精神レイプ!概念と化した先輩 (407)

男子高校生「あー今日も学校で虐められたなー」

男子高校生「なんで真面目な俺が虐められて、チャラ男やDQNが女にモテまくってんだろ。世の中理不尽過ぎるわ」

男子高校生「あー家帰ってもやること無いし、淫夢動画でも観て元気出すかー」カタッ

淫夢動画『いいよ!こいよ!胸にかけて胸に!!』『イキスギィ!イクイク...ンアーッ!!!』

男子高校生「あはは、コメント付きだとやっぱ面白いなー」

男子高校生「この野獣先輩って死亡説流れてるけど、今なにしてんだろ」

男子高校生「...どうでもいいか。赤字コメントでもしてみるかなー俺もなー」

??「楽しそうだな」

男子高校生「!?」

??「俺の裸が見たいんだろ? 見たけりゃ見せてやるよ」

男子高校生「な、なんで俺の部屋に、裸の男が......ていうかその顔、まさか」

??「その代わり、お前のケツをもらうけどなあああああああああああ!!!!」

男子高校生「や、やじゅ...っ! ああああアァアアアっ!!!」パンパンパンパンパンパン

??「ホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラホラ」ドシュッドジュッポンジュポンジュッポォ

男子高校生「あっ、ダメ、こん、こんなの、へ、へん、あうっ、あっ、あひぃっ!」パンパンパンパンパンパンパンパン

??「EMURATED EMURATED EMURATED」ボビュッ、ビュルルルルル~~!!!!

男子高校生「んはぁぁぁぁぁらっめええええぇぇぇぇぇん!!!!!」ビクンビクンビクン

??「ふぅぅぅ~~。まずまず、といった締まりだったな」

??「おい、聞こえてるかクソガキ、おい」

男子高校生「は、はひ、はひぃ」ビクッビクッ

??「お前はこれから眠りに落ちる。そして次に起きた時、お前はなにも考えず、真っ直ぐに世田谷区へ向かえ。何も考えずに、だ。いいな?」

男子高校生「は、はぃ...何でも言う通りに、言う通りにします。だからもっと、もっと、もっとぉぉぉ」

??「ちゃんと来れたら考えてやるさ。それじゃあな」スゥゥ...。

ドタドタドタドタ、バン!

男子高校生の妹「ちょっとバカ兄貴!ホモビの音がまた漏れてんのよっ...て......キャアアアアアアアアアアアア!!!」

男子高校生「は、はへ......世田谷......世田谷に行かなきゃ......もっと...もっと...凄いのを......」

男子高校生の妹「け、警察!いや救急車!?ど、どうしよどうしよどうしよ」

男子高校生の母「ちょっと妹!何騒いでるのよ」

男子高校生の妹「お母さ~~ん!お兄ちゃんが、お兄ちゃんが死んじゃうよぉうわーーーーーーーん!!!」

男子高校生「世田谷...せ...た...が...」パタン






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元タイトル 彡(゚)(゚)「概念と化した先輩?」

あらすじ
COAT博士が開発した『概念を実体化させる技術』によって生み出された概念体、野獣先輩。
COAT博士の想定を超える能力を持った野獣先輩は、生まれた直後に研究所を脱走。世田谷区を本拠地に定めた後、実体を持たない無敵の身体を駆使し、ネット民やホモガキを次々と精神レイプしていく。
日を追う毎に増えていく男性犠牲者。世田谷区に集う謎の引きこもりやブサイクの群れ。常識を超えた異常事態に国が頭を抱えた時、COAT博士はもう一つと概念体、なんJ民を世に送り出した。

MUR「ただいまー」

嫁「おかえりなさい、あなた」

娘(9)「パパおかえりー」

MUR「お、今日も良い子にしてたかー?」

娘(9)「うん!パパが私を良い子だと思ってる限り、私は良い子だよ!」

MUR「おっ、そうだな」

娘「ねぇパパ。来月は私の誕生日だって覚えてる」

MUR「もちろん覚えてるとも。なんだ、もう欲しいプレゼントは決まったのか?」

娘(9)「うん! あのね、私ね、スマートフォンが欲しいの!」

嫁「っ!」

MUR「......そうか。娘はスマートフォンが欲しいのか。でもパパ、スマートフォンはまだ娘には早いと思うなー」

娘(9)「そんなことないよ。クラスのみんなも持ってる子ばっかだもん。私だけ時代に取り残されたくないよ」

嫁「クラスのみんなって、具体的に誰と誰?何人いるの?」

娘(9)「個人情報だから名前は出せないけど、クラスの3分の2以上は持ってるって統計出てるよ? うちのクラスだけなら憲法だって改正できるよ!」

MUR「そうか。よく分からないが、とにかく考えてみるよ」

娘(9)「わーいパパありがとー」

嫁「さ、さあもう寝る時間よ。早くベッドに行きなさい」

娘(9)「うん、分かった!じゃあパパお願いね!おやすみなさーい」トテトテ パタン

MUR「...ふぅ。」

嫁「あなた、どうするの? あの娘にスマートフォンなんて持たせたら...」

MUR「どうすればいいかなんて、俺にも分からない。いつかこんな日が来ると分かっていたのに、俺は何も考えてこなかった。考えるのが、怖かったから...!」

嫁「ねぇ、やっぱりいつまでも隠しきれることじゃないわ。覚悟を決めて話してもいいと思うの。あの子は頭が良いから大丈夫よ。きっと受け入れてくれるわ」

MUR「受け入れる!?」

MUR「受け入れるだと!?9歳の子供が、受け入れてくれると本気で言っているのか!?」


MUR「実の父親が、ホモビ男優だったなんて事実を!!」

嫁「あなた...」

MUR「...怒鳴ってすまない。君には感謝しているんだ。こんな俺の経歴を、君は受け入れて、結婚までしてくれたんだ。どんなに感謝しても足りないよ」

嫁「そ、そうよ。私だって受け入れられたんだから、きっとあの娘だって大丈夫よ」

MUR「でも、やっぱり妻と娘じゃ違うんだよ。賢くなってきていても、あの娘はまだ幼いし...それにあの娘の身体には、ホモビ男優だった俺の血が実際に流れているんだから......」

嫁「あなた...」

MUR「すまない。ちょっと外に出かけてくる。プレゼントのことも含めて、一人で考えたいんだ」

〜夜の公園〜

近所の公園に足を運ぶと、そこには人の気配はなく、虫の鳴き声だけがほんの少し聴こえる程度の静けさがあった。深夜の公園だから当たり前だよな、と一人呟き、俺はベンチに腰を下ろした。

MUR(娘は言っていた。クラスの3分の2以上は既にスマートフォンを持っていると。つまりクラスメイトの誰かが、既にホモビ男優としての俺の顔を知っている可能性がある、ということだ)

MUR(だが俺が娘の父親であることを知っているのは、クラスメイトにはいない。いつかバレるのが怖くて、俺は保護者参観にも運動会にも、顔を出したことが無かったから)

MUR(だから、ホモビが原因で娘がイジメられることはない、ないはずだ。だから結局、俺の心配というのは)

MUR「嫌だ!俺がホモビ男優だったなんて、娘にだけは絶対に知られたくない!」

ベンチに座りながら、俺は頭を抱える。手で抑えよう、抑えようと思っても、頭から悪夢の光景が溢れてくる。
俺がホモビ男優だと知って、俺を嫌う娘の姿。
父親がホモビ男優だった事実にショックを受け、グレてしまった娘の姿。
あるいは、いつまでもスマートフォンを持てず
に、周囲から孤立してしまう娘の姿。

MUR(分かってる。いつかはスマートフォンを持たせてやらなきゃいけないって。現代に生きていて、それは避けられることじゃない)

MUR(でも、娘がスマートフォンを持ってしまったら、いつ俺の正体を知る日が来るか分からない!ニモニモ動画にだって、俺の顔は載っているんだから!)

MUR(嫌だ。嫌だ。嫌だ。娘に嫌われたくない!ずっと今の幸せが続いて欲しい! 運動会にも保護者参観にも、本当は行きたかった! 誰かの前で堂々と、一度でいいから「俺はこの娘の父親なんだ」って言ってみたかった!)

MUR(我慢してきたのに、その為に隠れてきたのに、それでもいつかはバレてしまうのか? この幸せが壊れてしまうのか? ホモビに出ただけで? なんだよそれは)

MUR「ホモビになんて、出演しなければ良かった...!」

??「それは違うぞ、MUR」

MUR「!?」

顔を上げると、目の前に黒いフードを被った男が立っていた。周囲に人の気配は無く、こちらに歩いてくる足音も聞こえなかった。
この男、いつの間にここに立っていたんだ。それとも俺が考えに没入し過ぎていただけなのか。

MUR「だ、誰だよアンタ」

??「寂しいなぁ。もう俺の声を忘れたんですか? 先輩」

そう言うと、男はフードを手に取り、隠れていた顔を晒してみせた。

MUR「お、お前、お前は...!」

その顔を、俺が忘れられるわけがなかった。かつて小遣い稼ぎに出演したホモビで、文字通り裸の付き合いをした男。俺の悪夢を彩るメンバーのその顔を。

MUR「お前......死んだんじゃなかったのかよ!鈴木ぃ!!」

野獣「ネットの情報に踊らされるのは良くないですよ、先輩」

そう言うと、鈴木は俺の座るベンチに片足をかけ、俺の顔を上から覗き込んだ。

野獣「まぁ死んだ、と言うのもある意味正しいな。俺は既に、この世の人間じゃない」

MUR「人間じゃ、ない?」

野獣「今世間を賑わせている失踪事件を知っているだろう」

MUR「あ、ああ。今月だけで100人以上が失踪したという、あれか」

ニューによると被害者は全員若い男性であり、失踪の前に性的暴行を受けていたという話だ。

野獣「単刀直入に言おう。あれの犯人は俺だ」

MUR「なんだと!? い、いったいどうやって」

野獣「悪いがこれはインタビューじゃない。質問に答えるつもりはないよ。いずれ分かることだからな」

野獣「先に用件を言おう。俺は今、ある人物達を潰すために活動している。その仲間に、お前もなってほしい」

MUR「ふざけるな。俺には仕事があるし、家族がいる。そんな訳の分からない話に付き合えるか」

野獣「家族か。俺に家族はいないから共感は出来んが、難儀だよな。家庭という幸せを得たはずのお前は、しかし幸せであるが為に、それ以上の恐怖心に見舞われている。いつかこの幸せが、壊れてしまうのではないか、と」

MUR「なにが言いたい」

野獣「お前がそんな苦しみを受けているのは、一体何が原因だ? どんな罪の結果が、今の罰だと言うんだ?」

MUR「それは...もちろん、ホモビに出演したことだ」

野獣「そこがまず違う。いいかMUR。お前がホモビに出演したこと自体に、落ち度なんてないんだよ」

野獣「何故ならお前は、誰のことも不幸にしていないからな」

野獣「お前は身体を売って、金を得た。そして供給の少ないホモの需要を満たした。狭いコミュニティだからこそ、世間に出演者の顔が広まることもなかった。誰も損していない。みんな幸せだった。しかしそれをぶち壊した人間達がいた」

MUR「っ!」

野獣「お前にも分かっているよな。そう、俺たちの敵はネット住民だ。日常の憂さ晴らしの為に俺たちを笑い者にする、あの無関係の奴らのせいで、俺たちの生活は破壊された」

MUR「ああ、そうだな、そうだったよ」

野獣「俺たちがやったことは、こんな惨めさを強いられるような重い罪だったか? そんなはずはない! これは不当な罰だ! そしてそれを与えているのは、罪の意識も無く俺たちを棒でつつくガキ共ときている! こんなことが許せるものか! 俺が必ず潰してやる!!」

MUR「......!」

野獣「奴らは一度叩いていいと認識した相手に、一切の情けを見せない。MUR、このままいけばお前の家族も、近い将来奴らのおもちゃにされるかもな」

MUR「なんだと!」

野獣「考えたことは無かったのか? お前はいつどこで特定されるか分からない人間だ。もしお前の住所と名前が判明した時、奴らがお前の家族だけを見過ごすと思うか?」

MUR「そんなことはさせない! 彼女達だけは、俺が死んででも必ず守る!」

野獣「だがお前に戦う力は無いだろう」

MUR「...俺が、お前の仲間になってやる。だから、奴らと戦う力を俺に寄越せ! 俺に話しかけてきたのはその為なんだろ!?」

野獣「ふふっ、いい意気だ。だが覚悟はいいか?戦いが終わるまで、家族の元へは帰れないぞ」

MUR「...ひとつ、約束してくれ。全てが終わったら、俺は家族の元へ帰る。その後はもう二度と、俺に関わらないでくれ。俺はホモビと、永遠に縁を切りたいんだ」

野獣「いいだろう。俺は元々、お前のような奴の人生を救う為に戦っているんだ。戦いが終われば、好きに生きればいいさ」

野獣「覚悟が出来たなら、付いて来い。お前に力を与えてくれる人の元へ案内してやる」

MUR「力は、お前が与えてくれるんじゃないのか?」

野獣「ふふっ、俺にそんな能力はないよ。俺自身は、暴れることしか出来ないただの野獣だ」

そう言うと鈴木は踵を返し、俺に背を向け歩きだした。俺もベンチから立ち上がる。

MUR(嫁...娘...ちょっと待っててくれ。パパは必ず帰ってくるからな。今度こそ堂々と誇れるような真っ白な身体になって、パパは必ず帰ってくるから)

進むべき道は、今ははっきりと見えている。視界は驚く程鮮明だ。
どうした早くしろ、と急かす野獣にオウと応じ、俺は前へと歩き出した。迷いも後悔も、ベンチの上に全て置き去りにして。

某県某市 COAT研究所

COAT博士「...というわけだ。理解出来たか?」

彡(゚)(゚)「なるほど、さっぱりや!」

(´・ω・`)「話くらいちゃんと聞こうよおにいちゃん」

COAT博士「......もう一度だけ、説明するぞ」

彡(゚)(゚)「気が効くなババア」

COAT博士「[ピーーー]ぞ。私はまだ31だ」

彡(゚)(゚)「ギリギリアウトやんけ」

COAT博士「女は熟れてからが本当の女なんだよ。いいから聞け」

COAT博士「今から2ヶ月前、私の『概念を実体化する技術』によって生み出された概念体が、生まれた直後に脱走した」

彡(゚)(゚)「警備ガバガバ過ぎない?」

COAT博士「そいつが今、街という街で次々と人間を襲い、社会に混乱をもたらしている。これからお前にそいつを、野獣先輩と呼ばれる実験体を退治してもらいたい」

彡(゚)(゚)「お前がつくったもんが街で暴れてるって、そら身から出た錆やないか。お前がなんとかせーやアホ」

(´・ω・`)「ちょっと、おにいちゃん!」

COAT博士「...そうだな。お前の言う通り、これは私の責任であり、私が対処するべき問題だ」

COAT博士「だから私はお前を産んだんだよ、なんJ民。野獣先輩に対抗出来る、もう一人の概念体としてな」

彡(゚)(゚)「......。」

COAT博士「人間を含めた全ての動物は、『子孫を残せ』という使命を与えられて産まれてくる。 しかし概念体であるお前は、その枠には当てはまらない。お前に使命を与えられるのは、産みの親であるこの私だけだ!」

COAT博士「その私が命じる!街で暴れている概念体、『野獣先輩を倒せ』! それがお前に与えられた、お前にしか出来ない唯一の使命だ!!」

彡(゚)(゚)「......。まぁ特にすることないし、やってやらんこともないかな。それよりババア」

COAT博士「ママとかお母さんとか、もっと相応しい呼び方があるだろ、おい」

彡(゚)(゚)「そもそもワイとかその野獣先輩とかいうのの、『海綿体』ってなんのことや?」

COAT博士「『概念体』だよ脳味噌チンコ息子」

彡(゚)(゚)「あっ、今のってチンコと息子かけたんか?なぁなぁかけたんか精子の如く」

COAT博士「まず概念の説明から始める必要があるな」

彡(゚)(゚)「スルーしよったでこのババア」

(´・ω・`)「自分もついさっきスルーしてたくせに」

彡(゚)(゚)「なんのこっちゃ?」

COAT博士「おいバカ息子。お前にはこれが何に見える?」

そう言ってババアが手に握って見せてきたのは、誰がどう見ても......

彡(゚)(゚)「ただのボールペンやんけ。バカ呼ばわりとバカにされるのを同時にやられると、流石に殺したくなるな」

(´・ω・`)「沸点が低すぎる」

COAT博士「そう、お前は今これをボールペンだと認識した。他の誰が見てもボールペンだと思うだろう。それが概念だ」

彡(゚)(゚)「??」

COAT博士「ボールペンである物体そのものは、人間の意識と関係なくここにある。だが人間の意識がこれをボールペンだと認識する場合、みんながこれをボールペンだと認識している必要がある」

彡(゚)(゚)「さっぱり分からん」

COAT博士「難しく考えなくていい。これがボールペンだと決めたのはお前じゃないだろう?でもみんながこれをボールペンと呼ぶから、お前もなんとなくこれがボールペンなんだと理解している」

COAT博士「概念の多くは共通認識で成り立っている。この世界の事象を人間の意識が理解する為に、我々は物事に名前と意味を与え、皆で共有し、ある程度同じ世界観を共有している」

COAT博士「概念とは、皆がある物事に対して、これはこういうものだと感じ取るおおよその意識のことなんだ」

彡(゚)(゚)「おっ、ふんわりとした説明やけど、ふんわりと理解してきたで」

COAT博士「まぁ突き詰めて説明すると、一日や二日じゃ済まないからな。次に、私の研究している『概念を実体化させる技術』について話そうか」

彡(゚)(゚)「前から思ってたんやけど、それってそんな凄い研究なんか?」

COAT博士「当然だ。凄いなんてもんじゃない。概念(皆がなんとなく思っていること)に実体を与えるということは、即ちなんでもありだ、ということだ」

彡(゚)(゚)「なんでもあり?」

COAT博士「そう。皆が思っている、核爆弾。皆が思っている美味しいご飯。歴史上の偉人だって蘇らせることも出来るだろう。この世のあらゆる事象に概念が適用されている以上、『概念を実体化させる技術』で生み出せる物は無数にある」

COAT博士「しかもこの技術に必要なエネルギーは、実体化させたい概念の持つエネルギーに左右されない。1の労力で、10、100、1000の労力分の物体を生み出すことが可能なのだよ。エネルギーに関するあらゆる理論を踏み越えた夢の技術、それが『概念を実体化させる技術』なのだ!!」

彡(゚)(゚)「はぇ〜すっごい」パチパチ

(´・ω・`)「こんなに活き活きした博士、僕初めて見るよ」

彡(゚)(゚)「で、それってどういう理屈の技術なんや?」

COAT博士「概念も理解出来ないお前に、私の崇高な技術論理が理解出来んのか?あ?長々と無駄な説明しろってのか」

(´・ω・`)「あれ、でもちょっと待ってよ」

COAT博士「どうした、原住民くん」

(´・ω・`)「そんなに凄い技術なのに、なんで博士は僕たちや野獣先輩って人なんかを作ったの? どうせ作るなら、それこそもっと凄いのが作れたはずなのに」

彡(゚)(゚)「てめぇ、ワイが凄くないって言いたいのかこの腐れ原住民!」バキィッ

(´・ω・`)「ぐへぇっ」

COAT博士「......作らなかったんじゃない。それしか作れなかったんだ」

彡(゚)(゚)「お前もお前でワイをそれ呼ばわりかい。グレたろかな、もう」

COAT博士「私の技術はまだまだ未完成でな。概念を実体化させるうえで、必要不可欠な補助要素が大きく二つあった」

COAT博士「一つは、それが電子情報であること。もう一つが、その電子情報に人間の情念が集っていることだった」

彡(゚)(゚)「??」

COAT博士「無から有を作り出すことは出来ない。だから概念を形作る為の、膨大なデータがそもそも必要になる。これが一つ目の電子情報」

COAT博士「二つ目の人間の情念だが、概念の説明は覚えているか?」

彡(゚)(゚)「みんながなんとなく思っていること、だったかな」

COAT博士「その通り。なんだやれば出来るじゃないか、偉いぞ。そう、概念とはそもそも個人的なものではない。皆が共通して認識していることじゃないと意味が無いんだ」

COAT博士「二つの条件に当てはまる事象を探すために、私は2ちゃんねるを徹底的に調べた。あそここそ、電子情報と人間の情念の集積所のような場所だからな」

彡(゚)(゚)「仕事でネットサーフィングとは良い御身分やな」

COAT博士「そこで私は二つの巨大な概念を見つけた。より多くの人間が電子情報を書き込み、より多くの人間がその概念に注目し、キャラクターを理解している。なんとなくこういうものだ、というイメージがより多くの人間に定着していたのが、野獣先輩であり」

彡(゚)(゚)「ワイだった、てわけか。せやけど他にも色々試したりしなかったんか?」

COAT博士「もちろんいくつも試したが、お前ら以上の素材はまだ見つかっていなくてな。どれもこれも失敗した。で、実験もタダでは出来ないわけなので、今は国とスポンサーからの資金待ちだ」

彡(゚)(゚)「なんやカラッ欠なんか。道理で暇そうにしてると思っとったわ」

COAT博士「以上が、概念体であるお前達の概要だ。何か質問はあるか?」

彡(゚)(゚)「いんや別に。これ以上難しい話されたら敵わんし、そもそも自分が何者かなんて、ワイはたいして興味ないしな」

COAT博士「......ハハッ、そうだな。お前は最初からそういう奴だもんな」

彡(゚)(゚)「で、結局ワイはなんで野獣先輩を倒さなあかんのや? そいつが一体なにしたっていうんや?」

COAT博士「ああ、それはだな」

??「そこから先は私が説明します」

COAT博士「おっ、もう着いたのか。流石に早いな」

彡(゚)(゚)「なんやこの女。誰やねんちっこいくせに偉そうにスーツ着おって」

(´・ω・`)「無駄に敵を増やすのやめようよおにいちゃん」

??「私がちっこいのではなく、あなたが無駄にデカいんです」

彡(゚)(゚)「なんやとこのアマ!」

(´・ω・`)「沸点が低いくせに煽るからそうなるんだよ」

COAT博士「あー、とりあえず自己紹介から始めてやってくんないか?」

??「失礼しました。私は内閣総理大臣の命により新設され」

彡(゚)(゚)「やめてやめてやめて。そういうややこしくて難しい説明はやめて」

COAT博士「すまん。こいつ見ての通りアホだから、簡潔にしてやってくれ」

??「......私の名前は宇野 佐奈子。あなた方のサポートをするようにと、国から命じられた特派員です」

彡(゚)(゚)「サポート? 具体的に何をしてくれるんや」

宇野「そんなこと決まっているでしょう」

宇野「あなたが野獣先輩を[ピーーー]という使命。そのサポートをするんですよ」

ご指摘をくれた方、読んでくださった方、ありがとうございます。書き溜めていた分、書き直した分を全部投下したので、明日からゆっくり書いていこうと思います。

SS投稿が初めてなもので、不愉快な思いをさせてしまった方がいたらすいません。タイトルは正直、今からでも変えたいです。

ここまでの文で、少しでも面白いと思っていただけたなら幸いです。おやすみなさい

彡(゚)(゚)「殺すて......そんな嫌な言い方やめーや」

宇野「倒すとかやっつけるとか、そういう曖昧な言い方の方が好みですか? どちらにしろ結果は同じで、やることはなんら変わりませんよ」

彡(゚)(゚)「せやけどワイのモチベーションってもんがな!」

宇野「事実を言い方ひとつで誤魔化して、負い目や責任から逃れれば途中までは楽でしょう。殺す、という意識を持って戦うよりパフォーマンスも向上するかも知れません」

宇野「しかし敵を追い詰め、相手の頭に銃口を突きつけた最後の時に。殺す覚悟が出来ていなければ、必ずあなたは躊躇うでしょう。そしてその油断を突いた敵が、隠し持っていた銃であなたの横腹を食い破ります」

彡(゚)(゚)「......ババア、ワイこいつ駄目だわ。気が合わんわ難しいこと言いよるわでやってけん。更迭してくれ更迭」

(´・ω・`)「出会ってまだ2分も経ってないよ」

COAT博士「考えが合わない相手をすぐに突き放そうとするな、馬鹿者。誰もがお前を肯定してくれるわけじゃないし、お前の考えがいつも正しいわけじゃない。それが人と接するということだ」

COAT博士「人との接し方を覚える良い機会じゃないか。宇野くんとの会話を通じて、たくさん学べ。己の意見の正しい点や間違っている点、相手との妥協点や、新しい思考を」

COAT博士「そうやって思考を研磨していくことで見えてくるものが必ずある。例えば、これだけは絶対に譲れないという、揺らぐことの無い信念とかな」

彡(゚)(゚)「...難しくてよう分からんわ」

COAT博士「難しいで終わらせるな。学べ。それに宇野くんの意見が全て正しいと決まったわけじゃない。お前の意見にも正しい点はちゃんとある」

彡(゚)(゚)「おっ、更迭のこと考えてくれるんか?」

COAT博士「そこじゃないバカ息子。殺したくないと思い殺しを躊躇する感情は、戦場においては確かに邪魔かも知れないが、意志ある生き物としては上等な思考だ」

宇野「......これから私たちが向かうのは、その戦場ですよ」

COAT博士「戦った結果が必ず死に繋がるかどうかはまだ分からんよ。概念体同士が戦うとどうなるのかは、戦った後にしか分からんからな」

COAT博士「今はまだ答えを出さなくていい。だが殺すことになる可能性もある、と踏まえたうえで戦いに臨め。そして自分がその時にどうするかを考え続けろ。いいな?」

彡(゚)(゚)「......了解」

宇野「......。話が大分逸れました。状況の説明に入ります」

宇野「現在、都内を中心に失踪事件が起きているのはご存知ですね?」

彡(゚)(゚)「そりゃまぁ、あんだけニュースでやってたらなぁ」

(´・ω・`)「今月だけで犠牲者は100人以上だっけ?」

宇野「その数字は実は嘘の報道です。実際は1000人以上の人間が、今月に失踪しています。100人というのは先月の数ですね」

彡(゚)(゚)「ファッ!?」

(´・ω・`)「ええええええっ!!」

彡(゚)(゚)「大事やんけ! なんでマスコミはそんな嘘ついとるんや!」

宇野「マスコミが嘘をついているというより、国がマスコミにそう発表しているんですよ。現代の一般人の持つ情報発信能力や、失踪した男性の関係者の数を考えると情報統制は難しい。ならば事件を隠すのではなく、事件の規模を隠してしまおうという判断ですね」

彡(゚)(゚)「いや、でもそれこそ証言者の数でバレるやろ」

宇野「はい。ですので今は、必死に隠蔽工作をしている状況ですね。被害者関係者のフリをするイタズラ...のフリをするメッセージを、大量にマスコミに送りつけたり。逆に報道関係者のフリをして被害者家族の取材をし、情報を潰したり。あとはシンプルに金を握らせたりと」

彡(゚)(゚)「お上のやることえっぐいな」

(`・ω・`)「国民の知る権利を侵害しているよ!」

宇野「たった一月で1000人もの人間が、都内から消えたなんてバカ正直に言えばパニックになるでしょう。みんな自分も消えるんじゃないかともう大騒ぎです」

宇野「別に国を擁護したいわけではありませんが。ここの国民は自分にも危害が及ぶかも知れないと思った時と、そうでない時の差が激し過ぎます。パニックになると分かっていて真実を優先する政府なんてあるわけないでしょう」

宇野「まぁ被害者の半数が引きこもりやニートなどの生産性の無い層だったため、社会への影響は今のところ微々たるものですが」

彡(゚)(゚)「うーん、この支配者側特有の身勝手な論理。許せませんな」

COAT博士「見識が広がって良かったな。そう、世の中はいつだって理不尽のお祭りだ」

宇野「ですがそういった情報戦は、あくまでも時間稼ぎにしかなりません。いつかは事態の大きさも世間に露見するでしょう。なんとしてもその前に決着を着ける必要があります」

COAT博士「しかし妙だな。野獣先輩がいくらこ慣れてきたとしても、その犠牲者数の伸び率は異常だ」

宇野「同感です。手段は不明ですが、おそらく彼は仲間を増やしているのでは?」

COAT博士「馬鹿な。そんな能力は奴には無いはずだ」

宇野「彼の能力があなたの想定通りなら、そもそも彼は脱走なんてしていませんよ」

COAT博士「...むぅ」

彡(゚)(゚)「ババアが言い負かされるの初めて見るな」

(´・ω・`)「しおらしくすると意外と可愛いね」

彡(゚)(゚)「目ぇ腐っとんのか三十路超えたババアやぞ」

COAT博士「お前私が何言われても傷付かないとでも思ってんのか?」

宇野「とにかく情報を集めることが先決です。今から現地に向かいたいのですが、これ、お借りしてもよろしいですよね」

彡(゚)(゚)「これ言うな」

COAT博士「もちろんだ。しばらくこれの顔も見たくないしな」

彡(゚)(゚)「ババータスお前もか」

(´・ω・`)「自分が貶されるのは嫌なんだなぁ」

彡(゚)(゚)「んで、現地っていったいどこに向かうんや」

宇野「被害者が失踪する前に、『自分は世田谷に向かわなければならない』と語っていたという証言があります」

宇野「今日はとりあえず世田谷区の様子、そして可能なら野獣先輩と関わりのある場所を偵察しましょう」

〜野獣邸〜

二週間前に、野獣にあの男と引き合わされた時からというもの。俺はずっと、俺の中のもう一つの意識と戦いを続けていた。

MUR「ぐっ...おおっお、ゾッ! いい...レ...ぐうぅぅ!!」

MUR「いいゾ〜こ、れっ、あああああ何も良くない!何一つ良くなんて、なぁいっ!消えろ消えろ消えろぉ!!」

MUR「あの野郎......あの野郎!野獣の野郎! よくも俺を、ゾ、騙しやがったなぁぁぁぁぁ!!」

〜二週間前の回想〜 ”ガン掘リア宮殿前”

暗い夜道を長いこと歩かされると、野獣はある建築物の前で足を止めた。建物全体は一般的なコンクリートだが、外観を丸い円柱の柱が装飾し、宮殿を思わせるような珍妙な造りになっている。

野獣「ここが俺たちの本拠地、ガン掘リア宮殿だ。お前に力を与えてくれる人や、他の仲間も集まっている」

MUR「俺以外にも声をかけていたのか」

野獣「俺の計画は、とても俺一人じゃ回らないからな。中にはお前にとって馴染み深い奴も既に来ている」

MUR(ホモビで共演したあいつのことを言っているのだろうか。出来れば、顔を合わせたくはないな)

野獣と共に建物の中に入る。夜にも関わらず、建物内の明かりは一切点けられていないため、俺は廃墟を歩いているような気分に陥った。そもそも電気が通っていないのだろうか。
階段を登ってしばらく歩くと、野獣は会議室と看板に書かれた扉の前で止まった。

野獣「着いたぞ。彼に会う前に忠告しておくが、お前が持つホモビへの嫌悪感はあまり表情に出すな。戦いが終わるまで、俺たちは協力するべき仲間だということを忘れるなよ」

MUR「......ああ、分かったよ」

野獣「じゃあ行くぞ」ガチャッ キィィィィ

扉を開くと、そこそこ広い部屋が現れた。相変わらず電気はなく暗かったが、日当たりの良い場所なのだろうか。月の光が室内を照らし、ある程度の視界は保持出来ていた。顔は見えないが、あちこちに人の気配がある。

野獣「はじめさん。MURを連れてきました」

??「早かったですね。流石です、田所さん」

扉を開いたすぐ目の前に座っていた男が、立ち上がって近づいてきた。公園のベンチに野獣が現れた時のように、その男もフードを被っていて、顔は分からない。

野獣「はじめさん程じゃありません。ほらMUR、この人がお前に力をくれる人だ。挨拶しろ」

MUR「ど、どうも」

はじめ「来てくれて嬉しいです。僕は『始まりのホモ』と呼ばれる、田所さんの仲間です。まぁここの最古参であり、NO2みたいなものかも知れません。気軽にはじめ、とでも呼んで下さい」

野獣「NO2だなんて謙遜を。はじめさんがいなければ仲間も増やせませんし、はじめさんのおかげでここは成り立っているんですよ」

はじめ「だがリーダーは田所さん、あなただ。こういうのはきっちり線引きして、明示する必要があるんですよ。みんなあなたの意志に惹かれて、ここに来たんだ。私は、あなたを支えるサポート役でいいんです」

野獣「しかし」

KMR「MURさん! お久しぶりです!」

野獣とはじめ、という人物の会話についていけずに突っ立っていると、随分嬉しそうな声が俺を呼び止めた。

KMR「いやぁ何年ぶりですかね!また会えるなんて嬉しいなぁ」

話しかけてきた顔には見覚えがあった。人懐っこい笑顔に、自身の無さそうな瞳が特徴的な男だ。ホモビの撮影中に出会った中で、俺が好印象を持った唯一の男でもある。あくまで俺のケツを掘ったことがあるという、耐え難き事実に目を瞑ることが出来れば、の話だが。

MUR「ああ、これからよろしくな」

KMR「あっ、よろしくと言っても、もう体洗ったりとかは絶対にしませんからねっ」

MUR「え? あ、ああ。......もう撮影があるわけじゃないし、しないだろそりゃ」

KMR「撮影? 撮影って、なんですかそれ、また変なこと言って僕を騙す気ですか?」

MUR「いや何って、撮っただろうビデオを。あの時」

KMR「えっ?あの時のプレイ、ビデオに撮ってたんですか!? どうやって!」

MUR(なんだこいつ。十何年会わないうちに頭がおかしくなったのか? 話が全く噛み合わない上に、撮影のことも覚えていないだと?)

野獣「安心しろよ木村、先輩のただのジョークだよジョーク」

KMR「そうなんですか? あービックリしたなーもう。やめてくれよ...」

野獣「挨拶はそんぐらいでいいだろ。俺と先輩はちょっと話があるから、向こうで体育座りしてろ」

KMR「うん......」

MUR(野獣が俺を、『先輩』だと? ちょっと待て、なんだこれ。KMRのさっきの違和感といい、口振りといいこれじゃあまるで......)

??「MURさん、ご無沙汰しております。悶絶少年専属調教師のタクヤと申します」

??「MUR様、お久しぶりです。緊縛師の平野源五郎です・・・」

??「 ぼ く ひ で 」

MUR(こいつら、まるで『ホモビのキャラそのもの』じゃないか......!)

はじめ「さて、挨拶も済んだようですし、そろそろ始めますか」

野獣「そうですね。よろしく頼みます」

MUR「ひっ...!」

MUR「ま、待て! やっぱりやめた! 俺は帰る帰る帰りたいんだ!家に帰らせてくれよ妻と娘が待ってるんだ!」

野獣「......覚悟はした、と言っていなかったか?」

MUR「ふざけるな! あ、あんな......『あんな風』になるなんて俺は聞いてないぞ!」

野獣「聞かれなかったし、言わなかったからな。......いずれにしろ、もう遅い」

はじめ「さぁ、こっちを見て。こっちに来るんだ。大丈夫、大丈夫。僕の右手で、君は新しい力に目覚めるんだよ...。それはとぉっても、とっても素晴らしいことなんだから」

MUR「やめろよせ。やめてくれ来るな離せ!嫌だやめろ!!やめてくれ!やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

フードの男が俺の顔の前に手をかざすと、眩い白い光が視界を包んだ。光が眩しくて、眼を閉じたいのに自分じゃ動かせなくて。次第に酷い目眩がしてきた。頭痛もあったと思うがよく覚えていない。
目から頭に伝わった異常な感覚が、やがて身体へも移り始めた頃。俺の意識はそこでプツリと途絶えた。

〜coat博士サイド〜

彡(゚)(゚)「おっ、黒くてゴツくて、固そうないい形やんか」

彡(゚)(゚)「...でも、残念なことに長さが足りんなぁ。男はやっぱ長さが命なんやで」

彡(^)(^)「乗せた女を喜ばす...いや、悦ばすには長さこそが全てや! 分かったら生まれ変わってやり直せこのボケェ!」キャッキャッ

宇野「......先程からこの男は何を言っているんですか」

(´・ω・`)「僕ら車を生で見るの初めてでして、それではしゃいでるんだと思います」

彡(^)(^)「おっ、原住民ちゃんやりたくなっても生はやめとけよ生は!生は危険がいっぱいやからな〜アッハッハッハッハ」

宇野「それにしては随分と不愉快なニュアンスを感じるんですが」

(´・ω・`)「仕様です。すいません」

ガチャッ、バタン

??「お初にお目にかかります。この車の運転手を務めさせていただく、権田 源三郎と申します」

宇野「権田さん、今回もよろしくお願いします」

権田「いえ、仕事ですから」

(´・ω・`)(黒くてゴツくて、頑固そうなオジさんが出てきたな。この人が運転手さんかぁ)

彡(゚)(゚)「うおっ、なんやこのオッさん背ぇでっか!!」

(´・ω・`)(長さもバッチリみたいだ)

宇野「初対面でその言い草は何ですか。少しは礼儀を弁えて下さい」

彡(゚)(゚)「うっせブース」

宇野「なっ...・・」

(´・ω・`)「すいませんすいませんすいません!」

(´・ω・`)「おにいちゃん! 無駄に敵増やさないでっていつも言ってるでしょ!?」

彡(゚)(゚)「でもワイこいつ嫌いやねん。偉そうやし話合わんし、ババアじゃないのにババアみたいなこと言いよるし」

(´・ω・`)「その博士から人付き合いを学べって言われたばかりでしょ! 少しは我慢してよ!」

彡(゚)(゚)「......。」

(´・ω・`)「ほら、宇野さんと、あと権田さんにも謝って!」

彡(゚)(゚)「...チッ。えー、まぁなんだ。流石にブスは言い過ぎたわ。すまんな許してくれ」

彡(゚)(゚)「権田のオッさんも、挨拶が遅れてすまん。これからよろしく頼むわ」

権田「いえ、仕事ですから」

彡(゚)(゚)「...これでええんか?」

(´・ω・`)「う、うん。いいんじゃないかな。どうですか宇野さん」

宇野「ブス...ブスって誰が? 私が? 私がブス・・ まさかそんな......ありえない、ありえないわよそんなこと......」

彡(゚)(゚)「聞いちゃおらんがな」

(´・ω・`)「よっぽどショックだったみたいだね。今まで言われたことなかったのかな」

権田「皆さま方、一先ず車に乗って、目的地に向かいませんか? 話は車内でいくらでも出来ますので」

彡(゚)(゚)「待ってました! いやー楽しみやなーどんな乗り心地なんやろなぁ、車」

宇野「ブス...私が...ブス......」

(´・ω・`)(......やっていけるのかなぁ、こんな調子で)

〜20分経過〜

権田「今がだいたい、渋谷区と世田谷区の境のあたりですね」

彡(゚)(゚)「ほうほう、そかそか。いやー渋谷駅のあたりはやっぱ栄えとったなぁ」

権田「日本の文化の交流地ですからね」

権田「なんJ民様達が楽しんでいただけているようで何よりです」

彡(^)(^)「乗り心地も快適やし、景色もいいし、いやーもう大満足や!」

(´^ω^`)「う、うん! ドライブって凄く気持ちがいいんだね!」

宇野「......」

彡(゚)(゚)「車から見える風景は絶えず変化し続け、そしてどれ一つとして同じものはない。訪れては過ぎ去るその目まぐるしい変化は、さながら世の流れを写し出しているのかも知れんなぁ...」

(´・ω・`)(よほど興奮してるのか、下手くそなポエムまで刻み始めた)

宇野「.........」

(´・ω・`)(宇野さんは相変わらず落ち込んでるけど、おにいちゃんは気にも止めてない。『悪口言ったことを謝った』時点で、おにいちゃんの中ではさっきのことは全て解決しているみたいだ)

彡(゚)(゚)「なぁなぁオジさん。なんで長い車じゃなくて、この黒色の普通車を選んだんや?」

権田「と、言いますと?」

彡(゚)(゚)「いやどうせなら長い方がよくない?」

権田「どうでしょうか。私は宇野さんの指示通りに車を用意しただけですので」

権田「リンカーンリムジンのことを仰っているのでしょうが、あれは街中を走るのにはあまりに不向きですからね」

宇野「普通の車を選ぶに決まってるでしょう。敵地に潜入するのにバカみたいに目立つ車選ぶバカがどこにいますか」

彡(゚)(゚)「おっ、やっと口開きおったか」

宇野「ああ、そういえばここにいましたね。物凄くブサイクなバカが」

彡(゚)(゚)「なんやとこのアマァ!」

(´・ω・`)「おにいちゃん、お互い様だよ!」

宇野「私はブサイクじゃありません!」

(´・ω・`)「そっちの意味でじゃないよ!」

権田「宇野さん、宇野さん。最初の目的地、北沢公園に着きましたよ」

宇野「はぁ!?」

宇野「それってつまり、世田谷区に既に入ってるってことですか!?」

権田「そうですが」

宇野「早く言ってくださいよ!」

権田「いえ、確かにお伝えしたはずですが」

彡(゚)(゚)「なんや聞いとらんかったんか」

(´・ω・`)「話も聞こえないくらい落ち込んでいたのかこの人」

宇野「ブサイク! どうですか、このあたりで何か感じませんか?」

彡(゚)(゚)「お前ワイの呼称をブサイクで定着させる気か?許さんぞそんなこと」

宇野「いいから調べてください。何か違和感とか、普通と違う感覚とか、そういうのはありませんか?」

彡(゚)(゚)「そんなん言われても......特になんも変わらんぞ」

宇野「......そうですか。ここには、いないんですね」

宇野「なら、次に行きましょう。権田さん、次の目的地は」

権田「お待ちください。なにやら不埒者の目に止まってしまったようです」

??「おい何やってんだおい~?楽しそうだね~?」

??「おいおい俺らも混ぜろよお前~」

??「おい楽しそうじゃねぇかオラァ」

??「おい何やってんだオイ、ゴルァ!オイ!お兄ちゃん俺らも混ぜてくれや!なぁ!楽しそうだねぇ〜!?」

??「ちょっと熱いんじゃない!?こんな所でー?ねーお兄ちゃ~ん。混ぜてほしいんだけど~。おーい」

宇野「チッ、間が悪いですね」

彡(゚)(゚)「な、なななんやなんや。不良3人がワイらの車を取り囲んどるぞ!」

(´・ω・`)「世田谷って治安悪いのっ?」

権田「成敗してきます。少々お待ちください」ガチャッ、バタン

宇野「よろしくお願いします」

彡(゚)(゚)「オ、オッさん一人で大丈夫なんか!?」

宇野「心配は無用です。私たちプロが、ゴロツキ数人如きに後れを取るとでも思っているんですか? 」

??「オラオラオラオラオラオラ」パンパンパンパンパンパン

権田「グッ...ム...ムゥゥ......ウグォォォォ!!」パンパンパンパンパンパン

彡(゚)(゚)「やられとるがな!後れを取って!」

(´・ω・`)「ヤられてるよ!後ろ(バック)を取られて!」

宇野「そ、そんなバカな! ただのチンピラがどうやって権田さんを......それにあれは、レイプ、なのか?......ああ、そういうことか!」

宇野「ブサイク!原住民さん!車外に出ますよ!」

彡(゚)(゚)「で、出てどうするんや? ワイらは何をしたらええんや?」

宇野「決まっています、戦うんですよ!」

(´・ω・`)「でも相手は一般人だよ!」

宇野「まだ気付いてないんですかっ。彼らは人間じゃありません。あなた方と同じ、概念体です!」

彡(゚)(゚)「なんやって!?」

宇野「さぁ、今すぐ腹を括ってください」

宇野「この戦いが、あなた方の初陣です!!」

テスト

〜偵察出発前のcoat研究所〜

coat博士「......あいつら、車が来るって聞いた途端外に飛び出して行ったな」

宇野「まるで子供ですね」

coat博士「実際、まだ生後二ヶ月だしな。見識を広げてくれるのはこちらとしても嬉しい限りさ。......バカの邪魔も入らないことだし、今のうちに行き先について話しておこうか」

宇野「ええ。お願いします」

coat博士「まず偵察に行くなら、最初の場所は北沢公園がいいだろう。北沢公園にもし三人組の概念体がいた場合、三つの利点がある」

宇野「どういった利点でしょうか」

coat博士「北沢公園は進入口である渋谷区から、かなり近い場所にある。もしここで敵に遭遇した場合、戦うか逃げるかのいずれにしろ、他の場所にいる仲間の援軍を避けやすくなる」

coat博士「まぁ偵察が目的なのに、いきなり敵陣の中央深くに潜っても帰ってこれないだろ、って話だ。これが一つ目」

coat博士「二つ目の利点は、北沢公園と関係のある淫夢キャラ、KBSトリオの性質にある。KBSトリオは認知度はそれなりに高いが、戦闘力においてはただのチンピラ程度の認識しかされていない」

coat博士「概念としては雑魚そのものであり、最初の相手としては最もリスクの無い相手なんだ。こいつらと戦った結果によっては、こちらの戦力が敵にどの程度通用するのかを、大雑把にだが推測出来る」

宇野「なるほど」

coat博士「三つ目だが、正直これが一番重要でな。今言ったように、こいつらはそもそも雑魚だ。野獣先輩も、仲間を作るなら概念体としてより強力な人物を選びたいはず」

coat博士「強い仲間が揃っていない時に、こいつらを概念体にする意味は無い。つまりこいつらがもしここに現れたなら、それは敵の陣営がある程度肥え、戦力の余裕がある状態だと判断出来る」

宇野「野獣先輩の仲間を増やす手段が不明な以上、そうとは限らないのでは? なんらかの理由で強い概念体を作れず、雑魚でもいいからとにかく仲間を増やしている最中、とも考えられます」

coat博士「北沢公園の場所がその可能性を否定してくれる。仲間が少なく戦力が足りていないなら、駒をこんな世田谷区の外れに遊ばせておくわけがない。本拠地にでも置いておくのが妥当だ」

coat博士「......だから三つ目の利点は、まぁ敵の状況をある程度予測出来る、ということだ。だが、正直KBSトリオがいない場合の方がこちらとしては都合が良い。敵がまだ弱い可能性が高くなるんだからな」

宇野「......。」

概念のところはカオヘリスペクトかな?

coat博士「最後に、概念体と遭遇した場合の目標、成果の基準を定めておこうか」

宇野「成果の基準、ですか」

coat博士「最良は、概念体を生け捕りにして帰ってくること。良は、概念体を殺して帰ってくること。可は、戦わずに逃げて帰ってくること。BADは、戦ったうえで逃げるか逃げられて帰ってくること。捕らえられたり殺されるのは論外の中の論外だ」

宇野「偵察が目的ですからね」

coat博士「敵に情報を渡さず、こちらが敵の情報を得ることが何よりも大事ってことよ。君は分かっているだろうがな」

coat博士「とにかく、生きて無事に帰ってくることが大前提だ。あいつらはまだまだガキで、自分で考え行動する力はまだ無い。君がしっかり手綱を握って導いてやってくれ。現場の判断は君に頼んだぞ」

宇野「承知しました」

〜現在 北沢公園〜

宇野(クソッ、北沢公園に三人組が現れた時点でKBSトリオだと疑うべきだったんだ! 私の不用意なミスで、権田さんが......!)

宇野(落ち着け、いつも通りに戻るんだ。大丈夫、もう悩むことはない。車のミラーに写った私が証明してくれたじゃないか)

宇野「だって私は、ブスじゃないもん!」

(´・ω・`)「まだ引きずってたの!?」

彡(゚)(゚)「おい、外に出たはいいがどうしたらいいんや! あちらさん、やたら気が立っとるぞ!」

黒服にグラサンをかけた男が車から出た私たちを認めると、先程まで襲っていた権田さんから離れた。赤色と、青色の服の男二人もそれに慣い、少し離れてこちらを伺っている。黒服がリーダー格、ということなのだろうか。

赤「おいおい、なんだよお前〜」

青「おいやっちまおうぜ」

赤「やっちゃいますか?」

青「やっちゃいましょうよぉ」

黒「そのための...右手? あとそのための拳?」

赤「拳? 自分のためにやるでしょー?」

黒「金!暴力!SEX! 金!暴力、せっ......て感じだな...うん」

彡(゚)(゚)「言うなら最後まで言い切れや!」

(´・ω・`)「恥ずかしくなっちゃったのかな」

宇野「それより仲間同士の会話が、短い間でここまで破綻していることにまず驚きますね」

赤「なんだとグルルルア!!」

青「おいやっちまうぞ!!」

彡(゚)(゚)「!! 来るぞ! ワイらはどうしたらええんや!?」

宇野「まずは雑魚から片付けます!私が黒の足止めをするので、原住民は青、ブサは赤を倒してください! 急いで!」

彡(゚)(゚)「改めるどころか略すなブサイクを! 戦う方法は!?」

宇野「殴れ!!」

元々広くない道路に車を停めているため、車の頭側のあちらと、後部側のこちらを隔てる道の幅は2mほどしか無かった。こちらへ駆けてくる赤と青が、後ろに続く黒への道を塞いでいる。

宇野(逃げるなんて選択肢はハナから無い。こんな雑魚に負けているようじゃ、どの道こちらに未来は無いからだ)

宇野(頼むからちょっとは希望を持たせてくれよ、バカども!)

狭い道を進めば、赤と青にぶつかる。それならばと、私は車の屋根に飛び乗り、そのまま屋根をひと蹴りして飛翔した。
おお!? と驚いて私を見上げる赤と青の頭上を越えて、私は後方に控えていた黒の左真横に着地する。
ズン、と着地の衝撃が足裏に伝わる。衝撃の勢いを完全に殺すには、両手を使った受け身が必要だったが、私はあえて膝だけで受け止めた。当然勢いを殺しきれず、私の腰は深く沈み込む。逃しきれなかった衝撃に膝が悲鳴を上げるが、致命的な痛みでは無い。私の体重は軽いからな。

黒「おっ!?」

遅ぇよ、と呟き、衝撃の反動を右足の回転力と、左足の地面を蹴る力とに振り分ける。そして私は体幹を軸に体を回転させ、膝の中で暴れ狂っていた衝撃を全て左足に込めた......渾身の後ろ回し蹴りを、黒の肋骨に向けて放った。

宇野「っらぁっ!!」

黒「っわーーーーーい!!」

間抜けな叫び声と共に、黒は道脇の塀に向かって吹き飛んだ。これで相手が生身の人間なら、肋骨が折れて肺に刺さるか、あるいは肋骨が折れるかで確実に戦闘不能になる。しかし、

黒「うわー、もう、びっくりさせんなよー」

宇野(手応えが、まるで無い......!)

左足の踵が黒の肋骨を捉えた感触は、確かにあった。しかしそこから先の肉のめり込みや骨の割れる感触などの、衝撃に対する肉体の反発が、まるで左足に伝わってこなかったのである。
まるでハリボテを蹴り上げたような感覚だった。そのくせ黒の体の重みや肌の質感は人間そのものであり、私はその異質な感触が気持ち悪くて仕方無かった。

黒「ったく女なんかに興味ねえのによー。邪魔すんじゃねえよお前ぇよぉ!!」

宇野(ダメージはほぼ0。これが概念体か)

権田さんがやられるのも当然だな、と思っている内に、立ち上がった黒がこちらへ駆けてくる。

黒「オラァ、女ぁ!」

黒の大振りの右拳が、分かりやすく私の顔を狙ってきた。頭を横に逸らし、カウンターをかます準備をした所で、

宇野「ヒッ・・」

黒の拳の持つ脅威をほとんど本能で感じ取り、私は思い切り横に飛んだ。カウンターも次の攻撃への備えもないまま、私は素人のように地面に転がる。

黒の拳が空を切る。チッ、と舌打ちをする黒は、しかし無防備に倒れる私を追撃しようとはしなかった。どうやら戦いどころか、ケンカの場数もロクに踏んでいないようだ。

拳のスピードは、一般人と比べても並以下だった。殴る姿勢は統一されておらず、読みやすいことこの上無い。
しかし、

宇野(今のパンチ......喰らったら、間違いなく死んでいた!)

銃弾が頬を掠めた時のような、うすら寒さに背筋が凍った。視界に現れた黒の拳が破滅的な威力を誇っていることを、長年の経験が直感という形で教えてくれた。

宇野(こちらの攻撃は、全く効かない。しかしあちらの攻撃は、ただのパンチで致命傷を与えられる、ってことか? ガードも無理だよな一発の威力があんなんじゃ。 アハハ、なんだよそれ)

宇野「反則過ぎるだろ! 概念体ってのは!」

あの博士、なんてもん生み出してくれたんだ! 敵の雑魚でこの強さって、そんなのやってられるかよ!

黒「くそぉ〜。避けんなよぉ、避けると当たんねぇじゃねえかよぉ」

宇野(どっちでもいいから早く、早く来てくれバカども。死ぬ、私死んじゃうからこれ)

転んだ体勢から起き上がると、こちらへ歩いてくる黒の股の間から、向こうの様子が少しだけ見えた。

戦力の片割れであるはずの原住民が、血を流して地面に横たわる姿が視界に映った。

>>45
カオスヘッドは存在は知っていましたが、実際にプレイしたことはありませんね。
空想を実体化させる、といった能力は昔から定番だよな、とは思います。

彡(゚)(゚)「あの女のジャンプに気を取られて、アホ共が上を向いとるぞ! 今がチャンスや!」

(´・ω・`)「うん!青い方は僕に任せてよ!」

車と塀の間で立ち往生しとる2人に向かって、ワイらは走った。接近したワイに気づいた赤が、ハッとこちらに顔を向けるが

彡(゚)(゚)「遅ぇわ、死に晒せボケェ!」

赤の服を両手で掴み、力まかせに後方に投げ飛ばす。柔道の綺麗な投げには程遠いが、勢いのあるナイススイングで地面に叩きつけられたと思う。

赤「ぐへぇ」

数回、小さくバウンドする赤の体。逝ったか!?と思ったが、赤はすぐに起き上がり、

赤「くそっ、やりやがったな!」

彡(゚)(゚)「今のでノーダメージなんかい」

全く堪えた様子もなく、平然と立ち上がった。結構、手応えあったんやけどな。これはもう勝てんかも知れんな。

彡(゚)(゚)「だが、これで広い場所で戦えるで」

赤と青がいた、車と塀の間の狭い道。そんな特殊な場所で喧嘩するイメトレなんて、ワイは一度もしたことがない。だが今の投げ飛ばしで、赤とワイは障害物の無いただの道路に立っている。これで少しは、イメトレ通りに戦えるはずや。
そう思った時、後ろで異変が起きた。

青「ポカポカ殴るだけでよぉ、ウザったいんだよチビ助野郎ぉ!!」

(´・ω・`)「ぐへぇあ!」

振り向くと、原住民が青に蹴り飛ばされていた。青が放った膝蹴りが、背丈が人の腰ほどもない原住民の頭部を捉え、原住民は塀に叩きつけられた。

彡(゚)(゚)「お、おい!原住民ちゃん大丈夫か!?」

赤「おいおい先に俺と戦えよ、そのための拳でしょ?」

慌てて駆け寄ろうとするも、背後から赤に肩を掴まれる。

彡(゚)(゚)「うるっせぇこのダボがぁ!」

頭に血が上ったワイは、振り向きざまに赤を殴りつけた。

赤「ボリョッ!?」

右拳が赤の頭に当たると、赤はそのまま膝から崩れ落ちた。投げ飛ばしはノーダメージだったのに、何故ワイの拳一発には大ダメージを受けるのか不思議だったが、気にしている余裕は無かった。膝をついた赤の顔を横あいから蹴り飛ばして、ワイは青と原住民の元へ走る。

青「おい大丈夫か振男! てめぇ、よくも振男を!」

彡(゚)(゚)「知るかボケ! お前らが始めた喧嘩やろが!」

高く上げた両拳を強く握りあわせ、青の脳天めがけて思い切り振り下ろす。青は避ける動作もロクにせぬまま、それをモロに喰らった。

青「ガネッ!」

頭を打たれ、体から力が抜けた青がうつ伏せに倒れる。その青の頭部を思い切り踏みつけた後、ワイは原住民に声をかけた。

彡(゚)(゚)「おい原住民、しっかりせえや!」

(´・ω・`)「ぼ、僕は大丈夫だよ。それよりう、宇野さんを」

彡(゚)(゚)「あんな女なんて今どうでもええわ! お前が大丈夫なんか聞いとるんや!」

(´・ω・`)「だから...大丈夫だって言ってるじゃない。いつも喰らってるおにいちゃんのキックの方が、な、何倍も痛いよ」

彡(゚)(゚)「......そか。そんな減らず口叩けるなら、大丈夫...なんやな。」

車を挟んだ向こう側では、ワイに背を向けて黒が両手を上げ、その背の向こうで宇野が拳銃を手に構えていた。
顔を後ろに逸らし、仲間の青が倒れているのを横目に捉えた黒は、

黒「金田...金田! 暴力もヤられたのか!? チクショウ、てめえよくも2人を!!」

腕を下ろしてこちらに振り向いた。グラサンで隠れて目は見えないが、黒の皺で歪んだ顔は、憤怒の感情を露わにしていた。

宇野「ブサイク、早くこっちに! もう諸々限界です私!」

今まで宇野が銃で脅し、動きを抑えていたのだろう。止まらないと撃つぞ、と宇野が叫んだが、黒は気にも止めずにワイめがけて走り出す。

彡(゚)(゚)「ちょっと待ってろや。パパッとやって、終わりにして、とっととウチに帰るぞ」

(´・ω・`)「うん...ファイトだよ、おにいちゃん」

助走をつけて大きく右拳を振りかぶる黒に合わせて、ワイも三歩助走をつけて、同じく大きく振りかぶる。

彡(゚)(゚)(上等や。仲間やられてムカついてるのが、お前だけやと思うなよ!)

〜宇野視点〜
私は、ホラー映画というジャンルが大嫌いだ。決して幽霊が怖いからではない。なんでもありの化け物側が、一方的に人間をイジメ殺すというストーリーラインに、なんの面白さも見出せなかったからだ。
しかも後味が悪い方が怖いという理屈からか、私が観たホラー映画の結末は、全てがBADエンドだった。理不尽に強く設定された敵が、主人公達を好き放題いたぶって、ロクな解決もされずに物語が終わる。そんな作品を数本視聴した時点で、私は二度とホラー映画なんか観ないと心に誓った。
物語のテーマがバトルであれ、恋愛であれ、人生であれ、そこに勝ち負けの勝負があるから面白いのだ。大きな困難があってもいいし、その結果が敗北であっても構わない。ただ、こうすれば勝てたかも知れないという勝ちの目だけは、必ずどこかに残すべきだ。仮にもそれが、物語を名乗る代物ならば。

宇野「......本当に、大っ嫌いですよ。アンタみたいな理不尽おばけが」

黒「絶対に殴ってやる。......その為の、拳」

黒がゆっくりと近付いてくる。限られた時間の中で行動を選択する必要があるが、私は少し決断を迷った。

宇野(私は自分の直感を信じる。さっきの奴の右拳は、絶対に危険な攻撃だった。しかし、他の左拳や蹴りはどうだ?同様の威力があるのか?)

必殺の武器があの右拳だけなら、奴は刀を持った素人とそう変わらない。右拳にだけ注意すれば、奴の攻撃はいくらでも凌ぐことが可能だ。
だがもし奴の攻撃全てに人体を壊すパワーがあるのなら、接近戦はすなわち死を意味する。崩しやジャブですら致命傷になる攻撃を、躱し続ける自信は無い。

宇野(危険なのは右拳か、奴そのものか。......答え合わせの為に、死ぬわけにもいかないしな)

接近戦は無謀と判断した私は、地面をひと蹴りして数歩分後ろに下がった。その時、倒れた原住民と青の元へ、ブサイクが走っているのがちらと見えた。

宇野(ブサイクの方は赤を倒したみたいだな。いいぞ、少しは希望が見えてきた)

後方にジャンプした私を見て、黒が走る体勢に入った。黒が一歩を踏み込む前に、私はスーツの裏地から拳銃を取り出した。

宇野「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

黒「っ! じゅ、銃!? なんで!?」

黒が足を止め、銃口を凝視する。概念体であるはずの黒の狼狽ぶりは、脅威に晒された一般人のお手本のようだ。

宇野(思ったとおりだ。日本人が銃を向けられる機会などほとんど無い。人は未知の脅威に怯える生き物だが、元々人間だった概念体もそれは同じだろう)

宇野(奴は銃を向けられたことがない。撃たれたこともない。だから奴は銃の威力を知らない。だからこそ、奴は恐れているんだ!銃の持つ未知の脅威を!)

