少女「貴方の今に閃きたい」(89)

コンコン

ガチャリ

男「やあ、おはよう」

少女「…」

男「気分はどうかな」

少女「…普通」

男「そうか、何よりだ」

少女「そう」

少女「あなた、誰??」

男「私は…」

少女「…先生、ね」

男「…」

少女「名札があるもの」

男「ははは、そうか」

少女「ここはどこ??」

男「病院だよ」

少女「私はどうしてここにいるの??」

男「ん…」

少女「病気??」

男「うん、ある意味では、そうかな」

男「君は、昨日の記憶はあるかい??」

少女「…」

少女「わからないわ」

男「そう、昨日の記憶を取り戻すために、君はここにいるんだ」

少女「治るの??」

男「治すさ」

少女「…そう」

男「少しずつでいい、ゆっくり治していこう」

少女「…」

少女「記憶喪失ということ??」

男「そうだね」

少女「でも私は、自分の名前はわかるわ」

男「うん」

男「ある時から、君の記憶は蓄積されなくなってしまっているんだよ」

少女「ちくせきって??」

男「つまり記憶が溜まらない、毎日忘れていく、ということさ」

少女「毎日リセットされているということ??」

男「そのようだね」

少女「…」

少女「私がこの病院に入ってから、何日経っているの??」

男「3ヶ月ほどだ」

少女「3ヶ月…」

男「病院に入る前の記憶はあるかな」

少女「白い家に住んでいたわ」

男「うんうん」

少女「犬を飼っていたわ」

男「うんうん」

男「他には??」

少女「近くに湖があって」

男「うん」

少女「よくボートに乗って遊んだわ」

男「うん」

少女「これ、毎日私は同じことを話しているの??」

男「ん、いや、少しずつ内容は変わってきているよ」

少女「でも、3ヶ月経っても先生の顔を覚えていないわ」

男「そうか」

少女「ごめんなさいね」

男「気分はどう??」

少女「普通よ」

男「食事は摂れるかな」

少女「…ええ」

男「じゃあ、持ってこさせよう」

少女「…」

少女「3ヶ月経っても、昨日の記憶がない、かあ」

男「焦る必要はない」

少女「先生は毎日大変じゃないの」

少女「同じ事の繰り返しで」

男「同じじゃないさ」

少女「日記でもつけた方がいいのかしら」

男「日記なら、そこにある」

男「読んでみるといい」

少女「…」

ガチャリ

男「食事を摂りながら、読んでみたらどうかな」

少女「ええ」

男「じゃあ、1時間したらまた来よう」

少女「…」コクン

バタン

助手「どうですか、彼女は」

男「うん、昨日と変わらないようだ」

助手「そうですか…」

助手「食事を運んできますね」

男「ああ、頼む」



男「ふぅ」

助手「せ、先生…」

男「ん、どうした」

助手「彼女が、彼女が、私のことを、少し覚えているようです…」

男「なにっ!!」

バタバタバタ

ガチャリ

少女「っ」

男「君、さっき来た人を」

少女「先生、ドアはもう少し静かに開けるものじゃないかしら」

男「あ、ああ、すまない」

少女「さっきの人??あの人がどうかしたの??」

男「あの人を覚えているかい」

少女「ええ、この病院の人でしょう」

男「そうか…そうか!!」

少女「??」

男「彼女は私の助手なんだが、君が記憶を蓄積できなくなってから出会っているんだ」

少女「??」

男「つまり、わずかだが、記憶が蓄積されたらしい」

少女「それって、よいことなの??」

男「ああ、勿論だ」

少女「治る??」

男「治すさ」

少女「ふふふ」

少女「でも相変わらず、先生のことは思い出せないわ」

男「ううむ」

男「まあ、焦らず行こう」

少女「ええ」

男「なんにせよ、いい兆候だ」

男「さて、食事の邪魔をしてしまったな。ゆっくり食べるといい」

少女「はあい」

男「ではまたあとで」

少女「…」

バタン

男「ふふふ…前進だ、これは大いなる前進だ」

男「…前進、なんだ…」

少女「ふう」カチャリ

少女「ごちそうさま」

少女「…」

少女「あ、日記を見るのを忘れていたわ」

ゴソゴソ

少女「これかしらね」

少女「…」

少女「私の字…のようねえ」

少女「あまりうまくないわね」ペラペラ

 6月16日
 明日の私へ
 日記をつけることにした。
 ここは病室みたい。私は記おくがちくせき(?)されないんだって。
 昨日のことが思い出せないみたい。
 先生は私に親切にしてくれるけれど、思い出せない。
 この部屋はヒマよ。でも、おねがいすると先生は色々と用意してくれるわ。

