【艦これ】空母棲姫と男の物語 (145)

ここに来てから、もう何日目の朝を迎えたのだろう。

いつもと同じ、朝日が昇る頃に目が覚め、軽く体を動かす。

ああ、今日もいい天気だ……と、空を仰ぎ見ては心のもやが晴れて行く。


「腹が減ったな……」


俺は竿を持つと、飲み水を入れたボトルをバケツに突っ込み、

昨日と同じ場所に釣りをしに行く。

無論、昨日だけじゃなく、もう何日も繰り返した反復行動だ。

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腹が減っては、魚を釣り。

眠くなったら、少し寝て。

火が落ちれば、寝床に戻り。

そして、また新しい、昨日と同じ朝が来る。


それの繰り返しだ。

ここに来てから、もう何日目の朝を迎えただろう?

俺はもう何日ここで過ごしたんだ?

いつまで、ここで……。


「……あぁ、腹が減った……」


――俺がここに漂着してから、もう半年が経過していた。

「司令官に……ですか?」

「ああ、そうだ。君にはこれから、艦娘を率いての指揮を任せたい」


半年と少し前、俺には『司令官になれ』という辞令が下った。

人類の脅威に立ち向かう軍隊、

俺はその士官候補生としてこの鎮守府に配属されていた。

しかし、俺の士官としての資質は御世辞にも高いものではなく、

下働きのような形でしか関われていなかったのに、

突然そんなことを言われたのだ。

「私に司令官など……他に有能な人材はいくらでもいるのでは?
ましてや艦娘……私には荷が重すぎます」

「いいや、君でいいのだよ。君にしか、任せられない。
それとも、君は大本営からの勅令を拒否すると言うのかね?」

「いえ、ですが……」


俺に拒否権はなかった。

俺はこれから、艦娘と呼ばれる人類の希望を率いて、

深海棲艦と呼ばれる人類の脅威と戦って行くのだ。


今、制海権を脅かす深海棲艦は、人類にとって最大の脅威とかしている。

海路を分断され、さらには空をも支配し始めた深海棲艦に対し、

唯一対抗できるのは艦娘のみだと言われている。

彼女達の力なくして、我々の海を取り戻すことは出来ないのだと、

そんな救世主達の指揮を、俺が執れだなんて、

背負うものが重すぎて、潰されてもまだ足りない気がするだろう。

「なんでこんなことに……」

俺がそう思うのだって当たり前だ。

俺だって、人類を守る士官としての役割を全うしたいとは思っている。

そのために俺は士官になる道を選んだのも事実だ。

もちろん、今の環境に身を委ねていることに対しての不満もあった。


だが、しかし、いきなりこんな、無謀すぎるだろう?

突然人類の存亡を背負えだなんて、俺一人でそんなの抱えきれるはずがない。

艦娘……そう、相手はあの艦娘達でもあるのだ。


彼女たちは人に限りなく近く、人ではない兵器である。

人と会話し、交流を図り、俺たちに力を貸してくれる存在。

そして、彼女達は、俺たちを脅かす敵と渡り合える兵器なのだ。


……だから俺は、彼女達が怖かった。

見たこともあれば、会話だってしたこともあった。

その見た目は普通の少女達だ……そんな存在が、あの深海棲艦と戦っている?

実際に戦っているのを、俺はまだ見たことがない。

それでも、その光景が異様な物に映るのは間違いないだろう。


「俺に、俺が、彼女達の司令官に……艦娘と共に戦えって……」


俺にはきっと、資質がない。

その証拠に、もう俺はこんなにも震えている。

出来る気がしないのだ。


何故ならば、

もしも俺が、

『自らの意思を持つ、人類の敵と立ち向かえる彼女達に、見限られたらどうなるのか』

と、怖くて仕方が無かったからである。


だからと言って、命令が変わることはなかった。

俺はあれよあれよと言う間に、配属される辺境の泊地へと運ばれていた。

生きた心地がしなかった。



――そうして、本当に生きた心地がしない戦闘に、巻き込まれてしまったのである。

「――護衛艦がっ!?司令部に応答を」

「もうやってる!クソッ……こんな奴がいるなんて聞いてないぞ!クソがっ!!」


海を渡る以上、深海棲艦の脅威に晒されるのは、今や当たり前になっている。

そのために、重要な機関となるものは、必ず艦娘達の護衛が付くようになった。


海が駄目なら空が、とはいかない。

空を渡るのは、海を渡ることよりも難しくなっていた。

深海棲艦は陸以外の全てを人類から奪っている。

いや、もはや陸でさえ、艦娘達がいなければ危なかったのだ。

そんな艦娘が直接守ってくれる海路が安全でなくて、何が安全だと――

「駄目、このままじゃ……」

「司令部より伝令、全艦撤退せよとのことです」

「はぁ!?ば、おま、それじゃ護衛艦は――ぐぅっ!?」


船が、揺れる。

何が安全だと――言うのだろう。

まだ俺は何もしてないのに、こんな所で死んでしまうのか?


揺れが収まらない。

それどころか、俺の体はあちこち吹っ飛ばされてガタガタだ。

もう船が沈んでいる気がする。

艦娘はどこに行った?護衛しているのではないのか?


まさか、赴任する前に見限られたのか?

あるいは、それは、最初から。

艦娘ではなく、守るべき、人類に?

おかしいとは思ったのだ。

何故俺なんかが司令官に、と。

そんな新人に、なんで本国から離れた泊地へと行けなどと言われるのか。

少し考えればわかったはずだ。


わかりたくはなかった。

それでは、俺は、一体なんのために生きていたんだ?

誰の為に、今まで目指して来た物は、その結果がこれ?


一際大きい音がした。

その瞬間、あらゆる雑念は吹っ飛び、体も吹っ飛び、意識も吹っ飛んだ。

そう、生きた心地が、しなかった。



――生きてきた心地が、しなかった。



「――この魚は、食えるのか?」


気が付けば、俺はこの島にいた。

生きているのが不思議なくらいだ。


最初は救助されたのだと思っていた。

誰かが俺を、ここまで運んでくれたのだと。

だが、そんな希望は半日もすれば消え去った。

ここには、俺以外、誰もいない。

いなかった。


そして、今日もまた日が沈む。

最近の唯一の楽しみは、釣りからの帰り際、

この綺麗な黄昏の水平線を眺めることだ。

最初に辿りついた日、絶望しきった俺の心を射止めたのは、

この美しい光景である。

全ての感情から解き放たれ、何もかもを忘れさせてくれた。


俺はこの黄昏に沈む夕日を見ながら、また明日もこの光景を見たいと、

ただ純粋にそう願って、まだ生きているのである。


などど、格好を付けているだけで、本当はただ死にたくなかっただけだ。

もちろん、あの光景に心が救われたのは事実だ。

生きる理由にもしている。

だが、本当は死にたくないだけで、

いつか救援が来るだろうと、淡い期待を寄せているのが本心である。



――そんな期待が届くことはなく、不気味なくらい静かな海が、波の音を立てていた。


もう、助けがくることはない。

そんなこと、初めから知っていたかもしれない。

ただ認めたくなかっただけ。

この世にいらない人間なのだと、俺自身がわかっていたのに。


だけど俺は、諦めることが出来なかった。


嫌だった……このまま誰にも知られずに、いなくなるのが。

怖かった……このまま朽ちて、海の藻屑と化すのが。

誰かに、会いたかった……この胸の内を曝け出して、俺をわかって欲しかったのだ

俺は、ここに、いるんだと!

俺はまだここに!ここにいるんだよ!!

