きらり「おおきい背丈とちいさい心」 (26)

ものごころついた時から、私は他のみんなとは「違った」。

「デカおんな」「ガイジンの子」「バケモノ」

今なら無視できるほどに稚拙な声は、当時の私にはひどく、重くて。

私はいつの間にか、笑えなくなった。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1460986868

クラスの一番後ろに座った、うつむきかげんの地味のっぽ。

それくらいで、ちょうどいいと思っていた。

「せんせー、前がみえませーん」

ここなら、そう言われる事もなかった。

「諸星なんて名前、ウルトラマンじゃん!お前ピッタリだな!」

そう言われてから、自己紹介する事すらも怖くなった。

だれとも喋らず、俯いたまま、頭の上を毎日が通り過ぎていく。

このままずっと、あしもとしか見えないまま生きていく事に、何の疑問も持たなかった。

そんなある日、夏休みの事。

『職場体験学習』

学校が提示したいくつかの選択肢から、2週間働く職場を決める。

「図書館とか……ないよね」

夏休みの気配に浮かれたクラスの誰もが、友達と一緒の職場を相談する中、きらりはただ一人、立ち尽くしていた。

「誰もいないとこがいい?」

担任は怪訝そうな顔をしながら、志望状況の一覧を見せてくれた。

「どこでもいいんです。誰もいないところなら、どこでも」

いつも黙っているきらりに気圧されるように、教師はおう、と言った。

終業式の翌日、諸星家のポストに、一枚の封筒が入っていた。

「ふたば保育園?」

ピンク色の、花をあしらった便箋に、滅多に職場体験が来ないこと、来てくれてとても嬉しいこと、
子どもたちがとても楽しみにしていることが綴られていた。

「ふぅん」

どうせ奇異の目で見られるのだ。そこがどこかなんて、どうでもいい。

指定された住所に、重い足取りを運ぶ。赤レンガの屋根と色彩鮮やかな花が描かれた壁。

その門を潜ると、わっ、という音の塊がきらりを包んだ。

歌声、泣き声、笑い声。クラスでいつも聞くような悪口や陰口は、そこにはなかった。

「貴女が諸星さん?」

がらり、と引き戸の一つが空き、一人の中年女性が園庭に顔を向ける。

「はぃ…」

最後まで言い切る事は出来なかった。

「諸星先生って先生のこと?」「先生お名前おしえて!」「見てみて、泥団子!」

エクスクラメーション・マークとクエスチョン・マークに前後左右を取り囲まれたのだ。同じく、その声の主達にも。

「ひっ…」

きらりにとって、それは今までにない体験だった。囲まれ、叫ばれ、しかしそのどれ一つとして、否定はない。

これまでのように、どこかに逃げてしまえばよかったが、背中の方にまで園児たちがいて、それもできなかった。

「こら、みなさん、諸星さんが驚いているでしょう、後で紹介してあげるから」

中年女性がそう言うと、子どもたちはいちように、はーい園長先生、と言いながら各々の遊び場に戻っていった。

「ごめんなさいね、元気ばっかりあって」

中年女性はぺろり、と舌を出した。

>>「諸星なんて名前、ウルトラマンじゃん!お前ピッタリだな!」


おう、ちょっと来いや。セブン全話鑑賞な。寝たらしばくぞ、こら

>>12 (ティガ世代です)

「ごめんね、めったに新しい先生なんて来ないから」

双葉園長と名乗ったその中年女性は、謝り半分笑い半分にそう言った。

「今日は、自己紹介して、しばらく遊んでもらって終わり。終わったらちょっとお話しましょ?」

「あ、あの」

「何?」

「私、その、大きいから、子供、怖がるかもしれないです」

「私は怖くないわ。どの子供にも、大きい小さいはあるの。成長が早かったり、遅かったり。

そういうものよ?」

なんだか丸め込まれたような気分になりながら、きらりは更衣室に荷物を置き、教室へと向かった。

『ひまわり組』そう切り抜かれた画用紙と、大きなひまわりがいくつも、窓に貼られていた。

「みなさん、こんにちは。この人は、今日からしばらく、みんなと一緒に勉強するお友達です」

園長の言葉に、子どもたちは訝しげに声をあげる。

「新しい先生って、聞いたんだけど」「でも、園長先生より大きいよ?」

ほら、と園長がきらりの背中を軽く叩く。自己紹介自己紹介、と小さく囁いた。


「ぁえ、っと、も、諸星、きらりです…よろしくお願いします」

消え入りそうな声でしか言えなかった。自分を見上げる、幾つもの目線。

ああ、やっぱり駄目だった。私は、人と関わっちゃいけないんだ。

そう思い、明日からどう言い訳をしてここを休もうか、思考を切り替えかけた時。

「きらりだって!かわいい名前!」

最前列に座っていた女の子が、そう叫んだ。

「かわいい!」「私もきらりちゃんがよかった!」「私も!」

どっ、と教室が沸き立った。

「さあ、諸星先生と一緒に遊びたい人は誰かな?」

「ちょっ、園長先生…」

抗議の言葉を言い切るより先に、きらりはスモックを着た濁流に押し流されたのであった。

「どうでした、一日目は」

「……………………疲れました」

「そう、。楽しかった?」

はい、と言えなかった。双葉園長はそのまま、きらりを見送った。

その日きらりは、風呂もそこそこに眠った。明日の言い訳を考えるほどの体力もなかった。

「せんせー、どうして前髪がながいの?」

前髪を切った。遠くの子供まで、見えるようになった。

「せんせー、こうしたほうがね、かわいいよ!私とおそろい!」

後ろの毛をツインにまとめた。嫌いだったくせっ毛が、少し好きになった。

「ぼく、せんせーと一緒にうたう!」

最初は小さかった声が、大きくなった。

「せんせー、たかいたかいして!」

腰痛がひどくなったが、腕の力はついた。

作者とISP・地域が同一の書き込みがあるため保留
きらり「おおきい背丈とちいさい心」
きらり「おおきい背丈とちいさい心」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1460986868/)
2016/05/18(水) 02:19:42.90

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom