心「シュガー」ありす「ロリ」比奈「ポップ」 (65)


それは、少し……いえ、きっと随分と昔の話になるのかもしれません。
私がいて、心さんがいて、比奈さんがいる――それに、プロデューサーも。

当たり前のように思えていたけれど、そんなこともなくて、毎日はあっという間に過ぎていきました……なんて、今はそんなふうに考えるようになりました。

楽しくて、うるさくて、ちょっと泣いて、怒って、愛想つかして、そんな日々でした。

そう、これは――私の、……いえ、私たちが共有した”思い出”を綴るためのお話。

『シュガーロリポップ』、なんて聞けば誰もが笑ってしまいそうなユニットが駆け抜けた、誰も知らない私たちの物語。



――そんな物語なのです。




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ある晴れた日のこと。
私はその日、とある連絡を受けて346プロの扉をくぐることになっていました。


「あの……すみません」


か細い私の声が事務所の中に響き渡りました。
すると、奥に座っていた男性が振り返り、にこにこと笑顔を振りまきながらこっちへ歩み寄ってきました。

ちょっと気持ち悪い……そんなことを考えていた矢先、その男性は私の目線に合わせるように腰を屈めます。


「ええと、橘ありすちゃんでいいかな」


その人は極めて穏やかな物腰でした。
恐らく初対面の人に、さらに言えば幼い少女に話しかける態度は模範的だったと言えます――ええ、それが私でなければの話ですが。


「……ちゃん、はいらないです。橘ありすです」

「あー、えーっと……ありすちゃん?」


二度の呼びかけに私は眼光を光らせます。


「橘、です。下の名前で呼ぶのはやめてください」


そう言うと、その人は「うーん」と少し考える素振りを見せた後、ポンっと自分の手を叩きました。


「ああ、ありすちゃんね!」

「私の話聞いてました!?」


わりかし大きめの声が事務所の中に響き渡りました。
ものの数分の間に私の被った仮面を剥いだこの男に、若干の嫌気がさしたのは当然のことだったはずです。


「……」


口の利かない私を奥の椅子に案内すると、その男は相変わらずニコニコと書類を眺めながら、チラチラと私の方に目配せしていました。


「……何か?」


私の問いかけを聞いていなかったのか、男はフンフフーンと声を漏らしながらサラサラと書類の束に何かを書いていました。
……きっと、この男みたいな人間が他にいたとしたら私は即座に怒りを露わにしてしまうことになるでしょう。


「さて、ありすちゃん。あ、ありすちゃんって呼ばれるの嫌だったんだっけ? ありすちゃん」


「さっきから、わざとやってませんか……?」


ムスっと口を結んだ私は、ギロリと男を睨みつけます。
――と言うか、


「あなたは誰なんですか?」


話を変えるためでもあり、純粋な疑問でもありました。

そう、私が今日事務所に呼ばれたのは――今日と言う日が、私がアイドルとして活動する初めての日だったからです。

先日のオーディションで悠々と合格した私は、今日事務所の人から連絡を受けて、ここへと訪れたわけですが……そこで出会った初めての人が、この男だったという不幸を嘆きました。

……もう、関わりなければいいけど。


「ああ、俺は君のプロデューサーだよ」


あっけらかんと、その男は言ってのけました。


ムスっと口を結んだ私は、ギロリと男を睨みつけます。
――と言うか、


「あなたは誰なんですか?」


話を変えるためでもあり、純粋な疑問でもありました。

そう、私が今日事務所に呼ばれたのは――今日と言う日が、私がアイドルとして活動する初めての日だったからです。

先日のオーディションで悠々と合格した私は、今日事務所の人から連絡を受けて、ここへと訪れたわけですが……そこで出会った初めての人が、この男だったという不幸を嘆きました。

……もう、関わりなければいいけど。


「ああ、俺は君のプロデューサーだよ」


あっけらかんと、その男は言ってのけました。


「……はい?」

「だから、俺、君の、プロ、デュー、サー、分かる? どぅーゆーあんだすたん?」

「変なところで区切るの止めてもらっていいですか? 不快です」


なるほど、そうなんだ……この男が私のプロデューサーなんだ。
え、でもプロデューサーってなんだっけ?
たしか……ここってアイドルをプロデュースする事務所だったから……。
ん? プロデュース?