誰か……誰でもいい……俺は……俺を……――!!

ここに来てから、もう何日目の朝を迎えたのだろう。

いつもと同じ、朝日が昇る頃に目が覚め、軽く体を動かす。

ああ、今日もいい天気だ……と、空を仰ぎ見ては心のもやが晴れて行く。


「腹が減ったな……」


俺は竿を持つと、飲み水を入れたボトルをバケツに突っ込み、

昨日と同じ場所に釣りをしに行く。

無論、昨日だけじゃなく、もう何日も繰り返した反復行動だ。

腹が減っては、魚を釣り。

眠くなったら、少し寝て。

火が落ちれば、寝床に戻り。

そしてまた、新しい、昨日と同じ――




「――え?」



――誰かが、いる。


海岸だ。誰かが、倒れている――俺ではない、他の誰かが!

俺は迷うことなく近寄った。

微笑みさえ浮かべていたかもしれない。

当たり前だ、半年も孤独に生きてきたんだ!

誰でも良い、救援でなくたって構わない。

ここに人が、居てくれるだけで、ただそれだけで俺は――




――それがもし、ヒトではない、何者かでも。



「起きないな……いや、本当に生きているのか?これが……」


あれから俺は、倒れていた彼女を俺の寝床に連れて来ていた。

多分、彼女であっていると思う。

姿形は、人間と変わらないように見えるのだ。


もしこれで、倒れていた所に、到底人が作り上げたものには見えない、

おぞましい艤装の残骸が散らばっていなければ。

もし彼女の肌が、ヒトと同じ色をしていれば。


背負った瞬間、彼女の身についていた残骸が剥がれ落ち、

思いのほか彼女は軽く、

まるで、生きている人間を背負っているように思えなかったことを、忘れれば。

「眠っているようには、見えるんだけどな……」


呼吸をしているようには、思えないけども。

肌の冷たさでさえ、まるで凍りつくような、それでいて生温かいような、

深海の底にいる気がするような、ただ眠っているだけの、

眠り姫にも見えるのだ。


「こんな個体、見たことはない……新種の敵棲艦なのか?」


流れ着いていた残骸を見た時、ボロボロで崩れ剥がれる前に、

航空甲板のような物がついているのはわかった。

だが、敵棲艦に空母級がいるのは知っていたが、

あんな禍々しい物は、資料でも見たことがない。

本体となる彼女の姿も、また初めて見るものだ。


長く白い髪に、白い肌。

手足や所々を覆う黒い外装に、黒い衣の欠片。

括った髪が、どこか人間らしさを醸し出しているが、

彼女は人間であるなどと、到底呼べはしない。



「深海棲艦……こうやって直に見るのは初めてだ……まるで人間のようだ」


髪に触れ、肌に触れてみる。

冷たい。

もう死んでいるのかもしれない。

しかし、不思議と不快な気持ちにはならなかった。

むしろ、妙な神秘性まで感じてしまっている。


美しい容姿に、文字通り珠のような肌、

女としての体を見ても、人間とは思えないほど魅力的なライン。

いや、人間ではないのだから、思えなくて当然なのだが。

こうしている姿は、綺麗に作られた人形のように見える。



「あぁ……せめて目を開けて会話出来たら……」


せめて、ではなかった。

俺は誰でも良いから、会話がしたかったのだ。

ここに運んできたのも、それを期待していたからだ。

例えヒトでなくても、人類の敵なのだとしても。

今の俺にはそんなこと関係ないのだから。

人類に見捨てられた俺には、彼女でさえ救いになる気がしたのだ。


そしてまた、肌に触れてみる。

冷たい頬は、それでも柔らかく俺の指を包み、

すべすべとした肌の質感に気持ち良ささえ覚え、

気が付けば、愛おしむ様に頭を撫でながら、彼女の顔を覗き見る。

傍から見たら、その行動は狂人のそれに見えるかもしれない。

死体を弄ぶ、孤独の末に気が狂ってしまった世捨て人だ。


だが、ここにはその異常性すら指摘する者はいない。

この世とは、俺以外の何物でもない。

故に、自由と言う名のもとで、俺は彼女を触れ続けた。



――断罪出来るとしたら、突然カッ!と目を見開いた、

彼女自身に他ならないだろう。


「お――起きて、いや、生きてっ!?」

「……」


ギョロリ……と、赤い二つの眼が俺を捉えた。

ジッと見つめられて、触っていた手ごと硬直してしまう。

その表情からは、どんな感情も読み取れなかったが、

静かで、暗い、底なしの闇が降りかかるような視線に捉えられ、

俺は声も発することが出来なくなった。



それもそのはずだろう、すでにその時には、彼女の鋭利な指先が、

俺の首に巻きついて、締め付けていたのだから。



「あッ……がッ……ぅ……」

「……」


彼女は言葉を発していない。

それなのに何故か頭には怨嗟の声が響き渡る。


『シズメ……シズメ……シズメッ!!……』

「ぁ……ぁぁ……うっぅぅ……」


こうなることだって、わかってはいた。

だって彼女は敵なのだ。敵が敵を殺すことに、なんの不思議もない。

どうしようもない事実。だから、俺はわかっていたのだ。


彼女なら――俺を、敵として、殺してくれるかもしれないと。


『オチロ……フカク……フカク……シズンデシマエ』

「……」


怖さは、あった。

でもそれ以上に、彼女は俺を敵として見てくれたのだ。

俺のことを、認めてくれた。

なんの混じり気も無い、純粋な気持ちで。

だから、俺は、最後に、その気持ちに、答えて、死ねるなら、


――それでもいいと、思ったんだ。


『シズメ、シズメ……ヤミノ……ソコニ……グゥゥッ!?』


ふいに、手が緩められた。

俺はそのまま崩れ落ち、へたり込み、むせては返す胃液を吐き出し、

後になってやってくる苦しさに涙を流した。



「ゴホッ!ゲホッ……ゴホッ……くっ……だい、だいじょ……ゲヘッ!」

「……」


彼女は腕を抑えて、恨めしそうにこちらを見ていた。


「はぁ……はぁ、い、痛むのか?俺に、俺に出来ることは」

「……」


尚恨めしそうにこちらを見ているが、俺は俺の事よりも、

たった今殺されそうになっていた、彼女の方に気を向けていた。


「包帯を……いや、煮沸した布きれしかないんだが……腕が痛んでるなら固定して。
骨が折れているかもしれないから、ん、骨があるのか?」


「……」

彼女は静かにこちらを見ている。

何か言いたそうな雰囲気にも思える。

しかし、俺にとってそんなことはどうでもいい。

いや、どうでもよくはない。言いたいことがあるなら言って欲しい。


「まだ動いちゃダメだ。ここには俺しかいないから、安心してくれ」

「……」


彼女を心配している……もしかしたらそう見えるかもしれない。

否、それは違う。俺は楽しんでいた。

楽しんでいる……とも違う気がするが、久しぶりに自分以外に、

それも俺の言葉を理解してくれそうな存在に、

話しかけているということが、こんなにも嬉しいことだとは。



「怖がらないで、くれ。俺はただ、その、君を?
えっと……そう、助けたいだけなんだ!」

「……ッ」


助けたい、と言った瞬間……一層強い敵意が向けられた気がする。


「あ、違う……助けたい、じゃなくて……ただ、俺は……」

「……」


ただ俺は、君と、話しがしたいと。


「……話しがしたいと、思っただけなんだよ……」

「……」


少しだけ、敵意の目からは、逃れられた気がする。