 6月17日
 明日の私へ
 食べたものをメモしておくことにしようかしら。
 今日の朝はクロワッサンとコーンスープと紅茶。
 お昼はカレーライスとミルク。
 夜はまだよ。
 運動しないと太っちゃう。
 ランニングしたいと言ったら、先生にダメって言われた。
 外に出たいのに。

 p.s. 夜はぶた肉のいためものとおみそしるだったわ。

少女「これ、3ヶ月前からずっと書いているのかしら」

少女「全部読むのは時間がかかりそうね…」ペラペラ

 6月18日
 明日の私へ
 日記に食べたもののことが書いてあるわって言ったら、先生にやめてくれって言われた。
 毎日メニューを考えるのは大変みたい。
 今日のメニューは昨日とちがったけど、もう書かない方がいいみたいね。
 でも日記に書いたせいでもうカレーが食べられないのはいやだなあ。

 6月19日
 明日の私へ
 毎日この日記をちゃんと見るように、表紙にメモでもはろうかしら。
 「必ず見ること!!」とかどうかしら。
 「よう注意!!」の方がいいかしら??
 もちろん赤のマジックでね。
 明日は先生をこまらせないように、自主的(?)に日記を読むこと!!

 6月20日
 昨日の私へ
 「よう注意!!」は、しっぱいのようね。
 こわくて、先生に言われるまで手に取りたくなかったもの。

 明日の私へ
 日記は毎日まくら元においておくこと!!

少女「楽しそうね、私」

ガチャリ

男「食事はすんだかい??」

少女「先生」

男「お、日記を読んでいるね」

少女「ええ」

男「君の字だ。覚えはあるかな」

少女「ええ、字はなんとなく」

少女「でも内容は、私には書いた覚えがないの」

男「そうか」

少女「いつか思い出せるかしら??」

男「きっと、ね」

少女「私はいつも、どんな毎日を過ごしているの??」

男「ん…」

少女「壁にスケジュールでも貼っておくといいのに」

男「一度それをしたらね、次の日君が破いてしまったんだ」

少女「どうして??」

男「毎日同じことをしたくない!!って叫んでね」

少女「そう」

男「今日の私は今日だけのものなのよ!!って」

少女「へえ」

男「さて、すまないが日記は少し中断して、検査しなければならないことがあるんだ」

少女「ええ」

男「今からする質問に答えてくれ」

男「わからないことに対してはわからないと言ってくれていいからね」

少女「はあい」

男「じゃあまず、君の最も古い記憶はなにかな」

少女「ええと…パパと公園で遊んでいるところよ」

男「何歳くらい??」

少女「3つか4つだったかしら」

男「ふむ」

男「じゃあ次に、君がパパに叱られた記憶について…」



男「この絵は何に見える??」

少女「…牛さん」

男「じゃあ、これは??」

少女「アイスクリームかしら」

男「じゃあ、これ」

少女「??」

少女「さっきも似たような絵がなかったかしら」

男「どうかな」

少女「飛行機??」

男「ふうむ」



男「白、空、丸い」

少女「…月」

男「赤、山脈、巨大」

少女「ううん…マグマ」

男「弱い、青、海」

少女「…クラゲかなあ」

男「灰色、ジャングル、夜」

少女「んーと、ハイエナ」

男「黒、庭、小さい」

少女「…蟻」

男「赤、家、暗い」

少女「…わからない」



男「よし、今日の分はこれで終了だ。お疲れ様」

少女「これで何がわかるの??」

男「君の症状についてのデータになる」

少女「昨日も同じことをしたのかしら」

男「ああ、そうだね」

少女「まったく同じデータ??」

男「すまないが、それは言えないんだ」

少女「ふうん」

男「じゃあ、日記の続きでも読んだらどうかな」

男「君の日々の記録が記されているから」

少女「ええ、面白いわ」

男「まあ、ゆっくり読むといい」

少女「ええ」

男「なにかあれば、そこの壁にコールボタンがあるからね」

少女「はあい」

バタン

少女「さ、続き続き」ペラペラ

 6月21日
 明日の私へ
この日記は漢字が少ないわ。
もう少し漢字を書けるようになったほうがいいわね。
漢字じてんを用意してもらおうかしら。
それにしても、この日記を先生は読みたがっているみたいね。
でもはずかしいから、ダメって言ってるけど。
ねてる間に読んだりしてないかしら。だいじょうぶかしら。

