ベルトルト「2000年後の僕達は」(8)

※転生後の捏造兄妹注意報

※2000年後の世界でまったりゆったり、人類と巨人が仲直りするお話。

※微妙にベルサシャっぽい描写入るけど、恋愛には行けない。

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継ぎ目のない巨大な壁、石畳の小路、青々とした葉をつける細い樹木、
青い空、澄み切った水の流れ、つっかかりのない空気。

煙を吐きながら空を飛ぶ、揃いのマントを着た人々、
その両手に握られた銀色の刃、地を駆ける主のない馬と、丘の上に並んだ墓標。

それらは全て、僕のかつての記憶であり、
やがて、失われた時を再生するためだけのZoetropes∇1となった。

???  「――ベルトルト!」

ベルトルト「……」パチッ

???  「肌が灼けて赤くなるぞ、ちゃんとパラソルを広げろ」

寝起きでぼんやりした頭を振って、顔の上に広げていた本を閉じる。
僕は白いデッキチェアに足を組んで座っていた。
ここは、フランス南西部を流れるオード川を走る、遊覧船の上だ。

???  「船長に聞いたんだがな。カルカソンヌは海こそ遠いが、一年中気持ちのいい風が吹いて、
      昼寝には最適だそうだ。まあ、ロシアより寒い国はそうそうないだろうが」

ベルトルト「……父さん、あのね。僕……ヴィーボルグ∇2の家とは離れたくなかった……」

そう言うと、父は向かいのデッキチェアに座って、「なんだ、まだ拗ねてるのか」と肩をすくめる。

ベルトルト「あそこには、僕に足りないものが全部揃っていたような気がするんだ。
      肌を突き刺すような冷たさも、吹雪の中で揺れるランプも、灰色の空も……僕はそれらを愛していた」

父    「仕方ないだろう。ちょうど高速鉄道の駅舎が建つ予定地に、家と畑がすっぽり入っちまったんだから。
      フランス人はすぐに"でも"とか"だけど"と言って話をひっくり返すところ以外は、気のいいやつらだ。
      友達ができれば、ヴィーボルグの森なんてすぐに忘れちまうさ」

ベルトルト「うん……そうだね……」

僕は頷いて、川沿いの景色を眺める。
今までいたロシアの田舎町とは違って、温かみのある素朴な家と、ぶどう畑が続く。ワインの季節はもうすぐそこらしい。
そこで、軽快な足音が近づいてきた。

???  「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」タタタッ、ボフッ

ベルトルト「ぐえっ!?」

???  「退屈です―!構って下さいー!」ゴロゴロ

ベルトルト「いだだっ、転がるな!」バタバタ

父    「こらサシャ、ベルトルトが潰れちまうぞ」ハハハ

母    「そうよ。もう7年生∇2なんだから……この子はいつになったら、お兄ちゃん離れするのかしら?」

のしかかってきたのは、僕の双子の妹、アレクサンドラ。ロシア風に言えばサーシャ、となるはずなのだけど。
ドイツびいきの両親はいつも、サシャと発音する。食いしん坊で賑やかな、可愛い子だ。

サシャ  「お兄ちゃん、街に着く前にブリヌイで腹ごしらえしましょう!」ガバッ

母    「サシャ、フランスではクレープと言うのよ」

僕のお腹の上に寝そべったままのサシャが持っていたのは、そば粉のクレープが山盛りになった皿。
船内の食堂で買ったのかな?さすがフランスだ、ぶどうのスプレッドに、クリームまで添えられている。

ベルトルト「まだ11時じゃないか、昼食なら街についてから……」

サシャ  「中国人には1日に3回、おやつを食べるという素晴らしい習慣があるそうですよ?」

ベルトルト「僕達には関係ないね、ロシア人だから」

言ってから、胸のあたりにちりっと違和感。
僕にだって民族意識とか、愛国心は普通にある。だけど、その帰る先はロシアでもなければ、これから暮らすフランスでもない。
ひょっとして、この地球上に僕の立つべき場所はないのではないだろうか。そんな気さえする。