このまま引き金を引けば、もしかしたら奴を殺せるかも知れない。銃弾の運動エネルギーならば、奴の不可思議な外皮を打ち破り、その内にある肉体にダメージを与える可能性は、確かにあった。
しかし同時に、回し蹴りを放った時の感触が、おそらく無理だと異議を唱える。あれは物理法則が通用する物質ではないと、そう本能が叫んでいた。

黒「なんだよお前ぇ、なんで銃なんて持ってんだよぉ! ただの喧嘩でそんなのって、頭おかしいだろぉおい」

敵が銃を恐れてくれている以上、こちらから撃つのは得策ではない。銃弾が黒の体に当たって、それでもダメージが入らなかった場合。未知は既知となって、銃の脅威は効力を無くす。そうなれば、もう私に残された手立ては0になってしまうだろう。

宇野「口を開くな。両手を挙げろ。膝をつけ。撃たれたくなければ早くしろ」

黒は怯えた表情で両手を上げるが、膝をつこうとはしなかった。銃を前に、逃げる可能性を自ら絶つのが怖いのだろうか。
黒の背後では、ブサイクが青を一撃で沈めていた。ブサイクが強いのか、青と赤が弱かったのかは知らないが、これで残すは黒1人のみ。
私が銃で注意を惹き付けている内に、黒を背後から襲って欲しいのだが、ブサイクはそのまま原住民の安否を確認するようだ。

宇野(仲間ですもんね。そりゃ無事を確かめますよね。もちろん否定はしませんよ。だからせめて、急いでくださいよブサイク!)

黒「お前、そんなの撃ったらどうなるのか分かってんのか? 殺人犯だぞ、殺人犯」

宇野「......」

この銃で殺せるものなら今すぐ殺したいです、なんて本音は言えないため、私は無言で返す。

黒「つぅかポリじゃねえのに銃持ってるなんておかしくねぇか? それ、本当に本物か? 実は玩具なんじゃねえの」

緊張感に耐えかねたのか、黒は都合の良い想像を真実だと思い込み始めた。黒が生身の人間なら、その現実逃避は愚か者の極みだ。が、概念体なら本物の銃を玩具に例えても、間違いではないかも知れない。

宇野(まずいな)

宇野「おい! 勝手に動くな!」

仲間に助けを求めたかったのか、黒は制止も聞かず顔を後ろに逸らし、

黒「金田...金田! 暴力もヤられたのか!? チクショウ、てめえよくも2人を!!」

うつ伏せに倒れている青と、ブサイクを視認した。これで、背後からの不意打ちの目は消えた。

宇野「ブサイク、早くこっちに! もう諸々限界です私!」

黒の目に怒気が宿った。危険な匂いを感じた私は動くな、撃つぞと叫んだ。

黒「うるせぇ! それってどうせモデルガンだろ、分かってんだよ!」

恐怖心からの逃避と、仲間を倒された怒りが重なり、銃の脅威は黒の心から消えてしまったようだ。
私の制止を振り切り、黒はブサイクへ向けて走り出す。私の時と同じように、黒が右拳を大きく振りかぶる。対するブサイクも、同じ動きで黒を迎え撃った。

宇野(クソッ、日本人特有の危機感の無さが裏目に出た)

銃の脅威は既に消えた。なら、私に出来ることはもうこれしかない。

私は黒の右腿に照準を定め、撃鉄を引いた。パンッと、不愉快に乾いた音が周囲に響く。

黒「おおっ!?」

やはり銃弾でも概念体の外皮は貫けないようだ。貫けない壁へと斜めの角度で侵入した銃弾は、行き先を求め、黒の足を下へ向けて這い回った後にどこかへすっ飛んでいったことだろう。
黒は右足を前に浮かされ、体勢を崩した。私の狙いは、黒にダメージを与えることではなく、この崩しにあった。先程の回し蹴りで、衝撃によって概念体を弾き飛ばせることは分かっていたからだ。
黒は殴る体勢から背を仰け反らされる。それを追うように、ブサイクの右拳が黒に迫る。

宇野(私は、理不尽おばけが敵のホラー映画なんて大嫌いだ。でも、)

彡(゚)(゚)「死に晒せやああああああ!!!」

黒「ゼッグズッッ!!」

ブサイクの右拳が黒の顔面を振り抜いた。地面に叩きつけられた黒は、グラサンが砕け、鼻血を流し、ピクリとも動かない。


宇野(味方にも理不尽おばけがいる映画があるなら、もう一度だけ観てやってもいいかな)

戦いの終わりに胸を撫でおろし、私は静かにそう思った。

〜数分後〜

宇野「あ、危なかった。もう少しで死ぬところだった」

彡(゚)(゚)「おぅ、ちゃんと感謝せえよ」

(´・ω・`)「だから、お互い様だってばおにいちゃん」

彡(゚)(゚)「血ぃ流して倒れてたくせに、あっという間にピンピンしとるなお前。心配して損したわ」

(´・ω・`)「おにいちゃんのお陰で、怪我は日常茶飯事だからね」

宇野「......私が言っていたのは、私ではなく権田さんのことです」

彡(゚)(゚)「?」

宇野「車のヘッドライトを見てください」

宇野が指を指す方を見ると、車のナンバープレートにもたれて倒れているオッさんと、そのすぐ脇で、

彡(゚)(゚)「なんか割れとるな、灯りのところが」

宇野「黒に当たった弾が、不規則に跳ねてここに当たったようです。弾の軌道がもう少しズレていたら、私は権田さん殺しの犯人として追われる所でした」

宇野「私としたことが、あまりに軽率でした。黒に気を取られるあまり、権田さんや周囲の安全への配慮がまるで足りていなかった」

彡(゚)(゚)「まぁ、実際当たらんかったんやからええやろ。しょせん結果が全てや」

(´・ω・`)「おにいちゃんの思考は大雑把過ぎるけど、そうだよ。ミスなんて次から気をつければいいことじゃない」

(´・ω・`)(開始5秒でノックダウンした僕は、今回、判断をミスする土俵にすら立てなかったんだけどね)

宇野「......そうですね。とりあえず今は、さっさと帰る支度をしましょう。なんj民さんは、気絶している権田さんを車に運んでください。原住民さんはその間に、KBSトリオ達を縄で縛ってください」

(´・ω・`)「えっ、この人達も連れて帰るの? でも7人もいたんじゃ、席が足りないよ」

宇野「車の後部座席は前に倒すことが出来ます。狭い思いはするでしょうが、なんとか納まるはずです」

彡(゚)(゚)「縄なんかこいつらに効果あんのか?」

宇野「概念体も完全に物理を透過するわけでは無いらしいので、ある程度は効果があるでしょう。ただ、彼らのパワーがどの程度のものかは未だ不明です。危険ですので、運転中に彼らの目が覚めたら、殴りつけてまた眠らせてください」

彡(゚)(゚)「運転はどうするんや? オッさんを無理矢理叩き起こすんか?」

(´・ω・`)「殺伐としてるなぁ......」

宇野「それには及びません。私が運転して帰りますので、皆さんは車の中で休んでいて下さい」

彡(゚)(゚)「オッさんと違って、お前の運転は安心出来そうにないな。なんか、うっかり人轢き殺しそうなツラ構えしとるもん」

(´・ω・`)「うっかり権田さんを殺しかけたばかりだしね」

宇野「散々な物言いですが、まぁいいでしょう。私の運転の良し悪しは、結果を見てから判断してもらいます。それに、今日初めて車に乗ったあなた方は知らないでしょうが、」

宇野「免許制度が存在する以上、交通事故というのは余程のバカか、余程の不運の持ち主にしか起こらないように出来ているんですよ」

〜少し前の野獣邸〜

MUR「ぐぅぅ......ううああっ、あっ!」

野獣「驚いたな。まだ概念に抵抗しているとは、大した精神力だよ」

MUR「チラチラ話し、かけるな...!お前の声は、腹が減るんだよ鈴木」

ガン掘リア宮殿で『始まりのホモ』に何かをされてから、2週間が経った。初めの三日ほどは何の変化もなく、木村達のようなモノになる気配は無かった。
もしかしたら俺は特別で、俺も鈴木のように自分を保てるのかも知れない。そう淡い期待を抱き始めた五日目を境に、ソイツは俺を刻一刻と蝕んでいった。

MUR「そうだよ(便乗) 、全部あいつが、チラチラ俺のこと見てたから、見ろよホラ見ろよ見たけりゃ見せてやるよ悪いんだ今日はいっぱい鈴木お前もだよ当たり前だよな、ああ、っああああああああ!! 消えてくれ!消えてくれ!!頼む助けてくれよ鈴木ぃ!!」

毎日、毎日、溢れてくる俺の中のもう一人のソイツ。初めは弱かったくせに、だんだん強くなって、抵抗するのがどんどん辛くなっていって。
今では気を抜くと、いや抑えこもうとする最中ですら、ほとんどソイツになってしまっている自分がいた。ソイツになっている時間が、楽で、痛くなくて、幸せに思えてしまうのが、俺は途方も無く怖かった。

野獣「......お前の抵抗は無駄だ。早く諦めた方がずっと楽だぞ、MUR」

MUR「な、なんで......」

野獣「二週間前、『始まりのホモ』はお前に、『概念の卵』を植え付けた。その能力がどういう理屈で、何故奴がそんな能力を持っているのかは俺も知らん」

野獣「分かっているのは、概念の卵が孵化すると、植え付けられた人間は概念体になるということだけだ。今お前の身体の中では既に、その孵化が始まっているはずだ」

MUR「......。」

野獣「概念体になるという事は、みんなが想像するキャラクターになる、というのと同義だ。お前は既にそうなったガン掘リア宮殿の仲間達を見て、必死で孵化に抵抗しているのだろう。ああはなりたくない、ってな」

野獣「だがな、何千何万の人間が抱くMURへのイメージと、お前一人がイメージするお前の人格、一体どちらが強いと思う? 川の激流にどれだけ逆らったところで、いつかは力尽きて流される。だから早く、楽になれよMUR」

MUR「ぅ......ゾ......」

野獣「信じてくれとは、言わない。俺は確かに重要なことを黙って、お前を今酷い目に合わせている。だがあの夜、あの公園でお前に言った言葉に、嘘は無いんだよMUR。俺は本気でお前の人生を救いたいと思っているんだ」

野獣「戦いが終わるまでのほんの少しの時間、力を貸してくれればそれでいいんだ。約束するよ。必ずお前を、家族の元へ帰してやる。お前の人生を取り戻させてやる。だからさMUR」

野獣「もうそんなに......苦しまないでくれよ」

MUR「ち、違うゾ......。野獣......」

野獣「!」

MUR「俺が、俺が嫌なのは、ホモビ時代のキャラに、戻ることなんかじゃないんだ。そんなことより、そんな下らないことより、ずっとずっと、俺が嫌なのは......」

MUR「俺が、ホモビのキャラになっている時......俺の頭の中から、娘と妻が消えてしまうんだ......。それが俺には......死ぬことよりも、耐えられない......!!」

忘れるものか。初めて妻とデートをした日の、あの世界の煌めきを。
忘れるものか。俺のヘタクソなプロポーズを受けてくれた時の、彼女の笑顔を。
ずっとずっと忘れるものか。俺の穢れた過去を打ち明けて、別れを切り出した時の彼女の言葉を。
「私はね、過去を積み重ねて出来た今のあなたを好きになったの。この人となら楽しく未来を歩めると思って、あなたを選んだの。
そんなことで揺らぐほど、結婚する女の覚悟って軽くないのよ?......だからホラ、そんな思い詰めた顔しないで、いつもみたいに笑ってよ」

決して忘れるものか。あの言葉に救われたから、受け入れてもらえたから、今日まで俺は生きてこれたのだ。

MUR「忘れたく...ない。忘れたくないんだよ......!」

そしてその最愛の妻との間に、子供を授かった。娘は妻に似て、賢い子に育ってくれた。そしてこれからもっともっとたくさんのことを学んで、未来へ羽ばたく翼を手に入れるのだ。

きっとあの子は、何にでもなれる。俺が立ち止まってしまった場所をあっさりと飛び越えて。なりたい自分に、行きたい場所に。ほんの少し手助けしてやりながら、俺はそれをずっとずっと見守っていくのだ。

こんな俺でも父親になれるのだと、教えてくれたのはあの子だ。当たり前の家庭の幸せを、教えてくれたのはあの子だ。娘は俺の宝であり、希望の光なんだ。

MUR「忘れない......俺は、忘れない......!」

野獣「......そうか。そこまで言うなら、好きにすればいい」

野獣「だがお前がこの部屋に篭りきりになってから、もう二週間経つ。これはマトモな人間でも気が狂う日数だ」

野獣「たまには外に出て太陽を浴びろ。世田谷区の中なら好きに歩いてくれて構わない。散歩でもすれば、少しはその苦しみも楽になるかも知れないぞ」

MUR「......ああ」

ほとんど朦朧とした意識の中で、野獣の言葉に俺は答えた。野獣が何を言っていたかもよく覚えていないが、『楽になる』という言葉が、とても魅力的に思えた気がした。

野獣「俺はこの後すぐに、遠征に出る。外に出た後は、お前の好きな場所に行けばいい。そしてここに帰ってくるんだ、いいな?」

MUR「......。」

野獣(外に出れば、閉じ篭るより何倍ものストレスがこいつを襲うだろう。視覚、聴覚に障るものが、外にはいくらでも転がっている)

野獣(そうすればこいつの孵化も、きっと加速するに違いない。これ以上苦しめない為にも、とっとと終わらせてやった方がMURの為なんだ!)

〜現在〜

彡(゚)(゚)「な〜んか、オッさんの運転より揺れが激しい気がするんだよなぁ」

宇野「権田さんのような最高級の腕前と比べないで下さい。車の運転なんて、目的地に無事に辿り着けばそれで合格なんですよ」

(´・ω・`)「権田さんの時は凄い快適だったんだけどなぁ」

宇野「狭くて窮屈なのは仕方ないでしょう。普通車に無理矢理7人詰めているんですから」

彡(゚)(゚)「あっ、今コイツ一時停止の標識無視しよったぞ! 交通法違反や!」

宇野「うるっさいですね! 街路の一時停止なんてノルマ稼ぎのネズミ捕りがいなけりゃ、有って無いようなもんなんですよ、......ってキャアアアアアアアアアアアア!!!!」

宇野の操る車がT字路を左折した時、事件が起きた。ランニングをしていたらしい、白いTシャツを着たハゲのオッさんが、かなりの勢いで車に衝突してきたのだ。
ガンッと、振動が車内に広がり、ぶつかった男が仰向けになって倒れた。

彡(゚)(゚)「これは......大変なことやと思うよ」

(´・ω・`)「冗談が、冗談じゃなくなっちゃった瞬間だね」

宇野「いやいやいやいやちょっと待って下さいよ! 今の、見てましたよね!? どう考えても向こうが勝手にぶつかってきたじゃないですか! あのハゲのおっさん絶対当たり屋ですよ! 私が左折するの見えてたはずだもん!!」

彡(゚)(゚)「自己弁護より先にやるべきこと、たくさんあるんじゃないですかねぇ」

(´・ω・`)「あっ、でも見て! あのオジさん立ち上がったみたいだよ!」

宇野「良かった!生きてた! これで捕まらないで済むぞ!生きて五体満足なら、金を握らせてどうにかなる!! ヒャッホー!!」

彡(゚)(゚)「こいつ、テンパりまくって本性だだ漏れになっとるな......ん?」

立ち上がったオッさんの異変に、気付いたのはワイだけのようだった。オッさんの放つ歪な気のようなものを、ワイは肌で感じた。

??「ウ...ウゥゥ......」

彡(゚)(゚)「...おい轢き逃げ女。こりゃあマズいで......はよ、逃げろや」

宇野「は? 逃げる!? そんなことしたら、私問答無用で捕まっちゃうじゃないですか! ここは金でなんとか」

彡(゚)(゚)「そういうの今要らんねん。はよ逃げるんや。いいから早く車バックさせろ」

宇野「......どういうことですか?」

彡(゚)(゚)「あいつ、多分概念体や。それに、とびっきり強いの」

宇野「っ!」

(´・ω・`)「ええっ!?」

ワイがそう言うた瞬間、宇野は元来た道にバックした後、右折してオッさんから離れるよう動いた。流石に、頭の切り替えはクッソ速いみたいや。

??「グウゥゥ......ゾォォォォォォォ!!!」

概念体の咆哮が、車内にまで轟く。概念体は鬼瓦のような形相で、車相手に追いつこうと全力疾走してくる。

彡(゚)(゚)「お、おい! 白Tシャツ着て、ハゲで有名なオッさんって誰がいるんや!?」

宇野「あなたが彼を強いと感じたなら、おそらくはMURだと思われます!」

彡(゚)(゚)「それってどんな奴やんや!」

宇野「KBSトリオなど比にもならない、淫夢史上最強の3人組、迫真空手部の一人です!」

宇野「MUR、KMR、そしてあの野獣先輩によって構成される迫真空手部。MURはその中にあって最上位に位置し、大先輩と呼ばれる強者です!!」

彡(゚)(゚)「野獣先輩より上......やと?」

そんな凄い奴が、なんでこんなところに?
ワイは車のミラーから顔を出し、追跡してくるMURの顔を見る。
奴のその血走った目と鬼の形相からは、欠片の理性も感じられず、疑問の答えはきっと与えられないだろうことをワイは悟った。

〜10分前〜
MUR「......どこだ、ここは。なんで俺、こんなところに」

気がつくと、俺は公園のベンチに座っていた。日中の陽射しが地面を、空を照らし、暗闇に慣れた俺の目に眩く光る。
気温はそこまで高く無かったが、俺の座るベンチは日当たりが良すぎるようで、陽に晒された肌がじんわりと湿る。服装が白いTシャツであることに初めて感謝した。日陰に移動する元気も、今の俺には無かったからだ。

MUR「身体が、ダルい」

陽射しの暑さよりも、動くことのほうが厳しかった。倦怠感が全身を包み、指先一つ動かすことさえ、今は面倒くさい。
俺は今まで何をしていたのだろう。野獣に外に連れ出されてからの記憶が、まるで無い。が、身体のダルさと引き換えたように、「俺の中のソイツ」が、今は随分とおとなしかった。
ソイツになっている時間が、俺には何よりも苦痛だ。身体を少しでも動かしたら、今の穏やかな、ソイツが静かにしてくれている状態が、また崩れてしまうかも知れない。
ソイツを刺激するのが怖かった俺は、暑さとダルさを受け入れながら、このまましばらく座っていようと決意した。

父「よーしじゃあちょっと速く投げるぞー」

少年「かかってこぉい!」

目の前にはブランコや滑り台といった定番の遊具が置いてあり、そのすぐ近くで10歳と40歳程の親子が、キャッチボールをして遊んでいた。
今は確か、6月の中旬だっただろうか。いや、俺はあの部屋に二週間は篭っていたと、野獣は言っていた。なら今は6月の暮れか、あるいはもう7月に入っているのだろう。そういえばこの公園にも、蝉の鳴き声がどこかから響いていた。
夏の始まりを告げるようなジー......というこの鳴き声は、たしかニイニイゼミだ。

〜〜
娘「ニイニイゼミって、全然ニイニイ鳴いてないよね。ずっとシャワシャワ言ってるだけだし」
MUR「そうだなぁ」
娘「なんでニイニイゼミって言うんだろ。昔の人には、これがニイニイって聴こえてたのかな」
MUR「誰もニイニイって聴こえてないけど、偉い人が勝手に名付けちゃったから、みんな仕方なくそう呼んでいるだけかも知れないぞ」
娘「パパ、今すごい適当なこと言わなかった?」
MUR「......すまん」
娘「伝えるじょーほーは、ちゃんと調べて、正確にしてね。子供は親の言うことを鵜呑みにするしか無いんだから」
MUR「娘は難しいことを言うなぁ。よし分かった!帰ったらパパが調べといてやろう」
娘「うん! よろしく頼むね」
〜〜

親子のキャッチボールをぼんやり眺めながら、娘との何気ない会話を思い出す。

MUR(あれは、何時のことだったか。確か山にカブトムシを探しに行った時、だったよな。それで、今よりもっと暑い日で......えっと......それで.........あれ?)

少年「あっ、くそぉ」
何度目かの往復を経て、息子の方がボールを取り損ねた。跳ねたボールがコロコロと転がっていき、俺の足元で止まった。

MUR(あの時、妻はどこにいたんだ? そもそも、あれは何年前の出来事だっけ? あれ、おかしいな。思い出せない。思い出せない? 思い出せないってことは、それってつまり俺は)

MUR(妻と娘との思い出を、忘れた...ということか?)

少年「すいませーん。おじさーん。そのボール僕のですー。投げてもらっていいですかー?」

MUR(待て、待て、待て。なんでだ、思い出せない。そもそも、娘と遊びに行った場所は、他にどこがあった? 遊園地やピクニックには、絶対いつかは行っているよな)

足元のボールを見つめながら、俺は必死で彼女たちと過ごした日々を思い起こす。少年が俺に声をかけたが、俺は返事をすることも、ボールを投げ返してやることも出来ない。身体のダルさもあったが、それよりも俺はとても、とても静かに......パニックを起こしていたから。

MUR(なんでだ? なんで出てこないんだ? ニイニイゼミの話なんかより、もっとたくさんの思い出があっただろう。例えば、例えば......とにかく、楽しかった思い出が、たくさんあったはずだろう......)

公園に響く蝉の鳴き声が、肌を照りつける太陽の熱が、俺の渇いた焦燥感を逸らせている気がした。動かない身体に反して、心臓は鼓動を加速させ、頭の中で耳鳴りが響く。
思い出そう、思い出そうといくら命令しても、浮かんでくるのは輝いたあの時間ではなかった。脳の力が緩み、脳裏に映し出されたのはむしろ、

鈴木『MURさん、これ夜中腹減んないですか?』
MUR『腹減ったなー』
鈴木『この辺にぃ、美味いラーメン屋の屋台、来てるらしいっすよ』
MUR『行きてえなー』
鈴木『じゃけん夜いきましょうねー』
MUR『おっ、そうだな...あっそうだ、オイ木村!』

浮かび上がる、あの悪夢のような光景。撮影はもう10数年前の出来事なのに、今は何故か、つい最近の出来事のように鮮明に思い出せる。俺があの場で何を言ったのか、何をしたのかを。
その代わりに、妻と娘と共に過ごした日々の記憶が急速に褪せていくのを感じる。まるで夢から醒めた後のように、彼女たちとの思い出から現実感が消えていく。確かにあったという確信が薄れていく。

MUR(あぁ、そうか......)

少年「取ってくれてもいいじゃん、もう」

少年が俺の足元まで来て、ボールを拾う。かがんだ姿勢から立ち上がろうと顔を上げた時、俺と目があった。

少年「おじさん? おじさんどうしたの?」

MUR(もう、駄目なんだ、俺)

野獣『分かっているのは、概念の卵が孵化すると、植え付けられた人間は概念体になるということだけだ。今お前の身体の中では既に、その孵化が始まっているはずだ』

先ほど野獣が言った言葉を、思い出す。身体のダルさの原因も、記憶が消えた理由も、やっと分かった。

少年「おじさん.........泣いてるの?」

MUR(俺の身体は今、サナギと同じなんだ。身体がダルかったのは、孵化のために俺が大人しくしている必要があったから。記憶が消えていくのは、俺がどんどん、ソイツに近づいていってるからなんだ)

MUR(今まさに俺は、俺じゃなくなっている最中なんだ)

父親「お、おい明日名!その人から離れなさい!」

少年「お父さん! この人泣いてるよ!泣いてるよ!」

父親「いいから早く! 今日はもう帰るぞ!」

挙動不審な俺を、危険人物だと思ったのだろう。父親が少年の腕を掴み、どんどん遠くへ離れていく。
父親の判断は、正しい。俺はもう、人間じゃ無くなってしまうのだから。概念体とやらになった後で俺が何をするのかは、俺にも分からない。

キャッチボールをしていた親子が去り、公園に残ったのは俺と、どこかで鳴いているニイニイゼミだけ。

MUR(そういえば俺はあの後、ニイニイゼミの名前の由来を、娘にちゃんと教えてやったのだろうか)

なんでこんなしょうもない記憶が、こんな時に一番頭に残っているんだろうと俺は自嘲する。彼女たちとの思い出が消えてしまうって時に、なんで俺は......。

MUR(......もしかして、)

MUR(俺はニイニイゼミにまつわる娘との会話を覚えていたんじゃなく、今、この場で思い出したんじゃないのか? 目の前で親子が遊んでいて、ニイニイゼミが鳴いていたから)

MUR(記憶にまつわる何かを見れば、俺はその出来事を思い出せるんじゃないだろうか。だから、俺はあの時の妻が何をしていたのか思い出せなかったんだ。この場に、妻を連想させる何かはなかったから)

じゃあ、妻と娘に会えば、俺は彼女たちとの記憶を、思い出せるんじゃないか? 記憶を失わずに、済むんじゃないか?
そう思い至った俺は、重たい身体を無理矢理立ち上がらせた。概念体になろうとする意志が、俺に動くなと命じているなら、俺はそれに逆らわなければ。

MUR「帰ろう。妻と娘のところへ」

帰ろう。もう帰ろう。ホモビだの、概念だの、そんなことはもうどうでもいい。この記憶が、彼女たちの顔さえ分からなくなってしまう前に、家に帰らなければ。

MUR「ぐぅ、うぅ、ぐっ...!」

全身を包む倦怠感が、一歩、また一歩と踏み出すことにさえ、苦痛を伴わせる。身体が叫んでいるのだ、お前は大人しくしていろと。

MUR「うるっせぇんだよ......俺は、家に帰るんだ!!」

なんとか足を踏み出し、俺はようやく走り始めた。最初は沼の中を進むような、酷い疲労感を伴った。だが10歩、100歩と進む内にだんだん身体が楽になっていく。重い鎖が外れたみたいに、どんどんスピードが上がっていく。

MUR「うおおおっ、おおおおおおお!!!」

走る。走る。走る。公園を抜け、街路に出た。俺の家の方角はどっちだったろうか。思い出せない。思い出せないが、動かないよりかはマシだ。走っていればいつかは家にたどり着くはずだ。そのはずだ。
走る。走る。走る。身体が凄く軽い。走るのが気持ちいい。家に帰れば、妻と娘が待っている。早く帰って、シャワーも浴びたい。これだけ汗を流したのだ、きっと気持ちがいいだろう。
走る。走る。走る。家に帰れば妻と娘が待っている。家についたら、もう俺は空手部なんて辞める。鈴木や木村には悪いが、あんな部活、俺は苦しくて嫌なんだ。
走る。走る。走る。妻と娘が待っている。妻と娘が待っている。早く帰らなきゃ、家に帰ってラーメンにミンミンゼミを入れるんだ。妻と娘が待っているんだから。

MUR「いえっ、いえっ、つまぁ!むっ!!」

俺は走った。とにかく走った。そして走っていると黒い車が道からでてきて、はねられた。びっくりしたので、でも俺はぜんぜん平気だったから、車が動くのをみて、車で思いついた。
そうだ、この車に連れていってもらって、車で家と妻と娘に連れていってもらおう。妻と娘が待っているんだから。

MUR『俺も乗せてくれ』

そう言っているのに、車はいきなり動いて、俺にお尻を向けて、走ってしまう。待って、って言っているのに、走ってしまう。

MUR『待ってくれ!俺も乗せてくれ! 俺を家に連れていってくれ!』

車は止まらない。走ってしまう。追いかけなきゃと思って、俺は走る。頑張って走って、走っていると、車から黄色い奴が車から顔を出して俺を見た。俺を見た黄色い奴が俺を見るから、そいつに向かって俺は大声で叫んだ。

MUR『俺を家に連れていってくれ! 俺を家に連れていってくれ!』

MUR『妻と娘が、待っているんだ!!』

彡(゚)(゚)「お、おい! もっとスピード上げろや轢き逃げ! もう追いつかれるぞ!」

宇野「轢き逃げ言うな!無茶言うな! こんな住宅街の狭い道でかっ飛ばしたら、また人轢いちゃうかも知れないじゃない!」

彡(゚)(゚)「一回轢いたら百回も万回も大して変わらんわ!」

(´・ω・`)「変わるに決まってるでしょ!」

宇野「じゃああなたが運転してくださいよ! 私もうあんな怖い思いするの嫌なんですよ! 当たった瞬間もう、強い衝撃が前からドンっとして、」

宇野がヒステリックに叫ぶのを遮るように、ドンっという衝撃が車内を揺らした。今度は後ろからのようや。

宇野「うひゃあああもうやだぁ! 今度はなんなんですか玉突き事故ですか!? 私の過失は0ですか!?」

彡(゚)(゚)「ちゃうわボケ! お前がちんたら運転するから追いつかれたんや! むしろお前の過失が10や!」

宇野「安全運転してるのにっ」

(´・ω・`)「宇野さんのキャラが壊れてる......」

縄で縛ったKBSトリオの向こうに、バックドアの上に四つん這いで乗るMURの姿が、ミラー越しに見えた。さっきの衝撃は、こいつが飛び乗ったことによるものだろう。

彡(゚)(゚)「おい! MURが車の後ろに乗っとるぞ!どうするんや!」

宇野「......あー、もう! 今から車を右に寄せて走らせます! なんJ民さんは左のドアを開けて車の屋根に登って、彼を車からはたき落として下さい!」

彡(゚)(゚)「戦え...ちゅうことか?」

宇野「車から落としてくれれば手段はなんでも構いません。原住民さんはその後で扉を閉めてから、なんJ民さんら外の様子を私に報告してください!」

(´・ω・`)「ラジャ!」

彡(゚)(゚)「そうと決まれば......オラァ!」

青「ガネッ!」

赤「ボリョッ!?」

黒「ゼッグズッ!!」

気絶しているKBSトリオを、念のため一発ずつ殴ってから、ワイは左側のドアを開いた。

彡(゚)(゚)「途中で目が覚めたら面倒やからな。ほな、行ってくるで」

(´・ω・`)「行ってらっしゃい!気をつけて!」

車の屋根に手をかけ、一息で全身を屋根まで運ぶ。バックドアに両足を着けるMURに対して、やや高い位置で向かい合う。

彡(゚)(゚)「よう、お前がMUR大先輩やな」

MUR「......ゾ、ゾ、ゾ」

バタンと音を立てて、原住民がドアを閉めた。それとほぼ同時に車が左折を始め、慣性による圧がかかる。ワイは身体を少しよろめかせながら、足場が悪いとこで長いこと戦うのは、多分よろしくないなと思った。

彡(゚)(゚)「戦う前に、2つだけ礼言うとくぞ。結構余裕あったはずなのに、車壊さないでくれてありがとな。狙いが何かは知らんが、ワイこの車けっこう気に入っとるんや。お釈迦にされたらそりゃもう、たまらんかったわ」

MUR「......ウゥ」

彡(゚)(゚)「2つ目。お前みたいな文句無しに強い奴を、ワイは待ってたんや。さっき戦ったアホどもは、まぁ一発で倒せたんやけども。あんな雑魚っぽいの倒しても、ワイが強いのか弱いのかよう分からんからな」

彡(゚)(゚)「お前はなんか言いたいことあるか?」

MUR「ゾ、ゾ、ゾ、いいゾ〜」

彡(゚)(゚)「......そか。まぁ、そうやろな。んでは」

彡(゚)(゚)「分かり合えない事が分かったところで、やらせてもらうぞ死に晒せぇ!!」



宇野「原住民さん! 上の様子は!?」

(´・ω・`)「ま、まだ戦ってないみたい!」

宇野「人のこと遅いだのチンタラしてるだの言っといて、なに自分はまったりしてんだあの野郎!」

宇野(! クソッ、また左折だ。嫌だなぁ、曲がりたくないなぁ、人跳ねるの怖いなぁ)

住宅街で運転するストレスが、私の精神を削っていく。なんでこう、日本の道路はどこもかしこも狭いのだろうか。あとなんでこんな曲がり道が多いの。

宇野(あー、もう! 権田さんさえ健在なら、こんな怖い思いしないで済んだのになぁ! 私の判断ミスが原因なんですけれども!)

横目でチラリと、助手席で気絶している権田さんを見てみるが、まだまだ起きる気配は無さそうだ。

権田「.........」ピクッ

権田(せ...た...が...ゃ......)

登場人物

・彡(゚)(゚) (なんJ民)
coat博士の『概念を実体化させる技術』によって生まれた概念体。元になった概念は2ちゃんねるの実況板、なんJのマスコットキャラクター。短気で粗野で攻撃的な性格で、精神年齢は小学生と同等。
coat博士から『野獣先輩を倒せ』という使命を与えられ、現状はそれに従って行動している。面白ければなんでも好き。

・(´・ω・`) (原住民)
coat博士がなんJ民を生み出した際におまけのようについてきた、イレギュラーな概念体。元になった概念はなんJ民同様、なんJのマスコットキャラクター。性格は気弱で戦闘能力も低いが、粗野ななんJ民のフォロー役として彼と行動を共にする。
自分が何故『原住民』という名前なのか、その理由となる記憶を一切忘れている。好きな食べ物はきゅうり。

・coat博士
『概念を実体化する技術』を開発した女科学者。概念体の野獣先輩を生み出した元凶であり、彼の凶行を止める手段としてなんJ民を産んだらしい。
年齢は31歳。なんJ民をバカ息子と呼ぶ。趣味は観察記録。

・宇野 佐奈子
政府からcoat博士をサポートする為に遣わされた特派員。プロ意識が高く、己を美人だと自負している。
年齢は25歳。趣味は映画鑑賞だが、ホラー映画は大嫌い。

・権田源三郎
黒くてゴツくて頑固な背のデカい車の運転手。宇野とは何度か仕事を共にした仲。
年齢は53歳。生涯を運転手として貫き通したいと思っている。

・野獣先輩
coat博士によって生み出された概念体。都内を中心に起きている連続失踪事件の犯人で、淫夢民、ネット民をターゲットに次々と精神レイプしていく。彼に精神を犯された被害者には、憑かれたように世田谷区へ向かおうとする謎の現象が起きる。
己に課した『虐げられたホモ達を救う』という使命を果たすため、『始まりのホモ』に協力を仰ぎ、仲間を増やしながらある計画を進める。

・始まりのホモ
野獣先輩と行動を共にするホモ。孵化すると概念体になる『概念の卵』を、他者に植え付ける能力を持つ。
その正体は謎に包まれている。

・MUR
当たり前の家庭を築いた幸せな男だが、かつて小遣い稼ぎにホモビに出演した過去を持つ。
ある日、娘にスマートフォンをねだられた事をきっかけに、娘に過去を知られる恐怖に怯えていた所で、野獣先輩に出会う。心の弱りを突いた野獣先輩の誘いに乗り、始まりのホモによって概念体の卵を植え付けられてしまう。愛するものは妻と娘。

人物紹介を書いてみました

単語解説

・概念体
coat博士の『概念を実体化させる技術』、あるいは始まりのホモの『概念の卵』が孵化することによって生まれる、概念と物体の中間に位置する存在。

・ホモビ
主に男性同士の性交渉を取り扱う、同性愛者の視聴を想定したアダルトビデオ。現在は本来意図した客層と異なる人間が、視聴者の大多数を占めている。

・真夏の夜の淫夢
2001年にコートコーポレーションによって発売されホモビの名称、及びホモビ全般をネタにする文化やコンテンツの総称。
2002年に、とある野球選手が、かつてホモビに出演していたとするスキャンダル騒動が起きた際、彼が出演した本作品も同時に知名度を上げた。ネット上ではそれ以降、本作品やその他のホモビをネタにして面白がる文化が綿々と紡がれていった。(以降このコンテンツのことを淫夢と呼ぶ)
2008年〜2009年、ネタ切れによって下火になった淫夢に、野獣先輩が登場する。その圧倒的なキャラ立ちと印象的な演技、セリフによって、淫夢というコンテンツは再び炎上する。以降、様々なホモビ作品が淫夢民によって発掘(無断転載)された。
ネタの面白さ、インパクトの強さによって人口が多数増加した淫夢は、現在2ちゃんねるやニコニコ動画を中心に一大コンテンツと化している。その影響力は甚大であり、最近流行りの言葉が実はネットの流行語で、その流行語もさらに元を正せば淫夢語録(ホモビ出演者の印象的なセリフ)だった、という実例がある程である。

淫夢民
ホモビをネタにして面白がる人物達の総称。野獣先輩の登場以降、爆発的に人口が増え、彼らがどのような存在かを一括りにすることはほぼ不可能である。彼らの年齢、実社会での身分、そしてその活動内容は多種多用であるからだ。
学生もいれば中年男性もいるし、サラリーマンもいれば無職もいる。ニコニコ動画でMADを生み出す者がいれば、それを視聴するだけの人間もいるし、2ちゃんねるでホモビ内容の解釈を行う者や、淫夢語録だけの会話を楽しむ者もいる。ホモビ出演者に好意的なコメントをする者もいれば、罵倒や嘲りを含んだコメントをする者もいる。
つまり現実では、こういう人間が淫夢民だ、と判断するのは不可能であり、裏返せば街を歩いてすれ違う全ての人間が、淫夢民である可能性を秘めている。逆にネットではその多様性故に、淫夢に関する話題に触れた者は内容如何に関わらず、その時点で淫夢民と化すのである。

ただ一つ彼らに共通するのは、その行為の本質が「ウンコをつついて面白がる」のと同じだということだ。淫夢民の多種多様な活動も、要はウンコをどうつついたらより面白くなるだろうか、という模索である。
当然、素顔を多数の人間に晒されたうえにウンコ扱いされた側は、少なくとも平穏を望む人間にとってはあぁ〜もうたまらないことだろう。

・なんJ(なんでも実況ジュピター)
巨大提示版2ちゃんねるの中の、有力な板の1つ。野球の実況、雑談を主とし、猛虎弁やネットスラングを多用する独特な言語を持つ。
スレッドの保持数が異常に少ないことから、回転率が高く、印象的なセリフや出来事を共有しやすい、といった特徴があるが、特筆するべきは野球chから流入してきた歴史、実況を主とする性質から生まれた文化にある。
全てのスポーツは戦いであり、その戦いを応援する彼ら自身も、また好戦的な人物となる。戦いの無い協調、共存よりもむしろ対立と騒動を望み、住人同士の煽り合い(レスバトル)も頻繁に起こる。淫夢民の面白さの追求方法が「ウンコをつつく」のであれば、こちらは「互いにウンコを投げつけ合う」ことで面白さを追求する。他人への気遣いもなく、本能のままに衝動的に行動するその様は、まさに小学生そのものである。
実社会での立場、肉体、他人からの評価、その全てを取り払った名無しの彼らの姿は、
小学生の頃に戻りたいという、大多数の願いの表れなのかも知れない。

ノンケの方向けの用語解説も作りました。来てくれ......。

彡(゚)(゚)「オラァ!」

二歩助走をつけて、MURの顔を目掛けて前蹴りを放つ。屋根とバックドアの高低差から、腹蹴り程の低姿勢で、顔を狙えた。体勢に無理がなくなる分、普通より強い勢いで蹴れたと思う。

MUR「ゾッ!?」

ワイの蹴りに対して、MURはカウンターも、受けを取る素振りすら見せず......

MUR「ゾォォォォォォォ!!」

突き飛ばされたそのままに、普通に車から落ちていった。

彡(゚)(゚)「えぇ......」

道路にゴロゴロと転がるMURを眺めながら、ワイは呆然と立ち尽くす。

彡(゚)(゚)「あっけなさ過ぎるやろ......」

なんだろうか、この肩透かし感は。まるで将棋で言えば、1手目で互いに角道を空け、先手の相手が、何故か2手目で左側の銀を上げた時のような。いやむしろ、プロ棋士同士の高度な対局が、初歩的なミスである二歩で台無しになった時のような虚無感が、ワイを襲った。
勝利の喜びも、敗北の屈辱も感じない。勝ち負けの戦いにあるべき絶対的ななにかが、先程のKBSとの戦いから今に至るまで、ずっと欠けている気がした。

彡(゚)(゚)「ワイが強過ぎる......ってことか?」

宇野は、MURは野獣先輩より格上だと言っていた。なら、野獣先輩もこんな程度のもんなのだろうか。もしそうならばあまりにも......あまりにも、張り合いが無さすぎる。

彡(゚)(゚)「はぁ......つまんな。...ん?うぉ!?」

車内に戻るため、片膝をつき、ドアをノックしようと頭をもたげた時に、車が大きく左右に揺れた。

彡(゚)(゚)「お? お? おぉ!?」

車は頭を左に向け、右に向け、狭い道をクネクネと曲がりながら進む。蛇行運転、というやつだろうか。ワイを振り落とそうとするように、慣性による圧が身体を揺らす。

しばらくすると蛇行が収まり、車は再び直進を始める。

彡(゚)(゚)「おい! ちゃんと運転しろや轢き逃げ! お前、諸々雑過ぎるぞ!」

ドアをドンドンと叩き陳情するも、ワイの声は聞こえていないようだった。車内の様子はミラー越しで見え辛いが、後部座席に原住民の姿はなく、運転席では......権田のオッさんが、何故か宇野の左腕を掴んでいた。なにやら揉めているように見える。

彡(゚)(゚)「なんやあれ。痴話喧嘩か?それに原住民はどこ行ったんや......ゲホォ!」

車の屋上部分から乗り出していたワイの頭が、道端の電柱にぶつかった。痛みは無いが、衝撃により、身体の向きを車の後方へと向けられる。

彡(゚)(゚)「おービックリした。生身の人間なら首もげてたところや......ん?」

MUR「ゾォォォォォォォ! ゾォォォォォォォ!!」

後ろに目を向けると、雄叫びを上げてこちらへ走ってくる人影があった。先程と変わらぬ白いTシャツに坊主頭のその出で立ちは、間違いなくMURだ。

彡(゚)(゚)「ハハッ、あの一発喰らってピンピン走っとるわ。やっぱKBSよりずっと頑丈みたいやな。......ええで、第2ラウンドと行こうやないか」

あれで終わっちゃつまらんもんな、と呟き、ワイは構えをとってMURを見つめる。さぁ来い、早く来い、と意気が高揚したのも、しかしほんのひと時の間だけだった。

MUR「イイィぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

彡(゚)(゚)「! な、なんや!?」

走りながら、MURは両手を顔の前で交差させ、上体を仰け反らせる。大して筋肉のついていなかった腕に血管が幾筋も浮かび上がり、奴の白かった肌も急速に赤黒く変色していく。

MUR「ゾォォォォォォォッッ!!!」

MURの咆哮が、ワイの鼓膜を揺さぶる。溜めた力を一気に解放するように、MURは両腕を大きく広げる。露わになった顔は憤怒の色に染まり、瞳孔の開いた瞳が真っ直ぐワイを捉えていた。
そこまでは、まだいい。理性の無い状態という意味なら、MURの姿は先程までとなんら変わりがないから。ワイが驚愕したのは、奴の背中から湧き出てきた......

彡(゚)(゚)「なんやそれは......なんや?」

構えた腕を思わず下げて、ワイは呆然とそれを眺めた。ボコボコと丸い肉塊が、MURの身体から弾き出たのだ。そして丸い肉塊は空中で形を変化させ、動物のような体を型取り、地に足をつけた。

十数個程生み出されたソレは、なんとも形容し難い形状をしていた。丸い大きな肉塊から、首と頭部......のようなものが伸びているが、目も鼻も口も、およそ動物に必要なパーツは何一つ、その頭部には備わっていなかった。のっぺらぼうである。しかしそのくせ、頭部の髪?に当たる箇所には、真っ白な人間の指が4本づつ、左右に分かれて生えており、ワキワキと蠢いていた。
頭部、首、恐らく胴体部分であろう丸い大きな肉塊。どの部分にも毛や皮といった動物的な装飾はなく、ピンク色のツルツルした人肌だけが、その奇妙な物体の全身を包んでいた。

更に、その物体から地面に伸びる脚部は、ほっそりした人間の脚そのものであった。胴体部分に比べてアンバランスに長い二本の脚が、奇妙な肉塊を支え、前へ前へと走らせている。

彡(゚)(゚)「なんや、それは!! 一体なんなんやそれはぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

異様な物体達が、十数の群れになって追いかけてくる。あまりに理解不能で不気味な光景に、ワイは思わず絶叫した。
ワイを絶叫に駆り立てた、この初めて経験する感情。その正体が、未知に対する『恐怖』と呼ばれるものだとワイが知るのは、大分後のことであった。

......そしてその奇妙な物体の正体が、ある淫夢民の悪ふざけによって作られた、MUR肉と呼ばれるキャラクターだとは。この時のワイには、尚更知る由も無かった。

〜車内〜
権田「ムゥ......グ...ゥゥ...」

宇野「権田さん? 嘘、もう起きたんですか?」

権田「え、えぇ。ご心配をおかけし申し訳ありません。......運転まで、させてしまったようで」

宇野「いえ......まぁ、ええ。気にしないで下さい」

私が銃弾で殺しかけたり、権田さんの車で人?を撥ねたり、現在車の上に敵がしがみついていることは、今は黙っておこう。寝起きにストレスをかけるのも不憫だろうし。

宇野「今日はこのまま私が運転しますので、権田さんは休んでいて下さい。もうこの道を真っ直ぐ走れば、渋谷区に離脱出来ますので」

権田「そう......ですか。もう、着くのですね」

歯切れ悪く、権田さんが答える。なにか、らしくない。寝起きで頭が働かないのだろうか。
違和感が頭をよぎった時、後部座席に座る原住民が私を呼んだ。少し興奮しているようだ。

(´・ω・`)「宇野さん宇野さん! あの怖いオジさんが落ちていったよ! おにいちゃんが勝ったみたい!」

宇野「マジなのですか? アイツ、そんなに強かったんですか」

KBSトリオはまだしも、MURまで瞬殺出来るのか。だとするとこれは、もしかしてかなり......こちらに分がある戦いではなかろうか。MURより知名度や格が高い淫夢のキャラなど、そうそういないはずだ。

宇野「ともあれ、これで無事に帰れますね」

権田「そうですね。ところで宇野さん、このまま真っ直ぐ行った二つ目の信号を、左に曲がってくれませんか?」

宇野「はい?」

助手席に座る権田さんが、突拍子も無いことを言い出した。寝ぼけているのだろうか。

宇野「いえ、もうこの道を真っ直ぐ行けば、首都高に乗って帰れますので」

権田「私は権田源三郎ですよ? 都内の道を全て網羅している男の助言です。お聞き届けになった方がよろしいかと」

宇野「......。」

私だけが知っている近道があるんですよ、と権田さんは戯言を続けるが、正直言って近道もへったくれも無い。真っ直ぐ走れば渋谷区へ抜ける高速道路があるのだ。これ以上の最短はありようが無いし、それに、

宇野「ここで左折しても、世田谷区の北側に向かうだけです。今は遠回りをしている余裕はありませんので、また次の機会に......痛っ!?」

寝言をいなし、意味の無い助言を無視して真っ直ぐ車を進めると、権田さんの右手が私の左腕を掴んだ。太く大きな手によって、骨を潰すような勢いで固く握られる。

宇野「なっ! ご、権田さん、一体なにを!」

権田「いいから言うことを聞きなさい! 運転において、私の言葉は絶対です! それにこれは私の車だ! 私の車は絶対に、私の思い通りに動かなければならないのです!!」

私の左腕を、権田さんが無理矢理引き寄せる。左手が握るハンドルが左に切られ、車体もそれに倣う。狭い道でそんなことをすれば、事故は必至だ。私は無理矢理ハンドルを右に切り、車の進行方向をなんとか元に戻そうとする。

宇野「や、やめて下さい! 権田さん!」

権田「うるさい! これは私の車だ! 私の車なんだ!」

権田さんはなおも左腕を引き続け、私もそれを戻そうとする。車は蛇行運転となり、危うく塀にぶつかりかけたり、車の脇が電柱にかすったりする。血走った目に憤怒の表情を浮かべる男を相手に、しばらく危機的なやり取りをしていると、原住民が叫んだ。

(´・ω・`)「どうしたの権田さん! へ、変だよこんなの、おかしいよ!」

宇野(その通りだ。こんなのはおかしい。自らの運転に誇りを持つ権田さんが、こんな事故が起こって当然の暴挙に出るなんて、本来なら絶対に有り得ないことだ)

宇野(では今、有り得ないことが起きている理由は何だ? 彼をおかしくさせているモノはなんだ? ......考えてみれば、答えは簡単だ)

権田「黙りなさい! 私は、私は、世田谷に行かなければならないのです!!」

宇野(権田さんは今、精神を犯されている...! 先程の、KBSトリオのレイプによって!)

異常な事態の原因が分かると、半ばパニックだった心理状態から回復出来た。冷静になった私は、権田さんに握られている左腕をハンドルから離した。

権田「むぅ!? 小癪な真似を!」

車の進行方向が正常に戻る。右腕だけで車を操作しながら、私は原住民に向かって叫んだ。

宇野「原住民さん!権田さんは今、KBSの暴行によって錯乱しています! 私はこれ以上手が離せません、なんとか権田さんを黙らせてください!!」

(´・ω・`)「黙らせるって、ど、どうやって!?」

宇野「殴れ!!」

(´・ω・`)「え、ええぇ......」

権田さんが、今度は左腕でハンドルを切ろうと狙ってくる。これ以上は、まずい......!

宇野「原住民さん、早く!」

(´・ω・`)「う、うわああああああ」

原住民はほとんど破れかぶれで、後部座席から助手席と運転席の間に割り込んでくる。

権田「!? ふ、ふざけるな! お客様が、神聖な運転席に入ってくるなあああああああ!!!」

ハンドルを掴むはずだった左腕が、原住民への攻撃に狙いを変えたようだ。権田さんは拳を思い切り振り上げて力を溜め、原住民の脳天目掛けて叩きつけた。
ゴッ、という音が響く。人間なら間違いなくタダでは済まないその威力に寒気がしたが、

(´・ω・`)「うわああああああん!」

腐っても概念体、ということだろうか。その小ささ故に助手席の足元に落ちた原住民は、権田さんの拳を意に介さずに、半べそで権田さんを殴りつけた。破れかぶれは継続中らしい。

しかし、何も考えずに殴る原住民の拳というものが、原住民の立つ場所と身長の関係で......。

(´・ω・`)「うわああああああ! うわああああああん!!」ポコポコ

権田「 あ、ま、待って、こは、そこはダメ! やめ、はうゎ!はが、はらま、ああぁ!!」

......全て、権田さんの股間に集中していた。

権田「はっ、はっ、はっ、はぅ、はぁぁ!それ以上は、それ以上は、やめ! でな、私、私ぃっ、ひはぁ!」

権田さんの右手が、私の左腕を掴む力は、既にほとんど無い。女の私には一生分からない痛みだが、相当痛いのだろうな。その、男の金的というものは。

権田「私、女の子になってしまいますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

聴くに耐えない断末魔の悲鳴を上げて、権田さんは泡を吹いて気絶した。なおも殴り続ける原住民を止め、

宇野「......よくやってくれました原住民さん。もう大丈夫です。悪は滅びましたよ」

権田さんの子種まで滅んでいないか心配しつつ、私は彼を褒めた。

(´・ω・`)「うぅ、うぅぅ、ブニブニした感触が、気持ち悪いよぉぉぉ」

宇野「今、私達が目にした権田さんは、本当の権田さんじゃありません。だから今日見た彼の姿は......出来れば、忘れてあげてください」

(´・ω・`)「......うん、分かったよ」

宇野「さぁ、後部座席に戻って、今度こそ休んでいてください。本当に、あとはもう帰るだけですから」

後部座席にいそいそと戻る原住民を尻目に、私は危機の終わりにほっと一息つい

(´・ω・`)「え? なにあれ? なにあれ! なんなのさあれ!? 宇野さん! 宇野さん! あれ、後ろのあれ見てよ!」

宇野(......一息、くらい、つかせてくれよ)

後ろを見ろ、と言われ、私はバックミラーに目を向ける。そこに写っていたのは、鬼気迫る形相でこちらに駆けてくるMURと、

宇野「......なん、ですかあれ。いやあれはなんですか。馬鹿なんですか。ホント馬鹿なんですかどいつもこいつも」

MURを超えるスピードで、肉塊に人間の足が生えたような、いや実際に足が生えている、謎の物体の群れが追いかけてきていた。キモいの一言に尽きる外見だが、その分アレに追いつかれるのは......多分、そうとう怖い。

宇野「......原住民さん。車のどこでもいいので、しっかり掴まってて下さい」

(´・ω・`)「な、なにする気なの!?」

宇野「私はこれより、鬼になります」

首都高の入り口まで、およそ1.5km。おそらくこれが、本日最後の修羅場だろう。

宇野「もう左右の安全確認なんてやりません。信号なんて知りません。ネズミ捕りがいたら轢き殺します。皆で赤信号渡ってる馬鹿なんて皆殺しです」

(´・ω・`)「ヒエッ」

宇野「さぁ行きますよ」

ギアを5速に変更し、

宇野「法定速度の、壁の向こうへ」

私はアクセルを踏み抜いた。

狭い街路の運転でストレスが溜まっていた私にとって、アクセル全開で車を走らせるのは、ある意味願望であった。もう何も考えずに、ただ真っ直ぐ車を突っ走らせたいと思う衝動が、私を突き動かす。
が、アクセルを踏んでから数秒と経たず、その願望は打ち砕かれた。

(´・ω・`)「宇野さん待って! おにいちゃんが落ちた!」

宇野「なんですって?」

それが本当なら大事だ。まさか奴を置いていくわけにもいかないので、落ちたのなら無論回収しなければならないのだが......

宇野(「アレ」に突っ込まなきゃいけないのよね、その場合。勘弁してよもう)

慌ててギアとスピードを落とし、後方を確認する。サイドミラーにもバックミラーにも、なんJ民の姿は確認出来ない。距離が縮まり、先程よりも大きく見える肉塊どもと、その後ろに続くMURの姿だけが視界に広がっている。

宇野「見えませんよ、本当に落ちたんですか!?」

(´・ω・`)「落ちたけど、車になんとかしがみついてるみたい!」

車窓を開けて首を外に出した原住民の報告に、ひとまず安堵を得られたものの、これで全速力で奴らから逃げる狙いが狂ってしまった。なんJ民が車上か、あるいは車内に戻るまで、またスピードを出すわけにもいかない。奴が振り落とされてしまえば、それこそおしまいだ。

宇野「あー、もう! 勝手に落ちてんじゃないわよあのマヌケ!」

彡(゚)(゚)「あのアマほんま無能の極みやな! もう更迭や更迭、それしかあらへん!」

止まってくれない車に引きづられながら、ワイは必死にナンバープレートにしがみついていた。車から落ちたのは勿論ワイのミスではなく、宇野が断りもせず速度を上げたからだ。
あの謎の肉塊を相手に、どう対処したらいいだろうか。そう考え込んでいる時に不意打ちを喰らったのだから、ワイが圧に負けて転んだのは当然だ。全てあの女が悪い。

彡(゚)(゚)「とりあえず車に戻らな、文句も言えへん」

ガリガリと地面を削りながら、ワイは右手を離してバックドアの取っ手部分に手をかけた。左手を離し、今度はバックドアに手をかけるも、そこはツルツルと摩擦が少なく、とても掴めなかった。仕方なく両手で取っ手を持ち、体を起き上がらせた後、

彡(゚)(゚)「ふんぬらばっ!」

跳び箱の要領で、バックドアまで尻を運ぶ。前から自覚してたが、相当筋力あるよな、ワイ。
窓の向こうで原住民がこちらに顔を向けているのを見つけ、手で挨拶をしてやった後。尻もちの姿勢から立ち上がったワイは、車の屋上に上がり、前の方へ歩き、横向きに寝転んで運転席の窓を叩いた。中の宇野が鬱陶しそうな表情で窓を開ける。なんやその態度は。

彡(゚)(゚)「おいヘタクソ! お前がいきなり速度上げたせいで落ちたやないかこの無能!無能!無能!」

宇野「はぁ!? アンタさえ落ちなければ今頃首都高まで一息でいけたんですよ!? ちょっとは踏ん張り効かなかったんですかこのマヌケ!」

彡(゚)(゚)「なんやとこのブス!」

宇野「な!? またそれを、...... ! チッ、なんJ民さん顔を上げて、早く!」

そう言うと宇野は懐から拳銃を取り出し、ってオイオイオイ。

彡(゚)(゚)「悪口一つでワイを殺す気かお前はぁ!」

必死で顔を上げると、車の右側に並走する、例の肉塊が視界に写った。

彡(゚)(゚)(ついに追いついてきたんか......!)

間近で見ると、肉塊の背丈は頭部を合わせて、140cm程はあった。思ったより更にデカい。
パン、と不愉快な銃声が響くと、その肉塊はあっけなく横に倒れた。そして、車のスピードから置き去りにされた肉塊をしばらく眺めるも、倒れた肉塊はキモい脚をジタバタするばかりで、起き上がる気配は無い。腕がないのだから当然かも知れない。
銃弾一つで処理できたことと、やがて後続の肉塊達に踏み超えられるその様を見て、意外とアイツら、脆いんじゃないかとワイは思った。

宇野「意外と弱いわね」

サイドミラーを見て、宇野も同じ感想を抱いたらしい。

彡(゚)(゚)「それ使えるなぁ。なぁワイにも貸してくれや」

宇野「嫌です。弾は残り5発ですし、そもそもあなたじゃマトモに当てられませんよ......キャッ」

左側から強い衝撃がきた。振り向くと、左側にも肉塊が並走していた。衝撃の原因はそいつの体当たりだったようだが、肉塊はバランスを崩すことなく未だ走っている。
銃声が鳴り、左側のソイツも倒れた。これで弾の残りは4発。さっき数えた肉塊の数は15だったから、倒した2体を引いて、残り13か。

彡(゚)(゚)「向こうが勝手に倒れることはないようやな。弾の数が全く足りんぞ、どうするんや」

宇野「ひとまず並走してくる肉塊は私の銃で処理します。なんJ民さんはとにかく、奴をどうにかしてください!」

宇野が言うのとほぼ同時に、ドンっと音を立てて、MURが車に飛び乗ってきた。位置は最初と変わらず、バックドアに足を立て、屋上に手をつき四つん這いの姿勢だ。

彡(゚)(゚)「そうか、お前もいたんやったな。そんじゃ今度こそ、第2ラウンドといこうやないか!」

先程と同じように、勢いをつけた前蹴りを放つ。また何のリアクションもせず突き落とされるかと思ったが、

MUR「ゾッ!」

MURは両腕を顔の前でクロスさせ、ワイの蹴りを防いだ。片脚を弾かれたワイは、よろめきながら後ろに一歩下がる。その隙を、突かれた。

MUR「イイゾォォォォォォォ!」

彡(゚)(゚)「!?」

MURが無防備に体勢を崩したワイへと接近してきた。バックドアから屋上へと飛び移り、ワイの懐へと侵入したMURは、腹部へ拳を放った。

彡(゚)(゚)「ウグゥッ......!」

予想以上に重い拳が、深々とワイの腹を抉る。息を一気に吐き出してしまい、慌てて酸素を取り込もうと思うものの、2発目の拳が、間髪入れずにもう一度刺さった。

彡(゚)(゚)(あっ! い、痛い! 痛い! 痛い!)

あまりの激痛に、ワイは腹を抑えながら横向きに崩れ落ちる。痛みに耐えようと眼をつむりかけた所で、MURが倒れたワイに覆い被さった。
鬼の形相をした男が、おそらくワイの顔を狙って、右拳を思い切り振り上げた。血走ったその眼が、手加減など知る訳もなく。

彡(゚)(゚)(あ、マズい。トドメ刺される)

命の危機を初めて感じたワイは、痛みを我慢してなんとか......足を持ち上げて、MURの尻を蹴飛ばした。

MUR「ゾッ!?」

殴る為に前傾に力が掛かっていたからか、瀕死のワイの蹴りでも、ギリギリMURを落とすことが出来た。車から落ちたMURが、丁度横を並走していた肉塊を巻き込んで、地面にゴロゴロと転がっていく。残り12。

彡(゚)(゚)(痛い! 死にかけた! 痛い! ワイ舐めてたわ、ケンカを舐めてたわ! 殴られるって、こんなに痛いんか! 殺す気で来る敵って、こんなに怖かったんか!)