 6月22日
 昨日の私へ
 漢字辞典、ありがとう。
 先生にいらない紙をいっぱいもらって、漢字の練習をしてみたわ。
 でも、辞典で覚えた漢字を明日の私は覚えているのかな??

 明日の私へ
 今日覚えた漢字を使ってみたんだけど、読める??
 読めたら少し、記憶が蓄積されたってことにならないかしら。わくわく。
 胡椒 胡桃 胡瓜 (←全部違うものよ!!)

少女「…読めない」

少女「き、き、お、くが…イチゴ??せき??」

少女「全部…全部…あう??」

少女「…もう」

ピンポーン

男「早速どうしたんだい??」

少女「読めない」

男「じゃあ辞典を使ったらいい」

少女「どうやって使うの??」

男「ここに画数索引があるから…」

少女「ふむふむ」

男「振り仮名を振っておいたら??」

少女「いいの、明日の私も困ったらいいんだわ」

男「はは、そうか」

6月23日
 昨日の私へ
 全然読めなかったわ。おかげで私はきっと毎日漢字辞典と格闘することになりそうね。
 ここから先はフリガナを振ることにしない??じゃないと読めないもんね。

少女「あら、この日の私は優しいのねえ」

 明日の私へ
 お昼に飲んだ薬が苦くってテンションが低いわ。
 こんなの、毎日飲んでるのかしら。すごいのね、私って。
 気持ち悪い…
 でも先生は、よくなるためだから我慢しなさいって…

少女「げ、薬飲むの」

少女「やだなあ、やだなあ」

 6月24日
 昨日の私へ
 そのお薬、本当によくなるためのものなのかしら。
 私ここまで読んで考えたんだけれど、本当に私は記憶喪失なのかしら。
 この病院、少しアヤシイ気がするんだけど…気のせいかしら。
 もしかしたらそのお薬が、記憶喪失の原因で、私は拉致されてるんじゃないかしら。
 どう、いい推理じゃない??

 明日の私へ
 今日のお薬は、内緒で飲んだふりをしてみようかな。
 なーんて思ったけど、ちょっと怖いわ。やめとく。
 明日の私は、この続きを考えてみて、お願い。

 6月25日
 昨日の私へ
 あの眼鏡の先生は、じゃあ、悪者なの??
 優しそうな人だったけれど…
 もしかしたら、毎日違う人がやってきていて、私を混乱させようとしていたりして。

 明日の私へ
 一応先生の特徴を書いておくわね。
 眼鏡をかけていて、少しひげがあるわ。髪は黒くて、少し長い方ね、多分。
 年は30才くらいかしら。大人の人の年ってわかりにくいわねえ。
 
 p.s. 今日もお薬はちゃんと飲んだわ。飲まないっていうのも、少し怖いの。

少女「先生の特徴かあ」

少女「…合ってるから、ちゃんと同じ人みたいねえ」

少女「…なんだか推理小説を読んでいるみたい」

 6月26日
 昨日の私へ
 先生は先生よ。間違いなさそうね。
 やっぱりそんな陰謀(?)はないみたいよ。

 明日の私へ
 今日は少しだけお庭に出たわ。ほんのちょっとの時間だったけれど…
 今までの私はお散歩はさせてもらったのかしら。
 もしそうじゃなかったら、私だけ、ごめんなさい。

 6月27日
 昨日の私へ
 ずるい!!私は先生に頼んでみたけれど、
 「昨日出たから、今日はダメ」って言われたわ。昨日の私と今日の私は違うのに!!
 ずるい!!もう!!

 明日の私へ
 あんまり腹が立ったから、今日はお薬を内緒で飲んだふりをしてみたわ。
 今のところ何にも変化はないけど。
 ああ、もう!!私も外に行きたい!!バカ!!

