満潮「だから青く、晴れ渡る」 (69)

(注)

・これは、
 
  扶桑「私たちに、沈めとおっしゃるのですか?」 提督「そうだ」
 (扶桑「私たちに、沈めとおっしゃるのですか?」 提督「そうだ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1430845443/l50))

 の後日談、特別篇となっております。前作の設定がそのまま引き継がれてるので前作を読んでから読むことを推奨します。


・超絶不定期更新です。書き溜めもないので暇があるときに、細々と投稿していきます。

・忙しく更新できていない間に落ちてしまったので再度投稿します。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1461162567


「九時の方向、敵影!」

 集団に先立って先航していた少女が偵察機の報告を受け、声を挙げる。
 その一報で、艦隊に緊張が走る。皆がその方角に睨みを利かせた。

 身体が火照る、震える。戦いの高揚感が、彼女たちの全身に渡る。
 血が滾る、その感覚を感じながら各々事前の打ち合わせ通り海原をかけていく。
 
「時雨っ!」
「うんっ」

 満潮の呼びかけに、時雨が応える。
 その表情には、余裕からか薄らと微笑みさえも浮かんでいた。

「先手必勝……喰らいなさい!」

 その声と同時に2人はそれぞれの主機を構え、放つ。
 身体に幾ばくかの衝撃、耳を劈く砲撃音、鼻につく火薬の匂い。
 それらを余すところなく味わえる。これ程の喜びもない。

 砲撃から数秒遅れ、水柱が立ち上がる。
 詳しくは分からないが、相手の足並みを崩すことには成功したであろう。
 満潮と時雨は、すぐさま追撃の砲弾を降らせる。


「敵、駆逐艦一隻中破! 軽巡一隻小破!」
「なによ。一発で大破にしてやろうと思ったのに」
「緒戦の砲撃でこれなら十分だよ」

 最上からの報告に若干不満げな声を漏らす。

 そんな満潮に、苦笑いを浮かべながら窘める。  
 
「まぁ、そうだけど……っとぉっ」


 相手からの砲撃が襲い掛かるが、いとも簡単に避けていく。
 先手を喰らい、被害が出たところでの反撃など、恐るるに足らぬ、とでもいうかのように。
 ダンスを踊るかのように、華麗にスイスイと。


 まさに圧倒というにふさわしい戦いぶりだった。
 見ごとに統率のとれた艦隊の動きは、日頃のトレーニングのたまもの。
 しかしなによりも、築き上げてきた絆の深さ。
 前世のころから、共に過ごしてきた時間の強さ。
 
 西村艦隊。そう呼ばれて、共に過ごしてきて、成長して。
 そして、今がある。力をつけた、自分たちがいる。

 それが嬉しくて、思わず、頬も緩む。


「とどめよ!」

 ……嬉しくて、思わず振り返り、呼んでしまいそうになる。
 その名を、皆が大好きな、家族の名前を。その笑顔を思い浮かべてしまう。
 
 満潮の笑顔が一瞬曇った。しかし、その口から飛び出そうになった名前をすぐさま飲み込み、改めて名前を呼ぶ。
 もう、その名を呼んでも応えはないと知っているのに。
 それでも、ついつい呼んでしまいそうになる。

 皆の大好きな家族の名前を。


「大和! 武蔵!」


 
 もう、あの2人とともに戦うこともできないというのに。   


 あの日、涙などとうに流しつくしたと思った。
 思いを振り払った、そう思っていた。
 
 ふとした瞬間に、2人の姿を探してしまう。
 皆で笑い合っているときに、思わずいつもの隣を見てしまう。
 楽しいことがあれば、話しかけようとしてしまう。
 戦場で、その巨大な艤装を見たいと思ってしまう。

 無意識のうちに、2人の姿を、望んでしまっている。
 


 想いは断ち切った、そう、思っていたのに。



「今日は快勝だったね」
「だいぶ力がついてきた、って感じがするよ」

 海を後にし、陸に上がった満潮たちは演習結果の報告に提督室へと向かっていた。
 先頭を歩くのは最上、時雨。そのあとに満潮、朝雲が続き、最後尾に大和武蔵と続く。

 先頭を嬉々と歩く二人の言葉に、満潮はフンッと鼻を鳴らす。

「どこがよ。私も時雨も被弾したのに」
「被弾って言っても、小破にもならない程度の傷じゃないか」
「それがダメだっていうの。実践じゃ何が起こるのか分からないし、演習位完璧に勝たなきゃ」

 その高すぎるハードルに、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
 妹である朝雲が、「完璧主義すぎ~」と揶揄うように言う。

 度を過ぎた高すぎる要求。
 快勝に湧く空気に、浴びせかける冷ややかな言葉。
 普通ならば、満潮を浮かせるに足る言動ではあるが、この程度ではいつものことと誰も気にはしない。

 みんな分かっている。満潮の言動に秘めた思いを。
 常に100点満点を求める、その要求を、無茶苦茶だと口では笑いながらも、皆の意識は同じ方向を向いている。

 強く、もっと強く。
 その気持ちは、皆共通の目的だからだ。



「皆さん、凄い向上心ですね」

 ぽつり、と感心したように後方を歩く大和が呟く。
 そんな言葉にも、満潮は当然だ、とでもいうように胸を張る。
 誰に何と言われようと、その覚悟を馬鹿にされ笑われようと。
 決して曲げない、曲げるわけにはいかない。

