P「ドラマ主演が決まったぞ森久保ォ!」 (230)

――事務所、デスクのP&アンダーザデスクの乃々。

乃々「……オーディションに出た覚えがないんですけど」

P「作品の原作者が以前にお仕事でご一緒した絵本作家さんと知り合いで、ふと森久保の話が出たらしい。そしたら原作者さんから直接オファーがきた、まあ平たく言えばコネだな。――ほい、これ企画書」

乃々「これは、……某女性向け漫画雑誌で連載している作品、もりくぼも知ってます」

P「知ってるなら都合が良い。はー、オーデ省略って素晴らしいな森久保。労力がかからないし、スケジュールは組みやすいし、目的や目標が立てやすい。それじゃあ、さっそく監督に」

乃々「はい……、丁重に断って下さい」

P「………………」

乃々「……………」

P「………………ニコッ」

乃々「ビクッ」

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乃々「……むーりぃ、……むーりぃ、……むーりぃ」

P「HAHAHAHA、冗談はほどほどにな。放送は深夜帯予定だが連続ドラマの、それも主演だぞ。十二分に乃々の名前を世に広めることができるじゃねーか、それを蹴るなんてとんでもない」

乃々「ただでさえ人見知りで、……目も合わせられないのに、……その上に演技をしろって、プロデューサーさんの方こそ冗談はやめて欲しいんですけど」

P「そう言って人前で歌ったり踊ったり、即興でポエム吟じたりしてるじゃねーか。その機転を買われてのオファーなんだぞ、もっと自分のポテンシャルを信じろ、な、森久保」

乃々「もりくぼポテンシャルなんて道端の草花以下なんですけど。……もりくぼは何もできません、漫画家の先生は大きな誤解をしています。……すごく危険、もりくぼクライシスです」

P「えーっと、監督の連絡先は。……ちょっと企画書返して、そこにメモしてるから」

乃々「嫌なんですけど……、プロデューサーさんがドラマを諦めるまで、この脚本は渡せないんですけど……」

P「ほう、抵抗するか」

乃々「今までのもりくぼだと思っていたら大間違いです。身体は鍛えましたし、銃の扱いも勉強しました。プロデューサーさんを……その……撃つことも……あう、むーりぃー……」

P「俺を脅すまで成長したか森久保、俺は嬉しいぞ。でも、俺を倒しても無駄だろう」

乃々「……どういうことです?」

P「どうもこうもねぇよ。実際問題、この世にドラマの主演を断ることができるアイドルがどれくらい存在すると思う。芸能界は常に人が溢れていれる、供給過多みたいなもんだ。そんな時代、若手アイドルに仕事を選べるほどの人権は確立されてない」

乃々「………………」

P「何度もしつこく言うが連続ドラマの主演だぞ。もし俺がこの話を蹴ったら、俺は上司に土に埋められるだろう。それから第二、第三の俺が現れて森久保にドラマの出演を迫る」

乃々「あ……うぅー」

P「よしよし観念したか、やっと前衛的な話ができるな。――さて、森久保が演じる役は主役の女の子。引っ込み思案で優柔不断、クラスでは目立たず発言も少ない。しかし最高にクールな運命のイタズラでクラスの人気者のイケメンに見初められるという話だ。ストーリーは陳腐だが、森久保にぴったりな役どころだとは思わな――」

乃々「陳腐じゃないんですけど」

P「……………え?」

乃々「原作の先生をプロデューサーさんはちゃんと調べたのですか? その作者は思春期特有の不器用で未熟な男女の心情描写に定評があって、思わず目を覆いたくなりつつも次のページをめくってしまう男女の淡い駆け引きを描くのが得意なんです。紙面を見ながらして、まるでその場にいるような臨場感のあるセリフ回しとタッチの雰囲気はその辺の作品とは一線を画しています」

P「(……森久保が、饒舌……だと?)」

乃々「そもそも陳腐な作品がドラマ化できるわけないんですけど」キリッ

P「(森久保に……睨まれる……だと?!)」

乃々「……プロデューサーさんは原作の内容も確認しないでドラマの仕事を引き受けたんですね……」

P「い、いやっ、そんなことはないぞ。ドラマの話が舞い込んだ直後にネットカフェに直行して速攻先生の漫画を手にとってだな、……探すのに時間かかったけれど」

乃々「最新刊は?」

P「1、2、3……たしか、6冊あったかな」

乃々「少し、……とても、もりくぼはプロデューサーさんに幻滅しているんですけど……」

P「ええ、本棚には6巻までしか入ってなったよ?!」

乃々「最新刊のコーナーが別にあったと思うんですけど……。新刊の漫画は比較的ネットカフェの入ってすぐのところに、まとまって置いてあるものです……」

P「ええい、気づくかそんなもん!」

乃々「もりくぼは気づくか気づかないかを訊いてはいません、……下調べを行ったか行っていないかを訊いているんです」

P「…………………………」

乃々「いつもは頼みの綱のプロデューサーさんですが、果たして今回は違うようです。……ああ、もりくぼは不安でいっぱい。……きっともりくぼが主演を引き受けたら、天地を揺るがすような大惨事が起こるに決まっています。……ドラマに関わった人がすべて不幸になるでしょう」

P「………………」

乃々「むーりぃー……、これはむーりぃー。ということで、……はいどうぞ。ドラマの企画書です。監督に不参加を伝えた後、企画書は暖炉にくべて一緒に温まりましょう……」

P「どうも、いや本当、どうも」

乃々「プロデューサーさん、もりくぼの事を理解してくれましたか」

P「ああ、よく分かった。乃々の原作に対する情熱が」

乃々「…………え?」

P「森久保に直接オファーがきた理由が分かった、『森久保のこだわり』が先生の直感に引っかかったんだな。こりゃ天命だ、絶対にドラマを成功させような、森久保」

乃々「え、……え?」

P「漫画家もだけれど、森久保を話題にした絵本作家の先生も持ってるな。スタンド使いが惹かれ合うようなものだろう。さっきはコネの一言で片付けたけれど、もっとすごい巡り合わせなのかも」

乃々「あ、……あうあう」

P「ということだ、観念しな」

乃々「む、MUUURYYYYYYYYYYYYYYYY!」サッ

P「つ、机の下から這い逃げやがったっ、待てやこらぁ!」

乃々「い、いまこそ、ランニングの成果を見せるんですけどっ!」

P「逃亡させるために森久保にトレーニングさせた訳じゃないわい!」ガシッ

乃々「うっ、おっ、重いんですけど?!」ジタバタ

P「おとなしくしろっゴキブリみたいにカサカサ這いまわりやがって!」

乃々「ええええ、もりくぼをゴキブリ呼ばわりって酷すぎるんですけど! もっとウサギさんとか、仔リスさんとか、色々あると思うんですけど!」

P「手前の逃げまわる姿はそんな華麗なモンじゃねぇよ」

乃々「っていうか普通に乗っかってきてるんですけど! も、もりくぼいじめですかっ、この世界のどこにアイドルにのしかかるプロデューサーがいるんですか?! 誰か助けて欲しいんですけど!」

P「じゃあこっちも言わせてもらうが、この世界のどこに仕事から物理的に逃げまわるアイドルがいるんだよ! こっちは遊びてやってるんじゃねーんだぞ」

乃々「もりくぼだって遊びで逃げてるわけじゃ……あああああ痛いぃー、むーりぃー! やります、やらせて下さい! ……えっ、ちょっと、なんでわざわざもりくぼの上で監督に電話するんですか。……証拠? ……証言? ……本人の口から? ぎゃああああ、で、出ます! もりりくぼはドラマに出ます、出たいですー!」

――プロダクション併設カフェにて。

P「……ということがあった。みくにゃんどうしよう」

みく「事ある毎にみくを呼ばないで欲しいにゃ」

P「ついノリで森久保に乗っかってしまった、大の大人としてあるまじき行為だ」

みく「まあ、比較的いつものやりとりにゃ。問題ないにゃ」

P「だ、大丈夫かな。俺、森久保に嫌われたかな」ポロポロ

みく「女子高生の前で泣き出すのは、大の大人としてどうなのかにゃ」

P「そもそも、リサーチ不足を指摘されて、森久保に幻滅された。……ぐすっ。俺もう生きていけない」

みく「気にするなにゃ、乃々ちゃんはPチャンが大好きだから、幻滅することはないにゃ、口だけにゃ」

P「……………コプッ」ダバー

みく「ほら、落ち着いたかにゃ。口元の血を拭くにゃ」サッ

P「いつもすまんな、みく」フキフキ

みく「なんてことない……と言いたいところだけれど、乃々ちゃんのPチャンが習慣的に吐血するせいでみくのハンカチはいつも真っ赤にゃ……」

P「インクの節約になるだろ、経済的だ」

みく「はぁ、……なんでみくは乃々ちゃんのPチャンのお世話をしているんだろう」

P「なんでだろうな、昔のよしみ?」

みく「いい加減に乃々ちゃんのPチャンはみく離れして欲しいにゃ……。乃々ちゃんのPチャンに会う度に、みくのPチャンはそわそわしてるにゃ。担当以外のPチャンと過度に仲良くしたら、そりゃ気になるのも仕方ないにゃ……、みくのPチャンは今にもストレスでハゲそうだにゃ」

P「嗚呼、以前も月一の集合会議で俺の提案に突っかかってきたぞ、お前のPチャン」

みく「嫉妬みたいなモンにゃ、大目に見て欲しいにゃ」

P「いや悪いのは俺だし。……まあ、でも楽になったよありがとう」

みく「こちらこそ、いつもご馳走様。それじゃ、お互い頑張っていこうにゃ」

――会議室。

P「おおよそ脚本は確認させていただきました」

ディレ「……え? もう? 完成した台本は未だ始まりから数話分だけれど、けっこう分厚かったでしょう?」

P「そのですね、ウチの乃々は一応アイドルなので、内容のチェック、というものが必要になってきまして」

ディレ「ほーん。そういえばNG項目について訊ねられてましたね、監督に。そういうのってバラエティに多いですけど、今回のドラマはそういった類のアンケートはないですよ」

P「あー、その疑っているわけじゃないですが。最近の女性向け漫画って、表現が過激な作品も少なくないじゃないですか。最低限の警戒はしておくようにって、上からも言われちゃってまして」

ディレ「あははは、そらそうですね。さすが大手の346プロダクションさんです。こちらも気が抜けませんなぁ」

P「ははは、恐縮です。……で、もちろん今のところは問題ないのですが、もし今後そういった可能性があるとしたら……」

ディレ「気にしすぎですよ、Pさん。貴方も原作の漫画はご覧になられましたでしょう、あの作品はそういった層を狙ったモノではありませんから」

P「無論、分かってます。しかし脚本をという冊子の存在がある以上は、第三者が意図的に脚色を行うことも可能です。……その、本当しつこくて申し訳ありませんね」

ディレ「なるほどねぇ、分かりました。僕が脚本さんに聞いておきます。ま、杞憂だとは思いますよ。おたくの子はお幾つでしたっけ、……中学生? まだ、14。あははは、無理無理」

P「あはははは、そら杞憂ですよね、BPO黙ってませんよねー。……じゃ、残りの心配の種は竿役ですか、種だけに」ボソッ

ディレ「えっ?」

P「なんでもないですよ。ところで主演男優さん、イケメンなんでしょ?」

ディレ「え、ええ。大手雑誌主催の美男子コンテストファイナリストです。正直ずば抜けてって感じではないんですが、しかし親しみやすい顔ですかね。この子です」サッ

P「ああ写真あるんですね、有難いです。まだ無名とのことで情報がなくて……。――これまた爽やかで優しそうなご尊顔で……、若い子はイチコロかな」

ディレ「期待の新人さんです、上手くハマってくれればいいんですが」

P「そっすねー、ドラマの成功を祈りましょう。では段取りは改めて確認しておきます。今後とも何卒よろしくお願いします」

――事務所、デスクにて。

P「共演相手は17か……、写真の印象より一回り若い。資料のない新人、調子に乗ってやらかさなければ良いが」

みく「そんなこと考えている暇があるならドラマの成功に向けて尽力しろにゃ……」

P「プロっていうのは優先的に安定性と持続性と未来性が求められるんだ。今回の仕事の場合、最悪のケースは森久保に火遊びが生じてネットキャンプファイヤーに転じること、すなわち今後の業務に支障をきたすこと。……それさえ起こらなければ別にドラマが失敗したって構わない、むしろ森久保にはいい経験になる」

みく「乃々ちゃんは火遊びするような子じゃないにゃー」

P「普通なら誰だって仕事中に火遊びはしないさ」

みく「にゃにゃ? 乃々ちゃんが普通じゃなくなることがあるにゃ?」

P「…………まあ、その辺は俺が手綱を握れば制御できるから良いよ」

みく「どっちやねん、……にゃ」

P「だからこそ煙が立つ可能性は……ドラマの共演相手。元来、男という生物は下半身に脳みそが付いているモンで、高校生なら殊更に暴走しやすい時期だ、リビドーを発火剤にしてな。ガキは捨てるものが少ないし、あらゆるモノに対して恐怖心も薄い。……別にソレが若さだから否定するわけじゃないが」

みく「そもそもPチャンも男だから否定しようがないんじゃ……、っていうか、みくのクラスメイトに対して随分な物言いにゃ。あとガキって言葉も気に入らないにゃ。Pチャンは所属アイドルに向かっても、このガキーって言い放てるのかにゃ」

P「いやいや、言葉の綾ってやつだ。万が一を起こす人種に向けて、そういう言い方をしたわけで、そもそも女子と男子は違うって。……ま、もしこの優男がウチの森久保に手を出したら、3000℃のコールタールに漬けて骨ごと溶かそうな、巴に頼んで」

みく「はぁ……、ガキにコールタールかにゃ。完全に私情タラタラにゃ、乃々ちゃんのPチャンは乃々ちゃんが取られるのが怖いんだにゃー」

P「そらそうだ、乃々は俺のモノだし、俺は乃々を超絶に愛しているからな」

みく「………………まー、事務所でそうやって公言できるウチは健全か」

P「当たり前だろ、じゃなかったら俺がコールタールで溶かされてるわ」

みく「…………おっと、みくのPチャンが呼んでるにゃ、……え? ちょっと声が怒ってる? あー、良くないことでもあったんじゃないかにゃ。心配は無用にゃ、……うん。それじゃ、行くにゃ。またあとで、ばいばい~」

――車内後部座席、現場への移動中。

乃々「……本当にむーりぃー、……心臓が体中を暴れまわっているんですけど、……プロデューサーさんも聞こえませんか、拒絶の鼓動が、もりくぼビートが。ほら……ほーらぁー」

P「分かった、気持ちは超分かったから俺の腕を締め付けないで、ムラムラして襲っちゃうぞ。…………正直に言うと腕がうっ血しそうだから、だからマジで、腕離して」

乃々「もりくぼは演技なんて初めてなのに、主演なんて……。しかももりくぼは先生に期待されています。……ああ、もりくぼに、……先生が漫画で表現した女子の気持ちを、……演じられるでしょうか。……そもそも、もりくぼには恋愛経験すらないのに……」

P「はぁ……、あのなぁ森久保。それじゃあぶっちゃけるけれど、新顔アイドルの森久保に演技力なんて現場のスタッフは誰も期待しちゃいない。逆に言えば、それだけ素の森久保は雰囲気やオーラを持っていて、突っ立っているだけで魅力がある。だから、こういう風に考えろ、森久保は存在しているだけで可愛くて価値がある、だから無理をする必要は一切ない、と」

乃々「もりくぼが立ってるだけでかわいいなんて、絶対にありえないんですけど……」

P「森久保が可愛いから今日までの森久保のアイドル生活と俺の生計が成り立っているんだろコラ」

乃々「それは幻想なんですけど。もりくぼが活動と続けられるのは、ちょっともりくぼが変わってて、それが普通の人達にはおかしくて面白いから。……もりくぼは騙されませんし、勘違いもしたくありません」

P「ふむ………………」

乃々「……………………」

P「………………んー」

乃々「………………」

P「実際問題、森久保のファン層の何パーセントが森久保に欲情しているんだろう。たしかに森久保の話も一理ある、森久保はネタ的な三枚目としてのポテンシャルも高い。今度のライブでアンケートでも取れねーかな……、今後のプロデュースに関わる重要な問題だ」

乃々「……よ、欲情って、……もりくぼは何もそこまで……あうぅ」

P「それでも可愛いって言って欲しいだろ、森久保も女の子だし」

乃々「……別に、そんなつもりじゃ」

P「不安げな顔してるじゃん、言われたい癖に」

乃々「もりくぼが不安で一杯なのはいつものことですから……」

P「大丈夫、可愛いって。ちょっと維持の悪いこと言ったけど、それだけは事実だから。じゃなかったら、森久保のことプロデュースしてないし」

乃々「プロデューサーさんは変な人ですから、あんまり参考にならないんですけど……」

P「俺が可愛いって言ったら可愛いんだよ。とにかく緊張しても挙動不審でもいいから、オーラだけは消すなよ。それだけで普及点、あとはスチル撮影と変わらん。……ほら、そろそろ到着するぞ、気合入れていこう」

乃々「撮影と変わらないって、プロデューサーさんは極端すぎます。……ああ、もりくぼは風になりたい。風久保になって、大きな空を吹き渡っていたい……」

現場、顔合わせ

乃々「そ、想像以上に、人がいっぱい……うじゃうじゃなんですけど」

P「人数の多さは今回だけだ、初回の顔合わせだからドラマに関わる人が一堂に会する。演者、技術者、編集者、管理者、原作の先生もいるな。要所要所では個人的な挨拶も必要になってくる。顔は事前に覚えてあるから、俺についてこい森久保。それから車内でも言ったが、これからミーティングで皆が制作に対する想いや意気込みを表明していく。森久保も文章はもう考えたか?」

乃々「ヒィ、こんなに大勢の前で、もりくぼに挨拶しろって、……プロデューサーさんはなんて恐ろしいことを」

P「もっと大人数の前で歌ったことあるじゃん」

乃々「お客さんとお仕事関係者じゃ全然話が違うんですけど!」

P「同じ人だろ、いやもう人とすら思うな、アレらは新種のかぼちゃだ、監督も例外じゃない。リラックスしろリラックス」

乃々「もりくぼはどうしてこんなことになっているんでしょう、ついこの前まで平穏に生きていたハズだったのに……」

P「ディスティニーだ、天は森久保をこの世界に導いた。ほらっ、こっちだ来い」

乃々「引っ張らないで下さいー、どなどなどーな、牛久保は運ばれる~」

P「森久保、あのな、毎回じゃなくていいから。せめて、せめて初めての一回ぐらいは、人の目を見よう。じゃないと関係者の顔が覚えられないだろ……」

乃々「む、むーりぃー……、もう、色々な人と、お話して、もりくぼは目がグルングルンしているんですけど」

P「苦手でも下手くそでも何でも良いから、現場の仲間と関係を築く努力をしてくれ。今までの挨拶回りで何人ぐらい記憶できた?」

乃々「か、顔はむーりぃー……でも、体型とか服とか靴とか、肌の質や筋肉量で、……十数人は覚えたかも」

P「マジかよ、すげぇな」

乃々「顔なんて記号、指の指紋と一緒です……。無理してソレを覚える必要はないと思うんですけど」

P「ただの記号って言うなら、そこから目を逸らすなよ。っていうか俺の事も体格で認識してんのか、森久保」

乃々「プロデューサーさんは別です。お仕事で困ったことがあったらプロデューサーさんの方を向いてますし、……時々作業中のプロデューサーさんをチラチラ見てます」

P「要は慣れの問題ってわけか。……そろそろ全体ミーティング、つまり顔合わせだな。主要キャストは監督の近くの席だ。人数が人数だし、俺の立場では同席は難しそうだな」

乃々「………………え?」

P「というわけで、ほら行ってこい。いつも通り、遠くで見守っているから」

乃々「嫌です」

P「………………」

乃々「…………」

P「…………」スタスタ

乃々「ちょ、プロデューサーさんどこに行くんですか、森久保を置いて行かないで……」

P「先生っ、先生じゃないですか! いやー、挨拶が遅れてすいません~!」

先生「あらあら、どちら様でしょうか」

P「申し遅れました、346プロダクションの者ですぅ。全体ミーティングの直前に失礼致しますぅ、どうしてもお話がしたくてですねぇ。――この度は先生の作品に森久保乃々を指名してくださったとか、感激の至りですぅ。この子が乃々ですぅ、前もって送らせていただきました宣材写真はご覧になっていただけましたでしょうか。どうです超絶に可愛いでしょ、森久保乃々は前々から先生の作品を愛読しておりまして、きっと先生の望まれるパーフェクトな仕事をしてみせますぅー」