また静かで暗い彼女の表情からは、何も読み取れなくなった。



「その、触れたことは謝るから……だから、今は傷を治すのに専念して」

「……」


まったく、俺は何をしているのだろうか。

殺されそうになったのに、あれだけ死ぬのが怖かったのに。

傷が治れば、俺はたちまち殺されてしまうだろう。

確かに、それでも良いかもしれないと思ったのは事実だけど、

何も望んで死にたいわけじゃない。


それなのに、俺は、彼女の傷が癒えるまでは、

彼女が俺の話し相手になってくれるかもしれないと、喜んでさえいたのである。

願うならばこのまま、傷を負ったまま、俺の傍で――



「その、傷が……それまで、あの、よろ……しく?」

「……」





――こうして、彼女と俺の奇妙な漂流生活が始まったんだ。

ここに来てから、もう何日目の朝を迎えたのだろう。

いつもと同じ、朝日が昇る頃に目が覚め、軽く体を動かす。

ああ、今日もいい天気だ……と、空を仰ぎ見ては心のもやが晴れて行く。


「あのさ、お腹空かないか?」

「……」


いつもと同じだが、前とは違う。

今は傍らに彼女の姿があった。

あれから数日、気が付けば彼女は動けるまで回復していた。

俺はまだ無事で、今日も日課の魚釣りに行こうとしている。



「あのさ、何も食わなくていいのか?水も飲んでないし、大丈夫なのか?」

「……」


彼女は、答えてはくれない。

なんだかボーッとあさっての方向を見ているだけだ。

ここ数日、会話というよりも、俺が一方的に話しかけているだけで、

彼女の耳に、俺の言葉が通ってるかさえ怪しい。


それでも、今までよりも遥かに充実していた。

活力が満ちていた。今日も、生きていたいとさえ思った。

死んだように同じ行動を繰り返していた時よりも、ずっと。

なんの疑問にも思わなかったが、この島では魚が良く釣れる。

サバイバル技術に長けているわけではないのに、

こんなに生きてこられたのは、

海の恵みと、

島に湧き出ている真水が使えたからに他ならない。


海岸に漂着している物を回収していくと、

使えそうなものがちらほら出てくるのも不思議だった。

人間が使っている物が、まるで使えと言わんばかりに置いてあるのだ。


あるいは、それは、ただのゴミなのかもしれない。

ゴミとなってしまったものが、ここに流れ着いているだけなのだ。

俺の、ように。



「今日は何が釣れるかな?」

「……」


よく釣れるとはいえ、入れ食いというわけではない。

そもそもリールも何もない、それっぽく仕上げたお手製の釣り竿なのだ。

針に餌を付けて垂らしているだけ。

竿や糸は漂着していたもので賄った。


故に、すぐ仕掛けが外れるわ、糸は切れるわで、

ろくな釣りが出来たものではないのである。

それでも、まったく何も成果がないわけではなく、

黙々と何かに挑戦していられるのは、

あの時の――死んだ魚のようだった――俺にとって、

それはとても都合が良い物だった。



「――……それでさ、最初は苦労したんだ。
魚のさばき方もろくにわからなくて」

「……」


彼女は答えない。

俺の隣りで、海の向こうを眺めているだけだ。

それでも、何故か彼女は俺の傍には居てくれた。


最初は彼女も動けなかった。

俺が釣りから帰っては、静かにじっとしているだけ。

俺が話しかけても一切反応は無く、ただ黙って宙を見ている。


だけど、傷が回復したのか、ある時いつものように釣りをしていたら、

気が付いた時には、後ろに立って俺を眺めていたのである。

それ以来、彼女は俺について来るようになった。

――あるいは、それはまるで幽霊のように、憑いてきていたのかもしれない。



「よし、よし、いい感じだ……これなら行ける!」

「……」


完全に一人芝居だ。

だがしかし、それでも俺は構わない。

彼女に俺の言葉が届いてなくても、それでも傍に居てくれるだけで。

ただそれだけで、今はなんでも出来る気がするんだ。


「深海棲艦って、実は魚が苦手だったりする?
ナマモノとか苦手そうとか、勝手なイメージなんだけど……」

「……」

「焼いたら食えないかな?いや、無理強いするわけじゃないけど」


食事中も、常に一緒だ。

そもそも、今までこんなに誰かと一緒にいたことはあっただろうか?

確かに、向こうにいたころの俺は一人ではなかったかもしれないが、

独りではあった気がする。

誰かと親しくすることもなく、ただ勉学に向き合っていた。

親と接する機会も少なく、食事も一人で取ることが多かった。

俺に付きそう人間も、俺が誰かに付きそうことも、

今までは一度たりとも無かった気がする。



「――……だからさ、こんな風に誰かとずっといて、
喋りかけてることなんて、今まで俺にはなかったんだ」

「……」

「あ――ごめん、嫌だったらそう言ってくれ。
俺、一人で勝手に喋って、馬鹿みたいだろ?」


彼女は、答えない。

でも、否定はしていない。

そんな前向きに解釈しながら、

俺は彼女に話しかけるのを止めることはなかった。


これで、いいんだ。

何度同じような日が続いても、たまに魚が取れなくて食事が出来なくても。

すぐ傍に彼女がいて、どんなことでも語りかけられる。

俺は今、一人じゃない。

俺は今、独りじゃない。


例え彼女が人間じゃなくたって、例え彼女が人類の敵だって、

俺にとってはたった一人の、今は唯一の理解者なのだから。

願うならば、こんな日がずっと続いてくれればいいのに――と。



「――……ほら、あれを見て」

「……」


彼女と共に、寝床へ帰る帰り道、最近は目に留めなくなった、

黄昏色に染まりかけている水平線を指さす。


「綺麗だろ?君がここにくるまで、
この光景を見ることだけが生きがいだったんだ」

「……」

「あの夕日が落ちるまでさ、ちょっと休憩していかないか?」

「……」


彼女は答えない。

なので、俺は勝手に座り出し、彼女もまたそれに続いて俺の傍に座る。



「……なんかさ、こうしてると、君と敵だなんて嘘みたいだよ」

「……」

「あ、いや……そのさ、今もどこかで君たちは、
俺たち人間の勢力と戦ってるんだと思うとさ……」

「……」

「俺は、ここに来ることがなかったら、
君たちの敵になる、艦娘を率いる司令官になるはずだったんだ」

「……」

「でもさ、本当は嫌だった。
怖かったんだよ、人類の責任を背負うなんて……俺なんかがさ」

「……」

「艦娘だって怖かった。
君たちと平気で戦える少女達なんて、大の大人の俺が、何も出来ないのに」

「……」

「そんな彼女達を率いてなんて、俺には荷が重すぎるよ。
……そう、思ってたんだ」

「……」

「そしたら、いつのまにかこんなことになっていた。
守りたい人類に見捨てられて、信頼するはずの艦娘の救助もなく、
俺はここに流れ着いた、海岸に落ちているゴミのようにね」

「……」


「――それから、何度もこの景色を見た。
そうするとさ、なんか、今まで戦いに捕らわれていたのが馬鹿らしくなってきたんだ」

「……」

「こんなにも、この海は静かで綺麗なのに、戦って汚して、俺は一体何してたんだって」

「……」


「だからって何もしないでいるわけにはいかないって、
黙ってやられるわけにはいかないって、
そうやって戦ってきたのは事実だけど、
今、ここからなら、この静かな海を見ているだけで良いんだって」

