【モバマスSS】つめきり (25)

・佐城雪美ちゃんとペロとプロデューサーのお話です

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事務所の一角で、一人の少女がソファでくつろいでいる。

正確には一人と一匹。

少女の右手には黒い爪切り。

その一匹の獣の毛もまた黒く。

「ペロ……つめ……伸びてる……」

彼女は黒猫を抱きかかえる。

黒猫は暴れない。

ネイルサロンの客のごとく、すっと手を出す。

パチン

パチン

パチン

右手が終わったら、左手。

彼女は黙って爪を切り、黒猫は黙って手を差し出す。

パチン

パチン

ガチャ

誰かが部屋に入ってくる。

何も言わずに、雪美の隣に座る。

パチン

パチン

侵入者が口を開く。

「雪美、猫の爪切るの上手いな。 いつもつめきりを持ち歩いているのか?」

彼女のプロデューサーだ。

「うん……いつでも……切るため………」

彼はじっと彼女の爪を切る様子を見ていた。

象牙色の爪を、黒い爪切りがかじる。

パチン

パチン

細くて白い指が巧みに黒い爪切りを操る。

パチン

パチン

ふと彼女の指先に視線をやると、爪が少し伸びていた。

「雪美も爪伸びてるなぁ」

「……ほんと……私も……切る………」

「切ってやるよ」

「…………いいの?」

爪切りを中断し、彼女は驚いた顔で彼を見た。

「いやか?」

彼女は首を横にふり、また爪を切る作業に戻る。

パチン

パチン

パチン

「……………ペロ……終わり…………」

「にゃっ」

彼女は黒猫を膝の上から開放する。

「よし、次は雪美の番だな」

「…………うん…………ヒザ………座る………」

猫のようになめらかに彼の膝の座り、手を差し出す。

パチン

パチン

黒い爪切りが、白い爪をキレイに切り取る。

パチン

パチン

「ふふっ……私……ペロみたい………………」

「ずっと自分で爪切ってるのか?」

「うん………」

「そうか」

パチン

「切ってもらう……初めて……かも……?」

「でも……赤ちゃんのとき……ママ……切って……くれた………?」

「そうだぞ」

「なら……モバP……二人目……?」

「もしかしたらパパにも切ってもらってたかもな」

彼はくだらない冗談にも似たくだらない屁理屈をいった。

「………そうかも………」

ふふっ、と笑って返す。

パチン

パチン

爪切りの音だけが響く。

パチン

パチン

最後に、名残惜しそうに爪切りが小さな小指の爪を切り取る。

パチン

「はい、おわったぞ」

「……ありがとう」

数秒、お互いの動きが止まる。

「終わったぞ」

「…………うん………」

だからなんだ、とでも言いたげに彼女が返す。

同じ方向を向いて、にらめっこ。

爪切りの余韻さえ聞こえて来そうな静寂。

耐え切れなくなって、先に口を開く。

「もうちょっとだけこうしてようか」

勝ち誇ったように言う。

「うん…」

勝者を称えるように、頭を撫でる。

「雪美、アイドルは楽しい?」

オルゴールのようにゆっくりと、彼女が語り出す。

「楽しい……あなたのせい……」

「私…………はじめて……」

「こんな……楽しい……こと……あったの……」

「毎日……嬉しい……気持ち……」

ふふっ、と笑いオルゴールの小箱は閉じられる。

「ありがとう、アイドルを楽しんでくれて」

小さな宝箱を大事そうに抱きしめていった。

「ありがとう……違う……私が…………」

「いいんだ。 アイドルを楽しんでくれることが俺の望みだから」

「あなたの……望み……」