屋上に這ったままで、初めて味わう実戦の恐怖に、ワイは慄いた。イメトレとも、ゲームやテレビとも違う、生の痛みに、死の恐怖。
腹の痛みがだんだん引いていき、呼吸が戻ってくるも、まだ、立ち上がれない。
銃声がまた1発、続けてもう1発響いた。宇野がやってくれたのだろう。これで、肉塊は残り10。弾は残り2発。

彡(゚)(゚)(嫌や、また殴られとうない。あんな痛い思いしとうない! 嫌や、嫌や、嫌や。頼むからもう、来ないでくれ!)

ワイの願いも虚しく、肉塊の群れの向こうから、また奴の咆哮が響いてきた。走ってくる、走ってくる。何も変わらぬ、あの鬼の形相で。

彡(゚)(゚)「そんな......」

もう、勘弁してくれ。ワイが半ば絶望しかけた時、後部座席の窓が開き、原住民が顔を出した。

(´・ω・`)「おにいちゃん! またあのオジさんが登ってきてたの? 大丈夫!?」

彡(゚)(゚)「原住民......」

(´・ω・`)「もしかして、まだやってくるの? 僕も一緒に戦おうか!?」

彡(゚)(゚)「......。」

ワイの身体であんなに堪えたMURの拳を、原住民が喰らったらどうなってしまうだろうか。いや、原住民だけでなく、権田のオッさんや宇野も、あんな拳を喰らえば、間違い無く死んでしまうだろう。

彡(゚)(゚)(......そうや。肉塊をどうにかした所で、MURを止められなければどうしようも無いんや。そんで今、MURと戦えるのはワイだけや。ワイしかおらんのや)

彡(゚)(゚)「......お前なんか今役に立つか、アホ。いいから車ん中戻って、大人しく待ってろ。ワイと宇野が、なんとかしてやるから」

(´・ω・`)「で、でもおにいちゃん!僕、」

彡(゚)(゚)「お前がワイの心配するなんて100年早いわ。車ん中戻れ、鬱陶しいんじゃ」

(´・ω・`)「っ!......う、うん。分かったよ...」

彡(゚)(゚)(そうや。ワイがなんとかせにゃならんのや。痛いだの怖いだの言っとる場合やない。動くんや。動かなきゃ死ぬしかないんや!)

ワイはようやく、立ち上がった。抑えていた腹がズキズキと痛むが、気にしている場合じゃない。ワイが守らなきゃいけないんだ。この車を、原住民を、オッさんを、ついでに宇野を。

背中に吹くこの風は、車が動いている証拠だ。この風が凪いだ時に、ワイらの命運は尽きる。逆に風を絶やさなければワイらの勝ちや。動き続けていれば、いずれ首都高に辿り着く。世田谷から抜ければ、きっと希望の芽が出るはずや。
気合いを入れ直し、ワイは身構える。肉塊の群れから、3体飛び出してきた。

彡(゚)(゚)(肉塊の狙いは、体当たりで車を壊すことか? それなら......)

肉塊が左に1、右に2に分かれ、車の横に並んだ。左右から同時に体当たりされたらたまらんし、2体同時には捌けんと思ったワイは、左の1に狙いを定めた。
案の定、右と同時に体当たりしてきた肉塊を、ワイは車にぶつかる直前に横あいから蹴り飛ばした。並走している時は距離があって届かんが、これならワイも奴らを倒せる。
ほぼ同時に右から衝撃がくるが、予想済みだ。ワイは踏ん張って、車から落ちないよう耐えた。
思ったより衝撃が少ない。振り向くと、並走している肉塊は1体だけだった。宇野が一体倒していたのだろう。これで残り8、銃弾は1。

MUR「ゾォォォォォォォ!!」

後方で、MURの咆哮が響く。また距離が縮んできているようだ。その咆哮に応えるように、右側を並走していた、先程の生き残りが加速した。

彡(゚)(゚)「! あ、あの野郎!」

肉塊も学習するのだろうか。一時的に車より速くなった肉塊は、車の前に身体を割り込ませた。もたれてくる肉塊が車の前へ進む力を削ぎ、みるみる内にスピードが殺されていく。

彡(゚)(゚) (アレを放っておいたら、肉塊にもMURにもすぐに追いつかれてまう!囲まれるぞ!)

宇野もヤバいと分かっているのだろう。窓から腕を出し、屋上をバンバンと叩いて合図してくる。アレをなんとかしろ、と。
ワイは前方のボンネットへと駆け、邪魔な肉塊を横へ蹴り飛ばした。残り、7体。
と、そこでアクシデントが起きた。焦って蹴りを放ったことによる体勢の不安定と、

MUR「ゾォォォォォォォ!」

スピードが減退したことで、MURが先程よりも早く車に戻ってきた振動が重なり、

彡(゚)(゚)「また落ちるんか!」

前方に向かって、ワイは車から落ちた。

彡(゚)(゚)「アババババババババ」

地面に体がつくと共に、車に轢かれる。車の底部と地面の間をすり抜けられる程、ワイの体の厚みは薄くないらしく、頭が、腹が、底部の部品にガツンガツンとぶつかり続ける。
やがて暗い視界が開け、外に出た。

彡(゚)(゚)「っ、マズい、何か掴まな」

慌てて腕を伸ばすと、幸いにも片手がナンバープレートに手が届いた。

彡(゚)(゚)「よっしゃ、冴えとるな。お?」

車に戻ろうと体勢を整え上を見上げると、MURの足が、目の前にあった。

彡(゚)(゚)「.........。」

ワイはMURの右足首を掴み、後ろに思い切り引っ張った。

MUR「ゾッ!? ゾォォォォォォォ!」

車からMURを落とし、その反動でワイはバックドアに足をつける。

(´・ω・`)「あっ! 宇野さん、おにいちゃん戻ってきた。戻ってきたよ!」

原住民はワイの安否を宇野に伝えているようだ。まぁ、落ちるのももう二度目だ。向こうも先程よりは動揺も少ないだろう。
また二体、肉塊が左右に並走してきた。先程と同じように、同時に車に体当たりする算段らしい。

彡(゚)(゚)「もう慣れたわ! 芸の無い奴らめ!」

ワイは迷わず左に狙いを定め、体当たりのタイミングに合わせ、肉塊の横っ面を蹴り上げた。振動は、来ない。予想通り、宇野が右の肉塊を仕留めたのだろう。これで肉塊は残り5、弾は0。
しかし、慣れてきたのはこちらだけでは無いのか、MURがまた車に飛び乗ってきた。戻ってくるまでの時間が、どんどん早くなっていく。
更に、数を3分の1まで減らされた為か、肉塊達にも動きがあった。後方で控えていた5体の肉塊が、一気に車に横並びになる。その数は左に2、右に3。

彡(゚)(゚) (いよいよ向こうも大詰めか。けどどないしよ。弾はもう無いし、MURと戦っとる間に一斉に体当たりされたら、防ぎようが無い)

MURと戦うか、 肉塊達の体当たりに備えるか、どちらを選べばいいか悩んでいると、あることに気付いた。

MUR「......。」

彡(゚)(゚) (こいつ、ワイが仕掛けない時は特に何もせーへんよな)

そう、初めて車に乗ってきた時から、コイツはずっと、バックドアに突っ立っているだけなのだ。車を壊すチャンスならいくらでもあったはずなのに、攻撃らしい攻撃といえば、ワイが奴を落とそうとした時に、ワイを殴ってきただけ。

彡(゚)(゚)(車を壊すのが目的じゃないんか?)

違和感は、もう一つあった。肉塊達である。車を壊すなら、今が絶好の機会だ。5体いっぺんに体当たりされたら防ぎようが無いし、今ならそれが出来るはず。なのに、肉塊達は車の横を並走するだけで、一向に仕掛けてこない。

彡(゚)(゚) (理由は、MURが乗っているからか?......それなら)

ワイは身体を寝そべらせ、運転席の宇野に話しかけた。

彡(゚)(゚)「おい宇野! 宇野!分かったことがあるんや!」

宇野「あなた何やってるんですか! 早く肉塊を、いやMURをなんとかしてくださいよ」

彡(゚)(゚)「だからそれが分かったんや! MURが車に乗ってる限り、肉塊共は体当たりせーへん。そんでMURもMURで向こうから何かするつもりは無いらしいんや!」

宇野「なんですって?」

一瞬怪訝な顔を向けられるが、体当たりを仕掛けてこない肉塊達に思い当たったのか、宇野もワイの意見に頷く。

彡(゚)(゚)「なんかこの事利用する手はないか?」

宇野「......一つ、策があります。よく聞いてください」

.........。

約1分後。ワイは肉塊共を尻目に、MURをジッと眺めていた。
身体を縦にしながら四つん這いになるその姿は、木に掴まる蝉の幼虫を思わせる。

彡(゚)(゚)「......結局、コイツの目的ってなんなんやろうなぁ」

いやそもそも、コイツに目的なんて無いのかも知れないな、と一人納得する。蝉といえば、今は丁度夏の始まりの時期だ。 今は聴こえないが、もうどこかで蝉が鳴いているかも知れない。

(´・ω・`)「おにいちゃん! そろそろだよ!」

彡(゚)(゚)「おう、任せとけ」

首都高への入り口が見えた頃、窓から原住民が首を出して報せる。宇野の策は至ってシンプルだった。

宇野『勝負は首都高の入り口。そこでケリを着けましょう』

(´・ω・`)「......GO!! おにいちゃん!!!」

彡(゚)(゚)「ウォォォォォォォ!!」

原住民の合図と共に、ワイはMUR目掛けて走り出す。狙いは最初の時と同じ、顔を目掛けた前蹴り。

MUR「ゾッ!」

MURの反応は早く、既に顔の前で腕をクロスさせ、防御の姿勢を取っていた。だが、

MUR「!?」

車のスピードが一気に上がり、MURの体勢が崩れる。逆にワイには追い風が吹き、蹴りの威力がむしろ上がる。

宇野『首都高に入る直前、なんJ民さんが最初に車から落ちた時同様に、一気にギアをあげスピードを上げます。体勢を崩したMURを、そこで一気に蹴落として下さい』

宇野『くれぐれも、気を付けて。これはタイミングが命です。合図は原住民さんが報せます』

彡(゚)(゚)「タイミングはばっちりやで! 死に晒せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

MUR「ゾォォォォォォォ!!」

MURが絶叫を放ちながら、車内から転げ落ちる。それに呼応するように、離れて並走していた肉塊達が一気に車へと距離を詰める。一斉に体当たりをかますつもりのようだ。だが、

彡(゚)(゚)『でも待てや。それでMURはなんとか出来たとして、肉塊共はどうするんや』

宇野『だから、タイミングが命なんですよ』

車が首都高の入り口に入り、並走する肉塊達もそれに寄ろうとするが、

肉塊「 」

入り口の両脇の壁に頭をぶつけ、まとめて転倒した。自分のスピードで自爆するあたり、奴らに考える力はやはり無いようだ。

宇野『日本は狭い。なんでも狭い。首都高の入り口も、車がギリギリ入れるくらいの間隔しかありません。その狭さを利用するんです』

彡(゚)(゚)「一網打尽......ってやつやな」

坂道を登り、高速道路へと車は進む。しばらく後ろを眺めても、肉塊もMURも、もう追いかけてくることはなかった。

(´・ω・`)「おにいちゃん、お疲れ様」

彡(゚)(゚)「おう。終わったな」

原住民が後部座席のドアを開け、ワイを招いた。他の運転手達に、車の上に立つワイの姿を晒すわけにもいかんだろう。ワイは急いで車内へと戻り、戦いの終わりにホッと一息ついた。




どこかで、蝉の声が聞こえる。どこか懐かしく感じる、あの蝉の声が。この蝉の名前は、なんだったっけ。どこで聞いたんだっけ。この蝉は、俺は、誰と.........。

MUR「ゾォォォォォォォ!!!」

車が行ってしまったが、まだ追いつける。俺は帰らなくちゃいけないんだ。帰らなくちゃいけないんだ。
腹ばいになったMURはそう叫んで、また起き上がって車を追いかけようとした。だが、

??「いけませんねぇMURさん。世田谷区を出るなと、田所さんに教わらなかったんですか?」

MUR「グッ、ウゥ、ゾォォォォォォォ!!」

突如現れた、黒いフードを被った男に腹を踏みつけられ、MURは身動きが取れなくなる。なんだ、この男は、誰だ。

MUR「ゾォォォォォォォ! ゾォォォォォォォ!!」

??「あららら、話も通じない。初めて見るケースですねこれは」

がむしゃらに暴れるMURを意に介さず、黒フードの男、始まりのホモはMURの顔をまじまじと見た。

始まりのホモ「おかしいなぁ。パッと見はもうほとんど概念体なのに、なんでちゃんとしたMURになっていないんだろ?」

始まりのホモ「......まぁ、どうでもいいか。勿体無いけど、卵を重ね掛けしちゃいましょう。とっとと駒になってもらわないといけないし」

そう言うと、始まりのホモはMURの顔に右手をかざした。頭がボヤけ目眩がする、どこかで味わったような、奇妙な感覚がMURを襲う。

MUR「ウ......アゥ......アァ......」

始まりのホモ「これで大人しく寝てなよ。目が覚めたら、今度こそMURになれているはずだから」

気勢を無くし、虚ろな目になったMURから離れ、始まりのホモは高速道路へと目を向けた。

始まりのホモ「......coat博士はKBSトリオを捕まえましたか。まぁ、最初の被験体としては上々じゃないですか?」

始まりのホモは、かつて見た気丈そうな女の顔を思い浮かべ、クスクスと笑う。

始まりのホモ「あの人のことだ。きっと上手くやるんだろうね。現状を調べ、実態を把握し、対策を練り、訓練を施して、そうやって強くした概念体を、またここに送り込むんだよね。勝てると踏んで、この世田谷に。僕らのホモの領域に」

彼は笑う。ここまでずっと僕の思い通りだ、僕の手のひらの上だ、と。

始まりのホモ「うふふ、急げ急げよcoat博士、地獄の門は目の前だ。早く早く、門番の僕を倒さなきゃ。門の向こうの亡者の群れを、殺して回って減らさなきゃ......」

始まりのホモ「時間切れの日の世界の亀裂が、どんどん酷くなっちゃうぜ?」

始まりのホモに、銃弾は効かない。斬撃も雷撃も、猛毒も爆炎も、核兵器ですら、彼や他の概念体達の命を脅かしはしない。現世のいかなる軍事力を持ってしても、彼らの行軍を止めることは出来ないだろう。
彼らは無敵の強姦魔。概念に包まれた肉体を駆使し、自由と自我を奪う怪物の群れ。

始まりのホモ「恐ろしいものの形を・ノートに描いてみなさい・ そこに描けないものが・君たちを殺すだろう・」

どこかで聴いた歌の詩を口ずさみながら、彼は笑う。頭に思い浮かんだのは、顔であった。時計の針を、目に見える脅威だけを基準に前に後ろに動かして、悦に浸る老人共の顔。その茶番に踊らされて、一喜一憂するバカ共の顔。想像するだけで、彼は笑いが止まらなくなる。

教えてやろう。想像出来る程度の恐怖など、大した脅威では無かったということを。
教えてやろう。命を脅かす真の脅威は、時計の盤面の外側、思考の埒外にあったということを。

奴らに教えてやろう。僕の怒りを、僕の哀しみを、僕の喪失を、僕の怨みを。脅威と恐怖をもって、奴らの頭に刻みつけてやろう。

始まりのホモ「FIRST BLOOD(先に手を出したのはお前らだ)......終末時計を叩き壊して、僕が世界を変えてやる」

怪物は笑う。全ては思惑通りに進んでいると、世界は己の手の中だと言わんばかりに、不遜に笑う。その傍らで、ほとんどの自我を亡くしたMURの瞳だけが、彼の表情を見つめていた。彼の醜く歪んだ口元や、暗く淀んだ瞳の意味する所を、しかしMURには思考する余地がなかった。
だから誰一人として、彼の思惑を知らない。そして誰一人として、彼の気持ちは分からない。今は、まだ、この世界の誰も。

始まりのホモ「変えてやる......壊してやる......ウフフ、ハハッ、ハハハハ、アハハハハハハハ」

MURの耳に微かに聴こえていた、蝉の鳴き声。彼が思い出に到る為の僅かな希望は、しかし始まりのホモの大きな哄笑によって、黒く・き消されてしまう。

MUR(む......つ.........)

もはや意味を得られない脳と視界に、黒い影が滲む。急速に、端から端へと広がっていく。そして、

MUR(ご......め............)

影が全てを飲み込んだ瞬間をもって。MURの意識と記憶は、今度こそ闇の中へと消えていった。

宇野「なんJ民さん、原住民さん。お疲れの所で申し訳ありませんが、今日は研究所とは別の場所に宿泊して頂きます」

高速道路に車を走らせながら、宇野が言った。日はまだ高く、まだまだ夜の出番は無いとばかりに、青々とした空が車窓から広がっている。

彡(゚)(゚)「なんや、カプセルホテルにでもぶち込むつもりか? この満身創痍のワイらを」

(´・ω・`)「早くお家帰りたいよぉ」

彡(゚)(゚)「そーやそーやババソーヤー」

原住民の弱音にワイも同調する。時間にして1時間も経っていないが、今日世田谷で起きた出来事はあまりに慌しく強烈だった。とっとと帰って飯食って糞して寝たいのだ、こちらは。

宇野「私だって疲れてるんですから我慢して下さい」

彡(゚)(゚)「こっちが辛いんだからそっちも辛いの我慢しろって、ブラック企業の常套句やないか。ワイらは社畜やないぞ」

宇野「......一方的に権利ばかり主張する奴も、それはそれでどうかと思いますがね。しかし家に帰りたいとおっしゃいますが、」

宇野「あなた方にとっては、coat博士がいる場所こそが家なのでは?」

彡(゚)(゚)「なんで今ババアが出てくるんや」

(´・ω・`)「今から向かう場所に、博士もいるってこと?」

彡(゚)(゚)「ああ、そういう」

宇野「その通り。敵の能力が分からない以上、敵の概念体をそのまま研究所に連れて行く訳にはいきません。どんな手で居場所を割られるか分かりませんからね」

(´・ω・`)「お腹に発信器が付いてたりとか?」

宇野「まぁ、そんな所です。『概念を実体化する技術』は日本国のトップシークレット。研究所の場所を知られる可能性は、限りなく0でなければいけません」

彡(゚)(゚)「今から行く場所は敵にバレてもええんか?」

宇野「少なくとも、連中が事件を大っぴらにしたいと思うまでは、まぁ安全な場所でしょう」

宇野「行き先は国防省技術研究本部。この国の軍事技術の集積所です」

彡(゚)(゚)「......ほう! それは色々、見学しがいがありそうやな!」

(´・ω・`)「きっとカッコいい兵器とかたくさんあるんだよ!楽しみだね!」

彡(゚)(゚)「おう!漢のロマンの宝箱がワイらを待ってるんやで」

(´^ω^ `)「僕、なんだかワックワクしてきたよ」

彡(^)(^)「ワックワクやな!」

宇野「.........。」



〜〜
coat博士「無事に帰ってきたようで何より。さて、まず報告を聞こうか?」

彡(゚)(゚)「報告もクソもあるか! 人のこと荷物扱いしおってからに!」

(´・ω・`)「狭くて、暗くて、怖かったね」

彡(゚)(゚)「頑張って戦ったワイらへの仕打ちがこれかババア!」

場所は、国防省庁舎D棟3階。使用中、とだけ書かれた扉の1室で、概念体どもが不平を漏らす。

coat博士「仕方無いだろう。まさかお前らの姿を庁舎の人間に晒す訳にもいかん。極秘だから、で通すのにも相当な労力が必要だったんだぞ」

パッと見は化物、なんとか誤魔化せても良くて着ぐるみの彼らを、公衆に晒す訳にもいかなかった。そこで「荷物」として彼らを箱に詰め、このcoat博士の研究室まで連れてきたのだが......。

彡(゚)(゚)「色々見学しようと思っとったのに! ワイらの純真なワックワクを返せ!」

(´・ω・`)「ヘリコプターとか見たかった......」

そうとうご立腹のようだ。

宇野「箱に詰められようが詰められまいが、一国の軍事技術をそう易々と拝めるわけないでしょう」

彡(゚)(゚)「じゃあ最初からそう言えやボケ! 夢と現実の落差が激し過ぎるんや!」

coat博士「また学べて良かったじゃないか。そう、夢が無いと人生はつまらんが、あまり夢を見過ぎると現実に叩き起こされて痛い目を見るぞ」

(´・ω・`)「叩き起こした側が言うセリフじゃない......」

coat博士「まぁ今度市ヶ谷記念館に連れていってやるから、それで我慢しろ。ヘリコプターも見れるぞ」

(´^ω^ `)「ほんと? やったぁ」

彡(゚)(゚)「あっさり懐柔されんなや原住民!」

coat博士「自衛隊のカッコいい武器も見れるぞ」

彡(^)(^)「気が利くやんかこのババア!」

宇野(チョロいな......)

coat博士「納得してもらえた所で、今日起きたことの報告をして貰えるかな?」

彡(゚)(゚)「おうええで。まずな、車が黒くてゴツくて固たそうやったんや。そんで出てきた権田のオッさんが、これまた黒くてゴツくて頑固そうで、しかも長かったんや! そん時ワイは思ったな、車に足らんかったもんをこのオッさんは持っとるって。そんでそんで、ドライブがこれまた楽しくてな、」

coat博士「よし分かったもういいぞ。では宇野くん、頼む」

宇野「はい」

彡(゚)(゚)「なんでや! 話はまだこれからやぞ!」

宇野「世田谷区にはcoat博士の予想通り、KBSトリオがいました。交戦の結果、権田さんが精神をレイプされたものの、なんJ民さんの奮戦のおかげで3人の生け捕りに成功。そのサンプルがこちらです」

彡(゚)(゚)「おい、ワイの話を聞け!」

(´・ω・`)「おにいちゃん、ここは下がろうよ」

coat博士「ほう、これがKBSトリオか。ビデオの中の容姿と何一つ変わらんな」

宇野「撮影から十数年経って、容姿の劣化が起きていないのは不自然ですね。概念体には若返りの効果でもあるんでしょうか」

coat博士「というより、ビデオの中の容姿の枠にハメられたのだろうな。概念体になることで、『皆が思っているKBSトリオの姿』に変えられてしまったのだろう」

coat博士「それにしても、素晴らしい結果じゃないか。交戦し、概念体を生け捕りにして帰ってくる。成果の基準は、文句無しの最良だ」

宇野「いえ、そういう訳でもありません」

coat博士「ん?」

私は、世田谷区で起きた出来事をかいつまんで説明した。概念体に物理攻撃が効かなかったこと、私が肌で感じた黒の右拳の脅、そしてKBSトリオを、拳1発で倒したなんJ民の話。
精神を犯された権田さんの豹変と、帰りの途中で遭遇したMURの強度、そして奴が産み出した謎の肉塊共の話を。

coat博士「ふむ......。MUR、か」

宇野「今日起こったことの概要は以上です。更に詳しい説明は、なんJ民さん達から聞いてください。......一つ、質問してもいいですか?」

coat博士「なんだね? 私の3サイズでも教えて欲しいのか?」

彡(゚)(゚)「なんかこう、己の年齢を弁えない女ほど、痛々しいもんも無いんやなって」

coat博士「お前ほんと、三十路の女性に殺されても文句言うなよ?」

んん、と咳払いしてから、私は言った。

宇野「概念体って、そもそも何なんですか?」

coat博士「......。......と、言うと?」


宇野「まぁ、元々違和感はあったんですよ。『概念を実体化する技術』の触れ込みはこうでしたよね。少ないエネルギーで大きなエネルギーの物体を、なんでもアリに産み出せる夢の技術だと」

coat博士「そうだな」

宇野「つまりは概念を利用して、ある特定の物体を創る、ただそれだけの技術だったはずです。爆弾は爆弾で、人間は人間でしかありません。だのにその枠を外れた『能力』が備わっているのはおかしいでしょう」

宇野「あなたの技術に求められていたのは、ただ爆発するだけの爆弾です。なのに今は、物理攻撃で破壊出来ない、不良品の爆弾が生まれてしまっている。求められていたのはただの人間なのに、そいつは肉塊を身体から生成する奇妙な能力を備えている」

宇野「野獣先輩が脱走したのも、それと関係があるんじゃないんですか? 概念体とは、つまりどういう理屈の何なのですか。私が出会った概念体は、まるっきりただの化物でしたよ」

coat博士「簡単な話さ。全ては、ただ私の技術が未完成だった故に起きたことだ」

宇野「......あっさり認めるんですね」

coat博士「恥ずかしいから隠していたかったんだがな。君の言う通り、概念を利用して『100%の物体』を産み出すのが、本来の私の目的だった」

coat博士「だが私の技術はまだそこに届かなくてな。私が作った野獣先輩やなんJ民は、『半分が概念、もう半分が物体』で出来た、言わば出来損ないだ」

彡(゚)(゚)「テメェ、ワイを今出来損ないと言ったな!」

(´・ω・`)「おにいちゃん、抑えて!」

coat博士「概念ではあるが、実体を持つ物体でもある。物体ではあるのに、完全な物体では無い。その矛盾の答えは、君が誰よりも正確に味わったはずだ」

そう言われ、左足の踵が黒の肋骨を捉えた時の感触を思い出す。銃弾の運動エネルギーを持ってしても、貫けなかった概念体の外皮を思い起こす。
触れない、わけでは無い。衝撃を加えて吹っ飛ばすことも可能だった。しかし薄皮一枚先の内部には、一切の影響を与えられなかったあの不気味な身体。

coat博士「出来損ないは、出来損ないであるが故に、完全であるよりも強い力を発揮した。一つ目の特徴は君の言った通り、ただの攻撃には影響を受けないこと。そしてもう一つは、」

coat博士「概念体の半分が物体で出来ているが故に。皆が思っている対象の強さや能力、即ち概念を現実に実体化出来る、という点だ」

宇野「イマイチ、良く分かりませんね」

coat博士「ではこれから説明していこう」

coat博士「例えば、ベンチプレスを300㎏持ち上げられる人物がいたとする。その男は多くの人間に認知されていて、とても有名人だ。さて、彼を認識する多くの人間の意識、概念からデータを取り出し、『概念を実体化する技術』で概念体として生み出したとしよう」

彡(゚)(゚)「ベンチ300って化け物やろ」

coat博士「生み出した概念体は、ステータス上はベンチプレス300㎏を持ち上げる能力を持っている。ここでもし彼が純粋な概念であれば、ステータスがいくら凄いところで、実在する重りを持ち上げることは1㎎たりとも出来ない。実体が無ければ、それはただの幽霊のようなものだからな」

coat博士「逆に、彼が純粋な実体であれば、彼はステータスの通りに300㎏の重りを持ち上げられるだろう。しかし先述の通り、私が作った概念体はそのどちらでも無く、概念が半分、実体が半分で構成されている」

coat博士「実体を持っている為に、概念体は自らの概念上のステータスをもって、実在する物体に影響を及ぼせる。しかし、概念体の実体は半分しか無い為、その能力全てをステータス通りに実行出来るわけではない」

彡(゚)(゚)「??」

coat博士「まとめると、概念体は概念として定められた能力を、実在する人間や物体に振るうことが出来る。しかし完全な実体ではないために、その効力は本来の力の半分程しか発揮出来ない、ということだ」

彡(゚)(゚)「ベンチ300のオッさんを概念体にすると、実際にはベンチ150しか持ち上げられないオッさんが生まれてくるってことか?」

coat博士「そういうことだ。その男がオッさんかどうかは知らんがな」

彡(゚)(゚)「なんか大したことなさそうやな」

coat博士「産み出す概念体のステータスによるさ。例えばゴジラを概念体として生み出したとしよう。するとパワーこそ半分にはなるが、依然人智を超えたパワーと巨体を持つあのゴジラが、実在する兵器が一切通じない無敵状態でこの世に現れることになる」

(´・ω・`)「うわぁ・・・」

彡(゚)(゚)「考えたくもない光景やな」

宇野「まぁゴジラに通常兵器が効かないのは元々ですけどね。ゴジラを殺せるのはオキシジェン・デストロイヤーもとい芹沢博士だけです」

彡(゚)(゚)「じゃあ、あれか? 結局はステータスが強いもん勝ちってことなんか?」

coat博士「そういうわけでもない。概念体の強さを決める要因はもう一つある。今からそれを説明しよう」

そう言うとババアはペンと紙をとって、机に向かいあって何かを書き始めた。そして30秒程経つと、ワイらにほれ、と一枚の紙切れを見せてくる。

彡(゚)(゚)「・・・なんやこの落書き」

coat博士「今私が即興で考えた、絶対無敵宇宙最強くんだ。どうだ強そうだろう」

適当に書かれた人間のようなものの絵の横に、無敵!だの、絶対勝つ! といった陳腐な文字が躍っている。お世辞を言う気も失せる程、その絵はひっどい出来であった。

coat博士「こいつにはな、どんな攻撃も跳ね返す絶対バリアと、絶対に防げない最強のスピアを持っているんだ。それに時間や運命を操作する能力を持っていてな、なんでも思い通りに出来るんだ。凄いだろ」

彡(゚)(゚)「やめろや、痛々しい通り越して可哀そうになってくる」

coat博士「それでな、女の子にはもうモテモテでな、でも色恋沙汰には鈍くてな、でも優しい笑顔を振りまく度にそれはもう女の子がメロメロになってな」

宇野「まだ続けるんですか」

(´・ω・`)「僕、こんな博士の姿見たくなかったよ」

coat博士「だからゴジラなんて一瞬で殺せるぐらい強いんだよ」

宇野「......。いや、それはおかしいでしょう」

coat博士「何故だい宇野くん。私の絶対無敵宇宙最強くんは本気になれば星すら壊せるし、光速を超えたスピードで移動することも可能なんだぞ。ステータスを見れば、ゴジラなんか敵にもならないのは一目瞭然だ」

宇野「冗談でもむかっ腹が立つのでやめて下さい。怪獣王ゴジラを相手に、こんな紙切れの落書きなんて比べるのもおこがましい。格が違います」

coat博士「格が違うから、君は絶対無敵宇宙最強くんを、ゴジラより上だと認めないんだな? では、君の言う格とは何によって決まるのかね?」

宇野「それはもちろん、誰もが認める実績を持つかどうか、でしょう。ゴジラには多くの子供達に畏怖を、多くの大人達には深いメッセージ性を刻み込んだ実績があります」

coat博士「その通りだ。もっと簡単に言ってしまえば、ようするに知名度だな。概念とは『皆に共通し、皆で共有するおおよその意識』のこと。ステータスがどれだけ凄かろうと、今この場にいる人間が初めて認識した絶対無敵宇宙最強くんなんて、概念としては屁にも劣る」

coat博士「まとめるぞ。概念体の能力を決める要素は大きく2つ。対象となる概念のステータス、そしてその知名度だ。能力を求める数式は、大雑把に言うとこうだな」

『概念体の能力=概念のステータス×知名度』

coat博士「ステータスばかり大きくても、知名度が無ければ存在は希薄になる。逆に知名度がいくらあっても、元々の能力が低ければどうしようも無い。つまり、知られざる英雄やハンプティ・ダンプティを概念体にしても、何の役にも立たないってことだ」

彡(゚)(゚)「はえ〜」

(´・ω・`)「......。」

coat博士「何か質問はあるか? 無ければ次に進むが」

coat博士「では次のステップに進もう。私はこれから、君たちが持ち帰った概念体を使って彼らの実態を把握する。1日では終わらんかも知れないから、そうだな。大体3日程を目処としてくれ」

宇野「実態を把握するって、あなたは彼らの生みの親でしょう? 分からないことなんて、例えば何があるんですか」

coat博士「むしろ分からないことだらけさ。私が直接手がけたオリジナルは野獣先輩となんJ民だけだ。野獣先輩が増やした仲間の構造は私の知るものと違うかも知れないし、増やし方も分からない。それに私は概念体同士のダメージの与え方や倒し方、」

coat博士「そして概念体に精神を犯された人間を、治す方法も調べなければならん」

宇野「......ええ、そうですね。事態の収拾にはそれが不可欠ですし、権田さんも元に戻していただかないと車の運転もままなりません」

coat博士「別に君が運転すればいいじゃないか。 帰りはそうして来たんだろ?」

宇野「勘弁して下さい。しばらくはハンドルも触りたくないんです私」

coat博士「...? そうかね。まぁとにかく、私が研究をしている間は君たちの時間が余るわけだ。そこで、だ」

彡(゚)(゚)「その間に見学して来ていいってことやな!」

(´・ω・`)「ヘリコプター見ようよヘリコプター」

coat博士「今度連れてってやるって言っただろバカ共。そんなものは後回しにしてやってもらうことがある。戦闘訓練だよ」

彡(゚)(゚)「訓練だと? 嫌やそんな面倒臭そうな」

(´・ω・`)「なんか怖そうな響きがするねおにいちゃん」

宇野「むしろ今までやっていなかったんですか? 野獣先輩と戦うのが目的で産まれてきたのに、随分甘やかされて育ったんですね」

coat博士「産まれてから今までの2ヶ月間は、全て教育に注いできたのでな」

宇野「何故そんな悠長なことを」

coat博士「仕方ないだろ。こいつら、特になんJ民は精神年齢が幼な過ぎて戦闘以前の問題だったんだ。会話してる最中、飯の最中、寝てる時ですら隙あらば脱糞する様な奴だったんだぞ? むしろ短期間でここまで真っ当な人間に近づけた私の手腕を褒めてくれ」

(´・ω・`)「ああ、昔のおにいちゃんは確かに酷かったよね。理由も無く暴言吐いたり騒いだり、気分で僕を殴ったり、糞漏らしたり、まさにジャイアンそのものだったよ」

宇野「ジャイアンは糞は漏らしませんよ、糞は」

彡(゚)(゚)「まぁ今でも漏らそうと思えばすぐ漏らせるけどな」プリッ

coat博士「漏らすな! 処理するこっちの身にもなれこのバカ!」

彡(゚)(゚)「へいへい自分で拭きゃあええんやろ。半漏れやから気にすんな」フキフキ

宇野(臭い......)

(´・ω・`) (臭いが凄く気になる......)

coat博士「ん、とにかくだ。今までは指導する人間がいないこともあって、2人にはロクな訓練を積んでこなかったんだ。概念体の能力は筋トレなんかで強くならんし、組手をさせようにも2人の体格差が大き過ぎた。やってきた事と言えば、武道の映像を観せてイメージトレーニングさせたぐらいだ」

彡(゚)(゚)「イメトレの達人と呼んでくれて構わんよ?」

(´・ω・`)「実技の出来ない保健体育マスター、みたいな称号だね」

宇野「酷いですね。何もやってないようなものじゃないですか」

coat博士「だから君に鍛えてやって欲しいのさ。もちろん2日や3日じゃどんなに上手くいっても、付け焼き刃程度のものしか身につかんだろう。そんなもんでも、きっとどこかで役に立つ」

coat博士「なにせ、敵は身体こそ無敵だが、その身体を動かす頭は素人そのもののはずだからな」





暑い陽射しと青空の下で、車が行き交い、親子が手を引いて歩いている。ぼんやりと風景を眺めると、右を100m進んだ曲がり道の角に、ネズミ捕りが獲物を待っているのを見つけた。わざわざ見えにくい場所に立つ熱心な仕事ぶりに苦笑していると、目の前を赤い車が横切り、曲がり角に向かって急ぎ足に通り過ぎていった。
あらら、御愁傷様。そう車の尻に向けてポツリと呟くと、彼は視線を前方に戻し、そのまま斜め上に傾けた。

いつもと変わらぬ日常。ずっと続いていくはずの平和な世界。その昼の真っ只中に、始まりのホモは1人立っていた。
先程までとは違い、その顔はいささか渋い。太陽の陽射しが鬱陶しいのもあったが、それより当てが外れた悔しさが大きかった。

始まりのホモ「流石に、そんな馬鹿なわけ無かったか。無駄骨折っちゃったなぁ」

林の向こうに覗く庁舎を車道から眺め、彼はため息をついた。KBSの気配を追ってここまできたのだが、そこで待っていたのは防衛省の敷地だった。

始まりのホモ「いつかの時の為に、研究所の場所は押さえときたかったんだけどね」

まさかここが本拠地な訳ではあるまい、と彼は推測する。敵の概念体が出入りするには、あまりに警備が、無関係の人間の目が強すぎる。こちらの探知を恐れた、一時的な避難と見るのが妥当だった。
良い判断だ、と彼は思った。今はまだ、こちらの存在を公にする訳にはいかない。敷地に少しでも踏み込めば感知される防衛省は、隠れ場所としては最適だ。

場所が場所なら、嫌がらせ半分に攻め込むのも面白そうだ、といった驕りからくる浮かれもすぐに失せた。代わりに胸の内に湧いたのは、

始まりのホモ「博士に思惑を読まれたみたいで、あまり良い気はしないねぇ」

何の価値もない、無意味な悔しさだった。戦った訳でも、実際に痛手を被った訳でもない。それでも心に、小さな屈辱感が引っかかる。理性では消すことの出来ない、感情のわだかまりが。
別に今すぐお前らをどうこうするつもりは無かった、馬鹿じゃなきゃ普通はそうすると思っていたさ。相手もいないのに、そう言ってやりたい気持ちが湧いてくる。その衝動は、幼稚な万能感から来る駄々というよりは、生来の負けず嫌いな性格からのものだった。勝負事に対するプライドは、人より数倍強い自負がある。

始まりのホモ「落ち着け、僕の悪い癖だ。それよりも、もっと考えるべきことがあるだろう。例えば、そうだ。あの庁舎の落とし方とかだ」

消えない感情は、他に転化するのが手っ取り早い。彼は目の前に佇む国家機関へと、その思考を切り替えた。
国家を支える一翼、防衛省のその総本部。門の脇に堂々と飾られる大臣筆の省庁看板は、これから戦う敵の規模を、改めて意識するのに充分な荘厳さを誇っていた。

始まりのホモ「よく考えなくても、とんでもない事だねぇ。国を敵に回すってのは」

勝ちに至る戦略は、ある。その為の計画も順調に進んでいる。だがそれに従って、彼方にあって此方に足りないものというのも、当然見えてくる。

一つは、人や物を動かす為の資金。そして何より足りていないものは、戦略や戦術を練り、戦闘の指揮を振る軍事的な頭脳だった。

始まりのホモ「こっちは所詮、ホモの寄せ集めの素人だからなぁ。今のままじゃ、向こうに頭脳戦の土俵に上げられたら勝ち目が無い」

軍事に聡い協力者が欲しいところだ。だが、例えば傭兵を雇うにしても金が要るし、そもそもそういった手合いを日本に呼べるのか、という点にすらこちらは疎い。また仮に雇える条件が整ったとして、果たして協力してくれるかも怪しい。何せ世間的に見れば、こちらはほとんど.........。

始まりのホモ「あ、そっか。要るじゃん、協力してくれそうな奴」

彼の顔が一転、晴れやかになった。思いついてみれば答えは明快で、何をそんな悩んでいたのかと馬鹿らしくなる。
協力者の条件はシンプルだ。軍事に聡くて、金が目的ではなくて、国を敵に回しても付いて来てくれて、日本の秩序が乱れても嘆くどころかむしろ大喜びしてくれる奴。

そんな条件に当てはまるのは、彼が思いつく限りではたった一つ。


始まりのホモ「そうだ、テロリスト、呼ぼう」


そうと決まれば早速手配だ、と彼は踵を返す。小躍りしかねない程に浮かれた気分でしばらく歩くと、水を差すようにポケットの電話が鳴った。
誰だいこんな時に、と思いながら呼び出しに応じると、声の主は野獣だった。

野獣先輩「もしもし、はじめさん? MURがまだ帰ってきていないんですが、そちらで見つけてはいませんか?」

嬉しいことは、重ねて訪れるものらしい。

始まりのホモ「ええ、何やら暴れていたようでしたので、彼は私が保護しましたよ。今夜、またガン掘リア宮殿に集まりますよね? その時に彼も連れていくので、田所さんも安心して休んでいて下さい」

そう言って電話を切った始まりのホモは、その場で立ち止まり、しばらく肩を震わせる。やがて、もう堪え切れないと言わんばかりに腹を抱えながら、彼は大口を開けて笑いだした。

ババアの言いつけで、ワイらは宇野から戦闘の訓練を施されるはずだった。戦闘訓練と言うから、格闘のイロハを習ったり稽古をする、ベスト・キッドな風景を想像していたのだが......

彡(゚)(゚)「ンゴゴゴゴゴゴ」

(´・ω・`)「ふんもっふ! ふんもっふ!」

宇野「ハイハイハイ休まないサボらないペースを下げない。まだ30分しか経っていませんよ〜」

待っていたのは、フルメタルジャケットの世界だった。ババアがKBSトリオを連れ研究室とやらに消えて行ってから3時間が経過したが、あれからというもの、ワイらはぶっ続けで筋トレを強要されていた。
始めは体幹トレーニングを、次にスクワットを、そして今は腕立て伏せをロクな休みもなくやらされている。

彡(゚)(゚)「お、おかしいやろ!こんなん、意味がないやないか!」

(´・ω・`)「ぼ、僕たちに筋トレは無駄って、は、博士が言ってたじゃない!」

宇野「ハイハイハイ質問するフリしてサボろうとしない。指導する側にはバレバレなんですよ〜」

彡(゚)(゚)「こ、このアマ......!」

宇野「ハイ、無駄口叩いたのとサボろうとした罰で10分追加しまーす」

彡(゚)(゚)「あああああああああああ!!」

(´・ω・`)「鬼だよこの人、情けが無いよぉ!」

宇野「ハイあと40分。ペースを乱さず頑張りましょうね〜」

宇野は全く容赦なく、宣言通りの時刻までワイらの肉体を苛め続けた。

......そしてようやく宇野のお許しが出ると、ワイと原住民はすぐさま仰向けに寝転がった。

彡(゚)(゚)「ハァ......ハァ......あれ? この感じは、なんや?」

長い長い苦痛の時間が終わり、苦しみから解放されると、それまでの時間が短かったのか長かったのかの感覚が分からなくなった。

彡(゚)(゚)「何故か、懐かしい......ワイはこれを......どこかで......」

『それ』を味わっている現実の時間は間違いなく長く、体幹時間も永遠に続くかと錯覚する程長かったはず。なのに『それ』が終わって、意識が別の時間に移行すると、あまりに変化に乏しいその時間は『ただ、同じことを繰り返した思い出』でしかなくなる。思い出す記憶は、時間の長さに比べて酷く希薄だ。

彡(゚)(゚)「なんや......この感覚は......懐かしくて、思い出したくもない......あの頃の......」

(´・ω・`)「ハァハァ......疲れたねおにいちゃん。......おにいちゃん?」

頭に浮かぶのは、仄暗く、陽も差さない湿気た部屋。そこでは、ワイを照らす光といえばパソコンのディスプレイしか無い。
ゴミ箱に入れる方法も忘れたのだろうか。あたりには使用済みのティッシュと、飲み残しも気にしないビールの缶が散らばっている。床は溜まったゴミのせいで踏み場もないが、ベッドとパソコンのデスクの間を往復するだけのワイには、何の支障もない。ワイが散らした種々様々な液体が床に染み込み異臭を放つのも、もはやワイの死臭でさえ無ければいいと言って、次第に気にも留めなくなっていった。

彡(゚)(゚)「それでも......昔はこの部屋のドアを開けようと、もがいた時期もあったんや......でも、無理やったんや......ワイには無理やったんや......」

(´・ω・`)「う、宇野さん! おにいちゃんの様子が変だよ!」

宇野「変なのは元からでしょう」

(´・ω・`)「そういう意味じゃなくて!」

ネットの中では、ワイは本当のワイでいられた。この世で最も特別な、ありのままのワイでいられた。でも一歩でも外に出てしまえば、そこにはもう本当のワイはどこにもない。世間から見たワイは、引きこもりで、ニートで、進むべきレールから外れてしまった、才能の無い不健康な男でしかなかったから。
ドアの向こうに待ち構える、ワイのことを何も分かっていない世間の目が。ワイのことなどとっくに追い越して、地位や幸福や家族を得た同級生達の存在が。いつもいつも、ワイの外へ向かう気力を挫いた。勝ち組じゃない、見下されるばかりの己の姿になんて耐えられなかった。

彡(゚)(゚)「ワイは......ワイは......」

宇野「あーこりゃ駄目だ。すっかり自分の世界にトリップしちゃってますね」

(´・ω・`)「駄目なの? おにいちゃんはもう助からないの? そんなの嫌だよ」

宇野「あなたまで頓珍漢なこと言わないでください。寝惚けた奴を起こす方法なんて簡単です」

このままじゃ駄目だと思う気持ちと、ずっと楽なこのままでいたいと思う気持ちとで板挾みになり、結局何一つ行動を起こせなかったあの頃。もうとっくに学生じゃないのに、毎日が学校をずる休みした時に似た、あの取り返しのつかない罪悪感と焦燥感に苛まれていた日々。
そして、いつか必ず来る終わりに怯え、自分に似た境遇の奴らを2ちゃんで探し、ネタで笑い合うことで安心感を得ようとした日々。ディスプレイの向こうのそいつが明日生きているとも限らないのに。そいつらの存在は、自分の人生の残り時間となんら関係無いと分かっているのに。それでもワイは仲間を見つけては、まだ大丈夫、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせ続けた。

吐き気を誘うほど過剰に甘くて、それでいて微かに苦い、腐った苦しみ。しかしそんな地獄の責め苦の中でも、僅かにだが心の拠り所はあった。
データの中でのみ存在を確認出来る、死亡説が流れる程に消息不明な、ある男がいた。
その男をネタにして笑っている時だけは、短い時間ではあったが、素直に面白いと思えた。
その男を馬鹿にして笑っている時だけは、歪んでいるかも知れないが、素直に楽しいと思えた。
例えその笑いが、見下す対象を求める、卑しい感情からのものだったとしても。ワイはその男に、少なからず心を救われたのだ。ワイだけでなく、きっと他にも多くの人間が、その男を心の拠り所にしていたに違いない。

『いいよ!こいよ!胸にかけて胸に!!』

『イキスギィ! イクイク......ンアーッ!!』

彡(゚)(゚)『......ハハッ、なんやこいつ汚ったねぇなぁ......アハハ』

彡(^)(^)『アハハッ、アハハハハハハ』

彡(●)(●)『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』

その男の名前は、や

彡(゚)(゚)「やや! 嫌や! もうあの頃に戻りとうない! 戻りたくなんか、なぁぁいぃぃぃ!!」

宇野「いいから早く戻ってこい、このバカ!」

彡(゚)(゚)「いだっ!?」

側頭部を蹴られ、仰向けのワイの顔が90度曲げられた。何事かと体を起こすと、目の前には、

(´・ω・`)「うわぁ良かったぁ! もう戻ってこないのかと思ったよ!」

宇野「だから、ただ寝惚けてただけですって。大袈裟過ぎるんですよあなたは」

原住民と宇野が立っていた。あれ、おかしいな。さっきまでワイは確かにあの......。

彡(゚)(゚)「あぁ、今の夢だったんか......」

宇野「とっとと起きて下さいよ。30分経ったらまたトレーニングの開始です」

現実への復帰に安堵する間も無く、宇野がほざいた。

彡(゚)(゚)「ふ、ふざけんな! だから何の意味があるっていうんやこの筋トレが!」

(´・ω・`)「僕たちが筋トレしても、筋肉が増えるわけじゃないんでしょう?」

宇野「知っていますよ。勘違いしているようですが、今鍛えているのは体ではなく、甘やかされて育ったあなた方の心です」

宇野「パフォーマンスを支える心技体の内、最も重要なのは心だと私は考えます。技があっても、体格差の激しい相手には通用し辛い。技と体が揃っていても、戦意が伴っていなければそれは木偶と同じです」

(´・ω・`)「心技体の使い方ってそんなだっけ」

宇野「元の意味なんてどうでもいいんです。とにかく実戦では、痛みへの耐性と、痛い思いをしても己を見失わない心の強さが求められます。訓練を積めばある程度痛みに慣れることは可能ですが、あなた方には時間が無い。だからこそこの訓練を洗礼としてください」

宇野「戦い、攻撃を受け、ダメージに身体が悲鳴を上げた時、あなた方もきっと心の声を聞くでしょう。『もういいじゃないか。こんな辛い思いを俺だけがする必要なんてない。もう何もかも放り投げて、辞めてしまおうじゃないか』と」

彡(゚)(゚) (ああ、MURに殴られた時似たようなこと思ったな)

宇野「戦意を失くした瞬間に勝敗は決します。そうならない為の手段は大きく2つ。1つ目は自分が戦う理由......まぁ大義でも正義でも私利私欲でも何でもいいです。これをはっきり自分の中で決め、大切に抱えておくこと」

宇野「2つ目は、痛い思いをした時に、『それでもあの時のアレに比べればまだマシだ』と思える経験を積んでおくことです。そうすれば実戦における心の強さも鍛えられ、後ほど行う『技』の訓練も、かなり楽に行えます」

(´・ω・`)「じゃあ今日の筋トレは、身体を鍛えるんじゃなくて、辛い思いをするのが目的ってこと?」

宇野「その通り。ぬるま湯に浸かりきったあなた方の甘さを、今ここで捨てるんです。地獄のようにキツい思いをしてもらわなきゃ困ります。死にたくなるぐらい泣いてもらわなきゃ困ります。そして今後の戦いで傷つく度に思い出してください。『それでも、今日やった筋トレに比べればマシだ』と」

(´・ω・`)「ヒェェェ」

彡(゚)(゚)「......ふん、こんなもんどうってことないわ。ワイの知ってる地獄に比べりゃあな」

肉体の苦痛など、あの後悔と自責と念が渦巻く、暗い魂の牢獄に比べればどれ程気楽なものか。ワイはもう、二度とあの場所にだけは戻らん。あの苦痛に比べれば、こんな筋トレなんぞ屁でもない。

宇野「ほう。良い威勢ですねぇ、好きですよそういう生意気なの。いいでしょう。ではなんJ民さんの筋トレメニューは、原住民さんの倍に増やしましょう」

彡(゚)(゚)「ファッ!? ちょっと待て、それとこれとは話が別やろ!」

宇野「そういう話ですよ。今、この場で、あなた方に地獄を見てもらうのが私の目的です。あなたの過去がどうとか知ったこっちゃありません。今の負荷が大したことないなら、増やすのが当然でしょう」

彡(゚)(゚)「聞いとらんぞそんなこと!」

宇野「余計なことを言ったのはあなたですよ」

(´・ω・`)「口は災いの元だね」

宇野の理不尽な仕打ちに、なおも抗議しようと口を開きかけた時。扉が開き、ババアがやってきた。

coat博士「や。どうだい訓練は」

宇野「順調に辛い目に合わせています」

coat博士「それは結構。それより報告したいことがあってな、ちょっと時間をもらっていいかね?」

宇野「もちろんです。もう何か分かったんですか?」

coat博士「色々あるが、一番大事な話から始めようか。......精神をレイプされた人間の、治し方が分かった」

宇野「!」

(´・ω・`)「おおっ!」

彡(゚)(゚)「やったやないか、これで権田のオッさんも治るんやな!」

宇野「良かった...! これでもう、運転しないで済むんだ私......!」

(´・ω・`)「泣くほど嬉しいんだ......」

彡(゚)(゚)「なぁ、なんでこいつこんな運転すんの嫌がっとるんや?」

(´・ω・`)「......色々あったんだよ」

彡(゚)(゚)「ほーん。で、具体的にどうやって治すんや? お薬ブスーッと刺したりするんか?」

coat博士「......。いや、そういうわけでは、ない、んだよ息子よ」

彡(゚)(゚)「なんや歯切れ悪いな、らしくないぞ」

coat博士「いや、いざ面と向かうと、中々言いづらいなと」

彡(゚)(゚)「恥ずかしいとかそんなタマやないやろ。はよ言えや気になるやんか」

coat博士「......言っていい?」

彡(゚)(゚)「おお」

coat博士「ほんとにほんと?」

彡(゚)(゚)「だからはよ言えってばこの三十路ババア」

coat博士「分かった。単刀直入に結論だけ言うとな。精神をレイプされた男を治す方法は、」

彡(゚)(゚)「ふむふむ」


coat博士「なんJ民。お前が、彼らと性交渉をすることだ」


彡(゚)(゚)「......は?」

coat博士「言った通りの意味だ。お前はこれから、彼らの理性ひいては彼らの人生を取り戻す為に......彼らとの性交渉、つまりはSEXをするんだ!」

彡(゚)(゚)「は? は? はぁ? はぁぁぁぁぁぁ!? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

この時のワイは、ババアの言葉にただただ驚くことしか出来なかった。しかしこの後、ワイは今まで知る由も無かった、もう一つの地獄へと突き落とされることになる。
そう、それこそ宇野が言っていた、『それでもあの時のアレに比べればまだマシだ』と思うような、筆舌に尽くしがたい苦行へと。

大体15話目『レイプ被害者の治療』

自分は特別じゃないと気づいたのは、何をやっても一番になれなかった小学生の頃。
自分は弱者だと気づいたのは、クラスの乱暴者達に苛められた中学生の頃。
そして高校生になった僕は、いよいよ自分に明るい未来は無いのだと気づいた。十数年生きてきて、特技も長所もロクに挙げられない奴なんて、もう、駄目だろうとしか思えなかった。
いつまで経ってもクラスの中で浮いていた。昔は懐いていてくれたはずの妹には馬鹿にされ、罵倒され、雑に扱われる毎日。そして僕を見る両親の目から、日に日に期待の色が薄れていくのが分かると、自分がどれだけ矮小な存在かをまた思い知らされる。
事件が起きるわけでもなく、何かが変わるわけでもない、ただただ決まったレールの上を歩く怠惰な日常の中で。同じレールの遥か前方に、肩を並べて歩くカップルや友人と笑い合う同級生達の姿を見つける度に、僕の自尊心は削れ、劣等感だけが膨れ上がる。

もうたくさんだ。これ以上嫌なものを見たくない。
もうたくさんだ。これ以上自分を嫌いになりたくない。
過去に戻してくれ。やり直させてくれ。リセットボタンを押させてくれ。そうしたらきっと、今度こそ上手に生きてみせるから。

叶うはずのない妄想を何度も繰り返しながら、その日も僕は家路に着いた。家にも僕には居場所がない。家族と同じ空間にいるのにも苦痛が伴う僕は、帰るとすぐに自分の部屋に篭り、PCを立ち上げ動画サイトを開く。

野獣先輩『まずうちさぁ......屋上......あんだけど......焼いてかない?』

遠野『あぁ^〜 いいっすねぇ^〜』

僕の唯一の憩い。それは、ホモビデオ......特に野獣先輩の出演した作品だった。他の人々が書き込んだコメントと共にそれを観ていると、その時間だけは、今日あった嫌な出来事を忘れられた。いつも抱えている虚無感や劣等感から解放されるのだ。彼を見ていると、たくさんのコメントを見ていると、不思議と心が救われる。理由は多分、誰かを笑う快感と、普段は味わえない仲間との連帯感......のようなものを、体感出来たからだと思う。
日常の憂さ晴らし。僕にとって淫夢は、かけがいのないものであると同時に、それ以上の意味を持たない一時の憩いの時間でしかなかった。

だから、予想なんて出来るわけなかった。

男子高校生「赤字コメントでもしてみるかな〜俺もな〜」

野獣先輩「楽しそうだな」

まさか行方不明の彼が目の前に現れて、僕をレイプしてしまうなんて想像、薬でもキメてなきゃ頭をよぎることすら無いだろう。

野獣先輩「俺の裸が見たいんだろ? ......見たけりゃ見せてやるよ。その代わり、お前のケツをもらうけどなあああああああああああ!!!!」

男子高校生「や、やじゅ...っ! ああああアァアアアっ!!!」パンパンパンパンパンパン

突如訪れた、想像の外側の出来事によって。僕の日常は、世界は、一瞬で破壊された。

〜〜〜〜
密閉された、狭く薄暗い部屋に、その行為のためだけにあつらえたベッドがただ一つ。余計な物は一切排除された簡素な空間に、俺と『コイツ』だけが立っていた。逃げ場の無いこの状況で、これから何をするかなんて言うまでもなかった。
突っ立ったままのコイツに先んじて、俺はベッドに腰掛けた。ギシッと骨組みの木が軋む音がし、尻が深々と沈む。安物だな、と舌打ちをすると、それを合図だと勘違いしたのだろうか。コイツが俺の股間目掛けて飛びつき、そのまま一物にむしゃぶりついた。
「ん、ぐむ、んむぅ、んむちゅ」
コイツの舌が、裏スジを、亀頭の側面を的確に激しく攻め立てる。男の悦ぶ箇所を熟知したその奉仕は、激しく情熱的でありながら、繊細な気配りすら感じさせる。奉仕への必死さ、そして丁寧さは、早く大きくなれと懇願しているようにも見え、なんともいじらしい。
早く応えてやれ、と言わんばかりに、俺の一物も瞬く間に膨れ上がった。主観ではあるが、その大きさと長さは、俺の歴史の中でも一番といえる最高傑作だった。


「オラ、もっと速くしゃぶれよ。あくしろよ」
そう急き立ててやると、コイツは直立した俺の一物の先端を咥え、右手で竿の中間から根元にかけてをさすり、左手で玉袋を揉みしだいた。
「な、なに!? クッ! グッ、フゥゥッ......3点同時攻めを、これ程精巧に行えるとは、な、なんて奴だ......!」
「ん、ちゅぶ、ぐちゅ、ちゅ、んん」
3点同時攻めは本来、誰もが一度は夢想し、そしてほとんどの人間が夢半ばで挫折する秘技だ。難易度が高い理由は単純。成功させる条件として、受け手には十分な竿の長さがあること、そして攻め手には三つの異なる動作を並列して行う、高い処理能力が求められるからだ。
「くぉぉぉぉぉっ!!」
それだけに、3点同時攻めが完成した時の威力は絶大だ。
まず、満遍なく密着した唇が亀頭全体を包み込み、上下に動かす度にムズがゆい快感が先端を襲う。舌先は一定のリズムで回転し、尿道の周囲を絶え間なく舐め回す。そして口内から漏れる生暖かい吐息が、唾液にまみれた亀頭に幾度となくふりかかる。とてつもない。
右手の掌は竿の根元に小指をつけ、竿の中〜下部を包むように握っている。上下に動かして竿を擦ったり、あるいはギュッと握り締めたり、たまに恥骨のあたりを揉んだりして、亀頭とは別物の快感を与えてくれる。その所作は、さながら精液を掘り起こさんとする採掘現場だ。
この二つに添えられるように、玉袋を掴む左手が良い仕事をしている。子種を宿す秘所が、温かい掌に包まれる安心感と、勢い余って握り潰されやしないかという不安とに挟まれ、倒錯したギャップを本能に訴えかける。さらに指が金玉をコリコリと弄り回し、あと少しで痛みに変わろうかという、決して無視出来ない快楽が脳に運ばれる。もう頭の中が精子でいっぱいだ。


頭の奥がジンと痺れる。心地良い目眩が視界をぼんやりと揺らす。意識は一物のことばかりに向き、この快楽がずっと続けばとさえ思う。
しかし時間に限りがあるように、肉体にも限界という縛りがある。極上の快楽を享受した我が一物は、その刺激の強さ故に、2分と経たず絶頂へのカウントダウンを開始した。
(今、ここで出すわけにはいかない......!)
肉体には限界があり、射精可能な回数にも限りがある。今日相手をするのはコイツだけではなく、後がつかえていた。フェラでイっている余裕はこちらにはないため、焦った俺はコイツの髪の毛をがしと掴み、乱暴にベッドへと放り投げた。
「あうっ、ああ!」
コイツは地に足を残したまま、上半身をベッドの上について、四つん這いの姿勢になった。最後までやり通したかったのか、名残惜しそうに切なげな声を上げるが......
「お前も気持ちよくなりたいだろ? オラ入れるぞ、これでフィニッシュといこうやないか」
唾液と我慢汁に濡れまくった一物に、もはやこれ以上の補助液など必要ない。無防備なメス穴へと、ズブリと挿れてやった。
「ッ! く、くふぅ、うぅ、うぅんん!」
ズブリ、ズブリと、肉壁を掻き分け、ゆっくりと侵入していく。他我の領域を無遠慮に犯していく。
今まさに俺は、蛮族と化した。尊厳を奪い、肉体を犯し、何もかも我が物にせんとする魂と欲望の解放が、今の俺の全てであった。愚かな蛮族の俺が、相手の身体を労わるなど、なおさら愚かしいことだ。