「……」


「逃げているだけなんだ、本当は……でも、俺にはそれで丁度良いんだよ。
逃げた先で、君と二人、静かな海を眺めて居られるなら、この空の下で」

「……」



「だから、俺にはもう、君が敵だなんて思えないよ。
君と敵対するぐらいなら、俺は人類の敵になってもいい」

「……」

「人類は俺を見捨てたんだ、だったら俺だって構わないはずだ。
俺が味方するなら、君に味方したい」

「……」


「だから、だからさ……このまま俺と、ここで、静かに……」

「……」

「人類も、艦娘も、深海棲艦も関係ないこの静かな海でっ!
俺と、ずっと一緒にいてくれないか?」

「……」


そう言って、俺は彼女の肩を両腕で掴む。

彼女の赤い瞳が俺を覗き、俺も彼女の瞳に自分を映す。


ここは――本当に静かだ。

一秒が、一分が、とても長く感じるほどに。



「俺は君が喋らなくても、君が俺の傍に居てくれるだけで、嬉しかった」

「……」

「それが、ただの気まぐれだったとしても、俺の声が君に届いてなくても、
俺は、君に救われた……今も、この瞬間でさえ!」

「……」

「君が俺を殺したいと願うなら、それでも構わない。
今度は、俺が――」

「……ッ」


少しだけ、鋭い目線で射抜かれたように思えた。


「俺が――君の救いになりたい」

「……」



本当は、このまま、ただ俺が救われたいだけだ。

世界の果てのようなこの場所で、彼女と一緒にいたいだけなのだ。

それが――彼女を戦いから遠ざけて、救うことになるんだと思い込んで。


「もう君も戦わないで良い、ここで、誰も傷つかないこの場所で、
俺と一緒に居よう!!」

「……」


彼女は答えない。ただ、俺を見据えているだけ。

視線は逸れない。夕日はもう、ほとんど顔を隠している。

黄昏から夜に変わる。




その瞬間――ゾワッとした空気が辺り一面に広がった。


「あっ……え?なんだ……」

「……」


海岸に、目を向ける。

彼女はもう俺を見てはいなくて、ジッと海面の先を見据えていた。

そして、俺も気付いた。海面が、黒く染まっていることに。


「あ……あ……どこ、から……」

「……」


どこから、など、そんなのはわかり切っていた。

深い、深い海の底から、ゆっくりと。


何故ならば、彼女達は――深海棲艦なのだから。


「だ……ダメだ……」

「……」


俺の隣りにいる彼女が、静かに立ち上がる。

俺から、離れるように、海に向かって歩き出す。



「行くな!行っちゃダメだ!!」

「……」


ゾワッと、背筋に悪寒が走る。

海岸の向こう、海面から彼女の仲間が俺を見ている。

それは彼女が俺に向けていた視線ではなく、完全なる敵意をむき出しにして。

最初に彼女が俺に向けた視線で、怨嗟の呼び声と共に。


「嫌だ……渡したくない……俺は……」

「……」


彼女は俺から遠ざかる。

俺は、足がすくんで動かない。


そうして、また俺は一人になるのだ。

独りここで、明日も、同じ、黄昏の、光景を――



「嫌だぁあああああああああああああああああ!!」

「……ッ」


俺は走り出し、彼女を抱き止める。

……なんて格好の良い物ではなく、四つん這いで這うように彼女へ辿り着き、

しがみついて懇願する。


「行かないで、俺を置いて行かないで……」

「……」



嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、そんなのはもう嫌だ!


