少女「わんちゃんだあ」狼青年「俺を犬扱いするな」 (95)


少女「おとうさーん、おかあさーん、どこー?」

狼青年「……?」

狼青年「何だあのひ弱そうな子供は」

少女「そこのわんちゃん!」

狼青年「わ、わん……ちゃん……だと……?」

少女「わたしのお父さんとお母さん見なかった?」

狼青年「知らぬ」

狼青年「おまえは何者だ。何という種族だ」

少女「え?」

狼青年「獣の耳も尾もないとは……もしや、人間か?」

少女「だよ」

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狼青年「人間がこの大陸に足を踏み入れるとは……珍しいな」

狼青年「己の土地に帰れ。食われるぞ」

少女「帰ろうにもお父さんとお母さんどっかいっちゃったんだもん」

少女「お願いわんちゃん、わたしと一緒にお父さんとお母さん探して?」

狼青年「ッ俺を犬扱いするな!! 俺は誇り高き狼族だぞ!!」

少女「ひぇっ……」

少女「ごめ……なさ……」

少女「ふあああああああああああん!!」

狼青年「お、おい……泣くなよ……」

少女「狼さん、ごめんな、さいっ」

狼青年「わ、わかればいいのだ。わかれば……」

少女「ぐす……」

狼青年「…………子供は苦手だ」


少女「狼さん、お耳モフモフなんだね」

狼青年「……獣人だからな」

狼青年(泣き止めば元通りだ。……随分意識の切り替えが早いな)

狼青年「おまえと似たにおいでもないかと思ったが……なかなか見つからないな」

狼青年「何故おまえはこの大陸に来たのだ」

少女「お父さんがね、冒険家でね」

少女「一緒に新大陸を見に行こう! ってなったの」

狼青年「……人間にとって、この土地は危険すぎる」

狼青年「よく訪れる気になったな」

少女「すっごくつよいボディガードさん達をいっぱい雇ったんだよ!」

少女「でも、ライオンさんみたいな人達に襲われて、みんなバラバラに逃げたの」

狼青年「獅子族か……」


少女「狼さんこそ、どうして一人で歩いてたの?」

狼青年「散歩だ」

少女「おさんぽ?」

狼青年「俺達は群れる種族だが、たまには一人になりたいこともある」

少女「ふうん」

――
――――――――

狼青年「……人間は見当たらなかったな」

少女「どうしよう……」

少女「お父さん……お母さん……」

狼青年(……仕方がない。俺の集落に連れていくか)


