魔女「交換の魔女だよ!」(10)

女「……」


村人A「可哀相に。もうああして一週間も墓の前にいるじゃないか」

村人B「娘さん、突然倒れちまってそれっきりだったからな」

村人A「人間、何がどうして死んじまうか分からないもんだな」

村人B「しかしああしていても生き返るわけでもあるまいし」

村人A「神の奇跡か悪魔の仕業でもないかぎりな」

村人B「そういやお前知ってるか?」

村人A「何がだ?」

村人B「魔女の話だよ。森の奥に住み着いてるらしいぜ」

村人A「魔女か。魔女は悪魔と通じてるって言うからな、もしかすると……」

村人B「へへっ、まあ与太話だがな」


女「……」 フラフラ

深い深い森の奥、暗い暗い道の先。

女の足の皮は捲れ、息は絶え絶え、意識は朦朧として、

ふと気付くと、朽ち掛けた廃屋が目の前に現れていた。

女「……」

魔女の家と呼ぶには厳かさも妖しさもないその廃屋に、女は躊躇なく入り込んだ。

戸は破壊的に軋む。

森の暗闇の、そのまた屋内の暗闇に待ち構えていたその者は……。

魔女「ようこそ、お客様第一号さん!」

やたら明るい魔女だった。

魔女「初めてのお客様で実はちょーっとだけ緊張してたりして!」

魔女「でもでも、実は前にもここに来た人がいたりしたけど!」

魔女「なんだかよく分からない事を怒鳴り散らして逃げて行っちゃったからあの人はお客様には入らないと思う!」

魔女「あ、お茶飲む? 師匠からお祝いに貰ったお茶があるよ! 結構美味しいし!」

女「……お願い、です」

女「娘を、私の娘を生き返らせてください」

魔女「んー、無理! お茶淹れるね!」

女「そんな! どうしてですか!?」

魔女「んーとね、お茶淹れながら説明するね!」

魔女「私は交換の魔女なのね」

魔女「何かを貰う代わりに何かをあげて、何かをあげる代わりに何かを貰うのが私の在り方なの」

魔女「パンをたーくさん持ってる人と、お肉をたーくさん持ってる人がいるとするでしょ?」

魔女「毎日パンだけ食べて、毎日お肉だけ食べるより、パンとお肉を交換してサンドイッチを食べた方が幸せだと思わない?」

魔女「でも死んでる人は『いいよ』って言ってくれないから交換できないの」

魔女「だから私は、死んでる人から死を貰う事はできないんだよね」

魔女「だって私は交換の魔女だからね」

女「それじゃあ、それじゃあ私は、残された者はどうすればいいのですか?」

魔女「さあ?」

女「そんな……」

魔女「はい、お茶だよ」 コトッ

女「私は、私にはもう、耐えられないのです」

女「お願いです、娘が生き返らないのならいっそ私を殺してください。苦しむだけの心なら、もう欲しくはないのです」

魔女「おっけーだよ!」 ガタッ

魔女は机に身を乗り出して、女の胸元に手を押し付ける。

途端、女の肌は境界を失くして、魔女の掌は胸の奥へと沈み込んだ。

女「あっ、あっ!」

女の胸の奥で、魔女は何かを握る仕草を見せると腕を引き抜いた。

女「ああっ!」

ひときわ大きな悲鳴をあげると、女はぐったり机にもたれ、そのまま動かなくなってしまう。

満足げに肯く魔女、彼女が握る物は蒼く沈んだ仄暗い水球だった。

魔女「これが人の心かー」

魔女は嬉しげに腰の布袋へそれを入れると、部屋の隅の木箱に向かった。

魔女「ねえねえ、代わりに何が欲しい?」

魔女「えっとねー、宝箱にあるのはねー、竜の牙とー、ネバネバしたものとー、壊れたランプとー、古代の指輪とー、鍋のフタとねー」

魔女「それとねー、夏の霧と冬の朝焼けを閉じ込めた瓶とねー、水精を捕食してる狂った水精の氷漬けとねー、後これはねー」

魔女「……大事に取っておいたチーズケーキ、のカビだらけになったやつ。……あ、洗えば食べられるもん!」

魔女「ねえねえ、どれが欲しい?」

魔女が振り返ると、そこには開かれた戸が軋んであるだけでした。

魔女「あるぇ?」

村人達はボロボロの姿で森から帰った女を見て、あれやこれやと噂したが、大した怪我もない事から大きな騒ぎにはならなかった。

そして以前とは違い、娘の墓を訪れる事もなく働く女の豹変に、ある者はどうしたのかと怪訝に思い、ある者は立ち直ったのだと喜んだ。

しかし、ろくに人間らしい反応を返さない女の姿に、じきに皆が気付いた。

女は、心を失ったのだと。

魔女「あわわわわっ、どうしよう!」

魔女「心だけ貰って何もあげてない! 交換になってないよこれ!」

魔女「なんでー! なんで貰う前にいなくなっちゃうのー!!」

魔女「と、とにかくなんでもいいから届けに行かなくちゃ!」

魔女「鞄に全部詰め込んで、レッツゴー!」

魔女は旅立った。

それは物の見事に、村とは正反対の方角であった。

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