少女「あらあら、荒れてるわねえ」

少女「でも、いいなあ、外に出れるのかあ」

少女「お昼頃になったら、先生に頼んでみようかなあ」

 6月28日
 昨日の私へ
 いやな気持ちになるのはわかるけど、薬はちゃんと飲まないとダメよ。
 今日の私はすごく気分が悪いの。
 やっぱりお薬は私に必要なものみたいね。

 明日の私へ
 今日はちゃんとお薬を飲んだけれど、明日の私もちゃんと飲んでね。
 じゃないと次の日、大変なことになるから。
 おどしじゃあないわよ。
 くらくらしてるの。じしょを引く元気もないもの。かんじもしんどいくらいよ。
 今日は早めにねることにするわ。

少女「あら、陰謀説は早くもなくなったみたいね」

少女「薬かあ…やだなあ」

 6月29日
 昨日の私へ
 あなたがしっかりと薬を飲んでくれたおかげで気分が良いわ。
 もうこれからの私は、薬を飲まないでいる、なんて馬鹿なことはしないでね。
 あなただけ辛い思いをしていると思うと、私が今日を楽しむのは悪い気がしちゃうわ。

 明日の私へ
 私、思ったんだけど、ここにはほとんど娯楽(?)がないの。
 だから、食べたいものを先生にリクエストするべきね。
 だって私が食べられる食事は、3回しかないの。たった3回よ!?
 たとえ先生が「昨日も食べたじゃないか」なんて言っても、関係ない!!
 だから私は、今日はカレーライスをリクエストしたわ。とってもおいしかった!!

少女「カレーかあ」

少女「確かに私、カレー好きだものね」

少女「昨日食べたって記憶がなければ、毎日でも美味しいでしょうね」

少女「私のお昼は…なんだろう」

少女「リクエストしてみようかしら」

 6月30日
 昨日の私へ
 あなたの言った通り、先生は「昨日も食べたじゃないか」って呆れていたわ。
 でも私が食べたいんだもの。いいわよね。
 カレーライスはおいしかった。すごくおいしかったわ。
 やっぱり食べたいものを食べるのが一番よね。

 明日の私へ
 新しい月ね。
 7月と言うともう暑いようだけど、ここはエアコンが効いているからわからないわ。
 夏らしいこととか、してみたらいいんじゃないかしら。
 ちなみに私は「6月らしいこと」をしたわ。
 なんだと思う??
 わからなかったら先生に聞いてみて。

少女「6月らしいこと、かあ」

少女「なんだろう」

少女「結婚式ごっことか??」

 7月1日
 昨日の私へ
 ジューンブライドっていうから、結婚式の真似事でもしたのかしら。
 そう思って、先生に聞いてみたら、なんてことない。
 テルテル坊主を作ったのね。
 「もう梅雨は明けたよ」って先生がおっしゃったのに、意地になって作ったそうね。
 お馬鹿さん!!

 p.s. 別に馬鹿にしてるんじゃないのよ。面白かっただけ。

 明日の私へ
 ねえ、私ふと思ったのだけど、私の「最後の記憶」って、なんなのかしら。
 記憶が蓄積されなくなった直前には、一体なにがあったのかしら。
 先生は教えてくれないの。
 「君が思い出すことが重要なんだ」なんて言われたけれど。
 少し怖い。

