てす (19)

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ラブライブSS(えりうみ百合)

題:はりぼての記号論

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 似合わないことばかりしているようで、
 どこに行ってもまるで場違いみたいで、
 それでも嘘のつけないあなたが心からほどけてくれるならって
 手を引いて連れ回した帰り道。


「今月は引き締めないといけませんね」

 表参道のショップでつい買わせちゃったミュールの紙袋、
 ため息混じりに見つめる海未の口元はそれでもかすかに緩んでいて。

 ひもを握る手の小麦色に試着室で見た足首なんかを思い出したりして、
 また手を握り直したりする。
 喉の奥で鳴り出す心音、
 この振動が腕から伝わってバレちゃわないといいんだけど。


「陽が落ちるのもずいぶん遅くなりましたね」

「そうね。……嬉しい」

 口をついて出た言葉、そんなつもりじゃなかったのに。
 あなたが目を細めるから、
 そよ風が頬の熱を冷ましてくれるまで居てもたってもいられなくなる。

 そんなずるい子に育てた覚え、ないのよ?


 歩道橋の下を抜けるとオレンジ色の逆光がまぶしくて、
 足下から伸びていく二人の影ばかり気にしてた。

 海未だって何も言わない。

 熱っぽい汗が二人の手のひらの中で溶けてくっついて、
 あの子の血液が流れ込んでくるみたいで、
 それでもう言葉は要らない気がしてた。

 聞き覚えのある曲、
 どこかのアイドルグループの新曲が流れてくる。
 対向車線を抜けていった宣伝トラックから流れるちょっと懐かしい曲調が、
 そのうち少しずつ風に溶けて小さくなっていく。

 生ぬるい空気はお布団の中みたいで、
 いつか二人暮らしでもしたら、こんな朝を迎えるのだろうか、
 なんて目の前の夕焼けに想像上の朝焼けを重ねてみたりして。


「かわいかったですね」

「……そうね」


 瞼の裏に浮かぶ、品川の水族館で見たイルカの姿。
 それともクラゲの水槽かしら?
 青白い光のなかを形もなく漂っていて、
 うらやましいなんて言ったら笑われたんだっけ。

 あなただってじいっと見てたくせに。


 少し暗くした水色の空間が私たちを近づけて、
 足下で光る指示灯を踏んで歩くのにも心が弾んだ。

 そんな話を少しすると、海未は水草水槽の話なんて聞かせてくれる。
 図書館で見つけた写真集、
 今度私も借りに行こうかしらなんて、
 声に出ても出さなくても変わらないくらい似たようなことばかり考えていて。


 もし繋いだ手から私の考えてることが、
 SF映画みたいに漏れ伝わってるんだとしたら……

 さすがにちょっと恥ずかしいけれど。



 でも海未、あなたはもうちょっと隠すことを覚えなさい?

 だって、心の奥底だけは、私にひとりじめさせてほしいんだから。
 なんて、いえないけどね。


「ねぇ絵里、」

 きゅ、って握られた指先。
 風が揺らしたあの子の髪、
 赤信号で立ち止まったいきおいで、瞳の奥まで揺れて見えた。

 そこを渡って曲がって、5分も歩けば、もう海未のお屋敷が見えてくる。

「……だぁめ」

 そうですね、なんて1オクターブ下げた声。
 夜の果てまでさらってしまいたくなる、そんな夜もあったっけ。

 信号待ちのカウントが一つずつ減ってゆく。
 ゲームのライフゲージみたい。

 それでもあなたと居る明日や明後日が続いていくと、
 頭の中では思っていられるから、今はもう別れることができる。


 反対側の青信号が点滅しだして勢いをつけたタクシーが通り過ぎる。
 風に圧されて握った手の指、
 力がこもったまま、
 離せなくて。


「青ですよ」

 手を引いたのは海未の方。
 あ、と漏らす声もなく、そのまま腕を引かれてゆく。


 流れてゆく景色、
 人並みをすり抜けながらカッコ付かないなぁなんて考えてる。

 きっとこんな恥ずかしい思考も腕から伝ってしまう。
 でもこの腕は、十数分もすれば切り離さなくてはいけないから。


「ねぇ……なんだか、へその緒みたいだと思わない?」

「えっ? ……あぁ」

 人混みから外れた場所で、繋がった腕を持ち上げてみせた。
 ひとつなぎの形をした影が足下でも動く。

 路上で剥がれかかった「止マレ」のマークを飛び抜けてゆく茶色い子猫。
 遠くで光るヘッドライトがまぶしい。


「でも、絵里がお母さんは、ちょっと……」

「なによ、母親失格っていいたいの?」

「そしたらこんな風になれないでしょう」

 さっき私がしたみたいに腕を見せつける。

 そんなことする子だったなんて、
 一年くらい前の私が聞いたらなんて言うかしら?


