ブレイブマン~拝啓、路地裏のみなさん~ (6)





燕来る、麗らかな晩春のお昼下がりのこと。
齢25、ここまで多くの困難から逃げてきた甲斐性無しの僕に、あるひとつの誇れるものが生まれた。

毎年ささやかな挑戦を続けていた、食品会社の主催する冬の写真コンクール。
たった今届いた小さな白封筒が、僕の作品の入選を知らせてくれたんだ。






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僕の身体三人分ほどしかない古びたお座敷の上で、ズンドコと小躍りを。そのまま足の小指を机にぶつける。
手に持っていた通知書が、小さなこの部屋で宙をひらひらと舞う最中、僕は声を押し殺して痛みを堪えた。
この様子はさすがに見られたくはない……でも。


でも、この写真が人に真っ当な評価をしてもらえたということ。
“畳の上で完成を待つカップ麺”が、審査員の心を動かしたという事実。

これだけは、誰かに知ってもらいたいという気持ちで一杯になったんだ。








しかし、それを実行に移すには何点か困った点があった。

ひとつ目は、アドレス帳には友達と呼べる人の名前など、既にひとつもないこと。
ふたつ目は、フリーターであるために、この路地界隈に住むほとんどの人とまともな出会いが取れないこと。

そして、ここまで人とのコミュニケーションを避け続けたために、一人に慣れてしまったこと。
今までの僕であれば、とうに諦めてしまっていたことだった。

でも何故か、その時だけは。
このちっぽけな誇りを、どうしても誰かに知ってもらいたかった。


だから、僕は立ち上がる。
その遅すぎた勇気を振り絞って……。








ベンガラ塗りの格子がずらりと並び、涼しげな白い石畳が目いっぱい敷かれたこの路地界隈。僕の家は、その袋小路に位置していた。
だから用事がない限りは、この家を人が訪れることはほとんどないんだ。

僕自身、バイト以外の用事でこうやって家の外に出たのは、何時ぶりのことだろう。
雲の切れ目より現れた四月の太陽が、そんな僕を白昼に晒すかのように、燦々と照らしだす。

何かと居た堪れなくなった僕は、傍らに置いていた自転車の茶色いサドルに跨ってこの場を離れた。
僕の言う行動とは、まず近隣住民とお話しをすることではなかった。

遠まわしに、かつ自然に誇りを伝えるための、後から見れば涙ぐましいことこの上ない装置作りにとりかかることだったんだ。








街のホームセンターから帰ってきた僕は息を荒げ、手に持っていた大小さまざまな材木を石畳の上に落とした。

カラン、カコン!

界隈一体に響き渡る音に、思わずビビッてしまった。
……しかし誰も家から出てくる様子は無く、僕はその場で胸を撫で下ろす。

自転車はホームセンターに置いてきてしまった。
何故なら、これらの材木と一緒に持って帰ることができなかったから。
ここまで50分かけて歩いて帰ってきたために、普段かくことのない汗でTシャツはすでにべっとりである。

夜にはバイトもある……余計な体力は使いたくない。
今日はひとまず、ここまででいいか。

この意志の弱さが、僕を僕たらしめているように思えてならない。




少し離れます

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