渋谷凛「ハナコの散歩に付き合ってよ」モバP「いいよ」 (30)


あるよく晴れた日。

俺は仕事を終えた凛を自宅へと送り届けた。

そうして「それじゃあまた明日」と別れようとしたところに、

凛が愛犬との散歩に同行してほしいと言ったので

俺は二つ返事で了承した。

彼女は俺の返事を聞くとくるりと振り返り愛犬に声を投げる。

「やっちゃえハナコ!」

彼女の声に応じてハナコと呼ばれたヨークシャテリアは発光を始める。

その輝きがピークに達し、次第に収束していった後に“それ”は顕現した。

黒い体毛に覆われ筋骨隆々。

四足で大地を捉えたナックルウォーキングと呼ばれる歩行方法。

・・・・・・間違いない。コイツはゴリラだ。


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一瞬のことだった。

ハナコの太く強靭な腕が俺の目の前を通り過ぎ、その後遅れて風圧がやってくる。

「なっ...!?待ってくれ!待って!!!」

いつの間かハナコのご主人様はいなくなっていた。

ハナコはというと鋭い視線で俺を貫き、今にも攻撃を開始せんとしている。

ああ、もうどうしようもない。

解き放たれた野生に言葉は通るはずもなく、

俺が生き残る道は一つ、掴み取る他ないのだ。

勝利を。

肉体的なスペックは全てにおいてコイツに劣る。

しかし、それが何だ。

ここで俺が死ぬ理由にはならないだろう。


「来いよ、ハナコ。遊んでやる」

俺がそう言うとハナコは強靭な四肢を活かした爆発的な推進力を以て突進を行う。

踏み込むことで生まれる爆風によってアスファルトが爆ぜ、目も封じられてしまった。

だが、「お前を殺す」という純然たる殺意のみで放たれる音速の拳をかわすには視覚は元より機能しない。

問題は、ない。

足と思考を止めたとき俺は死ぬ。

ならば簡単だ。絶えず思考を回し、俺の足が止まる前に倒す。

ナックルウォーキングにおける連続した攻撃の最大数は2。

しかも肩の関節の可動範囲を抜ければ追撃はない。

右腕を振るったならば右腕側に、左腕ならば左腕側に。

この方法で体力が続く限り回避が可能である


そう。回避“は”可能だ。

それだけの話である。

回避を繰り返すこと数回、ヤツの速度は勢いを増していく。

違うな。俺の動きが落ちているのか。

ぽたりぽたりと額から汗が落ちる。

流れ出た汗が額を離れ地に着くより先にヤツの拳は1秒前の俺を正確に射抜く。

未だ、勝算は見えない。


俺がハナコの攻撃の回避を開始してからどれほどの時が流れたのだろうか。

何度ヤツの拳を回避しただろうか。

地面を転がり、自慢のスーツは破れ既にボロ雑巾。

自分へのご褒美に、とボーナスを叩いて買った腕時計はスクラップ。

しかし、俺は無事だ。

生きている。

そして、対するハナコは

体力こそ衰えていないものの渾身の一撃が当たらないことに苛立ち、

目の前の脆弱なニンゲンを潰すことしか頭にない。つまり好機だ。


怒りに身を任せた攻撃ほど読み易いものはなく、最小限の動きでの回避が可能となる。

それは、繰り返せば繰り返すほど頭に血が上る負のスパイラルを完成させ、自らを底なし沼へと沈めていく。

渦に巻き込まれた者が自力で脱出することは不可能に近い。

こうして、狩る者と狩られる者の立場は逆転した。

後はもうじっくりと獲物が熟すのを待つだけである。


空気を肺いっぱいに溜めて

ネクタイを首からするするとほどき腕へと巻きつける。

ここからが重要だ。

余裕を相手に悟られた瞬間この作戦は水泡に帰す。

故に、必死で回避していると思わせ続ける必要があった。

俺の一挙手一投足が未来への布石となる。

ようやく光明が見えてきたのだ。見失わぬようにしなければ。

そのためのもうひとさじ。そこに至るための隠し味を。


フィナーレのための舞台は整った。

俺に残った仕事は幕を引くだけである。

演じるのだ、必死の俺を。

被捕食者を。

そう心で呟いてコンクリート塀に背を預けた。

次に、顔に絶望の色を浮かべ膝から崩れ落ち諦観の念を装う。

そんな俺の姿はたいそう面白かったのだろう。

ハナコは口角を吊り上げた後、高らかに吼えた。


もはやお前を狩るために速度は必要ない、とでも言いたいのかハナコは一歩ずつ距離を詰め

ずしんずしん、とわざとらしく地面を踏み鳴らす。

そうして俺の眼前にたどり着いたハナコは、がに股になり足で大地を握りしめると

両の手を合わせ高く振り上げた。

全体重を乗せた最大の一撃。

怒りと慢心の入り混じった感情から放たれる一撃。

ハンマーアームだ。

これをどれほど待ったことか。

俺はヤツがハンマーアームを振り下ろすと同時に

待ってました、と言わんばかりのヘッドスライディングを以て股下へと飛び込んだ。

直後、ハナコの最大の一撃は空を切る。

全体重を乗せていたためハナコは前傾姿勢となり、すぐには元の体勢に戻ることはできない。

今だ。

俺は手首に巻きつけたネクタイをほどきハナコの足へかけると全霊の力で引く。

その結果は成功。

支えを失った巨体は重力に逆らうことなく地へと堕ちた。


無論、このままではハナコは立ち上がるだけである。

ここで立ち上がらせたが最後、俺に勝ち目は完全になくなってしまう。

同じ手に何度も引っかかってくれるはずもない上、ネクタイは先程の衝撃で天に召されてしまった。

このチャンスを逃せば俺を待つのは確かな死だ。

そんな未来を防ぐべく俺はハナコの攻撃によって砕けたコンクリートの塊を抱き、ヤツの脳天めがけて叩き落とす。

ハナコがいくら屈強であっても生物である以上はこれでおしまいだ。


ハナコはコンクリートの塊と地面とに挟まれゴリラサンドウィッチとなった。

ゴリラサンドウィッチが活動を停止したことを確認し、俺は地面に倒れ込む。

そんな空間にこつこつこつ、とローファーが地面を叩く音がする。

その音の主は一部始終をただ眺めていた少女、凛だった。

「プロデューサー、おつかれさま」

少女はそう言って「ふふっ」と笑うと俺の横に伏しているゴリラサンドウィッチを撫でた。


「ありがとね、ハナコも満足したみたい」

少女に撫でられたゴリラは先刻の如く再び光を放つ。

隣に倒れていた俺は眩さに耐えきれず瞼を閉じる。

俺が再び瞼を開けるとそこには穏やかな寝息を立てるヨークシャテリアがいた。


「.........」

「どうしたの?黙っちゃって」

「......俺は散歩に付き合ってって聞いたんだけど」

「うん、だからさっきまで散歩してたでしょ?」

「渋谷家ではこれが日常なの?」

「ううん、いつもは犬のまま」

「犬のまま」

「うん」

「じゃあなんでゴリラにさせたの」

「たまにストレス発散させないと、不意にゴリラになるから」

「不意に」

「だからまた、付き合ってよ。プロデューサー」

「やだ」



おわり

ハナコをゴリラにするのが流行りって聞いたので挑戦してみました。
皆様も是非。
それと、りんふみを流行らせてくださいお願いします。

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