「あっ! んああ、ああアウゥッ!!」
ストロークを加速させて腰を振ると、コイツの苦悶に満ちた嬌声が耳を震わせる。馴染む間もなく激しいストロークに晒されているのだから、その反応は当然だった。しかしこの時、被害者ぶったコイツの声が、俺には酷く不愉快に届き、思わず手が出た。
バチン、バチン。苛立ちを解消する為に、右手で何度も尻を叩いてやる。無遠慮に思い切り叩いた為、コイツの尻が赤く腫れあがるが、
「んああっ!ああっ! あああぃぃん!!」
痛みをむしろ悦んで受け入れていた。とんだ変態だな、と罵倒しながら、俺は更にストロークを加速させる。
バックから突き上げる、最も原始的な獣の体勢。最早二人の意識に理性は欠片も残っていない。快楽を貪り喰わんとする衝動だけが、俺達を突き動かす。
「クッ、そろそろか......」
巨大な波が、竿の先端へと登ってくる。そろそろ準備が必要だ、と脳が指令をだす。
そして、盛大なフィニッシュへと向かう、内側の感覚に意識を向けると......。
「......ん?」
竿の先端に、外側からの感触があった。穴の方から波のようにおしかけるこの感覚は......間違いなく......あ、無理無理無理無理もう無理無理無理無理汚い汚なすぎる嫌だ嫌だ嫌だ耐えられない妄想にも限界がこれはアバババババババババババババババババババババババババババ


〜〜〜〜
彡(゚)(゚)「もう嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁこれウンコやないかウンコやないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」ジュッポジュッポジュッポ

男子高校生「ん!ん!も、もう駄目です!イッちゃいますぅぅぅぅ!!!」

彡(゚)(゚)「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ男の声を出すなぁぁぁぁぁ!!お前は女の子や!女の子なんやぁ! ワイの童貞卒業の相手が、男であってたまるかぁぁぁぁぁぁぁうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」ジュッポジュッポジュッポ

男子高校生「も、もう無理!イクッ、イクぅぅぅぅぅぅ!!!」

彡(゚)(゚)「あっ、ワイも出る!出てまう! クソ、クッソぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

彡(゚)(゚)&男子高校生「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)」

彡(゚)(゚)「ハァ......ハァ......」

宇野「お疲れ様です。男子高校生の分はこれで終了です。次は、権藤さんをよろしくお願いします」

彡(゚)(゚)「こ、殺して......殺してクレメンス......」

宇野「ダメです」

権藤「ハァハァ、も、もう待ちきれないよ! 早くヤらせてくれ!」

彡(゚)(゚)「あああああああもう嫌だああああああああああああああ」

......。

結局、男子高校生、権藤の汚っさん、KBSトリオの計5人と、ワイはヤらされた。全てが終わった頃、時刻はもう夕暮れ時となっていた。
今日、この日ほど、強烈な苦痛を味わったことは無いと断言出来る。それは、この先何があっても、『それでもあの時のアレに比べればまだマシだ』と思うのに十分な地獄だった。

だが、それと同時に。

『もういいじゃないか。こんな辛い思いを俺だけがする必要なんてない。もう何もかも放り投げて、辞めてしまおうじゃないか』

宇野が言っていた心の声が、今まさに聞こえる。だがその声に対して、反論も反対意見も、全くワイの胸の内から出てこなかった。もう、全部投げ出してやめたかった。理不尽だと思った。こんな辛い思いをしてまで、野獣先輩を倒すだとか、誰かを守るだとか、やってられるかと思った。

彡(゚)(゚)「そうや......もう、やめよう。知らんわ人間がどうのこうのなんて。だって、どうせ、」

ワイは人間じゃないんだから、とまで言いかけて、流石に喉の奥にしまいこんだ。例え独り言でも、それを言ってしまったら、もう後戻り出来ない気がしたから。

宇野「なんJ民さん、お疲れ様でした。coat博士がお呼びですので、すぐに向かってあげて下さい」

人の気も知らんで、宇野が言った。ムカつくが、丁度よかった。ババアに伝えよう、もうやめさせて欲しいと。それで終わりにさせてもらおう。もうワイは、こんな嫌な思いしたくないんだ。

目が覚めると、僕は車椅子に乗っていた。場所は分からないが、周囲を見渡すと清潔な床や壁が目に入り、どこかの建物の中だということは分かった。
最初こそ状況が分からず、軽くパニックを起こしたりもしたが、僕は数分と経たず落ち着きを取り戻した。スーツを着た美人のお姉さんが宥めてくれたのと、何故か尻の穴がヒリヒリと痛み、足腰が立たずロクに暴れられなかったおかげだ。

宇野「もう大丈夫です。悪夢は全て終わりましたから」

お姉さんはまた、これから家族に会わせてあげます、と言って車椅子を押してくれた。悪夢、とはいったい何のことだろうか。僕はあの時から今までどれだけの時間が経ち、何が起こったのかを全く覚えていなかった。
不安になった僕は、お姉さんに問いかけてみる。しかし、

宇野「覚えていないなら、無理に思い出す必要はありません。無謀な好奇心は後悔しか生みませんよ」

とだけ答えて、それっきり黙ってしまった。エレベーターに乗り、3階から1階へと降りる。そうは言われても、やっぱり気になるし、それにせっかく美人と二人きりなのに無言でいるのは勿体無い気がして、

男子高校生「あ、あの」

なおも話しかけようとしたが、

宇野「あなたが幸福に暮らす為に役に立つ情報を、私は持っていません。私への質問は無意味です」

とぴしゃりと遮られてしまった。それっきり会話が始まることはなく、僕は車椅子を押されるがままに黙して、目的地へと運ばれた。
建物から出ると、外はもう夕暮れ時だった。随分久しぶりに感じる太陽に見惚れる暇もなく、車椅子はどんどん進み、建物からかなり離れた林の中へと入っていく。少し開けた場所まで進むと、着きました、と言ってお姉さんは歩みを止めた。ここが待ち合わせ場所のようだ。

随分と一目につきにくい場所に来たな、と思っていると、左手側の奥にベンチを見つけた。ベンチには白衣を着た女性と、黒布に全身を包んだ謎の人間が座っている。どうやらこちらをジッと眺めているようで、酷く不気味だ。

男子高校生「お、お姉さん! あれ、あの人達、一体何者なんですかっ」

宇野「あれはあなたを助けてくれた人達ですよ。特に黒い方の人は、身体を張ってあなたを救ったんです。一応、感謝してあげて下さい」

男子高校生「え、えええ?」

僕の身に、一体なにがあったんだよ。真実を知りたい衝動がもはや臨海に達し、問い詰めようと後ろを振り向く。すると、お姉さんの体の向こうから見知った顔が3人、歩いてくるのが見えた。

宇野「来たみたいですね」

お姉さんが車椅子を半回転させ、僕は家族と向かい合う。父と、母と、妹の3人。僕を引き取りに来た、ということだろう。5歩程離れた距離で、僕は家族と対面した。

男子高校生「あ......ひ、久しぶり......なのかな?」

ハッ、と驚いたように目を見開く両親と、無理矢理連れてこられたのか、両親の一歩後ろで不機嫌な顔をしている妹へと。へたな愛想笑いをつくり、手の平を見せて振ってみる。
何を言えばいいのかも、今日の日付も分からないまま言葉を絞り出したのだが、向こうから言葉は返ってこない。数秒の無言の時が流れ、『外した』感が僕の胸を締め付ける。

男子高校生(ああ、これだ。この、合わない感じ。コミュニケーションも上手く取れない異物野郎扱いの、この窮屈感)

沈黙がいたたまれなくて、思わず顔を伏せてしまった。そして僕は、帰ることを望まれていない場所に、また戻ってきてしまったのだと実感した。

男子高校生(そうだよね、僕は期待はずれの失敗作だもんね。出来損ないの僕の為に、足を運ばせてしまってごめんなさいね。帰ってきちゃってごめんなさいね)

長年積み重ねた卑屈なコンプレックスが、ぶり返した。
居場所がない、認められていない、必要とされていない、愛されていない、自分が嫌いな自分の姿をまた見せつけられて。激しい動悸に襲われかけた、その時に、

母「雄一......雄一、雄一! ああ、良かった! もう帰ってこれないかと思った! も、もう元に戻れないと思って、母さん怖かったよぉ! でも良かったよぉ帰ってきてくれて......!」

母が、僕の両肩の奥に手を回し、涙声で抱きついてきた。車椅子に座る僕に合わせた為に、すがりつくような不安定な姿勢でもたれかかっている。

男子高校生「え、なに? え? え?」

予想外の母の行動に、その意味が分からず狼狽していると、父も近づいてきて口を開いた。

父「雄一......怪我は、していないか? どこか痛いところはあるか?」

男子高校生「え?......べ、別にない、けど......え?」

父「そうか......そうか。お前が無事なら、父さんもうそれだけで十分だよ。無事で良かったな雄一......よく、頑張ったなぁ」

そう言って、父さんは僕の頭にポンと手を乗せ、そのまま優しく髪をかき撫ぜる。

男子高校生(なんだよ......これ。どういうつもりなんだよ)

突然優しく接してきた両親の行動に、僕は喜びよりもむしろ、理解が出来ないことへの不安に苛まれた。両親の意図が分からなかったからだ。

男子高校生(なんで急に、こんな優しくするんだよ。......もしかして、世間体を気にして、子を案じる親の演技をしているのか? それとも、僕が死なないと保険金が入らないから、それで安心したって喜んでいるのか?)

僕を抱きしめて咽び泣く母に、頭を撫でる父。良かった、安心した、と何度も呟く両親に囲まれながら、僕は困惑と動揺と不安の中でそう邪推した。......だが、次第に。

男子高校生(ああ、でも......頭を撫でられたのなんて、いつ以来だろう。誰かに抱きしめられた記憶なんて、小学校にあがった頃にはもうなかったよな)

言葉、だけではなく、身体の触れ合いによる安心感が、僕の猜疑心を溶かしていった。そんなことよりも、身を案じられたことが、嬉しかった。無事を喜んでもらえたことが、嬉しかった。

自分の為に誰かが泣いてくれたことが、たまらなく嬉しかった。

そうしてしばらくすると、頃合いを見計らっていたらしいお姉さんが、父と母に声をかけた。

宇野「御両親様、少しだけお時間をいただいても構いませんか?」

今回の事件の説明をしたいので、少しの間建物の中で話をさせて欲しい、と。お姉さんの言葉に、父も母も頷いた。何が起こったか、何が原因だったのかを知りたいと思うのは自然なことだ。
当然、僕だって何があったのか知っておきたい。僕の部屋に現れた野獣先輩は何者だったのか、何故僕が狙われたのか、意識を失っている間のこと、知りたいことは山程あった。
しかし、僕の同行への願いはお姉さんと両親に拒否された。

父「お前は琴美とここで待ってなさい」

母「待っててね。帰ったら好きな料理作ってあげるからね」

そう言い残して、両親はお姉さんに連れられて、建物へと向かっていった。知らなくていいことは知る必要はない、ということなのだろう。

妹「......構ってもらえてよかったじゃない。家族に心配かけるだけかけて、戻ってきただけで泣いて喜んでもらって、チヤホヤされて満足した? これで気は済んだの?」

二人きりになると、黙り込んでいた妹がようやく落ち着い口を開いた。腕を組み、仁王立ちで車椅子の僕を見下ろす妹の顔は、先程よりずっと不機嫌に歪んでいる。

男子高校生「......怒るのも無理ないよな。ごめんな、時間とらせて」

妹「はぁ?」

男子高校生「琴美は、父さん達に無理矢理連れてこられたんだろ? 家族一緒で迎えに行かなきゃ、とか言われてさ。そりゃ不機嫌にもなるよな」

妹「......ッ」

男子高校生「お前の言った通りだよ。俺、こんなに心配かけて、迷惑かけて、母さんまで泣かしちゃってさ。本当は、申し訳ないって思わなきゃいけないんだろうけど......でも、それでも俺、今さ。泣いて喜んでもらって、チヤホヤされたことが嬉しくてたまらないんだよ」

妹「あんた......」

男子高校生「俺は、俺が思ってた程、邪魔じゃなかったのかなって。嫌われてなかったのかなって、思えて、それが嬉しかったんだ」

妹「あんた! ふざけんのも大概にしなさいよ!」

思いの丈を吐露していると、妹が突然、俺の胸倉を掴んだ。近づけられた妹の顔には、怒りの色が浮かんでいる。

男子高校生「な、なんだよ、急に!」

妹「私が無理矢理連れてこられた? 家族に嫌われてると思った? ふっざけんなよ、どこまで被害妄想こじらせりゃ気が済むのよあんたは!」

男子高校生「はぁ!?」

妹「私が今日ここに来たのは、私があんたのことを、バカ兄貴のことが心配だったからに決まってるでしょ! 親に命令されたって、来るのが嫌なら用事つくって無理矢理サボるわ!」

妹「家族に嫌われてるだの、邪魔者扱いされてるだの、勝手に決めつけて部屋に籠るようになったのはあんたが先じゃない! あんたが勝手に、私から距離を置いたんじゃない!」

妹の言葉に、先程まであった感慨の余韻は消し飛んだ。妹は今、僕を糾弾しているのだ。非はそちらにあったと、僕の味わった疎外感はただの勘違いだと、そう追い立てているのだ。

男子高校生「な、なんだよそれ、そんな訳ないだろ!」

だが、そう易々と非を認めるわけにもいかない。積み重ねた孤独な月日を、僕の勘違いで済まされてたまるか。そんなに軽いものなわけがあるか。自衛本能が働いて、脳が言い争いの為の思考に切り替わる。
真相を確かめる為には、言葉よりも行動の方がずっと重いに決まっている。こんなもの、虐めを行ったクズが、本当は仲良く遊んでいるつもりだった、の一言で真相を誤魔化そうとするのと同じではないか。

男子高校生「だってお前、昔はあんなに懐いてたくせに、どんどん俺に冷たくなっていったじゃないか! 俺のことずっとバカにしてたくせに、都合いいように被害者ぶってんのはどっちだよ!」

妹「もう私は中学生になって、あんたは高校生よ? いつまでも一緒にお風呂に入れるわけないし、接し方だって変わるわよ! そんなことも分かんない奴をバカって呼んで何が悪いこのバカ兄貴!」

断固抗議してやる、という決意が早くも弱まる。何かを言い返したいのに、何も思いつかない。僕の頭がポンコツなのか、病み上がりの弊害か。

妹「児童じゃなきゃ、親だっていちいち愛してるなんて言わないし、抱き締めたり頭撫でたりなんかしないわよ。それは冷たくなったからなんかじゃない。成長すればスキンシップが無くても、わざわざ言葉にしなくても、分かるようになるのが普通だからよ」

言葉に詰まる。何も言い返せない。それは多分、今、とんでもなく恥ずかしい図星を指されたからだ。

妹「それをあんたは......だから、気は済んだかってさっき私は聞いたのよ。いつまでも子どもみたいな駄々こねて! 勝手に殻に籠って! そのくせ嫌われる事には怯えきって! ......学校で何があったか知らないけど、それを私達にまで当てはめないでよ!」

妹「あんた、家族をなんだと思ってんのよ! 私のこと、なんだと思ってんのよ!」

胸倉を掴む妹の力が、弱々しく抜けていく。抑えていたものをこれで絞り切ったのか、あるいはこれから溢れる所なのか。妹の表情から怒りの色が失せ、浮かんだものは涙だった。

妹「嫌なことがあるなら、ちゃんと相談しなさいよ......。部屋で変なビデオ観てる暇あったら、私とちゃんと話しようよ......。一緒にゲームやろうよ......」

あんたは、私のお兄ちゃんじゃない、と。涙声はやがて嗚咽に変わり、妹は肩を震わせながらくずおれ、僕の膝の間に顔を埋めた。
泣きじゃくる妹の頭を撫でながら僕の胸に湧いた感情は、申し訳ないことに、またしても喜びだった。

男子高校生「そっか......ごめんなぁ琴美。俺が、お兄ちゃんが、馬鹿だったみたいだ......」

僕が欲しくて欲しくてたまらなかったものは、すぐ近くにあったのだ。真心や、親愛の情、人との繋がり。学校で傷つけられた自尊心と劣等感ばかりを気にする内に、いつしか見えなくなっていたもの。

男子高校生「気づかなかったなぁ......。俺は、 本当はこんなに、恵まれてたんだなぁ......」

父と母に会ったら、今までのことを謝ろう。今までに思っていたことも全部話そう。そうして家族との関係を元に戻して、今度こそ人生をやり直そう。ホモビも、殻に籠る部屋も、僕にはもう必要ない。

自分を心に留めてくれる人がいる、ただそれだけで、頑張ろうとする意欲は湧くのだと。頬を涙で濡らしながら、僕は静かに悟った。



彡(゚)(゚)「いい年こいた兄ちゃんが、女子中学生の顔を股の間に挟みながらワンワン号泣しとるぞ。どんな地獄絵図やねん」

coat博士「あのやりとりのどこを見てそう思ったんだ。感動的な兄弟愛の姿だろうが」

彡(゚)(゚)「ワイの童貞奪ったホモ野郎の泣き顔なんか見たくもないわ。こんなもん見せる為にわざわざ布きれ着せて、ここまで連れてきたんか」

ババアに連れられて林の中のベンチに座らされると、待っていたのは車椅子に乗ったホモ野郎の姿だった。

coat博士「ああ。お前が救った人間の姿を、お前自身に見せてやりたくてな」

彡(゚)(゚)「ふん。こんなくっさいモン見せられた所でワイの気持ちは変わらんわ。いいからはよ、ワイが降りることを認めろや」

coat博士「そう結論を急ぐこともないだろう。せっかく世界を救ったヒーローになれたというのに」

彡(゚)(゚)「あん? 世界? ヒーロー?」

coat博士「そうだ。世界とは、何も地球や人間社会全てを表す言葉ではない。一人の人間の意識が生み出す景色や価値観......ようするに『心』もまた、一つの世界と言える。地球上に70億の人間の心があるのなら、同時に70億通りの人間の世界がある、ということだ」

coat博士「そしてヒーローとは、誰かの世界、すなわち心を救う者のことを指す。現状を打破し、危機を救い、この世にはまだ希望があると誰かに思わせた人間は、救われた者達にとってのヒーローになれる。あの少年とその家族にとってのヒーローが、今まさにお前なんだ」

彡(゚)(゚)「......。」

coat博士「ヒーローの本質は身体的な危機を救うことよりも、心の危機を救うことにある。
肉体が滅べば、その人の心も消失してしまう。だからTVの中のヒーローは、いつだって命懸けで誰かの命を守るんだ。
いくら肉体が元気でも、この世に飽いて絶望してしまえば、その人の心はやがて腐って死んでしまう。だからヒーローは、人々に面白いドラマを見せることによって、TVの向こうの視聴者の心を救うんだ。超人的な能力やカッコいい変身ベルトは、その為の道具であって本質ではない」

coat博士「試合に勝って欲しいという願いを叶え、子どもに将来の夢を与える野球選手も、もちろんヒーローの姿そのものだ。規模こそまだまだ小さいが、お前はTVの中のヒーロー達と同質の存在になれたんだぞ? そのことを、嬉しいとは思わないのか?」

彡(゚)(゚)「こんな汚ったない仕事させられる奴がヒーローやと? アホ抜かせや」

coat博士「ヒーローの仕事は元々汚いものさ。TVの中のヒーローは、子供達に汚い映像を見せられないので、綺麗な部分だけを切り取って放送しているからな。倒した敵の死骸が、都合よく爆発するのなんて良い例だ」

彡(゚)(゚)「......それに、いくらワイが糞まみれになってアイツをお腹いっぱいにしてやっても、ワイの腹はちっとも満たされんぞ」

coat博士「そんなことは無いさ。ヒーローにだってちゃんと......ん?」

ババアが言いかけた所で、ベンチの前まで女子中学生が駆けてきた。ワイらに気づいていたのか。

妹「あ、あの、お兄ちゃんに、お兄ちゃんを助けてくれたのがあなた達だって聞いて、お礼を言わなきゃと思って来たん、ですけど、」

ホモ野郎の妹の目元は赤く腫れ、鼻水が詰まったのか、非常に話し辛そうな様子だ。もう少し落ち着いてから来ればいいものを、どうやら相当テンパっているようだ。

coat博士「うん。うん。お礼を言うのは良いことだな。だがその前に少し落ち着こうな。ほら、ティッシュを上げるからとりあえず諸々拭きなさい」

ババアに渡されたティッシュで涙の跡を拭き、ズビーッと盛大に鼻を鳴らす。そして目を瞑って深呼吸すると、ようやく妹も落ち着きを取り戻した。

妹「......すいません。やっと落ち着きました。これ、必ず洗って返しますね」

coat博士「いやそんなもん洗って返されても困るから、どっかに捨ててくれ。ハンカチじゃないんだから」

どうやらまだテンパっているようだ。

妹「あっ、すいません間違えました! ......ああっ、お兄ちゃん連れて来るの忘れてた! すいませんすぐ取りに戻ります!」

彡(゚)(゚)「いらんいらんいらん! あいつの顔なんてもう見たくないから、連れてこなくていい! 余計な気遣いはやめろ!」

妹「え、ええっ、そうなんですか? ......あの、じゃあ、ええと、何しに来たんだっけ私?」

coat博士「......先程、礼をしにきたと言っていたな」

妹「そ、そうでした! あ、あの、この度は兄を助けていただき、本当にありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」

妹「あ、あの、お兄ちゃんに、お兄ちゃんを助けてくれたのがあなた達だって聞いて、お礼を言わなきゃと思って来たん、ですけど、」

ホモ野郎の妹の目元は赤く腫れ、鼻水が詰まったのか、非常に話し辛そうな様子だ。もう少し落ち着いてから来ればいいものを、どうやら相当テンパっているようだ。

coat博士「うん。うん。お礼を言うのは良いことだな。だがその前に少し落ち着こうな。ほら、ティッシュを上げるからとりあえず諸々拭きなさい」

ババアに渡されたティッシュで涙の跡を拭き、ズビーッと盛大に鼻を鳴らす。そして目を瞑って深呼吸すると、ようやく妹も落ち着きを取り戻した。

妹「......すいません。やっと落ち着きました。これ、必ず洗って返しますね」

coat博士「いやそんなもん洗って返されても困るから、どっかに捨ててくれ。ハンカチじゃないんだから」

どうやらまだテンパっているようだ。

妹「あっ、すいません間違えました! ......ああっ、お兄ちゃん連れて来るの忘れてた! すいませんすぐ取りに戻ります!」

彡(゚)(゚)「いらんいらんいらん! あいつの顔なんてもう見たくないから、連れてこなくていい! 余計な気遣いはやめろ!」

妹「え、ええっ、そうなんですか? ......あの、じゃあ、ええと、何しに来たんだっけ私?」

coat博士「......先程、礼をしにきたと言っていたな」

妹「そ、そうでした! あ、あの、この度は兄を助けていただき、本当にありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」

彡(゚)(゚)「......ふん、言葉だけならどうとでも言えるわ。本当に感謝してるってんなら、行動で示してくれてもええんやないか?」

coat博士「おい、お前何を言い出すつもりだ」

彡(?)(?)「ワイはなぁ、お前の兄ちゃん助ける為に泥被ってんやで? その礼をしたいってんなら、お前もお前の花を差し出すくらいの覚悟、見せるべきとちゃうか?」

妹「え? え? 花って、あの花のことですか? ええと......ええと......あ、あった!」

そう言うと妹は、何を勘違いしたのか近くに生えていた木の枝を折り、ワイの元まで持ってきた。枝の先には、五つの白い花弁に囲まれた中心に、長い黄色のおしべが数十本と並ぶ花がついていた。

妹「ど、どうぞ! 受け取ってください!」

彡(゚)(゚)(こいつ、花を差し出せと言われて、そのまんま花持ってきおった。ワイの言い方が悪かったんか? それともこいつがガイジなんか?)

coat博士「......ふふっ、夕方なのにまだ咲いているのがあったか。この花の名は夏椿、平家物語でお馴染みの、日本における沙羅双樹だ」

coat博士「背負う花の意味は、この世の無情。これは一日花である為につけられたものだが、花言葉として『愛らしい人』というものもある」

coat博士「いい花を、どうもありがとう。ほら、お前も早く受け取りなさい」

ババアに急かされ、ワイは渋々、花を手に取る。受け取ってもらえて安心したのか、妹の顔がパァと晴れ、

妹「本当に本当に、お兄ちゃんを助けてくれて、ありがとう!」

先程まで泣いていたのを忘れたかのような、それはそれは満面の笑顔で、妹は感謝の言葉を口にした。その顔に、その言葉に、一切の打算や他意が無いのは流石のワイにも伝わり。

彡(゚)(゚)「お、おう。ちゃんと感謝してるなら、それでええんや」

無邪気なその面を汚してやる、といった荒んだ気分が削がれ、ワイは思わずたじろいだ。

coat博士「ほら、いつまでも兄を放ったらかしにするのも悪かろう。お礼はもういいから、兄を連れて建物の入り口にでも向かいな。そろそろ、向こうの話も終わる頃だろう」

妹「あ、そ、そうですね! どうもありがとうございました! それじゃあ、また!」

ペコリと一礼すると、妹は兄の元へと帰っていった。妹が何事かを兄に話すと、兄もこちらへむけて頭を下げる。そしてそのまま、妹が車椅子を押していき、二人は林の向こうへと消えていった。

彡(゚)(゚)「.........。」

ベンチにババアと二人残されながら、ワイは受け取った花を、しばらくジッと眺めた。

coat博士「......随分と気に入ったみたいじゃないか。お望みの『花』ではなかったんじゃないのか?」

彡(゚)(゚)「......そうやな。そうなんや......これは、ワイが欲しかったもんじゃ、ないんや。なのに、なのに、なんでやろなぁ......」

脳裏に浮かぶ、あの妹の笑顔。耳の中でいつまでも反響する、ありがとう、という言葉。花を受け取った時の、指と指が触れ合った僅かな感触。花を眺めていると、それらがずっと鮮明に思い出させられ、

彡(゚)(;)「なんでやろなぁ。なんで、こんなもんで涙なんか、出てくるんやろなぁ」

不思議と、視界が滲んだ。

coat博士「それは、それがお前の本当に欲しいものだからだよ、バカ息子」

彡(゚)(;)「は、はぁ? アホ抜かせ、ワイが欲しいのは、美味い飯と、酒と、女と、金や。こ、こんな下らないもんなんかや、ないわ......」

coat博士「お前が自覚している自分の欲望は、表層に表れた上辺の意識でしかない。お前も意識の底の底の本心では、欲望と悦楽よりも、真心や親愛を望む願望の方が強いのだろう」

coat博士「その感情はヒーローとして、人としてとても、とても大切なものだ。その花を美しいと、嬉しいと思える内はお前は大丈夫だよ。......今のお前は少しだけ、心が疲れているだけさ。少し遊んで、少し休んで、朝日が登ればきっと気分も良くなるから」

そろそろ行くか、言うと、ババアはベンチから立ち上がり、グッと背筋を伸ばした。そして後ろに座るワイへ振り返って言った。

coat博士「その花、大事にしておけよ。それが、それこそが、ヒーローの報酬なんだからな」

彡(゚)(;)「ヒーローの......報酬?」

coat博士「ああ、そうだ。まぁいずれお前にも分かる日がくるさ。ほれ、いつまでも座ってないで、早く立て。置いていくぞ?」

彡(゚)(;)「いくって、どこに行くんや?」

coat博士「ヒーローにも休息が必要だろ?」

ババアはニッと笑いながら、言葉を続けた。

coat博士「特別に許可を貰って、もう閉館時間が過ぎた市ヶ谷記念館の中を、貸し切りで見学出来るよう手配した」

彡(゚)(゚)「おおっ!」

coat博士「さぁ原住民も待っているんだ、早く行くぞ。たまには......水入らずで遊ぶのも、そう悪くないだろう?」




~ガン掘リア宮殿~
深夜の集会を終え、解散となった会議室の中で。野獣は、始まりのホモに話を切り出した。

野獣先輩「KBSトリオは今日もサボりですか。......舐められてるんですかね」

始まりのホモ「いやぁ元々彼らは、人の話を聞けるほど賢くないんですよ。大して重要な人材じゃないですし、放っておけばいいんじゃないですか?」

野獣先輩「そう......ですね。そうかも知れません」

始まりのホモ「そんなことより、見てくださいよMURさんの姿を。あれ、僕のお手柄なんですからね。褒めてください」

始まりのホモはそう言うと、会議室の端でKMRと雑談をするMURへと指を向けた。

KMR「あっ、それエロ本じゃないですか! 買ってきたんですか!?」

MUR「そうだよ、河原に落ちてるの拾ってきたんだよ。お前も見たいか?」

KMR「な、なんで見る必要なんかあるんですか」

MUR「そんなこと言って、さっきからチラチラ見てただろ。......見たけりゃ見せてやるよ」

KMR「ありがとうございます......」

その姿は、完璧にMURそのものだった。

始まりのホモ「もっと早く僕に言ってくれればよかったのに。田所さんも人が悪いなぁ」

野獣先輩「......少し、事情がありましてね」

始まりのホモ「そうですかそうですか。まぁ、事情は人それぞれですもんね」

大して気にする素振りも見せず、始まりのホモはうんうんと頷く。
始まりのホモはしばし間を置くと、じゃあ僕もそろそろ行きますね、と言って踵を返し、出口のドアへと向かう。そしてドアノブに手をかけた所で、こちらへ振り向いて言った。

始まりのホモ「あ、そうそう。ホモガキ達の『アレ』、ようやく100人集まりそうですよ。大体あと三日、ってとこですかね」

野獣先輩「そうですか。では、ぼちぼちこちらも準備を整えておきます」

始まりのホモ「うふふ、楽しみですね。それでは田所さん、良い夜を」

そう言い残し、始まりのホモは今度こそ、ドアの向こうへと消えていった。

野獣先輩「あと、三日か」

ドアを見つめながら、野獣は一人呟く。何か物憂い気なその目の脇で、MURとKMRがなおも会話を続けているのが見えた。

MUR「あぁ~いいゾーこれ」

KMR「ンッ!ンッー、ンッー!」

MUR「こんなとこ見られたら、また妻と娘に怒られちまうかもなー」

野獣先輩「っ!?」

KMR「ンンー、オホッ!......え? MURさんって、奥さんいたんですか? 初耳ですよ?」

MUR「あ? いるわけないだろ、何言ってんだお前」

KMR「ええ、MURさんが言い出したんじゃないですか」

MUR「おっ? そうだったか?」

野獣先輩(馬鹿な! 家族の名前を、覚えていたというのか!? あの思念の濁流に押し流されてなお、ほんの僅かな記憶の断片だけでも残したというのか!)

いったいそれは、どれだけの意志の強さと幸運が必要なことだろうか。驚愕に目を見開いて、野獣はMURをまじまじと見つめる。

KMR「もう、冗談も大概にしてよ。そもそもMURさん、彼女だってロクに出来てないくせに」

MUR「なんだとおいKMRァ! お前だって彼女いねぇだろお前よぉ」

KMR「やめてくれよ......」

野獣先輩「......。」

驚くべきことではあるが、いざ事が起こってしまえば、それはそこまで理不尽なことでは無いのかも知れない。思念の集合体である概念体は、数千数万の人間のイメージによって型どられる。
だがそのイメージのほとんどは、信念や心の強さとは縁遠いホモガキ共によるもの。膨大な量ではあるが、一人一人の思念を取ってみれば酷く薄っぺらい思念だ。
そこにMUR個人が抱く強烈な意志の力が加われば、僅かにではあるが、思念の集合体に『異物』を混入する余地はあったのかも知れない。ほとんど不可能なことではあるが。

野獣先輩「......。」

完全な0と、0.00001%は大きく異なる。あの概念体にMURの意志が僅かにでも残っているならば、奴の意識が戻ってきてしまう可能性も、限りなく小さくはあるが、確かに生まれてしまった。

野獣先輩「だが、始まりのホモに報告する気にもならんな」

この事を教えれば、奴はまた嬉々として『概念の卵』をMURに植え付けることだろう。野獣としても、不確定要素は出来るだけ取り除いておきたいのが本音だ。
しかし、それでも、どうしても。これ以上MURをどうにかしようとする気は、微塵も起きなかった。もう、そっとしておいてやりたかった。

そう思わせた理由は、概念に必死に抗っていたMURへの憐憫と、変わり果てたMURの姿の痛ましさが。そして何よりも、MURへの畏敬の念が強かった。

野獣先輩「安心しろよ、MUR。約束は必ず守る。計画が全部終わったら、必ず家族の元に帰してやるからな」

固い口調で一人呟くと、野獣は始まりのホモが去ったドアを、鋭い眼光で睨みつけた。

コメントありがとうございます。有難いことこの上ないです。

スレタイはもう変えたくて変えたくて仕方ないです。リセットボタンを押してやり直したい。

宇野と権田のオッさんに出会い、世田谷区で概念体と戦い、地獄の訓練と悪夢の苦痛を味わい、市ヶ谷記念館をババアと原住民と一緒に見に行った激動のあの日から、三日経った。

彡(゚)(゚)「オラァ死に晒せやぁぁぁ!!」

(´・ω・`)「し、死にたくない! 死にたくない!」

宇野「なんJ民! 自分より弱くて小さい相手になにをそんな手こずってる! さっさと一発当てて楽にしてやれ! 動きが大雑把過ぎるぞもっと的を小さく絞れ!」

宇野「原住民! もっと気合入れて避けろ! 最小限の動きで避ける見切りなんて戦場じゃ役に立たんぞ! お前は一発でも攻撃をくらえばお終いなんだ! 不必要なぐらい大げさに避けろ!」

彡(゚)(゚)&(´・ω・`)「ぁぁぁあああああああ!!!」

~~
彡(゚)(゚)「ゼェ...コヒュー...ゼェ...コヒュー...」

(´・ω・`)「つらたん......つらタンク......」

宇野「大分動きはマシになったと思います。あと10分休憩したら、次はまた組み手の練習から始めましょう」

彡(゚)(゚)「ゼェ...コヒュー...ゼェ...コヒュー......ゴブフォッ!!」

慌ただしかった初日の次の日から、今日までの三日間。ババアが研究室に篭っている間、ワイらはずっと訓練を受けていた。練習内容は、型の基礎と、組み手と、実戦形式の戦闘訓練の繰り返しだ。

(´・ω・`)「初日の、筋トレよりかは、確かにマシだけど、それでも、辛いものは辛いね」

ワイが糞の掃き溜めのような汚れ仕事をさせられた時に、原住民はずっと筋トレを続けさせられていたらしい。ワイの比ではないだろうが、原住民も相応の苦痛は経験済みなのだろう。

宇野「辛くて当たり前です。三日前の地獄は、これからの苦痛に『耐える』為であって、苦痛を『感じなくなる』為のものではありません。苦痛を感じないということは、そいつは心が壊れているということです。そんなイカれを、戦いの場で頼りにすることなど出来ません」

宇野「心技体のうち、私があなた方に教えられるのは技だけです。体を強くしたいなら、博士になんとかしてもらってください。心を強くしたいなら、強くなる為の何かを、自分で見つけてください」

技や体と違って、心は、他人が無理矢理どうこう出来るものじゃないので。と、宇野は言葉を続けた。

彡(゚)(゚) (......強くなる為の何か、か)

coat博士「失礼するぞ、邪魔しに来たぞ。追い返されても居座るぞ」

ワイの呼吸がようやく元に戻ってきた頃に、ババアが部屋に入ってきた。ボサボサの髪にクマの出来た目元を携えて、気だるげな低いテンションだ。

(´・ω・`)「わーい。博士が来たよ、休めるよ」

彡(゚)(゚)「ババアは話が長いから助かるわ」

宇野「黙りなさい軟弱者ども。それで、何の御用ですか?」

coat博士「ああ。概念体についての説明と、これからのことを話そうと思ってな」

16話目 coat博士&始まりのホモ「戦う準備は整った」


宇野と権田のオッさんに出会い、世田谷区で概念体と戦い、地獄の訓練と悪夢の苦痛を味わい、市ヶ谷記念館をババアと原住民と一緒に見に行った激動のあの日から、三日経った。

彡(゚)(゚)「オラァ死に晒せやぁぁぁ!!」

(´・ω・`)「し、死にたくない! 死にたくない!」

宇野「なんJ民! 自分より弱くて小さい相手になにをそんな手こずってる! さっさと一発当てて楽にしてやれ! 動きが大雑把過ぎるぞもっと的を小さく絞れ!」

宇野「原住民! もっと気合入れて避けろ! 最小限の動きで避ける見切りなんて戦場じゃ役に立たんぞ! お前は一発でも攻撃をくらえばお終いなんだ! 不必要なぐらい大げさに避けろ!」

彡(゚)(゚)&(´・ω・`)「ぁぁぁあああああああ!!!」

~~
彡(゚)(゚)「ゼェ...コヒュー...ゼェ...コヒュー...」

(´・ω・`)「つらたん......つらタンク......」

宇野「大分動きはマシになったと思います。あと10分休憩したら、次はまた組み手の練習から始めましょう」

彡(゚)(゚)「ゼェ...コヒュー...ゼェ...コヒュー......コッ、ゴブフォッ!!」

慌ただしかった初日の次の日から、今日までの三日間。ババアが研究室に篭っている間、ワイらはずっと訓練を受けていた。練習内容は、型の基礎と、組み手と、実戦形式の戦闘訓練の繰り返しだ。

(´・ω・`)「初日の、筋トレよりかは、確かにマシだけど、それでも、辛いものは辛いね」

ワイが糞の掃き溜めのような汚れ仕事をさせられた時に、原住民はずっと宇野による筋トレを続けていたらしい。ワイの比ではないだろうが、原住民も相応の苦痛は経験済みなのだろう。

宇野「辛くて当たり前です。三日前の地獄は、これからの苦痛に『耐える』為であって、苦痛を『感じなくなる』為のものではありません。苦痛を感じないということは、そいつは心が壊れているということです。そんなイカれを、戦いの場で頼りにすることなど出来ません」

宇野「心技体のうち、私があなた方に教えられるのは技だけです。体を強くしたいなら、博士になんとかしてもらってください。心を強くしたいなら、強くなる為の何かを、自分で見つけてください」

技や体と違って、心は、他人が無理矢理どうこう出来るものじゃないので。と、宇野は言葉を続けた。

彡(゚)(゚) (......強くなる為の何か、か)

coat博士「失礼するぞ、邪魔しに来たぞ。追い返されても居座るぞ」

ワイの呼吸がようやく元に戻ってきた頃に、ババアが部屋に入ってきた。ボサボサの髪にクマの出来た目元を携えて、ダルそうな低いテンションだ。

(´・ω・`)「わーい。博士が来たよ、休めるよ」

彡(゚)(゚)「ババアは話が長いから助かるわ」

宇野「黙りなさい軟弱者ども。それで、何の御用ですか?」

coat博士「ああ。概念体について、新たな説明と訂正をしにきた」

宇野「説明?」

coat博士「まぁ、訂正の意味合いの方が強いかな。以前話した、概念体の能力を決める計算式は覚えているか?」

彡(゚)(゚)「『ステータス』と、」

(´・ω・`)「『知名度』のかけ算、だったね」

coat博士「正解だ。だがその計算式にはもう少し、説明を付け加えるべき要素があった。分かりやすくする為に、説明には例え話を使おう」

coat博士「『ステータス』を器に、そして『知名度』を水に置き換えて考えてみてくれ。器が大きければ大きい程、水が入るスペースは増えるよな。しかしここで、肝心の水が少ししか無かったらどうなる?」

彡(゚)(゚)「まぁ、デカい器を用意した意味はないわな。水が少ししか無いなら、器もちっこいので十分や」

coat博士「正解だ。では今度は逆に、水はたくさんあるのに、器が小さかった場合を考えてみよう。小さい器に、このたくさんの水を注いだらどうなる?」

(´・ω・`)「器からはみ出て、こぼれちゃうだけだよ。せっかくのお水がもったいないね」

coat博士「正解だ。つまり器(ステータス)だけ大きくても、水(知名度)だけ多くても仕方が無い。両者がバランス良く伴っていなければ、力は十全に発揮出来ん」

宇野「......説明は分かりやすくなりましたが、言っている事は以前と何も変わってないですね」

coat博士「まぁ、まぁ。本題はこれからだ。......私は、君ら概念体のステータスを増やすことも、知名度を高めてやることも出来ん」

coat博士「だが、今ある器の形を変えたり、一部を削って、新たな小さい器を作ることなら出来る。全体に均等に配分された君らの能力を、ある一点に集中させる......つまり、武器を生み出すということだ」

彡(゚)(゚)「武器?」

(´・ω・`)「集中させる?」

coat博士「例を挙げよう。宇野くんの話によれば、KBSトリオの黒い奴......仮にSと呼ぼうか。Sは他のK、Bとほとんど同じスペックであったにも関わらず、右拳には驚異的な威力を感じたという」

coat博士「理由は単純で、ネット上にSがそういう能力を持っている、という概念が存在しているからだ。Sの能力の名前は『其為右手(イマジンブレイカー)』といって、あらゆる敵の異能を打ち破るらしい」

彡(゚)(゚)「イマジンブレイカーって......お前そりゃ、あれやないか」

coat博士「若者の間で人気のとあるライトノベルの能力らしいが、Sの淫夢ビデオ内での発言と似ている点があってな。それを面白がった淫夢民がでっち上げた、悪ふざけの産物だ」

coat博士「故に、『Sの右手には特別な力がある』という概念が生まれた。そしてSは、右手にのみ突出した力、すなわち武器を手に入れたというわけだ」

coat博士「お前らが遭遇したMURの、肉塊の群れを産む能力も、同じく淫夢民の悪ふざけの賜物だな。あれはMUR肉と呼ばれる、MURの体の様々な部位を繋ぎ合わせて出来た化物だ。その珍妙な姿がウケた為か、淫夢民の間では結構な知名度があるらしい」

coat博士「このように、敵にはその知名度に合わせた個性、武器が備わっている。一方こちらは、何の特性も持ち合わせていない、いわばプレーンの状態なわけだ」

彡(゚)(゚)「ゴチャゴチャ言われたが、ようはワイらをパワーアップさせよう、って話やろ?」

coat博士「目的と結果はその通りだが、これからするのは、厳密に言えば改造だな」

coat博士「お前の体が、仮に戦闘力600だとしよう。その戦闘力を頭部、胴体、両脚両腕の6つの部位に、100ずつ均等に振り分けた状態が今のお前だと考えてくれていい」

彡(゚)(゚)「ふむ」

coat博士「今のお前の全身はバランスが良く、どこを叩かれても、攻撃力99のダメージまでならいくらでも耐えられる」

coat博士「だが相手の攻撃力が200だった場合、お前はその攻撃を耐えることも、弾くことも出来ん。抵抗することもままならん」

(´・ω・`)「そんなの、それこそステータスが強いかどうかの話じゃない。僕らにはどうしようもないよ」

coat博士「だからこそ我々も、そのステータスに偏りをつくろうとしているのさ。私はお前らに更なる力を授けることは出来ん。だが今ある600の戦闘力を、Sのように右手に300、あとの残りを全身に振り分けることは可能だ」

彡(゚)(゚)「パワポケの野手のステータスがCCCCCなのよりも、AACEEの方が使い易くて楽しい、みたいな感じか?」

coat博士「そういうことだ。戦闘であれ、戦術であれ、戦略であれ、何事も突出した偏り(武器)があった方が有利だ、ということだ」

(´・ω・`)「そうと決まれば早速始めようよ!僕、早く強くなりたい!」

彡(゚)(゚)「せやせや! なんでもいいから早よう武器よこせ! なるだけカッコいいの!」

宇野「......まだ今日の訓練は終わっていませんよ?」

彡(゚)(゚)「そんなもん後回しに決まっとるやろ!」

coat博士「いや、改造はお前らが眠っている時に行わせてもらう。くたびれてとっとと眠ってもらった方が都合がいいので、むしろいつもより厳しくしてやってくれ」

宇野「了解です」

彡(゚)(゚)「ファッ!?」

(´・ω・`)「今日はもう終わりの流れだと思ったのに!」

coat博士「強くなりたいんだろう? なら鍛錬は怠るな。せっかく良い指導者がいるんだから、お前らはむしろもっと積極的に励め」


coat博士「何かを得るには代償が必要だ。その点、汗水垂らすだけで済む鍛錬は、強さを得る代償としては非常にリーズナブルだからな」

夜。一通り訓練を終えた私達は、権田さんの車に乗り、coat博士の研究所へと向かった。

権田「皆様方には大変なご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」

人間へと復帰した権田さんは、開口一番謝罪を口にした。

宇野「いえ、今回の件は私の落ち度です。権田さんが謝る必要はありません。......前の車も、私が壊してしまったんですから」

前の車が駄目になったのは、MURに追いかけられた時だ。肉塊共の二回の体当たりによって、前席左側と後部座席右側のドアに、大きな凹みが生じていた。また、車の屋根やバックドアにも小さな凹みが数個あり、側面には擦り傷やぶつけた後があちこちに付いていた。

権田「いえいえ、修理すれば充分治りますから、それこそお気になさらないでください」

彡(゚)(゚)「......ワイ、あの車気に入ってたんやけどな」

権田「すぐに修理して、またあの車で運転させていただきます。しばらくは、この車でご辛抱ください」

彡(゚)(゚)「......。.........そか」

なんJ民の権田さんへの態度は固い。訓練の疲れもあるのだろうが、性交渉を強要させられた相手、という負の情が根強いのだろう。

彡(゚)(゚)「まぁ、早うしてくれや」

しかしなんJ民が罵倒を口にすることは無かった。彼にも、権田さんに罪はないことが分かっているのだろうか。だとすると、感情のおもむくままに暴言を吐き散らしていた頃と比べれば、大した成長ぶりだ。

宇野(私の指導のおかげかな)

成長に繋がる出来事に、特に心当たりは無い。ならばきっと、積み重ねた鍛錬が、彼の心を強くしたのだろう。それはつまり、私の手柄だということだ。感謝してほしい。

権田「そろそろ着きますよ」

(´・ω・`)「うー、久しぶりの我が家だー」

『私有地につき立ち入り禁止』と書かれた看板を越え、山道に入ってしばらくすると、三日ぶりに目にする研究所に到着した。

権田「私はここで待機しています。何か御用がございましたら、いつでもお申し付けください」

駐車場に一人残った権田を置いて、私達は建物の中に入る。

coat博士「こっちだ、ついて来い」

coat博士に促されるまま歩くと、連れてこられたのは地下室であった。
以前顔を出した時には見せてもらえなかったが、最先端技術の研究室というのには、実のところ少し興味があった。期待を胸に秘めながら階段を降り、室内を視界に納める。すると、

宇野「......はぁ?」

眼前に広がった光景は、予想外のものだった。研究室は薄暗く、狭さを感じさせる。実際はかなり広々とした間取りなのだろうが、その四方を埋め尽くすように、旧時代の大型電算機や、使用意図の分からない何かの機械がズラリと並んでいて、スペースを圧迫していた。
ピコピコと音を鳴らしながら赤や青に点滅する、いかにも70年代のSF映画に登場しそうな謎の機械群は、いっそ見るものをバカにしているようにさえ思えた。

宇野「なんですか、この......イメージ通りというか、あまりにチープな施設は」

明らかに、現代の科学技術に即した部屋ではなかった。まさかこんな、電卓や8ビットが持て囃されていた時代の遺物で、概念体を生み出したとでも言うつもりなのだろうか。

coat博士「それっぽいだろ? ここは趣味で?き集めたアンティーク(時代遅れのコンピュータ)部屋でな。本当の実験室はこの更に奥の部屋だ」

宇野「何故、わざわざこんな部屋を?」

coat博士「本命の実験室のカモフラージュ......って意味もあるにはあるが、まぁただの私の趣味さ。特にすることが無い時は、実験室よりこっちの趣味部屋にいることの方が多いな」

coat博士「都市の機能としてはビル群の方が優れてはいても、観光地としては、昔の面影を残した場所の方が魅力的だろ? それと同じで、最先端の機材は研究に必須ではあるが、画一的で情緒が無いからな。休む時ぐらい、懐古主義のノスタルジーに囲まれていたいのさ、私は」

彡(゚)(゚)「ワイらもたまに、ここでファミコンやらスペースインベーダーとかで遊んどるぞ」

(´・ω・`)「すること無さ過ぎる時だけにね。ここ、PSもwiiも置いてないから」

彡(゚)(゚)「ホンマは新しいゲーム機で遊びたいんやが、ババアが置いてくれへんのや」

coat博士「買いたきゃ自分で買え。最先端の現代機器なんぞ、私の趣味部屋に置いてたまるか。昔ながらの情緒や風情がぶち壊しになっちまうだろ」

宇野「......新技術を発明した科学者の言葉とは、とても思えませんね」

coat博士「趣味と仕事は別物なんでね。......それでは、今度は私の仕事部屋をお見せしようか」

そう言うと博士は、壁に貼り付けられた暗証キーに番号を入力し、下部の指紋認証に人差し指をかざした。すると、部屋の最奥部にあった本棚がズルズルと横に移動し、新たな部屋が姿を現した。

宇野「またこんな、ベタな仕掛けを......」

coat博士「そんな呆れた顔をするなよ。言っとくが、私の学会の知り合いの部屋は、皆これよりもっと個性的だぞ?」

宇野「あなたの学会にはアホしかいないんですか」

coat博士「ちゃんと成果を上げてきた奴らなんだがな......。まぁ、科学者に『なる』には物覚えの良い頭がなけりゃ話にならんが、そっから科学者が『成る』のには、独自性や遊び心を忘れん柔軟な頭が必要ってことさ」

いいから早く入ってみてくれ、と促され、実験室に足を運ぶ。
実験室は、薄暗かった趣味部屋から打って変わり、屋上に散りばめられた電灯に白く照らされていた。手前には、大量の資料が積まれたデスクや、私には理解の及ばない何かの機械が置いてある。奥にはスパコンが幾数台と立ち並び、最先端の研究に相応しい意匠を誇っていた。
中でも目を惹くのが、研究室の中央にドンと構えた、二台の装置であった。

彡(゚)(゚)「ここに来るのも久しぶりやな」

(´・ω・`)「久しぶりというか、僕らが生まれた時と今日とで2度目だね、ここに来るのは」

宇野「生まれたというのは、やはりこの装置でですか?」

(´・ω・`)「うん。僕ら、気付いたらこの中に横たわってて、起きたら博士が目の前にいた」

彡(゚)(゚)「生まれた直後のことなんてボンヤリとしか覚えてないけどな」

縦3m、横と高さが幅1mのその装置は、私に棺桶を連想させた。装置に繋がる幾つものパイプが無ければ、私がこれを装置と分かる術も無かっただろう。

coat博士「お察しの通り、この二台の装置が『概念を実体化する技術』の要であり肝だ。こいつらはここで生まれ、ここで強化される」

彡(゚)(゚)「なんでもいいから早く寝かせてくれや」

coat博士「だったら早く装置の中に入れ」

(´・ω・`)「じゃあ早く外の電気消してよ。眩しくて眠れないよ」

coat博士「中に入れば気にならんから大丈夫だよ」

そう言われ、二人は装置の中に入っていく。

coat博士「......さて、これで後は、こいつらが寝るまで待つだけだ。宇野くんも今日は休んでくれていいぞ。寝泊まりは、二階のリビングに来客用の部屋があるから、そこを好きに使ってくれ。私の趣味ではあるが、映画もそこそこ揃ってる」