「って、ええ!?」


ガタタっと、私は椅子を退けるように立ち上がって驚きの声をあげました。
目がぎょろぎょろと泳いだ私を見て、その男――プロデューサーはケラケラと笑って、こう言い放ちました。


「ありすちゃん、君、面白いね」


ありすって呼ばないでください! と叫びあげたのはこの時くらいにだったかもしれません。……いえ、恐らくもっとたくさん言ったはずです。
そのくらい、この初対面は印象深かったのです。


そう――私とプロデューサーとの出会いは、最悪で、思い出すだけでお腹の底から何かが飛び出してしまうんじゃないかってくらい最低なものでした。


……今でも、このときのことは根に持っています。

ここまで。
流れ決まってるんで地道に書いていきます。


暫くの間、プロデューサーの方から一方的な質問を受けた私は、今後の活動方針の話をすることになりました。
そもそも質問内容もあまり大切に思えない、どうでもいい質問だった気がするんですけど……。

「それじゃあ、イチゴ大福の苺と、ショートケーキに乗ってる苺ならどっちが好きかな?」

「その質問、何か関係あるんですか……?」

ズバッと私はプロデューサーの言葉を切り捨てました。

「あるに決まってるだろ! ありもあり、大ありだ!」

「本当ですか?」

「マジマジ、大マジ」

「……」

その態度に私は余計に眼光を鋭く光らせます。


「何々、そんな顔して」

「……あんまり信じてないので」

「心外だなあ、まだ会って数十分くらいしか経ってないぞ?」

「……それはそうですけど」

「まあ、さっきからしてた質問とか全部意味ないんだけどね」

「本当になんなんですか!?」

私が怒号を飛ばすと、プロデューサーはやっぱりケラケラと笑っていました。
……私は、こうやって人のことをからかう人があまり好きではありません。
バッドコミュニケーションです。もう口すらききたくないです。


「んじゃ、まあ本題に入りますか」

「……」

最初から本題から入ればいいじゃないんですか、と口をはさみそうになってその口を噤みます。
ダメダメ、この人のペースに乗せられるといいことがない。
私はそっぽをむくと、プロデューサーの言葉を待ちます。



……。



……。





……?




「あの……本題は」

「あ、喋った! はい、ありすちゃんの負け!」

「は、はあ?」

もう意味が分からない、と嘆きかけた私は結局自分から話すことになってしまったことに悔やみました。
ものの数分でまたこの人のペースにはまってしまっていたのです。
独特な雰囲気の中で、私は居心地の悪さを感じていました。


「というわけで、ありすちゃんには早速ですが、ユニットを組んでもらうことになります」


疲弊しきった私に、さも平然と”割と重要な”言葉をプロデューサーが口にしたとき、またお得意の冗談かと口をゆがめました。
眉すらもハの字になっていたかもしれません。


「えっと、ユニット……ですか?」

「そうそう、ユニット」

にんまりとプロデューサーは笑っていました。
そのときの笑顔は本当に嬉しそうな顔で、さっきまでの笑顔と違うんだと何故だか感じました。
……ずっとそうやっていたらいいのに。

「ということは、私は他の人とグループで活動する、ということになるんですか?」

「そういうことになるね」

アイドル活動、というもの自体には漠然としたイメージしか抱いていませんでした。
ともすれば、てっきりソロでの活動がメインになるだろうと高を括っていた私は豆鉄砲を食らった鳩のようになっていたのかもしれません。


「346プロは大きなアイドル事務所だから、ソロで活動するにはある程度のバックグラウンドが必要になるわけだよ。あ、経験値とかって意味ね。アイドルたるもの、実績はその人の財産になるんだ」


突然、プロデューサーは真面目な顔つきで私の方を眺めました。
自分の考えが覗かれていたのかと思い、少しぎょっと目を丸くします。


「実績をつけなきゃソロ活動は難しいから、ユニットを組ませる。それで、ユニットが成功すれば万々歳。事務所も俺も、ひいてはアイドルも、ハッピーエンドになるわけ」

「でもさ、まあたいていの場合そんなにうまいこといかないんだよね。世知辛い世の中ではあるけども。ユニットの中で売れるアイドルもいれば、売れないアイドルもいるってことになる――つまりは、事務所からすれば”ユニット”って売れないアイドルを見限るシステムってことになるわけだ」

「は、はあ……」


コクコク、と私はまくしたててくるプロデューサーの言葉を聞き逃さないように頷きます。
……すごくまともなことを言っている姿に、少なからずギャップを抱いてしまったのは仕方のないことでしょう。