サシャ  「……そんな意地悪言うお兄ちゃんには、おやつ作ってあげません」プイッ

ベルトルト「あああ、ごめんねサシャ!お兄ちゃんが悪かった、一緒に食べよう?」

あわててサシャをなだめる。
僕たちを見て、デッキチェアでくつろぐ父も、日傘を広げた母も笑っている。
すごく幸せな光景だ。でも……

――僕がこれを享受しても、許されるのだろうか――。

□ □ □ □ □ □ □

僕たちの新しい家は、カルカソンヌの城壁のそばにある、石造りの大きな2階建てだった。

サシャ  「わあ!すごい、すごい!庭にぶどう棚がついてますよー!」キャッキャッ

広い庭ではしゃぎ回るサシャは放って、
2階の自分の部屋に入る。中には、先にロシアから航空便で送った荷物と家具が届いていた。
僕はレースカーテンをシャッと開ける。

ベルトルト「……」

ベルトルト「あまり、気持ちのいい街じゃないな……」

そう。ここはあまりにも、『2000年前の世界』と似すぎている。
窓から見える景色は、城塞に囲まれた、レンガや石でできた煙突と赤い屋根の家々、石畳の道、
狭い路地に、中世から時を止めたような大橋や塔――。

ベルトルト(……まるで、見えない力で2000年前の壁内に引き戻されたみたいだ)

ベルトルト(胸騒ぎがする……きっと、この街での生活は……ヴィーボルグと何もかもが違うんだろう)

窓の下から聞こえてくるフランス語は、半分も意味がわからない。知ってる単語がちらちら出てくる程度だ。
飛行機で空港に降り立って、パリから列車を乗り継ぐ間も、標識の意味が分からなくて苦労した。
いや、生活や言葉の不安じゃない。なんだかもっと違う不安が、僕を襲う。

ベルトルト(怖いな……理由のない不安が、一番怖い……)

サシャ  「おーにぃーちゃんっ。どうしました?」ヒョコッ

ベルトルト「サシャ……何でもないよ」フイッ

サシャ  「嘘。何でもなかったら、そんな顔しません」

庭を堪能し尽くしたらしいサシャは、僕のベッドにぼふっとダイブして、顔だけ起き上がる。
部屋の主より先に寝るなんて、君はなんて子なんだ。でも可愛いな、くそっ。

サシャ  「大丈夫ですよ、シュコーラ∇3でギリシャ文字だけは習ったじゃないですか。
      転入する中学は移民の子が多いから、私達でもついていけるってお父さんも言ってましたし。
      私なんかワクワクしてますよ!美食の国フランスは、私の胃袋をどこまで満足させてくれるのか!」

ベルトルト「そういうことじゃ……」

サシャ  「全部分かってます。私が一緒だから、心配いりませんよ。ベルトルトが怖いんなら、私がずっとそばにいてあげます」ギュッ

サシャ  「私達、きっとそのために双子で生まれてきたんですよ」

握られた手から、ぬくもりが伝わってくる。
僕は澄み切った目に押されて、「うん」と頷いた。サシャの方がよほど大人だ。
不安がたくさんだけど、ロシアの家にはもう帰れない。僕は、腹をくくることにした。

今日はここまで。ゆったり書いていく予定。以下、ちょっと用語の説明。

∇1→ゾーアトロープ。スリットの入ったドラムの内側に変化をつけた絵を描き、回転させる。
   外から覗くと、アニメのように動いて見える玩具。

∇2→ロシアの義務教育は10年間。サシャとベルトルトは13歳なので、7年生となる。

∇3→普通学校。日本で言う小学校、中学校にあたる。

ちなみに、カルカソンヌは進撃の舞台になったといわれている街です。

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