少女「洞窟だあ! 狼さんいっぱいだあああ!」

狼男A「おい若頭ぁ、どうしたんだよそのがきんちょ!」

狼男B「食料か?」

狼青年「親とはぐれたらしい。食うんじゃないぞ」

狼男C「その娘っ子、あんまり獣臭くないな。何処の種族だ?」

狼女「特徴ないし、ニンゲンってやつじゃない?」

狼男A「どうして拾ってきたんだそんなの」

狼青年「放っておくのも寝覚めが悪そうだったからな」

狼女「あんたほんとやっさしいよねえ」

狼男B「まさか若頭、そういう趣味なんじゃ……」

狼青年「……」キッ

狼男B「に、睨むなよ……冗談だって」


少女「洞窟探検していーい?」

狼青年「……明日、明るくなってからな」

少女「お風呂入りたあい!」

狼青年「あぁ……プラム、頼んでいいか」

狼女「はいはい」



少女「温泉だあああ!!」

狼女「ほんとつるっつるなのね、人間って」

少女「お姉ちゃんもふもふだね! きもちいい~」

狼女「……めんこいねえ。あいつが拾ってきた理由がちょっとだけわかったかも」


狼頭領「何? 人間の子供を拾ってきただと?」

狼青年「ああ」

狼頭領「人間がこの大陸に……まさか、侵略しにきたというのか……?」

狼頭領「人間の住まう大陸は、平和になった結果人口が増えすぎたと風の噂で聞いている」

狼青年「……・不穏だな」

狼頭領「その子供を飼うことを許そう。いざという時役に立つかもしれぬ」

狼青年「だが親父、人間とは我等よりも遙かにか弱く脆い生き物なのだろう」

狼青年「屈強な獣人の住まうこの土地に侵攻するなど、ありうるのか?」

狼頭領「奴等には知能と文明がある」

狼青年「知能なら我等にもあるだろう」

狼頭領「我等には魔の術を操る技術がない。精々簡単なまじない程度だ」

狼頭領「決して人間を侮ってはならぬ」


少女「狼さん、一緒に寝て?」

狼青年「……何故だ」

少女「寂しいの」

狼青年「プラムはどうした」

少女「帰っちゃった」

狼青年「…………来い」

少女「わあい」

少女「あったかぁい」モコモコ

狼青年「まあ、毛皮だからな」

少女「お耳おっきいねえ」

狼青年「……あまり揉むな」



少女「…………」

狼青年「…………」

少女「おと……さ……おかあ……さ……ん…………」

狼青年「……………………」


――――――――
――

少女「おはよー! 朝だよ!」

狼青年「……」

狼青年「……まだ名を聞いていなかったな。おまえ、名は何という」

少女「アマナだよ!」

少女「狼さんは?」

狼青年「クエルノだ」

少女「この木の実食えるの?」

狼青年「怒るぞ」

少女「ごめんなさい」

少女「……クーって呼んでい?」

狼青年「……好きにしろ」

ここまで


少女「朝日がきれいだあああ」

狼青年「……朝っぱらから元気だな」

少女「よーし、がんばってお父さんとお母さんを探すぞお!」

少女「あの……」

狼青年「……一緒に行ってやる」

狼青年「やりたいことも特にないしな……」

少女「?」

狼青年「やらなければならないことは多い」

狼青年「だが……面倒なんだ」


狼青年「……見たところ、歳は十ほどか?」

少女「十一歳!」

狼青年「……人間とは不便なものだな」

狼青年「我等の一族は、自分で獲物を獲れるようになれば親への依存心はなくなる」

狼青年「十に達する頃には精神的に自立するのだ」

少女「ふうん」

狼青年「親を想う寂しさを感じるのは面倒だ」

少女「そう?」

狼青年「親離れした方が精神的には楽だぞ」

狼青年「自分で責任を負わなければならないのは面倒だがな」

少女「そっかあ」


少女「クーは、優しいんだね」

狼青年「何故そう思う」

少女「わたしと一緒にお父さんとお母さん探してくれてるでしょ」

狼青年「暇を潰したいだけだ」

狼青年「集落に籠っているより、外で何かをやっていた方が気が紛れる」

少女「あ、あそこに成ってる実、おいしそう!」

狼青年「ちょっと待ってろ。取ってきてやる」

少女「わあ! ジャンプ力すごいんだね!」

狼青年「人間は跳べないのか」

少女「ちょっとしか跳べないよ」ピョンピョン

狼青年「……本当に、不便だな」

少女「道具があれば何でもできるよー」


少女「ありがとね、おいしいよ!」

狼青年「そうか」

少女「クーも食べる?」

狼青年「俺はいい。そこらのウサギでも狩る」

少女「そっかあ」シャリシャリ

少女「尻尾、触ってもいーい?」

狼青年「……少しだけだぞ」

少女「やったあ!」

少女「モフモフだああぁぁ」

狼青年「……そんなに面白いか?」

少女「うん!」

少女「おうちで飼ってるジズニェラードスノスチの尻尾よりすごくおっきいの!」

狼青年「……それは、飼い犬の名か何かか?」

少女「そうだよ! 今ね、おじいちゃんとおばあちゃんが預かってくれてるんだあ」

少女「おっきなわんちゃんなの~!」

狼青年(人間のネーミングセンスはよくわからんな……)


狼青年「うっ」

狼青年「付け根は触れるな」

少女「何で?」

狼青年「……」

少女「……痛いの?」

狼青年「ま、まあそんなところだ」

少女「?」

――
――――――――

狼青年(あれから七日程経ったが、アマナの両親はいまだに見つからない)

少女「…………」

狼青年(不安感が増しているのか、彼女は日に日に活力を失っていっている)


狼女「あの子が心配みたいね」

狼青年「……別に」

狼女「素直じゃないよねぇ、あんた」

狼女「これあげるわ」

狼青年「む……」



狼青年「……アマナ」

少女「なあに?」

狼青年「ちょっとついてこい」

少女「?」


少女「どこまで歩くの?」

狼青年「あの崖の頂までだ」

少女「はふ……」

狼青年「……疲れたか?」

少女「うん」

狼青年(人間の子供の体力ではつらかったか……)

狼青年「……俺の背に乗れ」

少女「いいの?」

狼青年「ああ」

狼青年(軽いな……)

少女「わあ! たかいたかーい!」

少女「クーは背おっきいもんねえ」


狼青年「ほら、着いたぞ」

少女「……!」

狼青年「……いい眺めだろう」

少女「うん!」

少女「森が、ずっとずっと続いてるんだね」

狼青年「あっちの方向には平原があるぞ」

少女「ほんとだ!」

少女「わたし、多分あっちの方から逃げてきたんだよ」

狼青年「あの辺りは獅子族の縄張りだ」

狼青年「俺達でも近付けない」

少女「…………」

狼青年「あ……ええと」

狼青年「これを」

少女「?」

少女「わあ、可愛い首飾り!」


狼青年「プラムが幼い頃身に着けていた物だ」

狼青年「今はもう使わないからと……」

少女「ありがとうね。お姉ちゃんにもお礼言っておかなきゃ」

少女「似合うかな?」

狼青年「ああ」

少女「えへへ」

少女「風、気持ちいいね」

狼青年「……そうだな」


狼青年(少しずつ陽が傾いていく)

