「ねえプロデューサーのこと、好きだった?」 (23)

彼女は三度目の誕生日を過ぎたばかりだった。

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土の匂いと草の匂い、それらが一緒くたになった匂いがしていた。

私はその匂いが嫌いだった。

そして夏の始まりを感じさせるこの気候が。

私よりも年下の若者たちが、異性に対して無防備になる季節がやってくる事を感じさせるこの気候が、それと相まって私を憂鬱にさせた。



「あつい、あつい」

彼女はまわらぬ舌でその言葉を繰り返している。
意味はわかっているのだろうか。

「ママは?」

大人の注意をひくためのような、かわいらしい声で彼女は私にたずねる。

知るか。馬鹿め。



「かわいいでしょう?」

手洗いから戻ってきた彼女の母親が私にたずねる。

まるで自分自身に言い聞かせているようだった。

私は半ば呆れたように女を見た。

しかし、その目元に刻まれた細いしわに苦渋の色を感じ取った私は、たまらず目を逸らした。

「あつい、あつい」

同じ言葉を繰り返しながら、彼女はベンチの下に生えている草をむしる作業を続けている。

母親には似てないな…。
ちっとも利発そうにみえない。


「ねえ」

彼女の母親は、かつて私達が仲が良かった時と同じように、私の手に自分の手を重ねていった。

「よろしくね」

何を、よろしくするというのか。

もう一度、女の表情を盗み見る。

彼女の目から不意に溢れた涙が、大きく開いた白いワンピースの胸元からのぞいている鎖骨に伝っていった。

「よろしくね」

念を押すように、今度は私の手を握りしめながらもう一度言った。

その、まるでメロドラマにでも出てきそうな芝居がかった女の仕草に私は辟易した。




そもそもこんな女が子どもを産む事自体が間違いだったのだ。

こんなに小さく、こんなに脆く、自分の力では何一つできないような、こんな女が。

私は彼女の夫であった人間を恨もうとしたが、やめた。

もういない人間に腹を立てても詮無き事である。

しばらくの間、沈黙があった。

気だるい大気の中に混じって、遠くから子どもたちの声が聞こえてくる。

「もう時間?」

沈黙に耐えきれず、私は女に尋ねる。

「ううん。まだ少し」

早くしろ。早く行っちまえ。

そう心中で毒づきながら、私は女に行ってほしくないとも思っていた。

怒り、悲しみ、嫉妬、後悔、色々な感情がごちゃ混ぜになって、今、私はこのベンチに座っている。


「ねえプロデューサーのこと、好きだった?」

「知ってたくせに」

「そうだね。ごめんね」

「なにが?」

「ごめんね…」



私は縋るような女の声から逃れたくて、ベンチから腰を上げた。

女の足元では、母親から一時足りとも離れたくないであろう彼女が、不安そうに私を見上げていた。

小さな丸っこいからだに、何かの冗談のようにくっ付いている手足が、彼女をまるで玩具のようにみせていた。



私は彼女を抱え上げてみた。

手の中で、彼女は私に笑いかけてみるが、私が無表情であったことですぐさま泣顔になった。




あぁ、彼女をこのまま地面に叩きつけることができたら。


けれども私はそうしなかった。

私は彼女の母親とは違う。

甲高く泣き叫ぶ彼女は、空から地表に降ろされるのと同時に、母親の女の元へと走っていった。

「あんたはいいわね」

女は我が子をあやしもせずに言った。

「あんたには未来がある」


未来?

そんなものが果たして自分にあるのか甚だ疑問ではあったが、ともかく私は泣き叫ぶ彼女の手を無理やり引いて歩き出した。

もう、時間なんて気にしてはいられない。

最後に私は女の方を振り返ってみた。

力なく項垂れて表情こそ窺い知ることはできなかったが、昔と同じように落ち込むその姿に、私はかつての女の面影を見出していた。


テレビゲームで私に負けたとき


オーディションに落ちたとき


妹の私よりも早くテレビに出れなかったとき




女は子どもで、妻で、母親で、そして姉だった。

おわりです。

ありがとうございました。

亜美と真美の話でした。

ありがとうございます。

ちょっとでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

SSって難しいですね、書くのまだ2回目なんです。

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