない。
喋ろうとすると、喉が締め付けられるように苦しくなる。


メルクは俺の喉に手をかざした。

白旅人「……声帯に異常はないようです。脳の損傷でもありませんね」

魔剣士「…………」

白旅人「スープ、いかがですか。お腹が空いているでしょう」

あったけえな。薄味で俺好みだ。

青い石「ねえエリウス、カナリアっちとガウェっち何処?」

魔剣士「…………」

白旅人「何か事情があって別れたのでしょう」

青い石「え、じゃあ敵に捕まったわけじゃ……って」

青い石「そういえば、私の声聞こえるんだね」

白旅人「素の状態では聞こえません」

白旅人「魂が宿っているようでしたので『回線を繋ぐイメージ』をしました」


青い石「す、すごい。流石魔適体質者だね……」

青い石「エリウス、どうして他の二人とバラバラに行動してるの? 危ないでしょ?」

魔剣士「…………」

白旅人「しばらくはそっとしておいて差し上げませんか」

青い石「そうも言ってられないよ。強い敵ばかり襲ってくるようになってるのに」

青い石「ねえ、エリウス」

魔剣士「っ…………」

青い石「ええと…………」

白旅人「パイナップル、分けましょうか」

白旅人「丁度一人じゃ食べきれなさそうだなって困っていたところなんですよ」


青い石「……ねえ、メルク」

青い石「声が出ないの、治せないの?」

白旅人「できませんね」

白旅人「“どんな難病でも治す奇跡の力を持った魔適体質者”と謳われてはいますが、」

白旅人「どれほど魔適傾向が高くても、万能ではないんですよ」

白旅人「心因性の病気や精神疾患、先天的な脳障害はどうあがいても治療できませんね」

白旅人「僕だけでなく、魔適傾向100~150マジカルの魔適体質者全員がお手上げなんだそうです」

ああ、じゃあ俺の頭がおかしいのも治せないんだ。
そこまで頼る気は毛頭ないけど。

白旅人「……一緒に行きましょうか」




助手席にメルクが乗った。


魔剣士「…………」

青い石「『もしよければ、君が今までどんな人生を歩んできたのか聞きたい』だって」

モルに代弁してもらった。

白旅人「いいですよ。自分語りをする機会なんてなかなかありませんし」

白旅人「生まれは西の、そのまた西の大陸です」

白旅人「ここから東にあるエスト大陸と文化や気候が似ていますね」

ほぼ地球の裏側だってのに、文化が似ているってのは不思議なもんだ。

白旅人「両親は国に仕える高官です」

白旅人「なので、身内に直接保護してもらえる環境で育ちましたね」

白旅人「まあ魔適体質者にしては比較的融通の利く身だったと思いますよ」

魔適体質者は厳重に保護され、常人以上に倫理観を叩き込まれて育てられるらしい。
なんでもかんでもできちまう存在だから仕方がないそうだ。
反社会的な人間に育ったら大変だ。

白旅人「兄弟は妹が一人います」

白旅人「幼い頃は仲が良かったのですが、今はもう疎遠になってしまいましたね」

白旅人「僕の目が怖いんだそうです」


魔剣士「…………」

白旅人「仕方がありませんね。自分でも不気味だと思うほどですから」

白旅人「たとえ魔適体質でも、魔力が白じゃなければよかったのですが」

魔剣士「…………」

青い石「『よくこんなに優しい性格に育ったな』って」

白旅人「……ははは。捻くれていた時期もありましたよ」

白旅人「特に反抗期真っ盛りの頃は天狗になっていましたね」

白旅人「そんな時でしたよ、治療できない相手に出会ったのは」

白旅人「ショックでしたね。無力感を覚えたのはあの時が初めてでした」

白旅人「どうしても悔しくて、必死に心理学や精神医学を学びました」

白旅人「そうしている内に、いつの間にか丸くなりましたよ」

魔剣士「…………」

青い石「『年、いくつ?』」

白旅人「18です」


青い石「『同い年なのに悟っててすごい』だって」

白旅人「悟ってるなんてそんな……」

白旅人「落ち着いて生きる穏やかさに慣れることができただけです」

白旅人「それに、僕以上に僕の孤独を嘆いてくれる人に出会えましたからね」

白旅人「孤独と言えるほど寂しい境遇だったわけではありませんが、」

白旅人「僕はこの体質が元で、孤独感を……周囲との疎外感を抱え続けていました」

白旅人「だから、世の中に対して斜に構えることで寂しさを誤魔化そうとして……」

白旅人「近くにいてくれる『他人』が現れたのは、人生の大きな転機でしたね」

魔剣士「…………」

青い石「『痛いほどよくわかる』」

家族でもないのに見捨てず傍にいてくれる他人の存在は貴重だ。
ユキと一緒にいると心があったかくなるし、優しくなれる。

白旅人「僕の従者だった彼女は、魔適体質者としての僕とではなく、僕自身と向き合ってくれました」

白旅人「必ず取り戻します」


――――――――
――

白旅人「ここは、勇者ナハトとヘリオスが出会った村だそうですよ」

へえ。
よくある、小さくて平和そうな村だ。

携帯が鳴った。

長女『もしもし兄さん?』

長女『母さんの子宝草が無尽蔵に増えすぎてすごいことになっているのだけど……』

喋れないのを忘れて通話ボタンを押してしまった。
仕方がないから通話を切って、

『風邪引いてて声出ない。幸い外来種じゃないから平原にでも放っとけ』と返信した。

新婚だった頃に『子宝草を育てると妊娠する』というジンクスを聞いて育て始めたらしい。
でもあれとんでもなく増えるんだよ。増えすぎた子株は俺が食べて処理してた。
本来食用にはならないから真似してはならない。

(※生態系が崩れる危険性があるので日本では子宝草を野に放たないでください)


やけに夕日が赤いな……。
感動するような心は沸いてこなくて、なんだかただただ虚しい。


白旅人「二人部屋でいいですか」

俺は頷いた。一人でいたかったはずなのに、すっかり気分が変わっていた。
夜が来るのが怖くて心細い。


勇者ナハトが泊まっていたとかいう部屋……の真上の部屋を借りた。
料理をする気力どころか食欲すらない。

食べられるのは汁物か柔らかい果物くらいだ。
宿には小さな食堂があり、幸いあっさりしたスープが置いてあった。

女将「お兄ちゃん随分顔色悪いじゃない」

女将「特別にお粥作ってあげたわよ。これなら食べられるでしょ」

女将「ほら、サービスだから」

頭を下げた。ありがとうの一言も言えねえや。もどかしいな。
……人と話すことができない精霊の苦しみが、少しだけわかったような気がした。

白旅人「すみません、彼今話すことができなくて。代わりに僕がお礼を言います」

メルクが気を利かせてくれた。

女将「早く元気におなりなさいね」


お粥……かあ。

――
――――――――

『エル、お粥なら食べれそう?』

『はい、あーんして』

あっついよ。

『ああ、ごめんね。ふーふーしてあげるからね』

――――――――
――

母さん、今頃どうしてるかな……。
俺は赤ん坊の頃から母親への依存心が希薄だった。

でも別に最初から嫌いだったわけじゃない。




もう……会えないな。
今の俺が母さんに会ったら、この間以上に泣かせちまう。

俺の魔力を必要としているわけでもない人間に、それも戦友の娘に犯されたんだから。
母さんの魔感力なら、相手が誰かなんてのもすぐにわかってしまうだろう。



おかしいな。俺が母さんのことを想いながら泣くなんて。


言葉は出てこないくせに嗚咽は出てくるんだ。変なの。
鼻水で鼻が詰まって料理の味わかんねえじゃねえか。

せっかく出してもらえたもんだってのに。

女将「人生色々あるものねえ。たまには泣いたっていいのよ」

背中をさすってくれた。
俺は泣きながらお粥を口に運んだ。

モルはまだ起きてるみたいだが、思うところがあるのか黙っている。
この女将さん、肝っ玉な感じがばあちゃんと似てるなあ。


南に帰りたい。

騒がしくて面倒なことも多いけど、家族のいる暖かい家が恋しい。


――――――――
――

何もやる気が起きない。
俺はすっかり引きこもりと化していた。

数日間寝てばかりだ。
髭、剃ってないわりに薄いな……はあ。

自分の不幸に酔うようなことは嫌いなんだが、どうしても気分がよくならない。

女将「起きてるかしら? お昼ごはん持ってきたわよ」

白旅人「ああ、ありがとうございます。渡しておきますよ」

白旅人「食べられますか?」

食べ物を無駄にするわけにはいかない。
かなり億劫だが、俺は布団から出た。

魔剣士「…………」

青い石「『ずっとこの村にいるけど、酷い目に遭ってないか』だって」

白旅人「心配しなくて大丈夫ですよ」

白旅人「物珍しがられはしてますけど、そう頼られ続けることはありませんね、今のところ」

白旅人「控えめな民族性なのかもしれません」

白旅人「穏やかで過ごしやすい村です。しばらく滞在していましょう」

優しさが痛い。


観葉植物……小さなパキラの鉢植えが視界に入った。

俺一人が世界中の植物を助けて回るなんて馬鹿げてる。無理だって。一人じゃ。
そもそもなんで人間の社会が引き起こしている問題のしわ寄せを俺一人が受けなきゃならんのだ。

おかしいだろ。
尊厳は粉々に砕かれるし、体の調子はおかしくなるし……。

それに、性的な行為を伴わなくても、魔力を吸われるのはすごくつらいんだ。
急激に血が抜けていくような、寿命が削られていくような、そんな感覚に襲われる。

もうやだよ。怖いよ。
いっそ死んでしまいたい。でも、自殺する勇気なんてないんだ。

白旅人「手、震えてますよ」

白旅人「ゆっくり深呼吸してください」

白旅人「何も考えず、腹式呼吸で」

白旅人「しばらく続けている内に、楽になりますから」


白旅人「心理学に、心身一元論という考え方があります」

白旅人「心がつらい時、今のように体も調子を落とすことがあるでしょう」

白旅人「逆に、体を癒すことで心を癒すこともできるんです」

白旅人「端的に言いますと、心と体は同じものなんですね」

白旅人「……大丈夫です。傷はいつか癒えますから」

俺がこんな状態になってる原因を一切探ろうとせずに、メルクは傍にいてくれる。
再会できてよかった。

白旅人「他に調子の悪いところはありませんか」

白旅人「心因性のものでなければ治せますよ」

魔剣士「…………」

青い石「『病院行けって言わないのか』」

白旅人「そこまで鬼じゃありませんよ」

俺がこんな状態だからサービスしてくれているみたいだ。

白旅人「それに、あなたなら僕の能力に依存することもないでしょう?」

信頼してくれているようだ。嬉しいな。

治してもらうよう頼むか迷ったが、俺は服をたくし上げて胸の肉を寄せた。
メルクなら馬鹿にしたりしないだろう。そう信じたからだ。


白旅人「ああ、これは余計に病院へは行きづらいですね」

白旅人「ちょっと失礼しますよ」

白旅人「……病気や腫瘍が原因ではありませんね」

白旅人「脂肪を取り除き、ホルモンバランスを調節しました。もう大丈夫ですよ」

ああ……助かった。

白旅人「あ、取り除いた脂肪はエネルギーに変換して血液に流しました」

白旅人「栄養が足りていませんでしたからね」

口の動きだけで「ありがとう」と伝えた。
まだ外に出る気は起きないけれど、心が軽くなった。




「なんだあいつらは!」

「女子供は家の中へ!」

何やら外が騒がしい。


女将「あんた達、外に出ちゃ駄目だよ。変な連中がいるからね」

白旅人「どのような方々ですか」

女将「なんでも、『自分達の宗教に入らなきゃ命はないぞ』って武器持って暴れてるらしいんだよ」

オディウム教の奴等だ。
引きこもっている場合じゃない。どうにかしないと。

白旅人「エリウスさん!」

気がつくと俺は外に飛び出していた。



「こ、こいつ……エリウス・レグホニアだぞ!」

「この村にいたとはなんたる幸運! これもオディウム神のお導きか」

「捕らえるぞ!」

「しかし末端に毛が生えた程度の我々にぐふっ!」

敵が体勢を整える前に、周囲の草木に魔力を与えて攻撃した。
声が出せないということは、通常の魔法の使用がほぼ不可能であることを意味する。

精々術名を唱えなくても発動できるかなり小規模な術くらいだ。
攻撃は植物に頼るほかない。


村人1「きゅ、救世主だ!」

村人2「25年前にこの村を救ってくださった勇者様とそっくりだぞ!」

村人3「印象的だったもんな……俺も不思議なほど勇者様の姿を覚えてるよ」


精神的に弱り、魔力の波動のエネルギーが低下している今の状態でも対処できた。
でも、以前と比べると……やはり調子が…………っ!?


腹が、生命の結晶とその付近が異様に熱い。
俺はその場に倒れ込んだ。

白旅人「どうしましたか!」

魔剣士「っ…………!」

青い石「エリウス! エリウス!」

青い石「……すごい違和感だ」

白旅人「これは……一体……」


白旅人「……人知を超えた何かに体が蝕まれているようです」

青い石「生命の結晶っていう、森の生命力を濃縮したものが埋め込まれてるんだよ」

白旅人「生命の結晶……昔、文献を読んだことがあります」

白旅人「何か不思議な力を感じてはいましたが、正体はそれでしたか……」

青い石「助けようとしても魔力を弾かれちゃう……あいたたた」

俺の魔力が弱まり、結晶の力に負けてしまっているようだ。

白旅人「このままでは極めて危険です。何が起きるわかりません」

白旅人「いいえ、何かが起きる前に彼の命が…………」

腹の中から食われているような強烈な感覚に襲われる。
ああ、駄目だ、魂の本体が宿っている心臓まで侵食され始めた。



俺……もう…………





死ぬ…………







…………かも…………


kokomade


第十九株 遡る記憶


今までの記憶が映像になって流れ込んでくる。

重斧士『おまえってすげえ奴なのに、昔の知り合いからは見下されることもあんだな』

魔剣士『理由はわかってんだろ』

魔剣士『奇行が多くて言動もおかしい奴なんて、劣った存在とみなされても仕方がない』

魔剣士『だからって周りに合わせて生きる気にもなれなくてさ』

魔剣士『普通の人間の振りをしようとしても、結局ボロが出る』

魔剣士『だから自分の好きなように生きることにしてんだ』

重斧士『おまえが割り切れてんならそれでいいけどよ』

魔剣士『とっくに割り切ってるよ』

正直に言えば、こんな人間に生まれて不幸だと思ったこともある。

でもそれ以上に恵まれているから、マイナスよりはプラスの方が多い。
そう自分に言い聞かせている。


父さんは強くて思いやりがある大陸一の戦士だし、母さんは優しくて教養があるし、
可愛がってくれるじいちゃんばあちゃんその他大勢の親戚はいるし、

俺自身才能に溢れているし、
これで不幸ぶったらバチが当たる。


『おまえ昨晩のオカズなんだったよ?』

『適当にネットで探した動画』

大学の男共が、講義室の後ろに溜まって猥談をしていた。

『ようエリウス! おまえは何オカズにしてんだ?』

魔剣士『月下美人だ』

『どんな美人だそりゃ』

俺は図鑑の297ページを開いた。

魔剣士『美しいだろう』

『は、はは、花ニーか、流石だな』

大学生活は気楽なもんだった。
ネジの外れた発言をしても虐げられることなんてなかった。

上級教育までと違い、人間関係が浅い上に変人なんて他に何人もいたからだ。
サカってる女が鬱陶しかった意外は特別嫌なこともそんなになくて、暮らしやすかったな……。


教授『やあエリウス君。我が研究室へようこそ』

教授『研究したいことをなんでもやったらいい。君の才能はよく知っているよ』

学部一年の頃から、俺は特別にゼミへの配属が認められていた。

俺の夏休みの自由研究を毎年審査して、
俺の実力を認めてくれていた教授の所に早く行きたいと思っていたから、嬉しかったな。

俺の義務教育生・上級学生時代の自由研究は自由研究のレベルを大幅に越えていて、
毎年プラチナ賞を取っていた。

本来最優秀賞はゴールド賞だったのだが、次元が違っているという理由で新たな賞が設けられた。


俺は……幸せなはずなんだ。


『やっぱり飛び級生に体育の授業はきついわよね~』

『もう昼休み入ってんじゃん~早くゴールしてよ』

これは……上級学生時代か。持久走は地獄だったな……。


『黒板の高い所届かなくて困ってる~かわい~!』

『誰だよあいつ用の台隠した奴。ははは』

飛んだ学年の多さのせいか、容姿のせいかは知らないが、軽くいじめられることもあった。
この頃、学校でだけは奇行を抑えていたのだが……浮くことは避けられなかった。


『いーよなあいつは女の注目集めてて』

『勉強できて顔がいいからって調子乗ってんじゃねえぞ……』

『シッ! 聞こえっぞ』

男からは妬まれることが多かったな。

いじめが酷くならなかったのも、面と向かって文句を言われることがあまりなかったのも、
父さんの威光があったからだろう。

早くこんな狭い箱の中から抜け出したい。興味のない教科から解放されたい。
そう思って必死に勉強した。


『おまえのにーちゃん頭おかしいんだろー!』

『やーいやーい』

次男『おれのにいちゃんおかしくなんてないもん!』

『おまえのにーちゃんが頭の病院行くところ俺のかーちゃんが見たって言ってたぞー!』

小さなアルバが悪ガキ共に囲まれている。

長男『……おまえら、何してんだよ』

悪ガキ達は俺達を馬鹿にしながら散っていった。
アルバは泣きじゃくっている。自分が馬鹿にされたわけじゃないのに。

次男『にいちゃんはおかしくなんてないよね、ね?』

長男『……ごめんな、アルバ』

俺のせいで、俺がおかしいせいで、弟が…………。

でも、まともな人間がどんなものなのかなんてわからなかったし、
俺らしく生きたい衝動を抑えるのは困難だった。特に幼い頃は、今以上に。


『あたくしよりも先に更に飛び級だなんて生意気ですわ!』

クレイオー……すっぴんだ。そりゃそうだ、まだ子供の頃なんだから。

『あたくしがいないと何もできないくせに。心配でたまりませんわ』

周囲と馴染めなかった俺の世話を、頼んでもないのに焼いてくれたっけな。
言い方はいちいち高圧的だったが、思いやりがなかったわけじゃない。

『本当に……一人でも大丈夫ですの?』

あいつが俺に絡んでくるのは、俺が決してあいつを女として見ないからだ。
容姿が優れている分あいつも苦労している。だから俺と一緒にいると安心するらしい。

……どんな奴にだって、生きる苦しみはあるんだ。


『ねーえ、何してるの?』

幼い頃のカナリアだ。俺も八歳くらいだろうか。
母さん達が食事をしている店の外に出て、俺は案の定草木を観察している。

そういえば俺、なんでこいつの名前覚えてたんだっけ。
アーさんの名前は覚えてなかったし、ヴィーザルなんて顔すら忘れてたのに。

あいつらの他の兄弟のこともあまり記憶に残っていない。
どうして、カナリアだけ……。

『何か言ってよ~』

『……喋ったって、どうせ、おまえも俺のこと変だって言うんだろ』

『言わないよ?』

幼い俺は漸くカナリアの顔を直視した。

『植物好きなんでしょ? 将来は植物の学者さんかもね!』

そう言って、あいつはひまわりの花のように笑った。

『エリウス君、あたしの名前わかる?』

『…………』

『カナリアーナよ。みんなカナリアって呼ぶわ。ちゃんと憶えてね!』

そっか、あいつ……俺のこと否定しなかったんだ。



どうして、どうしてあんなことに…………。

俺がまともな人間で、もっと他人の気持ちに敏感だったら、
あいつの気持ちを量ることができていたら、違っていたのだろうか。


『どうしよう、赤ちゃん、流れてくっついっちゃった』

ソファに座った母さんが泣いている。父さんは母さんの肩を抱いていた。
俺が七歳の頃のことだ。

『どうしよう、どうしよう、このままじゃ二人ともちゃんと生まれてこられないかも』

『アルカさんのせいじゃないよ。しばらく様子を見よう』

妊娠のかなり初期の頃で魂が宿る前だったのだが、
母さんは魔力で子供の性別がわかっていたらしい。

女の子と男の子の双子だった。流れたのは男の方だ。

母さんは、階段から降りてきた俺に気がつくといつも通り微笑んだ。

『ごめんね、今お風呂沸かすからね』

無理しなくていいのに。

なんで俺なんかが五体満足で生まれてきて、弟は一人の人間として生まれてこられなかったのだろう。
ひたすら虚しくて、気が重くなった。

母さんはどれだけ悲しかったのだろう。想像したくもない。


子供……欲しいな。自分の子供が欲しい。
俺は何故だかガキの頃からそんな願望を持っていた。

人間を愛せないのに子供が欲しいだなんて、ひどく矛盾しているだろう。
でも俺は愛する花との間に本当に子供が欲しいんだ。

他人に理解してもらおうだなんて思っていない。
この望みを果たせないまま俺は死んでいくのだろう。



『エル! エルのためにね、山菜摘んできたんだよ』

母さんはわざわざ俺の好物を採ってきて調理してくれた。
家事や育児でクソ忙しいってのに。

重たいなって思った。
万が一人間と付き合うことがあっても、面倒で重い女だけは嫌だ。

『どう? おいしい?』

無愛想な俺に対して、母さんは何処か寂しそうに微笑んでいた。
俺は何も言わなかった。ただただ面倒だった。


いや違う。



本当はおいしかった。嬉しかった。


俺、なんで親不孝しかできないんだろ……?


生まれつき他の赤ん坊と違った俺が更におかしくなったのは、あの夜のことだ。
三歳になる直前くらいのことだ。

俺は口数が少ない割に、難しい言葉の意味もある程度覚えていた。
俺は父さん、母さんと寝台の上で川の字になっていた。
幼いアウロラはベビーベッドですやすや眠っている。


ここ数年は落ち着いているが、当時、母さんは昔のことを思い出して突然泣き出すことがあった。
その夜も、母さんの嗚咽で目が覚めた。

『ごめんね、ごめんね』

(おかあさん、なんでないてるの?)

『汚いお母さんでごめんね……!』

俺はその言葉の意味がわからなかった。


おかしいな。大人が吃驚するくらい言葉を知っているはずなのに。
お母さんが謝っている理由がわからないんだ。


……幼い俺には、その言葉を処理しきれなくて、
母さんが、いつも守ってくれている母さんが、とんでもない悲しみを抱えている事実を受け入れられなくて、

それ以来、俺は母さんと向き合うことができなくなった。

『アルカさん、もう大丈夫だから。謝る必要なんてないんだよ』

父さんが起きて母さんを慰めていた。父さんは何を知っているのだろう。

『私、お母様ほど気丈になれない』

『いいんだよ、弱くたって。俺が支えるから』





『どうしたエリウス、一人で寝たいだなんて』

母さんが汚いなら、その母さんから産まれてきた俺も汚いのか。
謝るくらいなら産むなよ。


何故だか俺はそう思うようになった。


どうして母さんは自分のことを汚いだなんて言っていたのだろう。
今でも俺はその理由は知らないし、知らない方がいいのだと思う。

たとえ親だろうが一人の人間なんだ。
俺の把握しきれない過去くらいあっても何もおかしくない。


……そう思うなら、どうして母さんに対してもっと優しくなれなかった?
結局意地を張って反抗していただけじゃないか。俺はガキのままだ。


俺がどんな馬鹿な息子でも、死んだら母さんは悲しむだろう。
それなら、もっと親孝行しておけばよかった。




母さん、ごめんなさい。

kokomade


死にたい気分だったのに、いざ死ぬとなると未練が沸き上がってくる。
このままじゃ成仏できねえよ。

親孝行したかった。もっと研究したかった。弟や妹ともっと遊んでやりたかった。
ユキが泣いていた理由だってわからないままだ。

でも生きるのはつらすぎる。
嫌だ……死にたくない。生きていたくもない。

俺にとってこの世界はどうしても生きづらいんだ。


なんで人間になんて生まれてきたんだろう。
木になれたらいいのに。

誰にも伐られる心配のない何処か山奥で、何かを考える必要もなく、
幹を伸ばし、緑の葉を茂らせ、陽の光を浴びて……。


ここ、何処だろ。真っ白だ。あの世かな。

――僅かでも可能性のある器を――

男の声が響いた。

――例え、何千万の時が過ぎ去ろうとも――

頭の中で鳴ってるみたいだ。

――彼女の心を満たすために――


時が逆行し、景色は次々と移り変わった。
この魂は海を渡り、平原を駆け、樹海を彷徨い……そうやって、億近くの年月を過ごした。

そしてある時点で、時間がゆっくりと正常に流れ出した。


男女の精霊が、大きな木の枝に腰をかけて談笑している。

『ねえイウス、ずっと一緒よ』

『ああ、スフィ』

男の精霊は女の精霊の手に自分の手を重ねた。
女の子の方は……ユキだ。

今と少し容姿が異なるが、確かに俺が想いを寄せているあの子だ。
本名がスファエラ=ニヴィスだからスフィと呼ばれているのだろう。


てかあれ何? 彼氏??
でも今も付き合ってるのならユキは俺に会いに来たりしないよな多分。

種族が違っても俺男だし。……男だと思われていると思いたい。
ってことは元彼かな。

不安感と惨めさと嫉妬心が同時に沸き上がった。

『ああ……こんなにも愛し合っているのに、どうして種族が違うのかしら』

見たところ男は雌雄異株の木の雄株の精霊のようだが、ユキとは別の種類のようだ。

『種族なんて関係ないだろう?』

『……あなたとの子供が欲しいの』

ユキは物悲しそうに俯いた。

『…………君が、望むのなら……』


その瞬間、視界が真っ暗になった。


胸がじんじんと痛み、心が萎んでいく。
さっきの映像は一体なんだったんだろ。

走馬灯がネタ切れ起こして幻でも見たのかな。
人間としての俺が死んでいくのを感じた。さよなら人生。


来世はどうか植物でありますように。

















もう、何も感じない。
穏やかだ。







すぐ傍に誰かがいるような気がした。
でも何も見えない。聞こえない。


















明るい歌声が聞こえてきた。琴の音も聞こえる。
胸が熱を帯びた。


――…………きて……――

――生きて…………――

…………ユキ?

――お願い、生きて……エリウスさん!――

もう疲れたよ。

――ああ、やっと声が届いたのですね――

――今、あなたが死んだら……私は、再び長い孤独を生きることになってしまいます――


暗闇の中に、月明かりを浴びた雪のような儚い輝きを纏う彼女がいる。


俺のすぐそばにいる。


――私と一緒に、生の喜びを探しましょう?――

一緒にいてくれるの?

――ええ――

俺なんかと?

――今のあなたの温もりを、どうか私に……――





琴の音が大きくなる。

魔剣士「ユ……キ……」

魔剣士「俺まだ……生きていた……い……」

歌姫「生きてますわよ」

魔剣士「っ!?」

宿屋の寝台の上で目が覚めた。


第二十株 ある種の神話


クレイオー!?
名前を呼ぼうとしても声は出なかった。

愛用の竪琴を持っている。十歳の誕生日にアポロン先生に買ってもらった物らしい。

歌姫「散々寝言を言っていたくせに、起きたら話せなくなりますのね」

え……俺どんなこと言ってたんだろ?

歌姫「『母さんごめん』って何回も謝っていたんですのよ」

えっ……。

歌姫「本当はお母様のことが大好きな癖に」

うっわ恥ずかしい。

歌姫「それと、『ユキ、ユキ……』と何度も何度も」

…………。

そういえばおまえなんでここにいんの?

歌姫「事情の説明は後ですわ。ゆっくり体と心を休めなさいな」

っつか俺が考えてること読めてんのか?

歌姫「長い付き合いですもの。あなたが何を考えてるかくらい手に取るようにわかりますわ」

俺は深い安堵の溜め息をついた。
同郷の昔馴染みの顔を見たらひどく安心してしまった。


起きた時点で涙が流れていたのだが、俺は更に泣いた。

歌姫「お馬鹿泣き虫ウス。よっぽど怖い目に遭ったんですのね」

歌姫「心を落ち着ける曲を奏でて差し上げますわ。よくお聞きなさい」

クレイオーは竪琴を構えた。
防音結界を張り、俺が眠っている間も演奏してくれていたようだ。

やけに悲しく重い旋律から始まった。

歌姫「最初から明るい曲調を奏でても効果は薄いだろうと思いましたの」

歌姫「あなたの感情と音楽を同調させる必要がありますわ」

少しずつ希望の見えるようなメロディに変化していく。
窓からは朝日が差し込んでいた。


扉が開いた。

白旅人「ああ、よかった。これで一安心です」

白旅人「一時はどうなることかと思いました」

モルの石はベッドサイドテーブルに置かれている。
いつもより眠りが深いみたいだ。俺の琥珀も隣に置いてあった。

てか俺一体どうなったの。

白旅人「落ち着いて聞いてくださいね」

白旅人「あなたはここ数日の間、木になっていました」

え?

歌姫「何ちょっと嬉しそうな顔してますの……もう」

歌姫「助けるの大変でしたのに」

白旅人「正確には、木の形に発達した魔力結晶の核になっていましたね」

白旅人「いやー驚きましたよ。生命の結晶の能力は魔導学では証明しきれません」


――――――――

四日前

白旅人「どうにかしてこの力を押さえ込まなければ……!」

青い石「できそう!?」

白旅人「……極めて困難です」

白旅人「僕の魔力に彼と波動の近い魔力を乗せることができたら、可能性は有るかもしれませんが……」

青い石「私が魔力を出すよ」

白旅人「しかし…………わかりました」



白旅人「っ……抑えきれません!」

白旅人「何か、別の器があれば…………」

白旅人「っ!」


白旅人「そうだ、この琥珀」

白旅人「これにだったら、溢れ出る生命の結晶の力を流し込めるかもしれません!」

青い石「エリウスの魔力が染み付いてるし、」

青い石「普通じゃありえないくらいエリウスと波動が近いんだ」

青い石「確かにこれなら望みがあるかもしれない」

白旅人「回路の生成に成功しまし…………あっ」

青い石「あっ…………」

白旅人「…………木が生えましたね」

青い石「立派な大木だね…………」

白旅人「おそらく、あの琥珀の生前の姿なのでしょうけれど…………」

青い石「エリウス、完全に木の中に埋まっちゃったよ……」

青い石「あ……もうねむ……い…………」

――――――――

白旅人「とまあ、一命を取り留めることはできたものの、」

白旅人「そんな状態になっちゃったわけですね」


白旅人「あなた自身が『生きたい』という強い気持ちを持たない限り、」

白旅人「僕達には手の施しようがありませんでした」

白旅人「魔適体質者といえども他者の心を操ることまではできませんからね」

青い石「正直途方に暮れたよ……」

白旅人「そんな時に、たまたまクレイオーさんからあなたの携帯に電話が入りまして」

白旅人「申し訳ありませんでしたが、緊急時なので勝手に出させて頂きました」

歌姫「女装したあなたの評判が随分よかったので、また共演して頂こうと思いましたの」

歌姫「そのためにあなたの帰郷の予定を知りたかったのですけれど」

歌姫「死にかけてるなんて吃驚しましたわ」

白旅人「昨日クレイオーさんがこの村に来てくださったので、演奏してもらったんです」

歌姫「眠っていても、音楽はある程度脳に影響を及ぼしますの」

歌姫「あなたの生命力を強めるために必死に歌ってハープを弾きましたのよ」


白旅人「クレイオーさんの歌と、」

白旅人「あなたに寄り添っていた精霊の呼びかけによりあなたの生命力が回復したタイミングで、」

白旅人「どうにかしてあなたを木から引きずり出しました」

精霊……そっか、ユキ、ほんとに来てくれてたんだ。

白旅人「木と化していた魔力はその琥珀に封じてあります」

白旅人「取り扱いには注意した方がいいでしょう。再び暴走する可能性を否定できません」

白旅人「……すみません、もっと上手くあなたを助けることができたらよかったのですが」

助けてくれただけで充分だよ。ありがとう。

歌姫「これから帰るつもりだったのですけれど、しばらくは付き添いますわ」

歌姫「心配ですもの。あなたには音楽という名の薬を処方して差し上げないと」

学校はいいのか?