……我ながら、身勝手だとは思う。

それでも嫌なのだ。もう一人には、なりたくない。

ここで君を失えば、俺はもう立ち上がれない。

この足が、動くこともなくなってしまう。

そうなるくらいなら、いっそここで――


「このまま君が行ってしまうなら、ここで俺を殺してくれ……」

「……」


そう言って、俺は泣き崩れてしまった。

おかげで、彼女の足は止まっているが、

海岸の向こう側からは、もの凄い重圧が降りかかってきた。

だとしても、この腕を、この手を離すわけにはいかない。



「俺は、俺が死ぬまでこの手を離さない!
君が嫌なら、俺を殺して仲間の所に還って良い。
でも、俺が生きている限り、君を、渡したりはしない!!」

「……」


無様だと、思った。

かつて敵だった、一言も言葉を交わしてすらいない彼女に、

泣いて懇願をする様が、無様でないわけがない。

視方を変えれば、これはただの命乞いと変わらない。

賭けた命が、俺だけじゃないことを除いて。


「俺と一緒に、ここで生きよぅ……頼むよ……俺と……」

「……」



どれくらい、こうしているのかがわからない。


いつの間にか――俺は彼女に正面から抱き着いていた。


いつ体勢を変えたのか、俺にはもうわからないけれど。

俺は彼女の胸に顔を埋めて、そのまましがみつきながら泣いていた。

まるで、駄々をこねている赤ん坊のように、



彼女の香りに――海の匂いに――包まれながら。





「――……今日は大漁だ、これなら明日はのんびり出来るなー」

「……」


あれから、彼女と俺の生活は元に戻ってくれた。

俺が話しかけ、彼女が答えず、傍に寄り添う。

それでも、あの夜と比べると、ぐっと距離が近くなった……気がする。


「なんか遊んだり……遊びってわかる?
二人でのんびり過ごすのも悪くないけど、あー、何しようか……」

「……」


彼女は表情を変えず、しかししっかりと俺を見ていてくれている。

表情は変わらないが、よくよく観察すると微妙な変化がある。

視線で訴えかけてる気もするのだ。気がするだけかもわからんが。

そうであって欲しいと、願っているだけかもしれないが。



「島を二人で歩き回ってみようか。デートみたいに、こう、手を繋いだりして」

「……」


「腕組んでもらってもいいか!?せっかくだから、それっぽいこと沢山したいなー!」

「……」


なんとなくだが、嫌がってるようには見えなかった。

たまに、これもなんとなくだが、

俺の発言に蔑むような、可哀想な物を見るような、

そんな視線を送っている気もするが、

これは本当に気がするだけで、俺の思い込み過ぎなのだろう。


「なんだよ、何か言いたそうだな?
あーあーわかってる!男らしくないっていいたいんだろう!?」

「……」

「い、いや、くそ……嫌だったらいいんだけど……いいだろ!?
少しくらい、こう、そういうの要求してもさ!?」

「……」

「前もこう、抱き着いてる時とか安心感があって……。
いやだから抱き着きたいわけではないんだけど、密着したらどうだろうかなって?」

「……」

「下心じゃないぞ!俺は純粋にこう、触れあいたいというか」

「……」

「あー……えーと……ね?ダメかな……ダメかぁ……」

身振り手振り、しどろもどろで彼女に接するのも、

もうこれで何度目だろうか。

似たようなやりとりを何度もしている。

似ているだけで、会話している内容は違うのだが、

結局後一歩が踏み出せないで、有耶無耶にしてしまう俺がいた。


彼女を引きとめた時、あんなにも強く彼女にしがみつけたのに。

あの時踏み出した一歩は、

無我夢中で成し遂げた奇跡の一歩だったのだ。

そう何度も奇跡は起きない。


基本的にヘタレる自分へ嫌気がさすのは、

あっちにいてもこっちにいても変わることはないのだ。



「そんな目で見るなよ……たまには何か言ってくれ……」

「……」


そう言っても、彼女が答えてくれることはない。

ボーッとこちらを見て、

ただし正面から俺の逃げ道を塞ぐように立ちふさがる。


少しだけ、やはり少しだけ、前と変化している気もする。

彼女は基本的に傍にいるというのが、今は当たり前になったのだが、

前はこんな風に正面に立ってくることは、なかったのだ。


常に半歩後ろを歩いて、立ち止まれば半歩後ろで、

振り返らないと彼女はいなかったのに、

今は顔を上げれば彼女の姿が映るようになった。



「距離感……俺はヒトとの距離感がわからないんだよ……察してくれよ」

「……」


弱音を吐く。

もう何度も弱音を吐いている気がする。

俺にもあれから変化があったんだと思う。

そう、彼女に甘えるように、女々しくなってしまった。


最初から、出会った時からずっと甘えていたのかもしれないが、

こんな風に口して、言葉にすることは避けていたはずなのに。

どうしても口に出したくなって、吐き出してしまうのだ。


――黙って聞いてくれている、彼女がいたから。



そんなことをもう何度も繰り返したから、油断していたのかもしれない。


とっさに、すぐには思考が追いつかなかった。


自分の目の前に――彼女のその手があることに。



「――え?」

「……」


気のせいでは、ないはずだ。

がっくりと項垂れている自分の目の前に、

手が、僅かに前に、差し伸べられている。


何が起こったのかわからなかった。

今までこんなことはなかった。

だから油断していた。

彼女が自分から、動くなんて、思いもしなかった。

ずっとそれを、望んでいたと言うのに。



「……」

「……」


時間は止まってはくれない。

何が起こってるのかわからず、混乱しながら、放心している俺を前にしても、

彼女は手を引くことはなかった。

無言で、俺の前に、ずっと、静かに差し出してくれている。



その時にはもう――俺は無意識で――彼女の手を握っていた。

彼女の手は、人間のそれではなく、爪は尖っていて、氷のように冷たい、

まるで化け物のような――化け物だから間違いではない――手だ。


握っていても柔らかいなんてことはなく、

痛いくらいに鋭く手の平を刺す。


なのに、こんなにも、温かい。

俺は今、手の平から腕にかけて、温かさが駆け巡り、

心臓へと突き抜けて、鼓動が高まって行くにつれ、全身に血が駆け巡り、

体温は上がり続けて、目頭は熱く、頭から汗が沸いて、

それでいて足に力が入り、彼女の手を強く握り返してその場に立つ。


「……女の子の手って、トゲトゲしてて痛いんだなぁ」

「……」



もう、なにもかもどうでも良い。

敵だとか、味方だとか、助けが来るとかこないとか。

俺にとっては、今この瞬間が全て、繋いだ手の温もりこそが答えになった。


彼女は決して、俺に答えてくれることはないが、

俺にはこれだけで十分だった。


俺は狂っているのかもしれない。

でも、それでいいと思う。

今こそ俺は、心の底から思うことが出来るのだから。



ああ、生きてて良かった。



幸せな、日々だった。

俺が居て、彼女が傍に寄り添い、生きている。

それだけで、俺は幸福でいられた。

もう他に何もいらない。

他に欲しい物もない。

ただこの時がずっと続けばいいと、本気でそう願っていた。


願っていた。

きっとこのまま続くはずの日常を、願っていたのだ。

どこかで、不安だったのかもしれない。

こんな日がずっと続くなんて、それだけのことなのに、

俺は不安だったのだ。



「――……また、流れ着いてる……」

「……」


そう言うと、彼女は俺の傍からスッと離れ、

流れ着いた“ゴミ”の下へと近寄り歩く。

最近になってから、数は少ないがこういうことが多くなった。


最初は驚いた。

また彼女を連れ戻すために、ここまで直接出向いてきたのかと警戒した。


どう見ても、ヒトには見えなかった。

その禍々しく黒い肢体は、遠目からでも恐怖を与えた。

彼女、以外は。



「……最近、多いな……もう動くことはないの?」

「……」


彼女は答えないが、そのゴミに手を触れると、

海へと還るように、サラサラと砂の如く、風に溶けて消えて行った。


「……君のように、救い出せるなら俺は構わないんだけど……」

「……」


彼女は答えない。

それでも、俺の方に向き直ると、普段はまるで表情の変化も見せないのに、

悲しそうな顔していて……泣きだしそうな眼の奥に、俺が映っている。



「この近くで、戦闘が起きているのか……?」

「……」


そんな彼女を見ていられなくて、海の方へと顔を向ける。

相変わらず静かな水面に、波が立っては還って行く。

大よそここからでは何が起こっているかわからないが、

すぐそこまで戦域が広がっているのかもしれない。


「……もう行こう……俺たちにはどうすることも出来ないよ……」

「……」


嘘だ、俺は嘘を付いている。

本当は、彼女に投げかける言葉が決まっているはずなのだ。




――君は、行かなくてもいいの?――



聞けるはずがない。そんなこと、聞きたくもない。

行かないで欲しい。そう願ったのは俺なのだから。

だからどうしようもないんだ……このまま見過ごすことしか出来ない。


そういうことにして、早く俺がここから立ち去りたいだけだ。

でないと、彼女はこのまま、俺の傍から離れて、静かに――


「ほらっ」

「……」


俺は彼女の手を強引に引いてしまう。

彼女は、何も、答えない。

それが答えだとして、俺は勝手に解釈をする。

これでいい、これでいいんだ、と。



「少し、天気が崩れてきたな……」

「……」


これもここ最近の話しだ。

今までは基本的に、この島に雨が降ることはほとんどなかった。

なのに最近、頻繁に天気が崩れやすくなっている。

季節の影響なのだろうか?