「オーディションで篩にかけたアイドルを、さらに篩にかけるなんて、あまりにも非人道的な行為だ! と俺は思うね。アイドルなんて、時の運みたいなものもあるわけだからさ、売れる時期だってあるし、売れない時期もあるんだよ。その子が最大限に輝く、そんな時期に合わせてプロデュースできるなんて都合のいい展開って普通あると思う?」

「えっと――」

「まあ、ないよね。ないない、基本ないよ」


言葉を遮られて、ぐっと息をのみました。
依然としてプロデューサーは力説を止めようとしません。


「アイドルに夢焦がれて入ってきた女の子に対して、現実を突きつけることになるけどさ」

「まあ、アイドル事務所なんてそんなもんなんだよ。中身は結局は競争の世界でしかない。その中で勝ち残るために何が出来るかを模索するのが、まあ俺みたいなプロデューサーの役目ってわけ」


ぎゅっと、拳を握りしめました。
ようやく……、ようやくこの人が何を言いたいのかがぼんやりと分かったからです。


「うん――えーっと、なんだっけ。あ、そうそうユニットの話か」

「君は、ユニットとしてこれから活動することになる。俺がプロデュースするアイドルユニット、としてね」

「さっきも言ったけど、これからの道は過酷で苦しいものだって思っていい」

「で、手始めに君は『ユニット』っていう篩の上に立たされる」

「ありすちゃん……いや、橘ありす。君はそんな”競争”の中で生き残れると思う?」


それは、本当に真っ直ぐに私の心を射抜きました。
すっと差し込まれた針は、ちくちくと私自身を痛めつけました。


私は今、きっと『アイドル』としての分岐点に立たされているのでしょう。
この人は、このプロデューサーは『私』という人間を試している。

――アイドルになるということを、本当に分かっているのかと。

そう口にしているのでしょう。


……。


……それは。


……その答えは。



「分かりません」


気が付けば、ふるふると私は首を横に振っていました。
その様子にプロデューサーはぴくりと眉をあげます。
何か言いかけそうになったところで、私は真っ直ぐな瞳を彼に向けました。



「その答えは、まだ分かりません――ただ、私はやり遂げるという”意志”はここに持ってきたつもりです」


ぽろぽろと、私の口から言葉が零れました。
まるで、自分の口じゃないみたいに。


「正直、アイドルというもの自体には興味はありません。将来的には音楽業界の中で仕事をしたいと言うビジョンを携えています」


「ここは、そのための基礎でしかないと――今は、そう言う風に考えています」


「なので、アイドルとして生き残るかどうか、という問いに対する答えは『分かりません』になります」


しばし沈黙が流れました。
無理もありません、あんな生意気なことを初対面の相手から言われれば、黙ってしまうものでしょう。

自分の気持ちを正直に吐露したことに、若干の後悔が芽生えたころ――目の前に立っていたプロデューサーは私の肩を強くつかみました。


「いいね! めちゃくちゃいい!」

「……?」


ゆっさゆっさと揺さぶられると、ガクガクと私の首が前後しました。


「ありすちゃん、すっごい良いよ! 俺、君みたいな子を待ってたんだ!」

「えっと……」


キラキラと目を輝かせて、プロデューサーはあれやこれやと一人で何かを呟いていました。
……なにが起きたのか、自分では分かりませんでした。


「怒らないんですか……?」

「え、なんで?」


あっけらかんと、プロデューサーは首を傾げていました。
なんで、って言われても……。


「普通、私みたいな……こ、子供からこんなことを言われたら大人は『生意気だ』と怒ると思います」

「あー、そういうこと」


ポン、とグーをもう片方の手のひらに乗せていました。



「俺さ、そういうルール? みたいなことが嫌いなんだ」

「はい?」


それは子供のような、そんな瞳でした。


「型破りが好きなんだよ。だって、こんな業界で生きてんだからさ、ちょっとくらいズレてたり、ちょっとくらい変な方が楽しいと思わないか?」

「……それには同意しかねます」


私がそう言うと、プロデューサーは「あれー、おっかしいなあ」とぼそぼそ呟いていました。



「まあ、いいや。よし、ありすちゃん。君は俺というオーディションに合格したわけだ。今の心境は?」

「ありすではなく、橘と呼んでもらえますか」

「つれないなあ」


ぶすっとした表情を見せると、プロデューサーは外を眺めていました。
そんなプロデューサーの横顔に少しだけ、ほんの少しだけどきっとしました。
……なぜかは分かりません。分かりたくもありません。