歌姫「フリーになった記念にライブツアーでもしようと思っていましたのよ」

歌姫「どうせ大学はもう暇ですし」

歌姫「ああ、ついでにあちこちの遺跡や古い文献も見て回りたいですわね」


村を出た。

俺があの村にいることがオディウム教の連中にバレてちょくちょく襲撃されていたらしい。
一箇所に長居するのは危険だ。

歌姫「ちょっと水浴びをして参りますわ。見張りを頼みます」

歌姫「あ、覗いたら許しませんわよ!」

魔剣士「…………」


可視化した魔力で文を書いた。
短い文章くらいだったらイメージだけで可視化することができる。

独特の精神制御が必要だから疲れるし、余程落ち着いてないとできないが。
あれから数日経ったが、モルはまだ目覚めない。

『あいつ、クセの強い性格してるだろ。傷つけられたりしてねえか』

白旅人「いいえ。僕あんな感じの子好きですよ。奴隷にされたいですね」

そ、それならよかった……のか?


『俺もすげえ無神経なところがあって、人から嫌われることはよくあるんだけど』

『俺といて嫌なことがあったらすぐはっきり言ってほしい。治すようがんばるから、』

『だから』

白旅人「見捨てませんよ。安心してください」

昔は人に嫌われようがどうでもよかった。縁が切れたって大して気にも留めなかった。
でも今は、仲間を失うことが恐ろしくて仕方がない。

あいつら大丈夫かな。捕まったりしてねえかな。
安否は気になるが、確認する気にはなれなかった。

……駄目だ、弱気になるとまた腹が熱くなってくる。




白旅人「今夜はここらで野宿ですね」

焚火を消した。
この暗さと睡眠が怖い。不安で眠れない。

クレイオー、歌、聞かせて…………。

歌姫「演奏してほしいんですの? いいですわよ」

歌姫「子守唄でも歌って差し上げますわ」


――
――――――――
――――――――――――――――

「みぃ――つけたぁ」

カナ、リア……?
木陰から、見慣れた金髪の美少女がこちらを覗いていた。

「随分探したのよ」

一歩一歩こちらに近づいてくる。
やめろ、こっちに来るな。

身体が動かない。逃げられない。

地面に組み敷かれた。

「よくも逃げてくれたわね」

玉を掴む手に力が込められていく。

「容赦しないって、言ったでしょ」

あ、やばい、俺、去勢され――――


魔剣士「っあああああああああああああああああ!!」

魔剣士「あ、あ、ぅああああああああああああああああああああ」

歌姫「んー、またパニックですの?」

白旅人「エリウスさん、大丈夫ですよ。怖い夢でも見たのですか」

魔剣士「はあ、はあ、あ、あ、あ、あ、あ」

ああ、なんだ、夢か。

地面をのたうち回って暴れていた俺を、メルクが抱えて背中をさすってくれた。
情緒不安定になって突然泣き出したり、パニックを起こしたりするのは、この頃よくあることだった。

…………少しだけ呼吸が整った。

もう全部吐き出したい。
俺がされたのは誰にも言えないことだけれど、誰かにぶちまけたい衝動に駆られた。

でも、この衝動に任せて暴露しようにも、言葉を発しようとすると喉が絞まって苦しくなるんだ。
気がつけば、俺は植物にするように意思を魔力に込めてメルクにぶつけていた。


  犯されたんだ。仲間の女に。信頼していた相手に。
  俺は愛してもない相手に無理矢理犯されてもただただ屈辱なだけなんだ。

  痛い。痛いんだよ。
  でもこんなこと人に言ったって馬鹿にされるだけだろ。

  男が女に犯されて苦しんでるなんて信じてもらえるわけない。
  もうどうすりゃいいのかわかんねえんだ。助けてくれ。


しばらくすると、メルクは俺が何をしたくて魔力を発しているのか察したようだった。

白旅人「……ああ、そういうことだったんですね」

白旅人「安心してください。僕はあなたの苦しみを否定しません」

ほんとに?

歌姫「ど、どういうことですの……?」

白旅人「ええと……」

歌姫「……話しにくいことならいいですわ。あたくしは寝ます」

二人にしてくれた。


白旅人「『女性が加害者になるわけがない』『男性なら抵抗できるはずだ』」

白旅人「『男性なら襲われても喜ぶはずだ』」

白旅人「……そういった思い込みが世間にあることは事実ですね」

白旅人「しかし、実際は長期的に苦しみを背負うことになる場合が少なくないそうです」

白旅人「ですから、あなたがデンドロフィリアであることとは関係なく、」

白旅人「あなたが苦しんでいることは何もおかしいことではないわけです」

魔剣士「…………」

白旅人「性犯罪防止結界に引っかかった犯罪の数なんですけどね」

白旅人「男性が被害に遭いかけた事件の数は、女性が被害の事件の五倍だそうですよ」

白旅人「それほど事件が起きるのは、」

白旅人「男性が被害者である場合は犯罪にならないと人々に認知されているためでしょう」

強姦神話とかいうやつだろう。今時は強姦そのものが神話になりかけているが。

白旅人「ご自分を責める必要はありませんよ」

でも、俺がもっとカナリアの気持ちをわかってやれていたら……。
自責の念は拭えなかった。

白旅人「それに……」

白旅人「…………いえ、なんでもありません」

白旅人「ご自分の心の傷を癒すことに集中してください」


――――――――
――

歌姫「あなたの調理器具を貸しなさい。あたくしが昼食をこしらえて差し上げます」

あんまり自分の持ち物を他人に触られたくないんだが……。

歌姫「……包丁何種類ありますの? え、何これ……これはなんのための道具ですの?」

ああもう危なっかしいな。一緒にやるよ。

歌姫「どうせお料理には疎いですわよ。んもう」

こいつの歌のおかげで、一時的にだがとても気分がいい。
料理くらいならやる気が出た。




歌姫「……いつものあなたの味とは違いますわね。もちろんおいしいですけれど」

白旅人「お袋の味って感じですね~」

……母さんの味を再現してしまっていた。
いつもの俺の料理の方がずっとレベルは上なのにな。

母さんの料理が家庭料理の中の上くらいだとしたら、俺の料理は最高級レストラン並みだ。
でも今は母さんのメシを食いたくて仕方がない。

母さん、今頃どうしてるかな。声を聞きたいけど、電話したところで俺喋れないしな。


携帯にメールが届いた。アルバからだ。

  送信者:アルバ・レグホニア “alalba_tross@Fmail.ac.south”

       ラベンダーを並べんだー!
       P.S.明日はルツィーレの誕生日だからね! 祝ってあげてね!


すごくくだらないのに笑ってしまった。
たまに駄洒落を思いついたら送ってくるんだよなこいつ。

添付画像には、収穫したラベンダーの花が写されていた。
これから束ねて廊下にでも干すのだろう。
ルツィーレももう十歳か。早いもんだな。

魔剣士「…………!」

精霊に呼ばれた。

歌姫「……顔色が悪いですわよ」


精霊を無視するわけにはいかない。
メルクにモルの石を預けて、森の奥へ歩を進めた。

恐怖で身体が震える。


辛夷精霊「……なんて弱々しい波動」

辛夷精霊「これじゃ、どんなに融合が進んでいても……何回も絶頂してもらわなくちゃ足りないね」




身体中を愛撫され、尻の中を貫かれた。
恥辱の極みだ。

辛夷精霊「他の子が必要以上に君を苛めたくなっちゃう気持ちがわかっちゃったかも」

辛夷精霊「君、精霊並みに綺麗な顔してるんだもの」

なんだよそれ。母さんに似なかったらここまでされなかったとでも言うのか。

辛夷精霊「ねえほら、ここ気持ちいいんでしょ?」

早く終わんねえかな……。

言葉を発せないんだから、どうせなら喘ぎ声とかも全部出なくなっちまえばいいのに。
自分の意思とは関係なく勝手に出る声は出ちまうんだ。


辛夷精霊「身体は気持ちよくなってるのに、心は辛そうだね」

辛夷精霊「……心も気持ちよくなれるようにしてあげよっか」

周囲の植物から妖しい茎が伸び出した。

辛夷精霊「まともに考えることができなくなっちゃうくらい、よくなれるよ」

辛夷精霊「ついでに、コレが元気になる成分も挿れてあげちゃう」

力の入っていない愚息をつつかれた。
どうせ勃起不全だよ。男失格だよ。ほっといてくれ大きなお世話だ。

辛夷精霊「折角こんな滅多にできないコトをしてるんだから、楽しまなくちゃね!」

まずい。植物側の自我が強いと俺は成分を操ることができない。

辛夷精霊「一回やったらクセになっちゃうかも。……あははは!!」

こいつが俺に打とうとしているのは麻薬に近い物と強制勃起薬だ。
麻薬は言うまでもなく危険だが後者も副作用でやばいことになるかもしれない。

やめろ! やめろ!!

辛夷精霊「怖がらなくても大丈夫だよ。ちょっと人間やめてる状態になっちゃうだけだから」

死なないなら問題ないってか!? 冗談じゃねえ!!

白緑の少女「おやめなさい!」


え……ユキ?

辛夷精霊「す、スファエラ様……」

白緑の少女「人間はあなたが思っている以上に脆いのです」

白緑の少女「乱暴にしたら……許しませんよ」

辛夷精霊「は、は、はい…………」

白緑の少女「エリウスさん、ごめんなさい」

白緑の少女「彼女に悪意はないのです。ただ、人間のことを知らなすぎるだけ……」

犯されているところを好きな女の子に見られた。


俺やっぱ死にたい。

kokomade
osokutegomennnasai


第二十一株 緑ノ秩序ヲ創ル者


今、最愛の女の子が膝枕をして俺の頭を撫でてくれている。
だが俺の首から下は他の精霊に犯されている。とんだ羞恥プレイだ。

白緑の少女「エリウスさん……」

魔剣士「ぃ、っ……で……」

見ないで。出ない声を振り絞った。
あ、やばい。久々に朝立ち以外で勃った。

好きな子に対してはまだ反応するんだな……とか喜んでいる場合じゃない。

辛夷精霊「あ、魔力……おいしくなったね」

わりとマジで泣いてる。





樹液と汗にまみれた身体をユキが拭いてくれた。

白緑の少女「上着、どうぞ」

魔剣士「…………」

惨めすぎる。

白緑の少女「ええっと……」

白緑の少女「人間は、性的な行為を隠そうとする生物……ですものね……」

白緑の少女「私も考えが足りていませんでした。……ごめんなさい」

性器である花を目立たせている植物は少なくない。
性的なものを隠す文化が植物にはないのだろう。

俺が気にしているほど気にするべきことではないらしい。
でも俺はなんだかんだで人間だから、見られたのはやはりとてもつらい。つらい。


もうやだかっこ悪すぎる。死にたい死にたい死にたい死にたい。

魔剣士「っ…………!!」

やば、腹、痛い……侵食されてる。

白緑の少女「いけない!」

後ろからユキに抱きしめられた。

白緑の少女「生きて!」

魔剣士「…………」

    俺が犯されてるのを見て、ほんとになんとも思わなかったの。
    幻滅したでしょ。

白緑の少女「そんな、幻滅なんてしません」

白緑の少女「でも……なんとも思わなかったわけではありません」

魔剣士「…………」

白緑の少女「私、正直……嫉妬してしまっていました」

嫉妬?

白緑の少女「好きです、エリウスさん」


白緑の少女「……初めて会った時から、私はあなたに惹かれていました」

白緑の少女「でも、あなたが私の恋人の生まれかわりだと気づいて……」

白緑の少女「今のあなたのことが好きなのか、彼の面影を追いかけていただけなのか、」

白緑の少女「わからなくなってしまったんです」

    だから、あの時泣いてたの?

白緑の少女「……はい」

白緑の少女「しばらく一人で考えてわかりました。私は今のあなたが好きです」

白緑の少女「しかし……彼、イウスのこともまだ愛してしまっています」

イウス……?

じゃあ、あれは幻なんかじゃなくて、前世の記憶?
今まで琥珀を通して見た映像もきっと……。

白緑の少女「ごめんなさい。こんな不誠実な気持ちをあなたに向けてしまって」


    全然いいよそんなの。だって魂はおんなじなんだもん。

嫉妬する必要なんてなかったんだ。
あの男の精霊は俺の過去世だったんだから。

    俺の前世、人間に自分を伐るよう頼んでたよね?

白緑の少女「記憶があるのですね」

    ちょっとだけだけどね。

白緑の少女「……私が子供を望んだから、彼は私と同じ種族に転生しようとしたのです」

白緑の少女「ですが、彼の転生が完了する前に、」

白緑の少女「憎悪の神オディウムがもたらした厄災により私の種族は滅んでしまいました」

白緑の少女「私も枯れることができたらと、何度も思いました」

白緑の少女「しかし、あの後、私は死にたくても死ねない体になってしまいました」

だから俺の魂は一億年に近い時を彷徨っていたんだ。

ユキと子供を成せる体を求めて、ずっと。


白緑の少女「精霊から精霊に転生する場合は、前世の人格と記憶を引き継ぐことができるんです」

白緑の少女「でも、今のあなたは人間。あくまで別の人格を持って生まれた存在です」

白緑の少女「それなのに、両方愛しているだなんて……」

俺は振り向いて彼女を抱きしめ返した。

白緑の少女「許してくださるのですか?」

    両方好きでいていいよ。死んだ恋人のこと忘れろだなんて酷なこと言わないよ。
    俺の前世ごと俺を愛して。

白緑の少女「……ありがとう、エリウスさん」

    好きだよ、ユキ。誰よりも。

俺が抱えていた孤独感なんて、ユキの孤独に比べればちっぽけなものだ。
どれだけ寂しい思いをしただろう。どれだけ苦しかっただろう。

    一億年も独りにしてごめん。
    俺の命が続く限り、君を愛するから。


白緑の少女「この琥珀は、イウスの身体から生まれたものです」
白緑の少女「きっと彼があなたを守ってくれるでしょう」





歌姫「遅かったじゃ……随分顔色が良くなりましたわね」

魔剣士「うん」

歌姫「あら。声、治りましたの」

白旅人「元気を取り戻されたようでよかったです」

魔剣士「待たせて悪かったな。急げば夜までに町に着くはずだ。車飛ばすぞ」

傷が癒えたわけじゃない。
でも、好きな子と両思いだと確認できた喜びが心の芯を支えてくれる。


白旅人「あなたを混乱させないために黙っていたのですが、」

白旅人「実は僕、あなたの事故現場にたまたま通りがかったわけじゃなかったんです」

魔剣士「随分都合よく助けてもらえたなとは思ってたんだ」

白旅人「ある日、いつも通りオディウム教徒の方々に強引な勧誘をされていたのですが」

白旅人「彼等、妙なことを言って去っていったんですね」

白旅人「『作戦が上手くいきそうだ』『最優先すべきエリウスを追うぞ』と……」

魔剣士「…………」

白旅人「気になったので、僕は彼等の後を追いました」

白旅人「彼等、あなたに探知されない距離を保ちつつ気配を極力抑えていましたね」

白旅人「そして、雇った外部の人間にあなた方の様子を報告させていたようです」

白旅人「ある時、彼等はあなた方のいる方向へ急接近しました」

白旅人「『生贄達の仲を決裂させることに成功した』と言ってね」


白旅人「彼等は一人で出てきたあなたに睡眠の術をかけ、捕らえようとしました」

白旅人「普段のあなたなら術にかかりなんてしなかったでしょうけれど、」

白旅人「精神的に追い詰められると隙が大きくなりますからね」

あの時、俺は敵の気配を察知する余裕なんてなかったし、
ひたすらあの場から逃げることしか考えることができなかった。

白旅人「そこで僕が奴等を倒し、あなたを助けたわけです」

白旅人「おそらくカナリアさんは、彼等から何らかの術をかけられていたのでしょう」

魔剣士「……俺達、罠に嵌められたんだな」

クレイオーとのライブの後、微かだがあいつの魔力に違和感があった。
気のせいなんかじゃなかったんだ。

魔剣士「…………」

カナリア自身がやりたくてあんなことをやったわけじゃなかった。
裏切られたわけじゃなかったんだ。

そもそもあいつは俺の気持ちを無視してあんなことやらかすような女じゃない。


魔剣士「じゃあすぐにカナリア達と合流しねえと!」

白旅人「まだあなたとカナリアさんが顔を合わせるのは危険です」

魔剣士「だけど」

白旅人「絶対とは言い切れませんが大丈夫ですよ。彼女は現在プティア兵に保護されています」

白旅人「僕の祖国の両親に相談したら、いいように手を回してもらえたんですよ」

魔剣士「…………そうか」

白旅人「彼女もそう簡単には催眠にかからない精神の持ち主です」

白旅人「余程弱っているところを付け込まれたのでしょう。……許せませんね」

魔剣士「ちくしょう、あの時ちゃんと調べていれば…………!」

白旅人「心当たりがあるのですか」

歌姫「あ……」

歌姫「もしかして、あたくしと町に行ったあの日じゃありませんの……?」

歌姫「あたくし、カナリアさんに違和感を覚えた瞬間がありましたの」

魔剣士「…………」


歌姫「その通りですのね?」

歌姫「……もし、あたくしがカナリアさんを傷つけたせいで、」

歌姫「あなた方に何かがあったのなら……」

魔剣士「……もう、あんま他人を煽ったりすんなよ」

歌姫「……ごめんなさい」

魔剣士「まあ、おまえに何も言われなくても元々弱ってたし、悪いのはオディウム教の連中だし」

魔剣士「また歌ってくれよ」

魔剣士「緊張したり、嫌なことばっか思い出したりしたら、また声出なくなりそうなんだ」

歌姫「それで、贖罪になるのでしたら」


翌朝

魔剣士「昨晩は暗くてよくわかんなかったけど」

魔剣士「この町の雰囲気、あんま穏やかじゃないな」

歌姫「緊張してる感じですわ」

白旅人「近隣の森と揉めてるそうですよ」

魔剣士「マジ?」

町人「おお、あなたはもしかして森林保護活動を行っているというエリウスさんでは」

魔剣士「活動ってか、ネットで呼びかけたりしてる程度だけどな」

魔剣士「事情を教えてもらっていいか?」

町人「この町は、かつてオパールの採掘で栄えていたのですが」

町人「ほとんど掘り尽くしてしまい、貧困に苦しむこととなってしまいました」

町人「町全体が貧しくなれば、質のいい魔鉱石を買うことができなくなります」

町人「そのため、火を使いたければ大量の薪炭材を消費するしかなく……」

魔剣士「それだけじゃないだろ」


町人「オパールが採掘できなくなった代わりに、周辺の森の木を木材として売り出しているのです」

魔剣士「まあ他の町もやってることだよな」

町人「…………」

魔剣士「他にまだあんだろ」

町人「実は……タバコの栽培を始めたのです」

町人「伐採した木の多くは、葉煙草の乾燥のために使用しています」

魔剣士「はあー……なんでよりにもよってんなもんで儲けようとするかね」

魔剣士「できる限り環境を破壊しないビジネスを確立しなきゃあ、」

魔剣士「結果的に余計貧しくなるだけだってのに」

町人「綺麗事だけで食っていけるほどこの世界は優しくないんですよ!」

町人「たとえその場凌ぎにしかならないとしても、稼がなきゃ妻子が飢えちまう」

魔剣士「でももうちょっと頭使えよ」

町人「この世界の人間全員があなたみたいに頭がいいわけじゃないんだ!」

魔剣士「…………」


魔剣士「……領主には相談したのか?」

町人「三十年前に町長が領主様と喧嘩して以来この土地は見放されてるんですよ」

町人「領主様と連絡を取ったってまともに相手をしてもらえるわけないんです」

魔剣士「いやそこは頭下げろよ」

歌姫「エリウス、クッション言葉のことは教えたでしょう」

魔剣士「あ……」

相手を否定する前に、相手を気遣う一言を挟んだ方がコミュニケーションは円滑になる。
医者からも、大学の先生からも、こいつからも教わったことだったのに忘れてしまっていた。

魔剣士「まあ……色々苦労して、苦肉の策がそれだったんだろうしな」

魔剣士「俺に話しかけたってことは、俺に頼みがあるんじゃないのか」

町人「ええ」


町人「あなたが訪れると、樹木の精霊が話す能力を得て、」

町人「近隣の町村とのトラブルが解決していると聞いています」

町人「どうか、この町を助けていただけないかと……」

魔剣士「……とりあえず、精霊と話してきてやるよ」

魔剣士「その後町長のところに向かうから、話を通しといてくれ」

町人「ありがとうございます……」

遠くから何かが破壊される音が聞こえた。

町人「ああ、また精霊様からの罰だ……」

魔剣士「……少しでも早く行かないとやばそうだな」



歌姫「一人で森に入りますの?」

魔剣士「ああ。おまえらはできるだけ安全そうなところにいてくれ」

魔剣士「俺は大丈夫だから」

白旅人「お気をつけて」


森に足を踏み入れると、精霊達がざわついた。
こいつらだいぶ気が立ってるな。

魔剣士「あんたがこの森の主か」

唐檜精霊「……ほう。おまえがエリウスか」

空気がピリピリする。
トウヒの大きな根が土を割って現れ、大きく波打って地面を叩きつけた。

唐檜精霊「人に植物の気持ちはわからない」

唐檜精霊「そう思っていたが、おまえは違うようだな」

魔剣士「前世は植物だったらしいし」

唐檜精霊「……ふむ」

唐檜精霊「おや、その琥珀……ただの死骸ではないだろう。貸してはくれぬか」

唐檜精霊「その力があれば、この町を一晩で滅ぼすことができそうだ」

魔剣士「これは何かを壊すためのもんじゃない」


唐檜精霊「我等の心が理解できるのならばわかるだろう」

唐檜精霊「あの知能の低い人間共! 散々警告を出したというのに!」

根が何度も地面を叩き、周囲の精霊達も怒りを露にしている。

魔剣士「警告って、どんな風に出したんだ?」

唐檜精霊「最初は蔓植物で阻塞を張った。次は軽く攻撃を加えた」

唐檜精霊「人間達は過剰な伐採をやめなかった」

唐檜精霊「となれば攻撃を強めるほかあるまい」

唐檜精霊「何故くだらない人間の嗜好品を作るためにこの森が破壊されなければならぬのだ!」

魔剣士「…………」

魔剣士「そりゃつらかったな」

魔剣士「……声、届かなくて、もどかしかったろ」

唐檜精霊「ああ」


唐檜精霊「声さえ届けば妥協案を出すことができただろう」

唐檜精霊「人間達に知恵を授けてやれただろう」

唐檜精霊「しかし我等が人間に対してできることは自衛の攻撃のみ」

唐檜精霊「『声があった頃』は……あの時代はよかった」

唐檜精霊「人と共に喜び、悲しみ、生活を共にすることができていた」

魔剣士「……それって、いつ頃の話だ?」

唐檜精霊「いつ? いつだったろうか……」

唐檜精霊「数えるのも面倒なほど古き時代のことだ」

唐檜精霊「なんせ、あの黒き憎しみの塊が暴れる前のことだからな」

魔剣士「オディウム神のことか?」

唐檜精霊「神などという立派な名で呼びたくはないな」

唐檜精霊「彼奴が暴れてくれたおかげで世の草木は弱り、声を持つ者は滅多に生まれなくなってしまった」

魔剣士「あんた、そんな昔からずっと記憶を引き継いでるのか?」


唐檜精霊「己を失うのが嫌でな」

唐檜精霊「ああ、そうだ。あれは一億年近く前だ」

唐檜精霊「今は樹齢千年程度の木に宿っておるが、当時の私は樹齢五千年の大精霊でな」

唐檜精霊「イウス=スマラグディの阿呆が死にさえしなければ、もっと長く生きられたというのに……」

魔剣士「え、イウス?」

唐檜精霊「知っておるのか? ……ああ、なるほど」

唐檜精霊「おまえは奴の転生体か」

魔剣士「わかるもんなの? そういうの」

唐檜精霊「長く生きておると、魂そのものの波動を読めるようになるのだ」

唐檜精霊「イウスは他者に力を分け与えることに長けていた」

唐檜精霊「奴が生きておれば、あれほどの被害は免れただろう」

唐檜精霊「……今更一億年前に終わったことを言ってもなんにもならぬな」


魔剣士「俺があんたらに魔力を分け与えたら、この通り人間との意思の疎通が可能になる」

魔剣士「多少大勢の人間が来たって、そんなに気分も悪くならねえだろ」

霊的な存在は人酔いしやすい。

魔剣士「攻撃をやめて、町の連中と話し合いの場を設けてほしい」

唐檜精霊「よかろう。緑ノ精霊王の魂を持つ者の頼みだ」

魔剣士「そんな風に呼ばれてたのか」

唐檜精霊「ああ。奴はただの精霊ではなかったしな」

唐檜精霊「木の精霊でありながら女神の子でもあった」

唐檜精霊「しかし何故人間に転生したのか……」

魔剣士「…………」


魔剣士「ずっと、彷徨ってて……この星の裏側や海底まで行ってみたり、」

魔剣士「彼女と子供が作れる新種が生まれないか待ってみたりして……でも駄目で」

魔剣士「いっそ適当に転生しようかなと思っても、適合する新しい身体なんてのもなかなか見つからなくて」

魔剣士「もう諦めようかなって思った時、光が見えたんだ」

魔剣士「それは、波動の強い魂が入っても耐えられる、聖玉の力を受け継いだ肉体で」

魔剣士「それに、なんだかとても懐かしい感じがして……」

唐檜精霊「あー、それ以上思い出すな」

唐檜精霊「人格を引き継いでおらぬのに、前世の記憶を蘇らせるのは非常に危険なことなのだ」

唐檜精霊「今生の人格が崩壊しかねん」

魔剣士「そっか」

俺の前世がユキとどういちゃついてたのかとか色々気になるんだけどな。


――――――――
――

歌姫「タバコなんてこの世から消えちゃえばいいんですわー!」

歌姫「体の弱いお母様はいつもタバコの煙に悩まされてるんですもの!」

魔剣士「喘息持ちはほんと苦労してるらしいな」

クレイオーのお袋さんは線の細い儚げな美人で病弱だ。

白旅人「なんとか落ち着いて交渉が進んでいるようでよかったですね」

魔剣士「決裂しなきゃいいんだけどな……」

町長や町のお偉いさん方は領主に頭を下げて援助を求めつつ、
植物達と和解するために奔走している。

歌姫「植物を怒らせたら恐ろしいことになるのは当たり前ですのに、」

歌姫「よくここまで状況を悪くできたものですわね」

魔剣士「魔族が復活していた間、精霊達は大地の穢れで弱って引きこもってたからな」

魔剣士「おっさん世代は精霊のことをよく知らねえんだよ」

魔剣士「だから舐めてかかってトラブルが起きるんだ」


次男『もしもしにーちゃん?』

魔剣士「ん、どうした?」

次男『あーよかった、風邪治ったんだ』

次男『兄ちゃん、いつも風邪引いても薬草食べて症状抑えてたでしょ?』

次男『なのに喋れなくなるなんて、どんな酷い風邪だったんだろって』

魔剣士「あー、アウロラから風邪引いたこと聞いたのか。もう治ったよ」

魔剣士「心配してくれてありがとな」

次男『カナリアねーちゃんいる? ちょっと話したいなー』

魔剣士「あ……えっと……」

やべえ……緊張で声が出ねえ。
かすれ声でどうにか答えた。

魔剣士「今一緒にいないんだ。じゃあな」


何度か深呼吸をして緊張を解いた。

町長「エリウスさん、ちょっとこの電話に出ていただけませんか」

町長「領主様に援助をごねられてまして……」

魔剣士「いいけど。もしもし?」

よかった。ちゃんと声が出た。

領主「誰が何を言おうとその町のことは知らんぞ」

魔剣士「植物学者のエリウス・レグホニアです。昔揉めた話は聞きましたけど、」

魔剣士「このままじゃ本格的に植物と戦争になっ」

領主「待て、エリウス・レグホニアだと?」

魔剣士「そうですけど」

領主「勇者ナハトの生まれかわりだというあの!?」

魔剣士「え」

領主「わ、わかりました! 住民の要求を呑みます! 呑みますから!!」

領主「国王陛下に町を放置していたことは通報しないでくださいね!!」


領主「すぐそっちに向かいます!!」

プツッ

魔剣士「なんなんだよ」

町長「よかったー……実はうちの領主様、」

町長「ルルディブルクの統治に関して勇者ナハトにダメ出しくらったことがあるんですよ」

町長「その時すごくビビっていたと噂になっていたのです」

町長「なので、生まれかわりだと謳われているあなたの言葉ならきっと聞いてくださると思ったんです」

珍しく勇者ナハトの生まれかわり説が役に立った。

歌姫「ルルディブルク……花の都ですわね」

歌姫「この町のお隣ですわ。行く予定ですの?」


  武闘家『あたし、ルルディブルクに行くのすっごく楽しみなんだ』


魔剣士「……気分乗らねえや。他の町村を経由してアクアマリーナに行こうと思う」

ユキは転生することなく、一億年の時を生きている。
樹齢一億年前後の木なんて心当たりは一つしかない。

アクアマリーナの大樹だ。


有名だから、全景が写された写真や映像はよく見かけるが、
ちゃんと葉や花の形を見たのは幼い頃だ。

それも、写真ではなく図鑑の絵だった。
俺が彼女に覚えていた既視感の正体はそれだ。

俺好みの小ぶりな白いその花を見てみたいと思いつつ、
彼女が数千年に一度ほどしか花を咲かせないことを知って、当時の俺はひどく残念な気分になった。


魔剣士「そろそろこの町を出るか」

歌姫「どうなるか、見届けないんですの?」

魔剣士「そうすぐに解決する問題でもねえし、」

魔剣士「精霊が話せるようになったからこれ以上俺が口出しする必要もないしな」

町人「あの……定期的にこの町に来ていただくことってできませんかね……」

町人「精霊様もずっと話すことができるわけではないのでしょう?」


魔剣士「めんどすぎるし俺が死んだ後どうすんだよ」

魔剣士「まあ自分達で頑張れよ」

俺は空に聳える彼女の本体を見上げた。
早く傍に行って寄り添いたい。

いっそ、彼女の根本に埋まって彼女の一部として永遠に一緒にいたい……はあ。

携帯が鳴った。

魔剣士「もしもし父さん?」

戦士『エリウス、無事か?』

魔剣士「お、俺は……まあなんとかやってるけど」

戦士『そうか』

戦士『実は……ルツィーレが奴等に誘拐された』

魔剣士「は……?」

戦士『おまえは絶対捕まるなよ。じゃあな』

血の気が引いた。
妹が……捕まった?