「それにしても」

 と最上が呟く。

「大和さんたちと組むようになってから暫く経つけれど、だいぶん連携とかも良くなってきたよね」
「うん、それは僕も感じてるよ」
「私も」

 答えたのは、時雨と朝雲。
 その言葉に大和は嬉しそうに頬を緩め、武蔵も誇らしげに胸を張る。
 
「私も、皆さんと同じです。演習を重ねるほど、皆さんとの絆がより深くなっていると感じます」

 その言葉に皆が頷く。最上も、時雨も、朝雲も、そして満潮も。
 この艦隊で、これからもっともっと、強くなっていく。
 自らを高め、そして誓った強さを得るために。

 だけれど。


「……なにか、違うのよね」

 
 その満潮のつぶやきに、誰もが動きを止めた。


「それは、私たちでは不満があるということか?」

 満潮の漏らした言葉に武蔵が口を開いた。
 表情はいたって冷静を務めているが、その口の端から少しばかりの怒気を覗かせる。
  

「不満、なんかじゃないわ」
「じゃあどういうことだ」
「……深い意味はない」

 満潮としても、それ以外言葉が出せなかった。
 思わず出てしまった、その言葉を否定をする気はなかった。
 しかし、その本心を伝えるほど満潮も馬鹿ではない。

 だが、もちろん武蔵からすればそんな言葉で納得する訳がない。
 大和が制止させようと手を伸ばすが、それも無視してさらに一歩詰め寄る
 そんな武蔵を、満潮は見ようともせず、自分の足元を眺める。
 そんな態度に、歯軋りを1つ鳴らし、怒鳴りつけたい衝動を抑えできる限り平静を保つ声を発する。

「知っているぞ、お前たちが私達と組む前のことを。あぁよく知っているとも」
「……そう」

 そのやり取りに時雨はオロオロと狼狽え、最上は「やめなよ……」と止めに入る。朝雲は、呆れたように首を横に振るだけだった。



「おまえたち4人……それと山雲は朝雲と交互に入っているんだな」
「そうね、それが基本よ」
「そこに、戦艦を2人、それが提督の考えるメンバーだ」
「……ええ」

 満潮、時雨、最上、朝雲に山雲。
 彼女たちを中心にして、さらに火力向上のために戦艦2隻
 この編成にすることで、バランスの取れた打撃部隊が構成できる。
 これが提督の考えであり、戦艦枠に大和、武蔵が充てられた。

「私達で、何組目だ?」
「3……4だったかしらね」
「そうだ」

 吐き捨てるように、武蔵が応える。
 気に食わない、とでも言いたいように、厳しい視線で満潮を睨み付ける。


「最初は、金剛・比叡」
「2人のあのハイテンションがきつかったのよ」

 それも半分は本音で。

「次は、伊勢に日向」
「あいつらはどこかよそよそしかったのよ。ウザいから断ったわ」

 伊勢、日向の自分たちに接する無理をしている表情が辛くて。

「長門に陸奥までも」
「世界のビッグセブンが私達みたいな寄せ集め集団にいてもらっちゃ困るでしょ」
 
 自虐を交えながら、手をひらひらと降る。

「なら、私たちは何だ?」


 その問いかけに、一瞬言葉につまるが、「言ったでしょ」とやはり視線を上げずに、はっきりと言い切る。

「なんとなく、なんか違うなって思っただけよ」
「そんな理由で、誤魔化しているつもりか?」
「言っている意味が分からないわ」
「なら、はっきり言ってもいいのか?」

 満潮は、何も言わなかった。言われなくても、知っていた。
 別に、本当に嫌だったわけじゃない。彼女たちも、歴戦の猛者だ。
 一緒に戦えるのならば、どれだけ心強いことか。どれだけ、心躍ることか。

 それでも、単純な火力じゃない。戦歴じゃない。
 たかが、それだけでは、あの大きな背中には……。

「お前は、いったい何を見ているんだ」
「……」
「本心を隠して、嘘を塗りたくって、それで誤魔化せていたつもりか?」

 もちろん、そんなつもりはなかった。
 自分のこの情けないザマなど、とっくに皆にバレバレだってことくらい。
 自分を見つめるその眼差しが、声音が、とくと教えてくれる。



「そうやって、なんでもないって風を装って」

 言葉が突き刺さる。
 図星を突かれて、唇を噛みしめる。

 言い返すことは簡単だ。
 だが、それはおそらく子供のような、理性的ではない暴言となって飛び出てくることだろう。
 最悪で、最低な噛みつき方だ。そこまでして、自分の品を下げたくはない。


「言葉と、お前の行動が全くあっていない」

 
 強くなると、もうあんな目にあいたくないと願った。
 大切な人たちが自分たちに残してくれたもの。
 それを無くさぬよう、無駄ではなかったと証明するために強く誓った。
 
 それなのに。

 


「1人グジグジと思い出に縋って、時分勝手に拒んで」
「……うるさい」


 武蔵の言葉は、まさに満潮の現状を的確に指摘していた。
 言い返すまい、と思っていた満潮からも思わず言葉が漏れる。

 分かっている。この情けない現状など、自分の心の持ちようなのだということくらいは。
 それでも、仕方がないじゃないか。

 求めてしまうのだ。足りないと感じてしまうのだ。
 代わりなどいないのに、もうかつて誓い合った夢も叶えられないのに。
  

  

