水木聖來「たまには昔の話を」 (22)

 ねぇPさん、覚えてるかな? 一緒に河川敷を走ったこと。

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 ふふっ、それほど昔のことじゃないはずなのに、なんだか懐かしいね。

 あの頃はまだアタシもアイドルに成り立てで、毎日毎日レッスンに明け暮れてて。

 PさんはPさんで、まだ担当がアタシしかいなかったから、そんなアタシのレッスンによく付き合ってくれてたよね。

 え? 急にどうしたって? 昔話なんてらしくない?

 もう、セイラだってたまにはセンチになるよっ。

 ……それに、さ。こうやってクルーザーに乗って夜景を見てるとさ。なんか随分遠くに来たんだなーって、実感しちゃってさ。

 あの頃のアタシは――正直、色々とヤケになっちゃってて。

 アメリカの大舞台で踊れるなんて――ううん、日本のステージで踊れるとすら、思えなくなってたから。

 あ、もちろんPさんのこと、信じてなかったわけじゃないよ? スカウトされた時は凄く嬉しかったし、またステージで踊れるんだ、頑張ろうって思ったから。

 けど――うん。信じ切れていなかったって言えば、多分、そうなんだと思う。

 スカウトされて。養成所に通う日々が続いて。スカウトされて浮かれていた熱が冷めてきたら――Pさんの言ってくれたこと、信じ切れなくなってたんだと思う。

 周りの子達は学校に通うような若くて可愛い子ばっかりで。

 おまけに皆、夢を追いかけて凄くキラキラしてた。

 片やアタシは、大学を出て就職もせずに、アルバイトしながらダンスやってたフリーター。

 友達がどんどん止めていく中、踊ることを諦められずにダンスにしがみついて。

 踊れる場所がなくなって、逃げるようにアイドル候補生になった23歳。

 ……うん、ありがとう。Pさんならそう言ってくれるって思ってた。

 けど当時のアタシは、そうとしか思えなくなってたんだ。

 アイドルになったって話を友達にしても、

『現実見なよ』

 とか

『いつまでも夢見てないで』

 とか、そんな言葉ばっかりで。

 周りの候補生の子達も――今ならそんなこと絶対なかったって言えるけど――心の底で、そんなふうに思ってるんだろうなって、そう思ってた。

 ねぇPさん、覚えてる? 初めて一緒に河川敷を走った日のこと。

 Pさんあの日、『最近運動不足なんで、一緒に走ってもいいですか? 仕事もないし』なんて言ってついてきてくれたんだよね。

 アレって、本当はアタシのこと心配して付いてきてくれたんでしょ?

 うん。昔だったら分かんなかっただろうけど、今ならよく分かるよ。Pさん、よく気付く人だもん。

『23歳で走り込み! 笑っちゃうよね』

 散々綺麗事並べて元気なフリしてたけど、あの言葉がアタシの本心だったんだと思う。

 そうやって走ってる最中に友達に会っちゃって。

 やっぱり言われちゃったんだよね。

『でも大丈夫? 今からそんなこと始めてさ。

 うちら、もういい大人なんだし、夢ばかり見てられないじゃん?

 現実見ないとさぁ』

 ――何も言い返せなかった。

 だってそれは、私も強く思っていることだったから。

 だってそれは、私が酷く痛感していることだったから。

 だから。






『だいじょーぶ! です!!』




 だからあの時、Pさんが大きな声を上げて、ずい、と前に出てきた時は、びっくりしたよ。

『聖來さんには叶えたい夢があるんです。

 そして、それを叶えるだけのポテンシャルを十分、いえ、十二分に持っている。

 だから、絶対、大丈夫です』

 多分、友達もビックリしてたと思う。

 驚いたみたいに目を見開いて、でも現実的には、と続ける彼女に、

『現実ならしっかり見てます。

 その上で、聖來さんにはそれだけの力がある、と――僕は、そう信じてます』

 ――なんて、笑っちゃうよね。

 今考えてみれば、根拠のまるでない言葉で、詐欺か新興宗教かって感じだけど。

 子供みたいに目をきらきらさせて。

 鼻息も荒く、握り拳まで作って力説してくれて。

 その時、思ったの。

 この人を信じようって。

 アタシは、アタシ自身を信じ切ることが出来なかったけど。

 「水木聖來」を強く信じてくれる、この人を信じようって。

 多分、友達も同じこと思ったんだろうね。

 なんだか納得したようなすっきりしたような顔になって。

 私には『夢に気付いてあげられなくてごめん、頑張って、楽しみにしてる』、Pさんには『聖來のこと、絶対アイドルにしてください。お願いしますね』って言ってくれて。

 彼女、今でも応援してくれてるんだよ。今回のツアーも仕事休んで、アメリカまで応援に来てくれてるの。



 ねぇPさん。


 あの日、あの時、アナタがアタシを強く信じてくれたから。


 アイドル水木聖來は、ここまで来れたんだよ。

 ……もう着いちゃうね。

 ねぇPさん、アタシ、街で踊ってた時は、お先真っ暗って言うか、行きたい場所なんてなかった。

 どうすればいいのか分からない苛立ちばっかり募って、陸の上なのに窒息しそうになってた。

 Pさんが光で道を照らしてくれて、アタシに頑張る場所をくれたから。

 だからセイラは、こうやって輝くことが出来たんだよ。






 だからね、Pさん









 アナタを信じて……本当に良かった!








                                    糸冬
                                ---------------
                             

聖來さんはモバマスの方のハートビートUSAが色々と完成されすぎてると思います
4月27日は聖來さんの誕生日。日付が変わるまでの間にあと七兆個ぐらいSSが投下されるに決まってるのでとても楽しみです

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