ここまで。
結構な長さになりそうです。


「あっ、そういえばこの後ユニットの連中と顔合わせしてもらうから」

「どういうことですか?」


何かを思い出したように、プロデューサーは人差し指を上に突き出しました。
何ですか、そのポーズ……。

と言うか、もうユニットのメンバーは決まっているのでしょうか。


「俺が丹精込めて育てていくユニットは、既にメンバーを決めていたわけだよ、橘君」

「……そうなんですね」


ころころと呼び方が変わるためか、少し反応しづらいです。
統一してほしいです。


「おっほん、それじゃあついてきてくれたまえ」

「そのキャラ、どこから出てきてるんですか」


ブレブレですよ、と付け加えるとプロデューサーは嬉しそうに笑っていた。
いちいち、つかみどころのない人です。

さっきまで居た部屋を抜けて、廊下をしばらく歩くと、プロデューサーは一つの部屋を指さしました。


「ここにメンバーが待ってるから、先入っておいて」

「え、あ……はい」


そう言うと、プロデューサーはそのままテクテクとどこかへと消えていきました。

――取り残された私は、ぽつんと扉の前で立ち尽くしていました。


「……」

おそるおそる、私はドアノブを掴みます。
カチャリ、とノブを回すと扉はゆっくりと開かれました。

……この中には誰が待っているんだろう。ざわざわと犇めく心を携えて、私はおずおずと扉の向こうへと足を踏み入れました。

そこには――。



「ちょっと、心さん。待ってくださいッス。今、完全に不正したッスよね」

何やら眉を顰めて、トランプを握りしめた眼鏡をかけた頭ぼさぼさのジャージの人と。


「えー? はぁと何言ってるか聞こえなーい。はい、比奈ちゃんの負け~♪」

ぶりぶりとした表情でVサインを見せる……あまり大人には見えそうにもない人。


――そんな人たちがいました。


二人はトランプで遊んでいたようで、“不正”を働いた方の人は、得意げな顔で「もっかいやるー?」と笑みを浮かべていました。

ジャージの人が「心さん、大人げないッスよ……」と愚痴をこぼした矢先――二人は何かに気付いたかのように傍とこちらを眺めました。

びくり、と私の肩が揺れ動きました。


「あの……」


と私が口を開きかけるや否や、ジャージの人がどたどたとこっちへ駆け寄ってきました。


「うわあ! めっちゃカワイイッスね! お人形さんみたいッス!」


プロデューサーにやられたみたいに、またもや肩をガクガクと揺さぶられて、私の頭は上下に揺れました。
この事務所には肩を揺らす人が多いのでしょうか。正直、やめてほしいです。


「っと、しまった――」

頭がぐらぐらと揺らされた私に向けて、ぼやぼやとした視界の中でジャージの人は「ちょっと興奮しちゃったッス。すいませんス」と頭をぽりぽりと掻いていた。


「心さん、プロデューサーの言ってた子ってこの子ッスかね?」

「うーん、多分ね」

「心さんより大分若いッスね」

「オイ、歳は比べんなよ☆」


そして振り返ると、“不正”を働いた人に確認を取っていた。
……なんですか、この人。


そのとき、私の入ってきた扉がガチャリと勢いよく開かれました。


「おっ、もう自己紹介してるか?」

「プロデューサー、どこほっつき歩いてたんスか」

「ああ、書類とか取って来てた」

「はぁと、プロデューサーいなくて寂しかったあ」

「心、顔の化粧崩れてるぞ」

「ふざけんな☆」


プロデューサーが現れるや否や、ぎゃあぎゃあと部屋は騒々しくなりました。
私はと言うと、その空気に馴染めずに後ろの方で手を胸に当てていました。


「ん? ありすちゃん、どうした? お腹すいた? ほれほれ、甘いお菓子をあげよう」


そんな私に気付いたプロデューサーはポケットからゴソゴソと金平糖を取り出すと、私に差し出してきました。
……そのチョイスはなんなんですか。


「いえ……いいです」


ふるふると私は首を横に振りました。
そうだ、私はなれ合いをしに事務所に来たんじゃない。
プロデューサーにだって、甘えるわけにはいかない。
私は――。


「あ、お腹はすいてないのか。じゃあコレは心にやるよ」


って、あれ?
それあげちゃうんですか……?


「わあ~、金平糖だあ。砂糖菓子なんて、はぁとにぴったりだね♪」

「いや、やっぱり自分で食うわ」

「なんで自分で食べてるんですか!?」


いつの間にか、私はプロデューサーに大きな声をあげていました。
ほら、”不正”働いた人が呆然と手を差し出したまま固まってるじゃないですか!


「おお~、ありすちゃんってツッコミ上手ッスね」


そんな私にパチパチと称賛を送るジャージの人。
おかしい、こんなはずじゃあ……。


“不正”の人は、ケラケラと笑っていたプロデューサーに対して、げしげしと蹴りを入れていました。


「まあ、なんだ。ありすちゃんもさ。そんなかしこまらずにやればいいから。コイツら、結構そういうの許してくれるだろうし」

「アタシもそれで全然大丈夫ッスよ」

「はぁとには~、ちょっとは敬ってくれてもいいよ」

「年齢的にもッスか」

「比奈ちゃん、後で事務所の裏来いよ☆」


首に腕を回されながら、ジャージの人は笑っていました。
それを見ながらボリボリと金平糖を食べるプロデューサー。

……ちょっと頭痛がしてきそうでした。


「と言うか、まだ自己紹介してなかったスね」


改めまして、とジャージの人はずれた眼鏡を持ち上げると口を開きます。


「荒木比奈ッス。アイドルなんてあんまり自分に向いてるとか思ってないッス」


ぽりぽりと頬を掻くと、ジャージの人を改め――比奈さんは「よろしくッス」と笑みを見せていました。


「はぁ~い♪ アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆ 佐藤心ことしゅがーはぁとだよお☆」


もう一人の心さんという人は、そうやってウインクすると「心、滑ってるぞ」とプロデューサーに言われて、少し落ち込んでいました。
……なんとなく、この人の雰囲気は分かった気がします。


それから、プロデューサーがこっちを眺めていたことに気付くと、まだ自分が自己紹介していなかったことを思い出しました。


「橘……ありすです。橘と呼んでください」


私はぺこりとお辞儀をしました。


「ありすちゃんッスね」

「ありすちゃんよろしく♪」


あのプロデューサーあっての、この二人というのも頷けました。


私はがくりと項垂れると、プロデューサーが待っていたとばかりに口を開きました。


「さーて、自己紹介も済んだことだし、そろそろユニットについて説明するか」

「ユニット、ですか?」


私がそう尋ねると、プロデューサーはウキウキとした瞳でこう告げました。


「ああ――みんなには、『シュガーロリポップ』ってユニットで、活動してもらうから」


それこそが、私と『シュガーロリポップ』との初めての出会いでした。

ここまで。
次回はシュガーロリポップの初めてのお仕事の話、になるはず。


シュガー、ロリ……?

私の頭の中は『?』がたくさん浮かんでいました。
周りを見渡せば、心さんと比奈さんも私と同じような表情を浮かべていました。

……当の本人はやけにうきうきと胸を躍らせているようでしたが。


「そうそう。シュガーで、ロリロリな、ポップユニットなんだよ!」

「まったく意味が分かりません……」


思わず、辛辣な棘が私の口から飛び出しました。


「プロデューサー、そのユニット名に意味とかあるんスかね?」

「おお、比奈。よくぞ聞いてくれた!」


ずびし、とプロデューサーは比奈さんに指を指しました。


「もちのろんだ。俺の作るものに意味がないことはない。全てに意味がある。ないこともある」


ものすごい勢いの手のひら返しに、私はそのまま苦笑いを見せました。


「まず、『シュガー』――これはだな。佐藤心、お前のことだ」

「まあ、うん……そんな気はしてた」


そっか、さっきの自己紹介で『シュガーハート』って言ってたっけ。
その意味は少し考えたらわかりました。佐藤と砂糖かけてるんですね……。
と言うか、心さんは未だにさっきのことを引きずっているようでした。
げ、元気だしましょう……ね?