「そう」

「わかった……あなたの……望み……私は……こたえる……」

「私……………アイドル……これからも……」

「うん、ありがとう」

――――――――――

雪美がプロデューサーに爪を切ってもらって以来、彼女は暇を見つけては彼にそうしてもらっていた。

彼女にとって爪は、今となっては彼と一緒に居るための切符のようなものになった。

彼と事務員がひとりずつだけの小さなオフィス。

仕事が早く片付き、少し早いお昼をすませて彼はぼーっと雑誌を読んでいる。

向かいの席では、事務員のちひろが今朝コンビニで買ったプリンを美味しそうに食べていた。

気配を消して近寄ってきた乗客が、不意に彼の方を叩く。

驚いて振り向くと、少女が爪切りを差し出していた。

今日も彼の膝に座るための切符を切る。

パチン

パチン

パチン

慣れた手つきで、軽快に爪を切っていく。

パチン

パチン

「はい終わり」

「ありがとう……………」

「あっ、そうだ雪美。 来週から俺出張だから良い子に留守番しててね」

「えっ……?」

青天の霹靂に彼女は膝の上で小さくはねた。

「一週間だけね、ロケの付き添いとスカウトも兼ねて北海道へいくんだ」

「おみやげは何がいい?」

「…………………」

沈黙をもって、彼女はこたえる。

「まぁ、ほら、一週間だけだし、ね」

「あ~やっぱ白い恋人かな?」

「膝の上の恋人が、白い恋人を食べる。 みたいなね?」

うろたえて、沈黙気まずく、空回り。

救いを求めるように彼が向かい側の席へ視線をやった。

「雪美ちゃんを置いて行くなんて、ひどいですね」

「それじゃぁ代わりにちひろさんがいきますか?」

「爪切りなら代わりますよ」

「だってさ」

笑いながら、彼は視線を小さな後頭部へ戻す。

「大丈夫、すぐ帰ってくるから」

「わかった……約束……」

彼女は小指を差し出す。

「うん、そうだな」

白い小指に、太い小指を絡める。

「……モバP……爪………伸びてる……」

「そうか? まぁ確かにちょっと伸びてるかも」

「今度は……私が……」

「そう? なんかちょっと照れくさいな」

「たまには………恩返し……」

「そうか、ありがとう」

パチン

パチン

パチン

小さな爪切りで、大きな爪を刻むように細かく切っていく。

パチン

パチン

指を一本ずつ、捕まえるように握って爪を切る。

パチン

パチン

他の指でも、約束を確かめるように、爪を切る。

爪を切り終え、彼女が満足するまで膝の上を堪能し終わった頃には、既にお昼休みが終わっていた。

――――――――――

プロデューサーが出張にいってしまい、どんよりとした空はのように雪美は憂鬱だった。

来る月曜日のため、事務所の一室で他のキッズアイドル達と宿題と格闘していた。

宿題を片付けた雪美は、手持ち無沙汰になりペロを膝に乗せて撫でる。

「ニャッ!」

いきなり、ペロは彼女の膝から飛び退いた。

「どうしたの……………そう……………ごめんなさい……」

「雪美ちゃんどうしたの?」

隣で宿題に苦戦していた舞が心配そうに声をかける。

「ううん……なんでもない……」

「そう」

雪美はばつが悪くなり、席を立ち窓へ向かう。

外はまだ夕方にもなっていないというのに暗く陰鬱としていた。

曇った窓ガラスに、伸びた爪でなんとなく、まるをかく。

その中を塗りつぶすように指の腹で拭う。

覗き穴の中から外の景色を覗いた。

相変わらずいつもの灰色のビルとプロデューサーがよくいくラーメン屋の赤い暖簾だけが写る。

この曇り空の先で、彼がいるのだろうか?