「いい加減に、目を覚ましたらどうだ?」
「……うるさいっ」

 
 成長した自分たちの隣にいるのは、この2人じゃない。こうなるはずじゃなかっ

た。
 

 ――私達の隣にいるのは……いていいのはっ
 

「沈んでいった者はっ! もうっ……!」
「止めなさい! 武蔵!」


 意外なところから満潮にとって助け舟が出た。
 いや、単純に助け舟と言っていいのかもわからないのだが、満潮にとって聞きたくない言葉を、姉である大和が止めた。

 武蔵が、邪魔をするな、と言いたげな表情で睨む。
 が、普段は見せない大和の険しい眼に、言葉を止め、満潮たちに背を向けて離れていく。




「ごめんなさい。妹が、失礼なことを言ってしまって」
「別に、いいわよ。気にしてない」


 そんな訳はないのに、あくまで強がって言葉を紡ぐ。
 そんな満潮に、少し困ったように眉を下げ、それでも優しく微笑むと一礼して大和も武蔵の後を追う。

 満潮を、残された面々が気まずそうに見つめる。
 かける言葉が出てこなかった。下手な慰めも、冗談めいた揶揄いも、口からは何も出ない。
 満潮は空を見上げる。
 

「分かっているわよ……」


 その言葉を、自分に言い聞かせるように呟く。
 あの人が、この場にいたら言いそうな口癖を思い出させるような青空。


 遠くの方に暗雲が立ち込めていた。


「あぁ~、身体に染み渡るねぇ」
「おじさん臭いよ、朝雲」

 湯船につかりながら、しみじみと呟く朝雲に対して苦笑いを浮かべながら時雨が諌める。
 とはいえ、時雨本人も気持ちはわかる。
 疲れた体に、その芯まで解してくれるような心地よい温かさには表情も思わず緩む。

 疲れを癒し、英気を養う。
 そのための入浴――艦娘の場合は入渠という――なのだが。

「……」

 ひとり、満潮だけが浮かない顔をしていた。
 きつい、と普段言われる表情とはまた違い眉を顰め、ポツンと恥の方で大人しくしている。
 その様子に、皆が気づいていた。気づいてはいたが、声をかけることはできなかった。
 


 武蔵から突きつけられた言葉。
 それがどれだけ突き刺さったことか。
 どれだけ気丈に振る舞おうとしても、平気なふりをしても。
 ふと気を抜くと、その弱さが頭を出す。
 それが情けなくて、悔しくて。胸がズキズキと痛む。
  
 そして、それは満潮だけのことではない。
 皆が皆、どこかで自身にも感じていたことだ。

 このままではいけない。
 この弱い心を克服しなければ、もう一歩前へと進めない。
 
 けれど…。けれど。
 幼い彼女たちには、その方法が分からなかった。
 

 
 
「ねえ、朝雲」

「ん? なに、満潮姉」

 ぽつり、と小さな声で満潮が問いかける。

「私って、面倒くさいのかな?」
「……正直に言って、怒らない?」
「怒らないから」
「相当面倒くさい……ぶふぁっ!?」

 勢いよくお湯を顔にかけられて、ゲホゲホとせき込む。
 怒らないって言ったじゃない、と抗議の声をあげる朝雲を無視して湯船から出る。
 誰にも声をかけずに、また朝雲たちも声をかけずに見送る。
 ピシャッと乾いた音が、浴室に響く。しばらくの沈黙のあと、まず口を開いたのは朝雲だった。

 
「満潮姉、だけじゃないもんね……」
「そう、だね……」

 皆がみんな、自分の心が嫌になる。
 格好のいいことだけは一人前に口に出す癖に、現実をどこかで受け入れられていない。

 
  
「でも、満潮姉は特に、だね……」

「仕方がないよ、満潮にとって彼女は特別だったんだから」

  
 姉であり、母であり、皆を優しく見守ってくれた存在。
 誰彼構わず、唾を吐くような荒んだ自分の心を包み込んでくれた。


「それでも」
「時雨?」

 湯船から立ち上がった時雨が誰にともなく、言った。

「僕たちは、進まなくちゃいけない」
「……うん」

 強く。思いを込めて、力強く。

「そうでないと……」

 そこで時雨は言葉を切る。
 この先は言わずとも、皆が分かっていてくれる。
 だからこそ、わざわざ口にすることでもなかった。

「とにかく、満潮のことはもうしばらくそっとしておこう」
「そうだね、それがいいと思うよ」

 時間が解決してくれる、なんてことは言わない。
 だが、無理にことを動かすようなことをしなくてもいい。
 彼女たちの出した結論は、一見ただの先延ばしでしかない。
 だが、心というデリケートな問題に踏み込んでいくだけの器用さは彼女たちにはなかった。

「前に、進まなきゃ……」

 もう一度呟く。
 今度は誰にも聞こえないように。
 キュウっと唇を噛みしめて。

 前に、進む。そうでなければ……。


 ――扶桑と山城が報われないから

とりあえず、今日はここまで。

覚えている方がいらっしゃればお久しぶりです。
これからは週1をめどにゆっくり投稿していきます。
とはいえ、遅れることがたびたびあると思うのでご了承を。


 ドサッ、と力が抜けたようにだらしなくベッドに倒れこむ。
 髪を纏めもせず、うつ伏せになったまま満潮は深く息を吐く。
 何度も何度も、武蔵の言葉が頭の中で繰り返される。
 そのたび、シーツを強く握りしめる。
 怒りでもない、悲しみでもない。よく分からない感情が湧き出ては、行き場を失って結局心に蓄積されていく。