乃々「……プロデューサーさん、待って、最高に待って欲しいんですけど……」

先生「きゃー綺麗~、お人形さんみたい! その後ろ髪はエクステ? よく見せて~」

乃々「……あう、漫画の扉部分で見た作者の顔が……、ちょっと感激かも」

先生「漫画読んでくれたんだ、ありがとうー」

乃々「えっと……その……」

先生「やだー、そんなにおどおどしないで。マネージャーさん、この子もう役に入っているんですか?」

P「あ、いえー。お恥ずかしながらコレが素で……どうですかねぇ、キャラクターのイメージに相応しいですか?」

先生「文句ありませんよー、こんなに可愛らしい子の力で私の作品が映像になるんですものー。乃々ちゃん、よろしくね」

乃々「よ、よろしくお願いします……」

P「良かったな、先生のお墨付きは貰ったぞ」

乃々「ああいう訊き方をされたら、そう答えるしかないと思うんですけど……。社交辞令ってやつです」

P「社交辞令でもクソでも取りあえずは言質を取っておくんだよ」

乃々「この人、本当に酷いんですけど……」

先生「乃々ちゃんマネージャーさんの腕にべったり、よっぽど信頼されてますね」

P「お恥ずかしながら極度の人見知りでしてー。もうミーティングが始まるのに、どうにも尻込みしちゃいましてぇ、あはは」

先生「乃々ちゃんは中学生よね、これぐらいの歳の子だったら普通よー。むしろ私の中学時代よりよっぽどマシじゃないかなー」

乃々「…………………」

P「初対面で唐突に不躾なんですが、一つお願いをしてもよろしいでしょうか」

先生「あら、なんでしょう?」

P「森久保乃々を連れて行ってくれませんか、席の方に」

乃々「えっ」

先生「お安いご用ですよー、じゃ早速行こうか乃々ちゃん」ガシッ

乃々「えっ」

P「それじゃ森久保、達者でな。またいつか会おう」

乃々「…………むーりぃー」

乃々「森久保は人から人へと渡り歩く……まるで奴隷のように……」

先生「乃々ちゃんのマネージャーさんかっこいいね、いつも一緒にいるの?」

乃々「……マネージメントもしますが、あの人はプロデューサーさん、です。……なんていうか、……担当するタレントに関すること全てに対して、ほぼ全権を握っています」

先生「握られてるんだ」

乃々「……握られてます」

先生「じゃあ乃々ちゃんの芸能生活も安泰そうね~、しっかりした人だったよ」

乃々「ま、まあ……」

先生「それに親子みたいに仲が良さそうだったし」

乃々「………………親子?」

先生「あれ、親子とは違うか」

乃々「…………いや、お父さんみたいなものです、……言われてみれば」

乃々「…………先生は、どうしてもりくぼを、……その、指名したんでしょうか」

先生「ん? ………………んー」

乃々「絵本作家さんの紹介とは言え、会ったこともないのに。……現に今日が初対面ですし……」

先生「あんまり理由はないけどー、まあ言うなら、大人数の会議で安全牌を選ぶよりは、私の直感で選んだほうが面白そうじゃない?」

乃々「…………えぇー」

先生「ドラマ制作の安定さも大切だけれど、……ごめんなさいね、これは現場の人には言わないで頂戴ね。だって、今日まで乃々ちゃんがどんな雰囲気を持った子なのか、ずっとワクワクだったの。乃々ちゃんに会うまで色々と妄想ができて、すっごく楽しかったのよー」

乃々「……えっと、ごめんなさい」

先生「えー、そこで謝るの?」

乃々「先生が思い巡らせていたもりくぼは、……大したことありません。新緑の草木の間の小池の底の水草のように、平穏という水流に揺られながら生きる、そんな静やか日々を夢見ている、とても小さな人間なんです」

先生「…………またまたー」

乃々「えぇー…………」

先生「ねー乃々ちゃん、あのプロデューサーの腕につかまっている内は、静かな日々なんて一生来ないよ、断言しちゃうわ」

乃々「で、でもっ、嘘じゃないんですけど……もりくぼは平穏が好きで……」

先生「よっぽど有能なのね、乃々ちゃんのプロデューサーって」

乃々「あの、その……」

先生「ところで乃々ちゃん~、だとすると今回のドラマのお仕事、あんまり乗り気じゃなかったりするのかな」

乃々「うぅ……」

先生「私は悲しいなぁ、すっごく乃々ちゃんに演じて欲しいのになぁ。私のキャラクターと雰囲気は似て異なるけれど、でも乃々ちゃんの持った人柄やオーラで、演じきって欲しいな、私の作品の上で」

乃々「………………ごめんなさい」

先生「謝る必要はないよ。だって私、乃々ちゃんに会えて、さらにワクワクが増えているのよ。乃々ちゃんの作るキャラクター、すっごい見てみたいし」

乃々「むぅ………」

先生「でも私の作品には出たくないかー」

乃々「……えっと、出たいです、けど」

先生「ちょっと脅迫めいちゃったかしらー、今からでも私が言えば、もしかしたら主演は変更できるかも」

乃々「……正直不安ですが、でも先生の作品は大好きで、先生の作品の一部になってみたい。……それは本当なんですけど」

先生「本当に本当?」

乃々「……もりくぼは、もりくぼの好きな漫画家さんの目の前で社交辞令を吐けるほど、……大人ではありませんから」

先生「そう~、良かった。それじゃあ乃々ちゃんがやる気になれそうなアドバイスを一つ。今回のお仕事、成功したらプロデューサーを見返せるし、立場も対等になれるかも」

乃々「…………………………」

先生「まあ、困ったことがあったらいつでも言ってね~。イメージとか、感情とか、曖昧なことでもいいし、……うふふ、個人的な相談も大歓迎かな。乃々ちゃんのとこ気に入っちゃったかも、あとで連絡先教えて、ね」

――全体ミーティング

恵まれたスタッフチーム、その中で私も最高の映像が制作できたら……

やる気は誰よりも、……至らない点もあるかと思いますが、ご教授……

乃々「(万が一にドラマが成功したら、もりくぼとプロデューサーさんがどうなっているのか? ……どういうことだろう。それが、もりくぼのやる気と直結しているのだろうか。先生のアドバイスは何を意味しているのか……)」

この技術に関しては誰にも負けないと自負、私に訊いて頂ければ……

……仲間と時に協力、時に切磋琢磨し、傑作を生み出せたらと

乃々「(でも見返すという言葉は引っかかる、別に見返したいとは思わないけど、むしろプロデューサーさんとは今のままの関係で、できるだけ穏やかにいられれば、……じゃあ何故に引っかかる)」

長々とするのも何なんで、それじゃあトリは主演の方々に……

乃々、森久保乃々

監督「森久保乃々さん、森久保さーん」

乃々「ひっ、……あ、あれ」

監督「まあまあ、マイクどうぞ」

乃々「(や、やばいんですけど……、いつの間にもりくぼの番に。……きゅ、急なことで何も思い浮かばないんですけど、みんなが、膨大な数の視線がもりくぼに向かって、ああ、頭が真っ白なんですけど……)」

――遠巻きから乃々を眺めるP

乃々「う……あ、その……」

P「(やべぇな、思ったより空気が厳粛だわ、今の森久保には厳しいか)」

乃々「………………むーりぃー」

P「(できれば耐えて欲しいが、無理だろうな)」

乃々「あ、あの、プロデューサー……」

P「(目線が完全にこっちを向いている、周囲もざわめいてきたし、みっともないが助け舟コースだな。さてさて、どうやって乱入したものかーっと)」

男「あの」

P「あ?」

男「じつは僕、主演が初めてで。演技は何回か経験しているんですが……。森久保さんも、今回が初めてとか」

乃々「えっと、……はい」

P「アァン?」

男「森久保さんは、少女漫画集めが趣味とプロフィールに……、先生の作品も?」

乃々「あっ、はい。……前々からもりくぼは先生のファンでした。先生の作品の魅力はですね……」

男「僕も事前に拝読はしましたが、そこまで深くは入り込めませんでした。しっかり勉強し直さないとー」

アハハハハ……

P「あああああああぁ?!」

――後日、事務所にて

P「やってくれんじゃねーかあの野郎ォ!」ドカッ

みく「いやいや、助けてもらった癖に何を怒っているにゃ」

P「森久保に色目使いやがって、覚えてろよ。俺が巴を召喚すれば、翌日お前のベッドの材質はコンクリートに変わるぜBaby」

みく「巴ちゃんは殺し屋じゃないにゃあ、巴ちゃんが可哀想にゃ……」

P「え、巴って殺し屋だろ、髪の色が血に染まってるじゃん」

巴「ははは、面白いこと言うのぉ。笑わせてくれたお礼じゃあ、いまPの寝床をリフォームしてやるけぇ。ちょいと待っとき、すぐにドラム缶を持ってくる」

P「あっ、巴さん。いらっしゃったんですね、ごきげんよう」

巴「おう、いっぺんPとは腹を割って話をする必要があるのぉ。うちとPの仲じゃけぇ、正直に話そうや、……ドラム缶の中でな」

P「あっ、わたくし所用がございましたわ。ごめんあそばせ、ドラム缶はまた今度の機会にしましょ♪ それじゃ、ごきげんよう、うふふっ、うふふふふっ」

みく「(Pチャンが本気で怯えているにゃ……、まさか本当に巴ちゃんは……)」

書き溜めここまで

お察しの通りログイン勢のエアPなもので、色々とすいません。
スレタイにモバ付けるのがルールだったのね……

――レッスン場

P「はぁはぁ、あー危なかった。おーい、森久保ォ」

乃々「……あっ、プロデューサーさん。レッスン場までお出迎えですか、珍しいんですけど。……暇なんですか?」

P「違うわ、台本練習だよ。予定にも入ってただろ」

乃々「えー、……もうダンスレッスンでもりくぼはヘトヘトなんですけど」

P「最初は座りながらで大丈夫だ。追って動作もつけ加えるけど。……どれぐらい覚えた?」

乃々「原作と台本で重複しているセリフも結構ありましたから、ソコソコはいけるかと」

P「ソコソコじゃマズい。乃々は新人で、新人は立場が弱い。いつ誰に文句を言われるか分からないから最低限、台本は逐一記憶していくぞ」

乃々「ど、どれぐらい時間かかりますか?」

P「そりゃ森久保次第だろう」

乃々「うぅー、安息の地に帰りたい……。もりくぼは鳥かごに入れられたカナリア。……鳥久保、……ピヨピヨ……」

P「なに言ってんだ森久保……」

乃々「プロデューサーさんは鳥久保を狙う猫、……猫デューサーなんですけど」

P「分かったから、さっさとトレーニング室に戻るぞ」

――トレーニング室

P「ミーティングで説明はあったが、段取りは『本読み』、『ドライリハ』、『ランスルー』、そして『本番』。俺は演技指導はできないから、本読みの稽古が始まる前にセリフの確認までを完了させよう」

乃々「あぁ……、本当にもりくぼはドラマに出るんですね。今から憂鬱なんですけど……」

P「ここ数日はプロダクション専属の先生に特別指導してもらっただろ、さすがにもう素人とは言わせねぇぞ。我が社には教本もあるし、ドラマ経験のある先輩も在籍しているから相談しろよ。恵まれた環境を活かしていこうな。もちろん本番が始まったら現場の指導者の言うことが最優先だが」

乃々「もう、こうなったらさっさと覚えて、さっさと机の下に帰るんですけど」

P「その意気だ、頑張ってこう」

乃々「――――」

P「―――――」

P「―――――」

乃々「――――」

P「…………嘘だろ、森久保。お前、そんなに……物覚え悪かったのか?」

乃々「……うぅ、こんなはずでは」

P「声が震え気味だし、まだ慣れてないとか……」

乃々「これでも羞恥心は取っ払ったつもりだったんですけど……、その、プロデューサーさんが男優役のセリフを話すと、変な感じがして」

P「俺のせいかよ」

乃々「うぅ、ここから更に身振りが入るなんて……むーりぃー」

P「落ち着け、まだ時間はある。俺がマズいってならアイドル呼ぶか。他の子も演技の練習になって一石二鳥。今日はアンダーザデスクの予定は……」

乃々「このままでお願いしたいんですけど、相手は男の人の方がいいと思うんですけど、……多分」

P「わ、分かった。最悪台本は全部暗記しなくて良い。考えてみれば現場は『本読み』の段階にすら入っていないんだ、たぶん他のキャストよりリードはしているはず。よ、よし。無様でも良いから手振りを入れよう。体動かしたほうが気が紛れるし、頭に入るだろ、……うん」

乃々「お、……お願いします……」

―――稽古場、キャスト休憩

P「(………………結論から言うと、モノになった)」

先輩A「乃々ちゃん、あーん」

乃々「あ、あーん……」

P「(いや、普通になっていた。プロダクションでのレッスン時点では駄目だったのに……)」

先輩A「アーモンド、美容にも健康にもいいって」

乃々「あ、ありがとうございます……」ポリポリ

P「(本番に強いタイプ、というか吹っ切れたら化けるタイプなのか?)」

先輩B「乃々ちゃんのリスのコスプレ画像かわいー、待受にしていーい?」

乃々「そっ、……そんな大したものじゃ、ないんですけど……」

P「(……ったく、昨日まで俺がどれだけ焦っていたか)」

先輩B「ねぇねぇこの格好、もう一回してみせてよー」

乃々「あの衣装はもうないから、む、むーりぃー……」

P「(俺の台本読みがそんなに気になったのか、たしかに俺は素人だけど)」

先輩A「乃々ちゃんの髪型って完成度高いよね、お人形さんみたい」

乃々「あ、あの、あんまり引っぱらないで欲しいんですけど……」

P「(なにはともあれ初回のランスルーはクリア、この調子で本番も頼むぞ……)」

先輩B「ねぇ、ライブで歌っているんでしょ。今度呼んでよ、応援するよ」

乃々「そんなに頻繁には、というかもう二度と……」

先輩A「あっ、あたしも欲しいかも。ライブ中はどんな感じなの、乃々ちゃんって。ちょっと踊ってみて……」

先輩B「あ、私も見たい見たい」

乃々「むーりぃー! むーりぃー!」

P「っつーか愛されてんな森久保ォ!」

P「(キャリアだけの中堅女優が主演を妬むパターンも考えたが杞憂だったか……。現場のキャストは良識を持った優しいお姉さまばかり。まあ、今の時代は人間の性根もSNSで筒抜けだもんな。下手を打ちたくても、打てねぇ世の中だわ。――と、すると俺が懸念すべきことはただ一つ)」

男「あ、Pさんどうも、お疲れ様ですー」

P「 肉 棒 の 存 在 だ 」

男「ちょっとお話いいですか」

P「いきなり仕掛けてきたし」

男「……えっと」

P「あ、いいよいいよ、お話ね」

男「森久保さんって本当にドラマ初出演なんですか?」

P「そうだよ、稽古の慌てっぷりみてたら分かるだろ」

男「たしかに落ち着きは……でも何だろう、やることはしっかりやり遂げてるって言うか……」

P「まープロだし、押さえる所は押さえるよ森久保は」

男「そういうの格好いいですね」

P「………………で、どうしたの?」

男「え? ……別に、どうしたって訳じゃ」

P「森久保の事でしょ、何か訊きたいことでも?」

男「あー、そうですね。初演技ですので致し方ないのですが、森久保さんとコミュニケーションが取れていないのでさすがに焦っています。……Pさんと森久保さんはとても親密そうですので、何か森久保さんと仲良くなるコツとかアドバイスとかあれば教えてもらえないかと」

P「……コツねぇ、ごめん全然思い浮かばない。でも森久保は極度の人見知りだから、あんまり距離を詰めようと考えない方がいいかもな」

男「そ、そうですか……」

P「手乗りスズメっているじゃん」

男「えぇ?」

P「人に慣れたスズメだよ、手のひらに餌を置くとソレを直接食べる。……でも、そこまで人に近づくスズメはかなり珍しくて、野良じゃほぼ見ない」

男「へぇ……」

P「森久保をソレだと思って手のひらの上にエサを置いて待ってな、運が良ければ近づいてくるさ」

男「そうですか……」

P「森久保の課題の一つではある、チームメンバーと仲良くなる必要はないけれど、避けるのは問題外だ。……だから、共演者が君みたいな人で助かるよ。……どうか森久保を宜しく頼む」

男「あっ、はいっ。任せて下さい!」

――プロダクション併設カフェ

P「遠回しに森久保には無為に近づくなと忠告したつもりだったんだが」コプゥ-

みく「なにか吐血する出来事でも?」フキフキ

P「森久保を宜しくと言った矢先、あの男調子づきやがって……。シーン毎に森久保を気を配り、森久保の出番になると声をかけ、森久保がミスをしたらフォローし、森久保が好演したら鼓舞し、休憩中になったら森久保に差し入れをしつつ自然の流れで談笑を一つして、撮影が終わったら森久保とハイタッチ。……っつーかソレ全部俺の仕事なんですけどぉ!」ダンダンダンダン

みく「面識が少ない状態で乃々ちゃんとそこまでできるなんてよっぽどの好漢にゃ。……でも気に入らないのなら、乃々ちゃんのPちゃんは二人の間に割って入れば良かったにゃ」

P「現場の人間は森久保の性格を察知していたし、仕事を円滑に進めるため森久保と親しくなろうとする相手役の気持ちも汲み取っていた」

みく「つまり現場は祝福ムードだったにゃ」

P「違ぇ! そういうのじゃねぇ!」

みく「結局のところ、さすがのPちゃんも空気を読んだにゃ」

P「森久保を頼むと言った手前もある、あれは失言だった」

みく「第三者から言わせればファインプレーにゃ、さすが乃々ちゃんのPちゃんは仕事のできる男にゃ」

P「くそうくそう、俺の森久保と、あんなに仲良くなりやがって」

みく「乃々ちゃんのドラマ撮影の成功をお祝いするにゃ。……っと、本当のPちゃんからまた電話にゃ。今日はここまでにゃ、それじゃご馳走様。ハンカチは置いていくにゃ、血でも涙でも好きなだけ拭いていけにゃ」

P「……ぐぅ」

――数日後、早朝のプロダクション。

P「なんとか僅かな時間を見つけて台本練習の時間を作った。ということで森久保ォ! レッスン室行くぞオラァ!……あれ、机の下が空っぽ。まったく、どこに逃げ」

乃々「あっ、プロデューサーさん。……おはようございます」

P「あいえええええええええええええええ?!」

乃々「び、びっくりしすぎなんですけど……」

P「なんで?! 森久保が普通に現れた!」

乃々「人をRPGの魔物みたいに言わないで欲しいんですけど」

P「時に森久保よ、何故にバッグを持っている」

乃々「これから森久保は所用があるので、出かけてきます」

P「あるぇー、おっかしいなー! 今日のこの時間、俺の時間が空くから台本の確認しようって前に言ったはず」

乃々「申し訳ないんですが、今朝方に大切な用事ができまして……」

P「あーそうなのね、いやいいよ別に。本日の台本練習は俺のスケジュールに合わせる形になっちゃってたし。森久保に用事ができたならそっちを優先しても」

乃々「……いえ、じつは男さんに誘われて台本の練習をこれから……」

P「」

乃々「あ、……あれ、プロデューサーさんが真っ白に……」

P「」

P「初耳なんだけど」

乃々「だから、今朝方誘われたって……」

P「な、な、な、な、なんで、俺じゃなくて直接、森久保に連絡が……」

乃々「仕事ではなくプライベートの自主練なので、もりくぼに直接お誘いがきました」

P「俺に無断で許せないけど、百歩譲って許せるとして、いや許せないけど、行くのか森久保ォ?!」

乃々「はい、撮影もそろそろ中盤ですが、まだまだ不安なので……。それに、プロデューサーさんと台本練習してもあんまり調子が出なくて……、この自主練は本番と環境が近いですし……自由参加ですがもりくぼは参加しておいた方が良いかと」