そんなことを夢想しつつ、爪で器用に透明なキャンパスに絵を描く。

伸びた爪で傷めつけてしまった、愛猫を描いてみる。

描いているそばから、水滴がたれる。

びしょ濡れの泣いている猫の完成。

なんだか私みたいで不気味だと、彼女はすぐに袖で拭った。

「雪美ちゃん、レッスン行こ!」

遠くで宿題を片付けた舞が、声がした。

――――――――――

プロデューサーが帰ってくる金曜日、学校が終わると共に雪美は急ぎ気味に事務所へ向かった。

未だ雲が詰切っている空とは裏腹に、彼女の心は軽やかであった。

水たまりを猫のように飛び越え、事務所へと急ぐ。

階段を駆け上り、ドアをあける。

しかし、出迎えたのは黒いスーツの男ではなく緑の服を来た女性だった。

「雪美ちゃん……」

「……モバPは……?」

「それなんだけどね、仕事が長引いちゃってまだ帰ってきてないの」

「…………………そう……………」

まるで、太陽が実は大きな電球で急にスイッチが切られたかのように、彼女の顔が暗くなる。

無言のナイフが無限に突き刺さる、痛い沈黙。

たまらずちひろは、悲痛に叫ぶ。

「で、でもまた一週間とかじゃないから。 ね?」

「……………ありがとう……大丈夫……にゃー」

「あっちで……宿題……してくる……」

ナイフを投げたピエロは悲しくおどけて、舞台から退いた。

普段宿題に使っている部屋に入ると、誰もいなかった。

壁にかけてあるホワイトボードに目をやると、プロデューサーの欄にあった忌々しい矢印が伸びていた。

「今日……レッスン……お休み……ね……」

普段なら愛猫に会いに帰るところだったが、なんとなく今日は帰りたくなかった。

また伸びた爪で傷つけるのが怖く、最近はあまり積極的に触れ合っていない。

どうしようかと思っていると、不意にドアが開いた。

「あら、雪美ちゃん。 こんにちは」

「……久美子……こんにちは……」

「あれ? 今日はレッスンお休みだけど…間違えてきちゃった?」

「ううん……違う……久美子は……?」

「私はね、なんとなくピアノを弾きたくなったから来たの。 ほら、マンションじゃ弾けないでしょ?」

「……そう……」

「雪美ちゃんも弾いてみる?」

「………うん……」

「あ、でも雪美ちゃん結構爪伸びてるわね。 ちゃんと切らなきゃだめよ?」

「…………………うん」

「私が切ってあげようか?」

「ううん……大丈夫……」

「遠慮しないで」

「良い……」

「雪美ちゃん……」

今一番触れられたくないところに触れられて、雪美は嫌になり逃げ出そうと歩を進める。

ドアに手をかけたところで、久美子が声をかける。

「あのね、雪美ちゃん」

「何……?」

「私の爪、見て」

すらりと伸びた指を雪美に見せる。

「爪……?」

「短いでしょ?」

「うん……」

「ピアノを弾く人はね、爪をいつも短くしてるの」

「爪が長いと爪が鍵盤にあたって雑音になるから」

「そう……」

「でもそれってピアノを弾くときだけじゃないの」

「爪が伸びてると色んなところにひっかけたりするのよ?」

「後はもしダンスで手があたったときに傷つけてしまうかもしれないじゃない?」

「私も最近ネイルアートに興味があって長い爪でやりたいけど我慢してるの」

「だって長い爪でピアノの音色や誰かを傷つけちゃったら嫌でしょう?」

まるで心臓を引っ掻かれたように、雪美は心を傷める。

「それにね、雪美ちゃん」

「……何?」

「大丈夫よ、モバPは爪切りなんて口実にしなくても一緒に居てくれるわ」

傷ついた心臓を優しく撫でられる。

「……ありがとう…………」

「雪美ちゃんは素直で良い子ね」

慈しむように、黒い髪を撫でる。

「雪美ちゃん、モバPさんから電話ですよ」

ちひろがまるで自分のことのように嬉しそうな顔をして雪美に伝えにきた。

「……わかった……」

ちひろを追い抜かすようにして急いで電話へとかけだす。

「あらあら、これじゃぁピアノはちょっとおあずけね」

「コーヒーでも淹れましょうか?」

「そうね、思い切り苦いのが飲みたいかも」

二人はふふっと笑いあった。

その頃雪美は、プロデューサーの椅子に座り受話器を両手で握りしめていた。

「雪美ごめんな、約束守れなかった」

「ううん……大丈夫………」

「その代わりお土産に何か買ってあげよう。 何が良い?」

「…………モバP」

「ん?」

「お土産……モバP……帰ったら……私の家……一緒に……来て……」

「家? まぁ帰ったら休みだからいいけど」

「ふふっ……嬉しい……」

「雪美も明日から土日とお泊りでお仕事だったっけ?」

「そう……はごろもこまちうぃずゆきみんふぃーちゃりんぐそうまなつみ……で……おしごと……」

「それは一息で言えるんだな」