kokomade


第二十二株 海を焼く夕陽


魔剣士「もしもし母さん!」

事務連絡以外で俺から母さんに連絡を入れるのは初めてだ。

勇者『エル……』

魔剣士「なあ、母さんの魔感力でルツィーレ探せねえのか」

勇者『駄目……あいつら、瞬間転移術を使うの……追えなかった』

勇者『あの子ったら、学校から抜け出して……その間に……』

魔剣士「……何かわかったら連絡するから。じゃあ」

あまり遠くに連れ去られていたら父さんの能力でも追いかけるのは困難だ。

不安で胸が締め付けられる。
いつも暴れ回っていたルツィーレ。あいつには俺の植木鉢をいくつも割られている。

人の話は聞かないし片付けはできないしじっとしていられない。
でも俺の妹だ。大切な家族だ。


アクアマリーナへの道中、植物伝いにオディウム教徒の気配を追った。
こっちから接触し、情報を持っていそうな奴を尋問するためだ。

魔剣士「…………」

歌姫「見つけられそうですの?」

魔剣士「町付近に黒い気の塊があるらしい。多分奴等だ」

歌姫「そう……」

魔剣士「……重苦しい空気にしちまってわりぃな」

魔剣士「町付近まであと数時間あるし何か雑談でもするか」

魔剣士「……俺も少しは気分転換してえし」

歌姫「そ、そうですわね」

歌姫「…………」

白旅人「…………」

魔剣士「…………」

魔剣士「そういやクレイオーさ、やけに女性化乳房の原因に詳しかったじゃん」

魔剣士「あれなんで?」

歌姫「……お父様が一時期それで悩んでましたのよ」

アポロン先生……そうだったのか……。


――町付近・茂みの中

魔剣士「戦争時に掘られた防空壕……隠れ家にはもってこいだな」

幹部「え、エリウス・レグホニア! 飛んで火に入る夏の虫とはこの」

魔剣士「せいっ!」

幹部「ギャーッ!」

洞窟の壁から木の根が現れ、幹部やその他信者を捕らえた。

魔剣士「ルツィーレ・レグホニアは何処にいるんだ」

幹部「し、知らん!」

魔剣士「ほんとに?」

白旅人「嘘吐いてる顔ですよ」

魔剣士「力づくでも吐かせるしかねえなあ……でも俺暴力は嫌いなんだよなあ……」

幹部「ひいぃ」

信者1「いやあああ! おお神よ、我等を救いたまえ」

信者2「オディウム神を信じていればこんな災難に遭わないはずじゃなかったんですかー!」

魔剣士「根っこ達ー、こちょこちょして差し上げて」

幹部「あひゃひゃひゃひゃやめひぇひゅひひひひひひひ」

魔剣士「吐く? 吐かない?」

幹部「ははひゃい! れっはいははひゃひいいいいいいい」

魔剣士「んー何言ってんのかわかんねえや」


幹部「うっ」

歌姫「……何をしましたの?」

魔剣士「アルコールやその他薬物をこいつの体内に流し込んだ」

魔剣士「まあ、自白剤みたいなもんだな」

魔剣士「んで、俺の妹何処?」

幹部「あう……ぅ……祭殿……に……」

魔剣士「祭殿? それ何処にあんの?」

幹部「我等が本拠地の……地球の裏側に……」

歌姫「地図ありましたわよ」

魔剣士「ナイス」

歌姫「……意外とここから近いですわね」

魔剣士「なんのために俺等を狙ってるわけ?」

幹部「蜜の八年間をもう一度……」

魔剣士「なんだよそれ」

幹部「これ以上は……ぅぅ……知らされていない……」

幹部「ただ、良質な憎しみが採れた八年間があったと……それを再び……」


魔剣士「まだルツィーレは無事なんだろうな?」

幹部「儀式は朔の日だ……それまでは……丁重に……」

魔剣士「そうか」

白旅人「リモンという名の女性を知りませんか。そちらにいるはずなのですが」

幹部「リモン……有能さ故に……他の幹部の副官になったはずだ……」

幹部「何処にいるかまでは……」

白旅人「そうですか」




魔剣士「もしもし父さん? ルツィーレの居場所がわかった」

戦士『早いな。息子に先を越されるとは……』

魔剣士「アクアマリーナの北北東にあるウィロウの村の近くだ」

魔剣士「父さんどのくらいで来れそう?」

戦士『早くて三日だな』

魔剣士「それまで俺、そこに近づいて情報集めてるから」

戦士『待て。……いや、任せよう』

戦士『信頼してるからな』

魔剣士「うん。ありがとう」

もう大人任せにするのはやめた。

俺には力がある。そして、奴等を打っ潰したい理由もできた。
オディウム神を復活させなんてしないし、妹は絶対に守る。


白旅人「朔の日まではまだ時間があります」

白旅人「今日はアクアマリーナで休みましょう」

魔剣士「……ああ」

車道を通り、町内部の駐車場に停めた。

歌姫「本っっっ当におっきいですわね、あの木……」

ユキの木だ。綺麗だな。

真下に巨大な魔鉱石『緑の聖結晶』が埋まっているため、古代から成長し続けている。

天に届きそうなほど高くて、青い空に枝を伸ばしていて……。

魔剣士「うっ」

歌姫「どうしましたの。前屈みになって」

魔剣士「……先に行っててくれ」

射精した……。


アクアマリーナの山に登り、北を眺めた。
オディウム教の祭殿がある場所は……流石に見えないか。

ここから見てわかるくらい目立つのだったら、とっくに噂になって兵士が取り締まりに行ってるだろう。

白緑の少女「……エリウスさん」

魔剣士「ユキ」

さっき射精してごめん。

白緑の少女「ようこそ、アクアマリーナの町へ。かつての……クリューソプラソシアへ」

妹のことがなければなんの憚りもなくユキとイチャついたのにな。

魔剣士「あっちにさ、妹が捕らえられてる場所があるんだ」

魔剣士「見えないかなって思ってここに来たんだけど、無駄足だったな」

白緑の少女「もっと高いところへ行きませんか」

白緑の少女「ここよりも、ずっと遠くまで見渡せるはずです」


アクアマリーナの大樹の傍に移動した。
本体に近ければ近いほど精霊の力は安定する。

白緑の少女「しっかり捕まってくださいね」

ユキに抱かれて宙に浮いた。

どんどん高度が上がっていく。高所恐怖症じゃなくてもこれはなかなか怖い。
タマがヒュンとなり、俺はユキに強くしがみついた。

魔剣士「あ……ユキ、花、咲かせたんだ」

白緑の少女「ええ。あなたと出会えたことが嬉しくて」

白緑の少女「自然と花を咲かせていました」

甘い香りがする。
この小ぶりな白い花に俺の精液をぶっかけられたら……いかん、勃ちそう。

妹がピンチの時に俺は一体何を考えているんだ。最低だ。兄失格だ。

ルツィーレは今頃それはそれは恐怖に苛まれていて……いやあいつが怖がっているところを想像できない。
あいつはどんな状況でも楽しむタイプだ。多分俺よりも抜けているネジが多い。


頂点付近の枝に足を下ろした。
地面が白く霞んで見える。

魔剣士「……ルツィーレがいるのは、多分、あの影だ」

いくつか小さな山が連なっている所がある。
兄ちゃんがすぐに助けてやるからな。

魔剣士「…………」

空がこんなにも近い。

ふと西を見た。夕日が海と空を紅く染めている。
水平線からは入道雲が顔を出していた。もうすぐ夏だ。

魔剣士「……ねえ、ユキ」

魔剣士「ユキの根元に埋まっている『緑の聖結晶』の波動、」

魔剣士「俺の家族や、バンヤンの森の波動と似てるんだ」

魔剣士「それって……」

白緑の少女「……緑の聖結晶や、バンヤンの森に散っている魔鉱石は、」

白緑の少女「七つの聖玉の制作段階で生み出されたものです」


カナリアも聖玉の波動をアキレスさんから受け継いでいる。
だから近い波動を感じていたんだ。

白緑の少女「一億年前。オディウム神の脅威が去った後、魔族が現れました」

白緑の少女「その対抗手段の聖玉の研究が、ここでも行われていたのです」

白緑の少女「緑の聖結晶は、聖玉としての力は不十分なものの、」

白緑の少女「生命を育む能力には長けていました」

白緑の少女「そして、私の波動は緑の聖結晶との相性が良すぎて……」

白緑の少女「枯れることができないまま、気の遠くなる年月を生きてきました」

魔剣士「……一人で見るより、俺と一緒の方が、ずっと綺麗に見えるでしょ。この夕焼け」

白緑の少女「ふふっ……ええ」

魔剣士「臭い口説き文句、嫌い?」

白緑の少女「いいえ」

……ユキの瞳から涙が零れた。


白緑の少女「ごめんなさい。つい、懐かしくなってしまって」

魔剣士「イウスもこういうこと言う奴だったんでしょ。なんかそんな感じがする」

白緑の少女「はい」

ユキはやっぱり罪悪感を覚えているようだった。気にしなくていいのに。

魔剣士「母さんがさ、昔言ってたんだ。恋には二種類あるって」

魔剣士「今生限りの肉体的な恋と、魂が震える縁の深い恋」

魔剣士「俺、ユキのことを考えると魂がすっごい震えるんだ。ユキは?」

白緑の少女「私の魂も、震えています。これ以上ないほど」

魔剣士「俺とイウスのこと、別々で好きでいてくれてもいいし、」

魔剣士「逆に思いっきりダブらせてもいいよ」

魔剣士「魂同士が強く惹かれ合ってるんだ。両方好きになって当然なんだよ」

白緑の少女「……ありがとう」

魔剣士「もしこれからユキが他の誰かに生まれかわったとしても、」

魔剣士「俺もきっとどちらとも好きになるだろうからさ」

魔剣士「……キス、していい?」

白緑の少女「……はい」


白緑の少女「この株を持っていってください。私の枝を挿し木したものです」

白緑の少女「何処へ行っても、私の分身と会うことができますよ」

魔剣士「マジで!?」

――――――――
――

……結局イチャついてしまった。

だけど、精神が喜びで満たされた分魂の波動が強まった。
今ならなんでもできる気がする。愛は世界を救うんだ。

歌姫「楽しそうですわね。その木、今の彼女ですの?」

魔剣士「もうとっかえひっかえはしないよ。この子とは永遠だから。前世からラブラブだったの」

歌姫「まあ、幸せならそれでいいですわ」

魔剣士「おまえももう18なんだから嫁ぎ先確保しろよ」

歌姫「大きなお世話ですわー」


白旅人「好きな男性はいらっしゃらないんですか?」

歌姫「いませんわね」

魔剣士「そういやメルクさ、従者の女の子とは恋仲だったのか?」

白旅人「いいえ。理解されにくいですけど、彼女とは気の合う友達でしたね」

白旅人「それに彼女、もう二度と恋はしないって言ってましたし」

白旅人「元夫の元に残してきたお子さんへ仕送りするのが生きがいだそうです」

魔剣士「へえ……何歳なんだ?」

白旅人「16歳です」

魔剣士「えっ……」

16歳子有りバツイチ……? 闇を感じる。

白旅人「政略結婚で、無理矢理早く結婚させられたそうですよ」

白旅人「その後いろいろあったらしく。まあいいでしょうこの話は」

白旅人「クレイオーさんは、どのような男性がお好みですか?」


歌姫「……適当なノリで対等に付き合える相手ですわね」

歌姫「でもあたくし、性格が悪い自覚はありますのよ」

歌姫「あたくしの見た目に恋い焦がれる男性は多くとも、内面まで愛してくれる人なんていませんわ」

白旅人「そうとは限りませんよ。僕はあなたのこと……決して嫌いではありません」

歌姫「そ、それ口説いてますの?」

魔剣士「……恋愛のドロドロで関係を崩壊させることだけはするなよ」

白旅人「はは。そろそろ寝ますか」

歌姫「…………」

歌姫「……………………」

歌姫「ドキドキして眠れなくなったじゃありませんの!」

魔剣士「しゃーねーな安眠効果のあるハーブティでも淹れてやるよ」

白旅人「意外とウブなんですね。可愛いです」

歌姫「っ! っ~~!」

……なんだかんだで、仲間がいると面白いな。


――――――――
――

祭殿から最も近い村に控え、植物伝いに奴等の動きを探った。
祭殿付近の山はほとんど岩山だが、幸い植物が生えていないわけではない。

精霊に頼んで情報を探ることができる。

白旅人「調子はどうですか」

魔剣士「順調だ。このまま奴等の行動パターンを把握して、」

魔剣士「ここらの兵士や父さんと協力して乗り込む」

集めたデータをパソコンに記録していく。

小精霊「女の子、建物の地下にいるみたいダヨ!」

魔剣士「さんきゅ。はい、俺の魔力3ml」

小精霊「わーい! おいしい!」

魔剣士「活気づきすぎて奴等に怪しまれないようになー」


歌姫「便利な能力ですこと」

魔剣士「俺の魔力を与えたら、精霊は活動範囲が広がる上に邪気への耐性もつくからな」

魔剣士「人間が忍び込んで調査するよりも遥かに安全に情報収集を行える」

クレイオーは本を読んでいる。

魔剣士「何読んでんだ?」

歌姫「この地方に伝わる物語ですわ」

歌姫「とんでもなく古い石版に彫られていた物の写本だそうですの」

魔剣士「へえ」

白旅人「……原文のままですか。古代言語ですよこれ」

歌姫「ええ。精霊王ユース=スマラグディと精霊スパエラ=ニウィスの恋物語です」

魔剣士「ん?」

発音の仕方が異なるが、ユキと俺の前世の名前だ。

白緑の少女「まあ、懐かしい。これ、イウスが書いたんですよ」

白緑の少女「私達のことをそのまま記したんです」

魔剣士「……イウスってけっこう恥ずかしい奴だったんだな」

自分の黒歴史を見ている気分になった。


歌姫「まあ、ヒロインご本人でしたの」

歌姫「考古学を専攻する者としては興味深いですわね」

歌姫「古代文明について色々と伺わせていただきたいですわ」

白緑の少女「一段落ついたら、たくさんお話ししましょう」

白緑の少女「エリウスさん以外の方ともお喋りしたいんです」

白旅人「ふむ。我ユースと愛しき乙女スパエラは手と手を取り合い……」

歌姫「読めますの?」

白旅人「教養はそこそこ積んでいるつもりですよ」

歌姫「まあ、素晴らしいですわ」

白旅人「彼女の肌は名の通り雪の如く儚く、その瞳は」

魔剣士「音読やめて!! それの作者俺の前世だから!」

白旅人「詩的で素晴らしい文章ですよ」

魔剣士「うわー!!」

白緑の少女「……ふふ。恥ずかしがってるの、可愛いです」

魔剣士「い、いじわる」


魔剣士「……だいぶ情報が集まった。そろそろ作戦を練れそうだ」

魔剣士「あ、おまえらは待機しててね。巻き込みたくないから」

白旅人「とんでもない。お手伝いしますよ」

白旅人「僕自身、彼等には用がありますからね」

歌姫「……あたくしの力はきっと役に立ちますわ。手助けさせてくださいまし」

魔剣士「まだ責任感じてんのか? もう気にしなくていいよ」

歌姫「それじゃあたくしの気が済みませんわ!」

魔剣士「おまえ言い出したら聞かないもんな。じゃあ頼むわ」


協力してくれるこの国の憲兵のリーダー格数名と共に祭殿の近くまで出向いた。

憲兵団長「オディウム教団の祭殿を見つけたとはとんでもないお手柄ですぞ」

憲兵「でっかいっすねー……大戦争になるんじゃないですか」

実際に乗り込むのは軍人の方々と更に作戦を練ってからだ。
他の国からも密かに少数精鋭の援軍が送られているらしい。

魔剣士「祭殿の南西部と北東部は警備が薄い。ここから奇襲をかけるのはどうでしょうかね」

憲兵団長「妥当ですな」

魔剣士「んで、敵を食い止める班と地下に進む班に分かれて……」

その時、祭殿から粉塵が巻き上がり、大きな爆発音が轟いた。


憲兵団長「な、何事だ!」



次女「ばんばばーん!」



魔剣士「ちょっ」

次女「じゅじゅちゅしのみんなと鬼ごっこだよー!」

天真爛漫なガキが約一名祭殿から飛び出して駆け回っている。

魔剣士「こらああああああああああああ」

魔剣士「ルツィーレええええええええええええ!!」


自力で脱走してくるなんて、兄ちゃん予想してなかったよ……。

kokomade


第二十三株 その能天気さが羨ましいよ


――――――――

数分前 地下牢

大男「嬢ちゃん、何か欲しい物ある? どんな物が好き?」

次女「お母さんのおっぱい!」

大男「え!? う、うーん……ここにはないなあ……」

大男「お腹空いてない? 何か食べる?」

次女「グラウンド・エルダーのキッシュ!」

大男「ぐ、ぐら?」

次女「お兄ちゃんがたまに作ってくれるんだ! すっごくおいしいんだよ!」

大男「え、えーと」

次女「お姉ちゃんのオニオンスープも飲みたいなあ」

大男「うーん……」

ガリ男「ほっとけよ。朔の夜まで生きてさえいればいいんだからよ」

大男「せめてその日まではさ……可哀想じゃん」


次女「おじちゃん見ててね!」

大男「ん?」

バッ!

次女「ばんばばーん! おちんさまだよぉ!」

大男「!?」

ガリ男「お、おちんちんが付いてるだと!?」

次女「あきゃきゃきゃきゃ驚いてるー!」

大男「お、男の子? え?」

次女「あ、このカギ錆びてるよぉ!」

大男「わー出ちゃだめー!」

次女「あきゃきゃきゃ! えーい!」

大男「いてっ」

ガリ男「なんだこの腕力! 10歳の子供とは思えんぞ!」


ガリ男「待てー!!」

次女「捕まらないよー!」

「子供が逃げたぞー! 追えー!」

「は、速い!」

「追いつけんぞ!」

次女「あきゃきゃきゃきゃ」

ガシャーン!

「ああっ憎しみの壺が!」

「オディウム神の彫像があああ!」

「まるで破壊神だ……」

「ええい! 子供一人に何を手古摺っている!!」

「それが、あの子妙に攻撃力が高くて……」

次女「こんなに大勢の人を騒がせるのは初めてだよぉー! おもしろおぉぉい!!」


――――――――

次女「今日もテンション上げてくよ~!」

魔剣士「あのアホンダラァァアアア!」

憲兵団長「ああっエリウスさん!」

崖を駆け下りた。

魔剣士「あ゛っ」

しかし俺はあまり運動神経がよろしくない。何度か転がった。かっこわりぃ。
だがアドレナリンが分泌されているためだろうか。大して痛みは感じなかった。

次女「あっげあげだよ~!!」

魔剣士「ルツィーレ!!」

次女「あーエルお兄ちゃんだあ! ぼくのことはルーカスって呼んでね!」

次女「ルカでもいいよ!」

魔剣士「意味がわからん!!」

次女「男の子の名前がいいんだあ。だって番長だからね!」

俺はルツィーレの手を掴んで走った。とにかく走った。
敵から妨害は受けるものの、死なれたらまずいからかあまり強い攻撃はされない。


憲兵団長「……すぐに団員を呼べ! ルツィーレちゃんの保護を最優先するぞ!!」

憲兵隊長「奴等は混乱を極めているようです。チャンスかもしれません」

歌姫「エリウスを援護しますわよ」

白旅人「ええ」

最早作戦もくそもあったもんじゃない。

憲兵副団長「第一憲兵団揃いました!」

憲兵団長「よし! 突撃いいいいい!!」

俺達が逃げ回っている内にたくさんの兵士が駆けつけ、その場は乱闘と化した。
オディウム教団の術者や戦士達はまともに陣形を組めていないようだ。

魔剣士「おまえっどんだけ暴れたんだよっ」

次女「今までのじんせーでこれいじょーないほど!」

魔術で砂煙を上げ、その隙に岩陰に隠れた。


魔剣士「はあ……しばらくここに隠れるぞ」

次女「えーつまんない」

魔剣士「しーっ!」

とりあえず妹を抱きしめた。

魔剣士「心配させやがって……」

次女「んー! 放してー!」

魔剣士「こうしないとまた暴れ回るだろおまえ」

クレイオーの奏でる曲が聞こえる。世界の終わりを思わせる旋律だ。

敵は次々と絶望感に苛まれて項垂れていく。
都合よく味方の精神状態には影響しないようにできるため、こちらは戦意を喪失していない。

少し離れた所ではメルクが戦っているようだ。

魔適体質者の魔術は、イメージで操れるため通常の魔術よりも小回りが利く。
敵はそのテクニカルな術にまともに抵抗できずにいるようだ。



信者A「見つけたぞ!」

信者B「お嬢ちゃん、こっちにおいで」

結界石を持っているようだ。奴等の体に毒草の成分を流し込むことは困難である。
だが攻撃魔魔術への耐性は薄いタイプかもしれない。ここは通常の魔法を……。

次女「おじちゃん達、よおく見ててね!」

魔剣士「ちょっまっ」

次女「ぼくは」

次女「おとこだあ!」

ベロン!

ルツィーレはスカートをはぐった。

魔剣士「こらあああ!!」

信者達「「えっ」」

こ、この隙に!

魔剣士「小紅焔<スモール・プロミネンス>!」

信者達「「ぎゃっ!」」

魔剣士「逃げるぞ!」

次女「あきゃきゃきゃ」


魔剣士「パンツはどうしたの!!」

次女「めんどくさいからはいてないよ!」

流れた弟は今でも妹の身体の一部として生きている。
主にアスパラガスとして。タマはない。


戦士「なんじゃこりゃあ」

次女「わあ~お父さんだあ~」

戦士「ルツィーレ……母さんが寝込むほど心配してるんだぞ」

次女「ルーカスだよ」

魔剣士「ぜえ……疲れた……意外と早かったね父さん」

戦士「生まれて初めて見た植物の精霊? 妖精? に連れてこられたんだが」

魔剣士「気を利かせてくれたのか……ふう」

植物の精霊が父さんを案内してくれていたらしい。

次女「あのねえ誘拐されるのすっごい面白かった!」

魔剣士「怖かったよパパ~」

戦士「お~よしよし」

誘拐されていたルツィーレではなく俺が父さんに抱きついた。


戦士「……何かがおかしい」

魔剣士「気のせいだよパパ」

戦士「ああ、うん、そうか。気のせいか。……はあ」

戦士「しかし……何故こんなことに……作戦を練ってからのはずじゃなかったのか」

魔剣士「じ、事情は後で説明するよ」

ルツィーレの姿を見て飛び出したの軽率だったかな……後で怒られるかな……。


ドゴオォォォオオン

大勢の兵士が吹っ飛んだ。
強力な術者が現れたようだ。

次女「わ~おもしろそー! 行ってくるね!」

魔剣士「うわああああああああああああ!!」

戦士「待てええええええええええええ!!」


兇手「貴様の相手は俺だ、旭光の勇者ヘリオス!」

戦士「今忙しいんだよ!! あと二つ名やめろ!!」

兇手「待て!!」

次女「おじちゃんだあれ!?」

兇手「おじっ……俺はおじちゃんなどと呼ばれるような歳ではない!!」

次女「あきゃきゃきゃきゃ」

ズボッ

次女「おちんさまお父さんのより3センチちっちゃいね!」

兇手「えっ……」

戦士「こらあああああああああ!!!!」

兇手「…………」

兇手「うっ……ぐすっ……」

魔剣士「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


次女「じゅじゅちゅしのみんなー! 見て見てぼくのおちん」

魔剣士「やめなさい!!!!」

次女「だってぇ~ぼくのおっきなおちんさまみんなに自慢したいんだもん!」

魔剣士「にいちゃんののがでかいぞ」

次女「わぁ~ほんとだぁ! でもねえお父さんのはもっと太いんだよぉ」

魔剣士「そりゃ父さんのは特別だからな」

戦士「…………」

歌姫「さっさと!! 逃げなさいな!!」

魔剣士「父さんおんぶして」

戦士「冗談言うんじゃない」

次女「体力なさすぎだよ~!」

魔剣士「誰のせいで!! 疲れてると思ってんだよ!!」


上級呪術師「ヘリオスだ!! 退け!!」

下級呪術師「退こうにも兵士に包囲されてます!!」

中級呪術師「転移術を発動する隙さえありません!」

上級呪術師「例の魔術師はどうした!?」

中級呪術師「姿が見えません!」


騒がしくなり、クレイオーの術の適用範囲がかなり狭まっている中、
父さんに執着しているストーカー臭い男含む強そうな連中に囲まれた。

魔剣士「そう簡単には逃がしちゃくれねえか」

もっとたくさん植物が生えてたら無双できたんだけどな。
こうなったら奥の手だ。

魔剣士「ギンピー・ギンピーを召喚!」

俺は魔力に溶かしていた葉を再構成し、両手に構えた。

戦士「なんだその葉っぱは」

魔剣士「まあ見ててよ」

攻撃をバリアで防ぎつつ、剣を扱うように葉で敵を攻撃した。
俺の攻撃を受けた敵は次々と断末魔のような声を上げて倒れていく。

次女「わーすごーい!」

魔剣士「ふははは! 世界最凶の毒草の威力を思い知ったか!」

魔剣士「この葉をトイレの紙代わりに使い、あまりの痛みに自殺した奴までいるんだぞー!」

魔剣士「あ、ちなみにその痛み、短くて数ヶ月、長けりゃ2年は続くから」

戦士「腰に下げてる剣は使わないのか」

魔剣士「剣で切る生々しい感触嫌い」

歌姫「剣で攻撃するよりずっと酷ですわね、これ……」


兇手「ええい! どいつもこいつも油断しおって!」

兇手「凍てつく槍<フリーズ・ランス>!」

戦士「おっと!」

戦士「先に行け! 俺はこいつの相手をする!」

次女「お父さん頑張ってねー!」

魔剣士「あのなあ試合じゃねえんだぞ!!」


白旅人「こっちです!」

魔剣士「メルク! 怪我はねえか!?」

白旅人「ええ」

  「行かせません!」

白旅人「…………!」

白旅人「…………リモン」

現れたのは、一目でメルクと同じ人種だとわかる若い女だった。


従者「ねえ、メルク。まだわかってくれないの?」

従者「そっちの生活に、あなたの幸せはないのよ?」

次女「ねえ、あのおねーちゃん強いの?」

魔剣士「魔適体質者の従者ってことはかなりの術者のはずだ」

従者「彼等をこちらに引き渡して」

従者「本当の幸せを得るためには、彼等を生贄に捧げなければならないの」

白旅人「自分の言っていることがわかっているのですか」

白旅人「あなたは騙されているんです!」

従者「そっちにあなたの幸せはあるの!?」

従者「人と違う能力があるせいで、人々は無意識にあなたを孤独に陥れた」

従者「そのくせ媚びて力を利用しようとする」

白旅人「ということばかりではありませんでしたよ」

従者「他力本願のクズ共を庇うっていうの!?」


白旅人「自分が理不尽な目に遭ったからといって、」

白旅人「多くの人々を粛清する気になんて全然なれないんですよ」

従者「やはり、力づくでも洗礼を受けてもらわなきゃいけないようね」

メルクの従者だった女は杖を構えた。
杖の先には、おそらくとんでもなく質が良いであろう魔鉱石が固定されている。

白旅人「彼女は僕が抑えます! 逃げてください!」

メルクは目を覆う包帯を取った。

イメージによる魔術を使う場合は、目を覆うと魔力の流れが阻害され、術の威力が弱くなりがちになる。
つまり、メルクは本気で戦うつもりだということだ。

魔剣士「わりぃ!」

歌姫「ご健闘を!」

次女「ぼくあっち行きたいー!」

魔剣士「駄目だ!!!!」

今の最優先事項はルツィーレを安全な場所まで避難させることだ。
俺は無理矢理妹の手を引っ張って走った。


それほど得意ではない攻撃系魔術と植物を利用して敵を薙ぎ払う。
もう少しで……もう少しで乱闘と化した戦場を抜けられる!

森に入ってしまえばこっちのもんだ!

魔剣士「……!」

背後から悍ましい気配を感じた。

俺は体が凍りついて動けなくなった。
別に氷系魔術を受けたわけじゃない。あまりの殺気に硬直してしまったのだ。

魔剣士「この気配……奴だ!」

次女「え? なになに?」

黒ローブの男「…………」

この世の全てを恨むかのようなドス黒い魔力。
あの時、カナリアを攫っていった男だ。


次女「おじちゃんも呪術師なのー?」

魔剣士「っルツィーレ!」

ルツィーレは後方へ駆けていってしまった。
俺は緊張で軋む体をどうにか振り向かせる。

ズボッ!

黒ローブの男「なっ」

次女「あれー? このおじちゃんのおちんちん機械混じりだよー?」

黒ローブの男「…………」

魔剣士「…………」

黒ローブの男「このガキィィィィィィィィィィ!!」

魔剣士「うわああああああああルツィーレエエエエエエエエエエエ!!」

歌姫「まあ」

叫び過ぎて俺の喉は枯れてしまいそうだ。

魔剣士「もう頼むからやめなさいやめてくれ!!!!!!!!」

即座にルツィーレを抱きかかえて俺は走った。
重たさを感じる余裕もない。


しかし奴は短距離の瞬間転移術を使うことができる。
一瞬で俺達の目の前に姿を現した。

魔剣士「うちの妹がすみませんでしたああああああああああ!!」

黒ローブの男「許すかあああああああああああああ!!!!」

黒ローブの男「今すぐに殺してくれるわ!!!!」

次女「怒らせちゃったあ」

魔剣士「おまえなあ!!!!」

歌姫「あなたがしたことは男性のプライドを極限まで圧し折る行為でしてよ」

激昂したら何やらかすかわかんねえタイプだこいつ!
まずいまずいまずい奴に対抗できるレベルの術を発動するには圧倒的に植物が少ない。

俺は琥珀に魔力を込めた。こうなったら今できる限りの術を発動するしかない。

黒ローブの男『邪の世に揺蕩う黒き念』

黒ローブの男『闇に融けし憎悪の魂』

次女「わあ~アニメみたいな呪文だあ~」

魔剣士「とっくの昔に廃れた旧魔術だよ!!」

黒ローブの男『我が手に集い 我に抗う愚かなる者に』

魔剣士「長い詠唱してる隙に風の刃<ウィンドウ・エッジ>!」

黒ローブの男「げふっ」

魔剣士「よし走れ!!」


次女「なんで旧魔術廃れっちゃったの~?」

魔剣士「詠唱が長くて発動までに時間がかかるぜえぜえ」

魔剣士「そして何よりぜえぜえ呪文を言うのがクソ恥ずかしくて使いたがる奴が減ったんだよぜえぜえ」

黒ローブの男「地砕き<アースブレイク>!」

魔剣士「うぎょげ」

地面が砕かれた。

魔剣士「現代魔術使えるのかようわあああ!!」

さっきの俺の攻撃でローブが破れていたようだ。
男の顔をはっきりと確認することができた。


魔道士「覚悟するがいい!」

なんか誰かと似てる気がする。その顔つきは、俺の苦手意識を激しく刺激した。

魔剣士「…………」

歌姫「エリウス! 何固まってますの!」

魔剣士「うわあああああアーさんそっくりだあああああああああああ」

魔導槍師「今……誰にそっくりだと言いました?」

魔剣士「ひいいいいいいいいいいい!!」

魔導槍師「失礼ですねー、人の顔を見て叫ぶなんて」

魔剣士「もうだめだあおしまいだあ」

俺は頭を抱えた。精神が乱れてまともに魔術を使えそうにない。
俺もう疲れたよ。争いなんてろくなもんじゃない。

次女「あきゃきゃきゃ」

おうちに帰りたいー!