「分かっているわよ……」
 
 大和が止めてくれたおかげで、聞かずに済んだ武蔵の言葉。
 分かっている。もう、子供ではないのだ。それぐらいの分別はできている。
 もう、あの2人はいないのだ。帰ってなど、来ないのだと。

「分かっている、けどっ……」

 求めてしまうのだ。探してしまうのだ。

 心が、満たされないのだ。 
 
 覚悟を決めたはずなのに、その喪失感は思った以上で。

 この苦しみは、想像していたよりも、ずっと心を締め付けてきた。


「私って本当、馬鹿……」

 強くなると誓った。
 もう誰も悲しませないように。
 自分が強くなって、今度こそ皆を守るのだと。
 そう啖呵を切って、気勢を張って。

 その結果がこれだ。
 そう思うと、自分が情けなくなってくる。

「どうすればいいのかな? ねぇ?」

 その問いかけに答えはない。
 知っていながら、それでも問いかけずにはいられなかった。

「扶桑……」
 
 自然とその名を呼んだ。


「艦隊の編成を変えてくれ」
「却下だ」

 有無を言わさない即答に、どこか予想通りだと軽く溜息をつく武蔵。
 そして、無駄だと悟ったのか傍にあるソファにドサッと腰かける。
 
「今回は、もった方だな」
「分かっているのなら、先ほどの要望を聞いて欲しいところだがな」
「それはできないさ」

 書類に目を通しながら話す男に、呆れたとでもいいたいかのように再度溜息。
 この男の癖なのだろうか、人と話すときはほとんど今のように書類に目を通しながらだ。
 自分たちとはほとんど目線を合わせようとしない。
 それにもう慣れてしまっているからいいが、真剣な話をしている時くらいはこちらを見てほしいと思う。


「なあ」
「なんだ」

 トントンッと書類を整え端に置くと、今度は別の書類の束を手に取る。

「いつまで、特別扱いをするつもりだ?」
「……特別扱いなどしていないさ」
「戦艦以外は固定、贅沢なことにその枠は選び放題、不満があれば即変更」

 大げさなまでに両手を広げて天を仰ぎ見る。
 精一杯の皮肉をぶつけるつもりで、いまだに書類から目を離さない男に言葉をぶつける。

「我が鎮守府に、これ程恵まれた艦隊は他に見たことがないぞ? なぁ提督よ」
「そうだったかな?」

「……艦娘たちの間で、少々疎まれ始めている」
「……ああ」
「知っているのなら、なおさらだろう?」
「……編成は変更しない」

 やれやれ、と首を横に振るだけで、今度はもう何も言わない。
 提督が自ら入れてくれた茶をすする音と、書類をめくる音、そして掛け時計が動く音だけが響く。
 
「罪滅ぼしのつもりか?」
「……」
「私はその場に居合わせなかったし、事後に報告を受けたのみだから軽率なことは言わない」
「ああ」
「お前は、あれが最善の手だと思ったのだろう?」
「……ああ」
「ならば、ぶれずに、最後まで通せ。申し訳なく思うな」 
「分かっているさ」

 そうか、と武蔵は立ち上がる。
 提督を一瞥して、突き放すように、言葉を投げつけた。

「私も、大和も……扶桑と山城にはなれんぞ?」


 その言葉に対する答えを聞かず、武蔵は部屋を後にした。

短いですが、投稿できるときにしておきます。
今回は前作みたいに長くなる予定ではないので、すぐ終わるかと。
(前作も同じように思っていて4か月もかかったのは内緒)

ではでは、また次回


「――演習を終了してください。繰り返します、演習を……」

 耳に入ってくるそのアナウンスで、みな砲塔を下げ全身から力を抜く。
 演習とはいえその張り詰めた空気と緊張感が漂う海上だ。
 怪我をすることは、まずない。使用される弾薬も、殺傷能力皆無のペイント弾。
 ただし、今回使われたのはどこかの軽巡が改良を重ねた特殊性で、鼻を覆いたくなるような臭いが付着することとなる。
 うら若き乙女たちにとっては何としても避けなければならない。
 だからこそ、演習といえどもいつも以上に皆真剣で、実戦さながらの集中力を見せていた。


「あー……その。大丈夫?」
「……」
 
 そう、いつも以上に集中力が必要とされる今回の演習において、その光景は想像もしていないものだった。
 いつも実戦さながらの集中力と戦果を求め、決して甘えと妥協を許さない彼女。

「……お風呂、行ってくる」
「あ、う、うん」

 被弾した数8。
 彼女の口癖である「実践なら」ば、大破は確実。運悪ければ轟沈の可能性だってあるほどの数。
 それほどの攻撃を満潮は全身に浴び、何とも形容しがたい悪臭に包まれながらトボトボと1人離れていった。


「なんか、今日の満潮変、だったよね……」
「変、というか……雑? 集中できていないっていうか」

 無理やりの砲撃。制止を振り切っての単艦突入。
 チームプレイ、連携、そんなものはお構いなしの自分勝手な攻め。
 まるで昔の姿を見ているみたい、と誰かが呟いた。
 
 誰彼構わず、噛みつき唾を吐いた。
 どこまで行っても、我を通して、舐められないように。
 そして、その寂しそうな背中も、当時と変わらなかった。


 立ったまま、降り注ぐシャワーを頭から浴びる。
 いつもは不快な汗とともに全てを流し去ってくれるとも感じられるほどいいものだというのに。
 今日はいくら浴びても、心の靄が晴れない。不快感、焦燥感、何もかもが頑固な汚れのようにこびりついて残っていく。