雨が降れば、外に出れず、俺はその日一日を水で過ごすしかなくなる。

保存食の備蓄は作っているのだが、雨如きで緊急時の物には手を出せない。

しかし、無理矢理外に出て、病気にでもなったらと思うと、

外に出れなくなるのだ。


だとしても俺には彼女がいる。

お腹が空いても、満たされないことはない。

寝床で彼女と二人、空を見ながら雨の音を聴いているだけで、

俺は胸がいっぱいになるんだ。



彼女の膝を枕にして、雨が止むのを待ちながら、

二人で静かに空を見る。


会話はなく、響いているのは雨の音だけ。

さながら合唱のように、ザーザーとした音に耳を傾ける。

風の向くまま、打ち付ける水の雫が、彼女と俺の姿を隠す。



俺は雨の匂いと、彼女の匂い――まるで潮の香り――に包まれて、

瞼を閉じて、まどろみに身を任す。

心地良さに体が負けると、意識が宙に浮いていく。



目が覚めれば、きっとまた同じ朝が来ると、そう信じて。



「ぁあ――……あれ?」

「……」


足がふらつき、視界が霞む。

雲は晴れ、雨が上がり、今日からまた元の生活に戻るのだ。

なのに、なんでこんなに動き辛いのだろう。

おかしい、体の調子が……悪い。


「あ……ははっ……ごめ……すぐ準備して……」

「……」


俺はいつのも竿とバケツを持ち、彼女が俺の傍へと寄り、

いつもと同じ場所へと出かけようとする。

日常へ戻るのだ。

早く行かねば今日もご飯抜き……流石にそれは苦しくもなる。

だからこんな所で……立ち止まるわけには行かない。



「大丈夫、大丈夫……心配しないで」

「……」


彼女は答えない。

いつも通りだ。なんのことはない。

さぁ、早く出かけよう。帰りにまた、水平線を一緒に見よう。

ふらつく足取りで、俺は前へと進みだす。


「やっぱり一日水だけじゃ元気が出ないな
今日は早めにお昼を取って、栄養を蓄えなきゃ……」

「……」


頭が重い、体が怠い。

喉が渇く、息が辛い。

視界がぼやける、それでも前に進まなくちゃ。

ここでは誰も助けてなどくれないのだから……。



「よーし、見てろよ?今日は一発で成功させるから……」

「……」


助けはなくとも、救いはある。

彼女が俺を見てくれている限り、俺は元気を振り絞れる。


ふと、俺は向こうにいた頃のことを思い出した。

家族のいる者、恋人のいる者、大切な誰かを守るために、

人類の脅威と戦っていた者達。


俺は、本当の意味でそれを理解していたわけではなかった。

だが憧れていたのだ。

俺も、そうした意思を継ぎたいと、誰かの救いになれればいいと。

そうすれば、いずれ誰かが、俺自身の救いになってくれるんじゃないかと。


ただ漠然とした希望に憧れていた。

眩しかったのだ。綺麗だった。美しいとさえ思った。

俺もきっとあんな風になれるのだと、そう思って俺は――



「……俺は……だから俺は――」

「……」


竿が手からすっぽ抜ける。

ああ、これはまずいと手を伸ばすも、まるで力が入らない。

竿が海に流されていく。

あれが無ければ、これからは魚も取れなくなってしまう。

貴重な食材が、タンパク源が、これでは元気になるのも――


「ダメだ……取りに……行かないと……」

「……」


足に力を入れる。

膝がいう事をきかない。

俺の意識が飛ぶ頃に、自らの体が崩れ落ちて、

もう一歩も動けないことを理解した。



「はは……ははは……ダメだ、動けないな……」

「……」


「ごめん……少しだけ……休憩……」

「……」


彼女が俺を見ている。

その姿も、今はぼやけて、彼女がどんな表情をしているのかもわからない。

薄れゆく意識の中、彼女に心配を掛けたくないなと、

ただそれがけが心残りとなった。



「……」


「……」


「……」


「……」



意識が戻る頃には、俺はもとの寝床に横たわっていた。

どうやって戻って来たのかは覚えていない。

それよりも、相変わらず体がいう事を聞かず、思考も中々定まらない。

こんな状態で、俺は一体どうやってここまで戻ってこれたと言うのか?


「……え……あ……」

「……」


首だけを動かすと、傍に彼女がいるのがわかる。

ジッとこちらの顔を覗き込み、無表情で俺を眺めていた。

俺は安心すると同時に、思いもしなかった疑問を彼女に投げかける。



「まさか、君が……?」

「……」


そんなこと、まさか……?