少女「最後の記憶…」

少女「パパやママは…どうしているのかしら」

ガチャリ

男「また、コールボタンを押したね」

少女「…」

男「どうしたの??」

少女「私のパパとママは、どうしているの??」

男「…」

男「パパとママがどういう人たちだったかは、覚えている??」

少女「…ええ」

男「どんな人たちだった??」

少女「ママは…とても優しい人」

少女「料理が上手で、美人で、だけど少し太ってきたことを気にしていて…」

男「うん」

少女「そう、お花を飾るのがとても好きだったわ」

男「うん」

少女「パパは…」

少女「パパは少し、厳しい人だった」

男「…」

少女「だけど私が学校で頑張ったら、いつもいっぱいほめてくれた」

男「…」

少女「厳しいけど、優しい人だった」



メメント面白かったなあ
ああいう仕掛けのある話とか好き

少女「珍しい外国のコインを集めるのが好きで、よく見せてもらったわ」

男「そうか」

少女「でも…ぼんやりとしか、思い出せないの」

男「いや、それだけ思い出せたら、十分さ」

少女「いやよ」

男「どうして」

少女「大事なのに、好きなのに、どうしてはっきり思い出せないの??」

男「それは…」

少女「どうして会いに来てくれないの??」

男「…それは…」

正直vipだとすぐ落ちるんです
知ってくれてる人がいると嬉しいけど、調子乗らんよう気をつけますww

少女「この日記に、パパの話もママの話も全然出てこないの」

男「…」

少女「それは、どうして??」

少女「昨日までの私は、思い出すことさえできなかったの??」

少女「もう…いないの??」

男「今の君に、会うことがとても難しいからだよ」

少女「??」

男「正直に話そう」

男「今の君の症状は、とても珍しいんだ」

少女「…ええ」

男「この施設には、部外者が入れない」

男「それほど重要な研究施設なんだ」

少女「研究…」

男「君は患者であると同時に、大事な研究対象なんだ」

少女「…そんな…」

男「いや、すまない、言い方がうまく選べない」

男「少し、落ち着いて話そう」

ピピッ

男「すまないが、コーヒーを持ってきてくれ」

ピピッ

少女「…」ズズ

男「これまでの君には、色々な考え方を聞かされた」

少女「…」ズズ

男「私は悪の組織のトップで、君が『私にとって不都合な記憶』を取り戻すことを心配している」

少女「…」

男「君はクローンであり、私が作り出したものだ」

少女「…」

男「私は少女趣味があり、君を閉じ込めて、夜な夜な好き勝手に君を弄んでいる」

少女「…っ!!」

男「全部、嘘さ」

男「そんなことはあり得ない」

少女「でも研究対象って」

男「ああ、そうだ、言い方が悪かった」

少女「…」

男「君を救いたい」

男「それは医者としての私の本心だ」

少女「そう」

男「だが、君を研究することで、君の症状を研究することで、救われる人たちがいるんだ」

少女「他にも、同じ症状の人がいるの??」

男「そうじゃない、必ずしもそうじゃないんだが…」

男「君の脳に、『一日分だけ記憶を消去するプログラム』があるとしよう」

少女「プログラム??」

男「ああ、例えだけどね、実際になにかが入っているわけではないんだが」

少女「??」

男「まあいい」

男「そのプログラムを解析できたとしたら、世界中の様々な病気の治療に生かすことができる、ということさ」

少女「たとえば??」

男「たとえば…そうだな」

男「脳の一部に、ある負荷がかかっている人がいるとしよう」

男「ずっと、一日中、頭痛に悩まされている人だ」

少女「ええ、実際にいるわね」

男「その脳に同じプログラムを書くことができれば、『痛み』を忘れることができるかもしれない」

少女「…ふうん」

男「その負荷を忘れることができるかもしれない」

少女「…ふうん??」

男「研究とは、そういうことさ」

男「病気の解析は、他の病気の治療にもつながるのさ」

少女「…あんまりわからないわ」

男「はは、少し難しかったかな」

男「たとえばこういう話は知っているかい??」

男「蚊に刺されたとき、君は痛みを感じる??」

少女「…」

少女「いいえ、かゆいけど、痛くはないわ」