「どうしちゃったんだろう、私……」

 そう呟くが、理由など分かり切っていた。
 鏡に映る泣きそうな顔を見て、思わず苦笑いをしてしまう。

「ひどい顔……」
 



「ひどい戦い方だったな」
「……わざわざ嫌味を言うために待っていたの? ご苦労なことで」

 浴室から出てきた満潮に真っ先にかけられた言葉。
 不快感を洗い流せなかった満潮にとってそれは、さらにイラつかせる。

「何を、焦っている?」

 その眼鏡の奥の瞳をすっと細めて、武蔵は満潮を見据える。
 その心を見透かそうとするような視線がもどかしく、腕を組み顔を背ける。

「先ほどの演習、いつものお前らしくない」
「別に? こういう日もあるわよ」

 あくまで、適当にあしらう方向で満潮は答える。
 目の前にいる武蔵から逃れるように。 
 とぼけた様に、向けられる好意や心配を無碍にして。
 そうすれば、1人にしてくれる。相手の方から遠ざかってくれる。
 いつもそうやって凌いできた。この類の追及をかわしてきた。


「そうか? あれほど無茶苦茶な突撃、何かに八つ当たりしているようにしか見えなかったぞ」
「気のせいでしょ? 単に今日は自分の力を試したかっただけ」
「普段あれほど実践を意識して、連携の大切さを説いて、言うことがそれか」
「個の力も必要な要素よ。私自身が強くなれば、それだけで選択肢も増えるでしょ」
   
 まともで、それらしい言葉を並べる。
 これでいい。こうしていれば、勝手に離れてくれる。
 そうすれば、あとは1人だ。1人で、しばらくいればいい。
 それが楽で、それが1番いい。
 だが、今回ばかりは違った。


 何を言っても、突き放そうとしても、武蔵は傍にいる。
 その姿が、大好きな家族のそれに見えて、満潮の心はさらに荒れる。。
 しかし、武蔵は違う。彼女とは違う。
 
 武蔵は、追い詰めてくる。
 逃げ場など与えてくれない。
 手を差し伸べてくれない。
 突きつけて、見せつけてきて、助けてなどくれない。
 形こそ違えど、その根本は同質なものだとも理解はできる。


 武蔵は、彼女とは違う。
 分かり切っていて、言われるまでもない。
 だからこそ、その同様の本質に姿を重ねる。
 そして、その違いにイラつかせられる。

「私が気に食わないのなら、はっきり言ったらどう?」
「気に食わないさ。その痛みを分かってほしい、だが心を開くのが怖い。そのくせ、攻撃されるのは我慢ならない」

 改めて口にされると、なるほど、確かにその様はクソガキそのものだ。
 
「だが、あいにく提督命令でな。艦隊を変更はしないとさ」
「そう、残念ね。私も頼んであげようか?」
「結構だ、私は与えられた場で使命を全うすると決めているのでな」
「あんたももの好きね。私達みたいな残り物の寄せ集め集団に身を埋めるなんてね」
「その言い方はやめろ」

 今までで一番の語気に、思わず身をひそめた。

ニコニコの追加ボイス集で扶桑姉さま登場時に三周忌とコメントした奴出てこい
めっちゃ笑ってしまったじゃないか

ちなみに大和も武蔵もまだ出てません。

では


「な、なによ。本当のことでしょう?」

 実戦経験の乏しい艦、艦隊からあぶれた艦。
 まさに残り物を寄せ集めた集団。
 
 満潮は、その言葉通りの意味を武蔵に伝えた。
 自分が所属した艦隊のことは自分が一番わかっている。
 
「自分と、自分の仲間をそのように言うのはやめろ、と言ってるんだ」
「だから……事実だっていってるでしょ」

 胸がざわめく。
 心が締め付けられる。
 
「もともと、囮が役割だったのよ。……ただの捨て駒だったのよ」

 在りし日の、思い出したくもない、壮絶で悲惨な記憶。
 それでも、活躍の場を与えられたと思った。
 少しでも、活躍ができると、そう願った。
 勝利に貢献できると、そんな希望を描いた。


「でもね、捨て駒は捨て駒でしかないのよ」

 戦力外通告を受けて、損害が出ることは想定済みで。

 だから、意地を張った。
 どうせ自分たちは居ても居なくてもいいのだと。
 ただの駒に過ぎない存在なのだと。使い捨てにされるだけの存在なのだと。

 卑屈で、卑屈で、卑屈で。
 醜く浅ましく、自らを卑下し続ける。
 それがどうした、こうしたのはそっちだ。

 だからこそ、他は顧みない。
 使い捨ての駒ならそれでも結構。

「だから、求めるんじゃない……。強くなりたいって、見返したいって」

 壮絶な最期をたどった。
 不本意な最期を迎えた。
 もう、繰り返さない。
 今度こそは、みんな笑って……。


「あんたには分からないでしょうねっ」

 それは単なる妬みでしかない。
 秘密兵器とまで言われ、国家の威信をかけて作られた存在に。
 
「あんたなんかにっ! 沈んでいくしかない道を歩かされる気持ちなんて!」

 醜い、情けない、そんな心情を大声にのせて叫ぶ。
 分かるはずがない、分かってたまるか。
 だから……。


 ――そんな眼で見ないでっ

 
 憐れむような眼が、悲しそうな眼が耐えられなくて。
 満潮はその場から逃げるように走り出した。

 