こうならないように、俺はずっと注意してきた。

一度ここで病気に掛かってしまえば、

それを治すことが容易に出来ることじゃないくらいはわかっていた。

薬も無い、医学の知識も持ち合わせてない俺が、

対処できることなんて限られている。


これがただの風邪なのかもわからない。

ましてや、その状態で外に出て、倒れてしまうなどと、

自殺行為に他ならなかった。


誰も、ここでは誰も助けてなどくれないのだから。


「……君が……俺を……」

「……」


期待なんてしてなかった。

俺が求めていたのは、彼女が俺の傍に居てくれるという、

ただそれだけの救いだったはずだ。

それ以上のことなど、起こり得るはずもないと、そう思っていた。



例え彼女が俺の手を引いてくれていたとしても、

例え彼女に変化が訪れようとも、

例え俺が彼女と触れ合おうとも。



「未だに俺は、君を信じて……なかったのに……」

「……」


手に力を込めると、何かを握っていることに気づく。

いや、わかっていた。手の平を刺す痛みが、ずっと教えてくれていた。

俺が信じていなかっただけだ。


本当は何一つ、彼女のことなど理解していなかったのだから。



「……ありがとう、君に会えて……俺は良かった」

「……」

「憧れていたんだ、ずっと。こんな風に、俺は誰かに言いたかった」

「……」

「君に出会えて良かった。最後に、夢が叶ったよ」

「……」

「ごめん、俺はまだ、君のことを何一つ理解してないのに……」

「……」

「勝手に君を引きとめて、勝手に納得して、俺は君を利用した」

「……」

「君を救いたいなんて嘘だ……俺が救われたかっただけだった」

「……」



「嬉しかったんだ……君が俺を見てくれることが……」

「……」

「それが殺意だったとしても、疑惑でも、それしかなかったのだとしても」

「……」

「君は俺を見捨てなかった……君はここに残ってくれた」

「……」


「嬉しかった、嬉しかったなぁ……ありがとう、俺はもう十分だよ」

「……」

「こんな風に、君に看取られて逝けるなら、
俺の人生もそう悪いものじゃなかったって、今ならそう思えるよ」

「……」


「君とずっと一緒に居られた……わずかな日々が……」

「……」

「俺にとって、本当に守りたい、大切な時間だったから」

「……」


「だから、最後のお願いだ……このまま、俺の手を……ずっと……」

「……」



――そこで、俺の意識は無くなった。

後に残ったのは、手を握ってくれている彼女と、

その温もりと、海の匂いと、懐かしい記憶の欠片。


終わったのだ、何もかも。

もうこれで苦しむことはない。

彼女がいた記憶と、温もりの中で、俺は永遠の安らぎを得た。


これで良かったのだ。

最後にこんな風に逝けるだなんて、俺はなんと幸福だったのだろうか。

素晴らしい日々をありがとう、俺はこれで満足――



『いいえ』


頭の中に、声が響く。


『貴方はまだ、終わりません』

「……」


俺は答えない。

この声が誰のものなのか、逝く瞬間に見るうたかたの夢なのか。


『ここで貴方を死なせはしない』

「……」


俺は答えられない。

ぼんやりと、良い声だな、とか、優しい声音にうっとりする。



『貴方が、ワタシを、救ってくれたように』

「……」


『今度は、ワタシが貴方を、救います』

「……」


『貴方はまだ、還る場所があるはずです』

「……」


『貴方には、モドレル場所が残っている』

「……」


そんなものは、無い。

俺は見捨てられたんだ。誰からも、誰も信じてなかったから。



『貴方が信じていなくとも、貴方を信じる人は必ずいます』

「……」


『それが過去になかったとしても、これからの未来に』

「……」


そんなの、嘘だ。信じられない。


『ワタシが、貴方を信じています。
これから先、きっと貴方は辿り着けると』

「……」


『目を覚まして、立ちあがって』

「……」


『もう一度、見たいのでしょう?あの水平線を、静かな海で』

「……」



『ワタシに教えてくれた、ワタシに思い出させてくれた、あの光景』

「……」


『キレイだったわ。とても、ワタシの心が奪われるくらいに』

「……」


『貴方だったら、出来る。また、ワタシにしてくれたように』

「……」


『ワタシが貴方を信じるように、誰かの希望へ』

「……」


ダメだよ、あれは君がいたから、俺はそんなに強くないんだ。

もうここでいい、俺は君といられただけで満足したよ。



『強くなくても良い』

「……」


『でも諦めないで、ワタシの手を取ったでしょう?』

「……」


『ワタシにしがみついて、泣いて、無様に懇願したでしょう?』

「……」


ああ、やっぱりそう見えたのだな、と……可笑しさがこみ上げる。



『貴方はワタシの救いになるのでしょう?その責任は、取ってもらうわ』

「……」


『弱さも、甘えも、ワタシが許します。だから、立って』

「……」


『諦めなければ、きっとまた、貴方の望みは叶うから』

「……」


どうして、こんな時に声が出ないのだろう。

言いたいことが沢山あるのに、なんでこんな時ばかり。

勝手に納得して、勝手に期待して、俺と同じように。


俺と同じように、あの光景を綺麗だったと、言ってくれた。

言いたいことが沢山あるんだ。

頼むから、声よ出てくれ。


俺はまだ、まだ君と、もう一度あの場所で――



『大丈夫、今はまだ、貴方が信じるモノがなくても』

「……」


『貴方の未来をワタシが繋ぐわ』

「……」


動かない、手も足も、目も口も、その姿さえ見えない。

こんな時でさえ、俺は弱いのか。


『目を覚まして、そして、貴方の誇りを、取り戻すのです』

「……」


『ワタシの、想いと共に』


最後にそう聞こえると、フッと唇に感覚が戻る。

どこも動かないし聞こえないのに、唇に熱が籠り、

ふわふわとした意識の群れが、一か所に集まっていく感覚。



――力が戻る。

俺はまだ、終わっていない。


まだ言ってないことがある。

彼女はまだわかっていない。俺の気持ちを理解していない。

ここでは終われない。

目を覚ます。俺はまだあの場所に還らなくちゃいけない。


何故なら、俺は――



「俺はッ!君にッ!!」



ガバッと体を起こし、隣りにいるはずの彼女へ顔を向ける。

しかし映るのは空虚な寝床で、ガランとした空気に、気勢を取られた。



「……俺は……?」


辺りを見回す。彼女は居ない。

体を動かす。手も指も動く、これならば足で立つことも出来そうだ。

お腹が鳴る。どうやら食欲もあるらしい。

目も見える、鼻も効く。

するはずの彼女の匂いは、今はもうない。


「……お、おい……嘘だろ?」


彼女は答えない。

否、彼女はもう、ここにはいない。


「おーい、目を覚ましたよ!戻って来たんだ!!」


どこにもいない。


「言いたいことがあるんだよ!出て来てくれよ!!」


どこにもいない。



「俺を救ってくれるって、言ったじゃないか!?
俺を信じてくれるって、俺も君を信じるよ!だから、帰ってきて……」


ここには彼女は、もういない。




それから俺は、あの水平線の見える海岸に腰を掛けて、

彼女が帰ってくるのをずっと待った。

黄昏時の水平線、その向こうから彼女が帰ってくるのを信じた。


なんで俺はこんな所にいるのだろう。

本当は今まであったこと、あれは全部夢だったのではないか?



ここに来てから、もう何日目の朝を迎えたのだろう。



日が昇り、日が沈む。

腹が減る、喉が渇く、胸は苦しく、心が晴れない。

空だけが良い天気で、俺だけが置いていかれている。


何の為に、目を覚ましたんだ。

あのまま起きなければ良かった。

だってもうここには何もない。俺の未来なんてないじゃないか。

君と共にいるのが、俺の生きたかった明日だったのに。


――何が……諦めないでだよ……こんなの、もうどうしようもないじゃないか。


ブツブツと独り言を思っては、また海面へと顔を上げる。

日が暮れる、黄昏の水平線に。



――けど、あれはなんだ?


夕日を背にして、小さな光が見える。

点々と、こちらを照らすかのような光の粒。

波の向こう側、確かに見える。


音が、響いた。

水の柱が上がっている。

徐々にこちらに近づいている?

光だ。眩しいほどの光が、あの水平線の先から――


「……ぁっ……!?」


近づいている、何かを追うように。

俺の腰が上がる。

まだ見えない何かに手を伸ばすように、俺は海へと歩き出す。



人影だ。

こちらに向かっている。

さながら、奥から照らすスポットライトを浴びながら。


俺は走りだす。

海岸から海に、バシャバシャと波をかき分けて、

上がる柱の危険も顧みず、近づいてくる誰かの元へと向かっている。


言葉は無い。

でも、もう俺にはわかる。


帰って来てくれた、俺は彼女を信じ抜けた。

ずっと待っていた。君が帰ってくるのを、きっと来てくれると。

もう少し、もう少しで……また君と、ここで――



「……!?」


水柱が上がる。

彼女の姿がぐらつく。

追われているのは彼女だった。

しかし、一心不乱に彼女はこちらに向かい続ける。


「――ッ!――!!」


俺は叫んだ。

やめろ、やめてくれ!彼女に敵意はない!!

それだけの言葉が、何故か俺の口からは出ない。


やっと、やっと彼女と喋れるのに。

また俺は、何も言えないのか?



『――諦めないで――』


ふと頭にあの時の言葉が浮かぶ。

諦めない、弱くても、甘くても、俺は諦めない。

すぐそこに彼女がいる。


言葉を交わさなくても、分かり合える、なんてことはない。

俺も彼女も、お互いが理解をしているように見えただけ。

わかったように解釈して、自分の理想を押し付けた。


だから、言わなければならない。

俺が、本当に望んでいることを――



「……アァ……――」

「やめろォー!彼女に手を出すなァーーーー!!」


しっかりと声が出ているかは、わからない。

それでも、声の出る限り、ありったけの力を込めて叫ぶ。

光がこちらに集中する。


夕日が俺たちを照らしだした。



「待ってた、待ってたんだ……なんで、出て行ったんだ!」

「……イイノ……コレデ、イイノヨ……」


彼女は答える。


「アナタノ……アシタヲ……ワタシガ……」

「馬鹿っ!馬鹿だ君は……俺のこと、何もわかってないじゃないか!」


「ソレデモ……ワタシハ……アナタニ、イキテテホシカッタ」

「ふざけるな!俺だって、君に生きてて欲しいんだよ!
俺は、俺は君と生きたいんだ!!」


「アソコニ、イレバ、アナタハ……シンデシマウワ」

「言っただろ!俺はそれでも良かったんだ……君の傍で死ねるなら」


「ワタシハ、イヤダッタ……アナタヲ、シナセハシナイ」

「最初に俺を殺そうとした癖に!今更なんで……」


「ソンナノ、アナタモワカッテイルンデショウ?」

「わかるわけないだろ!君だって俺のことわかってないのに……」


「アナタガ、イキテイルコトガ、ワタシノスクイ」

「俺は君が生きていることが救いなんだよ!」



『ほら、わかっているじゃない』

「わかってないよ……君はわかってない……こんなことして……君は」


『わかっているわ……ワタシも、貴方と共に生きたかった』

「じゃあ、なんで!?あのまま君と、静かに居られれば俺はそれで」


『我がままね、あそこに居れば、また何度でも繰り返す。
変わらない限り』

「君だって我がままだ!何にも答えないで、こんな最後に……」


最後に、だなんて思った自分が憎い。

彼女の姿はボロボロで、最初に出会った時よりも酷い。

こんな姿になってまで、俺に会いにくるなんて、

これが間違いじゃ無ければなんだと言うのだろう。



『間違いじゃない。貴方の還るべき場所、貴方は帰るのよ』


彼女は朝日の向こうを指さす。

あれは、彼女を攻撃していた人影だ。

徐々によってきているらしく、こちらを警戒している。


「……まさか、連れて、来たって言うのか?」

「……」


彼女は答えない。

なのに、今まで見せたこともない微笑みで、

とても穏やかな表情で俺を見ていた。


「こんな、こんなことになってまで、俺は生きていたくなんて……」

『ごめんなさい。これしか、方法が無かった』



「君が居なくちゃ、意味がないんだ……俺は、俺は君が……」

『ありがとう。最後に、貴方の腕の中で、ワタシは救われた』



「俺は君が、好きだったんだ!好きだった!!……好きだったんだ」


「ワタシモ、アナタガ――」
            『――貴方が、好きよ。だから、生きて。
            生きて、またワタシを、ワタシタチを救ってあげて』