明日の朝になったら、また趣味部屋に来てくれ。その博士の言葉を最後に、今日の私の仕事は終わった。


~~~
夜が明ける少し前。しばしの眠りから覚めた私は、coat博士の実験室へと向かった。趣味部屋から声をかけると、中から操作したのだろう。本棚が移動し、私は再び実験室へと招き入れられた。

coat博士「早かったな。昨夜は、私の用意した映画は観ずに寝たのかい?」

宇野「いえ、『蠅男の恐怖』を視聴させていただきましたよ。展開が支離滅裂で良い映画とは言えませんが、名作です」

coat博士「......私のコレクションはSFがほとんどだが、君は数ある中から何故それを選んだんだ?」

宇野「なんででしょうね。ここの、薄暗い地下の研究室を見たせいかも知れません。タイトルを見たら無性に観たくなってしまいまして、おかげで寝不足です」

coat博士「そうか、別に急いで来る必要はなかったんだがな。まだこいつらも寝ているし」

宇野「それです。昨日は聞きそびれてしまいましたが、何故、彼らがわざわざ眠るのを待っていたんですか? 身体の改造には痛みが伴う、といった理由からですか?」

coat博士「痛み、ではない。こいつらを気遣っているのはその通りだが、理由はより重大なものでな。ようは※スワンプマン......いや、どこでもドアの怖い話に近いな」

※スワンプマン(泥男)......同一性やアイデンティティーについて問う為の思考実験。
[ある日、一人で散歩をしていた男Aが、沼の側で落雷により死んだ。しかしこの時、落雷と沼の泥が奇跡的な化学反応を起こし、死んだ男Aと全く同一同質、同じ記憶を持つ泥男A'が生まれた。そして散歩から帰ってきたA'がAであると、職場の人間や家族は、疑うことさえ無く受け入れた。A'は明日も明後日も、Aとしての生活を続けていく。
しかし、A'は決してAでは無い。落雷によって死んだ本物のAの亡骸は、今も沼の傍らで横たわったままである]


宇野「どこでもドア......あの身体が分子レベルでバラバラになるって奴ですか」

coat博士「そうだ。どこでもドアで空間をくぐる際、のび太くんの体は、一度バラバラになった後で、記憶や肉体を行き先の空間にそっくりそのまま再構成されているのでは? という説だ」

coat博士「どこでもドアの話の肝は、スワンプマンと違い、元の人間が必ずしも死んでいるわけではない、という点だ。スワンプマンの場合、AからA'へという、死んだはずのAと全く同じ体格人格でありながら、その実全く別の人間であるという恐怖がある」

coat博士「ではどこでもドアの怖い話のどこに、人は恐怖は覚えるのかな?」

宇野「それは、まぁ、身体がバラバラになる点でしょう。のび太くんが無邪気な顔でそんな恐ろしい体験を、しかも知らず知らずの内に何度も味わっているのか、という不気味さもあります」

coat博士「そうだな。しかし本人が死んでしまうスワンプマンと違って、どこでもドアの話は、本人が知らなければどうということは無い。私の作った『概念を実体化する技術』の装置も同様だ」

coat博士「どこでもドアも私の装置も、記憶の断続性や人格の同一性はクリアしている。しかし一度『自分は一度バラバラになった』と知ってしまえば、もう頭からこびりついて離れることはない。必ず『今の俺はバラバラになる前の俺と、本当に同じ人間なのか?』と、答えの無い思考にハマってしまう」

coat博士「すなわち、自我の危機が訪れてしまうんだ。こいつらをそんな危険に晒すわけにもいかんので、眠って意識が消えるまで待っていたわけだ。繰り返すが、知らなければどうということの無い話だからな」

宇野「バラバラになった彼らは、本当に記憶の断続性や人格の同一性はクリアしているんですか?」


coat博士「人間と違って、こいつらの意識の源流は、脳や肉体ではなくデータの中にある。今私がやっているのは、頭から脳みそ取り出して弄った後、元の頭にすっぽり収めるようなもんだ。まず間違いなく同じだよ」

それにしてもだ、と、博士は言葉を続ける。

coat博士「KBSトリオの存在と、MURの能力の話を聞いて、私は正直凹んだよ。KBSトリオ如きがいるということは、間違いなく他にも仲間がいる、ということだ。しかもSやMURの例からみて、向こうは能力の付与についてさほど苦労していないらしい」

coat博士「技術を作った私でさえ、生み出せた概念体は野獣を含めた3体だけだ。あちらは我々と比べて、随分と技術が進んでいるらしい」

同時刻~ガン掘リア宮殿~

戦う準備が整いました、という始まりのホモの言葉を受け、野獣は立ち上がった。
夜明け間近のガン掘リア宮殿にて、野獣と始まりのホモは、全ての仲間を外庭に集めた。集まった仲間達の顔には、それぞれ期待の色が浮かんでいる。
その数は数十名にも昇り、熱帯夜の暑さと密集による熱気とが、彼らの高揚をさらに高める。彼らは明らかに、解放の時を今か今かと待ちわびていた。
彼らの様子を確認してから、野獣と始まりのホモはこの時の為に用意された壇上に昇った。ひとしきり注目が集まるのを待った後、野獣は口を開いた。

野獣「随分と待たせてしまったが、タメの時間は今日で終わりだ。これからお前達には、世田谷区全土に散って、我々の勢力を拡大させてもらいたい」

野獣「難しいことは言わん。ルールや制限など設けない。お前らはただ、本能のままに暴れ、望むままに犯せ。好みの男を、好きな時に、好きなだけレイプしてやれ! それこそが、俺達を追い詰めた奴らへの復讐となり、俺達の理想郷を創り上げる手段となる!」

野獣「自分を偽るな! 性癖を隠すな! 生まれ持った本能を愛してやろう!俺達はそれに値する程の苦痛を味わってきた! 俺達はそれを可能にする力を手に入れた!!」

野獣「勃ちあがれ同胞よ! 今この時より、解放の宴を始めよう!!」

野獣の声を受け、仲間達は盛大な歓声を上げた。歓声はやがて雄叫びに、最後には狂喜の絶叫へと色が変わっていった。
彼らの興奮は当然である。なにせ、絶対的リーダーからついに許可が出たのだ。『犯していい』と、『好きなように暴れていい』と、『好きな奴を好きなだけレイプしていい』と。

性欲を抱えた男なら、誰でも一度は夢想する。
人権も道徳も、人目も社会的立場も、法律も警察もお構い無しに。街を歩く自らの性的対象を、手当たり次第に犯してみたいと。ハーレムをつくってみたいと。性奴隷が欲しいと。心も身体も拘束して、ソイツの全てを思うがままに支配してみたいと。

男の欲望の一つの頂点が、今まさに叶おうとしているのだ。彼らの顔にはもう、理性などほとんど残ってはいない。

野獣「さぁ行け野郎共! 暁の地平線に精子をかけてやれ!!」

「「ウォォォォォォォーーーッ!!!!」

野獣の最後の言葉を皮切りに、彼らは雄叫びをあげ、始まりのホモに定められた持ち場へと走っていった。

始まりのホモに振り分けられた、世田谷区での彼らの持ち場は、次の通りである。
『ガン掘リア宮殿(本拠地)......野獣先輩、KMR、MUR、始まりのホモ(テロリストの勧誘の為一時離脱)

北沢地域(半ば制圧済み)......ピンキー姉貴、一転攻勢(シャブラサレータ)、ホリ・トオル、KBSトリオ

世田谷地域......MNR、TNOK、イニ義893、SNJ、DB

玉川地域......KBTIT、平野源五郎、虐待おじさん、ひで

砧地域......AKYS、まひろ、じゅんぺい、我修院、中野くん、関西クレーマー

鳥山地域......GO 』

これらの枠のどこかに、その他の概念体が浮動で散る。そして、

始まりのホモ「さぁお前らも早く行け、この役立たず共」

??「「了解です! はじめくん様!!」」

今日の為に準備した、例の『ホモガキ達』約100名も、彼の命令と共に散っていった。彼らは、KBTITやAKYSといった主だった概念体の、手下としての役割が与えられている。いわば、仮面ライダーにおけるショッカーだ。

始まりのホモ「......さて、では僕もそろそろ出かけますかね」

野獣先輩「本当に必要なんですか? その、参謀役のテロリストというのは」

始まりのホモ「勿論です。世田谷区の制圧は、僕らの目的の第一段階に過ぎません。次のステップの為には、軍略の知恵がどうしても必要になります」

野獣先輩「......それに、あの『ホモガキ達』は使い物になるんですか?」

始まりのホモ「どうですかね。coat博士が寄越してくる刺客には無力でしょうが、少なくとも一般人が相手なら無敵でしょう」

始まりのホモ「なにせ『ホモガキ達』は、僕が邪道に邪道を重ねて創り上げた......曲がりなりにもれっきとした、『概念体』ですからね」



~同時刻 coat研究所 地下実験室~

朝。目が覚めたワイと原住民は、寝起き早々ババアに文句を垂れていた。

彡(゚)(゚)「なーんも変わっとらんやんか。失敗したんかババア」

(´・ω・`)「見た目も感覚も昨日と全く同じだね」

coat博士「いや、お前らの改造はちゃんと成功したよ。今の状態は精通したばかりの小学生みたいなもんだ。やり方さえ覚えれば、すぐにおっ勃つようになる」

彡(゚)(゚)「唐突に下ネタぶっこむのやめーや」

coat博士「よし、ではまず原住民からだ。パッと頭に浮かんだ言葉を叫んで、何かを出そうとしてみろ」

(´・ω・`)「ええっ! 急に言われても分かんないよ、何かってなに?」

coat博士「なんでもいいさ。インスピレーションに任せて唱えれば、必ずお前の武器を出せる」

(´・ω・`)「い、インスピレーション? ええと...ええと......」

彡(゚)(゚)「はよせえや、時間かければかける程どんどん場が白けるぞ。こういうのはノリと勢いが命や」

宇野「宴会の無茶振りみたいなこと言わないでください。追い詰めてどうするんですか」

(´・ω・`)「うぅ......う!」

(´・ω・`)「わ、“わたすはJの守り神”!!」

CORPORATION “炸裂のきゅうり神”

彡(゚)(゚)「なんちゅうかけ声やねん」

(´・ω・`)「わ! なんか出てきた! 右手になんか出てきて......ってなんできゅうり神様が!?」

原住民が驚きの声をあげる。その手には確かにきゅうりが握られているが、先端部が顔の形に掘られている点を除けば、見た目はただのきゅうりでしかなかった。

彡(゚)(゚)「なんや、武器どころかロクに栄養にもならんもんが出てきたぞ」

(´・ω・`)「きゅうり神様の前でなんて失礼なこと言うんだよ! きゅうり神様に謝ってよ!」

彡(゚)(゚)「あーん? 何がきゅうり神や。こんな顔が彫ってあるだけの安物、いつまでも有難がっとるんやないで」

ワイは原住民の手からきゅうりをひったくり、

(´・ω・`)「あっ!」

彡(^)(^)「偶像崇拝はパクーで」

顔っぽいきゅうりの先端部を、思い切り齧ってやった。すると、水気ばかりで味の薄いきゅうりの破片が口内に弾け......、

(´・ω・`)「ああっ! きゅうり神様が!」

彡( )( )「ホゲッ......」

きゅうりが、炸裂した。突然バラバラに弾け飛んだ無数の破片が、きゅうりを握った右手へ、顔へ、そしてワイの口内全域へと襲いかかった。

彡(×)(゚)「ハッ、カハッ、ハガガ」

右手と顔は、まだ凄く痛い程度で済んだ。が、口内は剥き出しの歯と歯茎と唇とを満遍なく攻撃され、死にたくなる程の激痛が襲った。

(´・ω・`)「うわぁ、おにいちゃん大丈夫!?」

彡(×)(゚)「カ、ハカカ、カハバ(大丈夫なわけないやろ殺すぞ)」

coat博士「おい、今のきゅうりはまだ出せるか?」

(´・ω・`)「え? う、うん。僕、きゅうり神様ならいくらでも出せそうな気がするよ。ホラ」

coat博士「右手と左手に一つずつ......量産も可能か。いいぞ、これなら原住民の身体が弱くても、敵に投擲しながら離れて戦える。今みたいに罠のような使い方も出来るだろう。サポート向きの良い武器だ」

宇野「罠には、向いてないんじゃないですか? さっきのも今のきゅうりにも、何か不気味な顔が彫ってありますし。差し出されてもまず口にはしませんよ」

(´・ω・`)「だから、きゅうり神様を馬鹿にしないでってば」

宇野「あ......いえ、あなたの神を否定しているわけではないですよ。気安く他人様の神を侮辱した奴の末路は、総じてああなりますからね」

coat博士「うむ。因果応報という奴だな」

彡(×)(゚)「お、ら、ち、しろ(お前らちょっとはワイの心配しろや)」

(´・ω・`)「ごめんおにいちゃん......実はさっき、ちょっとだけね」

(´^ω^ `)「きゅうり神様が爆発した時、心がスカッとしちゃった!」

彡(゚)(゚)「お前、あとで、ほんと、覚えとけよ」

coat博士「お、もう回復したか。早いな」

彡(゚)(゚)「うるせぇ、いいから次いくぞ。今度はワイの番やろババア」

coat博士「そうだな。いいか、パッと頭に浮かんだ言葉を唱えるんだぞ。これは一種の暗示でな、ファンタジーの呪文詠唱なんかも......」

彡(゚)(゚)「ようはオナニー用に、一番好みのエロ本用意しろってこったろ? 話が長いんやババア」

coat博士「むっ、親に対してなんて口の利き方だ貴様」

彡(゚)(゚)「うっせババア。......頭に思い浮かぶ言葉、ねぇ。今はこれしか出てこんわ。“ワイは嫌な思いしてないから”」

CORPORATION “蛮族の棍棒”

宇野「なんですかその、自分勝手極まりないクズ発言は」

彡(゚)(゚)「ふんっ、孤独に荒んだワイの心にはこの言葉がお似合いなんや......おっ?」

気付くと、ワイの右手に、茶色の棍棒が収まっていた。ゴツゴツとした窪みやこぶがいくつもあり、良く言えば無骨、率直に言って不細工な見た目だ。

彡(゚)(゚)「なんやこれ。せっかく武器使うならバットが欲しかったんやけど」

coat博士「まぁ、棍棒をより洗練させ、球を打つのに適した形にしたのがバットだしな。未熟者の今のお前には、棍棒ぐらいが丁度いい」

彡(゚)(゚)「なんやとババア」

coat博士「その棍棒が、今のお前の限界ってことだ。悔しけりゃもっと鍛えて、もっと強くなることだな。そうすればいずれお前好みのバットも作ってやれるさ」

coat博士「さぁ、これで戦う準備は整った。敵はそこにあり、目的は明確で、武器も揃えた。後はただ、力の限りに戦い、敵陣を弱らせ、そして大将首を狙うだけだ」

彡(゚)(゚)「大将首?」

coat博士「私が与えた使命を忘れるんじゃないよ。大将首が誰かなんて決まっているだろ」

coat博士「お前の使命はただ一つ、『野獣先輩を倒せ』だ。これからたっぷり親孝行してもらうから、覚悟しろよバカ息子」

【ステータス】
彡(゚)(゚) (なんJ民)
心......知識D 判断力C 精神力D 対人能力E
技......回避C 組手C 間合いC 攻撃手段D
体......腕力B 敏捷性C 持久力D 耐久性B

特殊概念
・蛮族の棍棒
そこそこ硬く、そこそこ重く、当たるとかなり痛い無骨な棍棒。なんJ民自身はバットを使いたがっている為、使用者との相性はあまり良くない。

『総合能力 C』


(´・ω・`) (原住民)
心......知識D 判断力C 精神力C 対人能力B
技......回避B 組手D 間合いE(武装時 B) 攻撃手段E
体......腕力E 敏捷性B 持久力C 耐久性B

特殊概念
・炸裂のきゅうり神
敵に投げつけるも良し、置いて罠にするも良し、食べるのは悪しのきゅうり型炸裂弾。一定以上の圧がかかると爆発し、破片の衝撃によりダメージを与える。が、現時点での火力は少し強めの爆竹程度でしかない。
原住民は、御神像を爆破する冒涜行為への躊躇いと、戦いに貢献したい気持ちとで板挟みになっているという。
きゅうり神の爆発を見届ける彼の表情からは、戦いの虚しさへの哀愁が常に漂っている。

『総合能力 D』

ここまでで序章というか、第1章、みたいなものが終わりました。次章からようやく本題に入れます。

1週間以内にエロスレに追い出される、という話はイタズラだったんですかね

【第2章】 『同性愛者の理想郷』編 開始

苛立ちを抑える私の背後から、停車中の電車のアナウンスが聞こえる。ドアを閉める間際の甲高いサイレンが、また不愉快に私の耳を突いた。

ドアが閉まります。ドアが閉まります。ドアが閉まります。

何度も何度も、電車の到着の度に耳に入るその警告音は、私の心境と妙に重なるようで、更に苛立ちを加速させる。

女子高生「......ムカつく、意味分かんない」

土曜日の朝の、SJ学園前駅の南口にて。7時を回った腕時計を睨みながら、私は小さく地団駄を踏んだ。もう、かれこれ30分も待ちぼうけを食らっている。

女子高生「なんで、こんなに待たされなきゃいけないのよ」

私は今日、彼氏である智樹とデートの約束をしていた。千葉の遊園地に行って、久し振りに羽目を外して遊ぼうと誘ってきたのは、智樹の方からであった。

女子高生「ムカつく、ムカつく、ムカつくよ」

野球部に所属する智樹と付き合い始めたのは、去年の秋、高校一年の文化祭の時からだ。
告白してきたのは智樹の方から。坊主頭は少し嫌だったけど、わりと仲も良かったし、顔も悪くないし、話していると楽しいし、私はその告白を受けることにした。
それから、もうすぐ一年が経つ。 現在の二人の関係は......少なくとも私にとっては、あまり良好ではない。智樹が私をどう思っているのかが分からないし、気持ちが分からないのは、それだけ意思疎通が取れていない、という事の顕れだと思う。

女子高生「いっつも、私が我慢する側だよ。いつもこうだよ」

待ち人が来るはずの方角へと、身体だけは真っ直ぐ向けたまま。私は下を向いて、彼氏への恨み言を呟く。すると背後からまた、駅に迫る電車の、レールの継ぎ目をなぞる音が聴こえた。
もう、この音が耳に入るのも何度目だろうか。音が鳴る度に、「智樹が来ていれば、今頃あの電車に乗れただろうに」と、頭の中で声が響いて、苛立ちが消沈の色へと変わっていく。

告白してきたのは、智樹の方なのに。
今日のデートだって、誘ってきたのは智樹からなのに。
それなのに、待たされているのは私だった。
今日まで付き合ってきて、不満やストレスを溜め込んでいるのも、私だった。

ドアが閉まります。ドアが閉まります。ドアが閉まります。

また響く、不愉快な警告音。いっそ耳に届かない所まで移動したかったが、待ち合わせ場所がここなので身動きがとれない。これ以上彼と、無駄にすれ違うのは御免だった。
やがて、響く警告音のせいか、嫌な思い出ばかりが脳裏に浮かんだ。
平日休日問わずに、毎日行われる野球部の練習せいで、一緒に街を歩いた回数すら数える程しか無かった。今日もそうなのだが、一日丸々使ったデートなんて、期末テストの準備期間ぐらいにしかチャンスが無いのだ。
また、クラスが同じだった一年の頃から、二年次のクラス替えを境に、溝は深くなっていった。クラスが離れ離れになってからというもの、学内ですら、共に過ごす時間は目に見えて減っていた。

「えっ、奈央ちゃんと智樹くんって付き合ってたの!? 嘘っ、完全フリーだと思ってた!」

以前クラスメイトに言われた、無遠慮な一言を思い出す。あれには、心底ガックリときた。
その発言をしたクラスメイトの意図はともかくとして、私はその時にようやく突きつけられたのだ。周りに付き合っていると認知されない程に、二人が一緒にいる時間というのが、一般に比べひどく短いという事実を。
その言葉を受け、流石に改善を図るべきだと思い立ち、相談をしたのがつい一昨日の出来事だ。

放課後の練習が終わるのを待ち、夜のファミレスで話を切り出した私は、

「うーん、そっか。じゃあさ、奈央が野球部のマネージャーをやってくれる、ってのはどう? そしたらずっと一緒にいられるよ」
「この間一人辞めちゃって、丁度人が足りてなかったんだよね。ね、どうかな? 奈央は部活やってないし、前からやって欲しいなとは思ってたんだよ」

ヘラヘラと笑いながら返してきた智樹に、心の底からブチ切れた。

私は、「彼女」って名札のついた、アンタの人生のアクセサリーなんかじゃない。私には私のしたいことがあるし、彼女だからってアンタが好きでやっていることを、私が身を捧げてまで支える義理も義務も無い。
私はずっと、智樹に合わせてきたよ? 色々我慢して、本当は辞めちまえって思ってた野球部の応援にも行ったよ。アンタがベンチを温めてるだけの試合でも、頑張れって叫び続けたりしたよ。
でも、アンタが私に合わせてくれたことは一度も無いよね。ずっと野球のことばかりで、私の為に何かを我慢したことなんて一つも無いよね。
なのにこの後に及んで、また私がアンタに合わせろって言うわけ? 何様のつもりなの?

......そんなことを、夕飯時の、わりと混雑したファミレスの席で。私が人目も気にせずまくし立てた結果が、今日のデートだ。

流石にマズいと思ったらしい智樹が、土曜日は全部奈央との時間にするから! と平謝りしてきた末の、デートの約束であった。にも関わらず、である。

女子高生「野球の試合には遅刻しないくせに、私との約束には平気で遅れるんだなぁ」

結局、智樹は今回のデートを、私のご機嫌とり、ぐらいの軽い気持ちでしか見ていないのだ。そもそも、日常での接点が少ないという私の問題提起に対する、とりあえずデートをしようという提案自体が、的外れでその場しのぎのものでしかないだろう。

女子高生「............あ、雨だ」

ヒステリックな女の癇癪を、とりあえずご機嫌を取って宥めよう、といった軽薄な智樹の意図に気付き始めた頃。曇り気味だった空から、にわかに雨が降り始めた。はじめポツリ、ポツリと垂れるようだった雨は、あっという間に激しさを増していった。

女子高生「あー......。なんかもう......いいわ、どうでも」

天気はかなりの大雨で、すぐに回復する見込みも無さそうだった。これで千葉の遊園地で遊ぶ計画は台無しになったのだが、もう、ショックなど特に感じない。落胆も怒りも無く、あるのは冷え切った心だけ。

女子高生(もういいや。無理して合わせるの、もう面倒くさい。数ヶ月ぶりのデートで遅刻かまされたり、悪天候だったり、色々と合っていないのだ、私と智樹は。そういう巡り合わせなのだ私達は)

ドアが閉まります。ドアが閉まります。駆け込み乗車はおやめ下さい。次の彼女までお待ち下さい。

女子高生(さよなら智樹。バイバイ智樹。次の彼女は、甲斐甲斐しく支えてくれるようなマネージャーの中からでも探してください)

ご健闘をお祈りします、とでもメールを送って、家に帰ろう。そう思い携帯を取り出した丁度その時、電話の呼び出し音が鳴った。呼び出し主は、智樹であった。

女子高生「......もしもし。なに? もしかして今起きたの? 外は雨だし、これ以上待てないから、もう私帰るよ。それとね、私もうアンタと」

男子高校生「奈央! 奈央! た、たす、助けてくれ!助けてくれ! おれ、俺、襲われてる!」

女子高生「......はぁ?」

男子高校生「場所はMJ公園で、警察を、あ、あぅ! は、早く来てくれ!た、頼む......頼む助けて!......アッ!」

意味不明なメッセージを伝えると、智樹は私の返事も待たず電話を切った。唐突で、要領を得ない内容であった。

女子高生「助けて? 襲われている?......意味、分かんない」

突然の雨に襲われて身動きが取れない、ということなのだろうか。つまり、傘を持って迎えに来い、ということか。

女子高生「......ほんと、自分のことしか頭に無いんだなぁ、アイツ」

MJ公園と言えば、SJ学園前駅から歩いて10分程の場所だ。そのぐらいの距離、走ってくればよいではないか。ずぶ濡れになるのも構わず走ってくる姿を見せれば、遅刻したことぐらい、許してやったかも知れないのに。しかも私に歩かせて傘をせがむなど、情け無さ過ぎてほとほと愛想が尽きる。だが、

女子高生「しょうがないな。最後に一回だけ、またアイツに『合わせて』やるか」

ドアを閉めきる直前に、駆け込み乗車に間に合った運と、繋がってしまった縁に免じて。アイツの目的地までには、連れて行ってやろう。
どうせ転がりこまれてしまったのだから仕方無い。傘を届けてやって、家に帰れるようにしてやって、それで私の仕事は全部終わりだ。

女子高生「さて......まずは傘を買わなきゃね」

駅中のコンビニへと、私は足を運ぶ。相合傘をする気は毛頭ないので、私の分と、智樹の分とで2本買った。

代金は当然、智樹の全額負担の予定である。

~30分前~

coat博士「戦いについての重要な説明は特に無い。殴れば敵が傷つき弱り、殴られれば自分が痛くて怖い思いをする、ってことが分かっていればそれでいい」

coat博士「だが出発の前にもう一度、これだけは確認しておこうか。エネルギーの受け渡しについてだ」

(´・ω・`)「エネルギーの受け渡し?」

coat博士「概念体は半分が概念、もう半分が実体で出来ている。曲がりなりにもこの世に実存している以上、その身体にはエネルギーが含まれている」

彡(゚)(゚)「はぁ」

coat博士「私はお前らの持つエネルギーの位置は変えられるが、総量そのものは弄れない。では、お前らが強くなるにはどうしたらいいかと言うと、答えは簡単。同じエネルギーを持つ他人から、無理矢理奪ってしまえばいい」

彡(゚)(゚)「その手段がSEXやと? なんやそれ出来の悪い悪夢やんか」

coat博士「私がそういうルールを作った訳じゃないんで、文句を言われても困る。それにそう馬鹿にしたもんでもないぞ。SEXは肉体的接触による奪う、奪われるという関係において、食事の次に重大なものだ。処女を奪う、童貞を奪われる、人妻の貞操を奪う、ホモに尻穴を奪われる。男女の秘所は、すべからく神秘的にして動物的だ」

彡(゚)(゚)「なーに言ってだ」

宇野「.........。」

coat博士「エネルギーを吸収する為に相手の肉体を喰らうという手段もあるが、これは効率が悪いし、なによりバカ息子の精神的苦痛が大きい。ならば性交渉の方が遥かにマシだろう、ということだ」

彡(゚)(゚)「ホモとのSEX、めちゃくそ辛いんやが」

coat博士「そんなもん100回もやりゃ慣れるから我慢しろ」

彡(゚)(゚)「100回もやらせる気なんか......」

coat博士「んで、ここで注意が必要なのはエネルギーの受け渡しの法則だ。法則は至ってシンプル。『概念体同士がSEXすると、受け攻め問わず、エネルギーの弱い方から強い方へとエネルギーが渡される』というもの。強い奴は奪い、弱い奴は奪われるという自然な道理だ」

coat博士「下手に強い奴とSEXすると、逆にエネルギーを奪われるから気をつけろよ」

宇野「受け攻め関係なく......じゃあ、自分より強い相手からはエネルギーは奪えない、ということですか?」

coat博士「いや、相手を弱らせればその限りじゃない。殴って蹴ってレイプが可能になるまで弱らせれば、まずこちらが奪う側に回れる。問題は自分より強い奴を、どうやってそこまで弱らせるかだが......そこは君たちで上手いことやってくれ」

(´・ω・`)「なんかポケモンみたいだね。体力ゲージを赤まで体力減らして、モンスターボールで捕まえるの」

彡(゚)(゚)「ワイの場合、捕まえた先にあるのはレイプやぞ。ワイらの青春をこんな汚ったない仕事と一緒にすんな」

coat博士「ではまとめるぞ。お前らの当面の目的は、」

①世田谷区に行き、概念体or精神レイプ被害者を発見すること。
②概念体を発見したら、捕獲を目的とした戦闘を行うこと。この際、概念体は生け捕りが望ましいが、状況によってはその場でレイプ(エネルギーを奪う)するだけでも良しとする。
③また、精神レイプ被害者は見つけ次第優先して保護すること。殺傷は厳禁。
④敵の情報収集を行うこと。どこにどんな敵がいたか、相手の目的は何か、といった情報だけでも価値がある。
⑤成果の有無を問わず、必ず帰ってくること。なお、探知の恐れがある為、基本的に研究所ではなく防衛省庁舎を使用する。

coat博士「......こんなところかな。まぁ、とにかく行ったら帰ってきてくれればそれでいい。⑤さえ守ってくれれば、大抵の問題は後からどうにでも出来るからな」

宇野「今は分からないことの方が多いですからね。とりあえずは、手探りで始めていきましょう」

coat博士「ん。とりあえず今日の話は以上だ。全員、気をつけて行ってきな」


~現在~

彡(゚)(゚)「......なぁ、結構な大雨やぞ。これもう中止でええんやないか?」

宇野「辞めるわけないでしょ。ピクニックじゃあるまいし」

(´・ω・`)「濡れたら風邪引いちゃうよ」

権田「皆さんの分の傘は用意しているので、ご安心ください」

権田さんが用意した大型のワゴン車に乗り、私達は世田谷区を見回っていた。ワゴン車は、出来るだけ大勢の人数を収容出来る為のものだ。

(´・ω・`)「今日は、目的地は特に無いの?」

宇野「とりあえず敵を探さなきゃ話になりませんからね。......見つからないに越したことはありませんが」

彡(゚)(゚)「んじゃ、しばらくワイらは暇なんやな」

宇野「サボらないで、周囲を見張っててください。気付いたことがあれば教えてください」

彡(゚)(゚)「えー面倒くさ......ん?」

なんJ民が文句を垂れようとした時、車が急に停止した。何事かと権田さんに尋ねると、

権田「気付いたことがありますので、少しお時間を。向こうから歩いてくるあの女性、どう思われますか?」

そう言われ、前方の女性......女子高生だろうか......に意識を向けると、確かに少し異様だった。大雨の中傘も差さずに歩く彼女は、どうやら泣いているようだった。大口を開け、顔を歪め、両腕をぶらんと垂らしながら、裸足で道路を歩いている。

宇野「なにか......あったんでしょうか」

彡(゚)(゚)「やめとけやめとけ。公共の場で泣くような女に関わっても、ロクな奴はおらんぞ。アレもどーせ彼氏に振られただのなんだの言って、自分の世界に浸っとるだけやろ」

(´・ω・`)「泣いてる女性になんて酷いこと言うのさ。それにおにいちゃん、『雨に濡れた女は下着が透けて興奮する』って前に言ってなかった? あの人今まさにそんな状態だけど、随分冷たいね」

彡(゚)(゚)「当たり前や。いいか原住民、エロってのは健全な精神が伴って初めて成立するんや。例えばメンヘラ女の裸なんて、異常者の精神状態への恐怖がエロより上回って、まったく興奮せんもんなんやぞ」

(´・ω・`)「おにいちゃんの、さも実際に体験したかのように語る癖、ほんと凄いと思う」

宇野「......権田さん、傘を2本出してください。それと二人は、糞みたいな会話してないで心の準備でもしていて下さい。私は彼女に話を聞いてきます」

彡(゚)(゚)「お、おい! だから関わらん方がええって!」

なんJ民を無視し、私は車内から降りる。そして傘を開き、車のすぐ近くまで来ていた女の子へと歩み寄る。

女子高生「ヒック......グスッ......やだぁ......もうやだよぉ......」

宇野「ちょっと君、傘も持たないでどうしたの? どこか痛いの? ご両親は?」

女子高生「ヒッ、......な、なに? 誰? お姉さん、誰なの?」

宇野「私の名前は宇野 佐奈子。とりあえずほら、この傘をあげるわ。そんなにずぶ濡れじゃ風邪引いちゃうわよ?」

警戒されている、というより、怯えた目でこちらを伺いながら。女の子は差し出された傘を、おそるおそる受け取った。

女子高生「傘......ずぶ濡れ......」

宇野「怪しい者じゃない......って言っても信じようがないわね。でも、あなたさえ良ければ、車でお家まで送ってあげましょうか?」

端から見たら、誘拐事件のワンシーンにしか見えないだろうな、と我ながら思っていると、

女子高生「私......逃げ......ヒッ......うぅ......うぅ、うぁぁぁ」

女子高生「うわぁぁぁぁもう嫌だ嫌だ嫌だよぉぉぉぉ!! お家、帰りたいよぉぉぉぉぉ!!」

私の言葉のどこかに、癪に触るところがあったのだろうか。女の子は突然、傘を放り出して私の胸にしがみつき、また盛大に泣き出した。

女子高生「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめん......ごめんごめんごめぇうわぁぁぁ、あああああ!!」

宇野「えぇ......」

なんJ民の言う通り、関わったらマズいタイプの娘だったのだろうか。
などと一瞬湧いた疑念を振り払い、私は泣きじゃくる女の子の背中を、しばらく撫でてやった。

......しばらくすると、女の子もある程度落ち着きを取り戻したのか、

女子高生「......ありがとう、ございました。勝手に胸をお借りしてすいません」

と、放り投げた傘を拾い上げ、言った。そこでようやく、お互い怪しい者では無いと確認し合えた為に。家まで送ることを、彼女は頼み、私は引き受けた。名前は、奈央というらしい。
奈央さんにその場で少し待つよう伝えた後、私はワゴン車の二列目のドアを開けた。ワゴン車は一列目が運転席、二列目がなんJ民達の座る後部座席、三列目が広いスペースの来客席となっている。

宇野「今から先程の女の子を後ろに乗せます。あなた方の姿を見られると面倒くさいので、二列目と後部の間にカーテンを引きます。極力会話は控えて、顔は絶対に覗かせないでください」

彡(゚)(゚)「はぁ!? あの女連れてくってのか? 気でも触れたんかこの無能!」

宇野「ちょっと、彼女に聞こえたらどうするんですか」

彡(゚)(゚)「どうでもいいわ! いいか? 一歩でもあの女車に乗せたら、その時点でワイらは誘拐犯確定なんやぞ。裁判所に訴えられたら負け率100%の、懲役賠償金取られ放題のノーガードや!」

宇野「誘拐じゃありませんし、訴えられたりもしません。大丈夫ですよ」

彡(゚)(゚)「訴えられないってなんで分かるんや!? この国は女性様に訴えられたらお終いなんやぞ! 痴漢は証拠が無くても有罪確定。女が原因で離婚になっても、親権はいつでも女性様が有利! 中年上司の注意や叱咤も、女性様が怒れば即セクハラや! 女性優先席って何や? だったら男性優先席も用意するんが筋ってもんやろアホか!」

宇野「原住民さん、きゅうり神を一本下さい」

(´・ω・`)「え? あ、はい。どうぞ」

彡(゚)(゚)「何が男尊女卑や! 何が男女平等や! 今の時代、男の方がよっぽど差別されとるわ! 奴等は『社会的に弱い』からこそ、国に守られて、実際は滅茶苦茶強いんや! ちょっと声かけただけでも不審者扱いする癖に、草食系男子とか馬鹿にすんのもいい加減にせえよ!? こんな歪んだ不平等は正さなアカン! 今こそ革命のと......モガッ!?」

私は、大きく開いたなんJ民の大口へと、きゅうり神を放り込み、

宇野「ハッ!」

下顎目掛けて、突き上げるように掌底を放った。外部からの衝撃により、なんJ民の口内できゅうり神が爆発する。掌底により顎は塞がれ、逃げ場を失ったきゅうりが口内で弾け、乱れ暴れた。

彡( )( )「ホゲッ......」


宇野「一つ。あなたが挙げた例は、ことさら酷い例を故意に選んだものであり、一般的な事例ではありません。一つ。相手がそういう輩かどうかを見極める目ぐらい、私は持っています。一つ。目の前の人間を『自分の思っている枠』に当てはめ、見極める努力もせず拒絶したあなたの思考は、それこそあなたの言う差別にあたります」

宇野「ネットで話題になるような、酷いニュースばかりを見るからそうなるんです。世の中はそんなに単純でも無ければ極端でもありません。......今すぐ認識を改めろとは言いませんが、彼女を運んであげる間だけは、その野蛮な口を閉じていてください」

彡( )( )「ワ...ワイは......間違って......な.........」

(´・ω・`)「なんでもいいけど今は大人しくしておこうよ。僕、あんまりきゅうり神様使いたくないんだ」

彡( )( )「お......ぼえ......てろ......」


~~~
宇野「だから、やり過ぎたのは私が悪かったですって。何度も謝ってるんですから、いい加減許してくださいよ」

彡(゚)(゚)「謝っただけで済むかボケ。ワイという貴重な戦力を傷付けた罪は計り知れんぞ」

宇野「治るんだからいいじゃないですか。後で好きな食べ物なんでも奢ってあげますよ」

彡(゚)(゚)「足らんわ。本気で謝る気なら、何でもするから許してください、ぐらいの事言ってみぃや」

宇野「嫌ですよ。こんなことで一々自由と人権明け渡してたら、命がいくつあっても足りないじゃないですか」

彡(゚)(゚)「あ! こいつ今こんなことって言ったぞ!まったく反省しとらんやんけ!」

宇野「それに人に親切にした見返りに、敵の居所が分かったんだから結果オーライですよ」

SJ学園前駅から東に1km程の所まで、奈央さんを送り届けた後、私たちはMJ公園へと向かっていた。車内で聞いた奈央さんの話によると、その公園に概念体と、レイプ被害者がいるのは間違いなかった。

奈央さんが話してくれた内容はこうだ。
奈央さんは今日の6時半に、SJ学園前駅で、彼氏とデートの待ち合わせをしていた。しかし待ち合わせの時刻から30分経った7時になっても、一向に彼氏は現れない。
彼氏は野球部に所属しており、日頃の習慣から、遅刻などまずしない男である。遅刻と、遅刻=自分が軽んじられている、それまでに積もっていた不満、雨に降られてデートが台無しになったこと。様々な要因から不機嫌になった彼女が、家に帰宅しようとした時に、彼氏から電話がかかった。
曰く、襲われていて、動けないから、助けて欲しい、と。

雨のせいか聞き取り辛い彼氏の言葉を、奈央さんは『雨に襲われているから身動きぐ取れない、助けてくれ』と解釈。MJ公園へと二本の傘を持って向かっていった。

そしてMJ公園に着いた彼女は、大雨の中何者かにレイプされている彼氏の姿を、その目に収めた。彼氏だけではなく、公園の至る所で誰かが誰かを襲い、誰かが誰かに襲われていた。十数人はいたというその者達は、みな男だったという。
さらに、一際異様な男が一人いた。その男は、Yシャツに赤い縞模様のネクタイを締めた、サラリーマンの様な出で立ちであった。そいつは、男が男を襲う地獄絵図を、一人ベンチに座りながら眺め、愉快そうにワインを飲んでいたという。
奈央さんはその光景を見て、恐怖でパニックになった。「奈央、奈央、助けて」と聞こえる声も無視して、一心不乱にその場から逃げ去った。
走って、走って、とにかくその場から逃げ続け、やがて息が切れて歩くようになってくると。やがて、意味を理解出来なかった光景への恐怖心に加えて、自分は助けを求めた彼氏を見捨てて逃げた、ということがぼんやりと分かってきて。
怖いのか、悲しいのか、申し訳ないのか、悔しいのかも分からない、グチャグチャの気持ちになって。人目も道路の車も気にせず、泣きながら歩いている時に、私が現れたのだという。

権田「宇野さん、MJ公園に着きましたよ」

宇野「分かりました。では行きましょう、皆さん」

彡(゚)(゚)「偉そうに命令すんな!」

(´・ω・`)「内ゲバやってる場合じゃないよ、おにいちゃん」

車外に出ると、奈央さんに聞いた通りの光景が、未だに広がっていた。狭い公園のあちこちで、雨に濡れるのも構わず、性行為を一心不乱に繰り広げる男達。そして公園の中央奥のベンチに座り、悠々とワインを飲むYシャツの男。

彼のいるベンチの側まで近づくと、私達を見咎めたその男が語りかけてきた。......乱交に勤しむ男達は、こちらを気にも止めない。

??「おや? こんなところに来客とはね。私に何か用かね?」

宇野「用も何も、私達は」

??「おっと、私としたことが女性を先に名乗らせてしまうところだ。紳士として恥ずべき振る舞いは避けなければね」

我修院「私の名は我修院。世の中にある美味といわれるものはもう全て食べつくしちゃっ…しまった、哀れな食通さ」

(´・ω・`)「食通って、美食家のこと? そんな人が、なんで男の人達に変なことさせてるの?」

我修院「いい質問だ、おちびちゃん。我々食通にとって、食事とは音楽のようなものなのだよ。優れた音楽を新たに発掘した時の快感は、君達にも覚えがあるだろう?」

(´・ω・`)「う、うん」

我修院「だが先程言ったように、私は最早、この世の美味という美味は食べつくしちゅっ......まった男だ。これでは、新たな美味への快感は望めない。私は食通を極めると同時に、食通が最も愛する快感を、永遠に失ってしまったのだ」

宇野「......この状況をつくった答えになっていませんね」

我修院「なに。食材の味への新鮮さは望めないなら、食材をより楽しむ状況を模索しよう、という当然の発想さ。ポールダンス、女体盛り、宴会、通夜。家族と、友人と、嫌いな奴と、知らない奴と。食事の環境によって美味さが変わるのは、食通以外も知っている常識だからね」

我修院「手始めに『大雨の中、理性もなく、性行為に励む浅ましい男達を見下しながら』呑むワインは如何程のものか、と試していたわけさ。.........失敗だったがね!」

そう言うと、男は右手に持っていた......恐らくは雨に打たれて味が薄くなっていた......ワイングラスを、続けて左手に持っていた酒瓶を地面に叩きつけた。一瞬視界が捉えたラベルには、『Roman?e-conti』の文字が。

宇野「ええええっ!? ロマネ・コンティ!? ロマネ・コンティって、例のアレですか!? 例のアレですよね!? なに捨ててんですか! まだ中身残ってたじゃないですか馬鹿なんですか!? 私にも飲ませてよ!!」

我修院「どんな最高級の酒も、飲み飽きてしまえば見知らぬ安酒にも劣るものさ。趣のある状況をつくってみても、美味くなるどころか更に不味くなってしまった。絶望だよ」

彡(゚)(゚)「雨がグラスに入って、味が薄くなってたからちゃうんか?」

宇野「ひどい......許せない......許せない! なんJ民さん! 原住民さん! やりますよ!」

彡(゚)(゚)「なんや、やっと戦うんか?」

宇野「そうですよ! 私はレイプ被害者の保護を、なんJ民さんは我修院の捕獲、原住民さんはなんJ民さんのサポートをお願いします!」

(´・ω・`)「ラジャッ!」

彡(゚)(゚)「お前に命令されんのは腹立つが、了解」

我修院「な、なんだね? 私を捕らえる? なんの話だ?」

宇野「我修院! 貴様はさっき言ったな!? 「紳士として恥ずべき振る舞いは避けなければ」と。ふざけるな! 『女の子を泣かせた』貴様は、紳士としてとっくに失格だ!」

我修院「な、なんの話だ! お前達は、いったい何者だ!」

宇野「私達は、お前達全員を引っ捕える為の、」

彡(゚)(゚)「正義の味方の、ヒーローの」

(´・ω・`)「coat博士の、一味だよ!」

【18話 我修院と......】

勢いは弱まったものの、雨は依然として降り注いている。視界を曇らす暗い空と、絶え間ない雨の線は鬱陶しく、また雨でぬかるんだ地面も動き辛い。身体を濡らす雨は、しかし気温の高さから冷えることなく、生温い湿気の不快感だけを与えてくる。
恵みの雨への感謝など、忘れて久しい都会人の一員として、私もシンプルに雨がうざかった。

「さて、奈央さんの彼氏はどいつかな」

雨に濡れるのも構わずに性交渉に励む、被害者達の群れへと足を運ぶ。精神レイプの被害者であり、加害者である彼らの元へと。

coat博士『精神を犯された人間の特徴は、大きく2つしかない。一つは、強烈な世田谷区への帰巣本能を持つこと。もう一つは、同性との性交渉を激しく求め、そのことしか考えられなくなる、というものだ』

虚ろな目で、涎を垂らし、排泄物に塗れた身体で腰を振る彼らの姿は、ゾンビを想起させた。自由意志を剥奪された人間ほど、痛々しいものはない。

coat博士『彼らは自我を奪われているだけで、肉体はただの人間だ。手荒なマネは控えるようにな』

博士によれば、彼らはただの人間。ならば気絶させて動きを止めたいのだが、自我がない、というのが少々面倒くさい点だ。

気絶させるには、心臓から頭部への血の巡りを止め、酸素の供給を一時的にストップさせる方法がある。だが漫画やアニメと違って、手刀をうなじに叩き込むのは、現実にやるとかなり死にやすいので危険だ。首を締めるというのも時間がかかるし、蘇生の為の喝を忘れるとやっぱり死にやすい。
では急所を突く方法はどうかというと、これもマズい。金的や鳩尾といった正中線の急所は、力加減を間違えたり狙いを外すと、甚大な後遺症が残る。しかもこの急所は『地獄のような痛みによって気絶させる』箇所なので、自我の無い彼らには、傷付くだけで気絶の可能性は低いかも知れない。
ならばと、私は手当たり次第に、彼らの顎に拳を放つ。顎は脳を揺らし、昏倒させる急所だ。これならば、自我の有無に関わらず、身体を動かす脳の機能をストップ出来る。
私は手近な奴から、一人、二人と気絶させていく。すぐ隣で仲間が倒されているというのに、他の奴らは見向きもしない。SEXのこと以外は、本当に頭の中に無いのだろう。

しばらくすると、いよいよ最後の一組まで殴り終えた。ワゴン車に運ぶ作業は権田さんにやってもらおう、と思いながら、四つん這いになった受けの男に蹴りを放つ。次いでタチの男に向け、若干疲れた腕で最後の一振りを放った。すると、

宇野「! えぇ?」

拳には、KBSトリオを蹴った時の、手応えの無いあの嫌な感触が。そして顎を抉られたタチの男は平然として、気絶した相方の穴へと腰を振り続けている。

宇野「概念体......ですか? こいつが?」

その男は、ただの年配のサラリーマンにしか見えなかった。以前、一応チェックしたホモビ出演者の顔のどれとも合致しないし、何よりKBSトリオや我修院と違って、自由意志やキャラが全く見受けられない。

宇野「どういうことだ? 凄いマイナーな男優かなにかか?」

いずれにしろ、概念体であるなら、なんJ民に頼ることになりそうだ。そう思いなんJ民の方を向いてみると、

我修院「ホラ、ホラ、もっと食べたまえ。たらふく食べたまえ。美味いと感じる喜びを、もっともっと噛みしめたまえ」

彡(^)(^)「うめえ! うめえ! こんな美味い肉喰ったの初めてや!」

(´・ω・`)「うめ、うめ......素晴らしいね。噛み切れない程ではない絶妙な固さが、歯応えとはこういうものだ、と教えてくれているようだ。噛む度に溢れ出る肉汁とスパイスが混じり合い、幾度もの感動を与えてくれる」

我修院「まったく羨ましいね。私にとっては飽き果てた食材でも、君たちにとっては新たなる美味の発見となる。嗚呼、私ももう一度だけ、もう一度だけでいいから、君たちのような快感をまた味わいたいよ」

何故か、仲良く食事会を開いていた。

宇野「なにやってんだ、あのバカは」

~~少し前~~
我修院「ま、待ちたまえ! 私は暴力は嫌いだ! 紳士として、まずは話し合いで解決しよう!」

開口一番、我修院は命乞いをしてきた。気を削がれたワイは、思わず立ち止まって理由を問うた。

彡(゚)(゚)「あん? なんでや、お前は悪者やろ? ワイは正義のヒーローやろ? 戦う以外にすることないやろ」

我修院「君は誤解している! 私は悪者などではない、しがない食通の紳士だ!」

(´・ω・`)「なに言ってんのさ、男の人達に酷いことさせてたくせに」

我修院「私は彼らをレイプしていない。彼らに何かを命令したことも無い。私は既に『出来上がっていた』彼らの、監視を任されていただけだ」

彡(゚)(゚)「任されてたって、誰にや?」

我修院「野獣先輩だよ」

彡(゚)(゚)「!」

(´・ω・`)「博士の言ってた、悪の親玉だね」

我修院「悪? 親玉? ......君達の言っていることは先程から良く分からんが、とにかく私は彼の命令に従っていただけだ」

彡(゚)(゚)「野獣先輩ってのは、お前らにとっての何なんや?」

我修院「待ちたまえ。君は順序というものを知らんのか? 君の言う敵である私が、君達に今、私の命綱である情報を喋るわけがないだろう」

彡(゚)(゚)「なんやと? てめぇ立場分かっとんのかボコりまくるぞ」

我修院「立場も分かっているし、ボコりまくられたくないから、取引しようと言っているのだよ。私は暴力は苦手なので、降伏すると言っているんだ」

我修院「私はこれから、君達の捕虜となろう。私の知る限りの情報を君達に話すから、君達は私の身の安全を保障してくれ」

彡(゚)(゚)「なんか、ややこしいわ。お前ボコって縛り上げた方が効率ええんとちゃうんか?」

我修院「君は先程、正義の味方を名乗っていただろう。ならば、降伏した相手の取り扱い方ぐらい覚えておきたまえ。紳士さを捨てた蛮族には、正義の看板は荷が重いぞ」

彡(゚)(゚)「いちいち偉そうで腹立つなコイツ」

(´・ω・`)「でも戦わないで済むなら、それに越したことはないんじゃないかな」

我修院「イマイチ不服なようだね。では、君達にも個人的なメリットを捧げよう」

そう言うと、我修院はベンチの傍らに置いてあった小包を、こちらに渡してきた。

彡(゚)(゚)「なんやこれ」

我修院「酒の肴に持ってきた、ただのつまみだ。私には飽き果てた雑穀でしかないがね」

彡(゚)(゚)「ふん! 上から目線も大概にせえよ。お前の残飯なんか要らんわ」

我修院「まぁ、まずは食ってみたまえ。もし私の身を保障してくれたら、そうだな。その残飯など比べ物にもならない美食への道を、私が案内してやろう」

~~現在~~
『食通の中の食通しか招かれることのない』という店を、最近知人に紹介されてね。と、我修院は言葉を紡いだ。

我修院「新たな美食を期待しては裏切られ、を繰り返した為に、あまり乗り気でなかったのだがね。だが、君らのおかげでもう一度チャレンジする気力が湧いてきたよ。もし君らさえ良ければ、私と一緒に来てみないかい?」

我修院に貰った極上の肉を啄みながら、そんな夢のような話を聞いていると、向こうで変態をボコ殴りにしていた宇野が近付いてきた。

宇野「なに、仲良く談笑しているんですか」

(´・ω・`)「あ、宇野さん。あのね、この人僕らに降参して、捕虜になりたいんだって」

明らかに不機嫌な態度の宇野に向けて、原住民が我修院が捕虜を願い出た旨を伝えた。

宇野「降参? あなたが? ......なにか、狙いでもあるんですか?」

我修院「逆に聞くが、捕虜になるのに『己の身を守りたい』以外の理由がいるのかね?」

宇野「......まぁ、楽に生け捕りに出来るに越したことはありませんね。あなたを車で運ぶに当たって、縄で拘束させてもらいますが構いませんね?」

我修院「極力、紳士的に頼むよ」

宇野「では、早速荷物を積む作業に入りしましょう。原住民さんは権田さんと一緒に、私が倒した人達を車に積んでください。なんJ民さんは、あそこで腰振ってる男をぶん殴って下さい」

彡(゚)(゚)「なんやあれ。なんでアイツだけ倒れてないんや?」

宇野「見覚えはありませんが、アレもあなたや我修院と同じ、概念体みたいです」

彡(゚)(゚)「ほーん。なんか個性が無いというか、こう、オリジナリティに欠ける見た目やなぁ」

(´・ω・`)「同じこと繰り返して言ってるよ、おにいちゃん」

宇野「ちゃっちゃと終わらせて、今日は早く帰りましょう。あんまり濡れる時間が長いと、風邪を引いてしまいます」

そう言う宇野に続いて、小降りになってきた雨の中、ワイらは気絶した野郎共を車に運び始めた。

【ステータス】
我修院
心......知識A 判断力C 精神力B 対人能力B
技......回避E 組手E 間合いD 攻撃手段E
体......腕力E 敏捷性E 持久力D 耐久性D

特殊概念
・飽くなき探求の終着点(グルメ・ターミナス)
この世全ての美味を把握、理解する舌と頭脳。それが我修院の持つ唯一の、そして決して他の追随を許さない絶対の能力である。

ちなみに、
「この世の美味という美味を食べ尽くした」
という我修院の言葉に?偽りは無いが、しかしそれは真実でもない。何故なら、この世には何万という料理の種類があり、何億という料理人が存在し、一つの料理に対する調味料の加減だけでも、そのバリエーションは何百通りと変化する。
人間の、たかだが数十年の生涯の中で味わい尽くすには、世界に偏在する美味の総量はあまりにも膨大過ぎる。

では、何故彼はこの世の全ての美味を食べ尽くし、その味に飽いているのかというと、それは彼の味覚に問題があった。生涯において、それでも常人の何百倍という美味を味わい続けた彼の味覚と脳は、いつの頃からか重大なバグを抱えるようになったのだ。
そのバグとは、『初めて食したはずの美味を、口に含んだ瞬間に、いつかどこかで食べたものと錯覚してしまう』というデジャヴ現象である。このデジャヴのせいで、我修院は何を食べても既視感を覚え、何を食べても新鮮味を感じない、食通にとって最悪の状況へと陥ってしまった。

美食を求め、食通を極めたからこそ、食を感じる機能に欠陥が生じ、人並みの『美味しい』を喪ってしまった男、我修院。
しかし、彼にもまだ希望はある。彼が把握しているのは、あくまでこの世全ての『美味』である。ならば、一般的にはとても『美味とは呼べない』ものなら、彼の味覚に新しい刺激を与えることが可能かも知れない。
例えば、それは....................................。

十数人を詰め込み、流石にかなり窮屈に思えるワゴン車の後部座席で、私は我修院と対面した。この車は現在、ある料理店へと向かっている。
理由は、なんJ民達のたっての希望と、その店に連れて行くと約束しなければ、決して何も喋らないという条件を出されたからだ。
私はテープレコーダーのスイッチを入れ、縄で拘束した我修院へと質問を始める。

宇野「では我修院、あなたの知っている情報を教えてもらいましょうか」

我修院「質問がアバウト過ぎるね。インタビューというものは、聞き手が何を知りたいかを明示しなければ話にならないぞ」

宇野「んなこたぁ分かってます。順を追って聞きますが、まずはあなたの所属を」

我修院「自由気ままなフリーの食通......と言いたいところだがね。現在の私は、『ホモ・アルカディア』と名乗る組織に所属している」

宇野「ホモ・アルカディア? ホモの方は、どうせあっちの意味でしょうが、その後のアルカディアというのは......」

我修院「古代ギリシアの時代に実在したとされる、理想郷の名前だな。ホモ・アルカディアという名前は、『同性愛者の理想郷』という意味で付けたらしい」

宇野「理想郷というと、ユートピアの方が馴染み深いと思いますがね。では、ホモ・アルカディアのリーダーというのは」

我修院「田所浩二......君達には、野獣先輩の呼び名が馴染み深いようだね。我々は、彼の元に集まり、彼の命令で動いている」

宇野「我々というのは?」

我修院「基本は、同性愛者の集まりだ。私は違うがね。みんな野獣先輩に集められた、という点以外では、個々の特徴が強すぎて特に共通点は無い」

宇野「ホモ......面倒臭いのでアルカディアと呼びます。アルカディア、そして野獣先輩の目的は何ですか? あなた方は彼の目的を知っているんですか?」

我修院「真意、という意味なら全く知らん。だが、彼はいつも我々に、『俺は同性愛者を救う為に戦っている』と公言しているな」

宇野「では、あなた方は彼の思想に共鳴して、彼に従っているということですか」

我修院「もちろん、中にはそういう者もいる。だが私から見れば、大半の連中はただ、欲望を発散する場所を求めているだけに思えるね」

宇野「自分はどちらとも違う、といった口ぶりですね。では、あなたが野獣先輩に従う理由は何ですか?」

我修院「分からん」

宇野「は?」

我修院「分からんのだよ。私は、気付いたら彼の部下になっていたのだ。部下になる直前のことは、イマイチ覚えていない」

宇野「......直前のことを覚えていない、ですか。なら、彼の部下になる以前のあなたの人生は、どのようなものだったんですか?」

我修院「今と変わらず、美食の道を探求していたよ」

宇野(......あくまで、『我修院としての人生』の記憶しか持っていない、ということか)

......野獣先輩サイドの、概念体。彼らがどういう手段で、どこからやってきた存在なのかを、我々はまだ知らない。
彼らがどの段階で概念体になったのか。概念体になる以前は、かつてホモビに出演した役者、生身の人間だったのか。それとも、あるいは役者とは無関係に、無から生み出されたまったく新しい命なのか。
我修院に自覚が無い以上、私に過程を探る術はない。それはcoat博士の領分だ。ならば私は、せめて今の状態だけでも把握しなければ。

宇野「ではあなたは、意志を持って彼の部下になったわけではないのですね。しかし食通のあなたには、特に野獣先輩に従う理由は無いでしょう」

我修院「従う理由なら、あるさ。......良いことを教えよう。我々は今、世田谷区の外には決して出れない。何故だか分かるかね?」

宇野「そうなんですか? いえ、さっぱりです」

我修院「大半の者はまだ気付いておらんが、我々は見張られているのだよ。野獣先輩の片腕、始まりのホモによってね」

宇野「始まりのホモ、ですか。どんな奴なんですか?」

我修院「常に黒いフードを被った、顔も分からん不気味な男だよ。野獣先輩が理想と、性欲を発散するハッテン場を提供してくれるアメなら、始まりのホモはムチの役割を持った男だ」

「あれは、まだ私が野獣先輩の部下になったばかりの頃だ」と、我修院は語り始める。

我修院には当初、TKGWという食通の仲間がいた。我修院を含む野獣先輩の部下は、「今は自由に行動してくれて構わん。だが、世田谷区の外には決して出るな」という指示を受けていた。
しかし我修院とTKGWら食通を極めんとする者にとって、世田谷区以外での食事の禁止というのは、1日2日だけでも苦行であった。
同性愛者の人権にも、ホモSEXにも興味は無く、野獣先輩に従う忠誠心も無かった二人は、ある日脱走を図った。
二人には、脱走、という意識もあまり無かった。監視も警備も無い状態だったので、危機感を感じなかったという。渋谷区へ向かう二人の頭には、次に食す美味の事しか無かった。しかし、

TKGW「我修院さん! ホラ早く早く! こんな三流グルメだらけの町を出て、本物の美食を堪能しマ°ッッ!!!」

意気揚々と歩き、遂に渋谷区との境目に差し掛かった瞬間。5m先を歩いていたTKGWの頭が吹き飛んだ。首の上のものがフッと消えたと思うと、数瞬後に頭があった場所へと血が噴出した。そして数秒後には、TKGWの首から下は前のめりに倒れ、血を地面に撒き散らし、小刻みに痙攣を起こしていたという。

我修院「......驚愕する、とは正にあのことだ。数秒前まで共に喋り、共に笑い、共に歩んでいた者が、突然無惨な死骸に成り果てる。悲しいとか怖いとかいう以前に、思考が追いついて来なかったよ」

宇野「まぁ、そうですよね。よく分かりますよ」

我修院「訳も分からずTKGWくんの死体を凝視していると、あの男が目の前に現れて、私にこう言った。『駄目だよ、世田谷区の外に出ちゃ。田所さんとの約束を破っちゃ駄目じゃない』 『この子は境界線を越えちゃったけど、君はギリギリセーフだよ。今度からは気をつけてね』と」

我修院「おそらく彼は、見せしめとしてTKGWくんを殺したのだろう。そして私は、見せしめの証人として見逃された。......TKGWくんと私の位置が逆だったら、殺されていたのは私だったのだ。あまりの恐怖に、2日間食事が喉を通らなかったよ」

宇野「......その始まりのホモは、どうやってTKGWの頭を吹き飛ばしたのでしょうか」

我修院「さっぱり分からんよ。だがあの時、左側の道の塀に、盛大な血の跡が着いていたのを覚えている。あれはきっと、潰れたTKGWくんの頭だったのだろう」

宇野「映画スキャナーズのような、『超能力で頭がパーン!』ではなくて、何らかの凄まじい圧力が、TKGWの側頭部から襲ったということですね」

我修院「どうだろうね、分からんよ。もっと言ってしまえば、始まりのホモがずっと私達の跡をつけていたのかも知れんし、もしかしたら境界を越えた瞬間に瞬間移動の様なことをしたのかも知れん。あの男に関しては、分からないことが多過ぎて怖くてたまらん」

我修院「とにかく、始まりのホモの監視があって、我々は世田谷区の外には出れない。だが、ただ黙って野獣先輩に従っていれば安全は保証され、しかもオイシイ思いにありつける。わざわざ彼の元を離れようとする者は、少なくとも今はいないよ」

宇野「では、あなた方は世田谷区の中で何をしているんですか」

我修院「割り振られた担当地域に居を構えて、好き放題やっているよ。大半の連中は、一般男性のレイプに興じているようだね。私のように同性に興味の無い男は、先ほど君が見たような監視員をやっている」

宇野「割り振られた地区、ですか。他の仲間の居場所は?」

我修院「悪いが私は、野蛮人との交流は浅くてね。教えられるのは一人だけだ」

そう言うと、我修院は『中野オリジナル』なる店の名前と、その住所を口にした。中野くんという男とは、料理人と食通の関係から、何度か会話をしたことがあるという。

宇野「いいんですか? 真っ先に仲の良い仲間を売ってしまって」

我修院「別に親しい間柄ではない。彼の料理を食えば君も分かるだろうが、私は彼が死んだとしても、欠片も惜しいとは思わんよ」

宇野「.........。」

大して期待していなかった、他の概念体の居場所まで分かった所で。私は頭の中で、我修院から得た情報を整理してみる。
①野獣先輩は仲間を集め、組織を作っていた。組織の名前はホモ・アルカディア。
②野獣先輩の仲間は概念体であり、何らかの方法で増やしているようだ。数は不明だが、今の所数十人程度と想定しておく。
③ホモ・アルカディアは世田谷区内でのみ活動し、精神レイプ被害者を増やしている。その目的は不明。
④概念体の記憶、性格はホモビの内容や設定に準拠している。
⑤概念体も大きなダメージを受けると死ぬ。野獣先輩の片腕、始まりのホモは、概念体を殺めるだけの力を持ち、世田谷区の外に出ようとする仲間を粛清している。

他に聞き出せることはないかと、更に口を開きかけた時。車のスピードが急に緩み、数秒の後に停止した。どうやら、我修院の目的地に着いたようだ。

我修院「む。着いたようだね」

彡(゚)(゚)「わーいわーい! 美食の店や! グルメの店や! 今日からワイもセレブの仲間入りや!!」

(´・ω・`)「楽しみだね楽しみだね! 我修院さんのおつまみであんなに美味しかったんだもん! きっと、とんでもなく美味しいお店だよ!」

彡(^)(^)「分かりきってることを声高に叫ぶな原ちゃん! そんなん当たり前やんか!」

(´^ω^ `)「あ、そっかぁ。ウフフ」

彡(^)(^)「そうやでぇ。アハハ」

車外に飛び出した二人が、『H.Nレストラン』という看板の店の前で、楽しそうにはしゃいでいる。
私は車窓を開け、浮かれた二人の水を差した。

宇野「お喜びのところ申し訳ありませんが、原住民さんは車内に戻ってきてください」

(´・ω・`)「えっ、なんで?」

宇野「我修院さんから、概念体がいるというもう一つの店を紹介されました。私一人じゃ捕まえられないかも知れないので、私と一緒について来てください」

(´・ω・`)「そ、そんな! そんなの、ここでご飯食べた後でもいいじゃない!」

宇野「急ぎなんです。ワガママ言って困らせないでください。coat博士に言いつけますよ」

(´・ω・`)「そ、それは! う、うぅぅ......でも、でも......」

彡(゚)(゚)「......あー、ウジウジすんなや原住民。ちゃんとお前のお土産も貰ってきてやるから、それで我慢せえや」

(´・ω・`)「うぅ......。わ、分かったよ......(楽しみだったのに、レストラン)」

宇野「私達はだいたい2時間後に、またこの店の前に迎えに来ます。なんJ民さんは存分に、レストランでの食事を楽しんでください」

彡(゚)(゚)「おう、気が利くやんか。もちろんそうさせてもらうで」

我修院「話はまとまったかね? まぁ、ちびっこ君もそう気落ちするな。美食の道には幸運が必要だが、今回の君には、それが無かっただけのことさ」

ではそろそろ行こうかね、と我修院がなんJ民に声をかけると、二人はレストランの中へと消えていった。
残された原住民は、とぼとぼと車内へと戻り、私の隣に座って泣きべそをかき始めた。

(´・ω・`)「うぅ......レストラン......美味しいご飯......食べたかったなぁ」

宇野「権田さん。これが中野オリジナルの住所です。私達をここに下ろしたら、一度防衛省に戻って『荷下ろし』をお願いします」

権田「承りました。......そうですね、宇野さん達の元に迎えに来るまでに、1時間くらいかかりますかね」

(´・ω・`)「なんで僕ばっかり......おにいちゃんだけズルいよ、不公平だよこんなの」

宇野「急がないので構いません。それと、権田さんは確か、シャワー室付きの車を持ってましたよね。送り迎えの時は、あの車でお願いします。それと汚れると思うので、全席にシーツを敷きましょう」

権田「構いませんが......なんでまた、そのようなことを?」

宇野「多分、凄く汚れるからです。......原住民さんは、あのレストランに入れなくて不幸だ、と思っていますね?」

(´・ω・`)「グスッ......え? う、うん。そりゃそうだよ」

宇野「逆ですよ、原住民さん。あなたは命拾いしたんです。なんJ民さんは先ほど、天国と履き違えて地獄へと足を踏み入れました」

(´・ω・`)「え? え? 意味分かんないよ宇野さん」

目で見た方が早いなと思った私は、タブレットを取り出してあるワードを打ち込み、原住民に渡してやる。

宇野「先ほどのレストランの外観で確信しました。敵の概念体は、ほぼほぼホモビの登場人物と同一人物です。それ故彼らの行動は、基本的に出演したビデオの内容に準拠します」

宇野「そして、我修院という人物が出演した作品が、今そのタブレットに表示されているものです」

(´・ω・`)「え、なにこれは(ドン引き)」

宇野「あのレストランの店主も、おそらく概念体でしょう。そしてこれからあの場所では、その記事や画像と同じ内容が行われます」

宇野「我修院が出演したホモビは『糞喰漢』という、最低最悪のスカトロ企画です」

ワイが最初に違和感を感じたのは、店に入った時、というか最初からだった。
美食家の我修院すら知らない、秘境のレストランというのだ。どれ程煌びやかな店だろう、と楽しみにしていたのだが、その期待はハナからへし折られた。

じゅんぺい&まひろ「「いらっしゃいませ」」

我修院「知人から聞いて来たのですが」

じゅんぺい「アッ、伺っております~。こちらへどうぞ」

まず、出迎えた店員二人の格好がおかしい。袖の無いタキシード? のようなものを、裸の上に直接着ている服装が既におかしい。
しかも下にはズボンも履いておらず、黒地で線の細いパンツを履いているのみであった。そのためか、直立不動の二人は揃って、両手で股間を押さえている。
押さえるくらいならそんな格好すんな、とツッコミたかったが、なにせ秘境のレストラン。無知を晒して恥を掻くのも嫌だし、我修院が先導してソファーに座ってしまったので、仕方無くワイも、ソファーの左側に座った。

我修院「ここでは、誰も食べたことの無いという、極上の料理を提供していると聞いたんだが」

じゅんぺい「ハイ、ありがとうございます。仰る通りでございます。......ンンッ! お客様に相応しい料理を提供させて頂きますので、どうぞお楽しみ下さい」

我修院「もう待ちきれないよ! 早く出してくれ!」

満面の笑みで、我修院が店員に言った。顔には新たな美味へのワクワク感が溢れており、羨ましい程にその瞳は輝いている。
だが、ワイには無邪気に料理を待ち望む程、浮かれることが出来なかった。薄暗いこの部屋の様々な不自然さが、ワイに疑念を抱かせた。

何故、レストランの客室の床がビニールシートなのか。座席がソファーなのは何故か。食卓が、背の低いガラスの円卓なのは何故か。
一度に一組の客までしか対応出来ないであろう、狭すぎる客室は、ワイの目にあまりに安っぽく映った。ガラスの円卓にポツンと置かれた五本の蝋燭の内、一本だけ火が点いていないのも、店内の手抜き感を増している。

彡(゚)(゚)(清潔感や居心地の良さで言ったら、風俗の待合室にすら負けるぞ、こんなん)

じゅんぺい「ハイ、かしこまりました」

まひろ「それでは早速お料理へと参らせて頂きますが、その前に幾つか注意事項があります。当店は、完全会員制レストランで御座います。
もしお客様が、ご友人を招待したいと思いましても、まず当方による確認が必要となりますので、それはご注意下さい。そして、ここでの事は一切他言無用でお願いします」

彡(゚)(゚)(ん? じゃあ飛び入り参加のワイが、なんで入れたんや? 事前の確認も糞も無かったぞ)

まひろ「次に、途中退場は一切認められておりません。例えどの様な料理が出て来ようとも、全て完食して頂けるまで、お返しする事は出来ません。
お残しは、一切禁止とさせて頂きます。もし残した場合は、ペナルティがありますので、そのつもりでお願いします」

彡(゚)(゚)(罰金とかかな。ワイが金払うんとちゃうから、これはあんま関係ないかな)

まひろ「最後になりますが、先程も言いました様に、ここでの事は一切他言無用でお願いします。 もしうっかり口を滑らせる様な事があれば、 その時は命に関わる事になりますので 、お願い致します」

彡(゚)(゚)(ん? 命に関わる? 他言無用? じゃあ我修院の知り合いって、命懸けでこの店のこと教えたんか? つーか料理屋で極秘とか命に関わるとか、頭おかしいんやないか?)