狼青年(暖かい朱の色がアマナの頬を照らした)

狼青年「……少しは、元気が出たか?」

少女「心配、してくれてたの?」

狼青年「…………」

少女「……」ギュ

少女「出たよ、元気」

狼青年「…………!」

狼青年(暖かい、な)

ここまで


――
――――――――

少女「ねえ、クーって好きな人いるの?」

狼青年「な、なんだいきなり」

少女「……いるの?」

狼青年「色恋沙汰になど、興味はない」

少女「どうして?」

狼青年「……愛なぞ、子孫を残すための本能でしかない」

狼青年「逆に言えば、子孫を残せさえすれば愛など不要なものだ」

少女「……ふうん」

狼青年「理性で己を制御してこその知的生命体だ」

狼青年「激しい情動などあるだけ面倒なだけだろう」

少女「プラムお姉ちゃんのことはどう思ってるの?」

狼青年「ただの幼馴染だ」

狼青年「ゆくゆくはあいつと子を成すかもしれんが、お互い特別な感情はない」

少女「子供、を?」

狼青年「あいつはメスとして優秀だからな」

狼青年「次期頭領である俺は、優秀なメスと子孫を残さなければならない」

狼青年「それだけだ」

少女「……そっかあ」


狼女「え?」

狼女「あいつを喜ばせる方法?」

少女「うん」

少女「いろいろしてもらってばっかりだから、」

少女「わたしからも何かできないかなって」

狼女「そうだねえ」

狼女「あいつの喜ぶこと……」

狼女「うーん…………」

狼女「そういえば、もう何年もあいつの笑顔なんて見てないねえ」

少女「いつから笑ってないの?」

狼女「……あいつのお母さんが亡くなってからだねえ」

少女「…………!」


狼女「あいつはお母さんっ子でねえ」

狼女「親離れする前にお母さんが病で亡くなってしまって、誰にも心を開かなくなった」

少女「…………」

狼女「そうだ、あいつ、お母さんの作る木の実のスープが大好きだったねえ」

狼女「全く同じ物を作るのは無理だろうけど……やってみるかい?」

少女「うん!」

狼女「あいつのお母さんと親しかった狼にでも聞いてみれば、」

狼女「作り方がわかるかもしれないね」



狼女性A「ああ、カネレの料理の味ねえ」

少女「カネレって、クーのお母さんのお名前?」

狼女性A「そうだよ。カネレの母親のメモの在り処なら知ってるよ」

少女「クーのおばあちゃんのだね」

狼女性A「あの西側の小屋に、今でもしまってあるはずさ」

少女「ありがとう!」


――
――――――――

カタコト グツグツ

狼青年「……この匂いは……」

狼青年「料理でもしているのか」

少女「あ、おかえり~!」

狼青年「…………」

狼女「味見してくれるかい」

少女「あのね、あのね、プラムお姉ちゃんと一緒に頑張って作ったんだよ」

狼女「あたしはちょっと手伝っただけだよ」

狼女「この子が頑張ったんだ」

少女「……どう?」

狼青年「この具の組み合わせは、まさか……」

狼女「ま、まあ、あたしらじゃ、あの人ほどおいしくはできなかったかもしれないけどさ」

狼青年「お袋の味とは……似ても似つかない」

少女「…………」

狼青年「だが、これはこれで……美味いな」

少女「そう? よかったあ」


狼青年(香辛料の組み合わせが少しだけ違うのだろうか)

狼青年(懐かしい風味だが、やはりお袋の味とは違っている)

少女「狼さん達のお料理、おいしいね!」

少女「素材の味をそのまま生かしてて、」

少女「自然の恵みだあああ! って感じがすごくするの」

少女「元々住んでた大陸に帰っても、また作りたいなあ」

狼青年(アマナ達は、一体どんなつもりでこれを作ったんだ)

狼青年(俺のためなのだろうか)

少女「おいしーい?」

狼青年「……ああ」

狼青年(…………目頭が熱い)