「それから、『ロリ』――これは、ありすちゃんのことだ」

「なっ……!」


心外です、と私は異議を申し立てました。
ロリ、とは恐らく十中八九、ロリータから来ている言葉でしょう。
私はロリータと呼ばれるほど、中身は幼くありません。撤回してください。と、私は猛抗議しました。


「あー、まあ、もう決めちゃったからさあ……。うん、ろりぃろりぃ」

「わりぃわりぃみたいに言わないでください」


全く持って謝る気のないプロデューサーに対する嫌気ゲージが満タンになりそうになりかけた頃、最後の一人である比奈さんが自らを指さしていました。


「えーと、私が『ポップ』なのは何か理由があるんスかね」


確かに、と私は頷きました。
ポップ、って言うと……泡とかでしょうか? それと、比奈さんを結び付ける要素は――。


「ああ、なんとなく比奈って泡が似合いそうだよなって」


その一言に、私はぽかんと口を開きました。
私の『ロリ』の理由はまだ分かるとして、比奈さんの理由はあまりにも馬鹿げていたからです。


「あー、なるほど」

「なんで、納得しちゃってるんですか!?」


ぽりぽりと比奈さんは頬を掻くと、「まあ、なんとなくわかりそうな気もするんッスよね」と笑っていた。
……比奈さんそれでいいんですか。


「そんな適当な理由でユニット名決めるなんて……理解できません」


ぼそりと私は独り言をつぶやきます。
この人の言うことは支離滅裂すぎて、普通の思考では理解することが出来ないのかもしれませんが。


「ほら、あれだ。語呂がいいじゃん。語呂が」

「んー、まあ確かに語呂はいいね♪」


心さんは人差し指を口元に置くと、プロデューサーの言うことに頷いていました。


「おっ、ラッシュガードさん分かってるなあ」

「ん、シュガーハートね」

「ろりぃろりぃ」

「謝る気あんのかオイ☆」

「ない☆」


プロデューサーと心さんは、それから二人で仲睦まじく喧嘩していました。
……心さんって結構面白い人なのかな。


そんな一悶着が終わったころに、再びプロデューサーは『大事なイベント』を私たちに向けて話し始めました。


「ああ、そうだそうだ。言い忘れてたんだけど」


ええと、なんだっけ――とわざとらしくポケットからスケジュール帳を取り出すプロデューサー。今度は何があったのかと私たちはその様子を見つめていました。


「再来週、『シュガーロリポップ』のデビューライブやる予定だから」

「え?」


真っ先に反応したのは他でもない私でした。
えーと。私は今日アイドルとして事務所に入って。それでプロデューサーと出会って。
ユニットとして活動することが決まって、メンバーを紹介されて――それで、もうそんな早くにライブを?


「ライブするッスか……?」


比奈さんも私と同じように首を傾げて不思議そうな顔をしていました。
無理もありません、だってこんな何も準備すらしていない状況で――。


「ら、ライブ!?」


そんな私たちの中で、心さんだけは一人目を真ん丸にして、素っ頓狂な声をあげていました。
……心さん?