kokomade

魔剣士と魔道士の字面が似すぎていてややこしいので
魔道士→黒魔道士
です


第二十四株 選択する先


魔導槍師「せっかく可愛い妹を連れて帰ることができたのに、」

魔導槍師「国王に私用で呼び出し食らってる隙に案の定誘拐されちゃったんですよねえ」

魔導槍師「というわけで、カナリアを返してもらいに来ました」

黒魔道士「何故ここがわかった……! 発信機は破壊したはずだ」

魔導槍師「カナリアにはお兄ちゃんマークのお守りを渡しておきましたからね」

黒魔道士「発信機は1つではなかったのか……!!」

魔導槍師「カナリアに手を出すこともできなかったでしょう」

黒魔道士「…………」

魔導槍師「ふむ、あそこの岩陰に張った結界に彼女を隠しているようですね」

黒魔道士「我が姪は渡さぬ……!」


魔剣士「とりあえずそいつはたのん」

黒魔道士「逃がすか!」

黒魔道士『逃げ惑う憐れな四匹の羊 世を断絶する檻』

奴はかなりの早口で詠唱した。

黒魔道士『目に見えぬ牢獄<プルシッド・プリズン>!』

魔剣士「うわああ出れねえ!」

歌姫「エリウス!」

次女「すごぉぉぉい!」

クレイオーはどうにか逃げられたが、俺達兄妹は閉じ込められた。

歌姫「カナリアさんの元に行きますわ!」

魔剣士「頼む!」

魔導槍師「旧魔術系統の呪術を専門とするオディウム教徒の信者達と違い、」

魔導槍師「あなたは現代魔術を専門としているはず」

魔導槍師「それなのに、わざわざ詠唱の長い旧式の術を使うとは」

魔導槍師「やはりあなたは……相当ムラムラしていますね」

黒魔道士「だからなんだ」

魔導槍師「思っていたよりもこちらが有利だと判明したというだけですよ、イガルク」

アーさんは術名を言わずに中の上レベルの雷魔術を放った。
おかしいな、以前より魔適傾向が上がっているような気が……。

魔導槍師「発動速度ならばこちらが圧倒的に早い!」

黒魔道士「おのれ……!」


とにかく巻き添えを食らわないようにしねえと。かなり頑張って精神を落ち着かせる。

魔剣士「守護の壁<プロテクション・バリア>」

魔剣士「あーだめだ……脆いのしか張れねえ……」

次女「古い魔術ならムラムラしてても使えるの?」

魔剣士「ええと……」

携帯でネットに接続して調べた。

魔剣士「現代魔術よりは比較的発動成功率が高いらしい」

次女「へえぇ!」

雷がバリアに当たってバチリとでかい音が鳴った。

魔剣士「ひぃ……」

さっきは現代魔術も使っていたから、ある程度は性欲を制御できるのかもしれないが、
やはり術名を言うだけの現代魔術は不発が多いようだ。

成功率の高い旧魔術の方が安心して使えるのだろう。


アーさんそっくりだし、「我が姪」とか言ってたし、マリナさんの兄弟っぽいなあの人。
アーさん(金髪)を黒髪にして眼鏡をとって老けさせたら絶対あんな感じだ。

魔剣士「バリア五重にしとこ……」

恐れで乱れた精神では、弱いバリアを重ねる程度の自衛しかできない。

次女「雷いっぱいで綺麗だねー!」

魔剣士「…………」

黒魔道士「その力は一体どうやって手に入れた……!」

黒魔道士「おまえの瞳はそのような色ではなかったはずだ」

魔導槍師「簡単なことですよ。後天的に魔適傾向を上げたのです」

魔導槍師「『他人の魔適傾向を上げる能力をもつ魔適体質者』に協力してもらいましてね」

魔剣士「それ国際法違反じゃ」

魔導槍師「カナリアが攫われて漸く許可が下りたんですよねー」

イガルクとかいう人が術を発動する前に、アーさんは中・上級の術であいつを嬲っていく。

魔導槍師「カナリアを見て母はたいそう嘆いていましたよ」

魔導槍師「娘“も”あなたと同じになってしまった、と」

魔導槍師「まあ私はまだなんの罪も犯していないので同類扱いはされたくないのですがね!」

黒魔道士「ぐあああああ!!」


魔導槍師「よくも私の可愛い妹に穢れたあなたの魔力を注ぎ込んでくれましたね」

黒魔道士「…………」

魔導槍師「……ボロ雑巾が」

イガルクは一瞬気を失ったようだが、すぐに起き上がって小さな突風をアーさんの顔にぶつけた。
アーさんの眼鏡が吹っ飛ぶ。

黒魔道士「くくく……やはり大きな力をもった者は過信で動きが大振りになるな」

黒魔道士「そして、視力の弱い者は眼鏡を失った途端精神を乱す」

魔導槍師「…………」

黒魔道士「さあ、我が闇に包まれるがよ」

魔導槍師「あれ、伊達なんですよね」

魔導槍師「圧・神の雷霆<コンプレッセト・ケラウノス>」

次女「わあ! おっきい雷!」

魔剣士「雷系最強の攻撃魔術じゃねえか!! 圧縮してなきゃ余裕で町一個余裕で吹っ飛ぶぞ!!」

そんだけすごい術を食らっても、イガルクはまだ息があるようだった。しぶとい。

魔導槍師「何故私が眼鏡をかけているのか教えて差し上げましょうか」

魔導槍師「あなたに似ているからですよ」


ゴッ

魔導槍師「父は私を母似だと言って可愛がってくれましたが、」

ドゴッ

魔導槍師「成長するにつれ、母は私の顔を直視しなくなりました」

ゴスッゴスッ

黒魔道士「ゲフッ!」

魔導槍師「そしてある時、両親の会話を聞いてしまったんですよね」

魔導槍師「母は、自分を穢した憎き兄に似た私の姿を見るのが怖いのだそうです」

ガッ

黒魔道士「う、くっ……!」

魔導槍師「だから私は私の顔を嫌いました」

アーさんはこれでもかというほどボロボロのイガルクを足蹴にしている。怖い。

魔導槍師「あー憎いですねー、あなたが。あなたに似て生まれた己の存在が」

黒魔道士「く……くくく…………はははははははは!」

魔導槍師「……何を笑っているのです」


黒魔道士「おまえは私に似ている。姿形だけではない。精神そのものもだ」

黒魔道士「やがておまえの理性は蝕まれ、性欲を抑えられなくなる」

魔導槍師「…………」

黒魔道士「おまえはいずれ私と同じ罪を犯す。必ずだ」

魔導槍師「……黙りなさい」

黒魔道士「もう20は越しているだろう? 臨界点は近いぞ」

魔導槍師「黙れと言っている!」

アーさんが手をかざすと、イガルクの口から煙が上がった。

魔導槍師「……もう安心していいですよ。喉を焼きました。もう魔術は使わせません」

魔剣士「ヒェッ、ソッスカ」

次女「つよいつよーい! すごおおおい!」

魔導槍師「…………」

魔導槍師「私はいつか、罪を犯す…………」

魔導槍師「…………悍ましい血だ」


次女「カナリアお姉ちゃんいないよー? クレイオーちゃんも」

魔剣士「まさか……」

魔導槍師「……イガルクを片づけるのに時間をかけすぎたようですね」

魔導槍師「他の呪術師に連れ去られたのでしょう」

重斧士「おい、カナリアは……」

魔剣士「あ…………」

重斧士「! エリウス」

魔剣士「…………」

重斧士「おまえ、無事だったんだな」

魔剣士「っ……」

気まずさに耐え切れず、俺は目を背けた。
あいつが寝ているすぐ横で、あいつの想い人に犯されたんだ。まともに顔を見ることができない。


次女「ねえねえ、お姉ちゃん達探しに行かなきゃ!」

魔導槍師「……発信機の魔導波を遮断されているようです」

重斧士「……あっちだ!」

魔導槍師「便利ですねー、そのブレスレット」

次女「あれ雑貨屋さんで売ってるの見たことあるー」

次女「持ち主のところまで連れてってくれるんだって」

魔剣士「カナリアが持ってた奴だ」

魔剣士「魔力は本体の元に戻ろうとする性質があるからな」

魔剣士「それを利用しているんだろう」

次女「ぼく達も助けに行こ!」

魔剣士「っ…………」

魔剣士「おまえは兄ちゃんと一緒に逃げるの!!」

次女「えー…………」


白旅人「エリウスさん!」

魔剣士「無事か!?」

白旅人「ええ、どうにか」

白旅人「リモンは眠らせ、この国の兵士さんに保護していただきました」

魔剣士「クレイオーとカナリアが奴等に捕まってる」

魔剣士「ガウェイン達と一緒に助けに行ってくれねえか」

白旅人「……わかりました」

敵を薙ぎ払い、岩陰に隠れながら丘を登る。

魔剣士「ほら!」

次女「んー!」

ルツィーレに手を伸ばしたところで、すぐ近くの岩壁に何かが勢いよくぶつかって大量の石片を弾き飛ばした。

兇手「ぐあぁ!!!!」

魔剣士「うわやっべ」


戦士「レザール!!」

兇手「くっ……」

父さんがでかい火の玉を宙に作っている。

魔剣士「待って待って今魔術使われたら俺達も巻き添え食らっちゃう!」

戦士「うわああいつの間にそんなところにいたんだおまえ達!」

兇手「足止めの氷<コンファインメント・アイス>!」

魔剣士「あばばばばば」

兇手「これで攻撃できまい!」

兇手「回復までの時間稼ぎに使わせてもらうぞ」

次女「…………」

次女「あ、そうだ!」

次女「白く灼ける炎 身を焦がす恋慕のように 熱き心を炭と化せ!」

次女「ヴァイス・フランメ!」

兇手「っ!? なんだこの強烈な胸焼けは」

兇手「うっ」

魔剣士「…………」

魔剣士「……おまえ今何したの?」

次女「あははは~アニメの主人公の真似したら変なのできちゃったあ~」

戦士「嘘だろ…………」


兇手「俺はただ……力比べをしたいだけなのに……またしても邪魔が…………」

次女「かっこよく光線出したかったのにな~」

戦士「戦闘不能になるほどの胸焼けを引き起こすとは……」

魔剣士「どんな原理で発動できたんだろ……」

魔術はただ呪文を唱えれば発動できるというものではない。

戦士「……今度こそ逮捕だ。脱獄はさせないぞ」

兇手「…………」





それから数時間経ち、争いは一応鎮静化した。

魔剣士「……疲れた」

戦士「……はあ」

魔剣士「オディウム教徒のリーダー格とか見つかんなかったの?」

戦士「ああ……上層部の人間はさっさと逃げたらしくてな」

戦士「だが、捕まえた連中から情報を聞き出せそうだ」

ルツィーレの世話を父さんの部下に任せて、ちょっと村を出歩くことにした。


白旅人「あまり顔を見ないでください。不気味でしょう」

歌姫「…………」

クレイオーがメルクの顔をがしっと掴んだ。

歌姫「これくらい近くで見れば、虹彩と白目の境界がよくわかります」

歌姫「不気味なんてことはありませんわよ」

いい雰囲気のようだ。
邪魔をしちゃ悪いだろうと思って黙って去ろうとしたのだが、クレイオーに呼び止められた。

歌姫「エリウス。そちらも逃げ切れたようで、安心しましたわ」

魔剣士「まだ気を抜くわけにはいかねえけどな」

白旅人「いつ残党が襲ってくるかわかりませんからね」

歌姫「……カナリアさんのお兄様、随分とお強いのですね」

魔剣士「あの人マジ怖い……」

カナリアから離れたことに関して責められないかと俺はビクビクしている。

魔剣士「カナリアの様子、どうだった?」

歌姫「正気に戻られたようですわよ。しかし、悲しげな目をしておられました」

魔剣士「……そうか」

歌姫「伯父君の魔力を注ぎ込まれ、欲望を暴走させられていたと聞きました」

歌姫「親族であるが故に魔力の親和性が高く、取り除くのは大変だったそうですわ」

歌姫「攫われる前には解術が完了していたそうですが……」

武闘家「あ……」

魔剣士「っ……!」


武闘家「あのね、エリウス、あのね」

魔剣士「…………」

武闘家「あたしね、あなたがいなくなった日のこと、よく憶えてないの」

武闘家「でも、自分が何をしたのかはなんとなくわかってて……」

武闘家「ごめんなさいっ…………」

カナリアはポロポロと涙を零した。

こいつは、好きであんなことをやったわけじゃない。
でも、顔を見ると反射的に恐怖が蘇って、声を出せなくなる。

魔剣士「…………」

俺はただカナリアの頭をぽんぽんと軽く叩いて、その場を去った。


花壇の煉瓦に腰を下ろして溜め息をついた。
胸が緊張で苦しい。

重斧士「おい」

魔剣士「えっ!? いつの間に」

重斧士「おまえが来る前から俺はここにいたんだが」

魔剣士「…………」

全然周りが見えていなかった。

魔剣士「……勝手に消えてごめん」

重斧士「別に責めちゃいねえだろ」

魔剣士「…………」

重斧士「あいつを助けに行って、んでまた気持ちを伝えたんだが」

重斧士「しばらく時間がかかるかもしれないけど、それでもいいか……って」

重斧士「前向きな答えを貰えたぞ」

魔剣士「そうか。……おめでとう」

重斧士「おう。まあまだお兄様公認じゃあねえけどな」

魔剣士「アーさんは絶対厳しいぞ……」


魔剣士「ヴィーザルが来てなくてよかったな」

重斧士「まったくだ」

いたら絶対口を挟んできていただろう。

魔剣士「……俺とカナリアの間に何があったのかは」

重斧士「なんとなく察してるぞ」

魔剣士「…………」

魔剣士「あいつの身体、綺麗だから」

重斧士「じゃなけりゃカナリアの兄貴がもっと荒れてただろうな」

魔剣士「ああ、あの人ならそういう情報も魔力から読めるだろうな……」

魔剣士「…………」

重斧士「カナリアの兄貴もおまえを責める気はねえみてえだぞ」

重斧士「『これは仕方ありませんねーはぁー』って感じでよ」

魔剣士「…………」


重斧士「おまえ、カナリアとは会ったのか」

魔剣士「さっき会った」

重斧士「どうだったんだ」

魔剣士「……まともに話せなかった」

魔剣士「どうしてもさ、顔見ただけでもつらいんだ」

魔剣士「……いつか、何年か経って、つらい記憶が薄れた頃にさ」

魔剣士「何事もなかったかのように、また友達になれたらな……って」

魔剣士「そう思う」

重斧士「そうか」

魔剣士「……おまえって大人だよな」

重斧士「そりゃおまえよりは年上だからな」

魔剣士「いくつだっけ」

重斧士「18だ」

魔剣士「同い年じゃねえか」

重斧士「来月で19なんだよ」

魔剣士「そっか」


宿に行って、父さんとルツィーレにユキを紹介した。

次女「一億歳差のカップルだね~すごいね!」

魔剣士「ユキは永遠の16歳だからぁ!」

白緑の少女「エリウスさん……」

戦士「……すごい子と恋人同士になったんだな」

戦士「大事にするんだぞ」

魔剣士「もちろん!!」

実体化しているユキを抱きしめた。甘い花の香りがする。

魔剣士「ん~~」

白緑の少女「ご、ご家族の前ではしたないですよ」

白緑の少女「人はそう感じるものなのでしょう?」

魔剣士「そうだけどぉ~」

戦士「精霊のユキさんの方が人間の常識ありそうだな……」

白緑の少女「長い時間の中で、ずっと人の生活を見守っていましたからね」

白緑の少女「若き日のあなたがアクアマリーナに訪れた日のことも覚えていますよ」

戦士「え? なんだか恥ずかしいな……」


翌朝。外に出ると、メルクやガウェイン達が何やら集まって談笑していた。

白旅人「初恋は司書のお姉さんでしたね……」

武闘家「騎士のお兄ちゃんだったなあ……初恋っていうか、憧れだったんだけどね」

武闘家「クレイオーさんは?」

歌姫「……お、覚えてませんわ!」

クレイオーは頬を赤く染めた。
あいつの初恋の相手? 心当たりはないな……まずあんまりあいつに興味なかったし。

重斧士「そもそも身内以外に女がいなかったな……。俺は自分をゲイだと思い込んでたんだが、」

重斧士「今思えば男に恋をしたこともなかった気がするしよ」

重斧士「だからカナリアが初恋だ」

武闘家「ちょ、ちょっと! オープンすぎ!」

武闘家「ねえ、お兄ちゃんは?」


魔導槍師「初恋ですかー……」

魔導槍師「幼い頃、私はとある女性に恋をしました」

魔導槍師「煌びやかな金の髪、青い瞳、薔薇のような唇…………」

魔導槍師「私は彼女を見かける度に必死に追いかけましたが、彼女の素性を知ることはできませんでした」

ストーカーじゃねえか……?

魔導槍師「しかしある時、魔感力が冴えてきた頃……私は気がついてしまったのです」

魔導槍師「彼女が女装をした実の父親であることに」

武闘家「え……」

魔導槍師「ショックでしたねー……」

武闘家「いやあああああああああああああ!!!!」

魔導槍師「それ以来、私は女装の達人しか愛せなくなってしまいました」

武闘家「そこまで訊いてないから!!」

うわあ。


重斧士「こ、広義のゲイなのか?」

魔導槍師「いいえ。異性愛者です」

魔導槍師「しかし、本物の女性は何かしら男を幻滅させる要素をもっているでしょう」

魔導槍師「それに対し、女性になりきった男性は男性の理想を最大限に再現していますからね」

魔導槍師「純女(じゅんめ)よりも女性らしく、それでいて男への理解もある」

魔導槍師「最高じゃないですか」

武闘家「やめてお兄ちゃん!!」

白旅人「いわゆるトラニーチェイサーですね」

専門用語が出てきてもうわけがわからない。

魔導槍師「そこで聞き耳を立てているエリウス」

魔剣士「え」

魔導槍師「あなたは妙に私を恐れているようですが……」

魔導槍師「私、あなたの女装の腕前だけは認めているんですよ」

魔剣士「…………」

魔剣士「ひいいいいいいいい!!」

本気でゾッとしたから、俺は震える脚をどうにか前に出してその場から逃走した。


魔剣士「ユキ~……!」

白緑の少女「どうしたのですか、エリウスさん。そんなに怯えて……」

魔剣士「未知の業界の人間に未知の業界へ引きずり込まれそうな感じがしたー!!」

白緑の少女「よしよし……」

あの人の前では絶対に女装しないと俺は誓った。

次女「むか~しむかし、あるところに」

ルツィーレはこの村の子供達を捕まえて昔話を聞かせているようだ。

次女「玉無しのおちんちんが住んでいました」

は?