男「じゃあ注射を刺されたら??」

少女「痛い」

男「だろうね」

男「私も注射は嫌いだ」

少女「あはは、変なの、先生が注射嫌いだなんて」

男「でも、蚊の針を応用して、痛みのほとんどない注射を作った人もいるんだ」

少女「本当!?」

男「まあ病気とは言えないが、蚊に刺されるということを解析、応用すれば医療に役立つんだ」

少女「すごいのね」

男「それに近いことを、私はしようとしている…のかな」

少女「そう」

男「そして、どのようなアプローチで君の症状が和らぐか、それがとても大事なんだ」

男「そしてこの研究に、部外者のアプローチは極力ほしくない」

少女「…」

男「わかってもらえたかな」

少女「でも、やっぱり、会いたい」

男「…そうだね、そうだろうね」

男「君の病気を治すことができれば…」

少女「できれば??」

男「つまり、君が昨日の記憶を取り戻すことができれば、それは叶うかもしれない」

少女「本当!?」

男「今の君はまだ興奮状態なんだ」

少女「落ち着いてるわ」

男「そうじゃない、君の病気が、だ」

少女「…」

男「それを、その日を楽しみに待っていてほしい」

少女「…」

男「なんて、残酷な言葉かもしれないがね」

少女「…」

少女「…待つ」

男「うん??」

少女「いつかの『私』は、きっと、パパとママに会えるのね」

男「…ああ、約束する」

少女「なら、私は待つわ」

男「…強いな」

少女「パパもママも、すぐに忘れる私よりも、病気が治った私の方がいいわよね」

男「…うん」

少女「私、頑張れって、日記に書く」

男「…そうかい」

少女「先生も、頑張ってね」

男「ああ、もちろんだ」

男「すまない、少し長く話しすぎたかな」

男「疲れはない??」

少女「大丈夫よ。それより…」

男「??」

少女「お腹がすいたわ」

男「ああ、そうか」

男「何が食べたい??」

少女「カレーライス!!」

男「またか」

少女「えへへ、もしかして私、毎日カレーを食べてる??」

男「それは、言えない約束なんだ」

少女「??」

男「楽しみがなくなるからって、日記に書いていないメニューについては君に教えられないんだ」

少女「私が約束したの??」

男「そう」

少女「なら、聞かない」

男「はは、わかった」

少女「ねえ、この日記には、今日までのことが毎日書かれているのよね」

男「ああ」

少女「いつも、何時間くらいで読み終わるかしら??」

男「そうだね…いつも読み終わるのは14時くらいかな」

少女「じゃあ、そのあとは私の自由時間ね??」

男「別に無理せず、全部読まなくたって…」

少女「そうはいかないの」

少女「7月の私も、8月の私も、全部私なの」

少女「私が読まなきゃ、ダメじゃない??」

男「…そうかい」

男「まあ、無理しないように」

男「昼食を持ってこよう、少し待っていてくれるかな」

少女「はあい」

ガチャリ

男「…」

助手「どうでしたか」

男「やはり…真実を言えない、というのは辛いものだな」

助手「ここのところ毎日ですからね」

男「快方に向かっているのか、そうではないのか…」

助手「辛い役回りですね」

男「仕方がない、私が選んだことだ」

少女「さ、続きでも読もうかしら」

 7月2日
 昨日の私へ
 私の病気は、きっと治る。
 そして、そのことがきっと、世界中の人の助けになるわ。
 だから、私は私で一生懸命、治すの。
 先生は一生懸命、治してくれるから、きっと。

 明日の私へ
 7月よ。7月らしいことをするわ。
 そうね…とりあえず私は夏服を買ってもらったわ。
 クローゼットに私のお気に入りの服が入っているけれど、一つ新しいのがあるはず。
 私の好きな色のワンピースよ。
 気に言ってくれるといいのだけれど…

少女「いいわね」

少女「服かあ…」

 7月3日
 昨日の私へ
 さすが私、いいセンスをお持ちのようね。
 そのワンピースを早速着てみたわ。なんだか気分がよくなったみたい。

 明日の私へ
 私、思ったんだけど、先生って素敵だと思わない??
 私、今日は『恋』をしてみることにしたわ。
 今日一日、先生と私は恋人よ。うふふ。
 先生ったら、顔赤くしちゃって、本当にもう可愛いんだから。