 強くなりたいと願った。
 強くなると、声高らかに誓った。
 
 もうあんな目に合わないために。
 もう二度と、犠牲を出すことがないように。
 自分のこの手で、この海を守ることができるように。

 自分が、守るのだ。
 自分が、守らなければいけないのだ。
 
 それなのに。
 その想いに背くかのように、心は弱さで満たされていく。





「やっぱり、ここにいたのですね」
「……なによ、姉妹そろって私に説教?」

 武蔵に言いたい放題、好き勝手に言われた。
 その言葉の隅々に棘を感じたと同時に、弱いところを突かれて怖かった。
 それ以上は聞きたくない。言わないでほしい。このまま……。

 そう思うと溜め込んでしまった負の感情を、思わずぶつけてしまった。
 本当はもっとうまく隠し通したかった。うまく逃げたかった。
 だが、それが出来なかった自分の不器用さが恨ましい。

 自分にできたのは八つ当たりのように喚き散らして、背を向けてその場から走り出すこと。
 そうして走り去って、一時的だが、楽になりたかった。
 そして、ここで膝を抱えて海を眺める。
 ただの気休めで、根本的な解決にはなっていない。
 それでも、少なくとも気を紛らすことができる。

 それなのに、この一人でありたい空間に、また足を踏み入れられた。



「時雨さんが、あなたはここにいるだろうって教えてくれたので」
「あいつ……」

 何を考えているのかわからない、駆逐艦の方の僕っ子に心の中で毒づく。
 
「お隣、失礼しますね」
「あ、ちょっとっ」

 了承の返事も聞かず、大和は満潮の隣に腰かける。 
 後ろで束ねられた長い髪が一瞬ふわっと浮き上がり、綺麗に広がる。
 スカートを抑えて座る姿、いつも持ち歩いている日傘をしまう姿。
 その行動のどこを切り取っても、絵になる優雅さはさすがと言ったところか。
 
「武蔵が、またなにか失礼なことを?」
「……そんなことは、ないわ」

 そう、失礼、ということはない。
 耳を覆いたくなるものだった、逃げ出したくなるようなものだった。
 それでも、失礼、とは言えない。満潮自身、そこにそのようなものは感じ取らなかった。
 大和も、そう、とだけ呟きもうそのことに関しては何も言ってこなくなった。


「……ここは、お気に入りの場所なんですか?」

 失礼にならないように言葉を選びながら大和が問いかける。
 2人が今いる場所はこの鎮守府にも多数存在する埠頭の1つ。
 確かにここから見えるであろう夕日は美しいものであることは想像できるが、特別なものとも思えない。
 景観がいい、という条件であるならば他にもさらに良い場所があるだろう。
 人目がつかない場所、という点で見てもここはそんな場所のようには見えない。
 時雨が教えてくれた言葉から考えると、満潮はよくここに来るという。
 となると、ここには満潮にとって特別な意味があるのだろう。

「別に……お気に入り、ってわけじゃないわ」

 だが、予想通りであったが、満潮は否定から入る。
 そのことに、小さなため息をつく。



「ここは……夢を語り合った場所なんだって」
「え……あ、え?」

 満潮から何か話しかけてくることはない。
 そう思い込んでいた大和にとって、満潮の口から洩れた言葉に思わず聞き返してしまう。
 
「なによ? 聞いてきたのはそっちでしょ?」
「そ、そうですよね。それで……夢? ですか」
「そ」

 顔を半分膝に埋めながら、水平線の先を見据える。
 
「司令官と……扶桑が、ここで」
「そう、だったんですね」

 ここから見る海を、彼女はいったいどういう眼差しで見ていたのだろう。 
 心地よい波音を聞きながら。爽やかな潮風に髪を揺らしながら。
 愛する人と見る海を、いったいどんな眼で。
 それを知りたくて、いつの間にか頻繁に足を運ぶようになった。


「ねえ大和」
「なんですか?」
「あなたは、争いのない海がいつか来ると思う?」


 


 いつか、聞かされたとある男の夢。
 誰もが願う悲願で、誰もが思い描く最高の結末で。
 だからこそ、皆が困難な夢であることも理解して。
 
 それでも、その男は諦めなかった。
 不可能な夢だと嘲笑われても、その前に立ちはだかる壁に幾度となく挫けそうになっても。
 心だけは折れることなく、その壁の向こうを鋭く見据える。
 そんな男を、私たちは見てきた。


「それって、提督の……」
「そ。あの馬鹿が目指す理想の海」

 理想の海ではある。
 誰もが笑って、過ごせる海など。
 だが、皆がその理想に憧れた。
 その理想に、想いを重ねて。
 皆で叶えられたら、それは素晴らしいことだろう。



「私は、皆が力を合わせればいつかそういう日が来ると信じています」


 だからこそ、皆が大和と同じように答える。
 皆の力を合わせれば。
 信じて戦えば。

 それが当然の答えというように。 
 そう答えるのが、義務だとでも言うように。
 それ以外の答えなど、在ってはならないのかように。  


「こんなに血と涙が流れた、おぞましい海なのに?」


 
 その問いかけに、大和は言葉を失った。 
















筆が進まないのと仕事が厳しいのとで案の定放置気味に・・・
とりあえず生存報告のち、待っている方がいるかわからない投下開始。


「おぞましい、ですか?」
「ええ。吐き気がするくらいドロドロ」

 平和と呼ぶには、あまりにも血が流れすぎた。
 守るため、生きるため。何かと理由をつけて戦う。
 その過程で落ちていった誰かの血肉は、誰かのためを思って流した涙は。
 この海を赤く染め上げるほど流れたにもかかわらず、まるで何事もなかったかのように今日も海は美しくある。
 悲しみも苦しみも、自分たちが吐き出したものは誰の眼にも映らぬ水底へと引きずられていった。
 
「たとえ、戦いも終わって本当に平和な海が訪れたとしても、ただそれだけよ」
「しかし、それなら、戦いが終わるのなら、いいことじゃないですか」

 単に戦いを終わらせる、という夢ならば大和の言うことも尤もだ。
 だが、それだけでは足りない。その夢は、それだけでは意味がないのだから。

 悲しみは永遠に続く。
 沈んでいった者の無念は、残されたものの喪失は、決して無くならない。
 取り繕い、平気なように振る舞っても、その心は言葉にしがたい曇天。

 まるで、信じることが当然のように。
 叶うはずだと願うことが義務であるかのように。

 それはきっと、誰もが心の奥底で思っていたことだから。
 だからこそ、彼女の眼に光は灯っていなかったのだ。

「扶桑は、知っていたのよ。司令官の夢が、ただの幻想なんだって」


 でも、だからこそ不思議に思う。
 なぜ彼女は、絶望の海へと自ら進んでいったのか。
 その眼は、いったい、どんな幻想を見据えていたのか。


 ふと、記憶の海をたどると、いつもあの人の姿があった。
 あの時、あの人が口にしなかった言葉に、想いに。
 いつの日か、たどり着く日が来るのだろうか。
 いつの日か、その眼が見据えた光景を、夢を。
 同じ目線で眺めることが、出来るのだろうか。


 決して軽やかとは言えない足取りで、鎮守府から宛がわれた寮部屋へと歩を進める。
 この鎮守府では、同じ艦隊同士で部屋を共有することになっている。
 普段から常にコミュニケーションをとることでチームワークを向上させようという趣旨の元だ。
 もちろん、満潮の場合は西村艦隊の面々と同部屋である。
 朝雲と山雲が満潮と同じ寝室であり、時雨、最上、そして大和と武蔵が寝室を共にしている。
 この2つの寝室に、1つの広間が別にあり、普段はこの広間で団欒の時を過ごすのだ。

「……?」

 広間の扉を開けようと、ドアノブに手をかけたところでいつもよりも部屋が騒がしいのに気付いた。
 いつものように、妹2人の馬鹿騒ぎかと思ったがどうにも様相がおかしい。
 笑い声は一切聞こえず、河原に感じ取れる声音は焦燥感のようなもの。

「……よっ、これってっ?」
「……知らないってば! 司令官の書庫から……」
「なんで……よりにもよって、今、こんなものを……」
「でもこれって、扶桑と山城のっ!」

「っ!?」

 
 耳を澄ませて聞こえてきたその名前に、心臓が強く跳ねた。
 ざわざわと、心のなかで黒い靄がうごめき、締め付ける。
 気づいた時には、思いっきりよく扉を開け放っていた。


「とにかく、このことは満潮には秘密で……っ!?」
「私に、何を秘密にするって?」

 ぎろりと部屋にいた面々を睨み付ける。
 大和と武蔵を除いた全員がその場にそろっていた。
 皆、満潮の突撃に虚を突かれ、固まっていたが、それぞれ気まずそうに目線をそらす。
 困ったように、あるいは悲しげに。

 そして、満潮は見逃さなかった。
 朝雲が持っていた一枚の紙きれ、それを遅れながらも体の後ろへ回した朝雲の姿を。

「何を隠したの、朝雲」
「な、なにも隠してないって……」
「その手に持っているものを渡しなさい」
「だから、何もないって……」
「渡しなさいっ!!」
  
 ビクッと身体を震わせ恐る恐る最上の方に顔を向ける朝雲。
 最上は仕方がない、とでも言うようにフルフルと首を振った。
 

 
「今日、司令官に頼まれて書庫の整理をしていたの……」
「そこで偶然、山雲が書類の束からこれを見つけて」

 朝雲から差し出された紙切れを、恐る恐ると受け取る。
 分かっていた。皆の症状から、異常に自分を気遣うような視線から。

 
 これはきっと、自分にとって最悪な内容のものだ。 

 ゆっくりと、書類に目を通す。
 印刷された何の特徴もない無機質な文字が、頭に流れ込む。
 一行を読むたびに、目は大きく見開かれ、書類をもつ手もガクガクと震える。
 
「なによ……これは?」

 最後の行を読み終えると、一言だけ呟き……そして。

「満潮!?」
「待って!」

 瞬間、書類を握りしめたまま、駆けだした。



 これが、自分にとって悪い情報をもたらすものだと、分かっていた。
 それでも、知りたかった。知らなければいけなかった。
 だから、目を背けたくなるような事実を、目に焼き付けてしまった。

 嗚呼、なんて自分は弱いのだろうか。
 
 走りながら、そう満潮は思った。
 嫌なことから目を背けない、と格好の着く言葉を口にして。
 その割には、この事実を知って、ひたすらに怒りをぶちまけたくなった。
 どうしても、受け入れられなかった。

