半端機械と小さな少女 (242)


 白い部屋だった。

 純白とはまるで遠い埃っぽい白。
 簡易ベッドをなんとか押し込めたような一室。
 その狭い部屋で、少女が一人膝を抱えていた。

 やせぎすで短い髪はぼさぼさだ。
 とても健康とは言いがたく顔色も悪い
 とはいえ表情までが暗いかというとそうでもない。

「……」

 ただ、虚空を見上げ、何かを考えているようだった。


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 少女がため息をつく。

「退屈……」

 その手はシーツのシワを手持ち無沙汰に弄りまわしている。

「次のお外って、いつだっけ」

 物欲しそうな視線が部屋のドアに触れた。
 彼女は待っているのだった。
 大人の人が来て広い外界に出られるその時を。
 たとえそれが検査のための無味乾燥な外出で、しかもわずかな時間であってもだ。

「まだかなあ……」


 彼女はまた虚空を見上げて考え始めた。
 おそらくは退屈を紛らわす楽しい空想だろう。

 そのぼうっとした目に映るのは想像上の綺麗な空か、それとも優雅に飛ぶ鳥か。
 何にしろ実際に映っているのは汚れの浮いた天井だが。

「……?」

 ふと何かに気づいたかのように少女が顔を上げた。
 耳に手を当てる。
 何かが聞こえた気がしたのだ。


 遠くから大きな音。
 それからかすかな揺れ。

 少女は慌ててドアに駆け寄った。
 そこに窓はないものの、耳をつけて音を聞く。
 その目は期待に輝き、これから起こる何事かに興奮しているようだった。

 直後、さらに大きな音が外で炸裂し、少女――実験体『六番目』――はひっくり返ることになるのだが。


…………


 抜刀し、斬りつけ、最終的に納刀する。
 任務の難度に違いはあれど、やることはこれだけだ。考えることなど何もない。
 剣の極意などというものがあるのなら、きっとこういった単純を言うのだろう。

 その原則通りに斬り捨てた敵には目もくれずに、ウロは通信機を起動した。

「こちらは制圧した。そちらはどうだ」

 返事はすぐに返ってくる。

「勘違いすんな、終わったのは俺が先だぜ」

 抗議するように相手は言って、それから「すぐ行く」と通信を切った。


 通信機を下ろして、ウロは部屋を見回した。
 広い倉庫には鉄くずが一面に散らばっている。

 ウロが斬り捨てた敵のなれの果てだ。
 身体を機械化した『半機械』の警備兵たち。
 両断され機能停止に追い込まれ、もう二度と目覚めることもない。

 それを確認して、ウロは先へと続く扉へと足を向けた。

「……?」

 近づいて分かったが、扉は表面を加工されて鏡のようになっていた。


 研究施設ゆえ設けられたものなのか違うのか。
 とにかくそこにはウロの姿が映っていた。

 赤く輝く目の大柄な人影。
 手には大振りの刀。

 ごつごつした輪郭なのは体が機械だからで赤い目はカメラアイだ。
 半機械の兵士。それがウロだった。

 構造上もうため息をつくことすらできないこの体。
 その事実を胸中でかみしめながら、彼は扉を押し開けた。


 通路のつきあたりに扉と相棒の姿があった。

「おせーよ馬鹿。俺のが先に着いたじゃねえか」

 背の低い、ずんぐり気味のシルエット。
 名はフィス。ウロと同じく半機械。腰には大口径の拳銃を二挺提げている。
 頭に必要もないはずの帽子と、首にはスカーフを巻いていた。
 相棒曰く、俺はガンマンだからよ、ふさわしいカッコってのがあるんだな、とのことだが。