「君じゃなきゃ嫌だ……俺は、君だったから救えたんだよ!」

『最後まで、本当に、しょうがない人ね』

「俺が弱いんだって、わかっているだろ?
俺には無理だよ……君なしじゃ、俺はまた元に戻ってしまう」


『貴方の弱さも、甘さも、ワタシは好きだった。
それでも、貴方がそれでは戦えないというのなら、
ワタシがこのまま連れていきます』

「なにを……」


『泣かないで、とは言わないわ。
沢山泣いて、ワタシのことを忘れないで。
流した涙の分だけ、ワタシが貴方の弱さを海へと連れて行きます』

「そんなの……」


『貴方がワタシを忘れない限り、ワタシの心はいつも貴方の傍にあります
大丈夫、きっと貴方は変われるわ』

「勝手なことばかり……もっと早く言ってくれればっ」



『いいの、これでいいのよ。ワタシは最後にワタシになれた』

「君が好きだよ……いなくならないで欲しい……」


『いつでも、傍にいるわ。この海で、空の下で――』

「……シズカナ……キモチニ……そうか、だからワタシは――」


そういうと、彼女の体は砂のように、サラサラと風に溶けて行く。

瞳を閉じて、綺麗な笑顔を浮かべて、俺の傍からいなくなる。



『――ワタシの心は、貴方と共に――』


彼女は、深海棲艦。

かつて俺が、人類の脅威として戦うべき相手。


『――貴方の弱さを、ワタシが共に――』


「俺は君と……もう一度……この水平線を見たかったんだよ……」



顔を上げる。

黄昏の水平線の向こうから、彼女達はやってくる。

俺を見て驚いたように、口々に何かを語りかけている。


「……あぁ……綺麗だ……」


フワッと、海の匂いが俺を包んだ。

もういない彼女の声が、聞こえた気がした。

それと同時に、俺の目頭は熱くなり、

潤んだ視界と共に声を上げて、彼女の事を想いながら。



――そうして、黄昏は終わりを告げる。



これが、後に空母棲姫と名付けられていた深海棲艦と、

敵である深海棲艦と唯一心を通わした男の物語である。


‐‐--―――――――――――――--‐‐
  ‐‐--―――――――――--‐‐
     ‐‐--―――――--‐‐


司令官「――……とまぁ、そういうお話もあるから、
    電のいう事も俺は間違いじゃないと思うよ」


暁「ぞんなごど……言われなくでもぉ」

電「暁ちゃん、泣かないで欲しいのでずぅ」

雷「司令官!私がいるじゃない!!」

響「Хорошо……悲しいけど、良い話しだ」


司令官「そうか?なら良かった。
    俺もさ、出来れば沈んだ敵も助けたいと思うんだ」


暁「……でも、それで電が傷つくのは嫌よ……」

響「Да……敵に情けは、死を招く」

電「でも、でも……戦争には勝ちたいけど、命は助けたいって、おかしいですか?」


司令官「おかしくないさ。
    矛盾しているかもしれないけど、
    俺はそういう気持ちを持っていること、大切だと思うからね」


雷「元気ないわねぇ!そんなんじゃダメよ!!
 雷に任せて!敵も味方も、雷が助けてみせるわ!!」


司令官「頼もしいな!……まぁ、それぞれよく考えてみてくれ。
    戦うことの意味をさ」


暁「ちょ、ちょっと!なでなでしないでってば!!」

響「……司令官は、大丈夫かい?」


司令官「ん?あぁ、俺は大丈夫だよ。だってこれ、作り話だからね」


雷「えぇー!?」

電「はわわ」

暁「~~~ッ!?じゃあ暁の涙はなんだったのよぉ!!」

響「……」


司令官「いやほら、もしかしたら、そんなこともあるかもしれないだろ?
    心構えの話しなんだよ、わかるか?」


暁「わかんないわよっ!」

司令官「暁はまだまだお子ちゃまだなぁ」


暁「お、お子様いうな!感動して損したわ……もう行きましょっ!」

響「司令官、до свидания」

雷「司令官、もっと私を頼って良いからね?」


電「……あの、あの……」



司令官「ん?ほら、もうこんな時間だ、電も行ってきていいよ」

電「司令官さん……司令官さんは、電達を信じていますか?」



司令官「ああ、俺はもう、君達のことを信頼している
    口だけじゃあれだけど、これからもよろしくな」

電「電達も、司令官を信頼しているのです!……なのです!!」


司令官「……ああ」




そう言って、無邪気に走り去る姿を、後ろから確認する。

長く喋り過ぎたと、窓の外から空を見る。


もうすぐ夕暮れだ。



俺は仕事の山から目を背け、独り外へと歩きだす。

ここは静かな仮設泊地。

しかし、各地の補給線としての機能を兼ね備えた、重要な拠点である。

俺は今、そこを守り抜くために派遣された司令官だ。



彼女達、艦娘を率いて指揮を執り、今もこの場所を守っている。

ここは俺にとっても大切な場所だ。



深海棲艦と戦うことは、未だに迷いと戸惑いもある。


けど俺は、彼女の願いを聞いてしまったから。

ここで戦いながら、俺は生き続けながら、

いつ終わるかもわからないまま、それでも道を進み続ける。


その先に、彼女達の救いがあると、信じて――








「――……あら?」

「え?」



ふと足を運んだ先に、見慣れないヒトがいた。

ヒト……ではないかもしれない。


「ごめんなさい、私、道に迷ってしまって」

「道に?……あの、道ってここは」


言いかけて、海を向いて、納得する。

やっぱり、彼女は艦娘だ。

とはいえ今日付けでの着任の知らせは届いていないから、

本当に道に迷ってしまったんだろう。



そんなこと、あるのか?



「ここに寄る予定は無かったのだけれど、燃料が……」

「あ、あぁ……そうか、それなら仕方ないな」


「ここには艦娘がいるでしょう?良ければ、燃料を分けて欲しいのだけど」

「わかった、手配するよ」

「そう、ありがとう」


会話が、終わる。


「……」

「……」



お互い、なんともいえない沈黙に沈む。

何か言わなければ、と思っても言葉が浮かばない。

なんとなく気恥ずかしくなり、顔を背けてしまう。


「あっ……」

「?……どうし……」


背けた先で、黄昏色に染まる水平線が見えた。

あの時から、もうずっと見ることがなかったこの光景。

いつもここで、同じ景色が見られたはずなのに。



「やっぱり、綺麗だ……」

「……えぇ、そうね……」


忘れることはなく、今も覚えている。

俺は強くなれただろうか?


彼女は今もどこかで、俺のことを見ていてくれてるのだろうか?

彼女が信じた俺は、その期待に応えてあげられてるのだろうか?


今も彼女は、こんな俺のことを――





「――私は、好きよ」

「!?」



「ここは静かで、気持ちがいいわ」


「……っあ!
いや、そうだね、そうだよね……俺も、ずっと好きなんだ」

「そう……それは、良かったわ」


二人で、クスクスと笑い合う。

何故だか凄く、心が晴れて行く気がした。


もう、彼女の姿は見えないけども、

この光景と共に、彼女の心は生き続ける。



あの時、二人見た景色が、同じように映っていたのだから。

その真実があれば、きっとまた分かり合える日が来るだろう。

今、目の前にいる彼女と、わかりあえたように――



「えっと、その、君は……」

「……あぁ、申し遅れました。私は――」




       ――私は、航空母艦――


   スレ 【艦これ】空母棲姫と男の物語』


          ┼ヽ  -|r‐、. レ |   
           d⌒) ./| _ノ  __ノ   

やりました。
終わりです。

疲れたね……

結構長くなっちゃったけど、読んでくれてありがとね
もう空母おばさんなんて呼んだらダメだからね

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年06月14日 (火) 20:13:22   ID: UUQ-K0bD

泣いた…

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