 「私は今しか知らない」
 「貴方の今に閃きたい」
 私の殺し文句よ♪なんてね。

少女「恋人…恋人って…」

ガチャリ

少女「!!!!!!」

男「やあ、進んだかな」

少女「あ、えと、えっと」

男「食事、持ってきたよ」コト

少女「ああ、えへへ、はい」

男「どうしたの??顔赤くしちゃって」

少女「っ!!」

少女「なんでも、なんでもないです、はい」

男「どうして敬語になってるの??」

少女「いえ、問題ないです!!なんでもないんです!!」

男「…ふうん」

少女「貴方の、今に、閃きたい…」ボソッ

男「!!」

少女「あ、いえ、なんでもないんです、なんでも」

男「それは、聞いたことのある台詞だね」

少女「あ、あの」

男「日記に書いてあったのかな??」

少女「…ええ」

少女「あの、その日の私は、先生と一体何を…」

男「ダメ、言えない約束なんだ」

少女「そっか」

男「ははは、心配しなくても大丈夫だよ」

少女「心配って…」

男「ほら、冷めるよ」

少女「なんか誤魔化されちゃったわ」ペラペラ

少女「恋か…いいなあ…」

少女「私は、いろんなことを楽しんできたのね…」ペラペラ

少女「ん??」

 7月27日
 昨日の私へ
 いいなあ。私も絵を描くのは好きよ。
 広い高原で、風を感じながら、油絵を描いてみたいわ。
 でも今日は別のことをしてみたい気分なの…

 明日の私へ
 そう思ってたのに、今日の先生はひどいの。
 無理やり水泳をやらされたわ。
 私、泳ぐの苦手なのに…
 本当は楽器が弾いてみたいって言ったのに、全然聞いてくれないの。
 日記にはそんな先生の様子は書かれていなかったのに…
 今日は機嫌が悪いのかしら。私の運が悪いのかしら。

少女「先生が無理やり??」

少女「そんな様子はないのに、変ねえ」

 7月28日
 昨日の私へ
 今日の先生は無理やりに何かをさせるなんてこと、なかったわ。
 一体どうしちゃったのかしら。
 慰めにはならないでしょうけど、残念だったわね。本当に。

 明日の私へ
 今日の先生は、やけに優しい感じだったわ。
 「昨日はすまなかった」って何度も言ってた。覚えてないのに、ね。
 「いつもとは違うアプローチを試してみたんだ」って言ってたけど…
 症状は別によくなってないみたい。残念。
 昨日できなかった楽器を弾かせてもらったわ。
 なんだか、当ててみて??

少女「いつもと違うアプローチ、か」

少女「そんなこともあるのねえ」

少女「私が弾きたい楽器と言えば、もちろん…」

 7月29日
 昨日の私へ
 楽器ね。そういえば考えたことなかったわね。
 私が弾きたい楽器と言えば、バイオリンしかないわ。
 私も弾きたくなっちゃったけど、どうしようかしら。
 でも昨日の私が弾いているから、私は違うことをしようかな。

 明日の私へ
 今日の私はお料理をしたわ。
 お昼ごはんを先生と一緒に作ったの。
 先生は「料理なんて作ったの、何年振りだろう」なんて言ってたわ。
 私はママと料理を作ったことがある気がしたの。
 でも、それはずっと前のことで、昨日の記憶ではない、みたいね。