 だから、どうしてもこの目の前にいる男に、ありったけの怒りを。

「説明しなさい」
「これをどこで……ああ、いや、朝雲たちか」
「御託はいいから、さっさとそれの説明をしなさい」
「……書いていた通りだ」

 提督は、満潮に突き出された書類を感情の籠っていない眼で眺めたまま、満潮の問いに答える。
 馬鹿にしたような答えに、バンッと机をたたき威嚇するが、提督は微動だにしない。
 後を追って誰かが部屋に入ってきた気もするが、それも無視をする。

「これは、いつの書類?」
「確か一年、も経たない位前じゃなかったかな」
「それは、‘あの日’よりも前なのね?」
「……そう、だな」
「……ずっと、知っていたのね?」
「……ああ」
「知っていながら……放っておいたのね」
「……ああ」

「こっちを見て話して!!」

 提督の手から先ほどの書類を奪い、訴える。
 その声は震え、目尻からは今にも溢れ出そうなものが込み上げていた。
 必死の懇願で、その眼を強い憎悪で染めて、睨み付ける。

 そうしてやって、提督は満潮と視線を合わす。
 その眼は満潮とは違い、何の色も映し出していなかった。

 
 ――扶桑型戦艦ノ更ナル改造ニ関スル報告書


 書類の頭には、忌々しくもそのような言葉が並んでいた。



終わりが見えないまま六月も終わろうとしてる…
すぐ終わるつもり、は全くあてにならないことを改めて体感します

夜にでもまた更新



 過去に『if』は禁句である。
  
 この言葉を、全くその通りだと満潮は思っている。
 過去から学ぶことは、非常に有意義なことで、未来への糧となる。 
 様々な過ちを知ることで、同様の場面に遭遇したとき、さらによい判断を下すことができる。
 
 だからこそ、『if』など考えてはいけない。
 それは意味がなく、ただ虚しくなってしまうだけだ。
 もしも、もしも。その言葉を繰り返しても、得られるのは妄想の世界。
 
 だからこそ、言ってはいけないのだ。
 あの時、こうしておけば良かったのに、と。
 こうすれば、もっと違った未来があったのだ、と。
 力があれば、2人は沈まずに済んだのかもしれない、と。
 


「……」
「……あのときも、そんな眼だったわね」

 何も口に出さず、感情のこもらない眼で自分を見つめる提督に、そう吐き捨てた。
 
「自分の感情を悟らせないようにするため? 何も言わないのは弁明する気がないから?」
「……」
「……ほんと、むかつくわね」

 そういって、提督から奪った紙切れに目を通し、鼻で笑って内容を読み上げる。

「これはすごいわね、まさかの航空戦艦への改造。戦力の幅も広がったことでしょうね」
「そう、かもな」

 提督の返事に、声を少し荒げる。

「航空機の運用もできて? 基本的に火力も耐久も上がって?」
「やめなって……満潮」

 その自分を諌める声に、さらに腹が立って。

「全体的に、改装前なんて比べものにもならないじゃない! これは改装するしかないわよね!?」
「満潮……もう、いいから……」

 その言葉に、ギンッと鋭い眼光を向ける。

 一瞬、言葉の主の時雨がひるんだが、またすぐに申し訳なさそうに目線をそらす。  
 

「もういいって、なによ……」

 それは、喉奥から絞り出した掠れた声だった。
 考えてはいけないことだったのも、冷静になれば十分に理解できたはず。
 それでも、ただの感情論だと、結果論に過ぎないと言われても、自身がそう思っていたとしても。
 
「そんな言葉で、終わっていいわけない!」

 もし、改装を済ませていた扶桑と山城だったら。
 もし、その状態で自分たちも作戦に参加していたら。

 また、別の未来が待っていたのではないかと。
 あの笑顔は今も、隣にあったのではないのかと。

 
「……あのとき」

 満潮の考え、思いを、提督は理解している。
 その考えが、そう思ってしまう、その感情を理解して、それでも告げる。

「あのとき、改装していたら、そんな仮定の話はしない」
「あんたが、それを言うのっ?」
「私は、今でもあの作戦が最善だったと思っている」

 今ある手で、最善の選択を。ベストではなく、そのときどきのベターな選択を。
 結果を語るだけならば、確かにたとえ改装していなくとも満潮たちを共に出撃させていれば、もう少し余裕はあったのかもしれない。
 だが。

「その場合、満潮たちの誰かが沈んでいた可能性が高い。2隻以上の損失が出たかもしれない」

 結局は、そうなってしまうのだろう。
 どのみち、あの場で全くの犠牲を出さずに作戦を完了するなんてできない。
 ならばこそ、最小限の犠牲で事に当たるべきであり、そうした場合、取るべき作戦はあれしかない。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年07月01日 (金) 04:35:39   ID: Ormx703U

覚えてる、まさか続編があったとは
今度は残された者の話
人は弱く正しくない、自分と他人をごまかしてどう折り合いをつけるか、満潮はまさに適役にゃしい

2 :  SS好きの774さん   2016年07月28日 (木) 03:03:29   ID: QUFoyVPf

胸くそわるいな
作者も作中の提督も

よくもまぁこんな不快な書き物ができるわ

余程辛い惨めな日常を送ってるんだろーな作者は

3 :  SS好きの774さん   2016年07月29日 (金) 04:02:42   ID: jeoq6qm2

これから全容が見えてくるっぽい
凄いぞ強いぞで打った勝ったよりこういう話の方が好みです

4 :  SS好きの774さん   2016年09月02日 (金) 13:51:24   ID: gOp3-Qok

完結してないのに読んでしまった 楽しみだわ

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