おやすみ


――
――――――――

狼頭領「まだ跡を継ぐ気にはならぬか」

狼青年「…………」

狼頭領「まあいい。未熟なまま頭領となるわけにもいかぬ」

狼青年「……親父」

狼青年「…………すまない」

狼頭領「俺もまだまだ現役だ。心配するな」

狼男A「お頭! 大変だ!」

狼男A「獅子族の奴が来た!」


――集落の門

狼頭領「何の用だ」

獅子男「争いに来たわけではない」

獅子男「どうか警戒を解いていただきたく」

狼頭領「……殺意はないようだ。武器を降ろせ」

獅子男「近頃、おまえ達に関する妙な噂を耳にしたのだ」

獅子男「なんでも、人間の子供を匿っているとか」

狼頭領「匿っているのではない。飼っているのだ」

獅子男「ふむ」

獅子男「しかし何故食わずに生かしているのだ」

獅子男「人間は矮小でありながら知恵の回る生き物だと聞く」

獅子男「危険だとは思わぬのか」

狼頭領「だからこそだ」


狼頭領「先日、お主等は人間を襲ったそうだな」

獅子男「ああ」

獅子男「この大陸に足を踏み入れた人間共が、我等の縄張りに陣地を張っていた」

獅子男「だから駆除したのだ」

獅子男「何匹かは逃がしてしまったがな」

狼頭領「人間の執念深さは鴉以上だそうだ」

狼頭領「いずれは多くの戦士を連れ、我等獣人を殲滅しに来る可能性は否めないだろう」

狼頭領「だが人間を襲ったのは貴様等獅子族」

狼頭領「我等狼族がとばっちりを喰らうなぞごめんだからな」

獅子男「人間との交渉材料としてとっておくということか」

狼男B「ふん、猫にしては呑み込みが早いではないか」

獅子男「ほう?」

獅子男「しかし奇妙なものだな。人間の大陸では、貴様等は人間に飼われる側なのだろう」

獅子男「その貴様等が人間を飼うとはな、従順な犬よ」

狼男C「それはてめえら猫も同じだろう」

狼頭領「鎮まれ」


狼頭領「人間が侵略の下調べのためにこの土地へ来た可能性もある」

狼頭領「いがみ合っている場合ではないかもしれぬな」

狼頭領「これを機に和平を申し出たい」

狼男A「お、お頭!?」

狼男B「長年敵対してきた獅子共と和平だと!?」

狼頭領「獅子族に限らず、あらゆる種族と手を組んだ方がよい」

狼頭領「流刑に処されたわけでもない人間がこの大地に踏み込んだのは異常事態だ」

狼頭領「これから何もなければそれでよい」

狼頭領「だが、もし人間に戦争を仕掛けられた時は……」

狼頭領「この大地に住まう者達が結託して対抗すべきだ」

狼男D「しかし我等は誇り高き孤高の狼族!」

狼男D「他の種族と慣れ合うなど……」

狼頭領「誇りのために死ぬことを選ぶか」

狼男D「……」

狼頭領「かつての俺ならばその道を選んだだろう」

狼頭領「だが……十年前、誇りなどのために一族を犠牲にはしないと決めたのだ」


狼頭領「お主等の族長に伝えよ。獣人同士で対立している場合ではないとな」

獅子男「……承った」

少女「あ……」

狼青年「おい、そっちは」

少女「みんなを襲ったライオンさんでしょ!!」

少女「お父さんとお母さんはどこ!?」

狼青年「こ、こら」

獅子男「……ほう」

獅子男「随分と度胸のある小娘ではないか」

獅子男「人間の生き残りが、人間の大陸に向かって出航したと梟共が言っておった」

獅子男「おまえの親も今頃海の上だろうな」

獅子男「尤も、我等に喰われていなければの話だがな」

少女「……!」

少女「みんなを返せー!」

狼青年「落ち着け」

狼青年「暴れたところでどうにもならん」

少女「うー!」


狼青年(アマナの両親は獅子族に喰われてしまったのか、)

狼青年(今もこの大陸の何処かでアマナを探しているのか、)

狼青年(それとも、元の棲み処へ帰っていったのか……)

少女「…………」

狼青年(あれ以来、アマナは再び元気をなくしてしまった)

狼青年(不安になって当然だ。両親の安否がわからないのだから)

少女「きっと、お父さんとお母さん、わたしを迎えにきてくれるよね」

狼青年「……ああ」

狼青年「きっと、おまえを迎えに来るだろう」

狼青年(俺は、彼女を何の確証もない言葉で慰めることしかできない)

少女「……ねえ、クー」

少女「尻尾、モフモフしてい?」

狼青年「……ああ」

少女「やわらかいね……いいなあ」

狼青年(……親を想う切なさを感じるのは、ひどく苦しい)


狼青年(いっそ、死んでしまったというはっきりとした事実でもあれば、)

狼青年(いずれは諦めもつくかもしれない)

狼青年(だが、一体どうなってしまったのかわからないのであれば……)

狼青年(不安を心に抱え続けることになる)