次女「玉無しおちんちんはお母さんおっぱいに訊きました」

次女「『どうして僕には玉がないの?』」

他人の振りしとこ……。

~~~~


戦士「おいエリウス」

魔剣士「ん」

戦士「これから遺跡の調査に行くんだが」

魔剣士「あー俺も手伝う」


戦士「ルツィーレを頼む」

魔導槍師「ええ」

次女「ねえねえアークイラお兄ちゃんのおち」

魔剣士「こらー!!」

魔導槍師「サイズには自信があるんですよ」

次女「見せて見せてー!」

魔導槍師「ははは、それはちょっと」

もう……もう知らない…………。



戦士「っ止まれ!」

車に乗り込み、父さんの部下やこの国の兵士達と村を出た直後、呪術師達が姿を現した。

戦士「…………!」

奴等の内の一人は……ぐったりした母さんを腕に抱えていた。

四女「とーしゃ、にーいーに!」

末の妹も少し離れた所にいる別の呪術師に抱きかかえられている。

戦士「貴様等……!」


勇者「う……」

呪術師「くくく……かつての勇者も弱ればただの女。捕らえるのは容易であった」

ルツィーレが誘拐されたせいで、母さんは寝込んでいた。

まともに戦える状態ではなかったのだろう。

魔剣士「あいつ、なんで母さんが勇者だったってことを……」

呪術師「ここは通さぬぞ。動けば……この者達の血を見ることになる」

戦士「…………」

魔剣士「なっ……!」

呪術師達は皆臨戦態勢をとっており、そして実力は相当なものだろう。
下手に動くことはできない。

戦士「……奴等の目的は、足止めだけじゃない」

戦士「激しい憎しみを抱えた復讐者を生み出そうとしているのだろう」

戦士「『蜜の八年間』……それは、アルカさんが復讐の旅をしていた期間だ」

父さんは不思議と冷静さを保っている。

呪術師「あれは良き時代であった」

呪術師「魔族により世には憎しみが溢れ、極上の復讐者が誕生した」


呪術師「勇者ナハト……復讐のためだけに生きた鬼神」

呪術師「世を憎む破壊の化身と化した勇者ナハトを取り込み、オディウム神は復活を遂げるはずであった」

呪術師「おまえとの接触さえなければ、我等の悲願は果たされていたのだ!」

戦士「聖玉の波動をもった人間の復讐心は最高の養分らしい」

戦士「復讐心に己を支配されるんじゃないぞ。何があってもだ」


このままじっとしていても、誰かが奴等に殺されてしまう。
俺は奴等に気づかれないよう、こっそり奴等の足元の草の精霊に頼んで呪術師の一人を転ばせた。

「おい誰だ俺の足引っ張ったの!」

「俺じゃないぞ!」

「気を乱すな!」

隙が生まれたその瞬間、父さんは剣を抜いて走り出した。
奴等はすぐにでも態勢を整え直すだろう。一人で二人共を助けることは困難だ。

だが、俺は父さんが迷わず向かう先がわかっていた。
だから、俺も迷わずに行く先を選択することができる。

俺は勢いよくアクセルを踏み込んだ。

kokomade
遅くなって申し訳ない


第二十五株 憎悪の開花



呪術師を跳ね飛ばす勢いで、俺はラヴェンデルに向かって集団に突っ込んだ。

魔剣士「ユキ!」

白緑の少女「ええ!」

助手席から実体化したユキが手を伸ばす。彼女の株を乗せていてよかった。

「ぐぁっ!」

魔剣士「ラヴェンデルは!?」

白緑の少女「怪我はないようです」

四女「にー! にー!」

魔剣士「あー……よかった」

人を轢く衝撃を気にする余裕もなく、俺は車を飛ばして奴等から距離をとった。


まだ安心はできない。呪術師の連中は既に反撃の準備をしている。
父さんは……上手いこと母さんを奪取できたようだ。

父さんがこの世で最も大切に思っているのは母さんだ。
いざという時に迷わないよう、子供に対しては常に精神的に距離を置いている。

父親としての責任は果たしてくれているし、人並みに可愛がってはくれるが、
いつでも割り切れるよう情が移り過ぎないようにしているらしい。そういう人だ。

それを特に不満に感じたことはない。ちょっと寂しく感じたことがある程度だ。


素晴らしいハンドルさばきで呪術師達の術をかわす。
見たところ優秀な呪術師達のようだが、術の精度が不自然な程低い。

焦っているためだろう。


こっちの戦力は父さんと俺とその他兵士。向こうは呪術師二十数名ほどだ。

アーさんやメルクはカナリアやルツィーレを守るために村から離れられない。
あっちも別のグループに襲われている。


父さんは母さんを抱えながらも俊敏に動いて炎弾を打っている。すごい筋力だ。

幸いこの辺りは草がそこそこ生えている。
魔力を通して精霊達にメッセージを送り、俺も遠隔で術を発動しつつ呪術師達の攻撃を避けた。

呪術師達がてんやわんやしている隙に父さんの部下達が物理攻撃で更に敵の戦力を削いでくれる。


ザンッ!


車体に風の刃が叩きつけられた。
防護壁を張っているから傷はつかなかったが、衝撃そのものを防ぎきることはできなかったようだ。

ガタガタと音を立てて緑の車体は動きを止めた。

魔剣士「ちょ……俺のエメラルド号ー!」

白緑の少女「精霊達に応急処置をしてもらいます!」


精霊達は車の構造なんて把握していない。つまり修理してもらうことは不可能だ。
壊れた車を精霊の力で無理矢理動かすことになる。

とりあえず寄ってきてくれた精霊に魔力を分け与えた。

魔剣士「やばいやばいやばいってあー! なんか敵増えてる!!」

瞬間転移術を使ったのか、呪術師がまた二十名ほど増えていた。
容赦なく俺達に向かって呪術が放たれる。


母さんの叫び声が聞こえた。完全に意識を取り戻したらしい。

四女「かーしゃ、かーしゃ!」

魔剣士「わああじっとしてろラヴェンデル!」

車が動き始めたところで、ニタニタと笑う立派なローブを着た老人が現れた。

主教「いいぞ……殺せ! 憎しみの華を咲かせるのだ!」

魔剣士「冗談じゃねえ!!!!」

精霊ブーストで走る車はやや動きがぎこちないがパワーはある。


主教「さあ早く!」

司祭「遺跡の守護結界の発動は完了しました」

司祭「しかし、殺してしまって本当によろしいのですか」

主教「聖玉の波動をもつ者なら他にもいる。また捕らえればよい」

司祭「いくら強力な結界を張っても、勇者ナハトには破られてしまうかもしれませぬ」

司祭「遺跡を失えば、儀式を行うことができなくなってしまうでしょう」

主教「全盛期の力はない。力をもたぬ復讐鬼は養分にしか成り得ぬ」

奴等は朔の日の夜に儀式を行い、ルツィーレがもつ聖玉の波動を最大限に高め、
聖玉の結界にぶつけようとしていた。

もし成功していたら、魔族が復活してこの世には憎しみが溢れる上に、
母さんはルツィーレを失ったことで再び復讐者になる。

オディウム教にとっては一石二鳥だっただろう。


すげえイライラしてきたから、琥珀で魔力を増幅して幹部と思われる連中に向かってでかい攻撃魔術を放ってやった。
父さんのでかい炎弾で攻撃された直後だったから、タイミングよく命中させることができた。

主教「うぐっ! おのれ……!」

司祭「づっ……」

腹が立ちすぎて逆に集中力が上がっている。
普段は運転しながら強力な術を発動するなんて器用なことはできない。

ついでにトリカブトの毒も撒いてやったのだが、
すぐに魔導器で防がれ、致死量を体内に流し込むことはできなかった。

司祭「げ、解毒を……!」

新たに現れた呪術師達の半数がその場に倒れ、中には嘔吐する者もいた。ざまあ。
嘔吐していない奴も手足の痺れでしばらくは動けなさそうだ。


白緑の少女「彼等……トリカブトを解毒する術をもっているようですね」

魔剣士「解毒剤も解毒術もまだ開発されてねえのにな……呪術やべえわ」

主教「オディウム神の加護を最も強く受けたこの私が直々に手を下してやろう!」

空気がピリピリと張りつめた。まずい。どうにか発動を食い止めねえと。

白緑の少女「駄目です! 結界に阻まれて攻撃が一切通りません!」

魔剣士「やべえ!」

戦士「防御に集中しろ!!」

魔剣士「ユキ!」

白緑の少女「はい!」

聖玉の波動持ち同士が力を合わせると、特殊な反応が起きて術が強力なものになるらしい。
ユキの魔力は、聖玉のプロトタイプである聖結晶の波動を濃く編み込んでいる。

互いの力を合わせれば強力な守護壁を張れる……と思ったのだが、
あくまでここにいるユキは少しの力しかもっていない分身だ。

強大な力を誇る本体じゃない。
植物を活気づかせる俺の魔力を大量にユキに流し込み、やっとの思いで強固な結界を生み出した。


老人の呪術が発動した。この世を呪う死の波動が雷のように宙を裂く。

魔剣士「どうにか持ちこたえてくれ……!」

何度も黒い柱が結界と衝突する。右腕が痺れて弾けそうだ。
ユキの肩を抱える左手から、ユキが受けているダメージが伝わってくる。

白緑の少女「浄化……しきれません……!」

魔剣士「くっ……」

結界にひびが入った。琥珀を通す魔力の量を増やす。

魔剣士「あっ」

琥珀が激しく瞬き、目映い閃光を何度も放ち始めた。

四女「ひゃっ」

魔剣士「まずい暴走する!!」

魔力の爆発を防ぐため、咄嗟に琥珀の使用を中断した。


溢れた生の波動が木の枝となって伸び、黒い柱をいくらか防いだが、
俺が魔力の放出をやめたことで結界が弱まってしまった。

ユキとラヴェンデルを庇った瞬間、守護壁の欠片がガラスのように散った。
死の波動に体を撃たれる。

魔剣士「ってえ……」

四女「ふあ……にいに……うああああああああん!!」

魔剣士「急所には当たってないからっ……大丈夫だって」

白緑の少女「すぐに浄化を!」

魔剣士「そんな余裕はなさそうだぞ」

老人はでかい呪術を撃った直後で膝をついているが、部下達が次の攻撃の準備を終えていた。
痛む足でアクセルを踏む。

体のあちこちから血が流れるが、そんなことは気にしていられない。

「ええい、ちょこまかと!」

「あつっあつっ誰かヘリオスを止めろ!!」


再びさっきの術を放たれたら勝ち目はない。
あれは、イガルクとかいう人のよりも鋭い闇だった。

血に視界を塞がれ、何度も瞬きを繰り返すと、前方に白い軍服を着た兵士が見えた。
味方だ。轢くわけにはいかない。急ハンドルを切る。

ガツッ

でかい石を踏み、車体が浮いた。玉がヒュンとする。
左のタイヤが先に地面と接触した。

横転こそしなかったが、大きな隙が生まれ、鋭い棘で車体が刺された。

白緑の少女「……もう精霊の力を借りても走れません!」

呪術師「娘は貰うぞ!」

呪術師はまるで氷の上を滑るかのように移動し、ラヴェンデルに手を伸ばした。
庇おうとしたユキが振り払われ、実体化が弱まる。

魔剣士「させるかよ……!」



あれ、おかしいな。

歩けねえ。


脇腹に激痛が走る。目をやると、そこには闇が纏わりついていた。

四女「や! やーあー!!」

魔剣士「ラヴェンデル……ラヴェンデル!!」

主教「よくやった」

司祭「私が手を下しましょう」

主教「よかろう。さあ見よ、かつての勇者よ! 己の子がこの世から消え去る様を!!」

勇者「嫌……いやあああああああああ!!!!」

戦士「くっ……アルカさん!」

父さんも深い傷を負っている。

魔剣士「やめろ!!!!」

司祭「哀れな子羊 幼き娘よ」

司祭「其方は憎しみの糧 新たな時代の礎と成れ」

黒なのか白なのかわからない雷が、ラヴェンデルを撃った。

それと同時に、力が暴走しかけた影響なのかどうかわからないが、
琥珀越しに俺の魔力がどっと抜けた。手に力が入らなくなる。


幼い悲鳴が響き、末の妹の姿は消え去った。



守れなかった。


俺の力不足で。


ちくしょう……ちくしょう……!!
腹の底から怒りが込み上げる。何よりも憎いのは自分自身だ。


ただただ茫然とする母さんを、父さんが支えていた。
やがて母さんの目に憎悪の色が表れる。

主教「よいぞ……憎しみの波動じゃ……!」

司祭「オディウム神を祀る遺跡が近いこの土地で開花させることができました」

司祭「この波動はすぐに我等が神の糧となるでしょう」

主教「これで……これで漸く我等の時代が訪れるのじゃな」

主教「オディウム教の繁栄の時代じゃ!!」

勇者「よくも……よくも……」

勇者「…………殺してやる!!!!」


主教「漲る……漲るぞ! もう少しで我が神は復活する!」

空に黒い靄が現れた。まるでカラスの大群だ。

戦士「エリウス、母さんを気絶させてくれ!」

魔剣士「っ……気絶<フェイント>!」

勇者「っ――!」

……父さんは、至って冷静に判断を下した。黒い靄の増加が止まる。

呪術師「旭光の勇者ヘリオスからは、憎悪の波動が放たれていないようです」

呪術師「在るのは……静かでありながら激しい怒り」

主教「馬鹿な!! 我が子を目の前で殺されていながら冷静さを保つなど!!」

司祭「子を愛していなかったというのか!?」

魔剣士「ちげえよ……!」

父さんはただ……子供を見殺しにする覚悟ができていただけだ。
俺達は愛されていないわけじゃない。

主教「その男も殺せ!! 流石に2人も失えば少しは取り乱すだろう!」

司祭「しかし、エリウス・レグホニアは生かしておけば糧となるでしょう」

主教「奴は大精霊の力を秘めておる。あまりにも危険じゃ」

司祭「わかりました」

男が俺に向かって杖を掲げ、再び呪文を唱え始めた。


魔剣士「母さん! ずっと素直になれなくてごめん!」

魔剣士「俺、本当は母さんのこと大好きだから!!」

魔剣士「母さん…………」

気を失っている母さんに向かって、俺は虚しく叫んだ。

あー、俺もここで終わるのか。親孝行したかったのにな。

最後に悪足掻きでもしようと思ったが、
また琥珀に魔力を吸い取られ、大量に放出された。

もう、俺にできることは何も残されていない。体中が痛む。

起き上がったユキが俺に寄り添った。彼女は弱々しく消えかかっている。
俺達は互いの手を握り合い、見つめ合い、そして静かに目を閉じた。


激しい重力に引きつけられるような、無重力の空間に放り出されたような、
未知の感覚に襲われた。

























魔剣士「……ここが天国かあ。緑が溢れてるんだな」

周囲には草原が広がっている。近くには森もあった。

魔剣士「はあ……意外と痛くなかったな……」

魔剣士「父さん……母さん……ラヴェンデル……ユキ……」

魔剣士「こんなことなら、カナリアとしっかり仲直りすればよかったな……」

白緑の少女「あの……エリウスさん」

魔剣士「はは……愛車も一緒に天国来てるのか……」

白緑の少女「エリウスさん!」

魔剣士「あれ……なんでユキまで天国にいるの」

姿は見えないが、声だけが苗から聞こえている。

白緑の少女「生きてるみたいですよ」

魔剣士「え?」

瞬きをして、よく景色を見渡した。
寒い地方に多く分布している針葉樹がたくさん生えている。
草もよく観察した。

魔剣士「この植生……おそらくセーヴェル大陸の真ん中より北らへんの土地だ……」


魔剣士「……なんで?」

白緑の少女「……何故でしょう」

白緑の少女「さっき、不思議な力を感じたのですが、私も弱っていたので……」

白緑の少女「はっきりと感じ取ることはできませんでした」

傷は治ってはいないが、闇がいつの間にか浄化されていた。

魔剣士「あっちに町があるな。行ってみるか……車修理してえし」

街道を走っていた高級車が俺達の目の前で止まった。
中から出てきたのは初老の気品のある貴族だ。

貴族「そこの君、血だらけじゃないか。一体どうし……」

貴族は俺の顔を見た途端に眉をひそめ、涙を流して俺に抱きついた。

貴族「う……うぅぅぅ……うぁあああ」

魔剣士「あの……」

一体なんなんだ。とてつもなく逃げたいがそんな気力は残っていない。

貴族「あぅ……ぁ…………ずまながっだ…………あぃじでだのに……」

魔剣士「すみません、俺そういう趣味ないんすけど……」

貴族「アルカ……ディア……」

魔剣士「んえ?」

知っている名前が聞こえたところで、俺は体力が尽きて意識を失った。

kokomade


第二十六株 インドールとかスカトールとか


甘いバラの香りがする。
目を開けると、品のあるデザインの天井が見えた。金持ちの館だろう。

上体を起こした。

メイドさん「あら、目を覚まされましたか。少々お待ちください」

白緑の少女「ああエリウスさん、よかった……」

魔剣士「ユキ……」

全長20cmほどの小さなユキが枕元で胸を撫で下ろした。
力が回復していないのだろう。完全には実体化しておらず、半透明だ。

青い石「あれここどこ」

魔剣士「モル久しぶり」

喋るのは面倒だから念で今までの状況をアウィナイトに注ぎ込んだ。

しばらくすると、この館の主であろう男性が部屋に入ってきた。
俺に抱きついてきた貴族だ。

魔剣士「助けていただいたようで」

貴族「…………」


まだ体が痛むが、思ったほどではない。

貴族「酷い傷だったからね。治療師を呼んだのだが、すぐには完治させられなかったそうだ」

貴族「まだ無理をしてはいけないよ」

魔剣士「はあ……どうも」

貴族「…………」

神妙な面持ちだ。

貴族「エリウス・レグホニア君だね。すまないが身分証を確認させてもらったよ」

魔剣士「……うちの母のことをご存じなんすかね」

貴族「…………」

貴族「彼女は……幸せかね」

魔剣士「…………」

魔剣士「はい」

貴族「そうか。それはよかった」

主に俺やルツィーレが泣かせてはいたけれど、母さんは……幸せに暮らしていたと思う。


貴族「今はゆっくり休みなさい。事情は落ち着いた後で聞かせてくれるかね」

魔剣士「はい」

貴族「ああ、まだ名乗っていなかったね。私はヴァルター・フォン・デーニッツだ」

ヴァルターさんは部屋を出て行った。

青い石「あー、彼のこと知ってる。アルカの文通相手」

あれから一体どうなったのだろう。父さん達は無事だろうか。
携帯で連絡を……と思ったが連絡機能が立ち上がらない。故障しているようだ。

通話器を借りようにも、そもそも番号を覚えていない。
パソコンは電源すらつかない。あれだけ揺れたら壊れもするだろう。

携帯の日付けを見たら、あれから1日後だった。

魔剣士「……精霊達に父さん達のことを聞きたいんだけど」

白緑の少女「精霊達はひどく怯えています」

白緑の少女「だいぶ距離も離れているようですし、情報の伝達は遅れるでしょう」

参ったな。


窓から外を見た。薄曇りだ。
しばらくしたら動く気力が湧いてきたから、執事に断りを入れて庭に出てみた。

魔剣士「うわすごい……こんな見事な薔薇園を見たのは初めてだ」

たくさんの夏薔薇が咲いている。
アポロン先生が手入れをしている大学の薔薇園よりすごい。

魔剣士「……あぁ」

いけない……性欲が……。

白緑の少女「…………」

魔剣士「ごめん」

ユキが嫉妬してぎゅっとしがみついてきた。

薔薇の花に情欲を掻き立てられはしたけど、これは決して浮気ではない。
普通の男だって、本命以外の女の裸を見ても勃つものは勃つんだろ。同じことだ。

手入れを施された薔薇の精霊達はいたって元気だ。
中指サイズのお色気お姉さんな精霊が手を振ってくれた。


魔剣士「見るのもいいけどローズティーにもしてえな」

貴族「メイドがこしらえたものがある。飲むかい」

魔剣士「ひえっ」

わりと近くにいることに気が付かなかった。

魔剣士「いただきます。できればテイクアウトもしたいです」

貴族「好きなだけ渡そう」

魔剣士「あざます」

貴族「…………」

魔剣士「なんでそんな悲しそうな顔してんすか」

貴族「…………」

いっけね聞いちゃいけないことだったかな。

貴族「……彼女と最後に会った時、私は彼女がアルカディアであることに気が付かなくてね」

貴族「酷いことを言ってしまった。……言わせてしまった」

魔剣士「…………」

貴族「君の姿を見ていると、その時のことを思い出してしまってね」

すみません。


貴族「彼女にこの薔薇園を見せることが、子供の頃の私の夢だった」

……結婚指輪をしているから既婚ではあるのだろうが、
若い頃のことには何かと悔いが残っているのだろう。

魔剣士「見せたいなら、俺が見せますよ。写真になりますけど」

幸い携帯のカメラ機能は生きていた。

撮影が特別得意というわけではないのだが、被写体が植物の場合は別だ。
プロのカメラマン並みの写真を撮ることができる。

貴族「……彼女はいい息子をもった」

どうだろう。俺はろくな息子じゃないと思う。親不孝ばっかで。

……母さん達、生きてるのかなあ。


貴族「君の車は修理に出している。……修理の見通しは立たないそうだ」

マジかよ……。

魔剣士「携帯とパソコンも修理に出したいんすけど、いい業者さんご存じじゃないですかね」

貴族「すぐに呼ぼう」

魔剣士「助かります」

メイドさん「ローズティーをお持ちいたしました」

魔剣士「どうも」

カップに浮かべられた花弁が何とも愛らしい。

魔剣士「……うめえ」

優雅な香りが神経を刺激する。

魔剣士「後で作り方教えてもらっていいすか」

メイドさん「すみません、門外不出でして」

貴族「いいよ」

メイドさん「え、いいのですか?」

魔剣士「あざっす。人に教えたりネットに上げたりはしないんで」

秘伝のレシピゲットだぜ。

精霊王「しかし美味だなこれ」

魔剣士「ほんと美味い」


魔剣士(なんだ今の声)

精霊王「生命の結晶の力が琥珀に馴染んできてさあ」

精霊王「思念体として魂の部屋の外に出られるようになってきたんだよ」

魔剣士(は?)

精霊王「説明しよう。死後、精神体は主に己の魂にある自室で過ごすのだ」

精霊王「だが俺は極めて強力な生命のエネルギーを浴びたことにより、」

精霊王「この琥珀越しに魂の外の世界と干渉できるようになったのである」

魔剣士(は?)

精霊王「いやだからおまえの前世である俺がおまえに話しかけられるようになったんだよ」

精霊王「ピンチの時に琥珀光ってたろ、あれ俺が助けてやったんだよ」

魔剣士(ふーん)

魔剣士(……名前なんだったっけ)

精霊王「おまえの名前俺から来てるんだけど」

魔剣士(え、そうなの)


精霊王「おまえの体に宿った時、おまえのおっかさんの夢の中で」

精霊王「『我が名はイウス!』って名乗ったら」

精霊王「エルディアナのエルとくっつけてエリウスになった」

魔剣士(マジかよ)

精霊王「これでもう忘れないだろう少なくともファーストネームは」

魔剣士(そういや似たような話母さんから何回も聞かされてたけど今の今まで忘れてた)

青い石「ひどい」

魔剣士(聞こえてんのかモル)

青い石「うん」

背後霊が増えてしまった。

白緑の少女「……イウス?」

精霊王「俺のスフィィィィィ!!」

白緑の少女「イウス、イウス!」

ユキが泣きながら琥珀にくっついている。


そりゃあなあ、死に分かれた恋人と話せたら泣いて喜ぶよなあ。
薔薇の棘が突き刺さったかのような痛みが胸に走る。

精霊王「敵の術を捻じ曲げて助けてやったんだから感謝しろよなー」

魔剣士(琥珀に魔力をごっそり抜かれたの、あんたの仕業だったのか)

魔剣士(……ってことは、ラヴェンデルは)

精霊王「生きてると思うけど何処に飛んだかわからん」

精霊王「植物が生えてる場所にさえいれば、」

精霊王「多少時間はかかるかもしれんがそのうち精霊が情報を寄越すだろう」

魔剣士(砂漠のド真ん中や雪山に飛んでたら)

精霊王「諦めてくれ」

……生きている可能性があるというだけでも希望が持てる。
母さんに知らせないと。

精霊王「礼の1つでも言ったらどうだ」

魔剣士(ありがとうございます前世様!)

青い石「孫を助けていただきましてありがとうございますありがとうございます」


魔剣士「…………」

精霊王「その体と魔力の回復し具合じゃあろくに行動できねえだろ」

精霊王「そわそわしてても仕方ないぞ」

魔剣士「…………」

精霊王「とにかく今は休んどけ」

「おい通せ! 中に入れろ!」

「どうかお帰りください」

「通せと言っている!」

貴族「また来たか……」

魔剣士「なんすかこの言い争い」

貴族「ローズティーのレシピを教えろとしつこく言ってくる喫茶店の店主がいてね」

魔剣士「よく貴族にそんなことできますね」

貴族「彼自身は平民なのだが、どこぞの王族の血を引いているらしくてね」

あーいるいる、先祖が王侯貴族だからって自分も偉いと勘違いしてる奴。


執事「お引き取りくださ……あああああ」

喫茶店主「あのローズティーのレシピを寄越せ! 利益の一部は払ってやる!」

喫茶店主「悪い話ではないだろう。これ以上勿体ぶるのであれば手段は選ばんぞ」

貴族「ふう……」

魔剣士「脅迫じゃないですかねそれ」

喫茶店主「なんだこのボロボロの男は!」

魔剣士「俺なりにおすすめのレシピ教えるんで勘弁してさしあげてくださいませんかね」

喫茶店主「おまえのような若造がレシピの1つも持っているものか!!」

魔剣士「あ???????????」

魔剣士「俺一応料理の道では有名人なんですけど???????」

魔剣士「俺が運営してる料理教室サイトは毎日1000万PVいただいてるんですけどぉ!?!?!?!?!?!?」

喫茶店主「で、出まかせを……あっ」

喫茶店主「ししししかし所詮は平民だ!」

魔剣士「あんたこそ平民だろ」

腹が立ったので、回復しかけの魔力で簡単な魔法を発動した。


喫茶店主「うっ」

青い石「何したの」

魔剣士(あいつの鼻に濃縮したとある成分を送り込んでやったんだが)

魔剣士(薔薇ととあるきったねえものはにおいの成分一緒だって知ってた?)

青い石「え、わかんない」

喫茶店主「うぉげえええげほっげほっ」

魔剣士(ヒントというか答えは『イッヒ フンバルト デ』)

青い石「ああうん言わなくていいよ」

喫茶店主「なんだこの臭いはあああああああ覚えていろ!」

奴は逃げ帰っていった。

魔剣士「ちょっと屋敷に簡単な術式を取り付けていいですかね」

貴族「か、構わんが」

魔剣士「……よし」

魔剣士「これであの人が来る度に、あの人の鼻を便臭が襲うんで」

魔剣士「あの人はもうこの屋敷に入れないっす」

貴族「う、うむ」

魔剣士「あ、バッテリーの補充はお忘れなく」

貴族「た、助かった……よ……?」


魔剣士「善行を積むのって気持ちいいな」

青い石「やり方が汚すぎる」

……回復しきらない状態で魔法使ったから疲労がやばい。

魔剣士「薔薇園のど真ん中で寝てていいすか」

貴族「い、いいよ」

薔薇の精霊達に元気を分けてもらおう。
愛されてる子達はバイタリティに溢れてて最高だ。

魔剣士「ふぅー……」

白緑の少女「風邪、引きますよ」

魔剣士「ユキの愛があったかいから大丈夫だよ」

精霊王「あ、それ俺が奪ったから。というか返してもらったから」

魔剣士「ちょっと待てや」

白緑の少女「イウス!!!!」


白緑の少女「…………」

魔剣士「両方好きでいていいよって言ったの俺だし」

魔剣士「俺にも愛を注いでくれたらそれでいいから」

ユキが申し訳なさそうにしながら添い寝してくれた。可愛い。

精霊王「なんだかんだで器のでかい今生だな」

どうだろう。

青い石「お父さんに似たんだよ」

自分に自信がないから諦めているだけかもしれない。
負い目を感じているユキに安心感を覚えるのも、やっぱり自信のなさの顕れなんだろう。

他人が失敗してるのを見たらほっとすることあるでしょ。
それと似たような……感じ…………ねっむ。

――――――――
――


2日後

貴族「……随分回復したようだね」

寝まくってたし、ヴァルターさんが呼んだ治療師の腕が良かったから早く回復できた。

車も今日中に直るらしい。
見通しが立たないと言われたのは、俺の車がフルオーダーであるために車種が特定できなかったからだったらしい。
設計書を提出してからはスムーズに修理が進んでいる。

貴族「この記事を見てみなさい」

新聞を出された。この間の戦いについて記述されている。
アークイラが前に出て、トップには逃げられたものの呪術師連中のほとんどは倒したらしい。

やっぱばけもんだわあの人。
父さんも生きている。母さんについては……何も書かれていない。


業者「携帯とノートパソコンをお届けに上がりました」

魔剣士「データは……」

業者「無事です」

よかった。

魔剣士「もしもし父さん」

戦士「……エリウス!? おまえ……」

魔剣士「ラヴェンデルも生きてるかもしれないんだ」

戦士「そうか……よかった」

魔剣士「……母さん、どうしてる?」

戦士「……アークイラ君に強力な眠りの魔術をかけてもらった」

母さんが起きたら、きっとオディウム神は更に憎悪を吸うだろう。
眠らさざるを得ないんだ。

魔剣士「こっちの詳細は後でメールで送るから」

もう一度新聞に目を落とした。
オディウム神は今にも復活しかかっているそうだ。


車を引き取りに行くため外に出た。

魔剣士「あ……ピカピカだ……」

涙が出た。

魔剣士「……オディウム神って一体どうすりゃいいの」

精霊王「俺そういうのそっちのけで来世の体探し回ってたからあんまよくわかんねえや」

精霊王「とりあえず他の大精霊に話聞きに行くか」

白緑の少女「ここから最も近くにいる大精霊様は……シレンティウム様です」

精霊王「げっ、俺あいつ苦手なんだよなあ」

魔剣士「どんな奴だそれ」

精霊王「シレンティウム=ラピスラズリィ。融通が利かない堅物だ」

青い石「ラズ半島の守護神だよ」

魔剣士「ってことはモルの故郷に行きゃいいんだな」


魔剣士「お世話になりました」

貴族「いつかまた顔を見せてくれ」

魔剣士「はい」

挨拶を済ませて町を出る。少々名残惜しいが、そう長く滞在する時間はない。

精霊王「他の大精霊のとこ行かない?」

白緑の少女「我がままを言う余裕はありませんよ」

ラズ半島……ラピスラズリの産地。母さんの故郷。

魔剣士「モルの墓参りかあ~」

青い石「複雑な気分なんだけど」

南東に向かって車を走らせる。
南の空で、僅かに黒が揺れた気がした。

ここまで
>>571でうっかり青い石が喋ってるのはあれです、消し忘れ的なミスです……

第二十七株 瑠璃の土地


シコシコシコシコ

精霊王「あー性感ってすげえな、人間の体気持ちいー」

魔剣士「ちょっ、喋んなや」

シュン……

魔剣士「っだーもう萎えたじゃねえか!!」

精霊王「頑張って復活させろ」

魔剣士「ちくしょう!!!!」

魔剣士「…………うっ」

精霊王「ふぅ……」

魔剣士「こんな最悪なオナニーは生まれて初めてだ」


魔剣士「勝手に感覚共有するのやめろ」

精霊王「えーだって人間の身体興味深いんだもん」

精霊王「琥珀を置いてこなかったお前の自業自得だ」

魔剣士「装備してなかったらなかったで不安なんだっつの」

精霊王「え? 俺のこと頼りにしてくれてんの??」

魔剣士「そうじゃねえよ」

生命の結晶の力が循環する経路が形成されているため、下手に手放すことができないのである。
魔法も琥珀があった方が強力になる。

精霊王「ちなみに琥珀を装備しなくても、口を利いたり感覚の共有ができなくなったりするだけで」

精霊王「おまえのやってることは全部見えてるからな」

魔剣士「俺のプライバシー……」

非常に憂鬱である。
賢者モードになり、性的な嫌な記憶がじわじわと精神を圧迫してきたことで更に気が滅入……

魔剣士「はっ、ぐ、ぅっ……」

上手く呼吸ができない。

精霊王「おいしっかりしろ!」

――――――――
――


魔剣士「う……」

白緑の少女「エリウスさん……よかった」

パニック発作を起こして失神していたらしい。まだ体がだるい。

魔剣士「ユキ、ユキ」

普通の人間サイズに実体化しているユキに抱きついた。

白緑の少女「もう、あんな目に遭うことはないんです。大丈夫ですよ」

トラウマはそう簡単には解消できない。

不能はもう治ってるし、性欲も普通に湧くから処理をしないといけないのに、
今でもフラッシュバックを起こすことがある。

今はわざわざ強姦されなくても、充分質のいい魔力を植物に供給することができるし、
身の守りを固めれば、余程のことがない限り人間にも襲われないだろう。

でもつらいものはつらいんだ。


魔剣士「そういやさあ、俺の恋愛対象が植物なのってさあ」

魔剣士「前世があんただから?」

精霊王「おまえが変態なだけだぞ」

魔剣士「あっそ」

精霊王「ごめん適当に言った」

魔剣士「……俺が普通の男だったとしても、ユキとだったら恋に落ちていたような気がする」

精霊王「そりゃ運命の相手だし」

精霊王「陰陽太極図を思い浮かべてみろ」

魔剣士「なにそれ」

精霊王「検索しろ」

勾玉が2個くっついたような図形だ。

精霊王「俺達の魂が黒い方の勾玉だとしたら、俺のスフィの魂は白い勾玉なのだ」

魔剣士「つまりぴったり型が合うと」

精霊王「そのとおりだ」


精霊王「型が合わない相手と恋に落ちることは全く珍しくないし、結婚することもある」

精霊王「しかーし! 運命の相手と出会ったら必ず惹かれ合うのである」

精霊王「己のセクシュアリティとは関係なくな」

精霊王「ゲイでありながら1人の女性と愛し合ったって話たまにあるだろ」

魔剣士「知らねえよ」

精霊王「ちなみに俺のスフィも人間は恋愛対象じゃないからな」

魔剣士「いちいち『俺の』って付けるな」

精霊王「お? 嫉妬か? お?」

魔剣士「ユキはおまえの所有物じゃない。もちろん俺のでもない。ユキはユキ自身のものだ」

精霊王「一枚上手なこと言いやがって」

魔剣士「おやすみ」


――ラピスブラオの町

白緑の少女「シレンティウム様の許には夜に伺った方がいいでしょう」

精霊王「あいつの波動夜のが活発になるもんな。弱ってるわけだし昼は寝てそうだ」

魔剣士「夜までは時間あるな……。モル、おまえの墓何処?」

青い石「あっちの丘」

魔剣士「黒髪青目率たけえなこの町」

青い石「ラズ半島に住んでたら『瑠璃の民』が生まれてくる確率が高くなるからね」

瑠璃の民……前にモルが言っていた「うちの民族」のことだ。



青い石「これが第一次レッヒェルン領襲撃事変の集団慰霊碑」

青い石「あっちが第二次の方みたいだね」

魔剣士(おまえの名前一番でかく彫られてるんだな)

魔剣士「安らかにお眠りください」ペコリ

青い石「私がまだ眠ってないのは君のことが心配すぎるからなんだけど」

魔剣士(ところでさ)

青い石「うん」


魔剣士(主にジジババ世代が俺の顔見てめっちゃ拝んでくるんだけど)

青い石「私の顔……というか、代々領主になる人間の顔を知ってる人は」

青い石「君の顔を見たら期待しちゃうかも」

青い石「『やっと瑠璃の民の族長になる人物が生まれたんだ』って」

魔剣士(奇行に走って幻滅してもらおーっと)

青い石「やめて恥ずかしい」

魔剣士「ドクダミおいしー」

青い石「うう……」



領主代理「あのー……」

魔剣士「はい」

領主代理「もしかして、エリウスさんですか」

魔剣士「はい」

20代半ばか30前後くらいの、真面目そうな眼鏡の男だ。
髪色はクリームだが目はアウィナイトの色をしている。

領主代理「族長が現れたという騒ぎを聞いて、もしかしてエリウスさんではと思いまして」

領主代理「私はこの土地の領主代理を務めているエーアスト・フォン・ハーメルです」


魔剣士(親戚?)

青い石「そうだよ。前は彼の両親がこの土地を管理してくれていたんだ」

領主代理「もしよろしければ、領主の館にお招きしたいのですが」

魔剣士「え、泊めてもらえるんですか」

領主代理「はい」

そういえばまだ宿を取ってなかった。