「ああ、ライブだぞ」

「うおお――っ! やる気でてきたっ!」


さっきまでのぶりっ子はどこへやら。
心さんは雄叫びのような声をあげて喜んでいました。


「でも、ライブって言っても私たち何の準備も……」


私の進言にプロデューサーは「ん?」とこっちを眺めた後、ちょっと考えたように上を見つめていました。
そうと思ったら、またもや右の人差し指を上に向けます。


「ああ、もちろんレッスンはしてもらう」


ほっ、と私は胸を撫で下ろしました。
そうですよね。レッスンもせずに本番だなんて――。


「だが、それとは別にこのユニットには課題を設けるつもりだ」


……か、課題?
突然現れた不穏なワードに私は顔を顰めます。



「それってどんな課題ッスか?」


左手を上げてプロデューサーに尋ねる比奈さん。
それを見て、プロデューサーはにやりと笑います。
い、嫌な予感が……。


「その課題はな――」


プロデューサーはゆっくりと”それ”を告げました。

そう、あの『シュガーポップ』のデビューライブを飾るための『課題』を。


――――
――


ここまで。
筆が遅くて申し訳ないです…。


>>52 ミス 修正


「それってどんな課題ッスか?」

左手を上げてプロデューサーに尋ねる比奈さん。
それを見て、プロデューサーはにやりと笑います。
い、嫌な予感が……。

「その課題はな――」

プロデューサーはゆっくりと”それ”を告げました。

そう、あの『シュガーロリポップ』のデビューライブを飾るための『課題』を。


――――
――




プロデューサーからの『課題』を聞いた翌日のこと。

私たちは、初夏の兆しを覗かせる風を体に一身に受けていました。
日中の暑い日差しがてりてりと頭を焦がしてきます。


「ポケットティッシュです。あ……いらないですか。すいません――あっ、ポケットティッシュです」


そうです――私は都心の真ん中でティッシュ配りをしていました。
あ、暑い……。私は袖で垂れてきた汗を拭います。


「ティッシュいかがッスかあ」


隣では私と同じく腕からカゴを下げた比奈さんがティッシュを配っていました。
比奈さん、その掛け声は恐らく出店か何かだと思いますが……。


「あっ、ありすちゃん。そっち終わったッスか?」

「い、いえ……まだ全然です」


ふるふると私が首を横に振ると、私も頑張るッスと手をひらひらとさせて向こうの方へ行ってしまいました。

顔を下に向けると、そこには段ボールに詰め込まれた、たくさんのティッシュがありました。
うう……まだティッシュがこんなにある……。
私は落胆すると、空を仰ぎました。


「ありすちゃん。調子はどうだ?」


と、そこへやって来たのは私たちのユニットのプロデューサーでした。
プロデューサーは帽子を被り、腕からカゴを二つぶら下げていました。
どうにも慣れた手つきで私に話しかけながらも街灯を歩く人たちにティッシュを配っていました。


「あの……」

ちらりと私は足元の段ボールを見ました。
それに倣うように、プロデューサーも段ボールの中を覗いてきました。


「まだたくさんあるなあ」

「……」

「ほれほれ、そんな顔するなって。あっち見てみな」

「あっち……?」


そう言ってプロデューサーの指した先には、心さんがいました。
心さんはにこにこと笑顔を振りまきながら、街ゆく人にティッシュを配っていました。


「アイツはこういうとき人一倍頑張るからな」


その言葉の通り、心さんは額に汗を滲ませながらも笑顔を絶やさないでいました。


「……」

「ありすちゃんは、どうだ? もうギブアップか?」


プロデューサーはおどけたように両腕をあげて見せました。

……。

私だって――プライドは持ってる。
ふう、と呼吸を整えます。


「……まだ頑張れます」


その言葉を待っていたようだったのか、嬉しそうに頷くと「それでこそ俺のユニットのメンバーだ」とサムズアップしていました。
お調子者のプロデューサーに飽き飽きしながらも、私は精一杯声を出します。


――ティ、ティッシュはいかがですか?


汗がまた一つ額から零れ落ちました。


ティッシュ配りが終わりを告げた時、私たちは作業員の方から小さな封筒を一つ貰いました。
そのおじさんはにこやかに笑うと、よく頑張ったねと褒めてくれました。
おじさんが軽トラックに乗って走り去った後、私たちはその封筒を開けました。


「こ、これが今日一日の頑張り……ッスか」

「す、少ない……」


比奈さんと心さんはそのアルバイト代に愕然としていました。
私もそれに倣って封筒の口を開きます。
ええと、千円札が一枚、二枚、三枚……六枚。
六千円は私の手のひらの中にしっかりと収まっていました。


まだ小学生でありながら、アルバイトをしても良いことになったのは、このティッシュ配りの仕事がプロデューサーの知り合いからのツテだったからだそうです。


……六千円。


私は二人とは違って、その重みと、高揚感に包まれていました。
初めて自分で稼いだお金。
それがどんなに些細なものであっても、私にはかけがえのない喜びでした。



そんな私たちを見て、プロデューサーはゴホン、と咳ばらいをしました。


「あー、今日は一日よく頑張ったな」


私たちへのねぎらいの言葉を滔々と述べた後、『本題』へと話を移します。


「で、お前たちにこの前言った”課題”を覚えているか?」


その問いかけに私はおずおずと返事を返します。


「自分たちでライブを作る、でしたよね」


そうだ、とプロデューサーは頷きます。


そう、あの日私たちが初めて出会った日。
プロデューサーから告げられた課題は――初ライブについてだったのです。


つまり。
私たちは再来週までに、自分たちの手で会場を決め、衣装や、どんな歌を歌うか――それを決める必要がありました。


もちろん、具体的な手はずはプロデューサーがしてくれるみたいでした。
ですが、私たちは与えられたものをこなすだけではなく、自分の手でそのステージを作る必要があったのです。


どうしてそんなことを?


あのとき、私はそう思っていました。
そしてそれをプロデューサーに尋ねました。


返ってきたのは一つの答えでした。


『いずれ分かるさ』


たったそれだけの答えでした。

ここまで。

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