少女「…………」モフモフ

狼青年(俺に……他に、何かできることはないだろうか……)

少女「……………………」

狼青年(何か、彼女を励ませられるようなことを……)

少女「…………いつまでもへこんでばっかじゃダメだよね!」

少女「クーだって、お母さんが死んじゃっても頑張ってるんだもん!」

狼青年「!?」

狼青年「俺は……何も頑張ってなぞ……」

少女「野草採りに行こうよ! ほら!」

狼青年「……強いな」

狼青年(体は俺よりもずっと小さく脆いというのに)

狼青年(俺よりも、遙かに心が……強い)

ここまで


――
――――――――

少女「狼族の人達って、他の獣人さんと仲良くないの?」

狼青年「……ああ」

狼青年「群れる動物も同じ狼だけだ」

狼青年「時折、気まぐれに鳥を飼い馴らす者はいるがな」

少女「……そっかあ」

少女「じゃあ、人間は……?」

少女「人間は、敵なの……?」

狼青年「……………………」

狼青年「……仮に、敵だとしても」

狼青年「おまえだけは仲間だ」

狼青年「俺が誰にもおまえを傷付けさせはしない」

少女「……ありがとう」


――
――――――――

狼青年「……おまえが来てから、もう一年か」

狼青年「はやいものだな」

少女「そう?」

少女「ずいぶん長かった気がするけどなあ」

少女「あ、歳を取れば取るほど、時間が進むのが速く感じるようになるらしいね!」

狼青年「まあ、俺の方が年上だしな……」

少女「待っててね、今ウサギ調理するから」

狼青年「ああ」

狼青年(彼女はずいぶん野性的な生活に馴染んだ)

狼青年(昔は、動物が調理されているところを見て可哀想だと泣いていたが)

狼青年(今では躊躇なく鳥や小動物を捌くし、)

狼青年(食べられる野草と毒草の区別もつくようになった)

狼青年(彼女の両親のことは……わからないままだ)


少女「今日は湖に行きたいな」

少女「お魚さん釣りたいの」

狼青年「そうだな。少し遠出しよう」

狼青年「天気もいい」

少女「お散歩だねえ」





狼青年「この頃はよく狼の背に乗っているな」

少女「なんだか関節が痛くって」

狼青年「挫いたのか?」

少女「ううん」

少女「何もしてないんだけど、あちこち痛いの」

狼青年「……おそらく、骨の成長に筋肉が追いついていないのだろう」

狼青年「背が伸びきればよくなる」

少女「そっかあ」

少女「安心したなあ」

狼青年(確かに、この頃彼女は急に大きくなったような気がする)


チャポン

少女「いっぱい釣れるといいなあ」

狼青年「ああ」

狼青年(……穏やかだな)

狼青年(優しく風が葉を撫でている)

狼「くぅ~ん」

少女「よしよし」

狼青年(よく懐いたものだ)

少女「おすわり!」

狼「ワン!」

少女「おて!」

狼「ハッハッ!」

少女「おかわり!」

狼「ハッ!」

狼青年「誇り高き狼を犬扱いするんじゃない」

少女「え~、だって可愛いんだもん」


狼青年「俺達狼族は、狼を使役することはあるが、それはあくまで部下としてだ」

狼青年「決して犬として飼っているわけではない」

少女「は~い」

狼「くぅ~ん」スリスリ

少女「よしよし、ガル」

少女「もっふもふ~」ギュウウ

狼「わふぅ!」

狼青年「……はあ」

少女「クーも、もっふもふ~!」

狼青年「こ、こら……はしたないぞ」

少女「『はしたない』って、なに?」

狼青年「そ、それはだな……おい、竿を見ろ。魚がかかったようだぞ」

少女「あ!」

狼青年(子供相手に、俺は一体何を言っているんだ……)


少女「たっだいま~!」

少女「大漁だよ!! みんなで分けるよ!!」

狼男A「お、嬢ちゃん! 流石だなあ」

狼男B「こりゃうまそうだ」

狼女性A「お魚なんて久しぶりだねえ」

狼女性B「どう調理しようかね。腕が鳴るよ」

狼男C「お礼にこの木の実やるよ」

少女「えへへ~」

狼青年(……集落の連中とも、良い関係を築いたものだな)