青い石「実家が建て直されてる……ありがたいなあ。外観そのままだし」

青い石「ああ、エントランスの構造も昔のままだ……」

魔剣士(良い家に住んでたんだなおまえ……そりゃ大貴族だもんな)

青い石「意外と置き物とかも残ってて嬉しいな」

領主代理「こちらがあなたの祖父、モルゲンロート氏の肖像画です」

モルだけじゃなく、モルの兄弟や両親らしき人物も描かれている。

魔剣士「アルクスかと思った」

描かれているモルは10歳ほどの子供だ。アルクスが成長したらこんな感じになるだろう。

領主代理「アルクスさんのことは伺っております」

領主代理「私がきっとアルクスさんを立派な領主に育て上げてみせますよ」

魔剣士(え?)


魔剣士(どういうこと)

青い石「あー、えっと」

青い石「アルクスは瑠璃の民の族長、即ちレッヒェルン領の領主となる存在だから」

青い石「12歳になったらこっちに来ることが決まってるんだよ」

魔剣士(本人の意思と関係なくか?)

青い石「なんというか……代々当主となる人物は、この土地を守ろうとする本能があるから」

青い石「いずれ自ら来たがると思う」

魔剣士(母さんもこっちに来るわけじゃないんだろ)

魔剣士(あんなに母さんべったりなのに大丈夫なのかよ)

青い石「それ私もヘリオス君も心配してる」

よくわからんが、レッヒェルン家には「瑠璃の民の族長となる人物」が生まれてくるらしい。
んで、そいつ等は代々同じような顔をしていて、ラズ半島を守ろうとする本能があると。

それ以外の人物が領主になろうとしても、なかなか民から認めてもらえないらしい。
だからエーアストさんはあくまで領主“代理”なのだそうだ。


アルクスのことを大して可愛いと思ったことはなかったが、少し可哀想に思えた。
あいつ絶対母親離れできねえもん。
母さんも子離れできないだろうし……。


エーアストさんに晩餐をご馳走になって、それから鉱山に向かった。

精霊王「やっぱり行゛き゛た゛く゛ね゛え゛よ゛お゛」

魔剣士「うるせえぞ……」

白緑の少女「ええと、あの洞窟におられるようです」

魔剣士「暗っ……」

急な坂が続いている。

精霊王「だいぶ下まで潜る必要がありそうだぞ」

魔剣士「俺運動神経鈍いんだけど」

何度も怪我を負い、その度に回復魔術を使って洞窟の下層部に進んだ。

精霊王「可哀想なほど不器用な奴」

魔剣士「うっせ」


魔剣士「ちわ~っす……」

瑠璃精霊「……来おったか、とちくるって我が眷属に転生した阿呆め」

精霊王「ほっとけ」

洞窟の奥にいる大精霊は、髪も目も夜空のような深い青だ。
そしてラピスラズリのように金が散っている。肌は白い。

勇者ナハトを彷彿とさせる容姿である。

青い石「私と顔立ちそっくりー」

精霊王「オディウムのことなんだけどさあ」

精霊王「多分大精霊達で協力して毎回封印してたんだろ」

精霊王「でもおまえらもう力残ってないじゃん」

瑠璃精霊「おまえ1人が欠けたおかげで、我等がどれほど苦労したか」

瑠璃精霊「おまえは知る由もないだろう。色ボケ男は一生死んでいればよかったものを」

精霊王「そう言うなよ……」

一生死んでいるというのもなかなか特殊な表現である。


精霊王「俺だって好きで転生し損ねたわけじゃないしー!」

瑠璃精霊「我等はオディウムが復活する度に蘇生術を使用した」

瑠璃精霊「戦う力を取り戻すには、まだあと数万年は要する」

魔剣士「蘇生術?」

瑠璃精霊「滅亡の危機に瀕した際、我等大精霊にのみ使用を許される術だ」

瑠璃精霊「瑠璃の民は私が人間の死体と魂を基に創った。おまえはその末裔だ」

精霊王「一応俺が直接治めていた土地の人間の子孫でもあるからな」

魔剣士「え、そうなの」

精霊王「おまえの親父さんの祖先は今で言うアクアマリーナから南に移住したのだ」

魔剣士「ふーん」

精霊王「あ、ついでに言うとおまえのおっとさんは俺の下僕のうまれかわ」

瑠璃精霊「話を戻すぞ」


瑠璃精霊「オディウムが完全に復活すればこの世は滅びる」

瑠璃精霊「おそらく自らの信徒をも皆殺しにするであろう」

瑠璃精霊「奴は生を司る神々を深く憎んでいるからな。命ある者全てを闇に葬るに違いない」

精霊王「対処法は」

瑠璃精霊「無い」

瑠璃精霊「……と思っていたのだがな」

瑠璃精霊「この世で唯一、奴と戦っておらぬ大精霊がいるだろう」

精霊王「俺じゃん」

瑠璃精霊「わかっているならば話は早い」

精霊王「いや俺自体は生きてないし全盛期の力は使えねえよ」

瑠璃精霊「使う手段はあるだろう」

精霊王「そりゃあるけど」


瑠璃精霊「幸いオディウムの復活は不完全だ。今ならばおまえ一体の力で葬ることができる」

精霊王「やだー! 怖ーい!」

白緑の少女「イウス、そんなことを言っている場合じゃないでしょう」

魔剣士「前世様が戦うってつまり俺も神様レベルの存在と戦わなきゃいけないんじゃ」

精霊王「もっとさあ、大精霊全員の回復速度を速める方法とかさあ」

瑠璃精霊「あったら苦労しておらぬ」

精霊王「マジかよ」

魔剣士「で、どうやったらおまえの力を復活させられるんだよ」

精霊王「1.おまえの中にある生命の結晶の力をフルに使って俺と相性の良い木を急成長させます」

精霊王「2.この肉体を捨ててその木に宿ります。以上」

魔剣士「あ、それなら多分すぐにでき……」

魔剣士「……俺はどうなんの? それ」

精霊王「死ぬ」

魔剣士「ええー……」

青い石「やだー!」


魔剣士「どうしても死ななきゃおまえの力復活させられねえの?」

精霊王「少しくらいならこの前のように琥珀越しに使えるんだが」

精霊王「フルパワーを出そうとしたらこの肉体は弾け飛ぶだろうな」

魔剣士「…………」

瑠璃精霊「我が加護の力を強めてやろう。その青き石を渡すがよい」

シレンティウムさんはアウィナイトを手に取り、力を注ぎ込んだ。

青い石「あっすごい。温泉に浸かってる気分」

瑠璃精霊「数ヶ月しかこの力は持続せぬが、少しは体が丈夫になるだろう」

瑠璃精霊「……疲れた。私は眠る精々健闘することだな」


精霊王(スフィに聞こえねえようにおまえの脳内に直接話すけど)

精霊王(俺の精神体と融合すればおまえの精神は死なずに済むぞ)

魔剣士(融合?)

精霊王(スフィは二股をかけていることに負い目を感じている)

精霊王(俺とおまえが1人になれば、スフィを罪悪感から解放してやれるわけだ)

魔剣士(…………!)

精霊王(融合といっても、魂の中にある互いの部屋を繋ぐだけだ)

精霊王(おまえが強く表に出ることだってできるし、面倒な時は引っ込んでいられる)

精霊王(不要な感情を意識的に抑えることができるから人間よりも遥かに楽だ)

精霊王(ただ一つ、愛を求める感情だけは抑えられねえけど)

魔剣士(……それってさ、自閉症治んの?)

精霊王(この肉体を捨てれば脳に精神を支配されることはなくなるからな)

精霊王(そういったエラーからもおさらばだ)


精霊王(たかだか数十年しか生きられないおまえでも、俺と融合すれば永遠にスフィと共にいられる)

精霊王(悪い話じゃないだろ)

魔剣士「…………」

魔剣士(俺さ、自分のことがあんまり好きじゃないし、)

魔剣士(ユキと一緒にいられるなら、おまえと1つになることには抵抗ないんだけど)

魔剣士(俺はやっぱり父さんと母さんの子供だから)

魔剣士(2人が生きている限りはエリウス・レグホニアでいたい)

精霊王(そうか)

精霊王(ならしゃあねえな、他の方法考えるか)

精霊王(おまえが生きたまま敵を倒す方法をな)

魔剣士(わりぃ)


白緑の少女「あの……」

魔剣士「ん」

白緑の少女「難しい顔をしておられるので、イウスが妙なことでも言ったのではと……」

魔剣士「まあ、いつものことだから」

魔剣士「ほら、掴まって。鉢植え持ったままじゃ上手く登れないでしょ」

白緑の少女「ありがとうございます」

ユキは実体化を保ったまま空を飛べるが、飛行は消費魔力が多く、今は念のため魔力を節約している。
分身だから魔力容量が小さいのである。

実体化しなければ別に浮遊は何の負担でもない。

魔剣士「つらかったら俺が鉢植え持つから実体化解いてもいいよ」

精霊王「おまえがすっころぶからスフィは自分で依り代運んでんだろ」

魔剣士「うっせ!!!!」

苦笑いしているユキの細い手を掴む。

花弁のような、滑らかでひんやりとした肌触りだ。
ずっと繋がっていたい。


町に戻った。

少女「お父さん、晩御飯おいしかったね! また食べに行こうね!」

父親「ああ、今度はお母さんの誕生日にな」

父親が小さな女の子を両手で持ち上げて抱っこした。

青い石「いいなあ」

青い石「私は……この腕で娘を抱き上げることができなかった」

青い石「あんまり早く死んじゃだめだよ」

魔剣士「そうしてえわ」

白緑の少女「……もしかしたら、私の本体を使えば、」

白緑の少女「エリウスさんの命を犠牲にしなくても、」

白緑の少女「イウスの力を復活させることができるかもしれません」

魔剣士「ほんと?」

白緑の少女「悠久の時を生きた私の体なら、イウスの力の大きさに耐えられるでしょう」

白緑の少女「相性も問題ないはずです。ただ……」

魔剣士「ただ……なに?」


白緑の少女「その……ヒトの倫理的にはあまり女性が口にすべきことではないのですが」

精霊王「事前に魔力を交換して馴染ませなきゃいけないんだろ」

魔剣士「それはつまり」

精霊王「セックス」

魔剣士「…………」

魔剣士「普通に魔力送り込むのじゃだめなの」

白緑の少女「エリウスさんは人間ですから、肉体的に深く交わる必要がありますし、」

白緑の少女「そして、できるだけ昂っている魔力が望ましいので……」

魔剣士「…………」


白緑の少女「オディウム神の影響で不安定になっていた本体との通信状況も、」

白緑の少女「ある程度回復してきました」

白緑の少女「できれば、今のうちから……」

精霊王「良かったなあ一線を越える大義名分ができて!」

魔剣士「ちょっと待って」

未婚の状態でそんなことしたら母さんに去勢される……なんて言ったらマザコンだと思われそうだ。

魔剣士「……する前に、その……人間の価値観を押し付けるようで申し訳ないんだけど」

魔剣士「結婚の証が欲しい」

閉店時間間際の貴金属店に駆け込んで対の指輪を買った。
案外夜まで営業してる店ってあるもんだな。


俺達に用意された部屋は、まあ貴族のお屋敷なのでロマンチックだ。
初夜を迎えるには申し分ない。

俺だけ気持ち良くなるのはなんかやだなあと思っていたのだが、
ユキレベルの精霊は性感も再現できるらしい。

精霊王「はやくはやくー」

魔剣士「頼むから黙っててくれ」

魔剣士「……ユキ、こっち来て」

ユキと手をつなぎ、寝台に引き入れ、そっと押し倒した。
月光で彼女の白い肌がよく映える。

魔剣士「…………」

えっと……これからどうすればいいんだっけ。


やばい。

愚息だけじゃなく、全身が緊張でガチガチだ。

そもそも俺は人間の女性を抱いたことがない。
植物とはいえ、今現在人間の姿をしているユキをどう抱けばいいのかなんてわからないのである。

いや知識としては一応知っているのだがそれはあくまで生殖の知識であってうわああああ!!

白緑の少女「……エリウスさん、落ち着いてください。大丈夫ですよ」

ユキは俺の首に腕を回した。

白緑の少女「私に任せてください」

あ、あれ……俺、いつの間にユキの下に寝かされてたんだろ。
一つ一つシャツのボタンが外されていく。

魔剣士「ゆ、ユキっ……あの……」

なされるがまま愛撫され、愚息を口に含まれるとすぐに達してしまった。
普段はここまで早漏じゃないのに。嘘だろ……。



しかもこの後俺は自ら後ろを犯してほしいとねだってしまった。

疼いて仕方がなかったとはいえ……あー…………。
何かとやり直したいことの多い人生ではあるけど、せめて一晩だけでも時間を戻したい。

ここまで


第二十八株 花言葉は「実りある人生」


魔剣士「…………」

白緑の少女「あの……エリウスさん」

魔剣士「…………」

白緑の少女「可愛かったですよ」

魔剣士「…………」

白緑の少女「…………」

魔剣士「…………」

白緑の少女「……嫌、でしたか?」

魔剣士「嫌じゃない! ただ……」

こっちがリードして、もっとロマンチックな初夜を過ごしたかったんだ。

白緑の少女「ごめんなさい。私、あなたと体を重ねた精霊達に対する嫉妬心を募らせるあまり」

白緑の少女「あなたに欲をぶつけてしまいました」

精霊王「おまえは抱かれる側じゃなきゃ満足できない体になっちまってるからあれで納得しとけ」

魔剣士「…………」

情けなすぎる。


白緑の少女「私の……私のエリウスさん」

ユキがべったりと俺を抱きしめた。ひんやりとしているが、不思議と優しい温もりがある。

求めて止まなかった体温。木と花の柔らかい香り。

抱きしめ返したかったけど、あんまりにも面映ゆくて、俺はユキの顔さえ見ないまま寝台から降りた。

魔剣士「あだっ」

ずっこけた。足腰が立たない。

精霊王「生まれたての小鹿かよぎゃはははは」

白緑の少女「ち、治療します!」

つらい。……つらい。


客室を出た。

領主代理「昨晩は大変でしたね」

魔剣士「えっ」

領主代理「歩き方がぎこちないですね……余程お体に負担がかかったのでしょう」

お、おかしい……ユキが防音結界を張ってくれたはずだ。バレているはずがない。
い、いや、夢中になっている内に結界が弱まっていた可能性も……。

領主代理「氏神様とは無事にお会いできましたか?」

魔剣士「え、あっ……はい」

なんだ、そっちか……吃驚した。
氏神様とはシレンティウムさんのことだ。

エーアストさんに結果報告をした。


領主代理「なるほど……。念のため、あなたの身体の守りを固めた方が安全でしょう」

領主代理「ここから西南西に向かうと、グレンツェント国の首都・ディアマントブルクの町があります」

領主代理「その町では、大精霊様の御力を借りた英傑が身に着けていたと言われている、」

領主代理「大粒のダイヤモンドがオークションにかけられています」

領主代理「しかしなかなか落札者が決まらないらしく……」
領主代理「もし手に入れることができれば、きっとお役に立つでしょう」

精霊王「ああ、あった方がいいかもしんねえな」

精霊王「スフィの身体を借りるにしても、おまえ自身が強いに越したことはないし」

魔剣士「あざます」

領主代理「ご健闘を祈ります」


――――――――
――

魔剣士「でっけえ……流石都会の首都だな」

貴族の屋敷がくっっっそたくさん並んでいる。
富裕層御用達であろうお高い店も……これはすごい。

魔剣士「オークションが始まるまでにはまだ時間があるな」

魔剣士「宿探さねえと」

精霊王「セックスが盛り上がりそうな豪華なホテル探そうぜ!」

魔剣士(言われなくてもそうするつもりだっつの!!!!!!!)

青い石「懐かしいな~この町……」

魔剣士(来たことあんのか)

青い石「この国との国境を治めていたからね」

青い石「自分の国の首都よりもたくさん来てたと思う」

魔剣士(領主ってすげえコミュ力が要る仕事だっただろ)

青い石「コミュ力は基礎の基礎だね……それ以上に交渉力とか」

青い石「裏を読む力とか……駆け引きをする能力がないとすぐに食い潰されるよ」

魔剣士(俺には無理だな……)

魔剣士(にしてもやっぱり白い肌の人間だらけだな)

ラズ半島にある町の方が似たような容姿の人間は多かったが、この顔のせいで少々目立ってしまっていた。
この町ではそんなことはないため、特に浮くことはない。落ち着くのである。

青い石「あ、あっち! よくお世話になってた理容店だよ」

青い石「流石に代替わりしてるだろうけど、今でもお店自体はあったんだね……嬉しいな」

髪伸びてきてたし切るか。


理容店主「お客さん~私が子供の頃によくいらっしゃってた貴族の方にそっくりなんですよ~」

理容店主「ああでも目尻だけ違うかな~」

魔剣士「そんな大昔に会った人の顔なんてよく覚えてますね」

理容店主「可愛がってもらいましたからね~」

青い石「彼にブルーベリーキャンディをあげたらいつも喜んでたよ」

青い石「舐めて小さくなったのを鼻に詰めて遊んでたなあ」

青い石「一回それで取れなくなっちゃってね、病院沙汰になったんだ」

魔剣士(髪切ってもらってる最中に笑わせにくるのやめろ)

理容店主「この頃物騒ですよね~おっかない神様が復活したとかで」

理容店主「でもまだ特に何も被害が出てないので、皆危機感持ってないんですよね~」

魔剣士「その神様をどうにかするためにこの町に来たんすよ」

魔剣士「英傑が使っていたとかいうダイヤモンドが欲しいんすけど」

理容店主「ああ~……持ち主が財政難らしくてねえ」

理容店主「事業を立て直すのに必要な資金を得るために家宝をオークションにかけたらしいんですけど」

理容店主「最低落札価格が高すぎてねえ。誰も落札できないそうなんですよ~」


理容店主「しかし怖い話も聞きましてねえ」

魔剣士「怖い話?」

理容店主「誰も落札しないうちに盗もうとしてる輩がいるらしいんですよ~」

理容店主「落札するおつもりでしたらお気をつけくださいね」

魔剣士「あざっす」

上手く落札できたとしても背後を狙われそうだな……。

魔剣士「ブルーベリーキャンディたくさん持ってるんですけどどうですか」

おすそ分けした。エーアストさんにいただいたものだ。
ブルーベリージャムとかもいただいている。
あの土地はブルーベリー栽培が盛んらしい。

理容店主「ああ、ありがとうございます。懐かしいなあ……」


白緑の少女「さっぱりしましたね」

魔剣士「いい男でしょ」

魔剣士「ユキも髪型変えよ?」

ツインテだったのをポニテにしてもらってみた。
長い優雅なポニテであるため大人っぽい。

そういやダイヤの出品者ってどんな事業やってたんだろ。
一応調べるか……と思ったところで携帯が鳴った。

工学院生『もしもしエリウス君?』

魔剣士「ようセド」

工学院生『できたんだよ! 太陽光魔力変換装置!』

魔剣士「マジかよ! よくやった!」

工学院生『ところで頼みがあるんだけどさ』

魔剣士「なんだ」

工学院生『君の下の弟さんの写真……』

魔剣士「やらねえよ」


オークション会場はこの町でもトップクラスのホテルにあるでかいホールだ。
俺は田舎者なので内心ビビっているのだが、それを顔に出すのはかっこ悪い。

余裕をかましている体を装った表情を浮かべて席を取る。

他の客は皆大金持ちなのだろう。高級な服を着ている。
ちゃんとした服を拵えてくればよかった。



司会「えー、最後はこちら! 今夜こそ落札者は現れるのか!?」

司会「大英傑のダイヤモンドです! 5億Gから!」

手を上げる人間はいない。

魔剣士「じゃあ俺最低落札価格で落札します」

司会「な、なんと」

会場がざわついた。

「なんだあの男の格好は……平民じゃないか」

「でもレッヒェルン家の人間の顔してるわよ」

「確か有名人じゃないか?」


大商人「ま、待て! 私が落札するぞ! ローンを組めるだろう!? 5億5千万Gだ!」

魔剣士「んー、じゃ10億G、一括で」

青い石「待って待って待ってそんなにお金持ってたっけ!?」

魔剣士(購入したまま忘れてた株があってさ)

青い石「え、株なんて興味なかったでしょ」

魔剣士(付き合いの都合で仕方なく買ったのがあったんだよ)

大商人「ぐぬぬ……」



魔剣士「あ、出品者の方と色々話したいことがあるんすけど」

司会「連絡を取ってみましょう」


オークションが行われたホテルにある小さな会議室を借りた。

社長「君……いえ、あなたが落札してくださったのですね」

魔剣士「どうも。あ、携帯いじっててすみません。今振り込み完了したんで」

社長「う、うむ……この頃は携帯ですぐに金銭のやり取りができるのか……便利な世の中になりましたね」

魔剣士「あなたの会社では環境保全活動をしていると聞きました」

社長「……はい」

魔剣士「利益よりも自然環境を優先し過ぎて倒産しかけているとも」

社長「…………」

社長「私は愚かでした」

社長「いくら世界のための活動を行っても、社員の生活も大事にしなければ、」

社長「会社が成り立たないのはごく当たり前だというのに……」

社長「技術は足りず、社員の心も見えず、目標ばかり大きかった」

魔剣士「組織マネジメントのことはよくわからないですけど、技術面ではお力になれるかもしれないんですよ」

魔剣士「実はうちの大学でこんな研究をしてまして」


社長「……太陽の光から、魔力を?」

魔剣士「技術自体はもうできてるんで、後は実用化です」

魔剣士「あなたの会社のご協力を得るができれば」

魔剣士「魔力不足問題が解決される未来はぐっと近づくと思うんですよ」

社長「…………」

魔剣士「どうですかね」

社長「倍の額で買っていただけた上に、これほど素晴らしい話を……」

社長「ありがたい。あなたは私の……我が社の恩人です」

ちょっと照れくさい。

社長「ああ、あなたは誰かに似ていると思っていたのですが」

社長「子供の頃、馬車にはねられて怪我をした私を助けてくれた男性に瓜二つです」

社長「あの方がくださったブルーベリーキャンディはおいしかった……」

魔剣士(また飴かよ)

青い石「子供好きだったから……飴ちゃんを子供達に配るのが楽しくて楽しくて」

魔剣士「この飴要ります?」

社長「!?!?!?!?」

社長「な、なんと……まさか生まれ変わり……?」

魔剣士「孫なんすけどね……」

社長「え?」


――――――――
――

夜の街を歩く。

魔剣士(ねえおじいちゃん)

青い石「『じ』の付く呼び方しないで私まだ24歳」

死んだら精神年齢伸びないのか……?

魔剣士(多分おまえはブルーベリー使った料理よく食べてただろ)

魔剣士(どんな料理があったのか教えてよ)

体質に合うのか、北の土地の食べ物を食べると調子が良くなる。
どうせならご先祖が食べていた料理も味わいたい。

殺し屋1「ちょっと待て、そこの兄ちゃん」

魔剣士「ん?」

殺し屋1「ダイヤを置いていってもらおうか」

魔剣士「……落札したがってた太ったおっさん、そこに隠れてんだろ」

大商人「…………」


大商人「あのダイヤは出品された当初から私が目を付けていたものだ」

大商人「返してもらおう」

元々おまえのもんじゃねえ。

白緑の少女「……穢れた魔力。いつもあくどい手段で利益を得ているのでしょう」

仮に落札できたとしても、入金前に盗んでたんだろうな。

魔剣士「渡すわけねえだろ」

大商人「やむを得ないな。かかれ!」

50人くらい殺し屋が出てきた。

魔剣士「囲まれてることくらい最初っから気づいてんだよ!」

精霊王「俺の力を使ういい練習台になるな」

俺の魂からグリーンアンバーに、グリーンアンバーから身体にイウスの力を流し込み、
俺の魔力と混ぜて魔術を発動していく。

魔剣士(身体がバチバチいてえ)

精霊王「ダイヤで身体を強化しろ」

魔剣士(マルチタスクは苦手なんだよ!)


殺し屋25「こいつがどうなってもいいのかー!?」

一般人を人質にとってやがる。卑怯だ。
殺し屋達はやけに装備が整っている。

人数は多いし慣れない力を使っているしでちょっときつい。

魔剣士「あいだだだだイウスちょっと力抑えろ!」

精霊王「ヘタクソォー!」

ついでに腰の痛みも再発した。原因はセックスのし過ぎである。

白緑の少女「エリウスさん危ないっ!」

うっわやっべと思ったが、敵の攻撃が当たることはなかった。

重斧士「おいしっかりしろ!」

聞き覚えのある声だ。

魔剣士「ガウェイン!? なんでここに」

重斧士「着拒否のままにしやがって!!」

残りの殺し屋はほとんどガウェインがどうにかしてくれた。


重斧士「ボスはこいつか?」

大商人「ひぃっ!」

国家憲兵が駆けつけた。あとは兵士に任せよう。



魔剣士「なんでここにいるんだよ」

重斧士「おまえを探しに来てやったに決まってるだろ」

魔剣士「いやでも……どうやってこんな北まで……高速で飛ばしてもこんなすぐに移動できないだろ」

重斧士「暴走族なめんな。あ、一応ギリギリ違法行為はしてねえからな」

魔剣士「…………」

重斧士「おまえあんまりしっかりしてねえしよ。ボディガードは必要だろ」

魔剣士「……ありがとな」

気まずいのと嬉しいのとで顔を合わせられず、横を向いたまま礼を言った。


魔剣士「飯食うかー」

重斧士「俺もまだ食ってなかったな」

すぐ近くにあった酒場に入り、カウンターに座った。
がやがやした音が頭に響いてつらいが、一刻も早く腹を満たしたかった。

ユキは実体化を止めて休んでいる。

重斧士「おまえの親父さんから大体の居場所は聞けたからよ」

魔剣士「あくまで大体の居場所だろ……相当走り回ったんじゃないのか」

重斧士「まあな」

魔剣士「……カナリアはどうしてる」

重斧士「おまえのことをすげえ心配してた」

重斧士「でもおまえには会わない方がいいだろうからって」

重斧士「俺についてこようとはしなかったな」

魔剣士「……そっか」


重斧士「おまえ、なんか雰囲気変わったよな」

魔剣士「しばらく前に父さんからも言われたけど……今度は何処が変わったんだ」

重斧士「ヘラヘラした感じが薄くなった」

魔剣士「……色々あったからなあ。あんまりヘラヘラする余裕がねえんだよ」

全くヘラヘラしないわけではないけど、ああいった笑みを浮かべることは確かに減ったと思う。



雑兵1「せっかく平和な時代になってたってのになあ」

雑兵2「魔王が復活したってのはデマで、こわーい神様が現れたのがマジなんだっけか?」

雑兵2「昔みたいに異常に強い勇者でもいれば少しは希望がもてるんだけどな」

雑兵1「そういやディオさん、あんた勇者ヘリオスと会ったことあるんだっけか?」

元騎士「ああ、あいつはおっかなかったな。危うくスパイ活動中に両腕と股間を切り落とされるところだった」

雑兵2「ひっ」

元騎士「見た目の割りに純で温厚な奴なんだが、キレると容赦がなくなるんだ」

雑兵1「絶対怒らせちゃ駄目なタイプってことかあ」


雑兵1「そういや、勇者ナハトが女だって説あるよな」

元騎士「俺あいつの胸揉んだことあるぜ」

は?

雑兵2「えっマジかよ」

元騎士「ご存じのとおり俺はあいつに恨みがあったわけなんだが」

元騎士「あの時は少し気が晴れたな」

雑兵1「ディオさんパネェ」

元騎士「手にすっぽり収まるサイズでよ」

元騎士「乳首は可愛い桜色で、くりくり~っとしてやったら可愛く啼いてたぜ」



























重斧士「おい、そのへんにしとけ」

魔剣士「……え?」


足元にはボロボロになった金髪のおっさんが倒れている。

魔剣士「これ……俺がやったのか?」

重斧士「憶えてねえのかよ……」

キレすぎて記憶が吹っ飛んでいる。

魔剣士「俺、こんなことができるほど腕力ないはずなんだけど」

このおっさんの方がずっと体格がいい。
ヒョロガリの俺に殴りかかられたところで負けはしないだろう。

重斧士「普段のおまえなら到底できないような器用な動きでこのおっさんの重心を崩して」

重斧士「関節技を決めて動けなくなったところをボコボコに殴りまくってたんだぞ」

幼い頃身に着けた合気道の技を使っていたのだろう。

元騎士「キレ方が親父そっくりなんだよ……! うっ」

魔剣士「あ、えっと……治療費置いときます」

視界がチカチカする……。

自分で治療する気は起きなかったし、そもそも精神が安定してなくて治療術を使うのは困難だった。
頭を押さえながら店を出る。


魔剣士「あれ……」

重斧士「どうした」

魔剣士「草にやけに白い粉ついてるなって」

よくよく観察してみた。イチゴやキュウリがなりやすい某病気とよく似ている。

白緑の少女「これは……!」

ユキが驚きながら実体化した。

白緑の少女「ああ、なんという……」

魔剣士「これなんなの」

白緑の少女「……オディウムがこの世にもたらず呪いの1つに、“白き粉”があります」

白緑の少女「あの神は……この粉を撒き散らし、草花を枯らすことで生命のバランスを崩そうとするのです」

魔剣士「は……!?」

魔剣士「やっぱりうどん粉病の神じゃねえか!!!!」

madekoko


第二十九株 花のローレライ


魔剣士「んーむ……」

重斧士「何見て……!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

重斧士「なっなんでっ……おまえがっ……そんな物をっ」

魔剣士「あ?」

重斧士「それは! 普通に女が好きな男が見る至って健全な!」

重斧士「ごく普通のエロサイトじゃねえか!!!!」

魔剣士「俺の嫁を見てみろ」

ユキは俺の携帯でレディコミを読んでいる。

重斧士「人間みてえな姿してんな」

魔剣士「だから参考程度にな」

重斧士「ああ……そうか」

魔剣士「納得したか?」

重斧士「納得っつうか……安心したぜ。すごく」


魔剣士「ちなみにこっちは樹木性愛者向けエロサイト」

重斧士「なんで存在してんだ」

魔剣士「んで、こっちが俺が作った樹木性愛者専用SNS」

重斧士「全アカウント数20……意外といるんだな……」

白緑の少女「…………」

魔剣士「あ、俺等そろそろ自分の部屋帰るわ」

重斧士「おう。宿代ありがとな」

魔剣士「ああ」

魔剣士(今夜こそ俺の方から……)









魔剣士(駄目だった……)


重斧士「よく眠れ……なかったのか? げっそりしてるぞ」

魔剣士「熟睡はした……んだけど……」

搾り取られた。5年分くらい。

魔剣士「おまえの絶倫具合を少しでもいいから俺に分けてくんねえかな……」

重斧士「……凄腕絶倫トレーナーを知ってるんだが、紹介してやろうか?」

魔剣士「……おまえの知り合いってことは掘られそうな気がするから遠慮しとくわ」

重斧士「まあ、そうだな」

重斧士「あれ、おまえの嫁は」

魔剣士「今日は緊急事態が起きない限り寝るらしい」

今晩はもっと張り切るんだそうだ。
……恐ろしい。触手何本生やすつもりなのかな。

精霊王「ん、そこの木が何か言いたそうだぞ。ちょっと近づいてくれ」

魔剣士「なんだろ」


精霊王「ここの近くの土地が、白き粉の呪いを強く受けちまったらしい」

魔剣士(精霊からの情報理解するの俺より早いなおまえ)

精霊王「そりゃあな」

携帯で地図を出した。

魔剣士(どの辺?)

精霊王「エーデルヴァイス領って書いてあるとこ」

魔剣士「えー……」

あそこの大叔父ちょっとめんどくさいんだよな……。
良い人なんだけど、愛情表現がオーバーで。

っていうかちょっと遠い。イウスは近いって言ってるけど遠い。
車で数時間飛ばさないと着かない。

精霊王「寄るぞ。ちょっと探し物もしてえし」

精霊王「あ、緑色の魔鉱石の玉を用意してくれ。魔力伝導率は低くてもいいから、」

精霊王「容量ができるだけでかい奴。それに俺達の魔力を込めて浄化の石にするから」

魔剣士(わかったよ)

まあ、顔出してくか。モルが大叔父……弟に会いたいって前ダダこねてたし。


――道中

重斧士「前世か……」

魔剣士「知ってもそんないいことないぞ」

魔剣士「気になるなら前世が見える人紹介するけど」

重斧士「おまえほんと色んな知り合いいるよな」

魔剣士「まあ、クレイオーのお母さんなんだけどさ」

――――――――

占術師「……あなた方の魂は、非常に縁が深いようです」

占術師「一代前は、互いに想い合っていたものの、身分の差により結ばれることが叶わなかったみたいですね」

占術師「それより前も、結ばれることもあれば、引き裂かれることもあったようです」

戦士「はあ」

勇者「素敵だね。そんなに昔から、何度も出会っていたなんて」

魔剣士「ケーキどうぞ」

手作りのケーキとお茶を出す。

詩人「すまないね。いつもご馳走になって」


次男「兄ちゃんゲームしよ」

魔剣士「いいよ」

勇者「あの子達には、どんな魂が宿っているの?」

占術師「アルバ君は……今のアルバ君自身とよく似た少年と遊んでいる光景が見えます」

戦士「!」

占術師「野山を駆け、楽しく遊んでいます。30年ほど前にこの村で暮らしていたわんちゃんのようですね」

戦士「ジョン…………ジョン!」

父さんがアルバに抱き着いた。

次男「お父さんどうしたの? ……泣いてるの!?」

戦士「ジョン……! うぅ……」

子供と精神的に距離を置いている父さんが、
まさか子供に抱き着いて泣くなんて……と驚いたのを覚えている。

占術師「エリウス君は……何も見えません。長らく転生していない可能性が高いです」

占術師「私が視ることができるのは、大体500年前まで」

占術師「どれほど集中しても、精々1000年前までですから……ごめんなさい」

――――――――


重斧士「まあそのうち気が向いたら訊いてみてえな。カナリアと一緒によ」

魔剣士(そういやイウスって人の前世とかわかるのか?)

精霊王「見れるけど今の状態じゃ疲れるからあんまやりたくねえな」

精霊王「知ってる奴の魂だったら会えばすぐわかるけど」

魔剣士(ふうん)

精霊王「カナリアとかいう娘っ子はまあ多分肉食獣だろうな」

精霊王「じゃなきゃ平気で生肉食ったり謎の筋力を発揮できたりしねえもん」

魔剣士(前世が肉食獣なら生肉食えるもんなのか……?)

精霊王「稀にいるんだよ前世の力が染み出してる奴。おまえがそうだろ」

魔剣士(あー、なる)

魔剣士(……おまえって俺の記憶どのくらいもってんの?)

精霊王「全部」

魔剣士(俺のプライバシー……)


――エーデルヴァイス領

名のとおりエーデルワイスの花が領のシンボルとなっている。

インクルージョンやクラックがたくさん入ったエメラルドの玉を手に入れ、
イウスの言う場所に移動した。町のすぐ近くだ。

精霊王「そうそうこの辺。ここが呪いの中心地」

魔剣士「こりゃひでえな……白い粉だらけになってやがる」

精霊王「魔法陣展開するぞ。おまえの身体越しに発動するから耐えろよ」

魔剣士「えっちょっあいだだだだだだだだだだ!!!!!!」

玉を中心に魔法陣が展開された。多分直径20メートルくらい。

重斧士「おい、大丈夫か?」

魔剣士「大丈夫じゃねえええええええええええええ」

精霊王「いくらスフィの力を借りれるにしても、おまえ自身が俺の力に馴れなきゃ何もできねえんだからがんばれよ!」

魔剣士「むりぃぃぃぃぃ!!!」

精霊王「はい終わりー」

魔剣士「う……うっ……」

重斧士「泣くほどいてえのか……」

精霊王「しっかりしろ」

魔剣士「う ご け な い」

重斧士「担いでくか」


少しずつこの土地からうどん粉が浄化され、美しい緑が戻っていく。

魔剣士「いっけねえ宿のネット予約すんの忘れてた」

重斧士「親戚いるんだろ? 泊めてもらえねえのかよ」

魔剣士「もらえるだろうけど……」

町に入る。

伯爵「あーーーーーーーーーーー! エリウス君!!!!!」

魔剣士「はい?」

なんでいるんだ。

伯爵「胸騒ぎがして来てみたら!! 体調悪いの!?!? 大丈夫!?!?!?」

伯爵「来るなら連絡入れてくれたらよかったのに!!!!!!!!」

青い石「あーくん? あーくん!!」

伯爵「ああっ兄さん!!」

寝たい。さっさと寝たい。
伯爵は石の声を聴く能力はそんなにないそうなのだが、モルの声を聴くことはできるらしい。


――伯爵の屋敷

青い石「うちの民族は家族との繋がりがすごく強いから、」