我修院「分かった。とりあえずぅ、もう待ちきれない。早く出してくれ」

命に関わる、という料理屋にあるまじき台詞も、しかし我修院は意に介していないようだ。
不信と不安が募ってきたワイが、一旦外に出ようと腰を浮かしかけた時、店員がグラスの乗ったトレイを持ってやってきた。

じゅんぺい「お待たせ致しました。一品目は、ウェルカムドリンクでございます」

そう言って、店員は机の上にトレイを置く。が、グラスの中は空で、ボトルらしきものも無かった。

彡(゚)(゚)「アホかお前、飲み物なんか無いやんか」

じゅんぺい「これから入れるのでこざいます。......(ボロン」

彡(゚)(゚)「!? ハ、ハアァ!?」

店員が突然、パンツから一物を取り出した。ロクな処理もしていない下の毛の茂みから、赤黒い一物がダランと垂れている。
あるまじき事態に怒りの声を上げる暇も無く、畳み掛けるように更なる事態が訪れた。

ジョロ、ジョボボボコォォォォォーーーッ!

ジョボボボ、ジョロ、シュコォォォーーーーージョボリ、ジョボボボボ!!

店員の一物から、真っ黄色の尿がグラスへと注がれた。店員が糖尿病なのか、あるいは勢いが強かったからか、 グラスの中の尿は非常に泡立っており、一見ビールに見えなくも無い。が、目の前で注がれるところを見てしまっては、それは誤魔化しようもなく小便でしか無かった。

彡(゚)(゚)(意味分からん意味分からん意味分からん!)

我修院とワイの前に、小便の入ったグラスが置かれる。出のキレが悪かったのか、最初に注がれた我修院のグラスに比べ、ワイの分のグラスは明らかに分量が多かった。
人間の小便なんて、飲めるわけがない。食通の我修院に助けを求めようと横を向くと、我修院は平然と小便を飲み干していた。

我修院「うん。非常に新鮮で、非常に美味しい」

彡(゚)(゚)(美味いワケないやろ! 人間の小便やぞ!)

なんだ、これは。食通にとっては、これは普通なのか? ワイが未熟でおかしいだけなのか?
ワイは慄きながら、グラスを持って小便に口をつけてみる。意外と、キツい臭いなどはしなかった。が、舌の先に触れた黄色い液体は、ほぼ水の味の中に仄かな酸味と甘みが含まれており、やはり小便だと思うととても飲み込もうとは思えなかった。

まひろ「お連れ様、ドリンクが減っておられないようですね」

彡(゚)(゚)「いや......ちょっと味わおうと思うて......ゼンブ?」

咎めるように店員が話しかける。我修院ともう一人の店員も、ジッとワイを見ていた。ワイがこの小便を飲み切らないと、先に進めないということだろうか。
異様な空間と、異様な事態に、思考が飲み込まれていくのを感じる。だがワイは、これ以上事態が悪化するのが怖くて、彼らに逆らい難い感覚になっていた。
ワイは意を決して、200mlはあろうかという小便を、一気に喉へと流し込む。薄い酸味が、シュワシュワと音を立てる気泡が、小便を飲むという意識が、胃と喉からの拒絶を起こす。
何度もえづきながら、それでも無理矢理、小便を胃に流し込む。胃の中が、タプタプと小便で満たされていくのが分かる。
グラスを空にすると、店員達が満足気な笑みを浮かべたが、気にする余裕は無かった。小便の気持ち悪さに胃がムカムカと焼け、舌に残る後味が吐き気を催させる。

じゅんぺい「ありがとうございます。こちらは、前菜のデジタルスティックでございます。特製ソースを付けてお召し上がりください」

彡(゚)(゚)(やっと......やっとマトモな飯にありつける......)

机の上に人参、大根、きゅうりの詰め合わせが載せられる。パッと見た限り、スーパーで売っているカット野菜をそのまま出したような代物だが、正直もう、汚く無ければなんでも良かった。
ただの野菜にホッと安堵していると、店員が大きな皿を持ってきて、机に置いた。何事かと思って見ていると、店員はおもむろに裸の尻を皿へと向け......大便を始めた。

ブリュッ、ブリチ、プゥゥ! ビチャビチャビチャ!!

水っぽい薄茶色の下痢便が、深皿に吐き出された。飛沫が皿の外に飛び、机に、床に、野菜スティックへとかかる。
茫然と大便を見つめると、すぐに異臭が鼻をついた。小便の時とは違い、決して無視出来ない強烈な臭みであった。トイレで、隣の個室が大便をした時の臭いを、数倍強くしたぐらいの不快感であろうか。

まひろ「それでは、ごゆっくりと」

人前で堂々と糞を漏らした店員が、気にする素振りも無く言った。この下痢便に、野菜スティックをつけろと言うのか。この下痢便を、ワイの口の中に入れろというのか。
左を向くと、流石に我修院も引いているのか、下痢便を見つめたまま固まっていた。が、強張った面持ちでこちらに向くと、「仕方ない、食おう」といった目配せを送ってくる。嘘だろ。

二人同時に、糞のついた野菜スティックに噛み付いた。芯が固く、何の調理も施していない生野菜を、ボリボリと咀嚼する。咀嚼する度に下痢便のついた部分が、舌の先へ、歯の裏へ、歯茎へと広がっていく。苦味と渋みと、薄い下痢便の水っ気が、ビチャビチャと口内を責め立てる。
不味い。不味すぎる。こんなもの、とても美食ではない。食事ですら無い。横目に、食通の我修院の反応を伺うと、

我修院「うん......エ°ッ!」

我修院にも不味いと見え、軽くえづいていた。

じゅんぺい「どうです? 当店のデジタルスティックのお味は」

我修院「うん。素晴らしい料理だ。初めて食べる味だよこれは。なぁ?」

彡(゚)(゚)(初めて食べるに決まっとるやろ糞なんか!)

じゅんぺい「その割にはぁ、特製ソースが減っていませんねぇ。それでは本来の味を楽しめないのでぇ、もっと付けて堪能して下さい」

そう言うと店員は、下痢便の中の小さな固形部分に野菜スティックを入れ、グチャグチャとかき混ぜ、我修院の口へとねじ込んだ。

我修院「ングゥ......グゥムォォウ......」

じゅんぺい「こちらの特製ソースは? どのようなお味で?」

我修院「おぉう......とても濃厚で、しっかりした味だ.........」

じゅんぺい「そうですか。それではもっと堪能して下さい」

その後10分かけて、ワイらはようやくデジタルスティックを完食した。

~~糞・ハンバーグ~~

彡(゚)(゚)「.........」

我修院「.........」

次に、メインデッシュと称した、糞をハンバーグの形にこねくり回しただけの糞が運ばれてきた。
とても自分で食す気にはなれず、しばらく口をつけずにいると、店員共に無理矢理口に運ばれた。
最初の一噛みにはブニュッとした弾力があったが、二度、三度と咀嚼すると、ニチャニチャと糞が口のあちこちにへばりつく。
何度も何度も、店員が口の中にハンバーグの形をした糞を運んでくる。糞を含んだ時も、含んでいない時も、口の中には下水の臭いが、糞の味が残り続ける。三度目くらいから、噛むのが億劫となり、運ばれた糞をそのまま喉へと押し込んだ。

じゅんぺい「どうですか?当店の糞・ハンバーグは」

我修院「ひ、非常に......しっかりとした味だ」

店員に感想を求められ、我修院が賛辞を絞り出す。だがこの2分後に、耐えきれなくなった我修院は盛大にゲロをブチまけていたので、きっとそれは大嘘だったのだろう。

~~ミート・糞ース・スパゲッティ~~

彡(゚)(゚)「あ......あ......」

我修院「うげぇぇぇ......うぇぇ......」

ミートなんて入っていないだろ、といったツッコミを入れる暇も無く、机の上に糞とスパゲッティが混じった茶黒色の料理が運ばれた。
店員共も、ワイらが自力で糞を食う気力が無いと知っているらしく、黙って料理を口に運んでくる。

彡(゚)(゚)「あ......あ......もう嫌だ......もうや......」

口の中に、糞入りスパゲッティが入る。茹で過ぎて歯応えの薄い麺に、下痢便が絡みついた味が、ワイの味覚を激しく責め立てる。

彡(゚)(゚)「ンーッ! ンーッ! マ°ッ!! アァァッ!!」

あまりの不味さに身体が拒絶反応を起こし、味が、背中が引き攣った。今までの糞とは一線を画す、最低最悪の料理であった。

我修院「なんJ民くん! なんJ民くんしっかりしろ!」

我修院が身を案じてくるが、不味さに悶絶しているワイの心には、なんら響かない。それ程に、ミート・糞ース・スパゲッティの酷さは、常軌を逸していた。

まず、糞ハンバーグと違って固形が混じっている分、どうしても飲み込むのに咀嚼が必要になる。その為、より長く、糞料理を口の中で味あわなければならない。
しかもスパゲッティという日常に馴染み深い料理故に、糞の味の異質さが際立ち、味覚的にも精神的にもキツさを増させた。

彡(゚)(゚)「ダレカコロシテクレ......」

じゅんぺい「さ、我修院様もどうぞ」

我修院「いやー、もう十分堪能したよ......」

じゅんぺい「さぁ、じゃあ合図しますんで、ちゃんと、食べて下さいね。行きますよ。はい、じゃあ飲み込んで下さい。」

我修院「うむっ! グゥゥ!! .........ゲェェェェェ!!!(ビチャビチャ)」

まひろ「我修院様いけませんね。そんな粗相をいたしては」

じゅんぺい「これでは食通の名が泣くな! な、お前もそう思うよな?」

まひろ「まったくで御座います。この程度で食通などと」

我修院も、酷い責め苦を味わっていた。奴らの何がそんなに偉いのか、容赦無い罵倒を投げかけている。

我修院 「クソ…」

じゅんぺい 「クソですか?」

我修院 「ハハ…クソ…」

じゅんぺい 「クソですか?」

我修院 「クソ…」

じゅんぺい 「好きになりましたか?」

我修院 「いやぁ…」

じゅんぺい「そっか。じゃあ、まだ堪能してもらおうかな」

我慢の、限界であった。

彡(゚)(゚)「え......ええ加減にせえや......こんな......こんなもの、ただの食事への冒涜や」

まひろ「おや? お連れ様、いかがなさいましたか? まだ、スパゲッティを完食していませんねぇ」

じゅんぺい「お残しをするようなクズに、当店の料理をとやかく言って欲しくありませんねぇ」

彡(゚)(゚)「う、うるせぇ......! せっかくのご飯を、糞まみれにして台無しにしてるのは、お前らやろうが......! 食べ物で遊んでるお前らこそ、料理を語る資格なんか、ない......」

ワイが必死に言葉を紡ぐと、思うところがあったのだろうか。店員達の顔に赤みがかかり、その目をカッと見開いた。

じゅんぺい「これが珍味なんだよぉ!分かるか?好きな奴は喰っちゃうんだよ!」

まひろ「まだデザートが残っていたのですが......仕方ないですね。お連れ様にはペナルティを受けていただきます」

じゅんぺい「ついでに......おい、我修院! お前にもペナルティだ」

我修院「ふぁっ!?」

店員達はそう言うと、バケツを二つ持ってきて、机の上に置いた。
一際異臭を放つその中には......一体いつから溜めていたものだろうか......何人の何回分とも分からぬ凄まじい量の糞が入っていた。しかも何日か放置したものらしく、幾匹も蝿や蛆がたかっていた。

彡(゚)(゚)「ひっ!」

我修院「あぁーすわわぁー...(絶望)」

まひろ「ぶへぇな口を利くからですよ......オラァ!」

じゅんぺい「オラァ! 我修院オラァ!!」

頭の上から、糞という糞をぶちまけられる。目が、開けない。体中に、ベトベトとした糞の感触が伝わる。糞の中の蛆虫が肌の上を蠢き、突然居場所が変わった蝿たちが、耳元で、頭の側で、不快な高音を喚き散らす。

彡(゚)(゚)「やだぁ! も、もうやだぁもうやだぁ~~!」

まひろ「どうですか? 糞を塗りたぐられた感想は」

我修院「ヴォェェェ! ヴォェェェ!」

じゅんぺい「誰がえづいていいと言いました? ほらちゃんと食べてくださいよホラ、こんなに残ってるじゃないですかウンコがホラ!」

彡(゚)(゚)「無理ぃもう無理ぃ、あああ!」

彡(゚)(゚)「あああああああああああ(ブリブリブリ」

彡(゚)(゚)「あああああああああああああああっ(ブリブリリュリュ」

彡(?)(?)「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!ブツチチブブブチチチチブリリィリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!」


ーー遠くで、誰かの笑い声が聞こえたーー

CORPORATION『蛮族の棍棒』

彡(?)(?)「アハハハ死ね死ね死ねくたばれ死ね死ねアハハハアハ死ね!アハハハ死ねー!死ねー!死ねー!くたばれーー!!ああああうあああああああ!!!!」

...........................ワイだった。

夕刻。三人の男が、糞尿レストランへ足を運んでいた。

KBTIT「ったくよぉ、懐かしいなぁ、まひろ。元気しっ、しってかなぁ~」

平野源五郎「いやいや、まひろ君もそうだが、私が少年奴隷の件で世話したじゅんぺい君も楽しみだぞ」

虐待おじさん「今じゃ立派に俺らの調教師後継者だからなぁ。後継者としてはもう、OK? OK牧場?」

KBTIT&平野源五郎「「......さぁ、着いたぞ」」

虐待おじさん「俺の話聞くっつって聞かないだろさっきから! さっきから聞かないだろぉ!」

薄暗い店内へと、三人が足を踏み入れる。しかし三人を待っていたのは、懐かしい顔馴染みの顔でも、立派に成長した男の姿ではなかった。

KBTIT「なんだよこれおい!」

店中に塗りたくられ、飛び散った糞尿の跡と、その癖になる強烈な臭い。そして、大量の血と、微かな精液の臭いのする異様な空間に、三人の男が倒れていた。

KBTIT「こいつは知らない奴だなぁ、なんだこのブサイク!」

平野源五郎「おい!おい! 大丈夫かじゅんぺい!」

虐待おじさん「そっちがじゅんぺい......じゃあ、こいつが、まひろか......?」

信じられない、と虐待おじさんは息を飲む。おそらくまひろと思われる人物の頭部は......いったい何度殴打すればこうなるのか......まったく原型を留めていなかった。『それ』が首から上の部分のものでなければ、血まみれのひしゃげた形から眼球が飛び出していなければ、彼は決して、『それ』を人間の頭部だったものとは信じなかっただろう。誰の目から見ても、死因は撲殺によるものだった。

平野源五郎「じゅんぺい! おい! 手を動かせ! 私を楽しませるんだろう!?」

虐待おじさん「おじさんなんて言った? ......。気持ちよく出来ましたか?............。......できてないでしょ?(小声) ......じゃあホラ戻って来いよホラァ! まひろぉ!!」

二人が悲鳴のように喚き散らすも、横たわる店員達はピクリとも動かない。それを見ながら、我修院の遺体を確認したKBTITは、あることに思い至った。
横たわる三人の遺体には、ある共通点があった。それは、三人共尻の穴を無防備に開帳し、その穴から精液を滴らせている点であった。

つまり、この三人はある男によって、プレイ中に殺されたのだ。

KBTIT「もう許せるぞオイ!許さねぇからなぁ~!!」

怒りを露わに、KBTITは叫んだ。正体不明の犯人は、自分達の旧知の友を殺しただけに飽き足らず、SMプレイの禁忌を犯したのだ。
SMプレイの禁忌とは、即ち殺傷行為だ。『限界を超えた苦痛と快楽を与えるべし。しかし、決して傷を残すべからず』が、調教師界隈における暗黙の了解だ。
禁忌を犯し、友を殺した謎の調教師が、今ものうのうと生きているという事実は、彼らにとって耐えがたい屈辱であった。

KBTIT「ホントはこんな風にされて殺されたいんだろお前もよぉ!?」

虐待おじさん「本気で怒らせちゃったね~、俺のことねー? おじさんのこと本気で怒らせちゃったねぇ!」

平野源五郎「けしからん 私が喝を 入れてやる」

三人の調教師が、報復の声明を張り上げる。その怒りは当然、未だ顔も名も分からぬ殺人犯へと向けられていた。

~~夜、防衛省・coat博士の研究室~~

coat博士「......で、今回の収穫はその中野くん、というのと」

宇野「店内にいたクレーマー二人ですね」

coat博士「あいつとは別れて行動していたんだろ? よく君と原住民だけで捕まえられたな」

宇野「戦闘能力がほぼ0でしたからね。きゅうり神を無理矢理口に突っ込んで、爆発させれば済みました」

coat博士「ずいぶん過激だな」

宇野「何の調理も施していないスーパーの特売肉を、高級グルメと言い張る輩でしたからね。容赦はしませんでした」

coat博士「まぁ、私はなんでも構わないがね。......それより、君が我修院から聞き出した情報は、非常に貴重なものだ。ありがとう」

宇野「......同性愛者の理想郷、ホモ・アルカディア。彼らの目的はなんでしょうか」

coat博士「その名の通り、彼らは理想郷が欲しいんだろ。それが実現可能かどうか、どんな手段によるものかは分からんがな」

宇野「手段、ですか」

coat博士「ふむ......そうだなぁ。時に聞くが、君は彼氏はいるか?」

宇野「は?」

coat博士「彼氏だよ、異性の恋人だ」

宇野「いませんね。それがどうかしましたか?」

coat博士「では君には現在、結婚したいという願望はあるかね?」

宇野「全く、ありませんね」

coat博士「なるほど、君は男に興味が無いんだな。では、君は同性愛者のレズビアン、ということでいいんだね?」

宇野「......喧嘩売っているんですか?」

coat博士「ほら、それだ。君は今、私に同性愛者の疑いをかけられ、それを『喧嘩を売られている』と考えた。同性愛者と認知されることが、異端として世間体を悪くすると考えている証拠だ」

宇野「いや、勝手に性癖を決めつけられたら、怒るのは当然でしょう。ただのセクハラでしたし」

coat博士「例えば『君はイケメンが好きだ』と性癖を決めつけられたとして、君は今と全く同じ感情を抱いたかね?」

宇野「.........。」

coat博士「要はそういうことだ。現代社会がいかに人間皆平等、差別反対、と謳うようになっても。公の場の人々が、差別は良くないよね、と口を揃えて語ろうとも。人間はそう美しい生き物にはなれん」

coat博士「多数派に属する者はいつも、少数派を叩いて安心を得ようとする。それが分かっているから、人間は少数派......世間から見た異端になることを過敏に恐れる。同性愛者の烙印を押されかけた君の反応が、大多数の人間の素直な気持ちだ」

宇野「しかし、同性愛者の人権というものは......」

coat博士「70年代の、ハーヴィー・ミルク※の登場以降、確かに同性愛者の市民権は強まった。が、だからといって偏見が完全に消えたわけではない。『同性愛者は自分達とは違う』という視線を今一番強く感じているのは、他ならぬ同性愛者達だろう」

※アメリカ合衆国の政治家、ゲイの権利活動家。同性愛者の市民権獲得に向け、意欲的に活動を行うも、78年に志半ばで暗殺される。99年には「タイム誌が選ぶ20世紀の100人の英雄」の一人に選出された。

coat博士「人間社会の性質上、世間の目というのは絶大な影響力を持ち、多大なストレスを生む。その目から逃れたい、というのが、とりあえず思いつく彼らの目的だな」

宇野「しかし自分が間違っていないと思うのなら、世間の目など気にせず、堂々と公言すればいいのでは?」

coat博士「そんな強い意志を持った人間など稀だ。例えば異性の恋人のいない状態で、百人から『お前は同性愛者だ』と言われるとな、本当に自分が同性愛者だと思うようになるのだよ。自らが持つ自分像や、信念、信条、主義は、それを支えるだけの証拠が無ければ非常に脆い。これらは外部からの圧力によって、容易く変化する」

coat博士「ストレス(外部からの世間の目)から『私が思う私の在り方』を守る為には、同じ思想の者と結託し、団結する必要がある。そして、さらにストレスから完全に解放される手段は、
①閉鎖的な環境に篭り、外部との接触を絶つ
②同じ思想の人間を増やし、取り込み、拡大し、最終的に自分達が多数派になることを目指す
③思想の異なる外敵を根絶やしにする
の三つの内のどれかだ」

宇野「だとすると、ホモ・アルカディアの手段とは」

coat博士「おそらく①と②の複合型だな。野獣先輩は仲間達に一般人を襲わせ、精神レイプ被害者という、擬似的な同性愛者を増やしている。世田谷区という、限られた地域の中でな」

宇野「世田谷区を、『同性愛者が多数派』の場所へと塗り替え、閉鎖的な理想郷を作ろうということですか」

coat博士「それで済むのなら、まだ軽いんだがな......今日のネットのニュースはチェックしたか? 今、結構な祭りになっているそうだぞ」

宇野「いえ、知りませんね」

coat博士「2ちゃんねるは、TVと違って放送コードが無いからな。過激な話題、下品な話題ほど盛り上がるものだが.........『世田谷区の公園で、ホモが野外SEXしてるの発見した』という内容のスレが乱立していたらしい。まとめサイトでも、ホモの話題で持ちきりだ」

宇野「まとめサイトにもってことは、一般人にも認知されやすい、ということですよね」

coat博士「おそらく、ホモ・アルカディアは自分達の存在を隠す気がない。それどころか、むしろ認知を広めたがっている気配すら感じる」

coat博士「こちらも、急がなければな。で、肝心のあいつの様子はどうだ?」

宇野「相変わらずですね。原住民がいくら話しかけても、ロクに返事もせずに虚空を見つめているようです」

なんJ民を迎えに行った時、私がレストランの中で見た光景は、惨劇の跡であった。
撒き散らされた血と糞尿。倒された概念体の残骸。その空間の中央に呆然と立った、血と糞尿と微かな精液を身体にこびりついたなんJ民を見た時、私も殺されるかと一瞬恐怖した。

coat博士「......そうか。まぁ、しばらく安静にして、回復するのを待つしかないだろうな」

博士の言葉と共に、今日の事後報告はお開きとなった。

~~深夜。防衛省・coat博士の研究室~~

coat博士「......ん~、もう二時か。そろそろ私も寝るかな。夜更かしは美容に悪いしな」

ガチャ、バタン。

彡(?)(?)「......。」

coat博士「ん? どうした、バカ息子。眠れんのか?」

彡(?)(?)「.........。」

coat博士「......せめて、何か喋れ。言葉を無理にまとめようとしなくていい。意味を汲み取るくらいのことは、私にも出来るから」

彡(?)(?)「.........ワイな、楽しみにしてたんや。美味い飯食えるって聞いてたから」

coat博士「うん」

彡(?)(?)「でも、出てきたのは、糞だったんや。嫌で嫌で仕方ないのに、糞を無理矢理、食わされた。糞だけやない。普通の食い物にも糞をぶちまけて、食わされたんや。そんで、酷い罵倒も喰らったんや」

coat博士「うん」

彡(?)(?)「そんで、糞を身体にもぶちまけられて、蝿と蛆が身体にたかって、臭いも酷くて、ワイはそこでブチ切れた」

彡(?)(?)「ワイは、あの時酷い目に合っただけやなくて、何かを奪われたんや。その奪われたもんを取り返したくて、奴らに色々やった。とりあえず糞を店員共の身体に塗りたくって、口ん中に糞を捩じ込んでやった。ワイと同じように」

coat博士「うん」

彡(?)(?)「それだけじゃ収まらなくて、レイプもしてやった。エネルギーを奪えるっていうから、奴らから何かを奪ってやりたかったんや。これは、店員だけやなくて我修院にもしてやった。ワイをあんなとこに放り込んだあいつにも、責任があるからや」

彡(?)(?)「それでも足らんくて、特に酷く罵倒してきた店員をボコり殺した。けど、戻ってこないんや。あの糞料理屋に入る前のワイに、どうしても戻れないんや」

coat博士「.........。」

彡(?)(?)「ババア、教えてくれ。ワイは、いったい何を奪われたんや? 何をすれば元に戻れる? ずっと、頑張ってみたけど、飯が喉を通らんのや。笑えないんや。楽しくないんや。明るいことが、なんにも考えられんのや」

coat博士「......お前が奪われたのは、そうだな。一言で言えば『尊厳』だ」

彡(?)(?)「尊厳?」

coat博士「もちろん、糞を喰わされたことも重大なショックだったろう。だがそれよりも、お前はその店で自由を制限され、望まないものを無理矢理押し付けられた。人としての最低限を大きく下回る扱いを受け、陵辱された」

coat博士「レイプされた女性が、例え妊娠せずとも、人生が狂う程のショックを受けるのと同じだ。慰み者にされ、一時的に人間以下の扱いを受けた傷というのは、見た目以上に深刻なものだ」

彡(?)(?)「......どうすればいいんや?」

coat博士「尊厳を傷付けた相手への報復、が真っ先に挙げられるな。『目には心臓を、歯には指を』、自分が与えられた以上の喪失を相手に与えることだ」

coat博士「復讐は虚しいだけ、なんて的外れな言葉をよく耳にするが、決してそんなことは無い。復讐にはある程度心を慰める効果がある。報復を果たせば、人生における一つの区切りにもなるし、『自分を苦しめた奴が、どこかでのうのうと生きているかも知れない』と思って生きるより、幾分か心も救われる」

彡(?)(?)「やり返す、ってことなら、もうやってもうたぞ」

coat博士「報復で気が済まなければ、喪ったものに代わる何かを見つけることだな。『自分にはこれが無いが、代わりにこれがある』と思える何かがあれば、傷つけられた尊厳も、時が経てば癒えるだろう」

彡(?)(?)「ワイに、あるもの......」

coat博士「そうだなぁ......慰めになるか分からんが、そういえばお前に渡す物があったな」

そう言うと、ババアは机の引き出しから何かを取り出し、渡してみせた。それは、額の中に納められた、白い花弁の押し花であった。

彡(?)(?)「これは......」

coat博士「以前、お前が助けた男子高校生の妹から貰った花だ。ありのままの状態で放っておくと、すぐに枯れて駄目になるからな。押し花に加工しておいた」

彡(゚)(゚)「.........。」

coat博士「その押し花は、お前が誰かを救った証だ。お前が、誰かにとってのヒーローとなり、感謝を受けたという証だ」

彡(゚)(゚)「......うっ」

coat博士「お前は、みじめなんかじゃない。哀れな被害者なんかじゃない。お前は立派にヒーローをやっているよ。......だから、まぁ、そうだな」

そこで一旦言葉を切ると、ババアは椅子から立ち上がり、身長差のあるワイの頭をガシと掴む。そしてそのまま椅子へと座り直すと、頭を抱えられたワイは膝立ちで、ババアの膝の上にもたれる姿勢となった。

coat博士「辛いことがあったら、親に甘えればいいんだよ。図体がいくらデカくても、お前はまだ、生後2ヶ月の子供なんだから」

なだめるように言うと、ババアがワイの頭を優しく撫でた。その労わりが、慈しみのある声色が、なんだか妙に心に響いて。

彡(;)(;)「うあああ、あああっ!」

堰が、切れた。感情の濁流が溢れて、溢れて、止まらない。ババアが相手なのに、後になって恥ずかしくなるのは分かりきっているのに、ワイはババアの太腿に顔を埋め、思い切り泣いた。

彡(;)(;)「わあああああん! わああああああん!」

coat博士「よしよし。辛かったな、怖かったな。もう大丈夫だぞ。ここには敵はいないから。お前はちゃんと、ここに帰ってきたから」

彡(;)(;)「うわぁぁぁぁぁ! びぇぇぇぇぇぇ!」

coat博士「怖くない、怖くない。大丈夫、大丈夫」

頭を撫でながら、あやすようにババアが囁く。
今朝、雨に濡れながら、大泣きして車道を歩いていた女子高生も、こんな気持ちだったのだろうか。もしそうなら、ワイはあの女に謝るべきかも知れない。
「公共の場で泣くような女に、ロクな奴はいない」
あの時ワイはそう言ったが、なるほど。公共の場だろうと、ババアの前だろうと、確かにこの感情の昂りはどうしようも無い。

その後、ワイは寝落ちするまでのしばらくの間、ババアの膝の上で大泣きし続けた。

~~~~
(´・ω・`)「ふーぅ。寝る前にきゅうりを10本、は食べ過ぎたかな。深夜なのに、お手洗いに行きたくて起きちゃったよ」

(´・ω・`)「こういう時って、なかなか寝つけない上に、かといって起きているのも眠いから辛いよねぇ。......ん?」

(´・ω・`)「なにか音がする。博士の研究室からだ」

彡(;)(;)『わあああああん! わああああああん!』

(´・ω・`)(この声は......おにいちゃんの......そっか)

(´・ω・`)(おにいちゃんは、博士の所に相談しに行ったんだ。そして、博士に慰めてもらって、きっと博士の胸を借りて泣いているんだ)

(´・ω・`)「そっか。博士に甘えさせてもらってるんだ、おにいちゃん」

(´・ω・`)「.........いいなぁ」

(´・ω・`)(......ハッ! 僕は、何を考えているんだよ。おにいちゃんはあんなウンコまみれで、苦しくて辛い思いをしてきたんぞ?)

(´・ω・`)(ちょっと博士に甘えるぐらい、許されて当然じゃないか。そのぐらい、報われたっていいはずじゃないか)

(´・ω・`)(生っぽいステーキを食べて、きゅうり神を出してただけの僕なんかと違って......)

(´・ω・`)「ああ、でもやっぱり......羨ましいなぁ............僕も.........」

(´-ω - `)「僕も.........。」

(´; ω ; `)「.........。」

(´; ω ; `)「寝よう.........きっと今は、深夜で頭が変になってるんだ。寝て、起きたら、もう良くないことなんて考えなくて、すぐに忘れちゃってるはずだ」

(´; ω ; `)「だから、だからはやく、はやくお布団の中へ」

そう言うと、原住民は研究室の扉から足早に去っていった。彼の胸中を、彼が扉の前に立っていたことを、この時のなんJ民とcoat博士は当然知る由も無かった。

......そして、原住民が去ったのとほとんど同時の、日本時間午前3時34分のこと。日本の、そして世界の各報道局に、衝撃的なニュースがもたらされた。

『日本発、中東のプエルトルコ共和国※行きの飛行機が、原因不明の墜落事故を起こした。墜落場所は、プエルトルコ共和国への経由国であるローレンスアラビア※域内の、アッシリヤ※との国境付近であった。
機体は、ANAL航空893便。搭乗者はキャビンアテンダント及び補助担当乗員11名、交代要員を含めた操縦士が4名、乗客が514名と確認されている。搭乗者の大部分は、日本人であったとされる。
搭乗者の生存はほぼ絶望的であり、現在は『テロリスト国家アッシリヤ』との関連性を疑いながら、原因の究明を急いでいる状態である。続報を待つべし』 by各国の報道機関、ローレンスアラビア支部より

死亡者数、526名。生存者、0名。この記録は、ANAL航空開業以来未曾有の、日本航空史上最悪の墜落事故であった。
この事件は後に、『ANAL航空893便墜落事件』と呼ばれ、世界の航空史と日本現代史に深く名を刻むこととなる。

※記載された国名はフィクションであり、実在する国とは一切関係ありません。

【21話】ANAL航空893便墜落事件

深夜のアラビア半島の空を、一機の飛行機が横断していた。機長を務める増永は、操縦席に座りながら、眼前に広がる夜空を呆と眺める。が、アラビアンナイト、などと情緒ある言葉を紡ぐには、高度1万mの風景は変わり映えに乏し過ぎた。
自動操縦技術が著しく発展して以来、パイロットの背負う緊張感や忙しさも、数年前に比べてかなり褪せている。弛緩した空の旅の中、増永は管制塔との通信ボタンに手を伸ばした。

増永『こちらプエルトルコ共和国行き、ANAL航空893便機長、増永喜一。現在、ローレンスアラビア上空を通過中。アッシリヤとの国境まで残り100マイル、針路変更の許可を願う』

管制官『こちら航空管制塔、皆川真弓。ローレンスアラビアの悪天候が未だ激しい。アッシリヤ国境までの距離50マイルまで待つこと。以上』

増永「了解。.........ふぅ、聞いたか涼ちゃん。アッシリヤとの国境ギリギリまで粘れ、だってさ」

英語での通信を終えると、増永は右に座る副操縦士、宮田涼介に声をかけた。

宮田「怖いっすねぇ増永さん。50マイルなんて目と鼻の先じゃないっすか。嫌ですよ俺、テロリストのミサイルに撃ち墜とされたりとか」

増永と比べ、まだまだ経験の浅い宮田が、軽薄な口ぶりで言葉を返す。

増永「地上目線で考えなさいや。国境線から50マイル先の飛行機を、連中がどうやって撃ち落とすってんだ」

宮田「えー、だってあのアッシリヤですよ? 世界治安ランキングのワースト常連で、紛争まみれで、『テロリストの蟻の巣』のアッシリヤですよ? 何しでかすか分かんないじゃないすか」

増永「必要以上にテロリストを恐れちゃいかんよ。それこそ、連中の思惑通りになっちまう」

増永達が早く針路を変更しようとする理由は、アッシリヤの危険度にあった。世界で唯一、『テロリスト国家』の蔑称で呼ばれる、アラビアの汚点アッシリヤ。
彼の国の国境線の内側では、常に貧困、紛争、虐殺、民族対立の嵐が吹き荒れる。そして外側の世界に向けて、内側で溜め込んだあらゆる負の感情を、テロという形でぶつけては、諸外国の反感を一身に受けるならず者であった。
この国とだけは関わりたくないと、マトモな国ならどこでも思う。テロとの戦いに際限は無く、一度その泥沼にハマれば、出口の無い戦いの淵へと引き擦りこまれてしまうからだ。
当然、日本も『奴らと関わりたくない』と思う国家の一員である。「アッシリヤは国家の体を成していない」と、多くの先進国同様、日本もアッシリヤとの国交は断絶している。
国交が無いということは、アッシリヤに航空の許可が取れないということであり、アッシリヤ空域で事故が起きても、責任を取るべき国家が日本にとっては存在しない、ということだ。

宮田「あー、ローレンスアラビアに入った時は、こんな嫌な天候じゃなかったんだけどなぁ」

宮田が愚痴をこぼす。飛行機は、より良い天候を選んでルートを選択するが、機体より北側の悪天候が続き、アッシリヤへ向かう西へと進路を取らざるを得なかったのだ。

増永「アッシリヤに近づくリスクより、悪天候で機体が傷つくリスクの方が嫌なのさ。ANAL航空は」

あっという間に、国境まで50マイルという所に差し掛かった。流石にこれ以上近づくと、アッシリヤに何をされるか分からない。
増永は管制官に悪天候へ突入する旨を報告し、機内へのアナウンスを、CAに指示した。

『この先強い揺れが予想されますが、飛行には全く支障はありません』

お決まりのアナウンスを聞きながら、増永が機首を傾けかけたその時、異変が起きた。

機体が、大きな衝撃に見舞われたのだ。悪天候時のそれと全く異なる、ズシンとした衝撃が二度、三度と走る。ただ事では無い振動の収まりを待っていると、宮田が悲鳴をあげた。
増永さん! と、計器を見つめながら叫ぶ宮田に続き、増永も計器の確認をする。そこに表示されていたのは、絶望的な知らせであった。

増永「なんだ、これは。何故だ」

機体の尾翼が、両翼が、補助翼が、へし曲げられ、あるいはほとんどもげかけている現状を、計器は告げていた。辛うじて生きている噴射口だけが、航空力学の理論を外れた機体を支えようと、虚しい努力を続けている。

増永「これは......」

飛行機の安全を支える、訓練と経験に裏打ちされた操縦士の腕と、最新鋭の技術の数々。飛行機が安全な乗り物と呼ばれる所以も、しかし機体そのものが破壊されればどうしようもない。
明晰な頭脳や天賦の身体能力も、脳からの指令を送る神経が断たれれば、身体そのものを壊されれば、何の意味も持たないように。翼を破壊された機体は、操縦席からの指令を一切受け付けることのない.........鉄の塊と化した。

増永「何故だ......何故だ......何故だ......」

天候の影響では、無い。機体の不備でも無い。アッシリヤによる撃墜が一瞬頭をよぎったが、爆薬の炸裂一つで、飛行機がこんな出鱈目な壊れ方をするわけが無かった。

宮田「増永さん! 何か、何かないんですか!?」

宮田が、狂ったように叫んだ。彼も、厳しいパイロットへの道のりを越えた男として、分かっているのだ。

ーーこの機がもはや、墜落するほか無い状態にあるとーー

宮田が、増永の肩を掴み、縋り付くような目でその顔を見る。ベテランの増永なら、この状況を打破するテクニックや知識を持っているのではと、微かな可能性に縋っているのだ。
しかし増永は、宮田の懇願に応えることもなく、機体の制御を司る操縦桿から手を離すと、機内アナウンスを始めた。

増永『乗客の皆さん。申し訳ございません。本機は、原因不明の故障に会い、全く制御が効きません』

増永さん! と叫ぶ宮田の顔に、非難と絶望の色が浮かぶ。機長自らが墜落のアナウンスをした前例など、航空史上一度も無かった。

例え事故が起ころうと、一縷の望みに懸けて、最期まで墜落の運命に抗う。それが機長たるものの責務であり心構えだと、宮田は養成学校で腐る程聞いてきた。
それを今、増永は放棄したのだ。熟練の操縦士によるこの行為が意味するのは、この機体が完全に詰んでいる、という絶望であった。

増永『本機は、確実に墜落します。最期の時を、家族と、友人と、共に過ごしましょう。そして可能ならば......皆で共に祈りましょう』

そう言うと、増永はアナウンスを切った。機長自らによる死の宣告を受けたことで、乗客席のパニックは、今頃頂点に達していることだろう。だが、増永にはもはや、そんなことはどうでも良かった。高度は既に6000mを切り、みるみるうちに低下していく。
機首の落ちる角度は、時が経つ度に増していく。自由落下の恐怖が機体を包むまで、残された時間は数十秒程だろう。

宮田「あんた、気が狂ったのか!?」

宮田の怒りは当然だ。増永が言うまでもなく、500名を越す乗客達は、突然の異変に怯え、家族や友人と肩を抱き合い、神に祈っている者が大多数だったはずだ。
それをわざわざ、「本機は墜落する」などと乗客に知らせ、絶望の淵に叩き込むことに何の意味がある。墜落を避ける事が出来ないなら、せめて人間性を保ったまま死なせてやるのが、乗客にとっての救いになるのではないのか。

そんな宮田の怒りなど意に介せず、増永は次に、管制塔への通信を開始した。

増永『管制塔。こちらプエルトルコ共和国行き、ANAL航空893便機長、増永喜一。現在、原因不明の故障が起こり、制御を失っている。修復は不可能。これより本機は墜落する。繰り返す、本機は墜落する』

本機は墜落する、本機は墜落する。同じ言葉を何度も繰り返す増永を見て、宮田は彼が『狂ってしまったかも知れない』のでは無く、『既に狂っている』のだと気付いた。

宮田は理解した。増永は、自分が間も無く死ぬという事実から目を背ける為に、何かをしていなければならなかったのだ。自らの気を紛らわせる為だけに、増永は乗客500名を死の絶望に叩き込んだのだ。

宮田「なんだよ、これは」

死に直面した人間とは、こんなにも脆いのか。こんなにも、普段の姿からかけ離れた、哀れな程情けない男になってしまうのか。
きっと増永も自分も、助かる手段がほんの僅かでも残っていれば、機体を持ち直す為に心血を注ぎ、乗客の命の為に奔走する、勇敢な操縦士のままでいられただろう。
だが、もはやこの操縦室には、何の手立ても残されていなかった。誰よりも機体の状況を理解している増永自身が、抵抗することも許されず、100%の死を待つしかないことを知っていた。誰よりも、自らの死を確信し、そして彼は狂ったのだ。

宮田「......あぁ、そっか。俺もか」

そこまで分かると、宮田は自分も同じだったのだと気付いた。『増永に救いを求める』『乗客のことを慮って、増永に怒りをぶつける』『不可解な増永の行動を理解する』。宮田のこれらの行為も、死から目を背ける為に必要だったものなのだ。
そしてそれらを終えてしまった今、宮田に残されたのは、間も無く自分も死ぬのだという、死の確信だけであった。

宮田「......嫌だ! こんなところで! こんな訳も分からず死ぬのなんて嫌だ! 嫌だぁ!!」

本機は墜落する、と静かに繰り返し続ける増永の隣で。死にたくない、死にたくないと宮田も何度も叫んだ。これで、最期の希望たるべき操縦室も、死と絶望の狂気に染まった。
すると、操縦士の姿に見切りをつけたかのように、いよいよ機体が自由落下を開始した。
凄まじいGを浴びる人々の悲鳴が、絶叫が、壊れた機体に数秒響き渡った後......。

7月13日、日本時間午前3時34分。ANAL航空893便は墜落した。

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『テロリスト国家』が誕生した発端は、弱肉強食の時代における、弱国の政策の失敗にあった。
湧いては溢れる資源を貿易に注ぎ込む、富める国ローレンスアラビア。
紛争と民族対立の負の螺旋に陥った、病める国アッシリヤ。
数千年の歴史を共にし、現在も国境を隣り合わせる両国に差が生まれたのは、ここ僅か100年ばかりのこと。20世紀の西欧列強による、植民地支配の時代の出来事であった。

列強による植民地支配に対して、ローレンスアラビアは、憎き侵略者共にあえて頭を垂れる道を選んだ。自国の尊厳を踏み躙られ、西洋文化を押し付けられ、資源を搾取され、それでも彼らは、列強に都合の良い弱国として振る舞い続けた。
彼らは知っていたのだ。軍事力こそあれど資源には乏しく、植民地からの搾取無くしては維持出来ない、列強のシステムの脆弱性を。そして、彼らの先進国たるメソッドさえ吸収出来れば、資源に勝るこちらが優位に立てることを。
そして、彼らは待った。アラブ諸国のナショナリズムの高揚を。列強同士の生存圏の奪い合いによる、自滅に近い疲弊の時を。この二つが重なれば、愛するアラブの国土は必ず、自分達の元に帰ってくると、彼らは信じた。
かくして、彼らの読みは見事的中した。大戦後の疲弊と国際秩序の新しい枠組み、熱狂的ナショナリズム運動は、列強から植民地支配を手放させた。以降50年代から現在に至るまで、ローレンスアラビアは一大産油国として、世界中にその影響力を轟かせている。

対極的に、ローレンスアラビアの隣国アッシリヤは、ナショナリズムに基づく民族自決を唱え、植民地支配に真っ向から反逆した。
「アッシリヤはアシム民族の国だ。西洋人など必要無い」という弱者の正論は、しかし「植民地政策は、後進国の近代化を手助けする善行である」という強者の理屈に押し潰された。
かくして、早過ぎたアッシリヤの独立運動は、支配国による容赦の無い弾圧と支配の強化を招いた。
歴史的遺産や慣習、宗教、文化の破壊。加えてアッシリヤの支配国は、アシム民族をアシ族とシム族とに無差別に分離させた。これは、民族を二つに分け、対立を生むことによって、支配国に逆らう力を削ぐ為であった。
歴史、慣習、宗教、文化、そして統一民族。ナショナリズムの源泉を全て奪われた元アシム民族は、自分達が何者なのか、自らの還るべき場所はどこなのかも分からずに、アッシリヤの土の上で戦い続けた。
2回の大戦中も、冷戦時も、冷戦後も、いつも大国達の思惑に翻弄されながら。本来同じアシム民族だったはずのアシ族とシム族同士が、左右どちらかの体制の為に、激しい代理戦争を行ってきた。

そうした血塗られた歴史を経た、21世紀の現在。アッシリヤは、世界最大のテロリスト国家へと変貌を遂げた。
『正義』が、ナショナリズムに繋がった国がある。『隣国への反発』が、ナショナリズムを形成した国がある。これらは全て、連続する歴史の中で育まれるものである。
植民地支配以前の歴史を失い、憎しみと闘争の歴史しか知らないアッシリヤ。彼ら元アシム民族に共通する意識は、『報復と復讐』だけであった。

彼らは知っていた。奪われた歴史も文化も、二度と返ってくることはないと。
彼らは知っていた。報復を行っても、仮に復讐を完遂しても、残るのは空虚な死と骸が残るばかりで、決して爽やかな勝利など得られないと。そんなことは分かりきっていた。しかし、それでも良かった。
「自分達を滅茶苦茶にした奴らを、同じ目に合わせてやりたい」
「先進国の連中を皆殺しにしたい」
100年間蓄積されたアッシリヤの負の感情は、ナショナリズムではなく、『テロリズム』に強く結びついた。そしてアッシリヤの強烈なテロリズムは、冷戦崩壊後の時代に、周辺諸国、果ては世界全土に波及した。
以来、『グローバル化によって繋がった先進諸国VS中東、アフリカ、アジアのテロリスト国家』の構造が形成され、世界はいわゆる『テロとの戦い』の時代となった。
テロの時代を牽引する、病める国アッシリヤ。彼らの怒りは未だ尽きること無く、先進国へ、あるいは対立する民族へと、その暴威を振るい続けている。

当然、テロリストと紛争が蔓延るアッシリヤに、先進国の国民が関われるはずがない。観光客など訪れはしないし、市場を求めて進出する企業は、死の商人くらいである。渡航禁止のアッシリヤへ向かう、日本発の飛行機など飛んでいるわけがなかった。

しかし、彼にはそのテロリスト国家、アッシリヤに用があった。
では、手っ取り早く目的地に近づく為には、どうすればいいかと彼は考えた。そして、彼の出した答えは、
「そうだ。アッシリヤの近くを通る飛行機に乗って、国境に近付いた所で墜落させればいいんだ」
というもの。概念体は、物理によるダメージを一切受けない。高度1万mからの自由落下も、概念体である彼にはジェットコースターのようなもの。彼の答えは、自らの利点を活かした最適解と言えた。

......あくまで、墜落によって奪われる、搭乗者数百人の人命を無視すれば、の話であるが。

始まりのホモ「いやぁ、楽しかったなぁ」

ケラケラと笑いながら、始まりのホモは国境線へと歩く。後方では、かつて飛行機だった鉄の残骸が、バラバラに散乱している。鉄であれなのだから、肉の塊である人間の遺体が、原型を留めておけるわけが無い。実際歩いていると、着地の衝撃で散らばった『それらしき』肉や衣類が、辺りにいくつも見られた。

始まりのホモ「これじゃあ、身元の確認も出来ないよねぇ」

自分で名乗り出るでもしない限り、今ここに立っている生存者の存在など、とても見つけることは出来ないだろう。航空機墜落の事件は、すぐに日本にも報道され、しばらく調査が続いた後、生存者0の凄惨な事故として日本人の心に深く刻み込まれるはずだ。

始まりのホモ「みんな、しばらくは飛行機なんて乗りたくなくなるだろうね」

日本国産なら、他国の物より安全で安心出来る。そんな大抵の日本人が強く抱く、ある種の選民意識は、この事件によって大きく揺らぐだろう。
なにせ、日本の会社の、日本が製造した機体の、日本人が操縦する飛行機が、原因不明の墜落事故を起こしたのだ。割高な料金を払ってまで買う『国産だから大丈夫』という意識は、ANAL航空への信頼は、これから急速に失墜するだろう。
また、最も信頼する国産航空機の墜落事故はこの先、日本人が海外へ流れる足を大いに止めてくれるはずだ。明日から数日の間は、飛行機のキャンセルの電話が、航空会社に殺到するはずである。

始まりのホモ「楽しい夏休みなんて、絶対に味あわせてやらないよ」

一人呟くと、国境線のフェンスへとたどり着いた。墜落場所は、アッシリヤの国境線を越えるのがベストではあったが、それでも十分近い場所に落ちてくれた。おかけで、無駄に歩く時間が省けたというものだ。

フェンスを破壊して、始まりのホモはアッシリヤの地へと足を踏み入れる。異変を察知した国境警備隊がすぐに駆けつけてくるかも知れないが、構わない。
彼らの仕事はアッシリヤからの不法移民の監視であり、わざわざ死の大地に向かう男を止めはしないだろう。また、止めようにも、始まりのホモにそもそも近づくことが出来ない。アッシリヤ側の国境付近には、地雷が敷き詰めた危険地帯となっていたからだ。
過剰な警備体制は、富める国ローレンスアラビアの、アッシリヤへの強烈な拒絶の意思を感じさせる。テロ対策というだけでなく、植民地時代を乗り越え、成功者となった今。前時代の負の歴史を引き擦るアッシリヤは、ローレンスアラビアにとって最も関わりたくない国なのだろう。
時折踏む地雷の爆破を意に介さず、始まりのホモはアッシリヤの内地へと向かう。しばらくすると、前方に新たな肉塊を発見した。近づいて確かめてみると、どうやら乗客の一人が、衝撃でここまで飛ばされていたらしい。
頭部と胸部のみの上半身が、地雷で更にグチャグチャにされているようだ。
あの自由落下の中で、それでもかなりの原型を留めている奇跡。落下地点から1km以上は離れているはずのここまで、飛ばされてきたという奇跡。
それに加えて、吹き飛ばされた先の地雷原で、またもや吹き飛ばされたであろう光景の間抜けな面白さが、始まりのホモの口を大きく開かせた。

始まりのホモ「あははは、楽しいなぁ! 楽しいなぁ! いいね、これ! 最高だよ!」

怪物は笑う。笑いながら、歩きながら、元人間だった、男とも女とも区別のつかぬ肉塊を蹴り上げる。
蹴る、浮く、落ちる。その動きを繰り返していると、何回かに一度、肉塊は地雷の上に落ちて跳ね、その度に吹き飛ばされて損壊していく。始まりのホモは損壊など気にも留めず、また蹴り上げてを繰り返す。

死者を冒涜する始まりのホモの遊びは、肉塊の損壊がボロ切れ程になるまで続いた。


[始まりのホモ、アッシリヤに入国]

【閑話 21.5話】怪獣になりたかった少女の話

私には昔、ひとつ年下の妹がいた。大人しく、虫にも殺されそうな少女で、私に良く懐いていたことを覚えている。
身体も気も弱かった妹は、乱暴な男子には格好の的だったのだろう。学校で髪を引っ掴まれている彼女を、私が助ける。そういった場面は、小学校の頃に何度もあった。
妹を守る時、私には善も正義も、家族愛も関係無かった。妹が虐められていれば、助ける。それが姉として当然の義務だと思っていた。義務感だけが、いつも私を突き動かした。
だから、妹自身の内面というものに、私はあまり目を向けていなかった。それがいけなかったのかも知れない。

自らを虐めるクラスメイト、たまに現れてはそれを助ける姉、そして己自身。それらがいったい、彼女の心にどのような影響を与えたのか。
確かな原因は分からないが、妹はいつの頃からか女の子らしい可愛さや、男の子のようにヒーローや正義の味方に憧れるでもなく......TVの中の怪獣に、憧れるようになった。

??「ゴジラってさ、格好良いよね。人も、建物も、みんな壊しちゃうんだから」

嬉しそうに語る妹に、私はどう言葉をかけるべきかいつも悩んだ。妹が怪獣、とりわけゴジラに憧れる理由が、どっちともつかなかったからだ。
憧れる理由は、強くて巨大な生物に憧れる、子供らしい単純な思考からなのか。それとも、心に何か破滅願望を飼っているからなのか、と。

宇野「怪獣だって、そんなに大したことないわよ。一番強い怪獣のゴジラだって、最期には人間に殺されちゃうんだから」

妹の無類の怪獣好きを「危ない」と思った私は、ある時彼女を諭そうと考えた。他の女の子のように、とまで高望みはしないが、せめて普通の男子のように健全に、ヒーローに憧れて欲しかった。

??「倒されたっていいんだよ! だってカッコいいもん!」

??「私も、大きくなったら怪獣になりたい!」

しかし、妹の怪獣好きは筋金入りだった。

宇野「どこまで大きくなるつもりよ、あんた」

??「とにかく大っきくだよ! それでね、私が街で大暴れしてね、みんなに怖がられてね、それで、お姉ちゃんが私を倒しに来るの!」

宇野「......なんで、そこで私が出てくるのよ」

??「当然だよ。お姉ちゃんは私のヒーローなんだから、私を倒すのは、お姉ちゃんじゃないとダメなんだ」

どうやら妹の中では、私はヒーローになっているようだ。虐めの現場に駆けつける私の姿が、妹にはヒーローに映っているのか。だとしたら、妹を虐める男子達は怪獣役か。
妹の怪獣になりたいという言葉は、虐められる側からの脱却と、男子達に復讐したい、という願望の表れなのかもな。などと考えつつ、私は妹に答える。

宇野「なによそれ。私に、芹沢博士にでもなれって言うの?」

??「私、あの人嫌い。それに芹沢はゴジラと一緒に死んじゃうじゃん。お姉ちゃんが死ぬのはダメだから、他のがいい」

宇野「他のって言ってもねぇ。相手がゴジラだったら、芹沢博士じゃないと打つ手が無いんだけど」

??「なんでもいいよ! とにかく、私が怪獣で、お姉ちゃんがヒーローなの! それで、お姉ちゃんは私をカッコ良く倒して、私は戦ってカッコ良く死ぬの! そういう風に決めたの!」

約束だよ、絶対守ってね! と、一方的に約束を押し付ける妹の要求に、私はきっぱりと拒絶の意志を示す。

宇野「姉が、妹を殺す約束なんてするわけ無いでしょ。それに、私はヒーローになんてなれやしないわよ」

そう言ってやると、妹は憤慨した様子で「なんでよ!」と迫ってくる。

宇野「だって、私は.........」
.........。
その時私は、妹になんと返したのだったか。いくら思い出そうとしても、少しも出てこない。しばらくすると、やがて私の意識は急速に薄れ......いや、覚醒していった。

~~~~
朝の5時半。懐かしい夢を見ていた私を起こしたのは、ゴジラのテーマ曲であった。メールの着信音を切り、端末を確認する。呼び出しの主は、昨日出会った少女、奈央さんであった。
そういえば、家まで送った後の別れる直前に、「何か困ったことがあったら、連絡してくれて構わない」と、連絡先を教えてあげたのを思い出した。

宇野「まさか、こんなに早いとは」

まさか昨日の今日で、もう電話がかかってくるのかと、少し辟易した気持ちになる。が、あれだけ衝撃的な出来事を体験したのだから、いても立ってもいられない気持ちも分かるなと、私は思い直した。
メールの内容もやはり、昨日の出来事はなんだったのか、彼氏はどうなったのか知りたいので、私の都合の良い時間にお話しさせて欲しい、というものだった。
私は、教えられた携帯番号へとコールする。3回着信音が鳴ると、向こうの奈央さんと繋がった。

女子高生「あっ、も、もしもし」

宇野「おはようございます、奈央さん。なにか、質問があるようですね」

女子高生「す、すいませんこんな朝早くに。起こしちゃいましたか? いや、私もマズいかなって思ってたんですけど、メールなら失礼じゃないかなって思ったし、何もしないのも落ち着かなくて、それであの、」

宇野「落ち着いてください。私の朝は早いので、全く迷惑なんてかかっていません。それより、用件は?」

女子高生「あ、はい......。その、宇野さんは、昨日のアレについて、何か知っているんですか?」

昨日のアレとは、公園にいた奈央さんの彼氏と、我修院たちのことだろう。やはり、聞きたいことというのは予想通りだった。だが、目撃者だからと言って、一般人に事のあらましをベラベラと喋るわけにはいかない。
申し訳ないが、世田谷区で何が起きているかは、今は何も話せない。その旨を伝えると、奈央さんも渋々引き下がってくれた。

宇野「説明は出来ませんが、一つ約束します。今日は休むことになると思いますが、明日になれば、あなたの彼氏も元通り学校に通うようになります。あなたの日常も、明日になれば帰ってきます」

女子高生「なんで、そんなことが分かるんですか?」

宇野「言えません。すいません」

仮に言えたとしても、彼氏がケツ穴を掘る治療を受けたなんて汚い事実を、わざわざ伝えたくはない。

女子高生「......智樹が帰ってくる、か」

奈央さんの声は、思いの他暗かった。そういえば、事件に出くわす直前の奈央さんは、彼氏と別れようとしていたらしい。事件のショックで失念していた感情を思い出し、微妙な気持ちになっているのだろうか。

宇野「......これは、余計なお世話かも知れませんが」

女子高生「? なんですか?」

宇野「彼氏が戻ってきたら、そうですね。とりあえず別れ話のことは忘れて、今まで通りに接することを勧めます」

女子高生「! そ、そうですよね! 智樹、あんな酷い目に合ったんだから、優しくしてあげないと」

宇野「いえ、彼氏の気持ちなんかどうでもいいんです。これは、あなたが自分の為に、あなたがより良い選択をする為に必要なことです」

女子高生「?」

宇野「話を聞いた限り、あなたは彼氏の人柄ではなく、接し方付き合い方に不満があったようです。日々積み重ねた不満が、昨日の朝の嫌な出来事をきっかけに爆発した。そして、今日限りで別れようと決意した」

女子高生「そ、そうです。だって智樹は野球ばっかで、一緒に過ごす時間も全然取れなくて、」

宇野「ですがその不満に対応して、彼氏はあなたをデートに誘った。もしかしたら、それをきっかけに、あなたとの接し方を改善しようとしていたのかも知れません」

女子高生「違います! 智樹が昨日私を誘ったのは、ちょっと機嫌を取ってやればそれで済むって、私の気持ちを軽く考えていたからで......!」

宇野「そうかも知れません。ですが、違うかも知れません。彼の気持ちの本当の所を、今のあなたに知る術はありません」

女子高生「私の決めつけだって言いたいんですか?」

宇野「感情で判断しない方がいい、と言っているんです。昨日の朝、彼氏が遅刻したのも、呼び出しの電話を寄越したのも、暴漢に襲われていたからです。デートの当日に雨が降った事に関しては、ただの偶然でしかありません」

宇野「少なくとも昨日、あなたの彼氏に落ち度はありませんでした。しかしあなたは、そういった本当の所を知らずに、不機嫌な感情に任せて、彼氏と別れようと決断してしまいました」

女子高生「......。」

宇野「別れるな、と言っているのではありません。ですが別れる決断を下す前に、もっと相手と話して、相談して、相手の人となりを見極めるべきです。その見極めに、不満やわだかまりといった感情は不要なものです」

宇野「相談をして、要求に応えてくれる男かどうか。互いに、今後の付き合いの改善が図れるかどうか。そして、それでも二人の時間が足りないと不満に思った時に、それを我慢出来る程、相手の事を好きなのかどうかです」

女子高生「う、うぅん......」

宇野「今回の事件のショックで、お互い小さなわだかまりなんて吹っ飛んだでしょう。時間をかけて、答えを出してみてください」

宇野「『現実的な思考』は、女が男より勝る圧倒的な長所です。感情に流されず、冷静な頭で考えてください。感情に流され続けた女の末路なんて、『無職でロクな才能も無い、ビッグな夢を追い続けるヒモ男の養分』が関の山です」