 まあ本人が満足しているらしいので口出しはしていない。


 扉を示しながら聞く。

「中は?」
「んなこた知らねえよ。まだ見てねえし。知りたきゃ自分で見な」
「そうか」

 重いそれに手をかけるが、すぐには開けずに気配をたぐる。

「……ここが最後だな?」
「ああそうだ」
「そして他には見当たらないと」
「だな」

 相手の返事を吟味した後、ウロはうなずいた。

「ならばここだな」
「そりゃ、ま、ここになきゃ他のどこにあるんだっつーのよ」


 肩をすくめる相棒を背後に、ウロは扉を引き開け――いや。

「……!」

 即座に手を刀の柄に伸ばして抜刀した。
 撫で斬りにした扉を蹴り飛ばす。
 直後にすぐそばを弾丸の嵐が駆け抜けた。


 扉の向こうは白い広間になっていた。
 純白というほどでもない、くすんだ白。
 そこに鎮座している大きな影があった。

 重量感のあるボディを多脚で支える機械体。
 自動警備ロボットだろう。
 装備した機銃をこちらに向けていた。

 先端からは硝煙が立ち上っている。
 先ほどこちらに発砲したものだ。

 急に吹き飛んできた扉の残骸に狙いを外し、見当はずれの弾丸をまき散らしたが、そうでなければこちらは蜂の巣だっただろう。


「こいつか……?」

 刀を手につぶやく。
 確かに今まで見たことのない型のようではある。
 こいつが例のモノならば確保するように上から厳命されていた。
 が、本当にそれなのか確証もない。

「わかんねえって時はぁよーっ!」

 相手の様子をうかがうウロの脇を、一陣の突風が駆け抜けた。

「試して見りゃはえーだろ!」


 室内に駆け込んだフィスは、横転ざまに発砲した。
 二挺の拳銃をフルに使って何発も連続で狙い撃つ。
 弾丸はロボットに命中し、その表面に引っかき傷を刻んだ。
 幾筋も幾筋も。ロボットがひるんだように後ずさる。

 だがそれだけだ。

 敵が応射を始めた。
 転がり跳び回るフィスを追って跳弾が波立つ。
 ボディに弾をかすらせて、彼は舌打ちらしき音を漏らした。

 このままでは遠からず撃ち抜かれて終わりだろう。
 それを悟ってか、フィスがこちらに視線を飛ばした。

「後任せた!」
「承知」

 その時にはウロはもう敵の死角にいた。
 音もなく気配もない。
 静かに、ただ存在全てを刃のように鋭くする。


 確かな手応えと共に、敵の脚の一本が吹き飛んで転がった。
 それで倒れるほど脆くはないようだがロボットはわずかにぐらついた。

 こちらを振り向き機銃を向けてくる間に返す刀でさらに一本。
 加えてフィスの正確な射撃が、敵の"目"を吹き飛ばす。
 視界と足場をを失って、敵は今度こそ膝をついた。

 すぐ脇をけたたましい音が駆け抜ける。
 最後のあがき、でたらめな掃射だ。
 床の破片が体の表面にぶつかり、チリチリと音を立てた。


 刀を上段に構える。
 動揺はない。ただ単純を心がける。剣の極意。

「……」

 わずかな溜めの後――踏み込んだ。
 刀身が滑るように機械体に侵入する。
 積層の装甲を切り分け内部構造を二分し鞘へと帰る。

 大きくも鈍い爆発音が遅れて轟いた。

つづく


……


 宿舎の扉をくぐるとリリが首を傾げた。

「おバカは?」
「今日は来ない」
「そっか」

 そのまま部屋の隅に戻っていった。

「よかったねミレちゃん、おバカ来ないって」

 そこは彼女が『ミレちゃんのおうち』と呼ぶスペースだ。
 あまり広くはないが寝床として使うカゴや毛布などがそろっている上、ブラシや玩具と思しきガラクタまで置いてある。
 どこで集めてきたかは確認していない。
 どうせまたこっそり外に出ているのだろう。