少女「やっぱりバイオリンかあ」

少女「いいないいな、私も弾きたいなあ」ペラペラ

少女「ううん、いつの私も、症状はよくなっていないみたいね…」ペラペラ

少女「私は、どうしてこの病気にかかったのかしら…」ペラペラ

少女「…」ペラペラ

少女「私は、どうして、この病気に…」ペラペラ

―――

助手「今日も彼女は、同じように日記を読んでいますか??」

男「ああ、いつもの通りだ」

助手「彼女が元に戻れる日は、来るのでしょうか」

男「わからない」

男「私は彼女を治す、必ず治す、そう思っているが…」

助手「いる、が??」

男「本当にそれが彼女のためになるのかと、最近思う」

助手「しかし、彼女を研究することで救われる人々が世界には大勢います」

男「ああ、もちろんそれはわかっている」

男「わかってはいるが…」

助手「彼女が治るということは、つまり両親のことを思い出すということですから、ね」

男「ああ、それを私は危惧している」

助手「確かに、彼女には辛いかもしれません」

男「辛いだろう、辛いに決まっている、まだ幼い少女なんだ」

助手「先生…」

男「私なら思い出したくないね」

男「思い出させたくない、とも言える」

男「矛盾しているようだが、それが私の本心だろう」

男「…食事を下げてくる」

助手「薬を…」

男「ああ、わかっているよ」

―――

ガチャリ

男「食事はすんだかな」

少女「ええ、だいぶ前に終わったわ」ペラペラ

男「日記はだいぶ進んだようだね」

少女「ええ、面白いわ」ペラペラ

男「これが今日の分の薬だ、飲みなさい」コト

少女「はあい」

男「苦いが、君のための薬なんだ」

少女「わかってます、ちゃんと飲むわ」クッ

男「えらいな」

少女「ねえ、先生…」

男「ん??」

少女「苦っ」

少女「私は、この病気を治すべきよね??」

男「…」

少女「ね??」

男「ああ、そうだね」

少女「そうしたら私は退院できるのかしら??」

男「ああ、きっと」

少女「本当に??」

男「…」

少女「先生、嘘はつかないで」

男「…きっと、病気を治すことが君の幸せにつながるさ」

少女「…そう」

男「そして、世界中の人を救うことに、なると思う」

少女「そうしたら先生はヒーローね??」

男「はは」

少女「読み終わったら、また呼びます」

男「ああ、ゆっくり読むといい」

バタン

少女「…」ペラペラ

少女「私は料理をしたり、絵を描いたり」ペラペラ

少女「お菓子を食べたり、楽器を弾いたり」ペラペラ

少女「素敵な妄想をしたり、恋をしたり…」ペラペラ

少女「これって、幸せなんじゃないのかしら…」

 8月16日
 昨日の私へ
 今日はなんだか体が重い気がするわ。
 昨日の私がたくさん食べたせいよ。
 どうしてくれるの!?太っちゃう!!
 
 …なんてね。

 明日の私へ
 今日の私は運動をさせてもらったわ。
 なんだか体を動かしたい気分だったの。
 先生も『身体の方は一切問題がない』っておっしゃっていたから。
 マット運動もボール遊びもバレエもやらせてもらったわ。
 でも一人でやることしかできなかったの。
 ここに他にも友だちがいるといいのだけれど。

少女「運動かあ」

少女「私もそういえば運動不足な気がするわ」

少女「友だち…友だちは、いたのかしら」

少女「今、どうしているのかしら」

 8月17日
 昨日の私へ
 今日はなんだか体が重い気がするわ。
 昨日の私がたくさん運動したせいよ。
 どうしてくれるの!?筋肉痛になっちゃう!!
 
 …なんてね。真似してみたの。

 明日の私へ
 今日の私も運動をさせてもらったわ。
 鼓動が速くなる感覚って、最高ね。
 呼吸が苦しくなる感覚も、最高ね。
 なんだか、生きているっていう実感が持てるの。
 それって、幸せじゃない??

少女「生きている…」

少女「私は、生きているのね」

少女「当り前か…でも…」

少女「それが、なんだか幸せだということは、わかる気がするわ」

少女「…」ペラペラ

男「一心不乱に読んでいるようだ」

少女「…」ペラペラ

助手「さあ、今日は一体どんな無理難題が飛び出すでしょうね」

少女「…」ペラペラ

男「笑い事じゃないぞ」

男「今日だけママになってくださいと言われた時は最悪だった」

少女「…」ペラペラ

助手「先生のママ姿は一生忘れられませんね」

男「忘れろ!!」

少女「…」ペラペラ

少女「…ふぅ」

少女「これで、最後ね」

 9月5日
 昨日の私へ
 写真に撮られるのを嫌がったっていう気持ち、私もわかるわ。
 今の私が本物なのよね。今の私だけ、というか。
 自分の知らない自分を見るっていうのは、なんだか気持ちが悪いもの。
 写真なんかに撮らなくたって、この日記を見れば私がなにをしたかわかるもの。

 明日の私へ
 ねえ、私は昨日の記憶を思い出したいの??
 それとも思い出したくないの??

 私は、思い出したくない気がするの。
 思い出したら、この日記を読んでも新鮮だと思えないわ。
 先生にももう会えないわ。
 昨日の私にも、明日の私にも会えないわ。
 それって、幸せかしら??

 今日の私はずっとそんなことを考えていたの。
 でもつまらない一日だったとは思わないわ。
 あなたはあなたの、素敵な一日をすごしてね。
 だってそれはあなたにしかない権利なんだもの。

少女「…」

少女「私は、幸せ、かもしれないわね…」

少女「今日の私は今日の私だけのもの…」

少女「さあ、なにをしようかしら」

ピンポーン

男「そら、お嬢様がお呼びだ」

助手「今日はなんでしょうねえ」

男「昨日みたいなのも少し寂しいけれど、な」

助手「先生も楽しんでますね」

男「ははは」

ガチャリ

少女「ねえ、先生、今日はね…」



★おしまい★

終わったー
ありがとうございました

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詳しく書くと野暮かな、と思いその辺かなりぼかしてあります。

男「あの頃の僕らにはもう戻れない」
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-33.html

この話に出てくる病気の第一感染者が少女です。
「少女は自ら進んで記憶を失った」ということ、「最後の記憶は家族に関すること」ということを付け加えておきます。
蛇足失礼しました。


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