女子高生「は、はい。分かりました」

一通り、相談も済んだようだ。そろそろ切りますね、と言うと、奈央さんは最後に、

女子高生「あ、あの! ......また、なにかあったら、相談に乗ってもらってもいいですか?」

宇野「......ええ、いいですよ。いつでも出れるわけではありませんが、その時はこちらから折り返します」

「今度は喫茶店にでも行って、直接お喋りしよう」といったささやかな会話を終え、私は今度こそ電話を切った。

宇野「......ふぅ」

一人の時間に戻ると、少し疲れが寄せてきた。柄にも無く、女子生徒の恋愛相談なんかに乗ったせいだろう。

宇野「私より奈央さんの方が、よっぽど恋愛経験豊富だってのにね」

偉そうに語ったが、私には甘い青春の思い出など一つも無い。恋人、それでなくとも対等な男女の関係など、私の生涯にはまったく縁が無かった。多分、これからも無いだろう。
男に性欲を向けられること。私にとって、それこそが何にも勝る苦痛である。少女時代の体験に由来する、一種のトラウマだ。

coat博士『君は、自分が同性愛者だと言われたとして、果たして否定出来るか?』

昨日、博士にそのような話をされたのを思い出す。もしその答えを迫られたとしたら、私は多分「そうかも知れない」と答えるだろう。
女を性的な目で見たことは無いが、私に男と付き合う気が微塵も無い以上、性的対象が同性に向かう可能性は、完全には否定出来ない。

宇野「でも、奈央さんへのこれは、違うわよね」

雨に濡れ、大泣きしていた奈央さんを助けたのは、そして今、奈央さんの相談に乗ったのは。少なくとも、性的欲求からのものではない。
昔から、放っておけないのだ。泣いている女の子というのは、困っている女の子というのは。そういう姿を見ると、心の中の『義務感』が私を突き動かし、たまらなく助けたくなる。泣き虫で、弱かった妹を守っていた時代についた習性だろうか。

宇野「......やめよう。昔のことを思い出すのは」

自分の過去に、良い思い出などほとんど無い。男のことも、妹のことも、今の私には関係ない。

......十年前に死んだ妹のことなど、思い出しても仕方の無いことだ。

私は自分に言い聞かせると、身支度を整え、部屋を出た。


~~
30分後、coat博士の研究室に着くと、テレビを観ながら博士が呟いた。

coat博士「これはマズいな。しばらく、バカ息子達は外には出せんぞ」

何事かとテレビの画面を覗くと、そこには、『多くの日本人を載せた飛行機が、ローレンスアラビア領内で墜落した』という内容のニュースが流れていた。

【22話】墜落事件の余波

~田所商事 営業部 第二課~

原「遅い、遅すぎる。深山君はなにをやっているんだ」

朝8時、空きデスクばかり目立つ、営業部第二課の一室で。ブラインドを閉め、電気も点けていない薄暗い空間に、原課長と、部下の三好の二人のみがいた。就業時間より1時間前であり、社内に人気はほとんど無い。
原は、いつにも増して不機嫌であった。朝からあまりにも嫌なニュースを見たことと、それを気にしているどころでは無いピンチにあること。そして、そのピンチを作った張本人が一向に現れないことが原因である。

三好「仕方ないですよぉー、就業時間の90分前に集合しろって、部下を酷使し過ぎですもん」

女性社員の三好が、間の抜けた声で言葉を返す。原の顔にカッと赤みが差す。

原「君達が! プレゼンの!資料を完成させてないからだろうが! あと2日しかないのに! だから今、こうやって時間を作ってやったんだろうが!」

怒声を吐きながら、原はデスクをドンと叩いた。しかし、怒声にも大きな音にも動じることなく、三好は堂々と欠伸をかました。

三好「だってぇ、私の仕事って、深山クンのお手伝いじゃないですかぁ」

三好「主役の深山クン自身がそもそもお仕事してなかったらぁ、サポート役の私の仕事って0に等しいじゃないですかぁ」

髪をポリポリと掻きながら、三好が言う。あまりに無責任で呑気な態度に、原の怒気がますます高まる。

原「いくらでも、仕事はあっただろ! 深山君に作業を進めるよう促したり、間に合いそうにない事を私に報告したりさぁ! 君は、するべき事をまるでやっていないじゃないか!」

三好「報告なら、したじゃないですかぁ。『間に合いそうになくて、ヤバいかも』って」

原「本当に間に合わなくなってから言うなよ......ほとんど事後報告じゃないか......」

ガクリ、と原は肩を落とした。今日、こんな早朝に原が出社したのは、未だ完成していない、新商品のプレゼンの為であった。
原から見た深山という男は、それ程優秀というわけではないが、決して無能な人間では無かった。三好と同じで、入社してまだ二年目だが、三好と違って率先して物事を行う意欲を度々見せていたし、与えられた仕事もそこそここなす男であった。
だから、そろそろ企画の一つや二つ、任せてみてもいいかなと。そう思って『新商品をいかに売り出すか』のプレゼンを任せた結果が、今日の『未完成』の現状だった。そして、肝心の深山君は未だ姿を現さない。

原「頭が痛くなってきた。三好君、お茶を入れてきてくれ」

三好「はーい」

企画の進捗について、原は度々深山に確認した。が、その度に深山は「俺を信じて、待っててください!」だの、「企画の概要だけ説明しますと......」と言って、肝心の内容を明かすことは避けた。
原は、一度任せたのだし、信じて待つしかないかと。困ったことがあったら、自分から相談しにくるだろうと。企画に失敗しても、俺がフォローしてやればなんとかなるかと、そう高をくくっていた。
だが、まさか、あれだけ大口を叩いておいて。企画の進行の段取りどころか、内容すら未だ定まっていないとは、原は想像だにしていなかった。

原「アメージング......何故だ。なぜ私に相談しなかったのだ。なぜ手遅れになるまで放っておいたのだ深山君」

企画が出来なかった責任は、もちろん任せた原が問われることになるが、一番困るのは深山のはずだ。連絡もよこさず遅刻している今日も含めた、一連の深山の行動が、原にはあまりに不可解であった。

三好「あ~、それなら簡単な話ですよぉ。原さんが学生の時、いっつもテストの点数悪い子とかいたでしょう? それと同じですぅ」

原「......いや、意味が分からないぞ三好君」

三好「学校のテストってぇ、基本授業でやったこと覚えるだけじゃないですかぁ。ノート取って、毎日30分でも復習して、そうでなくとも徹夜で勉強すれば赤点なんて取らないはずなんですぅ」

三好「でも、私みたいに赤点貰っちゃう子って減らないんですよぉ。だって勉強って、苦しいじゃないですか。やらなきゃいけないことって、やりたくなくなるじゃないですかぁ。その後に大変な事が待ってるって、薄々分かってはいるんですけど、とりあえずそれは考えないようにして、今ある嫌なことから逃げちゃうんですぅ」

原「......言いたいことは分かるが、深山君は君と違って、今まで真面目に仕事をしてきた男だぞ。それに、辛くて嫌なら私に言えばいいじゃないか。こんなことになるくらいなら、私がいくらも代わってやったのに」

三好「良い子のフリをしてただけですよぉ。初めて任された企画の責任が重くて、自分の頭でやる作業が辛くて、逃げちゃったんですねぇ。原さんに言わなかったのは、赤点のテストをパパに見られたく無かったんでしょうねぇ」

原「......なんなんだ、最近の若い奴らは。みんなこうなのか」

三好「世代は関係ないですよぉ。原さんが引いた私達が、たまたまハズレくじだっただけですぅ」

原「たまたまで済むか、馬鹿たれ。君はもっと自分に誇りを持てる努力をしろ。茶はどうしたんだ」

三好「ポットの中が空だったんでぇ、代わりにレッドブル持ってきましたぁ」

原「沸かせよ、茶ぐらい! そんなこと面倒くさがるなよ! 乾いた喉を潤したいのに、なんで炭酸飲料持ってくんだよ!」

三好「時間外労働ですし、私の職業はお茶汲み係じゃないですぅ。無理強いするとパワハラで訴えますよ」

原「ロクに仕事もしないくせに権利ばかり主張するんじゃない!」

三好「この前の飲み会で課長についたあだ名、知ってます? パワ原クンポケットですよ。ヤバいですよねぇ」

原「あだ名以前に、飲み会があったことすら知らんぞ!? 誘えよっ、私も! 私が一番ハラスメント受けてるじゃないか!」

三好「飲み会に上司がいると、エンジョイ出来ないじゃないですか。ささ、些細な話は置いといて、景気付けに翼授かっちゃいましょう」

原「景気もクソもないよ......。グビッ......ンンッ、沁みる! 乾いた私の喉を、炭酸の刺激が責め立てるぞ! 辛いぞ三好君っ、私が君に何をした!?」

三好「翼と言えば、名曲の中の天使の扱いって結構酷いですよねぇ。『翼の折れた天使』だったり、『残酷な天使』呼ばわりされたり、『背中の羽根は失くしたけれど不思議な力持ってる堕天使』にされたり」

原「自由か! 君に労わりのこころは無いのか三好君! 思考がフリーダム過ぎるぞ!」

三好「ああ、あと、翼といえば......」

原「ハァ......ハァ......今度はなんだね」

三好「深山クン、奥さんと一緒に、外国に逃げちゃったかも知れませんねぇ」

原「.........は?」

三好「この前の飲み会で言ってたんですよ。深山クンの奥さんが、友達と海外旅行の計画立ててるから、自分も行きたいって愚痴をこぼしてたんですぅ。場所は、なんだっけ、『震える通る子』とかって言ってましたー」

原「な、なんだと......? で、では、それは、出発する日は、いつと言っていたんだ?」

三好「確か昨日の夜だったと思いますぅ。もしかしたら、その飛行機に深山クンも潜り込んで、高飛びしてるかもなぁ、なんて」

原「......なぜ、それをもっと早く言わない!!」

三好「ひゃえぇ!? な、なんですか急に、マジ切れは怖いですよぉ!」

原「うるさい! 国名はプエルトルコ共和国だ馬鹿たれ! 君は今朝の号外を読んでいないのかっ?」

三好「あぇぇ? わ、私新聞は難しいから読まない主義で、あの、深山クンが高飛びしたかもってのは冗談で、そこまで馬鹿じゃないはずだから、だから、えと......そんなに怒らないでくださいよ!」

原「違う! これだ! 『ANAL航空893便が墜落した』と、一大ニュースになっているんだ! せめて朝のニュースくらいチェックしろ!」

原はリモコンを持ち、テレビを付けて三好に見せてやる。どこもANAL航空893便の話題で持ちきりで、わざわざチャンネルを切り替える必要も無い。

三好「うぇぇ......な、なにこれ。乗客が、全員死亡? みんな日本人? し、死者が、560人......?」

......アホの三好も、アホだからと言って、命の重みを感じぬほど、無頓着な愚か者ではないようだった。衝撃的なニュースに?然とする三好を見て、原は「良かった。一応こいつも、ギリギリ人間ではあったか」と微妙な安堵を得た。
そして、鞄から号外の新聞を取り出し、すぐにあることを確かめた。

『【号外 未曾有の大事故! ANAL航空旅客機、墜落!!】
日本発、中東のプエルトルコ共和国行きの飛行機が、原因不明の墜落事故を起こした。墜落場所は、プエルトルコ共和国への経由国であるローレンスアラビア域内の、アッシリヤとの国境付近であった。
機体は、ANAL航空893便。搭乗者はキャビンアテンダント及び補助担当乗員11名、交代要員を含めた操縦士が4名、乗客が514名と確認されている。搭乗者の大部分は、日本人であったとされる』

痛ましい一面の記事に顔を顰めつつ、原は次の紙面を開いた。そこにあるのは、ANAL航空893便の搭乗者名簿であった。

原(頼む......頼む......! 無事でいてくれ!)

目を凝らし、五十音順に記載された名簿のマ行を何度も何度も確かめる。確かめたいのは勿論、第一に深山、そして深山の妻である深山雪菜の無事であった。

しかし......。

原(ああ、あった。悪い予感が、当たってしまった)

原は、深い嘆息を吐いた。幸い、深山自身の名は、記載されていなかった。しかし紙面には、彼の妻、深山雪菜の名が載ってしまっていた。

原(......そりゃあ、会社どころじゃないよなぁ。妻が、結婚したばかりの奥さんが、朝起きて新聞読んだら、死んでしまってたんだものなぁ......)

原「それどころじゃ、ないよなぁ......! 子供だって、まだだったのになぁ......!」

深山の心境を思うと、自然と目頭が熱くなり、頬を涙が伝った。
日本人が大量死した、凄惨な事件。その悲惨さを理解したつもりでも、どこか他人事のように感じていた事件が、今、原にとってとても近いものへと変わった。
近しい者が、親しい者が、脈絡もなく突然奪われる。いつも通りの日常だった昨日が、これからも続くはずだった平穏が、予告も無しに永久に失われる。
その痛みは、喪失は、いったいどれ程のものか、原には分からない。だが、たまらなく深山のことが痛ましかった。何か、ほんの少しでも慰めてやりたいと、心底思った。
原の手が、携帯電話へと伸びる。かける相手は、決まっていた。数回のコールの後、着信に応じた深山にホッと安堵し、原は声をかけた。

原「もしもし深山、私だ。新聞、読んだぞ。私にはかける言葉も見つからないが、とにかく会社のことは気にするな。私が絶対なんとかしてやる。とにかくしばらく休め、何か私に出来ることがあれば......」

深山「アッ、アン、アァァ! やん、そこダメ!ダメ駄目らめぇっ! イッちゃうからぁ! 俺、俺そこ、ケツ穴でイッちゃいますからぁ......!」

原「み、深山......? お、おいどうしたんだ? 深山?」

深山「あっ、あぅ! は、原課長でっ、ですかっ? た、たす、助けてください! 俺、襲われててぇぇぇ! も、変になっちゃいそうでエェェェェ!!!」

原「深山! おい、しっかりしろ! なにがあったんだ、今どこにいる!?」

深山「アッ、今、公園で! アンッ! 会社、向かおうとしたら、はぁぁぁっ、男に、たくましくて素敵な男に、犯されちゃってますぅぅぅぅ!!!! んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!(ブチッ、ツー、ツー、ツー......)」

原「なんだ、これは。なんだ......?」

状況が、飲み込めない。状況が、脳の処理を越えている。深山は、墜落事件のことをまだ知らないのか? 妻が死んだことを知らないのか? なんだ今の、ふざけきった電話は。

原は切れた電話を片手に、しばらく呆けたまま固まっていた。
それから、少し後。情報入手をニュースと新聞に頼る原と対極的に、2ちゃんねるのまとめサイトを主とする三好から、『現在世田谷区では、男を狙う同性愛者の暴漢が大量発生している。深山は、そっちの事件に巻き込まれたのかも知れない』と教えてもらった。

原(なんだそれは、ふざけるな)

その話を聞いて、原は怒りに震えた。理不尽だ、と思った。
だって、深山の妻が不幸な事故に遭って死んだという悲劇は、揺らぐことなくここにあるのだ。深山にはその事実を知って、悲しみ、泣き、絶望し、その悲劇と折り合いをつける権利があるはずなのだ。
それを、そんな悪ふざけのような、いっそ喜劇と思えるような茶番で、穢していい理由などどこにもない。深山の悲劇が冒涜された怒りが、ぶつける相手も無く湧き上がる。

原「なんなんだ。いったい、何が起きているというんだ」

ぶつける相手のいない怒りは、理解不能な出来事へと向かっていく。
原だけではない。この日、多くの者が、心中に同じ疑問を抱えていた。

『いったい、この国で何が起きているのか』と。

~ANAL航空・広報部~

堀田「いったい、何が起こったってんだ!」

広報部長の堀田の怒声が、広報室の喧騒に紛れて?き消えた。
一夜明けて、空飛ぶ広報室に騒乱が訪れていた。室内にいる人間は電話の対応に追われる者、過去数十年の事故の資料をかき集める者、指示を飛ばし、怒号を放つ者がてんやわんやと駆けている。

堀田「なぜ、まだ墜落の原因が分からないんだ! 馬鹿にしてるのか荒塚!」

荒塚「俺に当たらないでくださいよ! 俺だって頑張って交渉して、893便の最後の通信記録貰ってきたんですよ!? やれることはやってるんですって!」

堀田「手柄みたいに言うな! 事件の当事者が受け取れないわけないだろ! ......それに、役に立つかこんなもんが!」

堀田は、先ほど確認した通信記録を机に叩きつけた。あぁ! と荒塚が悲鳴を上げるが、堀田は気にも止めない。
最後の通信記録は、情報不足の現時点で、事件の真相に近づく唯一の手段であった。だが、音声を何度確認しても、事故の原因はさっぱり掴めない。繰り返し繰り返し音声を流す度に浮き彫りになるのは、ただ、我が社の操縦員の増永が取った、どうしようもなく愚劣な行動だけであった。

堀田(信じられん愚か者だ、増永という男は!)

通信記録が示しているのは、『異変が起きた後の』ANAL航空の操縦士の対応が、最悪であったという事実だけだ。
機体の危機に対し、機長の増永は死への抵抗の義務を放棄し、諦めた。それに留まらず、機長自らが死の宣告をし、乗客を絶望とパニックのどん底に叩き落した。

堀田(航空管制塔が通信記録を管理している以上、情報を握り潰すことは出来ねぇ)

機長が犯した最悪の愚行が、程なく日本中に知れ渡ることは間違いない。死に際した増永の狂態は、国民の怒りの炎を更に苛烈にするだろう。それは、既に致命傷を負っているANAL航空のトドメになりうる。

堀田(致命傷。そう、今の俺たちは、瀕死の虎そのものだ)

堀田は額に手を当てて天井を仰ぎ、ほんの束の間の休息につく。ふぅ、と渦中の輪から意識を脱すると、室内の異様な騒がしさを実感させられる。
皆、必死で対処に追われていた。皆、必死に事態の解決へ向けて奔走していた。日本最大の航空会社に勤めるエリート達は、危機の重大さを正しく理解していたからだ。
彼らを突き動かしているのは、愛社精神とか職務への義務感とか、ましてや国民への誠意といった、あやふやでふわりとした感情ではない。
彼らが鬼気迫る形相で忙しく動き回るのは、最悪の未来を回避する為。すなわち、自分達の巣であるANAL航空が潰れ、職を失うことへの切迫した危機感ゆえであった。

堀田(冗談じゃねぇ...! この歳で再就職なんてやってられるかよ!)

堀田は忌々しげに唇を噛む。飛行機というものは、その利便性と引き換えに、堕ちたらまず間違いなく死ぬというリスクを常に背負っている。だからこそ航空会社は、機体へ最新鋭の技術を惜しみなく注ぎ、熟達した操縦士の確保に邁進する。
「私達の飛行機は安全です。絶対に墜落しません」
この信頼が崩れた時、航空会社の命運は尽きる。現にANAL航空の元には、掻き入れ時の夏休みというのに、航空券のキャンセルの電話が殺到している。電話の中には、株価の急激な下落に対する、株主達のお怒りの声も多く含まれていた。

『①生存者0の墜落事故を、ANAL航空が起こした。②しかも、原因は一切不明。③更に、狂った機長のアナウンスにより、乗客達は絶望の内に死んでいった』

一切の言い訳が効かないこの三重苦は、ANAL航空という会社が吹き飛ぶのに十分な威力を持っている。
墜落事故の事実は変わらない。通信記録の流出を止めることも出来ない。それ故、現時点での堀田達の最大の急務は、事故の原因を突き止め、それを国民に説明することであった。
何故、墜落事故が起きたのか。これをハッキリさせない限りは、誰もANAL航空を利用しようとは思わない。
そして、『異変が起きる直前』の出来事を明確にしない限り、事故の原因はいずれ『機長の凶行によるもの』、あるいは『機体の整備の欠陥にある』として片付けられてしまうだろう。そうなれば、ANAL航空に復活の目は無くなる。
ANAL航空が潰れれば、良くても名を変えた上での再編成。最悪、二番手のJAKEN航空会社がANALに取って変わるだけだ。どちらにしろ、多くの社員が路頭に迷うことに変わりはない。

堀田(絶対に切り抜けねぇと......!)

自分の為、家族の為、生活の為、将来の為。様々な理由を抱えたANAL航空のエリート達は、自らの巣を守る為に奔走する。しかし生死の瀬戸際で戦う彼らの頭には、その頭上で決断を下すANAL航空の首脳陣の存在は、全く意識から抜け落ちていた。

~防衛省 coat博士の研究室~

宇野「なんJ民達を外に出せないとは、どういうことですか?」

coat博士「おい、あまり大きな声を出すな。バカ息子が起きてしまうだろうが」

宇野(図体のデカいなんJ民が、椅子に座る博士の膝にもたれて寝ている。......正直、かなりキモいな)

宇野「すいません。それで、理由は」

coat博士「ん。一言で言うと、今絶賛話題沸騰中の、ANAL航空の墜落事件のせいだな」

宇野「私達と墜落事件に、大した接点があるとは思いませんが」

coat博士「本来ならば、無い。だが今は、無理矢理にでも接点があると思いたがる連中が、わんさか湧いている最中なんだ。だからコイツらを、表に出すわけにはいかないのさ」

coat博士「今回の墜落事件、乗客が全員死亡という話題性も凄いが、最も問題なのは『墜落の原因が不明』という点だ」

宇野「まぁ、そうですね」

coat博士「不幸な出来事や恐ろしい事態に直面した時、それを何かのせいにしなければ気が済まないのが人間だ。ようは、理由をつけて安心したがるわけだな」

coat博士「今の日本は、軽度の恐慌状態にある。そこにノコノコと『異形である』バカ息子達の姿を、公共の場に晒してみろ。『事件を起こしたのはこの怪物のせいに違いない』と、たちまち愚民共に吊るしあげられるぞ」

宇野「......脈絡が、あまりに無さすぎませんか」

coat博士「恐怖に駆られた人間にとって、理屈や真実なんてどうでもいいのさ。理解出来ない事故の渦中に、理解出来ない生物が現れた。そうなれば一部の馬鹿な人間達が、本来繋がりのないこの両者を結びつけて、まとめて解決しようとするだろう。自らの安心の為にな」

coat博士「そうでなくとも、今バカ息子が表に現れれば、大多数の人間にとって、得体の知れない不審人物に映るはずだ。一度向けられた疑いの目は、完全に消えることは無い」

coat博士「それでは、困る。私のバカ息子は、人々のヒーローになってもらわなければいかんのでな」

宇野「しかし、KBSとの戦いの時も含め、なんJ民の姿というものは、既にある程度晒されているのでは」

coat博士「2ちゃんねるで軽く話題になった程度だ。コイツが車上に立つ写真を収めた奴もいたらしいが、よく出来た合成写真の烙印を押されて、それで終いさ」

coat博士「とにかく、平時なら多少の衆目は関係ない。だが、国民の心情が不安定な今の状態で、コイツを表に出すのは控えさせてもらいたい。今後に差し支えが出る」

宇野「では、またしばらくここに引き篭もりですか」

coat博士「少なくとも、墜落事件の原因が明かされるまでは、そうなるな」

~ガン掘リア宮殿~

野獣先輩「くそっ、始まりのホモめ!」

ニュースを見ながら、野獣は声を荒げた。野獣には、ANAL航空893便の事故原因に思い当たる節があったからだ。
始まりのホモがテロリストを求めていること。墜落場所が『テロリスト国家』との国境付近であること。事故の原因が全くの不明であること。そして始まりのホモの外道さ。
野獣の知るそれらの連なりが、墜落事件の犯人が奴であることを示していた。

野獣先輩「くそっ、なんてことを......!」

「田所さんは、甘いんですよ。世の中を変えようってのに、無血で事が済む訳無いじゃないですか」
以前、始まりのホモに言われた台詞を思い出す。人への殺生を是としない野獣が、奴のテロリストを呼ぶ提案を受け入れたのも、その言葉に理があると思ったからだ。

野獣先輩(しかし、だからと言って、無関係の人々を殺めていい理屈などないはずだ。この墜落事故が、俺達の理想郷と何の関係があるというんだ)

しかしいくら憤っても、野獣に始まりのホモを裁くことは出来ない。理想郷を創る計画に、奴はまだ必要不可欠であるし、何より奴がやったという確たる証拠は、一欠片も無かったからだ。推測のみで人を裁くなど、そんな痴漢冤罪のような真似は野獣には出来ない。

野獣先輩(あの男は......本当に俺達と同じところを目指しているのか......?)

野獣が答えの無い思考に没入しようとした時、背後から声がかかった。

KBTIT「田所さん! うんこ野郎だうんこ野郎!」

野獣先輩「あぁ!?」

平野源五郎「侵入者ですよ。じゅんぺいの店がヤられました」

虐待おじさん「じゅんぺいも、まひろも殺されちまってたぞォッ!!」

野獣先輩「......とうとう、現れたか」

野獣先輩「あの女(coat博士)の刺客が......!」

嫌な出来事とは、重ねて訪れるらしい。だが、野獣にとって、それは願ってもない知らせであった。

野獣先輩(上等だ。始まりのホモと違って、お前らなら遠慮無くぶちのめせるからな......!)

~アッシリヤ・某日某所~

??「......それで、儂等に濡れ衣を着せた日本人の一員が、こんな所に何の用だ」

『空爆避け』の為に、大きめな民家に偽装された、長老派の本部の中で。シム族からは長老と呼び慕われ、アシ族からは『アシム民族最悪の敵』と憎悪を向けられる、メッサラ=ベンハーが言った。
メッサラの冷淡な品定めの視線も意に介さず、始まりのホモは笑った。そして、決まってるじゃないですか、と前置きすると、彼は嬉しそうに答えた。

始まりのホモ「僕の用件は、『外患誘致』ですよ。あなた方テロリストに、日本でひと暴れして貰いたいだけです」

そう言うと、メッサラの眉間に皺が寄った。始まりのホモとしては、この反応は予想通りであった。本来なら関わりの薄い日本から、一日の内に二度、大きな接触があったのだ。不信感や警戒心を抱くのも無理は無い。
日本からの接触のうち二つ目は、現在の、始まりのホモによる接触である。では一つ目の接触とはなにか、というと、それは今日の早朝の出来事であった。

今朝、世界中にあるニュースが大々的に報じられた。それは、三日前の『ANAL航空893便墜落事件』が、テロリスト国家、アッシリヤの手によるものだという、ANAL航空による発表であった。

【第23話】落日の影に蠢く

シアーズ「このままイクと、ANALは潰れます」

ANAL航空893便墜落事件から、二日経った7月15日の夕刻。緊急取締役会議に、13人の重役達が集っていた。
円卓を囲む彼らは、壇上で解説する外国人顧問、ジャック・シアーズに苛立ちの視線を向ける。

篠部「そんなことは、百も承知だ」

知りたいのはその先の打開策だ、と代表取締役の篠部は静かに言った。他の者も黙って彼に追随する。

では次に進みましょうと、シアーズが笑顔で答える。意気軒昂なその姿は、度重なる心労で憔悴した重役達の顔を、苦みと期待の混じった微妙な顔に変えさせる。
事件の連絡を受けてからというもの、彼らは急に舞い込んだ激務に追われながら、会社存命の為に知恵を絞ってきた。
しかし、大企業の重役の座に登り詰めた、彼らの老練な頭脳をもっても、打開の策は浮かばなかった。危機の最大の原因である、『国民からの信頼』の失墜は、小手先の知略でどうこう出来る問題ではなかったからだ。
取締役会議の面々は、既に「ANALが潰れるのは確実だとして、どうすれば自分のダメージを最小限に抑えられるか」という所に思索を巡らしている者が大半だ。そこに、自信満々な異国の若造が、まだ芽はあると言ってきたのだ。
俺達にすら思い浮かばなかった策を、40そこそこの若造が思いつくのか? という疑念や、プライドに障る苛立ちもあった。同時に、今更余計なことをするな、という思いもあれば、もしまだ助かるならば、と縋りたい気持ちもまたあった。
複雑な心境をないまぜにした視線に物怖じせず、シアーズは続けた。

シアーズ「現時点で、国民の怒りを解消することは不可能です。墜落事故を当社が起こした事実は消せませんし、増永氏の残した最後の通信記録のおかげで、騒ぎは鎮火どころかより苛烈さを増しています」

シアーズ「我々が頼みの綱とした『事故原因の究明』は、二日待っても一切進展していません。機体も乗客もバラバラに霧散してしまった以上、調査は難航を極めています。原因が分かる時が来ても、それは当社がバラバラになった後のことでしょう」

「だから、分かりきった事をぐだぐだ抜かすな!」

短気な重役の一人が、机を叩き怒号を放つ。それを流し、シアーズは言葉を紡ぐ。

シアーズ「国民の怒りは消えないなら、怒りの矛先を別の所へ逸らせばいい。事故の原因が分からないなら、事故の原因をいくらでもでっち上げればいい。死人に口は無く、バラバラになった機体には何の証拠も無いのですから」

篠部「シアーズ君。君は、まさか......」

シアーズ「そうです。『893便は、アッシリヤのテロ組織に爆撃されて墜落した』と、国民に向けて発信するのです。事故の原因は、当社の不備によるものではなく、卑劣なテロリストの蛮行によるものだ。......そう説明すれば、晴れて我が社は一転被害者の一員となり、怒りの矛先はアッシリヤへと向かいます」

馬鹿な! と、また重役の一人が声を上げる。

「そんなことで済むなら、我々だってとっくにそうしている! なんの証拠も無い戯言を国民が信じるわけがない。責任逃れの言い訳だと、更にマスコミに追求されるだけだ!」

シアーズ「証拠が無いからこそです。こちらとあちらの証言が一致さえすれば、国民は疑惑を残しつつも、とりあえずはその証言を信じるしかなくなる」

シアーズ「我々ANAL航空が『犯人はアッシリヤだ』と言えば、アッシリヤも『犯人は我々だ』とする声明を、必ず宣言してきます。もちろん証拠が無い以上、ANALへの疑惑の目はついて回りますがね」

篠部「アッシリヤが必ず声明を出すと、どうして言い切れる?」

シアーズ「テロリストとは、そういう生き物だからです。彼らは理想の実現の為に、常に自らの存在をその脅威を、先進国にアピールし続けなければいけない。彼らにとって、『先進国に甚大な被害をもたらした大事件の犯人』と汚名を着せられるのは、願ってもないご馳走なのです」

篠部「馳走だからといって、必ず飛びつくとは限らないだろう」

シアーズ「いえ、飛びつきます。何故ならここで容疑を否定すれば、彼らは先進国のみならず、同志からもナメられる結果になるからです。『どこまでのことをするか分からない』から、テロリストは脅威なのだという前提は、彼らも十分弁えている」

シアーズ「だというのに、かけられた容疑を否定することは、『流石にそこまでのことはしない』と、自らの限界を知らしめるのと同義です。彼らも、精一杯の虚勢を張りながら、その汚名を受け入れざるを得ないわけです」

「報復の可能性、アッシリヤの怒りを買うリスクについては考えないのか?」

重役の一人が、シアーズに噛み付いた。表向きの姿勢がどうあれ、濡れ衣を着せられたアッシリヤがANAL航空に、あるいは最悪の場合、日本国そのものに牙を剥く可能性は高い。そのリスクへの指摘に対し、シアーズはごもっとも、といった様子で頷く。

シアーズ「確かに、そういった可能性もあります。しかし、アッシリヤが思いの外感謝感激してくれる可能性だってありますよ? 墜落事件だって、本当にアッシリヤが犯人である可能性もありますし、機長の増永が実行犯かも知れません。もしかしたらローレンスアラビア内の過激な連中の仕業かも知れないし、実は通りすがりのスーパーマンが犯人なのかも」

篠部「......ふざけているのか?」

シアーズ「いえいえ。可能性という言葉を持ち出してしまうと、選択肢が多すぎてキリが無い、と言いたかっただけです。僕も若い頃、このワードにさんざん虐められましてねぇ。リスク......可能性......気に入らない部下の意見を潰すのにもってこいのワードです」

シアーズ「......しかし誰もが知る自明のこととして、『このまま何もしなければほぼ100%、ANALが潰れる』という現実が目の前にあるのです。多少のリスクは覚悟の上で、立ち上がりましょうよ!」

重役「「.........」」

シアーズ「半世紀に渡って、ANALは日本国、いや世界中のお客様へ国内最高のサービスを提供してきました! これから先の半世紀も、その任は伝統あるANALが担うべきであり、国民の皆さんもそれを望んでいるはずです!」

シアーズ「事故の原因を解明し、危機を乗り切り、世界一安心出来るANALの飛行機が復活することを、国民の皆さんは望んでいるのです! 我々はその期待に応えなければならない! JAKENなどという二流の航空会社に、日本一の看板を明け渡してはならないのです! その為にも、今こそ我々が一丸となって、この荒波に立ち向かうべき時なのです!」

シアーズが、手前勝手で耳障りの良い甘言を畳み掛ける。衆愚相手ならまだしも、百戦錬磨の重役達の心に、彼の感情的な説得などチクリとも刺さらない。
しかし重役達はシアーズの言葉を聞き流しながらも、静かに彼の意見への同意......一か八かの賭けに乗ることを決めた。誰だって、本当は、今あるポストを失いたくはないのだ。

......例えそれが、国民を危険に晒す賭けだとしても。

「アッシリヤのテロリストと一口に言っても、あそこのテロ組織は星の数ほどいるぞ」

シアーズ「濡れ衣を着せる相手は、シム族の最大派閥である、長老派にしましょう。アッシリヤの東部はほとんど長老派が占めていて、事故現場の国境線に一番近い勢力です」

「長老派......最重要指名手配の、あのメッサラ=ベンハーの組織か」

「しかし、あのアッシリヤを刺激するような発表を、政府が黙認するとは思えんぞ」

「そこは、騙し討ちで構わないだろう。会見内容を一切伏せて、ANALの謝罪会見を生中継で開き、そこで電撃的に発表しよう。全国の国民に向けて、堂々と、『犯人はアッシリヤだ』とな」

今まで押し黙っていた重役達が、アッシリヤを犯人に仕立て上げる方向へと活発に議論を進めていく。発表内容は、会見の時間は、場所は、その後の対応は、と、着々とシアーズ案を固めていく。
しばらく経ち、ある程度会見のビジョンがまとまった所で。シアーズは黙って目を瞑っていた篠部へと声をかけた。

シアーズ「どうですか、篠部社長。この案に、社運を賭けてみませんか」

シアーズの言葉に、重役達の視線が篠部代表取締役の元へと集中する。今この場で、シアーズ案に賛同の意志を示していないのは、もはや篠部だけだったからだ。
「もし、社長が首を横に振ったら......」
一触即発の緊張感が、重役達を包む。ここに来て、篠部と重役達の間で無駄な争いを起こすのは、絶対に避けたかった。

篠部「決めたぞ、諸君」

数秒経って、ようやく瞳を開いた篠部が、静かに言葉を紡いだ。
篠部の言葉を聞き、シアーズはその時初めて......商売気質の飾った笑顔ではなく......腹の底が漏れたような下卑た笑みで、その唇を歪めさせた。

>>381ありがとう御座います。タイトルへのコンプレックスが少し軽くなりました。
もうちょっとで淫夢の話に戻ります。寄り道が長過ぎたなと反省してます。

~~
7月16日、午前。記者会見の発表内容を聞いた広報部長の堀田の第一声は、「馬鹿野郎」であった。

堀田(馬鹿野郎。こんな、こんな安易な策に、無様に縋りつきやがって)

堀田は、首脳陣のあまりに愚かしい決断に愕然とした。
『テロリスト国家に罪を擦り付ける』というのは、現場で必死に事態の収拾に当たっていた者達にとって、何度も頭をよぎった考えだ。
そして、頭をよぎったその愚考を何度も打ち消し、別の解決策を模索していた堀田達にとって。首脳陣の決断というのは馬鹿馬鹿しくもあり、自分達の努力を虚仮にされたようでもあり。何故か情けない気持ちがこみ上げてきて、堀田の頬を涙が伝った。

堀田「馬鹿野郎、馬鹿野郎」

情けないのは、自分だろうか、首脳陣の奴らだろうか。もはや何に対しての涙なのか分からぬまま、堀田は部下に言った。

堀田「お前ら、地方に実家があるなら、いつでも帰れる準備しとけ。こんな大企業に勤めてたんだ、しばらく分の貯蓄ぐらいあるだろ」

荒塚「急にどうしたんですか、堀田さん」

堀田「どうもこうも無ぇ。俺の杞憂で終わるかも知れねぇ、案外大した事態じゃないのかも知れねぇ。だが、備えだけはちゃんとしておけ。こんな潰れかけの糞会社、いざとなったらすぐに捨ててスタコラ逃げろ」

あくまで真面目な顔で、堀田は言った。

堀田「俺らの上司が、政府にも国民にも無断で、勝手にアッシリヤに喧嘩吹っかけやがった。逃げる準備を整えろ、異変があったらすぐ逃げろ」

堀田「アッシリヤが来るぞ。20世紀が残した最大の負の遺産が、時代に取り残された怨霊共が。鎌首もたげて手薬煉引いて、ジッと俺らを見つめているぞ」

~アッシリヤ領内の、とある紛争地域~

私はね、『皆殺しの風景』が好きなんだよ。君にも分かる? あ、やっぱり分からない? それなら、君にも分かるように説明してあげるな。私って優しいな。
......じゃあ、小学校でも、中学でも高校でもいいよ。君にとって一番印象深い、想い出の教室を想像してみて? 今は授業が始まる5分前で、君が覚えてるクラスメイトはみんな教室の中にいるよ。君はいつもの席で、そいつらをボーと眺めているんだ。
......そこには、どんな奴がいる? うん、大体分かるよ。まず、行動力があって、人気者で、面白い台詞をパッと思いつくクラスの中心人物がいるよな。んで、ただ騒ぐことが面白いことだと勘違いしてるバカや、大勢がこいつと付き合いたいって思うような顔の良い奴が、必ず一人か二人いる。
あとは、大雑把にお決まり通りだ。部活か恋人の事しか頭に無い奴ら、そこそこ安定した地位を築いた奴ら、仲の良いグループで固まって遊んでる奴ら。
他人の噂話ばかり気にしている下世話な奴や、上手く立ち回ろうとして失敗している奴もいるよな。ああ、ずっとなんかのゲームで遊んでいるジメジメした奴らもいるし、ずっと勉強していたり、寝たふりしている奴、自分がイジめられていないと必死で思い込もうとしている奴なんかもいるんじゃないかな。
......君は、どんな奴だったのかな? まぁ、『こんな所で』『こんなザマになってる』奴だから、大したことは無かったんだろうね。そんなことはどうでもいいんだ。

そういう、色んな奴らがいる教室にさ。君がいつも見ている風景にさ。
......突然、血飛沫の嵐がやってきて、そこら中血まみれになって、みんな物言わぬ死体になったらさ、凄い興奮すると思わない?
イケてる奴も、失敗した奴も、可愛い奴もカッコいい奴もブスも不細工も、みんな平等に死んじゃうの。君の友達が首無しになったり、嫌いな奴が首だけになってたり、好きなコの顔面がグロテスクに抉れてたりしちゃうの!
可愛かった女の子の死体が、無様に小便漏らしながらビクビク痙攣してたり! イケメンの顎から先が醜く消し飛んでたり! 誰のだったのかも分からない手足が、そこら中に転がってたりいぃぃぃ......! してっ、血と糞尿の匂いが充満してる、真っ赤になった教室の真ん中でね!

君だけが、生き残ったの。君だけが、生きて、まだ呼吸をしているの。

君は突然の出来事に、頭がパニックになる。君は状況を飲み込もうと、死体しかないクラスの中で、呆然と突っ立っている。君が巻き込まれたのは、SFかな? サスペンスかな? それともホラーか、デスゲームなんかかな。そんなことはどうでもいいんだ。
みんな死んだのに、君だけが生き残ってる。
君より価値のある人間なんかいくらでもいたのに、君だけが生き残ってる。
君だけが選ばれた。君だけが特別だった。君はこの世界の主人公だったんだ。君は今、この血まみれの教室の中で、唯一の生存者として、この教室の人間達の頂点に立ったんだ。こんなに衝撃的で、こんなに新鮮で、圧倒的な優越感に浸れる時間なんて他にあるの?

......もちろん、ただの妄想だよ。実現不可能な、捻くれた学生の現実逃避。
でも私は、この妄想に近付こうと頑張ったの。世界中のイジめられっ子達が諦めた『皆殺しの風景』を、頑張って世界に残しているの。偉いでしょ? 褒めてくれてもいいよ? お姉ちゃんみたいに、頭ナデナデしてくれてもいいよ?

......。......ハハ、無理か。もう手足も動かないもんな。
うん。もう死ぬよ、お前は。私の『皆殺しの風景』の為に死ぬの。お前らの死に、それ以外の意味なんか残さない。お前らの遺体は焼いてその辺の野犬に喰わせるから、灰も棺桶も残らねぇ。遺言なんざ誰にも伝えないし......こんな所で死んでんだから、『祖国の為に』も糞も無ぇよな、全く役に立ってねえもん。
ホント、馬鹿みたいだな。お前が死んだ後には意味も意志も残らないのに、死後の救いすら無いんだもんな。お前が無神論者なら0になるだけだし、神様がいたら、間違いなく地獄逝きだもんな。

あ? なに? お前、クリスチャンなの? え、プロテスタントの教会に属してる? いや、ほんと馬鹿かよ、お前。
「隣人を愛せよ」って、イエス様言ってるじゃねえか。信者じゃねぇ私でも知ってるぞ。

愛せよ、隣人を。なにバンバン撃ち殺してんだよ、隣人を。

真っ向から教祖の教えに歯向かっといて、なんで天国に行けると思ってんだよ。祖国の為に戦う前に、教義を守れよクリスチャン。
死後に救いが欲しかったなら、兵隊とか最悪の選択じゃねえか。政府におだてられて、国民にチヤホヤされたぐらいで勘違いしてんじゃねえよ。人殺しが天国に行けるわけねぇだろ。そんなことはどうでもいいんだ。

じゃあバイバイな、顔も名前も知らない人。

小銃の銃声が、室内に響いた。7月16日の、夕刻。倒壊した10m程のコンクリートビルの、二階の一室にて。たった今死んだのを含めて9人の兵隊が、物言わぬ死体となって転がっていた。死体の傷跡は大きく二通りに分かれており、爆撃で皮膚をズタズタにされている者と、銃撃で体内を破壊された者とがあった。
その『皆殺しの風景』の中心に、唯一の生き残りが、ポツンと立っている。
その者の服装は、黒地のインナーにボロの布切れを被っているのみであった。容姿は、東洋人の女性であり、ある程度整った顔立ちをしている。が、数年に渡って手入れを放棄された髪や肌からは、女らしさが無残に喪失しており、色気というものは全く無かった。
また特に目を引く部分というのが、ボロの切れ間からチラと除く脚や腕の傷跡であり、そして、肩の付け根から先までの右腕を、抉られたように喪っている点であった。片腕の女、である。

片腕の女「あはは、皆殺しだ! 皆殺しだぁ! 久しぶりの、皆殺しの風景だぁ!」

片腕の女が、左手に持つ小銃で、先程まで話していた兵士の腹部へと銃弾を打ち込む。既に事切れた骸が玩具のように揺れ動くのを見て、更に笑う。

片腕の女「ごめんねぇ!? 私だけ生き残っちゃってごめぇんねぇ! でも、でも楽しいからいいよね! 私が勝ったんだから、私の思い通りにしていいよね!?好きだよ! 大好きだよ!ずっとずっとこうしていたあああああんあ、あ、あ、あ、たまんねぇぇぇぇぇぇぇ!!! これ、気持ちいぃぃぃぃぃぃぃ!!! 好きィィィィィィ!!!!」

室内に蔓延る死の静寂を打ち消すように、片腕の女が銃声と絶叫を撒き散らす。快感に酔いしれる嬌声とも、荒ぶる獣の咆哮ともとれる声を発しながら、片腕の女は身をくねくねとよがらせる。
奇襲によって壊滅した兵士達に、そこまでの落ち度は無かった。彼等が立ち入ったビルは、合衆国がとうの昔に制圧した占領地の、しかも内よりにあったからだ。
異変があればすぐに増援が来る勢力圏内で、わざわざ自爆同然の攻撃を仕掛けてくる敵などまずいない。そういった特攻の徒は、成功確率や大局への影響から、前線で命を散らすのが常であった。

片腕の女「ああぁっ、もう駄目! ここから逃げなきゃ、もう終わりにしなきゃっ! 間に合わな、って! 分かってるのにやめられないよぉぉぉぉぉぉ」

その油断とも言えぬ判断をついて、片腕の女は奇襲を成功させた。だが、爆音と銃声に気付いた増援が、すぐに駆けつけてくるのは目に見えている。包囲されれば、彼女にこれを迎える手立ては残されていない。
が、片腕の女は動かない。今、目の前にある皆殺しの風景の絶頂が、彼女から理性的な判断を曇らせる。......そこに、ある男が突然割り込んだ。

始まりのホモ「いや、間に合わないどころか、もう足元まで来てたよ。さっき僕が片付けたけどさ」

片腕の女「......ああ!? 誰だよお前!」

始まりのホモ「メッサラさんに、君のことを紹介されてね。僕は......」

片腕の女「じじいがどうした! お前は誰だって聞いたんだよ!」

始まりのホモ「うん。だから僕は......」

片腕の女「つーか、お前、乙女のオナニー邪魔してんじゃねえよ! お前が生きてたら、皆殺しの風景じゃなくなっちゃうじゃねえか! どうしてくれんだよ早く死ねよ!」

始まりのホモ「えっ、ちょ、待って撃たないで君が死んじゃ」

片腕の女が、始まりのホモへと小銃を放つ。残弾の計算もされていなかった事が幸いし、放たれた弾はわずか2発であった。概念体の身体に当たると、銃弾は貫くこと叶わず、放たれた元の場所へと跳ねた。
跳弾は片腕の女の、右腕があったはずの空間を掠めた後、何処かへ紛失した。

片腕の女「え......? なに、今の」

始まりのホモ「良かった、無事みたいだね。うん、驚くのも無理は無いけど、僕は人間じゃないんだ。メッサラさんに君を紹介してもらったのもその為でね、君には僕の」

片腕の女「すごい、すごいすごい! 今の、もう一回やっていい? 体どうなってるの? 私にも出来るかな!?」

始まりのホモ「えぇ......?」

小銃を投げ捨てると、片腕の女は始まりのホモの腕を掴み、ブンブンと振った。先程まで見せていた残虐な顔はそこにはなく、憧れのヒーローに出会えた少年のように、輝いた瞳を彼へと向けている。あまりの急激な変化に、始まりのホモは戸惑いを隠せない。

片腕の女「君、いったいなんなの? 怪人? 怪物? それとも、怪獣!? ねぇねぇ教えて、それどうやってなったの? ヒーローと戦ってたりするの? ねぇ教えて教えておーしーえーてー!」

始まりのホモ「う、うん。分かった、教えるから、ちょっと大人しくしてくれないかな」

片腕の女「はーい! 静かにします!」

朗らかに笑いながら手をビシッと上げると、片腕の女はその場にチョコンと正座した。その無邪気な姿は、背後の壁に横たわる血まみれの兵士と相まって、なかなか素敵な絵面であった。

始まりのホモ「......はい。じゃあ、ゆっくり説明していこうか」

片腕の女「その前にこれだけ教えてよ! 君は、怪人なの? それとも怪物? 怪獣?」

始まりのホモ「そうだねぇ。怪人、というと何か間抜けなイメージがあるし、怪獣呼ばわりされる程、醜い見た目のつもりもない。その中から選ぶなら、怪物ということでお願いしたいね」

片腕の女「了解です!」

始まりのホモ「ンンッ! それでは、改めまして......」

始まりのホモ「世界が終わる話をしようか」

~~~~

片腕の女「ふーん。そんなことするつもりなんだ、君」

始まりのホモ「どうかな。メッサラさんの許可はもう得ている。協力してくれれば、今よりもっと大規模な『皆殺しの風景』を、君に見せてあげられるよ」

片腕の女「うん、いいよ。私が、君の相棒になってあげる」

始まりのホモ「おお、こんなに早く快諾してもらえるとは」

片腕の女「私は、暴れられるならどこでも構わないしね。それに日本で、ってのが特にいい。楽しそうだ」

始まりのホモ「気が合うねぇ。君とは仲良く出来そうだ」

片腕の女「でもそれだと、その野獣先輩ってのは邪魔なんじゃないの? 大丈夫か?」

始まりのホモ「田所さんは頑固な人だからねぇ。まぁ、なんとかするさ。......君のことは、なんて呼べばいい?」

片腕の女「名前、ねぇ。バハメット、なんていうダサい通り名が一応あるけど、これは可愛くないからなぁ」

始まりのホモ(バハメット......旧約聖書の『怪獣』バハムートの、アシム語訳か)

始まりのホモ「決まった名が無いなら、勝手に呼ぶことにするよ。僕のことは『はじめくん』と呼んでくれ、ムーちゃん」

片腕の女「おー、ムーちゃんか。いいな、それ。可愛くて気に入ったよ、はじめくん」

じゃあ、そろそろ行こうか、と片腕の女が腰を上げる。その腕を取ってやりながら、始まりのホモが言った。

始まりのホモ「よろしく、怪獣」

片腕の女「よろしく、怪物」

両者が、互いに手を取り合う。握り合った掌は、契約の証であった。

始まりのホモ「さて。ここを無事に抜ける所までは、僕がどうにか出来るけど。実は、日本に帰る為の足がまだ見つかってないんだよね」

片腕の女「ん? ああ、密入国のルートのことか? そんなら私が用意してやるから気にすんな」

頼りになるねぇ。だろ? と言葉を交わし、二人は皆殺しの風景を背にして去っていった。

【始まりのホモ、テロリストと結託】

~~~ANAL航空 本社 屋上・夕刻~~~
シアーズ「......はい、上手くイキました。ANAL航空の代表達が、アッシリヤの長老派が犯人だと、記者会見で発表しました」

シアーズ「はい。これで、日本の怒りの感情はアッシリヤへと向かうでしょう。我が国に1.14(同時多発テロ)をかました憎き長老派も、濡れ衣を着せられたことへの報復活動を、日本に行うはずです」

シアーズ「ええ。これで日本も『テロとの戦い』に、より本腰を入れて動きます。それに、長老派のテロ行為の矛先も、当分の間は我が国から日本へと向かうはずです。まさに一石二鳥です」

シアーズ「......いえ、簡単でしたよ。プライドが高く、自分を頭が良いと思い込んでいる奴ほど、騙しやすいものもないですからね」

電話の向こうの相手へと、シアーズは答える。その顔は、任務を達成した喜びと、誇りで満ち溢れていた。彼は、『合衆国』からANAL航空に送りこまれたスパイであった。
現実のスパイというのは、007やミッションインポッシブルように、厳重な警備を突破し危機を潜り抜ける超人などではない。スパイとは、最も効率的に機密情報を入手し、より高度なレベルでの意思決定を、自国に有利なように操作する者のこと。それを可能にするのは、普段から重要な情報に触れる、高い地位を獲得している者である。

スパイには、生え抜きの人材を対象の団体に送り込む場合と、対象の高官を内応させる場合とがある。シアーズは典型的な、前者に該当するスパイあった。
当たり前のことだが、組織の規模が大きい程、昨日ふらりと現れた人間を信用し、地位を与え、機密情報を共有させることなど有り得ない。彼らがスパイとしての活動を行うには、長い長い年月が費やされる。
世界中の要所に散らばった、各国の何千何万というスパイ達。彼らの全てが、スパイとしての使命を果たせるわけではない。
嘘と真実の境目を見失い、狂う者がいる。長い間生活を続けていく内に、潜入先への帰属意識が芽生えてしまう者がいる。潜入先の価値が薄れ、とっくの昔に忘れ去られてしまった者すらいる。スパイというのは、100用意した内の2.3仕事をすれば御の字であり、一人一人への期待値はとても薄い。
そんな不遇の結末を迎えることが大半の、スパイという職務にあって、シアーズが今回果たしたのは、万に一つとない大役であった。
祖国の国益の為に立ち回る機会が、自分の元へ巡ってきたこと。その千載一遇のチャンスを、見事ものに出来たこと。彼の生涯で、これ程の歓喜を、充足を、達成感を感じたことはない。シアーズは今、己の全てが誇らしかった。彼は、熱烈な愛国者であったから。

シアーズ「はい、ありがとうございます。......それで、今後の私の所属というのは、このままANALの動向を操作すれば......はい? はい、これからも祖国の為に尽くさせて頂きたく.........え?」

シアーズ「『概念を実体化する技術』、ですか。いえ、全く存じません。なんですかそれは」

~~~アッシリヤ域内、メッサラの屋敷・夕刻~~~

ジュダ「俺は反対だよ父さん。虎の子のバハメットを、あんな無礼な奴に預けるなんて」

メッサラの屋敷の最奥にて。メッサラの子息であり、長老派の第一の後継者であるジュダ=ベンハーが言った。今は従者もなく、父と子の二人きりである。

メッサラ「息子よ。お前も儂の跡を継ぐつもりなら、表と裏の顔を使い分けろ。民を率いる英雄の顔と、状況を冷静に見極める師の顔とをな。今、ここに民はいないぞ」

ジュダ「俺たちの敵は合衆国だろ? 師として、東の最果てなんかにバハメットを送ってる場合じゃないと俺は言っているんだ」

片腕の女、バハメット。10年前に『使い捨ての少女』として長老派に加わった彼女は、ジュダと同じ歳頃であった。
身分に大きな差のある二人の関係は、決して幼なじみ、などという甘いものでは無かったし、言葉を交わしたことも多くはない。だが年を重ねる毎に功を積み、力をつけていったバハメットの姿には、惹かれるものがあった。後ろ盾もなく、己の力だけで道を切り拓くバハメットの姿は、偉大な指導者の元に産まれたジュダの目に眩しく写ったのだ。
今さら、彼女に端役など相応しくないし、突然現れた謎の男に託したくもないと、ジュダは思っていた。先程現れた、始まりのホモの要求をアッサリと飲んだ父親に、今はその不満の矛先が向かっていた。

メッサラ「顔を使い分けろ、と言っただろう。護衛の目もあるあの時には、お前の尊大な態度は正しい。指導者は他者に屈服してはならん」

メッサラ「だが師が考えるべき現実の問題として、あの男に逆らえば儂等は殺されていた。奴の要求を飲む以外の道は、あの場に無かったのだ」

ジュダ「馬鹿な、武器も持たない人間相手に」

メッサラ「武器も持たない『人間』が、警備を突破して儂の眼前に現れるわけがなかろ。目の前にして理解したが、あれは人間ではない。精霊か怪物(けもの)の類だ」

メッサラ「表の顔としても、日本には、儂等に妙な濡れ衣を着せた代償を払ってもらう必要がある。舐められるわけにはいかん。何をするか知らんが、奴が勝手に暴れてくれるなら好都合だ」

ジュダ「父さんは、あんな奴の言いなりになって悔しくないのか」

メッサラ「強さとはあくまで、より良い状況を得る為の手段であり、そこで一喜一憂する意味は無い。奴も話が進みやすいよう、最低限には儂の顔を立てた。損害も無く、互いに利益がある話なら、拒む理由は無いだろう」

ジュダ「損害が無いって、バハメットがどれだけ貴重な......!」

メッサラ「......あまり儂を失望させないでくれ、息子よ。バハメットというのは、民が勝手に付けた名前だ。前線で戦い続けるあいつを、民が勝手に慕っているだけだ。お前まで、民と同じ目線で物事を語るな」

メッサラ「儂にとって、あいつは今でも『使い捨て』の爆弾よ。いつ死んでも構わんし、むしろとっとと死んで欲しい」

この長老派には、民にとっては不死身の英雄であり、メッサラにとってはクーデターの危険性が高い厄介な人物が、二人いる。ネイキッド・キングと呼ばれる人物と、破綻した異常者バハメットであった。

『死なない爆弾』、バハメット。
『動く死体』、ネイキッド・キング。

人は、不死身の伝説が好きなものである。特攻を前提にした任務から幾度も生還した両者には、民からの高い支持があった。両者の私兵を気取る民は日に日に増えており、いずれはメッサラの制御から外れる恐れもある。

メッサラ「儂等の部下に、英雄はいらん。喜んで命を捨てる兵を増やすには、不死身への思慕など邪魔なだけだ」

メッサラ「お前も、あいつにあまり入れ込むな。アレはお前の思うような勇者などではない。ただ、心のブレーキが壊れただけの破綻者だ」

ジュダは突き放すように語る父の顔から目を逸らし、「どうか無事に帰ってきて欲しい」と、バハメットのことを想った。
いつもと何かが違う嫌な予感が、漠然とジュダの心中を包んでいた。

~~~ガン掘リア宮殿・夕刻~~~

誘い出すか、と野獣は言った。

野獣「世田谷区に散った仲間を、ゲリラ的に潰されて回られると堪らない。数人で固まって身を守らせる手もあるが、世田谷区の制圧は早く済ませてしまいたい。敵を指定した場所に呼び込んで、そこでケリをつけてしまおう」

KMR「誘い出すって、それが出来ないから困ってるんじゃないんですか?」

MUR「バカだなぁKMR。友達を誘う時は、相手に招待状を送ればいいんだゾ」

野獣「友達じゃないし、博士の居場所が分かるならとっくにそこを襲っている。それにあの女は、ここに来て欲しいと俺達が誘って、ノコノコ飛び込んで来るようなバカじゃない」

KMR「じゃあどうするんですか」

野獣「騒ぎを起こすんだよ。普通じゃ有り得ないような非常事態をつくる。こちらが博士を意識してると思わせない程度にな」

KMR「......難しくないですか、それって。敵が目立つような変な事を起こせば、罠の意図があるって普通は思いますよ」

野獣「『変なこと』も、変人が起こせば自然な成り行きだ。廃病院のMNRを使うぞ」

KMR「えっ、じゃあ騒ぎってもしかして......」

野獣「アイツが好き放題殺してきた被害者達の遺体は、俺達が隠蔽してきたな。その死体を掘り起こして、廃病院の前に並べてやろう」

野獣「当然、発見されれば騒ぎになる。そうなれば警察が駆け付け、廃病院の中の捜査をするだろう」

KMR「......警官の人達、殺されちゃいますよね、ソレ」

野獣「警官を殺してくれる分には、いくらやってくれても構わないさ。だがMNRは、一般人への殺人を、いくら諌めても止めなかった。もう、アイツを仲間とは認めない。イカれの殺人鬼は邪魔なだけだ」

野獣「廃病院でケリを着けるぞ。警官も、MNRも、博士の刺客も、まとめて処分してやる」

【23.5話】龍騎を奪われた男の話

※龍騎とは
[概要]2002年より放送を開始した、平成仮面ライダーシリーズ第三弾。
その革命的アイデアと、「13人の仮面ライダーが、最後の一人になるまで殺し合う」という斬新な脚本により、特撮の枠を超え、漫画アニメの業界にも影響を残した異色の問題作。バトルロイヤルの金字塔であり、名言の宝庫。
[あらすじ]龍騎の物語は、鏡の中のもう一つの世界、ミラーワールドが存在する舞台設定を軸に展開する。
2002年の東京で、鏡の中から現れ人を襲う数多の怪物(ミラーモンスター)が、謎の失踪事件を起こしていた。失踪事件が人々を脅かす中、同じく鏡の中に生きる謎の男、神崎士郎が、様々な事情を抱えた13人の人間達の元に現れる。そして神崎は13人の人間達に、自らが開発したライダーデッキ(変身ベルト)を渡し、仮面ライダーになるよう促した。
デッキを手にした所有者達は、鏡を通してミラーワールドとの行き来が可能となり、また一体のミラーモンスターと契約を交わすことで『仮面ライダー』という超人的な力を得る。
しかし、神崎が13人のデッキ所有者に与えた使命は、『ミラーモンスターから人々を守る』といった正義の行いではなかった。