 ウロは部屋の隅に寄ってケースを開けた。
 取り出した注射器を首筋に打ち込む。悪寒。
 目を閉じてやり過ごしていると猫の鳴き声がした。

「ミレちゃん気持ちいーい?」

 横目で見やるとリリが膝の猫にブラシをかけてやっている。
 食べ物をもらって体力がついてきたのか、猫は最近よく鳴くようになった。

「ミレちゃんはいい子ですねえ」

 リリの指にくすぐられて、猫はまた小さく鳴いた。


 昔、とウロは思い出す。
 昔同じ光景を度々目にした。

 まだウロが半機械ではなく母も妹も生きていたころのことだ。
 非登録市民のウロたちの生活は苦しく、ギリギリのところで生命をつないでいた。
 自分のことで精いっぱいだ。他人のことなど気にしている余裕はない。
 少なくともウロはそうだった。

 リリは違った。

「後悔はしてほしくないの」


 ウロたちが住んでいた区画だけでも同じように苦労している人々は大勢いた。
 弱く小さい子供は真っ先に飢えて死んでいく。
 空腹な子供はいくらでもいた。

 妹はそんな子供を見つけると、自分の分の食べ物から半分分けてやった。
 半分。必ず半分。今持っている分から半分。
 母は心配したようだが、あまり強くは止めなかったらしい。

「泣かない泣かない」

 衰弱して泣きわめくことすらできなくなった子供を、妹は時々抱えてあやしてやっていた。
 子供の涙が静かに彼女の肩口を濡らしていた。


 暴動鎮圧後、耳にしたことがある。
 子供たちをかばうようにして倒れている少女の死体があったらしい。

 リリだったとウロは思っている。


「……」

 白く冷たい照明を見上げたままウロはしばらくぼうっとしていた。
 何も考えたくない思い出したくない……

「ねえ、ウロ」

 視線を下ろすとリリがこちらを見上げていた。

「……なんだ」

 どうにも重く感じる頭を起こしてウロは訊ねた。
 リリはこちらの様子を変に思ったのか少し躊躇ったようで、わずかに間合いを開けた。

「あのね。お外出たい」


「どうしてだ」
「……聞いてくれるの?」
「……」

 即座に却下しなかったことに大きな理由はない。
 しいて言えば彼女の方も何か様子が違うように思えたからだった。

「訳があるのならば聞く。ないのなら諦めろ」

 先ほどとは質の違う沈黙があった。
 リリはもじもじとした後、「ミレちゃんがね」と言った。

「ミレちゃんが、行きたいところがあるって言うの。どうしても行きたいって。大事なところなんだって」


「それを俺が信じると思うか?」

 ウロは微動だにせずに聞いた。

「外に出るために猫を使うのか?」
「違うよ」

 リリは意外にも怒らなかった。

「わたしはミレちゃんを利用なんかしない。それにわたしはウロがわたしの話を信じてくれるって信じてる」
「根拠は?」
「ウロはわたしのこと好きだもん」


「……」

 ウロは沈黙した。
 絶句したわけではない。
 ゆっくりと刀を手に取り、立ち上がった。

 こちらを真剣に見つめるリリに歩み寄り――
 その脇を通り過ぎた。

 扉を解放して振り向いて告げる。

「出ろ」

 リリが歓声を上げた。


……


 街灯の下、暗い道を並んで歩く。
 リリは目立たないように服を着替えたのだが、目にかかるフードを邪魔そうにいじっている。
 彼女の抱えるカゴの猫は鳴き声も上げずにおとなしかった。

「ありがと」

 短いトンネルを抜けたところでリリが言った。

「どうせ俺が許可しなくてもお前は自分で出るだろう」
「でもありがと」

 上機嫌のようだった。
 鼻歌が聞こえてこないのが不思議なくらいに。


 一応言っておくことにした。

「俺は別にお前のことが好きではない」
「嘘つき」
「本当だ」
「嘘つき」

 嘘ではない。
 彼女を見ていると悲しくなるからだ。

「わたしはウロのこと大好きだよ?」
「虫唾が走る」
「嘘つきー」

 嘘ではない。

つづく

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