「そうね……じゃあ、この腕はどうしようかしら?」

 ぼやけた相づちでうつむいて本当に悩んでみせる。
 前髪が瞳の先で揺れていて、睫毛がくるりと伸びてるから、
 もう外の景色や背景なんて見えなくなるくらい。


 そんなことしてるから私、歩道の切れ目でつんのめりそうになっちゃって。


「っあ! ……もう、気をつけてください」

「だって海未に見とれちゃってたんだもの」

 いじわるのつもり、言ってやるんだから。
 でも最近効かないのよほら、このところ乱発しすぎたからかな。

 私の方がどぎまぎしてばかり。

 双子、なんてどうですか。
 あの子がつぶやいたのは、角を曲がって海未の家が見えてきた頃だった。

「……無理があるわよね」

 笑っちゃったのに、海未ったらなぜか意地を張るみたい。

「では二卵性双生児ならどうでしょう、それだったら、」

 私の方に向き直ってまで話しかけてくる。

 向こうから差し込む電灯の明かり、
 その頬に影が差して表情がよく見えない。

 ずっと手を繋ぎすぎていたせいか、
 掌の感覚が自分のものかよく分からなくなってくる。


「……そうねえ、私たち、双子だったらいいわね」

 やっと納得したみたいにあの子が向き直る。
 もう数分も歩けば正門の前だった。


「あの、絵里。
 今日はありがとうございました」

「……まとめに入ってるわね?」


 茶化さないでください、
 って言う口振りにも笑いがこみ上げて、二人ともなんだかしまらない。
 こんな姿、他の人には絶対見せられない。

 だいたい手を繋いだまま他人行儀にご挨拶なんて無理があるのよ。
 とてもぶかっこうで、似合わないことばかりの二人。


「海未、今日の、……デートらしいデートだった、かな?」

 言ってしまったあとで、
 言っちゃったなあなんて口の中に苦いものを残す言葉。

 ダメね、なんだか今日はそんなことばかり。


 はい。

 楽しかったです。

 ……なんてはっきり言い切ってから、海未は歯切れ悪く付け足す。

 なのにあの瞳は私のことまっすぐ射抜いたまま。



 ――絵里、私はあなたを、誰よりもいとおしく想っています。


 


 ふいうち、くらくらしちゃう。

 跳ねた胸元から心がこぼれそうなほど、
 なんで、
 どうして、

「……今、言わないでよ、びっくりしちゃうでしょうもう……」

 ああもうカッコ悪い、私……。


「それで、聞かせてください。絵里はどうなんですか」


 海未が見つめる。
 もう付き合ってずいぶん経つのに、
 今さらそんな、告白のやり直しみたいに。

 足下が揺れてるみたい、何かに掴まってないと倒れそう、
 そうよ、
 ちょうどその手を握ってないと倒れちゃう。


 でも、今の私はまだあなた宛にへその緒が繋がってるから。


「海未。
 大好き、あなたのためならなんだってできる、……愛してる」




 言葉ってどうして嘘くさくなるんだろう。

 今の私みたいな、
 こんなに高ぶって溶けちゃいそうな気持ちのこと、
 人はみな「愛してる」なんて呼ぶらしいけれど、
 ダメ、
 全然伝わってる気がしない。

 そんなんじゃない、
 もっと私のは、切実で、どうしようもなくて、
 きれいなんかじゃ全然ないのに。


「……それは、光栄です」

 嘘のつけないあなたは、陽の光みたいにまっすぐの微笑みをくれる。
 私の影まで照らしてくれる。


 このまま腕二本分の距離をゼロにして抱きしめちゃえば何か伝わったことに、
 甘い錯覚で満たされた気になって帰れるだろうか?

 ううん、きっとダメ。

 私はあなたと違って自分の心に嘘をつき慣れすぎたから、
 あなたほど言葉を信じることができない。



「……すみません、やっぱり慣れませんね」

 あなたは困り顔。
 恋愛映画の主役になんてなれっこない、
 なるものじゃないなんて言い切ってた人だから、すぐ照れて隠そうとする。

 私もそんなベタであからさまな演技、できる方じゃないけれど。

「でも嬉しいの、ほんとう、あなたは嘘をつかないから」

 そう。
 私なんかよりずっと、私はあなたを信じている。

 陽が沈んでしまう。
 月明かりなんてここには届かなくて、
 そばの街灯が投げかける偽物の月光はひどく冷たかった。


「でも、今日も最後に言えてよかったです」

 あなたはそう言った。
 この人はきっと言葉を信じているから。
 なのに私はひねくれてばかり。

「そう? 言葉なんて、いくらでも言えるわ」

 あいしてる、あいしてる、あいしてる。
 並べれば並べるほど安っぽくてうんざりしてくるの。

 恋人らしさって、
 百円ショップの小物みたいに薄っぺらいものだったのかしら?
 そんなんじゃない、って信じたいのに。


「それでも大事なんです。
 ……言葉なしで通じ合えていても、
 大事なことははっきりと口にしてほしいんです」


 私とあなたは他人であって、切り離された別人で、
 同じことを考えてるようで本当は別のことに思い悩んでいたりして、
 一番深い場所まで近づけたと思っても次の朝には離れていて、

 ……けれども、と海未は言う。


「あなたが私を想って言葉を選んでくれたというだけで、
 言葉以上にあなたのことを信じられるんです」


 それはきっと、私の言葉にだまされてくれるという意味では、
 きっと、なかった。

 だからどんな言葉であっても、私はあなたを騙さずにいられる。



「……海未。ありがとう」

 自然とこぼれた言葉、だからきっとほんとうだった。


 ありがとうという気持ちで、
 ありがとうという格好をして、海未にそう伝えられる。
 きっと他の五文字でも、あなたが私を信じさせてくれる。

 もし私たちが双子になれたなら、
 きっと鏡で映すようにして海未の瞳に私の姿を見つけることができるから、
 その透き通った鏡を信じてみようと思った。

 へその緒を指一本ずつ剥がしながら、
 冷えた空気が手の表面に染み込むのを恐れることもなく、
 その手を振り返すことだってできる。


 そして名残惜しそうに後ろへ返れずにいるあの子に向かって
 今度こそ私は言うの、

 海未、

 あのね、




おわり。


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