神崎「デッキは全部で13枚。デッキを所有するライダー同士が、最後の一人になるまで戦う。最後に生き残った者は、願いを叶える力を得るだろう」

神崎がデッキ所有者達に告げたのは、ミラーワールドで行われる、過酷なサバイバルゲームの開幕であった。
ライダーは契約したモンスターへと、定期的に他のミラーモンスターの命を与えなければ契約違反とみなされ、自らのモンスターによって殺されてしまう。デッキを放棄したり破壊されるなどして、ゲームからの脱落が決定した場合も同様である。
【戦わなければ生き残れない】
ミラーモンスターと、そして他の仮面ライダーと戦いながら。13人の仮面ライダー達は願いを叶える為、生き延びる為、最後の一人になるまで戦い続ける。
ミラーワールドは何故生まれたのか? 戦いの主催者、神崎士郎の目的はなにか? 誰が生き残るのか、この戦いの果てになにが残るのか。様々な疑問と期待を抱えた視聴者は、主人公である城戸真司の奮闘を通して、物語の結末へと近づいていく。
[主な登場人物]
城戸真司/龍騎......新人のジャーナリスト。失踪事件の現場を取材した際、たまたま脱落者のデッキを手にしたことから、仮面ライダーになる。周囲からよくバカと呼ばれる。
神崎からのライダーバトルの説明を受けず、ミラーモンスターから人を守りたい一身で仮面ライダーになった為、ライダー同士の戦いを理解せずにゲームに参加した。叶えたい願いは特になく、人間同士が殺し合うライダーバトルを止めようと、神崎の思惑に抗い続けるイレギュラー。契約したモンスターは龍。
「俺は人を守る為に戦いたいんだ!」
「人を守る為にライダーになったんだから、ライダーを守ったっていい!」

秋山蓮/ナイト......意識不明の恋人を守り、新しい命を与える為に戦う男。戦いを止めようとする真司と、時には協力し、時には戦いながら、奇妙な友情を築いていく。
黒のコートに身を包み、無愛想な態度が目立つが、人の情を捨て切れていない。『恋人の命の為に、他のライダー全てを殺さなければならない』が、『人の命を奪うことが出来ない』という自らの矛盾によって、たびたび激しい葛藤に苛まれる。契約したモンスターは蝙蝠。
「生きていて欲しい人間がいる。たとえ世界中を敵に回しても、そいつを死なせたくないと思う。それが正しいかどうかは関係ない。その為だけに俺は戦う」
「城戸......お前いつか、俺と戦うと言ったな。......本気なら、今すぐ戦え」

北岡秀一/ゾルダ......黒を白に変えると豪語する、自称スーパー弁護士。不治の病を患っており、叶えたい願いは永遠の命を手に入れること。登場当初は人間の欲望を愛し、欲しい物を全て手に入れようとする強欲さだけが目立つ人物であったが、実直な真司と関わる内に、良くも悪くも変化していく。
自身の腕を持っても無罪に出来なかった脱獄ライダー、浅倉威とは浅からぬ因縁を持つ。契約したモンスターは牛型の火薬庫。
「どんなライダーが出てきても、俺は勝つぜ。何故だか分かるか? 俺は自分の為だけに戦っているからな......そういう奴が一番強いんだよ」
「英雄ってのは、英雄になろうとした瞬間に失格なのよ。おたく、いきなりアウトってわけ」
「なんだ命乞いか? 英雄なんだろ、お前」

浅倉威/王蛇......イライラするという理由だけで人を襲う、人の形をした獣。その罪の重さと犯行の動機から、北岡の力を持ってしても死刑を免れるのみで、無罪には出来なかった。刑務所内で無為に暴れていた所、神崎士郎にデッキを渡され、ライダーの力によって脱獄に成功する。
戦う為だけに戦う狂戦士であり、ライダーバトルが続く限り、既に願いが叶っている。仮面ライダー史上初の殺人鬼ライダーで、劇中最も多くのライダーを殺した。
因縁のある北岡に対しては、当初は逆恨みの感情を抱くのみであったが、戦いを繰り返すうちに「潰し甲斐のある」宿敵として見定めるようになる。契約したモンスターは蛇。
「イライラするんだよ......!」
「ここかぁ......祭りの場所は」
「お前も喰うか......? ま、喰わんだろうな......」
「どうしたぁ......その程度か......? 英雄だろぉ、お・ま・え」

神崎士郎/?......ライダーバトルの主催者。実態を持たず、鏡の中から姿を現わす。戦いが速やかに決着することを望んでおり、度々ライダー達の前に現れては「戦え......」と囁く。
「戦え......戦え......」
「お前達一人一人の気持ちが、龍騎の世界を創った。次はこれを観ているお前達が戦う番だ。......戦え」

[バトルシステム]
基本的にミラーワールドの中で戦う。変身ベルトであるデッキには、戦うスキルを発動する『アドベント(召喚)カード』が収納されている。ライダーは様々なカードをバイザーに通すことで、武器や必殺技を繰り出し戦いを展開する。
基本的なカード構成は、
ソードベント......近距離用の武器を召喚。形状によって名称が異なる場合もある。
ガードベント......防御用の盾を召喚。
アドベント......契約したモンスターを召喚する。
ファイナルベント......トドメ専用の必殺技。
であり、その能力値は契約したモンスターの強さによって異なる。これに加えて、契約したモンスターに見合った特殊カードがデッキに収録される。例(遠距離攻撃を放つ、敵の武器をコピーする、敵のカードを無効化する、敵のモンスターの動きを止める、分身する、複数のモンスターを融合させる、時間を巻き戻す、など)
また、神崎士郎が戦いを促進する為に用意した、疾風・烈火という2種類の『サバイブ』カードが存在する。これは、いわゆる強化フォームに変身する為のカードであり、物語の中盤に、疾風サバイブは秋山蓮に、烈火サバイブは城戸真司の手に渡った。
ミラーワールドに滞在出来る時間は一回につき約9分であり、その時間を過ぎると身体が粒子化を始める。それ故ライダー同士の戦いには時間切れという決着が非常に多く、戦いを促進したい神崎の意志に反して、脱落者が生まれにくいシステムになっている。

......。
その男は元々、ただ龍騎が好きだっただけの少年であった。毎週、日曜日の朝にテレビの前にへばりつき、ストーリーの続きと魅力的なキャラを楽しみにしていただけの、純朴な少年であった。
だが彼が楽しみにしていた龍騎は、物語の中盤で唐突に終わりを告げた。現実で起きた凶悪犯罪の影響で、放送自粛に追い込まれたのである。
事件の名は、下北沢無差別殺傷事件。当時、中学2年生であった少年Aの犯行であった。
逮捕された少年Aは、警察の尋問で一貫したこう供述した。
「イライラしたから殺った。殺せるなら誰でも良かった。仮面ライダー龍騎に登場する、浅倉威に影響されて殺った」
と。十を越す死傷者を出した事件の犯人がこう供述したことで、当時ことさら少年を庇う風潮の強かったマスメディアの批判は、ほとんど龍騎へと集中した。
曰く、「少年を犯罪へ走らせたのは、犯罪を格好良いものとして演出した龍騎に原因がある」
曰く、「仮面ライダー同士が殺し合うという設定が、そもそもモラルに欠ける。少年の鑑賞に相応しい内容ではない」
曰く、「仮面ライダー龍騎は殺人を肯定している」
などと、新聞の記事やニュース番組に登場するコメンテイターに、連日言いたい放題に叩かれた。

従来の『正義の』仮面ライダー像を破壊した龍騎というのは、元々が批判の対象となっていた異色の作品である。そこに加えて、大事件の原因として槍玉に挙げられたとあっては、そのダメージはとても庇い切れるものではない。
龍騎のスポンサーはことごとく去り、TV局も早々に、龍騎の打ち切りを決断した。

ファンにとっては寝耳に水な話である。突然起きた......本来ならば何の関係も無いはずの......事件の犯人が「龍騎に影響された」と語っただけで、毎週の楽しみが奪われてしまったのである。たった一人のクズのために、いい加減な証言の為に、なんで俺達が龍騎を見れなくなるのかと、視聴者の誰もが強く憤った。
しかも放送が休止したタイミングというのが、ファンにとってたまらない展開であった34話の直後であった。
『友情のバトル』と題された、龍騎34話。特にその最後の一分間は、龍騎が放送局のタブーとして歴史の闇に葬られた現在でも、『伝説の一分間』としてファンの間に語り継がれている。

[伝説の一分間]
恋人を救う為、殺人への躊躇を断ち切る為。友である龍騎を倒そうとするナイト・サバイブ。
神崎の思惑であるライダーバトルを止める為、ナイトの覚悟を受け止める為。龍騎がサバイブカードを手にすると同時に流れる、初披露の挿入歌『revolution』。
映像が一旦切り替わると、時を同じくして、凶悪犯罪者の王蛇とスーパー弁護士ゾルダも、因縁の宿敵との決着へ臨んでいた。
『ユナイトベント』ゾルダの背後に、王蛇のモンスターが現れる。
『ファイナルベント』ゾルダが自らのモンスターに銃を差し込み、全弾発射の準備を整える。
『ファイナルベント』王蛇のモンスターの腹部にブラックホールが発生し、そこにゾルダを叩き込むキックを放つ為、王蛇が跳躍する。
王蛇と、ゾルダ。双方が必殺のファイナルベントを撃ち合う寸前で、映像は、対峙する龍騎とナイトへと切り替わる。
サバイブカードを使い、強化フォームへと変身する龍騎。サバイブの影響で、謎の炎に包まれた空間の中で、龍騎はナイトに宣言する。

龍騎「俺は絶対に死ねない。一つでも命を奪ったら、お前はもう......後戻り出来なくなる!」

ナイト「......俺はそれを望んでいる」

強化フォームでの戦いへと突入した龍騎とナイトの運命は、果たしてどうなるのか。
ファイナルベントを撃ち合った王蛇とゾルダは、果たしてどちらが勝つのか。もしかしたら、どちらかがここで死ぬのか。
目を離せない激熱の展開。その続きは、問いの答えは、来週の35話にて明かされる。

......という、続きが待ち遠しくてたまらなくなる34話、伝説の一分間の後での放送休止である。ファンにとって最悪のタイミングであることは間違い無かった。
生き甲斐と言っていい程に、龍騎を楽しみにしていた男は烈火の如く怒った。続きを見させてくれ。彼らの戦いの結末が知りたいんだ、と。
しかし、純粋な少年の願いは叶わなかった。署名活動も反対運動も空しく、龍騎は永久に御蔵入りした。龍騎は十数年経った今も、一度たりとも日の目を見たことが無い、不遇の作品となってしまった。
男がある程度成長した頃に、仮面ライダーシリーズそのものは復活を遂げた。だがそこには男が憧れた、漢達の命懸けの魂のぶつかり合いは無い。二度と世間の反感を買わぬよう、極端に明るく、どこまでも子供向けに作られた『腑抜け』の作品が、現代の仮面ライダーであった。

......。
男は初め、マスメディアを憎んだ。安全地帯から物事を語り批判し、強者に媚びて落ち目の物を叩き、正義面で人々を扇動する報道機関を憎んだ。
真に叩くべき殺人鬼の実名は、『少年だから』と隠す。その代わりに無関係のはずの龍騎を、さも「この番組が無ければ事件は起きなかった」と言わんばかりの報道をし、執拗に叩く。
そんな的外れな行動の為に、龍騎を奪った報道機関というものに、男は今でも強烈な不信感を抱いている。

次いで、男はPTAや人権団体を憎んだ。「自分に理解出来ない漫画やアニメは、気持ち悪いから無くなって欲しい」という本音を、「子供の為に」という建前で押し通すババア共が、たまらなく嫌いであった。
男から見てそういった団体は、みな正義感に浸っているだけであった。連中の思想というのは、ようは性善説を信じているのであり、漫画やアニメを悪魔として信仰しているのだ。
「愛しい子供達が犯罪を犯したとしても、それは生まれもったサガや教育の失敗が原因ではなく、悪魔に誘惑されたからに決まってる」
という狂った妄想の為に、そういう世間に蔓延る馬鹿共の為に、龍騎は放送休止になったのだと、男は心底信じていた。

そして最終的に、男は犯罪者を最も憎んだ。根本的に、犯罪者がいなければ龍騎は放送休止にならなかったのである。
無期懲役の判決を喰らい、三十歳そこそこで出所してくる少年Aを殺してやろうと、少年の頃はずっと思っていた。
だが、高校に上がる頃にはその考えも薄れていた。龍騎好きの自分が殺人犯になるのは、マスメディアの吐いた戯言を、自分自身の手で実現してしまう事になると思ったからだ。
しかし、龍騎を奪われた怒りは、何年経っても消えない。蓄積した怒りは憎悪へ、そして犯罪者をこの手で殺したいという衝動へと変質していった。

「『合法的に』犯罪者を殺せる職業は?」

と男は考えた。検事や判事というのも考えたが、男は犯罪者を殺したいのであって、裁きたいわけではない。刑務官の死刑執行は、かなり理想に近かったが、『複数人で同時にボタンを押して、誰が殺したか分からないようにする』という、要らぬ気遣いが邪魔であった。

結果、男は警備警察の機動部隊を選んだ。数年経った今年には、異常な執念によって鍛えた実力を買われ、特殊部隊の一員に選出された。
男の名前は、秋戸秀一。龍騎を奪われ、犯罪者を殺したいという『願い』の為に、『正義』の組織に所属する男。その是非を問える者はーーー


~~~
訓練中に課長に呼び出された秋戸は、警備課長直々の命令を受けた。

課長「お前に任務を命じる。世田谷区×××の廃病院に立て篭もる殺人鬼を始末しろ」

秋戸「随分乱暴な命令ですね、犯罪者にお優しい日本らしくも無い。それに、何故私だけに命じられるのですか」

特殊部隊は常にチームで動く。個人に事件解決を任せるなど、通常ありえない。

課長「お前のそういう態度が問題なんだ。体制への不満や、理不尽への怒り。そういう感情を抱くなとは言わんが、お前は露骨過ぎる」

課長「廃病院の殺人鬼は、既に四人の警官の命を奪っている。お前一人に命じる理由は、このことがまだ表沙汰になっておらず、その上で秘密裏に処理しろと、上からお達しがあったからだ。大々的に動くわけにはいかん。報道を通して世間に知れ渡る前に、殺人鬼を処理しろ」

秋戸は心の内でククッと笑った。報道する自由と報道しない自由があれば、報道『させない』自由もあるということが、マスコミ嫌いの秋戸には小気味良かった。

課長「この人選は、お前の隊長によるものだ。聞けばお前は、殺人犯を殺したくてこの職務を選んだそうじゃないか」

秋戸「そうです。交渉が最優先でありチームで動く職務の為、思いの外機会に恵まれず、一度も達成出来たことはありませんが」

課長「ならやはり、今回の件はお前に最適だ。相良隊長によれば、お前は『能力はあるのに、人格が不適切で勿体無い』らしい。これで望みを叶えて、早く真っ当な人間になれ」

秋戸「お心遣い、感謝致します」

課長「感謝する必要も無い。お前が選ばれたもう一つの理由は、現在、部隊の中で一番死んでも構わない人間がお前だったからだ」

秋戸「え?」

課長「気をつけることだな。あちらは仮にも銃を持った警官を、しかも複数人殺めている。下手を打てば、お前も彼らの二の舞になるぞ」

【第24話】廃病院の殺人鬼
~~~
.........オトゥーサン.........オトゥーサン.........

「っしたらさぁ、俊樹がサツにパクられちまってよぉ」

「っそ、マジ? マジ? あいつ超バカじゃん! キャハハッ」

深夜。廃病院の一室に、数名の男女がたむろしていた。暗く寂れた病棟には不釣り合いな、ギャハハ、という粗野な笑い声があたりに反響する。その声は、どれもとても若かった。

「パコるか、パクられるか。それが俺達の生き様っからなぁ」

「龍矢、マジ頭おかしすぎっしょ! ほんとサイコーだよもう!」

彼らは、ただ本能に忠実であった。食う、寝る、ヤる。遺伝子に刻まれた本能からの指令を、ただ、ただ、好きな時に好きなだけ実行したかっただけである。
結果、彼らは学校をほとんどサボり、酒や薬物に手を出し、喜んで法を破る少年少女となった。普通の人間がしない事、出来ない事をやるのが、最もカッコ良くてイケているのだと彼らは信じていた。
世間からの白い目やウザい親達の制止の声というのは、ようは自分達への妬みだ。本当は連中も、自分達と同じようにハッチャケたいのに、勇気も才能も無いからそれが出来ない。だから連中は、自分達の事が羨ましくて、妬ましくて、それで無益な苦言を語ってくるのである。

「人間はいつ死ぬか分からない。だから明日の為に頑張るより、今日を楽しむ方がずっと賢い生き方だ」

という主張が、彼らの思考の根底には流れていた。どこまでも享楽的に今日を過ごす為に、彼らは理性を捨て、獣の快楽へとその身を寄せる。

廃病院にたむろしているのも、特に考えがあってのことではない。ただ、危険な臭いのする場所で遊ぶ、騒ぐ、ヤるというのが、普通の場所よりも興奮できると思ったからいるだけだ。
あるいは、彼らの思考を掘り下げてみれば。『危険な場所に平気で居られる自分』というのが、自らの優越感、選民的な高揚感に浸れたからなのかも知れない。

.........オトゥーサン.........オトゥーサン.........ナンデ.........オトゥーサン.........

病棟の一室を占拠する彼らの元に、カツン、カツンと足音が響いていく。
目的も無く彷徨うような足取りで、ゆっくりと。しかし、彼らとの距離を着実に縮めていくその歩みは、やがて彼らの眼前へと辿り着いた。
その男は、髪は金髪に染め、身体は不健康に痩せていた。眼はどこか遠くを見つめるような虚ろな目をしていた。そして何より目を引くのが、その右手に握られたナイフであった。

「......あん? 誰だよテメェこら! なに見てんだよ殺すぞ! あぁ!?」

「え? 待ってよ、あいつナイフ持ってる。ナイフ持ってるよぉ!」

「や、やべぇよ......やべぇよ......」

オトゥーサン......ナンデ......? ナンデボクノコト......ボクノコト......アイシテクレナカッタノ......? オトゥーサン、オトゥーサン、オトゥーサン、オトゥーサン............

「ヒッ、や、やめ! やめろやめ......! ゲブゥ!」

「やだ! やだやだやだ! 怖いよぉ! 助けてお母さバガガ、ガベエッ!」

「うわあああああ! ああああああああ! アーッ! アーッ! アアーーーーーー!!」

男の凶刃が、若者達へと襲いかかった。グサリ、グサリと、次々と刃が舞い、半裸や全裸の若者達の肉を突き刺していく。
喉笛を掻き切られて即死した幸運な者もいれば、中途半端に腹を抉られ、地獄の死痛に悶え苦しむ者もいた。死の絶叫が、助けの来ない廃病院に空しく響く。

若者達は、今日、死ぬ運命にあった。ならば、彼らの掲げた「いつ死ぬか分からないから今日を楽しもう」という思想は、彼らにとっては正しかったのだろう。
......しかし、そもそもそんな思想を抱かず、無意味に危険な廃病院に訪れなければ、今日死ぬ運命は避けられたのではないか。そんな自問を抱く暇も無く、若者達はその命を散らしていった。
数分後、若者達は死の覚悟も、事態の把握も出来ないままに、男の玩具へと成り果てた。
6人の男女は既に息絶えていたが、男にとっての本番は、むしろ殺した後にあった。

??「オトゥーサン......ああ、オトゥーサン」

髪を毟る。目玉を抉る。耳と鼻を削ぎ落とす。下顎を切り落とす。胴体を真二つに裂いて、粘液と糞尿の臭いたっぷりの内臓を、両手で掬い上げる。そして、陰茎部分を切り落とす。膣や子宮はナイフで滅多刺しにする。
指を、掌を、腕を、足を、首を、頭と上半身を、胸と腹を、下腹部と脚部を切り離し、各部位をまたコマ切れにする。
これを、6人分。肉の人形に父を重ね合わせながら、どす黒い感情を思い切りぶち当て、バラバラにする。彼にとっては、これは生きる上で必要不可欠の行為であった。

解体者の名前は、MNR。その名は、淫夢史上最悪の殺人鬼として、界隈に響き渡っている。

~~~
ANAL航空893便墜落事件より、5日経った18日の夕刻。coat博士が口を開いた。

coat博士「ANALの公式発表を受けて、墜落事件の犯人は、アッシリヤのテロリストが被ってくれた。実際の真相はともかく、これで我々も身動きが取れる」

彡(゚)(゚)「その疑われるかも、ってのがそもそも気に入らんわ。守ってやってるはずの愚民共相手に、なんでワイがコソコソ隠れなアカンのや」

宇野「良かったじゃないですか。『人知れず戦う孤独なヒーロー』って人気高いんですよ、視聴者には」

(´・ω・`)「ここは現実だよ。形而上の存在に評価されても、ファンレターの一つも届かないよ」

coat博士「ま、絶対に存在しないって認識しているモノが現実に現れたら、人はそれだけショックを受けるって話だ。サンタなんて信じていない子供に、突然ガチもガチのサンタが現れたら、喜ぶどころか腰を抜かすだろ?」

彡(゚)(゚)「は? 信じるもなにも、サンタは実際おるやろ。そのガキ頭沸いとんのか」

(´・ω・`)「博士は例え話が下手だねー。話にリアリティが無いと共感出来ないよ」

coat博士「......そうだな。今のは私の例えが悪かったな。すまんな」

宇野(......え? 信じさせてるんですか? サンタ)

coat博士(いや、何故か最初から信じてた。聞き分けが良くなるし色々と便利なので、そのまま放っておいたんだ)

宇野(デフォなんですか。原住民はともかく、なんJ民のナリでこれは、かなり痛々しいですね)

coat博士(やめろ貶すのは。......こいつらの意識は、人間の情念の集合体だからな。実際の掲示板の連中も案外、性根は子供なままの奴が多いのかも知れん)

宇野(『子供なまま』の奴は、そりゃ多いでしょうけれど)

彡(゚)(゚)「なにコソコソ喋っとるんや」

coat博士「とにかく、ショックが大きいんだお前らは。衝撃的なんだお前らの存在は、ビジュアルの良し悪しに関わらず。それ故一昨日までは、衆目を浴びると騒がれ、無関係な墜落事件の濡れ衣を被る危険があった」

coat博士「だがその危険は消えた。そしてタイミングを見計らったかのように、我々にあるご依頼が届いた。ある廃病院に出没している殺人鬼を、処理して欲しいとな」

彡(゚)(゚)「殺人鬼? そんなん警察の仕事やろ」

coat博士「その警察の職員達が、数名殉職してしまってな。廃病院で見つかったバラバラ遺体の調査中に送り出した所、彼らもバラバラ遺体になって帰ってきたらしい」

(´・ω・`)「うわぁ、ミイラ取りがミイラに......」

宇野「そんな大事なのに、ニュース番組にはてんで流れていませんね。変死体が見つかったというニュースなら、一昨日チラと目にしましたが」

coat博士「情報規制しているのさ。なにせ、銃を持った警官数名を殺す化物だ。概念体の可能性もあるので、こちらで調査して欲しいそうだ」

coat博士「人目を最大限避けるため、出発は深夜とする。殺人鬼が人間だろうと概念体だろうと、正直どちらでも構わない。警察が手に負えなかった殺人鬼を捕まえて、手柄を立てて、我々の存在価値を証明してこい」

~~~深夜・廃病院西棟、1階~~

敷地の入り口や敷地内に、見回りの警官が配置されていた。建物内の犯人を逃さぬ為、そして野次馬気分で侵入しようとする者を阻止する為、警備を強めているらしい。
予め許可を貰っていたらしく、宇野が入り口の警官に何事か話すと、すんなりと中に入れた。ワイと、宇野と、原住民とで、建物内に侵入する。

彡(゚)(゚)「ジメジメしてて、腐った雨の臭いがするなぁ。テンション下がるわ」

宇野「ここも潰れてから十数年経っていますから、気を付けて下さい。手入れのされていない建物は、想像よりずっと危ないですよ」

彡(゚)(゚)「しかし気になるんやが、こういう廃墟って何で残っとるんや? ここの土地の所有者とかは、今でもちゃんと存在するんやろ? とっとと潰して土地を有効活用しようとは思わんのか?」

宇野「ここは立地が悪く、一通りも少ないんです。取り壊しの工事や新しく建物を作る代金を払うより、放ったらかしにしていた方がまだ割がいいんですよ」

(´・ω・`)「うぅ......暗いよぉ、広いよぉ、怖いよぉ......」

宇野「あぁ、ここの病院も『出る』って噂はちらほらありますね。首から下だけの男だの、戦時中の陸軍兵士の亡霊だのと」

(´・ω・`)「うへぇぇぇ......」

彡(゚)(゚)「ま、実際に出るのは殺人鬼だけやから安心せえや」

(´・ω・`)「う、うへぇぇぇ......」

彡(゚)(゚)「それにしても、廃墟の割には雑多に散らかっとるなぁ。空きカンだの、菓子の袋だの、ピンク色のゴムだの、けっこう真新しいのが捨ててあるぞ」

宇野「被害者の遺体のほとんどは若者でした。廃墟や心霊スポットには、そういう手合いばかり集まるもんなんです。彼らは、立ち入り禁止の看板なんて気にも止めませんからね」

(´・ω・`)「うわぁ、可哀想に」

彡(゚)(゚)「そうか? 勝手に不法侵入した馬鹿が勝手に殺されたんやから、自業自得ってもんやろ」

宇野「まぁ、犯した罪と罰が釣り合っていないのは確かですね。それに警察の方も」

??「おいおいおいおーい! なに自分はそいつらとは違う、みたいな素振りで話してんだ? お前らも立派に不法侵入者だろうが! それ『万引きって良くないよねって語りながら、無料で違法な動画サイトにアクセスしてる』ようなもんだぞ! お前らの頭はあれか? ひまわりが咲いてるのか!?」

彡(゚)(゚)「!? な、なんや! 誰や!」

後方から声がかかり、慌てて振り向く。こちらに近付いてくる影は、手にライトを持っていた。暗く、まだ顔は見えない。

??「無料は駄目だ! コンテンツを駄目にするのはいつだって無料だ! ただ飯オーケーの食堂なんざ、すぐに潰れるに決まってんだろ! 広告収入なんかで作品が持つわけねぇんだから、ファンを名乗るなら金払って視聴しろ! 金を払わねぇ奴が作品を語るんじゃねぇ反吐が出る!!」

宇野「この声......まさか」

??「違法はもっと駄目だ! ルールを破る奴は、間接的にルールを増やすクズだ! ルールが増えると良い作品が作れなくなる! 結果コンテンツが駄目になる! 仮面ライダーがそうだった!」

(´・ω・`)「な、なになに!? 誰!? なんなの!」

??「俺は制限(ルール)が大嫌いだから、ルールを破る奴も滅茶苦茶大嫌いだ! ところでお前らはなんだ? 破滅主義のバカ餓鬼か? ゴシップ写真目的のハイエナか!? 俺はマスコミも最悪に大嫌いだぞ!? 何はともあれルール違反者共、お縄の時間だ! 逮捕しちゃうぞ!!」

五歩程の距離まで近寄ると、男の顔が見えた。若く精悍な顔の上に、何か青いヘルメットが見えた。

宇野「相変わらず、ギャーギャー五月蝿いんですね。秋戸さん」

??「んん? その声にその顔は......おぉ、お前宇野じゃないか。何してんだこんな所でって、ウォォォォオ!?」

彡(゚)(゚)&(´・ω・`)「ギャァァァァァァァァ!」

男がワイと原住民を視認すると、突然声を上げた。ワイらもその大きな声にビックリして、また声を上げる。
その傍らで、宇野が一人呟いた。

宇野「なんでよりによって、こいつが来るんですか」

と。

虐待おじさん『野獣、刺客がようやく到着したらしい。3日待ってようやくだ』

野獣『確かなのか?』

虐待おじさん『外から来るのを遠目に見ただけで、姿形は分からなかったが、フードを被ってる奴が二人いた。片方はおそろしく小さい。おそらく、人間の見た目じゃないからだろう』

野獣『そうか。ろくにニュースにもならんから、計画はもう失敗したのかと思っていたが』

虐待おじさん『俺達はどうすればいい?』

野獣『俺も今からそっちに向かう。戦って殺せるようなら殺して構わない。が、手こずるようなら俺が着くまでの時間を稼いでくれ』

虐待おじさん『了解だ。奴らにもそう伝える』

野獣『よろしく頼む』

~~~
秋戸「なるほどねぇ。ここの殺人鬼は概念体っつー化物で、この黄色いデカブツと白いちっこいのもその概念体だと」

彡(゚)(゚)「飲み込み早いな。普通もっとこう、ワイらに怖がったり、これは夢だとか叫ぶもんとちゃうんか?」

秋戸「俺は『自分の目で見たものくらい信じられる』男なのさ。2話目の真司くんとは訳が違うぜ。ミラーワールドがいつ現れてもいいように、心の準備は常にしているからな」

(´・ω・`)「なんか手品とか詐欺にあっさり騙されそうな主義だね」

宇野「マトモにこの男に取り合っちゃダメですよ。こいつは情緒が破綻したイカれです」

廃病院中央一階の、広々とした元待合室にて。ギシギシと音を立てる、傷んだ椅子に座りながら、ワイらは顔を合わせた警官と話をしていた。どうやら宇野は、この男と顔見知りらしい。

(´・ω・`)「二人はどういう関係なの? なんか、宇野さんは嫌ってるみたいだけど」

秋戸「あん? 嫌われてるってのは言い過ぎだろ。ちょっと過激な軽口じゃねぇか、なぁ宇野」

宇野「嫌いと言うか、関わりたくないんです。何するか分かんなくて怖いんですよこいつ」

秋戸「おぅ言い過ぎだぞ宇野。......昔、仕事仲間だった時期があるだけだ。かなり短い間だけだったけどな。俺はすぐに特殊部隊入りしたし、こいつもすぐ辞めたし」

(´・ω・`)「えっ、宇野さんお巡りさんだったの!? なんで辞めちゃったのさ!」

宇野「公務員って儲かんないんですよ。周りは正義の味方気取りか、やさぐれているかの両極端で居心地悪かったですし」

彡(゚)(゚)「こいつの経歴なかなか怪しいな。洗えばいくらでも埃が出そうや」

(´・ω・`)「叩けば、だよおにいちゃん。洗ったら水に流れていっちゃうよ」

宇野「それより秋戸さん。特殊部隊の人間がなんでここにいるんですか。それに、その間抜けな格好はなんですか」

宇野が秋戸、と呼ばれた警察官に疑問を投げかける。言われてみれば確かに、男の格好は一般的な特殊部隊の格好とは程遠かった。
青いヘルメットに、防弾チョッキ。手には小銃では無く、小型のピストルが握られていた。
一般人よりは戦闘向きの格好であろうが、国家治安の最終防衛線の装備としては、いささか以上に頼りない。

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秋戸「事情はお前らと同じだ。情報を規制したいから、大掛かりな動員は出来ない。少数が好ましいが、向こうは銃を持った人間を殺せる化物だ。なので特殊部隊の中でもとりわけ優秀な俺が、単独での事件解決を任されたってわけだ」

彡(゚)(゚)「ほーん。ようは捨て駒か、大変やね」

宇野「威力偵察の意味が多めで、死んでも構わない、ぐらいの気持ちで送られたんでしょうね」

「そうはっきり言われると否定したくなるが、その通りだよ宇野。特殊部隊の装備じゃないのもその為でな、俺はここで死ぬと『警察のコスプレをした、銃を所持した変質者』として処理される。ま、その時はバラバラ遺体になってるだろうから、要らぬ世話だけどな」

(´・ω・`)「えぇ、そんな酷い扱い受けるぐらいなら断ればいいのに。仮に辞めちゃったも、どうせお給料も良くないんでしょ?」

秋戸「断る? はっ、バカ言うな白饅頭。これは俺が心から望んだ、この上ないチャンスなんだぜ?」

宇野「......"殺人犯の殺害、公的に認められた殺人"、まだそんな馬鹿な望みを捨ててないんですか。それさえ無ければ、捨て駒扱いなんて受けずに済むのに」

秋戸「関係無いね。龍騎を奪った『モノ』の象徴を、俺のこの手でぶち殺す。2002年から今日の今まで、俺の目標はそれだけだ」

宇野「変われていませんね、哀れなほどに」

秋戸「変わりたいとも。いや、今日で変わるんだ。殺人鬼をぶち殺して、この長い旅に決着をつける。そうしてやっと、俺は前に進める」

秋戸「......さて、と。お前らは殺人鬼の処理、俺は殺人鬼の殺害が目的だ。途中までは利害が一致しているわけだ。手を組もうぜヒーロー」

彡(゚)(゚)「ヒーロー? ワイのことか?」

秋戸「おおとも。化物の身でありながら、人間を守る為に同種の化物を狩る存在。これはヒーローの、いや仮面ライダーの根幹だ。分かるか? お前は今まさに、ヒーローの具現と言えるわけだ黄色」

彡(゚)(゚)「......ほぅ」

宇野「いやいやいや、要らないですって。怖いからどっか遠くへ行っててくださいよ」

彡(゚)(゚)「いや、別にええやろ。ワイらに敵意は無いみたいやし、なにより気に入った」

宇野「ちょっと!」

彡(゚)(゚)「お前がこいつを嫌いってのに、ワイらを巻き込むなや。仮にも特殊部隊なんやから、絶対役に立つはずやぞ」

秋戸「話が分かるな。じゃあよろしくな、黄色と宇野と、...おい、白饅頭はどこ行った?」

彡(゚)(゚)「はぁ? 隣におるやろ頭沸いとん......あれ?」

宇野「どこにもいませんね。トイレにでも行ったんでしょうか」

彡(゚)(゚)「いや、臆病な原ちゃんが、一人で黙ってどっか行くなんてありえん。てことは、つまり」

秋戸「......攫われたってことか。気配も無く持っていくとは恐ろしいなぁ、殺人鬼さん」

~~
秋戸秀一は、人を殺した者を、一括りに殺人鬼とは認めていない。自衛の為に人を殺した者は勿論、金や土地といった利益の為に人を殺す者や、個人的な憎しみや感情のもつれで人を殺めた者も、まったく殺人鬼などではない。
要は、殺すことを『手段』としている人間というのは、自分が殺すべき象徴では無いのだ。
極刑に処されるリスクを知ってなお犯してしまう程に、殺人に快楽を見出した者。生まれつき備わっている自制の機能が破綻し、同種殺しの衝動を抑えられない者。
殺すことそのものが『目的』となり、生きる『糧』になってしまった精神異常者を、人は『人を殺す鬼』と呼ぶ。

精神異常者......殺人鬼こそ、龍騎を奪った者の象徴そのものだと、秋戸は理解している。あの日に通り魔殺人を犯したクズも、この廃病院の殺人鬼も、『殺したいから殺す』という点で全く同じだ。

秋戸「やっと殺せる。やっと、やっとだ!」

嬉々とした声で叫び回りながら、秋戸は錆びた病棟の廊下を駆ける。

秋戸(いるなら出てこい、獲物ならここにいるぞ)

秋戸「来い! 行くぞ! 戦おう! ほらほら 出てこい戦えや殺人鬼!」

喚き散らしながら、無造作に乱暴に、端から端の病室を開ける。人の気配が無いのを確認すると、隣の病室へと歩を進める。

宇野『こちら西棟3階、原住民さんの姿はありません。他はどうですか?」

『おらん! どこにもおらん! 早く上に行こうや!』

元々は原住民用だった端末に、宇野となんJ民から連絡が入った。なんJ民の声は、通信の度に焦りの色が増している。

秋戸「こちら東棟3階、残念ながら異常無しだ」

宇野「では4階の捜索に入りましょう。......見つけたらちゃんと報告して下さいよ? 秋戸さんだけじゃ絶対倒せませんから」

了解、と短く返事をし、秋戸は通信を切った。
強烈な血の臭いと、腐乱臭のする方へ、秋戸は急いだ。
空いた部屋を三つほど飛ばして、着いたのは401号室。中を見ると、

秋戸「ハッハァ! ビンゴだ・・・!」

401号室の中には、哀れな被害者の・・・恐らくは殉職した警官の・・・遺体が、無残に解体されている最中であった。
頭部の損傷は少なく、まだ胴体と繋がっている。が、胴体部分は中心線を起点に縦に裂かれており、中に納まっていたはずの骨や内臓はすっぽりと抜かれていた。

秋戸「よう。会いたかったぜ・・・殺人鬼」

人を家畜のように解体する男に拳銃を向け、秋戸は言った。初めて出会う殺人鬼は、いったいどんな反応を示すだろうかと、秋戸は期待していた。しかし、

MNR「あぁ・・・オトゥーサン」

よっぽど殺人作業にご執心なのか、殺人鬼は秋戸に振り向くこともせず、うわ言をぼやきながら作業を続ける。

秋戸「無視は困るな。死んで動かない物を弄ってもつまんねぇだろ? ほれ、ここにまだ動く獲物がいるぜ? 遊ぼうぜ俺と」

MNR「あぁ・・・あぁ・・・」

一向にこちらに興味を示さない殺人鬼に苛立ち、秋戸は右肩部を狙って銃を放った。が、銃は殺人鬼の身体を貫くことなく、出鱈目な方角へ跳ねていった。

『奴らに物理攻撃は効きません。というか生きている次元が我々とズレているんです。殺すにはなんJ民の力を借りなければいけません』 秋戸は宇野から聞いた言葉を思い出し、舌打ちを打った。じゃあやっぱり、俺はこいつを殺せないのか、と。

MNR「うぅ・・・うううぅ! 」銃弾の衝撃で体勢を崩された殺人鬼が、入り口付近にいた秋戸に振り向き、怒りの形相を浮かべる。

秋戸「食事か? それともオナニーだったか? どっちみち、お楽しみを邪魔したら誰だって怒るよなぁ、はは」

駄目元で撃った銃弾が無駄に終わらず、殺人鬼の興味を引けたことに秋戸は喜色を発した」

奇声を発しながら、殺人鬼が秋戸へと駆けた。避け辛いよう低い姿勢で、手に持っているだろうナイフは背中に隠している。

秋戸(アホっぽいくせに、面倒臭い小技は知っているのな)

護身術の稽古では、暴漢役は刃物を堂々と構え、大きく振りかぶって敵を狙う。傍目には間抜けな絵面に見えるが、これが意味するのは結局、そこまで分かりやすく動いてやらなければ、刃物への対処は難しいということである。
その上刃物を隠されるとなると、どこを狙って、どう動いて、いつ刺し貫いてくるのかの予測は直前まで不可能で、非常に危険だ。

MNR「おぶっ!?」

秋戸は、低い位置にあった顔をめがけ、前蹴りを放った。腕よりも脚の方がリーチは長い。対処の困難な刃物なら、間合いに入る前に潰してやればいい。
ダメージはないだろうが、それでも構わない。秋戸は仰向けで倒れた殺人鬼の腕をすかさず掴み、捻りながらうつ伏せに抑える。

秋戸「真正面から直線で突っ込んで来るのが悪いよ、お前」

打撃が駄目なら、関節技はどうだろうか。そう思い、組み伏せた殺人鬼の腕を、限界以上に曲げてやろうとする。が、どれだけ力を入れようと、曲がってはいけない一線以上には動かすことが出来ない。

秋戸「どうやっても、普通の人間にはダメージを与えられないわけか」

秋戸は仕方なく、端末を取り出して通信を入れる。不本意であった、救援の要請だ。

秋戸『秋戸だ。西棟401号室で概念体に遭遇し、拘束した。とどめを刺......』

宇野『今それどころじゃないんですよ!』

ピッ、と一方的に通信を切られ、耳障りな機械音が耳を鳴らす。黄色い化物に至っては、通信に出ようともしない。

秋戸「なんだ、あいつら」

使えねぇ、と一人零し、殺人鬼に目を向ける。

MNR「ウーッ! ウーッ、ウー!」

痛みは無いだろうに、身動きを封じられている不快感からか、殺人鬼は拘束を脱しようと必死にもがく。身体の無敵具合の割に、伝わる力は非常に弱い。

秋戸「......なんとか、殺せねぇかなぁ。殺してぇなぁ、自分の手で」

救援は来ない。かといって自分には攻撃手段が無い。秋戸ら待ち望んだ殺人鬼との対面に相対して、まさか途方に暮れるなどという状況は想像もしていなかった。

秋戸「......ん? そういや、こいつのナイフって」

抱え込んだ殺人鬼の右腕に未だ握られるナイフを見て、ふと違和感に気付く。
先程まで、殉職した警官の解体に使われていたナイフには、新品のように綺麗だった。人間の血は、油は、刃物にこびりつけばそうそう落ちるものでは無い。ましてさっきの今で、血の跡が消えるなどということはあり得ない。

秋戸「あり得ない......ってことは、この刃物もあれか? こいつの一部ってことか」

化物が所有していた、化物の武器。これならば、もしかしたら自分にも、こいつを殺せるのかもと、淡い期待が胸を突く。

秋戸「もしそうなら......発狂されるわけにはいかねぇなら、指のあたりを......」

殺人鬼からナイフを奪い、そのまま彼の小指にナイフを押し当て、スパッと振り抜く。すると小指の関節部分に切り口が出来、数瞬後、血が小さく噴き出した。

MNR「オトゥーサン! オトゥーサン! オトゥーサン!」

秋戸「あはははは! やった! 傷付けられた! なんだこいつ簡単に殺せるじゃねえか!」

殺人鬼のうめき声が激しく、大きなものに変わると同時に、秋戸の高揚も一気に高まる。夢が叶う瞬間の近づきを感じ、胸が歓喜に震える。

秋戸「あははは! なぁ、出てるよな血が! 俺、お前を今から殺すからな! 絶対殺してやるからな!? 殺される側に回った気分はどうだよ殺人鬼! なぁ!!」

MNR「オトゥーサン! オトゥーサァン! ああー! あああーー!」

殺す側と、殺される側。血の臭いに塗れた401号室に、両者の絶叫が響く。観客を務めるのは、形を喪った死体の群れ。

ずっと夢見た風景が目の前にある。殺人鬼を組み伏せ、有無を言わさぬ状態で、自分は『こいつら』に言いたかった台詞を聞かせてやる。

秋戸「なぁ、お前らを[ピーーー]のが俺の夢だった。ずっとずっと、お前らを[ピーーー]ことばかり考えていた」

聞かせたい言葉は、存在の否定。絶対悪に対する、侮蔑を込めた拒絶。

秋戸「お前らが好き放題に殺人を犯して・・・・・・特にお前みたいなクソガキだとな、バカなマスコミに出演するアホ共が必ずこう騒ぐんだよ。『何が彼を変えてしまったのか』『家庭環境が悪かったのか』『現代社会の闇の犠牲者』だの、頓珍漢な戯れ言を語りやがる」

MNR「トゥーサン・・・・・・オトゥーサン」

同意など、最初から求めていない。こいつらはどんな罪を犯そうと、自分を正当化する思考を最後まで放棄しない。

秋戸「馬鹿馬鹿しい。お前らが人を[ピーーー]のに、お前がクズになったのに、理由なんか無えよ。生い立ちも周囲の人間も関係無い。ただお前らが、生まれながらに欠陥品だっただけの話だ。人を殺さない為の『良心』ってのが最初から抜け落ちてんだよ」

聞く耳など無くていい。反省も懺悔も必要無い。こいつらがやったように、自分も言いたいことを言って、無遠慮に殺してやれればそれで満足なのだから。

秋戸「人間は、大量生産される部品と同じだ。一つや二つなら良くても、百千万と作っていきゃ当然、不出来な欠陥品が発生する。脳みそなんて最高に複雑な部品ならなおさらだ」
しかし、

秋戸「だーのに人間社会ってのは、問題を起こすまではこの欠陥品を廃棄処分しない。それどころか『まだ使い道があるかも』っつって生き永らえさせたりするんだ。理由は・・・・・・生まれながらに悪人がいるって考えるのが怖いんだろうな。そうやって出発点を履き違えた馬鹿共が、お前ら欠陥品を野放しにする。つけあがらせる。挙句、『お前ら』が発生する原因を、無関係な作品に押し付けたりするんだ。反吐が出る」

MNR「オトゥーサン・・・・・・」

秋戸(なんだ?・・・・・・なんだ、この違和感は)

望み通りのはずなのに、胸に湧いて来るのは夢が叶った実感ではなく、何かがズレているという不快感。

秋戸「おい、俺はこれからお前を殺すぞ! 楽には殺さない、お前がやってきたみたいに
嬲ってから殺す! どうだ怖いか!? あぁ!?」

MNR「あぁ・・・・・・オトゥーサン」

違和感の正体は、すぐに分かった。こいつは、この男は、この殺人鬼は、秋戸の声など聞こえていなかったのだ。
聞いていないのでは無く、聞こえていない。罪に対して、開き直っているのでも正当化しているのでもなく、最初から罪を認識していない。
こいつの意識は、『ここ』とは違うどこか遠くの彼方にある。こいつはおそらく人殺しに快楽など感じていない。こいつの殺人は、なにかの情をもった行為ではなく、微生物がただ水中を漂うのと同じに、『動いただけ』なのだ。

秋戸「なんだよ・・・・・・これは」

そこまで理解して、秋戸は悲嘆した。こいつを殺しても、なにも満たされないと分かったからだ。
・・・・・・俗にキチガイ無罪などと揶揄される、罪を犯した心神喪失者への判決がある。この判決の理由は、同情などといういい加減なものからではない。己の罪も罰を与えられたことも認識出来ない者など、裁いても仕方が無いのだ。心此処に在らず、現実に居ない者は裁けない。

秋戸「違う、こいつじゃない。俺が探していたのはこいつじゃない」

自分が憎み、探し求めた殺人鬼はこいつではない。断じてこのような、『下らない生き物』ではないはずだ。
己が人生に決着をもたらすべき宿敵は、もっともっと邪悪で醜悪で、打ち倒すべき強大な歪みの持ち主であるべきだ。

秋戸「駄目だ・・・・・・こいつじゃ、こいつじゃ駄目だ!」

呻き続ける殺人鬼から身を放し、秋戸は狂乱の態でその場から逃げ出した。右手には殺人鬼から奪ったナイフを握りながら、病室を抜け、廊下を走り、階段を下って外に出る。
薄い雲に包まれた満月の、真暗の夜に秋戸は吠えた。地面にナイフを幾度も突き立て、片手で胸を搔きむしる。

秋戸「やっと、やっと終われると思ったのに! 人殺しなら、なんでもいいと思っていたのに!」

秋戸「どこだ、どこにいるんだ! 俺の宿敵はどこにいるんだ!」

掻き立てられる焦燥感は、苛立ちは、浅倉威のそれと同じものだ。きっと同じだ。自分の中に溢れる憎しみで溺れかけている。この苦しみから、解放される方法は・・・・・・。

秋戸「俺にとっての北岡秀一は、どこにいるんだ・・・・・・!」

獣のように吠える。闇夜に向かい、救いを求めるように、この渇きを癒す宿敵を満月に乞うた。

~~~同刻・アッシリヤ領内~~~
満月の夜空の下、片腕の女は港にいた。

始まりのホモ「こ、これに乗るのかい?」

片腕の女「うん、そうだよ。なんだなにか不満か?」

始まりのホモ「いや不満というか、驚いているというか」

片腕の女「まぁ、密入国者が快適な旅しようなんておこがましいから、そこは我慢してよはじめくん」

始まりのホモ「・・・・・・まぁ、僕はムーちゃんに任せるけどさぁ。任せるけどさぁ・・・・・・」

片腕の女「さぁ、極東の島国に向けて出発だ! 張り切っていくよー!」

秋戸との通信を終え、私は東棟の4階に向かった。今は、病院の東棟と西棟を私と秋戸が、中央棟をなんJ民が搜索している。殺人鬼を発見した時に、すぐなんJ民に救援を呼ぶ為だ。
階段を駆ける私の右手には今、なんJ民の『蛮族の棍棒』が握られている。
博士の説明によれば、概念体が産み出す武器の類は、他人が握ることも可能らしい。

『概念体の武器を持てば、人間でも概念体を攻撃することが可能になる。ただし当人の意思で出し入れが可能だから、敵の武器を奪ったところですぐに消失してしまうだろう。概念体当人が死亡した場合も同様だ。......敵の武器をどうしても使いたければ、説得して仲間に引き入れるか、捕らえて脅して屈服させるしか無いだろうな』

提案した最初こそ「なんでお前にワイの持ち物譲らなあかんのや」と渋られたが、「弟を助けたくないのか?」と問うたところ、すんなりと許容された。
なんJ民が素手で戦えるなら、武器は他の者が持ち、戦闘単位を増やすべきだ。

宇野「おーい、原住民さーん。いませんかー?」

人がいないことを確認した病室に隠れ、私は大声を上げて呼びかける。しばらく無音の時が続き、ここも駄目か、と嘆息をつく。

「誰だよぉ、出てこいよぉ!」

原住民では有り得ない野太い声が響き、私の鼓膜を揺らした。数室先の病室から足音が鳴り、廊下へと出た。
私も廊下に姿を晒し、声の主と対峙した。グラサンに、網タイツ姿の男だった。

「なんだよ姉ちゃんかよ。こんなとこに何の用だ」

「ホモ・アルカディアの、野獣先輩の部下ですね?」

グラサンの気配が変わった。へらへらしたものがピリピリとした殺気に変わる。

「なんだ、警察かお前」

「似たようなもんです。この廃病院で殺人を繰り広げた殺人鬼は、あなたですか?」

「違うなぁ。あんなクソゴミと俺を一緒にすんなよ」

「ではうちの白饅頭を誘拐したのは?」

「なんじゃそりゃ。知らねえよ。つべこべ言わずに来いホイ」

グラサンが、何も無い手から鞭を取り出した。グラサンの言うことが本当だとすると、概念体が複数いることになる。
グラサンの鞭がしなり、私の体へと向かう。後ろに下がって避けると、グラサンはこちらに駆け寄りながら腕を振り回した。暴れる鞭の先端が床や壁、割れたガラスに襲いかかり、景気の良い音を立てる。

宇野(当たったら凄く痛いんだろうなぁ)

十歩程下がったところで、追いつかれた私の体が、鞭の間合い、射程圏内に入ったことを悟る。
鞭の届かない相手の懐に、一気に潜り込む隙は無く、しなる鞭を棍棒で受け止めた。
顔を掠めかけながら、鞭が棍棒に一周、二周と絡まる。すぐに解ける緩い絡みだが、チャンスと思い、私は棍棒をぐいと引き寄せた。

「おっ、おっ?」

案の定すぐに鞭はほどけたが、鞭を離さないグラサンに圧をかけるには十分だった。突然引っ張られたグラサンの足がよろめくと共に、私はその懐へと距離を詰める。
棍棒が狙うのは、勿論......。

「ホアァ......!」

男の急所、股間目掛けて、私は棍棒を突いた。メチュ、と小さな音を立てて、嫌な手応えが棍棒から手に伝わる。恐らく右片側の玉は潰れたはずだ。

「やっばいですね。気持ち良いですね、これ」

泡を吹いて崩れ落ちたグラサンから目を離し、棍棒を眺めながら私は感慨に耽った。
渾身の蹴りも銃弾も効かなかった化物に、初めて一発くれてやれたこと。そして男の玉を潰した感触からの「ざまあみろ」という暗い思いが、気分を高揚させた。

「酷いことするじゃねえか」

新手が現れた。ラフな黒シャツの姿とは不釣り合いな、日本刀が右手に握られている。

チャンバラ程度ならいくらも凌げる。だがもし達人なら、間合いに入って数秒で私の首が飛ぶ。
相手の土俵に付き合うことは無い。が、背を見せて逃げるのも得策では無いと思えた。私は黒シャツに調子を合わせ、棍棒を握る左手を前に突き出し、構えた。
私は後方へ、黒シャツは私に向かい、双方ジリジリと足を運ぶ。数秒経ち、構えながらも消極的な私の態度を見かねた黒シャツが、猛然と疾走してきた。
二歩の距離まで詰められ、上段に構えた刀を肩口に振り落とされかける。私は右手に持つ、背中に隠していた銃を胸目掛けて撃った。

「グッ!?」

真剣勝負とでも思っていたのだろうか。不意を突かれた黒シャツが、驚愕の表情で上体を仰け反らせる。
形勢がそっくり逆転した。私は崩れた黒シャツに、握り締めた棍棒を振り下ろしにかかる。殺った、と確信を持つ。

しかし黒シャツのこめかみに棍棒が当たる直前、棍棒の感触が手から消えた。

「あ?」

「あ?」

双方事態を飲み込めず、数瞬動きが止まる。そして私は、なんらかの事情でなんJ民が、棍棒を自らの手に引き寄せたことを悟った。

「あの、大馬鹿野郎があああああ!!!」

最悪のタイミングで武器を取り上げられた私は、なんJ民を罵倒しながら、慌てて逃げの手を打った。無防備に背中を晒し、中央棟側の階段へと走る。
その途中で秋戸から通信が入ったが、それどころでは無いが乱暴に切った。
数瞬遅れて、黒シャツが私を追いかける。じわじわと距離が縮まることを感じ、4階から3階に降りた所で、私は廊下側に向かった。
gそして、3階の窓から身を投げ出し、派手に割ったガラスと共に外へと出た。

~~
秋戸との通信を終え、しばらく4階を搜索していると、ギャアアアアアア、という叫び声が響き、ワイは跳ね上がった。

「原住民の声や!」

声の方に駆けつけると、気絶した原住民と、下卑た顔で原住民の顔に触る男がいた。ワイは蛮族の棍棒を手に取り、思い切りそいつの顔をぶん殴った。

「おい、原ちゃん大丈夫か! しっかりせえ!」

「う、ううん......アレ? お兄ちゃん? なんでここに」

「なんでもいいわ。早くこんなとこ出るぞ。殺人鬼なんぞ知ったことか、とにかく早く家に帰るぞ」

秋戸からの通信を無視し、立てるか? と聞きながら原住民に手を差し伸べる。

「......。」

少し逡巡した様子を見せた後、原住民が手を取った。ワイはその手を握って原住民を抱え、4階の窓から外に飛び降りた。

~~~
夢を見ていた。博士が僕を『息子』と呼んでくれて、育ててくれて、期待してくれる夢だ。
夢の中の僕は、博士のことをお母さんと呼んで、成長して強くなって、博士の期待通りのヒーローになる。ヒーローになって......悪い奴らをやっつけて、すると博士が「よくやったな」って褒めてくれるんだ。

そんな都合が良くて、頭の悪い夢を。続きの無い夢を見ていた。

......ある日の夜、研究室で、博士とお兄ちゃんが話しているのを聞いたことがある。たまたま通りがかった僕は、ドアの外から話し声を聞いていた。

「なぁなぁババア。質問があるんやけど」

「物を尋ねる時くらい呼び方を改めろバカ息子」

「英雄と正義の味方の違いってなんなん?」

「......。」

「なんや陸に揚げられた飛び魚みたいな面で固まりおって」

「いや、お前がそんなことに興味を持つとは思わなかった。成長するのは嬉しいが、昨日まで幼稚園児だった息子がいきなり中学生になったみたいで気持ちが悪い」

「fateのUBW編プレイしてたらな。アーチャーとの決戦でな。正義の味方になりたいっつってた士郎くんが急に『英雄になるんだ』って言い出してな。え、お前正義の味方になりたいんちゃうん?ってなってな。そんで」

「分かったもういい。......ざっくり言えば、英雄か否かは功績を残したかどうかで決まる。英雄という基準においては、どんなに善良な人間でも功績を残せなければ凡人だし、逆に功績さえ残せばどんな悪人であれ英雄になれる」

「??」

「つまり英雄の条件には、その人物の人柄は一切反映されないってことだ。歴史の教科書を適当に開いてみろ。性格だけ見ればクズと呼ばれる人物のオンパレードだが、彼らはちゃんと英雄として後世に名を残しているだろ?」

「あー、コロンブスとかヒトラーとか、そういうのか」

「対して正義の味方はその真逆だ。結果の如何は関係無い。彼が正義の味方かどうかは、その心の在り方と生き様によって決まる」

「正義というより、善、と呼んだ方が正しいと私は思うがな。つまり、人対人、国対国といった相対的な正義では無く、人間が普遍的に信じる善を行う者を、人は正義の味方と呼ぶ。子供を守り、困難に陥った人間を助け、愛と勇気への憧憬を人々の心に湧き立たせる存在だ」

「トロッコ問題は知っているか......? ......よし、なら話は早い。五人の命を救う為に、一人の命を自らの手で犠牲にするか、否か。この状況に置かれたら、お前ならどうする?」

「んなもん一人をぶっ殺して五人助けるやろ。足し算が出来れば誰でも分かるわ」

「お前の答えは、英雄としては正解だ。何も行動しなかった場合に比べ、より多くの命を救うという功績を残しているからな。英雄の基準において、お前が一人の人間を殺めたり、悪人であったという汚点はさして影響しない」

「だが正義の味方としては落第だ。正義の味方は人を、まして罪の無い一般人を殺してはならない。倫理的、道徳的に白か黒か不明瞭な行為を、正義の味方はしてはならない。それは普遍的な善では無いからな」

「正義の味方がトロッコ問題の状況で取るべき行動はこれだ。『誰も犠牲にせず、自らの身を呈してトロッコを止めようとする。......結果、正義の味方は死に、守りたかった五人の命も救えずに終わる』」

「無茶苦茶やな。とんでもないバッドエンドやんか」

「結果を残せなくても、正義の心があれば誰でも正義の味方になれる。他人の為の自己犠牲は普遍的な美徳だ。だが彼らは英雄では無いから、ただの正義の味方では命を救えない。その為の能力が無いからな」

「英雄とは何か? その能力を持って、功績を残した者のことだ。正義の味方とは何か? 普遍的な善に寄り添い、正しくあろうとする心の持ち主のことだ」

「英雄かどうかはテストの点数、正義の味方かどうかは授業態度が決めるってことか」

「良い例えだな。そう、そして授業態度の良い生徒には、テストでも良い点数を取って欲しいと思うのが人情だ。だから人は、正義の味方と英雄を足して繋ぎ合わせた。正しい人間が、強大な力を手にして、悪を討ち滅ぼす物語を望み、そして生み出した」

「『そいつ』はトロッコ問題の状況において......一人の犠牲も出さず、自らの身を呈してトロッコを止め、五人の命を救う。すなわち、正義の味方と英雄の両方の性質を備えた『正義の英雄(ヒーロー)」

「仮面ライダー、戦隊ヒーロー、ウルトラマンといった正義の英雄を、日本ではまとめてヒーローと呼称する。......日本では英雄とヒーローは別物なんだよ。もしヒーローと英雄を同一視するなら、アンチヒーロー(英雄らしからぬ英雄)なんて単語は存在してはならない。英雄か否かは功績があるかどうかで決まり、その人格や人となりは考慮されないからな」

「はぇ~」

「まとめれば、正義の味方と英雄をミックスしたのが、お前がTVや漫画で見かける『ヒーロー』なんだよ、って話だ。お前には是非とも、これを目指してもらいたいものだ」

......その次の日、僕も正義の味方と英雄の違いについて、博士に尋ねた。詳しい話を聞きたかったわけでは無い。僕は、博士にとっての僕とお兄ちゃんの違いを、試してみたかった。確かめてみたかった。
帰ってきた答えは素っ気ないものだった
「厳格な違いなど無いさ。あれは、ヒーローに好意を抱いた人間達が、各々の考えに依って好きなように呼称しているだけだからな」
お兄ちゃんに説明したものと全く違う、淡白な説明だった。
その違いで、僕は理解した。博士がお兄ちゃんにヒーローになることを望み、僕にはなんの期待も、望みも持っていないことを。
どこでその『差』が生まれたのか、僕は知らない。でも、もし僕がその理由に答えを見出すとしたら、それは......。

「おい! 原ちゃん大丈夫か!? しっかりせえや!」

夢を終わらせる使者が、目の前にいた。いつも隣で笑っている男が、今は不安げな目で僕を見つめ、安否を問うていた。
寝ぼけ眼から、靄がかかった意識から現実へと立ち返る。返事を返した僕に、お兄ちゃんが手を差し伸べる。

「......。」

あーあ、と思った。顔はブサイクだが、長く逞しいその腕が、僕を助けんと伸びている。そして、それに応える僕の腕は、虚弱さを思わせる白色で、ちんちくりんで短かった。
どちらの方が『ヒーロー』に近い姿かは、誰の目にも明らかだった。

あーあ、と口の中で溢す。
......僕の夢には、続きが無い。僕以外の誰も、その夢の続きを望んでくれないからだ。

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