P「そんな正論を吐くなんてどうしたんだ森久保、おまえ正気か?!」

乃々「随分な言い草なんですけど」

P「仕事前になると脱兎の如く姿を晦まし、発見したかと思うとブツブツ不服そうに文句を垂れる森久保が自主的に練習に参加するなんて、空から槍が降るより怖いわ!!」

乃々「まあ、コレは仕事ではないので……」

P「つ、つまり、もりくぼはあの男に、これから会いにいくと……」

乃々「男さんだけではなく、時間のあるキャストさんが複数で来るみたいなんですけど……。その後にお茶にも誘われてますので、自主練と言いつつ半ば遊びに行くようなものかも……」

P「つまりもりくぼはあの男と遊びに行くと?!」

乃々「あ……あの、気になるようでしたら、……プロデューサーさんも一緒に来ても……」

P「…………………ううううううううおおおおおおおおおおおおお!」

乃々「う、……うわー、プロデューサーさんが狼のような咆哮を」

P「……良い」

乃々「え?」

P「……行って来い、森久保が仕事にやる気が出てきて俺は最高に嬉しい。それに、お茶も楽しんでこい。森久保が仕事仲間と仲良くなって、俺は猛烈に感動している。俺が行ったら水を差すだろう、俺は行かない。……仕事のスケジュールには遅れないようにな」

乃々「はい、がんばってみます、……もりくぼなりに。……それじゃ、行ってきますプロデューサーさん」

――プロダクション併設カフェ

みく「みく、これから番組あるから、あんまり時間取れないけど」

P「……燃え尽きだぜ」

みく「うわぁ、蒼白の顔面と、口元から垂れる血のコントラストが見事にゃ」

P「森久保は、……いや森久保さんは、立派に成長された。あの子は、自らの足で立ち上がり、自らの未来のために努力をすることを覚えた。これから、森久保さんは単身でトップアイドルへの道を突き進んで行くだろう。俺は嬉しいぞ、森久保さん。俺のことなんか忘れて、シンデレラロードを駆け抜けてくれ。グッバイ、森久保さん。森久保さんとの思い出、ずっと俺は忘れないぜ」

みく「やっべーにゃ、今までのPチャンの中でもダントツで壊れてるにゃ。……ちょっと肩揉んでやるから、背中貸せにゃ」

P「……はぁ。しかし、いよいよ俺の仕事も減ってきたな。そろそろ担当増やそうかなぁ、上司に言えばポンポン増えるのかな。増やしたいなら自分で見つけてこいって言われるかも……」

みく「じゃあ、みくがPチャンのアイドルになるにゃ。みく達は仲良しだから、都合がいいにゃ」

P「お前もうプロデューサーいるじゃん……。都合がいいって言うなら、そんな都合のいい要求は通らないって」

みく「……まー、言ってみただけにゃ」

P「だよな。それにお前、全然手がかからなそうだし……」

みく「そんなことないよ。みくはプロダクションでも売れてる方だし、みくのPチャンはいっつも忙しそうにゃ」

P「あー、そっか…………」

ppppppppp...

みく「電話にゃ……Pチャンじゃない?」

P「おう」ピッ

みく「………………」

P「おう、どうした? うん、……うん」

みく「………………」

P「そうか、一人で次の仕事場行けるか?」

みく「…………………」

P「俺か、まあ今は暇だけど」

みく「え…………」

P「分かった、じゃあそっち向かうわ。どっか店入ってな。じゃーな」ピッ

みく「乃々ちゃん?」

P「ああ。稽古の方はやったが、お茶の方が想像より大人数で、なんだか物怖じして逃げちゃったって」

みく「……そんなことあるのかにゃ」

P「主演なんだし堂々としてりゃいいのにな。それじゃ森久保迎えに行ってくるわ、そっちの伝票取ってくれる?」

みく「みくもロケ地に向かうところにゃ、途中まで一緒に行こうにゃ」

P「オッケー、先に会計済ますから入り口で待ってて」スタスタ

みく「はいはい……っと、自然と足早になってるし。乃々ちゃんのPチャンはプロデューサーの鑑だね、いつ何時も乃々ちゃんのことしか見てない。ほんとう参っちゃうなー」

――後日、撮影現場

P「(ストーリーも進んできて、森久保と男の接触シーンも増えてきたわけだが)」

ダンッ

乃々「ひぃ!」

P「(撮影とはいえ、あの森久保が壁ドンされる日が来るとはな。ああ、俺も壁殴りてーわ)」

クイッ

乃々「ひぃ!」

P「(撮影とはいえ、あの森久保がアゴクイされるとはな。俺が男のアゴにアッパーかましてぇわ)」

ナデナデ

乃々「ひぃ!」

P「(撮影とはいえ、あの森久保が男から頭を撫でられるとはな。俺は鈍器で男の頭をかち割りたいぜ)」

――休憩所

男「Pさん、お疲れ様です~!」

P「…………………………オツカレ-」

男「なんか老けてませんか? 最近お忙しいとか」

P「逆に、君が森久保によくしてくれるから、俺の仕事は随分と楽になっているわけで」

男「視聴率、時間帯にしては好成績です。この調子でがんばりましょうね!」

P「そう。…………なぁ、男君よ。君、森久保をどう思う」

男「けっこう場慣れしてきたんじゃないですかね、もう立派な女優さんですね」

P「違う、そういうことじゃなくて」

男「え?」

P「もうストレートに言うけれど君が森久保と親密になりすぎて心配なんだ、いちアイドルのプロデューサーとして。……もし森久保と君がお互いに朋輩以上の感情を持ってしまったら、こっちは商売ができなくなってしまうからね」

男「えっ、森久保さんと僕がそういう風に見えたんですか?」

P「意外そうだね……」

男「いやー、だってですね。いまだに森久保さんの方から話しかけられたことないですよ、目すら合わせてくれません。……そりゃあ、当初と比べたら緊張は解けたように感じますけれど。笑顔も最近やっと見せてくれるようになりました、その程度なんですよ!」

P「目を逸らすのは森久保のシステムだから。むしろ、この短期間でそこまで行ったのが異常だわ。よくもまあ、あそこまで迅速に森久保を手懐けたものだね。『もりくぼ飼いならし選手権』があったらタイトルホルダーは君で、そうそう君のレコードタイムは破られないだろうよ」

男「……森久保さんって人間ですよね?!」

P「森久保は森久保っていう生態系持ってるから。もしかしたら君のクラスじゃ、もっと仲の良い女子が数人いるかも分からないけれど、君は顔も良いし。でも森久保は特殊であって、その特殊が君との場合は普通になってるから、それが異様というか驚愕というか、俺にとって脅威なわけだよ」

男「………………」

P「スマンな、ワケわからんことを言って」

男「うーん……。いえ、Pさんの言いたいことというか、気持ちはなんとなく伝わってきました。森久保さんを愛玩鳥のように言われるのは、ちょっと気に障りますが」

P「へぇ、今ので分かったの?」

男「Pさんは時間をかけて森久保さんと打ち解け、普通に接し合える関係になっています。そして貴方ほど森久保さんに接近した人間は存在しなかったのかもしれませんね。ところが今回のドラマ撮影では僕という他人と普通に接しかけている。……それが単純に気に喰わないんでしょう?」

P「そんなに複雑な話じゃないよ。あくまで俺はアイドルプロデューサーとして、仕事柄ね」

男「本当にプロデューサーとしての立場で言っていますか?」

P「そうじゃなかったら君の返事は何か変わるの?」

男「……返事は変わりません。『心配は無用』です」

P「そう、それなら結構」

男「釈明というか、少し僕の話をしても良いですか?」

P「ぜひ、聞かせて欲しい」

男「今のところ僕は恵まれた環境にいます、役者にとって最高の環境とは多くの目に触れられていることです。接触の数だけ僕はモデル、あるいは役者としてのチャンスを得ています。視聴者、監督、同業者、技術者。それは小さな好機ですが、膨大な数字の好機です。今現在、僕が貴方の目に映っているこの瞬間も例外ではありません」

P「ふむふむ」

男「しかし、それは僕が認識している好機の一種類にすぎません。おそらく、今僕が立っているメインキャストというポジションには、もっと多くの財宝が眠っているハズです。僕は比較的、若い内に成功しているので、どこに財宝が埋められているか全ては感知できません。……ただ、その無知を自覚するだけでも、僕の今後の芸能人生の糧にはできると思っています」

P「間違いないな、俺が保証しよう。そういう心がけは森久保にも見習ってほしいね」

男「森久保さんは心配ないでしょう、Pさんがいますから」

P「プロデューサーの一存だけでアイドル生命が安泰なら、俺は毎日苦心していない」

男「……まあ、とどのつまり。現場での一挙手一投足が今後の人生を左右することを僕は理解しています。それを理解した上で、僕はプロの役者として振舞っているつもりです。プロとして、主要キャストである森久保さんとはできるだけ友好関係を築きます。映像の中では恋人の一歩手前という役柄で森久保さんと接します。それ以上も、それ以下の意味もないんです」

P「なるほど」

男「すべては結果のためです、とりわけドラマの成否は誰よりも僕にとって重要なんです。……ときに立場が僕に近い森久保さん、そして貴方も、同じことが言えるのではないでしょうか」

P「それは……どうだろうね。アイドルなら失敗も笑い話にできるし」

男「えー、そりゃないですよ。僕は勝手に運命共同体のように感じているんですから」

P「悪いね、冗談だ。まあ俺も君の気持ちは理解したさ、要するにノロケてる暇はないワケね。君はどうやら、もっともっと上を目指しているようだ」

男「上なんてとんでもない、生き残ることで精一杯です」

P「そうか、俺はもっと上を目指してる。森久保の気持ちはともかく」

男「………………やっぱり、そうですよね」

P「やっぱり、そうなんじゃないか」

男「…………………………」

P「俺は君という人間を誤解していた、疑って悪かった。君は恋敵じゃない、商売敵だ」

男「お互い、どこまで上り詰めるか。勝負ですかね」

P「勝てるかな、君が俺に」

男「Pさんに勝てるかは分かりませんが。でも今の森久保さんを見てると正直、とても頂点に立てるとは……」

P「………………これからなんとかするんだよ」

男「あはははは……」

P「ははっ……」

――プロダクション併設カフェ

P「みく、よく聞け。この世には2種類のイケメンがいる」

みく「………………」

P「いけ好かないイケメンと、文句のつけようがないイケメンだ」

みく「………………」

P「ときによって後者は、前者よりも暴力的だ」

みく「………………」

P「あんなの、男の俺でも惚れるわっ……ゴフッ」バタッ

みく「……………さながら吐血する姿は諸葛亮に打ちのめされる周瑜かにゃ」

P「え……衛生兵……」

みく「はいはい、ハンカチどうぞ」

P「かたじけない……」

みく「ちょっと意外かも」

P「何が」

みく「乃々ちゃんってトップアイドル目指してたんだね」

P「当人は目指してない、俺の密かな野望だ」

みく「本人の気持ちを無視してトップアイドルって、そんなのアリなのかにゃ……」

P「どうなんだろうね。みくはどうなんだ、理想、目標は?」

みく「無論トップにゃ。頂点に君臨して、ネコミミの素晴らしさを世に布教するにゃ」

P「ま-、みくならそう言うよな」

みく「ただ……、Pチャンはちょっと違うかもしれない」

P「みくPか、……うーむ」

みく「みくがソコソコ売れている現時点で、Pチャンはそれなりに忙しいにゃ」

P「アイツは忙しそうにしてるだけだろ、あるいは効率的に仕事ができない無能だ」

みく「いずれにせよ、これ以上は別にいいかにゃって、そんな感じのオーラ出してるにゃ」

P「それが本当だったら屑だな、腹を切って地獄の火の中に投げ入れよう」

みく「いやいや……。でも無理はないかな、だってトップアイドルのプロデューサーって、要するに全世界のプロデューサーの中で一番背負うものが大きいにゃ。時間とか、趣味とか。多くのものを犠牲にしないと、それを背負うことはきっとできないと思う」

P「やっぱり屑。アイドルにそんな気を使わせるプロデューサーなんて、居ない方がマシだ」

みく「みくが勝手に思っているだけにゃ」

P「俺だったら、そんな風に考えさせる隙すらアイドルには与えない」

みく「そりゃ、乃々ちゃんのPチャンにとっては乃々ちゃんが世界みたいな感じだもの。普通はそうじゃないよきっと」

P「担当が誰だって同じこと。トップアイドルの器、背負えるものなら俺は背負ってみたい」

みく「…………はぁ。本当に、どうして乃々ちゃんのPチャンがみくのPチャンじゃないにゃ。世の中不平等にゃあ……。マジで上に直談判しようかな、ストライキでもボイコットでも、何でもしちゃいそうだよ」

P「勝手に話を進めるなよ……。まあ悪くは言っているが、逆に今のみくがあるのはアイツのおかげでもあるわけじゃん。両者の目指すところの意識の相違は、何度か話し合っていく中で改変させることも十分に可能なはずだ。そう悲観するなって」

みく「それは、そーなんだけどねー……」

P「何か、まだ不満がありそうだけど?」

みく「……はたして、これを不満と言っていいものか」

P「なんだよ」

みく「いやー、なんていうか。ここだけの話にして欲しいんだけど」

P「だからなんだって」

みく「Pチャン、最近みくに欲情してる気がするにゃ」

P「具体的には?」

みく「なんか目線が嫌らしいし、ボディタッチも以前より増えたような」

P「ガタッ」

みく「急に立ち上がってどうしたにゃ」

P「今からみくPを殴りに行く、お前も来るか?」

みく「ストップ、一旦座れにゃ」

P「おう」

みく「……じゃあ、ちょっと乃々ちゃんのPチャンに質問するけれど」

P「おっけー」

みく「質問1:乃々ちゃんを性的な目で見つめたことがある」

P「YES」

みく「質問2:乃々ちゃんを故意に嫌らしく触ったことがある」

P「YES」

みく「質問3:機会があれば乃々ちゃんを自宅に泊めるのも厭わない」

P「YES」

みく「………………ガタッ」

P「急に立ち上がってどうしたにゃ」

みく「今から乃々ちゃんのPチャンを殴るにゃ、歯食いしばれにゃ」

P「ストップ、一旦座れにゃ」

みく「つーか、中学生相手に何考えてるの。大丈夫? 通報してあげようか?」

P「好きにしろ、乃々に被害者意識がなければ神も俺を断罪できまい」

みく「まーPチャンの場合はみくの思い過ごしかも。あるいは度重なる仕事の不満が作用して、一時的にPチャンを受け付けなくなっている可能性もあるにゃ。ともかく、今のコンディションでPチャンと話し合うモチベーションが中々沸かないのも事実にゃ……。向上心が足りないのかなー、トップアイドルになりたい気持ちは本物だと自分では思っているけれど」

P「みくの思い違いだったら、それに越したことはないが……。ちゃんと警戒はしとけよ」

みく「どの口が言ってるにゃ。というか、どういう立場でPチャンを殴りに行こうとしたの」

P「無論、プロデューサーとしての立場さ」

みく「間違いを起こすのだけは止めてよね」

P「心配するな。プロのプロデューサーという自覚があるならアイドルの裸体を目前にしても手は伸ばさない。ちゃんと俺はプロ意識を持っている、みくPも同様だとは思う」

みく「……どの道、騒ぎを起こす気はないにゃ。仕事に支障が出たら困るし、変に疑ってPチャンとの関係を悪化させたくないし」

P「そうだな、ソレで良い。ただPチャンの話だけじゃなく、何か仕事で身の危険を感じたら極力迅速に俺に連絡しろよ」

みく「分かってる、乃々ちゃんのPちゃんならスマホのホーム画面からワンタッチにゃ。目隠しでも片手でも逆さに持っても足で操作しても声を使っても一発で繋がるんだから」

P「逆に怖いよ、なにそれ」

みく「むう、そっちが頻繁に会いにくるからでしょ。面倒くさいから、そういう仕様にしたのー」

P「はは……、そういや最近は特に酷いな。下手したら担当の森久保より会話してるわ」

――撮影最終日、現場にて

監督「カーット、はいOK。お疲れ様でしたー!」

パチパチパチパチ……

乃々「はぁ……やっと終わったんですけど」

男「森久保さん、お疲れ様でした」

乃々「お、……お疲れ様です」

男「今までありがとうございました。森久保さん、不慣れな現場でも頑張ってくれたと思います」

乃々「まるで、監督さんみたいなことを言っているんですけど。もりくぼと男さんは同じ立場です。その……こちらこそ、あ、ありがとうございました」

――――以下、セット裏

スタッフ「おつかれっしたー」

P「おつかレーシック、角膜ペリペリー」

スタッフ「お疲れ様ですー」

P「……おうおう、あの森久保ががっちり握手してるわ、しかも両手で。あまねく握手会でもあそこまで愛想を振りまける子はそうそういないね。……ぐぬぬ、でも、今日で終わりだ。悶々とする日々も今日で終わりっ。森久保は俺の元へ帰ってくる、ハトにもツバメにも帰巣本能があるからな、森久保にもあるだろ。ほら、もりくぼカムバーックー」

――――以上。

男「Pさんも喜んでますね、手振ってますよ、すげぇはしゃいでますね」

乃々「ホッとしてるんです、不甲斐のないもりくぼが無事に一仕事を終えて」

男「いや……それは違うかなー」

乃々「……え?」

男「良い事があったんですよ。愛鳥が帰ってきた、鳥かごの中に」

乃々「愛鳥? プロデューサーさんはペットは飼ってないんですけど」

男「そうそう。実家では猫を飼っていたけれど、今のマンションは動物が禁止だって」

乃々「……なんでそれを知っているんですか、何かおかしいんですけど」

男「森久保さんに会う前は数人のアイドルユニットを担当。昔から向こう見ずな性格で、無謀な行動が多く、失敗は数えきれない程だったそうですね」

乃々「……………………」

男「毎日のように落ち込むPさんでしたが、ちょうど同じような境遇のアイドルの子と励まし合っていたそうです。偶然、同じ部署に所属していて顔もよく合わせていたと」

乃々「知らない……誰なんですけど……、うぅ……」

男「お互いチャレンジ精神が旺盛で、すぐに意気投合したそうです。損失を恐れず意思を曲げなかったことで、今の優秀なPさんがいるんですね。相手のアイドルさんも今では随分と出世されたと。……それでも、現在でも不安なことがあると相談に乗ってもらうって」

乃々「…………もしかして、前原さん」

男「………………」

乃々「いつの間にPさんのことを、そんなにお喋りを……」

男「森久保さんの話を訊いている内に、仲良くなっちゃいました」

乃々「もりくぼの話をしたんですかっ!」

男「それはもう、いっぱい」

乃々「も、もりくぼの何を話すんですけど……! 教えてほしいんですけど、プロデューサーさんはもりくぼのことを何と言っていたんですけど!」

男「……初めて、目を合わせてくれましたね」

乃々「うっ、……え、演技中に何度も合っているんですけど……目なんて。それより、もりくぼの質問に答えてほしいんですけど!」

男「うーん。それじゃあ、その話は打ち上げでゆっくりと」

乃々「……………………打ち上げ、ですか?」

男「うん、この後の打ち上げは来るんでしょ?」

乃々「……えっと。………………え?」

――休憩所

乃々「打ち上げは別に、参加しなくても良いと思うんですけど」

P「何寝ぼけたこと言ってんだ、行くに決まってんだろ、絶対行くぞ」

乃々「むーりぃー……もう、疲れました」

P「アホ言うんじゃねーよ。むしろこっからが本番なんだよ、撮影なんて前座だ前座。打ち上げは絶好の釣りポイントなんだぞ。まず酒の席で森久保の演技を都合の良いように脚色しながら振り返ってみせ、それから偉い人を酒に酔わせて機嫌を取ってゴマすって前後不覚に陥れた後に、巧みな言葉で森久保の素晴らしさを存分にかつ強烈に刷り込み、それとなく数々の活躍の場を用意していただくんだ。フィッィィィーッシュ!」

乃々「お酒は出ないかも……。舞台が学校のドラマですし、キャストは未成年も少なくないですし……」

P「関係ねーよ、店いきゃ酒はあるだろ。駄目と言われても雰囲気で飲みに持っていく」

乃々「…………………………はぁ、力技なんですけど」

ポンッ

乃々「あ……頭」

P「まーまー森久保にしちゃ滅茶苦茶がんばったよな、今回の仕事は。不慣れだったし、もしかしたら、不向きな仕事だったかもしれない。お疲れ様々森久保乃々様」

乃々「……はぁ。まったくなんですけど、よりにもよってもりくぼにドラマのお仕事を持ってくるなんて。プロデューサーさんの言うことは、まるで魚に陸を走れと言っているようなもの」

P「……で、どうだった魚久保さん。陸を走った魚の気持ちは」

乃々「…………………………」

P「やりきった森久保に免じて、打ち上げは全部任せな。森久保は俺の横に座っているだけで良い」

乃々「……分かりました」

P「えーっと、今は18時前、最寄り駅から徒歩10分のお店に19時半ぐらいに集合だから。まだ時間があるな、他の役者たちと喋ってるか? それとも軽く何か食べておくか」

乃々「いえ……、このまま時間までプロデューサーさんに頭を撫でられていようかと」

P「今から一時間、俺様の片腕を独占すると……」

乃々「ついでにプロデューサーさんの胸元に寄りかかっておこうかと」

P「今から一時間、俺様の右乳首を独占すると……」

乃々「ドラマみたいに良いシーンなのに、台無しなんですけど」

P「あんまりくっつきすぎるなよ、事務所じゃねーんだぞ」

乃々「みんなドラマの完成に感極まって外で喋ってます。この部屋には森久保とプロデューサーさんだけなんですけど」

prrrrrrrrr...