――
――――――――

狼青年「……おい、アマナを見なかったか」

狼女「今朝見かけたっきりだねえ」

狼青年「あいつ、一人で一体何処に……」

狼「!」

狼青年「あいつのにおいを見つけたか?」

狼「ばうっ!」ダッ

狼青年「お、おい待て!」


少女「う~ん……なかなか見つからないなあ」

狼「ワン! ワン!」

狼青年「アマナ!」

少女「あ、ガル! クー!」

狼青年「一人で集落を出るな!」

少女「むー……だって……」

狼青年「その上、崖の上に登るとは……危険にもほどがある」

少女「このくらいの崖なら一人で登り下りできるよ……」

少女「あ、見つけた!」

狼青年「一体何を探して……」

狼青年「!?」

狼青年「あれは…………」

狼「グルルルルル…………」

鳶男「ほおう。狼め、ずいぶん美味そうな女を飼っているではないか」バサバサ

少女「!?」

狼青年「鳶族……!」


鳶男「こいつはもらっていくぞ」

少女「いや! 放して!!」

狼青年「彼女を放せ!」

狼「バウ!! バォウ!!」

鳶男「生憎腹が減っているものでな」

狼青年「おのれ……」

鳶男「空を飛べぬ己の体を憎むのだな」

少女「クー! ガル!」

狼青年「アマナ!!」

おやすみ


鳶男「さて、どこから喰ってやろうか」

少女「……」

鳶男兄「これほどの大物は久々ではないか」

鳶男兄「生も良いが、たまには焼いて食いたいものだ」

少女「わたしなんて食べたらお腹壊すんだから!!」

鳶男「活きがいい。最高だ」

鳶男兄「……まだ幼いが、遊んでから喰うのも楽しそうだな」

鳶男「洗う手間が増えるが……そういえばしばらく女を抱いていなかったな」

少女「な、何するの……?」

少女「いやあああああああああああああ!!!!」


――――――――

狼女「どうしたんだい、そんなに血相変えて」

狼青年「鼻の利く狼を集めてくれ!」

狼青年「武器庫は……確かあっちか」

狼女「ちょ、ちょっと待ちなよ」

狼青年「アマナが鳶族に連れ去られた」

狼女「なっ……」

狼女「……男連中に知らせてくるよ」



老狼「……クエルノ」

狼青年「じいや」

老狼「あの少女を、心の底から守りたいと思っておるようじゃな」

狼青年「…………」

老狼「無気力だったおまえさんが活力を取り戻して、わしは嬉しく思うよ」

老狼「だが……踏み込み過ぎるでないぞ」


少女「えいっ!」

鳶男兄「ぐっ!?」

鳶男「こいつ……短刀を隠し持っておったか」

鳶男兄「おのれ……」

鳶男「兄者、大丈夫か!?」

鳶男兄「大した傷ではない……が」

鳶男兄「なんと生意気な小娘だ! この俺に傷を負わせるとは!!」

少女「っ!」ダダッ

鳶男「我等から逃げられると思うな!」

少女「はっ!」

鳶男「うぐっ!!」

鳶男「何だ、あの身のこなしは……!」


少女(いざという時のために、クーやプラムお姉ちゃんが戦い方を教えてくれてた)

少女(でも、本当に使う時が来るなんて……)

少女(ええと……狼の集落は、確かあっちの方角のはず)

鳶男「待て人間!!」

少女「きゃっ!」カラン

鳶男「我等を怒らせたな」

鳶男兄「体の端から少しずつ啄んでやろう!!」

鳶男兄「どれほど泣き喚いても許しはせぬぞ」

少女「あ……ぁ……」

鳶男「まずは小指からだ!!」

少女「っ……せいっ!!」ドガッ

鳶男「ぃぎっ……」

少女「えいっ!!」ドッ

鳶男兄「はぐっ!!」

少女(やっぱり、鳥系の獣人は見た目よりも脆い!)

鳶男「逃すか!!」ガッ

少女「!?」


鳶男「舐めおって……!」

少女「う……」

鳶男兄「そのまま抑えてろよ」

少女「いやあああ!! 放して!!!!!」

少女「クー!! 助けて!! クー!!!!」

鳶男「黙れ!!」

鳶男兄「さあ……お楽しみの時間だ!!」



狼青年「アマナ!!」

鳶男「なっ……」


鳶男「何故これほど早くここに……!」

狼青年「狼の足の速さを舐めるな」

狼男A「嬢ちゃん!!」

狼男B「無事か!?!?」

狼男C「鳥ども覚悟しろ!!」

少女「みんな……!」

狼女「アマナ……よかった、元気みたいだね」

狼「ガウッ!!」

鳶男「つ、翼が!」ドクドク

鳶男兄「に、逃げなければ」バサッ

狼青年「逃がすか!」ダンッ

鳶男兄「!?」

狼青年「っ!!」ゴッ

鳶男兄「ぐはっ……」


狼頭領「……鳶共よ」

狼頭領「お主等は昨年定めた種族間の取り決めを破り、我等の所有物に手を出した」

少女「……所有物?」

狼青年「…………」

狼頭領「お主等の頭領がお主等を厳しく罰することとなった」

狼頭領「腹を括るのだな」

鳶男「なっ……」

鳶男兄「人間を食おうとして……何が悪い……!」

狼頭領「この人間に限っては、我等の管理下のものだからな」


少女「クー!」

狼青年「アマナ……」ギュウ

少女「……怖かった」ギュウウ

狼青年「もう大丈夫だ」

少女「クー…………」

狼青年「ああ……よかった。間に合って、本当に……よかった……」

少女「来てくれるって、信じてたよ」

狼青年「おまえの声は高くてよく響くからな。追いやすくて助かった」

狼青年「……何故一人で集落を離れたんだ」

少女「……あのね、これ」

狼青年「これは……」

少女「…………クーの、好きな山菜。なかなか見つからないやつ」

少女「今日はクーの誕生日だから、驚かせようと思って」

狼青年「……はあ」

狼青年「そんなことのために、おまえは……」ギュ


狼青年「っ…………」

少女「……クー? 泣いてるの?」

狼青年「…………」

少女「危ないことして、ごめんね」

少女「喜んでほしかったんだけど、こんなことになって……心配させちゃったね」

狼青年「…………」

少女「…………」

狼青年「…………ありが、とうな」

おやすみ

更に数年後

狼青年(アマナの奴……ますます女らしい体付きになってきたな)

狼青年(生殖に適し始めている。周囲に同種の男がいないのがもったいないな)

狼青年(いや、それはそれで……不愉快だ)

狼青年(俺達が同じ種族だったら、どれほど幸せか)



狼青年「膝を貸してくれ。おまえの脚は枕に丁度良い」

少女「どうしたの? 甘えちゃって。わんちゃんみたいだよ」

狼青年「俺を犬扱いするんじゃない」


少女「よしよし」

狼青年「おまえに撫でられていると、心が落ち着くな」

少女「ますますわんちゃんじゃない」

狼青年「そのようなものでは……いや、そうかもしれないな」

少女「狼さんの子守歌、歌ってあげようか」

狼青年「……ああ。聞かせてくれ」

狼青年(この時が続けばいい……ずっと……)

――――――――
――

老狼「はやく子供を作らんと、プラムの薹が立ってしまうぞ」

狼青年「…………」

老狼「子は、相性の良い者と残さねばならぬ」

老狼「己にない物を持つ、血の離れた同種の女とな」

狼青年「だが……」

老狼「異種族の者や血の近過ぎる者とは、決して子を成してはならぬ」

老狼「自然の摂理に反すれば、思わぬ厄災を産み出すことになるのじゃ」

老狼「その昔、虎族の男が鳥族の女と子を成した」

老狼「生まれた子は異形の者であった」

老狼「そして十になった頃、その翼と牙で両親を食い殺し、あらゆる生命を貪るようになった」

狼青年「だが彼女には、翼も牙も、爪もない。尾すらも」

狼青年「恐れる必要は……」

老狼「人間を侮ってはならぬ。何もないからこそ、奴等は恐ろしいのじゃ」

老狼「我等が狼の厄災と成り得る」


老狼「逆に、己の身を守る術を持たないが故に、大人となる前に死んでしまうかもしれぬ」

老狼「頭領の子は強くなければならぬ。お主自身も、よくわかっておるじゃろう」

狼青年「…………」

老狼「自然の摂理に逆らってはならぬ。決して……な」

――――――――
――

狼男A「人間の戦士達がこの大陸に攻めてきたぞ!」

狼男A「獅子族はもうやられたらしい!」


狼男B「もう兵士がこっちに向かってる!」

少女「……わたし、止めに行くわ」

狼青年「待て! 危険だ!」

少女「人間であるわたしなら止められるかもしれないもの!」

狼頭領「……ついにこの時が来たか」

狼頭領「来い、小娘」

少女「はい!」

狼青年「親父!」

狼頭領「一族のためだ」


少女「今までわたしを食べずにいてくれたこと、感謝してます」

狼頭領「この時のためだったからな」

少女「そんな気は、していました」

狼頭領「己の立場をわかっていたか」

狼青年「…………!」



兵士1「狼だぞ!」

兵士2「自ら出向くとは……」

隊長「構えろ!」

少女「待って!」

隊長「あ、あなたは……」

少女「アルドル? お父さんの傭兵の一人だったアルドルでしょ!?」


隊長「お嬢様……まさか……生きておられたとは……」

少女「どうしてこの土地を襲うの!?」

隊長「それは……五年前の復讐を……」

少女「狼さん達は関係ないじゃない!」

少女「そもそも、獣人さん達の土地に踏み込んだわたし達の方が悪かったんだよ!?」

隊長「……土地が、必要なのです」

隊長「新たな土地を開拓する事前調査として、冒険家である旦那様はこの大陸に踏み込まれました」

隊長「当初は、獣人を襲うつもりなどなかったのです」

隊長「友好的な関係を築き、共存できればと……」

隊長「しかし、野蛮で知能の低い獣人達は、問答無用で襲いかかってきました」

隊長「旦那様の怒りは、獅子だけでなく他の全ての獣人にも向けられています」

隊長「そのため、獣人は殲滅するよう……命じられているのです」

少女「そんな……」


少女「……でも、お父さん、生きてるんだね……お母さんは?」

隊長「ご存命ですが……お嬢様を失った悲しみにより、病床に臥されるようになられました」

少女「…………」

少女「わたしが生きていることがわかれば、お父さんの怒りも静まるかもしれない」

少女「お父さんに伝えて。アマナは生きてる。獣人さんを襲うのはやめてって」

隊長「……承りました」

隊長「ですがお嬢様、どうかこちらにいらっしゃってください」

隊長「実際にあなたの顔を見た方が旦那様も安心なさるでしょう」

狼頭領「それはまだだ」

狼頭領「撤退を確認するまで、娘は預からせてもらう」

隊長「くっ……」

狼頭領「貴様等の頭に伝えろ。これ以上獣人を傷付けたら娘を殺すとな」


狼頭領「多くの種族が協定を結んでいる」

狼頭領「獅子族を葬った以上、あらゆる獣人が貴様等を襲いにかかるだろう」

狼頭領「だが、これ以降お主等から攻撃をしかけないと約束すれば、」

狼頭領「我等からの攻撃も控えるよう伝達する」

隊長「…………」

隊長「……やむを得んな」



狼青年(人間達からの攻撃は治まったが、まだ警戒を解くことはできない)

少女「……きっと、大丈夫だよ」

少女「おじいちゃんがね、すごく偉い人でね……」

少女「わたしがここにいる限りは、襲ってこないはずだから……」

狼青年「…………」

狼青年「帰りたいか?」

狼青年「おまえの母親は……弱っているのだろう」

少女「……お母さんのことは、とっても心配だよ」


少女「でも、今は……同じくらい、クー達のことも大切なの」

少女「帰りたいのか、帰りたくないのか……もう、わからなくて」

少女「自由に行き来できたらいいのにな」

少女「どうして仲良くできないんだろう」

狼青年「……異端が排他されるのは、自然の摂理だ」

少女「狼のみんなは、わたしと仲良くしてくれたよ?」

少女「きっとわかりあえるよ」

狼青年「獅子族の多くは既に殺されている」

狼青年「今更和解することなど不可能だ」

少女「…………」

少女「そっか、そうだよね……殺され、ちゃったんだ」

少女「わたしの仲間がライオンさん達に殺されて、」

少女「みんなの仲間になったライオンさん達が、今度は人間に殺されて……」

少女「ずっと、殺し合ってく…………」


少女「殺し合わないようにするには、無理矢理にでも距離を置くしかない」

少女「でも、そしたら……わたし、狼さん達か、お父さん達のどっちかに、会えなくなっちゃう」

狼青年「……」

狼青年「アマナ」

狼青年「俺は、おまえが好きだ」

少女「……!」

狼青年「おまえと俺とでは種族が違う」

狼青年「これは……許されない想いだ」

狼青年「だが、俺はおまえを愛してしまった」

狼青年「他の女を娶る気になど、なれないほど……」

少女「わたしも、クーのこと……好き、だよ」

少女「『好き』の種類は違うけど、お父さんやお母さんと同じくらい、大事な人」

少女「でも……」


少女「わたし……これから、どうなっちゃうのかな」

少女「もしかしたら、人質としてずっとここにいることになるかもしれない」

少女「でも、お父さん達の所に帰ることになる可能性だって高くて」

狼青年「…………」

少女「……私が国に帰った後、人間は約束を破って獣人さん達を攻撃するかもしれない」

少女「怖い……怖いよ……」

狼青年「未来のことなぞ、誰にもわからない。考えるな」

狼青年「今だけは、忘れよう。忘れるんだ……!」ギュウウ

少女「クー……」


狼青年(全て投げ出して、アマナと二人で逃げられたら……どれほど幸せか)

狼青年(そのようなことはできない。俺には一族を守る義務がある)

狼青年(ああ、だがこの想いにやり場はない)

狼青年「……アマナ」

少女「…………」

狼青年「…………!」

狼青年(唇……これほど柔らかいのか)

狼青年(暖かい…………)

少女「ふぁっ……!?」

少女(舌……入ってきた)

狼青年(……今夜だけでも、彼女の全てを)

狼青年(いや……これだけでいい)

狼青年(このまま抱擁を続けていよう)

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