青い石「身内に危機が迫ってたりすると電波みたいなのが飛んでくることがあるんだよ」

魔剣士「めんどくせえ……」

貴族のお館のベッドだけあって寝心地は非常にいい。
部屋にはエーデルワイス……セイヨウウスユキソウの鉢植えがあるが、欲情する元気は残ってなかった。

伯爵「エリウス君大丈夫!? うちの領地を救ってくれてありがとね!!」

魔剣士「この石お貸しいたしますんで、兄弟水入らずでどうぞ話してきてください俺は休みたいです」

モルが宿った石をベッドサイドテーブルに置き、俺は布団を被った。

魔力はごっそり減るしイウスの力が流れ込んできたせいで身体は痛むしでとてもつらい。
人と喋る元気なんてない……。


……数時間後。寝て起きた。

重斧士「おいエリウス」

魔剣士「ん。入っていいぞ。なんだ」

ガチャリと扉が開く。

重斧士「……貴族の館って、落ち着かねえもんだな」

魔剣士「そりゃあな。仕方ない」

魔剣士「カナリアと付き合ってんなら豪華なもんにも馴れとけよ。一応あいつ王族なんだし」

重斧士「ああ、そうだな。晩飯だってよ。動けるか?」

魔剣士「なんとか」

こいつとまた友達として一緒にいられるのが妙に嬉しい。


伯爵「エリウス君少食だよね? 量多かったら言ってね」

伯爵「シェフに頼んで、お肉はあっさりめにしてもらったからね」

魔剣士「あ……どうも」

良い人なんだよな。
愛情表現の仕方が母さんそっくりで、鬱陶しいけど憎めない。

母さん……まだ眠ってのかな。

伯爵「本当に兄さんそっくりだなあ。レッヒェルン領に行った時騒ぎになったでしょ」

伯爵「明日にはもうこの地を離れるのかい? しばらくここにいてほしいなあ」

伯爵「ああでもそんなことを言っていられる場合じゃないもんね」

重斧士「この人すごい喋るな」

魔剣士「…………」

青い石「エリウスもいつかこうなるよ」

魔剣士(ならねえよ……)


晩餐が終わり、部屋に戻って月を眺める。
世界のピンチなんて忘れてしまうほど綺麗な夜空だ。

魔剣士「そういや前世様、探し物ってなんだ?」

精霊王「俺のおかんである女神ユースティティアが持ってるもの、わかるか?」

魔剣士「わかんねえ」

精霊王「剣だよ、剣」

魔剣士「剣? 俺あんまり剣の必要性感じてないんだけど」

精霊王「あれはただの剣じゃない。俺の力を高濃度で込めることができる」

魔剣士「俺の身体に負担をかけずに浄化の力を使えると」

精霊王「そうなる。今持ってるちっこい剣よりはでかいが、おまえの身体によく馴染むはずだ」

精霊王「おまえは俺の生まれ変わりなんだからな」

魔剣士「んで、その剣は何処にあんだよ」

精霊王「この領地にある山岳地帯」

魔剣士「……体力要りそうだな」

精霊王「体を鍛えるいい機会だろう」


精霊王「正邪を図る天秤は地球の裏っ側にあるし今は要らないか」

白緑の少女「……あの、エリウスさん」

魔剣士「ああ、ユキ、おはよう」

白緑の少女「今日、お疲れ……ですよね……」

魔剣士「……疲れない日なんて当分なさそうだし……一回くらいなら……」

精霊王「ヤッてる途中でちょっと多めに俺の力流し込むから覚悟しとけよ」

精霊王「まあおまえの身体は被虐趣味に目覚めてるから心配ないだろうけど」

魔剣士「目覚めてねえよ萎えるわ!!!!」

前世様に時折口を挟まれて腹を立てつつも結局3ラウンド致した。


青い石「あーくんと話せて嬉しかった」

魔剣士「そうか」

青い石「もう思い残すことないかも」

魔剣士「そうか、もうお別れの時か。あの世でも元気でな」

青い石「半分冗談だから……」


――エーデルヴァイス領・山岳地帯

咲き始めのエーデルワイスがとても美しい。

魔剣士「ああ、なんて可憐なんだ」

魔剣士「かつて険しい場所でしか咲き誇ることができなかった君達は、」

魔剣士「“花のローレライ”と呼ばれ、多くの罪人を死に至らしめたそうだね」

魔剣士「君達の気高さに僕はもう」

重斧士「人の背中の上で花口説いてんじゃねえよ」

魔剣士「ごめん」


すぐに体力切れを起こしたのでガウェインに背負ってもらっている。

白緑の少女「…………」

重斧士「しかも嫁さん怒ってんじゃねえか浮気者」

魔剣士「ごめん。つい癖で……」

精霊王「俺の彼女を泣かせやがって」

魔剣士「一億年も放置してたくせに彼氏面してんじゃねえ」

精霊王「一億年なんて大した時間じゃねえもん!」

魔剣士「いやどう考えてもなげえだろ!」

重斧士「俺には独り言言ってるようにしか聞こえねえんだが」

精霊王「おまえには俺の声聞こえるようにしとくわ」

重斧士「おおう」

白緑の少女「……長かったです。寂しかったです。イウスのバカ」

精霊王「ごめん……」


魔剣士「まだ剣がある場所まで着かねえの?」

精霊王「もうちょっと先ー」

魔剣士「てかなんでこんなとこにあるの」

精霊王「人間に悪用されないよう隠したんだよ」

重斧士「にしても白骨化死体が地味に多いな」

魔剣士「採集しに来た連中が足を滑らせたんだろ」

魔剣士「エーデルワイスの花は採集されすぎて極端に減っちゃったことがあってさ」

魔剣士「断崖絶壁とかにしか生息できなくなったんだよ」

重斧士「それを摘もうとした奴が死んだのか」

現在は手厚く保護されているため、この辺りではたくさん咲いている。

重斧士「……けどよ、あの死体とかちょっと新しくねえか。あれも」

魔剣士「特に崖とかもないのになあそこ。普通に転んだのかもしれないけど」

白緑の少女「……花を守ろうとする人もいれば、利益のために罪を犯す人もいます」

白緑の少女「密かに採集しようとした人間に怒った精霊が、彼等を死に至らしめたのでしょう」

魔剣士「…………」


白緑の少女「声をもたないがために、警告を出すこともできず」

白緑の少女「命を奪うことしかできなかったのでしょう」

白緑の少女「しばしば起こることです」

似たような話は散々聞いた。そのせいでとんでもない目にも遭ってきた。

白緑の少女「この世には足りないのです。人と草木を繋ぐ理が」

橋渡しをすることができるのは、俺の魔力。
しかし俺一人でできることは限られている。もどかしいな。

オディウム神を倒してからも、大学に戻らずに旅を続けようかな。
少しでも多くの植物を助けたい。犯されるのと殺されかけるのだけは勘弁だけど。


精霊王「この岩壊して」

魔剣士「攻撃魔術使う元気ない」

重斧士「俺に任せろ」

斧で割りやがった。頼りになる男だ。
ここからは自分の足で歩く。

洞窟内は水晶がテラテラ光っている。草花の魔力の影響を受けているのだろう。
しかし、足元を確認するにはちょっと暗かった。

魔法で明かりを灯す。

魔剣士「あれ」

水晶が激しく輝いた。眩しいくらいだ。

精霊王「俺達の魔力に反応してるんだ」

精霊王「女神ユースティティアに愛された魂の持ち主にのみ反応する」

奥に進むと、大きな水晶の中に閉じ込められた剣が地面に突き刺さっていた。


精霊王「触れてみろ」

おそるおそる手を伸ばす。
空色の水晶には淡い虹色が揺れていて、まるで青空の下に色とりどりの花畑が広がっているようだ。



表面に手が触れた瞬間、目映い光が視界を覆った。

――いらっしゃい、愛しの我が子――

優しい声が聞こえた。

白い空間に、水晶と同じ彩が緩やかに流れている。
俺の目の前で光が集まって、それはやがて人の輪郭を形作った。

女神「イウス、そしてエリウス」

精霊王「ママーーーーーッ! の残留思念!!!!」

女神「この子ったら」

可視化したイウスが女神に抱き着いた。こいつマザコンかよ。
とりあえず俺はサングラスをかけた。視覚過敏のある俺にこの空間は眩しすぎる。

kkmd


第三十株 アーチン・ドライアンドラ


精霊王「ままー」

女神「……馬鹿な子。次に生を得る時は、安易に命を捨てちゃだめよ」

精霊王「ごめんなさい」

あれ見てたら俺もちょっと母さんに甘えたくなってきた。

大精霊は、神の代理としてこの世に生み出された存在だ。
本来は自分の後継を生み出す前に死んではいけなかったらしい。

女神「“概念”には“対”となるものが必ず在ります」

女神「生と死。愛と憎しみ。陰と陽が双方存在していなければこの世は成り立ちません」

女神「しかし、あれは本来存在した憎しみの神ではありません」

女神「オディウム神の抜け殻が、この世の憎悪を吸い取り続けて生まれた偽神」

女神「それがあれの正体。されど神に等しい力をもっています」

女神「あまりにも大きく膨らんでしまったあれは、」

女神「自らは理解しえぬ“愛”を憎しみで食い潰そうとしています」

精霊王「この世のバランスが崩れちまうわけだ」

魔剣士「母親に抱き着いたまま語るな」


女神「しかし、あれが膨れ上がったのと同様、古き時代よりもこの時代は愛が溢れています」

女神「故に、あれを消滅させてはなりません」

魔剣士「え?」

女神「急にあれを完全に消し去ってしまえば、この世を占める愛の割合が大きくなり過ぎてしまうのです」

女神「両者が釣り合うよう、あれを小さくしなければなりません」

ややこしいことになってきた。

女神「愛が世を占める割合の方が大きいに越したことはありません」

女神「ただ、変化が緩やかでならないと秩序が崩壊するのです」

女神「余剰となっている憎しみを削り、その後は少しずつ争いを治めていくのが最良の歴史となるでしょう」

魔剣士「え、え? ええ?」


精霊王「かーさん、それじゃどのくらいオディウムを浄化すればいいのかわかんないよ」

精霊王「正邪の天秤取りに行く余裕ないよ」

女神「スファエラ=ニヴィス。彼女は愛の子。天秤の役割を担ってくれるでしょう」

そういえば、ユキがどんな神様の加護を受けているのか知らなかったな。
生まれてから神様に愛されたらしいから、大精霊とはちょっと違う存在らしい。

女神「……エリウス、もっとこちらへ寄りなさい」

戸惑いながら近づくと、抱きしめられた。

女神「たくさん理不尽な目に遭ってきたのですね」

女神「納得できないことの多い人生でしょう。人との違いに孤独を覚えることも多かったでしょう」

女神「けれど、悲観する必要はありません。あなたは、心の痛みを知っている人です」

女神「大丈夫。幸せになれますよ」

胸が熱くなった。

恋みたいな激しいドキドキじゃなくて、もっと穏やかで、
まるで母さんに抱きしめられてるみたいな暖かさだ。


女神「さあ、私の剣を持ってお行きなさい」

女神「あなた達なら、使い道を誤ることはないと信じています」

いろいろと不安だけれど、乗り越えたいと思う。
再び景色が光に包まれ、目を瞑った。



目を開けると、俺達は洞窟に戻ってきていた。
剣が光の珠になって弾け、俺の身体に入っていく。

精霊王「念じればいつでも呼び出せるぞ」

魔剣士「持ち運びの苦労がなくていいな」

魔剣士「じゃあスモールソード売っ払っていいかな」

精霊王「一応持っとけ」

魔剣士「えー」


――ヴァールハイト国、勉学の都ミネルヴァブルク

北の大陸でも最高レベルの学校や研究施設が多く存在している。

この辺りもオディウムの白き粉の影響を受けているのだが、
持ち前の技術力ですぐに対策法を開発したためたいした被害はない。


俺の恩師も、この町のくっそ頭のいい大学出身だ。
なのにド田舎の大学なんかで研究してるのは、暖かい土地でのんびり過ごしたかったかららしい。

恩師の母校の門の前に立ち、校舎を見上げた。ゴシック様式の立派な建物だ。
ちなみに今は俺1人だ。たまにはゆっくり息抜きしたい。

構内に入り、医薬学部へと進む。気晴らしにちょっと覗いていこうと思ったのである。
花壇には黄色いドライアンドラの花が咲いている。花言葉は劣等感だ。

魔剣士「すんません、アポ無しなんですけど見学いいですか」

学生証を見せると、警備員はビビりながら通話器でどっかに連絡を入れた。

警備員「どうぞ」

俺の恩師の同級生という人がすぐに出迎えに来てくれた。


教授友人「去年の学会で会った時よりも身長が伸びたねえ」

魔剣士「あ、どうも」

そういえば、学会の時とかに俺の恩師とよく喋ってた人のような気がするけど、
俺は人の顔を覚えるのが苦手であるためうろ覚えである。

外観とは違い、校舎の内装は最新のものだ。
廊下を通る学生や学者達の人種は様々で、ちょっと驚く。

うちの大学と違い、世界中から人材が集まっているからだろう。
うちは地元民や、精々大陸内の別の国から来た人間がほとんどだ。

教授友人「あっちが医薬学図書館だよ」

人材と同様、世界中の本が集められているみたいだった。
植物と子作りするヒントになるような文献ないかな。

読み漁りたいけどそこまでゆっくりする時間はない。

魔剣士「あっちの植物園見たいんすけど」

教授友人「ああ、いいよ」


南じゃ滅多に見られない薬草がたくさん栽培されている。
あー癒されるー……。世界の危機といえども、やっぱり息抜きは必要だ。

魔剣士「きゃわいぃぃぃ」

教授友人「あ、相変わらずだね……」



教授友人「種をいくつかお裾分けしよう」

魔剣士「いいんですか!? あざっす」

教授友人「……何やら大変なようだが、もし落ち着いたらうちに留学しないかい」

教授友人「君の才能は世界最高峰の研究施設で生かされるべきだと思うのだけどね」

魔剣士「んー、留学っつうとちょっと重く感じるんで」

魔剣士「たまに遊びにきたいです」

教授友人「そうか。いつでも来ておくれ」

教授友人「場所にこだわらないところが彼とよく似ているよ」

魔剣士「今日はお忙しい中ありがとうございました」


さっぱりした気分で校舎を出た。
しかし緊張が解けたせいだろうか。急激な疲労感に襲われた。

そういえば昨晩も激しかったな……。
うごけねえ。だっる。

医学部生「……大丈夫ですか?」

俺と年の変わらなさそうな男に声をかけられた。
路考茶色の短い髪、目は何故か懐かしく感じるオリーブ。

医学部生「エリウスレグホニアそっくりですね」

魔剣士「本人です」

医学部生「あ、やっぱり」

医学部生「肩貸そうか」

魔剣士「頼んます」

俺とちょっとだけ魔力情報が似ている気がしたが、
あんまり深く情報を読み取る元気はなかった。

宿まではちょっと遠い。大学構内の喫茶店で休むことになった。


医学部生「俺、誰かわかる?」

魔剣士「どっかで会いましたっけ」

医学部生「実際に顔を合わせたのは10年くらい前に1回だけだね」

誰だっけ……。

医学部生「俺、エルナト・フォン・コーレンベルク」

魔剣士「俺のひいじいちゃんの曾孫か何か?」

医学部生「そうだよ」

思い出した。ひいじいちゃんと映像通話してる時にたまに端っこに映ってた奴だ。
ってことは、ええと……

魔剣士「はとこ」

医学部生「そうなるね」

なんか親近感湧くなあとは思ってたんだ。
エルナトはエルディアナばあちゃんの弟の孫だそうだ。


医学部生「何処の具合が悪くて蹲ってたんだ」

魔剣士「全身の疲労感。腰痛。軽い頭痛もある」

医学部生「まだ若いのに……」

治療を施してくれた。

当然薬学部出の俺よりも医学部の奴の方が治療魔術の腕は上だ。
だいぶ楽になる。

魔剣士「貴族の次男三男はよく医者か弁護士を目指すとは聞くけど」

医学部生「俺は長男なんだけどね。どうしても医者になりたいんだ」

魔剣士「そりゃまたなんで」

医学部生「母さんを看てくれた産科医が素晴らしい人でさ。それで憧れたんだ」

魔剣士「へえ」

こいつもきっと良い医者になるんだろうなと感じさせる何かが雰囲気から滲み出ている。
笑い方がひいじいちゃんとよく似てると思う。


俺は人の目を見るのが苦手なんだが、こいつのオリーブの目を見るのはなんでか平気だ。
でも、気味悪がられない程度に相手を見るっていうのができないから、すぐに目をそらした。

医学部生「君のお母様とおばあ様の目は、本当は俺のとおんなじオリーブだって、」

医学部生「ひいじい様がよく言ってたよ」

魔剣士「えっ……そうなのか」

知らなかった。そういえばセファリナの目もオリーブだ。母さんの遺伝だったのか。

魔剣士「医学部って忙しいだろ。大学行かなくて大丈夫なのか」

よく医学部の奴等に忙しい自慢されたなあ。今となっては懐かしい。

医学部生「今日は5限ないんだ。大丈夫だよ」

ちょっと一緒に遊ぶことになった。
店を出て、そこらへんの雑草に「ユキに晩飯は外で食べてくるって伝えてくれ」と情報を送る。


校門に向かって少し歩くと、エルナトの知り合いらしきグループとすれ違った。

医学部生友1「ようピストン! ……隣にいるの有名人じゃねえか!」

医学部生「はとこなんだ」

医学部生友2「俺達も混ぜろよピストン」

医学部生「また今度な。2人でゆっくり話したいんだ」

魔剣士「……ピストンってなんだよ」

医学部生「俺の名前、『ツノで突く』って意味なんだよ」

医学部生「親はただ星の名前つけてくれただけなんだけどさ」

医学部生「天文学好きの奴に元の意味を指摘されて以来、あんな仇名で呼ばれるようになったんだ」

ひどい……思春期じゃあるまいし……。
エルナトは苦笑いしつつも怒ってはいないようだ。

器のでかい奴なんだろうなと思う。それとも慣れてるのかな。
なんだか、劣等感がじわじわと刺激されていく。


俺はこいつほど穏やかじゃないし、器は小さいし、捻くれてるし。
親戚なのになんでこんなに違うんだろう。

特別な才能なんて要らないから、もっとまともな人間になりたかった。

……俺はいつまでこういうコンプレックスを抱え続けるんだろう。

どんな慰め方をされても、普通の人間とは違うコンプレックスを解消できることはなかった。
ユキに俺を肯定してもらえてるおかげで、だいぶマシにはなったつもりだけれど。

旅に出てから、コンプレックスを見ないふりすることが減ったな。
でもちゃんと向き合ってるわけでもない。

医学部生「どうした? 俺何か嫌なことでも言ったか?」

魔剣士「なんでもない」

医学部生「正直に言ってほしいんだけどな」

魔剣士「おまえが他人と当たり障りなく話してるのを見たらコンプレックスが刺激された」

医学部生「あ……ははは」

苦笑された。嫌味な感じはない。


医学部生「ちょっとついて来てくれるかな」

進む方向が変わった。
さっき俺が伺ったのとは別の棟に向かっているみたいだけど、建物自体は繋がっている。

同じく医学系の施設だろう。

魔剣士「アスペの当事者会でも紹介してくれるのなら大きなお世話だけど」

医学部生「そうじゃないよ」

魔剣士「じゃあ何? 俺より重度の奴でも見せてくれんの?」

医学部生「違うよ。まあ、知り合いにいっぱいいるけどね。ほら、こっちだよ」

一般論で慰められるのにはもう飽きている。
でも、エルナトはそういうことをするつもりじゃないみたいだ。

地下に降りていく。

医学部生「俺の専門じゃないんだけどね」

扉が開かれたその先には、たくさんの画面と、見たことのない機械がたくさんあった。

エルナトは部屋の中にいた人々と軽く挨拶をして、俺の方へ振り返った。


医学部生「一般世間には公表していない技術がこの町にはたくさんある」

医学部生「その1つがこの部屋にあるんだよ」

医学部生「君のコンプレックスの原因を治す技術は、実はもう理論上存在しているんだ」

魔剣士「え……?」

医学部生「今はまだ実験段階だけれど、全ての被験者の障害は改善されつつある」

医学部生「当然、すぐに障害の特徴が全て消えるわけじゃない」

医学部生「けれど、これらの装置で、発達障害者の神経細胞の働きを定型発達に近づけ、」

医学部生「リハビリを行うことによって、コミュニケーション能力や、」

医学部生「能力の偏りを大幅に……」

魔剣士「ちょ、ちょっと待ってくれ」

魔剣士「急すぎて思考が追いつかない」

目と耳を疑った。

発達障害の原因でさえもはっきりしていないと一般世間では言われているのに。
死んでイウスと融合しなくても、今、生きてる状態で、治療できるなんて。

まあ障害が治っても、多分性的嗜好はそのままだろうから、完全に普通になれるわけじゃないだろうけど。
それでも“普通”に近づける。


医学部生「被験者になってくれれば今すぐにでも治療を始められるし、」

医学部生「不安だったら、もう数年待ってくれたら世間にも公表できる治療法になるだろう」

医学部生「どうする?」

どうする、って……。

医学部生「もちろんデメリットはあるよ」

医学部生「特別な才能が失われる可能性は著しく高い」

魔剣士「…………」

医学部生「君はギフテッドではなくなるかもしれないんだ」

自閉が治っても、植物の成分を操る能力は残るだろう。
でも、能力を使いこなし、ものを開発する頭脳は失われる。

俺は研究が好きだ。人との関わりを避けながら、研究にばかり打ち込んできた。
普通になりたい。でも、研究できない俺なんて俺じゃない。

おかしいな。

才能よりも、マジョリティに溶け込めるようになることを望んでいたはずなのに。
いざ実現できると告げられると、自分が自分じゃなくなるのが怖くなってしまった。


自宅に、俺宛てのたくさんの手紙が届くことを思い出した。
全てお礼の手紙で、俺が作った薬や健康食品だとかで救われたって内容だった。

最初は嬉しかったけど、段々慣れて、いつの間にか手紙を受け取っても何も感じなくなっていった。
やっぱり普通との違いに悩んで自己嫌悪に陥った。

俺にしかできないことがあるって、今までいろんな人から散々言われ続けた。
その度に耳を塞いでいた。


今、才能を捨てたら、助けられるはずの人々も、植物達も、助けられなくなる。

医学部生「君は今の君のまま成長していけばいいと俺は思うけどね」

魔剣士「……いつか、人生に耐えられなくなったら、その時は頼ると思う」

医学部生「うん。それがいいよ」


望めば、いつでも“普通”に近づける。だから、今のままでいい。

それは、いつでも自殺できるんだからと自分を誤魔化して頑張るのと似ているかもしれないけど、
でも、それよりもずっと心は上を向いている。

魔剣士「ありがとう」

医学部生「どういたしまして」

屋外に出ると、再びドライアンドラの花が視界に入った。

良い意味の花言葉もあったっけな。自分の価値を評価する、だっけ。
さっき見た時よりも、なんだか綺麗に見えた。





重斧士「なんかおまえ、暗い感じっつうか……あれだ、厭世的な感じがしなくなったな」

魔剣士「難しい言葉覚えたじゃねえか」

重斧士「使い方合ってるよな?」

魔剣士「ああ」

更に南下し、(モルは嫌がってたけど)ひいじいちゃんの所に顔を出して、港町に出た。

道中、俺が生きていることに気が付いたオディウム教徒の連中に襲われることも何度かあったけど、
特に問題なく戦闘は終わった。

父さん達はずっと膠着状態らしい。
はやく終わらせないと。

海岸に立ち、サントル中央列島の方角を見る。

大樹の蒼いシルエットと、水平線から空に向かって渦巻く黒。
嫌でも覚悟が固まっていくのを感じた。

kkmd


第三十一株 キンセンカ


魔剣士「栄養ないからってキュウリを馬鹿にするんじゃないぞ」

魔剣士「熱中症・夏バテ予防には塩揉みしたキュウリがとても効果的なのだ」

魔剣士「シャリシャリとした食感を楽しみながら、」

魔剣士「水分と塩分、ビタミンB群やミネラルを補給できる」

重斧士「うめえ」

魔剣士「だろ?」

重斧士「食欲ねえ時もこれなら食えるな」

魔剣士「表面の緑色が濃く、いぼが鋭いものを選ぶのがコツだ」

白緑の少女「梅キュウリにしてもおいしいですよ」シャリ

重斧士(植物の精霊が植物食ってる……共食い……)


精霊王「エリウス君に嬉しいお知らせ」

魔剣士「んだよ」

精霊王「ラベンダー色のあの子が見つかりました」

魔剣士「マジでか!?」

青い石「ほんと!?!?」

精霊王「うおっハンドル操作ミスんなよ」

魔剣士「何処にいるんだよ!」

精霊王「竹とか桜とかたくさん生えてる島」

魔剣士「竹? 桜……?」

魔剣士「じいちゃんが取引してる商人の島か?」

精霊王「せーかい!」

魔剣士「あああじゃあすぐ迎えに行かねえといやでもうどん粉病野郎どうにかするのが先だしうわああどうしよう!!」

精霊王「落ち着け!!」


魔剣士「ラヴェンデルはまだ全然喋れねえのに」

魔剣士「ほっといたらどうなっちまうか」

精霊王「まあ聞け」

精霊王「保護されてしばらく経った頃に、おまえのじいちゃん家のことを知ってる商人が身元を証言してくれたみたいでな」

精霊王「もう村には連絡が行ってるそうだ」

魔剣士「あーよかったー……はあ」

アクアマリーナの町に着いた。父さんも今はそっちにいるらしい。
車を停めて、軍が駐在している建物に向かう。

魔剣士「あっいたいたとうさーん!」

魔剣士「ラヴェンデルがっはあはあ、ラヴェっ、ぜっ、ぜえっ」

戦士「落ち着け」


戦士「生きててくれてよかった」

一瞬ハグされた。

戦士「母さんの顔、見てくか」

魔剣士「うん」

病人ではないけれど、母さんは医療棟で寝かされていた。
まるで死人のようだ。

青い石「アルカディア……」

ルツィーレは母さんを見守っているが、いつもの元気はない。

次女「エルお兄ちゃん!」

俺を見つけると、すぐに抱き着いてきた。

次女「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

魔剣士「……よしよし」


次女「お母さん、いつになったら起きていいの?」

魔剣士「もうすぐだよ」

次女「ラヴェンデルは?」

魔剣士「見つかったんだ。ちゃんと生きてる」

次女「お兄ちゃんとお父さん、また戦うんだよね? 死んだりしないよね?」

魔剣士「もちろん生き残るよ」

魔剣士「……母さん」

母さんの右手を両手で握る。

魔剣士「母さんが安心して目を覚ませる世界に、絶対、してみせるから」

僅かでも、オディウムに母さんの憎しみを吸わせるわけにはいかない。
ラヴェンデルは生きていたけれど……まだ、眠りの魔法を解くわけにはいかないんだ。


今すぐにでもうどん粉病の神を倒しに行きたいけれど、慌てても仕方ないので空いた時間に中庭に出た。
俺がやることを各国の軍人だとかに説明して、作戦を練らなきゃいけないため、少々時間がかかるのである。

中庭には木が植えてあって、花も咲いている。休むには適した環境だ。
終わりかけている深い黄色の花はキンセンカだ。別名はカレンドラ。

カレンデュラが正しい発音だけどちょっと言いにくい。
花言葉は「寂しさに耐える」。元気な見た目の花なのに、花言葉は悲しい感じだ。

精霊王「エリウス君に残念なお知らせ」

魔剣士「んだよ」

精霊王「君の苦手な人がこっちに向かってきてまーす」

足音のする方向へ振り向くと、そこには

魔導槍師「……」

げっ、って思った。でも、前ほど怖くはなかった。全く怖くないわけじゃないけど。
障害のことを馬鹿にされたって、今なら跳ね返せる。

魔剣士「何の用?」

魔導槍師「死に損ないの顔を見ようと思いまして」


この人の目は、相変わらず俺を蔑んでいる。
……あれ?

魔導槍師「ああ、この目の色ですか。戻ってしまったんですよね」

魔力の色――琥珀みたいな、蜂蜜みたいな色に染まっていた目が、元の草色になっていた。

魔導槍師「『魔人』の力が弱かったらしいんですよね。本当は維持したかったのですが」

魔剣士「……魔人って、なんだよ」

魔導槍師「ああ、知りませんでしたか?」

魔導槍師「『他人の魔適傾向を上げる能力をもつ魔適体質者』のことですよ」

魔剣士「なんでそんな呼び方してんだよ」

まるで魔族みたいじゃないか。

魔導槍師「魔族に穢されて魔適体質者となった者は、通常の魔適体質者とは異なりますからね」

魔導槍師「彼等の魔適傾向は『穢れ』の種が発芽するにつれて上昇し、」

魔導槍師「そして彼等のみが他者の魔適傾向を上昇させることができます」

魔導槍師「“穢れた母”をもつあなたが知らないとは」

魔剣士「は?」

魔導槍師「あなたの母親は魔族と性行為をしたことで魔適体質者となったのですよ」

魔導槍師「魔適傾向が下がったのは、聖玉の浄化作用を直に受けたからです」

青い石「…………」


母さんは、極端に男を恐れている。

アウロラ達が性的な暴力を受けないかどうかも、いつも過剰に心配してたし、
俺が大学の女に襲われかけた時も泣き叫んでた。




『汚いお母さんでごめんね』




魔剣士「…………」

魔導槍師「ショックでしたか? そうでしょうね」

魔導槍師「母親が父親以外と、ましてや魔族と関係をもっていたなんて」

魔導槍師「くくっ」

喉の奥から押し出すような嗤い。


魔剣士「黙れ!」

魔剣士「母さんを侮辱することは許さねえ!」

ぶん殴ろうとしたけれど、あっさり俺の右手首は掴まれてしまった。
俺の動きが固まったところで腹に膝蹴りを食らわされる。

鈍いが激しい痛みに耐えきれず、俺は地面に倒れた。

精霊王「おい、しっかりしろ」

それでもアークイラを睨み返す。
こいつの目からは、もう笑みは消えていた。

やけに虚しい蔑みの目で俺を見下ろしている。
しゃがんだと思ったら、俺の前髪を左手で掴み、軽く顔を持ち上げた。

どうしてこの人は、こんなに俺のことを憎んでいるのだろう。


殴られるのかなと思ったけれど、アークイラは一瞬建物の方を見ると去っていった。
走ってくるのは、アークイラと同じ髪の色の女の子だ。

武闘家「エリウス!?」

そういや、こいつらの名字……この花の名前だったっけなあ。
カナリアの姿を捉えたところで、視界が真っ暗になった。

精霊王「あの男、おまえを侮辱しているようで、本当は――」





武闘家「ねえ、何があったの?」

武闘家「お兄ちゃんとエリウスの気配がしたから、まずいんじゃないかと思って中庭に向かったのだけれど」

魔剣士「……喧嘩しただけだよ」

武闘家「喧嘩ってレベルじゃないわよ。暴力事件じゃない」

魔剣士「先に殴り掛かったの、俺だから」

武闘家「殴らせるようなことをお兄ちゃんが言ったんでしょ!?」

魔剣士「……心配してくれてありがとな」

やっぱり苦々しい記憶と恐怖が蘇ってぎこちなくはなったけど、
カナリアとちゃんと話せた。

細かいことを気にする余裕がなかったのも大きいけどさ。


こいつ、お兄ちゃん大好きなのに。
大好きなお兄ちゃんが他人を傷つけて、どんなに苦しいだろう。

魔剣士「……多分なんだけどさ」

魔剣士「あの人、家族から嫌われたら、もっと歪むと思う」

魔剣士「だから、あの人が何しても、おまえはあの人のことを嫌いにならないでいてあげてほしい」

生育環境のせいであんな性格になったのかもしれないし、可哀想だとは思うけど、
俺がいじめられる筋合いはない。これ以上の八つ当たりは勘弁だ。

武闘家「エリウス……ごめんね、ごめんね」

泣かれた。

聖騎士「貴様ー! よくもカナリアーナを泣かせたな!」

窓からいきなり現れたのはプラチナブロンドの男だ。来てたのかこいつ……。

重斧士「おいヴィーザル、言っとくけどカナリアは俺の女だからな」

聖騎士「私はそのようなことを認めてはいない!」

武闘家「ちょっと静かにしてよ!」

魔剣士「いいじゃん、喧嘩させとけよ。俺はもう行くから」

武闘家「あ、まだ動いちゃだめよ」

魔剣士「もう治ってるよ」

内臓にダメージを受けた場合、治療を受けてもしばらくは安静にした方がいい。
しかし、俺の身体は生命の結晶のおかげで回復力が上がっている。動いても大丈夫だ。


魔剣士(アーさんの感情ってオディウムのエサになんないの?)

精霊王「ならねえこともねえけど、オディウムが好む憎しみの情とは違うっぽい」

精霊王「なんつうか、あの男の負の感情は……寂しさから来てるものなんだよな」


英雄「うっぐすっ」

戦士「何泣いてんだよ」

アキレスさんだ。来てたのか。

英雄「アーキィも俺も国を離れるのはまずいって陛下に渋られてたところを、」

英雄「無理矢理こっちに応援に来る許可をもぎ取ったのにさあ」

英雄「兵士達が酷い噂してるの……聞いちゃって……」

アーキィってのは多分アーさんのことだ。


戦士「どうしたんだ」

英雄「アーキィが……汚い手段で普通の男の子をメス堕ちさせてセフレにしたって……」

戦士「げっほっ。子供の性的な話はきついな」

英雄「しかも5人も……」

戦士「いつの間にそんな」

英雄「全員マリナっぽいきつめな印象の黒髪美女に仕上げたんだって」

英雄「俺のせいだ……」

戦士「…………」

英雄「あの子が“男が演じてる理想的な美女”と上辺だけの恋しかできなくなったのは明らかに俺のせいだし、」

英雄「あの子にばかりきつくあたるマリナを諭しきれなかったのも俺だから……」

戦士「全部が全部おまえの責任ってわけじゃないって」

体育座りで泣いているアキレスさんを、どう慰めればいいのか父さんは困っているみたいだ。
俺は気配を消しつつその場を去る。


メルクはどうしてるかな。
建物をうろつくと、死んだ魚のような目をした女の子と2人で座っているメルクを見つけた。

クレイオーが、少し離れた所からあいつらの様子を伺っている。

歌姫「理詰めでリモンさんの洗脳を解いたんですのよ」

魔剣士「解けたんだ。よかったじゃん」

歌姫「しかし、彼女はオディウム教に協力していた罪の重さを自覚してしまったことで、」

歌姫「生きていく気力を失いかけてますの」

歌姫「カウンセリングには時間がかかるそうですわ」

魔剣士「そっか」

魔剣士「おまえは彼氏が浮気しないか見張ってんのか」

歌姫「ちっ違いますわよ。嫉妬はしてますけれど、あたくし、彼のことは信じてますもの」

歌姫「ただ、ただ気になってるだけですわ」

魔剣士「そりゃ好きな男が他の女と2人きりってのはなあ」

魔剣士「浮気の可能性がなくても複雑だよな」

歌姫「わかったような口を利かないでくださいまし!」


怒られたので俺に用意された部屋に帰ることにした。
扉を開けるとそこには……

白緑の少女(本体)「おかえりなさい、エリウスさん」

白緑の少女(分身1)「戦いに備えて、準備を最終段階に進めようと思うんです」

白緑の少女(分身2)「お体の負担が大きいでしょうけれど、がんばってくださいね」

白緑の少女(分身3)「ああ、シャワーは終わった後で大丈夫ですよ。あなたの汗のにおい、好きですから」

白緑の少女(分身4)「さあ、こっちへ」

魔剣士「……うん?」

目を疑った。最愛のユキがたくさんいる。

白緑の少女(本体)「ここは私の土地。分身はいくらでも増やせるんです。驚きましたか?」

うん。

魔剣士「ちょっと分身同士でいちゃいちゃしてみて」

白緑の少女(分身1)「こうですか?」

白緑の少女(分身2)「もう。人間の男の人って、どうしてこういうのがお好きなのかしら」

とても幸せな光景である。


でも、こんな時にお嫁さんとのいちゃいちゃを楽しんでいいのだろうか。

白緑の少女(本体)「素直に、幸福に溺れていいんですよ」

白緑の少女(本体)「あなたの正の感情が、何よりも大きなエネルギーになるんです」

セックスしないとオディウム神には対抗できないし……大事なのは気持ちの切り替えだよな、うん。

ベッドに引き込まれた。

たまには夕方にやるのもいいかな。
……前も後ろももたない気がする。


……。
…………。

食堂に来た。メニューは日替わりらしく、今晩のメインはカレーだった。
食事をしている兵士達のほとんどは疲れ切った顔をしている。空気が重い。

戦士「遅かったな。もう30分くらいで閉まるぞ」

魔剣士「うん……」

戦士「フラフラじゃないか」

魔剣士「うん」

次女「ち」

戦士「やめなさい」

おっさんみたいな冗談を言っているものの、やはりルツィーレのテンションは著しく低い。