P「ちょっと待て、電話だから。悪いな」

乃々「まるで漫画のようなタイミング、嫌な電話の気配がします……」

P「ドラマの見過ぎ、……否、ドラマの演じ過ぎというか。あっ、みくにゃん」

乃々「前川さん…………」

前原って誰やねん……

P『もしもーし、マルゲリータとバンビーノのMサイズ1枚ずつ、あとコーラ』

みく『みくはピザ屋じゃねーにゃ! あと一人でMサイズ2枚は食い過ぎにゃ!』

P『夕飯と朝食用だよ、あとピザのMサイズが2~3人前って嘘だよね、あり得ないよね』

みく『たしかにちょっと少ねーにゃ……、みくもMサイズぐらいだったらぺろりにゃ……』

P『うーん、45点。勢いは良いけどバラエティじゃ通用しねーな』

みく『厳しいにゃあ、そもそも何でみくは採点されてるの……』

P『で、何用かなみくにゃん。こっちは森久保といちゃいちゃするのに忙しいんだけれど』

みく『そうだった、助けて欲しいにゃ』

P『分かった、いま何処だ』

みく『山梨』

P『その口にメバル突っ込んでやろうか』

みく『止めてにゃ、魚名を聞くだけで吐き気が……オエーッ!』

P『メバルさん高級魚やぞ』

乃々「………………」

みく『乃々チャンのPチャンの何が救いかって、話しているだけで元気が出てくるにゃ』

P『奇遇だなみくにゃん、俺もみくと話しているとユンケルスター飲んでるみたいに元気が出てくるぞ』

みく『相思相愛だね、結婚する?』

P『止めとく、さすがに毎日ユンケルスターはキツい』

みく『フラレたところで、そろそろ本題に入ろうかにゃ』

P『どんとこいです』

みく『みくとPチャンは今ホテルにいるの。それぞれシングルルームを取ってるんだけど、さっき業務用のLINEで部屋に来いって言われたにゃ。大事な打ち合わせがあるから21:00に来いってさ。みくにゃん犯される5秒前にゃ」

P『おっけー、車飛ばすわ。何処のホテル? いちおう武装して行こうか?』

乃々「えっ、ちょっと……」

みく『乃々チャンのPチャンのスマホに、この前アプリ入れてあげたよね。そのアプリ立ち上げるとGPSでみくの場所が分かるから。……ちなみに武装って何?』

P『巴とたくみん』

みく『東京から山梨まで高速でも二時間はかかるよ、ギリギリだから来るなら早く来てね』

P『分かった、会社の車じゃなくて俺の車で行くけど問題ないな』

みく『なんでもいいから』

P「………………」

乃々「あの、前川さんは何と?」

P「ちょっと色々あって、俺に来て欲しいって。森久保悪い、打ち上げには行けない。森久保も行きたくなければ行かなくていい」

乃々「分かりました。もりくぼはプロデューサーさんに同行するんですけど」

P「付いてきちゃダメ」

乃々「えっと……すいません」

P「いや、みくは山梨にいるって言うから遠いぞ。多分、何かのロケだと思うんだけど」

乃々「その……具体的に何があったんですか」

P「俺も詳しくは聞いてない」

乃々「では、もりくぼが助手席で通話して詳細を聞きましょう。それを運転中のプロデューサーさんに伝えます」

P「そんなまどろっこしいことはしない、行ってから事情を聞くから」

乃々「もりくぼには、来てほしくないんですね」

P「本当に急用なんだ、ごめん」

ガチャ……

男「あ、あの……ここに居ましたか。一応、打ち上げのおおまかな参加人数を知りたくて。森久保さんと、……Pさんも参加しますか?」

P「すまん、用事があって俺は参加できない」

男「そうですか、残念です。また今度どこかで食事しましょうか」

P「その内な。……それと、森久保はどうする?」

男「もちろん参加しますよね、主演がいないと話になりませんし」

P「嫌なら無理しなくていいぞ」

乃々「……………打ち上げに、参加します」

P「……男君、森久保をよろしく。森久保にちょっかいかけるヤツがいたら殴って良いぞ、骨の一二本程度なら後でもみ消せるから」

男「いませんよそんな人……」

乃々「それはどういう意味なんですけど……」

男「いや、森久保さんは魅力的だけど!」

P「打ち上げっつっても未成年は1時間ぐらいで帰宅だろ、あと酒は出されても飲むなよ」

男「その辺は心得てますから」

P「それじゃ、本当バタバタしてスマンね。またいつか」

男「はい、またいつか」

P「森久保も、お疲れ」

乃々「…………はい、お疲れ様でした。また、明日……」

――山梨、ホテルの一室。

P「ゼェゼェ……」

みく「さすが乃々チャンのPチャンは天才的にゃ、20:50。ちょうど打ち合わせの十分前だね」

P「で、これから俺はどういう身の振り方をすれば良いんだ」

みく「みくをお城から連れ去って欲しいにゃ、今から東京に帰るにゃ」

P「…………分かった、ちょっと休憩させてくれ」

みく「うん。こっちはLINEでPチャンに東京に帰るって伝えるね」

――チャット画面

Pチャンやっほー (絵文字)
いまちょうどね、乃々チャンのPチャンが近くに来てるって。

せっかくだから、その車で東京に帰るね。
明日のロケは明るくなってからだし、新幹線で現場に向かいます。
変更事項や注意点があったら書いておいて下さい。

それじゃあ、お休みなさい。
お疲れ様でした

(スタンプ:布団に入る猫)

――以上。

P「ごめん、ちょっと横にさせて」

みく「シャワー浴びてきたら?」

P「できるか阿呆」

みく「チェックインしてなくてもシャワーぐらいだったら、いちおう関係者だし」

P「みくの部屋のシャワーを使うのが問題なんだ」

みく「別に誰も気づかないって」

P「黙って勝手に帰るつもりかよお前」

みく「ちゃんとLINEで連絡したよ」

P「売れ線のアイドルが新社会人みたいな寝ぼけたこと言ってんじゃねーぞ」

みく「はるばる迎えに来てくれたのに、そんなこと言うんだね」

P「いい加減な行動をするヤツじゃなかったのに、今になって反抗期か?」

みく「違うよ、ちょっと嫌な予感がしただけ。乃々チャンのPチャンのおかげで吹き飛んだけど」

P「…………ホテル、前もって取ってたんじゃないのか」

みく「んーん。なんだかやけに仕事の時間が押して、ロケが日を跨ぐことになっちゃったにゃ。それで急遽部屋を取ったの。別にその時点で東京に帰っても良かったんだけど、地元の偉い人がわざわざ部屋を押さえてくれたから好意に甘えてノコノコとね。そしたらPチャンが夜になって部屋に呼び出すから……」

P「出先でそんなことするわけねぇだろうが」

みく「普通に考えればそうだけど。でもホテル入ったとき何だか妙に嬉しそうで、……ニヤニヤしてたというか、絶対スケベなこと考えてた顔にゃ……」

P「根拠がない、そういう思考回路が痴漢の冤罪事件を引き起こすんだぞ。ちょっと言葉を慎めよ」

みく「あれは乃々チャンのPチャンが乃々チャンについて語っている時のニヤケ顔と同じ類の表情だったにゃ」

P「じゃあ間違いねーな、スケベなこと考えてるわ」

prrrrrr....

みく「………………」

P「………………」

みく「ホテルの内線電話だけど、たぶんPチャンだよね。にゃはは……」

P「いい、俺が出る」サッ

ガチャ

みくP「まだ部屋にいたか、帰るなら構わないが幾つか確認事項がある。大切なことだから、この電話で直接いま確認しておきたい。数分で済む」

P「………すまん、俺だ」

みくP「…………迎えに来てくれた乃々P君かな、お疲れ様」

P「お疲れ様です。丁度近くに営業があったもので、立ち寄らせていただきました。ご迷惑でしたでしょうか」

みくP「いんや、全然。どうせ『お気に入りの抱きまくらがないと寝れない』だとか『ベッドの硬さが合わない』だとか駄々こねたんだろう、うちの子が」

P「…………ええ、ご明察です」

みくP「明日の入りは昼からなんだ、帰っても良かったんだがディレクターが妙な気を使ってきてね。まあ、そんなことはどうでも良い。みくはまだ部屋に?」

P「いますが、ちょっと支度してますね。もういっそみくPさんも車乗りませんか、自宅のほうが休まるでしょう。みくとは車の中で打ち合わせもできますし」

みくP「…………ふぅ」

P「…………」

みくP「そうだな、自宅にも残っている作業があるし、帰るか」

P「部屋は開けておくんですか?」

みくP「現場スタッフが近場で飲んでいる。彼らに部屋が開いたことを話せば誰かしら使うだろう」

P「ではロビーに21:30集合でいかがでしょう」

みくP「問題ない、では後ほど」

P「はい、失礼します」

ガチャ

みく「………………」

P「………………」

みく「なんでPチャンを呼ぶの?」

P「いや、こうなるだろ。どうあがいても」

みく「……そうだね。乃々チャンのPチャンがシャワー使わないなら、みくが今から使うけど」

P「30分後に一階に集合だぞ、間に合うのか」

みく「ちょっと汗を流す程度にゃ、ご心配なく」

――駐車場

みくP「会社の車じゃないな。仕事で近くにいたんじゃないの?」

P「偶然です、乗り心地は悪く無いと思いますので」

みく「みくは結構乗り慣れてるにゃ」バタッ

P「助手席じゃなくてうしろ座れ、打ち合わせだろ。運転中の横で資料の受け渡しされたら気が散る」

みく「……分かったにゃ」バタッ

みくP「今からだと、到着はどれぐらい?」

P「道が混まなければ今日中には」

みくP「なるほど、……まあいいか」

P「それじゃあ出しますよ」

みく「出発進行にゃーっ」

――車内

みくP「――――――――――」

みく「――――――――――」

P「(……すぐに終わると言っていた打ち合わせはそれなりに長く続いている。その内容は変更された明日のスケジュールについて。ロケは拡張され、スタジオとの絡みも追加。その受け答えの台本の確認と修正。さらに再来週の346劇場ライブのセトリの相談と短期ユニットのメンバー選び。それからライブバトルイベントの作戦会議、パフォーマンスの相談)」

みくP「――――――――――」

みく「――――――――――」

P「(驚きなのはみくが『いくらか上流』の権限を担っていること、もう一つは淡々と打ち合わせが進行されていくこと。……喜びも驚きもなく、膨大な金銭のかかったプロジェクトが早々と懲り固められていく。何事もないような二人の様子が逆に迫力的だ。いつか俺と森久保も、こういう風になれる日が来るのだろうか)」

みく「――乃々チャンのPチャン」

P「おう、話は終わったか。けっこうガッツリ話してたな」

みく「久しぶりにじっくり話し合える空間だったからね。別にPチャンが勝手に決めてくれても良い話ばっかりだったけれど。これでも大抵の環境には対応できるつもり」

P「頼もしい発言だな、慢心じゃなければいいけれど」

みく「んふふっ、あんなに毎日お話しているのに、みくの実力を分かってないね」

P「自分の実力じゃなくて、みくPさんの采配を信頼しているんだろう」

みく「んー、それだけはないにゃ」

みくP「……手厳しいね」

P「………………」

みく「はー。ちょっとお腹空いちゃった。次のSAで止めて欲しいにゃ」

P「了解。早く帰りたいから、すぐ済ませろよ」

みく「ドア開けてにゃ、両手が塞がってて。夜でも意外とお店やってるものだね」

みくP「はいよ、……アイドルが両手にもつ煮込みか」ガチャ

みく「はいPチャン、一つどうぞ」

みくP「ふむ、ちょっとビール買ってきていいか」

みく「駄目」

P「いや、いいだろ別に」

みく「分かったにゃ、さっさと買ってこいにゃ、小走りでにゃ」

みくP「はいはい」

みく「さて、やっと助手席に座れるね」ガチャ

P「………………」

みく「もう文句ないでしょ?」

P「どうぞお好きに」

みく「あああああああ、ふにゃああああああ」

P「うわっ、びっくりした。いきなり膝に倒れかかってくるんじゃねぇよ、絶対モツこぼすなよ」

みく「疲れたー、ちょっとこのまま膝枕ー」

P「俺のほうが疲れてるよ、連続何時間運転してると思ってんだ」

みく「Pチャンに運転変わってもらう? それならみくも後ろに行くけど」

P「いやいいよ、俺の方が後輩だし」

みく「くんくん、乃々チャンの匂いがするにゃ」

P「するわけねーだろ」

みく「言ってみただけにゃ」

P「……………今日、森久保の撮影が終わったよ」

みく「そう、乃々チャンやりきったんだね」

P「ああ、森久保にしては相当がんばったな、しばらくは休暇でも良い」

みく「何かお祝いにお土産買っとけば良かったね」

P「それよりも、もう少し噛み締めたかったな。今日を」

みく「……謝らないよ、そっちが勝手に来たんだから」

P「別に、……良いモノが見られたから」

みく「それはみくのかわいい姿?」

P「みくPとみくの打ち合わせの様子」

みく「あんなの大したことじゃないにゃ」

P「この前カフェで『Pチャンは現状に満足している』みたいなこと言ってたじゃん」

みく「言ったにゃ」

P「事実かもしれないな。でも、みくがちゃんと願望を伝えれば対応を変えてくれるだろう」

みく「Pチャンに言うことは何もない。伝えたところで何が変わるにゃ」

P「スピード感は変わると思う。徐々に安定性を獲得していくやり方を捨てて、地位を一気に築きあげられる、そんな仕事を振られる」

みく「……ふーん」

P「つまり、仕事の難易度が変わると思う。責任感の大きなポジションを与えられ、その分だけ注目されて人々に印象を与えるチャンスが増える」

みく「…………」

P「すなわち、日々の濃密さが変わると思う。求められるモノが大きくなり、入念な下準備、予習と練習が必要になる。修練の毎日は消耗も大きいが、その努力が確実に人としての魅力を伸ばしてくれるはずだ」

みく「分かった、でも」

P「でも?」

みく「そんな状況になったら、貴方にみくをプロデュースしてって、言えなくなっちゃう」

P「チョップ」

みく「ぐへー!」

みくP「……ただいま」

P「ほら、起きろみく。車出すぞ」

みく「出発する前にもつ煮、半分食べる? はい、あーん」

P「いらねぇよ、腹すいてないから」

みく「一口ぐらい入るでしょ、口を開けるにゃ」

みくP「カシュッ……、ゴクッ」

P「……ああ、後部座席から魅力的なサウンドが」

みくP「ふー、君ら本当に仲が良いな」

P「お互いスランプ期に傷を舐めあってましたから、無二の戦友みたいなものかな」

みく「舐め合うだって、乃々チャンのPチャン嫌らしいにゃ」

P「黙れ離れろ腕に絡みつくな、しっしっ」

ブロロロロロロロロ……

みく「はー、楽しいなー。乃々チャンのPチャン、今度どっか遊び行こう車で」

P「ところでみくPさん」

みくP「んー?」

P「ホテルでは随分と機嫌の良い様子だったと、何か嬉しい事でも」

みくP「ああ、みくに聞いたのかな。顔に出てたか?」

みく「まあね」

みくP「……まあ奇しくも仕事が長引いたわけだが。それが思いの外、事態を好転させられそうでね」ゴクッ

みく「やっぱり悪巧みしてたにゃ」

みくP「いや、偶然。本当偶然なんだ。偶然、みくのロケが好評で放送が数週に伸びて。はたまた偶然、ひな壇の女性タレントが無能そうだったから。それとなく偶然、スタッフに降板のアドバイスをしてあげたら満更でもなくて。いっぽうで偶然、みくのスケジュールを確認したら隔週空いている時間帯が確認できて。さらには偶然、番組プロデューサーに接待できる機会があって」

P「………………」

みくP「下準備は済んだ、あとは正面からお願いすれば前向きに検討するだろう」

P「成程、エロいことを考えてますね」

みく「……Pチャン、あの番組何本撮りだっけ」

みくP「4週分」

みく「毎月山梨か、……リフレッシュできるし悪くないかも」

みくP「第二の故郷を作るぐらいの意気込みでいく」

みく「その前に地元の大阪でレギュラー取ってこいにゃー」

みくP「大阪弁を捨てたみくに関西での活路は無い」

みく「世知辛いにゃあ……」

prrrrrr...

P「……ん、俺か」

みく「ちょっと失礼」

P「勝手に人のジャケットのポケットに手を突っ込むなそして携帯に触るな」

みく「乃々チャンだ、出て良い?」

P「やめろ」

みく「……もう出ちゃった、ごめんなさい」

P「………………」

みく『乃々チャン、いま電話に出られないから代わりに。……うん、分かった。伝えておくね、それじゃあバイバイ。ドラマ成功おめでとう、お休みなさい』

P「……なんだって」

みく「無事に帰宅したって」

P「……ふぅ、みくPさん」

みくP「どうした」

P「よく相談事でみくを借り出してきましたが、正直迷惑だったでしょ」

みく「ぜんぜん問題ないよ」ポチポチ

P「スマホ返せ、っていうか何で暗証番号すっぱ抜かれてんだ」

みくP「悪いことじゃない、こうも忙しいとストレスも蓄積されやすいだろう。そういう形で発散できるなら、しておいた方が良い。みくの苛々が軽減されるなら、俺の望むところだ」

みく「ほらほら! Pチャンもこう言ってるし今度デートでも行こうか」

P「そろそろ冗談でも止めろよ」

みくP「みくは口では何と言おうと、大人の分別はできるしアイドルとしての意識も高い、自分なりに芸能界の哲学も構築しつつある、みくを手放しにしても大事は起こさない、現に今まで変な噂は立っていない。同僚も所属タレントも、君たちの関係は親友として認識されている」

みく「…………」

みくP「俺も、そう認識している」

みく「じゃあ、その認識を正さないとね。べた褒めしてくれたあとで悪いけれど」

みくP「みくの願望は何となく分かる、言葉にする必要はない」

みく「…………」

P「ふぅ……」

みくP「その道もナシではないとは思う」

みく「え?」

P「………………」

みく「なしではない、……何が? その、もしかして」

みくP「俺が署名すれば、みくの担当プロデューサーをその男に引き継ぐことは可能だ」

みく「ふっ、……嘘っ、……え、本当?」

P「………………」

みくP「………………」

みく「え、えっ……、ええっと……、いやったああああああああ!」

P「………………」

みく「やったにゃ! ついにやったにゃああああ! 乃々チャンのPチャンが本当にPチャンになるにゃ! 乃々チャンのPチャンがみくのモノにゃあああああ!」

P「………………はぁ」

みく「乃々チャンのPチャン、いや、Pチャン、Pチャンこれから、これから一緒にみくと頑張ろうにゃ! 大丈夫、みくが担当である限りPチャンは食いっぱぐれないにゃ、Pチャンが何かやらかしても、みくが養ってあげるから心配しないで! あ、でも二人三脚で行けるところまでは行こうね! とりあえず打ち合わせにゃ、今後のスケジュールと芸能方針をコミットするにゃ! コミット、Pチャンとコミット」

P「ちょっとマジで黙れ」

みく「こみっ…………と」

P「…………ったくもう、面倒くせぇ」

みく「ひ、酷いよ、Pチャンはみくをパートナーにしたくないの?」

P「したいしたくないと言ったら正直したい、みくを担当できれば楽しいし、気が楽だし、何より出世が約束されるだろう」

みく「じゃあいいじゃん、超winwinじゃん!」

P「分かった、一旦深呼吸しろ、吸って、吐いて」

みく「すーはーすーはー」

P「胸に手を当てて考えろ、思考しろ……。これまで俺は何度もお前に言った。いち社員や、ましてやいち所属タレントに、署名だけで担当を変えられることは可能か」

みく「………………それは」

P「誰が誰を担当するか、それを判断できるのは会社に認められた一握りの人間だけ。森久保の時は俺の独断が幸運にも会社に認められたけれどな、みくの場合は担当が決まっていて成果も約束されているのに、どうしてその布陣を変えようという発想ができる。無理なんだよ、ナンセンスそしてインポッシブルだ」

みく「つまり」

P「おう」

みく「そこのPチャンがみくに嘘を吐いたと?」

みくP「………………ははっ」

みく「こっ、こっ、こんのおおおおおおおおおっ!」

P「落ち着け落ち着け落ち着けっ、深呼吸!」

みく「ああああああっ! 吐いて許される嘘と許されない嘘があるにゃ、今のは完全に後者、それも最高に悪質っ、もう二度とこの人をみくは信じられない、Pチャンそんなにみくの事が嫌い?!」

P「だから落ち着けって、バウンドするなハンドルが狂うわっ」

みく「ああそうにゃあ、そう言ってもお互い様かにゃ、目の前で担当が別のPチャンとイチャついてたらそりゃ意地悪の一つや二つも言いたくなるかにゃゴメンねPチャン、でも駄目かもしれない、今のは残念だけどアウトだねPチャン、今後あなたと冷静に仕事はしていけないかも、あっ、心臓がムカムカする!」

P「みくPさん、なんで突然そんな事を言ったんです」

みく「そうにゃあああああっ、なんでみくに嘘ついたにゃ!」

みくP「…………決意表明、あと俺は嘘は吐いていない」

みく「どういう意味にゃ、意味が分からない端的に説明しろにゃ!」

P「みく冷静になれ、それ以上騒ぐなら、今から俺がみくの胸を鷲掴みにして黙らせる」

みく「みくはいつでもウェルカムだから揉むならさっさと揉めにゃ!」

P「やばい俺も混乱してるわ」

みくP「最近、取締役が大規模なチームプロジェクトを発足したのは知ってるよな」

P「勿論です、俺には声が掛かりませんでしたが」

みくP「あの社長令嬢が自らスカウトして結成したユニットと、いかにも血の気が多い君とじゃイメージがかけ離れすぎている、恐らく君がこの件に関わることはない」

P「ご令嬢は取締役の仕事を理解していないご様子で、お気に入りの娘を選んでプロデュースごっこですか。346の未来も危ないですなぁ」

みく「だ、大丈夫かにゃ、トップの悪口なんて言って。そんなにチームに呼ばれなかったことが悔しかったの?」

みくP「心配ない、取締役は比較的には有能で、決断も比較的には良好だ、346プロの未来も比較的には明るい。……まあ俺が居てギリギリかな」

みく「だからなんでトップに噛みつくにゃ、二人とも反骨精神が旺盛すぎるにゃ」

みくP「俺はみくのプロデュース実績を買われ、そのプロジェクトには企画アドバイザーという立ち位置で関わらせてもらっている。自分で言うのもアレだが、それなりの発言力はある」

P「となると、取締役との直接的な会話もあるわけですね」

みく「あっ」

みくP「その通り。そこでチームプロジェクトの参加に意欲的な姿勢を見せ、本格的にプロデューサーとしてプロジェクトに介入する意思を伝えれば、結果的にみくの担当を外れることも止むなし。何せ取締役が直々に動かしているプロジェクトだからな、優先順位は何よりも高い」

P「となると、みくPさんが新たなチームユニットの担当となり、みくのプロデュースを他の人間に推薦すれば、その通りに取締役が事を運んでくれると」

みくP「なっ、みく。嘘じゃないだろ」

みく「Pチャン、ということは……」

P「待て、みくPさんの決意の説明がまだ」

みく「…………まあ、聞いてあげるにゃ」

みくP「――みく」

みく「うん?」

みくP「俺とトップを取る気はないか」

みく「………………えーっと」

みくP「かつて様々なアイドルを見てきたが、お前ほどの逸材は初めてなんだ。否、最初は平凡な子供だったけどな、よく化けたよ。こんなチャンス二度とない、俺と本気でやってみないか。……そろそろ俺も若手とは言えない年齢だが、俺はお前に残りの人生を費やしても構わないと思っている。仮に結果を残せなくとも後悔はしないだろう」

みく「ふーん。……なるほどね。要するに、運転席のPチャンか、後部座席のPチャン、どっちかを選べって事か」

P「俺の意思は?」

みくP「みくに一つ質問をしたい。そこの男と、俺。どっちの方がプロデューサーとして有能か」

みく「そんなの言うまでもないにゃ」

P「そらそうだ」

みくP「是非、言葉にして欲しい」

みく「……乃々チャンのPチャンよりも、Pチャンの方が3倍ぐらい有能にゃ」

P「そうそう、俺の方がってえええええええええええええええええええええええ?!」

みく「乃々チャンのPチャン落ち着いて、ハンドル操作が乱れてるよ」

P「ガクガクガクガクガクガクガク」

みく「しょうがないよ、キャリアの差があるもん。Pチャンの方が人脈持ってるし、物事の運び方が安定してるにゃ。乃々チャンのPチャンは、パワーはあるけれど爪が甘い。その粗さがみくは時々怖いにゃ。くれぐれも乃々チャンを危ない目に遭わせちゃ駄目だよ」

P「うっ、…………ぐふっ」

みく「2、3年かな」

みくP「………………」

P「な、何が……」

みく「それぐらいなら追い越せるかも、Pチャンを」

みくP「思ったより、やるようだな」

みく「当たり前にゃ。みくの相談役だもん、それぐらいの人じゃないと」

P「それでも、数年って……」

みくP「しかし、短命なアイドル生活に2、3年はデカすぎる」

みく「………………そうだね」

P「はぁ、へこむわ」

みく「………………」

P「おい、みく。なに悩んでんだよ、トップ取りに行けよ」

みく「Pチャン……」

P「俺はPチャンじゃない。みくをトップに祭り上げるのは俺じゃなくて、みくPさんの仕事だ」

みく「でも、嫌にゃ……」

P「はぁ、この機に及んで何を腑抜けたことを」

みく「嫌にゃぁ……」

P「……………」

みく「うぅ……」

P「そこで涙は反則だって」

みくP「反則って言ったら、俺の方が反則技かな」

P「何言っているんですか、薄々感じていたでしょ」

みくP「それは車内という密室に俺と君を鉢合わせて、プロデューサーを変えるように直談判する計画のこと?」

P「ミエミエの企みだわな……」

みく「ぐすっ、……そこまで、ばれてたにゃあ……ヒクッ」

P「まあいいよ、そこまでの覚悟なら俺も乗るわ。みくPさんじゃなくて俺を選んでも、みくの夢を叶えられるように尽力する。ただし、森久保も一緒にだ。……確率的に、俺を選ぶか、みくPさんを選ぶか、どっちが成功率が高いかは分かるだろ」

みく「……………うん」

みくP「ここで俺が選ばれなかったとしたら、俺の目が節穴だったてことだ。どんな結末だって納得できるさ」

みく「分かった……、東京に着いたら答えるにゃ。……それまで考えさせて」

P「はいはい」

みくP「うん、じっくり考えれば良い」

P「…………」

みくP「…………」

P「(みくは忍び泣き声一つ上げない。そんな彼女の様子を盗み見て、物憂げな女子の姿は風情があるとか、森久保にはこういう表情ができるかとか、そんな場違いなことを考え、数秒の自己嫌悪に陥った。以後、東京までの岐路は騒々しいエンジン音が支配をする)」

みくが片付いたので後は森久保パートで大団円です。
みくはプライベートでは『にゃ』が少なくなるとか、○○ちゃんは『チャン』ってカタカナ表記になるとか
後から色々と知っちゃったけれど、もうどうにでもなーれ

――翌週、プロダクション会議室

P「どうした、呼び出して」

みく「二人きりで話がしたくて」

P「わざわざ会議室を予約してまでねぇ、いつものカフェじゃダメなのか?」

みく「人目のないところで、落ち着いて話がしたかったの。いちおう仕事に関係する内容だし、真剣だから。いいでしょ別に」

P「それならいいけど……」

みく「………………」

P「………………とりあえず座ろうか」

みく「うん」

P「お前のPチャン職場で話題になってんぞ、取締役のプロジェクトを抜けたもんだから」

みく「プロジェクト辞める必要なんてないのにね、みくに一点集中したいからだって」

P「これから上取りに行くのに上に楯突いじゃマズいんじゃねーの」

みく「さあね、よく分からないけれど。大口叩いておいて、もし自滅したら腹抱えて大笑いしてやるにゃ」

P「そっちは、話はまとまったんだな」

みく「うん、ガチでいく方向に決まったにゃ」
 
P「そうか……だろうな。なんだかすっきりした顔してるからさ」

みく「Pチャンと色々と話し合って、目標に向かって足踏みを揃えられたからね。でも言いたいことを好き放題言い合うようになったから、以前より殺伐としているかも」

P「それだけ、お互いの信頼関係が確立されたってことさ」

みく「信頼されすぎるのも考えものにゃ、ここのところ無理難題ばっかりふっかけられて倒れそう。来週は大御所の合会に参加するし、来月はMCで番組回さなきゃならないにゃ。Pチャンの本気モード、けっこう怖いかも」

P「そんなこと言って、嬉しそうじゃん」

みく「ワクワクはしているかな、自分がどこまでいけるのか」

P「……俺も、頑張らなくちゃなー」

みく「んふふ、果たしてみくに追いつけるかな」

P「追いつくさ。成長して認めさせてやる、俺の実力を」

みく「期待して待ってるにゃ、がんばれー」

P「……っふう。どんどん売れて忙しくなってきたら、こうして話す機会も減るのかな。そう考えると少し寂しくなるな」

みく「ブレイクしたら一時的には会えなくなるかもね。でもあくまで一時的、成功してギャラが上がったらそれだけ軽率なオファーは減って時間も作れるにゃ」

P「その域にまで辿り着いたアイドルが果たして、芸能史上に何名存在するのやら」

みく「でも、トップアイドルはそんなレベルじゃないよ」

P「……んー、言われてみればそうか」

みく「トップアイドルって口にはするけど、なんだか曖昧な言葉だよねトップって。アイドル界に金メダルなんてないし」

P「そうだなー、いちおう総選挙でランクの可視化はされども、それは事務所内で開催するイベントの一つにすぎないし……。なあ、みくにとってトップアイドルって何なんだ?」

みく「そりゃあもう、絶対的な存在だよ。そこに立っているだけで、その姿を見たら問答無用で全国民が笑顔になってしまうような、そういう存在にゃ」

P「全人類に好かれるのは不可能だぞ」

みく「もちろんそうにゃ。でも仮に一部で嫌われていようが、その上で全員に認められてしまう人物は現実にも実在するでしょ」

P「ああ、『個人的には嫌いだけれど、でも○○の第一人者と言ったらやっぱりあの人』、――みたいな感じか」

みく「途方もない道のりだけれど、ビジョンが無いわけじゃないにゃあ。取りあえず手始めの目標は、この事務所で一番の影響力を持つこと」

P「初手から厳しくないかソレ、ウチもかなりの大手だし」

みく「手筈は全部Pチャンが整えてくれるから、あとはみくがスキルを磨いて実力を発揮するだけ。それからっ」ガタッ

P「お、おいっ」

みく「ぎゅーっ!」

P「こら、椅子の上から覆いかぶさるなっ。抱きつくな!」

みく「乃々チャンのPチャンは言ったにゃ、事務所で影響力がアレば要望も通せるって」

P「…………みく、お前」

みく「事務所のタレントの頂点に立った暁には偉い人に直談判して乃々ちゃんのPチャンを正式にみくのPチャンにしてあげるにゃ」

P「はぁ? ふざけろっ、寝言は寝て言えよボケ」

みく「寝言かにゃ? これ以上の正攻法はないと思うけど」

P「もうなんでも良いから離れろよ。この状態を社員に見られたら、翌日俺のデスクが事務所から消し飛ぶわ」

みく「今日ぐらい許して欲しいにゃ、もしかしたらしばらく会えなくなるかもしれないし……乃々チャンのPチャンは寂しいって言ってくれたけれど、それはみくも同じ気持ちだもん!」

P「っつーかもう滅茶苦茶だぞお前、何のためにアイドルやってんだよ、こんなことするために事務所に入ったのか?」

みく「違うよ! みくをトップアイドルにしてくれるのはPチャンかもしれない。……でも! 世界中の人々に喜びや勇気や癒やし、沢山の希望を与えるのはみくと乃々チャンのPチャン二人の使命なのにゃ! みくがやりたいこと、みくがアイドルである目的はソコにあるのにゃ!」

P「ええい、お前の目的に俺を巻き込むんじゃないっ。俺には俺の、森久保で成り上がるという素敵な計画があるんじゃい!」

みく「逆に訊くけれど、本当に乃々ちゃんのプロデュースが貴方のやりたいことなの? みくが事務所に入りたての頃、色んなことで失敗して、分からないこともいっぱいあって、沢山のことを打ち明けたよ。乃々チャンのPチャンもみくに様々なことを打ち明けてくれた。そうして話していくうちに、みく達の出会いは運命だって、そう思えてきたんだよ。それからみくと乃々チャンのPチャンは革命的に成長したにゃ! お互いに仕事をこなせるようになって、でもやっぱり上手くいかないときは二人で相談して、それで幾つもの壁を乗り越えて、みくの運命的な予感は確信に変わった。みくが世の中を相手に幸せを振りまけるようになった時、その隣に立っているのはこの人だって。現時点では部署も職場も違うけれど、でも最後はきっと二人は一緒になるんだって! ねぇ、乃々チャンのPチャンは、みくと出会って、特別な何かを感じなかった?」

P「…………おう」

みく「…………」

P「正直に言えば、感じたさ」

みく「…………うん、……うん!」

P「みく……っ」ギュッ

みく「Pチャン……Pチャン……」

P「みくとの出会いは俺の人生で大きな財産だ、今の俺が有るのだって、みくのおかげと言って差し支えない」

みく「Pチャンっ、大好き!」

P「でもっ、みくと俺との出会いが運命だとしたら、俺と森っ」

ガタッ

みく「?!」サッ

P「うおっ?!」ガタッ

みく「………………」

P「…………」

みく「…………」

P「…………扉、開けるぞ」

みく「うん」

P「…………」

スタスタ、ガチャ

P「…………森久保」

乃々「あっ、あのっ、そのっ……なんていうか……、お取り込み中、すいません……」

P「デスクの予定表に会議中って書いておいたよな」

乃々「……はい、なので此処に来ました。……そのっ、プロデューサーさんにお電話……なんですけど」

P「会議を遮るほど重要な内容なのかな」

乃々「ひっ……そのっ、分かりませんが。電話を取り次いだ方が、前川さんとPさんの、その、個人的な話し合いだとおっしゃって、もりくぼなら間に入っても大丈夫と、もりくぼに伝言の依頼を……してきたんです、けど……」

みく「Pチャンにゃあ、あの野郎……」

乃々「も、もりくぼは、確かに伝えましたので、……すいませんでした!」サッ

みく「待って乃々チャン!」

P「ひとまず、俺は電話に出てくる」

みく「分かった、みくは乃々チャン追いかけるね」ダッ

ダッダッダッダッ……

P「……………………あーあ」

――事務所、デスク

P『お世話になっております。346プロダクションのPと申します。先ほどはお電話に出ることができず申し訳ございませんでした。折り返しお電話させていただきました、ディレさんはいらっしゃいますでしょうか』

P『………………』

P『………………』

ディレ『もしもし、おめでとうございます』

P『何かめでたいことでも? ドラマ最終回の放送はまだですよね』

ディレ『ドラマの好評により、続編の制作が決定致しましたー!』

P『………………』

ディレ『ドラマ2期の前半は原作のストックを消化しつつ、後編は先生書き下ろしの脚本で進めていきますー! いやっほー!』

P『………………』

ディレ『つきまして、急遽打ち合わせをお願いしたいのですが、ご都合の良い日程はございますでしょうか! イェイ!』

P『………はい、……はい、では、明日の午後○時、はい、失礼します』ガチャ

みく「乃々チャンのPチャン、ゴメンにゃ! 乃々チャン捕まらなかった! 乃々チャン、けっこう足速いね……」ゼェゼェ

P「………………」

みく「どうしたの?」

P「…………ゴフッ」ドドドドドドドドッ

みく「うわあああぁ! 乃々ちゃんのPチャンが吐血しながらブレイクダンス始めたにゃ! うわっ、怖っ!」

――翌日、会議室

ディレ「続編ということで、親密さを増した二人の関係を表現したいのですが、もう一歩表現を踏み込んでよろしいでしょうか」

P「……と、言いますと?」

ディレ「具体的にはボディタッチを増やして、森久保さんにも少しだけ色っぽい演技を。ああ、もちろん過激なものじゃなくて歳相応のですよ、思春期特有の焦燥感? 初々しくてほほえましい恋模様を描写できたらですね」