「かなり……練習した……結構……むずかしい……」

「そうか」

「今度は……約束……破らないで……お願い……」

「大丈夫、実はもう仕事はあらかた終わってるから」

「そう……」

「だから雪美もロケ頑張ってな。 夏美さんのいうことを聞くんだぞ」

「……うん」

「塩見のいうことは話半分で聞くんだぞ」

「……?」

「まぁいいや、それじゃぁまた明後日な!」

「うん……またね……」

名残惜しそうに、雪美は受話器を置く。

「どうだった?」

ちひろが声をかける。

「ふふっ……秘密……」

「そう。 その様子だと何かいいことがあったみたいね」

「うん……」

「明日は朝から出発だから早く帰って早く寝ましょうね」

「わかった……ちひろさん……またね……」

明日の準備をするために、雪美は帰路についた。

――――――――――

パチン

パチン

パチン

これまでの憂鬱と決別するかのように、雪美は伸びきった爪を切る。

パチン

パチン

他に誰もいない広いリビングに、爪切りの音が響く。

パチン

パチン

彼が出張して以来乱暴に放っておいた愛用の黒い爪切りで、爪を切る。

パチン

パチン

パチン

自分の爪を切り終わり、愛猫のことを思い出す。

「ペロ……おいで……もう……大丈夫……」

小さな声でそういうと、どこからともなく黒猫が彼女のもとにかけてくる。

「……ごめんね……」

にゃぁと許すように返事をし、膝の上に乗る。

「ペロも……爪……伸びてる……私と……同じ……」

パチン

パチン

自然な流れで、愛猫の爪を切る。

パチン

パチン

パチン

「ペロ……私……お仕事……だから……少し……お別れ…」

パチン

パチン

「今度……モバP……連れてくる……」

パチン

パチン

パチン

「良い子に……してて……ね……」

指切りの代わりに、ぎゅっと抱きしめた。

――――――――――

すっかり晴れた土曜日。

東京での収録を終えた京都アイドル御一行はホテルで眠りについた。

翌朝、目覚ましより早く起きた雪美は昨晩酔っ払って抱きついてきた夏美を丁寧にふりほどいた。

隣のベッドを見ると、周子と紗枝が手を繋いで眠っていた。

起こさないようにそっと布団をかけ直し、時計を見る。

まだ起きるべき時間までは少し時間があったようだ。

雪美は椅子に座り、携帯をいじり時間を潰そうと考えた。

コンコン

静かにドアをノックする音が聞こえた。

音を立てないようにドアへと向かい、静かにあける。

「おはよう」

そこには、北海道にいるはずだったモバPが立っていた。

「えっ……?」

「もうみんな起きてるか?」

「ううん……まだ……私だけ……」

「やっぱちょっと早かったか」

「どうして…………?」

「仕事が早く終わったからどうせならみんなと一緒に帰ろうと思ってさ」

「びっくり……」

「ちひろさんから雪美のことを色々聞いて、いてもたっても居られなかったんだ」

「ありがとう……嬉しい………」

「ん~? 雪美ちゃんどうしt…うわぁ!!」

寝ぼけ眼をこすりながら出てきた夏美は彼と目が合うと目を丸くした。

「ちょっと! なんでいるのよ!? 雪美ちゃん! 閉めて!」

「えっ……うん……」

彼を押し出すようにドアを閉める。

それから数分、一通り部屋がざわついてからドアが開いた。

身支度を終えた4人が顔を出す。

「朝から寝こみを襲うなんて、モバPさんも好きだよね」

「もう、来るなら来るて言うてほしいわ」

「そうよ! いきなり来るなんてびっくりするじゃない!」

「ふふっ……」

「ごめんごめん、そのことは後で話すから。 もうそろそろ時間だし出ようか?」

「そうだね、ここにいたらモバPさんに襲われちゃうし」

「襲わねぇよ」

「うちもはよ帰りたいわぁ」

「そうね、なんだか京都が恋しくなっちゃった」

「みんな、準備は大丈夫か?」

「うん……大丈夫…………」

「雪美のかばんパンパンだなぁ」

「いっぱいお土産買ったのよね」

「うん……お土産……モバPと……交換……」

「それは楽しみだな」

「あっ、雪美ちゃん爪切り忘れてるよ」

「昨日見せてもろたけど、やっぱりかいらしい爪切りやなぁ」

「ふふっ……ありがとう……」

周子から爪切りを受け取り、膨らんだかばんに爪切りを押しこむように入れて雪美はこう言った。

「これで……かばんに……つめきり……ね……」

終わり

以上です。
今回のSR[紺青のゆらめき]佐城雪美につながるように書いてみました。
佐城雪美に一票よろしくお願い致します!

茄子作です。
【モバマスSS】念力と工学と神秘と
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