次女「ねえエルお兄ちゃん」

魔剣士「なんだ」

次女「救急車が遠くに行くと音が変になる現象ってなんて名前だっけ? どっぷんちょ効果?」

魔剣士「ドップラー効果な」


次女「じゃあ水で流れないトイレの名前ってなんだっけ? だっぷんべんじょ?」

魔剣士「げほっ……ボットン便所だろ。そもそも食事中にする話じゃねえ」

次女「カレーってうんちと似てるよね」

戦士「いい加減にしてくれ」

近くで食事をしている兵士達はむせたり笑いをこらえたりしている。
ルツィーレは真顔だ。

次女「食堂のおばちゃんにね、カレーを巻きグソ型に盛ってって頼んだんだけどね、」

次女「下痢うんちみたいにドロドロだから上手くいかなかったんだよ」

父さんは頭を抱えた。

次女「お兄ちゃんのコップに入ってるの、おしっこみたいな色してるね」

魔剣士「ウコン茶だよ」

次女「ウンコ茶? 苦そうだね」


「げほっがふっ」

「ぷっくすくすくす……」

「俺の地元では汲み取り式便所のことポッチャン便所って呼んでたんだけど」

「俺の村だとゴットンだった」

「ちょっとかっこいいな」

「俺のとこゲッダン」

「切ない気持ちが揺れて廻って振れてそうな呼び方だな」

戦士「……部屋に帰るぞルツィーレ」

次女「えー」

戦士「アニメ見させてやるから」

次女「クレパスしんくんとジャングルの覇者ターさんね」

戦士「……わかった」

どっちも下ネタが多いタイトルだ。父さんは溜め息をついた。
……食堂の雰囲気が随分和らいだ。

しかし、すぐに再び重苦しくなることになる。


兵士達、特にプティアの軍服を着ている人達の動きが緊張で硬くなった。

魔導槍師「先程は手加減したはずだったのですが、どうやら内臓を傷つけてしまったようで。すみませんでしたね」

言葉だけの謝罪だ。目には嫌な笑みを浮かべている。

魔導槍師「カナリアに叱られましたよ」

魔剣士「あんたさ、そんなに俺に構ってほしいの?」

アーさんは豆鉄砲を食った鳩みたいな顔をした。
俺がこんなことを言うなんて思ってもみなかったらしい。

魔剣士「暇ならセフレとでも遊んでればいいじゃん。なんでわざわざ大っ嫌いな俺なんかに話しかけるんだよ」

魔導槍師「……植物などと愛し合っている異常者が」

魔剣士「俺の頭のおかしさを大勢の前に晒すためにわざわざ出向いたわけ?」

魔剣士「あんたのその精神のがよっぽどおかしいと思うけどね」

魔導槍師「ほう? 随分と偉そうな口を利くようになったじゃありませんか」

人の視線は苦手だ。でも、俺はしっかりと相手の目を見据えた。

魔剣士「……確かに俺は異常だよ。でも、俺とユキは心の底から恋をして愛し合ってるんだ」

魔剣士「お遊びの恋しかできないあんたに口を挟まれたくない」

プティア兵は俺達を見てガクブルしている。
アーさんに口答えできる人間なんてほとんどいないだろうから、彼等にとっても俺の反応は意外だったようだ。


魔剣士「……もしかしてさ、あんた、本当はかなり臆病なんじゃないの」

魔剣士「いつもいつも親がいないところばかり狙ってさ。今だって俺の父さんが出てったから入ってきたんだろ?」

魔剣士「恋愛対象は女だっつってるわりに、女装男ばかりと遊んでるのだって、」

魔剣士「本気で他人を愛するのが怖いからだろ」

かなり適当に喋ってる。合っているかは知らない。
でも、今までの鬱憤を晴らしたくて、何か言わずにはいられなかった。

魔導槍師「…………」

どんな言葉を返されるのだろう。
俺よりもずっと会話が得意な人だ。かなりきついことを言われるかもしれない。


覚悟したけれど、アークイラはもう何も言ってこなかった。

kkmd


第三十二株 クロユリ


オディウム教の呪術師は、倒しても倒しても何処かから人員補充しているらしい。
また、復活しかかったオディウム神もどきの力を利用して更に強力な呪術を使うようになっている。

そして、こちらからあまり派手に攻撃することもできなかったそうだ。
奴等はオディウム神(もどき)が復活しかかっていることを利用して、
「入信すれば救われる」と民間人の不安を煽り、入信者を増やしている。

一般人を戦いの犠牲にすることは極力避けたいというのが各国の軍の意向だった。

精霊王「オディウムの活動には波がある」

精霊王「一番活発な瞬間を狙うぞ」

精霊王「封印の外部からはこっちからも攻撃できねえからな」

精霊王「最もあいつの力が溢れ出している時なら、封印の“穴”になってる遺跡にこっちの力を注ぎ込むことで、」

精霊王「封印の内部まで浄化できるんだ」

ということらしいので、どう戦うか何度か軍人達と会議を重ねた。
アウェイ感が半端ない。軍人達のほとんどはガチムチマッチョだ。


魔剣士「問題は俺の身体がもつかどうかだろ」

精霊王「散々慣らしたし大丈夫だとは思うんだけどな」

ダイヤモンドを手に握る。
剣もあるし、アウィナイトの加護も強化してもらったし、きっと持ち堪えてみせる。

戦士「あいつらはあらゆる手を尽くして人の憎しみを煽り、封印を弱めている」

戦士「オディウムと戦うのは少しでも早い方がいいだろう」

戦士「洗脳された一般人を犠牲にできないなんて言っていられる余裕ももうない」

戦士「多国籍軍は本気で戦い、おまえを守る」

俺がうどん粉病の神の呪いを浄化する力をもっていることは既に敵に知られている。

仮にそうじゃなかったとしても、俺達が遺跡に直接攻撃を加えていることに気づいたら妨害してくるだろう。
オディウム神もどきへの攻撃に集中するためには軍の協力が必要不可欠だ。


現在、オディウム教徒は遺跡に呪いの結界を張って立てこもっている。
聖玉の結界を破壊することもまだ諦めていないらしいが、父さん達は刺客の撃退に成功している。

俺のいとこ軍団が誘拐されかかる事件もあったらしいけどなんやかんやで阻止できている。
……父さんのすごい人数の兄弟には、同じようにすごい人数の子供がいる。

俺はいとこの人数を把握できていない。

レグホニア家の娘を嫁にもらったら孫に恵まれるとか、
逆にレグホニアの男に娘を嫁がせたら孕まされすぎて大変だとかと地元ではよく言われているけどそんなことはどうでもいい。

戦士「もうあんな思いは勘弁だ。死ぬなよ」

魔剣士「わかってるよ」

精霊王「……はあ」

魔剣士(何溜め息みたいな声出してんだよ)

精霊王「死んでからはすごい速さで時が進んでさ」

精霊王「気づいたら知ってる人間は皆死んでた」

魔剣士(寂しいな)

精霊王「つらいから悲しい感情は全部封じ込めてた」

精霊王「でも、やっぱ生まれ変わりは過去世と雰囲気似ててさ」

精霊王「つい昔のことを思い出しちまう」

魔剣士(ふーん)


突然空気が凍りつくようにピリリとした。

白緑の少女「呪術師です!」

黒い気を纏った男が現れた。
一瞬でここまで転移してきたんだ。相当高位の呪術師だろう。

呪術師「勇者ノ 眠リ 憎シミ 解放ヲ」

様子がおかしい。とりあえず狙いは母さんみたいだ。
念じて剣を具現化する。

戦士「おい下がれ!」

魔剣士「大丈夫だ!」

呪術師は呪いを放ったが、俺は呪いごと呪術師を斬った。
イウスの力を剣に纏わせれば、黒い気は浄化できる。


呪術師の身体からは黒い気がもやもやと煙のように出ている。

魔剣士「こいつ……本当に人間なのか?」

戦士「この頃現れる奴の多くはこんな感じなんだ」

白緑の少女「……オディウムの力で、無理に高位の術者となったのでしょう」

白緑の少女「力に呑み込まれ、彼本来の人格はほとんど消失していたものと思われます」

戦士「道理で倒しても倒しても強い連中が湧き続けていたのか」

魔剣士「ねー父さん俺腕を上げたでしょ」

戦士「確かに太刀筋は綺麗になったが……運動神経の鈍さは相変わらずだな」

戦士「剣が強いだけだろ」

ちくしょう。


精霊王「ねえ明日すぐ軍動かせる? オディウムの活動が活発になりそうなんだけど」

戦士「なんだ今の声」

魔剣士「ごめん俺の前世が喋った」

戦士「おまえにもちゃんと過去世があったんだな……」

魔剣士「なんで喋れるのかは後で説明するよ」

戦士「ええと……軍はいつでもすぐに動かせる。問題ない」

精霊王「そっか」

戦士「なんにせよそろそろ総攻撃を仕掛けようと思っていたしな」

魔剣士(なんで父さんと喋ったんだよ)

精霊王「だって構ってほしくて」

魔剣士(あっそ)


翌日。

多国籍軍が仕掛けようとしている気配に感づいたのか、オディウム教徒達も臨戦態勢らしい。
アクアマリーナの山を登る。車道が続く限りは車での移動だ。

メルクと兵士数人が護衛として同行してくれている。



クロユリの花が咲いている。
ある株の根元に、ユキの散った花が落ちていた。

対照的だな、と思った。
クロユリの花言葉は“呪い”だ。


魔剣士「この花って確か伝説あったよな」

白緑の少女「古い時代、この土地はアレカレスという一族に治められていました」

白緑の少女「ある代の当主にはリリィという名の美しい側室がいたのですが、」

白緑の少女「リリィは最も深く当主の寵愛を受けていたために、他の側室の妬みを買い、」

白緑の少女「不義の噂を立てられ、怒り狂った当主に切り殺されてしまいました」

白緑の少女「その際、リリィは言いました」

白緑の少女「『この山にクロユリが咲く時、私の呪いであなたの一族を滅ぼしましょう』と」

白旅人「悲しい伝説ですね」

白緑の少女「あの時はすごかったです」

魔剣士「実話だったんだ」


白緑の少女「呪術にもさまざまな種類があります」

白緑の少女「リリィの呪いは愛から生まれた憎しみによる呪い」

白緑の少女「オディウム教徒の呪術は、もっと純粋な憎悪によるもの」

白緑の少女「あ、あそこを見てください。昔、あの榎の所に行けばリリィの霊に会えたんですよ」

白旅人「流石にもう成仏なさっているのですか?」

白緑の少女「ええ。根も葉もない噂を信じてすまなかった、と当主の霊が土下座し、」

白緑の少女「2人の憎しみは浄化され天へと昇っていきました」

白緑の少女「愛から生まれた憎しみは、愛によって浄化され救われます」

魔剣士「オディウム教徒の呪いはどんな原理で浄化してんだ」

精霊王「相反する属性の神の力をぶつけることで相殺してる感じ」

精霊王「あれは単純な愛の力だけじゃ浄化できねえからな。」

魔剣士「ふーん」

専門じゃねえから結局よくわかんねえや。

精霊王「あ、でも俺とスフィの愛の力はすげえ強力な浄化のエネルギーになるからな!」

魔剣士「せめて“俺等とユキ”って言ってくんねえかな」

精霊王「だってなんか嫌じゃね……?」

魔剣士「仕方ねえだろ……」


白旅人「白いユリも咲いているんですね」

魔剣士「カサブランカだな。綺麗だ。好きなのか? 白百合」

白旅人「いえ、クレイオーさんに似合いそうだと思いまして」

魔剣士「まああいつ顔はいいからな。でかくて綺麗な花ならなんでも似合うだろ」

白旅人「あなたにとって、クレイオーさんはどんな人ですか」

魔剣士「え? んー、ひたすらうざくてめんどくさい奴」

白旅人「それだけですか?」

魔剣士「うん」

魔剣士「小さい頃からずっと、あいつ俺のこと嫌いなくせにひっついてきてさ」

魔剣士「馬鹿にしてくるくせにおせっかい焼いてくるんだぜ。嫌いなら離れりゃいいのにさ」

白旅人「聞き捨てなりませんね」

魔剣士「え?」

白旅人「……わかって言ってるわけじゃないんですよね?」

魔剣士「ちょっと待って意味わかんない」

白旅人「まあ、過去は過去なのでいいですけどね」

青い石「この子そういう機微は察せないから……」


ユキと2人(+霊体2人)で大樹に上る。
頂上付近から北方を見下ろす。人が米粒のようだ。丁度戦いが始まっている。

呪術師がこちらに感づいている気配はない。

精霊王「じゃあ始めるぞ」

精霊王「おまえの身体からスフィに俺の力を流して浸透させるからな」

俺のものとは異なる魔力が胸から湧き溢れる。
この頃漸く慣れてきた感覚だ。

精霊王「痛くないか」

魔剣士「平気だ」

精霊王「スフィ、大丈夫そうか」

白緑の少女「問題ありません」

精霊王「スフィを俺で満たす作業には時間がかかる。つまり暇だ」

白緑の少女「お父様達の様子でも窺いましょうか」

白緑の少女「目を閉じてください」

白緑の少女「魔力を同調させている今なら、共に遠視の術を使うことができます」


言われたとおり目を閉じると、スコープで拡大したような映像が瞼の裏に表れた。
父さんは……前線にはいない。まだ後方にいるみたいだ。

すぐ傍にアキレスさんもいる。

英雄「俺そろそろ部下連れて前線行くね」

戦士「死ぬなよ」

英雄「もちろん。それに今日は怪我だってするわけにはいかないんだ」

英雄「うっかり女性用の下着つけてきちゃってさ」

英雄「こんなの見たら、治療班の子がびっくりしちゃう……うふ」

戦士「…………」

カナリアの気持ちがちょっとわかった気がする。父親がこれだとつらい。

佐官「あの、レグホニア中将」

前は大佐だったような。昇格したんだ。

佐官「何故か女装してる隊があり、他の部隊員が精神統一に支障をきたしているという苦情が入ってます」

英雄「あっごめんそれ俺の部下達~」


英雄「女装で敵の精神をかき乱す作戦、俺よく使っててさ……だめ?」

戦士「やるなら事前に会議で言え!!」

佐官「どうしましょう」

戦士「気にせず戦闘に集中しろと命令を下してくれ」

佐官「……がんばります」

英雄「ところでさ、キャロルさんが男ってほんと?」

戦士「今する話なのかそれ」

副官「ほんとですよ~」

英雄「すごい……女性にしか見えないよ。美しさを保つコツとかあるの?」

副官「毎晩ちゃんと寝るといいですよ~」

戦士「この戦いが終わってから話せ!!」


白緑の少女「愉快な方々ですね」

魔剣士「うん……」

オディウム教徒よりも多国籍軍の方が圧倒的に人数が多いのになかなか決着がつかないのは、
やはりオディウム教徒の使う術が厄介だからだ。

でも多国籍軍は対抗策を次々と編み出した。負けはしないだろう。


精霊王「あ、そうだ」

精霊王「今ならおまえの術、遠視の術を使った原理を利用して遠くまで飛ばせるぞ」

魔剣士「あ、まじで?」

鞄を漁って毒草を食べ、ユキの力を借りて戦場に飛ばした。
数十人のオディウム教徒は嘔吐・下痢により戦闘不能になった。ざまあ。

精霊王「んー、もうそろそろよさそうだ」

精霊王「剣を構えろ」

魔剣士「はい」

遺跡の方に切っ先を向ける。

精霊王「行くぜ相棒!」

魔剣士「もう1人のボクとは呼ばねえからな」


大樹に流し込んだ力を剣に集中させ、白と緑の光を放った。
直接膨大なエネルギーを俺から剣に流すと俺が死ぬため、わざわざ大樹に力を溜め込んだのである。

精霊王「おまえが破裂する寸前にまで出力上げるからな!」

ちょっと怖い。恐れを覚えた瞬間、ユキが俺の手を強く握った。
大丈夫だ。戦える。


光が遺跡に落ちた手応えが不思議と感じられた。
しかし憎しみの黒は浄化しきれない。量が多すぎる。

長時間耐えなきゃいけなさそうだ。
呪術師達がこっちの攻撃に気づいたようだ。

でも、ユキの身体全体はイウスの力で覆われているから遠距離攻撃は効かないし、
近づいた敵はメルクと兵士が倒してくれる。

父さん達が戦ってくれているから、大勢でこっちを襲うこともできないだろう。
大して気にする必要はない。


精霊王「気をつけろ!」

カラスの大群のような“闇”が形を変え、襲い掛かってきた。
遺跡への攻撃を中断し、剣を振るう。

精霊王「反射神経にっぶ」

魔剣士「うっせ!!」

多少動きが鈍くても靄は浄化できている。気持ちいい。しかしいかんせん疲労が溜まる。

魔剣士「あんまり激しく動くと枝から落っこちそうでこええな」

白緑の少女「落ちても私が助けます! 思いっきり戦ってください!」

背後から針のような形になった闇が襲い掛かってきた。速い!

魔剣士「やばっ!」

青い石「ああもうっ!」

勝手に素早く体が動いた。

青い石「ちょっと体借りるから!」

魔剣士「正直助かる」

剣を極めたモルの方が俺よりも上手く戦える。
これやると後から気持ち悪くなるけど仕方ない。


白緑の少女「――イウスの力との融合率が上がりました。私からも行きます!」

大樹のあちこちから光が放たれ、闇を浄化していく。



闇の靄の動きに隙ができた。
モルの憑依を解いてもらって、辺りに漂う靄を一気に浄化し再び遺跡へと力を放つ。

精霊王「封印の内部に光を押し込むぞ!」

白緑の少女「エリウスさん、血が!」

吐血した。

魔剣士「っまだ大丈夫だ!」

このままならオディウムを倒せる。

そう思った瞬間、奇妙な違和感に襲われた。
力の一部が黒く染まり、逆流している。

精霊王「嘘だろっ!?」

それは剣から俺の右手へ流れ、胸を撃った。
























負の感情が蠢いている。


目を開けると、見るに堪えない悍ましい色が空間を漂っていた。
低い、脳を揺らすような声が聞こえる。

『人は誰でも憎しみの感情をもっている』

『大精霊の生まれ変わりたるおまえも同じことだ』

『我は浄化の力に混じっていたおまえの憎しみの情によりおまえを引きずり込んだ』

嫌な記憶がぐるぐると頭を回った。


馬鹿にされたこと、逆恨みされたこと、マスコミに追いかけられたこと。
理解してもらえなかったこと、誤解されたこと。

何度も犯されて殺されかけたこと。


『この世界は、救うに足る世界なのか?』




「おまえさ、もうちょっとまともに喋れねえの?」

「たまに喋ったと思ったら全然空気読まないじゃん」

やめろ

「うわ、こっち見ないでよ」

「ごめん、もうついてこないで。ちょっと優しくしただけで、こんなに依存されても困るよ」

ごめんなさい、もう関わりません。ごめんなさい。




『おまえの人生は、愛されることよりも、憎み憎まれることの方が遥かに多かった』

『おまえを救うのは憎しみによる復讐のみだ』


魔剣士「……そんなことねえよ」

涙が止まらない。でも、幸せだった記憶を必死に思い返す。

魔剣士「生憎、絶望はもう乗り越えてるんだ」

魔剣士「おまえなんかに洗脳されやしねえよ」

『――おまえに外の世界を見せてやろう』


……空が黒い。地上は血と肉の山で覆われている。


兇手「くくっふはははは! ついに倒したぞ! この俺が最強だ!」

戦士「っ――」

父さんの胸が、剣で貫かれた。

魔剣士「父さん!」

身体を支えようとしたけれど、すり抜けた。

次女「やだ! 放して!!」

次女「いたいー!」

魔剣士「ルツィーレ!」

ルツィーレが……男達に蹂躙されている。

次女「おとうさん! 助けて! お父さーん!」

妹の太ももを血が伝った。

魔剣士「やめろ……やめろ!!」


悪寒が背筋を走った。振り向くと、母さんが呆然と立ち尽くしていた。
眠りの魔法が解けて、ここに駆けつけたのだろう。

母さんは膝をつくと、傍に落ちていた剣を拾い、立ち上がった。

勇者「……皆殺しだ」

やめろ、母さんが人を斬るところなんて見たくない。
血に染まった母さんなんて、見たくない……!


……携帯が鳴った。メールだ。誰からだろう。
あまり折り合いのよくない大学の知り合いからだ。

「これ、おまえだよな?」

本文にはURLが貼られている。
押すと、動画サイトに飛んだ。

魔剣士「あ……」

誰が、いつの間に、撮っていたんだろう。
俺が、精霊に犯されているところ。


嘘だろ。他にいくつもアップロードされている。削除は追いつかないだろう。
再生数はどんどん増えている。仮に全て削除しきれたとしても、もう……。

『この世界におまえの居場所はない』

まともに呼吸ができない。

『母の愛を拒絶したおまえは、我が肉体に相応しい』

『憎悪に染まれ』

泣き叫ぶ母さんの壊れた笑い声が、耳に響いた。


もう、この破壊衝動にすべてを任せてしまった方が、楽かもしれない。

kkmd

>>153誤字
四歳下じゃなくて四歳上


第三十三株 ユカリ


足元の血溜まりを見つめる。
生きていたって仕方ないや。


背中から誰かに優しく抱きしめられた。
おかしいな。人に触ろうとしてもすり抜けたんだ。誰かと触れ合えるはずないのに。



「大丈夫だよ。これ、全部嘘なんだから」



聞き覚えのある声だ。

魔剣士「……モル…………?」


「よく見るんだ。意外とちゃっちいよ、これ」

指差された方を見る。
服が大きく裂けたアキレスさんの死体が転がっていた。

魔剣士「……女物の下着つけてない」

幻影だわこれ!



景色が下方に流れ落ちていくように消え去った。


『馬鹿な……! 封印の内部へはこの男1人しか引きずり込まなかったはず!』

「私も人間だからね。負の感情を同調させてここまで追いかけるのはそう難しくなかったよ」

さっきまでが嘘みたいに、憎悪の感情が心から流れ去っていった。

「エリウス、聞こえるだろう? 君を呼ぶ声が」


白緑の少女「このままでは精神体が死んでしまいます!」

精霊王「戻ってこいエリウス!」

精霊王「俺はおまえが胎児の頃からずっと見守ってきたんだ。自分の子供みてえに思ってる」

精霊王「おまえに死なれたくねえんだよ!」

白緑の少女「もう私を置いていかないで!」

帰らなきゃ。

「この子を憎しみの塊に渡しはしないよ」

『おのれ……おのれ!』

青い光に守られている。もう幻影を見せられることはないみたいだ。


俺とよく似た少し年上の、でも目尻は吊り上っていない男がこっちを向いて微笑んだ。

   「もう、大丈夫だね。君は大人になったんだから」

魔剣士「なんだよ、心配してばっかで、全然俺のこと信頼してくれなかったくせに」

   「はは。実は、君が他のことに集中している間に、こっそりヘリオス君に訊いたんだ」

   「どうしてエリウスのことを信頼できるのかって」

   「『親が子供を信じてやらないと、子供は自信をもてないじゃないですか』って答えられたよ」

   「同じ人の親として負けたなって思った」

魔剣士「…………」

   「私は、これから何があっても君は乗り越えられるって信じることにしたよ」

魔剣士「……じいちゃん」

   「一緒にいられて楽しかった」


目を開けると、元の景色が見えた。

白緑の少女「エリウスさん!」

精霊王「エリウス!」

魔剣士「もうひと踏ん張りだな!」

闇の靄がまとわりついてくる。でも負ける気はしない。

精霊王「封印の内部から奴を引っ張り出すぞ!」

魔剣士「このままじゃ駄目なのか?」

精霊王「封印の中に奴を残すと、いずれ奴は再び憎しみを吸って復活する。同じことの繰り返しだ」

精霊王「俺の母さんの言葉を思い出せ」

『余剰となっている憎しみを削り、その後は少しずつ争いを治めていくのが最良の歴史となるでしょう』

精霊王「憎しみを敢えてこの世界に解き放ち、緩やかに浄化しなきゃいけねえんだよ」

魔剣士「……わかった」

釣竿を引き上げるように、闇を引きずり出した。


白緑の少女「まだ……もっと、もっと浄化してください」

白緑の少女「……今です!」

浄化を止め、赤ん坊くらいの大きさになった憎しみの塊を光で包む。

精霊王「これを分割して世界にばら撒く」

精霊王「これからこいつは、憎しみに翻弄される運命を背負った者として転生するだろう」

精霊王「だが、小さな憎しみであれば浄化は容易い」

精霊王「生ある者として生まれ変わり、愛を学べば尚更だ」

精霊王「だから、争いの種をばら撒くことに、おまえが責任を感じる必要はないからな」

剣で細かく切り刻み、イウスの力によってオディウムは世界中に散っていった。

あれは厄災の種だ。
責任を感じなくていいと言われても、やっぱり少しは罪悪感を覚えてしまう。

魔剣士「……はあ」

オディウム教徒達は信じる神を失い、途方に暮れて攻撃をやめた。
終わったんだ。

ユキの枝に腰を下ろす。随分疲れた。
……もう、激しすぎるセックスはしなくていいんだ。ほっとした。


胸元のアウィナイトに、もう祖父はいない。
魔力を使い果たして成仏したんだ。

魔剣士「……悲しくないよ。ちょっと寂しいけど」

魔剣士「本当はとっくの昔にあの世に逝っているはずの魂が、漸くあるべき場所に還っただけなんだから」

白緑の少女「…………」

魔剣士「あれ……でもおかしいな……」

目頭が熱い。

白緑の少女「泣いて、いいんですよ」

ずっと一緒にいた家族が、いなくなった。

あんなに鬱陶しかったのにな。
突然去られて、思考が感情に追いつかないんだ。


ユキの胸を借りてしばらく泣いた。

泣いてる間に癒しの術をかけてくれたらしくて、
イウスの力を使ったことによるダメージは癒えている。

白緑の少女「もうそろそろ降りましょうか」

魔剣士「……ちょっと待って」

腹が……生命の結晶が埋め込まれたあたりが熱い。
なんだろう。今なら奇跡を起こせそうな気がする。

魔剣士「ユキ、俺さ……すごくセックスしたい」

ユキはちょっと驚いたみたいだけど、俺の手を引いてくれた。

白緑の少女「いいですよ。こちらへ」

なされるがままユキについていくと、樹皮をすり抜けて木の内部に入れた。


白緑の少女「大樹の内部は私の精神世界になっています」

オディウム神もどきが封印されていた空間と違って、
すごく綺麗で淡い色彩が浮いている。

白緑の少女「通常、私以外の存在がここに入ることはできません」

白緑の少女「どうやら、私達の魔力と、生命の結晶や緑の聖結晶が共鳴しているようです」

神聖な波動が魂を揺さぶる。

白緑の少女「ドロドロに、溶け合いましょう」

ユキに押し倒された。

魔剣士「……俺、男だから」

ユキの肩を掴み、上体を起こして組み敷いた。
やっぱり、俺には男のプライドがある。たまには抱かれるんじゃなくて抱きたい。

ユキは微笑んで、俺の首に手を回してくれた。


――
――――――――

戦士「なあ、エリウスは」

白旅人「まだ降りてこられないんです。だいぶ経つのに」

戦士「まさか死んだんじゃないよな……」

白旅人「遠すぎて魔力を追えません。大丈夫だとは思うのですが」

戦士「トパーズで探すか」

白旅人「!? 急速にエリウスさんの魔力が降りてきています!」

魔剣士「いでっ!」

戦士「うわっ!?」

勢いをつけすぎて、幹の中から思いっきり飛び出してしまった。

魔剣士「あっ父さん!」

戦士「今の見間違いじゃないよな……? おまえ、木の中に入ってたのか?」

魔剣士「父さん……俺、妊娠した」

戦士「は?」


魔剣士「受精したのはユキの霊体の中でなんだけど~人間の体温を覚えさせた方がいいからって~」

戦士「ちょっと待ってくれ、おまえが何を言っているのか全くわからない」

魔剣士「父さんの孫ができたんだよ? 嬉しくないの?」

戦士「あ……ああ? そうか、俺ももうおじいちゃんか……40だもんな……」

父さんは状況を理解しようと必死に考えている。後でちゃんと説明しよう。

父さんの部下が運転する車が近くに停まった。
後部座席から降りてきたのは母さんだ。

勇者「エル!」

魔剣士「母さん」

抱きしめられた。おっぱい柔らかい。

魔剣士「俺、悪い奴やっつけたよ。もう心配要らないんだ」

抱きしめ返す。

戦士「えらい素直になったな……」

勇者「ちょっと、反抗期が長かっただけだもんね、エル……」


――――――――――――
――――――――
――

旅は続けるつもりだけれど、最初の子は慣れた環境で産み育てたかったから里帰りした。
久々の我が家だ。

四女「かーしゃ!」

次女「ラヴェンデルー!」

勇者「ラヴィ! よかったぁ……」

戦士「なあ、おまえの子供って……何処から産まれるんだ?」

魔剣士「へその辺り突き破って生まれてくるって」

戦士「うっ……痛そうだな……」

父さんは腹を押さえた。

ちなみに普通の赤ちゃんほど腹の中で大きくなることはない。
産まれてくる時の大きさはクルミくらいだ。

俺とユキの子供は、人間であり、植物であり、精霊でもある。
人と草木の間に立ち、共存のために働くことができる新たな種族だ。


魔剣士「俺今日父さんと母さんと川の字になって寝るー!」

戦士「いや、流石に気持ち悪い」

魔剣士「子供の頃充分に甘えられなかった分取り戻したいんだけど」

勇者「一晩くらいいいでしょ?」

戦士「アルカさんがそう言うなら……いや……しかし……」

三男「おかあさんにちかづくなあああうわああああ!!」

魔剣士「押さないで! 殴らないで! お腹に赤ちゃんいるから!!」

戦士「アルクスはアウロラと一緒に寝てくれ」

三男「いやだああああああああ」

魔剣士「母さんもーらい」

三男「ぐずっうぇぇ……うえええええん! あっちいけー!」

四女「かあしゃー、とおしゃ」

戦士「ラヴェンデルはベビーベッドな……」

魔剣士「久々に母さん独り占めしちゃうもんねー!」

戦士「なんだこの状況……」


戦士「ベッドが狭いんだが」

魔剣士「かあさーん」

戦士「マザコンは……嫁さんに嫌がられないか……?」

魔剣士「俺のお嫁さん1億歳だよ? 細かいこと気にしないよ」

戦士「そ、そうか」

戦士「……でかくなったもんだなあ」

勇者「もう……大人だもんね」

魔剣士「成人しても、俺が父さんと母さんの子供であることは変わらないよ。ずっと」

かつて拒絶してしまったこの温もりが、ひどく愛おしい。

戦士「暑い……」









魔剣士「なあユキ、ちょっと散歩しよ」

白緑の少女「ええ」

真夏の日射し。たまには暑い中歩くのもいいかな。
また旅に出たら、たまにしか故郷には帰ってこないんだから。


しばらく歩くと、アポロン先生がふらふらしていた。
散々泣いた後なのだろう。目が腫れている。

魔剣士「ちわっす」

詩人「ああ……やあ、エリウス君……」

魔剣士「娘が彼氏作って帰ってきたのがショックなんですよね」

メルクはクレイオーと一緒にこの国に来た。リモンさんも一緒らしい。

詩人「その通りだよ……」

詩人「悪いところまで僕に似てしまって、なかなか貰い手が見つからなかったからほっとしているんだ」

詩人「でも……なんだろうねこの気持ちは。涙を禁じ得ないよ」

非常にげっそりとしている。それでいて妙な美しさがあるのはすごいと思う。

詩人「アウロラちゃんが彼氏を連れてきた時のヘリオス君はどんな様子だったか教えてくれるかい?」

魔剣士「父さんは、子供にはドライなところがある人ですから」

魔剣士「『ふーん』って感じでしたよ。元々知ってる相手でしたし」

詩人「そうか……」

俺の娘が彼氏を連れてきた時、俺はどんな気持ちになるんだろう。
余程変な男じゃない限りは素直に祝福できる父親になりたいな。


まだまだやらなきゃいけないことはたくさんある。
自然破壊を止めるNGOでも立ち上げようかな。

でもまずは……

魔剣士「子供の名前、どうしよっか」

白緑の少女「ゆっくり考えましょう」


青空の下で深い緑が輝いている。



人と草木を繋ぐ新たな理。生命の結晶と、ユキとの絆から生まれた奇跡。
より良い世界を、きっと築いてみせる。


END





ごっそり修正したいのでこっちのスレは転載禁止で
書くのに時間かかりすぎた
近日中に番外編スレに後日談いくつか投下して終わります

Steam(PC)オープンワールドハードコアRPG

『KENSHI(剣士)やる』
(23:19~放送開始)

https://www.twitch.tv/kato_junichi0817

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日本人はカス民族。世界で尊敬される日本人は大嘘。

日本人は正体がバレないのを良い事にネット上で好き放題書く卑怯な民族。
日本人の職場はパワハラやセクハラ大好き。 学校はイジメが大好き。
日本人は同じ日本人には厳しく白人には甘い情け無い民族。
日本人は中国人や朝鮮人に対する差別を正当化する。差別を正義だと思ってる。
日本人は絶対的な正義で弱者や個人を叩く。日本人は集団イジメも正当化する。 (暴力団や半グレは強者で怖いのでスルー)
日本人は人を応援するニュースより徹底的に個人を叩くニュースのが伸びる いじめっ子民族。

日本のテレビは差別を煽る。視聴者もそれですぐ差別を始める単純馬鹿民族。
日本の芸能人は人の悪口で笑いを取る。視聴者もそれでゲラゲラ笑う民族性。
日本のユーチューバーは差別を煽る。個人を馬鹿にする。そしてそれが人気の出る民族性。
日本人は「私はこんなに苦労したんだからお前も苦労しろ!」と自分の苦労を押し付ける民族。

日本人ネット右翼は韓国中国と戦争したがるが戦場に行くのは自衛隊の方々なので気楽に言えるだけの卑怯者。
日本人馬鹿右翼の中年老人は徴兵制度を望むが戦場に行くのは若者で自分らは何もしないで済むので気楽に言えるだけの卑怯者。
日本人の多くは精神科医でも無いただの素人なのに知ったかぶり知識で精神障害の人を甘えだと批判する(根性論) 日本人の多くは自称専門家の知ったかぶり馬鹿。
日本人は犯罪者の死刑拷問大好き。でもネットに書くだけで実行は他人任せ前提。 拷問を実行する人の事を何も考えていない。 日本人は己の手は汚さない。
というかグロ画像ひとつ見ただけで震える癖に拷問だの妄想するのは滑稽でしか無い。
日本人は鯨やイルカを殺戮して何が悪いと開き直るが猫や犬には虐待する事すら許さない動物差別主義的民族。

日本人は「外国も同じだ」と言い訳するが文化依存症候群の日本人限定の対人恐怖症が有るので日本人だけカスな民族性なのは明らか。
世界中で日本語表記のHikikomori(引きこもり)Karoshi(過労死)Taijin kyofushoは日本人による陰湿な日本社会ならでは。
世界で日本人だけ異様に海外の反応が大好き。日本人より上と見る外国人(特に白人)の顔色を伺い媚びへつらう気持ち悪い民族。
世界幸福度ランキング先進国の中で日本だけダントツ最下位。他の欧米諸国は上位。
もう一度言う「外国も一緒」は通用しない。日本人だけがカス。カス民族なのは日本人だけ。

陰湿な同級生、陰湿な身内、陰湿な同僚、陰湿な政治家、陰湿なネットユーザー、扇動するテレビ出演者、他者を見下すのが生き甲斐の国民達。

冷静に考えてみてほしい。こんなカス揃いの国に愛国心を持つ価値などあるだろうか。 今まで会った日本人達は皆、心の優しい人達だっただろうか。 学校や職場の日本人は陰湿な人が多かったんじゃないだろうか。
日本の芸能人や政治家も皆、性格が良いと思えるだろうか。人間の本性であるネットの日本人達の書き込みを見て素晴らしい民族だと思えるだろうか。こんな陰湿な国が落ちぶれようと滅びようと何の問題があるのだろうか?

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月19日 (火) 23:28:08   ID: S:6Oq04e

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2 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 00:59:30   ID: S:9chaKX

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3 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 06:15:07   ID: S:ynXK-D

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