P「……ッチ」

ディレ「その、2期のラストにはキスシーンなんかも」

P「………………」

ディレ「するフリでOKです、絶対に感動的な仕上がりにします」

P「………………」

ディレ「きっと視聴率も望めます、森久保さんにも今後の飛躍につながっていく――」

P「アァン?! 何か言ったかオラァ?!」バンッ

ディレ「なんでもないです!」

――事務所、早朝

P「おはようございます~」

乃々「……おはようございます」ヒョイッ

P「うわああああ出たああああああああああ!」

乃々「えっ、尋常じゃない驚かれ様なんですけど」

P「机の下から音もなく出てくるとちょっとしたホラーだぞ! っていうか珍しく早い出勤だなぁ森久保ォ!」

乃々「なんとなく、朝久保してみました……」

P「そ、そうか……」ゼェゼェ

乃々「その、プロデューサーさん。ちょっとお尋ねしたいことが」

P「あん? どうした?」

乃々「先日、前川さんと会議室で何を話し合いされていたんですか?」

P「………………」

乃々「…………差し支えなければ、聞かせて欲しいんですけど」

P「前川の今後についてちょっと相談に乗ってただけだ、いつもみたいに」

乃々「…………」

P「どうしたんだ森久保、不満気な顔して」

乃々「ど、どうしてそこまで前川さんと親身にお話されるのでしょうか。プロデューサーさんは、前川さんの担当じゃないんですけど」

P「業界に入る当初からの知り合いで、お互いのことをよく知っているからな。彼女とはけっこう有益なアドバイスを交わし合えるんだよ」

乃々「な、なるほど……」

P「話、部屋から漏れてたか?」

乃々「えっ……はい、少々。あと、実を言うとちょっと気になったので、もりくぼ聞き耳を立ててしまいました。……ウサ久保ですぴょん」

P「……まあ聞かれて困る内容ではないぴょ――」

乃々「プロデューサーさん、……もりくぼの担当を外れるぴょん?」

P「いやいやいやいやいやいやいやいやねーよ!」

乃々「……そうですか、てっきりそういう類の相談事かと」

P「むしろ逆だ逆っ。みくは現在のプロデューサーに身持ちを固めてガンガン行くぜって話をしたんだよ。だから俺も森久保とアイドル界の荒波を突き進んでいく決心をだな」

乃々「そんな内容じゃなかったと思うんですけど。もっともりくぼの心をざわめかせるような穏やかじゃないお話を……」

P「………………………」

乃々「しかしプロデューサーさんが違うと言うのなら違うのでしょう、分かりました」

P「そ、……そんなことよりだ、森久保。朗報があるぞ」

乃々「なんでしょうか。ついに、もりくぼは事務所を卒業ですか?」

P「それのどこが朗報なんだよ……。ドラマだドラマ、続編決まったぞ」

乃々「………………へぇ?」

P「おめでとう森久保、上手く行けば時間帯も繰り上がるぞ。順風満帆ってヤツだな、もう立派な女優じゃないか森久保ォ」

乃々「………………」

P「と、言いつつ。業界では放送期間中から評判だったらしく秘密裏に続編の計画は進んでいたそうだ。現に続編一話の台本はすでに完成して、それを俺は受け取っている」

乃々「………………」

P「さっそくだが目を通しておいてくれ。たーしかデスクの引き出しに入れておいたハズ……」ガラガラ

乃々「………………」

P「あったぞ森久保ォ! 台詞や演技の入れ方はすっかりお手のものだろ。今回も頼んだぞー……っと」

P「………………」

P「………………」

P「あれ、ぼののさーん?」キョロキョロ

――プロダクション、中庭

P「チョ、マテヨ!」ドドドドドド

乃々「むりむりむりむりむりむりむーりぃー!」ドドドドドド

P「っていうか、なんでフリフリの私服でそんなに早く走れんだ森久保ォ!」ドドドドドド

乃々「プロデューサーさんこそスーツのクセに激しく追ってくるんですけど!」ドドドドドド

P「もうはしたない真似は止めろっ! フリルが翻ってパンツが見えるぞォ!」ドドドドドド

乃々「そっちこそスーツが破れるから走るの止めたほうがいいと思うんですけどおおおおお!」ドドドドドド

P「見えた、見えたぞ、ずいぶん派手な下着はいてるな森久保ォ! そんな下品なパンツ付けてたら親と俺が悲しむぞォ!」ドドドドドド

乃々「嘘なんですけど! もりくぼは主に純白のシンプルなパンツしか持っていないんですけどっ!」ドドドドドド

P「ほら、汗で服が透けて背中のブラ紐も丸見えだぜっ、ホックの金具が左右に揺れてマジで外れる3秒前だぞ森久保ォ! もう逃げるのはよせっ!」ドドドドドド

乃々「プロデューサーさん嘘ばっかりなんですけどっ! もりくぼがつけているブラジャーはスポーツタイプだから外れようがないんですけどぉおお!」ドドドドドド

早苗「なんちゅうこと公の場で口走ってんのよ、あの子たち……」

乃々「はあっ、はぁ、もうっ、むーりぃ……、立つのも辛いんですけど……」

P「ふっ、ふははっ、ははっ、俺から逃げようなんて十年っ、早いっ」ゼェゼェ

乃々「お、狼さんも虫の息、ここは最後の力を振り絞って」ダッ

P「逃がすかァ!」ドンッ

乃々「か、壁ドン……まさかプロデューサーさんがそんな技を」

P「伊達に恋愛ドラマの現場に通ってないわい」

乃々「で、でも、腕の下からくぐれば逃げられ――」サッ

P「させるかァ!」ドンッ

乃々「うひっ!」

P「…………クックック」

乃々「………………」

P「俺も雑誌を読んでちゃんと勉強しているんだぜ、これなら絶対に女子を逃がさないらしいじゃないか」

乃々「い、いや……さすがにこれは……」

P「えーっと、なんて言うんだっけコレ?」

乃々「股ドンです」

P「そうそう、それそれ」

乃々「や、やばいです。立ってるのもやっとなのに、力抜いたらプロデューサーさんの左足に完全にまたがる形になるんですけど……」ゼェゼェ

P「それにしても森久保。人生面白いもんだな、この俺がまさか壁ドンする日がくるなんて。この絵面、まるで漫画のドラマチックなワンシーンじゃないか」

乃々「もはや壁ドンじゃなくて股ドンなんですけど、ドラマチックというかエロティックなんですけど……」

P「俺はドラマに出ていないから分からなかったけれど、体感してみると結構ドキドキワクワクしていいモノなのかもしれないな、壁ドンって」

乃々「何回も言うけどコレ股ドンなんですけど、ドキドキとかワクワクとかそういうレベル超えちゃっているんですけど」

P「ドラマってさ、別人を演じることでめったに味わえない感情や感覚、色々なことを体験できるじゃん。それってすごく面白いことだと俺は思うな」

乃々「今の感覚はドラマの比じゃないんですけど、主に股ドンのせいで」

P「なあ、森久保よ。こうして機会が巡ってきたんだ。ドラマの続編に参加して、新たな扉を開いてみないか?」

乃々「現在進行形で新しい扉が開けそうなんですけど。でもこれ開いちゃいけない扉な気がするんですけど」

P「改めて頼む、ドラマに出てくれ森久保ォ!」

乃々「え? 嫌ですけど?」

P「………………」

乃々「いやあああ、むりぃ! むりいいい! あはははっ、ははっ!」

P「森久保がドラマに出るまでッ! くすぐるのを止めないッ!」コチョコチョ

乃々「やめっ、あっ、この人っ、アイドルに、あはっ、なんてことを、あははーっ!」

P「都合の良い時だけアイドルぶってんじゃねー!」コチョコチョ

乃々「あははははっ、も、もうむうううりいいいいい!」

P「……ふう。せっかく俺が良い話したのに、それを秒殺しやがって」

乃々「はぁはぁ……。ドヤ顔していたところ申し訳ないのですが、……股ドンのせいで、ぜんっぜん話が入ってこなかったんですけど」

P「こうなったら最終手段、森久保を家に連行します」

乃々「ひぃ、ついにプロデューサーさんが犯罪者にっ」

P「どうとでも言えばいいさ。俺の自宅に勾留して『ドラマに出させて下さい』と森久保が口にするまでありとあらゆる手段を行使する。グヘヘヘヘヘヘヘヘ、恥辱の限りを尽くしてやるぜ。さあ、大人しくお縄に付くんだ森久保ォ!」

早苗「………………」

P「あっ………………」

早苗「……すごく、楽しそうね」

P「うん、滅茶苦茶楽しい」

ボイス実装おめでとう森久保ォ!
次か、次の次で終わります。
なるべく早目に書き上げます、すいませんでした。
もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。

――数日後、事務所アンダーザデスク

P「森久保ー、居るか?」ヒョイ

乃々「………………はい、もりくぼです」

P「お、いたいた。ちょっと訊きたいんだけれど」

乃々「むーりぃー」

P「否定から入るんじゃねぇ森久保ォ!」

乃々「すいません。身体がプロデューサーさんを反射的に警戒してつい……」

P「俺を何だと思っているんだ……。先ほど男君から連絡が来たんだけれど」

乃々「えー……、ついに男さんがプロデューサーさんに直接連絡をする仲に……」

P「以前はキャスト同士で自主練して、森久保も参加してたじゃん。珍しく自主的に」

乃々「自主練というぐらいですから外見は自主的の風に映ったかもしれませんけれど、決して積極的だったというわけではないんですけど」

P「まだるっこしいな。んで、めでたく続編が決まって自主練も復活との話だったんだが」

乃々「………………うぅ」

P「自主練、断ったそうじゃないか森久保」

乃々「さて、なんのことでしょう……」

P「男君が言うには『アイドルの本職が忙しいから』欠席にしてくれと」

乃々「……すいません、嘘を吐きました。嘘久保です」

P「その嘘を真実に変えてやろうか。ぶっちゃけドラマ優先でスケジュール詰めるの遠慮してたんだけど、本人がやる気ならいいよな」

乃々「むり、むりです、やめて下さい」

P「どうして嘘ついてサボったんだよ。口では否定しても、以前は楽しそうに参加してたじゃん自主練」

乃々「あの……その……」

P「………………」

乃々「前作より出番もセリフ量も増えてて、あと、なんていうか……」

P「………………」

乃々「その、台本を読んでみると男性と接触するシーンが明らかに増えてて……、ちょっと、もりくぼの心の準備が」

P「………………よし」

乃々「ひーっ、ごめんなさいごめんなさい!」

P「脚本変えてもらおう」

乃々「」

P「やっぱり台本過激だよな森久保ォ、俺もそう思っていたぞ! 大丈夫だ問題ない、ディレクターの野郎に過度なラブシーンはNGって事前に断っていたからな! 一発怒鳴ればすぐに変えてもらえるだろう」

乃々「あ、あの……過度なラブシーンってほどでは。尻込みしておいてなんですが、ドラマ全般から考えても比較的穏やかな方だと思いますし……」

P「現実問題、森久保自身が難色を示しているわけだから悪いのは俺達じゃない、この台本なのだ!」

乃々「さ、さすがにそれはちょっと、かなり強引な了見なんですけど……」

P「遠慮するな森久保、お前は主演女優なんだ、もっと意見を言って良いんだぞ!」

乃々「で、でも、……ここで脚本変えたら現在進行形で練習をしているキャストを始めとしたドラマ制作に関わる人々に多大なるご迷惑を……」

P「その前に俺たちが脚本に迷惑しているわけだしぃ、ここで引き下がって主演女優の演技のクオリティが下がったらもっと迷惑な事態になるわけだしぃ。森久保ができないんじゃ」

乃々「できます」

P「……え、なんだって?」

乃々「できますやりますやらせて下さい、ワガママ言ってすいませんなんですけど」

P「なんかヤケになってないか? やっぱり嫌なら脚本を」

乃々「ぜんっぜんこれっぽっちもヤケじゃないんですけど、心配は無用なんですけど」

P「そ、そうか……。じゃあ俺は仕事戻るけど、キツそうだったら早めに言ってくれよ」

乃々「分かりました」

P「うん…………」

乃々「………………」

P「………………」カタカタカタカタ

乃々「………………」クイッ

P「スラックスのすそ引っ張るなよ」

乃々「その、プロデューサーさん……」

P「………………」

乃々「セリフ読みの練習……付き合って欲しいんですけど……」

――トレーニングルーム

P「前は俺が練習相手になったせいでギクシャクしちゃったけど、大丈夫なのか?」

乃々「もりくぼなりに頑張ってみます。まずは台本を持ちつつ、セリフを回しながら仕草も入れてもらってもいいでしょうか」

P「森久保の方から練習を提案されるなんて、成長したなぁ森久保。俺は感激で泣きそうだわ」

乃々「もう引き返せないところまで来てしまったので……別に本意というわけでは」

P「そうやってすぐに否定する、森久保は仕事に対してツンデレだよな」

乃々「まるでもりくぼのデレている瞬間を見たことがあるかのような口ぶりなんですけど……。それとですね、デジカメでムービーを撮らせてください」

P「それ、森久保の私物か? デジカメなら高性能のやつが会社の備品であるけど」

乃々「後で個人的に吟味したいので、もりくぼのデジカメで撮りたいです」

P「そう、了解」

乃々「それでは、もりくぼは少女役。プロデューサーさんはそれ以外全部で」

P「おう、それ以外全部なー。男君役、女友達役、クラスメイト、母親役、父親役、お姉さん役……ってできねぇよアホか!」

乃々「それっぽく動いてくれるだけで十分です、マネキンよりはマシな動きをしてくれれば」

P「……ベストは尽くすけど、期待するなよ」

――トレーニングルーム、練習風景

P「―――――――」

乃々「―――――――」

P「試合応援してくれたんだね、ありがとう」ナデナデ

乃々「……駄目です」

P「おい、セリフ違うぞ」

乃々「セリフじゃないです、プロデューサーさんにダメ出しをさせてもらいました」

P「いまさっき俺の演技には期待するなって言ったばっかりでしょうが。そもそも森久保の練習と俺の演技力は関係ないし」

乃々「大いにあるんですけど。プロデューサーさんの頭の撫で方でもりくぼの演技が左右されるシーンです、しかもここは超重要なシーンなんですけど」

P「キャストの練習会から逃げたクセに、どの口が文句言ってんだ……」

乃々「プロデューサーさんの撫で方は乱雑すぎます。そういう不器用で無愛想な『なでなで』ももりくぼは嫌いじゃないんですけど、役柄的にもうちょっと繊細に触れて欲しいんですけど」

P「……試合、応援してくれたんだねありがとう」ナデナデ

乃々「……それではまだ駄目なんですけど」

P「ハハハ、こやつめ」

乃々「役になりきれば上手くいくはずです、もっと相手を思いやって、何かを伝えるような撫で方をもりくぼに」

P「むーりぃー、そんな『愛を込めて花束を』的な芸当、俺にはできないんですけど」

乃々「訓練すれば上達します、もりくぼの頭なんかで良ければ、いくらでも貸してあげます」

P「…………はぁ」ナデナデナデナデ

乃々「すごい雑なんですけど……。雑すぎてドン引きなんですけど」

P「そんなこと言われてもなー。つうか、このやり取りムービーで撮る必要あるのか? 容量の無駄遣いじゃん」

乃々「メモリーカード多めに持参しました、心配はご無用です」

P「……元より、このやり取り自体も必要ないよなぁ」

乃々「本当に必要ないですか? ……例えば、前川さんの頭を撫でる時の参考になるかと」

P「どうして俺がみくの頭を撫でなきゃならんのよ」

乃々「みくさんお仕事がんばっているので。きっと何かのご褒美で撫でてあげたら、すごく喜ぶと思います……」

P「それは俺の仕事ではないな、俺あいつの担当じゃねーし」

乃々「この先はどうなっているか分からないんですけど……」

P「だからねーっつーの……、もう次のシーン行っていいか」

乃々「むむむ……では次のページに」

P「――――――」

乃々「ぷ、プロデューサーさん、ちゃんとアクションをして欲しいんですけど……」

P「…………もしかしてアクションっつーのは現在お姉ちゃん役を担っている俺様が、妹である所のお前を励ますシーンで、感極まって抱きつくという行為を指しているのか?」

乃々「そそそ、それ以外の何が……」

P「焦んなくても良いぞ、抱きつかねえから」

乃々「れ、練習ですから、演技のためですから」

P「ここで俺が森久保に抱擁してデジカメの映像を見返してみろよ、そこに残っているのは犯罪行為だぞ」

乃々「だ、誰にも、見せないんですけど……絶対に……」

P「そういう問題じゃねぇっす」

乃々「………………どうせ」

P「ん?」

乃々「どうせ、もりくぼが異性と抱きつくシーンなんて、この先に何回も出てくるでしょうし、……だったら今のうちにプロデューサーさんで慣らしておいても」

P「させねぇよ、プロデューサーとして。アイドルにそんなシーン演じさせないから」

乃々「べ、べべ別に何でも良いです! もりくぼが良いって言っているんですから良いんです。ちゃっちゃと済ませてちゃっちゃと練習を終わらせたいんですけど!」

P「どうどう、落ち着け森久保、いったん深呼吸だ」

乃々「……日頃はもりくぼにあんなことやこんなことしてるのに、ここではできないんですね」

P「デジカメの前でここぞとばかりに人聞きの悪い事を言うんじゃない森久保よ」

乃々「デジカメの電源を切ったら良いんですね、分かりました」

P「違う、そうじゃない」

乃々「…………もりくぼなんかに、抱きつくのは嫌ですか?」

P「それも違う、全然抱けるから。……いや、この言い草も語弊が」

乃々「…………」

P「お、おい。そこで落ち込むのもおかしいからな、これはあくまで倫理的な話で」

乃々「分かってます、分かっているんですけど。……残りの台本を通しましょうか、いったん仕草は抜きで」

P「そうだな、そうしようか」

――数日後、プロダクション

P「………………」

机「………………」

P「………………」トントン

机「……入ってるぞ」

P「星さん、ちょっとお話いいかな」

輝子「これは……ボノノさんのPさん、こんにちは」ヒョイ

P「ちょっと森久保の事で話が」

輝子「フヒ……ボノノさん……」

P「そう、君のトモダチのボノノさん」

輝子「ちょ、ちょっと待ってくれ……。キノコの様子を見てたから。話は、その後で……」

P「オッケー、ありがとう」

輝子「………………」

P「………………」

輝子「トモダチができた、キノコの群生地~♪」

P「………………」

輝子「キノコの群生地、素敵なところ……フヒ」

P「……………」

輝子「たくさんキノコの生え所、キノコの群生地~♪」

P「……さっさとしろやオラァ!」ガンッ

輝子「うひいーっ!」

輝子「……ひ、ひどいぞ……、ボノノPさんは不良なのか?」

P「すまん、俺は不良ではない。高度なボケかと思って、ついついツッコんでしまった、それだけだ」

輝子「ボノノPさんは芸人なのか……フヒヒ」

P「芸人じゃない、プロデューサーだ」

輝子「え、何を今更、そんなの知ってるが?」

P「知ってるなら変なこと聞くんじゃねぇオラァ!」ガンッ

輝子「うひぃいい!」

P「…………………」

輝子「…………ボノノPさんはヤンキー、すぐに机を蹴る、しっかり覚えたぞ……」

P「違う、……ごめん違うから。っていうか、星さんのヤンキー像、すっげえ浅そうだな」

輝子「フヒヒ……、キノコの浅漬ならエリンギやシメジが良い……」

P「し、静まれ……俺の右足よ……、怒りを静めろ……ツッコんではいけない……」

輝子「フヒ、それは蘭子ちゃんの真似……?」

P「中二病じゃねぇよオラァ!」ガンッ

輝子「ボノノPさんと話していると……なんか心臓に悪いぞ……」

P「ごめん、謝る。もう蹴らないから、怖がらないで」ナデナデ

輝子「うわっ、……頭を撫でるの、すごい手馴れている……、フヒッ、リア充だなっ」

P「ちょうど最近、なでなでの練習をしててな……」

輝子「ところで、ボノノさんがどうかしたか……」

P「ああ、ここの所なんだか森久保の様子がおかしいんだ。星さんと一緒にいて森久保に変な所とか、なかったかな?」

輝子「うむ……一緒にいることは度々あるが、……あんまり会話はないからな。……フヒヒ」

P「会話じゃなくても、行動とか仕草とか、些細な事でも良いから」

輝子「………………そういえば」

P「お?」

輝子「きのこの山はたけのこの里より、チョコの量が1.5倍多い」

P「オラァ!」ガンッ

輝子「フヒィー!」

P「なんでボケにボケを重ねるんだ、星さんよ。突っ込まざるを得ないだろう……」

輝子「あ、……あまりにもツッコミが、気持ちいいからつい。ボノノさんが、ボノノPさんから逃げ回る気持ち、ちょっとだけ分かるかもしれないぞ。あれも一種のツッコミ待ちだからな……」

輝子「電話」

P「ん?」

輝子「近頃たまーにスマホで、誰かと話してる」

P「誰だろう、森久保の友達かな」

輝子「トモダチ……とは違うような。電話中は距離を置かれるから、詳しくは分からないんだが。楽しげ、という感じではなかったぞ」

P「なんだと……」

輝子「最初はボノノPさんと通話していると思っていたが、……その割には回数が多くて不思議だったんだ。……Pさんとなら、事務所で顔を合わせて話せるから」

P「うん、俺との通話じゃないなソレ」

輝子「それに、一回だけ訊いてみたんだ、電話の相手を……。でもナイショだって、教えてくれなかった……。べ、別にいいんだけどな、……別に」

P「相手が俺だったら隠す必要もないよなー、俺以外の誰かだ」

輝子「私はボッチだから、……そういうの慣れてるし、別に教えてくれなくても」

P「引きずりすぎだろ、涙拭けよ」ナデナデ

輝子「す、すまない……フヒ」

P「(誰だろうな、……まあ、直接当人に訊けば良いか……)」

遅れたけれど、誕生日おめでとう森久保。
次回でラストです。書き始めて早4ヶ月半、長々と失礼しました。

――トレーニングルーム

P「…………」

乃々「……どうされましたかプロデューサーさん。なんだか、やけに無口です」

P「うむ……。考えてみれば森久保とトレーニング室に入る度に、森久保との関係がぎこちなくなっている気がしてなぁ」

乃々「そうでしょうか……もりくぼは何も変わらないんですけど」

P「やけによそよそしいじゃん、前回の稽古から」

乃々「……そういうこと、はっきり言えるのがプロデューサーさんの怖いところです」

P「演技の練習がアカンのかな、お互いの適合性が出てきてしまうのかも」

乃々「……つまり、もりくぼとプロデューサーさんは性分が合わないと」

P「正直、親和性は低いな。タイプが違いすぎる。というか、森久保が特殊すぎる」

乃々「そういう事いわれると、けっこう沈むんですけど」

P「悪いことじゃないって、それが森久保の武器だし。結果的に俺とのバランスも取れてるから」

乃々「バランスが取れた所で……いったい何って話ですけど」

P「えっ?」

乃々「……いえ、なんでも」

P「ところで無事にキャストの自主練習会に復帰できたようで、一安心したよ」

乃々「無理言ってプロデューサーさんにも来てもらってますけどね」

P「うん。仕事関係者の俺が顔を出すと自主練の域を超えてしまうから、本当は行きたくないけれど。……森久保に頼まれちゃったらなぁ」

乃々「心配無用です。プロデューサーさんが顔を出しても雰囲気が堅苦しくなることは皆無ですので……」

P「親しいメンバーも増えたしな。……で、俺との練習は続行する必要あるの?」

乃々「はい。プロデューサーさんで耐性を付けておかないと、もりくぼの心身が持たないので」

P「まさか一期より二期のほうが手間がかかる事態になるとはな」

乃々「面目ないんですけど」

P「それだけ仕事のグレードが上がったってことだ。そろそろ始めるか」

乃々「ええ、では来週にランスルーを控えた話数を通しましょう。……アクション込みで」

P「……アクション込みで?」

乃々「はい。せっかくジャージに着替えましたし、お互いに」

P「…………」

乃々「―――――――」

P「―――――――」

乃々「……次のカット、体育祭に向けた特訓でヒロインがストレッチを手伝ってもらうシーンです。カメラの位置はどのへんでしょうか、……取りあえずデジカメの三脚を横にしてみます」
 
P「職業柄、ペアストレッチはお互い慣れてるな。このシーンはすんなり通せそうだ」

乃々「えっと、まず前屈ですか。もりくぼが胡座の姿勢になります。……それからプロデューサーさんが背中から押s……うぃいいいいいい?!」

P「グイグイっと。森久保のストレッチをアシストするのは『へばりくぼ』以来かな。あの時も森久保の身体が硬くて大変だったけど変わってねぇな。ダメだぞ森久保、アイドルは身体も資本なんだから」グイッ

乃々「おっ、重、あああああああ痛い痛いいたいんですけどおおお! もっ、もりくぼの背中に悪魔がああああ!」

P「あーっと、セリフ言わねぇと、どれどれ。『身体硬いね。ちゃんと触って柔らかくしておかないと、本番で動いたときに怪我しちゃうよ』……えっ、なにこれ下ネタですか?」グイッ

乃々「いたっ、いたああああ! お、鬼っ、いえ、プロデューサーさんっ、ちょっと、もう少し優しくっ、さすがにコレだとセリフどころじゃあああないんですどおおお!」

P「ちょっと狙ってるよなセリフ。欲求不満な視聴者のニーズに答えているのか、それとも脚本家のゲスなセンスなのか……。あとでディレクターに確認しておこう」グイッ

乃々「あああああああああぁー!」

P「次は足を折りたたむストレッチ……。横になれ森久保」

乃々「む……むーりぃー……」

P「森久保、どの道ステージに立つ身である以上、ある程度の柔軟性は持っておかないと本当に危ない。これも何かの機会だ、稽古のついでにしっかりやっておこう」

乃々「うぅ、力尽きて動けないもりくぼの身体がプロデューサーに抱えられマットの上に投げ出され。その腕はもりくぼの足に伸び、これからもりくぼの身体はいいように弄ばされるのです……」

P「そんなセリフはどこにも書いてねぇだろ。早く読み終わらないと痛みが長引くぞっと」グイッ

乃々「ああああああぎぶぎぶぎぶぎぶぎぶぎぶあっぷうううう!」ドンドンドンドン

P「……心が痛いが、日頃からストレッチをしてこなかった森久保も悪い。これに懲りたら、毎日風呂上がりに柔軟体操をちゃんとしておけ」

乃々「わっ、わかりましたから、わかったのでっ……次のセリフ……ぷ、プロデューサーさんですから、早ぐぅ」

P「あれ。そうだっけ、ごめんごめん。やるじゃねえか森久保、台本もう覚えてたのか」

乃々「や、やっとプロデューサーさんの手が離れた……」ゼェゼェ

P「アイドルがしちゃいけない顔してるぞ、森久保」

乃々「だ、誰のせいなんですけど……」

P「えっと、次は森久保に覆いかぶさって」ドンッ

乃々「えっ、まだ何かありましたっけ……もう無っ」

P「頑張ったな!」

乃々「あうっ」

P「きっと本番も活躍できる、一緒に勝ちに行こう!」

乃々「………………えっと、はい」

P「………………」

乃々「………………」

P「けっこう顔近いな、このシーン」

乃々「……あ、……台本でしたか。……鮮やかな床ドンなんですけど」

P「ふぅ、今回はこんなもんかね」

乃々「プロデューサーさん、待ってほしいんですけど」

P「お、どうした森久保ォ」

乃々「アイドルも身体が資本ですが、それはプロデューサーさんも同様だと思います」

P「ふむ」

乃々「プロデューサーさんも稽古のついでにいかがですか、ストレッチ。……もりくぼもお手伝いしますので」

P「なるほど、そういうことか」

乃々「もりくぼなりにプロデューサーさんの身体を気遣っているだけです……深い意味は無いんですけど。……嫌なら別に」

P「いいや、……受けて立とうか」

乃々「では、前屈から。もりくぼは後ろから体重をかけますので」

P「よし、足を広げて。オッケー、どんとこい森久保~」

乃々「んぎいいいいいいいいいいいいいいいい!」

P「いや、軽っ」

乃々「そ、そんな……嘘なんですけど……。全体重をめいいっぱい掛けているのに、いやっ、まだまだいけるはず。……ふぬっ、ふぬぅ!」

P「俺もいちおう体育会系だったからな……平均よりは柔らかいかも」

乃々「もっ、もりくぼは岩。カスピ海を悠々と一望する動かぬ岩です。岩久保よプロデューサーさんの肉体に今こそ至大なる質量を与え給え……」

P「ごめんな森久保、さっきのストレッチよっぽど痛かったんだな……」

乃々「ぬううううううううううううう!」

P「んー弱いな……これだと背後から抱きつかれているのと変わらんよ」

乃々「…………つ、次は……プロデューサーさんの、足の筋肉を、ほぐしてあげるんですけど。……うつぶせになってほしいんですけどっ」

P「へいへい、無理するなよ」

乃々「ふんっ、……ふんっ!」

P「うつぶせ状態から折り曲げた足を上から森久保が押さえているわけだが」

乃々「どうして……、ぜんぜん効かないんですけど」

P「いや、けっこう気持ちいいよ。マッサージだと思えば」

乃々「な、なんか釈然としないんですけど……」

P「……あとでアイスでも買ってやるよ」

乃々「ぐぬぬ……プロデューサーさん、失礼します」ズンッ

P「おっ、背中にまたがってきたか……やる気だな森久保」

乃々「あくまでプロデューサーのためです。……んごおおおおおお!」

P「あー、そこそこ。効いてるぞ森久保ォー」

乃々「……ふぅ。もりくぼ、もう力尽きました」ガクッ

P「おつかれさん」

乃々「では……最後にもりくぼから、プロデューサーさんへねぎらいを」

P「どうした薮からスティックに」

乃々「先ほど、ストレッチの後に励ましてもらったので。……もりくぼもお返しします」

P「台本に書いてあった言葉をそのまま口にしただけなんだけど」

乃々「でも、嬉しかったので。そのお返しを、したいので。……もう少しだけ、ち、近づいてもらえませんか、もりくぼに」

P「………………」

乃々「ぷ、プロデューサーさん、早く」

P「遠慮しておこうかな」

乃々「え……」

P「そんな赤面して身構えられても、……嫌な予感しかしない」

乃々「いいです。構いません、もりくぼの方からそっちに行きます」ダッ

P「お、おいっ」

乃々「もももも、もりくぼのふわふわほーるど」ガシッ

P「………………」

乃々「ぎゅー……なんですけど」

P「………………なんの真似だ森久保」

乃々「もりくぼなりの、感謝の気持ちです。……それ以上でもそれ以下でもありません」

P「そうかありがとう。もう十分だ、離れていいぞ」

乃々「お気遣いなく。……いいんです、プロデューサーが先にやってくれるなら」

P「…………何の話?」

乃々「ドラマです。こんなに誰かと密着するシーン、なかったですけど。そういうシーンが求められているなら、その前に全部、プロデューサーさんで練習しますので」

P「………………」

乃々「どうせ、もりくぼの人生はプロデューサーさんのせいで滅茶苦茶なんです。それなら、いっそ壊すところまで壊してくれれば良いんです……」

P「………………」

乃々「この際、行けるところまで行きたいです。人を惹きつけるドラマを作るために」

P「…………森久保」

乃々「そのためなら、きっ、キスシーン、入れてもいいです。……プロデューサーさんが最初にしてくれるならですけど」

P「森久保、冗談も大概にしろよ」

乃々「…………い、いま。しますか、ここで。もりくぼ、目は合わせられないので、できればプロデューサーさんの方から……」

P「森久保ォ!」

乃々「ひぃ!」

P「目を覚ませ森久保。森久保、いま何を言ったか、何をしているか、ちゃんと自覚しているか、まず一旦離れろ」グイッ

乃々「わっ、分かってます、すごい事を口にしていると。恥ずかしくて、蒸気になりそうですけど。で、でも……もりくぼは真剣で」

P「森久保が今の仕事に対して、真剣に向き合っているのは伝わってきた。でも、頑張り方が間違っている。俺はプロデューサーとして、それを正さなければいけない」

乃々「…………ぜんぜん、伝わってないんですけどっ。そうやって、もりくぼは突き放すんですか。他の人には黙って抱きつかれるくせに」

P「金輪際無い、みくと抱き合ったことは。プロデューサーとして」

乃々「プロデューサーさん、今まで黙ってましたけど。もりくぼにはプロデューサーさんの嘘が全て筒抜けなんです。僅かにですが仕草に出ます。もりくぼは、そういうのを見分けるのが得意なんです」

P「そうか、でもノープロブレム。プロダクションの所属タレントに対して、そういう認識をしたことは一度たりともないからなっ」

乃々「その言葉が嘘だったら、もりくぼも救われるんですが。……現実は非情ですね」

P「………………なんだと?」

乃々「…………プロデューサーさんの小さな挙動がもりくぼに真実を教えてくれます。プロデューサーさんが気付いていないのか、それとも立場上、口では絶対に認めないのか。そのどちらかは分かりませんが」

P「…………っ。分かった、それ以上は何も言うな」

乃々「………………ぐすっ」

P「あと泣くな、森久保」

乃々「どうして、もりくぼなんですか……。もりくぼなんかより可愛い子も綺麗な子もたくさんいるのに。プロデューサーさんは誰とでも仲良くできて、誰とでもお仕事ができるのに。なんでもりくぼを選んだんですか。プロデューサーさんの気まぐれですか、それとも暇つぶしですか。本命に向けての練習台ですか、誰かと比べるための試金石ですか。キャリアアップのための実験台ですか」

P「お、おい……」

乃々「いつになったら、もりくぼは用無しになりますか」

P「滝のようにネガティブ発言を垂れ流すな、俺は森久保が本命だし、いつかは森久保が誰よりも輝く珠玉のアイドルへ開花すると信じている。俺の嘘が見抜けるなら分かるだろ、どれだけ俺が森久保に本気なのか」

乃々「うぅ……。そんなの……今は本当でも、明日はどうなっているのか、分からないじゃないですか……」

P「そんなこと言い出したらキリがないだろ……」

乃々「プロデューサーさん、ときどき他の部署のアイドルたちと親しげに話しているので、もりくぼは心配なんです。もし何かの拍子に心移りをして、プロデューサーさんに見離されてしまったら、もりくぼはどうしたら……。もりくぼにはプロデューサーさんしか居ないのに」

P「普通に仕事してりゃ、普通に仕事場の人間と、普通のコミュニケーションを取るんだよ。そこに普通以上の意味は存在しないし、俺が心変わりする余地なんて無い。いくらなんでも懸念しすぎだ森久保、いつか心労でハゲるぞ」

乃々「そ、そんなの分からないんですけどぉ……ひぐっ。うぇ、だっ、だって、もりくぼ……、そんなに色々な人ど……、うぐっ、……しゃべらないですし」

P「アンダーザデスクとか、インディヴィジュアルズとか、森久保にも親しい人がいるだろ」

乃々「ぐすっ、い、異性の、話です……」

P「……………ほ、ほら。男君とか」

乃々「ぜんぜん、話しませんけど」

P「いや、最近話してるだろ、電話で?」

乃々「……えっ?」

P「ちょくちょく、森久保が長電話をしているという目撃情報が」

乃々「………………」

P「な、別に不思議なことじゃないんだろ。異性だろうが何だろうが、仕事の繋がりで誰かと親しくなることはあるものさ」

乃々「えっと、もりくぼ、ここ数日は男さんとは連絡取ってませんけれど」

P「いいよ隠さなくて」

乃々「いえ、本当です」

P「またまた、照れちゃって。別にやましい事じゃないから」

乃々「逆に聞きますけど、どうしてそう思ったんですか」

P「そりゃ、稽古に意欲的だからさ。電話でも彼と仕事の相談しているんじゃないかって思って。そうじゃなきゃ森久保の方から、あそこまで押してくるなんて考えられないし」

乃々「………………」

P「でも、森久保からキスシーン提案された時は、流石にビックリしちゃったよ。練習しようとまでしてさ、そこまで森久保がドラマの制作に意気込んでいたとは……。何事にも後ろ向きだったのに、人間って変わるもんだなって」

乃々「…………あはは」

P「アハハハ」

乃々「……ひぐっ。プロデューサーさん」

P「ん」

バシンッ

乃々「正直に言います。……ドラマなんて、もりくぼにはどーっでも良いんですけど」

P「(…………え、び、ビンタ……?)」

乃々「いえ、どうでも良いって言うと、製作に携わる人達や、視聴者さんに申し訳ないので。そこまでどうでも良いってワケではないんですけど。でも、プロデューサーさんとの事に比べたら、とても瑣末な問題です……」

P「(今、もりくぼが、俺に……ビンタした?)」

乃々「ぐすっ。プロデューサーさん、目を覚ましてぐださい。……うぇっ。プロデューサーならっ、……うぅ、ぷろ、でゅーさー、らしく。……ずっと、もりくぼの事、見ていてほじぃんですけど…………うええぇっ」

P「(優しい世界の住人のもりくぼが、俺に攻撃しました?)」

乃々「わかった……って。……わかったって、口にずるのに……ふっ。うぅ、ぜんっ、ぜん、もりぐぼのこと、わがってぐれてないです……ぷろでゅーさーさん……」

P「(他人を傷つけ争い合うことを何よりも嫌がる森久保乃々という少女が、俺様の顔面に平手打ちをした。な、何故だ……お、おちつけ俺……ダメだ、目眩で視界が暗くなってきた)」

乃々「ふっうぅっ。……うえええ。も、……もりくぼはっ……ただ、ちょっとだけっ、ぎゅっとしてぐれだり、あたま、なでてくれるだけで、それだけでいいのに……、だって、それだけでっ、とくべつでっ、ほかのひととはちがうからぁ」

P「(気を、気を確かに持てっ、足がふらつくが、何とか持ちこたえろ。大丈夫、きっと何かの間違いだから。森久保が俺に危害を加えるわけ、そんなわけ無いのだからっ)」

乃々「プロデューサーさん」

P「も、森久b」

乃々「どうしてもりくぼのこと、しっかり抱きとめてくれないんですかあああぁっ!」

ドスッ

P「み、みぞおち……っ」

乃々「はぁっ、はぁっ」

P「………………うっ」

バタンッ

乃々「ぷ、プロデューサーさんのコディアックヒグマアアアアアア!」

ドドドドドドドドッ

P「ま、まって、いみが分からなっ…………コプッ」(吐血

チーン

――女子トイレ

prrrrr...

乃々「うぅ、ぐ、ぐすっ、うええええ、うええええええん」

『もしもし乃々ちゃん、どうしたの真っ昼間に。私まだ仕事中なんだけどぉー』

乃々「せ、せんせぇ、ご、ごめんなさい、……なんですけどっ。……ぐぅ」

『な、泣いてるの乃々ちゃん。いま何処にいるの?』

乃々「プロダクションのっ……人通りの少ない通路のっ……女子トイレのっ……はじっこのっ、個室……です」

『そ、そうなのね……。取りあえずお話聞いてもいいかしら?』

乃々「は、はいっ……、その……あの……うっ、ぐっ、うぅ……」

『お、おおう……。乃々ちゃん、ゆっくりでいいから~』

乃々「ぜ、ぜんぜぇに、いろいろおしえてもらって、いろいろ、やったんでずけどっ……もりぐぼっ、ぜんぶ、ぶちこわしちゃったんですけど……うええええええっ」

『――――――――』

乃々「――――――――」

『つまり、あまりにもプロデューサー君が鈍すぎて、思わず殴ってしまったと。……気弱そうな風して意外とやるわね乃々ちゃん……』

乃々「こんなごと、……初めてなんですけどっ。誰かに対して、ここまで腹が立つなんて。それで、殴っちゃって。本当に生まれて初めてでっ」

『わ、分かっているわよ。乃々ちゃんは優しい子だって、先生ちゃんと分かっているから、大丈夫。プロデューサー君だって理解してくれるハズ』

乃々「いえ……もう駄目です。本日限りでお役御免でしょう。もりくぼは見捨てられます。プロデューサーさんは他の人の元へ……、そして二度と、もりくぼとは……、うっ……ううっ……うえええぇえぇっ」

『もう……はっきりと言っちゃったら、好きですって』

乃々「ぐすっ。むり、……むりです。そんなこと言ったら、プロデューサーさんが困っちゃいます。あくまでもりくぼは、もりくぼの好意にプロデューサーさんが気付いてくれて、その上で少しだけもりくぼに優しくしてくれたら。それだけで幸せで。……虫が良すぎるでしょうか。もりくぼは、ワガママを言っていますか」

『乃々ちゃんっ! そんなのワガママの内に入るなんて先生思わないわよ! だいじょうぶ、先生が何とかしてあげるわっ、乃々ちゃんの為ならコネクション使いまくっちゃうわよ~! 乃々ちゃんに仕事を斡旋しまくればプロデューサー君は乃々ちゃんを手放せなくなるんでしょう?!』

乃々「あ、あの……それはそれで、むーりぃー……」

――トレーニング室前

都「あー、退屈です。どこかに転がってないですかね、凶悪事件」

都P「転がっていた所で貴方の出番はありませんよ、都さん」

都「今日は今日とてレッスン三昧。何時になったらプロデューサーは『都探偵事務所』を開設してくれるのでしょうか。ずっと待っているんですけれど」

都P「開設予定どころか建設予定すらありません。待つだけ無駄です」

都「そんな……、私をアイドルにする引き換えに、プロデューサーさんはワトソンになる。そういう約束でしたのに……」

都P「そうですね、都さんがワンマンライブを遂行できるぐらいのレベルになったら、その時は区役所に改名を届け出てあげますよ」

都「ワトソンは実際の名前って意味じゃないですっ! こ、この私に叙述トリックを仕掛けるなんて……、さすが私のプロデューサーさんですね」

都P「トリックじゃないですけど、けっこう改名も面倒なんですよ。家庭裁判所に許可を得なければいけません。横文字の名前が果たして通るか否か」

都「そんなに面倒なら普通に私のワトソンして下さいよ!」

都P「普通に嫌です」

都「……くんくん」

都P「都さん?」

都「血の……気配を感じます……」

都P「中二病系は間に合ってますよ、ウチの部署は」

都「非現実的な世界観に喜ぶ妄言者と私を一緒にしないで下さい! 私はリアリストなんです、事件の気配を察知し、それを解決する為なら非情にもなれる。……そう、それが探偵の宿命……」

都P「言ったそばから非現実的な創作の探偵像に浸っているじゃないですか。……言っておきますけどそれ、中二病と変わらないですからね」

都「臭いの元は……トレーニングルームっ。さあ助手、行きますよ!」

都P「あっ……まったく、やれやれ」

P「………………」

都「静寂の空間、倒れて動かない人体、撒き散った赤の飛沫。も、もしや……」

都P「……ええー」

都「いやったああああああああ犯行現場だああああああああああ!」ピョンピョン

都P「都、ちょっと黙れ」

都「ぷ、プロデューサーさん、トレーニングルームということは、密室ですよ密室っ!」

都P「密室じゃねぇよ、とびら開けて入れただろ、アホかお前」

都「おお、さすが私の助手です。一瞬で密室トリックを破るなんてグッドです!」

都P「やばいですね、あまりに興奮しすぎて都さんの思考回路が園児並みに」

都「それでは、さっそく死体の観察を! せっかくの死体です、まずは身体に沿ってテープを引きたいです! ワトソン君っ、どこかに無いですかテープ!」ピョンピョン

都P「テープ引きは探偵の役割ではないです、だから止まれ都」

都「うふふ、これだけの大きなプロダクションですからね。そろそろ大事件が起こるのではないかと、常々思っておりました。案の定起きてしまいましたね……撲殺事件が! 私は悲しいです、犯人が憎いっ!」

都P「脈は動いてますね……ひとまず一安心です」

都「あっ、駄目ですよ勝手に死体を動かしちゃ! 死体を勝手に動かして警察を困らせるのは探偵である私の役目ですー!」

都P「駄目だコイツ、早くなんとかしないと」

都「どれどれ、顔面から派手に流血していますね。てっきり額からの出血かと思ったら、……これは口からでしょうか」

都P「吐血、その割には出血量が酷いですね」

都「舐めてみたら吐血か出血か分かりますかね、ペロッと」

都P「辞めて下さい、貴方は探偵以前にアイドルなんですから」

都「違います、私はアイドル以前に探偵なんです」

都P「いずれにせよ舐めないで下さい、人として」

都「えー、一度やってみたかったんですよね。『ぺろっ、これは?!』って」

都P「砂糖と塩を用意しておくんで、後ほど心置きなくどうぞ」

都「やれやれ、我が家のワトソンは辛辣ですね~」

都P「んっ、三脚が倒れてますね。……しかもデジカメ付きで」

都「やりましたプロデューサーさんっ。動かぬ証拠です」

都P「でもメモリーカードが都合よく残っているわけ……残っていました」

都「ふふ、犯人を追い詰めましたね、話ぐらいなら署で聞いてあげますよ」

都P「それは刑事の仕事です」

都「刑事だって、探偵役になることも多々あります!」

都P「それでいいんですか、ホームズ君」

都「問題ないよ、ワトソン君っ」

都P「まあいいです。デジカメの映像で事の経緯を確認しま――」

P「み、見るな……っ!」ムクッ

都「ぎゃああああ死体があああああ!」

都P「さっき脈あるって言いましたよね、都さん」

都「お早うございますっ。どなたか存じませんが、このホームズにおまかせ下さい。貴方をこんな目に遭わせた犯人を、私がこの手で捕まえてご覧に入r」

ガシッ

P「だれだてめぇ」

都「あ……アイアン、クロー」

都P「森久保Pさん、お疲れ様です」

P「……お疲れ様」

都「わ、私もご挨拶をしたいので、手を離していただけると……そのー……」

都P「人の子に、それも出会い頭にアイアンクローをぶちかますなんて、噂に違わず血の気の多い人ですね」

P「…………御託は良い。そのデジカメをこっちに渡せ」

都P「あっ、すいません。再生ボタン押しちゃいました」

デジカメ『おっ、重、あああああああ痛い痛いいたいんですけどおおお! もっ、もりくぼの背中に悪魔がああああ!』

都「ひっ」

P「………………聞いたな」ギリッ

都「ひぎぃっ!」

都P「これは虐待映像ですか」

P「ちげぇよ、どう見ても柔軟トレーニングだろうが」

デジカメ『ああああああぎぶぎぶぎぶぎぶぎぶぎぶあっぷうううう!』ドンドンドンドン

都「ぎゃああああ、こ、殺されます! プロデューサーさん助けて!」

都P「……ウチの子が怖がっているので、そろそろ解放していただけませんかね」

P「その前に、デジカメ返せや」

都P「…………かしこまりました。それでは、三秒のカウントダウンの後、同時にブツを投げ合いましょうか」

P「分かった」ヒョイ

都「……ふぅ。やっと開放されました。探偵には危機も付きものですね。でもしっかりと乗り越えましたよっとおおおおお?!」

都P「都さん、すっかり脇から持ち上げられちゃっいましたね」

P「三秒後にそっちに投げる」

都「えええええええええええ?! 貴方どんだけ怪力なんですか、コディアックヒグマか何かですか?!」

都P「では、カウントします」

3...
2...
1...

P「オラァ」ヒュン

都「ひーーーっ!」

都P「ゼロっ――都さんっ、キャッチして下さい!」

P「?!」ポイッ

都「ぎゃああああああ?! はいいいいいい!」ガシッ

P「くっ、空中でデジカメが取られた?!」

都P「よし、都さんナイスです! そのデジカメには犯行映像が記録されています。絶対に死守して、悪を裁きますよ! ホームズさん気合い入れて!」

都「はっ、……はいっ! ホームズの見せ所ですねっ、私頑張ります!」

P「何の真似だこの野郎」

都P「ただの正義心ですよ、どこまでも正義心です。決して貴方が没落すれば、昇格の席が一つ開くなんて、そんな下世話なことは一切考えていません」

P「っは、面白い。ならば力ずくで取り返すまでよ」ダッ

都「ぎゃああああ吐血野郎がこっちにくるぅううう!」

都P「探偵ものにはお馴染みのアクションシーンですよ。都さん頑張って、パスっ!」

都「えええええええええええええっ、何こっちに爆弾よこしてんですか?!」

P「オラアアアアアアアアア!」ドドドドド

都「ぎゃあああああああああ!」ダダダダダ

都P「都さん、これは頭脳戦です。ギリギリまで引きつけたら、こっちに投げ返して下さいー!」

都「ず、頭脳プレイは得意ですっ。引きつけて引きつけて……」

P「ぶるあああああああああっ!」

都「うひぃいいいいい! プロデューサーさんどうぞー!」ブンッ

P「はああああっ!」

都「嫌ああああこっちに飛び込んでくるぅ!」

パシッ

都P「よし、デジカメゲットです。このまま都さんに引きつけてもらって、このスキにコレをオフィスの上層部に……」

P「させるかああああああああ!」ブンッ

都「だから何でこの人、私を軽々しく投げられるんですかーァ!」シュー

都P「っく、避けていいですか?」

都「駄目です私が怪我しちゃいますぅー!」シュー

都P「しょうがないですね。フンッ!」

ガタタッ

都「わ、ワトソン君、……怖かったです」ギュッ

都P「安心するのはまだ……」

P「オラァアアアアアアアアアアアア!」

都P「都さん、アレを使ってっ!」

都「!!」サッ

P「デジカメ返せやオラァ!!」

シュッ

P「う、足が滑っ」

ドンガラガッシャーン

都「………………」

都P「………………」

都「正当防衛」

都P「正直、苦しいです」

都「………………」

都P「………………」

都「……救急車を呼びますか」

都P「待って下さい、言い訳を考えてから」

都「………………」

都P「………………」

都「まさか、推理道具の虫眼鏡が凶器になるなんて」

都P「足に忍ばせたら、滑って頭から派手に転びましたからね、彼」

都「………………」

都P「………………」

都「これ、誰のせい」

都P「え、貴方でしょうどう考えても」

都「指示したのはワトソン君の方ですよ」

都P「私はホームズの部下です、あくまで責任はホームズにあるかと」

都「こういう時だけ下っ端ぶらないで下さい」

都P「いずれにせよ、凶器は貴方の私物です」

都「少なくとも私達、共犯ではありますよね」

都P「………………」

都「………………」

都P「今度の今度こそ、額からの出血ですね」

都「ドクドク血が出てますけど。幸い、まだ脈はあるんですよね」

都P「はい、まだ死体じゃないです」

都「軽々しく死体とか言わないで下さい」

都P「貴方がそれを言いますか」

都「……今件で、私は反省しました。探偵を名乗る以上、今後は言葉を慎重に選んで発言します」

都P「そのまえに軽率に探偵を名乗る己を反省して下さいよ」

都「それは無理です、私の血は探偵でできていますから」

―――病室

P「……ん、……痛っつ」

乃々「……あ」

P「アタマ痛っ、……どこだここ」

乃々「医務室のベッドです。良かった、目を覚ましてくれて」

P「うっ……何があったか、思い出せん……」

乃々「もりくぼも聞いた話なので真実は分かりませんが。プロデューサーさん、どうやら都さんの一味とやり合ったそうです」

P「…………そうだっデジカメッ!」

乃々「あの……コレですか?」

P「あ、……あれ?」

乃々「都さんが、これは返すので、怪我をさせてしまったことを不問にしていただきたいと」

P「………………」

乃々「ど、どうしますか?」

P「……いいよ、それで。幸い傷は深くない」

乃々「そんな。……医者はしばらく安静にと。それなりに大怪我かと……」

P「しばらく安静ね。了解、じゃあさっさと仕事片付けるか」

乃々「だ、駄目です起き上がっちゃ。安静というのは、しばらくここで生活して下さいという意味ですっ。動き回ると額の傷が開くんですけどっ」

P「………………ふむ」

乃々「………………」

P「森久保、ちょっと俺のデスクからノートPCと書類一式運んできてくれないか」

乃々「……お願いですから、しばらく休んでて下さい。部長さんにもそれで話が通ってますから」

P「はぁっ……。せめて腕の針抜いていいか、邪魔くさいんだけれど」

乃々「抜いて良いワケないじゃないですか、常識的に考えて。プロデューサーさん、血を流しすぎているようです。とにかく大人しくしていて下さい」

P「森久保はどうするんだよ、これから」

乃々「えっと……その……うぅ」

P「やっぱり困るよな、俺なしじゃ。当面はドラマ関係の仕事がごっそり入っているし」

乃々「……部長さんにも相談されました。休養期間中はプロデューサーを代理で立てて。何なら、この機会に、もう少しキャリアのあるプロデューサーをもりくぼに当てて下さると」

P「…………………あ?」

乃々「もりくぼって、けっこう期待されていたんですね。もりくぼなんか目にかけるだけ無駄なのに……。なんか部長さん、もりくぼのこと部署ぐるみで推したがってます。そのために、プロデューサーも実績のある優秀な人を用意するって」

P「………………」

乃々「も、……もりくぼは嫌です。なので、やんわり断ったんですけど、なんか部長さんも意気込んでいて。……もりくぼは、総選挙でも上位を狙える逸品だって、そんな血迷ったことを口にしているんですけど、そんなワケないのに」

P「………………」

乃々「ぷ、プロデューサーさんは、もりくぼのこと、嫌いになってしまいましたか? もりくぼのこと、もう、どうでも良いですか。……そうですよね、もりくぼプロデューサーさんのこと殴っちゃいましたし。でも、身勝手ですけど、もりくぼ、プロデューサーさん以外の人にプロデュースされるの、耐えられないです。たとえ短期間でも、想像しただけで胃痛が。もしそうなったら、もうもりくぼはアイドルを辞めるしかないんですけど、でも……もう……」

P「辞めさせねぇよ」

乃々「え……」

P「森久保は総選挙で上位を狙える逸品だって。そんなもん最初から俺は気付いてたね。今更になって、旨いところだけ掻っ攫おうったって、そうはいかねぇなあ。たとえ相手が部長でも、容赦はしない。こうなったら全面戦争だ。権力で抑えつけられても、使えるもん全部使って徹底的に反抗してやる」

乃々「プロデューサーさ――」

P「俺は何があっても森久保を手放さないし、森久保以外の誰だってプロデュースをするつもりはない。そんな事態になる前に事務所を辞める」

乃々「………………うぐっ」

P「そもそも、俺より優秀なやつが同じ部署にいたかな。俺、ちょっと記憶にないんですけど。もし部長が勘違いされているなら、その認識を改めさせていただかねぇとなぁ、そうは思わないか森久保よ」

乃々「で、できるだけ穏便にしませんか。強引なやり方は最終手段にして欲しいんですけど」

P「ふむ」

乃々「まずは、森久保が部長さんを説得します。プロデューサーさんが休養期間中も、他にプロデューサーを付ける必要はないと宣言します。ふ、不安ですが、……がんばってスケジュールを消化します。その後、プロデューサーは変えるつもりはないと、勇気を振り絞って、……そう言い放ってみせます」

P「嘘だろ。本当に、……できるか?」

乃々「も、ものすごく怖いです。今にも足が震えそうで……で、でも」ギュッ

P「おっ」

乃々「お仕事以外の時間はずっと、この病室でプロデューサーさんとお話できれば。そして、こうやってプロデューサーさんの手を握れさえすれば……もりくぼでも、少しは度胸が付いて、頑張れそうな気がするんですけど」

P「よし、できるだけやって。駄目だったら俺が暴れまわる。完璧な計画だな」

乃々「完璧に破滅的です、……絶対にもりくぼがなんとかしますのでっ」

P「…………森久保、すまないな」

乃々「謝らなくても良いんですけど。もりくぼがこの状況を……」

P「そっちじゃなくてさ、不安にさせたみたいで……。たしかに森久保のこと、ちゃんと見ていなかったなって」

乃々「えっと……いえ。あれはもりくぼが暴走しただけで」

P「暴走させるまで追い詰めちゃったんだろ、俺が」

乃々「まあ……はい」

P「森久保が特別だから、ああするしか無かった。別に、森久保を拒絶していたワケじゃないんだ。森久保以外の誰かだったら、勝手に抱きつくなり、頬ずりするなりしても構わないけれど」

乃々「し、知ってます。知ってますから、もう……いいです」

P「そうか。森久保がこのままで大丈夫なら良いけれど」

乃々「…………すいません。ちょっと我慢できないかも、なんですけど」

P「……ふぅ」

乃々「で、できれば。その、……もりくぼが何かを成し遂げたときとか、ご褒美があると、もりくぼは安心できます。えっと、……例えばそれは、少女漫画でヒロインがされて喜ぶような事です」

P「………………」

乃々「あっ……、高望みをしました。もりくぼはプロデューサーさんと一緒にいるだけで」

P「いいよ、特別なときだけな。……それまでに勉強しとくよ、少女漫画を読んで」

乃々「ほっ、本当ですか?」

P「俺が覚えてたらな」

乃々「楽しみに、待っています」

P「電話……」

乃々「はい?」

P「だれとスマホで話してんだ、時々さ」

乃々「その……内緒です」

P「言ったらマズいのか」

乃々「そういうわけじゃないんですけど」

P「じゃあ、教えてくれても」

乃々「えっと、分かりました。……先生です」

P「先生? どの先生だよ、中学のか?」

乃々「いま、ドラマでお世話になっている原作の先生ですが」

P「………………ああ、あの人か。いや、何話すんだよ」

乃々「それこそ、教えられません」

P「それは言ったらマズいんだな」

乃々「非常にマズいです」

P「まあいいや。それならちょうど良い、俺が不在の間はあの人にもサポートしてもらおう」

乃々「多忙な御方なので、あまり負担はかけられません」

P「でも現場にはよく顔を出してくれるだろ。撮影中ぐらいは頼らせてくれるさ」

乃々「分かりました、もりくぼの方でお願いしてみます」

P「なあ、森久保」

乃々「……はい?」

P「いや……これからも、よろしく頼むな。こんな俺だけど、いつか上り詰めて見せるから」

乃々「そのままでも十分です。これかもずっと、もりくぼをよろしくお願いします」

P「…………はっ。ようやっと俺も安堵したわ。ちょっと寝ていいか」

乃々「その間も、もりくぼが横に座ってていいなら」

P「別に良いよ、いちいち聞くなって」

乃々「はい」

P「………………」

乃々「良いものかも、しれないんですけど……」

P「…………」

乃々「ドラマを参考に。真剣に恋をしてみるものも……」

P「………………」

乃々「え、……えへへ……」

P「……………………………………………………いま、なんか不穏なこと口走らなかった?」ムクッ

乃々「ひえっ?!」

P「……………………」

乃々「あ……ああ……」

P「…………真剣に恋をして――」

乃々「あああああああああああああああああっ、も、もりくぼはっ、なんっ、なんて、もりくぼはなんて破廉恥なことをっ! うああああああっ、ああああああっ、もっ、森にっ、もりくぼは森に帰ります、ぎゃああああっ、いっ、いますぐにっ、もう探さないでっ、探さないで下さいいいいいいっー!」

ドドドドドドドドッ

P「………………」

真剣に恋をしてみるものも良いのかも
真剣に恋をしてみるのも
真剣に恋をして
真剣に恋……

乃々『ぷ、プロデューサーさんにっ、……紹介します、……この人がもりくぼの……もりくぼの彼氏ですっ!』

??『初めまして、乃々の彼氏です』

乃々『い、いかがでしょうか……もりくぼは、かっこ良いと思うんですけど……」

??『乃々さんはアイドル活動をされていますので、決して世間に公にならないように。節度を守ったお付き合いを心がけていきます。どうか安心して下さい、プロデューサーさん!』

P「お、お前にっ、お前にプロデューサーと呼ばれる筋合いは無いわっ!」

乃々『アイドルが恋人作るのはイケないことですけど。これもドラマのためだから、仕方ないんですけど……』

??『ほら、乃々。もっと近づいて』

乃々『キャッ』

謎の男、森久保の肩を引き寄せる。

森久保顔を赤らめて一言。

乃々『いやん、そういうことは森に帰ってからっ、はーにぃー……』

そして二人は幸せなキスを

P「…………」

P「………………ゴフゥー!」

みく「乃々Pチャアアン! 乃々Pチャンは無事かにゃ! 乃々Pチャンが倒れたって聞いてアラスカからネコミミを引っさげてはるばるみくが駆けつけたよ! 鬼畜Pチャンの過密な鬼スケジュールの合間をぶち破って乃々Pチャンに元にみくにゃんが駆けつけたよー!」

P「………………」

みく「さっき赤面してBダッシュする乃々チャンと廊下ですれ違ったけれど、もう目を覚ましたのかな。何はともあれ生きててよかったよ。お土産にメロン買ってきてあげたよ、みくと一緒にたべま」

P「…………ごふっ」

みく「うわあああああああっ、病室のベッドで乃々Pチャンが吐血しながら気絶してるにゃ! これは洒落にならない光景だよっ!乃々Pチャンどんだけ豆腐メンタルなの、うわっ、シーツにまで血が、にゃんじゃこりゃあああああああああ!」



おわり

読んでる人いるかマジで分からんですが
ご拝読ありがとうございました。

無事完走できて良かった。
森久保に幸あれ。

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